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2009年12月 8日 (火)

近頃斜陽化する医師増員論 大先生がお怒りのようです

以前に何かと話題の阿久根市長のブログから記事を引用させていただいたことがありましたけれども、この記事が最近結構話題になってきているようですね。
一般紙がブログ内容まで取り上げる時代になったかと少しばかり感慨深いところではありますけれども、まずはこちらの記事から紹介してみましょう。

阿久根市長、ブログで物議…障害者家族ら反発(2009年12月3日読売新聞)

 鹿児島県阿久根市の竹原信一市長(50)が自身のブログ(日記形式のホームページ)に「高度医療が障害者を生き残らせている」などと、障害者の出生を否定するような独自の主張を展開している。

 障害者団体は反発、市議会でも追及の動きが出るなど波紋が広がっている。

 ブログは11月8日付。深刻化する医師不足への対応策として、勤務医の給料を引き上げるべきだとの議論に対し、「医者業界の金持ちが増えるだけのこと。医者を大量生産してしまえば問題は解決する。全(すべ)ての医者に最高度の技術を求める必要はない」と批判

 そして、「高度な医療技術のおかげ」で機能障害を持ち、昔の医療環境であれば生存が難しい障害児を「生き残らせている」などと述べ、「『生まれる事は喜びで、死は忌むべき事』というのは間違いだ」と主張している。

 知的障害者の家族でつくる「全日本手をつなぐ育成会」(本部・東京、約30万人)の大久保常明・常務理事は「人類繁栄のため、優れた子孫だけを残そうとするかつての優生思想そのもの。命の重さを踏みにじり、公人の意見とは思えない」と批判。

 阿久根市身体障害者協会(約1050人)の桑原祐示会長も「差別意識も甚だしい」と反発、役員会で対応を協議し始めた。

 同市議会の木下孝行市議も市長に説明と謝罪を求め、14日から始まる市議会一般質問で追及する。

 竹原市長は取材に対し、「養護学校に勤めている人から聞いた情報をそのまま書いた。事実と思う。障害者を死なせろとかいう話ではない」と説明している。

阿久根市長に抗議150件 障害者否定ブログ記載 県教委が調査開始 (2009年12月5日西日本新聞)

 鹿児島県阿久根市の竹原信一市長が自身のブログ(日記風サイト)に「高度医療が障害者を生き残らせている」などと障害者の出生を否定するかのような記載をした問題で、同県教委が経緯などについて調査を始めた。同市役所には、抗議の電話やメールが約150件相次いでいる。

 県教委によると、ブログの記載は問題として、3日、事実関係を問い合わせた。竹原市長から4日に「養護学校(特別支援学校)に勤める人の話を聞き、自分もそうだと思ったので書いた。誰が言ったかは答えない」との回答があったという。「事実とすれば、発言者を確かめる必要がある」として、引き続き市に回答を求めている。

 竹原市長は障害者の記述について、報道陣に対し「事実は事実。感情的な反応は分かるが、医療が人の生死をコントロールできる神の領域に踏み込んでいる」と述べ、謝罪や撤回する考えは示していない。

 一方、市によると、この記述に関する意見は4日午後5時までに電話88件、メール51件、ファクス4件、電報3件。大半が「市長は謝罪して辞職するべきだ」といった抗議だったが、賛同意見もあったという。

 この問題では、14日からの市議会一般質問で市議3人が取り上げる予定。竹原市長は「チューブにつないで無理やり生かすのも医療。切りましょうという判断を政治的にどこかでしないといけない」とも話している。
(略)

しかしまあ、県教委が率先して人肉捜索ですか…
何か世間の注目は件のブログ記事が障害者に対する否定的発言ではないかという点に集中しているようですけれども、その部分に関しては本日の主題でもありませんから本稿では言及しません。
ここでもう一度取り上げたいのは同市長の記事中にあります下記の部分に関してなんですね。

