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2010年1月17日 (日)

今日のぐり:「にぼし家」

以前にイギリス国防省のUFO部門が60年の歴史に幕を降ろすことになったという話を紹介しましたが、同部門からとうとう最後のレポートが提出されたようです。

英国防省UFO部門が最後のレポート、09年目撃報告は史上2番目の643件。(2010年1月10日ナリナリドットコム)

昨年12月にサイト上でひっそりと発表され、世界中の専門家やマニアを驚かせた英国防省UFO部門の廃止。国の機関が50年以上にわたってUFO目撃報告を受け付け、「UFOは国の脅威となりうる存在か」を調べ続けていただけに、突然の発表は英メディアでも大きな話題となった。そして先日、英国防省が 2009年に寄せられた目撃報告をまとめた「UFO Reports 2009」を公表。それによると昨年は機関が活動していた11月30日までに、史上2番目の件数となる643件の目撃報告があったという。しかし件数の増加も虚しく、これが最後のUFOレポートとなった。

ここ数年、UFOの目撃報告は増加傾向にあったが、昨年はそれにも増して英国内での報告が急増。英メディアでは2009年が「UFOの当たり年」とも伝えられ、テレビや新聞の紙面を賑わす機会も多かった。2006年の97件、2007年の135件、2008年の285件と比べれば、昨年の643件がいかに多いのかがわかる。春先からたびたびUFOに関する話題が出ることも多く、専門家の間には「記録的な年になる」と期待する声もあった。ちなみに、昨年の目撃報告件数は、1978年の750件に次ぐ2番目の多さだったそうだ。

それだけに、昨年限りで国防省がひっそりとUFO部門廃止の発表をしたという話題は、大きな驚きと落胆を伴って、瞬く間に英国内、そして世界へ伝わることに。国防省も記者会見などを開かなかったため、メディアが伝え始めたのは発表から数日経ってからという点も、驚きが増す要因となった。

そして先日、国防省が最後のUFOレポートを発表。その中身は国防省のサイトに掲載されている。PDFファイルで39ページにも及ぶレポートは、昨年1月から11月までに寄せられたすべての情報について、日時や場所、目撃されたUFOの詳細などをまとめたものだ。

なお、レポートの終わりには「2009年12月1日をもってUFO部門の方針が変わったため、この日以降の報告、記録、調査は行われません」と、これが最後のレポートになる旨が記されている。

こうまで報告が多いというのもまた驚きなんですけれども、それでも廃止になってしまうというのもまた時代の要請と言うことなんですかね?
このようにどうでもいい…もとい、いささか人とは違ったこだわりを持つことに関しては世界に冠たるのがブリ魂というものですけれども、今日は彼らのそんなこだわりが垣間見える話を幾つか紹介してみましょう。

トイレ後の手洗い、他人の目意識すると念入りに=英研究(2009年10月15日ロイター)

 [ロンドン 15日 ロイター] 英ロンドン大学衛生熱帯医学大学院のチームが、トイレ後の手洗いについて、人々は恥ずかしく思ったり誰かに見られていると思った場合に念入りに行う傾向がある、との研究結果を報告した。

 同チームでは、複数の高速道路のサービスエリアに設置されたトイレで32日間にわたり、約25万人の手洗い行動を調査。その後、トイレの入り口に電光掲示板でさまざまなメッセージを表示し、人々の行動の変化について調べた。

 その結果、通常のトイレ後の手洗い時に石けんを使う人の割合は、男性で32%、女性では64%。しかし、電光掲示板に「隣の人は石けんを使って洗っているか」という文字を点滅させた実験では、男性では通常より約12%多く、女性では通常より11%多くの人々が石けんを使用した。

 この研究結果は、アメリカ公衆衛生ジャーナルに掲載されている。

いや、まあ、研究の結果もさることながら、研究手法もいささかどうよと思われるようなブリ的諧謔に満ちている気がするのは自分だけでしょうか?
一方で以前にドイツの研究で女性は男性より駐車が苦手という報告を紹介しましたけれども、どうも欧州ではこの駐車問題というものはよほどの社会的関心を集める問題であるということなのか、このたびこんな話まで飛び出してきています。

「縦列駐車の完璧な公式を発見」と、英国の数学者(2009年12月13日CNN)

