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2009年8月28日 (金)

周産期医療の現状は医療崩壊の縮図か?

少し前でしたが、こんな記事が出ていましたのを御存知でしょうか。

妊婦転送死亡:発生3年 「世の中、動いたと実感」遺族、産科医療改善望む /奈良(2009年8月11日毎日新聞)

 大淀町立大淀病院で06年、五條市の高崎実香さん(当時32歳)が分娩(ぶんべん)中に意識不明となり、19病院に受け入れを断られた末に死亡してから、16日で3年になる。この問題をきっかけに、産科医療の充実を求める声が高まり、衆院選でも各党がマニフェストなどで掲げている。夫晋輔さん(27)は「世の中が動いたと実感する。問題を風化させず、産科医療が少しずつ良くなってほしい」と話している。

 実香さんは06年8月8日未明、脳内出血のため意識不明となり、転送先の病院で帝王切開で長男奏太ちゃん(3)を出産し、8日後に亡くなった。遺族は「真実を知りたい」と、07年5月に主治医と大淀町を相手に損害賠償を求めて提訴し、大阪地裁で係争中だ。

 奏太ちゃんは会話ができるようになり、今春から保育園に通い始めた。晋輔さんは奏太ちゃんに、実香さんの死亡について少しずつ伝えている。いずれは「産科医療が良くなったと伝えたい」と話す。

 義父憲治さん(55)は、奏太ちゃんとお風呂に入る時に「私の子どもたちへ」(笠木透作詞・作曲)を一緒に歌っている。豊かな自然を子供たちに残せるかどうかを問う歌だが、憲治さんは「この子たちの世代に何か良い物を残したい」という思いも込める。晋輔さんとともに、大学の講義や市民向けのシンポジウムで体験を語り、医療の改善を訴え続ける。【高瀬浩平】

高崎さんも一連の奈良・大淀病院事件では一躍マスコミ界の寵児ともなった感があり、今やマスコミヲチャーにも医療ヲチャーにもすっかり有名になってしまったようですが、果たして現状は「産科医療が良くなった」と言えるものなのかどうか。
先頃の奈良産科医時間外手当訴訟では県知事自ら華々しいコメントをされて話題となりましたが、少し前の「勤務医 開業つれづれ日記」さんのところの記事なども読ませていただきますと、何やら先の大戦も最末期の状況を思い起こさせるような素晴ら…もとい、なかなか壮絶な状況だなとしか言い難い様子なんですけれども…

【参考】■「奈良戦線 余裕あり 産科医74人を酷使せよ」: 大幅追記あり(勤務医 開業つれづれ日記)

いずれにしてもこうした周辺状況も総合的に判断して現場はより社会環境に適合したシステムを構築していかなければならないわけですが、ことによるとそうした「カイゼン」が新たな火種になってくる場合もあり得るわけですよね。
先日もご紹介しました通り、福島医大で起きた帝王切開既往のある妊婦の子宮破裂に関連した、いわゆる「福島医大VBAC事件」に絡んで福島医大側では出産事故防止のため「今後は帝王切開の既往のある患者の自然分娩を取りやめる」という非常に根本的な改善策を実行に移してきたそうですが、これに関してこんな記事が出てきています。

県立医大病院:帝王切開経験者の自然分娩受け入れ中止 安全マニュアル作らず /福島

 ◇医療ミス訴訟、和解条件抵触も

 県立医大付属病院(福島市)で4月から、帝王切開経験者の自然分娩(ぶんべん)の受け付けをやめていたことが25日分かった。通常より子宮破裂などの危険が高い一方、産科医と婦人科医が計2人しかおらず、当直時の緊急の帝王切開ができないのが理由という。

 この分娩では95年、同市の幕田美江さん(42)が同病院で子宮破裂を起こし、帝王切開で出産した次女は脳性まひを負い00年に死亡した。幕田さん夫婦は、同病院のミスとして損害賠償を求めて提訴。今年2月に仙台高裁で和解した。

 条件にはインフォームドコンセントや、子宮破裂に速やかに対応できる体制を整えることなど再発防止マニュアルの作成が含まれた。結局作られず、同病院は「必要な医師の確保は当分先で、今は作る必要がないと判断した」と話した。

 夫の智広さん(43)は「和解したのは、今後は安全性が得られると信じたから。対策の検討もなくやめるのは改善とは言わない」と話している。今後、同病院の決定が和解条件に抵触しないか確認するという。【神保圭作】

まあ同医大側にも色々と言い分はあることでしょうが画竜点睛を欠いたと言いますか、「必要な医師の確保は当分先で、今は作る必要がないと判断した」云々はリスクマネージメントの観点からすると明らかに未熟な対応と非難されてしかるべきだと思いますね。
しかしここで「今後は安全性が得られると信じた」という言葉が出てきていますが、現実問題として100%の安全性などとても確保出来ない(そして恐らく、今後も未来永劫確保できるとも思えませんが)以上は、危険なことはやらないというのは至極真っ当かつ最も基本的な対応だと思いますけれどもね。
たとえばこれが他の業界だったらどうだったかと思えば、「安全も保証されていないのに業務再開!信じられない!人の命をモルモットにするな!」とワイドショーあたりにまた新たなネタを提供していただろうことは想像に難くないわけですからね。

