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2009年12月 2日 (水)

救急問題 現場感覚を無視した話に現場がついてきますか?

まあそんなものだろうなと思うような話ですけれども、先日こんな記事が出ていましたのをご覧になりましたでしょうか。

通報→病院収容、平均35分と過去最悪 09年消防白書(2009年11月27日朝日新聞)

 09年版の消防白書が27日の閣議で了承された。08年の救急出動件数は前年より減ったものの、通報から病院収容までの時間が過去最悪となっていることから「消防機関と受け入れ医療機関の連携を強化する必要がある」としている。

 白書によると、全国の救急出動件数は約510万件で、過去最多だった07年に比べ約19万件(3.6%)減った。一方、通報から病院に収容されるまでの時間は平均35.0分で、98年に比べて8.3分遅くなっている

 白書は中・長期的な課題として「医師不足や病床不足の改善など医療機関の充実強化」を挙げている。消防法の改正で都道府県に義務づけられた、患者の状況に応じた病院のリストづくりの強化も求めている

救急搬送問題に関して消防庁が非常にアクティブに動いているということは以前から注目しているところですけれども、こうしてデータを出してきたからには「それではどうするのか?」という話につながってくるのは当然ですよね。
特に改正消防法による搬送先リストの強化を要求云々といった話は、送り届ける側の消防救急と受け入れる側の医療の間での綱引きであるこの問題に関して、消防救急側が積極的に主導権を握ろうとしているかのようにも見えますが、正直官庁であるにも関わらずよく仕事をしているものだと感じると同時に、どうも消防救急側は組織としてかなり現場の声を拾い上げているんじゃないかという気がするんですね。
例えばこの消防法改正を契機に始まった一連の作業は最近いよいよ各地で具体化し始めているのですけれども、その議論の中でも今までともすれば「搬送できるかどうかは医療側の受け入れ次第」と受け身的立場であった消防救急側がかなり主張するようになってきている、そしてその背後に強烈な現場からの突き上げがありそうだなと感じられます。

「救急」受け入れ基準策定へ 医師や消防長が初会合 栃木(2009年11月18日産経新聞)


 救急搬送された患者を受け入れる医療機関が速やかに決まらない問題で、改正消防法が10月30日に施行されたのを受けて、患者の搬送と受け入れの実施基準の策定について話し合う第1回県救急搬送受入協議会が17日、県庁で開かれた。

 協議会は会長に新沢敏章県医師会理事を選出、市医師会理事や救命救急センター長、消防本部消防長ら委員18人で構成する。搬送先の医療機関が決まらず、救急隊の到着から患者を病院に収容するまでの時間が延びている問題を解消するため、県が策定する救急搬送と患者受け入れの実施基準について協議する。

 この日は、救急搬送先となる医療機関の情報収集システムを持つ宇都宮市消防本部や足利市消防本部の現状や、2次救急指定病院での輪番制の負担や医師不足の問題などが報告された。

 救命救急の現場からは、非常勤の当直医師問題、アルコール中毒や独居老人が受け入れを断られる例を挙げ、「搬送基準をつくっても、現場にそれを守る意思がなければ、すぐには問題は解決しない」との意見も出た。協議会は来年2月に実施基準を県に答申。県は3月には基準を策定し、公表したいとしている。

消防側はまず搬送先が決まらないことには仕事になりませんし、医療側は能力的にも経営的にも何でもかんでも受け入れられるような状況には到底ないわけで、この問題に関しては一朝一夕に流れが劇的に改善するということもないだろうとは思いますけれども、その際のクッションをどこに設定するかと考えた場合に、現状の救急車の中でじっと行き先が決まるのを待つという態勢は良くないですよね。
例えばドクターカー導入によって車中の待機時間を医療の時間に変えていくべきという考え方もあるだろうし、まずはとりあえず全例そこに搬送というER的設備を作れという声も根強いでしょうし、あるいは搬送要請が来て救急車に運びいれるまでのどこかで一つの関門を設けるべきという意見もあるでしょうが、何にしろこのご時世ですから先立つものがなければ何事も話が先に進みません。
そんな中で先の仕分け作業ではこの救急搬送改善に関する計画が一つ潰されましたけれども、これをどう評価するかとなりますといささか立場によって議論が分かれるところではないかと思いますがどうでしょうね?

