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2009年12月30日 (水)

年越しだ、正月だと浮かれている暇はないのです?!

年末といえば一年の総括ですけれども、今年の医療行政の総括と言えばやはり来年度の診療報酬改定に向けた一連の議論ということになるのでしょうか。
先日もお伝えしましたように診療報酬改定の話はなにやら微妙な決着ということになりましたが、その決定に至る内情がそろそろ明らかになってきています。
しかし鳩山内閣のキーワードである政治主導なるもの、その実態がこうしたものだということであれば何とも評価が微妙なという感じではありますけれども、ここは当事者である長妻厚労相の奮闘ぶり?に注目しながら記事を見ていただければと思います。

読む政治:厚労相「主役」果たせず(その1) 診療報酬増、官邸が裁定(2009年12月27日毎日新聞)

 「うだうだ言わんと、総理の意思だから決めてほしい

 10年度の予算編成が大詰めを迎えていた23日午前、平野博文官房長官は首相官邸に藤井裕久財務相と長妻昭厚生労働相を呼び、強い口調で迫った。

 10年度の診療報酬改定は財源難から減額を迫る財務省と、医師不足対策として増額を求める厚労省の折衝が暗礁に乗り上げていた。平野氏の前で0・31%増を主張する長妻氏に、藤井氏も0%増まで降りたものの、それ以上は譲らなかった。

 業を煮やした平野氏は「藤井さんはオレが説得する」と長妻氏を退室させた。「0・19%増で」。平野氏の提示に、藤井氏は最後、10年ぶりとなるプラス改定を受け入れた。

 「医療崩壊現場の切実な声が届いた」。晴れやかに語った長妻氏だが、マニフェストの修正に批判が集まる中、診療報酬増も撤回するなら政権が持たないと判断した、官邸側のおぜん立てに乗ったのが実情だ。また増額の裏には、来年の参院選をにらんだ民主党の政治的思惑もちらつく。

 「民主党の政策には、うなずける点も多いと思っていました」

 10月14日、国会内に民主党の輿石東参院議員会長を訪ねた日本歯科医師会の大久保満男会長と、その政治団体、日本歯科医師連盟の堤直文会長は、輿石氏にそう語りかけた。

 2人は10月7日には党本部に小沢一郎幹事長を訪れ、共ににこやかに写真に納まっている。この時期の医療団体の訪問は、たとえ表敬でも診療報酬増の陳情含みというのが暗黙の了解事項だ。

 日歯連は長年、組織代表を自民党から国会に送り出してきたが、政権交代直後、既に自民党からの参院選出馬を決めていた組織内候補の擁立をやめ、民主党支持を鮮明にした。一方、焦った日本医師会は従来の自民党支持方針を白紙に戻したものの、自民現職の組織代表を推す方針までは変えられずにいる。

 民主党の政府への重点要望18項目には診療報酬増も盛り込まれ、主導した小沢氏はわざわざ歯科増額の重要性を明記した。終わってみると、報酬の伸びは医科1・74%に対し、歯科2・09%。近年は両者同率で、差をつけるのは異例のことだ。

 「カネで日医をけん制する政治判断など、政局が不得手な長妻氏にはできない

 民主党内には、そんな見方が広がる。

      ◇

 鳩山政権発足100日目の24日、子ども手当の財源問題が決着し、前夜には診療報酬も片づいた。いずれも厚労省の重要政策だ。それなのに、長妻氏が意思決定に深く関与した跡はうかがえない

中には学習院大学の鈴木亘教授のように「民主党マニフェストは厚労省によって葬られた」なんて過激なことを言う人もいて、その原因として長妻大臣が「誰が何の担当であるか、誰がどんな情報を持っているかも分からない「情報過疎」の状態」におかれている現状を指摘していますけれども、いずれにしても今回の決着で文句なしの満点をつけられるという人は当事者の中にもまずいないのではないでしょうか。
このあたり診療報酬の話にしても、相変わらず圧力団体との関係で決まって行く構図というものは変わらずかとも思わされるところですけれども、どうもこうして見ていると気になるのが選挙前までは民主党の表看板の一つとして、国民の絶大な期待とともに難局渦巻く厚労省のトップに据えられたはずの長妻氏が、なにやら今一つどころではなく政治力を発揮出来ていないように見えます。

