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2009年12月

2009年12月31日 (木)

今日のぐり:「じくや」

年内最後の更新に何を取り上げるか迷うところなしとしないんですけれども、やはり当「ぐり研」の本旨から良いますと食べ物ネタを取り上げないでは済まされませんよね。
少し前の神戸新聞にこんな記事が載っていたのですけれども、世の中何ともすごい世界もあるものだなという感じです。

“動くマンション”神戸に入港 1部屋最高7億円超 (2009年9月26日神戸新聞)

 動くマンションと呼ばれる「ザ・ワールド」(4万3188トン)が26日朝、神戸港に入港した。分譲価格1部屋最高約7億円という世界初の洋上マンションは、同じ港に二度と寄港しないルールだが、来神は2006年以来2度目。神戸ビーフに魅せられた富豪たちが再入港を熱望したという。

 2002年建造。全168室の船室を分譲販売、1室の価格は8000万~7億3000万円ともいわれる。

 船の行き先は住民たちが「自治会」で決めるという。29日まで神戸牛を肥育する牧場などを見て回った後、瀬戸内クルーズを堪能する。

 午前8時すぎ、巨大な白い船体が中突堤に横付けされると、ジャズバンドが軽快な演奏で歓迎。神戸市長田区長田天神町6の男性カメラマン(54)は「どんな職業の人が乗っているのか想像できない。一度乗ってみたい」とまぶしそうに船を見上げていた。

同じ港に二度と寄港しないというのも面白いですけれども、そのルールを破ってまでも来るだけの価値が神戸ビーフにはあったということでしょうか。
そう言えばNBAのトッププレーヤーであるKobe Bryant選手なども、来日した父親が神戸牛のうまさに感激してその名前をつけたというのは有名な話ですから、うまいものは誰が食べてもうまいということなのでしょう。
しかし外国人が日本の食べ物をうまいと言うのは日本人にとっても歓迎すべきことではありますけれども、あまりにこれにハマりすぎて道を踏み外してしまうようですと「変なガイジン」などと後ろ指をさされかねませんので注意が必要です(苦笑)。
Chris Kohler氏と言えば「「日本のカレーライス」を熱愛する米国人記者が語る『ゴーゴーカレーNY店』」などの記事で知られるように、「日本のカレー中毒患者」として日夜日本のカレーの研究に勤しんでいらっしゃる御方ですけれども(嘘です)、その後より体系的な日本のカレー研究に関するレポートを上梓していただいたようで、これが日本人にとってもなかなか面白い内容です。

日本滞在レポート:『ミツボシ』の欧風カレー(2009年9月24日WIRED NEWS)

Chris Kohler東京発――体力を温存させながら、ビデオゲームを買うために東京中を歩き回る最良のコツは何だろうか? もちろん、カレーライスを食べることだ

筆者は昨年、日本のカレーライスに関する記事(日本語版記事)を掲載して、かなりの反響を呼んだ。そこで今回の日本滞在レポートでは[筆者は現在、東京ゲームショウの取材に来ている(日本語版記事)]、日本の究極のソウルフードであるカレーライスのさまざまなバリエーションについても追求することにした。特に、ゲーム関連の人気スポットの近くにある店についてだ。
今回紹介するカレー店は、東京都の中野にある。中野には、規模は小さいが日本有数のコレクター向けゲームショップである『まんだらけ中野店』がある。まんだらけ中野店は、4階建てのショッピングモール『中野ブロードウェイ』ビルの中にあるのだが、このビルには、カプセル玩具からアニメのセルまで、オタクが大量のお金を費やしてしまいそうなあらゆる商品を販売する小店舗がひしめいている。

ブロードウェイの中を進み、裏口から出て通りをわたると、シックな小さいカレー店『ミツボシ』がある。ここでもお金を費やしてしまうわけだが、とても素晴らしい体験ができるだろう。

『ミツボシ』は「フレンチカレー」を出すが、これは日本では「欧風カレー」として知られるカレーの部類に入る。他のほとんどの日本風カレーと同じように、米飯の上にコクのある茶色いカレールーがかかっているのだが、欧風カレーはもっと甘みがあってフルーティーだ。ルーには、とろ火で煮込んだ肉や野菜の塊がたっぷり入っていることが多く、上に溶けかかったチーズがかかっている場合もある。

伝統的な日本風カレーにはポークカツが乗っていることも多いが、欧風カレーにカツが乗っていることは少ない。しかしミツボシのカレーはカツ付きで、これがまた絶品だ。少量のハーブで風味が加えられていて、イタリア風チキンカツレツに味は少し似ているが、口の中でとろける点が異なる。ウェブサイトでは、カツを純粋に味わうため、カツだけ先に食べてみることを勧めている

さて、カレーの入った器を傾けて、カツとライスの上にかけてみよう。

ミツボシのカレールーは、大半のカレールーよりもかなり薄い(ライスに染み込んで皿の底にたまっている様子に注目してほしい)が、ライスとカツに実においしく絡む。見た目も何と美しいのだろう! それに、複雑に絡み合う様々な風味! 完璧にとろ火で煮込んだ肉の塊、キツネ色のカツ。ソースの中で溶けてライスにまで達しているチーズ。見て満足、食べて満足のカレーだ。私はいつも、隠れた逸品に出くわすことを期待して、新しいカレー店をいろいろ試しているのだが、ミツボシはまさに大当たりだ。
(略)
中野ブロードウェイビルで今度散財した時には、反省の気持ちを紛らわせるために、この店をきっとまた訪れることだろう。

日本滞在レポート:「金沢カレー」の探究(2009年9月25日WIRED NEWS)

Chris Kohler東京発――石川県の金沢市から名前が付いた「金沢カレー」は、日本のカレーの1種であり、濃厚でドロッとしたルーが特徴だ。その濃厚さゆえ、フォーク、あるいはいわゆる「先割れスプーン」で食べられる。

金沢カレーは、発祥の地で最も知られているのはもちろんだが、日本のあらゆるところで、さらには米国でも出会うことができる。筆者が以前紹介した(日本語版記事)、ニューヨーク市で最も有名な『ゴーゴーカレー』は金沢スタイルだ。

個人的には、これこそ慣れ親しんだ味だ。筆者の最初の日本体験は金沢大学で過ごした1年間だったのだが、ここの学食ではこの素晴らしいカレーが毎日登場していた。それで筆者は、マンハッタンの大勢のゴーゴーカレー・ファンと同じように、これこそが日本のカレーの作り方だと勘違いしたものだ。しかし、日本で人気のあるランチメニューであるカレーにはたくさんの種類があり、金沢カレーはその1つにすぎない。

日本のカレーは概して、インドカレーやタイカレーとは全く異なる――辛さに挑戦する料理ではなく、気負わずに食べられる料理だ。金沢カレーは日本以外ではほとんど知られていない(Googleで検索してみると、この記事を書いている段階で、筆者のTwitterアカウントが3番目に出てくる)が、日本語のWikipediaでは、カレーオタクが金沢カレーの特徴について詳しく説明している。

・ルーは濃厚でドロッとしている(カラメル等を加えている)
・付け合わせとしてキャベツの千切りが載っている
・ステンレスの皿に盛られている
・フォークまたは先割れスプーンで食べる
・ルーの上にカツを載せ、その上にはソースがかかっている
・ルーを全体にかけて白いライスが見えないように盛り付ける

たしかに、皿への盛り方なども興味深いのだが、金沢カレーの独特のおいしさは、カラメルを加えていることによる甘みにある。

最近、金沢カレーは最もありそうもない場所で増殖している――東京の電気街であり、オタク文化街でもある秋葉原だ。日本の他の報道が示すように、秋葉原の街では、ビデオゲームや漫画やフラットスクリーンTVなどと混じって、3つ以上の金沢カレー店が互いに100メートルも離れていないところに林立しているのだ。この街に住み、筆者のカレー史を知っている友人は、テレビ番組で金沢カレーの最近の躍進を観て、筆者のことを思い出したという。

最も有名なのはゴーゴーカレーだ(上の写真)。これまでは奥まったところに店があったのだが、昨年末、アキバ中心地に新しい支店がオープンした。アクションフィギュアとレトロゲームに大金をつぎ込むその合間に食するランチには最適だ。

ここは、心臓に悪そうな各種トッピングで有名だ。普通のポークカツやチキンカツも注文できるが、全部を載せた『メジャーカレー』もある。カツは2枚、ゆで卵、エビフライ、そしてソーセージ2本だ。さらに空腹な人には、先述のトッピングにライスやカレーソースが特盛りされ、2.5キログラムの総重量を誇る『ワールドチャンピオンカレー』もある

アルバのカレー

角を曲がると、『カレーの市民アルバ』がある。ゴーゴーカレーと良く似たカレーを出し、トッピングを山盛りにした『ホームランカレー』もある。アルバには、ゴーゴーには無いトッピング(目玉焼きとクリームコロッケ)もある。なお、アルバのルーは若干薄く、ライスの方にまで落ちて行く。これに対してゴーゴーのルーは大変濃厚でライスの上にそのまま載っている。さらに、ゴーゴーのほうがカツが大きい。

キュアメイドカフェのカレー

だが秋葉原に行くなら、あちこちにある有名なメイドカフェ(日本語版記事)の1つをひいきにすべきではないだろうか。金沢カレーよりも短期間で秋葉原に広がったものがあるとすれば、それはメイドカフェだ。

メイドカフェとは、ビクトリア朝の家具を揃え、おいしい軽食を提供する、小さくてかわいらしい喫茶店だ。ここで最も重要なのは、テーブルの間を優雅に歩き回り、客を「ご主人様」や「お嬢様」と呼びつつ、何かにつけて深くお辞儀をする、フランスのメイド服を着た若い女性店員だ。

ここでは、さまざまなフェティシズムについて議論するのはやめて、カレーの話に集中しよう。アキバで最も古くて最も有名なメイドカフェの1つ、『キュアメイドカフェ』は、アルバの向かい側にあるビルの6階にある。このビルには、大量のガチャポンで埋め尽くされている有名な店も入っている。

このメイドカフェでは普通のビーフカレーも出すが、金沢カレーのひとつである『チャンピオンカレー』も出している[『カレーのチャンピオン』からルーを取り寄せている]。ここのカレーは今までの2店とはちょっと違う。キッチンのメイド(そう、もちろん、キッチンにいるスタッフもメイド服を着ているのだ)は、カツをかなり薄く切る。しかし全部は切っていないので、食べながら切っていく必要がある。また、ルーは余り多くない。

秋葉原のさまざまな金沢カレーを試した後で、筆者としてはゴーゴーカレーをイチオシにしたいと思う。彼らは優れた品を提供しており、店も繁盛している。それでも、世界のオタクたちの首都に行き、カレーを食べることが習慣になっている読者にとって、アルバやキュアメイドカフェのカレーを試してみる理由は充分にある。

何かしらこう、カレー中毒になるということは健全な日常生活を営む上でそれなりに障害にもなるのだろうなとも思わされる記事なんですけれども(苦笑)、やはり金沢で住み暮らしたChris Kohler氏としては金沢カレーにご執心のようですよね(スタンダードな日本のカレーとはそういうものだと勘違いしていた、なんてことまで言っていますけれども)。
人間と言うものはどこにあっても食べていかないと生きていけないのは当然ですけれども、我々が外国にいってもやはり食べ物というものはそれなりに気を使うところがありますから、外国人から見ても日本の食習慣が気になるのは当然ではあるでしょう。
アメリカ人のサイトなどでは「なんにでもマヨネーズが気になる」という声もあったようですけれども、他にも彼らの目を惹くのが日本の弁当文化のようで、確かにコンビニに入ると多種多様の弁当が並んでいる光景というものは日本の特徴ではありますよね。
最近では一部の濃い人々の間で日本のキャラ弁が注目されているという話は以前にも紹介したところですが、とうとうキャラ弁作り方指南の本まで出してしまった人もいるのだとか。

しかしこれ、サイトの表紙写真をクリックすると掲載されているレシピが紹介されるんですけれども、アニキャラなどの真面目な?キャラ弁も多々ある一方で「JR東日本」とかもう何がなにやら(苦笑)、ちょっとそれは悪乗りしすぎでしょって感じも一部あるにはあるんですが(笑)。
いやはや、日本文化というものもこうして見ると結構妙な方向にも奥深いものなんだなと、改めて再認識させられるような興味深い視点ではありましたね。

今日のぐり:「じくや」

岡山駅の西口側にある商店街というと昭和の雰囲気を色濃く残す奉還町商店街がありますけれども、この商店街から少し脇道に入ったところにある蕎麦屋がこちら「じくや」です。
場所柄どうしたって目立ちようもないと言ってしまえばそれまでなんですが、とにかく店の所在自体も知っていなければ見過ごしてしまいそうなくらいに目立たない店なんですね。
外観もどこか喫茶店っぽい雰囲気もあったりして手打ちそばの看板がなければ蕎麦屋とも思わず通り過ぎてしまいそうなんですが、中に入ってみると足つき白黒テレビやら真空管ラジオやら昭和系レトロアイテムがところ狭しと並んでいるところにもってきて、かかっているのが洋楽のオールディーズですから、これは一体何の店かと少しばかり戸惑うところなしとしません。
おかげで?テーブルは四人がけにしてはずいぶんと小ぶりなものが並んでいるのですが、この上に予めお盆と箸がセットされていまして、最初「あれ?予約席?」と勘違いしてしまいましたよ(しかしこのお盆のサイズでは四人分並べるのはかなりきついのでは…実際各テーブル二つずつしかお盆が用意されていないんですが)。

いわゆるざるに相当するものが普通のそばである「せいろ」と、読んで字のごとくな「更科」があるのですけれども、この日は両方とも食べてみました。
席についてごそごそとしていたんですがふと香りに気づいてテーブルを見てみますと、ここまで香り立つのは今まで見たことないというくらいに香ばしい蕎麦茶が用意されているではありませんか(蕎麦には煎茶の香りより蕎麦茶の方が合うような気がします)。
せいろの方がいわゆる普通のもり蕎麦なんですが、これがなかなかの逸品で見た目の色つや、口にしての味、香り、舌触りそしてノド越しとどれも合格点をつけられる仕上がりですから、これだけで腹をふくらませたくなるような誘惑にかられて大盛りを頼んでしまう人も多いのかも知れません。
一方で更科の方は冷や麦か何かと思うくらいに真っ白な色合いが美しい一品ですが、全般にさらに繊細な味となめらかな舌触りはさらに一段上をいく一方、濃厚な蕎麦の香りが好きという向きにはせいろの方が合うんだろうなとも思います。
いずれにしてもどちらもなかなかに満足のいく出来上がりで、他にもいろいろと蕎麦メニューはあるようですけれども、シンプルにこの二つだけ食べているだけで十分じゃないかと思わされるくらいの力はあります。

ここの蕎麦つゆは本格的な江戸風蕎麦というには少し出汁の味優位で関西入っている的な味かなという感じですけれども、このあたりの土地柄でこの蕎麦の味でしたらこれくらいが丁度いいんじゃないかとも思いますね。
入店した時間帯からするとひどく濃厚な蕎麦湯はいかにも粉を溶いていそうな見た目と味なんですけれども、まあ今の時代純然たる茹で湯だけだと「味が薄い!」と納得しないお客さんが出てくる可能性がありますから、こればかりは仕方がないところなのでしょう。
細かいところですが薬味でついてくるネギは白ネギの部分だけ丁寧に薄切りにしてあるあたり、自前の蕎麦の味が判っているんだなと感じさせられます(ただし、それでもこの時期のこの蕎麦に敢えて用いるべきかと言われると微妙ですけれども)。
今時こういうところで蕎麦なんてものを食っているような客はそれほど価格破壊だなんだとうるさいことは言わないのかも知れませんけれども、特筆すべきはこの蕎麦のレベルにして極めて庶民的なお値段であるということで、コストパフォーマンス的に見てもこれは文句なくお値打ちであるということは断言できます。
強いて個人的な好みから難点を言わせてもらえば、蕎麦はもう少し静かな環境で味わいたい気がするところですけれども、ここまで蕎麦の味以外の部分で自分の流儀を押し通されてしまうとそれもまた店の味ということになってしまうんでしょうね(苦笑)。

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2009年12月30日 (水)

年越しだ、正月だと浮かれている暇はないのです?!

年末といえば一年の総括ですけれども、今年の医療行政の総括と言えばやはり来年度の診療報酬改定に向けた一連の議論ということになるのでしょうか。
先日もお伝えしましたように診療報酬改定の話はなにやら微妙な決着ということになりましたが、その決定に至る内情がそろそろ明らかになってきています。
しかし鳩山内閣のキーワードである政治主導なるもの、その実態がこうしたものだということであれば何とも評価が微妙なという感じではありますけれども、ここは当事者である長妻厚労相の奮闘ぶり?に注目しながら記事を見ていただければと思います。

読む政治:厚労相「主役」果たせず(その1) 診療報酬増、官邸が裁定(2009年12月27日毎日新聞)

 「うだうだ言わんと、総理の意思だから決めてほしい

 10年度の予算編成が大詰めを迎えていた23日午前、平野博文官房長官は首相官邸に藤井裕久財務相と長妻昭厚生労働相を呼び、強い口調で迫った。

 10年度の診療報酬改定は財源難から減額を迫る財務省と、医師不足対策として増額を求める厚労省の折衝が暗礁に乗り上げていた。平野氏の前で0・31%増を主張する長妻氏に、藤井氏も0%増まで降りたものの、それ以上は譲らなかった。

 業を煮やした平野氏は「藤井さんはオレが説得する」と長妻氏を退室させた。「0・19%増で」。平野氏の提示に、藤井氏は最後、10年ぶりとなるプラス改定を受け入れた。

 「医療崩壊現場の切実な声が届いた」。晴れやかに語った長妻氏だが、マニフェストの修正に批判が集まる中、診療報酬増も撤回するなら政権が持たないと判断した、官邸側のおぜん立てに乗ったのが実情だ。また増額の裏には、来年の参院選をにらんだ民主党の政治的思惑もちらつく。

 「民主党の政策には、うなずける点も多いと思っていました」

 10月14日、国会内に民主党の輿石東参院議員会長を訪ねた日本歯科医師会の大久保満男会長と、その政治団体、日本歯科医師連盟の堤直文会長は、輿石氏にそう語りかけた。

 2人は10月7日には党本部に小沢一郎幹事長を訪れ、共ににこやかに写真に納まっている。この時期の医療団体の訪問は、たとえ表敬でも診療報酬増の陳情含みというのが暗黙の了解事項だ。

 日歯連は長年、組織代表を自民党から国会に送り出してきたが、政権交代直後、既に自民党からの参院選出馬を決めていた組織内候補の擁立をやめ、民主党支持を鮮明にした。一方、焦った日本医師会は従来の自民党支持方針を白紙に戻したものの、自民現職の組織代表を推す方針までは変えられずにいる。

 民主党の政府への重点要望18項目には診療報酬増も盛り込まれ、主導した小沢氏はわざわざ歯科増額の重要性を明記した。終わってみると、報酬の伸びは医科1・74%に対し、歯科2・09%。近年は両者同率で、差をつけるのは異例のことだ。

 「カネで日医をけん制する政治判断など、政局が不得手な長妻氏にはできない

 民主党内には、そんな見方が広がる。

      ◇

 鳩山政権発足100日目の24日、子ども手当の財源問題が決着し、前夜には診療報酬も片づいた。いずれも厚労省の重要政策だ。それなのに、長妻氏が意思決定に深く関与した跡はうかがえない

中には学習院大学の鈴木亘教授のように「民主党マニフェストは厚労省によって葬られた」なんて過激なことを言う人もいて、その原因として長妻大臣が「誰が何の担当であるか、誰がどんな情報を持っているかも分からない「情報過疎」の状態」におかれている現状を指摘していますけれども、いずれにしても今回の決着で文句なしの満点をつけられるという人は当事者の中にもまずいないのではないでしょうか。
このあたり診療報酬の話にしても、相変わらず圧力団体との関係で決まって行く構図というものは変わらずかとも思わされるところですけれども、どうもこうして見ていると気になるのが選挙前までは民主党の表看板の一つとして、国民の絶大な期待とともに難局渦巻く厚労省のトップに据えられたはずの長妻氏が、なにやら今一つどころではなく政治力を発揮出来ていないように見えます。

もともと同氏は(野党時代の厚労省批判の流れから対決姿勢已む無しという部分が多々あったにしても)脱官僚を声高に言っていた割にはいつの間にか官僚側に取り込まれているかのような気配すら見え隠れしていましたけれども、診療報酬引き上げに関しても当初財政のバランス重視か煮え切らないことを言っていたのに、妙にやる気を出した?厚生官僚に引きづられるかのように後半は積極引き上げ発言をするようになりました。
毎日新聞による同記事の続報でもそのあたりの右往左往ぶり?を指摘されているのですが、ああまで厚労省官僚に敵対的だったはずの長妻氏がいつの間にか取り込まれてしまっているように見える理由の一端が見え隠れするようで興味深いですね。

読む政治:厚労相「主役」果たせず(その2止) 悔しさにじませる長妻厚労相(2009年12月27日毎日新聞)より抜粋

(略)
 年末の予算編成過程で、政権内は子ども手当を巡って百家争鳴となった。民主党はマニフェストで、所得制限を設けず、財源は全額国費と約束し、長妻氏もそう語ってきた。にもかかわらず、財政難から所得制限の導入と、地方にも財源を求める構想が急きょ浮上したためだ。

 17日早朝、長妻氏は厚労省幹部に「党の言う通りにしないといけないのか」と戸惑いを見せた。前夜、民主党の小沢一郎幹事長は、政府に子ども手当への所得制限を明記した要望を突きつけていた。長妻氏は省の幹部会で「内閣が決める話だ。国会答弁で説明責任を果たすのは私じゃないか」と悔しさをにじませ、昼には記者団に「所得制限を設けないのが制度の理念だ」と語った。長妻氏なりの、小沢氏への精いっぱいの反論だった。

 結局、所得制限は21日夜、すったもんだの末、鳩山由紀夫首相の判断で見送りが決まり、結論は診療報酬同様、長妻氏の主張通りとなる。それでも、長妻氏には党幹部らに意見表明する場さえ与えられなかった。首相が判断を示した直後、長妻氏は記者団に「第一報をたった今、お聞きした。どういう考えか確認しないと……」と漏らしている

 厚労省単独ではらちがあかない地方負担の問題も、長妻氏に重くのしかかった。地方は児童手当に約5700億円を投じている。財務省からこの地方負担分を子ども手当に回す案が伝わり、原口一博総務相は「地域主権担当を返上する。やってられない」と猛反発していた。

 困り果てた長妻氏が頼ったのは、鳩山首相だった。

 長妻氏は10月、生活保護の母子加算復活を狙って首相公邸に乗り込み、直談判した首相から「年内」の約束を取り付けた。首相はその際、「何かあればいつでも来てください」と伝えていた。党内に基盤のない長妻氏には、首相が貴重な厚労行政への理解者と映った。

 ところが、長妻氏の「困った時の首相頼み」には、政府内にも「ルール違反だ」との批判がわき起こる。12月9日朝、長妻氏はインドネシア訪問直前の首相を訪ね、子ども手当の全額国庫負担を求めたが、首相は「菅(直人副総理兼国家戦略担当相)さんが担当している。そこで調整を」とつれなかった
(略)

 ◇年金改革 得意分野も試行錯誤

 不慣れな政策に頭を痛める長妻氏にとり、閉塞(へいそく)感を打ち破れるのは得意の年金だ。
(略)
 長妻氏は年金記録を消された人の救済策として、納付の証拠がなくとも本人の申し立てで記録を回復させる法律の必要性を唱えてきた。厚労相に就任するや法案化に着手し、原案を作り上げた。

 だが、社会保険労務士から誤裁定(不正受給)を懸念する声が寄せられ、長妻氏も「誤裁定はイヤだな」と、断念に傾いた

 旧式の手書き記録とオンライン記録の照合も、10、11年度で集中的に進めるとした構想はずれ込みそうだ。長妻氏が職員を怒鳴り上げて概算要求に計上させた照合費用は、財務省の手で要求の半額に近い427億円に圧縮された。

 民主党は12年度から年金制度を一元化し、税による最低保障年金を設ける制度改正に着手すると公約している。しかし、増税を封印する政権の下、財源問題一つとっても容易ではない。

 政権交代後、厚労省の栄畑潤年金局長は長妻氏に「年金制度改正に向け、有識者会議を発足させましょうか」と打診した。しかし、長妻氏は「イヤ、君らが水面下で勉強しておいてくれ」と答えるにとどめたという。

どうも最近表情がヤバイ、depression気味なんじゃないかと噂されるところのある長妻大臣ですが、何しろマスコミ露出も大きく国民の期待が大きかった反面、こうしてあちらでもこちらでも思うように仕事が進まないということになりますと、それは精神的にもまいるところはあるのだろうと思いますよね。
もともと厚労省というところは旧省庁が合併してできただけに内部の人脈も複雑で、そもそも一人の大臣に任せるには大きすぎるのではないかという声もありましたけれども、長妻氏も国会やテレビで厚労行政を批判をしていれば良かった野党時代と比べると、実際に自分がやってみるとこれはずいぶんと勝手が違ったなと思っているところなのでしょうか。
朝日新聞に一連の予算交渉を巡る議論を振り返ってのコメントが掲載されていますけれども、特に官僚に対する態度など妙な連帯感のようなものも垣間見られて、数ヶ月前とはずいぶんと変わるものだなと感じさせられますよね。

「厚労省にとって外は暴風雨」 長妻大臣・一問一答(2009年12月29日朝日新聞)より抜粋

 長妻昭厚生労働相は28日のインタビューで、来年度予算案をめぐる交渉を振り返った。

 ――予算折衝は、財務省主導に見えました。

 「厚生労働行政は期待が大きく、裏切ってはならないという緊張感を持っていた。『厚労省はいっぱい(予算が)ありすぎる、もういい』という話もあったが、私個人の話じゃない。金額の大きい診療報酬や子ども手当も重要だが、事項要求もどれ一つ過大な要求はしていない」

 ――診療報酬改定では、最後は平野博文官房長官が調整するなど厚労省としての主体性が見られませんでしたね。

 「平野長官には、いろんな場で具体的に『このぐらいやらないと医療再生は持ちません』と言い続けた。お互い『これでは厳しい』と考え、こういう形になったと思う。首相にも直接、閣議の前後などで伝えており、うなずいておられた」
(略)

 ――官僚の知恵も力になったのではないでしょうか。

 「全部、役所を排除するのが脱官僚政治だと思っていないし、お役人の手伝いを一切受けてはならないのが役所文化を変えることでもないと思っている。決めるのは政治、サポートするのはお役所という役割分担でやっている」

 ――大臣記者会見には、事務次官も同席していますね。

 「次官らは『これまでは国会答弁や与党の部会に膨大な時間を取られていたが、それを通して(世の中の)雰囲気も分かった』と言っていた。会見は国民の代弁者の場で、世間がどういう状況なのか分かると話したら、次官も同席するようになった。厚労省にとって、中は一見平和そうだけど、外は暴風雨だから」(聞き手・石塚広志)

何にしろ間違ったことは断固許さないという理念優先から、正しいことを実現するためにはどう動くのが良いのかと言う方向に考え方をシフトしてきているようにも見えるのは、実際に行政を仕切る大臣の姿勢として正しい変化なんじゃないかと思いますね。
医療がこれだけ金のかかるものとなった時代にはちょっとした制度変更にも多大な政治力が必要となるもので、ちょうど海の向こうではオバマ大統領が皆保険制度を導入しようと頑張っているところですが、何しろ自由の国ですから「何故俺が保険も払っていない奴らの分まで肩代わりしてやらないといけないんだ!」などと支持率低下の一因にもなっているくらいで、それだけよほどの政治力がなければまとまらない大きな話であるわけです。
まあしかし大統領の導入にかける意気込みは理解できないこともないんですが、実際今のように医療費のふくれあがってしまったアメリカで皆保険のようなシステムを入れるとどうしたってこれは経済的に破綻してしまうのが目に見えているように思うのですけれどもね。
余談はさておき、その意味では日本の医療というのはまだ医療需要も医療費も安かった時代から非常に安上がりにスタートできて、非常に運が良かったんじゃないかとも言えると思いますが、あれも導入当初はずいぶんと医師会などでも揉めたなんて話が伝わっていますが、結局のところ国民にとってはあそこで決めておいたからこそ助かったという大英断とも言える話ではあったと思うのですよね。

客観的に見れば奇跡的と言っていいくらいにうまくやれてきた制度ですけれども、国民も政府も医療関係者もそれぞれ大いに不満だらけというのもまた日本的な光景なのかも知れませんが、逆に言えば関係者それぞれが我慢するところがあったからこそうまく機能してきたわけですから、このシステムが今後も続けられるかどうかの鍵となるのが、関係者がどこまで我慢を続けられるかに掛かっていると言っていいでしょう。
診療報酬という面で医療従事者は今後も基本的に劇的な改善が見込めないのであれば、ここは我慢して他のところで何とか改善を期待するのが筋でしょうし、政府は税収の限界から金はもう出せないというのであれば、長年の懸案となっている応招義務の制限・撤廃だとか無過失補償の整備などといった制度面できちんと仕事をしてもらわなければならない。
そして患者は何を我慢してもらうべきなのか、アクセスの制限を受け入れるのか、それともコスト面での更なる負担を飲むのか、それとも質の面で最上でなくともそこそこで我慢するということになるのか、いずれにしても何かしらの医療需要側の制限は必要となるでしょうし、そうした不利益となる部分についてもきちんと国民に納得させられる人間が必要とされている時代だと思います。

何にしても舵取りの難しい医療行政で誰かが強力な政治力を発揮できないということであればまとまる話もまとまらないということになりかねませんが、その主体がさんざんいわくつきの厚労省の官僚であると言うことになればこれは誰しも不安を覚えざるを得ないところで、政治主導、脱官僚などというお題目を唱えるまでもなく長妻大臣らの政治的指導力に国民が期待するところ大であるのは当然です。
長妻さんと言えば国会での厳しい突っ込みで名を売った人で切れる人だというイメージもあり、国民の期待値は新政権閣僚中でもトップクラスに高いんじゃないかと思いますけれども、それだけに年金問題くらいしか知らない厚労行政の素人という実像とのギャップに本人が一番焦りを感じている頃なんじゃないかと思うのですが、お試し期間が終わって来年こそはいよいよその手腕の実を問われることになりそうですよね。
ここで一皮化けて期待値に見合うだけの大物政治家に成長するのか、それとも結局期待はずれだったということに終わってしまうのか、予算絡みでさんざん忙しい目にあった直後だけに大臣も一息つきたいというのも正直なところだと思いますけれども、ここからもう一頑張りできるかどうかに大臣個人の政治家としてのキャリアと、当然ながら日本の医療行政の行方が掛かっているように思いますね。

とまあ、無理矢理に前向きにまとめておくと何かこの時期っぽい感じが出てきますけれども(苦笑)、本日より当「ぐり研」も年末年始進行に入らせて頂きます。
本年一年お付き合い頂きありがとうございました。
また来年もよろしくお願い申し上げます。

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2009年12月29日 (火)

連鎖的に崩壊しつつある社会保障とその歪み

不景気の中で少しでも手に職をつけようと資格取得を目指して頑張っている人も多いと思いますが、最近ではこうした方面でのハウツー本というのも結構人気なんだそうですね。
しかし中には制度の趣旨的に少しばかり誤解を招きかねないものもあるようで、やはりこの方面でも内容の吟味は必要なのではないかと思わされるところです。

障害年金:「攻略本」ネット販売、うつ病患者「2級」狙い(2009年12月19日毎日新聞)

 うつ病患者を対象に障害年金2級を受給することを目指したマニュアルが複数のウェブサイトで販売されている。2級に認定されやすくなるような診断書を主治医に書いてもらうための方法が書かれているが、不正請求を誘発する恐れもあり、関係者からは「攻略本のようで好ましくない」と問題視する声が上がっている。【奥山智己】

 障害年金は、厚生年金が1~3級、国民年金が1、2級に分かれている。厚生年金の場合、平均標準報酬月額と加入月数によるが、平均支給額は月額で1級約16万円▽2級約12万円▽3級約7万円。国民年金の場合、年額で1級約99万円▽2級約79万円で、さらに子どもがいれば人数に応じて加算される。申請には医師の診断書が必要だ。

 ウェブサイト上で販売されているマニュアルは少なくとも6種類ある。数十~100ページで販売価格はほとんどが1万円前後だ。

 あるマニュアルでは、1級は寝たきり状態でなければ認定されにくいとして、2級を目指すことを提案。認定されやすい診断書を書いてもらうポイントを紹介している。

 例えば、診断書には食事を自分で取れるかや、お金を管理できるかなど日常生活能力を尋ねる六つの設問があり、「自発的(適切)にできる」「自発的に(おおむね)できるが援助が必要」「自発的にはできないが援助があればできる」「できない」という内容の四つの選択肢がある。マニュアルは、6問のうち3~4問で「自発的にはできないが援助があればできる」との選択肢にマルをつけてもらうことが望ましいとしている。

 さらに、こうした診断書を書いてもらうため、医師に過去の受診歴や症状などを書いた書類を提出することが重要と指摘。作成の際には「もちろんウソは書けません」と断りながら、2級の基準を満たすような表現になるよう「多少オーバーに」「医師を誘導する感じに」書けばよいとしている

 別のマニュアルを作製・販売している40代の男性は「年金の受給経験があったので、うつ病患者のため、他のマニュアルを参考にしながら作った。悪用は想定していない」と説明している。

 元東京都精神保健福祉課長で「まいんずたわーメンタルクリニック」(渋谷区)の仮屋暢聡(のぶとし)院長は「マニュアルは違和感を感じる。年金制度を詳しく知らない医師もおり、不正を招きかねない」と指摘する。社会保険庁年金保険課は「マニュアルによる不正請求の例は聞いたことがないが、攻略本のようで好ましくない」と話している。

余談ながら最近ちょっと専門的にも世間的にも問題になっているのがこのうつ病診断なんだそうで、患者がその気になって症状を訴えるとほとんどの人がうつ病と認定されてしまう可能性があるという先生も言うくらいで、時折聞く傷病手当不正受給事件などでうつ病という病名が結構多用されるのもこのあたりに理由があるのでしょうか。
一昔前には学部教育でも「うつは励ましてはいけない」なんて教えられていたものですけれども、近ごろは叱咤激励すべきうつというのもあるのだと言うくらいで、なかなかこの方面も大変なんだなと思わされる話です。

ま、そうした余談はともかくとしても、前述の障害年金にしても本来障害で困っている人を助けるための制度であって、逆に困ったときに救済してくれるはずの社会的救済制度がきちんと機能していないということであれば、国民としてはいざというとき安心して生活していくことが出来ないということになりかねません。
年末というと近頃各地で派遣村などという救済活動が繰り広げられるようになっていますけれども、不景気の中にあっても比較的安定していた東海地方なども最近ではいよいよ宜しくないということで、そうなりますと各地の自治体でも社会保障関連の支出を本格的に切り詰めにかかっているようですよね。
もちろん何でもかんでも公的扶助に頼り切りという姿勢もそれはそれで問題ではあるのでしょうが、一方で求職者がいて求人を出している業界もあるのにうまくマッチングしないという現状をよくよく見ていると、そこには根深い社会保障の歪みが隠されていたりもするのです。

怯える失業者 担当者は暴言「100回面接断られたら…」(2009年12月25日スポニチ)

 年の瀬が迫り、職を失った人たちに冬の寒さと、雇用情勢の厳しさが一層こたえる。25日発表の11月の完全失業率。「公設派遣村に世話になるのでは」。派遣切りなどで職と住まいを失った失業者計92人を1年前に受け入れた横浜市泉区の県営団地にはなお15人がとどまり、路上生活に転落する恐怖におびえながら職探しを続けている

 16年間、派遣労働者として自動車部品工場などで働き、昨年末に契約を中途解除された男性(55)は1月に入居。簡易ベッド一つだけが置かれ、家具もない部屋で毎晩ラーメンをすする。ハローワークに通い続けるが、「年齢を伝えた途端、断られる」。

 生活保護を申請しようとして、市の担当者から「100回面接を受けて断られたら認めてやる」と暴言を吐かれたこともある。失業保険は11月に給付切れになった。神奈川県は「追い出すことはしない」としつつ、年末が期限というのが基本姿勢だ。「いつホームレスになるか」。男性は防寒用の擦り切れた帽子に手をやりながら話した。

 神奈川県が派遣切りや雇い止めの救済策として失業者を受け入れ、約1年がたった。生活保護を受けるなどして77人が退去したが、15人は見通しが立たず、「自立するよう尻をたたいている」(県の担当者)という。

 一方、退去しても就職できたのは18人。多くは就職のめどが立っていない。6月に退去した男性(29)は生活保護を受けながら団地近くでアパート暮らし。ハローワークの紹介で介護の現場を見学し、厳しい仕事内容に立ち尽くした。「政府は雇用対策で介護、介護というが、誰にでもできる仕事ではないと思った」

 福祉事務所の担当者から早く仕事に就くようせっつかれ、アルバイトで引っ越しの仕事を始めたが、腰を痛めて通院中。「早くこの状態から抜け出したい」と漏らした。

何しろ高齢化社会が例のない速度で進展する一方ですから、介護業界と言えば今後需要が増えこそすれ当分食いっぱぐれることのない超成長産業で、内需主導型に転換をなんて長年大号令をかけている政府の方針にも合致する21世紀の基幹産業にもなろうかというものですけれども、その業界が「誰にでも出来る仕事ではない」と行き場の無い失業者にすらも敬遠されるというのはどうしたものかという話ですよね。
需要が大きい一方で人手不足が顕著なわけですから労働が過酷であろうことは想像に難くないのですが、それ以上に問題なのはそれだけ「誰にでも出来る仕事ではない」重労働をこなしても報われることが少ないということです。
近頃では格差社会だと大変な騒ぎですけれども、やはり他人の懐具合が気になるのは人の性と言うものなのでしょうか(苦笑)、最新年収ランキングというものが記事になっていますけれども、これを見るだけでも驚くような実態が判ろうというものではないでしょうか。

格差社会です! これだけ違う職種別年収、ワーストは?(2009年12月24日ZAKZAK)

 不況で自分の給料やボーナスが減ると、他人のフトコロ事情が気になるもの。総合人材サービスのインテリジェンス(東京)が集計した2009~10年版「職種別の平均年収ランキング」によると、トップ3には金融関連がズラリ。ただ、その背景には喜べない事情も隠れている。一方、製造業のエンジニアや総務などの間接部門ではかなりの年収ダウンとなっている。

 ランキングは、同社の転職支援サービスに登録した25~39歳の転職希望者約9万人(59職種)の給与データを基に集計。全体の平均年収は、前年より5万円減って456万円となった。

 ただ、トップ3については気前のいい数字が並んでいる。1位は、M&A(企業の合併・買収)などを手伝う「投資銀行業務」で、平均年収は880万円。この職種では年齢が35~39歳だと平均が1329万円とアップし、なかには年収が5000万円という社長級の人もいる。

 2位は「運用会社(ファンドマネジャー、アナリスト、ディーラー)」の847万円。3位が、メガバンクや地銀、証券会社の「法人営業」で716万円。

 2、3位は額もさることながら、「運用会社」が前年比191万円増、「法人営業」が同139万円増と大幅に増えている点が驚きだ。
(略)

 一方、平均年収が低い方をみると、「事務・オフィスワーク」が308万円、「福祉・介護」が370万円、「WEBデザイナー」が381万円となっており、職種による年収格差が鮮明になっている。
(略)

年収ランキングのベスト20ワースト20というものが取り上げられていますけれども、記事中にもありますように福祉・介護は堂々のワースト2という結果を残していて、ワースト1の事務・オフィスワークが非専門職であることを考えると、仮にも介護福祉士といった国家資格を持つ人々が含まれているのにこの低待遇はどうなのかと思わされるところですよね。
国は最近ようやく介護報酬値上げなどと言っていますけれども、例えば現在の報酬体系では真面目に訪問介護をすればするほど赤字になるということになっていますから、多少介護報酬を上げたところで事業者の赤字を補填するだけで精一杯でスタッフに回るお金はない、結果やってられないとますます人手不足が進行し労働環境が悪化していくというどこかで見たような悪循環が深刻化するわけです。
医療もそうですけれども、介護業界もその収入体系は介護保険による公定価格で実質決まっている状況ですから、この労働に見合わない低収入に甘んじている理由は限りなく国にその責任の所在があると言っていいはずですし、その結果介護という業界自体が崩壊の危機に日んしているのも国策の結果であると言えるのではないでしょうか。

一部では介護のような「何も生み出さない分野」に金をつぎ込むことは国家の成長を阻害するなんてことを言う人もいますけれども、介護と言うものの実際を見ているとむしろ全く逆の話で、社会的にバリバリと活躍して生産的活動を行っていてしかるべき人々が「親の介護があるから」と早期退職しては社会的に消えていってしまっている現状があるわけです。
その根本には少子化、核家族化といった現代日本社会の構造的要因が横たわっているのでしょうが、やはりどんな理屈をこねるよりも前にそれは単純にもったいないと思わされる話で、一方で失業率が上昇し社会の金回りも悪くなる中で何とか成長産業に景気の牽引役をと国中が血眼になっているというのに、国策によってそれが阻害されているというのもまたもったいない話だと思うんですよね。
社会保障関連ではあちらこちらで現在進行形にほころびが顕在化していますが、結構相互に連関している部分も多々ありそうで、それなら効果も確かでないところに闇雲に借金してまで大金を投じるくらいなら、社会的需要も将来的成長率も一番高そうなところに素直に金を突っ込んどいた方がいいんじゃないかと言う気がするのですけれどもね。

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2009年12月28日 (月)

それなりに切実なのに、妙に及び腰な議論

少し前にこんな記事が出ていましたけれども、長くなりますが引用してみます。

延命時代 ~「死への要望書」波紋~(2009年12月23日朝日新聞)

院長様

 意思の疎通を図れなくなったら、呼吸器を外して死亡させて頂きたく、事前にお願い申し上げます。

 07年5月、千葉県勝浦市に住む照川貞喜さん(69)は、家族全員の署名捺印(しょ・めい・なつ・いん)とともに、要望書を病院に提出した。
全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病「筋萎縮(きん・い・しゅく)性側索硬化症」(ALS)を患う。体が動かせなくなれば、延命治療をやめて欲しいと求めた。

 警察官だった照川さんが体の異変に気づいたのは、20年前だ。ある日、冷蔵庫を運ぼうとして腰が砕けた。
 「運動不足か」と思ったが、違った。手が思うように動かない、つまずいて転んでしまう。病院を訪ねて回り、ALSと診断されたのは1年半後だった。
 病状の進行は速かった。翌春、呼吸が不自由となり人工呼吸器をつけた。言葉を失い、やがて手足も動かなくなった。92年、自宅で寝たきりの生活が始まった。

 それでも外部との意思疎通に執念を見せた。指先、額のしわ、あごの力、動かせる部分を探しては、それに反応するセンサーを作って、自らの思いを伝えてきた。パソコンを駆使して著書も2冊出した。モットーは「体は不自由でも、心は自由」。
 しかし、残酷にも体は日々動かなくなる。「ある日、体の機能が一つ停止する。ショックですよ。それが、これでもかと何度も繰り返される。もう、後がない」
 脳も知覚も正常なのに、運動機能がすべて失われて「対話」ができなくなるときが、いつか訪れる。それをずっと恐れてきた。

 06年、パソコンを使って、思いをつづり始めた。1年がかりで仕上げた「要望書」は、9ページに及んだ。
 「意思の疎通もできなくなれば、精神的な死を意味します。闇夜の世界に身を置くことは耐えられません。人生を終わらせてもらえることは、栄光ある撤退と確信しています」

要望書を受け取った亀田総合病院(千葉県鴨川市)の倫理問題検討委員会は、1年近く議論を続けた。

 「生きて欲しい。技術進歩の可能性もある」といった慎重論も根強かった。だが、「自分が照川さんだったら」と考えたとき、反対できる者はいなかった。「(呼吸器を外しても)倫理上の問題はない」と、全会一致の結論を出した。

 しかし、報告を受けた亀田信介院長は、呼吸器を外すことを認めなかった。「呼吸器を外せば医師が逮捕される恐れがあり、難しい」。倫理面の議論をどんなに深めても、最後に法律の問題が高く立ちはだかった
 検討委員会の委員長を務めた田中美千裕(み・ち・ひろ)医師(43)は「照川さんの問題は、多くのケースと通じる」と話す。

 医療現場ではいま、医師が家族らに頼まれても、「捜査への恐れ」から呼吸器を外せないのが現実だという。
 射水市民病院などでの「事件」を受け、国や医学会などはどういう場合なら行為が許されるかのガイドラインを相次いで打ち出した。だが、どこからが「殺人」となるのか、境界はみえない
 田中医師は、医師だけでこの問題を考えることの限界を強く感じたと話す。「国のお墨付きがないと、100年かけても解決できない。でも、考えるのをやめてはいけないと思う。第2の照川さんは、すぐ出てくるはずだから」
   ◇
 いま、照川さんが動かせるのは眼球と右ほおだけとなった。「闇夜の世界」は、もういつ訪れてもおかしくない。
 「夫は生きがいをみつけ、呼吸器を着けて本当によかったと思っている、ねえ」。介護を続ける妻・恵美子さん(66)が話しかけると、「ピロピロピロ」とブザーが鳴った。照川さんの相づちだ。
 「その本人が、動けなくなったら死にたいと言っている。一度つけた呼吸器は外せないなんて変ですよ。長生きさせるだけが医療という時代じゃないと思いませんか」
 「ピロピロピロ」。部屋にブザーの音がまた、響いた。
   ◇  ◇
 命を延ばす医療技術が進む現代、患者や医師が描く人生の終わりと法が相いれない場面が出てきた。射水市民病院問題をきっかけに、医と法のはざまに揺れる現場を見た。(高野遼)

先日は「延命治療中止で医師に初めての有罪判決」という記事を書いたところですけれども、実のところむしろこうした事例で医師が刑事責任を問われることは極めて稀であるというのも事実ではあることは知っておかなければなりません。
法的処罰を過度に恐すぎてもいけませんが、基本的に医者としてもわざわざ余命を縮めるような行為を積極的にしたいわけでもない人間がほとんどでしょうから、ではやめときますかで終わっていれば話は単純なのでしょうが、それによってむしろ不幸になる人が増えてくるということであれば、未来永劫議論を避けるわけにもいかないでしょうね。

日本でこの種の議論が盛り上がらなかった理由として、何も積極的に手を下さなくても何年でも呼吸器につないで入院させておけばいいという日本の医療事情もあったのでしょうが、純粋に行為の法的側面だけを考えるとかなりグレーゾーンなんだろうなとは素人目にも思えるところですよね。
朝日新聞の記事「延命時代」の続報では臓器移植と無関係に脳死判断をしている勤務医は47%、そのうち人工呼吸器の中止を選択肢とする医師は4%という東大グループの調査結果とともに、法学者として早稲田大学の甲斐克則教授によるこんなコメントを掲載しています。

 地検は延命治療の中止=作為(積極的な行為)=殺人と形式的に考えず、呼吸器の装着から取り外しまでを一連ととらえており、医療現場の実態に即した妥当な判断だった。ただし、一方的な治療中止はあくまで殺人の可能性が残るので注意は必要だ。

 一般論で、延命治療中止のため医師が呼吸器を外すのは殺人か、と問われれば、「ボーダーライン上にある」と多くの刑法学者が答えるだろう。検討すべき点がいくつかあるからだ。

 まず、呼吸器外しと患者の死亡に因果関係があるか。

 因果関係がある場合、「正当な医療行為」に当たるかどうかが大きな論点だ。

 呼吸器外しが、正当といえるかは、その条件をめぐり学者の間でも考えが異なる。

 特に終末期医療において患者の意思表示がない場合を考えると、家族による患者本人の意思推定だけで十分か、といった点は賛否が分かれる。

色々な方々の発言から素人なりにこのあたりの法律家的見解というものに無理矢理な要約を試みてみますと、「呼吸器外しが医学的正当性のみによって法的責任を100%逃れ得るわけではないし、法的責任を問われるはっきりした判断基準も明示できない」ということになるのでしょうか。
いわゆる訴訟リスク問題や事故調議論とも絡めて医療と司法の関係においては過去にも(とりわけ医療側から)色々と言われてきた経緯がありますけれども、「どこから犯罪になるのか、はっきりした基準を示してくれ」「いや、それは無理だ」というお約束のやり取りはネット上のあちこちでもそれこそ数限りなく繰り返されてきました。
このあたりは例えば「どこまでの癌だったら100%治ると言えるのか、その基準を示してくれ」と問われた時の医者の答えを考えてみると概ね状況が想像できるかも知れませんけれども、たぶんこの程度ならほとんどの場合大丈夫だろうといった言い方はできても、100%と言われるとそれは無理、断言出来ないとしか言いようがない部分はあるんだろうとは思いますね。

さらに後日の続報では安楽死を合法化したオランダなど諸外国の現状についても言及されていますけれども、延命治療の中止を日本でも法制化するかという件に関して面白いのは、同紙の記事を読んでいるとむしろ患者側よりも医療側の方で慎重論が根強いように見られることです。
しかし朝日新聞にそうしたコメントを寄せているのはおそらく可能な限りの医療というものを追求していればよいだろう立場の東京医療センターの先生だったり、医療現場を代表する立場としていささかどうよ?と懸念される日医の意見だったりすることには注意が必要で、果たしてこれが現場医療従事者の一般的な意見なのかどうかは再検証が必要ではないかと思いますね。
先日は射水市民病院での呼吸器外しの件で外科医が不起訴となりましたが、当事者のコメントを読む限りでも行為自体の執行に迷いはないというだけに、少なくとも末端臨床家レベルでは訴追の脅威に怯えながら何らかの決断を下し実行に移している人々が一定数いるのだという現実はまず認めなければならないのでしょう。

呼吸器外した医師「今後も同じ選択をする」不起訴処分受け会見(2009年12月21日産経新聞)

 患者の人工呼吸器を取り外し死亡させたとして書類送検後、嫌疑不十分で不起訴になった伊藤雅之医師(54)は21日、富山県高岡市で記者会見し「検察の結論に納得している」と述べ、さらに「患者に一番いい方法だと家族と一緒に選択すれば、疑義が挟まれないようにして(呼吸器を外すという)同じ選択をする」とはっきりとした口調で話した。

 伊藤医師は終始落ち着いた様子。「ご遺族の方がこの4年間(捜査の)取り調べなどに耐えて、ご苦労さまでしたと言いたい」と、まず遺族を気遣った。

 人工呼吸器の中止については「救命できる、できないということだけが医者の務めとは思わない。助からない患者に何ができるかという志に基づく行為」と話し、家族がみとる中で死を迎える意義を強調した。

近年の日本では「命は何よりも重い」という認識でとにかくイケイケドンドンの積極的治療こそ至上命題化していた気配があって、このあたりの「引くべきところは引くべきでは」という素朴な疑問はどこかタブー視されていたようなところもありましたが、もともと地方などでは「お爺ちゃんの息が止まったみたいだから、朝になったら先生を呼びに行くか」なんて家庭レベルでのナチュラルコースによる看取りということが行われていた土壌はあったわけです。
現実に厚労省調査では余命六ヶ月以内と診断された時に延命治療を望まない人の割合が10年前の15.9%から37.1%へと急増していたり、「リビングウィル」登録を行っている日本尊厳死協会会員数が12万人を超えたりと、「場合によっては敢えて治療を受けない」という意志を表明する人々の数も着実に増えているわけですね。
患者も家族も延命処置の中止を望んでいる、医師もこれ以上の延命処置継続は意味がないと考えている、しかし法的処罰の可能性があるから誰しも望まない行為だけが延々と続けられているということであれば、これは医療リソースの問題を置いても患者本人の意志を尊重した医療という現代医療の流れに逆行している可能性があるとは言えるでしょう。

偉い先生方が難しい神学論争を繰り広げている間に案外現場の関係者の意識がずっと先を行っていた、なんてことがあるのかどうかは未だ断言できる段階ではありませんけれども、そろそろ誰も望まず誰も幸せにならないことは無理に行わなくてもいいんだという当たり前のことを社会的に広げていくためにも、その法的根拠を確定するための議論というものは行われてもいいころではないかという気がします。

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2009年12月27日 (日)

今日のぐり:「うどん華」

世の中には素人目に何とも解釈に迷う研究というのが多いものですけれども、やはり何が問題かと言えば純粋に科学的な観点からの評価というよりも社会的な意味付けと関連しての評価というものが大いに関係してくるんじゃないかという気がします。
要するに話が身近なところに及んでくるとしばしば本来の趣旨と外れた俗な意味付けがなされてしまうものだということなんですが、特に男女の間にも関わる話と言えば思わず俗な解釈をしてしまいそうなのは、立派な研究成果を世に送り出した研究者にとっても不本意な話なんでしょうね。
こちらオランダのチームが出してきた研究成果もあるいは何かしら素晴らしい意味を秘めているのかも知れませんけれども、どうも俗な解釈をしてしまいそうになるのは仕方のないところというべきなんでしょうか。

社内恋愛は仕事のパフォーマンス低下? 「恋をしている男性は正気ではない」心理学者が発表/蘭(2009年9月16日アメーバニュース)

女の子を確実に落とすタイミングは分かっていても、それ以前に男子諸君は注意すべき重要な点があるようです!海外発の最新研究結果によると、魅力的な女性と話している男子の脳は正気な状態で機能していないらしいのです。反対に女子の脳は「正気である」という結果が出たそうで、世の男性陣は憤慨しています。

>記事の詳細はこちら:Men lose their minds speaking to pretty women

この研究内容を発表したのはTelegraph.co.ukで、記事の内容によるとオランダにあるラドバウド大学の心理学者たちによる研究で、その学者の一人が実際に体験したことがきっかけになったのだとか。とある日、その男性は初対面の綺麗な女性に一目惚れし、「どこに住んでいるの?」と聞かれた時、自分の住所が思い出せなかったそうなのです!

