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2010年1月 8日 (金)

地域医療だからこそ誰でもいいからは通用しない

本日は地域医療の話題ですけれども、昨年末に広島の方ではこんなイベントがあったようなんですね。

町外からの応援で当直維持 広島・安芸太田病院シンポ/広島(2009年12月27日中国新聞)

 ▽救急医療の窮状報告

 医師が不足し、厳しい救急医療運営を強いられている広島県安芸太田町の安芸太田病院は26日、シンポジウム「県西部中山間地域の医療を考える会」を町内ホールで開いた。参加した住民たち約200人に窮状を訴え、病院への支援を求めた

 病院側は、現在の常勤医6人では24時間態勢の当直を維持できず、町外から医師の応援を受けている現状を報告。武沢厳院長が「病院が大学、行政とタッグを組み、地域医療を守るのは当然のことだが、住民も一緒に地域の医療をどうするのか考えてほしい」と呼び掛けた。

 基調講演で、広島大医学部の河野修興学部長が医師不足の実情を説明。続くシンポジウムでは、広島市立安佐市民病院の日高徹院長が病院間の広域連携の必要性を強調。広島国際大医療福祉学部の宇田淳教授は「住民も地域の医療づくりを担っている。医師が働きやすい環境づくりを支えてほしい」と注文した。

 町内の無職佐々木利(とし)乗(しげ)さん(81)は「地元の病院がここまで苦しいとは知らなかった。救急が地域からなくなると困る」と話していた。(田中美千子)

安芸太田病院のホームページをみますと200床の病院で、精神科病床や療養病床を含んだよくある慢性期患者主体の自治体病院なのかなという印象を受けますけれども、トップ以下の幹部に外科系の先生が並んでいたり臨床研修指定病院だったりするところを見ると、まだまだ血の気は残っているという感じなのでしょうか。
「地元の病院がここまで苦しいとは知らなかった」というのも住民の正直な感想なのでしょうが、昨日今日の話ではないでしょうに今まできちんと広報をし住民に協力を呼びかけていたのかどうかも問われるところで、その意味ではここで200人に窮状を訴えてよしとするだけでは未だ問題解決には遠いかなとも思います。
もちろん住民ばかりが問題というわけではなくて、長年「医者とは幾らでも大学から送られてくるもの」という認識でやってきた危機感のない病院運営が自ら現状を招いているという側面も多々あるわけで、例えば同じ中国地方からこちらの記事を見てみましょう。

中山間地の救急医療に赤信号(2010年1月3日中国新聞)

 中国地方の山間部の救急医療が危機にひんしている。JA吉田総合病院(安芸高田市)の休日夜間救急診療所は赤字が膨らみ、運営に行き詰まっている。庄原市立西城市民病院や岩国市立美和病院も、医師不足から救急体制の維持が瀬戸際に立たされている。

 JA吉田総合病院は市内で唯一の救急病院。24時間態勢の休日夜間救急診療所は、重症患者を含む年間約2900人を診る。医師、看護師、検査技師たち5人に病院の当直医1人の計6人が常駐する。

 救急診療所の赤字額は昨年度は5700万円に上った。本年度は7100万円に膨らむ見込みだ。2007年度に小児科の救急は三次市立三次中央病院に集約したため、収入が減少。常勤医が5年で8人減って28人となり、非常勤の医師10人の応援を受けるため人件費がかさんでいる

 さらに08年に労働基準監督署の指導で看護師や技師の人件費も見直して支出が増大。住元一夫院長は「病院だけでは支えきれない。このままでは救急を縮小せざるを得ない」と訴え、市、市医師会と対策を協議している。

 西城市民病院は常勤医6人で年間約千人、美和病院は常勤医4人で年間約1900人の救急処置に当たる。日曜日に丸1日診療した医師が、月曜日の診療もこなす

 04年度の臨床研修制度導入で地方大学の医局に残る医師が減り、地域の基幹病院に派遣する余裕がなくなった。県が過疎地などに派遣する自治医科大出身の医師の数にも限りがある。

 中国地方では過去5年で東城病院(庄原市東城町)、渡辺病院(新見市)、津和野共存病院(島根県津和野町)などが、救急の看板を下ろした。

 広島大大学院の谷川攻一教授(救急医学)は「これ以上態勢が細ると、救える命も救えなくなる」と警鐘を鳴らしている。

こういう地方病院の経営が傾いている根本原因が何かと言えば記事中にもあるように医師が減っていることだと思いますが、一方で労基署の指導で見直されていたのは医師以外のスタッフの人件費支出増のみだとか、医者は長時間の連続労働を相変わらず強いられているというのであれば、この人達は原因とそれに対する対策というものをどのように考えているのか興味があるところです。
これが例えばとっくの昔に医局派遣など切られてしまっているというような私立の病院であったとしたら、「そのうち誰かが助けてくれるさ」とばかりにこんな悠長なことをやっているだろうかと考えてみた場合に、医師が消えていく病院の現状にあまりに危機感がなさすぎるという印象は拭えないですかね。
公立病院の場合は院長あたりが幾ら危機感があったところでどうやっても組織が動かないなんてこともよくあることですから全く同情の余地なしとはしませんが、今どきそんな組織に人材を送り込みたいと考える人間も、そんな組織に所属してみたいと考える人材もいるだろうかという話で、全国でこんな病院が「国が医者を強制派遣してくれないと困る」なんて言ってるのかと思うと暗澹たる思いに駆られる人も多いことでしょう。