岐阜大の救急搬送先探索が頓挫 仕分けで「廃止」判定(2009年11月28日中日新聞)

 救急患者のたらい回しを防ごうと、岐阜大が本年度から経済産業省の委託で取り組むシステムづくりが、政府の行政刷新会議の事業仕分けで廃止と判定された事業に含まれていた。4年後の実用化に向け、デンソーや沖電気工業などと技術開発を進めており、関係者の落胆は大きい。

 システムは、救急車にコンピューター端末を載せたり医師にICカードを持たせたりするなど情報技術(IT)を活用して救急患者の最適な搬送先を瞬時に割り出すもので、本年度、経産省の「車載ITを活用した緊急医療体制の構築」事業に採用された。事業費は本年度2億円で、4年で8億円を見込んでいた。

 ところが、同事業や病院とフィットネス産業が連携した健康づくり事業などを含む経産省の「安心ジャパン・プロジェクト」(32億円)が、25日に開かれたワーキンググループの議論で「実現の道が見えない」「事業の意味がよく分からない」「経産省が単独でやるべき事業ではなく、厚生労働省の現行制度の見直しから始めるべきだ」などの異論が相次ぎ、仕分けで廃止と判定された。

 岐阜大では、10月13日にシステム開発の関係者を集めた第1回推進委員会を立ち上げたばかり。担当の小倉真治教授は「国民のためになる事業。極めて遺憾だ」と話した。

事業仕分け:「医師確保」補助金半減 知事が反論「地域の立場から問題」 /岐阜(2009年11月28日毎日新聞)

 古田肇知事は27日の定例記者会見で、国の事業仕分けで「医師確保、救急・周産期対策補助金」が「半額削減」と判断されたことについて、「地域の立場からすると問題がある。必要な反論はしたい」と述べた。

 同補助金を使う事業には、岐阜大とデンソーなどが経産省の委託で進めてきた「車載ITを活用した緊急医療体制の構築」事業がある。妊婦のたらい回しなど救急搬送が社会問題化する中、病院の状況と救急車で搬送中の患者の容態などの情報をインターネット上で共有するシステムを今年度から12年度までに作る予定だった。今年度も2億円の事業費を計上しており、古田知事は「全国でも注目されているプロジェクト。大切にしていきたいと思っている」と事業の廃止、縮小に否定的な考えを示した。

 また、古田知事は政府が11年度から実施するとしている「一括交付金」について「現在動いている事業や必要な経費については最低限保障してほしい」と訴えた。【山田尚弘】

はっきり言ってこうしたシステム、救急に実際携わっている医療従事者の間でまともに評価している人間はあまりいないと思いますが、なぜ機能しないかといえば救急搬送が滞るのは受け入れ側医療機関の多忙、キャパシティーの不足であるというタテマエにとらわれているからだと思うんですけれどもね。
救急隊の方にしてもあまり役には立たないという声がちらほらと漏れ聞こえてくるあたり、現状では到底実効性が期待できるようなものではないと思うのですけれども、何故か政治家の皆さんなどはお好きなようで、かつて舛添-二階両氏が意気投合したなんて話もありましたが、それがこの布石になっているんでしょう。

