救急搬送問題 着実に話を進めている人々もいるようです
先日以来奈良県から立て続けに救急搬送絡みの話題が報じられました。
透析患者、7病院が搬送断る 奈良、3日後に死亡(2009年11月13日朝日新聞)
奈良県生駒市で10月24日、意識が低下した腎臓病の人工透析患者の男性(83)が、県内や大阪の7病院・医療施設に計8回受け入れを断られ、通報から約1時間45分後に大阪府の病院に搬送されていたことがわかった。男性は3日後に肝臓がんで死亡した。同県では救急患者の搬送不能問題が相次いでおり、県地域医療連携課は「今回のケースを調査し、対応を検討したい」としている。
生駒市消防本部などによると、男性は同市在住。24日午後4時半ごろ、家族から「発熱があり、体が震えている」と119番通報があった。3分後に救急車が到着。男性が診察を受けたことのある同市内の病院をはじめ、2次救急の当番病院や県立病院、大阪市内の病院などに照会したが、男性が透析患者だったため、「専門医がいない」「専門外」との理由で断られた。
9回目の照会で受け入れ先となった大阪府大東市の民間病院に午後6時15分ごろ到着したが、27日、持病の肝臓がんで死亡したという。
奈良県では06年8月、入院中に意識不明になった妊婦が同県や大阪府の19病院に受け入れを断られ、8日後に死亡。07年8月にも下腹部の痛みを訴えた妊婦が、11病院に断られて死産した。今年3月には意識を失った男性が6病院に断られ、約1時間半後に大阪府の病院で死亡した。(東裕二)
9病院に断られ1時間20分後に搬送 奈良で発作の男性(2009年11月17日朝日新聞)
奈良県生駒市で7日、自宅で低血糖発作を起こした男性(69)が県内や大阪の9病院に搬送を断られ、通報から約1時間20分後に大阪府の民間病院に運ばれたことがわかった。男性は今も治療中。同市では3月と10月にも患者が6~7病院に搬送を断られ、その後死亡しており、県地域医療連携課は「根本的な救急受け入れ態勢を整備する必要がある」と話している。
市消防本部などによると、7日午後11時45分ごろ、男性の家族から119番通報があった。救急車は6分後に到着。救急隊員は脳卒中の疑いもあるとみて、2次救急の当番病院や県内、大阪府の病院などに照会したが、「処置中」などの理由で断られた。10回目の照会で大阪府大東市の民間病院に搬送が決まり、8日午前1時6分に収容された。
奈良県は5月、消防が受け入れ病院を検索するシステムに、従来の診察科別のほか「心筋梗塞(こうそく)」「脳卒中」など症状別の可否情報を加えた。市消防本部は今回、「脳卒中」を受け入れ可とした県内2病院に照会したが、いずれも「処置中」で断られたという。(東裕二)
朝日新聞の東裕二記者大活躍という感じなんですけれども、こういう記事で定型的な表現である「~ことがわかった」という表現、自然にこれだけの情報が湧いて出るわけでもないでしょうから、東記者が熱心に取材をして回ったということなんですかね。
どちらも受け入れ先というのが大阪府大東市の民間病院だということですが、かの地で受け入れそうなと言えばやはりこれは昨今話題のあの病院ということなのでしょうか、さすがに救急は断らないことを標榜しているというだけにこういうときには頼もしいですね(当日の当直の先生は大変だっただろうと思いますけれども)。
末期肝臓癌で透析患者というと普段の医療はどうしていたのだろうとか、低血糖発作であった患者を脳卒中と判断して搬送先を探したことは検索システムの改善点がありそうだとか、どちらも色々と考えさせられる症例ではあるようですけれども、いずれにしてもこうして記事になって出てくるというくらいに世の中の関心は高い、ニュースバリューがあるということではあるのでしょう。
ひところのインフルエンザ騒ぎがやや安定期に入ってきたこともあってか、最近また救急搬送絡みの話題が増加中という印象ですが、一番身近に医療崩壊という現象を実感しやすいキャッチーなネタであるだけに、マスコミの方でも読者・視聴者の反応が違うという手ごたえはあるようです。
数ある医療関連問題の中でもこの件に関しては供給する医療の側だけでなく利用者側の問題も比較的取り上げられるようになってきているということで、平素は医療に手厳しい見解の多い一般紙などでも比較的擁護的な記事なども掲載される傾向にあるようですね。
急患“たらい回し”防げ 搬送時間増で対策/栃木(2009年11月18日東京新聞)
