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2009年7月 6日 (月)

医療事故 解決への道程は決して一つに限られてはいない

こういうのは被疑者否認のままということになるのか知れませんが、以前にPFI解除の件で少し書きました近江八幡市民病院に絡んでなかなか興味深い記事がありましたので紹介しておきます。

滋賀、患者死亡で2医師書類送検 病院側は過失否定(2009年6月29日47ニュース)

 滋賀県の近江八幡市民病院(現・近江八幡市立総合医療センター)で2005年、食道静脈瘤除去手術後に患者が死亡し、県警は29日、医療ミスがあったとして、業務上過失致死容疑で手術を担当した39歳と46歳の男性内科医を書類送検した。

 県警によると、2人は容疑を否認し「治療に問題はなかった」と話しているという。

 2人の送検容疑は2005年10月13日、男性患者=当時(69)=への内視鏡を使った食道静脈瘤除去手術で食道内に7~8ミリの傷を付けたのに、手術後、外科医に相談するなど適切な措置をせず、翌14日、傷から漏れた空気で肺を圧迫させ男性を死亡させた疑い。

 同センターは「傷を縫合するなどの処置を行わなかったのは、『消化器内視鏡ガイドライン』に基づいて、自然治癒を促す治療方法をとったから」と説明。「患者は肝臓が悪く、外科的処置にはリスクがあったため、経過を見守る『保存的治療』を選択した」と過失を否定している。

 近江八幡市民病院は06年、民間資本を活用して運営するPFI方式を導入。近江八幡市立総合医療センターとなったが、経営難からPFI契約を解除し、市直営となった。

術後死亡事故で医師2人書類送検 滋賀県警、業過致死容疑(2009年6月29日京都新聞)

 旧近江八幡市民病院(現・同市立総合医療センター)で2005年10月、食道静脈瘤(りゅう)除去手術を受けた同市の無職男性(69)=当時=が手術後に死亡した事故で、近江八幡署などは29日、業務上過失致死の疑いで、当時同病院内科医だった京都府与謝郡の男性医師(39)と同市の男性医師(46)の2人を書類送検した。

 送検容疑は、05年10月13日午後6時半ごろから行った内視鏡手術で、誤って食道に直径7~8ミリの穴を開け、胸部に空気が漏れる症状を引き起こしたことを確認したのに、外科医に相談するなど適切な措置をせず、男性を翌14日午前1時ごろ肺の圧迫による窒息で死亡させた疑い。

 同署の調べによると2人は「症状確認後、抗生物質投与などの治療法を選択したことは問題ない。患者が死亡することは予見できなかった」と容疑を否認している、という。
 近江八幡市の槙系病院事業管理者は「病院内の事故調査委員会で過失や過誤はなかったと判断していたので、送検は残念だ。検察の対応を注視したい」とコメントを発表した。

相変わらず記事だけでは何を言っているのか判らない部分があるのですが、食道静脈瘤の硬化療法を行っていたとすれば、穿刺針で粘膜に傷をつけたか、硬化剤の副作用によって食道に穴があいたということなのでしょうか。
傷を縫合云々という話からすると前者の方なのかなとも思うところですが、時間経過を観ると13日の夕刻という遅い時間帯に処置を始めているということであるいは緊急処置だったのかも知れないですが、翌14日未明には亡くなっていることから緊張性気胸と言うことになるのでしょうか。
「胸部に空気が漏れる症状を引き起こしたことを確認」というのがどういう意味なのかですが、もしレントゲン等で気胸を確認したと言うことであれば「症状確認後、抗生物質投与などの治療法を選択」云々という話と結びつかず、院内調査委員会で過失や過誤はなかったという判断にならないとも思われるところです。
あるいは「傷から漏れた空気で肺を圧迫させ」といった死因も全て警察の推測なのかも知れないという大胆な推測すら成り立つのかなとも思うのですが、結局記事だけからははっきりした状況が判りかねるとしか言いようがないですね。

興味深いのは当の医師二人はともかく、病院当局でも間違いはなかったという態度を示しているらしいことで、公立病院でありながらこうした態度はどうしたことかとも思わされるところです。
実は先日もすこしばかり紹介しました岐阜県総合医療センターの医療訴訟の件でも、公立病院でありながら県側が控訴するという話になっているようなのですね。
一昔前は(今も?)自治体病院での医療訴訟と言えば「病院は一切関知しないからそのつもりで」なんて放置プレーな施設も多々あったとも側聞しますが、これは何かしら風潮の変化と捉えるべき話なのでしょうか?

