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2009年7月15日 (水)

声の大きい人間ばかりが得する世の中ってどうなのかと

世の中あちこちでそうらしいですが、医療現場でも昨今モンスターによる被害が顕著になってきています。
先日も宮城の方での対策の試みを取り上げたところですが、今度は大阪からも同様の話題を紹介してみましょう。

大阪府 “モンスター”患者対策で医療機関に府警OB斡旋へ(2009年7月12日産経新聞)

 救急病院で迷惑行為を繰り返す患者への対策として、大阪府が今秋にも、府警OBを府内の救急医療機関に斡(あつ)旋(せん)する制度を創設することが11日、分かった。これまで培ってきた能力を新天地で生かしたいOB側と、近年急増する“モンスターペイシェント”対策に悩む医療機関側の思惑が一致。府は今後、府内の救急医療機関に雇用の希望調査を実施する。

 府によると、医療機関は、モンスターペイシェントへの対処法だけでなく、医療機関内の窃盗対策や不審者侵入防止など、必要とする分野に応じて専門の府警OBを希望することができる。

 府はモンスターペイシェントの実態を把握するため、昨年10月、府内の322救急医療機関(回答247件)を対象に初のアンケートを実施。その結果、約75%の医療機関が過去1年間に数回以上、「医療機関の関係者に因縁をつける。暴言を吐く」「診断や処置について不満を訴えたり、不当な要求をする」といった迷惑行為を受けていたことが判明した。

 一方、「警察との協力」「警察OBの雇用」などを要望する意見が多かったため、府は府警側にOB雇用への協力を要請した。

 府警では団塊の世代の退職期がピークを迎えており、今年3月には677人が退職した。府警はOBが能力を発揮できる新たな就職先として快諾した。府は今秋にも救急医療機関に雇用の希望調査を実施したうえで、府警と医療機関と協議し、再就職希望者を紹介する。

 府によると、これまでも、府警OBが個別に医療機関の顧問などとして再就職する例はあったが、大手医療機関など一部に限られていた。今回のように府が両者の橋渡し役となることで、小規模な医療機関なども府警OBの斡旋が受けやすくなるという。

 府医療対策課は「府が間に入り、医療機関側の希望を一括して府警に紹介することで斡旋の機会も広がり、透明性も高まる」と話している。

この話、ネット上で概観しただけでも結構賛否両論入り乱れているようです。
もちろんここでも天下り利権というものが存在するのかと言う考え方もあるわけですが、個人的には個々の人物をしっかり見極めた上で(就職に際して当然行うことですよね?)の採用ということであるなら案外名案になり得る話だと思いますね。

モンスターペイシェントが何故医療現場で忌避されるかと言えば、もちろん他業界における不良顧客問題と共通する事情ももちろんあるわけですが、何よりもまず「モンスターに対処する時間を取れるほど、今の医療現場に余裕がない」ということに尽きると思います。
モンスターが云々と書き始めるとよく市民の方々が「いやモンスターだって最初からトラブルを起こしたいのではない」などと言われる場合があるのですが、理由がどうとか同情なり共感なりの余地があるかどうかといった話とは全く無関係に、一瞬でもスタッフが手を休めてしまうと業務がストップするほど余裕のない現場の状況が問題なのです。
主張の背後にどのような正論があろうが、一瞬の遅れが多数の人間の生死を左右しかねない環境においては「事態に対応できる専門家が最善の行動を取ることを妨げること」自体が犯罪的行為であるということは、世の中に数ある非常事態というものの状況を想定していただければお分かりいただけるのではないでしょうか。

