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2010年5月11日 (火)

万人に平等な医療で皆が満足できる時代は過ぎ去りました

珍しく仕事が立て込んでいる中でちょっと眠いこともあって、今日は少しばかり気分的にも低調だと自覚しながら書いてます(苦笑)。
さて、先日小さな記事で出ていまして、読んであれ?と思ったのがこちらのニュースです。

消費者庁、医療事故も公表 「不安あおる恐れ」の声も(2010年4月30日47ニュース)

 消費者庁は30日、これまで電化製品や食品に関連するものが多かった消費者安全法に基づく重大事故の公表事案に、今後、医療機関で起きた事故も含めると発表した。

 「リハビリ中に骨折」「リモコン操作のベッドに体を挟まれた」などのほか、「手術中に容体が急変し死亡」といった原因究明に高度な専門知識が必要なものも含む

 消費者庁は「横断的に情報を明らかにすることで再発防止に結び付く」としているが、事故の詳しい経緯や発生日時、場所、個人名は公表されておらず、「情報が少なくあいまいで不安を招く恐れもある」との消費者団体の指摘もある。

 消費者庁によると、3カ月に1回程度、記者会見やホームページで公表していく。厚生労働省や地方自治体が公表していないケースも、内容次第で明らかにする

これ自体色々と議論を呼びそうな話ではあるのですけれども、とりあえず今回は予想される今後の事態だとか細かいところはスルーして話を進めたいと思います。
消費者庁設立に推進した福田内閣曰く、消費者庁とは「消費者行政の司令塔として、消費者の安全、安心にかかわる問題について幅広く所管し、消費者の視点から監視する強力な権限を有する」組織だそうですから、患者の側からすれば何をいまさらな話とも受け取れるとも思いますが、見方を変えれば医療とは消防や警察のような社会資本ではなく一産業であると考えているのだとも取れる話ですよね。
医療事故というとこれまで裁判になった、勝った負けたといった話が中心になってきましたけれども、こうして医療が他産業と同じ視点で評価される時代になってきますと紛争化以前のもう一つ厳しい要求水準にさらされるようになってきたとも言えるでしょうし、言葉を変えるならば医療従事者にも今まで以上に顧客満足度という概念を理解することが求められるようになったと言ってもいいかも知れません。

従来の日本では国民皆保険・混合診療禁止が前提であって、金銭的な面で差をつけるわけにはいかないこともあって専ら質の向上というものを追求してきたわけですが、その質の追求なるものも実は医療の質(これ自体は国民皆保険では全国どこでも同じという前提になっているものです)向上さえ目指していればそれでいい的な、悪い意味での職人気質に染まった医者も数多く見られました。
飲食産業であれば「俺の飯が一番うまいんだ。ごちゃごちゃ言わずに黙って食え」といった頑固親父の店のようなもので、もちろんそういう店も時には面白いんですがいつもそればかりでは気疲れがする、それよりゆったりとくつろいだ良質のサービスが欲しいだとか、ファーストフード的な安かろう悪かろうでも気軽に利用できるものがいいとか、純然たる商品の質以外の部分に価値を見出す顧客の方が実は多いようにも見えます。
最近では混合診療解禁が既定路線のように語られるようになっていて、一方で国民皆保険という前提も崩壊しつつある以上、多様な顧客に対応出来る多種多様なサービス提供というものが医療業界の側にも求められるようになってくるはずですし、そのために必要な現場の意識改革というものも個人的に大いに興味を引かれるテーマです。

サービスの多様化と言えば聞こえはいいですが、混合診療導入などの議論で語られる余分なお金を出してもっといい医療を式の話ももちろんある一方で、お金がないから標準的医療ではとても支払いできないといった顧客層へのサービス提供も考えておかなければいけないわけですよね。
中でも急ぎの課題と思われるのが保険証をもっていないだとか、自己負担分ですら払えないといった低所得者層への医療サービスをどうするかという話でしょうが、とりわけ昨今では医療機関の側も多少の持ち出しは構わないなんて悠長に構えていられないだけに、万人に平等な医療を提供するという建前維持の是非という議論は実は結構深刻な問題になってきています。
先日ネット界隈で妙に共感を伴って語られていたのがこちらの記事ですけれども、いつもながらの大先生の御高説垂れ流しであるのは置くとしても、そろそろ日本でも本気で低所得者への医療提供をどうするのかと考えていかなければならない事情の一端は垣間見えるのではないかと思いますね。