ロンドン(CNN) 英ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ・カレッジのサイモン・ブラックバーン数学教授が11日、CNNに対し、「縦列駐車の完璧(かんぺき)な公式を発見した」と語った。この公式を使えば、駐車できる最も小さなスペースを算出できる」としている。

ブラックバーン教授が見つけた公式は、円と三角形の基本的な幾何学を利用したもので、中学生までに習う算数の範囲で理解できるという。前輪駆動の車であれば利用できるが、同教授自身はまだ、試していない。

ブラックバーン教授による詳しい公式は、以下のページ(英語)「http://personal.rhul.ac.uk/uhah/058/perfect_parking.pdf」で公開されている。

英国の成人1000人を対象としたある調査結果によると、57%が車の駐車に自信がなく、縦列駐車しなければならなくなった場合は、32%が目的地より遠くなったりより駐車料金がかかったとしても、止めやすい場所を選ぶと回答していた。

こういうものを見て個人的に考えることに、もちろんそうした完璧な法則の追求ということもまた重要なことではありますけれども、その実践と言うものも同等以上に重要なことなのではないかという気がするのですが、ブラックバーン教授はそのあたりをいかがお考えなのでしょうかね?
一方これは日本ではあまり真面目な研究対象とはなりそうにない話ですけれども、あちらでとなると逆に大きな議論を呼びそうな研究ということになるのでしょうか。

「天使は空を飛べない」英国の生物学者の研究に批判的な意見が続々。(2009年12月25日ナリナリドットコム)

ユダヤ教やキリスト教、イスラム教で“神の使い”とされる天使。そのイメージを問われれば、宗教画やさまざまな創作物の印象から、翼を持つ姿を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。“神の使い”として地上に舞い降り、また神のもとへと帰るためにも、翼は必要不可欠なモノとして描かれているが、英国の生物学者の研究によると実はこの翼、空を飛ぶには全く役に立たないのだという。

英紙デイリー・テレグラフによると、この研究者はロンドン大学ユニバーシティ・カレッジで生物学を教えているロジャー・ウォットン教授。ウォットン教授は先日、学内誌「Opticon magazine」でこの持論を展開し、これまでに描かれた天使を客観的に分析した結果、「空を飛ぶことはできない」と結論付けた。その中で、「代表的な芸術作品を軽く調べただけでも、飛び立つことはおろか、力を使っても飛べないことを示している」とバッサリと切り捨てている。

また、天使が空を飛ぶためには「翼が必要ないほどの激しい風」が必要で、それがなければ浮かぶことすらできないという。人間と同サイズの身体を持った天使では、背中についた翼の大きさ程度では身体を浮かせるには至らず、例え子どもの天使でも「翼を羽ばたかせるための筋肉が足りない」としている。

同様にウォットン教授は「BELIEVING THE IMPOSSIBLE(不可能を信じること)」というテーマの発表の中で、ドラゴンや妖精などにも言及。これらも「空を飛ぶことはできない」としている。その上で、空想上の生物・動物などが翼を持つ意味について「空を飛ぶ夢が楽しいように、翼は“良い精神の象徴”と考えられた」との見方を示した。

「天使は宗教を信じる人にとって重要なアイコン」と、ウォットン教授は天使が大切な存在であることを、決して否定しているわけではない。天使が人間以上の存在として、天国との行き来に翼が必要とされている点は十分に理解している。それでも「これらを見ることは、私たちが信じているモノ、形あるモノとは何なのかということを教えてくれる」と、今回の研究にも意義があると考えているようだ。

しかし、今回の発表を伝えた米紙USAトゥデーの記事に寄せられたコメントを見ると、世間の共感は得られていないようだ。「天使は肉体ではなく、“魂の体”を持っているはず」「この教授は、子どもたちに教えないで欲しい」など、やはり否定的な意見が多い。

また、デイリー・テレグラフ紙に寄せられたコメントでは、「スーパーマン、サンタクロース、妖精も存在していないのだから、空想の世界では何でもできるのでは」「天使が飛べないことは誰でもわかっているけれど、いちいち教授が言うことではない」と、こちらも手厳しい。天使を信じる人にとっても、現実的な人にとっても、今回の発表は「野暮な研究はしてくれるな」ということなのかもしれない。

