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2009年7月

2009年7月31日 (金)

結構ぶっちゃけちゃった人たち

今の時代あまりうかつなことを言いますと全国どこでも集中砲火にさらされる危険というものはあるわけですが、批判を恐れて何も実のあることを言わないというのも聞いている側としては面白くないものです(特にネタとして)。
ボケツッコミは国内一部地方の文化とも言うくらいで、周囲の人間との会話などを考えてみても、「はあ、そうだねえ」と相鎚を打つしかないような話の連続なんてものは熱が入らないもので、やはり「あんなナニ言うてんねん!」と突っ込みの一つも入れなければ言葉のキャッチボールにしても退屈ですよね。
学会などでも演者が突っ込め突っ込めと脇を開けて待っているのに突っ込まないのは野暮というもので、誰も手を挙げないならそれは座長の責任で突っ込まなければならないわけですから、ツッコミツッコマレることに過剰に神経質になる必要もない、むしろスルーこそ社会儀礼に反するという言い方も出来るわけです。

今日はそうした視点から最近の少しばかりツッコマレたがりの気配濃厚なぶっちゃけ発言の幾つかを拾い上げてみることにしましょう。
まずはこちら、今の時代世間的にはいわゆる一つの「爺医」と呼ばれてしまう世代からの提言です。

苛酷な勤務 最大の原因は医療界自身に(2009年7月26日ロハスメディカル)

第64回日本消化器外科学会学術総会の特別企画『消化器外科医の勤務環境改善のために何をなすべきか』(18日開催)で日本臨床外科学会会長の出月康夫・東大名誉教授が大変に踏み込んだ特別発言を行ったので、ご紹介する。(川口恭)

私が、医療の社会的な問題や経済的な問題に関わり始めたのは20年ほど前から。外科系学会社会保険委員会連合(外保連)という、元々は外科系の手術の診療報酬をいかに上げるか、どれ位が適切かということを学術的に研究しようという会の委員を数年やって、いろいろな矛盾があると気づいたのでいろいろと言い始めた。

4年前に『日本の医療を崩壊させないために』という本を出したのだけれど、それ以来、日本の医療崩壊が止まるどころか益々悪くなってきているのが現状と思う。最近になって、ようやく政治家も動き始めたし、マスコミもキャンペーンを張ってくれるようになったので、国民も状況をやっと理解し始めている。

今日の話の中心である勤務環境の改善は、医療崩壊を防ぐ一番大切なことだが、どうしてこんなことになったかは今日の話からも明らか。

ひとつの元凶は医療費の抑制。現在の診療報酬では病院の収支がマイナスになるというのは、皆が言い始めていることで、補助金とか助成金をもらっている病院は何とかやっていけるかもしれないが、それがないと確実に赤字になる。

病院は何をやろうと思っても結局はそこがネックになって何もできない。何が足りないかというと、診療報酬に対する原価計算がない。外保連で、それを 20年やってきて、やっと少し理解してもらえるようになったけれど、行政の人に言っても『私たちもそれは分かるんですけれど財源がないから上げられない』というのが決まり文句。

もうひとつは、これも今日話の出ていた医療訴訟・医事紛争の増加がある。患者さんと医者の信頼関係が随分と変わってきてしまったことが原因だが、これにはやはり行政・法律家・マスコミのポピュリズム・大衆迎合主義のために人々が喜ぶことを行う、それが本当に本質を分かって喜んでもらっているのならよいのだが、そうでなくて感情論で動いてしまう、そういうものをどんどん後押ししてしまう傾向が今までは少なくともあったという風に考えている。

そして、もうひとつ最大の原因は、医療界自体にあったと思う。特に日本医師会に大変大きな責任がある。病院の崩壊に対して、日本医師会が今まで何も手を打ってこなかった。加えて勤務医や私たち学会も何も言ってこなかった。私たち自身に責任のあることだと思う。

ようやく診療報酬を何とかしよう、医事紛争を何とかしようという機運が出てきたが、でも学会の中だけでやっている限りマスターベーションに過ぎない。やはり外に向かってこういうことを分かってもらう、国民に現在の医療の状況を理解していただく、それを医師1人1人が、あるいは学会がもっと積極的にやらなければならない。

今のような状況で、私たちが卒業したての頃だったら、医師のストライキが確実に起こっていたと思う。そういうこともある程度考えないといけない時期に来ているのだろう。診療を拒否しろと言っているのではなく、やはり私たちの状況を社会に対してアピールする時には、その前提として医師が何らかの行動を起こしている必要があるということだ。

そうでなければマスコミにも分かってもらえない。『先生方そういうことを言うけれど何もしてないじゃない』と言われてしまうのがオチ。昔、学生の時代にストを打って宮城前を駆け回ったのと同じように何らかの行動を医師はきちんと示さなければいけない。それが国民に現状を理解していただく最大の手段だろうと思う。

それから過重な労働を避けるためにどうしたらよいか、の一番手っ取り早いのはワークシェアリングというか、コメディカルの方や医療事務の方に仕事を分担していただいて、医師は医師でないとできない仕事に専念するように。そのためには法律の改正も必要かもしれないし、それに医師が反対するようでは困る。他の職員の方の権限を拡大しようとすると日本医師会は非常に警戒する。しかし、それは間違い。

今やアメリカを見ても世界を見ても、医師に雑用、雑用といったら申し訳ないけれど、医師以外がやってもよい仕事をさせているのは日本だけ。そういう職種を医師としても育てていくということを皆でしなければいけない。それにもし医師会が反対するようなら医師会を蹴飛ばせばよい。

それ位のことをしないと日本医師会は非常に強固な組織だから。医師会の執行部には病院の人は1人もいない。開業の先生、地方の医師会の会長がなる。もし日本医師会をこのまま認めていくならば、我々の意見を代表してくれる方に入ってもらうよう組織のありかたを変える必要がある。

それから医療紛争の対処にあたるために3年ぐらい前から医療安全委員会というのが議論されているが、厚生労働省から出てきた案は非常におかしい。そういうものを厚労省の中に置こうというのだけれど、自分の決めた医療制度を批判することはできないはずだ。それから、その検討会の座長は刑法学者だ。刑法とは、誰に責任があって、それをどう追及するかという話で、そういう人が座長をやれば、責任追及が原因究明や再発防止より優先されてしまうのが当然と思う。

あの組織は、もう一回全部解体してやり直すということにしないと我々の意見は通らない。あの検討会の中には3人医者がいるけれど、厚労省には何も言えないかあるいは日本医師会を代表する方々だから、やはり勤務医を代表する、しかもお上の息のかかってないような実質的な方を委員に選んで、もう1回医療安全委員会というものをどういう風にしたらよいのか考え直してもらいたいというのが私の希望。
(略)

ロハスの川口記者が言うところの「大変に踏み込んだ特別発言」というのが何にどう踏み込んでいると言っているのか今ひとつはっきりしないんですが、文脈から見ると医師会批判というのが一番のポイントということになるのでしょうかね?
仰るとおり医者がもっと声を出していけというのは舛添大臣も言っていることですからどんどん言わせてもらえばいいわけですが、医師達がいくら医師会を蹴飛ばしたところで国として公に医師の代表団体として認めているのが医師会だけであって、現場の医師の声がスルーされっぱなしという現状が変わるわけでもないという点は同氏も指摘するところですよね。
もし行動に出ろと言うのならまず本当に現場の医師の声を拾い上げていかなければ医療崩壊という現象に対して何ら意味はない議論になってしまう可能性が大ですから、それこそ文字通り医師の団体であるところの学会などが音頭を取って動いてみるというのもありだと思うところですが、同氏のような学会の主導的立場にある人が他人事のような口調で語ってもらっても困りますね(苦笑)。

その学会の問題点にも言及されていますが、現状が単なる学位認定団体になっているから魅力に乏しいので、例えば消化器外科学会に加入すれば労使紛争に際して全面的にバックアップします、労働条件交渉に関しても学会から病院に口を出しますなんてことを表明したならば、それは是非にも俺も入れてくれと言う人が続々と現れるかも知れないですよ(笑)。
一方でマスコミについても言及していますが、最近でこそマスコミも医療業界関係者の言い分に多少は耳を傾けるようになってきましたが、それ以前は華麗にスルーしていたとは彼ら自身ですら認めていることで、それなら彼らに対しては学会としてもそれなりの態度というものを示して良いと思うところですけれどもね。

例えばあからさまな偏向報道に対してはきちんと抗議をしペナルティを与えていく、妙にピント外れのコメントを出している自称専門家には医師団体としてそれなりの自浄作用というものを働かせる、国内諸学会が手を組んでやるとすれば結構面白そうな事が出来そうな気がしますけれどもね。
医者の学閥なんて閉鎖的で何を考えているのか判らないというのが世間様の批判するところなんですから、いっそ思い切ってハジけてしまうというのも面白いんじゃないかと思いますけどね。

さて、話題は尽きないところですがとりあえずここいらで切り上げさせていただいて、次の演題にまいりましょう。
先ほどの話題の中でもワークシェアリングという話が出てきましたが、こちらもそれと関連する話題です。

「従順なイメージ、看護師の自立にマイナス」(2009年7月28日CBニュース)

 診断や治療などの医療行為の一部を担う「ナースプラクティショナー」(NP)の教育や役割について認識を共有しようと、国際医療福祉大大学院はこのほど、シンポジウム「日本でも始まったナースプラクティショナー(診療看護師)養成」(座長=湯沢八江・国際医療福祉大大学院教授、看護生涯学習センター長)を開催した。

 シンポジウムでは、昨年度からNP養成教育に取り組んでいる大分県立看護科学大学長の草間朋子氏や、NPとして実際に米国でクリニックを開業している小柳乃里子氏ら4人が、それぞれの視点で発表した。

 この中で小柳氏は、「日本のマスコミなどで、看護師がどのようにとらえられているか分からない」と前置きした上で、「従順」「自愛」「物言わぬ」などの「看護師のイメージ」は、専門職として自立する上では「むしろマイナスになるのではないか」と指摘した。
 また自身の経験から、問われるのは「自愛」などのイメージではなく、「このケアが科学的なエビデンスに基づくものかどうかだ」と強調し、「奉仕や自己犠牲といったことでは成り立たないと思う」と述べた。

 シンポジウム後のディスカッションでは、「既存の専門看護師(CNS)とNPの違いがよく分からないと言われる」と湯沢座長が指摘。これに対して草間氏は、CNSの業務は現行の保健師助産師看護師法(保助看法)の範囲内にとどまるのに対し、NPは現行法で認められていない医療を限定的に行うなど、両者は全く異なると強調した。

 また、シンポジウム冒頭のあいさつで国際医療福祉大大学院の高梨吉則教授(同大熱海病院医療局長)は、医師不足が深刻になる中、「医療の知識や技術を積むことで、患者のニーズに応えられる看護師が求められている」と、NP養成の意義を強調した。

なかなか興味深いなと思ったのは、看護の要点は専門職としての能力にあるのであって「奉仕や自己犠牲といったことでは成り立たない」と看破している米国帰りの小柳氏の論点だと思いますね。
NP導入の議論の上で、一定の経験を積んだ看護師には簡単な医療行為を許してはどうかという話が出ていましたが、そこで積み上げるべきキャリアとはあくまで行為の根拠としての医学的専門的な知識と技能であって、「風邪に○Lくらい看護師だって出せるはず」などというレベルの経験ではないはずなのですよね。
外から見て同じようなことをしているように見える人々の間にもその背後にある考え方が実は全く異なっていたということはしばしばあることですが、NP導入を図る上でそうした見えない部分に積み上げてきた技能なり知識なりをどう評価するかといった視点が重要なのではないかとも思いますね。

ところでイメージと言えば「日本のマスコミなどで、看護師がどのようにとらえられているか分からない」とは同氏の弁ですが、マスコミによる医者の描かれ方というのはかなり多様化してきたかなと感じられる一方で、看護師のステロタイプな描写が相変わらずまん延していることに看護団体は憂慮すべきなんじゃないかと思いますね。
「献身的な職業人」から「激務で疲弊する人」に至るまで、近ごろでは一見すると色々な看護師像がマスコミに登場してきているように思えますが、終始一貫しているのは「見た目通りの人」としてしか出てきていないということじゃないかなと感じます。
このあたりは映画やドラマなどでも大金をぼったくる悪徳医師が実はいい人であったとか、誠実な医師と見えて実は自分の実績を上げることしか頭になかったとか、医者という人種がしばしば裏表のある人間として描写されていることと比較してみれば看護師は裏がない、ある意味で極めて底の浅い人間としてしか描かれていないというわけですよね。
昔から日本のマスコミは医者を叩きたがりな一方で看護師と言えば白衣の天使だの患者の味方だのと盛んにヨイショしてきた経緯がありますが、そうした通り一遍のイメージのまん延が看護師の自立にとって果たして良いことなのかということも一度考えてみるべきなのかも知れませんね。

さてお次もマスコミ絡みの話題なんですがこちら少しばかり元ネタがありまして、2007年にフジテレビで「潮風の診療所~岬のドクター奮戦記~」なる2時間枠のドラマが放映されたことがありました。

二度の津波に壊滅的被害を受けた北海道浜中町霧多布村に
札幌から妻と二人で赴任し、半世紀近く、
霧多布で地域医療に奮闘した道下医師の半生をドラマでつづる。
医師の道下俊一を水谷豊、妻の敏子を高橋由美子が好演!!

リンク先にそれなりに詳細なあらすじまで載っていましてご参照いただければいいのですが、これはまあ例によって例の如くな…もとい、素晴らしい感動のドラマなのかなと思っておりましたところが、その道下先生自身のコメントを日経メディカルが拾い上げてくださっていたのですね。
こちら「東京日和@元勤務医の日々」さんのブログ記事より引用させていただきますと、こんな感じなんだそうです。

僻地医師五戒~美談の裏側(2009年7月24日ブログ記事)より抜粋

今月は日経メディカルから特別号が手元に届きました。(略)一番興味を引いたのは・・・

「47年務めた名医が残した”五戒”、医師不足に翻弄される医師と住民」

という記事でした。これは、北海道の浜中診療所で働いていた道下先生を日経メディカルが取り上げは1975年2月25日号
「ルポ●ふたりのへき地医 ①北海道、霧多布・道下俊一氏 私を”7500人の家庭医としてクギづけしたもの”を明かそう」
でした。

 この中を引用して・・・

『「私をこの僻地に22年間も踏みとどまらせた理由は何だと思います?・・・・マスコミですよ、マスコミ。ここを逃げだせば、私のことを”人非人”と書きたてるのではないかという不安。僻地の医者でなきゃわからないでしょうね」。

さらにルポでは、道下氏が考えた「僻地医五戒」も紹介している。それは次のような内容だ。

 1.僻地医は人間らしい願いを持ってはならない。

 2.僻地医は超能力者でなければならない。

 3.僻地医は病気にかかってはならない。

 4.僻地医はマスコミを意識しなければならない。

 5.僻地医は聖人でなければならない。

 住民が医師に対し、聖人君子の万能医であることを要求し、マスコミもそれを暗に期待することを強烈に皮肉った「五つの戒め」である。』

その後、就任した浜中町ご出身の先生が、24時間救急を受け入れを停止(心肺蘇生を除く)した経緯や近隣の厚岸病院の救急受け入れ停止などさまざまな余波などを書いてありました。

あ~あ、いっちゃってるよ道下センセったらもう…(苦笑)
個人的にもう少し付け加えたいところもなきにしもあらずという気もするところですが、なかなか率直なコメントではないかなと言う気もする一方、すでにこれは単に僻地のみにとどまる問題なのかということも考えなければならないでしょうね。
一口に僻地といっても単に地理的に僻地であるということは交通の発達した今の時代さほどの意味を持たないのであって、やはり僻地医療という事に関して言えば心が僻地であるかどうかが重要であり、その範囲は実のところ地理的条件を越えて広がっている場合がしばしばあるのがまた厄介なところであるわけです。

「僻」と書いて「ひが」と読みますが、辞書によれば「正常でないこと。妥当でないこと。まともでないこと。」とあるとおり、本来なら社会的少数派の持つ普通でない感覚であるはずなのですね。
一方で「ひがむ」と言えば「物事を素直に受け取らないで、曲げて考える。自分が不利なようにゆがめて考える」ことであって、他人と同じでは許せない、自分は特別扱いでなければ我慢できないという感覚につながってくるわけです。
これらは個人レベルで見ればクレーマーなどとも共通する資質で、健常人との違いとは「医者も人間であるから時には最善でなくとも仕方がない」と「医者も人間であるから時には最善でなくとも仕方がない。ただし、俺様を診療する場合を除く」の差なのではないでしょうか。

その場合何をもって心が僻地であるかどうかを決定するかと言えば、そうした少数ならばどこにでもいる人々を「妥当でないもの」として地域の自浄作用が働くのか、あるいは地域住民自体がそうした概念を共有し相互に増幅しますます発展させているのか差だとも言えるのかも知れませんね。
マスコミは久しくそういう話題を取り上げてこなかった歴史的経緯がありますが、医療がこれだけ問題山積であるということが広く話題になっている一方で、その原因を単に医療業界内部や行政の問題というだけに限定して語るというのもさすがにそろそろ無理が出てきているのではないかなと考え始めている人間も昨今多いのではないでしょうか?

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2009年7月30日 (木)

周産期関連の最近の話題から

つい昨日民主党のマニフェストでは医療政策を重視しているという話をしたところで、これは対案となる自民党側のそれがどうなるのか注目されるところだといったことを書いた記憶があるのですが、実はその直後に自民党側からもマニフェスト案の概略が明らかになってきました。
民主党案と対比して医療制度にどのような提言があるのかと期待していた人も多かろうわけですが、蓋を開けてみますと何とほとんど目立った話がないという驚くべき内容らしく、正直肩すかしを食らったという印象が拭えないところです。
昨日も国民の最も関心の高い分野は社会補償問題だと言うような話がありましたが、これは月末の正式発表時までに更に煮詰めてくるということなのか、あるいは何も言及がないということは今まで通りの現状維持ということなのか、今後政策討論などを通じて垣間見えて来るであろうそのあたりの本音を見ていかないことにはコメントのしようもない話です。

しかしまあ、そう来たか…と口をあんぐり開けているばかりでも仕方がありませんので、本日は表題の通りの話を見繕ってみましょう。
まず先日はこういう記事が出ていたわけですが、ご覧になりましたでしょうか。

脳性まひ回避の可能性は明言せず(2009年7月23日CBニュース)

7月23日に開かれた日本医療機能評価機構の原因分析委員会の第6回会合では、分娩に関連した脳性まひの発症の原因分析をまとめた報告書案について意見交換が行われた。この中で、前回の会合で争点となっていた脳性まひ回避の可能性の記載については、明言を避けることで決着。責任追及を懸念する医療者らに配慮する形になった。

岡井崇委員長(日本産科婦人科学会常務理事)は会合の冒頭、脳性まひ回避の可能性の記載について、現在、日本内科学会などが実施している「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」を参考にすることを提案。
同モデル事業の「評価結果報告書」のマニュアルでは、「もし何々があったら何々が生じなかったはず」といった結果を知った上で診療行為を振り返って評価することについて、「将来への改善に向けての必要な提案は再発防止への提言の章で述べられるべきもの」としている。
「再発防止への提言」は、「どうすれば死亡を回避することができたのかという視点での評価」としており、結果を知った上で臨床経過を振り返り、死亡を回避できる可能性をすべて考え、実際に行われた診療行為を勘案してできる限り提言するとしている。

岡井氏の提案に対して委員からは、「提言した内容が裁判の時の資料として利用されていくことに懸念がある。思い切った報告書を書きづらくなる」などの意見が出た。岡井氏は「裁判に訴える権利は止められない」と強調。ある程度の期間、訴訟は避けられないとの見方を示しながらも、司法関係者の制度への理解が進み、「ある程度の常識的な判断をしてくれるようになってくれればいい」との期待感を表明し、訴訟も収束していくのではないかとした。

会合では、前回の模擬部会で示された原因分析報告書の原案と、この提案を踏まえた案が提示された。脳性まひ回避の可能性の記載について、原案では「胎児機能不全と診断され、吸引分娩とクリステレル胎児圧出法で児が脳性まひとなったことを考えると、胎児機能不全と診断された午前5時10分、もしくは胎児心拍数の回復が見られなくなった午前5時30分以前に速やかに帝王切開によって児が摘出されていたら、脳性まひは回避できた可能性があると考えられる」と明記していた。
しかし、この日提出された案では、「当該分娩機関での診療行為の安全性向上に当たり、以下の点を考慮する必要がある」として、「吸引分娩で児の摘出が困難な場合には、早期に鉗子分娩か帝王切開に切り替える方がよい」「吸引分娩とクリステレル胎児圧出法の併用は、胎児への負荷を考慮すると、 1、2回の施行で児を摘出できると判断された場合にのみ行うべきである」など、「提言」の形に修正されていた。

原因分析報告書案、大筋で固まる―産科医療補償制度(2009年7月27日CBニュース)

 日本医療機能評価機構の「産科医療補償制度原因分析委員会」(委員長=岡井崇・昭和大医学部産婦人科教授)は7月23日、第6回会合を開き、仮想事例を基に事務局が作成し、模擬部会で検討してきた原因分析報告書案を大筋で固めた。同案は、同委員会で審議するための報告書を作成する「原因分析委員会部会」の委員を対象にした説明会で資料として用いられる。説明会は9月に開かれる予定。

 この日事務局が示した報告書案は、▽事例の概要▽脳性まひ発症の原因▽臨床経過に関する医学的評価▽今後の産科医療向上のために検討すべき事項▽関連資料-などで構成されており、関連資料では医学用語の解説などを記載している。
 事務局は報告書案のほか、模擬部会での審議の要約や報告書の原案などを示し、修正個所の確認を行った。これらの資料は、部会の委員を対象に9月に開かれる説明会で、報告書作成の参考“教材”として用いられる。

 会合では、分娩機関から提出されるカルテなどの記載に改ざんがあった場合の対応などについて議論が行われた。
 弁護士の鈴木利廣委員は、「改ざんというよりは後日記載。後日記載が問題になる点は、分析にとって極めて重要なところについて、『なぜここだけ行間にこんなにいっぱい書いてあるのか』ということがある」とし、原因分析委員会の対応としては、「(報告書の)提言の中に付記する程度のことはあり得るかもしれないが、カルテの後日記載と原因分析はかかわりのある部分はないと思う」と述べた。ただ、「後日記載が明らかに出るケースは、標準逸脱が極めて大きい場合に、それを覆い隠そうとしてやるという動機付けがある。後日記載だけを調整委員会で問題にするのではなく、重大な過失があるような事案にこそまさしく、そういうものがくっついて回ることが多いので、その中でやっていけばいいのではないか」とし、「重大な過失」につながる可能性がある場合は、医療訴訟に精通した弁護士らで構成され、分娩機関との間の補償などについての調整を行う調整委員会で対応することを提案した。
 議論を受け岡井委員長は、改ざんを疑い、調べることは、原因分析委員会の役割ではないとした上で、「明らかにおかしいことが見つかった場合は、部会から本委員会に上げてもらう。本委員会で審議し、難しい場合は分娩機関に問い合わせもする。原因分析での結論は調整委員会に上げ、そこで対応するということでいいのではないか」と述べた。

 また、報告書の書き方について、「分かりやすさ」と「報告書としての厳密性」をめぐっても議論となった。岡井委員長は、「医学用語それぞれに括弧で説明を入れるのはやめ、分かりやすい説明を読みやすいところに入れていく。難しい用語については、簡単に説明を付ける」とまとめ、説明をどこに入れるかなどについては今後の検討が必要との考えを示した。

 次回の会合は9月4日に開かれ、報告書に記載する用語などについて審議する。事務局によると、補償申請書類の受け付けは7月から始まっているが、現時点で申請はないという。原因分析委員会部会の審議は早ければ11月に、同委員会での審議は12月に行われる見通し。

何となくまとめてしまったかなという印象も拭いきれないところはありますが、ここで注目すべきは岡井崇委員長(日本産科婦人科学会常務理事)のコメントでしょうか。
報告書に記される「再発防止への提言(どうすれば死亡を回避することができたのかという視点での評価)」に関して「裁判に証拠として利用されることになれば書く側も萎縮してしまうのではないか」という懸念に対し、同氏は次のような見解を示したということです。

岡井氏は「裁判に訴える権利は止められない」と強調。ある程度の期間、訴訟は避けられないとの見方を示しながらも、司法関係者の制度への理解が進み、「ある程度の常識的な判断をしてくれるようになってくれればいい」との期待感を表明し、訴訟も収束していくのではないかとした。

前段部分は全くその通りと思われるのですが、後半部分の言わば司法との阿吽の呼吸に対する期待感というものは、かねてネット上でも非常に議論が割れているところではありますよね(司法に対する信頼度の違い、という言い方も出来るのかも知れませんが)。
こうした形での運用を実際に行っていくのだということになれば、最終的には何年、あるいは何十年という経過の中で実際にどれくらい訴訟絡みとなって報告書が利用されていくのか、それに対する司法判断はどのようなものなのかと言ったものを書き手の側にフィードバックしながら何をどの程度書くかという現実的な落としどころを探っていくしかないのかも知れません。

当然ながらその間には適正であるべき水準からすると過度、あるいは過少な報告書の記載によって患者側、あるいは医療側それぞれに望ましからざる不利益を被る可能性があるわけですが、個人的にはそうした過渡期の被害よりも報告書の記載レベルの不統一、書き手によるバラツキをいかに減らすかということの方が重要かなという気がしています。
世に言うトンデモ判決を導くともいうトンデモ鑑定なるものがしばしば一般的医学常識から解離していると批判されていることを思えば、他人の仕事を評価して報告書をまとめる側にこそ何かしらのチェックシステムが必要なのではないかなという気がするのですが、そのあたりは今ひとつ情報が流れてきていないようにも思えますね。

ところでこうした医療補償制度の議論とも関連無しとしない話題がこちらなのですが、まずは記事から引用してみましょう。

NICU長期入院の子どもを在宅に―都が来年度にモデル事業を実施(2009年7月22日ロハスメディカル)

 東京都は来年度から2年間、新生児集中治療室(NICU)に長期間入院している子どもがスムーズに在宅に戻れるよう、院内に退院支援コーディネーターを配置するなどのモデル事業を実施することを決めた。慢性的なNICU不足の解消を図ることが目的で、国内でも初の取り組みと見られる。(熊田梨恵)

 昨年秋に都内の妊婦が複数の医療機関に受け入れを断られて死亡した問題から、NICUが不足しているために受け入れ「不能」となっている周産期救急医療の現状がクローズアップされている。このNICU不足の理由の一つに、NICUに1年以上入院する「長期入院」の子どもがいることが挙げられている。厚労省研究班は、国内でNICUに1年以上入院する新生児は年間約200-300人おり、200-250人は在宅か療養施設に移行する必要があると指摘している。

 ただ、長期入院児が退院できない理由としては、つききりの医療や介護ケアが必要になることによる家族の負担感や、訪問看護やデイサービスなど地域の医療・福祉サービスの不足などが挙げられており、なかなか整備が進んでいない。このため、国は今年度予算で、退院コーディネーターの配置などを含めた長期入院児への対応策などを支援している。

 東京都は7月22日にNICU退院支援体制検討会(座長=多田裕・東邦大医学部名誉教授)の初会合を開催。長期入院児の在宅移行を支援する地域ぐるみの取り組みを、都立墨東病院を総合周産期母子医療センターに持つ区東部地域(墨田・江東・江戸川の3区)で、来年度から2年間実施することを決めた。院内外の関係する医療・福祉機関と家族間を調整したり、人工呼吸器など在宅医療に必要な機器の使用法を教えたりする「退院支援コーディネーター(仮称)」を設置し、子どもがスムーズに在宅生活に戻れるよう促す。コーディネーターの職種には、医療ソーシャルワーカーや看護師、保健師などが想定されている。

 事業の中では地域のネットワーク体制も構築する。在宅医療を行う家族への重要なサポート役となる一方で、人材不足などによる経営難が問題となっている訪問看護ステーションに対しては、医療保険で提供できる限度を超えて訪問看護を行った場合の支援、重症心身障害児をケアできる訪問看護師の育成、事務員配置などに対する財政的支援も考えられている。このほか、急に容体が悪くなった子どもを受け入れる周産期母子医療センターに対する支援や、母親同士のピアカウンセリングの場の提供、医療機関に向けた乳幼児用の在宅医療マニュアルの作成も示された。

 都はモデル事業を基に退院支援のガイドラインを作成し、都内全域に取り組みを広げていくことを目指している。多田座長は会合中、「1年以上入院する子どもが東京都からいなくなるようにしたい」と述べた。

 このモデル事業について厚生労働省は、「他の自治体では聞いたことがない」と話しており、国内でも初の取り組みと見られる。

 都内のNICUは現在240床。都が2007年に実施した調査では、調査日にNICUに入院していた123人の入院児のうち、44人が1年以上入院していた。

東京のNICU不足の一端につきましては以前にも取り上げまして、妊婦救急搬送困難の一因となっているのではないかとはかねて指摘されてきたところですが、これに関して東京都副知事の猪瀬氏が面白いことを言っているのも併せて参照いただければと思います。
それはともかくとして、今の時代「三ヶ月たったら容赦なく病院から追い出された」といった話は世にあふれているわけで、病院側としても在宅でやれる患者であればいつまでも病床を占有させておくような余裕はどこにもないわけです。
特にNICUを設置しているような基幹病院ではそれこそ次から次へと新しい患者が運び込まれてきて症状が安定次第ところてん式に患者を回していかなければならないはずであるのに、在宅でのケアを検討できるような安定期の患者さんが年余の期間にわたって入院をしているなどということが何故起こり得るのか、ということですよね。