もともと同氏は(野党時代の厚労省批判の流れから対決姿勢已む無しという部分が多々あったにしても)脱官僚を声高に言っていた割にはいつの間にか官僚側に取り込まれているかのような気配すら見え隠れしていましたけれども、診療報酬引き上げに関しても当初財政のバランス重視か煮え切らないことを言っていたのに、妙にやる気を出した?厚生官僚に引きづられるかのように後半は積極引き上げ発言をするようになりました。
毎日新聞による同記事の続報でもそのあたりの右往左往ぶり?を指摘されているのですが、ああまで厚労省官僚に敵対的だったはずの長妻氏がいつの間にか取り込まれてしまっているように見える理由の一端が見え隠れするようで興味深いですね。

読む政治:厚労相「主役」果たせず(その2止) 悔しさにじませる長妻厚労相(2009年12月27日毎日新聞)より抜粋

(略)
 年末の予算編成過程で、政権内は子ども手当を巡って百家争鳴となった。民主党はマニフェストで、所得制限を設けず、財源は全額国費と約束し、長妻氏もそう語ってきた。にもかかわらず、財政難から所得制限の導入と、地方にも財源を求める構想が急きょ浮上したためだ。

 17日早朝、長妻氏は厚労省幹部に「党の言う通りにしないといけないのか」と戸惑いを見せた。前夜、民主党の小沢一郎幹事長は、政府に子ども手当への所得制限を明記した要望を突きつけていた。長妻氏は省の幹部会で「内閣が決める話だ。国会答弁で説明責任を果たすのは私じゃないか」と悔しさをにじませ、昼には記者団に「所得制限を設けないのが制度の理念だ」と語った。長妻氏なりの、小沢氏への精いっぱいの反論だった。

 結局、所得制限は21日夜、すったもんだの末、鳩山由紀夫首相の判断で見送りが決まり、結論は診療報酬同様、長妻氏の主張通りとなる。それでも、長妻氏には党幹部らに意見表明する場さえ与えられなかった。首相が判断を示した直後、長妻氏は記者団に「第一報をたった今、お聞きした。どういう考えか確認しないと……」と漏らしている

 厚労省単独ではらちがあかない地方負担の問題も、長妻氏に重くのしかかった。地方は児童手当に約5700億円を投じている。財務省からこの地方負担分を子ども手当に回す案が伝わり、原口一博総務相は「地域主権担当を返上する。やってられない」と猛反発していた。

 困り果てた長妻氏が頼ったのは、鳩山首相だった。

 長妻氏は10月、生活保護の母子加算復活を狙って首相公邸に乗り込み、直談判した首相から「年内」の約束を取り付けた。首相はその際、「何かあればいつでも来てください」と伝えていた。党内に基盤のない長妻氏には、首相が貴重な厚労行政への理解者と映った。

 ところが、長妻氏の「困った時の首相頼み」には、政府内にも「ルール違反だ」との批判がわき起こる。12月9日朝、長妻氏はインドネシア訪問直前の首相を訪ね、子ども手当の全額国庫負担を求めたが、首相は「菅(直人副総理兼国家戦略担当相)さんが担当している。そこで調整を」とつれなかった
(略)

 ◇年金改革 得意分野も試行錯誤

 不慣れな政策に頭を痛める長妻氏にとり、閉塞(へいそく)感を打ち破れるのは得意の年金だ。
(略)
 長妻氏は年金記録を消された人の救済策として、納付の証拠がなくとも本人の申し立てで記録を回復させる法律の必要性を唱えてきた。厚労相に就任するや法案化に着手し、原案を作り上げた。

