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2010年6月21日 (月)

医学部新設にゴーサイン

かねて増やすかどうか?と議論がされていた医大新設問題ですけれども、結局増やす方向で話が進みそうな気配となってきたようです。
ただ今回の場合は増やしたい大学よりも増やすべき大学を優先させるという話で、その意味では既存医学部の定員増だけでは解消困難な地域性ということに一定の配慮をした話とは言えそうですよね。

医学部新設の容認検討 文科省、医師不足に対応(2010年6月19日中国新聞)

 医師不足が深刻さを増す中、文部科学省は18日、養成する医師の数を増やすため、1980年以降認めていない医学部新設の容認に向け、本格的に検討する方針を決めた。現行の文科省告示は、医学部の新設を審査しないとしており、約30年ぶりの方針転換

 政務三役が、共同通信の取材に「新設は極力抑えたいが、医療需要が逼迫ひっぱくしている地域では解除することが必要だ」と強調した。対象地域は厚生労働省が現在進めている医療需要調査の結果を参考に検討する。

 秋にも厚労省など関係省庁や専門家らによる検討の場を設立し、臨床や教育、研究それぞれの面で質が確保できるよう課題を整理。早ければ2011年度にも告示や大学設置基準を見直したい考えだ。

 医学部新設には数百億円規模の資金や医療従事者の確保が必要で、新規参入のハードルは高いが、複数の私立大で申請を目指す動きが出ている。

 ただ、法科大学院のような乱立を避けるため、文科省は新設校候補として(1)既に看護や薬学などの学部がある(2)医療系の基礎科目の教員がいる (3)実習先として地域の病院が活用可能―などの条件を想定。検討の場で是非を論議する。

 文科省によると、医学部新設の認可は79年の琉球大が最後。医師が供給過剰になるとの予測などを踏まえ、82年と97年には医学部の定員削減を閣議決定した。

 しかしその後、医師不足が深刻化し、2008年度から医学部の定員増に転換。本年度入学分は過去最多の8846人を認めたが、教育の質確保の点からこれ以上の増員を懸念する大学関係者の声も出ていた。

 民主党は今回の参院選のマニフェスト(政権公約)で「地域の医師不足解消に向けて、医師を1・5倍に増やす」と目標を明記。医学部の学生増員などを掲げた。

新たな医学部を増やすことに反対する人々というのは論点別に何種類もいるということはきちんと認識しておかなければならないと思いますが、ひとつには増やしすぎということの弊害を気にしている方々です。
以前にも何度か取り上げましたように、例えば一足先に某大先生の号令よろしくOECD平均並みを達成してしまった歯科医がどうなったか、あるいは新司法試験制度の導入で弁護士がどうなったかということを考えれば、既存医学部の定員増まではまだしも新設はやりすぎであると主張する声には一定の説得力があります。
要するに程度問題であって、増えすぎるようならまた考えればいいという考え方もあるかと思いますが、そうなるとなぜ定員増では駄目で新設なのかという議論も必要になってくるわけですね。

医師養成の総数から考えると定員100の大学一つを新たに作るより10大学で定員10ずつ増やした方がずっとマンパワーや費用対効果の面からも効率がいいわけで、しかも以前にも取り上げましたように新設医大は学力的にはいわゆる底辺私大と同等程度であろうと言われる点も気になるところですよね。
もちろん受験偏差値が医師としての適性とイコールではないということは当然ですが、より現実的な問題点としてこのあたりの医大で予想される進級率、国試合格率を考えると、100人の新入生が実際6年後に医師になっているのが何人いるか、おそらく半数もいないだろうということも想像されるわけです。
それならブランド力があり優秀な人材の確保がある程度保証されている既存大学の定員拡大の方が効率がいいとは誰でも考えるところですが、一方で医者の仕事というのも難しい話ばかりではなく、むしろ多くの部分が医師免許さえあれば誰にでも出来る仕事であるという事実もありますから、多ければ多いで困らないよという意見もあるわけですよね。

