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2009年7月13日 (月)

「報恨以仁」と言い切れる人間などそうそういないのも確かなので

本日まずはこちらの記事から紹介してみましょう。

開業医が拠点病院診療 休日に“応援” 人手不足補う(2009年7月12日東京新聞)

 医師不足が深刻な拠点病院で、地元の開業医が夜間や休日に応援診療をする取り組みが各地で広がっている。病院がなくなると地域医療が崩壊するという危機感が背景で、病院側も大歓迎。応援診療を助成する自治体も出始めている。

 「食事時間すらなかった勤務医の負担が大幅に軽減された」。伊那中央病院(長野県伊那市)の藪田清和事務部長は応援診療を高く評価する。同病院の地域救急医療センターでは二〇〇七年六月から、地元医師会の開業医が午後七~十時に軽症患者を診療している。

 病院は七人いた救急専従医が三人に急減。二十四時間救急の維持が困難となり医師会に協力を求めたのがきっかけだった。専従医が六人になった現在も開業医約二十人が交代で診療を応援している。

 報酬は一回五万円。病院側の支出は年間約二千五百万円と決して少なくないが「若手医師がベテランの開業医から診療方針の意見を聞く機会にもなっている」と予想外の効果もあるという。

 徳島県医師会は今年六月、県内三カ所の公立病院、診療所で夜間や休日の応援診療を始めた。同会の大塚明広副会長も月一回、車で二時間以上離れた県立病院の休日診療を担当。「拠点病院がなくなれば開業医は患者を紹介する先を失う。大学医局の医師派遣システムが機能しない今、病院と開業医の連携は重要」と強調する。

 埼玉県は〇八年度、応援診療への助成制度を創設、これまでに民間を含む三病院の小児救急に導入した。県の担当者は国に対し、応援診療を促進するため診療報酬上の算定基準を新設するよう求める。しかし「通常の診療も抱える開業医の負担は大きく、応援診療は“対症療法”」とも指摘、医師不足の根本的解消が必要と訴えた。

開業医の応援というやり方は昨今ちょっとした流行のようですが、これが実際に運用する場合にはなかなか難しいことになるという場合も多いようです。
たとえば開業医が当直をして拾い上げた入院患者を翌朝には当然に常勤の勤務医が引き継ぐということになるわけですが、こうした場合に限らず他人の患者を引き継ぐというのは割合気を使うものなのですね。
良くある事例として初診の先生から「大変です!これはすぐ入院しないと!」なんてことを言われて入院した患者を引き継いでみると別に大したことはない、そもそも入院適応があるのかどうかも判らないくらいなのに患者の方では大変だと聞いているから大騒ぎしている、さてどうしたものかといった状況があります。
一般に開業医より病院勤務医の方が普段重症患者を見慣れているので「まだこの程度なら」と腹が据わっているということもあるのでしょうが、実際にはもう少し生臭い人間関係もあるようなのですね。

ひと頃の病診連携なんてことが盛んに言われていた頃から既に言われていたことですが、開業医の側とすれば「俺の一声であそこの病院にベッド取らせたから」と患者にいい顔をしたい、一方病院勤務医の方では本当の重症でも空ベッド待ちの患者が列をなしているのにどうでもいい患者でベッドを埋められては困ると、地域によってはそれなりの病診対立の構図が生まれていたりもします。
特定の開業医が送ってくる患者がどれもアレな症例ばかりということになれば受ける勤務医の側もいずれ「ははん、またあそこの大センセイか」と引き受けたがらなくなるのは道理ですが、そうなりますと開業医の方から病院当局に「お宅の医者は紹介患者も引き受けんのか!うちから今後一切紹介しなくてもいいと言うことか!」なんてクレームが入ったりする。
昨今の経営環境悪化で病院の上の方では「どうぞうちへ紹介お願いします」なんて開業医回りをしていたりするから話がややこしいのですが、こうなりますと現場医師と上層部との力関係でお断りオーケーと公認されるか、それとも医者がさっさと病院を辞めるかということにもなってきます。

近ごろではどこの病院も医師不足ですから、よほどアレな医者ででもない限りはそれなりに穏便なところで落としどころを見つけようと関係者一同努力するわけでしょうが、やはり今の時代はいざというとき病院当局が配下の勤務医をどれだけ守ろうとしているのか、その姿勢を当の勤務医に見せられるかということも病院の求心力として大きなポイントになってきているわけですね。
その意味では医者にとって究極のトラブルとも言える医療訴訟に際して病院がどれだけ医者を守る姿勢を示すことが出来るかということは非常に重要なことであり、一方で全国数多の公立病院では過去「訴訟?当局は一切関知いたしませんが何か?」という姿勢を示し続けてきたことが現在の公立病院の惨状をもたらした一因とも言えるかも知れません。