県内の消防本部が一一九番を受けてから患者を病院に救急搬送するまでの昨年の平均所要時間は三六・八分で、十年間で一〇・二分増えたことが分かった。病院の受け入れ拒否による“たらい回し”の増加が原因とみられ県は十七日、専門家による協議会を発足させ、消防と医療との連携を円滑化させるルール作りに乗り出した。本年度末をめどに救急患者の受け入れ基準策定を目指す。(小倉貞俊)
県消防防災課によると、昨年の救急搬送人数は約六万千人で、うち重症者は六千三百六十一人。三回以上受け入れを拒否されたのは重症者の5%を占める三百二十人(前年比三十九人増)で、年々増加傾向にある。
背景にあるのは、医師不足をはじめとする地域医療の危機だ。やけどを負った足利市の女性は「専門医がいない」などの理由で十二回拒否されたといい、救急現場で三十分以上収容先が決まらなかったケースは二百八十七件に上っている。
全国で社会問題化するこうした現状を受けて先月施行された改正消防法は、関係機関による協議会の設置を都道府県に義務化。消防・医療機関の連携体制を強化し、患者受け入れのルールを策定するよう求めていた。
十七日は、学識者や関係機関の担当者ら十九人でつくる「県救急搬送受入協議会」(会長・新沢敏章県医師会常任理事)の第一回会合が県庁で開かれた。今後は、患者の症状や緊急度別にした受け入れ可能な医療機関をリストアップするほか、たらい回しが起きた際の対応などを検討していく。新沢会長は「今ある県内の医療資源の中で、いかに有効な連携を図れるかを話し合いたい」と語った。
救急車の出動不要 3か月で56件 「車がない」や「見舞い」も/静岡(2009年10月13日読売新聞)
「病院に行く車がない」「家族の見舞いに行きたい」――。
静岡市消防防災局が、救急車が出動したケースで緊急性のない軽症患者の割合を初めて調査したところ、明らかに救急車の必要がないケースが少なからずあったことがわかった。消防防災局は「ほかの緊急を要する患者に影響が出る恐れがある。適切な利用を心がけてほしい」と呼びかけている。
調査は今年4~6月末の3か月間行われ、実際に現場に出た救急隊員の判断に従って、本当に必要な救急出動だったかどうかを調べた。その結果、この間の全出動件数6252件のうち、56件が「明らかに出動の必要がなかった」と判断されたという。
56件の内訳は、「明らかに軽症で自分で病院に行けた」が34件で最も多く、「心配なのでとりあえず呼んだ」が8件、「病院がわからない」が2件、「お金がない」と「病院に行く車がない」が1件ずつ、「その他」が10件だった。
4月には、静岡市内の70歳代の女性から「気分が悪い」と119番があり、救急隊員が現場に駆けつけて話を聞いたところ、女性は「家族が入院していて心配になった。その病院に行きたい」と話したという。
同じく4月には、同市内の50歳代の男性から「気持ちが悪い」と119番があり、救急車が男性を病院に搬送した。だが、男性は軽症で、「以前、タクシーで行ったら料金がかかってしまった」などと話したという。
県内の救急の緊急出動件数は年々増加しており、1997年は8万7778件だったのが2007年には約1・57倍の13万8600件に増え、搬送された人は13万2389人に上った。07年に搬送された人のうち、6万6770人(50・4%)が軽症者だったという。
静岡市消防防災局の辻泰消防司令(55)は「救急車を呼ぶ時は、通報する側も必死なので、救急車の使い方が不適切と決めつけていいかどうか、微妙な場合もある」と断ったうえで、「今回の調査は医師ではない救急隊員が判断しており、『明らかに使い方が不適正』とわかるものに絞った。だから、不適正な使い方は実際にはもっとあると思う」と指摘する。
辻消防司令は、「現場の救急隊員からは、『不適正な利用のために、本当に救急車が必要な患者の搬送に支障が出た』という話を聞いたこともある」とも語る。
市同局は今後、調査の項目を検討したうえで再度調査を行い、結果を同市の広報誌に掲載するなどして、適正な利用を呼びかけていくことにしている。
栃木の記事のように近頃では救急搬送ルールに絡めた話も多いですが、興味深いと思うのは先日行われたネットの調査では救急出動要請時の患者選別に関しては8~9割がこれを必要であると考えている、しかもその割合が20代から40代まで差がなかったというのですね。
もちろんネット利用者を対象とした調査で若干のバイアスはあるだろうし、ネットリテラシーの低い地方の高齢者を対象に含めて行くほど答えは変わってくるだろうとは思いますが、かつては非常に総論的な話ばかりが語られていた(それはそれで重要なのですが)医療現場の様子もネット上で生々しい話が直接聞けるようになってきたことの意味は決して小さなものではなかったということでしょうか。
