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2009年8月22日 (土)

更なる斜め上方向にばく進中の人たち

先日はこんな記事が出ていましたが、ご覧になりましたでしょうか。
何かと話題のホリエモンこと堀江貴文氏らがパネリストとなって開催された「インターネットと選挙・政治を考える」シンポジウムの模様を伝える記事です。

「祭り起こせばいい」堀江貴文、ネットと政治を語る(2009年8月17日ASCII.jp)

 新聞に雑誌、テレビにラジオと、メディアと密接に関係してきた「政治」。今、その舞台はインターネットに移ろうとしている。
(略)
 そんな中、ネットと政治をとりまく日本の環境について専門家が話し合う、MIAU(インターネットユーザー協会)主宰のシンポジウム「インターネットと選挙・政治を考える」が14日、都内で開催された。

 パネリストは、小泉首相時代に官僚の立場から通信・放送改革を推し進めた慶応大学教授の岸博幸氏、アンケートや世論調査などに詳しい統計物理研究所の田村義保氏、「オバマ戦略のからくり」(アスキー新書)著者でアメリカの政治事情に詳しい田中愼一氏、そして自ら選挙に出馬した経験もある堀江貴文氏の4名。司会を務めたのはITジャーナリストの津田大介氏だ。
(略)
―― 始めはニコ割アンケート「ネット入り口調査」の結果について。ニコニコ動画ユーザーを対象に比例選挙区での支持政党に関するアンケートを実施したものです。

 40%が自民党、31%が民主党となり、新聞やテレビでの結果とはかなり異なっています。日経新聞によれば民主が43%、自民が26%でした。

 この結果がネットユーザーだけに偏っているというのはもちろんですが、一方で新聞はRDD(Random Digit Dialing)という、ランダムに固定電話をかける調査方法を採用しています。日中に固定電話に出られるのは主婦くらいで、若者は固定電話を持っていないケースも多いですね。

田村義保(以下「田村」) RDDは9ケタや10ケタの電話番号の下2ケタをランダムに発生させる方法です。固定電話を持っていない方は対象にしていませんが、それを新聞社が特に書くことはありませんね。

堀江貴文(以下「堀江」) なぜ固定電話(を対象に)しか調査をやらないんです? わざとですか?

田村 新聞社の論文によると、総務省が局番の一覧のリストを作っているんです。どの局番がどの地域に振られているか、それを参考に下2ケタだけをランダムにしている。ケータイの場合はそれが難しいんですよ。ただ、やはり世論調査で正しい日本人の支持率を割り出そうと思うと、年齢・地域・性別の分布が日本全体の縮図になってなければいけないんですが、それは保障されていない
(略)
堀江 インターネットと新聞で、なぜこんな結果が出ているんですか。そこが知りたいんですが。まったく逆じゃないですか。

田村 一般論でいうと新聞各社の調査を見てみると、5社分くらい見ると分かりやすいんですが、A新聞ではいつもB新聞より内閣支持率が低いというのがあるんですが、それがつねに一定なんですよ。

岸博幸(以下「岸」) 新聞を読む人も投票に行く人も、年齢層が高い。それが先ほどの固定電話の話につながります。アメリカを見ると4大ネットワーク局、日本で言うキー局の平均視聴者年齢が50歳なんです。新聞はもっと高い。それに比べるとネットはある種、世論の先行資料にになりうる。日本は高齢者中心の「シニア民主主義」なんですよね。若い人の世論と年がいった人の世論は違うのが当たり前の状況です。

田中愼一(以下「田中」) 日本ではまだマスメディアの影響が大きいと思っています。オバマ大統領の場合、自分をメディア化し、マスメディアが彼を追いかけるという状態を作った。日本の場合はまだマスメディアが作る世論が大きく、それは偏っているケースも多い。ネットの場合は「参画」が関わってくる。マスメディアが作る世論より、ネットが作る世論の方が偏りの少ないメディアになりやすいのでは。
(略)
岸 あえて反論すると、あまりネット幻想を持ってはいけないと思います。たとえば2007年2月に始まった「My Barack Obama.com」。このサイトの開設と同時に、全米でローカルグループというオバマ氏を応援する集まりが起こり、当選までの1年半で20万回はオフラインのイベントをやっていました。オバマ氏を応援したい人が情報交換をするためにネットを使ったというのが実態では。

