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2010年4月 9日 (金)

時には金を出す側の論理にも注目してみると学ぶところも多いもので

日医が外された診療報酬改訂ということで注目された今回の改訂作業ですけれども、実質単なる横ばいを医療費増額と言い張ってみたり、どうも内容の吟味よりも名目を優先したという印象も拭えないところです。
嘉山氏ら診療側委員にしても幾ら増額すればどういう結果になるというビジョンが提示出来ていない以上は、ただ増額増額と主張したところで説得力に欠けたというのも一因でしょうが、逆に支払い側からすると現状で別に困らない以上、増やす必要性が認められないという考え方になるというわけですね。

特集●中医協委員・関係者が語る「2010診療報酬改定」 小幅でも、診療報酬が上がったことには不満がある(2010年4月7日日経メディカル)

中医協委員(健康保険組合連合会常務理事) 白川修二氏

──2010年度の診療報酬改定の議論を終えた感想は。

白川 全体的に時間がない中で、ドクターフィーの導入や医療行政に対する要望など、最初は中央社会保険医療協議会(中医協)での議論の対象ではない課題にまで内容が及び、どうなることかと思った。だが、途中からは中身の濃い議論となり、最終的には無事にまとまって安堵している。

 「中医協の診療側委員から日本医師会の役員が外れ、議論の進め方が変わったか」とよく聞かれるが、私はそうは感じなかった。日医の役員が中医協委員だったとしても、果たして再診料の報酬などに関して一歩も引かずに反対を主張し続けられただろうか。最終的には、公益委員による裁定で同じ結果になっただろう。その意味では、診療側委員が入れ替わったことで議論や結果が変わったとは思っていない

──印象に残っている議論は。

白川 厚生労働大臣への改定率に関する意見具申を中医協としてまとめられなかったのが残念だ。委員間で意見統一が図れず、診療側と支払側の両論を併記する案が検討されたが、最終的には診療側の反対で提出できなかった。それぞれの立場で考えが異なっているという事実も重要なのだから、ぜひ大臣に伝えるべきだったのではないだろうか。

財務省の意向に左右され過ぎた

――改定の全体的な方針について、診療側は報酬の全体的な底上げを主張する一方で、支払い側は予算配分の見直しを求めていたが。

白川 支払い側は、財源の問題から報酬の全体的な底上げに反対していたわけではない。国民の所得が下がっているのに、医療費は自然増分だけでも年3%上がっているのだから、報酬アップの環境にはないと考えたのだ。

 昨今、医療が崩壊しているとよくいわれるが、私たち支払い側は崩壊しているとは思っていない。日本の医療制度はレベルが高く、依然として貧富の差に関係なくどの医療機関にも受診できる。確かに、一部の地域や診療科に関してはすぐに手を打たなければならないと思っているが、それは報酬の配分見直しや税金の投入などで手当てすべきだ。このため、小幅とはいえ診療報酬が上がったことには不満がある。

 医療を取り巻く課題が多岐にわたる中、どこをどのように改善して、そのためにはどのくらいの財源が必要なのか、そして、ほかの政策も勘案して診療報酬では何について重点的に手当てするのか――。議論を進める上での大前提がはっきりしていなかったので、中医協で話し合っていても釈然としない部分が少なくなかった

――しかし今改定では、疲弊が目立つ病院や勤務医対策に対して重点的に報酬配分ができたのでは。

白川 開業医と勤務医の給与格差の是正などを求めた行政刷新会議の「事業仕分け」など、中医協とは違うところでの議論が改定に多少影響した面がある。その一つが、政府によって「入院」と「入院外(外来)」別の改定率が設定された点。本来、こうした予算枠の配分は中医協で議論すべきことだ。診療側委員の安達秀樹氏が「財務省の意向が改定率にかなり反映された」と憤ったのは理解でき、私も決定過程がおかしいと感じた。

 ただ、「入院」に手厚い財源が割り振られた点については評価している。救急医療の立て直しや勤務医の負担軽減などに焦点が当たり、今後、ある程度の効果が表れることを期待している。