しかし一方で、そうした医療現場の生の声を折に触れて聞かせて回るばかりでは今や必ずしも現場にとって良い結果に結び付かないのではと問題提起をした興味深い記事がこちらで、これもまた医療に対する外部からの生の声ではあるわけですよね。
救急医療の"エピソード"を"データ"化へ-消防庁(2009年11月18日ロハス・メディカル)
「心肺停止の祖父母を救命センターに運ぶことが最近の家族の"儀式"なので、センターは看取りの場。ベッドが埋まって新患を受け入れられない」「救急隊の搬送時間が長いのは現場で救命処置を行っているから」など、救急医療の搬送・受け入れには様々なエピソードが飛び交っている。来月から消防庁が全国で実施する心肺停止状態の患者の搬送・受け入れ実態調査は、こうしたエピソードの数値化につながり得るため、医療政策の決定プロセスを変える可能性と、医療現場が"言い逃れ"できなくなる可能性の両方を秘めている。(熊田梨恵)
厚労省や消防庁には救急医療について議論する国の検討会がいくつも設置されており、委員からはさまざまな現場のエピソードが聞かれる。「都会の3次救急には、野宿者や精神疾患を持つ患者など"社会的弱者"が多く搬送され、治療後に行き場がなくてベッドを埋めてしまい、新しい患者を受け入れられない」「家族関係が希薄になってきたので、もう駄目だと分かっていても救命センターに搬送して延命を行うことが家族の"儀式"。特に普段つながりのない親戚などが出てくるとうるさい。今の日本人は死生観が欠けており、教育の問題もある」「都会で搬送に時間がかかっているのは、救急救命士が行う医療行為に時間を取られている。これは救命士が存在意義を主張しているから」など、挙げれば切りが無い。
多くは医療現場の疲弊や混乱の例として挙げられるものだが、こうした救急医療のエピソードを現場に聞いてみると「その通り」と答える医療者もいれば、「違う」と反論する人もいる。そもそも検討会の委員には都会の大学病院などの教授クラスが多く、救急医療は地域や時々の状況によって全く異なるため、皆が同じ答えになることなどないのが当たり前だろう。山間部などの医療に詳しい委員からは「地方はそもそも病院がないから、ベッドが空いてなくても受け入れて疲弊している。患者を受け入れないのは都市部特有の問題」とも言う。だがこれも意見の一つだ。
委員は医療現場が疲弊しているという惨状を示しながら、「こんなに大変なんだ。だから手当をくれ」と補助金もしくは診療報酬というインセンティブを求めている。しかし、大体は事務局が、「それは中医協の議論になるので......」などと言って議論は終わりにされ、委員も半ば諦め顔をしている。これらの発言は大体が医療側委員のガス抜きになっているだけだ。
しかし、こうした医療者からの意見を聞きながら、「お金が要ると言うなら、根拠が要る。医療界は『これが大変、あれが苦しい』といつも言っているが、事実としてそれを示すだけの覚悟はあるのか」と話す官僚もいる。データとして客観的に事実をあぶり出し、疲弊している現状とともに、厚労省と医療界の慣れ合い構造の中で隠されてきた「適正」ではない部分も出した上で、国民に納得いく形で予算を求められるか、ということだ。消防庁はここに切り込んでいる。昨年度に消防庁が東京消防庁管内で実施した、搬送・受け入れに関する実態調査では、傷病者の「背景」を調査した。救急隊が搬送に困ると言われる、いわゆる「ブラックリスト」の患者や、精神疾患のある人、アルコールや薬物に依存する患者、ホームレスなど一部の医療機関は明らかに受け入れを拒否すると言われる傷病者の搬送と受け入れに関する実態を調べた。医療機関からは「こういう患者は受け入れられなくて困る。搬送にも時間がかかる」というエピソードが上がるが、実態はどうなっていたかというと、「医療機関が受入困難理由として明確に回答した傷病者背景としても、急性アルコール中毒や精神疾患などが多くなっている」(傷病者の搬送及び受入れの実施基準等に関する検討会報告書)(左図が実態として示されたデータ)。
消防庁の開出英之救急企画室長は「医療側の琴線に触れるものだったと思うが、実際の数字が出てきて、医療機関から『やってよかった』という声も聞いている」と話す。調査にも関わった有賀徹氏(昭和大医学部救急医学教授)も「実際にこういう状況があるということが分かった。これで次は、医療機関が福祉行政とも連携してどう取り組んでいくかというステージ。そして自分たちでできないところのサポートを国に求める」と話す。見えなかった部分がデータとして示され、課題解決のための次のプロセスに進める土台ができたという。ここからの取り組むかは地域の力であり、それでも足りない部分を支援するのが国の役割ということだ。