思うにこの研究、対象が天使であったからまだこれくらいの反論ですんでいるのかも知れませんけれども、時節柄「サンタクロースとトナカイの引くソリは空をとぶことは出来ない」なんてことを言っていたとしたら、これはもうこんなレベルではない反撃が待ち構えていたのではないかという気がしますけれどもね。
ちなみにサンタといえばこれは蛇足ですけれども、先日見た古い映画で「三十四丁目の奇蹟」というものがありまして、これが何も飛び道具がないんですけれどもなかなか印象深い佳作でおすすめしておきます。
さて、最後は研究というよりは実践ではあるのですが、いかにもブリらしいこだわりが感じられるとともに非常に印象的な画像がありますので、是非とも鑑賞いただければと考える次第です。

ヒト文字ならぬ「ヒツジ文字アート」でモナリザ再現-英国(2009年3月21日ロケットニュース24)

イギリスのメエスタッドというチームが、無数の羊を使って「ヒツジ文字」を作るという、大がかりなアートを完成させた。人文字なら日本でも小学生などがイベントのひとつとして行うこともあるが、言葉が通じない動物を使って巨大文字を一体どのようにして作るのだろうか…。

舞台となったのは、イギリス・ウェールズ地方の山の麓。高度な技術を必要とする羊たちを使ったアートが、小さいビデオカメラで映画のように撮影されている。スタッフの指示に従って羊たちを追いこんでゆくのは、もちろん牧羊犬の役割。彼らが正確に素早く羊を所定の位置まで追い込み、どんどん広大な草原一杯に何かが描かれていく様子には誰もが驚くだろう。

こうして最初にお目見えしたのは「巨大なヒツジ」! 羊1匹1匹が持つ、黒と白の毛色の違いによってパーツが区分けされ、大きな目や鼻などが表現されているのには圧巻だ。しまいには、4本の足が動いて、まるで本当に歩いているみたい! 

次は、なんとレオナルド・ダ・ヴィンチのアートが表れる! 着色されたライトを羊に装着。絶妙な色の違いに分けられたパーツをどんどん組み立ててゆくと、あの有名な「モナリザ」が完成されるのだ。これぞまさに究極の芸術。拡大すると、全部羊でできているのだから、これにはダ・ヴィンチもビックリだろう。これらはチームの高度な技術なくしては作ることができない。

日がすっかり暮れると、今度もまた全部の羊にクリスマスツリーのような白光ネオンを装着させて、草原をひたすら走り回らせる。とはいえ、ただ走っているのではない。ひとつひとつの動きは、ちゃんと計算しつくされているのだ。羊たちが秩序を持って花火のように美しく散っていく様子はとても幻想的。

最後に、フランス映画さながらの「fin」という文字を形成して終わるという、ひとつの物語のような作品。ここまで説明しておいてなんだが、文章を読んでいてもよく伝わらないと思うのでコチラの動画(youtube)をご覧あれ。 この究極の芸術を前に、あなたも感動せずにはいられないだろう。

まあ感動もさることながら、正直この行為に要しただろう時間と労力というものを考えると、この徹底ぶりこそやはりブリ的なのかなという気がするところで、どちらかというと開いた口がふさがらない系の深い感動を覚える話ではありましたね。

今日のぐり:「にぼし家」

新倉敷駅に程近い一角に店を構えるこちらは、昨今では近隣のとんこつラーメン「あかり」と並んでなかなかの人気店なんだとか。
時期をおいて何度か訪問しましたのですが、個人的にはにぼし系の味が結構好きなので嫌いではない系統の店です。
夜と昼とでは結構味が違うという噂なんですが、ちょうど双方の訪店経験がありましたので並べてみましょう。

まずは一回目、この日は夕食にしても遅い時間での訪店ですが、ほぼ席は埋まっている状態でビールなども飲みながら皆さんのんびり楽しんでいるようです。
煮卵ラーメンにネギ大盛で何気なく頼みましたが、この煮卵はあくまで煮卵であって半熟煮卵ではないことには注意が必要でしょうね。
ところでこの店、カリカリに揚げた唐揚げというのもなかなかに人気で、この辺りも組み入れたセットメニューが昔はA~Cまであったんですが、Aはいつの間にか削除されてなくなったんですね。
それはまあいいんですが、さすがに線で消しただけというのはみっともないと思ったのか新しいメニューを印刷してるんですが、これがやはりAがなくてBとCだけとよく判らないことになっていました。
ん~常連客に混乱を招かないようにという配慮なのかも知れませんが、初めて来た客はなんじゃこりゃ?と思いかねない謎のメニューになってしまってますかね。

