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2009年10月22日 (木)

衆目の一致するところ

かねて医師強制配置を持論としてきた読売新聞がまたやってくれました、という感じなんでしょうか?
先日医療基本法絡みのシンポが開かれまして、まずはその様子をこちらの記事から紹介してみましょう。

「憲法の理念を政策に」医療基本法をテーマにシンポ(2009年10月19日CBニュース)

 東大医療政策人材養成講座(HSP)医療基本法プロジェクトチームは10月18日、「今、医療基本法を考える―いのちを救うグランドデザイン―」と題したシンポジウムを開いた。医療従事者や患者関係者、有識者など5人のパネリストが、今後の日本の医療のあるべき姿についてそれぞれの立場から提言した上で、憲法から導き出した医療政策の基本理念や方針を定めた「医療基本法」の必要性を訴えた

 パネリストの一人、HSP4期生で同プロジェクトチームのメンバーの小西洋之氏は、「医療基本法」の考え方を説明。
 小西氏は、個人の幸福追求を保障する憲法13条と生存権を明示している同25条を基に、医療政策の基本理念を「疾病による尊厳の危機から国民を守ること」とした。また、環境や教育などの分野では政策の基本理念や基本方針などを定めた「環境基本法」や「教育基本法」があるが、医療分野にはないと強調。その上で、▽医療政策の基本理念や基本方針を定める▽医療再構築のための指針と具体的な取り組みを推進するための基盤を与える▽医療従事者や患者、一般国民などすべての関係者の意識改革の契機となる▽負担と給付をめぐる医療財政論の前提となる―ものとして、「医療基本法」の実現を訴えた

 その後のパネルディスカッションでは、埴岡健一氏(日本医療政策機構理事)の進行で、パネリストらが意見交換した。

 長谷川三枝子氏(患者の声を医療政策に反映させるあり方協議会会長、日本リウマチ友の会会長)は、「患者の声が反映されない今の医療政策は、理念の大本がなかったことが出発」と指摘。国が政策を決定する上で「頼れるもの」としての「医療基本法」の必要性を強調した。
 伊藤雅治氏(全国社会保険協会連合会理事長)は、現在の国民皆保険制度について「高度経済成長の下、医療提供体制の在り方について国民的な合意形成がないまま今日までやってきた」と振り返った上で、国民との議論の重要性を強調したほか、医療従事者やジャーナリスト、政策立案者、患者支援者が共同で「医療基本法」の実現に向けて各方面に働き掛けることが必要だとした。
 一方、会場からは「農業基本法など、うまくいっていないものもある。基本法があれば何でも解決するのか」「法律を作りさえすればそれでいいのか」との批判の声も上がった。
 これに対して小西氏は、成立当初の目的を変えながら維持していく基本法もあるとし、「基本法で10年、20年にわたって少しでも日本の医療を良くしていくきっかけをつくっていきたい」と述べた。

この記事だけを見ていると例によって例の如く必要性が感じられないと言いますか、「なんでこんなものにそう大騒ぎする必要が?」とも思えるような話なのですが、この種の表向き毒にも薬にもならない話の多くと同様に、実際の議論の内容を見るとずいぶんと異なった印象を受ける話なのですね。
ちなみにシンポを主催している「東京大学医療政策人材養成講座(HSP)医療基本法プロジェクトチーム」のメンバーはこちらなのですが、その顔ぶれを見ても実際の進行を見ても中核となっているのは例の日本医療政策機構の面々であるとは容易に知れる話です。
そのシンポの場でどういうことが語られていたのか、大手メディアが故意に?報道しようとしない医療基本法推進派(と言うのか?)の実際をロハス・メディカルさんが取り上げてくださっているのですが、なるほど確かに医療基本法とはこういうものであれば彼らが早く制定を!と大騒ぎしたくなる気持ちも判ろうと言うものですよね。

「医療は医師や患者の勝手になるものではない」 ─ 医療基本法シンポ(2009年10月20日ロハス・メディカル)