このあたりの事情をおさらいしておく意味で、少し古い事例ながらこういう話もあって興味深かったので紹介しておきます。
横浜市救急医療センターで応援に入っていた小児科開業医師が診察をした患者が帰宅後に急変して亡くなった、民事訴訟となって一審では訴えられた市側が敗けたという古い事件があったのですが、ちょうど弁護士の森山満氏がこの地裁判決について解説を書いているようですので、まずこちらを引用させていただきましょう。

行列のできる医療訴訟相談所(森山経営法律事務所弁護士森山満氏記事)より引用

かぜと診断したら急性喉頭蓋炎で、重度の脳性まひに

事例ある政令指定都市で、公設の夜間専用の救急医療センター(当番制で開業医が詰める診療所)に、10歳の子供が発熱、息苦しい、吐く、たんが出ることなどを訴えて来院しました。

  担当医は急性咽頭気管支炎(かぜ)と診察して、「のどが少し赤いけれど大丈夫だよ」と子供に声をかけネブライザーの施行と抗生剤を処方して帰宅させたのですが、実はこの子供は急性喉頭蓋炎で、帰宅してから窒息状態となり心肺停止状態になりました。すぐ救急車を呼んで病院に運び込んだのですが重度の脳性まひになり、家族が損害賠償請求訴訟を起こしました。

横浜地裁判決(平成17年9月29日) 一時金約1億円、付添介護費用28万円~56万円/月を死亡時まで支払え

  この事例も前記の心筋梗塞の見落しと同様、誤診類型に属するものです。

  急性喉頭蓋炎は、わが国では小児には稀な疾患とされ、この事例の担当医も15年の経験の中で一度も経験したことがなかったためか、頭から急性喉頭蓋炎を疑っていなかったようです。しかし、判決では、急性喉頭蓋炎が嚥下障害などの進行してからの特徴的な症状は初診時には現れていなかったものの、初期症状としては矛盾しないので、急性喉頭蓋炎の可能性を考えなかったこと、子供を帰宅させてしまったことには過失があるとしています。

  医療水準の問題としては、急性喉頭蓋炎の臨床経過の理解のほか、どれほど確率が小さい疾患であっても小児科医として常に念頭に置いておかなければならない疾患といえましょう。

  本件担当医は不幸にして「落とし穴」にはまってしまったわけですが、裁判所は重篤な疾患の誤診は基本的に許さない態度を採っている点は注意が必要です。

「重篤な疾患の誤診は基本的に許さない態度を採っている」と言えば、かつてNEJに掲載された「賠償金が支払われたかどうかと、事故・過誤の有無とはまったく相関しなかった」「賠償金額の多寡は医療過誤の有無などとは相関せず、患者の障害の重篤度だけに相関した」という衝撃のレポートを思い出させるような話ではありますね。
もっとも上記判決が出た頃はまさしく医療訴訟の判決が一番厳しい時期だったとも言えて、その後は御存知のように医療を取り巻く諸環境の色々な変化もあって、現在も同様な方針で判決が下されているのかどうかは明らかではありません(昨年頃から患者側勝訴率が急降下しているという話もあるようですが、何らかの変化を示すものなのかどうか?)。

いずれにしても自治体の医療機関絡みの訴訟ともなればたいていは簡単に賠償判決を受け入れてしまうというのが常なのですが、この場合は珍しく控訴することになり高裁で逆転判決が出たわけですね。
これも一般のマスコミではあまり取り上げられていなかったようで、こちらのサイトから引用させていただきましょう(元々の記事はひと頃大騒ぎになった(自称)医師のみが入れる某サイトからのようです)。

急性喉頭蓋炎で死亡した裁判で、原告逆転敗訴に。(2008年12月30日ブログ記事)より抜粋

ミス認めず患者逆転敗訴 横浜の救急医療施設

 横浜市救急医療センター(同市中区)で1999年、診察ミスが原因で全身にまひが残ったとして、当時4歳だった少年(14)と両親が約1億4000万円の損害賠償などを求めた訴訟の控訴審で、東京高裁は26日、約1億円と月々の介護費用などの支払いを命じた1審判決を取り消し、原告逆転敗訴の判決を言い渡した。

 1審横浜地裁判決は「担当医は気道閉塞を起こす恐れのある急性喉頭蓋炎に気付くべきだった」と医療ミスを認めたが、南敏文裁判長は「一般の小児科医の水準から、急性喉頭蓋炎発症の可能性を疑うべきだとはいえず、診察と後遺症の因果関係はない」と判断した。

