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2010年6月

2010年6月30日 (水)

無過失保証制度 弁護士からの視点

湯浅氏風に表現するならば、「フ~~・・」って感じでしょうかね。
力戦敢闘むなしくついに敗れ去った日本代表でしたけれども、出てきた選手、そしてベンチで声を出す選手の誰もが120%の力を発揮してくれたことを我々は誇りに思うべきでしょう。
特にこのチームではずっとレギュラー格でやっていながら今大会控えに回ることになった中村憲剛選手、いきなり厳しい場面での出番で試合への入り方が難しかったんじゃないかと思いますが、非常にいいパフォーマンスを見せてくれたのは「ベンチも含めて23人全員で戦った」というこのチームを象徴していたんじゃないかと思いますね。
そして最後の一分一秒に至るまで、あのピッチに立てなかった遼ちゃん達の分までジュビロ魂を発揮してくれたにも感謝を…色々と思うところはあって当然だと思いますが、決して下を向くなと、堂々と胸をはって日本に帰って来いと言いたいですね。

前書きはそれくらいにして、おそらく誰しもが眠いだろう中で(苦笑)本日まずは先日出ましたこちらの記事を紹介しておきましょう。

医療事故対策:厚労省モデル事業、死因究明は目標の1割--05年度開始からの5年(2010年6月28日毎日新聞)

◇解剖同意、周知不足が壁に

 診療行為に関連して死亡した患者の死因を究明し、再発防止を図る厚生労働省のモデル事業の受付件数が、年間200件とした当初の目標を大幅に下回り、05年度の事業開始からの5年間で105件にとどまったことが分かった。遺族から解剖の同意が得られないことや、医療機関や警察に対する事業の周知不足などが理由とみられる。こうした事態を受け、運営主体の日本医療安全調査機構は、事業の見直しを始めた。

 モデル事業は、医療事故の原因究明と再発防止を担う第三者機関の創設を視野に、東京や大阪など10カ所で実施。入院中や診療直後の急死事案があった場合、医療機関は遺族の承諾を得て各地の事務局に連絡し、機構に登録した解剖担当医らが解剖を行うとともにカルテを調査する。弁護士らも交えた評価委員会が報告書をまとめる

 機構によると、目標件数は行政解剖件数などを参考に決められたが、05年度(7カ月)は13件、06年度は36件と低迷。3年目の07年度からは目標を年間80件に下げたが、年10~20件台で推移し、5年間では当初目標の10分の1にとどまった。

 事務局に相談があったものの、対象にならなかった事例も196件あった。内訳は「解剖の同意が得られなかった」が最多で60件。遺族の中には遺体を傷つけたくないと考えたり、大学病院に遺体を移動することへの抵抗感があるという。

 そのほか、「医師法21条(異状死体の届け出義務)に基づき警察にも届けられ、司法解剖や行政解剖の対象になった」が33件、「遺族の相談を受けたが、調査の前提となる医療機関からの依頼がなかった」が30件--などとなっている。

 機構は今月、見直しに向けた会議の初会合を開催。解剖の同意を得やすい環境整備のため、解剖担当医などを派遣し、依頼があった医療機関でも解剖を行う方向で調整することを決めた。さらに、司法、行政解剖の対象にならなかった事例はモデル事業に委ねてもらうよう、警察庁へ働きかけることを厚労省に要請する方針だ。

 第三者機関の創設を巡っては、各病院での事故調査を優先すべきだとする民主党が政権を握り、論議は止まっている。【佐々木洋】

死因究明と再発防止と言いますが、当然ながらそこには責任追及という議論も出てこないではいられないのがこの事故調問題であることは、すでに当「ぐり研」でも繰り返し取り上げてきたところでもあり、未だに議論が滞っていることもそのあたりで関係各方面の警戒感が根強くあるという背景事情もあるかと思います。
その意味でこれまた繰り返しになりますけれども、「本当のことを言えば処罰される(かも知れない)」という状況で本当の事を言ってしまうのは本物の聖人か本物の馬○くらいなもので、その他大多数の凡人から構成されているこの世界においては、真実を追い求める者であればこそどうやったら本当のことをしゃべってくれるかを、必ずセットで考えていかなければならないはずだと思います。
このあたりは実は何かあった時に限った話でもなく、医療という不確実性が必至でありながら100%が求められるという矛盾した要求を突きつけられやすい業界においては、それこそ日常的に「もっとも患者にとっての利益になるやり方とは何か」ということを、何より他人に命を預ける患者自身が考えていかなければならないはずなんですね。

「俺に何かあったら舎弟が黙っちゃいねえぞ」なんて最初からプレッシャーをかけられた状況下での診療ということになれば、「いや当院では万全の医療が出来ませんので」とさっさと紹介状をつけて送り出されるか、そうでなくとも「幸福を最大化」する医療ではなく「不幸を最小化」する医療しか受けられなくなってしまうのも当然ですよね。
早い話がある種の癌などでは手術をしないと決まった時点で完治は見込めないということが確定してしまう場合がありますが、「手術して治らなかったらどうしてくれる!」「手術の合併症があったら誰が責任を取るんだ!」と言われれば、「それではなるべくそうした問題がないように」と最初からベストサポーティブケアをやっておくのが一番間違いがないという話になってしまいます。
リスクばかりを過剰に取り上げることで、本来得られたはずのベネフィットを得られないというのは誰にとっても幸せな結果とは言えないはずですが、治療に伴う副作用や合併症といった数々の不幸を最小化することだけを考えていると、いつの間にかとんでもない話になってしまうという一つの例でもあるし、実際に似た様な話は程度の差こそあれ日常臨床ではごくありふれたものであるわけですよね。

このあたり外野からすれば、「医者は専門家なんだから何がベストなのか判断して患者に示す義務があるはずだ!」なんて声もあるでしょうが、医者の手前勝手な押し付けではなく患者の自己決定権を優先せよと主張してきたのは当の患者であって、何より現場の医者も本当に良いこととは何かなんて他人のために頭を悩ませていられるほど暇ではなくなってしまっているということです。
健診で高血圧だと引っかかって外来にやってくる、待合室には高血圧がどれだけ色々な病気を引き起こすのか、治療した方が治療しなかった時よりどれだけお得なのかといった情報は幾らでもパンフレットを置いているし、医師だって面と向かって「治療したほうがあなたにとってメリットが大きいですよ」ということは言っているわけです。
ところが「いや血圧の薬は飲み始めると一生飲み続けないといけなくなるし」だの「友人に紹介してもらったサプリメントで治すから」なんて治療拒否されれば、それは患者の自己決定権を押しのけてまで最善の道を強要する権利は医者にはありません(ちなみに万一同等の効果があったとしても、ほとんどが保険負担になる降圧薬と利益第一のサプリメントでどちらが安上がりかは子どもでも判る話だと思いますけれどもね)。

いささか話が脱線しましたけれども、医療という世界はゼロリスクを追求していくにはどうも折り合いが悪い、むしろ多少のリスクは飲み込んでえいやっ!と決断してしまった方がはるかに大きな見返りがあるという局面が日常的に存在するという物騒な業界であって、そうであるからこそ予めリスクを見込んでおくということが医療側にも患者側にも求められているわけですね。
そう言ってしまうと何やらおそろしい世界のようにも聞こえますけれども、年間一万人近くが事故死しているような恐ろしい乗り物に誰でも日常的に乗っているのと同様、リスク過敏症とも言えるゼロリスク症候群を離れてリスクとベネフィットというものを冷静に比較できるようになれば、ほとんどの場合社会というものはうまく回るようになっているんだと思います。
その点でちょうど先日ロハス・メディカルさんに掲載された無過失保証制度に関するインタビュー記事ですが、長年医療問題にも関わり当「ぐり研」でもご登場いただいた井上弁護士らしい問題意識がなかなか傾聴に価すると思いながら読ませていただきましたので、本日はこちらの概略を紹介させていただくことにしましょう。

村重直子の眼6・井上清成弁護士(2010年6月5日ロハス・メディカル)より抜粋

 元厚生労働省大臣室政策官の村重直子氏が在野のキラリと光る人たちと対談していくシリーズ、本日から第2クールに入ります。対談していただくのは、医療事故調の問題や出産育児一時金の問題などで、皆さんにもすっかりおなじみとなった井上清成弁護士。ただし今回のテーマは無過失補償制度です。(担当・構成 川口恭)

村重
「私は、日本の医療には無過失補償・免責制度が必要だと思っています。井上先生は、無過失補償制度として裏の国民皆保険というものを提唱なさっていますが、どういうコンセプトで、どういうものが必要と考えてらっしゃるのか教えてください」

井上
「通常言われる国民皆保険制度は、医療を受ける時に、誰でもいつでもどこでも、それで安く適切な質の医療を提供してもらえるというものですよね。その国民皆保険を守らないといけないと皆言っていて、原則論としては合意があるわけですね。だけど、医療には、いわゆる事故が起こりうるし、その頻度は他の分野に比べても高いです。過誤とかじゃなくてもですね」

村重
「普通にやっていても、副作用はありますからね」

井上
「いわゆる有害事象ですね。それらが副作用なのか、法律に言う『重大な過失』なのか、『過失』と言っていいのかも分からないものなのかは別にして、いずれにせよ、いっぱいあります。医療に関して多くの問題が起こりうるんだったら、その分をどうするのか、と。個別に裁判をやって、被害の救済とか制裁とかというのはあまり芳しくない。なぜかと言うと、元が皆保険の枠の中でやっているものなのに、問題が起こるとそのまますぐ裁判というのはバランスが悪いですね。そこで裏の皆保険という話になるのですが、医療を受ける時に保険でやるんだったら、そこから生じたイレギュラーな副作用や過失・過誤による事故のようなものの補償も保険でやったらどうかという話です」

村重
「そうですね、かなりの確率で望ましくない結果が起こるわけですからね」

井上
「患者さんにとって思わしい結果が出ないということはままありますし、医療に伴う有害事象もままある、だったらそういうものは保険に込みにしたらよいではないかということです。ハッピーな結末に終わるものへの保険給付と同時に、そうならなかった場合への保険給付があってもいいんじゃないでしょうか。それが皆に公平に分配できてこそ、真の皆保険になると思います」

村重
「飛行機に乗る時も皆さん保険かけるわけですから、医療を受ける時の表の保険と同時に裏の保険もかけておくということですね」

井上
「表の方も皆保険ですから、一つ一つ明示的にかけるわけじゃないけれども、そうですね。本人が、リスクとか利益とかいちいち狙ってやるものではない。だったら裏の保険も、一つ一つ意識はしないけど、たまたまぶつかってしまった人、ラッキーなことにぶつからなかった人をトータルに見て公平に行くようにできないかと」

村重
「皆でリスクを分散させましょうということですね」

井上
「そういうことです。目的は、不公平な残念な結果を甘受しなければならないある特定の人に対して、できるだけ公平に起きてしまった損害、被害というと加害者がいるようですが法律家的に言うならば、不公平な被害を皆で補填してあげようと。あくまでも起こった被害というか被害者を救済してあげようというのが目的です」

村重
誰かの責任を追及するのが目的でなくて、救済が目的と」

井上
加害者を探して制裁を加えるということが第一義的に大切なことではなくて、起きてしまった被害をいかにして皆救うかという方が重要なことなので、まずはそれをどこまでやれるかということですね」

村重
加害者を特定する必要がないわけですね」

井上
「できるだけ多くの人を救済しましょう、できるだけ公平に救済しましょうということを皆保険でできれば、表と合わせて本当の名実共に皆保険になると思います」

村重
「公平に救済しましょうというのは、裁判を起こした人だけがたくさんお金をもらえるのではなくて、ということですね。裁判という大きなハードルを越えなくても、公平に皆が救済される」
(略)

無過失保障のなかなか分かりやすい解説にもなっているかと思いますが、注目すべきは無過失保障制度は裁判を回避する手段でもあるということを、いわば裁判で飯を食っている側の井上氏が言ってしまっていることで、このあたりは後述する話との関連でまた取り上げたいと思います。
ここで語られていることの根底にある考え方は、「大多数の人間は自分にとって利益が大きいと思われる道を選択する」というものではないかと思うのですが、逆に言えば多くの人々にとって医者と敵対関係になるより良好な協力関係になった方が得であるというシステムさえ構築できれば、お互いにとってwin-win関係になり得るということなんだと思いますね。
医療訴訟というのは別に真実を明らかにする場ではないということは司法関係者も繰り返し語っているし、実際に裁判になった人たちも結局何も判らなかったと皆が口を揃えている、それでも裁判にするというのは他の救済のルートが用意されていないからで、そちらが整備されてくればわざわざ高いハードルを超えたがる人間は決して多くはないだろうという推測が前提にあるわけです。

このためのコストを誰が負担するかということですが、産科の無過失補償のように当事者である患者負担ということもありなのでしょうが、全国民の救済を目指すという観点から健康保険と同様に社会的なコスト負担としてやっていくのもありかなとも思います。
口蹄疫を封じ込めるのに大きなお金がかかっていますけれども、宮崎で牛を飼っている人たちにとっては正直に申告して牛を殺するよりは、闇ルートででも叩き売ってしまった方がメリットがあるなんて邪念?を起こさせないだけの補償を行っていかないことには、日本中に狂牛病が広まってはるかに大きな額のお金が必要になってしまうわけですよね。
医療も同様に社会的になくなるよりはあった方がよいものだというコンセンサスがあるのであれば、それに関わる諸々のコストも社会的に負担しておいた方が結局得だろうということですが、一方でそうなってしまうと公的支出の増大を恐れた結果、今度はあまりに補償額が低すぎて訴訟抑制効果が期待できないという可能性も出てくるという話も出てきています。

井上
「個別の案件における適正さとは別に、皆で税金払いましょうという財源の全体の中での公平さを含めた意味での適正さがどこにあるのかというのは、残念ながらまだ十分に議論されていないと思います。公平さまで含めた意味での適正さで、できるだけ多くの人が公平に救済できるようにするのが大切でしょう。同じ皆保険制の下で医療を受けて、それでハッピーな人が多いけれど、残念ながら不幸な結果が出てしまった人がいれば、それをできるだけ漏らさずに救済するというのが基本的な理念です。ですから、あえて適正と公平と言葉を分けるとしたら、どちらかと言えば公平を重視して物事をまず考える。それが裁判風の適正に近づけば近づくほどいいけれど、そのために公平を崩してしまっては何にもなりません」

村重
「表の医療費が他の先進国に比べてかなり安く抑えられていますから、裏の皆保険側だけ高くというわけにはいかないでしょうね」

井上
「金額が、適正でなく、安くなってしまう可能性もあります。安くなった場合に、裁判における適正と裏の皆保険による公平さを含めた適正金額の落差とをどう考えればいいのか、これが非常に重要な問題です。裏の皆保険を実現するとしたら国民の間のコンセンサスが必要になるんじゃないかと思うんですが、その時にその落差を裁判で埋める手を残すべきなのか、なくすべきなのか、これが非常に重要な問題になっちゃうわけですね」

村重
免責を入れて、無過失補償を受けたら訴訟できなくするかどうかですね」

井上
落差の部分を個別に裁判でやればいいじゃないかという政策を取ってしまうと、何のために公平な金額を皆に補償しようとしたのかということが分からなくなる。被害を受けた方が、つらい中で弁護士を頼んだり支援を受けながら必死で裁判をやって自分の被害を何とかカバーして行くというのは、その人個人を評価すれば偉いと思います。それ自体、個人をとった場合には何も非難すべきことはないですけれど、それを皆がやっていったとしたら、もしくはできない人もいたら。できないというのは能力だけの問題ではなくて、諸環境もあるでしょうから、そこにまた落差ができてしまったとしたら、何のために無理して公平さの中に適正さを求めたのか分からなくなってしまいます。これが一番大きいです。皆保険で、皆が満足快適100%というのは、実際には絵空事だと思うんです。多少なりとも我慢しながら、皆がトータルでハッピーになろうとしている時に、裏の方では頑張っただけ差があるというのは、表と裏で違いがあるのでうまくいかないと思います」

村重
「そうですね」

井上
「ただ弁護士風に言えば、難しいのは、本来は権利があるんじゃないのか、それをなくしていいのか、という側面もあるわけです。全体の中で押し潰すという風に、人によっては受け取るかもしれません」

村重
「それについては、どちらを取るか選択できるのであれば克服できるのでないかと思います。落差の分が大きいと、選択と言っても実質的な意味がなくなりますが、公平さの中に適正さをなんとか入れることができるなら、裁判という『頑張り料』分はもらわなくても、少し安いけれど、簡便な手続きで、皆で支えてもらったお金を受け取る裏の皆保険か、裁判か、どちらか選んでねというのはあり得るんでないかと思います」

井上
「それがアメリカで現実にやられている形ですよね」

村重
「そうですね。アメリカとフランスで」

井上
「典型的なアメリカのは、選択をして、もらうなら終わり。リスクまでトータルに考えて裁判やるぞという場合はもらわない。たとえ裁判に負けたからといって戻ってもらうことはできないと。チャンスを本人が主体的に選ぶということでクリアしています」

村重
「本人の意思で選ぶということであれば、権利を制限したことにはならないと思います」

井上
「それは十分に言えます。権利の制限ではなく自己決定だと言えるわけですよね。だから、そういう考え方で通すという手もあります。もう一つの場合は、ニュージーランドのような国が典型ですが、法律で無過失の制度だけでやるんだと決めてしまう」

村重
「過失を問うという発想そのものを持たない国ですね」

井上
「いわゆる事故については、医療事故であろうと交通事故であろうと」

村重
「スポーツの事故とか家で転んだとかもカバーされるみたいですね」

井上
「それこそアクシデントということで考えて、アクシデントに対する補償というのは、この位のものなんだという金額レベルの国民的コンセンサスがあれば、権利を制限したことにはならないわけです。たとえば今、医療過誤訴訟の裁判で慰謝料3000万円を取れるという時に、3000万円という金額自体が本当に権利なのかという問題はあります。世によって時代によって大きく動きます。それを考えると、皆で決めた場合には、必ずしも奪うことのできない権利と言うことはできません。そうなればニュージーランド風に事故はこの位の金額のものなんですよと、皆で考えて、不当でない金額で合意してしまえば、そうすればそれはそれで終わるということで決まりますよね。もう少し実務的にやるのがスウェーデン。補償の金額と裁判の金額がほぼ同じなんですよね。だから裁判をあえて起こすインセンティブがないので、医療過誤訴訟もないんですね。わざわざ弁護士頼んでも同じ金額なら、そりゃ無過失補償にしますよ、当たり前の話です。ただ、ここにはトリックがありまして、例えば慰謝料が概ねないとか、元々の裁判の金額の水準が低いとかの背景事情があるわけです。ところが日本は、戦後すっかりアメリカナイズされてしまったので、損害賠償が高額化してしまったんですね。皆がその意識を持っているので、そのベースで考えると、なかなかスウェーデン風に無過失の金額を裁判に揃えるというのは難しいです。残念ながら現在の国民の意識として、スウェーデン方式を直輸入するわけにはいかない」
(略)
村重
「医療費がアメリカと日本とではかなり違うじゃないですか。医者の収入もケタ違いなわけですよ。その中でアメリカの医者は収入の何割かを保険料に払ってます。要は、民事訴訟は最後はお金で解決するということで、ハイリスクハイリターンと言いますか、収入も高いし保険料も高いし賠償金も高いということで成り立っている世界です。日本の場合は、給料が安い、特に若いうちはタダ働きが当たり前で、正規の雇用もない、社会保障もない、労災もないという状況で安く安く働いている中で、ほとんど保険料を払えないんですよ。そこのアンバランスもあると思いました」

井上
「バランスがある一定以上崩れたら精神論だけでは通用しません」

村重
「だから、もうやってられないということで診療所とか病院を閉めるという話になってきます」

井上
「なってきますよね。経済的に見て、あまりにもアンバランスが行き過ぎれば、当然途中で破綻しちゃいますね。精神論でカバーできる方が美しいけれど、ものには限度があります。医療費をアメリカ並みに高騰させるわけにはいかないのだとしたら、補償の部分も、皆で議論しながら、イチ、ニのサンでやらないといけない時期にきているんじゃないかと思います」

結局のところこのシステム、希望者だけ参加してくださいではあまり医療の保護ということには効果がなくて、やるなら医療を利用する皆が原則参加するという形にしていかないといけないだろうと、とすれば補償額はどれくらいに設定するべきなのか、それに対する保険料支出がいくらくらいになるのかといった議論がなければ始まりません。
産科の無過失補償の場合は言ってみれば対象の状態が非常に均質なので話が簡単ですが、実際の医療被害ということになるとそれこそ小さなものから大きなものまで千差万別ですから、この補償額を決めていくという作業でもまたコンセンサスを得るのが大変なことになりそうですよね。
コンセンサスと言えば国民の間でのコンセンサスもさることながら、非常に面白いなと思ったのが後段に出てくるこの話で、実は一方の当事者である患者や医療従事者もさることながら、広範な無過失補償の導入ということになりますと弁護士こそ大変な話になりかねないという「暴露話」が飛び出してきています。

井上
「弁護士でも医師でも誰でもそうだと思うんですけど、歳を取ってから、自分たちが若い頃にはなかったことに直面すると、その状況の想像がつかないんです。だから、それに対して何をしたらいいかというのもピンボケになるわけです。例えば医療の世界で言うと、昔は刑事処分なんかはもちろんなかったし、損害賠償訴訟も行政処分もほとんどなかった。若い時にそういう時代を過ごしてきて、でも今は訴訟が頻発して若い人が困っていると言われても、そういう上の方にいる人たちは現場から離れちゃっているというか、端的に言うと若い人の苦労が分からないわけです。勘が働かないと言ってもいいかもしれない。パラダイムシフトが必要な時に、そういう上の方の人だけで決めると、必ずピンボケになります。無過失補償の設計は昔ながらの官僚の発想では難しいのが当たり前です。それは官僚に限らず、医師でも法律家でも、昔ながらの人には難しい」

村重
「だからこそ議論百出させるしかありませんよね」

井上
「少なくとも一回選択肢を提示しとかないといけないだろうと思います。ところが法律家が皆黙っているもんですから。これは私が言っているわけではありませんよ。スウェーデンの無過失補償について調べに行った時に、そこのCEOの人から言われたんです。3年前だか4年前だかに行ってレクチャーを受けたわけですが、端っから黙って聴いているつもりはないもんですから質問責めにしたわけです。それも野党的質問というか、法律家的に言うと反対尋問ですね。向こうは当然いい話しかしませんけれど、何もかもうまい話があるわけない、無過失補償を可能にした何かがあるはずだと思って一生懸命掘り返そうと質問していたら、 CEOがついにキレましてね。それで言ったことが、日本の弁護士が無過失補償を採り入れたって、いいことないでしょうと。どうも元々スウェーデンというのはクレームの多いお国柄なんだそうですね。裁判が多かった。ところが無過失補償を入れたら訴訟が退治されたというかゼロに近くなったそうです。そんな制度を入れたら、弁護士は仕事がなくなるだろうと言ってキレたから、私は日本の弁護士代表として来たわけではないと言い返したんですけれど、後で考えたら反論になってなかったですね。無過失補償は、訴訟を根絶やしにするかはともかく大幅に減らして実効性をなくしてしまう程の劇薬になります。損害賠償訴訟をすることが正しいと思っているような人には、そんな制度自体想像がつかないものかもしれません。私の身の周りでも、皆が、えっ?と言いますね」

村重
「私もフランスの無過失補償のディレクターと話をしたら、フランスでは訴訟か無過失補償か選べる制度で、90~95%は無過失補償に行く、裁判は劇的に減ったと言ってましたね。フランスで制度ができたのは、患者さんたちが被害を救済される権利を求めて声を上げたところからだそうですが、弁護士にはとても評判が悪いそうです」

井上
弁護士で無過失補償を好む人はいないでしょうね」

村重
「そういった中で、よくぞ声を上げてくださったと思います。ありがとうございます」

井上
「何となく自爆している感じでしょうか」

いや「自爆している」なんてこともないんでしょうが(苦笑)、医療訴訟を専らに扱っている弁護士さんからすればこれは飯のネタを取り上げると言うにも等しい話で、こうした方面からあるいは強固な反対の論陣を張ってくる向きもあるとは考えておかなければならないでしょうね。
こんな話を聞きますと、昨今では弁護士もどんどん増えてきて下手するとワープアか?なんて話も出ているようですけれども、一方で「診察室から暗い顔で出てきた患者に弁護士が擦り寄っていく」なんて半分ネタのような話も聞こえてくるところで、これから医療訴訟で食っていく人間が増えるなんて言われている中での議論となれば、それはいい話とすんなりまとまるというわけにもいかないのでしょう。
しかしそれぞれの立場からの個別な批判はあるものの、少なくとも患者の立場からこれは悪い制度だという声はあまり聞こえてこないという点は追い風だと捉えるべきでしょうし、やはりこのあたりの議論は一度国民的にしっかりやっていかなければならないんじゃないかと思うところです。

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2010年6月29日 (火)

大先生、ひたすら吠える

先日記事を読んでいて、やはり大先生節は健在だなと再認識したのがこちらのニュースです。
ちなみに内容についてはともかくとしても、こと記事タイトルの件に関してだけは全面的に賛同するものでありますけれどもね。

「正しい情報がないと医療崩壊は加速」―本田氏(2010年6月14日CBニュース)

 NPO法人医療制度研究会の本田宏副理事長(埼玉県済生会栗橋病院副院長)は6月12日、「医師のキャリアパスを考える医学生の会」の勉強会で、「医療崩壊のウソとホント」のテーマで講演し、「正しい情報がないと医療崩壊は加速するばかり」などと訴えた。

 講演では、「週刊東洋経済」が2007年3月24日号に掲載した「日本人の人口10万人当たりの生涯リスク」のデータを紹介。それによると、国は10万人当たりの推定死者数が「ほぼゼロ人」の牛海綿状脳症(BSE)対策に132億円(05年度)を掛けたのに、「3万7500-5万人」の能動喫煙には抜本対策を取っておらず、本田氏は「税金が無駄に使われる」と問題視した。

 また、日本国内で人口対医師数が比較的多い東京や京都などでも、経済協力開発機構(OECD)の平均には及ばない状況を指摘し、「それでも霞が関は、医師の偏在が問題だと言っていた。霞が関の人は、一人ひとりは善人だが、システムが問題。彼らを非難しても仕方がないが、彼らの言うことを聞いているだけでは国民の命は守れない」と語った。

 このほか、日本では50歳代の勤務医が週60時間以上働いているなど、他国に比べ労働環境が過酷だと訴えた。医師不足を解消するため、大卒者を対象に医学教育を実施する「メディカルスクール」の創設も主張した。

現場の医師が年配層に至るまでひどく酷使されている、それが医師の逃散を招いたり医療崩壊の原因であったりするらしいという認識はようやく国民にも知られ始めているようですが、その対策を考える上でそもそもの原因が何なのかということを考えないではいられないはずですよね。
先日は厚労省が初めて医師不足の実態調査に乗り出したという話がありましたけれども、これなどまさに医師の数の把握だけといった調査内容であって、「一人ひとりは善人だが、システムが問題」などと揶揄されながらも、大先生理論が厚労省内部にまで浸透しているんだなということがよく判る話です。
しかし医療崩壊は日本の医師数がOECD平均に達していないからだ!と熱心に主張する大先生説によれば、医療機関は数少ない医師を必死になって確保し、逃がさないよう厚遇しようとするはずなんですが、現実社会で起こっているこういう現象は大先生の理論によればどう解釈されるんでしょうかね?

診療に従事する大学院生、雇用契約なしが38.1%(2010年2月22日CBニュース)

 文部科学省が実施した調査によると、昨年10月1日時点で国公私立79大学の付属病院で診療に従事していた大学院生8039人のうち、大学側と雇用契約を結んでいないのは38.1%に当たる3064人だった。2008年10月に実施した前回調査(44.9%)から6.8ポイント減少したが、雇用契約を結んでいない学生が傷害保険に加入していないケースもあるといい、同省では、大学院生が明らかに業務として診療に当たっている場合には、雇用契約を結ぶよう呼び掛けている。

 調査は、昨年10月14日付の事務連絡で全国の国公私立大の付属病院長あてに回答を依頼。同省が2月22日に開いた「国公私立大学医学部長・医学部付属病院長会議」で結果を明らかにした。

 それによると、大学側と雇用関係のない3064人の内訳は国立(42大学)1891人、公立(8大学)161人、私立(29大学)1012人だった。特に私立では、診療に従事する2140人の半数近い1012人(47.3%)が雇用契約を結んでいなかった。

 雇用契約のない3064人のうち傷害保険に加入していないのは2.5%に当たる77人で、前回の6.8%から4.3ポイント改善した。ただ、公立では 161人のうち72人(44.7%)が保険に未加入だった。

 同省の小林万里子・大学病院支援室長は22日の会議で、「大学院生の場合には、個別の診療行為が教育研究なのか、労働性のある診療なのかは一律に判断できず難しい問題」と前置きした上で、「こうしたケースでは事故に遭っても労災が利かない。明らかに診療業務の一環として診療に従事している場合には、雇用契約の締結など適切な対応をお願いしたい」と呼び掛けた。

しかしとっくの昔に迅速かつ適切に対応するようにというお上の通達も出ているというのにも関わらず、こうした現状を放置してきたと言うことはこれは意図的なものと解釈すべきなんでしょうが、つまりはこうした態度をどう解釈するかという話ですよね。
一応念のために申し上げておきますけれども、別に大学病院は医者が余って余って困っているというわけでない(少なくとも彼ら自身はそう主張しています)、むしろあまりに医者が減りすぎて各地の関連病院から医者を引き上げなければ回らないと言っているわけです。
国民世論とマスコミ言論の後押しを受けて医局の権威なるものが雲散霧消し大学に医者が集まらなくなった、それが回りまわって医局派遣だけに頼り切りだった地域の自治体病院での医師不足につながっているとはしばしば言われることですが、医者がいない医者がいないと言いながら大学当局が医者を医者として扱っていないという現実がここにはあるわけですね。

今の時代には医局の権威の消失やら新臨床研修の導入やらで、大学医局に属さず自分で職場を探して就職するという世間並みのことをやるようになった医者が増えていますけれども、そうした人たちならずともこの医師部族で超売り手市場だと言われるご時世に、わざわざこんな地雷じみた施設で働きたいなどとは到底思わないですよね。
うちは医者が足りない!国がさっさと強制配置でもしてくれ!なんて大騒ぎしている公立病院は全国幾らでもありますけれども、一方できちんと他人を遇するすべを知っていて医者を集め業績を伸ばしている施設もこれまた多数あるわけで、その差は何なのかと考えた場合に、先の厚労省の実態調査なるものではそんな現場の実態は決して知ることは出来ないだろうとは今から容易に予想できるところでしょう。
となれば、ある施設からは医者が逃げ出し別な施設では医者が増えていくという現象の根本にある、こうした原因対策をしっかりしていかなければ、いくら医者を増やしたところで相変わらず地雷病院は「医者がいない!国が(以下略)」と叫び続けるしかないということです。

どこの業界でもそうですけれども、とある業界が極めて多忙である、忙しくて手が足りないという場合の要因としていくつかのパターンが考えられると思います。
一つには需要に対する供給が少ないという場合ですが、これについても例えば宮大工のなり手がいなくて絶滅危惧種だなんて話のように本当に絶対的供給が不足しているのか、あるいは需要が本来あるべき範疇を超えて急増しているからこそ相対的な不足感が目立つのかといったことは、ちゃんと区別していかなければならないでしょうね。
この点で仮に大先生理論に従ってひたすら供給増につとめた結果全国津々浦々まで医者が回るようになった、しかし一方で24時間365日同じように診療してもらわなければ不便だとか、いつでもどこでもちゃんとした専門医にみてもらいたいなんてことを言う人は(潜在的需要まで含めれば想像以上に)いるわけですから、大部分を保険でまかなっている日本の医療でどこまで底なしの需要増に応えるべきかという議論はあっていいはずです。

他方で忙しい忙しいと言いながら実は需給バランスはそう狂っているわけでもないんだよという場合には、何かしら業務を遂行する上でうまくいかない内部事情があるんじゃないかということも考えてみなければなりませんよね。
例えば一部の人達は忙しく働いているにも関わらず暇を持て余して仕方がないという人もいるとなれば、これはどうしたって業務の割り当てがおかしいんじゃないかと誰でも気づく話だと思いますけれども、鼻毛を抜きながら「医者は適当に過労で死んでくれる方が好都合」なんてのたまう事務様がいるような施設ではそもそも間違っている、是正しなければなんて認識自体が存在しません。
そして医師不足だ、医者を派遣してくれなんて言われて行ってみたはいいものの、田舎の病院で一日田んぼを眺めている医者が多いなんて現実も考えてみた場合に、どうやら業界内での業務量の偏在こそが問題なんじゃないかとは誰しも思うはずです(そしてそれこそ、マスコミも決して突っ込まない医療の暗部でもあるわけですが)。

もちろん最近ではこの業務の偏在問題を解消しようなんて動きもいくらかは出てきていまして、例えば特定看護師制度導入議論なんてものも「専門性の低い仕事は専門性の低いスタッフへ委譲していく」という最近の当たり前の流れに乗った話ですし、需要の少ない僻地病院は診療所に転換しましょうなんて話も同様ですよね。
かつては「採血?点滴?そんなものは私たちの仕事じゃありません!先生がしてください!」な世界だった大学病院ですら、看護師様が採血注射をしてくれるようになった、医者にかわって患者の車椅子を押したり薬局に薬を取りに行ってくれるようになったと感涙に咽ぶべき?いじましい話が出てきているようですから、世の中でどうやらそれは是正すべきことだという認識にはなってきているようですよね。
そしてその認識が広まってきた背景は何かと考えた場合に、やはり医者が足りない、このままでは医療現場がもたないと世間が注目するようになったことが明らかにあるわけですから、まさに現状こそ医療現場を世間並みのまともな職場に是正するに絶好の好機であるとも言えるし、医者をとにかく増やせ!全国どこでも安く使い潰せるようにしろ!なんて話は本質的問題解決を単に先送りしているに過ぎないことがわかります。

大先生も昨今では「医師増員にネガティブな見方が医師の間に蔓延してしまった」なんて嘆いていらっしゃるようですが、これは何ら不思議なことでもおかしなことでもなく、単に大先生のような使う側のロジックと、大多数の勤務医のような使われる側のロジックでは全く異なって当然であるというだけの話なんですよね。
もちろん先行して「OECD平均並み」にまで大増員を行い、すっかりワープア化していると言われている歯科医のようには医師はならないだろうという見方も一定の支持を得ていますけれども、例えば同様に絶賛増員中の司法領域で何が問題になりつつあるのかと言えば、食っていくためにモラルの低い仕事にまで手を出す者が増えるんじゃないかという懸念です。
弁護士に限らず医者なんて商売もやろうと思えば幾らでも悪どいことは出来るはずなのに、今までほとんどの医者はやらない、それどころか聖職者並みに献身的と言って良い仕事をしてきたというのもプライドの故でしょうが、あまりにも追い詰められれば食っていくためには仕事ぶりなど選んでいられないとなりがちなのは仕方のないところですよね。

医者にもそれぞれの立場からの発言があっていいように、顧客でありスポンサーでもある国民の側にも当然国民なりの立場というものがあるわけですから、最終的にはいかに自分たちの主張の正当性を納得させられるかというあたりが争点になってきそうに思われます(日医はこの点で全く駄目駄目でしたが)。
国民にすれば「医者が掃いて捨てるほど余るようになれば、皆さんの町にも医者が幾らでも集められるようになります。高給なんて出さなくても使いたい放題ですよ」なんて話には相応に魅力はありそうに感じられますから、現場で働く医者の側からこれに対する反論をきちんと行っていくのはなかなか困難ではあるのでしょう。
それでも「医者にもせめてまともな労働環境を」と言う主張は労働者としてそんなに高望みであるとも思われないし、何より患者自身の安全と健康にもっとも寄与する因子でもあるわけですから、そのためにまず何をどうするべきかという道を追求していくことも非難されるようないわれもないと思うのですけれどもね。

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2010年6月28日 (月)

三重県伊賀地方続報 いまだ実行の目処が立たない病院統合・再編計画

今大会の若いドイツには勢いがあるとは思っていましたが、あそこまでやるとは正直思っていませんでしたね。

それはそれとして、三重といえばかの有名な聖地・尾鷲を要するなど、かねて医療の方面では注目されてきた土地柄ではありますけれども、もともと人口あたり医師数も少ない上に県土も広く人口が分散していると、なかなかに厳しい医療環境に置かれていることも知られています。
その三重県の中でも最近救急医療が崩壊するかどうかと言われているのが伊賀地域ですが、常勤医が減り続ける中で上野総合市民、名張市立の公立二病院統合と再編の計画がどうもなかなか進む気配がないなど、何やら状況改善の見込みすら立っていないらしいということは以前に紹介したとおりですよね。
この伊賀地域の医療問題ですが、この新年度から更に深刻化してきているらしいと話題になったのが先日出ましたこちらのニュースですが、一応申し添えておきますと今や日本で安心して救急医療を受けられる地域などどこにあるの?という話で、そこに安心を求めるのは何か違うのではないかなという気はするところです。

瀬戸際の救急医療:/上 伊賀地域、医師不足深刻 /三重(2010年5月25日毎日新聞)

 ◇公立病院機能分担、具体的な姿見えず

 「助かった命ではなかったのか。安心して救急医療を受けられないのは深刻な問題だ」--。今年3月、伊賀市の自宅で倒れて救急搬送された女性(当時78歳)が、県内外の7病院に「処置多忙」などで受け入れを拒否された問題。女性は約2時間後に運ばれた津市内の病院で、翌日に亡くなった。近所に住む第一通報者の男性(66)は当時の状況を振り返り、こう話した。

 男性などによると、倒れた女性は当日朝から体調を崩していた。夕方、心配した別の住民が郵便受けから家をのぞき込み、女性が玄関先で倒れているのを発見。通報した男性は消防団長の経験もあり、救急車と救助工作車を呼び、女性が救出されたのを見届けて現場を離れた。

 ところが、救急車は受け入れ先が見つからず、その後も現場を1時間以上離れられなかった。後で聞いた男性は「伊賀の救急事情の大変さは分かっていたが……。早く搬送先が見つかってほしいと願うしかなかった」と振り返る。

 ×  ×  ×

 大型連休前半の5月1日。伊賀市立上野総合市民病院が、同月の輪番制シフトで唯一24時間連続の救急受け入れを担当する日となっている。過酷な勤務実態を知ろうと、内科外科計2人の医師が対応にあたる救急外来の待合室で一日の流れを見学させてもらった。

伊賀市、名張市双方からの救急車が朝から何度も到着し、夜10時ごろにも待合室には治療を待つ患者の家族ら10人ほどが詰め掛けていた。待合室から人気が消えたのは、翌日の明け方ごろ。ところが、朝には患者の家族1人が怒り出す一幕もあり、自宅で待機中だった同病院の事務長が駆け付けて対応した。24時間で診察したのは26人だが、実際に入院したのは3人だけだった。

 川口寛・上野総合市民病院院長職務代理者は「7月以降には内科医が異動で村山卓前院長1人だけになる可能性もあり、そうなれば内科系の入院患者は受け入れられない。機能分担の議論も進んでいるが、医師不足のままでうまく機能するだろうか」と疑問視する。

 ×  ×  ×

 伊賀地域の救急医療体制の深刻化に歯止めがかからない。特に上野総合市民病院の勤務医減少が顕著で、04年度に最大26人いた常勤医は、今年4月現在で15人にまで急減。同30人でほとんど変動のない岡波総合病院(同市)、同24人でピーク時から4人減にとどまる名張市立病院と比べ突出している。

 さらに、上野総合市民病院で2次救急に対応できる内科系の医師3人全員が、7月には派遣元の三重大に戻るなどしてゼロになる可能性がある。伊賀、名張両市長は3月、両市の公立病院による7月以降の機能分担実施を視野に入れた確認書に調印したが、具体的な救急医療の姿はいまだに見えてこない。7月の “ヤマ場”を乗り越えても、伊賀地域での拠点病院建設という難題がひかえている。
(略)

中小自治体病院と言えば常勤医が減ってどこも自前の当直体制維持すらアップアップしているわけで、現実問題として輪番制維持が非常に厳しいことになっているということは判ると思いますが、一度こういうことになりますとますます激務から医者は逃げていく、そしてやがては病院自体が崩壊するという負のスパイラルに陥りがちであることはすでに各地で経験されている通りです。
輪番制というものも地域によってきちんと機能しているところもあれば、全く有名無実化しているところもありますけれども、一つにはそれぞれの担当病院がしっかりと輪番病院として機能できる実力があるかどうかが問題で、「いやもううちは満床で」だとか「その患者はうちでは無理ですから」なんて断りまくるような病院ばかりですと輪番の意味が無いということになってきます。
要するにある程度病院としての体力がなければ厳しいシステムであるわけですが、内科常勤医が一人(それも前院長というくらいですから、当直の役には立ちそうにないですよね)なんて半端な病院が輪番を名乗ったところで、実際には輪番以外の病院に患者が流れてしまうという有名無実の状況になってしまうわけですね。

記事から受診状況を見ますとどうやらコンビニ化しているらしいという想像も出来るところですが、こうした地域の公立病院というものは往々にして「おら達の税金で建てたもんだ。目一杯使い倒して何が悪い!」という住民感情に晒されがちであり、他方では「市民様にはくれぐれも不快感など与えないように」と(医者や看護師に)平身低頭する(ように言う)公務員事務などが根を張っていたりと、なかなか愉快な?施設も多いものです。
「おらが町にも隣町と同じような立派な病院がないと困る」なんてあちこちで自治体病院が乱立した時代の負の遺産とも言えますが、今の時代の医療がこうした小規模分散型の施設ばかりで対応できるのかということもあるでしょうし、効率性からもこうした地域の中小病院は今後統合を進めていくべきであるというのが国策でもあるというわけですから、統合話なり再編と機能分担なりを進めるなら早くしろという話ですよね。
ところが両病院で機能分担をして云々の議論が停滞している状況で市長がこんなことを言っているというのですから、これは現場の人間からすれば「おいふざけんなよ。いつまで現場にばかり犠牲を強いるつもりだ」という話にもなりかねません。

伊賀地域の2次救急輪番 7月以降も3病院で継続へ 伊賀・名張市が協議(2010年6月3日伊賀タウン情報ユー)

 伊賀市の内保博仁市長は6月3日、市議会6月定例会の所信表明演説で、伊賀地域の2次救急体制が7月以降も名張市立と民間の岡波総合との3病院による輪番制で継続させる方向で名張市と協議していることを明らかにした。内保市長と亀井利克名張市長は今月10日前後にも共同会見を開く予定。

 両市長は今年3月に、病院の経営統合と機能分担、拠点病院の整備などをまとめた確認書に調印。4月から上野総合市民病院の内科医が減るのを受け、6月までの3か月間は同病院の当番日の一部を名張市立病院がバックアップすることで輪番制を続けてきた。

 しかし、両市では上野総合病院の内科医師がさらに減少する見込みであることから、7月にも予定していた両公立病院の機能分担について、現状では「目途が立たず不可能」と判断。3輪番制は継続させるが、内保市長は7月以降「(上野総合市民病院の)当番日は減らさざるをえない」とし、両公立病院の当番割合が大きく変わる可能性も示唆した。

 また、7月以降どれくらいの期間継続させるかについては明言を避け、「当面の間」と説明。同病院内では内科の診療体制の見直しについても検討していると話した。

 両市長は共同会見までに、公立2病院の医師らの意見も考慮した上で、7月以降の体制内容をまとめ、派遣元である三重大学医学部附属病院を訪問し支援・協力を求めたいとしている。

 内保博仁伊賀市長の発言を受け、亀井市長は「7月1日から(二次救急医療体制を)きっちりした体制でやっていこうと話し合いを進めている。途中経過の混乱があると困るので、伊賀市長と2人一緒の場で責任を持って市民に報告したい。一枚岩でやっていくことに変わりはない」と述べた。

いや、一枚板でやっていくのはいいのですが、市域を超えた機能分担などという自治体間の調整で一番行政側が仕事をしなければいけない領域では「目途が立たず不可能」の一言で切って捨てる一方、もはや物理的に当直維持が無理だと判っている現場に向かっては「当面の間」なんとか頑張ってくれでは、それは現場としてもおいおい、無理だと言ってんのに…とますます人心も離れようというものでしょうよ。
この「とりあえず現状維持でお願いします」という話でどういうことになったかと言えば、何やら輪番制というものの意義を問われかねない事態になってきているようなのですね。

公立2病院の機能分担、7月からの実施は断念 伊賀・名張両市長が共同会見(2010年6月25日伊賀タウン情報ユー)

 伊賀市と名張市は6月25日、伊賀地域の2次救急医療体制について共同記者会見を開き、7月も民間の岡波総合病院(伊賀市)との3病院による輪番制を継続させると発表した。両市が三重大学に申し入れていた内科常勤医の派遣が実現せず、7月から予定していた公立2病院での機能分担が成り立たず、断念することになったという。

 会見は伊賀市四十九町の県伊賀庁舎であり、内保博仁伊賀市長、亀井利克名張市長を始め、両公立病院や行政の関係者らが出席。発表では、伊賀市立上野総合市民病院で来月から内科医が2人に減ることが明かされ、名張市立病院との当番日の比率を変更するなどして対応すると説明した。

 7月の輪番体制表案の当番比率は、名張市立が約54%に増加、上野総合市民が約20%に減少し、岡波総合はほぼ現状維持の24%。また、8、22 日については名張と上野両病院で対応するとしているものの、2、16、30日の3日間は「調整中」となっており、内保市長は「現在、上野総合市民と岡波総合とで調整している」と話した

 両市はこの3日間について、「調整がまとまり次第、ホームページなどにも掲載する」とし、公立2病院の機能分担や経営統合などの課題も両市間で話し合いを続けていくという。

 両市では今年3月、救急医療体制を維持するため、公立2病院の機能分担や経営統合、将来的な拠点病院の整備などをまとめた「確認書」を交わし、両病院間の連携などを協議。内科医を名張市立に集約させ、上野総合市民の当番日には医師らを送る計画をまとめ、三重大学に医師の補充を要請していた。しかし、今月16日、大学側から大学の医師数も十分でないため応えられないという返答があったという。


2次救急輪番制:伊賀市と名張市、7月も継続 3日分は調整中 /三重(2010年6月26日毎日新聞)

 伊賀地域の3総合病院で運営している時間外2次救急医療の輪番制で、伊賀市と名張市は25日、7月も輪番制を継続することを決め、当番病院表を発表した。しかし、深刻な医師不足を理由に金曜日の3日分については担当病院が未定の「調整中」とされている。両市は「対応が決まり次第発表する」としているが、医師確保のめどが立たなければ、伊賀地域の時間外2次救急に空白日が生じることになる。【伝田賢史】

 両市は今年3月、7月以降に両市の2公立病院(上野総合市民病院、名張市立病院)で機能分担の実施を視野に入れた確認書に調印していた。25日の発表では、「機能分担実施に向け、三重大に名張市立病院への内科医2人増員を要望していたが『医師不足で出せない』という非常に厳しい結論に至った」と説明した。

 この日は、内保博仁伊賀市長と亀井利克名張市長、両公立病院院長らが伊賀市内でそろって会見した。「調整中」となっているのは来月2、16、30日で、伊賀市側が担当する方向で調整を急いでいるという。一方、木曜日の8日と22日は名張市立と上野総合市民の2病院が、内科系、外科系ともに各病院で受け入れる。

 亀井市長は8月以降の救急医療体制について「改めてこのような場(記者会見)を設けなくてはいけないと考えている」と述べ、調整が難航するとの見方を示した。

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 ■視点
 ◇「空白日」発生の恐れ

 懸案だった7月の2次救急医療体制がようやく発表された。3病院による輪番制を維持するものの、3日分は担当病院が決まらず「調整中」とされ、以前から不安視されていた「空白日」発生の恐れが強まってきた

 7月以降の体制について、内保博仁伊賀市長は「輪番制を継続」、亀井利克名張市長は「確認書に沿って機能分担を始める」と議会などで述べてきた。25日の会見でも、内保市長が「機能分担実施は、上野への医師補充と三重大の協力が前提」と述べた一方、名張市立病院長が「2人の医師増員があれば機能分担は実施できた」と述べるなど、両市間の“綱引き”とも取れる応酬があった

 伊賀市によると、05年4月に上野総合市民病院に26人いた医師が今年7月には11人にまで落ち込む。医師不足が「調整中」を生んだ格好で、同市が医師派遣を三重大のみに頼りきってきたツケが顕在化したように思えてならない。

 会見で亀井市長も述べたが、住民の生命や安全を守ることが地方自治体の最も重要な使命のはずだ。勤務医確保にあらゆる手を尽くしてほしい。【伝田賢史】

いやまあ、ねえ…既存の医者を逃がすまい、出来れば他所の医者も呼び込もうとどこも必死で待遇改善を図っている時代に、もっと馬車馬のごとく働け、医者など大学がおくってくれるの旧態依然な公務員感覚では、それは失礼ながら現状も当然の帰結というしかないように思いますが。
それでもこうした地方でもある程度勝ち組、負け組の格差というものはあって、どうやらそれがそれぞれの温度差に結びついているのだろうなという想像はできそうですよね。

こうした地方の自治体病院と言えばどこも財政的にもマンパワー的にも火の車で、雇用流動性が高い(つまり、職場を選べる)医師たちにアピールできるかどうかは一つには行政のバックアップ、そしてもう一つは地域の民度にかかっているわけですが、聖地を抱える三重が後者でアピールするのは難しいとなれば、必然的に前者がどうなのかということに注目が集まりそうですよね。
毎日さんは「勤務医確保にあらゆる手を尽くしてほしい」なんて「お前が言うな」的な名?セリフで締めていますけれども、日本全国どこに行っても医師不足で引く手あまたという状況下にあって、失礼ながらこんな行政のバックアップがハナから期待できない(それどころか、下手すると背中から撃たれて尾鷲コースにもなりかねない)ところに好き好んで来る医者がいますかね?
それよりも何よりも「両市間の“綱引き”」なんて生ぬるいことを言っていますけれども、要するに地域エゴというものをどうやって解消していくかという、医療の外側での話の方がずっと優先課題になるのではないでしょうか。

昔ながらの自治体病院は近年どこも苦戦していますが、「いざというとき身近に頼れる病院がなければ」と言ってみたところで、減り続ける医師数や更新されることもない旧式の機材で救急担当能力を喪失した病院ばかりでは、いざというときには何の役にも立たないということになりがちですよね。
実際にこうした施設の入院患者を見てみますと本当の救急は中核施設に送って、半慢性期の患者ばかりが入っているということがありがちですけれども、こうした患者は別に急を要するわけでもないわけですから多少病院が遠くなっても大きな問題はない一方、救急を離れて慢性期に特化すればそれだけマンパワーを浮かせて他に回す余裕もできるという道理です。
すでに再編に向けて自治体をまたいだ配置転換であっても被雇用歴は継続するなんて公務員の心をくすぐる条件まで出ているわけですから、あとは地域住民とその民意を受けた政治家の皆さん方が決断できるかどうかに掛かっているという話ですが、このままずるずると引き伸ばした挙句に更なる逃散が続いてしまうようでは、いずれ「もう再編しても急性期は無理」なんて話になりかねないでしょう。

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2010年6月27日 (日)

今日のぐり:「まゆみの店」

今春に終了してしまった人気番組で「田舎に泊まろう」というものがありましたけれども、何やらああした話にも通じるようなニュースが先日出ていまして面白いなと思ったのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

「無一文」のケニア人男性、東ティモール大統領から歓待(2010年6月22日ロイター)

 [ディリ 21日 ロイター] 東ティモールに「無一文」で降り立ったケニア人の男性が、入国ビザを持っていないにもかかわらず、大統領官邸に宿泊させてもらった上、マラソン大会で優勝して賞金5000ドル(約45万円)を獲得した。 

 フィリモン・ロティッチさん(33)は18日に東ティモールの首都ディリの空港に到着したが、宿泊費用はおろか、ビザの取得費用40ドルも持っていなかった。しかし、空港内でラモス・ホルタ大統領を見つけ、あいさつをしに行ったことで状況は一変する。

 ロティッチさんはロイターの取材に、「自分の国でさえ大統領にあいさつしたことはないから、きっと神のおぼしめしだ。喜んであいさつに行くと、大統領は自分の家に来るよう言ってくれた」と語った。

 その後、ロティッチさんは現地で20日に開催されたハーフマラソン大会で優勝。金メダルと賞金5000ドルを手にしたレースは「暑かったし、道にいた犬が怖かった」と語っている。

いやしかし、いったいこれは何が起こったのかとよく判らないような話でもあるんですが、同様の感想を抱いたのは自分だけではなかったようですね。

46 名前:名無しさん@十周年[sage] 投稿日:2010/06/23(水) 11:50:07 ID:3/7QikWg0

         ,. -‐'''''""¨¨¨ヽ
         (.___,,,... -ァァフ|          あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
          |i i|    }! }} //|
         |l、{   j} /,,ィ//|       『おれは無一文でビザも無いのに空港で大統領に
        i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ        挨拶したらいつのまにか大統領邸で歓待された』
        |リ u' }  ,ノ _,!V,ハ |
       /´fト、_{ル{,ィ'eラ , タ人        な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
     /'   ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ        おれも何をされたのかわからなかった
    ,゙  / )ヽ iLレ  u' | | ヾlトハ〉
     |/_/  ハ !ニ⊇ '/:}  V:::::ヽ        頭がどうにかなりそうだった…
    // 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ
   /'´r -―一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐  \    不法滞在だとかホスピタリティだとか
   / //   广¨´  /'   /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ    そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
  ノ ' /  ノ:::::`ー-、___/::::://       ヽ  }
_/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::...       イ   もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…

いずれにしてもこの一件、単に偶然に偶然が重なったラッキー、で終わらせるにはマラソン大会で優勝というのが少しばかりハードル高いですけれども、今日はこの幸運を実力で引き寄せたロティッチさんにちなんで「人間って結構すごい!?」と思わせる話題をいくつか紹介してみましょう。
まずはこちら、日本のお爺ちゃんも結構すごいじゃないかという先日の記事です。

座礁船から1キロ遠泳→港へ徒歩 70歳船長の仰天体力(2010年6月20日朝日新聞)

 19日未明、長崎市沖で操業していた漁船が座礁した。男性船長(70)=熊本県上天草市=は真っ暗な海に飛び込み、岸まで約1キロを泳いで渡った。

 いきなり現れた船長に驚いたのは、岩場近くの釣り人たち。船長は寒さしのぎの衣服とサンダルを釣り人にもらい、今度は約9キロ離れた漁港に向かって歩いた。

 一部はヒッチハイクもして、漁港で助けを求めたのは正午ごろ。船長は開口一番、「足が棒のようだ」。長崎海保職員は「無事でよかったが、体力あるなあ」と感嘆。

未明の海からのっそり現れたお爺ちゃんに釣り人ならずとも誰だって死ぬほど驚くと思いますけれども、漁港までいかずともどこかで電話でも借りればいいようなものを、とことん突っ走ってしまうあたりが戦中派の根性ということなんですかね?
一転して海外からはこちらもやはり奇跡?!というニュースがちょっとした話題になっています。

人間は水の上を走ることが可能なのか? 実際に水の上を走った動画が超話題!(2010年5月16日ガジェット通信)

人間は水の上を走ることが可能なのか? そんな夢のようなことを実現した動画が『YouTube』に投稿されており話題になっている。既に再生回数は200万再生数を超える人気っぷりだ。より早く、そして水との接触を避ければ前へと進めるとのこと。しかし永久に水の上を走ることは不可能でいつかは沈んでしまう。しかし想像していた以上に水の上を走っており驚きだ。

ボートに引っ張られ勢いを付けたり足を高く上げたりと、工夫を凝らした走り方で水の上を疾走する様はまるで仙人か忍者だ。
ただし結論から言えば人間が永久に水の上に浮いているのは無理だ。人間は翼も付いていないので浮力を生み出すことは不可能。さらに人間の限界値の速度 36km(世界記録)の速度でも水に沈んでしまうとのことだ。もちろんこの動画も数メールも走らないうちに水に落下している。それでも数メートルは水の上を走っており、今まで誰も挑戦しなかったことを成し遂げたとして人気動画になっているのだ。

しかしこの動画そのものがフェイクの可能性も否定できない。浅瀬の上を走っているとか……。

ま、実際に奇跡なのかどうかは動画を見た各人が判断していただくべきことかとも思うのですが、個人的見解としましてはいかにも途中で足場が途切れて落下しました感が…
一方でこちらは正真正銘100%マジモノという体を張ったネタですけれども、これも現場の状況を考えてみると非常に究極の選択ですよねえ。

ボイラーに腕がはまって2日、生き延びるために自分の腕を切断(2010年6月12日CNN)

ニューヨーク(CNN) 地下室の壊れたボイラーに腕がはまり、3日間身動きが取れず、助かるには自分の腕を切断するしかない。

まさにゾッとするような話だが、コネティカット州ウェストハートフォードに住むジョナサン・メッツ氏(31)は現実にこの状況に直面した。

メッツ氏は、地下室にあるボイラーを修理中に左腕がボイラーにはまって身動きが取れなくなった。ボイラーから漏れる水を飲みながら何とか生き続けていたが、2日間経過した時、肉が腐りかけているような匂いを嗅ぎ、助かるためにはボイラーにはまっている自分の左腕を切断するしかないと悟った。そこでメッツ氏は、肩のすぐ下に止血帯を巻き、自分の腕の切断を試みたが、9割切断したところで気絶してしまった。

幸い、隣人がメッツ氏を2、3日見かけていないことに気付き、警察に通報した。警察は消防隊の助けを借りてメッツ氏の救出に成功。救助隊はボイラーをバラバラに解体し、メッツ氏の腕を完全に切断したという。切断した腕は、感染症のため再接合はできなかった。

メッツ氏の治療に当たったセントフランシス病院・医療センターのスコット・エルナー医師は、メッツ氏が腕の切断を決意した当時の状況について、「(メッツ氏の)腕は腐りかけていた。腐りかけの肉は毒素を放つ。メッツ氏はその匂いを嗅ぎ、何かおかしいと感じて(切断を決意した)」と説明した。また、同病院のデビッド・シャピロ医師は、メッツ氏の取った行動は立派で勇敢だったと称賛した。

病院の広報担当によると、メッツ氏は11日午前に補綴の準備となる筋肉弁の手術を受けた。午後の時点で意識ははっきりしており、医師と話もしているという。

とっさの瞬間によくここまで冷静に判断し、そして何より実行に移せたものだと思うのですが、何やらブラックジャックなどに出てきそうな話が実際にあるものなんですね(まさかオチまで同じなんてこともないでしょうが…)。
最後に紹介するのはこちら、現在ちょうど開催中のワールドカップと関連するちょっと愉快な?話題です。

ギリシャ代表、寒冷殺人拳は不発に(2010年06月14日livedoorニュース)

ギリシャ代表選手の腕に「寒冷殺人拳」の入れ墨があることが話題になっています。

入れ墨の主はヘルタ・ベルリンに所属する17番のFWファニス・ゲカス。今年3月ブンデスリーガのヴォルフスブルク戦ではハットトリックも達成しているゲカス選手ですが、初戦の韓国戦では不発。チームも0-2で完敗してしまいました。

海外のフォーラムによれば、「Cool Killer」と入れたくて訳した結果、どこをどう間違ったのか「寒冷殺人拳」になってしまったのでは、とのこと。そもそも、クールキラーってどうなのよ、という問題もありますが。

実際の写真がこちらなんだそうですが、これはまたなんともはっきりとした「寒冷殺人拳」の文字が…いったい何なんでしょうね?
幸いにも同選手は寒冷サッカーの腕前を発揮することもなく終わったようですけれども、彼にとっても対戦相手にとっても幸いなことだったのではないでしょうか?

