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2010年4月20日 (火)

人は石垣、人は城と言いますが、やはり働きやすい環境整備も重要なようで

最近は医療ネタというものが一般紙でも結構当たり前に取り上げられるようになっていまして、それだけ社会的関心も高まっていると言うことなのかとも思うところですよね。
ちょうど先日の朝日新聞も特に真新しいネタがないにも関わらず社説でこんな話を取り上げていましたけれども、細かい部分の是非はともかくとして医療崩壊と呼ばれる現象の実態がどのように言葉を偽っても薄給激務で身を粉にして働く奴隷医者の不足なのだと、ようやく理解し始めたということなのでしょうか?

【社説】医療の危機―人材を集め育てる策を(2010年4月19日朝日新聞)

 「医療崩壊を食い止める」。今春の診療報酬改定にあたり、厚生労働省の関係者らは繰り返した。だが、医師不足の解消に本気で取り組まない限り、危機は克服できない

 改定では救急や産科、小児科などでの治療に対する報酬が4月から増えた。これらの分野を強化するのは当然のことである。

 奈良県大淀町で2006年8月、町立病院で出産中に意識を失った妊婦が19病院から受け入れを断られ、脳内出血で死亡した。08年には東京都で脳出血とみられる妊婦が7病院から断られ、亡くなった。

 こうした悲劇を繰り返すまいと、奈良県や東京都などは現場の医師らの努力で、搬送された妊婦を必ず受け入れる態勢づくりを急いでいる。

 妊婦の搬送が拒否される一因とされる新生児集中治療室(NICU)の不足にも目が向けられた。政府はいまの1.5倍にあたる約3千床が必要と試算。大学病院や自治体もNICUを増やそうとしている。

 だが、設備を整えても産科救急の危機は解決しない。それを使いこなす新生児科医や産科医が足りないことが最大の問題だからだ。

 新生児科医は、小児科などの教育のうえに専門研修が求められ、全国に千人ほどとみられる。その1.5~2倍が必要であると、新生児科医の団体は試算している。

 医師不足は過重労働につながっている。当直の翌日でさえも通常通りに働くという無理な勤務が続いている病院が少なくない

 医師不足に対処しようとする動きが現場にも出てきた。神奈川県立こども医療センターの新生児科は昨春、新生児科医をめざす小児科医のための短期研修制度をつくった。NICUを使える医師が各地に巣立っている。

 もちろん、必要なのは抜本策だ。多くの新生児科医や産科医を育てるための政策が求められている。

 不足は特定の分野にとどまらない。日本は06年の人口千人当たりの医師数が2.1人で、経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均3.1人を大きく下回り、最低水準にある。

 この現状を克服するには、民主党が政権公約に掲げた「医師養成数の5割増」を軸に、医師の総数を増やす長期計画づくりを急がねばならない

 大学の医学部の定員を増やす。医師となるにふさわしい人材に広くチャンスを与えるような教育制度改革や、奨学制度の充実も求めたい。

医師の偏在をなくす努力も必要だ。医師の負担を軽減するため、看護師や機器を扱う技師も充実したい。

 「いのちを守りたい」を掲げた民主党政権はもちろん、超党派で取り組むべき重要課題である。

まあしかし全国96%の病院で行われている当たり前の勤務状況を「少なくない」などと至って控えめに表現してみたり、抜本的対策なるものが某大先生の主張そのままであったりするあたりが朝日新聞の限界かなという気もしますけれども(苦笑)、いずれにしても当面各地の医療現場としては制度的改革などといった迂遠の策を期待できるわけでもなく、まずは出来るところから手当をしていくしかないというのは当然ですよね。
実際問題その出来るところというのが非常に山積しているのではないかと思われる施設、地域は全国に幾らでもあるわけで、とりわけ医者が競って逃げ出す地方自治体などではほとんどの場合、医師不足がどうとか言う以前の問題であるということは医療以外の面で全く同様の構図が見られることでも明らかだと思えるところです。
昨今ではこういう歓迎されざる地域の実態を称して俗に「心の僻地」などと言ったりもしますが、繰り返しますがこの「心の僻地」はすなわち物理的な意味での「僻地」とイコールでも何でもなく、医者と住民が暖かい関係を長年維持しているど田舎もあれば、日々医者が逃げ出していく大都市圏の一角も存在しているということは承知しておかなければならないでしょう。

