« 今日のぐり:「マルハチ」 | トップページ | 一難去ってまた一難?! »

2010年1月12日 (火)

医者は患者の敵ですか?

奈良女子大と言えばその方面では結構有名なところですけれども、その奈良女子大で今年もこうしたシンポが開かれているという話題を因縁浅からぬ毎日新聞の記事から引用してみましょう。

シンポジウム:医療事故と裁判考える 遺族ら40人が意見交換--奈良女子大 /奈良(2010年1月10日毎日新聞)

 奈良市の奈良女子大で9日、シンポジウム「医療事故と医療裁判を考える 真の再発防止と被害者救済はどうしたら可能か」が開かれた。医療事故の遺族ら約40人が、自身の体験や今後のあるべき姿について意見を出し合った

 97年に日本医大病院であごの修復手術を受けた後で急死した女性(当時20歳)の父、高橋純さん(67)=埼玉県鴻巣市=は、東京高裁の判決で固定用のワイヤが脳に刺さるミスがあったとした主張が認められなかったことについて「専門家のアンケートでは大部分が刺さったミスを認めていた。裁判官がどのような判断をしたのか疑問」と話した。

 また、東京都杉並区で99年、割りばしがのどに刺さり死亡した杉野隼三君(当時4歳)の母文栄さん(52)は「裁判では主張が認められなかったが、後悔はしていない。これから同じようなことをされる方に『あんな体験をするくらいならやめよう』と思わないでほしい」と呼び掛けた。

 参加者からは、「訴訟で負けても(裁判官の罷免を求める)訴追委員会にかける方法もある」という意見や、公正かつ中立な医療事故調査機関の設置を求める声が上がった。【花澤茂人】

いつも思うのですけれども奈良女子大さんの場合、こうして関係する著名人の方々をこれだけ集めてこられる人脈というものには頭が下がります。
さすが奈良であり毎日新聞であるだけに?裁判で主張が認められなくてもやめないとか、訴訟で負けても裁判官の罷免を求めることも出来るとか、この記事だけを見ていますとまず何よりも裁判の場とは自分たちの主張を認めさせることがお二方の目的であったのかとも誤解してしまいそうなところですが、実は民事訴訟においてはまさにこれこそが正しいことなのですね。
以前に聞いた話で非常に納得がいったのが、とある裁判官の「(民事の)法廷とは真実を明らかにする場所ではない。お金で償うためにその金額を決める場所だ」といった言葉がありましたけれども、その手段として法廷で互いに自分の主張が正しいという材料を提示する、裁判官はその提示された材料だけを元に賠償の必要性や金額を決めるのが民事訴訟なのだと言うことは、多くの司法関係者の語っているところです。
まさにそうした民事訴訟の性質が、何よりも真実を知りたいという多くの患者側にとって医療訴訟を不毛なものとしているんじゃないかなという気がするところですが、このあたり例えばこういう記事など非常に興味深いと思うのですがどうでしょうか。

俳優は医師と弁護士 医療事故の演劇 “呉越同舟”立場超え競演(2009年12月18日産経新聞)

 医療事故が起きたとき、病院側の事故調査はどうあるべきか-。こうしたテーマに演劇で解決策を探るシンポジウムが20日、東京・お茶の水の明治大学で開かれる。舞台に上がるのは現役医師や医療事故を専門に扱う弁護士たち。現実に向き合ってきたキャストの“迫真”の演技で、立場を超えた話し合いを促進するのが狙いだ。関係者によると、普段は対立した立場にある両者の“競演”はきわめて珍しいという。

 シンポは2部構成。第1部で医療事故をモチーフにした演劇を行い、浮き彫りになったテーマについて、第2部でパネルディスカッションを行う。企画した医療ジャーナリストの秋元秀俊さんは「シンポジウムの質を上げるため、演劇が有効と考えた」と話す。

 医療事故の際、患者や家族と病院、医師との間に摩擦が起きる例は多い。秋元さんは「医療事故を医師は医学的な論拠で語り、患者や家族は経験で語る。同じ事象を経験しながら、違う時間を生きている」と指摘。両者が一歩引いた目で見られるよう、演劇をツールにすることにした。

