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2010年3月25日 (木)

僻地診療 医者の側から見たその意義

先日各方面で話題になった秋田県小阿仁村の一件で、辞意を表明していた村唯一の常勤医師が辞意を撤回したと言うニュースが流れています。
ちなみに同村の総人口は2800人と言いますから自治体としてはほとんどの住民間に隣近所の付き合いがあるんだと思いますが、さてこの600人が署名したという事実を総人口の2割以上が参加したと考えるべきか、あるいは8割近くが署名を回避したと捉えるべきか微妙な数字ですよね。

辞意撤回「頑張ってみます」(2010年3月20日読売新聞)

上小阿仁村の有沢医師  「やめないで」署名600人

村民からの心ない中傷で、退職する意向を示した「上小阿仁村国保診療所」の有沢幸子医師(65)が19日、小林宏晨村長(72)に対し、「もう少し頑張ってみます」と辞意を撤回した。辞意は固かったが、有沢医師の退職願の提出が公になって以来、数多くの村民が診療所などに通い、慰留に努める一方、「やめないで」と書かれた600人以上の署名が10日足らずで集まった。想像以上の村民の熱意が有沢医師に翻意を促した。(糸井裕哉)

 村幹部によると、有沢医師が辞めることが分かった先週から、受診後の診察室で、小学生からお年寄りまで、慰留をする村民が続出した。

 また有沢医師が14日に村内で行った講演会では、入りきれないほどの村民であふれた。講演の途中で女性(62)が立ち上がり、「みんな先生に甘えっ放し。思いやりの心で一緒に先生を助けよう」と訴えかけると、大きな拍手が起き、有沢医師はこらえきれずに涙を流したという。

 10日余りで約600人の署名を集めた旅館経営の高橋健生さん(62)の元にも連日のように「どこで署名ができるの」「協力するから頑張れ」と村民から電話が次々と掛かってきた。

 高橋さんは「『有沢先生と心を通じさせたい』という一心でみんなが必死だった。もう、心無い村などと呼ばれたくない」と声を震わせた。

 有沢医師と面会した小林村長は、パートの看護師を1人雇用し、有沢医師の負担を軽減する申し入れをした。また村主導で策定していた診療計画を、有沢医師の裁量で決めることを認めた

 赴任以来、病状が悪化して回復する見込みの薄い患者に対する往診と、介護する家族へのメンタルケアも行っているが、有沢医師は小林村長との話し合いで今後、効率的な診察を行うため、現在休床中の19病床を「ホスピス」として再稼働させ、診療所で終末期医療を行うことを提案。小林村長も了承した。

 小林村長は「言われなき中傷や不可解な嫌がらせがあった時は、私にすべて伝えてほしいと伝えた。村長として全力を挙げ、有沢先生を守り抜く」と話した。

女医が辞意撤回、上小阿仁国保診療所 村民、安ど(2010年3月20日さきがけオンライン)

 来年3月末での辞職願を提出していた上小阿仁村の上小阿仁国保診療所の医師・有沢幸子さん(65)は19日、小林宏晨村長に辞意撤回を申し入れ、承諾された。小林村長は「無医村になる危機を脱し、ひと安心した」と胸をなで下ろした。

 小林村長によると、有沢さんは同日朝に村長室を訪れ、「(診療所医師を)続けてみようと思う」と伝えた。小林村長は預かっていた辞職願を有沢さんに返した。その席で有沢さんは辞意撤回の理由について、「先輩医師らから『もう少し(上小阿仁村で)頑張ってみてはどうか』と激励された。多くの患者のほか小学生からも『辞めないでほしい』と懇願された」などと話していたという。

 小林村長によると、辞職の理由を本人は公言しなかったものの、有沢さんが夜間訪れる患者のために自費で照明を設置したことや、お盆返上で診察した代休を平日に取ったことを、事情を知らない住民が批判したことがあったという。村は慰留に努めていた。