 日本医療政策機構の理事を務める埴岡健一氏らが推進する「医療基本法」について、読売新聞医療情報部長の田中秀一氏は、「医療は医師や患者の勝手になるものではなくて、公共財という視点で考える必要がある」などと力説している。「医療基本法」は、医師や患者に義務を課す強権的な法律なのだろうか。(新井裕充)

 日本医療政策機構の代表理事を務める黒川清氏(政策研究大学院大学教授)や近藤正晃ジェームス氏らでつくる「東京大学医療政策人材養成講座」の医療基本法プロジェクトチームは10月18日、医師の計画配置や医療安全調査委員会の設置などを盛り込んだ「医療基本法」の成立を目指すシンポジウムを開催した。

 パネリストとして参加した読売新聞の田中氏は、医療をめぐる重要課題として「医師不足の解消」を挙げ、次のように述べた。
 「医師不足対策として、(舛添要一前厚労相が設置した)厚生労働省の検討会や民主党は、『医学部の定員を1.5倍に増やす』ということを言っています。しかし、これは果たして実現できるのかという問題があります。というのは、医師の養成には10年ほどかかりますし、医師の数全体を増やしただけでは、現在、非常に勤務が過酷と言われている産科や小児科、救急、外科などの診療科が敬遠されて、そういうふうな医師不足が解消されないのではないか。解決するためにはまず、その医師全体を増やすだけではなくて、診療科ごと、あるいは地域ごとの医師の偏在や不均衡を直していく必要があると考えます。そのために、研修先や診療先を現在のような自由選択に任せるのではなくて、計画的に配置すべき

 田中氏はこのように、「医療基本法」が目指す計画配置の考え方を説明。後期研修医を対象として、診療科や地域ごとに医師の定員を設け、第三者機関を通じて計画的に配置するという。医師の計画配置に反対する意見に対しては、次のように反論した。
 「既に欧米では医師の計画配置というのが実施されています。どのようにしているかと言いますと、例えばフランスではですね、国が地域や診療科ごとに必要な医師数を調査して、病院ごとに受け入れる研修医の数を決定しています。医学生は競争試験を受けて、成績上位の学生から順番に、希望する診療科や地域で研修を受けるというシステムです。ドイツでは、州の医療圏ごとにですね、人口当たりの医師の定数を設けて、定数の110%を超える地域では保険医として開業することができない」

 つまり、計画配置はフランスやドイツで導入されているので日本でも導入すべきと主張。また、診療科の偏在を招いている原因として、「自由標榜制」を挙げた上で、次のように訴えた。
 「医師の免許さえ持っていれば、どこで何科の医者をやってもいいということですが、これを前提にしている限り、医師の適正配置は実現できないので見直す必要があるだろう。その根本的な考え方としては、医療というのは、医師や患者の勝手になるものではなくて、公共財という視点で考える必要がある

 田中氏は、医師の自由を制限するだけではなく患者の権利も制限する必要性を強調。「軽症の場合には、保険で診ることはやめてはどうかということを私は検討いたしました。普通の自動車保険などでは免責というシステムがある」などと述べた。(略)

日本医療政策機構と言えば以前に信友浩一先生の「医者は被害者意識を捨てよ」のメイ言?で一躍名を馳せたところですが、代表の黒川清氏などは安倍、福田政権時代から内閣特別顧問などを務めてきたりと言う割に以前から自民党政権べったりというわけではなく、野党時代の民主党などともよしみを通じてきた組織です。
この医療政策機構らの開催するシンポで熱弁を振るう読売の田中秀一氏とはどのような人物であるかと言えば、自著「がん治療の常識・非常識」を出版するなど日本の癌診療に関わる諸問題を追求する一方、医療政策に関する提言も非常に積極的に行ってきた御仁です。
この両者が強力タッグを組んで推進する医療基本法とは何かと言えば、同様の趣旨の法制定を目指す諸団体間で微妙に内容が異なっているようですが、例えば患者系諸団体が中心となった「患者の権利法をつくる会」の要請書によれば次のようなものであるとされています。

「安全かつ質の高い医療を受ける権利」及び「患者の自己決定権」等を国民に保証し、その権利を実現するため、医療提供体制及び医療補償制度を整備する国・地公共団体の責務を明らかにする法律を、日本の医療制度全ての基本法として制定すべきです。

