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2009年8月21日 (金)

国政選挙における医療政策 その二

今日は先日に続いて選挙関連の話題ということで、具体的な国政選挙の争点となるべき医療政策面についてみてみましょう。
選挙の争点は何も医療ばかりでもありませんが、今や国庫支出だけでも10兆円を越えるというくらいで、医療費というものは決して国政の中で占める割合の小さなものではなくなっています。
まずはロハス・メディカルの記事から主要二大政党の主張を拾い上げてみますが、いずれも非常に長文ですので後半の部分に限って引用してみたいと思います。

総選挙直前企画 各党の医療政策を聴く①自民党(2009年8月17日ロハス・メディカル)より抜粋

 18日の総選挙公示を前に、7月の東京都議選において議席を獲得し国会にも議席を持つ自民、民主、公明、共産各党(解散前の衆院議席数順)の医療政策担当者に話を聴いた。誰を医療政策担当者と見なすかは、各党本部の差配に従った。くしくも全員医師になった。全ての党に同じ質問を行い、回答は原則として編集せず、回答すべてを掲載した。

1回目は自民党の鴨下一郎・党社会保障制度調査会医療委員長(元環境大臣)。(聴き手・川口恭)
(略)
(現状とあるべき姿との間にあるギャップをどのように埋めますか)

 もう既に自民党、与党は、こういう意味で舵を切ってきているわけですから、評判は必ずしも良くなかったですけれども、高齢者医療制度を改めました。それからメタボリックシンドロームなどを含めた現役世代に対する特定健診、そういうようなものもやって、予防に力を入れようということも申してきました。

 これが、これから3年、5年経って成果が出始めると思います。それから高齢者医療というものは裏表で言えば、現役の人たちは健康保険の組合に入っていますけれども、リタイアすると国民保険に入ります。ですから圧倒的に国民保険が、特に医療ニーズの高い高齢者が加入する保険になってしまったので、国民保険として地域保険の中で支えきれなくなったということがあって、これを改めて高齢者医療だけ別の制度として今回立ち上げたわけです。ですから、これをより成熟したものにしていくというようなことが私たちの考えであるし、それをきちんとやっていけば間違いなく医療は支えきれると思っています。

(そのために必要な特にお金はどの程度で、どのように賄いますか)

 お金は、全体的に言えば、高齢者医療というものは、大枠で言うと30数兆円医療費がかかってますが、それの3分の1は高齢者医療です。ですから 10兆円強かかっているということですね。そして、そのお金を我々皆で支えているわけです。これは保険料と税金と窓口負担と、こういうようなことで支えているわけです。それについて今後どうするかという話で言えば、現役世代の保険料だけがどんどん上がってしまうというのもよろしくないし、さりとて高齢者が医療にかかる時に窓口負担が過重になるのもよくない。

 ですから、そのことについて我々は悩んだ末に、できるだけ医療費全体はお互いに気をつけてあまりかからないようにしていきたいねということが一つと、それと同時にイザ病気になった時には例えば高額医療費だとか何だとかの上限をできるだけ低くして低所得の方、低年金の方でも、きちんと高度な医療が受けられるような、そういう仕組みもビルドインしてきたわけです。

 加えてこの高齢者医療あるいは医療費全体で言えば30数兆円が年々1兆円ぐらいの規模でこれから増えていくだろうと言われています。それは国民の皆さんが悪いわけじゃなくて、世代が徐々に高齢化していくことが原因です。ですから我々も好むと好まざるとにかかわらず、医療費は増えていくということを織り込んでものを考えていかないといけない。で、その負担については、抑制するというようなことよりも、負担できるところは皆でお互いに負担し合おうよということに、ここ1、2年でなりました

 ですから、そういう意味においては、一つは現役世代が保険料としてどこまで負担できるのか、もう一つは公費あるいは税金というものに、より重きを置かざるを得なくなったと思っています。高齢者医療そのものが構造的にこれから増えていくわけだから、私たちの世代が70、80になるころまで20年くらいは、ですからそこまで至る前に、たとえば税の構造を変えて、産業の活力を落とさないである程度の負担を国民の皆さんにお願いするというと、高齢社会の中では、たとえばヨーロッパ諸国なんかの間接税中心の税構造にしていくというのは、これから必要なんだろうななあと思っています。