この学者は女性に良い印象与えることで頭が一杯一杯になり、「認知資源を全て使い果たしてしまう」状況に陥ってしまったと自己分析。この症状は一般的にも言えるものかを調べるために、40名の学生を対象に研究を行ったところ、やはり男性は綺麗な女性と話していると脳内にある「認知資源」を最大限に使ってしまい頭の中が真っ白な状態になってしまうとのこと。魅力的と感じる女性と数分でも一緒にいるとその人をオトそうと一生懸命になりすぎて、咄嗟に単純なタスクを求められても実行できなくなってしまったそうなのです。

この結果を受け、研究者たちは社内恋愛している男性の仕事のパフォーマンスや共学校での男子生徒の成績などにも恋愛が影響しかねない、と言っています。

では女性はどうなのか?これが全く逆の結果になっていて、研究対象となった女子学生はイケメンを前にしてもその他タスクを難なくこなし、脳への影響はほとんどなかったそうなのです。性別よる差は、男性が「交配する機会を求める」本能にあるかもしれないとのこと。

研究者たちは、「魅力的な女性と接触した男性の認知機能は一時的に低下することが考えられる」としています。また、心理学者のジョージ・フィールドマン博士によると、この研究結果は「男性はどのようにして遺伝子を伝達していけばよいかを考えている…そのことを反映している」と言っています。

本当に美女は男子を盲目にしてしまうのか?(そして、その逆はないのか?)・・・この記事を読んだ人からは100件以上のコメントが寄せられていて、様々な意見が飛び交っています。
(略)

何となく女性側の方が影響が大きそうにも思えるのですが、あるいはアイドルに熱狂しているように見えて彼女たち案外冷めてやがったのか…などと色々と解釈の余地はありそうな話ですが、大多数の門外漢の抱くだろう率直な感想として「そんな話は昔から誰でも知ってることだろ」と思えてしまう気がしないでもないのですが、実際「当たり前の結果」という意見は結構寄せられているようですね。
一方で女性に関してはこの不景気なご時世を反映しているということなのでしょうか、極めて冷めた意見も多数出ているようですが、世の男性諸氏の感想としてはこの意見に止めをさすということなんでしょうか。

・まともな「研究者」なら誰でもわかっているはずなのにまた肝心なポイントが抜けている。男は綺麗な女性の前では緊張し、女は金持ちの男(ハンサムな男ではなく)を前にすると緊張する。誰しもが分かっていること。

実際にそのとおりであるとすれば極めて夢のない話だとも感じられますけれども、夢がありすぎるのもまた問題と言いますか、こちらもこちらであまりにストレートにそのものズバリ!という研究という気がするところです。
正直研究というよりは個人の趣味なのではという疑惑もあって、やはり前述の記事にもあるように「男は女に対しては正常心を発揮出来ない」ということになっているというわけなんでしょうか。

飽くなき「尻」の魅力、仏人ジャーナリストが研究(2009年12月23日AFP)

ブリジット・バルドー(Brigitte Bardot)を輩出し、トップレスの日光浴姿を世界に知らしめたフランスが、今度は尻に対する人類の飽くなき興味について明らかにした。

 大きかったり小さかったり、引き締まっていたり垂れていたりするが、人間には誰にでも尻がある。しかし太古の昔から、人の創造性を刺激するもの、官能的な欲望、タブー、そして権力を嘲るVサインなど、尻に対してさまざまな認識がある。

 そして今、フランスのジャーナリスト2人が、尻がそのような意味を持つ理由、そして今以上に尻はたたえられるべきだとする理由を突き止めるために立ち上がった。「The Hidden Side of the Bottom(お尻の隠された側面)」の著者アラン・ロスチャイルド(Allan Rothschild)氏とカロリーヌ・ポション(Caroline Pochon)氏だ。

 ロスチャイルド氏は、「もっと尻に関心を持てば、もっと尻を愛でれば、そしてもっと尻の絵を描けば、世界は今よりも良くなるだろう」と語る。

 尻を愛でても世界平和の原動力にはならないと言えるのかもしれないが、2人によれば、「控えめな」尻はひどい待遇を受けており、もっと関心を持たれるべきだという。
(略)

いやまあ、ずいぶんと壮大な話になってきているようですけれども、元記事ではこの後も延々と尻に対する妄執…もとい、魅力を語り続けていて、むしろ尻と言う対象よりはそれを語る者を眺めている方が面白いんじゃないかとも思わせるところがあります。
一方でこちらのニュースもかなり俗な解釈をしてしまいそうな話ではあるのですが、やはり男と女にまつわる真面目な研究成果と考えるべき、なんでしょうかね?

女性は男性に比べ駐車が苦手なことが証明される/独(2009年12月22日GigaZINE)

駐車に苦手意識を抱いている女性や、「女性に車庫入れは任せられない」と感じている男性も多いかもしれませんが、前々から言われていた「女性は男性にくらべ駐車が苦手である」というセオリーがついに実験により証明されました。
詳細は以下から。

Women worse at parking than men, study shows - Telegraph

女性のドライバーは駐車にかける時間が男性より平均で20秒長く、かつ駐車スペースの中心に収める確率が低いことが明らかになりました。

ドイツのルール大学ボーフムのClaudia Wolf博士らによる研究では、65名のドライバーにアウディ・A6ファミリーサルーンを平均的な広さの駐車区画に「頭から」「バック」「縦列駐車」の3つの方法で駐車してもらい、そのタイムと正確さ(駐車区画の端からの距離)を測定しました。

研究者らは女性ドライバーの方が時間がかかるだろうということは予想していましたが、時間をかけた注意深いアプローチがきっちりと正確な駐車につながらなかったことは予想外だったそうです。

Claudia Wolf博士は、この結果は運動協調性と空間認識において男性の方が女性より優れていて、リスクを負い思い切った運転をする傾向があるというこれまでの研究結果を裏付けるものだと語っています。

「こういった先入観は確かに存在するので、わたしは科学者としてこれらが真実に基づいているのか単にでっち上げられたものなのか検証してみようと思ったのです」とWolf博士。「この結果は、フェミニズムや女性解放運動が後退する理由にはなりません。過去の研究でもすでに明らかになっていた男女の空間認識の違いが裏付けられたというだけのことです」

「加えて、別に女性に壮大な欠点があるというわけではありません。たかが駐車です。男性が女性に大勝利を収めたということではありません」と、Wolf博士は付け加えています。

たしかに駐車が得意なくらいで勝ち誇る男性は大人気ない気がしますが、この研究結果により逆に駐車が苦手な男性はますます肩身が狭くなってしまうかもしれません。

真面目な検証としては見たところ運転のキャリアや普段使っている車種との差など性別以外の要素を揃えているのかどうかが元記事からは明らかでないようなのですが、そのあたりがきっちりと揃えてあるデータでこの結果であるというのであれば、男女の認知系の差異を考える上で興味深いデータなのかなとも思えます。
しかし一般読者としてはこういうものを見た場合に、「いやあ、そんなことはドライバーなら誰でも知ってるよ」なんて俗な反応をしてしまいそうな気もするのですが、Wolf博士も余計な言い訳を連ねなければよかったものを…なんて思ってしまうのも俗な反応というものでしょうか。
ところで実はこれと関連しているのかいないのか微妙ながら非常に面白い、というよりも極めて俗な記事がもう一つありまして、ネタバレになりますのでまずは文章だけ紹介してみましょう。

一部の女性は車の修理に不向きであることが判明(2009年12月18日GigaZINE)

昔から「女性はメカに弱い」ということがまことしやかに言われていますが、一部の女性は実際に車の緊急修理に不向きであることが判明しました。
詳細は以下。

Why Women Cant be A Mechanic? | Jokes

これがその証拠写真。奥まで入っていくことができません

下回り整備用のリフトがあればなんとかなるかとは思いますが……急な修理には対応できない女性もいる模様です。

タイトルを見るだけでもまあそういうこともあるのだろうなと思える話ではあるのですが、記事の字面を追って行くだけでは意味が判らないでしょう?
これはもうリンク先の写真を見ていただけるとその俗っぽさぶりが一目瞭然と言いますか…(苦笑)って、こんな話ばかり出してるから真面目な研究者が変な誤解を受けるんだってもんですよホントに(笑)。

しかし俗で駄目っぽい研究と言えばそれこそブリの独走では?と感じられる向きも多いと思いますけれども、彼らの場合あまりにネタが多すぎてここではとても紹介しきれませんでした…

今日のぐり:「うどん華」

福山市内にあるこちらのお店、市内随一の人気ラーメン店である「とんとん」と棟続きという立地が気の毒になるような、見た目は至って地味なうどん屋さんという感じです。
今や全国ブランドになった讃岐うどんとは違っていてもうまいうどん屋というのは幾らもありますけれども、実はこちらも近隣で随一と評判のうどんの名店なんですね。
夕食というにもかなり遅い時間帯にも関わらず満席近かったのですが、そのほとんどが若い人というのはちょっとした驚きで、讃岐うどんブームに引っ張られてうどん自体が盛り返してきているということなのでしょうか。
ちなみにこちらのうどんはバリエーション豊富で定食や丼物などのセットメニューもあり、おでんをつまみに酒を飲むのもよしという店ですかね。

この日はぶっかけ冷うどんに野菜かき揚げうどん、そしておでんを適当につまんでみました。
揚げたてらしい野菜かき揚げは例によって玉ねぎ主体なんですが、時に野菜らしい食感を残した玉ねぎ天を出す店も多い中で、ここでは玉ねぎの水分が抜けてしゃくしゃくになるまで揚げてありますから、香ばしく上がったオニオンリングを思い出させるような味と食感ですが、油ぎれも悪くなく意外にすっきりした後口なのは好ましいですね。
ぶっかけは山菜やら椎茸やら具だくさんなのが自分としては少し違うのかなという気がしないでもないんですが、ダシ自体のうま味に加えてたっぷり乗せられた花鰹で魚風味濃厚!という感じなので、この味が決して嫌みではありません(もっとも、ここのうどんに限っては冷より温うどんがいいような気もしますが)。
おでんもこれが飯のおかずなら少しあっさりすぎるかな?というくらいの味なんですが、サイドメニューとしては落ち着いた味で無難にうまいと思いますね。

こちらでは細打ちやや加水率高めのうどんを気持ち柔らかめに茹でているようなのですが、一見すると柔らかいようでいて噛みしめていくと腰があるというこのうどん、固いうどんと腰のあるうどんの違いを知りたい向きにもちょうどいい教材かなと思いますね。
最初口にすると食べ慣れた讃岐うどんのごつい食感に比べ少し頼りなく感じられるところもあるのですが、この店の淡麗な甘口ダシに合わせるにはこのうどんの具合が絶妙で、もしこれがもう少しうどんが太かったり食感がごついものだったらこのダシでは料理として成立しないだろうなと思わされるようなバランス感があります。
特筆すべきはこのうどんダシで、いつの間にかすっかり空になっていた同行者のどんぶりを見ても分かりますが、最後まで汁を残さず飲み干させるうどん屋というのは実のところあまりないもので、これはさすがに名店と呼ばれることはあるかなという味です。
当然ながらこれだけのうどんですから茹で置きなどということはありませんが、細打ちですから湯で時間がかからず混んでいても回転が早いのは副次効果としてもありがたいですね。

讃岐うどんの名店などですと店主と客の勝負と言いますか、ともすれば何かしらうどんと対峙するというくらいの緊張感を感じる時があって、それが売りでもあるんだと思う一方で少し重く感じることもあるんですが、こういうすっかり肩の力が抜けて楽しめる「ゆるい」うどんというものまた楽しいかなという感じですね。
実際この味がちゃんと地域にも支持されているようで、カウンター主体の比較的小さなお店とは言っても混雑時になると店主夫婦?のお二人で回しておられるのはさすがにきつそうにも見えるのですが、この賑やかしい雰囲気もまた店の味なのでしょう。
近ごろは小麦粉を練って切って茹でただけのような雑なものを讃岐うどんでございと出してくる店もかなり多いようですけれども、出来合いのブランドにこだわって変なまがい物を食べるくらいならこういう地味にうまい店の方がはるかにうどんを楽しめるというものだと思いますね。

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2009年12月26日 (土)

毎日新聞もお怒りのようです

本日まずはこちら、謹んでお喜び申し上げますと申し上げるべき話題と言うことになるのでしょうか。

毎日新聞、中間決算が2年連続の赤字(2009年12月24日読売新聞)

 毎日新聞社が24日に関東財務局に提出した半期報告書によると、2009年9月中間連結決算は税引き後利益が12億3400万円の赤字だった。

 中間決算としては2年連続の赤字。前年同期より3億8500万円改善したが、08年度通期の赤字額を上回っている。

 売上高は前年同期比4・6%減の1316億円。広告収入の減少が響いた

 毎日新聞社は、10年4月から共同通信に再加盟するなど経営改革を進める姿勢を明らかにしている。

広告収入の現象が響いたのだそうですが(苦笑)、毎日新聞のように素晴らしい見識を誇る新聞に広告を出さないとは、いくら不景気とは言えスポンサーにも見る目がありませんね。
さて、その大赤字の毎日新聞が「日本のメディアは鳩山政権に厳しすぎる!」とお怒りのようですが、まずはこちらをご紹介しましょう。

早い話が:大使の顔は赤くない=金子秀敏(2009年12月24日毎日新聞)

 鳩山政権ができてから24日で100日。米国ではメディアと新政権のハネムーンが終わる節目だ。しかし日本のメディアは、のっけから鳩山政権に厳しい

 新聞によって濃淡の差はあるが、鳩山由紀夫首相に「反米」や「離米」のレッテルを張り攻撃する論調が多い。「米国は怒っておるのがわからんのか」と米国になり代わって警鐘を鳴らす新聞もある。

 4日、普天間飛行場移設問題を協議する日本の外相、防衛相と米国のルース駐日大使の会議が開かれた。その模様を産経新聞は翌日こう報じた。

 --関係者によると(ルース大使が)穏やかな語り口を一変させた。「いつも温厚」(防衛省筋)で知られるルース氏は、岡田克也外相と北沢俊美防衛相を前に顔を真っ赤にして大声を張り上げ、年内決着を先送りにする方針を伝えた日本側に怒りをあらわにした、という--

 この記事について、岡田外相は8日の記者会見で「大使が顔を真っ赤にした」という情景描写は「まったくの創作です」と否定した。

 岡田氏は言う。会議の席には通訳を除けば、岡田、北沢、ルースの3者しかいなかった。「関係者」はどこから大使の顔色を見たのか。「大使もしっかりと自らの主張を言われましたが、別に顔を真っ赤にするとか、怒鳴り上げるとか、冗談じゃない」

 「関係者」氏は、米国は怒っておるぞと言いたかったのだろう。しかし、かりそめにも米国の大使である。顔を真っ赤にして怒鳴るような品のない交渉をするだろうか。しかも結論が出なかった。大使が読めば、交渉は失敗だったとからかわれたように受け取るかもしれない。

 藤原帰一・東京大学大学院教授と衛星放送BS11の番組「インサイドアウト」で話す機会があった。米国で国務省幹部と会ってきたばかりの藤原氏は、「米国が怒っている」という日本の論調に米国は閉口しているという。当初、米国は普天間問題で強硬に出たが、ゲーツ国防長官の訪日がゼロ回答に終わったので、これまでの対応が失敗だったと「反省している」のだという。

 アフガニスタン増派を抱えた米国は、日本との関係も大切だ。「顔を真っ赤に」して脅すだろうか。藤原氏の見方はわかる。それにつけても、だれだろうね、よく新聞に出てくる「関係者」とは。(専門編集委員)

あちらがかりそめに米国大使であれば、こちらもかりそめにも日本の総理ですから、鳩山総理が顔を真っ青にして釈明するなんてことがあるはずが…と思ってテレビを眺めておりましたら、ずいぶんと品良く釈明なさっていらっしゃいましたね。
鳩山氏と言えば「サラリーマンの平均年収?一千万くらい?」発言だとか「恵まれた家庭に育ったので」発言だとか、就任後わずか三ヶ月でその宇宙人ぶりを存分に発揮していらっしゃいますけれども、就任百日目の会見がとんだ釈明騒動になったりと最近何かと身辺が騒がしいのもたしかです。
ネタがあれば噛み付くというのもマスメディアの習性なのでしょうが、毎日新聞がわざわざ一項を割いてまで「日本のメディアは、のっけから鳩山政権に厳しい」と嘆いてみせるほどのメディアの厳しさというものが一体どれほどのものなのか、ここは怖気を奮って覗いてみようではありませんか。
まずはこちら、ご高名なるオヅラ氏の「とくダネ!」からですが、まさしく鳩山政権に厳しい声が吹き荒れているようです。

【ワイドショー通信簿】民主公約違反「批判はおかしい!」 「柔軟に、と言ってたクセに」(2009年12月24日livedoorニュース)

とくダネ!
<テレビウォッチ>子ども手当に現在の児童手当を活用するという政府方針に対して、地方自治体を中心に「話が違う」との声が続出。暫定税率問題に続いて、「まやかし」「公約・マニフェスト違反」ではないかと批判も強まっているが、スタジオでは逆にそうした風潮に異議を唱える者が続出した。

   岩上安身(ノンフィクション作家)は「あらゆるメディア、識者が『公約違反』だと大合唱している現状は、不健全でおかしい」と異論の口火を切る。岩上によれば、そういう新聞やテレビは、つい数か月前にはマニフェストには必ずしもこだわらず柔軟にやるべきだと、さんざ主張していたのである。子ども手当については、その趣旨からして「地方自治体も応分の協力をすべき」だと言う。

   司会の小倉智昭も「ボクもすべてマニフェスト通りにやる必要はないと言ってきたし、国民も8割がそうだ」と岩上に賛同。「地方は『児童手当』の分も出したくないって言うワケ?」と首傾げ気味であった。

   「(政権交代にともなう)ゴタゴタも少し見守る必要がある。(数年続けていけば)財源のメドがつくかもしれない」と佐々木かをり(イー・ウーマン代表取締役)。

   予想よりも政府よりのコメントが多かったのか、進行役の長谷川豊アナは苦笑気味に「まー、地方自治体の方々も気持ちもわかるわけで……」とフォローに回っていた。

「『公約違反』だと大合唱している現状は、不健全でおかしい」「地方自治体も応分の協力をすべきだ」「地方は『児童手当』の分も出したくないって言うワケ?」などなど、いや確かに厳しい言葉が並んでいますね(苦笑)。
やはりこれはあれでしょうか、一見して鳩山総理の政策遂行に非協力的な諸勢力を一方的に糾弾しているかのように見せかけて、育ちの良すぎる総理に心理的プレッシャーを掛けるという、「隣の部屋から拷問されてる者の悲鳴が聞こえるって怖いよね」という恐怖状態を狙っているということなんでしょうかね?
こうまでの高等戦術を駆使したオヅラ氏らの厳しい言葉で叱咤されたのでは鳩山総理も震え上がって政権担当どころではなくなるのではと心配してしまうところですが、先日の釈明会見を受けたこちらになるとさらに厳しい言葉が並んでいるようなのですね。

「万引き程度で首相辞めてたらどうなる」説 鳩山釈明会見(2009年12月25日J-CASTニュース)

<テレビウォッチ> 偽装献金問題で鳩山首相がきのう(12月24日)謝罪会見した。都内のホテルで70分間。「知らなかった」「信じていた」「6億円」「もう母からはもらわない」の繰り返しだった。

   死んだ人が献金してるという「故人献金」から始まったこの問題。検察は、一連の金の出所が首相本人と母親からと特定したが、何しろ金額がけた違い。母親からは毎月1500万円が7年間で12億6000万円。これを「知らなかった」で通るかどうかだ。

   政権発足100日にあたる24日、独断でやったという元公設第1秘書(59)を政治資金規正法違反(虚偽記載)で在宅起訴。元政策秘書(55)を略式起訴で罰金30万円にしたが、首相本人は不起訴とした。

   会見はこれを受けて行われたのだが、「進退」についての質問には、「私腹を肥やしたわけではない」と否定。一方で、「辞めろという声が大勢となれば尊重したい。首相の座にしがみついている訳ではない」ともいった。

   赤江珠緒が、「献金のしがいのない人ですね。12億円でも知らなかったというんだから」

   所太郎「浮世離れしてる」

   木場弘子は、「私(が母親)なら、3万5万振り込んでも、恩着せがましく言うけど」(笑い)

   大谷昭宏は、「首相への強制捜査がなかったのは、これが見返りとか悪質性とか国民に対する重大な裏切り行為とはいえないから。秘書の1人は罰金30万円でしょ。いま万引きでも最高50万円です。万引き程度で総理大臣が辞めてたらどうなる、という発想もある」

   三反園訓は、「言いたかったのは、私腹をこやしたんではないという、これがすべて。しがみつく気はないと言っている」

   山口一臣は、「それが無責任な感じ。石にかじりついてでも日本の構造を変えるんだ、とかいうのなら分かるが」

大谷も、「12億6000万円で辞めることにはならない。むしろ普天間とか景気対策とかへの国民のいら立ちが高まったときそうなる。だから、それらをきちんとやり遂げるという決意表明でないといけない
木場は、「政権交代までしたのだからと、強い声が聞きたかった」
三反園「それが人柄なんですよ。通常国会では厳しく追及される。これをいかにかわすか。追い込まれるのは間違いない」

   山口「しかし、政治資金規制法違反としては軽い。そんなことで時間を使ってほしくない

   大谷は、「結局は2世議員の問題。代表が変われば、相続税も贈与もかからずに財産が移る。他にはいないのか」

   三反園「鳩山さんが結果を出せるかどうか。それをみて国民が見放すかどうかですよね」

   さぁて、次は小沢幹事長の金の問題だ。政治がさらに身近になる。

いや、近頃ではうっかり万引き犯などを捕まえると「盗れるような場所に置いている店が悪い!」「子供が精神的ショックを受けた!」なんて逆ギレされるという時代だとは聞いていたのですけれども、うっかり万引き程度の犯罪行為で総理を辞めでもしたらテレビから厳しく叱責されるようにまでなっていたとは寡聞にして存じ上げませんでした(苦笑)。
先日も出ていました「結局は二世議員の問題」という話がここでも登場しますけれども、「そんなことで時間を使ってほしくない」なんて発言同様に言っている方は赤信号もみんなで渡れば的感覚なのでしょうが、育ちの良い鳩山総理にとってはそんな有象無象と一緒くたにされて語られるのはひどくこころ苦しいのではないかと心配されるところですね。

いやいや、さすがに天下の大新聞たる毎日さんが心配し懸念するだけのことはあって、こうまで凄まじいマスコミの集中砲火にさらされる鳩山総理のご心労は如何ばかりかと思うところですけれども、世に鳩山不況などとも言われる大変な世情の真っ只中ですから、こんな「万引き程度」で国民に対する責任を放擲してしまうなんてことがなければ良いがと心配しなければなりませんでしょうか。
いやいや、何しろ安倍さん福田さんが任期途中で辞任された時にはさんざん「無責任だ!」と批判していらっしゃった鳩山総理ですから、まさか自らそのような無責任な行為に手を染めるとも到底思えないんですけれどもね…

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2009年12月25日 (金)

足元をおろそかにすると結局高くつく危険性もあるのでは

選挙の頃には医療崩壊をどうするかというのは結構大きな争点になっていた気がしましたけれども、診療報酬が極めて政治的判断で(笑)決まった後のあっさりした報道を見ていますと、どうもあれも単なる票集めのための議論だったのかという気もしてくる昨今です。
改訂を巡る議論を見ていて「激務をこなしていても報われない医者達をもっと評価しなければ」と言われるとなるほど確かにと言いたくもなりますけれども、逆に言えばどうでもいい仕事をしながら楽して儲けている医者というものもいて、彼らにはあまり報いなくてもいいんだと言う認識の裏返しでもあるということははっきり認識しておかなければならないと思いますね。
例えば眼科医が楽して儲けているのかどうかはともかくとして、社会的評価がそういうことであるならば低い評価をされる人間としては当然に面白くなかろうということだけは確実なんだろうなと思いつつ、そうした国の認識が医療現場に、ひいては国民生活に与える影響と言うものを考えていく必要があるんだろうなと思うところです。

さて、先日読んでいて面白いなと思ったのがこちらのニュースなんですが、ある意味で時代に逆行するかのような話と言う点でなかなか興味深い試みですよね。

重症患者受け入れ拒否防げ 尾三圏域で成果 /広島(2009年12月8日読売新聞)

軽傷は診療所に搬送 

 特定の医療機関に救急患者の搬送が集中し、重症患者の受け入れ拒否が起きるのを防ごうと、尾道市、三原市、世羅町の医師会や消防などが、軽傷の外傷患者に限って診療所に優先的に運ぶ取り組みを6月から展開し、成果を上げている。地域の診療所も加わった搬送の振り分けシステムは珍しく、救急医療の専門家も注目している。(石原敦之)

 医師会、保健所、消防本部などでつくる県尾三圏域メディカルコントロール協議会(片山寿会長)が始めた。日中の診療時間に軽傷の救急患者を受け入れるよう診療所に要請し、31診療所を「協力医療機関」に指定した。救急隊員の判断で患者を優先的に運ぶ。

 2008年に尾道市消防局が搬送した外傷患者の多くは、市内の救急告示医療機関に運び、特に尾道市立市民病院など二つの総合病院に65%が集中。一方で、診療所に運んだのは4%にとどまった。救急搬送した患者の半数以上は軽症で、「かすり傷の治療のために、手術を中断するケースがある」との声も上がっていた

 システムの導入後の6~9月に2市1町で交通事故や転倒などによる救急搬送は1033件あり、協力医療機関への搬送は74件(7・1%)。前年同期間の1003件中31件(3%)の2倍以上となった。協議会事務局の尾道市消防局は「搬送の振り分けが円滑にできた。患者にとっても近くの診療所に運ばれる利点は大きい」としている。

 尾道市立市民病院の突沖満則医局長は「搬送が分散されて負担が減り、圏域の救急体制の連携も強まった。今後は内科系の患者搬送にも広がれば」と言う。

 日本救急医療財団理事長の島崎修次・杏林大医学部教授は「診療所が自主的に役割分担をし、適切な救急医療を守ろうという地方発の画期的な試み。診療所に負担がかかり過ぎないよう他の医療機関や行政の支援も重要だ」と話している。

システムとしては今までと逆のパターンと言いますか、地域の大病院に医療資源を集約して24時間どんな患者でも受け入れ可能なセンターを作ろう、なんて力技とは真逆な方向性で、言ってみれば一頃あれだけ絶賛されながら結局崩壊してしまった小児救急の「鹿屋方式」の一般救急向けモディファイ版という感じなのですかね。
しかしこれ、医師会、保健所、消防本部などが決めたと言っているんですが、そうなりますと本当に「診療所が自主的に役割分担をし」て始まったのかという疑問があるのですが(苦笑)、今後の永続性の鍵もそのあたりの自主性にありそうな気がするのは自分だけでしょうか。

そもそも診療所で対応できるような軽症が救急車を呼ぶというのがどうなのよという声もあるのでしょうが、いつでもどこでも誰でも無料でお運びしますという制度を続けている限りは便利使いする人が出てくるのも当然で、中には飲んだ帰りに家の近所の病院を指定し文字通りタクシー代わりに利用するといった例もあるようですね。
こういうところになんとかセレクションをかけられるようになるだけでもかなり救急医療の状況は変わると思うのですが、それはともかくとして、診療報酬改定で更なる開業医冷遇方針が確定する中での将来を見据えての地区医師会の実績作りと見るべきなのか、いずれにしてもこのご時世によく現場の協力が得られたなと感心する話ではあると思います。
こういうふうに地域の先生方が頑張ってくれればどれだけ医療全般がうまく回るようになるか計り知れないものがありますけれども、この国の現状ではむしろそうした縁の下の力持ちを切り捨てようとしているかのように見えるのが気がかりですよね。

以前に厚労省の研究班で英国の家庭医制度を紹介したなんて話がありましたけれども、ちょうど今年2009年の夏に第一回目の家庭医療専門医認定試験が行われたという話題があったように、日本でも最近ようやくこの家庭医というものが注目されるようになってきていて、福島県立医大のように地域・家庭医療部なんてものを設立するところも出てきました。
大辞泉によれば家庭医とは「患者の年齢・性別・疾患などに関わらず、地域住民の健康を支える医師。患者や患者の家族と密接な連携を保つことで、予防・治療・リハビリなどを行う。状況に応じて専門医を紹介するのも家庭医の重要な役割とされる」ということなんですけれども、従来の診療科別に別れた医師養成システムではこうした横断的な診療能力はなかなか養い難いところがありますよね。
欧米などでは家庭医と専門医とは最初から区別された別の存在ということが多いようですけれども、日本では医師の教育は将来の専門・方向性に関わらず皆が同じ内容ということになっている点でいささか事情が違うのですが、いずれにしても家庭医とは専門医の下位概念ではなく別概念であることは認識しておく必要があって、最近ではこうした点を踏まえて専門医に対して総合医という言い方もしているようです。

現状でほぼ唯一制度的に総合医に近い存在を養成しているのが自治医大ですけれども、こちらも学費を出すかわりに卒業後は指示されたところで9年間奉公しろといういささか21世紀にもなってそれはどうよ?と思われるシステムで、逆に言えばそういう強制力でも発揮しない限りこうした非専門領域(家庭医というプロフェッショナルであると自負する先生もいらっしゃいますが)には人材が集まらなかったということではあるのでしょうか。
近年は例の親臨床研修制度でローテート研修が必須となり、全医師に家庭医レベルの初期診療能力を付与するという建前になっていますけれども、(ごく控えめな表現をするならば)正直たかだか二年間程度のお客さま研修で身につくほど家庭医の能力というものは安いのかとも言えるでしょうし、そもそも家庭医を専門医の片手間仕事のように考えているのが間違いではないかという気がします。

以前にはかかりつけ医を持ちましょうなんて話で家庭医がもてはやされた時代がありましたが、このところの医師不足で地方の地域医療においては全科の医者を取り揃えてなんてことはまずありませんから、初診レベルでは全科横断的に診てもらえる総合医といったものの需要が非常に大きいのは当然の話ですよね。
そんなこともあって最近改めてこの家庭医・総合医の重要性が見直されているようですが、無論ここでも問題なしとしないところがあるわけです。

医師養成の方向性議論 県の総合力育成検討委初会合(2009年12月23日岩手日報)

 中小規模の地域病院を担う医師の「総合力」育成を目指す県の検討委初会合は22日、盛岡市内で開かれた。地域医療に必要な技術や研修プログラム構築の方向性について議論。課題である人材確保に向けては「働く魅力を感じる仕組みづくりが必要」などの意見が出た

 検討委は県内の国保病院、県立病院の院長ら7人で構成。座長に県立中央病院の佐々木崇院長を選出した。

 総合力育成の主な対象は後期研修医で、県は一定規模の「拠点病院」が指導者確保や参加者の募集を行い、総合診療の実践は地域病院や診療所で行う―とのたたき台を示した。

 必要な技術について県立釜石病院の遠藤秀彦院長は「救急と内科ができれば自信を持てる」として県北や沿岸などの基幹病院での育成を提言。県立磐井病院の加藤博孝副院長は「育成実績のある県外の病院に派遣するのはどうか」と述べた。

 人材確保に向けて国保藤沢町民病院の佐藤元美院長は「勉強のための長期休暇や研修制度などを整え、県外からも医師が集まる魅力づくりが必要だ」と指摘。総合医の仕事について「社会的に評価されてこそ医師はやりがいを感じる」と県民周知の必要性も課題に挙げられた。

 終了後、佐々木座長は「検討課題は多いが、うまく制度づくりができれば医師不足の本県医療にとって大きな力になる」と期待感を示した。

 今後は年度内に2回の会合を開き、引き続き方向性を議論。2010年度にプログラム策定や参加者募集などを行い、11年度から実施する方針。

需要があるのになり手が少ないというのは何が問題かと言えば、記事中にもある「社会的に評価されてこそ医師はやりがいを感じる」ことの裏返しで「家庭医、総合医として地域医療に貢献したところで誰からも何も評価されてこなかった」という事情があったことを指摘しなければならないと思いますね。
海外のように専門医と家庭医を元々別の存在にしていればこうしたことは避けられたのかも知れませんが、日本では従来「専門医が総合医になることはできるが、総合医が専門医になることはできない」という考え方が主導的で、家庭医など引退したロートルか使えない医者の行くところでまともな医者が従事すべき仕事ではないという見方が(表向きはともかく)結構根強かったものです。

何しろ今までの専門医認定制度では基本的に認定施設(通常は地域の基幹医療施設たる大病院です)での一定年数のキャリアがなければ受験資格を得られなかった、すなわち逆に言えば一度地域の中小医療機関に流れてしまうと専門医としてのキャリアアップをほぼ断念しなければならないということがありました。
自治医大の先生方などは卒後の御礼奉公期間中に後期研修として一定年数基幹病院で研修するルートが設けられていたりするようですけれども、専門医の能力というものは取得はもちろん常時最新データにアップデートを続けなければ使い物になりませんから、言ってみれば地域医療に従事する医者というのは高度な専門性を備えたスキルの高い医者としては終わった存在的に(医者からも住民からも)見られていたわけです。

それ以上に問題なのがこのところの診療報酬改定の議論の中でもさんざん出てきましたように、中核的医療機関で高度医療に従事する医者こそ偉い存在で、地域の診療所などで誰でもできるような仕事をしている医者など二束三文で買い叩かれて当然という認識が世の中に広く広まってきていることです。
日本の医療制度ではどんな医者も全て平等であり、全国どこの病院でも同レベルの医療を行っているという前提でシステムが組まれていますけれども、実際には一口に医者といっても能力やキャリアの差以前にその専門性や方向性の違いというものがあるわけで、とりわけ社会的需要ということで言えば本来総合医的な医者こそ一番数が求められるはずなんですが、そこを切り捨てていくとどうなるか。
言ってみれば「家庭医=賤業」という図式を国が先頭に立って広めて回っているわけですから、それは苦労して医師免許を取った挙句に名誉もなく金銭的にも報われずただ無名の雑草として一生を終える覚悟のあるよほどの変わり者しか成り手がないのも当然ということになりますよね。

特に安上がりで効率のよい医療を行うためにも初診を担当する地域の家庭医の役割こそ一番重要なはずなのに、そこを切り捨てていくと結局医療が高く非効率なものになってしまうことは認識しておかなければなりません。
社会的評価が下がれば当然成り手も減っていくでしょうし、初診の数や質が低下すればその分専門医の仕事が増えて良く道理ですから、それこそ風邪を引いたら大学病院で血液疾患から心疾患まで全部鑑別診断を行う、なんて笑い話のような事態が普通になってしまいかねません(すでにネタではなくなりつつありますが)。
このあたりは昨今では訴訟対策絡みの過剰診療問題ともあわせてなかなかに話が難しいところですけれども、実際問題として医療費上限がほぼ決まってしまっている時代となってきたわけですから、特に初診レベルでは今後ますます少ないお金でより質の高い医療をやっていかざるを得ないはずです。
その為には相応に高いスキルと総合医としての専門性が必要であるわけで、もちろんその質の保証をどうするかという議論は必要ですが、こんな医療費抑制の時代だからこそ社会としても能力の高い総合医の価値を認め積極的に評価していく必要があるんじゃないかと思うのですけれどもね。

近頃厚労省ではナースプラクティショナー導入に向けての議論も進んできているようですけれども、もしこれを安上がりな家庭医的ポジションに据えることを意図しているというのであれば、下手をすると地域の初診担当者=安かろう悪かろうという図式がますます定着してしまう危険性もあるのかなと思って見ているのですが、さてどうなりますか…

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2009年12月24日 (木)

診療報酬0.19%のアップで確定

ということなんですが、まずは記事から紹介してみましょう。

診療報酬改定率:10年ぶり引き上げ 0.19%(2009年12月23日毎日新聞)

 財務省と厚生労働省は23日、10年度の診療報酬全体の改定率を0.19%引き上げることで合意した。医師不足が目立つ産科や小児科などを充実させるため、医師の技術料にあたる「本体部分」を1.55%引き上げる一方、薬の公定価格「薬価」などを1.36%引き下げた。全体のプラス改定は2000年度以来、10年ぶり

 患者や公的保険から医療機関に支払われる診療報酬は、「本体」「薬価」を合わせたものだ。0.19%増は医療費ベースで約700億円増となる。厚労省の試算によると、年収374万円の中小企業の平均的な会社員の場合、保険料が年間285円程度、外来の窓口負担(3割)は1カ月当たり7.8円上がるという。

 10年度改定を巡っては、減額を迫る財務省と、増額を求める厚労省との間で調整が難航。平野博文官房長官は23日午前、首相官邸に藤井裕久財務相と長妻昭厚労相を呼んで改定率の素案を示し、両者を納得させた。
(略)

昨夜からネット上のあちこちでこの件に関して書き込みがありますけれども、総じて皆さん冷めた反応かなという感じですかね。
一番大笑したのがこちらの書き込みですけれども、確かに何らの実がないまま「プラス改定」という名だけを取ったと言う印象が強い結論ではありました。

581 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2009/12/23(水) 18:24:05 ID:1rr+g+6B0
>>572

 僻地医療の自爆燃料を語る146
 200 :卵の名無しさん[sage]:2009/11/25(水) 20:08:07 ID:YgImVEck0
 (中略)
 厚労省が+3%、財務省が-3%ということは、プラスマイナス0%に
 民主党が恩着せがましく+0.2%くらい上乗せで決着かな。
 で、新聞には大々的に「診療報酬プラス改定」「最後は政治決着」
 「求められる医療の質と効率化」などの見出しが踊ると。

先月の俺の書き込み。
この程度、俺でも予言できたぜ。

ネットの反応はともかくとして、記事中にもありますように厚労省と財務省とのトップ同士のやり取りというのは最後まで相当にこじれていたようですよね。
直前の報道ではこんな感じであったようですけれども、正直財務省の言うゼロ回答だろうが厚労省の言う限りなくゼロに近いプラス回答だろうが実際上どれほどの違いがあるのかと考えた場合に、まさしく「恩着せがましく」「最後は政治決着」というシナリオ通りであったのかなとも思われるところです。

藤井財務相「厚労相は政治論ばかり」 診療報酬巡り激突(2009年12月22日朝日新聞)

 来年度改定される診療報酬をめぐり、財務、厚生労働両省の攻防が激化している。全体の改定率で意見が折り合わず、藤井裕久財務相が長妻昭厚労相を「政治論ばかり」と異例の批判。長妻氏も主張を曲げない姿勢で、着地点はなお見えていない。

 21日に初めて閣僚間で行われた診療報酬の協議では、長妻氏が全体でプラスになる改定を求めたのに対し、藤井氏は財政状況の厳しさを理由にマイナスで譲らなかった。藤井氏は22日の閣議後会見で、「プラスになるのは多くの人を味方にし、マイナスは多くの人を裏切る、と(長妻氏は主張する)。大臣折衝はそういうものではない」と長妻氏の姿勢を批判した。

 これに対し、長妻氏は同日の会見で「全体でプラスということが医療を再生するためには必要であるという結論になっている。決して過大な要求をしているわけではない」と「政治論」を取り下げず、「財務省と交渉が続いているので、そういう主張を極力具体的に申し上げていきたい」と宣戦布告をした。この日の厚労省政務三役による協議でも、全体でプラス改定を獲得する方針を確認した。

 藤井氏も同日朝には、記者団にこう言い放った。「デフレの時にどうして上げるの? それは保険料にもかかってくる。私は曲げません

デフレの時にどうして上げるの?と言われれば、それじゃ景気が拡大基調にあったというこの十年でひたすら診療報酬を削減してきたのはなんだったのかって話にもなるんですけれどもね(苦笑)。
まあしかし、これはこれで財務省系の方々の認識というのがよく判る話ではありますが、逆にそれを突き崩せるだけの説得材料を厚労省側が用意できなかったのも事実だと思います。
例えば0.3%なんて小幅な引き上げじゃ駄目だ、3%は必要だなんてことを言う人達もいましたけれども、それでは3%になると出資者である国民にとって何がどう変わってくるのかというところが結局見えてこなかったのは傍から見ていても気になったところで、結局「今医療が大変だからもっと診療報酬を手厚くしないと」という以上の具体性のある話ができる人がどこにもいなかったわけです。

何しろ助教授クラスが飛んでくるという破格の金額を出そうが逃げる時には医者は逃げるわけで、仮に様々なしがらみを乗り越えて現場の医者達に実際いくらか余分な金が回るようになったとしても、それによって医療崩壊という現象のどこがどう改善されるのかと言えば、逃げ出していっている当事者にとっても疑問符が付く話なんじゃないかと言う気がします。
例えばあり得ない話ですが診療報酬を倍増すれば全国津々浦々の僻地病院に医者があふれ、救急車は最短時間で病院に収容され、外来待ち時間は限りなくゼロに近づき、行き場の無いお年寄りには適切な施設が用意され云々の理想郷が実現するのかと考えた場合、そんな夢物語を信じている方がむしろ頭の中身を疑われかねないですよね。
診療報酬を増やせば史上空前のペースで倒産していく病院経営は多少改善するのかも知れませんが、そんな経営危機問題はいまどき医療業界に限った特別な話でも何でもないわけで、上げた場合のメリットが具体的に提示できないとなれば、なるほど結局スポンサーであり医療の受益者である国民から診療報酬増額に明確にノーを突きつけられたのも仕方がないと言うしかないでしょう。

逆に診療報酬を引き上げないメリットは何かと考えた場合に、まず財政上の要請と言うのはもちろんですけれども、例えば経営体力のない病院が倒産していった結果医療資源の集約化が進む、すなわち長年厚労省が持論として思い描いてきた病院再編が労せずして実現するという副次的効果があるわけです。
このところ病院経営側としては医者に破格の高給を提示してでも医者を数集めた方が経営が改善するという認識が広まりつつありましたが、それによる医師の相場の高騰を懸念する声があったのも確かであって、国が診療報酬はこれ以上上げません!と明確に示してくれた方が「いや先生、国の政策がこうですからこれ以上はさすがに」と値切りやすくなる効果もありそうですよね。
国民にとってはもちろん懐に優しいということは言うまでもありませんけれども、いずれにしても少々余計にお金を出したところで結局大差ないのだとなれば特別財布のヒモを緩める理由もないという話ですから、少なくとも財務省の方針に反対する理由もないわけです。

さて、こうして考えていきますと今回は仕分け人に対するプレゼンテーションがまずかったからとか空前のデフレで時期が悪かったからといったレベルにとどまらず、診療報酬引き上げを主張する人々は何かしら根本的な戦略を練り直さない限りは次回以降も全く同じことを繰り返すんじゃないかという想像が成り立ってくるように思うのは自分だけでしょうか。
今の時代何事にも分かりやすさを求められるのは仕方ないところですが、例えば医者が足りないんだからとにかく医者を増やせ!という話と比べても、今医療が大変だからとにかく診療報酬を上げろ!という話はずいぶんと具体性を欠いて何ともイメージしにくく、アピールも弱いと思いますね。
もともと採算性の乏しい地方においてはとっくの昔から大赤字を垂れ流しながら公立病院が何とか医療を維持してきたという現実を前にして、単に経営が厳しいから何とかしてくれでは「他の業界はもっと厳しいんだ!甘えるな!」と言われて終わりだと思いますけれども、まずはこの瞬間にも逃げていく現場の医者達が要求しているのは本当に何がしかの診療報酬引き上げなのかといった辺りから再検討してみるべきなのかも知れません。
病院の収入が増えて経営者が喜んだところで、それが現場スタッフの士気改善に結びつかないということであれば、結局のところ医療崩壊という現象の根本的解決にはならないんじゃないかと思うのですけれどもね。

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2009年12月23日 (水)

今日のぐり:「麗ちゃん」

ちょうどクリスマスシーズンですけれども、はるか遠い某国ではこんなネタともなんとも言い難いサービスがあるようです。

アンハッピーなクリスマスを迎える夫婦に「離婚ギフト券」、英法律事務所(2009年12月18日AFP)

英国・ロンドン(London)の法律事務所が、不幸せな夫婦のために「離婚ギフト券」なるクリスマスプレゼントを売り出し、人気を博している。

 英紙デーリー・テレグラフ(Daily Telegraph)が17日報じたところによると、このギフト券はLloyd Platt & Companyが前月、1枚125ポンド(約1万8000円、税別)で売り出した。法律相談のために弁護士と30分間、または1時間面談できるというもので、発売から3週間で54枚が売れたほか、数百件の問い合わせが寄せられているという。