ま、見ていただければ分かるとおり非常に総論的と言いますか具体性に欠けると言いますか、実際医療政策機構にも関わっており記事中にも登場する埴岡健一氏の「患者の声を医療政策に反映させるあり方協議会」が総選挙前に主要四政党を相手に開いた勉強会でも、どの政党も同趣旨の法制定に関しては賛成であると答えているように反対はしにくい話ですよね。
しかしこのように総花的な話であるからこそ、こうまで喫緊の課題であるかのように成立を急いでいるかに見える背景が何なのかということに興味があったわけですが、今回のシンポを見てみれば要するに「患者の真っ当な医療を受ける権利を保証する一環として、医者は国が管理して計画的に配置することにしよう。そのために法律がいる」という話であったと言うことです。
なんとなくそういう法律がないのならつくらないといけないのかな程度に考えていると、これは思いがけないことになってくるかも知れないということをきちんと認識した上で議論しなければ、いつの間にか「あれ?こんなはずじゃなかったのに…」となってしまうかも知れないよという話ですよね。

ロハス・メディカルさんの記事は例によってここから先に実際の発言内容が並んでいるわけですが、これがまた医師強制配置以外にも香ばしいネタが満載という感じで、田中秀一氏もちょっと飛ばしすぎじゃないかとか、会場で誰も突っ込まなかったとすれば彼ら皆が同様な考え方であると理解していいのかとか、色々と楽しい想像もできるところがあります。
記者氏も突っ込みを入れていますが、しかしこれを見るだけでも不偏不党などとんでもない、こういう先鋭的な方々が議論を主導して医療基本法などというものを制定しようと急いでいるとなれば、これはなかなか気味の悪い話だなとは思えてきますよね。

[田中秀一氏(読売新聞医療情報部長)]
 皆さん、こんにちは。読売新聞の田中と申します。それでは、早速スライドに入りたいと思います。(中略)

 ▼ 医療をめぐる重要課題として、▽医師不足の解消 ▽救急医療の危機とフリーアクセス ▽医療の質と安全の保障 ▽医療情報の開示 ▽医療の財源確保─の5点を挙げた。

 今日は時間の関係で、医師不足と救急医療、それから財源のことに絞ってお話ししたいと思います。(ここで、「医師を全国に計画配置」という見出しの記事を貼り付けたスライドを示す)

 これは昨年、私どもで医療改革についての提言というのを行いました。一番重要なのはやはり医師不足問題であって、それを解決するために、「医師を全国に計画的に配置してはどうか」という提案を行っています
 そのほかにも、"たらい回し"の問題とか、"介護難民"のことも書いてます。"名ばかり専門医"のことも触れていますし、財源のことも触れています。

 ▼ マスコミは、"たらい回し"という言葉を使わないようにしたと思っていたのだが......。

 えー......、前提として、今あの、非常に医療や介護に不安が大きいということがあります。これはまず医師不足で病院が閉まってしまうとか、救急の"たらい回し"が起きているとか、介護が十分に受けられない、そのような不安が非常に強い。
 どういう問題が起きてるかって言うと、えー......、そういう不安が実はまあ、不況の原因になっているのではないかという認識をしております

 ▼ 医療や介護が不十分だから不況だという理屈なのだろうか......。

 これ、伊藤元重さんという東大教授が言っていることですが、「年金や医療費、子どもも当てにしてはいけない。長生きすればそれだけ生活費も必要になる。そうした不安を抱えながら、懸命に貯蓄に励む国民が多い。年金や医療制度が信頼できるのであれば、無理に貯め込むよりは消費に回すことができる。今の日本では、将来への不安─消費抑制─景気低迷─さらなる不安、という悪循環が起きている。この悪循環を断ち切らない限り、日本の景気を根本から良くすることはできない」ということで......。

 景気であるとか、全体の状況も閉塞感に覆われていると思いますけれども、そういったものを良くしていくためにも、医療・介護の不安を解決しなければならない。そのためにも医療改革が必要であるというふうに認識しております。
 その中でも、最大の当面の課題は医師不足を解消して、安定した医療提供体制を確立することだと考えております。まず、医師不足問題ですが......。 (中略。医師不足の現状などを説明)

