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2009年10月17日 (土)

マスコミ業界って結構すごい

いささか古い記事なのですが、先日発掘されて一部方面でバカウケしていましたこちらの記事を皆さんもご覧になりましたでしょうか?
テレビ局が「うちではこんな奴がいます」とスタッフ紹介をするという趣旨での記事なのですが、別な意味で「こんな奴がいる」と世間に広めてしまったというなかなか素敵な一文です。

僕の妻はスーパーウーマン(2001年1月15日フジテレビアムールニュース)

【編集員プリン】

今回は昨年新人男性アナが入社しなかったため、2年間新人同様の扱いを余儀なくされ、今年4月の男性アナ入社を心待ちにしている長谷川アナの登場です。

 今回は我が家のスーパーウーマン、僕の妻の話です。
 妻は現在妊娠9ヶ月です。

 妊娠が発覚したのが去年の7月。ずっと子供の欲しかった僕にとってはかなり嬉しい話でした。しかし、数ヶ月もしないうちにそれは心配の種へと変わっていきました。

 妻はつわりもそれほど無く、順調なマタニティライフを送っていました。僕も「妊娠中は心配事や悩み事をするのではなく、楽しく生活するのがイチバン」と思い、やりたいようにやらせていました。

編集員プリン お気づきのように、長谷川アナといえば入社1年目にして結婚するという「スピード婚記録」を持っているのですが、早くもパパになろうとしているんです。妊娠中の奥様に対しても寛大でやさしいようですね。でも心配の種って・・・?

 すると・・・。

 僕たちは夏休みを利用して、海外旅行に行きました。去年の9月です。場所はバハマです。思い切りました。なんてったって、一年に一度の休みです。 全てを忘れて羽を伸ばすために地球の裏側まで行きました
 彼女はその時、妊娠5ヶ月でした。さて、ここで問題です。彼女が膨らみはじめたお腹を抱えながら、バハマでした遊びとは一体なんだったでしょう?
 (1)ジェットスキーを時速60キロでトバす!
 (2)プールにある傾斜60度のスライダーを絶叫と共にオチる!
 (3)「妊娠中の女性お断り」と書かれたイルカのいるプールに「肥満です」と言い張ってモグる!

編集員プリン これはびっくり、私は医学的なことは詳しくないですが、妊娠5ヶ月で海外旅行は大丈夫なのでしょうか?この3択、どれが正解でもびっくりですよね。

 クリスマスも間近になり、僕たちはディズニーランドに行きました。べたかなー、とも思いましたが、やっぱりクリスマスイリュージョンは見たいです。
 彼女はこの時、妊娠8ヶ月でした。さて、ここで問題です。彼女がすっかりおへそも無くなったお腹を抱えながら、ディズニーランドでとった行動とは一体どんな事だったでしょう?
 (4)ライディングマシンに乗ろうとして、20分待った挙げ句、「すいません、妊婦さんは・・・」と言われて断られキレる!
 (5)にもかかわらず性懲りも無くビッグサンダーマウンテンに乗りにイク!
 (6)結局時間が無くなって、「お土産だけは買う!」と「プーさんのお店」まで、延べ600メートルを全力ダッシュ!次の日、お腹が張って動けなくなる。

 もうすぐ出産。僕はもしもの為に車を購入することにしました。中古でも、足があるともしものときに助かると思ったからです。妻が選んだのはクラシックスタイルの「ビートル」と言う車です。でも、この車は基本的にミッション車。妻のオートマ限定の免許では乗ることは出来ません。
 彼女はこの時、妊娠9ヶ月、さて、彼女の決断とは・・・。もう問題にするまでも無いでしょう。彼女は教習所に通い、一週間もしないうちにミッション車の免許を取得しました。
 そして・・・
 (7)納車初日に坂道発進に失敗し、ジコり!
 (8)納車3日目に先輩の西岡アナを乗せ、交差点でエンストをコキ、(西岡アナの顔、恐怖にユガむ!)
 (9)納車10日目で、ギアを壊し、修理にだしたのでした。

