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2009年10月

2009年10月31日 (土)

今日のぐり:「とさ市場」

少し前に食文化に関するこんな調査結果が出ていましたが、これが読む者によってずいぶんと見解が分かれそうな話なんですね。

「お好み焼きはご飯のおかず」は西高東低!?(2009年09月18日Garbagenews.com)

【日清製粉(2002)】は 2009年9月17日、お好み焼きとたこ焼きに関する調査結果を発表した。それによると、調査母体の主婦においては「お好み焼き」を「ご飯のおかずだと思う」人は約2割であることが分かった。地域別の差は大きく、東京では1割を切っているのに対し、大阪では4割以上が「おかず」と認識している。また、認識度は西高東低の傾向があるようだ(【発表リリース】)。

今調査は2009年8月31日から9月1日にかけてインターネット経由で行われ、有効回答数は1000人。対象は4~18歳の子供を持つ30~49歳の既婚女性。対象エリアは北海道・宮崎県・東京都・愛知県・大阪府・広島県・福岡県でほぼ同数ずつ。

不景気のあおりや内食傾向を受けて、お好み焼き・たこ焼きに対する注目は高まりつつあるという。このような状況の中、お好み焼きでよく話題に登るのは「お好み焼きはご飯のおかずか否か」。小麦系の食品でも主食級の扱いを受けることの多いお好み焼きだが、関西地域では「お好み焼き定食」のように、「お好み焼きをおかず、主食としてご飯」のセットで提供されることが多いという。

具材の多さからおかず的扱いを受けるのは当然といえる。しかし一方で、小麦(記事)の割合の大きさから「むしろ主食では」「おかずだったら炭水化物と炭水化物でダブってしまう」という意見も多い。論議は尽きるところが無い。

そこで全体、および調査区域別に「お好み焼きはご飯のおかずか否か」について尋ねたところ、全体では20.8%が「おかずである」と回答した。5人に1人、いがいに「おかず容認派」は少ない。

お好み焼きはご飯のおかずか否か

全体では5人に1人だが、地域別では大きな差があるのが分かる。調査対象地域別では東京がもっとも少ない7.7%。それに対し大阪では実に半数近い45.5%もの人が「おかず容認派」という計算。大阪の人たちの、お好み焼きに対する想いが見えてくる。

また、全国47都道府県をリサーチしているわけではないので断定はできないが、今回調査された地域に限れば、全体的に「西高東低」の傾向を見せている。北海道や宮城、東京は1割前後と低く、大阪はもちろん愛知、広島、福岡などは2割前後を維持している。関西地域では「お好み焼きはご飯のおかずとして浸透が進んでいる」ということなのだろうか。

大阪ミナミのえびすばしの【公式サイト】では、「お好み焼き定食」について次のような記述がある。

    関西一円のお好み焼き屋さんなどでお好み焼き(たいてい豚玉)プラス味噌汁、ごはん、漬物といった内容で600~700円が相場。ボリューム満点なのでとにかくお腹は膨れる!大食いサラリーマンのつよーい味方ですが「両方とも炭水化物じゃん!」と、関東の人々にはとうてい理解できないメニュー設定のよう‥‥。

    そして、大阪人の食生活には根強い「ソース文化」があり、とにかくソースが大好き。なんにでもとりあえずソースをぶっかけます!ゆえに「ソースものはおかず」、つまりお好み焼きはトンカツやコロッケと同じ扱いとなっており、同じ理屈で「焼きそば定食」なるものも存在します。

「ソースものはおかず」だから「トンカツやコロッケと同じ扱い」という説明には思わず納得。「お好み焼きはおかずである」という考えは極めて論理的、なのかもしれない。

最近の別な全国調査によれば、「実はごはんと合わないおかず」ランキングでお好み焼き・たこ焼きは大学いもに続く堂々の二位を獲得していますから、全国的に見るとお好み焼きをおかずと認識しているのは少数派と言う見方も出来るかと思います。
しかし一方でこうした調査で上位にランクインするということはそれだけおかずとして供される機会が多いという考え方もありますから、意外にお好み焼きでご飯を食べるという行為は全国に広くまん延しているのかも知れませんね。
いずれにしても関西圏においてはお好み焼きやたこ焼きといった粉ものは非常にメジャーかつポピュラーな食べ物であって、「全家庭にたこ焼き器がある」と言うくらいに日常生活全般にわたってこれら無しで暮らすということは考えられない定番といってよさそうだと言うことです。

さて、前置きが長くなりましたが、先頃発売されましたミシュランのグルメガイドブック京都・大阪版の出版に際して、色々とトラブルがありましたことは既に御存知のことかと思います。
そもそも発売前のコメントにしてこの態度というのはどうよと思うところですが、結局取材拒否をしたお店も写真を載せないというだけで予定通りに収録してしまったというのですから、これはいささか横暴と言うべきか、あるいは伝統のフランス中華思想が炸裂したということなんでしょうか?

ミシュランガイド:京都・大阪版発売へ会見 「格付け嫌なら転業したら」(2009年9月1日毎日新聞)

 ◇ミシュラン強気

 レストランや宿泊施設を「三つ星」など独自の格付けで評価した「ミシュランガイド京都・大阪2010」の発売を前に、日本ミシュランタイヤが1日、京都市内で記者会見。編集総責任者は掲載拒否店について「店の売り上げが伸びるのに残念なこと。評価されたくなければ違う仕事をすべきだ」と批判した。京都では同社の「格付け」に不快感を示す老舗や名店もあり、この発言で更なる反発を招く可能性もある。

 ジャン・リュック・ナレ総責任者は「自分が最高の役者だと思っている歌舞伎役者が観客の前に出たくないと言い、相撲取りが『自分は最強だと思うが、戦うのが嫌だから土俵に上がりたくない』と言うのと同じだ」とも発言。ただし「掲載拒否店でも価値があれば入れる」と述べた。国内では東京版に次ぎ2カ所目となる「京都・大阪版」は10月16日発売。2415円。約200店を掲載する。【小川信】

『ミシュランガイド京都 大阪2010』星を獲得した全150店(2009年10月13日nikkei TRENDYnet)

 世界約100カ国で販売されるフランスのレストラン&ホテルガイド「ミシュランガイド」の京都・大阪版が 2009年10月16日に発刊される。ミシュランガイドとしては23カ国27番目となる「ミシュラン京都・大阪2010」。発刊に先立ち、13日にはその出版記者会見と記念パーティーが、京都の建仁寺にて開催された。

 今回初の刊行となる同書には、京都・大阪中心部の厳選されたレストランと宿泊施設が203か所掲載されている。このうち147軒がレストラン・料理店、 34軒がホテル、日本ならではの旅館22軒が初めて掲載された。ミシュランガイド総責任者のジャン=リュック・ナレ氏は「2007年秋から2年間をかけて調査員が、京都と大阪のレストランと宿泊施設を匿名で訪れ、一般客と同じ立場で料理とサービスを体験し、厳正なる評価を行ってきた」と語る。また1200年の日本料理の歴史と伝統を持つ京都と、『天下の台所』と呼ばれた大阪は、どちらも食の都であることに相違なく、地理的にも近いこの2都市を1冊の本にすることによって、より読者への利便性を高めたというのも東京版との大きな違いだと主張した。

 さて今回、京都では取材拒否のお店が多かったが、「本誌は読者のためにお薦めできる店を紹介します。その際、お店に対し掲載の許可は求めません。ただし写真に関しては撮影の許可・写真の提供を掲載される可能性のあるお店にお願いしました。ご了解いただけなかったお店は写真なしで掲載されます。その手法は他地方を特集したミシュランガイドもまったく同様です」とコメントした。

 さて世界最高峰の美食都市、東京に続き、京都・大阪で星を授与されたレストランは下記の通り。まず、何よりも特徴的だったのがその多くが京都の和食店に集中したこと。期待の三つ星は、『菊乃井本店』(京都)、『吉兆 嵐山本店』(京都)、『千花』(京都)、『つる家』(京都)、『瓢亭』、『未在』(京都)、『ハジメ』(大阪)の7軒。そのうち6軒が京都の日本料理の店だ。また大阪で唯一、星を獲得した『ハジメ』はフレンチレストランの中でも、若手のシェフが始めたとして注目を集めている新進気鋭のレストラン。

 二つ星には『祇園ささ木』(京都)、『緒方』(京都)、『祇園丸山』(京都)『たん熊 本店』(京都)など京都の名店13軒が、大阪では、日本料理の『本湖月』(大阪)、『花祥』(大阪)、『柏屋』(大阪)の他、フレンチの『アキュイール』(大阪)、創作フレンチ『カハラ』(大阪)やスペイン料理の『フジヤ1935』など12軒が星を獲得。

 さらに京都の一つ星には『上賀茂 秋山』(京都)、『山玄茶』(京都)、『草喰なかひがし』(京都)なども含め66軒が星を授与された。大阪の一つ星には『吉兆 高麗橋店』(大阪)、『味吉兆 大丸心斎橋店』、『一汁二菜うえの 豊中』(大阪)、『き川』(大阪)、『伊万邑』(大阪)、など日本料理を中心に、『カランドリエ』(大阪)や『ラ・ベ』(大阪)など名フランス料理店の名も。中でも『エテルニテ』(大阪)や『コンヴィヴィアリテ』(大阪)など若手シェフが星を獲ったケースも少なくない。また、大阪のひとつ星には寿司店『寿し処 黒杉』(大阪)や天麩羅料理の店『天繁』、串揚げ料理の店『六攪燈』なども星を獲得。大阪の多様な食文化を世界が認める結果となった。

 星を獲得した店の数は全部で150軒。そのすべてを紹介する。

ま、無許可掲載というのは道義的あるいは社会常識的にどうよということに加えて法律的にもどうなんだということもありますけれども、店側としても客商売である以上は無闇に訴訟沙汰にすることもないだろうとまで先読みしての行為であるとするとなかなか巧妙だなと言う気はするところですよね。
ネット上でもこのミシュランの態度に対しては批判的な意見が強いようで、特に京都の老舗が数多く掲載を断ったという点には同意する声が多いようですね。

31 :名無しさん@十周年[sage]:2009/09/01(火) 13:40:25 ID:Uhw0r//60
    二匹目のドジョウを狙ったか知らないが
    あんなのは権威に弱い頭狂人だから売れたんだよ

    別に本出すのは勝手だが

32 :名無しさん@十周年[sage]:2009/09/01(火) 13:41:45 ID:KYsY8T1F0
    京都の老舗各店は外国のタイヤ屋に何がわかるっつって断ったんだっけ

33 :名無しさん@十周年[sage]:2009/09/01(火) 13:43:57 ID:xkxg95uMP
    そもそも高級料亭になると値段やメニューとか
    あってないようなものだろ?

    フランス料理で、リッチな観光客のための「目印」
    として開発した、ミシュランの評価方法が
    京都の老舗にあてはまると思うほうがおかしいよな

    断って正解。

35 :名無しさん@十周年[]:2009/09/01(火) 13:57:31 ID:YqZW0pcs0
    味やサービスよりも「京都」の部分が大事なんどす。
    「京都」というだけで3つ星くらいの値打ちがあるんどす。
    それを考慮してもらえんような格付けは無意味どす!

36 :名無しさん@十周年[sage]:2009/09/01(火) 13:59:26 ID:KvkqEpEq0

    「京都は掲載断る店続出」

    京都へ行けば分かる。

    大体、そういうお店は、中は見えないし、暖簾がかかっているのを見て、それで何かのお店であろうと気付く程度。

    馴染みの紹介でしか入れないし、それも数回の紹介でやっと入れる。

    つまり、宣伝する気なんか全然ない。

    単に食事をする場所ではなく、お茶や歌舞伎等に似て、何かの約束事を楽しむ、そういう世界

    これは、外人には分からんだろう。

37 :名無しさん@十周年[sage]:2009/09/01(火) 14:02:28 ID:xkxg95uMP
    いくらグローバリズムでも
    伝統文化の世界には首を突っ込めないってことか

    たとえば歌舞伎の評論を、最近日本に来たばかりの
    フランス人が書いたら「おまえわかってねーだろが」と
    激しく突っ込まれるに違いない。

    そんな感じ。

62 :名無しさん@十周年[sage]:2009/09/01(火) 15:13:50 ID:AvCP4f/J0
    あのなあ、常連大事にして少人数でやってる店にわけの分からん団体が押し寄せてくると、料理出せないんだよ。分かる?

    予約もなしにいきなり大勢で来られりゃ、それなりの料理しか出せないわけ。

    同じ金払ってんのんに!とか文句いうなよ。旨い料理ってのは、手間暇かかるんだよ。
    ミシュランなんて、ファミレスみたいに客数捌いてなんぼ、なところだけ載せればいいとおもうぜ。

66 :名無しさん@十周年[]:2009/09/01(火) 15:35:31 ID:afx9MXZh0
    >>62
    お菓子屋さんでもそうだね。
    お得意先に配るだけしか作っていない。店頭にあるのはご近所への便宜だ。

    保存料なんか使っていない生菓子だから、すぐに腐るし、味は時間とともに変化する。
    だから一見さんには売れない、近所迷惑だから。

極端に言えば「京文化を理解していない方はお越しいただかずとも結構」というのはそれはそれでありな話なんだと思うところではあるのですが、これもあまり行きすぎますと以前にもご紹介しました「ぶぶ漬け事件」のようにある種滑稽なことになってしまいますから、物事は程度というものが大事なのは言うまでもありませんけれどもね。
こうした古都の伝統というものを前面に出す京都に対して大阪の方ではいささか論調が異なっていまして、「ミシュランは大阪の食文化が全く判っていない!」と憤慨する人が多い理由の大きな部分が、どうやらこんなところにあるようなのですね。

お好み焼きはミシュランの好みでない?(2009年10月14日読売新聞)

 世界的なグルメの権威「ミシュランガイド京都・大阪2010」の内容が13日、明らかになった。フランス流格付けは、伝統の京料理を高評価したが、大阪のお好み焼きなど“庶民の味”にはやや辛め。評価方法に反発して取材協力を断った店は、東京2009年版の数倍の約20店に上り、ミシュランの評価方法を疑問視するなど、気骨を見せる店もあった。

 和食の店は東京版では6割だったが、今回は8割に増加。三つ星を得た7店でも、うち6店を京都市内の日本料理店が占めた。茶懐石で人気の「未在」の主人、石原仁司さん(56)は「景気が低迷する中、世界中からグルメが訪れてくれれば」と歓迎。1912年創業の「菊乃井本店」の店主、村田吉弘さん(57)は「日本料理の素晴らしさを世界に広げたい」と表情を引き締めた。

 大阪で唯一、三つ星に選ばれたフランス料理店「ハジメ」は、若手オーナーシェフ米田肇さん(37)が昨年5月に店をオープンさせたばかり。「本当の勝負はこれから。素材が一番おいしい状態で出せるよう、一生懸命いい料理を作り続けたい」と話した。

 一方、調査員が07年秋から、京都・大阪の飲食店や宿泊施設約1000店を身分を隠して訪ね、その後に料理人らを取材して、皿の上の料理だけを評価する方法には、「料理だけでなく、店全体の雰囲気も評価されるべきだ」と反発する店も。一つ星評価を受けたが、取材拒否した日本料理店「一よし」(京都市)の店主、粟津加寿男さん(60)は「味の評価はお客さんが決めるもの」と指摘する。

 また、お好み焼き、たこ焼きなど大阪の食文化を代表する「粉もん」の店がなかったことに、たこ焼き店「道頓堀くくる」の永尾俊一専務は「高級料理だけが料理じゃない。単純な物差しで測れない味わいがある」と反発。今回、ガイドの対象から外れた神戸の各店からも不満の声が上がり、神戸市中央区の老舗洋食店「伊藤グリル」4代目・伊藤享治さん(49)は「早くから外国の食文化を取り入れ、大阪、京都に劣らないグルメがそろっているのに」と複雑な表情だ。

 京都市東山区の建仁寺で、発刊記者会見をした同ガイド総責任者のジャンリュック・ナレさんは「調査員が載せるべきだと判断した店は載せた。今回のガイドブックは充実した面白い内容となった。京都、大阪の傑出した食文化を示す指標となるだろう」と話した。

粉もの文化を全否定された大阪人の血を吐くような無念の叫びが聞こえてくるようですね(笑)。
まああくまでもフランス流価値観で評価した一つのガイドブックであると考えておけばいいんでしょうが、日本的伝統?から言えばおおむねガイドブックに載っているような店と言えば味はあまり…という傾向もあるようですから、今後日本の価値観に従ってどの程度の信頼性があるものなのかとミシュランガイドの検証をしてみるのも面白いんじゃないかなと思いますね。

今日のぐり:「とさ市場」

はりまや橋にほど近い高知市内の繁華街の一角にあるのが、こちら「とさ市場」です。
店に入りますといきなり大きな水槽が出迎えてくれますが、活きの良い魚介料理を中心に何と250種類の!土佐料理が味わえるというお店ですね。
こういう割合豪快そうな見た目に反して?客席は個室中心となっているようで、県外客にとってはこういうつくりの方が色々な意味で?巻き込まれず落ち着いて飲食出来るんじゃないかという気もします。

特にカツオと鯨がおすすめらしいのですが、高知では定番のカツオのたたきにしても、ここは一般的なポン酢味の本タタキと塩タタキの両方が味わえます。
きっちり厚切りにされたタタキはこのもちもち、ぶりぶりした食感とカツオの濃厚な風味が楽しめる一品で、なかなかこの王道という感じが素敵ですよね。
塩たたきの方はカツオの風味がもっとストレートに出てくるので普通のタタキよりごまかしが利きにくいものですが、こちらのすっきりした味わいはなかなか良い仕上がりだと思います。
ちなみにカツオのタタキをおかずに土佐巻き(タタキを巻いた太巻き)を食うというのが密かに「高知定食」と(勝手に)名付けている個人的お気に入りというものなんですが(苦笑)、うまいからとうっかり食べ過ぎると後で胸焼け必至という諸刃の剣でもあります(苦笑)。

前菜変わりに頼んだのれそれ(穴子の稚魚)はもともと味より食感を楽しむものだと思っていますが、この場合はやや育ち過ぎなのか少し食感過剰かつ舌に残るというところでしたかね。
ここで意外にいいなと思ったのは牛たたきなんですが、冷えた獣肉らしからぬすっきりとしたうま味が非常に食べやすく、カツオタタキと並ぶ看板になるくらいの力量があるように感じました。
ちなみに高知で人気のある牛というものはよくある黒毛和牛ではなく朝鮮系の褐毛牛で、そうした品種の違いもあってかともすればサシの入りすぎで脂の味が過剰になりがちな昨今本土に満ちあふれている和牛肉と比べると、素直に赤身のうま味が前面に出てきて自分としては好感が持てる、なかなかうまい牛肉だと思いますね。

これも個人的に高知に来ると必ず食べたくなるのがこのうつぼの唐揚げですが、ここの唐揚げはややしっかりした味付けで、これは酒はもちろんですが飯に合わせて食ってもうまいんだろうなと思わせるものでした。
ウツボと言えばタタキがうまいなんて人も多くて、確かにあれはあれでうまいとは思うのですがどうせタタキにするならカツオの方が…と思う一方、少し硬めのしっかりした皮の下にあるぶりぶりしたゼラチン質のうま味、その下にあるほろりとした身質というウツボ独特の食感の取り合わせを楽しむのに、唐揚げ以上の料理法はないと思いますね。

高知というところはいろいろと美点が多々ありますけれども、穴場とか何も知らない人が適当にその辺の店に立ち寄っても普通に安上がりでうまいものを食えるというのは非常にいいことなんじゃないかと思います。
この界隈は高知市内の繁華街の中でも観光客なども入るような、高知の相場からすればどちらかと言えば高価格帯の店が多いところだと思いますけれども、何気なく通りすがりに入ってボラれたとか不味くて損したとか感じることというのはあまりないんじゃないでしょうか?
特にこの店の場合はいかにもな店名にしろ玄関先の水槽にしろそうなんですが、漁師町によくある漁協がやっている物産直売所兼お食事処といったどこか垢抜けない雰囲気が良い意味で入りやすく、グループで来ても大丈夫ですから、がっかり名所として有名なはりまや橋観光(笑)の帰りにちょっと立ち寄って食べていくにもいいんじゃないかと思いますね。

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2009年10月30日 (金)

岩手県立病院再編問題 あれから半年が過ぎました

本日まずはこちらの記事をご紹介しましょう。

「医療へのアクセス」でシンポ(2009年10月9日CBニュース)

 財団法人医療科学研究所は10月9日、提供と保障の面から医療へのアクセスに関する問題を考えようと、「医療へのアクセス―その実態と対応」と題した第 19回シンポジウムを東京都内で開いた。シンポジウムでは、日本福祉大社会福祉学部の近藤克則教授による基調講演の後、阿部彩氏(国立社会保障・人口問題研究所国際関係部第2室長)ら3人のシンポジストが、医療へのアクセスに関してそれぞれの視点で講演した。

 近藤教授は基調講演の冒頭、シンポジウムの背景と狙いを説明。健康保険証があればどの医療機関でも受診できる「フリーアクセス」を日本の医療の長所とする一方で、医師の偏在や病院の閉鎖など医療を提供する側の問題や、無保険者の存在や医療費の自己負担の増加といった医療保障制度に関する問題など、医療へのアクセスをめぐってさまざまな問題が生じていると指摘した。
 その上で、▽医療提供面▽医療保障面▽海外での医療の公平への対応―の3つの側面から医療アクセス問題を考え、原因や対応策を探りたいと述べた。

 3人のシンポジストによる講演のうち、貧困や社会保障の分野に詳しい阿部氏は、「医療保障面におけるアクセス問題」と題して、「国民皆保険」の崩壊や受診抑制などを現在の医療保障に関する問題点として指摘した。
 阿部氏は、無保険状態の世帯が33万世帯(全世帯の0.7%)、国民健康保険料の滞納世帯数が382万世帯(同0.8%)であることなどを指摘し、「国民皆保険」が崩壊していると主張。また、家計支出が少ない世帯では医療費が低いことや、総家計支出が同じでも家計が苦しいと考えられる母子世帯の方が医療費の支出が少ないことなどを挙げ、低所得層で受診抑制が行われている可能性を示した。

 シンポジウムの最後に、近藤教授は「政権交代した今、どういう日本にしたいかを考えるチャンスだ」と述べ、医療へのアクセスを考える今後の論点として、求める医療保障や社会保障の水準、財源の負担のあり方などについて検討する必要性を示した。このほか、医師の養成や配置のあり方に関して、「医療界による提言が問われている」とし、「『これなら納得できる』という制度を医師がつくっていくべき」と強調した

医療崩壊という現象が叫ばれる中で、「『これなら納得できる』という制度を医師がつくっていくべき」というのは非常に示唆に富んだコメントだと思いますし、崩壊を続ける現場としても全く同意するしかないところだと思うのですが、問題はその文章の「主語が誰なのか」なんだと思うのですね。
財政赤字に喘ぐ国政担当者が納得できる制度、高い税金を払いながら身近な医療が破綻しつつある国民が納得できる制度、日々の業務に忙殺される最前線奴隷医が納得できる制度、長年地域医療を行ってきた町のお医者さんが納得できる制度などなど、これら全ては全く異なったものであるのは当然であって、並立し得るものかどうかすら明らかではありません。
今まで医療政策決定の場において、日本医師会という団体が「いやそんな制度にしたら”患者が”困るから」なんて業界圧力団体として意味不明の論を張ってきた経緯がありますけれども、まさに医療が冬の時代であるからこそ医師の養成や配置のあり方に関して、医師自身による「医師自身が」納得できる制度の提言が問われているのではないかという気がします。

さて、以前から岩手県立病院問題に関しては当「ぐり研」でも久しく経過を取り上げてきました。

救うべきか、救わざるべきか ~ 全国に広がる公立病院の病根(2)
医療現場にはびこる既得権益
岩手県立病院無床化計画のその後と関連して
再び岩手県と関連する話で
岩手県立病院再編計画 さらにその後
岩手県立病院再編計画、さらに斜め上に疾走中!?
県立病院再編問題で岩手県知事が議場で土下座
岩手県立病院再編計画続報と絡めて
岩手県立病院再編問題続報 誰も何も突っ込まないのか?
岩手県立病院再編問題、ついに無床化決定か?!

岩手県というところは非常に県土が広く人口も地理的に分断された各地域に散らばっており、その各所に県立病院が整備されてきたという経緯から中小県立病院が極めて多数存在してきたという、いわば県全体が僻地医療を行っているような土地柄でした。
元々東北という医者の少ない地域でこうまで分散配置をしているのですから、基幹病院スタッフは人手不足で忙しい診療の合間を縫って遠い病院の応援に出かけたり、僻地の小病院では患者も来ない中であたら医者が囲い込まれていたりといった状況で、こうした労働環境のせいもあってか年々県立病院に勤務する医師数は減少する一方と言った状況であったわけですね。
こんな中で中小病院を無床診療所化するなど整理し、基幹病院に医者を集めるという同県の県立病院再編計画は、もちろん赤字病院を少しでも整理するという財政的な要因もあったにせよ、何より「このままでは県立病院から医者がいなくなる」という医療サイドからの事情が中心となって行われたという非常に興味深い事例であったと思います。

さて、その県立病院再編計画からかれこれ半年が経過し、そろそろその後の検証というものが行われるようになってきましたが、まずはこちらの記事から紹介してみましょう。

無床化半年:地域医療の行方/3 病院間の診療応援 /岩手(2009年10月22日毎日新聞)

◇変わらぬ医師の負担 4月以降も件数増加

 県立高田病院(陸前高田市)の石木幹人院長は、毎週火曜日、住田町の住田地域診療センターにいる。センター唯一の内科医が退職した4月末以降のことだ。「無床化前は住田町に行かなかった」という。病院に戻る前には、同町内にいる末期がん患者宅へ訪問診療へも行く。仕事は増えた。「入院患者も20~30人ぐらいいる。本当はあまり外を出歩きたくないんだが……」と、苦笑した。

 県医療局は、無床化の理由として「医師の過重労働解消」を挙げた。今年3月までは、地域診療センターに基幹病院から医師が派遣(診療応援)され、当直を勤めていた。医師は、休日・夜間も忙殺されていたからだ。

 しかし、県医師支援推進室によれば、今年度の診療応援の件数(8月末)は2595件と、前年度同月の2601件とあまり変わらない。中央と磐井病院は減少したが、1年間で医師が2人増えた遠野病院は35件から144件に、2人減った釜石も71件から96件、高田病院も50件から67件と増えたところが目に付く。

 ただ、応援の実数は、もっと多いとみられる。石木院長のように、住田町に住む高田病院の元入院患者への訪問診療は「応援」に数えられない。かといって、訪問診療をやめるわけにもいかない。末期がん患者の場合、自宅で看(み)取らせてあげたいと、退院させ、訪問診療で治療を続けている事情もある。無床化後、高田病院の入院患者は増え、赤字続きだった同病院の収支は改善した。住田センターで、新たに内科医1人の勤務が内定しているが、医師の多忙さが劇的に解消される見込みがない

 陸前高田市は5月、こうした高田病院を支援し、維持・存続させるため、庁内会議を作った。市立の2診療所や市内の開業医との連携策を探る。県立病院の当直の一部を地元医師会で肩代わりする宮古市の例を想定する。だが、陸前高田市は、開業医と市立診療所の医師を合わせて7人ほどだ。市内の医師団体「松風会」も高齢化のため、医師会機能を手放し親睦(しんぼく)団体に変わった。「医師の絶対数が足りない」。市民生部の清水久也部長が嘆いた。【山口圭一】

常勤医、半年で87人退職 歯止めかからず 岩手県立病院(2009年10月17日河北新報)

 岩手県医療局は16日の県議会決算特別委員会で、県立病院の常勤正規医師の退職者が9月までの半年間で87人に上ることを明らかにした。2008年度1年間分を既に上回っており、退職者増に歯止めがかからない実態が浮き彫りになった。

 87人の内訳は大学の医局人事に伴うのが37人、個人の事情など医局人事以外が27人、定年が3人、後期臨床研修医が20人。総数は07年度の96人には達していないものの、08年度の79人を、半年だけで8人上回ったことになる。

 このうち医局人事以外の退職理由については「開業医志向や都会志向などがあると考えている」と推測した。ただ、医療局は、9月末現在の常勤医総数が452人であることを挙げ、「今年2月に見込んだ449人をわずかに上回っている」と補充などで対応していることも説明した。

 医師不足への対応をめぐっては医療局が今年4月、医師の負担軽減などを理由に5カ所の地域診療センターを無床化にした。県議からは「無床化が医師を引き留めるのに役立ってはいない」と問う声も上がった。

無床化があまり労働環境改善に役立っていない、そして労働環境が改善されない以上は医師退職にも歯止めがかからないと、ここまではあまり状況に変化がないということなのですが、その原因はと実態を見てみますとこれはなかなか厳しい状況のようですね。
本来在宅患者の訪問診療など基幹病院医師ではなく地域の開業医などが担当すべきものだと思いますが、病診連携を図ろうにもここには依頼すべき開業医自体が存在しない(というより、そうした(準)無医地域だからこそ県立病院が不可欠だったのでしょうが)、結果として基幹病院の医師は入院も外来も紹介患者の診療もこなし、なおかつ外へ応援にも出かけるということになります。
開業医志向などと言うと激務に嫌気がさした逃散組が逃げ出したようにも聞こえますけれども、こうした地域ではそもそも開業医自体が足りていないわけですから需要は幾らでもある、それならば病院の余計な雑用的義務から解放されて自分の得意なところに的を絞りたいという「やる気のある医者」すら逃げ出していくという末期的状況にあるのだろうと推察出来るところですよね。

一方で住民の側からすれば今まで近くにあった病院が無床診療所化した、それでは医療サービスが低下するのではと心配になってくるのは当然だろうと思うところで、県当局としてもそうした事態を見越して様々な対策を用意してきたわけですが、どうもこの対策というものも空回りしている気配なのですね。
遠くなった病院への無料送迎、無床化した病院の施設への転換、地域連携の推進など、およそどこの自治体でも自治体病院改革となれば思いつきそうなアイデアが実際にやってみると案外役に立たないものなんだなという、これは壮大な社会実験としても非常に興味深い話ではないかと思います。

県立地域診療センター:無料送迎と夜間・休日の看護師配置、利用者低迷で廃止 /岩手(2009年10月12日毎日新聞)

 ◇県医療局、わずか半年で方向転換--花泉、住田、九戸

 県医療局は12日、花泉(一関市)と住田、九戸の県立地域診療センターで4月に始めた患者や家族の無料送迎、夜間・休日の看護師配置を廃止する。残る紫波、大迫も廃止の予定。いずれもセンターの無床化に伴う激変緩和策で、急病時の対応に不安を抱く住民の理解を得る目的だった。利用の低迷を理由に、わずか半年で方針転換されることになった。

 県医療局管理課によると、各センターに夜間や休日、急病の相談に備えて看護師2人を配置。患者や家族らの足を確保するため、タクシーを手配して基幹病院との間を無料送迎していた。3センターでは13日以降、夜間や休日の電話は基幹病院に転送して病状相談や問い合わせに応じる。送迎体制も見直し、路線バスの無料券を配る。高齢者や体が不自由な人は従来通り、タクシーを使える。

 看護師の配置や無料送迎には、住民の指摘を受け、医療局が計画に盛り込んだ経緯がある。無床化前の説明会などで、「急病時に対応が遅れれば命取りになる」「入院先が遠くなれば、車を運転できない高齢者は見舞いもできない」といった意見が出ていた。

 一方、4月から9月末までの問い合わせは、5センター合わせて1日平均3・4件にとどまり、無料送迎の利用も同1・5人と少なかった。医療局では、看護師も人手不足が続いており、救急搬送を受け入れる他の県立病院での当直勤務に回す狙いもある。

 管理課の大槻英毅総括課長は「各センターには従来通り警備員を置く。病状の相談は、医師がいる基幹病院で受け付けたほうが良い」と理解を求める。

 無床化された九戸地域診療センターがある九戸村の川戸茂男・住民生活課長は「他の医療機関がない村では、夜間・休日は医師不在になる。住民が不安にならないよう配慮してほしい」と話す。【山口圭一】

無床化半年:地域医療の行方/2 施設の民間移管 /岩手(2009年10月21日毎日新聞)

 ◇引受先見つからない 30分で終えた村の打診

 8月25日、九戸村役場に、村内唯一の社会福祉法人「九戸福祉会」の関口誠治理事長らが岩部茂村長らを訪ねた。村から打診を受けていた無床化された県立九戸地域診療センターの空きスペース利用について、関口理事長は答えた。「経営上、難しい」。村も予想した通りの結果。会談は30分ほどで終わった。

 無床化した5センターでは、空きスペースや施設の民間移管などが模索されている。花泉地域診療センターは、一関市内の医療法人白光への移管が、9月に内定した。大迫(花巻市)や紫波(紫波町)でも、地元市町が中心となって検討を開始。県立沼宮内病院(60病床)がある岩手町も、来年度予定の無床化を前に、民間移管を探る動きが出ている。

 九戸村はこうした動きから取り残されている。地域密着型介護老人福祉施設27人▽介護老人保健施設36人▽短期入所生活介護施設27人--。空室となった九戸センター2階を福祉施設に活用した場合、床面積から認められる最大の入所者数を示した医療局の試算だ。だが、九戸福祉会によれば、入所率を100%としても、人件費だけで年間1000万円程度の赤字になるという。同会が運営する折爪荘の野里典美施設長は「新たにスタッフを配置せねばならず、どうしてもコストが合わない」と打ち明ける。

 一方、内定した花泉センターも順風満帆とはいかない。「試算通り収益が得られるのか」「地域医療を任せられる法人なのか」。今月7日の県議会環境福祉委員会で、県議の厳しい指摘が相次いだ。監査報告にある監査人の署名が異なる、社会福祉法人の準備状況を示す書類がずさん……。相次ぐ不備に審議は23日に続行されることになった。

 民間移管を巡る騒がしさを横目に九戸村は9月、九戸センターの維持を第一に掲げた。当直しないことを条件に医師1人が就任し、訪問診療を復活したことや、他に医療機関がないこともある。同村住民生活課の川戸茂男課長は言う。「移管先が撤退すれば無医村になってしまう。ギャンブルはできない」【山口圭一】

無床化半年:地域医療の行方/4 地域包括支援センター /岩手(2009年10月23日毎日新聞)

 ◇医療機関との連携役 入院先探しに追われ

 7月末、住田町地域包括支援センターの主任ケアマネージャー、菅野英子さんに町内の開業医から連絡が入った。「独り暮らしのおじいさんが高熱で受診した」。89歳の男性宅を訪ねると38・7度の熱だった。3日目も熱が下がらず、肺炎の疑いもあった。菅野さんは一日3、4回は、様子を見に行きつつ入院先を探した。ある県立病院は「異常はない」とし、入院できなかった。何とか4日目に陸前高田市の県立高田病院への入院できた。「無床化前ならば、住田地域診療センターに入院できたはずなのに」。菅野さんが嘆いた。

 無床化センターのある地域では、高齢者福祉の差配役である地域包括支援センターが、医療機関との連携役として負担が増えた。

 住田町では、介護度4、5の寝たきり高齢者は60~70人、病気で日常生活に介助が必要な虚弱高齢者は200人前後いる。住田地域診療センターは4月末に内科医が不在となり、4~9月の訪問診療件数は前年同期に比べ半減した。町外の医療機関に運ぶ機会も増え、「医療機関探しに追われている」と菅野さんは言う。

 同じく無床化された大迫地域診療センターがある花巻市大迫町では、地域包括支援センターを兼ねる特別養護老人ホーム「桐の里」が、施設職員も動員して入所者らの入院に備える。介護利用者の入院先は遠野、盛岡、八幡平、北上市まで広がった。近い県立遠野病院とは週3回程度、情報交換も進める。桐の里の佐藤忠正理事は「情報を足で稼いでいる段階だ」と語る。

 一方、高田病院は陸前高田市地域包括支援センターと協力し、07年度から「地域連携パス」を導入した。介護利用者が入院する際、担当するケアマネジャーが、食事や排せつなど入院前の生活状況や注意事項をパスに記し、病院に提出。退院時は、病院が入院時の病状などを加えて返す。病院は治療に生かし、介護側も、退院後に患者のケアがしやすくなった。

 だが、他の基幹病院で導入が進んでいるわけではない。高田病院の石木幹人院長は「地域全体で取り組もうと動く医師が出てこない」とため息をついた。【山口圭一】

今回の岩手の事例を通じて興味深いことは、地域住民が求める医療というものは結局何であったか、実際にこうして医療が身近な場所からなくなってみて初めて判ったという部分が多々あったのではないかということだと思いますね。
全県離島医療という、ある意味で岩手以上に究極の僻地医療を実践している沖縄では、最近専門医の退職などで血液内科をはじめとする癌・悪性腫瘍といった高度医療が非常に行いづらくなってきたとして「どこにいても高度医療を」と求める声が高まっているそうですけれども、ある意味でこれは国民皆保険制度の弊害とも言うべきものではないかと言う気がします。
全国どこでも同一料金同一内容の医療をというタテマエでお金を集めて医療を行っているわけですから、それは料金が同じなのに内容に差がつけば「詐欺だ!」と言いたくなるのは当然だと思いますが、現実問題として僻地で日曜深夜にコンビニに早売り週刊誌を並べろというのは無理ですし、離島に宅配便を送れば別料金を取られた挙げ句に翌日配送などあり得ないのも事実なのです。

花巻市:大迫診療センターの今後、住民代表と意見交換 /岩手(2009年10月27日毎日新聞)

 花巻市は26日、4月から入院が休止された県立大迫地域診療センターの在り方を考える地元住民代表との意見交換会を、同市大迫町の大迫交流活性化センターで開いた。住民は「外来、入院、救急の3機能は最低条件だ」として、市の運営による入院対応復活を求めた

 意見交換会には町内の各地区代表5人が参加した。佐々木稔副市長は「ノウハウのない市が医師を確保するのは難しく、市で運営するのはかなりハードルが高くなる」と説明した。指定管理者制度の導入についても、厳しいとの認識を示した。

 だが、住民からは「市立病院が、直営を検討し、だめなら指定管理者でもいい。民間移管は最後の手段だ。早急な結論は出してほしくない」と慎重に対応するよう要望した。

 意見交換会は11月上旬にかけて、約20人の住民代表と計4回に分けて実施される。【湯浅聖一】

全国津々浦々まで24時間365日いつでも救急も入院もという医療を保証することは今の時代既に出来なくなっていて、今後住民が「いや適当な形ばかりのなんちゃって救急でもいいから」と要求水準を下げようともJBM的にも無理だし、何より担当する医者自身が怖くてそんなことは出来ないと言い張るでしょう(聴診器一本で自信を持って救急ができる医者が今どきどのくらいいるでしょうか)。
どこでも同じ医療をという幻想が通用しなくなった原因と責任が医療業界の外側にあるのだとしても、では地域でどこまでの医療を行い得るのかという議論に関して、やはり現地住民の要求を基準にやっていくのはもう無理であって、医療をやる側の責任として現時点で「ここまでなら我々は責任を持って仕事を出来ます。それ以上は無理です」という基準を打ち出さざるを得ないと思いますね。
そして住民側もお金を出している側なんですからもちろん「あれが欲しい、これは必要だ」と言う自由は確かにある、ただしそれは医療の現場ではなく行政なりに言うべき話であって、何より医療を受ける権利を主張した挙げ句に最終的には地域の医療自体が消えてしまうことになるとすれば、やはり出していく要求というものを再考していかなければならない。

要求水準を下げてでも地域に何らかの医療を残す道を選ぶのか、それとも「全国水準並みの医療」という看板を掲げたまま無医地区に転落し遠い病院に通うのか、いずれかを選ぶのもまた自由だと言うことですが、その判断の大前提として医療側からの情報提供が不可欠なのは当然です。
医療サイドも悪いなと思うのは、今まで「この条件までだったらある程度永続的な医療サービスを提供できます」という明確な条件を住民に定時してこなかった、あるいは一部の異常にストレス耐性の高い医者に合わせて条件を設定してしまっていた、そしてただ黙って過負荷で働き続けた挙げ句にある日ぷっつり切れて立ち去っていった、その点は大いに反省し早急に改善すべきでしょう。
そうであるからこそ当たり前の善意と良識をもっているごく普通の医者であっても無理なく末永く続けられる水準の医療というものはどのレベルにあるのか、根性論で今この瞬間を乗り切ればという話ではないだけに、この面では一刻も早く現場のコンセンサスを得た「これなら納得できるという制度」を医者の側から打ち出す責任があると思いますね。

同一料金同一医療という国民皆保険の実態が骨抜きになったのは誰の責任なんだとか、国民が等しく平等に医療を受ける権利をどう考えているんだといった高尚な議論のはるか手前に、そういうもっと現実的かつ緊急に行うべき議論が先にあるべきだと思います。

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2009年10月29日 (木)

民主党政権の医師会外しは意外なほど世間の注目を集めている

…ようです。
前回お伝えしました中医協からの日本医師会(以下、日医)執行部枠を撤廃した民主党政権の人事に関して主要メディアが一斉に取り上げていますが、しかし今さらながらにこうも各紙がそろって医療ネタ、その中でも更にマイナーなこういう話を取り上げるというのはちょっとした壮観でしょうかね。
本日まずはやはり異例の事態だったのだなと感じさせる、こちらの記事を紹介してみましょう。

中医協人事で、全国紙が一斉に社説(2009年10月28日CBニュース)

 日本医師会(日医)執行部の推薦枠がなくなった中央社会保険医療協議会(中医協)の人事について、全国紙朝刊は10月28日、一斉に社説を掲載した。「(医療機関の診療報酬増額の)公約実現に向けて一歩を踏み出した」(朝日)、「政権交代を改めて印象づける人事」(毎日)など、長妻昭厚生労働相の決断を評価する論調が多かった一方、先の衆院選で民主党支持に回った茨城県医師会の理事らを新委員に起用したことから、「論功行賞」(日経、産経)とならないようクギを刺す主張も見られた。中医協人事をめぐって、全国紙が一斉に社説を掲載するのは極めて異例だ。
(以下略)

長らく存在感を失ってフェードアウトしつつあった日医という組織が、その歴史の最後に放った光芒ということに後世評される事件だったのかも知れませんが、確かに日医という組織がこういう「極めて異例」の扱いを受けるということも久しくなかったことです。
これも純然たる医療行政の問題というよりは民主党政権となって行われた最も判りやすい自民党路線からの方針転換の象徴として扱われているようなところがあって、各紙の論調も現政権に対するスタンスとともにそのあたりを割り引いて読んでいく必要があるかと思うのですが、基本的に「日医外しは自民党の負の遺産の精算だ。民主党はよくやった」という論調で押し出してきているように見えるのが朝日と毎日でしょうか。

中医協人事―医療の抜本改革につなげ(2009年10月28日朝日新聞)

 医療行為や薬の値段を決めてきた中央社会保険医療協議会の人事を長妻昭厚生労働相が発表した。長妻氏は「医療崩壊を食い止める」ために診療報酬を見直すとし、その考えに沿って委員を選んだと会見で述べた。
 民主党は政権公約で、医療再生のために医師の増員とともに「医療機関の診療報酬の増額」を掲げた。開業医に比べて病院勤務の医師らの待遇の改善が遅れている、との認識だ。鳩山政権はこの公約実現に向けて一歩を踏み出したことになる。
 来春に控えた報酬改定では、従来の配分方式を改め、地域の医療を支える病院に大胆に上積みすることが期待される。その意味で、中医協の人事も大切なことだ。
 今回の人事では、これまで3人いた日本医師会の執行部メンバーが外され、代わりに茨城県と京都府の医師会幹部2人と大学医学部長1人が入る。新委員はいずれも日医の推薦を受けていない。
 日医をはじめ関連団体が推薦した人が委員に就く慣例だったが、政権交代で一変した。医師委員5人のうち病院を代表する医師が3人になったことも大きな変化だ。
 開業医の意見が強く反映される日医の影響力をそぐ。そこに狙いがあると思われる。
 報酬改定については、自民党を支持してきた日医が強い力を持ち続けた。その結果、開業医に比べて病院の再診料は低く抑えられてきた。
 近年は医師不足や救急患者の受け入れ能力の低下など、病院の厳しい実態が明らかになるにつれ、救急医療の報酬を増やすといった病院経営への配慮がなされたが、根本解決には遠い。今後の改定が注目されるところだ。
 問題は、財源をどうするかである。長妻氏は診療報酬全体を増やす意向を示しているが、今回は病院の勤務医などに手厚く配分する一方で開業医にもある程度は上積みする、ということが可能かどうか。
 実際には、病院経営を助けるために開業医の再診料を引き下げられるかが問われるのではないか。
 報酬を考える上で負担のあり方をめぐる論議も避けて通れない。現在の仕組みでは、報酬を上げると患者の負担や税、保険料もかさむ。厳しい不況の中で患者にも負担増を求めることができるのか。さまざまな工夫が検討されなくてはならない。
 見直しが必要なのは医師の報酬に限らない。技師など高い技術をもつ医療従事者を含めて病院がきちんと評価され、それに見合う報酬を受けるようにするための改革が求められる。
 中医協人事は手順のひとつであり、医療再生に結びつけなくては意味がないことを長妻氏は肝に銘じてほしい。

日医外す中医協 医療再構築の転機に(2009年10月28日毎日新聞)

 医療行為や薬の価格である診療報酬を決める中央社会保険医療協議会(中医協)から日本医師会(日医)の代表委員が外されることになった。自民党を歴史的に支持してきた開業医の団体で診療報酬改定に強い影響力を握ってきたのが日医だ。自民党による族議員政治のシンボル的存在でもあっただけに、政権交代を改めて印象づける人事といえる。
 表向きの理由は病院勤務医の待遇改善である。激務の割に報酬が少ない勤務医は疲弊しており、病院を辞めて開業に転じる人が増えている。その一方で医師不足に悩む病院は診療科の閉鎖や廃院を余儀なくされている。厚生労働省は前回(08年度)の診療報酬改定で、開業医に比べて低い勤務医の再診料をアップすることを目指したが、日医が開業医の報酬ダウンに抵抗し、中途半端な改定に終わった。このため、民主党は来年度の診療報酬改定に向け、日医の影響力の排除を図ったといわれる。
 これまでの日医の推薦枠には茨城県医師会理事、京都府医師会副会長、山形大医学部長が任命される。今回の衆院選で茨城県医師会の政治団体は民主党を支持し、京都府医師会も一部自民離れをするなど日医執行部と距離を置いている。自民党政権下で診療報酬が4回連続マイナス改定されたことへの反発からだった。次の日医会長選には茨城県医師会長が立候補することも表明している。中医協人事の真のねらいが「自民党の支持基盤を覆すため」「日医への報復」とも言われるのはそのためだ。
 いずれにせよ、国民にとっては医療崩壊に歯止めをかけることが何よりも重要だ。勤務医や産科、小児科などに手厚い診療報酬の改定に向けて論議してもらいたい。ただ、医師不足は診療報酬だけでなく、新医師臨床研修制度によって都市部の総合病院に医学部卒業生が集中し、若い医師が足りなくなった大学病院が地方の病院から派遣医を呼び戻したことが大きいとも言われている。
 日医枠に新たに任命される3人は開業医を主力とする地方の医師会や大学医局が出身母体だが、中医協の場でそれぞれの団体の権益の主張に徹するのでは、日医に代わる圧力団体が登場するだけのことになる。代表委員の入れ替えだけでなく、利害関係者が集まって診療報酬を決める中医協のあり方についても検討すべきかもしれない。
 急速な高齢化に伴い医療費は毎年1兆円ずつ膨張している。限られた財源の中で、高齢者医療をどうするのか、大学病院の専門医療と身近な医療機関による総合診療の役割分担、在宅医療の拡充などについて論議し、国民が安心できる医療の再構築に努めてほしい。

「日医=開業医の代弁者」であり「勤務医偏重に軸足を移すために抵抗勢力たる日医外しは当然」という朝日の視点はさらに一歩進んで、開業医の再診料は引き下げろとまで踏み込んでいますけれども、相変わらず病院への報酬増と勤務医への報酬増を混同しているかのような論調が見られるあたり、まあ朝日ならこんなものかなという内容ではあります。
自民党支持団体である日医外しは当然というスタンスで共通している朝日と毎日を比べて興味深いのは、朝日はどうやら医療費は増額ではなく配分の問題として決着したいらしく、今は国民の負担増となっても医療を優先すべき時期であると言いたげな毎日とはいささか方向性が異なるのではないかと感じられるところですかね。
このあたり、医療崩壊という現象の実際を誰よりも熟知しているだろう(笑)毎日新聞の方がやや医療の現状に対する危機感が勝っているところなのかと思われますけれども、それ以上に興味深いのは基本的に「社会的弱者の味方」というスタンスを取りたがる朝日にとって医療というものは未だ弱者扱いされるに値しないんだなと再認識させられたことでしょうか(苦笑)。

しかし今さらの素朴な疑問なんですが、日医が開業医の利権団体であるという主張は確かに否定はし難いとことだと思いますけれども、しかし中医協という場が開業医優先の姿勢であったとまで言われると、それなら新規開業など自殺行為で大赤字を抱え込んで自己破産まっしぐらとまで言われている今の開業医の境遇は何なのかという疑問は残りますよね。
日医を外せ、開業医はもっと報酬を削れと主張されるのは良いのですが、こういう路線で世の中統一されてきますとさすがにこれは開業という奴隷勤務医の逃げ道を塞ぐためにどうやっても儲けが出ない状態にまで開業医を締め付けるという国策なのかと勘ぐりたくもなってくるのですけれども(苦笑)。
このあたりは医師強制配置論者の動向とも併せて、今後の各紙の論調を見ていくと面白いのかも知れませんね。

これら革新系二紙が民主党政権の政策には総じて好意的であろうとは予想されたところですが、対していささか批判的な論調をかかげているのが他紙の社説です。
東京・中日新聞および日経の論調は、今回の人事が医療行政よりも報復人事・論功行賞優先ではないかという疑問をテーマにしているようですね。

中医協人事 多様な声を反映させよ(2009年10月28日東京・中日新聞)

 診療報酬を決める中央社会保険医療協議会(中医協、厚生労働相の諮問機関)における日本医師会の影響力を弱めることには異論はない。だが、人事が恣意(しい)的にならないように透明なルールが必要だ。
 中医協委員の人事で長妻昭厚労相は、日医が推薦する三人の委員の再任を拒否し、代わりに地方医師会から二人、大学病院から一人を任命することを決めた。その理由について厚労相は、病院勤務医の待遇改善や疲弊した地域医療の再生の担い手の声を反映させることなどを挙げた。
 中医協の最大の任務は、個々の医療行為や薬剤費などの具体的な価格(診療報酬)を決めることである。委員は診療側、健康保険組合連合会など医療費の支払い側、公益委員の三者構成となっているが、問題は、診療側の中で日医の発言力が強すぎることだ。
 以前は診療側委員八人のうち歯科医師二人、薬剤師一人を除く医師五人はすべて日医推薦のため、開業医の立場を尊重し病院の主張が反映されにくいとの批判が強かった。二〇〇四年に発覚した中医協汚職事件をきっかけに委員の選任方法の問題が指摘され、支払い側と同様に診療側も委員を一人減らして七人とし、医師五人のうち二人は病院団体が推薦した医師が任命されることになったが、開業医優先の姿勢は変わらなかった。
 現在の医療崩壊は、激務を強いられる病院勤務医が次々と退職していくことが大きな原因とされる。とりわけ地方では深刻な医師不足を招いている。医療崩壊を防ぐには、勤務医の待遇改善を図る必要があり、開業医重視の診療報酬体系を改めなければならないが、日医の反対に遭って配分の見直しはなかなかできなかった。
 今回の人事は日医の影響力を排除し、勤務医に手厚く報いようというのが狙いとみられる。
 だが、新たに任命された委員は先の衆院選で民主党候補を支持した茨城県医師会と日医の現執行部に距離を置く京都府医師会の医師で、論功行賞と見られても仕方がない。どの開業医、勤務医も納得できるだけの透明性の高い公平な選任を行うためには明確なルールを設けなければならない
 医療を取り巻く状況は変化し、医師だけで医療が成り立たず、チーム医療の重要性が強調されるようになっている。今後は、看護師など他の医療職にも委員への道を開くなど、医療者全員の声が適切に反映されるように委員構成を抜本的に見直すことも課題だ。

患者本位の中医協に生まれ変わるか(2009年10月28日日本経済新聞)

 診療報酬の単価や配分を決める厚生労働相の諮問機関、中央社会保険医療協議会(中医協)の新委員を長妻昭厚労相が内定した。医療界代表は自民党の有力支持母体だった日本医師会(日医)の執行部が推した人を外し、大学の医学部長や地方医師会の幹部に入れ替える。
 医療政策が自民党政権時代とどう変わるかは即断できないが、病院に勤める専門医より診療所に手厚いといわれる診療報酬の配分を見直すきっかけになる可能性はある。厚労相は患者の立場を第一に議論する中医協に再生させてほしい。
 中医協は、健康保険組合などの代表7人、医療界などの代表7人、公益代表と称される学者6人の計20人と、専門委員で構成する。
 旧政権時代、医療界代表のうち3人は日医の推薦者を任命していた。長妻氏は日医の唐沢祥人会長に、2人は京都府医師会副会長と茨城県医師会理事、残る1人は山形大医学部長を充てると伝えた。
 日医は16万人の医師で構成する。半数は病院勤務医だが執行部は診療所の経営者、つまり開業医の利益を重視する傾向が強いといわれる。それもあって、夜勤が続くなど厳しい労働環境にさらされている専門医に報いる診療報酬体系への改革が思うように進まなかった。日医の推薦者を漫然と委員に就けていたのを政治主導で改める意義は小さくない。
 来年度の診療報酬改定では専門医をはじめ、医師の偏在が顕著な産科や小児科、外科などに診療報酬を手厚く配分すべきだ。それは病院の専門医を頼りにせざるを得ない重篤な患者の利益になる。新生中医協はその方向で議論を深めてほしい。
 もっとも両府県の医師会幹部が適任かどうかを判断するのは早計だ。衆院選で茨城県医師会は民主党候補を全面支援した。京都府医師会も同党との親密度が高い。論功行賞でこの人事を決めたのなら論外だ。
 茨城県医師会長は来春の日医会長選に立候補する。仮に当選すれば政権党の支持基盤という日医の機能は変わらない可能性が強い。中医協の議論にも新執行部の意向が反映される。その関係が行き過ぎれば患者の利益は二の次になる心配がある。
 そうしないためにも長妻氏は医療政策への理解を深めてほしい。同相は混合診療の原則禁止を追認した東京高裁判決が妥当だと表明した。またレセプト(診療報酬明細書)電子請求の義務化に例外を認める。ともに一部の医療関係者の主張に沿う。支持基盤だけをみていては患者や納税者のための医療は実現できない

一部の利益を代弁する日医外しは当然という論調は共通ですが、その一方で東京・中日は勤務医ら病院スタッフの、日経は国民の代弁者が必要であるとも取れる論調であるのはなんだかなあとも感じられるところですがね(苦笑)。
何度も言うようですが、医師一人スタッフ数人という零細開業医であれば儲けの配分すなわち医師の取り分は診療報酬でかなり確定してくるかも知れませんけれども、病院の半数が赤字といわれる状況で病院への報酬を上げたところで勤務医が報いられるという保証など全く存在しないわけなんですが、どうも各紙ともそのあたりを(故意に?)混同して語っている気配ですよね。
東京・中日新聞では医師のみならず他のスタッフの声も反映をと主張されますけれども、どの職種であれ働いた人々には適切に報いるべきであると言うのであれば、ドクターフィーの導入など個々のスタッフを直接評価するシステムの導入もセットで議論すべきだと思うのですが、このあたりにかねて消極的なのが厚労省で、民主党政権でここらが今後どう動くかも要注目でしょうか。

全ての医療従事者に配慮をという東京・中日新聞に対して日経は患者の立場を前面に押し出した格好ですが、患者の立場を第一にと言うなら給付はより手厚く、個人負担はより薄くことで必然的に保険者たる企業の皆様方により多くのご負担をいただく形になるかと思うのですが、日経のスタンス的にそのあたりどうなんでしょうね?(苦笑)
また少し面白いなと思ったのは日経はやたらと専門医、専門医と連呼していますが(単に開業医=プライマリケア医に対して病院にいる医者=専門医と誤解している懸念もありますけれども)、全体の論調を見ても地方の医師不足、医療崩壊を強調する毎日や東京・中日とはやや目指す医療像が異なって医師集約化を目指してきた厚労省に近いのかなと言う印象も受けるところです。
このあたりは厚労省と同じ医師強制配置推進派でありながら、拠点病院への医師集約化よりも医師不足な地方への医師配置を主張してきた読売の立場とも対比されるところかと思いますが、その読売の社説がこちらです。

中医協人事 脱皮を迫られる日本医師会(2009年10月28日読売新聞)

 日本医師会(日医)が岐路に立っている。
 長妻厚生労働相は「中央社会保険医療協議会」(中医協)から日医執行部の代表を排除した。医療行政への日医執行部側の影響力は、著しく低下するだろう。
 中医協は診療報酬の価格を決める重要な場だ。年間30兆円を超える医療費の配分に大きな権限を持っている。民主党は中医協の議論は開業医寄りであると批判し、委員構成の見直しを唱えてきた。
 日医は医療機関側委員に3人の推薦枠を持ち、従来は推薦通りに任命されていた。だが、9月まで委員だった日医の副会長と理事2人の任期が切れた後、後任人事が異例の凍結状態となっていた。
 結局、長妻厚労相は日医執行部からの推薦は受け付けず、日医内で非主流派と目される茨城県医師会理事と、京都府医師会副会長に就任を求めた。もう1人の枠には山形大学医学部長を起用した。
 総選挙で茨城県医師会は民主党を全面支援し、自民党を支持し続けた日医執行部と対立した経緯がある。同県医師会長の原中勝征氏は、来年4月の日医会長選に、現会長の唐沢祥人氏の対抗馬として立候補すると表明している。
 政権交代と日医の中の路線対立が連動したのが、今回の中医協人事である。
 だが多くの国民にとって日医内部の主導権争いは重要でない。問題は新しい陣容の中医協が、開業医の利益を優先してきた診療報酬体系を改革できるかどうかだ。
 2年に1度の報酬改定の議論がこれから本格化する。過酷な救急医療や産科、小児科といった分野の病院勤務医に、思い切って報酬を配分しなければならない。
 診療報酬全体を大きく引き上げることは財政上困難だ。地域医療に粉骨砕身している開業医にはきちんと報いるとの前提で、開業医全体の報酬枠に切り込むことが必要になるだろう。
 その際に、非主流派ながら医師会幹部である新委員が、やはり開業医の既得権を守ろうとするならば何も変わらない。これまでの日医推薦委員とは違う、というところを見せてもらいたい。
 中医協から締め出された日医執行部も、非主流派に対抗するならば勤務医の声をもっと組織運営に採り入れ、開業医中心の圧力団体から脱皮を図る時ではないか。
 国民は医療態勢の現状に不安を抱いている。医療界全体で改革に取り組むことが不可欠だ。その中心に日医がいたいのなら、日医は変わる必要があろう。

こちらも日医オワタを全体の基盤とした論調ですが、やはり医療費総額は増やさず配分の変更でという論調と見受けられますが如何でしょうか?
国民が医療体制の現状に不安を抱いているというのであれば、日々その現状の中で苦労している現場の人間はもっと強い不安を抱いているのは当然のことであって、そこへ「診療報酬アップはできない」が先にありきではどうなのよと更に不安になるところではありますけれどもね。
何よりいくら医療業界が厳しい状況にあろうとも業界内での報酬配分で乗り切れと言うのであれば、いくら財政が厳しい状況にあろうとも省庁間での予算配分で乗り切れというロジックも当然に通用してしかるべきだと思うのですが、自称医療に強い読売はそうしたブーメランにはお気づきでないのでしょうかね(苦笑)。

さて最後になりましたけれども、少なからぬ方々が密かに期待して待ち受けていたであろう(笑)産経の社説がこちらです。

日医排除 医療体制再建につなげよ(2009年10月28日産経新聞)

 診療報酬の点数を決める厚生労働相の諮問機関・中央社会保険医療協議会(中医協)から、日本医師会(日医)の推薦委員が排除される。
 長妻昭厚労相は、任期切れとなった3人全員を外し、地方医師会の代表2人と大学病院代表1人とに差し替える人事を発表した。
 中医協委員30人のうち、医師など診療側委員は7人で構成される。このうち3人は日医の副会長や常任理事といった役員の「指定席」だった。医療の専門知識を必要とする中医協では、日医の委員が議論をリードしてきた。
 鳩山政権は来年の診療報酬改定で、勤務医の待遇改善を図る方針を示している。開業医の発言力が強い日医の影響力を薄め、政府の方針に理解のある委員を増やそうとの判断は、改革の意思を示すものといえなくもない。
 だが、日医の全員を一度に外すやり方は、あまりに図式的で粗雑な印象を免れない。患者はまず近所の診療所で診てもらい、高度な医療が必要と診断されたら早期に病院に紹介される。そうした「病診連携」が地域医療の基本だ。実際の医療政策もそれを目指す大きな方向性を示すものでなければならない。
 産科や小児科、救急医療をはじめ過酷な労働条件に耐えかねて辞める勤務医は後を絶たない。地域の中核病院さえ閉鎖される診療科がある。国民が安心して治療を受けられる医療体制の再建は待ったなしだ。
 日医は自民党と深いつながりを持ち、旧政権では医療政策に影響力を行使してきた。前回の診療報酬改定では勤務医不足対策の財源を確保するため、勤務医よりも優遇された開業医の再診料引き下げが提案されたが、日医の反発で実現しなかった。開業医優先とされる姿勢に根本的な問題がある。
 だからといって、有無を言わせぬ人事で開業医と勤務医の離反を招くような「荒療治」を正当化できるのか。勤務医と開業医の対立をあおるような事態となれば、迷惑を被るのは患者であることを忘れてはならない。新委員に先の衆院選で民主党候補を応援した茨城県医師会理事らを選んだことで、総選挙の「論功行賞」との声が聞かれるようではなおさらだ。
 委員の顔ぶれをどう変えようと、患者である国民を向いた議論がなければ何も変わらないことを長妻氏は肝に銘ずべきだ。

どうした産経、案外つまら…もとい、まっとうじゃないかと突っ込みを入れたくなる社説なんですが、とりあえず日医の医員に議論をリードされるような医療の専門知識って何よ?とは突っ込んでおきましょうか(笑)。
個人的に今回の社説に関して(いささか残念ではありますけれども)産経をヨイショしておきたいのは、病診連携といった表層的な話に終わっているとはいえ、勤務医と開業医とは対立する存在ではないという視点を盛り込んでいるところかなと思ったのですが如何でしょうか?
占領軍の施政において分断統治が基本であるなんてことを言われるように、本来手を組んで外圧に対抗すべき対象を相互反目から対立にまで持っていくということは古来常套手段ですけれども、実のところ近年の診療報酬削減政策が継続する中で、まさにこうした「勤務医vs開業医」という対立の構図がいつの間にか当然のように設定されていたことには留意すべきでしょうね。
その意味では長妻大臣がいみじくも「皆さん医師会所属の先生です」と言うように、新任の委員達も本来「自民支持の日医側委員」と対立する存在であるかのように語られるべき筋合いではないはずなのですが、医療費総額を抑制したい向きには「開業医=日医=潰すべき敵対的存在」というステロタイプな図式が非常に使い勝手が良いのは確かなのでしょう。

こうした視点から最近面白いなと思った記事を最後に紹介しておきますけれども、特にこうして政権交代と言う現象が実現可能なんだと立証されてしまった時代ともなりますと、対立する組織、個人間のネガティブな感情を頭の良い誰かに利用されやすい状況になってきたのは事実だと思います。
○○党の支持団体なんてことを良く言いますけれども、何十年も続くしがらみでがんじがらめになっている為政者側にすれば、案外政権交代を奇貨としてそうしたしがらみを一掃したい、なんてことを考えていても全くおかしくはないですし、まして官僚らには官僚らの思惑もあるでしょうからね。
医療に限った話ではありませんけれども、民主党政権ではあちらが潰され、自民党政権に戻ってはこちらが潰されと言った塩梅で、結局誰も彼も良い目を見ることなく関係者各位総負けという最悪の未来絵図すらあり得ない話ではないということは念頭に置いておくべきでしょうね。

病院と診療所の対立が「医療崩壊」に(2009年10月27日CBニュース)

  DPC対象病院へのコンサルティングなどを手掛けるグローバルヘルスコンサルティング・ジャパンは10月24日、「オピニオンリーダーに問う日本の医療はどこへ進む?」と題してシンポジウムを開催した。今後の医療費負担や配分などをテーマにしたパネルディスカッションでは、慶大大学院の田中滋教授が「医療システムを崩壊させようとする人たちが戦略を練るとしたら、一番良い方法は診療所と病院を対立させることだ」と述べ、病院と診療所が限られた医療費を取り合う構図が「医療崩壊」につながるとの認識を示した。

 田中氏は、病院と診療所間だけでなく、診療科や学会間で対立が起きた場合にも医療崩壊が進むとの認識を示した。その上で医療費の配分については、病院・診療科間などでなく、地域医療への貢献度の視点から考える必要があるとの考えを示した。
 一方、日本病院会の石井暎禧常任理事は、例えば入院料の配分を、「入院料」の項目の枠内で考える従来の手法を問題視し、まずは「どこにどのくらい資源を投入すべきか」から考えるべきだと主張した。

 また、社会保険診療報酬支払基金の中村秀一理事長は、社会保障費の自然増を毎年2200億円削減する政府方針が撤廃されたことを踏まえ、「医療費を増やすというポジティブな政策目標を決めてやってきたことはこれまでなかった。どういう部分に増やしていくかの議論が必要」と述べた。
 中村氏はまた、保険者側には、医療費が増えたことで医療サービスがどれだけ質向上したかを具体的に情報開示する必要があるとの認識を示した。

■「保険者側も大変な状況」
 パネルディスカッションに先立ち、田中氏は「医療提供体制と社会保障制度―社会共通資本としての医療を支える施策とは―」と題して講演し、日本の医療費の現状を、医療提供側と財政側の視点から説明した。
 医療側の視点としては、▽今年の医療費対GDP比が米国の16%、フランスの11%に対して日本は8.1%に留まる▽一人当たりの医療費は、すべての年齢階層で減少している―などの状況を指摘した。
 一方、財政側の視点として、▽国の今年度の一般会計で、税収46.1兆円に対し歳出が102.5兆円と見込まれる▽全国健康保険協会(協会けんぽ)が保険料率を来年度から引き上げれば中小企業の負担増につながる―などの状況を挙げ、「保険者側も大変な状況にある」と指摘。医療側が主張する保険料の引き上げが、実際には簡単ではないとの認識を示した。

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2009年10月28日 (水)

どちらの改革が先に進む?

