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2010年3月31日 (水)

医師国家試験の合格発表がありましたが

先日河北新報にこういう社説が載っていました。

社説:医学部定員増/受け入れ態勢の構築を(2010年03月29日河北新報)

 地方の医師不足対策がまた揺らいでいる。文部科学省は3年前から大学医学部定員増による医師数の底上げを図ってきたが、教育現場からは教員数や設備面が追いつかないとの声が上がる。定員増計画を長期的な視点でとらえ直し、関係機関が綿密に擦り合わせながら丁寧に進めることが求められている。

 全国約80大学の医学部長らでつくる「全国医学部長病院長会議」が先月、定員増は慎重に進めるよう求める要望書を民主党と文科省、厚生労働省に提出した。定員増作戦は即効薬とばかりに前政権から新政権になっても受け継がれ、官庁、大学を挙げて取り組んできた。それだけに逆コースと受け止められた。

 医学部定員は1984年度の8280人をピークに減り、2007年度には7620人にまで減少した。将来の医師過剰を見越しての対応だったが、若手の医局離れや新臨床研修制度の導入などで大都市に医師が集中し、地方で勤務医や産科医、小児科医などが足りなくなった。

 文科省は従来の方針を転換し、各大学の入学定員枠を10~15人ずつ広げ、3年間で1200人を純増。全体で過去最多の約8800人(10年4月時点)となる。だが、教員数を増やさなかったことで教える側の負担は重くなった。臨床実習などの少人数教育で目が届きにくいなどの支障が出始め、教育指導面への影響が懸念されている。

 民主党は政権公約で、定員増と医学部新設により医師養成数を1.5倍にするとうたった。その数は約1万2000人。人口1000人当たりの医師数(2.1人)を経済協力開発機構(OECD)加盟国平均の3.1人にするという。

 医学部長会議の要望書は「3年間で12~13の学部を新設したのも同様。急激な定員増、医大新設は多額の設備投資と教員確保が必要となる」と訴える。教員要員として「地域病院の30~40代の勤務医を大学に連れ去ることになり、かえって地方の医師不足を加速させる」と憂慮している。

 教育現場のスタンスは明確。東北大医学部の説明では、教員不足がさらに進むほか、現在の手狭な施設では受け入れ困難、新たに教育棟を建てる余裕もない―との立場だ。

 今になって受け入れ態勢の問題が表面化したが、学生数だけ増やし続けてもいずれパンクすることは明らかだったのではないか。定員増と並行させての教員配置、規模拡大を見込んだ施設、環境整備などに目配りしてこなかったつけが回った。

 責任が重いのは、民主党も同じである。公約実現までの手法やスケジュールなど具体案を明らかにせず、進展のないことが迷走を招いた。一日も早くたたき台を示すよう求めたい。

戦争も末期になって、パイロットを増やしたいが教える人間がいないという悪循環に陥っている状況を想像する話ですけれども、少なくとも脳天気に「医者不足?そんなもの医学部定員を増やせば解決だろ」と言っていれば済む問題ではないと世間もようやく気付き始めたのは良い傾向だと思いますね。
ご存知のように先日医師国家試験の合格発表が行われましたが、8447人が受験して合格者は7538人(合格率89・2%)、この合格率が9割を下回ったのは3年ぶりだと言いますから、厚労省としては医師不足であるからと国試の合格基準に下駄を履かせるつもりはないということが明らかになった形です。
このあたり、受験者急増で先行する司法試験のように受験者数急増と質的担保との間の整合性を取るのに四苦八苦という「失敗例」を目の前で見ているわけですから、さすがに厚労省としても同じ轍を踏むつもりはないということなのでしょうが、この問題は合格者数コントロールだけで解消出来るものではないということを司法畑での先例が教えてくれています。

法科大学院24校「不適合」、教育内容に問題あり(2010年3月30日読売新聞)