 なぜ、医師不足が起きてるかということで、現在の臨床研修制度がやり玉に挙げられることがよくあります。新しい研修(制度)によって、大学病院から都市部の病院に若い医師が集中してしまったと、だからこんなものはやめるべきだということを主張する大学教授もいるんですが、それ(臨床研修制度)はきっかけにすぎないと考えています。本当の医師不足の原因は医師が少なすぎること、そして病院が多すぎることであると思います。

 ▼ 「医師不足の原因は医師が少なすぎること」という説明は分かりにくいが、「絶対数不足」と言いたいのだろうか。とすると、医師不足対策として最優先すべき課題は「医師数の増加」になるはずだが、どうも違うらしい
 一方、「病院が多すぎる」という理屈は厚労省も大好き。「病床数当たりの医師数は多い」と言う場合もある。つまり、「あちらこちらの病院に医師や看護師が分散している」→「拠点化・集約化を図る」→「地域連携を進める」という理屈。厚労省が馬鹿の1つ覚えのように、「医療機能の分化と連携」というフレーズを使うのは、そういう理由がある。しかし、このような「医療機能の分化と連携」という考え方は、さまざまな機能を持った病院が乱立している都市部を念頭に置いている。病院間の移動に車で数時間かかるような地方では、連携もへったくれもない。「病院が多いから」という理由で中小病院を切り捨てた結果、「地方で唯一の病院が閉鎖してしまった」ということにならないか。

■ 研修先や診療先を自由選択に任せずに計画配置

 これ(スライド)は、海外と日本の医師数および病床数を比較したものですが、日本では人口1000人当たりの医師数が2.1人、一番多いイタリアでは3.7人。一方、病床数は、日本は人口1000人当たり14床ありまして、アメリカ(3.2床)、イギリス(3.6人)の4倍から5倍あります。ということは、日本は病床当たりの医師数が欧米の数分の1しかいないということです。

 で、医師不足対策として、(舛添要一前厚労相が設置した)厚生労働省の検討会や民主党は、「医学部の定員を1.5倍に増やす」ということを言っています。しかし、これは果たして実現できるのかという問題があります。
 というのは、医師の養成には10年ほどかかりますし、医師の数全体を増やしただけでは、現在、非常に勤務が過酷と言われている産科や小児科、救急、外科などの診療科が敬遠されて、そういうふうな医師不足が解消されないのではないか。

 それから......、そういうことを解決するためにはまず、その医師全体を増やすだけではなくて、診療科ごと、あるいは地域ごとの医師の偏在や不均衡を直していく必要があるというふうに考えます。
 そのために、研修先や診療先を現在のような自由選択に任せるのではなくて、計画的に配置すべきだということを(読売新聞社は)提案したわけです。

 これ、具体的にどういうふうにするかと言いますと、まず、後期研修医を対象にします。診療科や地域ごとに医師の定員を設けて、計画的に配置します。
 これまでは、大学の医局が配置を行っていたのですが、それに代わる公的機関を設ける。その公的機関は自治体や医師会、大学病院、基幹病院などが参加して、都道府県に「地域医療対策協議会」というものがあるんですけど、これを母体に設立してはどうかという提案です。

 これ(スライド)が(医師配置の)イメージ図なんですけど......、これまではですね、大学の教授が「君はあっちの病院に行きなさい」「こっちの病院に行きなさい」と言っていたのですけども、それに代わって、大学や地域の病院や、あるいは自治体、医師会が共同で第三者機関をつくって医師の配置を行うというイメージです。

 これ(医師の計画配置)には反対もあります。というのは、現在、医師が自由に診療先や研修先を選べるわけですけれども、「職業選択の自由を侵害するのではないか」「強制的に配置するのはけしからん」というようなものです。

 しかし、既に欧米では医師の計画配置というのが実施されています。どのようにしているかと言いますと、例えばフランスではですね、国が地域や診療科ごとに必要な医師数を調査して、病院ごとに受け入れる研修医の数を決定しています。医学生は競争試験を受けて、成績上位の学生から順番に、希望する診療科や地域で研修を受けるというシステムです。
 ドイツでは、州の医療圏ごとにですね、人口当たりの医師の定数を設けて、定数の110%を超える地域では保険医として開業することができない。