鳩山総理の所信表明が世間で騒がれている背景で、ひっそりとこんなニュースが流れていたのをご覧になったでしょうか。
すでに久しく以前から言われていた通り民主党政権下で医療行政からの医師会外しが露骨に進行していますが、これも予定通りにことを運んだということになるのでしょうかね?

中医協:日医を除外…長妻厚労相が委員6人を新任(2009年10月26日毎日新聞)

 長妻昭厚生労働相は26日、診療報酬の点数を決める厚労相の諮問機関「中央社会保険医療協議会」(中医協)の新任委員計6人を発表した。自民党を伝統的に支援してきた開業医中心の日本医師会(日医)の代表委員は全員除外した。長妻氏ら政務三役は日医がこれまで自民党を支援する代わりに、診療報酬の改定に強い影響力を行使してきたと判断。代わりの委員に、地方医師会や大学病院から起用した。

 長妻氏は同日の記者会見で「どこの医者も苦労して、疲弊している。特に病院に対する手当ては喫緊の課題だ」と述べた。待遇改善が課題になっている病院勤務医を重視した議論にシフトさせることで、医療行政での政権交代を印象付けたい考えとみられる。

 日医は従来、中医協に3人の枠を確保し、執行部から推薦してきた。しかし、今回の委員改選で厚労相側は日医の推薦枠はゼロとした

 代わりに、地方医師会の代表として、茨城県医師会の鈴木邦彦理事、京都府医師会の安達秀樹副会長、大学病院代表として山形大の嘉山孝正医学部長が内定した。茨城県医師会は先の衆院選で民主党候補を支援したが、長妻氏は「選挙うんぬんは関係ない」と述べ、衆院選の「論功行賞」との見方を否定した。

 他に新任されたのは▽白川修二・健康保険組合連合会常務理事▽中島圭子・連合総合政策局長▽三浦洋嗣・日本薬剤師会理事--の3人。【塙和也】

非常に面白いなと思うのは、長妻大臣が会見において「5人のお医者様すべてが日本医師会の会員」「安達先生は(日本)医師会の診療報酬検討委員会の委員長で診療報酬に関しては権威」などといわゆる「日医外し」を否定するような言動をし、日本医師会(以下、日医)宛に弁解の手紙まで書いたと言うのですね。
しかしその実際の人選を見てみれば、茨城県医師会などあからさまに民主党寄り、言葉を換えれば日医現執行部に対する対抗勢力とも言うべき人々が選出されているわけですから、大臣がどうコメントをしようが言語不明瞭、意味明瞭といった感はあるところです。
その一方で「今回の人選は大臣自身が決めたこと」と最近何かと話題にのぼることの多い厚労省保険局医療課の佐藤敏信課長が大臣と対照的に妙に晴れやかな表情で語っていたりと、いったいこれは誰の思惑で動いている話なのか?といささか疑問無しとしない気配は感じられます。

何にしろ民主党政権が選ぶわけですから民主党寄りの人材が並ぶのは当然なのですが、その一方で日医に対して一定の配慮らしい態度を示してみたりもするあたり、あるいは完全に切ってしまうよりは今後の利用価値を期待してある程度生殺しを維持した方が得策であると判断したということなのですかね?
ところでちょうどこの25日に日医の臨時代議員会がありまして、ここでもこの民主党政権による日医外しの件でずいぶんと盛り上がったようですが、普段からちょっとアレなキャラと言われる中川氏も普通にキモいんですが、唐沢氏の天然ぶりもこうして改めてみますと何やら独特の味があっていいですよね。

民主党との関係強化も中医協外しには猛反発、日本医師会(2009年10月25日産経ニュース)

 日本医師会(日医)は25日、都内で臨時代議員会を開き、政権交代に伴い、今後民主党との関係を強化していく方針を確認した。ただ、長妻昭厚生労働相ら厚労政務三役が、中央社会保険医療協議会(厚労相の諮問機関、中医協)から日医の代表委員を全員排除する方針を固めていることに対しては、抗議していくことを申し合わせた。

 代議員会で唐沢祥人(よしひと)会長は「これまで自民党以外の政党の多様な価値観を認める包容力が欠けていた」と述べ、従来の自民党一党支持を改め、民主党との関係構築に取り組む考えを表明。来春に会長選を控え、自身の続投に批判的な声が出ていることを踏まえ、「私の歩む道に同意いただければ、誠心誠意、身命を賭(と)して頑張る覚悟だ」と牽制(けんせい)した。

 一方、中川俊男常任理事は、厚労政務三役の中医協の人事方針について「政権に屈服することはない」と批判した。

中医協人事は「明らかに報復人事」-日医・中川常任理事(2009年10月26日CBニュース)

 日本医師会の中川俊男常任理事は10月25日の第121回臨時代議員会で、中央社会保険医療協議会(中医協)の委員人事について「明らかに報復人事」との認識を示し、「日医は政権に屈服することはない」とした上で、日医として政権交代に左右されない「一貫した主義主張を行っていく」との方向性を示した

 川島龍一代議員(兵庫)の個人質問に答えたもの。
 中川常任理事は、「民主党はマニフェストに縛られるべきでない」とし、日医の提案や意見を「新たな視点の一つ」として取り入れるべきと訴えた。また、「医療現場のことを最もよく分かっており、地域住民、患者の声を伝えることができる日医は、医療政策の決定プロセスにおいて不可欠な存在であると自負している」と日医の存在意義を強調した。
 今後、現場の医療を担う者として、日医主導で対外的に影響力を持ち、意見の異なる立場の医療関係者が同じ土俵で議論できる、開かれた会議体の設定を検討するとし、「政権交代に揺らぐことなく、一貫した主義主張を行っていく」と述べた。
 中医協の委員人事については、「委員の選考は完全に固まっていない」とした上で、日医の代表者は外れるとの報道などを受け、「露骨な『日医外し』だ」と批判。「今回の中医協人事は明らかに『報復人事』だ。決してこのような理不尽な人事を許すことはできない。日医は政権交代に戸惑うことも、たじろぐことも、迷うこともない。政権に屈服することもない。正義はわが方にある」と、集まった代議員に団結を呼び掛けた。

日医・唐澤会長「包容力が欠けていた」(2009年10月26日CBニュース)

 日本医師会の唐澤祥人会長は10月25日の第121回臨時代議員会の冒頭であいさつし、先の衆院選の結果を受け、「他の政党の多様な価値観を認める包容力が欠けていたことは否めない」とした上で、今後国民に寄り添った政策提言を行っていくとの方針を示した。

 唐澤会長は、「新内閣は勝利の要因として、(国民の)政治へのやりきれない不信感、従来型の政治・行政の機能不全への失望と、それに対する強い怒りを掲げている。私はこの言葉をそのまま重大に受けとめている」と述べた。
 その上で、政権与党としての自民党を支持してきたが、「他の政党の多様な価値観を認める包容力が欠けていたことは否めない」と振り返り、「日医としても国民の思いに寄り添い、国民の生命と健康を守る責任を全うする決意を一層強くした。『医の本道』に立ち、正しい方向性をもってあらためて医療現場の問題を整理し、国民生活を支えるためのあるべき医療について、現場の担当として提言していきたい」と述べた。
 また、新政権に訴えたいこととして、▽外来患者一部負担割合を引き下げること(0歳から義務教育就学期間中の子どもの外来医療費は無料化し、義務教育修了後の現役世代は、現在の3割負担から2割負担に引き下げ、70歳以上は一律1割負担にする)▽診療報酬の大幅かつ全体的な引き上げ-を挙げた。産科、小児科、救急医療の充実と、病院勤務医の過重労働緩和については「最優先課題」とした。

■進退問われ「これからも戦う」
 臨時代議員会で行われた質疑応答では、大澤英一代議員(奈良)が、唐澤会長が日本医師連盟会長として「政権交代を予想していなかった」と衆院選の総括をしたことに対し、「国民の動向、会員の声にあまりにも無頓着であるように思う。会員はこのことに関して先行き不安に陥っている」と指摘。その上で、▽責任を取って退陣されるつもりはないのか▽続投される場合、来年の会長選に必ず出馬し、会員の審判を受けるつもりはあるか-の2点について回答を求めた。
 これに対し唐澤会長は、日医連として、「政治の先の流れを予測する責任がある」とした一方、「それに関する明確なエビデンスを持っていない」と述べ、今後、エビデンスに基づいた政治活動の方針を明確に打ち出さすための改革が必要であると回答。その上で、続投の意思については、「いろんなものを自分で積み重ねてきたので、それをどこまで実現できるか、『医の本道』のどこまで歩めるのかを求めているところで、まだどこかに到達したわけではない。私は私の道で進んでいきたいと思っている」とし、会員からの同意が得られれば「私は誠心誠意、身命を賭して日本医師会のために頑張るという覚悟でいる」と述べた。
 また、川島龍一代議員(兵庫)の日医執行部の総辞職を求める声に対しては、「世界の先進国で、二大政党がある国々で、政権交代が行われて医師会の執行部が全員退陣したという国がどこにあるか。正々堂々とエビデンスに基づいた、国民の思いに沿った医療政策を提言し、これからも戦っていく」と述べた。

しかし包容力って…鳩山総理の「友愛」にあやかった発言のつもりなのかも知れませんが、そういう問題なんでしょうかね?
記事を見ているだけでも非常に興味深いなと思うのは、中川氏を始めとして上が「もっと団結を!」とヒートアップしているのに対して、それを見ている代議員の方ではずいぶんと醒めているんじゃないかと思えるところでしょうか(いわんや末端会員は…ですね)。
それを象徴するのがこちらの記事なんですが、これを見るだけでも日医執行部に総括と反省を求めているのは何も民主党政権だけではないということが明らかになると同時に、結局のところ今の執行部のままでは百年たっても日医民主化などあり得ないんだろうなと思わせるような話となっています。

日医代議員制のあり方で意見噴出(2009年10月26日CBニュース)

 日本医師会が10月25日に開いた第121回臨時代議員会では、代議員制のあり方について、出席した代議員からさまざまな質問や要望が噴出した。これに対し宝住与一副会長は、多くの勤務医を代議員に選出するよう配慮することを各都道府県医師会に求め、唐澤祥人会長は「意見を反映させながら取り組んでいきたい」などの考えを示した。

 まず吉本正博代議員(山口)が代表質問で、「日医会員の中で勤務医は46.7%を占めているが、代議員354人中勤務医は34人と10%を切っている。いまだマスコミや国民だけでなく、勤務医の中でも、医師会は開業医のためのものとの認識を持っている人がたくさんいる」と指摘。その上で、各都道府県に一律 4人の代議員枠を割り当て、そのうち2人を勤務医枠とし、会員1000人ごとに1人の代議員を追加することなどを提案した。
 これに対し宝住副会長は、「日医は属性の違いを超えた、すべての医師を代表する団体であり、属性に応じた人数枠は設けず、現行の選挙によって代議員を選出することが公平だと考える」とした上で、各地域の実情に応じた個別具体的な取り組みを通して勤務医の意見が反映されるよう活動の場を広めることによって、勤務医が医師会活動に参画しやすくなるとし、その実績を基に、地域医師会の代議員、日医代議員として活躍してもらうことが基本になるとの考えを示した。また、代議員の選出は各都道府県に委託していることから、「多くの勤務医を代議員に選出されますようご配慮いただきたい」などと述べた。
 吉本代議員はこれを受け、「今のままの代議員の割合では、いつまでたっても開業医のための医師会という認識を持たれ続けると思う。何らかの改革をすべきである」と強調。その上で、勤務医自身の主体的に取り組むための意識改革も必要だとする一方、「勤務医の意見を表明できる場、活躍できる場を、医師会としても準備してあげる必要がある」と要望した。

 続いて田中良樹代議員(兵庫)が、「日医役員選挙の一番大きな欠点は、一般会員が直接参加できない代議員選挙制度であること」とし、「会員の直接選挙は無理でも、代議員票だけでない、一般会員も投票参加のできる地方票のような、会員の声を反映させるための抜本的な選挙制度改革が必要」と強調。踏み込んだ制度改革を行う意向があるか否かについて、唐澤会長の回答を求めた。
 これに対し唐澤会長は、「どのように運営していくかは、やはり代議員の先生方の手中にあると思う」とし、制度改革について「十分説明を申し上げて行っていかなければ、なかなか実現は難しいと感じている」とした。その上で、「個人的には十分にご主張は理解できるし、その方向で行動もできる。ご提案申し上げましたら、先生方にはぜひご理解いただきたい」などと述べた。

 このほか、三宅忠夫代議員(大阪)が、「今までの日医は日本の医療を反映させていなかった。われわれ勤務医の考えを提言したが、一歩も前に進んでいない。今の代議員制の下では正しい決定ができないと考えている」と発言。また、松村誠代議員(広島)も代議員制の「大改革」を要望。「開業医の代議員会と勤務医の代議員会の2つに分けるぐらいの思い切った改革をしないと、勤務医の意見は反映しない」などと述べた。
 これについて唐澤会長は、「日本医師会の改革についてはさまざまな意見がある。代議員会をどう改変するかという具体策は何もないが、ご意見をこれから反映させながら取り組んでいきたい」などとした。

まあしかし、日医そのものが世間からも政権からも、そしてまともな現場医師からも(開業医、勤務医問わず)見放されている状況において、今さら「いやまあそのうちいずれは」なんてことを言われたところでエンドレスで勝手にやってろと言いますか、はいはいワロスワロスとしかコメントしようがない話ではあるのですけれどもね。
唐沢氏を始め当事者たるべき日医執行部のご老体達にはそういう認識もないのか、あるいは認識があろうがどうせ老い先短い自分たちの時代だけを平穏に過ごせればいい程度に考えているのか知りませんけれども、ここまでくるともはや滑稽を通り越して哀れを催すような老害ぶりと言うことになるのでしょうか。

かくて有害無益の日医をばっさりと切り捨てた民主党政権ではありますけれども、実のところこれで医療行政は万全などとは到底言えるような状況にはありません。
元々長妻大臣は医療分野に関してはまるきり素人と言われる上に、官僚にでしゃばらせない「政治主導」というのが民主党政権のキーワードとも言われるくらいですから、厚労省もただいま激震の真っ盛りという状況のようなのですね。
あちらこちらから色々と話が漏れ聞こえてきますけれども、こちらのニュースをみてみますと、当面内部での改革あるいは主導権争いというものが続きそうな気配ですよね。

診療報酬改定めぐる議論がストップ(2009年10月23日CBニュース)

 来年4月に実施を予定している診療報酬改定をめぐる議論が完全にストップしている。昨年度に実施された前回の報酬改定では、中央社会保険医療協議会(中医協)による集中的な審議が前年の10月から始まったが、政権交代後は中医協委員の任期切れに伴う後任人事の調整が難航し、政権交代以降に開かれたのは9 月18、30日の2回のみ。早期の審議再開を求める声が、病院関係者だけでなく厚生労働省内にも広がっている。

■診療側委員に都道府県医師会関係者ら起用か
 中医協委員の任期は1期2年で、最多で2回まで再任が認められる(最長で3期6年)。
 医師、歯科医師、薬剤師を代表する診療側委員は7人で構成され、渡辺三雄・日本歯科医師会常務理事を除く西澤寛俊・全日本病院協会長、邉見公雄・全国公私病院連盟副会長、日本医師会の竹嶋康弘副会長、藤原淳常任理事、中川俊男常任理事、山本信夫・日本薬剤師会副会長の6委員の任期が10月1日付で切れ、後任人事の調整が難航している。来年度に予定している診療報酬改定をめぐる議論は9月30日以来、完全にストップしたままだ。厚労省によると、次の中医協開催のめども立っていない。

 医療関係者には、報酬改定の実施が来年4月に間に合わないのではないかとの観測が広がり始めている。
 11の病院団体で構成する日本病院団体協議会の小山信彌議長は10月23日の記者会見で、急性期病院などへの診療報酬が引き上げられたとしても、仮に改定の実施時期が夏にずれ込むと、「病院は本当に壊滅的なダメージを被る」と危機感を示した。11月末か12月に提出する予定の診療報酬改定の要望書「第三報」で、4月の実施を求める文言を盛り込むかどうかを今後、検討するが、厚労省のある職員は「それでも役人のさがというか、(4月改定に)何とか間に合わせるんでしょうね」と話す。

 一方、診療側委員の後任人事は現在、大詰めの段階だ。複数の関係者によると、病院代表の西澤、邉見両氏は再任される公算が大きい。ただ、邉見氏は23 日、東京都内で開いた「医療崩壊阻止! 医師・医学生署名をすすめる会」の署名提出集会のあいさつで、「今のところ、首とも再任とも言われていない」と、この日までに再任の内示がないことを明らかにした。

 西澤、邉見両氏以外に診療側の後任として名前が浮上しているのは、全国医学部長病院長会議の小川彰会長(岩手医科大学長)と同会議専門委員会委員長会の嘉山孝正委員長(山形大医学部長)、京都府医師会の安達秀樹副会長、日本薬剤師会の三浦洋嗣理事ら。このほか、先の衆院選で民主党支持を打ち出した茨城県医師会からの起用も検討しているとされる。

 現在、茨城県、京都府両医師会からの委員の起用をめぐり、日本医師会と調整しているとみられ、早ければ週明けにも最終決定する見通しだ。

 「中医協が頻繁に開催される時期が目前に迫っていることは理解している」。長妻昭厚生労働相は23日の閣議後の記者会見でこう述べるとともに、あくまでも民主党の政策に近い考えの人材を起用する考えを強調した。

■医療部会、医療保険部会の合併案も
 ここへきて、診療報酬改定の基本方針を決定する社会保障審議会(社保審)の医療部会、医療保険部会を合併する案も浮上している。社保審は厚労相の諮問機関で、医療部会では医療提供体制、医療保険部会では医療保険制度の見直しをそれぞれ検討するが、共に次年度に実施する診療報酬改定の基本方針も決めている。

 関係者によると、合併後のメンバーは20人前後になる見通しで、新たなメンバーには諫早医師会の高原晶会長の名前が挙がっている。同医師会の政治団体である長崎県医師連盟諫早支部は、先の衆院選で自民党候補の推薦を見送った経緯がある。

 自公政権下では、診療報酬全体の改定率を内閣が、改定の基本方針を社保審の医療部会と医療保険部会がそれぞれ決め、中医協ではこれらに沿って具体的な点数配分を審議する形を取ってきた。
 これに対して厚労省の政務三役は、長妻厚労相直属の実務者レベルの検討チームを近く設置して、ここで改定率と基本方針を決定し、中医協と社保審では細部だけを議論する形に切り替える方針を示している。中医協や社保審の人事が固まってから、審議の進め方が大きく変わる可能性がある。

 長妻厚労相は23日の会見で、中医協について「今、直ちに廃止することは考えていない」と述べる一方、「政府が診療報酬全体の改定率を、社保審が基本方針を、中医協が分配を決める従来のプロセスと力点の置き方が異なってくる可能性はある」との考えを示した。

政権交代で政策決定プロセスに大きな変化-厚労省・間杉政策統括官(2009年10月23日CBニュース)

 厚生労働省の間杉純政策統括官(社会保障担当)は10月23日、「総選挙後の厚生政策」と題した日赤振興会の講演会で、政権交代により厚労省の政策決定プロセスや予算編成に大きな変化が生じているとの認識を示した。

 間杉政策統括官は、前政権で撤回を決めた社会保障費の自然増分2200億円の削減について、「われわれも限界を感じていた」とし、決定までに「本当にもめた」と述べ、財政当局の抵抗が非常に強かったことなどを明らかにした。
 間杉政策統括官は私的な感想と前置きした上で、大臣、副大臣、政務官による三役会議が政策決定プロセスに大きな変化をもたらしたと述べた。会議終了後は指示が矢継ぎ早に出てくることも明らかにした。
 また、政府と政権与党の関係についても、前政権では「政府は政府、その外側に党がある」と感じていたが、「民主党は、政府と党が一体のものという考えが基本にあるのではないか」と述べた。
 間杉政策統括官は、現在頭を悩ませているのは予算編成だとし、厚労省の来年度概算要求額が28兆8894億円で、今年度当初に比べ約3.7兆円増加したほか、子ども手当の創設などの要求項目もあることから、「シーリングの下で予算を組んでいた当事者からすると、規模も膨大で、中味も多彩」と述べた。
 具体的な金額を示さずに要求している「事項要求」についても、「金額が提示されていないからといって、重要度が低いわけでは決してない」と強調した。
 「事項要求」には、診療報酬改定や高齢者医療制度の保険料上昇の抑制措置などが盛り込まれているが、診療報酬改定はチームを組んで検討していくほか、後期高齢者医療制度の廃止後の在り方についても、近く検討会が開かれるとした。
 また、行政刷新会議が進める「仕分け作業」についても触れ、予算削減のための作業とし、「シーリングは外れたが、政権与党のマニフェストの仮に7割(が厚労省の予算)に当たるのであれば、われわれはそこに相当な配慮があってしかるべきではないか」と述べた。

こういう話を聞きますと今後民主党流に医療行政の再編ということも着実に進んできそうですが、問題は日々動いている現場での実務に間に合うのかということが一つ、そして今後省内で医療行政の議論を主導していくのは誰になるのかということですよね。
先日は医療が素人の長妻大臣もついに政治主導・官僚外しの節を曲げたということなのか、官僚側から手取り足取り説明を受けたなんてニュースが流れていましたけれども、日医など言わば官僚慣れしている人々が減っていき、代わりに入ってきたのが医療行政の手続きには素人の方々ばかりとなれば、これはいちいち官僚側にお伺いを立てずには何も進まないのも当然です。
さりげない誘導で知らない間に自分たちの意見を通しておくなんて技は官僚組織の得意とするところですから、そうなりますと一見政治主導でやっているように見えて、その実誰にとっての改革なのかと言う話にもなりかねないですよね。

今まではどちらかと言えば厳しい突っ込みを入れられる側であった厚労省の方々ですが、こうなりますと「案外民主党政権も悪くないかも…」などと密かにニンマリとしている…なんてこともあるいはあるのではないかという気もするのですが、果たしてどうなんでしょうね?

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2009年10月27日 (火)

救急搬送問題 本質を離れつつある議論

以前にも紹介しました消防法改正との絡みで、自治体に救急搬送に関するルール制定が義務づけされたのに伴って、そのガイドラインなるものが近く公表される予定です。
相変わらず救急搬送を取り巻く環境は改善する様子をみせない中で最近また救急搬送問題に関連した記事が出てくるようになりましたが、まだまだ実際の課題は山積しているという状況を示す記事をいくつか紹介してみましょう。

救急患者の受け入れ・搬送ルールガイドライン、月末に都道府県に通知へ(2009年10月16日ロハス・メディカル)

 総務省消防庁と厚生労働省は16日、「傷病者の搬送及び受け入れの実施基準等に関する検討会」(座長=山本保博・東京臨海病院院長)を開催し、改正消防法が施行する30日までに都道府県宛に通知する救急患者の受け入れ・搬送ルールのガイドライン案を大筋で取りまとめた。ルール策定に関する議論の場が、国から都道府県に移ろうとしている。(熊田梨恵)

■「救急搬送・受け入れルール」とは何か、なぜ策定する必要があるのかなど、詳細はこちら

 今回の会合はガイドラインの内容を了承するために開かれた場であるため、医療機関のリストアップや搬送・受け入れ状況の調査・分析など中身に関する議論はこれまでの会合でほぼ出尽くした。このため、ガイドラインの内容を知りたい方は、こちらこちらを参照。検討会自体は存続し、新しい協議会の設置状況やルールの策定状況などを調べ、情報共有する予定。

 消防庁は10月30日の改正消防法施行に向けて、近くガイドラインの内容を都道府県に通知する。搬送受け入れ・ルールの実施に向けて、具体的な議論の場は国から都道府県に移ることになるが、自治体関係者からはルール策定に向けて不安の声も多く聞かれている。会合中に川部英則委員(香川県防災局長)は「レアケースや重要な課題について、全国と情報共有を図りたい。文書だけでなく意見交換の場を設けて頂きたい」と述べ、都道府県担当者の情報共有の場を今後設置していくよう求めた。

 消防庁救急企画室の開出英之室長も、今後の課題は都道府県がいかに実効性あるルールを策定していくかにかかっているとの見方を示す。会合終了後、「地域によってかなり取り組みの差があります。法律ができて国からの情報も届き、これを受けて都道府県は策定していきますが、その実効性をいかに持たせるか。"魂"を吹き込んでいくか」と話し、国として情報の周知や、ルール策定状況など情報共有の方法を工夫していきたいといた。

 また、小児救急医療の啓発活動などを行っている阿真京子委員(「知ろう!小児医療 守ろう!子ども達」の会代表)も会合中、「どういう背景で、どういうルールなのかを、どう伝えればいいかと考えていた」と前置きし、自治体からの情報提供の方法を提案。保健センターや消防機関で行われている様々なテーマの住民向けの公開講座などで、講師が短時間でもこのルールについて情報提供できれば情報が伝わるとして、「住民に説明する機会がある人に講習しては。キーになる人が各地で場を持っているので、患者会や私たちのような団体に理解してもらうよう説明していくといいと思います」と述べた。

 大阪府健康医療部保険医療室医療対策課の金森佳津氏(笹井康典委員(大阪府健康医療部長)の代理出席)は会合終了後、「根本的にとても難しいことだから、今ある医療資源を使って何とか良くしていこうというのはどの都道府県も切実に思っています。ガイドラインで示されなくても都道府県も何らかやっていたとは思いますが、こうして全国ベースで示されて浸透していくのは良いことだと思います。地域によって実情はかなり違いますが、救急医療はどこにいても一定の質が担保されるべきものだとも思うので、こういうガイドラインが示されるのは良いと思います」と話し、都道府県はルール策定について真摯に取り組んでいく姿勢だとした。隣接している都道府県との情報交換についてはまだほとんど行われていないとしたが、大阪府でもドクターヘリでの搬送など今後は救急医療の広域が進むとして、今後は行政も搬送・受け入れルールについて近隣の自治体と情報交換をしていくとの見方を示した。ただ、救急医療体制は地域によってかなり差があるとして、「医療資源が十分にあって組織体制も整っている地域ならいいと思いますが、そうでなければ大変なところもあると思います」と述べた。

[たらい回し問題から1年]妊婦搬送、工夫進むが…(2009年10月25日読売新聞)

医師不足は変わらず

 脳出血を起こした妊婦が8病院で受け入れを断られ、東京都立墨東病院で死亡した問題が発覚してから約1年。

 東京都では、最重症の妊産婦は、必ず受け入れる新たな搬送システムを整備した。だが、全国的にも産科医療を取り巻く環境は依然厳しく、新生児を受け入れる新生児集中治療室(NICU)不足も続いている。(医療情報部 館林牧子、社会部 石川剛)

「必ず受け入れ」都内3施設指定 「病院探し」コーディネーター制

 「お産後、出血が止まらない。命の危険がある」。8月のある夜。日本赤十字社医療センター(東京都渋谷区)に、産婦人科病院からの連絡が入った。

 同センターでは、直ちに自宅待機中の産科医1人を呼び出して院内の妊婦の対応に当たらせるとともに、3人いる産科当直医が全員で、この女性の搬送を待った。運ばれてきた女性は大量出血を起こしていたが、輸血と、子宮の周囲の動脈を縛るなどの緊急止血手術で一命を取り留めた。

 都内での妊婦の救急搬送はそれまで、かかりつけ医を通して産科医が電話で受け入れ先を探す仕組みだった。昨年10月の妊婦死亡問題を機に、「再発」を防ごうと都が設置したのが、重症の妊産婦を必ず受け入れる「スーパー総合周産期センター」だ。日赤医療センターのほか、昭和大病院、日大板橋病院の3か所が指定されている。

 近くの病院で受けられない場合、かかりつけ医が119番通報すると、東京消防庁が「スーパー周産期」に運ぶ手はずを整えつつ、病院を探す。毎日いずれかの「スーパー周産期」が、輪番制で緊急搬送に備える。

 運用を開始した今年3月から、これまでに24人の重症妊産婦がこのシステムで運ばれた。このうち、救命できなかったのは搬送前に心肺停止に陥ったケースなど2人。「すべての妊婦さんを救えるわけではないが、搬送先探しに手間取ることはなくなったと思う」(日赤医療センターの杉本充弘産科部長)という。

 「スーパー周産期」に運ぶほど重症でない場合にも対応する「搬送コーディネーター」制度もスタート。計16人の助産師、看護師が24時間態勢で東京消防庁に交代で詰め、地域内で受け入れ先が見つからない場合に、コーディネーターが仲介役となって都内の別の地域の病院を探す。8月末の運用開始から50日間で、59件の搬送にかかわった。

 しかし、問題がすべて解消されたわけではない。読売新聞が今月、全国の総合周産期母子医療センターに行ったアンケートでも、今年に入って東京から群馬、栃木などに搬送された例があった。また、都内に搬送される妊婦の約3割は周辺の県から運ばれている

 都立墨東病院(墨田区)では、医師の事務書類作成などを補助する事務職員を雇うなど、「職場環境の改善をアピールして」(都幹部)、常勤医を4人から6人に増員。それでも定員には3人足りず、開業医の応援を受けて、当直体制を維持している。ある都幹部は「根本的な問題は解決していない」と漏らした。

 東京都周産期医療協議会長として新体制の整備に当たった岡井崇・昭和大産婦人科教授は「あくまでも今の態勢でできる緊急措置。長期的には医師の確保が不可欠」と話す。

 都立墨東病院の妊婦死亡問題 昨年10月、脳出血を起こして緊急搬送先を探していた都内の妊婦(当時36歳)が8病院から「当直の産科医が1人しかいない」「NICUが満床」などの理由で受け入れを断られ、最終的にいったん断った東京都立墨東病院に運ばれたが、出産後に死亡した。

新生児ICU 病床数に地域差

 読売新聞は全国47都道府県に対してもアンケートを実施した。搬送コーディネーターは、東京など10自治体が導入し、医師や看護師らを中核となる総合周産期母子医療センターなどに配置している。また近畿地方と徳島、福井、三重の9府県が2007年、府県境を越えて妊産婦を搬送する広域連携体制を結ぶなどの取り組みも進んでいる。

 アンケートによると、全国のNICUの合計数は2429床と、1年前に比べ145床増えていた。とはいえ、都道府県別にみると、厚生労働省の有識者会議が今年2月に示した必要病床数(出生数1000人当たり2・5~3床)を満たしていたのは16自治体(34%)だった。多いのは山口(4・67床)、鹿児島(3・5床)、少ないのは徳島(1・02床)、茨城(1・22床)などで、地域差がみられた。

 文部科学省は、全国の大学病院のうち、保険認可のNICUがなかった7大学病院に6床ずつの新設を計画。ところがこのうち、来年4月に開設する予定の弘前大では専任の医師が1人しかおらず、准教授、講師ら3人の医師を公募中だ。9床のNICUを持つ富山大では増床を視野に、新設の教授を募ったが見つからなかったという。

 一方、過去10年間に1万1000人から約1割減った産婦人科医は、今年に入ってやや増える兆しも。日本産科婦人科学会によると、今年4月~9月の新入会員数は435人で、昨年同時期の378人に比べて57人増えた。

 ただ、読売新聞が、全国の総合周産期母子医療センターに行ったアンケートでは「産科医が増え、当直回数が軽減された」とした施設もあったが、「常に人員は綱渡り状態」(岩手医大)、「限界は超えている」(三重中央医療センター)、「勤務状況悪化」(杏林大=東京都)などと答えた施設も目立った。青森県立中央病院新生児集中治療管理部の網塚貴介部長は「人材難が深刻で、現在ある病床の維持さえ大変だ」と話す。(医療情報部 山崎光祥)

しかし、未だに「たらい回し」ですか(苦笑)。
救急搬送受け入れ問題がかつてないほど騒ぎになっている原因と言うのも諸説あって、一部には「昔からあった問題。ただ最近は報道で大きく取り上げられるようになっただけ」という意見もありますが、やはり全体としては昔より状況は悪化している、しかもなかなか改善も難しいという認識はほぼ共有されているように思いますね。
こういう末期的状況で何より重要なことは医療にしても何にしてもそうですが、問題のごく一部だけを取り上げて「ここはもっとこうすれば改善できる」と言っているだけでは駄目で、その一部を変えた結果全体のシステムとして改善できるかどうかを問題にしなければならないということでしょう。
要するに重箱の隅を突きまくった結果重箱の底が抜け器としての用を為さなくなったなどという行為は俗に愚の骨頂などと呼ばれるべき類のものであろうと言う話なのですが、こういう当たり前の理屈を理解しないまま議論を進めていくと、結果として当初の目的から退歩してしまうどころかとどめの一撃になってしまうということもままあるわけですね。

心筋梗塞 迷わず119番を…通報1割、手遅れの恐れ(2009年01月24日livedoorニュース)

胸の圧迫感などを感じて「心筋梗塞(こうそく)かな」と疑ったら、迷わず救急車を呼ぶのが医学的に正しい。しかし「すぐ119番を」と患者に正しく指示できる医師は5割に過ぎず、一般人で119番する人は1割程度でしかないことが、厚生労働省研究班(班長・野々木宏国立循環器病センター内科心臓血管部門部長)の調査で分かった。

 心筋梗塞は発症後1時間以内に専門病院に着けば救命率が高いとされる。最近は「救急車をタクシー代わりにしないで」と訴える医療関係者も多いが、野々木部長は「心筋梗塞が疑われる症状がある時は、結果的に『空振り』でもいいので119番を」と呼びかけている。金沢市で開催される日本疫学会で24日に発表する。

 心筋梗塞の症状には、胸に重いものを載せたような圧迫感のほか、息苦しさや、のどや下あご、みぞおち、背中などの痛み、頭痛などがある。まとめて「上半身に今まで経験したことのない強い不快感があった場合」と覚えるのがよいという。

 研究班は昨年1月、インターネットで全国の医師にアンケート。約1000人から回答を得た。同時期に全国の一般の男女に訪問調査し、約1200人から回答を得た。

 その結果、高血圧や糖尿病などがあり、心筋梗塞の危険が高い患者から電話を受けて発症の疑いがある場合に「すぐ119番」を指示する医師は50%。「すぐ自力でかかりつけ医へ」と指示する医師が27%、「すぐ自力で救急医療機関へ」が13%いた。

 一般への調査では、心筋梗塞のおそれがある「上半身の強い不快感」を感じた場合に、「すぐ119番する」人は平日の日中で12%、休日・夜間でも28%。「様子をみる」や「家族や知人に相談する」が約半数を占めた。

 別の調査では、心筋梗塞による死者は、半数強が病院にたどり着く前に急死しているといい、野々木部長は「自力で病院に行っては途中が心配」と話す。

この記事、何も知らないで読むと「え?そんな怖い!とにかく何かあったらすぐ救急車呼ばなきゃ!」となるのですが、判っている人が見れば「で、胸部症状を訴えた患者の中で心筋梗塞の患者はどれくらいいたの?」とすぐ突っ込み所が見えてくるような話ですよね。
別に医療の細かいことを知らない方でも想像してみていただければと思うのですが、例えば毎月毎月何日も入院して全身検索をしていれば癌なりの重病が手遅れになるまで進行する以前に早期発見できるようになるかも知れませんが、それでは厚労省では国民全てに「月のうち半分は皆で病院に入院して全身検査を受けましょう」とキャンペーンでも張るつもりですかってことですよ。
心筋梗塞といえば今は緊急カテーテルという処置を行える施設でなければ受け入れてはならないというのがJBM的に正しいとされていますけれども、逆流性食道炎から気管支炎、帯状疱疹に筋肉痛に至るまで全ての患者を循環器専門施設が初診対応してくれるというのであれば、それは他の施設にとっては楽な話であるのは確かなんですけれどもね。

心筋梗塞に対して365日24時間いつでも緊急カテが出来る施設が疲弊するからこそ一般救急病院でセレクションを行う、救急病院が疲弊し救急受け入れに難渋するからこそ開業医なども協力して患者集中を防ぐ、少ない予算とスタッフで何とか世界トップレベルを維持してきた日本の医療界では、そういう皆の少しずつの我慢と努力の積み重ねで辛うじて医療が保たれています。
その我慢と努力は何も医療従事者側だけが一方的に被るべきものではなく、「万に一つのこともあってはならない」というゼロリスクの追及は結局国民全体の不利益につながるのだという了解の元に、社会的に許容できる範囲で一定のリスクは甘受してもらわなければもはや医療自体がなくなりますよということを今一生懸命国民側に納得いただいている最中なわけですよね。
コスト的にも受け入れ能力的にももうそういうやり方は無理なんだと言っている最中に厚労省サイドの研究班からわざわざこういう話が出てくる、やはりこれは厚労省=医療崩壊の総元締めと言われるのも当然なのかなという気がしますが、例によってネット上の反応を見てみましょう。

270 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2009/10/17(土) 07:26:16 ID:DxByNOBJ0
>>268
俺、緊急心カテのできない病院で当直するときは

心筋梗塞は発症後1時間以内に専門病院に着けば救命率が高い
とされているので、
胸の圧迫感などを感じて「心筋梗塞(こうそく)かな」と疑ったら、迷わず救急車を呼ぶ
ことが、厚生労働省研究班により推奨されています。

という趣旨のことを伝えて、ほぼ全例断ってる。

断らなかったのは99歳のかかりつけ寝たきり老人で
専門病院より生存の可能性が低いことを家族が納得したケースだけだな。

272 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2009/10/17(土) 07:29:11 ID:DxByNOBJ0
>>268
>心筋梗塞かどうか確認する時間
70分かかったケースでは3800万の損害賠償だったかな?
加古川心筋梗塞事件。
まあ、トロポニンの結果などまたずに、電話照会の段階で「救急車でカテのできる病院へ」と対応しればよかったんだがね。

274 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2009/10/17(土) 08:02:43 ID:11x9mgqo0
みんな遠慮せず救急車を使いましょう、じゃなくて典型症状を示すAMIは少ない、だろ…

>野々木部長は「自力で病院に行っては途中が心配」
そりゃ、一人の人を見たらその通りだが、現状でそれやったら破綻するだろ…
とりあえずカテ専門を部長にするんじゃなくて、公衆衛生というか、医療システム学みたいな奴を部長にしろよ。

正直、根性論で動きそうな奴よりはマシだ。

現場があまりに多忙すぎる、我が儘な患者が増えた、訴訟のリスクとJBMが原因だろう、医者の意識が昔とは変わってきた、マスコミがなんでも医者が悪いと叩くのが悪い等々、個別の理由を取り上げて言えば確かにどれも一因ではあるのでしょうが、しかし本当のところは時代の変化とも言うべき何かしら大きな流れの中でとらえるべき問題であるのかなという気がします。
根本的にはこれも需要と供給のミスマッチという問題に帰着するのではないかと思うのですが、これをこうやれば一発で解消!などという景気の良い事を言うのはたいていものを知らない人間のヨタ話か、あるいは何かしらの意図があって為にする議論とみて間違いなさそうです。
とりわけどうも最近では、こうした社会的関心の高い問題を格好の手段として何かしらの目的を達成しようと画策しているひとたちがいるようにも思えるのが気がかりなのですね。

「医療崩壊は基本法成立へのエネルギーになる」 ─ 医療基本法シンポ(2009年10月22日ロハス・メディカル)

 「医療崩壊とか救急・産科の(受け入れ困難)問題とかで多くの人が『医療に問題がある』と認識している。これは裏返せば、(医療)基本法成立へのエネルギーになる」─。医師の計画配置や患者の義務などを盛り込んだ「医療基本法」の成立を目指すシンポジウムで、長妻昭厚生労働相の政策ブレーンとされる埴岡健一氏(日本医療政策機構理事)が声高らかに語った。(新井裕充)

 「医療基本法」の成立に向けて10月18日に東京都内で開催されたシンポジウムの討論では、「医師の計画配置」などに反対する声をどのように抑えながら法案の成立に結びつけていくかが焦点になった。

 パネリストとして参加した元厚生労働省医政局長の伊藤雅治氏は「患者団体の横断的な組織によって統一した行動、それが今一番重要になっている」として、患者団体をうまく取り込んで進めていく必要性を訴えた。読売新聞医療情報部長の田中秀一氏も、「(患者団体を)巻き込んでいく、あるいは政権を巻き込んでいく」と賛同した。(詳しくはこちらを参照)

 これに対し、討論会の司会を務めた埴岡氏(日本医療政策機構)が「全国民対策というよりは、少数の熱い想いの人をそれぞれのセクターにつくるということがポイントかもしれない」と指摘。「本当にコアなる少数のリードする人と、反対しないで理解していただく方々を多くつくるという両面だと思う」と述べ、与野党の議員や有識者会議などで支持を取り付けて一気に成立させる方向性を示した。
 確かに、「医師の計画配置」など反発が予想される事項が含まれているため、幅広い議論をしていたのでは"各論地獄"に陥り、早期の成立が難しい。しかし、パネリストから異論が出た。

 「患者の声を医療政策に反映させるあり方協議会」の会長を務める長谷川三枝子氏は、「国民全体の問題として考えていかなければ今までと同じような医療に対する考え方というのが続く」として、国民全体の幅広い議論を求めた。
 国立がんセンターがん対策情報センターの渡邊清高氏も、「国民全体として、これからの医療をどうするのかという議論に耐えるようなものでないといけない」と指摘した。

 このように、「医療基本法」について幅広い議論を求める声が相次ぐ中、総務省の小西洋之氏が"直球"を投げ込んだ。
 「医療だけが基本法がない。とにかく、とにかくつくったらいい。基本法というのは、教育基本法のように条文が20ぐらいのものから、農水省の(農業)基本法のように50ぐらいのものもある。薄いものまでいろいろある。とりあえず、(医療)基本法をつくれば議論する場ができる」

 なるほど、関係団体などにごちゃごちゃ言わせる前に、とにかく法律をつくってしまえということか。そして、細部は法律をつくってから詰めていけばいいという趣旨だろうか。表情が曇りかけていた埴岡氏に笑顔が戻る。強い口調で、次のように語った。
 「現在、いわゆる『医療崩壊』とか救急・産科の(受け入れ困難)問題とかで、多くの人が『医療に問題がある』と認識している。これは裏返せば、(医療)基本法成立へのエネルギーになるという部分がある。それをうまく普及、"見える化"、情報提供するのがプラスになる」

 今後、救急の受け入れ困難や医療事故の問題など、国民の医療不信や不安をいかに煽り立てることができるか。そして、そのために医療機関を規制すること、医師を強制配置して偏在を解消する必要性があることなどをメディアを使って刷り込むことができるか─。自公政権下のシンクタンク「日本医療政策機構」理事の埴岡氏の手腕と、「ミスター思考停止」の決断にかかっているといえる。討論会の模様について、詳しくは次ページを参照。
(以下略)

先日からお伝えしてきました「医療基本法」絡みの話題ですが、やはりどう考えてもこの種の基本法制定などという理念的な法律制定が救急搬送問題という極めて現場に近い領域の問題解決に直結するとは思えない、そうであるのに救急問題などと絡めて議論を強引に推し進めていくということは、そこに何かしら表沙汰に出来ない意図があるということです。
そしてその意図とは何かと言えば、これも先日書きましたように一番直接的な話としては医師強制配置ということの導入であって、すでに患者団体から厚労省、財務省、政策提言集団に読売新聞らマスコミと、完全なる包囲網が形成されつつあるということなんですね。
国にも厚労省にも厳しいロハス・メディカルさんなどは救急がうまくいかないのは医師が悪いのでも患者が悪いのでもない、生存権を定めた憲法25条に違反している国の怠慢であり不作為であると大上段に振りかぶっていますが、現場の医療従事者が感じているのはそうした理念ではなく、「明日目が覚めたら赤紙が来ているんじゃないか」というもう少し切実な不安なんじゃないかなと思います。

何にしろ医者などたかだか30万足らずと1億人の中ではいたって少数派ですから、公共の福祉のために黙って犠牲になれと言うのであれば多数決の原則に従って犠牲になるしかないのもやむなしですが、ただでさえ労多くして報われることが少ないと士気低下が著しい医療現場において、こうした動きがどう受け取られるかという想像力は必要ではないかと思いますね。
医療崩壊と呼ばれる現象の原因は幾らでも挙げられますが、少なくともその解消のために医療現場の志気が崩壊したままでよいと考えている人間が政策決定に関与する人々の中にもいるのだとすれば、それはとんだ心得違いであるということをやがて壮大な規模で認識せざるを得なくなりそうな予感がしています。

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2009年10月26日 (月)

新型インフルエンザ 予防接種を巡っても混乱は続く

まだ冬というには早い季節ですが、新型インフルエンザがいよいよ本格的な流行期を迎えつつあります。
アメリカでは大統領の非常事態宣言が発令され、法律を越えた対応を行っていくなどと言う騒ぎになっているようですが、問題は予防対策の中心としていよいよ登場した新型対応のワクチンです。

日本でも医療従事者向けの接種が始まってはや一週間が過ぎましたが、すでに各地から副作用報告が上がってきているように当然ながら全く安全というものでもなく、何より安全性や有効性を示すデータがどこにも存在しない状況で大規模接種は如何なものかと、海外ではあちこちで接種差し止め訴訟などというものが起こっているということです。
こうした状況から基礎疾患のある患者に先駆けていわば医療関係者を相手に人体実験をやろうという話ですから、近ごろでは各地の臨床家も「ちょっとそれはどうなのよ?」と声をあげ始め、そして一般メディアでもそうした声が取り上げられ始めているようですね。
世間では「医療従事者だけ先に予防接種を打つなんてずるい!」なんてことを言う人もいますけれども、この新型ワクチンに関しては医療従事者の側では「そこまでいいものか?」という意見が以前から根強かったのも確かで、ネット界隈でも特権享受どころでなく醒めている声が多いようですね。

206 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2009/10/20(火) 08:45:50 ID:aMIDFMvQ0
今NHKで・・・

「副作用については・・・の話もあるが
今後医療従事者への大規模な接種により確認していくので安心

まさに捨医師wwwwww
やはり人柱

379 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2009/10/23(金) 09:33:20 ID:HU5/TRpN0
俺たちの地方医師会でワクチン接種の説明会があった、対象者の摂取基準や
供給状態などうだうだと質問が上がったが、最後に中堅の理事が
ここからはオフレコです、個人的見解として聞いて下さいと立ち上がって、
医療関係者への初回接種はご承知の通り臨床試験です。一般への接種が
およそ二週間遅れで行われること、残りがかなりあるのに一部しか配布しなかった
事から明らかです。患者への摂取基準は送られてきたワクチンを、先生方が
医師として判断し、医学的に絶対に必要と考えられる人から順番に接種
して下さい。国からのガイドラインなどに振り回されないで下さい。」
と言いおった。それからは誰も質問しなかった。最初からそう言えばいいのに。

382 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2009/10/23(金) 10:05:14 ID:hlDW+ErK0
>>379
そんなこと、医者なら誰でも知ってるけどな。
だからオレは打たないよ。

394 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2009/10/23(金) 13:11:43 ID:l99cDiXU0
>>379

あーあ また”説明会” とか言って、糞忙しい時に、集まらされるんだろうな。。

わかりきった事や、プリント渡すかFAXすればいいことを担当理事か
市役所役人が読むだけ。     またパワポかよ・・・ OTL
肝心な聞きたいことは何も知らんし、質問しても上に問い合わせまして
後日ご返答だし。。。。   毎度毎度、何で 阿呆と役人とジジイは
他人の時間を奪ってまで”集める”のが好きなのかねぇ。

そのいささか評判の悪いお役人ですけれども、どうも例によって例の如くと言いますか混乱の元凶は中央省庁の側に主因があったようで、今回の新型ワクチン導入に関しても色々とトラブルが山積していたようです。
先日はワクチン投入にまつわる混乱ぶりの一端をご紹介しましたところですけれども、そろそろ一般メディアも「どうもこれは不手際がすぎるのでは?」と感づき始めたようですね。

医師らへのワクチン、既に不足=「混乱の極み」と自治体側-新型インフル(2009年10月19日時事ドットコム)

 新型インフルエンザの流行がメキシコで確認されてから約半年。ワクチンの接種が19日、国内で始まった。厚生労働省は最初に接種を受ける医療従事者を約100万人と見積もったが、ワクチンを医療機関に配分する都道府県からは「既に足りない」「混乱の極み」と悲鳴が上がっている。
 静岡県には2万8200人分が割り当てられたが、約6万7000人が接種を求めている。配分量と希望者数との開きは大きく、香川県で2.5倍、鹿児島県は2倍の差があるという。
 厚労省が16日に開いた専門家の意見交換会では、接種回数を当初の2回から1回に減らすことで合意。医療従事者向けの2回目が浮く形だが、これを各都道府県の医師らに充てても、大阪府では約3万3000人分、静岡県では6000人分以上が不足しそうだという。

新型ワクチン1回接種、当面は医療従事者限定(2009年10月19日読売新聞)

 厚生労働省の足立信也政務官は19日夜、新型インフルエンザ用ワクチンの接種回数について、原則1回にするとした方針は拙速だったとして、専門家との意見交換会で再検討した。

 その結果、優先接種対象者のうち1回接種とするのは当面、医療従事者に限るとする案で合意した。20日に政務三役で正式決定するとしている。

 国産ワクチンを20代から50代の健康な成人200人に実施した臨床試験の結果では、1回の接種で有効性が確認された。海外でも1回接種で十分とする知見が相次いで出されているため、16日に開かれた先の意見交換会では、13歳以上は原則1回接種とする意見で合意していた。

 しかし、この結論に足立政務官が難色を示したため、今回は別の専門家からも意見を聞き、健康な成人以外の1回接種は科学的根拠に乏しいとの結論に至った。妊婦や基礎疾患(持病)のある人たちが1回接種のみで免疫がつくかどうかについては、「まだ結論づけることはできない」との意見が相次いだ。

 「小規模でも妊婦や基礎疾患のある人を対象にした臨床試験も実施すべきだ」とする意見も大勢を占めたため、足立政務官は政務三役で改めて具体策を詰めるとしている。

【新型インフル】突然の政務官介入…ワクチン接種回数めぐり二転三転(2009年10月20日産経ニュース)

 新型インフルエンザのワクチン接種回数をめぐり二転三転した厚生労働省の方針がようやく決まった。厚労省は1回接種の方針を公表する予定だったが、足立信也厚労政務官が異論を唱え、議論をやり直した。民主党が進める「政治主導」を示した格好だが、患者が急増する中、自治体や接種を控えた妊婦らからは「早く国の方針を示して」との声が挙がっている

 厚労省が16日に開いた専門家会議では、20~50代の健康な成人約200人を対象とした臨床試験の結果を受け、妊婦や持病のある人も含め「13歳以上は原則1回」とすることで合意。厚労省は1回接種にかじを切ろうとしていた。

 ところが、ワクチン接種が始まった19日、足立政務官が突然、不快感をあらわに。医師経験のある足立政務官は「科学者の端くれとしては、今回の試験ではとてもそこまで(1回接種で十分)とはいえない」として同日夜に急遽(きゅうきょ)、新たな専門家を加えた会議を招集し、軌道を修正を図った。厚労省幹部は「脱官僚を掲げる民主党としては、医系技官と一部の専門家で決めた内容が気に入らなかったのだろう」と語り、別の幹部も「(1回接種に)異論があっても、なぜ接種開始当日なのか…」と困惑した。

 国の方針が二転三転し、悲鳴を挙げているのは患者からの問い合わせを受ける自治体や医療機関だ。

 東京都大田区の診療所「川田医院」の川田彰得院長は「ワクチン接種を待つ患者が多い中、早く予約を受け付けてあげたいのに、スケジュールが立てられない」と嘆く。第一子を妊娠中の東京都品川区の主婦、小島友美さん(30)は「コロコロと方針が変わるたびに不安を感じる。ワクチンは本当に大丈夫なのでしょうか」と疑問を呈している。(蕎麦谷里志)

新型インフル「接種1回」に待った 政治主導、迷走の厚労省(2009年10月22日中国新聞)

 1回なのか。2回なのか。医療従事者や妊婦への接種回数をめぐり、方針が迷走した新型インフルエンザのワクチン。流行期に入り感染が広がる中、1回接種で人数を倍にしたい厚生労働省事務方に、政治主導で「科学的根拠がない」とする足立信也政務官が“待った”をかけた形だが、既に接種が始まった医療現場には困惑が広がっている

 ▽二転三転

 「一体何の科学的根拠があってそこまで言えるんだ!」。接種回数を検討する厚労省の意見交換会が開かれた16日夜。結果報告を受けた足立氏は声を荒らげた。

 交換会では、これまで免疫獲得には2回必要としていた接種を、13歳以上は妊婦や持病がある人も基本的に1回とする方向で専門家の意見が一致。前日夜、足立氏は同省幹部から「明日の会議で接種は1回でも有効という意見がまとまりそうです。方向転換の発表をしていただきたい」と報告を受けた。

 「すぐに結論を出す必要はない。専門家が意見を言うのはいいが、厚労省が決定したという誤解は与えるな」。医師でもある足立氏は「1回接種」は健康な成人での調査が根拠だったことから、妊婦や持病がある人に適用するのは拙速と判断、幹部に念押しした。しかし、結果は厚労省の方針とほぼ同一視する形で各メディアで報じられた。

 ▽省内不一致

 足立氏は19日夜、急きょ専門家会議のメンバーに別の感染症専門家を加えた意見交換会を開催。「慎重に検討して判断する」と事務方案を事実上ひっくり返し、翌20日、20代から50代の健康な医療従事者については接種を1回にするものの、妊婦や持病を持つ人は当面2回とする方針を公表した。

 外科医の経験があり、多くの医師や研究者らとネットワークを持つ足立氏は、新型インフルエンザ対策をめぐって事務方と対立。「つまりは、政治主導ではなく事務方が接種回数を決めたように見えて、不愉快だったんだろう」。ある幹部は強く憤る。2度目の意見交換会についても「われわれは信用されていないということだ。この先が思いやられる」とため息をついた。

 別の幹部は「医師だからといって専門知識を振りかざしたり、自分に近い専門家らの意見ばかり重用するなら、医療行政の私物化につながる」と指摘する。

 ▽困惑の現場

 省内の対立で翻弄ほんろうされた医療現場には困惑が広がる。妊婦と中高生は新たな臨床研究も予定され、今後また接種回数が変わる可能性もある。

 「2回で約6千円という金額に接種をためらう人もいる。1回か2回かというのは大きな問題」と話すのはさいたま市内のクリニック院長。「多くの人にワクチンをという考えは分からなくもないが、あまりにも現場の混乱を考えていない対応」と批判する。

 ワクチンの準備に追われるある政令市の担当者は「厚労省は現場のことが頭にないのではないか」と憤る。「ぎりぎりのスケジュールで準備をしている。こんな基本的なことがころころ変わるのでは計画が立てられない」。

記事中にもありますように、この接種開始の遅れというものの原因として接種回数を何回にするかという議論が非常に混乱を極めたこと、そして何より厚労行政における主導権争いが挙げられるのは確かであるようです。
特に民主党医療政策のキーパーソンとも目される足立氏と厚労省官僚側との間の摩擦というものが露骨に現れているようですが、新政権で政治主導をうたうのは良いとしてもすっかり官僚側もへそを曲げてしまっている気配が濃厚で、これは尾を引きそうだと感じますよね。
このあたり、厚労省に厳しい(笑)ロハス・メディカルさんの記事によれば厚労省はいつものような仕事ぶりとも言える話ですけれども、何にしろのっけからこういう政治家あるいは医療関係者対官僚という対立の構図を表面化させてしまって、本当に今後の医療行政は大丈夫なのかと心配になってきます。

新型インフル ワクチン1回化は「科学の仮面かぶったデタラメ」(2009年10月17日ロハス・メディカル)

 新型インフルエンザに関する厚生労働省の専門家会議で16日唐突に「13歳以上のワクチン接種は1回でよい」との合意がなされたことに対して、17日世田谷区医師会内科医会が開いた講演会の中で「専門家ならしない非科学的な判断を、専門家を名乗る素人が行なっている。それを御用メディアが垂れ流し、皆で拝んでいる。この国は危険だ」と激しく批判する声が上がった。(川口恭)

 今日の新聞各紙とも1回打ちが厚生労働省の方針として決まるかのように報じられている。話を分かりやすくするために代表的な例として産経新聞の記事を引用する。

    【新型インフル】国産ワクチン「1回接種」へ、4000万人分に広がる 2009.10.17 02:00
     新型インフルの国産ワクチンの接種回数について、厚生労働省の専門家会議は16日、免疫が上がりにくいとされる「1歳から13歳未満の小児」以外は原則1回接種とすることで合意した。厚労省の調査で、「1回接種でも効果がある」とする結果が出たため。来週にも1回接種の方針が正式決定する見通し
     2回接種を想定した場合の2700万人分から大幅に増加し、4000万人分の国産ワクチンが確保されることになる。接種可能人数が増えることで、接種のスケジュールが全体的に前倒しになるほか、輸入ワクチン(4960万人分)が使われる予定だった高校生や高齢者にも国産ワクチンが使われる。
     また、輸入品の接種効果も調査中で、こちらも1回で効果が確認されれば、国内生産分と合わせ全国民にワクチンが行きわたる計算となる。
     厚労省は、海外で「1回接種で効果が得られる」との報告が相次いだことから、9月に20~50歳代の健康な男女194人を対象に調査。接種の3週間後に効果を調べたところ、1回分のワクチン量を打った96人のうち75人(78%)で効果があった。2回分の量を打った98人では86人(88%)に効果が確認された。
     新型と同じH1N1型である季節性Aソ連型に過去に感染した際に、新型に対しても基礎的な免疫を得ている可能性が指摘されている。
     専門家会議は、免疫が極端に下がる白血病やがん患者などには「2回接種も可能」とする見解を出した。

 が、実は政務三役はまだ了承していない。特に筑波大医学部助教授から政治家に転進した足立信也政務官は、専門家会議の議論の過程を知り「科学者の端くれとして断じて許せない」と激怒した模様だ。

 専門家会議の今回の議論のデタラメさについて、世田谷区医師会講演会に登場した上昌弘・東大医科研特任准教授は次のように解説した。

 「議論の判断材料になった臨床試験のデザインは非劣性試験といって、標準治療が存在する時に、効果は劣る代わりに別のメリットがあるような治療法をテストし、劣る効果と得られるメリットとを比較検討するためのもの。今回の場合、標準治療は2回打ち、効果は抗体価の上昇、メリットは接種人数が増えること、になる。だから、試験結果の正しい読み方は、2回打ちに比べて1回打ちは抗体価の上昇が10ポイントほど低いけれど、それを容認してでも接種人数を増やすべきか、ということになる。こんなのは学生でも半年ぐらい勉強すれば分かること。なぜこんな簡単なことを間違えるかと言えば、専門家会議と言いながらメンバーは素人だからだ」

 さらに「百歩譲ってメリットが上回ることを認めたとしても、20歳以上の人を対象にした試験で、なぜ13歳以上まで適用を広げられるのか。科学的には言えるはずがない。特に今回は中高生の罹患も重症化事例も多いことが知られていて、成人と様相が明らかに異なる。臨床試験の勉強をした人なら絶対にしないような合意をしてしまっている。この国は危険だ。素人が判断して、それを皆で拝んでいる」と述べた。

 同じく講演会で講師を務めた森澤雄司・自治医大感染制御部部長も「そもそも抗体価が上昇するからといって、ワクチンに効果があるとは限らない。また、海外のワクチンが1回で効果があると言っても、それと国産ワクチンとは全く別物。それぞれ独立に判断しなければならない。前提条件を3重にも4重にも間違えている。以前は確信犯的にやっていると思っていたのだけれど、最近は本当に知らないんじゃないかと思うようになった」と、講演会終了後の取材に対して語った。

一連の経緯を聞いて激怒し再検討を決断したという足立氏にしてもいかにも民主党らしいと言いますか、議論を公開することで「正義は我にあり」と世論を味方につけようとしているように思えます。
この件に限らず医療現場での厚労省不信も根強いものがありますから、今のところ厚労省がまたぞろやりやがったなというくらいに捉えている人間も多いように思いますし、実際あちらこちらの講演会などでも「厚労省を信じてはいけない」という声まで出ているようですけれども、そう簡単な話で済むものなのでしょうか。

結局一回接種でどれくらい、二回接種ではどれくらい抗体価があがると言うということまでは何とか判っていたとしても、これによる実際の感染防御はどの程度といったデータも十分ない状況なのですから、いくら専門家が議論したところで「科学的な根拠に基づいた結論」など出るはずがない、あるいは「判りません」としか言えないわけです。
そうであるならば問題はすでに医学というよりは社会防衛に対する疫学、あるいはむしろ政治の領域に入っているのかなという気がするところですが、どうもその政治の動きがひどく鈍く思えるのが気になるんですよね。

そもそも新型ワクチンの目的が個人防御なのか集団防御なのかということを考えれば、基礎疾患を持つ優先接種対象の患者というものは罹患すると危険であるというハイリスク群であって、これは明らかに罹患しないことを目的にする個人防御が主体です。
しかし医療関係者の場合はもちろんインフルエンザに日常的に暴露される可能性が高いということで個人防御も重要ですが、何より一度に多数がリタイアされると組織維持が困難になるとか、日常的に接触する患者に対してうつしては困るといった意味では、個人防御より集団防御的側面の方が強いはずなのですよね。
そうした事情を事を分けて国民に説明し、例えばハイリスクの人はかかると危ないのだから二回やりましょう、基礎疾患のない方はワクチンも足りないことですし申し訳ないが一回にさせてくださいと国民の了承を得ておくべきことこそ一番の仕事であったはずなのに、その肝心の仕事を全く放棄して身内の議論だけで方針が二転三転では、一体どこをどう評価しろと言うのかというところでしょう。

厚労省と言えば先頃にも抗うつ薬の副作用で厚労省は何をやっているんだと騒ぎになった事例がありましたけれども、どうもこのあたりの広報業務に関しては相変わらず下手なのかと思われるところで、政治家に対しても国民に対してももう少しうまい説明が出来るようになれば余計な「誤解」を受けることも減るのではないかとも思うんですけれどもね。
そして民主党政権にしても社会的に受容できるリスクはどれくらいであるから我が国としてはこの方法を選択しますという、国民に対する説明と同意のプロセスをも含めた政治主導の決断というものが問われるはずではなかったかと思うのですが、現実は前述の記事にありますとおり単に上がドタバタしていて、下は意味も判らず混乱しているという状況であるわけです。
当事者の誰かが一方的に悪いと決めつけるのは話が簡単でいいのですが、どうもそう簡単な構図でもないということなのか、いずれにしても国の舵取りをしているのだからもう少ししっかりしてくれよと言いたくなるような一件ではあったということでしょうか。

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2009年10月25日 (日)

今日のぐり:「日本料理 宝ヶ池」

先日こんな思いがけないものが流出しまして、危うく国際問題になりかけたことを御存知でしょうか?