先輩医師も余計なことをなんて声も一部でありますけれども(苦笑)、最終的に決めたのは本人の判断であって、その結果責任も自分で負うという限りにおいては納得は出来る決断になったんじゃないでしょうかね。
今回の件で面白いなと思うのは、各紙の報道で辞意表明の理由が村民のいわれなき中傷や嫌がらせであるということが明示されているという点ですが、逆に言えば医師を追い出すような行為をした村民がいるということが全国に事実として報道されてしまったわけで、心あたりがあるだろう当事者も含めて村民がどう考えるかでしょう。
当面はまず半年、一年と診療を継続していく中で何がどう変わっていったのかということを村民自身がアピールしていかなければならないでしょうが、今や単なる僻地の一寒村ではなく堂々たる聖地として全国から注目されているのだという自覚を村民一人一人が持っていなければ、また遠からず同じようなことが起こってくるのではないかという気がします。

上小阿仁村に限らず僻地医療というものは何しろ医療を提供する側も受ける側も人間のバリエーションが乏しいだけに、最終的にはお互いの相性など人間関係が一番重要な要素となってくる場合が多いようです。
今どき見ず知らずの土地で一人きりの僻地診療をやってみようという医者なら、それなりに根性はすわっているだろうとは想像できるところですが、逆に言えば現在の僻地診療はそれだけ最初の一歩を踏み出すハードルが極めて高くなっていて、実際上小阿仁村の例に限った話でもなくこうした診療に従事しているのはある程度歳のいった年配層がほとんどとなってきているわけですよね。
特に専門分化した近代的医療を当たり前なものとして医学教育を受けてきた若い世代にとっては、何ら相談する相手もなく一人で全科診療に従事するということは技術、知識の面からも難しいところだと思いますが、僻地診療の今後を絶滅危惧種の年配層や細々とした自治医大からの供給だけに頼るわけにはいかないと、国も何かしら考えてはいるのだというのがこちらのニュースです。

へき地保健医療計画対策の報告書案を了承―厚労省検討会(2010年3月24日CBニュース)

 各都道府県が策定した「第10次へき地保健医療計画」が2010年度末に終了するのを受けて、新たに始まる第11次計画のあり方を検討していた厚生労働省の「へき地保健医療対策検討会」(座長=梶井英治・自治医科大教授)は3月19日、事務局が示した報告書案を大筋で了承した。案ではへき地医療支援機構などの強化や医師のキャリアデザインの構築などを求めている。

 厚労省はこの日、前回までの議論を踏まえて報告書案を再提示した。案は、▽へき地保健医療対策の現状と課題▽都道府県や医師などへき地医療の提供体制を構築する各主体に求められること▽へき地保健医療対策に係る具体的支援方策の検討▽今後のへき地保健医療施策の方向性―などで構成されている。 「具体的支援方策」では、第9次計画から都道府県ごとに設置され、へき地診療所に勤める医師への支援や代診医の派遣調整などを行っている「へき地医療支援機構」を、へき地があるにもかかわらず未設置の県があると指摘。同機構を都道府県ごとに1か所設置し、へき地での診療経験がある医師を専任担当官として配置するとしている。
 また、機構の位置づけについては、「単なる支援機関ではなく、ドクタープール機能やキャリアパス育成機能を持たせることが肝要である」としている。
 「へき地医療への動機付けやキャリアパスの構築」については、へき地保健医療に関して広く医学教育のカリキュラムに盛り込むことなどが重要だとしている。一定のカリキュラムを履修した医師に「地域医療修了医」などの肩書きなどの付与する案も挙げた。また、キャリアパスを作成する際には、▽へき地勤務医の子育て、家族支援などを考慮したキャリアデザインの策定▽勤務体制の中で休暇が臨機応変に取得できる体制の構築▽へき地での勤務に偏らないようにするための体制整備―に留意すべきとした。

 厚労省はこの日の議論で指摘された点を修正し、報告書を3月中に公表。さらに、第11次計画の策定指針を作成し、4月下旬をめどに都道府県に向けて通知する。各都道府県がこれを受けて計画を策定する。

家族対策など色々と書いていて判りにくいですけれども、一番のポイントとなるのは医師にとっての僻地勤務というものがどんな意味があるのかというところに考察が及んでいる点だと思いますね。
とりわけ若い世代にとってハードルとなるのが、ひとたび僻地に赴任して医療の進歩から取り残されてしまうと、もはや二度と専門的レベルでの診療に従事できなくなるという懸念だと思いますが、昔は大学の医局というものがそのあたりを塩梅していて、僻地勤務は短期で回して基幹病院で十分な「リハビリ」を行うといった医師側のロジックに配慮したローテーションを組んでいた経緯がありました。
ところが今の時代は「白い巨塔ケシカラン!」という世間の圧力もあって医局の権威など無きに等しくなってきている、自然少ない手駒で理想的な配置転換など無理になってくるし、ましてや近頃話題の都道府県単位で医局に代わって僻地に医者を派遣しますなんてシステムでは、医師側の事情など何も知らない公務員が形だけ医局の仕事を真似て適当なことをやっているだけになりかねないわけですよね。