■ 医療は医師や患者の勝手になるものではない

 現在、日本は自由標榜制です。医師の免許さえ持っていれば、どこで何科の医者をやってもいいということですが、これを前提にしている限り、医師の適正配置は実現できない。なので、見直す必要があるだろう。その根本的な考え方としては、医療というのは、医師や患者の勝手になるものではなくて、「公共財なのだ」という視点で考える必要があると思っています。

 ▼ 民間病院の医師は国家公務員ではないが......。

 今、医師の自由を、やはりある程度制限しなければいけないのではないかという話なんですが、今度は患者の側にも問題があると思う。それは、救急医療で非常にたくさんの患者が押し寄せるために、救急が危機に陥っている。外来の受診回数は日本では14回ぐらい。アメリカやイギリスの3倍ぐらい多く、患者が病院を受診しているということがあります。

 ▼ 保険制度が違う他国と単純比較している。ところで、社会保障を「医療機関VS患者」という"ミンミンの関係"で考えていいものだろうか。つまり、「車を売ります」「買います」という売買契約のように、「国民VS国民」という"ミンミンの関係"でとらえることは妥当か。社会保障とは本来、「国VS国民」という関係ではなかったか。時折、「国」の責任はそっちのけで、「医療機関VS患者」という二者関係にすり替えられることがあるので注意が必要だ。
 例えば、未収金の問題。診療費(一部負担金)の未払いがあった場合、患者は医療機関に対して支払い義務を負うのだから、「債権者たる医療機関が回収の努力をせよ」と言う。医療事故の民事訴訟もそう。医師が診療ミスをしたかどうかが不明で、医療機関の「不法行為責任」や「債務不履行責任」などが争われる場合には、「医師と患者との関係」あるいは「医療機関と患者との関係」になる。
 ところが、医師の応召義務(医師法19条)の場合は違う。医師免許がある者だけに医療行為が認められているのだから、そのような医業独占の"反射的効果"として診療を拒否できないなどと説明される。つまり、医師免許を根拠にして、医師は「公的な存在」になる。ある時は「民VS民の関係」で、ある時は「公VS民の関係」に置き換えられてしまう。「公VS民の関係」でとらえると、医師の義務を導きやすい。つまり、「強制配置」を肯定する論理を組み立てやすい。
 一方、「民VS民の関係」でとらえると、医師の義務はもちろん、患者の義務を引き出すことができる。「患者も医療を壊さない努力をしよう!」という運動は、一見すると「確かにそうだ」と思いがちだが、しかし、それは社会保障の考え方ではない。国の施策や努力によって、国民が一方的に利益を享受できるのが社会保障。例えば、自衛隊に所属していない市民は、国の安全保障のために射撃の訓練を義務付けられることはない。「国民参加型の防衛」とは言わない。
 医師の労働環境を整備すること、患者の受診の機会を確保すること、その両方について「国が義務を負担する」というのが社会保障。ただ、「受益」の側面をあまり強調しすぎると、"左車線"から路肩に外れてしまう。「働けるのに怠けて働かない奴を食わしてやる必要があるのか」という反論が出る。「民VS民の関係」で考えるからだろう。「それでも国は保障すべき」というところまで、社会の意識は成熟していない気がする。日本という国は、人生で一度つまずいたら立ち直るのが難しい国かもしれない。

 で、その......、軽症の場合には、その......、保険で診ることはやめてはどうかということを私は検討いたしました。普通の自動車保険などではですね、免責というシステムがある。
 ただ、医療の場合はですね、本当に患者自身が軽症かどうかを判断できるとは限らないとか、自己負担になるのを恐れて受診いないで手遅れになる恐れもあるというので、今回の制限には盛り込まなかったんですけれども、しかし、実際には医療現場はそのような動きを始めています

 時間外に来た患者には、「時間外加算」というのを徴収する。最大で8400円取っている病院もあります。その8400円というのは、山形大学病院なんですが、そこでは「時間外の患者が3割減った」という効果も出ています。