 ですから自民党のマニフェストの中に、景気が回復した後には間接税を、間接税というのは消費税を含めてですね、国民の皆さんにお願いする時期が早晩来る、と。これは、私は社会保障を中心に仕事してきた人間ですから、その消費税アップ分は100%社会保障、特に医療とか年金、そういうものの安心とか取得可能性というものに使うべきだと思っていますし、これからもそれは主張していこうと思っています。

(実現可能性はありますか)

 既に持続可能性を含めた医療制度改革は現在進行中ですから、実現はしてきているのですけれども、ただまあ、それについて色々な摩擦もあります。例えば、現役でまだ働いている75歳以上の高齢者の皆さんにとってみると、なんで自分たちは高齢者医療の中に入らなければいけないんだと、こういうような意識の方も高齢者の中にたくさんおいでですから、そういうような方々も大体30数万人おいでになるということですから、そういう方たちはもう一度前に所属していた会社あるいはそれぞれの共済、こういうものの中へもう一度戻っていただいて支え手の側に戻っていただくと、こういうようなことも変えて、少しずつ微調整している、こういうような所です。

 高齢者医療は、今の枠組みを崩さずに丁寧にそれぞれの言い分を伺って、調整すべき所はしていくと、負担の部分についても、そういうようなことを現在やっている最中ですから、実現できなかったということじゃなくて、実現はしたんだけれど色々とご不満が多い所があるので、それについてはできるだけご意見を聴いて、しっかりと対応していくというプロセスにおります。

総選挙直前企画 各党の医療政策を聴く②民主党(2009年8月17日ロハス・メディカル)より抜粋

 2回目は民主党の足立信也・党政調副会長(厚生労働担当)、元筑波大学臨床医学系外科助教授。(聴き手・熊田梨恵)
(略)
(現状とあるべき姿との間にあるギャップをどのように埋めますか)

 まず国民が健康に関心を持ち、健康管理に努めるというのがあるべき姿ですから、予防医学につながっていきます。ですが、予防医療は保険適用ではないところにギャップがあります。ある一定の確率で病気になりますから、そこで標準的医療が比較的安い自己負担で受けられることが必要です。ただ、保険間で格差がありますので、そこにもギャップがあります。そこで情報を公開し共有し、医療を受ける側と提供する側が同じ会議体で話し合っていけば「日本の医療はこれでいいのか」という話に必ずなってくるでしょう。国民の中でもやはりこれだけの医療を受けられるためには、それなりの税、保険の負担が必要という認識が生まれてくるはずです。そういう取り組みが必要だと思います。オープンに医療側の情報を流してもらい、国民がそれを目にして考えることが大事だと思います。

 日本の公的医療保険は、職業別に共済組合や健保組合、協会けんぽ、市町村国保と、それぞれに別な保険制度です。協会けんぽが8.2%、健保組合が 7.3%、共済組合が6.8%と保険料率に差がある上、同じ健保組合の中でも企業の大きさによって自己負担率に差があるという現状です。これでは国民皆保険と言いながらも不平等な制度設計ではないでしょうか。市町村国保は保険料の最低と最高で3倍以上の格差です。そういった事態をなくしていかないといけないと思います。

 医療人材、医師数、看護師数が欧米に比べて圧倒的に少ないという認識は与野党問わずやっと去年の後半にできたと思います。ただ、医療費をどれだけ上げるべきかという考えは、民主党はコンセンサスがありますが、自民党はバラバラだと思います。病院スタッフの中で一番数が多いのは特別な資格を持たない職員であり、世界共通ですが、診療報酬を2.7%下げた02年からどんどん数が減っています。その分を看護師が補い、さらにそれを医師が補うという悪循環に陥っています。つまり病院の総収入が減少したら資格を持っていない人を雇えなくなったということです。病院の総収入が減るとサービスが低下し、過重労働を招くということの表れで、これを上げなければいい医療が提供できないでしょう。

 もう一つの例です。社会保険病院は、その後の整理統合、売却を見据え、平成15-17年度の間、経営効率化を徹底的に図りました。その結果、17年度は 49社会保険病院の中で赤字はゼロでした。ところが平成18年度にマイナス3.16%の診療報酬改定があり、赤字の社会保険病院が一気に14に増えました。これは経営効率化を徹底した病院の総収入が減ってしまったら病院経営は不可能であることの一つの証明です。効率化や無駄を省くことは大事ですが、もう限界だという認識です。このため、診療報酬も含めて医療費を上げていく必要があるという結論が出てきます。

(そのために必要な特にお金はどの程度で、どのように賄いますか)