 夫婦や愛人たちに加え、友人や家族へのプレゼント目的で購入していく人も多いという。

 同法律事務所のバネッサ・ロイド・プラット(Vanessa Lloyd Platt)氏は、「クリスマスが家族にとって非常にストレスのたまる時期になることもあります。1月になるとたいてい、相談件数がぐんと上がりますからね」と語っている。

 ギフト券に対しては、カウンセリングなどの手段で問題解決をはかるより離婚を促すことにつながるとの批判もあるが、ロイド・プラット氏は、「(ギフト券は)実際的かつ可能なすべての選択肢を提供するもので、離婚は選択肢の1つでしかない」と反論している。

いやまあ、正直友人からこんなプレゼントを送られた日には、どんなに親身であることが判っていてもちょっと嫌な気がしそうにも思うんですけれどもね…
我が国では少し前に「強制プロポーズセット」なんてものが結構売れているなんて話題がありましたけれども、さすがゆりかごから墓場までの国ともなると先の先まで見据えたサービス提供ができるということなんでしょうか?
本日はそんなちょっと哀しくも切なくなるニュースを紹介してみたいと思いますけれども、以前に高知競馬でデビュー以来負け続けのハルウララが人気になったということがありました。
こちらもどこかそれを思い出させるような話なのですが、こちらも同じく映画化決定、だと言うことです。

警察犬試験6度目も涙、めげずに訓練「きな子」(2009年12月18日読売新聞)

 警察犬の試験に落ち続けても、めげずに訓練に励む姿が人気を集める香川県の丸亀警察犬訓練所の「きな子」(雌、7歳)が17日、同県丸亀市であった6度目の試験に臨んだ。

 訓練士の川西智紗さん(25)とコンビを組み、5枚の布から、事前にかいだのと同じにおいの1枚を選ぶ「臭気選別」にチャレンジ。昨年は4問中2問を当てたが、今年は1問も正解できず、不合格に。

 「きな子」を主人公にした映画が来夏にも全国で公開予定。訓練所側は来年も挑戦させることにしており、「あきらめずに頑張って」と期待をかける。

こちら、きな子のプロフィールなんだそうですが、「訓練は苦手」という時点でちょっと警察犬には向いてないような気がしないでもないんですが、そもそもそういう犬が「めげずに訓練に励む」って…もしかしてやらせですか?(笑)
そしてこちらが伝説のずっこけシーン、なんだそうですが…さすが「映画化決定!」なだけはあるという感じではあるんですが、正直警察犬として考えると激しく不安を覚えずにはいられないのは自分だけでしょうか。
お次は同じく動物ネタで哀しくも切ないと言う話がこちらですけれども、どうもきな子のようにほのぼのとはいかず切実なようですね。

水求めラクダ6000頭が町襲撃…オーストラリア北部(2009年11月29日スポーツ報知)

 6000頭のラクダが町で大暴れ―。干ばつ状態が続くオーストラリア北部特別地域(準州)の奥地の町、ドッカーリバーで約1か月間にわたり、野生のラクダ約6000頭が飲み水を求め中心部に侵入、水道管や貯水槽を壊したり、空港滑走路に入り込んだりするなど被害が拡大している。住民はラクダの出没で家を出られない状態が続いており、準州当局は28日までに、ヘリコプターでラクダを町の外に追いやり、射殺する計画を明らかにした。

 オーストラリア北部の小さな町を脅かしているのは、野生のヒトコブラクダだ。北部特別地域のロブ・ナイト準州首相は「6000頭がうろついており、町はラクダに『包囲』されている」と異常事態を語った。

 彼らの要求は「水」だ。人間とは比にならないほど乾きに強いはずのラクダたちも、現地で続く長期的な干ばつには耐えられなかったようだ。水を求めて空港滑走路にも出没、医療搬送などに支障が出ているという。

 現場はアリススプリングスの南西約500キロ、人口は約350人。砂漠地帯の内陸部に差し掛かった小さな町が、思わぬことで注目を浴びることになった。

 もともとオーストラリアにラクダはいなかった。人間に連れてこられたのは1840年代。内陸部の砂漠地域開拓や輸送手段のため、中東、アフガニスタンなどから輸入された。その後、不要になるなどで野生化したラクダは現在100万頭にも。世界一の野生ラクダの生息地となってしまった。馬やロバとともに植物を食べ尽くし、砂漠地域の壊れやすい生態系への影響が懸念されている。

 AFP通信によれば、地元議会は、ラクダ駆除のために追加予算を工面しているが、地元当局は緊急措置が必要だと訴える。地元の放送協会の取材に関係者は、ラクダと面白がって遊びたがる子どもたちがいることや、怖がって家から出られない住民たちがいることを懸念している。

 同国では2007年3月にもラクダの“暴動”に見舞われている。内陸部にある先住民アボリジニの居住区に侵入し、水を求めてトイレ、水道設備などを破壊。沈静化するまで、1週間に約100頭のペースで銃による駆除を行った

 今回もヘリコプター数機でラクダを町の外に追いやっての射殺計画が進行中だ。だが、自然愛護団体などからは「野蛮だ」との非難の声も。バリケード封鎖などの対処法も議論されている。

 同国ではラクダの観光利用や家畜として中東へ輸出するほか、食肉利用にも本腰を入れ始めた。もともと中国砂漠地帯、中東などではラクダ料理があり、ゼラチン質のすじ肉で串焼きなどにされている。

 オーストラリア産ラクダ肉は、わずかながら日本にも輸入されている。中東などのエスニック料理店で提供されているが、独特のにおいが強く、一般的には日本人の味覚には合わないといわれている。

日本でも時々動物被害ネタが出てきますけれども、ここまでになるとさすが大陸国だけに何事も規模が大きいと見るべき、これは話なんでしょうか。
オーストラリアと言えばカンガルーを殺したりらくだを殺したり色々と生き物の間引きに熱心な国ですけれども、その割に捕鯨だけは反対というのですからポリシーがよく判らないところがありますね。
やはりこれもあの国の遺伝子を引いているが故の…ということなのかも知れませんが、それはともかくとして、お次は正真正銘哀しくも切ないとしか言いようがない物語です。

五右衛門風呂から出火か、手作り住宅が全焼/秦野(2009年12月19日カナロコ)

 18日午後7時50分ごろ、秦野市菩提で、木造平屋建ての小屋(総床面積約70平方メートル)と建築中の木造2階建て住宅(同約130平方メートル)の2棟が全焼した。秦野署が、出火場所や原因を調べている。

 同署によると、2棟とも近くに住む自営業者(65)の所有で、自営業者は友人と2人でこの住宅を4、5年ほど前から建てていた。住宅は内装を残すのみで完成目前だったという。

 自営業者は小屋に五右衛門風呂を設けており、18日はまきで風呂を沸かして友人と使用した後、たき口にトタン板をかぶせ、自宅に帰ったという。

 同署は、まきの火が消えずに再燃し、小屋から約5メートル離れた住宅へと燃え移った可能性があるとみている。

いやあ、これはですね、もし自分が同じ目にあったら燃え盛る我が家を前に号泣する自信がありますね。
しかし五右衛門風呂とは言え燃え残りのまきからそうそう火が燃え広がるというのも変な話で、実際風呂の焚き口から燃え広がったというならあるいは何か設計のミスでもあったということなのでしょうか。
惜しむらくはもう少し早くにそうしたことが判っていれば同じ火事になるにせよこの悲劇もなかったろうにと思うところですが、いずれにせよご愁傷さまとしか言いようがない話ですかね。

今日のぐり:「麗ちゃん」

広島の駅ビル二階に立ち並ぶお好み焼き屋の中でも、おそらくもっとも繁盛しているのがこちらの店のようですが、ネット上の評価を見ても「(少なくとも駅構内では)一番うまい」と定評があるようですね。
ほぼ開店直後と言っていい時間にも関わらずあっという間に満席になってしまうあたり、単なる駅の食べ物屋という以上の人気があるということなんでしょうか、いずれにしても広島県人のお好み焼きにかける情熱が感じられる光景ではあります。
こちらのメニューはちょっとビジーで判りにくいところがあるんですが、細かいところは抜きにしてごく無難に肉玉そば入りをオーダーしてみました。

いきなりですが、大昔に一度来たことがあって以来の久しぶりの訪問になりましたけれども、この日何の気なしにカウンター席に座りましたところが、何やらこちらでは皿でのサーブがデフォルトで、「鉄板でお召し上がりたい方は声をおかけください」というスタイルなんですね。
業務量が増えてくるともちろん鉄板を端までフルに使って焼きたいでしょうから、まあカウンター席といえどそういうものなんだろうと思って皿でオーケーしたんですが、皿になるとこれまたデフォルトで箸がついて出てくるらしいのです。
これも確かにああいう湾曲した皿でコテというのも少しコツが要りますし、ヘタするとお皿も傷つきますからそういうものなんでしょうけれども、実際問題ひどく食べにくかったのも事実で、広島風お好み焼き屋のスタイルとして何となく釈然としないものを感じたのは自分だけでしょうか。

お好み焼きの方なんですが、丁寧に刻まれたキャベツからじっくり甘みを引き出した味は結構好みに合い、全体に見ても特別な癖が無くごく無難にまとまっていてちゃんとうまいのですから、県外客が多いだろう場所柄を考えても広島風お好み焼きを試してみたいと言う入り口には悪くないですよね。
ソースは本当に形ばかり付けているだけという感じで、後はテーブルの上の辛口、甘口のソースを自分でかけてくれということらしいんですが、それでしたら最初からソースを選ばせるなりしてもいいような…まあそのままで食べた自分らのような人間も少数派でしょうがいるのかも知れず、単純にいろいろな味を楽しんでくださいと言うことなのでしょう。
ちなみにカウンターでいかにも慣れていない余所者っぽく振る舞っていると店長さんが食べ方指南もしてくれるようなんですが、横で聞いていますと広島風はコテでないと食べにくいとちゃんと認識している様子ですから、それならそれでデフォルト設定を何とかしろよと心中突っ込みを入れるところなきにしもあらず、でしょうか(苦笑)。

ところでこちらは基本的にほぼカウンター席の店なんですが一部テーブル席もあって、何人もいる調理担当がどうやって作業を分担しているのか最初判らなかったんですが、どうもフロア係と店長とで随時仕事を割り振っているのでしょうか?
もちろん技量の差や手早さなどから考えると一律に担当を決めるよりこういうスタイルの方がより効率を追求できるんでしょうけれども、昨今の多売系の食べ物屋が総じてマニュアル化が進んでいる中でこういうのはちょっと珍しいのかなと思いながら眺めていました。
駅ビルの店と言うと何か早いだけが取り柄で味は二の次、三の次という印象もあったのですが、こういうところにちょっと立ち寄れてまともなお好み焼きを食べられるというのは結構ありがたい話なんじゃないかなと思いますね。

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2009年12月22日 (火)

医師養成は一気に体制強化されつつあるようですが

少し前にこんなニュースがありましたが、ご覧になったでしょうか。

医師養成体制強化で補正予算112億円―鈴木副大臣(2009年12月13日CBニュース)

 鈴木寛文部科学副大臣は12月11日、来年度の医学部入学定員増に伴い、今年度の第2次補正予算で「112億円の手当てをすることで、医師養成体制の強化を図る」との考えを示した。設備や機器など環境整備への支援が中心になるという。東京都内で開かれたシンポジウム「今後の医療政策」で述べた。

 文部科学省が公表している増員計画によると、来年度の国公私立大医学部入学定員(公立大は文科相への届け出)の増員数は360人となる見通し。現在は諮問中で、18日に開かれる大学設置・学校法人審議会分科会の答申・回答を経て正式に認可される。鈴木副大臣は、「ほぼこの通りの数字で答申をいただけると信じている」と述べた。
 また、新規医学部の新設については「来年から議論を深めていく」とし、議論する場を設けることは決定しているが、その方向性については今後議論するとした。

 さらに鈴木副大臣は来年度の診療報酬改定について、大学病院の診療報酬としての収入は「相当額」引き上がるとの見方を示した。具体的な数字は明言しなかったものの、「これまでに病院運営費交付金が600億から200億に減らされてしまった。そうしたことをカバーし、疲弊を極めている大学病院の立ち直りの兆しとなる実収入増につながる」改定となるよう、最終的に詰めていると述べた。
 運営費交付金については、「削減を止め、ここから『V字』で(上げて)いきたい」と強調。「ここで下げ止まるということをしないと政権が変わった意味がない。文部科学大臣以下は(削減方針を掲げる財務省との折衝で)火の玉となって頑張っている」と述べた。

民主党政権は医師養成数を大幅に増やすと言っているわけですから、医師養成にきちんと予算をつけていくというのは当たり前の話だと思いますけれども、問題はその予算のつけ方ですよね。
正直極めて非効率な医療を行っている大学病院という組織に巨額な金をつぎ込んで救済するのもどうかという気はするのですが、箱物にではなくスタッフなどのマンパワーにきちんとお金が回るようになるということであれば悪い話でもないのかなという気もするところです(実際には名目はどうあれ、末端の医員あたりには相変わらずお金は回ってこないのでしょうけれどもね)。
大学病院と言うと医師が無給どころか下手すると金まで差し出して奉公するところと言うことで、臨床研修制度も変更になった昨今では全く人気がないと言いますけれども、医師の世界においてはとりわけ大学の教官職というのも安月給で働かされるポストということになっていますから、将来を大学で身を埋めるというような人でない限りはあまり魅力的とも言えないものとなっているのは気になるところですね。
もちろん待遇が悪いとなれば優秀な人材は集まらないというのは当然のことですし、今後学生が増えれば教官職も多忙になるはずでますますストレスも溜まろうかという話ですから危機感をいだいている人は多いようですけれども、モチベーションの低い教官や先輩医師の存在というものは確実に学生の士気や意欲にも影響しますから、大学病院スタッフの待遇というものはこれからますます重要になってくるのではないかという気がします。

それに加えて、ヘタをするとそれ以上に深刻な影響を与えそうなのが、最近ますます現実味を帯びてきた新設医学部の件です。
既存の医学部定員を例えば20年ほど前の削減以前の水準、ないしプラスアルファ程度まで増やすと言う話であればこれはまだ何とか対応できるとしても、全くの新規となると数多くの教官職(その多くが医師でしょうけれども)をどこから引き抜いてくるのかという話も考えざるを得ませんが、引き抜かれる方の既存施設では一気に医師・教官の不足が顕在化する可能性があるわけですね。
幸いにも?現在の特に国公立大学における教官職の待遇は多くの場合さほど良いものではありませんから、引きぬく方としては条件提示はやりやすいという話ですけれども、そうなるとよほどコネや資金力に余裕のある設置母体でなければ難しいのではないかと思われるところです。
これに関して文科省の鈴木副大臣は来年から設置議論を本格化するという意向のようですけれども、話を聞いていますとなかなか興味深い示唆をしているようですよね。

新設医学部は、立派な病院を持つ所に 鈴木・文科副大臣(2009年12月17日ロハス・メディカル)

 鈴木寛・文部科学副大臣は16日、個人的意見と断ったうえで、来年度から検討を始める医学部新設について、その設置主体は「立派な病院と看護師養成校を持つ所がふさわしい」と述べた。(川口恭)

 鈴木氏は11日に来年度から医学部新設の検討をすると述べており、そこからさらに踏み込んだ形だ。この日、癌研究会研究所で行われた講演会の中で「このように妄想している」と以下のように述べた。

既存医学部のキャパシティは、かなり目いっぱいになりつつあると思う。どこも大体、学生が80~120人程度という前提の指導体制でデザインされているので。そうなると、どうしても新しい医師養成機関のあり方を考えざるを得ない。

 その時は一から医学部をつくるのは大変。かつまた、医師養成に絶対不可欠な要素とは何かと言えば立派な病院だ。であれば既存の立派な病院と一体となった医師養成の機関を考えていかなければならないのでないか。もっと言うと、看護師養成課程を持つ所で、立派な病院を持つ所、そういう所が次なる医師を輩出できるポテンシャルのある所の一つだろう。座学は、極端なことを言えば、ここ程度(癌研吉田記念講堂)の教室が何個かあれば何とかなる。医師養成のボトルネックは常に臨床教育のできる病院だ。

 そういう方向に議論が進んだならば、そういう医師養成機関を設置した病院に対して、当然教育という役割を果たしていただくことに対して、納税者の納得をいただいて税金を投入することは考えている。

 都内を見回しても、できそうな所がいくつかある。少なくとも卒後臨床研修をできている所は考えられるだろうし、後期研修コースのあるような病院というのは既に人的にも設備的にも一定程度のものがあるので、ゼロから立ち上げるよりコストも時間もかからずにできる。エフィシェントでエフェクティブになるだろう

やはり一からは難しいだろうというのは副大臣も当然認識しているわけですが、新設医学部を作るための条件として挙げているのが「看護師養成課程を持つ所で、立派な病院を持つ所」だと言うのがポイントですかね。
そう言われてみると結構ありそうなものですが、例えば以前から医学部が一つしかなくて医者が足りないと言われている県で、全国に名高い立派な病院があり資金力もしっかりしていて、しかもメディカルスクール肯定論者の理事長さんがいらっしゃるところが…って思っていましたら、すでに条件を満たすように動き出してるんじゃありませんか(笑)。
さすが近頃ではお国の会合にも何かと顔を出していらっしゃるだけにこの辺りの情報は早いということなのか、なんともそつがないとも見える話ではありますけれども、スタッフのマンパワーもあり資金力もありというブランド病院が今後どれくらい手をあげるかは要注目ですかね。

しかし個人的にはどうせこういうスタイルでの新設が既定路線だと言うなら、いっそ病院も専属教員も一切なしで徹底的に安上がりな医師養成所みたいなものを作ってみるというくらいにハッチャケてみて欲しい気もするんですけれどもね(苦笑)。
ひところの世間では近頃医学部に入ってくる連中が偏差値だけで使命感も何もない!知識詰め込みだけが医師教育ではないはずだ!なんて話が結構言われていたものですけれども、ますます医学知識の詰め込みに徹するようなことを国が率先して言っているわけですから、時代も変わったものだとは思うのです。
そうまでしてひたすら医者の頭数を揃えたいというのであれば、別に立派な病院が必要だとか看護師養成もやっているところがいいだとか中途半端なこだわりにどれほどの意味があるのか、それよりは将来不要になったら真っ先に定員調節の対象にしやすいように軽装開業に徹してみるのも、折からの不景気時代にも見合った分相応というものかも知れませんよ。

まあしかし、医者を一気に増やすとレベルが落ちるなんてことも言う人がいますが、一部でもっと心配されているのが、こうしてせっかく作った新設医大から出てきた医者の皆さんが戦力になる頃には、そろそろ団塊世代の医療需要も終焉を迎えているということになりかねず、逆に医師過剰だなんてことを騒がれ出すんじゃないかという話です。
もちろん医療に関しては隠れた需要が多い(すなわち、医者を増やせば増やすほど需要も掘り起こされる)なんて言われていますから、個人的にはおいそれと医師過剰とはならないと思っていますけれども、むしろ気になるのがそんな時代の医師の待遇はどうなっているかということですね。

誰でもわかる話ですけれども、こうやって医師の頭数だけをどんどん増やす、一方で医療費はもうあまり増やせない(何しろせいぜいがコンマ以下の攻防ですからね)となれば、少なくとも医者の金銭的な待遇面は今後切り下げられる一方だろうとは想像できますよね(それ以前に、医者の収入はもうかれこれ四半世紀も横ばいを続けているという現実もありますが)。
そして少々医者が増えようが医療の需要も当分増え続ける一方だろう(病院が混んでいるから受診しない、なんて人も案外多いものです)と考えるとそうそう仕事が楽になるとも思えない、結局「働けど働けど(略)」なんて未来図も十分ありえるわけで、これではさすがに現場の士気回復など到底おぼつかないという話です。

仮に医者を増やせば全てが解決する!派の言う通りだとしても10年単位の時間はかかる、となるとやはり現場の待遇を改善して逃散を続ける医師達を呼び戻すのが即効性があるだろうし労使問題解決の方法論として本筋だろうと思えますが、その目的のためにも何かしら医療需要自体を抑制するとかいった話が今後出てくる可能性はあるでしょうね(中医協あたりでも軽症者の時間外受診抑制なんて話が出ているようですし)。
そしてもちろん、医療崩壊阻止というすでに空文化しつつあるお題目は置くとしても、現実問題財政上の要求から医療費はとにかく増やせないのは確定だとすると、結局需要側だけを自然の摂理に任せて放置しておくのはどうなのよという議論をいつまでも避けて通るわけにもいかないでしょう。
その方法論をどうするのか、一部で言われているように患者の自己負担分を増やして金銭的に抑制するのか、混合診療導入と絡めて患者自身に選択させる部分を増やしていくのか、いずれにしてもここまですき放題の医療政策をやっておいてその部分の議論だけをタブー視するのも妙な話だとは思います。

医療政策の失敗なんてことが公然と言われる時代に、民主党政権としてもそのツケを国民に回すような政策はなかなか取りづらいかとも思いますけれども、診療報酬総額は横ばいだ、いや0.3%増やせなんて議論に終始しているだけでは、結局民主党になっても自民党時代の医療政策と代わり映えしなかった、なんてことにもなりかねない可能性はかなり高そうなんですけれどもね。

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2009年12月21日 (月)

誰も嘘はついていません

珍しく厚労省がやる気を見せている感のある診療報酬改定の件ですけれども、やはり仕分け人の後ろ盾を得た財務省側の圧力は強そうですね。
厚労省のみならず各省庁とも最後の折衝の真っ最中で、予算編成も越年しそうな気配が濃厚とも言われる現在の状況ですけれども、今のところ薬価引き下げ、本体引き上げ、財務省側としては差し引きで横ばいから微減という方針を崩す気はないようで、結局コンマ以下の争いに終始しそうな勢いです。

厚労省、診療報酬引き上げ苦慮…日医・財務省の板挟み(2009年12月19日読売新聞)

 厚生労働省が、診療報酬の2010年度の改定に苦慮している。

 厚労省は15日、診療報酬の0・35%の引き上げを要求する方針を発表した。救急や産科の勤務医対策などを積み上げると、医師の技術料など「本体部分」で約6300億円の新たな財源が必要になることを根拠としている。6300億円は医療費全体の約1・73%に当たり、同省の調査では薬など「薬価部分」が約1・37%の引き下げとなるため、総額では差し引き0・35%のプラスとなるわけだ。

 民主党はもともと、医療崩壊を食い止めるなどのため、診療報酬の大幅な引き上げを主張していたが、政府全体の財源が不足する中で対応に頭を悩ませ、ようやく0・35%増という「小幅要求」に落ち着いた。

 しかし、翌16日には早速、日本医師会の記者会見で、「全く不足している」と指摘された。診療報酬は過去4回の改定で計7・7%引き下げられており、日医では大幅なプラス改定への期待が高かっただけに、反発が出ている。

 民主党も、党の予算要望は本体部分の引き上げを求めただけだったが、「適切な医療費を考える議員連盟」は、総額3%以上の引き上げを強く主張している。

 一方、財務省は財政圧縮の観点から、総額でマイナス1%とするよう主張している。厚労省は板挟みになった形で、政務三役の一人は「0・35%がギリギリの要求幅だ」と苦しい胸の内を語る。両省は年内決着に向けて詰めの交渉を進めているが、まだ接点は見いだせていない。

本体部分1.73%プラスは「不十分以外の何物でもない」―民主議連・桜井会長(2009年12月16日CBニュース)

 「適切な医療費を考える民主党議員連盟」会長の桜井充参院議員は12月16日、足立信也厚生労働政務官が15日の記者会見で、来年度診療報酬改定では本体部分を1.73%引き上げる必要があるとの認識を示したことについて、「不十分以外の何物でもない」と述べた。同議連が衆院議員会館で開いた第5回勉強会後、記者団に対して述べた。

 桜井議員は、薬価がマイナスになることも考慮すると、総額では0.3%程度の引き上げにとどまるとし、「不満だ」と発言。診療報酬をさらに引き上げ、医療政策の充実を図る必要があると訴えた。
 また、同議連には160人弱の民主党議員が所属しているとした上で、議連の提言は「重いものだ」と強調。「われわれが言ったことに対してゼロ回答で、『政府与党一元化』と言われても納得できない」とした。
 
 同議連は4日、診療報酬の総額3%以上引き上げなどを求める「緊急提言」を同党の幹事長室に提出している。

民主党が来年度予算で重点要望―診療報酬引き上げも(2009年12月16日CBニュース)

 政府は12月16日、民主党との各種陳情・要望の在り方について意見交換会を開催した。この席で、民主党の小沢一郎幹事長は、鳩山由紀夫首相に来年度予算に関する18項目の重点要望を提出した。要望には診療報酬の引き上げをはじめ、介護労働者の待遇改善、障害者自立支援法の廃止などが盛り込まれている。

 重点要望は「国民の生活が第一」を基本理念に、無駄遣いや不要不急な事業を見直し、旧来の優先順位を一新して予算を組み替えながら財源を抽出するよう求めている。一方で、子育て・教育、年金・医療・介護の充実や、地域の活性化に重点を置くべきとしている。
 要望ではまた、医療崩壊を防ぐために地域医療を守る医療機関の診療報酬本体の引き上げが必要としている。特に、救急医療や不採算医療を担う大規模・中規模病院の経営環境の改善に向け、格段の配慮を求めている。このほか、看護師の待遇改善や、歯科医療についても診療報酬の引き上げが必要とした。ただし、具体的な診療報酬の引き上げ率には言及していない

日医も例によって何かしら不満げなことをコメントしてはいるようですけれども、こうして見ますと全く存在感と言うものがなくなってきたなと感じざるを得ませんかね(苦笑)。
しかし素朴な疑問として、選挙では医療再生を掲げ議会の圧倒的多数派を占める民主党がこうして診療報酬引き上げを言っている、そもそも同党は政治主導をうたい官僚から政治家に権力を移していくと主張している、そして多数の議員はもとより影のボスとも言うべき小沢さんですら引き上げを申し入れているという現状があるわけです。
それなのに何が引き上げの障害になるのかという気がするところなのですが、ここに来て非常に注目すべき発言がさりげなくニュースの片隅に出てきているわけなのですね。

診療報酬改定:厚労省と財務省が火花 予算年内決着にも影響か(2009年12月19日毎日新聞)

◇厚労省、10年ぶり増額/財務省、財政難で削減
 医療関連予算を巡る厚生労働省と財務省の主張が真っ向から対立している。厚労省は「医療崩壊を食い止めたい」と、10年ぶりの診療報酬全体の増額改定を狙うが、財務省は財政難を理由に診療報酬の削減を要求している。中小企業の従業員らが加入する全国健康保険協会(協会けんぽ)への財政支援を巡っても両省の意見の隔たりは大きく、政府は予定していた週内決着を断念し、週明けに持ち越した。年内の決定を目指す予算編成のスケジュールにも影響を与えそうだ。【佐藤丈一、坂井隆之】

 診療報酬は手術など医師の技術料にあたる「本体」部分と「薬価」の二つの公定価格で構成される。厚労省の政務三役は、薬価を1・37%引き下げて稼いだ原資(5000億円)をすべて本体部分の増額に振り向けて、本体部分を1・73%(6300億円)引き上げ、差し引き(ネット)での診療報酬全体の改定率をプラス0・35%(1300億円)にする戦略をとった。国費負担ベースで300億円の追加にとどめて、財務省の理解を得る作戦だ。

 しかし、財務省は「デフレ状況で医師だけ報酬が増えるのは国民の理解を得られない」と主張。本体部分を最低でも据え置き、薬価をさらに引き下げることで診療報酬全体の減額を求めている。民主党が16日提出した政府への要望では、本体部分の増額を求めたため、財務省は本体部分引き上げは容認姿勢に転じたものの、総額削減は譲っていない

 財務省が減額を譲らない背景には、加入者の高齢化などで財政が悪化している協会けんぽへの支援問題もある。厚労省は保険料引き上げを抑えるため国庫負担を増やす方針で、必要な財源約1800億円を見込んでいる。財務省はマニフェスト項目でないことを理由に、「診療報酬の削減で財源を捻出(ねんしゅつ)すべきだ」と訴える。1800億円を捻出するには、診療報酬を2%以上引き下げることが必要だ。

 自民党政権時代は、診療報酬は日本医師会と族議員との間で事実上決められてきた。鳩山政権が「政治主導」を掲げ、医師会や族議員の影響力を排除したことで、各省が互いの主張を譲らず事態が迷走する状況になっている。

ここで財務省がマニフェスト項目でないことを理由に診療報酬削減を主張していることに留意いただきたいのですが、確かに同党のマニフェスト2009を見ますと医療に関する項目はこのような表現になっているのですね。

医療・介護の再生

医師不足の解消、新型インフルエンザ対策等、介護労働者の待遇改
医師不足解消など段階的実施 平成22年度~23年度1.2兆円、24年度~25年度1.6兆円

確かにこれのどこを見ても「診療報酬を引き上げる」とも「診療報酬引き下げを阻止する」とも書いていないのは明白です。
ちなみに民主党の定義によると、「マニフェストは、国政選挙の都度、社会情勢等を考慮して必要な政策を検討し、国民の皆さんに党のお約束として提示するものです。従って、その内容は深化、変化していきます。」ということなんですが、診療報酬引き下げで医療再生が出来るのか等のツッコミは別としても「マニフェスト項目ではない」というのは事実ですよね。

一方でややこしいのはマニフェストとはまた別に政策集なるものがあって、政策集2009ではこのように記載しています。

国の責任で社会保障制度を維持発展


自公政権が「骨太の方針2006」で打ち出した社会保障費削減方針(年2200億円、5年間で1兆1000億円)は撤廃します。国民皆年金、国民皆保険を守り、求職者に対する新たなセーフティネットを構築します。
医療は提供する側と受ける側の協働作業です。各界・各層の代表の意見を幅広く聴取し、医療の抜本改革に関する目標と工程を定めた基本方針を策定、建議する会議体の枠組みと、政府が責任を持ってその実現を図る体制を確立します。

社会保障費削減政策は撤廃するとは書いているあたりが限りなくグレーゾーンですけれども、もちろん社会保障費と言えば医療費ばかりでもないわけですし、削減はやめると言うだけで増やすとも言っていないわけですから、少なくとも診療報酬を引き上げますなどとはどこにも書いていないということですよね。
そして同じく民主党の定義によれば 「われわれが選挙で国民に示して約束するのはマニフェストであり、政策集は公約ではない」そうですから、仮に政策集で何を書き後でどれだけ反故にしようが「公約違反ではない」とは言えるという理屈です。
一方で同政策集を細かく見ていきますと、例えば「医師養成、活用策により実働医師数を増加させるとともに、勤務医の不払い残業を是正し、当直を夜間勤務に改める」等により医療現場の労働環境を改善する(要するに金は出さない?)だとか、「地域医療を守る医療機関の入院については」「患者の自己負担が増えないように」その診療報酬を増額する(要するに他の報酬を削る?)だとか、むしろ診療報酬を増やすという言質を巧妙に避けている節が見られるのですよね。

はて、そうすると選挙の際に「民主党政権が誕生すれば(医療の)問題は解決する」なんて妙なお祭り騒ぎはなんだったのかという話になりますけれども、党のお約束として提示されたものであってもその内容はその都度変化していくというのですから、いわんや約束もしていないものを勝手に盛り上がられたところで知った事ではないと、民主党さんもむしろ迷惑だって話ですよね。
診療報酬改定についてはこのように国民との約束に反しない範囲で粛々と作業が進められていくのだと思いますけれども、その結果「医療・介護の再生」という明確な約束が達成されるものなのかどうか、あるいは達成される前に約束の方が変化してしまうのかといったあたり、今後の行方を見守っていく楽しみは多そうな気がします。

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2009年12月20日 (日)

今日のぐり:「中華そば 一元」

本日は猫の話題が豊富となっておりますのでご注意ください(笑)。
さて、誰もが興味を持ちながらなかなかその実態が明らかでなかったというものは世の中多いのでしょうが、そんな謎の一つがこのたび解明されたというのがこのニュースです。
しかしこれを意外な結果と取るか当然の結果と取るか、なかなか解釈の分かれそうな話でもありますよね。

飼い主が留守の間、猫は一体何をしているのか?(2009年12月5日エキサイトニュース)

[ロサンゼルス 3日 AP] 飼い主が不在の間、猫は家の中で一体何をしているのか? それを知るために“キャットカム”を使ってみるのも一つの方法だ。

キャットカムは首輪に取り付けるタイプのカメラで、15分ごとに自動で写真撮影を行う。留守中の猫の行動については「寝ているのでは」と答える人が多いが、飼い猫50匹にキャットカムを装着して調査が行われた結果、どうやらその考えは間違っていることが分かった。

今回留守中に撮影された777枚の写真を調べたところ、22%の猫が窓から外を眺めて過ごしており、また、他のペットとじゃれ合うなどしていた猫が12%、椅子などに登ったりして遊んでいた猫が8%だったという。さらに、テレビやコンピューター等を見ていた猫は6%、テーブルの下に隠れていた猫が6%、オモチャで遊んでいた猫が5%、餌を食べたりしている猫が4%という結果だった。そして……寝ていた猫はわずか6%だったという。

これらのデータをキャットフード・ブランド「Nestle Purina PetCare's Friskies」に提供している動物行動の専門家ジル・ビリャレアルさんは、「猫がこんなに行動的だったことに驚きました。私も3匹猫を飼っているのですが、私が留守の間は1日中寝ていると思っていました」とコメントしている。

ちなみに管理人は深夜の街角で何度か猫の集会に出くわしたことがありますけれども、基本的に猫というと夜に元気になる生き物という印象があります。
まあ飼い猫と言いますと田舎のほうの開放的な家庭ではほとんど一日中どこかに出かけて居ないものと相場は決まっているものですから、日中もそれなりに元気に活動しているのは確かなんでしょうけれども、そうしますと夜の集会にも参加して日中もいろいろとやっていてと、案外猫という生き物も寝る暇を惜しんで色々とやっているものなんですかね。

猫と言いますと少し前に一匹の猫が国際問題になりかけたという話がありましたが、これもニュースから引用してみましょう。

「サッチャー死んだ」?ネコの死を知らせるメールにカナダ政府騒然(2009年11月14日AFP)

【11月14日 AFP】「サッチャーが死んだ」――10日にカナダの軍人の家族のために開かれた晩さん会の最中、出席者の1人がこのようなメールを受け取った。その情報が会場にいた約2000人に広がると、全員がマーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)元英首相が死去したと思いこみ一時騒然となった。現地メディアが12日、伝えた。

 カナダ首相官邸はバッキンガム宮殿(Buckingham Palace)と英首相官邸に連絡を取り、サッチャー氏が本当に死去したのかを確認すると、相手は困惑した様子で「そうした事実はない」と否定

 実はこの「訃報」メールは、ジョン・ベアード(John Baird)運輸相が家族で飼っていた16歳のネコが死んだことを知らせるために、トロント(Toronto)の自宅から晩さん会に出席していたある人物に送信されたものだった。このネコは、サッチャー元首相の名前を取って「サッチャー」と名づけられていた。

 カナダ首相官邸の広報担当者にこの件について取材を試みたが、連絡がつかなかった。

サッチャー氏と言えば「鉄の女」と呼ばれた現役時代の活躍ぶりもさることながら、近年は認知症発症もあってすっぱりと表の世界から姿を消した潔さでも知られていますけれども、そうした事情がこんな混乱の誘引となっていたということなのでしょうかね。
同じイギリス絡みでこちらも猫にちなんだ話題ですけれども、どうもこちらは勘違いでしたでは済まない、あまりよろしい話でもないようです。

「不吉な」黒猫、10月に虐待が増加=英動物愛護団体(2009年10月29日ロイター)

[ロンドン 28日 ロイター] 英王立動物虐待防止協会(RSPCA)は28日、魔女と結び付けられやすい黒猫に対する虐待が、英国ではハロウィーンの季節に増加していることを明らかにした。
 また、RSPCAによると、黒猫がシェルターに保護された場合、引き取り手が見つかるまでに時間がかかることも多いという。

 保護施設のマネジャーを務めるビバリー・リービー氏は、「残念なことに、引き取りの候補から黒猫が除かれることはよくあるが、素晴らしいペットになる」と訴えた。

 黒猫にまつわる迷信は国によって様々だが、道を横切ると不吉とされるものは多くの国で見られる。起源については、中世のヨーロッパでペスト流行の原因と考えられたなど諸説がある。

記事中にもありますように古くから黒猫といえば不吉の象徴ともされていたとも言いますけれども、いまだにこれだけの社会的影響があるということですからそれなりに広く信じられているということなんでしょうか。
一方で現地生活者によるとことイギリスに限ってはこんな話もあるようなのですが、「いったいどっちやねん!」と突っ込みを入れたくなるような話でもあります(苦笑)。

黒猫は幸運の兆し?  「私のイギリス生活(1641)」 (2006年1月20日ブログ記事)より抜粋

先日、転勤でイギリスを離れる知人のために、カードを買いに行きました。
「Good Luck」や「New Job」と書かれたカードを探していると、不思議なことに気づきました。「Good Luck」系のカードには、四葉のクローバーやhorse shoeに混ざって、やたらと黒猫のイラストが多いのです。

今までは黒猫と言えば悪運の兆しだと思ってきました。「目の前を黒猫が横切ると悪いことがおきる」なんて、よく聞きますよね。

気になったので帰ってきてネットで調べてみると、思ったとおり、イギリスでは黒猫は幸運の兆しのようでした。「夢に黒猫が現れると幸運の兆し」、「黒猫をなでるといいことがある」、特にスコットランドでは「目の前を黒猫が横切ると良いことがおきる」なんていう全く逆の連想があるようです。
でもやはり世界の大部分では黒猫は魔女の猫なので悪運を呼ぶとされているので、イギリス人の中でも混乱があるようで、「どっちが正しいんですか?」なんていう書き込みもあったりしました。

今日のぐり:「中華そば 一元」

飲食業界に限ったものではないと思いますけれども、同業で近隣に店を構えているということになりますと、どうしても優劣、勝ち負けを比較されてしまうものですよね。
岡山市中心部の天満屋近辺で表町商店街から一筋裏通り、オランダ通り(なぜオランダ?)と名付けられている通りの中程に、この界隈でも屈指の行列店と言われる「やまと」があります。
このやまとの向かいにほとんど目立たないような小さな店構えですが、これも岡山では戦前からある老舗と言われ同じく中華そばとデミカツ丼を中心に商っているお店があるのを皆さん気がついていらっしゃるでしょうか。
同種のお店が近傍にと言えば奉還町の「浅月」「冨士屋」が有名ですが、切磋琢磨しあう良きライバル関係という感じのあちらと比べると、こちらはどうもお客の並びにあからさまな差がついているような気がしてしかたがないのですが…

揚げ物系のセットメニューを頼んでいるお客も多いようで、実際とんかつラーメンなんてものもあるようですが、ここは一番ベーシックな中華そばを注文してみました。
ほとんどクリーミーと言ってもいいくらいの「やまと」と対極にあるかのような、澄み切ったスープのいわゆる「昔懐かしの中華そば」系の外見ですが、昆布と煮干を利かせたというこのスープは丁寧に作られた様子でそれなりに「銭の取れる」水準だと思います。
惜しむらくはスープが存在感を主張するトッピングのチャーシューの影響もあってか、あるいはこの日だけの問題だったのか僅かに焦げ臭いような風味が残っているのですが、こういう直球勝負の醤油ラーメンも今の時代むしろ新鮮でいいかも知れませんね。

一方で麺はもともとの麺自体がさほど感心できない上に、ぐちゃぐちゃという食感になるくらいに茹ですぎて麺がダマになってくっつき合っている、さらにドンブリの中でのさばきも足りないものだから食べにくいと、正直あまり良い点はあげられませんが、実のところ多くの老舗といわれるラーメン屋で同種の麺茹での問題を抱えているということは指摘せざるを得ません(哀しいことに料理人も歳は取るのです)。
かなり厚切りのものもある焼き豚は値段を考えるとかなりたっぷりとおごられているのですが、前述のように少しばかり焦げ臭いのと肉自体の味が豚らしいうま味が抜けてしまっていて今の時代には懐かしくも厳しい「肉=贅沢」という昭和の味といいますか、まあこの麺であればおかずにこういうものがあってもいいのか?と言う程度でしょうか。
トッピングのネギもへたり気味、モヤシに至っては麺の食感に合わせたかのような茹で加減で、これはいったい何を目的に加えられている具材なのか良く判らないとくれば、ラーメン全般としてみると残念ながらさほど満足のいく出来というわけにもいかないようです。

ラーメンの味はともかくとしてもこの店の欠点は表から店内の様子が全く見えないことで、店内に入れば結構狭い店が満席になるくらいにはお客が入っているのですが、表から見るとお客が入っているかどうかも判らない、とすればあからさまに行列が出来ているお向かいの「やまと」の方に心ひかれるのは仕方がないところですかね。
実のところお客さんを見てみますとラーメン屋というよりはデミカツ丼を頼む人がほとんどのようで、今回は食べていませんけれどもここのラーメンにおけるスープの出来具合からしてもそちらの方が楽しめるものなのかも知れません(この界隈でよくあるデミカツ丼というのはラーメン屋で出されることを見ても判るように、一般にラーメンの動物性スープを利用してたれを作ることが多いのです)。

ラーメン屋として新規出店でこの出来映えでしたら正直厳しいのかも知れませんが、この界隈ですと古くからの馴染み客なども多いのかも知れませんし、親父さんの年代的にも現状維持で正直手一杯ということもあるのかも知れませんから、これはこれでよいということなのでしょうか。
しかしこのお店、もともとシンフォニーホール近辺の表通りに面していたところをこちらに移転したという話も聞くのですけれども、競合店として「天神そば」を避けて「やまと」を選んだということ、なんですかね?う~む…

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2009年12月19日 (土)

何かが足りない人たち

先日こういう記事が出ていましたけれども、当然ながらネット上では「お前が言うな!」のオンパレードでしたね(笑)。

組織の論理 /静岡(2009年12月16日毎日新聞)

 記者をしていると「不祥事」を取材することがある。どうして早く公表しなかったのか、疑問に思うことも多い。一般の人の考え方とはかけ離れた「組織の論理」を見ることもある。

 11月21日、菊川署の佐々木国宏署長が、島田市内の市道で法定速度を50キロ以上超える時速93キロで乗用車を運転し摘発された。県警は戒告処分にしたが、発表しなかった。警察庁の広報指針では公表に値しないというのが、その理由だ。

 ところが、新聞で報道されると、県警は急きょ、署長を異動させた。県警は「厳正に処分したが、大きな影響が出たので異動させた」と説明した。「公表しなくていいのに、報道されたから異動せざるを得なかった」。そう話す県警幹部もいた。

 でも、これで住民が警察官の交通指導を素直に受け入れるだろうか。警察の仕事は、県民の信頼が下支えしている。内向きの対応は、これまでかいた汗をフイにしないだろうか。県警が今後、どう対処するのか。県民はじっと見ていると思う。【山田毅】

さすが自称社会の木鐸(笑)ともなるとご高説ごもっともとしか言いようのない隙のない論理ですけれども、しかし誤解してはならないのは、毎日新聞は公表が遅いどころか答えることすら拒否するという点で静岡県警のはるか斜め上を突っ走っているということです。
かの有名な毎日新聞変態報道事件と絡んでテキサス親父もあきれている!とは以前に紹介したところですけれども、同社がこういう対応を取っていたことに対して山田毅記者ならどう答えるというのか、あるいはこれも「組織の論理」で黙殺するのでしょうかね?
しかしこうした毎日新聞の行動を国民はじっと見ていることは、年々坂道を転げ落ちるように減少していく同紙の発行部数にも現れているのではないでしょうか?

インターネット関連のメディアには回答できない=毎日新聞英語版の検索エンジン拒否で(2008年07月12日livedoorニュース)

前の記事「毎日新聞が検索エンジンを拒否!? メディアの自殺行為か」で筆者は、「低俗すぎる」記事を掲載し問題になっていた毎日新聞運営の英語サイト「毎日デイリーニューズ」が全ての検索エンジンの「クローラー」を拒否する設定をしている事を書いた。また、本来広く読まれる事を目的としたニュースサイトが不祥事を起こした後に検索エンジンを拒否し、いわば「引きこもり」状態になってしまったのはなぜなのか? という疑問も投げかけた。

 筆者は記事を投稿した7月10日に毎日新聞に電話をかけ、取材を申し込んだ。電話に出たのは、社長室の広報担当の男性。落ち着いた声の感じから、年配の方のようである。やりとりは FAXで、と指定されたので、以下のような FAXを送った(前書き、私の連絡先などは省略)。
(略)

 筆者は普段は「PJニュース」の名前を出して質問状を送っているが、今回の場合は他の媒体や自分の Blogや mixi日記などでも意見を発表するかもしれないと思ったので、「フリージャーナリスト」という事で質問状を送付した。FAXがきちんと届いたか確認の電話を入れると先ほどの男性が出たので、明日にも続報を書きたいのでできればすぐに返事が欲しい旨を伝えたところ、早急に検討するという事だった。

 しかし、翌日の7月11日(金曜日)の夕方になっても返事が来なかったので、再び毎日新聞に電話を入れた。そのままにしておくと、土日に入って連絡がつかなくなってしまうからだ。電話に出たのは、前回と同じ社長室の広報担当者だった。質問の件について話をすると、彼は筆者にこう告げた。「どのメディアに書かれるのか分からないのでは、回答出来ない」。

 毎日新聞は相手によって答えを変えるのか? とも思ったが、相手の言う事にも一理あるので「PJニュースという事ではどうですか?」と相手に返答したところ、思いもよらない返事が返って来た。

インターネット関連のメディアには回答出来ない。理由はない

 「インターネット関連のメディアには回答出来ない」。予想外の返答に、思わず筆者は「なぜですか?」聞き返した。すると、さらに想像を絶するような答えが返って来た。例の広報担当者はこう言い放ったのだ。「理由はない」。

 果たしてこれが、数百万部も発行している大新聞の答えなのだろうか? 答えたのは社長室の広報担当者なのである。会社を代表して答えているのである。筆者はあぜんとしてしまい、一瞬言葉に詰まってしまった。

 だが、先方からノーコメントですと言われてハイそうですかと引き下がる訳にもいかない。筆者も記者の端くれであるのでさらに「なぜ回答できないのか?」と、食い下がった。すると社長室の広報担当者は「(回答できない)理由がインターネット上のメディアに出ると困る」と答え、さらにもう一度筆者は食い下がったが「回答はない」という事であった。

心あるジャーナリストよ、毎日を取材しろ。そして叩(たた)け。それが更生への道だ

 今回の場合「インターネットのメディアだから答えない」のではなく、答えにくい、もしくは答えられない質問が来てしまったので担当者が断る口実に「インターネット」を使ってしまい、珍回答をしてしまったのだと筆者は考えている。ではなぜ、筆者が電話越しに数分やりとりしただけで珍回答が飛び出してしまったのか? それは毎日新聞を含め大手マスコミは、今まで他人からの厳しいチェックを受けてこなかったからではないかと筆者は考える。

 マスコミを追求するのに一番向いている組織は、マスコミではないかと筆者は思う。マスコミにはそれだけの取材力、経済力、そして圧倒的なリーチ力がある。しかし、今まで日本のマスコミはあまりそれをしてこなかった。思い起こせば「あるある」事件の時、放送記者会(毎日新聞も加盟している)はフジテレビに対しどのような態度をとっていたのか? 自らの職務である事件の問題追及を放棄したばかりか、一流ホテルで会合を開いてもらい、お土産までもらっていたのではないのか?