医師不足の原因は医師会(2009年11月8日阿久根市長ブログ記事) より抜粋


 勤務医師不足を解消する為に勤務医の給料を現在の1500万円程度から開業医(2500万円程度)に近づけるべきなどとの議論が出てきている。
しかしこんな事では問題は解決しない。医者業界の金持ちが増えるだけのこと。

医者を大量生産してしまえば問題は解決する。全ての医者に最高度の技術を求める必要はない。

市長の真意がどこにあるのかだとか高尚な議論は抜きにして、こうした「医師増員が全ての問題を解決する」と考える勢力がひと頃増加傾向でしたが、最近ではむしろ下火になってきているようですね。
それは確かに現場の激務がネット上で話題になり始めた初期の頃、「お前のところもか!俺のところももう大変!」なんてお互い慰め合っていた時代には「こりゃ医者をもっともっと増やしてもらわなきゃ仕方がねえよ!」なんて声が大きかったものですけれども、そんな声が次第に下火になってきた理由もまさに同市長の発言中に表れているわけですよね。
要するに医師増員論というのは医師の待遇改善を目指したものではなくあくまで国民の利便性を安上がりに向上させる手段であるという認識が広まってきたわけで、「あれ?ちょっと待てよ?もしかして医者を増やすと単に買いたたかれてかえって待遇悪化するだけなんじゃね?」と我に返る人間が増えてきたということです。

医師不足からくる激務を解消するために医師増員が必要であるというロジックを未だに展開する人々もいますけれども、医師不足であるからこそ楽な職場にまだまだ働き口が残っているわけですから、医師をどんどん増やしてそうした逃げ道を塞いで行ってしまうほどにいずれ「誰も行きたがらない奴隷労働くらいしか働き口がない」という話になってくるのは当然なんですよね。
さすがにこの問題が騒がれ始めてから年月が過ぎた現在ともなれば、そうした理屈に気付く人間も増えたのか「医者増員は目的ではなく手段の一つに過ぎず、待遇改善が実現しなければ幾ら増やそうが意味はない」という当たり前のことを理解した結果、盲目的な医師増員論者というものはおよそ眉に唾をつけてみられる存在となってきました。
ところがこの状況におかんむりなのが今やマスコミの寵児ともいうべき医師増員論の大御所である、かの本田宏大先生なのですね。

◆本田宏の「勤務医よ、闘え!」 「事業仕分けと御用学者」(2009年11月30日日経メディカル)

 前々回の「医師がワーキングプアになった理由」には、多くのコメントをお寄せいただきました。中でも特に私が気になったのは、「医学部学生」さんの、以下のご意見です。

 現在ポリクリを行なっている医学部の学生です。某旧帝医に通っていますが、1.5倍の医学部定員増には賛成どころか、反対の教授が多いです。国内でも有名な某外科教授は「確かに外科医は不足しているが、今の全国の医学部定員8000人の状態でも医師数は着実に増えている。今やるべきことは、病院の集約化と医療費の増額であって、医学部の定員を増やすなんて、医療の質が下がるだけで、とんでもない」とよく言われています。(中略)私自身も本田先生の医学部定員の1.5倍増は、根拠が無く、増員の前に先にやるべき事を放棄しているようにしか思えないです。大学の教育の影響でこのような考えを持つ学生が大多数であることも心に留めておいてください。(2009/11/16 21:36)

 なぜ気になったのか。それはたまたま医師増員に反対している大学教授と、ある学会で遭遇する機会があったからです。

 その教授は、ご自分の発表で、「医師増員、医療秘書等のコメディカル増員、さらに医療費増」の必要性を訴えていました。しかしシンポジウム終了後に私が医師増員の活動に協力を求めたところ、医療費増は難しいとあきらめている雰囲気で、「医師を増やして大丈夫なのか?」と真顔で私に聞くのです。「こういう考えの教授が、『医学部学生』さんの周りや全国の医学部に少なからずいるんだろうな」と実感した次第です。