英国大使らが作成した赴任国の評価レポート、失礼極まりない本音の数々(2009年10月21日AFP)

タイ人には文化がなく、無類のセックス好き。アフリカ人は自己を破壊する傾向がある。ニカラグア人は嘘つきで暴力的でアルコール依存症――以上が、英国の一部の高級外交官たちが持った感想だ。

 英国では、高級外交官が海外での任期を終えて帰国する際、その国に関する「詳細かつ率直な」評価報告書をロンドン(London)の外務連邦省に提出する慣習が06年まで続いていた。

 非外交的とも言える文言が並ぶ同報告書は、同省幹部以外は目を通さない「極秘扱い」だが、英国放送協会(BBC)がこのほど、法律で定められた国立公文書の30年の保管期間が過ぎたもの以外にも、情報公開法により一部を入手。20日に始まった同局の新番組『Parting Shots(別れの挨拶)』で紹介した。

■率直過ぎる感想の数々

 1965~67年にタイの首都バンコク(Bangkok)に赴任したアントニー・ランボルド(Anthony Rumbold)卿の感想は単刀直入だ。「ここには文学も絵もない。あるのは、ひどく異様な音楽のみ。彫刻と陶芸と舞踊は、他からの借り物。建築物は単調で、内部の装飾は不気味」

「金持ちの楽しみは賭け事とゴルフであることを誰も否定できないだろう。放蕩が彼らの最大の楽しみなのだ。タイ人の平均的な知能レベルは低い。われわれよりははるかに低く、中国人と比べてもかなり低いといわざるを得ない」

 同じ年、ニカラグアの首都マナグア(Managua)に赴任していたロジャー・ピンセント(Roger Pinsent)氏も、思いのたけを書き記している。「ニカラグア人の平均像とは、ラテンアメリカ人の中でも最悪の部類に入る、不正直で信頼できず、暴力的でアルコール依存症。残念だが疑問の余地はない」

 ナイジェリアに赴任した高等弁務官のデビッド・ハント(David Hunt)卿は1969年、次のような報告書を送付した。「ナイジェリア人には、いつでも、自分たちに最も危害が及びそうな道を選ぶという、狂った習慣がある

「彼らだけではない。アフリカ人は総じて、自分の鼻を切断して顔をおかしくすることをいとわず、こうした手術を美容整形の偉業と考えている」

 そのほか、ブラジルは「国の運営が恐ろしくひどい」と表現され、ある駐カナダ大使は当時のピエール・トルドー(Pierre Trudeau)首相を「変人」「金持ちのヒッピー」「徴兵忌避者」呼ばわりしている。

■タイがやり玉に

 第1回目の放送で、最も目立ったのはタイに関するコメントだ。

 ある大使は、当時のタイの外相を「虚栄心が強く神経質で論争好き。リベラルやフランス、カンボジアに対する妄想ときたら・・・時々、この人の頭は大丈夫なのかと思うほどだ。すごく不快な人物というわけでもないのだが」

 先のアントニー卿は、「さまざまな欠点」を指摘する一方で、好意的な印象もわずかではあるが残している。「陽気で外向的で知性に反した人々と時たま一緒にいると、ヨーロッパ的な価値観が薄れていく。彼らのマナーはすばらしく、習慣にはこだわりが見られ、優雅な身振りをする。われわれをゾウや雄牛にたとえるならば、彼らはガゼルやチョウだ」

■自国への批判も

 報告書の中には、外務連邦省に対する批判も見られる。1998年に赴任先のインドから帰国したデビット・ゴアブース(David Gore-Booth)卿は「わが国の外交の大きな失敗の1つは、『山高帽をかぶり細縞のスーツを着て、軟弱で、シャンパン好き』といった外交官のイメージを払拭できていないことだ」と書き記している。

まあ率直と言いますか、ある程度は時代背景も考えて割り引いて見るべきではあるのでしょうけれども、一応友好国とも言うべき対象であってもこういうところで容赦はしないのがブリですからね。
ブリ流の皮肉と諧謔に満ちた評価を下してしまうとおよそ世の中に素晴らしい国などというものは存在しなくなってしまいそうですが、一応そういう国もあるのだと弁解?はしているようですね。

赴任国の評価レポート公表、「タイは素晴らしい国」と現英国大使が擁護(2009年10月22日AFP)

1960年代にタイに赴任した英国の外交官が「タイ人には文化がなく、無類のセックス好き」などと記した報告書の内容が20日、BBCラジオで公表されたが、現在の駐タイ英国大使クイントン・クエール(Quinton Quayle)氏は21日、「タイは素晴らしい国」とタイを擁護する声明を発表した。

 2年前にタイに着任したクエール大使は、「わたし自身の感想は42年前の先輩のものとは違う。タイには30年前にも着任したことがあるが、それ以来、タイの文化、とりわけ美術、彫刻、舞踊、音楽、文学の豊かさには感銘を受けてきた。これらはすべて、風景の自然美やタイの人々の魅力、温かさに一層引き立てられている」と述べている。

 BBCは、高級外交官が海外での任期を終えて帰国する際に作成した、赴任国に関する評価報告書の一部を入手。20日に新番組の中で放送した。

 この中には、1965~67年にタイに赴任したアントニー・ランボルド(Anthony Rumbold)卿が書き記した次のような感想も含まれていた。「ここには文学も絵もない。あるのは、ひどく異様な音楽のみ。彫刻と陶芸と舞踊は、他からの借り物。建築物は単調で、内部の装飾は不気味」「金持ちの楽しみは賭け事とゴルフであることを誰も否定できないだろう。放蕩(とう)が彼らの最大の楽しみなのだ。タイ人の平均的な知能レベルは低い。われわれよりははるかに低く、中国人と比べてもかなり低いといわざるを得ない」

 こうした感想について、外務省のスポークスマンは、「これは彼自身の偏見に基づいた個人的な意見。公的なものではない」として、政府としてのコメントを控えると話した

否定するのではなくコメントを控えるというのがブリ流ということなのかも知れませんが、こういうことを言われると逆に現代のブリ外交官がどういうレポートを書いているのかと気になってくる話ではありませんか(苦笑)。
それはともかくとしても、こうまで他国に対して辛辣な評価を下すブリ自身の国際評価とはいったいどの程度のものなのかと、誰しも気になるところではありますよね?
最近こんな調査結果が出ていまして、まあそうなんだろうなと思えるような結論が出てしまったようです。

欧州で最も生活の質が高いのはフランス、最下位は英国(2009年10月13日AFP)

欧州の大国の中で最も生活の質が高いのはフランスで、収入が最も高いにもかかわらず生活の質が最も低いのは英国――。こうした調査結果が12日発表された。

 調査は、消費者サイト「uSwitch.com」がフランス、スペイン、デンマーク、オランダ、ドイツ、ポーランド、イタリア、スウェーデン、アイルランド、英国の10か国を対象に、さまざまな機関の研究結果をもとにライフスタイル17項目を比較したもの。

 それによると、1世帯あたりの年間所得が最も高いのは英国で、10か国平均を1万ポンド上回る3万5730ポンド(約500万円)だった。その一方で英国では、燃料、食糧、アルコール飲料、タバコへの支出が欧州平均を上回っており、収入の大部分が生活費に消えている

 労働時間が最も長いのはポーランドだったが、一方で休暇日数は最も多い部類に入っている。英国の労働者の週平均労働時間は37時間だが、休暇日数は最下位だ。

英国は、国内総生産(GDP)に占める保健・教育関連支出の割合では最下位に近く、平均寿命は10か国平均を下回り、日照時間も平均を大きく下回っていた

 一方フランスでは、10か国平均に比べて退職時期は早く、寿命は長く、有給休暇日数も多かった。所得は平均を下回ったが、食糧、アルコール飲料、電気、ガスなどの料金は最も低かった。

これは主に価格等の数字的なものによる評価のようですけれども、ここに質といった要素が入ってきますと更なるブリの圧倒的な底力が発揮されそうですよね(特に食事とか食事とか食事とか)。
しかしブリの優越性はこんなところにあるものではなく、やはり昔から奇想天外、想像の斜め上をいくオリジナリティーにこそその本質が発揮されるのだと考えるべきではないでしょうか。
先頃ロンドンで開かれた「英国発明展」でも様々な魅力的アイテムが登場したそうですが、携帯用スポーツジムに媚薬効果のあるシーツ、ワイヤーが出てしまったブラジャーをあっという間に修理できるアイディア商品など、他国では例え間違ってそういう発想が出てきたとしても決して商品化はされそうになさそうな素晴らしいアイデアがてんこ盛りなのが素敵です。
最近「非常にブリ的である」と話題になったのが、ブリの家電メーカーであるダイソンが発表したこんな奇妙な扇風機なんですね。

Dyson、“羽根がないのに風が出る”扇風機を発表(2009年10月13日ITmediaニュース)

DysonのAir Multiplier扇風機は従来の扇風機のような羽根はなく、流体力学を利用した独自の技術で空気の流れを増幅する。

 Dysonは10月12日、「羽根のない扇風機」を発表した。

 同社の「Dyson Air Multiplier」は従来の扇風機とは違って羽根がなく、土台に輪を乗せたような形になっている。

 従来の扇風機は、羽根が空気を切ってしまい、空気の流れが不均衡になる点が問題だった。Dysonの技術は流体力学を利用した独自の技術で空気の流れを15倍に増幅し、毎秒119ガロンの空気をスムーズに流すという。

 この扇風機は土台の部分に組み込まれたモーターを使って空気を吸い込み、その空気を飛行機の翼のような傾斜がついた輪から送り出す。空気が輪から出るときに、その気流に周囲の空気が引き込まれて、空気の流れが増幅され、空気が一定して途切れなく流れる。

 Dysonは、この扇風機は羽根がないため安全で手入れが簡単だと述べている。上部が重く簡単に倒れることもある従来の扇風機とは違って、傾けることもできるという。

 Dyson Air Multiplierは10インチと12インチのモデルがあり、価格はそれぞれ299.99ドルと329.99ドル。カラーは10インチモデルがブルー&アイアンとシルバー&ホワイトの2種、12インチモデルがシルバー&アイアンの1種。米小売店やDyson.comで販売の予定。

これはもうリンク先の画像を参照していただくのが一番判りやすいのですが、何よりブリ的で素晴らしいと思うのは今どき扇風機という安物で用が足りる枯れた家電にこうも最新の技術を投入し、300ドルも取るというところではないかという気がしますね。
その見返りが安全で手入れが簡単で傾けることもできる扇風機だと言われれば、これは何と素晴らしい画期的発明だろうねと歓喜出来るようにならなければ一流のブリジャンキーとは言えません。
当然ながらこのワクワクするような新商品に各界のブリジャンキーは狂喜乱舞する勢いで称讚の嵐が吹き荒れているところですが、その一例として以下の記事を紹介してみましょう。

細川茂樹 「ダイソンは家電界のドラえもんだ」(2009年10月19日J-CASTニュース)

  大の家電好きで知られる俳優の細川茂樹がブログで、英家電メーカー「ダイソン」の羽根なし扇風機に、興奮しっぱなしの様子を書いている。

   2009年10月17日の記事によると、細川は、「凄い発表会に参加した」という。ダイソンが売り出す、羽根がない扇風機「エアマルチプライアー」のお披露目の席のことである。

   会見で細川は、ダイソンCEOのJ・dyson氏との対談も実現し、「家電が好きで良かったぁぁぁー!」と終始興奮気味の様子。ダイソンといえば、紙パック不要のサイクロン式掃除機のヒットで知られる。

   さて、このエアマルチプライアーは、輪型の形状で、扇風機の「常識」を覆すデザインだ。それだけに、細川は「頭を説得させるのに時間が掛かった」という。

   「…羽根がない。…かさばらない。…何より、格好いい。そして凄い強力な風で超涼しい」「掃除機に続き、色々な常識を覆した斬新な革命家電の誕生だと痛感。…黒船dysonに心奪われる。。。dysonは家電界のドラえもんだと握手した時感じた

   というわけで、この扇風機、細川は複数個を注文して、自宅に帰ることになったのはいうまでもないことだと、おどけてみせた。

いきなり複数個を注文しますかそうですか…
ま、細川氏程度ではまだしもこういうレベルだとしても、もう少し本格的な(あるいは終わっているとも言いますが)ブリジャンキーともなりますと深読みのレベルが数階層上(下?)になってきます。
某所の救われないブリジャンキー達の書き込みから引用してみましょう。

851 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2009/10/15(木) 14:42:50 ID:???
>>850
しかしダイソンだぞ?
半年も経ったら動力銃塔が付きかねん…

855 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2009/10/15(木) 16:29:03 ID:???
ブリテンらしくこのまま「正常進化」すれば数年後には
アフターバーナーを焚き爆音と共に熱風を噴出するファンヒーター
なんてのが登場しそうだな。

当然燃料タンクは輪っかの上

856 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2009/10/15(木) 16:58:30 ID:???
しかも輪っかは縦に二つだ。

857 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2009/10/15(木) 19:04:54 ID:???
>855
ん?
君は何を言っているのかね?
そんな植民地人の田舎野郎の商標なんぞを使うなどと。
正しくブリテンでありたいのならばリヒートと言いたまえ。
罰として今晩はジャガイモ抜きだ!!

883 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2009/10/17(土) 10:42:47 ID:???
送風力はリング径に比例しそうだが


884 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2009/10/17(土) 12:56:52 ID:???

流速を速めれば良い。
その為にはより強力なモーターが必要になり、モーターを冷却する必要も出てくる。
そこで両軸モーターの一端で本体を駆動して
もう一端にはモーター冷却用の大口径静音ファンをつければ良い。

そう、まさしくこれこそはブリ!どこまでも斜め上でなければブリではないとはこのことなのです!
「いくらなんでもそんなこと…」とお思いのあなた、あなたにはこの有名な言葉を思い出していただく必要があるでしょうね。

「あいつの場合に限って常に最悪のケースを想像しろ。
奴は必ずその少し斜め上を行く!!」

今日のぐり:「日本料理 宝ヶ池」

京都市の北の外れ、閑静な山中?に存在するグランドプリンスホテル京都はこのたび開業10周年を迎えたのだそうで、ただいま何やらイベント開催中のようです。
こちらも人里離れた場所にある大きなホテルであるだけに当然周囲に食べ物屋などというものはそうそうないらしく、それもあってか建物の中には何軒かの料理屋が並んでいるのですが、見たところどの店の料理もホテルの飯という感じで何かもう一つそそられるものがないんですよね。
そんなわけでこちらは積極的にというよりは、比較的害がなさそうなという意味で選んだのですが、HPによれば「季節の京会席をはじめ本格的な江戸前の寿司・天婦羅をお楽しみいただけ」るお店なんだそうです。

ちなみにこの時期やっている「開業記念定食」なるものの内容はこんな感じなのですが、このネーミングセンスはもう少しどうにかならなかったものですかね?

開業記念定食 1名さま ¥2,800→¥2,300
 小 鉢 胡麻豆腐 割り醤油 山葵
 造 り 旬の御造り五種盛り合わせ
 揚 物 海老と野菜の天婦羅盛り合わせ
 御 椀 清汁仕立 松茸 菊花つみれ 三つ葉 柚子
 御 飯 京都産きぬひかり
 香之物 京つけもの三種盛り

待つことしばし…というよりはかなり待たされた印象なのですが、運ばれてきた開業記念定食の見た目はまさしく定食という感じで、一見そこらの街中の料理屋で昼の定食なんて出てくるものと大差ありません(大差があるのは値段ですが)。
メインの一角を張る天ぷらはエビや椎茸などごくありきたりのものばかりで、見た目も味もどこかのひなびた温泉旅館あたりで出されても違和感のない仕上がり(どうせならもう少し京都らしさが出ればよかったのに…)。
このエビは正直少し揚がりすぎという感じで食感がどうも、スーパーのお総菜コーナーの天ぷらの味ってきっとこうなんだろうなと想像させる仕上がりで(いや食べたことはないですけれども)、周りを見てもこのエビを残している人は結構いたようですけれども、それに輪をかけて素敵なのがもう一方の主菜である刺身です。
確かに京都という土地はもともと海とは遠く隔絶された世界なんですが、それでも色々と先人が工夫して特色ある海鮮料理の数々を誇ってきたわけではないですか。
料理が来た瞬間の並んだ刺身の見た目、色艶だけでもこれはちょっと…という感じなのですが、実際に口に運んでみれば期待を裏切らない内容で、なんで今の時代にこんな京都と縁もゆかりもなさそうな土地の萎びた海の幸ばかり食べなければならないのかと人生の悲哀を十二分に味あわせてくれます。
最近あちこちの産地でいただく味にいささか舌がおごっているのも確かかも知れませんが、これも残している人がいましたから客観的評価は推して知るべしで、やはりスーパーの鮮魚コーナーの刺身盛り合わせってきっと(以下略

少しばかり京都らしいといえば胡麻豆腐(もっとも胡麻豆腐と言えば本来奈良か和歌山が本場だそうですが…)ですが、こちらは出来の悪い胡麻豆腐にありがちな嫌な雑味が比較的押さえられているのは好いのですが、しかし胡麻豆腐らしい濃厚なうま味も薄いですから、何のことはない単なる調製時の濃度の問題なのでしょうか?
松茸とつみれの吸い物はよく言えば京都らしい薄味という言い方も出来なくもないかも知れませんが、おかげで全体の底流を為す柚子の酸味が相対的に悪目立ちしてしまって、柑橘風味に弱い自分にはちょっと合いませんでした。
飯は懐石的というのでしょうか、こぢんまりと盛りつけられてかわいらしい一方で食べ応えという点ではあんまり…なのですが、こういうところで飯を食う人間はそういうものを求めていない人がほとんどだと思いますからこれで正解なんだと思いますね。
ところで初めていただくこの「きぬひかり」の食味に興味があったのですが、透明感ある炊きあがり、米粒の立ち具合など見た目はいかにも銀シャリという感じで悪くはないのですが、味自体はくせがなく食べやすいもののさほど個性を主張してくるというような強い味でもないようです。
こういうさっぱりしていて粒の立った米はすこしこってり目の具材と組み合わせて炒飯などにして食べてみるとうまいのかなとも感じたのですが、聞くところによると寿司米として人気があるそうですから店の性質には合った選択ということなんでしょうかね。

料理人が仕事をしたと言えば通常良い意味で使われる場合が多いですが、これはまさに悪い意味での仕事と言いますか、日々の生業の中でただ黙々とこなすだけの作業としての一品という感じで、最近あちこちで主張の強い料理を食べる機会が多かったせいかどうも無難なだけのホテルの飯とはこういうものかと再認識させられる味でしたね。
割高なようでも場所代などを考えるとあまりコストもかけられないのも判りますが、別に高い素材でなくとも料理としての演出の上でも何かしらもう少し京都らしいものと言いますか、目で見ても楽しく食べても幸せになれるようなものを出していただければと、味以前の段階でちょっと見た目のがっかり感は近来ないほどの特筆すべきものがありました。
確かに和食の基本的な技術は一通りのものを持っているんでしょうが、一応記念をうたっている言わば看板を背負っているメニューがこれでは正直ちょっと弱いのかなという気がしますが、本業である寿司でも食べてみればもう少し別な感動でもあったのかと言えば、もう一度訪れて試してみようと思わせる力がこの一食にあるかどうかですね。

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2009年10月24日 (土)

思わぬところで明かされていく本性

最近ではテレビなどを中心とするいわゆるリポーターなるものの傍若無人ぶりもよく知られていて、彼ら当人としてはネタを報じているつもりなんでしょうが、むしろ彼らの醜態の方がよほどネタになるなどと一部ではカルトな人気を得ているようです。
しかし当事者ともなるとそうも言っていられないというのも確かなのでしょう、とうとう裁判沙汰にまでなる騒ぎになってしまいました。

TBS女性リポーター 傷害と過失傷害容疑で書類送検(2009年10月21日産経新聞)

取材相手の女性の左手に打撲などの軽傷を負わせたとして、大津署が傷害と過失傷害の疑いで、TBSの生活情報番組の女性リポーター(38)を大津地検に書類送検していたことが21日、わかった。

 送検容疑は、2月12日午後7時ごろ、取材で大津市内の女性(44)方を訪ねた際、女性とトラブルになり、女性の左手を玄関のドアに挟み、指に打撲など1週間の軽傷を負わせたとしている。女性が大津署に告訴していた。

 TBS広報部は「告訴状のような事実はなかったと考えている。地検の判断を待ちたい」とコメントしている。

これだけを見ますといつもの取材現場の押し問答なのかという感じの話にも聞こえるのですが、よくよく事情を聞いてみればとんでもない、この取材相手の女性なる方は全く無関係の第三者であったにもかかわらず自宅まで勝手に押しかけ、挙げ句の果てに怪我まで負わせていたというのですからさすがTBS、ネタのクオリティーが高すぎます。

TBSまた不祥事、傷害容疑で送検女性リポーター 打上順子(2009年10月22日芸能画像)より抜粋

3月いっぱいで終了したTBS系情報番組「2時っチャオ!」の女性リポーターが、インタビュー中の女性ともみ合いになり、けがを負わせたとして、傷害などの疑いで、大津地方検察庁に書類送検されていたことが21日までに分かった。NHKが報じた。

 関係者によると、女性リポーターはフリーで活動中の打上(うちがみ)順子さん(38)。2月に取材のため訪れた滋賀県大津市の住宅で、この家に住む女性と玄関先でトラブルになり、左手に1週間のけがを負わせた、傷害と過失傷害の疑いが持たれている。

 打上リポーターは、金銭問題の渦中にあった俳優、千葉真一さん(70)の周辺取材中で、千葉さんとのトラブルに巻き込まれた人物に接触を試みようとしたが、この女性は千葉さんとはまったくの無関係。結果、押し問答となり、女性が警察に通報したが、打上リポーターは警官の到着前に現場を立ち去ったという。

 打上リポーターは、元長崎文化放送のアナウンサーで、ニュースやイベント司会などを担当。退社後、フリーとなり、テレビ朝日「ワイドスクランブル!」やTBS「おはよう!グッデイ」のリポーターを務め、さらにナレーションなどの仕事もこなしている。(サンスポ)

無関係の第三者にこうまで迷惑をかけたあげくに怪我まで負わせたというのですから、単にフリーリポーターの首を切るという程度ですますわけにはいかない重大事件だと思いますが、しかしここまでのことをやっても「さん」付け報道とは、他の事件報道との整合性というものをどう考えているのかですよね(苦笑)。
しかしTBSも毎回毎回よくもこうまでネタを提供してくれるものだと非常にありがたい話だと感じ入るしかないのですが、ネタと言えばこちら天下のNHKも全くひけは取りません。
先日は例の台湾偏向報道問題に関連して、わざわざ番組のチーフプロデューサーとディレクターが訪台し、出演した台湾人らに抗議を取り下げるよう持ちかけたり、不問に付す文書にサインするよう求めていたというとんでもない話が公になったばかりですが、その件に関してNHKではこんな素晴らしい弁明をしているようです。

「確認のためサイン得た」 台湾問題でNHK放送総局長(2009年10月21日産経ニュース)

 日本の台湾統治を扱ったNHKスペシャル「シリーズJAPANデビュー 第1回『アジアの“一等国”』」をめぐり、出演した台湾の人々に抗議の意思がない旨の文書にサインするよう番組スタッフが求めた問題で、日向英実放送総局長は21日の会見で、「抗議の意思がないということを確認したかった」と説明した。

 日向総局長は「放送直後の台湾の方々のリアクションは非常によく、抗議するつもりはないと聞いていた。(後に抗議があり)それまでに聞いていた話を確認したい気持ちでサインをいただいた」と説明した。

おいおい…NHKは公式見解として「台湾の人から抗議はなかったから何も問題はない」とはっきり公表しているというのに、今さら抗議はあったということに訂正するということなんですか?
しかも抗議の意思があるかないかなどと言うものはNHKに確認されるような筋合いのものでもなく、そもそも抗議どころか訴訟の原告にまで参加している相手に「抗議の意思はない」と一筆求めてまわるとは、それはどう考えても訴訟に関連した圧力と解釈せざるを得ない話ではないでしょうか?
これだけでも十二分に香ばしすぎるネタなのですが、さらにNHKという組織の素晴らしさが表れているのがこちら、個別の番組に対して局の幹部が回答するという「トップトーク」での答弁なのですね。

NHKトップトーク 放送総局長会見(2009年10月21日NHK)より抜粋

Q:「JAPANデビュー アジアの“一等国”」の一部新聞報道ついて

A:(日向総局長)
  番組担当者が放送後、出演者に会って感想を聞いたり、改めて番組内容を説明したりするのは当然のことと考えている。

いやいやいや、それ感想を聞くとか内容を説明するとか言うレベルの話じゃないですから。
率直に言ってこういう露骨な圧力をかけた上にこうまで稚拙な弁明を繰り返しているようではNHKと言う組織もどうなのよと心配になるところですが、そうした醜態に突っ込もうともしない他メディアの方も実は同レベルなのではないかと露呈した一件ではありましたね。

思わぬところで本性が露わになると言えば、先日元大臣の中川昭一氏が急死したことは未だ記憶に新しいところですが、これに関連して多数のネタが出てきています。
中川氏と言えば以前からマスコミ諸社によって寄ってたかって袋だたきという状況が目に付いていた人物で、今回の一件もそうした周囲からの重圧が一因ではないかという推測もあるようですね。
中川氏は例の北朝鮮拉致問題でも各方面に強力に働きかけていた人物でもあり、将来の総理候補とも目されていた元大臣の急死で意気消沈している人が多いと言いますが、その中で大喜びで拍手喝采していそうな御仁がこちらです。

【マスコミ】読売テレビ解説委員・辛坊氏「(中川前財務相は)オメオメ有権者の前に出るな。出たら必ずあのVTRが流されますからね」

たかじんのそこまで言って委員会で
番組司会の辛坊治郎(読売テレビ解説委員)氏

 「お父さんも自殺されてるし、ああいうこと(「酩酊」会見など)を
  何回も何回もTVで放送すると、本人は自殺の恐れがあるから、
  もうこの辺で止めといてやろうやないかという話になるじゃないですか。
  とんでもない話だと思います。あんなものはね××××(放送自粛音)と
  思いますよ。あんだけ国際社会に恥かいてね、オメオメねぇ
  オメオメ有権者の前にもういっぺん出るなと!
  もう二度と再びたぶん出られないと思う・・。
  出てきたら必ずあのVTR(「酩酊」会見など)を流されますからね。
  その意味では世の中にはやってはいけない事があるんだって。」

とコメントし、中川前財相を痛烈に批判しました。

http://www.youtube.com/watch?v=nI0Vy_FLOlE (7分20秒頃から辛坊氏の該当場面)

たかじんのそこまで言って委員会
http://www.ytv.co.jp/takajin/

で、実際に中川氏を「有権者の前にもういっぺん出」られない状態にまで追い込んだ辛坊治郎氏も、当然ながら二度と世間には出てこないわけですよね?(苦笑)
読売と言えば例の中川氏バッシングの端緒となった飲酒会見事件に際して、会見前に飲酒をしたとされる会食に同席しながら一切コメントすることなくバッくれた女性記者がいるところだそうですが、こういうのも一粒で二度、いや三度美味しいということになるのでしょうか。

この番組に関しては録画放送ということで当該発言が為されたのは少し前のことだと思われますが、何にしろ中川氏に不幸があった時期にちょうどタイミングを合わせるようにこういうネタが出てくるところからして、これはあるいは友愛されちゃったのかも(苦笑)などとネット上では話題になったものです。
さらに面白いのは、この件に関して辛坊治郎氏が何らコメントすることなく、一方で件の動画が読売からの申請によって削除されてしまったということで、要するにこれは読売としては闇から闇に葬りたいということであるのかと感じられるところですよね。

中川氏死去に関連してはこういうものもありますが、生きているうちはさんざんバッシングを繰り返しておいて亡くなった途端に「注目しないでください」では、注目されると何かしら困ることでもあるのかと妙に勘ぐりたくもなるものでしょう(苦笑)。

【エンタがビタミン♪】サンジャポ青木裕子。中川氏死亡の速報に「注目しないでください」(2009年10月04日Techinsight Japan)

酩酊会見やバチカン美術館でのトラブルなどで世間を騒がせた、元財務相 中川昭一氏死亡のニュースが流れた4日朝。TBS系列の情報バラエティー番組『サンデージャポン』で、中川氏死亡のニュース速報に「速報は注目しないでください」という冷たい一言が放たれた

この日、中川氏死亡のニュース速報は、サンジャポの放送開始後すぐに流れた。このとき同番組は、爆笑問題の田中さんの離婚についての話題で盛り上がり中
画面に流れた中川氏死亡のニュース速報に田中さんが反応すると、「速報は注目しないでください」と進行役の青木裕子アナがピシャリ。確かに今年8月に行われた第45回衆議院議員総選挙に落選したとはいえ、元は農林水産大臣や財務大臣、金融担当大臣など歴任した人物。そこまで冷たく言い放たなくても・・・と感じたのは記者だけではなかったはずだ。

この発言に関しては既にネット上でもスレッドが立っており、「馬鹿だなあ言い方があるだろ 」「注目しないでなんのための速報だよ 」「こんな重大なニュースよりタレントの離婚のほうが大事なのか?」と厳しいコメントが書き込まれている。

この中川氏の死亡についてはwikiも即座に修正・加筆が行われており、4日の10時5分時点で「自宅2階のベッドでうつ伏せになって死亡している」という情報が掲載されている。
(TechinsightJapan編集部 北島要子)

ちなみにこの動画もさっそく削除されていますけれども、wikipediaの「青木祐子(TBS)」の項目にはさっそくこの一件が記載されているようですから、今後は「前閣僚急死よりお笑いタレント離婚問題を優先したアナ」として大いに名を馳せることになるのではないかと思いますね。
一方で新聞記事となりますとネットから削除して証拠隠滅?というわけにもいきませんが、中川氏急死を受けての毎日新聞の第一報を紙面から詳しく取り上げていただいているのがこちらです。
しかしさすがにネット配信はしなかったところを見ますと、毎日新聞といえども何かしら思うところがあったということなんでしょうかね?(単に同紙の姑息ぶりを強調しただけに終わった気がしますけれども)

毎日変態新聞「中川氏急死」記事の闇 「もうろう会見」を執拗に記述(2009年10月5日ブログ記事)より抜粋

中川元財務相急死 家族「眠れず睡眠薬」 断酒し再起誓い

 中川昭一元財務・金融担当相(56)が東京都内の自宅で急逝した。8月の衆院選で民主党候補に敗れて35日。表舞台への復帰を目指し、ホームページで「新たに決意を持って進んでいく」と誓っていた。自民党政権の主要ポストを歴任する「大物閣僚」だった一方、盟友の麻生太郎政権では先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)で「もうろう会見」を演じた。「心労が重なったのか」。党内や地元支持者らに悲しみと動揺が広がった。毎日新聞記事(切り抜き)10月5日朝刊(25面)より参照のため抜粋引用/写真は毎日新聞の同記事より参照のため引用

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追悼も出来ないのか

 公人が亡くなった時の報道は、新聞の場合、紙面にはそもそもの品位、論調がにじみ出る。その視点から、中川氏の訃報という「現実」をもとに、朝刊(5日)各紙の紙面をじっくり拝見。小稿では、その中でも、とりわけ品位が低く、辛辣な毎日紙面を紹介する。

 そもそも、公器であるべき社会的責任を有する新聞は、公人の訃報に際しては、当事者が刑事罰や検挙・起訴に値する犯罪などの瑕疵(かし)が無い限り、淡々と報じるか、または、功績ある故人に対しては、いささかの追悼の意を表しても不自然ではない立場にあるはずだ。だが、毎日新聞の紙面を拝見すれば、1面の訃報記事にも「もうろう会見」。2面の麻生前総理らによる弔問を伝える記事でも「もうろう会見」。そして、表題の関連記事(25面)でも「もうろう会見」の表現を挿入し、これまでに紙面に幾度も配して来た「ローマであったG7終了後の会見で、隣席に置かれたコップを取る中川昭一元財務・金融担当相=2月 14日、AP」の写真をここでも配している。
(略)

 ちなみに、朝刊紙面の中でこの写真を配したのは毎日新聞のみであり、さすがの朝日新聞でさえ掲載していない。また、大きく紙面を割いている割には贈る哀悼の一言すらなく、たとえば、「04年9月の経済産業相に再任された際、酔ったまま初閣議に臨んだり、今年1月の衆院本会議の演説では読み間違いが26カ所もあった。「もうろう会見」後は謝罪を繰り返し、8月、衆院選の決起大会で断酒を宣言。落選後も自分のホームページで「自民党は今こそ日本の保守の軸を改めて確立するために全力を尽くすべきだ。私は今後新たに決意を持って進んでいきます」と再起を誓っていた」と。ここでも、「もうろう会見」のダメ押しをしているかに映る。

同サイトでは当の記事を出しました毎日新聞にいわゆる電突まで行っているらしく、その折りの経緯も掲載されているのですけれども、これも口が滑ったということなのか思わぬところが明らかになってしまったような興味深い話で、是非ともリンク先を参照いただければと思います。
しかしまあ、人間本当の評価は死んでから決まるなんてことを言いますけれども、毎日新聞としては北朝鮮拉致問題に奔走した中川氏という存在はよほど目の上のたんこぶであったということなんでしょうかね?(苦笑)

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2009年10月23日 (金)

日本医師会、民主党の軍門に下る

もうすでに多くの方々が御存知かと思いますが、つまりは日本医師会(以下、日医)も尻尾を巻いたということになるのでしょうか。
世間的にも関心が高い話題であったのか、各一般紙も含めて大きく報道されましたことは久しぶりに日医の存在感を示したと言うことでしょうかね?

自民支持を白紙撤回=「政権与党」でない-日本医師連盟(2009年10月20日時事ドットコム)

 日本医師会(日医)の政治団体である日本医師連盟(日医連、委員長・唐沢祥人日医会長)は20日に開いた執行委員会で、従来の自民党支持の立場を白紙撤回する方針を決めた。日医連は「政権交代により、『政権与党である自民党』の支持を掲げた活動指針と合わなくなったため」と説明しており、社会保障費削減を続けてきた小泉政権以降進んでいた日医の自民党離れが決定的となった。
 一方、来夏の参院選比例区に自民党から出馬する現職の組織内候補、西島英利氏については「医師の代表として支えていきたい」として、現時点では引き続き推薦する考え。民主党などの候補者から推薦依頼があった場合は、マニフェスト(政権公約)などをみて検討するという。 
 今後、新たに支持政党を決めるかは未定。同日了承された今後の方針では、(1)多様な価値観を認め、是々非々で行動する(2)日医による与野党との良好な協議関係の構築を支援する-としている。
 先の衆院選では、茨城県などの医師連盟が日医連から離反し、民主党候補を推薦。19日には茨城県医師会の原中勝征会長が、来春に予定される日医会長選への出馬の意向を表明した。

<日本医師連盟>自民党一党支持を白紙撤回(2009年10月20日毎日新聞)

 日本医師会(日医)の政治団体「日本医師連盟」は20日、東京都内で執行委員会を開き、従来の自民党一党支持を白紙撤回することを決めた。来年夏の参院選比例代表で自民党現職の西島英利氏を推薦する方針を当面維持するものの、与野党中立に軸足を移したことで、再起を目指す自民党には痛手になりそうだ。

 会合では、日医連の唐沢祥人委員長(日医会長)が「政権交代を重く受け止める」と述べたうえで、活動指針から「支持政党は政権与党である自民党」との条項を削除するよう提案し、ほぼ満場一致で了承された。日医が政策実現に向けて与野党と良好な協議関係を構築できるよう日医連として支援することも決めた。

 日医連には、年末の診療報酬改定を控え、民主党に接近せざるを得ない事情がある。先の衆院選で民主党候補を支援した茨城県医師会の原中勝征会長と唐沢氏が対決する来春の医師会長選挙は、日医連の参院選への対応を左右しそうだ。自民党の大島理森幹事長は20日、記者団に「議論してそういう結果になったとすれば、冷静に受け止めて、しっかり対応しなければならない」と語った。【坂口裕彦】

日本医師連盟が自民支持撤回 「自民離れ」加速(2009年10月20日47ニュース)

 日本医師会の政治団体である「日本医師連盟」(日医連、唐沢祥人委員長)は20日、執行委員会を開き、従来の自民党支持を白紙撤回することを決めた。自民党の有力支持団体では日本歯科医師連盟(日歯連)も9月、参院選の比例代表で自民党からの組織内候補擁立を撤回しており、支持団体の「自民離れ」が加速することになりそうだ

 日医連の中川俊男常任執行委員らは記者会見し、2002年9月に「支持政党は政権与党である自民党とする」とした活動指針を説明。今回の撤回理由について「自民党が与党でなくなり、空文化したから自動的に外れた」とした。

 20日の執行委員会では「与党となった民主党に日医連の政策をしっかり訴えるべきだ」との意見も続出。今後、自民党以外の政党からの推薦要請に対しては「意見交換して検討することになる」と述べた。

 ただ、来夏の参院選での支持政党など今後の対応に関しては「今日は議論していない。検討中で、これからだ」と述べるにとどめた。

 一方、日医連は今年1月、参院選で現職の西島英利参院議員を組織内候補として自民党から擁立することを決定済み。

 執行委員会では西島氏の実績を評価する意見が相次ぎ、西島氏も出馬に強い意向を示していることから現時点で擁立方針に変更はないとしている。


日医連、「政権与党である自民党」支持方針を撤回(2009年10月20日CBニュース)

 日本医師連盟(日医連、唐澤祥人委員長)は10月20日の執行委員会で、政権交代を受け、「政権与党である自民党」を支持する従来の方針を撤回することを決めた。中川俊男常任執行委員は同日の記者会見で、今後の支持政党については「まだ議論していない」と述べた

 この日の執行委員会では、唐澤委員長が先の衆院選を総括し、日医連の今後の行動の方針として、▽多様な価値観を認め、是々非々で行動する▽日本医師会(日医)が与野党との良好な協議関係を構築することを支援する▽政権与党の自民党支持を掲げた2002年策定の活動指針を見直す▽日医連と日医を組織的に明確に分離する-の4点が大筋で了承された。ただ、各都道府県の代表からさまざまな意見が寄せられたため、内田健夫常任執行委員は会見で、「ブラッシュアップを検討し、近日中にまた取りまとめてお諮りをしたい」と述べた

 日医連が02年9月に策定した活動指針では、「支持政党は政権与党である自民党」と明記していたが、中川氏は「(衆院選の結果と)そもそも合わないので、自動的に外れた」と撤回理由を説明。その上で、「支持政党を決めるか決めないかは、まだ議論していない」と述べた。来年夏の参院選までに決めるかどうかも、「これからの議論」と述べるにとどめた。

 来年夏の参院選で自民党の西島英利氏を推薦する方針について、内田氏は「(現時点で)組織内候補という位置付けは変わらない」と述べた。ただ、この日の執行委員会では、こうした方針の撤回を求める意見もあったため、今後、見直しを検討する可能性も指摘した。
 また、民主党など自民党以外の候補者が日医連の推薦を希望すれば、意見交換などを踏まえて対応を検討するとした。

しかしまあ、色々と理屈はつけているようですけれども、少なくとも次の会長選で再選を目指す唐沢さんにとっては大きな痛手になったことは明らかなんでしょうね。
当然ながらかねて日医潰しで論調を統一してきた一般紙としてもそのあたりは突いてくるわけで、このところ一気に医師会執行部は四面楚歌状態となってきている感もあります。

日本医師会:苦悩する日医 会長選「脱自民」に結論(2009年10月20日毎日新聞)

 日本医師会(日医)の政治団体「日本医師連盟」が、年末の診療報酬改定を控え、長年支持してきた自民党と、政権与党の民主党との間合いをどう計るかに苦悩している。19日には、先の衆院選で民主党候補を支援した茨城県医師会の原中勝征会長が来春の日医会長選への立候補を表明し、3選を目指す唐沢祥人現会長と対決することが固まった。選挙戦は「自民党か民主党か」が争点になる可能性もあり、来年夏の参院選にも影響しそうだ。【坂口裕彦、佐藤丈一】

 日医会長は日医連委員長を兼ねるため、会長選の行方は日医の政治路線を左右する。

 小泉内閣時代、診療報酬のうち、医師の収入に直結する治療代など「本体部分」が初めて減額された。また、「骨太の方針06」では社会保障費の伸びを毎年2200億円抑制することが決まるなど、日医は「煮え湯」を飲まされた。唐沢氏は、当時の会長が小泉政権に距離を置いたのが原因として、「自民党との関係修復」を訴えて06年の会長選に出馬し、初当選した。

 しかし、麻生政権で2200億円の抑制方針こそ見送られたものの、8月の衆院選では丹羽雄哉元厚相ら有力厚生族議員が相次いで敗れた。07年参院選比例代表では、日医連推薦の自民党現職、武見敬三氏を落選させる悲哀も味わった。

 唐沢執行部も政権交代で背に腹は代えられなくなり、20日の日医連執行委員会では従来の自民党支持の見直しを議論する。族議員が減り、自民党とのパイプが細ったことも路線転換を促す一因だ。が、組織内には賛否両論ある。唐沢氏の出馬の経緯もあり、会長選前に結論を出すのは難しい状況だ。

 それでも、来年の参院選に向けては既に自民党現職の西島英利氏の推薦を決め、同党も公認済み。西島氏は「『お前は医師の代表だ』と言われている。民主党に移ることは絶対あり得ない」と語る。大島理森幹事長は19日、「(各団体が)与党・政府との付き合いをどうするかというのは、当然お考えになること」と平静を装ったが、支持団体の自民離れが進めば、参院選の勝利はおぼつかない。

 一方、民主党は日医に揺さぶりをかける。診療報酬引き上げをマニフェスト(政権公約)に掲げたものの、重視するのは日医の主力構成員の開業医ではなく、勤務医だ。厚生労働省の政務三役は、診療報酬を議論する中央社会保険医療協議会(中医協)で、任期切れを迎えた日医の委員3人を外す動きさえ見せている。

 茨城県医師連盟は衆院選全7小選挙区で民主党候補を支援した。小沢一郎幹事長は5日、原中氏と会い、謝意を伝えている。18日には、横浜市内で記者団に「(各団体の)構成員の民主党政権への期待が大きくなってきた。自民党の旧来の支持基盤は根底から崩れている」と語った。

こうして見ていただければ判る通りなのですが、長年自民党政権を支持してきた日医として何か良いことがあったのかと問われれば、医師団体代表として国の政策議論の場で末席を汚していたくらいで、それも何ら自分たちの主張が通るわけでもなく、「はいはい日医さんの御主張はそれとして」と無視される悲哀を味わってきただけという気もするところです(苦笑)。
しかしどうなんでしょう、医師会としては一応別団体である日医連が頭を下げた格好で手打ちにしたい腹づもりなんでしょうが、「各地方の医師会ごとに旗色を明確にしない限り自民支持とみなす」なんてことを言っている志操堅固な民主党に「みっ民主党に乗り換えたんじゃないんだからっ!与党を支持してるだけなんだから勘違いしないでよねっ!」なんて今風な?腹芸が通用するかどうか。
むしろ敢えて教条主義的解釈をされて「日医連はそうなのね。でも日医は違うんでしょ?詫びを入れてから来てねはいはいワロスワロス」なんて適当にあしらわれるのが落ちなんじゃないかという気もしないでもないんですが、このあたりは日医が戦略的に行動するつもりなら民主党と厚労省ら官僚がもう少しぶつかってからの方が高く売れたんじゃないかとも思うんですけれどもね。

例えば今話題の新型インフルエンザワクチンを巡る騒動など、ちょっと煽れば政治家と官僚の全面対決に移行しそうなくらいの火種が幾らでも転がっているのですが、当の接種実施主体に近い存在として本来大きな発言力があるはずであるのに、あまり日医が議論に割って入ったという話も聞かないのはどうなんでしょうね。
このあたり一昔前と違って日医もすっかり政治音痴になってしまったのか、あるいは日本人の悪癖で少し叩かれると縮こまってしまっているのかは判りませんが、馬鹿げた事ばかり言う割にそうした肝心のことも言わない執行部のやり方があるからこそ、末端会員からも非医師会所属の医師からもそっぽを向かれているという現状があることを知るべきだと思います。

すでにあちこちで報道されているように、現場の医師達は医師会が何と言おうととっくの昔に民主党支持へと鞍替えしてきた経緯もありますし、医師会内部においても民主党に鞍替えした茨城県医師会会長が次期会長選の有力候補などと言われるくらいで、到底「医師会が一枚板となって政治力を発揮する」などと言う状況にはありませんでした。
こういう状況になってきますと黙っていても唐沢氏ら旧執行部の一人コケで決着しそうな気配なんですが、そうなりますと今後日医全体が大きく民主党寄りへと舵を切ってくる可能性もありそうですから、解離していた現場医師の意識と日医執行部の意向を一致させる大きなチャンスではあるはずなんですけれどもね。

さて、民主党からは「自己批判し反省しろ」とまで言われた医師会という組織ですけれども、それではここで民主党支持に転んだとして日医に何かしらのうま味があるものでしょうか?
自民党政権末期に医師会が冷遇されたのも、一つには自前の候補すら落選させてしまうほどに集票力のない日医に愛想を尽かされたからという背景があったわけですが、現場医師が多く民主党支持となっている状況で日医自身も同じく民主党へ鞍替えするとなりますと、単純に考えても今までよりも医師達の意見を代弁するという体裁は整う形になりますよね。

民主党がどこまで本気で日医潰しにかかっているのかは判りませんが、医療行政の関与から外されようと医師を代弁する団体という顔を続けたいなら最低限、今後民主党が独自ルートで入手していくだろう現場の声と大きな解離を来さないような主張を行っていく必要はあるでしょうし、そうなって初めて日医という団体が現場の支持を受けられる存在になってくるでしょう。
平たく言えば組織の民主化が外圧に抗して組織が存続する必須の条件であると同時に、外圧による民主化によって組織がさらに発展するチャンスであるとも言えるわけで、この機会に民主主義をかかげる先進国の団体らしく組織改革を行っていけるということであれば、日医という終わっている団体にももう少し余命を長らえる機会があるかも知れませんね。

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2009年10月22日 (木)

衆目の一致するところ

かねて医師強制配置を持論としてきた読売新聞がまたやってくれました、という感じなんでしょうか?
先日医療基本法絡みのシンポが開かれまして、まずはその様子をこちらの記事から紹介してみましょう。

「憲法の理念を政策に」医療基本法をテーマにシンポ(2009年10月19日CBニュース)

 東大医療政策人材養成講座(HSP)医療基本法プロジェクトチームは10月18日、「今、医療基本法を考える―いのちを救うグランドデザイン―」と題したシンポジウムを開いた。医療従事者や患者関係者、有識者など5人のパネリストが、今後の日本の医療のあるべき姿についてそれぞれの立場から提言した上で、憲法から導き出した医療政策の基本理念や方針を定めた「医療基本法」の必要性を訴えた

 パネリストの一人、HSP4期生で同プロジェクトチームのメンバーの小西洋之氏は、「医療基本法」の考え方を説明。
 小西氏は、個人の幸福追求を保障する憲法13条と生存権を明示している同25条を基に、医療政策の基本理念を「疾病による尊厳の危機から国民を守ること」とした。また、環境や教育などの分野では政策の基本理念や基本方針などを定めた「環境基本法」や「教育基本法」があるが、医療分野にはないと強調。その上で、▽医療政策の基本理念や基本方針を定める▽医療再構築のための指針と具体的な取り組みを推進するための基盤を与える▽医療従事者や患者、一般国民などすべての関係者の意識改革の契機となる▽負担と給付をめぐる医療財政論の前提となる―ものとして、「医療基本法」の実現を訴えた

 その後のパネルディスカッションでは、埴岡健一氏(日本医療政策機構理事)の進行で、パネリストらが意見交換した。

 長谷川三枝子氏(患者の声を医療政策に反映させるあり方協議会会長、日本リウマチ友の会会長)は、「患者の声が反映されない今の医療政策は、理念の大本がなかったことが出発」と指摘。国が政策を決定する上で「頼れるもの」としての「医療基本法」の必要性を強調した。
 伊藤雅治氏(全国社会保険協会連合会理事長)は、現在の国民皆保険制度について「高度経済成長の下、医療提供体制の在り方について国民的な合意形成がないまま今日までやってきた」と振り返った上で、国民との議論の重要性を強調したほか、医療従事者やジャーナリスト、政策立案者、患者支援者が共同で「医療基本法」の実現に向けて各方面に働き掛けることが必要だとした。
 一方、会場からは「農業基本法など、うまくいっていないものもある。基本法があれば何でも解決するのか」「法律を作りさえすればそれでいいのか」との批判の声も上がった。
 これに対して小西氏は、成立当初の目的を変えながら維持していく基本法もあるとし、「基本法で10年、20年にわたって少しでも日本の医療を良くしていくきっかけをつくっていきたい」と述べた。

この記事だけを見ていると例によって例の如く必要性が感じられないと言いますか、「なんでこんなものにそう大騒ぎする必要が?」とも思えるような話なのですが、この種の表向き毒にも薬にもならない話の多くと同様に、実際の議論の内容を見るとずいぶんと異なった印象を受ける話なのですね。
ちなみにシンポを主催している「東京大学医療政策人材養成講座(HSP)医療基本法プロジェクトチーム」のメンバーはこちらなのですが、その顔ぶれを見ても実際の進行を見ても中核となっているのは例の日本医療政策機構の面々であるとは容易に知れる話です。
そのシンポの場でどういうことが語られていたのか、大手メディアが故意に?報道しようとしない医療基本法推進派(と言うのか?)の実際をロハス・メディカルさんが取り上げてくださっているのですが、なるほど確かに医療基本法とはこういうものであれば彼らが早く制定を!と大騒ぎしたくなる気持ちも判ろうと言うものですよね。

「医療は医師や患者の勝手になるものではない」 ─ 医療基本法シンポ(2009年10月20日ロハス・メディカル)

 日本医療政策機構の理事を務める埴岡健一氏らが推進する「医療基本法」について、読売新聞医療情報部長の田中秀一氏は、「医療は医師や患者の勝手になるものではなくて、公共財という視点で考える必要がある」などと力説している。「医療基本法」は、医師や患者に義務を課す強権的な法律なのだろうか。(新井裕充)

 日本医療政策機構の代表理事を務める黒川清氏(政策研究大学院大学教授)や近藤正晃ジェームス氏らでつくる「東京大学医療政策人材養成講座」の医療基本法プロジェクトチームは10月18日、医師の計画配置や医療安全調査委員会の設置などを盛り込んだ「医療基本法」の成立を目指すシンポジウムを開催した。

 パネリストとして参加した読売新聞の田中氏は、医療をめぐる重要課題として「医師不足の解消」を挙げ、次のように述べた。
 「医師不足対策として、(舛添要一前厚労相が設置した)厚生労働省の検討会や民主党は、『医学部の定員を1.5倍に増やす』ということを言っています。しかし、これは果たして実現できるのかという問題があります。というのは、医師の養成には10年ほどかかりますし、医師の数全体を増やしただけでは、現在、非常に勤務が過酷と言われている産科や小児科、救急、外科などの診療科が敬遠されて、そういうふうな医師不足が解消されないのではないか。解決するためにはまず、その医師全体を増やすだけではなくて、診療科ごと、あるいは地域ごとの医師の偏在や不均衡を直していく必要があると考えます。そのために、研修先や診療先を現在のような自由選択に任せるのではなくて、計画的に配置すべき

 田中氏はこのように、「医療基本法」が目指す計画配置の考え方を説明。後期研修医を対象として、診療科や地域ごとに医師の定員を設け、第三者機関を通じて計画的に配置するという。医師の計画配置に反対する意見に対しては、次のように反論した。
 「既に欧米では医師の計画配置というのが実施されています。どのようにしているかと言いますと、例えばフランスではですね、国が地域や診療科ごとに必要な医師数を調査して、病院ごとに受け入れる研修医の数を決定しています。医学生は競争試験を受けて、成績上位の学生から順番に、希望する診療科や地域で研修を受けるというシステムです。ドイツでは、州の医療圏ごとにですね、人口当たりの医師の定数を設けて、定数の110%を超える地域では保険医として開業することができない」

 つまり、計画配置はフランスやドイツで導入されているので日本でも導入すべきと主張。また、診療科の偏在を招いている原因として、「自由標榜制」を挙げた上で、次のように訴えた。
 「医師の免許さえ持っていれば、どこで何科の医者をやってもいいということですが、これを前提にしている限り、医師の適正配置は実現できないので見直す必要があるだろう。その根本的な考え方としては、医療というのは、医師や患者の勝手になるものではなくて、公共財という視点で考える必要がある

 田中氏は、医師の自由を制限するだけではなく患者の権利も制限する必要性を強調。「軽症の場合には、保険で診ることはやめてはどうかということを私は検討いたしました。普通の自動車保険などでは免責というシステムがある」などと述べた。(略)

日本医療政策機構と言えば以前に信友浩一先生の「医者は被害者意識を捨てよ」のメイ言?で一躍名を馳せたところですが、代表の黒川清氏などは安倍、福田政権時代から内閣特別顧問などを務めてきたりと言う割に以前から自民党政権べったりというわけではなく、野党時代の民主党などともよしみを通じてきた組織です。
この医療政策機構らの開催するシンポで熱弁を振るう読売の田中秀一氏とはどのような人物であるかと言えば、自著「がん治療の常識・非常識」を出版するなど日本の癌診療に関わる諸問題を追求する一方、医療政策に関する提言も非常に積極的に行ってきた御仁です。
この両者が強力タッグを組んで推進する医療基本法とは何かと言えば、同様の趣旨の法制定を目指す諸団体間で微妙に内容が異なっているようですが、例えば患者系諸団体が中心となった「患者の権利法をつくる会」の要請書によれば次のようなものであるとされています。

「安全かつ質の高い医療を受ける権利」及び「患者の自己決定権」等を国民に保証し、その権利を実現するため、医療提供体制及び医療補償制度を整備する国・地公共団体の責務を明らかにする法律を、日本の医療制度全ての基本法として制定すべきです。

ま、見ていただければ分かるとおり非常に総論的と言いますか具体性に欠けると言いますか、実際医療政策機構にも関わっており記事中にも登場する埴岡健一氏の「患者の声を医療政策に反映させるあり方協議会」が総選挙前に主要四政党を相手に開いた勉強会でも、どの政党も同趣旨の法制定に関しては賛成であると答えているように反対はしにくい話ですよね。
しかしこのように総花的な話であるからこそ、こうまで喫緊の課題であるかのように成立を急いでいるかに見える背景が何なのかということに興味があったわけですが、今回のシンポを見てみれば要するに「患者の真っ当な医療を受ける権利を保証する一環として、医者は国が管理して計画的に配置することにしよう。そのために法律がいる」という話であったと言うことです。
なんとなくそういう法律がないのならつくらないといけないのかな程度に考えていると、これは思いがけないことになってくるかも知れないということをきちんと認識した上で議論しなければ、いつの間にか「あれ?こんなはずじゃなかったのに…」となってしまうかも知れないよという話ですよね。

ロハス・メディカルさんの記事は例によってここから先に実際の発言内容が並んでいるわけですが、これがまた医師強制配置以外にも香ばしいネタが満載という感じで、田中秀一氏もちょっと飛ばしすぎじゃないかとか、会場で誰も突っ込まなかったとすれば彼ら皆が同様な考え方であると理解していいのかとか、色々と楽しい想像もできるところがあります。
記者氏も突っ込みを入れていますが、しかしこれを見るだけでも不偏不党などとんでもない、こういう先鋭的な方々が議論を主導して医療基本法などというものを制定しようと急いでいるとなれば、これはなかなか気味の悪い話だなとは思えてきますよね。

[田中秀一氏(読売新聞医療情報部長)]
 皆さん、こんにちは。読売新聞の田中と申します。それでは、早速スライドに入りたいと思います。(中略)

 ▼ 医療をめぐる重要課題として、▽医師不足の解消 ▽救急医療の危機とフリーアクセス ▽医療の質と安全の保障 ▽医療情報の開示 ▽医療の財源確保─の5点を挙げた。

 今日は時間の関係で、医師不足と救急医療、それから財源のことに絞ってお話ししたいと思います。(ここで、「医師を全国に計画配置」という見出しの記事を貼り付けたスライドを示す)

 これは昨年、私どもで医療改革についての提言というのを行いました。一番重要なのはやはり医師不足問題であって、それを解決するために、「医師を全国に計画的に配置してはどうか」という提案を行っています
 そのほかにも、"たらい回し"の問題とか、"介護難民"のことも書いてます。"名ばかり専門医"のことも触れていますし、財源のことも触れています。

 ▼ マスコミは、"たらい回し"という言葉を使わないようにしたと思っていたのだが......。

 えー......、前提として、今あの、非常に医療や介護に不安が大きいということがあります。これはまず医師不足で病院が閉まってしまうとか、救急の"たらい回し"が起きているとか、介護が十分に受けられない、そのような不安が非常に強い。
 どういう問題が起きてるかって言うと、えー......、そういう不安が実はまあ、不況の原因になっているのではないかという認識をしております

 ▼ 医療や介護が不十分だから不況だという理屈なのだろうか......。

 これ、伊藤元重さんという東大教授が言っていることですが、「年金や医療費、子どもも当てにしてはいけない。長生きすればそれだけ生活費も必要になる。そうした不安を抱えながら、懸命に貯蓄に励む国民が多い。年金や医療制度が信頼できるのであれば、無理に貯め込むよりは消費に回すことができる。今の日本では、将来への不安─消費抑制─景気低迷─さらなる不安、という悪循環が起きている。この悪循環を断ち切らない限り、日本の景気を根本から良くすることはできない」ということで......。

 景気であるとか、全体の状況も閉塞感に覆われていると思いますけれども、そういったものを良くしていくためにも、医療・介護の不安を解決しなければならない。そのためにも医療改革が必要であるというふうに認識しております。
 その中でも、最大の当面の課題は医師不足を解消して、安定した医療提供体制を確立することだと考えております。まず、医師不足問題ですが......。 (中略。医師不足の現状などを説明)

 なぜ、医師不足が起きてるかということで、現在の臨床研修制度がやり玉に挙げられることがよくあります。新しい研修(制度)によって、大学病院から都市部の病院に若い医師が集中してしまったと、だからこんなものはやめるべきだということを主張する大学教授もいるんですが、それ(臨床研修制度)はきっかけにすぎないと考えています。本当の医師不足の原因は医師が少なすぎること、そして病院が多すぎることであると思います。

 ▼ 「医師不足の原因は医師が少なすぎること」という説明は分かりにくいが、「絶対数不足」と言いたいのだろうか。とすると、医師不足対策として最優先すべき課題は「医師数の増加」になるはずだが、どうも違うらしい
 一方、「病院が多すぎる」という理屈は厚労省も大好き。「病床数当たりの医師数は多い」と言う場合もある。つまり、「あちらこちらの病院に医師や看護師が分散している」→「拠点化・集約化を図る」→「地域連携を進める」という理屈。厚労省が馬鹿の1つ覚えのように、「医療機能の分化と連携」というフレーズを使うのは、そういう理由がある。しかし、このような「医療機能の分化と連携」という考え方は、さまざまな機能を持った病院が乱立している都市部を念頭に置いている。病院間の移動に車で数時間かかるような地方では、連携もへったくれもない。「病院が多いから」という理由で中小病院を切り捨てた結果、「地方で唯一の病院が閉鎖してしまった」ということにならないか。

■ 研修先や診療先を自由選択に任せずに計画配置

 これ(スライド)は、海外と日本の医師数および病床数を比較したものですが、日本では人口1000人当たりの医師数が2.1人、一番多いイタリアでは3.7人。一方、病床数は、日本は人口1000人当たり14床ありまして、アメリカ(3.2床)、イギリス(3.6人)の4倍から5倍あります。ということは、日本は病床当たりの医師数が欧米の数分の1しかいないということです。

 で、医師不足対策として、(舛添要一前厚労相が設置した)厚生労働省の検討会や民主党は、「医学部の定員を1.5倍に増やす」ということを言っています。しかし、これは果たして実現できるのかという問題があります。
 というのは、医師の養成には10年ほどかかりますし、医師の数全体を増やしただけでは、現在、非常に勤務が過酷と言われている産科や小児科、救急、外科などの診療科が敬遠されて、そういうふうな医師不足が解消されないのではないか。

 それから......、そういうことを解決するためにはまず、その医師全体を増やすだけではなくて、診療科ごと、あるいは地域ごとの医師の偏在や不均衡を直していく必要があるというふうに考えます。
 そのために、研修先や診療先を現在のような自由選択に任せるのではなくて、計画的に配置すべきだということを(読売新聞社は)提案したわけです。

 これ、具体的にどういうふうにするかと言いますと、まず、後期研修医を対象にします。診療科や地域ごとに医師の定員を設けて、計画的に配置します。
 これまでは、大学の医局が配置を行っていたのですが、それに代わる公的機関を設ける。その公的機関は自治体や医師会、大学病院、基幹病院などが参加して、都道府県に「地域医療対策協議会」というものがあるんですけど、これを母体に設立してはどうかという提案です。

 これ(スライド)が(医師配置の)イメージ図なんですけど......、これまではですね、大学の教授が「君はあっちの病院に行きなさい」「こっちの病院に行きなさい」と言っていたのですけども、それに代わって、大学や地域の病院や、あるいは自治体、医師会が共同で第三者機関をつくって医師の配置を行うというイメージです。

 これ(医師の計画配置)には反対もあります。というのは、現在、医師が自由に診療先や研修先を選べるわけですけれども、「職業選択の自由を侵害するのではないか」「強制的に配置するのはけしからん」というようなものです。

 しかし、既に欧米では医師の計画配置というのが実施されています。どのようにしているかと言いますと、例えばフランスではですね、国が地域や診療科ごとに必要な医師数を調査して、病院ごとに受け入れる研修医の数を決定しています。医学生は競争試験を受けて、成績上位の学生から順番に、希望する診療科や地域で研修を受けるというシステムです。
 ドイツでは、州の医療圏ごとにですね、人口当たりの医師の定数を設けて、定数の110%を超える地域では保険医として開業することができない。

■ 医療は医師や患者の勝手になるものではない

 現在、日本は自由標榜制です。医師の免許さえ持っていれば、どこで何科の医者をやってもいいということですが、これを前提にしている限り、医師の適正配置は実現できない。なので、見直す必要があるだろう。その根本的な考え方としては、医療というのは、医師や患者の勝手になるものではなくて、「公共財なのだ」という視点で考える必要があると思っています。

 ▼ 民間病院の医師は国家公務員ではないが......。

 今、医師の自由を、やはりある程度制限しなければいけないのではないかという話なんですが、今度は患者の側にも問題があると思う。それは、救急医療で非常にたくさんの患者が押し寄せるために、救急が危機に陥っている。外来の受診回数は日本では14回ぐらい。アメリカやイギリスの3倍ぐらい多く、患者が病院を受診しているということがあります。

 ▼ 保険制度が違う他国と単純比較している。ところで、社会保障を「医療機関VS患者」という"ミンミンの関係"で考えていいものだろうか。つまり、「車を売ります」「買います」という売買契約のように、「国民VS国民」という"ミンミンの関係"でとらえることは妥当か。社会保障とは本来、「国VS国民」という関係ではなかったか。時折、「国」の責任はそっちのけで、「医療機関VS患者」という二者関係にすり替えられることがあるので注意が必要だ。
 例えば、未収金の問題。診療費(一部負担金)の未払いがあった場合、患者は医療機関に対して支払い義務を負うのだから、「債権者たる医療機関が回収の努力をせよ」と言う。医療事故の民事訴訟もそう。医師が診療ミスをしたかどうかが不明で、医療機関の「不法行為責任」や「債務不履行責任」などが争われる場合には、「医師と患者との関係」あるいは「医療機関と患者との関係」になる。
 ところが、医師の応召義務(医師法19条)の場合は違う。医師免許がある者だけに医療行為が認められているのだから、そのような医業独占の"反射的効果"として診療を拒否できないなどと説明される。つまり、医師免許を根拠にして、医師は「公的な存在」になる。ある時は「民VS民の関係」で、ある時は「公VS民の関係」に置き換えられてしまう。「公VS民の関係」でとらえると、医師の義務を導きやすい。つまり、「強制配置」を肯定する論理を組み立てやすい。
 一方、「民VS民の関係」でとらえると、医師の義務はもちろん、患者の義務を引き出すことができる。「患者も医療を壊さない努力をしよう!」という運動は、一見すると「確かにそうだ」と思いがちだが、しかし、それは社会保障の考え方ではない。国の施策や努力によって、国民が一方的に利益を享受できるのが社会保障。例えば、自衛隊に所属していない市民は、国の安全保障のために射撃の訓練を義務付けられることはない。「国民参加型の防衛」とは言わない。
 医師の労働環境を整備すること、患者の受診の機会を確保すること、その両方について「国が義務を負担する」というのが社会保障。ただ、「受益」の側面をあまり強調しすぎると、"左車線"から路肩に外れてしまう。「働けるのに怠けて働かない奴を食わしてやる必要があるのか」という反論が出る。「民VS民の関係」で考えるからだろう。「それでも国は保障すべき」というところまで、社会の意識は成熟していない気がする。日本という国は、人生で一度つまずいたら立ち直るのが難しい国かもしれない。

 で、その......、軽症の場合には、その......、保険で診ることはやめてはどうかということを私は検討いたしました。普通の自動車保険などではですね、免責というシステムがある。
 ただ、医療の場合はですね、本当に患者自身が軽症かどうかを判断できるとは限らないとか、自己負担になるのを恐れて受診いないで手遅れになる恐れもあるというので、今回の制限には盛り込まなかったんですけれども、しかし、実際には医療現場はそのような動きを始めています

 時間外に来た患者には、「時間外加算」というのを徴収する。最大で8400円取っている病院もあります。その8400円というのは、山形大学病院なんですが、そこでは「時間外の患者が3割減った」という効果も出ています。

 ▼ ここで山形大学病院を出すところが......。詳しくは、【山形大病院は、「国策に反している国立大学」? ─ DPCヒアリング】を参照。

 最後に財源問題ですが、医療現場の疲弊の原因は、医療への投資や支出を怠ってきたことが原因ではないかと考えます。

 ▼ 私もそう思います。

 これは、各国別の医療費ですけども、日本は非常に、先進諸国の中でも少ない。一方、公共事業では、日本は非常に多く進んでいます。英米の2倍から3倍以上、ダムや橋に支出している。これを社会保障に振り向けるべきではないかという提案です。

 ▼ それはちょっと違うと思うぞ。橋や道路が整備されていたほうが、救急車の到着は早いのではないだろうか。公共工事に便乗して不当な利益を得ることが問題視されていると理解していたが......。ところで偶然かもしれないが、このシンポジウムが開催された10月18日の東京新聞朝刊に、「天下り官僚 高額報酬 独法役員 平均1664万円」という見出しが踊っていた。81の独立行政法人に常勤役員で天下りしている198人の官僚OB うち、2000万円を超えた役員が12人いたらしい。最高は日本貿易振興機構(ジェトロ)理事長(元中小企業庁長官)で、2231万円とか。こういう無駄を削らずに、「給付と負担」などと言うから国民は怒るのではなかろうか。

 要するに、診療報酬をもっと引き上げるべきだ。中でも、病院に手厚くする必要があるという主張をしています。えー......、以上です!