県立病院医療過誤訴訟:県が控訴 /岐阜(2009年7月4日毎日新聞)

 県総合医療センター(旧県立岐阜病院)で治療を受けた羽島市の男性(59)が、退院後に脳梗塞(こうそく)で倒れて後遺症が残ったのは術後の管理ミスのためとして、県に損害賠償を求めた訴訟について、県は3日、医師の過失を認めた6月18日の岐阜地裁判決を不服として名古屋高裁に控訴したと発表。控訴は6月30日。

 控訴について、同センターの渡辺佐知郎院長は「治療は適正だったと考えており、過失を認めた判決には不服な点がある」と説明した。【宮田正和】

公立病院と言えば患者=地域住民=スポンサーですから、ひと頃は被害者救済最優先ということでどんな判決でも丸のみしてきたような印象があるのですが、時代が変わってきたということなのでしょうかね。
実際のところそうした行為の繰り返しの結果が医師の信頼と忠誠心を失わせ公立病院からの医師の逃散ということに結びついてきた側面もありますから、これだけ医者集めに苦労している時代にあって未だ昔ながらの殿様商売をやっている施設があるとすればその方が驚きという言い方も出来るのかも知れません。
いずれにしても不幸な事故であることは言を待ちませんが、科学的にきちんと真相を究明し正しい判断に基づいて適切に後の処理をしていくということも同様の事例が再発してくることを防ぐために何より求められることではあるかなとも感じるところです。

ところで診療関連死の真相究明と言えば、先頃厚労省では「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」の延長を決めたというニュースが出ていました。
何故思いがけない死亡事例が発生したのかという原因究明は患者遺族に限らず医療従事者にとっても関心があるところでしょうからこうしたモデル事業もやっていけばよいと思うところですが、これに関連して先頃こんな記事が出ていましたのを目にした方も多いのではないかと思います。

解剖でも判断できず20% 診療関連死で学会調査(2009年7月3日47ニュース)

 2007年までの5年間に医師の診療に関連して患者が死亡して行われた司法・承諾解剖904件のうち、診療と死亡の因果関係について「解剖医では判断できない」とされた例が20%に上ったことが3日、日本法医学会の全国調査で分かった。診療ミスが明らかになったのは14%だった。

 診療関連死に関する学会の本格的調査は初めて。結果をまとめた舟山真人東北大教授(法医学)は「生前の状態も把握する臨床医と共に原因究明する必要があると分かった」と分析。国の「医療安全調査委員会(仮称)」設置をめぐる議論で参考にしてもらう意向だ。

 大学法医学教室など84機関にアンケート方式で実施、59機関が回答した。刑事訴訟法に基づいた司法解剖が734件、遺族の了解で行う承諾解剖が170件あった。

 調査によると、診療行為と死因との因果関係について「ミスが明らか」が14・7%、「ミスや事故の可能性が高い」が11・5%。「ミスの可能性は否定できない」15・3%「否定できる」31・9%で「判断できない」が20・9%に上った

 「明らか」と「可能性が高い」を合わせた237件について原因とみられるトラブルを複数回答で尋ねると、患者管理が80件、内科的処置や検査67件、外科手術60件、薬剤38件。警察への届け出は医療機関側が91・1%に対し、遺族からの届け出は8・0%だった。

この話、数字が高いか低いかは見る者によって評価が分かれるところだと思いますが、個人的には全死亡のうち80%の症例で診療行為と死因との因果関係をはっきり判断できると言うのならそれは少し言い過ぎではないのかなという気がします。
通常の病死などの剖検例では臨床経過から担当医はおおむね状態を予測しており、病理医も詳細なデータに基づいて検討を行い、それでも何かしらよく判らない報告書が出てくるということが時折見られるものだと思いますが、思いがけない死亡となりますと当然データの集積なども不十分でしょうから、よく判らない症例というのが多くなって当然だと思うのですけれどもね。
もっとも現在までのところこうした死因調査に回ってくる症例というのは極めて限定されていて、当然それなりのバイアスがかかっていると予想されますから、将来的にはるかに広範囲に解剖が行われるようになった場合に同様の結果になるというわけでもないのでしょう。

今後死因究明事業などがますます広範に行われていくとして、恐らく自分だけでなく多くの人々が恐れているのが、かつて散見されたいわゆる「トンデモ判決」の元となったとされる鑑定書の類のように、何かしらの意図をも込みでの結論ありきで本来判断不能とされるべきものまで妙な結論を導き出されてしまうことではないでしょうか。
以前にも書きましたように福島・大野病院事件でも保険金支払いのために有責という鑑定が必要なんだと県側に押し切られた結果あの起訴があったのだとは言われているところですが、被害者救済と真相究明、そして責任追及という行為はそれぞれきちんと分けて考えないと必ず科学ではない何かによる偏りが入ることは避けられないと思いますね。

厚労省は今も自省案による事故調設置を進める考えを崩していないようですが、何でもかんでも求めすぎてしまうと結局何もかも失ってしまうということを一度冷静に考え直してみるべきではないかと思うところですし、無過失補償制度やADRの整備も併用していくことによって真相究明と再発防止、被害者救済はそれぞれ別個のものとして成立するものだと思いますけれどね。

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