都市部の病院に比べると圧倒的に患者が少ない、つまり数をこなして経験を積む点で非常に不利な僻地診療において、唯一医師にとってのメリットが有るとすれば普段見ることのない他科の疾患にも経験が積めるということですけれども、裏を返せば未経験な症例を指導する者もなく行き当たりばったりで診療していくということですから、これは知識や技能というよりはバンジージャンプなどに要求される類の資質の問題でしょう。
そうなると「地域医療修了医」とは糞度胸だけはありますという証明書かという話になりますが、恐らく将来的には今の研修修了認定と同様にこの修了証が開業なり病院管理者なりに就任するために必須の条件になっていくという方向性を国などは狙っているのだろうし、一連の臨床研修制度改革に対する態度などを見ても日医ら既存利権団体は若い世代の将来を売り渡すことには何ら躊躇があるとも思えないところです。
となるとこれからの時代の医者としては、学生時代からきちんと情報を収集し声をあげるなり行動に移すなりして自ら身を守っていかなければ、知らない間に思いがけない境遇に追いやられてしまうという危惧があるわけですが、さすがにまともな学生達はちゃんと状況をよく見ているようですね。

貸与枠3人分埋まらず 県地域医師確保奨学金 /愛媛(2010年3月13日愛媛新聞)

 県が愛媛、香川両大学医学部の2010年度入試に設けた「県地域医療医師確保奨学金」の貸与枠で、全17人分のうち14人しか合格しなかったことが12日、分かった。県医療対策課は「非常に残念。新設した前期日程分の定員増は国の認可が12月になり、周知不足だった」としている。
 県の奨学金制度と連動した医学部の地域特別枠は、愛媛大09年度入試から自己推薦枠10人でスタート。奨学金の返還免除要件として卒業後9年間、知事指定の県内公立病院などでの勤務を義務付けており、医師確保のため10年度入試から愛媛大に5人、香川大に2人分を増やしていた。
 愛媛大によると、10年度入試の自己推薦枠定員10人には、34人(前年度比10人減)が出願。増設した前期枠5人には22人が志願し18人が受験したが、合格者は2人にとどまり、3人分が埋まらなかった。

長崎大:医学部学生「県奨学金枠」、合格者ゼロ /長崎(2010年3月24日毎日新聞)

 地域医療を担う人材を育成するため、県が10年度から長崎大と佐賀大の医学部医学科に「県奨学金枠」(長崎5人と佐賀1人)を設けたが、長崎大の今春の合格者数がゼロだったことが分かった。中村法道知事は「医師不足は十分認識している。非常に残念」と話した。

 県医療政策課によると、県奨学金枠は、国の医学部入学定員増の方針に基づき新設。この枠で入学するには、医学部卒業後、離島・へき地医療に従事しようとする学生に、県が修学資金(入学料や授業料、生活費など6年間で1000万円程度)を貸与する「県医学修学資金貸与制度」を利用することが条件となっている。

 同制度を利用した学生は、貸与を受けた期間の2倍に相当する期間(うち離島・へき地は2分の1以上)を、知事が指定する医療機関での勤務が義務付けられる。

 スタートとなる10年度は、長崎大は推薦入試、佐賀大は一般入試で、この枠を設けた。長崎大は定員5人に3人が志願したが、いずれも学力不足で不合格。佐賀大は現在、合格者の中から制度利用者を募っているという。結果について、大学関係者は「奨学金で将来を縛られたくないのだろう。それに、昔のような苦学生があまりいないのかもしれない」と分析する。

 県は10年度一般会計予算案で地域医療対策費に関連予算約2900万円を計上している。長崎大の合格者ゼロで奨学金は宙に浮くことになるが、県は「他の合格者に制度利用を呼びかけたい」と減額しない考えだ。【阿部義正】