 つまり今までマスコミには自浄作用が働いていなかった。それは昨今のマスコミの信用力低下の一因にもなっている。「他人ばっかり攻撃して、自分たちはどうなんだ?」と多くの人が考え始めている。そんな最中に今回の「WaiWai」問題は起きた。そして、問題を起こしただけでなく、その後の対応もろくにできない事が明らかになってしまった。今回の「理由はない」発言は「私は寝てないんだ」と叫んだどこかの会社を彷彿(ほうふつ)させる。

 これから毎日新聞はどうすべきだろうか? 今回のような簡単な質問にすらうまく対応できないようでは会社の信用は低下し、読者離れが進み、経営の危機に陥ってしまうのではないだろうか? そして、自浄作用も期待できそうにない。ならば、今からでも遅くないのでどこかの大手メディアが、毎日新聞を徹底的に取材し徹底的に叩(たた)くしかないのではないか思う。そうしないと、この新聞社は本当に潰(つぶ)れてしまいかねない。
(略)

「この新聞社は本当に潰れてしまいかねない」という記者氏の懸念は残念ながらというべきか、当然ながらというべきか的中してしまいそうな状況にある昨今ですけれども、こうした不誠実な対応を行っていてはそれも仕方がないのかなという気がするところではありますよね。
毎日新聞と言えば以前から繰り返しライブドアに対してPJニュースの批判的記事の配信を停止するよう圧力をかけてきたという話がありましたけれども、およそ言論機関とは思えないような不当な言論弾圧のありさまを見ていますと、やはり「お前が言うな」としか言い難い話ではあるという気がします。

さて、先ごろの中国副主席来日と絡んだ「特例記者会見」問題では総理よりも目立つ小沢氏の専横ぶりがあちこちで話題になっているようですけれども、共産党のみならず同氏の一連の言動には思わず突っ込みを入れた人も少なからずいたのではないかと思います。
この問題に関して詳細を触れることは本稿の目的ではありませんけれども、この件についての報道を見ていますとこれがなかなか面白い話になっているようなのですね。

「天皇の政治利用」懸念 みの「ルール、理由あって作られた」(2009年12月14日J-CASTニュース)

   12月14日来日する中国の習近平国家副主席と天皇陛下の会見を鳩山首相がルール違反を承知でゴリ押し、決めてしまった。

   象徴天皇のあり方に関わると懸念した宮内庁の羽毛田信吾長官が11日、急きょ会見。それによると……
   外国の要人が天皇陛下と会見するには1か月前までに宮内庁に打診するという『1か月ルール』がある。高齢で多忙な陛下の負担を軽くすることと相手国への公平・中立性を考え決めたことだ。
   そのルールを無視して外務省から打診があったのは11月26日。宮内庁はルールに照らし「応じかねる」と断り、外務省もいったんは会見見送りを了承した。
   しかしその後、平野博文官房長官から強い調子で2度にわたり要請があり、立場上官房長官の指示に従わざるを得ず羽毛田長官は受け入れたという。

   問題は、国の政治的案件に陛下を利用するという「天皇の政治利用」につながりかねないという懸念。しかもゴリ押しによって。
   先の戦争でさんざん軍部に利用された天皇の『統帥権』。その反省の上に立って決められた『象徴天皇』。選りによって中国の要請でその「あり方」に懸念が生じるというのも皮肉な話だ。
   鳩山首相のゴリ押しの背景には、小沢幹事長が同党の国会議員143人を引き連れた訪中と重なる。小沢幹事長が中国側の要請を受けて会見実現を鳩山首相に働きかけたようだ。

   スタジオでは、戦前生まれのキャスター、みのが「ルールは理由があってつくられていることなんですがね~」と。
   これにTBS解説室長の杉尾秀哉が「表に出なければこんなに問題にならなかったんでしょうがね~。長官の言い分としては、大国であろうが小国であろうが差をつけるべきでない。だから1か月ルールがあると……」。
   さらに国際金融アナリストの末吉竹二郎は「中国は21世紀に大国になって世界に影響を与える国。その国家主席となれば日本を含め非常に影響を与える人。そういう人が日本に来られて(陛下に)会うことは決して悪いことではない」。
   いずれも、問題のピントがちょっとずれていないか。あの忌まわしい戦争の実感はないということはこういうことなのかも……

   それにしても、天皇のスケジュールまで変える小沢幹事長の剛腕ぶりもここまでくると呆れる。むかし天皇の座をすげ替えた権力者の歌を思い出す。
   『此の世をば我世とぞ思う望月の 欠けたることもなしと思へば』。だんだん近づきつつある心境か。

いや「表に出なければこんなに問題にならなかった」って杉尾さん、あなたそれがいやしくも報道関係者の口にしていい言葉ですか(苦笑)。
問題であるからこそ表に出ていないものでも掘り出してきて表に出す、そうでなければどこにジャーナリストの存在価値などあるものかという話ですけれども、あるいはTBSにはそうした存在価値などないということであるなら納得するところではあるのですが。
この小沢氏の強引な手法に関しては番組中で批判的なコメントをしたアナウンサーが何故か翌日は休みになったりと、何かと面白そうな話題があちこちから漏れ聞こえてくるのですけれども、やはりこのあたりも友愛精神を発揮されてしまったということなんでしょうかね?
民主党政権絡みの話では先日以来鳩山総理の母親から巨額の資金提供の話題がありまして、「鳩山家のお小遣いは月1500万円?!」なんてびっくりするような話がたくさん飛び出してきましたけれども、そのあたりに関連してこちら日刊ゲンダイさんの記事もなかなかに傑作です。

非課税で親の財産もらった安倍元首相と小渕前大臣 (2009年12月15日日刊ゲンダイ)

 鳩山首相の偽装献金問題は、首相自身が15日にも上申書を提出し、来週にも元公設第1秘書の在宅起訴で終結する見通しとなった。

 あとは首相本人が上申書で、母親からの資金10億8000万円を「贈与」とするのか「貸し付け」とするのかだが、「贈与」となれば5億円前後の贈与税が発生する見込みだ。

 この鳩山献金問題について、自民党は年明けの通常国会でも引き続き追及する姿勢だが、ちょっと待って欲しい。世襲議員がウヨウヨいる自民党に、そもそもそんな資格があるのか。小渕優子・前少子化担当相や安倍晋三・元首相を筆頭に、世襲議員たちは父親が残した巨額資金を政治団体を迂回する形で、“無税”で相続してきた。鳩山首相より悪質じゃないと言えるのか。

●ヘマして贈与税払う鳩山首相

「政治資金の相続は、世襲議員の間では当たり前」(ベテラン秘書)という。その手法はこうだ。

 小渕優子の場合、父・恵三元首相の政治資金管理団体から別の団体をはさんで自分の政治資金管理団体へ「寄付」として1億2000万円を流していた。政治団体間の寄付は年間5000万円まで贈与税が非課税になることを利用し、ご丁寧に2年間に分けている。

 安倍の場合は、父・晋太郎元外相の政治団体を丸ごと継承。少なくとも4億円余りを非課税で相続している。

 鳩山邦夫・元総務相の元秘書で、世襲議員の迂回相続問題を追及してきたジャーナリスト・上杉隆氏がこう言う。

「鳩山家でも当然、無税の資産相続の手法を知っていましたが、『鳩山家は4代にわたって政治家として国民の税金で食べさせてもらっている。人さまにご迷惑をかけているから、税金は多く払うくらいのつもりで払いなさい』というのが安子奥さまの考えでした。小渕氏や安倍元首相の方が追及されてしかるべきです」

 鳩山首相に文句を付けるなら、自民党は身内議員に相続税を払わせてからにしてくれ。目クソが鼻クソに「お前がやったことは汚い」と言っても、説得力ゼロだ。

「人さまにご迷惑をかけているから、税金は多く払う」とは追徴課税でまさしくその通りの状況になってきそうですからお母様も一安心ということになるのでしょうけれども、しかし事実当たり前の手法だというなら、それすらまともにこなせないって今度の総理はどんな社会的無能力者だって話になりはしませんかね?(苦笑)
悪法であるならそれを正すのが立法府に所属する議員の仕事であって、それを要求するのも声なき国民の代弁者(笑)たるマスコミの使命でしょうに、悪法を放置したと議員としての職務怠慢を糾弾するならまだしも、仮にも法律違反を問われている議員を妙なカムフラージュ戦法で擁護したところで説得力ゼロですよ。
あるいはこれは新手の褒め殺し作戦の一環だとでも言うのかと思うようなこのトンデモ論理の飛躍ぶりがなかなかに素敵なんですが、幾らなんでもこんな無茶苦茶な擁護のされ方をされてしまっては鳩山総理もかえって迷惑ではないかとご同情申し上げる一方、これも何かしら論点がずれているのではないかと疑問なしとしない話ですね。

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2009年12月18日 (金)

実態把握も重要ですが、それ以前に目指すところが大事なわけで

ちょうど昨日こんなニュースが出ていましたけれども、当たり前の常識のように思っていたことでも改めてこうして指摘されるとニュースになるものだなと思わされる話です。

医師不足:実態把握のデータ持たずに対策推進 厚労省(2009年12月17日毎日新聞)

 厚生労働省が医師不足の実態を把握するためのデータを十分持っていないことが16日、総務省の「政策評価・独立行政法人評価委員会」(委員長・岡素之住友商事会長)の調査で分かった。厚労省は医師が不足している地域や、当該地域での必要な医師数が分からないまま、医師不足対策を進めていた。原口一博総務相は同日、長妻昭厚労相と川端達夫文部科学相に調査結果を通知した。

 答申によると、厚労省は市町村ごとや診療科ごとにどれだけ医師や患者がいるかのデータは持っているが、市町村ごとの医師数と患者数を突き合わせていないため、どこでどの診療科の医師が足りないかを把握していなかった。全体の医師数も06年が最新で、しかも医師免許保有者という基準で調べているため、実際に働いている医師が何人いるかはつかんでいなかった

 このため、同委員会は医師1人が対処できる患者数の目安「医師配置標準」が実態に即しているかを確認できなかった。今の配置標準は、隔離中心の結核入院患者が多かった1948年に策定されて以来見直されていない。現在は、がんなど時間を要する治療が増えているにもかかわらず、配置標準が古いために医療の高度化に対応できず、医師の長時間勤務(平均週61時間労働)を招いている可能性があると指摘している。【石川貴教】

この問題も久しく前から言われているところで大事な指摘ばかりなんですけれども、例えば医師免許を持っているというだけで老健施設などに入所している御老人も医者ということにカウントされている一方、臨床を離れた研究者なども同じく医者扱いされていたりと、厚労省の言うところの医師数が臨床現場の実態とかい離しているとは以前から言われている通りです。
東京都などは医師数が多いというわりに医師不足問題が相変わらず言われていますけれども、ひとつには医療行政や研究に携わる医師免許所持者も当然ながら多いわけですから、実数として臨床医をやっている人間の数はどうかと考えなければ実態から遠い話になるのは当然ですよね。

医師数カウント以前にこの必要医師数というものをどう評価するのかということがまた難しいところだと思うのですが、例えば一般的に医者が一人増えれば病院にとって年間およそ一億程度の増収になると言われていますからまともな経営者なら一人でも多くの医者を抱え込もうとする、あるいは地域住民にしても「町立病院には皮膚科も耳鼻科もいない!眼科も小児科も週一回だ!」と訴える。
そういう医者に対する求人要求を全部医者が必要なんだとしてカウントしていくとそれはとんでもないことになりそうなんですけれども、客観的にどの程度のアクセスが満足されていれば医者が足りているとみなすのか、その指標をどう設定するのかというところでまず議論が紛糾しそうな気もします。
何の医者が足りない、何の医者が充足しているというのであれば、何をもって充足しているとするのかという判断基準を決めるということは、すなわち目指すべき医療水準を決めるということにもつながってくるわけですね。

過不足評価ということで一例をあげると、最近47ニュースで「医療新世紀」という小児救急の連載をしていますけれども、こういうのを見ると医療に対する要求水準というのはどこまででも天井知らずに高くなっていくものなんだなと感じさせられるものがありますよね。
高度医療機関がたくさんあればそれだけ救命率が上がる、それでは日本全国どこにでも高度医療機関をバンバン建てたらいいのかといえば、そういうものでもないのではないかと考えてみることも必要かも知れないということです。

「十分な医療あれば...」 事故死の7割、小規模病院 (2009年12月15日47ニュース)

 厚生労働省研究班の調査によると、2005~06年に全国の病院で亡くなった1~4歳の子どもは1880人いるが、うち、交通事故や家庭内での事故といった「外因死」は294人。その約7割に当たる207人は、1年間に扱う死者数が5人以下という小規模病院で亡くなっていた。
 研究班の大阪府立母子保健総合医療センターの藤村正哲総長は「十分な救命医療を受けられず、助からなかった子どもがいた恐れがある」と分析する。
 藤村総長は(1)医師1人当たりの負担が大きい(2)突然の発熱などの対処はできるが、生死を分けるような重い事例はほとんど扱った経験がない―と小規模病院の欠点を指摘。
 その上で「大学病院や総合病院に小児科医を集めて専門の集中治療部門をつくり、治療が難しい患者が中小病院に搬送されないよう、救急医療体制の構造そのものを変えるべきだ」と提言する。
 しかし、救急医療は手厚いスタッフや機器が必要で病院にとっては不採算分野。「現行の診療報酬点数ではまかなえない」との声もある。

もちろん医療水準は低いよりも高いに越したことがないとは誰しも思うところでしょうが、全国全ての人々が平等に最高レベルの医療を常時提供されることを目指して医療体制を整備していくことが正しいことなのかどうか、そもそも皆が最高レベルになった時点でそれはすでに最高ではなく標準でしかないわけですから、そこに天井知らずの医療需要の増大というジレンマがあります。
通常こうした要求水準の増大というものは他業界では料金などに反映されることでほどほどのところで落ち着いてくるもので、一食何万の高級料亭と一個100円のハンバーガーが世の中に並立し、各人値段と味を比較して程よい店を選ぶのが当たり前ということになっていますけれども、何しろ日本の医療制度というものは全国同じ医療を同じ値段で提供するというのがタテマエになっているから話がややこしいわけです。
同じ値段ならもちろん誰しも質が良いものを求めるのが当然、他人がいい医療を受けているのに自分はいい加減で済まされて許せるはずがないわけですから、こういう皆に平等な機会を保障された医療システムで最善を求めるということは、際限のない上昇カーブを描くコストとマンパワーを要するだろうとは誰しも理解できますよね。

これを唯一回避する方法論は医療に対する要求水準を常識的なレベルで留めておく、言い換えれば「ほどほどの医療」というものを積極的に評価することが必要になるかと思いますけれども、前述の記事中の藤村正哲先生を始め長年「地球より重い人命を救うためにはコストなど度外視して当然」という教育を受けてきた真面目で優秀な先生方(皮肉ではなく、事実世界に誇る日本の資産ですよ)にとって受け入れがたい話であることも確かでしょう。
この点で非常に面白いと思ったのが、日本よりもずっと多くの医者を抱え医療費も多く、一般的には世界でも医療資源に恵まれている国だと思われているアメリカで、現在進められている国民皆保険制度導入の議論と絡めてこんな意見が出ているというところです。

医師不足という“病気”の危機的状況を憂える(2009年12月16日日経BP)

 お医者さんがいなくなれば、困るのは患者だ。

 私はプライマリケアに携わる開業内科医である。いま議会で議論されている医療保険制度改革はどれも、私のような医師たちが、ピカピカの新しい保険証を持った新しい患者を何百万人も受け入れる心構えと意志があることを前提にしたものだ。だがそれは夢か、悪くすると悪夢だと思う。現実には、私のような種類の医者は近いうちに消え、ナース・プラクティショナー(NP、上級看護師)に取って代わられるだろう。

 現実的な医療保険制度改革がもし行われるとしても、米国における医師不足の拡大がその障害となる。民主党員でニューヨーク州選出の上院議員Charles E. Schumer氏は、上院の医療保険改革法案に対する修正案を提示した。これは一次レベルの内科医療と一般外科手術を学ぶことができる研修医ポストを新たに2000余り設置するため、今後10年間に20億ドルを拠出するというものだが、これも良くて一時しのぎにしかならない。

 2020年までにプライマリケアに携わる医師(家庭医、内科医、小児科医、産婦人科医)が4万人不足するとの米国家庭医学会の予測、そして一次医療を職業として選ぶ医学生の数が1997年以降すでに51.8%減少し、医学大学院卒業生のうちこのキャリアを選ぶ学生はわずか2%に止まっているという現実を考慮する必要がある。

 私のような分野の開業医が人気のない理由はよく分かる。医学生たちは、金になる治療方法をマスターして使えるようにならなければ、かさむ一方のローンをとても返していけないといつも私に話しているからだ。

 研修医ポストを増やしたとしても、教育ローンを完済し卒業後の地位が保証されない限り、こうした状況が変わることはない。だがローン返済の肩代わりや卒業後の就職支援策は、納税者にさらに何十億ドルもの負担を強いることになる。

 全米でのプライマリケア医の不足は医療そのものの不足につながり、これはいかなる種類の保険をもってしても補うことはできない。保健・福祉省によると、2009年3月時点でプライマリケア医が不足している地域は全国で6080カ所に上り、これらの地域には6500万の人々が暮らしている。これに対し、the National Health Service Corps(10万ドルの連邦奨学金か5万ドルのローン返済の肩代わりと引き換えに、2年にわたり医療従事者不足地域で勤務する一般開業医の組織)が供給している医療従事者はわずか3500人である。これでは400万人への対応しかできない。

 実は「2009年米国再生・再投資法」によってNHSCに3億ドルが投じられたことから、同組織は来年までに医療従事者を約7000人に倍増させるよう期待される。だが州のほぼ全域で医師不足の状態となっているネバダ、ニューメキシコ、モンタナ、ユタ、アラスカなどの州では、これもまた一時しのぎに過ぎない。

 近い将来に保険加入者の数を増加させたとしても、プライマリケア医を増やすための現実的な計画がなければ、私たち一般開業医はあっという間にナース・プラクティショナー(NP)に取って代わられるだろう。NPは、大学院で訓練を受け、医師から半ば独立して働くことができるナースのことである。

 残念ながら、現在働いている医師たちに、増え続けるNPを無理なく組み込む方法はない。なぜなら医療従事者と患者の関係は一対一であることが多いからだ。もし私がNPの行った行為を記したカルテにサインをしたとすると、自分自身が監督したわけではない行為に許可を与えることになる。言い換えると患者さんは──、医師の監督なしでNPが動いた場合、医師と同等の能力を持っているのかもしれないが、実はそこまでの訓練を受けたことがない人から医療行為を受けたことになるのだ。

 保健資源事業局が2004年に行ったサンプル調査では、全米のNPの数は2000年比で27%超の14万1209人であった。現在では15万人を超えている。

 全米に30万人しか医師がいないことを考えれば、これは非常に大きな数字である。そしてNPは今も増え続けている。

 多額の支出によって保険加入者を増やし、その分をメディケア(高齢者用医療保険)における何千億ドルもの支出抑制や、州政府の負担増によるメディケイド(低所得者用医療保険)の拡充によって賄おうとするなら、結果として医師や病院への診療報酬が大幅に削減されるのは明らかだ。したがって医師や病院が事業を継続しようと思えば、サービスを減らす一方で、これまでよりはるかに多くの患者を診察するしかない。NPの賃金は低い(平均賃金はプライマリケアに従事する開業医の約15万ドルに対して8万8000ドル)ので、彼らを活用して医師でカバーできない部分を補うことになるだろう。医師や病院は、NPを雇って患者を「業務委託」するわけだ。

 訓練された専門家しか使えないような最新医療技術が利用できるようになる一方で、医療の質は落ちていくだろう。NPも役に立つとは思うが、医学大学院での4年間と研修医として過ごした私の3年間にはそれなりの価値があるとも思う。一般開業医がいなくなれば、かつて患者たちが受けていたような診療もいずれ消えるのだ。

 医学博士Marc Siegel氏はニューヨーク大学ランゴーン医療センターの内科准教授であり、Doctor Radio(ラジオ局)の医療ディレクター。Fox Newsに医療関連ニュースを提供している。

かの国ではもともと自己責任という考え方が非常に強く、この皆保険制度導入に関しても極めて根強い反対論があるのは知られているところですけれども、例えば医療資源の乏しい田舎で暮らすということはそういう状況も込みで受け入れた上で自己決定しているはずであるという考え方が大前提にあるのですね(往年の映画「アドベンチャーファミリー」でもそういう描写がありましたが)。
日本ではまだ看護師の医療行為は制限されていて少しばかり事情が違うと考える人も多いかと思いますが、実際上記の議論や昨今の開業医切り捨て政策を見ても判る通り、この国においても高度医療を提供しない医者などひと山幾ら、適当に安く使い潰しておけば十分という意見が主流派となっているわけです。
しかし医療の実際(あるいは、ほとんど全ての仕事はというべきでしょうか)というのはほとんどの場合、誰がやっても大差ないような退屈な仕事の積み重ねで占められているのだということを、現場を経験した人間ほどよく知っているはずなんですけれどもね。

これも誰しも理解できることですけれども、華々しい最先端の高度医療の患者一人の背景にはその何十倍、何百倍という軽症患者がいるわけで、とすれば最高レベルの医療を提供する施設一つをバックアップするのにその何十倍もの後方施設が必要になってくる道理なのですよね。
厚労省は病院を統廃合し大病院に医師を集約化するという、財務省は開業医への金を減らし勤務医に回せという、それぞれもっともらしい話に見えるところではありますけれども、そうやって華々しくもなければ報酬面で報われもしない、ついでに世間からは「楽して儲けやがって」とバッシングされるような下支えの仕事を誰もやりたがらなくなったとき、世の中どうなるのかと時には想像してみるのも楽しいかも知れません。
実態を把握し適正値を算出しその達成を目標に政策を決定する、当たり前の行為ですけれども、どのような適正値というものを打ち出してくるかというあたりを見ていると、この国の目指しているところ、あるいは国策というものが見えてくるかも知れませんね。

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2009年12月17日 (木)

二兎を追う者は一兎をも得ずと言いますが

先日ロハス・メディカルさんで出されたこちらの記事ですが、やはり周産期というのはなかなか色々な意味でハイリスクなのだなと考えさせられるような話ではないでしょうか。

産婦人科医会への事故報告、08年は350件-分娩時の母体や胎児異常など(2009年12月9日ロハス・メディカル)

 2008年に日本産婦人科医会(寺尾俊彦会長)に寄せられた、医療紛争になる可能性があると医療機関が判断した妊産婦死亡など産科関連の医療事故は350件あったことが同会のまとめで分かった。このうち同会が報告書の提出を求めたのは178件で、分娩時の母体や胎児の異常に関するケースが過半数を占めていた。(熊田梨恵)

 同会では再発予防を目的に、毎年こうしたケースを収集する「偶発事例報告事業」を行っている。国内で産婦人科を標榜する5666施設のうち、4181施設が事業に参加している。

 参加施設が扱う年間分娩件数は毎年増えており、08年は75万339件。報告事例数も事業が始まった04年の171件から増加していたが、07年の398件を最高に、08年は350件と減少に転じた。報告書提出のケースも同様に推移し、04年の116件から07年には227件にまで増えていたが、08年には178件と減少している。同会は「医療安全に対する取り組みがされるようになって、その成果が出たのではないかと推察している」と話す。

 報告書の提出が求められた178件のうち、最も多かったのは「分娩に伴う母体異常」で49件(27.5%)、次に「分娩に伴う新生児異常」で46件(25.8%)、ほかには「産婦人科手術事例」23件(12.9%)、「妊娠中の管理事例」15件(8.4%)、「人工妊娠中絶事例」、「外来診療事例」ともに10件(5.6%)など。

 妊産婦死亡(妊娠中、妊娠終了後満42日未満の死亡の合計)は22件だった。死亡原因として最も多かったのは、羊水の中の粘液が母体の血中に入って肺の毛細血管を詰まらせる「羊水塞栓症」で11件と過半数を占めた。他には弛緩出血などの「出血」4件、「脳梗塞」や「脳出血」の脳血管疾患がそれぞれ1件、「腹腔内出血」2件、「肺塞栓」1件、「子宮破裂」1件、「子宮外妊娠」1件だった。

 また、周産期死亡(妊娠満22週以降の死産、生後1週間未満の早期新生児死亡の合計)は42件あり、最も多かったのは「常位胎盤早期剥離」による分娩中の死産が9件だった。このほかに分娩中に死産したケースでは、「胎児機能不全」や「羊水塞栓」、「臍帯脱出」などが要因としてあった。新生児死亡したケースの要因には「カンガルーケア」や「前置胎盤」、「新生児仮死」などがあった。

 産婦人科手術に関する事故は23件あり、卵巣がん手術時などの「尿管損傷」4件、開腹手術時などの「小腸損傷」が4件などだった。患者が死亡したのは1件で、子宮内膜症の手術時に「イレウス、DIC(播種性血管内凝固症候群)」が起こっていた。

この報告件数が減ったことはよいことであると産科医会では言っているようですけれども、医療訴訟が年間1000件、そのうち産科絡みの訴訟がおよそ150件くらいは発生しているようですから、同会が参加施設の全数把握していると仮定すれば「ヤバイと感じた症例はほぼ全例訴訟になっている」という話になりかねません。
さすがに実際問題としてそういうことはないだろうと考えますと、やはり同会への報告書提出自体が減っているだけであるということであれば、「医療安全に対する取り組みがされるようになって、その成果が出たのではないか」云々のコメントはさすがに少しばかり楽観的ではないかと思うところですけれどもね。

いったんはある程度定着していたはずの報告書提出が減ってきた理由は何故かと考えた場合に、やはり訴訟リスクというものを考えないではいられませんけれども、こうした事故報告書というものは懲罰と切り離さなければその真正性を担保できないというのは航空事故調などでも常識となっています。
ところが先日も書きましたように、処罰なき検証というものが国民感情によって受け入れられるものであるのか否かということが昨今議論の中心になっているところではありますけれども、そんな中で産科医療保障制度を巡る議論においては何とも玉虫色の結論に落ち着きつつあるようですね。
もちろん国民感情というものは無視できるものではありませんけれども、国民の求める目的がなんであるかということを考えた場合に、その達成を図る上でむしろ退歩する結果となるのであれば、これはかえって国民感情を害するという可能性もあるだろうということです。

回避可能性「記載しない」方針を最終決定―産科医療補償制度(2009年12月15日CBニュース)

 日本医療機能評価機構の産科医療補償制度原因分析委員会(委員長=岡井崇・日本産科婦人科学会常務理事)は12月15日、第10回会合を開いた。これまでの議論で争点となっていた「(脳性まひの)回避可能性」の原因分析報告書への記載については、原則として記載しないことを決定した。ただ、家族からの質問に対する回答として、報告書とは別に「回答書」を作成し、回避可能性について触れざるを得ない事例については記載することになった

 「回避可能性の記載」や「家族からの質問に対する回答」については、これまで同委員会で議論されてきたものの意見がまとまらず、別途話し合う「打合せ会」が2日に開かれた。話し合いは非公開で行われ、医療者側委員4人と有識者委員3人などが参加した。 
 事務局によると、2日の話し合いでは岡井委員長が、報告書に回避可能性を記載しないことや、回避可能性について触れざるを得ない事例を含め、家族からの質問については報告書とは別に回答書を作成することなどを提案。これに対し有識者委員は、医学界がやる気を出さないと原因分析は進まないとして、賛同はできないが、最終的には医療側委員の考え方で進めるしかないとの結論に至った。
 ただ、岡井委員長の考え方が医学界の総意かどうかについて、公開の場で医療側委員の意見を求めるべきとの提案があったことから、15日の同委員会で方針を決定することになった。

 この日の同委員会では、事前に送付された岡井委員長の提案に対する医療側委員11人の回答が示された。
 それによると、脳性まひの回避可能性を記載しないことには全員が賛成。また、報告書の本体とは別に、家族の質問への回答書を作成することにも全員が賛成した。一方、家族から回避可能性に関する質問が寄せられ、それに触れざるを得ない事例の場合でも回答書を作成することに対しては、1人が反対、10人が賛成だった。

 この日の「回避可能性」の議論では、事前の「打合せ会」で、有識者委員は傍聴のみで一切発言しないことになっていたが、意見を求められた隈本邦彦委員(江戸川大メディアコミュニケーション学部教授)が、「委員長の意見、賛同する意見の中にも、回避可能性を指摘することが訴訟の種になるという表現があるが、わたしはそう思っていない」と表明。「多くの国民は、医者の分析を権威あるものとして見ている。しかし、国民が何かを信頼する時に権威だけでは信頼しない。権威と中立性、公正性というものを感じた時に信頼する。最終的には信頼性の問題。その信頼性に間違ったメッセージを送るのではないかと非常に危惧している」と訴えた。
 これに対し岡井委員長は、「国民の皆さんが信頼してくれるかどうかは、実際に出たものを見て、それから判断してほしい」と強調。その上で、「大事なことは、脳性まひを減らしていくために医療界全体が進んでいくこと。きちんとした分析ができて、それで学会や医界が防止に取り組む姿勢を強めていく」と述べ、医療提供者側の協力を得る必要性を訴えた
 これを受け隈本委員は、「正しいことを正確に発言していれば世間は必ず受け入れると思ってはいけない。信頼されるための姿勢を見せなくてはいけない」と強調した。

 次回会合は来年1月に開かれ、原因分析報告書作成マニュアルを決定するほか、同委員会の部会と合同で、実際の事例について原因分析を始める予定。

記事のタイトルが思い切りミスリードだと思いますが、結局のところ表向きの結論はどうであろうと、問われれば回避可能性に触れざるを得ないのであれば触れるというのですから、それは誰でもお得なセットを選びますという話ですよね。
そして、自分の証言が自分の首を絞めることになるというのであればそれなりに身構えたことしか喋らなくなるのも、これまた誰でもそうだという話であって、そうなれば結果として「正しいことを正確に」なんてことはあり得なくなるだろうとは想像できるところです。
自らの身を守るためにガチガチに固められた証言がはたして国民の信頼を得るものになるのかどうか、他方面での例から類推するにいささか危ういところではないかと思いますけれども、そうしたシステムでなければ国民からは受け入れられないというのであれば真実性というものはどうしても犠牲にならざるを得ないのでしょう。

この「正しいことを正確に発言していれば世間は必ず受け入れると思ってはいけない」というのはなかなか至言であって、実際問題処罰感情の満足と真実性の追求とは両立しませんよ、本当のことを知りたいとお考えなら証言に対する免責をした方が良いですよと幾ら説明したところで、それが必ずしも世に受け入れられないのが現状だと、医療側もまず認めなければならない。
そうであるなら理念ばかりを先行させるよりももう少し実際的に考えていかないと、結局誰にとってもろくでもない制度が出来上がってしまうという可能性があるわけですけれども、国民目線で見るところの医療界の信頼性ということに関していささか解釈の余地に幅のありそうな話が少し前に出ていたところです。

後遺症出た医療事故、公表2割(2009年10月1日産経新聞)

全国医学部長病院長会議は30日、全国の大学病院で行われている院内医療事故対策に関する調査結果を公表した。その結果、後遺症が出る医療事故があった場合でも、公表しているのは全体の21・3%にとどまっていることが分かった。
同会議の「大学病院の医療事故対策に関する委員会」の嘉山孝正委員長(山形大医学部長)は「患者や家族が公表を拒否するなどのケースがあるため」と説明している。
調査は今年4月22日?5月18日に実施。国公立、私立の80大学病院すべてから回答を得た。調査結果によると、後遺症が出る医療事故を公表しているのは17大学にとどまった。「事例によって公表」しているのは78・8%。公表の方法は「自校のホームページに載せる」が最も多く62・5%だった。...

一読して「これぞ医療界の閉鎖的体質!ケシカラン!」と言いたくなる人々もいるのかも知れませんけれども、例えば世間一般で顧客に損害を及ぼした商行為に関して全てを公開しているのかと考えると、むしろたまたま報道にでも取り上げられない限り全く公開などしていない方が一般的ですよね。
買ったものに不具合があった、料理屋で食あたりした、頼んだものと違うものが届いたなど、少なくとも管理人は過去に損害を被った事例において世間一般に情報公開されたという例を経験したことがないですが、皆さんはそのようなご経験がありますか?
世間の一般的慣行としてはそうなっている世の中において、こと医療業界だけに特別の努力を求められる、全例公開しないとはケシカランとばかりにこうして新聞ネタになる、そうした現状をふと冷静になって考えてみると、ずいぶんと他業界とは扱いが違うんだなと思っている医療関係者も今では増えてきているということです。

それが現代日本における医療というものの置かれた立場であると考えればその通りなのかも知れませんけれども、何かにつけそうした特別扱いをしてくる世間というものに対する医療業界内部の感情というものを考えた場合に、これは医療者、被医療者双方にとってずいぶんと不幸な状況ではあるのかなという気がするわけです。
先ほどの産科医会の報告数が減っているという話であるとか、昨今何かと話題になった副作用、合併症絡みの医学論文が激減しているという話であるとか、いずれもこうした相互不信に根ざした結果であると考えると、最終的にそれで損をするのは誰なのかという話ですよね。

おりしも厚労省の足立政務官が、過去の議論のたたき台になってきた医療事故調の厚労省案は推奨しないと従来方針の大転換とも受け取れる発言をしていますけれども、最終的にどんな制度が出来上がるにせよこうした相互不信に根ざしたものであるとすれば、れは少なくとも真実の追求などとは程遠い結果を生むだろうことは間違いありません。
足立政務官ら民主党系の先生方は今まで厚労省から華麗にスルーされてきた「真相究明と処罰は別」とする自党案を元に議論の方向性を変えていくつもりなのかも知れませんが、失礼ながらこうした状況においては旧来の医師処罰ルートを盛り込んだ厚労省案よりもむしろ国民からの受けは悪くなるということにもなりかねませんから、そこを敢えて押し通すだけの覚悟があるのかどうかですよね。
どんな制度であれ医療従事者は最終的に我が身を守るという方向性で動けばよいわけですからある意味話は簡単ですけれども、「本当のことが知りたいだけなんです!」という人々が本当のことを知る道が閉ざされた場合にどうするだろうかと考えた時、果たしてこれは結局誰のために作った制度なのかと皆が疑問に感じざるを得ないような話にならなければよいのですが…

医療事故調、「厚労省案」は「推奨していない」―足立政務官(2009年12月15日CBニュース)

 足立信也厚生労働政務官は12月11日、医療事故の死因究明などのための第三者機関の創設へ向けた厚労省の「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」について、「事実上、厚労省案として推奨していない」との考えを示した。東京都内で開かれたシンポジウム「今後の医療政策」で語った。

 医療事故調査などを行う第三者機関の設置をめぐっては、厚労省が「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」を2007年に開催し、08年4月に「第三次試案」、6月に「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」を公表。一方、同年6月に民主党が医師法の改正などを盛り込んだ、厚労省案の対案となる通称「医療の納得・安全法案」(当時は「患者支援法案」)を発表している

 この日、大綱案を「厚労省案」と称していいのかと質問された足立政務官は、「事実上、厚労省案として推奨している事実はないと考えていいと思う」と回答した。
 また、同省が05年度から今年度まで実施している「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」が来年度も実施されることになったと報告。今後は、「Ai(死亡時画像病理診断)の活用なども含め、死因が分からない『非自然死体』に対する死因究明の方向性で拡大していくべきではないか」と述べた。同省の担当部局には、これまでの検討を踏まえ、「本来先にやるべきこと」について検討を加えるよう指示しているとした。

 さらに足立政務官は、国家公安委員会委員長・拉致問題担当相の中井洽氏が、死因究明に関する法案を11年の通常国会で提出する方針だと示したとする一部報道を紹介した上で、「死因究明をするという意思の下につくられた法律があってこそ、医療関連死や医療上の業務上過失致死をどうとらえるのかの議論がさらに深まる」と述べた。
 梅村聡参院議員も「拙速な議論は避けたい」とした上で、大綱案が法案として出されることはないが、民主党案も死因究明の問題や刑法とのかね合いなどについて詰めが必要との見方を示した。また、法案にかかわらず、最終的には医療界がどれだけ自浄作用を発揮するかが重要と強調。「現場が行う取り組みをアシストしていく仕組みをつくらなければならない」と述べた。今後のスケジュールについては、「どんなに急いでも6月以降の議論になる」とした上で、「死因究明などに関しては、11年度の通常国会あたりということで考えていきたい」と述べた。

■医療者・患者間の対話の重要性を改めて強調
 足立政務官はまた、医療崩壊の原因として、▽医療従事者の削減で達成しようとした医療費抑制策▽医療を提供する側と受ける側の情報格差―の2点を指摘。医療に対する不信や不安を解決することが最優先と強調し、医療者と患者をつなぐ対話仲介者の役割が重要との見方を改めて示した。
 また、NPO法人の医事紛争研究会が「医療ADR(裁判外紛争解決手続き)機関」として全国で初めて法相の認証を取得したことに言及し、「この流れは、対話による双方の理解によって解決できる問題がいっぱいあるということの、ある意味での『勝訴』だと思う」と述べた。
 足立政務官が作成にかかわった民主党案では、対話による解決を重視し、病院での医療対話仲介者(メディエーター)設置を掲げている。

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2009年12月16日 (水)

新型ワクチン副作用検証、いささか危うい議論のように見えますが

新型インフルエンザの予防接種後の死亡症例というものが結構沢山になってきているようですね。
今のところはっきり副作用と認められたケースはなかったということですけれども、なんとなく釈然としない感じはするところです。

新型インフルエンザ:ワクチン副作用、初の10代死亡例報告(2009年12月10日読売新聞)

 厚生労働省は9日、新型インフルエンザワクチン接種後の副作用報告で、初めて10代の死亡例があったことを明らかにした。死亡報告は8日までに64件あり、未成年は初めて。死亡したのは山口県内の男性で、免疫機能が自身の組織などを攻撃する自己免疫性疾患などの持病があった。11月27日にワクチン接種を受けた際に腹痛とだるさを訴え、4日後に勤務先から体調不良で帰宅した後、嘔吐(おうと)して死亡しているのが見つかった。死因は調査中

新型インフル:接種後に死亡70件…副作用ケースはなし(2009年12月14日読売新聞)

 厚生労働省は13日開いた新型インフルエンザワクチンの副作用に関する専門家検討会で、接種後に死亡した事例が10日までに70件報告されたことを明らかにした。ただし副作用により死亡したケースはなかったとして、検討会はワクチン使用の継続を決めたが、一部については接種が基礎疾患の悪化を招いた可能性が指摘された。

 厚労省によると、報告があった副作用は約930万回分の出荷に対して1538件で、このうち死亡70件を含む入院相当以上の重篤例は199件。医療機関が「因果関係あり」と判断したのは、このうち81(死亡は0)件だった。また、専門家の精査の結果、神経まひを起こすギランバレー症候群が4件、呼吸困難や血圧低下などを起こすアナフィラキシーショックが30件含まれていた。

 検討会は、副作用や死亡の報告頻度に大きな変化がないことなどから「新たな対応は必要ない」との意見で一致。一方で死亡例の中には、かぜの症状があったのに接種したり、接種後に間質性肺炎などが悪化したケースがあり、基礎疾患のある人への接種リスクについて情報提供や疫学調査の実施を求める声が出た。【清水健二】

末端のワクチン接種を担当している先生方の話を聞いてみますと、ひと頃は予約が入らない、いつ入荷するかはっきりしないと言われていた新型ワクチンもそろそろ騒動がひと段落したようで、むしろ予約を入れていた患者のキャンセルが問題になってきているとも言います。
すでに1000万人レベルで国内罹患者が出ているとも言われる現状ですから、久しく予約待ちをしている間に罹患してしまったなんてことがあっても全くおかしくないのですけれども、中には複数医療機関に片っ端から予約を入れて最初に入荷した施設で接種、他はキャンセルするというようなことをしている事例もあるやに聞きますね。
ちょうど先ごろ政府が優先接種対象者以外にも希望する全国民にワクチン接種を、なんて話を出してきましたけれども、あれも契約上キャンセルできない輸入ワクチンの始末に困ってやっていること、なんて声もあるくらいで、現場では新型ワクチン接種に対する熱意はピークを過ぎた気配も感じられますね。

もちろん時期的に見てもそろそろ季節性の患者が増えてくる時期で新型新型とそればかりでは足元をすくわれかねませんが、一方でデータの集積もようやく進んで新型ワクチンに対する検証が行われているというところ、先ごろにも報道されましたようにこのワクチン副作用問題というのも接種熱に水を差す一因となっているところもあるのでしょう。
国らが言うようにおおむね効果や副作用は従来型のワクチンと同程度ということであるにせよ、一方で新型インフルエンザ自体もその病原性は季節性と同程度だから心配はいらないと大きな声でアナウンスしてきたという背景があるわけですから、そうなりますと「何もかも今までも同じなら、新型だ新型だと大騒ぎして皆に打って回ることもないんじゃないの?」なんて言われかねないという話ですよね。
何にしろリスクと利益を正しく定量的に評価していかなければ「大騒ぎして大金を投じてやった国家的事業が、後に残ったのは国の借金と現場の徒労感混じりの虚しさばかり」なんて話にもなりかねませんが、ちょうど厚労省でこの新型ワクチンの副作用に関しての検討会が開かれたところなのですが、見ていますとこれがなかなか面白い話になっているらしいのですね。

あれ、疫学調査は? 新型インフルワクチン 副反応検討会(2009年12月13日ロハス・メディカル)

 新型インフルエンザワクチンの安全性について検討する厚生労働省の検討会が13日、開かれた。前回に引き続いて、委員の何名かから疫学的データ解析の必要性を指摘する声が出たが、事務局は何も言及せず、座長も「これまで通りの対応で」と取りまとめてしまった。(川口恭)

 この検討会は、『第6回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会及び第3回新型インフルエンザ予防接種後副反応検討会の第3回合同開催』という、やたら長い名前のもの。

 ちなみに、データの取り方について稲松孝思・東京都健康長寿医療センター感染症科部長は「在宅酸素療法を行っている人で、ワクチンを打った群と打たない群との死亡率を少し大きな数で比較すれば、背景事情はかなり揃うので、割とキレイな成績が出るのでないか」と述べ、桃井真里子・自治医大小児科教授は「たとえば接種後2週間までの死亡例を全数報告するようにして、分布が均一ならばワクチンと死亡との間に関係はないということが言えるし、1日後、2日後といったような特定の時期の死亡が多いようならばワクチンが何らかのトリガーになっていることが示唆される」と述べた。

 同席して聴いていた足立信也政務官がどのように指示を出すのか注目される。

この実際の議論の内容というものを別記事でロハス・メディカルさんが取り上げているのですが、「事務方に注文をつける意見は無視されて、結局厚生労働省の方針を追認しただけだった」というように、これがなかなか面白い話なんですよね。
記者氏にも期待された足立政務官は冒頭で発言した後は「政治家が同席すると、メディアの人からは何か政治の力で導いているかのように受け取られるかも」と最後まで無言を通したそうですが、いくつか面白そうなところを拾い上げてみようかと思います。
まずは議論開始の冒頭部分、いきなり記者氏の突っ込みがさく裂します。

 松本和則・独協医大特任教授(座長)
「相変わらず高齢者の特に肺疾患の人の死亡が多いようだが」

 久保恵嗣・信州大副学長(参考人)
「前回(注:前々回のことか?)とほぼ同じ傾向かな、と思う。前回も重症で酸素を吸っているような人に往診してまで打つ必要ないんじゃないかと申し上げた記憶がある(前回傍聴していた私には記憶がないので、抜き打ちでやられてしまった前々回か?)。適用をもう少し慎重に決めてもらいたいなと思う。ただ、棒グラフをみると基礎疾患のある人はもう終わりかけているのだろうか」

 松本
現時点では明らかにワクチンとの因果関係のある死亡というのはないということでよろしいか」

 議論を始めて2言目に、いきなりそれはないだろう。

 久保
「そう判断する。ただ基礎疾患のある方というのは少しのことで増悪するので、ワクチンを打ってどの程度関係するかは判断が難しいが、少なくとも直接的影響はないと考える」

「議論を始めて2言目に、いきなりそれはないだろう」って、記者氏の突っ込みはもっともですけれども(苦笑)、そこはそれいつものように厚労省の役人からまずは冒頭資料の棒読みを聞かされるよりは実際的でマシだったということですかね。
ここで注目すべきは「(基礎疾患のある人に対して)適用をもう少し慎重に決めてもらいたい」という発言と、ワクチン接種と死亡との間に「少なくとも直接的影響はない」という久保氏の二つの発言なのですが、真っ先に提示されたこの言葉が後々色々と解釈できるものとなってきます。
このあたりの久保氏発言を受けての松本座長の発言がこちらなんですが、それに対する稲松氏の言葉が面白いです。

 松本
「打つか打たないかの段階で判断が必要ということか」

 稲松孝思・東京都健康長寿医療センター感染症科部長(副反応検討会委員)
「在宅酸素を導入できなければとっくに亡くなっていたような患者さんは、何とか頑張っているけれどインフルエンザにかかってしまったら真っ先に亡くなってしまうような人。たまたまワクチン接種後に亡くなる人もいるが、ワクチン接種をしなければトータルにはもっと被害が大きいと考えられる。そのことを第三者に納得してもらえるようなデータの積み重ねが必要だろう」

 松本
「どのような検討やデータの取り方をすればよいか」

 稲松
「在宅酸素療法を行っている人で、ワクチンを打った群と打たない群との死亡率を少し大きな数で比較すれば、背景事情はかなり揃うので、割とキレイな成績が出るのでないか」

いやワクチンの有効性云々の検証もさることながら、副作用問題で議論する大前提としてそういうデータがこの場で提示された上で議論がなされていてしかるべきではなかったかとも思うのですが、いきなりデータがないのに結論ですからねえ…
うがった見方をするならば「適用を慎重に」という久保発言は、どうも手ごたえとして重症者に対してはワクチン接種の塩梅がよろしくない、だからこそ「危ない症例には打つな」ということにしませんかという話のようにも聞こえてきますけれども、このあたりはそれこそ実際のデータを見てからでなければ何とも結論を出し難いところだと思います。
続いて出てくるのが若年者で接種後に死亡した症例の話ではありますが、これもなかなか興味深い症例ではあるというのに「無関係」という結論だけが先走りしている印象がぬぐえないところですよね。

 松本
「(略)ここに来て20代以下にも死亡例が出てきたが」

 庵原敏昭・国立病院機構三重病院院長(参考人=治験実施担当医師)
「まだ情報が足りないので何とも言えない。4歳のお子さんの例(ワクチン接種後にくも膜下出血で死亡。PCR検査の結果、新型インフルエンザ感染を確認)では少なくともインフルエンザのPCRが取れているということだが、ウイルスが生きていたのか、インフルエンザの臨床症状があったのかも分からないので、この症例には何も言えない。もう一つは腸管出血が死因であろうし、接種日5日も経っているので因果関係はないと考える方がよかろう」

 松本
「18歳の方も死因がハッキリしない」

 岡田賢司・国立病院機構福岡病院小児科医長(参考人)
「時間経過を考えるとワクチンとの因果関係はないだろう。インフルエンザの方は何とも言えないのかな、と」

 是松聖悟・大分大学地域医療・小児科教授
「感染でないとするとおかしな経過を辿っているのでワクチンとの関係を否定できないが、感染していたとすれば説明できる。いずれにしても成人の症例と同じように、本当にワクチンを打つべきものだったのかと考えるのがある。小児に関しても適用を考えていただきたい」

 桃井真里子・自治医大小児科教授
直接の関係がなくても、風邪でもワクチンでもトリガーにはなる。小児の先天性代謝異常などの例では、ワクチン接種から数日後に全身状態が悪化し、基礎疾患である代謝異常も悪化するという例を普通に経験する。ワクチンがトリガーになることは誰も否定できないし、症例58(腸管出血のあった患者)についてもトリガーになったことを否定できない

 ご老人のことは分からないけれど、ご老人でも風邪をひいてもワクチンでもトリガーにはなり得るというようなお話だと思う。間接的なトリガーになり得るんだということを、国民に知っていただいて、それぞれの方で打つかどうかの判断をすべきと思う。その情報が行ってないと、受けるべきか受けないべきかの判断もできない。何らか分かりやすい情報提供をしていただきたい」
(略)
 久保
ワクチンを打ってから数時間という、明らかに悪化させているように見える例が死亡はないけれど重篤例の方に何件かある。喘息を悪化させている可能性はある。死亡例の方は何ともいえないけれど関係していると考えた方がよい

ワクチン接種がトリガーとなって基礎疾患が悪化する、その結果死亡に至る場合もあるということを、一般国民の目から見れば「ワクチン接種と関連しての死亡」ということになるのではないかと思うのですが、このあたりの説明を早急かつ適宜にやっていかないと、「副作用情報を隠ぺい!」なんてまた後々大騒ぎにもなりかねないと思うのですけれどもね。
久保氏あたりは何か言いたげな気配が行間からも濃厚に漂ってくるのですけれども、結局は「悪化して亡くなったのか、報告書を読む中ではハッキリしない」とお茶を濁して見せるあたり、やはり事ここに至って「新型ワクチンで死亡!予防接種禍再び!」なんて書き立てられることを恐れているということなのか、どうなのか。
そして現行の方針を変える必要はない、接種が悪化のトリガーになりそうな人は現場で判断すればよいと言いながら、自らその判断する根拠、材料がないことを認めているというのですから、これは現場に丸投げだと批判されてもおかしくないところで、松本座長の「では改めて対応を変更する必要はないということでよろしいか」という言葉だけが虚しく響きます。

ワクチン接種も色々と考え方があって、「この人は罹患すると困る人だから」という個人防御の考え方と、「患者が増えると社会的に対応できないから」という集団防御の考え方とでどちらを優先するかはワクチンごとにおおむね決まっていて、従来のインフルエンザワクチンでは学校接種による集団防御から希望者への任意接種による個人防御へと、近年軸足を移してきていたものでした。
それが今回の新型においては基礎疾患保有者への個人防御と流行を遅らせ対応する時間を稼ぐための集団防御とが混在していたもので議論が見えにくくなったところがありましたが、やはり原則的に個人防御に関しては国が対象を決めるものではなく、各人がリスクと利益を判断し任意で決めるべきものではなかったかという気がします。
そうなりますと、医療従事者などへの集団防御的対応の流れでそのまま個人防御へと突入してしまった、なんとなく国が決めたことだから打つかと自己決定性を不明確にしてしまったというのは、結果としては責任の所在を不明確にしていささか話を混乱させたのかなという気がしてきます。

リスクと利益を勘案して決める、その判断材料として当然予想であっても何かしらのデータが必要なはずなのですが、それをこれから調べてみますということでは、さすがに国民側としても「打たされている」という感覚はぬぐえないところでしょうね。
となれば、今後何かあったときには自己責任論よりも「国が責任を取れ!」という話が台頭してくるだろうとは容易に想像できるところでしょうが、よもや先日成立した特措法による副作用補償だけで事足りると考えていらっしゃるというのであれば、それはいささか考えが甘いのではないかと思うのですけれどもね。
データ不足で判らないなら判らないなりに判らないということをしっかり公表し判断材料を提供しておかなければならないはずが、いささか国民に対するインフォームド・コンセントの努力が不足していた結果、要らぬ火種を残した形になったように思えるのは自分だけでしょうか。

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2009年12月15日 (火)

知っているのと理解しているのはまた別な問題で?