ついに“健康格差”が広がり始めた!?   がんでも病院に行けないワーキングプアたち(2010年5月7日ダイヤモンド・オンライン)

 世界一の長寿命国といわれる日本。だがひょっとすると近い将来、その地位から転落するかもしれない。経済格差が拡大するにつれ、“健康格差”の影が広がりつつあるからだ。

「医療費が支払えず相談に来られる方で、重度の糖尿病を患っているケースがけっこう多いんですよ」

と打ち明けるのは、石川県にある総合病院のソーシャルワーカー、Aさん。糖尿病といえば、“金持ち病”というイメージがあるが、Aさんは「むしろ、貧困を抱える人に多いのでは」と言う。

「独り暮らしのワーキングプアはお金がないと、安いジャンクフードでおなかをふくらませるしかない。そんな生活をずっと続け、体重が増えてしまった人は結構見受けられますよ。その結果、糖尿病や心臓疾患を患う方が少なくないですね」

 米国や英国ですでに健康格差が存在するのは周知の通り。低所得者層は食生活や健康管理に気を配る経済的ゆとりはなく、肥満になりやすいという。同じようなことが、ここ日本でも起こりつつあるのだろうか――。

もはや健康保険証はぜいたく品?

 ワーキングプアが直面しているのは、食生活の劣悪化だけではない。病院に行かず、死の直前まで病魔を放置せざるをえない人々もいる。

 全日本民主医療機関連合会(全日本民医連)が加盟医療機関を対象に行った調査によれば、経済的な理由から受診が遅れ、死亡に至った事例は2009 年の1年間だけで少なくとも47件にのぼっているそうだ。

 40歳の非正規雇用の男性は、病院を訪れた日から、なんとわずか4日後に亡くなっている。原因は肺結核だ。神奈川県にある会社の寮に住み込んで働いていたが、健康保険証は持っていなかった。体調が悪化しても病院に行かずにいたが、そうこうするうち症状が重篤化。受診したときには、完全に呼吸不全に陥っていた。

 引っ越し代で貯金が底をつき、国民健康保険に加入できなかった男性(47歳)は、もとトヨタの期間工だった。リーマンショックで解雇され、寮を出てアパートに越した。そんなとき、以前から抱えていた体の不調が一気に悪化。それでも「お金がないから」と診察をためらい続けていた。ようやく受診すると、尿管ガンと診断される。ガンはすでに骨や脳に移転しており、たった4ヵ月の闘病生活の末に亡くなってしまった。

 パナソニックの本社のある大阪府門真市が工場の海外移転で空洞化。国保滞納率が約70%にまで上り、話題になったのは記憶に新しい。同じような顛末をたどる企業城下町が、今後増えても不思議はないだろう。

 実際、2008年度の国保の納付率は88%。国民皆保険制度が始まって以来最低の割合だ。一部の失業者や非正規雇用の人々にとって、健康保険証は “ぜいたく品”となりつつあるのかもしれない。

日本の医療費は“パチンコ市場”と同程度

 だが、医療が受けられず健康格差にさらされているのは、無保険の人ばかりではない。

 同連合の調査では、健康保険証を持っているにもかかわらず、経済的な事情で受診が遅れ、死亡した例が10件、報告されている。中には正社員の人もおり、ワーキングプアが非正規雇用だけでなく、正規雇用にまで広がっていることをうかがわせる。

 国の医療制度には、一定の金額(自己負担限度額)を超えた部分が払い戻される「高額療養費制度」もあるが、窓口で払う3割の自己負担金そのものに耐えられない、という人が少なくないようだ。