もちろん一方で医療と言うものには安全性以上に大切な何かがあるのだという考え方も当然にあって良いことだと思いますが、福島医大側としても司法の場でこうした結論が出ている以上は求められている結果を出さないとそれこそ「和解条件に抵触」してしまうわけですから、彼ら自身が何をどう考えようが社会に求められている以上はやむを得ないところだと思います。
リスクを避けろと言うことは簡単ですが、その結果何が起こるのかということに関しても想像を及ばさなければならないだろうという点で、今回の事例は非常に教訓的な話題を提供してくれた何かしら象徴的なものだったように思われますが如何でしょうか。

さて、現状では患者側にも過剰なリスク回避の要求があり、一方で医療機関側にも過剰なリスク回避の姿勢が見られと、言わば相乗効果によって医療現場が日々100%の安全という幻想を(少なくとも表向きは)目指して疾走している部分は否めないように思いますね。
特に産科医療の場というものは、言葉は悪いですが今や院内のトラブルメーカー(失礼)と化しているといっても過言ではないくらいに様々なリスク要因渦巻く修羅場となっているようですが、クオリティを追求し過ぎればアクセスが低下するのが当然であって、100%を求めるならば100%が担保できない場合は受け入れられないということも同時に飲んでいただかなければならないわけです。

各医療機関が責任のもてる範囲でミスを起こさない診療に集中した結果、少なくとも受け入れた患者さん達に関しては今まで以上に慎重かつ丁寧な診療が行われかつてない安全性が担保されるようになったわけで、その意味ではまさに国民の求める通りの医療が実現しつつあるわけです。
しかし一方でただでさえ少ない医療資源が偏在する形となり総体としての受け入れ能力が低下するのはやむを得ないところですが、そうなりますと今度は「もっと受け入れを増やしてもらわなくては困る」という声が殺到することになり、もしや医療関係者も患者側もお互いストレスがたまる状況なのではないでしょうかね(苦笑)。
ちょうど産科救急と言うことに関連して、先頃国がこうしたことを言ってきていると報道されていましたが、これなどは国なりに質と量のバランスということに配慮してきているとも取れなくもない話ではありますよね。

総合周産期センター:「母体救命」要件に 整備指針改正(2009年8月14日毎日新聞)

 東京都内で08年に起きた妊婦死亡問題を受け、厚生労働省は周産期母子医療センターの整備指針の改正案をまとめた。96年の策定以来初の全面改正で、高度医療を担う総合センターの指定要件に、脳出血など産科以外の母体の救急疾患に対応する機能を追加する。一方、総合センターに準じる地域センターは要件を緩和し、参加医療機関数の増加を図る。受け入れ実績などの公表を求める規定も盛り込んでおり、14日に都道府県に案を示し、9月にも運用を開始する方針。【清水健二】

 周産期母子医療センターは全国に300施設以上あり、リスクの高い分娩(ぶんべん)などを受け持っている。しかし脳疾患や心疾患など産科以外の急病になった母体の救命に十分対応できないと指摘され、厚労省が専門家の意見などを基に、整備指針の見直しを検討していた。

 改正案では総合センターの役割に、危険の大きい妊娠に対する医療や高度な新生児医療と並んで「産科合併症以外の母体救急疾患への対応」を追加。救命救急センターの併設か、脳神経外科や心臓血管外科などを持つ医療機関との連携を義務付ける。確保に努める職員として、麻酔科医や臨床心理士、長期入院児の在宅療養などへの移行を円滑に進める「支援コーディネーター」を新たに挙げた。

 一方、地域センターは、なるべく多くの医療機関の参加を促すために指定要件を緩和する。産科を備えていなくても、NICU(新生児集中治療室)を持つ小児科病院なら指定可能とし、ベッド数に応じて下限が決まっていた看護師数も「必要な適当数」と改めた。

 3月に厚労省の有識者懇談会がまとめた報告書では、総合、地域の2分類を3~4分類にすることも提案されたが、指定要件を改めることで見送った。有識者懇が提案した「NICUの1.5倍増」は、そのまま整備目標に掲げられた。

 また、各都道府県に対し、10年度までに必要な周産期センター数や診療機能、医療従事者数などを明記した整備計画の策定を要求。各センターの対応可能な母体・胎児の条件や、受け入れ実績、死亡率などを住民に公表するよう求めた。

 【ことば】周産期母子医療センター

 周産期医療の高度化と集約化を目的に旧厚生省が96年から整備を始め、現在、都道府県に指定された総合センターが75施設、地域センターが約240施設ある。昨年10月、東京都内で脳出血を起こした妊婦の搬送先探しが難航し、出産後に死亡。病院側に脳出血の情報が十分に伝わっていなかったことや、NICUや医師の不足が原因とされる。今年3月には、都内の総合センターが労働基準法を守った当直体制が保てないなどとして指定返上を申し出た。産科医不足などを背景にした体制のほころびが問題化している。
(略)