今日のぐり:「まゆみの店」

高知県は須崎市と言えば鍋焼きラーメンなる地ラーメンのある土地柄ですが、老舗の名店と言われる橋本食堂は日祝休ということで遠方のお客には入りづらいこともあり、今回はこちらのお店にお邪魔してみました。
ちなみに住宅街の一角にあるお店で一応店の裏手に駐車場もあるのですが、あっという間に一杯になってしまうので多くの場合周辺に路駐するということになってしまうようですね(あまりこのあたりのお巡りさんはうるさいことは言わないのでしょうか?)。
ちなみに店の表に出て駐車を仕切っている気さくな親父さんが愛妻家なので「まゆみの店」と名付けたのかとも思ったのですが、どうも見ていますと親父さんの方はほとんど店の運営に関わっていないようなので(あるいは仕込み担当?)、単純に奥さんが仕切っているからが故の店名なんでしょうか?
なお、店の中では基本的に立待ちをさせず、店の表に並んだお客を席が空き次第呼び込むというやり方のようですが、メニュー構成自体がシンプルなこともあって鍋焼きという手の掛かりそうなスタイルの割にそこそこ回転は悪くなさそうな感じです。

さて、店に入って席についたところで一番ベーシックな鍋焼きラーメンを注文(他にキムチやカレー入りもあるようです)、意外にも待つほどのこともなく運ばれてきた土鍋の中身はかなり固茹での中細麺(デフォルトの茹で加減は希望で変えてもらえます)の上にネギに竹輪、生卵といったものが乗っているごくシンプルかつ古風なものです。
スープは濃厚な脂の味を省いてもかなり甘口と感じられる鶏ガラ醤油スープの中に鶏肉の断片が幾つか浮いていて、この醤油味の鶏のスープに鶏の肉というスタイルを見ると同じく地ラーメンの一つである笠岡ラーメンを思い出すところがありますが、あちらがトッピングとしての煮鶏スライスなのに対して、こちらはスープを取った後の残渣が混入しているという感じで、肉としての味は期待できないようですね。
麺自体の味は田舎のラーメン屋らしい普通っぽさと言いますか、強いて特徴といえばこの相当な固茹で具合くらいかなとも思うのですが、これが最初は少し硬すぎるかな?と思いつつ食べていますと自然といい具合になってくる仕立てで、鍋焼きラーメンなんて麺が伸びてしまうんじゃないか?と不安になる必要はなさそうです。
ところで地域の伝統を受け継いでいるのだろう昭和っぽい竹輪のトッピングなどは突っ込みを入れるつもりもないのですが、どうもこの蓋をとってみるとシンプルな鶏ガラスープ、麺の上には半煮えの生卵がのっているという見た目から、世界初のインスタントラーメンを思い出してしまったのは自分だけでしょうか?(苦笑)

全体に味の方は見た目通り潔いほどシンプルで、こうした系統の味が好きな人なら悪くないなと思う一方、食べながら今風にカツオなり煮干しなりの風味を足してみたらどうなるかなんてついつい考えたりもするのですが、後でご飯を入れて雑炊風に仕立てていくといった食べ方をするのであれば、こういう力強くシンプルなスープにしておいた方がいいということなんでしょうね。
この店の場合は田舎でもあり家族経営に近いということもあるのか、接遇面では特にこれといったトレーニングは行われていないようなんですが、壁にもやたらと顧客への注文書きが多かったり、自分たちの聞きたい時にしか顧客の声が耳に届いていないらしかったりと、気にし始めると幾らでも突っ込みどころはありそうなんですがスルー推奨ということなのでしょうか(苦笑)。
しかし店の前でこれだけ長時間の行列待ちをさせているわけですから、せめてあのドブ臭い匂いだけでも何とかしておいた方が飲食店としてはいいんじゃないかとも思うんですけれども、やたらと沢山ならんでいる金魚鉢?の水が淀んででもいるのでしょうかねあの異臭は?ふむ…

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2010年6月26日 (土)

結局何ら決まらずに終わったIWC総会 しかし結果として悪くもない?

職場の同僚が出かけていて、珍しく今日は忙しかった…
それはともかく、本日まずは表題の通りで、何らの結論もでないまま終わってしまったというIWC総会閉会のニュースから紹介しておきましょう。

捕鯨議論仕切り直し=IWC総会が閉幕へ(2010年6月25日時事通信)

 【アガディール(モロッコ)時事】21日に当地で開幕した国際捕鯨委員会(IWC)第62回年次総会は25日、最終日を迎えた。「商業」「調査」などの区別をやめた上で、IWCの管理下で捕鯨を容認する議長提案について合意に失敗。次回総会まで1年程度の冷却期間を置き、その間に今後の議論の進め方を話し合う。
 最終日は、デンマークの自治領グリーンランドに対し、先住民枠の一環として新たにザトウクジラの捕獲枠を年間9頭認めることを決めた。IWCが新たな捕獲枠を認めるのは、2007年総会でグリーンランドにホッキョククジラ2頭を認めて以来3年ぶり。IWCは、商業捕鯨を一時停止する中でも、イヌイットら先住民による捕鯨は認めている
 議長提案は、日本が南極海で調査目的で行ってきた捕獲の頭数を半分以下にする見返りに、日本沿岸での商業捕鯨の再開を認める内容だった。20年まで10 年間の暫定措置で、その期間中にIWCの在り方や新たな捕鯨の枠組みを話し合う狙いもあった。しかし、捕鯨を容認する内容に反捕鯨国が反発し、23日の総会で協議は事実上決裂していた。 

IWC閉会 対立が浮き彫りに(2010年6月26日NHKニュース)

モロッコで開かれていたIWC=国際捕鯨委員会の総会は、捕鯨国と反捕鯨国の主張を取り入れた議長案について、議論を来年の総会以降に持ち越すことを決めて閉会しました。双方の対立の根深さをあらためて印象づける形となり、IWCの存在意義についても厳しく問われることになりそうです。

モロッコで開かれていたIWCの総会は、25日、5日間の日程を終えて閉幕しました。今回の総会は、捕鯨国と反捕鯨国の双方の主張を取り入れた議長案について、異例の非公開協議も交えて議論しましたが、妥協点を見いだすことはできませんでした。議長案は、南極海でのクジラの捕獲数を大幅に減らす一方、日本の沿岸での一定の捕鯨が認められるというものでしたが、議論は冷却期間を置くことが必要だとして、来年の総会以降に持ち越されることになり、捕鯨国と反捕鯨国の対立の根深さがあらためて鮮明となりました。また、デンマークの自治領グリーンランド沖合で、ザトウクジラを年間9頭捕獲することなど、先住民による捕鯨に関する提案をめぐっても議論が紛糾しました。今回の議長案は、重要な意思決定ができずにいるIWCの事実上の機能不全の状態を打開するねらいもありましたが、結局、交渉は決裂した形となり、IWCはその存在意義についても厳しく問われることになりそうです。

報道ではIWCが機能していないということを指弾する声がありますけれども、現実問題として捕鯨国の主張が全面的に認められるという状況も国際的に考えがたいだけに、現状維持という意味では交渉決裂は悪い結果ではないのかなと思います。
しばしばIWCを脱退せよとか新団体を作れという意見もありますけれども、こうした国際的枠組みを脱退すると領海内での沿岸捕鯨の自由は得られる一方、公海上での捕鯨に関しては法的根拠を喪失するということになってしまいますから、日本としては当面明らかな数的劣勢を避けながら粘り強く交渉していくのが基本線になりそうですね。
しかし、実際の反捕鯨諸国の主張を見てみますと、よくもまあこうまで好き放題言えるものだなとある意味感心するような話が並んでもいるようです。

「南極海での捕鯨をゼロに」反捕鯨強行派が主張(2010年6月22日Iza)

 モロッコ南西部アガディールで開かれている国際捕鯨委員会(IWC)の年次総会は21日午後、日本など捕鯨国3カ国と韓国が非公開で非捕鯨国と個別の折衝を続けた。協議筋によると、反捕鯨強硬派側は「(日本が調査捕鯨として行っている)南極海での捕鯨を段階的に減らし、最終的にはゼロに」などと訴えたという。

 日本は6つにグループ分けされた非捕鯨国のうち、オーストラリアやモナコを含む反捕鯨強硬派グループなど計3グループとの協議を終えた。

 一方、舟山康江・農林水産政務官は同日、反捕鯨国であるニュージーランドのマカリー外相と会談。日本の水産庁によると、捕鯨国、反捕鯨国間の妥協に基づく合意形成に向け、努力を継続することで考えが一致した。(共同)

EU:南極海捕鯨の段階的廃止要求へ IWC年次総会で(2010年6月19日毎日新聞)

 【ブリュッセル福島良典】欧州連合(EU)は21日にモロッコ・アガディールで開幕する国際捕鯨委員会(IWC)年次総会で、日本が調査捕鯨を実施している南極海における捕鯨の扱いについて、期限付きの段階的廃止を要求する方針を固めた。また、総会で議論される捕獲頭数の削減合意に拘束力を持たせる措置の導入も求める。EU筋が毎日新聞に明らかにした。日本はいずれも受け入れられないとの立場だ。

 EUが反捕鯨要求を鮮明にしたことで総会での国際合意の取りまとめは難航が予想される情勢となった。総会では捕鯨推進・支持国と反捕鯨国の歩み寄りを目指す議長案が議論のたたき台として提示されている。議長案は「商業捕鯨」「調査捕鯨」などの目的区分を棚上げした上で、10年間の暫定期間中は捕鯨を容認しつつ、IWC管理の下で捕獲頭数を大幅に削減するとの内容。

 EUは18日、ブリュッセルで加盟国大使級会合を開き、総会への対処方針を決めた。EUは「クジラ保護のための効果的な規制の枠組みにつながる妥協案でなければ受け入れる用意はない」(ダマナキ欧州委員=漁業・海洋担当)と議長案に注文を付け、毎日新聞が入手した内部文書によると、10項目の修正要求を列挙している。

 文書によると、南極海捕鯨についてEUは総会で「すべての捕鯨を今後、段階的に大幅削減し、合意された期限内で廃止する」との立場を取る。さらに、IWCが定める「南極海サンクチュアリ」を「捕獲禁止海域」とみなし、現在の商業捕鯨だけでなく、日本の調査捕鯨にも適用されると主張する。

 また、EUは、総会で暫定期間中の捕獲枠合意がまとまったとしても、将来、合意に違反して調査捕鯨、商業捕鯨が実施された場合には捕獲枠合意自体を無効とみなす条項(サンセット条項)を議長案に挿入するよう求めている。捕鯨国に対して、捕獲頭数削減の順守を強いる「縛り」をかけたいためだ。

 IWC総会で捕鯨の枠組みを変更するには投票数の4分の3の賛成が必要。88のIWC加盟国のうち25カ国が所属するEUがまとまって反対すれば4分の1を超えるため、議長案は否決される。総会では議長案の修正案が提出される見通し。

先住民捕鯨のみ認めよ=米国が修正案―IWC(2010年6月24日時事通信)

 【アガディール(モロッコ)時事】国際捕鯨委員会(IWC)年次総会で米国は24日までに、イヌイットら先住民に限って捕鯨枠を引き続き認めるよう求める提案をデンマークと共同提出した。議長提案に盛り込まれていた向こう10年間の捕鯨容認枠のうち、日本、アイスランド、ノルウェーの枠を削除した修正案で、先住民だけ向こう7年間に限って捕獲枠を確保する内容。
 修正案は23日、議長提案での合意が事実上とん挫した後で提出された。修正案で認められるのは、米国、ロシア、デンマーク自治領のグリーンランド、セントビンセント・グレナディーンで行われている先住民捕鯨。仮に修正案が否決されても現状維持が認められるため、先住民捕鯨は継続される。
 議長提案は、一括合意を前提として策定された経緯がある。このため、提案内容の一部のみを取り出すことは策定趣旨に反するとして、反発の声も上がっている。 

ま、こうした交渉事というものは最初に自分たちの言いたい放題を過剰なほどに出しておき、次第に歩み寄って合意形成を図るというのが常道ですけれども、日本の場合どうもそのあたりのハッタリが弱いと言いますか、最初からよくて現状維持というレベルにとどまりそうなのはどうかとも思いますけれどもね。
一方で反捕鯨国ニュージーランドとの個別交渉で合意形成のための努力が重要だという認識では一致したようですが、この点で非常に意見の一致を見たのがテロリストに対する非難ということで、これは当然ながらきちんとした形で記録に残しておかなければならないことだと思います。
こういうところで「いやテロリストにも一分の理が」なんてことを言い出す連中はテロ支援国家であるという空気を作っていかなければならないわけで、国際的に一致団結してテロは認められない、テロリストへの支援は断固許さないという言質をとっておかなければならないでしょうね。

日本 シー・シェパードを非難(2010年6月24日NHKニュース)

モロッコで開かれているIWC=国際捕鯨委員会の総会で、日本政府の代表団は、反捕鯨団体の「シー・シェパード」が調査捕鯨に対して行った妨害行為を詳しく説明して厳しく非難し、各国からも危険な行為だと批判する発言が相次ぎました

IWCの総会3日目となる23日、日本政府の代表団は、去年からことしにかけてシー・シェパードが南極海での調査捕鯨に対して行った妨害行為について、スライドを使いながら説明しました。そのうえで日本の中前明政府代表は「見解の違いがあるからといって、暴力による活動は法治国家において許されるものではない」とシー・シェパードを強く非難しました。これに対し、シー・シェパードの船が寄港するオーストラリアや本拠地があるアメリカなども「海上における安全を最優先にすべきだ」とか、「抗議活動は平和的に行われなければならない」などと発言し、シー・シェパードの妨害行為は認められないとする立場を鮮明にしました。一方で、シー・シェパードの船の船籍があるオランダは、激しさを増す妨害行為を危ぐするとしながらも、国内法上、船籍をはく奪するなどの対応は難しいという考えを示し、さらに日本にも調査捕鯨の自制を求め、日本側が反発する一幕もありました。

ちょうど先日はテロリストの親玉であるシー・シェパードのポール・ワトソン代表がICPOによって国際手配されたという記事もありましたが、犯罪行為を積み重ねているのは明白であるのですからきちんと法的な包囲網を作り上げていくべきであって、天網恢恢疎にして漏らさずということを彼らにも思い知ってもらわなければならないでしょう。
それにしても、そもそも環境保護団体だの鯨類を守れだのと主張するなら、今もっともホットな環境破壊で鯨が絶滅する?!なんて大騒ぎになっている原油流出問題に関わらないで済むはずがないのですが、予想通りに?グリーンピースにしろシー・シェパードにしろこの件に関しては全く言及がないというのが分かりやす過ぎて笑えます(笑)。

原油流出でメキシコ湾のクジラが絶滅?(2010年5月24日ナショナルジオグラフィック)

 メキシコ湾に生息するマッコウクジラの個体群は、今回の原油流出事故でわずか3頭が死ぬだけで、長期的に深刻な危機に陥る可能性があるという。

 現在メキシコ湾には年間を通じて1400~1660頭のマッコウクジラが生息し、毎年オスが回遊する大西洋のほかの群れとは異なる独自のグループを形成している。アメリカの絶滅危惧種法(ESA)ではすべてのマッコウクジラが絶滅危惧種に指定されているが、中でもメキシコ湾のマッコウクジラの個体群は生息数が比較的少ないため、特に危機に瀕していると考えられている。

 そのメキシコ湾のマッコウクジラたちが今、石油掘削基地ディープウォーター・ホライズンの事故による原油流出で危険に晒されている。有害な原油や、石油が気化したガスをクジラが体内に摂取したり吸入したりする恐れがあるためだ。

「一方で原油による汚染が起こりつつあり、もう一方に絶滅危惧種がいる。この2つが合わされば立派な懸念材料だ」とテキサス工科大学の環境毒性学者セリーヌ・ゴダール・コディング氏は警戒する。

 米国海洋大気庁(NOAA)が発表した2009年度の資源評価報告書では、メキシコ湾のマッコウクジラ個体群のPBR(生物学的間引き可能量)は3と推定されている。PBRとは人為的に除去しても個体群に影響が及ばない個体数を示す指標で、この報告書の通りなら、自然死以外の人為的原因によって年間3頭のマッコウクジラが死亡あるいは除去されると、そのマッコウクジラ個体群の長期的な生存が危ぶまれることになる。

 マッコウクジラは性的に成熟するまでに非常に長い期間を要し、特にメスは時間がかかるため、毎年3頭という一握りのクジラが減るだけでも何百頭という個体数の減少につながりうる。しかも、一生の間にメスが出産する子どもの数はわずか3~4頭だ。

 ゴダール・コディング氏は次のように説明する。「マッコウクジラはヒトに似ている。ヒトの大半は1度に6人の子どもを生むことはないし、毎年出産することもない。原油流出を含むヒトとの接触によって年間3頭のクジラが死ねば、そのマッコウクジラの個体群全体がたちまち脅かされることになる」。

 流出した原油は、マッコウクジラだけでなく、イルカなど他のクジラ目の動物にも様々な形で影響を与える可能性がある。まず、海洋哺乳類は海面に浮上して呼吸する必要があり、油膜の中を通って浮上すると有毒物質を肺に吸い込む恐れがある。また、今回の事故で流出した原油から気化して海面に立ち込めるガスは、成熟したクジラさえ気絶させて溺死させるほど毒性が強い可能性がある。最後に、マッコウクジラが捕食する魚やイカなどが原油で汚染されるため、クジラの食餌が影響を受け、また健康な子どもを育てにくくなる場合もある。

 米国海洋大気庁の海洋哺乳類の健康および座礁対策プログラムのコーディネーターを務めるテリー・ロールズ氏は、「食物網を通じて原油由来の化学物質の汚染が広がるのを非常に懸念している」と話す。

 過去の研究から、2010年4月20日にディープウォーター・ホライズンが爆発し原油が流出する以前には、メキシコ湾に生息するマッコウクジラの少なくとも一部が同採掘基地の周辺を泳いでいたことが確認されている。テキサス工科大学のゴダール・コディング氏は、「2000~2005年には、ちょうどその海域に常に約300頭のマッコウクジラがいたことがわかっている」と話す。

 メキシコ湾の原油流出事故は、1989年のタンカー、エクソン・バルディーズ号の石油流出事故でアラスカのプリンス・ウィリアム湾のシャチが受けたのと同程度の被害をマッコウクジラに与える可能性があるとの意見もある。

 アメリカ、アラスカ州にある北部湾岸海洋協会(North Gulf Oceanic Society)の海洋生物学者クレイグ・マットキン氏が率いた2008年の研究によると、エクソン・バルディーズ号の事故後に生息数が40%も減少したシャチの個体群もあったという。現在でもその個体群は以前の水準まで生息数が回復しておらず、数十年後には絶滅する可能性が高いとマットキン氏は推測する。

「その個体群では回復不可能なほど多くのメスのシャチが死んでしまい、まだその数は元に戻っていない」。今回のメキシコ湾の原油流出によってこの1年で3 頭を上回る数のマッコウクジラが死ねば、メキシコ湾に生息するマッコウクジラは“絶滅の危険領域”に突入する可能性があると同氏は懸念する。

 海洋哺乳類がメキシコ湾の原油流出の影響を現在受けているかどうかは明らかになっていない。沿岸部に生息する種類のハンドウイルカ数頭が海岸に打ち上げられ、原油がその原因ではないかと疑われているが、明確な因果関係は確認されていないと米国海洋大気庁のロールズ氏は説明する。「海岸から離れた沖合の海に生息し、海中深く潜る習性を持つマッコウクジラなどのクジラは、油膜の発生源近くに生息するため、その影響を直接受けていることは間違いない」。

 しかし、クジラはほとんどの時間を海中で過ごすため、死体が海岸に打ち上げられることは少なく、クジラの死体や、原油の被害を受けたクジラを見つけるのは難しい。「原油回収作業と海洋哺乳類の観察の一環として空中からの調査が行われているが、その調査でクジラの死体が浮いているのを発見したら報告してほしいと依頼している。それが死んだマッコウクジラを見つける最も確実な方法だと思う」。

ま、誰が金を出しているのかといった資金の流れを考えてみても、こういうお金持ちの系図が絡むような話に彼らテロリストがうかつなことを口出しするはずもないわけですが、逆に日本などはこういうところでしっかり救援活動をして「鯨を保護し、そして持続的に利用する道を探る」という姿勢をアピールしていきたいところではないでしょうか。
反捕鯨国の中ではちょうどオーストラリアの反捕鯨最強硬派とも言われたラッド首相が退陣し、後任にギラード副首相が初の女性宰相となることが決まったようですけれども、このギラード氏もまたかねて「捕鯨を止めさせるためにやれることをやる」なんて景気のいいことを言ってきた方だけに、近々の選挙での争点としてまた反捕鯨が取り上げられるやも知れず、このあたりにも要注目ですよね。
引き続き関連情報にも注意しながら、事態の推移を見守っていきたいと思います。

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2010年6月25日 (金)

お金にまつわる最近の話題

日本代表ベスト16進出おめでとうございます!&お疲れさまでした!
いや、デンマークあたりの欧州中堅相手に、W杯本番でこういう試合が出来るようになるとは大変なものだと感じ入りましたが、本当にいい試合を見せていただきました。
ちょうど数日前に「ファンタジスタ」を読み返していたのですが、今日の三点目となった美しいゴールなど「お前らは漫画か!(笑」と思わず突っ込んでしまいました。
Yahoo!UKの試合速報における終了間際のこの一言が、今大会の日本代表の献身的な戦いぶりを示しているように思いますが、今にして思うと前回大会の悪夢の三連続失点が今大会いい緊張感を維持させているんじゃないかという気がします。

90+3' Japan still running.

余談ついでに先日も書きました沖縄県は国頭村の診療所問題に関する続報も紹介しておきますが、やはりと言いますか完全決裂でFAということのようですね。
この件に関しては色々な噂や怪情報が飛び交っていますけれども、そうした話を抜きにして真面目に医者を呼んで診療所を開こうとしていたのだとすれば、あまりにお粗末過ぎる経緯ではなかったかなという気はしますが、こうなりますと新たな医師探しを続けるのか、県当局の方針に従って巡回診療を受け入れるのかが国頭村としても思案のしどころですね。

医師の復帰交渉断念 国頭村・安田診療所問題(2010年6月22日沖縄タイムス)

 【国頭】国頭村安田の村立東部へき地診療所の中路丈夫医師(65)が村との雇用契約が結ばれないことを理由に、実家のある熊本市へ戻っていた問題で、村は同医師との交渉を断念したことが21日、分かった。

 宮城馨村長らは10日、同市を訪れ、中路医師への謝罪とともに診療所に戻るよう説得。その後も電話で要請を続けてきたが、同医師が要請を断ったため、村は交渉を断念した。

 中路医師は沖縄タイムスの取材に対し「へき地での新たな医者の確保は困難だと思う。医者が赴任するときは雇用条件を整え、辞令を出すことが行政の基本ということを忘れないでほしい」と話した。

国頭村の件は今後の展開を生暖かく見守るとして、今日は最近拾い残した話題の中からお金がらみの医療の話ということで目についた話題を取り上げてみますが、一体に政権の掛け声で医療は国をあげて大きく育てようなんて機運が盛り上がりつつあり、世間的にもこれだけ需要過多、供給過少が叫ばれているというくらいの有望産業であるにも関わらず、当の業界内からは景気のいい話も聞こえないのは面白いですよね。
病院はどこも徹底的に体力をすり減らし今さら新しいことにチャレンジする余力もない、開業医は年々診療報酬が切り下げられる一方で子供には絶対あとを継がせないと決意を固めているというくらいですから、これでは成長産業にと掛け声をかけたところで急に走り出すわけにもいかないだろうとも思いますが、そうは言ってもまだまだ業界内で改善の余地も無しとはしないところです。
最近はとりわけ経営改善が急務と言われる公立病院にしても独法化だ、いや公設民営化だ、はたまた事業管理者だと色々とチャレンジしているという話で、それはそれで良いことなんじゃないかとは思うのですが、そんな中である意味逆の方向性でいきなり結果を出した?と目についたのがこちらのニュースです。

近江八幡市:病院事業、PFI解約で経営大幅改善 /滋賀(2010年6月17日毎日新聞)

 近江八幡市は16日、09年度の病院事業決算について「(民間企業の資金やノウハウを活用する)PFIの解約などで経営が改善に向かい、4億9500万円の黒字が見込まれる」と発表した。

 医業収益は91億2850万円の見込みで大きな変化はないが、PFI解約によりSPC(特別目的会社)への委託料15億4600万円が不要になるなど出費が抑えられたという。市は、昨年総務省に出した改革プランの7億2700万円の赤字に比べ、収支が大幅に改善されたとしている。【斎藤和夫】

近江八幡医療市立センターといえば、以前にも「全国初のPFI契約解除!」とちょっとしたニュースになったものですけれども、初のPFI病院として話題になった高知医療センターの破綻といい、やはりあれは病院経営にはよくないものだという評価が定着しつつあるようにも感じますね。
このPFI方式というもの、鳴り物入りで導入されたわりには全国各地の公立病院で駄目だったという話こそ多い割に、一つとしてうまく行ったという話を聞かないのはどうなのかですが、実のところこうしたPFI病院の失敗事例は先行するイギリスでのそれを丸々なぞっただけとも言え、どうも安価な医療が根づいている国ではうまく回らない制度なんじゃないかという印象を受けています。
「PFIなんて結局おいしいところだけ民間に甘い汁を吸われて終わる」なんて声が当時から結構ありましたけれども、PFI導入自体の是非、あるいはその委託料が果たして妥当だったのか、そしてなぜその金額になったのかといったあたりをしっかり検証していかなければならないし、すればするほど面白い新事実も出てくるんじゃないかという気もしますね。

さて、金がないのは医療の提供側ばかりの話ではなくて、息の長い不況下で利用者側である患者の方でも医療費支払い困難だ、いやそもそも保険料が払えないといった騒ぎで、「安全と健康はタダ」なんて神話があった日本とは思えないような時代になってきています。
先日は患者側の経済的理由による治療中断を四割の医療機関が経験しているなんて記事も出ていましたが、これも四割もと考えるべきか四割しかと考えるべきか評価は分かれるところだとしても、医療を提供する医者の側としても病院経営的な意味でのコスト意識のみならず、患者負担が幾らになるのかといった意味でのコスト意識も求められる時代になってきたとは言えるでしょうね。
そんな中で話としては正しいのかも知れませんが、文字通りに受け取るとこれはちょっと厳しいなあという話がこちらのニュースです。

患者に負担させHIV検査 横浜の病院、3年前から(2010年6月10日47ニュース)

 横浜市保土ケ谷区の聖隷横浜病院がエイズウイルス(HIV)院内感染防止のため、3年前から入院患者の大半に自己負担で感染の有無を調べる検査をさせていたことが10日、病院への取材で分かった。病院は今年に入って厚生労働省から「自己負担は不適切」と指摘を受け、患者約5千人に検査費用を返金することを決めた。

 病院は、検査が院内感染予防の目的と患者に説明し、同意書も取っていた

 厚労省関東信越厚生局神奈川事務所が1月に実施した同病院への立ち入り調査で「一律の検査で強制的になっている可能性がある」と指摘。検査目的が治療でなく、医師らへの感染防止なら病院が費用負担すべきだとして、1回約1300円の検査費を返金し、事実を公表するよう促した。

 返金対象患者は3年間で約5千人に上るとみられる。

これ、術前検査などで肝炎やら梅毒やら一通り調べるのが、おそらく全国ほとんどの施設で当たり前ということになっていたと思いますけれども、「検査目的が治療でなく、医師らへの感染防止なら病院が費用負担すべき」というロジックを押し立てて来られると結構大変な問題になりそうに思うのですけれどもね(逆にHIVだけ特別扱いだと言うのなら、それはそれでまた大変な問題ですが)。
感染症検査というものはやらないなら感染症ありという前提で対策をしておきなさいと言うことになっていたと思いますが、実際に全例クロ扱いで対策をしていくとなるとそのコストや手間も決して馬鹿にならないものになりますから、どちらに転んでも医療機関側としては今まで以上に負担が増えるということになりそうです。
ちょうどこの一件は「勤務医 開業つれづれ日記」さんも書いていますけれども、「医者がまたセコく金儲けを!」なんて言っている場合ではなくて、社会全体として考えてみた場合にどちらがお得なのかということを考えていくべき話なんじゃないかと思えて仕方がないんですが、どうもそんな大所高所の判断ではなくて監査のイチャモンつけレベルでやっているように見えてならないんですけれどもね。

このあたりの話のバカバカしさは今に始まったことでもありませんし、その結果どれだけの無駄な労力が新たな現場負担となっているかも今さらですが、ちょうど菅さんが総理になっただけにHIVネタと言えばニュースバリューがあるとでも言うことなんでしょうか?(苦笑)
ま、菅さん云々は冗談ですけれども、ちょうどその民主党が以前から主張してきた後期高齢者医療制度の廃止に関わる話題で、予想されたような方向で話がまとまりつつあるらしいというニュースが出ていましたね。

新医療制度案 高齢者も国保に(2010年6月23日NHKニュース)

後期高齢者医療制度を廃止したあとの新たな制度を検討する有識者会議が開かれ、75歳以上の多くの人は、国民健康保険に入る方向で、具体案を取りまとめることになりました。

政府は、75歳以上を対象にした後期高齢者医療制度を廃止すると同時に、平成25年4月から新たな制度を導入する方針です。これについて、23日厚生労働省で開かれた「高齢者医療制度改革会議」は、新たな制度の基本的な枠組みについて、これまでの議論の整理を行いました。その結果、後期高齢者医療制度を廃止した場合、75歳以上の多くの人は、自営業者などが加入する国民健康保険に入る。ただ75歳以上であっても、サラリーマンとして働いている場合は、家族も含め、健康保険組合などの被用者保険に入る方向で具体案を取りまとめることになりました。また、事務局側から、国民健康保険については、財政基盤を維持するため、少なくとも75歳以上が加入する部分については、運営主体を市町村から都道府県に切り替えるべきだという考え方が示され、検討を進めることになりました。有識者会議は、年末をめどに最終の取りまとめを行う予定で、政府は、来年の通常国会に必要な法案を提出することにしています。

後期高齢者医療制度に関しては当「ぐり研」でも繰り返し取り上げてきた経緯がありますけれども、世界的にも「日本はうまいことを考えた」と評価されているこの制度を、単に語呂が悪いからだとか不祥事が相次いだからといった理由で廃止にするのは果たして良い事なのかどうかと思いますね。
その一方でこの記事の意味するところはもう少し現実的な問題というのがあって、これまた以前から取り上げていますように昨今の不景気でいわゆる定職を失う人と言うのがどんどん増えてきていて、その中で低所得層を吸収する役割を果たしてきた国民健康保険はその財政状況が極度に悪化してきているという現実があるわけですね。
一般的に高齢者というのはそれなりに資産もあるということになっていて収納率も高い「上顧客」であるという声もありますけれども、実際に後期高齢者ともなれば医療費もそれなりにかかるという点で大きな支出源にもなるわけですから、ただでさえ財政的に青息吐息の国保に入れてしまうのが本当によいのかどうか、きちんとした試算結果を示してもらう必要がありそうです。

これと併せて後期高齢者医療がもう一つ評判が悪かった原因が「年寄りからも金を取るのか?!」といったところだと思いますけれども、自己負担分免除ということになれば国保側としても一方的な持ち出しになりかねませんから応分の負担を求めざるをえず、そうなると結局は制度の名称が変わるだけで同じじゃないかという話にもなりかねませんよね。
そもそもこの一連の騒動、病院に預けておくのが一番安上がりで手間もかからないという日本の高齢者医療というものがおかしかったと考えれば、自宅<介護施設<病院と社会的資源・マンパワーを投入する強度に応じて負担額が増して行く方が自然な話であって、これを逆にしてしまうと幾ら病床があっても足りないという話になってしまいます。
実際、国際比較で日本は病床数が非常に多いということは以前から指摘される通りですし、その一因としていわゆる社会的入院というものがあることもこれまた言われてきた通りですが、世論の反発を受けて目先の人気を追いかけた挙句、本筋の部分で後退するということになるとまたぞろ「その分の医療費を他の部分から捻出しなければ」なんて話になりますから、よくよく熟慮が必要なんじゃないかと思います。

このあたりはどういった終末期を迎えるのが良いかという死生観の話とも結びついてくるところですが、日本人の平均寿命もこれだけ伸びて多くの人々が大往生と呼べるくらいに長生きする時代になったからこそ、畳の上で看取るという昔からの価値観が再び見直されていくべきなのかも知れませんね。

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2010年6月24日 (木)

思いがけないところから飛び出した思いがけない話

全く今日の主題に関係ない話ですが、南アフリカで開催中のサッカーワールドカップ一次リーグ最終戦で、日本がデンマーク代表と決勝トーナメントへの勝ち上がりをかけた勝負をすることになりました。
そんなこんなで先日新聞のスポーツ欄をつらつらと眺めていましたら、ちょうどデンマーク代表に関するこんな話題が出ていましたんですね。

さあ最終決戦…デンマークはリラックス(2010年6月21日デイリースポーツ)

 【サッカー日本代表 密着レポート】
 本日は日本代表が完全オフということで、運命の最終戦の相手デンマークを取材にジョージから車で60キロ離れたリゾート地ナイズナへ。1次リーグ突破へは勝利のみが条件となるだけに、さぞかしピリピリしているのかと思えば、選手たちはみな拍子抜けするほど、リラックスした様子。
 練習前の取材にも気さくに応じてくれ、FWトマソンは「日本から来たの?日本はいい国だよね。日韓W杯にはいい思い出(4得点)があるから」と、笑顔。あまりのナイスガイっぷりに完全に毒気を抜かれてしまった。
 ちなみに戦争の荒地を我慢強く開墾し、農業と牧畜とで国づくりを行ってきたデンマーク人の気質は「温厚でユーモアを好む」「弱者への配慮に富む」に加えて「争いを好まない」なんだとか。まあ24日はそういうわけにはいかないんでしょうが…。

今やチームの大ベテランとなったこのトマソン選手の「いい思い出」という話を聞いてすぐに思い出したのが、今を去ること8年前の2002年のワールドカップ当時に話題になったデンマーク代表のキャンプ地和歌山県でのエピソードです。
ただこのネタ、その後本にまでなるくらいに人口に膾炙したのはいいんですが、上記の記事にも登場する一方の主役トマソン選手がその後インタビューで語ったところによれば「その話は知らないし、そもそも僕は一人っ子」だと言うことですから、どうやらフィクションだったようなんですね(残念!)。
2002年の大会と言えばこういう話も記憶に残っていますけれども、思い出しますと日本サッカー界が世界に向かって登り続けていたあの時代というのはサポーターも夢と希望に満ち溢れていたし、今にして思うといい時代でしたね。

そうした余談はともかく、2009年2月に起きた北海道での殺人で懲役9年の有罪判決を受けた事件の控訴審で、何やら非常に興味深いことが起こったようですね。
一審の記事を見る限りでは、どこにでもあるありふれた事件という感じでの扱いであるらしいところを見ても、当時はそんなにもめるような話とも考えられていなかったのでしょうが、控訴審は思わぬ爆弾投下となったようです。

「治療適切なら救命も」 殺人事件で解剖医証言(2010年6月22日47ニュース)

 同居の男性を刺殺したとして殺人罪に問われ一審で懲役9年とされた無職出口志津子被告(40)の控訴審公判が22日、札幌高裁(小川育央裁判長)であり、司法解剖を担当した医師が、搬送先の病院が適切な治療をしていれば「助かった可能性があった」と証言した。

 医師は弁護側証人として出廷した旭川医大の清水恵子教授。証言は、殺意や刺傷行為と死亡の因果関係を否定した被告側主張に沿った内容で、殺人罪の成否をめぐり二審の判断が注目される。

 清水教授は証人尋問で、男性の搬送先の病院が、胸部にたまった血や空気を適切に除いていれば救命可能性があったとした上で、司法解剖の鑑定書に記した同趣旨の指摘について「(検察に)一部削除を求められた」と明かした。

 また、一審判決は「首に向け包丁を振り下ろした」として殺意を認定したが清水教授は「刃の向きは水平だった」と指摘。「解剖内容を理解してもらっていたら、(判決は)違った」と述べた。

司法解剖医、検察立証に反論…興部殺人控訴審(2010年6月23日読売新聞)

 北海道興部町で昨年2月、同居中の男性(当時38歳)の首を包丁で刺して殺害したとして、殺人罪に問われ、1審・旭川地裁で懲役9年の実刑判決を受けた同町、無職出口志津子被告(40)の控訴審公判が22日、札幌高裁(小川育央裁判長)であった。男性の司法解剖をした医師が弁護側証人で出廷し、「犯行状況や死因が異なる」として、1審の認定事実を否定する証言をした。司法解剖を担当した医師が、弁護側証人として検察側立証に反論するのは異例

 1審判決は、検察側の主張通り、出口被告が包丁を振り下ろし、男性の首に突き刺したことで、「出血性ショックと左肺血気胸で死亡した」と認定し、「被害者が死ぬかもしれないという殺意を持って突き刺した」と殺意も認めた。

 これに対し医師は、「包丁は振り下ろされたのではなく、水平方向から刺さった」と指摘し、死因も「大量出血を起こす損傷はなく、輸血も十分だったので出血性ショックにはならない。病院で適切な処置がされていれば助かった可能性が高い」と述べた。

殺人事件の死因否定 札幌高裁 司法解剖の教授証言(2010年6月23日北海道新聞)

 オホーツク管内興部町で昨年2月、同居の男性を包丁で刺殺したとして殺人罪に問われた同町興部、無職出口志津子被告(40)の控訴審第2回公判が22日、札幌高裁(小川育央裁判長)であった。男性の司法解剖を担当した旭医大の清水恵子教授の証人尋問が行われ、清水教授は鑑定書に記載した死因について、一審旭川地裁の初公判前に旭川地検から削除を求められたことを明らかにした。

 清水教授は22日の公判で、男性の死因は一審判決が認定した出血性ショックなどでなく、「搬送先の病院が適切な処置をしなかったことによる緊張性血気胸だった」と述べた。弁護側はこの証言を基に、男性にけがをさせたことと死亡の因果関係は証明されていないとし、殺人罪でなく傷害罪に止まり、執行猶予が相当と主張した。

 旭川地検は、異例だが一審で清水教授の鑑定結果を証拠請求せず、男性が搬送され死亡が確認された病院の医師の所見をもとに、死因を出血性ショックと左肺血気胸と主張。弁護側も死因について争わず、一審は地検の主張を認め、出口被告に殺人罪を適用し、懲役9年(求刑懲役13年)を言い渡した。

 22日の証人尋問で弁護側証人として出廷した清水教授は、「男性は(病院で)輸血を受けており、(その後)出血性ショックになるはずがなかった」と指摘した。

 また、犯行の状況について一審は、首の傷について「上から振り下ろした」として殺意を認定したが、清水教授は「包丁を(首と)水平に突き出してできた」と証言し、一審判決の事実認定を否定した。弁護側は、出口被告が包丁を持った手を反射的に伸ばした際に刺さったと主張した。

 清水教授は、搬送先の病院で適切な処置が行われなかったことが直接の死因とする司法解剖の鑑定書を旭川地検に提出したが、地検は死因について記載の一部削除を求め、拒否したと述べた。

 弁護側によると、同地検は鑑定書を証拠申請しなかったという。

 控訴審から担当した弁護人は「一審段階で取り調べるべき(鑑定書の)証拠が調べられず、(一審は)事実を誤認した」としている。

 旭川地検の鈴木慎二郎次席検事は取材に対し、「鑑定書の扱いについて詳細を把握しておらず、答える段階にない」としている。

「司法解剖を担当した医師が、弁護側証人として検察側立証に反論するのは異例」ということですが、「鑑定書に記載した死因について、一審旭川地裁の初公判前に旭川地検から削除を求められた」という話が事実だとすると、これが拒否された結果地検としては殺人罪立証に都合の良い病院側の証拠を出してきたという筋書きになるのでしょうか。
殺意の有無やら法廷戦術やらの話は当「ぐり研」の扱うべき範疇でもなさそうですから置くとしても、司法解剖医が治療次第で救命の可能性をどうこう言うというのも随分と違和感のある話だなと思って記事を読んだのですが、この先生の業績を見てみましても救命可能性を云々できるほど救急医療の実際に通じている方とも思えないのですけれどもね?
「男性は(病院で)輸血を受けており、(その後)出血性ショックになるはずがなかった」なんてことも記事には書いてありますが、これだけ聞くと「毎年健診を受けているのに何故胃癌になったんだ?!」レベルの発言とも取れるような話で、どのような判断でそういうご発言をされていたのかと気になるところです。

清水教授の救命可能性に関する主張の是非は鑑定内容や実際の法廷での証言の様子なども判らないことにはなんとも言い難いのですが、そうしたゴシップ的側面を置いてもこの件で非常に興味深いなと思ったのが、以前から半分ネタで言われていた「殺人事件の犯人が被害者を救命出来なかったせいで殺人罪にされたと病院を訴える」といった話がいよいよ本当になるのかなということです。
以前にも少しばかり取り上げたことがありますけれども、多少異なった経緯ながら病院が殺人事件の加害者側から訴えられるという事例はすでにあったわけで、少し長くなりますがこの「加害者と被害者双方から訴えられる病院」の話も関連記事とともにもう一度紹介しておきましょう。
ちなみに同裁判に関しては当事者の方の経時的な報告が公開されていますので、併せてご参照いただいてもいいかと思います。

香川町男性刺殺、病院側争う姿勢/損賠訴訟(2009年2月3日四国新聞)

 2005年12月、高松市香川町の駐車場で高知市の会社役員矢野真木人さん=当時(28)=が刺殺された事件で、殺人罪などで服役中の男性受刑者(39)の両親が、受刑者が事件を起こしたのは、当時入院していた高松市内の精神科病院が外出禁止など必要な措置を取らなかったためとして、運営する医療法人と主治医に慰謝料2000万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が2日、高松地裁(吉田肇裁判長)であった。

 病院側は「犯行は精神症状に導かれて引き起こされたものではない」などとする答弁書を提出。両親側に請求の棄却を求め、全面的に争う姿勢を示した。

 訴状によると、受刑者は04年10月、統合失調症の治療で同病院に入院。病院側は受刑者が同症の影響で強迫観念に基づく興奮状態になることを分かっていながら、外出禁止措置や看護師を付き添わせるなどの診療義務を怠り、05年12月6日、病院から単独で外出中の受刑者が事件を起こした。両親は精神的苦痛を受けたとしている。

被害者の両親も、同病院の監督義務違反を訴えて係争中で、高松地裁は2日、2つの公判を併合した。


揺らぐ精神障害者の開放処遇~殺人事件の波紋~(2005年12月18日四国新聞掲載) より抜粋

(略)
厳しい現実=人権と安全・安心の間で

 矢野さんを殺害したとして逮捕された男が、精神科病院に入院したのは昨年十月。自ら希望した「任意入院」だった。
 男は当初、興奮しやすい状態で、かぎの掛かる「閉鎖病棟」にいたが、約一カ月で「開放病棟」に移り、退院に向けた訓練を開始。金銭管理トレーニングなどを経て、日中の二時間、一人での外出が認められるようになった。
 男が突然の凶行に及んだ理由は明らかになっていない。送検後の取り調べでも供述は安定せず、近く精神鑑定を受ける見込みだ。男の主治医でもある院長は、「入院中、暴力的な行動は一切なかった。命令的な妄想も認められず、犯行はまったく予見できなかった」と話している。

高い自由度

 「入院中、あなたの処遇は開放的に行うよう努めます」「不明な点、納得のいかない点がありましたら、遠慮なく申し出てください」
 精神科病院に患者本人の意思で入院する「任意入院」の場合、こうした趣旨の告知が文書とともに行われ、患者は原則として、病棟や病院を自由に出入りできる「開放処遇」を受ける
 開放処遇そのものに明確な基準はない。現実は医師が病状などに応じて患者の自由度を個別に判断している。外出も許可制だ。しかし、あくまで患者の同意の下、人権を確保しながら最適な治療を行うのが大前提。「閉鎖処遇」は自傷他害の恐れがあるケースなどに限られる。処遇に不満があれば、いつでも退院できる点は一般の病院に入院する場合と変わらない。当然、退院の近い患者の自由度は高い。逮捕された男は来年一月にも退院予定だった。
(略)

脱施設化へ

 「人権の擁護」「社会復帰の促進」をうたい文句に、日本の精神医療政策は今、病院での入院治療から抜け出そうとしている。一九九〇年代以降の傾向として、右肩上がりで増え続けていた全国の精神病床数が微減に転じた一方、任意入院の患者数は増加している。
 政策転換のきっかけの一つが、八四年に宇都宮市で起きた「宇都宮病院事件」だ。看護助手らの暴行で患者二人が死亡したことが発覚し、隔離された閉鎖病棟の在り方が問題化。これを契機に八七年、通信・面会の制限などがあった従来の精神衛生法に代わり、任意入院制度などを盛り込んだ精神保健法が成立した。
 同法は九五年に精神保健福祉法に改正。精神障害者が障害者基本法(九三年)の対象として明確に位置付けられ、社会復帰施設やグループホームの充実など「地域での自立した生活」に向けた福祉施策が求められるようになった。
 国がこうした政策転換を急ぐ背景には、日本の精神医療が世界の流れから取り残されている状況もある。六〇年代から、「脱施設」を掲げて病床数を減らしてきた欧米各国と比べ、日本の人口当たりの病床数は依然数倍多く、入院の長期化や患者への人権侵害など、看護コストの低い閉鎖処遇が招く問題は解消されていない

遅れる対策

 「国の方針通り積極的に開放処遇を進めれば、必然的に『事故』は多くなる」。患者の人権尊重とトラブル防止の責務。事件を受けた医師たちの言葉からは一様にジレンマがうかがえる
 同様の事件を防ぐ手たては何か。望ましいのは手厚いケア体制だが「はっきり言って遅れている」。県立丸亀病院の近藤健治院長が強調するのは精神医療の水準の低さ。代表例が入院患者数に対する医師や看護師らの配置基準が一般病院より少なくて済む精神科特例。特例は二〇〇一年三月に一応廃止されたが、五年間の経過措置がある上、「一般病院の三分の一」という医師数の最低基準は据え置かれた。
 また、〇三年の国民医療費に占める精神医療費の割合は5・8%。全入院患者数の四分の一が精神科であることを考えるといかにも少ない。「予算的にはまったく理念に追いついていない」。近藤院長は現状をこう指摘する。

さまざまな思い=向き合う上質医療を 地域の信頼関係も大切

 「相当ショックを受けた精神疾患の患者さんもいた。中には避難のため入院したいと打ち明ける通院患者も」
 ある精神科医は、今回の事件が患者に与えた衝撃の大きさを語る。また「(患者の)お母さんがうちの息子は大丈夫か。入院させるべきか」と相談に来たとも。
 福祉関係者の一人は、「どうにも、ふに落ちない」と首をかしげる。詳細は分からないけれど、と前置きしながらも、患者はきっとサインを出していたはず。それを見落としたのが悔やまれるというのだ。
 「患者は、自分の状態が良くないから入院を希望して治療を託した。何人ものスタッフがかかわっていて見落としたのであれば、病院の責任は重いと思う」とも話す。
 前県精神保健福祉センター所長で精神科医の花岡正憲さんは、「もし病状悪化が原因による行為(刺殺)であるなら、病院は遺族に対してでなく、患者に対して謝罪すべき」と話し、病院側の患者に対する視点の欠如を疑問視する。

はらむリスク

 一方、病院側の立場は違う。日本精神科病院協会県支部長で三船病院(丸亀市)の三船和史院長は、国の施策に基づいて退院促進や開放処遇に病院側も懸命に取り組んでいた矢先の出来事と指摘した上で、「開放は常にリスクをはらんでいる」と説明する。
 「どこの病院でもあり得る。万が一はあってはならないが、絶対ないとは言い切れない。患者の病状を十二分に把握していても、パーフェクトは無理な一面もある」と医療現場の事情を話す。
(略)

そう言えばその昔、「風の息づかいを感じていれば(略)」という名?言を残した新聞社もいらっしゃいましたけれども、ここにも見え隠れするのはゼロリスク症候群というあり得ない幻想が生んだ悲劇ということでしょうか。
いずれにしても香川のような精神科医療絡みの事件は素人が考えても色々と社会的にも難しい側面があるのだろうなとは判ると思いますが、北海道の事例のような比較的シンプルな殺人事件においても「やり方次第で助けられた!殺人罪に問われたのは病院のせいだ!」と犯人の側からも突っ込まれる余地はあるということです。

