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2010年4月30日 (金)

日医が反対反対と言っている間に、世間は先に進んでいるようです

昨日早朝から夜中まで出かけていまして、更新が遅くなってしまい(というより、実質翌日でしたよね…)申し訳ありませんでした。

さて、最近こういう記事が相次いで出ていたのですけれども、日本医師会(日医)の主張というキーワードとともに並べて見てみるとなかなか面白いなと思ったので紹介させてもらいます。
まずはこちらなんですが、いつもお世話になっている日経BPさんのアンケート調査に関する記事で、こういう企画にのってくる人々というのはそれなりにこの種の問題に興味も関心もあるという意味で相応にバイアスがかかっているという点には留意する必要があるかとも思いますね。

患者の8割が「医療機関のフリーアクセスは制限すべき」(2010年4月27日日経BP)

 「医療機関へのフリーアクセスは制限すべき?」とのテーマでまとめた前回の記事に対しても、多くの方からご意見をいただきました。本当にありがとうございました。

 フリーアクセスとは、診療所から大病院まで受診する医療機関を自由に選べる制度です。国民皆保険制度と並び、日本の医療を支える特徴的なシステムといえるでしょう。前回の記事では、そのフリーアクセスを制限すべきかを皆さんと一緒に議論するとともに、制限に対する「Yes」「No」を投票していただいたのですが、その結果は、私にとっては意外なものでした。

 フリーアクセスは、患者にとっては非常に便利な制度です。ただ、一方で、医療資源の効率的な活用という点からすると、ムダが生じやすい面があります。軽症例を含む大病院への患者集中が勤務医の疲弊を招いているとの指摘がありますが、これはフリーアクセスの負の側面と考えられます。そうした背景から、記事の執筆時点では、医師はフリーアクセスの制限に賛成し、患者は反対するのではないかと予想していたのです。

 ところが実際には、日経メディカルオンライン(NMO)、日経ビジネスオンライン(NBO)の双方で、「Yes(制限すべき)」が多数を占めました。NMO(医師)は89%、 NBO(患者)は79%が「Yes」との回答でした。

患者が「制限すべき」と答えた理由

 9割が「制限すべき」と回答したNMOにおいて、医師がその理由として挙げたのは、「軽症患者が大病院にまで押し寄せ、勤務医の疲弊の一因になっている」の一点に尽きると言っても過言ではありません。

 一方、NBOでは、上記のような理由のほか、医療費の費用対効果の視点から「制限すべき」としたコメントも散見されました。少々興味深かったのは、ユーザーの視点で、大病院の混雑を解消するための方策の1つとしてフリーアクセスの制限に賛同する声が見られたことです。大病院で診察せずともいい軽い症状で来院している患者が多いと感じているのは、医師も患者も変わらないようです。

 ただし、NMO、NBOともに、英国の登録医制度のような厳格な手法で制限すべきとの意見はありませんでした。これは、フリーアクセスの今後のあり方を考えるうえで、非常に重要なポイントだと思います。

 寄せられたコメントは、「大病院の紹介状なし外来の窓口負担を大幅に上げればよい」「大病院が慢性疾患の外来患者ばかり診ていたら利益を確保できないように、診療報酬を変えるべき」といった、間接的な手法でのアクセス制限を求める声が大半でした。同様に「大病院への受診は制限しても、開業医への受診は制限すべきではない」など、制度化するにせよ、柔軟なシステムを求めるコメントもありました。前回の記事でも書きましたが、私の意見も、ほぼ同様です。

 とは言え、患者側に、フリーアクセスの制限に全く懸念がないかといえば、決してそうではないようです。NBOへのコメントには、「大病院へのアクセス制限は、免許更新制度や新たな資格制度の導入など、開業医の質を担保するシステムの構築が大前提」といった声が多く見られました。大病院へのゲートキーパー(門番)機能を担うことになる開業医の診療能力に不安を感じるのか、「自由標榜制(掲げる診療科目を自由に選べること)は廃止すべき」との意見も寄せられています。

 このほかでは、「フリーアクセスを制限した場合、診療所自体がない空白地帯があれば大きな問題になる。医師偏在への対応も含め、自由開業制(診療所の開業場所を自由に選べること)は禁止すべき」といった主張も寄せられました。

フリーアクセスの制限は対症療法にしかならない?