堀江 ネットをうまく活用する、オバマが勝つ、そういったものが日本で起きそうにないのは、人口分布の違いだと思っています。アメリカは40歳未満の人の方が多い。一方の日本は40歳後半(以上が多い)。若い人の方が多いならネットを活用する人の方が多いのも分かる。日本だとそれはまずないだろうと。

田中 それはぼくも思いません。ただ、政策を訴える前に共通認識を作り上げるという、オバマの戦略的な発想は大きいと思っています。多様性の時代、自分たちが発信したメッセージは99%誤解されるという中で生きていますよね。

 そのとき、オバマはメッセージを訴える前に「CHANGE」という言葉を発信した。それを共通認識、共通の受け皿にした。「変わらなければいけない」というメッセージのもと、オバマの3つの弱点である「無名・黒人・実績なし」を強みに変えたんですよ。

―― あらかじめ支援者が登録しているメールマガジンに送ったりするんですよね、考えや主張を。

堀江 それが日本だと、支援者のように見えて、記者たちが見たりしているわけです。クローズドの有料トークイベントのためだけに言ったサービス発言を、雑誌とかに書いたりする。日本の場合はそれがあるから難しいですよね。
(略)
岸 このままだと、ネット選挙が開放されても変わらない。シニア民主主義で、自民・民主ともに間違えた政策ばかりをやっています。60代の「勝ち逃げ組」優位の政策ばかりを打っていて、そのツケは「選挙に来ない若者に回しましょう」ということになっている。インターネットで若者が怒れば状況は変えられると思っています。

―― さっきチラッと堀江さんと話していたときに「MIAUって何だ」と言われたんです。こうした活動をしているより、政治団体にしてしまったほうが早いと。

堀江 いくら政策提言みたいなことをやってもムリですよ。それより「投票行動を左右されるんだ」と言った途端に、巨大政党だって変わると思うんですよ。MIAUがインターネットユーザーの総意を代表する党として「祭り」を起こせばいいんですよ。献金を募って、実際に政党としての影響力を示せばいい。
(略)

ネットが一足飛びに政治を動かすようになるかと言えば、例えばお隣韓国のような状況が今すぐ日本に出来るかと言うとそれは恐らく無理だろうと多くの人は考えているだろうし、実際その通りなんだろうとは思います。
しかし一方でネットが政治を動かしてきたものを動かせるようになるかと言えば、これは程度の大小はともかくとしてそれなりに可能性はあるわけで、結果としていずれ間接的に政治を動かすということになってくるのかも知れませんね。
その意味では同じく大衆をターゲットとする存在として、既存のメディアに対抗してネットがどの程度の影響力をふるえるようになるのか、あるいはどの程度対抗できるのかということも要注目かと思うわけですが、最近どうもこの既存メディアというものが自滅気味なところがあるようなのですね。

すでに幾つかのメディアは破綻寸前だなどと噂にも流れる状況ですが、実態を見てみればそれは確かに売れなさそうだという話が多いで、売れないからレベルが下がるのか、レベルが下がったから売れないのかも既に判らないという状況になってきました。
特に今やマスコミお手の物とも言われる安易な捏造、歪曲報道の類は、こうしたネット時代にあってはすぐバレると判りきっているのに繰り返しているのですから、それは信用だの信頼だのという言葉とは縁遠くなってくるのも仕方がありません。
捏造報道ということでは最近の例としてこんなものを取り上げてみますが、一番気になるのは「彼らが何を考えてやっているのか意味不明」という点ではないかと思いますね。

コンビニ客、ビール瓶で強盗容疑者をKO(2009年8月15日読売新聞)

 小樽署は14日、小樽市桜2、無職伊藤和次容疑者(55)を強盗容疑の現行犯で逮捕したと発表した。発表では、同容疑者は同日午後3時25分頃、小樽市桜5、セブンイレブン小樽桜町店に押し入り、男性店長(31)に刃渡り約20センチの包丁を突きつけて脅し、現金3万円を奪った疑い。