最近では刑事訴訟の判決に納得出来ない被害者側が民事でも訴えるという事例も多いようですが、一般的に殺人を犯すような人がそうそうお金持ちであるとも思えませんから、例え勝訴したところで損害賠償金を回収できる可能性は低いと考えられますよね。
となれば取りやすいところから取ろうと考えるのが民事訴訟というもので、下手をすると加害者側、被害者側が暗黙のタッグを組んで病院を相手に民事訴訟をという構図もあり得るのかも知れません。
そしてその場合問題になるのが、こうした殺人事件などの解剖(司法解剖)を行っているのが病理学者など臨床の現場を知る人間ではなく、全く畑違いで何等の臨床キャリアもない法医学者であるということでしょう。

そもそも法医学者というのは死因を究明するプロではありますが臨床の知識には乏しい、もちろん当初臨床家からキャリアをスタートして法医学に転向した方々も大勢いらっしゃいますが、鑑定書を書く責任者である教授にまで上り詰めるほど長年法医学領域での研鑽を積んできたということは、それだけ遠い昔に臨床の現場からは離れているということでもあるわけですよね。
法医学一筋何十年!なんて方になれば下手をすると学生時代に習ったカビの生えた臨床の知識の欠片しか持っていないことになりますが、そうでなくとも日進月歩の臨床医療の世界において下手な旧知識など有害無益とも言うべきもので、それを前提に救命可能性の是非を云々されるというのも臨床家にとっては悪夢でしょう。
もちろん清水教授の臨床医療に対する知識、経験が如何ほどのものであるかは存じ上げませんが、法医学者が全く世間的にキャリアを認められていない救命可能性などといった話を法廷の場でするというのは、国立医療センター研修医上がりの皮膚科医が内視鏡処置の実際についてコメントするのと同じようなものか、なまじ素人目には権威がありそうに見えるだけにそれ以上に始末が悪いではないのかなという気がします。

最近では医療訴訟の風向きが少しばかり変わってきたなんてことも言われていますが、もちろん大野事件、大淀事件といった社会的関心も高い裁判が続いて医療の実際というものにも目が向けられるようになり、一昔前のような見舞金的な意味合いでの支払い命令というのが減ってきているということも確かにあるでしょう。
しかし他方では「トンデモ判決の陰にはトンデモ鑑定書あり」というくらいで、そんなことをするのは実際に功名心絡みなのか何なのかは知りませんが、およそ臨床現場の常識からかけ離れた鑑定書を書きまくってきた鑑定医の存在も決して無視できないものがあったのは確かだと思いますね。
大野病院事件などもああまで大騒ぎになった背景には、「ミスがあったと書かないと賠償金が出ない」などと無理やり担当医の過失に仕立て上げた県の医療事故調の当初レポートがあったと言われていますが、いざ肝心の裁判では有責だと主張するのは婦人科腫瘍学が専門の検察側証人だけで、日本中の選りすぐりの産科医療の大御所が声を揃えて過失なしと答えたことは記憶に新しいところです。

日本の医学教育カリキュラムでは未だ訴訟関連の教育が不十分で、しかも性善説的な話ばかりになっているのがどうなのかと思っているのですが、いい加減な医療をすれば治ってしかるべき患者さんに取り返しのつかない障害を残してしまうこともあるのと同様、いい加減な鑑定をすれば罪もない誰かに取り返しのつかないダメージを与えてしまうということも、きちんと教育しないといけないんじゃないかと言う気がします。
そして幾ら若い世代に幾ら教育をしたところで、実際の鑑定医として呼ばれるベテランの方々が何らの教育も受けていない鑑定の素人ばかりではお話になりませんから、今後はこの方面でもしかるべき生涯教育の方法論なりについての議論くらいはあっていいとも思うのです。
なんにしろ裁判では双方が自分たちにとって都合のいい鑑定医を探して駆け回るわけですから、どんなトンデモ鑑定でも探せばやってくれる医者の一人や二人は出てくるのでしょうけれども、何かしら公的な資格なり推薦・認定のシステムなりでも考えないことには質の保証など出来ないはずですし、医療に対する国民の信頼を損ねる一因ともなりかねないでしょう。

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2010年6月23日 (水)

IWC総会は波乱含み そして背後で進行する陰謀?も…

今日はまず、いよいよ開幕となったIWC総会がのっけから波乱含みであるという話をいくつか取り上げてみましょう。

商業捕鯨再開か、捕獲数大幅減か 21日からIWC総会(2010年6月20日産経新聞)

 捕鯨に関する枠組みを検討する国際捕鯨委員会(IWC)の総会が21日から5日間、モロッコで開かれる。長年続く捕鯨国と反捕鯨国の対立を打開しようと、議長が提案した“休戦協定案”が合意されるかが焦点。日本にとり悲願の「商業捕鯨再開」を容認する内容だが、捕獲数が減らされる点に、もどかしさがある。

 対立の発火点は1982年のIWCで、反対国の主導で採択された「商業捕鯨」の暫定停止措置。その後、日本などは採択の見直しを訴えるとともに、「調査捕鯨」の枠を使って生態調査するとともに、調査後に食用などに流通させてきた。一方、反捕鯨国はより厳しい捕鯨規制を訴えてきた。
 IWCの現在の加盟国は賛成国39、反対国49。どちらの勢力も、重要な議決に必要な4分の3の勢力を確保できないため、対立だけが延々と続いてきた。

 今回の議長提案は「商業捕鯨」や「調査捕鯨」といった区分けを撤廃したうえで、一定の捕獲枠内で捕鯨を認める内容。事実上の商業捕鯨再開となるが、今後10年で捕鯨総量は大幅に減らす内容ともなっている。
 提案によると、日本のミンククジラの捕獲枠は、日本沿岸については現在の調査捕鯨枠よりやや少ない年120頭。しかし、南極海では現在の同約850頭の枠が400頭となるうえに、5年後以降はさらに半減する。
 議長提案に対して日本では、商業捕鯨の再開の点では賛成だが、頭数については懸念が出ている。沿岸の捕獲数についても、関係団体から「業者が安定した経営をしつつ、食生活に貢献するためには十分ではない」といった声が出ている。
 総会で日本は捕鯨容認路線を維持しつつ一定の捕獲枠を確保する、難しい交渉を迫られそう。他の捕鯨国との足並みをどうそろえるかも課題となる。

 一方で議長案への反捕鯨国の姿勢も不透明。「商業捕鯨再開」は受け入れがたい内容だからだ。豪州では現政権が捕鯨禁止を公約にしている事情もある。
 休戦協定を提案したマキエラ議長(チリ)が体調不良を理由に総会欠席を表明しているのも不安要素だ。
 総会に出席する農水省の舟山康江政務官は「沿岸捕鯨についてはもう少し頭数を増やすなど、主張すべきことは主張しながら、一致点を見つけていく」と話している。

IWC:総会開幕 各国、異例の事前協議(2010年6月21日毎日新聞)

 【アガディール(モロッコ西部)会川晴之】国際捕鯨委員会(IWC)の第62回総会が21日、モロッコのアガディールで開幕した。日本が南極海で行ってきた調査捕鯨を縮小する一方、日本沿岸での実質的な商業捕鯨再開を認める内容を盛り込んだ議長提案が主要議題。欧州連合(EU)など反捕鯨国と、日本など捕鯨推進国の立場の隔たりを埋めるため、全体会合を一時中断。22日夜(日本時間23日未明)まで各国の政府代表による事前協議を行い、23日から全体会合を再開する異例の進行となった。総会は25日まで。

 体調不良を理由に欠席したチリのマキエラ議長に代わり、議長役を務めるアンティグア・バーブーダのリバプール副議長は冒頭、「討論ではなく交渉を通じて合意を目指す」と述べ、全体会合を中断し、事前協議を行う方式を提案した。これを受け、加盟国をEUや中南米など地域別の6グループに分け、捕鯨推進派の日本、韓国、ノルウェー、アイスランドが各グループと個別折衝し、妥協を探ることになった。

 事実上の商業捕鯨再開につながる議長案で合意すれば、82年に採択された商業捕鯨モラトリアム(暫定的停止)以来の歴史的な決定になる。日本から出席している舟山康江農林水産政務官は開幕を前に「客観的な事実に基づいた理性的で科学的な道を探りたい」と述べた。

IWC総会開幕 日本沿岸の捕鯨許可と南極海の調査捕鯨枠削減の議長案が焦点(2010年6月22日FNNニュース)

IWC(国際捕鯨委員会)の総会がモロッコで開幕した。
日本沿岸での捕鯨を認める一方で、南極海での調査捕鯨の捕獲枠は削減するという議長案をめぐり、厳しい交渉が見込まれる。

東京都内の鯨料理店で舌鼓を打つ客たちは、「おいしいです」、「さっぱりしていて、おいしいです」と話した。
そんな日本国民の食文化に大きな影響を与えかねない国際会議が、遠くアフリカの地で始まった。
日本時間21日午後6時、IWCの総会がモロッコで始まった。

IWCでは、20年近くにわたって、捕鯨国と反捕鯨国が激しく対立し、重要な議題を何も決められない機能不全の状態が続いている
そんな状況を打開するため、今回の総会では、双方にとっての妥協案ともいえる議長提案について協議する。
2010年、日本が調査捕鯨として捕獲した鯨は、南極海で507頭、北大西洋では45頭で、日本近海では、IWCが対象とする大型の鯨の捕獲は認められていない

今回の議長提案は、今後10年間、南極海で日本が調査捕鯨として行っている捕鯨の上限を現在の935頭から200頭まで大幅に減らす一方で、日本沿岸での捕鯨を一定数まで認めるというもの。
舟山康江農水政務官は「きちんと正常化して機能するようにすることが、私は何よりも大事だと思っています」と話した。
中前 明IWC日本代表は「沿岸小型捕鯨の実現というのが、一番の目的です」と語った。
沿岸捕鯨の再開には歓迎の姿勢だが、捕獲枠の上積みを図りたい考え。

一方、オーストラリアなど反捕鯨国だが、オーストラリア代表は「議長提案は、クジラの保護において十分ではない」と話した。
かつて、IWC日本代表団の一員として、最前線で交渉を行った小松正之氏に話を聞いた。
政策研究大学院大学の小松正之教授は、「日本の捕鯨が終わるでしょうね。はっきり言って、これで終わりになると思います。200頭ということは、科学的な調査ができないということになるわけですね。それから、鯨肉供給の目的も果たせないということですから、これはもう全然、船を出しても意味がないということ。または、出せないということになるわけですね」と話した。

鯨料理店からは、切なる願いが聞かれた。
はつもみぢの吉村店主は、「鯨は日本の食文化ですから、それを絶やすことのないように、鯨は供給してほしいと思いますね」と話した。
総会は25日までの5日間の日程で、その間、公式・非公式を問わず、厳しい交渉が繰り広げられる。

IWC総会 開会直後に休会(2010年6月22日東京新聞)

 【アガディール(モロッコ)=内田康】国際捕鯨委員会(IWC)の第六十二回年次総会が二十一日、五日間の日程で当地で始まった。日本が行う南極海での調査捕鯨を縮小する代わりに、日本の沿岸捕鯨を容認することを柱とした議長提案を議論する。オーストラリアなど反捕鯨国は南極海での捕鯨廃止を求めて反対しており、難航は必至とみられる。

 公開の全体会合は開会直後の二十一日正午(日本時間同日午後八時)に休会した。議長案を議論する非公式協議を行い、二十三日に再開する。

 議長案は商業捕鯨、調査捕鯨、先住民生存捕鯨という従来の枠組みをなくした上、今後十年間の各国の捕獲枠を提示する内容。捕鯨国、反捕鯨国の対立で機能不全に陥っているIWCを立て直すため、四月に示された

 南極海では、日本が調査捕鯨のミンククジラ捕獲枠として年間最大九百三十五頭を設定しているが、議長案では二百頭まで段階的に縮小。日本沿岸では年百二十頭のミンククジラ捕獲を認める。

 調査捕鯨はIWC加盟国に実施が認められているが、捕獲枠は各国の裁量で決まる。議長案は、南極海での捕獲頭数までIWC管理下に置く狙いがある。

 一方、日本沿岸の捕獲枠百二十頭は、従来の日本の調査捕鯨の捕獲枠と同じだが、調査捕鯨の枠組みがなくなるため、日本の念願だった沿岸での商業捕鯨再開と解釈できる。

 議長案について、日本は、南極海の捕獲枠の上積みを求める。オーストラリアは南極海での日本の調査捕鯨中止を求め国際司法裁判所に提訴するなど強硬だ。欧州の多くの国も南極海での捕鯨中止を求めるとみられ、議長案をそのまま受け入れる公算は小さい

いきなり開いてすぐ休会かよ!と思わず突っ込みますけれども、反捕鯨派と言われる議長が病欠しているということですから、議論もまとまりにくいところではあるのでしょうね。
およそお話にならない頭数もさることながら、南極海でのミンククジラ捕鯨を大幅に制限するということになりますと生物学的競争力の低いナガスクジラなどがますます圧迫されるのではないかと言う懸念も出ているようで、将来いざ何か対策をという話になってもその時には全く基礎的データが無いということにもなりかねませんね。
日本としてはこの議長案のままでは論外というしかなさそうですが、これは国際的な交渉合戦であるという観点に立ってきちんとした交渉をしていただきたいところですし、実際妙な日本的和の精神など発揮している場面でもなさそうだと言うことは、前回も紹介しました「日本が買収工作!?」の一件に続いて同じ英紙タイムズからこんな話が出てきていることからも分かります。

IWC議長役の滞在費を日系企業が負担、英紙(2010年6月21日AFP)

【6月21日 AFP】英紙サンデー・タイムズ(Sunday Times)は20日、日本人ビジネスマンと関係のある企業が、21日からモロッコのアガディール(Agadir)で開催される国際捕鯨委員会(International Whaling Commission、IWC)年次総会で議長役を務めるアンティグア・バーブーダのアンソニー・リバプール(Anthony Liverpool)駐日大使の現地での滞在費を負担していると伝えた。

 滞在費を支払っているのは米テキサス(Texas)州ヒューストン(Houston)にある「ジャパン・ツアーズ・アンド・トラベル(Japan Tours and Travel)」で、同地に拠点を置く「ワカサ」と名乗る日本人ビジネスマンとつながりがあるという。同社はリバプール氏が滞在するアガディールのホテル、アトラス・アマディル・ビーチ(Atlas Amadil Beach)の宿泊費約 4000ポンド(約54万円)をクレジットカードで支払ったという。

 IWCの規定では、加盟国関係者の滞在費は各国政府が負担するとしている。

 取材に対しリバプール氏は、日本関連筋が滞在費を負担していることを否定しなかった一方、自国政府が負担していないことも明かした。

ちなみに現在代理で議長役を務めているこのリバプール副議長ですが、捕鯨派に近い立場で日本にとっても議長より与し易いと見られている人物だけに、反捕鯨諸国やそのシンパにとっては格好のターゲットになっているということなのでしょうね。
いずれにしても議長提案そのままでは捕鯨派諸国、反捕鯨諸国ともに納得が得られそうにはありませんが、捕鯨派の中で特に日本以上に声が大きいのが年間600頭の鯨を「たまたま網にかかったので」食べているという隠れた捕鯨大国であるお隣韓国です。
同国でも日本同様に鯨食の文化が続いていますが、今回捕鯨のシステムが大幅に変わりそうだという予感を受けてか熱心な活動をしかけてきているようですね。

韓国にも捕鯨再開認めよ IWC議長提案の修正要求(2010年6月19日4ニュース)

 【ロンドン共同】韓国政府は18日、モロッコで21日に始まる国際捕鯨委員会(IWC、88カ国)年次総会で協議される日本の沿岸捕鯨の再開容認などを盛り込んだIWC議長・副議長提案に対し、韓国も捕鯨が再開できるよう修正を求める文書を提出した。

 韓国が捕鯨の再開に固執すれば、ただでさえ難航必至の捕鯨国と反捕鯨国のコンセンサスに基づく妥協案採択は一層厳しくなりそうだ。

 文書は「捕鯨は韓国の歴史と伝統の欠かせない一部」とした上で、日本やノルウェーなど現在捕鯨を行う3カ国にのみ今後10年間、限定的な捕鯨を認める同提案は「事実上、韓国の捕鯨再開の機会を閉ざす」と主張。このままでは同提案は承認できないとして、3カ国以外にも捕鯨を認めるよう修正を求めた。

日本としても当然ながら捕鯨派諸国との共闘ということは常に念頭においておかなければなりませんが、注意すべきはもし仮に議長提案に近い方向で沿岸捕鯨中心へとシフトしていくような事態になった場合に、日本と韓国とで北太平洋の鯨資源を競合する関係上、資源乱獲につながりかねないという点でしょうか。
この点で単に捕鯨派諸国とだけ手を組んでいるだけでは不十分で、やはりIWCとは地球規模での資源管理と適正利用ということを議論するべき場所なのですから、反捕鯨諸国とも単に敵対関係となるだけではなく、協力すべきところは協力していかなければならないという気がします。
そこで共闘へ向けてちょうどいい材料となりそうなのが、最近全世界的にテロ活動を繰り広げている輩に対する対テロ共同戦線の呼びかけですよね。

調査捕鯨の妨害阻止へ協力を=日本 (2010年6月21日AFP)

日本政府は国際捕鯨委員会(IWC)年次総会の開幕に当たり声明を発表。
反捕鯨団体シー・シェパードが南極海で調査捕鯨の妨害を繰り返している問題について、加盟国に妨害阻止への協力を求めた(21日、モロッコ) 

もちろん捕鯨への妨害も問題なのですが、下手に捕鯨捕鯨と限定せずにテロリストに対する戦いとして共同戦線を提案していくと考えると、反捕鯨諸国の多い欧州各国とも共闘する余地が出てきます。
ちょうど先日も地中海でマグロ漁船とテロリストとの戦いが繰り広げられたという話でしたが、こうしたあたりをとっかかりに反捕鯨ならぬ反テロの国際協調を呼びかけていくことが非常に重要なのではないかと思いますし、そうした話であれば反捕鯨諸国としても表立って反対の論陣は張りにくいだろうとは予想できますよね。
どのような形であれIWCなりといった公の場で世界各国が一致団結してテロリストを非難したという記録を残すことができれば、今後彼らに対する日本の対応においても大きな助けとなるだろうことは想像に難くありません。

マルタ海軍、地中海のクロマグロ養殖場で活動家を排除(2010年6月14日AFP)

【6月14日 AFP】マルタ海軍は13日、地中海マルタ沖にあるクロマグロの養殖用いけすに環境保護団体「グリーンピース(Greenpeace)」の活動家らが接近したため、放水で追い払ったと発表した。

 グリーンピース側も、ゴムボート7隻に乗ったメンバーらがクロマグロをいけすから解放しようとしたが「非常に強い抵抗にあった」ことを公表した。

 問題のいけすはマルタ沖25カイリほどの場所にある商業養殖場。グリーンピースは地中海に「虹の戦士(Rainbow Warrior)」号と「アークティック・サンライズ(Arctic Sunrise)」号を展開してクロマグロ漁への抗議活動を続けており、これを受けて欧州連合(EU)は9日、例年より早く今年のクロマグロ漁期間を終了させている。

 今月初頭には、いけすからクロマグロを放流しようとしたグリーンピースの活動家が、フランスの漁師の投げた魚を引き揚げるフックで足をけがする事件も起きている。

シー・シェパード、地中海でクロマグロ800匹を「解放」(2010年6月18日AFP)

【6月18日 AFP】米環境保護団体シー・シェパード(Sea Shepherd Conservation Society、SS)は18日、地中海でクロマグロ800匹を「密漁者から解放した」と発表した。

 SSの記者発表によると、リビア沖約68キロの地点で17日午後、イタリア船籍とリビア船籍の2隻の漁船がけん引するいけす網を5人のダイバーが切り開き、クロマグロを逃がしたという。SSは、いけす網の中のクロマグロは欧州連合の漁期が終了した14日以降に捕獲されたもので、重量も規定を満たしておらず、密漁だと主張している。

 一方、リビア船籍漁船の船長は、マグロを捕獲したのは猟期終了の3日前だと反論している。

捕鯨問題を追ってきた産経新聞の佐々木記者もこれら一連のテロ活動について「日本政府はシー・シェパードの対処方法についてある程度、ノウハウを持っています。今後、情報提供を密にするなど、SS への国際的な圧力を高める意味でも協力関係を築いて行く必要性もあると思います」と語っていますが、やはり現場レベルでの信頼関係構築というものは一番の基本なんだろうなと思います。
逆に最も忌むべきなのかお互いに実態を知らない、あるいは大きな誤解を放置しているという状態ですけれども、そうしますと彼らテロリスト及びその背後に控えるグループが行ってきた情報操作に対しても目を向けざるを得ませんよね。
先日以来盗作映画「ザ・コープ」の上映に絡んで色々と騒ぎになっているようですが、この件に関してもやはり活発な情報操作合戦が繰り広げられているということです。

『ザ・コーヴ』主要人物、日本で何者かに尾行される?「ここは北朝鮮でもキューバでも中国でもないはず」(2010年6月18日シネマトゥデイ)

 [シネマトゥデイ映画ニュース] 日本のイルカ漁を描いた映画『ザ・コーヴ』が度重なる抗議活動や街宣予告を受け、東京での上映が相次いで中止されるなか、本作でナビゲーターを務めるリック・オバリー氏が来日。単独インタビューで複雑な胸中を語ってくれた。

 取材部屋に現れたオバリー氏の表情には、少し疲れも感じ取れた。数多くの取材に応じたせいもあるが、最大のストレスは「今回の来日でも、常にだれかがわたしのことをストーカーのようにつけているから」だという。それだけに、本作の上映が中止に追い込まれている事態に深いため息をつき、「ここは北朝鮮でもキューバでも中国でもないはず。日本には表現の自由を保障した憲法第21条があるのではないのですか?」と肩を落とす。

 今回、オバリー氏が出会った日本人ジャーナリストのなかには、本作を否定的に受け止め、イルカ漁の反対活動に潜む矛盾を手厳しく指摘する者もいるそうだ。「批判や反論があって当然。大いに受け入れたい。現時点での大きな問題は抗議の結果、一般の観客がこの作品を観ることができなくなったことなのです」とオバリー氏。イルカ漁への関心を高めたいという思いが突如、封じ込められたことが残念でならないという。

 一方、イルカ漁が日本人にとって非常に繊細(せんさい)なテーマであることも十分に承知していたとも語る。かつてはイルカの調教師を務めて、その後30年以上、イルカ保護をライフワークとしてきたオバリー氏は、過去にも数回来日し、日本の報道機関にイルカ漁の実態を取材するように申し入れてきたという。しかし、「どこの新聞社もテレビ局もそっぽを向いたよ。皆、この問題はデリケート過ぎると口をそろえたんだ」とオバリー氏は振り返り、「本来はメディアが報じるべき問題。だれもやらないから、この映画が作られたのです」と作品の意義を語った。そして、問題になっている撮影方法についても「漁村の方々と、何回も話し合いの場を設けようとしたがその度に断られ続けてきたので、仕方なかった。世間の人に実状を知ってほしいと強く思ったんです。目の前で死んでいくものから目をそらすことなどできませんでした」と感情を吐露した。

 そんなオバリー氏は、今回の事態に対して、明るい側面も見出している。「不本意ながら、こうした形で注目を浴びたが、これを機に日本の方々、特に若い世代の方たちがインターネットやDVDといった手段でこの作品にアプローチしようとするなら大歓迎です」とオバリー氏。同時に、「みなさんから映画館に『ぜひ上映してほしい』と激励の言葉をいただきたいのです。そういった声が劇場を勇気づけるのですから」と訴えた。

現在、映画『ザ・コーヴ』は東京都内での上映を目指し、劇場との交渉を続けている。

いや尾行って(苦笑)、失礼ながらオバリー氏ごときについてまわるような暇人は日本にそうそうはいないと思いますけれども(苦笑)、よほど悪いことをしたという後ろめたさが誇大妄想的に見えないはずの何かを見させているということなんでしょうかね?
目的のためには手段は幾らでも正当化されると主張出来る文明人にあるまじき手前勝手さがこの手の人々の共通点のようですが、この調子ですと遠からず「日本人が鯨を傷つけるのを止めない以上、日本人を絶滅させるしかない」なんてことも言い出しそうですね。
結局同映画は国内でも無料配信され多くの人々に試聴されることになったわけですから同氏らにとっても良かったという話ですが、どうやら言葉とは裏腹に批判や反論を「大いに受け入れ」るつもりなど毛頭なさそうな気配で、むしろ絶賛拡大放映中といったところなのでしょうか?

「ザ・コーヴ」第2弾、今秋に放映 シー・シェパードの番組制作の米放送局で(2010年6月22日産経新聞)

 和歌山県太地町のイルカ漁を隠し撮りした米アカデミー賞作品「ザ・コーヴ」について、映画に出演したイルカ保護活動家で来日中のリック・オバリーさん(70)が産経新聞のインタビューに応じ、「ザ・コーヴ」第2弾となる連続テレビシリーズの放映が今秋から始まることを明らかにした。

 放映するのは、環境保護を標榜(ひようぼう)する米団体「シー・シェパード」の調査捕鯨妨害を一方的な編集で制作したドキュメンタリー番組「クジラ戦争」を流している米有料チャンネル「アニマルプラネット」。クジラ戦争は3年前からシリーズ化しており、今冬の調査捕鯨妨害事件で公判中のピーター・ベスーン被告(45)が主役級で登場するシーズン3(全12回)が今月から放映されている。

 アニマルプラネットによれば、番組名は「ドルフィン・ウォーリヤーズ」(イルカを守る闘士たち)で、「ザ・コーヴ」のように、オバリーさんのイルカ解放活動をドキュメンタリータッチに取り上げる

 和歌山県太地町が再び撮影場所となっているほか、近年までイルカ漁を続けていた静岡県伊東市の富戸漁港も舞台となる。また、番組は日本だけでなく諸外国のイルカ漁の実態も紹介する。日本での一部の場面はすでに撮影ずみで、編集段階に入っている。

 オバリーさんは「この番組は、コーヴの第2弾となる。私は50年間、イルカと一緒に仕事をしてきたが、太地町でイルカに対して残虐な行為が行われていることを見てしまった。イルカがひどい扱いを受けていることを多くの人たちに知ってほしい」と話している。(佐々木 正明)

いやいやいや!当のテロ組織からも「あんな犯罪者いらない」と除名処分になったベスーン被告が主役級って、それどんな犯罪擁護番組ですか(笑)。
ちなみにこの「アニマルプラネット」を制作しているディスカバリーチャンネルですが、主要株主であるリバティメディア会長兼ディレクTVグループ会長のジョン・マローンはニューズ・コーポレーションのルパート・マードックとはツーカーの共同出資者という間柄で、この豪州人マードックこそ先日以来「日本が各国を買収?!」のスッパ抜きをやっている英紙タイムズの親玉なんですよね。
こうして見るとなにやら悪の相関図と言いますか、一連の動きは全てが背後でつながっていることがよく判る話ですけれども、さてこれだけ世界規模で攻めて来る相手に対して日本がどう立ち向かうべきかと、頭を悩ませなければならないようですよね。

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2010年6月22日 (火)

僻地医療問題だって簡単に解決するっ!?

全国どこにでもありふれた光景と言えばそれまでですが、こんな記事が出ていました。

医療過疎 見えぬ打開策 /福井(2010年6月21日読売新聞)

休廃校増加、伝統行事に影響も

大野市の中心部から南東に約20キロ、深緑のにおいと霧の漂う山あいの集落に、古びた民家や商店がぽつりぽつりと点在する。緩やかな坂を上ると、白っぽい平屋の建物が姿を現した。同市朝日の「和泉診療所」。旧和泉村にあたる地域で唯一の医療機関だ。

 「痛めた腰の調子はいかがですか」。医師の銅(あかがね)愛所長(32)の笑顔に、患者の表情が和らいだ。大きめの窓から差し込む光が、診察室を明るく照らす。医師1人に看護師1人、胃カメラさえない診療所だが、病気の治療から健康診断、高齢者の往診まで、あらゆる医療を一手に担う。住民にとってはまさに〈命の砦(とりで)>だ。「住み慣れた村を一生離れたくない」という近所の男性(49)は、「近くにお医者さんがいるだけで安心」と喜ぶ。

 旧和泉村地区の人口は1日現在、594人10年前と比べて約3割少なく、65歳以上の高齢者が3分の1を占める。県内でも過疎化の著しい地域の一つだ。

 県によると、65歳以上の高齢者が5割超の中山間地域「限界集落」は4月1日現在、95か所で、2年前から10か所増えた。働き盛りの若者はいなくなり、地域からはますます活気が失われていく。

 中でも深刻なのが〈医療過疎〉。住民の命を守る医師の数が減り続け、都市部との格差は広がる一方だ。

 県の調査では、50人以上の住民がいて、半径4キロ以内に医療機関のない「無医地区」は県内で10か所ある。空白を埋める「へき地診療所」が13か所あるものの、医師の常駐は4か所にとどまる。県の担当者は「民間の医療機関では採算が合わず、自治体が赤字覚悟の運営を強いられている」と説明。さらに「大病院でさえ医師不足が深刻で、診療所まで手が回らない」と本音を漏らした。

 人口減少と高齢化に悩む過疎地では、子どもが遊び回る風景も減りつつある。県教委によると、2006年度以降、県内で新設された公立小学校が1校なのに対し、休廃校は10校に上る。若年層が減少すれば、地域の伝統文化がすたれる心配もある。おなかの前で太鼓を打ち鳴らしながら踊る敦賀市の「太鼓踊」など、担い手や資金の不足で休止している祭りが少なくない。

 国土交通省がまとめた1月1日現在の公示地価の下落率(全用途)は、過疎化が深刻な大野市が7・9%、勝山市が8・4%に達した。県不動産鑑定士協会の梅田真副会長(51)は、地価を「地域の社会・経済的な位置付けを示すバロメーター」と定義したうえで、「過疎という構造的な問題を抱えた地域は、今後も地価の回復は見込めないだろう」と指摘した。(おわり 高橋健太郎、小野隆明、青木さやかが担当しました)

読売新聞と言えばかねてから「国は医師強制配置を強力に推進せよ!」なんて社説でまで取り上げている会社ですから、こういう記事をどこにつなげていきたいのかということは話が見えていますけれども、注目すべきは医療過疎というタイトルと裏腹にこの旧和泉村集落の問題点は、医療過疎ではなく単なる(と言っては失礼ですが)過疎問題であると言うことでしょうか。
過疎化が進行し数々の社会資本も崩壊しているこの地域にあって医師数に関しては実は1人/594人すなわち人口十万人あたりで168人と、厚労省統計による全国平均約200人/十万人とそう見劣りしない水準が維持されている(埼玉や千葉など首都圏より多い!)わけですから、むしろ医療に関してはこんな僻地の割によく維持されていると言ってもいいほどだと思います。
実際に銅先生にしても診療所で都市部大病院の医師ほどの仕事量があるとも思えませんが、それでも近所に〇〇科がない、遠くて通うのに不便であるといった不満がある以上は医療過疎であるとするならば、それでは医療過疎の定義とはなんなのかというところにまで遡って議論していかなければならないでしょうね。

例えばアメリカと言う国では日本以上に医療から物理的に隔絶された地域が多く、その分昔から飛行機やヘリコプターが患者搬送に活用されてきたと言っても日本よりもずっと医療へのアクセスが悪い地域が多いのですが、それでも医療過疎だということはあまり大きく言われてはいません。
医者からも遠く離れた僻地に住み暮らすのも各人の自由というわけで、何事も自己責任という考え方が徹底しているということもあるのかも知れませんが、わざわざ田舎に住んでいるのは単に不便なだけでなくて他に何かしら得ているものも多いからなんでしょ?という発想で、全国どこでも同じ街並み、同じ社会資本がなければ地域格差だ!と大騒ぎする日本とは根本的にものの考え方が違うということですよね。
人間が少ない、社会資本も劣っていると言う観点から見れば田舎は都市部に劣っているのだというのもひとつの価値観ですが、単なる優劣以外の価値観もあるのではないかと考えた場合に、全てを横並びのデータで平均値に近づけなければよしとしない考え方だけが正しいのかと考え直してみることも必要でしょう。

よく言われる半分ジョークというネタで、大金をかけて僻地に道路を通し病院を始め社会資本を整備するくらいなら、住民全部を都市部にそっくり移住させた方がよほど簡単で安上がりだという声もありますけれども、実のところそうした考えもひとつの考え方ではあるんですよね。
最近ちょっとしたブームのコンパクトシティなんて発想も、その考え方のひとつに行動範囲の狭い老人などの社会的弱者ほどインフラの集積した都市部に住むべきだと言う考え方がありますが、あちらにパラパラ、こちらにパラパラとインフラが散財している僻地集落が「自然が豊かから」と言って、お年寄りに優しいとは決して言えないのも事実です。
データだけで話をするのであれば公共のお金をわざわざ非効率に使えと言っているに近いわけですから、いきなり仕分け対象とまでは言わずとも説明責任が求められるのは今の時代仕方のないところで、過疎地住民としても単に社会的弱者であり保護されて当然であると漫然と考えているだけでは駄目で、この地域を維持することがこれだけのメリットにつながりますとどんどん自己主張をしていかなければいけないということでしょう。

僻地ネタを語りだすとまた脱線しましたけれども、本日の本題は実はそういう話ではなくて、先の読売の記事と対比するかのようにこれまた最近出ましたこちらのニュースの方なんですね。

弁護士過疎地、年内解消へ 日弁連、派遣基金種まき10年(2010年6月21日産経新聞)

 ■公設事務所開設「都会よりやりがい」

 日本弁護士連合会(日弁連)が弁護士過疎地に弁護士を派遣する「ひまわり基金」が今月で丸10年を迎えた。公設事務所の開設を進めた結果、71あった過疎地は5カ所にまで減少した。最近の弁護士人口の急増も手伝い、赴任希望者やそのまま現地に定着する弁護士も増えており、過疎地の完全解消という悲願も年内に達成する見通しだ。

 全国の50地裁には計203支部が置かれている。このうち管内に弁護士がゼロまたは1人しかいない過疎地域は「ゼロワン地域」と呼ばれる。

 日弁連は平成11年、過疎地の住民が弁護士に相談できず泣き寝入りを強いられるとして、過疎地の解消に取り組むため、会員から特別会費を集めてひまわり基金を創設。公設事務所を設け、3年交代で弁護士を派遣する事業をスタートさせた。

 ちょうど10年前の12年6月に島根県浜田市に第1号事務所を開設。以後、北海道稚内市から沖縄県石垣市までゼロワン地域を中心に102カ所に設置し、このうち27カ所で弁護士が定着したという。

 近畿で初めて開設された「宮津ひまわり基金法律事務所」(京都府宮津市)に約4年半勤めた後、今月1日に現地で弁護士法人を立ち上げた藤居弘之弁護士(38)は「都会に比べて依頼者や相手方と近い距離で紛争解決に当たれるのが魅力。一つ一つの事件にしっかりとした手応えを感じられるところにやりがいがある」と話す。

過疎地赴任を希望する若手弁護士や司法修習生も増えている。今年3月の現地見学会には募集定員を大幅に上回る約60人が参加。バスを2台に増やした。

 来春の赴任に向け研修中の上原千可子弁護士(28)=大阪弁護士会=は「都会で埋もれるより若くても必要とされる過疎地で思う存分力を発揮したい」と意気込んでいる。

 一方、18年4月に設立された国の機関、日本司法支援センター(法テラス)も同様の対策を進めている。弁護士過疎地に事務所を設置し、3年任期で弁護士を派遣。現在、ゼロワン地域を中心に全国26カ所に広がった。

 法テラス常勤弁護士総合企画課の赤羽史子課長は「資力が乏しい市民へのバックアップなど日弁連では難しい案件をカバーするなど協力し合っている」として、残り5カ所の過疎地も日弁連と分担設置する方向で協議しており、年内にも解消するという。

 日弁連過疎偏在総合政策検討ワーキンググループの斎藤ともよ弁護士=大阪弁護士会=は「成年後見制度に精通した弁護士を派遣するなど、実質的な過疎解消という共通の目標に向かって今後も法テラスと連携していきたい」としている。

このひまわり基金というもの、日弁連がお金を出して各地の弁護士過疎地に公設の事務所を開くというもので、開設のみならず運営資金も援助するというのですから、言ってみれば僻地診療所を医師会が独自にお金を出して運営しているようなものでしょうか。
僻地と言っても弁護士事務所の場合はその密度から言って地方都市在住となるわけですから、市部から郡部へ日替わり出張診療をしているような感覚に近いのかも知れませんが、弁護士法に規定されている団体とは言え単なる弁護士の自治団体がこういう公的な仕事をやっているというのはなかなか興味深い話だと思います。
もちろん医師会などと違ってこちらは強制的に全員加入の組織であって、弁護士の懲罰権など強力な権限を握っているからこそという側面があるのは否めませんが、それでも職にあぶれるほどの弁護士過剰養成という布石を打ち、強力な配置権限を活用して事に当たればわずか10年で司法僻地が解消したというのは、一部の方々にとって非常に「使いでのあるネタ」ではありますよね。

弁護士の場合は医者と違って「歩いていける距離にいてもらわなければ困る」なんて言われることもないでしょうし、日常的な需要の差ということを考えても要求される配置密度は随分と違ったものになりそうですが、僻地を支持基盤に持つどこぞの議員さんなりが「弁護士がやれたことを医者はなんで出来ないんだ!」なんて言い出したらどうでしょう?
読売新聞あたりに「日弁連の発揮した強力な指導力を思うとき、日医の努力には正直物足りなさが残るとの思いを禁じ得ない」なんて社説に書かれてしまった日には、日医執行部の方々が「医師会ももっと強力な権限を発揮していかなければ社会的期待に応えられない」なんて妙に発奮しちゃった日にはどうなるんでしょう?
あるいは遠からず政権与党の誰かあたりが「医師数をこれだけ増加させても僻地の医療は先細る一方である。何らかの強制的な医師配置への方法論が必要だと結論せざるを得ない」なんてことを言い出した日には、これが総務省あたりの地方公立病院支援計画と結びついてしまった日にはどうなるんでしょう?

僻地にも一定の医療資源は保証されるべきであるというのは今のところ一定の社会的コンセンサスを得ているように見えますから、そうなりますといずれ誰かが「それでは強制的に資源配置を」なんて言い出す日に備えて、現場の負担を許容範囲内に抑え公平性も最低限確保できるような方法論を考えておかなければならないでしょうね。
現実問題として仕事のない場所に駐在さんよろしく医者を張り付けにしておくのは、無駄という以前に医療需要の逼迫した地域住民に対する逆差別にもなりかねませんから、センター病院から週何回といった派遣診療のスタイルになるにせよ、まず客観的な需要把握とそれに見合った適正量の医療供給という原則は守られるべきなのではないかと思います。
「お医者さんがいてくれるだけで安心」なんてところまで応需して一日田んぼを眺めている医者ばかり増えていたのでは、いざという時に必要な医療すら全く行えなくなってしまい皆が共倒れになりかねないわけですから、このあたりはまず住民への教育ということがなにより最優先で行われるべき話になってくるのでしょうね。

いずれにしても「昔はこの村にもお医者さんがいたんだからずっといてもらわないと困る」という地域の状況変化を無視した話でも困るし、「僻地医療など適当に若い医者を送り込んでおけばいいんだ」なんて老権力者の人身御供思考でも困るとなれば、そろそろ医療提供をする側にしても何かしらの対案を先に出しておいた方がよさそうだということですよね。
このところ医療への民間参入なんてことが盛んになってきていますから、例えば僻地巡回診療を売りにする移動クリニックをやってみようなんて団体もあったら面白いかなとも思うのですが、採算性を考えると混合診療禁止の原則をどう回避して僻地割増料金を頂戴するかに知恵を絞る必要はありそうです。
そう考えると弁護士にしても医者にしても田舎で頑張ってやろうと考えている人材は一定数いるわけですが、とりわけ医療の場合は「全国どこでも同じ医療を同じ価格で」という医療を保証するための大原則こそが、採算性の厳しい地域にとって今や足かせにもなりつつあるとも言えるのかも知れませんね。

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2010年6月21日 (月)

医学部新設にゴーサイン

かねて増やすかどうか?と議論がされていた医大新設問題ですけれども、結局増やす方向で話が進みそうな気配となってきたようです。
ただ今回の場合は増やしたい大学よりも増やすべき大学を優先させるという話で、その意味では既存医学部の定員増だけでは解消困難な地域性ということに一定の配慮をした話とは言えそうですよね。

医学部新設の容認検討 文科省、医師不足に対応(2010年6月19日中国新聞)

 医師不足が深刻さを増す中、文部科学省は18日、養成する医師の数を増やすため、1980年以降認めていない医学部新設の容認に向け、本格的に検討する方針を決めた。現行の文科省告示は、医学部の新設を審査しないとしており、約30年ぶりの方針転換

 政務三役が、共同通信の取材に「新設は極力抑えたいが、医療需要が逼迫ひっぱくしている地域では解除することが必要だ」と強調した。対象地域は厚生労働省が現在進めている医療需要調査の結果を参考に検討する。

 秋にも厚労省など関係省庁や専門家らによる検討の場を設立し、臨床や教育、研究それぞれの面で質が確保できるよう課題を整理。早ければ2011年度にも告示や大学設置基準を見直したい考えだ。

 医学部新設には数百億円規模の資金や医療従事者の確保が必要で、新規参入のハードルは高いが、複数の私立大で申請を目指す動きが出ている。

 ただ、法科大学院のような乱立を避けるため、文科省は新設校候補として(1)既に看護や薬学などの学部がある(2)医療系の基礎科目の教員がいる (3)実習先として地域の病院が活用可能―などの条件を想定。検討の場で是非を論議する。

 文科省によると、医学部新設の認可は79年の琉球大が最後。医師が供給過剰になるとの予測などを踏まえ、82年と97年には医学部の定員削減を閣議決定した。

 しかしその後、医師不足が深刻化し、2008年度から医学部の定員増に転換。本年度入学分は過去最多の8846人を認めたが、教育の質確保の点からこれ以上の増員を懸念する大学関係者の声も出ていた。

 民主党は今回の参院選のマニフェスト(政権公約)で「地域の医師不足解消に向けて、医師を1・5倍に増やす」と目標を明記。医学部の学生増員などを掲げた。

新たな医学部を増やすことに反対する人々というのは論点別に何種類もいるということはきちんと認識しておかなければならないと思いますが、ひとつには増やしすぎということの弊害を気にしている方々です。
以前にも何度か取り上げましたように、例えば一足先に某大先生の号令よろしくOECD平均並みを達成してしまった歯科医がどうなったか、あるいは新司法試験制度の導入で弁護士がどうなったかということを考えれば、既存医学部の定員増まではまだしも新設はやりすぎであると主張する声には一定の説得力があります。
要するに程度問題であって、増えすぎるようならまた考えればいいという考え方もあるかと思いますが、そうなるとなぜ定員増では駄目で新設なのかという議論も必要になってくるわけですね。

医師養成の総数から考えると定員100の大学一つを新たに作るより10大学で定員10ずつ増やした方がずっとマンパワーや費用対効果の面からも効率がいいわけで、しかも以前にも取り上げましたように新設医大は学力的にはいわゆる底辺私大と同等程度であろうと言われる点も気になるところですよね。
もちろん受験偏差値が医師としての適性とイコールではないということは当然ですが、より現実的な問題点としてこのあたりの医大で予想される進級率、国試合格率を考えると、100人の新入生が実際6年後に医師になっているのが何人いるか、おそらく半数もいないだろうということも想像されるわけです。
それならブランド力があり優秀な人材の確保がある程度保証されている既存大学の定員拡大の方が効率がいいとは誰でも考えるところですが、一方で医者の仕事というのも難しい話ばかりではなく、むしろ多くの部分が医師免許さえあれば誰にでも出来る仕事であるという事実もありますから、多ければ多いで困らないよという意見もあるわけですよね。

このあたりは以前に「新小児科医のつぶやき」さんで取り上げられた「ヤブ排除論に産科医が悲鳴」という記事と、これを受けて一足早く過剰が叫ばれ始めた弁護士の方が書かれた「ヤブでもいないよりマシ?!」という記事の対比がなかなか面白いなと拝見させていただいたのですが、小さな話では現場の感情論をどう始末をつけるかという点も重要ではないかと思います。
同じ職場にヤブと呼ばれる先生と名医と呼ばれる先生がいれば、スタッフにしろヤブ先生だと簡単な話も妙に難しくしてしまって余計な仕事が増えて嬉しくない、となれば自然名医先生にばかり患者を回すようになりますから、ヤブ先生が暇を持て余している一方で名医先生は日夜休むまもなく激務に追われるとなれば、理屈ではいないよりマシだと判っていても「これでギャラは同じ。やっとられませんわ」ということになりがちですよね。
日本の皆保険制度では医者は全て同じ知識と技量を持っているという建前ですから、どんなトンデモ迷医だろうが国手級の名医だろうが公の扱いは同じになってしまうわけで、とりわけそうした建前に則って仕事を進める公立病院などでは使える医者ほど先に逃げ出して、残るは永年勤続で給料と年齢だけ高い昼行灯ばかりという施設も多々あるものですが、これは医療制度そのものの問題とも深く関わっている話でもあるのでしょう。

他にも一気に多数の医師を教員役に引き抜かれれば地域の臨床現場が壊滅的打撃を受けるだとか反対論には事欠かないのが現状ですが、それでも敢えて医大新設をという根拠を求めるのであればやはり医学部定員の地域性解消が主目的ということになるのでしょうね。
仮に近い将来に医師強制配置なんてことが実現したとして、例えばA県の医者をB県に送り込めなんて話になれば「俺たちの県だって医者が余ってるわけでもないのに!」と自治体間での新たな怨恨が発生するのは当然予想されますから、実のところ現状で人口、県土に対して医学部定員の少ない地域ほど「早く国が医師強制配置を!」なんて話の実現には危機感を持っていてもいいはずなのです。
その意味では自前で育てた医者の数こそが意味を持つ時代が遠からず来る可能性があるわけで、実際に医学部過疎地域からは早速医大新設への期待感が高まってきているようですが、地域性ということを考えると人口比だけでいいのか、県土の広さや交通事情などどこまでのファクターを含めて検討していくべきなのかといったあたりが今後の課題ではあるのでしょうね。

医学部新設の容認も 文科省、医師不足に対応 道内は2大学検討中/北海道(2010年6月19日北海道新聞)

 医師不足が深刻さを増す中、文部科学省は18日、養成する医師の数を増やすため、1980年以降認めていない医学部新設の容認に向け、本格的に検討する方針を決めた。現行の文科省告示は、医学部の新設を審査しないとしており、約30年ぶりの方針転換。

 道内では看護福祉学部などを持つ道医療大(石狩管内当別町)が、道内私大初の医学部設置を目指し、検討を進めている。函館市も、公立はこだて未来大に医学部を設置しようと、本年度予算に関連費用を盛り込み、近く有識者の懇話会も立ち上げる方針だ。

成田市も誘致に前向き 医学部新設の容認検討/千葉(2010年6月19日千葉日報)

 医学部新設を認めてこなかった文部科学省が約30年ぶりに方針を転換することが明らかになった。秋にも関係省庁などが具体的な検討に入るが、既に一部の私立大が新設に向けて活発な動きを見せている。こうした大学の誘致を検討する自治体もある。

 千葉、埼玉、茨城の3県は全国でも医師不足が著しいエリア。成田空港を抱え、財政状況に余裕がある成田市は、小泉一成市長も公約に大学誘致を掲げる

北海道もさることながら千葉など人口、面積に対して医学部が少なすぎるとはかねて言われていたわけで、最後の医学部が登場してから30年間と今後の数十年間をも含めた人口動態なども含めての多面的な検証は当然必要となるところでしょう。
注目していただきたいのは北海道の場合は函館市が温度をとって公立の医大を設立しようと言う動きがあることですが、教官集めもさることながら予算額1200億円規模の地方都市に本当に200億円超とも言われる医大を新設し、維持するだけの体力があるのかという点は注目されるところですよね。
公立だけに無茶な学費負担も求められない以上は遠からず市政のお荷物ともなりかねない爆弾とも言えそうですが、このあたりは社会資本としてどの程度の財政支援までを許容するべきなのか、地域住民の総意というものも問題になってきそうです。

一方で医学部新設と言えばもちろん純粋に医学的、社会的な医師養成数増への期待というだけではなく、医大一つで200億円以上という初期投資を期待する各業界の方々などももちろんいらっしゃるのでしょうし、国にしても医学部新設をしたい背景があるのか?と思わせる話もあるようですよね。
例えば2002年の「しんぶん赤旗」の記事によれば帝京大学に旧文部省、旧労働省のOB多数が天下りしていたと言うことですが、興味深いのが文部省からの天下り組を「大学新設の設立準備を担当するポストにつかせて」いたという下りです。
要するに省庁の側から見ると少々学生の数を増やしたところでさしたるうま味もないわけで、新設医大ラッシュなどで一気にポストが急増するような状況こそウェルカムであるということなのでしょうが、逆に医学部新設を悲願とする大学側にとっても乗りやすい話ではあるという側面もあるのでしょうね。

医療現場の方では某大先生に代表されるような「とにかくOECD平均までどんどん医者を増やせ!」と言う声は下火となってきていて、これに代わって千葉など特殊な事例は別として基本的に新設はNG、定員増も慎重にという声が次第に大きくなっている印象ですから、これには大先生も「医師増員にネガティブな見方が医師の間に蔓延してしまったのでしょう」とすっかりおかんむりなご様子ですよね(苦笑)。
この背景として医師不足という現状は確かにあるのですが、それは絶対的な医師不足もさることながら需要に対する供給の不足という相対的な事情も大きく、そして医療業界に根強く横たわる「医師は労基法無視で酷使して当然」という文化を改善するためには、医師不足だ医療崩壊だと世間が騒ぎ始めた現状の方が都合が良いみたいだぞと、ようやく医師自身も気づき始めたという事情もあるのでしょう。
そして医療費亡国論などという話とは全く別な次元で、増え続ける医療への需要に対して何らの制限も加えないまま単に需要が多いから供給を増やせという対応ではいずれ必ず破綻がくるだろうことは、少子化がこれだけ社会問題化している時代にも関わらず産科、小児科医はますます激務に終われるようになった現状からも容易に想像できますよね。

結局のところ無闇やたらと医者を増やせば問題は全て解決するという話でもないし、医者を無秩序に増やす前に医者不足の今だからこそ後代に向けて解決していくべき課題が山積しているのだから、そちらを先に解決していくのが筋だろう?というだけのことなんですが、大病院の管理職である某大先生のように安く使える医者が大勢増えてくれば嬉しいという方々にも、彼らなりの立場に基づいた主張があって当然です。
このあたりは先の官僚側の立場などもそうですけれども、それぞれの主張と同時にその背景にある各人なりの立ち位置というものも見据えていかないことには、結局現場の苦労は何一つ解消しないまま特定の誰かだけが得をして、そしてそのツケは国民の懐に回されると言ういつものパターンに陥る危険性があるということですよね。
そう考えてみると各人が好き勝手なことを言って何が正しいのか判らないという時には、まずは現場で汗水たらして働いている人たちの生の声に耳を傾けてみるのも大事なことでしょうが、今の時代ネットなどの双方向メディアの発達でそれが容易になっているのは国民にとっての福音ではなかったかなとは思いますね。

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2010年6月20日 (日)

今日のぐり:「大圓」

少し前に東京はお台場の実物大ガンダムが話題になりましたが、今度は静岡に出現することになったようですね。

富士山をバックに、「立ち上がれガンダム」…改良型、7月に公開/静岡(2010年6月3日朝日新聞)

 JR東静岡駅近くの広場で制作中の巨大ガンダム立像が2日、報道陣に公開された。胸や腰、脚など部位ごとに組み上げられ、完成度は60%。7月24日の一般公開に向けて着々と本物に近づいている。

 昨年、東京・お台場に出現した巨大ガンダム。今回は、それをベースに右手にビームサーベルを握らせるなど、改良を加えるという。

 制作するバンダイなどによると、現在は各部位ごとにほぼ鉄骨が組み上がり、外壁を取り付けている段階。東京にある顔やビームサーベルが届いて、全体像を現すのは6月下旬になりそうだという。

 完成すると高さ18メートルになる巨大ガンダム。立ち位置や角度は、晴れた日に背後に富士山が見えるように計算されているという。主催者側では、展示期間中の夜間、ビームサーベルを光らせるなどの演出も計画している。

なおも改良に改良を重ねるとはさすがですけれども、こちらでも未完成ながら早くも新名所として定着しそうな勢いですよね。
本日はロボットネタを紹介したいと思いますが、まずは日本からはやはりガンダムの話題です。

燃え上がるガンダム 岐阜の火祭り、火の粉の雨/岐阜(2010年4月10日朝日新聞)

 降り注ぐ火の粉を浴びながら、みこしを担ぎ回る火祭りが10日夜、岐阜市の手力雄(てぢからお)神社であった。

 高さ20メートルの柱の頂点から落ちてくる「滝花火」の下にみこしを進めると、みこしに仕掛けた花火に着火。さらに激しく舞い落ちる火の粉の中を、上半身裸の男たちがみこしを上下に揺らしながら何度も行き来した。8基が次々と滝花火を披露し、爆発音と歓声が夜空に響き渡った。

 火祭りは約300年前に始まり、火の粉を浴びると厄落としになると伝えられている。

地下から発掘されたというわけでもないでしょうに何故ガンダムを祀っているのかよく分かりませんけれども、写真を見てみますとリアル等身ではなくSDがベースなんですかね?(安定性の問題も大きいのでしょうが)
一方でガンダムのみならず最近は実物大がブームなのでしょうが、元々のサイズが大きくなるとなかなか再現も大変なんだろうなというニュースがこちらです。