周産期医療に限らず(というより、医療業界に限らず)普通ならあり得ないということが起こっていく背景を見ていくと、その始まりに何かしらのトラブルが存在していたという事例は結構あるものです。
しばしばあることには手術後などに何かしらの予期しないトラブルなり合併症なりがあった、その対応を巡って患者側と病院側の間で話がこじれた、結局「どうしてくれる」「元に戻せ」と患者がいつまでも病室を占有しているといった事例があります。
特に新生児の場合は何が過失による事故で何が不可避的事例かといった話も誰にも判らないあたりに医療側、患者側双方にとっての対応の難しさがあることは、産科無過失補償制度を巡る一連の議論の中でもシメされてきたところですよね。

ただここでも初期の状況はどうあれ、そこで消費されるべきでない医療資源が消費された結果として他の医療資源を必要としている誰かが不利益を被っているという点ではやはり結局は医療の受益者たる患者側にとっても不幸な状況であるということは間違いないわけで、これも何とかして解決していかなければならない課題の一つと言えるでしょう。
産科の無過失補償制度が直ちに理想的な運用が出来るわけもないことですし、その過程で誰かが泣きを見るということも多々あるだろうとは思いますが、少なくとも軋み続けている医療の現場が現状より少しでも円滑に回るようになる、少なくともそのための潤滑剤として働く制度となって欲しいというのが多くの関係者の切に願うところではないでしょうか。
そうでなくとも患者側にとって「退院強要=見捨てられる」という感覚は未だ根強いですから、話の流れで色々とドロドロした部分も見え隠れしてくる可能性は多分にあるかと思いますが、東京都には是非とも少なからぬ苦労をしていただいて、どこにどんな問題があるのか徹底的に洗い出していただきたいところですね。

さて、周産期医療と言えば今やマンパワー不足が労働条件をますます過酷なものとし、更なるマンパワー不足を招くという悪循環の中にあることはかねて知られているところです。
なかなか一朝一夕に改善する有効な手だてもないかと思われているところですが、搦め手の方角からこんな提言も出ているようなのでご紹介しておきましょう。

「産科医療はITで補完できる」、香川大学の原特任教授が強調(2009年7月15日ITpro)

 「約30年間産科医として働いた後、医療情報システムの世界に足を踏み入れた。産科医として医療現場にいた当時から将来の周産期医療に危機感を抱き、ネットワークを介した医療情報の活用を考えていた」。香川大学瀬戸内圏研究センターの原量宏(かずひろ)特任教授は2009年7月15日、「国際モダンホスピタルショウ2009」の主催者セミナー「かがわ遠隔医療ネットワークと周産期電子カルテ構築の経緯」の冒頭でこう語り、産科医不足による産科医療の危機を救うために医療のIT化が重要であると強調した(写真)。

 原特任教授は厚生労働省の調査を引用して産科医療の背景を説明。1994年から2006年にかけて、医師総数は20.6%増加した一方で産科・婦人科医は13.1%減少した。男女構成では徐々に女性医師の割合が高くなってきた。

 こうした産科・婦人科医の構造の変化から、「周産期医療の第一線で長く働ける医師が減ってきている。医師が減れば、医師のいる施設に検診からお産まで、あらゆる目的で妊婦さんが殺到する。医師は多忙を極め、病院側は訴訟などのリスクを考えて産科を閉めることになる」と現在の悪循環を指摘した。

 こうした産科医療はITで補完できると原特任教授はみる。その一つが「在宅妊婦管理システム」だ。胎児の心拍数と母体の子宮収縮を遠隔で観察する仕組みを指す。胎児の心拍数と母体の子宮収縮を専用機器を使って測定すると、測定結果を自動的に専用サーバーに伝送する。同時に医師の携帯端末にメールを自動送信し、医師はメール本文のURLにアクセスすると胎児の心拍と子宮収縮の状況をグラフで確認できる。専用サーバーは香川県にある四国電力のシステム子会社のSTNetに設置する。

 「システムが普及すれば、離れたところにいる妊婦さんの状態を複数の医療施設で把握できるようになる。普段の検診は診療所で、お産は病院で、と目的ごとに医療施設を使い分けることができ、個々の産科への負担を減らせる」と原特任教授は説明する。今後こうした仕組みを血糖値や血圧に変えて、高齢者向けのシステムとして利用することもできるという。

 こうした医療情報ネットワークは、開始当初から収益が見込めるわけではないので、企業が先行して始めるのは難しい。国の予算を獲得して企業を巻き込んで実証実験を進めている原特任教授は、「国として、医療のIT化の予算は今後も減らさないでほしい」と訴えた。
(二羽 はるな=日経コンピュータ)

いやまあ、収益性がどうとか言う以前にですね、個人的には色々と面白いデバイスを使ってみることに大いに賛同なんですが、一般臨床に導入してどうなるかということを考えた場合に、使う側のヒューマンファクターも含めた現代の産科医療現場の状況にももう少し考慮された方がよいのではないかと愚考いたしますが。
今や臨床よりもコンピューターにお詳しいとも側聞する原先生としては得意分野にお話を持っていきたいのも理解できますが、産科医不足でIT?何それ食べられるの?な熟年世代まで動員せざるを得ないという今日、まず臨床現場で求められているサポートとはどのようなものなのかといったあたりから語られた方がお言葉にもより説得力が増すのではないでしょうか?
全国末端医療機関で日夜診療に勤しんでいる臨床医が求めているのは、24時間365日携帯のメールをチェックし続けていなければ逮捕されかねないようなシステムの整備では決してないと思うのですが、常時監視なんてことを言い出す前にまずはこんな足許の改善から始めてみてはどうでしょうか。

新生児集中治療室(NICU)の8割強、医師待遇に難(2009年7月23日読売新聞)

安い「宿日直」扱い

 重症の赤ちゃんを24時間態勢で受け入れる新生児集中治療室(NICU)の8割強で、労働基準法上は割増賃金が必要な医師の「時間外労働」が、一般的に手当の安い「宿日直」と見なされていることが新生児科医らでつくる「新生児医療連絡会」のアンケート調査で分かった。

 労基法では、平日の夜間や休日の業務は、軽度なものであれば宿日直として認められるが、昼間と同じような治療を行っていれば時間外労働となる。調査は、今年3月に愛育病院(東京都)で、4月に県立奈良病院(奈良市)で、産婦人科医や新生児科医の宿日直が時間外労働にあたると労基署や地裁から指摘されたのを受けて実施された。

 総合・地域周産期母子医療センターなど190施設に質問紙を送り、50%にあたる95施設が回答。夜間や休日の勤務の扱いについて、50施設が「すべて宿日直」、28施設が「宿日直と時間外勤務の併用」とした。だが、宿日直中の勤務実態は、時間外労働と変わらなかった

 一方、労基法上、最も好ましい2交代か3交代制が実施できているのは6施設にとどまり、64施設は人材難を理由に「交代勤務制は不可能」と答えた。

 調査をまとめた杏林大准教授の杉浦正俊さんは「国の医療費カットでどの病院も経営が苦しく、現場も改善を強く求めづらい。だが、このままでは、ただでさえ人材難が深刻な新生児医療に若い医師を積極的に勧誘できない」と話していた。

思うにいつもこの手の話題となると最後のまとめとして「医療費削減で金がないから」云々という話になるわけですが、根本的には人手不足で交代勤務が出来ないのが理由であると思われる状況で、金があれば全ての問題は解決するとでも受け取られかねない結論はミスリードではないかと思うのですけれどもね。
金の問題だと言うならこうした各施設は収益が幾らまで増えればこのような対策が取れる、その結果全ての違法行為は現場から一掃されるという見通しを明示出来るはずなんですが、今もってそうした試算を示してきたという施設なり団体なりの存在を寡聞にして知りません。
まさか「金があれば札束で頬をはたいて他施設から産科医だろうが小児科医だろうが幾らでも引っ張ってくるのに」なんてシナリオを考えているというのであればともかくとして、現状で昼夜を問わず現場医師が働き続けている事がそもそもの問題であって、安い宿日直手当で働かされているというのは極めて枝葉の問題ではないかと思うのですが。

せっかく総選挙を前に政治の方でも医療にいい顔をしようと言うつもりがあるわけですから、どうせならもう少し実のある要求を突きつけてみるチャンスだと思うんですが、そのためにまず「とりあえず金を出せ」なんてレベルではなく、業界内部でもっと議論を深めなければならないところですよね。
「医者を増やせば全てが解決する」もいささか暴論だと思いますが、「医療費を増やせば全てが解決する」というのもまた同じ程度に暴論ではないかと思いますし、せっかく何かしら外部の状況を改善させる余地があるというのであれば、どうせなら現場にとってより居心地の良い方向へ改善をさせる方がお徳だろうと言うことです。
ま、実のところそうやって徒党を組んで一つの主張をまとめるという行為自体が医者という人種の最も苦手とするところでもあるわけで、医者を増やすべきかどうかなんて話ですら一向に結論がまとまらないのも現実ではあるんですが(苦笑)。

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2009年7月29日 (水)

そろそろ選挙向けに政策発表もされてきていますが

表題の件とも関連して今日はまず、最近海の向こうでやたらと大騒ぎになっているという例の件からご紹介してみましょう。

〔焦点〕オバマ米大統領、医療保険改革の国民からの支持獲得に苦戦(2009年7月24日ロイター)

 [ワシントン 23日 ロイター] オバマ大統領は、無保険者の解消を目指す医療保険改革を最優先課題と位置づけているが、巨額の費用がかかることなどがネックとなり、国民からの支持を得ることに苦戦している。

 政府はこれまで、7870億ドルの景気刺激策や、銀行・自動車業界への多額の支援を実現させてきた。ただオバマ大統領は23日、医療保険改革法案について、8月の議会休会入り前の可決は難しいと認めた。

 医療保険改革は、オバマ氏の大統領選の目玉だった。それがクリントン元大統領のように失敗すれば、求心力の低下にもつながりかねない。

 オバマ大統領は22日夜の記者会見で、医療保険改革への抵抗感が強い原因として、景気対策につぎ込まれている資金について国民は「当然のことながら、不安に感じている」と分析。「数兆ドルがここそこに使われている。リセッション(景気後退)のなか国民は消費を減らしているのに、政府だけが支出を増やしている、との不満がある」と述べた。

 世論調査会社ゾグビーのジョン・ゾグビー氏は、国民は「犠牲疲れ」を起こしていると指摘。国民の間では、税金が景気対策に使われているが、その効果が感じられない、との不満が広がっている、としている。

 同氏は「大統領が改革を追求するのは正しいが、ほかの案件も多いなかで、改革を国民に納得させるのは、非常に厳しいだろう」と述べた。

 オバマ大統領は、改革により最終的には財政赤字が縮小し、多くの国民にとっても医療保険が改善する、と訴えている。最大の焦点は、10年間で1兆ドル程度かかるとみられている医療保険改革の財源問題だ。

 <費用は誰が負担するのか>

 オバマ大統領は22日に初めて、富裕層への増税に言及した。しかし、改革のコストは、増税や経費削減を上回る、との懸念が出ている。

 共和党は、医療保険改革について、財政赤字拡大につながると批判。

 上院のマコネル共和党院内総務(ケンタッキー州選出)は「民主党案では国民の負担が大幅に増し、状況はますます悪くなる」としている。

 改革について国民は、国民全員が費用を負担して現在無保険の4600万人に保険を提供するものだと考えている、とアナリストは指摘する。バージニア大学の政治科学教授、ラリー・サバト氏は「根本的な問題は、大半の国民が、現在の自分の医療保険に満足していることだ。今の保険に満足ならば、どうして現状を変える必要があろうか」と述べた。

 サバト氏は、大統領は改革の縮小を迫られる可能性があると述べた。

 クリントン大統領(当時)以来17年にわたり、民主党は医療保険改革を訴える根拠として、無保険者に保険を提供することを主張してきた。

 しかし世論調査では国民の多くが改革に懐疑的という結果が出るなか、オバマ大統領は最近では論調を変え、医療保険改革が国民1人1人にどのような恩恵を及ぼすか、という点を強調するようになっている。

 大統領はオハイオ州での演説で「あなたが既に医療保険に入っているならば、われわれが提案している改革で、あなたは一段の安心を得ることになる。医療保険に関するあなたの決定に政府が介入することはない。現在の保険に満足なら、それを維持することもできる」と述べた。

 シンクタンク「サード・ウェイ」の経済プログラムディレクター、アン・キム氏は、オバマ大統領の論調の変化が持つ意味は大きい、と指摘する。既往病があっても保険加入を拒否されることがない点など、医療保険改革の利点を国民に納得させることができる、との見方を示した。

 同氏は「国民の多くは医療保険改革について、無保険者に保険を提供するだけのこと、と考えている。実際はこれだけではない」と述べた。
 (Steve Holland記者;翻訳 吉川彩;編集 村山 圭一郎)

民主党政権といえばヒラリーを筆頭にかねて医療保険制度改革をやるぞやるぞと言ってきたところですが、実際にやるとなるとこれまた一筋縄ではいかないというのも現実でしょうかね。
面白いのは現地の邦人などには必ずしも評判の良くない(苦笑)米国流の医療システムについて、当事者である米国民の大部分は満足しているという記述があることです。
このあたりは元々自己責任という考え方の強い人々だけに日本人とは医療に対する考え方も違うという背景事情もあるのでしょうが、皆保険制度というものが当たり前の前提になっている一般的日本人には逆に感覚的に理解しがたい部分でもあるのかも知れません。

しかしこういう騒ぎを見るにつけ、諸外国から日本の国民皆保険制度が奇跡であったなどと言われるのも、実際の運用面は元よりああいうものを導入できた事自体にも大きな要因があるのだろうなと言う気がします。
そうした中で海の向こうからは日本の医療政策はこう見えているんだなという面白い記事がありましたのであわせて紹介しておきましょう。

「日本の医療・介護政策は官僚制度の成果」(2009年7月23日CBニュース)

 日本の官僚制度はうまく機能してきた―。日本における政策決定の過程などを研究している米ミシガン大名誉教授で、東大高齢社会総合研究機構客員研究員を務めるジョン・C・キャンベル氏は7月22日、国際文化会館が主催したアイハウス・アカデミーで、「日本の政府と高齢化社会」と題して講演した。

 キャンベル氏は高齢者の医療制度について、1973年に高齢者の医療費無料化が政治主導で行われたが、病気ではない高齢者も病院へ行くなどの弊害が生じたと指摘。そこで、旧厚生省の官僚が省内外で制度に関するコンセンサスをつくった上で微調整を図ることなどにより、老人保健法という制度改革を実現したと述べた。
 一方で、2008年から実施されている「後期高齢者医療制度」については、準備や説明が不十分なまま導入されたために、国民の嘲笑(ちょうしょう)や怒りの的になっていると指摘した上で、現状は手直しの方法が分からず、廃止するのも難しい「悲惨な状況」にあると分析した。

 また、介護保険制度は、新しく大規模な取り組みであり、世界的にもリーダーとしてのポジションにあると評価した。制度改革に伴う06年の「介護予防」導入についても、受給者の範囲拡大を抑えることができたと述べた。

 さらに、日本の官僚制度を批判し、米国のような政治主導で政策形成が行われている制度を評価する考え方を紹介した上で、米国では官僚の持つ政策立案機能がなくなってしまったと指摘。こうした考え方に疑問を呈し、専門家である官僚が詳細を詰める日本の制度を評価した。

 続いて行われた質疑応答では、日本の官僚制度が批判にさらされているが、本来、官僚のせいではないことまで官僚が悪いとされている現状があると指摘。その上で、官僚制度をつぶせば問題を解決できるというわけではないと強調した。

ま、どんな制度だろうが何事にも出来ることと出来ないことがありますから、最善の結果を達成するために最も合理的な方法論というものを選んでいくということは何であれ大事なことであるとは思われるところですよね。
その点では医療政策に限らず非現実的な耳障りの良いことばかり言っているのも問題であるし、地に足がついているのは良いが何も状況を改善できない堅実さだけでも問題であるし、恐らくはその中間に程々に落ち着くべきところがあるのでしょうが、残念ながらそういう中庸というものは案外世間受けはしないものなのかも知れません。
さて、海のこちら側でも政権交代などと選挙の準備で大騒ぎの最中ですが、次の選挙の争点は何かということでこんな調査結果が出ています。

衆院選で重視する政策、「年金・医療」55% 日経世論調査(2009年7月23日日経ネット)

 日本経済新聞社の世論調査で、次期衆院選の投票の際に重視する政策を複数回答で聞くと、最も多かったのは「年金・医療」で、7月上旬の前回から9ポイント上昇して55%だった。前回は1位だった「景気対策」が1ポイント上昇の49%で続き、3位は前回と同じ「雇用対策」で3ポイント低下の42%だった。「8月30日投開票」の日程が決定し、より身近な社会保障政策に関心が集まっていると言えそうだ。

 年齢別に見ると20歳代では「景気対策」が49%、「雇用対策」が47%で「年金・医療」は37%の3位だった。60歳代では「年金・医療」が66%で、2位の「景気対策」の46%を大きく引き離した。年金・医療が生活に切実にかかわる高齢世代の関心が高いのに比べて、支える側の若い世代の関心の低さが目立った

日本社会も今は何かと生きるに厳しいという状況ですから、特に高年齢層において身近に迫り来る医療や年金の問題ということに興味が集まるのは非常によく理解できるところですが、若い世代には先が長いだけに目先の事だけにとどまらず先を見据えた選択をしてくれればと願わずにはいられません。
特に人口構成から考えてもこれからの時代は高齢者層がますます力を持ってくるわけですから、うっかりしているとトンでもないツケを知らない間に背負い込まされていた、なんてことになりかねませんからね(昨日のデータでも最も我が儘な年代は…という話もありましたし)。
最近はひと頃よりは投票率なども改善傾向のようですが、少なくとも自分の意思を示す機会は逃さずに主張すべきところを主張していかなけれなならないでしょうね。

ところで既に次期政権与党確実とも噂されている民主党ですが、同党は以前からこの社会保障問題に関しては積極的な提言を行ってきたことが知られています(残念ながら医療事故調民主党案などの扱いにも見られるように、省庁の方では完全無視を決め込まれたりと必ずしも報われてはいなかったようですが)。
その民主党が一足先にマニフェストを公表しているのですが、これも国民の声に応える形で医療政策が大きく前面に出てきているという点には注目すべきだと思いますね。

医療再生、「医師不足対策が中心」―民主党マニフェスト(2009年7月27日CBニュース)

 民主党は7月27日、「医療・介護の再生」のために医師不足の解消や介護労働者の待遇改善などを盛り込んだ衆院選マニフェストを発表した。マニフェストは医療・介護の再生のほか、「子育て・出産の支援」「年金制度の改革」「雇用対策」などが柱で、2010-13年度に実行する政策の工程表も示した。それによると、税金の無駄遣いや天下りなどを根絶して新たな財源を生み出し、13年度には総額16.8兆円を掛けて政策を実行する。鳩山由紀夫代表は記者会見で、「わたしたちは、一人の命も粗末にしない政治を今こそつくり上げなければならない」と強調した。

 マニフェストで示した「医療・介護の再生」のための政策には、「医師不足の解消」「新型インフルエンザなどの対策」「介護労働者の待遇改善」などを掲げた

 会見では、直嶋正行政調会長が医療・介護について、「医師不足対策を中心に取り組んでいきたい」と述べた。マニフェストではそのために、医師や看護師などの増員に努める医療機関の入院による診療報酬の増額や、大学医学部定員の1.5倍拡大などを行う方針を示している。また、救急、産科、小児、外科などの医療提供体制を再建するため、地域医療計画の抜本的な見直しを行う。13年度までの4年間の所要額は、9000億円程度を見込んでいる。

 新型インフルエンザ対策では、関連法制を全面的に見直すとともに、診療や相談、治療の体制の拡充を図る。また、ワクチン接種体制を整備する。がんについては、乳がんや子宮頸がんの予防や検診を受けやすい体制を整備し、検診受診率を引き上げる。また、子宮頚がんのワクチンの任意接種を促進する。
 肝炎では、患者が受けるインターフェロン治療の自己負担額の上限を月1万円にする。治療のために休職する患者の生活や、インターフェロン以外の治療に対しては支援を行う。所要額は3000億円程度としている。

 一方、介護労働者の待遇改善のため、認定事業者に対する介護報酬を加算し、介護労働者の賃金を月額4万円引き上げる。また、介護サービスの不足を軽減するために、「療養病床削減計画」を当面凍結し、必要な病床数を確保する。所要額は8000億円程度。

■中医協改革「取りまとめていない」
 会見後には、直嶋政調会長らが記者団に対し、23日に発表した政策集について説明。直嶋政調会長は、「政策集は党としての政策の考え方を示したもので、マニフェストのように当面の選挙の考え方を示したものではない」と述べた。政策集に盛り込まれた中医協改革については、「一部報道であったように、国会で(中医協についての議論を)形成するなど、具体的なところまで議論として取りまとめているわけではない」と強調。また、「医療については、診療報酬も含めてもう少し税金を投入する必要はあるだろう。薬価などについても、その中で議論をしていきたい」との考えを示した。

どのような形になるにせよ医療・介護制度というものが現状そのままではどうもこれはよろしくないだろうというのは今や与野党共通の認識となっているとは感じるところで、それに対して積極的な提言を競うように出してきている点は評価に値するとは思うのですが、個別に見てみますと少しばかり「?」な話も散見されるようですね。
まずは某掲示板界隈では賛否両論、というより非難の声轟々(苦笑)という気配すらあるこちらの話題から取り上げてみましょう。

民主公約「医学部定員5割増」明記へ 時期や道筋は未定(2009年7月23日朝日新聞)

 民主党は医師不足解消策の一環として、衆院選マニフェスト(政権公約)に、大学医学部の定員を5割増やす目標を明記する方針を決めた。医師不足が特に深刻な救急や産科、小児科、外科の充実に向け、地域の医療機関の連携強化や、国公立病院の医師定数増員も明記する。

 政府は80年代後半から定員削減策をとってきたが、医師不足の拡大を受けて08年に方針転換した。しかし、民主党の鳩山代表はまだ不十分だとして、6月の党首討論で「政府・与党との政策の違いの一つが医療問題」と医学部定員5割増を明言。公約にも明記することになった。

 公約では、従来政府がとってきた年間2200億円の社会保障費抑制方針は採らず、医療再建のため十分な予算を確保するとしている。当面の目標として医師数を人口1千人あたり現行の2.1人から、主に先進国が加盟する経済協力開発機構(OECD)の平均である3.1人まで増やす方針を掲げる。

 さらに、地域医療機関の連携や、「医療従事者等確保支援センター」設置、看護師なども含む医療従事者の確保やあっせん、休職者の復職支援も盛り込む。ただ、目標達成年次はあいまいで、具体的な道筋ははっきりしていない。(秋山訓子)

医師不足だと言いながら、実は当事者である医師の間で「それじゃ医師をバンバン増やそうじゃないか」で一枚板に固まっているかと言えば実のところそんなことは全くありませんし、むしろ根強い反対論も目立つくらいです(いわゆる抵抗勢力、ですか?)。
一般市民は元より医療従事者の間でもこのあたりは立場による見解の相違というのは当然ながらあるところで、例えば一部では御高名なる本田大先生の御見解丸写しじゃねえか!などと言う意見もあるようですが、逆に言えば「とにかく医者を増やせ」という主張をする医師ももちろんそれなりにいて、それがさらに反対派の警戒感を呼んでいるところもあるのでしょうね。
それはともかく反対派の例として某所における非難の集中している部分としては、概ね以下の諸点に集約されるのではないかと思いますね。

1.急に医学部定員大幅増となれば、医学部に入ってくる学生のレベルが大幅に低下し将来的に医師のレベル低下につながる。

2.新卒医師を幾ら増やしたところで指導医がいなければまともな医師教育が出来ず、やはり低レベルの医師が増えるだけである。

3.医療費総額は増やすとも言っていないのに人員だけ大幅に増やしたところで、待っているのは歯科医と同様のワープア化である。

いずれもそれなりに根拠のある話で、特に3.については既に歯科や司法の大量増産で辿った道だけに説得力があるのですが、更によく見ますとマニフェストにおいても医師らを集めた病院などに金を出すと言っているだけで、医療費総額を増やすと言うわけではない点にも注意しなければならないでしょう。
しかし逆に言えば医師数は増やさなくて良いのか?と言う話に対して全く増やさなくて良いと言う意見も恐らくは少数派であって、要はその方法論の問題という言い方が出来るかと思います。
ただ医学部定員に限らず一般論として質的に大きな差が出ないというのはせいぜい1~2割増くらいのもので、一度に大幅増ということになりますとやはり人材の質は変わってくるのではないかという懸念は濃厚ですから、民主党がそうした政策を行うというのであれば最低限国民に医師量産のネガティブ面の説明と同意を取り付けていただく必要はあるでしょうね。

医師らの待遇に関しては今の極端な高止まりもその背後にある労働環境も含めて問題なのですが、何しろ現場が一杯一杯の状況だけに迂闊にバランスを崩した瞬間に一気に全部が崩壊するリスクということも考えないではいられません。
その意味では今の現場を支えている中堅層に更に大量の研修医指導という重責を担わせた場合、現場がどういうことになるのかは…ま、実際のところはやってみないと判らないところではありますけれども、失敗した場合のリスクというものも考え国民への説明と同意を得た上でやってもらいたいとは思うところですよね。
ただし過去の行きがかり上もあってか、この段階に至っても医師配置の強制化などといった政策を表に出してきていないのはそれなりに評価出来るところかと思いますね(逆に言えば短期的な実効性の程は不明でもあると言えますが)。

一方で介護の領域でこんな政策も発表しているのですが、こちらも記事から紹介しておきます。

介護型療養病床の削減を中止 民主政策集、施設増設は3倍速に(2009年7月25日中日新聞)

 民主党は25日までに、政府が2011年度末までの廃止を決めている介護型療養病床について、行き場のない介護難民を生まないよう削減を中止し、必要な病床数を確保することを、衆院選マニフェスト(政権公約)の基になる政策集に盛り込んだ。

 併せて約40万人とされる介護施設の入所待機者の解消に向け、グループホームや特別養護老人ホームなどを、地方自治体の整備計画の約3倍のスピードで増設する。

 ただ、療養病床の維持や介護施設整備に必要な予算規模や具体的な財源は明示しておらず、与党が「現実的な裏付けがない」などと批判を強めることは必至だ。

 療養病床は慢性疾患の高齢者らが長期入院する病床。政府は医療制度改革の一環として、医療保険が適用される医療型と介護保険適用の介護型の計35万床(06年度時点)を、12年度末までに医療型のみの22万床に削減する計画。コストがより低い介護施設などへの転換を進め、社会保障費の抑制につなげたい考え。

 だが、主な転換先とされる「介護療養型老人保健施設」(新型老健)については、病院関係者から「療養病床並みのサービスは提供できない」との声が上がっていた。

 このほか政策集は、介護現場の人手不足解消策として、事業者に支払われる介護報酬を7%アップし、介護職の賃金を月4万円程度引き上げることを掲げた。「利用者の自己負担増や保険料上昇につながらない方法で行う」としたものの、財源措置には言及していない

 介護の必要度を評価する要介護認定については、4月から実施された新たな基準で「実際より軽く認定されるのではないかという不安が高まっている」と指摘。生活実態やニーズが適切に反映されるよう見直す。

3倍速ってまさか赤のことを言っているのか!?30周年だけにあやかって赤なのか?!(笑)
まあそれはそもかく、さすがに状況を理解していない人でも「これはちょっとどうよ?」と思わざるを得ないくらいに非現実的な話だとは感じないでしょうか?
そもそも厚労省も長年療養病床の老健への転換を進めていながら未だに達成されていないわけですが、何故そうなっているのかといった辺りを検証している気配がないのは気になるところですよね。

介護スタッフの待遇改善ということに関してももちろん非常に重要なことなのですが、与党にしろ改善しなくていいと言っているわけではなく財源がどうかというところが争点になっている状況で、肝心の金の出所は判りませんでは何かしら議論をはぐらかされたような印象を拭えません。
いやさすがにこういうあからさまに実現性に乏しい話を公の約束事であるかのように発表することの是非もさることながら、そうした事を本気で目指していくというのであれば現場との率直な意見交換というものがもう少しあってもよいのではないかなと思うのですが如何でしょうか?