 そんな彼女も2月22日にはママになる予定です。きっと元気な赤ちゃんが産まれるでしょう。まもなく臨月。少しづつ、母親の自覚も出てきたみたいです。いまはただ、新しい家族の誕生が楽しみな、入社2年目、はせがわでした。
 (もちろん、(1)~(9)、すべて正解です)

いやあ…スーパーと言うのか、確かにある種の方向に越えていらっしゃるのは確かだと思うのですけれどもね…
こういう記事を平然と人目に触れるところに出してしまえるところに入社二年目に似合わぬ長谷川アナの心根のたくましさを感じるところですが、こういうのもまたフジテレビの方針を反映しているということなんでしょうかね。
素晴らしいことにこの長谷川氏、現在は「とくダネ!」リポーターなどで「事件や政治ニュース・社会問題の検証など、社会派なプレゼンが多い」ということですが、それはこんなに素敵なとくダネが身近なところに常在しているということであれば社会問題検証のためのネタには不自由されることもないのでしょう。

いずれにしても長谷川アナらの活躍もあってかテレビ業界の没落がささやかれて久しいという昨今ですが、このところ何やらそれを立証するような記事が登場しています。
当のNHK、民報らによる調査で、先日こんな記事が出ていましたが、要するにテレビと言うものは今やそれのみで視聴者を満足させるほどの力を失っているとも取れるような話ですかね。

「テレビがないと困る」半数 16~24歳調査(2009年10月13日朝日新聞)

 NHKと民放でつくる放送倫理・番組向上機構(BPO)の青少年委員会は、16~24歳の若者とテレビに関する調査の結果を9日に発表した。アンケートに「テレビがないと困る」と答えた人は49.5%にとどまった。「大切だと思うメディア」では、テレビは携帯電話、パソコンに次いで3位だった。

 東京都内で無作為に選んだ男女311人を調べた。子どものころからパソコンやインターネットがあり、「デジタルネーティブ」と呼ばれている世代だ。

 テレビを見るのと同時に「携帯電話でメールやサイトを閲覧する」と答えた人は、「よくする」「時々する」を合わせて64.9%。「ながら視聴」の多さも目立つ結果となった。(松田史朗)

こうした状況は別に日本だけでもないということなのですが、何より一度ネットの双方向性やリアルタイム性に染まってしまうと、詳細でもなければ高度でもなく単にキャッチーというだけの情報をただ垂れ流すだけのテレビ番組に熱中していられなくもなるという事情は感覚的にも理解しやすいところです。
それに加えてこのところテレビ不況で制作費が削られた結果安く上がる手抜き番組が増えてきますと、ますます視聴者への訴求力は低下していくわけですから、彼らにとって今後も状況は悪化していく一方だろうという予測が支配的であることも当然でしょう。
没落した後に何が座るかと言えば、これはネットがそこに取って代わるだろうという予測もすでに議論の余地のないほど確定的な未来像として語られているようです。

テレビが没落し、ウェブが「第一のメディア」になる(2009年10月07日ASCII.jp)

 先月、総務省のまとめた放送局の収支状況によれば、地上波テレビ・ラジオ計195社の最終損益が大幅に減少し、初めて地上波局全体として赤字に転落した。この最大の原因は昨年からの急速な景気の落ち込みだが、これがV字型に回復すると見る向きは少ない。むしろ企業はこれをきっかけに、高コストのテレビ広告を見直し、インターネットにシフトする動きが出ている。
総務省のデータより    総務省のデータより、地上波局の収支状況。昨年度は赤字に転落した。また一貫して低迷傾向となっている

 今年はインターネット広告費が新聞を抜いてテレビに次ぐと予想されているが、テレビ広告費のシェアは約28%と、まだインターネット(約10%)の2.8倍ある(電通調べ)。しかし前者が前年比4%下がったのに対して、後者は年率2%ずつ増えているので、遅くとも10年以内に両者が逆転するだろう。つまり遠からず、インターネットは広告の売り上げベースでも最大のメディアになるのだ。

