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2009年11月27日 (金)

一見正論であるゆえに危うさを増す事故調議論

先日も事故調の記事が載っていましたけれども、議論はどこまでも堂々巡りと言うのでしょうか、すっかり暗礁に乗り上げたという印象があります。
この辺りも昨今の仕分けだ医療費切り下げだと大騒ぎになっている医療行政の混乱の中ではすっかり辺境になってしまったということなのでしょうか、関係者にしても議論をリードして結論を出そうというほどのモチベーションもないのでしょうね。

医療版事故調 議論再開のメド立たず 厚労省案VS民主党案VS医療界の事情(2009年11月22日産経新聞)

 医療事故の原因を究明する「医療版事故調査委員会(事故調)」の創設に向けた議論が1年半近くもストップしている。厚生労働省は昨年6月、事故調整備に向けた大綱案を公表した。だが、「刑事介入」の余地を残したことに医療界が反発している上に、政権をとった民主党が大綱案とは異なる対案を持っているためだ。22日から国の医療安全推進週間が始まった。しかし、安全な医療をどう構築していくのか、議論再開のきっかけは見えないままだ。(長島雅子)

 ■医療界に押され…

 事故調に関する議論が本格的に始まったのは平成11年。横浜市大病院の患者取り違え手術、東京都立広尾病院での消毒薬誤投与および事故隠しが連続したことが契機になった。

 以降、医療事故の調査に警察が乗り出すケースが増え、国民の医療不信に拍車をかけた。

 厚労省は「危機感を持った医療界の声に押される形で」(幹部)17年、事故調のモデル事業を開始した。刑事責任追及を目的にした警察の捜査にかわり、原因究明と再発防止を主目的にした調査の可能性を探る狙いだった。

 18年には、福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性が死亡、執刀医が逮捕(無罪確定)されたこともあり、事故調設置の機運はさらに高まった。

 ■民主の対案

 厚労省は20年6月に法案設置の大綱案を公表。医療事故で患者が死亡したケースを対象に、「医師のほか法律家など第三者を交えた事故調が遺体の解剖やカルテの精査、関係者への聞き取りにより事実関係を調査する」とした。

 第三者機関による調査に主眼を置いた大綱案に対して、民主党もほぼ同時期に、各医療機関内に設置した院内事故調での原因究明を重視した対案を公表した。民主党の医療政策を担う梅村聡参院議員は「民主党案は医療界の自律と患者の納得に主眼を置いている」と強調する。

 しかし、「院内事故調では透明性が担保できない」(医療問題弁護団の鈴木利広代表)という意見も根強く、それでまとまるには至っていない。

 ■被害者の思い

 「病死以外の異状死を警察に届け出ること」を義務づけた医師法21条の解釈が、大綱案と民主党案で異なることも、論議の停滞原因となっている。

 大綱案では、医療関連死を事故調に届け出た場合、警察への届け出を免除。さらに、事故調の届け出基準を「標準的な医療から著しく逸脱した場合」などと限定した。一方、民主党案では21条を削除し、事件性が疑われる場合や、死亡診断書などを発行できない死因不明の場合のみ警察への届け出が必要、としている。

 ただ、両案とも刑事介入の余地が残り医療界の反発は必至。議論再開のめどを一層立ちにくくしている。

 医療事故で長女を失い、厚労省中央社会保険医療協議会の委員を務める勝村久司(ひさし)さんは「刑事介入を避けたい医療界の要望で始まった議論だが、過去に医療の中で犯罪があったのは事実。制度設計には事故被害者の声も取り入れてほしい」と、被害者の思いをよそに宙に浮いた議論を憂慮している。