 ▼ ............。

どこをとっても色々と興味深い話が満載なんですけれども、一つ大きく気になったのは医療は医者や患者のものではなく公共財であるとか、軽症の場合は保険診療から外せとか、言ってみれば患者側の権利を制限するような提言が並んでいるところです。
前述のように医療基本法を強力に推進している主体の一つに患者側団体があるわけですから、これはそのあたりの整合性はどうなのかと思うところですが、そう考えますとこのシンポの場合医療政策機構にしろ読売新聞にしろ、患者側団体というものは入っていないところに何か意味があるのか、ですよね。
一見同じように医療基本法制定を目指しているとは言っても、そのバックグラウンドがこれだけ違えば基本法の内容も当然に違ってくるだろうと想像できるわけで、単にそういう名前の法律というだけで一括りにしてしまうと事態を見誤る可能性が大きいのではないかと思われます。

ところでこうした話題とも関連して同じ日にもう一つ非常に興味深い話があるのですが、こちらも記事を紹介しておきましょう。

厚労省課長「自然増削減すると医者か患者が泣く」(2009年10月19日CBニュース)

 厚生労働省医政局指導課の新村和哉課長は10月18日、日本医療・病院管理学会学術総会のシンポジウムに出席し、医療費の自然増を削減すれば、「医療機関や医者が泣くか、患者が泣くかだと思う」と述べ、高齢化や医療技術の進展に伴う医療費の自然増を削減することに否定的な考えを示した。一方、財務省主計局の可部哲生主計官は、「この10年間の人事院勧告や物価が5%程度のマイナスになっているのに、診療報酬のマイナスは0.4%程度」などと述べ、診療報酬の配分見直しなどによる適正化を訴えた

 シンポジウムで新村課長は、診療報酬改定が2002年度以降、4回連続でマイナス改定になった点に言及し、「国民医療費を単純に30兆円とすると、2兆 4000億円のカット。これを経済産業省に話すと、『産業が一つなくなったくらいの規模だ』と言っていた」と述べた。その上で、民間病院の近年の経営状況について、「累次にわたる診療報酬カットが効いたと思うが、非常に厳しい。今年度にはさらに赤字病院が増えた」などと強調した。

 また、大腸・直腸ファイバー検査の実施件数が、1998年から2008年にかけて倍近くに増えている状況を紹介。「(医療費の)自然増を削減しようとすると、検査回数の増加を絞らなければならなくなる」と述べ、仮に保険適用を検査の一部に限定するなどの措置を取れば、「検査しなければ見つからないがんが見落とされるケースが確実に増える。それをどう考えるかだ」と強調した。

 新村氏は、医療費の自然増について「高齢化で診断・治療が多く行われるようになっていることが、一つの大きな理由ではないかと思う」と指摘した。また、新規の医療技術が国民の健康維持に貢献していれば、「保険で評価せざるを得ない」と強調。自然増を抑えるために診療報酬を削ったり、診療行為の対象患者を限定したりすれば、「医療機関や医者が泣くか、患者が泣くかだと思う」と、こうした方向に否定的な見解を示した。

 一方、可部主計官は、人事院勧告や物価が過去10年間で5%程度下がったのに対し、診療報酬が0.4%程度の削減にとどまっていると指摘し、「(診療報酬は)5%近い実質改善が行われていることを考える必要がある」と述べた。

 可部氏はこの日、「個人の意見」と前置きして講演し、国の一般歳出に占める社会保障関係費の割合が、この30年間で4分の1から2分の1にまで上がっている状況をまず指摘。
 その上で、高齢化の影響などにより医療費の給付増が今後も避けられない中、医師不足などの問題に対応するには、診療報酬の配分見直しや、医療給付の効率化などについて検討する必要があるとの認識を示した。

 診療報酬の配分については、「病院と診療所、診療科間などのシェアは過去10年間、ほとんど変わっていない」「病院と診療所の医師の給与には大きな差がある」などとし、今後は医療機関や診療科が抱えるリスクや、医師の勤務時間などを踏まえて大胆に見直す必要があるとの見解を示した。

 可部氏はまた、「国営医療の英国はともかく、保険医療のドイツやフランスでも地域や診療科ごとの定員制や枠がある」「独仏では、かかりつけ医制度の取り組みも進められている」などと述べ、これらの仕組みの導入も検討すべきだとの認識を示した。

医療費が物価スライド制だったとは寡聞にして存じ上げませんでしたが、それじゃバブルの頃は医療費どんどん上げてくれたんですかね(苦笑)。
厚労省の主張に対する財務省の見解であるとか、そうした診療報酬ネタとして見てもなかなか興味深い話なのですが、ここで特に注目していただきたいのは、過去の医療費削減政策を主導してきたように医療行政においても厚労省より主導権を握ってきた感のある財務省からも、厚労省に続いて医師の強制配置といった話につながるコメントが出ていることだと思いますね。
市民団体、マスコミ、政策提言集団に加えて厚労省に財務省と、およそ関係ありそうな方々全てがそろって医師強制配置を主張しているということになりますから、これは早晩政府に対する突き上げも厳しくなっていくのではないかと思われるところです。
さて、そうなりますと野党時代には医師強制配置には反対の立場であったという民主党政権がどういう決断を下すかに今後の注目が集まってくるわけですが、近い将来こうした国民の幅広い要求に対して政権がどういう答えを打ち出してくるのか、どちらに転んでもこれは大きな岐路になりそうですよね。

ところで全国医師会会員の皆さん、緊急動議として日医執行部に向かって「地域医療は今や崩壊の瀬戸際にある!医師会として医師強制配置を強力に推進するよう直ちに政府に働きかけるべきだ!」なんてことを突き上げて見る気はありませんかね?(笑)

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2009年10月21日 (水)

民主党政権から睨まれ続ける日本医師会

中医協改革がいよいよ具体化してきた気配なのですが、ここでどうやらキーワードになっているのが「医師会外し」です。
どうも日本医師会(以下、日医)という団体は民主党の逆鱗に触れてしまったということなのか、同党政権による医療行政下では徹底した日医外しが図られていきそうな気配が濃厚なのですね。

診療報酬改定全面見直しへ 医師会の影響排除(2009年10月15日産経新聞)

 政府は14日、中央社会保険医療協議会(厚労相の諮問機関、中医協)が中心に決定してきた診療報酬改定の在り方を、来年度にも全面的に見直す方針を固めた。厚生労働相直属の検討チームが改定の基本方針や改定率の原案を作成し、閣議決定するトップダウン方式を軸に検討を進めており、日本医師会の影響下にあった中医協の役割は大幅に縮小されることになる。

 新方式では、外部有識者を中心にした検討チームが、産科や救急医療への診療報酬を重点配分するなどの基本方針と、診療報酬総額の改定率などの大枠を策定。これを厚労相が内閣に諮り、閣議決定する仕組みとなる。中医協と社会保障審議会(厚労相の諮問機関)の医療部会と医療保険部会は、改定の細部を詰めるだけの役割となる。

 これまでは、社保審の両部会が診療報酬改定の基本方針を決め、中医協が具体的な点数付けを行う仕組みだった。このため、日本医師会など利害関係者が中心の中医協が力を持ち、事実上の改定方針を決定。改定率は自民、公明両党の厚労関係議員が水面下の協議で決めていた。

 民主党はこうした不透明な診療報酬改定の仕組みを批判し、政策集「INDEX2009」にも「中医協の構成・運営の改革を行う」と明記。これを受け、長妻昭厚労相ら政務三役は、診療報酬の抜本改革に向け検討を進めてきた。

診療報酬改定で検討チームを検討 厚労相直属、基本方針を策定(2009年10月17日47ニュース)

 長妻昭厚生労働相ら厚労省の政務三役は17日までに、医療機関や薬局に支払われる診療報酬について新たに厚労相直属の検討チームを設置し、改定率や基本方針を策定する方向で検討に入った。

 診療報酬の改定は2年ごとに行われ、次回は来年4月。これまでは、いずれも厚労相の諮問機関である、社会保障審議会の部会と中央社会保険医療協議会(中医協)で基本方針や個別の報酬額を決定。総額の改定率は自民、公明両党の厚労族議員が水面下の調整で事実上決めていた。

 自民党の有力支持団体である日本医師会(日医)が強い影響力を持っていたため、長妻厚労相は検討チームの設置で報酬改定の仕組みを政治主導に切り替える方針。

 近く検討チームを設置し、既に議論が始まっている来年度の改定に間に合わせたい意向。委員は民主党の政策に考え方が近い有識者ら10人以内を想定している。

 検討チームが設置された場合、社保審の部会と中医協はチームの方針に沿って、細部を議論するだけの役割となる。長妻厚労相は社保審部会と中医協の委員も見直す考えで、日医の委員を減らす方針だ。

これらは中医協は日医に乗っ取られている、だから彼らを医療行政から外す一番確実な方法は中医協自体を中核から離れたところに有名無実化してしまうことだと民主党政権が判断しているのだと考えると、実に分かりやすい話ではありますよね。
しかし一口に中医協と言っても当然ながら日医以外の委員も大勢いるわけで、彼らにとっては自分たちの地位を守るためには中医協外しなどトンでもない、切りたいなら日医だけ切れと言いたくなるのもこれまた理解できる話だと思いませんか。
「日医と一緒に消えるのは御免」とばかり、どうも中医協側の日医切り捨てが進んでいるのかなとも思える話がこちらなんですが、あるいはこれも中医協独自の生き残り策の一つなんでしょうか?

「医療費配分は診療所有利」-中医協会長(2009年10月13日CBニュース)

 中央社会保険医療協議会(中医協)の遠藤久夫会長は10月10日、「医療経済フォーラムジャパン」の公開シンポジウムで基調講演し、来年4月の診療報酬改定に向けた中医協の今後の議論で、病院と診療所間の医療費配分の問題がクローズアップされるのは確実との認識を示した。また、医療従事者の配置や設備などの状況を考えれば、現在は「診療所に有利な配分というのが素直な見方だ」と述べた。

 ただ、実態把握には「精査が必要」とも強調。現在集計中の医療経済実態調査の結果などを踏まえて議論されることになるとの見通しを示した。

 遠藤会長はまた、2000年代以降の医療費抑制策が医療現場や患者に悪影響を与えているとの見方を示し、「技術進歩や高齢化の進展を踏まえて、国民の要求する医療を提供できるのかというと、もう無理だと思う。国民所得と国民医療費の伸び率をリンケージさせるような施策は限界に来ている」となどと指摘した。その上で、今後は目指すべき医療提供体制を示し、そのために必要な医療費や、国民による負担を議論する必要があると指摘した。

 病院、診療所間の医療費配分は、2008年に実施された前回の診療報酬改定をめぐる議論で最大の焦点になり、診療所の再診料を引き下げるかどうかで中医協の意見が分かれた経緯がある。
 最終的には、再診料引き下げを見送る一方、診療所や中小病院が算定する外来管理加算の算定要件を厳しくし、これによって捻出した財源を病院にシフトすることなどで決着。その上で、初・再診料のほか、病院や有床診療所が算定する入院基本料などを含む「基本診療料」の在り方を、今後の報酬改定で引き続き検討することとされた。

■「入院基本料引き上げを」
 基調講演後のシンポジウムでは、遠藤会長のほか▽伊藤雅治・全国社会保険協会連合会理事長▽山本修三・日本病院会会長▽飯野奈津子・NHK生活情報部長 ▽竹嶋康弘・日本医師会副会長▽柴田雅人・国民健康保険中央会理事長-が登壇し、入院基本料の在り方などをめぐり意見交換した。

 伊藤氏は、全国52か所ある社会保険病院全体の収益が、06年度から08年度の3年間で91億円減少した経緯を説明し、「これ以上の診療報酬抑制が続けば、医師、看護師の確保ができなくなる」などと述べた。その上で、グループ全体の赤字を解消するには、最低でも3.83%の入院基本料引き上げが必要だと訴えた。
 山本氏は、看護師をどれだけ配置しているかで入院基本料の点数が変わる現在の仕組みについて、「いろいろな職種の人がチーム医療をやっているのに、看護師の数だけで決まる点には違和感がある」などと述べた。

 飯野氏は、急性期病院の入院基本料引き上げの必要性を指摘。同時に、国民が納得できるよう、必要額は根拠に基づいて算出すべきだと訴えた。竹嶋氏は、良質な医療を提供するため、医療費増に伴う財源確保について議論する必要性を強調。一方、柴田氏は「診療報酬改定の話をする時には当然、見直すべきは見直すことが前提になる」と指摘した。

診療所に有利な配分って、いきなり日医の本丸に斬り込みますか(苦笑)。
こういうイベントで今まで長広舌をふるってきたであろう日医の代表である竹嶋副会長がわずか一行というのも笑えますが、この後半部分で語られている入院基本料引き上げという問題についてはこちらの記事に詳しくある通り、かねて引き上げを言われながら診療報酬全体を大きく押し上げることが確実なこともあって先送りにされてきた話です。
病院有利の改訂となればその分どこかを削ろうかという話になるのがこの世界の常で、その槍玉に挙がっているのが開業医の診療所であるというのも既に周知の事実ではあるわけですから、要するにこれもまた日医の支持母体たる開業医を切りましょうと言っているようにも聞こえてくる話ですよね。

しかし民主党としても気持ちの上で長年ガチガチの自民支持団体であった日医の存在が面白くないだろうことは理解できる話なのですが、日医憎しが高じて医療行政そのものにマイナスとなって働くようではこれは本末転倒という気がしないでもありません。
日医潰しで支持母体の開業医が総倒れするとどうなるかという議論も今後必要でしょうが、他にも例えば先日も取り上げましたように新型インフルエンザワクチンの接種開始に向けた業務が各地で遅れに遅れた一件ですが、その原因となっているのが民主党政権の意向を受けた厚労省の各地医師会への情報遮断ということであれば、これは国民にとっても「ええ加減にせえ!」という話ですよね。
このあたりは子供の喧嘩ではないわけですから、少なくとも自前で立ち上げる新体制がきちんと稼働するまでは既存のシステムと折り合いよくやっていくことは責任あるものとして当然の義務ではないかなと言う気がしますが、どうもなかなかそう簡単な話ではないようなので、例えば先日もこんな記事が出ていましたのを皆さんご覧になったでしょうか。

レセプトオンライン請求はなぜ必要なのか 厚労省が路線修正(2009年10月16日Japan Medicine)

 長妻昭厚生労働相が診療報酬明細書(レセプト)のオンライン請求義務化で緩和措置を打ち出した。「義務化されれば廃院せざるを得ない」。開業医を中心に医療現場から強まっていた声に配慮した格好だ。医療現場も歓迎ムードかと思いきや、一部の医療関連団体は「まだ生ぬるい」との意見を表明した。レセプトデータの電子化の是非をめぐる議論は古くて新しい問題。政権交代を機に、幅広い当事者が医療IT化のビジョンを描き、その中にオンライン請求をどう位置付けるのか合意形成を図る議論をする場を設けてはどうかと思う。

 10日にパブリックコメントが始まった省令改正案によると、義務化免除の対象は、手書きレセプトで年間レセプト3600件以下、すべての常勤医が65歳以上などとなっている。年間3600件は、月間22日稼働として1日当たり約14件となり、果たして緩和措置と言えるのか分わからない。一方、高齢の医師が1人の診療所などでは、実効性があるのではないか。日本医師会が7月に公表した調査(速報)によると、「義務化で廃院を考えている」としたのは 70~80代の医師を中心に全体の8.6%、3611施設で、地域医療を維持する上でも影響が無視できない数に上っていた。

 厚労省の方針転換に対し、現時点で不十分との姿勢を明確にしたのは全国保険医団体連合会と大阪府保険医協会。保険医協会は13日に、「義務化は即刻撤回すべき」との声明を発表した。オンライン請求の方針を主導した政府の規制改革会議が、IT化が最も遅れた分野の1つに医療を位置付けたことには、臨床では先進医療機器をはじめIT化は進んでいると反論。「レセプトが扱う情報はテキストデータなどが基本であり、真に求められるIT化とはまったく質が違う」と指摘している。

 その上で、医療の効率化というのならなぜ請求方法を「オンラインに『限定』しなければならないのか」という問題提起をした。業務効率化のためにレセプトデータを電子化するなら、電子媒体などでも用は足りるのではと、もっともな疑問も投げかけた。保険医協会が“本丸”に挙げたのは、データの利活用を渇望すると見る財界の存在だ。

●古くて新しい問題

 レセプトデータを電子化して請求するシステム構築の動きは、古くは「レインボーシステム」というレセプト電算処理システム構想が浮上した1982年までさかのぼる。IT技術の進歩に伴いその後も形を変えて促進政策が打ち出されたものの、四半世紀が経過した今でも医療現場の反対が根強い背景には、医療政策当局との相互不信が払拭し切れていない影響があるのではないか。

 医療には無駄や非効率があるのではないかという厚労省などの見方と、レセプトデータを一手に握られると医師の裁量権が制限され、診療報酬改定時の交渉も不利になるという医療関係者の認識のギャップを解消しないかぎり、いつまでたっても出口は見えそうにない。

 ただ、そうした状況が今回の政権交代で変わる可能性が出てきた。財界の意向がIT政策にも反映された小泉医療構造改革とは情勢が違う今こそ、レセプトの電子データを何のためにどう活用するのか議論する好機ではないか。オンライン請求への反対意見は、病院よりも診療所関係者の間で根強いが、議論ではより良い医療につながるのかという視点が欠かせない。医療関係者に、保険者、業界も加わり、それぞれの立場でメリット、デメリットを表明した上で方向を決めてはどうかと思う。

 ところで長妻厚労相は私見として「最終的には100パーセント(の医療機関で)レセプトオンラインを実現したい」と述べたとメディファクスは伝えた。政権公約に「完全義務化から原則化に改め、医療現場の混乱や地域医療崩壊を防ぐ」と明記した民主党のキーパーソンが、あえてそう発言したのはなぜなのか。(田部井 健造)

ほんと、なぜなんでしょうね(苦笑)。
コストパフォーマンスが極めて優れていると自他共に認める日本の医療で、仮にレセプトオンライン化で幾らか無駄が省かれたところでどれほどの金額になるのか、そのために少なからざる導入コストをかけてまで行うほどの金銭的メリットがあるのか、そしてそれは零細医療機関の一斉廃業というリスクを上回るほどなのかが不明なままの議論とはどうなんでしょう?
誰が考えても分かることですが、レセプトオンライン化で廃業を考えているような零細医療機関とは最も安上がりな医療を担っているところでもありますから、彼らが廃業してもっと金のかかる医療をやっている施設に患者が流れれば、医療費は更に逼迫するのは必定…ってなんだ、いつもの厚労省の深慮遠謀なんじゃないですか(笑)。

それはともかくとしても、そもそもレセプトオンライン化などというものが医療の質向上に役立つという根拠もなく、せいぜいが査定が楽になったり診療報酬をいじりやすくなるといった医療に遠い側にしかメリットがない話ですから、いったいこれは誰のための政策なのか、こうまで強力に推進する意味がどこにあるのかとは誰しも考えるところです。
この件に関してはかねて野党時代の民主党は「地域医療の崩壊を招く」と義務化反対というスタンスであったはずで、その点で強力な導入反対の旗振り役だった日医とは奇しくも意見が揃っていたとも言えるわけですが、この政権奪取後の唐突とも言える変節ぶりには早速こんな声が挙がっています。

672 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2009/10/16(金) 15:28:31 ID:sKOCvEZy0
レセプトオンライン請求はなぜ必要なのか 厚労省が路線修正
http://s04.megalodon.jp/2009-1016-1402-33/www.japan-medicine.com/shiten/shiten1.html

> ところで長妻厚労相は私見として「最終的には100パーセント(の医療機関で)レセプトオンラインを実現したい」
>と述べたとメディファクスは伝えた。政権公約に「完全義務化から原則化に改め、医療現場の混乱や地域医療崩壊を防ぐ」
>と明記した民主党のキーパーソンが、あえてそう発言したのはなぜなのか。

673 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2009/10/16(金) 15:31:20 ID:4Q0uHFqM0
>>672
当然、開業医の多い医師会つぶしだろ? 敵に塩を送る必要性はない、と小沢君が
考えても無理はない。野党を支持する団体に打撃を与えるのはごく自然

日医憎しが高じてあっさり政権公約までひっくり返すって、そこまで思い詰めますか民主党は!ってまあ、別に確定した話でも何でもないわけですが、近年の厚労省の政策が一見してデタラメに見えて「医療潰し」というキーワードでくくればクリアに見えてくるように、民主党から出てくる話も同じく「日医潰し」というキーワードでくくれば…という話ですよね。
民主党と日医潰しという関連でついでにこんなものも取り上げてしまいますけれども、ここに来て急に浮上してきた話にこういうものがあります。

事業税優遇廃止案が浮上=開業医の診療報酬-来年度税制改正、政府・与党(2009年10月19日時事ドットコム)

 2010年度税制改正をめぐり、開業医の報酬に対する個人事業税(地方税)の非課税措置を廃止する案が政府・与党内に浮上してきた。政府税制調査会(会長・藤井裕久財務相)は租税特別措置などの優遇税制をゼロベースで見直す方針を掲げており、年末の税制改正の焦点の一つとなりそうだ。ただ、同措置の存続を求める日本医師会(日医)などの反発は必至で、来年の参院選を控え与党内から異論が噴出することも予想される。
 治療の対価として医療保険から医療機関などに支払われる診療報酬は、税制面で各種の優遇を受けており、個人事業主の所得の3~5%を課税する事業税の非課税措置もその一つ。制度創設以来、開業医の事業所得に当たる診療報酬は非課税扱いが続き、50年以上、手付かずの状態となっている。
 同措置については有識者らによる旧政府税調が課税の公平性の観点から速やかな撤廃を求めるなど、自民、公明両党による前政権下でも見直しを求める声が強かったが、日医を有力な支持基盤としていた自民党内の反発で見送られてきた。

これも 久しく議論が続いている制度ですが、とりあえず特に地方の医師不足が言われる時代にあって、それら地域の医療を支えてきた零細開業医が一斉廃業に走ると言われているこのタイミングでこういう追い打ちが唐突に出てくる、そのあたりの背景事情をどう考えていくかと言うことですよね。
税の公平性を保つということであればこれは全くその通りとしか言いようがないのですが、公平性を言うのであれば医療機関が仕入れにかかった消費税を一切患者に転嫁できない不公平性の方がはるかに巨大な不公平であるわけですから、先にそのあたりを是正するのが筋かなと言う気がしますが、それこそ「敵に塩を送る」ことになる以上やらないということでしょうか(苦笑)。
何にしろこうして出てくる政策出てくる政策いずれも一つの観点からするとビシッと筋が通っているように見えるというのが全くのあり得ない偶然というのでなければ、今までの日医の主張というものが恐ろしいほどに反社会的でどれも緊急に是正を要するものばかりであったのか(苦笑)、あるいは背後に隠された民主党の意思が日医潰しにあるかということ、どちらかなのでしょうかね。

しかし傍目にはどうもやることが露骨過ぎてえげつないと言うのでしょうか、もちろん長年の感情的しこりというものが一朝一夕に変化するはずもありませんが、どうも同じ日医潰しをやるとしてももう少しスマートにと言いますか、圧倒的多数派を誇る政権与党らしい横綱相撲を見せてもらいたいという気もするのですけれどもね。
まさか今さら参院選に向けて日医の影響力を可能な限り排除しておこうなどと、あんな終わっている団体に過剰な警戒感を持っているということであれば、あるいは今の日本で一番日医を高く評価しているのは民主党ということになるのかも知れませんけれどもね(苦笑)。

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2009年10月20日 (火)

少しずつ医療行政が動き始めた気配、ですが…

補正予算の執行停止であちこちから「立てていた予定が全部ご破算に!」と悲鳴が聞こえてきますが、医療行政との絡みで大騒ぎになっているのが地域医療再生基金の問題です。
本日まずはそんな悲鳴の一つから、こちらの記事から紹介してみましょう。

国の補正予算見直し 県、医療再生計画を大幅縮小へ(2009年10月16日伊勢新聞)

 鳩山政権の補正予算見直しで、県が「地域医療再生計画」の縮小を余儀なくされ、百二十五億円の分配を求めるはずだった県は十六日の計画提出を先送りする。活用する地域医療再生基金で、一地域百億円の配分枠が取りやめられ、一律二十五億円に変更される見通しであるため。

 救急医療の確保や地域の医師確保など、地域が抱える医療課題解決に向け、国は総額三千百億円の地域医療再生基金を創設。都道府県策定の再生計画に基づき取り組みを支援する。配分枠は、全国十カ所以内の一地域百億円と、二十五億円の二種類が予定されていた。

 このうち、鳩山政権が取り組んでいる補正予算の見直しに伴い、「百億円枠」が取りやめられて一律二十五億円に。計七百五十億円の削減見通しという。県医療政策室によると、それら方針は九日に厚生労働省から連絡が入った。

 県は平成二十五年度末までの再生計画に事業費四百七十七億円を計上、うち百二十五億円は再生基金の活用を見込んでいた。具体的には、百億円枠で中勢伊賀地域、二十五億円枠で南勢志摩地域を指定。名張市立病院と上野総合市民病院の広域連合化や、大台町の大台厚生病院と報徳病院の統合などを盛り込んでいた

 今回の見直しで、県は広域連合化や統合といった事業の支援は維持する意向を示しながらも「大幅な事業縮小は免れない」「単純に七十五億円が減るのではなく、関連事業も削る必要がある」(県医療政策室)。

 ただ、当初予定通りでも百億円枠は全国十カ所以内の限定、県は対象から外れた場合を想定した縮小案も検討済み。最終的判断は県だが、計画変更は県医療政策審議会部会長らに委ねられているという。これらを受け、県は来週中に変更した計画を国へ提出する構え。

この削除も面白いもので、100億円を予定していたところでは25億円に削減され、一方で25億円を予定していたところではそのまま25億円が認められるということですから、どう見ても内容を精査しての話とは思えませんよね。
このお金で地域医療再生をと目論んでいた自治体にとっては頭の痛い話ではないかと思いますが、この地域医療再生基金に関しては先日も取り上げました通り、その運用計画を巡って一部地方で医師会の暗躍ぶりが伝えられ、それがために医師会外しの民主党政権によって削除に追い込まれたのではないかという構図も見えてくるようにも思われます。
ところがどうもこの基金、どうも医師会利権などといった小さな話にとどまらず、厚労省絡みの更なる遠大な計画の一端であったようなのですね。

地域医療再生基金の狙いは医師の計画配置か(2009年10月18日ロハス・メディカル)

 医師不足の解消など医療再生計画を策定した都道府県に国が支給する「地域医療再生基金」について、厚生労働省の担当者は「ハコモノじゃなくて、マンパワーの確保ということが一番大事だ」と指摘した上で、「どこかの病院1つだけを大きく建て替えるためにたくさんのお金を使うというのは好ましくない」と強調している。同基金の実体が、「医師の計画配置」を進めるためのバラマキ政策であることが再確認されたといえる。(新井裕充)

 日本医療・病院管理学会(理事長=池上直己・慶應義塾大教授)は10月17日、東京女子医科大の弥生記念講堂で「第47回日本医療・病院管理学会総会」の1日目を開催した。
 今年のテーマは、「国家財政と医療 ─あるべき医療の姿を求めて─」。宇沢弘文氏(東京大名誉教授)が「社会的共通資本としての医療を具現化する」と題して特別講演したほか、「国家財政と医療」をテーマにしたシンポジウムが開かれた。

 シンポジストとして参加した厚労省医政局指導課の新村和哉課長は、補正予算見直しで750億円減額された「地域医療再生基金」について、「マンパワーの確保が一番大事」と指摘。「100億円で大きな病院再編をしたいと考えていた所には申し訳ないし、残念」などと述べた。この発言には、やや違和感を覚える

 補助金がらみのハコモノ行政を繰り返す厚労省医政局の担当者が、「マンパワーの確保が一番大事」などと強調したのはなぜだろうか。それは、「地域医療再生基金」の実体が、医師の計画的な配置に道筋を付けるためのバラマキ策だからではないか
 地域医療再生基金の"合格基準"は依然として謎に包まれたままだが、地域の拠点病院を中心にした研修医の派遣システムなど、医師の地域偏在を解消するための方策が盛り込まれた計画が優遇されることが予想される。(略)

これを見ますと元よりハコモノではなくマンパワーに金を出させるための基金であるという話なんですが、議論の中身を見てみますとなかなかに面白い話題がてんこ盛りだったようです。

■ 「建て替えにたくさんのお金を使うのは好ましくない」 ─ 新村課長

[上塚芳郎座長(東京女子医科大学教授)]
 では、(回答を)新村先生にお願いします。地域医療再生基金の姿はどうなっていくのか。

[厚生労働省医政局指導課・新村和哉課長]
 「国家財政と医療」という(シンポジウムの)テーマとはちょっと違うような気がしますけれども、最近の話題ですので情報提供だけさせていただきます。
 補正予算の見直しは非常に厳しい調節がございました、それは正直言って......。3100億円の積算というか金額で、100億円プロジェクトが10か所で、25億円が14か所で......、まあ、足すと各県2か所ぐらいは選定できるということで......。

 各都道府県が一生懸命、これまでの医師会とか病院関係者とか、いろいろな関係者とお話をして、かつ大きい県と小さい県があって、それはそれでまた議論があるんですけれども、いくつかの条件で、それぞれの課題がある中で、「どの二次医療圏を選ぼうか」ということで非常に頭を悩ませながら検討してきたということがありますので......。

 そしてその一方で、「なんとか財源出しをするように」という......、ま、行政刷新会議ですか、あちらからも強い要請があって、政務三役を中心にいろいろ動きがありまして、100億円については75億円を拠出して25億円にすると。従って、75億掛ける10の750億円は拠出して、結果的に 25億円が94になりますね、各県2つという、その考え方は残しております。

 しかし、あの......。私、いろんな所で......、いろんな所でと言っても1か所かな、お話ししたのは、あの......、やっぱりハコモノじゃなくてですね、医師あるいはほかの職種もそうですけれども、マンパワーの確保ということが一番大事だし......。
 それから、地域の医療圏での「面的整備」ということがありますけれども、弱い......、てこ入れが必要な医療機能。例えば、救急医療とか周産期医療とか。

 それはその地域の課題であってよろしいわけですが、それをぜひ強化する方向に使っていただきたい。どこかの病院1つだけを大きく建て替えるためにたくさんのお金を使うというのは好ましくないということは言ってきましたし......。
 ま、そういう意味で100億円で大きな病院再編をしたいと考えていた所には、それがなかなか......、100億円というプロジェクトがなくなったのは申し訳ないし、残念ですが、しかし、「地域医療再生のために必要だ」と、その地域で考えていただいた所がやっていただくことは、それはぜひ、このお金があろうがなかろうがやるべき所は必要があるわけですし、それがたとえ25億でもうまく活用していただければ非常に良いのではないかと。

 ま、そういう意味で県内でも絞り込みがあり、かつ全国でも......、今後、私ども国でも有識者会議を設けて、きちんと中身を見させていただいて、有効な活用がなされるように。貴重な税金ですから、そういうふうに見ていきたいと思っています。

ここで注目すべきは厚労省の異性局指導課長から、わざわざ金の使い道について「病院建て替え・再編に使うな」とかなり具体的な話が出ていることだと思います。
厚労省としてはかねて病院を再編し大病院に医者をまとめるという遠大な野望があった、そのためにはこの100億で大きなハコモノをという話の流れはむしろ理にかなったことではないかなとも思えるわけですが、それはやめにしてもらいたいとはどういうことなのでしょう?
実はこの文脈を読み解く上で参考になりそうなのが、同学会の公開シンポジウムで厚労省OBである伊藤雅治氏が語ったという以下の記事です。

「医師を強制的に配置する」 ─ 厚労OBが医療基本法の成立を求める(2009年10月19日ロハス・メディカル)

 「もっと強力に拠点化・集約化を図って集中的に医師を配置していく。医師を強制的に配置をするような仕組みを導入する」─。医師の計画配置を盛り込んだ「医療基本法」の成立に向けたシンポジウムで、元厚生労働省官僚が吠えた。(新井裕充)

 日本医療・病院管理学会(理事長=池上直己・慶應義塾大教授)は10月18日、東京女子医科大で学術総会を開催した。2日目の市民公開シンポジウムで、パネリストとして参加した元厚労省医政局長の伊藤雅治氏(全国社会保険協会連合会理事長)が次のように訴えた。
 「医療提供体制の問題というのは、実は平成18年度の医療法の改正により地域医療計画、4疾病5事業、いわゆる連携体制を構築していくということになっていますが、この18年度の制度改正だけではとてもできないと思います。それはなぜかと言うと、やはりもっと強力に拠点化・集約化を図っていく。そして、そこに集中的に医師を配置していくということをどうやってそれを実現していくのかというのは、県庁の担当部局がペーパープランをつくるだけでは現場は動かない。そこをどうするか。従って、医師の不足、偏在の問題、産科・救急の問題、全部そこに帰着するのではないか」

 伊藤氏はまた、医師の計画配置を盛り込んだ「医療基本法」の成立に向け、次のように抱負を語った。
 「医師の偏在の問題を法律でやろうとしたときに、内閣法制局は『職業選択の自由(憲法22条)との関係で疑義がある』と、これは私が現役の時に言われているんですね。ですからそれを医療基本法の中で、ある程度、医師を、医師にかかわらず強制的に配置をするような仕組みを導入することが、国民的な観点から賛成か反対かという、医師会の反対だけじゃなくて、国民に対してそういうボールを投げて議論しながら決着を付ける。ですから、いかに医療基本法の中身を国民の目に見える形で議論していくか、それが(医療基本法成立への)プロセスとして重要ではないか」

 このように、民主党政権下で現役の官僚が口を閉ざす中、厚労OBが後輩に代わって声高らかに「医師の強制配置」を主張している。ただ、「医師は絶対数不足ではなく偏在」と言い続けてきた厚労省のOBが「医師の強制配置」を求めることは決して不自然ではない。この発言自体には、大した話題性はないだろう。

 注目したいのは、伊藤氏がどのような場で発言したかということ。シンポジウムの主催者やパネリストは以下の通り。勘の良い人はこれを見ただけで分かるかもしれない。長妻昭厚労大臣の下で、新たな政策集団が活発に動き始めたことを......。 

○ タイトル
今、医療基本法を考える ~医療再建の切り札~
※ 事前の案内では「いのちを救うグランドデザイン」だったが、「医療再建の切り札」に変更
○ 主催者
東京大学医療政策人材養成講座(HSP)医療基本法プロジェクトチーム
○ シンポの司会
埴岡健一氏(日本医療政策機構理事)
○ パネリスト
伊藤雅治氏(全国社会保険協会連合会理事長、元厚労省医政局長)
田中秀一氏(読売新聞医療情報部長)
長谷川三枝子氏(患者の声を医療政策に反映させるあり方協議会会長)
渡邊清高氏(国立がんセンター)
小西洋之氏(総務省)

【問題】
 ここで、読者の皆さんに1つ質問したい。「医療」と「日経BP」という2つのキーワードから、あなたは誰を思い浮かべますか? 答えは次のページ。

【答え】
① 長妻昭厚労相
② 埴岡健一・日本医療政策機構理事

 埴岡氏は、日経BP社ニューヨーク支局長、日経ビジネス副編集長、日経メディカル編集委員などを歴任した後、2004年に東京大学医療政策人材養成講座の特任准教授。ちなみに、東京大学医療政策人材養成講座の主なメンバーは以下の通り。
・黒川清氏(政策研究大学院大学教授)  
・信友浩一氏(九州大学大学院教授)
・近藤正晃ジェームス氏(東京大学医療政策人材養成講座特任准教授)
・高本眞一氏(東京大学大学院医学系研究科教授)
・矢作直樹氏(東京大学大学院医学系研究科教授)
・玉井克哉氏(東京大学先端科学技術研究センター 教授)

 自公政権下のシンクタンクである「日本医療政策機構」の代表理事は黒川清氏、副代表理事は近藤正晃ジェームス氏。東京大学医療政策人材養成講座の特任教授を務める信友浩一氏は昨年12月、日本医療政策機構のホームページの連載(緊急提言)を担当、「医師は応召義務を果たしていない」「医師は被害者意識を捨てよ」などと述べたことは医療関係者に広く知られているようだ。

 ところで、東京大学医療政策人材養成講座のメンバーが主張している「医療基本法」は、「社会保障基本法」とは性格が異なることに注意する必要がある。共産党に近い団体が主張する「社会保障基本法」は、憲法25条の生存権を具体化することが目的であり、生存権の実質化を図るもの。「医療基本法」のように、医師や看護師に一定の義務を発生させるものではない。法律の性格はあくまでも「権利の具体化」であり、国民に対する「義務付け」ではない。

 憲法25条の生存権は、国民の生命や健康を守るために必要な施策を講じることを「国」に対して義務付ける規定であり、これを国民の側から見れば「国家に対する作為請求権」であり、受益者は国民になる。つまり、救貧や防貧施策を講じなければいけないという「義務」を負うのは「国」。
 従って、すべての医師が国家公務員でない限り、憲法25条の具体化立法から「医師の強制配置」を導くことは憲法上難しいのではないか。憲法学説の中には、公務員や在監者など国家との特別な関係にある者の人権制約を認める考え方があるが、医師免許が国家資格であるということから直ちに同様の結論を導けるかは疑問がある。
 また、「公共の福祉」による医師の「居住・移転の自由」の制約は、相対立する権利の衝突関係がないので難しいだろう。例えば、北海道で救急受け入れ先が決まらずに死亡した患者の権利と、九州の民間病院に強制派遣される医師の権利とをいかに利益衡量するかという問題が残る。

こうしてみるとどうもそうそうたると言いますか、過去にも当「ぐり研」で御登場いただいたような香ばしいメンバーが並んでいるなという感じなのですが、OBとはいえ厚労省関係者がこうしてはっきりと医師強制配置を云々し始めたことは非常に重要なことのように思われますね。
記者氏の推測はともかくとしても、厚労省が本格的に医師強制配置というものを公言し始めた、ところがこの厚労省の言う強制配置計画とは読売新聞などが言うところの田舎の自治体病院に医者を強制的に送り込めという話とはまったく別物であったはずなのですね。

以前にも取り上げました厚生労働省の佐藤敏信医療課長の発言を以下に引用してみますが、上の記事を見てみましても厚労省の方針は昔から「医者は拠点病院に集約化しろ(非効率な小病院は統廃合で潰せ)」という医師集約化論で一本化されていると見るべきです。
そうなりますと先ほどの基金の記事にあるような「大きな病院を作るのはやめろ」と言う話との整合性がどうなのか、いささか気になってくるところではないでしょうか?

佐藤敏信氏(厚労省医政局指導課長)に聞く 産科医不足に対する厚労省メニュー10」より抜粋

「今年度要求される医師確保対策の予算概算は、この事業に最も大きな比重がかかっています。これは、日本では医師が「広く薄く」配置されているために、ひとつひとつの施設で医師の労働環境が非人間的になり、安全性も低下するという考えから、医師など「医療資源」を一施設に集約あるいは重点配置していこうとするプランです。」

これとも関連して民主党はかねて医師は偏在ではなく不足しているのであり、強制配置でなくまず総数を増やすことが重要であると医学部定員拡大に走った敬意がありますが、厚労省の言う集約化、読売の言う地域医療温存のどちらの方向へ進むにしろ、こうした医師は強制的に配置せよという内外からの声に対して、政権与党としてどういう反応を示してくるかですよね。
「病院再編に金を使うな」とはあるいは民主党に対する厚労省のリップサービス込みの発言だったと考えると、当然厚労省内部では政治家と官僚の間でこのあたりの綱引きが開始されていると思われますが、そのあたりの議論の流れも反映しての発言だったのかも知れません。
そうした暗闘の詳細は表に出てくるとも思えませんが、やがて出てくる政策というものを見てみれば政と官のどちらが勝利したかは明らかになりそうですよね。

野党時代の言葉を素直に受け取れば、民主党が政権を取った後は大金をかけて大勢の医師を養成し、彼らが僻地や不人気診療科にもついつい行きたくなるよう診療報酬等でも優遇するということになってしまいますが、削れるものなら何でも削るといった体の現在の民主党政権がそんな正論だが太っ腹な政策を実行に移せるのかも大いに疑問ありですよね。
ここで「公約?マニフェスト?そんなの関係ねえっ!♪」とばかりに議決一つで完了と一番安上がりで、即効性も確実性も高いと思われる「医師の強制配置」などという方法論を打ち出してくるようであれば、それはそれで当「ぐり研」で大々的に取り上げるべき楽しそうな話だなと思えるのですが…(苦笑)

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2009年10月19日 (月)

過労は決して誇るべきことではありません

最近こういうニュースが出ておりましたのをご覧になりましたでしょうか。

徹夜勤務医大院生事故死で2000万支払命令(2009年10月16日日刊スポーツ)

 鳥取大医学部の大学院生で医師だった男性(当時33)が付属病院で徹夜勤務をした直後に交通事故死したのは、睡眠不足や過労を生じさせた大学側の責任だとして、両親が鳥取大に損害賠償を求めた訴訟の判決で鳥取地裁(朝日貴浩裁判長)は16日、約2000万円の支払いを命じた。

 研修などの名目で無給のまま医療業務に従事している院生の医師について、「雇用」する側の大学の責任を認める司法判断。医大院生の過酷な勤務実態は国会などでも問題化しており、各地の大学で進む雇用契約締結の動きにも影響しそうだ。

 訴状などによると、男性は同病院の外科で「演習」として恒常的な長時間勤務を強いられ、2003年3月、鳥取大病院でほぼ24時間徹夜で勤務した後、そのまま派遣先の病院へ乗用車で出勤中にトラックと衝突、死亡した。

 大学病院などで院生や研修医などの若手医師は劣悪な条件で長時間勤務を強いられることが多いとされ、文部科学省は昨年、医療業務に従事する院生と雇用契約を結ぶよう、各大学に通知した。

 研修医については05年の最高裁判決が、労働基準法上の「労働者」に当たるとの初判断を示したが、原告側代理人によると、院生の労働者性を認めた判例はないという。(共同)

こういう実態が次第に公にされるようになってきたなという感じのニュースですが、奴隷医者にも人権を認めようという社会的流れがこのまま定着するかどうかですよね。
ちなみに記事中にもありますように、昨年の平成20年6月には文部科学省高等教育局長名で「附属病院を置く各国公私立大学長」宛に「医師及び医療関係職と事務職員等との間等での役割分担の推進及び診療に従事する大学院生等の処遇改善について」という通知が出されています。
表題の前半にありますようにこの通知、「看護師が注射をしても全然構わないんだよ。さっさと業務の割り振りを改善してね」というまさしく大学病院的問題(笑)に関して「迅速かつ適切な対応をお願い申し上げ」るという趣旨のものとして良く取り上げられるものですが、この中にさりげなく表題後半部分に関連するこんな文言が含まれています。

「また、大学院生等が診療業務の一環として従事している場合については、労働災害保険の適用が可能となる雇用契約を締結するなど適切な対応が必要であります。
 各大学附属病院におかれましては、これらの趣旨を十分に踏まえ、迅速かつ適切な対応をお願い申し上げます。」

もちろん実際に迅速かつ適切な対応を取っている施設ばかりでもないのが現実というものでしょうが、良くしたもので今の時代そうした施設ではさっさと人材が流出して崩壊の危機にさらされていますから、結果として不幸な状況で奴隷奉公を強いられる大学院生等は以前よりは多少なりとも減少してきているのかなとも思えるところです。
しかし彼らが生活の質を確保しているとすればその分のしわ寄せがどこかに行くのがこの種の施設の救われないところで、結局今度はヒラの医員あたりが貧乏くじをたらい回しされているだけ、なんてことがままあるわけですね。
根本的には大学病院においては医者が最も安上がりに、しかも組合等から突き上げられる心配もなく無制限に働かせられるからこそ、経営改善を考えるほど医者を酷使した方がますますお徳と言う考えになって当然だと思っているのですが、こうした記事を読む限りではどうも文科省の認識ではいささか異なるようですね。

大学病院医師の勤務環境改善へ 文科省、支援態勢を充実(2009年10月14日47ニュース)

 文部科学省は14日、診療以外の業務に忙殺されているの医師の環境を改善するため、医療関係職員を増員する方針を決めた。15日が再提出期限の来年度予算の概算要求に関連費を計上する。

 鈴木寛文部科学副大臣が、14日の政策会議後の記者会見で明らかにした。

 勤務医の労働環境をめぐっては、医師不足から長時間労働を強いられる上、説明書類の作成や患者のアフターケアなど診療以外の負担が大きいとされ、過労死や医療ミスにつながりかねないとの懸念が出ていた。

 文科省は改善策としてソーシャルワーカーや医療事務職など関連職員を増やし、医師の業務軽減を支援する。医師が地域や診療科により偏在している状況の改善についても鈴木副大臣は「前向きに取り組む」と語り、医学部の定員増や教員、設備の拡充とともに検討する考えを明らかにした。

個人的には専門職の非専門的業務を非専門職に移譲していくという大方針には賛成なのですが、こと大学病院という医療業界の中でもとりわけ特異性の高い施設においてはどうなのでしょうね?
今でさえそこにいるだけで働いていない職種の人たちばかりさらに増やして彼らの団交による影響力を増大させていくことが果たして問題解決につながるのか不肖管理人にはよく分かりませんが、幸いにして?近ごろでは労基署などの方から問題解決の糸口が見つかりそうな気配があるようなのですね。
旧態依然とした労使関係の目立つ医療業界の中でもとりわけ後進性を誇ってきた?大学病院も、昨今では独法化などで「昔とは変わった!看護師が採血も点滴もしてくれるようになった!」などと泣いて喜んでいる先生がいらっしゃるようですが、そういうのは普通世間では当たり前にやっていることで感激するところと違うと思うのですがね…

しかし未だに「そんなことを言ったら現場がまわらない」などと頓珍漢なコメントを出してくる管理職氏なども未だに生き残っているようですが、今の時代法律違反をしようが何をしようが我が道を行くなどという心得違いが許されるものではないという当たり前のことをご理解いただけない方は、常時知識のアップデートを要求される医療職としての適性すらも問われる気がします。
面白いなと思うのは、今まで医者は叩くものと固く心に誓っていらっしゃったご様子の一部マスコミも、ようやく過労の極にあるのは看護師らコメディカルばかりではないという当たり前の事実を報道することにしたようで、特に最近のユニオン関連の記事をみますと、医師の労組誕生というのはそれだけで画期的な出来事だったのだなと改めて思い知らされるところですね。

【参考】職場のホンネ 医師に残業代出ない(2009年9月22日朝日新聞)

【参考】勤務医110番に相談相次ぐ(2009年9月27日朝日新聞)

しかしようやく盛り上がってきた医者の労働環境改善の機運に反するかのように、一方では例によって例の如く、どこの世にも抵抗勢力と言うものはいるものです。
各人なりに好き放題のことを言ってまわる言論の自由は国民に等しく補償された権利とはいえ、その国民の権利を擁護すべき立場にあるものが国民の権利を侵害すべきなどと主張するということであれば、これはなかなか穏やかではない話ですよね。
こちら丸尾拓養弁護士は労働事件(使用者側)が専門ということですから、いわば雇う側の代弁者という立場に立つことは当然と言えば当然でしょうが、こういう露骨な言説は弁護士職にあるものとしてどうなのよと疑問に感じるところなしとしない話ではないでしょうか。

法的視点から考える 人事の現場の問題点第73回「若年労働者の労働時間を抑止すべきなのか」(2009年9月24日日経ネット)

 30歳代から40歳代前半にかけての一部の労働者に恒常的な長時間労働が見られます。一方、若年労働者は時間外労働に関する労使協定である「36 協定」(労働基準法第36条)や労働組合によって、長時間労働から保護されることがあります。しかし、20歳代や30歳代の前半の時期に「時が経つのも忘れて仕事に没頭する」経験をできないことで若年労働者が逸するものもあるでしょう。

■キャリア形成の過程においては「一皮むける」瞬間がある

 法律を遵守(じゅんしゅ)するという視点からは、36協定の枠内で時間外労働の延長を行い、休日労働を行わせることが、実労働時間に関する使用者の義務となります。これを超える労働は違法とされ、禁止されるべきであるとされます。

 しかし、相当の勤続年数を経た従業員に対して「いつ一人前となったと思いますか」「いつこの会社でやっていけると思いましたか」と質問すると、「何日も徹夜してシステムを立ち上げたとき」「1人きりの海外出張が無事なんとか終わったとき」「難しいと思われた商談をまとめあげたとき」といった回答が返ってくることでしょう。そこでは、時間外労働に関する法的制約などは忘れられています

 若年労働者の育成にあたっては、「一皮むける」ことが重要であるとされています。小さな成功経験または小さな失敗経験が、その後の企業内でのキャリア形成において、自己の存在基盤となります。大小はあるものの「修羅場」をくぐったという経験が自信につながり、精神的安定をもたらします。

 これまでの右肩上がりの経済成長の下では、企業は意識せずにも労働者にこの機会を付与し、労働者もこれを享受しました。経験を積んで、それなりに「一皮むけて」、中間管理職に、さらに上位管理職になっていきました。サービス残業や「管理監督者」問題には、このような一面もあります

■恒常的長時間労働にはリスクがある

 労働者全体としての平均労働時間は減少しても、一部の正社員の恒常的長時間労働が顕著となり、特に30歳代や40歳代前半の「中間」管理職の健康被害が憂慮される事態となっています。一方で、労働組合は労働組合員の健康確保を目的として36協定の遵守を強く求めます。労働時間の延長の具体的基準は月45時間以内が原則であり、例外的に年間6回の月80時間程度の延長が許されるにとどまります。

 30歳代の男性労働者では、週60時間以上の労働時間の人が20%を超えるとされます。この傾向は40歳代前半にも広がりつつあるのでしょう。しかし、労災補償の年代別認定状況を見ると、この年代は過労死リスクの高い層です。脳・心臓疾患に関する労災補償の統計では、認定者の中で40歳以上が約8割となっています。これは、高血圧などの基礎疾患があるからです。20歳代や30歳代の過労死リスクは実は高くありません

 もちろん、この労災補償に関する統計においても、うつ病や適応障害などの精神障害等については、20歳代や30歳代が合計で6割前後を占める状況が続いています。認定基準の現実を踏まえれば、この年代の恒常的な長時間労働に伴う精神障害等の発症リスクは小さくないといえるでしょう。しかし、そうであるからといって、この年代に仕事をさせないことは、「一皮むける」チャンスを逸することにもつながります。そのような経験を経ない従業員に企業の将来を託すことには不安も覚えます。

■注意深く配慮して仕事をさせることが求められる

 中間管理職への仕事の集中は、一面では、若年労働者が成功したり失敗したりする機会を奪っているのかもしれません。思えば、これまでのキャリア形成につながる成功や失敗は、上司が上手に企図しバックアップした結果にすぎなかったとも言えます。本人が自分の力で「一皮むけた」と思っているのも、客観的には上司や周囲の支援の賜物なのでしょう。

 それでも、これらを自ずと経験できた中高年齢者と異なり、現在の若年労働者はストレス脆弱性も著しいという世代としての特徴を持ちます。大したことないと思われる修羅場であっても、若年労働者にとっては負荷も過重である可能性もあります。かつてと同じような経験をさせることが適当とも思われません。

 一方で、ストレス耐性を真につけるためには、「甘やかす」のではなく、「仕事をさせる」ことも方法の1つでしょう。このため、管理職は若年労働者に対し、十分に注意かつ配慮して、仕事をさせることが求められます。意外にも、これまでは無意識のうちにも、このような適切な人事権(管理職権限を含む)の行使はなされていました。しかし、近年は、成果主義人事のせいか、このような意識がやや薄れているのかもしれません。

 もちろん、恒常的な長時間労働は、強く抑止すべきです。また、休日のない連続勤務には注意する必要があります。そのような配慮をしつつ、特に正社員については、一時的な長時間労働によって「一皮むける」チャンスを作っていくことになるのでしょう。おそらく、適切な配慮をすれば、36協定に関する上限基準の範囲内で足りると思われます。形式的な法理解や法令遵守にとどまるのではなく、ややリスクを冒しても、労使双方が人材育成の機会を活かし、むしろ作り出していくことが求められているのでしょう。

まあ何日も徹夜して仕事をし何とか生き残ったときに何かしら越えた状態になるのは理解できるところですが、その越えた状態で仕事をされてしまうことを顧客(医療における患者ですね)がどう感じるのかという視点が根本的に欠けた「使用者側のロジック」であって、何より働く内容や質ではなく労働時間で経験値を云々することに今どきどれほどの意味があるのでしょう。
死ぬ気で頑張って徹夜で働き通したことが大きな経験になるというのであれば、死ぬ気で頑張って同じ仕事を定時で仕上げた事の方がはるかに大きな経験とスキルアップにつながると考えるのが普通ではないでしょうかね?

とくに医療に関して言えば、久しく前から医師の過労やストレスは医療過誤の原因となる、すなわち医療の質を低下させ患者にも職場にも迷惑をかけるというエヴィデンスが出ているのであって、今さら根拠のない戯れ言を弄する余地は医療現場には全く存在しませんし、今どきそんなことを言う人間がいればそれはEBM的には(笑)医療の質を低下させようとしていると見なされても仕方がないのです。
日常的に他人の命がかかった選択を強いられている医療現場において、単に長く院内にとどまって疲れ果てることがキャリアアップにつながるなどと言うレベルの認識しか持たない人間は、現代の医療においてはもはや排除されるべき存在となってきていると言うことですね。

実のところこうした不幸な心得違いをしているのは使用者側のみならず使われる側の医者も同様で、深夜の病棟詰め所あたりで研修医が一人何やら考え込んでいる光景を垣間見たことがある人は入院患者さんにも多いのではないかと思いますが、知識も経験も技能も限定的な彼らがいくら夜通し考え込んだところで出てくる結果などたかが知れているわけです。
医者という人種は学生時代から勉学における成功体験が積み重なっていて「頑張れば報われる」という認識を持っている人間が多い、また医学部は伝統的に体育会系比率も高いですから「しんどくなるまで努力していればいずれ結果はついてくる」的なものの考え方が案外まん延しているところがあります。
しかし失敗しても自分自身やせいぜい同僚に迷惑がかかるだけの学生の部活動と違って、病院では何かしら失敗をすれば患者さんの健康被害に直結するわけですから、とりわけ未熟者にとってこそ無駄な過労で要らざる失敗を呼び込まない、休める時間を捻出し少しでも頭の冴えを取り戻すというマネージメント能力が夜更かしの才能以上に要求される能力であるはずなのですよね。

「オレってこんなに疲れてる!こんな頑張ってるオレってサイコー!」なんてマスターベーションがやりたいだけなら、他人に迷惑のかかる診療の場で自己実現を追求するのではなく一人で夜通しマラソンでもやっているべきであって、給料をもらって仕事としてやっていることなら自分の能力を最大限発揮する方法論を突き詰めるのも業務のうちということですね。
特に医療の世界に入ってきたばかりの臨床研修医あたりで寝る間もないほど過酷な業務に従事しているような向きにこそ、同じ仕事をこなしている同期のあいつより少しでも早く寝るためにはどうしたらいいか、なんてノウハウを学ことが一番実のある研修になるんじゃないかという気がしますけれどもね。
そのために使えるものや社会的条件が昨今ようやく色々と揃い始めてきたわけですから、当事者たる現場の人間こそ真っ先に意識を変えていかなければならないというわけですよ。

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2009年10月18日 (日)

今日のぐり:「土佐料理 司 高知本店」

先日見かけて思わず吹き出してしまったのがこちらのニュースです。

相撲界にエヴァンゲリオン発進! 綾波レイが横綱に!(2009年9月29日ガジェット通信)

いま、インターネット上で大きな話題になっていることがある。なんと、相撲界に『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイが登場しているというのだ! まったく意味がわからないが、いろいろと調べてみると “その原因” が判明したのでここにお伝えしたい。

事の発端は、コミュニケーションサイト『Twitter』に掲載されていた写真だ。「なんか物凄い誤植が…!!!」というコメントと共に写真が投稿されていたのである。その写真を見てみると、どうやら落語に関する真面目な文庫本のようだ。写真に写っている文庫本には、大相撲に関する歴史が語られていた。「どこが誤植なのかな?」と思い読み進めてみると……。

「大相撲の始祖は、谷風梶之助である。天明寛政年間の力士だ。それ以前の最初の三人の横綱、明石志賀之助、綾波レイ、丸山権太左衛門、は架空の力士である」(本より引用して掲載)

なるほど、相撲の歴史で最初の横綱三人は架空の人物なのだな。……っておい! 横綱にどうして『新世紀エヴァンゲリオン』の美少女キャラクター・綾波レイがいるの!? 「明石志賀之助、綾波レイ、丸山権太左衛門」という並び自体が違和感を感じるのだが、著者も編集者も気がつかなかったのだろうか? これは完全に誤植である。

とある出版業界の重鎮が「どんなに頑張っても誤植はなくならない」とコメントしたのを知っているが、さすがにこれには気がついてほしかった。しかし、「おもしろいから、わざと残したのでは?」という声がインターネットであがっているのも事実。あえて誤植を残したのであれば、かなり高度でハイリスクなジョークである。

この本は『落語論』(講談社現代新書)という本で、著者はコラムニストの堀井憲一郎さん。『新世紀エヴァンゲリオン』や綾波レイのファンならば、記念として、コレクションとして、1冊持っていてもいいかもしれない。ちなみにこの事実を最初にインターネットで取り上げたのは、『Twitter』メンバーの “とみね” さん(ID: htomine)である。

ちなみに件のページの画像がこちらなんですが、まじめな本の真ん中に唐突に登場する場違いな名前が非常に印象的であり得ない度が高いです。
この場合本当は「綾川五郎次」が正解なんだそうですが、単語登録なり辞書学習なりが進みすぎてしまったが故の思わぬ悲劇?と言うべき話なんでしょうね。

あり得ない!という話であれば何しろブリを外して語るなど論外ということなのですが、こちらもかなりあり得ない度が高そうな話題を紹介してみましょう。

「おばあちゃん売ります」、10歳少女がイーベイに出品 英国(2009年10月1日AFP BBニュース)

英国の10歳の少女が、米インターネット競売大手イーベイ(eBay)上で自分の祖母を売ろうとしたが、イーベイに中止させられるという出来事があった。イーベイが9月30日に発表した。少女は「出品」した祖母について、「かわいい」けれど「うっとうしい」と評していた。

 ゾイ・ペンバートン(Zoe Pemberton)ちゃん(10)は、イングランド南東部クラクトン(Clacton)に住む祖母のマリオン・グッダル(Marion Goodall)さん(61)を気軽な気持ちでイーベイに出品した。

 しかし、イーベイは、この競売の広告ページが人身売買規制に違反すると判断。イーベイ広報担当者は、「イーベイには当然のことながら人身売買に関する規則がある」と述べ、「われわれはこの競売を停止したけれど、掲載されたページはとても愉快なものだった」と語った。

 少女は、おばあちゃんのことを「うっとうしい」と表現する一方で、クロスワードパズル好きで「かわいい」と説明。実際に数件の売買申し込みがあったという。

 広報担当者は、「広告ページはとっても屈託のないもので、おばあちゃんのことを良く理解した人が書いたものだった」と述べ、「こういった出品はときどきある」と語った。

しかしちゃんと数件の申し込みがありましたかそうですか…一瞬頭の中でドナドナが聞こえてきたのは自分だけでしょうか?
お婆ちゃん売っちゃ駄目だろとか日本的常識にとらわれた判断はこの際別にして、ここで明らかになったのはブリ気質とは既に10歳から発動する性質であったのかという新たな事実です。
この気質が生まれもって天から与えられたものであるのか、あるいは後天的に獲得されるものなのかは未だ明確ではないにしても、とりあえず確実であることは朱に交わっていれば赤は更に赤く染め上げられていくということですよね。
というわけで、十分にブリ色に染め上げられた彼らがどういう振る舞いに及ぶものか、こちらの記事を参照ください。

100人でマットレスドミノ(2009年10月2日ココログニュース)

今年8月頃、イギリスの家具倉庫の従業員41人によるマットレスドミノの話題が一部メディアで紹介されたが、このたび同じイギリスのBBCが100人によるマットレスドミノ企画を行い、見事に成功させた。

企画はBBCの『Blue Peter』で9月22日に行われたもので、マットレスを背にした100人の参加者が次々倒れていく人間ドミノだ。参加者たちは、ゼッケン1番から順に中庭に整列。号砲とともに先頭の女性が倒れると、ドミノはまたたく間に中庭を1周した。その後ドミノは建物の中に入り、廊下を通ってスタジオに到着。最後に 100番の参加者が倒れると、家具倉庫の41枚を大きく上回る記録を樹立したスタジオは大きな歓声に包まれた。

家具倉庫の方は41人だったが、内容的な面では、コンベアーで運ばれたりトラックに積み込まれたりと遊びごころがあった。一方、BBCの企画は単に倒れていくというシンプルなもの。俯瞰のシーンを入れるなどテレビ的な演出はあったが、面白みには欠けたところもある。それにしても、マットレスがあるから安心とはいえ、倒れた衝撃で首がおかしくなったりしないのだろうか?

ちなみにBBCの元記事はこちらなんだそうですが、マットレスドミノなどという行為がこの世界に存在するのだとか、そんなものにも記録があるのかだとか、いらぬ邪念ばかりわき上がってくるのはまだまだ日本人的な狭い常識にとらわれてしまっているということなのでしょうね。
しかしこの動画を見る限り、行為そのものがどうとか言うよりももう少し人間ドミノとしての完成度を追求したくなるような内容ではあるんですよね。
近い将来これをはるかに上回る規模と内容でやってみようなどとけしからぬ?ことを考えそうな輩がまたぞろ登場しそうな悪寒がして仕方がないのですが…

今日のぐり:「土佐料理 司 高知本店」

こちらは各地に支店を持つ有名店の本店らしくかなり大層な店構えですが、玄関先に飾られている大きなクエの魚拓に圧倒されます。
これくらいの大きさになると大抵新聞ネタに取り上げられるくらいにクエと言えば高知でも非常に人気のある高級食材ですが、一方で九州でアラと呼ばれる魚にはこのハタ科クエと、よく似た近縁種のハタ科アラとが混在していることに注意が必要です(「築地魚河岸三代目」18巻にもこのあたりが取り上げられていましたね)。
ちなみに高知料理と言えば色々と名の知れたものがありますけれども、一年の中でもこの時期ともなれば脂の乗った戻り鰹を外すわけにはいきません。
ここも玄関先で見えるところでタタキを焼いているのが高知らしいですが、この界隈ではどこでもこんな感じでタタキという料理自体が一つのパフォーマンスとなっているようですね。

大部屋の座敷に案内されて色々と頼んで見ましたが、やはり思わず注文してしまったのがタタキ盛り合わせ(カツオ、ウツボ、鯨)ですかね。
ここの場合タタキに直接ポン酢をかけてあるのではなく、手元の小皿にとったタレにつけて食べるというスタイルなのが少し珍しく、雰囲気的に本土で言うカツオの造りに近い感じでしょうか(あちらは生姜と醤油で食べるところが多いですが)。
カツオはぶりぶりもちもちとしていかにもこの時期のカツオらしい味わいなのですが、どうせならもう少し厚切りにしてみた方がこの食感を更に楽しめたかも知れませんね。
逆にウツボはタタキにすると薄切りにしていてもやや食感過剰で、一番楽しい皮とゼラチン質、身の食感三層構造も今ひとつな印象なんですが、ウツボ料理の定番と言われるタタキにするとどうもこの魚の持ち味は生きないんじゃないかなという気が、個人的にはしています。

「どろめ」と言えば、「のれそれ」と並んで高知界隈ではお通しの定番でもありますが、のれそれが穴子の稚魚であるのに対してどろめというのはイワシの稚魚なんだそうで、要するに生のちりめんじゃこ(しらす)ということになるのでしょうか。
のれそれは味の方はそうでもないと言いますか、ともすればあの独特の形と食感を楽しむだけに終わりがちなのかな気がしているのですが、このどろめの方はさっぱりポン酢でいただいたりしますと、前菜としてなかなかよいものだと思いますね。
はらんぼ(腹身)とは魚にしろ獣肉にしろ一番脂が乗っているところですが、これを塩焼きにするのも高知の定番で、大きなカツオの身の中でも小さなものしか取れないということで、味もさることながら量的な意味でも珍重されるものです。
こちらの店ではうつぼは唐揚げではなく天ぷらで出されるようで、これはこれで確かにうまいんですけれども、やはり野趣あふれるウツボは上品な天ぷらというよりも唐揚げがよいのでは?という個人的独断と偏見には同行者にも同意していただけました。
鯨の大和煮といえば缶詰などでもおなじみの懐かしい味ですが、さすがに缶詰と比べていい具合に血臭さが抑えられているのと同時に、鯨はやはり脂がうまいのだなと思いますね。

ところでカツオのタタキと薬味を巻き込んだ太巻きが今や高知の定番料理とも言える土佐巻きですが、土佐市の味佳という寿司屋さんが始めたものなんだそうですね。
今やどこでも食べられる料理になっていて自分も必ず食べるのですが、薬味もニンニクだったりシソだったりと店毎の個性が出る上に庶民的な値段でお腹いっぱいになれ、なおかつうまいというなかなか秀逸な一品だと思います。
ここの土佐巻きはカツオと薬味が主張しすぎず上品なんですが、この時期のこの料理に限ってはもう少し乱暴に自己主張しても良かったかなという気がしないでもないかな、と思います。

今回割り箸の包み紙をみて気がつきましたが、以前にも何度か御邪魔したこともあるはりまや橋近くの酔鯨亭もここと同じ系列らしいですね。
こちらの方がちょっと見ると店の格も値段も高そうな印象で少し足を踏み入れるのに躊躇しそうなところがあって、確かに高知の相場からすると高価格帯のお店ではあるのですが、それでも都市部の感覚からくらべるとそれでもずいぶんとリーズナブルな方なんじゃないかと言う気がします。
高知と言えばわりあいざっくばらんな接客の店が多い中でこちらは接遇も比較的しっかりしていらっしゃるお店ですから、雰囲気を楽しむのも含めて少しお金を余分に使ってもよいという向きには良い店なんじゃないかと思いますね。

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2009年10月17日 (土)

マスコミ業界って結構すごい

いささか古い記事なのですが、先日発掘されて一部方面でバカウケしていましたこちらの記事を皆さんもご覧になりましたでしょうか?
テレビ局が「うちではこんな奴がいます」とスタッフ紹介をするという趣旨での記事なのですが、別な意味で「こんな奴がいる」と世間に広めてしまったというなかなか素敵な一文です。

僕の妻はスーパーウーマン(2001年1月15日フジテレビアムールニュース)

【編集員プリン】

今回は昨年新人男性アナが入社しなかったため、2年間新人同様の扱いを余儀なくされ、今年4月の男性アナ入社を心待ちにしている長谷川アナの登場です。

 今回は我が家のスーパーウーマン、僕の妻の話です。
 妻は現在妊娠9ヶ月です。

 妊娠が発覚したのが去年の7月。ずっと子供の欲しかった僕にとってはかなり嬉しい話でした。しかし、数ヶ月もしないうちにそれは心配の種へと変わっていきました。

 妻はつわりもそれほど無く、順調なマタニティライフを送っていました。僕も「妊娠中は心配事や悩み事をするのではなく、楽しく生活するのがイチバン」と思い、やりたいようにやらせていました。

編集員プリン お気づきのように、長谷川アナといえば入社1年目にして結婚するという「スピード婚記録」を持っているのですが、早くもパパになろうとしているんです。妊娠中の奥様に対しても寛大でやさしいようですね。でも心配の種って・・・?

