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2010年2月 1日 (月)

受診抑制策を排した中医協の論理 ゼロリスク症候群はここにも?

最近また相次いで勤務医の労働環境に関する話が出てきましたが、表向きの数字と実態との乖離など色々と言われるところは多々あるとしても、少なくとも以前と比べて改善はしていないということは確かなようですよね。

勤務医の超勤、月100時間11%  京都府医師会部会が報告書(2010年1月28日京都新聞)

 医療現場の労働実態を把握しようと、京都府医師会勤務医部会は「勤務医・女性医師の労働環境等に関する緊急意識調査」を行い、報告書をまとめた。勤務医の中には、1カ月の時間外労働が100時間を超えたり、宿直が11回を数えるなど、過酷な現状が明らかとなった。

 全国各地で医師不足や偏在が起こり、勤務医の働く環境は悪化しており、府内も例外ではないという。同部会では、府内の66施設で働く勤務医約3千人を対象に実施。2008年12月から09年1月までの間に、668人から回答があった。昨年12月までに集計した。

 調査では、最近1カ月の時間外労働で「100時間以上」が11・8%、「80~100時間」が7・8%、「45~80時間」が24・9%。宿直明けの勤務で「休日になる」医師は3・9%にすぎず、70・7%が「連続勤務」だった。中には、宿直回数が「11回以上」という医師が1・2%あった。

医師の過重労働は、患者への影響が懸念されるという。最近6カ月以内の「ヒヤリ・ハット」体験は、半数以上が「ある」と回答した。

 また、女性医師に対する調査では、29%が休職や離職を経験。産休や育休が取得しにくかったり、保育施設が整備不十分だという声が多かった。府北部地域の医療状況に関する質問では、「地域住民の危機」と認識しつつ、生活上の問題などを理由に勤務が難しいと回答した。

 このほか、電子カルテ導入にともない、「作成する書類が多すぎる」との声が目立つ。医療が高度化しており、患者への説明に要する時間が増えているという。
 府医師会の上田朋宏・勤務医担当理事(京都市立病院泌尿器科部長)は「多くの勤務医は使命感だけでがんばっている状態。長期的に見れば、医療崩壊どころか、過重労働を強いられている診療科が無くなる」と懸念している。

勤務医の労働環境、「非常事態宣言したい状況」-全医連代表(2010年1月25日CBニュース)

全国医師ユニオンと全国医師連盟(全医連)は1月24日、第1回医療労働研究会を都内で開き、全医連の黒川衛代表が病院勤務医の労働環境について「非常事態宣言でも出したいような状況」だと指摘した。

その上で黒川氏は、▽雇用創出や技術革新につながるような医療費の活用▽医療医学への予算の10%以上アップ▽病院の適正な集約・分業化による医師の過労死防止▽患者も医師も救済できる法体系の見直し―の実現を呼び掛けた。

また、過労死弁護団全国連絡会議代表幹事・日本労働弁護団副会長の岡村親宜弁護士は、▽「特別条項付協定(特別な事情で1か月の残業時間が限度基準を超える場合、臨時に結ばれる協定)」の締結が常態化している▽全医連と医師ユニオンの調査では、過労死ライン(1か月80時間以上の時間外労働)を超えた協定が、全体の15%に達した―など、勤務医を取り巻く労働環境の劣悪さを提示。

こうした問題の根底には医師不足があると分析した上で、「すぐに裁判に訴えるのではなく、法に違反した現状を“梃子”に、国や病院に労働条件の改善を求めていくべきではないか」と提案した。

研究会に先立ち、医師ユニオンの植山直人代表は「まだ小さな団体だが、着実にさまざまな活動に取り組んでいく」とあいさつ。今後、ユニオンとして国会議員や厚生労働省への働き掛けを強化する方針を示した。

よくこういう話が出てきますと「いや俺はもっときつい仕事をしている!」と見当違いな奴隷自慢を始める方がいらっしゃいますけれども、別に医師の過労を避けるべきだというのは単に医者が逃げているからたまにはアメもしゃぶらせろといった話ではありません。
24時間眠らないと、集中力は運転免許の停止処分を受けるのと同等の酩酊状態にも匹敵すると言いますが、医師の過労を何故避けるべきかと言えば、それは何より患者自身の健康と安全に直結する最も大きな因子の一つであるからです。
医療ミスが原因でなくなる人の数は、自動車事故、乳がん、エイズで志望する人数より多いなんてデータがあるアメリカなどではその方面の研究も進んでいて、長時間労働をしている医師では重大な医療事故に遭遇する確率が3~6割も高くなるという報告があったりで、レジデントの過労死も契機として近年法的にも医師の過労防止のための対策が進んできています。
要するに医者を酷使しすぎるとかえって患者の不利益になる、であるからきちんと医者を休ませるための方策を患者側である国民も我が事として考えていかなければいけませんよという、これは大きな問題提起でもあると言えるんだと思いますね。