とっくの昔に出ていたものが後になってむしろ価値が増してくるということはままあるもので、多くの場合は時代を超越する価値があったのだと称賛の対象になっていたりします。
最近一部ネット界隈でちょっとした話題になったのが、よしかた産婦人科院長、東海大学産婦人科兼任講師である善方菊夫(よしかたきくお)先生の手になる医事新報の記事です。
昨年初めに掲載された少し古い記事なのですけれども、改めて今発掘されてみますとこれはなかなか素晴らしい名文ですよね。

今、産婦人科医になるチャンスです(2008年2月1日医事新報連載記事)

私は、平成元年に医者になり、迷わず大学の産婦人科医局に入局しました。
人々の幸せな場面に携わることに、大変な喜びを感じ、医療の場面においては、夫婦に子供が、愛されてこの世に誕生するという出産に関連した事しかイメージできず、産婦人科以外を専攻すること意外考えられなかったからです。

皆がどのような理由から専攻を決めていくのか興味を持った時期があり、何人かのクラブの先輩に聞いたことがあります。
精神科を専攻した先輩は、「人間が、他の動物と違うのは、その特徴的な精神の存在にあり、人間の基本である精神に携わる科を専攻した。」
呼吸器内科を専攻した先輩は、「人間は、まず第一に行うのは呼吸であり、人間の基本である呼吸に携わる科を専攻した。」ということでした。
こんな風に言い出すと不要な科は何もなく、結局進む方向は、ちょっとした偶然によるものなのではないかと思うこの頃であります。  

最近では、臨床研修制度が確立した事もあり各科を回って消去法で専攻を決めていく事も当然 のように行われているようです。
基準としては、将来その科に進んだ場合、“ 人間らしい、穏やかで豊かな生活がしていけるか”が、大きな指標となっているように感じられます。
産科や小児科は研修必修科となっていますが、数ヶ月回るとその激務とリスクに気付いてしまい、全く敬遠されてしまうというのが現状になっています。

このまま行くと産科医がますます減り、最近社会問題となっているお産の場を確保することがさらに厳しい状況になる事は明らかです。
世の中もようやくその事に気付き改善に乗り出そうという兆しも現れてきており、産科医の勤務状況の改善(当直の次の日は休みとする交代制等)、リスク・労働にあった給与体系等を改善しようする動きは、既に多くの自治体で見られ始めました。
また、現在20歳台、30歳台の産婦人科医の半分以上が女性医師であり、今は出産を契機に常勤から外れていく傾向にあることも、産科医師不足を加速している原因になっているように思います。
また、託児所をはじめとした女性医師が仕事を続けていける環境を整備することも重要です。

この雑誌を読まれているのは、学生の方も多いと思いますが、今、産婦人科医を専攻すると・・・数年の修行期間を頑張って乗り越え、専門医になってしまえば、それほど無理しなくても人間らしい生活ができる時代が数年後にやってくると考えられます。それどころか、産婦人科医は少ないこともあり、大学や学会内で上のポジションに行きやすく、日本中、産科医は引っ張りだこであり、一般病院においては豊かな収入が得られるのは確実です。

どうか、未来を信じて産婦人科を選んでください
(以下略)

未来を信じて産科医が増えつつあるということなのかどうかはともかくとして、少し前に産科学会の新入会が増加に転じているということがちょっとした話題になったのは記憶に新しいところで、最悪の時期は脱したと胸をなでおろしている先生方も多いのではないでしょうか。
いずれ数年後にやってくるとされた産婦人科医の人間らしい生活が実現に向かっているのかどうかは未だ寡聞にして存じ上げませんけれども、面白いなと思ったのは日本のこの産科を取り巻く状況というものが結構海外でも話題になっているらしいということです。
韓国や台湾あたりでは日本のテレビを結構視聴していたりする人が多いと言いますけれども、その影響なのかどうなのかこうした日本の世情についても結構興味と関心があるようですね。

【韓国ブログ】深刻な状況の産婦人科「日本で出産するのは難しい」(2009年10月27日サーチナ)

  10月14日から放映が開始された日本テレビの『ギネ 産婦人科の女たち』は、日本の産婦人科をテーマにしたドラマ。原作は自身も産婦人科医である岡井崇の『ノーフォールト』で、藤原紀香さんが主演し、過酷な状況下で奮闘する産科医の姿を描いている。

  日本の話題を伝える韓国のインターネット新聞「JPNews」ではキム・ミンジョン記者が、このドラマの話題とともに、筆者自身の日本での出産体験をもとにその難しさを語っている。ただし、この記事は、筆者自身が病院に通って感じたことや日本で子どもを生んだ妊婦を取材した内容で、すべての助産院や個人病院、産婦人科に当てはまるわけではないと断った上で記されている。

  日本では近年、産婦人科施設や産婦人科医の減少が社会問題になっており、特に地方では深刻な事態をもたらしているという。筆者はその理由について「産婦人科医師たちはそれこそ不眠不休で仕事をしている。子どもがいつ生まれるか予測できず、さらに産婦人科医師の減少によって勤務時間が次第に長くなり、38時間もの連続勤務を要求されている。勤務環境以外にも、日本で産婦人科医師になることを敬遠する理由は、ほかの科に比べて訴訟が増えていることが挙げられる」と語っている。

  また日本での出産施設として助産院や個人病院、大学病院などを紹介し、自宅で出産することも可能だと述べている。それぞれの長所と短所を記すとともに「どこを選ぶにせよ、早期の予約をせずに出産することは難しい」と語っている。

  記事には「日本は理由もなく出生率が低い訳でないようだ。病院の負担も大きいのかもしれない」「記事内容は韓国の状況と似ている。 むしろ韓国の方が深刻かもしれない」など、多数のコメントが寄せられている。(編集担当:李信恵・山口幸治)

韓国の医療制度は日本のそれを少しモディファイしたような感じでそれなりに制度としては整備されている一方で日本と同様の問題も抱えており、特に医療費、医師数といった部分では日本以上に深刻なところがあるようで、それだけに他人事ではないという危機感があるということなのでしょうか。
日本の場合は「産科医減少は出生数の減少で医療ニーズが低減していることの反映」との名?答弁を行った柳沢厚労相でありますとか、臨月でありながら「岐阜で産んでもかまわない。その覚悟で勝手にやってきました」と野良妊婦宣言をしてしまった小渕少子化担当相でありますとか、直接その方面を担当すべき為政者の認識としてどうなのよ?と思われる点が気がかりなところですが、これがこの国の伝統なのでしょうか。
産科のみならずこちらも危機が叫ばれて久しい小児科ですけれども、どうも行政担当者の認識と現場の認識とには相当なかい離があるのではないかと感じさせられるのがこちらの記事です。

小児科医は増加している? 辞めている?(2009年11月3日ロハス・メディカル)

 小児救急の改善策として厚生労働省は、「小児科医の数は増加している」とした上で、「トリアージ体制」や「小児救命救急センター」などを2010年度の診療報酬改定で評価する方針を示している。小児科医や看護師らが充足しているなど救急受け入れ体制が整っている病院を手厚く評価する意向だが、「地方はピンチな状態で小児科医が辞めている」との異論もある。(新井裕充)

 10年度改定の議論を再開した10月30日の中央社会保険医療協議会(中医協)の基本問題小委員会で厚労省は、小児医療について現状や課題などを説明した上で、次期改定に向けて5項目の「論点」を示した。

 現状に関する説明の中で厚労省は、「小児科医の数は、平成6年から平成18年までの間に13,346人から14,700人と約1,350人増加している」とした。
 その上で、軽症患者が9割以上であること、1~4歳の死亡率が高いことを説明。軽症患者への対応策として、「医師に代わって看護師などのコメディカルが患者の振り分けをする」という意味でのトリアージ体制を診療報酬で評価する方向性を示した。
 また、1~4歳の死亡率が高い状況を改善するため、PICU(小児集中治療室)など重篤な小児患者を専門的に受け入れる病床を評価する方向性を打ち出した。

 意見交換で、安達秀樹委員(京都府医師会副会長)は小児科の医師がいる病院に集中している。それが小児科医の疲弊の大きな原因の1つだ」と指摘、小児の二次救急病院が広く算定できるような点数設定を求めた。
 嘉山孝正委員(山形大学医学部長)も、「地方はピンチな状態で小児科医が辞めている」と指摘。「小児科医は女性が非常に多いが、女性が働く社会環境が整っていない」として、医師数に関する厚労省のデータが実態を反映しているかを疑問視した。さらに、「センターと付くとそこの医療費が上がるなど、そういう(診療報酬の)付け方をしてきたので、地方の小児医療などが潰れた」という辛口の発言も飛び出した。
 
 小児救急をめぐっては、医政局指導課が中心となってPICUの全国整備に力を入れている。今年3-5月にかけて、「重篤な小児患者に対する救急医療体制の検討会」で議論し、7月に報告書を取りまとめた。
 同検討会では、重症の小児を24時間体制で受け入れる「小児救命救急センター」を推進する厚労省側に対し、「実際に何人の医師がいるかを考えないと現実化しない」など、マンパワー不足を問題視する意見があった。また、小児救急の専門医の育成、救急医と小児科医の連携、救急搬送システムなど、「ハコ」の整備と別の観点からの意見が相次いで議論が錯綜した。(詳しくは、最も議論が紛糾した4月23日の議事録を参照)
 その後、委員らの指摘を受けて厚労省は「小児救命救急センター」の文字を一度は引っ込めたが、7月の報告書で復活させたという経緯がある。次期改定では、「小児救命救急センター」などを診療報酬で評価する方針とみられる。なお、安達委員と嘉山委員の発言は次ページ以下を参照。
(以下略)

この話、別に小児医療に限らず近来の医療行政を象徴しているところが多分にあると思いますけれども、何かしらを熱心にやっている病院を診療報酬上で優遇するとした結果そこに医者が集まる、当然周囲には医者がいなくなった病院が多数でき患者が一極集中する、せっかく医者を集めても勤務医が疲弊し最終的に地域医療がごっそり崩壊するという、過去に何度も繰り返されたパターンをまたやりますと宣言しているわけです。
病院再編をかねてからの目標に設定している厚労省としては未だに欧米並みを目指しての病床再編をあきらめていないようですけれども、高度にシステム化された病診連携などというものは患者がいつでもどこにでも好き勝手に受診していいという制度下では突き詰めていくほど破綻に近づくものであるという現実を、そろそろ学習していただいても良い頃なんじゃないかとも思うのですけれどもね。
その方がやりやすいからと医療の需要側の制約を一切課さないままで供給側ばかりああしろこうしろといじっていても、結局かつての「開業医にかかりつけとして頑張ってもらいたいから点数を高く設定してみました。そうしたら患者は料金の安い大病院に集中するようになりました」の笑い話が拡大再生産されるだけではないかという懸念がぬぐえません。

ネットなどを覗いていますと少子化が進んでいるからそんなに忙しくないはずだなんて声も未だに一部であるようですが、少子化が進む産科が疲弊しているのと同様に、対象人口と医療需要とはまた別問題なんだと言うことを国民も、そして医療行政の担当者も認識しなければいけません(そもそも小児科外来に行ってみれば忙しいのか暇なのかはすぐに判りそうなものですけれどもね)。
その意味では年々進む小児医療費無料化政策が一番現場の疲弊を招いている理由なんだと思いますけれども、少子化対策だと言って需要の側(すなわち有権者と言い換えてもいいと思いますが)には幾らでも甘い政策を並べるのは仕方ないにしろ、その影響がどう現れるのかという学習機会はもうさんざんあったはずなのですが、医療行政担当者には未だそういう認識はないのでしょうか。
各地で地域住民が主体となって病院を守るために不要不急の受診を控えようという運動が広まりつつありますけれども、現場情報から遮断されて甘やかされていたはずの国民の方が先に現実に目覚めつつあるようにも見える一方で、毎度毎度同じようなアンケート調査ばかり現場に回してくる人たちが何も理解していないでは、情報を理解し処理する部分に何かしら深刻な問題でもあるのかという話にもなりかねないでしょうにね。

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2009年12月14日 (月)

出産一時金制度を悪用する産科医?!

面白いと言ったらいささか不謹慎ですけれども、先日こんな記事が出ていまして「へえ」と少しばかり感心したものでした。

【産科医解体新書】(65)悪用された出産一時金(2009年12月8日産経新聞)

 先月、群馬県伊勢崎市で出産一時金詐欺未遂容疑で、27歳の女性が逮捕されるという事件がありました。世の中にはいろいろなことを考える人がいるものです。

 出産一時金制度では、赤ちゃん1人に対して約40万円、妊娠12週を経過後に中絶手術をした場合も同じぐらいの金額を受け取ることができます。女性は前に赤ちゃんを産んだことがあり、そのときの出産証明書の記載内容を修正液で消してコピーし、「妊娠継続不可」と加筆して中絶証明書を偽造したそうです。

 確かに40万円は大金ですが、この女性は「双子を中絶した」として、倍の金額を要求したそうです。どうせうそをつくなら8つ子にして300万円ぐらい請求してもよかったのに、そこは常識が働いたのでしょうか。もしも人間がウサギやネズミのような多産の動物だったら、出産一時金制度は破綻(はたん)していたでしょう。

 しかし、悪いことはできません。1人だけの請求なら書類はそのままスルーした可能性があったのに、双子にしたために、市の担当者が書類にあった産婦人科に確認の電話をかけ、うそが発覚したのです。

 出産一時金を何に使ってもかまいませんが、実際にはほぼ同額の分娩(ぶんべん)費用が持ち出しになりますから、その費用を相殺しているにすぎません。育児には何かとお金がかかりますから、そのための補助的意味合いもあるでしょう。

 出産一時金で「いっちょ、もうけてやろう」と考える人がいると聞けば、一瞬わが耳を疑います。詐欺をしておいしいものを食べさせてくれる親よりも、貧乏でも正直に生きることが大事だと育ててくれる親の方が、子供の将来のためには絶対いいはずです。

 この事件が報道された後、僕の勤務先のクリニックには、一度も赤ちゃんを産んだことのない女性から出産一時金の件で何件か問い合わせがありました。そんな問い合わせは今まで一度もなかったのですが、まさかこの事件をまねて詐欺をしようとしているのではない…ですよね。(産科医・ブロガー 田村正明)

しかし出産一時金というと少子化対策ということで出来上がった制度であったように記憶していたのですが、妊娠中絶に対しても出すということになりますと制度の意義としてどうなんでしょうね?
いずれにしても何であれ制度というものが出来上がるとそれを悪用するアイデアというものは尽きないのだなと思うところですけれども、実はこの出産一時金に関して当の産科医自身が制度の悪用を非難される立場となっていることを御存知でしょうか。
先日出ました地方紙の小さな記事ですけれども、ここには厚労省担当者の産科医を叱責する厳しい言葉が載せられているのですね。

妊婦補助病院が「吸収」 県内5施設増額相次ぐ 「便乗」と批判の声 出産一時金で負担↓+分娩介助料↑≒0  /山梨(2009年12月11日山梨日日新聞)

 山梨県内で出産を扱う7病院のうち、5病院が妊産婦に請求する分娩(ぶんべん)介助料を4万~5万円引き上げたり、増額を検討していることが分かった。出産育児一時金が4万円アップされているため、妊産婦の負担はほとんど変わらないが、国が少子化対策として打ち出した補助を病院側が“吸収”した格好。病院側は「介助料のアップで増収を図り、経営改善や医師の処遇改善を目指す」としているが、妊産婦からは「一時金の増額にかこつけた便乗値上げ」との批判も出ている

 出産育児一時金は、出産にかかる経済的負担の軽減を図るため、公的医療保険から妊産婦に支給されている。10月に4万円増額されて42万円になった。
 一方、分娩を取り扱っている県内7病院(診療所、助産院を除く)のうち、山梨大付属(中央市)、山梨赤十字(富士河口湖町)、甲府共立(甲府市)の3病院が10月から分娩介助料を値上げ。山梨大付属は5万円増の23万円、山梨赤十字は4万円増の21万5千円とし、甲府共立も4万円引き上げた。
 このほか、市立甲府は4月に4万円増額しているが、来年4月にはさらに4万円引き上げて14万円とする。国立病院機構甲府は「他病院の状況を見ながら4月の引き上げを検討する」としている。引き上げを実施、検討している5病院の分娩件数(2008年度)は約3千件に上っており、多くの妊産婦が出産育児一時金アップの恩恵を受けられない可能性がある。これに対し、富士吉田市立は08年4月に7万5千円引き上げて12万5千円としており、「現時点で改定の予定はない」。県立中央は現在7万円だが、引き上げに関しては「未定」としている。

 相次ぐ引き上げの背景には、経営再建や医師の処遇改善を図りたい病院側の事情がある。山梨大付属は産科医、助産師の待遇改善に向け、引き上げ分を4月から支給を始めた分娩手当の原資に充てる方針。市立甲府は08年度決算で9年連続の単年度赤字を計上しており、「再度の介助料引き上げで経営健全化を図りたい」としている。山梨赤十字や甲府共立は「一時金の増額に合わせれば妊産婦の負担増は避けられ、理解も得られやすい」と説明している。

 相次ぐ介助料引き上げの動きに対し、厚生労働省の担当者は「出産育児一時金の増額は医療機関に対する援助ではなく、緊急少子化対策の一環として妊産婦を援助するのが目的」と苦言。甲府市内に通う山梨市の妊婦(32)は「出産育児一時金の増額を喜んでいたので、病院の対応が心配。景気が悪い中で、経済支援は妊婦の精神的な安定にもつながっているので値上げはやめてほしい」としている。

以前にある産科の先生が試算したところでは、きちんと現代の医療水準に則ってお産に関わる費用を積み上げていくと少なくとも40数万円という程度にはなると言いますが、これに対して議会の同意が得られなければ分娩料金も引き上げられない公立病院ではちょっとあり得ないような価格設定が未だに続いているところが多いようです(記事を見ても価格がまちまちですよね)。
つまり基本的に公立病院の価格設定ではまともなお産管理はできないはずなんですが、持ち出し価格で赤字を幾らでも垂れ流していい(そして、実際大赤字を垂れ流している)公立病院に相場を引きずられて周辺のお産を扱う民間施設が大迷惑という、とんだ民業圧迫があちこちで聞かれるところで、こうした不当な分娩料金抑制が産科崩壊の原因の一つとなっていたことは想像に難くありません。
2009年1月に例の保険料負担で3万円引き上げの38万円になった折にも「この財政の厳しい折に」という声が結構ありましたけれども、国の財政が厳しいということであれば産科の財政も同じく厳しいわけで、少なくとも自由診療であるはずのお産費用で原価割れの価格設定継続を強要されるのもおかしな話であるという気がするところですけれどもね。

しかし厚労省担当者の発言自体は実のところ従来の政府見解丸写しに過ぎないのですけれども、前後に勝手に言葉を補って巧妙に読者を誘導する手腕は、地方紙といえどさすがマスコミだけに侮れないといったところでしょうか?(苦笑)。
いずれにしても出産費用を補助するというのであれば適正なコスト分をちゃんと補助するべきという話ではないかとも思う一方、妊婦の負担増による影響と産科崩壊による影響と、今の時代にあってどちらがより大きな社会的影響を与える問題なのかという評価も必要ではないかと思います。
産科医の減少以上に分娩取扱施設数は激減の一途を辿っていますけれども、実際問題あちこちで「産みたいけれども産む場所がない」だの「産もうとしたら一杯だと断られた」だのといった話は幾らでも聞こえてくることは一般の方々にも最近ようやく知られるようになった話です。

やはり医療も経済原理を離れて続くものではない以上、社会的に適正な評価を行っていかないことには人材も集まってこないし、幾ら続けようという熱意があっても赤字では続けられないものであって、実際もはやお産取扱は病院にとって貴重な収入源からお荷物へと転落してしまっているという現実があるわけです。
最近では少しでも産科医の負担を軽減しようとチームを組んでの分業制の徹底なども議論されていますけれども、後になってこういう話が出てくるからこそその経費負担ということについても早急に話し合っていかなければならないように思いますね。

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2009年12月13日 (日)

今日のぐり:「お食事処みのり」

以前に「ロンドン塔で陰湿ないじめ発覚?!」といったニュースを紹介したことがありますけれども、その続報が出ているようです。
全世界にこれだけ流されてしまった話だけに始末をつけないわけにもいかないのも当然でしょうが、wikipedia書き換えなんて話が出てくるあたりが今風ということなんですかね?

ロンドン塔の衛兵を2人を解雇、初の女性衛兵に対する「いじめ」で(2009年11月27日AFP)

英国の観光名所ロンドン塔(Tower of London)で、初の女性衛兵モイラ・キャメロン(Moira Cameron、44)さんに対し執拗な「いじめ」を繰り返していたとして、2人の同僚男性が解雇された。ロンドン塔の管理団体が25日、発表した。

 管理団体はキャメロンさんが同僚の衛兵らから執拗ないじめを受けているとの訴えを受けて調査を行っていた。もう1人の同僚も調査されていたが、いじめをしていないことが明らかになった。

 英大衆紙サン(Sun)が匿名のロンドン塔関係者の話として今月に入って伝えたところによると、キャメロンさんが2007年に522年(当時)の歴史を持つロンドン塔で初の女性衛兵として採用されて以来、世間の注目を集めていることをねたみ、同僚の衛兵ら数人がいじめを行っていた。

 キャメロンさんは、衛兵の制服が汚されたほか、オンライン百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」の記述が改ざんされたり、ロッカーに「いやがらせ」の書き置きが残されたりするなどの被害を受けたという。

本日はキャメロンさんに敬意を表してブリネタを取り上げてみますけれども、まずはブリともなるとお役所がこんな仕事もしていたのかと驚くような話から。

英国防省“UFO班”を廃止 分析60年、脅威の証拠なし(2009年12月5日47ニュース)

 【ロンドン共同】英国防省は4日までに、未確認飛行物体(UFO)の目撃証言の収集や分析を60年近く続けてきた“UFO班”を廃止した。同省は「(UFO調査に)防衛上の利益を見いだせず、防衛予算を使うのは不適切だ」と説明している。

 同省は1950年以来、直通電話や電子メールなどで、市民らから目撃証言や写真などを募ってきたが「どの情報も英国に(UFOの)潜在的脅威があるとの証拠とはならなかった」として、1日にこれらの連絡手段を廃止。たった1人の専従担当者も異動となった。

 英紙によると、これまでに計1万2千以上のUFO情報が寄せられた。昨年だけでも計135件の報告があった。

 国防省報道官は、上空はレーダーなどが24時間監視しているため、UFO班廃止は問題ないとしているが、1990年代にUFO情報分析に当たった同班OB、ニック・ポープ氏は、情報は警官や飛行機の操縦士からも寄せられたなどと英紙に強調。「(上空を)テロ攻撃に開放するのか」と廃止決定に憤っている

しかしまあ、60年もこんな部署が残っていたことが驚きですけれども、やはりこんなところでもOB権益というものは存在しているということなのでしょうかね?
一方でこちらはぐっと新しいニュースですけれども、こういうものを見るとカチカチの保守的社会に見えて案外ブリも砕けているのだなという感じにも見えますね。

英国海軍が隊員を「PSP」で教育、本を読まない世代の学力アップを狙う。(2009年11月28日ナリナリドットコム)

外出中でも楽しめ、持ち運びにも便利な携帯ゲーム機。普通にゲームを楽しむだけでなく、通信機能を使って仲間と一緒に遊んだり、音楽や動画の再生をしたりと、特に若者にとっては必須アイテムになりつつある。ゲームを遊ぶ以外にも教育関連、生活関連のソフトも充実してきており、いろいろなシーンで使えるのも強みだ。英国海軍はそんな携帯ゲーム機の便利さと人気に目を付け、海上で手軽に勉強してもらおうと隊員にソニーの「PSP」を配布し、そのための教育ソフトまで開発した。

英紙デイリー・テレグラフによると、ハンプシャー州にあるコリングウッド海軍戦術学校では、生徒の4分の1の成績が落ちていることを重視。全体の教育強化を目指し、携帯ゲーム機を活用するアイデアを思いついた。トレヴァー・プライス司令官は「本を読むことが、今や“つまらなくて退屈”と思われていることを前提に、プロジェクトに取り組んでいる」と、その意図を説明する。本から学ぶことに慣れていない若い世代に意欲を持たせるために、このプロジェクトが発案されたというわけだ。

英国海軍は手始めに駆逐艦リバプールの乗員に「PSP」を230台配り、プロジェクトの試験運用をスタート。気になるソフトの中身は「数学、電気工学や電子理論、電子機器や武器の仕組みをカバーする」(英紙ポーツマスニュースより)エンジニア向けの内容で、図を使った解説ビデオがメインのようだ。プログラムを開発したマーク・ウィリアムズ少佐は、「多くの船で与えられる1人のスペースは非常に狭い」(英紙タイムズより)と、限られた場所でも勉強ができる有意性を強調している。試験運用では、ほとんどの隊員がゲーム機の扱いに慣れていることもあり、今回のプロジェクトは好評だったそうだ。

また、英国海軍が「PSP」を採用した理由にはもう一つ大きなポイントがあり、「とにかく器材を壊すと評判の水兵にとって、衝撃への耐久性を重要視」したという。タイムズ紙では実際にソニーの関係者がゲーム機を壁に投げて耐久性を示し、衝撃に強い「PSP」に決めたいきさつも紹介している。自由時間には持ち込んだ「PSP」のソフトでゲームを楽しむことも許可され、これも人気を得ている一因となっているようだ。 

今回のソフトにかけた開発費用は5万ポンド(約714万円)、それに「PSP」の配布する台数分の本体購入費が上積みされることを考えると、決して安い投資ではない。しかし、海軍関係者は長いスパンで見れば効率アップによる学力強化が期待できるだけでなく、これまでの訓練の運用に比べて1時間当たり200ポンド(約2万8,000円)のコスト削減にも繋がると、「PSP」の導入は英国海軍にとってメリットが大きいと見ている。今後は、ほかの艦船でも順次導入を進める予定で、当初の配布では「ピンクの本体は拒絶された」ことから、ブルーの「PSP」で統一していくようだ。

まあ実際に勉強して成績が上がっているのかは今後の検証を待つ必要がありますけれども、PSPが壁に投げつけても壊れないほど堅牢だとは知りませんでしたね(UMDドライブは耐衝撃性が高いのでしょうか?)。
さて、昨今日本でも小沢氏を始め政治家の中国詣でが盛んだそうですけれども、迂闊なことをやっていると故・橋本総理らを始めとする先人たちの二の舞になりかねないという話がこちらです。

「まさか、自分が騙されるとは」 ロンドン前副市長、中国美女の罠に(2009年12月4日大紀元)

 【大紀元日本12月4日】親しくなった異国の美女が、実はスパイだった……。映画で使い古された「ハニー・トラップ」のパターンが、中国では現実に起きている。2004年にも、上海の日本領事館に勤める電子官が、女性の存在を利用したスパイから暗号コードを渡すよう脅され、自殺を図るという痛ましい事件が起きた。ロンドン前副市長のイアン・クレメント氏(Ian Clement)が遭遇した北京での出来事を、中国を訪問する政府要人は参考にするといいだろう。

 「まさか、自分が騙されるとは思ってもいなかった」と、クレメント氏は29日付け英紙「デーリー・ミラー」に告白している。

 昨年の北京オリンピック期間中、当時ロンドン副市長だったクレメント氏は、北京を訪れていた。目的は、2012年開催予定のロンドン・オリンピックに投資してくれそうなクライアント探し。

 オリンピック開幕日の夜、クレメント氏は中国当局主催のイベントで、ある中国人の女性から名刺を渡された。バーで飲もうと言われたが、彼はその誘いには乗らず、そのまま宿泊先のホテルに戻った。すると、女性がフロントでクレモント氏を待っていた。二人はお酒を飲んだ後、クレモント氏が女性を部屋へ誘った。

 その後に発生したことについて、クレメント氏ははっきりと記憶していない。目が覚めたのは数時間後で、女性が服を着て、部屋を出ていくのが分かった。書類が部屋中に散らばり、重要な情報が入っている彼のブラック・ベリー(携帯端末)から、ファイルがダウンロードされた形跡もあった

 「彼らは、私がどのビジネスを得ようとしているのかに興味があったようだ。彼女は、私が誰に会い、ロンドンでの保守派政権の動きが知りたかったのだろう」と、クレメント氏は「デーリー・ミラー」に話す。

 この中国人女性は、明らかにプロのスパイだったとクレメント氏は語る。「財布も開けられた形跡があり、隈なく調べている。彼女は明らかに、スリとは違う。なぜなら、何も盗まれなかったからだ」とクレメント氏。部屋に入った後のことは、「何も覚えてない」と話すクレンメント氏は、彼女が酒に薬を混ぜた可能性を指摘している。

 クレメント氏はその後、ロンドンのボリス・ジョンソン市長(Boris Johnson)には報告せず、美女との遭遇について誰にも語らなかった。盗まれたのはロンドン市に関する経済情報のみで、英国民を危機にさらすような事件ではないと判断したためだ。

 「私がジョージ・クルーニーじゃないことは分かっている。だから、魅力的な女性がにこやかに近づいてくるってことは、普通じゃないと分かるべきだった」とクレモント氏。彼は過去のことを謝りたいと話している。

ちなみにリンク先にはクレメント氏の写真も掲載されていますけれども、確かにジョージ・クルーニーというよりはもう少し肉体派な感じでしょうかね?
さて、お次はぐっとくだけて、いかにもブリらしい馬鹿馬鹿しさ満載というニュースがこちらです。

人類史上最強のビール「戦術核ペンギン」がイギリスで発売(2009年11月29日GigaZINE)

「とりあえずビール」の言葉が表すとおり、ビールは大衆的な飲みやすいお酒として親しまれてきました。近年、消費量は落ち込んでいるもののビール党員はまだまだ健在。様々な個性をもったビールが今も次々と世に出てきているわけですが、とある醸造所で「少量で飲まないと危ない」レベルのアルコール度数を持ったビール、その名も「戦術核ペンギン(Tactical Nuclear Penguin)」ビールが作られたそうです。
(中略)
一般的にビールやワインなど原料を発酵させて作る醸造酒のアルコール度数は、蒸留酒よりも低くだいたい15~20%程度。しかし、この「戦術核ペンギン」は通常のスタウトビールを摂氏マイナス20度で凍結、融点の違いを利用して水分を除去しアルコール度数を32%まで高めることに成功しました。戦術核並の強さのビールを、ペンギンの住む温度で作り上げたということで「戦術核ペンギン」と名付けたそうです。

これが「戦術核ペンギン」を製造しているBrewOneの経営者達
(中略)
経営者のジェームズ・ワットは「このビールは、既存のビールの限界を押し上げまったく新しいレベルに進化させた」としていますが、伝統的な英国のビール業界では「ただのひねくれた宣伝戦略」と批判もある模様。500本限定で、最初の250本は一本35ポンド(約5000円)、残りの250本は、BrewOneの株式とセットで1本250ポンド(約35700円)で売り出されます。

なぜペンギンなのか?などと色々と問いたいところは多々あるのですけれども、とりあえずブリの同胞からも「ひねくれた」と言われるそのかぶり物のセンスを何とかしろと。
日本では色々な意味で痛すぎる話と言われそうですけれども、このセンスがやはりブリというところなんでしょうかね?
さて、最後にこれぞまさにブリ!と納得するしかないすばらしい話題を紹介しておきましょう。

おっぱい大好き星人、ついに自分のお尻をおっぱいに改造(2009年12月2日デジタルマガジン)

 おっぱいに狂った一人の男が、自分のお尻をおっぱいに改造してしまった。ちょっと何を言ってるのか分からないと思われるかもしれないが、お尻にタトゥーを入れておっぱいにしたのである。

 イギリス、アーボーフィールド出身の男性、ジェイ・ノーウェル(28)は、おっぱいが大好きだった。そんなある日、彼は自分もおっぱいを持つべきだという考えに至った。「そうだ、お尻をおっぱいにしよう!」

 ジェイはその日から理想のおっぱいを捜し始めた。当初はシンガーソングライター、リリー・アレンのおっぱいが最高だと思っていたジェイだったが、雑誌『Nuts』に掲載されている女性、レベッカのおっぱいに一目ぼれ。いくらかの使用料を払うことで使わせて貰えることとなった

 ジェイからお尻をおっぱいにするという話を聞かされたとき、周りのみんなは「頭がおかしい」「どうかしたのか?」と口々に述べた。実の母でさえ、「バカ」と口にした。しかしジェイの意思は固く、ついに母も諦めたようだった。

 その後、ついに念願の夢をかなえたジェイは、今度はブラジャーをつけた自分のお尻の写真を撮りたいと、新たな夢を語っている。だが、まだお尻おっぱいのブラのサイズを計っていないため、その夢は叶えられていないそうだ。

まあ、何と言いますか…何であれ道を究めるということは色々な意味で大変なんだなと、改めて思い知らされるような話ではありますけれどもねえ…
おっぱいが大好きだったところまではまだ理解が及ぶにしても、そこから「そうだ、お尻をおっぱいにしよう!」と飛躍するのが極東の島国の住民などには及びもつかないブリ的センスの素晴らしさというものでしょうか?
しかし記事にはあまり見たくもない「おっぱい」の画像まで添えられているのですけれども、それは確かに親からも「バカ」と言われもするだろうという話ですかね…

今日のぐり:「お食事処みのり」

岡山市外の南のはずれに位置する、こちらはごく当たり前の定食屋という感じの店構えですが、最近はこのあたりも色々と賑やかな外食産業が多数進出している中で、こういう地味な構えはむしろ新鮮な気もします。
夜のメニューは色々と単品もあるのでしょうが、昼は焼き魚、煮魚各数種類を中心とする定食と丼物などのレギュラーメニューが中心の営業のようですね。
この日は焼き鯖定食を頼んでみましたけれども、相変わらず一緒に出てくる副菜が色々で、ちょうど他の方も写真で取り上げていますけれども、まさにこんな感じで大きなお盆にいっぱいという感じですね。

以前よりは少し小盛になった?と思われるご飯の盛り具合ですが、それでもこの店の伝統である「マンガ日本昔話」風の山盛り感は健在で(もっともこれは、飯の味を考えるともう少し大きな器にふわっと盛って欲しいとも思いますが)、副菜も込みで考えると大食漢の方にもそれなりに満腹感は得られるようになっています。
ちなみにここの副菜は野菜のおかずが中心に2、3品の子鉢がついてくるというのがデフォルトなんですが、こういう店を利用する機会が多いだろう人々はおおむね野菜も不足しがちでしょうから、見た目だけで実は繊維質は少ない山盛りキャベツなんてものに走らず、火を通した野菜の実質がたっぷりというこの取り合わせはありがたいですね。
副菜はそれとして、こういう店でお昼の定食となるとそうなるのでしょうが、まとめて焼いたものを置いてあったらしい焼き鯖は冷めてしまっているのは少し残念でしたね(なかなか一人ずつ焼いて出すという訳にもいかないのは判るんですけれども)。

ところでこの焼き鯖の塩加減もそうなんですが、以前に焼きサンマ定食を食べた時にも感じたことに副菜も含めて全般の味加減はいわゆる「一味ひかえめ」という感じなのは、ご主人のキャリアによるものなのか、あるいは客層に合わせたということなんでしょうか。
昔はこういう定食屋というと飯を食わせる店ということで濃いめのおかずが多かったものですが、いずれにしてもこの界隈でもやたらと脂質とカロリー過剰な派手な味の外食産業が流行る中で、こういうさっぱりと食べられる味に落ち着いている店というのは普段の食事として考えるとありがたいです。
この鯖も脂の乗りはそれなりでおかずとしてはまず不満のない味ですし、副菜なども含めた全体の味、ボリューム感、そして栄養学的取り合わせから考えると750円という値段は決して高くないと思うのですけれどもね。

ところで飯と汁と漬物と言えば昔も今も飯屋にとってはいわば屋台骨ですけれども、ここの飯はパッと見存在感を主張している見た目からすると格別不味くもないが特記するほど美味でもない、いたって標準という感じでもう少し押しが弱いかなという気がします。
やはりまともな飯屋というのはまず飯や汁の味がしっかりしているというのが大前提だと思うのですが、結構おかずなどの面では値段からすると頑張っている印象がある店だけに、小手先ではない本質的な部分で店の格を上げてもらいたいという気はしますかね。
しかし全国規模の大資本が値下げ合戦を繰り広げてしのぎを削っている外食産業の中で、こういういたって地味でごく普通の小さな店が健在なのを見ると何かしらほっとするのも確かでしょうか。

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2009年12月12日 (土)

マスメディアに要求されるモラルとは

その昔は「世の中を知るために新聞を読みなさい」などと親・教師から勧められた時代もありましたが、これからの時代は「将来馬鹿や変態と呼ばれたくなければマスメディアには近寄るな」と指導される時代になるのでしょうか。

なにしろ先日はTBS特集(?)をお送りしたつもりでしたけれども、ネット上ではあのカート暴走事故を評して「またTBSか」の文言が飛び交っていたのだそうで、もはや「あそこならその程度の反社会的行為は当然」という認識が定着しているということなのでしょう。
在庫を一掃したつもりでもまた幾らでもネタが出てくるあたりがさすがに天下のTBSということなのでしょうか、今度はこんなニュースが出ていましたけれども、自ら犯罪行為に手を染めるのみならず他人の手助けまでしているということですか?

TBS警察呼ばず、犯人国外逃亡 「ブラック紙幣」詐欺番組で論議(2009年12月7日J-CASTニュース)

   黒く塗られた紙幣「ブラックマネー」による国際的詐欺事件について特集したTBSの番組が、論議を呼んでいる。警察に通報しなかったため、犯人を国外に逃走させてしまったとブログなどで異論が相次いでいるのだ。TBSでは、「取材の過程については、お答えできません」とだけコメントしている。

   アメリカ軍将校を名乗る黒人の男が、黒く塗られた「1万円札」にボトルの中の「薬品」を注ぐ。すると、1分もしないうちに、1万円札の模様がくっきり現れた。お札には、本物を示す透かしもあった。

イラク戦争当時、政府が石油利権を得るため裏金用意

   TBS系で2009年12月5日夕放送の「報道特集NEXT」で紹介された詐欺事件の手口だ。

   番組では、被害にあった東海地方に住む60代の元会社社長Aさんに半年も密着して、犯罪の手口を浮き彫りにした。それによると、Aさんは07年12月、黒人の男から突然、50億円を山分けしようと取引を持ちかけられた。

   この大金は、イラク戦争当時、日本政府が石油利権を得るために裏金を用意し、輸送を担当した米CIAが防犯上の理由で黒く染めたというのだ。そして、男は、お札を元に戻すには高価な薬品が必要だとして、前出のような実験をし、Aさんを説得して、30万ドル、日本円でなんと約3000万円も支払わせた。

   男が09年6月に再び接触してくるようになって、TBSも取材を始め、その結果、男はナイジェリア人で、将校の肩書きもなく偽名を使っていることが分かった。また、民間の偽造通貨対策研究所に聞くと、同研究所が「ブラックノート」と呼んでいる国際的詐欺である可能性が濃厚になった。

   取引日の9月10日、TBSは、Aさんの了解を得て、スタッフが男と接触し、実験した1万円札が見せ金で、あとは黒い紙切れであることを暴いてみせた。ところが、犯人はそのまま走って逃げてしまい、11月には、自宅におらず、すでに国外に逃亡していたというのだ。その後、Aさんが被害相談した警察が、男の行方を追っている。

「ヤフー知恵袋」やミクシィでも、番組が話題に

   なぜTBSは、詐欺に気づいた時点で警察に通報しなかったのか――。

   番組放送後、ブログなどでは、犯罪手口を詳細に明かしたその内容に驚く声とともに、こんな疑問が噴出している。

   埼玉県の男性は、自らのブログ「医療報道を斬る」で、「詐欺の手口は出来るだけ多くの人に広めた方が被害を防げると思う気持ちもありますが、ちょっとTBSのやり方に納得できない」と漏らした。「犯人の住居も分かっているのに、逃亡の機会をたっぷりと与えています。手助けしているとしか思えません」と疑問を呈している。

   また、Q&Aサイト「ヤフー知恵袋」やミクシィでも、番組が話題になっており、知恵袋では、「TBSは何を考えてるのか?警察に言ってたら捕まってたでしょ(怒)」といった質問が出され、論議になっている。

   こうした指摘に対し、TBSの広報部では、「取材の過程については、お答えできません」とのみコメントした。その理由について聞いても、取材手法に問題がなかったのかを聞いても、回答できないとのことだった。

   なお、ブラックマネーの手口は、アフリカで始まったともされ、1980年代から各国で米ドル紙幣などを使った犯行が多数報告されている。新聞報道によると、日本では、2000、03年に逮捕例が出ており、最近は、東南アジアでも日本人の被害が報じられている。偽造通貨対策研究所によると、日本円の1万円札を使った犯行は、08年末ごろから出始めているという。

   ブラックマネーは、紙幣をでんぷん液に浸し、ヨウ素液を加えると黒くなることで作ることができる。それにビタミンCが入った水の「薬品」に浸すと、もとの白い紙幣に戻るカラクリだ。

今回はこういうふうに話題になっていますけれども、見ていますと程度の差こそあれ結構類似の行為というのは多いことはないですかね?
犯罪行為に手を貸すということであればこれは何であれ反社会的行為と言われても仕方ありませんけれども、一方で嘘をさも真のように垂れ流すということはむろん大いに糾弾されるべき行為であって、ことに真実を報道することを(少なくとも表向きには)使命とする報道機関においてあってはならないことですよね。
先日は経営危機が叫ばれる毎日新聞がとうとう共同通信に加盟するか?!という話題を取り上げましたけれども、どうもその件をめぐっても面白いことになっているようです。

毎日・共同「包括提携」、地方紙反発で訂正(2009年12月4日読売新聞)

 社団法人共同通信社の石川聡社長は4日、東京都内で緊急の記者会見を開き、同社と加盟地方紙が、全国紙の毎日新聞社と「包括提携」を行うとした公式発表に誤りがあったと異例の発表を行った

 「包括提携」は11月26日に、毎日の朝比奈豊社長、石川社長と共同通信社理事会長の多田昭重西日本新聞社会長の3者が共同で記者会見して発表した。毎日が2010年4月に地方紙の連合体である共同に58年ぶりに再加盟するとともに、共同だけでなく、共同加盟の地方紙からも、行政の発表情報などの配信を受けるのが柱だった。発表資料のタイトルにも、会見のひな壇後ろにも「包括提携」が大きくうたわれていた。

 ところが、会見後、加盟地方紙からは、「毎日の加盟は承認したが、提携は考えられない」「包括提携とは聞かされていない」など反発の声が相次ぎ、核心部分の修正に追い込まれた

 石川社長は会見で、「(提携については)毎日と加盟社の一部が個別に協議を進めている。全加盟社が提携合意したとの印象を与えたのは説明不足だった」と「包括提携」を訂正した上で、「(発表内容がどう受け取られるかについて)、社団法人という性格を踏まえて点検が必要だったが、怠ってしまった」と陳謝した。

 これに対し毎日新聞社は「指摘の点は共同通信社と加盟社との手続きの問題と受け止めている。毎日は共同に加盟し、共同加盟の地方紙の一部から地域面の記事配信を受けることなどを柱とした提携を今後も進める」とコメントしている。

毎日新聞との提携、加盟社が個々に判断 共同通信が釈明(2009年12月4日朝日新聞)

 共同通信社の石川聡社長は4日、記者会見を開き、「毎日新聞社と共同通信社、同社加盟社による包括提携」と題する11月26日の発表について、「誤解を与える不適切な表現があった」と述べた。加盟社の地方紙から「包括提携に合意した覚えはない」という反発が相次いだため、石川社長は「毎日との提携は義務付けられておらず、個々の加盟社が独自に判断する問題」と改めて説明した。

 共同通信社の発表によると、毎日と加盟社(56社)の一部が個別協議を進めているが、来年4月の毎日の共同通信への再加盟で個別協議がさらに進むと見ている。しかし、資料表現の不十分さと共同側の説明不足で、26日の発表で全加盟社が「毎日と提携合意した」との印象を与えてしまった、と釈明した。

 26日の共同通信社理事会では毎日の再加盟が承認されただけだった。同日にあった記者会見の質疑応答では「三者の合意は加盟社56社が包括提携ということか」との質問に、石川社長は「その通り。56社が了解した」と答えていた。

 石川社長は「発表文の内容、表現について十分な点検が必要であったのに怠り、反省している。会見に同席した加盟社の理事会長も気づかなかった、と言っている。質疑応答では私が質問の意味を取り違え、答えとして適切でなかった」と陳謝した。

 包括提携については、今後、様々な分野で毎日と共同、加盟社間の協力・提携関係が進展する環境になったことを意味すると説明し、「包括提携がないとは考えていない」と語った。

 再度の会見について、毎日新聞社社長室広報担当は「共同通信社と加盟社の手続きの問題と受け止めている」と話している。

要するに毎日が共同に仲間に入れてもらうという話になり、加盟している地方の各新聞社もその件「だけ」については了承していた、ところが毎日側では共同加盟によって地方紙が発する情報を毎日が使えるものと考えていたけれども、地方紙の側ではそんなことまで同意した覚えはないということですよね。
毎日側ではすっかり「後は共同側の仕事」という顔をしていますけれども、これは当然ながら毎日側が変態…もとい、弊社にも御社の記事を使わせていただきたいと一社一社頭を下げて回るべき話ではないかと思いますけれどもね。
同じ話を当の毎日新聞も掲載していますけれどもずいぶんとあっさりしたもので、「共同通信社:3者提携発表の発言は説明不足…社長が陳謝」というタイトルの付け方からしても、ひたすら共同の社長が悪うございましたと平謝りしているかのように見えるのは面白いですが、一番の大迷惑は勝手に毎日などと手を組まされるような話を広められた地方紙各紙ではないでしょうか。

毎日と言えば先日もちょっと面白い話が出ていまして、こうして二つの記事を並べて見ますと毎日さんの記者達は皆さん全く同じような認識を持っているのだなと、改めてその取材対象に対する勉強ぶりに驚かされます。

患者塾:医療の疑問にやさしく答える 大学病院のかかり方/上 /福岡(2009年12月1日毎日新聞)

(中略)
◇記者の一言
 大学病院と言えば、財前助教授でしょう。そう、小説「白い巨塔」の主人公だ。ここに描かれている人間模様は、なかなかえげつなく、
興味深いものだった。そして改めて調べてみて4度もテレビ放送されていることに驚いた(個人的には田宮二郎がベスト)。
それだけ日本人の琴線に触れる内容だったのだろう。ただ出世争いや不祥事もみ消しなどはどんな組織でもあるのに、
大学病院に対するある種のイメージを生み出した罪作りな側面もある
。それだけ我が社の大先輩、山崎豊子さんの取材力、
筆力がすごいということか。【御手洗恭二】

患者塾:医療の疑問にやさしく答える 大学病院のかかり方/中 /福岡(2009年12月8日毎日新聞)
(中略)
◇記者の一言
 大学病院と言えば小説「白い巨塔」の財前助教授……と書こうと考えていたら先輩が先に当欄に。担当が
2人とも同じことを書こうと思ったほどに、大学病院のことを知らないし、知られていない

 無知は勝手なイメージを生み出す。検察担当の時には、重要人物が入院したとなると「○○大学病院らしい」
との根も葉もないうわさが飛び交った。

毎日新聞と言えばかの青木絵美氏を始めとして医療問題には一言なかるべからずという強面の方々がそろっていらっしゃる新聞社というイメージがありますけれども、彼らの医療に対する認識というものはかれこれ半世紀も前のフィクションの世界から一歩も進んでいなかったのだと考えれば、確かに納得できるところが多々ありそうではありますよね。
そういえばかの小説の作者氏も毎日さんのOBでしたが、ネット上ではこの一件をめぐって「毎日らしい」という意見が多いようですね。

596 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2009/12/01(火) 19:53:59 ID:9WgiS6Ev0
山崎豊子って捏造やらパチリで訴えられてたと思うんだけれどw
まさしくヘンタイ!

