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2009年9月 2日 (水)

増やせば増やすほどお徳?

民主党政権誕生で例の医学部定員大幅増がほぼ確実という情勢になってきましたが、これが議論を呼んでいます。
いくつかの論点が交錯しているわけですが、ソースとしてしばしば取り上げられるネタに先行して養成数大幅増加となっている司法業界、歯科業界の現状というものがあります。

2006年からの新司法試験導入によって門戸が広がって以来、かの業界でも様々な問題が公になってきているとは当ぐり研でも以前から取り上げてきた通りです。
あちらの場合大きな問題としては二つあって、一つはロースクール乱立によって受験者のレベル自体が大幅に低下し、「合格者ゼロの法科大学院が複数校にのぼるなど、一部の法科大学院の教育が、法曹界の求めるレベルに達していない」状態にまで至っていること。
そしてもう一つが、司法試験合格者の就職口が極めて限定されているため働きたくとも働けず収入も低い、一部では既にワープア化などとも呼ばれる状況が現実のものとなりつつあることです(おかげで「今後は食い詰めた弁護士にそそのかされて医療訴訟激増か?!」なんて噂も某所界隈では流れていますが)。

実際のところどれほど信用していいのかと思えるほどに劇的なデータがこちらなのですが、このように弁護士の平均年収は近年劇的に減少してきているという厚生労働省の統計もあるようですから、確かに漏れ聞こえてくる現場の声にも見られるように過当競争時代に突入していると言うことなのでしょう。
実際のところは既存のベテラン弁護士などはそれなりにがっちりと顧客を掴んでいるでしょうから、新規参入組になるほど統計に表れる以上に稼ぎが少ないのではないかとは想像されるところですよね。
さて、こうなりますと他人事とも思えないと大騒ぎしはじめているのが、民主党政権誕生によって医師大量生産時代が目前にあると言う医者の世界です。

現場の末端臨床医から「もう限界、勘弁してくれ」と労働環境の改善を求める声が挙がっているにも関わらず一向に改善されない、結果として医者の逃散が起こり現場が崩壊しているということがそもそも小松秀樹氏の「医療崩壊」 が話題になってきた頃の医療崩壊のイメージであったと思うのです。
ところがいつの間にか御高名なる本田先生を始めとする声の大きい方々による「とにかく医者を増やせ!医療費を増やせ!」の大合唱が巷間流布した結果、何やら医師数増、医療費増が医療崩壊回避の手段であり目的であるかのような錯覚が広まってしまっていることは否めないところでしょう。

今や「OECD平均と比較して日本の医者はこんなに少ない!もっと増やすべきだ!」はお約束のフレーズになった感がありますが、この点でしばしば医療業界の未来像として語られるのが一足先にOECD平均並みの数を達成してしまった歯科の現状です(実際にはまだ少し平均には足りないそうですが)。

高収入の代名詞「歯科医院」が1日1軒ペースで廃業 泣きたくなるほどきびしい状況はなぜ起きたのか(2009年8月30日MONEYzine)

「歯科医といえば高収入」。そのようなイメージを持っている人も多いだろう。かつては開業歯科医の年収は2000~3000万円とも言われ、愛車はメルセデス・ベンツと相場は決まっていた。しかし現在は事情が変わってきている。それというのも歯科医師の数が増えすぎて、供給過多になっているのだ。

 いま日本中の歯科医院の数は7万件にのぼる。どこにでもあるように感じるコンビニエンスストアの数が約4万件なのでどれほど多くの数の歯科医院が乱立しているかがうかがい知れるはずだ。

 歯科医の診療報酬はほとんどが保険点数で料金が規定されており、保険のきかない自費診療の分野も医院間で大きく差をつけるわけにもいかない。そのような中、競争激化により治療技術やサービスで他院との差別化に遅れ、廃業する歯科医院が後を立たない。

 とくに都市部は競争が激しく、東京23区内では歯科医院の数がコンビニの2倍となる超過剰状態に陥っている。東京歯科保険医協会によると2007年度には350施設は廃院したとみられているおり、競争激化にともない東京都内の保険歯科医院が、1日1施設のペースで廃業していることが明らかとなった。

 都内近郊で独立開業してから30年経つベテラン歯科医はその現状に対し、「駅前では1つのビルに2軒も3軒も歯科医院がテナントに入っているほど乱立している。小規模の歯科医院でも毎日新規の客が15人以上来ないと経営を維持することができないのに、少子化で少なくなった客を皆で奪い合っている」と嘆く。そして「私は息子が2人いるが歯科医にはさせない。私の代で終わりだ」と続けた。