 だが、社会保険労務士から誤裁定(不正受給)を懸念する声が寄せられ、長妻氏も「誤裁定はイヤだな」と、断念に傾いた

 旧式の手書き記録とオンライン記録の照合も、10、11年度で集中的に進めるとした構想はずれ込みそうだ。長妻氏が職員を怒鳴り上げて概算要求に計上させた照合費用は、財務省の手で要求の半額に近い427億円に圧縮された。

 民主党は12年度から年金制度を一元化し、税による最低保障年金を設ける制度改正に着手すると公約している。しかし、増税を封印する政権の下、財源問題一つとっても容易ではない。

 政権交代後、厚労省の栄畑潤年金局長は長妻氏に「年金制度改正に向け、有識者会議を発足させましょうか」と打診した。しかし、長妻氏は「イヤ、君らが水面下で勉強しておいてくれ」と答えるにとどめたという。

どうも最近表情がヤバイ、depression気味なんじゃないかと噂されるところのある長妻大臣ですが、何しろマスコミ露出も大きく国民の期待が大きかった反面、こうしてあちらでもこちらでも思うように仕事が進まないということになりますと、それは精神的にもまいるところはあるのだろうと思いますよね。
もともと厚労省というところは旧省庁が合併してできただけに内部の人脈も複雑で、そもそも一人の大臣に任せるには大きすぎるのではないかという声もありましたけれども、長妻氏も国会やテレビで厚労行政を批判をしていれば良かった野党時代と比べると、実際に自分がやってみるとこれはずいぶんと勝手が違ったなと思っているところなのでしょうか。
朝日新聞に一連の予算交渉を巡る議論を振り返ってのコメントが掲載されていますけれども、特に官僚に対する態度など妙な連帯感のようなものも垣間見られて、数ヶ月前とはずいぶんと変わるものだなと感じさせられますよね。

「厚労省にとって外は暴風雨」 長妻大臣・一問一答(2009年12月29日朝日新聞)より抜粋

 長妻昭厚生労働相は28日のインタビューで、来年度予算案をめぐる交渉を振り返った。

 ――予算折衝は、財務省主導に見えました。

 「厚生労働行政は期待が大きく、裏切ってはならないという緊張感を持っていた。『厚労省はいっぱい(予算が)ありすぎる、もういい』という話もあったが、私個人の話じゃない。金額の大きい診療報酬や子ども手当も重要だが、事項要求もどれ一つ過大な要求はしていない」

 ――診療報酬改定では、最後は平野博文官房長官が調整するなど厚労省としての主体性が見られませんでしたね。

 「平野長官には、いろんな場で具体的に『このぐらいやらないと医療再生は持ちません』と言い続けた。お互い『これでは厳しい』と考え、こういう形になったと思う。首相にも直接、閣議の前後などで伝えており、うなずいておられた」
(略)

 ――官僚の知恵も力になったのではないでしょうか。

 「全部、役所を排除するのが脱官僚政治だと思っていないし、お役人の手伝いを一切受けてはならないのが役所文化を変えることでもないと思っている。決めるのは政治、サポートするのはお役所という役割分担でやっている」

 ――大臣記者会見には、事務次官も同席していますね。

 「次官らは『これまでは国会答弁や与党の部会に膨大な時間を取られていたが、それを通して(世の中の)雰囲気も分かった』と言っていた。会見は国民の代弁者の場で、世間がどういう状況なのか分かると話したら、次官も同席するようになった。厚労省にとって、中は一見平和そうだけど、外は暴風雨だから」(聞き手・石塚広志)