昨今盛んに喧伝されている「もうけ過ぎの一部診療科や開業医の診療報酬を削って救急、産科、小児科に回せば医療の問題など一気に解決する!」なんて論調もそうですけれども、どうも現場の誰ひとりとして思ってもみなかったことがいきなりトップダウンでさも絶対の真理であるかのように出てくることには眉に唾をつけて聞かざるをえません。
こういうハイテクっぽい話も個人的には決して嫌いでもないんですけれども(笑)、実際各地で導入されている似たような搬送先探しのシステムがろくに機能していないという事実があるだけに、どうも公立病院PFI化と同様に全く学習することのないこの妄信ぶりは一体どこから来るのかと疑問に感じます(それともよほど誰かにとってお得な話であるのか、ですか)。
先日もとある地方医師会幹部の先生が嘆いていましたけれども、とにかく行政というものはハコモノにしかお金を出さない、ソフトウェアやマンパワーには全く予算がつかないという話はその通りなんだろうなと思いますし、そうであるからこそ無駄だと半分判っていても突っ走らざるを得ない部分はあるのかも知れませんが、そのタテマエはあくまで本音と別の部分であるべきだと思うのですね。

救急搬送問題にしてもタテマエ上は医療現場はすでに限度いっぱいでこれ以上の患者を受け入れるマンパワーはないというキャパシティー問題が主因ということになっていますけれども、それじゃ前述の記事のようにアルコール中毒や独居老人といった特定患者層が受け入れを断られやすいというのが何故なのかと言えば、それはやはり採算性という経営上の問題もまた大きな要因であるというホンネにも踏み込まざるを得ないわけです。
救急なんて不採算部門は今時どこの病院だって好き好んでやりたがるようなものではありませんし、技術と努力が正当に評価されない馬鹿馬鹿しさに付き合うことを避けたいがために救急病院から逃散している先生方も多いと思いますけれども、ホンネの部分をすっ飛ばしたままタテマエだけで議論を続けているからいつの間にかトンデモナイ話が飛び出してきたりするわけですよ。

療養病棟の救急受け入れ、反対続出 ─ 11月20日の中医協(2009年11月22日ロハス・メディカル)

 重症患者を受け入れる「救命救急センター」に軽症・中等症の患者が流れ込む"三次救急の疲弊"を改善するため、厚生労働省は療養病棟の救急受け入れを診療報酬で評価する方針を打ち出したが、病院団体などから反対意見が続出している。(新井裕充)

 2010年度の診療報酬改定に向け、厚労省は11月20日の中央社会保険医療協議会(中医協)で、療養病棟の評価として、「後方病床機能」「救急支援機能」を提示した。

 このうち療養病棟の後方病床機能については、「在宅医療や介護施設においては、患者や入居者の病状の急変の際、速やかに医療を提供できる後方病床の確保が重要である」と指摘。救急支援機能については、「円滑な救急医療体制の構築が喫緊の課題」とした上で次のように問題提起した。
 「高齢者の軽症・中等症患者の救急搬送件数の増加が顕著であり、救急医療機関において重症救急患者を受入れられなくなるケースが生じている。実際に、療養病床において救急搬送患者を受け入れている実態がある。また、こうした地域のニーズを踏まえて、救急医療機関と連携して療養病床で救急患者を受け入れる取組みが始まっている

 その上で、療養病棟の診療報酬上の「論点」として、▽急性期医療、在宅医療及び介護施設の後方病床としての機能 ▽軽症・中等症の救急患者を受け入れている療養病棟に対する評価─などを示し、意見を求めた。

 療養病棟の救急受け入れ機能について、診療側の鈴木邦彦委員(茨城県医師会理事、日本医療法人協会副会長)は「地域の一般病床で受け入れるのが良い」と否定。西澤寛俊委員(全日本病院協会会長)も、「療養病床は役割が違う」と退けた
 さらに、支払側の勝村久司委員(連合「患者本位の医療を確立する連絡会」委員)も、「機能が違う。積極的に評価することに違和感を感じる」などと反対した。

