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2010年6月29日 (火)

大先生、ひたすら吠える

先日記事を読んでいて、やはり大先生節は健在だなと再認識したのがこちらのニュースです。
ちなみに内容についてはともかくとしても、こと記事タイトルの件に関してだけは全面的に賛同するものでありますけれどもね。

「正しい情報がないと医療崩壊は加速」―本田氏(2010年6月14日CBニュース)

 NPO法人医療制度研究会の本田宏副理事長(埼玉県済生会栗橋病院副院長)は6月12日、「医師のキャリアパスを考える医学生の会」の勉強会で、「医療崩壊のウソとホント」のテーマで講演し、「正しい情報がないと医療崩壊は加速するばかり」などと訴えた。

 講演では、「週刊東洋経済」が2007年3月24日号に掲載した「日本人の人口10万人当たりの生涯リスク」のデータを紹介。それによると、国は10万人当たりの推定死者数が「ほぼゼロ人」の牛海綿状脳症(BSE)対策に132億円(05年度)を掛けたのに、「3万7500-5万人」の能動喫煙には抜本対策を取っておらず、本田氏は「税金が無駄に使われる」と問題視した。

 また、日本国内で人口対医師数が比較的多い東京や京都などでも、経済協力開発機構(OECD)の平均には及ばない状況を指摘し、「それでも霞が関は、医師の偏在が問題だと言っていた。霞が関の人は、一人ひとりは善人だが、システムが問題。彼らを非難しても仕方がないが、彼らの言うことを聞いているだけでは国民の命は守れない」と語った。

 このほか、日本では50歳代の勤務医が週60時間以上働いているなど、他国に比べ労働環境が過酷だと訴えた。医師不足を解消するため、大卒者を対象に医学教育を実施する「メディカルスクール」の創設も主張した。

現場の医師が年配層に至るまでひどく酷使されている、それが医師の逃散を招いたり医療崩壊の原因であったりするらしいという認識はようやく国民にも知られ始めているようですが、その対策を考える上でそもそもの原因が何なのかということを考えないではいられないはずですよね。
先日は厚労省が初めて医師不足の実態調査に乗り出したという話がありましたけれども、これなどまさに医師の数の把握だけといった調査内容であって、「一人ひとりは善人だが、システムが問題」などと揶揄されながらも、大先生理論が厚労省内部にまで浸透しているんだなということがよく判る話です。
しかし医療崩壊は日本の医師数がOECD平均に達していないからだ!と熱心に主張する大先生説によれば、医療機関は数少ない医師を必死になって確保し、逃がさないよう厚遇しようとするはずなんですが、現実社会で起こっているこういう現象は大先生の理論によればどう解釈されるんでしょうかね?

診療に従事する大学院生、雇用契約なしが38.1%(2010年2月22日CBニュース)

 文部科学省が実施した調査によると、昨年10月1日時点で国公私立79大学の付属病院で診療に従事していた大学院生8039人のうち、大学側と雇用契約を結んでいないのは38.1%に当たる3064人だった。2008年10月に実施した前回調査(44.9%)から6.8ポイント減少したが、雇用契約を結んでいない学生が傷害保険に加入していないケースもあるといい、同省では、大学院生が明らかに業務として診療に当たっている場合には、雇用契約を結ぶよう呼び掛けている。

 調査は、昨年10月14日付の事務連絡で全国の国公私立大の付属病院長あてに回答を依頼。同省が2月22日に開いた「国公私立大学医学部長・医学部付属病院長会議」で結果を明らかにした。

 それによると、大学側と雇用関係のない3064人の内訳は国立(42大学)1891人、公立(8大学)161人、私立(29大学)1012人だった。特に私立では、診療に従事する2140人の半数近い1012人(47.3%)が雇用契約を結んでいなかった。