 判決によると、少年は99年3月、のどの苦しさを訴えて受診。小児科医は薬を処方して帰宅させたが、翌日未明に一時呼吸停止となり、後遺症で全身まひになった。

横浜市の救急医療センターと言えば以前に指定管理者の件でゴタゴタがあることを取り上げたことがありますが、詳しいことは「新小児科医のつぶやき」さんでも取り上げられているようですのでご参照いただければと思います。
あの件も経費削減など運営方針を巡って市と医師会の間に色々と微妙な綱引きがあったとも言うのですが、いずれにしても従来から診療に協力する地元医師会との関係に気を使わざるを得ないという下地があっての話であるとも推測されるところです。

ところで控訴をするとなればその費用支出に関して市議会で承認を受けなければならないわけですが、その議事録を見てみますと「なるほど、この調子でどこの自治体もろくに控訴せずに判決を受け入れてきたのね」と納得できるような状況が露わなのですね。

平成17年 福祉衛生病院経営委員会(2005年12月19日横浜市会会議録)より抜粋

◇出席委員       12人
  委員長     高梨晃嘉君(民主党)
  副委員長    藤代耕一君(自民党)
  副委員長    加藤広人君(公明党)
  委員      酒井喜則君(自民党)
  委員      山田一海君(自民党)
  委員      吉原 訓君(自民党)
  委員      浅川義治君(民主党)
  委員      池谷泰一君(民主党)
  委員      川口珠江君(民主党)
  委員      高橋正治君(公明党)
  委員      杉山典子君(ネットワーク横浜)
  委員      荒木由美子君(共産党)
(略)

市報第13号 損害賠償請求事件に係る控訴の提起についての専決処分報告
○(高梨委員長) 当局の説明を求めます。
◎(岸本衛生局長) 一般議案書の17ページをお開きください。
 市報第13号損害賠償事件に係る控訴の提起についての専決処分報告について御説明いたします。
 本件は、横浜市を被告として提訴された損害賠償請求事件について、本市の損害賠償責任を認めた第1審判決を不服として控訴したことを御報告し、御承認を願うものでございます。
 最初に、20ページの事件の概要をごらんください。
 この事件は平成11年3月27日に、横浜市救急医療センターを受診した当時4歳の原告谷田部拓巳が、診察に当たった小児科医村田篤の注意義務違反により後遺症が残ったとして、平成14年3月27日に、原告谷田部拓巳及びその両親が横浜地方裁判所に損害賠償の請求の訴えを提起したものであり、平成17年9月29日に第1審判決がありました。
(略)
 第1審判決では、横浜市救急医療センターにおいて、村田篤が被控訴人谷田部拓巳を診察した際、被控訴人拓巳の主訴及びその症状等から想定される病状に対応できる病院に転院させる等の注意義務を果たしておらず、その結果、被控訴人拓巳に後遺症が残ったとして、横浜市救急医療センターの設置者である横浜市及び診察を行った村田篤の損害賠償責任を認めました。しかし、村田篤は適切な診察を行っており、注意義務違反はないことから、横浜市に損害賠償責任はないと考えられるので、東京高等裁判所に控訴を提起したものでございます。
○(高梨委員長) 質疑に入ります。
◆(杉山委員) 谷田部さんに対しましては、医療の問題でかなり判断の難しい部分があったかと思うのですが、医師のやりとり、私も訴状等読ませていただきました。医師は、また週あけにいらっしゃいという発言が記載されていましたが、その後の処置についてはどのような注意を行ったのか、病院を出てから、こういった場合には至急連絡するようにという文言があったかどうか、お伺いいたします。
◎(荻原地域医療政策部長) その辺についてカルテにも詳細は書いておりませんが、通常、必ず具合が悪いときは病院に来なさいということを申し上げておりますので、そういう形で裁判でお答えしております。
◆(杉山委員) 非常に難しいですが、現実的に数時間後には重度の障害を持つに至って呼吸が停止したという状況もありますし、親の身になって考えてみますと、病院へ通院した。その場は大したことがないと帰され、数時間後には救急車に乗るような事態になったということで、横浜市の責任は免れないと考えるのですが、その点についてはどのような御見解をお持ちになっていますか。
◎(岸本衛生局長) 今回控訴を提起しましたのは、判決にある急性喉頭蓋炎を起こして重度の障害が残ったということですが、それが予見可能な状況ではなかったと判断しておりまして、一部事実の誤認がある。したがいまして、急性喉頭蓋炎の予見がないと転送ということにもならない。そういう趣旨で控訴したということでございます。
◆(杉山委員) 貴重な税金でありますから、もう1回司法の診断を仰ぐという選択もあるかと団でも議論になりました。一つには救急医療センターを取り巻く小児科の背景で、軽度の方もかなり利用されているということがありますけれども、のどとか呼吸については細心の注意を医師は払っていくことが常識的になっていることも、私たちもお子さんをお持ちの幾人かの方に聞いたのですが、むしろ親が思っているより慎重な診断をなさるお医者さんが多いと伺いましたので、現実的にこういう結果になっているということで、私たちは市報第13号は反対いたします。
◆(荒木委員) 私もこの控訴に至る訴状と判決文も読ませていただきました。医学的な見地でいうと私たちは素人ですから、それがどうこうとは言えないというのが私たちの団の判断です。ただ問題だと思うのは、横浜市が救急医療センターの受託先として横浜市総合保健医療財団と委託契約を結んでいるのですが、その契約書の第11条で医事紛争の処理という規定があって、今回のようなケースで診療業務を実施するに当たって、医事紛争が発生した場合については、甲、横浜市は自己の負担と責任によりその処理に当たるときちんと明文化されている。ですから救急医療センターを開設する際にも、こういうことを想定されて委託契約を結んでいたと思うのですが、この点はどうでしょうか。
◎(岸本衛生局長) これは受託者との関係で、医事紛争については受託者である財団ではなくて、市が責任を持って対応して、責任がある場合は、その責任を市が負うということをうたったものでございます。
◆(荒木委員) 医師の診断がどうであったかというのが、この間の訴状とか判決文の中でも争いの争点になっていますけれども、基本的は救急医療センターを設置し、子供の症状に応じては適切な判断をしてきた上でも、こういう事故が起きることも、当然急変することもあり得るし、今回の症例は非常にまれなケースともお聞きしています。ただ、そうは言ってもかなり高位の障害を残してしまい、このお子さんを介護する保護者の気持ちも踏まえて、私たちも控訴すべきではないと団の中でも話し合いをしました。なおかつ、設置者責任ということで横浜市に損害賠償責任はないと考えるというところが、今回私たちはそうではなくて、医事紛争の処理ということでは横浜市が自己の責任を果たすという意味で、ぜひこの点については控訴をしないで、この判決の要旨を受けとめてほしいと考えています。私たちも控訴については反対いたします。