ひるがえって日本ではようやく医師の労組たる全国医師ユニオンが発足したばかりという状況ですが、残念ながら「医師の過労はかえって患者に迷惑をかける」という認識を当事者である医師自身ですらしっかりと認識していない場合が未だに多々見られるのも現状です。
このあたりは勤務医の場合、病院など施設側からの不当な勤務状況の強要がしばしば見られるというものも大きな問題ですが、最近ではようやく労基署もこのあたりに対して警告を発するようになってきたことにも見られるように、少しずつではありますが社会の認識も変化しつつあるようにも思えます。
一方でアメリカと異なり国民皆保険制度化で「いつでもどこでも誰でも同じ医療を」が建前の日本においては、年々増え続ける医療需要に無制限に応え続ける一方での供給側の対策だけでは自ずから限界がありますが、近年ようやく需要側の対策も顧みられるようになってきました。

先日の中医協で軽症患者の救急外来受診に対し追加料金徴収をという話が出てきた件で、患者代表ら支払側医員からは導入に慎重な意見が出ていたと言う件を紹介しました。
この件に関しては結局来年度での導入は見送られる方針が決まったとのことなのですが、ともすれば患者側からの反発を招きかねない案件だけにまずは拙速を避けたということなのでしょうが、一般紙での記事を見る限りではその反対の理由と言うものがいささか説得力にかけるようにも思えるところですよね。

軽症の救急患者から特別料金、10年度は見送り(2010年1月27日朝日新聞)

 症状が軽く必要性が低いのに救急外来を受診する患者から特別料金を徴収できる仕組みについて、中央社会保険医療協議会(中医協=厚生労働相の諮問機関)は27日、新年度の診療報酬改定での導入見送りを決めた。委員間で合意が得られず、断念した。ただ、救急医療の適正な利用を求めていく点では一致し、当面は啓発活動を充実させることで対応する。

 軽症患者が、自分の都合で夜間や休日に受診するケースがあり、救急医療現場の負担増加につながっていると指摘されている。中医協は、医師らの負担軽減策の一環として特別料金の徴収を検討。対象を重度の患者を受け入れる救急救命センター(全国で221施設)に限定したうえで、診療前に患者側に周知することや診療の優先順位の基準を各医療機関で策定する――などを条件に徴収できる仕組みが検討されていた。徴収対象の典型例として「虫さされがかゆい」「海外旅行なので、いつもの薬をたくさんほしい」が示されていた。

 この日の中医協では、患者ら支払い側委員が、「患者自身が(軽症か)判断できないことが多い」「逆に、お金を払えば(救急に)行っても良いとなりかねない」など導入に反対。患者に適正利用を働きかける取り組みをしたうえで、検討すべきだとの意見が出た。

 これに対し、医師ら診療側委員は「本当に救急医療が必要な人が受けられないことがある」など導入の必要性を訴えたが、新年度からの導入は時期尚早と結論づけられた。

 ただ、現在も一定の条件を満たして救急外来で特別料金を徴収している場合は、今後も継続できる。

ところで患者ら支払い側委員が反対したと記事にはありますが、一般論として受診抑制は保険者側の支払いの抑制にもつながる話だけに、支払側の中でも保険者の側からこういう理由で反対意見が出て見送りになるというのは少し意外な気もします。
このあたりはまだ当日の議事録が公開されていませんので実際の議論の内容に関しては何とも言い難いところがありますけれども、ちょうど患者側代表として中医協に参加している「陣痛促進剤による被害を考える会」での御活躍などでも御高名な勝村久司氏がそのあたりに言及しているようですので、記事を紹介してみましょう。
しかしこの記事、抜粋した後半部分が該当部分ですけれども、レセプト発行義務化についての前半部分に関してもなかなか興味深い内容で、このあたりからも推察するに中医協の場においても同氏は長年の持論を徹底して繰り返しているのだろうなと推察できるところではありますね。

日本中の患者を“中医協委員”に(2010年1月30日CBニュース)
より抜粋

【第94回】勝村久司さん(中央社会保険医療協議会委員、連合「患者本位の医療を確立する連絡会」委員)

 診療行為ごとの医療費を記載するレセプト並みの明細書をめぐっては、2008年度診療報酬改定でレセプトのオンライン請求を行う病院(400床以上)に対し、患者が希望する場合の発行が義務付けられた。今年1月15日の中医協総会が取りまとめた来年度報酬改定の「現時点の骨子」では、発行を義務付ける医療機関の対象を拡大する方針が示されている。これに対し、05年から中医協委員を務めている勝村久司さんは、全患者への無料発行を断固として主張してきた。 4月に任期中最後の報酬改定を迎えるに当たり、実現に向けた思いなどを聞いた。(木下奈緒美)
(略)