このあたりは以前に「新小児科医のつぶやき」さんで取り上げられた「ヤブ排除論に産科医が悲鳴」という記事と、これを受けて一足早く過剰が叫ばれ始めた弁護士の方が書かれた「ヤブでもいないよりマシ?!」という記事の対比がなかなか面白いなと拝見させていただいたのですが、小さな話では現場の感情論をどう始末をつけるかという点も重要ではないかと思います。
同じ職場にヤブと呼ばれる先生と名医と呼ばれる先生がいれば、スタッフにしろヤブ先生だと簡単な話も妙に難しくしてしまって余計な仕事が増えて嬉しくない、となれば自然名医先生にばかり患者を回すようになりますから、ヤブ先生が暇を持て余している一方で名医先生は日夜休むまもなく激務に追われるとなれば、理屈ではいないよりマシだと判っていても「これでギャラは同じ。やっとられませんわ」ということになりがちですよね。
日本の皆保険制度では医者は全て同じ知識と技量を持っているという建前ですから、どんなトンデモ迷医だろうが国手級の名医だろうが公の扱いは同じになってしまうわけで、とりわけそうした建前に則って仕事を進める公立病院などでは使える医者ほど先に逃げ出して、残るは永年勤続で給料と年齢だけ高い昼行灯ばかりという施設も多々あるものですが、これは医療制度そのものの問題とも深く関わっている話でもあるのでしょう。

他にも一気に多数の医師を教員役に引き抜かれれば地域の臨床現場が壊滅的打撃を受けるだとか反対論には事欠かないのが現状ですが、それでも敢えて医大新設をという根拠を求めるのであればやはり医学部定員の地域性解消が主目的ということになるのでしょうね。
仮に近い将来に医師強制配置なんてことが実現したとして、例えばA県の医者をB県に送り込めなんて話になれば「俺たちの県だって医者が余ってるわけでもないのに!」と自治体間での新たな怨恨が発生するのは当然予想されますから、実のところ現状で人口、県土に対して医学部定員の少ない地域ほど「早く国が医師強制配置を!」なんて話の実現には危機感を持っていてもいいはずなのです。
その意味では自前で育てた医者の数こそが意味を持つ時代が遠からず来る可能性があるわけで、実際に医学部過疎地域からは早速医大新設への期待感が高まってきているようですが、地域性ということを考えると人口比だけでいいのか、県土の広さや交通事情などどこまでのファクターを含めて検討していくべきなのかといったあたりが今後の課題ではあるのでしょうね。

医学部新設の容認も 文科省、医師不足に対応 道内は2大学検討中/北海道(2010年6月19日北海道新聞)

 医師不足が深刻さを増す中、文部科学省は18日、養成する医師の数を増やすため、1980年以降認めていない医学部新設の容認に向け、本格的に検討する方針を決めた。現行の文科省告示は、医学部の新設を審査しないとしており、約30年ぶりの方針転換。

 道内では看護福祉学部などを持つ道医療大(石狩管内当別町)が、道内私大初の医学部設置を目指し、検討を進めている。函館市も、公立はこだて未来大に医学部を設置しようと、本年度予算に関連費用を盛り込み、近く有識者の懇話会も立ち上げる方針だ。

成田市も誘致に前向き 医学部新設の容認検討/千葉(2010年6月19日千葉日報)

 医学部新設を認めてこなかった文部科学省が約30年ぶりに方針を転換することが明らかになった。秋にも関係省庁などが具体的な検討に入るが、既に一部の私立大が新設に向けて活発な動きを見せている。こうした大学の誘致を検討する自治体もある。

 千葉、埼玉、茨城の3県は全国でも医師不足が著しいエリア。成田空港を抱え、財政状況に余裕がある成田市は、小泉一成市長も公約に大学誘致を掲げる

北海道もさることながら千葉など人口、面積に対して医学部が少なすぎるとはかねて言われていたわけで、最後の医学部が登場してから30年間と今後の数十年間をも含めた人口動態なども含めての多面的な検証は当然必要となるところでしょう。
注目していただきたいのは北海道の場合は函館市が温度をとって公立の医大を設立しようと言う動きがあることですが、教官集めもさることながら予算額1200億円規模の地方都市に本当に200億円超とも言われる医大を新設し、維持するだけの体力があるのかという点は注目されるところですよね。
公立だけに無茶な学費負担も求められない以上は遠からず市政のお荷物ともなりかねない爆弾とも言えそうですが、このあたりは社会資本としてどの程度の財政支援までを許容するべきなのか、地域住民の総意というものも問題になってきそうです。

