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2009年8月27日 (木)

「バンキシャ」虚偽報道問題、その後の経過と新たな火種

先日も今までの経緯の概略をお伝えしました日テレ「バンキシャ」虚偽報道問題ですが、このたびようやく検証番組が放送されました。
まずは報道から引用してみましょう。

久保前社長が改めておわび=「バンキシャ!」誤報で検証特集-日テレ(2009年8月23日時事通信)

 日本テレビの報道番組「真相報道バンキシャ!」は23日、放送倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会の勧告に基づき、岐阜県庁裏金誤報問題の検証特集を放送し、誤報に至る経緯や再発防止策について説明した。
 冒頭、同問題で引責辞任した久保伸太郎前社長が、岐阜県庁や県民、視聴者に対し「重ねて深くおわび申し上げます」と頭を下げ、「報道局内の上司と部下との間の報告、連絡の在り方などについて基本中の基本をおろそかにしていた」と謝罪した。
 当時の責任者だった足立久男前報道局長、袴田直希前チーフプロデューサーも出演し、謝罪。放送日を大前提にした報道体制、不十分だった訂正放送などについて検証した。
 その上で、細川知正社長が「今回の勧告を真摯(しんし)に受け止め、報道番組全体を総点検し、信頼回復を目指します」と決意を述べた。 

日本テレビ:「バンキシャ!」誤報、社長らが番組内で謝罪(2009年8月23日毎日新聞)

 日本テレビは23日夜の報道番組「真相報道バンキシャ!」内で、岐阜県庁の裏金誤報問題を検証する内容を放送した。

24日未明放送の検証番組のダイジェスト版で、「検証特集『誤報はなぜおきたか』」と題して番組後半の約26分間をあてた。裏付け取材を欠いたことや訂正放送の不十分さなど5項目の問題点を挙げ、取材ディレクターらスタッフの証言を交えて検証。再発防止に向けた取り組みなどを紹介した。08年11月の放送時社長だった久保伸太郎相談役、細川知正・現社長らも登場した。最後には、制作スタッフと番組キャスターの福澤朗さん、菊川怜さんら約30人がカメラの前に整列し、「改めて深くおわびします」と頭を下げた。

日テレがバンキシャ虚報問題で検証報告書を公表(2009年8月24日産経新聞)

 報道番組「真相報道 バンキシャ!」の虚偽証言問題で、日本テレビは24日、社内の検証結果や再発防止策をまとめた報告書を同社や同番組のホームページで公表した。

 報告書は24ページにわたり、虚偽証言を報道した際の放送内容や取材経過、取材上の問題点、番組制作態勢の構造的な問題などを検証。再発防止に向けた研修の実施状況など、具体的な取り組みを記載した。

 一方、検証結果の内容を放送した23日夕の同番組の平均視聴率は関東地区11.0%、関西地区8.4%で、24日未明の検証番組は関東地区4.0%、関西地区5.2%だった。(ビデオリサーチ調べ)

さすがにわざわざ深夜枠を確保して放送した検証番組だけに、視聴率4~5%と予定通りの低視聴率だったようですね(苦笑)。
各メディアとも平素他業界の失点を執拗に追求する姿勢と比較すると、社長のクビまで飛んだにしては身内のネタはずいぶんと小さな扱いなんだなと思わされるところですが、そもそもこの問題の存在自体も知らないという人間も多かったかも知れませんから、ここでもそれなりに隠蔽工作?の実は上がっているということなんでしょうか。
ちなみに引責辞任した前社長の辞任会見と今回の謝罪会見の様子は動画にも出ているようですので紹介しておきますが、これを見て一般の視聴者がどう感じるかということでしょうか。

【動画】日テレ社長、「バンキシャ」問題(辞任報道)

【動画】真相報道バンキシャ! 090823 社長および福澤キャスター以下スタッフ謝罪(謝罪報道)

ちなみに記事中にもあります通り検証報告書なるものが公開されていますので、これも紹介しておきましょう。

【参考】「真相報道バンキシャ!」虚偽証言問題に関するお詫びと最終報告書公表のお知らせ (日テレプレスリリース)