現状では正直申し上げて「市長になれば医者くらい確保できるだろうと考えていた」という素敵な言葉を残された某市長さんと同じで、「政権与党になればこれくらい出来るだろうと思っていた」と言ったレベルの絵空事としか言いようがないという気がするところです。
こうなりますと実際にこれを実現させるために政権獲得後何をどうするのかという話の方がむしろ気になってくるところで、これを文字通りそのままにというのは恐らくあり得ないだけに、実施段階でどのように形が変わっていくか、その程度によってはまたぞろ「公約違反だ!」なんて声も挙がってくることになるのかも知れませんね。

しかし民主側がこう言うことだとなりますと自民党側では非現実的政策の羅列といったことを政策対立軸を演出するキーワードに据えているようなのですから、それならば今後出てくるであろう同党のマニフェストが民主党案と比べてどれくらい手堅いものなのかと言う点にも注目していかなければならないのでしょうね。
おそらくは政策としての実現性が高ければ現実の問題としての医療崩壊に対処できない可能性が高いでしょうし、実効性が高いとなれば政策としての実現性がどうかという話にもなりかねないでしょうから、いずれにしても「これが正解」というような単純な答えがそうそう用意出来るとも思いがたいところではあるのですが。

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2009年7月28日 (火)

最近クレーマーってやっぱり多い?

と思わされる話がこちらなんですが、まずは記事から紹介してみましょう。

職場にクレーム「増えた」4割、60代が頻繁(2009年7月22日読売新聞)

 「職場で苦情が増えている」と感じる人は4割、多くの人は日常生活で嫌な思いを4~5回したら1回は苦情を言う――。

 「となりのクレーマー」(中央公論新社)などの著書がある苦情・クレーム対応アドバイザーの関根眞一さん(58)が実施したアンケート調査から、そんな結果が出た。

 昨年5月以降、関根さんが全国各地で講演を行った際、参加した人に調査への協力を求め、計5059人から回答を得た。教育、行政、病院、流通などの業種別や、世代・男女別で分析した。

 「近年、自分の職場に寄せられる苦情が増えていると思う」と感じている人は1977人に上った。業種別で見ると、教育で445人中239人(53・7%)、病院で718人中365人(50・8%)と高く、保護者や患者側からのクレームが増えている実態が浮き彫りになった。

 一方、「嫌な思いを何回した時に苦情を言うか」を尋ねたところ、回答者の平均は4・63回だった。年代別では60代が3・89回と、最も頻繁に苦情を言う傾向が出た。

 関根さんはアンケート結果を「日本苦情白書」としてまとめ、刊行する。

実体験による印象とも概ね合致するかなという傾向のデータではあるんですが、しかしこれを見ますとやはり教育や医療の分野というものにはクレーマーが跋扈しているというのが実態であったということでしょうかね?
以前から世界的に「日本人客は文句をつけることは少ないが気に入らないと黙って来なくなる、どこが悪かったかも判らず一番対応が難しい顧客だ」なんてことを言われていたらしいですが、最近では日本人もそれなりに言うべき事を言うようになったと喜ぶべき話…と、言うわけにもいかないんでしょうねさすがに。

実際のクレーマーとはどういうものなのかということでこちら教育現場での状況を取り上げた記事がありますが、「一部の人が繰り返し理不尽な要求を」という現象はここでも共通して見られるようで、医療現場におけるそれと構図は同じなのだろうなと想像されるところではありますが、やはりこれは国民性の変化ということなのでしょうか?

専門家チーム設置(2009年07月27日朝日新聞)

学校だけでは抱えきれない保護者からの苦情や要求に対応するため、成田市教育委員会は今春から、精神科医や子育ての専門家らからなる「学校問題解決チーム」を設置した。市教委は「保護者と学校の間を第三者的な立場でうまくとりもってもらえれば」と期待を寄せている。(鹿野幹男)

市教委には、親からの苦情や要求が年に約100件寄せられている。特に、同じ親が何度も苦情を寄せてくるケースが目立つという。

内容としては「学校を休んでいた分の給食費を返して欲しい」「登下校時に友達とトラブルになる。送り迎えをして欲しい」「クラスに気にくわない子がいる。その子を別のクラスにして」――といった学校側に過大な関与を求める要求が大半だ。

教師が授業中に親からの苦情の電話を受け、授業が中断する例もある。度重なる要求で悩みを抱え込み、休職した教師もいるという。

新たに設置した問題解決チームは、京都市や岩手県などの事例を参考にした。子育て支援課ら市教委以外の市職員を含めた常任委員と、弁護士や精神科医、臨床心理士、子育て相談員ら専門委員からなる10人程度のチームだ。

「心の専門家」を入れた理由について、市教委の担当者は「育児疲れで心を病む母親が多い。メンタルケアを含めた対応には不可欠」と話す。

毎月1回の定例会議を開いて、常任委員がトラブルの状況を報告し、必要に応じて専門委員が助言する。学校側から要請があれば、チームが間に入り保護者と話し合う。春以降、2件の問題解決に向けて動いているという。

市教委は要望や苦情に対する対応マニュアルも作成、学校に配布している。相手が感情的になっていても冷静に言い分を聴きつつ、場合によっては、複数で面談録をとる必要性も説いている。

「チームよりも、学校がしっかり初期対応することが大切。誠意を持って臨み、表面的な言動だけとらえず背景にある子育ての不安や悩みを探ることが大切だ」と担当者は話している。

先日も医療現場のクレーマー対策ということについて少しばかり取り上げてみましたが、医療の場においても末端の個々人が行き当たりばったりの対応をするのではなく、専任担当者や専門家も交えて組織として対応しておくべきであるという点には代わりありません。
ただ医療における少しばかり特殊な状況を考えるなら、人手不足で手が回らない医療現場で本来不要であるべき手間を取られるということは、それ自体が誰かの命や健康の危機に直結する可能性があるという点でしょうか。
昨今では医療需給均衡の崩壊から各地で不要不急の受診抑制の呼びかけが進んでいますが、世に言う「1%の顧客が10%のリソースを消費し0.1%の利益にしかならない」どころではなく、消費されるべきでない局面で貴重なリソースを過剰に消費されてしまうことは、限られた医療資源を考えれば何より患者自身の利益のために避けなければならない事態であるという言い方も出来るでしょう。

逆の視点から言えば一見どんなに理不尽で無茶な話に思えても、実際に人間の命に関わる恐れがある状況ともなれば理屈抜きで身体を動かすというモラルが未だ多くの医療現場に保たれていることが救いと言えるのは確かなんですが、始終そうしたクレーマー被害にばかり遭っていますと対応する側でも「またこの人か」と次第に反応の閾値が上がっていくものです。
よく医療訴訟に発展するような事例で「医者は軽症だと判断したが実は重症だった!あまりに軽率ではないか!」なんてことはよくあるパターンですが、詳しく状況を聞いてみると普段からやたらと何でもかんでも病院に駆け込んで大騒ぎしていると言うタイプの人だったという話はしばしばあって、果たして全てを医療側有責の一言で済ませてよいのかという疑問はあるわけです。
もちろん技術を売って生活しているプロであるからにはそうした中から本物を見つけ出す能力が要求されて当然というのも正論ではあるのでしょうが、何より大切なはずの自分の健康なり生命なりにとって結局損なことをしているのだということを医療系クレーマーの方々も自覚した方がいいのではないかと思うところですよね。

話がいささかそれましたが、医療系クレーマーとなるに至る患者心理というものを理解する上で最近ちょっと話題になったこちらの症例などを紹介してみましょう。

ドクハラ??私が更年期って・・・!!(2009年4月23日読売新聞「発言小町」欄)より抜粋

42歳、会社員の既婚女性です。
そろそろ子供が欲しいと思い子作りを始めて6ヶ月、まだ授からないので念のために不妊治療も行っている一般の産婦人科に相談に行きました。
検査を受けたところ、医師が「ホルモン値を見ると、閉経に向かっている。更年期の時期に差し掛かっているので、妊娠を望むなら急がなければならない。すぐに不妊専門の病院を紹介するから、高度治療に進んだ方が良い」というようなことを言ってきました。これってすごく失礼な発言ではないでしょうか?!人を更年期障害のオバサン扱いしてるってことですよね?!
私は誰からも若く見えると言われますし、生理もほぼ順調に来ています。更年期障害の兆候なんてまだまだありません。たぶん、私を焦らせるつもりでわざとキツメのことを言ったのだと思いますが、いくらなんでもこれはドクハラでは?と疑っています。
改めて病院に苦情を入れた方が良いでしょうか?それとも他の機関で苦情を受け付けてくれるところはありますか?

内容についてはここでどうこう言うようなものでもないかなと思うのですが、この発言をわざわざ取り上げてみた読売新聞の意図というものがどこにあったのかなと言うのが一つ興味深いのと、リンク先から是非参照いただきたいのですが発言者に寄せられたコメント欄の内容が面白いですよね(いわゆる炎上状態、でしょうか…)。
で、それに対するトピ主氏の反応がこちら、なんですが…

苦情を入れました1    加代子(トピ主)    2009年4月25日 17:22

病院に電話をしましたが、頼んでも受付の方が担当医師に繋いでくれず、どうにかお願いしてやっと産婦人科の看護師の方に繋いでもらいました。
私も42歳にもなれば20代、30代の女性より妊娠しにくい体になっていることぐらいは覚悟していますが、「閉経」や「更年期」というあからさまに老化を示す言葉を使った医師の無礼が許せませんでしたので、看護師にそのことを伝えました。
もう少しオブラートに包んだ言い方ができなかったか、出産を希望する患者に対してオバサン扱いして失礼ではないか、と問いました。(医師は若い男性でした)

看護師からの返答は、個人的にお気持ちはわかるが、明らかな医療ミスがあった場合でない限り病院として謝罪はできません。この件は担当医師に申し伝えますので、今後の対応の参考にさせていただきます。とのことでした。

苦情を入れました2    加代子(トピ主)    2009年4月25日 17:24

医師から改めて謝罪はしてもらえるのか、と問うと、それは今のところ何とも言えません。と言われました。とにかくもうお宅の病院には二度と行きませんと言って電話を切りました。その後病院からは何の連絡もありません。
医師は事実を言ったのだから仕方ない、と皆さん物分りの良いことをおっしゃいますが、事実だからと言って何でもズバズバと言って良いとは限らないと思います。もう少し礼儀をわきまえて欲しかった。

それから、40代で孫がいるだの、私は20代で子供を産みましただの書いてらっしゃる方もいますが、私は20代は仕事に切磋琢磨してスキルを磨いていくべき時期だと思っています。せっかく医療技術が発達した今、わざわざ20代で子供を産む必要はありません。高学歴でキャリアのある女性ならば、早くても出産は30代半ば以降になってしまうのは仕方がないのではないでしょうか?

まあ、確かに仰るようなトピ主さんのお考えも一個人の思想・信条としては十分あっていいことだとは思うわけですが…
一部ではあまりに発言がクリティカル過ぎるということでこれもクマーではないかという声もあるようなんですが、実際のところは婦人科領域に対する世間一般における認識というものもこんな感じらしいですから、実は(知識レベルとしては)ごく当たり前の普通の人なのかも知れませんね。

婦人科疾患:「不安」9割、「症状あり」5割なのに…働く女性、正しい知識1~2割(2009年7月24日毎日新聞)

 ◇製薬会社実施のアンケ

 首都圏で働く女性の9割以上が、子宮筋腫など良性の婦人科疾患に不安を感じていながら、具体的な症状や治療法について正確な知識を持っている女性は1~2割にとどまることが、製薬会社「ジョンソン・エンド・ジョンソン」が実施したアンケートで分かった。

 調査は今年6月、首都圏の20~40歳代の働く女性500人にインターネットで実施した。

 女性特有の疾患には、子宮筋腫、子宮内膜症、卵巣嚢腫(のうしゅ)などがあり、妊娠・出産にも影響を及ぼす恐れがある。一方、最近は出産の高齢化や不規則な生活によって患者が増える傾向にあり、子宮にできる良性腫瘍(しゅよう)である子宮筋腫は、成人女性の3~4人に1人が発症するといわれる。

 調査では、婦人科疾患に不安を感じたことがあると答えた女性が93・2%に達した。さらに、生理痛の悪化や生理期間の長期化、出血量の増加など、婦人科疾患が疑われる自覚症状を持つ人も50・6%と半数を超えた。特に、30歳代は58・1%と多かった。

 ところが、婦人科疾患の病名と症状、治療法を知っている女性は、子宮筋腫が20・6%、子宮内膜症が13・4%、卵巣嚢腫が11・2%にとどまった。

 同社は「痛みなどがあっても、仕事を気にして診察に行かない女性が多いという。早期に治療すれば、手術になっても短期間で傷なども小さく治療できる。正しい知識を持ち、病気と向き合ってほしい」と話している。【永山悦子】

この場合問題はむしろ同じような知識を持ち、同じような医師に診察を受ける患者さん達の中で、何が患者をして「それは大変だ!急いで治療を始めなければ!」と考えさせ、あるいは何が「なんて失礼な医者だ!謝罪しろ!」と考えさせるのか、その分岐点は一体どこにあるのかということですかね。
従来であればそこで「医療従事者の接遇教育をもっと充実させなければ」という話が出ていたりして、確かにその方面を充実させることも大いに重要なのですが、一方で多くの人々が「医師の態度は以前より良くなっている」と感じているという事実がある中で、何故こうしたトラブル事例は逆に増えるのかというその理由にも目を向けなければならないでしょう。
多くのマスコミ関係者自身がいうように患者対医療従事者という構図の中で、最近になってようやく医療従事者側の言い分も取り上げるようになったと言う状況において、今まで黙して語られなかった部分にもきちんと検証の目線を注いでいくことが、医療崩壊というまさに患者側にとっての危機的状況の中で求められているマスコミの使命の一つでもあるように思いますけれどもね。

さて、そうした「タブー」に触れるという文脈において、なかなか面白そうな話が一つありましたので紹介しておきます。

医師と患者のやり取りを録音 電子カルテと一括管理 富士通が開発(2009年7月19日産経新聞)

 富士通は18日、病院での診療時に医師と患者とのやり取りを録音し、電子カルテと連動させて保存できるシステムを開発したことを明らかにした。医師が患者にどんな局面でどういう説明をしたか正確な記録を残すことができる。医療行為にかかわる説明が不十分もしくは不適切だとして医師が訴えられるケースが増えていることに対応した。こうした医療現場向けの記録システムは初めて。今秋をめどに提供を開始する。

 この記録システムは、富士通の子会社の富士テレコム(東京都板橋区)が開発した。電子カルテの端末に専用マイクを接続し、録音スイッチを押すと、医師と患者とのやり取りがコンピューターに自動保存される。音声記録は電子カルテと連動しており、カルテをみるときに診療時のやりとりを再生できる仕組みだ。

 録音記録は専用CDにコピーすることも可能だ。患者は録音記録を家族で聞いて情報を共有したり、別の医師に聞かせて「セカンドオピニオン」を得るために活用することもできる。

 医療現場では、医師が患者に行った説明をめぐり、訴訟や刑事事件にまで発展するトラブルが増えている。裁判では、医師による説明内容などが争点となるが、客観的な証拠がないために水掛け論になることも少なくない。現在でも診療時のやりとりを録音することがあるが、録音記録の保存など管理に大きな手間がかかっており、管理しやすい記録システムの開発が求められていた。

これの何が面白いかと言えば、以前から患者や家族との間のやり取りを録音といった形で正確に記録しておくことは、後にトラブルとなった場合にも非常に有効な手段であるし、モンスター被害を訴える際には証拠にもなるとして推奨されてはいたわけです。
ところがその一方で一部の方々からは「プライバシー侵害に当たる」「医療者の人権感覚が問われる」といった反対論も根強いという一面があり、またそもそも法廷での証拠として扱われるのかどうかなども問題にされてきました。
しかしこのシステムの面白いところは電子カルテと連動させて保存ということで、何しろカルテと一体なんですから勝手に削除したりすれば「記録改竄だ!」とお叱りを受けてしまうくらいで保存性は良好でしょうし、当然法廷にはカルテの一部として提出されるようになるんじゃないかと期待されるわけですよね。

もちろん正確な記録も重要ではあるのですが、医者という人種は一部外科系などを除いて卒後数年もすれば一人前の扱いになりやすく、そうでなくとも平素一人で末端臨床に従事している医師は他人から仕事ぶりを評価される機会が少ないですから、いざ事があった場合には素人目にも穴が多く突っ込み所満載という落とし穴にはまりやすいわけですよね。
せっかく記録を取ったのであれば画像診断の研究会などと同様に患者説明の検討会などもやってみようかという話になれば面白いし、他人の視線を意識し「常在戦場」の意識を持って仕事をすることによって、退屈な接遇教育など比較にならないほどの面白い意識改革を現場にもたらすようになるかも、ですかね。
実際のところどの程度実用的なシステムが組めるかというあたりは全く未知数ですが、正確で客観的な記録を保存するということは後々の真相解明のためにも非常に基本的な資料となり得るでしょうから、何よりも「我々は真実を知りたいのだ」という患者サイドの方々にこそ率先して賛同し協力していただきたいシステムではありますよね。

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2009年7月27日 (月)

政治と業界との癒着と言えば、マスコミが大喜びで批判してきた話ですが

少し前にこんな記事が出ていましたが、ご覧になりましたでしょうか。
移植の経歴のプロ野球コミッショナーということでそちら方面に興味と関心がおありの方々には結構注目を受けた(らしい)方なんですが、立場上それなりにマスコミとの折り合いも必要でしょうに誰しも思っていることをはっきり公の場で言ってしまったのは興味深いですね。

【正論】前駐米大使(プロ野球コミッショナー)・加藤良三(2009年7月22日産経新聞)より冒頭部分を抜粋

 ■世界で稀な「成功物語」のつけ
 ≪民主国が直面する脅威≫

 故ハーマン・カーン博士はかつて、民主主義国が直面する脅威は「外からの侵攻」と「内からの浸食」であると述べた。昨年アメリカから帰国して、日本ではその一つ、「内からの浸食」が進行しているなと思った。

 まず、日本人同士の連帯感、思いやりの心が希薄になった。それと反比例するかのように、「文句」と「他人批判」によって人を「萎縮(いしゅく)」させる達人が多い。これにはマス・メディア、就中(なかんずく)テレビの責任が大きいと思う。

 或(あ)るアメリカ人の表現を借りると、マス・メディアは最早(もはや)「インフォメーション」(情報)の提供を使命とせず、「インフォテインメント」(汎娯楽化)の世界と化している。「ジャンク・フード」(粗悪な食品類)さながら、供給する側も、消費する側も、健康に悪いと知りつつお互いにやめられないでいる。

 ニュースですら、何についても中途半端な「実況放送」が多い。それを滑舌(かつぜつ)の悪い日本語で伝えられるし、文脈が分からない。「事実報道」といいながら、画面でしゃべる人間が自分の主観らしきものを混入して「世論」を「誘導」し、それに快感をおぼえている。こういうマス・メディアの状況は驚きではないが、子供染みていると感ずる。
(略)

古来人間が集まれば声が大きい者が主導権を握りがちなのは良くある話ではありますが、現代社会においては良くも悪くも最も声の大きいマスコミというパワーがいつしか世論すら左右する存在となっていることは誰しも異論のないところかと思います。
折しも重大な国民の選択である国政選挙が近づいてきていますが、こうしたものの報道においては特に公平、平等ということを意識しなければならないはずが、どうもそうではないらしいということを以前にもお伝えしたところです。
最近でもこんな事件があったようで、事実意図してのものであるとすればこれはいよいよ「第二の椿事件」かとも思わせられるような偏向ぶりと言わざるを得ないですね。

テレビ朝日、TBSが民主党の抗議に屈伏か?番組中のフリップ使用を禁止。 (2009年07月24日ブログ記事)

 テレビ朝日とTBSが自民党に対し番組出演中のフリップ使用を禁止すると通告してきたことがわかった。
 これまで野党が持ち込むフリップや局側が使うフリップを問題にしたことはないだけに、今回の急な方針展開の裏には、何か特別の思惑があるのではないか。

 ことの発端は、7月19日のテレビ朝日「サンデープロジェクト」。
 自民党の細田幹事長が、民主党の財源問題や安全保障問題を図式化したフリップを使って、岡田幹事長と激しく討論した経緯がある。
 司会の田原総一郎氏も自らフリップを使って、民主党の子ども手当の問題を厳しく追及し、岡田幹事長が答えに窮し激昂するという場面があったのだ。

 政策論争を深めるために番組中にフリップを使用するのは効果的で、視聴者の理解も深まりやすい。実際、司会の田原氏は、フリップを使って説明をした細田幹事長に「いつになくわかりやすかった」と評価したこともあるのだ。

 今回の選挙においては、民主党の政策は詰めが甘く、肝心な点をあいまいにしているなど問題が多いことから、ひとつひとつ論点を明確にした政策論争をすることこそが、国民のためになるはずだ。そのツールとしてフリップは有効なのである。

 しかし、民主党は、政策論争をしたくないようだ。
 「政権交代」のスローガンと有権者の関心を買うバラマキ政策だけで、具体的な政策論争を避けたい民主党と、政権交代を側面支援したいと考えるテレビ局側の思惑が一致した形なのではないか。

 もし民主党サイドからテレビ局に対してクレームが入り、テレビ局側が民主党の要望を飲む形で、今回のフリップ使用禁止に方針転換したとしたら、大問題である。

 こういうことでは、民主党が政権をとったならば、政権とマスメディアの関係はどのようになるのだろうか。言論の自由も、表現の自由も、すべて民主党の都合のままに規制されるということか。それを牽制するジャーナリズムはないということか。彼らが戦前の教訓を生かしきれないとしたら、日本の将来は非常に危ぶまれる。

ちなみに恐らくネタ元となったのがこちら、民主党・平野氏から自民党・細田氏宛に出されたという抗議文なんだろうと思いますが、持ち出したフリップ中に誤りがあるという抗議を拡大解釈?しての全面使用禁止ということになればこれは明らかにフェアではない話ですし、誤りがあるのであればその場で反撃する方がよほど相手へのダメージも与えられるはずなのですが。
そもそもこの種の番組でフリップも使わないというのはちょっと常識的にあり得ないところなんですが、逆にTBSやテレビ朝日らがこの使用禁止通告に対してどういう理屈をつけているのかという点に興味が出てくるところではありますよね。

ところで「民主党が政権をとったならば、政権とマスメディアの関係はどのようになるのだろうか」ということなんですが、実はこれが非常に端的に表れているのがこちらの公約ではないかと思います。

通信・放送を総務省から分離、民主が政権公約に(2009年7月24日読売新聞)

 民主党は23日、衆院選の政権公約(マニフェスト)に、通信や放送に関する規制などを所管する独立行政委員会「通信・放送委員会」の新設を盛り込む方針を固めた。

 総務省から通信・放送行政を分離・移管する。政府からの高い独立性を持つ米連邦通信委員会(FCC)を参考にし、「日本版FCC」と位置づける。

 現在の通信・放送行政は、総務省が設置した審議会や懇談会の答申をもとに、最終的に総務省が意思決定している。民主党は、国家権力を監視する役割を持つ放送局を国家権力が監督するという矛盾があると主張している。独立行政委員会に権限を移管することで、国家権力が放送に介入できない体制を整える考えだ。

 通信業界などからは、競争を促すような規制のあり方を望む声の一方で、新組織が実際に放送と通信の両方を監督できるか懐疑的な見方もある。

読売などは当事者であるだけに至って控えめな喜びの報道ぶりなんですが、このあたりはかねてマスコミ業界がこぞって主張してきたところだけに、彼らにとっては非常に大きな「飴」になるのかなと言うところでしょうか。
これだけであれば単に一方的な歓心を買っているというとらえ方も出来るところではあるんですが、どうも実際のところはもう少し双方向に密着した関係が形成されつつあるようなんですね。

民主党候補に「特異現象」 「マスコミ出身者」20人超える(2009年07月15日J-CASTニュース)

   衆院解散が約1週間後にも行われることが決定的となり、事実上の選挙戦がスタートした。そんな中、各党が公認した候補者の「ある傾向」に注目が集まっている。候補者のプロフィールを調べてみると、民主党候補の20人以上が「マスコミ出身者」。自民党の候補者に占める割合に比べて、明らかに高い。なぜ、このような現象が起こるのだろうか。

産経新聞、読売新聞、テレビ朝日など幅広い

   480ある議席を争う衆院選で、注目点のひとつが、その「出自」。各候補者が公開しているプロフィールを見ていくと、意外なことが明らかになった。自民党は、地方議会議員や官僚の出身者が多いのに対し、民主党は、マスコミ出身者の多さが際だっているのだ。

   年金問題で脚光を浴びた長妻昭氏(東京7区)が、日経BP社の「日経ビジネス」出身なのは有名だが、郡和子氏(宮城1区、東北放送出身)、小宮山洋子氏(東京6区、NHK出身)など、放送局の正社員ではないラジオのパーソナリティーなどを含めると、少なくとも23人がマスコミ出身者。宮崎岳志氏(群馬1区、上毛新聞出身)や長島一由氏(神奈川4区、フジテレビ出身)、加藤学氏(長野5区、NHK出身)など、新人候補者も多く、それ以外の候補者の出身母体も、産経新聞、読売新聞、テレビ朝日など幅広い。

   もちろん自民党の候補者の中にも、丹羽雄哉氏(茨城6区、読売新聞出身)、中川秀直氏(広島4区、日経新聞出身)、松島みどり氏(東京14区、朝日新聞出身)などマスコミ出身者は散見されるが、せいぜい「10人強」といったところ。民主党の差は歴然としている。

   民主党候補のマスコミ出身者の比率が際だっている背景について、早稲田大学大学院客員教授で日本インターネット新聞社社長の竹内謙さんは、党と候補者の利害が一致しているという点に着目する。

マスコミ出身者は、知名度などから票が集めやすい?