 舞台では、大腸の内視鏡検査が発端となって男性患者が死亡したケースをめぐり、病院が事故調査を行う様子までが描かれる。劇中のセリフには、「医療関係者以外を調査委員会に入れるのか」など、医療事故調査に関する論点を盛り込んだ。

 注目すべきは、現場の医師と医療事故専門で患者側に立つ弁護士が“俳優”として参加する点だ。呉越同舟ともいえるステージの見どころは、最終幕となる調査委員会での議論。台本なしの完全アドリブで、医療者側と患者側の代理として、現実さながらのつばぜり合いを繰り広げることになる。

 出演する男性弁護士(41)は「演劇という一種の疑似体験を使って、医療事故や事故調査に対する互いの不信感をなくすきっかけになってくれれば」と話している。(佐久間修志)

個人的な感想を言いますと、医者の世界も弁護士の世界も個人的人脈や人間関係が非常に重要であることは共通していますから、こうした試みというものは非常に面白いんじゃないかと思いますね。
さて、産経新聞の記事によれば現場の医師と医療事故専門で患者側に立つ弁護士が同じ演劇に参加することが「呉越同舟」なんだそうですが、ちなみに辞書を引きますとこんなことを書いてあります。

呉越同舟(ごえつどうしゅう)
(意味)仲の悪い者同士が一緒に行動すること。
兵を死地に置いて戦うことの重要さを説明するために、孫子は呉越同舟の話を用います。

「呉と越は仇敵(きゅうてき)同士だが、仮に呉人と越人が同じ舟に乗り合わせ川を渡る場合、強風で今にも舟が転覆しそうになれば、呉人も越人も普段の敵対心を忘れ、互いに助け合って危機の乗り越えようとする。」

こういうのを見ますと世間的には医者と弁護士とは不倶戴天の敵のように見なされているのだなと改めて感じさせられますが、しかし考えてみるとこれは多くの医療事故被害者にとっては本来非常に困惑するべき、あるいは悲しむべき話なんですよね。
現実問題多くの医事紛争において弁護士というものは患者側の代弁者として医療側と対峙することになっていますが、患者側の主要な希望の一つとして「まず真実を知りたい」ということがあるわけですから、本来的には医者が進んで真実を語ってくれるような協力関係を築けることこそベストなはずなんですよね。
まさにベテラン取調官が犯人が自ら語りたくなるように導いてやるという話と一脈通じるところがありますけれども、現実がどうかと言えばこのように医療側は患者側の敵という対立関係となるのが世間的常識としても当然氏されているわけで、多くの医療従事者が患者に害をなすどころか健康を取り戻して幸せになって欲しいと思いつつ日夜重労働に勤しんでいることを考えると、これは双方にとっての不幸というしかない構図でしょう。
このあたりの不合理を医療訴訟の当事者となりやすい産科医である桑江千鶴子氏がス・メディカルさんに寄せた言葉からも引用してみましょう。

 「医療裁判で真実が明らかになるのか」―対立を超えて・信頼に基づいた医療を再構築するためにー(2008年09月10日ロハス・メディカル・ブログ)より抜粋

(略)
 医療裁判を起こす理由として、「何が起きたのか真実を知りたい」という家族の願いがある。裁判所は真実を裁判で明らかにしてくれるだろう、あるいは明らかにしてくれるに違いない、という家族の期待がある。そして、家族の医療側への不信感として、医師は嘘をついている、カルテの改ざんが行われている、医療者は口裏を合わせてかばい合っているに違いない、といった感情があるし、現在は、残念ながらそういった事実もあるであろう。