この中で日テレ自身が取り上げている問題点として、以下のようなものがあるわけですね。

【問題点1】
インターネットの取材協力者・出演者募集サイトは、テレビ各局や雑誌社などが情報収集に活用しているが、「バンキシャ」では番組作りにあたり、これまでもこのサイトを度々利用していた。話題モノの体験者募集と同じ感覚で、事件取材の端緒をネット募集に頼ったことは、報道取材の手法として安易すぎたと言わざるを得ない。また、募集に際して「謝礼」は「応相談」と記載された。結果的に岐阜県の情報提供者に謝礼は支払われなかったが、謝礼の可能性を示して取材対象者を探す手法は、報道倫理の観点からも大きな問題があった

【問題点2】
情報提供者と最初に話したFアシスタントディレクターは「バンキシャ」に来てまだ1か月で、報道番組の取材経験はほとんどなかったが、その電話取材の結果が取材開始時の唯一の検討材料だった。重要な告発事案にも関わらず、メーンデスクや統括ディレクターは情報提供者に直接取材をしようとしなかった。また、前日に裏金を振り込んだという人物が、翌日にサイトに応募して告発したいと名乗り出たことに、誰も違和感を覚えないまま取材が始まった。

【問題点3】
岐阜県に対する質問は、いつ、どこで、誰が裏金を作ったというような具体的な内容は一切なく、回答しようのない漠然としたものだった。この段階では、「取材源の秘匿」の問題以前に、告発内容の基本的な事実すら把握できておらず、公正な取材とはいえなかった。また、反対当事者である県庁の取材に、大雑把な内容しか知らされていないアシスタントディレクター1人をあたらせるという取材姿勢にも問題があった。

【問題点4】
重要な告発事案であるにもかかわらず、十分な事前取材を行わなかった上、実名報道についての交渉は一切しないまま、インタビューの前から、モザイク処理など匿名を前提にした安易な取材が行われた。

【問題点5】
インタビューの最中、取材ディレクターは、200万円の裏金作りに加担した別の業者の名前や県が発注した工事の内容、裏金に関わっている他の業者や県職員の名前、車などを贈った県職員名など、証言の裏付けに必要な要素について、突っ込んだ質問をしていない。証言を報道するには、そうした裏付け取材が不可欠だという意識は、この時点ではほとんど見られなかった。また、いくつか疑問を感じる場面がありながら、深いこだわりを見せないままインタビューを続けた。この時の心境について、取材ディレクターは「事前リサーチを踏まえて(取材に値すると)本社にいるデスクらが判断して取材が決まった。本社にいるデスクからの指示だったので、疑う気持ちは余りなかった」と述べている。取材現場の判断で情報が真実かどうかを確認する姿勢が希薄だった。

【問題点6】
取材で情報提供者から入手した物を、裏金を証明するものとしての証拠価値があるかどうか、深く精査することはなかった。ネットバンクの入出金の仕組みや、入出金記録がどんなものかについても検証しなかったため、送金手数料の記載がないなどの不自然さには最後まで気づかなかった

【問題点7】
前回から1週間あったにもかかわらず、周辺取材や裏付け取材は一切行われないまま、報提供者側からの情報だけに基づいて再取材をしようとした。しかも、「取材源を守る」という理由から具体的な事実をほとんど明らかにしないまま、県庁側のコメントを取る取材姿勢は前回とほとんど変らなかった。

【問題点8】
裏金作りに関わった別の業者名など、新たに証言の裏付けをとるためのきっかけをつかみながら、確認を行う努力をしなかった。また、県職員が実在するかの確認のために職員名簿の入手すら自ら行わず、情報提供者側に提供させるという有様だった。架空工事の領収書などを受け取りながら、過去の受注実績も確認しなかった。また、証言の変遷や、偽造領収書とキャッシュカードの架空名義が同一だったことなどに強い疑いを持たず、情報提供者の弁解を鵜呑みにし、ウソを見抜く機会を逃した。

