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2010年5月 7日 (金)

再出発を果たした銚子市立病院 その前途は未だ多難なようで

以前に公立基幹病院が突然の閉鎖と話題になり、当「ぐり研」でも何度か取り上げさせていただいた銚子市立総合病院ですが、ちょうどこの連休明けから久しぶりに営業を再開しているようです。
当面入院も扱わず限りなく診療所といった状態のようですが、関係者はここからもう一度這い上がろうという意欲満々のようで、逆にそれが悪い方向へのプレッシャーになるのではないかと心配されるところもありそうです。

銚子市立病院が診療再開 1年7カ月ぶり(2010年5月6日産経新聞)

 医師不足などから一昨年9月末で休止した銚子市立総合病院(千葉県銚子市前宿町)が6日、「銚子市立病院」として1年7カ月ぶりに診療を再開した。当面は内科の外来診療のみで、再開初日は常勤の笠井源吾院長と非常勤医師3人が診察を担当し、市民など約20人が受診した。

 午前中に受診した同市榊町の建具業、榊喜一郎さん(73)は「休止前に7年間通院していた。家の近くになじみの病院があると安心。以前は生活指導もしてくれたので、早く元通りの大きな病院になってほしい」と話した。

 近くに住む70代の女性は「内科だけでは不便。眼科など診療科目が増えれば、患者も戻ってくるだろう」と話していた。

 同病院は、市が医療法人財団「銚子市立病院再生機構」に業務を委託する公設民営方式で運営。平成25年度中には診療科目10科、病床数200床の規模を目指している

1年7か月ぶりの診療へ(2010年5月2日読売新聞)

銚子市立病院再開 医師確保など課題

 1年7か月にわたる休院から、公設民営の「銚子市立病院」として生まれ変わった旧銚子市立総合病院。6日からの外来診療再開を前に、笠井源吾院長は1日の記者会見で「始めなければ事は進まない。小さく産んで大きく育てるという方向でやっていきたい」と述べ、内科の外来診療にとどまる現状から、2013年度末に10診療科200床の規模に戻すという再生事業計画の達成に意欲を示した。

 再開を祝うテープカットの後、笠井院長らと記者会見に臨んだ野平匡邦市長は、「奇跡だと思っている。本当に感無量」と喜びをかみしめた。笠井院長も「患者の目線に立った医療を目指し、信頼される病院を作っていきたい」と抱負を語った。

 しかし、笠井院長らは、急務となる常勤医師の確保などについては「困難を抱えた船出」とした。今後は、市民、行政、医療機関などの理解と支援が必要との認識を示し、若手の医師に「我々と一緒に病院の立て直しに取り組めば、いい勉強になるのでは」と呼びかけた。

 公的医療機関を守ろうと、岡野俊昭・前市長の休院表明後、反対署名を集めた同市春日台町の金秋陸夫さん(64)は「何はともあれ、再開されたことは歓迎したい」と喜んだ。その一方で、「課題は救急受け入れと高齢者医療。1年後を見守りたい」と話した。

 伊関友伸・城西大准教授(行政学)は「病院再生には、医療、福祉、健康づくりを地域全体でどうするかという理念や方向性が必要。休止となった反省を生かさないと、うまくいかない」と指摘。「オープンした以上、住民も含めて地域が一体となって病院を支える必要がある」と話している。

千葉というところはあれだけ県土も広く人口も多いことから相対的に医療資源が貧しい県として知られていますけれども、一方で亀田総合病院を始め全国的にも有名な巨大病院を幾つか抱えていることでも知られていて、医療に関する力量は決して低いものではないと推察されます。
そんな中で閉鎖に追い込まれた調子市立総合病院が再び大勢のスタッフを抱えた基幹病院として再生出来るかどうかですが、こんな短い記事のコメントを拾い読みするだけでも関係者それぞれに微妙な温度差を感じるようにも思うのは気のせいなんでしょうかね?
市長も自ら再開にこぎつけたのは奇跡だと言っていますけれども、CBニュースがこの病院再開に至る経緯をなかなか精力的に取材していますので、以前の記事から市長自身のコメントというものを引用させていただきましょう(この時点では四月に再開の予定だったというあたりからも、何やら苦闘ぶりが見えるようですけれどもね)。