 こうした動きは世界的に見られる。イギリスでは、昨年テレビ広告費がインターネットに抜かれた(IAB調べ)。アメリカでは、テレビ広告費のシェアが約30%と微減なのに対して、インターネット広告費はここ3年で倍増して19%になった(ニールセンなど調べ)。日本のテレビが相対的に強いのは、ケーブルテレビや通信衛星などの多メディア化を妨害し、地上波局の独占を守ってきたためだが、欧米諸国で20年ぐらい前から起こっていたテレビの没落がようやく始まったのだ。

 これにともなって、番組の内容にも欧米と似た現象が起こっている。「情報番組の拡大」である。番組単価で見ると、もっとも高価なのはドラマで、安いのはスタジオ収録のバラエティ番組だが、スタジオでお笑い芸人が騒ぐだけだと飽きられてしまうので、クイズを入れたり芸能情報を入れたりして、「情報番組」に仕立てる。この秋の新編成で民放各局が「報道の強化」をうたっているのも、実はこういうコストダウンが狙いだ。

 しかし本来の意味でのニュースというのは限られているので、TBSのように夕方に3時間もニュース番組を組むと、ネタが足りなくなってしまう。その結果、酒井法子事件のような「ニュース的な芸能ネタ」に取材が殺到する。

 またニュース素材だけでは時間が保たないので、コメンテーターと称する人々が「犯人を早く捕まえてほしいですね」といった無意味なコメントを延々と述べる。その結果、まともな知性のある視聴者は見なくなる……という悪循環に入る。今年のアメリカのネットワーク局(主要4局の合計)における平均視聴率は約9%と、史上最低を記録した。日本もこの後を追うだろう。

ウェブの質を高めるイノベーションが必要だ

 テレビというのは、非常に特殊なメディアである。活字の世界では本が100万部売れたら驚異のベストセラーだし、新聞が(公称)1000万部も売れるのは日本だけだ。ところがテレビの世界では1%が100万人で、ゴールデンアワーで10%(1000万人)取れなかったら、民放では打ち切りだ。他のメディアとは桁違いに多い客を相手にするビジネスなのだ。しかも番組がどう評価されたかは、視聴率という数値でしかわからない。それが視聴者に高く評価されたかどうかという質を量る指標がほとんど無いからだ。

 これは番組を作る側にとっても厄介だ。民放は商業ベースだから割り切って、なるべく低コストで「数字」のとれるワイドショーやクイズ番組ばかりやっているが、NHKの場合は局内のコンセンサスが基準になる。プロデューサーやニュース編集長(50代)を「平均的な視聴者」と考えて、彼の好みで内容を決めるしかないので、最先端の情報や理論的な説明は「わからん」といって切り捨てられる。「NHKスペシャル」のような大番組になると、仕事の半分は局内の根回しだ。

 要するに1000万人の人々の「平均的な好み」なんて誰にもわかりっこないので、それを想像して番組を作ると、NHKは当たりさわりのない話ばかりになってしまうし、民放は低俗番組ばかりになってしまう。人々の好みは多様だから、みんなを満足させようとすると、誰も満足できないのだ。だから若者がテレビを見なくなり、PCや携帯のようなパーソナルなメディアに移るのは当たり前だ。今テレビを見ているのは、インターネットの使い方を知らない老人ばかりで、視聴者の平均年齢は50歳を超える。

 他方ウェブは極端にマイナーで、誹謗中傷や有害情報が山のように出てくる。これをネット規制みたいなもので取り締まるのはナンセンスで、むしろ膨大なノイズの中から必要な情報だけをいかに選ぶかが今後のウェブの最大のイノベーションだろう。その試みの一つとして、私が編集長になってBLOGOSというブログのネットワークを今月から始めた。まだささやかな試みだが、没落するマスコミに代わってウェブが第一のメディアになる日は遠くない。その質も、マスコミに負けないものにする仕組みが必要だ。