 日本の医療費は対GDP比8.1%ですが、これをOECD諸国の8.9%にまで可及的に速やかに到達させる必要があると思っています。ただ、その後医療費がどんどん増え続けるのではないかという心配がありますよね。では医療費がどうやって増えていくかというというのを考えてみます。人口動態統計と高齢化率と現在の受療実態から将来の診療実日数が推計され、それに技術革新係数をかけると将来の医療費が推計できます。技術革新係数はマッキンゼーによると 1.4%という数値と、デービット・カトラーの論文には1.0%という数値があります。これを高位と低位にして、この間に入るだろうと考えられます。仮に日本の総医療費対GDP比を2015年までに先進国平均の9.4%まで上げるとします。技術革新を除外した日本の医療費は2022-3年ぐらいがピークですから、2025年の推計が大事です。都道府県別70歳以上一人当たり医療費と人口10万人当たりの保健師の数の関連をみると逆相関していて、保健師の数が多いほど高齢者の医療費は低くなるという結果でした。長野県の高齢者医療費は平均よりさらに15%低くなっています。長野県では医師や保健師などによる地域保健活動が盛んですが、この長野モデルが日本の予防医療の一つの指標だと考えています。せめて長野県の2分の1の効果だとしても、2015年に 9.4%に引き上げても2025年には10.1%。技術革新係数を高位の1.4%で計算すると、2015年に9.4%まで引き上げても、2025年には 13.3%。低位だと11.3%です。各国の推計を見ると2025年に先進国は13-15%以上になりますから、日本は今一気に先進国並みに医療費を引き上げたとしても、保健活動、つまり予防医療に力を入れればそこまでいかないということになります。そのためには医療人材が必要です。医師需要誘発説ならびに医療費亡国論などはありえないということが分かってきます。

 仮に金額を大まかに言いますと、総医療費対GDP 比はOECD平均8.9%、日本は8.1%で0.8、総医療費で言うと4兆円です。現在の総医療費は41兆円で国民医療費は33兆円です。4兆円のうち国民医療費に相当する金額は3.2兆円です。国民医療費の35%が公費ですから、計算すると大体8-9000億円が予算として必要ということになりますよね。予算として先進諸国並みに9000億ぐらい必要だと思います。これは医療費に限定した総論であり、それをやろうというのが我々の考えです。

 民主党は無駄をなくすと言っていますし、国民もその事に期待しています。これがどういうことかを見てみますと、国の一般会計と特別会計を合わせた純粋な歳出は206兆円です。昨年まで公共関係事業費や防衛関係事業費など「事業別」に出されています。「事業別」とは各省庁の各局が「○○事業」としてやっているものです。いくつもやっているので同じ事業の中に施設費や人件費が重複して入っています。民主党は企業会計と同じように「『目別』で出してほしい」と要請を続け、昨年9月に財務省から「目別」の歳出が提出されました。今まで政府与党側は206兆円の80%を占める国債費、社会保障関係費、地方交付税交付金は"聖域"で削れない部分だと言っていましたが、目別に見直すと、相当するのは65.5%でした。つまりダブっていたということです。残りの 34.5%、71兆円には再考の余地があるということです。これだけ削れる対象が出てきたということです。ここで無駄な事業はないのかという話になり、「事業仕分け」をやりました。その結果、7000億円のうち1800億円は削除できる、26%はできるということが分りました。87事業だけに絞ったのですべてがそうとは言えませんが、26%の半分でもできれば12-3兆円は出てきます。10%でも7.1兆円です。無駄遣いの捻出で9.1兆円、この他を加えて4年後には16.8兆円を出せると考えています。

 これは個人的な考えですが、医療分野における財源はさらに捻出できます。まず、国民医療費33兆円の20%が企業負担の保険料ですね。非正規雇用を解消して正規雇用とし、せめて以前の25%のレベルに戻すことです。被用者保険の保険料率を8.2%に統一することで9300億円の収入増になります。小泉構造改革以降、年収200万円以下の層と、年収2000万円以上の層の2極が増えました。しかし、現在の被用者保険も国民健康保険も年間収入、所得の上限が低く設定されており、それ以上の収入、所得の方の保険料は増えません。上限を現在の5割増し程度にするだけで5000億円近い収入増が見込めます。高額療養費の1%の定率部分を廃止して現状の上位所得者のさらに上位の所得者を設定することや、たばこ税の増税など、トータルで少なくとも数兆円は出るだろうと私は考えています。

(実現可能性はありますか)