597 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2009/12/01(火) 20:07:59 ID:acMURlax0
>>595
それで減退は産婦人科医を叩くのか  なんか納得w

598 名前:庶民の王はカルト集団認定byフランス@FREE TIBET[sage] 投稿日:2009/12/01(火) 20:38:08 ID:lp8PV57t0
これだなw

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%B4%8E%E8%B1%8A%E5%AD%90

「日本のバルザック」と呼ぶファンがいる一方、盗作疑惑が何度も指摘されている
参考とした資料をほとんど脚色せず作品に反映させたため、盗作との指摘を資料の執筆者から何度も指摘を受けている。よって盗作問題については、「資料の引用」とするか、「盗作」と取るか意見が分かれる所である。

フィクションに実話を織り込む手法は激しい批判を浴び、また『大地の子』をめぐって遠藤誉・筑波大学教授から自著「?子(チャーズ)―出口なき大地―」に酷似しているとして訴えられる
(遠藤誉『?子の検証』明石書店を参照、なお訴訟自体は遠藤の敗訴が確定した)など、盗作疑惑がしばしば取りざたされた。
1968年、『婦人公論』に連載中だった長篇小説『花宴』の一部分がレマルクの『凱旋門』に酷似していることを指摘された事件もその一つである。
山崎は、秘書が資料を集めた際に起った手違いであると弁明したが、その後さらに芹沢光治良『巴里夫人』や中河与一『天の夕顔』からの盗用も判明したため日本文芸家協会から脱退した(1969年に再入会)[4]。
1973年には『サンデー毎日』連載中の『不毛地帯』で、今井源治『シベリアの歌』からの盗用があるとして問題となった。

599 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2009/12/02(水) 02:36:39 ID:MZ1hJ3Ju0
松本清張が山崎を毛嫌いして「筆を折るべき人物」
って新聞紙上でコメントを出していた
よ。

しかし件の大先輩の件は置くとしても、仮にも大学病院の記事を書いておいて、自ら何も知らないと公言するような人たちがどんな記事を書けるというのか、いやむしろ無知であるからこそ書けるものも多々あると考えるべきなのか、いずれにしても報道に携わる者の資質としてどうなのかと思わされるような話ではありますね。

話は変わりますが、先日は記者クラブ制度をめぐるこういう記事がありまして、その中になかなか面白い話がありましたので少し引用してみます。

なぜ朝日新聞の記者は、高い給料をもらう“権利”があるのか? (7)(2009年12月4日Business Media 誠)

(中略)
朝日新聞に就職して、一番驚いたこと

ジャーナリストの上杉隆氏土肥 窪田さんは雑誌記者から朝日新聞に移られたわけですけど、朝日新聞に入って一番驚いたことは何ですか?

窪田 僕は朝日新聞に30歳で入社したのですが、最初に給与の説明がありました。提示された金額を見て「ものすごくたくさんもらえるんだ」と思ったのですが、しばらくして労働組合の人からこのようなことを言われました。「我々の給与は安すぎる!」と。これを聞いて、僕は「この人たちは頭がおかしいな」と思いましたね(笑)。

 給料以外にもガソリン代や住宅手当などもたくさんもらっていて、非常にいい生活を送ることができるんですよ。でも労働組合の人は「ケシカラン」というわけなんです。

 で、上司に相談したところ、このように言われました。「なぜ我々が、高収入なのか考えてごらん。我々は権力を監視しないといけない。権力を監視している人間は、いろいろな誘惑に乗らないように、ある程度の生活保障が必要なんだ」と。

 ということは給料の安い雑誌記者は、権力に迎合するということですかね、と聞いてみた。すると「そうとはいわないけど、我々は朝日新聞の記者。なのでそれ相応の報酬をもらわなければいけない。自分はもらいすぎだと思っていない」などと言ってました。

モラルを担保するために高待遇を保証するというのは例えば銀行などでも行われていることで、貧した挙句に思いがけない犯罪行為の誘惑に負けてしまうということがないようにという意味ではそれなりに正しいことなんだと思います。
しかし逆にいえばテレビや新聞といった大手メディアの人々は高待遇に見合ったモラルを身につけ、そして実践することを期待されているということですから、世間並以上に平素から襟を正す姿勢が要求されることもまた当然だという話ですよね。
さて、昨今のテレビを眺め、新聞を見るに及んで、そこに期待されるようなモラルを感じ取れるものなのかどうか、そのあたりの判断は視聴者である我々に課された義務でもあるのでしょうが、果たして満足いくような内容だと思いますかどうか…彼ら大手メディアの低迷する業績などにも、そのあたりの世間の評価の一端が反映されているようにも思えるのですけれどもね。

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2009年12月11日 (金)

診療報酬改定議論に見る微妙な温度差、その心は

先ごろには厚労省と長妻大臣がそろって財務省-仕分け人筋の意向に反して診療報酬引き上げを主張した一件を紹介しましたけれども、民主党内でも医療費引き上げを要求する議員連が発足したように、医療費引き上げは政権としての公約であり、民主党政権を支持した民意であるという考え方がようやく表だって語られるようになってきたようですよね。
ところが先日一般紙などでも報道されましたけれども、来る診療報酬改定をめぐる議論の中で中医協がなかなか面白いことになっているようで、そうそう単純な図式を描ける問題というわけでもなさそうなのです。

診療報酬上げる?下げる?10年ぶり結論出ず(2009年12月9日読売新聞)

 厚生労働相の諮問機関「中央社会保険医療協議会」(中医協)は9日の総会で、2010年度の診療報酬改定に関する意見書のとりまとめを見送った

 報酬引き上げと引き下げに意見が分かれ、結論が出なかったためで、厚労相への意見書提出見送りは00年度の改定以来となる。

 総会では、医師や歯科医ら「診療側」の委員が、医療崩壊を食い止める必要があるとして引き上げの明記を主張した。一方、健康保険組合など「支払い側」の委員は、患者の負担増につながると反対した。大学教授ら公益委員が両論併記の案を提示したが、診療側が譲らず、意見書の取りまとめを見送った。

 診療報酬を巡っては、長妻厚労相が引き上げを表明しているのに対し、財務省は3%引き下げを主張している。政府は月内に改定率を決める方針だが、中医協でも結論が出なかっただけに、調整は難航しそうだ。

【中医協】来年度報酬改定の厚労相への意見書提出を見送り(2009年12月9日CBニュース)

 中央社会保険医療協議会(中医協、会長=遠藤久夫・学習院大経済学部教授)の総会が12月9日に開かれ、来年度診療報酬改定に対する意見書をめぐり議論した。診療側が、4日の総会で公益委員が提出した意見書案に対する修正案を提示し、意見交換が行われたが、診療側、支払側の意見集約はできず、中医協としての厚生労働相への意見書の提出を見送ることになった。意見書の提出見送りは、2004年の中医協改革以降では初めて。

 中医協では11月25日、診療側、支払側双方から総会に、来年度診療報酬改定に対する基本的な考え方を示した意見書が提出されて意見交換が行われたが、双方の意見に隔たりが大きく、公益委員預かりとなった。12月4日の総会でも、双方の意見書と11月25日の議論をまとめる形で作られた「意見書案」を基に話し合われたが、意見集約には至らず、結論は先送りされていた。

 12月9日の総会で、診療側は「意見書案」に対する意見として、「診療報酬引き上げによる各保険者の財政悪化に対しては、政策的財政支援が必要」「特定機能病院、自治体病院等の医療に要する費用については、医療費以外の公費で賄われている部分を明確化し、医療費で賄われるようにすべき」などとする修正案を提示。

 これに対し、支払側の白川修二委員(健康保険組合連合会常務理事)は、「政策的財政支援」について「中医協は診療報酬の配分を審議するところなので、中医協、少なくとも診療報酬とは関係ない話ではないか」と指摘。また、特定機能病院などの医療に要する費用については、「診療報酬を引き上げるか引き上げないかという意見書と、特定機能病院、自治体病院という特定分野の医療費や国の助成金がどう関係付けられるのか理解できない」と述べた。
 診療側の西澤寛俊委員(全日本病院協会会長)は、勤務医らの負担軽減などを実行するためには医療費アップが必要との認識を改めて示し、そのための財源についての「(支払側に対する)『こういうことで何とかできませんか』というわたしたちからの提案というかお願い」と説明した。

 結局、議論は合意に至らず、総会を中断して、意見交換を踏まえた最終の意見書案を公益委員らが作成。診療側、支払側に対し個別に説明を行った。
 総会再開後、遠藤会長は双方と個別に相談して意見のすり合わせを行ったが、意見集約はできなかったと説明。診療側、支払側の了解を得た上で、「中医協として診療報酬改定についての意見を具申することは行わないことに決めさせていただいた」と述べ、意見書の提出自体を見送ることを明らかにした。

先日の中医協では事業仕分けに対して批判的なコメントを出すよう主張する診療側に対し、支払い側と患者側代表がそろって慎重論を唱えるという局面があり、山形大医学部長の嘉山孝正氏が「(静観すべきと)そういう意見を言った方は責任を取ってほしい」などと発言して大荒れになったという一件がありましたが、読売の記事などを見ますと医者対患者の代弁者同士の対立という構図に見えます。
このあたりの経緯は診療側としてはかなり感情的にも来るものがあったようで、決裂後に独自に会見を開いたりと熱く語っていらっしゃるようですけれども、一見すると既得権益を守る特権階級を国民目線で粉砕したとも見えるこの話、国民にとっての本当の味方とは一体誰なのかと考えるとなかなか興味深い話ではある気もしますね。

「中医協の意見書」が密室で決裂、問われる国民代表(2009年12月10日ロハス・メディカル)

 診療報酬の引き上げを求める声は、国民を代表する立場の公益委員には届かなかった。約2時間の密室協議の末、公益委員は「中医協として診療報酬改定についての意見を(厚生労働大臣に)具申することは行わない」との決定を下したが、診療側からは「1号(支払)側の意見を公益委員が採り入れた」など不満の声が上がっている。(新井裕充)

 中央社会保険医療協議会(中医協)は12月9日、来年度の診療報酬改定について厚労大臣に提出する意見書について議論した。
 2号(診療)側は「医療費全体の底上げ」を意見書の結論に加筆することを要望したが、1号(支払)側が断固として拒否。このため、審議を約2時間中断して別室で公益委員と両側がそれぞれ協議したが決裂、今回は中医協としての意見を提出しないことに決定した。

 会議終了後、診療側委員は緊急会見を開き、「医療崩壊がさらに進行することを危惧する」などの声明文を発表。嘉山孝正委員(山形大学医学部長)は「1号(支払)側の意見を公益委員は採り入れた」とした上で、次のように述べた。
 「問題は、公益委員が2つの意見をまとめて、あるいは調停して、結論として何を出すか。ところが、公益委員が出してきた意見では我々の意見がすべて退けられて、『結局、(医療費を)上げないよ』という従来の政策の中身を採り上げたということ。公益委員は国民の目線であるべきだから、我々としては『非常に遺憾である』と考えている」

 鈴木邦彦委員(茨城県医師会理事)も「我々としては(意見書の)文章の結論部分に『診療報酬全体を引き上げる』ということを入れてほしいと要望したが、『それは認められない。結論の所に診療報酬上の引き上げは入れられない』ということだった。『結論部分に入れていただきたい』というのが我々の譲れない要望なので、それで『不成立』ということにされた」と不満を表した。

 邉見公雄委員(全国公私病院連盟副会長)は「やはり全体の医療費の底上げがなければ、また同じことが続くんじゃないか」と状況悪化を懸念。西澤寛俊委員(全日本病院協会会長)は、「(意見書は)非常に影響が大きい。もし、ここで診療報酬全体での引き上げを書き込んでいただければ、内閣府で決める改定率にかなり良い影響を与えることができたんじゃないか」と悔やんだ。

 公益委員が示した意見書案では、「我が国の医療は厳しい状況に置かれている」、「更なる取組を進めていくことが必要であること、という基本認識については意見の一致を見た」と指摘している。とすれば、現状を改善すべく医療費全体の底上げを求める意見書をまとめることもできたのではないか。
 厚労省の担当者は会議終了後のブリーフィング会見で、「公益側が全部潰したということではない」と述べているが、密室協議のため事実関係は闇の中。国民の目が届かないところで決まる構造は今までと何ら変わりがない。
(略)

この件でとりわけ興味深いと思うのが同記事末尾に掲載されている、こうした双方の結論を受けての厚労省側官僚のコメントなんですけれども、先に大臣と厚労省がそろって診療報酬引き上げを財務省側に要求したという一件と対比させながら読んでいただけるとなかなか面白いかなと思います。

■ 「公益側が全部潰したということではない」 ─ 厚労省
< 診療側の会見後に行われた厚労省のブリーフィング >

─ 先ほど診療側が会見を開き、意見書の結論部分に「診療報酬全体の引き上げ」を加筆するよう求めたが、「公益側がのまなかった」という説明だった。

[保険局医療課・尾崎守正課長補佐]
 それは事実と違うと思います。のむかどうかというのは、「1号(支払)側がのむかどうか」ということだと思いますので、結局、「1号側と2号(診療)側で意見が折り合わなかった」ということではないかと認識しています
 つまり、「公益側がのんだから紙が決まる」というわけではないので、「1号と2号との間で意見が折り合わなかった」ということではないかと思います。

─ 事実関係を確認するため、公益委員が各側に示した「裁定案」をオープンにしてはどうか。

 それはオープンにできないですね、「各側呼び込み」ですから。当初は、「各側呼び込み」の予定はなかったんですよ。両側が求めて急にそういう話になったものを事務局(保険局医療課)から発表するのは難しい。

─ 支払側も診療側も、「オープンにやったほうが良かった」と話しているが。

 だったら、「なぜ呼び込みをしたんだ?」という話だと思うんです。シナリオ上、「呼び込み」というのはなかったんです。

─ 1号(支払)側は、公益側が示した調停案にある程度は納得したのか。

 「調停案」というか、「修文案」ですね。ある程度納得されて、その後、2号(診療)側がいろいろご意見があるということで話し合って修正案が出されました。
 それをもう一度、1号(支払)側に見せなければいけませんので、1号側にお見せして、結局、「それがのめない」ということでしたので、あのような結果になったということです。

─ 不成立の原因は、「1号(支払)側がのめない」ということだったのか。

 要するに、2号(診療)側としても「この案で行けないなら意見書をまとめないこともやむなし」ということだった。提示したものを1号(支払)側はのめないということだったので、「1号、2号、納得の上でまとめない」ということになった。

─ 意見書の結論部分に「診療報酬全体の引き上げ」を入れるよう求める2号(診療)側の修文案は、1号(支払)側に示されたのか。

 示しました。2号(診療)側と公益側と2回やり取りがあったのですが、診療側が2回目に求めた案について、「2号(診療)側がこういうふうに(修正)してほしいということです」ということを1号(支払)側に言っています。それで、(支払側の)白川さんたちは、それ(結論部分に診療報酬全体の引き上げを加筆すること)を「のめません」と。公益側が全部潰したということではないと思っています。

 たぶん、(公益委員の)遠藤さんの立場からすると、詳しくは分かりませんが、要するに2号(診療)側から出された案がですね、公益委員の立場として見ると、「これはとても1号(支払)側はのめないだろう」ということをおっしゃったんだと思うんです。
 遠藤さんたちが(診療側の案を)「のめない」と言ったのではなくて、これまでの議論を聴く限り、「これはたぶん1号はのまないと思いますよ」と。それで結果としてのまなかったので、あの結論になった。

実際のところ調停役が片側に日和ったというわけではなく単に支払い側が引き上げ論明記を拒否したというのが真相なんでしょうが、毎度ながらこの妙に他人事目線な熱のなさというのは何なのかという感じですよね。
厚労省と言えば、医師出身の足立政務官が先ごろ「財務省との戦いは始まっている。我々だけ頑張っていてもダメ」と診療報酬をめぐる議論に医療側からの応援を熱く呼び掛けていますけれども、どうもこうして見ますと明らかな省内温度差を感じるのは自分だけではないと思うのですけれどもね。
もちろん言いたい放題言っておしまい、気に入らなければ席を立てばいいというある意味お気楽な立場の委員だの政治家だのと比べると、実際にそれを政策という形でまとめていかなければならない官僚というものはどうしても地に足のついた現実主義者であらざるを得ないというのは判るのですけれども、少なくとも政治家も厚労省も診療報酬引き上げで一致団結して財務省と戦う、なんて構図ではなさそうですよね。

常々思うのですが、省庁と言えば権益獲得絡みもあって予算を少しでも多くということに結構注力するものだと世間では思われている中、どうも厚労省から出てくるお役人さん達は医療絡みの話になると妙に淡泊なコメントに終始している印象なんですよね(あるいは報道されないだけで他の省庁もそういうものなのかも知れませんが)。
すでに久しく医療費抑制政策が続いていますから、このあたりはそういうものなんだと諦観しているということなのかも知れませんが、中医協も嘉山先生らが入って最近妙に熱くなっている、政治家の側も(大臣こそ多少デプり気味ですけれども)足立氏や議員連やら結構本気度を増しているという中で、ここでこんなに盛り下げてしまっていいのかとも感じてしまいます(苦笑)。
もっとも厚労省と言えばかねて地域の病院再編、医師集約化が持論だったところですから、実のところうっかり診療報酬引き上げで地域の病院が息を吹き返してしまうのも痛し痒しだという気持ちも根底にあるのかも知れませんが…

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2009年12月10日 (木)

延命治療中止で医師に初めての有罪判決

昨日ちょうどこんな記事が出ていましたけれども、この事件もかれこれ10年も前のことになったのですね。
意外な、という気がしないでもないのですが、こうしたケースで医師の有罪判決が確定するのは初めてということでよいのでしょうか?

延命中止で最高裁が初判断、医師の殺人罪成立(2009年12月9日読売新聞)

 川崎協同病院(川崎市)で入院中の男性患者(当時58歳)から気管内チューブを抜き、筋弛緩(しかん)剤を投与して死亡させたとして、殺人罪に問われた医師須田セツ子被告(55)の上告審で、最高裁第3小法廷(田原睦夫裁判長)は被告の上告を棄却する決定をした。

 決定は7日付。懲役1年6月、執行猶予3年とした2審・東京高裁判決が確定する。

 尊厳死などの延命治療の中止を巡って医師が殺人罪に問われたケースで、最高裁が判断を示したのは初めて。

 被告側は上告審で、「男性の家族の強い要請でチューブを抜いた。尊厳死にあたり、違法性はなかった」として無罪を主張したが、同小法廷は、「脳波などの検査をしておらず、余命について的確な判断を下せる状況にはなかった。チューブを抜いた行為も被害者の推定的意思に基づくとは言えない」として、法律上許される治療中止には当たらないとの判断を示した。

 1、2審判決によると、須田被告は1998年11月、ぜんそく発作で意識不明となった男性患者の治療を担当したが、入院から15日目に気管内チューブを抜き、准看護師に指示して筋弛緩剤を投与して死亡させた。

 1審・横浜地裁は2005年3月、須田被告が治療を尽くさず、家族の依頼がないのにチューブを抜いたなどとして殺人罪の成立を認め、懲役3年、執行猶予5年の有罪を言い渡した。

 これに対し2審は07年2月、「家族からチューブを抜くよう要請されて決断したもので、その決断を事後的に非難するのは酷な面がある」と述べて刑を軽減した。

この事件、当時「わざわざ筋弛緩剤を使うとはよくやるなあ」と思った記憶がありますけれども、記事を見る限り裁判の争点はそこではなくチューブ抜去の是非であったという印象です(ただし、筋弛緩剤投与の経緯については後に状況が判明してきますけれども、安楽死目的で投与したわけではなかったということも関係しているのかもしれません)。
日本ではこの安楽死、尊厳死の領域はまだ未開拓と言ってもよく、とりあえず各団体のガイドラインに従ってやってみようかということで散発的に行われている程度ですけれども、このガイドライン自体が今一つ使い勝手が悪いと言いますか、あまり実際的でない部分が多かったりするのが当面の課題ですよね。
日医のガイドラインなどでも患者本人の同意が大前提ということになっていて、それが不可能なら家族が普段の言動から推定し文書で同意をということになっていますけれども、この意思確認というのが後で一番困難、かつもめやすいところである一方、アメリカなどではすでに医療チームが医学的に無意味であると判断した場合に、本人意思不明どころか家族の反対があっても延命治療を中止できるという判例まで出ているようですね。

むろん日本であっても当事者、関係者がことごとく治療中止を望んで行ったということであれば有罪判決が出るまでのおおごとになることもなかっただろうと思われるところですが、どうもこの事件に関してはいささか院内でのきな臭い状況もあったようで、なぜこの事件がここにまで至ったのかをフジテレビの黒岩氏が当事者に取材しています。

終末期医療のリスク(2009年12月10日黒岩祐治の頼むぞ!ナース)より抜粋

 私は先日、かつて殺人罪に問われた女性医師にインタビューする機会をえました。終末期医療のあり方に一石を投じた川崎協同病院事件で殺人罪に問われた須田セツ子被告です。平成10年、喘息の重症発作で入院していた男性患者の気管チューブを抜いた上、筋弛緩剤を投与して死なせたとして、彼女は殺人容疑で逮捕されました。美人医師による密室殺人ということで、連日メディアを賑わせました。平成19年2月の東京高裁は、彼女に懲役1年6ヶ月、執行猶予3年の判決を言い渡しました。一審より軽くはなったとはいえ、殺人罪が認定されたことに変わりはありませんでした。
(略)
 終末期の患者に筋弛緩剤を使用したことが須田被告が殺人罪に問われた最大のポイントですが、どうしてそのような薬剤を使用したのか、当日の流れを振り返ってみましょう。

 心肺停止状態で病院に運びこまれた患者は蘇生には成功したものの、深い昏睡状態が続き、須田被告は回復の見込みがないと判断しました。そこで家族の了解を得て、気管に入った管を抜くことにしました。家族の見守る中、須田医師は管を抜きました。すると、患者は突然、えびぞりになって苦しみ始めたのです。これは須田医師にとっては想定外のことでした。「家族が10人以上見守る中でのことでしたから、みなさんにつらい思いをさせてしまったことはほんとうに申し訳ないと思います。」

 そこで、苦しみを除去しようとして鎮静剤を使いましたが、うまく効きませんでした。同僚の医師に相談したところ、勧められたのが筋弛緩剤のミオブロックでした。ただ、この時、その医師は「再び挿管をするものとばかり思っていた」と証言しています。しかし、須田被告は再挿菅を考えていませんでした。あくまで苦しみを除去するために、筋弛緩剤を投与したのです。

 つまり、一瞬に生じた誤解が筋弛緩剤投与につながってしまったのです。結局、患者はそのまま死に至りましたが、須田被告には間違った処置をしたという思いは全くありませんでした。カルテになに隠すわけでもなく、堂々と筋弛緩剤使用と明記していました。ところが、この記録が後々、須田被告にとっては致命傷になってしまったのです。

 高裁判決はこのあたりの事情には理解を示しています。「患者の苦悶呼吸がどのような手段をとっても止まらず、被告人としては追いつめられた状況において、同僚からミオブロック投与を助言されたことで本件投与に及んだという経緯をみれば、被告人は心ならずもミオブロック投与に及んでしまったものとみることができる。」このように理解を示してはいても、判決そのものはやはり殺人罪なのです。

 この事件はおきた当初は院内でも大きな問題にはなりませんでした。遺族側も問題視はしていませんでした。しかし、後に須田被告とことごとく対立していた麻酔科医がこの一件を遡って独自に調査し、カルテに「筋弛緩剤投与」の文字を見つけたことから、事態は大きく変わっていきました。彼は「殺人事件だ」と主張し、須田被告を辞めさせなければ、カルテのコピーをばらまくと院長に迫るなどしました。やがて事態はメディアの知るところともなり、須田被告は殺人罪で逮捕されることになったのです。患者が死亡してから4年の歳月が流れていました。

 話を直接聞いてみて、確かに須田医師には脇の甘さがあったと言わざるをえないという気がしました。家族に対して「9割9分脳死状態です」と言ったと言いますが、脳死判定もしていない状況で、そういう言い方をするのは軽率のそしりを免れないでしょう。

 しかも私たちの事前取材に対しても、「救急でいらっしゃった時にはすでに死んでおられたわけです」という言葉を平気で口にしていました。おそらく蘇生はできたけれど「すでに死んでいる」というのが、彼女の基本的な認識だったのでしょう。厳密さを求められる死の判定において、少しアバウトすぎる危なさが見えたような気がしました。

 しかし、彼女に殺意があったわけではないということだけは確かでしょう。殺意がなくても死なせたら殺人罪ということになることもあるのでしょうが、ギリギリの終末期医療の最前線での微妙な処置に殺人罪という言葉はふさわしくないと思わざるをえませんでした。

 管につなぎっぱなしにしておけば、殺人罪に問われることはありえません。患者やその家族の気持ちに思いを致すことなどしなければ、機械的にそうしておけばいいのです。しかし、そういう状態が長期化することでの家族への負担、患者本人がそれで幸せなのかなど、あれこれと心を配り始めると、最期をどうしていくかという課題は出てきます。

 まともに家族の苦悩に向き合おうとする医療者ほど、殺人罪に問われる可能性が高くなるというのは、釈然としません。現に、危ないことはできるだけ避けようとする風潮が医療現場に拡がりつつあるようです。それは医療の自滅です。終末期でなくとも、医療には常にリスクが伴います。それをある程度、許容することがなければ、医療は成立しません。
(略)
 須田被告は今、地元で開業していますが、「優しいいい先生」として評判となっています。殺人医師の汚名をかけられても、患者が選択し、殺到しているのです。そういう現状を目の当たりにすると、医療現場における“殺人”という言葉の意味について、改めて深く考えてみなければとならないと痛切に感じた次第です。

ちなみに日本で過去に尊厳死・安楽死で有罪となったのは医師ではなく家族によって為された積極的安楽死の二件のみで(要するに「高瀬舟」の状況ですね)、医師による消極的安楽死というものは今回の事例に至るまでは罪に問われたことはなかったようですが、量刑的には家族によるそれと似たような感じでこのあたりが司法的には妥当な判断だということなのでしょうか。
逆にいえば時折新聞沙汰になるような事例でもほとんどは立件されることもなく終わっているということで、元々それだけ家族の同意を得て行ってきた、あるいは同意が得られない、得られてもどうもあいまいであるといった場合には無理なことはしないという現場の暗黙の了解があったとも言えるでしょう。
その背景にはずっとレスピにつなぎっぱなしでも家族が破産することはないという日本の医療事情ももちろんあるでしょうが(多くの国でこんなことをやれば「先生もうやめてくれ!俺たちに首を吊らせる気か!」と家族に泣かれるでしょう)、実のところ今そうした日本の医療事情が大きく変化していくのではないかともささやかれています。

間近に迫った次回の診療報酬改定もどうやらずいぶんと厳しい結果になりそうな勢いですけれども、結局のところ医療費は可能な限り削減しなければ財政が持たないという議論の行き着くところ、「無意味な延命治療にコストとマンパワーを投入するのは如何なものか」という話がすでに中医協あたりでも大真面目に議論されているわけなのですね。
最近では医療費患者負担をもっと増やそうなんてことを言っていますが、世の中不景気で失業者も増え無保険者も多くなった、そうでなくとも食べていくのにやっとで毎月毎月延命治療に医療費を負担するなど無理だという人も増えているでしょうから、諸外国のような「命か、お金か」という問題は決して他人事ではなくなってくるということです。
今まではどちらかというと医療従事者、その中でもさらにごく一部の医者だけに関わる話であった安楽死・尊厳死という問題が、これからは国民すべてがいつ何時病院に呼ばれ「実はご家族が…」と選択を迫られることになるかも知れないと、今のうちから覚悟を決めておいた方がいいのかも知れませんね。

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2009年12月 9日 (水)

民主党政権、禁断の領域に踏み込む?!

先日ロハス・メディカルさんにこういう記事が上がっていたのをご覧になりましたでしょうか。

「正体不明」の3800億円―柔道整復師の年間保険請求額、医療費議連での議論(2009年12月8日ロハス・メディカル)

 「整形外科医が行う運動器などのリハは年間5600億円。一方で柔道整復師による捻挫などへの施術には3800億円が使われている。これをどう見るか」「柔道整復師への保険給付費が日本の医療統計のどこに入っているのか、何度厚労省に聞いても分からない。正体不明の数字だ」「接骨院も整形外科も、患者にとっては両方に『先生』がいる」―。腫物に触るように扱われ、医療界の"ブラックボックス"とされる柔道整復師の保険請求問題が、にわかにできたばかりの民主党の医療議連で話題に上がった。(熊田梨恵)

 先月末に発足した民主党の国会議員から成る「適切な医療費を考える議員連盟(桜井充会長・参院議員)」は3日に会合を開き、日本臨床整形外科学会などからヒアリングを行った。「事業仕分け」で年間収入が「4200万円」と示された整形外科医の「現状」に対する反論が主な内容だったが、国会議員との意見交換では思わぬ方向に話題が逸れた。医療界では誰もが腫れ物に触るように扱う、整形外科医と柔道整復師の間にある問題だ。
 
 接骨院などにいる柔道整復師が行う、急性期の打撲や捻挫、応急手当としての骨折や脱臼への施術は保険請求が認められているが、通常の診療報酬請求手続きとは違い、療養費の「受領委任払制度」での手続きになる。この制度が問題で、桜井会長が議論中に指摘したように中身のチェックができないとして「不正の温床」になっているとの批判が多い。この受領委任払い制度での保険請求額は2006年度には約3200円と推計され、保険請求の範囲を拡大解釈した不正請求問題が報道でも取り沙汰された。このような制度が必要になったのは、制度が始まった1936年当時は整形外科医が不足しており柔道整復師による施術が必要だったなど、さまざまな歴史的背景があると言われている。
 
 また、この制度では、患者は医療機関と同じように自己負担額を支払うだけになるため、通常の保険請求との仕組みの違いが分からず、整形外科「医療」ではなく柔道整復の「施術」を受けているという区別がつかないとして医療界から批判が上がっている。さらに、柔道整復師による慢性疾患への施術は生命に危険が及ぶとして、日本整形外科学会は02年に、業務範囲の順守や受領委任払制度の廃止を求める要望書を当時の厚生大臣に提出していた。
  
 このほか、業界団体の利権問題もささやかれる。厚生労働省は03年に柔道整復師らが「ほねつぎ」「接骨」などを広告できるよう制度改正の準備を行っていたが、「『慢性期疾患は柔道整復師の保険適用ではないことを明示することを義務付けるべき』等の慎重な御意見」(厚労省ホームページより)があったことなどから、見送られていた。

 柔道整復師に関するこれらの問題はあまりに複雑で利権も絡むため、医療界の"ブラックボックス"と言われている。
(略)

接骨院だとか柔道整復師というもの、あちこちで看板は見かけますけれども、記事中にあります「受領委任払制度」ひとつとってみてもあちらこちらでの議論を眺めるだけでも、なかなか面白い話だなと思うわけですけれども、それはともかく。
この柔道整復師も元をたどれば非常に古い技術体系なんだということですけれども、戦前の頃はまだまだ整形外科医なんてものが少なかった頃もあって軽度の外傷は医者にかかるまでもなかろうと接骨院で扱っていた、その名残で外傷性の捻挫・打撲や医師の同意がある場合の骨折・脱臼の施術といった急性期の処置に関して今でも保険診療が認められているのですね。
当然ながら慢性期の肩こり、腰痛といったものに関わる施術に関しても扱っているわけですが、これらはあくまで保険診療ではなく整体やカイロなどと同様の自費診療となるはずなのですが、実際には「保険が使える安いマッサージ」的な認識をされてきたという事情が先のロハス・メディカルさんの記事中の下記の発言からもうかがわれます。

[藤野圭司・日本臨床整形外科学会理事長]
今日は柔道整復師の方たちのデータは出しませんでしたが、かなり詳しくは出てまして、全体で見ますと、整形外科のリハビリテーション、運動器リハだけでなくて脳血管など全部合わせて大体今(年間)5600億円ぐらいと言われています。それに対して柔道整復師は基本的に打撲、捻挫だけですね。そして応急手当としての骨折や脱臼、それで使われているお金が(年間)3800億円です。これは柔道整復師の方が高すぎるというのか、医師のリハビリテーションが安過ぎるのかどうだろうかと思いますが、私たちはこれでは低過ぎるのではないかと思っていますが、いずれにしろそれぐらいの差しかないです。これにはいろいろ問題があります。
 
[桜井会長]
これはね、レセプトのチェックができないんですよ。
 
[国会議員]
具体的に地元でですね、たまたま両隣りが整形外科と接骨院で、整形外科より接骨院が滅茶苦茶流行っている(会場笑い)。地元の住民の方は両方「先生」だと。ご理解が、区別が十分についていないんです。
 
[安達秀樹・京都府医師会副会長]

私は整形の立場ではございませんで、私は内科医ですが、内科医が見て、整形外科と柔整の問題というのはいろいろあります。オーバーホールで年間3800億円が整形のリハと比べて非常に近い数字だということの中には、今藤野先生は遠慮して言われなかったと思うから、僕が言いますけど。基本的に3割(自己負担を)払われて、6割7割を保険組合に請求されるというシステムを使う、療養費の「受領委任払制度」の対象の疾患は急性期の捻挫と打ち身なんです。その拡大解釈が際限なく今行われて、同じように保険を使われている形になっていることが問題で。これは長い論争がありまして。簡単に言いますと、脊椎が少し曲がっている。その結果、「右の背筋が捻挫で痛いです」と。治療しましたと。3か月するとその病名が「左の捻挫」に代わるんです。右を庇ってる結果、左が痛くなって「急性期で捻挫です」と。3か月するとまた「右」に戻る。左を庇ってたら右が痛くなる(会場がざわつき、大きな笑いが起こる)。これで延々と続いていく。つまり、アメニティー部分としてのマッサージやなんかのところにまで非常に広く拡大解釈がされて、それが使われていることがありまして。それをお受けになる皆さんにとってもこれは保険がきく話だ思ってらっしゃるということが、今起こっている現実だということ。

三カ月おきに新しいところに受傷したことにして慢性期の治療を保険診療で行う、こういう接骨院の「部位転がし」というものはかねて不正請求として指導、監査を強化すべきであると言われていたところですけれども、そもそもこの請求がずいぶんとザルであったことは医療機関で保険請求に関わった経験のある方であれば一目でお分かりになろうかと思います。

柔道整復師の施術に関して指導・監査の強化等を要請(健保連大阪連合会HP)より抜粋

(3) 療養費支給申請書の記載方法および様式等について

  ①申請書への患者自身による署名、押印を徹底化する。

  (理由)申請書の受取代理人の欄については、「患者の自筆により被保険者の住所、氏名、委任年月日の記入を受けること。患者が記入することができない場合には、柔道整復師が自筆により代理記入し患者から押印を受けること」となっている。しかし現状では、月の初めに署名を受けるといった白紙委任の問題や、柔道整復師による不正な署名・押印などの問題が起きており、原則どおり運用されるよう指導願いたい。

  ②申請書は月単位での作成に限定する。

  (理由)申請書の作成について、受領委任の取扱規程では「申請書を月単位で作成すること又は一の申請書において各月の施術内容が分かるように作成すること」とされているが、医療機関におけるレセプトと同様に月単位での作成に限定する。

  ③申請書に施術実施日欄を設ける。

  (理由)現行の申請書の様式では、施術実日数の記載欄はあるものの、施術日の記載欄がなく、いつどんな施術を受けたのか把握できない。あんま・マッサージ、はり・きゅうの申請書の様式には施術日の記載欄が設けられており、同様に施術日数の内訳もしくは施術日の記載欄を設ける。

わざわざこういうことを指導する必要があるということは、今まではそれもやってなかったのか?と思わされるような話ですけれども、もちろん全ての接骨院が不正請求をやっているなどというつもりもありませんが、問題はこうしたあいまいな行為に基づく保険請求が認められている柔道整復師という資格所持者が年々急増していることです。
平成20年現在の柔道整復師の資格所有者は4万人余りと、これも整形外科医の数と比べれば随分と多いんだなと思うところですけれども、元々年1000人ほどだった養成者数が2000年ごろから急増して現在年8000人、そして国家試験合格率も8割前後と言いますから、これは今後もものすごい勢いで増加していくのだろうなとは誰にでも理解できる話ですよね。
そしてそのうちの一部でも前述のような形で不正な保険請求をやっていくということにでもなれば、これはすでに無視できないレベルの話になってくることも想像に難くないところです(柔道整復師は医療で言うところの入院に相当するような重症例はほとんど扱っておらず、ほぼ開業医の外来診療に相当する部分だけを担当しているという点にも留意ください)。

このあたりのグレーゾーンに関してはかねて色々と言われながらもなんとなくアンタッチャブルな領域となっていましたけれども、民主党政権はとうとうここに手をつけることを決意したということなのか、先の仕分け人の評価によってもこんな話が出ています。

行政刷新会議「事業仕分け」:「柔道整復師の療養費に対する国庫負担」への評価結果(2009年11月13日厚生労働省)より抜粋

<柔道整復師の療養費に対する国庫負担>

●柔道整復師の養成数を管理できる法制度にする必要がある。

●柔道整復師の療養費の保険給付は、2部位80%、3部位50%くらいでよい

●柔道整復師の治療については、不正治療の疑念はぬぐえない。適正な保険給付に向けた改善を実施する必要がある。

●3 部位請求に4部位同様、状況理由を報告させ、給付率を33%に引き下げるべき。同時に養成定員を減らすべき。

●柔道整復師の総数を抑制する手段を講じるべき。

<WGの評価結果>

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このあたり、柔道整復師出身で最近まで厚労省に勤務していたという経歴を持ち、HPトップにも「柔道整復師・鍼灸師を応援しています」と大書きされている上田たかゆき氏のHPでのコメントが参考になりますので、あわせてご一読いただけるとよろしいかと思いますね。

【参考】昨日11日の行政刷新会議WGの結果について(2009年11月12日ブログ記事)

もちろん不正請求は論外としても、医療費削減政策といっても痛しかゆしで、おそらく柔道整復師にかかっている慢性期のお年寄りがそろって整形外科に移ってくるとなると多大な医療費支出増になる、そうであるからこそ今回も廃止ではなく見直しで決着という形を目指しているのだろうと思います。
先には漢方薬や市販薬類似品が保険適応外になる?なんて話が急に飛び出してきて大騒ぎになりましたけれども、思うに現在の医療というものはEBMだ何だと非常にうるさくなっていて、科学的な裏付けのないものに対しては財政的にも厳しい対応となってくるのはやむなしなのかという気もするのですけれどもね。
例えば薬というものは対象薬(薬効のない偽薬や在来品)と比べて同等以上に効果があるといったことをデータで証明しなければ認可されないシステムになっていますけれども、漢方薬に関してはこうした検証がされていないまま「昔ながらの薬だから」ということで保険適応になっている、そうであるからこそ薬の本などを見ても一般薬とは副作用情報など全く記述の内容も異なっていることがわかりますよね。

整形外科領域にしても海外で有効なデータが出ているのに保険収載されていないから使えないということは多々あるでしょうが、何しろ今の医療機関の財政からすると幾ら患者の為になりそうだと言ってもコストを取れないやり方など使えない、その一方で柔道整復師は効くのか効かないのかもろくに検証されていないことをダラダラと続けてほぼフリーでお金を受け取っていると思えば、確かに面白くはないんでしょうね。
もともと医者(特に整形外科医)と柔道整復師というのは仲が悪いので有名だなんてことを言われますけれども、部外者的立場で考えるならやはり同じ程度に公のお金を使っているということであれば、その支出に対する厳しさも同じ程度に要求されてしかるべきではないかという気はしますけれどもね。
もちろん柔道整復師のやっていることが効かない、無駄であると言っているわけでは全くありませんが、それがどの程度の有効性を持っているのか、それに対してどの程度のお金を出すことが妥当なのかという検証は、当然保険診療の他分野と横並びできちんと評価されていくべきではないかということです。

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2009年12月 8日 (火)

近頃斜陽化する医師増員論 大先生がお怒りのようです

以前に何かと話題の阿久根市長のブログから記事を引用させていただいたことがありましたけれども、この記事が最近結構話題になってきているようですね。
一般紙がブログ内容まで取り上げる時代になったかと少しばかり感慨深いところではありますけれども、まずはこちらの記事から紹介してみましょう。

阿久根市長、ブログで物議…障害者家族ら反発(2009年12月3日読売新聞)

 鹿児島県阿久根市の竹原信一市長(50)が自身のブログ(日記形式のホームページ)に「高度医療が障害者を生き残らせている」などと、障害者の出生を否定するような独自の主張を展開している。

 障害者団体は反発、市議会でも追及の動きが出るなど波紋が広がっている。

 ブログは11月8日付。深刻化する医師不足への対応策として、勤務医の給料を引き上げるべきだとの議論に対し、「医者業界の金持ちが増えるだけのこと。医者を大量生産してしまえば問題は解決する。全(すべ)ての医者に最高度の技術を求める必要はない」と批判

 そして、「高度な医療技術のおかげ」で機能障害を持ち、昔の医療環境であれば生存が難しい障害児を「生き残らせている」などと述べ、「『生まれる事は喜びで、死は忌むべき事』というのは間違いだ」と主張している。

 知的障害者の家族でつくる「全日本手をつなぐ育成会」(本部・東京、約30万人)の大久保常明・常務理事は「人類繁栄のため、優れた子孫だけを残そうとするかつての優生思想そのもの。命の重さを踏みにじり、公人の意見とは思えない」と批判。

 阿久根市身体障害者協会(約1050人)の桑原祐示会長も「差別意識も甚だしい」と反発、役員会で対応を協議し始めた。

 同市議会の木下孝行市議も市長に説明と謝罪を求め、14日から始まる市議会一般質問で追及する。

 竹原市長は取材に対し、「養護学校に勤めている人から聞いた情報をそのまま書いた。事実と思う。障害者を死なせろとかいう話ではない」と説明している。

阿久根市長に抗議150件 障害者否定ブログ記載 県教委が調査開始 (2009年12月5日西日本新聞)

 鹿児島県阿久根市の竹原信一市長が自身のブログ(日記風サイト)に「高度医療が障害者を生き残らせている」などと障害者の出生を否定するかのような記載をした問題で、同県教委が経緯などについて調査を始めた。同市役所には、抗議の電話やメールが約150件相次いでいる。

 県教委によると、ブログの記載は問題として、3日、事実関係を問い合わせた。竹原市長から4日に「養護学校(特別支援学校)に勤める人の話を聞き、自分もそうだと思ったので書いた。誰が言ったかは答えない」との回答があったという。「事実とすれば、発言者を確かめる必要がある」として、引き続き市に回答を求めている。

 竹原市長は障害者の記述について、報道陣に対し「事実は事実。感情的な反応は分かるが、医療が人の生死をコントロールできる神の領域に踏み込んでいる」と述べ、謝罪や撤回する考えは示していない。

 一方、市によると、この記述に関する意見は4日午後5時までに電話88件、メール51件、ファクス4件、電報3件。大半が「市長は謝罪して辞職するべきだ」といった抗議だったが、賛同意見もあったという。

 この問題では、14日からの市議会一般質問で市議3人が取り上げる予定。竹原市長は「チューブにつないで無理やり生かすのも医療。切りましょうという判断を政治的にどこかでしないといけない」とも話している。
(略)

しかしまあ、県教委が率先して人肉捜索ですか…
何か世間の注目は件のブログ記事が障害者に対する否定的発言ではないかという点に集中しているようですけれども、その部分に関しては本日の主題でもありませんから本稿では言及しません。
ここでもう一度取り上げたいのは同市長の記事中にあります下記の部分に関してなんですね。

医師不足の原因は医師会(2009年11月8日阿久根市長ブログ記事) より抜粋


 勤務医師不足を解消する為に勤務医の給料を現在の1500万円程度から開業医(2500万円程度)に近づけるべきなどとの議論が出てきている。
しかしこんな事では問題は解決しない。医者業界の金持ちが増えるだけのこと。

医者を大量生産してしまえば問題は解決する。全ての医者に最高度の技術を求める必要はない。

市長の真意がどこにあるのかだとか高尚な議論は抜きにして、こうした「医師増員が全ての問題を解決する」と考える勢力がひと頃増加傾向でしたが、最近ではむしろ下火になってきているようですね。
それは確かに現場の激務がネット上で話題になり始めた初期の頃、「お前のところもか!俺のところももう大変!」なんてお互い慰め合っていた時代には「こりゃ医者をもっともっと増やしてもらわなきゃ仕方がねえよ!」なんて声が大きかったものですけれども、そんな声が次第に下火になってきた理由もまさに同市長の発言中に表れているわけですよね。
要するに医師増員論というのは医師の待遇改善を目指したものではなくあくまで国民の利便性を安上がりに向上させる手段であるという認識が広まってきたわけで、「あれ?ちょっと待てよ?もしかして医者を増やすと単に買いたたかれてかえって待遇悪化するだけなんじゃね?」と我に返る人間が増えてきたということです。

医師不足からくる激務を解消するために医師増員が必要であるというロジックを未だに展開する人々もいますけれども、医師不足であるからこそ楽な職場にまだまだ働き口が残っているわけですから、医師をどんどん増やしてそうした逃げ道を塞いで行ってしまうほどにいずれ「誰も行きたがらない奴隷労働くらいしか働き口がない」という話になってくるのは当然なんですよね。
さすがにこの問題が騒がれ始めてから年月が過ぎた現在ともなれば、そうした理屈に気付く人間も増えたのか「医者増員は目的ではなく手段の一つに過ぎず、待遇改善が実現しなければ幾ら増やそうが意味はない」という当たり前のことを理解した結果、盲目的な医師増員論者というものはおよそ眉に唾をつけてみられる存在となってきました。
ところがこの状況におかんむりなのが今やマスコミの寵児ともいうべき医師増員論の大御所である、かの本田宏大先生なのですね。

◆本田宏の「勤務医よ、闘え!」 「事業仕分けと御用学者」(2009年11月30日日経メディカル)

 前々回の「医師がワーキングプアになった理由」には、多くのコメントをお寄せいただきました。中でも特に私が気になったのは、「医学部学生」さんの、以下のご意見です。

 現在ポリクリを行なっている医学部の学生です。某旧帝医に通っていますが、1.5倍の医学部定員増には賛成どころか、反対の教授が多いです。国内でも有名な某外科教授は「確かに外科医は不足しているが、今の全国の医学部定員8000人の状態でも医師数は着実に増えている。今やるべきことは、病院の集約化と医療費の増額であって、医学部の定員を増やすなんて、医療の質が下がるだけで、とんでもない」とよく言われています。(中略)私自身も本田先生の医学部定員の1.5倍増は、根拠が無く、増員の前に先にやるべき事を放棄しているようにしか思えないです。大学の教育の影響でこのような考えを持つ学生が大多数であることも心に留めておいてください。(2009/11/16 21:36)

 なぜ気になったのか。それはたまたま医師増員に反対している大学教授と、ある学会で遭遇する機会があったからです。

 その教授は、ご自分の発表で、「医師増員、医療秘書等のコメディカル増員、さらに医療費増」の必要性を訴えていました。しかしシンポジウム終了後に私が医師増員の活動に協力を求めたところ、医療費増は難しいとあきらめている雰囲気で、「医師を増やして大丈夫なのか?」と真顔で私に聞くのです。「こういう考えの教授が、『医学部学生』さんの周りや全国の医学部に少なからずいるんだろうな」と実感した次第です。

 確かに、ある意味雲の上の存在である自分の大学の教授がそう言われるのですから、学生さんが私の主張する医師増員に不安になるのも無理はありません。しかし既に医師不足が医学生さんにとっても直接の影響を与える事態にまで悪化していることは認識されているでしょうか。

 第1に、卒後臨床研修の見直し(期間短縮まで含めた)が行われ、皆さんが希望する病院での研修が困難になる可能性が出てきました。第2に、近い将来、地域の医師不足解決のために、強制的に若手医師を地域に派遣することまでが議論の俎上に載ってきています。

 もし、医師を増員しないままに地域派遣が常態となった場合、おそらく派遣された若手医師は、今まで通り、場合によっては今までより厳しく、24時間365日近く拘束され、週休や年休取得も難しいままになるでしょう。それは、交代要員がいないからです。さらに、今の医学生さんが一人前になって活躍するころは、団塊の世代の高齢化によって、今よりさらに医療需要が爆発的に増大します。その上、医療技術の進歩により、今よりさらに高度な医療を、ミスなく提供することが当然のように求められるようになるでしょう。医療安全調査委員会の成り行きによっては、当然のように刑事罰を問われながら…。

 なぜこのように医師増員にネガティブな見方が医師の間に蔓延してしまったのでしょう。なぜ大学教授が医師増員に反対するのでしょう。そのヒントが、「MRIC by 医療ガバナンス学会」から送られてきました。2009年11月17日付けで、北海道大学大学院医学研究科医療システム学分野助教の中村利仁先生が書かれた論説です。タイトルは『事業仕分けと御用学者』。転載歓迎とありますので、まずは全文をご覧ください。
(中略。なお、引用された記事についてはリンク先を参照ください)

 私は以前、「医師の需給検討会」の答申が出た当時、それぞれ別な会合でしたが、長谷川氏や矢崎氏と医師不足について討論をしたことがあります。

 当時は両人とも強硬に「医師は偏在が問題で将来は過剰になる」という主張を繰り返されていました。当時から医師不足による医療崩壊をどうにか阻止しなければ、と考えていた私は、正直なところ、このように権威ある方々が、まるで「御用学者」のように見えたものです。しかし、今回の中村先生の論説を見ると、「御用学者」だけを責めるのは酷だと考えた方がよさそうです。

 さて、今回の論説が明らかにしているように、医師過剰や偏在論の発信元は“お上”です。若い医学生の方々は、できれば医療を受ける患者さんの視点で、日本の医療制度の問題点を勉強し直していただけないでしょうか? そうしないと、皆さんが医師として活躍するころは、立ち去り型サボタージュが問題になっている現在よりも、さらに状況が悪化する危険性が高いのです。

 私はこれからも、医師だけでなく、医療提供を受ける患者さんの視点から、医療費増、コメディカル増、医師増(病院勤務医のポスト増も含めて)を訴えていきたいと思っています。それが医師の待遇改善の必要最低条件だと信じています。

「医療を受ける患者さんの視点で」という言葉がまさしく仕分け人の「国民目線で」という言葉と響き合っていることにまず留意いただきたいのですけれども、大先生ご本人がいみじくも語っているように医師増員論は医療従事者の待遇改善を目指したもの「ではない」ということをまず理解しなければなりません。
すなわち若い先生方が国民目線の仕分け作業を進めるお上や、自分は待遇改善されてしまっている偉い先生方の言うことを妄信せず自分で考えるようになったからこそ、大先生のおっしゃるような医師待遇改善を行わないまま医師を増員すれば既定の方針通り待遇改悪される、そしてその時にはすでに医者の側には待遇改善を要求する何の手段も残されていないという事態に至るだろうことが見えてきたんだと思うのですけれどもね。

そもそも「医者を増やさなければ医者の待遇が悪くなる!」という大先生の主張を論破するためには、日本一医者が多い東京都での医師の待遇は日本最低であるという一例を挙げるだけで足りるのではないかと思います(供給が多いほど需要側の立場が強化される、至って当たり前の経済原理ですよね)。
ついでに都内では相変わらず救急を始めとした医療崩壊も解消の気配がないということから考えてみても、医師のみならず一般国民にとってもどれほどのメリットがあるのか疑問なしとしないところですけれども、それこそ医者が職探しに苦労するほど何十万人も増員するということであればまた話は違ってくるということですかね(別に医師免許を持っていても医者をしなければならない理屈もないわけですが…)。
実はこんな話は夢物語でもなんでもなく、例の仕分け人たちは大まじめで「医者の待遇切り下げ」を議論しているわけですから、テレビやメディアでも大人気の大先生がロハで(なんだろうと思いますが)こうまで政府の広報塔になってくれるとは、全くお上からすれば「こんなありがたい援護射撃はない」と笑いが止まらない話なのではないかと思うわけです。

●診療報酬の配分(勤務医対策等)(厚生労働省) (PDF) (行政刷新会議「事業仕分け」第2WG 評価コメント)より抜粋

評価者のコメント

事業番号2-4 診療報酬の配分(勤務医対策等)

●内閣、中医協、厚生労働大臣での診療報酬の配分の議論に、行政刷新会議の意見を十分反映されるよう期待する。

●現在の医療課題は、複合的な要因により起きている。国民が安心して暮らせる社会をつくるために、法制度等と合わせて、診療報酬の見直しにより、国民負担を増やさずに改善できるのであれば、十分に検討すべき

●報酬の平準化、開業医の過剰投資の問題など、保険料でまかなう国民の負担も考えるべき

医師の人件費カットは医師充足後にすべき。総合診療科の評価の引上げ。医師優遇税制の廃止。

先日の診療報酬引き下げ大合唱という件でもそうでしたが、医師がその権利、それも何も高尚な権利でもなく、ごく基本的な労働者としての、人としての権利を追及するにあたって、それが国民の負担増につながる、患者としての権利抑制につながるから反対であるという主張がそれなりの支持を得ているということは感じている方々も多いのではないかと思います。
きつい仕事をしているんだからもっと金を出せでは「俺だってきついぞ!お前ら大金をもらってるくせに!」という反発の声が必ず出る、そして何より現在の財政状況では(少なくとも公的な)医療費はさほど増額はできない、となれば医者側の戦略として法律違反の労働状況を何とかしてくれと、それは患者にとっても有害な行為なんだと一点突破で主張する方向性は大いにありだと思います。
そしてその方法論として考えていった場合に、大先生のおっしゃるような「まず医者を増やせ」ありきの議論こそ実は医者の待遇を引き上げたくない側が最も待ち望んでいることなのではないか、少なくともその可能性を念頭に置いて話を進めないことには、それこそ仕分け人の皆さんの思い描く通りの未来絵図が待っているかも知れないということですよね。

そして重要なことは、どれほど医者を増産し日本全国津々浦々まで医者が行きわたったところでやはり医者の偏在はあるだろうし、地域間の医療格差も存在するだろうということは確実に言えるわけで、こうした地域格差解消をゴールに設定する限り未来永劫問題が解消する見込みはないということです。
医療問題の根本原因の一つであろう「量的にも質的にも際限なく増大し続ける医療需要」という問題に関して言えば、どこまでそれを認め達成を図っていくべきなのかという議論はそろそろあっていいはずですし、その議論を進める上で実は医療崩壊という現象は大いに利用価値があるはずなんですけれどもね。
まあこの辺りは論者によって目指すべきゴールが異なるのが当たり前だと思いますから大いに議論していただくべきところだと思いますけれども、声の大きい御用学者まがいの人の後についていくことが楽園への近道であると考えているとしたら、それは思いっきり道を誤る可能性があるのじゃないかということは考えておいた方がよさそうに思いますね。

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2009年12月 7日 (月)

診療報酬引き上げ議論 今更知らぬ存ぜぬが通用しそう?