一方で医学部新設と言えばもちろん純粋に医学的、社会的な医師養成数増への期待というだけではなく、医大一つで200億円以上という初期投資を期待する各業界の方々などももちろんいらっしゃるのでしょうし、国にしても医学部新設をしたい背景があるのか?と思わせる話もあるようですよね。
例えば2002年の「しんぶん赤旗」の記事によれば帝京大学に旧文部省、旧労働省のOB多数が天下りしていたと言うことですが、興味深いのが文部省からの天下り組を「大学新設の設立準備を担当するポストにつかせて」いたという下りです。
要するに省庁の側から見ると少々学生の数を増やしたところでさしたるうま味もないわけで、新設医大ラッシュなどで一気にポストが急増するような状況こそウェルカムであるということなのでしょうが、逆に医学部新設を悲願とする大学側にとっても乗りやすい話ではあるという側面もあるのでしょうね。

医療現場の方では某大先生に代表されるような「とにかくOECD平均までどんどん医者を増やせ!」と言う声は下火となってきていて、これに代わって千葉など特殊な事例は別として基本的に新設はNG、定員増も慎重にという声が次第に大きくなっている印象ですから、これには大先生も「医師増員にネガティブな見方が医師の間に蔓延してしまったのでしょう」とすっかりおかんむりなご様子ですよね(苦笑)。
この背景として医師不足という現状は確かにあるのですが、それは絶対的な医師不足もさることながら需要に対する供給の不足という相対的な事情も大きく、そして医療業界に根強く横たわる「医師は労基法無視で酷使して当然」という文化を改善するためには、医師不足だ医療崩壊だと世間が騒ぎ始めた現状の方が都合が良いみたいだぞと、ようやく医師自身も気づき始めたという事情もあるのでしょう。
そして医療費亡国論などという話とは全く別な次元で、増え続ける医療への需要に対して何らの制限も加えないまま単に需要が多いから供給を増やせという対応ではいずれ必ず破綻がくるだろうことは、少子化がこれだけ社会問題化している時代にも関わらず産科、小児科医はますます激務に終われるようになった現状からも容易に想像できますよね。

結局のところ無闇やたらと医者を増やせば問題は全て解決するという話でもないし、医者を無秩序に増やす前に医者不足の今だからこそ後代に向けて解決していくべき課題が山積しているのだから、そちらを先に解決していくのが筋だろう?というだけのことなんですが、大病院の管理職である某大先生のように安く使える医者が大勢増えてくれば嬉しいという方々にも、彼らなりの立場に基づいた主張があって当然です。
このあたりは先の官僚側の立場などもそうですけれども、それぞれの主張と同時にその背景にある各人なりの立ち位置というものも見据えていかないことには、結局現場の苦労は何一つ解消しないまま特定の誰かだけが得をして、そしてそのツケは国民の懐に回されると言ういつものパターンに陥る危険性があるということですよね。
そう考えてみると各人が好き勝手なことを言って何が正しいのか判らないという時には、まずは現場で汗水たらして働いている人たちの生の声に耳を傾けてみるのも大事なことでしょうが、今の時代ネットなどの双方向メディアの発達でそれが容易になっているのは国民にとっての福音ではなかったかなとは思いますね。

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コメント

歯科に比べて医科はまだ、勤務医で一生を過ごすというコースが遥かに多いので、歯科ほど医師増員によるワープア化は進まないでしょうが、たとえば100人の患者を5人で診ても、10人で診ても、医療機関としての収入は増えないわけですから、必然的に医師の給与レベルというのは低下することになりますね。
逆に医師が5人だったのが10人になったからといって、患者が100人から200人になる、なんてこともあり得ないこと(とは必ずしも言えないですが、病院単位ではなく、地域単位でみるとほぼこうなります)ですから、診療報酬の革命的な増加がなければ、医師の増加による変化としては労働量と収入がバーター取引されることになります。
ただし、収入と「やる気・集中力」はどの職種でもおおむね正比例することを考えると、医療の質が低下する可能性すら秘めていますよね。