実のところこのあたりは医療現場で患者絡みの何かしらトラブルが発生した場合に、とくに一部公立病院などでは医者に丸投げという姿勢で対処してきたことにこそ大いなる病根があると思いますね。
何か業務が滞りそうな状況になればとりあえず専任の担当者が別室に顧客を案内するなりしてじっくり話を伺う、他業界ではごく当たり前に行われている当然のシステムすら全く存在していない病院が未だに多数ありますが、そうした病院ほど「いや私らでは医療絡みのことは何も判りませんから」と何でも医者に任せっきりという人々が巣くっているものです。
病院業務において最も律速段階となるポジションであり、かつ最も高度の専門性を要求され余人をもって代え難い職種にそんな専門外の仕事をやらせているのでは、それは患者さんの行列も長くなろうかと言うものですが、こうした人々の場合「センセイ、最近待ち時間長いってクレーム多いですから気をつけてください」なんて言っていれば済むと思っているのですから始末に負えません。

確かに医師とは医療における司令塔とも言っていい存在ですが、同時に病院という組織の中では単なる一職種(しかも、実態は管理職ですらない)に過ぎないわけですから、当然専門外の仕事はそれ相応の人間に任せた方が早いというのも当たり前の話ですよね。
医師の仕事は医療を行うことであって、高度な専門性を要求される業務だけに特化すればするほど病院にとってより多くの収益を上げ得る「良い医者」となれるのは自明であるのに、明らかに畑違いの仕事まで押し付けて本来業務に支障を来しているようではそれは採算性が悪化するのも当然ですよ。
その意味でようやく病院というそれなりに大きな職場の中にもトラブル解決の専門職が入るというのであればむしろ遅すぎるくらいの話ですし、警察OBに限らず担当者すら選任しないまま毎回行き当たりばったりの対応をしているような施設は自らの不明を早急に悔い改めなければならないと思いますね。

それはそれとして、世の中で増えてきているというモンスターというものの原因として、過度の権利意識のまん延というものがあるのではないかとも言われています。
ひと頃「お客様は神様です」などという言葉が流行し、そうした丁寧な接客が日本の売りであったことも事実なんですが、「客だから何をしても許される」などという勘違いが行きすぎると世の中これまたうまくいかなくなってくるものですよね。
医療の世界でも全く同じことで、マスコミがひと頃大いに喧伝していた「欧米並みの医療を!」「患者の権利確保を!」なんてことが滲透した結果として現状があるのだという声は根強く存在します。

例えば一昔前から医療現場でも接遇教育ということが盛んに言われまして、それこそ挨拶の仕方などという接客業として当たり前の事から仕込んでいた病院も結構あったりしたわけですが、その一環として「これからは患者さんじゃない、患者さまとお呼びしましょう」なんてことを誰かが言いだしたものでした。
本来は患者主体の医療ということを実現する一手段であったはずが、いつの間にか妙に歪んで広まってしまったのか当の患者さま方の間でも賛否両論あるようで、中には某大新聞社記者さんの如く慇懃無礼で腹立たしい、バカにされているとしか思えないと紙面上で大激怒されている方もいらっしゃいます。
モンスターペイシェントなるものの出現がこの患者さま呼ばわりを初めとする顧客第一主義の滲透と軌を一にしていると実感している人が増えてきたということなのか、近ごろでは医療側、患者側双方からの働きかけによる「患者さま呼ばわりはやめよう」なんて運動があるんですね。

「患者さま」撲滅運動に賛同いたします(2009年7月12日さいたま赤十字病院呼吸器内科ブログ記事)

先日ご紹介させていただいた「偽善の医療」(里見清一 著)ですが、すぐに手に入れて読ませていただきました。
おそらく、多くの医療従事者が本音では思っていることで、なかなか「言葉」に出して言うことができないでいたことを「ズケズケ」と書いてくれていて非常に興味深く読ませていただきました。

さいたま赤十字病院呼吸器内科ブログは、とくに対象者を限定したブログではございません。
読者の皆様には「医師」「看護師」「薬剤師」「研修医」などの医療従事者もいれば、「一般市民の皆様」や「さいたま赤十字病院呼吸器内科のかかりつけの皆様」などいろいろな方がいらっしゃいます(と思っております)。
そのため、時には「研修医向け」に勉強会で得た知識を自分なりに解説したり、また「患者」となる人々むけに疾患・病態の簡単な解説をしたり、「一般の人々」向けに、現在の医療問題についてブログ作者の意見を書かせていただいたりしております。
当然のことながら「さいたま赤十字病院呼吸器内科」のスタッフは7人いるため、各々がいろいろな人生を歩んできており、ブログ筆者の意見と必ずしも同じではないことはご理解いただきたいと思います。