来月から実施する調査も、救急医療の中の別のグレーゾーンに切り込むものになることが予想される。
例えば「都会で搬送に時間がかかるのは、救急救命士が医療行為を行っているからで、それがなければもっと早く搬送でき、患者も助かるのでは」とよく言われるが、大いに賛否が分かれている。今度の調査では、「現場出発時間」を調べるため、救急隊の「現場滞在時間」が分かる。救急隊の救命処置内容や患者の転帰も調べるため、「処置」と「搬送」についての効率性を考える素材になる可能性がある。
さらに、心肺停止状態の患者が搬送された医療機関の種類(初期、2次、3次)、「家族及び関係者が傷病者への救急救命処置等を望まない旨、言われた事案」に該当するかどうかも調べる。この項目は、「3次救急は看取り」の現状について議論する際のデータにも成り得る。
委員からも意見が出たため、まだ項目は調整中であり、調査結果としてもどのように出るかは分からないが、少なくとも「心肺停止時状態の患者の搬送・受け入れ」に関してエピソードではないデータが出てくる。ただ、そのデータを使っての議論や、どう今後の政策決定につながっていくかは注視する必要がある。
近年医療業界の主張が各論に傾きすぎたのではないか、あまりに医療は大変だ、疲弊しているんだと叫び過ぎた結果「またか…」と世間から辟易され始めているのではないかといった懸念はすでに一部の業界内部からも出されるようになってきているように感じますが、もはやデータといった形で客観的指標でもなければ手厳しい仕分け人のお眼鏡に適わなくなってきているのも事実でしょう。
その意味で非常に注目すべきなのが記事中にもありますように最近救急隊を管轄する消防庁が搬送する側としてどんどんデータを収集しているということで、救急搬送とは当然受け入れる側である医療との綱引きという側面もありますから、これはうっかりすると例の救急搬送ルールに関する議論の主導権を全て消防救急側に握られてしまう可能性もあるわけですね。
ロハス・メディカルさんはこの件に関してかなり精力的に切り込んだ記事を随時出していらっしゃるようですが、特に注目していただきたいのは消防庁側の非常に着実かつ積極的な歩みぶりで、仮にこれが現場救急隊員からの「こんなことじゃ救急搬送なんてできない!なんとかしてくれ!」という突き上げを受けてのものだとすれば、正直消防庁という組織は官庁にあるまじき精励ぶりと言っていいくらいに称賛に値すると思いますね。
消防庁が医療界に豪速球(2009年11月18日ロハス・メディカル)
都道府県に救急患者の搬送・受け入れのルール策定を義務付けた改正消防法が先月末に施行された。「ルール策定」という部分だけがクローズアップされて伝わり、否定的な見方をする医療者も一部いるようだが、この法改正は、これまで一部の業界団体や永田町・霞が関だけで決まってきた医療政策決定のプロセスを変えていく可能性も秘めている。(熊田梨恵)
※改正消防法そのものの概要はこちら。
医療界には様々なエピソードが渦巻くが、現場の実情を反映し、かつ政策決定の根拠となるような客観的"データ"は多くない。厚生労働省が診療報酬や介護報酬決定の資料とするため行っている医療経済実態調査や介護事業経営実態調査も、それに基づいて決められた報酬が今の"医療崩壊"を産んでいる現状を見れば、他にもデータがあるべきでないかとの意見は当然に出てくる。超党派の医療議連の幹事長を務める鈴木寛文部科学副大臣は政権交代後、「一部の声の大きい人たちだけの意見が『医療現場の実態』として永田町や霞が関に届けられてきた。しかし、本当の現場の実態は日医などが言うことと全く違った。厚労省の官僚が『実態だ』と言って我々にレクする内容も違う。しかし、それ以外の声はまったく我々には届いていなかったわけで、その構造を医療界自体も許してきた」と語った。
医療界が自ら立ち上がる前に、この構造に踏み込んできたのが消防庁だ。昨年度、東京消防庁管内で『搬送・受け入れに関する実態調査』を行って、傷病者の「背景」を"データ化"。来月からは、『心肺停止状態の患者の搬送・受け入れ実態調査』を全国で実施することにしている。