――改定の効果はどのように検証していくのか。

白川 効果がどれだけあったかを検証するのは、実は難しい問題だ。例えば、勤務医負担の軽減を目的に医師事務作業補助体制加算や急性期看護補助加算などを手厚く評価したが、その分の収入をどれだけ本来の目的に費やすかを判断するのは経営者だ。報酬の使い途を中医協で限定しろという意見もあったが、それは行き過ぎだろう。経営者が自身の役割をしっかり認識した上で、こうした報酬を “生き金”にしてほしい。

 また、医療安全対策加算の議論の際に、「報酬が安すぎて人を雇えない」という意見が診療側から上がったが、この加算は人件費を賄うものというよりは、こうした取り組みに対するいわばインセンティブとしての報酬だ。その収入をどう使うかは、病院経営者のセンスだろう。

初再診料の議論はすぐにでも始めるべき

――初再診料や外来管理加算のあり方なども今後議論になると思うが。

白川 基本診療料の見直しは、次期改定に向けて早急に着手しなければならない課題だ。初再診料については簡単な検査や処置は含むなど、性格付けが明確になってきた。今改定では、「同一のサービスを提供するのであれば、同じ点数であるべき」とするわれわれ支払い側の主張通り、病院と診療所の再診料の統一も実現した。あとは具体的な点数の議論だけだと思う。

 ただ、外来管理加算は相変わらず性格があいまいだし、点数自体が適切かどうかの議論もこれまでおざなりにされてきた。支払い側としては、外来管理加算をどうするかが、今後の最大の問題だととらえている。

 入院基本料のあり方も大きな課題だ。今改定では、私たちが主張したように急性期に手厚く配分された。しかし療養病床については、小泉政権時に病床の大幅削減が決まったものの、民主党政権になって政策の見直しが示された。政府や党の具体的な方針はまだ決定していないが、その行方を踏まえて報酬のあり方を考えていかなければならない。

――このほか、印象に残った改定内容は。

白川 10年来の懸案であった診療明細書の無料発行と、病院と診療所で異なっていた再診料の統一を実現できたことだ。特に、明細書の無料発行は意義が大きいと考えている。

──明細書の無料発行を巡っては、診療側が最後まで「すべての患者に発行する必要があるのか」と疑問を呈していた。

白川 自分の受けた診療内容を知るのは、患者の当然の権利だ。現在発行されている領収書である程度の内容は分かるが、病院に指示されるがままに検査や治療を受けている入院患者なども少なくない。それを考慮すると、患者が診療内容をしっかり把握するためには、領収書では情報がかなり不足している。

 公益委員からは「医師と患者の間に情報の非対称があり、それを補うために明細書が位置付けられる」との発言があった。「医療情報の公開・開示を求める市民の会」といった市民団体の世話人を勤め、中医協委員でもある勝村久司氏が主張するように、治療を受けたエビデンスがないと、薬害などの被害にあったことを証明するものがないという考えも大切だろう。こうした様々な点から、明細書の必要性を否定することはできない。ただ、明細書は必要ないという患者もいる。そのため、患者が申し出たら明細書は発行しなくてもよいことにした。

 医療関係者から事務作業が煩雑になり混乱が生じるという指摘もある。ただ、患者が医療費の自己負担分を自動で払い込める機器を活用して、既に明細書の発行に取り組んでいる病院で問題が起きたという話は特に聞いていないので、それほど心配することはないだろう。一方で、診療報酬の項目を理解できない患者は多いと思うので、保険者としても明細書の見方を加入者にしっかり知らせていきたい

かなり言葉足らずに見えますけれども、なかなか重要な指摘が数多くあるなと思われる中で、特に注目しておきたいのは「医療が崩壊しているとよくいわれるが、私たち支払い側は崩壊しているとは思っていない」「収入をどう使うかは、病院経営者のセンス」という二つの発言でしょうか。
白川氏の主張する通り、崩壊するとか既に崩壊しているとか言いながら未だにどこにも患者が受け入れられなかったという事例は発生していないし、救急が大変と言いつつどんな患者もせいぜい数時間以内に治療が開始されていると言うわけですから、「三日間ストレッチャーの上に放置」なんて現象が発生するような医療崩壊先進国からすれば「一体どこが崩壊?」と言われても仕方がないとも言えるわけです。
その意味では「日本の医療制度はレベルが高く、依然として貧富の差に関係なくどの医療機関にも受診できる」という状況が未だ立派に機能している以上、近年続いてきた医療費抑制政策が悪いなどと主張したところで「何が悪いの?まだ全然許容範囲でしょう?」と言う反論は依然として十分な説得力を持つとも言えるのでしょうね。