逃げちゃダメだ! 実物大ガンダムの次は実物大エヴァンゲリオン #yj_eva/山梨(2010年5月13日GIZMODO JAPAN)

富士急ハイランドが聖地と化してきました。

今度の実物大エヴァンゲリオンはなんと全長約50m。第7 ケージに納まっている初号機を再現し、はじめてエヴァを見た碇シンジの気分を味わえます。実際には頭部から胸あたりまでなので50m全部ではありませんけど、胸部だけでも相当な大きさでしょうね。完成イメージ写真の男女のビックリさかげんに、こちらもビックリです。

この実物大エヴァは富士急ハイランド、「EVANGELION:WORLD - 実物大初号機建造計画」内に展示されます。7月23日(金)オープンなので今から楽しみですね。

ガンダム、エヴァときたら次は何でしょう。富士の裾野だし、マジンガーZの光子力研究所再現とかやって欲しいです。

いや聖地かい!と思わず突っ込んでしまいますが、記事中にもありますけれども、このイメージ画像というのがなかなかケッサクですよね(笑)。
さて、日本国内では今時どんな話でもおいそれと驚くものではありませんけれども、これが海外ともなりますと途端に違和感が激しいですよね。

ウクライナの町外れにひっそりとたたずむ哀愁ただよう巨大ロボット/ウクライナ(2010年03月20日GigaZiNE)

廃車のパーツなどで組み立てられたトランスフォーマーを思わせる巨大なロボットがウクライナの港湾都市オデッサ郊外にたたずんでいます。

かなり巨大なロボットで存在感抜群のはずなのですが、だだっ広い雪景色に立ちすくむ色あせたロボットの姿は旧ソ連産SF映画を思わせ、なぜか「ひっそりと」「忘れ去られたかのように」などと形容したくなります。夕暮れにたたずむ姿をとらえたリリカルな写真は、見ていてなんだか切なくなのではないでしょうか。

詳細は以下から。
English Russia » Guarding Odessa

ロボットが立つのはオデッサ郊外の港湾ターミナルの入り口付近。退色してパステル調になった色合いが夕空に溶け込み、ファンタジー映画の一場面のようです。

高さは約10m、手前に写った人と比べるとかなり巨大なことがわかります。

廃車となったバスやジル社のトラック、重機のパーツなどを再利用したこのロボットの正体は、 TransInvestService(TIS)という海運会社によって、それまでわかりにくかったTIS社の埠頭(ふとう)の入り口をわかりやすくするため、看板代わりの目印として作られたものとのことです。

胸には「TIS」のロゴ。真昼の太陽を背に立つと、夕暮れ時とはうって変わってたくましく見えます。

どこから突っ込んでいいものやら迷うような話なんですけれども、とりあえずこのロボット自体の造形のセンスはなんなんでしょうかね?(確かに目印としてはこの上なく目立ってますけれども…)
これらのロボットは言ってみれば見てくれだけですけれども、実際のロボットというのはもう少し別なものであるのだなと判るのがこちらの記事です。

どんな地形でもどんとこい! 小型4足ロボットLittleDog(2010年6月7日ギズモード・ジャパン)

小さくなっても相変わらずキモいなあ。

蹴飛ばされようがなにしようが転ばないBigDogを覚えてるでしょうか。あの4足ロボットが小さくなってLittleDogとして登場です。

【小型 4足ロボットLittleDogの動画はこちら】

LittleDogはDARPAのロボット研究の一環としてUSCで開発され、岩山や階段など障害物を乗り越えて進むことができます。初期の頃は足元がおぼつかなかったですけど、今ではすっかりその弱点も克服しましたよ。

特に改善されたのは足元が悪い場所を自動的に学習して、良い足場を選ぶところ。これにより何回か歩くと滑り落ちることなく確実に歩くことができます。とはいえ、結局は人間がプログラミングしていることには変わりありませんからね。ロボドッグを見つけたら速攻で前足を蹴飛ばして、他の脚に引っかけてみて下さいよ。さてどうなることやら。

この元ネタになったBigDogというものが、すごいことはすごいんだろうけれどもあまりにキモすぎると話題になったくらいですから、その子孫であるこちらもやはり肝心な弱点は克服されていないようですねえ…
この一種独特のキモさはもはやそれ自体が兵器級のインパクトを備えていますけれども、見ていると妙に生き物くささも感じさせるというのは面白いなとは思います。

今日のぐり:「大圓」

高松市街地のかなり中心部近く、商業ビルの一角にあるこちらのお店は、なんでもぶっかけうどんの名店として知られているんだそうで、そうまで聞くと食べてみないではいられませんよね。
昨今では讃岐うどんの人気店には行列というのは珍しくありませんが、駐車場に並んでいる車が軒並み県外ナンバーで、しかも関西圏などかなり遠方からやってきているらしいと言うのは時代なんですかね?
そんなこんなで顧客層は若い人が中心で、あまり地元民らしい年配の方々などは見かけなかったのですが、これは時間帯によっては違ってくるのかも知れません。

当然ながらここでは冷たいぶっかけうどんを大(二玉)で頼んでみましたが、最初に出てきたうどんを見た段階で?となったのは見た目の表面の具合がかなり荒れているようで、実際口に入れてみても扱いが少し雑だったと言うことなんでしょうか、なめらかで吸い付くような舌触り、自然と流れ落ちていくかのような喉越しとは行かなかったのは残念でしたね。
こちらのうどんはコシも相応にあるものの基本的には硬いうどんのようで(ただし、後でネットで調べてみると”柔らかくコシのあるうどん”という表現もあるようで、このあたり日差もかなりあるということなのでしょうか?)、太さも結構不ぞろいなところもありますから食感は多少バラつきがありますが、それでも口に頬張った時のこのゴツい噛みごたえというのはなかなか印象的です。
こういううどんだと温食にしてみるとどうなのかと気になるのですが、少しつまんでみた同行者の天ぷらうどんの方ですとこの硬さがちょうどいい感じになってくるんですが、逆に特に特徴もない普通にうまいうどんという感じにもなってしまう様ですから、やはりここは冷たいうどんでこの食感を楽しむのが良いのでしょう。

さて、うまいうどんとうまいぶっかけうどんは異なるというのが個人的持論なんですけれども、こちらの場合ダシは甘口で非常にいい味なんですが、ぶっかけとしてこのごついうどんに合わせるにはやや力が弱いかなと言う印象です。
ただし香川でぶっかけと言いますとこういうくらいのダシの味が普通であるのも確かなので、このあたりはうどん文化の地域差というものをいつも感じるのですけれども、個人的にはこのうどんでしたら醤油うどんなどで食べてみるのもいいんじゃないかなという気もしましたね。
ぶっかけうどんとして全体のバランスは十分に上の部類に入るものではないかと思いますが、この日のうどんに関して言えばもう少し丁寧な仕事をしていただいていればもっとうまかったんだろうなと感じさせられた点ではもう一つの印象で、あまり満足しているようではない同行者達の見解などを聞いていてもちょっともったいないなとは感じたところでした。

ちなみに店名ですが、店内の掲示では「大円」と書いてあるようですし、別段こちらの表記でも問題ないということなんでしょうかね?
讃岐うどん全般の相場からするとやや高めの価格帯なのかも知れませんが、いわゆる一般店スタイルのお店として他県水準で比較すると特に高くはない、接遇は多忙を極めていることもあってかややつっけんどんなところはありましたけれども手早い仕事ぶりは好印象で、逆にこれくらいのさっぱりしたサービスの方がこういう店には合っているのかとも思います。
少なくともこの日に関して言えば絶品のぶっかけとも言い切れない感じでしたけれども、うどん自体のポテンシャルは高そうな感じですし味の組み立てもしっかりしていますから、混雑時を少し外して訪れた方が良さそうなお店と言うことなんでしょうかね(昨今讃岐うどんの人気店と言えば、それが一番の問題ですが…)。

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2010年6月19日 (土)

とある業界筋と関わる最近の話題

既存のマスメディアがネットとの距離感を測りかねているらしいというのは今に始まったことではなく、ごく大雑把にいって対決的姿勢を取るメディアと融和的姿勢を取るメディアとに分けられる傾向があるようです。
無論いくらメディアの側から擦り寄ろうとしたところで、ネットの側で受け入れられるかどうかは別ということになるわけですが、その意味で非常に行く末が興味深いなと思われるのがこちら毎日新聞の試みですよね。

毎日新聞社が若者向け新聞「MAINICHI RT」創刊、つぶやきも転載(2010年5月7日インターネットウォッチ)

 毎日新聞社は、新たなタブロイド紙「MAINICHI RT」を6月1日に創刊すると発表した。Twitterで寄せられた読者のツイート(つぶやき)を掲載するなど、「インターネットの双方向機能を活用し、読者とともに紙面をつくる新しい形のメディアを目指すもので、これまで積極的には新聞を購読していなかった若い世代がターゲット」という。

 紙名は、Twitterの「RT(Retweet)」から発想したが、このほかにも「Real Time」「Read Tomorrow」「Reliable Text」「Rare Tactics」などの意味も込めている。

 「MAINICHI RT」では、毎日新聞のニュースサイト「毎日jp」で24時間以内のアクセス数が多かったニュースを選び、関連情報や解説記事などを加えて再構成して掲載する。また、Twitter(@mainichiRT)につぶやかれたコメントも掲載し、リアルタイムのコミュニケーションを目指す。なお、紙面への転載可能なつぶやきにはハッシュタグ「#mainichiRT」を付けるよう呼び掛けている

 「MAINICHI RT」はタブロイド判24ページで、月曜を除く週6回発行。購読料は月額1980円。発行エリアは東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県で、毎日新聞の販売店から毎朝届ける。創刊時の発行部数は約5万部を予定している。

 なお、シャープの液晶テレビ「AQUOS」向けに紙面を配信する実証実験サービス「毎日新聞×DoTV」にも、「MAINICHI RT」の紙面を提供する予定だ。

実際に状況を見てみますとリアルタイムで「つぶやき」が入ってくるというのは今までの活字媒体にはない試みで、これはこれで面白いところもあるようにも思えるのですが、問題はやっている主体があの毎日だということですよね(苦笑)。
ネット上では当然のことながら「どうせ検閲だらけだろ?」なんて声が道道ていますけれども、ツイッターという媒体はそのリアルタイム性が一番の売りであるだけに、実際数多押し寄せるそれをどう検閲するのかという技術的側面には興味がひかれるところです。
ま、かつて中国政府によるネット検閲が問題に取り上げられていた頃には、「検閲は中国の品位の問題だ」だとか「ネットと人の口に壁は立てられないということを知るべきだ」なんてさんざんな言い様だった毎日新聞ですから、まさか自ら検閲なんて「品位の問題」に走るような真似をするはずもなく単なる杞憂というべきなんでしょうかね?

さて、検閲と言えば今もっとも話題になっているのが例の児童ポルノ問題などとも絡めた大規模なネット検閲導入問題ですが、この件に関しても毎日新聞の関与は決して浅からぬものがあるようです。
先ごろの東京都で出された条例案は結局否決されたようですけれども、政府主導で進める国内外のポルノサイトへの接続遮断(ブロッキング)などを柱とした対策案に対しては表現の自由を犯すとして、毎日新聞を始め各メディアが反対ないし憂慮の論調を取っていることはご承知の通りです。
その一方で児童ポルノと言えば日本ユニセフなる団体がかねて反対運動を繰り広げているのは周知の通りですけれども、面白いことにこの日本ユニセフと毎日新聞を始め主要メディアとの間には人的側面においても非常に密接な関係があるということが判っていますから、このあたりの整合性について今後どのようにすりあわせていくのかも注目されるところですよね。

その見るからに怪しげな団体である日本ユニセフなのですが、他人に対してどうこう言う以前に身内の実践に対してどうなのよと言う話が飛び出してきて最近ちょっとした話題になっているところです。
発端は先日発覚したこちらの事件ですが、どうも思わぬ方面にまで飛び火してしまったようなのですね。

【衝撃事件の核心】“タレントの卵”誰が食い物に 淫行で立件のアート元会長、泥沼訴訟の高い代償(2010年6月12日産経新聞)より抜粋

 CMでもおなじみの引越業界最大手「アート引越センター」創業者、アートコーポレーション(大阪市)の寺田寿男会長(64)=辞任=が、16歳の女子高生への淫行(いんこう)容疑で書類送検された。騒動で18歳のドイツ人女性との交際も発覚。“タレントの卵”だった2人が所属していた芸能事務所との間で訴訟沙汰になるなど窮地に立たされている。法廷外でも「恐喝」「銃弾」などのきな臭い言葉が飛び交い、事態は泥沼化。一代で年商700億円の大企業を築き上げた大物会長の身に何があったのか。(福田涼太郎)

「何か応援できるかも」…協力ほのめかす?

 寺田元会長と女子高生が初めて面会したのは昨年7月中旬のことだ。関係者の証言を総合すると次のような経緯だったという。

 「ミスコンテストの審査員をしている男性を紹介する」

 女子高生に、所属する芸能事務所代表の山口公義容疑者(50)=淫行容疑で逮捕=と懇意にしている女性芸能事務所社長から連絡があった。

 「業界関係者にうちの女の子を紹介してほしい」と山口容疑者は以前から女性社長に “営業活動”を依頼しており、それに応えたものだった。

 女性社長からの連絡の翌日、女子高生は女性社長と一緒に東京都内の待ち合わせ場所に訪れた。そこに現れたのが有名企業のオーナーである寺田元会長だった。

 女子高生は16歳であることや、芸能界入りを目指していることを熱く語った。 「何か応援できるかもしれない」

 寺田元会長は真剣なまなざしで訴え続ける女子高生を見つめてこう言い、電話番号を交換したという。

 初対面から1カ月が経過した8月27日。女子高生のもとに寺田元会長から電話がかかってきた。

 「遊びに来なさい」

 女子高生は寺田元会長から誘われたことを隣にいた山口容疑者に報告。山口容疑者は「言うことを聞いた方がいい」と、寺田元会長の待つ東京・六本木のマンションに女子高生を1人で向かわせた

 室内での2人の詳しいやり取りは明らかになっていないが、寺田元会長は女子高生とわいせつな行為をし、その後、小遣いとして3万円を手渡したという。

 「『夢をかなえたい』という強い気持ちが女子高生にそうさせてしまったのだろう」

 捜査関係者は女子高生の胸の内を推察する。
(略)
 大企業トップのまさかの不祥事。影響はさまざまな方面に及んだ。

 

寺田元会長の妻、千代乃社長(63)は、児童への性的被害根絶を訴える日本ユニセフ協会の大阪支部理事を務めていた。夫が未成年に対して“失態”を起こしたことで、同支部は7月末をもって理事職の辞任を求める方針だ。

 同支部は「いろいろ協力してもらっていたので残念だが仕方がない」と肩を落とす。

 また、事件が公になった直後の6月4日に寺田元会長自身も会長職を辞任。経営から完全に身を引いた。

 寺田元会長といえば、千代乃社長と二人三脚で事業を拡大し、一代で業界トップクラスの会社に育て上げた企業人としても有名だ。そのサクセスストーリーはテレビドラマにもなり、千代乃社長は藤原紀香さんが演じたことでも話題になった。しかし、この先も事態が泥沼化すれば企業のイメージダウンは避けられない。沈黙を守る千代乃社長の心中はいかばかりか。

 少女の気持ちを逆手に取った危険な火遊びの代償はあまりにも重い。

まあしかし、児童ポルノどころではないとんでもない話で、これが事実であるとするならば法的のみならず社会的にもその罪を糾弾されるのも已む無しなんでしょうかね。
まさかアグネスさんもこんな話が出てくるとは想像もしていなかったかもしれませんが、もちろん身内の裏切り行為とも言える話だけにユニセフとしても単に縁切りにして終わりとするのみならず、厳しい反省と総括が求められるのは言うまでもないところでしょうね。
身内と言えばこちらになるともはや笑うしかないという話ですけれども、やはり他人には色々と言っている割りに自分たちはどうなのよという点では日本ユニセフの一件とも共通性のある話ではあるようです。

二週間で映画一本分 朝日本社内コンビニ募金の「寂しい結末」(2010年6月10日週刊文春)

 ある朝日新聞社員が自嘲気味に苦笑する。

やっぱりわが社は口だけということですね。理想論ばかりで実態が伴わない」

 発端は四月十四日に遡る。この日、中国青海省を襲ったM七・一の大地震で、死者は二千人を超えた。日本でも援助の動きは早く、朝日新聞も、

〈中国青海省地震に長岡市が義援金 50万円「同じ被災地」〉(四月十七日)〈中国・青海地震に見舞金100万円 大阪市〉(四月十八日)〈北九州の全市議が青海地震に見舞金 中国総領事館へ61万円〉(五月一日)

 と詳報している。夕刊コラム「素粒子」では、沿海部と貧富の差が開く一方の内陸部での地震をこう嘆いた。

〈最近なぜか、貧しい地域を襲いがちな震災。中国の青海省で地震。自然の無慈悲さと、それを拡大しがちな社会のゆがみ

 ほかにも、派遣社員の男性が「持ち物を売って募金をした」との話を投書欄「声」で紹介

 ところが、「紙面とは裏腹な意識の低さを如実に示してしまった」(同前)と社員の間で囁かれた“事件”が、朝日新聞東京本社八階にあるローソンで起きていた。

 コンビニ大手のローソンでは、全国の店舗で四月十七日から三十日までの二週間、青海地震への募金活動を行っていた。入構証がないと入れない朝日本社八階のローソンはいわば「社員専用店」で、そこでもレジ前二カ所に募金箱が設置されていた。

 期間が終了した今、募金箱にはこんな紙が貼られている。

当店の「中国青海省地震」救援募金は1821円です。ご協力ありがとうございました。〉

 千八百二十一円……二週間で映画一本分かよ! もちろん多寡の判断はそれぞれだが、

「ボーナスは二年前から減ってはいますけど、給料は世間から見れば恵まれていて、記者職なら三十歳で年収一千万円に届きます」(別の社員)

 という話を聞けば「なんだかなー」という気持ちにもなろうというもの。

 ローソンのホームページで発表している青海省地震の募金額を実施店舗数で割ると、平均で千八百九十四円。朝日本社のローソンは、平均を下回るお寒い結果だった。

「結局、意識も平均以下ってことですかね」(同前)

いや、さすがに社会の木鐸をもって自認するという朝日新聞だけに、木鐸などと言うものはにぎやかに騒がしくはしても煮ても焼いても食えないというところまで再現してくださると言うわけですよね?(苦笑)。
朝日新聞記者くらいの社会的ステータスを持つようになると天下国家の話題はともかく、いちいちこんな俗事にまでかまけている暇はないということなのかも知れませんが、一方で非常に俗な側面もあるらしいと感じさせるのがこちらのニュースです。

日本はトップの使い捨てがお好き? 日本の政治とジャーナリズムの暗部を英誌が厳しく指摘(2010年6月4日JBpress)より抜粋

(略)
半年で3億6000万円も使われた官房機密費

 民主党は前の自民党政権時代に使途の分からない、また領収書も必要のない官房機密費について、その使い道をつまびらかにするように再三求めてきた。また、政権交代した折には、官房機密費をなくすと明言していた。

 ところが、政権を取った後は見事に前言を翻した。それだけでなく、昨年9月から今年3月までの半年で平野博文官房長官は、3億6000万円を使い、残ったのはわずか1600万円で、それは国庫に返納したとしている。

 3億6000万円のかなりの部分が、迷走の果てに自民党時代に決めた結論に戻ってしまった普天間問題への対応に充てられたという。沖縄視察の際の飲み食いなどである。

 さらに、エコノミストは暗示するにとどめているが、日本の一部報道によれば、大マスコミの官邸記者や政治評論家などにも渡ったという。その額は1 人数万円から数十万円にも達するとも言われている。

数万円から数十万円ももらっていたジャーナリストたち

 鳩山由紀夫首相は、普天間問題の迷走と政治とカネの2つの問題で国民が聞く耳を持たなくなったとして辞任を決めた。

 しかし、多額のカネでジャーナリストや評論家の口を封じているとしたら、首相が母親からもらっていた政治資金とか、小沢一郎幹事長の記載漏れとは比較にならないほど大きな問題なのではないか。

 そして、数万円程度のカネでペンを簡単に曲げる大手メディアのジャーナリストたち。同業者だと思うと恥ずかしくて物も言えない。

 また、そういう輩に限って偉そうに大きな口を叩くものだ。そういうのが黙って近くにいると考えるだけで唾棄したくなる。

 エコノミストの記事によって、世界中に自分たちの恥が知れ渡っていることを肝に銘じるべきだろう。残念だが日本のメディア不況は、自業自得としか思えない。
(略)

おそらくこの「日本の一部報道」というのは以前に取り上げました「わたしはこれで記者を堕落させたby平野貞夫・元参院議員」云々の記事などを取り上げているのでしょうが、あちらはあくまで過去にこういうことを当たり前にやっていましたという話であった一方、民主党政権になっても現在進行形でこのような行為が続いているらしい?というのもなかなか興味深い話ですよね。
この話、普通の先進国であれば政治とジャーナリズムの暗い結びつきというのは非常な大問題なんですけれども、日本のマスメディアは反省するどころかこの件に関して全くのスルーを決め込んでいるというのは非常に大変なことだと思いますね。
過去の歴史上繰り返されてきた政治の独裁を掣肘するという観点からマスコミに大きな社会的権威が与えられてきたという側面があるわけですから、それを自ら放棄すると言うのは単に職業人としての堕落のみならず、社会に対する裏切りであるとも言えるわけです。

このあたりはかの業界の自浄作用に多くを期待するというのも無理があると経験上判っているだけに、利用者である国民自らがきちんと見守り監督していくという姿勢が求められるのでしょうね。

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2010年6月18日 (金)

その昔「駄目なものは駄目」で一世を風靡した人たちもいましたが

参院選が実質始まったとも言われ、選挙をにらんで新たなマニフェストなども出てくる時期になってきました。
そうした選挙向け対策の一環というわけでもないのでしょうが、最近では既存の医療のシステムを変えていく議論もにぎやかになってきたようですね。
特に民主党政権では医療を経済成長の牽引役にとも目しているわけですが、そうなりますと大幅に拡大することになる医療費を全部保険診療扱いでというのも無理な話で、どうしたって混合診療導入という議論は避けて通れないことになってきます。

混合診療、先進医療制度と異なる仕組みを(2010年6月7日CBニュース)

 政府の行政刷新会議の規制・制度改革に関する分科会(分科会長=大塚耕平・内閣府副大臣)は6月7日、医療や介護などの規制改革の対処方針を示した第一次報告書案を大筋で了承した。焦点となっていた保険外併用療養(混合診療)の範囲拡大については、現在の先進医療制度より手続きが迅速な新たな仕組みを検討し、年度内に結論を出すとしている。分科会終了後の記者会見で大塚副大臣は、「規制・制度改革について不断の取り組みが行えるような法律をつくることも必要かもしれない」と述べ、継続的に規制を見直す法整備の必要性を示した。同分科会では、菅新内閣発足後、新たな行政刷新担当相の下で最終調整を行い、月内の閣議決定を目指す方針だ。

 同分科会は3月末に設置され、医療・介護、農業、環境の各ワーキンググループがそれぞれの分野の規制・制度改革について、約2か月にわたって検討を重ねてきた。報告書案に盛り込まれた医療・介護分野の対処方針は、▽混合診療の範囲拡大▽再生医療の推進▽医療ツーリズムへの取り組み▽EPA(経済連携協定)に基づく看護師、介護士候補者への配慮―など17項目。

 混合診療に関しては、海外で一般的に使用されている未承認薬や、代替の治療法が存在しない患者に対する治験中の療法の一部について、一定の施設要件を満たす医療機関が実施する場合は、安全性などの評価を厚生労働省以外の第三者機関が行うことも検討課題とした。対処方針の当初案では、混合診療の一部を届け出制とすることが盛り込まれていたが、厚労省側が難色を示したため、最終案への明記は見送られた。会見で大塚副大臣は、「例えば届け出制による混合診療の活用等も、成長戦略や特区の政策課題、あるいはチャレンジとして、今後さらに議論していく余地があると思っている」と述べた。

■医薬品ネット販売、国試受験機会の拡大は新政務三役で協議

 医療ツーリズムについては、短期滞在ビザに「医療目的」を明示するとともに、外国人医師の国内での診療目的に臨床の修練だけでなく、医療技術の教授なども認めるための制度改正を行う。また、外国人看護師・介護福祉士候補者が受験する国家試験問題での振り仮名の導入などを年度内に検討し、問題作成に反映させるほか、特定看護師(仮称)の制度化については、2012年度中に業務範囲などの結論を出すとした。
 さらに、医師会や保険者、研究機関などが幅広く利用できるよう、レセプト情報を一元化したデータベースの活用のルールを年度内に決定し、周知するほか、 2年後の診療報酬改定に向けて、疾病などの国際統計分類「ICD10コード」の採用を含むレセプト様式(DPCレセプトも含む)の見直しを検討するとした。

 一方、一般用医薬品のインターネット販売については、「対面販売の原則を維持する」との表現を入れることに全委員が反対したため、新政務三役の間で協議することになった。また、外国人看護師・介護福祉士候補者の国試受験機会の拡大に関しても、新内閣発足後に最終調整を行う。

「先進医療」導入しやすい仕組みを 行政刷新会議分科会(2010年6月8日朝日新聞)

 再生医療など先進的な医療を治療現場に導入しやすくするため、政府の行政刷新会議分科会は7日、新しい仕組みづくりを盛り込んだ報告書をまとめた。報告書は新たな担当相が了承すれば、6月中にも閣議決定される見通し。

 厚生労働省は、専門家による審査で、安全性や有効性が認められた治療法に限り、「先進医療」として現場への導入を認めてきた。しかし、審査時間がかかるため、進歩の早い先進医療に対応するには、柔軟さや迅速さに欠け、「見直しが必要だ」などの意見が専門家から出ていた

 報告書などでは、審査を簡略化する代わりに、実施は高度な医療ができる大学病院など、一定の要件を満たす施設に限定。審査も、新たに厚労省が審査機関を設け、現行より審査の頻度を増やすなどするとした。具体的な仕組みは今年度中に検討するという。

 現行では、健康保険が使える保険診療と、保険が使えない診療の併用(混合診療)は原則として禁じられている。このため、保険ではまだ認められていない先進的な医療を受ける場合、保険で本来は認められる治療も患者の自己負担になる。厚労省は例外的に認める「先進医療」制度をつくり、一部を認めてきた。(月舘彩子)

混合診療導入はとっくに既定路線であって、後はいつ、どこからと言う議論を残すのみという段階ですが、とりあえず最初のターゲットに商業主義的色彩の濃いところでとなると反発も大きいんじゃないかとは予想出来ますよね。
こんな経緯で先日はドラッグラグ解消のために未承認薬使用にある程度混合診療を認めるという話が出てきたようですが、これなどかねて混合診療反対の姿勢を崩していない日医にとっても表立って反論しにくい話で、なかなかうまい手を使ってきたなという印象です。

政府、未承認薬を使用可能に 約200の医療機関で(2010年6月16日47ニュース)

 政府は15日、抗がん剤など欧米で承認されながら日本で未承認の医薬品や医療機器を国内で使えるようにする仕組みを導入する方針を固めた。特例的に使用できる「選定医療機関」を指定、2020年までに全国で200機関程度を想定している。費用は基本的に自己負担。併用した保険診療の保険適用は認める方向だ。

 医療先進国を目指す政府が、近くまとめる経済成長戦略に盛り込む。新しい治療法を待望する患者にとっては朗報となるが、日本医師会などからは安全性や有効性が確認できていないとの反発が予想され、調整が難航する可能性がある。

 他国で最初に発売された新薬や機器が自国で承認されるまで長い時間がかかる状況は「ドラッグ・ラグ」「デバイス・ラグ」と呼ばれる。日本は世界で飛び抜けて長いとされ、解消策が求められている。

 政府案では「必要な患者に世界標準の医薬品・機器を迅速に提供し、難治療疾患患者の選択肢を拡大する」と強調。使用できる未承認薬・機器の範囲は今後検討するが(1)選定医療機関の裁量に任せる(2)医療機関の判断で使用し、事後確認制度を設ける―などの案が浮上している。

日医が最近のこうした動きにどう反応しているかと見ていたのですが、去る6月9日付けで公式見解として「国民皆保険の崩壊につながりかねない最近の諸問題について-混合診療の全面解禁と医療ツーリズム-」なるものが提出されてきました。
これを見ていますと医療の成長産業化に対しては「医療・介護は他の産業に比べて、大きな雇用誘発力をもつ」ことからも「医療費、介護費は、成長社会実現のための投資」だとして賛成する立場を示す一方、「市場原理主義的な考え方で私的医療費支出を拡大しようとする考え」に対しては変わらず反対という姿勢を明示しています。
つまり「所得によって受けられる医療に格差が生じる」ことが危惧されることから「国民皆保険の下、公的医療保険の範囲を拡充すべき」という主張で、ドラッグラグ解消に対しては審査の迅速化とともに現行の先進医療などと同じ評価療養の扱いで「保険外併用療養を現行の仕組みの中で拡大していく」べきと主張しているわけで、とにかく日医としては医療は平等性こそ最優先ということですよね。
面白いのは先の記事で出てきた特定の医療機関においてのみ特例的に未承認薬を認めましょうという構想にも関連してくる話ですが、こんなことを書いてきていることです。

また、規制・制度改革に関する分科会の報告書(案)は、「一定の要件を満たす医療機関については、事前規制から事後チェックへ転換し、実施する保険外併用療養の一部を届出制に変更すべきである」として、「対象となる医療機関の『一定の要件』は、「倫理審査委員会を設置している医療機関」を想定」と注記している。
日本医師会は、安全性・有効性を確保するため、一定の要件を確保することは必須条件であると考える。
しかし、事前規制から事後チェックへの転換には反対である。医療は生死にかかわる問題であり、被害者が出てからでは手遅れである。
さらに、倫理審査委員会を設置できるような医療機関は、大学病院や大規模病院に限定され、結果的にいわゆる「勝ち組」病院を優遇することになりかねない。医療機関の規模や種類にとらわれず、真に患者にとって必要な医療であり、一定の水準を確保できている医療機関がきちんと選定される仕組みにしていくべきである。

万一のことがあっては困るから目の前で確実に手遅れになっていく患者は見捨ててでも急がず慌てず話を進めましょうとも受け取れるのは、国民のための医療をなんて大上段に構える日医としてどうなのよとも思いますけれども、その一方で万一のことがあった場合にも手厚く対応できるだろう大病院にだけ特例を認めるのは不公平であるなんて言ってみせるのもおかしな話ですよね。
このあたりはもちろん面と向かって「我々の主たる支持者である開業医の先生方に不利益になるようなことは認められない」とも書けなかったのでしょうけれども、結局のところそういうことかと彼らの主張の背後事情が見え隠れする話ではありそうです。
そもそも混合診療反対に関しても「混合診療”全面”解禁には反対」と全面解禁のデメリットを並べ立てることには熱心ですが、では部分的になら構わないんですね?という話に関しては「いや皆保険制度を堅持すべきで」と歯切れの悪い言葉しか出てこないわけですから、「ん?誰か全面解禁の話なんてしてたっけ?」と突っ込まれても仕方がないところではありますよね。

返す刀で医療ツーリズムに関しても突っ込んでいるのですが、これまた妙に要領を得ない言葉が並ぶばかりで判りにくいので(苦笑)、ここではCBニュースの要約を参照してみましょう。

企業関与の医療ツーリズムに反対-日医(2010年6月9日CBニュース)

 日本医師会は6月9日、公的な医療保険の給付範囲を縮小させる恐れがあるとして、営利企業が関与する組織的な医療ツーリズムや混合診療の全面解禁に反対する声明を出した。

 声明では、医療ツーリズムについて、診療報酬上の点数よりもはるかに高い金額を支払う外国人の富裕層が医療機関で優先的に扱われる一方、保険診療の日本人患者が後回しにされ、▽医療費の全額を自己負担しても優先的に検査や治療を受けたいという日本人患者が出てきて、自己負担できない患者との格差が生じる通院中の高所得者が、検査費用を自己負担するので優先的に受けたいと思うようになる-などの可能性を指摘。こうした流れが、混合診療の全面解禁を後押しすると懸念している。

 中川俊男副会長は、同日開かれた定例記者会見で、「日本人であれ外国人であれ、患者を診察、治療することは医師の当然の責務」と述べる一方、「日本人の保険診療の患者が締め出されたり、日本人を含む自由診療の患者が膨大な治療費を請求されていたりすれば問題だ」と指摘した。

 また、営利企業の関与に対しては、「外国人の富裕層をもっと受け入れるにはどうすればいいか、最初は相談に乗り、手伝いをし、最終的に実質的な経営権を持ってしまうことが十分あり得る」との危機感を示した。今後、医療ツーリズムへの対応について病院団体と意思疎通を図るという。

 医療ツーリズムをめぐっては、政府の行政刷新会議のライフイノベーションWG(ワーキンググループ)が4月に検討テーマに掲げており、これに対し日医は、医師や看護職員が不足する中、「現時点で検討に着手することは認められない」との見解を示していた。

■混合診療の禁止「法律で明記を」
 声明ではまた、混合診療が全面解禁されれば、医療費を支払えるのは「一定以上の所得者だけ」と指摘。現行の「保険外併用療養」の拡大などで対応するよう主張している。
 中川氏は会見で「混合診療原則禁止の法的根拠があいまい。法律で禁止を明記してほしい」と訴えた。

一応日医のために多少の弁護をしてみますと、一生懸命言葉を連ねて「総論では必ずしも反対しないけれども、こんなことがあったら困るでしょ」なんて受け取られるように持っていこうとしている意図は判るんですが、結局まとめてみれば反対であるという態度は明らかですよね。
ここでも営利企業がどうこうという話が盛んに出てくることからも判る通り、要するに先程の「勝ち組」大病院優遇反対!という話と同じことで、医療ツーリズムなんて言ったって零細開業医にはうま味が無い話なんだから反対するという事情が垣間見えて、やはりここでも日医は結局日医以外の何者でもないということにはなりそうです。
日医の自己主張はこうして見ると従来通りでこれはこれで首尾一貫しているのはいいのですが、その背後にあるのは「医療は日本全国いつでもどこでも誰にでも平等である」という皆保険制度の建前そのものから出発している論理であって、果たして実際がそうではないと知っている国民が日医と認識を一つにしているのだろうかという疑問は湧くところですよね。

例えば「高いお金を払った患者を優遇するのはケシカラン!」なんて話が出てきますが、新幹線に乗る場合でも席の取り合いが嫌なら指定席料金を払って乗るのは当然の話であり、むしろ三時間待ちの三分診療にうんざりしている患者からすれば「お前らな、150円やるからその席空けろと」なんて言い出したくなるんじゃないかという気がします。
今でも「幾らお金がかかってもいいから助けてください!」なんて事をさらっと口にしてしまう人々は少なくないわけで、それなら救急車で真夜中の病院に搬入され一刻を争う事態に「一週間前から風邪気味で」なんて人たちが行列をなしていつ診療が始まるか判らないなんて現場に遭遇すれば、「お金は出しますから先に診てもらえませんか!」と言いたくなる方が人情というものですよね。
もちろん大多数の国民は基礎的な医療に関して保険診療外になってしまうようなことは望んでいないし、医療政策を議論している誰もそんな話をしているようには見えないんですけれども、どうも日医の話を聞いていると誰もいない方向に向けて一生懸命叫んでいるように見えて、話が噛みあっていないという気がして仕方がないところです。

医療が実際に経済成長の牽引役となれるかということに関しては様々な懸念があるのは事実ですが、むしろそれらは諸外国でとっくに動き出していることが未だに日本では何も話が進んでいないとか、きとんとデータに基づいて議論できる人材もいないといった危機感が先に立った話で、日医のように何もかも今までどおりに変えないのが一番といった後ろ向きの話ではないわけですよね。
日本の医療は基本的には純粋な質の追求というよりもコストパフォーマンスの高さで世界一になった、しかし日本という国の物価水準から考えると必ずしも価格競争力だけでは売りが乏しいのも事実で、一方では各種規制に縛られて平均的医療水準はともかくトップレベルの立ち位置ということに関して今やアドバンテージは失われつつあるのが現状です。
要するにこのままでは「日本の医療は素晴らしいですよ!」と高く売り込めるチャンスは遠からず失われてしまうわけですが、諸外国では資産家や営利企業がどんどんお金を出して医療水準を高め、結局回りまわって庶民にもその成果が還元されている現実を思う時、医療の平等性と言うことのみを金科玉条の如く言い立てる日医の姿勢が果たして正しいのかという疑問は湧いてくるところです。

スーパーカーから軽自動車まで走り回っている日本の自動車産業は世界一とも言われていますけれども、これが皆が平等にトラバントでは世界の誰も日本車など買う気にならなかっただろうし、なにより国民にとってもそんな平等が幸せであっただろうかという話ですよね。

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2010年6月17日 (木)

残すことは目的ではなく手段であるはずなんですが

本日まずはこちら、少し以前の記事を含めて二つばかり紹介しておきましょう。

地域医療機能推進機構法案、「何としても成立させたい」―足立政務官(2010年6月14日CBニュース)

 厚生労働省の足立信也政務官は6月14日の政務三役会議後の記者会見で、今国会で同省として「最低限、何としても成立させたい法案」として、「予防接種法及び新型インフルエンザ予防接種による健康被害の救済等に関する特別措置法の一部を改正する法律案」のほか「独立行政法人地域医療機能推進機構法案」を挙げ、「(同会議で)必ず成立させたいという意思確認をした」と述べた。その上で、長浜博行副大臣と足立政務官が中心となり、成立に向けて各政党に対し積極的に働き掛けていく考えを示した。

 今国会で継続審議となっている同法案では、同機構が新たな受け皿として厚生年金病院や社会保険病院などの運営を引き継ぎ、地域の医療などの重要な役割を担うとしている。同機構の設立は来年4月1日で、それまでの間は「年金・健康保険福祉施設整理機構(RFO)」の存続期限(今年9月30日)を延長する。

 足立政務官は、同法案が成立せずにRFOが9月末で解散した場合の厚生年金病院や社会保険病院などについて、「存在の根拠がなくなる」「存在があやふやというか、宙ぶらりんになる。極めて地域医療に対する影響は大きい」などと指摘。その上で、「(今国会での成立しか)あり得ないと思っている」と強調した。
(略)

厚生・社保病院存続で各党要請行動-全国連絡センターなど(2010年2月23日CBニュース)

 「厚生年金病院存続運動全国連絡センター」(丸山和彦代表世話人)など2つの市民団体と大分県由布市など3市の代表者らは2月23日、今国会で継続審議となっている「独立行政法人地域医療機能推進機構法案」の早期成立を求め、各党や国会議員らへの要請行動を行った。

 要請行動では、同法案の早期成立を訴える共同要望書を衆参両院議長や各党の党首などにあてて提出した。要望書は2つの市民団体と31自治体の連名

 この日は自民党の石破茂政調会長らと面談。3市の代表者らが現状を説明し、同法案の成立に向けて協力要請した。面談後、丸山氏は「感触として、自民党は反対しないということは間違いないと思う」などと述べた。

久しく以前から売る、売らないで方針が二転三転していた社保病院ですが、民主党政権ではとにかく存続させるという方針のようで、社保病院、厚生年金病院の運営を「独立行政法人地域医療機能推進機構」なるものを新設して引き継ぐという法案を提出していました。
医師出身で民主党医療行政の司令塔役とも言える足立氏は無論この法案成立に力を入れているし、これら病院の存続を求める全国関連諸団体からも各党に陳情相次ぐという状況で、基本的に与野党ともに成立させる方向で話が進んでいた感触ではあったようなのですね。
ところがここへ来て国会の会期延長がなくなった関係でということなのでしょうか、急転直下とも言える勢いで同法案が不成立になってしまったというニュースが飛び込んできました。

社保病院存続法案の成立断念 臨時国会に先送り(2010年6月15日日経新聞)

 政府・与党は15日、独立行政法人を新設して地方の社会保険病院などの受け皿にする独立行政法人地域医療機能推進機構法案について、今国会での成立を断念した。民主党が国会会期を延長しないと決めたため、参院厚生労働委員会で審議時間を確保できなくなった。いったん廃案として、今秋にも開く臨時国会での成立を目指す。

 法案は地域医療を支える全国の社会保険病院52カ所、厚生年金病院10カ所などを公的施設として存続させる狙いだった。現行制度では社会保険病院などを運営する独法年金・健康保険福祉施設整理機構(RFO)の設置期限が9月末。それまでに臨時国会を開き、法案を成立させないと、社会保険病院などが運営の法的根拠を失う可能性が高い。厚労省は「病院が存在しても診療できない事態が生じかねない」(年金局)と懸念する。

 地域医療の再生を掲げる菅政権が、参院選日程への配慮から国会を延長せずに法案成立を先送りしたことには批判が集まりそうだ。

社保・厚生年金病院存続法案が廃案(2010年6月16日CBニュース)

 社会保険病院と厚生年金病院などを公的存続させるため、政府が今国会での成立を目指していた独立行政法人地域医療機能推進機構法案が廃案となった。同法案は6月15日の参院厚生労働委員会で審議される予定だったが、同委員会の開催が急きょ中止。同法案の採決をめぐり、会期末を迎えた16日の参議院は紛糾し、結局本会議が開かれないまま閉会した。政府は今年秋の臨時国会での成立を目指すことになるが、両病院を所管している独立行政法人年金・健康保険福祉施設整理機構(RFO)は9月末で設置期限を迎えるため、今後の動向は不透明だ。

 同法案では、来年4月1日に独立行政法人を設立し、それまでの間、RFOの存続期限を延長させるとしており、今後、運営母体が無くなることも懸念される。厚生労働省の足立信也政務官は6月14日の記者会見で、「極めて地域医療に対する影響は大きい」と危機感を示し、「何としても成立させたい」としていた。

社保病院、運営法人設置法案が廃案 受け皿どうなる(2010年6月17日朝日新聞)

 全国の社会保険病院や厚生年金病院を存続させるため、新たな独立行政法人を設置する法案が16日、国会の閉会に伴って廃案となった。現在病院を運営している独立行政法人は9月末に解散するため、病院の運営母体が無くなりかねない事態となっている。

 社会保険病院は全国に53カ所(1カ所は売却手続き中)、厚生年金病院は10カ所ある。地域医療を担うため、旧政府管掌健康保険(現・協会けんぽ)や公的年金の保険料で整備されてきた。国から病院の運営を移管されている「年金・健康保険福祉施設整理機構」(RFO)は、法律で今年9月に解散することが決まっている。

 このため、政府はRFO解散後の受け皿となる新たな独法「地域医療機能推進機構」をつくり、RFOから運営を引き継ぐ法案を国会に提出。衆院は通過し、参院厚生労働委員会で審議中だったが、首相交代などのあおりで審議時間が取れず、廃案となった

 RFOは9月末で解散し、土地や建物などの財産は国に返すことが決まっている。9月末までに臨時国会を開き、新たな受け皿組織の設立を決めなければ、病院を運営する主体が無くなってしまう。先行きの不安から医師や看護師がやめるなどの混乱を引き起こす懸念もある。

 このため長妻昭厚生労働相は、各病院長あてに「臨時国会に法案を再度提出して速やかな成立を図る。地域住民に安心してもらえるよう、また医療の現場に不安や混乱が生じないよう最大限の努力をする」とする文書を送った。

 年金保険料などで各地に作られた福祉施設に対して、「保険料の無駄遣い」などの批判が出たため、自公政権は福祉施設とともに病院も売却する方針を決定。一昨年10月にRFOに運営が移管された。政権交代後、鳩山政権は地域医療の拠点として病院の公営を維持する方針に転換した。(石村裕輔)

もともと半公的病院ということもあって採算性が怪しいと言われていた施設が多いわけですから、こうして法的根拠もなくなるということになってきますとますます存続が難しくなる可能性も出てきそうですが、そもそもこの社保病院・厚生年金病院については拙速に「求められているから一律存続で」と決めてしまっていいものかという疑問は残るところです。
今回は法案の内容がどうとか言う以前の選挙がらみの流れで審議が行われなかったということですが、確かに地域の基幹病院として社会に貢献している施設も幾つもある一方で、無駄が多いんじゃないかと言われていた運営体制に対しては無批判なまま、ただ地域のために存続させなければとその方法論しか議論にならないというのもどうなのかなという気がしますね。
このあたりは今や医療が錦の御旗化してきて、地方自治体レベルのみならず国政選挙の結果にまで影響を与えるようになってきたということの反映なんでしょうが、少なくとも独法化していく段階できちんと内部体制の整理・改変も検討していかなければならないでしょうね。

いずれにしても厚労相時代の薬害問題で庶民の味方的ポジションで名を売った菅総理にしてみれば、いきなり出発段階からのつまづきとなったのが医療問題というのも因縁めいていますけれども、議会で多数派を占めている以上いざとなれば何とでもやりようがあると言うことは、同時にこうした場合に責任もあるということでもあります。
ある意味で根底に流れる思想が(良い悪いは別にして)一貫していた旧政権までの医療政策を一つづつひっくり返していくのはいいんですが、民主党政権下での医療政策はどうも求められてるから続けましょう式のやり方が多い印象で、どうもその結果将来に何が起こるのかというところが見えてこない印象があるのは気になるところですね。
政権が変わって医療政策も大幅に変えていくと言っているわけですから、「命に関わるから」とまともな議論もしないでとにかく採決だけすればいいでは困るわけで、病院が潰れるなど珍しくもない時代にあってなぜ全ての施設の一律維持が必要なのか、身の丈に合った規模への縮小や診療所化は検討しなくていいのかといったところに立ち返っての議論は必要でしょう。

そしてなにより、地域医療にどうしても必要だという施設が赤字経営が続いていて人も集まらないというのはどういうことなのか、みなさんから集めたお金が少なからず投入されてきた施設であるだけに、この機会に国民にも考えていってもらわなければならないでしょうね。

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2010年6月16日 (水)

IWC総会が始まっています

先日はシーシェパードから除名されてしまったテロ実行部隊のベスーン被告ですが、その除名行為についてシーシェパード内外でも相応の反響はあるようですね。
ベスーン被告の行動がシーシェパード自身の意志を反映したものではないというのがワトソン代表の描いたシナリオなのでしょうが、世間的にはこうした場合上位者の監督責任が免れないのは当然であるだけに、単に末端分子に罪をかぶせて切り捨てればよしと考えているのであれば意外な結果に終わるかもしれません。

シー・シェパード、ベスーン被告を除名、メンバーや支持者に動揺(2010年6月10日サーチナ)

  米国の反捕鯨団体シー・シェパード(SS)は4日、ウェブサイト上で声明を出し、南極海で日本の調査捕鯨船に侵入し、東京地裁で公判中のニュージーランド人、ピーター・ベスーン被告(45)を除名することを明らかにした。

  同被告は、シー・シェパードの小型高速船「アディ・ギル号」に弓矢を持ち込んだが、その行為が団体の「非暴力の活動方針」に反するとし、今後の抗議活動には参加させないと発表した。ただし、同被告に対する日本での裁判への支援は続けるという。

  ニュージーランドの地元新聞によると、ベスーン被告の父親、ドン・ベスーン氏は、「息子がシー・シェパードの立役者になり、組織で高い地位にある人たちより、国際的に目立ったことに対する嫉妬心から除名されたのではないか。彼は、組織のどんな規則も断固として守っていたので、シー・シェパードの発表に驚いている」とその心中を明かした。また「ほかのメンバーも組織の決定に動揺している」と語った。

  またベスーン被告の妻、シャリン・ベスーンさんは、ラジオ局「ラジオ・ニュージーランド」のインタビューで、ベスーン被告を将来の任務から外す、除名というシー・シェパードの決定は、「組織内の対立を引き起こしている」と語った。シャリンさんは、さらに、「シー・シェパードの支持者が組織の上層部の発表に賛同しているか不明であり、この決定が障害となり、今後、支持者は組織から離れるかもしれない」との見方を示しているという。(編集担当:田島波留・山口幸治)

この問題に関して世界中が捕鯨国日本の暴虐を非難しているのだと言うのがシーシェパードの言い分ですけれども、実際のところ世の中そう単純なものでもないのですね。
捕鯨問題に関しても賛成派(容認派)と反対派がある、そして反対派と言っても様々なスタンスが存在するわけで、これを一括りにまとめて語ると言うこと自体がそこに何らかの意図がある行為とみなすべきなのですが、例えば日本と同様アザラシ猟などでテロ組織と長い戦いの歴史を持つカナダあたりではこんな感じの声も出ています。

【加国ブログ】シー・シェパード代表逮捕、カナダでは「刑務所に服役すべき」(2010年5月1日サーチナ)

  東京海上保安庁は、傷害や威力業務妨害の容疑で、反捕鯨団体「シー・シェパード(SS)」の代表でカナダ人のポール・ワトソン容疑者(59)の逮捕状を取得した。

  この事件は2月に、南極海で日本の調査捕鯨船への違法行為で、抗議船アディ・ギル号の元船長ピーター・ベスーン被告が逮捕・起訴された。その後の取り調べで、ベスーン被告は一連の妨害行為がワトソン容疑者の指示で行われたと供述したから、逮捕状の取得に至った。

  カナダのCTVニュースは、この事件をトップニュースとして報じている。記事のコメント欄には、「日本に犯人を引き渡すことを望む」「この変わり者は刑務所に服役したほうがいい」といった、逮捕に賛同するコメントが多く寄せられた。

  また、必要以上に鯨を捕獲し、生態系が破壊されるのは好ましくないが、そういったことが起こらないように法律がある。シー・シェパードはテロ行為で妨害を行っている。このようなグループを見て見ぬふりをしている社会にうんざりしている。ポール・ワトソンはテロリスト以外の何者でもない、といったコメントも見られる。

  ワトソン容疑者は、逮捕状については「政治的な動機によるもので、気にしていない」とし、今後も鯨を救うため南極海での活動を続けると述べているという。(編集担当:桐山真帆子・山口幸治)

実際のところ反捕鯨の主張自体の是非はともかく、テロリストに賛同するなんてことはあり得ないだろという声が結構な数存在していることは確かであって、そういう人間たちにとっては自分たちがあたかもテロ支持者であるかのようなシーシェパードの主張こそ「冗談じゃない」という話ですよね。
さらには反捕鯨活動が実を結び世界的に捕鯨が下火になればなるほど、捕鯨及び反捕鯨活動に対する世間の関心もまた下火になっていく道理で、捕鯨国は元より反捕鯨国においてもこうした世論の注意喚起ということが非常に重要になってきているわけです。
例えば今回のIWC総会では議長提案になる捕鯨総数大幅削減とセットでの実質商業捕鯨再開が議論されると言われていますが、これに関しても各国とも一生懸命世間の注目を集めようとメディアを巻き込んでの報道合戦を繰り広げている最中なのですね。

【日々是世界 国際情勢分析】来月IWC総会 日本を報じ出した反捕鯨国(2010年5月25日産経新聞)

 今後10年間の捕鯨の枠組みを決めようとする来月の国際捕鯨委員会(IWC)年次総会を前に、日本の捕鯨を批判する報道が各国で相次いでいる

 5月15日付の米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は、小型捕鯨が行われている宮城県石巻市鮎川浜発の記事で、地元住民らが「長年抱いてきたタブー」を打ち破り、国が主導して南極海で行っている捕鯨を批判しているとの現状を報告した。

 「南極海での調査捕鯨は文化を守っていることにはならない」(地元市会議員)と、調査捕鯨自体が国際的な批判を浴び、この地域で行われてきた伝統的な捕鯨が脅威にさらされていると、地元住民が不満を抱いていると指摘したうえで、日本の捕鯨が置かれている状況をこのように論じた。

 「日本政府は、調査目的と呼ばれている捕鯨の急激な(IWCの議長提案である)規模縮小に対して、国内外で新たな圧力に直面している。政府は、国粋主義者の情熱と、かつて30年間にわたって捕鯨の枠組みを制限するためのいかなる行動をも遮断してきた官僚の既得権益のはざまでまひしているように見える」

 オーストラリアの有力紙シドニー・モーニング・ヘラルド(電子版)は14日付で、捕鯨に関して国内で行われた世論調査の結果を伝えた。

 それによると、南極海での捕鯨に対し、94%が反対と回答。同国のラッド政権は、日本の調査捕鯨をやめさせるために、国際司法裁判所への提訴も辞さない構えを見せている。世論調査では、こうした豪州政府の取り組みについて、90%が支持すると答えた。

 しかし、18~24歳の層で、捕鯨問題に関心があると答えたのは35%にとどまった。同紙に対して調査会社のスポークスマンは「若い世代は、(捕鯨にまつわる)状況を把握していないようだ」と話し、捕鯨への関心が薄れていることへの懸念を明らかにした。

 一方、IWC年次総会に向け、捕鯨国と反捕鯨国での駆け引きも表面化し始めている。

 アルゼンチン、ブラジル、コスタリカなどの中南米11カ国は議長提案について反対を表明。19日のフランス通信(AFP)の記事ではコスタリカのIWC担当者の「われわれは捕鯨に対して断固たる自然保護の立場を取る」との言葉が紹介された。

国が率先してこうした世論工作をしかけるような状況となってきますと、売上げ増が目標のメディアまで参入して何がなにやら分からないという話になりがちですが、案の定海外からはこんな話が出てきているようです。
この一件で面白いのは国内メディアと海外メディアとで随分と報道の内容に違いがあるということですが、各メディアの報道と併せて元記事である英保守系紙サンデー・タイムズの内容とも見比べてみるとなかなか面白いかなと思いますね。

【参考】Revealed: Japan’s bribes on whaling(2010年5月13日サンデー・タイムズ)


日本がIWC捕鯨同調票“買収” 英紙が報道(2010年6月13日47ニュース)

 【ロンドン共同】13日付の英日曜紙サンデー・タイムズは、日本が国際捕鯨委員会(IWC)の年次総会で日本の投票行動に同調させるため、キリバスなど各国代表に現金を渡したり、総会出席のための交通費や滞在費を負担していたことを認める各国代表らの証言を実名と顔写真入りで報じた。

 1982年から続く商業捕鯨の一時停止を解除し、商業捕鯨の再開を目指してきた日本については「小国の投票行動を買収している」とのうわさが絶えなかったが、同紙はこれを裏付ける具体的な証言を初めてビデオカメラで撮影したとしている。モロッコで今月開催される年次総会の行方にも影響しそうだ。

 捕鯨に関心はなかったが、日本に説得されてIWCに加盟したというアフリカのギニア漁業省高官は、年間約105万円のIWCへの分担金を日本が支払っているほか、総会出席のための航空券やホテル、食事代も日本が負担したと証言。閣僚に渡すためのドルの現金入りの封筒も日本代表団から受け取ったという。

 キリバスの高官も滞在費は日本持ちだと述べたほか、マーシャル諸島の漁業政策アドバイザーは「日本の支援を受けているからこそ日本を支持している」と明言した。

日本が捕鯨同調票“買収” 英紙が各国高官の証言掲載(2010年6月13日産経新聞)

 13日付の英日曜紙サンデー・タイムズは、日本が国際捕鯨委員会(IWC)の年次総会で日本の投票行動に同調させるため、キリバスなど各国代表に現金を渡したり、総会出席のための交通費や滞在費を負担していたことを認める各国代表らの証言を実名と顔写真入りで報じた。

 1982年から続く商業捕鯨の一時停止(モラトリアム)を解除し、商業捕鯨の再開を目指してきた日本については「小国の投票行動を買収している」とのうわさが絶えなかったが、同紙はこれを裏付ける具体的な証言を初めてビデオカメラで撮影したとしている。モロッコで今月開催される年次総会の行方にも影響しそうだ。

 同紙は、IWCに関して日本以外の加盟国のいかなる費用も負担していないとする日本外務省のコメントも掲載した。(共同)

日本、捕鯨再開に向けあの手この手の工作=英紙(2010年6月14日朝鮮日報)

 今月15日から25日まで、モロッコで行われる国際捕鯨委員会(IWC)の第62回総会に向け、日本はあの手この手を使って、商業捕鯨の再開に関する決定を引き出そうとしている。

 イギリス紙「タイムズ」日曜版は、鯨肉の消費量が世界一の日本が、 IWCの六つの加盟国にわいろを贈ったり、捕鯨の許可を支持する票を買ったりしている、と報じた。同紙によると、日本は一部の国の代表団に対し、性的な接待までしたという。

 同紙は13日、「セントクリストファー・ネイビス、マーシャル諸島、キリバス、グレナダ、ギニア、コートジボアールの6カ国の官僚に対し調査を行った結果、日本側からかなりの額の金銭支援を受け、捕鯨の許可に賛成する方針を固めていたことが分かった」と報じた。また同紙は、関係者の証言を録音したという。

 同紙によると、ギニアのある高官は、「日本政府は以前、IWCの会合が開かれていたとき、わが国の水産相に対し、1日1000ドル(現在のレートで約9万円)以上の宿泊費や雑費などをすべて負担した」と語った。また、マーシャル諸島の官僚も、「日本政府の支援があったため、わが国の代表団は日本を支持する票を投じる方針だ」と話した。一方、タンザニア出身のIWCの調査官は、「わが国の代表団が日本のホテルに泊まったとき、日本政府が派遣した女性たちが常に待機していた」と語った。だが、日本政府は同紙の報道内容を否定している。

面白いなと思ったのはこの記事、紙媒体に出た共同の記事では元記事にある「記者は身分を偽って取材した」云々という一文が入っていたのですが、こうしていつの間にか消えてしまっているのは誰の意図を反映しているのかなと思いますね。
記事の信憑性はともかくとして、こうした多数派工作というものは今に始まったことでもないし、そもそもIWCなどという鯨資源の持続的活用を討論する場に何らの捕鯨実績もない国々がこうまで多数加わってきていること自体が、長年の多数派工作の結果であるわけですよね。
例えばこの手の工作と言えば世界に冠たる(苦笑)英国などではすでに久しく以前から捕鯨問題に全く無関係な国々を反捕鯨派としてIWCに参加するよう後押ししてきた実績がありますし、そもそも今に至る捕鯨問題の歪みの根本とも言うべきモラトリアムなんてものもアメリカの多数派工作の結果「一夜の逆転劇」で成立したものですよね。

いずれにしてもこうして謀略合戦紛いのことまで行われているという現実を前にしたとき、日本人も黙って見ていたのでは世界各国の理解を得られるはずもないわけで、主張すべきことはきちんと主張し地道に支持者を増やして行くというこの世界で当たり前のことをやっていかなければなりません。
折からの総会ではちょうど反捕鯨派のIWC議長が病欠しているなんて話も出ているようですが、代理の副議長は捕鯨派だと言いますから日本にとっては悪くない話ですし、ここは攻めの姿勢で日本の積極果敢な戦いぶりを世界に見せつけて欲しいところですね。

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2010年6月15日 (火)

相変わらず厳しい地域医療 しかし風向きはすこしずつ変わりつつあって?