今どきテレビを見ているのは情報的にも知性的にも終わっている人たちだけだと、ある意味昔ながらの熱心なテレビ信奉者の方々に対して非常に失礼なとも取れる内容なのですが、では視聴者の質を高めるような内容の報道をしているのかと言えば、少なくとも外から見ている分には到底イエスとは言えないような状況ですよね。
別にこれはテレビに限らず既存メディア全てに共通する問題であって、彼ら業界内部の当事者がそうした状況を認識しているのか、予算がないから仕方がないと諦観しているというならむしろ良い方で、あるいはこれがあるべき方向性を追求した正しい姿であるとでも思い違いをしているのだとしたら、これは年々減少を続ける一方の彼らの支持者にとっても悲惨極まる話です。
例えばこのところ世間では新聞週間なんだそうで、各新聞社とも新聞って素晴らしい!と自画自賛一色の記事がてんこ盛りのようですが、何十年と続くこうした悪行に関しては一向に改善するつもりがないようですね。

20年前から“押し紙”はあったのだ……大手新聞社のタブーに迫る (2009年10月8日Business Media 誠)

 一部週刊誌が大手在京紙の“押し紙”問題について報じていた。この報道を受け、ある新聞が当該の週刊誌を相手取って訴訟を起こすなど、騒動は拡大する気配が濃厚だ。押し紙とは、新聞社が販売店に対し実売以上の部数を買い取らせている事象を指す。筆者は大手紙と販売店の現状を精査しているわけではないので、詳細を報じる立場にはない。だが、過去の経験、そして直近の状況を勘案すると、押し紙は明確に存在すると言わざるを得ない。今回は、この問題に触れてみたい。

広告を出しづらい

 「あの問題がクリアにならない限り、新聞には広告を出しづらい」――。

 過日、筆者がある大手企業の広報部長と会った際のこと。開口一番、この幹部はこう切り出した。「あの問題」とは、ズバリ一部週刊誌が報じた押し紙のことだ。

 なぜこの部長が苦言を呈したかと言えば、「一部の株主が押し紙問題を契機に広告宣伝費にクレームを付け始めた」からだという。この大手企業は上場会社であり、海外機関投資家の株式保有比率も高い。言い換えれば、常に株主の厳しい監視の目にさらされているわけだ。

 同部長によれば、「週刊誌報道を契機に、一部の株主が広告宣伝費が適正に使われていないのではと言い出した」というのだ。株主の懸念は、押し紙によって水増しされた新聞に広告を載せること。つまり、新聞社の水増し部数によって換算された広告費を企業が払い続けることは、最終的に株主の利益を損ねることにつながる、換言すれば株主への背信行為を企業が犯しているという理屈だ。

 大企業と株主の間のこうした動きは、まだごく一部にすぎない。ただ、海外機関投資家がこの問題に強い関心を示しているのは間違いない。「韓国や台湾企業に比べ、ただでさえ業績回復のピッチが鈍い日本企業なのに、広告宣伝費で余計なコストを垂れ流しているのは看過できない」(米系の企業年金幹部)との発言は、実際に筆者が耳にした言葉だ。

 元来、横並び体質の強い日本企業だが、本業の立て直しとともにコスト削減を急いでいる向きは多い。こうした環境下、もの言う株主の突き上げに抗し切れず、大手紙に実売部数を明らかにせよと迫る企業は必ずや現れると筆者はみる。

 1社が声を上げれば、横並び意識の強い日本企業は雪崩をうったように新聞社に実売部数の開示を迫るだろう。昨年、大手自動車や電機各社が一斉に新聞広告の出稿を絞ったときと同様に。こうした現象は、ただでさえ広告収入の激減で経営の苦しい新聞各社に、更なる重圧となってのしかかるのは明白だ。

潔いディスクロージャーを

 20年ほど前、筆者は極端な貧乏学生だった。新聞販売店に住み込み、朝夕刊の配達や集金、販売促進の仕事をこなしながら学校に通っていた経験を持つ。

 住み込んでいたのは、都下の某在京紙の販売店。ある日、地場スーパーの経営者が販売店に怒鳴り込んでくる一幕があった。

 スーパー経営者の怒りの根源は、販売店が提示した部数と、実際の配達部数にズレがあることだった。販売店側が示した部数と同じだけチラシを刷ったものの、印刷業者が内緒で本当の配達部数を教えてくれたことで、“押し紙”の存在を知ったのだ。

