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2010年5月24日 (月)

まだまだ先は長いという最近の話題二題

何かこのところ妙に蒸し暑くなってきて、すこしばかり体調維持に苦労していますが、皆さんもおかわりはないでしょうか?
さて、本日は最初はそんなものなんだろうなという最近の話題を二件ほど紹介してみたいと思いますが、まずはこちら産科補償制度初年のまとめが出たという話題からです。

産科医療補償まだ34件…剰余金数十億円発生も(2010年5月21日読売新聞)

 出産事故で脳性まひになった子どもに医師の過失がなくても3000万円の補償金を支給する産科医療補償制度で、昨年1月の導入以降の支給件数が34件にとどまっていることがわかった。

年500~800件という当初の見通しに比べると著しく鈍い出足で、今後、支給件数が大幅に増えない限り、数十億円規模の剰余金が発生する可能性がある。制度の周知徹底が求められるほか、要件緩和や補償金額など見直しの議論も浮上しそうだ。

 同制度は患者の早期救済と、医療訴訟を減らして産科医離れを食い止めることを目的に導入された。申請ができるのは、脳性まひの診断が可能になる生後6か月から5歳の誕生日まで。運営する日本医療機能評価機構によると、昨年初めに生まれた赤ちゃんが生後6か月を迎えた昨年7月以降、今年4月までの10か月間に申請があったのは35件。書類の不備で継続審査になった1件を除き、支給が決まったのは34件だった。

 補償金は医療機関が同機構を通じて損害保険会社に支払う保険料(出産1件3万円)で賄う。

 国内の出産は年100万件余あり、保険料は年約300億円集まる。保険会社との契約で、件数が予想より少ない場合の剰余金は、支給が年300人を超えれば全額が同機構に返還されるが、300人未満なら、300人分の額と実支給額の差額は保険会社の取り分になる。同機構は、現時点で件数が少ない要因として、〈1〉成長して症状が変化することもあるため医師が診断に慎重になっている〈2〉制度の認知度が十分でない――などを挙げる。

以前にも取り上げましたようにこの制度、もともとの予測件数の試算が少し甘いのではないかという疑惑もありますけれども、取り敢えず初年としては周知徹底の不足といった事情が最も大きい要因になっているだろうことは容易に想像できるわけで、そうなりますと今後どのあたりで需要が横ばいになってくるのかが重要ですよね。
仮に予測より少ないところで横ばいになったと言うことであれば、補償金額を引き上げるとか保険料を減額するといったことではなく、より広範な対象が補償を受けられるように要件の緩和に回してもらいたいものですが、特に年間3000人とも試算される脳症児のうちごくごく限定された一部分しか補償が受けられないのはどうかと言う話です。
こうした制度の理念としてより広範な救済を行っていくことが望ましいのは言うまでもないことですし、より現実的な問題として補償を受けられる、受けられないで現場に新たな火種を持ち込むような話にもなりかねませんから、早めに支給要件の見直しを検討していただきたいと思います。

以前から繰り返していることですが、広範な無過失保証制度の導入によって医療紛争や、紛争化せずともそれ以前の段階で不毛な医療と患者側との対立関係が発生することを防げる可能性があります。
もちろん金銭的補償によって救済が得られるということもありますが、無過失保障を受けるために患者側と医療側とは自然と同じ目的に向かって自然と協力関係を構築することになる、それが両者の間での感情的対立を防止するとされていて、むしろ産科領域に限らずより広範に対象を広げていくべきではないかと思いますね。
このあたりは制度の規模を拡大して保険会社や天下り団体が儲かることはあっても、国庫支出がさほど増えるというわけでもなさそうですから、国とりわけ財務省あたりにしても積極的反対論を唱えるような状況にもなさそうに思えるのですがどうでしょうね?

さて、一方でいわゆる安楽死、尊厳死の問題とも絡めてこんな話題が出てきていますけれども、まずは記事から紹介してみましょう。

延命中止想定で脳死判定 民主が立法化へ(2010年5月20日47ニュース)

 民主党は20日、人工呼吸器などの生命維持装置が装着されたまま「臨床的脳死」と診断された患者に限り、特別な脳死判定を経た上で医師に延命治療の中止を認めることの立法化に向け、党内での検討を始めた。

 桜井充・党参院政審会長が「試案」として骨子を作成、国会内で同日開かれた党政策研究会で示した。ただ、臓器移植ではなく延命治療の中止想定で脳死判定を行うことについて党内には慎重論も根強く、今国会の法案提出は困難な情勢だ。

 試案によると、医師が「臨床的脳死」と診断した後、患者や家族の意向を確認。延命治療の中止を求める場合、臓器移植の際の法的脳死判定に近い形で「特別脳死判定」(仮称)を実施する。これで「脳死」と判定された場合、医師が患者への医療行為を中止し、心停止に至った時点で死亡宣告を行うとしている。

患者本人が事前に治療継続を望んでいた場合は、家族が希望しても延命中止はできず、逆に本人が中止を希望していた場合でも、家族が治療継続を望めば中止できない本人の意思が不明で家族が存在しない場合も中止できない

こうした話に関しては絶対反対と言う人もいるだけに、法制化の最初のとっかかりとしてまずはこんなところからスタートするのもやむなしなんでしょうが、救急学会のガイドラインが「家族の意思が明らかでない場合や家族が判断できない場合は、家族の納得を前提に、医療チームが治療中止を決めることができる」としているのと比べると、ずいぶんと消極的な内容に留まっているとは言えると思いますね。
もちろん「勝手に人を死体扱いするな」と言う人たちと、「本人や家族の意志が判らなければ永遠に続けるのか?」という現場との間に何らかの妥協点を探る必要があるわけですが、人の死を法的に規定するという作業になるだけに最初はかなり厳しい基準になるだろうとは当然予想できたところで、むしろ注目すべきはこういう法律ができてから警察や検察が実際どう対応を変えてくるのかですよね。
法律でこういうきちんとしたルールができたんだからその枠内からはみ出したのはケシカランとなるのか、あるいは法律上も延命中止を認めているのだからと周辺のグレーゾーンも含めてある程度対応を緩くしてくるのか、過去の事例からするとこの方面に関してはかなり謙抑的な運用がなされている印象ではありますが、今後どうなってくるのかが要注目だと思います。

この件に限らず民主党政権になって医療に関わる部分でも結構色々な動きが出ていて、恐らく彼らとしても何かしらの危機感あるいは突き上げがあって「何かをしなければ」という気持ちはあるのでしょうが空回りしていると言うのでしょうか、今のところ衆院選で鞍替したという人も多いだろう医療現場の人間から見ていて、期待されたほど現場の声が届いていないのではないかという印象もあるんじゃないかと思います。
定期的に開かれている同党の「介護を考える議員連盟」の勉強会においても、100人を超える加盟議員数に対して毎回参加者は10人そこそこという寂しい状況が続いているようですけれども、こういう調子ですと「なんだ、医療・介護を重視するなんて言ってたけれども、結局票集めのためのアピールだったか」と言われかねない気配にもなってきますよね。
昨今医療現場からの要求というのはやれ不要不急の受診抑制だ、やれ医療費削減見直しだと、受益者である国民から見てみると現状改悪とも言えるような話も多く、そうした意味では医療従事者の声に耳を傾けるということは国民に背を向けることにもなりかねない側面もありますから、今後どちらに顔を向けていくつもりなのかと選挙絡みでも各方面から注目が集まるところでしょう。

しかし小沢さんの平素の言動から推察するに、「釣った魚に餌はやらない」と言われて日医涙目なんてことも十分ありそうかなとも思っているんですが(笑)。

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