医療問題というものを考える場合に、都市部における問題と地方における問題とを同列に論じることはやはり無理があると思いますが、基本的にはある程度医療インフラは存在していて救急受け入れなど急性期が問題となりやすい都市部に比べると、地方での問題というのは慢性的、構造的なものが多いと言えるでしょうか。
とりわけ言われるのが医師不足問題ですが、大学医局による半強制的な医師派遣システムが国民の多大な反発の末にいざ消滅してみると、誰も田舎に行きたがらなかったというのもその構造的問題の大きな要因になっているわけですが、それが何故なのか、どうしたら解消できるのかということを考えないと仕方がないですよね。
もちろん田舎暮らしは嫌だと言うのは医者に限らず誰しも大なり小なり抱く感情で、何より住民自身がそうであったからこそ田舎は今も田舎なのだとも言えるわけですが、都市部とは違う地方独特の空気と言うものもまたあるわけで、「田舎は人の少ない都会ではない」ということから話を始めないといけません。

例えば最近は人間関係が希薄なのがデフォルトになってきているところがありますから、どちらかと言うと田舎特有のマイナス要因と見なされがちですが、閉鎖された地域共同体の中に存在する濃厚な相互関係というものはありますよね。
下手をすると「あの先生は〇〇さんのとこだけ贔屓してる」なんて言われて買い物一つするにも多方面への配慮が必要なんてことになりかねませんけれども、逆にうまくコントロール出来れば都市部と違って基本的に患者も患者以外も皆顔見知りと言う間柄だけに、多少無理目と思えるようなローカルルール設定でうまく対処できてしまう場合もあるわけです。
そういううまく地域の状況に適応しているケースの一例として、見る者の立場によって非常に見解の分かれそうなこちらの記事を参照してみましょう。

<共に生きたい>(6)へき地医療を守る 医師と住民 苦労分け合う(2010年1月7日中日新聞)

◆「地域包括ケアセンターいぶき」 畑野秀樹さん

 「具合悪いの!?」。医師の畑野秀樹(45)の姿を見て、近所の女性が外に飛び出してきた。

 往診日でない日、認知症で一人暮らしの堀み津ゑ(97)宅に医師が来ただけで周りが機敏に反応する。「様子を見に来ただけ」と答えると女性は笑顔になった。

 滋賀県米原市の「地域包括ケアセンターいぶき」所長の畑野は「一人では何もできなかった」と十七年間の活動を振り返る。車で一時間かかる北部の伊吹山近くには限界集落も点在する。老老介護も高齢者の一人暮らしも当たり前。「みんながちょっとずつ苦労するから温かい地域ができる」

     ◇

 畑野は二十八歳で同市北部の伊吹診療所に。循環器専門だったが「丸ごと『人』を診たい」と診療所を選んだ。当初は戸惑った。子どもに発疹(ほっしん)ができて診療所に来た母親から「先生、なんでしょう」と聞かれ、「なんでしょうね」と首をかしげると、隣の看護師が「それ、水ぼうそうですよ」。最初の一年間は「ごめんなさい」の連続だった。

 妻で看護師の弘子(44)も感謝する。「最初の子が一歳にならないうちに診療所に。『家で採れたから』と大根や白菜を持ってきてくれて、いつも家には野菜があった」。それから子どもは四人に増えた。

 診療所で十年が過ぎたころ、畑野は「医学的知識が遅れているのでは」と、孤独のトンネルに入り込んだ。そんなとき「いぶき」設立の話がきた。診療所とリハビリ施設、老人保健施設などを備えた、医療と福祉の壁を取り払った市の施設。「いぶき」には、診療所で地元の人々の暮らしを見つめてきた畑野の考えが強く反映されている。
(略)

 高齢者を「家に帰す」を目標にリハビリに力を入れる。老人保健施設の入所期間は原則上限三カ月に定めた。目標がなくてリハビリへの意欲がなえ長期入所になりがちな施設も多いからだ。その成果で退所後約九割が自宅に戻る。全国平均二割をはるかに上回る実績だ。

