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2010年6月14日 (月)

沖縄県国頭村診療所再開問題 どこから見ても斜め上すぎる続報

先日も取り上げました沖縄県国頭村の診療所再開の話題ですが、その後も続々と情報が上がってきています。
この種の事例のご多分に漏れず、これまた「知れば知るほど…」とため息をつくしかない話ではあるのですが、まずは中路医師のバックグラウンドが判るこちらの記事からご紹介しておきましょう。

旧安田診療所 6月から診療再開へ(2010年4月14日琉球新報)

 【国頭】「中路先生、ようこそ!」。国頭村営で再開される旧県立安田診療所に勤務するため、中路丈夫医師(65)が12日、同村安田に転入し、区民の歓迎を受けた。今後、設備やスタッフをそろえ、県への開設届など手続きを経て、6月に「村立東部へき地診療所」として再スタートする予定だ。
 同日は、診療所の前で安田小学校の児童が「歓迎 中路丈夫先生」と書かれた横断幕を持ち、区民と拍手で出迎えた。神山坦治(やすはる)区長は「待ち望んでいた医者が来た。安心は金では買えない。お年寄りは10年寿命が延びた」と喜んだ。
 20代のころからたびたび沖縄を訪れ、沖縄の無医村で働くのが夢だったという中路医師は「沖縄の人が戦争を始めたわけじゃないのにたたきつぶされ、戦後も基地を抱える。こんなことがあっていいのか」と沖縄への思いを語った。
 中路医師はこれまで、熊本県で自身の診療所を開いていた。「無医村で医師をしながら生涯を終えたい」と考えていたとき、安田診療所のことを知った。「期待に応えられるか不安だが、心を通い合わせていきたい。自分でできることをはっきりさせ、それ以上のことは県立北部病院としっかり連携したい」。診療再開に向け意気込みを語った。(伊佐尚記)

いや~色々な意味でテンプレ通りと言ってもいいくらいの話だな~としか言いようがないですが、何やら強烈なデジャヴに襲われるのは自分だけでしょうか?
「安心はお金では買えない」というのももっともですけれども、だからと言ってお金を出さないことには成立しないのも今の時代の医療であるということですから、気持ちだけでやっていけるほどに世の中甘くはなかったと言うことになるんですかね。

それはともかく、ここでは中路医師が自ら診療所まですでに開いていたのを投げ打って沖縄の僻地に移住してきたこと、そして新施設の名称が「村立」東部へき地診療所とされている点に留意ください。
村立であるからにはそこで働くスタッフは当然に村の職員すなわち公務員だろうと誰しも思うはずですが、どうも村の側では当初からそんな意志はさらさらなかったらしいということが次第に明らかになってきています。
先日の記事でコメントをお寄せいただいた中から拾い上げてみますと、まず現段階で噂レベルも含めて言われていることはこんなところらしいですが、これが全て事実だとすると既に何やらトンデモナイ行き違い(あるいは故意でしょうか?)があったことが推察されますよね。。

・当初約束された診療に最低限必要なレントゲン、心電計、血球計算機などの診療機器設置についても行わなかった
・2ヶ月もたった開所式直前にばたばたと、しかし購入やリースではなく、どうやら業者が展示に貸し出す「デモ器」が設置された?
宮城馨村長を交えた再三の話し合いにも関わらず、雇用契約は結ばれず
・6月に行われた開所式には医師には異例の一時的な委嘱状をもって対応した。
・村側は「公設民営」を求めていて、医師側は「村営被雇用」だと思っていた

どうも報道だけで見ると何故こんな初歩的な行き違いが起こったのかはっきりしませんが、とりあえず国頭村の公式サイトにこのあたりに関する情報が含まれていまして、ちゃんとこういう条例というものが作られているのですね。

