« 包括支払いの罠 自戒を込めてちょっと復習 | トップページ | 今日のぐり:「多田水産 須崎道の駅店」 »

2010年5月21日 (金)

久しぶりに出た夕張の話題 しかしそれはちょっと待った?

かれこれ数年前になりますが、東大生がコンビニクリニックを開業なんてニュースが流れたのをご存知でしょうか?
当時はまだ今ほどマスコミや一般人に医療崩壊という危機感がなかった時代だったせいでしょうか、「さすが東大生!患者のニーズを的確にリサーチしている!」「こんなこともできないから医療業界はダメなんだ!」なんてことを言って、一部方面ではずいぶんとヨイショされていたような記憶があります。
こういう取組み自体はそこにビジネスチャンスがあると参入する医師がある人間がいるならどんどんやってみればいいと思うんですが、先日伝え聞くところではどうも廃業に追い込まれていたらしいですね。

賢者の知恵 灘高 元生徒会長 城口洋平の頭脳(2010年5月7日現代ビジネス)より抜粋

 日本最高の中学、高校、大学を卒業し、さらに世界最高の企業の内定を手に入れたといわれる若者。しかし彼はそこで、既存の組織に属することを止め、自分の手で企業を作ることにした。その真意は。
(略)
 灘高の生徒会長だった僕にとって「東大法学部現役首席合格」というのが、ある意味ノルマでした。ものすごいプレッシャーでしたね。自分の感じとしては、まさに命を削って勉強した。首席は無理でしたが・・・。

 大学に入った城口氏は、持ち前の好奇心と行動力でさっそく動き出す。参議院議員で東大医科学研究所客員研究員でもあった鈴木寛氏のゼミで触発され、日本にもアメリカのような「医療界のコンビニ」をつくろうと立ち上がり、資本金わずか120万円で、手軽に受診できる夜間診療のコンビニクリニックを、学生など20人の仲間と一緒に開院したのだ。

 代表には僕が手を挙げました。18~19歳の現役東大生が代表ならメディアが飛びついてくれるという計算も、いま考えると関係者内ではあったかと思います。

正解が分からない世界で生きる

 実際、新宿に第1号のクリニックをオープンした当初は、狙いどおり週何本もの取材を受け、クリニックとともに僕の顔と名前も一気に世間に知れ渡りました

 でも、現実は甘くなかった。何とか最終的に黒字にはなったものの、チェーン展開などは夢のまた夢で、最後は他の医療法人にお譲りする形でなんとか収めるしかありませんでした

 大きな挫折でした。自分で勝ち取ったと思っていたポジションも、周りに持ち上げてもらっていただけで、自分には実力も覚悟もなかった、と今では恥ずかしく思っています。
(略)

今の時代新規開業にはとことん軽装で初期投資を徹底的に抑えるしかないとはよく聞くところですが、失敗と言いながら大きなダメージも無く撤退しえたということは医者が始めた仕事と違ってビジネスとしてきちんと評価していたということもあるでしょうし、最初に「若い医師が退職金でクリニックを開けるモデルに」と予算120万円以内という制限をつけた出資者の鈴木寛参院議員も相応の慧眼であったということなんでしょうか。
そんなこんなで今回は民間によるトライアンドエラーがまた一つ行われたということで無事済んだ話ではありますけれども、これが小回りのきく民間主導ではなく国がという話になってきますと、往々にして大失敗で赤字垂れ流しを続けながら撤退の決断も出来ずズルズルという話になりがちですよね。
以前から色々とこの業界関連でも話題になる夕張市ではかつて村上先生が「これだけ好き放題やっていれば夕張の破綻は当然。しかし実は夕張は可能性に満ちている」なんて感動的な大演説をブチあげたことがありましたけれども、どうもその可能性の追求が国主導ということになってきますと、これは果たしてまたぞろいつか来た道を逆戻りなんてことにならないかと心配になってきます。

夕張市を医療情報網整備のモデル都市に 原口総務相語る(2010年5月20日朝日新聞)

 原口一博総務相は国会内で朝日新聞の取材に応じ、準備中の財政再生団体・夕張市への支援策の概要を明らかにした。人口減少と高齢化が進む同市を、ICT(情報通信技術)の整備によって辺地でも質の高い医療サービスを受けられる「医療クラウド(情報の雲)」のモデル都市にし、「集中的に支援したい」と語った。市が要望してきた医療・介護サービスを受けられるケア付き住宅の建設も、「国として最大限の支援」を事務方に指示した。

 原口総務相は支援の重要分野を「医療と教育」とし、東京都23区より広い地域に高齢者が分散して暮らす市内に、医療クラウドを整備。ICTを活用した遠隔医療を可能にし、医師が不足する地域の不安の解消を目指す

 また、同市では学校統廃合で今年度から中学校が1校になり、来年度からは小学校も1校化されて子どもたちが長距離の通学を強いられる。こうした教育環境についてもICT整備で改善をめざし、参院選後には同市を再訪問し、前回の視察で果たせなかった学校訪問をして「子どもたちの声も聴きたい」という。

 廃校舎を活用した福祉・介護の専門学校の誘致やケア付き住宅の導入などについては、「広く学校団体や各種団体にも協力を呼びかけていきたい」と話した。

 また職員を大幅に削減した市の行政執行体制にも懸念を表明。財政再生計画策定時には沖縄県の離島村との比較も持ち出した職員給与の全国最低水準維持には、「生活が成り立たない」「長く勤め続ける希望が持てないのでは」とする市側や地元住民、労働団体の心配を考慮し、職員の処遇改善に前向きな姿勢を見せた。職員の新規採用についても市は「再生計画にある採用の前倒し実施」を求めており、原口総務相はこれにも理解を示した。