    「民主党に追い風が吹いているのは間違いないのですが、地方の状況をきちんとみると、組織に基礎がないことが分かります。そこで、党としては、どうしても『風を受けられる人』を探したくなる。一方、候補者の側からすれば、自民党は組織政党なので、若い人は公認を取りにくい。その結果、メディアに露出していて知名度があったり、伝えるスキルを身に付けていて、票が集まりやすいマスコミ出身者の民主党候補者が多くなるのだと思います」

   一方で、竹内さんは、マスコミ出身議員の質が変化していることも指摘する。

    「昔から、新聞記者出身の国会議員は、与野党ともに多かったんです。ただ、彼らは新聞業界に身を置いて政治を取材した経験を生かして政界に身を転ずる、というパターンでした。中には、緒方竹虎(朝日新聞社出身)のように、記者時代から政界に足を半分以上突っ込んでいる人もいました。ところが、現代ではこのような人は減少していて、自民党議員でマスコミ出身の人も少なくなっていると思います。むしろ、最近は『マスコミ出身者は、知名度などから票が集めやすい』ということが大きいのではないでしょうか」

   マスコミ出身者と政治との関係をめぐっては、3つある人事院人事官ポストのうち、ひとつが「マスコミOB指定席」だったことが批判をあびた。このポストは、衆参両院の賛成を必要とする国会承認人事で、政府は千野境子・産経新聞元論説委員長を充てる人事案を提案していたが、参院で野党が不同意。候補者をマスコミ出身者から元大学教員に差し替えることになり、1953年以来の慣例が崩れたのは記憶に新しいところだ。

実際にはその後もマスコミ系候補擁立のニュースが続いていますから、最終的には更に候補者が増えることは間違いなさそうです。
このあたりは先日自民党からの国政選挙出馬を検討していたという東・宮崎県知事に師匠である北野氏が「逆風がすごい。メディアは甘くない」と諭したということからも見え隠れするように、マスコミ業界を挙げて特定政党を支援している、対立政党の候補は容赦なく叩きつぶすという内情が現れているように感じられるところです。

マスコミ業界とはいえ自己の利益を追求するために有利な行動を選択するのは当然であるし、そのために特定政党と結びつくのが得であると考えているのであればある程度やむなきところかとも感じられる訳ですが、問題はその担ぎ上げているマスコミ関係者なるものの実態です。
いったいどういう人間が出てきているのかと思っていましたら、何とこんなびっくりな話がありました。

行政・政治 : 長野4区 民主党・矢崎公二氏出馬へ(2008年10月1日長野日報)

 民主党県連から次期衆院選長野4区への出馬を要請されていた、茅野市出身で毎日新聞記者の矢崎公二氏(49)は9月30日、都内で羽田孜党最高顧問に会い、要請を受諾する意向を伝えた。党県連は1日夜に岡谷市内で開く長野4区総支部拡大幹事会で、矢崎氏の出馬を報告する。矢崎氏は今週中にも会見を開き、正式に出馬表明する。

 矢崎氏は30日午後、羽田最高顧問と面談。出馬の意向を伝えたところ、「精いっぱい頑張ってほしい」と激励されたという。

 矢崎氏は茅野市北山出身。諏訪清陵高、慶応大商学部を卒業後、毎日新聞社に入社。東京本社夕刊編集部副部長などを務めた。

 同党の長野4区の候補者擁立をめぐっては、昨年9月に元職の堀込征雄氏が引退表明して以来、地元出身者を中心に擁立を模索してきたが難航。9月に入り矢崎氏に絞り込み、同26日に党4区総支部長代理の野沢徹司県議らが都内に出向き、矢崎氏に出馬を要請していた。(略)

いよいよ選挙が近づいてきたせいか、今や民主党長野県第4区総支部代表という立派な肩書きを持っていらっしゃる御本人のブログでも元気いっぱいに選挙活動中という感じなんですが、この方の経歴を見ると何と!例の毎日新聞デジタルメディア局の責任者だった方だと言うではありませんか!
例の毎日新聞変態記事配信事件を受けて、ようやく同社がデジタルメディア局責任者らを処分したという報道があったのが2008年6月末の事ですが、うがった見方をすればその結果社内に居づらくなった同氏が民主党の誘いに乗って出馬に応じたということなのでしょうか?
ネット上では「あの記事を配信した張本人が!」とそれなりに話題になっているようですが、いくらマスコミとの関係重視とはいえ民主党ももう少し候補者の選択ということを考えるべきではないかとも思うところですよね。

と言いますか、こうした政治と業界との癒着関係というものが平素のマスコミの報道姿勢と矛盾しないものなのか、そんな疑惑も感じられるところではあるのですが、恐らく今のメディアにはそのあたりを突っ込む人間はいないのでしょうかね。
そういえば民主党代表への献金問題追及などにもマスコミは何故かひどく及び腰だった印象がありましたが、あれはもしかして人のことなど言えないという彼らなりの自省の表れだったということなんでしょうかね?(苦笑)

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2009年7月26日 (日)

今日のぐり「かねや」&「荒木屋」

いつまでもじめじめとした天気が続いていますが、こういう時こそ心はスカッと快晴!といきたいものです。
本日は思わず心の中でツッコミを入れてしまうようなブリの素晴らしい話題をまたもや幾つか紹介してみましょう。

さて、ブリと言えばかの殺人許可証を持つとも言う秘密情報部員のお膝元ですが、その割に大丈夫なのか?と思わされる話題も出ていることは以前にも紹介しました通りです。
かの事件で重要情報が入ったメモリースティックを紛失してしまったのは下っ端であったわけですが、組織の中枢にいる人間の近辺もうっかり度合いでは例外ではないというのがこちらのニュースなんですね。

英MI6次期長官の個人情報がSNSサイトに(2009年07月06日AFP BBNews)

【7月6日 AFP】通称「MI6」として知られる英秘密情報部(Secret Intelligence Service、SIS)の次期長官に就任するジョン・ソワーズ(John Sawers)国連大使(53)の個人情報が米ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)大手フェースブック(Facebook)に掲載されていたことが分かった。5日付けの英大衆日曜紙「メール・オン・サンデー(Mail on Sunday)」が報じた。

 メール・オン・サンデーの紙面には、フェースブックに公開されているものだとして、ソワーズ氏の自宅、勤務先、交友関係、休暇中の滞在先などの詳細な情報や家族写真を掲載した。海水パンツ姿のソワーズ氏の写真も含まれている。これらの写真や情報は、シェリー・ソワーズ(Shelley Sawers)夫人がフェースブックに投稿したものだという。 同記事をうけ、ソワーズ氏に関する情報は同日、直ちにサイトから削除された。

 デービット・ミリバンド(David Miliband)外相は、英国放送協会(BBC)に対し、「極めて優秀な人物だ」とソワーズ氏を擁護した。海水パンツ姿の写真については、「彼がスピード(SPEEDO)社の水着を着ているということは国家機密ではない。もっと、冷静に対応してもらいたい」と、メディアに苦言を呈した。

 ソワーズ氏は11月、MI6長官を5年以上務めているジョン・スカーレット(John Scarlett)長官の後任につく。

いやまあ、確かに直接的には国家機密ではないかも知れませんが、次期長官と御家族にとってはずいぶんと安全保障上の危険性を高める話という気はしますけれどもね。
よく言うところに幾らパスワードを厳重にしたところで、それをうっかりメモ書きして置いておくような人間一人が混じっていたせいで全ての秘密が漏れてしまったというような話もありますが、今回の件も何やらそうした人的要因が濃厚なようです。

さて、ブリと言えば飯が不味いということでは既に伝説ともなっているところがありますが、その理由の一端が垣間見える話がこちらです。

イギリスの家庭で一般に作られてる料理は6メニューのみ(2008年04月02日らばQ)

料理がまずい国というと真っ先にイギリスが上げられますが、これはまずいというよりも、イギリス人が料理にかける情熱がなさすぎて、ろくに作ろうとしないという調査結果が出ています。

どれくらい一般家庭で料理をしないかというニュースがTimes紙で取り上げられていたのでご紹介します。

1400家庭を対象に「普段どんな料理をしているか」という調査された結果、98%の家庭がたった6メニューしか普段作っていないことがわかりました。

一般家庭でたった6メニューって。

日本の一人暮らしの男性でももうちょっとバラエティに富んでいそうな気がしますが…。

よく作られている料理順は、ローストチキン(30%)、スパゲティボロネーズ(27%)、炒め物(12%)、ソーセージ&マッシュドポテト(12%)、カレー(10%)、ポークチョップ(7%)という結果です。

たった2%の家庭だけがそれ以外の料理もよく作っているということです。

どうして他のメニューに挑戦しないかという理由は、家族が好まない(37%)、作り方を知らない(32%)、面倒くさい(31%)、というイギリス人のお料理感覚のひどさが浮き彫りに出ています。

もちろんこれは統計上の数字に過ぎないことと、どんな抽出をしたのかによっても左右されそうです。

むしろこの統計に大いに疑問を抱くとしたら、6メニューばかり作っている98%の家庭も「もし作るとしたらこのメニュー」という回答をしただけで、実際には料理を作らない層が7割いると考えてもいいのでは…、なんて思ってしまうのでした。

イギリス人の3分の2は卵のゆで方を知らない(2008年10月08日らばQ)

食事がまずいとか、料理が作れないとか、とにかく食べ物となるとイギリスにはろくなニュースがありません。

先日も「イギリスの家庭で一般に作られてる料理は6メニューのみ 」という記事を紹介しましたが、今度は卵もゆでられないというニュースがありましたのでご紹介します。

イギリスの伝統的な朝食では、ゆで卵がよく出てきます。大半の人はこの黄身が半熟なのを好みます。ところが、この黄身の部分だけとろっとした半熟卵の作り方を、3分の2のイギリス人は知らないらしいのです。

Daily Mailによると、1500人を対象にしたアンケート調査で実に69%の人が、半熟卵を作るのにかなり苦労すると答えているそうです。そのうち22%はいったいどのくらい茹でればいいのか見当もつかないと答えています。

作れると答えた人も、そのうち37%の人が茹でる時間を間違っており、イギリス人の料理の出来なさを浮き彫りにする結果となりました。

浮き彫りにされなくともイギリス人が料理ができないことは有名ですが、さらにダメなことが証明されたようです。

しかし3分の2は多すぎませんか。家庭科で実習したりしないのでしょうか…。

半熟でも固ゆででも、単なる時間の問題だけで、あと難しいことをするところはまったくないように思うのですが、やはりイギリス人に調理は高度な技なのかもしれません。

その昔使っていた英語学習辞書には、あちらの飯屋に行くと卵を何分茹でますか?云々と訊かれるんだなんてことを書いてあって、「へえ、ガイジンはそんなことまで知っているのか」と子供心に感心した覚えがあるんですが、彼らブリはどのように答えているのか興味があるところですかね。
ちなみにこちらのサイトによりますと、正しいゆで卵の作り方の目安というのはこんな感じなんだそうですが、皆さん御存知でしたでしょうか?。

ゆで卵の茹で方

まず、鍋にたっぷりの水を入れ沸騰させる。酢と塩を、少量加える。
沸騰したら、火を弱め少し落ち着いたところに生(出来れば常温)の卵をいれる。

6~7分で半熟卵
10~11分でゆで卵
13~14分で固ゆで卵

沸騰した状態を保つぐらいの火加減で上記の時間茹でてすぐに、流水にさらし、きっちり冷やして出来上がり。

それはともかく、ブリと言えば「唯一まともに食えるのが朝食」という声はよく聞くところです。
他の国と比べれば食事らしい食事という感じで出てくるのが(少なくとも短期滞在の旅行者には)好評ということのようですが、そこは何と言ってもブリですから単なる「まともな朝食」などで終わるはずもありませんよね。

「これなら凄いだろう」イギリスのレストランに出てくる強烈な朝食(2009年07月08日らばQ)

「イギリスの料理はまずい」とか「メニューが乏しい」とはよく言われるところです。

朝食も伝統的と言えば聞こえはいいですが、いわゆるイングリッシュ・ブレックファストは「ソーセージ、ベーコン、目玉焼き、トースト、焼きトマト、豆、マッシュルーム」と、お決まりのものとなっています。

いつも代り映えがないメニューばかりで飽きないの?なんて思ってしまいますが、そんなイギリスで「これなら凄いだろう」という10ポンド(約1500円)の朝食を出しているレストランが紹介されていました。

どう凄いのか、写真をご覧ください。
(略)

と言うわけで、ここから先は是非ともリンク先の写真をご覧いただきたいのですが…いやそれ単に○を○○しただけじゃね?というツッコミは入れてはいけないということなんでしょうか?
さすがはブリだけに、朝からさっそく受けを狙いますかそうですか…

今日のぐり「かねや」&「荒木屋

「夏の蕎麦は犬も食わない」という言葉があります。
犬がそもそも蕎麦を食べるかどうかは寡聞にして存じませんが、元々蕎麦と言うものは秋以降に採れてくるものですから梅雨以降から夏にかけては端境期となり、特に保存技術の拙かった時代にはずいぶんと味が劣化してくることが知られていました。
これを避けようと昔から早めの時期に収穫する「夏そば」というものが各地で試みられていましたが、これがどうも味の点では概ね評判が良くなかったようで、その結果冒頭のような言葉が生まれてきたようなんですね。

もっとも最近では保存技術の進歩で言うほど蕎麦の味は劣化しなくなったのだと言う人もいる一方で、新しい技術を活用しての現代版「夏そば」も試みられ一定の成果を挙げているようですし、南半球で栽培した蕎麦を輸入して正真正銘「新蕎麦」の味を夏にも味わえるようになったとも言います。
何にしろ現実問題として蕎麦の消費が最も多くなるのが夏だと言いますから、この時期まともな店ほどいかにして味を保つかに四苦八苦しているというのも確かなのでしょうね。

さて、そんなこともあって今まであまり暑い時期に蕎麦屋に出かけるということはなかったのですが、どんな時期であっても蕎麦処に在って良い感じに立ち寄る時間もあるということになれば、やはり一言挨拶もなしに通り過ぎるというわけにもいきません。
さすがに今回は蕎麦屋回りをするほどの余裕もなかったのですが、例によって例の如く出雲大社のお膝元にあります「かねや」「荒木屋」の二軒に御邪魔してみることにしました。
しかし普段はどちらも大繁盛というこの二店をしてこの日はがら空きだったのですが、どうも折り悪く(折良く?)出雲大社が「平成の大遷宮」の真っ最中だとかで観光客がさっぱり来ていないという状況だったらしいのですね。
不詳私も今回いささか思うところあって大社の真裏にあります素鵞社のほうを見学させていただこうと思いましたところが、何とこちらも立入禁止になっていたという塩梅でずいぶんと哀しい思いをしたことでした。

それはともかく「かねや」ですが、こちらでは少しひねりを加えて(笑)割子と並ぶこの地方のもう一つの名物ともいう釜上そばを注文してみました。
釜上と言いますとうどんなどでは茹で湯と一緒に取り出した麺を別容器のダシにつけて食べるというのが普通かなと思うところですが、ここら界隈でいう釜上そばはどんぶりに蕎麦と共に入れられた蕎麦湯自体にダシで味をつけて食べるというものです(この店ではあらかじめダシが加えられています)。
釜揚げという食べ方自体は麺の食べ方として必ずしもベストではないかなというのが個人的な持論なのですが、ここのような見るからに田舎蕎麦といった風情のごつい蕎麦ですとこういう食べ方も「実としての蕎麦が入った汁」という感じでそれなりに楽しめるものですね。

少し話は変わりますが、このかねやの場合蕎麦湯がとにかく濃厚でうまいと評判の店です(ちょっと単なる茹で汁とは思えないほどの濃度で、しかも時間帯によってそんなに濃さが変わっているようにも思えないので、あるいは直接蕎麦粉を加えてでもいるのでしょうか?)。
割子などを食べているとおばちゃんが空になった器に蕎麦湯を入れに来てくれるのですが、この際に器に残っているダシが多いと「これじゃカライから」とダシを減らしてから蕎麦湯を入れてくれるわけなんですね。
そんなわけでこの店のデフォルトの味加減というものを味わってみますとこれがかなり微妙な濃さで、元々塩分濃度薄めが好みという自分でも薄口と感じるくらいですから、かなりぎりぎりに蕎麦湯そのままの味を追求しているのかなという感じなんですね。

おそらくそれが店なりのこだわりなんだと思いますが、この日の釜上の汁の味つけもまさしくそんな感じで、おそらく大多数のお客にとってこの濃さというのはこのごつい蕎麦を食べるには少しばかり薄すぎる味とも感じられるんじゃないかと思いますが、ここでもやはり蕎麦と言うより蕎麦湯メインで楽しむべき一品なのかなと感じさせられたところではありましたね。
その方向で考えてみますと少しばかり残念だったのは、上に乗っている薬味の海苔の風味がいささか勝ちすぎていて正直邪魔と感じられるところなんですが、このあたり別添えにしていただければ更に嬉しかったかなという感じなんですけれども、店の方向性からすると難しいのかも知れませんね。

ところ変わって今度はお隣の荒木屋で割子そばを注文してみましたが、ここの割子はちゃんと薬味別添えとなっているのは大変ありがたいところです。
かねやなどに比べると細打ちながら見た目以上に食感がしっかりしている蕎麦なんですが、確かに同店のベストの状態と比べると味、香りの点でいささか…と思わされるのも事実であるものの、この日も十分蕎麦らしい味わいを楽しめるものではありましたね。
かねやの釜上よりこちらの割子の方が季節の影響を受けやすいのかなとも思うところですが、もともと蕎麦に限らず麺料理屋というものは結構日毎の味の差を一定に保つというのは難しいものですから、日付に目をつぶって出されると味のブレの範囲だと言われても納得してしまうものなのかも知れません。

このあたりの店でダシの味ということに関して個人的に一番評価しているのが羽根屋出雲店のそれなのですが、あそこの場合蕎麦の出来が悪い日にはややダシに負けている感もあったりとやや目一杯の線を追求しすぎな感もありますから、こちらのようにそれなりにすっきりとまとまった味であればどんな日の蕎麦とも合いやすいのかなとは感じられるところです。
蕎麦湯に関してはここも十分おいしいと言える店なんですが、なにしろかねやの後ですから舌がいささかあの味に染められてしまったのか、良くも悪くもまさしく茹で汁だなと感じられたのは面白いところでしたね(いつもは先に荒木屋を回ってからかねやへという行動パターンでしたので、今日まで気がつきませんでしたが)。
ついでに以前から感じていることですが、全くの個人的好みですが普通の盛りも用意していただけると良いかなと思ってもみたりもするのですが、そのあたりは地域の歴史的文化的背景というものもありますから、あまり強く主張するのも自粛すべきところなのでしょうか(ま、薬味別添えといったあたりに店主の心遣いがあるということなのでしょうかね)。

結局のところ夏の蕎麦はやはりまずいのかどうかですが、ちゃんとしたまともな店であれば夏であっても十分楽しめるんじゃないかというのが今日の結論ということになるのでしょうかね。
実際に昔ほどには季節的な差はなくなっているのも事実なんでしょうが、夏は夏で何しろ暑くて食欲も落ちがちですから、冷たくてつるつるとのど越し良くいける麺類となれば味以前にそれだけでありがたいという部分はあるかも知れません。
一方で蕎麦食いなら「新蕎麦はじめました」なんて話を聞いただけで心躍るものですが、あれも一部蕎麦屋店主さんも言うように実際の味以上に心理的側面といったものの方が大きいのも確かなんでしょうけれども、季節感のない今のような時代だからこそ小さいところにこだわってみるというのも一興かなとも思うんですけどね。

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2009年7月25日 (土)

久しぶりの新型インフルエンザ

最近はすっかり話題にのぼることも少なくなった新型インフルエンザですが、むしろ一向に感染の広がりが終息していないことが最近の話題となっていることは以前にもお伝えした通りです。
これは日本だけの話でも何でもなくて、全世界的に見ても同じ傾向にあるということが知られているわけですが、これはどう解釈するべきなのでしょうか?
実は以前の大流行においても同様に水面下で感染は拡大していたが、今回のような迅速診断技術がなかったから判明していなかっただけなのか、それとも実際今までと伝染の勢いが違うということなのか、疫学のみならず生物学的な面からも早急な検証が待たれるところです。

新型インフル「前代未聞のスピード」で拡大、WHO(2009年07月18日AFP BB News)

【7月18日 AFP】世界保健機関(World Health Organization、WHO)は17日、新型インフルエンザA型(H1N1)の感染が「前代未聞のスピード」で世界中に拡大していると述べた。一方、今後は感染者数の発表をやめる方針を明らかにした。

 WHOはウェブサイトで、今回の新型インフルエンザは過去のインフルエンザウイルスが6か月以上かかって拡がった範囲に6週間足らずで拡がったとし、新型インフルエンザが前代未聞のスピードで世界的に拡大していると警告。個々の感染者数を数えることはもはや新型インフルエンザ感染リスクの評価に必要ないと説明している。

 方針転換の理由は、新型インフルエンザの予想外の展開やパターンをつぶさに監視することに各国が資金を回せるようにするためだという。また、感染者の症状が比較的軽く、大部分は治療をしなくても1週間程度で回復することも一因だという。

 WHOが6日に発表した最後の統計では、4月以降に確認された感染者数は、136の国と地域で死者429人を含む9万4512人だった。

WHOもこのように言っている通り、既に個々の症例把握にさほど意味はないのは誰でも判ろうという状況ですから、日本でもこの24日から検査は原則しないという方針になってきました。
国としてこうした方針となってくれば日本人の場合そもそも飽きっぽく冷めやすいという一面がありますから、様々な基礎疾患持ちの患者さんで混雑する外来で「新型かどうか心配で心配で!」と大騒ぎしながら飛沫をまき散らす患者さんが減ってくれるんじゃないかと胸をなで下ろす思いの先生方も多いのではないでしょうか?
日本人はタミフル信仰が世界でも最も強力とも目されていますが、新型であれ在来型であれ元気の良い健常人なら病院で待つより大人しく寝ておいた方がよほどいいという基本をもう一度思い出していただきたいし、医者の方でも「万一のことがあるといけないので」などと何でもかんでも病院に来させるという前時代的対応はいい加減卒業しなければならないでしょうね。

新型患者の届け出基準を改正―24日から集団サーベイに(2009年7月22日CBニュース)

 厚生労働省は7月22日、新型インフルエンザ患者の届け出基準などに関する省令を改正し、同日付で各都道府県などに事務連絡を行った。詳細については Q&Aで説明しており、24日から施行する。これにより、患者の全数把握は23日までとなり、24日以降は集団発生の場合にのみ届け出を行う「集団発生サーベイランス」に切り替える。

 今回の省令改正により、大きく変わるのが届け出基準。これまでは医師が新型インフルエンザの患者(疑似症を含む)を診断した場合には、全数報告を義務付けていたが、改正により集団発生でなければ届け出は不要となる。届け出が必要となるのは、患者が所属する施設で、▽新型インフルエンザの確定患者が他に確認されている▽新型インフルエンザが集団的に発生している恐れがある―旨の連絡を保健所長から受けた場合。保健所長からの連絡は、ファクスや電子メールなど書面で行う。
 これ以外にも、同一の施設に所属するインフルエンザ様症状患者を1週間以内に2人以上診察した場合や、問診を行い集団発生の疑いがあると医師が判断した場合には、患者が所属する施設の名称と所在地、その施設でどのような症状の患者がどの程度発生していると推測できるかを保健所に連絡し、患者の検体を極力採取する。
 保健所は、情報提供に基づき集団感染が発生していると判断した場合には、都道府県や保健所設置市などに報告を行うとともに、患者の検体を入手してPCR検査を実施する。検査の結果、感染が確認された場合には、保健所は医師に集団感染が発生している疑いがあることを連絡し、医師が確定患者としての届け出を行う。

 「患者が所属する施設」に当たるものとしては、学校、社会福祉施設、医療施設、職場、部活やサークル、塾、寮を挙げた。人数の目安は10人以上。学校については、学級単位ではなく、学校単位で集団発生を判断するものとした。集団の規模が小さい家族(家)や、継続的に同一の人が接触するわけではないスポーツクラブやイベントは、「一義的には当たらない」としている。ただし、地域で定期的に開催される大規模なイベントなどは、大規模な感染拡大につながる可能性があるため、イベントの参加者でインフルエンザ様症状患者を複数診断した場合は、保健所への連絡の対象とすることが望ましいとした。

■症例定義
 「38度以上の発熱または急性呼吸器症状」としていたが、「38度以上の発熱かつ急性呼吸器症状」に改めた。急性呼吸器症状の定義は、「鼻汁もしくは鼻づまり」「のどの痛み」「せき」「発熱または熱感、悪寒」のうち少なくとも2つ以上が要件とされていたが、4つのうち「発熱または熱感、悪寒」は削除され、要件も少なくとも1つ以上となった。また、確定患者の診断については、「年齢、基礎疾患、服薬状況などの影響によって、38度以上の発熱を呈さない場合もあることに留意する」と付け加えられた。

■感染状況の公表方法
 全数把握を取りやめるため、確定患者の人数の発表はなくなるが、厚労省健康局結核感染症課の江浪武志課長補佐は、「様式は別途調整するが、今後もサーベイランスの結果については情報提供を行っていく」としている。

臨床的に考えますと、現実的な新型インフルエンザの症状に合わせる形で症例定義が変更されているあたりが要注目といったところでしょうか。

さて、個別の事例で気になる話が幾つか出ていますが、まずは前回も紹介しました大阪府の耐性ウイルス隠しと同様な話がまたもや発生しているということです。
今や大抵のことはネットなどから噂が流れ広まってしまう時代ですから、隠そうとしたところで結局はバレてしまう一方でそのダメージは実際以上に大きくなってしまい、特に公務員のような風評被害で会社が潰れるという心配もない人々にとって損得勘定を考えれば不用意に隠すという行為は明らかに損という時代になってきています。
近ごろではちゃんとした企業ですとこのあたりの対応もかなり巧みになってきたなと感心する例が増えてきましたが、あまり迂闊な行動ばかり取っていますと真っ当なことをやっていても疑惑の目で見られてしまうようになるということを公務員の皆さんも早急に学習した方がいいと思いますね。

新型インフル 県がうそ発表、謝罪 看護師感染を公表せず /佐賀(2009年7月18日西日本新聞)

 新型インフルエンザの感染者発生をめぐり、県が、患者の1人を公立病院の看護師と知りながら「把握していない」と虚偽の発表をしていたことが17日、分かった。患者は16日に感染が判明した7人の中の1人で、多久市立病院の女性看護師だったが、県は「多久市職員という以外は把握していない」と発表した。

 16日の発表では、7人中5人を公務員が占めていたことから、記者から「住民らと接する機会の多い業務に従事した職員は含まれているのか」との質問が出た。これに対し、県健康増進課の岩瀬達雄課長は「把握できていない」と答えた。

 岩瀬課長と鷲崎順危機管理・広報課長は17日に緊急会見し「事実と異なる説明で、おわび申し上げたい」と謝罪。16日に多久市側から「市職員と出さないでほしい」と要望されたといい、「勤務先公表への了解が得られなかったと勝手に解釈してしまった」(岩瀬課長)と経緯を説明した。

もう一つは医学的にはより興味深い事例ですが、新型のインフルエンザ脳症が確認されたというニュースです。

新型インフル感染男児が急性脳炎 後遺症なし、快方へ /神奈川(2009年7月22日日経ネット)

 厚生労働省は22日、新型インフルエンザの感染を確認された神奈川県内の小学生男児が急性脳炎を発症したと発表した。男児は19日に39度の発熱があり、幻覚症状を訴えたため20日に入院。治療薬タミフルを投与されて22日に熱は36度台に下がり、快方に向かっているという。同省は「後遺症もなく重症ではないが、急性脳炎を起こしたという報告は初めて」としている。

 季節性のインフルエンザによる脳炎は、推計で年100~300人発症しているとみられ、死亡したり後遺症が残ったりすることもある。

新型インフルエンザ:感染の小学女児が急性脳炎--国内2例目 /栃木(2009年7月24日毎日新聞)

 ◇発熱とめまいで入院

 県と宇都宮市は23日、新型インフルエンザに感染した県内の小学生女児が感染症法に基づく急性脳炎と診断されたと発表した。国内で2例目。女児は市内の感染症指定医療機関に入院しており、38・5度の発熱とめまいなどの意識障害があるが、意思疎通はできるという。

 県と同市によると、女児は県東健康福祉センター管内(真岡市、茂木町、市貝町、芳賀町、益子町)在住。21日に発熱、せきの症状が出たため、22日に診療所を受診したところ、簡易検査でA型インフルエンザ陽性だった。22日午後11時ごろ、意識がもうろうとするなどの症状があったため、宇都宮市内の病院に救急搬送され、23日に市衛生環境試験所の遺伝子検査で新型インフルエンザと確定した。女児や家族に海外への渡航歴はなく、感染ルートは調査中という。【戸上文恵】

「死亡したり後遺症が残ったりすることもある」とはまた誤解を招きかねない表現ですが、小児期に発症するインフルエンザ脳症は重篤で予後も悪いと言うことが知られていて、かつては「1/3は死亡、1/3は助かっても後遺症」などとも言われたくらい悲惨な疾患でした。
近年になってようやく病態の解明が進んだこともあってようやく元気に回復する症例も増えてきたということですが、相次いで発症者が見つかったということになると在来型と比べて発症率はどうか、予後はどうなのかといったあたりも気になってくるところですよね。

元々は流行期に出てくる病気ですからこんな時期にこんな話題が出てくるというのも何とも妙な感じがする話ですが、特に新型の場合は典型的なインフルエンザ症状を呈する例はむしろ少ないという話もあるだけに、現場において診断に迷うということも多々あるのではないかとも思われ、実際の診療に当たっている先生方には頭の痛いところではないでしょうか。

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2009年7月24日 (金)

大丈夫なのか?と心配になる話

本日の話題とは全然関係ない話ですが、以前に紹介させていただきました記事でZAKZAKにコメントを寄せていた御高名なる元国立医療センター医師・黒木誠氏のお名前が、いつの間にやら当該記事中から削除されていたんですね。
せっかく内視鏡関連手技コメント専門家として全国に名を売られたのに、これは黒木先生にとっては非常に惜しいことをされてしまいましたね。

専門家も否定する…肛門と性器を間違える“ミス” (削除前)

専門家も否定する…肛門と性器を間違える“ミス” (削除後)

さて本日は、先日ご紹介いただきました話からまずは軽く引用させていただきます。

以前にも当ブログで御登場いただきました医療経済学者である井伊雅子氏(一橋大学国際・公共政策大学院教授)と民間シンクタンクの伊藤元重氏(NIRA理事長)の対談なんですが、主に厚労省ら省庁により医療統計の収集と公開の問題ということについての内容となっています。
井伊氏も冒頭で「医療全般の問題に関して、データに基づいた議論がしっかりされていない」との問題提起を行い、その一例として「介護は老健局、医療は保険局と、分かれていますので、介護保険と医療保険のレセブトを接続して分析し、施策を行うということがない」といった指摘を指摘を行う一方、省庁が関連するデータ開示に消極的であることを批判しています。

医療問題:議論の基礎にデータを(2009年1月8日NIRA対談シリーズNo.41)より抜粋

井伊 (略)例えば、国民医療費というのは、経済財政諮問会議や税制調査会のようなところでの議論に際しても、きわめて重要なデータですよね。国民医療費が、10年後、20 年後には何兆円になっていて、そのためには消費税を何% にしなければいけないとか、 そういう議論をする一番基礎となるデータが国民医療費の推計なのです。ところが、国民医療費の推計について非常に問題が多いと思う。厚生労働省の統計情報部が推計しているのですが、この推計値は、推計方法の詳細が公開されていません。SNA(System of National Accounts/国民経済計算)に準拠した形で、OECDが2000年から導入している方式では、医療だけではなく、福祉であるとか、予防的なものも含めて推計されていてグローバルスタンダードとして国際比較に使われています。 一方、 日本の国民医療費の推計には問題が多いと統計委員会で指摘しました。 議事録も残るところだし、 ここは学会ではないのだから、前もって問い合わせてくれれば、それに対して答えもする、そういうこともなしに問題を指摘するのはいかがなものでしょうかと言われました
(略)
伊藤 (略)お話を伺っていて、これは大変重要な問題だと思うのです。 先ほどのお話に戻りますが、 NIRA が統計に関する研究を行って、統計改革への提言―『専門知と経験知の共有化』を目指して」を報告書として出した時も、間接的なかたちで役所などからもいろいろな批判の声が聞こえてくる。「 学者なんかに情報を提供するために統計制度があるのではない」という意見があったりする。