のっけから話に無関係な余談ですが、何やらオシム氏の危惧した通りになりつつあるんじゃないかと言う気配もある今日の報道各社の過熱ぶりですけれども、私見では昨夜の影のMVPか?とも思えるほどの活躍だった阿部あたりが全く注目されずに終わっているのは面白いというか、もったいないですよね。

さて、先日あったちょっと愉快なニュースがこちらなんですが、最近では各地でこういう病院応援団?というのも地味にブームになっているようですね。

八鹿病院にエール 「応援する会」が応援旗寄贈 /兵庫(2010年6月9日神戸新聞)

 公立八鹿病院(養父市)を支える活動に取り組む市民組織「公立八鹿病院を応援する会」は、医師や職員にエールを送る応援旗を同病院に寄贈した。大漁旗を模したもので、応援メッセージと協賛する会員の名前が書かれている。このほどあった会員と病院が交流する催しで宮野陽介院長に手渡された。応援旗は約1年間、病院のロビーに展示されるという。

 「応援する会」は昨年、市内の若手商工業者を中心に設立。病院と市民の交流事業を通して、医師不足などに直面する病院を支える方法を探るのが目的で、現在100人を超える会員が参加している。

 5日夜の交流会には約30人の会員が出席。宮野院長が医師不足の原因などを説明した後、手術室や画像診断施設など、普段見ることができない場所を見学した。その後の贈呈式で縦1・4メートル、横2・1メートルの応援旗がお披露目された。旗には「市民の意識改革をもって 公立八鹿病院を応援しています」というメッセージと、109人の会員名が記されている。

 応援旗作成は、会設立当初から会員の意思を伝えるために企画されていた。守本竜司会長は「自分たちの病院を支えたいという会員の思いが形にできた。賛同者を増やすだけでなく、医師や病院スタッフを力づける旗になれば」。宮野院長も「市民みなさんの応援で、医師や職員のモチベーションが上がる。影響力は大きく、本当にありがたい」と話していた。

友人が参加していた関係で学生時代に応援団というものを間近で見ていたことがありますが、あの応援旗ってのもやたらとでかくて重いものを決して地面に倒しちゃいけないらしいですね。
それはともかく、こういう話を聞くと「応援なんて一文の得にもならない」なんてネガティブなことを言う人も居ますけれども、地域医療というものは地域住民の民度に支えられているわけですから、住民間で自主的に病院を支援していこうという動きを盛り上げていくということは、逆に言えばそれに反する行動に対しては住民相互の規制が働くことが期待できるわけで、ひいてはそれが民度と呼ばれるものになっていくわけです。
もちろん応援旗なるものは応援団が必死で支えるものであって、選手自身が支えるものではないわけですから、誰が行動の主体であるかということを当事者が十分に理解した上でのことでなければ意味がないということは強調しておきたいと思いますね。

それはともかくとして、長年全国各地の地域医療を担ってきた自治医大で、先日こんな集まりがあったそうです。

地域医療で意見交換 自治医大で元気フォーラム /栃木

福田富一知事と県民が県政について意見交換する「とちぎ元気フォーラムin自治医科大学」が11日、下野市の同大地域医療情報研修センターで開催された。医学部や看護学部の学生約200人が参加。地域医療や離職看護師の復職支援などについて、意見や質問が出された。

 フリートークで福田知事は、医師不足対策について「即時解消には至っていない」とした上で「自治医大の地域枠拡大や医学生への修学資金貸与など対策は講じており、将来を見通している」と答えた。

 またへき地医療を希望する医師が増えるための環境整備を問われると、「学生自身がへき地医療に携わった際に経験する職場環境の不都合を行政に伝えてください」と述べた。

 このほか、地球環境や保育園整備、公共交通などについても意見交換した。

このところ自治医大の卒業生の地元定着率は平均7割程度だそうですが、毎年平均1.5人ずつ増えて行く人材だけで地域医療を回していけるかと言えばこれはなかなか難しく、とりわけ派遣機能の低下した各地方大学医局から引き上げを食らった地方の零細施設では、医師数純減を補充する当てが全く立たないところも少なからずあるようですね。
そんな中で開かれたこのイベントも知事自身が出てきているんですが、国ではなく地方行政がこうしたところで医療行政について声を出し、現場や住民の声に耳を傾けるという姿勢を示してきていることが最近の傾向のようで、今まで大学任せ、国頼りと何から何まで他人に依存してきた地方がようやく自分で動く意志を示し始めたのは良い傾向かと思います。
あいも変わらず大学医局への陳情というところも未だにあるようですが、独自のシステムを構築すべく努力してきているところも出てきているようで、その手駒として今後活用が期待されているのが各地の大学独自に募集をしている地域枠の存在です。

医師派遣の仕組み、本格協議スタート 広島県推進機構(2010年6月10日中国新聞)

 ▽設立検討委が発足

 医師の人材確保や派遣機能などを担う広島県地域医療推進機構(仮称)の設立検討委員会の初会合が9日、県庁で開かれた。2011年度の設立に向けて、県内の医療や自治体関係者が、過疎地域への医師派遣の仕組みづくりなどについて本格的な協議に入った。

広島大や県医師会、公的病院の幹部のほか、市町の首長たち計20人が出席し、機構の役割や地域医療が抱える課題などを確認した。来年3月までに計5回の会合を重ねるほか、小規模の作業部会で課題を整理するなどして事業の詳細や組織体制を固める。

 検討委では、派遣医師の配置・調整の在り方が大きな論点になる。県が広島大、岡山大と連携して設けた医学部の地元優先枠は、14年度に第1期生が卒業し、機構が期限付きで人事権を握る。24年度には機構が派遣可能な医師が最大143人に達する見込みで、過疎地域の医療体制に大きな影響を及ぼす。

 委員長に選出された桑原正雄県立広島病院長は「地域医療を守るために活発な議論を交わし、各機関の連携の場となる機構にしたい」と述べた。(藤村潤平)

この地域枠というものは自治医大と同じ発想で各大学が募集している定員ですけれども、折からの不景気だ、就職難だといった世間の波風の中で超売り手市場の医学部人気が高まっているという割には、当初期待されたようには定員枠が埋まらず各大学とも苦戦しているようですね。
以前にも少しばかり紹介しましたように、受験業界の方ではこの地域枠というものを狙い目ということで結構ターゲットにしていて、実際そんな偏差値であの大学に!と驚くような入学例も結構あるやなしやに聞きますけれども、逆に入学の敷居も低く学資も出してくれるという美味しい話においそれと飛びつく人間が少ないというのは、受験生の情報収集能力も侮りがたいものがあるんだろうなと思います。
そんな中でちょっとそれはどうよと思ったのがこちらのニュースなんですが、まずは記事を紹介してみましょう。

欠員の「地域枠」に2人追加 岡山大医学部 一般枠から確保(2010年6月9日山陽新聞)

 石井知事は8日、過疎地などの医師確保対策として岡山県が岡山大医学部に設けたものの、2010年度入試で3人の欠員が出ていた「地域枠」(定員7人)について、一般枠の合格者から2人を追加で確保したことを明らかにした。県議会代表質問に答えた。

 地域枠は県が卒業までの6年間、月額20万円の奨学金を支給。卒業後は9年間、県指定の医療機関で勤務すれば返済を免除する。初年度の09年度は定員5人の枠が埋まったが、10年度は応募26人に対し4人の合格にとどまっていた。

 県によると、一般枠の合格者に地域枠への「くら替え」を呼び掛けたところ、5月末までの期間中に2人から応募があり、面接を経て決定した。再募集は行わない方針。

 県は広島大医学部にも10年度から地域枠を設けており、定員2人の枠が埋まっている。

こういう募集枠には当然色々と条件がついているわけですが、例えば資金貸付と言ってもこの低金利時代にあり得ないような高金利で全くありがたみがない、なんて制度設計に問題がありそうな話も多く、昨今医学部学生と言えば銀行なども手堅い融資先として優遇してくれるとも仄聞するだけに学生としても身構えずにはいられないのは確かでしょう。
そもそもひと頃看護師の御礼奉公システムが現代の人買いだとさんざん社会的バッシングを受けたにも関わらず、それ以上に悪どく他人の人生を縛り付けるこのようなシステムがまるで地域社会の救世主であるかのように持ち上げられるというのもおかしな話で、無理に奴隷登録を押し付けるような押し貸し紛いのことを自治体が率先してやるのもどうなのよという話ですよね。
こうやって集められた人材のうち何割かは卒業する頃になってから大慌てということになるのでしょうが、何も知らない学生相手に「県が推進している制度だから安心だよ」なんて無知に付け込むようなことをして後々トラブるくらいなら、既存の医療資源をいかにうまく活用するかに知恵とお金を使った方がよほど社会的正義にもかなうだろうと思います。

名張市:来月から、開業医に補助金 救急搬送受け入れで--県内で初 /三重(2010年6月5日毎日新聞)

 名張市は7月から、市民が市内(伊賀市旧青山町地区を含む)の開業医(名賀医師会会員)に救急搬送された場合、開業医に一定の金額を補助する「開業医救急車受入支援補助金」を始める方針を固めた。今年度は300万円を3日に発表した一般会計補正予算案に計上しており、6月定例市議会で可決されれば、来月1日から運用を始める。市地域医療室によると、同様の取り組みは県内で初めて。

 伊賀地域の医師不足により、救急の輪番病院で患者を受け入れられなかったり、搬送に時間がかかることがあるため、軽症患者を市内で早く確実に診察するため。昨年度は月平均約28件の開業医への救急搬送があった。一般会計補正予算案では、月平均約45件を見込んで予算化したという。

 補助額は時間や曜日によって異なり、1件につき1万円または5000円。同会会員は53医療機関あるが、救急隊員らが対応可能な医院に要請したり、患者のかかりつけ医に搬送したりする。

 来年度以降も継続予定。同室は「伊賀地域の救急医療体制が整うまで続けなければならない」と話した。【宮地佳那子】

名張市、救急患者受け入れで補助金 開業医に1回1万円(2010年6月8日中日新聞)

 三重県名張市は7月から、救急患者を受け入れた開業医に、1回につき1万円または5000円を救急車受け入れ支援補助金として支払う全国的にも珍しい制度を始める。6月議会に提案する補正予算案に本年度分300万円を盛り込んだ。

 補助金は、2次救急病院になる名張市立病院の医師不足対策の一環。対象になる開業医は地元の名賀医師会会員の53医院。午後5時から翌日午前8時15分までと休日は1万円、それ以外は5000円を補助する。

 昨年1年間に救急搬送した2854件のうち患者を開業医に運んだのは334件あり、そのほとんどは患者が、病歴や体質などをよく知っているかかりつけ医に診てもらいたいと依頼するケースという。

 名張市では市立病院が医師不足で毎日の救急医療に対応できなくなり、2008年4月以降、隣接の同県伊賀市の市立上野総合市民病院と私立の岡波総合病院の3病院での輪番制を採用している。

 このため、名張市は開業医に救急患者を受け入れてもらえるよう医師会に要請。医師会が協力を決めた。今後は患者の希望だけでなく、救急隊員の判断で開業医へ搬送するケースも出てくるという。

最近ではこうして開業医をどうやって救急や時間外診療に参加させるかという話がひとつのトピックで、いろいろと揉めないではいられない診療報酬上の加算などもさることながら、開放病床による病院内診療への開業医の参加など、手を変え品を変えで開業医動員のための対策が講じられているのを感じます。
この話などは自治体独自にお金を出してやるということでなかなか斬新なアイデアだと思いますけれども、こうした地域の開業医と言えばそれなりに歳のいった先生方も多いだけに、年間300万の予算を期待してどれだけ夜間、休日にまでオンコールに応じるかといった辺りが注目されるところですかね。

無論方法論や金額の妥当性などについては実施後にも更に検証しながら随時改良していくとして、他人を働かせるつもりなら医師としての使命感はどこへ行った!なんて牟田口症候群に走るだけではなく、きちんと出すものを出さなければ仕方がないだろうと言う認識が、こうした田舎の小さな自治体にも浸透してきたのは良い傾向だと思います。
しかし地域の医師確保の情熱があまりに突っ走り過ぎますと、あるいはこの全国的な医師不足の時代にあって新たな地域間紛争の火種が…とも危惧せずにはいられないのがこちらのニュースですね。

志高い医師北海道に 高知 病院職員、呼びかけ(2010年6月6日読売新聞)

 医師不足に悩む北海道三笠市立三笠総合病院の職員が5日、高知市の市中央公園で、医師確保のためのPR活動を行った。人口10万人当たりの医師数が高知が都道府県別で全国4位であることから選んだ。職員は坂本龍馬にふんしてチラシを配り、「知り合いの医師や看護師の紹介を」と呼びかけた。

 三笠市は北海道のほぼ中央に位置し、人口は約1万人。唯一の総合病院だが、研修医が研修先に都市部や給料の高い民間病院を選ぶ傾向が高まった影響で年々医師が減り、現在12人に減少。約110人いる看護師も平均年齢48歳で今後3年で約20人が定年退職する。病院運営に支障を来しかねず、4月に医師・看護師確保対策委員会を発足。PR活動に乗り出した。

 この日、高知入りした職員3人が、委員会で制作した三笠市と同病院を紹介する映像を流し、チラシや市の観光パンフレット約200部を配った。磯辺正道・委員長は「龍馬のような志の高い医師に来てもらい、市の医療を変えたい。高知の人は気さくに話しかけてくれ、親しみやすい」と期待を込めた。
(略)

確かに人口比の医師数で見ますと北海道は医師数は平均程度で当然面積比で言えばかなり少ない一方、高知はかなり医師数に恵まれているとされていますけれども、そうではあっても別に医者が余っているわけでもなく例によって地域医療の人材不足は深刻ですから、これは下手をすると自治体間での医師の奪い合いなんてことにもなりかねない話ですよね。
高知の人間からすれば「そんな志の高い医者が遊んでいるならうちの町へ来てくれよ!」という話ですけれども、今後こうした引き抜き合戦はますます過激になっていくことも予想される中で、ひとつには超売り手市場とも呼ばれる医師の勤務環境改善が進む可能性があるというポジティブな面もあるわけです。
無論労働環境の改善はともかく、自治体病院ともなれば無制限に金銭的な優遇を図るなんてことは出来ないという話になってきますと、いずれどこかで引き抜き合戦阻止のための何らかの制度をなんて声も出てくる可能性がありますが、基本的に優秀な人材を集めるべく様々な努力をしてきた組織が報われるというのはこの世界では正しいこととなっていますから、逆行するような強権発動は問題ですよね。

以前から全国自治体病院協議会(全自病)などは国が率先して医師強制配置を推し進めるような制度を作り上げるべし、なんて恐ろしいことを平然と厚労相あたりにも出してきていますけれども、医者なんて黙っていても医局から毎年送られてくるもので、そんな連中を優遇するなんてトンデモナイなんて旧態依然な発想の自治体病院が、こうした動きを先導しているというのであれば大いに問題でしょう。
医者が足りない、これも国が悪いから責任を取れとわめくのは勝手ですが、ではその解決のためにどれだけの努力をしましたかと言えば「いや大学に何度もお願いに」なんて話しか出てこないような方々が、時代を逆行させて自分たちの長年の医師奴隷化を改めて正当化するようなことを言っているのであれば、これは何としても反対していかなければならない話です。
同じように医者が減っている病院でも「あそこは糞だから死んでも行くな」と言われる施設と、「いや行ってみればいいところなんだよ」と言われる施設では、働いているスタッフの士気の違いが患者にも感じ取れるはずですし、医師不足で社会が医者の言葉に耳を傾け始めたこの時代だからこそ、俗悪な施設はきちんと淘汰していかなければ後代に禍根を残し、後の世の先生方に恨まれるということになりかねないでしょうね。

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2010年6月14日 (月)

沖縄県国頭村診療所再開問題 どこから見ても斜め上すぎる続報

先日も取り上げました沖縄県国頭村の診療所再開の話題ですが、その後も続々と情報が上がってきています。
この種の事例のご多分に漏れず、これまた「知れば知るほど…」とため息をつくしかない話ではあるのですが、まずは中路医師のバックグラウンドが判るこちらの記事からご紹介しておきましょう。

旧安田診療所 6月から診療再開へ(2010年4月14日琉球新報)

 【国頭】「中路先生、ようこそ!」。国頭村営で再開される旧県立安田診療所に勤務するため、中路丈夫医師(65)が12日、同村安田に転入し、区民の歓迎を受けた。今後、設備やスタッフをそろえ、県への開設届など手続きを経て、6月に「村立東部へき地診療所」として再スタートする予定だ。
 同日は、診療所の前で安田小学校の児童が「歓迎 中路丈夫先生」と書かれた横断幕を持ち、区民と拍手で出迎えた。神山坦治(やすはる)区長は「待ち望んでいた医者が来た。安心は金では買えない。お年寄りは10年寿命が延びた」と喜んだ。
 20代のころからたびたび沖縄を訪れ、沖縄の無医村で働くのが夢だったという中路医師は「沖縄の人が戦争を始めたわけじゃないのにたたきつぶされ、戦後も基地を抱える。こんなことがあっていいのか」と沖縄への思いを語った。
 中路医師はこれまで、熊本県で自身の診療所を開いていた。「無医村で医師をしながら生涯を終えたい」と考えていたとき、安田診療所のことを知った。「期待に応えられるか不安だが、心を通い合わせていきたい。自分でできることをはっきりさせ、それ以上のことは県立北部病院としっかり連携したい」。診療再開に向け意気込みを語った。(伊佐尚記)

いや~色々な意味でテンプレ通りと言ってもいいくらいの話だな~としか言いようがないですが、何やら強烈なデジャヴに襲われるのは自分だけでしょうか?
「安心はお金では買えない」というのももっともですけれども、だからと言ってお金を出さないことには成立しないのも今の時代の医療であるということですから、気持ちだけでやっていけるほどに世の中甘くはなかったと言うことになるんですかね。

それはともかく、ここでは中路医師が自ら診療所まですでに開いていたのを投げ打って沖縄の僻地に移住してきたこと、そして新施設の名称が「村立」東部へき地診療所とされている点に留意ください。
村立であるからにはそこで働くスタッフは当然に村の職員すなわち公務員だろうと誰しも思うはずですが、どうも村の側では当初からそんな意志はさらさらなかったらしいということが次第に明らかになってきています。
先日の記事でコメントをお寄せいただいた中から拾い上げてみますと、まず現段階で噂レベルも含めて言われていることはこんなところらしいですが、これが全て事実だとすると既に何やらトンデモナイ行き違い(あるいは故意でしょうか?)があったことが推察されますよね。。

・当初約束された診療に最低限必要なレントゲン、心電計、血球計算機などの診療機器設置についても行わなかった
・2ヶ月もたった開所式直前にばたばたと、しかし購入やリースではなく、どうやら業者が展示に貸し出す「デモ器」が設置された?
宮城馨村長を交えた再三の話し合いにも関わらず、雇用契約は結ばれず
・6月に行われた開所式には医師には異例の一時的な委嘱状をもって対応した。
・村側は「公設民営」を求めていて、医師側は「村営被雇用」だと思っていた

どうも報道だけで見ると何故こんな初歩的な行き違いが起こったのかはっきりしませんが、とりあえず国頭村の公式サイトにこのあたりに関する情報が含まれていまして、ちゃんとこういう条例というものが作られているのですね。

国頭村立東部へき地診療所の設置及び管理運営に関する条例

第11条 村長は、へき地診療所の管理及び運営責任者(以下「管理運営者」という。)を定め、診療所の管理及び運営をさせることができるものとする。

国頭村立東部へき地診療所の設置及び管理運営に関する条例施行規則

第2条 へき地診療所の適正な管理及び効果的運営を図るため、条例第11条の規定による管理運営者と村長との間において委託契約を締結し、各々の責任の分野を明確にしなければならない。

第3条 へき地診療所の管理及び運営委託料は公正妥当なものでなければならない。ただし、委託料の額は契約の際定めるものとする。

要するにこの条例を見てみますと、最初から村の側としては村職員扱いではなく委託契約として医師らを扱うつもりだった(要するに委託業者による公設民営方式ですよね)と受け取れる話ではありますが、それにしたところで委託契約を締結もしないということでは自ら条例施行規則を破っていることに他なりませんよね。
そしてその委託料の額は契約の際定めることとするとしていましたが、一向にその契約が結ばれなかったからには幾ら収入があるかも全く分からない状態でやれと言われたわけで、診療所の管理及び運営を預かる中路医師としても困ったとしか言いようがない話です。

ちなみに診療所の利用料は健康保険法または老人保健法の規定通りの額と言いますから、要するに僻地割増料金など発生しない定価通り、その他定価のない部分も普通診断書1通1,050円、死亡診断書1通3,150円と条例できっちり決まっていますから、一日数人の患者しか来ないという同診療所の収入はごくごく限られているわけで、村からの委託料がいくらになるか判らなければ中路医師も人生設計も何もあったものではありませんよね。
更に金銭問題以前の話として、契約が結ばれないことには実際問題危なくて診療もやっていられないという事情を地元紙の記事が明らかにしていますけれども、この件に関して中路医師側から村長も交えてずっと以前から何度も催促していたにも関わらず、全く対応がなされていなかったという点にも留意ください。

契約不手際 医師去る 国頭旧安田診療所(2010年6月10日  琉球新報 )

 【国頭】1日に「国頭村立東部へき地診療所」として再開した旧県立安田診療所に熊本から赴任した中路丈夫医師(65)が、村との雇用契約締結が進まないことから、5日に熊本に帰ったことが分かった。国頭村は契約が結べなかったことの不手際を認めたが、再開から4日で再び“無医村”に戻る事態に安田区からは困惑の声が上がっている。

 国頭村福祉課は「雇用契約は今後結ぶつもりだ。診療所を立ち上げるのは初めてでノウハウがなかったことや、4月の人事異動で担当者が代わったことなどから対応が後手後手に回っていた」と非を認めた。
 宮城馨村長らが10日に熊本で中路医師と会い、診療所への復帰を求めて話し合うが、中路医師は態度を決めていない。
 雇用契約がなければ医療事故のための保険にも加入できないことなどから、中路医師は4月からたびたび村に契約を結ぶよう求めたが、作業が進んでいなかった。

 診療所の医療機器の整備も予定より遅れていた
 中路医師は「わたしを歓迎してくれた安田のお年寄りを放り出してしまって申し訳ない。だが、役場の対応はわたしを軽んじているとしか思えない。今後、村立診療所をやっていく自信がない」と語った。
 神山坦(やす)治(はる)安田区長は「長年、医者が来るのを待ち望んでいた。診療所が再開し『これで安心できる』と喜んでいたのに、皆困っている。村からも詳しいいきさつを聞いておらず、村長の報告を待つしかない」と話した。(略)

医師「戻る考えない」 国頭村長は説得継続 診療所問題(2010年6月11日沖縄タイムス)

 【国頭】国頭村安田の村立東部へき地診療所の中路丈夫医師(65)が村との雇用契約が結ばれないことを理由に、開所の4日後に実家のある熊本市へ戻った問題で、宮城馨村長は10日、同市を訪れ、中路医師と面談した。中路医師は沖縄タイムスの電話取材に対し、「今後、村とのかかわりの中でうまくやる自信がなく、戻ることは考えられないと村長に伝えた」と述べ、診療所へ戻らない意向を示した。

 村長らの説得についても、「再三にわたり要求してできなかった村を、いまさら信頼できない」と受け入れていない。

 一方、宮城村長は「診療所に戻ってもらえるよう今後も話し合いたい」と述べ、説得を続ける考えだ。

 中路医師が、医療事故に備える保険が適用されるよう、雇用契約の締結を要求していたことについて、宮城村長は「先生の思いに答えきれなかった」と謝罪したことを明言。「身分保障は当然。今回、契約書を持参したが、そこまで話し合いする状況ではなかった」と述べた。

 中路医師は「とてもよろこんでくれたお年寄りのことを考えると悲しいけれども、気持ちは変わらない。とても残念だ」と話した。(略)

◇◇安田の診療所 宮城村長 医師に復帰を要請◇◇ (2010年6月11日OTV)

 国頭村安田の村立東部へき地診療所の医師が雇用契約の締結が進まないことを理由に沖縄を離れた問題で、宮城村長らが熊本県で医師と面会し復帰を要請しました。

 取材に対し中路丈夫医師は、沖縄を離れた理由について雇用契約が結ばれなければ身分が保障されない上、医療事故などの際に保障がなく不安な状態なまま診療を続ける訳にはいかなかったと語りました。

中路丈夫医師:
「村の方は皆さん歓迎して下さったその方たちに申し訳ない気持ちはありますけど」
どうして宙ぶらりんにされたのかなと疑問がわいてすぐやるという気持ちにはなれないんですよってお話しはしましたよ」

面会した国頭村の宮城馨村長は契約が遅れたことを謝罪して復帰を求めたことを明らかにしました。

宮城馨国頭村長:
全て私たちの所に落ち度があったと」
「何とか先生の理解を得られるように話し合いを続けたいと思います」

国頭村は、今後も話し合いを続けたいとしています。

ものすごく好意的に解釈するならばこうした契約で幾らお金を出すかといったことは村の議会の承認も必要なことでしょうから、機材の設置も含めてそのあたりの役所的な作業が遅れていた可能性もないではないのでしょうが、実際中路医師が辞めると言い出した途端に村長が即座に契約書持参でやってきたということですからちょっと考え難い話で、やはりなし崩しで話を進めたい意図でもあったのか、少なくとも中路医師の要求を軽んじていたのは確かなようですね。
面白いのは村長側からは謝罪したと言うばかりで、何故当然過ぎる要求をずっと放置していたのか事情が全く説明されないこと、それも中路医師ばかりでなくもう一方の当事者である安田地区へも何ら情報が伝わっていないらしいということで、ひたすら頭を下げるばかりで何ら納得の行く説明もなかったのかとも取れる記事ですよね。
要するに村側(あるいは、宮城馨村長側)としては一連の事態の責任の所在は明確にしたくないのかとも思える話ですが、どう考えてもそんなヤバそうな村に今さら戻れと言う方がどうかしていると誰でも考えそうなものですけれどね。

もちろん中路医師の側にも全く批判の余地なしとはしないわけで、雇用契約も結んでいないまま診療を始めてしまったのでは、保険がどうとか言う以前に何かあった場合の責任の所在が不明ですし、仮に何もなくても保険者側から「あなたはどこの誰ですか」とクレームでもつけられた日には、後で全部バッサリ請求分を切られてしまっても文句が言えないですよね。
一介の勤務医ではなく診療所を開いていたというくらいですから業界事情に全くの素人でもなかったはずですが、さすがにこれではあまりに脇が甘すぎたと言いますか、僻地医療をなめていたと言われても仕方がないところでしょう。
国頭村にしても中路医師に逃げられたとしても箱を用意してしまった以上は今後も医師ゲットの努力は続けることになるのでしょうが、今時こうまで全国区の聖地認定をされてしまった後で引っかかってくる医師というのがどういう人になるのかにも興味がわくところですね。

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2010年6月13日 (日)

今日のぐり:「料理旅館 冨久美味(ふくみみ)」

以前から異様に人気が盛り上がっているという小惑星探査機「はやぶさ」ですが、いよいよ今夜七年ぶりに地球に帰ってくるということでインターネット生中継をするだとか言う騒ぎになっているらしいですね。
うまいことサンプルの回収ができていれば御の字ですけれども、これと相前後してもう一つ喜ばしいニュースがありましたので紹介してみましょう。

帆の展開、すべて成功=宇宙ヨット「イカロス」(2010年6月11日時事通信)

 宇宙航空研究開発機構は11日、世界初航行を目指す宇宙ヨット「イカロス」の帆の展開作業がすべて成功したと発表した。地球から遠く離れた宇宙で大きな帆を展開できたのは世界初。今後、軌道や姿勢の制御を確認し、半年以内を目標に、太陽の光の粒子を帆で受けた航行に挑戦する。
 イカロスは5月21日、鹿児島県・種子島宇宙センターからH2Aロケットで金星に向け打ち上げられた。帆は今月3日に展開を開始。宇宙機構は10日、地球から月までの距離の約20倍離れた所で、展開成功と薄膜太陽電池による発電を確認した。 

先年亡くなった巨匠アーサー・C・クラークのファンでなくとも思わずやった!というニュースですけれども、これもファンの方ならご存知のように長年全世界の宇宙ヨットマニアの頭を悩ませていた帆の展開方法を、JAXAの津田雄一氏が開発したことがブレイクスルーにつながったわけですね。
今回はこうした日本初の快挙にちなんで「なにそれちょっとすごい」という話題を紹介してみますけれども、まずは先日一部方面でちょっとした話題になったニュースがこちらです。

人間をコンピューターウイルスに感染させる初の実験、英研究者が自身の体で/英(2010年5月27日インターネットウォッチ)

 人間をコンピュータウイルスに感染させる初の実験が行われ、その研究結果が学会で発表されることになった。

 この研究を行ったのは、英University of ReadingのシニアリサーチフェローのMark Gasson氏。6月にオーストラリアで開催される「IEEE International Symposium on Technology and Society」で研究結果を発表する。

 Gasson氏の左手には昨年、ハイエンドのRFIDチップがインプラントされた。このチップを使ってGasson氏は、大学の建物や携帯電話に接続できる。また、チップの情報を用いてGasson氏を追跡したり、認識することも可能だ。

 こうしたチップは、実質的にはコンピューターであるため、コンピューターウイルスに感染させることが可能だ。実際、このチップをコンピューターウイルスに感染させたところ、接続先のメーンシステムに異常が生じ、通信ができなくなったという。もし、システムに他のデバイスが接続されていたならば、ウイルスが感染を広げることも可能だったかもしれないとしている。

 Gasson氏は「私自身のインプラントをコンピューターウイルスに感染させることによって、我々はこれらのテクノロジーがどれほど高度なものになっているのかをデモすることができ、明日の問題が垣間見えたと言えるだろう」とコメントしている。

 チップを人体に埋め込むインプラント技術は、心臓のペースメーカーや内耳インプラントだけでなく、人体の能力を向上させるための研究も行われており、発展段階にある分野だ。

 感染した気分についてGasson氏は、「医療上のインプラントを受けた多くの人々と同様、インプラントを受けて1年が経ち、それが私の体の一部であるように感じるようになった。このような形でコンピューターウイルスに感染する初めての人間になったことは、エキサイティングなことであるとはいえ、同時に驚くほど傷つく体験ともなった。なぜなら、このインプラントはあまりにも密接に私と結び付いているのに、この状況を私は全く制御できない状況にあるからだ」と説明する。

 そして、こうしたインプラント技術が人体の能力を向上させることに用いられることがあるとしても、「我々は、新たなステップが持ち込むかもしれない新種の脅威のことを心に留めておかなければならない」と警告している。

どこからどう突っ込むべきか迷うんですけれども、とりあえずいきなり人体で直接試してみる必然性が全く感じられないというあたりが実験倫理的にどうなんでしょうね?
お次は誰もが一度は考えたことがありそうな話ですけれども、実際に成功することは極めてまれというニュースです。

「風船イス」で海峡横断成功/英(2010年6月3日ココログニュース)

無数の風船を括りつけた老人の家が空を飛び、冒険を繰り広げる…2009年に公開されたアニメ映画『カールじいさんの空飛ぶ家』を彷彿とさせるチャレンジに先日成功した男性がいた。

36歳のアメリカ人男性、ジョナサン・トラップさんは28日、54個のヘリウム風船をつないだオフィスチェアに乗り、イギリス南東部にあるケント州の小さな町から空に向かって飛んでいった。「風船イス」は高度7500フィートまで上昇、約3時間半かけて海峡を渡り、フランス北部郊外のレタス畑に着陸した。かくしてジョナサンさんは風船による海峡横断に初めて成功した人物となったのである。

今回のチャレンジに向けて、Jonathanさんは数ヶ月前から準備を進めていたとのことで、今年初めにはアメリカ・ノースカロライナ州で同様の「風船イス」を用いて14時間以上上空に滞在することに成功していた。なぜ風船で海峡を渡ることを思いついたのかという質問に対して彼は「海峡が呼んでいたからだ」と答えたという。

カールじいさんの情景とともに思い出すのは、1992年に琵琶湖から飛び立ちそのまま消息を絶った「風船おじさん」のことである。

風船おじさんってそう言えば居ましたねと少しばかり遠い目になるような話ですが、元記事の写真を見ると結構ごつい風船を使っているようで、やはりそこらにある市販品では強度的に不足しているということなんでしょうかね?
お次は本気なのか冗談なのかよく分からないんですが、しかし実際にはどこまでも本気であるらしいというこちらのニュースです。

「冗談?いや本気です」イギリス警察がパトカーの代わりに足こぎ式のペダルカーを導入/英(2010年5月23日らばQ)

何かとエコが叫ばれる昨今ですが、イギリスの南岸に位置するハンプシャーの警察が二酸化炭素を一切排出しない、一風変わったパトカーを導入したようです。

なんとそれは子供が乗るようなペダル式の足こぎカー。反社会的活動を取り締まる秘密兵器として製作したとのことですが…。

リンク先に実物の写真がありますけれども、「反社会的活動を取り締まる秘密兵器」なんだそうですが…しかしブリの警察官は拳銃を持たないとは有名な話ですが、ここまで来るともう何という独走(独創)状態かですね?
ところでこうして見返してみると、なにか話題の発信源が世界の中でも某方面に集中しているような気がするのは…気のせいじゃないような…?

今日のぐり:「料理旅館 冨久美味(ふくみみ)」

NHK大河ドラマの影響か、ただいま坂本龍馬人気が爆発中なんだそうで、龍馬記念館やら銅像やらが揃っている桂浜の週末は観光バスで溢れかえっているという状態のようですね。
たまたまそんなさなかに迷い込んでしまって、食事時でもあるし腹も減ったしで何か食べてみようかとも思ってみたものの、さすがにいかにもそれっぽい土産物屋の食堂で食べる気にもなれずと周りを見回しておりましたら、ちょうど駐車場入り口の向かいに昼食オーケーというこちらの旅館の看板が見えましたのでお邪魔してみましたが、後で知ったところでは伊勢エビ料理が名物という結構老舗の旅館らしいですね。
ちなみにお昼の利用ということで宴会用の大広間でもあるのかなと思っていましたら、窓から海が見えるお部屋の方に通されたのは嬉しい誤算というもので、のんびりとくつろぎながらお料理を楽しめたのは地味に高ポイントでした。

メニューは単品料理から会席まで何でも出来ますよということなんですが、お昼でもあるしさすがに会席でもなかろうということで幾つかある昼定食からそれぞれ見繕ってみることにしましたが、基本的にメインの料理が伊勢エビの鎧煮か刺身、鰹のタタキあるいはそれらの組み合わせかといった差ということのようで、一番安い「たたき定食」でも量的には十分満足できそうな様子です。
さて今回主に食したのがその「たたき定食」なんですが、タタキ自体には目立った味がつけられておらずお好みで塩かタレを使ってどうぞというスタイルで、当然ながら両方の味を試してみたのは言うまでもありませんが(苦笑)、なかなかに頃合いの焼き加減でブリブリとした鰹の食感を楽しめ、いかにも初鰹の時期らしい味だなという感じでしょうかね(ちなみに後で知りましたが、こちらのたたきはなかなか好評らしいですね)。
付け合せの小鉢の中でも伊勢エビの殻を食べさせているとかこだわっているらしい土佐ジローの温泉卵が目立ちますが、この有精卵の温泉卵はやや火が入りすぎかなとも感じるものの、嫌味がなく濃厚なうま味がしっかり楽しめる味わいは悪いものではなく、食後に出てくる同じく土佐ジローの卵を使ったアイスの方も量的にも味的にも過ぎるということのない頃合いという感じでしょうかね。

他の定食についてくる主だった料理もつまんでみましたけれども、一番注目だったのは何気についてくるように見えた刺身がうまいということで、活きがいいなんてことには今さら驚きも何もしませんけれども、鯛などもこの時期こんなに?と思えるほどの濃厚なうま味が楽しめたというのは嬉しい誤算でしたね。
看板らしい伊勢エビの鎧煮ですが、わざわざ仲居さんが手ずから捌いてくれまして食べるのには苦労はなかったんですけれども、味の方はまあ伊勢エビにしては頑張っていると言うべきなのかそれでも結局こんな味と言いますか、伊勢エビってやっぱり実際に食べる前が一番幸せでいられる食材ですよねえ…
天ぷらや炊合せなどその他のお料理も特に珍しいもんはないものの、どれも素材、料理とも悪くない出来で量的にも満足出来たんですが、それでもいかにも旅館風な見た目は置くとしても味の組み立てを思い出してみると、やはり料理屋の味ではなく旅館の味と言う印象を受けるのが何やら面白かったですよね。

接遇の方は忙しい時間帯にも関わらず老舗らしく丁寧でゆったりした落ち着きが感じられるもので、料理の方も今日はアレな飯を食う事になるのかと半ば覚悟していただけにまともなものが食べられただけでも思わぬ嬉しい誤算ということもありますが、これでしたら慌ただしい桂浜観光の合間にちょっとご馳走めいたランチを楽しみたいという向きにもいいんじゃないかと思いますね。
しかし建物外壁に巨大な伊勢エビの作り物がぶらさがっていて、「待て!このノリは道頓堀やぞ!」と思わず突っ込みそうになってしまったのですが、考えてみれば同じ市内の「おらんく家」なども巨大な鯨であったりしますから、これもまた高知のセンスということなんですかね?
それに加えてちょうどフロントの横に生簀がありまして、名物の伊勢エビが沢山飼われているのはともかくとして、なぜか大きなウミガメが何匹か悠然と泳いでいるのはどういうことなのかなと思ったのですが、確かにウミガメ料理はフレンチではご馳走といいますけれども、頼めば捌いてくれるということなんでしょうか(しかしあのサイズでは、とても食べきれそうにないんですが…)。

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2010年6月12日 (土)

ベスーン被告の公判結審

先日はテロリスト船長ピーター・べスーン被告の第3回公判の様子をお伝えしましたが、その後当のベスーン被告がシー・シェパードから除名されたりと面白い状況になってきていることもお伝えした通りです。
本日は先日10日に開かれた最終弁論の様子をお伝えしますが、まずは微妙なスタンスの違いも伺われる各社報道から見ていきましょう。

シー・シェパード元船長に懲役2年を求刑(2010年6月11日読売新聞)

 南極海で2月、調査捕鯨をしていた捕鯨船団の監視船「第2昭南丸」に侵入したなどとして、艦船侵入や傷害など五つの罪に問われた反捕鯨団体「シー・シェパード」の元船長、ピーター・ベスーン被告(45)の第4回公判が10日、東京地裁であり、検察側は「長年にわたり組織的に行われてきた妨害活動の一環で、危険で悪質な犯行だ」として懲役2年を求刑した。

 一方、弁護側は「乗組員がいない場所を狙って酪酸入りのガラス瓶を発射した」として、傷害罪については無罪を主張。「被告は今後、他人を傷つける可能性のある活動に参加しないと表明している」として執行猶予付き判決を求め、結審した。

 判決は7月7日。

 結審に先立ち、ベスーン被告は用意したメモを手に、5分余りにわたって日本語で最終意見陳述。「南極海での違法な捕鯨をやめさせようとして今回の行為をとったが、けがをさせることは全く望んでいなかった」と涙ぐみ、「私は日本の皆さんに敵意を持っていない。違う考えを持った友人だと思っている」と述べた。

ベスーン元船長に懲役2年求刑 調査捕鯨船侵入など(2010年6月11日朝日新聞)

 調査捕鯨船への艦船侵入や乗組員への傷害など五つの罪に問われた反捕鯨団体シー・シェパード(SS)の小型高速船元船長ピーター・ベスーン被告(45)=ニュージーランド国籍=の論告求刑公判が10日、東京地裁であり、検察側は「SSによる組織的な妨害行為の一環で、再犯の恐れも大きい」と述べて懲役2年を求刑した。弁護側は傷害罪については無罪だと主張したうえで、執行猶予付きの判決を求め、結審した。判決は来月7日に言い渡される。

 ベスーン被告は用意していた書面を取り出して日本語で最終陳述し、「信念に従ってSSの活動に参加したが、けがを負わせたことは申し訳なく思っている。捕鯨をめぐる日本人との意見の対立が、一日も早く終わることを願っている」と読み上げた。

 SSは被告を除名すると発表している。

 起訴状によると、ベスーン被告は2月11日午後11時ごろ(日本時間)、他のSS関係者と共謀し、南極海を航行中の調査捕鯨船・第2昭南丸に、皮膚のただれを起こす酪酸入りのガラス瓶を、圧縮空気を使った装置で発射。妨害行為を排除するために甲板にいた乗組員(25)の顔などに酪酸を浴びせて1週間のけがを負わせ、警備業務も妨害したとされる。また、同月15日午前7時半ごろ、所持していたナイフ(刃渡り約19センチ)で防護ネットを切って第2昭南丸に侵入したとされる。


調査捕鯨:シー・シェパード妨害問題 元船長に2年求刑(2010年6月11日毎日新聞)

 艦船侵入や傷害など5罪に問われた反捕鯨団体「シー・シェパード(SS)」の抗議船「アディ・ギル号」元船長、ピーター・ベスーン被告(45)=ニュージーランド国籍=に対し、東京地検は10日、東京地裁(多和田隆史裁判長)で開かれた第4回公判で懲役2年を求刑した。弁護側は「人体に危害を加える意図はなかった」と傷害罪については無罪を主張、執行猶予付き判決を求めて結審した。判決は7月7日に言い渡される。

 ベスーン被告は日本語で最終意見陳述し「調査捕鯨は国際法が禁じる商業捕鯨に当たり、違法で残酷な行為」と持論を展開した。一方で「捕鯨する日本人を嫌っていたが、間違った考えだったと気付いた。(日本人は)思いやりがあって寛容で尊敬できる。今後は誰も傷付けたくない」と述べた。

 検察側は論告で「(被告の行為は)SSが長年続けてきた組織的な妨害活動の一環で、危険かつ悪質。化学薬品を目に浴びた乗組員は失明の恐れも感じており、厳罰を望むのは当然」と指摘。弁護側は弁論で「酪酸入りのガラス瓶は人のいない場所を狙って発射した」と主張した。【伊藤一郎】

ま、ベスーン被告的には友人と意見の食い違いがあれは有毒物質の詰まった瓶を投げつけるのが当然というお考えをお持ちだということですが、多くの日本人の価値観からすれば「そんな友人いらねえ!つか勝手に友人面すんじゃねえ!」というのが率直な感想ではないかと思うのですが、どうでしょうかね?
例によってこの問題の特集を続けている産経新聞が詳細な経過を掲載していて、特に双方の主張のまとめである論告最終弁論に関しては一読いただきたいと思いますけれども、検察側の主張の主要点をまずは抜き出してみましょう。

【SS元船長 求刑(2)】「犯情は悪質。懲役2年を…」 検察官の言葉に表情変えぬベスーン被告(2010年6月10日産経新聞)より抜粋

(略)
 《続いて検察官は「傷害罪が成立することについて」とする一文を読み上げた。公判の最大の争点はここにある。ベスーン被告と弁護側は、威力業務妨害など起訴された5つの罪のうち、傷害罪についてのみ「けがをさせる意図はなかった」と争う姿勢を示している》

 検察官「ランチャーを発射したのは、(第2昭南丸の)乗組員の近くで酪酸入りの瓶を破裂させ、その悪臭によって業務を妨害しようとしたのであって、乗組員がいないところに発射しても意味がない。また、当時は甲板上に計16人の乗組員がいたが、いずれも蛍光色の救命胴衣などを着ており、被告のいた場所からもその位置は確認できた

 《さらに検察官は、ランチャーの性能についても言及した》

 検察官「ランチャーはSSのメンバーによる手製のもので照準器もない。さらに、被告は上下しながら海上を走るゴムボート上からランチャーを発射しており、(酪酸入りの)瓶を狙った場所に命中させることは困難。つまり、被告は乗組員の近くで瓶を破裂させることで、瓶の破片や酪酸が乗組員に悪影響を及ぼすことを意図して行為に及んでおり、乗組員に対する暴行の意図を持っていたことは明らかだ」

 《また、検察官は「傷害についても未必の故意が認められる」と主張した。明確に「傷つける」ことを意図していなくても、「傷つくかもしれない」「傷ついても仕方がない」と思って行為に及べば「未必の故意」があったとみなされる》
(略)
 《最後に、検察官はベスーン被告の情状についても述べた》

 検察官「本件は、SSが長年にわたって組織的に行ってきた調査捕鯨への妨害活動の一環で、犯情は悪質である」

 《検察側の冒頭陳述などによると、ベスーン被告は昨年7月ごろからSSの活動に参加していたという。しかし、ベスーン被告は被告人質問で、他の妨害活動について「ノーコメント」と繰り返しており、詳しくは語っていない

 《また、検察官は「酪酸は熱傷被害が多発している危険な化学物質で、人体に重大な傷害を発生させるおそれが大きかった」「第2昭南丸は調査船団からの離脱を余儀なくされ、調査業務に重大な支障をきたした」などと、犯行を厳しく指弾。さらに、傷害罪について否認していることについてもこう述べた》

 検察官「傷害については自身の犯行によるものではないと述べている。また、共犯者であるSSメンバーらについての供述も拒んでいる。現在もなお、SSの暴力的で危険極まりない妨害行為の正当性を主張している」

 《検察官は「被告の反省は十分でなく、同様の再犯に及ぶおそれがある」として懲役2年を求刑し、論告を終えた。ベスーン被告は、いすの背もたれに背中をつけたまま、検察官の方をじっと見つめている。通訳によって求刑が伝えられているはずだが、その表情は変わらない》
(略)

外洋を走る不安定なボートの上からガラス瓶を人の多数いる船上へロケットランチャーで打ち込むなどと言う行為を行うということであれば、その危険性はありがたくもニュージーランドヘラルド紙が引用してくださったように”any primary school kid understands”だと思いますけれども、万一にも小学生以下のお○鹿だから罪が成立しないと言うのではベスーン被告に対しても失礼というものですよね。
これに対して被告側弁護士の答えはこのような感じになりますけれども、そもそも傷害が発生したこと自体信ぴょう性に欠けるという立場ですから、傷害罪の成立など認めるはずもありません。

【SS元船長 求刑(3)】「SSには軍人や警官、消防士もいる。被告も正義感から…」 情状求める弁護人(2010年6月10日産経新聞)より抜粋

(略)
 《さらに弁護人は、けがの程度について、「○○さんは、あいまいな証言に終始している」と主張。○○さんが診断を受けたのが、けがをしてから2日後であることなどについても、「船医の診断結果にも疑いが残る」という主張を繰り広げた》

 弁護人「被告は第2昭南丸(酪酸を撃ち込まれた日本の妨害監視船)の乗組員に本件ガラス瓶が直撃したり、破片が当たったりしないように、あらかじめ人のいない個所を狙っています。狙いがはずれる可能性も否定できませんが、被告は事前に着弾性能の実験をして、誤差が生じないよう準備していました…」

 「被告がSSの活動に参加したのは平成21年7月ごろで、被告はそれ以前のSSの活動内容や日本の調査捕鯨船の被害状況などに関する知識を有していませんでした。被告の酪酸に関する知識は、『人体に害を与えるものでなく、成分はオーガニックで、酸性度はオレンジジュースと同程度』というものでした」
(略)
 弁護人「SSのメンバーには、軍人や警察官、消防士もいます。被告は純粋な正義感から活動に参加したものであり、また、生命や身体を害することを目的としたことはなく、『人を傷つける可能性があれば、発射しなかった』と述べています」
(略)
 弁護人「被告は正義感を持って、SSの活動に参加したが、今後、他人を傷つけるような可能性のある活動には参加しないと表明しています。この表明は、刑事事件に発展した自らの行為について、真摯(しんし)に反省していると評価できます」
(略)
 《弁護人は、ベスーン被告が「普通の市民」であることも強調する》

 弁護人「被告はエンジニアリングなどの学士号を有しており、石油開発会社への勤務経験もあるインテリです。母国には妻と2人の子供もおり、ごく普通の家庭生活を営んできました。今後、母国で平穏に暮らしていくつもりです」
(略)

あの~…もしやこの弁護人氏は、全く家庭を顧みることもなくわがまま勝手に生きてきたベスーン被告に対して、家族が「あんなselfishな男にはついていけない!」ととっくの昔に離婚してしまっているといった基本的なことすら把握していないのでしょうか…?(それとも、ごく普通の家庭生活すら営めなかったベスーン被告に対する皮肉…なんてはずはないか)
人を傷つける可能性があれば発射しないと申していますけれども、現実に人を傷つけた後でさえ「全歴史の中でいかなる人も傷つけたことがないのが我々の誇りだ!」なんて声明を出すようなトチ狂った組織なわけですから、そもそも「人を傷つける」という言葉自体の定義がおよそまともな人間とは異なっている方々なんだなと考えるしかない話ですよね。
ベスーン被告も被告ならこの弁護人もさすがにトンデモぶりではかなりぶっ飛んでいらっしゃるなという気がするところですが(それでも一応はシーシェパードがこれ以上ない!と保証した強力弁護団なんですよね?)、検察もそのあたりをもっとネチネチと突っ込んでみれば面白かったのにとも思うんですけれどもね。

いずれにしても当のシーシェパード自体がベスーン被告の行動は「誰もケガをさせない」という団体の方針に反するとして除名にしているわけですから、今さらそんなつもりはなかったもないものだろうと誰しも思うところですよね。
しかも三億もかかった船を失ったことが被告を狂わせたと言わんばかりですけれども、船自体の資金はほぼ全額スポンサーが出したわけですから、何のことはない自分で起こした事故で他人を傷つけたことが莫大な借金の原因となっているという、なんとも自業自得な話であるわけです。
その保証金を払うために家まで担保に入れたと言うくらいですから、普通の人間であれば今頃死ぬ気で働いているところでしょうが、奥さんに内職をさせて稼がせる一方で自分は仕事もせず、一銭の金も出ない(同被告談)というテロ活動に邁進していたのですから一体どこの浪花節かと言う話で、これで事情を汲みとって情状酌量しろと言う方が無理があるのではないでしょうか?

