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2009年9月17日 (木)

読売新聞社は喜んでいる、かも知れませんが

いい話がない医療業界の中でも、とりわけ外科、救急、産科、小児科といったあたりは一般社会にも知られ始めているほど危機的状況にあると言います。
ところがその産科領域では何やら最近よい兆しが現れているのだと、非常に喜んでいるらしいのですね。

「医療崩壊」の産婦人科に希望の光…学会の新規会員数が増加(2009年9月14日産経新聞)

 深刻な医師不足で、「医療崩壊の象徴」とされてきた産婦人科に明るい兆しが見えてきた。平成20年度の日本産科婦人科学会(日産婦)の新規会員数が447人となり、医療崩壊を加速させたといわれる16年の臨床研修制度導入前の水準を上回ったのだ。医学生の獲得に向けた日産婦や大学病院による活発なリクルート活動や国の支援策が奏功し、若手医師が産婦人科に戻りつつある。

10年以上前から減少

 産婦人科の医師不足は18年2月、福島県立大野病院で手術を受けた産婦が死亡し、執刀医が逮捕された事件(20年9月に無罪確定)をきっかけに表面化。勤務医の過酷な労働状況や医療訴訟リスクの高さなど産科医療を取り巻く厳しい環境が明らかになり、若手医師の産科離れが進んだといわれる。

 しかし、実際には事件の10年以上前から産科を敬遠する医師は増えていた。厚労省の調査では、18年までの10年間で医師の総数が約15%増える一方、産婦人科は6%減と右肩下がり。日産婦の新規会員数も医師免許を取ったばかりの医師に2年間の臨床研修を義務づける制度が導入された16年度まで減少傾向をたどった。16、17年度は新制度導入で研修中の医師の入会が減ったため激減。18年度から増加に転じ、20年度にようやく制度導入前の15年(415人)を32人上回った。

やりがい大きい

 8月上旬。長野県松本市のホテルに約300人の研修医と医学生が全国から集まった。日産婦が主催するサマースクールに参加するためだ。1泊2日の日程で、講師を務めるのは大学病院の教授や中堅・若手医師。参加者は新生児の蘇生(そせい)法や超音波診断の実技に取り組んだ。

 サマースクールは今年で3年目。最初の年に87人だった参加者は翌年174人に増え、今年は約300人に拡大した。男性研修医(29)は「参加者が多いので驚いた。命が誕生する瞬間に立ち会えるのは産科だけ。その分やりがいも大きい」と希望を語った。

 若手医師離れに危機感を抱きサマースクールを発案した富山大産科婦人科学の斎藤滋教授は「どうしたら産婦人科の魅力が伝わるかプログラムを真剣に考えた。1年目は手探りだったが、2年目に参加した研修医(129人)の7割が産科医になっている。産科医は少しずつ増えている」と話す。

都市部に風

 一方、大学病院も医学生獲得に動き出している。横浜市立大の産婦人科には今年度15人(関連病院も含む)の若手医師が入った。2年前の3人に比べると大幅な増加だ。

 若手医師が戻りつつある背景について、同大産婦人科の宮城悦子准教授は「『少ない、大変、入らない』の悪循環が続く中、医学生に声をかけ、産婦人科の魅力をみんなで懸命に伝えてきた。地方はまだ厳しい状態が続いているが、都市部には風が吹きつつある」と語る。

 国が産科医の待遇改善策に乗り出し、医療現場に安心感を与えたことも影響しているようだ。

 厚労省は今年から出産時のトラブルで新生児が重度の脳性まひになった場合、母親側に総額3千万円を支払う「産科医療補償制度」をスタート。医師に対する分娩(ぶんべん)手当や研修医への手当ての支給も助成している。

 日産婦の吉村泰典理事長(慶応大教授)は「待遇改善の影響は大きい。学会としても女性医師が働きやすい環境整備などさらなる改善に取り組んでいきたい」と話している。(長島雅子)

これだけを見ますと待遇が良くなった、結果として医者が増えてきた、万々歳!という話に見えるのですが、実態はどうもそうではないようなのですね。
こちらの記事などを見ますと確かに現場の雰囲気は好転しているとしても、それは決して待遇改善などといった「現実的な御利益」だけが理由ではないということが感じられます。

産婦人科医の状況、「悪化」が半減(2009年9月15日CBニュース)