関係者のそれぞれに思惑はあるのでしょうけれども、どうも相変わらず再発防止と真相究明、そして責任追及という三本柱がそれぞれの論者によって不可分のまま一括りに議論されているという印象を拭えないところで、このままでは誰にとっても満足のいく結果には至りそうもありません。
思うに医療関係者が警察ら司法の関与というものを一番気にしているのであれば、今までの詳細な調査の後に届出の可否を決めるというやり方を反転させて、警察に届けるような事件性があるかないかという点のみに話を絞って真っ先に結論を出すということでもいいように思うのですけれどもね。
結局のところ再発防止策の検討と民事賠償などとも絡んだ責任問題とは往々にして証言者にとって相反する要素が多々ありますから、少なくとも別組織で行うようにするか、航空事故調のように免責を前提とした証言の真正性の確保(プラス患者救済のための無過失補償制度創設が望ましいのは言うまでもありませんが)が必要になるんじゃないかと思います。

医療事故というといつも議論を見ていて危惧するのが、事故には何かしら原因があったのであってそれを回避すれば防げたはずであるという論調を前面に押し出してくる人が必ず出てくることです(あるいは更に一歩進んで、回避義務を怠った責任があるとつなげたい向きも多いようですが)。
先頃ネット上でも話題になりましたけれども、例の福島県・大野病院事件に絡んでこのような話が出ていたことをご覧になった方も多いのではないかと思います。

大野事件で事故調査の実施を要望―医療問題弁護団(2009年11月24日CBニュース)

 「医療問題弁護団」は11月20日、昨年9月に無罪判決が確定した「福島県立大野病院事件」について、「刑事事件の無罪判決で解消されているとは思われない多くの疑問点、問題点が再発防止には必ずしも活かされないまま、なお未解明のままに残されている」などとして、事故調査委員会を設置し、調査を実施するよう求める要望書を「日本産婦人科医会」などに送付した。

 同弁護団では、今年2月に遺族の協力を得て訴訟記録を入手。弁護士13人で構成する検討班が、大野病院事件の刑事事件の審理と無罪判決により、事故原因の究明や、再発防止がなされたかどうか、資料や専門医からの意見聴取を基に検討を進めてきた。検討班は今月中旬、報告書をまとめた。

 報告書は、刑事事件では審判の対象が限定的なため、訴因以外のインフォームド・コンセントの有無や医療体制や医療制度上の問題点などが主要な論点にならず、再発防止のために本来議論されてよい論点が十分に解明されなかったと指摘。また、医学文献が16点しか証拠採用されていないことを問題視し、「ある医学的論点について一般にどのような議論がされてきたかを、文献の裏付けを持って正確にトレースするような立証は、必ずしも十分なされているとは思われない」とした。さらに、刑事訴訟手続きが刑罰権の発動を直接の目的としていることを挙げ、再発防止のための教訓をくみ取ろうとする指向性は極めて不充分と指摘。
 その上で、「死亡原因・死亡に至る機序は解明されたか」「事故後の対応は、適切だったか」など10項目を調査・検討すべき論点として挙げている。

 検討班の報告書を受けて同弁護団は、「同事件について、その後、『専門家集団による透明性のある事故調査』が遂げられ、あるいは『専門家中心の第三者機関』が設置されてその成果が広く国民に対して開示されるということは、今日に至るまでなかったように思われる」などとして、「日本産婦人科医会」「日本産科婦人科学会」「日本麻酔科学会」に対し、事故調査委員会を設置し、原因究明や再発防止を図るよう要望している。
(略)

「帝王切開死 刑事裁判に限界」(2009年11月25日朝日新聞)

 ●再発防止策 学会に要望/医療問題弁護団

 県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性が死亡した事故をめぐり、医療問題弁護団(事務局・東京、鈴木利廣代表)は24日、業務上過失致死罪に問われた医師が無罪になった刑事裁判を検証した報告書を公表した。「再発防止の論点が刑事手続きでは十分解明されていない」などと指摘。日本産婦人科医会など関連学会に対し、事故調査委員会の設置と原因究明、再発防止に取り組むよう求めた