さらに一歩踏み込み、このような"データ化"を、全国それぞれの都道府県で行わざるを得ないようにしたのが改正消防法だ。各都道府県に救急搬送・受け入れのルール策定を義務付けたのだが、まず医療資源や患者特性など実態を出してからでないとルールは作れない。「照会回数などについても救急隊員が個人で知っていながら、全体像として把握できていないというところがあった。都道府県レベルでデータを出して実態を調査・分析していくことでディスカッションができるようになっていくと思う」(開出英之救急企画室長)。また、搬送・受け入れの検証を毎年行うことも役割になっている。
見えたデータから課題を見つけ、課題解決に取り組むのは、その地域の自治体や医療機関、消防機関などの現場で、国はあくまでも足りない部分のサポートに徹する。今ある医療資源をどう捉え、どう効率的に生かすか、地域自身がデータを出して現場に即した内容に考えていけるような枠組みを作ったことになる。
国がガイドラインを作っている時、医療者側委員から「今ある地域医療体制を壊さないように。医療崩壊に拍車をかけないように」と懸念する声がしきりに上がったのに対し、消防庁側は「地域の実情に応じて策定を。データで議論を」との返答を繰り返していたのも、このような意図があったからだ。
既にいくつかの地域は実際に動き始めている。大阪や栃木ではルールを策定するために議論の素材になるデータを出そうと、救急隊が疑った疾患と、実際の診断名が合っていたかどうかのマッチング調査を12月から1か月間実施する。堺市では12月に同様の調査を開始し、継続していく方針だ。他の自治体に先駆けて議論を開始した東京都では、2月をめどにルールの大枠を決める。では、なぜ、このような動きが必要になったのか。
■厚労省と業界内権力者で決められてきた医療政策
医療政策を担う厚労省では、審議会や検討会を立ち上げて予算要求や法改正を行っているが、これらの会議は最初から事務局を担う官僚が落とし所を決めていることがほとんどだ。「官僚にとっての最大の関心事は人事なので、いかに予算を多く取れるか」(厚労省のキャリア官僚)。予算要求につなげやすい旬なテーマ、厚労省として規制をかけたい分野や、医療費や介護給付費を抑えたい分野の検討会ができやすい。
呼ばれる委員は、有識者としていわゆる"御用学者"が多く、現場系委員も日医や日看協については言うまでもなく、国立病院の医師や官僚・団体OBなど、厚労省に盾つかない者ばかり。事務局からは委員に事前レクが行われて発言も刷り込まれ、当日はその通りに議事が進む。たまに否定的な意見を述べる委員が"ガス抜き役"や"調整役"として入っていることもあるが、意見は大体無視される。検討会が中盤に差し掛かると事務局が作成した「論点メモ」などがこっそり資料に紛れ込んでいて、その方向に議論は誘導されて報告書がまとめられる。
補助金、通知で現場を縛る「通知行政」も時々の情勢に左右されることが多く、現場の実態にそぐわない支配構造の一つだ。医療業界内の一部の権力者と行政が寄生し合い、医療界自体もそれを許してきた。こうした構造の中でブラックボックスになってきた医療界は、国民からは見えにくく、理解されにくい。医療界の中には、医療崩壊するほどの疲弊している現場がある一方で、甘い汁を吸っている人々もいる。
「こんなに疲弊していて大変な医療現場の惨状がある。だから手当を」--。声の大きい人たちからの医療現場のエピソード、もしくは歪曲したデータが示され、厚労省は自分たちの利益にもつなげながら、こうした意見とうまく付き合い共存してきた。しかし、その政策プロセスが限界に来ているのは今の"医療崩壊"を見れば明らかだ。さらに、政権交代によって、このしがらみを断ち切ることが可能になるかもしれない。
データとして客観的に事実をあぶり出していく作業の中では、疲弊している現状とともに、厚労省と医療界の慣れ合い構造の中で隠されてきた「適正」ではない部分も出ざるを得ない。そうしたものも明るみに出した上で、国民に納得いく形で予算を求められるか。これは国に任せるなどということではなく、医療界自体が示していかねばならないことだ。一部の声の大きい人たちの意見が政治家や厚労省とともに医療政策を変えていくのではなく、地域医療の現場が実態をデータとして出し、地域の実情に合った形で運用面から変えていく。消防庁の投げ込んだボールを打ち返すことができるか否か、今後の医療界の取り組み次第だ。
消防側が医療側に乗り出す"転換期"-救急搬送・受け入れルールに、有賀徹昭和大教授(2009年11月2日ロハス・メディカル)
昭和大医学部の有賀徹教授は2日、都道府県に策定が義務付けられた救急患者の搬送・受け入れルールについて、これまでほとんど医療側のみで議論されてきた医療提供体制について、消防機関側が医療機関側と同じテーブルで議論し、医療提供体制の構築に乗り出すという"転換期"をもたらすものになるとの見方を示した。(熊田梨恵)