 産科医不足や分娩施設の減少など産科医療の崩壊が叫ばれる中、産婦人科医を取り巻く全体的な状況が1年前と比べて悪化したと感じている産婦人科責任者の割合が、昨年の前回調査から半減したことが、日本産科婦人科学会の医療改革委員会がこのほど発表した「産婦人科動向意識調査」の集計結果報告で分かった。

 調査は今年7月、同学会の卒後研修指導施設743施設の産婦人科責任者を対象に実施。462施設から回答を得た(回答率62%)。

 現場の産婦人科医を取り巻く全体的な状況について、1年前と比較してどのように感じているかを尋ねたところ、「変わらない」が39%(前回35%)で最も多く、以下は「少し良くなっている」34%(17%)、「少し悪くなっている」16%(26%)、「悪くなっている」8%(21%)、「良くなっている」 3%(1%)の順だった=グラフ=。
 前回調査と比較すると、「少し良くなっている」の割合が倍増する一方、「悪くなっている」と「少し悪くなっている」を合わせた割合は半減した。
 自由記載で寄せられた、良くなっていると感じる理由を類型化したところ、「一般の方・マスコミの理解の深まり」が50施設で最も多く、これに「人員増」(40施設)、「待遇改善傾向」(35施設)、「産婦人科志望者増」(19施設)などが続いた。

 また今後、同学会が優先的に取り組むべき課題として自由記載で寄せられた意見を類型化すると、「勤務医の待遇・労働条件改善」が207施設で最も多く、これに「医学生・研修医対策」115施設、「医療体制(の整備)」82施設、「学会のあり方(学会のスリム化など)」46施設、「社会啓発活動」37施設、「診療報酬関連」28施設、「医事紛争・訴訟対策」16施設などが続いた。

 同委員会は考察で、「昨年の調査と比較してポジティブな認識が増加し、ネガティブな認識が減少していることは、状況が最悪の時期を過ぎて改善傾向が認められてきたという認識が広がりつつあることを反映しているものと考えられる」などとしている。

実際に待遇が改善してきたと言える状況ならいいのですが、むしろそれは今後の課題であって、何かしら世間が産科医を人間扱いしてくれるようになったのが嬉しくてハッピー!と舞い上がっているだけなんじゃないかとも取れるような話です。
今の時代なぜ産科医が増えないのか、田舎に行かないのかといった点について中井章人氏がロハス・メディカルのインタビューで「割に合わなくなったからだ」と看破していますが、ひと頃の逃散騒動でリスクマネージメントが理解出来てきたようでいて、結局何が根本の問題なのかを理解していなかった医者も多かったということなのでしょうか。

せっかくリスクとベネフィットが釣り合っていない現状を改善する絶好の機会であったにも関わらず何となく元の位置へ安住してしまう、本人達は最悪だった時期を知っているから我慢できるのかも知れませんが、後に続く者にとっては「アタシもこうされてきたんだから」と嫁虐めを正当化する姑を見るようなもので、「お前ら老害爺医どもが一番悪い」と言いたくなる話かも知れません。
どうもこういう話を見ていますと、医療従事者の労働環境改善を阻害している最大要因は当の医療従事者自身であるという説に一票を投じたくなってきますが、 結局何も状況が改善せずとも医者って適当におだてていれば働くんじゃないかという理解をされてしまうことが一番危惧されるところですかね。

それだけにとどまらず、「安全な場所から他人の背中を撃つ」というのも昨今では世にまん延する悪習となった感がありますが、どうも医者という人種の背中は撃つのに手頃なターゲットに見えるようです(苦笑)。
先日も少しばかり紹介しました9月7日付中日新聞の「医師の開業に制限を設けよ」なる投書に対して、当の愛知県下で開業内科医をされている先生からこんな反論がついたようです。

638 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2009/09/15(火) 22:11:12 ID:B2TFmZm50
ttp://www.katsakuri.sakura.ne.jp/src/up42940.jpg.html
2009年9月14日付中日新聞「声」欄
賛論異論 限定免許で産科医不足解消
大島恵介 医師 46 (愛知県豊川市)
7日の本欄「医師の開業に制限を設けよ」を拝読しました。医師不足といわれますが、本当に足りないのは
産科医であり、他科の開業を制限したところで、産科医が増えるわけではありません。
現行法では6年間の医学部教育の後、医師免許の受験資格が与えられ、合格すれば全科対応の医師免許を取得できます。
産科を希望する医師が少ないのは少子化で食べていけないということと、母親と胎児の二人の命を扱い、
トラブルが起きるとすぐ提訴される恐れがあるからでしょう。
医師に過失がなくても裁判を起こすことは可能なので、多額の弁護士費用を負担させられるのです。
提案ですが、自動車運転免許に「オートマチック限定」というのがあるように、「産科限定」という
別枠の医師免許を創設し、短期間で産科専門医を育てたらどうでしょうか。