さて、先日は宮崎県小林市の市民病院問題が市長選で大きな争点となっているという話を紹介しましたけれども、ちょうどその市長選の結果が出たようですので紹介しておきましょう。
ちなみに市職員歴38年という筋金入りの地方公務員である肥後氏ですが、選挙戦時には「働く環境を整備し、医師確保の先頭に立つ。懸案の産婦人科、小児科も入院できる態勢を目指す」「市民代表や医師会、行政などで協議会を設置し、市立病院の役割を明確にする」といったコメントを残していることは先日も紹介しました通りです。

「医師確保」小林市長選 当選の肥後氏 /宮崎(2010年04月20日朝日新聞)

 18日投開票の小林市長選で初当選した元副市長の肥後正弘氏(64)は19日、同市内の事務所で記者会見に応じ=写真=、医師不足に悩む市立病院対策が最優先課題として「医師の確保に邁進(まいしん)する」と解決への努力を約束した。同病院では内科医が2月から1人体制になり、時間外診療や救急患者の受け入れが難しくなっており、産婦人科の休診も続いている。

 23日付で市長に就く肥後氏は、就任後真っ先に鹿児島大学医学部を訪問し、内科医などの派遣を要請する考えを強調。難航する場合は鹿大側の了解を得たうえで他大学への要請も進めるとして「市民のためにどんな手段でもとる」と語った。市民代表や西諸医師会などによる「医療対策協議会」の発足に向け、関連予算案を6月定例議会に提案するという。

 肥後氏は「経験と実績をくんでいただき、空白はだめと市政を続行できる肥後正弘を選んでいただいた」と勝因を分析。骨格のままの今年度予算について、マニフェストに沿って農業と福祉に重点を置いた施策を6月補正予算案に組む方針を示した。「市民目線の行政」を推進するとして掲げた行革市民会議と事業評価委員会についても6月に関連予算案を出す意向という。

まあしかし選挙戦の時から見ていて思ったことではありますけれども、「市民のためにどんな手段でもとる」と言いつつ相変わらず医者のためには何をするとも一言も言わないあたり、やはり医者も看護師も逃げ出すだけの職場環境であるとは故なきことではなかったのだと改めて思うところですけれどもね。
一応は小林市と新市長のために弁護めいたことを言っておきますと、別段こうした認識は小林市だけのことではなくて、かつて医局の人事機能が強力だった時代の地方自治体病院と言えば「医者など黙っていても毎年送られてくるもの」であったわけで、「どうせ来年も新しいのが来るんだから今年の奴隷は使い潰しても問題ない」という認識が一般的であったわけですね。
しかし今や国民の総意で白い巨塔など潰してしまえと医局の権威など消し去ってしまった、ついでに新臨床研修制度導入などもあって今や医者も自分で勤務状況などを見比べて就職先を選ぶという当たり前の感覚が身についてきていますから、こうした昔ながらの感覚がいつまでも残っている地雷病院になど誰も見向きもしなくなったのは当然ではあるでしょう。

「こんな田舎に医者が来た!」なんて時々新聞ネタになっているのを見れば、今やネットで調べて応募してみましたなんて話がずいぶんと多いんだなと気付くと思いますけれども、全国どこでもネット経由で口コミ情報から過去の地域の履歴まで即座に手に入る時代ともなれば、過去の実情や評判なども今更隠そうと思っても隠しきれないのは当然ですよね。
つまりは時代が変わっているという認識と、今のままでは二度と医者などやってこないという危機感をもって、地道に意識改革を行ってきた地域には田舎であっても医者は来ている一方、今どき昔ながらの殿様商売を改められない地域では「医者がいない!国が強制的に医者を送り込むような仕組みを作ってくれ!」なんてますます人権無視一直線で現状を乗り切ろうとしているというわけです。
こうした状況を要約するならば、結局は医者も同じ人間であると認め、権利と自我を持った一個人として遇することを覚えた地域が医療崩壊と呼ばれる時代の勝ち組となりつつあるとも言えるかと思いますが、人権無視一直線から別な方向へと舵を切って今を乗り越えようとする試みもようやく各地で現れてくるようになったようで、それぞれに何とか現状を打破しようと工夫をこらしている様子が興味深いですよね。

救急医療へ感謝の一言を 県がメッセージ募集 /栃木(2010年4月15日下野新聞)