再生に懸ける銚子病院(下) 盆明けに“暫定開業宣言”へ(2009年08月14日CBニュース)

 千葉県の銚子市立総合病院の診療再開をめぐり、銚子市は7月23日、医師や弁護士らでつくる「銚子市立病院再生準備機構」(以下、機構)と委任契約を締結し、病院再生事業は新たな局面を迎えた。来年4月の暫定再開に向け、現在、機構側が再開に必要な医療資源(医師、看護師、医療法人など)の確保を目指している。市立高校の看護学生を新病院に呼び込むため、野平匡邦市長は盆明けにも、事実上の「暫定開業宣言」をしたい考えだ。来年度の暫定再開は実現できるのか。そして、機構は病院再生への青写真を描けるか―。野平市長がキャリアブレインの単独インタビューに応じた。

―岡野俊昭前市長のもとで進められていた「市立病院指定管理者選定委員会」(以下、選定委)は昨年6月26日、公募で名乗りを上げた医療法人を「不適切」とし、再生事業は事実上白紙に戻りました。

 市長候補者になる前の段階で、わたしは「こういうやり方で医師は集められない」とはっきり申し上げてきました。昨年秋に「銚子市病院事業あり方検討委員会」が組織され、委員ほか数人で選定審査を行うこととなりました。これは前市長のもとで始まったことなので、わたしは結論が出るまで表立った行動を控えていましたが、公募した法人が「不適切」となった26日夜、東京都内で機構と非公式の初顔合わせを行いました。

―7月23日、市は機構と委任契約を結び、再生事業は野平市長のもとで新たに動き出しました。

 市議会や職員に民法上の委任契約の意味を理解してもらえ、大きなハードルを超えたと思っています。機構のメンバーは、私が個人的に信頼関係を結んできた超一流の人たちの集まりで、法人格もありません。そのため、かなり大きな議論になりました。市議会の人たちがそれを受け入れたということに、大きな意味があると思っています。
 今回の委任契約は、医療組織、指定管理者になり得る後方医療集団、法人を連れてくる方に委任しています。着手金、実費、そして成功報酬を払うという、いわばビジネスの原理なんですね。わたしたち地方公務員や地方議員は、相手の経営収支の苦労というものが全く見えていない。仕事を受注して事務費や人件費を払っている集団を、何もアウトプットしなくても給料が自動的に振り込まれる自分たちと同様に見てしまうのは、基本的な間違いです。これまでのやり方は、それが問題だったのではないでしょうか。

―専門家への委任契約という形態を選んだのはなぜですか。

 選挙戦に向けてわたしが動き出したのは3月ですが、その頃、社団法人地域医療振興協会を訪問し、非常に大きな手応えを感じました。協会側は、「野平市長個人との過去の信頼関係を基に協力する」と言ってくれましたが、一方で「全面的に頼られても困る」とクギを刺されました。この時、こちら側も自分で医師を集める努力をしなければならないことがはっきり分かり、機構という発想にたどり着いた訳です。
 機構のメンバーは、さまざまな分野の専門家で、この人たちが病院の医師や院長になるという話ではありません。いろいろな人脈や過去の信頼関係を通して、複数のルートから医師を集めようという考え方です。地域医療振興協会以外にも、4、5の医療集団が見え始めています。まだ公表できませんが、これまでの進行状況や手応えから言って、来年4月の暫定開業はあり得ると考えています。

―病床数や診療科など、新病院に求める医療体制はどのようなものでしょうか。

 昨年11月に「銚子市病院事業あり方検討委員会」がまとめた報告書では、最低限必要な診療科として、内科、外科、整形外科、小児科、そして24時間の救急がありました。4診療科、100-150床、そして救急という3つの条件が付いたのですが、何が本来あるべき姿なのか分からないので、機構にはそこから検討するようお願いしています。当然、経営が成り立つバランスもある訳ですから。既に市民の中にある考え方の一つなので、もちろん尊重はしますが、「経営ベースで一番合わない数字だ」と批判する方もいるので、これだけにとらわれないつもりです。