前半は「リスクが高すぎるくせに得るものが少なすぎて、誰もそっちに行かないんですよ」と言う常識的な反論なんですが、何故そこからその結論に結びついてくるのでしょうか(苦笑)。
かつてそうやって卒業したての新卒医師を特定診療科にさっさと押し込めて、他科に転科などしたくても能力的に出来ないようにするという医局制度というものがありまして、そんな専門馬鹿養成制度はおかしいと世論の声を受けて誕生したのが、今の全部の科を一通り経験する新臨床研修制度というものなんですが、また時代を逆行させますか?

どうもこういう「誰か適当に赤紙送って戦地送りにしとけばいいんじゃないの?まあ俺には関係ないけど」なロジックを見るとあまり気分の良いものではないのですが、恐ろしいことに今の時代、せっかく叩きつぶしたはずの医局制度なるものを更なる強力な医師強制配置システムとして拡大再生産しようという声は少なくないのですね。
読売新聞社を始めそうした主張をなしている主体が誰かと言うことを考えてみた場合に、あるいはこれも牟田口症候群発現かと感じさせられるものがありますが、中でも今日はこんな事例を紹介してみましょう。

鳥取大学名誉教授・中村宗和 職業選択の自由と反倫理(2009年9月10日Business i)

■自由権 過剰な重視への戒め

 地域や診療科間による医師不足や偏在を解消するために、財政制度等審議会や厚生労働省の研究班は、医師の適正配置を進める仕組みを作ろうと提言した。すると、職業選択の自由(憲法22条)を制約するという議論が登場した。国会議員の世襲禁止が話題になったときも、世襲者の自由を制限するのではないかという議論があった。法律の専門家や然(しか)るべき審議会委員の発言が慎重になるのは、これが基本的人権の一つであるからである。法学者ではない私がこの問題に黒白的議論をするのは適当でないかもしれないが、法律とは大人の常識であるとの理解のもとに、庶民感覚の主張を展開してみる。

 ◆ドラフト制度との類似性

 昔、プロ野球のドラフト制度が職業選択の自由に反するのでないかという議論があった。医師の適正配置問題はこれと似ている。医師(プロ野球選手)という職業にはつけるのだが、赴任先が希望地ではない(好きな球団ではない)。ドラフト制度の場合は、憲法論議にふさわしくないという意見が多かったように思う。憲法で保障されている人権は「国との関係で」保障されているもので、私人間では私的自治が原則であると。ドラフト制度が人権を侵害する契約であるとすれば、それは民法90条の公序良俗違反であると。

 そもそもこの自由は、士農工商などの身分により、自由に職業を選択できなかった封建制を解体するために生まれたことを考えれば、医師の適正配置は医師という職業の中の問題ではないだろうか。ましてや、激務の診療科や僻地(へきち)への赴任を忌避するようでは、医道にとって反倫理性さえ感じる

 大学生が希望の企業に就職できないことをもって、職業選択の自由が束縛されているといえば、誰もが疑問に思うであろう。職業選択の自由権を履き違えてはいけない

 国会議員に2世議員、3世議員が増えてきたため、これを制限しようという動きがある。選挙において、世襲者が有利になる看板・地盤・カバンという特権を排除しようというものである。しかし、ここでも職業選択の自由が侵されるという議論が出る。

 世襲者は立候補できないという逆差別なら、職業選択の自由を侵害しているだろうが、議論となっている世襲制限は、政治家になる自由を確保しているではなかろうか。そもそも、憲法22条でいう職業選択の自由には、「公共の福祉に反しない限り…」と条件が付いている。これを抜きにして自由ばかり標榜(ひょうぼう)するのは、権利の濫用(らんよう)といえないだろうか。公共の福祉による制約は法令によってのみ許されることであるから、看板・地盤・カバンが特権とならない制度を作ればいい。