     ◇

 脳梗塞(こうそく)で左半身がまひしている田中義信(71)は退院したばかりで自宅でほぼ寝たきり。往診にきた畑野と研修医の鈴木良典(27)に「どうしたら元気がでるんやろ」と妻の豊子(68)。ベッドの手すりをつかみ起き上がろうとする義信を助けながら畑野は問いかける。「動きたいですか?」「はい」。リハビリに取り組む話し合いを始めた。

 「いぶき」のリハビリルーム。常喜(じょうき)きみゑ(82)が、左足をかばいながら歩行車で訓練に励む。脳梗塞で二年前は立つこともできなかった。「来る人同士励まし合えたから、がんばれた」と常喜。

 往診先からは二十四時間、畑野らの携帯電話につながる。それで安心するのか連絡はほとんどない。患者も家族も医師もスタッフも「お互いさま」の信頼感でつながる。

 前堀八三郎(91)、ひさを(92)夫妻は二人暮らし。ともに脚と耳が不自由だが一緒にご飯を作り、はいずり回りながら畑仕事も。二人が動いた後の土はつるつるになり、陽光で輝く。そんな姿を見つめて、研修二カ月目、東京からきた鈴木はこう話す。「病院にいるときは病気を治すことしか考えていなかった。往診先にはいろんな暮らしがあり、生きる上で何が大事か気付かされる」=敬称略(鈴木久美子)

都市部と僻地では同じ医療と名前はついても異なるゴールを目指して違った方法論で行われているという実情がよく判る記事なんじゃないかと思いますが、これを見てどう思われるでしょうかね。
例えば同じ医師という立場からの視点であっても、これを見て「へえ、案外面白そうじゃん」と感じる人もいれば、「うわっ!これだから田舎って絶対いや!」と感じる人もいるだろうと思うのですが、特に僻地医療ということになりますと患者にしろ医者にしろ関係する各個人、地域自体のキャラクターというものが最も大きなファクターなのかなという気がします。
もともと医療のリソースが限られているのは最初から分かりきった話なわけですから、突き詰めればお互いの我慢がどこまで出来るのかということになりますが、この我慢が出来ない医者ではもともと適性がないだろうし(俺は嫌だからと他の医者に振れないわけですしね)、我慢が出来ない住民が一定数以上出てくるとこれまた聖地として敬して遠ざけられることになるわけです。

日本では全国どこでも同一料金で同じ内容の医療というのが建前になっていて、さらに妙な方向に均一化を目指しているのか近頃では「地方にももっと専門医を」なんて言っている人もいるようですけれども、それでは僻地の小病院に何かしら専門分野の大家を置いておくのが良いのかと言えば、おそらく医者にとっても住民にとっても不幸な結果に終わるだけだと思いますね。
よく医者不足の地方で「誰でもいいから医者を」なんて地域の総力を結集して医者集めをしているところがありますけれども、医者が大勢来る見込みが無いからこそ誰でもいいのではなく、きちんと適性のある人間を呼ばないことには幾ら大金を積もうが「もう限界、勘弁してくれ」とまた逃げられてしまったということになってしまうか、あるいは先日も取り上げたように最後は住民から石もて追われることになるかのどちらかでしょう。
地域の状況というものはおいそれと変えるわけにはいかないのでしょうが、キャラが合っていない人を無理に呼び込んだところでどうせお互い不愉快な目にあって喧嘩別れして終わるだけなら、最初からきちんと適性というものを見極めていかなければならない、その前段階として「医療は決して均一でもなければ、医者もそれぞれ個性と適性がある、それも優劣とは別な次元で」ということを認めていかなければならないでしょう。

今の医療現場の卒後教育を見ていて少しばかり残念に思うのは、「医者のレベルアップを」を掛け声に専門医をとったり高いスキルを身につけることが王道(それは確かに重要なんですが)という方向に偏るあまり、初期研修の段階で「医者ってやっぱ俺には無理」とドロップアウトしていく人間が結構多いことなんですけれども、見ているといかにも田舎の患者受けの良さそうな人も多くて勿体無い話だと思います。
昔はそういう人材もきちんと適材適所で活かしていくのが医局長の手腕だ、なんて言って程々に自律調節が働いていたものですけれども、循環器の専門家だとか肝臓病の専門家だと胸を張って言えるのと同じくらいに「俺は地域医療の専門家だ」と胸を張って言える価値観を業界内でも形づくっていかなければ、せっかくの適性ある人材が流出していくばかりでしょう。
最近では医師と看護師の中間的存在としてナースプラクティショナーを導入しようだとか、一部界隈では沖縄の医介輔にならって医師免許を二種類作れなんて人もいるようですけれども、そうした制度が既存の医者のヒエラルキーとの間で上下の関係ではなく横の関係に出来るかどうかが大きな課題ですよね。

そして何より、「田舎病院に来る医者=三流」なんて考えてしまう患者側の価値観を是正していくことも非常に大事なんじゃないかと思いますが、多分これが一番困難なんでしょうかね(苦笑)。

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