 そもそも、「フリーアクセス」「平等給付」が国民皆保険制度の身上。健康保険証1枚あれば、いつでも誰でもどの医療機関でも受診でき、患者にとってはありがたい制度といえる。おかげで、日本の医療はWHOの健康達成度総合評価でも世界第1位だ。

 だが、そんな表向きの平等性とは裏腹に、医療格差は着実に進んでいるようだ。「国民皆保険制度はとっくに崩壊している」と指摘する有識者もいる。済生会栗橋病院副院長 本田宏氏だ。

「だいたい3割という自己負担率は、じつは世界の中でもトップクラスの高さなんです」

 たしかに、同じように社会保険制度を導入しているフランスやドイツでは、自己負担率は5%程度。北欧では基本的にゼロだ。

「国民皆保険が達成された1961年当時は、まだ国が貧しく、自己負担率は5割でしたが、その後サラリーマンは1割となりました。それが一気に3 割へと引き上げられたのが2003年です。

 このとき政府は『高齢化で医療費が増えるため、国民の皆さんにも負担をお願いしたい』と説明した。国民も、日本の医療費は高いからしかたがない、と涙を飲んで納得しました」

 しかし、ほんとうにそうなのか。じつは“情報操作”されているだけなのでは、と本田氏。

「日本の医療費はGDP比8%程度で、先進7ヵ国中最低なんですよ。規模にして34兆円ですが、これ、パチンコ業界の市場規模とさほど変わらないんです。他業界と比べても突出しているわけじゃない。

 しかも、これから高齢化がどんどん進むわけだから、医療費は上がるのが自然です。ところが小泉政権は、2002~06年度まで社会保障費を1.1 兆円、その後5年間にわたって年2200億円削減する自然増抑制策を取り決めた。国民の負担が増えるのは当たり前でしょ」
(略)

財政赤字が強調されると医療の自己負担が増える

 日本の財政赤字は世界一。だから医療費はなんとしても削らねばならない――

「医療費亡国論」は4半世紀が過ぎた今も生き続けているようだ。だが、「諸外国では財政赤字を算出する際、資産から借金を相殺しているのに対し、日本では資産は公開せず、借金の額だけを示して諸外国の数字と比較している」と本田氏は指摘する。

 経済学者の菊池英博氏によると、800~1000兆円とされる日本の財政赤字は、他国と同じ方法で計算すると、256兆円に圧縮されるという。

 ともあれ、財政赤字が強調されればされるほど、「医療の自己責任論」がさかんになる。その結果、病院に行けないワーキングプアが生み出されているといっても、過言ではない。

「考えてみてくださいよ、税金も健康保険料も国民のお金なんですよ。財務省は、俺たちの金だと思ってるかもしれないけど(笑)。そのうえ窓口で3 割もの自己負担金を支払わなきゃいけない。どこが国民皆保険なのか、という話です。

 ある試算によれば、欧州では税金100万円あたり、社会保障などで国民に戻ってくるのが70万円ほど。ところが、日本の場合は40万円しかリターンがない。残りは天下りやコンクリートに流れているんじゃないですか」

「病気になれない未来」を食い止める

 国民皆保険制度の崩壊を憂える声がある一方、「医療の悪平等」を指摘する人々もいる。

 たとえば「混合診療」解禁への声だ。混合診療とは、保険診療に保険外診療(自由診療)を併用すること。今のところ原則として禁止されているが、差額ベッドや高度先進医療についてのみ、部分的に認められている。

 ガンや難病に苦しむ人々の中には、1日も早い全面解禁を待ち望む人も多い一方で、「解禁されれば保険外診療に比重を移す医療機関が増え、従来の保険診療の質が落ちて医療格差が広がる」と危惧する人もいる。

 どちらが正しいとも言いきれないが、「その前に、海外では使用されている薬が日本ではまだ未承認となっている状態“ドラッグラグ”を解決することが先決。もちろん、安全性を十分考慮したうえでの話ですが。また、混合診療の解禁にあたっては、エビデンス(科学的根拠)を示し、どのくらい効果のある医療なのか明らかにしたうえで、国民みんなで議論することが必要では」(本田氏)