と前置きしておいてですが、この「偽善の医療」の第1章の「患者様撲滅運動」にブログ筆者は賛同させていただきます。(と書いてますが、これまでの過去のブログでは、患者「様」と記載させていただいてますし、他のスタッフはそれほど「様」づけで呼んでいませんでしたが、ブログ筆者はいつも「様」づけで読んでいました)
どうして「患者様撲滅運動」に賛同するのか?
やはり、「医療はサービス業ではない!!」とうことが挙げられます。もっと言うと「サービス業に成り下がってはゼッタイにいけない!!」のです。

こういうことを書くと「医療はサービス業なのでは?」という反論が聞かれそうですが、この点についてはさいたま赤十字病院呼吸器内科ブログでも以前触れております。
http://srcrespiro.blogspot.com/2009/06/blog-post_24.html
患者「様」と呼ぶ背景には何があるのか?おそらくそのウラには「お金」が隠れているのではないかと思います。(著者も指摘されておりますが)。そのため、「美容整形」や「自費診療」の医院はおそらく「患者様」ということは正しいのではないかと思います。
要は「お金を払ってくれる『患者様』」です。

「医師」が自分の技術を、高いお金を払って買っていただける「お客様」=「患者様」にだけに提供していいのでしょうか?
多くの人々がこの意見に、おそらく”NO”ではないでしょうか?
この点に、医療が根本的に「サービス業」になれない理由があるのではないかと思います。
(以下略)

医療がどうあるべきかに関しては諸説ありますが、おそらく日本国民の最大公約数的な考え方としてどんな医療体制となっても最低限社会保障的に確保されているべき医療というものはあるし、少なくともその最低限という部分に関しては可能な限りの平等と機会均等を保障されるべきだといったあたりに要約されてくるんじゃないかと言う気がします。
最低限の水準とはどの程度であるのかとか、最低限を越えた部分に対する取り扱いはどうするのかといった部分で異論は多々あるでしょうが、少なくともどこからどこまでも全て自己責任でリスクとベネフィットを勘案して医療を利用しなさいといったやり方が受け入れられるほど、皆保険制度下で生まれ育った大多数の日本人は医療に対して大人でないと思うのですね。
そうした社会保障的存在としての医療というものを考えた場合に、むしろスタッフも利用者も目指すべきは営利的接客業というより公園や公衆便所のような社会資本の維持運営に近いのではないかとも思えてきます。

納税者なんだからと公園の草花を持ち帰り放題だとか、公衆便所を好き勝手に汚し放題という態度は世間一般ではモラルという観点から否定されるべき行動と受け取られるものですが、日本の医療現場も患者のモラルというものの存在なくしては成り立たないような仕組みになっているわけですよね。
患者の協力があってこそ日本の医療が世界一のコストパフォーマンスを誇っていられるのだと考えるならば、医療費をもっと増やさねば、そのために増税も必要だなんて議論賑わしいこの時代に、患者側からすれば多少のモラルの発揮によって支払う税金すら安上がりに抑えられるという可能性すら示唆されるわけです。
騒げば騒ぐだけ余計待ち時間が長くなるとか、回りの人間が良い迷惑であるだとかに加えて懐にも優しいとくれば、これはもう病院では大人しくしておいた方が断然お徳だよね!って気になってきませんか?

と言うわけで今日の結論、病院にかかられるときは慌てず騒がずおとなしく、多少の忍耐と寛容をもって気長に順番をお待ちください、なぜならばその方が結局は皆さん自身のためになるからです。
しかしまあ、待合室でうるさくしている子供を叱りつけるのに「そんなことしてるとセンセイに痛いお注射されるよ!」なんて言うのだけは勘弁してもらった方がいいでしょうね、いやマジで(苦笑)。

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