井伊 そういう言い方をされますね。

伊藤 悪い意味での官僚・政府中心主義がある。結局、こういう制度の非常に重要なところは、どこからでも外から見ることができて、そのことによって、様々な専門家にサポートしてもらっているような仕組みでないといけない。それが情報公開の仕組みの本質的に重要なところだと思います。そのときに、特に専門性がある分野ですと、一人のジャーナリスト、新聞記者が何か情報をつかんでみても、この病院で何か問題が起こったとか、そういうことは明らかに出来るけれど、医療問題としてトータルに分析できるのは研究者しかいないわけです。データ処理や統計分析の手法が格段に進んでいることから、こうした情報公開による多くの専門家の参加が可能となっています。

井伊 そうです。医療統計で具体的にいえば、例えば国民医療費を推計するときには、社会医療診療行為別調査がベースになっているのですが、これは5月の診療実績分に限定されています。サンプルもランダムサンプルではなく、大病院に偏っていて診療所が少ないとか、政府管掌健保と国保のレセプトが主で組合健保は少ないなどの実状があり、それぞれのウェートがどれくらいなのかよくわからない。こうした問題点は、研究者が議論に加わって、明らかに出来ることだと思うのです。
また、「5月」というのは医療費が安定しているから、と言われているのですが、すべてのレセプトを電子化して、それを通年で積み上げたものにすればより正確な医療費が入手できるのです。5月の医療費をもとに推計しました、といっても、その推定方法も、初期値もわからない。アルゴリズムもはっきりしません。研究仲間と話していてもわからないことばかりです。私の理解が足りないからなのかと思っていたら、東京大学とか東京医科歯科大学で医療統計を専門に研究している医師たちと話してもそうなのです。詳細に公開されてない数字をもとに消費税であるとか、重要な様々な議論していいのかなと思います

伊藤 恐ろしいですね。
(略)
井伊 (略)先日も京都府庁で話を聞いて驚いたのですが、医療費適正化計画が始まり、各都道府県に計画を立てるようにと言いながら、二次医療圏レベルで診療科別、年齢別の医師の分布を京都府に関して知りたいと思っても都道府県庁レベルでは簡単に手に入らないというのです。有病率、つまり、どんな病気にかかわっているかということもわからないと言っていました。それと、病院を移ってしまうと、そこでデータが切れてしまうので、心筋梗塞の1年以内の死亡率さえわからない。医療政策をつくるために、地方自治体、都道府県レベルで持っているデータは多いのですが、日本では公的皆保険で誰もが保険に入っているといっても、国保と健保と政府管掌健保とをまとめて管轄しているところがないのです。ですから、京都府が計画を立てるときに、基本的なデータの入手が難しいということです。厚生労働省に照会すればあるのかもしれないのですが、変な話ですよね、もともと京都府にあったものを、それぞれが厚生労働省に持っていってまた照会するというのは。
(略)
伊藤 世の中の流行語をあまり使いたくないのですが、結局、医療だけではなくて、あらゆる統計制度に言えることだと思うのですが、ある種の「ガラパゴス化」が起こっている。医療のデータ、あるものはあるのでしょうが、昔ながらの人が昔ながらの仕組み、昔ながらの形で守ってしまっている。世の中は今、情報処理のテクニック、統計の手法、実際の計算するコンピューターの能力はものすごく上がっていて、それをうまく利用すれば、非常に大きな可能性があるのだけれども、「 ガラパゴス化」しているところが、大きな制度的なネックになっているということですね。

伊藤 ところで、2008年レベルで日本の総保険医療支出の推計は約 40兆円と言われていますよね。

井伊 介護とか予防などを含めての数値ですが。

伊藤 それがGDPの8%で、先進国の中で非常に少ないといわれています。ですから、どう考えても医療費を増やさなければいけない。将来的には増税や、あるいは他の保険の充実という話につながっていて、それは現場を見ていても何となく正しそうな感じはします。ただ、そういう数字の出所が非常に怪しいというか、よくわからない数字が一人歩きしているような気がして仕方ないのです。

井伊 財政的に問題なのは、公的な保険でカバーされる部分ですね。私的に出す分であれば、経済を活性化させるというか、レストラン産業とか娯楽産業と変わらないわけです。そういう部分を分けて考えないといけないと思います。

伊藤 長い目で見ると、公的にカバーする部分と私的に支出される部分とをどのように分けていくのか、その配分をどうするかということが、政策的判断ですが、そういう議論はあまりないのですか。

井伊 議論はあるのですが、コストに関するデータがないのです。統計委員会でもよく指摘されることですが、医療だけなぜ特別なのか。需要面では「患者調査」があり、供給面では「医療施設調査」があります。では、コスト面では何かというと、「医療経済実態調査」、これは中医協(中央社会保険医療協議会)に提出するための、病院や診療所、保険薬局における経営状態を把握する調査です。サンプル施設数が少なく、経営主体が自治体病院に偏っています。診療所に対する調査は少ないようです。また、会計準則はありますが、大学病院をはじめ、この準則に即した情報が集められていません。都立病院はグループ全体の財務のみ報告されていると思います。「 医療経済実態調査」は医療のコスト面を把握するには必須の調査ですから、サンプル数を増やすことが必要です。例えば、保険医療機関であれば全数調査にするべきですし、できれば、医療法の下で経営をしている医療機関に関しては全数調査にすれば、保険外の医療費も把握できます。行政記録で一番問題になるのは税務データを使えるかどうかということになると思うのですが。

伊藤 これがなかなかまた、別の問題を引き起こしそうですけれども。医療のコストがどれだけかかっているかということは、医療政策を考えるのに一番基礎的なことなのだけれども、その情報そのものが、統計的に見るとよくわからないものが一人歩きしている、これは恐ろしい話ですよね。しかし、非常にうがった見方をすれば、役人の方々には防衛本能のようなものがあって、不用なデータを外へ出すと何を言われるかわからないという思いがある。ガラパゴス島のイグアナという動物は、ガラパゴスの中ではそれなりの適応をしているけれども、本当に今の世の中に役に立つか。問題はかなりコアにありますよね。これをしっかりクリアしておかないと、本当の意味での国民が信頼できる医療の議論はできませんね。

井伊 統計情報部の方も本当に気の毒だとは思うのです。予算は驚くほど少ないですし、厚生労働省の統計情報部というのは、労働関係の統計があり、厚生関係の統計もある。厚生関係の統計にもいろいろあります。レセプトデータを活用すれば「患者調査」は今よりずっと効率的に調査できると思うのですが、そうすると「患者調査」用の予算が削られてしまうかもしれません。それどころか統計情報部として予算を減らされたら大変だとか、そういう問題もあると思うのです。私はそうした政治的なことはわからないので理想論を申し上げるのですが、消費者庁や観光庁が簡単にできるなら、ぜひ統計庁をつくってもらいたい。農水省農政局は統計関係が多くを占めています。農水省の人が、地方分権の議論の中で、農政局が廃止されて地方に移譲されると、農業統計はボロボロになってしまうと言うのです。でも、ボロボロというなら、医療もボロボロだし、予算を付けたらしっかりした統計を作成してくれるわけでもないでしょう。確かに統計の場合は権限を地方に移せばよいというものではありません。国家統計としてどのように統計を整備していくかという視点が必要で、各省庁を横断した統計庁がないことには、根本的な解決にはならないと思うのです。

井伊氏は予算の制約もあるしと比較的厚労省に同情的な話もしているようなのですが、どうも実際の話を聞いてみると必ずしも同情してばかりもいられないような状況にもあるようなのですね。
その一端をまずはこちら、例によってロハス・メディカルの記事から引用してみましょう。

「なぜ必要な調査項目実施しないか」「予算の制約上です」―厚労省の慢性期医療調査に相次ぐ指摘(2009年7月22日ロハス・メディカル)

  2010年度診療報酬改定に向けて厚生労働省が実施した慢性期入院医療に関する実態調査。しかしその内容は、本来なら同時期のデータとなるべき部分は揃っておらず、必要な調査項目は予算不足で実施できなかったという。このようなことで医療機関にとって正しい評価につながる診療報酬改定のための議論ができるのだろうか。(熊田梨恵)

  7月8日の中医協の「慢性期入院医療の包括評価調査分科会」(分科会長=池上直己・慶大教授)には、昨年度に厚労省が実施した「慢性期入院医療の包括評価に関する調査」の、「コスト調査」と「レセプト調査」の結果が報告された。6月11日に開かれた前回会合では、「施設特性調査」と「患者特性調査」結果が示されており、分科会として議論するために必要な調査が出揃ったことになる。分科会はこの調査結果をもとに議論し、結果を上部組織である中医協基本問題小委員会に提出する。慢性期医療の政策に関する基本的な方向性はそこで決められる。この調査は今後の慢性期医療の方向性や医療機関経営を左右する重要なデータだ。

 しかし、分科会に諮らずに事務局判断で実施されたこの調査については、委員から内容に関する不満や、データの不備についての指摘が毎回相次いでいる。

■5月27日第一回分科会-「慢性期医療への『質の評価』導入と、足並み揃わぬ中医協」

■6月11日第二回分科会-「報酬改定議論に必要な調査項目が足りない-中医協慢性期包括評価分科会」

 今回も椎名正樹委員(健康保険組合連合会理事)からの指摘に対して、事務局の歯切れの悪い返答が続いた
(略) 

これ以降に載っている事務局と椎名委員とのやり取りがまたなかなかにケッサクで是非ともリンク先の元記事をご一読いただきたいのですが、このやり取りを見るだけでもいい加減な公衆衛生のでっち上げレポートを出してきたダメ学生と口頭試問する指導教官のような趣が感じられて素敵ですよね(苦笑)。
ここまでの素晴らしいレベルを見せつけられてしまいますと、誰かこいつらにまともな統計データの取り方も教えてやる奴はいなかったのかよとも感じられるところなんですが、実態は更に斜め上という状況だったようです。

報酬改定議論に必要な調査項目が足りない-中医協慢性期包括評価分科会(2009年6月19日ロハス・メディカル)

  2010年度診療報酬改定で慢性期医療の評価に関して議論する中央社会保険医療協議会(中医協)の「慢性期入院医療の包括評価調査分科会」(分科会長=池上直巳・慶大医学部教授)。改定の議論の大元となる調査について、事務局は分科会に諮らずに独自の判断で実施したが、次期改定の主要項目である「医療の質の評価」に関する項目が不十分だった。分科会として報告をまとねばならない時期が目前に迫るためやり直しもできないが、委員からの指摘を受けた事務局は「追加調査の必要があれば、ご指示あれば検討します」と逃げ口上。調査の位置付けに疑問を呈した委員に対しては「ご議論できないということでございましょうか」と開き直った。(熊田梨恵)

 中医協の下部組織になるこの分科会は、国が06年度診療報酬改定で導入した、患者の疾患や状態によって診療報酬に差をつける「医療区分」や「ADL区分」をつくった組織だ。2008年度診療報酬改定の前には、区分の妥当性などを検証するための「2006年度慢性期入院医療の包括評価に関する調査」を実施し、2007年夏頃にまとめた報告書の内容は、医療区分の評価項目の見直しや療養病棟入院基本料の評価の引き下げなどに反映されている。

 今年度のこの分科会の主要テーマは、前回の報告書で検討課題として残されていた、慢性期包括医療への医療の質の評価の導入になる。このため、前回と同様に調査を実施するならば、その議論に必要な調査項目を揃える必要がある。事務局となる保険局医療課は「議論に必要なデータになるから」という認識の下、独自の判断で調査を実施していた。しかし、前回改定で見直された項目に関する調査は抜けているなど、内容は不十分。椎名正樹委員(健康保険組合連合会理事から指摘を受けた事務局は、他の団体が医療の質評価に関して「関係機関等でされていると聞いていた」と逃げ口上で、「追加調査が必要という指示があれば検討する」との返答にとどまった。 
 一方で、前回の議論を受けて、事務局が独自の判断で実施した今回の調査の位置付けについて疑問を呈した大塚宣夫委員(医療法人社団慶成会青梅慶友病院理事長)に対しては、「ご議論できないということでございましょうか」と開き直った。

 委員と事務局のやり取りを紹介する。
(略)

これもリンク先の元記事で事務局の珍答弁(?)をご一読していただけるとお分かりになるかと思うのですが、要するに分科会にも諮らず事務局が自己判断でデータを出してきたがそれがあまりにいい加減な内容で全く使えない、こりゃいったい何のつもりでやってんだと追求されると言い訳にもならないことしか口に出来ない。
こういう行き当たりばったりなことに勝手に好き放題金を使っておいて、こんなんじゃ話にならない、もっとまともなデータを出せと言われればいや予算がありませんからと開き直る、そういうのは予算が足りないんじゃなくて予算の無駄遣いというんですよ世間では。
それなりにいい歳をしてこんな学生レベルのことをやっているようではどうなのよという話なんですが、それがそれなりの国民の血税を使っての作業であり、しかもこんなものを下敷きに国民の健康を左右するような議論をやれと言うのですから、よほど神経が太いのか頭のネジが斜め上方向に飛んでいるのかと思えるような話ですよね。

目一杯追い込まれた仕事をしたことのある人なら誰しも身に覚えがあると思いますが、人間ある程度以上忙しくなってきますと自分では死ぬ気で働いているつもりでも回りの目から見ると意味不明の空回りばかりして周囲に迷惑のかけ通し、けっきょくいない方がまだマシということになってしまいがちなものです。
官僚などという商売もそれなりに忙しいでしょうし、こうした統計の仕事もそれなりの知識と経験がなければ手間取るわりに良いものに仕上がらないものですが、実際には大卒直後のろくに経験もない下っ端が上司から「あれやっといて」と丸投げされ四苦八苦しているんだろうなという事情は想像できるところです。
それでも言ってみれば国の行く末をも決めるような話の元ネタとしてこういう仕事しか出て来ない体制になっているということであれば、それは一部スタッフの未熟などという話にとどまらず省庁の内部システムという構造的な問題であって、当然今後も同様の事態が続くだろうと考えてみればこれは大変な話になってきますよね。

折からの衆議院選挙でも相変わらず官僚改革なんて話が俎上に登っているようですが、ひと頃世界に誇るべきなどとも言われた事がある日本の官僚システムの足許がこうまで頼りないものになっているという現実を直視しないまま、目につきやすいトップの人事などをいくらかいじって見たところで何一つ問題は解決しそうにない気がするのですけれどもね。
そういえば戦前には今の中央省庁官僚同様に知的エリート層のゴールとも目されていた高級軍人などというものもまた、明治、大正を過ぎて昭和の頃にはこんな感じで現実的問題解決に何ら対処できない人々ばかりだったようですけれども…

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2009年7月23日 (木)

いつも期待を裏切らない人たち

最近マスコミに好き放題言わせておくばかりでは駄目だという認識が滲透してきているようで、ようやく市民の健全なチェック機能がマスコミ業界にも働き始めたかと喜ばしいところです。
今日は先日報道されておりましたこちらのニュースをまず紹介してみましょう。

毎日記者ら二審も賠償命令 術後死亡めぐる記事出版(2009年7月15日47ニュース)

 東京女子医大病院で2001年、心臓手術を受けた群馬県の少女の死亡を「手術ミス」と報じた連載記事の出版は名誉棄損に当たるとして、元担当医が毎日新聞記者5人と発行元の集英社(東京)に計200万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は15日、80万円の支払いを命じた一審東京地裁判決を支持、双方の控訴を棄却した。

 判決によると、集英社は毎日新聞の取材班が02年1月から連載した新聞記事をまとめた新書「医療事故がとまらない」を03年に出版。元担当医は少女の死亡で業務上過失致死罪に問われたが、無罪が確定している。

 柳田幸三裁判長は、毎日側が「ミスがあった」と報じる根拠とした病院の内部報告書について、連載終了から1年以上たった出版時点では、元担当医側の公判での主張や心臓などの関連3学会の報告書で疑問が示されていたと指摘。

 その上で「連載後も追跡取材していれば、内部報告書の結論に重大な疑いがあることを知り得た。記者らが3学会の報告書などを検討せず、内部報告書の内容を真実と信じたことに相当の理由はない」と結論付けた。

 元担当医は請求額を一審では1千万円としていたが、控訴審で200万円に減額した。

この事件、執刀医がカルテを書き直したということが大々的に報じられて以来「手術ミス」という言葉が一人歩きしていますが、裁判としての経過を見てみると非常に興味深いものがあります。
そもそも死因を確認するための剖検も何も行われていないにも関わらず、例によって院内の事故調査報告書で人工心肺装置の操作を担当した医師の過失であるかのように書かれてしまったことが同医師起訴の発端であるとも言われていますが、裁判を通じて明らかになったようにどうもこの立件自体がいささか無理筋であったということなんですね。
ところがマスコミでは事件の詳細が明らかになった後でも一方的に同医師が悪い!とバッシングを続けた訳ですから、それは毎日新聞お得意の意図的捏造と言うのでなければ根本的な取材力の欠如を指摘されても仕方がないところでしょう。

ところで報道界もう一方の雄とも言うべきNHKですが、先日も続報をお伝えしました例の台湾問題でまた新たな話題が出ていました。
こういう問題に対して地方議会レベルで動くというのはなかなか珍しいことではないかと思うのですが、それだけ日台友好を真剣に考える人間が多いということなのでしょうかね。

NHK偏向報道問題で千葉県議会が意見書採択(2009年7月8日産経新聞)

 NHKスペシャル「JAPANデビュー アジアの“一等国”」の番組内容が偏向しているとされる問題で、千葉県議会は8日、総務省などに対して、調査と行政指導を求める意見書提出案を賛成多数で可決した。意見書は「台湾統治時代の日本が台湾人を差別や弾圧ばかりしていたかのような印象を視聴者に与える報道内容」と批判し、「公正・公平・中立の観点から放送法違反の疑いも濃厚で到底容認できない」などとしている。

さらにこの事に関連してですが、台湾問題をすっぱ抜いたチャンネル桜とNHKがバトルに発展しつつある気配です。
世界に名だたるNHKが弱小メディアのチャンネル桜に逆ギレというのも何やら面白い話ですが、こちら読売新聞の記事から紹介してみましょう。

事実無根、NHKがチャンネル桜に抗議(2009年7月22日読売新聞)

 NHKは22日、「事実に反する放送を行った」として、CS専門チャンネル「日本文化チャンネル桜」に対し、訂正と謝罪を求める抗議文を同日郵送したと発表した。

 チャンネル桜は今月16日、「北京駐在のNHK職員が買春を行った」などの内部告発があったとして、「NHKに事実関係を問いただしたい」と放送した。

 これに対し、NHKは「事実無根」と反論している。

 チャンネル桜は、日本の台湾統治を取り上げたNHKの番組(4月5日放送)について、「日本が一方的に弾圧したかのような視点。悪質な印象操作がある」などと批判している。

 また、NHKは、同じ番組の中で日本統治時代の様子を証言した台湾の男性らから、「歴史解釈に間違いがある」とする抗議文を受け取っていたことを明らかにした。

しかし、当の台湾からは何にも抗議がないなんて大言壮語していた割にけっきょく抗議文は受け取っていましたって、いったいそれどんな言論抹殺かと言われかねない話だと思うんですけどね。
ちなみにこのチャンネル桜の件に対してはNHKも結構気にしているらしく、放送総局長がこのようなコメントを出しています。

NHKスペシャル「JAPANデビュー」第1回「アジアの“一等国”」について(日向総局長)

 この番組については疑問に答える説明の文章を6月17日にホームページに掲載した。分かりやすいという評価ももらったが、まだ一部には事実に基づかない批判もある。このため詳しく丁寧に説明した文章を本日付け加えた。それと、この番組内容を批判している「日本文化チャンネル桜」というCS放送局がNHKのことを取り上げた。中国にいたNHK職員が不祥事を起こして、NHKが握り潰したと伝えていた。インターネットで配信し不特定多数が見る可能性もあるので見逃すわけにはいかない。これについては事実無根で、訂正と謝罪を求める抗議文を本日発送した。

いやあ、意識してる意識してる(笑)。
前回もお伝えしましたように、NHKは突っ込み所満載の言い訳コメントを発表して台湾問題はこれで終わりということにしておきたいらしいのですが、しかしあの論法を用いるなら「社会的共通認識や事実の如何はどうあれ、こういう意見もあると放送することには何の問題もない」と言うことですから、チャンネル桜の内部告発報道に抗議する理由もないのではないでしょうか?
いやさすがはNHKだけに、こうして連日新たなネタを提供してくださるという大サービスぶりには感謝の言葉もありませんが、しかしこちらのような問題まで出てくるようですと、これは台湾問題以上に密接に国民に関わる大問題ともなりかねないような話ではあるんですけれどもね。

NHKの「皆様の受信料」がOBの年金に補填される奇怪(2009年7月21日『週刊ダイヤモンド』NHK問題取材班)

 日本放送協会(NHK)が、本来、積み立てから給付すべき退職者の企業年金の一部を、受信料収入から補填して給付していることが、関係者の話で明らかになった。

 関係者によると、その額は2007年度が約100億円、08年度が約120億円に上っているという。

 勤続年数などで企業年金の支給額は異なるが、NHKによれば平均支給額は月12万円程度と民間に比べて高い。つまり、退職者に対する高待遇を維持するため、一部とはいえ「皆様の受信料」を使って尻ぬぐいしているのだ。

 背景には、企業年金の積み立て不足がある。NHKは06年度まで、年金の積み立て必要額を算定するための利率(割引率)を4.5%という高水準で据え置いていた。

 それを07年度になってようやく見直し、市場実勢に合わせて2.5%前後まで引き下げた結果、積み立て不足は一気に前年度の2.4倍、2700億円規模にまでふくらんだのだ。

 それが、わずか1年後の08年度末には約3300億円にまで増加。現在の年金資産は3000億円程度のため、半分程度しか手当てできていないことになり、NHK内部からは、「近い将来、政府管掌の年金に移管せざるをえない状況に追い込まれるのではないか」といった声も漏れてくる。

 こうした状況にNHKでは、今後15年間かけて積み立て不足を解消する方針を掲げて償却を進めている。しかし、とうてい賄い切れるものではなく、受信料収入を充てているというわけだ。

 NHKの経営陣もさすがに焦りを感じたのか、労働組合に対して確定拠出型年金への移行、もしくは確定給付型を維持するならば現役職員に対する給付額の減額に応じるよう提案している。

 これに対し職員は、「なぜOBの優雅な生活のために現役の職員たちがツケを払わされなければならないのか」と不満を爆発させる。

 しかし、最も憤りたいのは視聴者のはず。番組制作に充てるために支払っている受信料が、違うものに使われているからだ。これに対し、NHKは、「年金制度についてさまざまな角度から検討を継続している」としている。

いやあ、さすが幾らでも金を集め放題という組織は何があっても万全ということで、世間が不景気で四苦八苦しているのに羨望を禁じ得ないですね(苦笑)。
御存知のように放送法32条(受信契約及び受信料)によって、「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」と受信料支払いはテレビ受像器を設置した国民の等しく負うべき法的義務という位置付けになっています。
そうであるからこそ国民はNHKの放送内容を監視し誤りがあれば是正すべき義務を負っているとも言えるわけですが、その強制的に徴収された受信料がこんなことに流用されていたとは驚きですよね。

かねてNHKの受信料に関しては、こうした強制徴収を行っている一方でその使い道が不明確であるという批判があり、二年前には給与の支給水準に関して公表を義務づけるといった話も出ていました。
以前にも受信料自体ももっと引き下げるべきだと言う声に対して会長自ら「いや無理」などと主張していましたが、よくよく見ればその理由というのが「年金の積み立て不足」なのですから、それは国民よりも職員の利益に目を向けて仕事をしていると言われても仕方がないところです。

法律で決めてまで好き勝手をやらせているその大前提として、やはり正しい用途に適正な額の支出を行っているという当たり前の経営内容が求められるわけですが、この調子では一体裏でどんな詐欺的行為をやっているのかとますます痛くもない(んだと思いますが)腹を探られることになるのではないでしょうかね?>NHKさん。

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2009年7月22日 (水)

介護は安上がりな医療ではない

昨日は医療費が史上最高記録を更新したという話題がありましたが、記事中にもありました通り高齢化というのは医療費増大を招く一つの大きな要因です。
若い人と高齢者では当然病気になりやすさも回復力も違いますし、多くの慢性疾患というのは一度治療を始めたら生涯にわたって治療を続けるというものが多いわけですから当然の話なのですが、高齢化が進んでくるということは特に介護絡みの話が今後ますます重要になってくるということでもあるわけです。
そのことにも関連して先日こういう記事が出ていまして、お読みになった方もいらっしゃるかと思いますがここで紹介しておきましょう。

療養病床、削減進まず 医療機関の動き鈍く(2009年7月16日日本経済新聞) 

 厚生労働省が医療費の抑制に向けて進めている「療養病床」の削減が難航している。2006年度の約35万床から12年度末に22万床まで減らす計画を掲げるが、今年になっても約33万床程度で高止まりしている。入院者の受け皿づくりや利用促進策を打ち出してきたものの、医療機関や患者の動きは全般に鈍い。医療費がかさみ続けるとともに、将来行き場をなくす高齢者が急増する懸念も生じている。

 療養病床は本来、長期療養が必要な患者が入院するために使う。ただ高齢者などが介護施設の代わりに利用し続ける「社会的入院」の温床になっているとの指摘が出ている。療養病床には医療保険が使えるものと、介護保険を利用できるものがあるが、厚労省は介護保険の適用型を11年度末までに全廃する計画。医療保険が使える療養病床も減らし、高齢者を体調に見合った施設に移動させることで、医療費を約1200億円削減できると見込んでいる。医師や看護師などが本来の仕事に専念しやすくなるともみていた。

いやあ、当の厚労省ですら当初の18万床までへの削減計画を緩和したという療養病床削減計画を今もこうまで熱心に追求していただけるとは、同省担当者も日経新聞の熱心さには頭が上がらないのではないでしょうか。
日経と言えば先頃は日経ビジネスにおいて「もう節約はしない 骨太09が示す「海図なき財政再建」」なる記事を掲載し、「この不況下に社会保障費に出費とはけしからん!医療にはまだまだ削れるコストがある!」と根拠も示さず断言されていらっしゃったようですが、最近与党も野党も医療費削減見直しなどと言い出しかねない状況で焦りでもあるんですかね?
いずれにしても二階に上がった途端にハシゴを外されるのが判りきってる状況で誰も率先して登るような馬鹿はいませんから、厚労省の計画遅延など過去の同省の行為の結果であり当たり前とも取れる話ではあるわけですが、そうこうしているうちに今度は同省トップの舛添大臣がこんなことを言いだしていたりします。

医療と介護、一体化し推進…調整会議設置へ(2009年7月17日読売新聞)

 舛添厚生労働相は17日、医療と介護を担う省内の医政、老健、保険3局の施策を横断的に調整するための「医療・介護改革調整会議」を新設すると発表した。

 24日に設置する予定で、次官が議長を務め、3局の局長らが参加する。会議で横断的な施策を打ち出すことで、高齢者へのサービスの充実や医療・介護従事者の連携強化を目指す考えで、将来的には医療と介護の保険制度の一体化も検討する。

っておい!わざわざ医療から分けて出したものをまたまとめますって、それは過去の政策に失敗して多額の国費と現場の労力を無駄遣いしましたってことじゃないんでしょうか?
舛添大臣もどうせ任期は残り僅かな状況ですし、現下の情勢から政権交代ともなればこんな話もあっという間に全部やり直しとなる可能性も高かろうとも思いますが、幾ら何でもこういうことを言い出すくらいなら何故こういう話になってしまったのかきちんと総括くらいしておくのが先なんじゃないでしょうかね?
舛添大臣もしかし色々と口では賑やかなことを言っていましたが、けっきょくのところ任期の中で何かしら実のある成果を挙げ得たかというとどうなんでしょうかねえ…

ところで介護と言えば同時期にこんな記事も出ていましたが、ご覧になりましたでしょうか。

「介護不要」の新規認定が倍増 新基準認定で(2009年7月13日産経新聞)

 要介護認定の新規申請者のうち、介護が不要として「非該当」(自立)と判定された人が、今年4~5月時点で5・0%と、前年同時期の2・4%に比べ倍増したことが13日、厚生労働省の調査で分かった。

 最も軽い「要支援1」でも前年比4・0ポイント増の23・0%だった。4月から導入された介護認定の新基準の影響とみられる。

 調査は全国1492市区町村のデータを集計した。

いささか話が脱線しますが、ど田舎とも言われるような地方に行きますと要介護認定に関わるのは域内に一つきりの公立病院ということが結構あって、そういうところでは申請する医者も認定審査する医者も同僚同士で、席を替わりながらお互いの患者を認定するという状況にあります。
ある意味で公平に出来ているのかなと思うのは、そういうところでは認定する側が地域社会の要介護者皆の顔と状態を知っているわけですから、どんな認定基準になろうが「より重症な人ほどより重い介護度に」という大原則は守られやすいように思いますね。
そうなりますと何が個々の患者の介護度認定を左右するかと言えば、トータルで見てどれくらいの財政負担に自治体が耐えられるのかという点に帰するわけで、そうしますと基準が変わっても最終的に介護度を決める要素になるのはやはり財政力なのかなという印象も持っています。

それはともかく、もともと介護保険初期には先行きの不透明感から「少し重めに認定しておくべき」という話があちこちでささやかれていましたから、ある程度状況が固まってきたところで適正な辺りに落ち着いてくる時期ではあるのでしょう。
認定の現場ではまず必要とする介護サービス先にありきでそれに応じて認定の申請を出してくるわけですから、今後は当初介護不要だった人々の中から要介護状態に落ち込んでくる人たちをどれだけ迅速に拾い上げるかといったあたりにポイントが移っていくのかなとも思えます。