 16.8兆円を捻出することについては、強毒性のインフルエンザが国内で蔓延するなどよほどのことがない限り、実現可能だと考えています。それ以降は先ほど言ったような、国民全体の認識が変わることが必要です。「がん対策推進協議会」がモデルになると思いますが、代表者が集まって日本の医療について「こういう方向性がいい」、「こうしたい」というように話し合っていけば、おのずとそうなっていくでしょう。今回新しく設置された消費者庁には、庁を監視する委員会ができました。これも我々が主張していたことでしたが、医療についてもこういうものができていけばいいと思っています。そうすれば中医協の役割も変わってきます。医療に関する制度は国民による議論の中で決められ、PDCAによってさらに変更されていくという方向が本来の民主主義だと思っています。

民主の足立氏がずいぶんと熱く語っているのはいいのですが、何やら見てきたような別世界の話を真実らしく語っているようにも見えるのが少し気になりますかね…
両者に共通するのは基本的に医療費抑制政策は(多少温度差はありますが)見直すという方針であるということ、一方で医療費増額に対する歯止めの一つとして予防医学の重要性というものを強調しているということでしょうか。

いずれにしても金銭的な負担の増加は避けられないとして、その負担する主体を誰に置くかというのが両党の最大の差違で、間接税を中心に国民に広く負担をと言う自民党に対して、民主党は支出の見直しと企業負担保険料の増額でという主張でしょうか。
もっとも最近の政治の状況を見ますと各党とも必ずしも一枚板という感じでもないですから、いざとなるとこれが単に一議員の個人的意見ということでそっくり反故にされかねない危険性すら必ずしも否定できないところだとも思いますが(苦笑)。

そしてもう一点気になることは、確かに両党とも医療費増額、そしてその財源の捻出ということには気を使っているのは判るのですが、では今の医療現場の抱える問題とは金を出せば全てが解決することなのかという点に関してあまり言及がないことです。
例えば近年では医師不足だと大騒ぎされているせいか医師給与の相場というものは一部でトンでもないことになっているとも言いますが、いくら「3000万も出せば大学の助教授クラスが飛んでくる」などと嘯いてみたところで一年で逃げられているという現実があるわけですよね。
世間がバブルだのなんだのと浮かれていた中で実に四半世紀に渡って横ばいで据え置かれてきた勤務医の給与は、近年の不況と医療費削減政策の中で逆にじりじりと上昇傾向に転じていたという現実がありますが、国の支出としての医療費と現場スタッフの待遇やモラール(志気)とが必ずしも相関していないことは現在の勤務医の士気低下ぶりを見ても明らかではないかと思います。

となりますと、医療崩壊を云々するのであればこの現場志気を如何に引き上げられるのかという点にかかってくるとも言えるわけですが、そうした観点からするといずれの政党の主張も物足りないのではという懸念はあるところですよね。
ただ一応この面で擁護をしておくとすれば、必ずしもこれが正解という解決策がある問題であるのか、あるいはそうした解決策が存在していたとして実現可能性があるのかどうかも不明であることもまた事実だろうということです。
いずれにしても各党とも医療費を今より増やすような口ぶりではありますが、少なくとも無制限に出すつもりはない、あるいは増額とは別な一面における減額、抑制とセットであろうということはうかがわれる内容というところでしょうか。

さて、医療費の国庫支出ということに関して救急医療などは恐らく増やさざるを得ない、その一方で代わりにどこを削るかとなった場合に、年々進む人口高齢化とも絡めて増え続ける高齢者医療費の抑制が議論に登らないわけにはいきません。
先頃出ました2008年度の集計では75歳以上の後期高齢者に要した医療費総額は11兆円余りで、これは概ね医療費全体の1/3といったところとなっていますが、実際問題として歳を取れば基礎疾患も増え、亡くなる寸前が一番医療費がかかるだろうと考えるなら高齢者が若年者より医療費がかかるのは当然とも言えます。
例の後期高齢者医療制度なるものの導入でどうもこのあたりで迂闊なことを喋ると袋だたきになってしまうような状況ですが、医療費支出という観点からは後期高齢者の医療費というものが大きな争点となっているのも確かなのであって、このあたりに対する議論は決して避けて通るわけにもいかないと思いますけれどもね。

崩壊へと向かう医療制度問題の全体像を語れる政党の不在(2009年08月17日週刊ダイヤモンド)