 実は、開業医の診療能力への不安は、フリーアクセスの制限に反対する理由としても挙がっています。実際、NBOでは、「診療所での受診には不安があるので、フリーアクセスの制限には絶対反対」といったコメントが複数見られました。

 今回の投票では「No」の回答は少数派でしたが、それでもNBOでは2割、NMOでは1割がフリーアクセスの制限に反対しています。

 「No」の理由は様々ですが、上記以外では、NBO側からは「市場原理による医療機関の淘汰を促すうえでも、フリーアクセスは必要」「フリーアクセスが制限されれば、自分が納得できる医療機関を自ら探すことができなくなる」、NMO側からは「複数の医療機関の間を漂流し、必要以上の検査や投薬を受ける “問題患者”への対処のために、全体の制度をいじり、変更するのは愚行。医療機関の受診などについての集団的教育と個別のサポートを行うことで対応すべき」といった意見が寄せられました。

 今回いただいたフリーアクセスに関するコメントの多くは、つまるところ、患者の大病院志向をどう“是正”するかが1つの論点になっています。簡単に言えば、制度で縛るか、教育や周知徹底で受診行動の変容を促すかですが、仮に前者を選択しても、システムの強要では患者の考え方は変わらず、「結果的には対症療法にしか過ぎない」との指摘もありました。

 「大病院へ簡単に紹介する開業医が患者から高く評価され、大病院への紹介数が増えれば、結局、現状と何ら変わらないことになる」。NMOに寄せられた医師からのコメントですが、患者の大病院志向が変わらなければ、そうした事態になってしまう可能性も否定はできないでしょう。

 前回の記事でも述べたように、フリーアクセスは、国民皆保険制度とともに、パフォーマンスに優れた日本の医療を支えてきた特徴的なシステムです。また、フリーアクセスを何らかの形で制限するにせよ、厳格な運用は、医療関係者も患者も望んでいないようです。医療機関へのアクセスのあり方については、今後、医療関係者だけでなく、患者の立場である国民を巻き込んだ裾野の広い議論が必要でしょう。今回の記事が、若干ではあっても、そうした議論の場となったのであれば幸いです。

 次回は、これまでの記事の中でもたびたび触れた「混合診療」の是非について皆さんにお尋ねしたいと思います。記事の掲載は6月上旬の予定です。ぜひ、ご意見をお寄せください。

調査結果のみを取り上げてみれば、大病院への患者集中を防ぐためにフリーアクセスを制限すべきかと言えば患者側たる一般人の8割、医療関係者の実に9割がそうすべきだと考えているという極めて明確な結果で、日医が事あるごとに金科玉条のように主張するフリーアクセスの維持というものに、世間ではずいぶんと醒めた視線を送っていると取れる結果ではないでしょうか。
記事自体は非常に結論ありきといった趣も強くて(記者自身もこの結果が自分には意外だと言っていますが)、ごく少数派の各論のみを過度に取り上げて持論たる結論を誘導しようとする意図があまりに目につくのはどうかとも思うのですけれども、数字自体もさることながら開業医の質への深刻な疑念や自由開業制限論など、色々な意味で日医さんには結構厳しいのかなと思うような結果ではありますよね。
まあ日医さんをあまりいじめるのが本稿の目的でもないんですが、医療関係者などの間ではフリーアクセスというものは日本の医療制度の大きな特徴でこれは一度失われると取り返しがつかないものなんだと(事実そうなんでしょうが)いう声は根強い一方で、実際に数字として見てみるとそれを絶対視している人間と言うのは実は少数派なんだなとは再認識できるかと思います。

そういう点で見るとこれまた日医さんが断固反対という構えを崩していない混合診療問題なども似たような側面があって、医療を経済の牽引役にとも目する民主党政権の方では既に混合診療導入自体は既定路線であるかのような論調すら散見されるし、厚労省など関係省庁も控えめに言っても断固反対なんて声はなく、後はどの程度から始めるかという落とし所を議論する段階ともなってきているように見えます。
そして国民の方でも混合診療断固反対なんて感じでもないというのですから、今や大きな声で反対しているのは医療政策に対する影響力すら失ったとも言われる日医だけかとも思うような話ですけれども、もちろん産業としての医療業界への参入機会が増えると経済畑方面でも当然視しているというわけで、世の中ではこんな記事が次々と出てくるということになっているわけです。