 世襲制限は、憲法14条にいう法の下の平等に反すると大上段に振りかぶる人もいる。これぞ、ためにする議論でなかろうか。特権を有しない人も公平に選挙を戦うことができることこそ、法の精神といえるのでなかろうか。

 ◆義務や責任 果たしてこそ

 職業選択の自由は、思想および良心の自由、信教の自由、表現の自由、学問の自由などと並ぶ重要な自由権である。一方、これに先立って憲法12条は「国民は、自由及び権利を濫用してはならない。常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う」とクギを刺している

 にもかかわらず、日本経済が発展し物質的に豊かになったころから、自由や権利を標榜する人が多くなったと感じるのは私だけの危惧(きぐ)であろうか。中には、自由を我田引水に拡大解釈する風潮もある。

 そもそも権利や自由は、われわれの不断の努力によって保持できる貴重なものであって、義務や責任を果たしてこそ保障されるものであることを思い直したい。

しかし国立大学名誉教授の主張する庶民感覚というのも、年収5億を豪語するみのもんたが「我々庶民は」なんて言うようなもので、まあ庶民というものもずいぶんと間口が広いんだなと思わされるところなんですが、あるいは庶民なるものに一致しているのは「医者は庶民に非ず」という認識ということなんでしょうか?

ちなみにこんな御高説を垂れるくらいならこの名誉教授センセ、まず自ら率先して範を示せよとも思ったわけですが、そのあまりに輝かしい御経歴を拝見したところさらに驚きましたね。
いやはや、今や石油屋さんが医の倫理や法律上の権利までも云々するようになりましたか!さすが不断の努力によって権利や自由を保持してきた方々は素晴らしいと感じ入った次第ですが、恐ろしいことにこうしたロジックは今や一定の社会的支持を得てきているようにも見えるわけです。

確かに公共の福祉の観点から見るならば、給与増額や労働条件改善といったインセンティブで医者を釣るよりも、さっさと医師強制配置法なりとも法制化して好き放題に人事権をふるった方がはるかに安上がりなのも事実でしょうが、この場合権力をふるわれる側にもそれなりの自意識があるということを承知しておかなければならないでしょう。
そもそも新臨床研修制度導入以前の段階で既に医局制度は崩壊しつつあったわけですが、その最大の理由が医局による医師派遣システムが医師達に適当なインセンティブを提供できなくなったからという事情がありました。

かつては「しばらく僻地に行ってもらうけど、そのうち必ず良いところに呼び戻すから」といった阿吽の呼吸があったわけですが、全国的な医師不足の中で医療現場の労働環境が全般的に悪化してくると支給すべき飴が減ってくる、結果として俺はどうもハズレばかり引かされていると不満を募らせ脱局する医者が増えてくるわけです。
働けど働けどと言う意味では医者もワープア化している側面は確かにあるのですが、一方でこの世界の面白いところはひとたび楽して金を稼げるなら良しと決断してしまえばそうした職場は沢山あって、普通の業界であれば真っ先に埋まっていくだろうそうしたポストこそ最後まで売れ残ってきたという歴史的経緯があったということなのですね。

ひと頃なら「老人病院で寝当直してのんびり食ってます」だとか「老健の常勤して晴耕雨読の毎日です」なんて安楽な身分などは、日々不断の努力を払ってマゾのような生活を送るべき医師としての真っ当なヒエラルキーから外れた可愛そうな存在だと見下されているようなところがありましたが、さすがに世間がこういう対応をしてくるような時代になると医者側の考え方も変わってきます。
学生や研修医の考え方が根本的に変わってきているとは最近よく言われるところですが、かつては「医療の現場を知らないからだ!俺が根性をたたき直してやる!」と叱責していた指導医達が、今ではいつ逃げ出そうかと機会をうかがっている状況となってきました。
締め付ければ締め付けるほど当たり前の世の中の常識に目覚めていく医者が増えてくるという意味では、今ほど医者の認識が変わった時代もなかったと後の世から言われることになるかも知れませんね。

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コメント

>大島恵介

厚労省の医師検索では平成元年登録ですし、ぐぐっても豊川市で開業されているようなので、モノホンの医師でしょう。

あくまでも投稿の記事ですので、お得意のフィルターがかかっているのかも知れません。

投稿: 風はば | 2009年9月17日 (木) 14時40分

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