―国保旭中央病院とは、今後どのように連携していくのでしょう。

 病院休止後、銚子市民が結果として、旭中央病院を崩壊させるほどの圧力とご迷惑を掛けている側面も否定できません。病院側は「三次救急は引き受ける」と言っていますが、一次と二次については、銚子市内の病院で受け持つよう求めています。そうでないと、三次も受けられない状況になってしまう、と。だから、二次救急は銚子でやるという意思表示を早くしたいと思っています。来年4月の再開には少し不安も残りますが、二次については、銚子市立病院と他の大病院で担うことが前提だと思っています。各地域の周辺病院と基幹病院でない中核病院とが、県全域で二次救急まで行うということです。

―旧病院では医業収入に占める人件費の割合が高く、それが経営を圧迫していました。

 機構が集める病院長想定者、医療法人ならば医療法人の理事長想定者たちが、「こういう姿であればやらせていただきます」というものがあれば、基本的にそれに従います。たとえ公立病院でも、ペイしないものを作ってはいけないと思います。旧病院では、医師の確保が困難になった結果、累積赤字が少しずつ膨らみ、人件費も異常な高さとなりました
 ただ、25年前に「総合病院」となった時点で、既に問題があったのではないか、というのが私の意見です。2004年に始まった新医師臨床研修制度の影響で、確かに致命傷を受けましたが、始まった当時から大きな問題を抱えていたと思います。経営度外視で、ただただ日大にお願いしてしまった。当時から、「30年ぐらいたてば、たぶん駄目になる」という声があったそうです。
 今回、医師や看護師を雇う体制をつくると同時に、経営的にペイする仕組みが必要だと思います。非常に厳しいことを言うと、仮に建物を新築した場合、その減価償却費を賃料として払ってくれる。赤字への経常費補助金は、国の制度的な支援以外は出さないという条件をのんでくれるようなところを探したいんです。市の一般会計が、病院次第で分からなくなるのではなく、明確に責任を分ける必要があります。病院の中で経営ライン、診療ラインが、それ相応に一つの医療法人としてやっていけないと、市の財政力では今後も赤字は補てんできませんから。もちろん、理想通りには進まないと思うので、例えば、5 年ぐらいの間は、地方交付税措置と同額を上乗せして市単独で助成するというような覚悟も必要です。途中から赤字になって、それを市が無原則に負担する仕組みはもうないと考えるべきでしょう。

―機構は、年度内に医療資源を確保できるのでしょうか。

 銚子市内には、市立高校の5年制の看護科がありますが、経営が厳しいため、2年前に生徒の募集を停止しました。現在、3年生から5年生の学生が残っており、来年から毎年35人くらいずつ、3回にわたって卒業します。わたしも機構側も来年の暫定開業時の戦力として、彼女らを当てにしています。そこで、盆が明ける17日以降に、来年4月から正看護師として就職する学生たちに対し、わたしの方から「ぜひ銚子市立病院で働いてほしい」と声を掛けるつもりです。直前までの機構の情報を持って、「来年には、確実に暫定開業するので来てほしい」と。
 これは「暫定開業宣言」に近い訳ですよ。万が一、開業できなかった場合は、市の一般会計で看護師として雇うつもりです。4月が駄目でも、来年度のできるだけ早い時期に間に合わせる、と。病院が始まる前に人件費を払うということは、市としても背水の陣となりますが、それぐらいの覚悟で意思表示するつもりです。場合によっては、暫定開業時の院長、もしくは名誉院長想定者も呼び、こういう先生が来るという安心感を与えなければならない。魅力的な病院をつくるという意思表示をして、ぜひ新病院に入ってほしいと願っています。

―院長想定者と言われましたが、既に見通しは立っているのですか。

 院長想定者だけでは駄目なので、常勤医師5、6人に加えて非常勤を含めた最低10人の医師が必要だと思っています。それは、選定委の人たちもイメージしていたことでしょう。少なくとも、当時の選定委に出していれば、文句なしに合格していたような人数は集めたい。最終的には、医師数30、40人というイメージを描けるかが重要です。それも同時に示さなければ、医師が安心して働けませんから。志の高い熟年医師が来てくれても、くたびれてしまいますよ。だから、若い医師が来る仕組みとセットにしないと、30、40人の構想は描けないと思います。機構がそれをどのように描くのか期待しています。
 9月から定例市議会が始まります。医療法上の病院休止を延期してもらうため、県に対し9月30日までに病院再生の工程表を出さなければなりません。地域医療再生臨時特例交付金の100億円をこちら側に引き寄せるには、ベッド数を留保する以上の内容を示す必要があるので、市議会との論戦でそのことを詰めていくつもりです。
(略)