国頭村立東部へき地診療所の設置及び管理運営に関する条例

第11条 村長は、へき地診療所の管理及び運営責任者(以下「管理運営者」という。)を定め、診療所の管理及び運営をさせることができるものとする。

国頭村立東部へき地診療所の設置及び管理運営に関する条例施行規則

第2条 へき地診療所の適正な管理及び効果的運営を図るため、条例第11条の規定による管理運営者と村長との間において委託契約を締結し、各々の責任の分野を明確にしなければならない。

第3条 へき地診療所の管理及び運営委託料は公正妥当なものでなければならない。ただし、委託料の額は契約の際定めるものとする。

要するにこの条例を見てみますと、最初から村の側としては村職員扱いではなく委託契約として医師らを扱うつもりだった(要するに委託業者による公設民営方式ですよね)と受け取れる話ではありますが、それにしたところで委託契約を締結もしないということでは自ら条例施行規則を破っていることに他なりませんよね。
そしてその委託料の額は契約の際定めることとするとしていましたが、一向にその契約が結ばれなかったからには幾ら収入があるかも全く分からない状態でやれと言われたわけで、診療所の管理及び運営を預かる中路医師としても困ったとしか言いようがない話です。

ちなみに診療所の利用料は健康保険法または老人保健法の規定通りの額と言いますから、要するに僻地割増料金など発生しない定価通り、その他定価のない部分も普通診断書1通1,050円、死亡診断書1通3,150円と条例できっちり決まっていますから、一日数人の患者しか来ないという同診療所の収入はごくごく限られているわけで、村からの委託料がいくらになるか判らなければ中路医師も人生設計も何もあったものではありませんよね。
更に金銭問題以前の話として、契約が結ばれないことには実際問題危なくて診療もやっていられないという事情を地元紙の記事が明らかにしていますけれども、この件に関して中路医師側から村長も交えてずっと以前から何度も催促していたにも関わらず、全く対応がなされていなかったという点にも留意ください。

契約不手際 医師去る 国頭旧安田診療所(2010年6月10日  琉球新報 )

 【国頭】1日に「国頭村立東部へき地診療所」として再開した旧県立安田診療所に熊本から赴任した中路丈夫医師(65)が、村との雇用契約締結が進まないことから、5日に熊本に帰ったことが分かった。国頭村は契約が結べなかったことの不手際を認めたが、再開から4日で再び“無医村”に戻る事態に安田区からは困惑の声が上がっている。

 国頭村福祉課は「雇用契約は今後結ぶつもりだ。診療所を立ち上げるのは初めてでノウハウがなかったことや、4月の人事異動で担当者が代わったことなどから対応が後手後手に回っていた」と非を認めた。
 宮城馨村長らが10日に熊本で中路医師と会い、診療所への復帰を求めて話し合うが、中路医師は態度を決めていない。
 雇用契約がなければ医療事故のための保険にも加入できないことなどから、中路医師は4月からたびたび村に契約を結ぶよう求めたが、作業が進んでいなかった。

 診療所の医療機器の整備も予定より遅れていた
 中路医師は「わたしを歓迎してくれた安田のお年寄りを放り出してしまって申し訳ない。だが、役場の対応はわたしを軽んじているとしか思えない。今後、村立診療所をやっていく自信がない」と語った。
 神山坦(やす)治(はる)安田区長は「長年、医者が来るのを待ち望んでいた。診療所が再開し『これで安心できる』と喜んでいたのに、皆困っている。村からも詳しいいきさつを聞いておらず、村長の報告を待つしかない」と話した。(略)

医師「戻る考えない」 国頭村長は説得継続 診療所問題(2010年6月11日沖縄タイムス)

 【国頭】国頭村安田の村立東部へき地診療所の中路丈夫医師(65)が村との雇用契約が結ばれないことを理由に、開所の4日後に実家のある熊本市へ戻った問題で、宮城馨村長は10日、同市を訪れ、中路医師と面談した。中路医師は沖縄タイムスの電話取材に対し、「今後、村とのかかわりの中でうまくやる自信がなく、戻ることは考えられないと村長に伝えた」と述べ、診療所へ戻らない意向を示した。