さて、この件とも関連して面白いなと思うのはこちらロハス・メディカルの記事なんですが、長いものですのでまず冒頭部分だけ引用させていただきます。

要介護度同じでも、サービス受給量はバラバラ(2009年7月19日ロハス・メディカル)

 同じ要介護度の利用者でも、介護サービスを限度額いっぱい受けている人からほとんど受けていない人までが、階段状に存在している。なぜこのようなばらつきがあるのだろうか。今年4月に新しく見直された要介護認定について検証する有識者会議で、興味深い資料が厚労省から示された。(熊田梨恵)

 7月13日に開かれた「要介護認定の見直しに係る検証・検討会」(座長=田中滋・慶大教授)で、今年4月に新しく見直された要介護認定の方法について、現状の調査結果が報告された。1492自治体が4-5月に実施した約23万6000人分の要介護認定について、「非該当」と判定された人が5%で、前年同期の2.4%から倍増したことなどが示されたほか、事業者団体や専門職団体からヒアリングを実施。調査やヒアリングの間に議論が挟まれ、その中で下のグラフについて意見交換があった。会合の本筋からは少し離れているが、今後の要介護認定の方法の見直しや介護報酬改定にも絡む興味深い話だったので紹介したい。

 利用者が訪問介護などの居宅サービスを受けた量が、黒い棒グラフの部分で示されている。例えば要介護2を見ると、ほとんど受けていない人から支給限度額(表の「支給限度基準額(単位数)」を参照)いっぱいまで受けている人が階段状に存在していることが分かる。同じ要介護度で居宅サービスを受けていながらも、利用者によって受けているサービスの量はばらばらということだ。
 これについて意見交換された発言趣旨を紹介する。
(略)

この後に続く議論というのが実は結構興味深いところも多々あるのですが、リンク先のグラフなども参照にしていただきながら試みに幾つか抜き出してみましょう。

[池田省三委員(龍谷大教授)]
このグラフは大事なことを意味していて、要介護1以上は階段の踊り場が全くない、まとまりが全く見られないということ。要支援1、2は、ある程度まとまりが見られるが、これはサービスが包括払いになっているから。要介護1-5はみんな同じ形をしていて、使っている金額がゼロ円から支給限度額まで均等に分布している。要介護度というのは介護の手間がかかる程度で判定されている。要介護3なら3で標準的にどれぐらいのサービスが必要かということでまとまるはず。この白い部分について、「提供されいていない部分は家族がやっている」という話があって、私はそれを信じていないのだが、筒井(孝子)委員(国立保健医療課科学院福祉サービス部福祉マネジメント室室長)の方で克明な調査があって、家族の介護量とサービス利用量の間には全く相関関係がないということが知られている。要介護3、4、5のこの白い部分はネグレクトの可能性が強いとも考えられる。考えてみれば、人間は1日3回ご飯を食べなくても生きていける。おむつを随時取り換えなくても、2、3回取り換えていれば済むかもしれない。そんな状況が横行しているんじゃないかという、ここに危機感を持たなければいけないと思う。

[木村隆次委員(日本介護支援専門員協会、日本薬剤師会常務理事)]
要介護1-5の斜め線の階段は、自己負担の問題が大きいと思う。その平成12年度辺りは標準サービスケアプランのようなものが示され、要介護1の人だったら週何回、これぐらい、というようなパッケージ的に示された時期。今は、要介護1でも家族構成にしても何にしても状態が様々。その中でこういう風に契約で利用者と家族とケアマネが話し合って、こういうふうになっていくのは包括払いでない限りは、階段になるのは当たり前だと私は思う。必要なサービスが入っていないことについては検証すべき。自己負担が大きいと思う。

[池田委員]
自己負担の問題について。介護保険が始まってたくさんの自治体が利用者へのアンケート調査をした。200ぐらいの自治体を全部調べて集計したが、1割自己負担に抵抗感が高い方は2割いた。それで次に1割自己負担があるから支給限度額をめいっぱいつかわないという方は8%ぐらい。1割自己負担が払えないからサービスを減らしているとか、サービスを使っていないというのはわずか3%。したがって自己負担の問題はあるのは間違いないが、割合で言えば小さい問題。なんでこんなに使わないかというと、もっとほかに考えていく必要がある。包括払いにしなければ当たり前とおっしゃったがそうではない。データでも実証できるが、すべての保険者で国保連のデータを見てみると、自治体によって明らかに違う。(略)これを事業者ごとに見れる仕組みをつくってもらい、見てみるともっとはっきりする。明らかにまとまりを示している事業者がある一方、要介護4、5が3より利用量が少ないというのもざらに見られる。これは要するにケアマネジメント、ケアプランの作成が標準化されていないことなどに原因がある。

[三上裕司委員(日本医師会常任理事)]
池田委員の言う認定の恣意性、ばらつきについてお願いしたいのだが、要介護認定と福祉業者のサービスと介護報酬がばらついているということは利用者にとって良いようにばらつかされた、恣意的に変えられた、重度変更された、という風に理解していいか。

[池田委員]
平成15年にぽんと要介護度が上がっているが、これは認定システムがちょうど変わって、認知症の自立度が比較的認定に関して重くなるようになっている。すごく異常な上がり方をしている。(略)どうして起きるかと言うと、一番考えられるのは、直営で調査員がやっているところはあまりないと思う。データで調べてはいないのだが。ただ、施設でケアマネが訪問調査等をやっていると、非常にやりやすいことがあって、そうだと断定するつもりはないが、検証する必要がある。

ばらつきが少なければ少ないほどいいというのは賛成。ただ、今回のデータは経過措置適用後のものなので、次に出てくるデータによってくると思う。もう一つは、要介護認定審査会の人たちが、利用者のことを考えて大きな変化を避けるために現状のサービス利用に合わせた形にしたという可能性があるので、今回のばらつきの大きさがどうなのかというのはもう少し時間をかけてみる必要がある。

まあデータの解釈にはいろいろと諸説ありそうなところではあるのですが、こうした議論を見ていてどうも厚労省を始め中央の方々は介護認定についても「世の保険病名は医療の実態を表しておらずケシカラン!」式の考え方をしているのではないかという危惧が拭えないところです。
介護認定と受ける介護行為に相関があってしかるべきという考え方ももちろんあっていいと思いますが、現場で介護を受けている患者や家族を初めとする関係者にとっては必要な介護を受けられるかどうかが問題なのであって、「正しい」介護度認定が行われているかが問題なのではないはずですよね。
正しいことを追求する意味があるのであれば幾らでも追求すれば良いと思いますが、まずは現場の状況をしっかり見据えながらの議論というものが重要で、その意味ではせっかくネグレクト云々という話が出ているわけですから、そういう実データをきちんと出してくる事の方が先決でしょう。
特に未だに患者の目から見てブラックボックスの多い医療と違って、介護と言うものは利用者側の目線が極めてサービス提供者側と近いだけに、評価の基準もまた厳しくなってくるということを念頭に置いての政策決定というものが求められるように思いますね。

しかし、こうした話題も選挙絡みのゴタゴタの中で有耶無耶に消えていってしまうことになるんでしょうか(苦笑)。

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2009年7月21日 (火)

世の中あちこちで嘘や騙しが横行している時代ですが

いよいよ衆院解散で総選挙と言う話になってきたようですが、今回の選挙では医療問題も国政における一つの争点になってくるという説があります。
医療問題の難しいところは問答無用の正解というのは恐らく存在せず、何を医療制度の目標とするかによって全く答えが変わってくるところにあるんじゃないかと思っているのですが、どうもこの肝心な設問設定の部分をいい加減に流している議論ばかりが横行しているように見えるのは気になるところですかね。
そんな中で先日こんな記事があちこちのメディアに載っていまして、目にされた方も多いんじゃないかと思います。

医療費34兆1千億円 08年度、過去最高を更新(2009年7月17日47ニュース)

 医療費の動向を迅速に把握する概算医療費について厚生労働省は17日、2008年度は34兆1千億円で、過去最高だったと発表した。07年度より約6千億円(1・9%)増えた。概算医療費は03年度から6年連続で増加し、過去最高を更新し続けている。

 高齢化や医療技術の高度化によって、医療費は毎年3~4%程度の自然増が見込まれている。08年度の診療報酬改定で0・82%のマイナスとなったことなどを考慮すると「医療費の伸び率は、おおむね従来と同程度の水準」(厚労省)という。

 70歳以上の医療費は14兆8千億円で全体の4割を超えた。1人当たりの医療費は、70歳以上では07年度より千円減の75万7千円で、全体では5千円増の26万7千円となった。

 入院も含めた受診延べ日数は減少傾向にあり、07年度に比べ1・3%減となったが、厚労省は「病院に行く回数が減っても、1日当たりに使う医療費が増えているため、全体の医療費も増加した」としている。

 概算医療費は、社会保険診療報酬支払基金と国民健康保険団体連合会が診療報酬明細書(レセプト)を審査した医療費を集計したもの。医療費全体を示す国民医療費の98%程度とされる。

医療に対する要求水準が年々厳しくなっていることは、頻発する医療訴訟において「極めて稀であるとはいえ、○○を見落としたことは医師の過失である」式の判決が相次いでいる一事をもってしても容易に理解できることではないかと思います。
このあたりを極論してしまうと、以前ならばある水準以下のリスクに対してはないものとして扱い、何千何万に一人たまたまそれに当たってしまった人に対しては「運がなかったのだ」で納得できていたところを、いやそれは許されないと言う風に社会の目線が変わってきていると言うことですよね。
当然そうしたマイナーな疾患というものは普通の一般的検査ではそうそう引っかかって来ませんから、それらをわざわざ引っかけようとすればするほど検査や処置にも無駄撃ちが多くなるのは当然で、それは医療費も高騰しようと言うものでしょう。

一昔前には研修医相手に半分以上は教訓話のつもりで、ちょっとした風邪だと思っても心筋炎から造血系腫瘍まであらゆる疾患を疑っていくべきだなんてことを言う指導医も少なからずいたでしょうが、今の研修医なら真面目に「それではどんな検査を組んだらよろしいでしょうか?」なんてメモ帳片手に尋ねかねないような時代になってきたということです。
もちろんそうしたやり方によって確かに昔は見逃されていた病気も見つかっているのかも知れませんが、果たしてそれが医療の進歩ということなのかと言えば微妙なところですし、社会的に本来あるべき医療の姿なのかと言えば更に疑問なところではありますよね。

ただしこの場合に現場医療従事者が言うところの疑問とは医学的方面から呈されるところの「何かそれって正しい医療とは違うんじゃない?」という疑問であって、最近経済畑の人々が盛んに喧伝するところの医療の構造的歪み云々といった話とは全く別問題であるということにも留意しておかなければ、現場の危機感を(意図的に?)誤解され利用される可能性なしとしないところです。
また逆に見るならば、医療業界は異業種の人々が口にするところの「医療ってここがおかしい」という指摘に対していたずらに医療の特殊性を主張したり感情的反発をするのではなく、世間並みの水準に遠い部分は早急に改めるという姿勢を示すこともまた重要であると思うのですが、例えばその一例としてこういう声を取り上げてみましょう。

医療保険制度の崩壊は「救える方法がない」(2009年7月17日CBニュース)

 医業経営コンサルタントグループのMMPG(メディカル・マネジメント・プランニング・グループ、東京都中央区)は7月17日、第115回定例研修会を開いた。この中で、読売新聞東京本社の南砂編集委員は、「医療崩壊」について医療提供体制と医療保険制度の2つの崩壊を挙げ、医療保険制度の崩壊は「当面救える方法がない」との危機感を示した。

 初めに、済生会横浜市東部病院の正木義博院長補佐が「新設急性期病院収支改善事例~ベテラン事務長が語るこれからの急性期病院の経営ノウハウ~」と題して講演した。
 正木氏は医療界の現状について、金融不況などによる経済の落ち込みなどによって「外部環境が荒れている」と指摘。また、医療機関は「ちょっと診療報酬が削減されれば、すぐ赤字になってしまう体質だ」として、これに耐え得る強い組織をつくっていくことが必要と述べた。

 その上で、正木氏は病院改革のポイントとして、「病院のミッションやビジョンを確認すること」「チーム医療、チーム組織体制を整備すること」「マネジメントを充実させること」などを挙げた。
 この中で、マネジメントについては、「職員が入ってきて、50、60歳の時にどういうポストに就いて、どういうことができているか、どういう人間に育てたいかという人材のマネジメントすらない」と指摘。「一番、病院に抜けている」と強調した。
 また、病院改革の第一歩として、ビジョンをしっかりと立てる必要性を強調。「小さい改善を繰り返しても(方向を)見失う」などとして、「大きなビジョンを立てて、それと現状とのギャップを数年かけながらそれに近づけていくことが大事」とした。
(略)

 最後に、南氏は「マスコミからみた医療政策の行方」と題して講演した。
 南氏は、医療をめぐる新聞報道などの現状について、1980年代ごろと比較すると「量も大幅に増え、質も踏み込んだものが多くなっている」として、「医療がマスメディアの報道の対象となり、国民の意識が医療に向いてきた」と述べた。

 また、80、90年代の医療について報じるマスコミの姿勢として、「医療対患者」の対立構造で書き、最終的に「医療が悪い」という結論になっていたと指摘。さらに、メディアが弱い立場にいる国民側に付く性格があるとした上で、「医療提供側の論理を正しく伝えているつもりではあったが、医療提供者の非常に苦しい部分が伝えられていない部分が多々あった」と振り返った。
 南氏は、小泉純一郎首相(当時)の「聖域なき構造改革」で医療・介護分野もその対象となって初めて、医師不足や勤務医の過重労働の問題など、医療提供側の問題点が浮かび上がったと指摘。その後はインターネットの普及などにより、「洪水になるほどの情報に国民が右往左往している。そういう中にさまざまな改革の負の部分が出てきて、医療をコントロールしてしまっているのが現実」とした。

 また、南氏は「医療崩壊」という言葉について、一般的に考えられているのは「医療提供体制の崩壊」とした上で、「病院の医師がいなくなる、医療を受けようと思うところに病院がなくなるなどということを『崩壊』と呼んでいるようだが、これはある意味、医療提供体制がそれでよかったのかという議論が必要」と述べた。また、「どのくらいの人口規模のところに、このくらいの病院が必要だからつくるということが、最初から行われてこなかった」と問題点を指摘し、「本当はそこに病院が必要かという議論をしないといけない」と強調した。
 さらに、南氏は「医療保険制度の崩壊」を取り上げ、「医療提供体制の崩壊」よりもはるかに深刻だと指摘。医療提供体制については「年月をかけ、きちんと投入すべきところにお金をかければ救える」としながらも、医療保険制度の崩壊は「当面救える方法がない」と危機感を示した。

ちなみにこのMMPGと言う団体ですが、「医療機関の経営の安定化、近代化に資するとともに行政の施策遂行の円滑 化に寄与することにより、わが国医療界の健全な発展に貢献することを理念として」設立された医療経営コンサルタントグループ、なんだそうですが、会員リストを拝見しますと確かに税理士・会計士事務所がずらずらと並んでいますね。
ちなみに前半部分で語っている済生会の正木義博氏の略歴はこちらの通りですが、早大商学部卒業以降一貫して金属・製鉄業界に所属した後、平成7年より唐突に畑違いの済生会で事務長に就任したというなかなか興味深い経歴をお持ちの方のようです。

ところで病院にもよるのでしょうが、一般に済生会病院と言えば業界内では「とにかく多忙で安月給」「医者は徹底的に使い潰す」病院としてそれなりに名の知れているところですが、むしろ内部では安月給を誇りに思っているような節もあったようで、何にしろ世界トップ水準のコストパフォーマンスを誇ってきた日本の医療を支えてきた団体の一つとは言えるかと思います。
その済生会の事務系トップが語るところの「ちょっと診療報酬が削減されれば、すぐ赤字になってしまう体質」が病院経営の問題であるとか、人材のマネジメントがないのが「一番、病院に抜けている」ことであるとかいった指摘はなかなか耳を傾けるべき点があるように思いますね。
他業界からこうした人材を入れているというのは済生会が自己改革をしなければと決意を固めたからなのかどうかも興味があるところですが、異業種参入からかれこれ十数年を経て同氏がどれだけ改革の成果を挙げてきたのか、記事からは今ひとつ判りにくいのは残念なところです。

後段で登場する読売新聞の南砂氏も非常にユニークな経歴をお持ちの方で、日本医科大医学部卒業後数年間の精神医学のキャリアを経て30歳過ぎで同新聞社に入社、以後は医療問題などを中心とした解説などを担当してきたと言うことですから、言ってみれば読売新聞医療報道におけるブレイン格といってもよいかも知れません。
まさに問題の80年代より医療報道に携わった同氏による「内情暴露」にはそれなりに興味深いものがあるところではありますが、「医療提供側の論理を正しく伝えているつもりではあった」という下りには、さすが精神医学界という「別な医療の世界」で修練を積まれてきた同氏なりの微妙なロジックが垣間見えるようで面白いですね。
基本的に自社の従来の主張から大きく離れていないかなと言う内容と取ったのですが、医療体制の崩壊と保健医療の崩壊とをきちんと分けて論じている点に関してはそれなりに見るべきものがあるのではないでしょうか。

医療体制というものの維持に関しても一般的な企業活動と同じところがあって、その業界で食っていける余地があるのであればそれなりに人は集まるでしょうし、どうやっても食っていけないようになれば誰が何と言おうが人は去っていくものだと思います。
従来はその「食っていける余地」の範囲が保険診療という枠内であることを大前提とした議論ばかりが幅をきかせてきたところがありましたが、この分野の医療は保険診療の枠内ではどうやっても無理だと言う状況が拡大してくるようであれば、医療体制自体は別な形で残ったとしても保険診療内での医療は壊滅してしまうということもあり得るでしょう。
例えば交通事故による受傷というものは従来から健康保険の枠外として扱われてきていますが、事故外傷だけを専門に扱う非保険診療の救急医療施設なんてのも地域によっては成立し得るわけですよね。
保険診療上は救急医療が報われないという状況が今後も続くのだとすれば、いずれ多発外傷などを受け入れる施設として残るのはそうした保険外救急施設だけとなってしまう可能性もないことはないとも思います。

いずれにしてもこういう状況になってきますと行政の役割というものが非常に大事であって、単に「私が市長になりましたら医者を呼びます!新しい病院を作ります!」なんて連呼しているだけでは何の意味もないわけです。
公的に確保できそうな医療資源にはどんなものがあるのかということを正確にアナウンスしていくのと同等以上に、これは確保できませんよという部分がどこなのかということを住民に伝えていくことも行政の仕事として非常に重要なことだと思うのですが、どうも従来その一番肝心なところが抜けていたように思われるのは自分だけでしょうか?
その意味で注目すべきかなと思われる記事を一つ紹介しておきましょう。

医師不足を住民に説明 東近江市、蒲生・能登川病院めぐり /滋賀(2009年7月19日京都新聞)

 滋賀県東近江市は18日夜、医師不足に苦しむ蒲生、能登川病院の現状を伝える住民説明会を、同市市子川原町のあかね文化ホールで開いた。住民からは「医師が働きたいと思う環境を作るべきだ」などの意見が出された。

 病院再編の議論をする「市地域医療体制検討会」が27日に開かれるのを前に実施。地元住民ら約300人が集まった。

 森島章地域医療次長が、両病院の常勤医が6年前の27人から14人に激減し、整形外科で入院受け入れが難しい現状を説明。「市の医療体制について検討が必要」と訴えた。
 住民からも「絶対に蒲生病院をつぶさないで」などの要望があり、市側は「何としても、地域医療を守るつもりでやっていく」と回答した。

田舎では「オレが医者を呼んだ」というのが選挙での大きなポイントになるだけに、今まで失点につながるネガティブな部分についてはあまり公に語られることも少なかったわけですが、今後はきちんとそうした部分についても行政の責任で住民説明をやってもらわなければならないでしょうね。
何にしろようやくこうして行政が市民に向けて語り始めたのは非常に注目すべきところかなと思いますし、現場の実情無視の空手形を勝手に切られて反故にするよりは出来ないことは出来ないときっちり説明された方が住民にとってもよほどマシな話ではないかと思うのですけれどもね。
今度は国政レベルでの選択というものが行われるわけですが、医療に限らず現場の実情を知っていれば到底あり得ないような好き放題の「マニフェスト」を書き 連ねるような詐欺師紛いの行為は断固許さないと、国民はしっかり厳しい目で見守っていく必要があるのではないでしょうか。

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2009年7月20日 (月)

今日のぐり「たけちゃんらーめん」

何となくwikipediaを見ていましたらば、こんな話を見つけました。

ロンパールーム きれいなきんたま事件(wikipedia記事より)

この番組にはとある都市伝説がある。先生からゲームとして「『き』で始まるものの名前を答えて下さい。」と言われた幼児の独りが、「キンタマ。」と口にして、先生が「もっときれいなもので答えてね。」と言った所、今度は「きれいなキンタマ。」と答えた。CMが終わるとその幼児が座っていた場所にはクマのぬいぐるみが置かれていて、この幼児は居なくなっていた、というものである[1]。 なお、番組に出演中の幼児が暴言や卑猥なセリフを言ってしまった為に番組が中断されてしまうという都市伝説は日本のみならず世界各地で知られており、例えばブルンヴァンは「道化師ボーゾー」や「アンクル・ハウディ」といった番組の例をあげている[2]。

番組が録画収録だったため、基本的には編集で対処できる問題であり、少なくとも「しばらくお待ちください」というテロップが出た可能性は低いという意見もあるが、当時の2インチVTRは編集が困難だったため、その部分までは一旦収録してしまった録画を使ったが、「きんたま」発言以降にCMを挿み別のコーナーに移ってからは問題の幼児が退出した後だった、とも取れる。

2002年12月29日放映の『さんまのSUPERからくりTV』で、「キンタマ」という単語を連発する司会の明石家さんまに、うつみ宮土理が「そういう子がロンパールームにいたのよ。言うことを聞かなくてうるさいから出て行ってもらったの。」と発言した。それに対してさんまは「で、コマーシャルが終わったらその子の席にぬいぐるみが置かれていたんでしょ。」と聞き返し、うつみは「そう。」と肯定した。

2005年4月28日放映の関西ローカルのバラエティ番組『ビーバップ!ハイヒール』では検証コーナーとして特集を組み、うつみにこの件を確認したところ、うつみが実際に起きた出来事であると証言する模様が流れた。

また、2005年9月21日放送の『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングにて、ある観客が「番組が年内終了するのか?」とタモリに繰り返し質問したことからスタッフにつまみ出され、CMの後、その席には実際にクマのぬいぐるみが置かれていた(後に、その観客には了承を得た上で退席してもらい、スタッフが急遽ぬいぐるみを用意したと説明された)。番組が違うとはいえ、都市伝説が現実化した例と言える。これ以外に、漫画『かってに改蔵』や『GTO』でも生放送の番組で問題発言をしたキャラが、番組途中でぬいぐるみと入れ替わると言うパロディが描かれた事がある。

て言うか、ネタだと思っていたらネタじゃなかった?!
ぬいぐるみの熊の噂は聞いていましたが、まさか日本でも実際にあった出来事だとは知りませんでしたよ。
この系統のネタと言えばいろいろとバリエーションもありますが、あちこちで見かける有名なやつといえば直接ぬいぐるみこそ出てきませんがこんなものがあります。

地方遊説中のブッシュ大統領は、子供たちとふれあおうと小学校を訪ねた。
そして大統領に質問はないかとたずねたところ、ボブが立ち上がった。

「大統領!ボクは質問が2つあります!!
 1.大統領選挙のとき投票数のトラブルがあったのに、なぜあなたが勝ったことになったんですか?
 2.イラクの大量破壊兵器はどこですか?」

大統領が答えようとしたときチャイムが鳴ったので、子供たちはみんな教室から出て行った。
休憩時間が終わってみんな集まったところで再度、質問はないかと大統領はたずねた。

するとジョーが立ち上がった。

「大統領!ボクは質問が4つあります!!
 1.大統領選挙のとき投票数のトラブルがあったのに、なぜあなたが勝ったことになったんですか?
 2.イラクの大量破壊兵器はどこですか?
 3.なぜチャイムが20分も早く鳴ったんですか?
 4.ボブはどこですか?」

昔から不都合なことを言う人間にはこうした処遇が待ち受けているという教訓とも取れる話ですが、今日はぬいぐるみの熊にちなんで動物ネタを取り上げてみましょう。
まずは先日報道されたニュースで目にされた方も多いんじゃないかと思いますが、こちらの話題です。

ネコはノドを鳴らす音で要求を通す(2009年7月14日ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト)

 飼いネコは、空腹でエサが欲しいときに、うるさい鳴き声と、飼い主が抵抗できないうなり声を組み合わせて使うことが新しい研究から明らかになった。

 このような組み合わせは、飼い主がネコを無視したり追い出したりせずに、いつもエサの容器をいっぱいにしておこうとする理由を説明できるかもしれないと、研究チームのリーダーでイギリスのサセックス大学で哺乳類のコミュニケーションを専攻するカレン・マコーム氏は指摘する。

 一部のネコは空腹のときに、通常の楽しげなノドを鳴らす音に、人間の赤ん坊が苦痛を表す泣き声に相当する周波数の鳴き声を混合するという。「ネコは、ただニャーニャー鳴くだけではなく、このような組み合わせによって、押しのけられたりせずに要求をうまく通すことができるようだ」とマコーム氏は話す。

 ネコがノドを鳴らすことそれ自体が奇妙なことだとマコーム氏は指摘する。ネコの声帯は非常に小さく、そのような周波数の音が出せるようにはできていないためだ。ほとんどの動物で、ノドから出す音は声帯を使うものだけだ。しかしネコは、声帯の下の筋肉をゆっくり振動させることでゴロゴロとノドを鳴らす音を出すことができる。

 しかもこの動作では、声帯の内端は使用されないため、声帯は“ほかのこと”ができる。ネコはノドを鳴らしながら、内端を振動させることで、人をいらだたせる高い周波数の声も同時に出すことができるのである。

 マコーム氏のチームは、ネコの飼い主数人とともに10匹のネコから、ゴロゴロ音単独と、ゴロゴロ音とニャーニャー音の組み合わせを録音し、50人の被験者に聞かせた。被験者は、ゴロゴロ音単独に比べて、ゴロゴロ音とニャーニャー音の組み合わせは、より緊急でまた不快だと感じた。これは、ネコを飼ったことがない人でも同様だった。

 マコーム氏は、すべてのネコがこのゴロゴロ音の組み合わせを使うわけではないと注意する。この特別な音は、飼い主との間に一対一の関係ができているネコにより多く見られるという。それは、家族が多い家の中では微妙な泣き声は見過ごされやすいからではないかと同氏は言う。その場合には大きなニャーニャー声の方が効果が高いというわけだ。

 しかし全体としては、「飼いネコ側の戦略の問題だ。私の知る限り、それは見事に成功しているように見える」とマコーム氏は話している。

 今回の調査結果は、「Current Biology」誌の7月14日号に掲載されている。

ま、こういう研究を地道に進めているという時点で既にブリであると言えなくもない話ですが…そうですか「飼い猫側の戦略の問題」であって「見事に成功しているように見え」ますか。
こういう話を聞くと世の中の飼い主達はもう少し猫と言うものに対して毅然たる態度を示す必要があると思うのですが、奴らの勢力はなかなか抗いがたいほどに強大であるという意見も根強くあって…

それはともかく、先日少しばかり取り上げて「いったいこれはどうなったのか?」と気になっていたあの写真なんですが、ちゃんとその後の経過が判明しました。

マガモのヒナたちが排水溝に落ちちゃった!途方に暮れる親鳥…救出大作戦(2009年06月14日らばQ)

ニューヨークのPatchogueという町で、仲良く道路を渡っていたマガモの親子。ところが排水溝の上を通ったら、ヒナがいなくなっていました。

そう、ヒナたちは落っこちてしまったのです。

羽をばたつかせ鳴きわめく親鳥を見かねて、助けに降りて行ったのは一人の婦警さんでした。
(以下略)

婦警さんの活躍ともども是非これはリンク先の画像を参照いただきたいところですが、やはり思いもかけないことが起こってしまうと鳥も途方に暮れるものなんですね。
しかし世の中には彼らに限らず、思いがけない不幸に見舞われてしまう動物たちというのは少なからずいるようで、例えばこんなのであるとか、こんなのであるとか、こんなのであるとか、何故にそんなところにはまる?と言いたくなるような連中ばかりであるのですね。
そのたびに我々は「これは一体何がどうなったのか?」と途方に暮れてしまうしかありませんが、ここまでになってしまうともはや「ネタですか?」と思えてしまうのはどうしたものなんでしょうかね。

木の割れ目に顔が挟まりプーさんのような格好になっている馬(2008年10月21日GigaZiNE)

アメリカで木の割れ目に顔を突っ込んでしまい抜けなくなってしまった馬がいるのですが、その姿がクマのプーさんがはちみつの入ったツボに顔を突っ込んだみたいになっており話題になっているようです。

ふと聞いただけではどのようにプーさんのようになるのか疑問に感じますが、写真を見ると「なるほど!」と感心し、笑ってしまいます。
(略)
馬の名前はグレーシー。飼い主のJason Harschbarger氏が木の割れ目に顔が挟まっているグレーシーを発見。チェーンソーを持ってきてグレーシーを救出しようとしたのですが、あまりにもこっけいな姿であったため、ついつい写真を撮ってしまったそうです。

チェーンソーで慎重に木を切り、グレーシーを無事に救出。耳とあごの辺りをケガしているようですが、軽傷ですんだとのこと。ちなみに、グレーシーがなぜ木の割れ目に顔を突っ込んでいたのかは不明のようです。

これも詳細はまさにリンク先の写真をご参照いただくしかないわけですが、確かにこれはプーさん以外の何ものでもありません(笑)。
しかし「グレーシーがなぜ木の割れ目に顔を突っ込んでいたのかは不明」って、それはそうでしょうとも!たぶん本人も判ってないですって!