仕分け人と財務省が主体となって推進する医療費削減政策に対して、先日は厚労省と長妻大臣がそろって医療費引き上げを主張したという話を取り上げました。
また民主党にとって医療費引き上げは公約ということで、これを実施するよう求める議員連の発足もお伝えしたところですけれども、このところの厚労省関係者ら診療報酬引き上げ派の動きを中心に記事を拾い上げてみましょう。

「診療報酬プラス改定を」=長妻厚労相と初の意見交換-知事会(2009年12月4日時事ドットコム)

 地域医療再生に関する長妻昭厚生労働相と全国知事会との意見交換会が4日、同省内で開かれた。知事会側が来年度の診療報酬改定について「地域医療再生のためにプラス改定をしてもらわなければいけない」と訴えたのに対し、厚労相は「上昇幅が大きいと国民負担も増える。適正な形でプラスを確保する考えだ」と応じた。
 厚労相と知事会の意見交換会は鳩山政権発足後初めて。知事会の神田真秋社会文教常任委員長(愛知県知事)は、今年度補正予算の執行停止に「地域医療再生臨時特例交付金」750億円が含まれたことに懸念を表明。厚労相は「診療報酬でその部分を確保する」と強調した。
 知事会側はさらに、医師不足解消やへき地医療の充実、経済連携協定(EPA)に基づく外国人看護師・介護福祉士受け入れへの国の支援などを求めた。

医療水準維持に「診療報酬引き上げ不可欠」―仙谷担当相(2009年12月2日CBニュース)

医療連携や診療報酬体系に関するフォーラム「どうする、日本の医療『新しい医療提供体制の構築に向けて』」が12月2日、医療フォーラムの主催で開かれ、仙谷由人行政刷新担当相や厚生労働省の審議官、医療団体のトップらが講演した。この中で仙谷担当相は、事業仕分けで「診療報酬の配分」などが「見直し」と結論付けられたことに関して、「医療費全体を減らすこととイコールではない」と述べ、医療水準の維持には診療報酬の引き上げが不可欠との見方を示した。

フォーラムでは仙谷担当相のほか、医療保険、医政、医療・介護連携を担当する厚労省の唐澤剛審議官、日本医師会の唐澤祥人会長、全日本病院協会の西澤寛俊会長らが講演した。

仙谷担当相は講演で、医療、介護、医薬品業界は、「産業として大きく伸ばさなければならない」とした上で、現状については「ほとんど改善に向かっていない」と指摘。重点的に改善すべきとの認識を示した。
診療報酬については、インフォームドコンセント(十分な説明と同意)への評価や技術料の充実などを含め、全体的に点数を引き上げなければ「医療水準を維持できない」と指摘。将来的には、国民から理解を得た上で窓口負担を増やすことも検討すべきとした。

診療報酬は0.4%引き上げ 厚労政務三役が要求へ(2009年12月4日産経新聞)

 長妻昭厚生労働相ら厚労政務三役は3日、来年度の診療報酬の改定率について、財務省に対し総額で0・4%程度の引き上げを求める方針を固めた。すでに「薬価部分」の引き下げで約1・4%分の財源を確保しており、医療費以外の財源投入で医師の技術料にあたる「本体部分」の約1・8%引き上げを目指す。

 7日にも三役で最終調整し、次期診療報酬改定の基本方針とともに財務省へ要求する改定率を公表する。同省は診療報酬全体で3%の引き下げを求めており、厚労省として具体的根拠を示し対抗する狙いがある。

 厚労省は医師不足の深刻な産科や救急といった勤務医対策を中心に、本体部分で約6500億円の財源が必要と試算。このうち「薬価部分」引き下げで約5000億円を手当てできたため残り約1500億円(うち国庫負担は約400億円)を新たな財源投入で賄う必要があるとしている。

 診療報酬全体の引き上げで国民健康保険や全国健康保険協会(協会けんぽ)、健保組合は負担増となる。厚労省は、協会けんぽについて財務省に国庫負担増を求め、健保組合と共済組合には後期高齢者医療制度への支援金の国庫負担分を肩代わりしてもらう方針だ。

診療報酬、総額で3%以上アップを-民主議連(2009年12月3日CBニュース)

「適切な医療費を考える民主党議員連盟」は12月3日、国会内で第4回勉強会を開き、診療報酬の総額3%以上引き上げなどを求める決議文を大筋でまとめた。同議連は4日、同党の幹事長室に決議文を提出する予定。

同議連の会長を務める桜井充参院議員は勉強会後、記者団に対し、「4年のうちに診療報酬改定は2回しかない」ため、その間に対国内総生産(GDP)比医療費を経済協力開発機構(OECD)加盟国並みにしていくのは「かなりきついだろう」と指摘。その上で、「3回の改定でOECD並みにするとなると、1回3%くらいにしないと追いつかない」と、引き上げ幅を「3%以上」とした理由を説明した。
診療報酬の配分などについては、「何をどう上げるかは、(議連で)コンセンサスが取れていない」として、決議文に盛り込まなかった。

決議文ではこのほか、▽医療クラークなど10万人の雇用(約2000億円)▽へき地や離島、産科や小児科などの医師確保対策の実施(約1000億円)▽漢方薬の保険適用継続-を要望。
医療クラークなどの雇用は、「緊急雇用創出事業」の枠組みで実施し、雇用期間は半年間とするとした。半年間とした理由に関しては、「(診療報酬改定で)3%アップを勝ち取れていれば、病院の収入は大幅に増えているはずなので、そこから回してほしい」と述べた。

この日の勉強会では決議文の取りまとめのほか、整形外科診療所や漢方薬の現状について、関係者からヒアリングを行った。

■財務・厚労三役への提出は不透明
また桜井氏は、「党の中のシステム上、(決議文はまず)幹事長室を通すのがルール」となっていることから、財務省と厚生労働省の政務三役らに決議文を提出できるかどうかは不透明との認識を示した。
桜井氏は1日の勉強会後、週内にも両省の政務三役に決議文を提出する方針を示していた。

こうしてみますとひと口に診療報酬引き上げ派と言ってもそれぞれに温度差があるのはもちろんのこと、その目指すところもどうもずいぶんと異なっているようで、結局それぞれに何を目標として引き上げを主張しているのかはバラバラであるということですよね。
そしてその結果として当然のことではあるのですけれども、それぞれに挙げている引き上げ目標の数字というものも全く違ったものであって、しかも正直「その数字合わせにどんな意味が…?」と疑問に感じざるを得ないような話ばかりというのはどういうものなんでしょうか。
「OECD平均並みにするにはこれくらいは」なんて話を聞きますと、それではいったん平均並みになった以上は現場がどれほど困窮しようが二度と引き上げはあり得ないのかと逆に心配になってきますが、どうも皆さん目的とそのための手段ということをもう少し整理された方がよいのではないかという印象ですよね。

もともと医療崩壊という現象があった、その一つの側面として現場の困窮があったのも確かなんでしょうが、それを折からの医療費削減政策の帰結だと結び付けるところまではまだしも、それでは医療費を増やせば問題も解決すると要約してしまうとそれは明らかなミスリードであって、現場の人間は「おいおい、勝手に何言ってんの?」と言わざるを得ない話でしょう。
一方で民主党政権が誕生するにあたって医療崩壊を何とかします、そのための手段として医療費は引き上げますと公約してきたということはありますから、たとえ医療費引き上げに実効性があろうがなかろうがやらないわけにはいかないはずでもあるわけなんですよね。
心ある議員にとっても、単に公約違反が嫌という人々にとっても、そしてもちろん支出を切り下げたい向きにとってもなかなか興味深い状況になってきたというところですが、このあたりに関連して面白い記事がロハス・メディカルさんに出ていましたので紹介しておきましょう。

民主党は「医療」でまとまれるのか(2009年12月2日ロハス・メディカル)

 「民主党の上の方の人たちは大学病院とかは見ているけど、本当の意味での現場、地域のところは見ていないんだよ」―。民主党の国会議員でつくる「適切な医療費を考える議員連盟」の桜井充会長(参院議員)は1日、現政権が考える医療政策に対する不満をあらわにした。桜井会長は今週末にも医療費増額を求める要望を行い、その後は医療・介護政策全般を幅広く扱っていく考えだ。ただ与党内からは、「議連がうまくやれば身動きが取れなくなっている政務三役を助ける連携プレーになるが、ヘタしたらただの内ゲバ」との声も聞かれる。(熊田梨恵)

 同日開いた議連の会合終了後の記者会見で、桜井会長は「例えば医療事故の問題一つ取ったって、元々の政府案、今内閣に入っている人達の案じゃ不安なところがいっぱいある」と言い放った。
 
 桜井会長に「不安なところ」について取材すると、「3次救急の問題じゃないんだよ。2次救急の問題なんだ。2次救急が崩壊しちゃったら、3次救急の問題になっちゃう。在宅で何が問題かというと有床診療所を潰しちゃったでしょう。だから問題なんだ。要するに、民主党の上の方の人たちは大学病院とかは見ているけど、本当の意味での現場、地域のところは見ていないんだよ」と答えた。
 
 加えて、議論が棚上げされたままになっている、厚労省が創設を検討中の死因究明制度についても、民主党案には足りない部分があると指摘。「医師法21条をやめるかどうかは分からないけど、いろんなことを言わせるだけ言わせておいて、今度はそれ(調査報告書)を証拠として使っていいんでしょう。それはないよね。『証拠として使っていいです』と言ったら本当の事を誰も言わないでしょう。普通はそれとこれは別個にして免責にしてもらわないと話にならないと思う。正直に言うからある部分は免責にしてください、ということ」と述べた。民主党案では、遺族が医療事故について納得できない場合、事故原因を調べる第三者機関「医療安全支援センター」に調査を頼める。遺族はここで発行される調査報告書を刑事告発などの手続きに利用することができる
 
 桜井会長の発言を聞いていると、議連の梅村聡事務局長が発足時に述べた「政務三役を応援する立場」とは思えないような発言が目立つ。これには、厚労省政務三役が新型インフルエンザの問題や予算編成で身動きが動けなくなっているこのタイミングで議連を発足させて、桜井会長が自身の立場を上げようとしていると見る向きもある。桜井会長が党内の医療政策を行っていこうとしていた矢先に、仙谷由人行政刷新相のブレーンでもあり現在は厚労省政務官を務める若手の足立信也参院議員に「ポストを持っていかれた」として快く思っていないというのは永田町や霞が関の医療関係者間では知られた話だ。

 特に、財務省が診療報酬のマイナス改定の方針打ち出したこのタイミングで発足した医療費議連は、一年生議員にとってはまさしく渡りに舟。民主党の国会議員からは、「『医療崩壊を何とかする』と言って勝たせてもらったのに、話が違うと地元の医師会の先生から責められている」との声が多く聞かれる。加えて、小沢一郎幹事長の方針で議連が精査されている中、新規に立ち上がる議連は新人議員にはありがたい存在だ。現在は約120人の民主党国会議員が関わるなど、相当な規模になっており、会長自身も記者会見で「(民主党全国会議員の)半分以上いるんじゃないか?増殖中だよ」と満足げだ。
 
 しかし、議連は「オープンな議論」と言いながら議論をマスコミ非公開にするなど、不透明な部分も多い。会合の参加者に聞くと、「選挙区の基盤を安定させるには連合の組織だけでは勝てないから、いろんな団体との窓口が必要になる。この議連で活動していれば、医師会や薬剤師会、歯科医師会も来たくなると思う」と桜井会長が話したという。また、議員立法の案をここで練っていくこともある話されたという。会長自身も発足あいさつで、「『いまや与党の医療を考えるチームの何とかなんだ』と役職を持って医師会なり、歯科医師会なり様々なところに行かれた方がいい」と述べている。
 
 一方で、ある国会議員は「このタイミングだから、特に一年生議員がこの議連に飛び付くのは当たり前。だけど、議連には何か権限があるわけではない。皆がどこまで本気でやろうと思っているのかは分からない」と話す。また、「政務三役は今は控えた行動しか取れないので、自由に動ける議連が小沢さんのところや財務省に行ったりするのはいいと思うし、そうすれば議連と政務三役のいい連携プレーになる。桜井さんが何か考えていたとしても、結果的に国民にとっても良い方向に進めばいい。でもただの内ゲバで終わったら、国民からは民主党のイメージがもっと悪くなると思う」と話す議連参加者もいた。

何かこう、結局この業界というものはこうしてどこかで見たような構図に収束していくものなんだなと、改めて感慨深い話ではあるのですけれどもね。
民主党にしてもいきなり所帯が大きくなって内部でいろいろと大変なんでしょうけれども、選挙前にあれだけ医療医療と言っていたものがいきなり単なる仕分け対象では、それは地区の医師会ならずとも「騙された!」と思う人間は少なからずいるのだと思いますよ。
非常に興味深いなと思うのはこうした一連の厚労省筋の動きに対する鳩山首相の言動なんですけれども、図らずも現在の民主党政権における医療問題というものに対する興味のあり方が表れているようで面白いですよね。

鳩山首相、長妻厚労相の対応批判…事業仕分け(2009年12月3日読売新聞)

 鳩山首相は3日、行政刷新会議による事業仕分けの評価結果の一部を長妻厚生労働相が受け入れないと表明したことについて、「よほどきちんとした理屈をたてなければ、事業仕分けの努力が報われなくなる」と批判した。

 長妻氏は2日、仕分け対象となった厚労省所管の51事業のうち、診療報酬など19事業について「評価結果通りの対応は困難だ」とする見解を発表した。

鳩山総理も各方面で存分に天然ぶりを発揮していらっしゃるようでなによりですけれども、この調子でいきますと一番報われないのは選挙向けの空手形をうっかり信用してしまった人々ということになりそうな勢いですかね(苦笑)。
まあしかし、下手に中途半端な対症療法で問題が先送りされてしまうくらいならここいらで一度根本的な対策をせざるを得ない状況にまで持っていくという考え方もあるわけですから、その意味では現政権の天然ボケが思わぬ後世に残る偉大な成果を産むということになるのかも知れませんけれどもね。
いずれにしてもこのあたり何かをやるにせよ何もやらないにせよ、民主党政権の本気度というものはもう少し経過を見ていく必要があるんじゃないかと感じています。

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2009年12月 6日 (日)

今日のぐり:「羽根屋 大津店」&「鶴華 波積屋」

古いコピペですけれども、最近大笑いしたのがこちらの書き込みです。

848 名前: おさかなくわえた名無しさん 投稿日: 2006/07/24(月) 21:02:37 ID:mVt6RS3e
もう家族に溶け込んでしまって愛玩動物的存在ではない。
弟、妹、うさぎが3人並んで正座、父親に怒られてる場面を時々見る。

849 名前: おさかなくわえた名無しさん [sage] 投稿日: 2006/07/24(月) 22:09:10 ID:yExqyUYy
>>848
ウサギの正座想像してワロタw

850 名前: おさかなくわえた名無しさん 投稿日: 2006/07/24(月) 23:14:33 ID:mVt6RS3e
>>849
正座といってもうさぎ座りだけどね。弟と妹と近所の友達が悪さするときに
かならずその輪の中にいるので、もはやペットではない。

851 名前: おさかなくわえた名無しさん [sage] 投稿日: 2006/07/24(月) 23:27:27 ID:v5WG3c2W
神妙な顔して説教聞いてるうさ想像してみた。ワロス
しかし家庭の域を超えて一体どんな悪さを…。

852 名前: おさかなくわえた名無しさん 投稿日: 2006/07/24(月) 23:59:31 ID:mVt6RS3e
>>851
最近の例
弟と妹が母親の財布から小銭をとりだしてるところをうさぎにみられた。
妹が口封じのためにうさぎに盗んだ金の一部でパンをあたえる。

連帯責任

853 名前: おさかなくわえた名無しさん 投稿日: 2006/07/25(火) 00:09:55 ID:I9+LODE1
最近の例2
3人が隣の家におじゃま。弟と妹と友達がTVゲームに夢中

うさぎ一人で隣の家の台所に潜入。食材を荒らす

連帯責任

まあうさぎばかりに罪を背負わせるのもどうかという話なんですけれども、今日は生命の神秘というものを感じさせるニュースをいくつか紹介してみましょう。
まずはこちら、以前から話題になっていた生き物ですけれども、なんと身近なところで見られるようになったというところがすごいというニュースです。

“鉄壁の貝”生きた姿を展示…世界初(2009年12月1日読売新聞)

 「鉄」のウロコを身にまとった世界唯一の生物とされる巻き貝「スケーリーフット」の大群集を、海洋研究開発機構(神奈川県横須賀市)などがインド洋の深海で発見、一部を採取した。

 共同研究に加わった新江ノ島水族館(同県藤沢市)は11月30日から、世界で初めて生きた姿のまま1個を展示している。これまでは標本の展示例しかなかった。

 同水族館などによると、スケーリーフットは体長約4センチ。貝殻から外に出た体部分が硫化鉄でできたウロコに覆われ、磁石にも反応する。ウロコで外敵から身を守っていると考えられている。2001年、米国の研究者によって発見され、インド洋の海域「かいれいフィールド」(水深約2420メートル)でしか確認されていない。

 同機構などは11月上旬、有人潜水調査船「しんかい6500」による同海域の調査で、数千個を発見、一部を採取した。20個を持ち帰ったが、生存している1個を展示することにし、同水族館は「低水温、低酸素の状態に保って、より長く飼育を試みたい」としている。

写真を見ていただいたら判りますけれども、すでにこれは貝類と言いますか生き物らしい色合いではありませんね(皮をむいてしまうと食べられますといったものなんでしょうか?)。
しかし生命の神秘と言えばこういう深海生物ばかりでなく、意外なところにも奇跡とも言うべき神秘現象があるものなのですね。

23年間昏睡状態であった男性「ずっと意識があった」(2009年11月25日IBTimes)

 間違った診断のせいで23年間「昏睡状態」だとされていたベルギー男性が「その間ずっと意識があった。」と語った。男性はすべてが麻痺していた状態だった。

 ハウベン氏は23年前に交通事故に会いベルギーのゾルダーにある病院に運ばれた。数回にわたる検査の結果、同氏は意識のない植物人間であると診断された。ところが23年後に最新の診断機器で検査した結果ハウベン氏は意識があることがわかった

 現在46歳になるこの男性は英紙デイリーメールのインタビューで「叫ぼうとしたが口から声がでなかった。」と語っている。現在もほとんどの機能が麻痺しているが、コンピュータでコミュニケーションがとれるようになっている。

この話を聞いて思わず「リアルブラックジャックか!」と突っ込みたくなった人も多いかと思いますけれども、まさにそんな話が実際にあるものなんですね。
現在どういうシステムでコミュニケーションをとっているのかも興味がありますけれども、何にしろ今後は是非ともお幸せに過ごせればよいものだがと思います。
さて、最後はお隣韓国から、これも見つかって良かったという話、なんでしょうか。

【トレビアン韓国】養豚場で13年間奴隷生活を送る青年が発見される(2009年11月24日トレビアンNEWS)

13年もの間、養豚場で奴隷生活を送っていた青年が発見され、韓国に衝撃が走った。23日に放送されたSBS放送「緊急出動!SOS24」によると、31歳の青年が養豚場に監禁されていると周辺住民の情報提供によって判明した。青年が奴隷的な生活を送っていた農場は、2,500頭余の豚を飼育している大規模な農場である。番組では“飼育されていたのは豚だけではなかった”として驚愕の事実を伝えている。

発見された青年は、農場にいる2,500頭余の豚の飼育を任され、餌やりから掃除まで全て1人でこなしていたという。だが、驚く事に13年もの間、農場のオーナーからは一度も給料が支払われたことはなく、さらにはムチで叩かれるなど、暴力もたびたび受けていたという。

劣悪な環境でまさに奴隷のような生活を送っていた青年からは喜怒哀楽の感情は無くなり、まるで石のような無表情でしかなかったという。長年、農場に閉じ込められていたため住民登録も抹消されていたが、驚くことにこの青年には家族がいることが分かり、さらにはその家族が養豚場の近くに住んでいることまで判明したのである。

取材陣がやっと見つけた家族の元を訪ねてみると、父親は痴呆に、姉は夫を亡くしてシングルマザーに、妹は健康状態が悪く、家族の助けは得られそうもないという結果も明らかにされた。結局、青年は農場から離れて施設で暮らすことになり、現在は賃金の支払いに対して訴訟が進められるという。

SBS放送「緊急出動!SOS24」は、社会的弱者に焦点をあて、助けを求める人々のために取材陣が直接出動して問題解決に務める番組である。今までにも、「父親の暴力により4年間路上生活を送る10歳の青年」「10年間精米所で奴隷生活をする男性」など、衝撃的な社会問題を取り上げ度々話題となっている

いやあ、しかし今の時代にもこういうことがあるものなんですね…って、他にも似たような話がいっぱいあるってどういうことなのよ>韓国。
これは社会的にも反響を呼ばずにはいられないニュースでしょうけれども、果たして青年の今後がいかなるものとなるのか心配になってくる話ではあります。

今日のぐり:「羽根屋 大津店」&「鶴華 波積屋」

羽根屋 大津店

大正天皇が召し上がったことから献上蕎麦の名を伝えるという羽根屋、出雲界隈で何店か展開していますけれども、こちら大津店はとりわけ小ぶりな「蕎麦屋」という風情の店です。
比較的立ち寄りやすいこともあってよく来るのですけれども、特にこの店の場合濃厚な蕎麦つゆが何といっても特徴でしょう。
正直この蕎麦つゆが強すぎて並みの蕎麦では負けてしまうほどなので、蕎麦の出来不出来が一発で判ってしまうという恐ろしいものでもあったりします。

例によって狭い駐車場になんとか車を停めてみますと、ありましたありました今年も「新そば」の看板が出ています。
ここはもちろん割子など一通りそろっているのですが、ここはやはりベーシックにざるでいただきたいものですよね。
一昨年あたりにこちらでいただいた蕎麦は実のところかつてないほどの出来栄えでしたが、残念ながら今年はそれに比べるとやや一歩を譲るかという印象。
蕎麦自体の出来は十分水準なのですが、この蕎麦つゆにあわせてしまうと明らかに蕎麦の風味と味が負けてしまっているのが残念です(ま、関東の蕎麦食いのようにちょい付けで食えばいいという話なんですが…)。
しかしこの蕎麦つゆ、そのまま蕎麦につけていただくより蕎麦湯で程よく割ってみるとようやく持ち味が楽しめるようになってきますね。

技術的にはかなり安定しているという印象を持っている店ですから、この方面に来た折にはたびたび寄らせていただくのですけれども、いつも繁盛しているようなのは何よりですね。
羽根屋というと他の店は蕎麦屋にしてはいささか敷居が高い印象があるのですけれども、こちらはどこまでも町の蕎麦屋という風情がなかなかよろしいかと思います。

鶴華 波積屋

出雲空港からもほど近い場所にあるこちら、最近は高速道路が少し延伸されましたが、以前は出雲へ行くには必ずと言っていいほどこの前を通るという場所であったものです。
隣接して蕎麦道場や土産物も扱っているというだけに観光バス向けの広大な駐車場が整備されたいかにも観光地の店なのですが、古民家を使っている蕎麦屋本体はなかなか趣がありますね。
割子の他にさまざまなメニューがあるのも観光地の店らしいのですが、そればかりでなくきちんと十割やざるなどもそろえているあたりに、蕎麦好きに対する配慮も見えていいかと思います。
ちなみにこのグループ、近隣で手広くやっているようなのですが、他店では実はうどんがメインのお店らしいのですね。

今回は十割ざるを注文してみましたが、どうもこの十割は数量限定のようですので時間帯によっては注意が必要でしょうね。
肝心の蕎麦ですがこれがなかなか侮れないもので、新蕎麦らしい香り、舌触りそしてのど越しと、どれをとってもまともな蕎麦そのものです。
蕎麦つゆは決して悪くないものの特に印象に残るほどの特徴もないのですけれども、この蕎麦でしたら下手に強すぎるものよりはこれくらいの方が塩梅がいいんじゃないかと思いますね。
これに蕎麦湯を合わせてみますとなかなかすっきりうま口という感じで、下手に薬味沢山の割子などを頼むよりこちらの方が蕎麦好きにはずっと良いんじゃないかと思いますね。

いかにも狙っている見た目で実際観光客向けのお店なんでしょうけれども、こういうちゃんとした食べ物が出てくるのでしたら文句はありません。
この店の場合いつも食事時はいっぱいという感じでそれなりに待つことを覚悟しなければなりませんけれども、この味だったら待つ価値はあるかなと思いますね。
出雲大社にお参りするにしても大社界隈で下手な蕎麦を食わされるよりは、このあたりで少し腹を満たしてゆったりした気分で車を走らせるのも良いかもしれません。

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2009年12月 5日 (土)

今日も元気にTBS そのカラーは健在のようで

ひと頃ネット界隈では毎日=変態という構図でずいぶんと人気が高かったものですけれども、こうした一時の流行りすたりにとどまらずネタの安定供給源として昔から変わらぬ高支持率を誇るのがTBSという会社です。
以前からその特殊な倫理意識は当「ぐり研」でも大いに注目するところでしたが、先日はまたこんなネタがありました。

人気ドラマ『JIN ~仁~』で偽造10円硬貨を製造か(2009年11月16日ガジェット通信)

TBSの人気ドラマ『JIN ~仁~』(出演: 大沢たかお、綾瀬はるか、ほか)。現代に生きる脳外科医がタイムスリップをしてしまい、江戸時代に行ってしまうという奇想天外な設定ながら、心に染み入る人間模様が深く描かれている秀逸なドラマとして人気を博している。

そんな人気ドラマで、偽造硬貨の疑惑が浮上している。11月15日に放送された『JIN ~仁~』第六話で、現代の10円硬貨を主人公の大沢たかおが手にするシーンがあったのだが、10円硬貨に書かれていた製造年が「平成二十二年」になっていたというのである。

ドラマの展開上、「平成二十二年」にしなくてはならなかったのかもしれないが、現在は平成二十一年。つまり、平成二十二年と刻印された10円硬貨が存在するはずがないのだ。このことは一気にインターネット掲示板『2ちゃんねる』でも話題になり、現在はふたつの説が出ている。

「コンピューターグラフィック(CG)説」と「やっぱり偽造して作った説」だ。実際にそのシーンの写真を観てみると、確かに平成二十二年と書かれている。だが、何度見てもCGには見えないのだが……。もしもこれがCGだとすれば、かなりの技術力をこの10円玉に注ぎ込んでCGを作ったに違いない。

マジック(手品)で使うために硬貨に穴をあける加工をしただけで違法行為とみなされるご時勢。平成二十二年の10円硬貨をTBSが作ったのであれば偽造硬貨を作ったことになる。ネットでは「勝手に誰かが画像加工したネタではないか?」という話も出ているが、事実はわからないまま。

ガジェット通信編集部は実際にTBSに取材をし、この10円玉が偽造されたものなのかCGなのか誰かのネタなのか真相を探る予定だ。ちなみに記事に掲載している「平成二十二年」と刻印された10円硬貨の写真は、著作権保護のためモザイク加工処理をしている。ご了承いただきたい。

ガジェット通信のその後の調査結果がどうなったのか未だ明らかでないようですけれども、こういう小さなところでも小技を利かしてくるのがTBSという会社であるという認識が広く浸透しているのだなと感じさせる記事ではありますよね。
一昔前の毎日新聞爆弾テロ事件でも言われたことですけれども、どうもマスコミ関係者の場合こういうところの順法意識が欠如しているところが往々にして見られるようなのですが、それでも誰にも迷惑をかけないという範囲であればまだかわいげはあるものの、人の命に関わるようなことであればこれは大問題ですよね。
先日はスポーツ紙などを中心に報道されましたけれども、TBSはこういうところでも地道にとんでもないことをやらかしてくれるらしいのですね。

遼クン取材のTBSカート暴走、観客4人はねる(2009年11月29日読売新聞)

 29日午前10時15分頃、男子ゴルフツアー「カシオワールドオープン」開催中の高知県芸西村のKochi黒潮カントリークラブの2番ホール付近で、石川遼選手らを取材していたTBSのスタッフが乗ったカートが暴走

 ギャラリーに突っ込み、女性4人をはねた。このうち高知市内の30歳代の女性が、カートの下敷きになったまま約10メートル引きずられ、顔の骨を折るなど重傷

 他の3人は首や足などに軽いけが。安芸署が業務上過失致傷容疑で調べている。

 大会関係者やTBSによると、カートにはTBSの委託を受けた制作会社のスタッフ2人が乗り、男性カメラマンが運転していた。賞金王争いを繰り広げる石川選手ら最終組3人に同行し、2番ホールでティーショットを撮影後、コース脇の舗装された急な下り坂を通り、次の取材地点の4番ホールに向かっていた。カメラマンは「ハンドル操作を誤った。本当に申し訳ない」と話しているという。

 事故当時、2番ホールには数百人のギャラリーがいたが、悲鳴が上がるなど一時騒然となった

 記者会見したTBSの岡田浩一プロデューサーは「普段からスタッフには、カートの運転には注意し、ギャラリーとの距離も保つよう指導していた」としたうえで、「けがをされた方や家族、大会を運営する皆様に深くおわびします」と頭を下げた。

 フェアウエーを歩いていて事故を目撃した石川選手は、試合後の記者会見で「初めて(このような事故を)見て寒気がした。あのホールはさすがに動揺した」と話していた。

TBS側の「普段からカートの運転には注意し」云々のコメントに留意ください。
ちょうどゴルフ取材活動の真っただ中だったこともあって、現場の写真が色々とあげられていますけれども(  、  、  、  )、人を巻き込んで10数メートル暴走って、止まり損ねたとかいうレベルじゃないんですが、いったいゴルフ場でどんな暴走運転をしていたというのか誰しも気になるところだと思います。
これに関して真偽のほどはともかくとして、某所界隈ではこういう書き込みがなされていたりするのは注目されるところですよね。

【社会】ゴルフ石川遼を取材していたテレビ局のカートが暴走…ギャラリーが負傷 - 高知


582 :名無しさん@十周年:2009/11/29(日) 13:22:34 ID:e52cIi/L0
現地からVAIOで書いてます。

今回、放映権はTBSが持ってて、地元ローカル局のテレビ高知のスタッフも多かった。
事故はTBS本体のスタッフが起こしている。地元TBS系のテレビ高知には非は無い。
事故が起こった瞬間「大丈夫?大丈夫?大丈夫そうですね、じゃあ」と去ろうとするスタッフに現場の観客の大多数が激高
あっと言う間にカートが囲まれ、カート自体が動けなくなってしまった

かわいそうなのは、石川遼、マルちゃん、小田孔明の3選手。相当プレーが遅れた。
最終組なのが不幸中の幸いだが、TBSの事故を起こして現場を早々に立ち去ろうとした当該スタッフの
モラルは許されるべきものではなく
、叩かれて当然。

TBSにとっては高知県民の命など家畜以下の扱いなのが良くわかった瞬間だった。

これが事実だとすれば何と言いますか、彼らのモラルというものの程度が非常によくわかる話だとは思いますけれども、そう思って前掲の写真を見てみますとまた何やら異なった風情も感じられてくるところでしょうか?
某所の書き込みなど便所の落書きレベルで信ぴょう性に欠けるとお思いの方も多いと思いますけれども、どうも件のスタッフに関しては一般紙においてもこんな記事を載せていることから、かねて札付きであったことは間違いなさそうです。
しかしまあ、ゴルフ場と言えば元々人も多く暴走するような状況では到底ないと思うのですけれども、一体この人たちは取材をしに行ったのか、ネタを提供しに行ったのかよく判らないような話ですかね。

★遼くんギャラリーなぎ倒したTBSカートは2日目にもイエローカード(2009年11月30日産経新聞)

 男子ゴルフの石川遼(18)が出場した「カシオワールドオープン」(Kochi黒潮CC)最終日の29日、石川を取材する中継局のTBSスタッフが運転するカートが暴走し、ギャラリー4人に重軽傷を負わせた事故で、同じカートが2日目にも大会運営スタッフから、強引な運転を注意されていたことがわかった。

 2番パー3のコースで起きた惨劇。女性の悲鳴が相次いだ後、聞こえてきたのは、大会運営スタッフの「このカート、ずっとマークしていたんだ!!」という怒声だった。

 カートを運転していたのは、大会を中継するTBSが委託する制作会社の男性カメラマン。石川ら最終組の第1打を打ち終わった後、コース脇の急な下り坂のカート道を走行中に突如向きを変え、ギャラリーの中に突っ込んだ。10メートル以上引きずられた高知市の30代の女性は左顔半分の擦過傷がひどく、担架に乗せられ救急車で高知市内の病院へ。左眼窩底骨折が判明した。ほかに3人が軽傷を負った。高知県警安芸署は、業務上過失致傷の疑いで、カートに乗っていた2人や関係者から任意で事情を聴いた。

 このカメラマンはカートの強引な運転など大会運営を妨げるとして、大会第2日(27日)にも注意され、“イエローカード”を出されていたという。

 石川もテレビクルーについて「初日から気になっていた。(配慮を欠く動きで他の)グリーン上のプロから怒られたり…」と不安を覚えていた。2番ホールの事故には「あんな光景初めて見た。寒気がした。さすがに動揺した…」と青ざめていた。

 試合後、謝罪会見を開いたTBSスポーツ局の岡田浩一プロデューサーは「スタッフには無理な運転をしないよう注意していた。カメラマンはハンドル操作を誤ったと言っている」と頭を下げたが、起きるべくして起きた事故ともいえそうだ。

さあ、みなさんご一緒に「またTBSかっ!!」
「このカート!ずっとマークしていたんだ!!」は良かったですが、これにならって言うならば「このテレビ局!ずっとマークしていたんだ!!」ということになるのでしょうか。
すでにこれだけでもイエローどころではない堂々たるレッドカードですが、並みの会社であれば萎縮してしまいかねない不祥事ではあってもTBSクラスになりますと蛙の面に何とやらということなのか、まさに同日夜のイベントにおいてもこんなことをやっていたりするのですからホンモノです。

内藤×亀田戦の舞台裏でリングアナがTBSに激怒 (2009年11月30日産経新聞)

 29日夜に行われた内藤大助(35)vs亀田興毅(23)のプロボクシングWBCフライ級タイトルマッチの舞台裏で、中継局のTBSが判定の採点内容を読み上げないよう、リングアナウンサーに指示していたことが分かった。

 「こういうことが起こるなら、もう2度とTBSとは仕事をしない」。この一戦でリングアナを務めた富樫光明氏(38)が試合後、怒り心頭で格闘技ジャーナリストの片岡亮氏にその内容を語った。

 富樫氏はJBCのライセンスを受けた公式リングアナで、日本で行われる多くの世界戦を10年以上にわたって手がけてきた。富樫氏がこの日、最初にTBS側に不信感を覚えたのは、王者と挑戦者が入場する際に俳優の小出恵介がアナウンスを務めたこと。富樫氏は事前に説明を受けておらず「なぜ世界戦でライセンスもない素人を起用するのか」と首をひねった。同局ドラマの番組宣伝を兼ねる格好になった小出は、肝心の場面で「WBC世界フライト級~」と言い間違えた

 さらに試合途中、中継を担当するTBSのディレクターが富樫氏に対して「試合後は勝者だけ読み上げて判定の採点内容は読まないでほしい」と要請があったという。しかし富樫氏は試合を締めくくる上で不可欠な情報と判断し、指示を振り切る形で採点内容を読み上げた。

 会場で両者のごたごたを目にした片岡氏は「TBS側の意図は定かでないが、4ラウンド終了時に発表された採点に会場から疑問の声も上がったため、(2006年に興毅がWBAライトフライ級王者となった)ランダエタ戦の疑惑判定で抗議が殺到したトラウマがよみがえったか。あるいは勝者のコメントを番組の中に入れたかったが、放送時間が押していて端折ろうと考えたのではないか」とみる。

 世界タイトル戦で、採点内容も明かさずに「判定勝ち」という結果だけ伝えれば、スポーツとして形をなさない。暴挙はリングアナの良心によって事なきを得た格好だ。

自分もテレビ観戦していましたが、試合自体はなかなかの好勝負だっただけに、各方面で言われているように一部判定内容にいささかの疑問なしとしないのは画竜点睛を欠いたというところなのでしょうけれども、それにしてもこうまでの手回しの良い隠ぺい耕作というのはよほど普段から手慣れているということなのでしょうか(苦笑)。
ちなみに先のゴルフ場暴走事件から何日もたって、ひっそりとこんなイベントが繰り広げられていたことはおそらく誰も知らないのではないでしょうが、このあたりもらしい話ということなのでしょうかね。

ゴルフ場事故、TBS社長が謝罪「心よりおわび」(2009年12月2日読売新聞)

 先月29日に高知県で行われた男子ゴルフツアー「カシオワールドオープン」の会場で、TBSテレビの外部委託スタッフが乗ったカートが、ギャラリーの女性らをはねて計4人が重軽傷を負った事故で、同社の石原俊爾社長は2日の定例記者会見で、「被害者の方に心よりおわび申し上げる。選手や関係者、ギャラリーの皆さんにも大変ご迷惑をかけた」と陳謝した。

 また、事故翌日に香川県内の女性から「自分も事故に巻き込まれた」との連絡が同局にあり、けが人は計5人となったという。

この情報の早い時代に4日もたってから、しかも定例記者会見のついでの謝罪ですか。
しかし普段から他人に向かっては二言目には謝罪謝罪と要求している割に、これだけの被害を出しておきながら自分たちはいったい何なんだという話ですが、これも世間のほとぼりが冷めるころを見計らっていたということなんですかね?
毎回毎回ネタを提供しているわけですから、当「ぐり研」としてもTBSには深く感謝の意を表さなければならないところではありますけれども、正直もうおなかいっぱいという気がしないでもないところなんですが…

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2009年12月 4日 (金)

事故調議論 他方面での教訓を活かしましょう

先日はこういう記事が出ていましたけれども、ご覧になりましたでしょうか。

未健診出産:危険性大  08年に道内で70件、NICU入院も26%に /北海道(2009年12月1日毎日新聞)

 事前の健診をほとんど受けない妊婦による出産が、道内で08年に少なくとも70件あったことが産科医らのグループによる道内初の調査で分かった。新生児集中治療室(NICU)入院も26%に上り、健診を受けないままの出産は危険性が高いことが裏付けられた。

 北海道周産期談話会のプロジェクトチームが今年4月、道内115の全分娩(ぶんべん)施設を対象に08年の実例についてアンケートをとった。51施設(44・3%)から回答を得て、11月の道の研修会で公表した。

 健診を全く受けないか、妊娠初期に1、2回しか受けない妊婦による出産は70件。全分娩数に占める割合から推計すると、道内の全体では145件程度と推計される。

 新生児の状態は、低出生体重が19・7%で、07年の全国の新生児の平均8・2%と比べ倍以上。早産が15・7%で、全国平均の5・8%の3倍弱に上った。子宮内感染や低血糖など新生児異常が16%あり、NICU入院は26%。いずれも通常の5~10%を大きく上回る

 母親についてみると、未婚者が54%に達し、出産回数が4回以上が12・7%と、道全体(07年)の0・8%を大幅に上回ることが特徴。胎位異常など母体異常の割合も24%で高い

 医療機関が把握している未受診の理由(複数回答)は「経済的理由」(50・0%)が最も多い。「産むかどうか迷った」(26・8%)や、「妊娠の経験があり、健診を受けなくても大丈夫」と自己判断したなど、「意図的」なケースも16・1%となった。医療費の未払いは26%で、医療機関には財政的な負担も生じている

 北大病院産科の山田俊・診療准教授は「『未受診はふまじめ』とは片づけられない。母子ともにハイリスクであり、医療と行政が、学校・地域社会と連携しリスクの啓発や経済的な助成制度の充実などに取り組むことが大事」と話している。

 未受診の妊婦による出産は全国で相次ぎ、病院が対応できないなどの問題も起きている。札幌市でも07年に自宅で出産した未熟児が病院をたらい回しにされた後、死亡したケースがあり、市が対策に乗り出している。【堀井恵里子】

内容自体はそんなものなのかなという話ではあるのですけれども、こういうリスクというものを妊婦や行政を含めた一般国民がどう評価し、行動に反映させていくのかということが重要なデータではないかという気がしますね。
医療業界では医療業界なりに安全性向上ということに対してそれなりに意を払ってきた、その結果例えば周産期死亡率が過去半世紀で2ケタ減少したといった輝かしい成果を収めてきたことは事実ですけれども、一昔前の文学では主人公を産んで母親が亡くなっているなんて設定がデフォだったものが、今ではお産は病気ではないと過度に安全性ばかりが強調される時代になってきました。
もちろん患者不安を除くという意味から医療従事者が先頭に立ってそうした安全性を喧伝してきた時代もあったわけですが、逆に今の時代ではインフォームドコンセントなどの要請からも客観的データに即して正しく危険性を評価し伝えることが要求されている(最近の医者は言うことがきつくなった、なんて良くクレームもつきますが…)、そこに患者である国民サイドとの認識のギャップが生まれてきているわけです。

昨今では全国各地でADR(裁判外紛争解決手続)などの活動が盛んになってきていますけれども、医療におけるリスクに対する認識が医療従事者と患者ら被医療側とで極端にかい離したままでの議論ということになりますと、これはあまり実のあるものとならないだろうとは想像できるところですよね。
最近では医療安全ということになりますと単に医療従事者のみならず弁護士らも議論に加わってくるようになってきましたけれども、単に法的責任の認識といった話にとどまらず、外部目線の導入という意味でもこうしたことは意義があるように思いますね。
それに関連して先の「医療安全推進週間」に厚労省主催のシンポジウムが開かれたということなのですが、ここでもいくつか興味深い話題が出ていたようですので紹介しておきましょう。

医療安全めぐり弁護士、医師らが討論-厚労省シンポ(2009年11月30日CBニュース)

 厚生労働省が主催する医療安全推進週間シンポジウムが11月28日、東京都内であり、医療事故調査の在り方や、事故の死因究明などを行う第三者機関の設置をめぐり弁護士や医師、市民団体代表者などパネリスト8人が意見を戦わせた。

 シンポジウムではまず、厚労省の塚原太郎・大臣官房参事官が「安心・納得・安全な医療の確保に向けた取り組みがこれまで以上に求められている」とあいさつし、医療事故情報収集等事業や産科医療補償制度の導入など、医療安全の10年の歩みを振り返った。

 第1部「国民の目から見た医療安全」では、厚労省が事前に行ったアンケート調査の集計結果が示され、パネリストらからは、「質問が漠然としている」「代表性に問題がある」などの意見が出た。コーディネーターを務めた中京大法科大学院の稲葉一人教授は厚労省に対し、今後アンケート調査を実施する場合は、サンプリングの在り方などを検討するよう求めた。

 第2部「徹底討論 医療事故調査のあり方を考える」では、パネリストがそれぞれ持論を展開した上で、テーマごとに意見を戦わせた。進行役の稲葉氏は、▽院内と院外(第三者機関)の事故調査の在り方▽法的責任の問題▽第三者機関の設置場所▽今後の議論の仕方-の4点を主なテーマに挙げた。
 稲葉氏は、院内と院外事故調査の関係や法的責任の問題、現在実施している「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」の活用方法について今後、議論する必要があるなどと討論を総括。また、政権与党である民主党を交え、医療全体の「設計図」も議論すべきだとの考えを示した。

 厚労省は、医療関係者や国民の医療安全に関する意識向上につなげる狙いで、毎年11月25日を含む一週間を「医療安全推進週間」に定めており、期間中はシンポジウムなどの行事を開催している。今年は22日から28日が同週間だった。

医療事故の法的責任、行政処分のあり方含め検討を-医療安全推進シンポ(2009年12月1日CBニュース)

 厚生労働省がこのほど開いた医療安全推進週間シンポジウムでは、「徹底討論 医療事故調査のあり方を考える」と題し、医師や弁護士らが意見を交わした。論点の一つとなった法的責任の問題については、行政処分のあり方を含めて今後検討すべきとの声が上がった。