 また、ごく一部だが、自己負担金を支払えるのに不払いを決め込む、悪質な患者も皆無とはいえない。

 群馬県の総合病院に勤務する精神・神経科医師は「多額の未払い金を溜めているのにパチンコで遊んでいる患者さんも。こうした人が増えると、本当に必要としている人に適切な医療を提供できなくなってしまいます」とため息をつく。

 水の豊かな日本では、蛇口をひねればいくらでも水道水が出てくる。それと同じ感覚で、医療もかつてはタダ同然で受けられると信じられていた時代があった。もちろん、医療はタダではなく、水と同様、濫費されることがあってはならない。

 とはいえ、水道料金が今の10倍に跳ね上がれば、たちまち生活に困る人々が現れるのと同じように、健康保険料や自己負担率が上がれば、“病気になるわけにはいかない人”が増える

 また、今後の経済情勢によっては、現行の健康保険料、自己負担率が2倍、3倍もの重みとなって、私たちの肩にのしかかりかねない。事はけっして一部の人々だけの問題ではないのだ。

「低福祉、高負担」の国で経済格差が広がれば、“命の格差”はますます進んでしまう。

日本の医療政策の問題点の一つに、基本的には低負担を目指した皆保険制度を導入しているのにも関わらず患者側に全くアクセス制限を行っていないということがあって、このため受診抑制を図るためにも医療費抑制のためにも自己負担を高くするという、何やら皆保険の意味がないようなことを行ってきたという歴史的経緯があります。
とりわけひとたび生活保護になれば保険料も医療費負担も全てタダ、長く入院するほど保護費が貯まってお得という妙な役得がある一方で、その一歩手前の低所得者層では保険料負担に窓口負担のダブルパンチを強いられているわけですから、これでは真面目に歯を食いしばって働くほど損だと言う良からぬ風潮も世に蔓延して、結局はお国のためにもならないと思うのですけれどもね。
そんなこともあって医療のみならず、経済成長の面から考えても今最も緊急の患者向け政策はこうした低所得者層医療だとも言えそうですが、大先生のように国民等しく全てが最善の医療を受けられて当然であるという方々が大きな声で世論を導く限りは、財政支出も厳しいおりだけに国民皆が等しく我慢するしかないという話にも終わりかねない危惧もあるところです。

医療は万人に対して平等であるべきの前提を維持したまま今後も続けていくのなら金銭以外での受診抑制動機を設定しなければ医療現場が崩壊するだろうし、金銭負担によって格差をつけることを是とするならお金を気にせず出来る限りの医療をなんて無茶なことはもうやっていてはいけないのだと、患者は元より医療従事者の側も意識改革をしていかなければならないでしょう。
余談ながらこのあたりの低所得者層向けに健康保険よりは安上がりに最低限の医療だけを保証するようなニッチなマーケットが出来てくるのかどうかとか、その場合何かあったときに値段相応で仕方がないと受け止めるだけの国民合意は形成出来るのかとか、今後の課題として興味深いテーマは幾らでもありそうに思っています。
一方で今後も医療へのフリーアクセスを続けるなら、お金がないから受診しないという自己責任もまた国民は受け入れなければならない道理ですが、低所得者救済のために保険料や窓口負担の免除・軽減を大幅に拡充していくのか、あるいは保険料の税負担方式への変更なども考えて行くのか、現場負担など考えず財政的な面だけをとっても政府としても頭が痛いところでしょうね。

それでも勤労意欲もあり今後数十年税金を払ってくれるだろう現役ワープア層へお金を使うということになれば、それは後で何倍にもなって戻ってくる生きた投資になると思うのですが、民主党政権の方でも全く無策でいるつもりはないということなのか、最近になってこういう話が出てきたというのは注目に値するんじゃないかと思います。

医療自己負担、上限4万円に軽減…来年度にも(2010年5月8日読売新聞)

 政府は8日、医療費の窓口負担が一定額を超えた場合に払い戻す高額療養費制度について、70歳未満の年間所得約300万円以下世帯(住民税非課税世帯は除く)の負担上限額を現行の月額約8万円から月額約4万円に引き下げる方向で検討に入った。