【問題点9】
オンエアの可否を議論した本社スタッフは、情報提供者から提供された証拠と証言内容だけの検討しか行わず、証言を裏付ける周辺取材や、関係者取材の必要性に思い至らなかった。そして、放送決定に関わった本社スタッフは、誰も情報提供者に直接、会っておらず、判断材料のほとんどはディレクターやアシスタントディレクター達が取材したものだった。独自の取材で、架空口座の届出住所が情報提供者の自宅住所であるという不自然さに気付きながら、現場スタッフから伝えられた情報提供者の言い訳を聞いて「そういうこともありうるのかな」と納得してしまった。また、たとえ架空名義の口座に実際に裏金が振り込まれていたとしても、その口座と岐阜県を結び付ける証拠は何もなかったにもかかわらず、その点については議論もされなかった

【問題点10】
今回の情報提供者がネットで応募してきた際、過去に同様の応募歴があるかどうかを確認していれば、証言の信用性を判断する際の一つの材料になっていたと考えられる。しかし、「バンキシャ」では、ネットを使った出演者や取材協力者の募集は度々行われており、同じ人物が様々なテーマに応募してくることへの危機意識もなく、過去の出演歴についての確認作業は行われていなかった

しかしまあ、こうしてみますと最初に放送ありきで、その目的にそって全ての取材活動は単なる番組制作のための作業として行われていたように思われる話ではあります。
証言の信用性や取材過程の不完全さなどもさることながら、現場の制作スタッフは怪しいと感じながらも期日に追われる中で「最終的には本社が判断するだろう」と考え、本社スタッフは「現場が出してきたものだから」とスルーすると、要するに同社内にはどこにも真実性を担保するためのチェック機構というものは存在していないという話になってきますかね。
これは何も番組制作から放送に至る過程に限った話ではなく、同番組の内容が虚偽と判明した後の訂正放送においてすら、このような不徹底が存在していたことにも同報告書が言及していることに注目すべきですね。

 しかし、日本テレビは本件訂正放送において、情報提供者が、岐阜県の裏金問題に関して証言した内容は虚偽であったと、証言を翻した事実を伝えただけで、真実ではない部分が具体的にどこであり、どこを取り消すのか、またどのように訂正するのかを視聴者に明確に示さなかった。さらに、岐阜県がこの情報提供者を偽計業務妨害罪で告訴した事実、また、彼が中津川市の公金詐欺事件で逮捕・起訴されている事実を併せて伝えた結果、真実ではない部分の訂正・取り消しという本来の訂正放送の目的が曖昧となり、情報提供者の悪質性をことさら強調していると受け取られかねないような内容となった。本件訂正放送は、放送の真実性に対する視聴者の信頼を得るとともに、真実に反する放送による被害を阻止・回復するという訂正放送の趣旨に照らして不適切であった。

 このように、本件訂正放送が不適切と言わざるを得ないものとなった背景には、放送当時において未だ原因究明が不十分であったことに加え、その時点では、情報提供者の巧妙な嘘に騙されてしまったという意識が作用していたことは否定できない。証言の裏付けを十分に行わないまま真実ではない放送をした責任はすべて日本テレビにあり、その結果、テレビが犯罪に利用されてしまったということに対する強い自省が足りなかった。

要するに自分たちは騙された、被害者であるという意識が先に立ち、自分たちが視聴者を騙した加害者であるという認識が欠けていたということですかね。
このあたりは従来から業界関係者が共通して言うところの「テレビなんて見ているのは馬鹿ばっかり」であって、その認識を前提に仕事をしているという意識の発露とも言うべきなのかも知れませんが、例えば当の日テレで編成部長を務める土屋敏男氏も糸井重里氏に対してこう語っています。

テレビという神の老後。 第11回 あなたは、消費者を信用できますか?(ほぼ日刊イトイ新聞)より抜粋

土屋     実は、ぼくら地上波のテレビをやっている人たちは、視聴者を、信じていないんですよ。
見ている人のことを、かなりものがわからない人だと想定して、その人たちにどう見せるかと工夫しているんです。