 医療事故の法的責任について木ノ元直樹弁護士は、「事故調査の報告などが刑事、民事の責任追及のレールに乗ることには反対だ。制度的にそういうものを立ち上げるのは間違っている」などとし、法的責任は切り離すべきと主張した。
 一方、永井裕之氏(医療の良心を守る市民の会代表)は、責任追及に対する医療者からの反発を批判。「同僚評価や自浄能力の向上に取り組むつもりがないのではないか」と述べた。

 これまでの医療事故調査について鈴木利廣弁護士は、専門家の判断を離れ、法的な判断が先行する混乱があったとし、「専門的な判断を優先するという意味で、医療界が刑事責任論のあり方自体を考えていくことが大事」と強調した。
 堤晴彦氏(埼玉医科大高度救命救急センター長)は、医療行為が全面的に免責されるわけではないとした上で、「何が医療行為の業務上過失致死罪に相当するかは、法曹側が明らかにする義務がある」と述べた。

 鈴木弁護士は、厚労省の大綱案、第三次試案でも言及されている警察への通知に関連して、「今までは『刑事責任先行型行政処分』だった。行政処分を医療の質の確保に沿った形にし、専門職能集団の懲戒権などを先行させることはあり得ると思う」との見方を示した。また、大綱案作成時は行政処分のあり方まで十分議論が進んでいなかったとし、それを詰めた上で、警察への通知の必要性を二段階的に考えることも「あり得る選択」と述べた。
 これについて髙本眞一氏(三井記念病院長)は、「各学会がいろいろとやるべき。行政処分に関しては、医学会が中心となっていかなければいけないと思う」などと述べた。

 第三者機関の設置場所については、堤氏が「調査する場所と処分する場所が同じであると非常にまずい」と指摘した上で、行政処分が個人に対する罰としての処分ではなく、医療機関をよくする立場での行政指導であれば、厚労省でもよいとの考えを示した。このほか、医療行政を担う厚労省に設置すべきとの意見や、誰でも文句や意見が言える独立した機関にすべきなどの意見が出た。
 また、シンポジウムを傍聴し、医療従事者を代表する立場として発言を求められた日本医学会の高久史麿会長は、「将来的には、専門職である医師のグループが中心となって第三者機関をつくり、そこで自律的な処分を行いながら、かつ判定をするという体制に持って行く必要があるのではないか。厚労省や内閣府に置くよりも、それが本来のあるべき姿だと思う」などと述べた。

 今後の議論の仕方について鈴木弁護士は、「困難な局面を乗り切るために、学際的な検討が必要」などと述べた上で、「皆が安心できるようなものができて初めてスタートするのではなく、実践の中から思考錯誤していくことが重要だと思う」との考えを示した。

例によって厚労省が恣意的データを出してきたんだろうなとは想像できるところですけれども(苦笑)、まさに持論の応酬となっただろうこの議論の中でも注目しているのが、今も難航する医療事故調絡みで行政処分というものについて言及されていて、その行使の主体については医療の側が中心になっていくべきであると言及されているところです。
これに関連してまたこういう厚労省の調査が出ているのですが、要するに事故調なるものの設立には医療従事者を含めてほぼ全国民が必要だと思っている、そして一方で事故調なるものを作ってしまえば調査結果に関わらず何もおとがめなしということは社会的に受け入れられるところでないということであって、ここが事故調と処罰を切り離すよう訴えてきた医療業界の思案のしどころではないかと思いますね。

第三者機関による医療事故調、97%が「必要」-厚労省調査(2009年11月30日CBニュース)

 医療事故の原因を中立的な立場から調査する第三者機関が必要だと思う人が97%に上ることが、厚生労働省のアンケート調査で分かった。同省が一般国民を対象に医療安全に関するアンケート調査を実施するのは今回が初めてだが、担当者は「シンポジウムの企画の一環であり、施策決定の参考にはしない」と話している。

 アンケート調査は10月15日-11月8日、一般国民を対象にパソコン(PC)と携帯電話で実施。664人(PC464人、携帯電話200人)から回答を得た。このうち、「医療を提供する人」は311人、「医療を受ける人」は353人だった。
 調査結果は、11月28日に開かれた「医療安全推進週間シンポジウム」で発表された。

 それによると、「航空機事故や鉄道事故の場合と同じように、医療事故についても中立的な第三者機関が事故原因の調査を行うことが必要だと思うか」を尋ねたところ、97%が「必要である」と回答。必要と回答した割合は、医療提供者が95%、提供者以外では98%だった。
 また、医師が全力を尽くした場合でも医療事故は起こることがあると思う人は97%。医療提供者は100%、提供者以外は95%だった。

 一方、医療事故の解決方法として訴訟による手段が最も適切だと思う人は14%。医療提供者が6%だったのに対し、提供者以外では21%と3.5倍の差が見られた

 アンケートでは、回答者全体の14%にあたる98人が、自身や身内が医療事故に遭ったことがある「医療事故経験者」であることも明らかになった。
 治療が適切でも、病気やけがが完治しなかった場合は医療事故だと思う人は6%で、医療提供者5%、提供者以外8%に対し、医療事故経験者では11%と1割を超えた。
 安心して家族や知人を任せられる病院が居住地域にあると回答したのは55%。医療提供者60%、提供者以外50%に対し、医療事故経験者では41%とやや少なかった。

理念はともかくとしてここまで国民が一致団結してしまった以上は社会的にごく少数派の医療従事者が何を言おうが結局できるものはできるだろう、そしてその結果処罰に関する何らかのルールも用意されるだろう、とすれば「処罰とセットでは受け入れられない」と原則論ばかりを主張していればそれでよいという時代ではなくなってきているということです。
とすれば、社会的に受け入れられるという範囲で自分たちにより都合のいい制度を自ら提案し実現していく(まさに他業界でよくやっているように、ですね)という方向に軸足を移していくべき時期であって、その手段としては行政処分を含めた業界内部主導での処罰システムというものを、裁判沙汰になったりと社会的に大騒ぎになる前に迅速にやってしまうのがよかろうという考え方です。
別にこれは不思議なことでも珍しいことでもなくて、例えば弁護士の世界では(全員が強制加入という事情があるにせよ)業界団体の日弁連が弁護士に対する処罰権を握っているからこそ外部からは守られているという態勢になっているわけですよね。

今更日医が日弁連的立場に立つなどとはあり得ないし悪夢じみてきますけれども(笑)、別に団体と言わずとも何らかの権限を持った組織が医療側によって自主的に組織されていて、その組織が保険医資格停止など行政処分の権限を持ち、何より現状のように「裁判で負ければ行政処分」などという後追いではない処分を下せるということであれば、これは立派な業界の自律というものです。
組織の主体に関しては日医のような利権団体ではなく学問的検証が主体で、例えば各学会などから委員を集めたりするのがいいのかなど細部は詰める必要はありますけれども、早いところそうした組織でも作らないことには外部から好き放題断罪されるという悪夢が待ち受けていた、なんてことにもなりかねないと思うのですけれどもね。

上記アンケートを見ても、何かしら望まない結果に終わった時点で医療事故だという考えもある、その解消には訴訟しかないという人がいるわけで、研修でも事情聴取でもなんでも名目はいいんですが何か少なくとも医療側として迅速に動きましたと世間に示す、その結果しばらく研修に出させてお勉強させますであるとか、少し保険医資格を停止させますとか、裁判になるよりは面目の立ちやすい処分法も工夫できる気がします。
世の中何かしら顧客とのトラブルがあればまずテレビカメラの砲列の前で頭を下げて見せるというパフォーマンスがデフォになってきた時代だけに、医療業界もまずそうした世間的フォーマットに従った対応を整えていくことが結局は業界内部にとっても利益になるし、満足度も上がってくるように思うのですけれどもね。

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2009年12月 3日 (木)

銚子市立総合病院再建計画 始まる前から頓挫?!

昨年8月に400床クラスの基幹病院が突然閉鎖!?と話題になった銚子市立総合病院に関して、ちょうど一年前のこの時期に市長リコールが確実?!という話題を紹介したことがありました。
別に市長の首を切ったから病院が再生するというわけでもないと思いますけれども、医療の確保という問題が少なくとも地方自治体レベルでは首長の首をも左右するような重要事になったのだと世に示した事例であったのは確かですよね。
この銚子市立病院、とりあえず来年春に再開予定というスケジュールばかりは決まったようなんですが、案の定前途多難という状況のようなんですね。

銚子市立総合病院:休止問題 再生機構が提案、来年4月再開を /千葉(2009年10月1日毎日新聞)

 銚子市立総合病院の診療休止から丸1年の30日、「市立病院再生準備機構」(木多良輔代表、6人)が診療再開に向けた基本構想を市に提案した。10月から医師を募集し、来年4月に内科、外科、整形外科の3診療科で「暫定再開」するという。

 記者会見した田中肇事務局長によると、「公設民営」方式で経営し、最終的に「おおむね10診療科、200床」とする。(1)老朽化している病院の早期新築(2)看護大学の設置(3)医科大学大学院の新設などを目指し、医師確保策については「6大学と交渉する」としている

 野平匡邦市長は「県や市議会とも相談しながら検討する」と語った。市は30日、県に病院再開のための工程表を提出した。【新沼章】

銚子市立総合病院閉鎖から1年 暫定再開へ医師確保に奔走(2009年10月9日産経新聞)

 深刻な医師不足や経営難により、千葉県の銚子市立総合病院(同市前宿町)が昨年9月末に診療を休止してから1年。注目される再開時期について、同市は来年4月の「暫定再開」を明記した工程表を県に提出した。市の委託で病院再開業務を進める「銚子市立病院再生準備機構」(木多良輔代表)は、医師の確保に向けた募集活動を10月から本格化させている。

 病院再生準備機構は、病院再開に不可欠な医師や看護師の確保を目的に、ベテラン医師や病院経営関係者などでつくる組織。市との委任契約で7月から業務に着手し、2カ月間の検討結果からまとめた「再生基本方針」を市側に提出した。

 基本方針によると、経営形態は「公設民営」を中心に検討。「救急医療体制の確保」「産婦人科、小児科の充実」を理念の柱に据え、10診療科、病床数200床の総合病院を将来構想としている。ただ、医師確保などの面から、まずは内科や外科など3科程度で来年4月に暫定再開し、3~4年後をめどに最終完成形を目指すという。

 銚子市に対しては「老朽化が激しい病院施設の早期新築」「医療従事者の宿舎の見直し」などを提案している。同機構の田中肇事務局長は「具体的な将来構想を見せないと若い人材は集まらない」と、待遇面での配慮を盛り込んだ理由を説明する。

 同機構では7月末から千葉大医学部や自治医大系の社団法人「地域医療振興協会」などと接触。田中事務局長は「6つの大学医学部と医師募集の具体的な交渉に着手していく」としており、同市によると、大学側との直接交渉も今月から始まっているという。

 機構側の基本方針に対して、野平匡邦市長は「異論はない。病院の新築については、県の補助金制度などを活用し、できるだけ現在の場所に建て替える方向でいきたい」と話した。

まあ、その…今時の自治体病院の常でここも元々経営も待遇もさほど良くなかったわけで、それをたかだか開院前半年程度のにわか募集運動でほいほいと人が集まって総合病院が出来上がるなどと本気で考えていらっしゃったのだとしたら、幾らなんでも見通しが甘すぎると思うのですけれどもねえ…
さて、とりあえず院長予定者として一人だけは医者が見つかりましたよという記事がつい先日掲載されていたのですが、新院長に内定した笠井源吾氏は昭和38年日本医大卒で循環器内科医だということなんですけれども、正直一体いつまで働かせるつもりなのかといささか敬老精神に感じるところなしとしないような話です。

市立病院再開へ医師採用 銚子市 (2009年12月1日読売新聞)


参与として 院長代理候補
 銚子市は30日、茨城県神栖市の社会福祉法人・済生会波崎診療所顧問の笠井源吾氏(71)を12月1日付で市参与(非常勤特別職)として採用すると発表した。来年4月の市立病院の再開に向け、医師を確保したのは初めて。市は来年3月末の任期終了後、同病院長代理に就任してもらう意向だ。

 笠井氏は国立横須賀病院循環器医長、社会福祉法人・済生会波崎済生病院長、同法人・神栖済生会病院名誉院長などを歴任。今年4月から診療所顧問を務めている。記者会見した笠井氏は「市立病院を放置したままではもったいない。これまでに病院の再生に取り組んだ経験があり、市立病院再開のお役に立ちたい」と抱負を語った。

 市は市立病院再生準備機構(代表=木多良輔・大阪回生病院顧問)に医師確保などの業務を委託し、千葉大医学部や県の協力も受けて準備を進めている。笠井氏は同機構と連携して、医師の確保に取り組む。

いやあの、「放置したままではもったいない」って、あまりに老朽化が進んでさっさと立て直さないと人が来ないというくらいにボロいという話だったのではないかと思ったのですけれども、結局あれもハコモノ行政のための為にする議論だったということを言っていらっしゃるわけなんでしょうか?
失礼ながら笠井氏の医師集めに関する力量あるいは人望というものがどの程度なものかは存じ上げませんけれども、このまま結局医師確保はできませんという話に終わったとしたら、笠井氏も随分とさみしい診療に従事しなければならなくなりそうなんですが。
まあそうした突っ込みどころはともかくとして、こちらに病院崩壊後一連の市長選の経緯とも絡めた話題が豊富に掲載されているんですけれども、この中でも大衆日報2009年10月07日第17638号に掲載された記事というのがなかなか興味深いんですよね。

医療関係者に悪評高い銚子市と銚子市民 (2009年10月8日銚子市民サイドのホームページ)より抜粋

 「みなさん一応の話は聞いてくれるが、具体的に『(銚子に)行ってあげよう』という医師はまだいない。今はまだ『竦(すく)み合い』の状態。竦み合いのまま誰も4月に来ないということもあるかも知れない」と医師確保の交渉状況を話すのは野平匡邦・銚子市長で、いったん全面休止してしまった市立病院の再開という「超難問」にどう立ち向かうのか? 9月30日(水)、銚子市保健福祉センターで開催された「第1回市民報告会」は、225名の市民が訪れ満員となった。
(略)
▼野平匡邦・銚子市長
(略)
 もう一つは、「決して絶望しないで下さい。県も自分の問題として真剣に考えています」という心強い言葉をいただいた。だからと言って来年4月に何人医者を出すということではない。しかし千葉大・旭中央病院・銚子・他の病院で連携しながら、それぞれの特徴を出しながら、お互いを補い合いながら、復元・再生していこうという話。私はそういう言葉が県から聞けるとは思っていなかった。
 従来から言ってきたように、医者の確保については県はあてにならない厚生労働省にも医者はいない。医者の確保は銚子市が地域医療振興協会と一緒になって本気でやらなければいけない。県や国はお金は何とか助けてくれるだろうと言ってきた。しかし逆にお金は少し渋くなってきて、「医師の確保については、県も一緒になってやりますから」と言われ、少し見えてきたのかあという印象。

いや、失礼ながらこの状況で何がどう「少し見えてきた」のかと思うような話なんですけれども、この後も例の徳洲会進出の噂であるとか色々と読み応えのある記事が続く中で、ひとつ注目しておくべきなのが病院再生の財源方面の話題で、例の地域医療再生基金というものを非常に当てにしていたのだなと思わされるような話なんですね。

地域医療再生臨時特例交付金

 地域医療再生臨時特例交付金だが、100億円の玉が10カ所、25億円の玉が80カ所。県庁が来月、厚生労働省に申請する。
 2つの医療圏で計画を策定することが県の医療審議会で決まり、9月30日に2地域で出すことが決まった。それを精査して来月半ば、10月16日に厚生労働省に持っていく。香取海匝と山武長生夷隅の2圏域で、銚子は25億円の方かと思っていたが、100億の方でよかった。そのかわり競争は厳しい。25億円の方は80カ所あるが、100億円の方は10しかない。しかし千葉県は本気でやると言ってくれた。
(略)
 県の計画を受けて、厚生労働省で判定会議が開かれる。そこでめでたく銚子の100億円が決まれば、来年2月県議会の頃には県の金庫に100億円がポンと来る。お金が入って実際に使うのは来年4月から。この100億円を4年間で使う。
 100億円のうち50億円が銚子市に来るということは基本的にない。銚子市の病院だけを再開するためのお金ではない。
「連携のためのお金」だ。厚労省が資料で具体的に書いているのは、例えば千葉大学に50億円をポンと寄付する。地域医療公団を作る。教授・准教授・講師・助手に給与を払ってあげる中で、協力してくれたので、この地域に医者をずっと送るという気の長い話。医学部の学生・看護師にあげる奨学金のようなものをどこかに作り、「銚子に行って下さいね」と言うようなものをこれから作るわけだから、来年4月にすぐ役立つお金だけではない。
 県の部長が言っていたのは、「暫定開業に必要な暫定的な建設費は対象になります」ということ。「ここは治さなければならないというお金は、最低限数億かかるだろう。それくらいは対象になります」と言っていた。このような状況で、まだまだ先は見えていない。

ところが以前にもご紹介しましたように千葉県医師会絡みでのゴタゴタがあって千葉が落選する可能性が限りなく高まっている、加えてそもそもこの100億の方の事業自体をもう全てやめにしてしまって全部25億に切り下げましょうなんて話もすでに出ているわけですから、これはどう考えても「とらぬ狸の皮算用」に終わる気配が濃厚で、一体それでは資金面でどうするんだとすでに頓挫しかねないような話です。
この地域医療再生基金絡みの諸問題というのは全国各地で色々と持ち上がっていて取り上げると面白いなと思うのですが、お金を出す方もずさんなら受け取る方もずさんという、これは一体この財政緊迫のおりにこんなことで良いのかと、仕分け人ならずとも疑問に感じるところなしとしないような話が山積しているようですね。
中でも千葉というところはどうもあまりに急ぎ過ぎた計画を立てていたらしく、それは確かに自治体にとっては降ってわいたようなお金ではあるところでしょうけれども、こういうことこそ無駄なお金のばらまきにならないようにもう少ししっかりした検討が必要なところだと思います。

バラマキかクリーンヒットか 地域医療再生基金が抱える火種(2009年11月30日週刊ダイヤモンド)より抜粋

崩壊する医療の立て直しを目的とする地域医療再生基金。なにしろ、都道府県に配られるおカネは各50億円、事業期間は5年間とあって、自治体は熱い視線を注ぐ。だが、再生の美名とは裏腹に、その効果には医療関係者からも疑問が投げかけられている。プランを作成した自治体、病院、厚生労働省の舞台裏を探った。

「5年間の中期計画を、5ヵ月でつくるのは非常に難しい。県の医療審議会や議会に話を通す必要もあったため、実際には2ヵ月しか時間がなかった。地域医療再生基金から100億円プランが消えたときは、喪失感しかなかった」

 ある自治体の医療担当者は、翻弄され続けたこの5ヵ月間をこう振り返った。

 今年の6月5日、厚生労働省が各都道府県に通知した地域医療再生基金の計画に、各地の医療担当者は色めき立った。「医師の確保」「救急医療」、さらに病院間の「機能再編」など現在、地域医療が抱える課題は少なくない。地域医療再生基金とは、こうした課題を解決する再生プランを各都道府県が作成し、これを厚労省が認めれば、交付金が支給されるというものだ。

 ターゲットは、全国に369ある“二次医療圏”(通院から入院まで、一定の医療が提供されることを目指す地域の単位)のうち、都道府県ごとに2つのエリア、合計94の地域である。

 当初の計画では、このうち全国の10地域に各100億円、84地域に各25億円、総額で3100億円の交付金が支給されるはずだった。

 しかし、再生プランの提出期限は、10月16日とあまりに短かった。基金が「前政権の選挙対策」と指摘されるゆえんである。

 短期間で再生プランをつくるとあって、もらえるカネを使い切る予算の策定が第一の優先事項で、その中身は当然、ずさんなものとなった。40弱の自治体で練られていた100億円プランの実態は、そのほとんどが新病院建設など大型の“ハコモノ計画”である。

 加えて各自治体が、2つの二次医療圏を交付金支給のエリアとして選ぶ際、エリア選定や再生計画の立案がかなり強引に進められたケースもあった。

 千葉県で対象エリアに選ばれた山武長生夷隅エリア(県東南部)では、病院が入院や手術などが必要な救急患者を輪番で受け入れるための、機能強化が盛り込まれた。だが、「この計画は、誰も聞いていなければ同意もしていない。地区医師会の幹部だけが知っていた」と、当事者となる病院の院長は不満タラタラだ。

 100億円プランの中身を決めるに当たり、「医師を派遣するからと、高額な医療機器の購入台数まで派遣元の大学に決められた」(ある病院院長)ところもある。

 大混乱のなか、再生プランの作成は急ピッチで進められていたが、政権交代により、さらなる波乱が起こる。再生プラン提出の締め切りが近づいた10月9日、厚労省は補正予算の見直しの一環として、100億円プランの執行停止を決定。エリアごとに支給する交付金の金額をすべて25億円に統一し、基金の総額を2350億円まで減額したのだ。

 100億円の獲得を目指していた自治体は、交付金の減額で再生プランの練り直しを迫られた。だが、提出の締め切りは、わずかに3週間延びただけである。

5億円のプランも内訳と積算根拠なし

 11月6日、再設定された再生プランの締め切り日を迎えた。

 そもそもの期間設定に無理があったところに、無理を重ねて新たな再生プランはつくられた。

 今回、各都道府県は、「専門医の確保」「急患センターの新築」「検査装置の導入」など、さまざまな事業計画を提出。だが、再生プランの書面には、2億円、3億円はおろか、5億円を超える事業でも、その内訳金額と積算根拠が示されていないケースがいくつもあった。「国からは事前にお墨付きを得ている」とある県の担当者は説明するが、内訳金額や積算根拠なしに、計画が妥当かどうか、まともな審査ができるはずもない。なかには「積算根拠なしの事業もある」と認めた県もあった

 再生プランの中身にも疑問符が付く。今回、多くの都道府県が医師の確保に向けて、大学への「寄付講座」を予定している。講座を担当する指導医と研修医を囲い込んで、地域の病院で研修と診療を行なってもらう目論見だ。交付金は、その人件費や研修センターの建設などに使われる。

 だが、「組織として協力すると言われている」「各大学の了解はこれから」と、協力してくれる大学と人数の確約を得ぬまま提出された寄付講座のプランも少なくない

 そもそも、寄付講座を使った医師の囲い込みにしても、その効果を認める関係者は皆無に近い。「医師引き揚げの抑止力」(関係者)というのが関の山だろう。

 いくら再生基金で医療の機能や体制を整備しても、医師が揃わなくてはムダガネに終わる。
(略)

審査は1回のみ 事後検証は破綻

 12月の中旬以降、有識者による協議会で各都道府県が提出した再生プランが審査される。明示されていなかった各事業予算の内訳金額と積算根拠についても厚労省医政局指導課は「全県から取る」と11月13日に明言した。

 だが、事前に全プランを委員に渡すとはいえ、協議会の開催は、わずか1回のみ。これでは、まともな審査ではなく、単なる“追認”にほかならない

 行政刷新会議の評価委員(仕分け人)を務める長隆氏(東日本税理士法人・公認会計士)が指摘する。「この基金は、このままでは単なるバラマキになってしまう。交付後に効果のないものは、停止や返還をすべき」。

 対する厚労省は、各県の数値目標を基に「事後検証の実施」を力説する。再生プランには、たとえば救急なら圏外搬送率を「30%」から「10%」に減らすと明記する決まりだ。

 しかし、数値目標を記していない県がいくつもあるのだ。事後検証の仕組みは、ハナから破綻している。この“火種”を取り除かない限り、再生基金の交付は停止すべきだろう。

(「週刊ダイヤモンド」委嘱記者 内村 敬

色々な面を総合して考えるところ、正直来春の再開などという話どころではない暗雲だらけという印象なんですけれども、果たしてこの状況で無理な見切り発車をして遠からず再び崩壊に追い込まれることになるのか、それとも一から計画を見直すのか、自治体にも一度冷静に踏みとどまる勇気というものも必要になってきたようにも思えるんですけれどもね。

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2009年12月 2日 (水)

救急問題 現場感覚を無視した話に現場がついてきますか?

まあそんなものだろうなと思うような話ですけれども、先日こんな記事が出ていましたのをご覧になりましたでしょうか。

通報→病院収容、平均35分と過去最悪 09年消防白書(2009年11月27日朝日新聞)

 09年版の消防白書が27日の閣議で了承された。08年の救急出動件数は前年より減ったものの、通報から病院収容までの時間が過去最悪となっていることから「消防機関と受け入れ医療機関の連携を強化する必要がある」としている。

 白書によると、全国の救急出動件数は約510万件で、過去最多だった07年に比べ約19万件(3.6%)減った。一方、通報から病院に収容されるまでの時間は平均35.0分で、98年に比べて8.3分遅くなっている

 白書は中・長期的な課題として「医師不足や病床不足の改善など医療機関の充実強化」を挙げている。消防法の改正で都道府県に義務づけられた、患者の状況に応じた病院のリストづくりの強化も求めている

救急搬送問題に関して消防庁が非常にアクティブに動いているということは以前から注目しているところですけれども、こうしてデータを出してきたからには「それではどうするのか?」という話につながってくるのは当然ですよね。
特に改正消防法による搬送先リストの強化を要求云々といった話は、送り届ける側の消防救急と受け入れる側の医療の間での綱引きであるこの問題に関して、消防救急側が積極的に主導権を握ろうとしているかのようにも見えますが、正直官庁であるにも関わらずよく仕事をしているものだと感じると同時に、どうも消防救急側は組織としてかなり現場の声を拾い上げているんじゃないかという気がするんですね。
例えばこの消防法改正を契機に始まった一連の作業は最近いよいよ各地で具体化し始めているのですけれども、その議論の中でも今までともすれば「搬送できるかどうかは医療側の受け入れ次第」と受け身的立場であった消防救急側がかなり主張するようになってきている、そしてその背後に強烈な現場からの突き上げがありそうだなと感じられます。

「救急」受け入れ基準策定へ 医師や消防長が初会合 栃木(2009年11月18日産経新聞)


 救急搬送された患者を受け入れる医療機関が速やかに決まらない問題で、改正消防法が10月30日に施行されたのを受けて、患者の搬送と受け入れの実施基準の策定について話し合う第1回県救急搬送受入協議会が17日、県庁で開かれた。

 協議会は会長に新沢敏章県医師会理事を選出、市医師会理事や救命救急センター長、消防本部消防長ら委員18人で構成する。搬送先の医療機関が決まらず、救急隊の到着から患者を病院に収容するまでの時間が延びている問題を解消するため、県が策定する救急搬送と患者受け入れの実施基準について協議する。

 この日は、救急搬送先となる医療機関の情報収集システムを持つ宇都宮市消防本部や足利市消防本部の現状や、2次救急指定病院での輪番制の負担や医師不足の問題などが報告された。

 救命救急の現場からは、非常勤の当直医師問題、アルコール中毒や独居老人が受け入れを断られる例を挙げ、「搬送基準をつくっても、現場にそれを守る意思がなければ、すぐには問題は解決しない」との意見も出た。協議会は来年2月に実施基準を県に答申。県は3月には基準を策定し、公表したいとしている。

消防側はまず搬送先が決まらないことには仕事になりませんし、医療側は能力的にも経営的にも何でもかんでも受け入れられるような状況には到底ないわけで、この問題に関しては一朝一夕に流れが劇的に改善するということもないだろうとは思いますけれども、その際のクッションをどこに設定するかと考えた場合に、現状の救急車の中でじっと行き先が決まるのを待つという態勢は良くないですよね。
例えばドクターカー導入によって車中の待機時間を医療の時間に変えていくべきという考え方もあるだろうし、まずはとりあえず全例そこに搬送というER的設備を作れという声も根強いでしょうし、あるいは搬送要請が来て救急車に運びいれるまでのどこかで一つの関門を設けるべきという意見もあるでしょうが、何にしろこのご時世ですから先立つものがなければ何事も話が先に進みません。
そんな中で先の仕分け作業ではこの救急搬送改善に関する計画が一つ潰されましたけれども、これをどう評価するかとなりますといささか立場によって議論が分かれるところではないかと思いますがどうでしょうね?

岐阜大の救急搬送先探索が頓挫 仕分けで「廃止」判定(2009年11月28日中日新聞)

 救急患者のたらい回しを防ごうと、岐阜大が本年度から経済産業省の委託で取り組むシステムづくりが、政府の行政刷新会議の事業仕分けで廃止と判定された事業に含まれていた。4年後の実用化に向け、デンソーや沖電気工業などと技術開発を進めており、関係者の落胆は大きい。

 システムは、救急車にコンピューター端末を載せたり医師にICカードを持たせたりするなど情報技術(IT)を活用して救急患者の最適な搬送先を瞬時に割り出すもので、本年度、経産省の「車載ITを活用した緊急医療体制の構築」事業に採用された。事業費は本年度2億円で、4年で8億円を見込んでいた。

 ところが、同事業や病院とフィットネス産業が連携した健康づくり事業などを含む経産省の「安心ジャパン・プロジェクト」(32億円)が、25日に開かれたワーキンググループの議論で「実現の道が見えない」「事業の意味がよく分からない」「経産省が単独でやるべき事業ではなく、厚生労働省の現行制度の見直しから始めるべきだ」などの異論が相次ぎ、仕分けで廃止と判定された。

 岐阜大では、10月13日にシステム開発の関係者を集めた第1回推進委員会を立ち上げたばかり。担当の小倉真治教授は「国民のためになる事業。極めて遺憾だ」と話した。

事業仕分け:「医師確保」補助金半減 知事が反論「地域の立場から問題」 /岐阜(2009年11月28日毎日新聞)

 古田肇知事は27日の定例記者会見で、国の事業仕分けで「医師確保、救急・周産期対策補助金」が「半額削減」と判断されたことについて、「地域の立場からすると問題がある。必要な反論はしたい」と述べた。

 同補助金を使う事業には、岐阜大とデンソーなどが経産省の委託で進めてきた「車載ITを活用した緊急医療体制の構築」事業がある。妊婦のたらい回しなど救急搬送が社会問題化する中、病院の状況と救急車で搬送中の患者の容態などの情報をインターネット上で共有するシステムを今年度から12年度までに作る予定だった。今年度も2億円の事業費を計上しており、古田知事は「全国でも注目されているプロジェクト。大切にしていきたいと思っている」と事業の廃止、縮小に否定的な考えを示した。

 また、古田知事は政府が11年度から実施するとしている「一括交付金」について「現在動いている事業や必要な経費については最低限保障してほしい」と訴えた。【山田尚弘】

はっきり言ってこうしたシステム、救急に実際携わっている医療従事者の間でまともに評価している人間はあまりいないと思いますが、なぜ機能しないかといえば救急搬送が滞るのは受け入れ側医療機関の多忙、キャパシティーの不足であるというタテマエにとらわれているからだと思うんですけれどもね。
救急隊の方にしてもあまり役には立たないという声がちらほらと漏れ聞こえてくるあたり、現状では到底実効性が期待できるようなものではないと思うのですけれども、何故か政治家の皆さんなどはお好きなようで、かつて舛添-二階両氏が意気投合したなんて話もありましたが、それがこの布石になっているんでしょう。

昨今盛んに喧伝されている「もうけ過ぎの一部診療科や開業医の診療報酬を削って救急、産科、小児科に回せば医療の問題など一気に解決する!」なんて論調もそうですけれども、どうも現場の誰ひとりとして思ってもみなかったことがいきなりトップダウンでさも絶対の真理であるかのように出てくることには眉に唾をつけて聞かざるをえません。
こういうハイテクっぽい話も個人的には決して嫌いでもないんですけれども(笑)、実際各地で導入されている似たような搬送先探しのシステムがろくに機能していないという事実があるだけに、どうも公立病院PFI化と同様に全く学習することのないこの妄信ぶりは一体どこから来るのかと疑問に感じます(それともよほど誰かにとってお得な話であるのか、ですか)。
先日もとある地方医師会幹部の先生が嘆いていましたけれども、とにかく行政というものはハコモノにしかお金を出さない、ソフトウェアやマンパワーには全く予算がつかないという話はその通りなんだろうなと思いますし、そうであるからこそ無駄だと半分判っていても突っ走らざるを得ない部分はあるのかも知れませんが、そのタテマエはあくまで本音と別の部分であるべきだと思うのですね。

救急搬送問題にしてもタテマエ上は医療現場はすでに限度いっぱいでこれ以上の患者を受け入れるマンパワーはないというキャパシティー問題が主因ということになっていますけれども、それじゃ前述の記事のようにアルコール中毒や独居老人といった特定患者層が受け入れを断られやすいというのが何故なのかと言えば、それはやはり採算性という経営上の問題もまた大きな要因であるというホンネにも踏み込まざるを得ないわけです。
救急なんて不採算部門は今時どこの病院だって好き好んでやりたがるようなものではありませんし、技術と努力が正当に評価されない馬鹿馬鹿しさに付き合うことを避けたいがために救急病院から逃散している先生方も多いと思いますけれども、ホンネの部分をすっ飛ばしたままタテマエだけで議論を続けているからいつの間にかトンデモナイ話が飛び出してきたりするわけですよ。

療養病棟の救急受け入れ、反対続出 ─ 11月20日の中医協(2009年11月22日ロハス・メディカル)

 重症患者を受け入れる「救命救急センター」に軽症・中等症の患者が流れ込む"三次救急の疲弊"を改善するため、厚生労働省は療養病棟の救急受け入れを診療報酬で評価する方針を打ち出したが、病院団体などから反対意見が続出している。(新井裕充)

 2010年度の診療報酬改定に向け、厚労省は11月20日の中央社会保険医療協議会(中医協)で、療養病棟の評価として、「後方病床機能」「救急支援機能」を提示した。

 このうち療養病棟の後方病床機能については、「在宅医療や介護施設においては、患者や入居者の病状の急変の際、速やかに医療を提供できる後方病床の確保が重要である」と指摘。救急支援機能については、「円滑な救急医療体制の構築が喫緊の課題」とした上で次のように問題提起した。
 「高齢者の軽症・中等症患者の救急搬送件数の増加が顕著であり、救急医療機関において重症救急患者を受入れられなくなるケースが生じている。実際に、療養病床において救急搬送患者を受け入れている実態がある。また、こうした地域のニーズを踏まえて、救急医療機関と連携して療養病床で救急患者を受け入れる取組みが始まっている

 その上で、療養病棟の診療報酬上の「論点」として、▽急性期医療、在宅医療及び介護施設の後方病床としての機能 ▽軽症・中等症の救急患者を受け入れている療養病棟に対する評価─などを示し、意見を求めた。

 療養病棟の救急受け入れ機能について、診療側の鈴木邦彦委員(茨城県医師会理事、日本医療法人協会副会長)は「地域の一般病床で受け入れるのが良い」と否定。西澤寛俊委員(全日本病院協会会長)も、「療養病床は役割が違う」と退けた
 さらに、支払側の勝村久司委員(連合「患者本位の医療を確立する連絡会」委員)も、「機能が違う。積極的に評価することに違和感を感じる」などと反対した。

 これに対して、日本看護協会副会長の坂本すが専門委員は次のように述べ、療養病棟の救急機能を評価する方向性を支持した。
 「軽症・中等症の救急患者を受け入れるのは、本当にこういう所(療養病棟)でいいのか、機能的には大変難しいと思うが、あまり病院がない所を見ると、今回の新型インフルもそうだが、若干、療養型でもやってくださっている所があって、大変ありがたかった。だから、開業医の先生たちがいらっしゃらないときはそういう所でやってくれているのは大変住民にとって良かったと思っている。機能的にはちょっと違うかもしれないが、何らかの形でやっていらっしゃることについては少し考えてもいい

 三次救急をめぐっては、"最後の砦"であるはずの救命救急センターが"最初の防波堤"になっているとの指摘もある。勤務医の負担軽減という観点から、三次救急を疲弊させている原因を取り除こうとする今回の厚労省案は妥当な方向と考えられるが、全日本病院協会会長の西澤委員は次のように否定した。
 「療養病棟で論じるのではなくて、救急体制で、どうして三次救急にミスマッチがいるかということ。要するに二次救急、あるいは一次救急、そういう所がどんどんやめていっているので、そこ(三次)に行ってしまう。そこのシステムを直すほうが大事であって、そこが直ればこういうミスマッチがなくなるから、『直接、療養病棟へ』はあり得ないんじゃないか」

 高度急性期への拠点化・集約化を進め、その後方病床として「地域一般病棟」を位置付けるべきとの主張にも聞こえるが、果たして地方病院の実情を踏まえたものといえるだろうか。療養病棟の機能をめぐる同日の議論は次ページ以下を参照。(略)

一次から二次、三次へと段階的にステップアップするはずの救急のシステムが崩壊してしまったのが何故なのか、何故一次、二次救急を担ってきた地域の中小医療機関が救急業務から手を引くようになったのか、そのあたりを考えない議論はあまり実効性がなさそうだなとは思うところですが、問題になるのがこういう考え方が厚労省から出てくるところですよね。
ま、統計上は三次救急に勤務していようが療養病床に勤務していようが(あるいは療養病床に入っていようが、ですか)同じ一人の医師扱いで何ら違いはないということになるのでしょうけれども、ねえ…まあ看護協会の幹部に収まるような方々が浮世離れしているのは仕方ないとしても(苦笑)。
三ツ星レストランで高級食材相手に完璧な伝統的料理を作り上げる老巧のシェフも、町の居酒屋で次々と独創的なメニューを作りだしてお客を集める新進気鋭の板前さんも、どちらも顧客の舌を楽しませるという意味では同等に素晴らしい料理人なんでしょうけれども、やはりそれぞれ同じ料理人とは言っても全く違う別物であるということは誰だって直感的に理解できる話ではないですか。

幸いにと言いますか、かの勝村氏ですら反対論に回るくらいあっけにとられる提案であるということになっているようですけれども、こういう机上の数字合わせに終始する限りいつまでたっても現場がついてくることはないと思うのですけれどもね。
別に現場感覚が絶対であるなどと主張するつもりもないですし、無関係な外部からの声を取り入れていくことも非常に重要ですけれども、率直に言ってあまりにあり得ないような発想の話題が多すぎるのではないかと感じられるあたり、あるいは日本という国全体が貧すれば鈍するということになってきているのでしょうかね?
現場の感覚を無視して行政が突っ走った挙句医療崩壊に至ったという状況の中で、その解決策がやはり現場の感覚を無視したものであるというのであれば、それによって事態が改善すると考える根拠の方が怪しいということになりそうなんですが。

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2009年12月 1日 (火)

医療問題の議論すなわち診療報酬をめぐる攻防って図式はどうなのか

仕分け作業で色々なところに影響が出ていますけれども、医療行政を統括する(はずですが)厚労省にしてもそれは例外ではありません。
あちこち削られる中で何を受け入れ何を温存するかというのも判断の分かれるところだと思いますけれども、今回の厚労省は診療報酬に関しては譲らずという決意を固めたようですね。

厚労省、事業仕分け8割受け入れ 金額ベースで3360億(2009年11月29日47ニュース)

 政府の行政刷新会議による事業仕分けの結果を受け、厚生労働省がまとめた対応方針案が29日判明した。対象となった51事業のうち診療報酬の配分見直しなど20事業は「対応困難」としたが、金額ベースで8割に当たる計約3360億円の事業廃止や予算削減、基金の返納などを受け入れる

 各府省の対応方針が判明するのは初めて。厚労省はこれに沿って財務省と来年度予算の折衝を進める考え。

 仕分け通り対応する主な事業は、約5億円を要求していた「女性の健康支援対策事業委託費」(廃止)、約9億円の「仕事と生活の調和推進事業」(予算計上見送り)など。

 基金2787億円全額を国庫に返納するよう求められた独立行政法人「福祉医療機構」についても返納に応じ、基金の運用益による高齢者や障害者の支援事業は国の補助事業に衣替えする。

 一方、「政治銘柄」だった診療報酬については、収入の高い開業医と勤務医の格差是正や診療科間の収入平準化などを求められたが、「中央社会保険医療協議会(中医協、厚労相の諮問機関)での検討が必要」とした

 市販類似薬を保険適用外とするよう求めた判定は、患者の負担増につながるため拒否した。

医療分野の仕分けに関してはあちらからもこちらからもそれはもう不平不満が殺到という状況ですけれども、それはもう財政状況からこれ以上出せませんよと言われるのであればそろそろ腹をくくって予算の範囲内で仕事をしていくしかないのかも知れません。
一方であまり国民の受けはよろしくない診療報酬引き上げについて、近年財務省の前に屈してきた印象の強かった厚労省がこのところ妙にやる気を出しているように見えるのが何なのかなと思いますね。
特に面白いのが厚労省も厚労相である長妻氏もそろって診療報酬引き上げを主張して財務省に反論し始めているように見えるのですが、長妻氏などは総額引き上げに対して慎重派だったようにも思うのですけれども、これはテレビ向けのリップサービスなのか、それとも何かしら省内での官と政との意思統一が図られたということなんですかね?

診療報酬引き下げ、長妻氏が異論 「医師数は少ない」(2009年11月29日朝日新聞)

 長妻昭厚生労働相は29日のテレビ朝日の番組で、医療行為や薬の公定価格である診療報酬について「全体のパイを上げたうえで中の配分を大きく見直すことが必要不可欠だ」と強調した。財務省が診療報酬全体を引き下げて配分の見直しを求めていることに反論した。

 長妻氏は「日本の医療費、医師の数は先進7カ国で最低」と指摘したうえで、「今回の政権交代の大前提は、コンクリートから人。医療崩壊を立て直すためには、一定の金額が必要だ」と診療報酬全体の底上げを改めて求めた。一方で「配分も変える必要がある」とも述べ、開業医と勤務医の収入格差の見直しや、医師不足が目立つ産婦人科や小児科などへの重点配分を目指す考えを示した。

「医療費、国際的には低水準」厚労省、財務省に反論(2009年11月28日朝日新聞)

 厚生労働省は27日、医療予算の圧縮を求める財務省の見解への反論をまとめ、ホームページ(HP)上で公表した。日本の医療費の水準は国際的に低いと主張。鳩山政権が目指す医療再生のため、十分な予算の確保を求めた。年末の予算編成に向けて論争が始まった。

 発端は19日の野田佳彦財務副大臣の記者会見。物価や給与水準が下がる中で「ドクターだけ高止まりでいいのか」などと述べ、医療行為や薬の公定価格である診療報酬の引き下げを求め、財務省のHP上で見解を示す方針を表明した。

 これに対し、厚労省の政務三役は「正しい情報を伝えないといけない」と、反論をまとめるよう指示した。

 厚労省の見解では、日本の医療費が対GDP(国内総生産)比で経済協力開発機構(OECD)の30カ国の中で21位の低水準だと指摘。連立3党の政権合意の「医療費の先進国並みの確保を目指す」という記述を引用した。

 さらに、診療報酬を医師の給料に結びつけた財務省に対して、「診療報酬=医師の報酬ではない」と記載。「公立病院の総費用のうち医師の給料は1割だけ」というデータで牽制(けんせい)したうえで、診療報酬の配分見直しだけで財源をひねり出すのでは不十分だとしている。(中村靖三郎)

財務省の医療予算査定方針への見解を発表―厚労省(2009年11月27日CBニュース)

 厚生労働省は11月27日、財務省が19日に公表した医療予算の査定方針についての見解を発表した。厚労省の担当者は「財務省への反論ではなく、医療費や診療報酬に関する客観的な事実を国民に向けて発信するために示した」としている。

 財務省の来年度予算編成に向けた医療予算の査定方針では、開業医の年収(約2500万円)と病院勤務医の年収(約1500万円)との間に1.7倍の格差があることや、診療科によって収支差額や医師数に偏りがあることなどを示しており、医療費を増やすよりも診療報酬の配分を抜本的に見直すことで、医師不足問題に対応すべきとしている。

 これに対し厚労省は見解で、日本の医療費は諸外国と比較すると低水準であるほか、診療報酬は病院や診療所に対して支払われるものであり、医師の報酬とイコールではないとしている。
 また、これまでの診療報酬改定でも診療科間の格差是正を行っているほか、前回の改定で病院と診療所のバランスに配慮していると指摘。総額34兆円という医療費の規模を考えた場合、配分の見直しで捻出できる財源はそれほど大きくなく、「医療再生のためには、もう一段の検討や努力が必要」としている。

この中で特に注意していただきたいのが同じ現象を朝日の記事では「厚労省、財務省に反論」と掲載し、CBニュースでは当の厚労省から「財務省への反論ではない」と断言されているところ…も確かに面白いのですが、その厚労省担当者の「財務省への反論ではなく、国民に向けて発信するために示した」という下りだと思うのですね。
先日も言いましたように、診療報酬引き上げなどと主張するにしても財務省や支払い側など金を出したくない人々に一生懸命主張したところで仕方がない、鈴木寛・文部科学副大臣の言うように医療を直接給付される対象である国民に向けてプレゼンテーションをしていくべきであるという発想が、ここにも表れているのかなという気がします。

このあたりは本来であれば当事者である医療系団体が主導して行わなければならないところなんだと思うのですが、(政治力はともかく)最もネームバリューがあるだろう日医がそのあたりとことんヘタクソかつイメージ最悪(というより、世間的には悪の組織扱い?)だとくれば、これはもう何を言っても「日医が言っているから反対」と言われるのがオチというものですかね。
記事中にもありますように医療費増も一つの大きなテーマとして掲げ医療関係者の支持を獲得した民主党政権ですから、このままなし崩しに更なる診療報酬削減政策の遂行となれば詐欺と言われても仕方がありませんが、そのあたりのイメージ戦略もあってか民主党内でもこんな動きがあるようです。

医療費増を目指す民主議連が発足-「診療報酬の大幅アップを」(2009年11月26日CBニュース)

民主党が先の衆院選で方針を掲げた医療費増額の実現を目指す「適切な医療費を考える民主党議員連盟」が11月26日に発足した。当面は、来年度の診療報酬改定について集中的に話し合い、本体部分の改定率の大幅アップを厚生労働政務三役に働き掛ける方針だ。

会長に就任した櫻井充参院議員は同日の発足式のあいさつで、「産婦人科とか小児科が極めて危機的な状況に直面している。われわれは、そういうことを改革すると訴えて選挙に勝たせていただいた」と述べ、当初の方針通り医療費の増額を実現すべきだとの認識を表明した。

民主党は7月に公表した「政策集インデックス2009」の中で、総医療費対GDP(国内総生産)比を今後、経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均にまで引き上げる方針を掲げた。しかし、来年度の診療報酬改定をめぐっては、厚労政務三役から改定率の引き上げを求める声が上がる一方、財務省側は本体部分を原則引き下げる方針を示すなど、政府内でも足並みが乱れている。
呼び掛け人の梅村聡参院議員は発足式終了後、記者団に対し、「医療費等はOECD先進国の平均を目指していくと、われわれは明確にうたっている。その実現に向けて政務三役を応援していく立場だ」と説明した。

当面は、本体部分の改定率について集中的に話し合い、医療関係者からのヒアリングも実施する。12月中旬に厚労政務三役に提案する見通しだ。
26日の発足式には、代理を含め同党の国会議員72人が参加。改定率だけでなく、具体的な点数配分についての議論を求める意見や、12年度以降の報酬改定でも考え方を示すべきだとの意見が出た。

もちろん民主党も今や衆院だけで300議席という巨大与党になったわけですから内部で意見の相違があって当然ではあるのですけれども、この議員連の数を見る限り一応にも公約に掲げた(まあ公約とマニフェストと政策集は違うとか色々難しいことを言うんですが…)話を支持するのがむしろ圧倒的少数派に見えてくるのは気のせいなんですかね?(苦笑)。
思うに今回頑張って診療報酬増額を勝ち取ったとして、今のやり方で続けている限り医療費総額はどんどん増加していく(小児医療充実というのも民主党の公約だった気がしますが)、一方で税収面ではむしろ今より減っていくとなれば、これはどこかで抜本的に仕組みを見直さなければいずれ限界が来ることだけは明らかな話だと思うのです。
一方では医療費医療費とひとまとめに言いますけれども、そのうち政府が出す公費負担分が幾らなのかという話をしなければ医療費支出で財政が破たんするなんて話とつながらないわけで、早い話が医療費が百兆に膨れ上がろうが政府負担分がゼロであれば財政上はむしろ巨大な税収減となっていいんじゃないかという考え方もあるわけです。

その意味では昨今一部で人気のように医療を巨大な内需ととらえ基本的に成長産業と考えていくのはよいとして、その中でどれだけを公費で負担していくべきなのかといった部分の議論はそれこそ全く不十分だと思うのですけれども、まさにそんな部分こそ国民負担との絡みで民主党初め政治家の皆さん方が公に口にしたがらないところなんじゃないかとも思うわけですよね。
この辺りは混合診療導入の話であるとか医療と介護の境界であるとか、引いては最近話題に上っている軽症患者の受診抑制問題などとも絡んでくるところだと思いますが、今回の仕分け作業を奇貨として医療の新しい方向性を探るという前向きなとらえ方もあっていいかとも思いますし、そういう方面の議論をそろそろ本格的にしていかないと小手先の手当てで延命しているだけではいずれどうにもならなくなると思いますね。

そしてもちろん、医療現場を蝕む問題はお金がらみの話ばかりというわけではないのですから、お金は出せずとも現場が気持よく働けるようになるアイデアがあるということであれば、どんどん実行していった方が結局は患者である国民の利益にもかなうということなんですよね。

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