 ▼ ここで山形大学病院を出すところが......。詳しくは、【山形大病院は、「国策に反している国立大学」? ─ DPCヒアリング】を参照。

 最後に財源問題ですが、医療現場の疲弊の原因は、医療への投資や支出を怠ってきたことが原因ではないかと考えます。

 ▼ 私もそう思います。

 これは、各国別の医療費ですけども、日本は非常に、先進諸国の中でも少ない。一方、公共事業では、日本は非常に多く進んでいます。英米の2倍から3倍以上、ダムや橋に支出している。これを社会保障に振り向けるべきではないかという提案です。

 ▼ それはちょっと違うと思うぞ。橋や道路が整備されていたほうが、救急車の到着は早いのではないだろうか。公共工事に便乗して不当な利益を得ることが問題視されていると理解していたが......。ところで偶然かもしれないが、このシンポジウムが開催された10月18日の東京新聞朝刊に、「天下り官僚 高額報酬 独法役員 平均1664万円」という見出しが踊っていた。81の独立行政法人に常勤役員で天下りしている198人の官僚OB うち、2000万円を超えた役員が12人いたらしい。最高は日本貿易振興機構(ジェトロ)理事長(元中小企業庁長官)で、2231万円とか。こういう無駄を削らずに、「給付と負担」などと言うから国民は怒るのではなかろうか。

 要するに、診療報酬をもっと引き上げるべきだ。中でも、病院に手厚くする必要があるという主張をしています。えー......、以上です!

 ▼ ............。

どこをとっても色々と興味深い話が満載なんですけれども、一つ大きく気になったのは医療は医者や患者のものではなく公共財であるとか、軽症の場合は保険診療から外せとか、言ってみれば患者側の権利を制限するような提言が並んでいるところです。
前述のように医療基本法を強力に推進している主体の一つに患者側団体があるわけですから、これはそのあたりの整合性はどうなのかと思うところですが、そう考えますとこのシンポの場合医療政策機構にしろ読売新聞にしろ、患者側団体というものは入っていないところに何か意味があるのか、ですよね。
一見同じように医療基本法制定を目指しているとは言っても、そのバックグラウンドがこれだけ違えば基本法の内容も当然に違ってくるだろうと想像できるわけで、単にそういう名前の法律というだけで一括りにしてしまうと事態を見誤る可能性が大きいのではないかと思われます。

ところでこうした話題とも関連して同じ日にもう一つ非常に興味深い話があるのですが、こちらも記事を紹介しておきましょう。

厚労省課長「自然増削減すると医者か患者が泣く」(2009年10月19日CBニュース)

 厚生労働省医政局指導課の新村和哉課長は10月18日、日本医療・病院管理学会学術総会のシンポジウムに出席し、医療費の自然増を削減すれば、「医療機関や医者が泣くか、患者が泣くかだと思う」と述べ、高齢化や医療技術の進展に伴う医療費の自然増を削減することに否定的な考えを示した。一方、財務省主計局の可部哲生主計官は、「この10年間の人事院勧告や物価が5%程度のマイナスになっているのに、診療報酬のマイナスは0.4%程度」などと述べ、診療報酬の配分見直しなどによる適正化を訴えた

 シンポジウムで新村課長は、診療報酬改定が2002年度以降、4回連続でマイナス改定になった点に言及し、「国民医療費を単純に30兆円とすると、2兆 4000億円のカット。これを経済産業省に話すと、『産業が一つなくなったくらいの規模だ』と言っていた」と述べた。その上で、民間病院の近年の経営状況について、「累次にわたる診療報酬カットが効いたと思うが、非常に厳しい。今年度にはさらに赤字病院が増えた」などと強調した。

 また、大腸・直腸ファイバー検査の実施件数が、1998年から2008年にかけて倍近くに増えている状況を紹介。「(医療費の)自然増を削減しようとすると、検査回数の増加を絞らなければならなくなる」と述べ、仮に保険適用を検査の一部に限定するなどの措置を取れば、「検査しなければ見つからないがんが見落とされるケースが確実に増える。それをどう考えるかだ」と強調した。