ライフ革新へ避けられぬ混合診療という「関所」(2010年4月23日日本経済新聞)

 鳩山政権が科学技術を生かした成長戦略の柱の一つに「医療・健康・介護」を掲げ、行政刷新会議や総合科学技術会議などの場で具体策作りに向けた議論が始まった。官民が協力して国内で革新的な医薬品や医療機器を創出し、経済成長に結びつけようというもくろみのようだが、「ライフイノベーション」という「英語にはない」(総合科技会議議員の本庶佑京都大学客員教授)ネーミングが災いし、言葉の解釈を巡って会議の場では混乱も起きている。

 ライフイノベーションの定義がどうであれ、医療を成長産業に育成するのであれば、きちんと押さえておきたいのが「医療費を押し上げるのは先端医療」という近年の学説だ。医療費高騰が先進国共通の悩みとなるなか、その原因は日本で通説の「高齢化」ではなく「医療技術の進歩」というのが医療経済学では常識となりつつある。

 日本の医療は国民皆保険で成り立っている。薬代も検査費用も治療費もすべてが公定価格。年間34兆円といわれる医療費の原資は保険料か税金か患者の窓口負担でまかなわれる。この公的制度を舞台に新薬や医療機器での技術革新を推し進めていけば、将来、医療費高騰という社会負担として跳ね返ってくるだろう。

 ここ数年、治療法のなかった進行がん患者に使う抗がん剤が相次いで登場した。多くが最新のバイオ技術を駆使して開発されたもので、量産が難しいことからどれも高価だ。1カ月の治療費が数十万円にのぼるものもある。高額療養費制度を使えば患者負担は減るが、医療費増につながっている点では変わりない。しかも残念ながら完治するのはまれで、数カ月の延命のために使われることが少なくない

 海外ではこうした先進医療の費用対効果に対する研究が盛んだ。たとえば英国では国立医療技術評価機構(NICE)が公的医療サービスの予算を最大限有効活用するため、新薬などに支払う費用が見合うかどうかを検証し、公費負担を決めることになっている。2年前には高価な腎臓がん治療薬を負担対象外としようとしたことで、「命を見捨てるのか」という国民的な議論が巻き起こった。

 米国が長年、医療分野で技術革新のけん引役を担えたのは、国民の約2割が無保険者にもかかわらず日本の7~8倍を投じる莫大(ばくだい)な医療費のおかげともいえる。オバマ大統領は悲願だった「国民皆保険」に道筋をつけたが、今後、財政状況が厳しいなかで改革を進めていけば、医療費抑制に動く公算は大きい。市場の縮小から製薬会社の収益減となり、米国での「ライフイノベーション」が失速するのではないかという見方も出てきた。

 日本の場合、保険診療と保険外診療の組み合わせを認める「混合診療」を解禁して私費医療を拡大しなければ、技術革新と医療費拡大の板挟みから医療の産業化を実現するのは難しいだろう。もちろん、政権として公的色彩が濃い医療は産業にはなじまないとの立場を貫き、今のまま「混合診療」を認めないという選択肢もあるかもしれない。ただ、この本丸に決着をつけないままライフイノベーションの目標だけを掲げても、それは意味を持たない議論になってしまう

財務省などとしては財政厳しい今の時代に医療への公的支出は大幅に増やす意志はさらさらない、せいぜいコンマ数%増で「一応医療費は増やしているんですよ」とポーズをとってみせるだけという状況は今後も続くでしょうし、皆保険制度を維持している限りにおいて医療費全体のパイは財務省の動向に握られてしまうわけですから、要するに医療が今後産業として急成長する目もないという話ですよね。
もちろん一部の処方薬をOTC化して医療費の範疇から外すという動きもありますが産業としてそう大きなものになるとも思いにくい、保険適用外でももっといい治療があれば受けてみたいという人々も全額自費でとなると大多数は二の足を踏むでしょうから、結局民主党の成長戦略の不可欠の鍵として混合診療導入(それも、かなり大規模なレベルで)が必須となってくるように思えます。
混合診療については各人各様に意見があって、こればかりは何が正解というわけでもなく良い点もあれば悪い点もあるというしかないんですが、日医のように混合診療につながる可能性のある議論すら一切認めないといった態度では、いざそれが実現間近となったときに国民は何をどう考えればよいのか判断の材料すらないということになりかねないですよね。