 法科大学院の評価機関「大学評価・学位授与機構」は29日、大学院3校の評価結果を公表し、静岡大を教育内容に問題がある「不適合」とした。

 これにより、2004年の一斉開学から順次行われてきた全74校の評価結果が出そろい、約3分の1の24校が不適合だった。

 法科大学院に対する第三者評価は、同機構を含めた3機関が実施した。不適合と認定された24校のうち6校は国立。また、14校は昨年の新司法試験で合格者数が1けたにとどまっていた。不適合校は文部科学省の調査対象となって改善指導などを受けるが、7校は2回目の評価で改善が認められ、現在は適合となっている。

 不適合の理由として目立つのは、司法試験対策に偏った授業内容と、教育態勢の不備だ。約3割は過度の試験対策を指摘され、「受験予備校と連携して学内で答案作成の練習会を開いている」「カリキュラムが司法試験で出題される法律基本科目に偏っている」といった問題も明らかにされた。

 同機構の平野真一・機構長は29日の記者会見で、「各大学院が合格一辺倒になり、幅広い見識を持つ法曹を養成するという初志がゆがめられている」と語った。法科大学院は当初想定より大幅に多い74校が乱立し、修了者を対象にした新司法試験の合格率は昨年、最低の27・6%にまで落ち込んだ。各校は、大学院への志願者減少と学生の質の低下を食い止めるため、司法試験対策を重視せざるを得ないのが現状だ。

 また、教育態勢の面でも、「実績のない人が専任教員となっている」など、5校が教員の質の問題を指摘された。出席率が4割でも定期試験を受けさせていた例などもあり、法務省幹部は「十分な教育態勢が整わないまま、法科大学院制度に乗り遅れないよう開学した学校も多い」と分析する。

 一方、中央教育審議会(文科相の諮問機関)の特別委員会は今年1月、問題のある法科大学院14校を公表したが、このうち11校は第三者評価の不適合校と重なった。

 ただ、同委員会は「新司法試験の合格者が少ないのに必要な対策をとっていないのは問題」という“合格実績重視”の判断基準を採用しており、司法試験対策をマイナス要因と見なす第三者評価とはずれがある。ある私立校の大学院長は、「中教審の基準をクリアしようとすると、合格実績を上げる教育を推し進める結果になり、第三者評価で不適合になりかねない」と戸惑っている。

【社説】日弁連新会長 弁護士増員と質の確保を図れ(2010年3月12日読売新聞)

 法律家の数を今後、どれくらいのペースで増やしていくのか――。

 これが最大の争点だった日本弁護士連合会の会長選挙は、急激なペースダウンを主張する宇都宮健児氏が再投票の末に当選した。

 法曹人口の増加に、多くの弁護士が危機感を抱く現状が反映された結果といえる。

 だが、法曹人口の大幅増は司法制度改革の大きな柱である。最高裁によると、国民10万人当たりの弁護士数は、米国356人、英国221人、フランス78人に対し、日本は21人にとどまっている。

全国どこででも手軽に弁護士に相談できるような法的サービスを充実させ、司法を身近なものとするには、弁護士の増員が欠かせない。日弁連の新執行部には柔軟な対応を望みたい。

 当選した宇都宮氏は、多重債務者問題などに取り組んできた著名な弁護士だ。会長選では、司法試験の合格者数を1500人程度に削減するよう主張した。昨年の合格者が2135人だったことを考えれば大幅削減である。

 宇都宮氏は地方の支持を幅広く取り付けた。大都市部に比べ、地方では、弁護士への依頼件数が少ない。その上に、弁護士の数が増えれば、業務が成り立たなくなるという声は多い。

 しかし、依頼者の側からみれば、能力や専門分野によって弁護士を選べる状況が望ましい競争によって、弁護士全体の質も高まるのではないだろうか。

読売新聞曰く「競争によって、弁護士全体の質も高まるのではないだろうか」などと脳天気なことを書いていますけれども、現実問題として現場を知っている人間が「このままではヤバイ」と警鐘を鳴らしているのに外野が脳天気なことを言っているという構図は、全く医療の世界と同じですよね。
新司法試験においては三回受験に失敗すればアウトなわけですからまだしもですが、医師国試の場合は国試予備校に通いながら何度でも挑戦出来るわけですから、とにかく試験に通りそうな勉強だけを繰り返して国試だけは通りました、なんて実例は今ですら幾らでもあるわけですし、受験者増で全体の質が下がればそれが更に増えるのも当然でしょう。
もちろん競争原理で選択淘汰が働くなら能力に欠ける人材は消えていくということもあるかも知れませんが、少なくとも医療業界においては全国どこでも人不足で当分過剰人員が出る気遣いはない、そうなれば一度増やしてしまった不良在庫は今後数十年はまずもって整理することが難しいだろうと現場を知る誰もが予想しているわけですよね。