 ただしすべての歯医者が経営危機に陥っているわけではない。業界にはもちろん勝ち組が存在する。自費診療のインプラント(人工歯)をいち早く導入し集客に力を入れているところや、最新の機材を投入し医療技術に優れるスタッフを持つ歯科医院などだ。だが下手をすればインプラントは医療訴訟のトラブルにつながったり、機材に多額の投資をしたところで計画通りに集客できなければすぐに経営難に陥ってしまう。すでに歯科医の資格だけでは安定した収入を得るのは難しく、医者には技術力と経営力が問われている。

笑っては申し訳ないと思うのですが、何やらあまりに見事にツボにはまっているという感じなんでしょうかね(苦笑)。
もちろんこれが直ちに医者の未来図となるなどと主張している人間はそうそういないでしょうし、歯科は個人開業が主体で病院勤務医が多い医科と単純比較は出来ないという意見もあるでしょう。
しかし医者にしたところですでに親からの継承ででもなければ新規開業は極めてハイリスクとなっていて、せっかく開業しても倒産してまた勤務医に逆戻りなんて話は珍しくもないわけですよね。
こういう状況において医師数増加は医師のワープア化を推し進めるだけだという意見は、医師数増加が目的ではなく医師の待遇改善が目的だったはずだという意見と並んで一定の支持を得ているように思えます。

もう一つの例として、日本同様に国民皆保険制度を導入しているお隣韓国の話題を取り上げてみましょう。

医師協会、「韓国人医師数は過剰状態」 /韓国(2009年7月9日東亜日報)

最近、経済協力開発機構(OECD)が、韓国人医師数は人口1000人当たり1.74人と、23カ国中22位だと発表すると、大韓医師協会は統計数値に対し、医師数はむしろ過剰状態だと主張した。

OECDがまとめた「2009世界医療の現状」についての報告書によると、韓国の人口1000人当たりの医師数は、07年末現在=1.74人と、トルコ(1.51人)に次いで最も少なく、加盟国平均である3.1人には、大幅に足りていない数値だ。オーストリアが4.03人ともっとも多く、オランダ(3.93人)やポーランド(3.86人)、スイス(3.85人)、オーストラリア(3.75人)の順となっている。しかし、大韓医師協会(医協)はOECDの発表に対し、「医師数が足りないという結果は、統計ミスによるものだ」と反応している。
医師数が1.74人の根拠は、各国が提出した「活動医師」数を基準に試算したため、実際の医師数とは相当の開きがあり、診療を休んでいる医師は含まれていないという。医協は保健福祉家族の統計年報を基準に、07年現在の全体医師数(免許登録医師)は10万8207人と、人口1000人当たり2.2人だと指摘した。

また、医協は韓国内人口1000人当たりの活動医師数から見ると、1985年=0.6人から06年=1.76人へと急増しており、OECD加盟国の平均伸び率である47.6%の3.5倍にも達していると主張した。医学部や漢方医学部の新設や増設を受け、毎年、4150人の医師が輩出されていることを考慮すれば、5年後はOECDの平均である3.1人に達すると、医教では見込んでいる。大韓医師協会のザ・フンジョン報道官は、「一部の大型病院への集中現象に過ぎず、中小型病院では患者がおらず、相次いで倒産に追い込まれている」とし、「絶対的な医師数の不足ではなく、特定病院や特定診療科目に医師が集中する相対的な不足だ」と説明した。
(略)

ちなみに記事中にもあるように韓国ももともと医師数が少ないことで有名な国でしたが、近年非常に大きな割合で医師数増加政策を採っており(診療医師数の年平均増加率(90~03年)5.5%。日本は1.26%)、人口当たり医師数で今年あたりには日本を上回るという試算があるようです。
ほぼ日本並みの医師数となってきたわりに医療費支出はやや少ない印象ですから、物価の差などもあるのかも知れませんが、相対的に医療需要が日本より少なめであるのかも知れませんが、あちらでも日本同様例によって例の如く三分診療だとか、医師不足なのか地域的・診療科的偏在なのかといった議論もあるようで、基本的に医師不足という認識は同じだったようですね。
そうした国で比較的短期間での医師大量養成が行われ新規医師が一気に現場に流入した結果、こうした現象が表面化してきているというわけなのです。

レジデントを終えた医師、地方に殺到(2007年11月9日東亜日報)