当面おそらく限定的な部分から入って次第に拡大をしてくるという方向になるんじゃないかとも思うんですが、医療費削減の多寡がどうとかではなく利用者である国民にとってなるべくメリットが多くデメリットの少ないところから始めてみるべきでしょうし、そのためにどういう領域での混合診療導入が自分にとってメリットがあるのかと選挙を前にあれこれ考えを巡らせておくのもいいでしょう。
同時に記事中にも少し出ていますが、例えば高齢者におけるいわゆる姑息的な抗がん剤治療など費用対効果云々以前の段階でどこまでやっていくべきなのか議論の余地があるように、混合診療導入というものが医療というものに対する一般人の認識を深める可能性もあるんじゃないかと思いますね。
日本の医療と言えば「何でも出来るだけのことをやってください」なんて見積りも取らずにフルコースお任せがデフォという、車を買ったりご飯を食べたりする際にはちょっとあり得ないようなことを普通の庶民が当たり前にしているという妙な慣習があるわけですが、医者もさることながら多くの国民がちょっとばかりのコスト意識を持って考え始めるようになれば、同じ医療費でもずいぶんと使いでがあるものになる気もしますよね。

もちろんその大前提として判断材料となる正しい情報提供というものが必要になるのは言うまでもないわけで、まともな医者が何十回と説明するよりも怪しげなタレントが「大事なことだから二度言いましたよ!」なんて叫んだ方が信用されるという世の中にあって、日医あたりも単なる万年反対勢力から脱してきちんとした国民教育に精出すようになればいいんでしょうけれどもね。
なにしろ会員から高い会費をとっているわけですから、とりあえず自虐的CMなんて流すくらいならいっそ「この民間療法ここが嘘!」なんてゴールデンタイムにCM流しまくって各方面に喧嘩売って回った方がネタにもなるんじゃないかと思うんですが、どうでしょうかね?

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コメント

患者が「フリーアクセス制限」に賛成?
まあ、話半分以下で理解しないといけません

この場合は、「自分がフリーアクセスするために他人にアクセス制限を掛けろ!」
ということでしかなかろうと思います

フリーアクセスしかしらない国民が、アクセス制限の世界を理解できるはずもないです

今でも廉価な患者負担ですら、「医療費負担のため診療機会が制限されてる!」
と、騒ぐ連中のことです。
庶民の善意と理解とやらを信じたら、大手のメディアと連携でボコボコにされるのが
関の山だろうと思います

投稿: Med_Law | 2010年4月30日 (金) 20時19分

今の日医のポジションってマスコミ的には結構おいしいはずですから、もっと露出を増やせばいいのにと思うんですけれどもね。
片っぱしからバラエティーにでも顔を出して往年の大槻教授的路線でも目指してみれば、世間の人気も急上昇しそうなんですが。
http://www.youtube.com/watch?v=RrYM-awKj3E&feature=player_embedded

投稿: 管理人nobu | 2010年5月 1日 (土) 11時22分

> 調査結果のみを取り上げてみれば、大病院への患者集中を防ぐためにフリーアクセスを制限すべきかと言えば患者側たる一般人の8割、医療関係者の実に9割がそうすべきだと考えているという極めて明確な結果で、

> この場合は、「自分がフリーアクセスするために他人にアクセス制限を掛けろ!」
ということでしかなかろうと思います

両方正解でしょう。ある程度年令になるまで病院に行くことや入院することは意識しないです。なんらかの意味で「当事者」にならなければ前者のような解答になるでしょうか。

大きな問題は報道です。アクセス制限で公的医療費が削減できたと報道されるのであれば前者が増える。アクセス制限によって亡くなるような人が出たときにどう報道されるかでしょう。社会面で報道されればお得意の定型記事で医療機関や医者叩きをするようになるでしょう。こうなるとみな後者の意見になるでしょう。

投稿: ya98 | 2010年5月 4日 (火) 01時28分

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