 村長らの説得についても、「再三にわたり要求してできなかった村を、いまさら信頼できない」と受け入れていない。

 一方、宮城村長は「診療所に戻ってもらえるよう今後も話し合いたい」と述べ、説得を続ける考えだ。

 中路医師が、医療事故に備える保険が適用されるよう、雇用契約の締結を要求していたことについて、宮城村長は「先生の思いに答えきれなかった」と謝罪したことを明言。「身分保障は当然。今回、契約書を持参したが、そこまで話し合いする状況ではなかった」と述べた。

 中路医師は「とてもよろこんでくれたお年寄りのことを考えると悲しいけれども、気持ちは変わらない。とても残念だ」と話した。(略)

◇◇安田の診療所 宮城村長 医師に復帰を要請◇◇ (2010年6月11日OTV)

 国頭村安田の村立東部へき地診療所の医師が雇用契約の締結が進まないことを理由に沖縄を離れた問題で、宮城村長らが熊本県で医師と面会し復帰を要請しました。

 取材に対し中路丈夫医師は、沖縄を離れた理由について雇用契約が結ばれなければ身分が保障されない上、医療事故などの際に保障がなく不安な状態なまま診療を続ける訳にはいかなかったと語りました。

中路丈夫医師:
「村の方は皆さん歓迎して下さったその方たちに申し訳ない気持ちはありますけど」
どうして宙ぶらりんにされたのかなと疑問がわいてすぐやるという気持ちにはなれないんですよってお話しはしましたよ」

面会した国頭村の宮城馨村長は契約が遅れたことを謝罪して復帰を求めたことを明らかにしました。

宮城馨国頭村長:
全て私たちの所に落ち度があったと」
「何とか先生の理解を得られるように話し合いを続けたいと思います」

国頭村は、今後も話し合いを続けたいとしています。

ものすごく好意的に解釈するならばこうした契約で幾らお金を出すかといったことは村の議会の承認も必要なことでしょうから、機材の設置も含めてそのあたりの役所的な作業が遅れていた可能性もないではないのでしょうが、実際中路医師が辞めると言い出した途端に村長が即座に契約書持参でやってきたということですからちょっと考え難い話で、やはりなし崩しで話を進めたい意図でもあったのか、少なくとも中路医師の要求を軽んじていたのは確かなようですね。
面白いのは村長側からは謝罪したと言うばかりで、何故当然過ぎる要求をずっと放置していたのか事情が全く説明されないこと、それも中路医師ばかりでなくもう一方の当事者である安田地区へも何ら情報が伝わっていないらしいということで、ひたすら頭を下げるばかりで何ら納得の行く説明もなかったのかとも取れる記事ですよね。
要するに村側(あるいは、宮城馨村長側)としては一連の事態の責任の所在は明確にしたくないのかとも思える話ですが、どう考えてもそんなヤバそうな村に今さら戻れと言う方がどうかしていると誰でも考えそうなものですけれどね。

もちろん中路医師の側にも全く批判の余地なしとはしないわけで、雇用契約も結んでいないまま診療を始めてしまったのでは、保険がどうとか言う以前に何かあった場合の責任の所在が不明ですし、仮に何もなくても保険者側から「あなたはどこの誰ですか」とクレームでもつけられた日には、後で全部バッサリ請求分を切られてしまっても文句が言えないですよね。
一介の勤務医ではなく診療所を開いていたというくらいですから業界事情に全くの素人でもなかったはずですが、さすがにこれではあまりに脇が甘すぎたと言いますか、僻地医療をなめていたと言われても仕方がないところでしょう。
国頭村にしても中路医師に逃げられたとしても箱を用意してしまった以上は今後も医師ゲットの努力は続けることになるのでしょうが、今時こうまで全国区の聖地認定をされてしまった後で引っかかってくる医師というのがどういう人になるのかにも興味がわくところですね。

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