同容疑者はそのまま逃走しようとしたが、たまたま店にいた男性客(26)が、購入しようと持っていたビールの大瓶で同容疑者の後頭部を殴りつけた。同容疑者はその場で倒れ込み、そのまま男性客が馬乗りになって取り押さえ、駆けつけた同署員に引き渡したという。

 調べに対し、伊藤容疑者は、包丁を自宅から持ち出したと供述しており、動機について「金がほしくてやった」などと話しているという。

これを見ますとどうも状況がよく理解しがたいと言いますか、逃げ出そうとした犯人をわざわざ殴りつけるとはずいぶんと余計な…もとい、思い切ったことをする客もいたものだなと思うようなニュースなんですが、どうもこの記事と現場の状況とはかなり違っていたようなんですね。
読売の記事にも登場する件の男性客(26)がこの報道に憤っていまして、一連の経緯を詳細に語ってくれているようなのですが、こちらを参照する限りではとうてい「逃げ出した犯人を殴りつけた」などという状況ではなかったようで、これならばむしろ動いて当然、よくやったと納得できるような状況であったようなのですね。
Fig01 Fig02

そうなりますと読売側はわざわざ不自然な状況を空想しながら記事にしたのかと疑問を抱くわけですが、同社が警察発表通りに書いただけと主張しているわりに、その警察発表とも異なる同社オリジナルの内容らしいのですね。

これは例によって例の如く得意技が発動してしまったということとしても、恐らく同社と全く縁もゆかりもないだろう小さな事件と男性客に対するこの意味不明な捏造に何の意味があるのかという疑問は誰しも感じるところではないでしょうか。
読売さんのフィクション作文能力の高さに反比例するかのようなロジック構成能力の低さはともかくとして、今後は裁判員制度も始まってくるわけですが、こうやってなんでもメディアが捏造してしまうと裁判員の皆さんもそれこそ間違った先入観をもって事件に臨んでしまうということもあるんじゃないでしょうかね?

他にも「何事もまず予断と先入観を以て接すべし」という彼らの姿勢がよく現れている話としてこんなものもありますが、思わず「お前はタ○リか!」と言いたくなるような話ではなりますよね。

清水義範のなごやキーワード事典:観覧車 どうせなら楽しいものを(2009年8月14日毎日新聞)

 愛知万博がもうじき開幕するという2005年のことだが、某新聞社からコメントを求められた。名古屋の出来事についてご意見をきかせてほしい、というのだ。

 そういうことが多々あるのである。名古屋で何か珍しいことがおこると、どうしてそうなるのか解説してくれと、新聞社は私に電話してくるのだ。そしてそのほとんどが、解説のしようもないような、おかしな事態についてである。つまり最初から、名古屋は変なところで、あきれて笑っちゃいますね、という内容のコメントを求めているのだ。

 たとえば、かなり前のことだが、愛知県の県の魚が海老(えび)に決まったのだが、それについてご意見を、ときかれた。そんなことにどう答えればいいのか。愛知県人は海老フライさえあれば生きていけるのだ、とでも言ってほしいのか。

 またある時は、中日ドラゴンズが優勝したからといってコメントを求めてきた。私は今はもうプロ野球には関心がないので、と断ろうとすると、そのことではなく、優勝を喜ぶあまり球場のネットに登って、手の指を失う大怪我(けが)をしたファンがいる、それをどう思うかときいた。お気の毒としか言いようがないではないか。

 その他、ナゴヤドームに雨がもったとか、駅ビルが新しくなったとか言っては私にコメントを求めてくるのだ。いちばん面くらったのは、大相撲の名古屋場所に限って見られることだが、千秋楽に、お客が土俵の俵を掘り出して持っていってしまうのだ、なんてことをきいた。相撲協会は別に構わないとしているのだが、そんなことがおこるのは名古屋だけである、どうしてなんでしょう、ときかれても答えようがない。名古屋人は、今そこにある持っていっていいものを見てしまえば、持っていかずにはおれないのだ、とでも言わせたいのだろうか。
(略)

さすがにこうなりますと最近の彼ら既存メディアのレベル低下ぶりは目に余ると考える人間は一人ならずいるようで、折からの不況もあって大手スポンサーが相次いで撤退しており、とうとう新聞よりもネットに金が流れているという状況になってきたようですね。
ようやくネットというもう一つの媒体も社会的に認知され始めたからなのでしょう、既存メディアと喧嘩しても食えるようになってきたせいか、そろそろあちこちから彼らに対する批判的意見が出てきているようです。