まあしかし、卒業もしていない看護学生を今からスタッフとしてあてにしているだとか、大胆と言うより綱渡り的な危うい話にも思えますけれども、やはりこのあたりが数でしか見ていない素人さんの限界ではあるのかなという気はしますが、逆に全く今までの医療のやり方とは違うことにチャレンジして果たしてどうなるのかというモデルケースとしては興味がひかれるところですよね。
幾つか興味深いコメントが出ていますけれども、市長としては大学の派遣頼りな医師集めのシステムはもう無理だと思っていて、そこにビジネスとしての仲介業的考えを導入しようとしているというのがまず一点、そして市立病院と言っても赤字垂れ流しでもやるべきだとは思っておらず、経営的に成り立つ範囲でやっていくべきだと考えているというのがもう一点、注目されるところなんでしょうかね。
一方で医師を集めるなら一気にある程度の数を確保しないといけないと言うのはまあよいとして、少なくとも市内患者の二次救急までは市民病院で引き受けることが前提であるとしている、これは24時間救急整備が必要という「あり方検討委員会」の報告書も受けての話だろうと思いますが、同委員会のかくあるべし論と現実とが今後どう整合していくのかには要注目ですよね。

市長自身としてはビジネス的に成立するシステムでないと今後はやっていけないということを言っているわけですから、仮にこれから医者が集まらない、このスタッフではとても24時間救急など無理だ、不採算の小児科などやってられないという話になってきた場合に受け入れる覚悟はあるのかも知れませんが、問題は病院再開だと大喜びしている市民がそこまで腹をくくっているかどうかでしょう。
冒頭の記事でも市民の声としてはやっと病院が再開した、これからまたどんどん大きな病院になってくれという話ばかりですけれども、採算性も何も考えず分不相応なものを維持してきた結果が閉院に追い込まれる羽目になったと言う経緯を思う時、こうした素朴な市民の声に従っていたのでは間違いなく同じ結果になってくるんじゃないかという気はしますよね。
伊関友伸先生の「病院再生には、医療、福祉、健康づくりを地域全体でどうするかという理念や方向性が必要。休止となった反省を生かさないと、うまくいかない」というコメントが意味深に思えてきますけれども、この言葉の意味をきちんと噛み締めている市民がどの程度いるのかといったあたりが、同病院の今後を左右することになるのでしょうか。

いずれにせよ誰がどう見てもうまくいったら儲け物というくらいに前途多難な現状ですが、せっかくゼロからのリスタートになったことをむしろ好機と捉えて、ありきたりな地方公立病院の枠にとらわれない斬新な経営を目指してみるのもいいんじゃないかと思うんですけどね。

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コメント

銚子市立病院の事を検索していたところ
こちらがヒットしましたので興味深く拝見させていただきました。

あまりニュースになってはいませんが
銚子市立病院の再生のきっかけとなった笠井院長はすでに辞められて
新たな病院長のもとで再スタートとなったということですが
その交代劇であまりにも悪い噂しか聞こえてこないもので
所詮は政治や一部の人間の利益の為の道具でしかなかったのかと
銚子市立病院の事を調べるうちにますます残念な気持ちになるばかりです。

投稿: | 2010年10月12日 (火) 11時15分

再開後の計画が明らかになった時点でネットじゃ失敗コース一直線だってささやかれていたんだから当然の結果でしょ。
今や地方公立病院は身の丈にあった経営に徹して生き残るか、好き勝手放題やって自滅するか二つに一つ。
一度潰しておいてまた拡大路線でいきますなんて身の程知らずもいいところ。

投稿: 通りすがりのただの人 | 2010年10月12日 (火) 20時26分

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