 確かに、ある意味雲の上の存在である自分の大学の教授がそう言われるのですから、学生さんが私の主張する医師増員に不安になるのも無理はありません。しかし既に医師不足が医学生さんにとっても直接の影響を与える事態にまで悪化していることは認識されているでしょうか。

 第1に、卒後臨床研修の見直し(期間短縮まで含めた)が行われ、皆さんが希望する病院での研修が困難になる可能性が出てきました。第2に、近い将来、地域の医師不足解決のために、強制的に若手医師を地域に派遣することまでが議論の俎上に載ってきています。

 もし、医師を増員しないままに地域派遣が常態となった場合、おそらく派遣された若手医師は、今まで通り、場合によっては今までより厳しく、24時間365日近く拘束され、週休や年休取得も難しいままになるでしょう。それは、交代要員がいないからです。さらに、今の医学生さんが一人前になって活躍するころは、団塊の世代の高齢化によって、今よりさらに医療需要が爆発的に増大します。その上、医療技術の進歩により、今よりさらに高度な医療を、ミスなく提供することが当然のように求められるようになるでしょう。医療安全調査委員会の成り行きによっては、当然のように刑事罰を問われながら…。

 なぜこのように医師増員にネガティブな見方が医師の間に蔓延してしまったのでしょう。なぜ大学教授が医師増員に反対するのでしょう。そのヒントが、「MRIC by 医療ガバナンス学会」から送られてきました。2009年11月17日付けで、北海道大学大学院医学研究科医療システム学分野助教の中村利仁先生が書かれた論説です。タイトルは『事業仕分けと御用学者』。転載歓迎とありますので、まずは全文をご覧ください。
(中略。なお、引用された記事についてはリンク先を参照ください)

 私は以前、「医師の需給検討会」の答申が出た当時、それぞれ別な会合でしたが、長谷川氏や矢崎氏と医師不足について討論をしたことがあります。

 当時は両人とも強硬に「医師は偏在が問題で将来は過剰になる」という主張を繰り返されていました。当時から医師不足による医療崩壊をどうにか阻止しなければ、と考えていた私は、正直なところ、このように権威ある方々が、まるで「御用学者」のように見えたものです。しかし、今回の中村先生の論説を見ると、「御用学者」だけを責めるのは酷だと考えた方がよさそうです。

 さて、今回の論説が明らかにしているように、医師過剰や偏在論の発信元は“お上”です。若い医学生の方々は、できれば医療を受ける患者さんの視点で、日本の医療制度の問題点を勉強し直していただけないでしょうか? そうしないと、皆さんが医師として活躍するころは、立ち去り型サボタージュが問題になっている現在よりも、さらに状況が悪化する危険性が高いのです。

 私はこれからも、医師だけでなく、医療提供を受ける患者さんの視点から、医療費増、コメディカル増、医師増(病院勤務医のポスト増も含めて)を訴えていきたいと思っています。それが医師の待遇改善の必要最低条件だと信じています。

「医療を受ける患者さんの視点で」という言葉がまさしく仕分け人の「国民目線で」という言葉と響き合っていることにまず留意いただきたいのですけれども、大先生ご本人がいみじくも語っているように医師増員論は医療従事者の待遇改善を目指したもの「ではない」ということをまず理解しなければなりません。
すなわち若い先生方が国民目線の仕分け作業を進めるお上や、自分は待遇改善されてしまっている偉い先生方の言うことを妄信せず自分で考えるようになったからこそ、大先生のおっしゃるような医師待遇改善を行わないまま医師を増員すれば既定の方針通り待遇改悪される、そしてその時にはすでに医者の側には待遇改善を要求する何の手段も残されていないという事態に至るだろうことが見えてきたんだと思うのですけれどもね。