郷原信郎氏といえば元検察官から現在は大学教授として企業法務に関する提言などを行っている人物で、「コンプライアンスとは、単なる法令遵守ではなく、社会的要請に適応することである」という「フルセット・コンプライアンス論」を提唱していると言いますが、一連の小沢騒動などでも恣意的情報による世論操作ということには警鐘を鳴らしてきた人物です。
この連載「テレビ崩壊」第1回の梨元勝氏の内輪話もなかなか面白くて是非ご一読いただければと思うのですが、この第2回での先日もお伝えしました「バンキシャ!」虚偽報道問題に関する同氏のコメントからも、既存メディアの捏造ぶりに関する危機感というものが濃厚にうかがわれるところだと思いますね。

メディア報道は「思考停止」 テレビは特に目立つ(連載「テレビ崩壊」第2回/郷原信郎教授に聞く)(2009年8月16日J-CASTニュース)

   テレビの放送内容への信頼が揺らいでいる。虚偽証言を裏付けがないまま放送した「真相報道バンキシャ!」問題で2009年3月には、日本テレビの久保伸太郎社長(当時)が引責辞任した。「発掘!あるある大事典II」(フジテレビ系)の捏造問題も記憶に新しい。どこか構造的な問題があるのか。コンプライアンス(法令遵守)の第一人者で元東京地検特捜部検事の郷原信郎・名城大総合研究所教授に聞いた。

自身の疑惑になるとうやむやにしてしまう

――著書「思考停止社会」(講談社現代新書)の中で、章を立てて「思考停止するマスメディア」を取り上げています。その話の中心はテレビメディアです。

    郷原 マスメディアの思考停止が顕著なのがテレビです。「捏造」「隠ぺい」などの言葉を水戸黄門の「印籠」のように人々に提示し、当事者の反論を許さず「とにかくけしからん」という結論を押し付けています。短い言葉、それも口頭で伝える必要があるテレビは、特にこうした傾向があります。
       一方、ほかの企業には厳しく「捏造」などの疑惑の説明を求める彼らが、自身の疑惑になるとうやむやにしてしまう例もあります。新聞と違うのは、放送法の存在も関係しています。「真実ではない」と直接関係者から請求があれば、テレビ局は調査をし、真実でないことが分かれば訂正・取り消し放送をしなければなりません。権力の不当な介入を避けるために放送事業者側の自主的な対応を中心とする枠組みにしていること自体は正しい方向だと思います。しかし、実際には、この制度が逆に対応を歪めてしまっているのです。ここで、法にしたがって自主調査はするが、訂正放送は避けたい、そのためには、「真実ではない」とはっきり明らかにならなければよいということになります。そして、「情報源の秘匿」「報道の自由」を振りかざせば、放送内容が誤っているということを認めないですんでしまうのです。

――TBS「朝ズバッ!」の不二家に関する捏造疑惑を先の著書でも取り上げています。問題が起きていた頃、郷原さんは不二家の信頼回復対策会議の議長でした。TBSの対応の背景に、今言われたことが影響しているとお考えですか。

    郷原 典型的な例だと思います。私の主張は、簡単にいうとTBSはチョコしか製造していない不二家平塚工場でクッキーを回収して再利用をしているという、実態に反していてまったく信用できない証言を、ナレーションと組み合わせてチョコレート再利用証言にすり替えて証言映像を「捏造」して不二家を批判したということです。TBSは当初、こちらが映像のすり替えを指摘するまでは、チョコとクッキーの違いは把握していたと説明し、放送した証言は問題ないとしていたのに、すり替えが否定できなくなった途端にチョコとクッキーを混同していたと主張を変えました。捏造ではなく過失だという訳です。しかし、当初の説明からは、過失の主張は通りません。捏造は否定できないと思います。