 裁判は04年12月、大熊町にある同病院で帝王切開手術を受けた女性(当時29)が、手術中の大量出血で死亡したことについて、胎盤をはがした行為に医師の過失があるかが争われ、08年に執刀医の無罪が確定した。

 裁判の争点以外に、医師の判断や、手術法の選択などに、捜査当局が介入するのが妥当かどうかについても、社会的な議論となり、医療紛争解決についての新しい仕組みづくりの必要性を問いかけたことでも注目された。

 弁護団は、今年に入って、女性の遺族が入手した裁判記録の提供を受け、独自に集めた医学文献を参考にしながら内容を検証した。

 この結果、刑事裁判で採用された医療文献が16点だった点を踏まえ、通常は50~100点を超す文献が提出される民事訴訟に比べて少ないことや、手術前の説明が十分だったかなどの本質的な問題点に踏み込めていない点を指摘。原因究明や、再発防止については「刑事事件に限界がある」と分析している。報告書の全文は、同弁護団のホームページからダウンロードできる。

 厚生労働省で記者会見した鈴木代表は検証の目的について「無罪判決で、医療事故調査委員会のあり方を論ずるのがタブーになったのではないか。きちんとした事故調のあり方を専門家である医師の集団に問いかけたい」と話した。

 同弁護団は日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会、日本麻酔科学会に報告書を送り、この件について事故調査委員会を設置し、専門家として自律的な原因究明と再発防止に取り組むよう求める要望書を出した。

 この日の記者会見に同席した、死亡女性の父親の渡辺好男さん(59)は、弁護団に協力した経緯について「目的が自分の意思、娘の遺志と合致していた」と説明。再発防止策作りを求めた報告書について「すばらしいなと思った。今のままでは医療事故がまた起きるのではないかという不安がある」と述べた。(権敬淑)

個々の見解について必ずしも全てがというわけではないのですけれども、全体としてどうも妙な方向に迷走してきているのではないかと危惧するのは自分だけでしょうか?
ネット上の反応を見てみると、そのあたり弁護団にとっても意図しなかっただろう受け取られ方が主流となっているようで、こういう反応を惹起するということは弁護団の皆さんにとっても不本意なのではないでしょうかね?
そうであるなら、何故そうした受け取られ方をしてしまうのかという点についても一度ならずご検討なさるのがよろしいかと考えます。

535 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2009/11/24(火) 14:41:33 ID:y4MdNAvH0
>>516

大野事件の裁判では、検察側は有罪に持ち込むためにあらゆる手段を講じました。
弁護側が提出しようとした論文や資料への証拠採用に同意しない、というのも
その一つの手口です。
どんな論文でも、検察が同意されなければ証拠として採用されません。

日本の刑事裁判は検察に極めて有利なシステムとなっています。

537 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2009/11/24(火) 15:18:04 ID:meY0zLf70
>>536
それで負けたとかどんだけ…

538 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2009/11/24(火) 15:20:43 ID:3HALzYNg0
採用したのは国試用テキストw

539 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2009/11/24(火) 18:31:38 ID:lTWXj4m/O
ステップ産婦人科

545 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2009/11/25(水) 07:53:02 ID:yNihzuiW0
>>530
あいかららず、ひどいなあ。
弁護士なら、無罪判決後に声明するのは、いかに起訴が不当で無理があったか?だろ。
いつから、医療事故再発を考えてくる機関になったんだ。
こいつら騒ぐと、No doctor,No error.という完全な再発防止は実現するけどw

546 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2009/11/25(水) 10:06:11 ID:hENECFGs0
STOP産婦人科(産科)

監修:福島犬警・福島痴検
出版社:福犬書房
価格:4,200円(税込) ストップシリーズの産科です。
産科医の追い込み方、産科のストップ(閉鎖)のさせ方
を具体的かつ執拗に解説しています。

547 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2009/11/25(水) 10:07:24 ID:JSV0j8Ly0
>>546
著者は腫瘍が専門のあのお方?