そもそも「医者を増やさなければ医者の待遇が悪くなる!」という大先生の主張を論破するためには、日本一医者が多い東京都での医師の待遇は日本最低であるという一例を挙げるだけで足りるのではないかと思います(供給が多いほど需要側の立場が強化される、至って当たり前の経済原理ですよね)。
ついでに都内では相変わらず救急を始めとした医療崩壊も解消の気配がないということから考えてみても、医師のみならず一般国民にとってもどれほどのメリットがあるのか疑問なしとしないところですけれども、それこそ医者が職探しに苦労するほど何十万人も増員するということであればまた話は違ってくるということですかね(別に医師免許を持っていても医者をしなければならない理屈もないわけですが…)。
実はこんな話は夢物語でもなんでもなく、例の仕分け人たちは大まじめで「医者の待遇切り下げ」を議論しているわけですから、テレビやメディアでも大人気の大先生がロハで(なんだろうと思いますが)こうまで政府の広報塔になってくれるとは、全くお上からすれば「こんなありがたい援護射撃はない」と笑いが止まらない話なのではないかと思うわけです。

●診療報酬の配分(勤務医対策等)(厚生労働省) (PDF) (行政刷新会議「事業仕分け」第2WG 評価コメント)より抜粋

評価者のコメント

事業番号2-4 診療報酬の配分(勤務医対策等)

●内閣、中医協、厚生労働大臣での診療報酬の配分の議論に、行政刷新会議の意見を十分反映されるよう期待する。

●現在の医療課題は、複合的な要因により起きている。国民が安心して暮らせる社会をつくるために、法制度等と合わせて、診療報酬の見直しにより、国民負担を増やさずに改善できるのであれば、十分に検討すべき

●報酬の平準化、開業医の過剰投資の問題など、保険料でまかなう国民の負担も考えるべき

医師の人件費カットは医師充足後にすべき。総合診療科の評価の引上げ。医師優遇税制の廃止。

先日の診療報酬引き下げ大合唱という件でもそうでしたが、医師がその権利、それも何も高尚な権利でもなく、ごく基本的な労働者としての、人としての権利を追及するにあたって、それが国民の負担増につながる、患者としての権利抑制につながるから反対であるという主張がそれなりの支持を得ているということは感じている方々も多いのではないかと思います。
きつい仕事をしているんだからもっと金を出せでは「俺だってきついぞ!お前ら大金をもらってるくせに!」という反発の声が必ず出る、そして何より現在の財政状況では(少なくとも公的な)医療費はさほど増額はできない、となれば医者側の戦略として法律違反の労働状況を何とかしてくれと、それは患者にとっても有害な行為なんだと一点突破で主張する方向性は大いにありだと思います。
そしてその方法論として考えていった場合に、大先生のおっしゃるような「まず医者を増やせ」ありきの議論こそ実は医者の待遇を引き上げたくない側が最も待ち望んでいることなのではないか、少なくともその可能性を念頭に置いて話を進めないことには、それこそ仕分け人の皆さんの思い描く通りの未来絵図が待っているかも知れないということですよね。

そして重要なことは、どれほど医者を増産し日本全国津々浦々まで医者が行きわたったところでやはり医者の偏在はあるだろうし、地域間の医療格差も存在するだろうということは確実に言えるわけで、こうした地域格差解消をゴールに設定する限り未来永劫問題が解消する見込みはないということです。
医療問題の根本原因の一つであろう「量的にも質的にも際限なく増大し続ける医療需要」という問題に関して言えば、どこまでそれを認め達成を図っていくべきなのかという議論はそろそろあっていいはずですし、その議論を進める上で実は医療崩壊という現象は大いに利用価値があるはずなんですけれどもね。
まあこの辺りは論者によって目指すべきゴールが異なるのが当たり前だと思いますから大いに議論していただくべきところだと思いますけれども、声の大きい御用学者まがいの人の後についていくことが楽園への近道であると考えているとしたら、それは思いっきり道を誤る可能性があるのじゃないかということは考えておいた方がよさそうに思いますね。

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