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2009年11月12日 (木)

相変わらず改革を求められている公立病院、しかし

先日こんなシンポジウムが開かれたそうですが、今をときめく厚労省の仇氏政務官や前大臣の舛添氏が関わっていることなどを見ても判るとおり、今後の医療行政を占う上でそれなりに参考になりそうな話なのかなという気がするところです。
そこで一つの議論になった話題の一つが、公立病院というものがひたすら赤字を積み上げている現状をどうするのかということで、しかも今までのように公立も私立も一緒くたに「診療報酬切り下げが病院経営を圧迫し」云々といった議論とはやや趣が異なっているようにも見えるのですね。

「現場からの医療改革推進協議会」がシンポ(2009年11月9日CBニュース)

厚生労働省の足立信也政務官や舛添要一前厚労相などが発起人を務める「現場からの医療改革推進協議会」の第4回シンポジウムが11月7、8の両日、東京都内で開かれた。医療改革や医療費、医療者教育などをテーマにした講演や議論が行われたほか、傍聴者が発言する場面もあった。協議会の発起人の一人でジャーナリストの黒岩祐治氏が、公立病院と民間病院の間には「不公平」があるとした上で、「ここ(公立病院)こそ、ばさっとメスを入れるべきと思う」と述べると、傍聴していた公立病院の女性医師が、命懸けで医療現場を支える公立病院の医師の存在を訴える一幕もあった。

 シンポジウムは、患者と医療スタッフが現場の視点から具体的な問題提起を行い、その適切な解決策を議論する機会と場を創出することを目的に開催された。
 7日は、▽医療改革の現在▽医療費▽先端医療・がん難民▽救急医療-の4つがテーマ。仙谷由人行政刷新担当相や医療法人鉄蕉会の亀田隆明理事長、「卵巣がん体験者の会スマイリー」の片木美穂代表、昭和大救急医学講座の有賀徹教授などが出席した。
 8日のテーマは、▽医療者教育▽公益法人改革▽新型インフルエンザ-の3つ。山形大の嘉山孝正医学部長、全国骨髄バンク推進連絡協議会の大谷貴子会長、東北大大学院医学系研究科の森兼啓太講師らが発言した。

■公立病院改革、「命懸けで働く医師への理解を」

  7日の「救急医療」で司会を務めた黒岩氏は、仙谷行政刷新担当相の医療改革についての発言後、公立病院について言及。民間病院との違いは患者の視点では不明確とし、「同じことをやっていながら、公立病院だけは赤字になってもどんどん補てんしてくれるという妙な構図がある」と指摘。「極論」とした上で、「公立病院はいったん全部をやめて、本当に必要な公立病院は何かということを考え、必要なものだけをもう一度つくり直すぐらいダイナミックなメスを入れることが必要。無駄を削ると言うなら、こここそ、ばさっとメスを入れるべきと思う」と仙谷行政刷新担当相に求めた。

 黒岩氏のこの発言に対し、傍聴していた千葉県の公立病院に勤める耳鼻咽喉科医で乳がん患者の小倉恒子氏が、現場の状況を訴えた。
 小倉氏は勤務先の公立病院で医師不足となった時、胸水を抜きながら診療を続けたことや、精神科の医師が過酷な勤務で倒れた末、現在は車いすに乗って診療を行っていることを説明。その上で、「公立病院をすぱっとやればいいって、その『すぱっ』って何ですか。収益がいいのがいい病院で、悪い病院はすぱっとやるんですか」と反論し、「非常にまじめにやっている公立病院の医師もいるということを、命懸けでやっている人もいるということをよくお考えの上、すぱっとやってください」と述べた。

この黒岩祐治氏もフジテレビを途中退社し、「日本の医療を変えたい」と国際医療福祉大大学院の教授(医療福祉ジャーナリズム分野)に転身したということが先頃話題になっていましたが、救急医療報道を長年手がけるなどかねて医療問題に関わってきたマスコミ関係者の一人です。
当「ぐり研」でも大野病院事件に絡んだ「検証!医療報道の光と影2~大野病院妊婦事件 メディアの功罪」などという氏の自己批判的な報道を取り上げさせていただいたことがありましたが、フジテレビを退社する以前からこの種のシンポジウムで司会をしたりと手広く活動しているようですね。

氏の主張するところの「ばさっとメスを入れるべき」というのも一面の真理なら、これに対する小倉氏のコメントもまた一面の真理なんだろうとは思いますけれども、こうしたある程度厚労省関係の公的メンバーも顔を出している場で「同じことをやっていながら、公立病院だけは赤字になってもどんどん補てんしてくれる」などという発言が出てきた意味は何なのでしょうか。
実のところこれに呼応するような形で、最近政権担当者の側からも「いったん白紙に戻して」だとか「公立病院にメスを」といった発言が出てきていることは注目に値すると思いますね。

「独法医療機関の経営、いったん白紙に」 仙谷行政刷新相(2009年10月28日ロハス・メディカル)