555 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2009/11/25(水) 11:21:57 ID:YgImVEck0
>>552
粘着乙としかいいようがない。

ていうか、産科専門医の総本山に「文献十倍読んだから俺達の意見を聞け」
とか言って素人ポエム送りつけちゃう門外漢って何なの?
そもそも、STOPもといSTEP産婦人科をバイブルにする一方で、医学文献の
証拠採用を頑なに拒否していたのは検察側じゃなかったっけ?

まあでも、こういう記事を見ると、産婦人科医の置かれた状況はあの頃と何も
変わってないんだなあと、つくづく思う。
もちろん、法律は全く変わってないわけだし、プロ市民のネットワークも健在
なんだから当たり前といえば当たり前なんだけどね。

努力してもなお年間数十人の母体死亡が厳然と存在する医学の限界に対して、
刑事・民事の同時攻撃で責め立てられ、挙げ句の果てに無罪になっても「再発
防止」の美名のもとに一生ストーキングされる・・・。
これでは「じゃあ辞めます」としか返事のしようがないわけで。

極論に走りがちなネットの声はともかくとしても、医療問題弁護団の方達の思考は典型的なゼロリスク症候群の迷路にはまり込んでいるように見えるのですが、そうした方法を追求する限り医療事故のリスクを正しく認識することは決して出来ないし、適切な社会的対応をとることを阻害しかねないという意味で有害ですらあると思います。
婦人科腫瘍学が御専門の大先生などはともかくとして、まともな周産期専門家の一致した意見として「非常にレアなケースであり、避けがたいリスクであった」といったものだったと思いますが、この場合の避けがたいという意味は、例えば末期癌で死亡は避けられないということとは意味が異なることに注意しなければなりません。
例えば帝王切開開始時点から多量の輸血を開始していれば失血死のリスクは避けられただろうなんて意見はあるかも知れない、しかしそんな方法論は現実的ではないという意味で避けがたいということであり、あるいは仮にそうした方法論によって出血には対応できたとしても、輸血による副作用死が発生するリスクはむしろ増えてしまうわけです。

お産に関わる思いがけない死亡のリスクを文字通りゼロにしようと思えば、それは施設側にとってはお産を一切扱わないということであり、妊婦側にとっては一切妊娠をしないということでしか解消できませんが、そんなことを主張する人間はまともであるとは見なされませんし、将来的に子供や孫がいないことに起因する別なリスクが増えるということでもあります。
そうだとすれば本質的にお産と言うものはどこかで一定のリスクを甘受しなければならない、それは常時多数の産科医、麻酔科医らスタッフが常駐しあらゆる処置に即座に完璧に対応できるような施設(福島にそんな施設があるかは存じませんが)でしかお産はしないということに決めたとしても、例えば一万人に一人であったリスクが十万人に一人になるだけにしか過ぎないわけです。
そしてリスクを回避しようとハードルを厳しく設定すればするほど、例えば病院が遠くなる、出産の待ち時間が長くなる(待てるものなのかどうかはこの際別の話として)、膨大なコスト負担を要求されるといった利便性の面での後退があるわけで、早い話が「1年かけて宇宙の果てのイスカンダル星に行けば限りなく安全なお産が待ってます」と言われても現実困るだろってことですよ。