「そうは言っても現実問題地方に医者は来ていない」という声もあるかも知れませんが、別に病院収入のうち何をどれだけどこに使えなんて規定があるわけではないのですから、足りないと言うなら暇にしている癖に高給取りの永年勤続事務の首を切ってでも医者の待遇改善に回せば良いという理屈も成り立つわけです。
「3000万も出したのに医者に逃げられた!」と言われようがそれは給与以外の面で医者にとっての魅力となる職場環境を用意出来なかった側が悪いという話で、もっとずっと安い給料でも幾らでも医者がやってくる病院もちゃんとあるわけですから、単にそれは「病院経営者のセンス」が問われているということなのでしょう。
実際問題として医師不足を「国の低医療費政策が!新臨床研修制度が!」と声高に他人の責任ばかり主張しているような地方公立病院ほど、今は亡き(笑)医局人事でもなければ「誰があんな糞病院に…」と陰口を叩かれるような地雷病院が多いというのは定説ですから、こうした見解はそれなりに説得力を持っているように思われますね。

一方で「医療は全然崩壊していない。医療費はまだ下げられる」という白川氏の主張が成立するためには、そうした状況をまだまだ大丈夫とみなす社会的コンセンサスが必要とされることは言うまでもありませんが、現実問題として医療崩壊という現象を我が事として捉えている国民など未だ少数派であるという現実もあるわけです。
マスコミが最近医療崩壊だ、日本は大変だと言ってみたところで、大多数の国民にとっては「病院の料金がまた高くなった!医者がまたボロ儲けしやがって!」なんて話の方がよほど切実な問題ですから、国民の中でごくごく一部に「いや私は困ってる!」という声を上げる人がいたとしても、「アフリカではその日の食べ物にも事欠く人々が」なんて話と同列の遠い世界の出来事と捉えられていても当然ではありますよね。
そうした社会的コンセンサスというものを考える上で見逃せない一言が末尾に出てくる「保険者としても明細書の見方を加入者にしっかり知らせていきたい」という一言だと思うのですが、このあたりに関連してこちらの記事を紹介してみましょう。

診療明細書 患者ら「分かる言葉で書いて」(2010年04月07日大分合同新聞)

 県内の各病院で4月から、会計の際、領収書と別に「診療明細書」が手渡されるようになった。医療の透明化と患者への情報提供を進めるため、国が新たに交付を義務付けたものだが、医療処置や薬剤の名称、診療報酬点数など、素人には分かりづらい文字や数字がずらり。患者からは「これでは意味が分からず、必要性を感じられない」の声も上がっている。

 大分市内の中規模病院でも1日、診療明細書の交付を開始。会計の窓口担当者が「不必要な場合は申し出てください」と説明し、患者に手渡した。今のところ、特に混乱や問い合わせはないという。
 「薬剤管理指導料 430点」「HCV核酸定量 450点」「B―V 13点」「フロモックス錠」「ブスコパン注射液」…。
 明細書には国のマニュアル通り、使用した薬剤や検査の名称などが記されている。「明細を見れば、どんな医療を受けているかが分かる。治療について医師と話す際の手掛かりになり、無駄な診療をなくすことにもつながる」と九州厚生局大分事務所は説明する。
 だが、「がんを告知しないケースでは、検査や薬剤の名称で本人に知られてしまうことも考えられる」とある病院の事務長。国は「配慮が必要な場合は発行する義務はない」としているが、「周知は十分でなく、患者の意思に反して交付してしまうこともあり得る」と危惧(きぐ)する。
 診療所では7月から、明細書の交付が義務化される(歯科診療所は来年4月から)。既に交付を始めた診療所もあり、患者の7~8割が高齢者という大分市内の診療所は「チラリと見て『難しそうだから次回から要りません』と断る人が多かった」。別の診療所は「リハビリだと常に同じ内容になる。必要性を感じない人が多いのではないか」。
 病院に通う同市内の50代女性は「確かに細かく記されているが、わたしたちが理解できる“言葉”で説明してもらわないと…」と話す。
(略)