 すると・・・。

 僕たちは夏休みを利用して、海外旅行に行きました。去年の9月です。場所はバハマです。思い切りました。なんてったって、一年に一度の休みです。 全てを忘れて羽を伸ばすために地球の裏側まで行きました
 彼女はその時、妊娠5ヶ月でした。さて、ここで問題です。彼女が膨らみはじめたお腹を抱えながら、バハマでした遊びとは一体なんだったでしょう?
 (1)ジェットスキーを時速60キロでトバす!
 (2)プールにある傾斜60度のスライダーを絶叫と共にオチる!
 (3)「妊娠中の女性お断り」と書かれたイルカのいるプールに「肥満です」と言い張ってモグる!

編集員プリン これはびっくり、私は医学的なことは詳しくないですが、妊娠5ヶ月で海外旅行は大丈夫なのでしょうか?この3択、どれが正解でもびっくりですよね。

 クリスマスも間近になり、僕たちはディズニーランドに行きました。べたかなー、とも思いましたが、やっぱりクリスマスイリュージョンは見たいです。
 彼女はこの時、妊娠8ヶ月でした。さて、ここで問題です。彼女がすっかりおへそも無くなったお腹を抱えながら、ディズニーランドでとった行動とは一体どんな事だったでしょう?
 (4)ライディングマシンに乗ろうとして、20分待った挙げ句、「すいません、妊婦さんは・・・」と言われて断られキレる!
 (5)にもかかわらず性懲りも無くビッグサンダーマウンテンに乗りにイク!
 (6)結局時間が無くなって、「お土産だけは買う!」と「プーさんのお店」まで、延べ600メートルを全力ダッシュ!次の日、お腹が張って動けなくなる。

 もうすぐ出産。僕はもしもの為に車を購入することにしました。中古でも、足があるともしものときに助かると思ったからです。妻が選んだのはクラシックスタイルの「ビートル」と言う車です。でも、この車は基本的にミッション車。妻のオートマ限定の免許では乗ることは出来ません。
 彼女はこの時、妊娠9ヶ月、さて、彼女の決断とは・・・。もう問題にするまでも無いでしょう。彼女は教習所に通い、一週間もしないうちにミッション車の免許を取得しました。
 そして・・・
 (7)納車初日に坂道発進に失敗し、ジコり!
 (8)納車3日目に先輩の西岡アナを乗せ、交差点でエンストをコキ、(西岡アナの顔、恐怖にユガむ!)
 (9)納車10日目で、ギアを壊し、修理にだしたのでした。

 そんな彼女も2月22日にはママになる予定です。きっと元気な赤ちゃんが産まれるでしょう。まもなく臨月。少しづつ、母親の自覚も出てきたみたいです。いまはただ、新しい家族の誕生が楽しみな、入社2年目、はせがわでした。
 (もちろん、(1)~(9)、すべて正解です)

いやあ…スーパーと言うのか、確かにある種の方向に越えていらっしゃるのは確かだと思うのですけれどもね…
こういう記事を平然と人目に触れるところに出してしまえるところに入社二年目に似合わぬ長谷川アナの心根のたくましさを感じるところですが、こういうのもまたフジテレビの方針を反映しているということなんでしょうかね。
素晴らしいことにこの長谷川氏、現在は「とくダネ!」リポーターなどで「事件や政治ニュース・社会問題の検証など、社会派なプレゼンが多い」ということですが、それはこんなに素敵なとくダネが身近なところに常在しているということであれば社会問題検証のためのネタには不自由されることもないのでしょう。

いずれにしても長谷川アナらの活躍もあってかテレビ業界の没落がささやかれて久しいという昨今ですが、このところ何やらそれを立証するような記事が登場しています。
当のNHK、民報らによる調査で、先日こんな記事が出ていましたが、要するにテレビと言うものは今やそれのみで視聴者を満足させるほどの力を失っているとも取れるような話ですかね。

「テレビがないと困る」半数 16~24歳調査(2009年10月13日朝日新聞)

 NHKと民放でつくる放送倫理・番組向上機構(BPO)の青少年委員会は、16~24歳の若者とテレビに関する調査の結果を9日に発表した。アンケートに「テレビがないと困る」と答えた人は49.5%にとどまった。「大切だと思うメディア」では、テレビは携帯電話、パソコンに次いで3位だった。

 東京都内で無作為に選んだ男女311人を調べた。子どものころからパソコンやインターネットがあり、「デジタルネーティブ」と呼ばれている世代だ。

 テレビを見るのと同時に「携帯電話でメールやサイトを閲覧する」と答えた人は、「よくする」「時々する」を合わせて64.9%。「ながら視聴」の多さも目立つ結果となった。(松田史朗)

こうした状況は別に日本だけでもないということなのですが、何より一度ネットの双方向性やリアルタイム性に染まってしまうと、詳細でもなければ高度でもなく単にキャッチーというだけの情報をただ垂れ流すだけのテレビ番組に熱中していられなくもなるという事情は感覚的にも理解しやすいところです。
それに加えてこのところテレビ不況で制作費が削られた結果安く上がる手抜き番組が増えてきますと、ますます視聴者への訴求力は低下していくわけですから、彼らにとって今後も状況は悪化していく一方だろうという予測が支配的であることも当然でしょう。
没落した後に何が座るかと言えば、これはネットがそこに取って代わるだろうという予測もすでに議論の余地のないほど確定的な未来像として語られているようです。

テレビが没落し、ウェブが「第一のメディア」になる(2009年10月07日ASCII.jp)

 先月、総務省のまとめた放送局の収支状況によれば、地上波テレビ・ラジオ計195社の最終損益が大幅に減少し、初めて地上波局全体として赤字に転落した。この最大の原因は昨年からの急速な景気の落ち込みだが、これがV字型に回復すると見る向きは少ない。むしろ企業はこれをきっかけに、高コストのテレビ広告を見直し、インターネットにシフトする動きが出ている。
総務省のデータより    総務省のデータより、地上波局の収支状況。昨年度は赤字に転落した。また一貫して低迷傾向となっている

 今年はインターネット広告費が新聞を抜いてテレビに次ぐと予想されているが、テレビ広告費のシェアは約28%と、まだインターネット(約10%)の2.8倍ある(電通調べ)。しかし前者が前年比4%下がったのに対して、後者は年率2%ずつ増えているので、遅くとも10年以内に両者が逆転するだろう。つまり遠からず、インターネットは広告の売り上げベースでも最大のメディアになるのだ。

 こうした動きは世界的に見られる。イギリスでは、昨年テレビ広告費がインターネットに抜かれた(IAB調べ)。アメリカでは、テレビ広告費のシェアが約30%と微減なのに対して、インターネット広告費はここ3年で倍増して19%になった(ニールセンなど調べ)。日本のテレビが相対的に強いのは、ケーブルテレビや通信衛星などの多メディア化を妨害し、地上波局の独占を守ってきたためだが、欧米諸国で20年ぐらい前から起こっていたテレビの没落がようやく始まったのだ。

 これにともなって、番組の内容にも欧米と似た現象が起こっている。「情報番組の拡大」である。番組単価で見ると、もっとも高価なのはドラマで、安いのはスタジオ収録のバラエティ番組だが、スタジオでお笑い芸人が騒ぐだけだと飽きられてしまうので、クイズを入れたり芸能情報を入れたりして、「情報番組」に仕立てる。この秋の新編成で民放各局が「報道の強化」をうたっているのも、実はこういうコストダウンが狙いだ。

 しかし本来の意味でのニュースというのは限られているので、TBSのように夕方に3時間もニュース番組を組むと、ネタが足りなくなってしまう。その結果、酒井法子事件のような「ニュース的な芸能ネタ」に取材が殺到する。

 またニュース素材だけでは時間が保たないので、コメンテーターと称する人々が「犯人を早く捕まえてほしいですね」といった無意味なコメントを延々と述べる。その結果、まともな知性のある視聴者は見なくなる……という悪循環に入る。今年のアメリカのネットワーク局(主要4局の合計)における平均視聴率は約9%と、史上最低を記録した。日本もこの後を追うだろう。

ウェブの質を高めるイノベーションが必要だ

 テレビというのは、非常に特殊なメディアである。活字の世界では本が100万部売れたら驚異のベストセラーだし、新聞が(公称)1000万部も売れるのは日本だけだ。ところがテレビの世界では1%が100万人で、ゴールデンアワーで10%(1000万人)取れなかったら、民放では打ち切りだ。他のメディアとは桁違いに多い客を相手にするビジネスなのだ。しかも番組がどう評価されたかは、視聴率という数値でしかわからない。それが視聴者に高く評価されたかどうかという質を量る指標がほとんど無いからだ。

 これは番組を作る側にとっても厄介だ。民放は商業ベースだから割り切って、なるべく低コストで「数字」のとれるワイドショーやクイズ番組ばかりやっているが、NHKの場合は局内のコンセンサスが基準になる。プロデューサーやニュース編集長(50代)を「平均的な視聴者」と考えて、彼の好みで内容を決めるしかないので、最先端の情報や理論的な説明は「わからん」といって切り捨てられる。「NHKスペシャル」のような大番組になると、仕事の半分は局内の根回しだ。

 要するに1000万人の人々の「平均的な好み」なんて誰にもわかりっこないので、それを想像して番組を作ると、NHKは当たりさわりのない話ばかりになってしまうし、民放は低俗番組ばかりになってしまう。人々の好みは多様だから、みんなを満足させようとすると、誰も満足できないのだ。だから若者がテレビを見なくなり、PCや携帯のようなパーソナルなメディアに移るのは当たり前だ。今テレビを見ているのは、インターネットの使い方を知らない老人ばかりで、視聴者の平均年齢は50歳を超える。

 他方ウェブは極端にマイナーで、誹謗中傷や有害情報が山のように出てくる。これをネット規制みたいなもので取り締まるのはナンセンスで、むしろ膨大なノイズの中から必要な情報だけをいかに選ぶかが今後のウェブの最大のイノベーションだろう。その試みの一つとして、私が編集長になってBLOGOSというブログのネットワークを今月から始めた。まだささやかな試みだが、没落するマスコミに代わってウェブが第一のメディアになる日は遠くない。その質も、マスコミに負けないものにする仕組みが必要だ。

今どきテレビを見ているのは情報的にも知性的にも終わっている人たちだけだと、ある意味昔ながらの熱心なテレビ信奉者の方々に対して非常に失礼なとも取れる内容なのですが、では視聴者の質を高めるような内容の報道をしているのかと言えば、少なくとも外から見ている分には到底イエスとは言えないような状況ですよね。
別にこれはテレビに限らず既存メディア全てに共通する問題であって、彼ら業界内部の当事者がそうした状況を認識しているのか、予算がないから仕方がないと諦観しているというならむしろ良い方で、あるいはこれがあるべき方向性を追求した正しい姿であるとでも思い違いをしているのだとしたら、これは年々減少を続ける一方の彼らの支持者にとっても悲惨極まる話です。
例えばこのところ世間では新聞週間なんだそうで、各新聞社とも新聞って素晴らしい!と自画自賛一色の記事がてんこ盛りのようですが、何十年と続くこうした悪行に関しては一向に改善するつもりがないようですね。

20年前から“押し紙”はあったのだ……大手新聞社のタブーに迫る (2009年10月8日Business Media 誠)

 一部週刊誌が大手在京紙の“押し紙”問題について報じていた。この報道を受け、ある新聞が当該の週刊誌を相手取って訴訟を起こすなど、騒動は拡大する気配が濃厚だ。押し紙とは、新聞社が販売店に対し実売以上の部数を買い取らせている事象を指す。筆者は大手紙と販売店の現状を精査しているわけではないので、詳細を報じる立場にはない。だが、過去の経験、そして直近の状況を勘案すると、押し紙は明確に存在すると言わざるを得ない。今回は、この問題に触れてみたい。

広告を出しづらい

 「あの問題がクリアにならない限り、新聞には広告を出しづらい」――。

 過日、筆者がある大手企業の広報部長と会った際のこと。開口一番、この幹部はこう切り出した。「あの問題」とは、ズバリ一部週刊誌が報じた押し紙のことだ。

 なぜこの部長が苦言を呈したかと言えば、「一部の株主が押し紙問題を契機に広告宣伝費にクレームを付け始めた」からだという。この大手企業は上場会社であり、海外機関投資家の株式保有比率も高い。言い換えれば、常に株主の厳しい監視の目にさらされているわけだ。

 同部長によれば、「週刊誌報道を契機に、一部の株主が広告宣伝費が適正に使われていないのではと言い出した」というのだ。株主の懸念は、押し紙によって水増しされた新聞に広告を載せること。つまり、新聞社の水増し部数によって換算された広告費を企業が払い続けることは、最終的に株主の利益を損ねることにつながる、換言すれば株主への背信行為を企業が犯しているという理屈だ。

 大企業と株主の間のこうした動きは、まだごく一部にすぎない。ただ、海外機関投資家がこの問題に強い関心を示しているのは間違いない。「韓国や台湾企業に比べ、ただでさえ業績回復のピッチが鈍い日本企業なのに、広告宣伝費で余計なコストを垂れ流しているのは看過できない」(米系の企業年金幹部)との発言は、実際に筆者が耳にした言葉だ。

 元来、横並び体質の強い日本企業だが、本業の立て直しとともにコスト削減を急いでいる向きは多い。こうした環境下、もの言う株主の突き上げに抗し切れず、大手紙に実売部数を明らかにせよと迫る企業は必ずや現れると筆者はみる。

 1社が声を上げれば、横並び意識の強い日本企業は雪崩をうったように新聞社に実売部数の開示を迫るだろう。昨年、大手自動車や電機各社が一斉に新聞広告の出稿を絞ったときと同様に。こうした現象は、ただでさえ広告収入の激減で経営の苦しい新聞各社に、更なる重圧となってのしかかるのは明白だ。

潔いディスクロージャーを

 20年ほど前、筆者は極端な貧乏学生だった。新聞販売店に住み込み、朝夕刊の配達や集金、販売促進の仕事をこなしながら学校に通っていた経験を持つ。

 住み込んでいたのは、都下の某在京紙の販売店。ある日、地場スーパーの経営者が販売店に怒鳴り込んでくる一幕があった。

 スーパー経営者の怒りの根源は、販売店が提示した部数と、実際の配達部数にズレがあることだった。販売店側が示した部数と同じだけチラシを刷ったものの、印刷業者が内緒で本当の配達部数を教えてくれたことで、“押し紙”の存在を知ったのだ。

 地場スーパー経営者は、余計に刷ったチラシの印刷費を返還せよと、至極真っ当な要求を持ち込んだのだ。

 これを現在の状況に置き換えると分かりやすい。地場スーパーと大手企業の広告宣伝費ではゼロのケタがいくつも違うが、商行為のモラルという点では、新聞社側に言い訳の余地はないはずだ。

 筆者が販売店にいたころ、「押し紙」という言葉は聞いたことがなかった。だが「残紙」という言葉があったことを鮮明に記憶している。販売店の実力以上に新聞社が紙を割り当てた結果、配る見込みもないままに売れ残った紙、という意味。週に1回、産業廃棄物を専門に扱う業者さんが販売店にトラックを乗り付け、梱包が解かれていない残紙の束を大量に回収していく姿は、強烈な印象を筆者に植え付けた。

 翻って現在。筆者が住む住宅街にも大手紙の販売店がある。筆者が注意深くみていると、週に1回、あるいは2回の割合で配送のトラックとは全く別の業者の車両が店先を訪れ、梱包を解かないままの束を回収していく姿を目にする。

 20年ほど前から、残紙=押し紙は確かに存在した。そして、昨今の新聞離れの加速とともに、この分量は確実に増えているというのが筆者の見立てだ。

 「景気が回復すれば、従来のように広告は戻ってくる」――。ある大手紙編集幹部はこう高をくくっているが、この考えが甘いとみるのは、筆者だけではないはずだ。この際、潔く実売部数をディスクローズする新聞社が現れることを、多くの読者が望んでいる。

いやタブーって、それは単なる犯罪行為であり、地位と権力を悪用した弱者虐めというだけの話なんですけれども(苦笑)、潔くディスクローズなどと言わず潔く廃業していただいても一向に構わないと考える読者も多いのではないでしょうか。
20年も腐りっぱなしであれば、それは当事者はもうすっかり麻痺して自覚もないのかも知れませんけども、このレベルの行為を当たり前に日々行って何らの問題意識なしとしない方々が主張する社会の木鐸とは何なのか、幾ら何でもそんなものを木鐸扱いするとは社会に対して失礼ではないかとは思わないものでしょうか?
以前にも紹介しましたフランス人記者の「日本の報道はレベルが低い」という記事にしても、真っ当な人間にとっては日々感じていることですからそれはその通りという他はない話だと思うのですが、むしろ最近では「いやいやそこまで言わなくとも仕方ないでしょ彼らなんだし」とある意味同情的な声すら出てくるのが今のメディアの状況を表しているようにも思えます。

日本の「マスゴミ」そんなに劣っているのか フランス人記者の「批判」に反論する(2009年10月1日J-CASTニュース)

    「頭を使わずただ社会の動きを記録する監視カメラのようなものだ」
    「記憶力もない。10分しか記憶できない金魚のようなものだ」

   フランス人記者による日本のマスコミ批判記事「政権交代でも思考停止の日本メディア」がネット上で話題になりました。内容を「痛快」と感じた人も少なくなかったようですが、留学を機に愛国主義精神が芽生えた私は、何であれ日本をガイコクジンから批判されると、つい「なにぃ!?」とムキになって反論したくなります。

厳しい自己批判をメディアだけに求めるのはフェアじゃない

   そもそも、わが国のマスコミは、それほどまでに批判されるべきなのでしょうか?もちろん、事実の捏造や人権軽視はあってはならないものですが、これはジャーナリズムが抱える本質的な課題であり、程度の差こそあれ、どの国でも存在するものです。

   また、わが国の新聞でまだ署名記事が少ないことは、匿名による無責任で安易な批判や、論説の一貫性を検証できないという点においては、すぐにも変化が求められる点だと考えています。

   しかし、私は新政権のもと、その存続が話題になっている記者クラブ制度に関する議論については、違和感を覚えます。

   本来、情報の流通は「楽市楽座」のようにオープンであるべきものであり、それを妨げる「ギルド」とする記者クラブ制度が望ましくないことは言うまでもありません。しかし、その変革を、既得権者であるメディア自身に迫ることが、はたしてフェアなのでしょうか。

   そもそも記者クラブ制度は戦時中の翼賛体制に遡るものであり、わが国の社会経済システムに広く形を残す、官僚主導の社会主義的な「1940年体制」の一角をなすものと理解しています。NHK+民放五社による電波免許の独占も、そこから派生したものと考えられるでしょう。

   その社会体制自体がゆっくりとしか変わっていけないなか、メディアだけに厳しい自己批判と既得権益の放棄を求めるのは、ジャーナリズムに高い倫理が求められるとしても、それはいわば聖人たることを求めるものであり、いささか行きすぎではないでしょうか。

メディアも民間企業 特性を踏まえた「接し方」をすればよい

   現在、世界中のメディアは、大きな経営危機を迎えています。ニューヨークタイムズ紙のような、報道の質は疑いのない新聞であっても、自力では立ち行かなくなりつつあります。およそメディアは(国営以外は)広告収入でもって生計を立てていかなければならないのだから、そこにはいくらか中立性が犠牲にされたり、恣意性が介在してしまうことも、そしてもっている既得権益にしがみつこうとすることも、いわば織り込み済みという態度で、私たちはメディアと接するべきではないでしょうか。

   私は、記者クラブ制度は政治的な解決が求められるものであり、70年近く続いてきたものがそう簡単には変わらないように、ゆっくりと、時間をかけて変化していく類のものだと思っています。

   最後に、このフランス人記者がフィガロ紙(発行部数は30万部程度で、日本の主要紙の10分の1~数十分の1)に寄稿しているいくつかの記事を、「Google翻訳」の力を借りて英訳して読んでみました。感想としては、冒頭の記事で掲げているような、政治を見る目を養う目新しい切り口があるわけでもなく、どこかの英文記事を仏訳した程度のものでしたよ。多忙を極める日本の雑誌編集長とは違って、本業のかたわら「演劇の企画」をやる時間がある理由も、分かった気がします。(岩瀬 大輔)

ちなみに岩瀬大輔氏はライフネット生命保険・代表取締役副社長ということで特にかの業界と直接の関係はない方ですが、「メディアなんてしょせんその程度のもの。彼らに倫理など要求するほうが間違っている。彼らのレベルに応じてほどほどに利用すべきだ」とは、なかなかスパイスがピリリと利いているかなという感じですかね(苦笑)。
ところが当のメディアの方では「その程度」の認識具合がいささか異なっていらっしゃるようで、こんな記事が出ていましたことにびっくり仰天した方も多いのではないでしょうか。

欧州でも再販協定の制度化を 日本新聞協会が意見書(2009年10月7日日経ネット)

 日本新聞協会(会長・内山斉・読売新聞グループ本社社長)は7日までに、新聞社が販売店に新聞の価格を指示できる「再販協定」を、欧州連合(EU)域内でも制度として認めるべきだとする意見書をEUの執行機関である欧州委員会に提出した。

 EUの競争ルールは、メーカーと卸売業者などが結ぶ「縦」の価格協定を原則として認めていない。欧州委は来年5月までに競争ルールの適用除外範囲を拡大する改正案を検討中。新聞協会の意見書は、日本で新聞の宅配制度を維持するために再販協定が果たしている意義を指摘した上で、「文化的・公共的商品については再販協定が制度的に容認されることが(欧州でも)必要」と表明。欧州委の規制や指針でこれを明確に示すことが「消費者利益および公益」にかなうとした。

いやいやいや、開き直って世界に日本基準を広めにかかるって、それはいくらなんでも開き直りすぎでしょう(苦笑)。
押し紙で紙くずを押し付け、再販協定で未来永劫特権的地位を享受し、悪名高い記者クラブ制度をさらに悪用してネットをすら支配しようと画策し、挙げ句の果ては新聞を公費で買い上げて配布しろだのと、利権を追求するにしてももう少し体裁というものを整えてはとうかと心配になるくらいに率直すぎるのもどうかと思いますね。
彼らの純然たる特権追求がが消費者利益および公益にかなうとはお釈迦様もびっくり仰天のトンデモ論法と言うしかありませんが、彼ら自身は本気でそう信じ込んでいそうなところが何とも素敵だなと思わざるを得ない話ですかね。

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2009年10月16日 (金)

ついに動き始めたアメリカの医療制度改革、しかし既に暗雲が…

本日まずは少し以前のものですが、こちら二つの記事を紹介しておきましょう。

米国で「12分に1人」が医療保険ないため死亡=調査(2009年9月18日朝日新聞)

 [ワシントン 17日 ロイター] 米国では年間で約4万5000人が、医療保険がないために満足な治療が受けられないことが主な理由で死亡していることが分かった。これは12分に1人の割合。米ハーバード大医学部の研究チームが17日、調査結果を発表した。

 調査を率いた1人であるハーバード大のデビッド・ヒメルスタイン准教授は、ロイターのインタビューで「飲酒運転や殺人による死者よりも多くの人が、無作為によって毎日死んでいく」と述べた。

 研究チームによると、64歳以下の成人グループでは、医療保険を持っていない人の死亡リスクが持っている人に比べて40%高いという。

 オバマ大統領は医療保険制度改革を政権の最重要課題と位置付けているが、民主党内の一部議員を含む反対派の動きや、関係業界からの反発もあって難航している。

 今回のハーバード大医学部による調査は、連邦政府からの助成金を受けて実施されたもので、詳細は「アメリカン・ジャーナル・オブ・パブリックヘルス」の電子版に掲載されている。

★1位は日本 最下位は米 先進16カ国の医療制度評価(2009年9月29日東京新聞)

【ニューヨーク=阿部伸哉】カナダの非営利調査機関「コンファレンス・ボード・オブ・カナダ」は二十八日、先進国の医療制度ランキングを発表し、日本は十六カ国中で一位に、米国は最下位となった。

 医療保険制度改革の議論が進む米国で何かと引き合いに出されるカナダも十位と振るわなかった。

 調査は二〇〇六年のデータに基づき、平均寿命やがん死亡率、乳幼児死亡率など十一項目で評価。「A」ランクは日本、スイス、イタリア、ノルウェーの四カ国。カナダは「B」、米国は英国、デンマークとともに最低の「D」だった。医療保険制度の財政状況は勘案されなかった。

 国民皆保険制度がない米国では、隣国カナダの皆保険制度が批判、称賛の両面でたびたび比較対象になる。調査でカナダは米国より上位だったものの、急を要さない治療では長期間待たされる実態や、生活習慣病患者の多さなどが課題として指摘された。

アメリカの医療・保険制度についてはあちこちで既に言われていますけれども、確かにマスコミなどが好んで取り上げているように一部領域において世界最先端を走っているのも事実ですが、その一方で世界一高いと言われる医療費をどう負担するのかということが常に問われている社会でもあります。
公的保険の加入対象となる高齢者や低所得者を除いた大多数の国民は勤務先で保険に入っているわけですが、一つには失職してこの企業の保険から外れた場合に日本の国保に相当するようなリーズナブルな支払いで加入できる保険の受け皿がない(個人で保険に入っている人というのは極めて限られます)、結果としてこの人たちは何かあれば医療費支払いで破産してしまうわけです。
アメリカの無保険者層は国民の1割強くらいはいると言いますが、この不景気で明日をも知れない人々が増えてくれば当然こうした医療弱者も増えてくる道理で、民主党政権としてもこれは放置すべきでない問題であるとかねて主張してきたところですよね。

もう一つ、例えばGMなどは長年の労使交渉を通じて賃上げが出来ないなら保険の条件を良くしてくれと言った塩梅で退職者まで手厚い医療補償を受けられるようになっていましたが、この医療費支出が企業収益を悪化させ価格競争力を失わせる大きな要因であったことが知られています。
先頃GMが国有化するという話になりましたが、一つにはこの「過剰に手厚い」医療保険の負担をリセットするのが目的であったと言われるくらいで、これはトヨタなどの日系企業を始め海外メーカーに対する彼ら米国企業の大きなディスアドバンテージであるわけですよね。
このようにアメリカの場合企業負担を中心に成り立っているシステムが主流であるせいか、医療を支払う側が現在の医療費負担にそれなりの不満を積もらせているのは当然なのですが、興味深いことに医療を受ける側の国民の方では現行の制度にかなり満足しているようなのですね。

先のニュースにも見られるように客観的指標から見ればアメリカの医療制度はそれほど優れているとも評価されてはいないし、何より突出して医療費総額が高いという現実がある上に皆保険制度に慣れた日本人の目から見れば受診制限もずいぶんときつくて不自由だなと感じるところですが、国民の医療に対する満足度ではアメリカは日本の倍という調査結果があります。
「全国どこでも同じ医療が受けられないなんてトンでもない!」という日本に対して「医療資源の乏しい田舎に住んで死ぬのも自己責任」というような意識が徹底している国ですから、そのあたりは国民性の違いもあるのかも知れませんが、そうは言っても民主党としても政権公約の柱にもかかげた以上はこの医療制度というものを変えるべく努力しないわけにはいかないところでしょう。
先日来報道されていますように、今回とうとう医療保険改革が動き始めたというところなのですが、まずはこちらの記事を紹介しておきましょう。

<米国>医療保険改革法案 米上院財政委が可決(2009年10月14日毎日新聞)

 【ワシントン小松健一】米上院財政委員会は13日、協同組合など非営利組織の保険市場参入と、低所得層向けの公的医療扶助制度「メディケイド」の拡充を柱とした医療保険制度改革法案を賛成14、反対9の賛成多数で可決した。焦点だった政府運営の公的保険は、共和党や世論の反発を考慮して導入を見合わせた結果、共和党議員1人が賛成に回った。

 上下両院では既に4委員会が公的保険導入を前提にした別々の法案を可決しているが、共和党議員の賛成を得たのは財政委法案が初めて。

 オバマ大統領は可決後、声明を発表し「医療保険改革への取り組みにあって画期的な一里塚だ」と強調。その上で法案に賛成した共和党のスノー議員に謝意を述べた。

 上院の民主党指導部は「超党派合意」をかろうじて実現した財政委法案を軸に、他の委員会の法案との調整を図り、本会議での可決を目指す。下院も上院の動向を踏まえて法案の一本化作業を進めるが、民主党内では公的保険を見送ることへの不満もあり、上下両院の本会議採決まで難航も予想される。

 可決された上院財政委法案について、議会予算局は今後10年間に8290億ドルの支出が必要と見込み、当初見積もりよりもさらに抑制された。

今回は無保険者の救済を中心とした比較的小規模な改革ということもあってか、10年間でたかだか8000億ドル!思ったより安いじゃないか!と大喜びしているらしいところ恐縮ですが、率直にいって試算の実現性は怪しいと思いますね。
各国とも高齢化進展に伴って天井知らずに医療費が急増している中で、高齢化が他国以上に急速に進行していながら例外的に医療費支出抑制に成功しているのが日本で、他国から見れば「東洋のマジックでも使っているのか?!」と不思議な光景でしょうが、何のことはない国民皆保険制度下で強烈な公定価格抑制を実行しているというだけの話です。
普通であればこんな制度は現場から反発されて成立しないものなのですが、日本の皆保険制度が奇跡とも言われるのは、何よりその導入のタイミングが非常に絶妙であったということもあったのですね。

逆に言えばそうまで強烈な抑制策を行わなければ今の時代に先進国の医療費は増えて当たり前で、その増える先が主にどこかと言えば低所得者や高齢者、有病者といった民間保険で切り捨てられてきた部分であるわけです。
当時の日本と言えば田舎にいけば「医者にかかるのは人生の最後に臨終の宣告を頼むときだけ」なんて話もまだまだ通用しているような時代で、それだけ医療費総額が安かったからこそこういう制度を導入できたわけで、今のアメリカのように巨大に膨れあがった医療費を公的負担拡充でまかないましょうなどととてつもない無謀な行為だと思いますけれどもね。

そしてもう一つ、アメリカの医療制度改革で難しいところが保険業界の扱い方なのですが、日本人には分かりにくい彼の地の事情が垣間見えるこんな記事を紹介しておきましょう。

人の命より資本主義を優先するのか?米国健康保険改革の座礁(2009年10月14日ダイヤモンド・オンライン)

 私がシリコンバレーに渡ったのは13年前である。当時の健康保険料は月額2万円(1ドル=100円)程度であった。それが10年ほど前から徐々に上がりだし、この5年間の上げ足は驚くほど早い。2年前に月額23万円と通告された。年額に直すと276万円にもなる。もはや筆者の支払い能力を超えてしまった。

 筆者は個人で加入しているので、企業の従業員として加入するのに比べて3倍ぐらい高めになる。それに60歳を超えると上昇カーブは急にきつくなった。65歳になると公的保険であるメディケア(高齢者用公的健康保険)が適用になるので、負担はぐんと軽くなるが、それまでは民間保険しか選択肢はない。保険会社を変えても似たり寄ったりの保険料である。周りの日本人の中には保険料の高さに耐えかねて帰国する人が増えてきた。

 そこで、筆者はアメリカの健康保険を諦めて、日本の健康保険に加入することにした。筆者は元勤務していた銀行の健康保険組合に相談に行った。70歳まで加入できる退職者用の健康保険があるという。入行以来28年間に渡って、これといった病気にも罹らずに保険料をせっせと納めてきたから、こうした便宜を図ってくれるのだろう。

 保険料を尋ねた。20数万円だという。それは月額かと尋ねたら、年額だという。何という差だ。迷わず住民票を日本に移して加入することにした。アメリカに年間の半分以上住んでいる筆者としては不安が残った。もし事故にあったらどうなる、もし救急患者で入院したらどうなる。考えればきりがない。不安がいっぱいである。でも健康保険に276万円は払えない。腹をくくるしかなかった。

 アメリカでは保険に加入していない人が4600万人もいる。6人に1人が保険に加入していない。企業に就職している間は、企業の健康保険に加入できる。個人で加入するより料率は低いし会社補助もある。だが、企業からレイオフされると状況は一変する。1年半はやや高い料率で元勤務先企業の健康保険を続けられるが、それ以降は個人で保険に加入しなければならなくなる。給料もない中で健康であることを神に祈りながら無保険者になる。

 誰もが保険に加入できる訳ではない。病歴のある人は断られるし、病気療養中の人も加入できない。保険会社は民間企業であるから、保険の支払いが起きそうにない健康な人を選んで加入させる。いちばん保険を必要とする人が加入できない。保険の精神から見ればまさに本末転倒である。

 すでに民間保険に加入している人でも実際に病気になると、保険会社が負担してくれないケースも数多くあると言う。いろいろな難癖をつけて支払いを渋るからだ。日本のように治療と保険会社負担額に関する統一ルールが一部しかないので、大きな支出を伴う医療行為を行う場合に、医師は事前に保険会社の承認を得る必要がある。医師の毎日は保険会社との交渉に費やされている。(略)

「患者が受ける医療の内容は保険屋が決める」とまで言われているアメリカの医療事情の一端がお分かりいただけるかと思いますが、特に最近急に保険料が上がってきたという下りに留意ください。
保険会社も営利企業であるとはいえやはりこれは高すぎるのではないか、いや高いことまでは受け入れるとしても道義的に問題があるのではないかとは多くの日本人の感じるところではないかと思いますが、皮肉なことに保険制度改革自体がこうした事情を招いている側面もあるようなのですね。
当のアメリカで保険を扱っている某ブローカー氏が、そのあたりの事情に関連してこうしたコメントをしていますので紹介しておきましょう。

ついに米国で医療保険制度改革法案が議会を通過したのではあるが、それがまた
見ただけで「こりゃ失敗するな」と言う内容なんだよ。
医療保険は健康に問題がある人が求めるものだと言う極めて不可解な認識をして
いる人達が多いのはまた、非常に文化的ではないのだけれども、医療費の際限無
き高騰や医療訴訟費用の高額化、ネットワークディスカウントの存在など極めて
根本的なところにはほぼ言及しない形の制度改革で何が生じるかと言うと、医療
保険会社の冬支度
だよ。 簡単に言うなら儲かるうちに儲けろってことで、現在
医療費を含む医療関連費用インフレは9%で推移しているが、保険料は平均7%
上昇で推移してるわけだ。 (これがクリントン政権時の94年から、酷い時に
は18%平均で現在に至るまで推移していたんだから) これがまた18%平均
の保険料上昇に繋がりかねないワケだ。

誰しも自分が高い金を払っている一方で(主観的にであっても)不当に儲けている人間がいるとなれば面白くないというのも事実でしょうが、今回の制度改革で 誰が一番損をすると見られているかと言えば、やはり今まで不当に儲けてきた(と考えられてきた)保険業界であるわけですから、彼らが大きな抵抗勢力と見な されてきたのも当然と言えば当然ではあるわけです。
「儲かるのは保険屋ばかり」などと揶揄されるような状況の中で、政権としては保険業界より国民優先というのはある意味当然の話だと思いますが、問題は相手も無抵抗主義の信奉者ではないだろうということですよね。
今のところ今回の制度改革で一番泥をかぶるのが保険業界だろうというのは共通認識となっているようですが、果たしてこのまま泣く泣くの受け入れで終わるのかどうかは分からないように思いますけれどもね。

情報BOX:米上院財政委が可決した医療保険改革案による勝者と敗者(2009年10月14日ロイター)

 [13日 ロイター] 米上院財政委員会は13日、2兆5000億ドルに上る国内医療保険システムの改革に向けた法案を可決した。
 上院財政委員会の医療保険改革法案に基づく改革によって見込まれる、医療関連セクターの勝者と敗者は以下の通り。

 <勝者>
 ★製薬会社
 *製薬会社による政府の医療保険プログラムへの払い戻し額は、業界が上院財政委員会のボーカス委員長およびホワイトハウスとすでに合意した800億ドルで変わらず。高齢者・障害者向け公的医療保険(メディケア)の下で、今後10年間で1060億ドルの払い戻しを求められる可能性をうまく回避した。

 ★病院
 *病院経営会社は、被保険者の増加で見込まれる恩恵と引き換えに、メディケアおよび低所得者向け公的医療保険(メディケイド)のプログラムで政府から受け取る額を今後10年で1550億ドル減額することで、ボーカス委員長およびホワイトハウスと合意していた。最終法案でも追加減額は盛り込まれなかった。アナリストは、今後の法案審議でもこの合意内容はさほど変更されないとみている。
 *ユニバーサル・ヘルス・サービシズ<UHS.N>やテネット・ヘルスケア<THC.N>などの米病院経営会社は、政府から独立したメディケア委員会が決定する払い戻し率などの適用も免除される。

 ★医療検査会社
 *医療検査会社は、ボーカス委員長の当初案に含まれていた業界全体で年間7億5000万ドルの手数料の支払い義務が最終案から外されたことを歓迎。この手数料の支払いは、クエスト・ダイアグノスティクス<DGX.N>、ラボラトリー・コーポレーション・オブ・アメリカ・ホールディングス<LH.N>など医療検査会社の負担となる可能性があった。

 ★医療用画像関連メーカー
 *医療用画像関連メーカーが提供するMRI(磁気共鳴画像装置)など高度医療用撮影装置に対する支払いを今後10年間で総額30億ドル削減する案が法案に盛り込まれた。削減額は、下院で可決済みの医療保険改革法案に盛り込まれた43億ドルよりも縮小された。関連メーカーには、米ゼネラル・エレクトリック(GE)<GE.N>、独シーメンス<SIEGn.DE>、オランダのフィリップス・エレクトロニクス<PHG.AS>などがある。

 <敗者>
 ★医療保険会社
 *医療保険会社が抵抗していた、公的保険の創設を法案の修正条項に盛り込む案は否決されたため、医療保険会社は部分的には勝利したとも言える。ただ、業界全体で年間60億ドルを超える手数料の支払いを義務付ける案は依然盛り込まれている。米医療保険会社には、エトナ<AET.N>、ユナイテッドヘルス・グループ<UNH.N>、シグナ、ヒューマナ<HUM.N>などがある。

 ★医療機器メーカー
 *ボストン・サイエンティフィック<BSX.N>、メドトロニック<MDT.N>、ストライカー<SYK.N>などの医療機器メーカーに対しても、今後10年間、業界全体で年間40億ドルの手数料を課す案は依然盛り込まれている。ただ、一部のアナリストは、今後の審議で手数料が減額される可能性があると指摘している。業界は、手数料の撤廃あるいは減額の要求を続ける見込み。

 ★薬剤給付管理会社 
 *CVSケアマーク<CVS.N>、エクスプレス・スクリプツ<ESRX.O>、メドコ・ヘルス・ソリューションズ<MHS.N>などの米薬剤給付管理会社には、製薬会社から受け取った払戻金に関する情報を厚生省に提供することを義務付ける条項が盛り込まれた。

個人的にこの件は成功するにしろ失敗するにしろ非常に興味深いことになりそうだなと思って注目してみているのですが、どうもこのまますんなりと行きそうにはない、あるいは結果として更なる大きな問題が噴出してきそうな気配を濃厚に感じているのは自分だけでしょうか?
断然世界一の医療超大国アメリカで医療制度が大コケするということになれば、果たしてそれは一国の内政問題だけにとどまるのかとか、あるいは世界の医療そのものに停滞を及ぼすこともあるのではないかとか、何にしろ単に法案成立の可否などというレベルにとどまらず、中長期的な続報が待たれる話ではあると思います。

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2009年10月15日 (木)

新型インフルエンザ、いよいよワクチン接種開始…のはずですが

新型インフルエンザがいよいよ本格的に猛威をふるっています。
夏の間も続いた流行は沖縄といった少しばかり意外な地域が中心だったようですが、いよいよ北海道でも流行が本格化しているということですから、これは寒い地域から全国へと拡大していく前兆と考えてよさそうですよね。
厚労省の取りまとめによる学級閉鎖などの数をみていきますと、現段階で既に昨冬並みの件数に達しているように見えますから、これで今後さらに寒い季節になっていくとどうなってしまうのかという話ですね。

さて、いよいよ今月中旬から新型のワクチン接種が開始されるという話だったのですが、これが予想通り?に大混乱となっています。
そもそも先日も紹介しましたように(医師会に対する意趣返しで?)現場への周知徹底が全く進んでいなかったというところも問題なのですが、実際に作業を始めてみますとこれがとんでもない大仕事だと、あちらからもこちらからも「無理無理!絶対無理!」の大合唱が聞こえてきているような状況なのですね。
すでに予定通りの接種開始はほぼ絶望的というより、実際に接種開始を遅らせざるを得ないという自治体が続出しているようですが、いわば身内である最優先接種対象者の医療従事者相手でもこの調子なのですから、これがその他大勢の患者相手となれば一体どうなってしまうのかと心配になってくるところです。

市町村 大量事務に困惑 新型インフルワクチン接種 /沖縄(2009年10月10日沖縄タイムス)

短期間に集中

 「あいまいな部分が多すぎる」「国はこれほどの作業を想定していないのではないか」―。国の新型インフルエンザワクチン接種事業に関し、県が9日に開いた市町村の担当者説明会。接種開始まで間もない中、ワクチンを接種する「受託医療機関」との契約書の取りまとめや、低所得者の負担軽減の仕組み作りなど、大量の事務作業が国から市町村に下ろされたことで、担当者からは困惑や不安の声が続出した。

 市町村は(1)県医師会に所属する医療機関以外で、ワクチン接種の受託を希望する管内の医療機関や接種を希望する医療従事者数の把握、取りまとめ(2)国と受託医療機関との契約書の取りまとめ(3)低所得の負担軽減対象者の確定、把握(4)広報、相談事業への協力―などの事務作業を担う。

 ただ、負担軽減対象者の範囲や金額など、市町村の裁量に任されている部分もあり、説明会では参加者から質問が相次いだ。「軽減対象者には、季節性ワクチンでは対象外となっている市町村民税非課税世帯も入るのか」「軽減対象者の医療費を市町村などが負担する際に必要な『代理受領契約』は、管内の全医療機関と結ぶのか」―。

 説明会終了後も「市部のみなさんは残って情報交換しましょう」。11市の担当者は自主的に呼び掛け合い、考えられる課題を話し合った。

 県南部の自治体の担当者は「短期間で一気に決まったことが、どっと下りてきた。市町村もワクチンについての広報を受け持つなど負担は増えるが、間違った情報を伝えないように注意しなければ」と戸惑う。

 那覇市の担当者は「事業実施が先立ち、細かいことが決まっていない。国は恐らく市町村の事務を知らないため、国が想定していない作業がいっぱいある。情報を随時確認しながら、急いで作業を進めたい」と語った。県福祉保健部の宮里達也保健衛生統括監は「必要な人から順序よく、冷静に接種を受けることを、広く県民に伝え、呼び掛けてほしい」と協力を求めた。

「準備間に合わない」 新型インフルワクチン接種、自治体悲鳴(2009年10月10日中国新聞)

 新型インフルエンザワクチンの接種開始を前に、地方自治体が態勢整備に追われている。2日に国の基本方針が示されてから19日のスタートまでわずか2週間あまり。準備が間に合わず、実施を遅らせる地域も出てきそうだ

 「国からの情報があまりに少なく、決まっていないことが多すぎる」。千葉県の担当者は頭を抱える。県の相談窓口には1日300~400件の電話が殺到。3分の1はワクチンに関する問い合わせだ。

 「どこで」「いつから」との質問が一番多いが「われわれにもまったく分からない」(担当者)。

 厚生労働省が示した標準的なスケジュールでは、19日以降、医療従事者を皮切りに順次、優先対象者への接種を始める。しかし、県側は接種を行う医療機関の取りまとめや対象者の人数把握、卸業者との納入量の調整などの膨大な作業に追われており、日程通り実施するのは難しいという。

 「県民の不安を取り除くために、早く具体的な日程を示したい」。開始までに、住民に情報を周知できるかどうかも大きな課題だ。

 「段取りを現場に丸投げするなら、もっと時間的な余裕がほしい」とぼやくのは大阪府の担当者。大阪府内で接種を行う医療機関は5千以上になる見込み。「すべての医療機関が一斉に始めるのは無理」といい、準備が整ったところから順次スタートする。

 ワクチン接種が1回で有効なのか、2回必要なのかについても国の最終判断はまだ示されていない。スケジュールが確定しない中、現場の医療機関にも混乱が広がっている

 「うちの子は優先接種の対象なのか」。横浜市港南区の診療所「竹田こどもクリニック」には、保護者からのこんな問い合わせが増えているという。ぜんそくなどの持病がある子どもは優先順位が上がるが、「継続して治療を受けている」などの基準がある。

 竹田弘たけだ・ひろし院長は「基準はあいまいで、最終的にはかかりつけ医が誰に優先して打つかという判断を迫られることになる。保護者が納得してくれるかどうか」と不安顔だ。

 日本小児科学会の新型インフルエンザ対策室長を務める岡山大の森島恒雄もりしま・つねお教授は「重症化のリスクが高い患者が対象から漏れないよう、かかりつけ医の判断で幅広く打てるようにすることが重要」と説明。「混乱が生じないよう、学会としても具体的な方法を示していきたい」としている。

新型インフル 都、接種1週間遅れ/東京(2009年10月14日東京新聞)

 新型インフルエンザのワクチン接種で、東京都内での接種開始が、厚生労働省の示した十九日の週に間に合わず、一週間ほど遅れる見通しであることが分かった。その他の関東六県では、予定通り十九日の週を目指して準備を進めている。

 ワクチンの優先接種対象者のうち、最初の接種は医師や看護師らで、厚労省は「一般の方々の接種開始にはスムーズに入れるようにしたい」と話している。

 都によると、ワクチン接種を行う医療機関の取りまとめに時間がかかり、接種開始は二十六日の週にずれ込む見通し。厚労省が接種スケジュールを示してから実施までの期間が短いこと、医師会との連携の遅れ、医療機関の数が多いことなどが理由という。

 厚労省は、接種を行う医療機関のリストを九日までに提出するよう各都道府県に要請していたが、十三日現在、茨城県以外の一都五県でリストがまとまっていない

いやしかし、やはり医師会との連携の遅れが響いていますか(苦笑)。
こうなってしまうともう出来る状況になったところから勝手にやれという話にならざるを得ないと思うところですが、現場レベルでみると単に遅れているというだけではない不備が幾らでも見つかってきている状況です。
かねて新型のワクチン接種は従来型と違って、いわば国がおすすめして国民に打たせるものだということで実費相当分だけ負担いただくという話ではあったわけですが、そうなりますと医療機関にとっては全くモチベーションが上がらず面倒なばかりの作業ということになりますから、「じゃあうちでは接種をやめときます」と言い出す施設も増えそうですよね。

特に問題となっているのが国の方針のうち「事前診察の結果、発熱などを理由に接種できなかった場合、診察費は不要」という部分なのですが、殺到するだろう接種予定患者(何しろ総計数千万人が医療機関にやってくるわけです!)をさばくだけでも大変でしょうに、これでは下手すると人件費も出ない作業でスタッフが忙殺され本来業務不能ということにもなりかねません。
特に前述のような事務手続きの遅れもあって、各地の末端医療機関には接種施設として手を挙げるかどうかの契約条件すら提示されていないようなところも多かったようですから、ネット上でも非難囂々となってしまうのは当然ですよね。

537 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2009/10/03(土) 00:15:59 ID:I1XRMdUZ0
>>533-536
>事前診察の結果、発熱などを理由に接種できなかった場合、診察費は不要となることも明らかにした

あれこれスケジュール立てるのも結構ですけど、まだ委託契約の条件も何も通知無いから
契約も何もあったもんじゃないんですけどー。   > 厚労省

>診察費は不要

当然毎回初診料ぐらいは払ってくれるんでしょうね。 >厚労省

538 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2009/10/03(土) 00:23:51 ID:PI7zymn70
現場無視して勝手にスケジューリングとか契約とかもうね・・・

そういうつもりなら通達無視してこっちも勝手にやらせていただく用意があるんだが

539 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2009/10/03(土) 00:26:37 ID:sL4TS4Vo0
これ医療機関が「こんなんだったらワクチンいらね、よそでやってくれ」っていう流れ期待したいんだが

こうした事務手続き上のドタバタに加えてもう一つの問題は、ワクチンの供給がどうも通常の1ml単位ではなく、10ml容量が主体となりそうであるということです。
一般にインフルエンザワクチンは成人に0.5mlを使用しますが、開封後はその日の内に使い切らなければなりませんから、従来の季節性ワクチンでは医療機関側で無駄が少なくなるよう(廃棄分は仕入れ価格分が丸損ですからね)二人分に相当する1mlバイアルが主体となっていました。
ところが実際にはバイアルの中に入っているのは正規容量+1~2割増しくらいとなっていまして、これは注射器で扱う時のロスを考えれば多少余分に入れておく必要があるのは当然なのですが、そうなりますと製造側での無駄は増える(同じ量のワクチンから少ない人数分しか出荷できない)ということで、今回は10mlという大容量を中心にしてはということになってきているようです。

実はこのあたりの話は例によって結構長い前振りがありまして、興味がおありの方は以下のロハス・メディカルさんの一連の記事をご参照いただければと思いますが、要するに厚労省によるワクチン確保量の数字水増しという意図があったのかとも取れるような、医療現場の都合とは全く縁遠い話ではあるのですよね。

【参考】新型インフル 「ワクチン輸入ありきは大問題」 民主党・蓮舫参院議員(2009年9月9日ロハス・メディカル)

【参考】"10mlバイアルなら国産3000万人分" 9日のワクチン意見交換会(2009年9月9日ロハス・メディカル)

【参考】ワクチン量の上方修正「1mlバイアルを10mlに変更が要因の一つ」-足立信也政務官(2009年9月29日ロハス・メディカル)

【参考】インフルワクチン、生産量の半分を10mlバイアルに-厚労省(2009年9月29日ロハス・メディカル)

このような大瓶主体となりますとワクチンの見かけの出荷量は確かに増えますが、使い切れない端数も増えるということで現場での廃棄は増えそうですから、結局出荷した人数分は確実に患者に打てるように現場の医療機関に労力および金銭的な自助努力を強要するということになるわけです。
極めて好意的に解釈すれば、新型の場合指定医療機関だけで接種を行うということで少人数しか打たない零細医療機関は排除される、そうであるなら大瓶にした方が無駄が少ないという判断なのでしょうが、地域内に小医療機関しかない数多の地方の実情は置くとしても、それだけの数の患者に優先接種対象の証明書やら紹介状やらを用意する手間とコストは考えないものでしょうか?
これはひどく揉めそうな話だなと思っておりましたが、案の定ネット上では批判的コメントが相次いでいます。

430 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2009/09/30(水) 09:36:42 ID:QFgTVE1e0
零細医院ですが、新型インフルエンザワクチンを接種する医療機関になるかどうか(手上げするかどうか)のアンケートが来ました。
うちみたいな所まで手を広げると、ワクチンの死蔵が多くなるのでは無いかと思われます。2回接種になるなら、2回目の分を
確保しておくことになり、その分を見越して在庫をしなくてはいけなくなります。また、1Vで2~3人接種出来ますが、
一人しか来なければ、残りは捨てることになります。接種する病院はある程度絞る方が効率的に接種出来ると思うのですが。

967 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2009/10/14(水) 17:01:16 ID:0LWwZ/uZ0
県は10mlの集団接種用のワクチンが送られるかも知れません、と説明している。
一気に大人20人を集めないとダメだが、クリにそんなもの送りつけてくるかねぇ、
24時間ルールはあるし。

971 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2009/10/14(水) 18:30:38 ID:zuTaixyR0
>>967
おまけに公定価格で買わされて、返品不可だろ。
やっぱり委託受ける奴が負けって事か。

こういう事務的な部分こそ医系技官をはじめとする厚労省幹部が行政と医療現場との間を取り持って円滑に話を進めなければならないはずなのですが、どうも政権交代のドタバタというだけではこうまでの現場無視のデタラメぶりは説明できないような気がするのですがどうなのでしょうね?
先年来続いていて未だに解決に至っていない年金問題などもそうですが、どうも突っ込んでみればみるだけ厚労省内部の仕事ぶりが相当にアレであることが明らかになるばかりという気がしてくるのですが、これはやはり一度全てをぶち壊してゼロから再建した方が早いなんて話になりかねないですかね。
このところ医療現場はすっかり厚労省離れが進んでいて「生き残りたければ奴らの言うことを信用するな」という感じになってきていますから、案外彼らがいなくても適当にやっていけるものなんじゃないかという気がしないでもないんですけれど(苦笑)。

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2009年10月14日 (水)

最近少し風向きが変わってきた?

先日こんな話がありましたけれども、ご覧になりましたでしょうか。
今や有名人となった地域医療の専門家、村上先生が再生を請け負ったという夕張市立診療所での出来事です。

心肺停止 受け入れず 夕張の中3自殺(2009年10月04日朝日新聞)

■夕張の中3自殺で市立診療所
■「情報伝達で不備」

 夕張市の中学3年の男子生徒(14)の自殺で救急隊が市立診療所に受け入れを求めた際、心肺停止状態で早急な措置が必要だったにもかかわらず、市外の病院に行くよう指示されていたことが分かった。最終的に生徒は市内の別の医院に運ばれ、死亡が確認された。市内に救急病院はないが、同診療所は唯一入院できる中核的医療機関。事態を重くみた市は、運営主体の医療法人財団「夕張希望の杜(もり)」(理事長・村上智彦医師)と救急体制改善に向けて協議を始めた。
(本田雅和)

 関係者によると、9月27日午後11時11分、生徒が自宅で首をつっているのを見つけた家族が119番通報した。5分後に到着した救急隊は、生徒の心肺が停止していたため、蘇生術を施しながら最も近い医院に連絡。不在だったことから同11時32分、次に近い市立診療所に電話で受け入れを求めた

 同診療所によると、最初に電話を受けた事務当直員や、医師に電話を取り次いだ看護師が救急隊員の使った「縊頸(いっけい)(首つり)」という言葉を理解できず、「いけい? 胃けいれん?」などと推測し、当番医の村上医師に連絡。同医師は心肺停止と報告を受けながらも「インフルエンザ脳症のような病気か事故だろう」と考え、同40分に「小児の重篤状態は対応できない。早急に小児科のある(重篤・重症専門の)3次救急病院に行くように」と看護師を通して救急隊に電話で回答した。

 市などによると、隊員はこの電話で「心肺停止状態なので受け入れてほしい」と再び要請。看護師も村上医師に伝えたが、回答は変わらなかったという。救急隊は市内の2医院に連絡し、同45分、1医院が受け入れを承諾。同55分に運ばれたが、28日午前0時24分に死亡を確認した。

 同診療所の診療科目には小児科もあり、村上医師は講演などで「心肺停止患者は直近の医療機関で早急に対応すべきだ」と説いている。市内の医療従事者は「診療所でも蘇生術や気管挿管などの措置はできたはず」と批判する。

 村上医師は「非常に残念だが救急隊と診療所の間に情報伝達の不備があり、正確に医師に情報が伝わらなかったのは事実。今後はこのようなことがないよう、救急隊との間で取り決めをし、職員にも周知していきたい」と話す。

 これを機に同市では、救急医療体制の整備に向けて医師会や道とも再協議していくことにしている。

若い方が残念な結果となりましたが、記事を読む限りでも意思疎通の問題というものは色々とあったようで、色々な情報を総合すると「村上医師には胃痙攣と伝わった」ことは確実なようで、一方「村上医師には首吊りの患者であることは伝わっていなかった」のも事実のようです。
しかしむしろこの場合の問題は医師にそうした状況であると伝わっていたかというよりも、胃痙攣で心肺停止という普通あり得ない情報に疑問を抱きながら(当然そうなのだと思いますが)相手に確認することがなかった看護師と、その意味不明の報告を受けていながらこれも確認することのなかった医師の対応ということになりますが、ただしこれも受け入れる前提に立った話です。

同診療所は常勤3名非常勤2名、救急指定は取っておらず「夜間・休日の受診はお受けしておりません(同診療所HP)」とのことですから、従来からその方針は救急隊も承知していたものと思われますが、つまり村上医師にとって夜間救急は受け入れないという大前提がまずあったのではないかとも感じられます。
同医師にすれば過去の言動からも「ここで救急まで受け入れれば残った診療所も潰れる」と考えていることは明らかですし、救急を受け入れたが診療所はなくなったとなれば市民にとっても結局損であると説く程度の腹は据わっている人物ですから、今後市と診療所も含めて開かれるだろう協議がどう紛糾するかは要注目というところだと思いますね。

「対応できないものは対応できないと断ることが正しい」とは既にネット上では広く受け入れられる見解となっているようなところがありますから、そのためもあってかネット上で議論になったのは受け入れの是非といった話ではなく、主に記事中にある「村上医師は講演などで」云々の部分であったように思います(いわゆるブーメランという奴ですね)。
ただ村上先生の講演内容は把握していないのですが、首吊り患者をこうした診療所で診ろと言われてもまず意味のある対応は無理というより、この状況で出来るのは実際問題形ばかりの対応の後の死亡確認くらいではとも思われます(それが明らかな状況だからこそ救急隊も真っ先に近場の開業医に依頼をしているのでしょうが)。
この種の若年者自殺となれば医療行為そのものよりも家族に死を受容させることこそ最大の仕事になりがちで、後述の記事にあるようにわざわざ救急隊が誤解を呼ぶような「家族に配慮」した表現をしていることからも、結局救急そのものというよりそのあたりの役の押し付け合いに端を発し、それを契機にかねて同医師に反感を抱いていた層から批判が噴出というところなのでしょうか。
その点で朝日の記者が村上医師の過去の発言全てを網羅していたとも思えないですから、そうなりますと誰がこの講演情報を記者の耳元にささやいたのかにも興味が出るところですが、記事中にある市内の医療従事者などという(失礼ながら)この種医療問題にコメントすべき権威とも何とも思われない方が唐突に登場している意味が何なのか、ですよね。

ちなみにこれも全くの余談ですが、健康保険法では「故意に給付事由を生じさせたときは、当該給付事由に係る保険給付は、行わない」という規定がありまして(第116条)、文字通りに解釈しますと自殺(未遂)に対する治療は健康保険の給付対象外ということになってしまいます。
一応は昭和26年3月19日保文発第721号によって同条文の除外対象になるということになっているようですが、未だに保険の査定で全部切られて大赤字!なんて話を時々聞きますから、ご注意いただいた方がよろしいかと思いますね(同様に精神病その他で行為結果に対する認識能力がない場合も除外対象となります)。

まあそれはそれとして、実のところそうしたことは本日の話題の中では全くの余談であって、肝心なのはこの事件に関する続報の方なのですが、以下にやたらと張り切っている朝日新聞の記事から引用してみましょう。

受け入れ拒否を謝罪 夕張中3自殺(2009年10月05日朝日新聞)

■村上医師「判断ミス」

 夕張市で、自殺を図って心肺停止状態だった中3男子生徒(14)の受け入れを拒否した市立診療所の理事長、村上智彦医師(48)は4日、自らの「判断ミス」を認め、「ご遺族と市民の皆さんに申し訳ない」と謝罪、「こういうことは2度と起こさない」と述べた。市内で開かれた北海道自治体学会など主催の「まちづくり」集会に討論者として参加した同医師が冒頭、事件について釈明を求めて発言、採算の取れない救急医療を財政破綻(はたん)の街でどう保証していくかが議論された。
(本田雅和)

 同医師は、事件当夜の先月27日、救急隊が現場から受け入れ要請の電話をした際、目の前の家族に配慮して首つりを「縊頸(いっけい)」と表現したことを改めて指摘。電話を受けた事務職員や看護師が専門用語を理解せず、「間違った情報伝達」の中で集中治療室のある札幌などの救急病院に運ぶよう指示、「間違った判断をしてしまった」と語った。

 市民代表として参加した討論者は「聞き間違い」の問題ではなく、「たとえ助からなくても、命を委ねる医師にまず診てほしいという親の気持ちを分かっていただけているか」と質問。村上医師は「気持ちは分かるが、コンビニ受診などで医師は疲弊している。破綻前の市立病院の医師らは夕張には2度と戻りたくないと言っている」とした。

 そのうえで同医師は「心肺停止患者を断ったのは間違いだった。近くにいる人が蘇生措置をし、田舎の診療所でも直近の医療機関につなぐのが一番生存率をあげる。救急医療をしていたプロとして恥ずかしい」と反省を示した。

 また、同診療所が在宅支援診療所として87人の訪問医療をしているのを始め特養老人ホームやグループホームの200人以上を対象に24時間診療体制を続けていることを説明。19床の入院ベッドと救急で「年間5千万円近い赤字」が出るのを「職員給与の削減と理事長個人の借金」などで維持しているが、予算が確保できない場合に備えて「今冬の病棟閉鎖や救急廃止も検討している」と明らかにした。

 住民が必要とする救急医療の中身や水準の確定、そのための国や道からの財源支援の実現――などが課題として残った。

この記事を見ていて非常に興味深いのは、一昔前であればひたすら平身低頭していただろうと思われるこの局面においても、ちゃんと「いやうちは救急は無理だから」と主張しているということだと思いますね(村上先生のキャラクターもあるのでしょうけれども)。
むしろ村上医師とすれば救急の更なる縮小(診療時間内やかかりつけ患者も含めて?)を画策しているようですから、いっそこれを機に入院病床廃止や夜間院内無人化など、やりたくとも物理的に出来ないという状況にもっていくという考えもあるのかも知れません。
ちなみに夕張市の藤倉肇市長はこの件に関して「診療所に受け入れてほしかった」「二度とこうした事態が起きないよう市内の救急医療体制の改善を図りたい」とコメントを出しているようですが、改善を図りたいと言っても実際に改善するのは市長本人ではありませんから、要するに現場がついてくるかどうかが市長の指導力なり人望なりを示すということになるのでしょうか?