――TBSの主張は、BPOの放送倫理検証委で認められた形です。

    郷原 身内の傷をなめ合うような組織では限界があるのでしょう。検証委は、TBSが自主調査で自浄能力を発揮しているのか、不二家側からの指摘に真摯に対応し、反省すべきは反省するという姿勢をとってきたのかをしっかりチェックするべきでした。個別事案を直接、検証委の役割が捜査機関のように事実解明することではないとしても、放送事業者が放送内容の真実性について自主的に誠実な対応をとったかどうかの検証は不可欠です。結局検証委がやったことは中途半端だったと思います。

――TBS固有の問題なのでしょうか。

    郷原 TBSが特にひどいと思いますが、根本的には、テレビ業界全体の問題です。関西テレビの「あるある」のケースでは、「捏造」問題への自主的対応は十分に行われたと言えますが、外部の指摘・調査で言い逃れができない状況に追い込まれていなかったら、あそこまでの対応はしなかったと思います。

間違ったときいかに誠実に検証できるかが問われる

――テレビ全体に共通する構造的な問題があるということでしょうか。

    郷原 そうです。まず「視聴率と利益を追及する」ことと、真実に迫り、誤った放送をしないこと、この二つが調和しなくなっているのではないでしょうか。広告減が進み、利益を上げるためには制作費を削る。つまり、真実に迫るための取材にあまり金をかけることができなくなる一方で、視聴率を取るために、面白さが求められる。世の中で実際に起きたことを単純化して、面白おかしく報じた方が視聴率を取れるということで、真実に反する放送が行われる恐れは一層大きくなっていくのです。視聴率をバックにした広告収入で成立している現在の経営形態を抜本的から考え直す必要があると思います。
       また、これはテレビに限りませんが、マスメディアは「報道は常に真実でなければならない」という建前を維持しようという「真実性のドグマ」にとらわれています。もちろん、真実に限りなく迫る努力を最大限すべきですが、結果的に間違ってしまうことは起こり得ます。報道の真実性について問題が指摘されたときに、いかに誠実に検証できるかが問われるのですが、建前を維持しようとするため、間違いの検証に消極的になっているのです。コンプライアンスを取材・報道に組み込むメディアは生き残り、そうでないところは淘汰される環境の実現が大切です。

――ではどうすればいいのでしょうか。

    郷原 難しい問題です。BPO検証委などはあてにならないし、さりとて何か組織を別につくれば解決する話でもありません。最後は、記者一人ひとりがプロフェッショナルとして恥じない公明正大さを持ちながら、互いにチェックし合っていくしかない気もします。会社側もそういう記者たちを尊重する組織であるべきでしょう。

――視聴者の信頼という観点から、テレビは今後も生き残ることができるでしょうか。

    郷原 何だかんだ言ってもテレビは視聴者に依然大きな影響力を持っています。テレビで物事が単純化され、世の中全体に一方的な見方が植え付けられると、それを是正することは困難です。しかし、インターネットの浸透もあって、その批判の前提が間違っていることが多いということに気付く人が増えています。現状のままではテレビに対する信頼が一層崩れていくことになりかねません。テレビ事業者が自主的に放送内容の真実性を確保するためのシステムを構築し、それがきちんと機能しているかどうかをチェックする制度を確立する必要があるでしょう。

どの業界であれ大きくなれば内部は一枚板などとは程遠い四分五裂の状態なのが普通でしょうし、彼らも彼らなりに言い訳のネタは用意しているのかも知れませんが、とりあえず彼ら自身が他業界に行ってきた批判(?)に比べればこの程度ははるかに良識的で大人しいレベルにとどまっているとは言えると思いますね。
既存メディアに自浄作用が欠如しているなどと言うこと自体は今に始まったことでもないのでしょうが、かつては自浄作用が欠如しているという判断の根拠となる事実すらメディアに乗らなければ誰も存在すら知らないという時代が久しく続いてきたわけです。
やはりここでも問題になるのは既存メディアによる情報の一極支配の危険性であって、その解消のためにもインターネットという批判的対立軸の機能が必要不可欠となってきた、ということでしょうか。

こうなりますと彼らも早く世間並みになってもらいたいとは国民の等しく求めて止まないところではないかと思うのですが、どうも状況はそう簡単に改善するというものでもなさそうで、と言うよりもむしろ更なる悪巧みをしている気配もあるようなんですね。
以前から度々登場いただいている佐々木氏がまたもこんな指摘をしていますが、いやはやここまで来ると我々としても彼らの面の皮の厚さを見誤っていたということになるのでしょうか。