 地場スーパー経営者は、余計に刷ったチラシの印刷費を返還せよと、至極真っ当な要求を持ち込んだのだ。

 これを現在の状況に置き換えると分かりやすい。地場スーパーと大手企業の広告宣伝費ではゼロのケタがいくつも違うが、商行為のモラルという点では、新聞社側に言い訳の余地はないはずだ。

 筆者が販売店にいたころ、「押し紙」という言葉は聞いたことがなかった。だが「残紙」という言葉があったことを鮮明に記憶している。販売店の実力以上に新聞社が紙を割り当てた結果、配る見込みもないままに売れ残った紙、という意味。週に1回、産業廃棄物を専門に扱う業者さんが販売店にトラックを乗り付け、梱包が解かれていない残紙の束を大量に回収していく姿は、強烈な印象を筆者に植え付けた。

 翻って現在。筆者が住む住宅街にも大手紙の販売店がある。筆者が注意深くみていると、週に1回、あるいは2回の割合で配送のトラックとは全く別の業者の車両が店先を訪れ、梱包を解かないままの束を回収していく姿を目にする。

 20年ほど前から、残紙=押し紙は確かに存在した。そして、昨今の新聞離れの加速とともに、この分量は確実に増えているというのが筆者の見立てだ。

 「景気が回復すれば、従来のように広告は戻ってくる」――。ある大手紙編集幹部はこう高をくくっているが、この考えが甘いとみるのは、筆者だけではないはずだ。この際、潔く実売部数をディスクローズする新聞社が現れることを、多くの読者が望んでいる。

いやタブーって、それは単なる犯罪行為であり、地位と権力を悪用した弱者虐めというだけの話なんですけれども(苦笑)、潔くディスクローズなどと言わず潔く廃業していただいても一向に構わないと考える読者も多いのではないでしょうか。
20年も腐りっぱなしであれば、それは当事者はもうすっかり麻痺して自覚もないのかも知れませんけども、このレベルの行為を当たり前に日々行って何らの問題意識なしとしない方々が主張する社会の木鐸とは何なのか、幾ら何でもそんなものを木鐸扱いするとは社会に対して失礼ではないかとは思わないものでしょうか?
以前にも紹介しましたフランス人記者の「日本の報道はレベルが低い」という記事にしても、真っ当な人間にとっては日々感じていることですからそれはその通りという他はない話だと思うのですが、むしろ最近では「いやいやそこまで言わなくとも仕方ないでしょ彼らなんだし」とある意味同情的な声すら出てくるのが今のメディアの状況を表しているようにも思えます。

日本の「マスゴミ」そんなに劣っているのか フランス人記者の「批判」に反論する(2009年10月1日J-CASTニュース)

    「頭を使わずただ社会の動きを記録する監視カメラのようなものだ」
    「記憶力もない。10分しか記憶できない金魚のようなものだ」

   フランス人記者による日本のマスコミ批判記事「政権交代でも思考停止の日本メディア」がネット上で話題になりました。内容を「痛快」と感じた人も少なくなかったようですが、留学を機に愛国主義精神が芽生えた私は、何であれ日本をガイコクジンから批判されると、つい「なにぃ!?」とムキになって反論したくなります。

厳しい自己批判をメディアだけに求めるのはフェアじゃない

   そもそも、わが国のマスコミは、それほどまでに批判されるべきなのでしょうか?もちろん、事実の捏造や人権軽視はあってはならないものですが、これはジャーナリズムが抱える本質的な課題であり、程度の差こそあれ、どの国でも存在するものです。

   また、わが国の新聞でまだ署名記事が少ないことは、匿名による無責任で安易な批判や、論説の一貫性を検証できないという点においては、すぐにも変化が求められる点だと考えています。

   しかし、私は新政権のもと、その存続が話題になっている記者クラブ制度に関する議論については、違和感を覚えます。

   本来、情報の流通は「楽市楽座」のようにオープンであるべきものであり、それを妨げる「ギルド」とする記者クラブ制度が望ましくないことは言うまでもありません。しかし、その変革を、既得権者であるメディア自身に迫ることが、はたしてフェアなのでしょうか。