「ソウルに残りたい。しかし、如何せん、食べていかなければ…」
最近、人口1万人程度の全羅南道(チョルラナムド)のある都市に医院を開業した金某(38)院長は、ため息をついてこのように話した。
当初金院長は、ソウルで医学部を卒業した後、レジデントの過程を終えて、ソウル江南(カンナム)地域で開業する計画だった。しかし、市場調査をした結果、あきらめてソウルを離れることを決心した。
氏は、「大学に入ってからレジデントまでの16年間、若さを捧げた結果が『田舎医師』ということに、頭に来る時もあるが、現実を受け入れることにした」と語った。

●地方に医師が殺到

専門医過程を終えて独立する医師が、地方の中小都市に殺到している。
過去、医師は開業すれば、短期間に大金を儲けるのが常識だった。金ではなく名誉を選んだ一部の医師だけが学界に残るのが定説だった。
しかし最近、大都市の医療市場が飽和状態になり、利益を上げることが難しくなったため、競争がより少ない地方に移動しているのだ。歯科医や漢方医も事情は似ている。

東亜(トンア)日報が、健康保険審査評価院で得た05~07年全国地域別医院現況を分析した結果、同期間で人口10万人当たり、医院が最も多く増えた地域は仁川甕津郡(インチョン・オンジングン)で、88.1%の増加率を示した。
次は、忠清北道報恩郡(チュンチョンプクト・ポウングン、48.4%)、慶尚南道山清郡(キョンサンナムド・サンチョングン、31.9%)、忠清北道清原郡(チョンウォングン、31.1%)、慶尚南道陜川郡(ハプチョングン、25.2%)、慶尚北道軍威郡(キョンサンナムド・クヌィグン、24.4%)、京畿道高陽市一山東区(キョンギド・コヤンシ・イルサンドング、23.5%)、慶尚南道咸陽郡(ハミャングン、20.7%)、慶尚南道昌寧郡(チャンニョングン、18.5%)、全羅北道鎮安郡(チョルラプクト・チナングン、17.1%)などの順だった。
このため、地方の患者が受ける医療の質は改善されている。
京畿道北部の農村地域の内科医院で会った40代の男性患者は、「以前は病院が遠くて、体の具合が悪くても行こうとは思わなかったが、今はソウルで患者を見ていた『実力派の医師』が町にいて心強い」と話した。

●「子どもは医学部に行かせない」

競争が激しい大都市を離れたからといって、所得が保障されるわけではない。
人口4万人程度の京畿道北部地域の都市に最近外科医院を開いた朴某(50)院長は、90年代までソウルで医院を運営し、安定した生活を送っていた。
しかし、2000年に急激に事情が悪化し、ソウルを離れた後、最近まで縁もゆかりもない地方を転々として、4度も開業と閉業を繰り返した。
朴院長は一時、開業医の生活をあきらめ、ある地方の総合病院に外科課長として就職した。しかし、その病院までも経営が苦しくなり、今年初めに3億ウォンの借金をして再び開業しなければならなくなった。
02年頃、地方に医院を構えた時には薬局が周辺になく、患者がやって来ないと考えて、不法で薬剤師を雇って病院の隣に薬局まで設けた。しかし、賃貸料と薬剤師の月給が手におえず、結局病院と薬局を閉めなければならなくなった。
朴院長は、「月収は200万~300万ウォン水準。今やっと少し安定したようだ。今年、医学部に入学を考えている息子に苦労させないために、工学部に志望を変えさせた」と話した。

●20年前の医学部新増設が「田舎医師」を量産

田舎医師の急増現象をもたらした理由は、政府が1980年代後半に、今後、保健医療の需要が増え、医療人材が不足すると考えて、医学部の新増設を許可したためだ。
このため、1985年に31あった医学部と漢方医学部は、2000年に52に増加した。入学定員も同期間に3230人から4050人に増えた
結果的に90年代初期から大きく増加した医学部の入学生は、05年を前後して開業する時点になって医療市場にあふれ出た。医師免許所持者(漢方医含)も、1985年の3万3385人から05年には10万676人と3倍近く増加した。
現在の傾向のままでは2010年には医師が12万人を超えるというのが、大韓医師協会(医協)の説明だ。このため医協側は、医学部定員の削減を強く主張している。
政府も、04年から入学定員を削減し、定員外の入学人員も減らし始めた。長期的には医学部の定員を10%削減する計画だ。しかし、「定員を30%減らさなければならない」という医協との意見の相違が大きく、妥協点を見出せずにいる。

ちなみに新設医大が沢山出来たとは言っても、定員で言えばたかだか3割の増加に過ぎないことにも留意ください(民主党案による医学部定員増加は5割を予定しています)。
最近では日本人患者を韓国に呼び込もうなんて盛んに韓国医療ツアーなんてことまでアピールしているらしいのですが、なんだ、田舎にも医者が来るようになったり医療サービスがよくなったり、医者が増えて何も困ることなんてないじゃんと思われた方、あなたは非常に鋭いです。
医者を増やすべきか、増やすならどこまで増やすべきなのか、増やさないと困るのではないかとは以前からずっと議論されている問題なのですが、そもそも「困るとは誰にとって困るということなのか」という主語が明確でない話が続いていることが混乱を招く一因となってきたのです。