ものすごく悪い言い方をすると、もう、「馬鹿にどう見せるか」と、みんな絶対にクチには出さないけれども、どこかのところではみんながそう思っているようなフシがありますね。

糸井     あれだけの大きさのツールを持てば、誰でもそうなりますよね。

土屋     確かに、何百万人、何千万人と見てくださる中には、もちろん、そういう人たちも、いますよ。
その人たちも入れないと数にならないから、「その人たちまで含めて全員をダマすためには……」と、自分たちの持っている視聴者像を、どんどん、ものすごく友達にしたくないところに持っていってしまっている、というか。

確かに社会人口構成を考えるならば、メディアに限らず国民一般を相手にする場合に「一流大学卒で若くして最先端知的産業において年収○千万」なんて特殊な人たちをターゲットにやって商売になるわけがないのは当然で、実際そういう人たちはテレビなんてほとんど見ないわけですから、マーケッティングとしてはそれなりに真理を突いているというのは確かでしょう。
しかしだからといってしょせんテレビなんだから嘘をついていいとか、テレビごときに騙される方が悪いとかいった態度で仕事をしてもらっていいかと言えば、それもまた違うんだろうと言うことですよね。
今回の一連の騒動における日テレの姿勢について同じ報道業界ではどのように評価しているのか、社説で取り上げた中日新聞の記事から引用してみましょう。

【社説】誤報検証番組 信頼取り戻せるのか(2009年8月26日中日新聞)

 報道番組「真相報道バンキシャ!」の誤報問題で、日本テレビは二度にわたって検証番組を放送した。しかし、検証というには物足りない内容だった。これで視聴者の信頼を取り戻すのは難しい。
 「バンキシャ!」の誤報は昨年十一月に放送された。情報提供者として登場した元土木建設会社役員という男の「岐阜県の土木事務所が架空工事を発注して裏金をつくっている」という証言は、すべて作り話だった。
 放送倫理・番組向上機構(BPO)が検証番組を放送するよう勧告したため、日本テレビは二十三日夕方の「バンキシャ!」内で検証特集を、二十四日午前零時五十分からは検証番組を流した。
 まず、検証番組を未明に放送したことが理解できない。前日夕の検証特集とほとんど変わらず、再放送のようだった。特集に続いて検証番組を視聴した人はだまされた気分になったのではないか。
 内容も、検証としては物足りなかった。「裏付け取材を怠ったのは致命的ミス」「チームのコミュニケーションが欠けていた」との関係者による反省の弁はすでにBPOの勧告で指摘されている。
 男が示した「入出金記録」はどう見てもパソコンで作成されており、裏金の証拠といえるようなものではない。「情報源の秘匿」との主張も岐阜県側を取材しなかった理由にはならない。視聴者の疑問は取り払われていない
 取材力の不足とチェック機能の欠如があらためて確認されたが、これは制作会社とテレビ局の関係に起因する問題ではないのか。
 現場取材は制作会社に任されていたようだ。「放送日ありき」では時間や人員の制約から取材が不十分な場合も生じよう。だが、会社の経営を考えれば「できなかった」では済まされないはずだ。
 一方、テレビ局が制作されたものをしっかり点検する機会や能力がなかったらどうなるか。放送を決める最終検討会議に、取材した制作会社社員が欠席だったというのはその一端を示している。
 視聴率との関係ではどうだったのか。報道はドラマやバラエティーとは本質的に異なる。同じものさしで報道番組を作ってはいなかったか。
 謝礼の支払いをうかがわせて情報提供を呼び掛けた行為は報道のあるべき姿勢ではない。
 検証番組には制作会社を取り巻く環境や制作体制を問う場面はなかった。再度、検証番組を作って真相に踏み込んではどうか。

要するに落第というずいぶんと手厳しい指摘をいただいているようですが、新聞業界にしてもこの方面では他人事では全くないわけですから、これを以て他山の石としていただきたいところではありますけれどもね。