徐々に崩壊しつつある日本の医療制度

 妊婦のたらいまわし事件や、増加し続ける高齢者の医療費など、最近医療にまつわる問題を耳にすることが増えてきたように感じます。かつては国民皆保険制度に守られ、世界でも最も安心な医療体制が整っていると言われた日本の医療制度も、今やこのままでは限界を迎えつつある証拠と言えるでしょう。医療の提供体制の問題と、医療費を支える仕組みの、両面の見直しが急務であり、今回はこれら両面について触れてみたいと思います。

 医療の担い手不足に対する方策は、医学部定員の増加によって医療の担い手を増やすことと、切り下げが続いていた診療報酬を再び増加させ、医者の報酬を増加させることに尽きるようです。

 民主党は、医学部定員を1.5倍に増やすことを掲げています。いつの時点と比べてなのか不明瞭ですが、2009年でおよそ8500人であったことを考えると4000人以上増員することになると思われます。また、地域医療を支えている医療機関に対して、診療報酬を増額することも謳っています。

 対する自民党は、医学部定員を600人程度増加させることと、救急医療と産科に対して重点的に診療報酬のプラス改定を行うとしています。医者の数自身を急増させるのではなく、重点医療の報酬を引き上げることによって、必要とされる救急医療や産科のなり手を増やそうという意図が感じられます。

 しかし、日本の歳出について考えると、医療費支出の国庫負担を含む社会保障関係費は年々増加しています。この背景にあるのが高齢化する社会でで、高齢化に伴う医療費負担の影響を真っ先に受けたのが、国民皆保険制度の一翼を担う健康保険でした。

 それでは、昨年議論を呼び、選挙戦でも焦点の一つになっている「後期高齢者医療制度」について見てみることにしましょう。

争点となる「後期高齢者医療制度」とは?

 2008年に老人保健を支える健康保険制度として「後期高齢者医療制度」がスタートしました。昨年制度がスタートする前後には、「姥捨て山法案」や「老人切り捨て」と批判されることもありましたが、「後期高齢者医療制度」について再度振り返ってみましょう。

「後期高齢者医療制度」とは、75歳以上(一定の障害がある場合は65歳以上)の人が、全員加入となる健康保険制度のことです。この健康保険の保険料は高齢者自らが負担することになり、その負担額は地域によっても異なりますが、平均して月6000円程度とされています。現役世代の3倍かかるともいわれる老人医療の保険制度において、1割をこの高齢者からの保険料で賄い、4割を各健康保険組合からの「支援金」で、残りの5割を公庫で支えることとなったのです。

 では、この制度が始まる前に実施されていた「老人保健制度」はどうだったのでしょうか。現行制度との最大の違いは、高齢者は、現役世代の自営業者やフリーランサーも加入している国民健康保険に加入をするか、現役世代として働いている子供の健康保険に対して「扶養親族」として加入する(この場合、保険料は無料)ことになっていました。そして、老人医療費を捻出するために、現役世代が加入しているこれらの健康保険から、老人保健拠出金として5割を捻出し、残り5割を公庫負担とすることで支えていました。

 しかし、本来は加入者自身の現役世代の医療を支えるはずの健康保険において、この老人保健拠出基金部分が拡大し続け、支出の2割以上にも上る健康保険組合も現れるほどでした。そして、1999年には、健康保険組合による、老人保健拠出金の不払い運動が起きるまでに至ったのです。その結果、当時3割負担だった公庫負担を5割に引き上げ、さらに10年の議論を経て、現役世代の健康保険から高齢者の医療費を独立させた「後期高齢者医療制度」が誕生した、という流れだったのです。

 上のグラフのように、現在でも健康保険組合の財政は厳しい状況が続いており、国の財政の厳しさと合わせて、医療制度改革を考えた際に、常に財源の問題が持ち上がるのも頷けます。以下、「後期高齢者医療制度」に対する各党の主張を見てみたいと思います。

「後期高齢者医療制度」に対する各党の主張は?