ちなみに記事にもあります通り、最後に法廷に立ったベスーン被告は自ら日本語で(!)用意したコメントを読み上げたということですが、この中で注目していただきたいのは以下の「思わず本音が出ちゃった?」言い間違いの部分ではないかと思います。

【SS元船長 求刑(4)完】「日本人に敵意」… 日本語言い違え、慌てて「世界で最も尊敬できる人」 (2010年6月10日産経新聞)
より抜粋

(略)
 被告「南極海は、私たちニュージーランド人にとってとても身近な海です。そこで違法な捕鯨活動をするのはとても攻撃的なことです。私は違法な捕鯨活動をやめさせようとして抗議活動をしました」

 《ベスーン被告はここで一度、読み上げを止める。そして、急に声のトーンを落とし、涙声になった

 被告「ご迷惑をおかけした人には申し訳ない気持ちです。罪を軽くするためにおわびをする気持ちはありません。乗組員にけがをさせることは望んでいません。また、日本の皆さんに調査の実態を知ってもらい、捕鯨活動を中止してもらうことを希望しています」

 「アディ・ギル号は、私にとって特別なものでした。3億円のお金を出して、アイデアも自分で出して造りました。世界を何度も回りました。沈没したときは、心情的にも財産的にも大きなものを失いました

 《アディ・ギル号への強い執着心を語るベスーン被告》

 被告「私は日本の皆さんに敵意を持っています

 《こう言った後、ベスーン被告は、すぐに動揺したような様子を見せた。何か言い間違えたようだ。弁護人も気づいたのか、驚いた様子でベスーン被告を見る。ベスーン被告が慌てて言い直す

 被告「敵意を持っていません。捕鯨活動をする人には敵意を持っていましたが、日本に来る前にそれが間違っているのに気づきました。今では、日本人は寛容で思いやりがあり、世界でもっとも尊敬できる人だと思っています。今では、(日本人に)敵意を抱くことはなく、違う考えを持っている人だと思っています」
(略)

結構良い話をしているのに、肝心なところでコケちゃって一気にコメディーになるタイプっているものですがそれはともかく、全般の話の組み立てに沿ったいかにも芝居っ気たっぷりの態度といい、言い間違えた時のリアクションといい、同被告がかなりのところまで日本語を理解しているのでは?とも感じさせられるように思うのですがどうでしょうか?
かねてこの問題を扱っている産経新聞の佐々木記者も、ベスーン被告との接見を通じて「彼は日本語をよく勉強していました」と語っていますけれども、日本へと送られる船中でも船員から日本語を学んでいたという話もありますから、こうした場面に備えて以前から用意周到に地道な努力を積んできたということなんでしょうかね?
残念ながら今回の裁判には裁判員が付きませんから同被告の努力がどの程度実るかは分かりませんけれども、7月7日に出る予定という判決の争点は執行猶予がつくか、それとも実刑判決となるかといったあたりになりそうですし、この前後にかけてのシーシェパード側の更なるパフォーマンスにも注目していかなければならないのでしょうね。

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2010年6月11日 (金)

新たな伝説がまた一ページ 沖縄県国頭村安田地区の場合

全国どこにでもあるような話題が、全国に知られた話題となるには何かしらの理由があるものですが、最初からそうと認識されているものとは限らず、時系列を追って行くと初めて「何故こういう結果になった?」と開いた口がふさがらなくなるという場合もあるようです。
今を去ること数年前、沖縄県の片隅で最初の動きが起こった時にも、後に全国区の話題となりそうな気配は皆無と言っていいくらいにありふれた話だったようですね。

安田・古宇利の診療所休止/県病院局方針  /沖縄(2006年12月12日沖縄タイムス)

 県は来年4月をめどに国頭村安田、今帰仁村古宇利の二診療所を休止する方針であることが11日、分かった。交通の利便性向上や県立病院本体の体制充実が理由で、県病院事業局は今後、地元の意向を聞いて調整し、年度内に決定する。最も近い病院まで車で三十分以上かかる国頭村東海岸の住民らは「安心して暮らせない」などと存続を求めていく考え
一方、古宇利大橋の架橋で本島へのアクセスが確保された今帰仁村古宇利の住民からは「存続が望ましいが県が決めること」と一定の理解を示す声もあった。
 国頭村議会では「安田診療所の存続を求める要請決議案」を12日の定例議会に提案することを決めた。地元安田区は11日夜、臨時総会を開き、診療所存続を求める署名活動を展開することを決めた。
 同事業局の當真正和次長は「休止」の理由について、道路網の整備や架橋により交通の便が改善されたことなどを挙げ、「陸の孤島といわれた地域も道路事情がよくなった。一方で名護市救急診療所の廃止など県立北部病院の体制は厳しい。医師の過重労働を軽減し、病院本体の体制を強化することで、北部地区全体の医療を充実させる」と述べ、地元の理解と協力を求めた。
 同事業局によると、両診療所の患者数は1日4-5人、診療所の体制はそれぞれ医師、看護師、職員1人ずつの3人体制。現在、県立病院付属の診療所は18カ所。これまでに伊計島、宮城島、浜比嘉島、池間島や久志、奥、平良、伊原間診療所などが道路網の整備改善などで休止となった。
 県側に存続要請をした国頭村の上原康作村長は「台風など異常気象時に道路が寸断されることがあり、依然として陸の孤島の状況がある。住民が安心して住めなくなり、ますます過疎化が進んでしまう」と憂えた。知念茂夫安田区長は「車を持っていない高齢者も多く、診療所があるだけで安心できる。住民に説明もなく、休止を決めることは納得できない。代替案を提示するなど住民の理解が得られる方向性を示してほしい」と話した。
 一方、今帰仁村古宇利の喜納清憲区長は「ワルミ架橋が整備されるまでは存続させてほしいというのが本音だが、財政問題もあり、県が決めることだから仕方がない」と話した。

この国頭村安田区というところ、かつてヤンバルクイナの保護で朝日新聞の「明日への環境賞」を受賞したというくらいで、とにかく主要道からも外れたどん詰まりの地区であることが地図を見るだけでも分かりますよね。
一日4~5人の患者のために医師、看護師、職員を専属で張り付けているというのですからさぞや暇を持て余すだろうことは想像に難くありませんが、こうした僻地の「医師不足」の実態なるものが別に同地区だけの話ではないことは再度繰り返しておきます。
いずれにしてもこういう過疎(ただし医療資源は過密!)地域は今や全国どこでもありふれた存在ですし、そこの診療所が閉鎖するなんて話もこれまたありふれているわけですが、当然ながら?同地の村議会としてもやはりありふれた対応をしたということのようです。

村議会、存続求め決議/診療所休止(2006年12月12日沖縄タイムス)

 【国頭】県が国頭村の安田診療所を休止する方針であることを受けて、同村議会は12日、12月定例会最終本会議で、診療所の休止は地域住民の不安を増大させるとして「安田診療所の存続を求める要請決議案」を全会一致で可決した。
 決議では、「安田診療所が長年にわたって地域住民の治療をはじめ健康維持増進など地域医療の向上に果たしてきた役割は計り知れない」と強調。
 基幹道路である県道2号などは台風や異常気象時には倒木などの道路災害が発生し、交通機能が遮断。同村東海岸が孤立するなど住民の不安や苦悩はいまだ解消されておらず、診療所の休止または廃止は、地域住民に大きな不安を増大させるものと指摘する。その上で、「へき地の医療衰退につながらないよう医師の確保をはじめとする地域医療の充実と強化が図られるよう安田診療所の存続を要請する」としている。

「安田診療所存続を」/国頭村議会 県に要請 /沖縄(2006年12月14日沖縄タイムス)

 県立の国頭村安田診療所の休止計画をめぐり、同村議会の仲井間宗明議長らは13日、県庁に知念清県病院事業局長を訪ね、診療所存続を求めた。仲井間議長は「診療所がなくなれば緊急医療の確保ができない」と訴えた。知念事業局長は「休止に対する理解を得るためあらためて話し合う機会を持ちたい」と回答した。
 仲井間議長らは「診療所の休止は生命の存続にかかわる。一律廃止ではなく、へき地医療の強化を図ってほしい」と要望した。
 要請団は12日の定例会最終本会議で可決した要請決議を県当局と県議会に提出。診療所の閉鎖が「過疎化に拍車をかける」などとして、存続を求めている。
 県は2007年4月1日付で診療所を休止する方向だ。同事業局は(1)県立病院の赤字改善(2)県立北部病院を拠点とした北部圏域全体の医療強化(3)医師や看護師の負担軽減など―を休止理由を説明している。

ここで「その遊んでいる医師と看護師が他所にいればどれほどの人命が救われているだろうか」とか、「県道が潰れるような異常事態に診療所一つあったところで緊急医療の何が変わるわけでもないのでは?」なんて冷静なツッコミを入れても仕方がないということは、当「ぐり研」に来ていただいているような皆様方には今さら言うまでもないことではあると思います。
それでも県当局の方では何くれと地元の理解を得るべく努力はしたようで、地元が話し合いすら拒否の強硬姿勢を崩さない中、「県側の事情も聞いてほしかった」という声が虚しく響くとはこのことですけれども、これも言ってみれば全国どこででも聞くようないつもの話といった感はあるところです。
それでも巡回診療を提案してみたり、地元医師会なども協力してヘリを飛ばしたりと、地元の言うまさかの時の対策も含めて様々な手を打ったのは立派だと思いますが、離島僻地の多い沖縄のような環境ですとこういった作業は手馴れているということもあるのかも知れませんね。

安田診療所説明会、住民一人も出席せず(2007年2月7日琉球新報)

 4月から国頭村の安田診療所を休止する方針の県病院事業局は6日、安田公民館で2回目の説明会を呼び掛けたが、休止に反対し診療所の存続を求める区民は出席しなかった。休止を前提とする説明会を拒否する姿勢の住民側に対し、同局側は文書を配布して休止への理解を求めることにしている。
 午後7時から予定された説明会では同局の當眞正和次長らが診療所の休止とその後の医療体制を説明するはずだったが、住民は1人も会場に姿を見せなかった。
 當眞次長は「話を聞いてもらえず残念。存続を求める気持ちはわかるが、県側の事情も聞いてほしかった」と話した。今後、診療所の休止理由と休止後の医療確保について配布文書で説明し、住民からの要望を受けたいとしている。
 安田区の知念茂夫区長は住民らの不参加を「診療所の存続を求める住民らの気持ちの表れであり、今後も方針は変わらない」と強調した。同区は来週にも村内や郷友会が集めた約1300人の署名を同局に提出する予定。
 同事業局は1月24日にも説明会を開いたが、住民側が反発、説明に入れなかった

県、安田で巡回診療へ/診療所休止受け /沖縄(2007年5月9日沖縄タイムス)

 国頭村安田地区にある県立安田診療所が今年4月休止したことに伴い、県病院事業局は5月下旬から、県立北部病院からの医療スタッフ派遣による月1回の「巡回診療」を始める予定であることが9日、分かった。
診療所閉鎖で影響を受ける高齢者らの緩和措置として、約1年間の実施としている。だが、安田区は診療所存続を強く求めており、「巡回診療」に反発、診療場所となる公民館の貸し出しを拒否する方針だ。(黒島美奈子)
 同病院から派遣されるのは医師1人、看護師2人、事務員1人。月1回、同区内の公民館で住民を集めて診療する。
 同地区に住む65五歳以上の高齢者は約60人。巡回診療は主に、これまで診療所に通っていた慢性疾患の高齢者を対象に、血液検査など簡易な医療検査を行い、処方する。診察で異常が見つかれば、病院につなげる。
 県は巡回診療実施に向けて8日、村と同区に対し、区内の対象患者数の把握を依頼。早ければ5月下旬から、診療をスタートさせる。
 県内で県立病院スタッフによる定期的な巡回診療は東村嘉陽地区、宮古島市池間地区、石垣市伊原間地区などで実施しているが、緩和措置としての実施は極めて異例。同事業局は「既に安田区には近隣地区の診療所から週1回、無料送迎バスを出して診察している。今回の巡回診療は、閉鎖による住民の動揺を最小限にとどめるため」と説明している。

「存続審議中」と区反発

 安田診療所休止に伴う巡回診療について、村安田区の知念茂夫区長は「県議会で診療所存続について継続審議中であり、区としてはあくまで存続を求める。到底、受け入れられない」と反発した。区は公民館の指定管理者となっており、診療のための貸し出しはしない方針だ。
 上原康作村長は「村は存続を求める。診療所は実際には休止しており、巡回診療が必要かどうか、区民の判断を見たい」との立場を示した。 同区では、独自に医師確保を模索しており、診療所再開に向けた活動を続けている。同地区評議員の中根忍さんは
診療所は休止であり、県議会でもいまだ閉鎖の是非を継続審議中と聞いている。そんな中で一方的な巡回診療への切り替えは住民として見過ごせない。議会軽視の対応だ」と憤慨した。

北部医師会が急患ヘリ 恩納以北カバー   /沖縄(2007年6月8日琉球新報)

 名護市の北部地区医師会は6月中旬から急患搬送ヘリコプターの運用を始める。同医師会病院の道向かいに土地を確保、ヘリポートを整備中で運用開始は16日を予定。県立北部病院への搬送も可能にするため、同医師会は県に名護市の県農業試験場内のヘリポートの貸与を要請、県は7日までに貸与する方針を固めた。
 急患ヘリは恩納村以北の本島と伊是名、伊平屋、伊江村を含む北部圏全域をカバー。伊是名、伊平屋も片道15分内外で搬送が可能になり、搬送時間はこれまでより大幅に短縮される。
 救急体制は北部地区医師会病院と県立北部病院が連携。医師会病院には循環器内科、心臓外科、消化器救急、産婦人科関係の患者を搬送し、県立北部病院には脳神経外科、小児科、多発外傷の患者を運ぶ。
 2005年4月から今年4月30日までの約2年間で異常分娩などで北部からうるま市の県立中部病院に搬送された妊婦患者は169人。急患ヘリはこうした患者については中部病院のヘリ拠点に約15分で搬送する。
 同医師会は既にドクターヘリ事業を全国的に手掛ける民間ヘリ会社と委託契約。ヘリは4人乗りで必要がある場合は医師も同乗する。運用は午前9時から午後5時まで。運航の所要時間は片道、救急車で1時間―1時間半かかる国頭村辺戸や安田で12、3分。東村は7分、本部町と今帰仁村、瀬底島、宜野座村は4分、金武町と恩納村は10分。
 県立北部病院への搬送は救急車で7分の位置にある県農業試験場内のヘリポートを使用。ウリミバエ対策のヘリ用だったが、1993年以降は遊休化していた。県は北部広域市町村圏事務組合にヘリポートを貸与、同組合は同医師会に運営を委託する。
 同医師会病院救急ヘリ運航調整委員会の小濱正博委員長は「万全な体制が整った。時間がかかるために失う命を取り戻す。救命医療のレベルは格段に上がったが、搬送時間だけがずっと未解決だった。中南部と異なり、救急医療の環境が十分ではない北部の医療のために、この体制を未来永劫続けられるよう努力したい」と話している。 県内ではほかに浦添総合病院が2005年から急患ヘリを運用している。 (新垣毅)

ちなみにこのドクターヘリ、その後医師会からNPOに運営が引き継がれたということですが、運行実績自体は非常に良好で多くの人々のお役に立っていたということで、地域医療サポートの成功例として全国放送でも取り上げられるようなちょっとした話題となっていました。
ところがこれまた例によって年間約一億にものぼる運行資金などがネックとなって一度は廃止決定という事態となりましたが、幸いにもNPOが主体となって活動が再開され現在に至っているということですから、これはこれで良かったということですが、どうもその実際のところは極めて綱渡りに近い個人の献身的努力に支えられている側面もあるようですね。

北部のドクターヘリ最終日 /沖縄(2008年7月15日NHK)

 名護市を拠点に沖縄本島北部の救急搬送を行ってきた民間病院の「ドクターヘリ」が病院の経営の見直しなどを理由に15日で1年あまり続けてきた運航を一時休止することになりました。
 医師が乗り込んで治療をしながら搬送にあたるヘリコプター、「ドクターヘリ」について名護市の北部地区医師会病院は、去年6月から独自に運航してきましたが、病院の経営の見直しなどから15日で一時休止することになりました。
 最終日の15日も国頭村のホテルでベッドから転落し頭を打った1才のこどもを病院に搬送するなどこの1年あまりで236件の搬送をしてきました。
 休止を前にNPO法人による運航の継続を目指している小濱正博医師らがヘリポートで記者会見を開きました。
 この中で、小濱医師は「休止は残念だが一般の人の寄付や企業・行政の協力を得て9月初旬には運航を再開していきたい」と述べ、これまでに600万円の寄付が集まったことを明らかにした上で今後も幅広く協力を呼びかけ、再開を目指す考えを示しました。
 そのうえでヨーロッパなど民間が自主努力で運営しているドクターヘリの仕組みを参考に継続的な運用ができる体制づくりに取り組む考えを示しました。

北部救急ヘリ存続を/医師らフリマで訴え /沖縄(2008年7月6日沖縄タイムス)

【北部】資金難が続く北部地区医師会病院の「救急ヘリ」の運営を引き継いだNPO法人「MISH(救急ヘリ搬送事業)サポート」設立準備委員会の医師や看護師が5日、名護市内の大型スーパー構内で開かれたフリーマーケットに出店し、支援を呼び掛けた。
 看護師らが貝殻を使って作成した1個80円の携帯ストラップや、コップなどを、買い物客が次々と買い求め、募金に応じながら「頑張って」と激励した。
 年会費千円の賛助会員の申し込みをした松田勝さん(57)は「国頭村安田に85歳の母親がいる。まだ元気だが、救急ヘリがないと万一のけがや病気で手遅れになりかねない」と話した。
 若い人たちの協力も目立ち、伊江小六年の喜納杏李さんは「伊江島に住んでいるので救急ヘリは絶対に残してほしい」と訴えた。
 同NPOでは、個人や企業、行政にも幅広い支援を求めている。

沖縄北部ドクター・ヘリ導入の矛盾(2009年3月19日ブログ記事)より抜粋

3月4日 沖縄テレビ放送
「(名護)北部地域をカバーする救急ヘリの運航再開を目指すNPO法人・MESHサポートに対し、名護市はアメリカ軍の再編交付金から2千万円の補助金を支出する方針を固め、今日議会に提案しました。」

この報道は、先日のたしかNEWS23でもあっていたから、ご覧になられた方もおありでしょう。

この時の報道は、NPO法人・MESHサポートの医者が、沖縄北部医療にドクターヘリの導入に尽力されて、やっと導入と民間賛助金で半年の5000万円の運営費がまかなえられた

とするもので、そのお医者さんは、自分でヘリ操縦免許を取得するためにオーストラリアへ約1年間の操縦教習を受けられたそうだ。
「命」を守ろうとする彼の献身的な使命感には本当に頭がさがります。

沖縄本島は、小さい島みたいに思われていらっしゃる方々も多いと思いますが、国道58号を那覇から北端の辺戸岬まで車で行くと、約4時間はかかります。
そして、離島の伊江島などの大きな島があり、その殆どが無医村で緊急医療に対応していません。

その沖縄北部医療体制に、ドクターヘリが導入されたことは、大変喜ばしいことです。
(略)

いやいやいや大変喜ばしいことって!医者にヘリの操縦までさせるなんてちょっとそれあり得ないし!て言うか医者に操縦させてたんじゃドクターヘリの意味ないでしょうJK!
まあこういうトンデモ話がさくっと飛び出してくるあたりが僻地の僻地たる所以なのかも知れませんけれども、今回の本題としてはいささか外れますのでこのあたりにさせていただいて、その長らく閉鎖されていた安田区の診療所がこのたびめでたく再開されることになったというニュースが飛び込んできたのがつい先日のことでした。

3年ぶり再開 住民安ど 国頭村立東部へき地診療所開所 /沖縄(2010年6月2日沖縄タイムス)

【国頭】旧県立安田診療所が休止したことを受け、国頭村営による診療所の再開を目指していた同村安田の「村立東部へき地診療所」が1日、3年2カ月ぶりに診療を始めた。開所式には、関係者や地域住民らが集まり、再開を祝った。
 診療所は関係者のテープカットで開所。楚洲あさひの丘へき地保育所の園児12人がエイサーを披露した。
 診療所に赴任した熊本県出身の中路丈夫医師(65)は「期待に気が引き締まる思い。敷居が高くない、患者さん主体の医療を目指したい。どうぞ気楽に利用してください」とあいさつ。
 神山担治安田区長は「毎日不安な状況の中で生活していた地域住民にとって、これ以上の喜びはない。診療所が地域の健康を守るだけではなく、へき地の活性化につながることを期待している」と述べた。
 国頭村奥の宮城香さん(32)は「子どもが3人いるので、医師がいるのといないのとでは全然安心感が違う。今まで1時間かけて病院に行っていたが、診療所ができてすぐ対応してくれる」と喜んだ。
 今後、診療所の区域内とする奥、楚洲、安波区を無料送迎バスが運行し、各区で中路医師による往診も実施される。
 旧県立安田診療所は、道路整備や県立北部病院の機能強化を理由に休止。同村が村営による診療所の再開を打ち出し、医師探しが続いていた。

安田に医師 住民歓迎 国頭村立診療所 中路さんが移住(2010年4月13日沖縄タイムス)

 【国頭】村営による診療所の再開を目指し、医師探しが続いていた国頭村安田の「国頭村立東部へき地診療所」に12日、赴任することが決まった中路丈夫医師(65)=熊本県=が引っ越し、村民の歓迎を受けた。中路医師は、県への診療所開設届けや九州厚生局の保険医の申請手続きなどを経て、6月1日をめどに診療を始める

 県の医師確保プロジェクトの紹介などを経て中路医師の赴任が3月に決定。同日、村に転入届を提出し、同診療所の医師住宅に引っ越した。安田小学校の児童や住民らが出迎え、横断幕を掲げて歓迎した。

 中路医師は「医者になって40年経つが、こんなに地域に歓迎されたのは初めて。地域の人たちが必要とした医療をしたい」と抱負を述べた。

住民にとっては確かにこれ以上の喜びはないというくらいの一大ニュースで、記事からも地元民の歓迎ぶりがありありと眼に浮かぶようですよね。
「65歳」の医師であるとか「気楽に利用してください」宣言だとか、何かしら今後の展開がこれまた眼に浮かぶようなテンプレが満載という気がしないでもないところなんですが、今回何よりすごいなと思ったのは周囲のそうなるであろうという期待?すら遥かに超えた斜め上の展開が、この診療再開のわずか数日後に待ち受けていたということです。

開所5日で医師帰省 国頭へき地診療所 村との契約で不信感(2010年6月10日沖縄タイムス)

 【国頭】1日に開所した国頭村立東部へき地診療所の中路(なかじ)丈夫医師(65)が、村との雇用契約が結ばれていないことを理由に実家のある熊本県に帰省し、診療所に医師不在の状態が続いていることが9日、分かった。中路医師は1日から診療を開始したが、5日に帰省。医師は取材に対し、「再三にわたり要求していた雇用契約が結ばれず、身分が保障されない状態が続いた。村への不信感がある」と述べた。

 9日開かれた村議会6月定例会で、議員の質問に対し、宮城馨村長が10日に熊本へ行き、同医師と会うことを明らかにしたが、問題の経緯について具体的な説明はなかった

 宮城村長は取材に対し、「対応の遅れがあり、調整不足だった。診療所に戻ってもらえるよう誠意をもって話し合いたい」と述べた。村側は村営診療所の開設に向けて十分なノウハウがなく、設備の遅れなどがあったとしている。

 中路医師は、診療所に戻る可能性について「村とやっていけるかどうかは分からないが、地域住民に申し訳なく、結論は出しかねている」と話した。

 村は県立安田診療所の休止後、村営による再開を目指し医師探しを続けていたが、中路医師の着任が決まり、今月から3年2カ月ぶりに診療を再開していた。

いやあ、正直この展開は予想していませんでしたが…もしかしてネタですか?
一応参考までにということですが、労働基準法ではこういうことが定められています。

労働条件の明示
第十五条

使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない

この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない

(2)前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる

これらの条文を見ても労働基準法で労働条件を決めて契約を結ぶということは、一つにはそれに違反した場合に労働者側が「それは話が違う!」と契約を解除することが出来るという労働者保護の意味があるということですよね。
そしてこれは医療業界にはしばしばある話ですが、例えば万一にも何かしら医療訴訟のようなことに巻き込まれた場合に、村と契約しての業務ということであれば訴える先は医師個人ではなく村となり、結果として村が医師を守るという形になるということです。
要するに契約を結ばないということはこれらの話をそっくり裏返しに捉えるべきなのか…というように見られても当然なわけですから、それはさすがに世間並みの情報に疎いかも知れない中路医師(65)としても「村への不信感」云々を口にも出そうという話ですよね。

対応の遅れだとか調整不足だとか言いますけれども、昨日今日の話でもなく既に三年もそれを目指してやっている仕事に関して、ようやく来た医者に何度も要求されてもまともな対応一つ出来ないというのであれば、意図的なものであれ単なる過失であれ当事者能力の欠如は言われても仕方がないところだとは思います。
村では今まで医者とはどこからか勝手に送られてくるものという認識が当たり前であったのかも知れませんが、ノウハウがないということであれば貴重な公のお金をつぎ込んで突っ走る前に勉強しておくのが当たり前ですし、全国にこうした事例は履いて捨てるほどあるわけですから、その意志さえあれば学ぶ対象には全く不自由しないはずなのですが、ねえ…
今後中路医師との再交渉がどのような結果となるかは未だなんとも言えませんけれども、失礼ながらこんなところで今どき働いてくれようという貴重な人材がまた一人こうして失望と共に立ち去っていくと言う現実を見るにつけ、先日の上小阿仁村の事例などと同様「あなたの村は単なる僻地ですか?それとも心の僻地ですか?」と問いかけたくなるような話ではありましたね。

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2010年6月10日 (木)

宮古病院医師詐称事件の意外な?決着、しかしその背後に残る問題は

以前にもお伝えしました岩手の医師詐称事件ですが、意外なと言っていいのでしょうか、結局起訴にもならずに終わってしまったようですね。

ニセ医師事件女性釈放 地検、理由示す必要 : 岩手(2010年6月9日読売新聞)

県立宮古病院に循環器科医師と偽って勤務しようとして逮捕された女性(44)について、盛岡地検が8日下した判断は処分保留による釈放だった。釈放後に起訴となる例はほとんどなく、事実上の不起訴処分とみる関係者は多い。

 驚いたのは地検が処分保留の理由を一切説明せず、コメントだけを発表するという異例の対応だった。発表時間には、地検の担当幹部がすでに全員退庁しており、取材には応じたくない姿勢にも見えた。

 女性は5月8日、宮古署に医師法違反(名称の使用制限)の疑いで逮捕され、いったん処分保留となった同19日、医師法よりも刑罰が重い公印偽造容疑で再逮捕されていた。複数の捜査関係者によると、再逮捕を主導したのは地検側で、「必ず起訴に持ち込む」と県警に伝えていたとされる。

 再逮捕で女性の拘置期間は約1か月に及んだ。さらに、医師不足に悩む県内で起きた事件への県民の関心は強い。地検には判断理由を県民に示す必要があるのではないか。(中島幸平)

公印偽造容疑の女性を釈放 岩手・宮古の偽医者事件(2010年6月8日47ニュース)

 盛岡地検は8日、以前の厚生相の公印などを偽造したとして公印偽造の疑いで逮捕、送検された大阪市の無職女性(44)について、処分保留で釈放した。

 女性は岩手県宮古市の県立宮古病院の採用で、医師免許がないのに医師に成り済ましたとする医師法違反容疑についても処分保留となっており、地検は「捜査を継続した上で、処分を判断する」としている。

 宮古市では医師不足が深刻化し、宮古病院では2007年7月以降、常勤の循環器科医師を常時募集していた。

 岩手県警によると、女性は病院に「テレビの報道番組で宮古市が医師不足と知った。地域医療に興味がある」などと応募。面談などを経て今年5月10日に着任予定だったが、医師免許証の写しに大臣の印がないなど不審な点があることに病院側が気付いて県警に相談し、医師でなかったことが発覚したとされる。

大臣の印を偽造したと言う疑いで逮捕したのに、肝心の大臣の印が押していなかったから起訴出来なかった、なんて単純な話でもないのでしょうが、先日既に同行していた男性の方も不起訴になっているということですから、結局これだけの大騒動を引き起こして何らのお咎めも無しで終わりそうだというのは何やら釈然としないですよね。
以前にも無免許で30年間医師になりすまして働いていたという御仁が懲役懲役2年4カ月の実刑判決を受けたことがありましたが、「「医師全体に対する国民の信頼も揺るがしかねない」などと大上段に構えたことを言う割りには最大限この程度の罪なのかとも言える話で、どうも世間に与える影響力と処罰との間に乖離があるように感じる人も多いのではないでしょうか。
不謹慎ながらもしこれが実際に循環器医として勤務していて、不適切な治療で患者が何人か大変なことになっていた、なんてことであればもっと大問題になっていたかも知れませんが、臨床の現場では使えない人間には大事な仕事は回ってこないようになっていますから、往々にして白衣を着て座っているだけで何とかなってしまう場合も多いわけですよね。

このあたりは医療に限らずほとんどの業界において仕事の大部分は単なる前例踏襲で、何も考えずに同じことを続けていれば何とか回ってしまうという事情もあるのでしょうが、人によっては「そんな使えない医者が存在している事がそもそもの間違いである!医療界の自浄作用がなっていない!」と文句を言いたくもなるかも知れません。
座っているだけどころか、半ば寝たきりで患者さんより悪そうに見える御老人の方々であっても、ただ医師免許所持者というだけで重宝されるほどに医師不足が厳しい地域も多々あるという現実もその根底にはあったわけですが、一方できちんとした真面目で熱心な先生達が揃っていてもうまく行かない場合も少なからずあるというのが、今の疲弊する医療現場の悲しむべき実情でもあるわけです。
ちょうど産経新聞が今回の事件の背後事情について記事にしていますが、医者がいてもうまく仕事が回らない中小病院の状況について、同院非常勤医の先生にインタビューから引用してみましょう。

ニセ女医のあきれた虚飾人生 よもやの甘言にすがった背景に「常勤医不在」の重い現実(2010年5月29日産経新聞)より抜粋

 今月8日、無資格で岩手県立宮古病院に赴任する直前に医師を偽った疑いで大阪市の無職、一宮輝美容疑者(44)が医師法違反容疑で逮捕された。事件は医師不足に悩む地域住民や関係者を落胆させたが、病院側はなぜ、うそをギリギリまで見抜けなかったのか。キーワードは「救急専門の循環器医」「婚約者と2人で常勤」…、病院にとってのどから手が出るような甘いささやきだった。不自然な点も多かった応募者に、いちるの望みをかけて優遇せざるを得なかった厳しい現実と事件の教訓は? 横浜から片道5時間半かけて長距離通勤を続ける担当医師への一問一答を加え、真相を探った。(中川真)
(略)
一問一答

 事件について緊急臨時的医師派遣システムで宮古病院に勤務する塚原玲子医師を直撃した。塚原医師は昭和33年6月、埼玉県生まれ。東邦大医学部卒。循環器の専門医として、米国留学や川崎社会保険病院などの勤務を経て、現在は済生会横浜市東部病院で、心臓血管センター長として15人の医師をまとめる。医学博士。

 --3年前、専門医不在の地方病院を数カ月間応援する「緊急臨時的医師派遣システム」で宮古病院と縁ができた

 「勤務先の済生会横浜市東部病院に、国から要請があった。『海外の僻(へき)地で医療活動をしたい』という高校時代の夢を思いだし、『自分が行こう』と決意した。若手医師も賛同してくれて、交代で勤務した」

 --いまは毎週、横浜から宮古に通っている

 「『週1日でいいから』と院長に頼まれ、平成20年1月から勤務している。日曜の午後に出発し、夜に病院近くの官舎に入る。夕食は弁当やすしかな。月曜は午後まで診療。遅くなるときもあるが、最終の新幹線に間に合う6時ごろがリミットだ」

 --きつくないか

 「平気だ。でも盛岡から宮古まで車で2時間は長い(笑)。岩手の広さと東西間を結ぶ高速がない不便さを痛感している」

 --患者を盛岡に救急搬送することも多いと聞く

 「常勤の循環器医がいないから、とっさの事態を考えると入院は無理だ。私もよく、心筋梗(こう)塞(そく)の患者を緊急治療し、救急車に同乗して盛岡市の県立中央病院などに運ぶ。先週(17日)もそうだった。県のヘリにも何度か乗った」

 --救急以外でも常勤医不在は問題が多いか

 「そうだ。例えば(細い管で血管や心臓を調べる)カテーテル検査も、検査後に1泊する必要がある。私は3月までやっていたが、当直医の負担が大きいため、やめざるを得なかった。検査だけで『盛岡まで行って』と患者に言うのは心苦しい。2月までは冠動脈治療なども年に十数件やっていたのだが…」

 --当直医の協力で検査などは持続できないものか

 「常勤医減少で消耗しきっている。深夜の患者搬送で盛岡まで往復することもある。医者の方が早死にするのでは、と思うほどだ。専門外の入院患者の対応まで頼めないのが現実だ」

 --そうした中で “ニセ循環器医”の事件が起きた

 「彼女は私が出た番組を見たようだ。着任直前にわかってよかった。確認は不十分だったかもしれないが、常勤医が欲しくて各地を駆け回っていた院長を責めることはできない。私も会っていたらよかったかなと思う」

 --一宮容疑者の“着任”をどう感じたか

 「『あてにしちゃダメ。まともな人はこないよ』と冷静な人もいたが、『婚約者と』という話に信頼性を感じた。私は院長から『今後も来てほしい』といわれていた。半信半疑な面もあったんだと思う」

 --専門医の偏在を改めるにはどうしたらいいか

 「国が動き、大病院勤務を望む医師に、1年とか半年は地方で働くことを義務づけるしかない。地方の病院でも、心臓血管治療の症例が年間200~300件(東部病院は専門医15人で1200件)はあり、手術や治療の経験は積める。だが、若い医師に勧めても『1人勤務じゃ…』と腰を引かれる

 「経験が浅くても、常勤医さえ来てくれれば、私も電話で相談に乗る。ファクスで心電図を見てアドバイスもできる。地方と都会の病院が連携し、コミュニケーションを深めて乗り切る方法が、現状では私の理想だ」
(略)

ここでもさりげなく医師強制配置論なんて飛び出してきてますが(苦笑)、そのあたりは華麗にスルーしておくとしても、実際に診療の足元を固めるべき常勤医こそが不足しているのだという地方の中小病院の状況がよく判る話だと思いますけれどもね。
病院側としては非常勤医であっても頭数を確保すればとりあえず専門外来は開けるわけで、週一日だけの勤務でもありがたいありがたいと大歓迎してくれるわけですが、現場の第一線で働いている他の常勤医にとっては入院も取らない外来だけの医者などもういらない、と思わず言いたくなる状況でもあるということですよね。
非常勤の先生が熱心にやればやるほど常勤医に後のツケを回されることになる、もともと常勤医の方は自分の仕事だけで一杯一杯なわけですから当然非常勤の拾った専門外の患者まで面倒を押し付けられるのは面白くない、非常勤の方でもそういう空気を読んで入院を取らなくなると「何でも他所に送るんだったら自分たちだけでやっても変わりないんじゃないか?」なんて話にもなるわけです。

結局のところは非常勤で頭数だけは確保してもマンパワーに対して日々の仕事が多すぎて、疲れ果てた常勤医たちはこれ以上余計な面倒は抱えたくないと士気が低下しきっているというのも一つの大きな要因ですけれども、同時に専門医というのは一人ではなかなかうまく仕事ができない一方、二人、三人とまとめるほど加速度的にうまく現場が回るようになるという事情も見えてきます。
実際各地の中小病院などで顕著ですが、退職などで特定診療科の医師数が一定数以下になった途端に残る医師たちが全部辞めてしまったなんて話が繰り返し出てくるのは、現代の医療は一人のスーパードクターの孤軍奮闘でどうこうなるようなものではないということを示しているわけですね。
以前から厚労省が推進しようと画策している医師集約化論などはそうした医療の効率性追求の面では一つの解決策ではありますが、面白いのはマスコミや地方自治体などが昨今熱心に主張している地方への国家権力による医師強制配置論などというものは、一見するとこれと似ているようでいて実際には全く逆の話になりかねないとも言えるわけです。

現実問題としてさすがに全国津々浦々まで各診療科とも複数の専門医を揃えた大病院だけに医療を任せるわけにも行きませんから、一方で開業医や中小の私立病院などはプライマリに特化して地域医療を担う、そして専門的医療は集約化された(公的)大病院が担当するという未来絵図を厚労省としては考えているのでしょう。
こういう態勢になりますと両者の間で行われる医療が全く異なったものとなってきますから、それぞれ志向するところの違う医師たちをうまく振り分けられるかということも問題になるでしょうが、手っ取り早くは臨床研修制度の改訂や専門医などの資格認定を通じて行っていくべきだという議論も遠からず表に出てくるのかも知れません。
しかしそれ以上に厚労省の前にハードルとなって立ちふさがると思われるのが、「なぜ近くの病院で治療出来ないのか」「いちいち検査のために遠くまでいかないと行けないのは困る」なんて地元住民にどう納得願うかだと思うのですが、過去の事例から考えても厚労省が国民へのインフォームドコンセントに力を入れるなんてことだけはあり得なさそうですから(苦笑)、また現場で誰かが泣きをみるということになりかねない話ですよね。

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2010年6月 9日 (水)

世界に広がるテロとの戦い

先日第3回公判が開かれ、次回6月10日で結審する予定と言うテロリスト船長・ピーター・べスーン被告の裁判ですけれども、主であるところのシー・シェパードがついに切り捨てにかかったようですね。

ベスーン被告を「除名」=弓矢持ち込みはポリシー違反-シー・シェパード(2010年6月8日時事通信)

 【シドニー時事】反捕鯨団体シー・シェパード(SS)は8日までに、SSの小型高速船「アディ・ギル(AG)」号元船長で、日本で傷害罪などに問われているニュージーランド国籍のピーター・ベスーン被告(45)を事実上の除名処分とすることを明らかにした。同被告が弓矢をAG号に持ち込んだ行為はSSの「攻撃的な非暴力直接行動」のポリシーに反すると説明している。
 SS幹部は声明で、「矢は使われず、人に対して使うつもりもなかったことは分かっているが、SSの活動にそれを持ち込んだのは容認できない」と説明。同被告を将来の抗議活動には参加させず、同被告はSSの正式メンバーではなくなるとした。ただ、日本での裁判を通じた同被告支援は続けていくとしている。

しかし「矢は使われず、人に対して使うつもりもなかったことは分かっている」って、全世界に矢を打ち込んでいる動画が流れているという状況下でそれはネタのつもりですかと(笑)。
当初から使い捨てる気満々という気配は濃厚であっただけに意外性はさほどない一方で、本当にそこまでやるかと改めて彼らのものの考え方が伺われる話ですけれども、今の時期にこんなことを言い出したということでベスーン被告の心境にどんな変化があるのかと言う点は注目されるところでしょう。
ベスーン被告とすればもともと根っからのメンバーというわけでもなかっただけに洗脳は浅かったとも思われる言動も出ていますが、ここまでコケにされてもなお組織に忠誠を尽くすということであれば、やはり洗脳云々以前の段階で何かしら欠けるところがあるのではないかと言う気もするところですよね。

この時期は日本の南氷洋捕鯨は休止期でさほど差し迫った話題も多くはありませんが、そんな中で粛々と進んでいるのがシー・シェパードの母体で歴史と伝統あるテロ組織のグリーンピースに関わるこちらの裁判です。
しかし先日のオランダの鯨肉輸送阻止事件でも言えることですが、どうも近頃グリーンピースとしてはその矛先を反捕鯨から反鯨肉食へと転換してきているような気配もあって、シーシェパードほど華々しいことはやっていないようでもこちらの方も要注意ではないかと思いますね。
特に先日は調査捕鯨を中止せよと日本を国際司法裁判所に提訴したオーストラリアなどは、これと連動するかのように鯨肉問題を取り上げてきているようですから、関係者のみならずこちらの裁判の成り行きや法廷での証言内容なども気になるところでしょう。

鯨肉窃盗、環境保護団体2被告に懲役1年6月求刑(2010年6月8日読売新聞)

調査捕鯨の鯨肉が入った段ボール箱を青森市の運送会社から盗んだとして、建造物侵入罪と窃盗罪に問われた環境保護団体「グリーンピース・ジャパン」メンバーの佐藤潤一(33)(東京都八王子市)、鈴木徹(43)(横浜市)両被告の公判が8日、青森地裁(小川賢司裁判長)であり、検察側は懲役1年6月を求刑した。

「鯨肉横領」と元乗組員 豪テレビが放映へ(2010年6月8日産経新聞)

 オーストラリアのテレビ局ABC放送(電子版)は8日、日本の調査捕鯨船の元乗組員2人が同テレビに対し「乗組員の間で鯨肉の組織的横領が行われている」と述べたと報じた。1人は調査捕鯨船「日新丸」の元乗組員で、同日夜の番組で2人の話を放映するとしている。

 それによると、調査捕鯨終了後に乗組員に鯨肉が配られ、1人で500~600キロを持ち帰ったり、一部を売ってもうけを手にした者もいるという。

 同テレビは「日本は『調査捕鯨』だと主張しているが、これが本当なら、反響を呼ぶ証言だ」とし、「調査捕鯨をめぐるオーストラリアの国際司法裁判所への提訴は、強い後押しを得るかもしれない」と報じた。

 また「日本では調査捕鯨に関し告発した者は裏切り者のレッテルを張られたり、刑務所行きになる」としている。(共同)

さて、そのグリーンピースですが、以前から「うかつに手を出すとヤバいぞ」と各方面から警告されていたというのに突っ走るものですから、案の定のリアクションがあったというのが最近話題のこちらのニュースです。

環境活動家、もりで突かれ重傷=地中海でマグロ漁妨害中―仏(2010年6月5日時事通信)

 【パリ時事】地中海で網に掛かったクロマグロを逃がそうとした環境保護団体グリーンピース・フランスの活動家が4日、漁師にもりで突かれ、脚に重傷を負った。活動家は地中海の島国マルタの病院に運ばれたが、命に別条はないという。
 同団体の声明などによると、小型ボートに乗った活動家らが網の縁に重りを付け、マグロを逃がそうとしたところ、漁船数隻から攻撃を受けた。
 地中海産クロマグロについては禁輸案が3月のワシントン条約締約国会議で否決されている。漁船所有者団体幹部はAFP通信に対し、グリーンピースの行為は漁師の生活を脅かすと非難した。 

この件など想像していただければ判ることですが、例えば牧場の柵を壊して牛や羊を逃がしているような輩が見つかればそれこそライフルでズトン!となりかねないわけで、それこそテキサス親父あたりに言わせれば「ふざけんな!この盗人め!」という話ではありますよね。
テロ組織にとってみれば他人の生業を妨害すればするほどスポンサーから金が入って更に裕福な暮らしが出来るわけですが、零細な漁師達にとってはマグロ一匹で家族が生きるか首をくくるかの瀬戸際ということが十分にあり得るのですから、現地では今後もこれ以上の激しい衝突が起こっても何ら不思議ではない状況です。
そこでちょうど南氷洋捕鯨の休止期で手があいたシー・シェパードもいよいよ参戦するというわけですから、これは否が応にも期待?が高まろうと言うものですが、実際かの地では日毎に抗争が激化してきているという状況のようですね。

シー・シェパードも妨害行動に参加へ(2010年6月6日産経新聞)

 環境保護を掲げる反捕鯨団体「シー・シェパード」の抗議船が5日、地中海のマルタ沖に到着、日本向け輸出が8割を占める地中海クロマグロ漁への抗議行動を7日から開始する。同団体のフランス支部幹部が6日、フランス公共ラジオに語った。

 フランスの漁民と衝突した国際環境保護団体グリーンピースに、これまで南極海で日本の調査捕鯨団と衝突を繰り返してきたシー・シェパードが加わることで、クロマグロの漁場を舞台に漁民と環境保護団体の緊張が一層高まる見通し。

 シー・シェパードによると、地中海クロマグロ漁への抗議行動では、特に5月15日から6月15日までと規定された漁期に違反する漁船がないか監視するという。(共同)

マグロ漁船に抗議船衝突 地中海マルタ沖で(2010年6月8日47ニュース)

【パリ共同】地中海南部のマルタ沖で7日、日本向け輸出が8割を占める地中海クロマグロの漁をしていたフランスの漁船と、国際環境保護団体グリーンピースの抗議船が衝突、漁船側によると船員1人がけがをした。グリーンピースは、漁船とは接触していないと衝突を否定している。

 フランスの海洋漁業者全国委員会は同日、「グリーンピースの抗議行動は、合法的な漁に従事する漁師の命を危険にさらしている」との声明を発表した。

 同委員会によると、7日の衝突はクロマグロを収容したいけすをマルタ沖の蓄養場へえい航する際に発生。漁を補佐する小型船に、抗議船が接触しチュニジア人の船員がけがをした。声明は「抗議船が激しくぶつかってきたため、船員は危うく命を落とすところだった」としている。

 マルタ沖のクロマグロ漁では4日にも、抗議船とフランス漁船の間で小競り合いがあり、グリーンピースのメンバー1人がけがをしている。

 フランスは地中海クロマグロの漁獲割り当てが、欧州各国で最も多い。

フランスと言えばかつて核問題でグリーンピースと激しい戦いを繰り広げた歴史があるだけに、ひとたびこうして戦端が開かれてしまうとどこまで突っ走ることになるのか先が読めませんが、いずれにしろこの問題は日本捕鯨船団対シー・シェパードなどという小さな枠組みで語られるものではなく、全世界的な広がりを見せているということですよね。
日本としてもマグロの主要輸出先である以上この問題に注視しなければならないのはもちろん、何より漁業国としてかの地の漁民の戦いを決して人事ではないと感じている人々も多いのではないかと思いますが、今やテロとの戦いに対して全世界的な共同戦線を張っていくべき時期がやってきたということなのでしょう。

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2010年6月 8日 (火)

村上先生、(予定より早く)吠える!