ここで留意していただきたいのは、控訴に反対している委員達の論点が適正な医療が行われていたかどうかではなく、単に結果の重大性に対する責任というもののみに言及したものであるということ、その意味で日本もまた前述のNEJのレポートにある通りの状況にあるのだと言うことが言えるのではないでしょうか。
自治体としてはいわばスポンサーである住民に現実に被害が出ているわけですから、どのような判決であれこれに従い誠意を示すというのも一つの考え方だろうとは思うのですが、その結果公立病院絡みで過去数多の「それはちょっとどうよ?」と思われる司法判断が確定してきたという歴史の積み重ねもあるわけですよね。
そして何よりこうして医学以外の領域での判断から事実関係を直視することを避けるように判決を受け入れてきた市や病院当局といったものに対して、とくに真面目に診療に当たってきた現場スタッフほど言いたいことも多かろうということです。

有名な亀田病院のテオフィリン中毒死(疑い)事件については医療業界でも非常に大きな話題となって、「新小児科医のつぶやき」さんや「産科医療のこれから」さんなどでも大々的に取り上げられたという経緯がありました。
世間からは何かと言われているようですが、あの事件で亀田の院長部長が担当医を全面的に擁護する姿勢を明確にしていた点は非常に評価すべきだと思いますね。
日々限度一杯と言うくらいの過酷な業務に追われている、そもそも人の生き死にを扱うという現場ですから日常的に心身のストレスはただならぬものがあると思いますが、そんな時だからこそ人間意気に感じるということで何とか頑張ってやっていけるものだし、背後から銃で撃ってくるような人々に滅私奉公しろと言われても無理なのは当然でしょう。

ささいな発言まであっという間に全国に晒されてしまうような時代であるからこそ、人間の素朴な感情に訴えかけるようなメッセージを現場に向かって発信できる施設ほど人が集められるようになるのでしょう。
何より内部の人間関係が怨恨と疑心暗鬼で凝り固まっているような施設でまともな医療が出来るとも常識的に考えがたいですから、そうした上下の信頼関係が強固な施設が栄えることは現場スタッフのみならず顧客にとっても良いことなんじゃないでしょうか。
その意味で医療訴訟だけではなく待遇面など今までさんざん他人の犠牲の上に良い思いをしてきた一部?公立病院あたりが、今の時代に医者やスタッフから見放されつつあるのも仕方ないのかなという気はするところですね。

医療従事者に限らず人間の自然な感情として他人を撃って(売って?)自分だけいい顔しようといった方々に良い気持ちは抱けないものですから、そういう「勧善懲悪」の物語を生暖かくヲチするのを嫌いな人間って決して少なくないのじゃないかとも思うところですがどうなんでしょうね。
どうせ消えていくにしても、せめて最後は惜しまれつつ消え去っていくように普段からの身の振り方を考えておきたいものだなと、これはなにやら積悪数多の我が身に対する教訓と言うことにもなるのでしょうか(苦笑)。

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