佐々木俊尚 ジャーナリストの視点 記者クラブを楯にして新聞を有料化しようと企てる人たち(2009年8月17日CNET Japan)

 元週刊現代編集長で、ついでに言えば元オーマイニュース編集長でもある元木昌彦氏の週刊誌は死なず (朝日新書)という新刊を読んだ。この中に、「ネットの影響を受けているのは新聞も同じである」として次のようなくだりがある。すこし長いが引用しよう。

     しばらく前に、朝比奈豊毎日新聞社長と若宮啓文朝日新聞元論説主幹と話す機会があった。私は、こうした人たちと会う時、必ず聞いてみることがある。それは「どの新聞社もネットを充実させればさせるほど紙の部数が落ち込んでいることで悩んでいる。ここら辺で、新聞社が”談合 ”して、情報(ニュース)はタダという風潮を断ち切り、有料化に踏み切ってはどうか」ということである。

     談合という言葉は刺激的すぎるが、要は、日本語という狭いマーケットの中で、バラバラに情報を垂れ流し合っていても、広告収入で採算をとるのは不可能に近い。「Yahoo!」など巨大ポータルサイトへのコンテンツ販売も、安く買い叩かれ、莫大なネットの維持費を穴埋めすることはできない。まだ、新聞討が体力のあるうちに有料化に踏み切らなければ、手遅れになりかねないからだ。

     両氏も同感だとして、朝比奈社長は、ドイツの新聞社が同じようなことをやろうとしたが、たった1社が反対したために、できなかったという話をしてくれた。1社でも「協定」を守らず、無科配信を続ければ有料化はできないとよくいわれるが、そんなことはない。新聞の6割方は発表ものだから、新聞社お家芸の「記者クラブからの締め出し」をすれば、その社には情報が入らなくなる。共同、時事通信が配信しなければ独自取材をしなければならず、採算面でも追い込まれる

 驚くべき話。あきれ果てて声も出ない。

新聞社は有料化を画策しているが……

 私は先月末に出した2011年新聞・テレビ消滅 (文春新書)という本で、新聞やテレビの垂直統合モデルはいまや終焉を迎えつつあって、メディアのコンテナプラットフォームはヤフーなどのニュースアグリゲーター(ニュース集約サイト)に移りつつあるということを書いた。

 この潮流に対抗するために、新聞のウェブサイトを有料化させようという動きは世界のあちこちで起きている。たとえばAP通信は自社の記事を引用した場合にはカネを払えよ、とブロガーたちに要求している。またメディア王ことルパート・マードックは、つい昨年までは「ウォールストリートジャーナルも有料モデルを捨てて無料化し、広告で稼ぐべきだ」と主張していたのが、リーマンショック以降の不況で広告収入が激減するに至って、「ニュースコーポレーションのすべてのテレビと新聞のコンテンツを1年以内にすべて有料にする」と言い出した。

 しかしこうした新聞業界側の対抗策が本当にうまくいくのかどうかといえば、かなり無理がある。特に英語圏にその傾向が強いと思うが、アグリゲーター側の力が圧倒的に強くなってしまっていて、「情報はまずヤフーやグーグルやAOLで見る」という人がネットでは大半。新聞社のウェブサイトのトップページはあまり読まれなくなっている。アグリゲーターでまず記事の見出しやサマリーをチェックして、それから新聞社のディープリンクをたどって本文記事を読む、というスタイルが定着してきている。日本でもそうなりつつある。そういう状況で、今さら新聞社側にプラットフォームを引き戻すのは難しい。

 さらに加えて、有料化はすべてのメディア企業が一丸となって実施しなければ不可能だ。たとえばデイヴィッド・カーはニューヨークタイムズに書いたコラムで、こうマードックの有料化戦略をバカにしている。

 「ふーん、わかった。じゃあおまえんとこのブックマークを消して、他のニュースサイトに移動しよう。そして新たにブックマークすればいい。マードック? 誰それ」

 AP通信の「おいブロガー、金払えよ」戦略に対しても、ロイター通信が「AP通信がそんなにリンクや引用されるのが嫌なら、ブロガーはロイターの記事にリンクするといいよ」と宣言している。

 そもそもメディア業界がこぞって有料化するというようなことをすれば、独占禁止法に抵触する可能性があるだろう。おまけにアメリカではいまや新聞業界に公的資金を注入するかどうかという議論になっている状況で、いまこのような愚挙を行えば、新聞業界が一気に完全崩壊に向かってなだれ落ちかねない。

 そういう瀬戸際の状況にあるということだ。

記者クラブを楯にしてビジネスを守るのか?