昨日も取り上げました夕張市は村上先生の診療所での自殺者搬送問題ですが、ちょうど昨日JBpress宛てに送られた村上先生の反論の手記が公開されたということで、わざわざご紹介いただきましたGoonerさん、ありがとうございます。
しかし相当な長文であるこの反論の手記なるもの、やはりこうして読んでみても確かにごもっともという内容ではあるものの、ほとんどが一般論としての診療所の状況を語るばかりで、今回の事例におけるメディア報道への反論としてはやや未整理な印象がありますよね(それだけ溜まっているということなのでしょうか?)。
とりわけ朝日新聞の記者と名指しで「自作自演」とまで言い切った事情がよく分からないのは隔靴掻痒の感がありますが、まずは今回の事件に関わる事実関係の部分についてだけ抜き書きしてみましょう(元記事の原文の方も併せてご一読されることをおすすめします)。

なぜ私は救急患者の受け入れを拒否したのか 北海道・夕張の村上医師が救急対応の報道に反論(2010年6月7日JBpress)より抜粋

(略)
 2007年、夕張市の財政破綻に伴い、夕張市総合病院が経営破綻しました。
 夕張市総合病院の応援医として働いていた私は医療法人財団「夕張希望の杜」を立ち上げて、病院の経営再建と地域医療の継続を図ることにしました。
 破綻した夕張市立総合病院の建物を借りて、2007年4月に公設民営方式の指定管理者として夕張医療センターの運営を開始したのです。

指定管理の条件は、夕張市からの資金援助を一切受けないこと、そして19床の有床診療所と40床の老人保健施設を運営することでした。
 夕張医療センターの本来の仕事は、在宅支援診療所として、120軒の在宅患者さんや40床の老人保健施設、かかりつけの患者さん、委託されている 110床の特別養護老人ホームとグループホームを、24時間体制で電話対応も含めてケアすることです。

救急医療や在宅医療等は、センターの本来の仕事には全く入っていないのです。

この3年間、ボランティアで救急を受け入れてきた

 「地域医療」というと、いかに救急患者の受け入れ体制を確保するかがよく問題になります。(略)そして、患者を受け入れる病院は「救急指定病院」である必要があります。
 ところが、夕張市の救急の予算は年間120万円しかありません。その予算でさえ医師会の事務職員の人件費として消えていますので、実質「ゼロ」です(略)
 また、夕張医療センターは「救急指定病院」ではありません。おまけに救急医療は不採算部門です。
 そのため、私たちはこの3年間、ボランティアで救急を受け入れてきました
(略)

 特に今年の4月から、夕張医療センターの常勤医は私1人しかいません。(略)
 1人体制になってしまったことから、3月の段階で市長や副市長や担当者に、「救急を今後従来通り受け入れることは難しい」ことを説明しました。同時に、「夕張医療センターを救急指定病院にしたい場合はキチンと予算を取り、労働基準法に反しない条件を契約書にも明記すべきです」という提案もしてあります。

 4月には市内で救急に関する会議があり、その席でも救急隊や医師会、行政担当者に対して、その旨を伝えてありました
 しかし、私たちが言うことはほとんど受け入れられることなく、指定管理者の条件にはない救急医療を強要され、ボランティアでやってきた部分は評価されず、それをやらないなら出ていけ、という話になっています。

心肺停止状態の患者を小さな診療所で受け入れられるか

 今回、救急搬送の受け入れ要請があった患者さんは心肺停止状態(CPA)でした。
 患者さんがCPAとなった場合、一刻も早く病院に搬送するというのは正解ですが、設備もスタッフも少ない診療所で対応するのは無理な話です。
 救急のマニュアルでも、CPAの原因となる心筋梗塞や脳卒中の場合は専門の施設にできるだけ早く運ぶことが大切だとされています。地元の診療所に寄ることは、場合によっては時間のロスになるのです。

 昨年の9月に、やはり夕張で中学生の首つり自殺があり、心肺停止の状態で夕張医療センターに救急搬送の受け入れ要請がありました。
 この時には朝日新聞(北海道の支局)の記者の「とにかく謝るべきだ」という強い要望に従って、受け入れなかったことを謝罪しましたが、本当は若い方ならばなおさらヘリを呼んでもいいから、道内に9カ所ある救命救急センターに搬送すべきというのが私の意見でした。
 結局、朝日新聞の記者は「自作自演」のような記事を書き、医療機関を非難してセンセーショナルに記事を書くことを自慢して歩いています。

マスコミと行政が医療崩壊を助長している

 常勤医が1人だけになった4月から今までの2カ月間、私は週末も含めて夕張から出ることもなく、ほぼ毎日当直をしています。労働基準法に違反しながらも、可能であれば救急車も受け入れていました
 しかし、そのようなことは今回の報道ではまったく問題にされず、逆に「何度か受け入れていたんだから、今回も受け入れられる」という論法になっています。
 特に、今回の北海道新聞の報道で一番問題なのは、私本人には一切の取材はなく、一方的に行政の話を基に報道していることです。他の新聞社も同様です。十分な取材をすることなく、検証なしで報道しています。
(略)

 行政の対応にも大いに問題があります。
 今回のような自殺は病気ではありません。うつ病対策等の行政の取り組みが大切なのであって、救急医療を充実させても自殺は減りません
 私は昨年秋から自殺予防に関する取り組みをするよう市に要望していましたが、一切行われていません(今回の報道では、言い訳するかのように夕張市が自殺対策を始めたと書いてありました)。

 要するに今回の報道は、北海道新聞の記者が「抜く」ことだけを考えて報道し、また、夕張市が自分たちの怠慢の責任を医療に押し付けただけの話です。
(略)

破綻前と何も変わらない夕張市の上層部

 夕張市には夕張医療センターを含めて医療機関が5カ所あります。隣町の栗山赤十字病院まで車で30 分、岩見沢市立総合病院まで40~50分、札幌市まで1時間と、決して陸の孤島ではありません。
 私は数年前から「市内の医療機関や近隣の後方病院などと連携を取れるように、市の方で調整してほしい」といったことを市に提案してきました。
 しかし、市の対応は全く進んでいません。「現状維持」「先送り」といった破綻前の習慣を続けているのです。市役所の上層部は、相変わらず破綻前と同じです。
(略)

あらら、マスコミはともかく、ここまで正面きって市当局に喧嘩を売っているわけですから、村上先生もよほど自分の夕張市内での立場に自信があるということなんでしょうけれどもね。

昨年の中学生首吊り事例の際に朝日新聞の記事によれば、村上医師は情報伝達の不備があり残念とコメントしたことになっていますけれども、要するにこの際のコメントは朝日新聞の記者に「言わされた」のだと言うことなのでしょうか。
一方で村上医師はかねてCPAに関しては直近の医療機関で早急に対応すべしと講演などで説いていたということになっていますが、今回の反論文を見るとむしろ逆にヘリを飛ばしてでも早急に高次医療機関に直行すべきであると言うのが持論のようで、そうしますとCPAに関する一次処置は全て搬送する救急隊が担当するべきであると言うことになりますよね。
もちろん診療所レベルで対応可能な範囲を考えてもそれが本来望ましいことではあるのでしょうが、自ら救急予算実質ゼロと言う夕張市の救急態勢にそれをやれと公言してしまうのは、夕張市に雇われているわけでもない村上先生の立場上は別段非難されるようなことでもないのかも知れませんが、少しばかり突き放した印象は受けるところですよね。

そして今回の反論文の中で最も注目されるべきなのは今春から診療所が一人態勢になった、これを受けて今後救急を受けることは難しいと市当局、救急隊、医師会など関係各所を前に公言していましたと言うくだりで、村上先生とすればここまで言っているのに搬送してこようとする方が悪いと言いたくなる事情ではあったのでしょう。
しかしよくよく見てみますとその後段では「私たちが言うことはほとんど受け入れられることなく、指定管理者の条件にはない救急医療を強要され」ていたということになっていたと言いますから、要するに村上先生の主張は市や救急隊の受け入れるところとはならなかったと言うことが判るわけです。
つまり村上先生としては法令違反のボランティアを継続するか、「それをやらないなら出て」いくかという二択を迫られている状況であったと推測されますが、今に至るも出て行く意志などない以上、周囲からはボランテクア継続を(その是非はともかくとして)決めたんだなと受け止められても仕方がない部分はあったでしょうし、その意味では今回もやはり情報伝達の不備があったということなのでしょうか。

さて、今回の一件は相当に大きな反響があったということのようで、村上先生も急遽「反響が大きかったので金曜日配信予定だったメルマガを臨時号で配信しました」と言っているようです。
内容の方は記事ともかなり被る部分がありますけれども、こちらの方がマスコミ各社や市当局の対応に関わる情報などが詳しく書かれていて論旨も分かりやすく、またなかなか興味深い内容も含まれているようですよね。

【夕張希望の杜の毎日】臨時号 救急搬送拒否報道に対する反論(2010年6月7日メールマガジン)より抜粋

◇ 2.救急搬送拒否報道に対する反論  村上智彦

6月2日の北海道新聞で夕張医療センターが救急搬送を断って、後日それに対して市長が遺憾の意を表明した件ついて、私なりに説明させていただきます。

まず、今回の報道では私自身は一切取材を受けていません

北海道新聞の記者に確認したところ
取材を申し込んだが事務で断られたので、市に取材してそれを書いただけ
との答えでした。

つまり内容を検証したり、事実確認をしないで報道して、他のマスコミも同様に報道しています。

夕張医療センターの常勤医は私一人ですので、確かに取材を受ける時間は限られていますが、私は来た取材を拒否した事はなく、時間があれば受けるようにしています。

市長さんの会見も、会見前には私に一切の話はなく、会見後に事情を聴きに来ています。その席でも

1人で受けられない事は分かるが、重症者は受けてほしい
以前には受けると言った
他には受けた事もあるのだから受けれたはずだ」等 
総務課長を筆頭にどう考えても意図的なものを感じてしまいます。

1人で365日24時間重症者を受ける事は不可能ですし、診療所ですから時間外に検査等も出来ないし、人も少ない状況です。

夕張市には医療機関は5か所あり、全て診療所ですので重症の方は周辺の医療機関に搬送します。

救急車で隣町の栗山赤十字病院まで20分位、岩見沢市立総合病院まで30-40分、札幌まで1時間と、夕張市が陸の孤島という訳ではありませんし、周囲の医療機関もとても協力的で受け入れて下さっています。

後は市がどう連携するかの問題だと思います。

夕張医療センターは公設民営方式で私達が指定管理者として運営していますが、そもそも契約上は有床診療所と老人保健施設の維持・運営を委託されていますが、救急医療や在宅医療は契約には入っていないのが事実ですし、それを決めたのも夕張市です。

その事についても以前から「市の責任として救急体制を考えて、指定管理の契約も見直して充分な予算を取ってやってほしい」と要望していました。

4月から夕張医療センターは医師1人体制になっています。
診療所ですから珍しい事ではありませんし、運営上必要な事でした。

しかし、19床の入院病床を持ち、120軒の在宅医療、110床の特別養護老人ホームや複数のグループホームの嘱託医、かかりつけ患者や観光客の時間外対応等をやっていますので、重症の救急患者の受け入れは物理的に無理な状態です。(完全に労働基準法違反になります。)

実際4月からの2ヶ月間、講演等で外に出る週末以外は毎日1人で当直していますので、買い物にも不自由する状態で、夕張から出られない状況が当面は続きます。

その事は1人体制となる4月以前に市長や市の担当者の方に話をしてありますし、4月に医師会、救急隊、行政が参加して実施された救急医療の会議でも説明し、皆さんが認識していました。
(略)

そんな中でボランティアでも可能な限り救急を受けていましたし、時間外にも対応していたのですが、ここの施設では受けられないと判断して後方病院への搬送を指示すると「拒否した」と言われてしまいます。

以前は救急指定病院で総合病院だったかもしれませんが、今は医師1人体制の診療所ですから、主たる機能は時間内の外来や在宅医療、老人保健施設の運営や地域包括ケアです。

そして、その総合病院を破綻させたのは私ではありません

心肺停止状態(CPA)になる様な病気は心筋梗塞や脳卒中が代表ですが、夕張市の様に周囲に専門病院がある場合そこへ出来るだけ早く搬送するのが大切だと私は思っています

また、今回の様に自殺である場合、これは病気ではなく、殆どの場合死亡診断ではなく検案になりますので、医療より警察の問題になる事が多いと思います。
(略)

昨年の中学生の自殺の時に「自分の判断ミスを認めて謝罪した」と言われていますが、これは夕張の朝日新聞の記者が「そう言わないとお前は出ていく事になるぞ!」等と何度も電話をかけてきて無理やり記事にした事です。

私自身は「若い方なのでヘリを呼んででも高度な医療が出来る施設に搬送すべきだ」と判断して、後方病院への搬送を指示したのが実際のところです。

要するに市や夕張市のマスコミも総合病院時代の時代の対応をしないと批判し、予算は出さないけど口は出し、責任は取りたくないというのが本音だと思いますが、このやり方は破綻した時のやり方ではないでしょうか。

私は同じ過ちを繰り返したくないので、今後も以前の悲惨な状況に戻す努力はしたくはありません。

この事で夕張市の医療がまた破綻しても誰も責任を取らないので、とても無責任だと思いますし、そうやって医療崩壊が助長されてきたと思っています。

私達は民間の法人ですから今回の件で風評被害が出た場合には、夕張市の雇用を守るためにも法的手段に出るつもりです。
報道する側にも責任がある事だと思います。
(略)
問題なのは破綻させた事に責任がある立場の人達が、また以前のやり方に拘っていて、マスコミと一緒になって誰かのせいにしている事です。

いつもより長くなりましたが、これが現時点での私の意見です。

夕張へ来てから全く同じ考えでやっていますし、今後も変える事はありません。今後も破綻を受け入れて自ら立ち上がって夕張で頑張る人達を支えていくつもりです。

 医療法人財団 夕張希望の杜
  理事長 村上智彦

これを読んで個人的に思うことには、一方では民間施設なんだから公立病院の頃の感覚でいてもらっても困ると主張し、他方ではいかにも公立病院長のような顔で市の医療行政に意見するというのは、いささかダブスタと受け取られるではないのかと感じられるところですかね。
公設民営とは言っても市の方では市の関連施設の責任者という扱いで村上先生を見ている側面がありありなわけですから、それが嫌だと言うのであれば「センターの本来の仕事」と無関係なところに口を出すことも止めるべきだったように思います。
村上先生とすれば僻地医療のプロフェッショナルとして色々と言いたいことはあるでしょうから、こういう周囲の「誤解」に基づくポジションが何かと都合がいいという側面もあったのでしょうが、一面でそれは「おいしいところ取り」と批判される余地を残したということではないでしょうか。

しかし「19床の入院病床を持ち、120軒の在宅医療、110床の特別養護老人ホームや複数のグループホームの嘱託医、かかりつけ患者や観光客の時間外対応等をやって」いるだけでも十分労基法の限界を超えていると思われますから、それ以上の仕事は全てrejectで良いのではないかと思うのですが、徹底されていなかったのが問題の根本だったようですよね。
実際に村上先生個人はかかりつけ患者以外の救急を取る意志がないとHPにも明記しているくらいなのに、下手に仏心を出してボランティアで受け入れてみたりするものですから、救急隊の方でも「もしかしたら今回も受け入れられるかも」と判断の余地が生じるわけで、結果として搬送の遅れにもつながってくるわけです。
「うちは市立病院でもないんだからかかりつけはみるが、それ以外は一切みないから連絡してきても無駄です」という原則をもう一度徹底しきちんと実行することが必要でしょうし、民間施設である以上はそれに対してどうこう言う権利は市当局らにはないのと同様、村上先生にしても市の態勢がどうとか余計なコメントを差し挟んで話をややこしくするような立場でもないだろうと言うことでしょう。

しかしこうして当事者の弁明を読んでいてつくづく思うのですが、「そう言わないとお前は出ていく事になるぞ!」等と何度も電話をかけてきた記者の言いなりな記事を書かれ、「やらないなら出ていけ」と言われた結果やりたくもない救急ボランティアを続けと、失礼ながら村上先生も何か周囲の言いなりのように見えますよね(苦笑)。
村上先生としては今後も夕張から出て行くつもりはないと繰り返し明言されているわけですが、本来的にはこの場合の選択権(出ていかせるかどうかというよりも、居残るかどうかという選択権ですが)は村上先生の側に一方的に存在しているというのが全国共通の認識だと思っていましたが、何故か夕張市内に限っては現状認識の逆転現象が生じているように見えるのが非常におもしろいなと思います。
こういうところが心が僻地だとかなんとか言われる所以なのかも知れませんけれども、失礼ながら自他共に認めるところの僻地医療のプロフェッショナルである村上先生にしてからがそのカラーに染め上げられた挙句、いつしか相手のペースに乗せられてしまっているようにも見えるのは自分だけでしょうか。

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2010年6月 7日 (月)

村上先生もいつもの饒舌ぶりに似あわず妙に口がかたいのですが

先日も取り上げさせていただいだ村上先生の夕張診療所の一件で、村上先生が反撃の用意があるとツイッターで言っているというところまでを取り上げさせていただきました。
再掲しますと村上先生の言によれば、今回の一件はこういうことになるということのようですが、これだけでは何がなにやら分からないというのが正直なところではないでしょうが。

「北海道新聞の記者さんは私に一切の取材も無く記事を書きます。朝日新聞の記者さんはシナリオを書い て「これを言って謝れ」と脅してきますし、一体ここのマスコミはどうなっているのでしょうか?」
「職員や私に散々電話して嘘を ついて脅かしてあ謝らせて、それを記事にしました。記者さんの自作自演でした。」
「流石に今回は実害があるの で多少反撃させていただきます」

この件についてさらに村上先生がブログでも取り上げていらっしゃるようですので、本日はこちらも併せて引用させていただきますが、やはりこれを読んでみたところで状況は全く判らないという話ではありますよね。

救急受け入れ拒否の報道の件について(2010年06月03日夕張希望の杜:歯科医師・医師のつぶやき)

6月2日
夕張市は1日、市立診療所が先月、自殺を図り心肺停止状態になった市内の50代男性の救急受け入れを断っていたと発表した。
との報道がありました。

事実関係の確認もなく夕張市長が2時から記者会見を行い、マスコミも当法人への取材を行うことなく、新聞、テレビ、ネット上、ラジオ等すべてのメディアで報道されまた
その日の5時過ぎに市長、副市長、総務課長はじめ5人が事実関係の確認、抗議に希望の杜に来られました。
当院は一人診療所であり、救急指定されていませんし、市と救急についての契約書は一切交わしていません
市の最高幹部の方々は夕張の救急体制の不備やうつ対策の不備には触れず、口を尖らせて、声をあらげて色々と言っていました
同席した新しく理事になった夕張出身の訪問看護師が
ここまでひどい人たちとは思わなかった。頭にきて、こっちがどなりたくなった」と言っていました。

詳しくは メルマガ まぐまぐ 
”夕張市立総合病院を引継いだ「夕張希望の杜」の毎日”
http://www.mag2.com/m/0000253983.html
http://ka101w.kaw101.mail.live.com/default.aspx?wa=wsignin1.0
来週金曜日 6月11日に掲載する予定です。

こうして先生の行動を見てると素朴な疑問なんですが、5月の件で6月始めに表面化したというこの問題で、ブログもツイッターもやっている村上先生が今どき即座に事実に基づいた反論を流すでもなく、こうやって思わせぶりな言葉ばかりを並べているばかりで何ら状況が理解できるような具体性のある話を出してこないというのはどうなんでしょうね?
そして詳細はわざわざずっと先のメルマガで書きます(要するにそれまで詳細は明かしませんってことですよね?)なんて迂遠な方法を使っているあたり、話を引っ張って注目を集めたいという意図でもあるのか今すぐ反論出来ない事情でもあるのかと、いずれにしても釈然としないものを感じてしまうのは自分だけでしょうかね?
ま、何故そうなのかということも含めていずれ情報が明らかになるということなんだと理解しておきますけれども、今回注目したいのが冒頭にも引用しました通り、先日出てきましたこちらのコメントの方です。

「北海道新聞の記者さんは私に一切の取材も無く記事を書きます。朝日新聞の記者さんはシナリオを書いて「これを言って謝れ」と脅してきますし、一体ここのマスコミはどうなっているのでしょうか?」

地元紙の北海道新聞に関しては元々そういうメディアであると定評があるということなんですが、自らシナリオライター役まで買ってでたという親切な?朝日新聞の記者さんがどこのどなたであるのかが気になるところですよね。
朝日新聞の北海道報道センターには夕張支局なるものまで用意されているということですが、ちょいとググってみますと同支局の臨時支局長という肩書きで、以前から夕張市の地域医療問題にも関わっているいるらしい本田雅和氏なる人物に行き当たることが出来ます。

この人物、2008年の段階で夕張の医療問題について論文まで投稿して熱く語っていたり、夕張支局長として「ここ夕張でもマスコミ受けを狙ったパフォーマンスや美談仕立ての支援話が鼻につくこともあり、たまに札幌からやってくるテレビ局がそれを取材して、ある種の虚像を作っていくことの弊害を憂えます」なんてなかなか意味深な?コメントを出していたりして面白そうなんですが、元々が例のNHK問題などで結構な名物記者だったようですね。
かつて本田氏から批判されたと言う小林よしのり氏も「本田記者の印象は、とにかく思い込みが激しい人。エキセントリックで、常に断定口調です」「初めから結論ありきで、取材するタイプです。別の角度から検証するという、記者として当たり前のことをしないんですよ」と語ったそうですが、本田氏が夕張支局に赴任した(飛ばされた?)早々から何やら香ばしい状況だったようです。

朝日の"名物記者"本田雅和が夕張支局長になって。 (2008年1月5日dangunのトンデモ)

 朝日新聞の「悪名高い」本田雅和記者が自ら志願して夕張支局長になった。

 本田記者は『2005年1月には、女性国際戦犯法廷をめぐるNHKの特集番組について、「自民党の安倍晋三・中川昭一両議員による政治介入があり、圧力を受けたNHK側は放送直前に番組内容を大幅に改変した」と主張』(Wikipedia 「本田雅和」より)した。中川氏が『公開討論を請求し、裁判も辞さないと発言』すると『本田氏はその後音信不通となった』(同)。
 本田記者は結論が最初からあり、それを補強する取材をするタイプだそうだ。これが、夕張でも発揮された。

 人口1万2,000の夕張市には記者クラブが2個もある。財政破綻した夕張取材のために、朝読が夕張に臨時支局をおいた。夕張に来た本田記者は最初こそおとなしくしていたものの、北海道新聞が財政再建のスクープをしたら担当部署に怒鳴り込むなどの「奇行」があった。記者クラブ分裂の原因となったのは会見のときの本田記者の行い。会見の時、彼一人が時間を使いつぶす。質問ではなく、持論を述べて時間のほとんどを使ってしまう。あきれた北海道新聞は記者クラブから脱退、あらたな記者クラブを作った。読売以外の他社もそれに追随した。NHKと日経は様子見。
 本田記者は市職員から、ここは田舎、ローカルな人間になれと諭される始末。

さすが長年朝日新聞で鍛えられたというだけに、ローカルな道新など物ともしないパワーがあるということなんでしょうかね?
夕張への手紙」を書いたニュージーランド人のナタリア・ロジナさんも同書に関する本田氏の「面白い質問とコメント」ぶりを公表していますけれども、その折の様子を見るだけでものっけから喧嘩腰と言いますか、少なくとも対象の声によく耳を傾けコメントを引き出すという立場で取材を行うタイプの御仁ではなさそうですね。

「この本を無礼に書いていますね。」
「もっとよく書けるように、夕張に1ヶ月間ぐらい住み込んで、夕張の人の家に泊まって、同じ食事を食べて、同じテレビ番組を見て、した方がいいと思いませんか。」
「この本であなたはとてもシンプルの提案を出していますが、夕張の問題はもっと複雑です。」
「夕張の年配の人達にはプライドがあります。そういう人達にあなたは「こうしなさい」というのは、何の立場ですか。」

しかし市職員から「ローカルな人間になれ」と諭されたという本田氏が、ここでは「批判するなら住み込み、泊り込みで相手を理解してからやれ」とはなかなか面白い話だなという印象を受けますけれどもね。
いずれにしてもこういう本田氏のキャラクターをよく知るにつけ、何しろ村上先生もかねて歯に衣着せぬ言論で有名なお方ですから、この11日にも明かされるという真相なるものがどうなのか、その公表の結果事態がどのような様相を呈するのかと、いささか不謹慎ではありますが今からワクワクしてきて仕方がないんですけれどもね。
とりあえずこの件に関しては続報などが入り次第、また経過をお伝えしていきたいと思います。

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2010年6月 6日 (日)

今日のぐり:「KOREAN DINING-RIN-凛倉敷本店」

先日とある旧跡に行きまして駐車場で車を停めたところが、何故か突然沢山の猫に取り囲まれましてね。
それはもうドアの横から車輪の後ろまでどっかと腰をすえてテコでも動かないという感じで、まるでそれは「出すもの出さなければ通さないぞ」と主張しているかのようなんですね。
どうも後から考えてみますと誰かが餌付けしているんじゃないかという気配もあるんですが、こうして奴ら猫連中の厚かましさ?を経験してしまいますとこんな記事にも納得がいこうというものです。

ニャー! 猫を飼っている人にしか分からないこと20選(2010年6月2日ガジェット通信)

ペットは単に「かわいい」という感情だけでは飼えない。エサの用意、洗浄、散歩、病気の予防や治療、フンの始末、かまってあげる、精神的ケア、家や服に付着する毛の処理、鳴き声、なによりもペットが快適に過ごせているか? など、ペットを飼うからには、手間と愛情を惜しみなく注いであげる覚悟が必要なのだ。

そのぶん、ペットから無条件の愛情を得られるというのも事実。愛してあげればあげるほど、ペットは飼い主やその家族に「無償の愛情」を与えてくれるのだ。そんなペットたちだが、インターネット掲示板『2ちゃんねる』では、『猫を飼っている人にしか分からないこと』というスレッド(掲示板)が注目されている。

甘えたいときは擦(す)り寄ってくるが、一匹でいたいときはコッチから触ろうとしても知らんぷり。そのように猫はきまぐれな動物といわれているが、はたして、猫を飼っている人にしか分からないこととは何なのか? 20の体験談を抜粋してご紹介したい。

<猫を飼っている人にしか分からないこと>
・人間のほうが下僕
・顔に付けた化粧水ぺろぺろしてくる
・いつもそっけない父親に対し、発情期だけなつく
・跳び乗る時に着地に失敗すると誤魔化すように鳴く
・プリン食ってると猛ダッシュしてきて勢い余ってすっ飛んでいく
・腰のあたりをかいてあげるとエクスタシー
・仕事のストレスが半分以上吸い取られる
・めちゃくちゃ空気が読める
・テレビやPCなど電子機器の上で丸くなる
・パンチよりキックの方が数倍痛い
・死ぬ3ヵ月前あたりから急に俺に甘え始める (レスポンス: 泣いた・・・)
・ゲームをしているとあぐらをかいた足の上に乗ってくる
・舌がザラザラしていて舐められると結構痛い
・布団から指だけ出して寝ているとそこめがけて攻撃してくる
・猫の耳の中の臭いは、数週間放置した足の爪の臭いと一致する
・箱やレジ袋を見かけるととりあえず入って中でくつろぐ
・カーテンは消耗品
・たまに近所の野良猫にボコられてくるけど、二週間くらいで傷が完治する
・病院にいくとに肉球にびっしり汗をかく
・しょっちゅうゲロ

ほかにも「まだ中学生だった俺が学校に行こうとすると玄関までついてきて一緒に外に出る。こっちは車が危ないから来るなって言いたいんだけど、にゃーにゃー言いながらついてくる。心配になって家に入れてから学校に行く」というエピソードを書いている人がいた。猫を飼いたくなる、なんともほほえましいシーンである。

またこの挿絵?がなかなかにケッサクなんですけれども、そんなわけで?本日は動物にちなんだ話題をいくつか紹介してみましょう。
まずは世の中飼い主が見つからず困っている動物も多いでしょうに、こういうのは幸せと言うべきなのかどうなのかというニュースがこちらです。

大岡裁きの出番かも…逃走クジャクに飼い主2人(2010年5月11日読売新聞)

千葉県警八千代署で拾得物として保管中に逃げ出したクジャクは10日朝、同署から約500メートル離れた同県八千代市萱田のビニールハウス内で捕獲され、逃走劇の幕を閉じた。

同署には安堵(あんど)感が広がったが、今度は「自分のクジャクかもしれない」と2人の男性が名乗り出た。署員も「クジャクに飼い主を聞くわけにもいかない」と弱り顔だ。

名乗り出たのは、いずれも自宅でクジャクを飼育し、「今月3~4日にいなくなった」という八千代市内の会社社長と、「4月下旬に2羽が逃げた」という茨城県神栖市の会社員。2人は10日、自分のクジャクの写真を同署に持参したが、署員は「どちらの写真も捕獲したクジャクと似ていて、判断できなかった」。実物のクジャクと対面した2人は、「大きさも色も、自分のと似ている」と主張しているという。金木義人副署長は「ほかにも名乗り出てくる人がいる可能性があるので、しばらく預かり、今週中にははっきりさせたい」と話していた。

同署では、クジャクが民家の屋根伝いに飛んで逃げたことに「クジャクが飛ぶとは思わなかった」と驚きの声も。山階鳥類研究所によると、クジャクは飛ぶのは比較的苦手だが、一回に数百メートルは飛行できるという。

しかしクジャクだからいいようなものの、こういう脱走系ネタを見ていていつも思うんですけれども、飼い主さん達は動物の身体能力をちょっとばかし甘く見ているんじゃないですかね?
他方でこちらではいささか甘やかされすぎた動物の話題ですけれども、やはり動物だけに後先考えず飽食してしまうということなんですかね?

シドニーで鳥の集中ダイエット、太り過ぎで空飛べず(2010年6月3日ロイター)

オーストラリアのシドニーで、食べ過ぎのために太って飛べなくなった鳥が、保護された動物園でダイエットのための「集中プログラム」を行っている。
 この鳥は雌のワライカワセミで、市内の公園で住民がバーベキューのソーセージなどを与えたことから、体重が通常より約40%重い565グラムとなり、飛べなくなってしまった。その後、見かねた住民によって当地のタロンガ動物園に持ち込まれた。
 動物園によると、この鳥は現在、リハビリ用の鳥小屋で飼育員が考案したダイエット食を摂りながら、1日3回の厳しい運動プログラムを敢行中。これまでの数週間で徐々に効果が出ているものの、再び飛べるようになるまでには、もう少しスリムになる必要があるという。

飼われているわけでもないのにここまでになるというのもどうかという話ですが、オーストラリアといえば国鳥のエミューも飛べない鳥ですから、あまり飛べなくとも不自由ない環境ではあるということなんですかね?
一方でこちらは動物が餌を強奪しに来るというちょっと困ったニュースですが、ここまで来ると何かしら空恐ろしいような話ではありますね。

ブタ軍団の逆襲?!野生化したブタ1400頭の襲撃、人間を襲うまでに―雲南省デチェン蔵族自治州(2010年4月24日レコードチャイナ)

2010年4月22日、雲南網は、雲南省デチェン・チベット族自治州シャングリラ県東[土貝]村が、1000頭以上もの野生化したブタの被害に悩まされていると報じた。

事件の発端は12年前のこと。食品企業を経営する楊佩春(ヤン・ペイチュン)さんは、実験と称して50頭のブタを山に放した。ブタは野生化し、その数を増やしていったという。そして今年。楊さんはブタを東[土貝]村の和立新(ホー・リーシン)村長に譲った。和村長は200万元(約2740万円)を投じて養豚場を作ったが、問題はここで発覚した。ブタは楊さんの所有物とはいえ、完全に野生化している。ブタは1400頭と推測されているが、正確な数はわからないありさま。養豚場に追い込むことなどできるはずもない。

問題はそれだけではない。食料がない季節になると、ブタの群れが牧場の飼料を奪ったり、貴重な松茸や薬草を食べてしまうなどの被害も生まれている。ついには人間が襲われたケースもあったとか。困り果てた村民は、山狩りをして養豚場に押し込むしかないとこぼしている。(翻訳・編集/KT)

何の実験だよ!と思わず突っ込んでしまいますけれども、想像するに餌代をかけずに豚を繁殖させようとかそんな魂胆でもあったということなんでしょうかね?
同じく豚の話題ですけれども、こちらはさすがにブリらしいひねりが効いているということなのか、彼らの場合どこまで本気でやっているのかにわかには判断し難いところがありますよね。

飼ってるブタに選挙の登録用紙が届いてビックリ…イギリス(2010年5月14日らばQ)

毎年イギリスでは、各家庭に選挙権の登録票が送られてきます。

73歳になるポーリン・グラントさんも、もちろんその例に漏れないのですが、ただし大きく違うことがひとつあります。
なんと彼女が飼っているブタにまで選挙の登録票が送られてくると言うのです。

2年前に家を改装したころから、ブタのブロッサム宛てに手紙が届くようになった言うポーリンさん。
ブラッサムが飼われている家屋には他にも家畜がいるそうですが、なぜかブラッサムにだけ届くのです。
そしてついには投票登録までが届いたため自治体に電話し、さらには投票所へ連れて行って抗議したものの取り合ってもらえなかったそうです。そしていまだにブラッサムには手紙が届き続けているそうです。

どうやら原因は自治体側のデータベースのエラーにあるようですが、しかたないのでポーリンさんは全て無視をしていると述べています。
「ブラッサムが誰に投票するかはわからないわ、でも緑の党"Green Party"だったら、きっとブラッサムのニーズに応えてくれるかもしれない」とポーリンさん。
自治体のスポークスマンが伝えるところによると、今のところブタが投票をしたと言う事実は確認はできていないとのことです。

ちなみに、投票用紙には「未成年」「外国人」といった選挙権の有無を明らかにする項目はありますが、「家畜である」と言う項目は無いそうです。

いや抗議しても取り合ってもらえないって、いまだに手紙が届き続けるって、いいのかブリ?それとも動物にも人権を認めているとは何と先進的かと感心するべきなのか?
もうどこから突っ込んでいいものやら突っ込みどころが多すぎて迷うような話なんですが、困ったことにブリではこのレベルがごく普通だという噂なんですよね。

「動物番組はプライバシー侵害」 英学者の主張で物議!(2010年5月3日ロケットニュース24)

野生動物の生態を世に伝える『動物番組』は、どこの国のテレビ番組でも放映されている。大抵どこの国でも人気のあるプログラムで、世界中のテレビ局が独自に取材をしているのだが、動物番組は動物たちのプライバシーを侵害していると主張する学者がいる。この学者の主張が議論を呼んでいる。

英イーストアングリア大学のブレット・ミルズ博士の主張によれば、「野生動物たちにもプライバシーを保護される権利がある。彼らが撮影されることに同意しているかどうかは、誰にも理解することは出来ないはずだ。理解は出来ないが、撮影を拒む意志を見せることがあるだろう。そういう場合に、彼らの意志は尊重されるべきではないのか。『撮影お断り』の彼らを撮ることは、プライバシーの侵害につながる」というものだ。

またミルズ博士は、動物たちのプライバシー侵害がもたらす問題についても指摘している。例えば交尾中の動物たちにカメラが近付くことによって、生殖活動を妨害し種の繁栄を邪魔していることになる。また、巣の中を撮影すれば、彼らの安全な環境を壊していることにもなりかねないと説明している。

これに対して、動物のドキュメンタリー映像を撮影する専門家は、ミルズ博士の主張に反論し「動物たちに「撮影して良いですか?」って聞くのか?動物にプライバシーという概念はない」と嘲笑(ちょうしょう)している。

また別の映像制作関係者は「撮影する際の、動物たちへの配慮は日々進化している。機器も進化し続けている。それらは動物たちが感じる混乱を最小限に抑えるためのものだ。また、動物たちの生態をより良く知ることが、結果として彼らを危険から守ることにつながる」と語っている。

この議論は当面続きそうだ。

いやまあ、そうした議論が出てくることまでは許容するとしてもですよ、当面続けるなよそんな議論を。
今日の結論もどうやら「さすがはブリ。斜め上すぎるにも程がある」といったあたりでFAっぽい雰囲気ですよね。

今日のぐり:「KOREAN DINING-RIN-凛倉敷本店」

倉敷市内の街中に近いところに小奇麗な今風の店を構えているこのお店、もともとはもう少し南の方で小さなお店をやっていたのが「うまい」と評判になっていると噂に聞いたことがあって、一度は訪問してみたいと思っていたものでした。
そうであれば本店?の方にお邪魔すればよさそうなものですけれども、一度前を通り掛かった時に駐車場が入れにくそうな小さなお店だったこともあって、まずは最近できたこちらの分家?の方にお邪魔してみた次第です。
ちなみに店構えもおしゃれ系なこともあってお客さんのほとんどは若い人達のようで、韓国料理と言うと濃い味の好きなおっさん達(失礼)にも人気だったりする印象もありますけれども、そういう方向性を期待していくと確実に浮くことになると思いますね(苦笑)。

メニュー構成自体はよくある韓国料理系のメジャーなものあり、居酒屋風からオリジナル系っぽい料理もありと少し無国籍なところもありますが、この日は店長おすすめのマークがついているものと今日のおすすめなるものに絞ってオーダーしてみることにしました。
最初に出てきた「お豆腐とひじきの健康サラダ」はひじきにごまだれの風味が加わってサラダとしての塩梅は大変にいいんですが、正直この料理に豆腐はなくても?という気もしないでもありませんでしたね。
いきなり鉄板の上にデンと載って登場の「プルコギ」はちゃんと甘い味付けで、たっぷりのもやしなどが入ることもあってかこってりと言うよりは意外にさっぱりしているなと感じさせますし、一見肉料理のように見えても案外野菜もたっぷり食べられるのは色々とありがたいですよね(笑)。
「雪見から揚げ」は鶏唐揚げに大根おろしをトッピングしたものですけれども、ともすると脂っぽい唐揚げがさっぱりといただけるのはありがたい反面、唐揚げを湿気させないために汁を少しきつめに絞ってあるせいでしょうか、大根おろしとして辛味の刺激を加えるという点ではちょっと物足りない感じですかね。
「レバニラ炒め」はレバーの臭み消しの具合はまずまずで味加減も悪くないんですが少しばかり野菜のシャッキリ感が抜けてしまっているのと、このさほど意外性もない味の組立てですといささか韓国料理屋で食べる意味合いが乏しいような気もします。

「和風お好みチヂミ」なるものはニラチヂミにお好み焼き風のトッピングをしたもののようで、一応別皿にチヂミらしいタレはついてくるにはくるんですが、見た目も味の組み立てもどこまでもお好み焼きの亜種という感じでチヂミが食べたい!という向きにはちょっとどうなんでしょうね?
「石焼ピビンバ」はナムルが非常に薄口の味付けで、ついついコチュジャンを足してみたくなるこの味もさることながら、大きな問題点として焼きが甘く全く石焼らしい風味が楽しめないというのは大きなマイナスポイントでしたかね。
むしろご飯物で好印象だったのが「RINチャーハン」の方で、このちょっと独特の甘口の味付けにはオリジナリティーもあるし、こうして石焼の器で出すことでますますチャーハンとしての香ばしさも強調されと、これはなかなか高評価をあげられると思います。
甘いものでは「素敵なRIN プレート」はごく普通の甘いもの盛り合わせでさほど新味はありませんが、「アイスのグラタン」は確かにグラタン風の見た目で見た目も意外性があり、アイスとムースの味と食感の取り合わせが面白いと一同好評の一品でした。

しかしこういう辛くない、というより甘い韓国料理と言いますと「日本人の味覚に合わせた!日和見だ!」なんてことを言う人もいますが、以前に「木の実」さんにお邪魔した時にも書きましたように「本当の韓国料理は甘いんです!」と当の韓国料理の人が力説していたりもするわけですから、別に辛くなければ日本人に媚びたなんて話でもないと思うんですけれどもね。
ただ「木の実」さんの方が発酵調味料をふんだんに使用したたっぷりとしたうま味に加えて、甘辛い濃厚な味付けでとにかく濃い!と思わせる味わいであったのに対して、こちらは比較するとずいぶんと軽くさっぱりした味わいで今風に洗練されているとも言えるし、別の意味で日本人の味覚に合わせたとは言えるのかも知れませんね。
それと個人的な感覚の問題ですが、全般にそこまで濃い味付けではないにしてもやはり口の中に濃厚な後味は残るわけで、それなのに食後の甘いものとしてはこってり脂肪分濃厚、量もたっぷりしたものばかりというのはちょっと選択に迷う感じなんですが、この店の主要顧客である若い人達にはこれくらいの力押しの方がいいということなんでしょうかね?

接遇面ではメインとなるスタッフはそれなりにしっかりしていらっしゃるのですが、間に混じっているあからさまにバイトレベルな方々となるとさすがにややぎこちない応対になるのは仕方ないところで、特に見ていて思うのがこれだけメニューが豊富なのにオーダーがラーメン屋並に白紙伝票に全て手書きなので、とにかく注文を書き取るのにも手間取るというのは何とかした方がいいんでしょうね。
こちらはこういう万人受けしそうな味ですと顧客の間口も広くなりますからセットメニューが充実しているのも正しい方向性だと思いますし、価格帯がそれほど高くないのもちょっとお洒落なお店で楽しみたい若い人に受ける理由なんでしょうが、逆に言えばどれも無難に食べられるけれども特に強く印象に残るような一品も見当たらなかったあたり、これも今風の世相を反映していると言うことなのかと思ってしまいます。
しかしこちらは見た目通りの戦略で成功しているからいいとして、本店?のあのいかにも個人経営っぽい小さな店構えでこのメニューをやるのも無理があると思いますから、あちらは全く違う方向性でやっているのかとも思うのですけれども、そうなりますとやはりあちらにも行ってみなければと言うことになってしまうのでしょうか?

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2010年6月 5日 (土)

やはりちょっと変な人達、最近の話題あれこれ

先日取り上げさせていただいた夕張診療所の一件で、すっかり槍玉にあげられた形の村上先生が反撃の狼煙をあげているようですね。
さらに詳しいことはメルマガでということですから診療所のHPを注視しておいていただきたいと思いますけれども、なにやらつぶやきを見ているだけでもすごい言葉が並んでいますね(苦笑)。

「北海道新聞の記者さんは私に一切の取材も無く記事を書きます。朝日新聞の記者さんはシナリオを書いて「これを言って謝れ」と脅してきますし、一体ここのマスコミはどうなっているのでしょうか?」
「職員や私に散々電話して嘘をついて脅かしてあ謝らせて、それを記事にしました。記者さんの自作自演でした。」
「流石に今回は実害があるので多少反撃させていただきます」

いずれこのあたりの詳細も明らかになり次第取り上げさせてことにしておきますが、失礼ながら村上先生に一言苦言を申し上げさせていただきますと、マスコミとはそうしたものであるということは今どきまともな医者の常識なのであって、それを承知の上で話題作りに利用してきたのが今までの村上流ではなかったかと思うのですが違いましたでしょうか?
一部の反社会的団体がなぜなくならないかと言えばそれを利用する人間が後を絶たないからというのと同じで、おいしいところだけは使っておいて後になって文句をいうというのもいささかどうなのかと、更なる詳細が明らかになる前の時点ですが一般論として敢えて突っ込ませていただきます。

何にしろこのところ鯨問題などにかまけていささかこの方面で手抜かりがあったかと反省しきりなのは当方としても同様でして、ネタも溜まっていることですしさっそく今日のお題を始めさせていただきましょう。
まず最初に取り上げますのは最近何かと世間で騒がれている問題とも絡めたこちらの話題ですけれども、産経新聞の記事と宮内庁からの発表とを併せて紹介してみましょう。

東宮職が週刊新潮に訂正と謝罪要求(2010年6月4日産経新聞)

 宮内庁の野村一成東宮大夫は4日の定例記者会見で、週刊新潮6月10日号に掲載された「イジメっ子対策で『給食に向精神薬を混ぜては』と提案した『東宮』」の記事が事実無根だとして、同誌編集長に訂正と謝罪を求めたことを明らかにした。

 記事では、ADHD(注意欠陥多動性障害)の薬を乱暴する児童らに飲ませたらどうかと東宮職側が学習院初等科に提案したと報じている。野村東宮大夫は「東宮職はもちろんのこと、皇太子ご一家の名誉を著しく損なう記事で大変悪質」と批判した。

 同誌編集部は「記事については自信をもっており、対応は考えておりません」と話している。

「週刊新潮」(平成22年6月10日号)の記事について(2010年6月4日宮内庁HP)

「週刊新潮」(平成22年6月10日号)において,「イジメっ子対策で「給食に向精神薬を混ぜては」と提案した「東宮」」と題する記事に関する宮内庁東宮職としての対応は,下記のとおりです。


   1.      「週刊新潮」(平成22年6月10日号)の「イジメっ子対策で「給食に向精神薬を混ぜては」と提案した「東宮」」と題する記事において,「ADHDのクスリを給食に混ぜて,暴れん坊の子どもらに飲ませたらどうかと,東宮側が提案してきたんです。時期は,野村大夫のイジメ会見よりもかなり前のことです。」との記述がありますが,東宮職より学習院初等科に対してこのような発言をしたことは一切なく,またそもそも東宮御一家がこのような発言をされるということはありえません。

      記事においても東宮職からの「全くの事実無根です」という回答を掲載しているものの,記事における上記の記述はあたかも事実であるがごとき誤解を招くものであり,皇太子御一家や東宮職に対する悪意ある中傷であると考えます。特に,当該記事の見出しにある『提案』は全く事実無根であり,たいへん悪質です。

   2.      宮内庁東宮職においては,「週刊新潮」編集長に対して,上記のとおり,強く抗議するとともに,速やかに訂正記事を掲載することにより,記載のような事実がなかったことを明らかにし,あわせて謝罪を求めております。

裁判で敗訴にでもならない限り週刊新潮側が訂正だの謝罪だのと言う行動に出るとも思えませんが(そして、宮内庁が訴えることもないと見越しての記事でしょうが)、このところこうした問題に関してはすっかり突っ走っている同誌の内容を見る限りでは、いずれもずいぶんと品のない記事だなという印象は拭えないところですね。
品がないと言えば最近表に出てきたこちらの話もそうですけれども、見方を変えれば単に羽織りごろ未だ健在というだけの話で別段何らの意外性もないと言いますか、それとも今さら堕落させたなどと言わずとも最初からだろと突っ込むべきなんでしょうか(苦笑)。

わたしはこれで記者を堕落させた 「機密費」で接待、「女」も用意 平野貞夫・元参院議員に聞く(2010年5月30日J-CASTニュース)

   官房機密費を政治評論家に配った――野中広務・元官房長官のこんな発言が波紋を広げている。「政治と金」を厳しく追及してきたはずのマスコミの側に「マスコミと金」の問題が急浮上した形だ。政治部記者の「接待」を機密費で面倒みたと話す、かつて小沢一郎氏(現・民主党幹事長)の懐刀といわれた平野貞夫・元参院議員(74)に話を聞いた。

接待うけた記者がその後出世していった

――官房機密費の対マスコミ使用について、直接経験したことを聞かせて下さい。

    平野 昭和40(1965)年の終わりから2年間ぐらいの話です。当時、衆院事務局に勤務しており、園田直・衆院副議長の秘書を務めました。園田さんに言われて竹下登・官房副長官のところに報償費(官房機密費)を月々300万円とりに行き、その大部分を私が管理していました。
       野党対策費として旅行の際の餞別に使ったり、副議長担当の記者対策にも使ったりしました。当時はまだ、テレビではNHKの記者だけで、あとは大手の新聞、通信社。20代の記者もいたけど、多くは30から35ぐらいで、40歳近い人もいました。
       担当記者を連れて、赤坂や銀座の料亭へ行ってクラブへ行って……ランクは中級でしたがね。それから記者たちはこちらが用意した「女」とホテルに泊まってました。私は途中で抜けるのですが、園田さんから「ちゃんと最後まで接待せんか」と怒られたこともあります。その費用をこちらが持ち、1度に 20~30万円、月に1回程度といった感じでやっていました。

――記者に抵抗感はなかったのでしょうか。

    平野 それが当たり前の時代でしたから。でも、朝日新聞の記者だけは応じませんでした。「自分の信条だ」とか何とか言ってました。ほかの記者は、政治家や派閥と仲良くやって情報を取る、それが仕事だと思っていて、後ろめたさは持っていませんでした。また、そういう記者がその後出世して行きましたよ。

封筒の厚さからすると、30万円程度かそこら

――今の話に出てきた記者の中で、今も政治評論家などで活躍している人はいますか。

    平野 活躍というほどではないですが、現役の評論家もいます。某紙では幹部になった人もいますが亡くなりました。

――そうした慣行は、ほかの政治家担当の記者たちの間でもあったのでしょうか。また、いつごろまで続いたのでしょうか。

    平野 私たちが特別な事をしている、という意識は当時全くなかったですね。野党対策もマスコミ対策も「世論対策」という意味では同じでしたから、広く行われていたと思います。以降は、私たちの10年下ぐらいまでは続いたでしょうか。感覚的に、ですが

――ほかにも機密費のマスコミへの使用経験はありますか。

    平野 非自民・共産の連立政権である羽田孜内閣(1994年)のときにあります。当時私は参院議員で、自民を離党し小沢(一郎)さんたちと与党の新生党にいました。あるとき、熊谷弘・官房長官と私とある政治評論家の3人で食事をすることになったのですが、熊谷さんが急に行けなくなりました。その際、評論家の人に渡すように、と熊谷さんから封筒を預かりました。中は現金で、厚さからすると、30万円程度かそこら、50 万はなかったですね。料理屋で渡すと彼は自然に受け取りました。あれは間違いなく機密費でしょう。そう説明を受けた訳ではないですが。彼は今でもテレビなどで時々見かける活躍中の人です。名前は言えません。
(略)

なるほど!先日朝日が3月決算で初の営業赤字なんて事態に陥って話題になっていましたけれども、こうして帳簿外の収入を絶って清貧を貫いていたからなんですね?!(そんなわけはないでしょうが)
確かに相手がスポンサーだとなれば批判の矛先も鈍ろうという考え方なのでしょうが、しかし政治家の皆さんも油断してはならないと思うのは、最近のマスコミはスポンサーだろうが容赦なく叩くということになってきているらしいんですね。

大手食品企業が激怒!! 若手芸人のスポンサー否定発言(2010年6月3日リアルライブ)

 若手芸人・Kの評判が、東京の業界ですこぶる悪い。まだ全国区のタレントでもないのに異常に神経質な上、他人をなかなか信じない疑り深い性格が敬遠されているようだ。東京の制作会社では、Kの名前を聞くだけで、社員が顔をしかめるほどである。

 打ち合わせでは、眠そうな顔をしてロクに意見も言わない割に、収録となりカメラが回り始めると、打ち合わせや台本にないきわどい発言を連発。目の敵にしているスタッフを意図的に窮地に追い込むような「現場の廻し方」も批判の対象となっている。制作会社との人間関係はともかく、今やこの男は、最もスポンサーからマークされている危険人物なのだ。

 ある番組では、スポンサーである某大手企業を激怒させている。そのスポンサーは食品関連の商品を展開しており、肉を使った商品を多数発売している。在京の局にとっては大手顧客の一つであったが、Kが某人気番組で「肉は一切食べない」「ベジタリアンである」「肉を食べる奴の気がしれない」という発言を連発。その局のスポンサーを否定する発言にも関わらず、スタッフが編集もせず、そのまま放送してしまった

 するとこの放送を見たスポンサーの広報部が激怒。来年度からその局との付き合いを再考しているというのだ。そもそも東京では、ただの若手芸人でしかない男が、関西でのネームバリューを背景に傲慢に振る舞った結果がこれである。日頃から言動に問題のある芸人を使うことは、スポンサー離れにつながるのだ。食品関連企業がスポンサーを務めている時間帯や番組で、Kを使うことは自殺行為ではないだろうか。

いやまあ、それが芸風である芸人Kを使うことの是非は別にして、問題は録画放送であるにも関わらずこういう思慮のない発言がノーチェックで流れてくるということで、そのあたりに冒頭の週刊新潮などと同じく「売れればそれでいい」という放送局側の品格や良心の欠如を感じるところではありますかね。
ちょうど先日から大騒ぎになっている口蹄疫問題では、当ぐり研でもマスコミ諸社のトンデモ行動を取り上げさせていただきましたけれども、さすがに内部からも批判の声無しとしないのが唯一救われるところでしょうか。

口蹄疫の報道がされないのは民主党への遠慮!? 我々“マスゴミ”に、良心はないのか?(2010年05月23日リアルライブ)

 筆者・山口敏太郎もメディアの世界で生きる人間であるが、昨今の口蹄疫問題に対する偏重報道には怒りを感じている。自民党が与党の時代には自民党に遠慮し、民主党が政権を獲った現在では、民主党に遠慮している人間がこの世界には多い。

 たとえ与党であっても、失政は失政としてマスコミが報道すべきではないだろうか。日頃、国民の皆さんに「マスゴミ」と呼ばれお叱りを受けている我々メディア側の人間が、いまこそ“宮崎県で起きている事実” を報道すべきである。“ゴミにはゴミなりの良心”というものがあるはずである。今ここで闘わずして、マスコミ人といえるのか。

 宮崎県の口蹄疫報道では、数々の国民感情に訴えるようなシーンが、番組やメディアによってはカットされている。東国原英夫知事の涙声の会見や、プロゴルファー横峰さくらによる1200万円の賞金寄付発言などを、お上のご威光を恐れて流さない媒体が幾つかある。

 確かに、メディア系の企業に勤務する人たちも、組織の一員たる会社員であり、及び腰になるのはわかる。政治家に睨まれて、自社の上層部に電話でもしたら、昇進や査定に悪影響を及ぼすのかもしれない。

 だが、“事なかれ主義で無難で生きたい”と思うなら、表現や報道の世界で生きるのを辞めればよいのだ。曲がりなりにも情報発信ができる立場の者ならば、この国難に立ち上がり声をあげるべきではないか。今や口蹄疫問題は、個人や企業の支持政党や理念といった、党派・派閥などは関係がない大問題となっている。日本人として、この国の畜産を守るために、真実の報道をすべきである。筆者のことを「オカルト作家風情が」と笑う暇があるならば、己のできることをやるべきだ。

 民主党政権が、韓国産豚や韓国産牛の輸入を解禁した途端にこの始末である。しかも、宮崎県と自民党議員が「種牛だけでも特例措置で避難させてほしい」と、5月の上旬に要請を出したのもかかわらず、赤松農水大臣が許可を出さなかったため、結局種牛の避難が遅れ、種牛さえも処分の対象とされている。これでは、日本の和牛は壊滅状態に追い込まれる。このまま宮崎県だけで収まるとは思えないのだ。

 一方で2007年に、宮崎県畜産試験場から、和牛の品種改良に使う冷凍精液の入った容器143本が盗まれていたことが明らかになった。これは何を意味するのか。   

 あくまで仮定の話と断っておくが、日本の畜産業界が壊滅状態となった時、どこぞの国から“和牛そっくりな牛”が日本に向けて輸出されるとしたら、大問題である。この口蹄疫問題こそ、マスコミの姿勢が問われる正念場である。各社にいるはずの“良心”の決起に期待したい。

文中でも少しばかり匂わされている通り、口蹄疫問題では公には報道されない様々な噂や怪情報が乱れ飛んでいますけれども、もちろんそうしたことが何故公にならないのかと考えた場合に、まさか機密費で鼻薬を嗅がされているからと遠慮しただけだとは到底思えないところではありますけれどもね。
このあたりは後々まで尾を引くような大問題となっていくのかも知れませんが、一方で毎日新聞をはじめマスコミ諸社とも関係の深い日本ユニセフなる団体のことは当ぐり研でも度々ご登場いただいているお得意様ですけれども、また新たなネタを提供いただきありがとうございます。

アグネスが嘘をついて大炎上!? 「日本ユニセフもユニセフも同じ」と発言(2010年5月9日ガジェット通信)

タレントのアグネスチャンさんが嘘をついている! そんな話題でインターネット上が炎上状態となっている。アグネスさんは『日本ユニセフ協会』の公式大使として様々な活動を行っている人物なのだが、『Twitter』での発言で炎上しているのである。

アグネスさんが、自分が属する団体を『ユニセフ』と発言していたことに対し、ネットユーザーから「アグネスさんが所属しているのは『ユニセフ』ではなく『日本ユニセフ』の間違いではないか?」という内容の指摘を受けていた。それに対してアグネスさんは、「同じところですよ。日本ユニセフもユニセフも同じところですよ」と返答。多くの人達が『ユニセフ』と『日本ユニセフ』を別の団体と認識しているため、アグネスさんが嘘をついているとして、インターネット上で大炎上し、大きな話題になっているのである。

実際のところ事実はどうなのかといえば、『ユニセフ』と『日本ユニセフ』は協力関係にはあるものの、別の団体である。『ユニセフ』が国連の機関であるのに対し、『日本ユニセフ』は民間の団体職員という立場である。しかし『ユニセフ』は『日本ユニセフ』を通じて寄付金を受け取っており、協力関係にある以上は、『ユニセフ』とまったく無関係の団体とは言い切れない。

『日本ユニセフ』は『ユニセフ』の名称を使用して様々な活動をする事が許されているわけで、まったく別物ではないものの、「同じところですよ。日本ユニセフもユニセフも同じところですよ」というアグネスさんの発言は、あたかも100パーセント同じ権限を持つ団体というようにとれるため、ちょっと言い過ぎかもしれない。インターネット上ではその発言に対し、以下のような意見が寄せられている。

・俺もユニセフ作ろうかな
・職員もボランティアでやれよ
・職員に募金から給料あげといて慈善ってどういうこと?
・アグネスがたった今ウソツイッター!
・あぐねす頑張れ^^
・アグネスに文句送ったら謝られた
・えっアグネスまだ頑張ってたの?
他人の金を30億ピンハネってどうなの? 募金っつって集めた以上は納得いかん
・180億あたり入ってきて140億ユニセフへ。あとは「活動費用」? 殿様商売
・みんなの寄付を着服してるってこと?
・なんか勝利の匂いがしてきたな

なぜか話題が変わり、寄付金についての話題が多く書き込みされる事態に。ちなみに、『日本ユニセフ』に寄せられた寄付金の一部は『日本ユニセフ』の広報活動やその他の経費等に使用できるというルールがあり、集められた寄付金の一部は『日本ユニセフ』団体職員の活動費に使用されている(アグネスさんによると寄付金の25%まで活動費などに使用できるという)。インターネットユーザーが「着服」や「ピンハネ」と言っている部分は、この活動費のことだと思われる。

アグネスさんはインターネットユーザーから寄せられる批判の声に、「ユニセフからはお金1円も貰ってませんよ。活動出来るのは大変な子供達がいるからですよ。誤解しないで、失礼な事をこれ以上言わないで欲しいです」とコメントしている。誤解が不和を呼び、不和が戦いを呼び、戦いが悲しみを呼ぶ。まさにそのような状態となっている。

ちなみにアグネスさんの『Twitter』IDは本物で、勝手に第三者が作ったIDではない(アグネスさんは公式ブログの『アグネスチャン Diary』で自身の『Twitter』IDを掲載している)。

このアグネスさんとソマリア渡航疑惑の一件に関わる日本ユニセフの驚くべき行動に関しては以前にも取り上げましたが、非常にややこしいのがこの日本ユニセフなる団体が国連機関のユニセフとは全くの別組織であるということで、要するにユニセフの関連団体であるかのように装って多額の寄付金を集めている団体であるということですね。
そんなにお金を溜め込んで何をするのかと言えば、立派な本部ビルを建てたり職員の給料に大盤振る舞いしたり捏造トンデモ映画を宣伝して国際問題になりかけたりと大活躍されているようなんですけれども、アグネスさんもまさか「名前が同じだから同じものです」なんてトンチを利かせてると言うのでなければ、同じであることにしておきたいという深い事情があるということなんでしょう。
しかしアグネスさんも熱心に日本ユニセフの広告塔として長年活動されていらっしゃるのは偉いと思いますけれども、たまには少しばかりでも母国での様々な惨状にも目を向けられてみた方がよろしいかとも思うのですけれどもね…

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2010年6月 4日 (金)

真実と事実の間にある壁を打破するために

先日出ていてちょっとその解釈もどうよ?と思ったのがこちらのニュースです。

医療訴訟で原告側勝訴が減少 過去10年で最低(2010年6月1日中日新聞)

 全国の地裁で2009年に言い渡された医療訴訟の判決で、一部でも原告側の訴えを認めた割合を示す「認容率」は25・3%(速報値)と過去10年間で最低だったことが最高裁のまとめで分かった。示談など裁判外の紛争解決の増加が一因とみられる一方、「『医療崩壊』が指摘される中、裁判所が医療側に厳しい判断を出しにくいのではないか」との見方もある。

 最高裁の統計によると、地裁の民事訴訟全体の認容率は過去10年間、82・4~85・3%と横ばい。このうち医療訴訟では、07年37・8%だった認容率が08年26・7%へと10ポイント以上下がり、09年もさらに低下した。