■軽症患者からの特別料金徴収、「効果的でない」

-病院勤務医の負担軽減策として、一定の条件の下で、救急外来を受診する軽症患者から「特別な料金」を徴収することが検討されています。
 目的は理解できますが、手法がよくないため、目的を達成できるどころか、かえって混乱を招くと感じ、この手法には反対しています。腹痛を訴える子どもを連れて行って、大丈夫だと言われて帰ったものの、腸閉塞で死んでしまった子どもの事例だけでも複数聞いています。軽症かどうかの判断をするにしても、安易にすれば医療過誤になるし、かといって「間違いなく軽症だ」と判断するためには、相当の時間がかかることが多いかもしれません。これでは勤務医がますます大変になってしまいます。
 高校を例にすると、定期試験終了前になって、「トイレに行きたい」と言い出す生徒がいたとします。教室で座っているのが退屈だからなのか、保健上の理由なのかの見極めはとても難しく、わがままや自分勝手な言動の生徒でも、その時だけは本当にトイレに行く必要があるかもしれません。変に偏見を持って「我慢しろ」と言ったところ、実は本当に体調が悪かったとすれば、教師としてあってはならないことです。これと同じで、軽症と思って来ているのかそうでないのか、実際に軽症なのかどうかの区別ができないから危険なのです。こうした判断は、人間相手の仕事では非常に難しいと思います。楽になろうとするのではなく、難しいと思い続けて、その中で一生懸命、精いっぱいやることが、人間相手の仕事ではベストなのです。何らかのルールを導入すれば簡単に解決できるのではないかという論理は、生活指導が大変な学校などで既に多くの教訓がありますので、そのあたりから学ぶこともできるでしょう。お金を払わせるというルールを作れば、お金を持っている人でわがままな人は、お金を払うことで堂々と軽症でも優先して受診できることになります。お金持ちであろうとなかろうと、救急の現場では軽症は優先しないと、受付で毅然と対応しようと努力している人にとって、軽症でもお金を払えばよいというルールを作れば、そうした対応が取りにくくなってしまいます。

-基本的な考え方に問題があるということですか。
 いいえ。軽症患者がたくさん来て救急が困っているから何とかしたいという考え方は分かります。この議論は20年以上、救急の現場で言われ続けていることだとも認識しています。もちろん、勤務医の負担軽減に向けた議論はすべきだし、患者への啓発はどんどんしていくべきです。ただ、料金を徴収するのは、患者の行動形態を変えるやり方ですし、その手法は効果的ではありません。そうではなく、例えば深夜や早朝に診療をしている診療所には、これまでの加算以上に、より多くの手当を付ける。また、週1回でも深夜に診療をするなら加算を増やす。こうした手法を取れば、実際の救急外来で働いている勤務医の負担が軽減していくのではないでしょうか。差額ベッドのように、料金を徴収することで個室希望を減らそうというような安易なやり方は、命にかかわる救急では、貧困に苦しむ人が救急の受診抑制をする事態をもたらしかねません。方向性自体が危険だと感じています。

どうもいささか方向性がずれていると言いますか、供給が一杯一杯で需要制限しかないと言う状況があって、患者の行動形態を変えるにはどうしたらよいかという議論をしている最中に、それは患者の行動形態を変えるから駄目だ、それより供給側をもっと手厚くせよと言われてもどうなのよと感じてしまう話ではあります。
今回の件に限らず勝村氏の言動を見ていると「それは万一〇〇のことがあるかも知れないから駄目」というリスクのみを取り上げて行く論法で主張している場合が非常に多いように感じますけれども、医療現場の声を代弁して診療側委員が今言っていることは、突き詰めれば「”日常的に”破綻している現場を維持するためには、”万一の”リスクは患者に負ってもらわなければ仕方がない」という話なんだと思うのですけれどもね。
もちろん氏としても患者側の代表として中医協に呼ばれているわけですから、医療側に擦り寄ったことばかり言って患者側の権利を十分に主張しないようでは話になりませんけれども、まさにこうしたゼロリスク症候群とも言うべき患者側の認識をどう変えて行くかという方法論こそが、今この瞬間に医療を守るために求められている議論なんだと言う気がしますね。

ゼロリスクを追求し続けるとかえって社会がうまく回らなくなってしまう、すなわちリスクを避けているようで実はより大きなリスクを負う結果になってしまうとは現実世界ではしばしば見られることですが、今医療で起こっていることもまさに同様で、過度に医療に要求を続ける需要側の自己抑制がなければ結局今以上に需給バランスが崩壊し、かえって需要に応えることができなくなってしまう理屈であるわけです。
その意味で言いますと、恐らく最も強固な患者側権利意識の体現者であろう(苦笑)勝村氏らを中医協の場で如何に説得して行くかということ自体が、広く国民に対してこの問題をどう啓発して行くかということの良い予行演習にはなるのかも知れません。

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コメント

中医協の委員が意識しているかはともかく、お上に「医療」を守るつもりがほとんにあるかということは考えておくべきでしょう。制度的に破綻している年金、医療、介護制度はどういじっても大衆受けはしないので、選挙に受けが悪くないように「最後の瞬間」まで取り繕うということでずっとやっているように見受けられますが。

7月の参院選を巡る権力闘争は100年に一度かそれ以上の重大な局面ですので、この前に本音ベースの議論はどの分野でもできない。参院選後にいろいろと出てくると思います。

ただ、医療は支払い側の制度的問題がもう限界点を超えていて、後期高齢者医療制度をやめるとなるともう待ったなし。果たして、これからどうやっていくのが参院選後に出てくるかと。

投稿: ya98 | 2010年2月 2日 (火) 00時17分

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