 さて再び冒頭に紹介した元木氏の話に戻ろう。なんと驚くべきことにこの人は、記者クラブによる情報独占を楯にして、談合によってこの有料化戦略を成功させればいい、と主張しているのである。

 これはどういうことを意味するのか。たとえば具体的にシナリオを描けば、こういうことだ。

 被害者となるのは、まあどの新聞社でもいい。ウェブパーフェクトを掲げてソーシャルメディアやウェブの戦略を頑張っている産経新聞にしておこうか。

 ――朝日や読売、毎日、日経、そして共同通信と時事通信が、なぜか同じ日に突如として「ウェブサイトでの記事の有料化」を発表する。新聞価格の値上げと同じで、「これは談合ではありません。偶然同じ日に偶然発表しただけなんです。私たちもびっくりしましたよ、他の新聞社さんも同じことをするなんて」と言い張る。

 しかし産経は、ロイター通信と同じように「私たちは他の新聞社のような談合はいたしません。今後もウェブでは記事を無料で読んでいただけるようにサービスを続行します」と高らかに宣言する。ネットユーザーたちは、大喜びだ。だいたい新聞社の記事の大半は官庁や企業の発表モノだから、ニュースソースはひとつあれば十分。これからは産経の記事にリンクを張っていこう。

 ところが数週間後、国内すべての記者クラブで突然クラブ総会が招集され、その場で産経新聞は脱会を命じられる。理由ははっきりしない。「クラブの和を乱した」とか「ルールに反する行為があった」とかそんな名目だ。「違反行為」の明確な内容は決して明らかにされない。

 そうして産経新聞は独自のニュースソースによってオリジナルの記事を書くことしかできなくなり、発表モノを報じることはできなくなってしまう。この結果、ウェブ上では無料のニュースはごくわずかしかなくなってしまい、みんな新聞社の有料サービスに申し込まざるを得なくなる。これによって新聞社の有料モデルはついに成功を収めた。良かった、良かった。そして産経もついに音を上げて、産経ウェブとiza!を有料化することを条件に記者クラブへの復帰を認められることになったのだった。

 ――と、元木氏が提案しているのはこういうシナリオになるわけだ。

こんなバカげた話を書いている元雑誌編集者が、日本のメディア業界では「ネットのことがよくわかっていて、われわれの行き先を指し示すことができる数少ない人」として尊敬されているのである。だから日本のメディア業界は絶望的なのだ。

民主党の人たちは肝に銘じてほしい

 記者クラブを楯にして情報を有料化するなどというこの暗愚な戦略が実現したら、新聞社はカネが再び儲かるようになって良いのかもしれないが、しかしそれはわれわれ国民にとって良いメディア空間といえるのだろうか? もちろん答はいうまでもない。

 民主党は記者クラブ解体を検討しているという話もあるようだが、新聞社や出版社の一部で(しかも大手紙の社長や論説主幹も交えて)こういうバカげた企てが堂々と語られて、しかも書物にまで収められているという情けない状況を、民主党関係者はきちんと肝に銘じていてほしい。政治と有権者はきちんとダイレクトに直結するべきであって、このようなくだらない人たちに情報をフィルタリングさせるべきではない。

いやはや、人間一度坂道を転落し始めると落ちるところまで落ちると言いますか、もはや落ちているという自覚すらなくなってくるということなんでしょうか。
しかし昨今では世の中も殺伐として倫理が失われたとか治安も悪くなったなんてことを言いますけれども、それらを報道するマスコミ諸社としても大概の悪いこ とは「お前が言うな!」と言われそうで、あるいは戦々恐々としているんじゃないかとも…
いやいや、彼らにそんなかわいげがあるはずもないですかねぇ(苦笑)。

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