周産期母子医療センターの指針改正案で事務連絡(2009年8月17日CBニュース)

 厚生労働省はこのほど、周産期医療体制整備指針の改正案について、都道府県に事務連絡を行った。総合周産期母子医療センターには、産科合併症以外の合併症をもつ妊婦への救急対応を求める一方、地域周産期母子医療センターでは認定要件から産科標榜を外すなど、一部要件が緩和される。

 周産期医療の在り方については、今年3月、厚生労働省の「周産期医療と救急医療の確保と連携に関する懇談会」が、周産期母子医療センターの指定基準の見直しや、救急患者搬送体制の整備などを盛り込んだ最終報告書をまとめている。今回の指針改正案は、この報告書の内容をおおむね踏襲したもの。整備指針は「医療提供体制の確保に関する基本方針」の改正と併せて9月以降に発出する予定だが、都道府県などから問い合わせが多かったため、今回は暫定的に事務連絡を行ったという。

 改正案では、全国に75か所あり、リスクの高い妊娠に対する医療や高度な新生児医療などを担う「総合周産期母子医療センター」について、脳血管障害や心疾患、敗血症など、産科合併症以外の合併症をもつ妊婦の救急医療に対応できる体制づくりを求めている。また、麻酔科医や臨床心理士、長期入院児童の状態に応じた望ましい療育・療養環境への移行を図る「NICU入院児支援コーディネーター」の確保に努めることなども新たに追加された。

 また、全国に約230か所あり、比較的高度な周産期医療を担う「地域周産期母子医療センター」については、産科を備えていなくても、NICU(新生児集中治療管理室)があって都道府県が適当と判断した場合には、センターとして認定できるよう要件が緩和される。これまでは規定されていたNICUや GCU(回復期治療室)の看護師数についても、各センターが設定した必要な数が配置できればよいとされた。

 このほか、都道府県に対しては、医療機関や救急隊員からの要請を受け、妊婦や新生児の受け入れ医療機関などを調整する「搬送コーディネーター」を配置することが望ましいとされた。

要するに高度医療機関には何があっても対応できるような体制を構築するよう求める一方、下位の医療機関には要件を緩和して間口を広げていこうという話で、産科に限らず低次から高次までピラミッド状の体制構築を目指してきた日本の救急医療においてはごく真っ当な見解ではありますよね。
問題は一昔前ならば「それじゃ、うちは頑張って要件満たそうか」という施設が引く手あまただったろうとは思いますが、現状では「ああ、そうですか、それじゃうちは無理ですから指定返上しますね」と撤退してしまう施設が増えているだろうと想像されるところです。
例えば某所のカキコでもこんなものがありましたが、今や病院上層部が幾ら尻を叩こうが現場は単に負担が増すだけで何らの見返りもないことが明らかになってしまっているだけに、当のスタッフがついてくるものではないわけですよね。

113 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2009/08/15(土) 08:38:42 ID:2KCXEmPj0
総合周産期母子医療センター指定の大学病院産科婦人科勤務医師だけど
最近は手術室の運営正常化方針のため、定時手術が一件でも延長していると
17時になるやいなや、当直医のPHSに「現在手術対応中のため、緊急手術は
お受けできません。」という連絡が入る。ほぼ毎日。普通に考えて指定返上
だろうに。そもそもダルブセットアップ(30分以内のC/S)も不可だから、VBAC
なんて禁忌だろw

さて、どうなるんでしょうねこの通知は。
当然要件を満たさなければ既存の総合周産期医療センターも指定返上しなければならないと思われるところですが、果たして今後全国各地から指定返上のニュースが飛び込んでくるのか、あるいは施設要件に適応させようと無理をした挙げ句施設そのものが崩壊したなんてニュースが飛び込んでくるのか、いずれにしても楽しいことになりそうな予感なんですが。
患者さん達の要求、国からの通達と、いずれも個々に見ていればそれなりに話は判るのも確かなんですが、共通しているのはそれを受けて実際に動くであろう現場の人間に思いが及んでいないということではないかという気がします。

ちょうど社会保障政策は選挙の目玉と言うことで医療というものに関する言及も増えてきている時期ですけれども、本来なら目指すべきは「現場で苦労している医師の待遇改善」であったはずなのが、いつの間にか「医師数の増加」や「医療費増額」にすり替えられてしまっていることにはきちんと目を向けていなければならないですよね。
そして「言う通り数も増やして金も出したんだから文句はないはずだ。さっそく今まで以上に働いてもらうぞ」と現場スタッフの待遇はむしろ悪化し、更に医療崩壊が促進される、そんな最悪のシナリオすら想定できてしまうところではあるのですが。
まあそうなった場合においても、巧妙なすり替えを主導してきた人たちが何かしら責任を取るということだけは間違ってもなさそうですけれども。

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コメント

まさに、

No doctor, no error.

ですよね…。

投稿: 都筑てんが | 2009年8月28日 (金) 13時36分

大学や基幹病院クラスも動き始めた気配は感じているところです。

投稿: 管理人nobu | 2009年8月29日 (土) 09時21分

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