« 今日のぐり:「ラーメン館」 | トップページ | 最近少し風向きが変わってきた? »

2009年10月13日 (火)

出産一時金問題は意外な藪蛇?

先日以来取り上げていますところの出産一時金問題ですが、前回もお伝えしたように直前になっての制度見直し、しかしその実態はと言えば現場救済には程遠い内容と未だ混乱は続いている気配のようです。
この件に関しては、厚労省内部でも色々と(性善説的解釈をするならば)行き違いもあったのではないかと推察されるロハス・メディカルさんの精力的な取材がありましたことは、前回の内容でも取り上げました通りです。
その続報とも補足とも言うべき下記の記事ですが、これがまたいささか別の面からも興味深い内容でしたのでご紹介しておきます。

〔裏・自律する医療③〕実態は混合診療(2009年10月12日ロハス・メディカル)

 出産育児一時金騒動を振り返るシリーズの3回目。(1回目2回目

 この問題を正しく理解するには、厚生労働省にとって産科医がどのような存在なのかを知らねばならない。

 ロハス・メディカル誌8月号でも特集したように、厚生労働省が医療機関の統制手段として用いてきた「指定と補助金」の関係を振り払おうとした医療機関がある。今年3月に総合周産期母子医療センターの指定返上をブチ上げた愛育病院がそれだ。

赤字必至の診療報酬体系にして、補助金や税補填がなければ潰れる、つまり厚生労働省に逆らえないよう医療機関を「調教」してきた厚生労働省からすれば、まさに青天の霹靂だったはずだ。しかし産科で名を売る愛育病院が反旗を翻したのは偶然ではない。産科だけは、補助金がなくても潰れないのだ。分娩取り扱いの価格決定権が医療機関側にあるからだ。もっとも、地方の場合は自治体病院の多くが収支に関係なく出産育児一時金の近辺に値決めしており、それが周辺の相場にも影響を与え、産科診療所の価格決定権は弱い。そしてそれが地方に産科診療所の増えない原因の一つとなっていて今回の騒動の遠因にもなっているようだが、それは別稿で改めて触れる。

 健康保険から一律の金額(それがまさに出産育児一時金)が被保険者に支給されている一方で、妊婦側が納得して払う限り、いくらに値決めしても構わない。それぞれの施設が、最低限の安全面だけ担保して、様々に付加価値を付けて価格に反映させている。分娩取り扱いが「医療行為ではない」からという理屈で許されているわけだが、実態だけ見れば混合診療と何ら変わるところはない

 この構図は厚生労働省にとって蟻の一穴だ。世の中全体がこの実態に気づき、「医療全部に混合診療を許しても、厚生労働省や日本医師会が言うような問題は起きないんじゃないか?」と考えるようになったら、せっかく長年かけて築いてきた統制の仕組みが全てパーである。

 厚生労働省とすれば分娩取り扱いを医療行為にして統制下に入れたいのはヤマヤマだが、そうすると助産師が独立開業して分娩を取り扱うことができなくなってしまうため、普段はあまり産科医と仲の良くない助産師会や看護協会も、この点では共闘関係になる。

先日も取り上げました通り、混合診療絡みの裁判の話題もあって最近この混合診療の是非ということがしばしば議論になってきていますが、日本でこれまでやってきた国民皆保険という制度は「全国どこの医療機関にかかっても同一医療、同一価格」というタテマエになっています。
しかし考えてみれば受ける医療の内容が全国どこでも同じということは現実的にあり得ないわけですから、そうなりますと内容(あるいは、顧客満足度と言い換えても良いかも知れません)に応じて価格も差があってしかるべきではないかという考え方が出てきても全くおかしくはないと思うのですよね。
分娩取り扱いを医療行為ではないと考えている医者はおそらく全国にもそうそう多くはいないと思うのですが、最近一部で話題になるというちょっとセレブな?お産なんて話を聞きますと、じゃあ同じ病院内でやってる行為なのに何故お産と医療を別物として扱うの?他の医療分野でもお産のように出来ないの?という疑問は誰でも出てくるのではないかと思います。

安価なファミレスと高級料亭が同じ値段ということであれば「ファミレスの値段でこんな高級店にいける!」なんて一瞬喜びそうになる話ですが、何事も経営ということを抜きにしては語れない以上、味やサービスといった内容もいずれ値段相応にファミレスレベルになっていくことは当然ではないかと言う話ですよね。
そして当然多少なりともお金はかかってもいいから本物の美味しい料理を食べたいという人たちにとっても「お金はちゃんと出すから!」と言っても対応できる店が消えてなくなってしまうわけですから、長い目で見れば結局誰にとっても不満が残ってただ国民全てが等しく平等であるというあまり実態のない美点だけが残っていくということになりかねないわけです。