何にしろ間違ったことは断固許さないという理念優先から、正しいことを実現するためにはどう動くのが良いのかと言う方向に考え方をシフトしてきているようにも見えるのは、実際に行政を仕切る大臣の姿勢として正しい変化なんじゃないかと思いますね。
医療がこれだけ金のかかるものとなった時代にはちょっとした制度変更にも多大な政治力が必要となるもので、ちょうど海の向こうではオバマ大統領が皆保険制度を導入しようと頑張っているところですが、何しろ自由の国ですから「何故俺が保険も払っていない奴らの分まで肩代わりしてやらないといけないんだ!」などと支持率低下の一因にもなっているくらいで、それだけよほどの政治力がなければまとまらない大きな話であるわけです。
まあしかし大統領の導入にかける意気込みは理解できないこともないんですが、実際今のように医療費のふくれあがってしまったアメリカで皆保険のようなシステムを入れるとどうしたってこれは経済的に破綻してしまうのが目に見えているように思うのですけれどもね。
余談はさておき、その意味では日本の医療というのはまだ医療需要も医療費も安かった時代から非常に安上がりにスタートできて、非常に運が良かったんじゃないかとも言えると思いますが、あれも導入当初はずいぶんと医師会などでも揉めたなんて話が伝わっていますが、結局のところ国民にとってはあそこで決めておいたからこそ助かったという大英断とも言える話ではあったと思うのですよね。

客観的に見れば奇跡的と言っていいくらいにうまくやれてきた制度ですけれども、国民も政府も医療関係者もそれぞれ大いに不満だらけというのもまた日本的な光景なのかも知れませんが、逆に言えば関係者それぞれが我慢するところがあったからこそうまく機能してきたわけですから、このシステムが今後も続けられるかどうかの鍵となるのが、関係者がどこまで我慢を続けられるかに掛かっていると言っていいでしょう。
診療報酬という面で医療従事者は今後も基本的に劇的な改善が見込めないのであれば、ここは我慢して他のところで何とか改善を期待するのが筋でしょうし、政府は税収の限界から金はもう出せないというのであれば、長年の懸案となっている応招義務の制限・撤廃だとか無過失補償の整備などといった制度面できちんと仕事をしてもらわなければならない。
そして患者は何を我慢してもらうべきなのか、アクセスの制限を受け入れるのか、それともコスト面での更なる負担を飲むのか、それとも質の面で最上でなくともそこそこで我慢するということになるのか、いずれにしても何かしらの医療需要側の制限は必要となるでしょうし、そうした不利益となる部分についてもきちんと国民に納得させられる人間が必要とされている時代だと思います。

何にしても舵取りの難しい医療行政で誰かが強力な政治力を発揮できないということであればまとまる話もまとまらないということになりかねませんが、その主体がさんざんいわくつきの厚労省の官僚であると言うことになればこれは誰しも不安を覚えざるを得ないところで、政治主導、脱官僚などというお題目を唱えるまでもなく長妻大臣らの政治的指導力に国民が期待するところ大であるのは当然です。
長妻さんと言えば国会での厳しい突っ込みで名を売った人で切れる人だというイメージもあり、国民の期待値は新政権閣僚中でもトップクラスに高いんじゃないかと思いますけれども、それだけに年金問題くらいしか知らない厚労行政の素人という実像とのギャップに本人が一番焦りを感じている頃なんじゃないかと思うのですが、お試し期間が終わって来年こそはいよいよその手腕の実を問われることになりそうですよね。
ここで一皮化けて期待値に見合うだけの大物政治家に成長するのか、それとも結局期待はずれだったということに終わってしまうのか、予算絡みでさんざん忙しい目にあった直後だけに大臣も一息つきたいというのも正直なところだと思いますけれども、ここからもう一頑張りできるかどうかに大臣個人の政治家としてのキャリアと、当然ながら日本の医療行政の行方が掛かっているように思いますね。

とまあ、無理矢理に前向きにまとめておくと何かこの時期っぽい感じが出てきますけれども(苦笑)、本日より当「ぐり研」も年末年始進行に入らせて頂きます。
本年一年お付き合い頂きありがとうございました。
また来年もよろしくお願い申し上げます。

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