■搬送・受け入れルールについての詳細は、こちら。
国内で頻発する受け入れ不能問題を解消するため、10月30日に施行した改正消防法は都道府県に救急患者の搬送・受け入れルールの策定を義務付けている。有賀氏は、国が示したルール策定の指針となるガイドラインの作成にも関わり、東京都でルール策定の具体的な業務を行っていく委員会の委員長も務めている。
このルールを策定するためには、医療機関側は消防機関に対して、どんな患者なら受け入れることができるかという患者の状態像や、受け入れ可能な時間帯や曜日など実際に対応が可能な要件を示さなければいけないことになる。ホームレスや薬物中毒の患者などいわゆる"ブラックリスト"への対応など、現場レベルのルールで対応してきたケースについても議論せねばならず、搬送実績をデータ化していく必要に迫られる。有賀氏は、「消防側から医療機関側の"クオリティ"を出せと言っているということ。このルール策定は、『医療』を『電気』や『水道』と同じ、地域のインフラストラクチャとして把握していく、ということに発展する話。救急業務と救急隊が地域のインフラストラクチャをする、ということ」と述べた。
ただ、「改正消防法は消防機関に(ルールの)遵守を義務付けているが、医療機関には『ルールを尊重するよう努める』という、協力するという趣旨。"お願い"ベースでは何も起こらない。そういう問題をはらんだまま進むことになる」との懸念も示した。
救急隊と受け入れ医療機関とは本来良好な協力関係を築いていかなければ救急搬送が円滑に回るはずもありませんし、実際医療機関の選択肢の乏しい地方ともなれば身内同然の関係になっている場合も少なからずあるようですが、供給過少需要過多で地域の医療機関が疲弊しているとか、いわゆる地雷症例といった場合の押し付け合いともなれば、最終的に力関係がものをいうのは言うまでもありません。
もちろん医療も消防もどちらも真摯に救急体制の改善を考えて動いていたとしても、一刻も早く病院に運ぶことが仕事の救急とそこから仕事が始まる医療とではそもそもの視点が異なる以上、どちらか一方に偏った政策というものがとられたならばそれは新たな歪みを生みだす可能性が高い、結果として今よりもさらに救急搬送事情は悪化しかねないわけですね。
これ以上仕事を増やされてやっていられるか!というQOML重視派にとっても、いい加減な政策では救急医療は確実に終わると危惧する憂慮派にとっても、まさに今こそ大きな声を出すべき時期ではあって、しかもそれは今までと同じやり方であっては今までと同じように無視されて終わる可能性が高いということを認識すべきだということでしょう。
記事も見ていて一つ危惧することは、消防側がこうしてデータをもとに「ここがボトルネックになっているから改善を」と着実に話を進めている中で、医療側から大きな声で聞こえてくるのは「これこれの事情でこれはできない」といった話ばかりで、国民が求めている「ではそれはどうしたら改善するのか」という問いに対する答えが見えにくいと感じられているのではないかということです。
むろんたとえば救急をやる医者を増やすと言えば「その教育はどうする」「誰がいまどき救急なんてやるのか」「今時の病院に赤字部門をやっていられるような体力は」と幾らでも反論は出てきますけれども、それではその問題点の改善のためにはこういう施策が必要である、そのための予算は幾らくらいと、筋道だって為政者側に説明する努力と根拠となるデータ集めがどうも不十分だったかなということは率直に反省すべきだと思いますね。
別に全ては日医の怠慢によるものだ!(苦笑)と押しつけるつもりもないですけれども、お役所である消防庁ですらこれだけ着実に足元を固めてきている中で、医療側も単なる不平屋(失礼)の悪評を脱してもう少し実効性のある動きを見せていくべき時期なのだとすれば、その方法論に関しても議論していかなければならないということでしょうか。
しかし消防側の非常に統制だった動きを見た後で改めて思うことですが、ひと口に医療業界と言っても別に内部は一枚板でもなんでもないだけに、実のところそのあたりの話をまとめていくのが一番難しいところなんでしょうね(まとめるべきなのかどうかという議論は別としても)。
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コメント
単純に、「医師の労働基準法遵守できる環境をくれ!!」の一点だけ で、突破すれば良いのではないでしょうか?