勝村久司氏は薬害被害の証明のために絶対必要なんだ!と言い、診療側はいやそんなことしたら窓口は大混乱だろjkと言う、その明細書発行がこの四月から始まっているわけですけれども、以前から言われていることに「これが何の費用だとか説明するのは病院窓口じゃなくて、本来国と保険者の仕事じゃね?」という声は以前からあったわけで、図らずも今回の白川氏の何気ない発言でそれが裏付けられた形とも言えると思いますね。
医療側が医療は崩壊している、それ故に医療費を上げろと主張するなら実際崩壊しているのかどうか、それに対して何を目標に幾らの金を出すべきなのかといったことを説明し国民的コンセンサスを形成するのが筋だという白川氏の提言ですが、全く同様なインフォームドコンセントの不足が他ならぬ健保組合側にも言えるのだという話でしょう。

白川氏の健保組合ら保険者側の関わる問題としてはもう一つ、以前からしばしばマスコミを賑わせる「医療機関の不正請求」なるものの実態はトンデモだと既にあちこちで指摘されてきた(そして、大手マスコミは決して取り上げない)ところですけれども、最近またこの方面で面白い話が出てきているようですね。

診療報酬の審査体制見直し 厚労省(2010年4月8日47ニュース)

 厚生労働省は8日、病院などが健康保険に請求する診療報酬の審査、支払い業務を事実上独占している「社会保険診療報酬支払基金」と「国民健康保険団体連合会」の在り方を見直す検討会を発足させ、本格的な議論を始めた。

 両機関をめぐっては、昨年11月の行政刷新会議事業仕分けで「過大請求などを発見する効率が悪い」「手数料が高い」との指摘が相次ぎ、統合や効率化のため「見直しを行う」との結論が出た。

 医療機関は、患者の窓口負担をのぞいた診療報酬を健康保険に請求。中小企業従業員が中心の全国健康保険協会(協会けんぽ)や大企業の社員が加入する健保組合などは支払基金が、自営業者らの国民健康保険は国保連が、不適切な請求がないか審査した上で支払う

 有識者などで構成される検討会は(1)統合などの組織見直し(2)競争促進(3)民間参入の促進―などの是非を検討。月1回程度開催し、年内に一定の結論を出す方向。

ざっと見てみると保険者側の仕事があまりにいい加減だと、かねて言われている適当な数字合わせの仕事を是正しろと言っているようにも聞こえる記事なんですが、よくよく見てみますと「科大請求などを発見する効率が悪い」なんて文言が飛び出していて、これはさらに足切りラインを引き上げろということか?とも受け取れる話題です。
こういう審査というのは記事中にもあるように外注業者に丸投げで、減額に成功すると成功報酬でその何割とかが委託業者の懐に入る仕組だと言いますから、それは医療として正しい、正しくないとは全く無関係に、ただ保険者の支払いを減らすためだけの作業が行われるのも当然なのですが、それが「まだまだ甘い!もっとカット出来るだろう!」とお上からお叱りを受けたということが何を意味するかですね。
先頃話題になった地域医療加算なども厚労省の側では開業医の報酬切り下げなんてしてない、みんなで地域医療加算をとれば実質引き上げだと言い、一方で予算の上では引き下げを前提に組んでいるというわけですから、実際のところ予想以上に加算の申請が出てくれば支払いの段階で足切りラインを引き上げるだろうというのは見え見えなんですが、そこに医療とはどうあるべきかという考えなどあるようにも見えません。

支払側は金を出したくない、診療側はもっと金を引き出したいという構図だけでは一般の国民にとってどうでもいい話で、今のような時代であるだけに安けりゃそれに越したことがないで終わってしまうわけですが、医療側には出させるだけの根拠が、支払側には出さないだけの根拠が必要だろうと言うことで、今後ますます医療費の財政に占める地位が高まるほどに、どちらの側ももう少ししっかりした説明責任と言うものが出てくるんじゃないかという気がします。

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