夕張の件では基本的に個人レベルの話でしたが、こちら名古屋の事例では組織としてさらに少しばかり変化の兆候が明確になってきているようにも感じられます。
まずは第一報から紹介してみましょう。

死因めぐり2カ月安置 手術後死亡の1歳男児(2009年9月30日中日新聞)

 名古屋大病院(名古屋市昭和区)で胃の手術を受けて死亡した中国籍の男児=当時(1つ)=の遺族が手術などに不信を抱き、「第三者機関の解剖で死因を調べてほしい」と訴え、遺体が2カ月半も院内に安置された状態になっている。名古屋市健康福祉局は「火葬や埋葬まで期限はないが、病院でこれほど長く保管した例は聞いたことがない」という。

 遺族と病院側によると、男児は、名古屋市中区の中国籍の夫婦の長男で、今年3月、ぜんそくに似た症状で同病院に入院。胃液の逆流で食道や肺に炎症が起きて肺高血圧症を引き起こしていると診断された。7月13日に胃の位置をずらす腹腔(ふくくう)鏡手術を受けたが、15日になり容体が急変、心拍や血圧が低下して死亡した。

 病院側は7月末に院内検討会を開き「医療過誤は指摘できない」と報告。ただ、手術の危険性について事前説明が不十分で、唯一の小児循環器専門医が手術翌日から出張するなど、術後の管理が万全でなかったことは遺族に謝罪した。9月中旬には名古屋簡裁に和解調停を申し立てた

 一方、遺族側は男児の体力が弱ったまま手術に踏み切ったことなどから「医療過誤の可能性が高い」と主張。病院側から死因究明のため病理解剖を求められたが、「病院は信用できない。第三者機関に遺体を調べてもらい、遺族や専門家を交えた会議を開いてほしい」と訴えている。

 愛知県では実際、日本内科学会が中立的に死因を調べる「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」が実施されている。ただ、同病院は「医療事故ではないので事業の対象外」と判断し、依頼しなかった。病院側はその一方で同県医師会などを通じて病理解剖の引受先を探したが、見つからなかった。

 遺体は傷みを防ぐため、院内霊安室の冷蔵庫内で最低の2度で保管。病院側は「細菌が増殖する恐れがあり、衛生的に良くない。死後1週間以上たてば病理解剖の意味がない」と困惑。2室ある霊安室の1室を占め、支障が出ているという。病院側は引き取りを求めて内容証明郵便を遺族側に送付したが、遺族側は応じていない。

こちらも小さなお子さんが不幸な経過を辿ったということで状況の如何を問わず同情すべき点は多々あるのですが、同時に病院側にとってもご遺体を放置されるのは困るというのも実際のところではあるだろうとは理解できます。
冷蔵保存ですからいつまでも放置していては危ない状況になるだろうことは素人考えでも分かりそうな話ですが、これも一昔前であればなし崩しにいつまでもずるずると状況を継続してしまうか、せいぜいがやんわりと引き取りを求めるという程度で、公立病院等であれば場合によっては見舞金で決着という話だったのではないかと思います。
ところが明らかに変わってきたのかなと思わされるのが、こういう続報が出てきているところなんですよね。

男児遺体安置問題 名大病院、遺族に1日2万円請求(2009年10月2日朝日新聞)

 名古屋大病院(名古屋市昭和区)で死亡した中国籍の1歳男児の遺体が2カ月以上にわたって病院内に安置されている問題で、病院側が男児の遺族に対し「遺体を引き取らなければ、1日あたり2万円を請求する」などとする内容証明付き文書を送っていたことがわかった。遺族が望む病院外の中立の立場の医師による解剖はめどが立たないままで、遺族側は不信感を強めている。

 文書は病院側代理人の弁護士名で9月7日付。「貴殿らは埋葬・火葬の義務があり、このままではご遺体を遺棄されたとの評価にもなりかねない」として、1週間以内の引き取りを要請している。

 遺族が医療過誤を主張している点については「法律上、過誤の有無と遺体引き取り義務は全く別」と指摘し、「賠償を条件にされてご遺体を引き取られないということは、威力によって当院の業務を妨害するもの」と主張。その上で、文書が届いてから引き取られるまでの間、1日あたり2万円を支払うよう要求している。一方、遺族側は、現時点では賠償を求めていないとしている。

 病院側の弁護士は朝日新聞の取材に応じ、「1カ月以上も進展がない中、ちゅうちょもあったが、打開策として病院側の考えを示す必要があった」と語った。金銭を求めたのは「遺体の早期引き取りを促す意味合いだった」とし、金額の根拠は「一般の葬儀社が遺体を保管する場合の平均」と説明した。

 文書の内容に驚いた遺族は、文書の原本を病院に突き返したという。母親(43)は「子どもに何が起きたのか知りたいだけなのに。なぜ、お金目当てのように言われなければならないのか」と悔しさをにじませる。遺体は、病院内に2室ある霊安室のうち1室で低温保管され、遺族は今も毎日、霊安室に通っているという。

 病院側は「遺族が推す医師立ち会いの下、解剖する案を遺族に再三確認したが、回答がなかった」と説明している。しかし、母親は「身近にそんな医師はおらず、死亡当日に断った話。その後も打診を受けた記憶はない」と、言い分は対立している。

 同病院の松尾清一院長は「遺体の引き取りが進展すれば、内容証明郵便を撤回する」としつつ、文書の内容について謝罪するかどうかは「現段階ではコメントできない」と述べている。

朝日新聞の主観はともかく、この状況で「それはそれ、これはこれ」とこうまできっちり筋を通すとは、名大の対応には驚かれた方も多かったのではないかと思います。
名大にしてもこんなところで多少何かあろうが担当者の首が飛ぶとか給料が削られるとか言う話でもないんだろうと思うのですが、大学病院という大きな組織がこうまで積極的に動くというのも今までなかなかなかったことですよね。
この件に関してはその後さらにオチがつきまして、どうやらいかにも大学病院らしい当事者能力の欠如というところに話が落ち着きそうな気配ではあるのですが、まずはこうした行動が取れるようになってきたという院内の空気の変化というものは重要なのでしょうね。

男児遺体「他病院で解剖可能」 名大病院が確認不足認める(2009年10月2日中日新聞)

 名古屋大病院(名古屋市昭和区)で7月中旬に手術を受け死亡した男児=当時(1つ)=の遺体が院内に2カ月半安置されている問題で、同病院が愛知県医師会の「剖検システム」を利用し、遺族側が求める第3者機関による解剖を行うことが分かった。病院側は当初「システムの利用は無理」と説明してきたが、医師会側からの指摘で利用可能だったことが判明。遺族は、病院のお粗末な対応に憤りを強めている。

 松尾清一病院長は「われわれの確認不足で遺族に長い間、つらい思いをさせてしまい、重大な責任を感じる。無知と言われても仕方がない。なるべく早く申請して解剖してもらい、遺族に謝罪したい」と話している。

 病院側は当初、遺族に院内での病理解剖に同意するよう求めたが、医療過誤を疑う遺族側が拒否し、第3者機関による病理解剖を望んだ。

 剖検システムは、医学部を持つ同県内の4大学が月ごとに当番となり、病院からの依頼を受けて解剖する。県医師会によると、対象の病院に制限はなく、10年前には藤田保健衛生大病院の依頼で名大病院が解剖を行った例があった。今回も同衛生大病院で解剖を行うことが決まった。

 名大病院はこれまで、会見などで「死亡直後に剖検システムの利用を模索したが、県医師会と当番の愛知医大から『解剖能力を持たない病院のための制度で、解剖できる名大病院は対象外だ』と説明を受けて断念した」と話していた。

 しかし、県医師会は「相談を受けた記録がない。報道で知って誤解があると指摘した」と話す。病院側は「同会と愛知医大の2カ所から同じ説明を受けた」と説明しているが、同会側のだれから聞いたのかは確認できないという。

 また、病院側は9月7日付で、遺族に内容証明文書を送付。文書では「賠償を条件に遺体を引き取らないのは威力によって当院の業務を妨害するもの。引き取らなければ1日あたり2万円を請求する」などと遺体引き取りを強く求めていた。

 男児の母親(43)は「全身が震える思い。本当に知らなかったとは思えない。こちらには1日2万円の請求までしておいて、逆に『子どもを使って金を要求している』とまで言われた。絶対に許さない」と憤慨。「2カ月半もたって遺体が傷んでしまい、今解剖しても何も分からないだろうが、最後まで死因を追求する」と話した。母親は2日午後、名古屋市内で記者会見する予定。

 松尾病院長は、1日2万円の請求について「早く解決するためと考えていたが、不適切だった。撤回したい」と話している。

遺体の長期安置、名大病院が謝罪(2009年10月7日中日新聞)

 名古屋大病院(名古屋市昭和区)で手術後に死亡した中国籍の男児=当時(1つ)=の遺体が2カ月半安置されたままの問題で、同病院の松尾清一病院長らが6日会見し、「確認不足と認識不足で、ご遺族に多大な心労をおかけした」と謝罪した。また、判断ミスをした経過の検証と病院の対応、管理体制の改善に向け、外部委員による調査委員会を設置することを表明した。

 この問題は、遺族が「医療過誤があった」として他病院での解剖を希望したのに対し、病院が「現在の仕組みでは不可能」と回答し安置が長期化。今月になって愛知県医師会からの指摘で、同会の「剖検システム」を使えば他病院での解剖が可能と分かった。

 松尾院長は「死亡直後の電話相談で『できない』と思い込み、正式ルートで確認しなかったことが大きな誤り。その後も2カ月以上再確認せず、ご遺族の心情を推し量らなかった」と反省。内容証明郵便で遺族に、安置1日につき2万円の費用負担を求めたことも「決裁書類に判を押したのは私だが、心より反省している」と要求を撤回した。

ひと頃マスコミが盛んに喧伝していた図式に「医療に対する弱者としての患者」という構図があり、特にこの10数年ほどはその路線に沿って学部教育レベルから「医者の上から目線の是正」ということが言われてきた時代であったと認識しています。
しかし他方では近年モンスターペイシェントだの医療崩壊だのと色々現場の問題が騒がれてくるようになった、それらを読み解いてみると逆に現場では「患者に対する弱者としての医療」という構図が浮き彫りになってきた感があります。
もちろん人間関係における強弱などその場の状況で幾らでも変わることがあるのは当然ですけれども、少なくともマスコミが先導して長らく喧伝してきた一方的かつステロタイプな強者弱者論はすっかり崩壊しているし、そんなものに安住している認識の古い施設は片っ端からスタッフが逃げ出して真っ先に崩壊していっているという事実もまた認めなければならないでしょうね。

医療現場の代表者としてやり玉に挙げられやすい医者という存在が基本的に超売り手市場の住人で、近年ではすっかり「嫌なら辞めろ」という認識が広まって我慢する人が少なかったこともあり目立たなかったのも確かですが、考えてみれば応召義務などと法律まで用意して「相手に金がなかろうが必ずみなければならない」なんてことを定められている業界はそうそうないわけですよね。
特に看護師や窓口事務などは多くが女性であるという事情もあってこうした「強い患者」に直面せざるを得ない場合が多いわけですが、これらの職種はまた離職率が高いことでも知られていますから、既に現場では警察などと合同で「譲れない部分は譲らず」「自信を持った態度で」などとトレーニングを積み、一生懸命もっと強くなろうと努力している真っ最中でもあるわけです。
別に医療に限った話でもなんでもありませんが、人間関係において一方が神様などと祭り上げられるような間柄ではまともな信頼関係など構築できるはずもないのであって、そんな勘違いがあるのなら互いに適切な距離感を維持した人間同士の関係へと移行を図った方が長期的に見ればお互いの利益になると考え直すべきではないでしょうか。

二昔も前の時代のように、お医者様が神様過ぎて人生で医者と会うのは亡くなった「後」の死亡確認の時だけ、なんてことも極端だろうと思いますし、全く同じ程度に患者様が神様過ぎて何をしようが好き放題の自由勝手というのもまた極端なんだろうと思います。
両極端の間のどこかに程々のバランス点を見いだそうと皆が試行錯誤しているのが今現在の医療現場なのだとすれば、最終的にこれが適正な結論に落ち着くために最も望ましくない行為とは途中経過における小さな齟齬を捕まえて、鬼の首でも取ったかのように大騒ぎしては関係改善の意思そのものを叩きつぶしてしまうということなんだろうと思いますね。
その意味で現状で最も自省と自制を求められているのが誰であるのかということを、何より当の御本人さん達に認識していただかなければならないのかなという気がしていますが、恐らくそれが最後まで残る最大の障壁であったなんてことになるんでしょうね(苦笑)。

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2009年10月13日 (火)

出産一時金問題は意外な藪蛇?

先日以来取り上げていますところの出産一時金問題ですが、前回もお伝えしたように直前になっての制度見直し、しかしその実態はと言えば現場救済には程遠い内容と未だ混乱は続いている気配のようです。
この件に関しては、厚労省内部でも色々と(性善説的解釈をするならば)行き違いもあったのではないかと推察されるロハス・メディカルさんの精力的な取材がありましたことは、前回の内容でも取り上げました通りです。
その続報とも補足とも言うべき下記の記事ですが、これがまたいささか別の面からも興味深い内容でしたのでご紹介しておきます。

〔裏・自律する医療③〕実態は混合診療(2009年10月12日ロハス・メディカル)

 出産育児一時金騒動を振り返るシリーズの3回目。(1回目2回目

 この問題を正しく理解するには、厚生労働省にとって産科医がどのような存在なのかを知らねばならない。

 ロハス・メディカル誌8月号でも特集したように、厚生労働省が医療機関の統制手段として用いてきた「指定と補助金」の関係を振り払おうとした医療機関がある。今年3月に総合周産期母子医療センターの指定返上をブチ上げた愛育病院がそれだ。

赤字必至の診療報酬体系にして、補助金や税補填がなければ潰れる、つまり厚生労働省に逆らえないよう医療機関を「調教」してきた厚生労働省からすれば、まさに青天の霹靂だったはずだ。しかし産科で名を売る愛育病院が反旗を翻したのは偶然ではない。産科だけは、補助金がなくても潰れないのだ。分娩取り扱いの価格決定権が医療機関側にあるからだ。もっとも、地方の場合は自治体病院の多くが収支に関係なく出産育児一時金の近辺に値決めしており、それが周辺の相場にも影響を与え、産科診療所の価格決定権は弱い。そしてそれが地方に産科診療所の増えない原因の一つとなっていて今回の騒動の遠因にもなっているようだが、それは別稿で改めて触れる。

 健康保険から一律の金額(それがまさに出産育児一時金)が被保険者に支給されている一方で、妊婦側が納得して払う限り、いくらに値決めしても構わない。それぞれの施設が、最低限の安全面だけ担保して、様々に付加価値を付けて価格に反映させている。分娩取り扱いが「医療行為ではない」からという理屈で許されているわけだが、実態だけ見れば混合診療と何ら変わるところはない

 この構図は厚生労働省にとって蟻の一穴だ。世の中全体がこの実態に気づき、「医療全部に混合診療を許しても、厚生労働省や日本医師会が言うような問題は起きないんじゃないか?」と考えるようになったら、せっかく長年かけて築いてきた統制の仕組みが全てパーである。

 厚生労働省とすれば分娩取り扱いを医療行為にして統制下に入れたいのはヤマヤマだが、そうすると助産師が独立開業して分娩を取り扱うことができなくなってしまうため、普段はあまり産科医と仲の良くない助産師会や看護協会も、この点では共闘関係になる。

先日も取り上げました通り、混合診療絡みの裁判の話題もあって最近この混合診療の是非ということがしばしば議論になってきていますが、日本でこれまでやってきた国民皆保険という制度は「全国どこの医療機関にかかっても同一医療、同一価格」というタテマエになっています。
しかし考えてみれば受ける医療の内容が全国どこでも同じということは現実的にあり得ないわけですから、そうなりますと内容(あるいは、顧客満足度と言い換えても良いかも知れません)に応じて価格も差があってしかるべきではないかという考え方が出てきても全くおかしくはないと思うのですよね。
分娩取り扱いを医療行為ではないと考えている医者はおそらく全国にもそうそう多くはいないと思うのですが、最近一部で話題になるというちょっとセレブな?お産なんて話を聞きますと、じゃあ同じ病院内でやってる行為なのに何故お産と医療を別物として扱うの?他の医療分野でもお産のように出来ないの?という疑問は誰でも出てくるのではないかと思います。

安価なファミレスと高級料亭が同じ値段ということであれば「ファミレスの値段でこんな高級店にいける!」なんて一瞬喜びそうになる話ですが、何事も経営ということを抜きにしては語れない以上、味やサービスといった内容もいずれ値段相応にファミレスレベルになっていくことは当然ではないかと言う話ですよね。
そして当然多少なりともお金はかかってもいいから本物の美味しい料理を食べたいという人たちにとっても「お金はちゃんと出すから!」と言っても対応できる店が消えてなくなってしまうわけですから、長い目で見れば結局誰にとっても不満が残ってただ国民全てが等しく平等であるというあまり実態のない美点だけが残っていくということになりかねないわけです。

マスコミなどはアメリカ医療の良いところだけを拾い集めて「日本の医療はこんなに劣っている!」なんてやるのが大好きですけれども、それにどれだけのコストを要求されるのか(アメリカの個人破産理由で最も多いのが医療費支払い不能によるものです)を知らせないのと同様、そんな贅沢な医療によって全体の進歩が先導されるルートが潰されているのも日本にとっては不幸ですよね。
実のところこうした問題は医療に限らず日本社会に広く存在することなのであって、日本車なども高く(売れるように)なったと言いながら世界基準で言えばまだまだバリューフォーマネーが売りになる面が強いわけですが、安くて良いものを追求するのは一見して良いことのように思える一方で、日本車には未だ本物の高級車が存在しない、作れと言われても作れないとも言われます。
お金を出すから良いものをという人の存在は別にその人だけがメリットを独り占めするわけではなくて、そういう人たちにオーダーメイドでやった医療がやがて量産化、低廉化して大衆に還元されていくのが当たり前なんですけれども、その全ての最初となる第一歩の部分がなくなってしまえば医療に限らず日本という国の逝く末はどうなんだと言う話ですよね。

まあそうした話はともかくとして、記事中にもありますような分娩費用などでもそうですが、こういう公立病院のダンピングが民業圧迫になっていることって結構ありますよね。
お産の場合は公立病院での分娩費用というものは改訂するとなると議会の承認を得なければならないんですが、これが色々な理由から全くといっていいほど時代の流れに合わせて料金を見直しましょうなんて話になっておらず、今どきどう考えてもその価格ではと言った水準でずっと続いていたりする場合がままあります。
本来なら病院の稼ぎ手にもなってもらいたい産科が赤字経営のお荷物なんてことになれば経営厳しい公立病院にとってもかえって損な話なんじゃないかと思うのですが、最近ようやくこのあたりを是正する動きが出てきたというのは背に腹は代えられないということなのでしょうか(苦笑)。

蕨市立病院 診断書 一部値上げ /埼玉(2009年10月12日東京新聞)

 蕨市立病院は十月から、一部の診断書の発行手数料を一律千円値上げした。市は「他の公立病院に比べて安かったため」という。

 同市立病院は二〇〇六年度から赤字幅が拡大し、これまでは内部留保分から補てんしてきた。一方で毎年一般会計から二億五千万円の繰り出し金を出しているが、今後赤字幅が増えると一般会計からの赤字補てんも必要になる。このため今年三月に策定した同病院の経営改革プランに基づき、診断書の手数料値上げを決定した。

 同病院の普通診断書は従来千円だが、民間の医療機関では最も高いところで五千二百五十円、他の公立病院に比べても安かったという。発行手数料は、普通診断書が千五十円から二千百円、死亡診断書、生命保険診断書、自賠責後遺症診断書がいずれも二千百円から三千百五十円に値上げされた。 (高橋恒夫)

最近は国立の施設もどんどん独法化されたりということで、経営感覚の乏しかった(そして、そうであることをむしろ誇りにしていた?)大学病院などでもようやく診療費未払いは提訴しましょうとか、余っている土地があれば民間のショップなどに入ってもらって経営の足しにしましょうとか、少しは意識改善の兆しが見えてきているようです(経営改善は未だ遠き道、ですが)。
今回の分娩費用支払い遅延は公立病院にとっても等しく降りかかってくる問題ですけれども、これで当座の資金繰りがますます厳しくなってきたということになりますと、あるいは今まで滞ってきた部分も含めた思わぬ意外な改革が一気になされてしまうような可能性もあるかも、ですかね。
しかし「値段は高くなりましたがその分気持ちよくお産が出来ますよう頑張ります!」なんてことで公立病院の接遇が一気に改善したなんて話にでもなれば、これは思いがけない瓢箪から駒と言うべきなんですが…まかり間違ってもそれだけはあり得ないですかね(苦笑)。

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2009年10月12日 (月)

今日のぐり:「ラーメン館」

本日は「ぐり研」の本道に立ち返って?食べ物ネタを紹介したいと思います。
最近ではちょっとそれどうよ?と思われるような味の取り合わせが案外売れているなんてことがあるらしいのですが、こちら新旧ちょっと変な味の話題のうちからまず新の方を紹介してみましょう。

あずき味の『ペプシコーラ』キターー! ぶっ飛びすぎ!?(2009年9月29日ガジェット通信)

しそ味の『ペプシコーラ』が登場したと思ったら、今度はあずき味の登場です。そういえば、きゅうり味の『ペプシコーラ』もありましたね。もう何でもアリなんでしょうか! そのうち、きなこ味やケーキ味の『ペプシコーラ』も発売しそうな勢いです。

「今回は、古くから日本人に馴染みの深い “あずき” をテーマにした『ペプシあずき』を発売し、新たなコーラユーザーを獲得していきます。『ペプシあずき』は、上品でまろやかな甘さと、コーラならではの爽やかな刺激が特長の “あずき”風味のコーラ飲料です。液色には、“あずき” をイメージさせる、えんじ色を採用しました。パッケージは、着物の地模様のようなデザインを背景に、金色の商品ロゴを縦書きで配すことで、雅な和の世界を表現しました」(サントリーお客様センター)

商品名: 『ペプシあずき』
容量: 490mlペットボトル
価格: 140円
発売日: 2009年10月20日(火) 季節限定

これはもう買うしかないですね。「よーしパパ、箱買いしちゃうぞー!」という人もいるんじゃないでしょうか。毎日飲んで和風を満喫したいという方はコンビニやスーパーにお願いをして、あらかじめ取り置きしてもらうといいかもしれません。余談ですが、最近『チェリーコーク』って見かけませんね。どこ行っちゃったんでしょうか。以下は『2ちゃんねる』での反応です。

・誰得
・これはありだな
・おしるこでいいだろ
・ペプシの商品開発部で働きたいな
・もちいれてペプシおしるこ味にしようぜ
・きゅうりとしそはどこで好評だったんだよ・・・
・こういうのって、株主総会で怒られないの?
・シソは半分までは普通に飲める。残り半分は苦行
・キュウカンバーしか飲んだことないけど、あれコーラ味か?
・商品名言いかえたらスパークリングしるこで通用しちゃうんだぞ
・コンビに行く度にシソ探したけど一度もお目にかかれなかった
・何か変な味を出すのが自意識過剰義務になっちゃってませんか?
・なんで小豆なんかを選んだんだろう。ペプシ大根のほうがおいしそうなのに
・シソペプシは意外清涼感があって良かった。2度と買わないが
・ホワイトペプシとんこつスパークリング
・またブログでレビューする仕事が始まるお…
・サントリーのこの積極性は嫌いじゃない
・でもあずきは普通に飲めそうな気がするな

さまざまな意見があるけど、「まずそう!」、「今回は絶対にムリ!」、「普通路線に戻って!」と声をあげつつも、結局はみんな買っちゃうんだよね? え? 買わない!? なるほど。ガジェット通信編集部は、全力をあげて『ペプシあずき』を試飲! レビューしていくので期待していてくださいね。

いやいやいや、しそだのきょうりだのも十分常軌を逸していると思うんですが、全て実在するというのが素敵と言うか何というかですよね。
しかし一ついいなと思ったのはこのあずき味ペプシのパッケージの色で、個人的にコーラというと液体も容器もいささか下品な印象だったのですが(失礼)、なかなかこれはおしゃれっぽくていい感じですよね。
ところで素朴な疑問なんですが、この場合あずき味ってのとあんこ味ってのはまた別物ということなんでしょうかね?

ま、それはそれとして、こちら旧の方の話題なんですが、かなり濃厚に漂う昭和っぽい雰囲気がなかなか素敵ですかね。

滋賀発サラダパン売れてます(2009年10月3日ココログニュース)

テレビで紹介され、人気が全国区となる商品はいろいろあるが、滋賀県「つるやパン」の「サラダパン」もそのひとつ。“刻んだたくわんのマヨネーズ和え”をコッペパンに挟んだ総菜パンだ。9月中旬に滋賀で開催された『イナズマロックフェス2009』では「イナズマサラダパン」として販売され、「売り切れで買えなかった」と報告するブロガーが続出している。

地元では創業以来50年のロングセラーで、昨年『秘密のケンミンSHOW』などで紹介された。今年5月には、県出身の西川貴教が『行列のできる法律相談所』で紹介。島田紳助をはじめ、出演者から「これはあかん」と不評を買い、かえって人気に火が付いた。

テレビで不評だったからこそ「味が気になって気になって」取り寄せたという『INNOCENT VESTIGE』のブロガーは、送料と手数料でサラダパン本体の10倍の金額を出してしまったと嘆きながらも「普通においしかった」とコメント。その味は「たくわん漬けの匂いが強いでなし、マヨネーズが勝る訳でもなく、懐かしいコッペパンの食感とたくわん漬けの歯応えも相まって、何とも絶妙なバランス」(1×8×1いこうよ!)だそう。コールスローに例える人もいる。

“たくわんマヨ”という意外な組み合わせや、印象と味のギャップという楽しさも人気を支えているのかもしれない。ちなみに、「つるやパン」の人気No.1は、魚肉ソーセージを挟んだ「サンドウィッチ」だそう。あなたはどっちが食べてみたい?

いやなんと言いますかね、魚肉ソーセージの「サンドウィッチ」なんてのも十分昭和っぽいんですが、刻んだ沢庵ですよ沢庵。
もうね、ちょっとそれどんな代用食?な雰囲気濃厚なんですが、実際創業以来50年のロングセラーと言いますから登場したのが1960年頃、まだまだ日本もようやく飢える心配から脱してきた段階でまだまだグルメだの何だのと贅沢を言っていられなかった頃なんでしょうね。
しかしこれはいわゆるマヨラーの人にとってはそれだけでイケルでしょうし、案外タルタルソースを挟んだパンみたいに考えてみれば合わないこともないんじゃないかと言う気がするんですが、すでにそう考える段階でつるやパンの戦略にはまってしまっていますかね?

さて、同じ食べ物ネタでも、これがブリあたりになりますといささか趣きが違ってくるのかなと思わされる話がこちらです。

チョコ食べた子供は暴力的な大人に? 英カーディフ大調査(2009年10月7日産経新聞)

 チョコレートなどの甘い菓子を毎日食べる子供は、成人してから暴力的になりやすいとの研究結果が発表された。すぐに満足感を得られることが衝動的な行動を助長するためという。

 英カーディフ大学の研究者らによると、10歳の時にこうした菓子類を毎日与えられた子供は、34歳までに暴力行為で有罪となる可能性がより高かった。研究結果は英王立精神医学会の学会誌10月号に掲載される。

 同医学会によると、小児期の食生活が成人後の暴力性に与える影響の調査結果は初めてという。他の研究には、食品添加物と小児の過活動の関連性を解明したものがある。

 今回の研究の中心となったサイモン・ムーア氏は9月30日、電話インタビューで「子供に菓子を持続的に与えると、衝動的になり、欲しい物を攻撃的手段で入手しようとする傾向を生む可能性がある」と説明した。

 2つの集団を比較する1970年の研究を通じて選ばれた約1万7500人が今回の研究に参加した。70年以降、数回のデータ集計され、対象者の健康状態、教育、社会的・経済的状況と甘い物の摂取について、5、10、26、30、34、42歳の各時点で追跡調査された。

 研究者によれば他の条件を考慮した場合でも結果は同じだった。条件には5歳時の家庭での行動と母親の状況、教師の評価による10歳時の攻撃性と衝動性、描かれた絵や言葉の習得から判断した5歳時の知能などを用いた。

 34歳までに暴力性がみられた調査対象者の69%は、子供時代にチョコレートなどの甘い菓子類をほぼ毎日食べたという。ムーア氏は資料で「子供に甘い物やチョコレートを恒常的に与えると、欲しい物を手に入れるのに待つことを学ばなくなる」という説明が有力だとした上で、「満足感を後回しにできないため、非行との強い関連性が指摘される、より衝動的な行動にかき立てられる可能性がある」と指摘した。

 研究によると子供の食生活改善の目標を定めることが健康促進と攻撃性を和らげることにつながるとしている。

これはしかし、菓子が悪いというよりも好き放題甘いものを与えられているような教育環境で育った子供は衝動を抑制する能力が低いといった解釈が成り立つのだとすれば、例えばおもちゃを沢山与えてもらっていた子供でも同じような傾向が見られるのではないかという気もしますけれどもね。
こういう研究というのは「菓子ばかり食べさせるのは虫歯にも悪い」なんて関連づけをされて検証が甘いまま幼児教育方面に転用されがちですけれども、一般に広く喧伝する前にきちんとした検証が必要な話ではないかなとも思います。

さて、ブリと言えば飯がアレなのはすでに定説ですが、何とこの傾向は一般に食べられている食事に限った話でもないらしいというのがこちらの話なんですね。

「戦闘糧食晩餐会」で世界中のレーションを食べ比べ!(後編)(2007年11月05日ASCII.jp)

 東京キャロル主催の「戦闘糧食晩餐会」に参加したASCII.jpミリタリー特別取材班。そこで待ち受けていたのは12ヵ国60種類以上もの戦闘糧食やレーションだった。

これはまずい! 戦闘糧食 ワーストランキング

 さて、前編では食べて旨かったものを書き連ねてみたが、今度は食べて不味かったものを書いてみたい。もちろん、人間何が旨いかマズいかはその人の経験、体調などによって変わる訳で、絶対ではないということを再度述べておく。また、今回セッティングしていただいた東京キャロルや、カメ一等兵氏、その他、この戦闘糧食晩餐会にご協力いただいた方々に、深い感謝の念を持っていることを改めて記載しておく。

第3位 カナダ軍
プリン

写真注釈:ああ、見た目があまりにもひどい、ひどすぎる。これではまるで……いや、何でもない

 まず、プリンというものがこのような形になっても、まだプリンだ、という事実が筆者にとっては大きな衝撃だった。「戦闘妖精・雪風」の戦闘知性体 JAMだ、と言われた方がまだ納得するかもしれない。食感はふんわり感のないフルーチェとでもいうべきか。そしてその味は、なんとも言えない甘酸っぱさ。プリンって甘酸っぱいものなのか?
 敢えて言えばキャンディーの「チェルシー」に似た味とでも言えば良いのだろうか。まあ、戦場で他に甘味がなければ受け入れざるを得ないかも知れないが……。とはいえ、私はカナダの食品事情をまったく知らない訳で、もしかするとカナダではこのドロドロのプリンがお袋の味なのかも。

第2位 イギリス軍
チャーメン

写真注釈:八角(ハッカク)が入っているのか、本格中華の香りがしてとても食欲をそそる。ところが、舌が脳に伝える情報は、鼻が伝えるそれとは180度異なる

 ラーメンを写真で見ただけのコックが、見た目だけでウスターソースとか中華味などの調味料で適当にスープをでっち上げ、そこに水(お湯じゃなく)で戻したベビースターラーメンを放り込んだ、という感じの味。人類は麺類、などと喧伝される我が国で、幼少の頃より数多の麺類で食感を磨かされている日本人が食することが出来る味と食感ではございませぬ。これならチキンラーメンをそのまま持って行ったほうが絶対良いのでは、と思う。ぜひイギリス軍のレーション製作担当者は日本のカップラーメン(ベビースターラーメンもだ!)を取り寄せて研究するべきでしょう。

イギリス
第1位 イギリス軍
水溶きオートミール

写真注釈:決してお好み焼きを作っているわけではない。戦闘中にお湯が用意できない場合は、固まったレーションをこのように水で溶いて食べることになるのだ。ちなみにイギリス軍の名誉のために記しておくが、お湯で作ったオートミールは(旨いとは言い難いが)普通に食べられた

 味がしないんですよ、味が! まあ、これより前に味の濃いレーションを食べて、口の中が脂っぽくなってしまっていたせいかもしれないが。せめて、塩味くらいはあるかと思ったけどそれもない。オマケにお湯ではなく水溶きなので、室温レベルの温度の食べ物になっているため、口に入れても食べ物を食べている感じがしない。味見だけで「もう結構」という感じ。風邪で舌が馬鹿になって味が分からないのに、無理に冷めたお粥を食べた時に似ているかもしれない。とにかく口に入らないのだな。
 ちなみにオートミールとは、カラス麦というものを押しつぶして調理したお粥だ。まあ、北村記者も筆者もチャキチャキのニッポンジンで、こんなものは食べ慣れていない。健康食品としても注目を浴びているらしいので、今後食べる機会はあるかもしれないのだが……。
 海外旅行でイギリスに行っても、「旨い物がない」と言われているのを耳にするが、ミリメシでもマズい、というのはもはやイギリスのメシのマズさはいかんともし難いものがあるということなのだろうか。もっとも「メシがマズい軍隊は強い」という俗説がある訳で、このマズいオートミールやチャーメン(19世紀の英国海軍にチャーメンはなかったとは思うが)を食べながら、「イギリス人は七つの海を駆けめぐりって世界を支配したのか」と思うとまた複雑な心境になりますな。

まあこれは、写真を見るだけでも何と言いますか、コメントし難いものがあるのですが…て言いますか、これ食べ物なんですかね?
ちなみに自衛隊の糧食の中でもかねてダントツの高評価と定評があった「たくあん漬」ですが、最近製造元倒産で残念ながら在庫品限りとなってしまったそうです。残念!

今日のぐり:「ラーメン館」

こちらモール併設のラーメン屋でして、元々は大統領連島店であったものが、改装して麺屋黒船、札幌ラーメンどさん子そして大統領と三系統のラーメンが食べられるという店になっているようです。
特に麺屋黒船はこの界隈ではあまり見かけない系統ですので比較的レア度は高いかなと思うのですが、しかしこれら全く異なる三系統のラーメン、スープからトッピングまで全部違うでしょうに、中はどういうオペレーションになっているんでしょうか?

いずれにしても入ってみると昼食時にもかかわらず店内の客の入りはいささか寂しいところで、これは悪い予感がしてきますね。
店内の一角?でタイ焼きまで売っているんですが、むしろこちらの方が人気があるようにも見えるのがいいことなのか悪いことなのか?
今回はどさん子の濃厚味噌ラーメンを頼んでみましたが、複数のラーメンを半分づつ組み合わせるといったことも出来るようで、食べる方は嬉しいかも知れませんけどホントに作る方は大変なんじゃないでしょうか。

さて、この濃厚味噌ラーメンなんですが、スープの味噌だれの味がとにかくきついのが第一印象です。
ベースになっているのがもともと結構濃厚なスープのようですが、これじゃ味噌だれにべっとり覆い隠されてなんにも味がわかりませんね。
こうなると水くれ~という感じなんですが、ここの水が何かしら異様に臭くてマズイのは閉口もので、これは何かしら配管にでも問題があるんでしょうか?

トッピングのモヤシだのコーンだのワカメだのは、元来自分としてはスープにも馴染まないしなくてもいいものかなと思っているんですが、これくらい濃いスープだと逆にちょうどいい中和剤のようになって相性は悪くない感じですね。
札幌味噌ラーメンと言えばこのあたりは定番のようですが、やはり長年使われ続けた組み合わせというものには意味があるということなんでしょうか?
ところで札幌ラーメンといえば麺の製法に特色があると聞きますが、同店でもやっている大統領などの麺と比べるとずいぶんと食感も違っていて確かに面白いですね。

さてこのラーメン、「秘伝のニラたれ」なるものがついてくるんですが、これを加えるとただでさえ濃いスープがさらに濃くなるという恐ろしいシロモノです。
何かもう、このまま元のスープで二倍量くらいに薄めたいって感じなんですが、こういう濃い味というものが最近の札幌界隈の流行りなんでしょうかね?

しかしこういう店もアイデアとしては面白いのかも知れませんが、本当に混んでくると中の人は死ぬほど大変なんじゃないでしょうかね。
見ているとお客の数は多くないにもかかわらずあまり順調にまわっているという感じもしないのはそのあたりにも理由があるのかも知れませんが、とりあえず水だけでもこれはもう少し何とかしてもらいたいところです。
ところで最近大統領の店舗数が減ってきているような気がするのですが、退潮傾向をこういう飛び道具で一発逆転を狙っているというのであればいささかパンチが弱かったのかなという気がしないでもないですかね。
いずれにしてもこの界隈は水島百万両だの喜楽園だのと安いことでも有名な老舗があるところですから、この価格帯ではよほどインパクトがないときついのではないでしょうか。

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2009年10月11日 (日)

今日のぐり:「レストハウス オリアン」

ドライブにしてもサイクリングにしてもちょうどいい季節になってきていますが、本日は「乗り物」をテーマとした記事を幾つか取り上げてみましょう。
まずはこちら、先頃とうとうこだまに格下げになってしまった500系新幹線に楽しい装備がついたという話題です。

500系こだまで運転手気分!?(2009年9月15日ココログニュース)

JR西日本は、秋の5連休初日の9月19日から、新大阪-博多間を走る山陽新幹線500系『こだま号』の自由席に子ども向けの運転台を設けると発表した。「子どもが退屈しないサービスを」との乗客の声に応え、本物そっくりのハンドルやスイッチ類を装備。前面には運転席から見える写真を張り付けるそうだ。

このニュース、ネットではいいアイデアだと好意的に受け止められているようだ。「新幹線で帰省したくなった」「運転席は大人でも憧れるからなあ」と、子どものようにワクワクしている大人たちも多い。

「写真を貼るのではなく、運転台からの実際の映像を流したほうがよいですね」(たべちゃんの旅行記「旅のメモ」)と、もう一工夫を望む声も多かった。しかし「ヘタにリアリティだしてしまって、大人が座席を独占ってのもどうかと」(日々?、Santaku)との懸念は確かにありそう。このくらいがちょうどいいのかもしれない。

懸念といえば、利用者のマナーを心配する声も。JR西日本は、利用者が多い場合は“一列に並び、順序よく交代で”と注意を促しているが、ルールを守れない親子がいると、せっかくの楽しい試みも台なしになってしまいそうだ。「車内通路を走り回るような身勝手な親子のためのハリボテなんていらない」と、普段から新幹線での子どものマナーに腹立たしく思っている人の意見があることも、忘れてはならない。

どうせならタイトーあたりと共同で一回百円の筐体でも据え付けてみればという気もしますが、まあ子供用ということですからこれくらいがちょうどいいんですかね。
大人が席を独占云々という懸念に関しては、座席を子供専用にしてしまえばいいような気がするのですが、どんなものなのでしょうか。
しかし新幹線の中でも最速のスマートな500系が一番鈍足のこだまとして走るというのも、考えてみれば何かしら妙な話ではあるかなと思えるところですけれどもね。

さてお次、日本ではあまり大きく報道されていませんでしたがアメリカでは大騒ぎという、例のトヨタ車の大量リコール問題に関連して、ちょっと怖い話がこちらです。

事故時の交信記録を報道=トヨタ車のリコール問題で-米テレビ(2009年10月1日時事通信)

【ニューヨーク時事】米国でのトヨタ自動車のリコール問題に絡み、米CNBCテレビは30日、8月にカリフォルニア州で起きた高級車「レクサス」の交通事故で、同乗者が携帯電話で「アクセル(ペダル)が動かなくなった」などと警察に助けを求めた際の生々しい交信記録を伝えた。

米メディアによると、一家4人が死亡したこの事故では、アクセルペダルがフロアマットに引っ掛かって元に戻らなくなり、時速約190キロに加速。制御不能に陥って路肩に突っ込んだとみられている。

交信記録では、同乗者が「ブレーキが利かない」「トラブルに陥っている」などと警察に助けを求めている。 

ちなみにこちらが問題のフロアマットの写真だそうですが、お心当たりの方は直ちに最寄りのトヨタにご連絡いただいた方がよさそうですかね。
それでもアクセルが戻らないということになればギアを切るとかまだしも対処のしようはあるように思うところですが、もしこれが無人の何かが勝手に暴走してしまっていたとか言う話でしたらこれはもうSFの世界ですよね。
そしてそのSFっぽい事件が実際に起こってしまったというのがこちらのニュースです。

ロボット戦闘機が制御不能で暴れだしたら?(2009年9月30日ギズモード・ジャパン)

すでに前線で実戦配備中という米空軍のUAV(無人機)の最新鋭機「MQ-9 Reaper」なんですけど、このほどアフガニスタン上空で原因不明の制御不能状態に陥ってしまい、緊急発進した仲間の有人戦闘機によって打ち落とされねばならない悲劇を招いてしまいましたよ。

    「急いで撃墜せねばならない非常事態ではあったものの、幸い墜落した山中は人里離れた場所で、民間人や民間施設などの被害は一切なかったことを報告する」

そう慌てて公式声明が出されてはいるのですが、詳しい状況説明はなされることなく、真実は霧の中に包まれている感じなんだとか。こういうUAVには、かなりの安全装置なども備わっていて、たとえ制御不能になってしまっても、他に何ら危害を加えることなく基地まで戻ってくるような設定が組み込まれているはずなんですけど、どういうわけか機能せず、しかも最後の選択肢ともいうべき、自軍の戦闘機で大急ぎで撃墜して葬り去らねばならない事態って、一体どんな狂いぶりだったんでしょうね?

ちなみに、そんなに大きなニュースにはなってませんけど、実はこの1カ月ほどで、他のUAV「MQ-1 Predator」なんかも、敵軍に打ち落とされるわけでなく、次々と意味不明の墜落事故に世界各地で見舞われているなんて報告まであり、なにやら不気味な様相を呈してきております。もしやターミネーター?

いやまあ、いきなりターミネーターかどうかはともかくとして、こういう話を聞くと無人機というのは何かしら不気味なもののようにも思えてくるところですよね。
もっとも有人機であっても時々墜落したりするのも確かなんですが、日本などではせっかく自衛隊のパイロットが身体を張って民家に落ちないよう苦労したのに、取りあえずバッシングしておけば良いみたいな一部マスコミの風潮はいただけませんね。
どこの業界であれ現場で汗を流しているその道のプロフェッショナルにはそれなりの敬意が払われてしかるべきだと思います。

さて蛇足はともかくとして、最後のニュースがこちらなんですが、ちなみにこちらはいつものようにブリ発のニュース「ではありません」のでご注意ください。

★「便器に乗って走ろう!」ソウルの漢江公園に白い便器自転車登場!(2009年09月16日livedoorニュース)

白い便器の上に座って走る便器自転車が、ソウルの漢江公園に登場した。ソウル市は、74億8千万ウォン(約5億6千万円)をかけて漢江公園に自転車公園を建設し、15日のオープン当日には様々な自転車を体験した市民から好評を得たという。

この自転車公園の総面積は12万4千平方メートル、韓国では唯一の自転車競技場をはじめとし、自転車体験広場、子供自転車教育広場、レールバイクなどが備わっている。この中でも自転車競技場は、9千300平方メートルの広さで、幅6~8メートル、高さ2.5~4メートル、全長380メートルの起伏のある道路が造成され、躍動的な自転車走行を楽しむ事ができる。

また、自転車体験ができる広場では、便器自転車のほか、寝ながら乗る自転車、風力自転車、恋人用の向かい合って乗る自転車など、様々な自転車体験が可能で、現在も専門家と職員によって新たな自転車を構想中だという。

ソウルに行った際には便器自転車に乗って、漢江の風に吹かれてみてはいかがだろうか。

自転車公園:地下鉄5号線 チョンホ(千戸・Cheonho)駅 1番・2番出口
問い合わせ:+82-19-305-5067(日本語ガイダンス無)

ま、実物の写真が全てを物語っている記事ではあるのですが…ちゃんと問い合わせ先まで載っているところが何と言いますか…ですね。
一言いわせていただくとすれば、やはり便座の蓋は跳ね上げてから座るのが正式の作法と言うものではないのでしょうか?
しかしこれ、自転車の座席としてはいささか間合いが遠くて乗りにくいのではないかという気がするのですが、しかるべきに便器を乗せるとこんどは乗り降りに支障を来すのかも知れませんね。
自転車よりもバイクなどですと元々の座席が大きいですから、いっそ本体部分を便器型にしたバイクなりと開発していただいて、蓋を開けるとヘルメットが取り出せるようにしておけば好事家に売れる…でしょうか?

今日のぐり:「レストハウス オリアン」

岡山市内の中心部に位置する表町商店街の近く、以前は天満屋岡山本店の向かいの地下にあった老舗の洋食屋がこちら「オリアン」です。
今は近所の銀行ビルに移転していますが、やはり地下と言うところに何かしらこだわりがあるのでしょうか?
小ぶりながら比較的新しそうで清潔な店内なのですが、厨房を覗いてみますと一部道具は到底数年などという単位ではない年季が入っているようで、物持ちはよいお店なのでしょうかね。

ドライカレーを注文しましたが、ミニサラダ(小さいながらそこそこ本格的なこしらえです)に加えて昼の時間帯はスープ(カップではない、スープ皿でサーブされます)もつきますので、それなりにお得感がありますでしょうか。
ドライカレーと言いますと色々なスタイルがあるようですが、ここの店のそれは玉ねぎと一緒に炒めたご飯の上に挽肉ベースのカレーペースト(と言うのでしょうか?)が載っているというスタイルですね。
個人的にはカレー味の焼きめしというタイプのものよりこういうタイプの方が好きなのですが、世間的にはあまり人気がないのかこうしたスタイルのお店はそう多くはありませんよね。

味は全般的に昔通りの洋食屋という感じで目新しさよりも懐かしさのようなものを感じさせる昭和っぽい味なのですが、昔食べた時と違っているのが上にのっていた刻みゆで卵がなくなったことと(これは残念!)、熱い鉄皿ではなく普通のお皿に盛られるようになったことでしょうか。
残念ながらいかにも昭和の洋食屋っぽかった鉄皿と違って風情がない気もしますが、それ以前にあつあつに加熱された鉄皿で必然的に生み出されるお焦げ的な楽しみが失われたのは惜しいところですよね。
小さな鉄皿と大きな平皿で器の違いもあるのでしょうが、ご飯は結構大盛と言う感じになっていて、どうも見た目的にカレーとご飯とのバランスが少し崩れているのか?という気もするところですが、こういう時こそゆで卵でフラワー様の盛りつけをしていれば良かったように思うんですけれどもね。

フロア係の人は皆さん能力的には悪い人でもないんでしょうけれども(苦笑)、もう少し全般的に気持ちの若さと言いますか元気が欲しい気はしましたかね。
お昼時ということでほぼ満席なことに加え、フロア係の数なども見るとそれなりに経営的にはうまくいっているのでしょうが、これだけお客が入っている割には店内がかなり静まりかえっている感じなのが(いささか悪い意味で)印象的でした。
しかし料理の盛り具合や値段などを見ても決して気取った高級店ではない大衆洋食屋という感じですが、もう少し表からでも店の存在が分かりやすければお客ももっとたくさん来そうな来もするところですけれどもね。

ところで話は全く変わりますが、情報によるとこの店のカツカレーというのが何かしら名物的存在なんだそうで、ご飯800gに豚肉が200gと言いますから事実とすれば相当に相当なものなのではないでしょうか。
どなたか実食されたことがおありでしたらレポートいただければ幸いです。

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2009年10月10日 (土)

NHKの傲慢 しかしそれは単なる業界の常識?

先日さりげなくこんな記事が出ていましたが、どこかで見たような話だとお感じになりませんでしたでしょうか?

NHKディレクター、取材先から不発弾4発持ち帰る(2009年10月2日読売新聞)

 NHK旭川放送局(北海道旭川市)の男性ディレクターが先月、美瑛町の農家に残されていた不発弾4発を同局に持ち帰り、約2週間にわたって保管していたことが1日、わかった。4発のうちの1発には信管が残っており、自衛隊がすべて回収した。同局は「軽率な行為だったと言わざるを得ません。今後、このようなことがないように指導徹底します」としている。

 NHK札幌放送局によると、ディレクターは今年2月から、美瑛町の自然と農家の営みをリポートする番組を制作するため、地元の農家を取材。同町で旧日本陸軍が演習を行い、農家の一人が不発弾4発を納屋に保管していることを知り、「持ち帰って撮影したい」と申し出た。

 9月15日に放送局に不発弾を持ち帰ったが、撮影などはしないまま保管。その後、9月29日に道警に相談。その日のうちに自衛隊が調べ、1発に信管が残っていることが判明した。

 火薬類取締法では、爆発の危険性がある火薬類について、法令などで認められていない場合は所持してはならないと定めている。

またぞろどこぞの新聞社よろしく空港あたりで爆弾テロでも画策していたのかも知れませんけれども、こういう犯罪は既に軽率とか言う言葉で済ますような話ではないように思いますけれどもね。
他人に向かっては白も限りなく黒に近い灰色などと強弁し糾弾する方々が、身内の犯罪に対しては「軽率だった」で済ますということであれば、これは何を言ったところで「お前が言うな」と批判されて終わりというものでしょう。

どうもマスコミ関係者の驕りということは以前から言われているところですけれども、最近ではこのNHKが特にあちこちでトラブルを抱えているようで、そろそろ名声?が定着してきたとか来ていないとか。
NHKと言えば例の台湾偏向報道問題で当の出演者を含む万余の人々から訴えられたという事件が記憶に新しいところですが、その後も原告の数は増え続ける一方だということで、今に至るも一向に沈静化する様子がありません。
むろんそれだけ他民族の誇りを踏みにじった重大な国際的問題であったのも事実なのでしょうが、背後には何より当のNHKの傲慢さが隠れているようなのですね。

NHK番組訴訟で新たに提訴(2009年10月6日NHK)

戦前から戦中の日本による台湾統治を取り上げたNHKの番組について、大学教授などが「事実に反する」などと主張してNHKに賠償を求めている裁判で、台湾の人たちを含む1900人余りが新たに訴えを起こしました。

ことし4月に放送したNHKスペシャル、「シリーズ・JAPANデビュー第1回アジアの“一等国”」をめぐっては、ことし6月、大学教授など8300人余りが、事実に反しているうえ、日本が台湾の人たちに対し弾圧だけをしたかのように伝えているなどと主張して、NHKに対し、原告1人当たり1万円の損害賠償を求める訴えを東京地方裁判所に起こしました。
この番組をめぐり、6日、新たに1900人余りがNHKに、あわせて2600万円余りの賠償を求める訴えを起こしました。
訴えによりますと、原告の中には、番組でインタビューに応じた台湾の女性も含まれているということです。
台湾から来日した男女4人が6日、記者会見し、「NHKがなぜ民族の名誉を汚し、子孫の感情を傷つけたのか理解できません」などと訴えました。
訴えについてNHKは「訴状が届いていないので申し上げることはありません」としています。

この問題が何故こうまで尾を引いているかと言う一因として、当事者であるNHKの対応が非常にまずかったからであるとはよく言われることですが、特に抗議が殺到した時点で「当の台湾からは何も抗議は来ておりませんが何か?」などと余計なことを言ったばかりに現地の方々が激怒したなどと言われるところです。
さらに輪をかけて徹頭徹尾「うちは正しい。文句を言う方がおかしい」で押し通したものですから、それは火に油を注ぐことになるのも仕方がないだろうと思うのですが、あるいはこれも番組宣伝の一環としてわざと大騒ぎにでもしようとしているということなのか?とも思えるほどに「一番まずいやり方」のテンプレート通りの対応という感じですよね。

「客観的判断」とNHK 怒り収まらぬ台湾の人々(2009年10月6日産経新聞)

 NHKスペシャル「シリーズ・JAPANデビュー アジアの“一等国”」の番組内容に偏向・歪曲(わいきょく)があったと批判が相次いでいる問題は、国内だけでなく台湾人社会でも批判が広がっている。彼らは何に怒り、なぜ怒りが収まらないのか。

 番組への批判は台湾要人からも相次いでいる。

 「制作者に問題がある。NHK全体の問題か、制作者本人の曲がった考えに根ざすのか。いずれにしても彼らの手にかかると曲解された形で放送されてしまう。報道に携わる人間のあるべき態度ではない

 訪日した台湾の李登輝元総統は離日直前の9月9日、記者会見で番組をこう批判した。

 駐日大使館にあたる台北駐日経済文化代表処の元代表、許世楷(きょ・せいかい)氏もTV局「チャンネル桜」のインタビューで「営々と築きあげた両国の関係を壊す番組。台湾統治に限らず、歴史事象には一様に明暗があり、取り上げ方が重要。この番組はネガティブな要素ばかりをクローズアップしている」と指摘。「番組制作者が一体どこまで作為的だったのか。とても気になった」と憂慮する。

 「出演者の発言は普段の言動と全く違う発言だった」。こんな違和感も台湾人から多く聞かれる。

 さらに台湾人の怒りを増幅させているのがNHK側の対応だ。

 《パイワン族の人たち自身が当時どう受け止め、感じたかということは、「人間動物園」の事実を左右するものではありません。こうしたことは台湾の方々にとっても心地よいことでないことはもちろんですが、番組は当時の状況の中でおきた事実としてあくまでも客観的に伝えたものです》(NHKのHPより)

 NHKは、1910(明治43)年の日英博覧会のパイワン族の写真に、「人間動物園」の文字をかぶせ、ナレーションで《イギリスやフランスは博覧会などで植民地の人々を盛んに見せ物にしていました。人を展示する「人間動物園」と呼ばれました》と放送した。

 英仏の動物園では植民地の人間を見せ物にすることがあり平成になって仏人学者が「人間動物園」と称した。NHKはこの学説などを根拠に、パイワン族の展示も「人間動物園」にあたるとした。しかし、自分たちを世界に知らしめた栄誉な機会と今でも考え、美しい記憶として伝えてきた台湾南部の高士村の多くの人は収まらない。パイワン族からは「NHKに聞きたい。日本政府が当時、『人間動物園』などという言い方をしていたのか。あの展示が『人間動物園』と呼ばれること自体、パイワン族の尊厳を傷つける番組で、私たちには理解できない」と怒る。

 日本李登輝友の会の柚原正敬事務局長は「NHKは学者に依拠して客観的というが、それが紛れもない客観的事実だと判断したのは他ならぬNHKなのです」と指摘。「パイワン族が当時、どう思ったかは事実認定を左右するものではない、というのも民族差別的な意識をNHKに感じ、人権侵害と感じている」と現地の思いを代弁する。

客観的と言いますが、そもそも当事者の直接の子孫が否定し学説として一般的ですらない一部学者の説などというものを敢えて取り上げ、これは学者先生が言っている客観的事実だから無問題と主張するのは常識的に考えても悪しき権威主義の発露というものですし、何よりそうまでして紹介したいほどの興味ある学説なのかと言うことが何より疑問ですよね。
そして何よりも当事者の台湾人の感情など問題ではない、彼らがいくら傷ついたとしてもそんなことは知ったことではないという態度をこうまで貫徹するというのであれば、それ相応の批判は覚悟しておかなければならないのは当然でしょう。
ところがよくよく話を聞いてみれば、単なる珍説開陳や他民族への侮辱などというレベルにとどまらないトンデモな言論弾圧が事態の背後で行われていたということですから、これはNHK自らが平素からどんなよこしまな事をやっているかを公言しているようなものではないでしょうか。

「偏向報道」抗議者に「不問」求める 訪台のNHK番組関係者(2009年10月6日産経新聞)

 NHKスペシャル「シリーズ・JAPANデビュー アジアの“一等国”」(4月5日放送)の番組内容に偏向・歪曲(わいきょく)があったと批判が相次いでいる問題で、番組制作の中心となった番組プロデューサーらが、出演した台湾人らを現地に訪ね、抗議を取り下げるよう持ちかけたり、不問に付す文書にサインするよう求めていたことが5日、分かった。NHKはこの時点で、ホームページ(HP)上などで、番組制作や内容には問題はなく、「台湾人出演者からの抗議などはない」と視聴者向けに説明しており、こうした姿勢が台湾人らの不信感に拍車を掛けている面もあるようだ。

 訪台したのは番組のチーフプロデューサーとディレクター。

 関係者によれば、プロデューサーらは、東京地裁に国内の視聴者が集団訴訟を提起する直前の6月22日ごろ、番組に出演した台北一中の卒業生らに接触した。自宅などを訪ね、番組制作の趣旨などを説明し理解を求めたという。

 抗議と訂正を求める文書をNHKに送付した台湾人の中には、プロデューサーらから文書を見せられ、それにサインするよう求められた人もいた。

 文書は「NHKに対し『抗議と訂正を求める要望書』に署名・捺印(なついん)しましたが、これは私の意見です」などとしてあり、「事実関係や用語に関しては、NHKの説明を聞き、納得しました」「私はNHKに対して抗議する気持ちはありません」と書かれたうえで日付と署名する欄が用意されていた

 番組で使用された言葉のうち、(1)台湾統治下の暴動・鎮圧を『日台戦争』と表現(2)日英博覧会での民族紹介を『人間動物園』と表現し見せ物にしたとコメント(3)台湾語の使用を制限したのを中国語を禁止したと表現(4)台湾人を漢民族と表現-などの点が疑問視され、日本の台湾統治をおとしめる作為的な番組だったとする批判が起きていた。

 NHKが接触した台湾人のなかには、NHKに訂正や善処を求めた者もいたが、NHK側は「勘弁してほしい」などと答えたという。

 NHKの説明をつかみどころがない弁解ととらえ、「台湾人の立場を無視している」「誠意がない回答」と不信感を募らせ、サインしなかった人もいたが、なかには情にほだされサインした人もいたという。

 NHK広報局は「台湾の方々からの抗議や疑問には誠意をもって説明、回答し、理解いただくように努めてきた。出演者にお会いし、納得いただいた場合もある。問題を不問に付すような要求や要請を行ったことはない」としている。

 ■Nスペ・JAPANデビューへの抗議 NHKには番組出演者だけでなく、親日的な台湾の民間団体やパイワン族などがそれぞれ抗議し、番組の訂正や謝罪などを求めている。NHKは6月の時点では「台湾人出演者からの抗議はない」とHP上で説明したが、7月に抗議があったと明らかにした。NHKへの訴訟では8000人超の国内視聴者らが損害賠償訴訟を提起。原告は今後も増え、1万人超となる見通し。

いや「問題を不問に付すような要求や要請を行ったことはない」って、それではNHKの認識ではどういう要求や要請を行ったつもりであったのか、是非ともうかがいたいところですよね。
「台湾から抗議などない」という一方で、こうやって抗議の芽を自ら潰してまわっていたということですから、これはもうNHKの熱心さに頭が下がるというべきか、あまりの馬鹿馬鹿しさにあきれかえるべきか難しいところです。

それでもこの事例などはあまりに事態が大きくなりすぎたことを何とか沈静化しようとした行為だと無理に好意的解釈ができないこともない話なのですが、実は同じような例が相次いで他にも出てくるところがNHKというものの体質を雄弁に物語っているのでしょうね。
ちょうど先日二審で逆転無罪判決が出て大きく報道されたいわゆるWinny事件ですが、この舞台裏で天下のNHKによるこうまでトンデモない行為が行われていたなどとにわかには信じられないという方も多いのではないでしょうか。

NHK記者が公判中のウィニー開発者に手紙「無罪主張なら減刑ない」(2009年10月9日産経新聞)

 ファイル共有ソフト「winny(ウィニー)」の開発をめぐる著作権法違反幇助(ほうじょ)罪に問われ、2審の大阪高裁で8日、無罪判決を受けた金子勇・元東大大学院助手(39)に対し、NHK京都放送局の司法担当だった20代の男性記者(現在は他部署に転出)が平成17年、1審・京都地裁での公判中にインタビューを申し込む際、「インタビューに出て本音をさらせば執行猶予がつくのは間違いない」などとする内容の手紙を送っていたことが同日、わかった。

 金子元助手の弁護人の壇俊光弁護士は「露骨な弁護妨害」と批判。NHKは事実関係を認め「取材活動として不適切だった」としている。

 壇弁護士によると、手紙は平成17年の京都地裁第8回目公判の後、金子元助手の自宅に届いた。将来の著作権のあり方についてNHKのインタビューに応じてほしいという取材依頼だったが、その中で「動機を正直に話せば、世間の納得は得られるはず。仮に有罪判決になってもインタビューに出て世間に本音をさらしたことで執行猶予がつくのは間違いありません」「逆に無罪を主張し続ける限り、減刑の余地はなく、実刑になる可能性も否定できません」などと記していた。

 壇弁護士は「この手紙で金子氏と私の信頼関係が揺らぐことはなかったが、同じことがほかの事件で起こったらどうなるか。被告は動揺すると思うし、こうした取材手法は一般的にはやめるべきだ」と批判。

 これに対し、NHK広報局は、記者がこうした手紙を送った事実を認め、「著作権などの問題について金子氏に直接取材するためだったが、弁護活動などに触れた部分は取材活動として不適切だった。弁護団にはNHKとしてすでにおわびした」としている。

NHK記者がWinny開発者に出した手紙問題「NHK広報局から正式コメント」(2009年10月9日ガジェット通信)

先日、NHK京都放送局の記者がWinny開発者・金子氏に「このままだと有罪になるからNHKのインタビューを受けてほしい。そうすれば無罪になることができる」という内容の手紙を送っていた件をお伝えした。当時、金子氏は著作権法違反に問われており、裁判を有利に進めるためにも “我がNHK” のインタビューを受けたほうが良いとアピールしていた件だ。

この記者が金子氏に送った手紙は長文のためここでは割愛するが、詳細を知りたい場合は『NHK記者が暴走か! Winny金子氏にデスノート的手紙を送る』というガジェット通信( http://getnews.jp )の記事を読むといいだろう。そのような手紙がNHKから届いたことを金子氏の弁護士が自身のブログで暴露し、インターネットニュースサイトをメインとして多くのマスコミや世間に広まったのだ。

そこでガジェット通信はNHK京都放送局に対して独自取材をし、NHK広報局から正式なコメントをいただくことができた。すでに『J-CAST ニュース』が報道している部分も一部あるが、このコメントはガジェット通信の質問に対する返答として公式に出された部分もあり、今回はじめて公になる部分もある。どうかお読みいただきたい。

<平成20年10月8日 NHK広報局>
金子氏の一審裁判中に、当時の京都放送局の記者が金子氏に対し、弁護士のブログで紹介されている内容の手紙を送ったことは事実です。記者が手紙を書いた意図は、著作権などの問題について金子氏に直接取材するためでしたが、弁護活動などに触れた部分は取材活動として不適切でした。弁護団には NHKとして既にお詫びし、金子氏ご本人にもお伝えいただくようお願いしました。手紙を送ったのは当時、京都放送局勤務の20代の男性記者で、その後、転勤していますが、名前や現在の所属などは差し控えさせていただきます。事実関係を詳細に確認したうえで、不適切な取材活動については本人に注意したいと考えています。以上

NHKが謝罪をし、不適切と認め、金子氏にもお詫びの言葉を出しているというのであれば、この件についてこれ以上追求することはあるまい。ただし、 NHKが今後するべきことがひとつある。NHKの記者に対する教育はもちろんだが、それ以上にNHK自体の “体質” を変える必要があるのではないだろうか。NHKの置かれている立場も流れの向きも変わりつつある。今のNHKの立場を考えれば、手紙を送った記者のように “上から目線であたかも神になったかのような発言” は出ないはずなのだから。

ま、天下のNHKに「司法制度ってどういうものだと思ってるの?」なんて初歩的な質問を投げかけたところでまともな答えが返ってくるとも思えませんが、一言で言って「あんた達、何様のつもり?」と言いたくなるような話です。
単純に考えても弱みを抱えた人間の心につけ込む脅迫ですし、今までにもNHKがこうして裁判の行方を恣意的に操作するような介入を行ってきたのだとすれば、これは法治国家の根幹を揺るがしかねない行為ではないでしょうか。

こうまで相次いで実態が暴露されてきますと、NHK内部ではこの種の行為に対して何ら問題とも感じることなく今までやってきたのだろうなとも思われるところですが、これほどの事件を他のメディアがほとんど取り上げていないことも非常に興味深いですよね。
彼ら多くのマスメディアにとってもこの程度のことであれば「え?なにか問題でもあるの?」という認識であるのだとすれば、いったいこの国はどうなってしまっているのかと戦慄を感じざるを得ないところです。

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2009年10月 9日 (金)

急転回する医療行政 しかし大丈夫なのか…?

すでにあちこちで報道されていることですが、民主党新政権発足に伴い前政権下で決まった補正予算の類があちこちで見直されています。
それ自体は政権公約として以前から言われていたことでしたので当然ではあるのですが、問題は予算という既得権を絶対に手放したがらない役所を相手にどこを削るのかということですよね。
本来的には費用対効果が乏しいであるとか、昨今の状況下では不要不急の事業であるとかいったところから削っていくのが筋なのでしょうが、どうも見ていますと単に削りやすい(あるいは、背後の利権関係が少ない?)ところから削っているのではないかという気がしないでもありません。

地域医療基金の見直しを検討(2009年10月8日NHK)

厚生労働省は、政府の行政刷新会議から今年度の補正予算をさらに見直すよう指示されたのを受けて、地域の医療機関で医師を確保するためなどに設けた基金の一部を執行停止にすることを検討することになりました。

今年度の補正予算をめぐって、政府の行政刷新会議は7日、執行を停止する予算の総額をさらに上積みするため、各省庁に対し、あらためて検討し、9日までに回答するよう指示しました。これを受けて厚生労働省は、地域の医療機関で医師を確保したり、新生児の集中治療室などの医療設備を整備したりするために設けた「地域医療再生基金」は、ほかの政策に比べて緊急を要するものではないとして、一部を執行停止にすることを検討することになりました。ただ、省内には、地域の医療態勢の維持に悪影響が出かねないとして、来年度必要な予算を確保できるめどがつかない現状では執行を停止すべきではないという意見もあり、さらに調整を進めることにしています。

未承認薬・未承認適応の開発支援が急ブレーキ(2009年10月7日CBニュース)

 今年度補正予算・基金の執行停止を受け、厚生労働省の未承認薬・未承認適応問題の解消に向けた対策は、大幅な見直しを迫られることになった。厚労省は今年度補正予算で、開発費を援助する「未承認薬等開発支援事業」として753億円を獲得していたが、政治主導による見直しで100億円まで削り込まれた。

 同事業は、がんや小児用など海外で承認されているものの、国内で開発が進んでいない未承認薬、未承認適応の治験実施費用を助成することなどが目的。日本製薬工業協会(製薬協)の未承認薬等開発支援センターが管理する「未承認薬・新型インフルエンザ等対策基金」2074億円のうち、753億円を占めていた。

 既に10月1日の厚労省の「未承認薬使用問題検討会議」では、12品目の開発に753億円の一部を充当することを決定。さらに未承認適応問題の解消に向けては、厚労省が6月から8月にかけて学会や患者団体などから要望を募り、集まった約370件について関係企業に開発の意志などを確認している最中だった。

 今回の大幅減額により、未承認適応の開発支援は厳しくなり、厚労省医政局研究開発振興課の佐藤岳幸・治験推進室長は10月7日に東京都内で開かれた製薬協主催のセミナーで「未承認適応に関する要望を整理して現状を正しく理解することは決して無駄な作業ではなく、行政として何ができるか考える材料に活用したい。この問題の解消に向けた取り組みは今回で終わりというわけではない」と述べた。

適応外使用薬の開発支援653億円が執行停止‐補正予算見直しで(2009年10月7日薬事日報)

 長妻昭厚生労働相は6日、2009年度第一次補正予算の厚生労働省分の執行停止・返納見込み額を公表した。新薬開発支援事業に係る基金事業753億円については、未承認薬の開発支援100億円は確保したものの、適応外使用薬の開発支援分653億円は執行停止となった。

 厚労省分の執行停止総額は4359億円で、内訳は▽緊急人材育成・就職支援基金3534億円▽未承認薬・新型インフルエンザ等対策基金679億円▽独立行政法人・国立大学法人及び官庁の施設整備費6億円▽その他141億円――となっている。

 未承認薬・新型インフルエンザ等対策基金については、適応外使用薬の開発支援分のほか、医薬品医療機器総合機構の審査員増員など、医薬品等の審査迅速化に充てる42億円のうち25億円が執行停止となる。

医療機関や薬局に対するレセプトオンライン化支援事業は盛り込まれなかった。ただ、鳩山由起夫首相は各大臣に対し”さらなる組み替え再配分”を求めており、閣議決定までには新たな”切り込み”が行われる可能性がある。

まあ削った予算額を上積みしていくことが目的化している、なんてこともないんだろうとは思いますが、何をもって「ほかの政策に比べて緊急を要するものではない」とするかはまた異論のあるところでしょうね。
地域医療再生基金に関しては既に先頃足立政務官より、地域を限定して補助するのではなく診療報酬か税金を投入して全体のベースアップを図るべきというコメントが出ていたわけですから、ある程度予定されていたところかなと思いますが、このところ患者団体からもっと早く!とせっつかれている未承認薬使用に関わる費用を削ってしまうとは思い切りましたね。
さらに気になるのはこれらを削った一方で、全く急ぎでも何でもないとしか思えない上に以前から医療現場の反対論が根強く裁判沙汰にまでなっているレセプトオンライン化は残ったようなのですが、これはいったいどういう方針のもとに決められた話なのでしょうか?