さて、今回の件でもひと頃大騒ぎしていたネット界隈での評判はどうなのかと気になるところなんですが、意外に評判がいいようです(苦笑)。
と言いますのも何しろ下には下がいるというのが共通認識ですから、これでも彼らにしてはよくやった!とむしろ讃える声の方が多いくらいな様子なんですよね。

374 名前:名無しさん@十周年[sage] 投稿日:2009/08/24(月) 01:43:20 ID:7mgsVM9DO
いや、あれやっただけで随分マシだと思う。
TBSだったら絶対やらない。

386 名前:名無しさん@十周年[sage] 投稿日:2009/08/24(月) 01:50:06 ID:O/pj5+xAO
TBS変態報道の時のがやばかったけどあいつら謝罪どころか箝口令までひいて未だに知らんぷりだからそういう意味では今回の謝罪はかなりマシだったと思う
しかし普通の民間の会社ならマスゴミから謝罪しろ!のフルボッコくらってその会社トップの何人かは何らかの処分を確実に受けるであろう事を思うとスッキリはできないな

407 名前:名無しさん@十周年[sage] 投稿日:2009/08/24(月) 02:09:09 ID:Tfmd6nDB0
謝罪が足りないって言ってる人もいるけど、
自分はどういう経緯があったのかよくわかってよかった。

正直気になったのはTBSの方がもっと悪質なことやってると思うんだけど、
どうしてBPOはTBSにはこういう検証番組作るように求めないんだろう。

456 名前:名無しさん@十周年[] 投稿日:2009/08/24(月) 08:06:49 ID:voJzUpdP0
十分かと言われたら不十分な所もあったが(ディレクターが顔を出さないとか)
最低でもこれぐらいはやらないとダメだよな。
TBSは見習えよ。特にみのもんた。

いやあ、大人気じゃないですかTBS(笑)。
まあ謝罪をしないよりはした方が良いのだろうし、どんな内容であれ検証をしないよりはした方がよいというのは当然なんですが、それを今後にどう活かすかということはまた全くの別問題でもあるわけでしてね。
日テレやTBSに限らず、またぞろ妙な特権意識を振りかざして「俺様が正義」なんてことをやっているとますます国民のメディア離れも進むだろうと思うところですが、さてこういう記事を読んでみますといっそマスコミ業界も開き直ったのかとも思えてしまうところなんですが…

メディア政策:新政権に望む 「表現・報道の自由」規制、デジタル社会、そして…(2009年8月24日毎日新聞)

 1999年から続いた自民、公明の連立政権下では、個人情報保護法の制定をはじめ、「表現・報道の自由」への規制が強まった。この約10年は、インターネットなど本格的なデジタル社会の到来で、新聞事業が大きく揺さぶられた時期とも重なる。衆院選(30日投・開票)で誕生する新政権に望むメディア政策について、ジャーナリストの原寿雄氏、服部孝章・立教大教授、音好宏・上智大教授の3人に聞いた。【臺宏士】

 ■新聞への公的支援論議を--ジャーナリスト・原寿雄氏

 インターネットの普及によって、読者離れと広告離れが深刻化し、いまのままでは日本の少なくない新聞が廃刊や経営規模の縮小を迫られるのは必至だ。不動産収入や映画製作への参加など本業以外をみても、新聞を支えてきた購読料と広告料に代わる収入源は見つからない

 米国ではより深刻で、1紙しか残らない地域も増えているようだ。インターネットは、オピニオンを飛躍的に発展させたが、その基礎となる「事実」は、自分の仕事や趣味の情報にとどまるというパーソナルメディアとしての限界がある。一方、新聞ジャーナリズムは、公器として権力の監視や社会正義の追求をはじめ公共的な情報をいち早く豊富に安価で提供してきた。恒常的で組織的な取材、調査・分析力。そして、特定の利害に左右されない道義性の高さを肩代わりできる媒体は、当面ほかに見当たらない。