   そもそも記者クラブ制度は戦時中の翼賛体制に遡るものであり、わが国の社会経済システムに広く形を残す、官僚主導の社会主義的な「1940年体制」の一角をなすものと理解しています。NHK+民放五社による電波免許の独占も、そこから派生したものと考えられるでしょう。

   その社会体制自体がゆっくりとしか変わっていけないなか、メディアだけに厳しい自己批判と既得権益の放棄を求めるのは、ジャーナリズムに高い倫理が求められるとしても、それはいわば聖人たることを求めるものであり、いささか行きすぎではないでしょうか。

メディアも民間企業 特性を踏まえた「接し方」をすればよい

   現在、世界中のメディアは、大きな経営危機を迎えています。ニューヨークタイムズ紙のような、報道の質は疑いのない新聞であっても、自力では立ち行かなくなりつつあります。およそメディアは(国営以外は)広告収入でもって生計を立てていかなければならないのだから、そこにはいくらか中立性が犠牲にされたり、恣意性が介在してしまうことも、そしてもっている既得権益にしがみつこうとすることも、いわば織り込み済みという態度で、私たちはメディアと接するべきではないでしょうか。

   私は、記者クラブ制度は政治的な解決が求められるものであり、70年近く続いてきたものがそう簡単には変わらないように、ゆっくりと、時間をかけて変化していく類のものだと思っています。

   最後に、このフランス人記者がフィガロ紙(発行部数は30万部程度で、日本の主要紙の10分の1~数十分の1)に寄稿しているいくつかの記事を、「Google翻訳」の力を借りて英訳して読んでみました。感想としては、冒頭の記事で掲げているような、政治を見る目を養う目新しい切り口があるわけでもなく、どこかの英文記事を仏訳した程度のものでしたよ。多忙を極める日本の雑誌編集長とは違って、本業のかたわら「演劇の企画」をやる時間がある理由も、分かった気がします。(岩瀬 大輔)

ちなみに岩瀬大輔氏はライフネット生命保険・代表取締役副社長ということで特にかの業界と直接の関係はない方ですが、「メディアなんてしょせんその程度のもの。彼らに倫理など要求するほうが間違っている。彼らのレベルに応じてほどほどに利用すべきだ」とは、なかなかスパイスがピリリと利いているかなという感じですかね(苦笑)。
ところが当のメディアの方では「その程度」の認識具合がいささか異なっていらっしゃるようで、こんな記事が出ていましたことにびっくり仰天した方も多いのではないでしょうか。

欧州でも再販協定の制度化を 日本新聞協会が意見書(2009年10月7日日経ネット)

 日本新聞協会(会長・内山斉・読売新聞グループ本社社長)は7日までに、新聞社が販売店に新聞の価格を指示できる「再販協定」を、欧州連合(EU)域内でも制度として認めるべきだとする意見書をEUの執行機関である欧州委員会に提出した。

 EUの競争ルールは、メーカーと卸売業者などが結ぶ「縦」の価格協定を原則として認めていない。欧州委は来年5月までに競争ルールの適用除外範囲を拡大する改正案を検討中。新聞協会の意見書は、日本で新聞の宅配制度を維持するために再販協定が果たしている意義を指摘した上で、「文化的・公共的商品については再販協定が制度的に容認されることが(欧州でも)必要」と表明。欧州委の規制や指針でこれを明確に示すことが「消費者利益および公益」にかなうとした。

いやいやいや、開き直って世界に日本基準を広めにかかるって、それはいくらなんでも開き直りすぎでしょう(苦笑)。
押し紙で紙くずを押し付け、再販協定で未来永劫特権的地位を享受し、悪名高い記者クラブ制度をさらに悪用してネットをすら支配しようと画策し、挙げ句の果ては新聞を公費で買い上げて配布しろだのと、利権を追求するにしてももう少し体裁というものを整えてはとうかと心配になるくらいに率直すぎるのもどうかと思いますね。
彼らの純然たる特権追求がが消費者利益および公益にかなうとはお釈迦様もびっくり仰天のトンデモ論法と言うしかありませんが、彼ら自身は本気でそう信じ込んでいそうなところが何とも素敵だなと思わざるを得ない話ですかね。

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