ところで世の中には苦境にある同胞を足蹴にするようなケシカラン輩もおるようなのですが、逆に他民族の喧嘩にすら仲裁に割ってはいるという男気のある連中もいるようです。
これはいったいどうしたことかと言うような画像なんですが、まずは黙ってこちらの動画をご覧いただくと今日から彼らに新たな尊崇の思いを抱けるようになるかも知れませんね。

ところがですよ、これほどに素晴らしく男気あふれる奴らに対して、なんとこういう不届きな振る舞いに及んでしまう輩もいるようなんですね。
て言うか、あれ?こいつらって雑食性でしたっけ…?

今日のぐり「たけちゃんらーめん」

ここも出来たのはわりあい最近のことなんでしょうが、何かしら通りがかりに見かけないラーメン屋を見かけたので、ためしにと寄ってみました。
見た感じも看板も確かにラーメン屋なんですが、入ってみますとむしろ昔懐かしいラーメン&中華といったところを目指しているんでしょうか?
昼飯時でも客の入りは半分くらいと大繁盛という感じでもないですが、ある程度入れ替わりながら来ているようなのでそこそこの回転なんでしょうか。

それはともかく、ここのラーメンは醤油、みそ、とんこつとあって、やさいらーめんにやさいみそらーめんといったようにトッピング違いのものもあります。
今回はやさいらーめんを頼んだのですが、やがて出てきたのを一目見て「あれ?やさいみそらーめんだったっけ?」と思ってしまいました。
というのもメニューに書いてある醤油ラーメンのうたい文句からすると明らかに透明系スープを予想していたんですが、出てきたのは顕著に混濁したスープなんですね。
もちろん食べてみるとみそではなく醤油なんですが、そうするとわざわざ透明系とうたっている醤油らーめんというのはまた別なスープと言うことなのか、謎です…

さて、上にちょこちょこと脂を浮かせていたり、一見すると濃厚豚骨醤油系かなという印象なんですが、食べてみると意外にあっさりでしかも鶏メインっぽいですね。
この細めの麺はわりあい近くにある老舗の百万両あたりを思い出させるような感じなんですが、大量生産のあちらと違って一杯ずつ作っているせいでしょうか、ちょうど良い塩梅の固茹でになっているのは評価出来ます。
上に乗っている野菜はまあそこそこ許せる範囲なんですが、キャベツはともかく玉ねぎなどはしゃっきりというにはいささか火の通りすぎというところですかね。
またせっかく細もやしを使っているんでしたら火を入れすぎると食感が台無しですし、ついでに手をかけてしっぽも取っておいていただけると食感もさらによくなるかなと思います。
もっともこのあたり、先日行った「8番ラーメン」の炒め具合が思いがけずかなり絶妙だったのでやや厳しめなわけですが、ラーメン屋としては上の部類かなとは言えそうですね。

全般的な味は見た目よりはあっさり系でそれなりに食えるかなというところなんですが、何と言いますか妙に懐かしい感じの味なんですよね。
それなりに食べられたなと思いつつ一杯を食べ終わった時の満足感はラーメン屋でのそれというより、ラーメンもうまいという定食屋でラーメンを食べた後のそれ、みたいな。
ちょうど昭和あたりの昔懐かし中華そばを今風にリメイクしたらこんな感じなのかなというところなんですが、逆に言うと新規出店にしては妙に新しさは感じられない味でもあるんですよね。
店を出すと言うと看板メニューの味をどう組み立てるかは頭を悩ますところだと思うんですが、逆にこの味で店を出そうと決意するに至った経緯には興味が出てくるところですね。

あと、中華系を含めてラーメン以外のメニューのほとんどはありきたりな感じなんですが、その中にわずかばかりひねりが入っているメニューも混じっているのかなと言う印象もあります。
この辺り厨房の様子をみるとそれなりに気合い入っている気配もあるようなので、あるいは元々本業はラーメンよりもそちらなのかなという気もしないでもないところでした。
接客自体はそれなりに及第なんですが、場所柄からも店の格からも大衆相手の店としてはややフロアのお姉さんの態度が大人しすぎるかなという感じで、食事時のラーメン屋らしからぬほど店内が静まりかえっていたのは少し気になったところです。
このあたりお客が勝手に騒がしくやるほど大入りでもないだけに、集客のためにも意図的に活気を演出して景気づけていくというのもそれなりに意味があるのかなもと感じられるところですけどね。

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2009年7月19日 (日)

今日のぐり「劉備」

気がつけば、当「ぐり研ブログ」もかれこれ一周年らしいのですね。
思いのほか長く続いているものだなと見るべきなのか、思いのほか大勢の方々に見ていただいているものだなと見るべきなのか、いずれにしても駄文におつき合いいただいている皆様方には感謝しきりです。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

さて、今日は少しばかり原点回帰といった感じでこんな話題を取り上げてみましょうか。
先日こういう裁判があったということをちらっとお目にかけられた方もいらっしゃるかと思いますが、まあよくある話題と言えば話題です。

★『違う考え認める学校に』 原告教諭通知で現場息苦しく(2009年7月15日東京新聞)

 県立学校の教職員ら百三十五人が県に、入学式や卒業式で日の丸に向かって起立して君が代を斉唱する義務がないことの確認を求めた訴訟の判決が十六日、横浜地裁で言い渡される。県教委が二〇〇四年十一月、各校長に送った起立斉唱を義務付ける通知が「思想・良心の自由」を保障した憲法一九条に違反するかどうかの判断が焦点となる。原告に判決にかける思いを聞いた。 (岸本拓也)

 「人と違う考えを認め合えない教育現場であってはならない」

 湘南地区の県立高校で社会科を教える竹下雅悦教諭(50)は、そんな思いから裁判に参加した。高校教師になったのは一九八三年。赴任先の入学式や卒業式で、君が代斉唱の際に不起立を貫いてきた。

 日の丸への違和感を抱いたきっかけは、父の戦争体験。戦時中、父がスパイと思い込み処刑した中国人が、無実の農民だと学生時代に読んだ文献で知った。父は事実を知らず、最期まで日の丸や君が代を愛した。竹下さんは「父のような人を多く生んだ教育の象徴である日の丸・君が代を敬うことはできない」と話す。

 裁判で県側は「起立斉唱は儀式的行為にすぎず、個人の内心に踏み込むものではない」と主張する。

 しかし、竹下さんは県教委の通知後、現場の雰囲気が変わったと感じる。県教委は不起立教員の氏名収集を、県の審査会で二度も不適当とされたにもかかわらず続ける。現場には息苦しさが漂う。

 竹下さんの学校には日本国籍以外の生徒も少なくない。生徒には国旗国歌を敬う自由と、そうでない自由が許されることを教える。

 「生徒に画一的な思想を押しつける意図が、個人の権利を保障する憲法や民主主義の基本を学ぶ学校にあってはならない。判決もそうあってほしい」

東京新聞 【神奈川】『一方的な乱暴判決』 日の丸・君が代訴訟 原告、怒りあらわ(2009年7月17日東京新聞)

 公務員には日の丸・君が代への起立斉唱義務がある-。県立学校の教職員が、入学式や卒業式で日の丸に向かって起立し、君が代を斉唱する義務がないことの確認を求めた訴訟で十六日、横浜地裁判決は原告の主張をことごとく退けた。原告団は「起立斉唱の強制を望まない国民の常識から懸け離れている」と怒りをあらわにした。 (岸本拓也)

 「われわれの主張への判断を一ミリも反映していない判決に激しい怒りを感じる」

 判決後の会見で、原告弁護団の神原元弁護士は強い口調で判決を批判した。判決では、起立斉唱命令が国旗国歌への「敬意」の強制にあたるとした原告の主張への具体的判断は示されなかった。

 また、判決は「教員が起立斉唱に従わないと、来賓や保護者に不信感を抱かせ、対外的な信用を失墜させる」と指摘。原告弁護団代表の大川隆司弁護士は「一方的価値観でしか物事を見ない乱暴な判決」と述べた。

 県教委は二〇〇六年春から、起立をしない教員の氏名収集を始め、県の審議会などで二度も不適当との答申を受けても続けている。原告団長の三輪勝美さんは「力による支配で、教育現場が負のスパイラルに陥っている。高裁で、個の思想信条が尊重される判決を勝ち取りたい」と話した。
◆『粘り強く指導する』 県教委

 「国歌斉唱時の起立は国際的なマナー」とする県教委。十六日の横浜地裁判決はほぼ、この主張通りだった。

 かつて県内では、卒業式で君が代を斉唱しない県立高校がほとんどだった。しかし、国旗国歌法成立後の二〇〇〇年には100%に。以降、不起立教職員への「指導」を強めてきた。

 〇四年には、県教育長が、県立学校の校長に、入学式・卒業式での国旗掲揚と国歌斉唱の指導を徹底するよう通知。指示に従わない教職員には「服務上の責任を問い、厳正に対処していく」として懲戒処分も示唆した。

 ただ、県教委は取材に対し、「処分は具体的には検討していない。粘り強く継続的に指導していく」としている。 (中沢穣)

こういう話を聞いて個人的に以前から大変に気になっていることですが、日本人の場合国際試合等で行われる国歌斉唱の場面できわめて行儀が悪くて、他国の国歌が流れている最中に平気で大騒ぎしていたりするのはどうにかしてもらいたいと思うのです。
やってきた相手の選手が何処の国の人であれ、国歌が流れている間はきちんと起立し背筋を伸ばして聞く、それが国際的に当たり前に求められる最低限のマナーと言うもので、こうした最低限のマナーすら守れない人々というのは普通の国の人々から見ると非常にイメージが悪いものです。
日本のサッカー代表が初めてW杯に出場した98年フランス大会では日本のサポーターは試合場のゴミをきっちり片付けて変えるなど非常にマナーが良いと評判になりましたが、一方でこういう基本的なところがなっていないと言うのはどうしたことなんでしょうか。

思うに基本的な原因として、他人を尊重する、そして他人の尊重するものをも尊重するという態度が子供の時代からしっかり身についていないのではないかと思います。
例えば先日はオーストラリアの有名な観光名所でもあるエアーズロックが入山禁止になると言う話が出ていましたが、現地の人がはるか祖先の代から聖地と崇めてきたものを部外者に土足で好き放題踏みにじられたとしたらどう感じるかという視点を持たなければならないと思いますね。
海外の名所旧跡にみっともない日本語の落書きなどして自ら恥を晒すような行為をしているのを時折見かけますが、我々の先祖が大事に守ってきた国宝級の古刹に"Kilroy was here"なんて大書してあるのを見たらどう感じるかという想像力が働かないものでしょうか。
昔の学校というところはそういう基本的な他人に対する思いやりを養成する場所でもあったと思うのですが、どうも最近の学校ではそうでもないということなのでしょうか、「自分が嫌いなものは嫌いで結構、後ろ足で砂かけようが土足で踏みにじろうが好きにしていいんだよ」なんて妙な心得違いを教師が先頭に立って広めているんじゃないかという懸念が拭えません。

自由民主主義の大前提として存在する基本的概念が何かと言えば、相互の尊重という考え方だと思いますね。
私はあなたに私の自由と権利を尊重してもらいたい、そのかわり私はあなたの自由と権利を尊重しますという相互主義があってこそ、各人が好き勝手に振る舞っているように見える中にも社会がそれなりにうまく回っていくわけです。
他人の尊重するものを尊重しない人間は結局他人を尊重することが出来ないという人間であって、自由民主主義社会にふさわしい態度を身につけているとは認められないですし、何よりそんな人間が自らの尊ぶところだけを他人から尊ばれたいなんて得手勝手な主張をしているのは片腹痛いというものです。

今日のぐり「劉備」

水玉ブリッジライン(と言うんでしたっけ?)の西側の終点あたりにある、のどかな田園地帯の真ん中にぽつんと立つのがここ、「中華そば専門店 劉備」です。
こんな場所にありますがなかなかの人気店で、この日も店内は満席状態でしたのでカウンターの片隅に腰を下ろしたのですが…久しぶりに来てみると何か変わってないですか?
そもそも昔は親父さんとせいぜいフロアが一人くらいでやっていた店という記憶があるんですが、今見てみますと厨房には若い人たちばかり大勢詰めています。
声もちゃんと出ていますし、やってくる客の数までチェックしているというくらいですから、これはそれなりに気合いが入っているということなんでしょうか?
どうも後に調べたところではいつの間にか代替わりしたとも聞くのですが、HPが出来ていたりしてやる気もあるようですし、店員の動きが良く士気が高い店は期待できるというのが自分の経験則なんですが、さて…

それはともかく、この日は少しカロリー的にも頑張って(苦笑)とり丼セットを頼んでみました。
まずやってきたのは中華そばなんですが、一目見た瞬間に「ん…?」と感じてしまったのはスープの色です。
昔食べた時の記憶では確かにあっさり系ではあるんですが、結構醤油ダレも切れ味するどくスープも相応に深濃い味わいで、同じ鶏ガラ系ということで例えるなら笠岡ラーメンの「一久」を今風に食べやすくしたようなスープという印象があったのですが、こうして見ると同じ笠岡ラーメンでもあっさり系の「司」?と思うような色調です。

とりあえず口に運んでみますと、これが見た目以上に記憶にあるのと全く違う味…それこそHPでは「あっさり鶏ガラスープ」と言いますが、今時のスープとしてはあっさりというより二番ダシかと思えるくらいに味が…と思えるし、薄味好みの自分の舌にとってもこの醤油ダレの曖昧な味はスープをまとめるにはいささか…といったところ。
一応麺茹でからトッピングまで見ていたところ湯切りの手際なども変な感じでもありませんでしたから、自分が全く記憶違いをしているのか、代替わりして味が変わってしまったのでしょうか?

細めの麺は味こそ特記すべきものでもありませんが、やや硬めの茹で加減でスープとの相性はまずまずですから、いよいよオペレーションが失敗しているわけでもなくこれが目指す方向だということなんでしょうか?
価格帯を考えるとチャーシューはそこそこ水準はクリアしているかといったところ、シナチクは味はまずまずなんですが食感がもう少しかなと感じられましたが、それ以上に少し気になったのがトッピングのネギ、それも味だの風味だのよりもその盛りつけ方です。
少しへたり気味なのはまあ許せる範囲なんですが、この微妙な量でこう漫然とスープの上に散らされると一昔前のインスタントラーメンの粉スープに入っている乾燥ネギがスープに浮いてきたところを思い出して、ちょっと見た目的に哀しいものがありますよね。
どっちにしろ味は同じだと言えば言えるんですが、商品の盛りつけとしてお客に見せることを考えるならもう少し工夫していただけるとさらに良かったかなという感じでしょうか。

少し遅れてやってきたとり丼ですが、これは単品の価格(\300)を見ても量を見ても完全にそばとセットでという扱いなんでしょうか(そう言いつつ単品で頼んでいるお客もいたようですが)。
なんでもこの界隈のラーメン屋御三家?として「あかり」「にぼし家」そしてこの「劉備」の名前が挙がるそうなんですが、これら三店ともそれぞれ特徴ある鶏料理が揃っているというのは地域性なのか、なかなか興味深いところではありますよね(あかりなんて純然たる豚骨系ですのに)。
にぼし家の特徴的なほどクリスピーな食感優先の唐揚げに比べると、こちら劉備のとり丼に載っているのはむしろ肉の味と噛み応えを楽しませるものといったところでしょうか、噛みしめる毎に飛び出してくるうま味という点ではこちらの方がずいぶんと上だと思います。
こうなるともはや完全に好みの問題ですが、個人的には唐揚げ単品で食べるならにぼし家、こうして丼として食べるならこちら劉備のスタイルがいいのかなというところで、いずれにしてもこのとり丼はラーメンの付け合わせとしては味も量も手頃な感じでいいと思いますね。

全体としては十分値段なりの価値はあるラーメンかなと思ったのですが、何にしろ記憶の中にある味との不整合が単なる記憶違いであれば良いのですが、ずっとこの味ということであれば昔の「何も飛び道具はないけど真面目にしっかり作りましたよ」と感じさせていた頃のようにはスープに高い点はつけられないかなとも思うところですね。
ネットでざっと画像を調べてみましたら記憶にあるような色調の日もあるように見えますから、あるいはこの日だけの何かしらの問題と言うことなのかも知れませんが、前の親父さんはスープには相当こだわっていた印象があっただけに、実際味を変えたということであればちょっと残念でしたね。
店員にやる気がある店に対してあまり水を差すようなことを言いたくもないので、とりあえず今回のところは代替わり後ということで判断を保留としておくべきなのでしょうか。

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2009年7月18日 (土)

芸としては既に一流の域に…?

最近やたらと某所界隈に張られているコピペなんですが、面白いので紹介しておきます。
ちなみにリンク先に書いてありますように、元サイトのトップページもなかなか面白そうなのでご一読されてみるのも一興でしょう。

【 マスメディアの堕落は半世紀前から 】

1953年のニューヨークプレスクラブで、当時のニューヨークタイムス紙の局長、
ジョン・スウィントン氏が、乾杯の際に行ったスピーチです。
多くの被害者の方々が生まれる前から、マスメディアは腐っていたのですね。

「世界の歴史が今日に至るに当たって、アメリカに独立した新聞などありえない。あなたたちはそれを知っているし、私もそれを知っている。あなたたちの中に、誠実な意見を書いてやろうと思うものなど存在しないだろう。たとえ誠実な意見を書いたとしても、それが印刷される事などないということは、当然わかっていると思う。私は、私の紙面に誠実な意見を書かないことの見返りとして報酬を得ている。あなたたちも同じような仕事で同じような報酬を得ている。もしあなたたちのうちの誰かが、誠実な意見を書くほどお馬鹿さんであれば、職場を追い出されて別の仕事を探すことになるだろう。もし私が私の新聞紙面に率直な意見を書くことを許されることがあるとすれば、それは24時間後にクビになることを意味する。」

「ジャーナリストの仕事とは、真実を滅ぼすことだ。公然と嘘をつき、判断を誤らせ、人を中傷し、富の足元にへつらい、国を売り、仲間を売ることで日々の糧を得ることだ。あなたたちはそれを知っているし、私もそれを知っている。独立した新聞に乾杯する?なんと愚かなことだろう。私たちは、舞台裏に存在する金持ち連中の道具であり奴隷である。私たちは操り人形だ。金持ち連中が糸を引くままに私たちは踊る。私たちの才能、可能性、そして私たちの人生は、彼等金持ち連中の所有物だ。私たちは知性を売っているが、それは売春と同じだ。」

それはともかく、本日まずはこちらの話題からなんですが、以前から何度か取り上げてきました押し紙問題もとうとうこうまで有名になってしまったという話です。
しかしまあ、押し紙といえば毎日新聞がことさら有名になっているようなところがありますが、何かにつけてこうして海外に日本の名を広めるのに熱心な新聞社ではあるようですね。

米メディアも“押し紙”を報道 新聞部数の水増しに海外も注目(2009年07月16日週刊ダイヤモンド)

 実際の購読者数より水増しした部数を販売店に押し売りするのが“押し紙”。媒体の価値が実態以上にかさ上げされ、広告営業の面でも有利になるため、新聞業界で長く続いてきた悪習だ。

 当の新聞社が実数を公表していないため、販売店や関係者の証言に頼るしかないが、大手新聞では地域によって少なくとも1~5割の押し紙があるといわれている。

 押し紙の存在は長くタブー視されてきたが、近年、耐えかねた販売店側が新聞社を相手に訴訟を次々と起こし、徐々に認知度も上がってきている。

 そしてここにきて、海外の有力メディアも注目し始めた。

 米国の有力メディア「クリスチャンサイエンスモニター」が押し紙問題を報道すべく、販売店店主らへの取材を進めているのだ。取材を受けた販売店店主によれば、記者は特に、「日本企業に投資する海外の投資家が押し紙を知らないことを問題視していた」という。

 日本の新聞の広告料金は、水増しされた部数を参考に決められている。海外の投資家がそんな事実を知ったら、自らが投資する日本企業に、新聞社に対して抗議するように促す事態も考えられる。外国人投資家に、もの言う株主が多いのは言うまでもない。

 また、「英語圏での報道をギネスブックの関係者が目にすると困るのは読売新聞」(読売と係争中の販売店店主)との声も。同紙はギネスで、「世界最大の部数」と認定されており、取り消しでもされれば恥をかくからだ。

 さらに、一部の国内テレビ局も取材に動き始めているし、今年の株主総会で押し紙問題について質問した日本人株主もいる。

 これまで知らぬ存ぜぬを通してきた新聞社だが、徐々に外堀が埋められつつあるのだ。

新聞業界も今やどこが潰れるかではなくいつ潰れるかという段階で、その後のシェアの奪い合いに興味の対象が移ってきているなんていう噂もあるようですが、マスコミ業界内部の問題についてどこまで真剣に斬り込んでいくのかといったあたりも要注目でしょうか?
いずれにしても時代の要請からもいつまでもこんな悪徳商行為が続いて言い訳はありませんから、こうした不当な詐称に頼ってきた会社はそのツケを払わなければならないのも当然ですよね。

押し紙問題もその後の展開待ちというところですが、先日面白い話がありましたのでこちらも紹介しておきます。
そもそもの事の起こりは天下の朝日新聞が夕刊トップに取り上げたショッキングな記事からでした。

【日本の検索ワード】便所飯~都市伝説から社会問題に(2009年7月7日サーチナ)

  トイレで一人ご飯を食べる「便所飯」の話題が朝日新聞7月6日付の夕刊1面に掲載され、7日朝の情報番組でも取り上げられたことから多くの注目を集めた。Google「急上昇ワードランキング」やYahoo!「ただいま急上昇中」に「便所飯」が登場している。

  「便所飯」は、学校や職場で一人で食事する姿を見られないように隠れて食事を取る現象(精神科医の町沢静夫氏によって「ランチメイト症候群」と命名されている)のうち、トイレでの喫食をクローズアップした言葉である。一人で食事することを見られたくないと思う背景には、一人でいる=友達がいない=魅力がないという不安がある。「便所飯」自体はもともと都市伝説の一つとしてネット上などで冗談半分に語られてきたが、実際そのような現象が大学生、特に1年生女子に多く見られるケースとして「便所飯」という言葉がメディア上でも使用されるようになった。

  この話題を取り上げたブログでは、トイレに食事の形跡があったのを目撃したことがあるので実際にあるのだろうという意見や、コミュニケーション力至上主義(コミュニケーション下手=落ちこぼれ)の弊害ではないかという意見、「友達がいなくて何が悪い」という社会人からみた意見などが見られる。社会人になれば「おひとりさま」のシーンは当たり前になるし、それが流行している節もあるから学生特有の問題なのだろうか、と分析する意見もあった。  

  都市伝説が、人間関係の心理をめぐるリアルな社会問題として捉えられつつある。(編集担当:柳川俊之)

この時点で世間では今の時代そういうこともあるのかという反応だったわけですが、ネット上での反応は全く異なっていた点には注目しなければなりません。
例えば実例を取り上げてみますとこんな感じだったわけですが、朝日の方ではどうやら地方版ごとに記事が微妙に違っていたりとそれなりに気合いを入れた記事ではあったようですね。

朝日新聞一面に「便所飯」wwwwwwwwwwwwwwww

1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2009/07/06(月) 20:05:35.95 ID:8ZGeeC1d0
さすがにワロタwwww
スレ被りしてたらすまんwwwww

【ツキを呼ぶ「トイレ掃除」】

17:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2009/07/06(月) 20:23:10.32 ID:bvZnjYVc0
ええええええええええええええええ釣りかと思ってたらガチかよwwwwwwwwwwwwwww

32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage]:2009/07/06(月) 20:42:45.32 ID:2QPPtFl/P
さすが朝日
やることが一味違うぜ

42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2009/07/06(月) 20:49:01.04 ID:dJHE5k0AO
あくまでネット上のネタや都市伝説なのに
裏もロクに取らないで紙面に載せちゃう朝日って…

81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage]:2009/07/06(月) 21:34:07.47 ID:A/gYkwK70
便所飯ってvipの都市伝説じゃないのか

そうこうしているうちに今度はこんな記事が出てきたわけですが、名前を出された大学当局がことごとく否定しているということになりますとおだやかではありませんね。
これは何者かの作為が入っていそうな話にも思われる一方で、大学当局にすら裏取りをしていないということになれば一体どんな取材に基づいて記事を書いたのかと誰しも疑問に思うところではないでしょうか?
いずれにしてももし本当に「釣られた」のであればこれは天下の朝日新聞の取材力を見直すべきなのか、それともネットの情報創造力を褒め称えるべきなのか微妙なところではありますよね。

朝日新聞が釣られた? 1面トップで「便所飯」報道! (2009年7月10日ZAKZAK)

大学側は張り紙の掲示否定

 「便所飯(べんじょめし)」なる言葉を紹介した朝日新聞の記事が話題になっている。孤独な大学生が大学の個室トイレで食事する行為を「便所飯」とし、「学生を中心に若者に広がっている」などと報じたが、当の学生たちからは「聞いたことがない」「ネット上の悪ふざけに釣られたのでは」との声も出ているのだ。

 「便所飯」の記事が掲載されたのは今月6日付の朝日新聞夕刊。1面のトップ記事で、記者3人の署名入り。手厚い取材陣による“入魂”の記事だったこともあり、掲載直後から各方面の注目を集めた。ネットの検索ランキングでも「便所飯」のキーワードが急上昇。掲載翌朝の情報番組「めざましテレビ」(フジテレビ)も、この話題を取り上げた。

 記事によると、「便所飯」とはトイレの個室で食事する行為で≪学食などで一人で食べている姿を見られるのが嫌で「便所飯」に走る≫と説明。その“ 証拠”として東大や名城大など各地の大学に張り出された「便所飯禁止」の張り紙の存在をあげている。張り紙は、ウサギとトイレのイラスト入りで、料理の写真に大きくバツ印がついたもの。関東だけでなく、関西大や関西学院大にも張られていたという。

 だが、いずれの大学も「大学側が掲示したものではない」としており、誰が何の目的で貼ったかは分からない。それでも朝日は、大阪大の准教授の話として、「私もやった」「友達にいる」といった学生の言葉を紹介。「便所飯」が若者の間で広がっているかのような記事として掲載した。

 にわかには信じられない話だが、実際に「便所飯」は一般の学生にも知られているのか。

 記事掲載後、平日の午後に早稲田大学のキャンパスで何人かの学生に聞いてみたが、ほとんどが「知らない」と答えた。そんな中、同大法学部3年の男子学生(20)は「入学直後に知った。実際に試したこともある」と明かしてくれた。

 ただ、続けて「僕はアニメ研究会に所属し、パソコンの利用頻度も高いオタク。周囲も同じ嗜好の友人が多い。『便所飯』はそうした一部のネットユーザーの間で広まった言葉です。若者全体に広がっているとは思えない」とも。

 この男子学生によると、「便所飯」はもともと、寂しい学生生活を表す言葉として広まったネットの隠語。2005年ごろから、一種の都市伝説として一部のネット掲示板などで面白半分に語り継がれてきたという。ネット上のフリー百科事典「ウィキペディア」にも、何者かが「便所飯」の項目を投稿。その後、冗談半分の投稿が相次ぎ、結局「便所飯」の項目は削除されている。

 こうした経緯から、前出の学生は「今回の報道は、ネットの悪ふざけを真に受けてしまったのでは」と推測する。

 また、各大学に貼られた謎の張り紙についても「図柄はすべて同じ。昨年、ウチ(早大)の校舎でも見た。明らかに『便所飯』の話題にかこつけたネット住民のネタですよ」と断言した。

 果たして「便所飯」の真偽は?