 中核病院の勤務医不足が深刻化する中、過酷な救急医療の現場で昼夜を問わず奮闘する医師たちを励まそうと、県保健福祉部は15日から、県内の救急医療機関を利用した患者や家族などから医師へ感謝の気持ちを伝えるメッセージの募集を始める。多忙を極める医師の励みにしてもらおうと、初めて企画した。

 県によると、県内では、医師を確保できている病院と不足に悩む病院との二極化が進んでいる。特に、24時間態勢で患者を受け入れる救急医療機関は、医師の負担が大きい。

 「患者からの『ありがとう』の一言が何よりの励みになる」。県の担当者が、現場の医師からそんな言葉を聞いたことが、メッセージ募集のきっかけになった。「一人でも多くの命を救うために使命感を持って働いている医師に、一人でも多くの患者や家族の感謝の気持ちを届けたい」

 患者側に安易な「コンビニ受診」を避けてもらうなど、相互理解を深めてもらうことも狙いだという。
(略)

こういう話を聞くと「そんなパフォーマンスでオレ様がクマー」なんて声もありますけれども、民度とは地域住民の共有する空気感でもありますから、まずこういうところからムードを盛り上げていくという試みも面白いかも知れませんね。
今のところどの程度の実効性があるのか判断しかねますが、結局のところコンビニ受診等で現場が疲弊して一番不利益を被るのは当の地域住民であるわけですから、いっそ感謝のメッセージだけでなく不要不急の救急受診をした者は「皆さんご迷惑をおかけして」と反省文を書いていただく、なんてのもいいかも知れませんね(笑)。
一方でこのコンビニ受診という問題、時代の変化に医療側が対応しきれていないことが背景にあるという意見も利用者側からは根強いわけですが、ある程度の医療リソース蓄積があれば守りに入るよりも積極的に打って出る方が奏功する可能性があるというのがこちらの記事ですけれども、未だ問題なしとはしないようです。

脱・救急コンビニ受診 拡大(2010年4月8日朝日新聞)

  ◆休日夜間診療所、各地で新設へ

  いざという時、頼りになるか――。地域の「救急力」を2回に分けて見ていきます。初回は「コンビニ受診」への対応。急いで治療を受ける必要がないのに救急に来るのは、患者のモラルだけの問題でしょうか。共働き世帯の増加や生活の夜型化など社会の変化に対し、多くの医療機関は夕方で診療を終えているのが現実です。新たなニーズの受け皿として、自治体と医師団体が連携し、休日や夜間の診療所を開く動きが広がっています。(錦光山雅子)

  ◇夜型社会の受け皿に

  3月26日金曜の午後6時半。広島市中区にある広島市民病院1階の待合スペースには、数人が座っていた。病院が通常の診療を終えた後、緊急でやって来る患者をみる「救急外来」だ。

  職員から名前を呼ばれた男性(23)が立ち上がった。

  市内のパチンコ店で働いている。3日前、仕事を終えて帰宅後、腹が急に痛み、脂汗が流れた。午前5時、救急外来へ駆け込んだ。CTスキャン検査で尿管結石と分かり、痛み止めをもらって帰った。

  医師からは泌尿器科を受診するよう言われた。にもかかわらず、2回目の受診となるこの日も救急外来に来た

  昼間、病院に行かない理由を聞くと「行かないんじゃなくて、行けない。仕事が休めない」と言う。「病気で休みたいなんて絶対言えない」

  パチンコ店の勤務は2交代制だ。早番が午前7時半から午後5時。遅番が午後3時半から午前3時。休みはなかなか取れない。結局数日分の痛み止めだけもらって帰った。

  午後9時、待合のいすに座る人は、18人に増えていた。

  市民病院の救急は、軽症から重症まであらゆる患者をみており、年間患者は3万5千人にのぼる。午後8~9時がピークで、1時間当たり10、11人が来る。7割は入院までは必要ない軽症患者で、20~34歳の若い世代が多い。発症から1日以上たって受診する患者が3割を超える。

  1晩あたり通常4人の医師が対応する。ここなら夜でも血液検査やCTスキャンが可能だ。検査技師も詰めており、その場で結果が分かる。

  「ここは24時間営業の百貨店のようなもの。自分の病気を自己判断するのは難しい。だから軽症=コンビニ受診と批判はしたくない」と、内藤博司・救急診療部長が言う。「ただ、ここは会社帰りや週末でもみてくれる夜間休日診療所じゃない。急に具合の悪くなった人が来る救急なんですが」