 しかし、ここで冷静になって考えて欲しいのは、「正直に何があったのか事実を話してほしい。でも正直に話せば、罰を受けますよ。」という状況で事実を話すということが、人間の性(さが)として有り得るのか、ということだ。有名なワシントンの桜の木の話は、お父さんの大事にしていた桜の木を誤って切ってしまった、という事実があって、正直に話したら怒られるだろうから話したくなかったが、正直に話したら、意外なことに褒められた、だから勇気を出して本当のことを話せばいいことがありますよ、ということだ。後にアメリカの初代大統領になるくらいの人物であるから、普通の子供ではなかったであろうが、それでも結果がまずくいっているときに正直に話すということはすごく勇気がいることだという逸話があるくらい、何か結果が悪く出たのを自分で知っていて、正直に話すということは大変苦痛を伴うことである。「褒められる」というご褒美があるかもしれないから、正直に話しなさい、と逸話はいっているのである。これがご褒美どころか、正直に話せば話すほど自分が罰せられるという状況で、医療という仕事をしているの(はあなたが悪いの)であるから、そのような罰則付きであろうが、逮捕され勾留されるかもしれないが、正直に事実を話さなければならない、と言っているのが、現在の医療裁判の論理である。これでは、我々医療者は苦しくて仕方がない。こんなつらい仕事はやめてしまおう、と言って現場を離れているのである。人間の性(さが)を理解しないで制度を作れば、破たんするあるいはうまく機能しないことは目に見えている

 いざ裁判になれば、自分に不利になる事実は話さなくても良い、ということで人権が守られているので「黙秘権」が適応されるし、行使することも当たり前にできる。医療者といえども日本国民であること、人権が守られている存在であることは何人も否定しようのない事実であろうから、医療裁判でも黙秘権は行使できる。しかしそうした場合には、「何が起こったのか真実を知りたい」という願いは永遠にかなわないことになる。

 人間性についての理解が共通認識でなければ、深い溝はいつまでも埋まらない。

 まず何よりも、そこで働いている人・かかわったすべての人に事実をありのままに話してもらうことが絶対に必要だというのであれば、「事実を正直に話してもらう」ためには、そうしたところで個人は不利な扱いを受けない、ということを共通理解としなければ無理だと思う。目の前に鞭を持っていて「正直に話せば鞭で打ちますよ。」と言っていたら、人間は弱い存在であるので、誰も話しはしないだろう、という想像力を持ってほしいと思う。おおむね日本以外の国ではそうした制度になっていることは、理由があると考えて欲しい。
(略)

何であれ人間の行為というものには目的がある以上、その目的達成のために何をどうしたら良いかということは常に考えておかなければならないでしょうが、その意味で言うと医療訴訟というものは非常に非合目的的なものになってしまっているという現実を、目的を達成したい当事者はまず認めなければならないでしょうね。
かねて医療事故調設立を目指している厚労省によれば、中立な第三者機関による調査の必要性を医療関係者も含めてほとんどの人が認めている、つまり当事者はまさに自ら語りたくなっているわけですから、じゃあ何がそれを邪魔しているの?と考えてみるのが筋というものではないでしょうか。
「人間の性(さが)を理解しないで制度を作れば、破たんするあるいはうまく機能しないことは目に見えている」とは桑江氏の卓見ですけれども、今まさに民主党政権下で事故調議論が振り出しに戻っているような状況なのですから、もう一度この辺りの基本を関係者それぞれが考えてみることも大事なんだと思いますね。

医療事故で第三者機関必要97% 厚労省アンケート(2009年12月26日47ニュース)

 医療事故が起きた場合、中立的な第三者機関が原因を調査する必要があると考える人が97%に上ったことが26日、厚生労働省のアンケートで明らかになった。医療従事者に限った場合でも「必要」は95%に上っている

厚労省が、医療事故への対応について国民の意識を調べたのは初めて。担当者は「シンポジウムの一環として行った企画で、政策に反映させる公式の調査ではないが、第三者機関設立に高い関心を示している状況は把握できた」としている。

 医療事故調査の第三者機関をめぐっては、厚労省が昨年、設置を定める法案大綱案を発表。しかし悪質事例を警察に通知する項目に医療界が反発、民主党は院内調査に重点を置く法案を示すなど議論は進展していない

 調査は、10月15日~11月8日にインターネットのホームページで受け付ける形式で実施、医療従事者311人を含む10代以上の664人が回答。「航空機事故や鉄道事故と同様に、原因調査のための中立的な第三者機関が必要」と答えた人は641人(97%)で「不要」の23人(3%)を大幅に上回った。

|

« 今日のぐり:「マルハチ」 | トップページ | 一難去ってまた一難?! »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/47271740

この記事へのトラックバック一覧です: 医者は患者の敵ですか?:

« 今日のぐり:「マルハチ」 | トップページ | 一難去ってまた一難?! »