 雇用契約のない3064人のうち傷害保険に加入していないのは2.5%に当たる77人で、前回の6.8%から4.3ポイント改善した。ただ、公立では 161人のうち72人(44.7%)が保険に未加入だった。

 同省の小林万里子・大学病院支援室長は22日の会議で、「大学院生の場合には、個別の診療行為が教育研究なのか、労働性のある診療なのかは一律に判断できず難しい問題」と前置きした上で、「こうしたケースでは事故に遭っても労災が利かない。明らかに診療業務の一環として診療に従事している場合には、雇用契約の締結など適切な対応をお願いしたい」と呼び掛けた。

しかしとっくの昔に迅速かつ適切に対応するようにというお上の通達も出ているというのにも関わらず、こうした現状を放置してきたと言うことはこれは意図的なものと解釈すべきなんでしょうが、つまりはこうした態度をどう解釈するかという話ですよね。
一応念のために申し上げておきますけれども、別に大学病院は医者が余って余って困っているというわけでない(少なくとも彼ら自身はそう主張しています)、むしろあまりに医者が減りすぎて各地の関連病院から医者を引き上げなければ回らないと言っているわけです。
国民世論とマスコミ言論の後押しを受けて医局の権威なるものが雲散霧消し大学に医者が集まらなくなった、それが回りまわって医局派遣だけに頼り切りだった地域の自治体病院での医師不足につながっているとはしばしば言われることですが、医者がいない医者がいないと言いながら大学当局が医者を医者として扱っていないという現実がここにはあるわけですね。

今の時代には医局の権威の消失やら新臨床研修の導入やらで、大学医局に属さず自分で職場を探して就職するという世間並みのことをやるようになった医者が増えていますけれども、そうした人たちならずともこの医師部族で超売り手市場だと言われるご時世に、わざわざこんな地雷じみた施設で働きたいなどとは到底思わないですよね。
うちは医者が足りない!国がさっさと強制配置でもしてくれ!なんて大騒ぎしている公立病院は全国幾らでもありますけれども、一方できちんと他人を遇するすべを知っていて医者を集め業績を伸ばしている施設もこれまた多数あるわけで、その差は何なのかと考えた場合に、先の厚労省の実態調査なるものではそんな現場の実態は決して知ることは出来ないだろうとは今から容易に予想できるところでしょう。
となれば、ある施設からは医者が逃げ出し別な施設では医者が増えていくという現象の根本にある、こうした原因対策をしっかりしていかなければ、いくら医者を増やしたところで相変わらず地雷病院は「医者がいない!国が(以下略)」と叫び続けるしかないということです。

どこの業界でもそうですけれども、とある業界が極めて多忙である、忙しくて手が足りないという場合の要因としていくつかのパターンが考えられると思います。
一つには需要に対する供給が少ないという場合ですが、これについても例えば宮大工のなり手がいなくて絶滅危惧種だなんて話のように本当に絶対的供給が不足しているのか、あるいは需要が本来あるべき範疇を超えて急増しているからこそ相対的な不足感が目立つのかといったことは、ちゃんと区別していかなければならないでしょうね。
この点で仮に大先生理論に従ってひたすら供給増につとめた結果全国津々浦々まで医者が回るようになった、しかし一方で24時間365日同じように診療してもらわなければ不便だとか、いつでもどこでもちゃんとした専門医にみてもらいたいなんてことを言う人は(潜在的需要まで含めれば想像以上に)いるわけですから、大部分を保険でまかなっている日本の医療でどこまで底なしの需要増に応えるべきかという議論はあっていいはずです。