 仙谷由人行政刷新担当大臣は28日、独立行政法人化されることが決まっているナショナルセンターや社会保険病院・厚生年金病院の経営について「日本の医療の世界を覆う大変な権威とパワーというものが、その延長線上で現在の日本の医療を再建できるとは限らない。いったん白紙に返して、今の事態を憂慮する専門家の方々と、そのことを理解するガバナンス・マネジメントの分かる方々の共同作業で新たなモデルから」と延べ、ゼロベースで検討する必要があるとの考えを明らかにした。(川口恭)

 この日開かれた医療クラスター研究会シンポジウムで述べた。

 この問題に関する仙谷氏の発言は以下の通り。

「今日も日経新聞の経済教室の欄に『危機の地域医療』とかいうタイトルで自治体病院がベッド数で3割持っているという話が出ていた。そういうことでいうと、国立病院機構もあって、来年の4月からナショナルセンター6法人が独立行政法人になる、それから宙にさまよいながら崩壊しそうになっているのが社会保険病院と厚生年金病院。地域から見ると、この程度の規模の病院であればなくなっても何とかなるぞという話には、都市部ではそうかもしれないけれど、例えば徳島、私の地元にもあるけれど、これが簡単になくなる、あるいは病院はあるけれどもドクターがいなくなるということになったら大変な事態になる。ここの再建に手をつけないといけない。

 基本的な考え方の法律を足立君中心で今度の臨時国会に『地域医療支援機構法案』というものを出してもらうのだが、よくよく考えてみたら、この経営を、ナショナルセンターなんかまさにそうだが、 誰がどのようにするのかの問いに、実は医療関係者も政府の関係者も突き当たっているわけだ。今のまま、たとえば国立がんセンターを今までのやり方の延長線上で、経営を任して果たしてうまくいくのかという大問題が実はある。大げさに言うと、医療経営とか医療ガバナンスの観点から今後発展的にこういう所(医療クラスター)に突き進んでいけるように、ガバナンスを国立がんセンターがとりあえず今度の4月から発足の時点で持たないと、官僚的に予算を手を出してもらってくればいいとか、あるいは今600億円くらいある借金支払いだけで何もできないということが極めて明らかなような独立行政法人になるのであればやめた方がいいとまで考えている。

 今の時点で6法人とそれから社保も年金も、それから改めて国立病院機構の病院も、それから大学病院も含めて、医療機関のガバナンスというものが、医療専門家つまりドクターと事務局というのがいて、国には医政局というややこしい存在がいる。皆さんはどう思っておられるのか分からないが、私が聞く範囲では、現場で苦労している人々にとっては嫌がらせをする部署以外の何者でもないと、そういう声が聞こえてくる。どうして言ってこないのと聞くと、言うと後でしっぺ返しがある、嫌がらせがある、とそれが怖いんだ、と。だったら時代が変わって政権交代したんだから、我々の所に直接言ってきていただければ吟味しますと、こないだからこういう集会がある度に、まあ医政局の人から見たらイヤなこと言うなあと思うだろうけど、そういうことで改革を進めていきたい。

 根本は、最近こういう時代だから、お金、ファイナンスの分かる人も経営陣にいなければならない。もちろん医療の専門家が、どうやって人材をスカウトしながら自らの医療機関の特色を創って行くのか。そして、がんセンターなんかは先端医療の中に、どうしていくのか。あるいはコンプライアンスの問題とか、メディエーションとか患者さんとの関係、構造としても意識的に作られなければならない、そういうことに最近少々思い至っている。

 中医協の人事なんかでも新聞を読むと必ずしも100%とは言えない。だけど、日本の医療の世界を覆う大変な権威とパワーというものが、その延長線上で現在の日本の医療を再建できるとは限らない。いったん白紙に返して、今の事態を憂慮する専門家の方々と、そのことを理解するガバナンス・マネジメントの分かる方々の共同作業で新たなモデルから作っていく。その先にひょっとしたら例えばクラスターの構想があって、ここで治験の問題も医療機器の問題も、新たな転換が出てくるのかもしれない。あるいは患者さんとQOLの問題も含めて、だんだんと国民の皆さんがいい医療を受けるには、もう少しちゃんと負担をしないとアメニティも質も、日本の医療が全体としても個々にもよくならないということがお分かりいただけるモデル、見本を作るんだということで土屋先生(シンポジウムの主催者である土屋了介・国立がんセンター中央病院院長)に、これからも益々頑張っていただきたいなあと思って今日は来た。
(略)
 行政刷新も直接は関係ないけど、独立行政法人の改革というのは我々の守備範囲。たまたまナショナルセンター6つと社保と年金54病院が対象に入ってこざるを得なくなる。ということもあって、そういう切り口で公的医療機関のガバナンス改革という観点から取り組んでみたいと思っている」

国公立病院にメス入れ、適切な対価出る医療システムを 仙谷行政刷新相(2009年11月10日ロハス・メディカル)