医療ということで言い始めるとどうもリスク評価を冷静に判断できない傾向が意外に多くの人々に見受けられるようですが、例えば自動車事故で命を落とす人が毎年多いわけですから、メーカーに義務づけるなりして自動車の性能を厳しく規制し無用なスピードが出ないようにさせようと主張する人々は昔から一定数存在します。
交通死亡事故の原因として速度超過ということは少なからず挙げられており(何故そうなるのかはここでは議論しませんが)、そうであるからこそ無用な速度を出せるようにするなど百害あって一利無しという意見ですよね(もちろん、1000km出すためにロケットモーターつけてみました、なんて手合いはまた別な次元の話として)。
しかし速度を規制するとして何キロにすべきなのか、高速道路の法定速度は現行100kmですからそれにあわせようというのは一つの考え方ですけれども、高速道路という環境は実のところ以外に交通事故の少ない安全な道路環境であると言われている上に、高速道路上で停止していた、逆走していたといったことに起因する事故(多いですよね)は全く防げません。
一般道の法定速度は60kmですが、ではそれに合わせて規制をしたところで、車庫入れで子供を車に巻き込んで死亡させたなんてニュースはしょっちゅう報道されているわけですから、やはりこれも自動車文明のまん延による悲惨な犠牲者を出さないためには全く十分ではないということですよね。

いっそ車は一切走らないようにしようと言ったところで、停車中の車中で置き去りにされた子供が死んでいたなんて話は毎年枚挙にいとまがありませんし、いっそ強固な地盤に固定して車内に一切立ち入れないようにしようと言っても、これまた停まっていたトラックに競技用自転車が衝突して死亡したなんて話があるように完全な対策ではありません。
世界を見渡せば車なんて見たことも聞いたこともないまま平和に生活しているという人も何億人といるわけですから、いっそ車なんて全廃してしまえばいいという人も一定数いますけれども、そういう世界においても象に踏まれるとか崖から転落するとか、いずれにしても悲惨な事故死のリスクはゼロには出来ないわけです。

そろそろ馬鹿馬鹿しいとお思いでしょうけれども、要するに実社会において多くの人々がこうした各段階のどこらあたりかに立って車と共存するというリスクと、それによって得られる利益というものに折り合いを付けて受け入れている、なぜならその方が結局は得であるということを体感的に知っているからです。
医療においては利益は個人にしろ社会にしろ相応に得られるにしても、ことリスクに関しては個人にかかる部分が非常に大きいという点で少しばかり対策に工夫が必要ですけれども、基本的なリスクと利益のバランスに基づいた落としどころを探るという方向性は同じことですよね。
つまり社会として個人として得をしたいのであれば極論ではないどこか妥当な線でリスクも受け入れるべきなんですよと言うことなのであって、そのリスクを受け入れる一助として例えば第三者による紛争調停機関の設置であるとか、広範な無過失補償制度の創設であるとかいった、特に個人レベルの救済が可能な方向に話を進めていく方が、よほど建設的ではないかということですよ。

非医療業界の人々が行うべきは歪んだゼロリスク症候群にとりつかれた不毛な議論を繰り返すことではなく、コストや利便性も含めて一体どの程度のリスクであれば受け入れられるものなのかのコンセンサスを求め、そのために避けがたいリスクをいつか必ず背負うことになる誰か個人に対する社会的サポート体制を整備していくことなんだと思います。
そのあたりの落としどころを公平な第三者の立場から、口べたな医者などに代わって議論を主導できるようになれば、弁護士の先生方も医療業界からきちんとしたリスペクトを受けられるようになるんじゃないかと思うんですけれどもね。

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コメント

昨年11月に医療事故調を公聴してわかったこと。

1.委員の方々は、失敗学の「し」の字も知らない(知ろうとしない)人々です。
2.人間の心理や機微をも知らない人々です。

この二つ、傍の人が見たら私が酷いことを言っているかに思うのでしょうが、そうとしか思えなかったのです。
何ていうのかな、医師という職業に就いている生身の人間として考えていない、
「医師」という人間ではない何か別のもの として考えているのではないか?
としか思えない発言の数々でした。

もしかしたら委員の人々は、医師を自分たちと同じ人間として考えると色々自分たちの主張と矛盾するから、
無意識に考えまいとしているかのように感じました。

ほんと、不思議な人々でしたね。
我が身に置き換えて考えるってことをまったくやらない・やりたくない人々だと考えるしかない
そんな人々の集まりだと感じましたです。

投稿: ばあば | 2009年11月28日 (土) 11時10分

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