さて、現状では、どこの医学部を卒業しても、国家試験に合格すれば日本全国どこでも「医師」ですから、地方で医大を増やしたところで、長期的にその地域の医師が医大を増設した分だけ素直に増える、ということが本当に期待できるかどうか、とても疑問です。

大学というシステムが、「自ら望む知識・技能を自らが選んだ大学で得る」ためのもので、義務教育でない以上、地域枠というのもおかしいし、強制配置もなじまないところなんですけどね。
そうである以上、地域に縛り付けるための手段として、「大学卒業」と「医師教育」を分離するしか結局最終結論には達しないのかもしれません。

投稿: Seisan | 2010年6月21日 (月) 18時23分

個人的に医師の収入減と言うところまでは「先生様から患者様へ」という時代の変化もありますし、これは受け入れていくべき話なんだろうなとは思いますけれども、その大前提として仕事量削減と労働条件の改善というのが必須条件としてあるべきだと思います。
このあたりの手順を間違うと日本全国の医者がそろって一昔前の大学病院医師みたいなことになりかねないというのに、未だ呑気に医者さえ増やせば全ては解決する!なんて誤解を広めて回ってる方々がいらっしゃるのが困ったものだと思いますね。

まずあり得ないウルトラCとして地方限定医と全国医という二本立ての身分制度というのも、単なる思考実験としてはないことはないですけれども、実際何かやるとすればおそらく研修制度とセットでの話になりそうな気がします。
研修医の人権なんておエライ方々は誰も本気で考えてないのは昔も今も同じですから、日医なんて自ら進んで売り渡しかねない気が(苦笑)。

投稿: 管理人nobu | 2010年6月22日 (火) 12時17分

この政策の意味が難しいです。
需要>>供給なので供給を増やすというように見えますが、果たしどうかです。
医学部の新設は供給の根本的解決ですが、研修制度を考えても実際の効果は早くて10年後です。

浅く考えれば、高速道路を作るような地域振興的な意味合いなのかもしれません。
民主党の議員の多くはこの意味で考えているのは間違いないです。

こうなると社会主義的な政策が進むのかですが、その場合は士気低下も考えると
倍以上の増員が必要ですが、今のところこれほどの増員はしない。
そうすると某国並の強制的な手法で~ということになりますか。

ただ、問題は財政難と皆保険制度の綻びで、これをどう考えるかです。
長妻大臣は厚労省の傀儡となったので、後期高齢者医療制度は廃止は名前を変えるだけかとおもっていたのですが、どうも国保に吸収させるという案が出てきました。
これは驚きました。破綻が目に見えているからです。皆保険制度を維持するのであれば、
なんらかの形で需要抑制のシステムが必要です。以前の老人医療制度くあいの需要の抑制では国保は破綻する。時期が2012年度末というのも微妙です。総選挙は2013年と予想されているので、選挙の前に廃止し、その後破綻させるつもりなのか、そしてその後に何が出てくるかです。

鳩山政権が対米追従路線からの脱却だったのに対して、管は小泉政権ばりの新自由主義路線となりました。小沢一郎とは決別した形になっています。参院選後でこのまま続くのかにかかっています。
1)新自由主義的政権→皆保険制度からの決別、混合診療全面的導入へ
2)社会主義的な政権→後期高齢者医療制度と似た制度導入。混合診療は導入しても限定的に。
3)両者が拮抗する場合→選挙が多くなり根本的な制度改革は難しい。皆保険制度を維持するために医師を働かせる方向に。医療荒廃が進むと予想。実は福田政権以降、この展開になっています。
4)財政破綻から年率で20%を超えるようなインフレが起きる場合→自由診療でないと食っていけない状況に

いくらに占める国債発行残高とGDPの比較から消費税を上げようとも、最終的には4)になると思いますが、いつから4)になるかです。

投稿: ya98 | 2010年6月28日 (月) 12時15分

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まずは2/21付Asahi.comを再掲します。  医師増員を掲げる民主党は看護コースと病院を持つ大学の医学部新設を後押しするとしており、政権交代で機運が高まったかたちだ。医師養成学部・学科については、自民党政権時代の82年や97年の医学部定員削減の閣議決定を受け、新... [続きを読む]

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