 奈良県内の町立病院で出産時に意識不明となり、相次いで転院を断られて亡くなった女性の遺族が町などに損害賠償を求めた訴訟の判決で大阪地裁は今年3月、請求を棄却する一方、担当医の過酷労働に言及。「こうした医療体制をそのままにするのは、勤務医の立場からはもちろん、患者の立場からも許されない」と批判した。

 医療訴訟に詳しい弁護士は「医療崩壊が社会問題化して以来、過失と被害の因果関係が認められにくくなったと感じる。医療体制の課題は訴訟と切り離して考えるべきで、認容率に影響しているなら問題」と訴える。

 医療訴訟の提訴件数は04年をピークに減少傾向にある。だが、医療過誤を扱う弁護士でつくる医療事故情報センター(名古屋市東区)の増田聖子副理事長は「医療過誤が減ったという実感はない」とした上で、「訴訟外での解決が増えたなら被害側にとって歓迎できるが、本当にそうなのか把握、検証する仕組みが必要」と指摘する。

 医療事故をめぐっては04年、国立病院や大学病院など全国273の医療機関に報告が義務付けられたが、どう解決されたかを集約する取り決めはない。

一つの数字だけで詳細なデータがないのでこの数字だけから背後事情を読み取るのにも限界がありますが、医療訴訟を扱う弁護士の方々にはこう見えているのだなという点では興味深い記事ではないかと思います。
ひと頃からネット上で医療訴訟批判というものが盛んだとマスコミなどでも(かなり否定的な意味で)話題になりましたが、全国の医師たちもこうした弁護士先生達と全く同様に、世情に迎合して厳しい判決を出したり手心を加えたりする恣意的な司法判断を求めているわけではなく、単に理性的・科学的な判断を求めているだけだと思いますし、その意味では互いに目指すものは同じとも言えるかも知れません。
いずれにしても増田聖子氏も言うとおり、双方にとって不毛であることがすでに十二分に明らかになっている法廷という場での解決以外に別ルートを探るような動きが広がってきたということであれば、これはいずれの関係者にとっても良いことではないかと思いますが、そのための有力な手段の一つとして先ごろこんな話題が出ていました。

民主、医療議連が発足 無過失補償制度目指す(2010年5月28日下野新聞)

 民主党の「医療の無過失補償制度を考える議員連盟」の設立総会が 27日、衆院第1議員会館で開かれた。

 無過失補償制度は、医療事故で患者が障害を負った場合、医師の過失の有無にかかわらず、補償金が支払われる制度。産科領域では既にスタートしており、同議連は同制度の整備、充実を目指している。

 会長には呼びかけ人代表の一人の森ゆうこ参院議員が就任。副会長に簗瀬進参院議員、事務局長に石森久嗣衆院議員、幹事に玉木朝子衆院議員らが名を連ねた。森会長は「党としてどのような形で政府側に提言できるか分からないが、みなさんと一緒に勉強し、何らかの形でまとめることができれば」とあいさつした。

 同議連は診療行為に関連した紛争処理や、補償のあり方などについて幅広く検討していく。

不肖管理人も無過失保障制度導入論者を自認していますけれども、このような無過失保障は産科領域のみならず広げて行くべきだと思いますし、党としてどうとか言うより超党派で立ち上げてもいいんじゃないかとも感じるところです。
ただ一方で患者団体の側からは時に「無過失保障制度が広まると、事故の真相究明がおろそかになるのでは?」といった懸念があることも確かで、その意味ではこうした制度拡充と同時に死因究明、事故調といった議論も別枠で進めて行くべきではないかとも思います。
ただしそれは処罰的なもの、あるいは民事訴訟を睨んでの責任追及的なものではなく、あくまで当初から言われている通り「原因究明によって再発防止を図る」という、その結果が患者や遺族といった特定個人にではなく、社会に還元されるべき性質のものであるべきだと言うことです。
その意味ではちょうど先日は患者側からの視点で医療事故調を求める集会があったということですけれども、実のところこうした問題の議論と言えば真っ先に当事者である遺族が全面に出てくるということが、話を余計にややこしくしているという側面もあることを認めないではいられません。

公正な医療事故調を 遺族ら国会内で集会 小池氏あいさつ (2010年5月13日赤旗)

 「患者の視点で医療安全を考える連絡協議会」は12日、中立・公正な医療事故調査機関の設立を求めて国会内で集会を開きました。医療事故で家族を亡くした遺族ら80人が参加しました。

 同協議会の永井裕之代表は、「医療事故の原因究明と再発防止のためには第三者機関が必要。国会で議論し、一日も早く設立してほしい」とのべました。

 各団体の代表や遺族が発言。「医療情報の公開・開示を求める市民の会」の勝村久司世話人は「家族は、事故を起こした病院をうらむのでなく、いい病院になってほしいと考えます。そのスタートが原因究明。病院がすぐ事故を届け出られるシステムを」とのべました。

 「陣痛促進剤による被害を考える会」の赤羽幸生さんは、「組織や地位のために医師がミスを報告しにくい現状があります。調査機関は、医療従事者にとっても支えになるものだと確信します」と発言。父親を医療事故で亡くした女性は「医療従事者一人ひとりの良心を生かすためのシステムが調査機関。議論を重ねて早く設立してほしい」と訴えました。

 共産、民主、社民、自民などの各党国会議員が出席。日本共産党の小池晃参院議員・政策委員長は、共産党が第三者機関の設立を主張してきたことにふれ、「病院の内部調査だけでなく公正・中立な第三者機関が必要。国会での議論が止まっていることは重大です。前政権時にまとめられた法案大綱などを土台に超党派で合意をつくりたい」とのべました。

まさに「原因究明と再発防止のため」には「ミスを報告しにくい」という状況であってはならない、そのためには航空事故調などと同様に個人免責を導入してでも証言の真実性を担保する必要もあるだろうし、調査結果も個人責任を追及するために用いられることがあってはならないということです。
その意味ではこの事故調議論が皆が総論賛成と言いながら一向に前に進まないのは、「復讐の色が強すぎて、これでは誰も情報を出さなくなっちゃう(嘉山孝正氏)」と言う、原因究明と再発防止のためにはマイナスとしかならない遺族感情が最大の障害となっている一面もあるわけですね。
人は誰でも自分に不利益になるような供述を強いられないというのは当たり前の話であって、逆に言えばたとえ自分という個人にとっては不利益になりかねない話でも、社会のためにより大きな利益となるなら真実を語るべきであるというモチベーションを証言者に持たせなければならない、そのために必要なものは何かと言う視点をいかに共有して行くかが、こうした活動における今後最大の課題になっていきそうです。

一方で実際に真相究明と言いますと客観的な事実というものは欠かせませんが、少し前から関係各方面より熱心に推進されているのが「死亡時画像診断(Ai)」の件です。

診療死究明でAi活用も、厚労省 モデル事業、補助的手段で(2010年6月3日47ニュース)

 診療に関連して死亡した患者の死因や医療ミスの有無を調査する厚生労働省のモデル事業を実施する「日本医療安全調査機構」の運営委員会が3日、東京都内で開かれ、死因究明の補助的手段として死亡時画像診断(Ai)の活用を検討することを決めた

 これを受け、厚労省は6月中にも省内に検討会を設置。診療関連死以外の不審死を含めて死因の究明にAiを導入できないか、法務省や警察庁などと協議を進める

 運営委ではほかに、医師法21条に基づいて警察に届け出られた事例のうち、警察が扱わないと判断したケースはモデル事業に委ねてもらうよう、警察への働きかけを厚労省に要請することで合意。調査結果の報告書の作成方法を工夫し、平均10カ月かかる調査期間を半年程度に短縮することでも一致した。

 今後は、各医療機関の院内事故調査委員会で作成した報告書を、同機構の委員らが第三者として評価する形で原因究明を進めることが可能かなど、引き続き検討する。

実はこの件、病理医は近年慢性的な不足状態にある(これが司法解剖医になりますと、もはや不足なんてレベルじゃありません)、一方で放射線科医の方では「海外への読影委託で今後は仕事が先細りなのでは」と言った不安も業界内で根強いようで、いい具合に需要と供給がマッチしているという実情もあります。
ただ問題はこれも非常に即物的な話で恐縮ですがお金の方をどうするかということで、現在でも時折聞くのが警察から死因がCTで分からないかと頼まれて撮影した、その結果死因は分かったがさて、その撮影費用を誰に払ってもらえばいいのかということですよね。
警察絡みでの話であれば当然に警察の方からお金が出るのでは?と考えたくなりますが、これが実際には過半数の施設で持ち出しで検査を実施していたり、お金がもらえたとしても適正金額に程遠い額であったりと、なかなか実情は厳しいものがあるようです。

また院内での死因究明目的にしても保険診療で規定されているのは生きている人間への支払いであって、死んだ後の分まで保険請求したとなればこれは例によってマスコミから「また不正請求が!」と叩かれますし、もちろんこの作業事態が剖検などと同じで当の患者自身の治療には直接の利益にはなりませんから、遺族がより詳しい死因が判るかもしてないという可能性のためにお金を出してくれるかどうかも難しいところです。
一応今回は厚労省が声をかけて警察疔や法務省も巻き込んで話を進めて良くようですから、その辺りの費用負担に関しても当然に考えているのだと思いたいところですけれども、何しろ昨今どこもお金には吝いというご時世だけに、どういう形でこのあたりがクリアされるかということも注目していかなければならないでしょうね。

いずれにしても医療(民事)訴訟は真実を究明する場もなければ心のケアをする場所でもない、単に賠償の金額を決める場所であり、事故調もまた遺族の感情を満足させる場ではなく真実究明と再発防止を図る場であるということであれば、最終的にもやもやとした患者・遺族側の気持ちはどこへ向かったらいいのかと考えれば、いずれも完璧に稼働したとしても患者側には不満足なものにしかならないことは目に見えているわけです。
そのあたりの感情的に納得できない、受け入れられないという部分の補完をどこに求めるかですが、一つには金銭的に償われるのであればある程度納得出来るという方々が社会的に多いというのは保証制度の充実した諸外国の事例でも、あるいは金銭的補償システムが定着した自動車事故の例でも判ることですから、無過失保証制度はやはり早急に実現を目指すべきだろうとは言えるのでしょう。
また最近流行りのADRなどでは関係双方が徹底的に対話をすることで理解や納得が得られた、紛争に至らずに済んだといった効果が言われているだけに、まずは事故調などに比べて抵抗の少ないこうした手の届くところから相互理解の試みを始めていけば、案外他の方面でも事態が沈静化してきたり、すんなりと話がまとまるといった効果も出てくるかも知れませんね。

医療という業界は閉鎖的で中身が見えないという先入観が患者の側にはあって、それが疑心暗鬼や過剰反応につながっている側面も多々あるわけですから、実社会で相互理解を深めるべくシステムを整備して良くのもよし、ネットなどを通じてとことん語り合ってみるのもよしでしょうし、その意味ではお互い狭い身内だけでまとまっていてはますます話がややこしくなるだけだと言う自覚は、双方が持っておかなければならないのでしょうね。

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2010年6月 3日 (木)

夕張診療所がまたニュースに取り上げられていますが

以前に首吊り自殺で受け入れトラブルが有ったという村上先生の夕張診療所で、また同種の事例が発生していたとちょっとした話題になっています。
同診療所はこの春からとうとう常勤医が一人になってしまったということに加えて、これも以前に紹介したことですけれども元より救急指定など取っていない、休日・夜間の受診は受け付けていない(かかりつけ患者を除く)ということが告示されているということはあらかじめ紹介しておきます。

夕張市立診療所:自殺図った男性の救急受け入れ拒否 「外来に対応」 /北海道(2010年6月2日毎日新聞)

 夕張市は1日、市立診療所が先月、自殺を図り心肺停止状態になった市内の50代男性の救急受け入れを断っていたと発表した。昨年9月にも同様のケースがあり、市は同診療所の村上智彦医師から事情を聴いた
 市の説明では、5月19日午前8時前、「首をつり、自殺を図った男性がいる」という119番通報があった。救急隊員が駆けつけると、男性は心肺停止状態で、診療所に受け入れ要請したが、外来患者診療のため、対応不可能として断られたという。男性は市内の別の医療機関で死亡が確認されたという。
 村上医師は「首つりと聞いて検案(死亡確認)のケースと判断した。緊急性が低く、自分は外来もあったため、他の医療機関で対応してもらいたいと伝えた」と話している。
 同診療所は昨年9月27日夜、同様に首をつった状態で見つかった男子中学生の受け入れを断った。市と診療所は、二度と同じような事態が起きないようホットラインを設けるなどしている。藤倉肇市長は「誠に遺憾という思い。市立診療所の開設者として総括が必要だ」と話した。【吉田競】

救急受け入れ、また拒否 夕張市立診療所 心肺停止の男性(2010年月2日北海道新聞)

 【夕張】医療法人財団「夕張希望の杜(もり)」(村上智彦理事長)が運営する夕張市立診療所が5月、自殺を図り心肺停止だった男性の救急搬送受け入れを断っていたことが明らかになり、夕張市の藤倉肇市長は1日、医師の村上理事長から事情を聴いた。男性は市内の別の診療所に運ばれ、死亡が確認された。

 関係者によると、5月19日朝、同市内で首つり自殺で心肺停止となった患者がいると通報があり、救急隊は最も近い市立診療所に受け入れ要請を行ったが、村上医師は4月から常勤医師が1人となったことや、ほかに外来診療があることを理由に断ったという。

 市立診療所は昨年9月にも、心肺停止の患者受け入れを断った経緯があり、市と協議した結果、心肺停止患者の原則受け入れを確認し、5月上旬の別のケースでは受け入れた

 藤倉市長は1日、夕張市役所で記者会見を開き、「昨年9月の事故を受け、二度とこのようなことがないようにと協議してきたので、今回のケースは誠に遺憾だ」と述べた。

 村上医師は市に対し、「首つり自殺と聞いて緊急性が低い死亡確認のケースと判断した。常勤医が自分一人なので外来などに対応しなければならなかった」と話しているという。

各社報道を見ていますと首吊りと報道していないところも結構多いですが、この場合村上先生の言うように蘇生処置など行う意味はなく緊急性には乏しい、死因も明らかですから解剖などに回ることもまずないということで、実は外来の片手間仕事で十分出来る程度の作業量です(そもそも診療所でまともな心肺蘇生はできませんから、救急隊も確認だけしてくれという気持ちでコールしていたものと思われますしね)。
トリアージとして考えても夕張のように需要に対して明らかに医療資源が不足している状況で黒タグにマンパワーをつぎ込むべきではないということになっていますから、ささっと死亡確認だけして速やかに警察に引き渡すのが正解だったということになりそうですし、実際そうしていればこんな騒ぎになることもない日常診療の一こまで終わっていただろう話です。
昨年のケースでもそのあたりで揉めた経緯があって、市と協議の上で心肺停止(死亡確認するまではどんな死体でも心肺停止ですよね)に関してはとりあえず一番最寄の施設で引き受けることで合意したということですから、その点で言えば村上先生にしても小の手間を惜しんだばかりに大の手間を引き受けることになったわけで、このあたりは前回の時にも感じたことですけれども今ひとつ脇が甘いのかなとも思われるところです。

いずれにしても前回の時点で「情報伝達のミス」という苦しい言い訳を使ってしまった関係で市と協議を行う羽目になり、受け入れないと言う選択肢を自ら捨ててしまった形の村上先生としては今回どう弁解したものか悩ましいところだと思いますが、最寄施設で無条件受け入れだと思っていた市の方では「話が違うじゃないか!」と怒り心頭状態だと言うことです。
市長がテレビに出てまで唯一のお抱え常勤医を批判すると言う構図はどうなのかとも思いますが、村上医師としても春から常勤医が減るということはとっくに分かりきっていたことですから、それなら何故受け入れ不能の通知を出しておかなかったかと批判される余地はあるでしょうね。

夕張で“救急”めぐり対立(2010年6月1日HBC NEWSi)

救急患者の受け入れをめぐり、夕張市と市立診療所が深刻な対立です。
藤倉市長は会見で、診療所の村上医師が心肺停止の患者受け入れを拒否したと批判…村上医師は、反論しています。
厳しい表情で、怒りを見せる夕張市の藤倉市長
市長は先月19日、夕張で心肺停止になった患者の受け入れを、診療所の村上医師が断ったことを批判しました。
夕張市は、心肺停止の救急患者の受け入れをめぐり、去年9月にも診療所が受け入れを拒否したことから、診療所と話し合い、一番近い医療機関が受け入れることになったと主張しています。
これに対し村上医師は、4月以降、事実上、1人で外来や入院などに対応していて、患者の受け入れには、限界があると反論しています。
藤倉市長と村上医師は、午後5時から話し合っていますが、夕張の診療所の先行きが不透明になってきました。

夕張市立診療所、救急搬送断る 市長「誠に遺憾」(2010年6月1日47ニュース)

 北海道夕張市は1日、財政破綻後に市立病院から公設民営化した市立診療所が5月、心肺停止だった男性の救急搬送受け入れを断っていたことを明らかにした。男性は別の診療所に運ばれ、死亡が確認された。

 藤倉肇市長は同日、記者会見で「誠に遺憾」と話した。市立診療所を運営する医療法人「夕張希望の杜」から事情を聴き対策を協議する方針

 夕張市などによると、5月19日午前8時ごろ、同市旭町で50代の男性が自殺を図り、心肺停止となったと119番があった。救急隊は診療所に受け入れを要請したが断られた。希望の杜は市に対し「自殺と聞いて回復が望めないケースと判断した。医師1人で外来などへの対応があった」と説明しているという。

 診療所は昨年9月にも同様に断ったことがあり、その後、心肺停止患者は市内で最も近い医療機関が受け入れることで合意していた。希望の杜は3月に常勤医3人が退職し現在は常勤医1人。5月19日はほかに非常勤医1人が来る予定だった。

 藤倉市長は「夕張市が立ち上がろうとしている時に、市民の不安が募れば再生に水を差す」、希望の杜は「話せることはない」としている。

村上先生は回復不能と判断したから他に仕事もあるし断ったと言っていますが、そもそも回復可能な症例の方がはるかに手間暇もかかる上に同診療所の手に余ることは目に見えている、そして同市内には他に医者が余っているような施設など存在していないのは最初から判っていることですから、これはまた前回に続いて自ら退路を断つかのごとく余計な事を言ってしまったんじゃないかと言う気もするところですね。
市長にしても「市立診療所の開設者として総括が必要」「再生に水を差す」とまで公言してしまっては今さら引くに引けないでしょうが、村上医師も公設民営施設で働く以上は言行を一致させるべく努めなければならないだろうし、どうしてもそれが出来ないということであれば市立診療所というポジションから外れざるを得ないでしょう。
もっとも唯一の常勤医まで辞めた結果市立診療所が消えるということになれば、後任など見込みのないだろう夕張市としてもいろいろな意味で困る(苦笑)でしょうから、最終的にどのあたりで双方が手を打つことになるのかと言う話でしょうが、それにしても村上先生と言えば色々としゃべることに関してはお得意だと定評のある先生でしょうに、もう少し後の事まで考えた思慮深い発言を心がけられた方がよさそうに思うのですけれどもね。

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2010年6月 2日 (水)

ベスーン被告第3回公判

先日はテロリスト船長ピーター・べスーン被告の公判の件を書きましたところが、何故かは知りませんが同被告の母国ニュージーランドの新聞に取り上げられたようで、おかげでずいぶんと遠方からの閲覧者の方も大勢いらっしゃっているようなんですね。
当ぐり研はお食事会系を以て任じていますのでこの際ですから宣伝しておきますけれども、きちんとまともな取り扱いを受けた鯨肉は非常に美味ですので、日本にお出かけの際には観光と併せて是非とも鯨料理もご賞味いただきますようおすすめしておきます。
まあしかし、素朴な疑問としてなぜこんなマイナーサイトを取り上げるかなとも思うところですけれども(苦笑)、取り敢えず皆様の期待に応える形で本日も先日5月31日に開かれた第3回公判におけるベスーン被告の証言から始めてみましょう。

さて、第3回公判の冒頭でいきなり裁判長から「本法廷での中心争点は、傷害罪が成立するかという点です。この目的と関係のない特定の団体の主義主張をする場ではありません。関係のないことを述べたりする場合は、質問を制限します」とベスーン被告への強烈な先制攻撃があったというのは、なかなか面白いなと思いますね。
これはかねて同被告が口にしている「背景についてはいろいろ事情があり、審理の中で明らかにします」云々の発言を念頭においてのことだと思われますが、法廷外で市民団体が大騒ぎをしていたり、傍聴人が「ファシスト!」と叫んで拘束されたりと、なかなか賑やかなことにはなっているようですね。

今回の裁判の焦点となっているのは裁判長の言う通り「傷害罪が成立するかどうか」ですが、この点でベスーン被告が有害物質を詰めた瓶をロケットランチャーで打ち込む行為の危険性をどの程度認識していたかということが問題となってきます。
被告人質問でもその点に質問が集中したようですが、こうして要約して記事にしてみますとのらりくらりとかわされたのかという印象も受けるところでしょうか。

【SS 元船長 第3回公判】被告人質問で「酪酸問題ないと思っていた」 「ファシスト」叫ぶ傍聴人退廷も(2010年5月31日産経新聞)

 環境保護を標榜する米団体「シー・シェパード(SS)」のメンバーによる日本の調査捕鯨妨害事件で、艦船侵入や傷害など5つの罪に問われたSS抗議船 「アディ・ギル号」元船長でニュージーランド国籍、ピーター・ジェームス・ベスーン被告(45)の第3回公判が31日、東京地裁(多和田隆史裁判長)で開 かれた。被告人質問が行われ、ベスーン被告は「酪酸がかかっても問題がないと思っていた」などと、改めて傷害罪の犯意がなかったことを強調し た。

 その上で、ベスーン被告は「船員の姿が見えなかった場所を狙った」などと酪酸入りの瓶を発射した状況を説明した。

 被告人質問を始めるにあたり多和田裁判長が「団体の主義主張を述べる場ではない」などと、ベスーン被告に異例の注意を行った。

 また、傍聴していたSSの活動を批判する団体の男性が法廷内で「ファシスト」などと叫び、地裁の職員に取り押さえられる一幕もあった。

 起訴状によると、ベスーン被告は2月11日、南極海で第2昭南丸に酪酸入りのガラス瓶を放ち、異臭を拡散させて業務を妨害、乗組員1人にけがをさせた。 同月15日には、防護用ネットをナイフで切り第2昭南丸船内に不法侵入するなどしたとされる。

シー・シェパード 元船長公判 6月10日で結審へ(2010年6月1日毎日新聞)

 艦船侵入や傷害など5罪に問われた反捕鯨団体「シー・シェパード(SS)」の抗議船「アディ・ギル号」元船長、ピーター・ベスーン被告(45)=ニュージーランド国籍=の第3回公判が31日、東京地裁(多和田隆史裁判長)であった。ベスーン被告はSS代表のポール・ワトソン容疑者(59)=傷害などの容疑で逮捕状=について「偉大な指導者」とたたえ、妨害行為の指示の有無について明確な回答を拒否した。6月10日の次回公判で結審する。

 検察側の反対尋問でベスーン被告は監視船侵入について「恐らく(ワトソン容疑者の)指示があったと思うが直接聞いたわけではない。この件は私が全責任を負う」と述べた。公判証言に関してSS側から指示があるのではという質問には「違います」と否定した。

「日本は反対運動を無視」=シー・シェパード元船長-東京地裁(2010年5月31日時事ドットコム)

 反捕鯨団体シー・シェパード(SS)による調査捕鯨船妨害事件で、傷害や威力業務妨害の罪に問われたSSの小型高速船元船長でニュージーランド国籍のピーター・ベスーン被告(45)の公判が31日、東京地裁(多和田隆史裁判長)であった。ベスーン被告は被告人質問で、「反捕鯨団体が記録映像などを示して反対しているのに、それを無視している」と、日本の活動を批判した。
 ベスーン被告は「ニュージーランドの裏庭のような海で捕鯨が行われることに不満がある」と供述。一方で、「捕鯨にかかわる人はすべて悪魔だと思っていたが、(身柄拘束後に)一緒に過ごすとすばらしい人々だった。彼らは職務を全うしているだけで、日本人に対していかなる恨みもない」とも語り、「今後南極海に行くことはないと思う」とした。

例によって産経新聞が法廷でのやりとりを詳細に掲載していますけれども、同被告の証言を要約すると「酪酸の危険性は認識していなかった(危険なはずがないという態度ですね)」「人に危害が及ばないようよく狙って撃ったから問題ない」「無害な酪酸で怪我するなんてありえない。日本人の自作自演では?」といったことになるようです。
しかし4~5発撃った中でたったの1発しかターゲット(それも遠い扇の的でもなんでもない、わずか15m先の外航船ですよ)に当たらなかった(同被告談)という程度の命中率で、よくもまあ「ちゃんと狙って撃ったから安全だ」だなんてことが言えるなあと思いますけれどもね。
面白いのはこのトンデモ船長、日本人が負傷したのは自分たちが使っていた放水銃の中に化学成分を仕込んでいたせいである、つまりは日本人はテロリストを攻撃するつもりで自爆しただけであると主張しているんですが、さすがにこれには裁判長も思わずツッコミまくりだったようです。

【SS元船長 第3回公判(9)完】「私にとって偉大なる指導者」 代表のワトソン容疑者を礼賛する被告(2010年5月31日産経新聞)より抜粋

 裁判長「(圧縮空気で水を発射する)インパルス銃を見たのはこの日が初めてですか」
 被告「違います」
 裁判長「発射されるのを見たのは初めてですか」
 被告「そうです」
 裁判長「あなたに水しぶきはかかりましたか」
 被告「いいえ。インパルス銃から発射された水は彼ら(発射した第2昭南丸の乗組員)に戻り、彼ら自身がぬれていました」
 裁判長「なら、あなたには(インパルス銃から発射された液体に)化学成分が入っているか分からないのではないですか」

 《ベスーン被告はインパルス銃の中の液体に化学物質が入っていて、その化学物質が乗組員のやけどなどを引き起こした可能性を主張している。裁判長はベスーン被告の主張に疑問を投げかける》

 被告「彼らの何人かにインパルス銃の液体がかかり、彼らが(船の)船首の方向に走っていきました。外部からの侵入を防ぐため、水だけを撃つ行為は無駄に近いです。しかし化学物質が入っていれば、有効です
 裁判長「酪酸の影響で(乗組員たちは)走ったのではないですか」
 被告「違います。彼らはインパルス銃を撃った1、2秒後に負傷しています。彼らは酪酸が原因だと思ったかもしれませんが、私はインパルス銃に入っていた化学物質が原因だと思っています

 《「化学物質が入っていた」とする主張に関して具体的な根拠を示さないまま、ベスーン被告は持論を展開した。(略)》

ここまで来ると饒舌と言うより電波ゆんゆんと言うべきベスーン被告ですが、結局この調子でのらりくらりと傷害の意志はなかったで貫き通してしまったのですから、法廷戦術が徹底されているということなんでしょうね。
それでもワトソン代表へ話題が及ぶととたんに口が重くなってくるのが面白いんですが、どうやら今回のテロがワトソン代表の指示によるものであると言う言質をとられたくない様子で、当然指名手配中の同代表へ配慮してのものなのかと推測されるところです。
もちろん金には糸目をつけず断固戦うと公言してみせたワトソン代表が裁判費用も出しているでしょうから、スポンサーに不利益になるような証言も出来るわけもない道理ですが(笑)、当の代表の方ではすでにベスーン被告のことを切り捨てているかのような態度も見られる中で、彼の方ではどうやら最後まで「偉大なる指導者」に忠誠を尽くすつもりであるようです。

【SS元船長 第3回公判(6)】代表のワトソン容疑者の指示内容は?…「言いにくい」と証言拒む(2010年5月31日産経新聞)より抜粋

 検察官「弁護側が供述調書の一部の内容について(信用性を)争うとしていますが、調書にはあなたの言い分が書かれていますね?」
 被告「そうだと思います」
 検察官「事件に使ったランチャーは誰の指示で用意しましたか」
 被告「たくさんの人が参加した(SSの)ミーティングでランチャーを使うことになりました」
 検察官「代表に指示されたのではないですか」

 《検察官が具体的に指摘した「代表」。ベスーン被告に犯行を指示したとして、東京海上保安部が傷害などの容疑で逮捕状を取っているSS代表のポール・ワトソン容疑者(59)のことだ》

 被告「ポール・ワトソン(容疑者)もミーティングに参加していました」

 《検察側のベスーン被告の供述調書によると、ワトソン容疑者は昨年6月に開かれた会議で、ベスーン被告にランチャーの用意を指示したとされる

 検察官「ポール・ワトソンがリーダーですね?」
 被告「はい」
 検察官「2月11日の事件前、ポール・ワトソンから直接指示を受けたことはありますか」
 被告「2月10日ごろだと思いますが、はっきり覚えていません
 検察官「どういう指示を受けたのですか」
 被告「色々な指示がありましたが、通常、多くの場合は航海士から指示をされました。ただ指示の出所はポールだと思います」

 《ベスーン被告はワトソン容疑者に関する証言では歯切れが悪く、要領を得ない。検察官が質問を重ねる》

 検察官「ポール・ワトソンの指示に関して述べられている供述調書がありますが、内容に間違いはありませんか」
 被告「(この場で)具体的に言ってもらえれば、正確に答えます」
 検察官「『供述調書の内容に間違いがないことを確認して、署名した』と証言してますよね?」
 被告「はい」
 検察官「ポール・ワトソンの指示について、言いにくい事情があるのですか」
 被告「あります

 《ベスーン被告は弱々しい声で答える》

 検察官「どういう事情か言ってもらえますか」
 被告「いいえ。拒否します
 検察官「取り調べの中でも言いにくいことには『ノーコメント』を繰り返していましたね?」
 被告「はい」
 検察官「そのことで検察官が暴力を振るったり、怒鳴ったりしたことはありますか」
 被告「ありません」

 《検察官は起訴前の取り調べで、ベスーン被告が自発的にポール・ワトソン容疑者の指示を認めたことを確認したいようだ》

【SS元船長 第3回公判(8)】「君個人の判断でやれ」 話し合い後、代表はそう告げた(2010年5月31日産経新聞)より抜粋

 検察官「アディ・ギル号に乗っているとき、ポール・ワトソンとは、無線で話したりするわけですか」
 被告「はい」
 検察官「第2昭南丸に侵入することは、ポール・ワトソンと相談して決めたわけですね?」
 被告「はい。確かに、ポール・ワトソンとの話し合いの後に決まったことです。ただ、そのとき、彼から確認されたことは『(ベスーン被告の)個人の判断で行う』ということです。私が判断し、全責任を私が負う、ということです」
 検察官「テレビに撮影させるのは、誰が決めたのですか」
 被告「私です
 検察官「スタッフとの打ち合わせはあった?」
 被告「そうです」
 検察官「あなたは検察官の取り調べの際に、『テレビのスタッフに撮影させるのは、自分が決めたのではない』と述べていませんか」
 被告「いや、そうは言っていないと思います」
(略)
 《法廷のモニターに写真が映し出される。日本船側から撮影した写真のようだ。夜の海で全体に暗く判別しづらい。検察官が質問を続ける》

 検察官「これは2月11日に、スティーブ・アーウィン号を撮影した写真であることは分かりますね?」
 被告「ノーコメントです」
 検察官「中央に写っている、白髪の男性は誰ですか」
 被告「ノーコメント
 検察官「ポール・ワトソンではありませんか」
 被告「ノーコメント

 《ベスーン被告は、証言拒否を3回繰り返したあと、そわそわした様子で振り返り、傍聴席側にある時計を確認した》

【SS元船長 第3回公判(9)完】「私にとって偉大なる指導者」 代表のワトソン容疑者を礼賛する被告(2010年5月31日産経新聞)より抜粋

 検察官「今回の裁判でポール・ワトソンに関する供述について信用性を争うことを決めたのは、あなたですか、それともほかの誰かですか」

 《検察官は語気を強めてベスーン被告に問いただした》

 被告「私です
 検察官「それはなぜ?」
 被告「自分で責任を取るためです」
 検察官「取り調べでは最初、ポール・ワトソンの名前を出していたのに、途中から『名前を出すことは嫌だ』と言い出しましたね?」
 被告「はい」
 検察官「ポール・ワトソンの名前を調書に書くことを拒否しましたね?」
 被告「拒否する権利が私にはあります」
 検察官「なぜ途中から拒否することを決めたのですか」
 被告「ノーコメント

 《勢いに乗る検察側に比べて、ベスーン被告の声は弱々しい》

 検察官「SSの上から指示があったんじゃないですか」
 被告「違います」
 検察官「ポール・ワトソンがこの裁判に対してどのように話しているかについて、取り調べ段階で分かっていましたか」

 《ワトソン容疑者はメディアを通じて、ベスーン被告に「徹底した法廷闘争」を求める発言を繰り返していた

 被告「ノーコメント

 《そして、検察官は最後の質問を投げかける》

 検察官「あなたにとってポール・ワトソンの印象は?」
 被告「私にとって、偉大なる指導者です」
 検察官「終わります」

 《ベスーン被告は小さい声ながら、はっきりとした口調でワトソン容疑者を礼賛した》

「偉大なる指導者」は良かったですけれども、ベスーン被告も嘘がつけない性格と言いますか、こんな団体活動にハマるあたり根が素朴な人物なんでしょうかね。
ちょうどこの問題を追っている産経新聞の佐々木記者が件の偉大なる指導者氏に電話インタビューを試みた際の様子をブログに掲載していますので、これからワトソン氏の人となり、そしてテロ組織内での立場といったものを検証してみたいと思います。
同記者曰く「ワトソンはかなりのやり手だ。勉強不足の記者を簡単に手玉に取る」そうですけれども、確かに内容を見る限りでもずいぶんと他人を丸め込むことには場慣れしていると思わせるものがあって、この調子でまくし立てられれば人生をかけた一大事業に大失敗をして失意のどん底にいるような人間などあっさり洗脳されてしまいそうだなと感じさせられますよね。

【シー・シェパードの正体】プロローグ② ポール・ワトソンの高笑い(2010年5月31日ブログ記事)より抜粋

「アディ・ギル号と第2昭南丸の衝突はどちらに非があると思いますか?」
日本の捕鯨船は、私たちのどの船よりも航行速度が速い。私たちは日本船に体当たりなんてできないし、攻撃もできない。なぜなら、私たちの船では日本船に追いつくことはできない
「でも、日本側はアディ・ギル号が昭南丸に激突してきたと言っています」
「馬鹿げている。ビデオをみれば、アディ・ギル号がそのとき、まったく動いていないのがわかるじゃないか。アディ・ギル号のクルーは船の屋根に座っていたんだよ。そのとき、突然、昭南丸がやってきた。これはね、疑いなく故意的に行われたんだ。思うに、日本船には治安部隊の隊員が乗っていて、私たちを怖がらせようとしたんだ」
「あなた方はその後、アディ・ギル号を陸地まで曳航せずに、南極海に沈めましたね」
「ハハハ、それこそおかしいよ。第2昭南丸はアディ・ギル号を真っ二つに割って破壊した。そして、海に残したと文句を言っている。私たちはすぐにオーストラリアの海保当局に報告したんだ。もし、曳航できなければその場に放棄してもかまわないとアドバイスを受けたよ。海保当局の担当者も私たちが義務をすべて果たしたと認めてくれたよ。違いは1つさ。私たちはオーストラリアの海保当局にアディ・ギル号の位置を報告した。昭南丸はまったく報告しなかった。この違いだね」
 説明に淀みがない。すらすらと言葉が出てくる。私はワトソンが、こうした質問に回答慣れしているなとすぐに悟った。そして、「オーストラリア海保当局」という言葉を織り交ぜたことに、「自分たちはオーストラリアにも守られている」ということを伝えようとしたワトソンの意図を強く感じた。
(略)
「日本に来てくださいよ。あなたを待っている人は日本にたくさんいますよ」
「私は有名かもしれないけど人気ではないだろ? 違う? だって、多くの日本人は私たちに怒っているだろ? ザ・コーヴ(入り江)がアカデミー賞を取ったからな」
ハハハハハー。電話口の向こうで高笑いする声が聞こえてきた。作戦が当たり、世界が対日圧力を高めていることを自負しているような口ぶりだった。
「私は、Whale Warsをすべて見ましたが、日本では放送されていないんですよ」
「日本でも人気が出ると思うのになあ。日本でも興味を持つ人はいるはずだよ。どうして、日本では放送されていないか不思議だよ。世界中でウケているショー番組なのにねえ」

世界最速のバットモービルがとか船尾に加速の航跡がとか、とっくに論破されているような話ばかりじゃないかと突っ込むのはやめておくとしても、とりあえずワトソン代表がエコテロリストと呼ばれていることに反論して「コテロリズムという名の犯罪なんて、世界中のどこにもない。事実として、私たちは一度も犯罪で立件されことはない。だから、テロリストではない。」というのは、とんでもない嘘であるということは明白ですよね。
この後、そろそろ潮時であると電話を切ろうとした佐々木記者をわざわざ呼び止める形で、ワトソン代表が持ち出してきたというのが「スティーブ・アーウィン号の日本人クルーと話をしてみたいか?」という話題であったというこですが、要するにワトソン氏にとって日本人クルーと言うのはそれなりに使い勝手の良い手駒であるということが見えてくる話です。

この元教師という自称マリコ(32歳)氏の発言に曰く「ポールさんが言ったことは全て真実に基づいていますので、できればそれをそのまま紙面に載せていただきたい」「日本では、政府にコントロールされていますので、正しい情報がまったく伝えられていません」云々と言うのは、ベスーン被告の「偉大なる指導者」発言同様、一体どこのテンプレかと見紛うばかりでなかなか良い感じですよね。
「日本鯨類研究所は、自分たちが正しいとしか言っていない。彼らは情報をまげて改ざんして発表している」とは「お前が(r」で終わる話ですし、相変わらず「人を傷つけるような行為は一切していません」というのは笑うところなのか、鯨を殺す日本人など「人」ではないという意思表示なのか判断に迷うところです。
その中でも極めつけは以下の発言なのかなと感じたのですが、もちろん当の偉大なる指導者がすぐ隣に立っていると思えばうかつな事など口に出来ないのも当然としても、確かにこれは「コントロールされて」いるのかなと感じさせる発言だと思わせますよね。

「ワトソンはどういう人柄ですか? やはり、カリスマという雰囲気がある?」
「彼は非常に勉強されている方です。日本のことにも非常に詳しく、歴史についてもよく知っている。知識にあふれ、日本人の私が知らないような話も知っています。リーダーとしての素質を持っていますね。冗談を言うのが好きで、私にもいろいろ教えてくれます。船員はみんなワトソンさんのことを尊敬しています。彼が書いた本を読んで、シー・シェパードを好きになった人も多いです。クルーたちは、コアな部分で地球環境を守るという強い気持ちを持っています」
マリコは立派なSSの一員だった。ワトソンが公式リリースで言っていることを決してはみ出さず伝え、日本人のSSスポークスマンとしての役割を果たした

ちなみに詐欺師の常套手段として「ホットリーディング(hot reading)」というものがあり、あらかじめ相手のことを非常に詳しく知っておき会話の主導権を握るというのは基本中の基本なんですが、効く限りでもワトソン氏は確かに熱心な勉強家であって、この商売をやっていなくてもそれなりに成功していたのだろうなとは感じさせるタイプの人物ではあるのでしょうね。
いずれにしても次回6月10日の公判で結審ということですから遠からず結論も出てくるところでしょうが、やはり使い捨ての末端分子を幾ら裁いたところで何ら本質的な問題の解決にはならないのは当然であって、彼らが貧乏くじを引いている中で根本原因たる偉大なる指導者が今も平和に裕福に暮らしているというのは何かしら釈然としないものがあります。
検察にしてもベスーン被告自身もさることながら本番?に向けてか背後に控えるワトソン代表の関与をしきりに追及している様子ですけれども、判決の行方と併せてそのあたりにも注目していきたいところですよね。

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2010年6月 1日 (火)

とある医療事故の後日談を見ての雑感

今日の本題には直接関係ないんですけれども、先日ニュースを見ていてあれ?と思ったのが、こちら国家財政が破綻したと大騒ぎになっているギリシアの話題です。

薬がなくなる!? 製薬会社がギリシャへの糖尿病薬などの供給停止(2010年5月31日産経新聞)

 ギリシャからの報道によると、財政危機に陥った同国政府が緊縮策の一環として薬剤購入価格を一方的に25%引き下げたことに抗議して、デンマークの製薬2社が30日までにギリシャへの糖尿病治療薬などの供給を停止すると発表した。他の多くの製薬会社が追随する可能性もある。

 ギリシャでは処方薬の購入費の一部を国庫補助、政府にとり重い財政負担となっていた。供給停止を決めたのはノボノルディスクとレオファーマで、特にノボノルディスクの糖尿病治療薬は5万人以上の患者が使用、供給停止で大きな影響が出るとみられる。患者団体は「社会的責任を放棄した行為」と批判した。

 両社は「価格引き下げを受け入れれば、赤字経営を余儀なくされる」と説明している。(共同)

製薬も商行為である以上は価格的に折り合いがつかなければ撤退するというのは資本主義社会では当然のことで、これはどう見ても事前交渉の手間を惜しんだギリシア政府当局の失態ではないかと思うのですけれども、その批判の矛先が「社会的責任の放棄」などと言って製薬会社の方に向いているというのが興味深いことだなと思います。
この件に限らず医療の場合とりわけ何かしらあれば命の沙汰に直結するということで、世間の大抵の業種以上にその行為責任というものが厳しく問われる傾向にあるように感じていますけれども、見ていますと感覚的にそれはちょっとどうなのかな?と感じるような責任追及がされている話も結構ありますよね。
少し前にもちょっとした話題になったのが青森県の公立金木病院で起こった誤投薬の事例なんですが、そもそもの発端はありがちなケアレスミスからだったという誰にとっても決して他人事ではない話でした。

公立金木病院で薬誤投与の患者死亡 処方せん作成でミス(2008年8月23日47ニュース)

 五所川原市の公立金木病院(小野裕明院長代理)で今年6月、肝硬変で入院した西北五地域の70代女性患者が薬を誤投与されて意識不明となり、半月後に亡くなる医療事故が起きていたことが22日分かった。同日、小野院長代理と石戸谷鏡治事務局長が記者会見し「薬の誤投与と死因の因果関係は特定できていないものの、あってはならない医療事故を起こし、遺族に対して心よりおわび申し上げます」と陳謝、事故の経過と再発防止に向けたチェック態勢を説明した。
 同病院によると患者は6月13日、内科に入院。患者の腹水を体外に出すため利尿剤の「アルマトール」を投与すべきところを、誤って血糖値を下げる糖尿病治療薬の「アマリール」を20日夜から22日朝まで計4回投与した。患者は22日夜に容体が急変、意識不明になったという。
 事故を受けて病院側は27日、院内に事故調査委員会を組織するとともに、患者の家族に薬の誤投与について説明、謝罪した。また五所川原保健所に報告し、28日には五所川原警察署に通報した。
 患者は末期の肝硬変による肝不全で7月8日夜、亡くなった。
 事故原因は処方せんを作成する際、医師の書いた処方内容に基づき病院職員が薬名を検索、本来「アルマトール」とするべきところを、名前の似ていた「アマリール」を誤って選び出して印刷。薬局に渡す際にも医師、看護師が内容を確認しておらず、ミスが重なって発生した。
 同病院では再発防止策として、先月14日から処方せんの内容を必ず医師が確認。さらに看護師もカルテなどで薬の名前が処方せんの内容と一致しているか、確認してから薬局に提出、また出された薬が一致しているか、確認してから入院患者に渡す―などのチェック態勢を取っている。
 ほか、名称が似ている薬については効用が同じ別の薬に変更したという。

末期肝硬変ということで生命予後に誤投薬がどれほど関わったのかは記事からははっきりしませんが、問題の薬剤などはかねてその名称の類似性が広く指摘されていたものではあって、その意味ではいずれ起こって不思議ではなかった過誤ではあったかと言えると思います。
また医師の指示が誰にも確認されることなく薬局に回り患者に投与されたようにも見えるあたり、チェックシステムにも相応に不備はあったとも取れる記事ではありますよね。
ただこの件については今春になって処方を書いた医師が書類送検されたということで、一気に全国区の知名度となったことは皆さん御記憶のところだと思いますね(ただし警察としては業務上、こうして調べた以上は検察に立件するかどうか判断を仰がざるを得ないという事情はあるということです)。

金木病院の元勤務医を書類送検 (2010年3月17日東奥日報)

 2008年6月に五所川原市の公立金木病院に入院中の70代女性患者が薬を誤って投与され、その後死亡した事故で、五所川原署は16日、同病院に勤めていた当時30代の男性医師を業務上過失致死の疑いで青森地検弘前支部に書類送検した。捜査関係者によると、誤投与と死因に因果関係があったと判断した。

 これまでの同病院の説明によると、肝硬変で入院した西北五地域に住む女性患者の腹水を体外に出すため、利尿剤の「アルマトール」を投与すべきところを、誤って血糖降下剤の「アマリール」を投与した。女性はその後、容体が急変し、意識不明となった後に死亡した。薬を処方した同医師は、病院職員がパソコンで処方せんを作成する過程で薬名を誤って記入したにもかかわらず、確認していなかったという。

 金木病院によると、同医師は09年4月末に退職したという。同病院の石戸谷鏡治事務局長は「ご遺族の方には誠意を尽くして対応してきた。書類送検については警察から連絡が来ていないためコメントできない」と取材に答えた。

 病院側は同医師の名前や年齢、現在の勤務先を明らかにしていない。

 県健康福祉部の石岡博文次長は「今回のような医療過誤はめったにないが、金木病院は医療安全に対する取り組みが甘かったと言わざるを得ない。金木病院に限らず、医療機関には安全対策の責任を全うしてもらいたい」と話した。

入院患者の処方を出す手順と言えば病院ごとに多少の違いはありますが、通常医師が指示を書いて看護師がそれを受ける、そしてそれが薬局に回って薬となって病棟に届き、看護師から患者の手にわたるということで、途中で改めて医師のチェックを受ける機会というものは普通ありませんよね。
医師自身が誤った処方を書いたというのならともかく、全く与り知らぬところで間違っていたものまで責任を取らされるのではかなわないと言う声が上がったのも当然ですけれども、金木病院ではこの対策として事務が入力した処方箋を医師が再確認するということになったということなんですが、これで万事抜かりなしとは残念ながら言えません。
今回の場合たまたま入力の段階でミスがあったわけですが、ミスが起こるのは薬局で隣の薬と取り違えたなんてこともあるかも知れませんし、患者に渡す段階で別人の処方と取り違えるということがあるかも知れない(実際これが多いのです)、そうなると最後の患者に手渡す段階でもこれは指示通りの処方で間違いないと確認しなければ「確認していなかった罪」を免れ得ないことになってしまいます。

金木病院の件では結局医師を含め関係者四人ともが起訴猶予となったそうですが、ここでも「最終的に処方したのは医師」であって、地検としては実際に入力ミスを起こした事務職員よりも医師の責任を厳しく問う論調であるということに留意ください。
要するに医者というものは医療現場における司令塔役として相応の権力と共に責任を負っていて、列車が脱線すればJRの社長が罪を問われるといったのと同様に現場での行為の責任が問われる可能性があるというのが、世間における医療というものの認識であるということを肝に銘じておかなければならないわけです(そうまで言うならスタッフの人事権も渡せだとか、皆さん色々と言いたいことはあるでしょうけれどもね…)。

業務上過失致死容疑で送検の医師ら4人を起訴猶予 青森の誤投薬事件で(2010年5月24日産経新聞)

 青森地検弘前支部は24日までに、青森県五所川原市の公立金木病院で平成20年6月、入院していた70代の女性に誤った薬を投与し、死亡させたとして業務上過失致死容疑で書類送検されていた30代の男性医師と女性看護師ら計4人を起訴猶予処分とした。処分は21日付。
 地検は医師について「責任を取って退職している。病院から遺族に慰謝料が支払われ、遺族の感情は当時より回復している」と説明。看護師と女性事務職員2人については「過失はあるが、最終的に処方したのは医師。それぞれ反省している」とした。
 地検によると、医師の指示書に基づき事務職員が処方箋(せん)を作成した際に、薬を間違えた。医師と看護師は薬を確認せずに投与したという。

こういう患者の場合あらかじめ薬をパッケージから外して投薬の時期毎にひとまとめにする(一包化)とか、更には粒の薬を粉砕して混ぜてしまうということも行われるわけですが、そうなると後で見ても確認が難しいのは当然ですから、医者が確認しなかったことの責任を問われ対処を迫られるというのは実は真面目に受け取るほど、現場にとっては対処が大変な話です。
さらには金木病院ではそうでもないのかも知れませんが、俗に「三分診療」などと揶揄されるような日本の医療現場では医師がオーバーワークなのがデフォですから、「取り違えなんてトンデモナイ!やはりきちんと医者が確認しなければ!」なんて新たな義務を課していけばいくほど過労状態に追い込まれ、更なるケアレスミスを呼ぶという悪循環に陥りやすいのですね(実際、そういう施設も多いものですが)。
そうは言っても確かに金木病院のようなノーチェックというのはいささかどうよ?と思われても仕方がありませんから、全国の医療現場でもこれを他山の石として何かしら現実的な方法論を考えなければなりませんが、これは大きく支持受け側での確認と指示出し側での確認とに分けて考えるべきなのでしょう。

支持受け側の作業で発生するミスは金木病院の事例のような転記など作業上の単純ミスが多いわけですが、当然ながらこうしたミスは理屈ではないだけに如何に確認作業の実を上げるかというところが課題になってきますが、まずは間違いやすい薬品名を職員一同周知徹底しておくというのは基本ではあるでしょう。
おおむね多忙な時ほどミスは生じやすいものですが、作業中にきちんとチェックシステムを組み入れようとすれば当然それだけのマンパワーも必要となるわけですからゆとりある人員配置が望ましいのはもちろん、確認作業をコスト的にも供給的にも人員確保の難しい医療専門職だけに頼るのが果たしてベストなのかという疑問はあります。
患者から遠い場所での確認作業は目の前のカルテや処方箋を見てやるしかないわけですから、用量チェックなどコンピューターにやらせた方がいいようなものを除けば基本的に要求されるスキルは間違い探しのそれに近いわけで、むしろ今回の事例のようにところどころに挟まる非専門職にスキルアップしてもらう方が費用対効果は高いようにも思えます。
また転記など中間作業のステップ数が増えれば増えるほどミスの入り込む余地も増えるわけですから、医師の医師が受けるべき対象にダイレクトに伝わるよう指示出しのシステム自体をなるべくシンプルにすることも重要でしょうが、逆に直接患者を知っている看護師らによるダブルチェックが働きにくくなる可能性もあって、この場合は薬が届いた時点でのチェックに重点を移して対応するべきなんでしょうね。

一方で指示出し側の処方ミスというのは出した医者の側のこれで正しいはずだという思い込みが一番の大敵なのですが、それがどんな意図で出された処方なのかを理解していなければ間違いかどうかの確認も行い難いわけですから、例えば処方箋に薬剤名だけでなく何の薬かと簡単な注釈が入るだけでも今回のようなあからさまな誤投薬は減るのかも知れませんね。
理想論を語るなら同程度に患者の状態に精通した医師二人以上によるダブルチェックですが現実問題難しい、そして仮に行ったとしても(実際国公立病院などではやっているところがありますが)例えば指導医と研修医といった上下関係の中では、上司の処方に疑問を抱いてもそういう教科書的でない薬の使い方もあるのかと、実質ノーチェックで済ませてしまいがちですよね。
現実的に多くの施設で行われているのは看護師によるダブルチェックでしょうが、これもきちんと患者の状況が判っている担当看護師がチェックするのが望ましいのは言うまでもなく、そして処方に疑問点があれば「先生、これはどうしてこの薬を使うんですか?」と即座に確認出来るようでなければやはり同様の問題が生じるでしょう。

そう考えてみますと指示出し側の問題というのはスタッフ間での知識や情報の共有もさることながら、疑問点をすぐ確認できるような相互の人間関係が重要でもあるし、医師もチーム全体の知識量を底上げしておくことが結局自分の身を守ることにつながるわけですから、普段からカルテ書きで何を目的にどんな治療をするといった治療方針を分かりやすくスタッフに示して行く必要もあると言うことでしょう。
このあたりはカルテの日本語による平易な記載などとも通じる話ですが、結局万人に理解できるような情報発信とその共有がミスを減らす効果を期待できる一方で、往々にして現場での律速段階となっている医者の作業に更に余計な手間を加えることになるデメリットとの間に、どういう折り合いをつけるべきかの判断になりそうですよね。
しかし多忙な時ほど知恵を使って業務を効率化しろとはどこの業界でも言われていることですけれども、医者なんて人種はなまじ偏差値の高い人間も多いだけに「俺はこんなに深く考えて仕事をしてるんだ!」と変なプライドがある人間も多いもので、こういう業務改善なんて話になってくると「お前らに何が判る!」と一番の抵抗勢力になりがちなものですけれども、ものは考えようだと思いますね。

部長や師長なんて現場から遠い人たちがやってる医療安全なんとかかんとか委員会なんてものがひねくりだしてきたような、単に仕事が増えて作業が煩雑になるだけで一体どんな役に立つのか意味不明な改善策なるものを無理やりやらされるくらいなら、実効性もあって現場の負担が減る(そのこと自体がミスの減少につながるはずですよね)対案を考えておいた方がずっと健全だし楽でしょ?ということです。
よく出来たシステムの常で立ち上げる時には相当な面倒に追われることになっても、ひとたび出来上がると格段に業務が効率化するということはあるわけですから、医療現場もそろそろ個人の資質頼りではなくシステマチックにやっていくよう改善していくべきなのでしょうし、そういう方面を研究し良いアイデアを出してくる人材も業界内外で育ってきても良さそうに思います。
医者といえば新しい薬や治療法の導入という点では皆さん柔軟性があるというより貪欲と言ってもいいくらいなんですから、このあたりのシステムとしての医療にももっと目を向けて検証していけば、案外安上がりに劇的な業務の改善効果が期待出来るような盲点が見つかってくるかも、ですかね。

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