昨今各地の自治体で人気?の「あなたの人生買います」式の人身売買システム導入で情弱学生が何人釣れるか注目されていましたが、蓋を開けてみればこうした制度を利用する学生は情弱云々という以前に、基礎的な学力水準も満たしていなかったということが判明してしまったと言うオチでしたか。
世間ではこれだけ不景気の嵐が吹き荒れているという時代に、「昔のような苦学生があまりいない」とはよく言えたものだと思いますけれども、ここは素直にまともな学生は他の道を選んでいると解釈していくべきで、実際ネット界隈では「学費免除と育英会で頑張る」「バイトや親戚から金を借りまくって何とか学費を工面した」といった声は聞こえこそすれ、「県の奨学金取りました」なんて話は聞いたことがないですよね。
要するに今どき医学部学生のPC所有率は限りなく100%に近くなっていて、気の利いた学生ならネットでも情報を集めては進路決定の参考にすることに余念がない、そんな中で「え?県の奨学金がある?ありがたく頂戴します!」なんて飛びつく人材というものがどんなレベルなのかが理解出来る話ですし、そして将来そういう人たちによって僻地診療が回されていくのだという未来絵図をどう考えるかです。

僻地診療というと高度なことが何もできない、医療としてはレベルが低いと思われがちですが、検査も処置も何も出来ないような状況であらゆる疾患を診なければならないからこそ診療技術には高度なものが要求されるわけで、本来経験に乏しい医者が一時の年季奉公で務まるような性質のものではないにも関わらず、自治医方式にしろ県奨学金方式にしろ初期研修直後の若手を僻地診療に従事させているという現実がありますよね。
しょせん僻地診療など一時の辛抱であって係累の乏しい若い者にやらせておけば十分と考えているのかも知れませんが、これから基幹病院で専門医としてスキルアップしていこうと考えている若手の医者にとって僻地診療のキャリアがどの程度意味があるのかと考えた場合に、むしろそうしたところを通り過ぎてそろそろ開業でもしようかと考えている人々にこそ必要なスキルなんじゃないかと言う気はします。
医者のキャリアの中で僻地診療の経験をどう評価していくべきか、そろそろ医者の側からも明確にしていく必要があると思うのですが、ここらで日医あたりが「開業医こそ全て地域医療修了医の認定を取るべきだ。我々幹部がまず率先して範を示す用意がある」なんてことを言い出す…ということだけは絶対になさそうな気はしますけれどもね(苦笑)。

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コメント

田舎者は見栄っ張りで評判や外聞を結構気にします。
「もう、心無い村などと呼ばれたくない」
これが全てを語っていますね。
ほとぼりが冷めたらまた同じ事をやるでしょう。
よそ者いじめしか娯楽のない場所であることが一番の原因です。

投稿: ばなん | 2010年3月25日 (木) 11時28分

地域医療枠の問題は、結局、学力が低くても通るかもしれない、という幻想を抱いた人間だけが集まったということでしょうね。
大体、私学ならまだしも、国公立大学医学部の学費なら、他の学部と同じであり、おおむねバイトをがんばればなんとかなってしまうレベルなわけで、とすると「なんとかなる程度の資金」をもらうために10年ほどの自由を失うというのは、いまの「大事に育てられた」学生たちにとってははるかにマイナス要素が強いと考えているのは事実でしょう。

あとはそれを行政側が理解できるかどうか。

もちろん普通に合格した人に奨学資金を与えるから奴隷になれ、って押しつけるのは言語道断でしょうね。そうならないように普通枠で頑張ったわけですから。
とくに医学部系はそれなりに優秀な高校生が受験するわけで、そこまでの情弱がいるとは思えないんですが、文系の発想って不思議ですね。

投稿: | 2010年3月26日 (金) 10時22分

一昔前に看護学校の御礼奉公を潰して回ったマスコミが、それ以上にひどい人買いシステムをまるで素晴らしいものであるかのようにアピールしているのが面白いですね。
ネットでテンプレのように出現する「金持ちでないと医者になんてなれない」なんてことを言ってまわってる人たちの存在と合わせて考えると、何かしら「工作員」という言葉も浮かんでくるんですが(苦笑)。

投稿: 管理人nobu | 2010年3月26日 (金) 12時11分

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