 年内に厚生労働相の諮問機関「社会保障審議会」で具体案をとりまとめ、2011年度にも実施したい考えだ。

 新制度の適用を受ける対象者は、3000万人程度と想定している。

 現行制度では、70歳未満の高額療養費の自己負担の月額上限額は、所得に応じて、「住民税非課税世帯」は3万5400円、「一般所得世帯」(年間所得600万円未満)は約8万円、「高額所得世帯」(年間所得600万円以上)は約15万円となっている。

 高額療養費の対象となるのは、がんや神経性難病などの患者が多く、過去12か月以内で3回以上、高額療養費の支給を受けた場合は4回目から半額程度に軽減する特例が設けられている。

 しかし、最近は景気低迷で医療費負担に苦しむ患者も増えていることや、効き目が大きい高価な抗がん剤が普及してきたことから、一般所得世帯のうち、約3分の1を占めると見られる所得世帯の負担軽減が必要だと判断した。

 厚生労働省によると、高額療養費は、医療費ベースで年1・6兆円(2007年度)。同省の試算では、年間所得約300万円以下の世帯の上限額を半額に引き下げることで、医療費ベースで4000億~5000億円程度、国庫ベースで1000億円以上の財源が必要となるという。実現に向けては財源の確保などの課題がある

 ◆高額療養費制度=1か月の医療費が自己負担の上限額を超えた場合、超過分が払い戻される制度。現行では自己負担の上限額は所得水準によって、70歳未満で3段階、70歳以上で4段階に区分されている。例えば、60歳の患者が腹痛により7日間救急病院に入院すれば、医療費は約42万円、3割負担で約13万円かかるところ、自己負担は約8万円にとどまることになる。

ワープア層というのは入院して働けなくなった時点で一切の稼ぎがなくなったり、元より貯蓄など最初からなく支払いのしようもない場合も多いという事情を考えれば正直いささか半端な話なのではないかとも思うのですが、何もしないよりは多少なりとも負担が減るというのは良いことでしょうね。
このあたりはもう少し大胆な政策を打ち出してくれば医療重視で票を集めた民主党としてももっと広範な支持が得られるのではないかと思いますが、逆にこの程度のことでも結構大きな財源が必要になるというわけで、先ごろ揉めた開業医冷遇策で稼いだ分などあっという間に吹っ飛んでまだまだ足りないとも言えるのですから大変ではあるのでしょう。
個人的に面白いと思ったのは民主党と言えば後期高齢者医療を目の敵にしていて、政権を取ったらさっさと潰しますなどと言っていたように記憶しますが、実際に政権を取ってみると早々に廃止は先送りしますなどと宣言してしまった、一方で今回の件もいわば現役世代向けの話からこうして出てきたということで、案外地に足がついて見えるのは医療系のブレインの献策なんでしょうかね?

このあたりは結局のところ国民も政府も医療にあまりお金を出せなくなっているという大前提を認めるというのであれば、結局誰かが我慢して誰かの救済に回すというやりくりをしていくしかないんじゃないかと思いますが、その場合の救済対象として誰を優先するのかという議論が、そもそも医療などを必要とする人々は一般的にいって誰もが社会的弱者であるといえるだけに難しいところですよね。
そうは言っても日本の医療は寝たきり高齢者にも濃厚治療をやり過ぎるなんて国民の側からも批判されてきたくらいなんですから、元気になれば社会的価値も大きい現役世代優先で行くというのは論理的な結論だとは思うし、諸外国でも高齢者医療と若年者医療に差をつけることは普通に行われている以上、そろそろ社会的にもそういうコンセンサスの形成を目指していってもいい頃だとは思います。
何にしろ参院選も控えて医療政策の方面でも、ちょっとそれはどうよと思うようなあからさまな空手形も含めて今後色々と出てくる時期ではあるのでしょうが、同じ語るにしてもお年寄りはさっさと死ねと言うのか!なんて単に感情論に訴えるだけの話ではなく、医療現場や国民生活に与える影響まで考えての政策の応酬をやってもらえれば実のある議論になるんじゃないかと思いますね。

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