 廃刊相次ぐ米国では公権力を監視する力が弱まりかねないという声が広がっている。連邦議会では、新聞の再編を容易にするための独占禁止法の緩和やNPO化による税制上の優遇措置などが論議され始めた。欧州では新聞の公共意識が強い。言論の独占を避け、多様性を重視する観点から、スウェーデンでは弱小新聞への助成策があり、仏では税制上の優遇に加え新成人への新聞の1年間の無料配布も打ち出した。

 民主主義社会ではジャーナリズムが不可欠だ。日本では社会文化政策として新聞ジャーナリズムの公的な支援論議はほとんどされてこなかったが、いまこそ始める時ではないか。再販制度や特殊指定制度は、新聞事業を維持するために、その意義が一層強まった。

 欧米の政策を参考にした税制上の優遇や、教育文化政策の一環として、ジャーナリズムの社会的な重要性を学ぶためのカリキュラムを強化したり、義務教育が修了する15歳を機に新聞の1年間無料配布を検討してもいい。年500億円で足りよう
(略)

 ■個人情報保護法、改正を--服部孝章・立教大教授

 自公政権の10年、報道機関については、個人情報保護法(03年成立)などメディア規制色の濃い法律が相次いで成立したことの影響が大きい。総務省が放送事業者に対し、法的根拠を欠いた行政指導を通じた番組内容への関与を繰り返したことも特筆される。一方、市民にとっては、「表現の自由」が軽視された。日の丸を国旗、君が代を国歌と定めた国旗・国歌法(99年成立)を受け、東京都が卒業式で起立しなかった教員を大量処分したのが一例だ。また、イラクへの自衛隊派遣に反対するビラを官舎に配布した市民が住居不法侵入の疑いで逮捕、長期拘置されたことも記憶に新しい。私有地であっても、ビラを投函(とうかん)するだけで逮捕するような公権力行使は慎重であるべきだ。
(略)
 今年に入り、週刊誌の報道に対し高額賠償判決が相次いだが、公人は反論の機会がある。一律に保護する必要があるのか疑問だ。公人側に対し、週刊誌の悪意の証明を求めるなど名誉棄損を認める基準を見直したらどうか
(略)
 ■課題多い日本版FCC--音好宏・上智大教授

 民主党が主張する放送行政を独立行政委員会が担当する仕組みは、検討に値すると思う。しかし相当な研究が必要だ。
(略)
 一方、これまでの放送政策の決定は、総務省が与党の党内手続きを尊重し、手厚く対応する形で進められてきた。しかし、新政権は、こうした不透明な政策決定プロセスを改めるべきだ。予算の承認を国会で得る必要があるNHKにとっては、こうしたシステムが、政府・与党に太い人脈を持つ政治部記者が幹部に起用されるという慣例を支えてきた。NHKと政治との関係、緊張性や透明性をどう確保するかが問われる。英国の公共放送BBCの政権との距離の取り方が評価されるが、政権が交代する政治風土ゆえに生まれた。

 04年夏に発覚した受信料着服問題に端を発し、受信料支払い拒否が広がった。その背景には、05年に表面化したNHK特集番組改変問題を含めて、政権与党との距離が近いのではないかというNHK不信があったと思う。予算や決算の承認、経営委員長の選任方法を含めた見直しは欠かせない。

 総務省が放送事業者に対する関与を強めたのは、93年に誕生した細川政権下。テレビ朝日の椿貞良報道局長の日本民間放送連盟の会合での発言が自民党から問題視され、放送人として初めて国会に証人喚問され、強い放送規制に道を開いた。放送の自由への未熟な理解が原因だ。新政権はそうした経験を踏まえて放送行政と向き合ってほしい。

いや、公費で新聞を買い上げろだの、個人が拒否しようが好き勝手にビラをまかせろだの、マスコミを訴える者には制限をかけろだの突っ込み所てんこ盛りなんですが、挙げ句の果てはかの椿事件を「放送の自由への未熟な理解」って…
要するにマスコミは一切他人に干渉を受けることはまかりならん、一方でマスコミは一切他人への干渉を邪魔されることもまかりならんという特権意識としか言いようのない話ですよね。
こういう理解の元に進められている「放送の自由」なるものについて、極めて重大な危惧を抱かずにはいられないところですが、さすがにこれには非難囂々だったのか、さっそくこんなコメントを発表しているようですね。