  ◇勤務医の負担減狙い

  救急を担う医療機関は、症状に応じて「1次」「2次」「3次」と役割分担している=参照。だが特に都市部の拠点病院では、軽症患者が「2次」に集中する傾向が強い

  「1次の受け皿が足りないから」と話すのは、診療所開業を支援する医療コンサルタント会社「匠」(東京都)の原田裕士社長。「仕事の都合などで夜や休日の受診を希望する人が増えているのに、それに対応した医療機関が増えていない」と指摘する。

  ただ、民間診療所が夜間や休日に営業しても人件費が割高になり、「割に合う患者数を病院ほど集められず、事業的に成り立たない」とみる。

  広島市の場合、市立舟入病院の勤労者外来(午後8時まで受付)と休日在宅当番医を除き、市内には「1次」を担う夜間休日診療所が昨年まで1カ所もなかった。特に2006年末からは、市民病院が、軽症から重症まですべての患者を救急でみる今の仕組みを始め、夜間の軽症患者が同病院の救急と2次救急の当番の民間病院に集中。こうした状況を懸念していた同市医師会は、05年から市に夜間診療所の開設を要望していた。

  昨年3月、市は南部に夜間急病センターを開設。市が建物や機器をそろえ、年末年始を除き午後7時半~11時まで、同市医師会の医師らが交代で内科と眼科の応急手当にあたる。1カ月の患者は約400~千人。大谷博正・市医師会理事は「昨年の新型インフルエンザの流行時も、市民病院へ行く前の軽症患者をみることができた」と話す。

  広島市同様、休日夜間診療所を設ける地域が中国地方で増えている。「萩」を除き、2次救急病院で軽症患者が集中しているのを緩和するのが目的だ。

  年度内に広島市北部にできる予定の「夜間急病センター」は、地元の2次救急病院でみている内科患者の割合を現在の85%から30ポイント減らすのが目標。同市の市本一正保健医療課長は「急増する夜間の軽症患者を受け入れるための方策の一つ。これで患者の待ち時間を短縮し、救急に携わる勤務医の仕事を何とか軽減できたら」と話す。

医療機関が夜間診療(救急はあくまで非常用で、常設的な夜間診療ではありませんからね)をやってこなかった背景は幾つか理由がありますが、一つには検査センターなども夜間はやっていないことから外注検査も出せない、重症患者が来ても送るべき医療機関もやっていないと、医療全体が夜にまで手が回るほどリソースが潤沢でなかったわけです。
もう一つの大きな理由としては夜間と言えばコンビニの時給などと同様人件費も割増で支払うべきというのが社会常識ですが、診療報酬上は昼間営業していようが夜営業していようが報酬に差はなかった(救急のように告示している診療時間外に患者を受ければ割増料金はもらえますが)事情があって、夜間診療をしても支出が増えるばかりでそれに見合う収入が期待できなかったという事情もあります。
記事中にあるように元々公的資金の入っている公立の施設であればそのあたりの事情は回避できる理屈ですけれども、医師会の夜間診療所と言っても昼間の診療を終えた地区の開業医が交代で夜の仕事に駆り出されるといった状態で、結局は働く主体が開業医か勤務医かと言う違いだけで昼も夜も働かされているということ自体は変わりがないという点は大きな問題だと言えるでしょうね。

昨今よくある病院併設型の夜間診療所なども結局働いているのは昼間も仕事をしている病院勤務医だったりで、やっている当事者からすると結局当直をしているのと同じで負担感が大きいとも聞きますから、あからさまに労基法無視の労働環境を強要するくらいなら最初から俺は夜営業専門でやりたいと希望者が出てくるくらいの報酬体系にしておけという話です。
このあたりは明らかに制度上の問題が非常に大きいわけですから、ニーズの主体である国民としては自ら「夜間営業の施設にはもっと報酬を出すようにしろ!」と国に対して主張していくべきであるし、開業医冷遇の時代に新たなビジネスチャンスにも成り得る以上は日医なども積極的に動いてもおかしくないような話だと思います。
何にしろここでも他業界では当たり前の「需要があり商業的に成り立つのであればそこに人は集まる」という原則が成立する話ではあって、患者は元より「俺は夜型人間だから夜に仕事したいんだ!」という一部の医療従事者にとってもウェルカムな話なのですから、国民目線の改革を口にする民主党政権としてもいつまでも現場の献身にばかり頼っていても仕方がないところでしょう。