その昔はお上の方では「医師数が増えれば増えるだけ医療費が増える」という認識があって、あまり医師数を増やしすぎるのもどうかなんてことを言いだした、折からの新設医大増加などで同業の競争相手が増えてくることを危惧した医師会もこれに同調したことが、最近まで続いた医学部定員削減の理由であったなんてことを言われています(未だ真偽定かでないとも言いますが)。
確かに医師数が増えるほど医療費も増えているように見えるが、それは今まで医師不足で埋もれていた潜在需要が喚起されただけであるとか、出来高制を続けている限り医者は儲けるために余計な検査をするのだから包括支払制度を拡大せよとか、未だにこのあたりには諸説あって必ずしも見解が統一されているとも言えない状況です。
ただ現場の医師による医師数増加に関する議論と、金を出す側である政府、あるいは医療の受益者たる国民による議論とでは、自ずから途中経過も結論も異なったものとなって当然だろうと言うことは理解できるところですし、この点を明確にしない議論にはそもそも意味がないのです。

もう一つ、すでに地域枠という名称で地方の医学部を中心に従来型の試験とは別枠での採用がかなり広がってきていますが、ぶっちゃけた話センター試験の平均点などを見る限り、彼らの学力は一般入試で入った学生よりは大幅に下なのではないかという声はあちこちから聞こえてくるところです(前述の法科大学院の事例に留意ください)。
かつても面接試験、社会人入学と入学方法の多様化が図られたたびに同様のことは言われていたではないかと言う意見もあるでしょうが、今回の場合医学部定員に占める地域枠の比率が拡大する一方で、全体の何割というレベルにまで至っていることが注目されているわけですね。

もちろん試験の点数が悪い=医者としての能力が低いというわけでもないのでしょうが、センター試験タイプの丸暗記すれば普通に点が取れるといった試験は、医師として備えていることが望ましい「多量のデータを蓄積し処理する能力」や「時間が限られている中で効率よく仕事を処理できる要領の良さ」をある程度保証する目安になるという意見も根強いわけです。
「地元出身の医者が地元に残ってくれる、何と素晴らしい制度ではないか」と結構評判がいい(らしい)この地域枠制度なんですが、学生や研修医の相手をしている現場の人間には「明らかにレベルが落ちてきてないかい?」と必ずしも評判が良くない理由の一端がここにあって、この点も「誰にとって」という主語を明確にしないと理解が難しくなるところです。

ネット上でも実社会でもあちこちで語られている医師数増加政策の問題、一人たりとも医者を増やすことに反対という人間はそうはいないだろうという印象なのですが、どの程度、あるいはどうやって増やすかという部分に関しては未だに当の医者の間でもコンセンサスが得られていないというのが現状でしょう。
まして医者とその他の医療従事者、あるいは患者層となるべき一般市民の間では当然ながら目指すべきところが異なるわけですから、同じ医師不足、医療崩壊といった言葉を使って議論しているように見えても、お互い全く異なったゴールを目指して語っている可能性があることは常に念頭に置いておく必要があると思いますね。

そしてもう一つ言えそうなこととして、診療科も就業場所も自由に選べる状態で医師養成数だけを増やしていけば楽で儲かるところに医者が集まってくるのは道理ですし、医師強制配置論なんてものもあるわけですから、いずれ今の勝ち組が将来の負け組と呼ばれ、その逆もあり得る時代が来るかもということですかね。
同じ医療関係者でも今から入試に挑む高校生、これから研修に出る若手医師、彼らを指導する中堅医師、そしてそれら医師達を使う立場の管理職と、皆それぞれの立場によって何が理想で何が勝ち組かは異なってきて当然ですが、少なくとも何も考えなくとも適当に何とかなるだろうでは今後は貧乏くじを引く確率が増えてくるだろうとは言えることでしょう。

今どきは「先輩に高そうな店でおごってもらった」なんてことに恩義を感じて将来を決める学生もそうそういないと思いますが、進路選択に当たっては医療行政の行く末から世論の動向まで予測してと考えると、これからの医学生はなかなか大変だなと思うところですが、実は他学部の学生はとっくの昔からそんなことはやっていることなんですよね。
そんなところも医療業界がまた一歩、世間並みになってきたと言うことなのかも知れません。

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