「苦境の新聞に公的支援を」 毎日の識者コメントに異論(2009年8月26日J-CASTニュース)

   ネットの普及で経営難になった新聞に公的支援が必要だと説く、毎日新聞の識者コメントが論議になっている。社会の公器としての役割の重要性が根拠に挙げられているが、なぜ新聞だけが企業の中で特別なのかとの異論も出ている。

「毎日新聞社の考えを表明したものではありません」

   読者離れや広告減収によって、日本でも「新聞崩壊」が現実味を増している。不況もあるが、ネット媒体の影響が大きいとされる。

   こうした状況をジャーナリズムの危機と捉え、新聞への公的支援を毎日新聞へのコメントで訴えたのが、元共同通信編集主幹のジャーナリスト、原寿雄氏だ。毎日では、2009年8月24日付記事で、「メディア政策:新政権に望む」として、3人の識者へインタビューしており、原氏はそのうちの1人だ。
(略)
   ネット上では、毎日が自らの利益になるようなコメントを紹介したため、反発する声も相次いでいる。これに対し、毎日新聞社の社長室広報担当は、「毎日新聞社の考えを表明したものではありません」とだけ回答している。公的支援についての自らの考えなどは明かさなかった。

なぜ新聞だけが特別視されるのか

   ジャーナリスト、原寿雄氏のコメントは、「新聞崩壊」が指摘される中で、日本でも、公的支援についての意見表明が出てきたことを示す。

   青山学院大の大石泰彦教授(メディア倫理法制)は、新聞への公的支援には賛成であるものの、現状での日本での導入には反対の立場だ。

    「フランスの考え方は、表現におけるメディアの自由ではなく、個人の自由ということです。個人の自由を最大化するために、メディアは国がコントロールすべきものと考えています。少数派に発言権を与えるために、弱い新聞を公的支援で助けるわけです。ところが、日本では、メディアの自由ばかりがまかり通っています

   フランスでは、公的支援については、一般人の反論権を認めること、新聞社内部での発言の自由が与えられていることが条件だという。これに対し、日本の新聞社では、こうした条件が満たされていないと指摘する。

    「明らかに、一般人の反論権を受け入れていません。トップが政権の大連立を唱えたら、それ以外の発言は許されない。意見は上層部で決め、トップが政治家と会うなど権力と癒着しています。日本の新聞は、公器ではなく私物になっているのですよ。記者クラブや社員の高給など、新聞社に特権があることも公的支援になじみませんね」

   ジャーナリストの佐々木俊尚氏は、なぜ新聞だけが特別視されるのか理由がないと言う。

    「業界としてのマスメディアも必要ですから、それなら、出版社やテレビ・ラジオ局がなぜダメなのかということにもなります。確かに新聞がなくなると困ると思いますが、1~2社つぶれたからといって困ることはありません。むしろ持ち直すことだってあるわけですから。また、新聞は、金融機関への公的資金注入を批判していましたが、それとの矛盾をどうするのか、明確に説明できなければいけません」

   新聞社が公的支援を巡って政権政党と談合するようなら、メディアへの不信感が募っていい結果にならないとも指摘する。

    「新聞には、押し紙や特権的な再販制度、拡張団の暗躍など、超えなければならない問題が多すぎます。公的支援は一つの選択肢だとは思いますが、現状の問題点をクリアしないと難しいでしょうね」

しかしこうしてみますと山積する諸問題の存在もさることながら、要するに500億云々以外は毎日新聞の考え通りという理解でよろしいということなんですかね?>毎日新聞
余計に突っ込み所満載という気がしないでもないところですが、今の時代何でもこうやって国民の目が光っているわけですから、迂闊に本音を漏らすようなことはなされない方がよろしいかも知れないですよホント。

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