さて、ここで急に話は変わりますが、このところ民主党新政権下で医療行政からの医師会外しということが盛んに画策されているということは以前にもお伝えしました通りです。
一部報道によれば既に長妻大臣は中医協から医師会出身の委員を外すということを決めたとも言いますが、要するに民主党政権としては医師会との関係修復よりも完全な縁切りを選択したということなのだと思いますね。

そこで考えてみるべきことなのですが、例えば前述の予算温存が言われているレセプトオンライン化関連の事業については、日本医師会が義務化に反対の声明を出していることが知られています。
一方で予算削減が決まった地域医療再生基金に関しては地域医療にとっては非常に大きな額のお金が動く話であって、それに関連して例えばこのような報道が出ているわけなのですね。

地域医療再生基金 県と県医師会が現場の要望を"封殺" 千葉(2009年9月18日ロハス・メディカル)

 今年度補正予算に総額3100億円が計上され箇所付け待ちになっている地域医療再生基金に関して、千葉県医師会が125億円の獲得を目指すことを理由に、「敢えて各二次医療圏に要望ならびに計画を出していただくことは控える」との文書を、総選挙投票2日前の先月28日に会員に送っていたことが分かった。「インチキだ」との強い批判が現場から出ている。(川口恭)

千葉県医師会がファクスで送った文書はこちら

 医療再生計画を策定する際には「管内のすべての二次医療圏における中核的な医療機関の意見を聴いた上で地域医療再生計画において対象とする地域を選定」するよう、厚生労働省から通知が出ていた。これを意図的にサボタージュしたもので、千葉県も県医師会の確信的共犯だったと言える。しかも県医師会がファクスで送った文章中では2度に渡って直後に行われる総選挙に言及しており、もし旧与党が政権を守った場合には、旧与党候補が議席を取った所に箇所付けすると暗に匂わせたものでないかと見る向きもある。

 計画提出の〆切は10月16日とまだ先のことだが、現段階まで現場からの意見聴取をしておらず、しかもそれを堂々とカミングアウトしてしまった千葉県に100億円が箇所付けされる可能性の限りなく低いことだけは間違いない。ただし、地域医療再生基金そのものが民主党政権で執行停止される可能性もまだ残っている。

千葉県医師会のやっていることがどうかという話はさておき、このように見ていきますと「医師会が反対しているからやってやろう」「医師会が関わっているから中止しよう」と、ある意味非常に分かりやすい構図になっているようにも思えてくるのは自分だけでしょうか?
まあ予算に関してそこまで子供じみた意趣返しをしているかどうかはともかくとしても、この政権と医師会との決別路線がかなり確定的となっていることを象徴するような出来事が、思いがけない方向から出てきていたりするのですね。

接種開始、ずれ込む見通し=医師会への協力依頼遅れる-厚労省がミス・新型インフル(2009年10月8日時事通信)

 厚生労働省が19日から開始を予定する新型インフルエンザ用ワクチンの接種が、一部の都道府県でずれ込む見通しの高いことが8日、分かった。同省による日本医師会への協力依頼が遅れたのが原因で、自治体側は対応に苦慮している。
 同省は都道府県の担当者を集めた2日の会議で、接種に向けたスケジュールを公表。9日にワクチンを初出荷し、19日の週から医療従事者への接種を始めるとした。これに先立ち、7日までに接種を行う医療機関を選定するよう求めた。
 医療機関の選定は、地域単位の医師会を通じて行う計画だが、国の要請が医師会側に伝わっていなかったことが判明。自治体の指摘を受け、同省は6日夜になって文書で協力依頼を行った。
 同省は初出荷のワクチン納入を希望する場合、接種の10日前までに都道府県へ登録するよう医療機関に求めている。
 しかし、依頼が遅れた医師会に配慮し、選定期限を週明けに延ばした自治体もあり、都市部を中心に接種の開始を遅らせる動きも出ている。 

旧政権であったならばこういうことは良い悪いは別としてまず医師会を通しておくのが普通でしたから、こういう齟齬はまず起こり得なかったことではないかと思いますが、これは新政権の医師会決別路線が思わぬ落とし穴にはまったということなのでしょうか?
まさか「医師会などに連絡などしてやるものか」とわざとやった、なんてこともないのでしょうけれども、少なくとも大臣以下の医師会に対する感情温度の低下が役人の事務的な手続きを行う上にも何かしら影響を及ぼしていただろうとは想像に難くないですし、こういう状況では例え非公式に話が漏れ聞こえていたとしても医師会としても意固地に動かない可能性が高そうです。
民主党政権も医師会外しを完遂するつもりであれば彼らに頼らず国と現場を結ぶシステムを組み上げていかなければならないのは当然ですが、外野から見ていても全く組織がまわっていなさそうな現状で、もともと実務的運用面に疎いとも言われる彼ら民主党政権担当者がそこに気がつくのかどうか、そしてそれと助言してやる親切な?官僚がいるのかどうかですよね。

まあしかし、切り捨てられて立ち去る者もあれば新たに権力に擦り寄る者もいるということでしょうか、最後にこちら思わず笑ってしまった記事を紹介しておきましょう。
それにしても、こういう病院の不利益となることをもっと厳しくやれと国に説いてまわるような御仁が当の病院の権益を代表する団体のトップだと言うのですから、つくづく「医療の常識は世間の非常識」とは良く言ったものなんだろうなとは思いますね(苦笑)。

診療報酬の"裏技"を告発する病院団体(2009年10月8日ロハス・メディカル)

 「ちょっと複雑で、我々自身も知らなかったポイント」─。診療報酬が高くなるように請求する"裏技"を病院団体が告発して、厚生労働省が調査に乗り出すという奇妙なことが起きている。医療現場の改善につながるような政策を提言すべき病院団体がまるで警察犬のように嗅ぎ回り、厚労省の取り締まりに手を貸している。(新井裕充)

 問題となったのは、ケアミックス病院の再転棟。10月5日に開かれた中医協のDPC評価分科会で、小山信彌分科会長代理が「ケアミックスの病院は、何が問題なのか。何が一番、こういうようなこと(再転棟)をさせているか」と前置きした上で次のように告発した。
 「慢性療養病床に入っている患者さんが一般病棟に戻る場合に、戻った日から換算して3日間遡って出来高になる。これをあまり利用されてしまうと、本来の DPCが駄目になっちゃうので、提案ですけれども、もし、出来高にするんじゃなくて、DPC病棟に転棟するなら、3日間の算定を出来高ではなくてDPC算定にするということが必要。これがいろいろな所に知れ渡ってしまうと、全部そうなっちゃうので、DPCそのものの根幹が揺らいでしまう」

 この発言に、他の委員らは驚いたような表情でざわつき、厚労省の担当者らも慌てた様子で分厚いバインダーをめくった
 厚労省保険局医療課の長谷川学課長補佐は「(転棟)3日前までの入院に関してはまだ確認できていないが、一応、3日前までの間は、『入院基本料 E』(750点)という療養病床の(包括)点数ですが、『一番低い点数を算定することができる』という記載になっておりまして、ちょっと確認させていただければと思っております」と答え、その場をしのいだ。

 会議中、医療課の職員が資料を調べていたようだったが、結局その場では解決できず、長谷川補佐が「次回までに、ある程度調べさせていただければと思います」と正式な回答を保留。「回復期リハビリテーション、療養型病床、認知症などへの転棟に関して、支払上、何らかの問題がないか、ちょっと確認して、後日ご報告いたします」とした。西岡清分科会長も、「ちょっと複雑で、たぶん我々自身も知らなかったポイントだと思う」と述べた。

 厚労省が知らなかった"裏技"ともいえる請求方法を暴露して厚労省に調査させる─。小山分科会長代理は東邦大医療センター大森病院の心臓血管外科部長で、今年3月、日本病院会など11の病院団体が加盟する日本病院団体協議会のトップ(議長)に就任。9月からは、同分科会で「分科会長代理」を務めている。

 より高い診療報酬を得るために包括払いと出来高払いを使い分けることに対しては賛否両論がある。診療報酬で正当に評価されていない"奉仕活動"が数多くあると言われる中、一部の点数を高く取ったことをことさら取り上げて目くじらを立てることを疑問視する声もある
 診療報酬は極めて複雑であるためグレーゾーンも多く存在する。その隙間を狙う請求方法をめぐって、医療機関と厚労省との間でイタチごっこを繰り返す。
 厚労省が請求上の問題点を指摘するなら、役所という立場ゆえ理解もできる。しかし、病院団体の関係者が"仲間を売る"ような告発をして厚労省に知恵を付けているため、病院団体のような「中間団体」の存在が医療界の自律やスキルミックスを妨げているとの指摘もある。
(以下略)

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2009年10月 8日 (木)

医療事故と医療過誤、違いがわかりますか?

なんて基本問題はともかくとして、最近またこの方面の話題が増えてきている気がします。
さすがにいきなり根拠もなく「また医療ミスか!」なんて大騒ぎするマスコミ関係者は減ってきているようにも思われるところですが(しかしゼロではないですよね…)、表題の件をきっちり意識して区別しているのかと言えば決してそうでもないようなんですね。
そんな中でこのたび産科無過失補償の最初の認定例が出ましたので、未だ速報レベルですが第一報をお知らせしておきましょう。

子に重い脳性まひ、お産事故5件を補償認定(2009年10月7日朝日新聞)

 お産で重い脳性まひになった子どもの介護費などの負担を軽減するため、今年1月に始まった産科医療補償制度で、9月末までに計5件が補償対象として認定されたことがわかった。制度を運営する「日本医療機能評価機構」は今後、原因を分析した上で、最終結果を保護者と医療機関に報告。再発防止委員会での審議後に公表する。

 お産に関連して起きる脳性まひに絞った公的な医療補償制度は世界に例がなく、当事者となる患者、家族の救済だけでなく、産科での医療紛争を減らす目的がある。

 同機構などによれば、8月下旬以後、全国の分娩(ぶんべん)施設を通して5件の申請があった。いずれも今年1月以後に生まれたゼロ歳児。

 9月下旬に初の審査委員会が開かれ、いずれの事例も出生児の体重や障害の程度などが補償対象の条件を満たすと認定された。認定を受け、保護者には子どもの看護、介護費用として、一時金600万円と年120万円(最長20年間)が支払われる。

 この制度は09年以降、原則として33週以上、体重が2千グラム以上で生まれた子のうち、身体障害者1、2級相当の障害がある子どもが対象。年間の申請数は500~800人と試算されている。(権敬淑)

「産科無過失補償制度」初の認定 出産事故、5件一括(2009年10月7日47ニュース)

 今年1月に始まった、出産事故で赤ちゃんが重度の脳性まひになった場合、医師や助産師らに過失がなくても患者側が補償金を受けられる「産科無過失補償制度」の初の認定事例として、計5件が一括で認められたことが7日、分かった。

 厚生労働省の所管で制度を運営する財団法人「日本医療機能評価機構」(東京)によると、認定されたのは、いずれも生後6カ月以上の男女の乳児。出産を扱った医療機関と乳児の家族から補償申請を受け、機構の審査委員会が9月に認めた。

 これらの事例は今後、機構の原因分析委員会が調査、検証する。乳児の家族からも分娩経過や病状について意見書の提出を求め、事故原因などについての報告書を作成する。

 制度は、医療行為に関連する無過失補償として国内で初めて創設された。原則で出生体重2千グラム以上、妊娠33週以上の新生児が身体障害者等級1~2級相当の重度脳性まひを発症した場合に補償対象となる。遺伝子異常など先天性要因による脳性まひは対象外。(略)

産科無過失補償制度に関しては今までにも何度も取り上げてきたところですが、実際に運用が始まって国民の間にも周知されていった段階で真っ先にトラブルになりそうなのが補償の対象が極めて限定的であるということなんじゃないかと思います。
上記の記事中にもありますように年間の申請数は500人~800人と見込まれているということですが、単純計算で脳性麻痺の患児が産まれるのが年間3000人前後と考えられますから、ざっとそのうちの2割ほどしか救済されないということですよね。

どういう理由で産まれてこようが非常に大変であるということには変わりのないこういう疾患において、こうまで恣意的に対象を限定してしまうからには、当然現場で「補償されると聞いていたのにうちの子は駄目だってどういうこと?!」なんてトラブルが毎年千の単位で起こることが容易に予想されるわけです。
もちろん国はそのあたりをも見越して決めた話だろうと思いますが、崩壊進む医療現場の中でも一番疲弊している産科にこういうトラブルの芽をわざわざもたらすようネタを仕込んでおく、それは制度設計としてどうよという話ですよね。

一方で医療事故と関連して最近一般紙でも取り上げられたニュースがこちらですが、これも国民の高い期待に反して?制度的な欠陥なしとはしないという話です。

【医薬品医療機器総合機構】健康被害救済制度‐医師、看護師など低い確実認知度

 医薬品医療機器総合機構は9月30日、健康被害救済制度に関する認知度調査の結果を公表した。それにより、名前を聞いたことがある程度まで含めると、同制度の認知率は、医療従事者で80・0%、一般国民で39・1%だったが、内容を含めた「確実認知」は医療従事者でも37・2%、一般国民では5・3%にとどまることが分かった。

 総合機構は、広報戦略の一環として、OTC薬の外箱表示等を通じて医薬品副作用被害救済制度や生物由来製品感染等被害救済制度の認知向上を図っている。

 今回、インターネット調査で認知状況を調べたところ、医療関係者における制度の認知率は、薬剤師が96・7%、医師85・4%、看護師61・0%、歯科医師71・4%だった。ただ、確実認知については、薬剤師が68・9%と比較的高いものの、医師35・8%、看護師11・9%、歯科医師22・6%といずれも低水準で、特に看護師の認知不足が際立った。

 また、制度の認知内容としては、副作用の被害者を迅速に救済する目的の公的制度であることや、適正に使用して発生した健康被害に救済給付を行うことについては、約8割の認知が得られたが、全ての医薬品が救済対象とならないことは約4割、請求期限があることは約2割の認知にとどまった

 さらに、健康被害制度を勧めたいか尋ねたところ、「勧めたい」48・7%、「どちらともいえない」50・4%だったが、「勧めたくない」とする回答が0・9%あり、診断書などの必要書類が複雑・面倒であることや、時間がかかることが主な理由だった。

 一方、一般国民については、名前を聞いたことがある程度まで含めると、東北地方の認知率が41・2%で、他エリアに比べて若干高いが、確実認知に地域差はみられなかった。また、制度の関心度を尋ねたところ、83%が関心があると答えており、利用したいとする回答も84・4%に上った

健康被害救済制度の趣旨につきましては医薬品医療機器総合機構のHPをご参照いただきたいと思いますが、例えば医療費給付の対象となるのが「入院治療を必要とする程度のもの」に制限されていたり、抗癌剤や免疫抑制剤など何かと重症化しやすい薬剤が対象外であったりとやや使い勝手の悪い面もありますが、せっかくの制度を使わないのはもったいないですよね。
以前にとある芸人が妻に浮気がばれた時にどうするかと問われて「相手と向かい合う立場にしない。”そうだね。どうするか一緒に考えよう”と同じ側に立つ」と答えていたことがありましたが、以前にも紹介しましたスウェーデンの事例などにも見られるように、こういう態度というものは紛争回避において非常に本質的な部分をついているような気がします。
特に過誤のない場合に事態をこじらせないためには、時に積極的に患者側に立って同じ目的を目指す同志的立場であることを示すことが非常に重要であって、そのためにも臨床家は医療分野のみならず社会的に用意された各種制度を把握しておかなければならないと思いますね。

このあたりの「対立から共立へ」という試みは実のところ医療と患者という立場のみならず、近年しばしば対立的文脈で語られる医療と司法との関係においても重要なところで、時に感情的反発からか司法に対して有効でない反論のみを繰り返し結局裁判にも負け、患者とも感情的しこりも残ったままという事例が今も多々見られるように思います。
医療の場において患者の素人考えなるものが時に全く的外れで無益などころか有害ですらあることをしばしば経験している医者であれば、司法の場において医者の素人考えが同様に有害無益であることを推定してもよさそうに思うのですが、どうも医者というのは妙に自意識が強いということなのか、裁判に限らず他の専門家をうまく使うのが苦手な人が多いのかなという気がします。
最近では医療と司法の相互理解ということも各地で試みられているようで非常に良い傾向だと思いますが、「餅は餅屋」という言葉もあるように専門家はやはり一日の長があるわけですから、医者も「検体運びから薬の受け取りまで」と何でも自分で抱え込まずに、他の専門家をうまく使って自分の仕事を減らすことを覚えていかなければならないのでしょうね。

一昔前の戦争の時代には、日本の生産現場ではまだフォーディズム的な概念も存在しておらず、確かに少量生産の職人仕事では非常に高い精度を示した反面、彼ら熟練工が戦争に取られた途端に組織的生産能力が完全に崩壊してしまいました。
崩壊が進んでいると言われる医療現場も未だに医者が何でもやっているという意味では似たような傾向があって、人手不足の時期こそ医者は医者にしか出来ない仕事に専念し、看護師は看護師にしか出来ない仕事を、技師は技師にしか出来ない仕事をと効率的な職務分担をやっていく、それが単なるグループ担当医制などではないチーム医療というものだと思います。
うまく他人を使うことで心身のゆとりが生まれてくれば専門職にあり得ないような単純なミスも減る、そして他人を信頼し任せることで組織内での人間関係も改善しお互い間違いを指摘し合う良い協調が生まれてくる、組織を円滑に動かすことで防げる医療事故というものもかなりあるでしょうし、今の時代の組織の管理者はそうした体勢を構築する義務があると思いますね。

チーム医療の推進で議論―厚労省検討会(2009年10月5日CBニュース)

 厚生労働省は10月5日、「チーム医療の推進に関する検討会」(座長=永井良三・東大大学院教授)の第2回会合を開き、国立国際医療センターの桐野高明総長、近大姫路大の南裕子学長からヒアリングを行った後、委員らが意見交換した。

 ヒアリングではまず桐野氏が、「医師のマンパワーとチーム医療」と題してチーム医療の必要性を説明。医師を増やすことで数や地域偏在の問題が解決するという考え方は「単純過ぎる」と指摘した上で、▽患者の権利を尊重するという基本は今後、縮小することはあり得ない▽増大してきた医師の業務をすべて医師だけで将来的に担おうとする考え方は非現実的―などとして、さまざまな職種とのチームワークによってのみ、高いレベルの医療が維持できると強調した。
 続いて南氏は、「チーム医療における看護師等の役割―世界的動向からの概観」と題して、キュアとケアの統合など「21世紀に向けての医療の考え方」を示したほか、専門分化が進む看護基礎教育の世界的な動向を紹介した。

 意見交換では、桐野氏がヒアリングの中で、患者や家族への説明も医師が役割分担できる業務だとの考えを示したことに対して、川嶋みどり委員(日本赤十字看護大教授)が「先生が『大丈夫ですよ』と説明してくださることが患者にとっての救い。手術する人の顔も見えず、結果を説明してくれるのが別の人というのがチーム医療だったら、これは違うのではないか」と疑問を呈した
 これに対し、永井座長は「医師がすべて完璧にやっていくとうまく動かなくなるので、システムをどうするのかという議論をしている」と述べた。また島崎謙治委員(政策研究大院教授)は、医師のほかに医行為を行う担い手について、「一定のアドバンスドナースのような資格をつくって特別な場合に認めていくのか、それとも(看護師)全体を底上げするのか。システム論として考えるなら、そういうことを議論しないといけない」と指摘した。

 このほか、山本信夫委員(日本薬剤師会副会長)は、チーム医療を考えるに当たって諸外国との比較が十分にできていないとして、WHO(世界保健機関)の基準や海外の実態について学ぶ必要性を示した。

 次回会合は13日に開催される予定。

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2009年10月 7日 (水)

医師養成システムは破綻寸前?!

先日ロハス・メディカルさんに御高名なる本田大先生の講演が掲載されておりました。
内容的にはいつもの通りの「本田節」かなというところなのですが、一部を抜粋してみましょう。

政権交代、「チャンスを機に日本を良くする」 ─ 本田宏氏の講演(2009年10月3日ロハス・メディカル)より抜粋

 国は、「医師不足だ」ということに対して、「偏在だ」と言ってきました。これ(スライド)は、右は北海道、左は沖縄のグラフで、確かに地域により人口当たり医師数に差はあります。(略)
 (一番上の線は)OECD加盟国の人口当たり医師数。日本より高齢化社会が遅れているOECD加盟国の人口当たり医師数に、一番多い東京も京都も追い付いていない。これは偏在じゃないでしょ? 
 じぇったいちゅうぶちょくなんでちょ、みなちゃん? (会場、笑い) 幼稚園児でも分かるって言うんですよ、私は。 (会場、笑い)
 その幼稚園児でも分かることが、分からなかったんですね、偉すぎる人は。という話です。それで、医師を増やさなかった。

 ちなみに今の日本の医師は、日本の高齢化と経済大国並みに考えると、20万人不足しています。日本は既に26万人、医師がいます。26万人は高齢の医師も含めてですよ。国は20万人の不足を黙って、毎年3000人から4000人増えている(とした)。
 皆さん、4000人ずつ増えて20万人に追い付くのは何年かかると思いますか? 今、心の中で「5年」と思う人はちょっと......、もう1回計算してもらいたいです(会場、笑い)。
 50年かかります、50年。だから全国各地が医師不足で医療が崩壊しているわけですね。医師不足になると自治体病院がさらに赤字になる。医療が提供できませんから。

例によって例の如くお得意のOECD比較論が炸裂していますが(苦笑)、いみじくも本田氏自身が語っているように何故自治体病院は医師不足で更なる赤字がかさむのか、このご時世にあっても医師も集まって黒字の病院もある一方でと考えた場合に、これはこれで一つの偏在問題は確かに存在すると思うのですけれどもね。
本田氏は国の唱えてきた地域間偏在論は誤りであると論破する一方でこの種の施設間偏在とも言うべき問題にはあまり言及しませんが、本田氏のスタンスからは人が集まらない施設にいかに人を送り込むか、そのために手っ取り早いのは全ての施設がお腹いっぱい医者を抱え込めるくらいに医者の数を増やせばいいといった考えが見え隠れしています。
確かに20万人医者を増やせばそうした人も集まらない自治体病院にもあぶれた人材がまわってくるかも知れませんが、そうした人材が地域のニーズに合っているかはまた別の問題で、自治体病院=どこにも行き場がない医者の掃き溜めなんて評価が定着してしまうことにもなりかねません(すでにそうなりつつあるという話は抜きにしても)。

いずれにしても本田氏ら声の大きい人たちの旗振りで医師数はどんどん増やしましょうと言う話は既定の方針になってきた、そのこと自体は多くの人々が総論賛成しているところではないかと思いますが、現在の問題はどこまで、あるいはどんなペースで増やすかといった方法論に移ってきています。
未だOECD平均にも届かない歯科医が過剰を言われワープア化しているというような状況になるのはまだしばらく先の話としても、既に教育現場ではこのところ例の地域枠拡大などに代表される急激な医学部定員増に伴って深刻な問題点が多々現れてきているという状況なのですね。

医学部定員増に悲鳴 東北、教育水準低下の懸念(2009年10月05日河北新報)

 医師不足対策として文部科学省が本年度から実施している大学医学部定員増に対し、受け入れ側の東北の医大・医学部から不満の声が上がっている。各大学で学生が10人程度増えて少人数教育に支障が出始めている上、指導教員の手当ては一切なし。実験機器などが不足する所もある。国は定員増を続ける方針で、さらに人数が増える来年度以降、十分な医師養成教育ができなくなる恐れが出てきた。(編集委員・大和田雅人)

 各大学の状況は表の通り。1年が110人となった東北大では、1人の教員が5~10人に教えるグループ制の臨床実習などで人数が増えた分、細かいところに目が届きにくくなったという。

 教育担当の柴原茂樹教授は「大教室での講義と違い、実習は詰め込めば何とかなるものではない。少人数を続けようとすればグループ数を増やすほかなく、教員の負担が増す」と言う。

 一気に15人増えた岩手医大は机や顕微鏡、実験台を購入、2000万円を出費した。「医療機器は高価。これ以上、学生を増やすのは限界」(学務部)と悲鳴を上げる。

 各大学が口をそろえる問題が教員不足。教員数は大学の規模によって規定されており、各大学は増員を国に要求したが認められなかった

 医師である教員は日中、付属病院で診察しながら講義を受け持つ。柴原教授は「研究に打ち込む医師も多く、このままでは疲弊する」と訴える。

 学生は6年学んだ後、臨床研修に臨むが、研修先の病院は教育水準の低下を危ぶむ。東北大病院の加賀谷豊卒後研修センター副センター長は「先進医療が進み、覚えることは多い。大学では一人一人手を取るように教えてほしい。教員不足では、質の悪い医師を増やすだけ」と語る。

 文科省は7月、来年度も定員をさらに370人増やす計画を発表。民主党も政権公約で「医師養成数の1.5倍増」を掲げ、定員増は続くとみられる。教員不足などへの対応について文科省は「新政権が発足したばかりで何も決まっていない」(医学教育課)との立場だ。

 定員増分は、卒業後も地元に残ることを奨励する「都道府県枠」の設定が期待されたが、医師養成には10年近くかかることから東北大は3年次に選択、山形大などは枠を設けないなど対応はさまざま。

 全国医学部長病院長会議の専門委員長を務める嘉山孝正山形大医学部長は「教育環境が整わないのに、今から地域枠を設けるのは無理がある。教員増員など態勢整備が先だ」と話す。

ま、この種の光景というのは今やすっかり見慣れたものになってきましたから、押し付けられた大学はご苦労様でしたと言うしかないわけですが、さすがに毎回毎回この調子ですと単なる行政当局の無能なのか、それとも他に何かしら意図するところがあってやっているのかと疑われるところですよね。
そもそも近ごろ人気の地域枠自体も卒業後に地元に残る補償は何もないという単なる口約束などと揶揄されるところですが、そうした問題もさることながら急激かつ大幅な定員増で教育が崩壊する、こうした構図は最近どこかで聞いたことがないでしょうか?
一足早くロースクールを導入して大幅に学生数増加を図った司法の世界では教育の質の低下もさることながら、卒業したはいいが3回続けて司法試験に合格できず受験資格を喪失して授業料詐欺だ!などと騒ぎになったり、司法試験に通っても働き口が見つからずこんなはずではなかったのにと悲嘆に暮れるという姿が今や珍しいものではないようです。

多すぎた法科大学院…新司法試験、崩れた構想(2009年9月23日読売新聞)

 法科大学院の修了生を対象にした新司法試験の合格率が低迷している。

 4回目となった今年の合格者数は2043人で、初めて前年割れとなり、合格率も27・64%と3割を切った。法科大学院で充実した教育を行い、修了生の7~8割が合格できる――。そんな当初の構想は崩壊し、受験生たちからは「国による詐欺だ」との声も漏れる。なぜ、新司法試験の合格率はこれほどまでに低いのか。

 ◆受験資格◆

 「幅広い人材を法曹にとの理念はどうなったのか」

 合格発表があった今月10日。愛知県内の受験生の男性(26)は、その低い合格率に衝撃を受けた。自身も2回目の挑戦だったが、不合格。新試験は5年間で3回不合格だと受験資格を失うため、次がラストチャンスになる。

 大学で美術を学んだが、法曹界が幅広い人材を求めていると知り、受験勉強をして、法科大学院の法学部以外の出身者を受け入れるコース(未修者コース)に入った。勉強のためアルバイトはできず奨学金を受けた。今後約700万円を返さなければならない。「次の試験に失敗したら、その後、別の仕事を探せるだろうか」と不安は募る。

 中国地方の法科大学院の教授は、未修者コースを修了した30代の教え子が3回目の受験に失敗し、受験資格を失った。「不況の上、年齢も高いこともあり就職も難しい。学校も支援するが、今後同様の修了生が増えたらサポートしきれるか……」と頭を抱える。

 ◆過剰定員◆

 「法科大学院の数が多すぎて、定員数が膨れあがってしまった」。ある法務省幹部は合格率の低さの原因をそう解説する。

 法科大学院と新司法試験は、幅広い見識を持つ法曹を数多く養成するという司法制度改革の一環で生まれた。国が掲げた目標は、2010年頃までに司法試験の年間合格者数を3000人へ引き上げるというもの。新司法試験は、知識詰め込み型の勉強が必要とされた旧司法試験と比べ思考力重視の内容とし、法科大学院は修了者の7~8割が新試験に合格できるような教育を行うこととされた。

 当初、適度な学校数と考えられていたのは20~30校。ところが、実際には74校が乱立し、定員は約5800人に膨れた。今年の試験に失敗した結果、受験資格を失った人は571人。関係者からは「就職困難な人を毎年大量に生み出すのは社会問題」との声もあがる。

 ◆教育の質◆

 14日開かれた中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)の法科大学院特別委員会。特に今回の試験で、法学部出身者(既修者)より未修者の合格率が約20ポイントも低かった結果を受け、「合格の基準が未修者をすくい上げるものになっていないのでは」との指摘が相次いだ。だが司法試験を所管する法務省は、「既修者と未修者で合格ラインを変えるわけにはいかない」と言う。

 一方、司法試験合格後、司法修習生となった人が法曹資格を得るために受ける卒業試験でも、不合格者数が増えている。不合格となった法科大学院出身者の答案には、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則などを理解していないものもあり、法科大学院の教育の質も問われている

 新司法試験の合格率の低さから、すでに法曹を目指す人は減り始め、半分以上の学校で入試の競争倍率が2倍を切った。各校はようやく定員削減に乗り出し、来年の入学者の総定員は4900人程度になる見通しだ。しかし、青山学院大法科大学院の宮沢節生教授は「定員削減はまだ不十分。現状を放置すれば法曹志望者は今後も減り、特に未修者が遠ざかって、多様な法曹を養成できなくなってしまう」と指摘している。(中村亜貴)

 ◆新司法試験=2004年以降に開校した法科大学院の修了生を対象とし、毎年5月に実施。法学部出身者向けの既修者コース(2年制)修了生は06年から、他学部出身者や社会人向けの未修者コース(3年制)修了生は07年から受験している。合格率が3%前後と難関だった旧司法試験も10年までは存続する。

この調子ですとあるいは近い将来「司法試験合格者の最大の就職先はロースクールのスタッフ」などという、いささか笑い事ではない業界内永久機関化が進んでしまうかも知れませんね(苦笑)。
買い手市場で数多い選択肢の中から良い人材だけをつまみ上げることが出来れば消費者利益につながるという考えももちろんあるのでしょうが、医者にしろ弁護士にしろ実際にはともかく試験に通れば法的には一人前ですから、真っ当な就職口からあぶれた人材の中にはよからぬ方面に手を染める人も出てくるかも知れないという懸念はあるでしょう。
このあたりは少数精鋭化すれば必ずしも質の担保が出来るのかと言われれば出来ないと答えるしかないところですが、歴史的に見て徒弟制度的な古くさい教育システムを維持してきた医師教育が例の新臨床研修制度で既にズタズタになってきている、そこに更にこうした学部定員大増員でとどめを刺される可能性は高いかなとは思えるところですよね。

さて、その医師教育の一方の柱である臨床研修制度ですが、古い師弟的関係に基づいてきた医師教育とは相性が悪いものの、こればかりは時代の要請ですから医師教育システムの方を徐々にでも変えていくしかないところだとは思います。
しかし他方で最近問題になっているのは地方の医師不足問題と絡めて、厚労省はこの研修制度を利用して医者の足りない地域に研修医を送り込もうと画策していることであって、これは明らかに研修医を使い勝手が良く安上がりで国がコントロールしやすい労働力として捉えているということですよね。
医者という人種はいったん一人前になってしまうと独立性が高いですし、昨今は学位や専門医で釣るのもなかなか難しくなってきていますから、「将来○○したければ言うことを聞け」と言いやすい初心な研修医ほど奴隷奉公させるのに都合の良い者はいないということなのでしょう。

新人医師の臨床研修 都道府県・病院単位で募集定員枠に上限(2009年2月19日産経新聞)

 医師不足の原因と指摘されている「臨床研修制度」の見直しを議論している厚生労働、文部科学両省の検討会は18日、都道府県や病院ごとに研修医の募集定員の上限を設けることを盛り込んだ提言をまとめた。受け入れの上限枠を設けることで、研修医の都市部への集中を緩和し、医師の地域偏在の解消を目指す

 両省は提言を省令などに反映させ、平成22年度から新制度を実施し、医師不足の解消につなげていく方針だ。医師免許の取得後、医師には2年間の臨床研修をすることが定められている。しかし、現在は研修医が自由に研修先を選べるため、比較的施設の設備環境が整い、高度な技術を持った指導医がいる都市部の民間病院に研修医が集中。地方病院の医師不足を招く結果になっている。

 提言では、人口分布、医師養成規模、地理的条件などを考慮して、都道府県ごとに研修医の募集定員の上限を設定することを提言している。さらに、都道府県単位だけの上限設定では、県庁所在地などの地方都市の大病院に研修医が集まり、地域内での医師偏在が解消されない可能性もあるため、病院単位でも募集定員枠を制限する。地域の病院ごとの定員数の合計は、都道府県の上限数を上回らないよう調整する。(略)

来年度の研修医募集定員、地方が初の6割台(2009年9月7日CBニュース)

 厚生労働省は9月4日、来年度の臨床研修の実施体制の概要を明らかにした。募集定員は前年度比765人減の1万683人(新規指定分を除く)で、新医師臨床研修制度が始まった2004年度以降、大都市部の6都府県(東京、神奈川、愛知、京都、大阪、福岡)を除いた地方の定員の割合が初めて6割を超えた。地方の募集定員に占める大学病院と臨床研修病院の比率は、臨床研修病院が56.0%(前年度比0.9ポイント減)、大学病院44.0%(同0.9ポイント増)で、大学病院が初めてプラスに転じた。大都市部と地方の研修医数の格差を是正するため、来年度から新たな臨床研修制度が導入されることから、同省では「ほぼ想定通りの数字」としている。ただ、募集枠通りに研修医が選択するかどうかは不透明で、10月29日に発表されるマッチング結果が注目される。最終的な実施体制は、医道審議会の医師分科会医師臨床研修部会での審議を経て、9月下旬に決定する見通しだ。

 研修医を募集する「基幹型臨床研修病院」は、前年度比63病院減の1051病院(新規指定分を除く)で、04年度以降初のマイナスとなった。また、募集定員全体に占める大学病院と臨床研修病院の比率は、臨床研修病院53.5%(前年度比0.1ポイント増)、大学病院46.5%(同0.1ポイント減)とほぼ横ばいで、制度導入時から減少傾向にあった大学病院は下げ止まった形だ。(略)

別に都会の大病院が初期研修施設として優れているというつもりもありませんが、現場からのクチコミ情報がすぐに広まる今の時代にあって、全国から人材が殺到して高い競争率を誇っている施設と、いくら募集をかけようが誰一人やってこないような施設とでは、果たしてどちらが研修を行うのに優れているのかと言うことです。
優れた研修を行っている施設には人が集まらないよう定員を制限し、あまり教える気もないけれども取りあえず安く使える労働力は欲しいという施設に強制的に人が行くようにする、となれば医師教育のレベルはどうなるか、これは幼稚園児でも分かるって言うんですよ(笑)。
なぜ大学病院や地方公立病院が敬遠されるのかは分かりにくいところもあると思いますが、現場の状況を知る上でちょうど面白いカキコがありましたので紹介しておきましょう(全くのフィクションと思われますので、勝手ながら一部伏せ字にさせていただきました)。

桜島大学の一室にて

病院長
「今年の桜島大のマッチングはどうかね?」

マッチング担当者
「きびしいですな。相次ぐ不祥事で桜島大学病院はネガティブなイメージが定着してしまいました。
論文ねつ造で自殺者を出したのに知らんぷりしたり。親族会社に医療機器購入の利便をはかったのが
摘発されたのに居直る教授が野放しになっているわけで。そういう人たちやその弟子から研修指導を
受けるなんてナンセンスです。不祥事を曖昧にもみ消すという体質は研修医が不当な扱いを受けても
もみ消されるということですから、自分の将来を真剣に考えている学生は残りません。」

病院長
「今年から卒業をうーんと厳しくして脅しをかけているのだが、その効果が出そうかね?」

マッチング担当者
「県外に行く連中は優秀なので卒試をきびしくしても影響ありません。
卒業をきびしくすればたいていは桜島大志望の連中がひっかかるので、
数少ない桜島大の研修医がますます減る結果になると思われます。」

病院長
「アンマッチになった連中が県外に二次募集の試験を受けに行けないように今年から卒業判定を
12月までに延期して規制をかけることにした。これで桜島大に残らざるをえなくなるのでないか。」

マッチング担当者
「マッチングはあくまでも任意です。マッチングを介さなくても定員枠が残っている研修病院が採用するといえば、
そのまま正規に研修医として採用してもらえます。例年、卒業試験や国家試験が終わった1月~2月に研修病院に
個別交渉して研修医として正規採用してもらっている学生がおおぜいいます。
なかには国家試験の発表が終わってから研修病院に交渉する学生もいます。
一流の研修病院の内定者でも卒業試験や国家試験で不合格になるものは必ずいるので、
めぼしい病院にあちこち電話して欠員があれば、その枠で採用してもらうのです。この方法で思いもかけない
一流病院にマッチした学生が全国にたくさんいます。」

病院長
「それは困る。どうにかして桜島大を登録させるのだ。
希望最下位に登録しても、マッチしてしまえば、こちらのものよ。
いったんマッチしてしまえばくつがえせないのだから、これで奴隷確保じゃ。フッフッフッ...」

マッチング担当者
「最近の学生は行きたくない病院は絶対に登録しません。
まかり間違ってマッチしてしまったらくつがえせないことをよく知っているからです。
本当に行きたい病院しか登録しません。」

病院長
「だが今年は桜島大のマッチング試験はたくさん受けておったぞ。」

マッチング担当者
「あれは卒業試験で意地悪されないための対策です。
例年,試験だけは受けますが、受験者の大半は桜島大を登録しません。」

病院長
「なぜみんな母校に残ろうとしないのだ。」

マッチング担当者
「そうはおっしゃいますが、病院長も桜島大卒業したらさっさと東京に出ていったではありませんか。
母校に残ってもぱっとしないことが周知されているからで、病院長もその見本の一人です。」

病院長
「わしらの頃とは状況が違う。」

マッチング担当者
「ところでなぜ桜島大は研修医の月給がずっと15万円なのですか?
厚生労働省は最低30万円を保障できるよう予算を配分しているはずですが、
残りの15万円はどこに消えているのでしょうか?」

病院長
「失礼。所用を思い出した。中座させていただく。」

まあ桜島大学(仮称)の実態がこの通りなのかどうかは分かりませんけれども、大学病院にしろ公立病院にしろ人が集まらないのは何故か、その根本的理由を把握し改善しようとせず、他への逃げ道を塞ぐことで自分たちに奴隷が集まってくるように強いるということであれば、そんな施設にやってくるのは他に行き場もなくモチベーションも最低という人々ばかりになるのは当然ですよね。
他の業界ではこういう時にどのような方法論で事態の打開を図ろうとするのかということをしっかり学びながら、そろそろ医療業界も古いやり方にしがみついてばかりではなく教育制度を根本から改革していく必要があるのは確かでしょう。
好意的に眺めれば近い将来の医学部教育、卒後医師教育の破綻によって、そうした改革が思いがけない勢いで進んでしまう可能性もないことはないかなとは思うのですが、さてその状況で現場の志気がいかなることになっておりますかね?

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2009年10月 6日 (火)

出産一時金問題 続報と問題点の所在

出産一時金の制度変更に伴う医療機関への支払い遅延を巡る問題については、このままでは末端産科施設は廃業せざるを得なくなるのではと以前にも取り上げましたところです。
この件に関して既にマスコミ報道などでも御存知のところだと思いますが、制度見直しの方向となってきているようですね。

直接払い、半年間猶予へ 出産一時金で厚労省方針(2009年9月29日47ニュース)

 厚生労働省は28日、公的医療保険から出産育児一時金を直接医療機関に支払う10月からの直接払い方式について、直ちに対応が困難な医療機関に対し、半年間実施を猶予する方針を固めた。近く、全国の医療機関に通知する。

 一時金は医療機関に入金されるまで2カ月以上かかる可能性があるため、資金繰りに窮する恐れのある小規模の医療機関側から、制度の運用見直しを求める声が出ていた。

 直接支払い制度に対応できない医療機関は、窓口に内容を掲示することを徹底。制度の利用を希望する妊産婦に直接説明した上で、書面での了承を得なければならないという。

 厚労省はこうした医療機関の支援策として、無利子融資の導入や無担保融資の上限額の引き上げなどを検討する一方、あくまで直接払い制度を希望する妊産婦に対しては、都道府県の社会福祉協議会による貸付金制度の方策など説明に努めることを求めている。

 現行制度は妊産婦が費用を全額いったん支払った後で一時金を受け取る方式。新制度は国民健康保険や健康保険組合などの保険者から医療機関に支払われるようになる。

 赤ちゃん1人あたり38万円支給されている出産一時金を4万円引き上げて42万円とすることについては、従来通り10月1日から実施する。

しかしよくよく見ますとこの見直しと言いながら、単に現場に余計な手間を押し付けているだけで何の解決にもなっていないことが分かろうという話です。
そもそも単に先送りにしているだけで何ら問題の解決をしているわけでもない上に、先送りする施設はちゃんと顧客に頭を下げなさいよという話ですから、これはさすがに一部心ない人々から「マゾ奴隷」などと呼ばれるほど辛抱強い産科医であっても一言無しとはいかないようで、例によって某所の書き込みからこの辺りに対するコメントを拾ってみましょう。

864 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2009/09/30(水) 00:56:04 ID:ZNF++ynI0
うちも初めから直接支払なんてふざけた制度に対応する予定は
全くなかったけど、半年猶予されたからって対応する気は毛頭ないよ。
法令違反と言うなら出産の取扱を中止するのみ。
妊婦健診の補助券の増加の時もひどい目に合わされたのに、更にこれじゃね。
もちろん妊婦さんとの書類の取り交わしもする予定は全くない。
医院の入り口に「当院は出産一時金の直接支払制度に対応する予定はありません。」
って張り紙出してる。

875 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2009/09/30(水) 15:35:52 ID:ZNF++ynI0
産婦人科医会の執行部の責任ももちろんあるね。
そもそもどこかの病院の部長とか付属病院の勤務医とかだから
実際の保険請求や病院の運営なんてわかってないのに勝手に決めてるからな。
もっとそれぞれの開業医や病院の意見を聞いて方針を決めるように
しないと存在価値がないね。
今はまるで厚生労働省の広報部みたいなものだから。
いったいどっちを向いてるの?って思うよ。
いずれにしても半年猶予されたからって何も変わらない。
無理強いするなら出産取扱いを止めるだけ。
俺ももういい年だからちょうどよい機会だよ。

このあたり、どう見ても現場の実情無視で話を進めた厚労省の暴走という気配が濃厚に感じられるのですが、案の定実施直前でこうまでドタバタを繰り広げることになったことについて、何かしら説明なり釈明なりは必要ではないかと思われるところですよね。
現与党である民主党からすれば政権交代早々にこんな問題を押し付けられても困るというところが正直な感想なのかも知れませんが、臨床医としての長いキャリアを持つ足立議員からはこんなコメントが出ています。

出産育児一時金 直前見直しの理由 足立信也政務官(2009年10月1日ロハス・メディカル)

出産育児一時金の制度一部見直しに関して、足立信也・厚生労働政務官の説明は以下の通り。(川口恭)

まず今回の制度変更は、舛添要一・前厚生労働大臣が、妊婦さんに安心して出産していただくための環境を整えたいという趣旨で、一時金を増額すると共に、妊婦さんが後で戻ってくるとはいえ多額の現金を用意しなくても済むよう、妊婦さんを介さず健康保険から医療機関へ直接払いされる形態へと変更したものです。その理念は素晴らしく、我々も全面的に賛同しています。

ただし、妊婦さんに安心して出産していただくという目標を考えた場合に、出産する場である医療機関が安定して出産を扱えるということもまた欠かせません。妊婦さんの安心と施設の安心、両方が必要です。もし、出産の場が存亡の危機に瀕するようなことになれば、かえって妊婦さんの利益を損ねます。ところが、今回の制度変更で、分娩取り扱いをやめざるを得ない医療機関が出るかもしれない。これは食い止めなければならないということで、今回、一部制度の見直しを行いました。

実施直前になってバタバタと見直しをせざるを得なかったのは、次のような経緯です。

厚生労働省によると、日本産婦人科医会など団体・組織への説明は5月に済ませていたそうです。ところが、実際に分娩を取り扱っている現場への説明が始まったのは8月に入ってからで、具体的にどういう制度なのか、導入の結果何が起きるのか現場の人たちに認識されてきたのが、やっと8月後半からでした。産婦人科医の間ではすぐに壊滅的に大変なことになるという話になって、総選挙の結果が出る前から民主党にも多くの声が届くようになりました。

そうした声を受けて我々なりに分析を始めてみたところ、この制度は妊婦さんにとってはメリットが大きい、しかし産婦人科診療所にとっては未収金が減るかもしれないというメリットは確かにあるけれど、収入が事実上2カ月分断たれるという点と事務作業が煩雑すぎるという点で、メリットを遥かに上回るデメリットがあると分かりました。

すぐに、我々は収入のタイムラグをなくす方策がないか検討しました。しかし制度開始まで1ヵ月ない、そんな短期間でタイムラグをなくすことはできないと分かりました。そして、事務作業自体が間に合わないという施設もある。だとしたら、どうしても準備できないという所に、無理やり導入しろとは言えないのでないか、こういう判断になりました。しかし一方で、制度導入を凍結するかと言えば、多くの妊婦さんが期待を抱いていることを考えれば、それもできない選択でした。

最終的に、どうしても準備が間に合わない施設については、その旨を妊産婦に説明する、窓口にも掲示するということを条件に、導入を半年間猶予こととしてはどうか、その半年間に収入のタイムラグをなくす方策を検討するのでどうか、という判断するに至り、それを29日に大臣が公表しました。

説明は、まずは当事者間でやっていただいて、できるだけ妊婦さんの希望に沿うようにしていただきたいのですが、それでも全部の施設が10月1日開始は不可能でしょうし、そうなれば納得しない妊婦さんも必ず出てくるでしょう。そこで厚生労働省に相談窓口を設置することにしました。どうしても納得してもらえない妊婦さんがいる場合には、代わりに説得することもします。この設置は30日、ついさっき決めてきたところです。電話番号は、記者発表が明日1日の9時半になってます。

話を戻しますと、頑張って10月から導入した施設は運転資金が苦しくなるのは間違いありませんから、それを福祉医療機構が融資するという制度も始まります。これに関してはもっと金利を下げる努力、融資条件緩和の努力を今やっているところです。納得できる融資制度があれば10月導入に踏み切れる施設も増えてくると期待しています。

ただ、そうは言っても、入ってこない2カ月分の収入に課税されて、融資の利息も取られてというのは、あんまりと思います。そういう問題点の検討をする会、もっと別の問題が隠れている可能性もありますから、始めたらそういうのが出てくるかもしれない、そういうものを改善していくための検討委員会を作ります。相談窓口で拾った情報は、直ちに対処すると共に、検討委員会にも上げます。

今回の見直しが医療機関寄りすぎるのでないか、と長妻大臣の記者会見でもかなり突っ込まれました。しかし誤解しないでいただきたいのです。繰り返しになりますが、医療機関が存在できなくなるのは妊婦さんにもマイナスなんです。安心してお産するために大事なんだということをご理解いただきたいと思います。それに、法的なことを言うと、もともと出産分娩は保険診療ではなく、退院時に支払いされるのが当然で来た契約です。その収入を国が強制的に遅らせることになるのは申し訳ない限りです。

検討委員会でも議論してもらわないといけませんが、こんな直前になって課題が表面化した点も検証が必要と思っています。団体に情報を伝えても肝心の現場に情報が伝わってない。そういう情報伝達も今後の厚生労働行政の課題だと考えています。

これを読んでみますとまず真っ当なコメント(失礼)と言いますか、足立氏としてはそれなりに制度の問題点も把握しているようだし、今後その方面で何かしら対策を出来ることがないか検討する用意はあるということなのですが、そうであるからこそこんな杜撰な計画を周知期間も乏しい中で導入してしまうというのもどうかという話ですよね。
特に末尾にありますように「こんな直前になって課題が表面化した点も検証が必要」なのは当然で、いったいこの背景にどんな事情があったのか、そもそも誰が責任を取るべきなのかということは是非とも早急に解明していただきたいと思います。
それに関してロハス・メディカルさんが精力的に取材をしていて、トップと現場との関係を取り持った足立氏の活躍ぶりも含めてなかなか興味深い内容ですので、少しばかり長いのですが引用してみましょう。

〔裏・自律する医療①〕「関係者一同、謝罪が必要」 出産一時金問題(2009年10月3日ロハス・メディカル)

 出産育児一時金に関して、開始直前にバタバタと見直しが行なわれた。なぜ、こんなことになってしまったのか。事の経緯を追っていくと、泥沼にはまっている医療事故調問題と共通する構造が見つかった。厚生労働省と医療界との馴れ合いの関係が時代にそぐわなくなってきていること、それなのに依然として医療界に自律の動きは鈍いことが、改めて浮き彫りになったとも言える。(川口恭)

 「しくじりのツケを妊婦さんに負わせることになってしまい、本当に申し訳なく、我々も含めて関係者一同で謝罪する必要があると思います。大臣にも意に染まない決断をしていただいたと思いますが、それでも今回はこうするしかなかったのです」。海野信也・北里大教授は、そう語る。

 なぜ海野教授がこんなことを言うかといえば、事態を収拾すべく9月末に4日間に3回も長妻昭・厚生労働大臣と会って折衝したからだ。海野教授を大臣と引き会わせたのは足立信也政務官で、梅村聡参院議員も同席していた。

 海野教授が動いたのは、この問題に関して署名活動を行なっていた『日本のお産の守る会』から相談を受けたことと、産婦人科医会のメーリングリストに流れたある開業医の嘆きに大変に心を打たれたことと二つの理由があるという。

 その嘆きとは、こんな内容だった。--自分はお産が好きなので、ほとんど儲からない中で、家族に迷惑をかけながら細々と診療所をやってきた。でも、今回の資金繰りをすることは絶対にできない。悲しいけれど診療所を閉める--

 「分娩施設が一つなくなるということがどれだけの影響を地域に与えるか、我々は、もう既にイヤという程経験してきています。しかも、お産を続けたくなくて閉鎖するというならともかく、お産が好きなのに閉鎖するなんて、余りにもバカげている」

 9月20日ごろまで内閣の体制が固まらず誰に話を持っていけばよいか分からない中、民主党の医療マニフェストを制作した足立氏にも事情を説明していたところ、運よく足立氏が政務官に就任した。

 「長妻大臣からしたら、経緯のよく分からない話で、さらに前政権の後始末ですから、足立政務官が仕切ってくれなかったら、見直しせず突っ込んだのではないでしょうか。ただ結果から見ると、何の責任もない妊婦さんと大臣に、しくじりのツケを回すことになってしまい本当に申し訳ないと思っています」

 医療機関への直接払いを提唱した舛添要一・前厚生労働大臣の時代に、海野教授は『「安心と希望の医療確保ビジョン」具体化に関する検討会』委員や『周産期医療と救急医療の確保と連携に関する懇談会』委員などを務めた。日本産科婦人科学会の医療改革委員長でもあり、直接払いが決まるまでの経緯を、実際に見聞きしている。

 今回は、いったい誰が何をしくじったのか。

 厚生労働省の制度設計がズサンだったことは間違いない。妊婦が多額の現金を立て替えるのは大変だろうと考えたまでは良かったが、国が代わりに立て替えるのではなく、分娩施設が立て替えるように設計してしまった。しかも、妊婦の場合は事後に出産育児一時金を受け取った段階で帳尻が合うわけだが、分娩施設の場合は営みが連続しているので、分娩取り扱いをやめない限り、立て替えは常に存在し、そのタイムラグ分の収入は失われたのと同じことになる。加えて、その失われる収入に課税される。極めつけとして、厚生労働省は、この問題を事前に知っていた

 「昨年の11月27日に関係者の意見交換会が開かれた際、助産師会の人が資金ショートの問題を指摘していました。当然、対応されていると思って安心していたというのが正直なところです。言い訳になりますけど、その後、学会に対しては全く説明がありませんでしたし」

 誤解を招くといけないが、厚生労働省が誰に対しても全く説明しなかったわけではない。5月29日に日本産婦人科医会に対して説明し了解を得た後、日本医師会、日本助産師会の合意も得ている。むしろ厚生労働省からすれば、手続きは全部踏んでおり、医療側がしくじったんじゃないかと言いたいところかもしれない。

 実際、なぜ医会がこの問題点に気づかなかったのか、なぜ現場への説明をすぐ行なわなかったのか、誰もが疑問に思うところだろう。

ここで注目しなければならないのは、厚労省がこの問題を知らなかったのではなく事前に把握していた、医療側の代表として顔を並べていた産科医会や医師会ら医療系諸団体のお偉い先生方も知っていた、しかし誰もが華麗にスルーしたということですよね。
厚労省が医療破壊をするのは今さら驚きはないとしても、一応医療側の代弁者として参加しているだろう方々がこういう行為に手を貸していたと言うことであれば、これは現場に対する重大な背信行為だとも思われるところですが、ロハス・メディカルさんではそのあたりの事情を更に掘り下げています。

〔裏・自律する医療②〕取り下げられた猶予の要望(2009年10月4日ロハス・メディカル)

 9月29日に発表された一部施設に関して直接払い制度を猶予するという妥協案は、実はほぼ同じ枠組みが9月はじめ既に厚生労働省から日本産婦人科医会に示されていた。

 遅ればせながら7月後半に始めた地域説明会を経て、現場から猛烈な反発を受けた産婦人科医会執行部が、あわてて8月21日に「3ヵ月程度の実施猶予」を厚生労働省に対して要望したためだ。今回の見直しとの違いは、保険者の意向で、猶予を受ける施設名などを誰でもアクセスできるサイト上などに表示するよう求められていたこと。医会では『名称などを周知すると風評被害が出る』から呑めないと拒否、9月8日に猶予の要望そのものを取り下げてしまった。その際、『医会が直接払いに後ろ向きな医療施設を丁寧に指導していく』と約束もしたらしい。

 業界団体のボスたちが現場に諮ることもなく密室で筋の悪い話を了承し、当然に出てくる現場の反発を抑えにかかる。医療事故調設置をめざす動きが泥沼にはまってしまった時と全く同じ構図だ。自施設の窓口表示だけでよいと最終的に妥結した結果を見れば、医会執行部は現場を抑えにかかるのでなく、もう少し粘り強く保険者などと交渉すべきだったのでないかという意見は当然に出てくる。

 医会執行部の罪は、これだけに留まらない。実は医会が要望を出していた時期、ちょうど並行して舛添要一・前大臣も問題をソフトランディングさせるべく『福祉医療機構によるつなぎ融資を無担保無利子にせよ』と指示を出していた。ところが、医会ルートの交渉が進んでいたためだろうか、官僚たちに無視されてしまった。そして医会が要望を取り下げた時点では、総選挙の結果が出ていて新たに予算措置を必要とする話はできなくなってしまっていたのだ。

 それでも、つなぎ融資がきちんと機能していさえすれば少なくとも倒産する医療施設はないし、医療施設に対して利子分を補給するなど、民主党政権が軌道に乗ってからの対応でも間に合うはずだった。ところが現実には、福祉医療機構につなぎ融資を申し込んだら断られた、もしくは必要な時までに審査が終わらないと言われたという施設が続出してしまったのだ。機構に断わられるものを、市中金融機関が貸してくれるはずがないし、貸してくれたとしても優遇金利ではない。これでは倒産・閉鎖が相次ぐことになる。

 長妻昭大臣が「意に染まない決断」をせざるを得なかった本当の理由はここにあるし、「厚生労働省に嵌められた」と産婦人科開業医たちから陰謀史観めいた声が出てくる理由でもある。

どこから突っ込んでいいやら迷うような突っ込み所満載な話ですが、産科医会にすれば陰謀云々以前にこの人達は事態に対する対処能力が不足しているのだなと世にさらしてしまったという話でしょうし、厚労省にすればやはり医療に対してはとことん悪くなる方向へ誘導する気満々なのだなと改めて知られてしまった話ということになるのでしょうかね?
強いて経緯から良い点を探すとすれば、新旧厚労相らトップがきちんとその時点でしかるべき決断を下して最悪の事態を回避しようと努力している点でしょうが、結局舛添前大臣の指示による無担保無利子のつなぎ資金融資の件も官僚に無視されたということですから、これはやはり選挙のどさくさに紛れての官僚側の思惑通りに事が運ばれたということなのでしょうか?

当然の疑問としてこうした行為によって厚労省に何のメリットがあるのかということですが、先日もお伝えしましたような周産期・救急医療の議論の中で唐突に医師強制配置論などという文言が飛び出してくるあたりからすると、不足しがちと言われる産科医を借金漬けにし囲い込むという思惑もあるのかも知れません。
もう一つはこの借金を扱う団体である医療福祉機構なる組織ですが、これが厚労省役人の天下り法人であることは周知の事実であって、先日も政権交代直前に駆け込み天下りがあったと話題になったところですよね。

前九州厚生局長が天下り 厚労省所管の独立法人に(2009年9月8日47ニュース)

 7月に退任した厚生労働省の青柳親房前九州厚生局長(56)が、同省所管の独立行政法人「福祉医療機構」の理事に今月3日付で就任していたことが8日、分かった。

 官僚の天下りあっせんの全面禁止を掲げる民主党政権が発足する前の「駆け込み天下り」との批判も出そうだが、同機構は「前任の理事が7月に辞めてしまい、補充をした結果、たまたまこの時期になっただけ」と説明している。

 青柳氏は2004年から社会保険庁の運営部長を務めていたが、07年に発覚した年金記録問題への対応の不手際から同年8月、九州厚生局長に事実上更迭されていた

 同機構は病院や福祉施設への融資などを行う法人。青柳氏の前任の理事は厚労省の元障害保健福祉部長で、郵便制度悪用に絡む公文書偽造事件で大阪地検特捜部から任意聴取され、7月18日付で「一身上の都合」を理由に理事を辞めていた

 同機構によると、8月上旬、内閣府の官民人材交流センターに求人を出し、同センターからあっせんがあったという。

記事を見るだけでもあからさまに怪しげな団体ですが、融資を申し込んでも断られたなどという話などもあるように、ここも今回の件でとことん美味しいところをかすめ取るのみで医療機関の存続などには興味がないんだろうなとは推定出来るところですから、果たして新政権がそんな独立行政法人を認めるか、ですよね。
こうした話を総合してみますと民主党政権となれば彼らも色々と身辺に不都合があるだろうと予想していた、そこへ前政権末期のドタバタの中でたまたま都合の良い話が舞い込んできたと言うことで、この機会を捉えて自らの将来の安泰を図ったのかなという見方も成り立つということでしょうか。
一方で長妻氏らをはじめとする民主党諸氏にとっては確かに寝耳に水の話なのかも知れませんが、年金問題で発揮された鋭い舌鋒をここでも存分に発揮できるようであれば、これは災い転じて新政権の大きな得点源となる可能性もあるかも知れませんね。

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2009年10月 5日 (月)

社会の木鐸は下ネタがお好き

先日のことですが、近隣諸国から思いがけないことで非難囂々という一件がありまして、これがなかなかケッサクな話なんですね。
元記事が外国の報道ですのでこちら某所のスレから転載させていただきましょう。

「女子高生の下着丸出しとはケシカラン!」… 日本の天気予報に韓国・中国から非難の声(2009年9月29日)

■日本の天気予報は最高視聴率? ネチズンの非難相次ぐ

日本の天気予報が、扇情性論議で世界的な非難を受けている。

最近、中国のあるインターネットサイトが日本の天気予報のキャプチャー画像を公開して、
「日本最高の視聴率」というタイトルを付けてこれを非難した。キャプチャー画像は実際の
天気予報の画面だとされており、多少扇情的な場面が含まれていて問題になっている。

天気予報は突風を伴う豪雨のニュースをリアルタイムに伝えたものだが、道行く女子高生
のスカートが吹き上げられて下着が露出するなどの場面が放送されたが、中断されること
なく放送は継続された。

こうした場面は(韓国)国内ネチズンにも伝えられ、中国に続いて(韓国)国内ネチズンらも
これを非難している。そして、リアルタイム放送という状況は理解するもののこうした問題
が持続してはいけないという意見を送っている。

▽ソース:トゥデイ・コリア(韓国語)(2009/09/29 01:51)
http://www.todaykorea.co.kr/news/articleView.html?idxno=82388
____________

■女子高生の下着露出までそのまま? 日本の天気予報の放送事故

日本は台風から地震まで自然災害が頻繁な国だ。だから災害予報システムはもちろん
のこと、特にリアルタイム緊急放送で伝える天気予報は世界のどんな国よりも優れている。

しかし緊急状況をリアルタイムで伝えるせいであろうか。時々全く予想できなかった突発
放送事故も発生するようだ。その中で事態が最も深刻なのは、女子高生らの露出だ。

天気予報で女子高生の露出とは何のことだと思うだろうが、インターネットに公開された
キャプチャー画像らを見れば驚くべき水準だ。豪雨に濡れて自転車に乗る女子高生は、
白い制服のブラウスが濡れて下着がそのまま見えているにもかかわらず放送に乗った

これだけではない。台風で街を歩く女子高生のスカートが吹き上げられて下着が丸見え
になる場面が映っているのにもかかわらず天気予報は続いている。中国のあるインター
ネット サイトはこのようなキャプチャー画像を公開して、「日本の最高視聴率は天気予報?」
というタイトルを付けて皮肉った。
http://imgnews.naver.com/image/073/2009/09/28/20090928_021734748032_3.jpg
http://imgnews.naver.com/image/073/2009/09/28/20090928_021733748032_0.jpg
http://imgnews.naver.com/image/073/2009/09/28/20090928_021734748032_1.jpg
http://imgnews.naver.com/image/073/2009/09/28/20090928_021734748032_2.jpg
http://imgnews.naver.com/image/073/2009/09/28/20090928_021734748032_4.jpg
http://imgnews.naver.com/image/073/2009/09/28/20090928_021734748032_5.jpg

もし韓国のテレビ局の天気予報でこうしたことが発生したらどうなっただろうか。扇情性
論議はもちろん、名誉毀損で損害賠償請求訴訟にあうのではないだろうか。天災地変だと
仕方ないこともあるが、女子高生を画面に入れたカメラマンの底意が疑わしくもなる

▽ソース:スポーツ・ソウル(韓国語)(2009/09/28 14:17)
http://www.sportsseoul.com/news2/life/foreigntopic/2009/0928/20090928101051300000000_7480323906.html
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=001&oid=073&aid=0002006487&

ソースの方では問題のイカガワシイ写真を(ちゃんと修正して)取り上げているわけですが、一枚二枚ならともかくこうも連続でバラエティー豊かにとなりますと偶然とは考えがたいと言いますか、これ絶対わざとやってるだろと(苦笑)。
高校野球中継などでも「テレビ朝日のカメラマンは執拗」だとか時々騒ぎになりますけれども、どうも一部カメラマンという人々は自分の率直な欲望の赴くままの視線の先が、そのままお茶の間に流出しているということを今ひとつ理解されていないのではないかという気配がありますかね。
うっかりなのか故意なのかはともかく、こういうイカガワシイ事例の最たるものとして、こちら最近話題になった「思いがけないところから思いがけないことが判明」なネタを紹介しておきます。

テレビ局関係者が『アイドルマスター』をダウンロードした形跡か(2009年10月1日ガジェット通信)

ニンテンドーDS『ドラゴンクエストIX ~星空の守り人~』(S社)のゲームソフトなど多くのゲームソフトを違法にアップロードして誰でもダウンロードできる状態にしていたとして、ふたりの男性が逮捕された。このことは新聞だけでなくテレビでも報道され、「ダウンロードした人にも事情聴取する」という情報も流れたことから、多くの人たちに衝撃を与えている。

その事件を伝えた大手テレビ局の報道ニュース番組のワンシーンに、ゲームソフトをアップロードしたりダウンロードできるソフトウェアが起動している場面があった。実際にどんな風にデータをアップロードしていたのかイメージさせるための描写だと思うが、そのシーンに出ていたパソコンのモニターの中に、『アイドルマスター ディアリースターズ』がダウンロードされた形跡があったから大変だ。

このことはインターネットで大きな注目を浴びることになり、ゲーム情報サイト『オレ的ゲーム速報@刃』の管理人はブログで、「これはTV局も事情聴取が必要かもしれませんね」と皮肉コメントをしている。画面を見ると、『アイドルマスターディアリースターズ』の部分が緑色になっており「DB」と書かれている。つまりこれは、テレビ局スタッフや撮影協力した関係者、もしくは取材対象者の誰かが『アイドルマスター ディアリースターズ』を少なくとも1度はダウンロードしている証拠であり、パソコン内にデータが残されている可能性が高い。

検証という言い訳も考えられるが、いくら報道とはいえ、著作権を侵害している可能性が高いダウンロード行為が許される理由はない。ましてや警察はダウンロードした人物たちにも参考人として事情聴取しているのだから、言い逃れはできない。パソコンにダウンロードされた形跡がある以上、誰かが必ずダウンロードをしていたはずなのである。

また、「どうして『アイドルマスターディアリースターズ』だけをダウンロードしたのか?」という部分もインターネットで注目されているポイントだ。報道された画面を見てみると、確かに『アイドルマスターディアリースターズ』だけがダウンロードされているのがわかる。いくら報道とはいえ、このような画面を放送すればこのような騒動になることは目に見えているのだが……。このパソコンが逮捕された人物のものであれば疑いは晴れるかもしれないが、いまだ、テレビ局スタッフがダウンロードしたデータなのか判明していない。

どうしてこのソフトだけがというのは、確かに重要なポイントですね(笑)。
ちなみに件のゲームソフトというのはこちらのことのようで、製品HPからゲーム内容を引用してみればこんな感じだと言うことですから、いわゆる育成系などの系統に属するゲームなのでしょうか?