 また今夏の再訪問の際には「夕張支援コンサート」を開催し、「交流人口の定着化にも一役買いたい」。基本的な考え方として原口総務相は「一次的な財政支援ではなく、地域の創富力を育てるような支援を考えている」ことを強調した。(本田雅和)

話を聞いている朝日新聞の記者自体何が何やら判っていないのかツッコミ不足と言いますか、実態のつかめない言葉が並んでいるだけの記事という印象ですけれども、しかし素朴な疑問としてこの場合の遠隔医療とはどのようなものを想定しているのかとは思いますよね。
広い地域に高齢者が分散して云々と言うからには、夕張診療所で遠隔画像診断をといった話ではなく各地区別、あるいは各戸別での医療サービスを想定しているのでしょうが、ここで昨今流行りの医療クラウドなんて話が出てくるところを見ると、あるいは地域内の全住民を入院患者的に扱うようなシステムをも想定しているのかも知れませんね。
ただこうした僻地高齢者には下手すると「数字が読めないから電話なんて使えない」レベルのびっくりさんがいたりすることもありますし、基本的に何やら難しそうなもの=自分と無関係と思考回路が直結してしまう人々も多いわけですから、むしろ需要が高いのは受話機をとればいつでも医療相談が受けられる直通回線と言ったレベルのローテクの方なんじゃないかという気がするんですけれどもね。

いずれにしても後で引込みがつかなくなった、なんてことにならないようきちんと評価と検証のシステムを組み込んだ上でやってみるには面白い話ではあると思うのですが、一方でこの記事を見て思い出したのが先日普天間移設問題で徳之島側住民から出てきたと言う受け入れ条件の項目です。
前述の夕張の記事に出てきた「廃校舎を活用した福祉・介護の専門学校の誘致」云々の話も市側が要望していたとも受け止められる文脈ですけれども、徳之島でも地域から出てきたのは「看護学校、専門学校の設置」という要望で、田舎では看護学校誘致が流行っているのか?と思うような話でしたよね。
実際に看護師という職業は昔から貧しい女性が自立するための数少ない選択肢の一つであったという歴史的経緯もあり(それもあって、今でも看護師の御礼奉公なんて習慣が残っているわけですが)、21世紀の今になっても未だに地域で一定の需要があるようですけれども、最近ではどうも地域の看護師志望者を他所に流出させないよう抱え込むための看護学校設置という生臭い側面もあるようなんですね。

もちろん需要があって志願者もいるということであれば施設を建設するのも結構なんですが、こうした医療僻地でもある地域で現代医療に必要とされるレベルの実践的看護知識を身につけるためには、当の本人にも単にカリキュラムをこなすのみならず相当な努力を要求されることになるはずで、教育機関として敢えて厳しい立地を選ぶのもどうなのかと言うことです。
一方でそうやって苦労して看護師になった向上心の強い人達が、失礼ながらろくな医療機関もない医療僻地に残ってまで地域に貢献してくれるのかという疑問もあるわけですが、「せっかく学校まで立ててやったのになんだ!この恩知らずどもめ!」なんて後日糾弾される、なんてことにならなければいいんですけれどもね(医者の世界では「高い税金かけて医者になったのになんだ!この恩知らずめ!」とはよく言われていますが(苦笑))。
そもそも今の時代高齢者に対しては医療よりも介護の方を主体にというのが世間の流れなんですから、ここは別に固定観念で看護師看護師と言わずとも介護職養成などを行っていった方が話が簡単かつ実際的なメリットも大きいような気もしますが、このあたり結局ニーズと言うよりは見栄に近いものが先走っているのかも知れません。

小さなコミュニティを対象にいろいろと実験的なことをやってみるというのは確かに面白いこともできそうな気もするのですが、その下地になっているのが旧態依然とした発想ということでは、いくらIT活用だの何だのと言っても変わったのは見てくれだけにもなりかねないという話で、結局本当に変わるべきものは何なのかと考えてしまいます。
加えてこうしたモデル都市での成果を全国的に広げていくためには、ビジネスとしての収益性は無視するとしてもその効率性、言葉を変えれば目標を達成で来たかどうかを考えないわけにはいかないですけれども、朝日の記事から読み取る限りでは評価ポイントをまさか「地域の不安の解消」なんて曖昧模糊としたものに置いているというわけではないでしょうね?
いずれにしても夕張の場合もともと問題点山積とも言われた中、それを解消することなく安易に底の抜けたバケツに水を注ぐようなことをやってしまっては意味がないし、少なからぬお金を使って行う作業が単なる政治家の支持集めで終わるということでも困るわけですから、国費をつぎ込もうと画策する側には「今度は違う。これなら上手くいく」と納税者を納得させるだけの説明責任があるように思うのですけれどもね。

|

« 包括支払いの罠 自戒を込めてちょっと復習 | トップページ | 今日のぐり:「多田水産 須崎道の駅店」 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/48415842

この記事へのトラックバック一覧です: 久しぶりに出た夕張の話題 しかしそれはちょっと待った?:

« 包括支払いの罠 自戒を込めてちょっと復習 | トップページ | 今日のぐり:「多田水産 須崎道の駅店」 »