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2010年3月 5日 (金)

先立つものが乏しくなってきた時代の医療の行く末は

不景気ということもあってどこでも支出の切り下げに苦労しているところですが、それは医療現場においても同じことです。
診療報酬切り下げが続いてきたこともあって病院の半数が赤字と言う時代ですから、近年専ら医療を行う側の切り詰めぶりが取り上げられてきた経緯がありますけれども、利用する側もきついのだという話がこちら毎日新聞の記事ですね。

慢性疾患:生涯ローン…7割が「医療費重い」 東大調査(2010年2月28日毎日新聞)

 がんや糖尿病などの治療を継続している患者らのうち、約7割が医療費の支払いに負担を感じていることが、東京大医科学研究所の研究チームの調査で分かった。医療費の高さなどを理由に治療の中止を考えたことがある患者らは約4割いた。年齢や所得に応じて治療費の支払いを抑える国の高額療養費制度の自己負担上限額が徐々に引き上げられたのに加え、景気悪化に伴う収入減が追い打ちをかけているとみられる。

 ◇自己負担上限引き上げが響く

 研究チームは、慢性疾患の患者会約300団体と患者個人にアンケートへの協力を依頼。昨年12月から今年1月までに回答のあった計77種類の疾患患者ら227人分を分析し、5年前と比較した。

 「先の見えない慢性疾患は、生きている限り続く生涯ローン」「安心して(病気の)子どもを残し他界できない」。アンケートから治療費負担にあえぐ患者の困窮ぶりが浮かんだ。

 5年前に比べ年間医療費は平均30万円と変わらなかったが、世帯総所得は09年が平均430万円で5年前から20万円減少した。医療費の支払いに負担を感じている割合は09年が69%。5年前に既に発症していた患者ら(227人中144人)のうち当時負担を感じていた割合は49%で、約1.4倍に増えた。全体の38%は治療中止を考えたことがあり、そのうち83%が医療費の高さを理由に挙げた。

 高額療養費制度を利用している患者らは全体の51%いたが、そのうち自己負担の上限額が「大変高額」「やや高額」と答えた割合は計92%に達し、90%は上限額を「引き下げてほしい」と答えた。月々に支払える金額を尋ねると、1万円が最も多く、5000円、2万円などが続いた。

 一方、国の高額療養費制度は70歳未満の一般所得者の場合、最低でも月4万4400円で、患者らが無理なく負担できる金額とは隔たりがある。制度ができた73年、自己負担上限額は3万円だったが収入の増加などと共に引き上げられてきた。

 血糖値を下げるインスリンを体内で作れず、インスリン注射をしなければ数日で昏睡(こんすい)状態に陥る1型糖尿病患者の千葉県の女性(34)は夫と2人暮らし。「医療費が家計を圧迫していて、子供を産んでもかわいそう。(糖尿病による)合併症が増える一方なのに、働かなければ生きてゆけない」とつづった。

 乳がん患者も化学療法などのため治療費が高くなる傾向がある。夫と子どもと3人で暮らす栃木県の女性(50)は治療のため退職した。「長生きしたいと思うことが、家族の負担になることがつらい」と嘆いた。

 調査した同研究所の児玉有子特任研究員は「国は上限額引き下げなど負担軽減に向けた議論を早急に始めるべきだ」と話している。【河内敏康】

最近は保険者側が被保険者にジェネリックを使うように指導しているところも結構あるようですけれども、そうでなくとも外来などで少しでも薬代が安くならないかと担当医と相談する患者も増えてきているようで、結果として漫然と続いている無駄な投薬が減るというのであればこれはこれで良い側面もあるのかも知れません。
国としての医療費で見ると日本は先進国の中でも支出が少ないという客観的データはあるわけですし、「アラブの富豪が受けるような治療を、日本では乞食でも受けられる」と語ったのは元台湾総統の李登輝氏ですけれども、一方では以前から「いや!日本の医療費は高い!」と主張する声は結構根強いものがありますよね。
高い派にしても安い派にしても世界200カ国からある国々から自分の得手勝手な国の制度を引っ張ってくるわけですから、その比較対象としているのがどこの国であるかということに注目しないことには話になりませんが、とりあえず同じ毎日新聞ではこういう記事を掲載しているということを引用してみましょう。

憂楽帳:米国の医療(2010年2月9日毎日新聞)

 米国留学中、激しい胃痛を訴えた妻を夜中に病院へ運び込んだ。診断もはっきりしない状態で、いきなりモルヒネの投与。1錠数千円の強力な痛み止めを処方され、病院を放り出された。「痛くなったらまた来て」と。