そもそもは、そこが根本原因でしょう。
この問題をクリアーすれば、後はどうにでも出来ますもの。それに、誰も表立って文句は言えないですし。
余計なことは一切言わず、「労働基準法を守ってくれ!」とだけいえば、それに付随する諸問題は他の人たちが考えるべき問題なんだし....
違うかしら?
投稿: ばあば | 2009年11月19日 (木) 19時55分
同意します。
ただ現状ではまだまだ個人の選択肢も潤沢ですから、社会に要求するより自助努力に励むほうが即効性、実効性とも優れている上に、結果として社会的なアピール度も高いのではないかという気もしていますが。
投稿: 管理人nobu | 2009年11月20日 (金) 12時32分
各個人の行動はそのままに、
各団体は「労働基準法を守ってくれ!守らないから医者が辞めて(逃げて?)しまっているじゃないか!!!」と喚き続けりゃ、端は考え込むのではないかしらん。
思うに、上記をズバリ言い続けなくて、濁して(目をつぶって)遠回りしているから、こんがらかるのだと思ったりしますです。
投稿: ばあば | 2009年11月20日 (金) 13時52分
病院協会あたりだとむしろ奴隷働きさせる側に近くなってきますからね。
本来日医あたりがそういう主張をしていくべきだったんでしょうが、何しろ日医ですから…
どこぞの公衆衛生学系の学会あたりが「過労は医療の危険性をこれだけ押し上げる!」なんて医療安全労働基準のガイドラインでも出してくれないかしらと(苦笑)。
投稿: 管理人nobu | 2009年11月21日 (土) 16時57分
救急患者の受け入れが悪くなっている原因の一つに救急隊の病状把握能力と伝達への不信があります。
実例その1:脳外科専門病院当直時のこと「意識がもうろうとなって動けない患者」として脳外科対応の要請を受けると、到着した救急隊は「熱が38.7度あります」「SaO2が78%だったので酸素10リットルいってます」などととぼけたことをいいます。明らかに肺炎で内科対応の患者です。
実例その2:救急当番の時「食事の後で突然倒れて意識がなくなったとのこと、現在は開眼覚醒していますが、右手足の動きが乏しく言語反応がありません」とのことで脳卒中疑いで収容依頼を受けると、到着した患者は左上下肢の強直性痙攣を繰り返し起こしており、覚醒どころか痙攣重積発作で目をひんむいている状態、大至急人工呼吸器管理のできる部屋の確保に奔走。
まじめにやっている救急隊員も多いですが、情報を隠して搬送してさっさと帰ろうとしたり、病状把握が全くできない一部の救急隊員のため、重症ベッドがふさがっていたり、担当専門医が不在だったりすると、連絡があっても情報が疑わしい時は受け入れを躊躇せざるをえないというのがあります。
投稿: QQ_I | 2009年11月28日 (土) 02時01分
まじめにやってる救急隊の能力の不足を厳しく言いたくはありませんけど、明らかな泥酔者を意識障害と言って送りつけてくるような故意犯にはそれなりのペナルティがあってしかるべきだと思います。
投稿: 管理人nobu | 2009年11月28日 (土) 16時21分