司法試験に限らずすでに歯科医業界では某大先生の口癖(笑)のようにOECD平均並みに増やしてみたらワープア化が一気に進んで廃業続出という話が有名で、最近ではとうとう歯学部も追加募集をかけなければ人も集まらないという話になっていますけれども、公認会計士やら薬剤師やら他の国家試験資格職も一気に増やしてみたら大変なことになったという実例数多なのは以前にも紹介した通りです。
これだけ先行する失敗例があるにも関わらず同じ失敗をまた繰り返すということになれば、さすがに過去から学ばない無能を通り越して何かしら背景に意図するところでもあるのかと考えないではいられませんけれども、実のところ大先生のような奴隷医者を使いこなす立場の管理職にとっては、安く使いつぶせる人材が履いて捨てるほど増えても不都合などは何一つないわけですよね。
厚労省や財務省なども一頃の医療亡国論を公式に排除した以上、医療費の政府負担さえコントロールしていれば医師数増にはさほど目くじらをたてる必要もない、無論「競争によって質が高まる」と主張するマスコミ諸社は言うまでもなく、国民にとっても支払いが変わらないのであれば文句はないはずですが、当事者である医者も他人視点ではなく我が身のこととしてどうなのかという視点もそろそろ必要でしょう。

各地で医師不足が叫ばれているのは事実であり、現場の医師たちが激務に悲鳴をあげているのも確かでしょうが、それでは現場の医師たちが望んでいるのは何なのかということを考えてみれば、医師数増はあくまでも単なる一手段であって目的でも何でもないということは言うまでもないことであるはずなのに、いつの間にかそれが目的であるかのように語られているのは誰の意図するところなのかということですよね。
医療の現状は確かに現場の人間にとって厳しいものがありますけれども、逆に言えば昨今ようやく医療現場に労基署の監督が入るようになったことなどからも判る通り、極端な供給過少の売り手市場であるからこそ出来る、あるいはやっておくべき現場環境正常化のための改革も幾らでもあるはずなのに、それを放置したまま後代にツケを回すのはどうなのかと思います。
医療崩壊と言われる今の世にあって現場の医師たちが求めるべきことは何なのか、そのために取るべき方法論はどうかといったことを考えた場合に、声の大きい人達に引き摺られて「あれ?こんなはずじゃなかったのに…」と他業界の失敗を拡大再生産するような愚を犯してしまうことだけは避けなければならないでしょう。

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コメント

 医療レベルの向上によるコストアップ、患者サイドの要求増大によるアクセスアップが根本的にあるのに、クオリティは上がっているのにコストは抑制し、アクセスは更に増やせ、という状況ですから、従事者を増やす、という要素はこの解決には全くつながっていません。

 今の医療事情を改善するには、コスト抑制の廃止とアクセスの節度ある抑制でしか実現しません。それを誰も言わないままにしておけば、ヒトを増やしても結局「地中海病院」になるだけでしょう。
 弁護士を増やして、債務整理ばっかりで稼ぐようになったように、医師を増やしても、美容整形や近視治療など、保険外医療をする人間が増えるだけに終わると思います。

衣食足りて礼節を知る

今のマスコミ世論では医師という職業が究極的に「命を直接左右しうる職業である」という前提が欠けている様に思います。

ワーキングプアで金のことばかり考えてる医者と、生活にある程度の余裕があって親身に見てもらえる医者と、命を預けるならどっちがいいですか?と問いたいです。
今でも医師たちは開業医も含め、奉仕の精神を忘れているわけではありません(と信じてます)。ただ、生活のことを考えると、余裕がなくなってきているのも事実なんですよね。

投稿: | 2010年3月31日 (水) 18時21分

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