マスコミなどはアメリカ医療の良いところだけを拾い集めて「日本の医療はこんなに劣っている!」なんてやるのが大好きですけれども、それにどれだけのコストを要求されるのか(アメリカの個人破産理由で最も多いのが医療費支払い不能によるものです)を知らせないのと同様、そんな贅沢な医療によって全体の進歩が先導されるルートが潰されているのも日本にとっては不幸ですよね。
実のところこうした問題は医療に限らず日本社会に広く存在することなのであって、日本車なども高く(売れるように)なったと言いながら世界基準で言えばまだまだバリューフォーマネーが売りになる面が強いわけですが、安くて良いものを追求するのは一見して良いことのように思える一方で、日本車には未だ本物の高級車が存在しない、作れと言われても作れないとも言われます。
お金を出すから良いものをという人の存在は別にその人だけがメリットを独り占めするわけではなくて、そういう人たちにオーダーメイドでやった医療がやがて量産化、低廉化して大衆に還元されていくのが当たり前なんですけれども、その全ての最初となる第一歩の部分がなくなってしまえば医療に限らず日本という国の逝く末はどうなんだと言う話ですよね。

まあそうした話はともかくとして、記事中にもありますような分娩費用などでもそうですが、こういう公立病院のダンピングが民業圧迫になっていることって結構ありますよね。
お産の場合は公立病院での分娩費用というものは改訂するとなると議会の承認を得なければならないんですが、これが色々な理由から全くといっていいほど時代の流れに合わせて料金を見直しましょうなんて話になっておらず、今どきどう考えてもその価格ではと言った水準でずっと続いていたりする場合がままあります。
本来なら病院の稼ぎ手にもなってもらいたい産科が赤字経営のお荷物なんてことになれば経営厳しい公立病院にとってもかえって損な話なんじゃないかと思うのですが、最近ようやくこのあたりを是正する動きが出てきたというのは背に腹は代えられないということなのでしょうか(苦笑)。

蕨市立病院 診断書 一部値上げ /埼玉(2009年10月12日東京新聞)

 蕨市立病院は十月から、一部の診断書の発行手数料を一律千円値上げした。市は「他の公立病院に比べて安かったため」という。

 同市立病院は二〇〇六年度から赤字幅が拡大し、これまでは内部留保分から補てんしてきた。一方で毎年一般会計から二億五千万円の繰り出し金を出しているが、今後赤字幅が増えると一般会計からの赤字補てんも必要になる。このため今年三月に策定した同病院の経営改革プランに基づき、診断書の手数料値上げを決定した。

 同病院の普通診断書は従来千円だが、民間の医療機関では最も高いところで五千二百五十円、他の公立病院に比べても安かったという。発行手数料は、普通診断書が千五十円から二千百円、死亡診断書、生命保険診断書、自賠責後遺症診断書がいずれも二千百円から三千百五十円に値上げされた。 (高橋恒夫)

最近は国立の施設もどんどん独法化されたりということで、経営感覚の乏しかった(そして、そうであることをむしろ誇りにしていた?)大学病院などでもようやく診療費未払いは提訴しましょうとか、余っている土地があれば民間のショップなどに入ってもらって経営の足しにしましょうとか、少しは意識改善の兆しが見えてきているようです(経営改善は未だ遠き道、ですが)。
今回の分娩費用支払い遅延は公立病院にとっても等しく降りかかってくる問題ですけれども、これで当座の資金繰りがますます厳しくなってきたということになりますと、あるいは今まで滞ってきた部分も含めた思わぬ意外な改革が一気になされてしまうような可能性もあるかも、ですかね。
しかし「値段は高くなりましたがその分気持ちよくお産が出来ますよう頑張ります!」なんてことで公立病院の接遇が一気に改善したなんて話にでもなれば、これは思いがけない瓢箪から駒と言うべきなんですが…まかり間違ってもそれだけはあり得ないですかね(苦笑)。

|

« 今日のぐり:「ラーメン館」 | トップページ | 最近少し風向きが変わってきた? »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/46473921

この記事へのトラックバック一覧です: 出産一時金問題は意外な藪蛇?:

« 今日のぐり:「ラーメン館」 | トップページ | 最近少し風向きが変わってきた? »