 案の定、翌日、緊急入院となった。超音波、胃カメラ、腸カメラ……。次々に検査をしたが、それらしき病変はない。専門医に「胃炎は?」と尋ねると、「胃カメラでは判別できない」と、日本ではまずあり得ない答え。超小型カメラ内蔵のカプセルをのむ、100万円を超す最先端の検査を勧められたが、断った。2泊3日の入院費がいくらだったのか。海外留学保険のキャッシュレスサービスを利用したので知るすべもないが、救急室で点滴を1本打ってもらった知人は3000ドル(27万円)を請求されたという。

 高額の医療費は、医者の診療報酬が高いからだが、その医者も年間1000万円と言われる賠償責任保険の掛け金の支払いに苦しむ。元をただせば医療訴訟の増加が原因だ。米国と比べて、日本の医療は押しなべて良質で安価だと思う。医療崩壊は食い止めたい。【岡田功】

まあ毎日新聞さんの場合「お前が言うな!」と言われそうな勢いなんですけれども(苦笑)、おおむね海外暮らしを経験した人ほど日本の医療制度に対する評価が高くなるというのは、やはり色々と数字を比べたりするより体験してみる方が判りやすいということなのでしょう。
相対的に安い医療費で質の高い医療を万人に提供しているわけですから、客観的に見ても日本の医療が世界最高水準であるという国際的評価には納得できるものがありますけれども、医者にしても患者にしても不満が大きいのは、同じような価格帯の他の民間サービスに比べて双方の自由度が低い、お金を出してでも選べるオプションが少ないというところにもあるのかも知れません。
何しろ保険診療でやる限り李登輝氏のような国賓級のセレブであろうが生活保護の患者と同じ内容の医療しか受けられない、そして医療とはそうであるべきだというのが今までのこの国でのコンセンサスだった(ということになっている)わけですが、逆に言えば「そこまで高度な医療でなくてもいい、そのかわり安くしろ」という要求に応える術もなかったのが日本のワンプライス医療システムではあったわけです。

世間では価格破壊や規制緩和が錦の御旗のように言われる時代ですし、医療ももっと一人一人の個性に応じたオーダーメイドにしていかないと駄目だなんて声も次第に大きくなっている中で、制度的に誰でも同じ医療しか受けられないことになっている現行の皆保険制度が無条件に是とされてきたというのも、何かしら不思議な話ではありますよね。
とにかくコストパフォーマンスを追求したいという人はもちろん、「高くても良い医療を受けたい」という人にしてもさすがに全額自費でやれる人は少ないでしょうから、当面のところ混合診療解禁の是非がどうという話になるのでしょうけれども、現行制度の中でも例えば順天堂のように会員制の特別扱いをやりますなんてところも出ていますから、そろそろこの辺りの議論も避けて通れなくなってきているはずなのです。
医療は万人に平等であるべきか否かは興味深い思索のテーマではありますが、現実問題としては遠からず医療費増加とそれに対する患者負担増に絡めて「もっと安い医療を!」という声も上がってくるだろうし、もし厚労省あたりが動く気があれば利用するに格好の民意ということになりそうですから、そうなると長年混合診療に反対してワンプライス制度を支持してきた日医らがどう動くかにも注目ですかね。

しかし考えてみると日本の色々な業界やら制度やらを全部ひっくるめても、今どき医療ほど理想主義的傾向が強固に残ってるものはそうそうないと思うのですが、一面ではそれがタテマエばかりでホンネの見えない議論につながっていた側面も否定できないかなという気がします。
例えばドイツのように高齢者の透析は公費負担から外すというように患者を年齢等で「区別」するのは珍しいことではないし、金がなければ高いサービスは諦めるというのは世界中ほとんどの国での(そして、日本でも医療以外では)常識なんですが、日本では何より当事者である医療従事者が「例え治療代を踏み倒されても最善の治療を」と損得抜きでやるのが当然視されていた、その結果病院が経営難に陥って結局一番迷惑を被ったのは誰なのかと言う話もあるでしょう。
マスコミさんたちはやたらと「赤ひげは金のない庶民にも医療を提供してきた!素晴らしい!」と妙に絶賛しますけれども、そう言うのであれば赤ひげ式に金持ちからは法外な報酬をふんだくるためにもワンプライス制度破棄を声高に叫ばなければならないはずなのに、「医療は万人に平等でなければ!」なんてことを言うのはどんな自己矛盾かという話ですよね。

今まで医療を語り始めると日医を始め誰しも「いや自分はいいけどそれじゃ他の誰かが困るから」式の妙に他人行儀な話ばかりしてきたようなところもあったのですが、日本人の気質も変化してきて経済的にも理想主義ばかりでやっていられなくなってきたこの時期、ようやくホンネで医療を語り合う時代がやってきたという気配はしているように思いますね。
もちろんそういう時代だからこそ、誰であれ言うべきことははっきり言っておかないことには「え?聞いてないよ?!」なトンデモ話を押し付けられてしまいかねないわけですが(苦笑)。

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