 これに対して、日本看護協会副会長の坂本すが専門委員は次のように述べ、療養病棟の救急機能を評価する方向性を支持した。
 「軽症・中等症の救急患者を受け入れるのは、本当にこういう所(療養病棟)でいいのか、機能的には大変難しいと思うが、あまり病院がない所を見ると、今回の新型インフルもそうだが、若干、療養型でもやってくださっている所があって、大変ありがたかった。だから、開業医の先生たちがいらっしゃらないときはそういう所でやってくれているのは大変住民にとって良かったと思っている。機能的にはちょっと違うかもしれないが、何らかの形でやっていらっしゃることについては少し考えてもいい

 三次救急をめぐっては、"最後の砦"であるはずの救命救急センターが"最初の防波堤"になっているとの指摘もある。勤務医の負担軽減という観点から、三次救急を疲弊させている原因を取り除こうとする今回の厚労省案は妥当な方向と考えられるが、全日本病院協会会長の西澤委員は次のように否定した。
 「療養病棟で論じるのではなくて、救急体制で、どうして三次救急にミスマッチがいるかということ。要するに二次救急、あるいは一次救急、そういう所がどんどんやめていっているので、そこ(三次)に行ってしまう。そこのシステムを直すほうが大事であって、そこが直ればこういうミスマッチがなくなるから、『直接、療養病棟へ』はあり得ないんじゃないか」

 高度急性期への拠点化・集約化を進め、その後方病床として「地域一般病棟」を位置付けるべきとの主張にも聞こえるが、果たして地方病院の実情を踏まえたものといえるだろうか。療養病棟の機能をめぐる同日の議論は次ページ以下を参照。(略)

一次から二次、三次へと段階的にステップアップするはずの救急のシステムが崩壊してしまったのが何故なのか、何故一次、二次救急を担ってきた地域の中小医療機関が救急業務から手を引くようになったのか、そのあたりを考えない議論はあまり実効性がなさそうだなとは思うところですが、問題になるのがこういう考え方が厚労省から出てくるところですよね。
ま、統計上は三次救急に勤務していようが療養病床に勤務していようが(あるいは療養病床に入っていようが、ですか)同じ一人の医師扱いで何ら違いはないということになるのでしょうけれども、ねえ…まあ看護協会の幹部に収まるような方々が浮世離れしているのは仕方ないとしても(苦笑)。
三ツ星レストランで高級食材相手に完璧な伝統的料理を作り上げる老巧のシェフも、町の居酒屋で次々と独創的なメニューを作りだしてお客を集める新進気鋭の板前さんも、どちらも顧客の舌を楽しませるという意味では同等に素晴らしい料理人なんでしょうけれども、やはりそれぞれ同じ料理人とは言っても全く違う別物であるということは誰だって直感的に理解できる話ではないですか。

幸いにと言いますか、かの勝村氏ですら反対論に回るくらいあっけにとられる提案であるということになっているようですけれども、こういう机上の数字合わせに終始する限りいつまでたっても現場がついてくることはないと思うのですけれどもね。
別に現場感覚が絶対であるなどと主張するつもりもないですし、無関係な外部からの声を取り入れていくことも非常に重要ですけれども、率直に言ってあまりにあり得ないような発想の話題が多すぎるのではないかと感じられるあたり、あるいは日本という国全体が貧すれば鈍するということになってきているのでしょうかね?
現場の感覚を無視して行政が突っ走った挙句医療崩壊に至ったという状況の中で、その解決策がやはり現場の感覚を無視したものであるというのであれば、それによって事態が改善すると考える根拠の方が怪しいということになりそうなんですが。

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コメント

 おはようございます。
 厚労省には、そういうことを言うのなら、まず「病院の機能分化を進めてきた政策は間違っていました」と総括して頂きたいものです。少なくとも、極端に忙しい勤務医と極端に閑な勤務医を作ってしまったのは、明らかな失策でしたね(私は後者ですので個人的には現状に満足しているのですが)。
 療養病床の削減が頓挫しそうなので(急性期病院の)勤務医の退路を断つ新たな作戦だろう、というのが私の推測です。
 

投稿: JSJ | 2009年12月 2日 (水) 08時56分

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