 民主党は、この「後期高齢者医療制度」を廃止して、以前の状況に戻すと主張しています。しかも、政策INDEXの中で、若年負担率は現行をおおむね維持するとしていますから、これからも高齢者の数が増えていくことをふまえれば、相当な額の公庫負担が生じることになります。そして、民主党はそのための所要額を8500億円と見積もっており、税金(国庫)で負担するとしています。要するに、高齢者自身の保険料を高齢者に負担してもらうのではなく、税として広く社会全体で負っていくということです。

 自民党は、基本的には「後期高齢者医療制度」を継続する予定です。そのうえで窓口負担の上限を半減する、保険料の軽減措置を継続する、75歳以上のサラリーマンは現役の制度に加入し続けられるようにする、等々の緩和措置を取ろうとしているようです。1999年の「不払い運動」の結果生まれた制度であることを踏まえれば、同党の主張は当然のものであるといえるでしょう。

 民主党、自民党の最大の差異は、高齢者自身による保険料負担を求めるか否かであるといえます。ただ、これは現役世代の加入する健康保険と公庫からの負担の合計を、9割にするか10割にするかの差でしかないとも言えます。

 上のグラフのような傾向は今後も続き、高齢者比率は上昇の一途を辿ることは誰の目にも明らかです。そして、このままでは、いずれは「老人保険料の引き上げ」、「公庫負担の引き上げ」か「老人医療の質の切り下げ」を選択しなければならなくなるのは必至とも言えるでしょう。

 今回のマニフェストを見ると、目先の保険制度の話の良し悪しにのみ終始していて、「老齢期の医療はどうあるべきで、それは誰がどう支えるべきなのか」といった全体像を語る政党が不在なのが、非常に残念でなりません。明日から本格的に始まる選挙戦の中で、議論が進展することを期待して、注目して行きたいと思います。

しかしのっけから「医師の報酬を増加させることにつきる」などといいながら、実際の政策を見てみれば医師数増加>>医療費増加でどうみても医師報酬が増えるわけはないあたりに突っ込めよとも思うわけですけれどもね。
ついでに医療費を増やすといっても例によって政策誘導的にあっちを増やし、こっちは減額式ですから、特に疲弊著しい勤務医の待遇が金銭的にすら(実際にはほぼ無理でしょうが)改善するとも思えない話なんですが(その対策として開業医を締め上げて逃げ場をなくすなんて話に至っては…)
本稿の目的でも記事のテーマでもないのであまり突っ込みたくないのですが、ジャーナリストの皆さんもいい加減政党広報の丸写しで目先の議論に終始するのではなくて、もう少し自分の頭で考えて吟味するということを習慣づけて行った方がいいんじゃないでしょうか?

それはそれとして、この後期高齢者医療制度と健康保険との絡みについては以前にも紹介しましたところですが、金銭面を離れて高齢者医療の問題で考えてみるべきことに、特に超高齢者に関連してくる終末期医療の取り扱いということがあるのではないかとも思いますね。
その昔の小児科の警句に「子供は小さな大人ではない」という言葉がありましたが、小児の特殊性をなるほどそういうものかと納得するのであれば「高齢者は年齢の高い大人ではない」ということもまた納得していただく必要があるのではないでしょうか?
代謝であるとか生物学的な差違ももちろんなのですが、人文的な意味においても高齢者は少なくとも小児と同程度には違った存在であるのだと言う認識は身近に経験してみれば容易に理解出来ることだと思うのですが、どうも昨今の核家族化の影響かこの辺りの経験値が極めて乏しい人々も増えてきているように感じられるところです。

管理人などが危惧するのは現場を知らない人間ほど「姥捨て山制度断固粉砕!」「命の切り捨てを許すな!」などという普遍的な(いわば、反論し難い)言葉によって、高齢者医療というある意味で特殊な医療をミスリードしているという傾向があるのではないかということなのですね。
医療業界内部に限らずとも最後まで身近に老親を看取った人々であればそれなりに内心語るべきことはあろうかと思うのですが、臨終間際になって初めて顔を出したような遠い親戚の「なんでこんなになるまで放っておいたんですか!出来るだけのことをしてください!」なんて大声の方が力を持っていたりする、それはやはりおかしいんじゃないかと言うことですよ。
甚だしきは年老いた我が親を遠い故郷に放置した挙げ句、介護を押し付けた身内とも絶縁状態になったとも言われる割に介護経験者を名乗って本まで出版し、「自分が始めからみていたらこんなことにはならなかった」と嘯いたという方が厚労大臣にまで出世したという事例がありましたが、そんな人の語る高齢者医療政策を中身以前の問題として信用できますか?

救急だの医学部定員だのといった議論もそうですが、こういう機会にこそ現場の実情を知っている人間がもっと声をあげていかないことには、政治家も評論家もマスコミも無関係な他人はみんな銭金の話ばかりで、気がついたらホントの関係者は誰も望んでいない妙なシステムが出来上がっていたということになりかねないですよ。

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