(略)
「私の担当は行政刷新で、さてどうやって医療に取り組むかと考えておると、都合がいいのか悪いのか分からないが、日本の冠たる国民皆保険というのは、実は公的保険制度というか税金と保険料で賄われている、つまり公的支出になるわけで、また日本の病院というのは、これから問題になるナショナルセンターをはじめ社会保険病院、地域の公立病院その他、公的部門が非常に大きな領域を占めている。反対から言うと、このパブリックセクターの病院を改革をすることなしに日本の医療の改革というのは一歩も二歩も進まない状況に今立ち至っているのでないかという気持ちになっている」

「国立・公立の医療機関、大学病院も含むが、公立であることによって発生しているガバナンスのなさというかモラルハザードというか、これをどうやって改革していくかというのも、一つの大きな問題だなと最近思っている。

そんな所に行政刷新という何でもやれる都合のよいポストが舞い込んできたので、鈴木寛さん(文部科学副大臣)や足立さん(信也・厚生労働大臣政務官)や、何より現場からの改革を考えてきた皆さん方の経験と知恵、まことに素晴らしい力を持っている方々が色々いるので、その方たちの力を借りて、公的部門にメスを入れて日本の医療サプライサイドを改革していくことにチャレンジしようと、そういうことで動いている。

 ただ行政刷新会議の部内では、あなたが医療にまで手を出すとロクなことがない。だからやめておけという声も多いのだが、独立法人改革というのは公益法人改革と共に、私の所管ということになぜかなっているので、ナショナルセンター以下に手出しをしないわけにいかないという話になる。皆さん方の知恵と経験と見識をお借りして、これから日本で国民1人1人がいきいきと輝ける社会、そのど真ん中にあるのは多分医療の世界で、国民も心から医療従事者にありがとうと言いえるそういう医療システムを作り、今のような犠牲と奉仕だけを求めるのではなくて、然るべき適切な対価が出るような医療のシステムを作れるうように頑張ってまいりたい」

自民党政権下での財務省に続いて、またしても医療行政に口出しする組織が増えたと言うことなんでしょうかね(苦笑)。
仙谷大臣と言えば行政刷新相の立場ゆえか、先頃にはロハス・メディカルさんの取材に対して「ナショナルセンターに経営学や経営術、そして医療が分かる人が必要」と国立病院の経営改革に乗り出すべきだとコメントしていましたけれども、どうもこれは政権の方針として国公立病院の改革を厚労省とは別筋でも推進するということなんでしょうか?
こういう話を聞くとどうも「船頭多くして船山に上る」という言葉を思い出してしまうのですが、政権内部できちんとすり合わせくらいはやってもらえるんですよね?(苦笑)

もちろん破綻に貧している国民皆保険、あるいは日本の医療というものの改革ということも一つの狙いではあるにせよ、どうもよく言葉の裏を読んでいくとその方法論における官僚との対決路線というものが見え隠れしているように見えて、極端に言えば医政局など官僚組織の影響力低下を狙っての話なのかという気配もなしとはしないところです。
まあ現場とすれば志がどうあれ風通しが良くなって今よりマシになるというのであれば何であれ歓迎という見方もあるんだと思いますけれども、政権の思惑を離れて考えてみた場合にも経営改善ということになった場合、よくある公立病院事務方の「先生方、もう少し頑張っていただかなければ困りますね」なんて声が脳裏に響いてきそうな人も多そうですよね(笑)。

どうも医療業界は他所から見ると無駄だらけに見えるらしいし実際無駄も多々あるんでしょうが、鳴り物入りで高知医療センターを手がけたオリックスが予想通りに大コケしたとか、何故か無駄だらけの日本の医療が世界でトップクラスに安上がりであるとか言ったことを見るに付け、いわゆる営利の商売の世界でいう無駄というものとも少し違うような気がするんですけれどもね。
例えば「A社から仕入れれば100円のものがB社から仕入れれば95円」式の無駄というのは判りやすいですけれども、公立病院が大赤字を垂れ流している主因というのはそういう問題ではなく、高すぎる人件費率やその逆に低すぎるスタッフの志気、そして病床あたりの建設コストの高さなどといったところにもちゃんと切り込まなければならない。
そして一番の無駄と言えば不採算医療ですけれども、そういうものも世間並みに赤字だから省くという考えで良いのか、それとも社会保障の一環として公費で維持していかなければならないものだと甘受するのか、そのあたりは「消防署は大赤字だから廃止しよう」とは誰も言わないのと同様に、経営というより公的サービスのあり方と関わる問題だと思いますね。

今どき公立病院に来ている医者など他施設では使い道のない定年待ちの爺医でもなければ、医局人事で嫌々来ている逃げ遅れた医者が多いわけですから、「犠牲と奉仕だけを求め」ないシステムなんてものが本当に出来るのであれば、ずいぶんと士気向上には役立つような気はします。
ところが実はそういう数字に出ないところに配慮した公立病院の経営改善なんて今までほとんど無かったというのが現実ですから、結局医療はマンパワー集約型産業であって現場が気分良く働けなければうまく回らないということを経営的にどう評価し実現するか、そういうことを理解し実現できる経営者が今の日本にどれだけいて、そしてその人材が医療にまわってくるかどうかですね。

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