しかし医療業界に限らず普段から厳しい環境に身を置いている業界ほど「何も知らない素人が口を出すな!」と反発しがちなところはありますけれども、どこの業界でも長年の経験に基づいて業務が洗練されてきたという背景があるわけですから、そうした知恵をありがたく拝借できる部分があれば使わないのは損ですよね。
むろん保険診療という縛りが世間並みの常識を通用させる上で大きな阻害要因となっている部分もありますが、世間を巻き込んで常識が通用するように報酬改定の圧力をかけていくのか、あるいは保険外診療に活路を見出して行くのか、いずれにしてもまだまだ国庫負担を増やさずに状況を改善できる余地はありそうに思います。
現場にとっても今まで以上に楽して儲けられる方法論があるならば拒否する理由もないはずですから、国民も医療関係者もwin-win関係になれるようなアイデアであれば遠慮なく出してもらいたいし、柔軟に受け入れられればいいと思うんですけれどもね。

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コメント

現状では毎年医師(厳密には医師免許取得者)は増加しています。間違いなく。
仕事をリタイヤする医師より、新規の国家試験合格者の方が多いんですから。

それがなんで「医師不足」といわれるようになったのか、の考察が必要です。

一つは需要の急速な増大が供給に追い付かなくなったこと。
24時間救急や高齢化、コンビニ受診など、拘束時間が大幅に長くなったうえに、そういうしんどい診療科を志望する新人が減ってきているのが現実である。

一つは社会的責任の追及がきつくなり、コンプライアンスを上げることのみが重視されてしまっていること。
もちろん、医療訴訟もありますが、なんでも書類に残せ、説明してサインを残せ、などという点で一人の患者に対する仕事量が増えてしまっている
それをなんとかすることが仕事のはずの厚労省が率先して増やしてるんだからどうしようもない。

一つは医療技術の進歩が省力化に向かっておらず、医師一人ではできないことが増えていること。
もちろん、患者の治癒率が上がっているのはいいのですが、そこに行くまでに必要な医療資源・医療労働量が増えており、医師一人でなんとかできる限界を超えてきているため、中小病院での一人医長というやりかたが不可能になりつつある。

一つは社会全体の傾向に合わせて医師自体が「自分の生活」を重視するようになったこと。
みんながひたすら働くことを重視していた高度成長期には、医師も「ひたすら働く」という志向が強かったと思いますが、国の方針がゆとり社会、なんて言ってる状況で医療職だけが「ひたすら働け」といわれても、そりゃあ困るね、という話です。

こういったこと(もちろん他にもありますが)が絡み合って今の相対的医師不足をもたらしているのでしょうから、それぞれに対応を考えなければどこまで行っても改善することはないと思います。
たとえば、「病気なのに、病院に行くのに仕事を休めないから夜に行く」なんてのは、病院がなんとかするのではなく、雇用者側が考える話であり、それができないのなら、労基署が介入すべき話ですらあると思います。

そういうことを無視して「24時間社会なんだから」と言ってしまったら、医療資源の無駄な浪費にしかつながらない、よりコストがかかるだけに終わってしまいます。

今の日本国の方針が「医療を大事にして少なくとも今のレベルは保ちたい、あるいはもう少し改善したい」と考えるのか、「とにかく使いつぶしてでも今だけ良ければそれでいい」と考えるのか、はっきりしていないのも問題ですね。

投稿: Seisan | 2010年4月22日 (木) 11時08分

医療崩壊という現象に関わる議論の中で、絶対に避けて通るべきでないものが二点あると思っています。
一つには自主規制であれ外的要因による強制であれ、何かしら医療の需要側を制限するためのシステムに関する議論。
もう一つは医療業界としてこれ以上は質が担保出来ないからやりませんという労働環境の上限設定あるいは、それを超えて働くけれども質は保証しませんというコンセンサスを得るための議論。
今こういう状況だからこそやらずしてどうすると思うんですが、誰もが供給側の話ばかりしていて需要側は「コンビニ受診を控えましょう」程度の呼びかけしかしていないし、医師の勤務状況に至っては「いやあお医者さんも大変だねえ」で終わってますからね。

投稿: 管理人nobu | 2010年4月23日 (金) 09時44分

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