 新村氏は、医療費の自然増について「高齢化で診断・治療が多く行われるようになっていることが、一つの大きな理由ではないかと思う」と指摘した。また、新規の医療技術が国民の健康維持に貢献していれば、「保険で評価せざるを得ない」と強調。自然増を抑えるために診療報酬を削ったり、診療行為の対象患者を限定したりすれば、「医療機関や医者が泣くか、患者が泣くかだと思う」と、こうした方向に否定的な見解を示した。

 一方、可部主計官は、人事院勧告や物価が過去10年間で5%程度下がったのに対し、診療報酬が0.4%程度の削減にとどまっていると指摘し、「(診療報酬は)5%近い実質改善が行われていることを考える必要がある」と述べた。

 可部氏はこの日、「個人の意見」と前置きして講演し、国の一般歳出に占める社会保障関係費の割合が、この30年間で4分の1から2分の1にまで上がっている状況をまず指摘。
 その上で、高齢化の影響などにより医療費の給付増が今後も避けられない中、医師不足などの問題に対応するには、診療報酬の配分見直しや、医療給付の効率化などについて検討する必要があるとの認識を示した。

 診療報酬の配分については、「病院と診療所、診療科間などのシェアは過去10年間、ほとんど変わっていない」「病院と診療所の医師の給与には大きな差がある」などとし、今後は医療機関や診療科が抱えるリスクや、医師の勤務時間などを踏まえて大胆に見直す必要があるとの見解を示した。

 可部氏はまた、「国営医療の英国はともかく、保険医療のドイツやフランスでも地域や診療科ごとの定員制や枠がある」「独仏では、かかりつけ医制度の取り組みも進められている」などと述べ、これらの仕組みの導入も検討すべきだとの認識を示した。

医療費が物価スライド制だったとは寡聞にして存じ上げませんでしたが、それじゃバブルの頃は医療費どんどん上げてくれたんですかね(苦笑)。
厚労省の主張に対する財務省の見解であるとか、そうした診療報酬ネタとして見てもなかなか興味深い話なのですが、ここで特に注目していただきたいのは、過去の医療費削減政策を主導してきたように医療行政においても厚労省より主導権を握ってきた感のある財務省からも、厚労省に続いて医師の強制配置といった話につながるコメントが出ていることだと思いますね。
市民団体、マスコミ、政策提言集団に加えて厚労省に財務省と、およそ関係ありそうな方々全てがそろって医師強制配置を主張しているということになりますから、これは早晩政府に対する突き上げも厳しくなっていくのではないかと思われるところです。
さて、そうなりますと野党時代には医師強制配置には反対の立場であったという民主党政権がどういう決断を下すかに今後の注目が集まってくるわけですが、近い将来こうした国民の幅広い要求に対して政権がどういう答えを打ち出してくるのか、どちらに転んでもこれは大きな岐路になりそうですよね。

ところで全国医師会会員の皆さん、緊急動議として日医執行部に向かって「地域医療は今や崩壊の瀬戸際にある!医師会として医師強制配置を強力に推進するよう直ちに政府に働きかけるべきだ!」なんてことを突き上げて見る気はありませんかね?(笑)

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コメント

昔、その地域での開業は地元医師会が取り仕切って、調整していた時代がありました。
要するに、競合が多いところでの新規開業を事実上制限していたんですよ。

でも、それを止めさせたのは国です。
独占禁止法(だったかな?)に触れるから、そういう指導はしてはいけない、という話になって、医師会に入らなくても、そして、場所をたとえ競合医院の隣であってすら文句を言えないようにしてしまいました。

で、いまさらながら開業制限に強制配置ですか?

医師会による自主的な開業制限や(大学医局主導による)強制配置は否定しておいて、自分たちがそれをするのはOKだというのはどういう根拠によるものなのか、はっきり教えていただきたいものですね。

投稿: Seisan | 2009年10月22日 (木) 12時27分

細かなうそ、誤解を与える表現、都合の悪いデータ隠しなどを積み重ねて新聞はできているのでしょう。

投稿: 放置医 | 2009年10月22日 (木) 16時00分

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