他方で忙しい忙しいと言いながら実は需給バランスはそう狂っているわけでもないんだよという場合には、何かしら業務を遂行する上でうまくいかない内部事情があるんじゃないかということも考えてみなければなりませんよね。
例えば一部の人達は忙しく働いているにも関わらず暇を持て余して仕方がないという人もいるとなれば、これはどうしたって業務の割り当てがおかしいんじゃないかと誰でも気づく話だと思いますけれども、鼻毛を抜きながら「医者は適当に過労で死んでくれる方が好都合」なんてのたまう事務様がいるような施設ではそもそも間違っている、是正しなければなんて認識自体が存在しません。
そして医師不足だ、医者を派遣してくれなんて言われて行ってみたはいいものの、田舎の病院で一日田んぼを眺めている医者が多いなんて現実も考えてみた場合に、どうやら業界内での業務量の偏在こそが問題なんじゃないかとは誰しも思うはずです(そしてそれこそ、マスコミも決して突っ込まない医療の暗部でもあるわけですが)。

もちろん最近ではこの業務の偏在問題を解消しようなんて動きもいくらかは出てきていまして、例えば特定看護師制度導入議論なんてものも「専門性の低い仕事は専門性の低いスタッフへ委譲していく」という最近の当たり前の流れに乗った話ですし、需要の少ない僻地病院は診療所に転換しましょうなんて話も同様ですよね。
かつては「採血?点滴?そんなものは私たちの仕事じゃありません!先生がしてください!」な世界だった大学病院ですら、看護師様が採血注射をしてくれるようになった、医者にかわって患者の車椅子を押したり薬局に薬を取りに行ってくれるようになったと感涙に咽ぶべき?いじましい話が出てきているようですから、世の中でどうやらそれは是正すべきことだという認識にはなってきているようですよね。
そしてその認識が広まってきた背景は何かと考えた場合に、やはり医者が足りない、このままでは医療現場がもたないと世間が注目するようになったことが明らかにあるわけですから、まさに現状こそ医療現場を世間並みのまともな職場に是正するに絶好の好機であるとも言えるし、医者をとにかく増やせ!全国どこでも安く使い潰せるようにしろ!なんて話は本質的問題解決を単に先送りしているに過ぎないことがわかります。

大先生も昨今では「医師増員にネガティブな見方が医師の間に蔓延してしまった」なんて嘆いていらっしゃるようですが、これは何ら不思議なことでもおかしなことでもなく、単に大先生のような使う側のロジックと、大多数の勤務医のような使われる側のロジックでは全く異なって当然であるというだけの話なんですよね。
もちろん先行して「OECD平均並み」にまで大増員を行い、すっかりワープア化していると言われている歯科医のようには医師はならないだろうという見方も一定の支持を得ていますけれども、例えば同様に絶賛増員中の司法領域で何が問題になりつつあるのかと言えば、食っていくためにモラルの低い仕事にまで手を出す者が増えるんじゃないかという懸念です。
弁護士に限らず医者なんて商売もやろうと思えば幾らでも悪どいことは出来るはずなのに、今までほとんどの医者はやらない、それどころか聖職者並みに献身的と言って良い仕事をしてきたというのもプライドの故でしょうが、あまりにも追い詰められれば食っていくためには仕事ぶりなど選んでいられないとなりがちなのは仕方のないところですよね。

医者にもそれぞれの立場からの発言があっていいように、顧客でありスポンサーでもある国民の側にも当然国民なりの立場というものがあるわけですから、最終的にはいかに自分たちの主張の正当性を納得させられるかというあたりが争点になってきそうに思われます(日医はこの点で全く駄目駄目でしたが)。
国民にすれば「医者が掃いて捨てるほど余るようになれば、皆さんの町にも医者が幾らでも集められるようになります。高給なんて出さなくても使いたい放題ですよ」なんて話には相応に魅力はありそうに感じられますから、現場で働く医者の側からこれに対する反論をきちんと行っていくのはなかなか困難ではあるのでしょう。
それでも「医者にもせめてまともな労働環境を」と言う主張は労働者としてそんなに高望みであるとも思われないし、何より患者自身の安全と健康にもっとも寄与する因子でもあるわけですから、そのためにまず何をどうするべきかという道を追求していくことも非難されるようないわれもないと思うのですけれどもね。

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