今回のアイマスは、アイドル自身の視点でお話が進む「アドベンチャー」です。
876プロダクションに集まった3人の新人アイドルから1人を選び、彼女がトップアイドルを目指して活動するのを
彼女自身の視点で見守りましょう。

ま、直ちにこれをしてイカガワシイというつもりもありませんけれども、いい歳をした大人が人前で公表するにはいささかアレな気がするのは自分だけでしょうか。
別に業務上の役得絡みで何か一つくらいソフトのダウンロードもしたくなる心境は理解できないものでもないですが、よりにもよってその一つがこういうゲームで、しかもそれが全国に知れ渡ってしまうというのは役得に預かったテレビ局の誰かさんにとっても思いがけないことだったのではないでしょうか。

しかしながら、この程度の話であればまだかわいげがあると思えるのが、こちら先日以来一部メディアで報道されている民主党議員のキャバクラ接待絡みの話題です。
接待自体の話題は他のメディアに詳細を譲るとして、先日以来書いてきました民主党に擦り寄り分け前を期待する既存メディアという癒着の構図が、ここにも見られることには注目しなければなりません。

新聞・雑誌記者「キャバクラ」接待 民主議員の「汚れた」政治活動費(2009年9月30日J-CASTニュース)

   民主党国会議員5人の政治団体が、キャバクラやニューハーフショーパブでの支払いを政治活動費として計上していたことが明るみに出た。「打ち合わせの場所として活用」との反論もあるようだが、果たしてそんな場所と言えるのか。

かなりセクシャルなサービス

    「ごく普通のキャバクラですよ。どんなお客さまが来ているかは分かりませんが、みなきれいに飲んでいかれますよ」

   江田五月参議院議長の資金管理団体「全国江田五月会」が2007年中に2度も訪れた東京・西浅草の店では、その様子をこう話す。

   総務省サイト掲載の政治資金収支報告書によると、五月会はこの年の8月17日に組織対策費として6万7730円を、10月13日に交際費として6万7200円をこのキャバクラに支出している。店のサイトを見ると、8月17日の金曜日は、「今年最後の浴衣Day」のイベント日だった。江田議員はこの月の7日から議長に就任しているだけに、お祝いでもしたのだろうか。

   ごく普通とはいうものの、この店は、かなりセクシャルなサービスをしている。最近では、「ワイシャツのみでお出迎え」というイベントがあり、店によると、キャバ嬢が下着の上にワイシャツだけを着て接客するというのだ。中には、「真ん中から割れとるday」のイベントも。「女の子のドレス前がパックリ開いているんですよ。もちろん、下着ではありません」だそうだ。

   いずれにせよ、十分に刺激的で、政治活動の場所に思えないが、どうなのか。

   五月会の事務担当者は、取材に対し、事実関係を認めたうえで、政治活動なのかどうかについて、「判断にお任せします」とだけ話す。このキャバクラには、江田議長は行っておらず、関係者や支援者、関係団体が出たという。キャバクラを選んだのは、こうした人たちの要望もあったからだと説明する。

   団体には税金の政党交付金が間接的に流れているが、事務担当者は、「党から寄付のない年度もあり、交付金を使っているとは考えていません」と言う。ただ、江田議員ホームページの掲示板は批判的なコメントが殺到して炎上しており、「2009年は支出を止めました。ご指摘の趣旨にかんがみ、今後役員と相談したい」と話している。

東京・新宿のニューハーフショーパブにも支出例

   この「キャバクラ会合」では、さらに驚くべきことが明らかにされた。マスコミ関係者も加わって、全国江田五月会の経費で飲み食いしていたというのだ。五月会の事務担当者によると、新聞や雑誌の記者らが出て、同会で領収書を切った。2007年の8月か10月かどちらかの会に出た可能性があるという。

   江田五月議員が議長に就任したことなどの取材だったとしても、キャバクラに行って議員側負担で飲み食いするものなのか。これが取材に当たるかどうかについて、事務担当者は、こちらも「判断にお任せします」と言うのみだった。

   キャバクラなどでの飲食が政治活動になるのかについては、各議員で考えが分かれているようだ。

   この問題を調査報道した毎日新聞の9月30日付記事によると、政治団体からクラブなどへの支出が確認されたある衆院議員の事務所は、「このような費用は個人負担せよとのご指摘はごもっとも。議員から相当額の寄付を(返還分として)受けることを検討したい」と政治活動に否定的。一方、別の衆議院議員の代理人弁護士は、政治活動に当たるとの見解らしく、「いかがわしい風俗店とは違い、打ち合わせの場所として活用している。不適切とは思わない」と同紙にコメントしている。

   ちなみに、民主党議員がキャバクラなどへの支出を政治活動費として計上したのは、毎日によると、03~07年の5年間で計500万円を超えるという。中には、川端達夫文科相の政治団体が東京・新宿のニューハーフショーパブに05年7月28日、8万円を支出した例がある。創業40年の老舗で、ニューハーフによるダンスショーがあるという。

   このほか、ラウンジなど、フロア接客する風営法2条2号店に当たるケースが次々に見つかっており、これらは本当に政治活動の場所なのかどうか。なお、川端事務所の秘書は、ニューハーフショーパブなどに支出について、「これから調査します。法的にはまったく問題はありませんが、みなさんにご心配をかけており、不適切なら収支報告書を修正したい」としている。

キャバクラで行われた政治活動の内容に関しては当「ぐり研」の関わるべきところでもありませんが、ネット上で流出している画像を見る限りでは、到底「いかがわしい風俗店とは違」うだとか言える性質の店ではなさそうで、「打ち合わせの場所として活用」するのが適切なのだと言われれば、こういう場所で打ち合わせる内容が政治活動として適切なのかと疑問には感じられるところです。
しかしそれ以上に問題なのは「マスコミ関係者も加わって、全国江田五月会の経費で飲み食いしていた」という話であって、平素からこういうズブズブノ癒着関係が存在しているとするならば、確かにマスコミと政権与党との蜜月関係も成立しようと言うものなのでしょうね。
さすがにここまで派手なことをすれば当事者のマスコミも完全にスルーというわけにはいかなかったようですが、形ばかりの批判をしてみせるにしても自分たちの身内が関わっていることには言及を避けているというのは多少なりとも罪の意識はあるということなのでしょうか(苦笑)。

キャバクラに政治資金 「それは性治だ」との指摘(2009年10月1日J-CASTテレビウォッチ)

  <テレビウォッチ>民主党の有力5議員の政治団体がキャバクラなどで会合を開き、それを「政治活動費」として収支報告書に堂々記載していた問題は、昨日(9月30日)に引き続いてスタジオをにぎわせた。

   昨日、鳩山首相は「議員が説明して、国民の理解をえることが大事」と話したが、一部の議員は、キャバクラはいかがわしい場所ではないので問題ない、などと弁明している。

   司会のみのもんたはじめ、今日のスタジオではキャバクラでの政治活動は「非常識」との見方が相次いだ。「キャバクラで、政治活動費を使うってどういうコトなの。政治のセイが違うんじゃないですか」とみの。「キャバクラで政治の話をするとは思えない」とジャーナリストの嶌信彦も苦笑い。

   民主党政権になっても、古くからの「政治とカネ」の問題はいっこうにチェンジする気配はない。むしろ「政治資金」とはいったいなんなのか、「収支報告書」にはなんの存在理由があるのかなど、謎は深まるばかりだ。

しかし本人はうまいこと言ったつもりなんでしょうが、このセンスのない親父ギャグがまた素敵ですね(笑)。
民主党さんも他のことで批判されるのならともかく、下ネタ絡みの話題でこの人たちにだけは批判されたくないというのが本音なのかも知れませんけれどもね(苦笑)。

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2009年10月 4日 (日)

今日のぐり:「山下商店」&「くわん屋EVOLUTION」

当「ぐり研」ではかねてブリネタばかりを取り上げてきたという風評もありますが、本日は一転してお隣中国からのネタを拾い上げてみましょう。
中国と言えば先日建国60周年の記念式典が開かれたということで、盛大なイベントが繰り広げられたようですけれども、その背景には4000年の歴史と伝統を受け継ぐ国家らしい?こういう光景があったようですね。

中国の建国60周年パレード、兵士が地獄の訓練(2009年9月30日朝鮮日報)

 10月1日に北京市内で行われる中国の建国60周年パレードに参加する約5000人の兵士は、10種類の奇抜な方法で地獄の訓練を受けたという。29日付香港紙・明紙が報じた。

 まず最初は姿勢から。えりには針が取り付けられ、首が少しでも動くと針が首に刺さるため、常に頭を真っすぐに保たなければならない。

 目を閉じることも許されない。閲兵式の最中は、最低40秒はまばたきをしてはならない。中には訓練で70分間もまばたきをしなかったつわものがいたとか。

 また、T字型の角材に上体を固定して訓練に臨み、姿勢を固定させたり、腕の動きをそろえるため、ひじの部分を針金で固定したりした。このほか、肩に銅製パイプを担ぎ行進し、列を正確にそろえ、随時メジャーで隊員の間隔を確認した。

 国慶節(建国記念日)の行事が近づき、北京市内では台所用の包丁はもちろん、文房具のナイフも販売が禁止された。テロを防ぐことが目的だ。国慶節の10月1日には航空ショーのため、北京市の首都国際空港で航空機の離着陸が3時間禁止される。

 当局はハトやたこ、模型飛行機などを飛ばすことも1日まで全面禁止した。既に北京市内では、ハト6万羽がおりに収容された。北京の伝書バト協会幹部は「ハトをこんなふうに閉じ込めた後で放すと、方向が分からなくなる。当局の措置はあんまりだ」と話した。

 また、市内ではパレードの予行演習や1日の本番を見るために建物の窓際に近づいたり、バルコニーに出ることもできない。今月18日には日本の共同通信記者がホテルのバルコニーでリハーサルを見ていたところ、公安に拘束された上、殴打された。

 これについて、米ニューヨーク・タイムズは「中国政府の措置は、まるで言うことを聞かない子供にさるぐつわをかませ、従わせようとする親に似ている。ときにはこういう態度が国民の怒りを買い、ウイグル暴動のような事態を引き起こす」と皮肉った。

 一方、英字紙チャイナ・デーリーによると、人口3200万人の重慶市では、国慶節の連休(10月1日-8日)に離婚が禁止された。結婚は認められるという。
香港=李恒洙(イ・ハンス)特派員

いやそれ、特訓と言うようなものなんですかね?という素朴な疑問もさることながら、未だに伝書鳩というものが活躍しているという事実にもちょっとした驚きを感じます。
やはりこの辺りは北朝鮮などと同じ共産主義独裁を敷く国家らしさということなのかも知れませんが、何だかんだで為せば成ってしまうあたりがこの国の恐ろしいところなのでしょうか。
為せば成ると言えばこちら、ちょっとあり得ないことが成ってしまったというのもなにげにこの国らしい?事件と言えるのでしょうか。

中国の男性、情熱キスで恋人の聴力失わせる(2008年12月9日産経ニュース)

中国で20代の女性が、恋人からの過剰に情熱的なキスで鼓膜が破れ、片耳の聴力を失うという事故が起きた。チャイナ・デーリーが地元紙の報道として8日伝えた。

 同紙によると、広東省珠海市の20代の女性は病院に行ったが左耳の聴力を完全に失った状態。

 同病院のLi医師は、同紙に「キスが口内圧力を低下させ、鼓膜が引っ張られて聴覚障害を引き起こした」と説明。この女性の聴力は、2-3カ月後には正常に戻る見込みだと話した。

 同紙は、キスは通常、非常に安全なものであるが、医師らはキスをする際は注意して行うよう勧めていると報じた。

いやいやいや、キスをする際には注意して行うよう勧めているって、普通の人間はこういうことになるまでしませんから。
しかし鼓膜が破れるまで陰圧をかけるってどんな吸引力だと思うところですが、これも中国4000年の底力ということなんでしょうか?

さて、以前にも中国国内で建築物のあり得ない倒壊が続いているという話題を紹介しましたが、どうもこの話が中国国内のみならず国外にまで飛び火しているようなのですね。

中国企業が建設中の高層煙突、雷雨のなか突然倒壊=死傷者多数の大惨事に住民激怒―インド(2009年9月28日レコードチャイナ)

2009年9月、インド警察はチャッティスガル州の発電所煙突倒壊事故に関し、建設を受注した中国企業の従業員が同地区から離れることを禁じた。27日、環球時報が伝えた。

23日、インド中部のチャッティスガル州コルバ地区で煙突倒壊事故が発生した。煙突は現地アルミニウム精錬企業が建設中の発電所のもの。高さ 275メートルの煙突2本が建設中だった。すでに高さ100メートルまで建設は進んでいたが、23日、激しい雷雨の中、突如倒壊した。

すでに40人の死亡が確認されているが、なお数十人が生き埋めとなっており、犠牲者数は今後も拡大する見通しとなっている。現地では事故に怒った住民が中国企業従業員を取り囲むなどの事態も発生した。すでに中国企業は事務所を閉鎖、従業員のうち70人以上が同地区から逃げ出しているが、インド警察は同地区にとどまるよう命じた。

建設を請け負った中国山東電力基本建設公司の担当者は環球時報の取材に答え、コルバ地区発電所の建設を請け負ったことは認めたものの、クライアントの同意の下、設計から施工にいたる煙突建設の全てはインド企業に外注したと主張している。現在、現地警察の協力を得て事件は解決に向かっており、中国人従業員が危害を加えられることもなくなったという。(翻訳・編集/KT)

誰がどのようなことをやったのが一番の原因なのかは未だはっきりしないようですけれども、何しろ色々と「前科」があるだけに真っ先に疑われるのは仕方がないのかなと言う感じがいたします。
これも普通の火力発電所だから良かったですが、それこそ原子力発電所などでもこんな工事が行われていたらと考えるとかなり(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブルですね。

さて、どこの国でも妙なものが流行っているということはしばしばあることですけれども、中国では今こんなものが流行っているのだそうです。

建設費1億円の「6つ星トイレ」、中国で過熱する豪華公衆トイレブーム。(2009年9月30日ナリナリドットコム)

上海市の「鍾乳洞トイレ」、淅江省杭州市の「5つ星トイレ」、江蘇省南京市の「4つ星トイレ」など、中国にある豪華な公衆トイレは、これまで何度もメディアを賑わせてきた。その設備や内装により、総工費も数百万~数千万円と幅広いが、「中国の公衆トイレ=汚い」というレッテルを払拭するかのように、中国では最近、豪華な公衆トイレの建設がブームとなっている。そして、今回新たに誕生した豪華な公衆トイレは、これまでの常識を覆す総工費をかけた「黄金トイレ」だ。

地元紙から「黄金トイレ」と呼ばれている豪華な公衆トイレは、広東省広州市番禺に建設されたリゾート施設「南奥苑」内に誕生した。「黄金トイレ」の正式名称は「舒心閣」で、外見は中国のお寺、屋根には瑠璃瓦、外壁には陶磁器質壁画が使われているという。また、彫刻がほどこされた紅紫檀が洗面所などの至る場所に使われており、細部にまでこだわった内装がゴージャスな雰囲気を醸し出している。

このトイレが「黄金トイレ」と呼ばれる理由は、実際にトイレの装飾に金が使われているため。同施設には全部で10キログラムほどの金が使われているが、その内の20分の1に当たる500グラムがトイレ部分に使われており、総工費も施設全体の総工費2億元(約26億円)の4%に当たる800万元(約1億500万円)が費やされているという。この金額はこれまで中国に登場した豪華な公衆トイレと比較しても破格の額。そのため、「6つ星トイレ」と表現されることもある。

しかしながら、この「黄金トイレ」の誕生を快く思っていない中国人は多い。中国のあるウェブサイトのコメント欄には「こんなにお金をかけてトイレ作ってどうする?」「下品な成金趣味」といった批判的な意見がズラリと書き込まれており、「黄金トイレ」のウケはイマイチのようだ。ただ、受け入れるか受け入れないかは別にして、こうした話題が「客寄せ」につながるのは事実。同施設のオーナーからしてみれば「してやったり」といったところなのだろう。

詳細はリンク先にある写真を参照いただくとして、しかしこれは…日本人的感覚で言えば正直落ち着いて用も足せないのではないかという懸念もあるわけですが…
ま、中国と言えばかねて公衆トイレがアレであるとはつとに有名な話ですから、その反動で世界一を目指してしまう心境も分からないではないです。
しかしその反動が行き着くところまで行ってしまうと、ある意味時代を超越して斜め上方向に疾走してしまっている気がするのは自分だけでしょうか?

トイレだらけのレストラン なぜか若い女性に人気 北京(2009年9月29日産経ニュース)

【北京=矢板明夫】内装から食器まで、すべてがトイレをモチーフにした一風変わったレストランが最近、北京市内で開業し、人気を博している。

 北京市北部の繁華街にあり、「便便満屋飯堂」と名付けられている。店内にある約50のイスはホンモノの便器を使用し、ナプキンはトイレットペーパーと同じロール式。料理を盛る食器は、洋式と和式の2種類の便器をかたどっており、コップや灰皿などもすべてトイレを連想されるデザインだ。

 メニューはカレーライスやスパゲティなど洋食が中心で、値段も味も他のレストランとほとんど変わらないが、大学生など若者の間で大人気だという。6月に開店、メディアに取り上げられたこともあり、天津など他の都市から訪れる客もいる。週末などには行列ができることもあるという。

 店員によると、客のうち約7割が女性で、15歳から35歳までが圧倒的に多く、60歳以上はほとんどいないという。職場の同僚と一緒に2回目の来店という20代の女性会社員は「異質な空間の中で食事をすることは、タブーに挑戦しているワクワクした気持ちになる。ストレスを発散できると思う」と話していた。

これももう、リンク先の画像を参照していただければ全てが語り尽くされているのではないかという気がしますけれども…記事中ではトイレと書いていますけれども、これ実際に登場しているモチーフはその中身であるアレの方ですよねえ…
まあなんと言いますか、往年のドクタース○ンブなどが大好きであったという向きには何かしら懐かしさと共に一時の楽しみを得られる場所なのでしょうかね?

今日のぐり:「山下商店」&「くわん屋EVOLUTION

高島駅界隈にあって近年とみに評価の高い二店を相次いでまわってみました。
まずはおなじみ「山下商店」にてねぎらーめん、茹で加減はふつうでオーダーです。

普通であっても僅かに新を残し気味な茹で上がりで切れ味の良い細麺に、相変わらずカルシウム分多そうな濃厚スープが良い具合です。
特にここのネギは刻み具合といい辛さ加減と言いスープとの相性が良いので、思わず全部飲んでしまいそうになりますね。
個人的にもやしが好きでないのは、水っぽい味がスープに馴染みにくいのと麺に混ざったときの食感が合わないからなんですが、ここのような濃厚スープに細もやしという組み合わせだと案外食感のアクセントになって悪くないですね。
今や県下で一番という声も決して少なくない店ですが、もうこのレベルになると濃厚豚骨系の定番という感じですかね。

さて、続いて「くわん屋EVOLUTION」は山下商店からも遠からぬ高島駅近くにある、これも豚骨ラーメンで近ごろ評判の高い店です。
店に入った途端に山下ではさほど感じられなかったあの豚骨臭が濃厚に漂ってきますが、これがないと嫌だという人間も結構いますから面白いなと思いますね。
こちらは今回はじめての訪問でしたので、一番オーソドックスにくわん屋ラーメンを頼んでみました。

麺の茹で加減はふつうでオーダーしましたが、山下と比べるとやや柔らかめと言って良いくらいの茹で加減でしょうかね。
スープは山下ほど粉っぽさ?はなく、しっかり脂も浮いたいかにも豚骨ラーメンを感じさせる仕上がりです。
ここのネギは見た目は至ってささやかな存在感を主張しているだけなんですが、これがまた辛い辛い!ここまで強烈なネギは久しぶりというくらいに効いてますが、これは少しスープと喧嘩しないでしょうか?
チャーシューはずいぶんとしっかりした食感の厚切りなんですが、このバラはちょっと脂ぎって個人的にはちょっときつかったですかね(しばらくスープにつけ込んで脂を溶かしてから食べるとまだしもなんですが)。

見ていますとオペレーション的に助手の人がフロアと厨房に完全に別れているようなんですが、この辺りも見ていると出来たてへのこだわりがあるようで、実際文字通りに出来たてのラーメンという感じで出てきます。
山下のあれは九州の豚骨と違うという人は時々いますが、こちらの方が正統派という感じになるんでしょうかね。
何にしろ実力派の店が競い合って集客効果を発揮するということになれば、これは誰にとっても良いことなのではないかと思います。

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2009年10月 3日 (土)

救急医療崩壊の危機…って、いやそれはちょっと待てと(笑)

最近何かと話題の中医協絡みで先日出た記事なのですが、一部方面で妙に馬鹿受けしているこちらを紹介してみましょう。

救急受け入れ不能の理由、「実は分からない」 ─ 厚労省(2009年10月1日ロハス・メディカル)

 救急患者の受け入れ状況を改善するため、厚生労働省は「ベッド確保策」に意欲を見せている。総務省消防庁と厚労省の調査では、受け入れ不能理由で最も多かったのは「処置困難」、次いで「手術中・患者対応中」「ベッド満床」などの順。これらの具体的な内容について厚労省の担当者は、「実は分からない」と答え、「ベッド満床」を解消する方針を強調したが、果たしてそれでいいか。(新井裕充)

 2010年度の診療報酬改定に向け厚生労働省は9月30日、中央社会保険医療協議会(中医協、会長=遠藤久夫・学習院大経済学部教授)の基本問題小委員会で、周産期医療と救急医療の診療報酬上の評価について「論点」を示した。

 周産期医療の「論点」を要約すると、▽NICU(新生児集中治療室)の評価 ▽合併症ある妊婦の受け入れ ▽NICUの退室支援 ▽地域連携 ▽ハイリスク分娩管理加算の要件緩和─の5点。
 救急医療の「論点」は、▽積極的に受け入る医療機関の評価(入り口の問題) ▽退院患者の紹介加算(出口の問題) ▽受け入れの実績評価─の3点。 

 同日は、まず厚労省保険局医療課の佐藤敏信課長が資料について説明。これまで何度も示した資料であるにもかかわらず、いつもの長い説明が続き、予定した1時間半の審議時間のうち約40分間がつぶれた。
 周産期医療に関する資料説明の中で佐藤課長は、母体や新生児の救急受け入れが進まない理由として、ベッドが満床であることを繰り返し強調、NICU(新生児集中治療室)など「ベッド確保策」を優先する意向を示した。

 これに対して、日本看護協会副会長を務める坂本すが専門委員は、救急患者の「出口」をめぐる問題について次のように述べ、退院支援を評価する必要性を指摘した。
 「(出口の問題は)やはり家族の受け入れ不能ということを感じていた。(入院中の)早期に家族とかかわっていくことによって成功している病院もあるので、そういうところを(診療報酬で)厚くしていくというのが大事だと思う」

 また、「入り口」の問題については次のように質問した。
 「受け入れに至らなかった理由の件数の中に、ドクターの手術中とか、患者対応中というのがあるが、これはどういう患者さんを対応されていたのか。例えば、分娩であったのか、何らかの医療事態があったのか。もし、これが手術中、患者対応中で受け入れられないということなら、患者さん、国民から見れば『受け入れられない』ということをいつも不安に思っていなければいけない。『ベッド満床』は、何らかの形で退出をサポートしていくということと、もう1つ、『入り口』のところで、『受け入れる対応』というのをどのように改善していくのかということが大変重要だと思うので教えてください」

 総務省消防庁と厚労省の調査によると、「重症以上傷病者」の受け入れができなかった理由のトップは「処置困難」、次いで「手術中・患者対応中」、「ベッド満床」などの順で、産科・周産期傷病者も同様だった。
 佐藤課長が強調する「ベッド満床」は上位ではなく、この傾向は「小児傷病者」でも「救命救急センター等搬送傷病者」でも同じだった。

 坂本委員の質問に対し、佐藤課長は「結論から言いますと、実は分からないんです」と回答、次のように説明した。
 「この調査は消防庁が何年かにわたって継続して行っている調査で、消防庁が消防庁独自の調査項目を設けて調査しているもの。もっと具体的に申しますと、各消防隊員、救急隊員が患者さんの搬送を担当して、『受け入れがなかなか難しかった』という場合に、どの項目に該当するのかを個々の救急隊員等が個人の主観的な判断でやっております」

 佐藤課長はこのように、医療機関の受け入れ状況の実態は救急隊員の「主観的な判断」であり、客観的な状況を示すものではないことを指摘した上で、次のように続けた。
 「そういう意味で言うと、救急救命士のように専門的な方もいらっしゃいますけど、必ずしも医学、医療の専門家でない方が看護師さんや、あるいはそこで応対したお医者さんに聞いて、『なぜ駄目なんですか?』、あるいは電話で『なぜ受け入れ駄目なんですか?』という受け答えがあったときに、救急隊員や救急救命士が自分の判断で、『これは手術中』『患者対応中』とチェックをしているので、本当のところはなかなか分かりません。私どもがこのデータだけ見て対応できるものは、『ベッド満床』の辺りかなということで、こういう『ベッド満床』を改善するような方策なら、このデータからでも対応できる」

 このように、佐藤課長は周産期・救急患者の受け入れが進まない理由として「ベッド満床」に焦点を当てている。しかし、同日の質疑で、坂本委員は「入り口」から「出口」までのスムーズな流れをつくるための体制について何度も質問した。
 坂本委員の質問は、看護師配置の評価を明確に訴えるものではなかったが、「トリアージナース」や「退院調整看護師」など、周産期・救急医療で看護師が果たす役割を診療報酬上で評価すべきとの意向がうかがえた。(略)

以下、元記事では実際のやり取りが引用されているんどえすが、まあ確かにこういう課長のプレゼンですと「いつもの長い説明」と言いたくもなるでしょうし、「傍聴席では、佐藤課長の説明中に離席する姿が目立った」のも仕方がないかなという気配は感じますよね(苦笑)。
こういうところで意味もなく時間を浪費するというのはあるいは内容に対する検証に時間を使いたくない事情でもあるのかと勘ぐりたくもなりますが、佐藤課長がベッド満床を強調する理由の一環として記者氏はこういう推測を差し挟んでいますね。

救急医療の集約化に対する医政局の執念はすざましい。佐藤課長は2008年7月、医政局指導課長から保険局医療課長に異動になった。医政局といえば、補助金がらみの箱モノ行政を繰り広げる代表格ではないだろうか。最近では、PICU(小児集中治療室)の全国整備に気合を入れている。救急医療の集約化について現場の医師に話を聞くと、賛否両論が真っ二つに分かれる。「ドカーンとつくればいいんだよ」「ドクターヘリをもっと増やせ」という声がある一方で、「ハコをつくったって医師がいなきゃ駄目でしょ」「働き続けられる環境整備が先決」などの声もある。「救急はヒトかハコか」という問題は非常に難しいが、同じ金を突っ込むなら「ハコ」にしたほうが、役所にとっては何かと都合がいいのかもしれない。

この賛否両論が真っ二つということが非常に重要なところで、確かにどちらの意見も一定数あるのは事実なのですが、では実勢としてどちらがどのくらいの割合で存在しているのかという真っ当なデータというものもない以上、語る者の主観によって「こんな意見が現場では多くて」と幾らでも結論を操作出来るわけですよね。
救急受け入れ不能問題に関しても同じことで、もちろん記事中に出ている様々な要因が複雑に絡み合ったものに間違いないわけですから、当事者にしてもおいそれと「これが正解」と言える問題ではない、しかしその中で特定の意見を敢えて強調してみせることで、ここでも「病床不足が原因」という厚労省のシナリオに向けて幾らでも操作が効くというわけです。
そしてそのあたりを少し詳細に突っ込まれた途端に「実は分からない」、「必ずしも医学、医療の専門家でない方」の「個人の主観的な判断」なのでと逃げを打つ、となれば彼らのシナリオであるところの病床不足が搬送困難の原因という結論に疑いが出てくるのは当然なのですが、ここで佐藤課長は驚くべきウルトラCを見せてくれます。

[医療課・佐藤課長]
 今日のこの時点では、長年にわたってこの項目で調査しているものであって、主観的に救急隊員等がチェックされたものを集計したものと聞いております。そういう意味で、蛇足になりますが、私どもがこのデータだけ見て対応できるものは、「ベッド満床」の辺りかなーということで、こういう「ベッド満床」を改善するような方策なら、このデータからでも対応できるのかなということで、いくつかの資料を付けた次第です。よろしくお願いします。

データから現実世界で起こっている現象を見極め、それに対する適切な対策を取るのが普通の人間の考える道筋というものでしょうに、「とりあえず俺たちに都合が良い結論はこれなんで、今日はその線でまとめてみました」って、そういう本音は堂々と口にして良いものじゃないでしょう(苦笑)。
こういう人たちが医療行政の本丸とも言うべき厚労省のしかるべき地位についているというあまりに素敵すぎる現実に、いささか頭がクラクラしてきそうな感覚すら覚えるのは自分だけでしょうか。
普通ならここで突っ込みが入ってしかるべきところだと思いますが、早速意味不明の援護射撃が入るあたり厚労省官僚の同僚愛と言いますか、絆の強さというものを感じるところですよね(苦笑)。

[遠藤委員長(中医協会長)]
 ありがとうございます。そのご趣旨はよく分かりますが、しかし、先ほどから坂本専門委員がおっしゃっているのは、「入り口」と「出口」で、さまざまに受け入れ困難になっている理由をもう少し明らかにしておくべきであり、それがあれば、適正な報酬もそこに付けられるのではないかということなので、(日看協副会長の坂本専門委員が)そこのところをかなり何度もおっしゃっているわけです。事務局、どうぞ。

 ▼ 佐藤課長が劣勢。しかし、すかさず援護が......。

[医政局救急・周産期医療対策室長]
 救急・周産期医療対策室長でございます。先ほど、(牛丸委員から)ご質問を頂いた件で、理由が分かったのがございましたので、この場でご紹介させていただきます。

 スライドの7、8について、11回以上の(照会)件数がスライド7では47となっていたのが、スライド8では624というところで、「なぜ違うのか」というご指摘につきまして、スライド7については、最終的に受け入れた件数ということで47。
 スライド8については、それまでに至る断った各医療機関の合計が挙がっているということになっています。当然、かなり、11倍以上になっているということでございます。

 ▼ こうして話をそらされ、のらりくらりかわされながら厚労ペースで進んでいくのが現在の中医協。本題とは関係ないが、最近、医療系記者の間で話題になるのは厚労省の役人について。「1人ひとりはとっても良い人たちなんだけど、まとまると、どうしてこうなるんでしょう」という意見でなぜか一致している。

[遠藤委員長(中医協会長)]
 ありがとうございます。牛丸委員、よろしいでしょうか。はい。ほかに、周産期についてご意見、ございますか。よろしいですか。

え?ちょっと待った、そんな答弁で良いことにしちゃうんですか?>遠藤委員長。
こうまで意味不明の「援護射撃」もどうかという話ですが、それでよかったことにしてしまうから「出来レース」なんて言われることになるわけですが、こういう実態を見れば見るほど「中医協って、存在している意味あるの?」と考えざるを得なくなってくるのはどうしたものなんでしょうね。
いずれにしてもこんなぬるい議論で救急問題の本質を云々するというのもなんだかなあという話ですが、恐れ入ったのは続けてこんな話が飛び出して来ていることです。

救急受け入れ対策、「医師の適正配置もある」 ─ 厚労省課長(2009年10月2日ロハス・メディカル)

 重症の救急患者を搬送するため、救急隊が医療機関に4回以上照会した事例が大阪や東京など大都市部で多く見られることから、厚生労働省の担当者は9月30日の中医協で、「単純に医師を増やすとか単純に医療機関を増やすということだけでは難しい」とした上で、「医師の適正配置というのも、もしかしたらある」と述べた。(新井裕充)

 中央社会保険医療協議会(中医協)の基本問題小委員会が9月30日に開かれ、来年度の診療報酬改定で重点的に評価する周産期・救急医療について具体的な議論を開始した。
 議論に先立ち厚労省は、今年1月に総務省消防庁と合同で行った「平成20年中の救急搬送における医療機関の受入れ状況等実態調査」の結果を示した。

 調査によると、医療機関への照会が4回以上の事案が1万4732件(全体の3.6%)で、救急車が現場に30分以上滞在した事案は1万6980件(4.1%)だった。照会回数の多い事案の比率は大都市部で高かった。照会回数を都道府県別に見ると、奈良が12.5%で最も多く、次いで東京(9.4%)、埼玉(8.7%)、大阪(8.2%)などの順だった。

 この調査結果は今年3月に公表済み。厚労省は次期改定に向けた資料として示すため、全国平均の「3.6%」「4.1%」を上回る地域を赤く塗りつぶした日本地図のイラストを示し、保険局医療課の佐藤敏信課長が次のように説明した。
 「宮城県や茨城県など、一部の例外はあるが、4回以上問い合わせた事例、30分以上かかった事例が全国平均を上回った所は、一般的に言うと医師が多い地域に多いから、単純に医師を増やすとか、単純に医療機関を増やすということだけでは、なかなかこうした問い合わせの事例を減らすということは難しい」

 その上で、救急受け入れ問題を「診療報酬だけで解決するのは非常に難しい」と指摘。診療報酬以外の対応策として、「ベッド満床の改善」を最も強調したほか、「ルールを変える」「体制を整備する」「補助金」「医師の適正配置」を挙げた。
 「ベッド満床」については、「ある程度、人知を尽くせば改善できる余地もあるだろう。『ベッド満床みたいなものが改善するように』というのが関係者の希望」などと述べた。(略)

おいおい、あのすっかり論破されたはずのぬるいデータから「『ベッド満床みたいなものが改善するように』というのが関係者の希望」などと結論付けるのもどうかという話なんですが、何故そこで唐突に「医師の適正配置というのも、もしかしたらある」なんて話が出てきますか?
例によってこの後に実際のやり取りが掲載されているわけですが、ここで明確にしておかなければならないのは厚労省自身が出してきたデータによれば「救急搬送で照会回数が多い(=搬送に難渋する)のは医師が多い地域」であるということが示されているということです。

[保険局医療課・佐藤敏信課長]
 この地図を見てお分かりだと思いますが、一部の例、例えば宮城県とか茨城県とか、一部の例外はありますけれども、4回以上問い合わせた事例、30分以上かかった事例が全国平均を上回った所というのは、一般的に言うと、医師が多い地域に多いということですから、単純に医師を増やすとか、単純に医療機関を増やすということだけでは、なかなかこうした問い合わせの(多い)事例を減らすということは難しい
(略)
例えば、「三次救急」という区分で見てみますと、「なんで受け入れられなかったの?」というと、「ベッド満床」が25%、つまり4分の1が「ベッドが満床でした」ということですし、「手術、患者対応中でした」というのが3分の1ぐらいで32.6%ある。それから、「二次救急以下」のところでは「処置困難」23.6%、「専門外」というのが18.8%ということ。

 で、あの......。「手術中」や「患者対応中」とか、「自分の所では手に負えません」という意味でしょう。たぶん、「処置困難」「専門外」ということについては、これはなかなか一朝一夕には解決しません。

 ▼ 「二次救急以下」のトップが「処置困難」ということは、「リスクのある患者は受けたくない」という意味ではないだろうか。ちなみに、「三次救急」のトップが「手術・患者対応中」であるのは、普通に考えれば「キャパオーバー」になっていること、つまり医師不足または救急患者が多いことを意味するのではないか。

 (診療報酬だけで解決するのは難しいという)先ほどの話で、もう少し(補足して)言うと、「ルールを変える」とか、「体制を整備する」とか、あるいは「補助金」とか、そういういろんな方法でやってもらわなきゃいけませんし、「医師の適正配置」というのも、もしかしたらあるのかもしれません

 それに対して、「ベッド満床」というところは、ある程度、人知を尽くせば改善できる余地もあるだろう。「ベッド満床みたいなものが改善するように」というのが関係者の希望のようでございます。

いや、あの、誰かこの佐藤課長のロジックについていける人はいるのでしょうか…?
普通に考えてそのデータから導き出せるのは「単純に医者を増やしたところで搬送困難は解消しない」ということまでであって、何故そこから「医師の適性配置」だのという話に結びついてくるのか、「「ベッド満床みたいなものが改善するように」というのが関係者の希望」という結論になってくるのか意味不明なのですが。
そして更に意味不明なのは、目の前で厚労省がこうまで意味不明なロジックをこねくり回しているにも関わらず、現場にいる中医協委員達の誰一人としてそれに突っ込むこともなく華麗にスルーしているということではないでしょうか。
一応は公開の場でこうまで露骨な出来レースを見せつけられては、これはもう気持ち悪いとも感じられるような話ですよね。

中医協改革と言えば医師会外しがどうとか言った話題ばかりが先行している感がありますが、こういう実態を見るに付けそもそもこの人たちに医療行政の根幹を委ねてきたこと自体が何かしら大きな問題だったのではないかという懸念が拭えないところです。
民主党政権では医療行政においても現場の声に耳を傾けるということになっていますけれども、先日の産科の分娩費直接支払いを巡るゴタゴタを見ても、関係各所間にもう少し風通しの良い関係が出来上がっていれば、ああまで現場の実情を無視した馬鹿げた話が出ずに済んでいたのではないかという気がします。
将来を見据えた医療行政改革だとか大きな話もさることながら、まず足許のこうした場でどれだけ意味不明の会議ばかりが開かれているのかということを、長妻大臣をはじめとする議員諸氏はしっかり把握していかなければならないように思いますね。

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2009年10月 2日 (金)

中医協改革 抵抗勢力も最後の踏ん張りどころ?

先日は終わる医師会というネタで民主党の日本医師会(以下、日医)外しの方針などを取り上げてみました。
これに対して早速日医が反論をしていますが、世間的に見れば既得権を失いつつある抵抗勢力の負け惜しみ混じりの妄言といったことになるのでしょうか(苦笑)。

日医が慎重審議を要請 中医協の日医委員削減方針(2009年9月30日産経新聞)

 日本医師会(日医)の中川俊男常任理事は30日の定例会見で、長妻昭厚生労働相が中央社会保険医療協議会(厚労相の諮問機関、中医協)の日医代表委員の削減を検討していることについて「適切な委員構成はもっと議論を深めてから決めてほしい」と述べた。

まあ日医としても業界団体を自認している以上は黙ってフェードアウトするわけにもいきませんでしょうから、こういうしかないだろうことは理解できるのですが、社会がそれを受け入れるところになるかどうかはまた別問題ですよね。
この発言に対する某所での反応がこちらなんですが、今や四面楚歌どころではない日医の状況が判りやすすぎて素敵です(苦笑)。

313 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2009/10/01(木) 10:29:47 ID:XtADdir10
医師以外からは蛇蝎のごとく嫌われ
医師からも大して支持されていない団体が
意見を言うと逆効果ですね

大喜びで逆のコトされるだけ

314 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2009/10/01(木) 11:35:15 ID:yeh4ZWhH0
まんじゅうこわいww

既に支持も影響力も喪失した日医が何を言おうがしょせん負け犬の遠吠えに過ぎないという話もありますが、彼らに限らず中医協改革と言えばそれなりに関係諸団体の利害も絡んできますから、これはおいそれと一筋縄ではいきそうにありません。
一方でこうした中医協改革の影響を回避する狙いなのか、いっそ中医協そのものを骨抜きにしようとでも言いたげな動きすら見られているようで、最近この方面ですっかり良い仕事をしていただいているロハス・メディカルさんからまたこちらの記事を引用してみましょう。

「中医協改革」に抵抗? 改定の主戦場を移すか(2009年9月30日ロハス・メディカル)

 診療報酬の決定プロセスを見直す「中医協改革」が叫ばれる中、厚生労働省と支払側、診療側、公益委員らが「診療報酬だけでは無理だ」という大合唱を繰り広げて団結した。改定の主戦場を厚労省の「社会保障審議会」に移し、中医協をその「下部組織」に位置付けて骨抜きにするというシナリオが見える。(新井裕充)

 中央社会保険医療協議会(中医協)委員30人のうち17人が10月1日で任期満了になるため、委員の改選に関係者の注目が集まっている。
 民主党は先の総選挙のマニフェストで「中医協改革」を挙げており、仙谷由人行政刷新相ほか、鈴木寛文部科学副大臣、足立信也厚生労働政務官らも現在の中医協を見直す発言をしている(※)。さらに、長妻昭厚労相が9月28日に日本医師会(日医)の委員を「削減する方針を固めた」との報道もある。

 こうした中、9月30日に中医協(会長=遠藤久夫・学習院大経済学部教授)の基本問題小委員会が開かれた。いつもなら開会前に委員らが賑やかに談笑するが、この日は違った。厳しい表情が目立ち、重苦しい空気が流れていた。

 同日のテーマは、周産期・救急医療について。保険局医療課の佐藤敏信課長が約40分間にわたって救急医療体制の不備などを資料に基づいて説明。「ルールでできること、補助金でできること、診療報酬でないとできないこと、こういったものをある程度見極めていただいて、診療報酬の議論に役立てていただきたい」と、暗にくぎを刺した。

 これを受け、竹嶋康弘委員(日医副会長)は、「中医協は決められたところ(財源)を分けるだけではなく、一番現場を分かる、いろいろな患者さんを分かる方々が集まって議論する場だと思っている。こういうところで、貴重なデータに基づいてやっていきたい」と述べ、今後も中医協委員として参加していく意欲を示した。
 その上で、「(資料説明の)端々で事務局(保険局医療課)が言った。『診療報酬だけで、こういうもの(救急受け入れ困難の解消など)がいくか』と。診療報酬だけでは私は無理だと思う。やっぱりこれは政策的にやっていかなくてはいけない。これは別の所で考えなければいけない

 「別の所」とは、社会保障審議会の医療部会と医療保険部会を指すのだろうか。2004年の「中医協汚職事件」を契機に中医協の権限が縮小され、社保審の両部会が決めた基本方針に従うことになっている。
 しかし、社保審の両部会は厚労省の所管。中医協は厚労相の諮問機関。いずれも厚労省が下絵を描く。前回改定では中医協が"改定の主戦場"で、社保審の両部会は関係団体の"ガス抜き会議"だった。今回は、社保審両部会の役割を重視し、中医協を骨抜きにする、つまり"ガス抜き会議"にしてしまう計画だろうか。

■ 「診療報酬だけでは対応できない」、委員が一致

 竹嶋委員の発言に対し、遠藤委員長は「非常に重要で本質的なご意見だったと思う」と珍しく日医を持ち上げた。これに、全日本病院協会会長の西澤寛俊委員も続いた。
 「なんぼ診療報酬で(評価して)みても、(救急医療は)体制の整備ができていなければ何の意味もない。とすれば、中医協には限界があると思うので、例えば他のしっかりした所、(社保審の)医療部会とか、そういう所で制度上のことをしっかりやっていただいて、もっと体制をしっかりつくる。そこら辺がはっきりしないまま中医協だけで議論しても、どこまで診療報酬の議論をしていいのか、ちょっと私にはまだ分からない。『できるだけすべての点数を上げてくれ』としか言えないところが虚しい。そこら辺をぜひ、ほかの所でやっていただいて、それを中医協に出していただいて、それを基にして良い診療報酬上の対応をしていければと思う」

 社保審の両部会には、中医協の診療側委員のほとんどが参加している。だから、中医協の委員が大幅に改選されても、社保審の両部会で議論すればいい。そんな思惑がにじむ。
 小島茂委員(日本労働組合総連合会総合政策局長)も、「NICU(新生児集中治療室)が700床不足しているというデータも出ているので診療報酬だけでは対応できない」と同調した。
 「社会保障審議会の医療部会なり医療保険部会で議論されている診療報酬改定の基本方針の中で、周産期医療の課題などについてどう対処していくかという全体的な方向性を示していただいて、その中で診療報酬の役割がきちんと整理されれば、中医協での議論がもっと建設的になるんだろう」

 まるで、事前に示し合わせたかのように委員らの意見は一致。笑い声が漏れるなど、和やかな雰囲気になったところで遠藤委員長が、「ちょっと私から皆様にお諮りしたいことがある」と切り出した。
 「周産期と救急について皆さんのお話を承って、やはり現場でどういうことが起きているのかということは非常に重要な情報だと感じた。現場でどういう状況になっているのかということも我々の共通認識として知っておく必要があるのではないか。そこで、もし皆様のご同意が頂けるのであるならば、中医協の基本小委としてやったことはないかもしれないが、一度、関係者からヒアリングをしたいと考えているが、いかがだろうか。関係者とは医療関係者、場合によっては患者さんを代表するような方でよろしいわけだが......」

 この提案に、支払側も診療側も一斉にうなずいた。遠藤委員長は「(ヒアリングの)人選について腹案はないが、私に一任させていただいて、場合によっては1号(支払)側、2号(診療)側にご相談させていただくこともあるかもしれない」と提案。事務局(保険局医療課)に対して、「そういう話になってしまいましたが、対応は可能でしょうか?」と、まるで突然の思いつきで決めたかのように尋ねた。
 この"猿芝居"に佐藤課長も乗った。「あの......、決まったようですから......、努力いたします」

■ 大枠は社保審、個別議論は中医協

 今後、総合的な医療政策にかかわるマクロの部分は社保審の両部会で決め、具体的な点数設定などミクロ的な部分は中医協で議論するという形で両者の役割分担を図る方針か。とすると、救急医療の諸問題に対し、どのような政策で臨むつもりだろう。
 厚労省は救急医療対策として、「ヒトよりもハコ」という考えを重視しているように見える。同日の説明で、佐藤課長は次のように述べた。
 「医療機関の受け入れが困難になる例、あるいは短い時間で受け入れ先が確保できない例というのは、たいていは『医師不足があるのではないか』とか、『医療機関の数が少ないからじゃないか』というふうに思われがちだが、実を言うと、この図(救急搬送における医療機関の受入状況)を見ていただくと、(受入照会)4回以上の事案や、(現場滞在時間)30分以上の事案が意外に首都圏とか、大阪圏のように比較的人口が多く医師も多く、医療機関も多いはずの所なので、なかなかこの問題、難しいということが理解できると思う。つまり、単純に医師が多ければすぐにすんなり受け入れ先が決まるというわけでもない。(救急受け入れ困難は)かなり難しい事案であるということが分かると思う」

 診療報酬改定の主戦場が社保審なら、古巣である医政局が議事をリードすることになる。保険局医療課で影が薄い佐藤課長にとっては、肩身の狭い中医協より過ごしやすいかもしれない。

まあこの種の出来レースというのも今さらの光景ではあるのですが、今までどちらかと言えば医療側と敵対的な関係で捉えられがちであった厚労省という組織も今度は民主党から迫害される側にまわってくる、となると民主党政権に対する反発という部分で厚労省幹部と日医など一部医療系団体の結びつきが今後強化されていく可能性はあるかも、でしょうか。
民主党では日医らの言うことが信用できないということで、今後は現場の診療に関わっている人間から直接ヒアリングをしていくようですが、彼らは不平不満多々あれど行政に何をどう要求すれば現場が改善するかを知らず、また民主党にしてもビジョンはあったとしても官僚ら政策実行部隊との折り合いがついていないですから、これは当分混乱が続きそうに思われますね。

ところで民主党では中医協改革は行政刷新会議が扱うと言っているようですが、未だ実態のないこの組織がいつ実際に動き始め結果を出してくれるのかというのも疑問ながら、では誰がこうした高度に専門性を求められる領域の議論を主導していくのかという話も見えてきてはいません。
さらに厚労省の官僚筋を中心に中医協の件に限りませんが、最近では「長妻大臣=医療の素人」の構図を利用することで実質的な大臣外しを画策している向きもあるやに聞くところで、いずれにしても大臣の手駒としてきちんと動ける人間は必要とされるところでしょう。
民主党医療政策のブレインとして臨床医としてのキャリアが長い足立信也参院議員・厚生労働大臣政務官の名がしばしばあがりますが、医療現場の状況も知る同氏が中心となって医療と行政の橋渡しを行っていくということになるのか、今後も彼の言動には要注目だと思いますね。

さて、民主党政権下で診療報酬がかなり上げられると確定的に報じられていますが、そろそろそれに対する反応も出てくるようになりました。
自民党政権下で厚労行政に関わっていた方々の中にはこの診療報酬アップに対する強固な抵抗勢力というものが大勢いらっしゃったようにお見受けしていましたが、どうやら今も根強い抵抗を続けているようです。
やはりこうした点では世論の支持を受けた側が強いのではと思うところですが、世論を占う上で最近ではこうした記事も出ているようですね。

「自民流」を超えて(2009年9月30日毎日新聞)

 10年度診療報酬改定の年末決着に向けたゴングが間もなく鳴る。医療の公定価格、診療報酬は小泉政権以降4回連続で引き下げられてきた。しかし、政権交代の実現で医療界の関心は、早くも「アップ幅」に移っている

 医療界と経済界が綱引きした揚げ句、政治家の介入で決着--。自民党政権時代、2年に1度の診療報酬改定はその繰り返しだった。新政権のスタイルはまだ見えない。それでも、「医療の充実」を掲げる民主党からは「10%アップが必要だ。財源は8000億円で済む」といった声も聞こえてくる。

 07年度の国負担分の医療費は8・2兆円。10%増には8000億円強で足りる。が、総医療費は34兆円で国負担分はその25%に過ぎない。12%は地方が払い、また49%を保険料(国民負担29%、企業20%)で、残る14%分は患者の窓口負担でまかなった。

 つまり診療報酬増は、税ばかりか保険料、窓口負担にも跳ね返る。10%(3・4兆円)アップなら、4人世帯で11万2000円。「補てんすればいい」との論もあるが、それも税財源なのは言うまでもない。

 もちろん、疲弊した地域医療の再生は待ったなしだ。とはいえ、住民に一方的にしわ寄せする形では不可能だろう。新政権には自民党流ではなく、負担と給付の最適バランスを探ることに英知を傾けてほしい。【吉田啓志】

負担と給付のバランスを探ると言うのであれば、安い医療費で世界トップクラスの医療を実現している日本ではもっともっと負担を増やしていかなければバランスが取れないわけですから、要するに10%などと言わずこの際更なる大幅な診療報酬アップを検討すべきという主張だという理解でいいわけですよね(笑)。
世界に名だたる毎日新聞の見識はともかくとして、かねて医療崩壊の主犯かつ医療再生の抵抗勢力として悪名高い経済財政諮問会議をはじめとする経済界を批判する声は強く、中でも奥田氏あたりになるとあちらこちらから怨嗟の声が聞こえてくるという状況です。
しかし医療関連産業の進展を巨大な内需拡大の好機と捉えてそのパイを狙っている企業もあるわけですから、単純に経済界=医療の抵抗勢力と決めつけるべきでもないことは知っておかなければならないでしょうね。

何にしろ抵抗勢力排除と言えばマスコミの見出し的な見栄えは良いのでしょうが、排除するという行為によってどんな結果を実現させるというビジョンを明確にしておかなければ、単なる一過性の破壊だけで終わってしまう危惧もあろうかと思われるところです。
ぶっ壊した後の再生は早い者勝ちで美味しいところの奪い合いにもなりかねませんから、国民にしても単に「もっと医者を!近くに病院を!」と叫ぶだけでなく、自分が医療に何を要求するのか、その実現のために幾らまで金を出せるのかといったところも決めていかなければならない時期だと思いますね。
その意味で中医協改革の一環として患者や市民の代表を入れるという話も出ていますが、そこで金を出す側、医療を利用する側として何を言うべきかということも重要でしょう。

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2009年10月 1日 (木)

混合診療禁止は適法と高裁逆転判決

昨日こういう記事が出ておりましたものをご覧になりましたでしょうか。
以前から一部方面で注目を集めてきた裁判ではありますが、高裁で一審をひっくり返したことでこれは更にもつれそうな勢いですね。

「混合診療禁止は適法」原告が逆転敗訴…高裁(2009年9月30日読売新聞)

 健康保険が使える診療と保険外の診療を併用する「混合診療」を受けた場合、保険診療分を含む全額が患者負担になるのは不当だとして、神奈川県藤沢市のがん患者で団体職員の清郷伸人さん(62)が国を相手取り、保険を受ける権利があることの確認を求めた訴訟の控訴審判決が29日、東京高裁であった。

 大谷禎男裁判長は「混合診療は原則禁止されており、一定の要件を満たすもの以外、保険の給付は受けられない」と述べ、受給権を認めた1審・東京地裁判決を取り消し、清郷さんの請求を棄却した。清郷さんは最高裁に上告する方針。

 訴訟では、混合診療を禁止とする原則に法的根拠があるかどうかなどが争点となった。1審判決は「法律上、受給権がないとは解釈できない」との初判断を示したが、この日の判決は「健康保険法は、医療の質の確保という観点や財源面の制約から、保険受給の可否の区別を設けており、合理性が認められる」と指摘。「国民の生存権や財産権を侵害する」とした清郷さん側の憲法違反の主張も退け、制度は合憲と判断した。

 清郷さんは判決後、記者会見し、「がんや難病の患者の命がさらに危機にさらされる判決で、原告として責任を感じる。どのような治療を受けるかの決定権は、医師と患者に与えられるべきだ。命ある限り戦う」と語気を強めた。

 一方、長妻厚生労働相は「判決の具体的内容を十分把握したものではありませんが、国のこれまでの主張が認められたと考えています」との談話を出した

ちなみに原告側の清郷氏のプロフィールはこちらの通りで、 いわゆる医療関係者でもなんでもない純患者の方なんですが、この人が普通でないのはこれだけ注目を集める裁判を弁護士なしになってきたということなんですね(聞くところによれば弁護士に断られやむなくという経緯ではあるようですが)
2007年に出ておりました一審判決の報道についてはこちら「内科開業医のお勉強日記」さんのところに詳しいので参照いただければと思いますが、参考までに当時の報道を引用させていただきましょう。

混合診療認めないのは違法(2007年11月7日NHK)

    神奈川県に住むがん患者の清郷伸人さん(60)は、公的な健康保険が適用される診療に加えて保険が適用されない免疫治療を受けると、すべての治療費が自己負担になるのは不当だと訴えていました。国は混合診療を原則として認めておらず、患者が日本で承認されていない薬を使ったり実績の少ない新しい治療を受けたりすると、本来なら保険で賄われる検査などの費用も全額、患者の負担にしています。
判決で、東京地方裁判所の定塚誠裁判長は「併用することで、保険が適用される診療も含め、すべての費用を患者の負担にするのは法律の根拠がなく誤りだ。保険を適用するかどうかは個別の診療ごとに判断するべきだ」と指摘し、混合診療を認めない国の政策を違法とする初めての判断を示しました。混合診療については、国だけでなく日本医師会も、すべての国民をひとしく保険で支える制度の崩壊につながるとして強く反対しています。
判決は国の政策を誤りとしたうえで、患者がさまざまな治療を受けやすくすることに道を開くもので、混合診療の是非をめぐる議論に、今後、大きな波紋を広げそうです。判決のあとの記者会見で、原告の清郷さんは「国を相手にひとりで闘った裁判だったので不安でした。負けるとますます混合診療が禁止され、患者を縛る制度が続くことになるので、どうしても勝ちたかった。ほっとしています。わたしひとりの問題ではなく、難病や重い病気に苦しむ全国の患者が、希望する治療を合理的な負担で受けられるように、国は制度を改めてもらいたい」と話していました。
一方、厚生労働省は「混合診療の取り扱いに関する目的の合理性と制度の妥当性について主張してきましたが、この主張が認められず、きわめて厳しい判決であると考えています。今後の対応については判決の内容を検討し、関係機関と協議のうえ速やかに決定したい」という談話を出しました。

当時は弁護士もつけずに素人が国相手に勝ったということでも注目を集めた裁判でしたが、この混合診療問題というもの、今日に至っても論者それぞれの論点から様々な意見があって錯綜しており、一般市民にとっては判りにくいところが多いと思います。
混合診療とは何か、何故禁止されているのかということに関する主要な問題点について、比較的判りやすくまとまっているように思われるこちら月刊マイドクターさんの記事を紹介しておきましょう。

混合診療は是か否か!?(2008年7月11日月刊マイドクター)

混合診療の是非が論じられている。多くの医師や医療機関は保険医の指定を受けて、日常の診療を行っている。保険医とは健康保険制度の中で医療を提供することが約束として拘束されている。国民階保険制度下での医療は、すべての加入者(国民)が公平に平等に医療を受けることができるという原則がある。したがって健康保険が適用されていない治療方法の保険適用は認めていない。反対に保険適用されていないが、全額を患者が出して受ける治療を自費診療(自由診療)といい、健康保険は使用することができない。しかも一部分だけの自費診療であっても、それにかかる一連の治療にも適用となる。保険適用と自費を組み合わせることを混合診療と呼んでいる。保険医療と自費診療を組み合わせれば医療保険財政の削減になるという賛成派と、平等の原則が崩れるという反対派との議論である。

■混合診療について

◆混合診療の禁止
保険診療において保険外診療(自由診療)を併用することは原則として禁止されています。 健康保険(政府管掌健康保険、組合管掌健康保険、国民健康保険)が適用される診療(治療)内容に、それ以外の保険外診療が加わった場合、保険外診療分に加え、健康保険からの給付対象分を含めた医療費の全額が、患者の自己負担となります。これが混合診療を禁止している大原則の文言です。

◆混合診療における裁判
ことの発端は、神奈川県藤沢市に住む団体職員の清郷伸人(きよさと・のぶひと60)さんが、2001年9月から神奈川県立がんセンターで腎臓がん治療のため、保険適用のインターフェロン治療に加え、適用対象外の「活性化自己リンパ球移入療法」を併用していました。

この療法を簡単説明すると、この療法は自己リンパ球を体外で増殖させ活性化(免疫力向上)して再び体内に戻し、がん細胞を駆逐する方法です。料金にばらつきがありますが、概ね150~200万円かかります。初診から一連の治療の中で自費のリンパ球療法をすると、初診料も含めてすべての保険診療が自費扱いされてしまいます。そこで2005年に病院側から混合診療になるとの理由で、自費診療を拒否されたのです。清郷氏はこれを不服として、2006年から弁護士を付けず1人で裁判を続けていました。その判決が今年11月7日に出たのです。

◆混合診療裁判の結果は?
国側は「保険診療に自由診療が加わった場合は、不可分一体の1つの新たな医療行為とみるべきだ」と主張したが、判決は「一体と解釈すべきという法的根拠を見いだせない。法は診療行為ごとに、適用診療かどうかを判断する仕組みを採用している」と退けました。

また、混合診療の原則禁止について「医療の平等を保障する必要性や、解禁すれば患者の負担が増大する恐れがあり合理的」との国の指摘に対しては、「今回の訴訟の問題は、いかなる法的根拠によって、自由診療と併用すると、保険適用診療の受給もできなくなると解釈できるのかという点。混合診療全体の在り方の問題とは次元が異なる」と判断したのです。ただ混合診療がすべていけないと言うのではなく、既に一部条件付きで緩和されている事実もあります。

■2004年に一部治療方法には混合診療を認めている

◆いわゆる混合診療問題に係る基本的合意
2004年(平成16年)12月15日、厚生労働大臣と規制改革担当大臣とが合意したものが「いわゆる混合診療問題に係る基本的合意」として文書化され、「いわゆる混合診療問題について」という解説も文章化されています。そこでは、いわゆる混合診療は次の三つに分類されます。

   1. 国内未承認薬の使用
   2. (海外では承認されているにもかかわらず、日本では未承認、いわゆる「ドラッグ・ラグ」) 高度先進医療
   3. (肝臓移植、体外衝撃波膵石破砕術など) 制限回数を超える医療行為
      (腫瘍マーカー、ピロリ菌除去など)

ただし、「療担規則違反の場合、保険医療機関等の指定の取消しもありうる(健康保険法第43条の12)」となっていますが、混合診療を禁止する明文化された規定(法律)は存在していません(下囲み参照)。

わが国の医療保険制度においては、一疾患に対する一連の診療行為において保険診療と自由診療を併用することは原則として認められていない(混合診療の禁止)。ただし、厚生大臣の定める高度先進医療や選定療養(特別の個室に入ったときなど)については、医療サービスの基本的な部分は医療保険で賄い、それを超える部分の支払いは、患者の同意の下に医療機関が特別な料金を患者から徴収できる特定療養費制度を導入している。

◆混合診療の是非についてのさまざまな議論
これまで混合診療の是非は論議されていましたが、ここまで厚く取り上げられることはありませんでした。先述の清郷の訴えに対して2007年11月7日、この扱いについて東京地裁は、「健康保険法などを検討しても、保険外の治療が併用されると保険診療について給付を受けられなくなるという根拠は見いだせない」とし、国による現状の法解釈と運用は誤りであるとの判断を示しました。一方で、この判決は「法解釈の問題と、混合診療全体のあり方の問題とは次元の異なる問題」とも述べ、混合診療自体の是非についての言及は避けています。この判決によって一気に混合診療の是非論が盛り上がったのです。

■混合診療の是非論には医療者の参加も

◆混合診療のメリットとデメリット
混合診療を巡る論議には賛否両論あります。メリットは自費部分との両立を認めることによって、健康保険財政の消費軽減につながるという考え方と治療の選択肢が拡がるという意見もあります。

反対の意見としては、国民が普く平等に同じ質の医療提供を受けるという原則に反すると言うものです。

つまり、裕福な人は健康保険で認められていないが、著効な治療法であればお金を払っても受けることができ、反対に経済的余裕のない人は健康保険適用範囲の医療しか受けることができず、公平・平等の精神がくずれるという考え方です。

◆医療費における経済事情
それなら著効な治療方法を健康保険で認めるべきと思いますが、医療費の高騰を抑えたい国としては、そう簡単に高額な治療方法を認めるわけにはいかないという経済事情があります。見方を変えれば国民の健康と生命を守るという原則に、上限を設けているとも考えられます。

しかし一方では、海外で高額を支払い腎移植を受けて、帰国後のフォローを健康保険で行っている患者もいると聞きます。日本では臓器売買は禁止されています。国内での腎移植は年間で約200例しか報告されておらず、27万人いるとされている同じ腎不全患者でも、経済的余裕のある人との格差は現実にあります。海外での臓器売買による移植後の医療的フローには、国内での健康保険は使用できないと言うべきです。

また医療費さえ抑制させればいいというのであれば、反対に、海外での売買を含む腎移植であっても、その後は人工透析療法を受けずに医療費の軽減に繋げたと、助成金でも出すという考え方もあります。

◆混合診療を全面的に認めることの怖さ
このように混合診療には、全く相反する二つの考え方があります。ただ一つ間違えると、混合診療を全面的に容認した場合、国がそれに乗じて採用頻度の少ない治療方法を保険適用から除外していき、ついには健康保険による医療提供は最低限のものになり、アメリカの民間医療保険の後追いになる公算が極めて強くなるでしょう。「SICKO=シッコ」というアメリカの医療問題を取り上げた映画が話題になっています。明日の日本とは言いたくないが、彼岸の出来事でしょうか。(略)

ごく大雑把に言えば、解禁派は現実的利益または比較的目の前にある具体的な問題について論じているのに対して、禁止派は理念ないし将来的展望を中心に語っているという傾向が認められるというところでしょうか。
混合診療を巡る議論でいつも非常に面白いなと思うのは、医師会をはじめとする医療業界の諸団体がかなり強固に反対を続けていることに対して、以前から業界の既得権益の維持云々という声が根強くあるということです。
よく「保険適応外の治療を一部でも取り入れると全額自己負担になるのはおかしい」という議論があるのですが、基本的にそうした事例というのは医療現場での頻度からすればかなり例外的な状況であって、歯科医療を見ても判る通り混合診療を入れれば将来的な患者負担は増えていくはずです。
特に世界的な医療の相場というものから見ても不当に安い保険診療の値付けがされている日本の場合、混合診療を解禁した方がほぼ確実に医療は「高く売れる」ようになるでしょうが、果たしてこういうのは既得権益の維持というのだろうかと言うことですよね。

収入が増えて本来であれば喜ぶべきはずの業界側が顧客の負担が増えるからと反対し、(将来的に見れば)支払いが増えていくだろう顧客側が「もっと自由を!」と導入に賛成するというのも普通あまり見ないと言いますか、何とも妙な構図だなと思うわけですが、そう考えてみると結局国民にとって今の医療費負担は高いものではないということなんでしょうかね?
高知医療センターで素晴らしい経営手腕を見せた(笑)オリックスあたりは「混合診療解禁で医療はもっと巨大な産業になる」と主張していますし、亀田病院あたりをはじめとする一部医療機関からも解禁の要請が続いていますから、医療の先行きにビジネスチャンスを見ている人々には大きな利益を生むものと認識されているのでしょう。
逆に混合診療を解禁されると俺は困る!という具体的な主張もあまり聞かないのも確かで、どうも反対派の言うことと言うのはひどく観念的と言いますか、あまり我が事としての危機感、切迫感がないのも確かではあるんですよね。

いずれにしても当時も今も日本医師会は一貫して混合診療禁止を支持する姿勢を崩していませんが、医師会が支持してきた自民党は近年混合診療を認めていく方向で動いていたという経緯があり、一方で野党時代の民主党側はどちらかというと混合診療に否定的だった事情がありで、なかなか当事者関係も複雑です。
そうなりますとかねて医師会と対決姿勢を明確にし、もちろん自民党路線と決別する形で医療行政の大幅見直しをかかげ、何より国民に対しても友愛精神の発揮を表看板にしている(はずの)民主党政権としては、この状況で果たして混合診療に対してどういう態度を示したものか迷わしいところなんじゃないでしょうか。
年金問題はともかく医療問題に関しては素人と言われる長妻大臣も前述のように未だピンと来ていないらしいコメントしか出していませんが、「困っている患者を見捨てるのか!」と迫る国民に対して「従来の国の主張」などというものを盾に抵抗する民主党という構図も、何やらずいぶんと興ざめな話になりかねないことは早急に理解された方が良いようには思いますがね。

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