山盛りのネギは程々にスープで日を通しながら食べるとそれなりに良い感じなのですが、これだけの量になるとスープが冷めてしまうのはマイナスですかね。
少しスープの温度を高めておけばいいんだと思いますが、さすがにトッピングのためにスープを一人分ずつ小鍋で加熱するなどという手間は無理なんでしょう。
麺の茹で加減はやや硬めで安定していますから悪くないですが、シナチクの食感は残念ながら少しいただけない感じでした。
すぐにちぎれてしまうほど超薄切り状態のチャーシューは個人的にはあまり存在感がないかなと言う印象で、一枚だけに減らしてももう少し厚切りの方がいいようにも思いました。

ここは比較的味の日差があるかなと思っていたのですが、どうも日差というより日内差のようで、色々な人の意見も総合すると、昼の営業に比べて夜遅くになるほどスープの味にキレがなくなっていくようです。
ちなみにこの日は閉店間際の時間帯でしたが、確かに以前に食べた味からするとぼんやりしてしまっているかなとは感じますね。
近ごろのラーメンというのはかなり濃いスープを使っているだけに毎回同じ味を出すのは難しいのかも知れませんが、特にここの場合煮干しの味が引っ込むと途端につまらない味になっちゃいますから、そのあたりの個性はしっかり守っていただきたいと思います。

そして二回目ですが、過去何度か訪れた時には夜の営業がほとんどだったのですが、この日は昼の時間帯にお邪魔してみました。
ちなみにこの日入ってみてびっくりしたのが、さほど広くもない店内にも関わらず厨房、フロアとあわせてスタッフが10人ばかりも詰めていたことで、そんなに客が殺到するということなのでしょうか?

最もベーシックなラーメンにトッピングでネギ大盛というものを頼んでみましたが、この山盛りのネギのおかげかいささかスープが温く感じられるのはこの日も変わりません(ただし上だけでなく底の方をさらってみても、いわゆる熱々ではないという感じですから、わざとそういう温度設定にしているのでしょうか?)。
夜の場合は時折スープの味のバランスがいささかどうよと思われることがありましたけれども、噂に聞く通り昼の方がそのあたりはきっちりしているということなのか、すっきりしたスープの旨味に適正量の醤油ダレがあわさってなかなか完成度の高いスープになっていると思いますね。
麺はしゃっきり茹で上がっていて、しかも固茹でではないというのはなかなかいい感じで、どうもラーメン業界では一部にやたらと固茹で好きがいらっしゃるようですけれども、本来麺類も小麦粉を練ったものである以上ある程度最低限の湯で加減というものは必要なはずなんですよね。

ここのトッピングのネギはいつも好みの辛さ加減でちょうどいい塩梅だと思っているのですが、チャーシューなども値段を考えるとそれなりにまともに出来ていて、以前に来たときには少し存在感がないようにも感じましたけれども、この日くらいのスープの出来であればこの方が邪魔をせずに丁度いいかも知れませんね。
今の時代入っているだけで御の字のシナチクですが、味加減はちょうどいいもののシナチクとして考えればもう少し食感を保っていてくれた方がいいのかなという感じなんですが、全体の食感的に考えてみるとちょうどこのあたりがバランス点かとも思えるのが難しいところなのでしょうか。
ところで以前に来た時と比べるといくらか煮干しの風味が弱くなってきたか?とも感じられたのですけれども、一部界隈ではここの煮干し風味がキツ過ぎるという声もあったようですから、そうした評判を気にして店の看板を引っ込めたということであれば残念なことだと思いますね。

全般的にはバランスの取れた良質なラーメンで、一帯の人気店として君臨しているのも納得なんですが、やはり話に聞く通り昼と夜ではかなりスープの味が変わっているように感じられますね。
それと、せっかくこれだけ大勢のスタッフが揃っているのですから、終日通しての営業も考えていただけるといいんじゃないかなという気もするところでした。

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