いやまあ、もはや朝日クラスのアサヒる達人が揃った新聞社ともなりますと、もはや記事の内容の真偽などという俗事には興味がないのかも知れませんけれどもね。

ところで上記記事中にも少しばかり触れられていますが、この件で面白いのは「便所飯」に関する削除合戦が見られることです。
削除合戦と言えばひと頃wikipediaでの「医療崩壊」に絡む削除合戦が有名ですが、一般論としてこういうことで盛り上がるというのは何かしら直接的な当事者が参加してきた場合などに見られることが多いのかという印象を持っています。
このあたりも誰かが仕掛けておもしろ半分に広めたネタなのではないかという疑惑を強く感じさせるところではありますが、こちらから経緯を紹介しておきましょう。

「便所飯」削除合戦の結末 (2008年8月2日記事)

 「便所飯」とは、昼休みに一緒に食事する相手のいない学生が、ひとりでいる姿を周囲に見られないよう、トイレの個室にこもって食事をとることである。

 都市伝説とみなす向きもあるが、ネットでは実体験がしばしば語られている。2年ほど前の2chでは「便所飯」スレッドが流行っていた。

 Wikipediaに「便所飯」の記事が登録されたのもその頃であり、激しい削除&投稿バトルが繰り広げられた。削除派の言い分は、「便所飯」なる行為は一般的にその存在が認識されておらず、Wikipediaに掲載するに値しないというものであった。これに対し、掲載派は、小説やマンガ等の資料を援用しながら、「便所飯」が以前から行われていた行為であることを示そうとしていた。

 現在、Wikipediaからは「便所飯」の記事は削除されており、「便所飯」なる現象はネットの奥底に葬られたかと思われた。だが、今日の朝日新聞夕刊(大阪版)を見て驚いた。なんと、「便所飯」がデカデカと記事になっていたのである。

 記事の執筆者は、社会学者の辻大介氏である(阪大准教授)。「便所飯」現象についての辻氏の解説は秀逸であり、一読に値する。「若者たちが恐れているのは、ひとりでいること自体よりむしろ、そこに向けられるピア・グループ(同輩集団)の視線なのである」、「限られた関係の中で友達を作らねばならず、それに失敗した者は、孤独だけでなく、『友達のいない変な人』という烙印の視線にも耐えなければならない。二重の意味で疎外されるのである。その視線から逃れる場所は、それこそトイレの個室くらいしか残されていない」。

 いまや「便所飯」現象は、国立大学の教授が全国紙に紹介するまでになった。Wikipediaでの削除派に先見の明がなかったことは明らかである。

お次はいささか洒落にならない話ですが、こちら長年言われてきた業界の悪習に対してとうとうお上の指導が出たという話です。

総務省:テレビ局に「制作会社いじめ」をやめるよう通知へ(2009年7月10日毎日新聞)

 総務省は10日、テレビ局が下請けの制作会社に不公正な取引を強いる「下請けいじめ」を是正するための指針を策定した。テレビ局に対し、発注費を一方的に引き下げる「買いたたき」の防止や、制作会社の持つ音楽・アニメなどの著作権に正当な対価を支払うことなどを求めている。NHKと全国の地上波民放127社に通知する。

 指針は「放送コンテンツの製作取引適正化に関するガイドライン」。テレビ局が取引停止をほのめかすなど強い立場を乱用して制作会社に不公正な契約を押しつけたケースを列挙し、「独占禁止法や下請け法違反となる恐れがある」と指摘した。

 具体的には、アニメ番組のDVD販売などで得た利益の配分をテレビ局がアニメ制作会社に押し付けたケースについて「テレビ局に著作権がないにもかかわらず、一方的に収益配分を決めることは独占禁止法上、問題となりうる」と指摘。番組のテーマ曲を制作した音楽プロダクションにテレビ局が著作権譲渡を強要したケースも下請け法上の問題になりうるとしている。このほか▽トンネル会社を使った制作委託料の抜き取り▽制作会社への強引な出資▽取引条件を一方的に変更する--などの例でも是正を求めた。

 指針の策定は、08年1月に総務省が設立したテレビ局、制作会社の業界団体、大学教授らでつくる検討会が実施。業界への聞き取り調査で不公正な取引実態が判明したため、今年2月には契約書の交付を徹底することや、買いたたきを禁止する指針を決め、業界に通知していた。【中井正裕】

いやあ、聞けば聞くほど凄いことをやってきたんだなと恐れ入るしかないような手口が並んでいますね。
今の時代どこの業界でも多かれ少なかれやっていることと言えば言える話ですが、この人たちの場合世間が不景気で経費削減だなどと大騒ぎし始めるはるか以前から構造的にやっていた慣行と言いますから悪質ですよね。
特にアニメなどは近年日本の誇る映像文化として国際的な評価もずいぶんと高まってきていますが、実際の制作を行っているスタッフには全くお金が流れてこない構造で「働けど働けど…」な状況だと言います。
そういえば総理が言いだした「アニメの殿堂」計画をマスコミはさんざんバッシングして潰しにかかりましたが、なるほど万一にもこういう実態が知れてしまうことになると確かに都合も悪かろうとは思える話ですね。

元々テレビ局というところは人も羨む高給取りで有名という世界で、最近はさすがに業績の悪化で社員のボーナスも削られることになったと言いながらその削減額を見るだけでもさすがに住む世界が違うなと感じ入るところですが、こういうところに元手があったとなると穏やかな話ではありません。
別に世の中手が綺麗な人間ばかりというわけでもありませんから、百歩譲ってこういうことをやるところまでは事情もあろうと認めたとしても、そういうことをやっている当事者が他人に向かっては日々偉そうなことを吼えている資格があるのかと言うことですよね。
だからこそ、そういう人たちに向かって世の人々は「お前が言うな」と言うわけなんですが、反省の態度すらないという方々って結構いますよね。

例えばこちらもお上の指導が入ったという話題ですが、元ネタは以前にも取り上げました道路清掃絡みのヤラセ事件です。
大阪府の仕事をしている清掃業者にわざわざ国道部分は掃除しないように依頼しておいてカメラで撮影し、「なんたる無駄!」とバッシングしたという悪質な捏造事件なんですが、さすがにこれも放置するというわけにもいかないとお上が指導をしたところ彼らがどういう態度に出たかです。

TBSへの行政指導に懸念  BPO検証委が談話(2009年7月17日47ニュース)

 「二重行政」を特集したTBSの情報番組が事実と異なる内容を放送した問題で、NHKと民放でつくる放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は17日、「委員会で(放送倫理に違反するか)討議中と知りながら、総務省がTBSに行政指導をしたことに重大な懸念を抱く」とする川端和治委員長の談話を発表した。

 談話は、TBSが自ら調査で問題点を明らかにしたことを踏まえ「表現の自由への萎縮効果に配慮し、放送界の自主的な機能を尊重すべきだ」と指摘した。

 この問題はTBSが、大阪府の委託で府道を清掃していた業者に、通常とは異なる作業を依頼。国道との交差点手前で清掃を中断する様子を撮影し、「二重行政の例」として4月の「情報7daysニュースキャスター」で放送した。

 一方、この日の談話は放送内容自体を「そもそも二重行政の例として適切でなく、小さな問題にすぎない」として、委員会の審議の対象としないことを明らかにした。

「法曹界の自主的な機能を尊重すべき」と言いながら、ではその自主的な機能とはどんなものかと言えば捏造報道など「小さな問題」にすぎず審議の対象にもならないってか。
いやあここまで行くと天然なのかネタなのか判りかねるところがありますけれど、何か激しく斜め上過ぎていっそ清々しいくらいですよね。
最近のテレビに出てくるお笑い芸人ってどうもつまらないなと思っていたんですが、実はこうしたところに有為の人材が無駄に死蔵されているとは知りませんでしたよ(笑)。

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2009年7月17日 (金)

診療報酬改定のための議論も始まっています

医療問題が行政にとっても無視できない問題となって久しいですが、地方のみならず大都市圏でも状況は変わりません。
首都圏、関西圏での搬送状況地図を見ますと、これら大都市圏でも日常的に圏域外搬送が行われていることが理解できますが、特に県外搬送の目立つ県の名前を眺めてみますと何かと過去に話題になった地域が並んでいることに気づかされます。
「田舎だから医者が来ない」とばかり言い切れない現実がここにあるわけですし、郡部中小医療機関からの搬送先確保という点でもむしろ都市部での需給バランスの不均衡こそが社会全体で見ればより大きな問題となりかねないとも言えるわけです。

そんな中で先の都議選では民主党が大勝しましたが、当の民主党では勝因をこのように分析しているようです。

民主党「勝因は救急」 都議選(2009年7月14日ロハス・メディカル)

 民主党が圧勝した12日の東京都議会議員選挙について、鈴木寛・民主党都連幹事長は「都民最大の関心事は(マスコミに言われているような)新銀行東京や築地市場の移転ではなく、医療・社会保障だった。特に119番通報から病院収容まで全国最悪の47分かかっているという衝撃のデータが与党への強烈なノーにつながった」と述べた。(川口恭)

 鈴木氏によれば、今回の選挙に合わせてこれらのデータを列挙したマニフェストを350万枚配布して、周知を図ったという。

 救急医療体制整備の責任は一義的には都道府県にある。石原慎太郎都知事は、都議選の結果について「国政の影響を受けて大迷惑」と述べているが、都立病院の労働強化を進めて崩壊を早めたのは都知事であることから、鈴木氏の分析が正しければ自ら与党敗北の原因をつくったことになる。

最も医療資源が潤沢と言われてきた(少なくとも絶対数としては、ですが)東京都において、しかも様々な社会的問題が山積している中で実際このような選択が行われたのだとすれば、それはそれで大いに注目すべき点があるように思われます。
折から来たる診療報酬改定に向けての議論がスタートしており、いつものようにロハス・メディカルさんでも集中的に取り上げられているようですが、これも見ているとなかなか興味深い話題ばかりですよね。
病院に対する診療報酬を手厚くする方針などと言いますが、その実態は特定診療科や開業医から削り取った診療報酬を再配分するというだけの話であったり、結局のところ今までと同じ流れの議論がまた続いているのかなとも感じられるところではあります。

そんな中で個人的に興味深い話題が二点ばかりありましたので紹介しておきたいと思いますが、まず一つめは少し以前のこの記事が元ネタとなっています。

薬害防止に臨床研究支援? 検証委員会が第一次提言(2009年5月3日ロハス・メディカル)

薬害防止のための行政のあり方を検討してきた厚労省の『薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会』が、このほど1年間の議論に基づいて第一次提言をまとめた。薬害被害者たちの強い意向を反映して医薬品の添付文書への規制を強めようとさせる内容となった一方で、委員たちも知らない間に「臨床研究支援のための基金設立」が盛り込まれていた。(川口恭)

 この委員会は、薬害肝炎の全国原告団・全国弁護団と舛添厚生労働大臣との間で合意された昨年1月15 日の基本合意書と3月17 日の協議に基づいて設置されたもの。薬害肝炎事件の検証と再発防止のための医薬品行政のあり方の検討、という二つの役割を担っている。当初は昨年度中に終結の予定だったが、昨年度中に開かれた12回の委員会だけでは議論の時間が足りないという委員たちの声を受けて、今年度も継続して開かれることが決まっている。

 ただ特に行政の見直しなどに関して予算措置が必要なものもあり、それを反映するには要求して10年度予算に盛り込まないといけないため、この段階で第一次提言が出されることとなった。

 その提言の内容は概ね12回の議論を反映した妥当なものになっているが、中には今後物議を醸しそうなもの、厚労省がドサクサ紛れに利権拡大を図ったのでないかと邪推させるものも含まれている。
(略)
 この中で成り行き次第によっては医療現場に特に大きな影響を与えそうなのが、(3)承認審査の中の『添付文書』に関する箇所。原文を抜粋する。

ア添付文書の在り方
    ・添付文書は、薬事法上作成が義務づけられた、製薬企業が最新の知見を医療現場に情報伝達する最も基本的で重要な文書であることから、欧米の制度も参考に、承認の対象とするなど承認時の位置づけを見直し、公的な文書として行政の責任を明確にするとともに、製薬企業に対する指導の在り方について検討するべきである。製薬企業には承認審査時点以降も最新の知見を添付文書に反映することを義務づけるとともに、安全対策にとって重要な内容を変更する場合には、承認時と同様に、行政が定めた基準に基づき事前に確認手続を行うことを義務化するべきである。
    また、医療現場に対する注意喚起の機能を十分に果たしていないという指摘もあることから、添付文書の記載要領を含め、安全性情報の提供の方法全般について見直すべきである。

    イ効能効果(適応症)の設定
    ・効能効果(適応症)は治験その他の安全性と有効性に係るエビデンスから科学的に許容される範囲で設定されるべきものであり、過去にその不明確さが科学的な根拠のない使用を誘発して薬害を引き起こしたとされる観点からも、効能効果の範囲は明確に記載するべきである。

    ウ適応外使用
    ・医薬品は本来薬事法上承認された適応症の範囲で使用されることが期待されているが、個々の診療において適応外処方が少なくない状況にあり、その理由や臨床的な必要性、安全性と有効性のエビデンスのレベルも、不可避的なもの又はエビデンスが十分あるものから、そうとは言えないものまで様々である。不適切な適応外使用が薬害を引き起こした教訓を踏まえ、エビデンスに基づき、患者の同意の下で、真に患者の利益が確保される範囲においてのみ適応外処方が実施されるべきである。これについては、医療の緊急性に則し、最新のガイドラインの作成・更新により、実施されるべきであることから、個々の医師・医療機関の適切な対応に期待するだけでなく、学会や行政のレベルでの取組が強化されるべきである。
    ・上記のような臨床上の必要性があり、安全性と有効性に関する一定のエビデンスが備わっている適応外使用については、患者の意思と医師の判断によることは当然として、速やかに保険診療上認められるシステムを整備するとともに、最終的には適切な承認手続のもとで、承認を得られるように体制を整備するべきである。その際、薬害防止の観点からする条件等の設定が重要である。そして、承認に向けては、製薬企業の努力はもとより、国、学会が積極的な役割を果たすべきである。

 また委員たちも知らないうちに、(2)臨床試験・治験の項目の中に『日本では、製薬企業による治験以外の医師主導型の治験や臨床研究に対し、十分かつ適切な資金配分が行われていないという現状がある。諸外国の例も参考に、政府による臨床研究に対する財政支援を増大させるとともに、そのための公的基金の設立等制度の整備を検討するべきである』という文言が書き込まれており、薬害がある度、反省のポーズの陰で利権を拡大してきた厚労省の体質がまた出たのでないかと懸念させる。

この中で特に注目されるのが適応症をより厳密に考えていくという姿勢で、特に薬害の話題と絡めて適応外使用というものを非常に限定的に捉えているという点ではないでしょうか。
ひと頃(今も?)たとえば陣痛促進剤などを目の敵にする人々があちこちで「適応外使用けしからん!」と大きな声を上げていましたが、まさにそうした活動の成果がこうして実ってきたと言ってもよい話なのかも知れません。
ところがこれも当然に予想された話ではありますが、実際にそういうことになってしまうと一番困るのは誰かということになってくるわけですよね。

薬害肝炎検討会に6患者団体が緊急要望(2009年7月15日ロハス・メディカル)

 医薬品の用法の厳格化を求めるなどの第一次提言を出した厚労省の『薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会』に対して、ドラッグラグに悩む6つの患者団体が連名で緊急要望を出した。提言の内容や議論の進め方に異を唱えるものになっている。「適応外使用が認められなくなったら私たちはどうすればよいのか」との危機感からだという。(川口恭)

 6団体とは、キャンサーネットジャパン、細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会、パンキャンジャパン、PAHの会、ムコネットTwinkleDays、卵巣がん体験者の会スマイリー。要望の主な内容は以下の通り。

    私たちのように必要な医薬品を求める患者会・患者支援団体の思いとはかなりのズレが生じており、薬害被害者の視点に偏ったものであるのではないかと感じずにいられません。

     また、ドラッグ・ワクチン「ラグ」の解消という視点が不十分なままで議論・検証が続けられることは、むしろ「ラグ」を拡大させる危険性をはらむものと、大いなる危機感を抱いております。例えばドラッグ・ワクチン「ラグ」を生じている大きな要因の一つである「適応外使用」についても、現在の適応外使用の実態や改善を要する点の十分な検証・議論がなされないまま第一次提言において一定の方向性を示すことは、拙速といっても過言ではありません。

     必要な医薬品を速やかに患者・国民のもとに届けることも、医薬品の副作用等による被害を防ぐことも、いずれも医薬品行政の果たすべき大きな責務です。そのいずれかの視点が欠けたままでは、真に国民の健康と安全に資する「医療現場における医薬品・医療機器の使用に係る問題等を含めた医薬品・医療機器行政全般にわたる検証と抜本的な改革の提案」は実現できないものと考えます。

     検討委員会の議論は、私たちドラッグ・ワクチン「ラグ」に苦しむ当事者の未来を大きく左右します。私たちは検討委員会がその目的を十分に果たすことを実現するために、下記について強く要望するものであります。

    一、検討委員会にドラッグ・ワクチン「ラグ」に苦しんでいる患者が日本には存在するという現状をお知らせください。

    一、できるだけ速やかに、一人でも多くのドラッグ・ワクチン「ラグ」当事者に対してヒヤリングを行うなど、ラグに苦しんでいる当事者の声を反映させてください。

    一、適応外使用など多くの国民が関係するような事柄に関しては、委員もお薬に対して公平な立場の当事者、有識者が集まり検討する場を設けることをご検討ください。

ちなみに「治験ナビ」によれば、日本での新規医薬品における欧米との発売時間差は約2.5年だということですが、適応外使用を厳密に推し進めると「効くことが判りきっている治療ですら行えない」と言う事態になりかねないことは、ごく標準的な医療を扱っているはずの医学テキストに「この治療法は現在適応外で」云々の記載がどれだけ多いかを見ただけでも判ろうというものです。
この事例なども先日のモンスターペイシェントの話などとも同様に「顧客の声」に素直に従ってカイゼンを進めていると、いつの間にか顧客自身のためにならない結果となってしまいかねないということの一つの例証ということになるのでしょうか。

さて、もう一つ注目すべき話題として取り上げるべきニュースですが、これも元ネタとも言える話を先に紹介しておきましょう。

新たなへき地保健医療対策の議論、始まる(2009年7月10日CBニュース)

 厚生労働省は7月10日、へき地保健医療対策検討会の初会合を開いた。無医地区、無歯科医地区での医療提供体制の確保を目的に1956年から段階的に続けられている「へき地保健医療計画」の第10次の計画が2010年度で終了することを受け、11年度から始まる予定の第11次の計画に向け、今後のへき地保健医療対策について検討することを目的としている。座長には、自治医科大の梶井英治教授が選出された。

 同検討会ではまず、「第10次へき地保健医療対策の策定指針」に基づき、都道府県が地域の実情に応じて策定したへき地保健医療計画についての取り組み状況を事務局が報告した。
 それによると、各都道府県が定める医療計画とは別にへき地保健医療計画を策定したのは29都道府県で、その他の県は医療計画の中に関連事項を設けて、へき地保健医療計画としている。
 また、「策定指針」では、へき地医療対策の課題を検討する行政、医療関係者、などで構成された協議会を通じて医師確保の取り組みを進めるとしているが、協議会を開催しているのは、昨年8月現在で8都道府県にとどまっている。
 そのほか、ドクターヘリなどを活用した広域的な診療体制の構築については、へき地診療所から病院への救急搬送で実績を上げているとした。

 その後、第11次へき地保健医療計画の策定に向けた今後の検討課題について意見交換が行われた。
 読売新聞東京本社編集委員の前野一雄委員は「(各都道府県などで)自前で医師を育てるというのは着実」とし、「具体策として、地元の大学に地域枠を作るのは有効な手段だと思うが、大学本体に話を聞くと必ずしも積極的ではない。むしろ消極的な大学は少なからずある」と指摘。地域枠の効果について評価した上で、推進すべきかなどの方向性を示すことを提案した。
 東員病院(三重県員弁郡)の村瀬澄夫院長は「自分自身が将来どこでどういう形で診療することになるのかかなり不安が強いのではないかと思う」と指摘。「へき地で働いてみたいというのと、一生へき地医療に身を捧げますということの間にはかなりギャップがある」と述べた。
 また、京都府立与謝の海病院の内藤和世院長は「点として診療所などで医師を確保できたとしても、地域全体の医療としては支えることはできない。点だけではなく、それぞれの医療圏全体を面で支える仕組みを作っていかないと将来危ういことがあるのではないかと考えている」と訴えた。

 同検討会は、今後4、5回程度開催され、年度内をめどに報告書をまとめる予定。同省は、この報告書を基に第11次へき地保健医療計画を策定するとしている。

ちなみに同検討会のメンバーはこちらにある通りですが、各地の医療・介護関係者や自治医大関係者、自治体医療担当者などは当然ながら、何故か全く脈絡もなくこんな人物が一人だけぽつんと紛れ込んでいるあたり、同氏の所属する某新聞社の持論とも絡めて厚労省の意図が明確に感じられて素敵ではありますよね(苦笑)。
それはともかくとして、地域医療をどうするかといった話題は今に始まったことでもない今さらな話題でもあるわけですが、今回注目すべきなのは患者団体の方々がこんなことを言っているということです。

「医療制度全ての基本法」で患者の権利保障を(2009年7月15日CBニュース)

 患者団体や薬害被害者団体など56団体は7月14日、「日本の医療制度全ての基本法」として国民の「安全かつ質の高い医療を受ける権利」などを保障する法律の制定を求める要望書を舛添要一厚生労働相に提出した。

 要望書は、医師不足や地域、診療科間での医師の偏在により、患者の「医療を受ける権利」が空洞化していると指摘し、患者の自己決定権や安全な医療が経済や地理的条件に恵まれた一部の患者のものになりかねないと強調。
 その上で、こうした医療現場の状況の変化に「患者の権利」が左右されないよう、これを医療政策の根幹に据えることが必要と指摘。「安全かつ質の高い医療を受ける権利」「患者の自己決定権」など患者自身の権利や、その権利を実現するための医療提供体制や医療補償制度を整備する国・地方公共団体の責務を明らかにする法律を、「日本の医療制度全ての基本法」として制定すべきとした。

 また、厚生労働省の「ハンセン病問題に関する検証会議の提言に基づく再発防止検討会」が取りまとめた報告書の中で、患者の権利擁護の観点を中心に医療関係諸法規を整理・整備する医療の基本法の制定を提言していることを指摘。日本医師会など医療提供側の委員が参加する検討会で、患者の権利擁護を中心とする法律の制定が提言されたことについて「極めて画期的」と評価し、同検討会の提言を重く受け止め、早急に法制化へ向けた作業を開始するよう求めている。

一読していただいて判る通り、従来の個人レベルでの患者の権利保護という視点からさらに一歩も二歩も踏み込んで、国や自治体は医療体制を整備する義務を負うべきであるという主張をしているわけですね。
これをごく平たく言いますと、昨今見られるような医師偏在(苦笑)問題や救急たらい回し(苦笑)問題も、患者として当然享受すべき正当な権利を侵害する由々しき事態であり法に基づいて解消すべきと主張しているのだという理解でよろしいんでしょうか?
これは一見するとまあそういうものなのか?と流してしまうそうな話でもあるのですが、実際にその行き着く先を想像してみますとなかなか楽しい未来図が想像できるような気もしてくるところですよね。

少なくとも言えることは、医療に限らず何であれそれを受けるということが国民の権利であり、提供することが国なり自治体なりの義務であると言うのであれば、それは既に通常の産業の一分野などと言うべきではなく社会資本だろうということです。
そうであればまずこうした法律を制定せよと言う前に、長年続いている「医療はサービス業か否か?」といった議論に終止符を打つ意味でも、医療は公共サービスであると明確に定義することが必要なんじゃないかと思いますね。
公共サービスであればそれは警察や消防と同じ類のものであって、最近の医療は支出ばかり増えて赤字だから困る、もっとコスト削減の意識を持つべきだなんて見当違いの話をする人間はいなくなる道理ですよね(無火災記録更新中の自治体では消防署廃止論が出るかと考えてみていただければお分かりかと思います)。

公共サービスの目指すところとして最善を追求するのではなく万人に最低限を保障するという性質があろうかと思いますが、一方で医療とはしばしば人生における重大事件でもあるわけですから、いくら金がかかろうが俺にはベストの医療を提供しろという人々も当然に出てくるわけです。
マスコミが大好きな「赤ひげ」という物語がありますが(あれもずいぶんと原典を歪めた引用の多い話ではありますけれども)、あの町医者先生などはちょっと相手が小金を持っていると見れば法外な報酬を巻き上げるという、現代で言うところの悪徳医師そのものという御仁ではありました。
しかし貧乏でも最低限の医療は提供する、一方で相応の自己負担をすればそれなりのオプションも用意してあるというのは、例えば現代日本の歯科医療などで普通に行われている混合診療と同じような概念ですよね。

その昔に医療業界と多少関わりのある人が「けっきょく生活保護を受けている人が一番良い医療を受けているというのはまだしも、お金は出すと言っているのにそれ以上の医療は受けられないというのは釈然としない」と愚痴をこぼしているのを聞いたことがありますが、医療に回す金がないと言いながら金を出したいという人たちにも金を出させないようにしているのは確かに妙な話です。
世の中には何としても医療は万人に平等であるべきだと主張する人々がいて、そういう人の中には「それならお金持ちの人は病院に寄付をしてもらうようにすればいい」なんてことを言う人もいるようなんですが、何かそれも求めているものに対して筋違いな話なんじゃないかと感じざるを得ないところですよね。
全国一律統一価格というのはいかにも公共サービス的で判りやすいのも確かですし、国民皆保険制度というものはそれなりに歴史的役割を果たしてきたことも認めなければならないのは当然ですが、そろそろ現実の医療現場に対する顧客の要求との間に不整合が多くなっているのは事実ですし、今後どこまで理念を現実に優先させていくかということですかね。

今まさに多くの病院が赤字でひぃひぃ言っているという状況にあるわけですが、この状況が続けばそろそろ今のシステムから飛び出す施設が出てくるかも知れないですね。
いざとなれば自分で何とかしてしまうような富裕層はともかくとして、むしろ保険料負担を実感している低所得国保層あたりで新たな動きが出てくるようだと、これは皆保険制度の根底を揺るがしかねない大きな話になってくるんじゃないかという気がしています。
そしてそうした変化の結果、医療が良くなるのか悪くなるのかもまた大きな問題ですかね。

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2009年7月16日 (木)

地域医療も進むべき道を誤ると大変なことに?

先日唐突にこんな記事が出ていましたがご覧になったでしょうか?
割合と記事になるのも珍しい類の話でもあり、続報と込みで紹介してみましょう。

6医師業者から接待 静岡市立清水病院 処分検討(2009年7月13日)

 静岡市立清水病院(清水区)の診療科長ら複数の医師が取引業者から接待を受けているなどとする内部告発を受けて、市職員法令順守推進委員会は13日までに、診療科長らから事情を聴き、「接待などがあった」との見方を固めた。市は、市職員倫理規則などに基づき、診療科長ら接待を受けていたとされる医師6人に対する処分を検討している。
 同委員会の調査で、診療科長は埼玉県内の総合病院で4月から毎週土曜に外来診療を行い、報酬を得ていたことも明らかになったとされる。市は、兼業を禁止する地方公務員法に違反しているとして、この診療科長については、減給などの懲戒処分とする方針。
 市によると、診療科長ら医師6人は4月中旬と5月初旬の2回、市内の飲食店で、医薬品や医療機器の購入契約を結んでいるメーカー2社からそれぞれ、1人あたり2万円前後の飲食の接待を受けたという。
 医師らは「業者との懇親会という認識で参加したが、医療機器や医薬品の選定や購入で便宜を図ったことはない」と説明しているという。

清水病院接待で診療科長を減給処分 静岡市(2009年7月14日静岡新聞)

 静岡市は13日、市立清水病院(清水区)の診療科長ら複数の医師が取引業者から接待を受けているなどとする内部告発を受けた調査の結果、「接待などがあった」として、市職員倫理規則などに基づき、同日付で40代男性の診療科長を減給(10分の1)3カ月の懲戒処分としたと発表した。
 同じ診療科の男性医師5人については、「診療科長に誘われて参加した」などの理由で口頭注意とした。管理監督責任を問い、病院局長と病院長を訓告、病院事務局長を厳重注意とした。
 市によると、診療科長ら医師6人は4月14日、清水区内の飲食店で、退職する医師の送別会を兼ねた懇親会を開催。医薬品メーカーの担当者から1人あたり約1万7000円の接待を受けた。5月1日には葵区の飲食店で、医療機器メーカーの担当者から1人あたり約2万5000円の接待を受けた。
 市は、接待を機に両メーカーからの製品購入実績の増加傾向が見られなかったことなどから、「医療機器や医薬品の選定や購入で便宜を図っていることは確認できなかった」としている。診療科長はさらに、清水病院に採用された4月から毎週土曜、兼業を禁止する地方公務員法に違反し、埼玉県内の総合病院で外来診療のアルバイトを行い、6月までに計71万5000円の報酬を得ていたことも明らかになった。
 診療科長は「以前勤務していた病院でもアルバイトが黙認され、業者との懇親会もやっていたので、安易に続けてしまった」と話しているという。
 病院長は「市職員全体の信用を著しく傷つけた。職員に対する指導を徹底し、再発防止に努める」とのコメントを出した。

今どき業者と癒着で挙げられるとはずいぶんと時代がかった先生なのかとも思うところですが、気になるのは内部告発なるものが処分の端緒となっていることです。
内部告発と言うくらいですから職場の同僚なりがたれ込んだのかと思うところですが、この告発の文書が関係諸団体と併せてかの有名な「静岡市立清水病院から被害をなくす会」にも届けられていたというのですね。
同会ではさっそく喜び勇んでその文書を公表したというわけでこちらにリンクを引用しておきますが、こういう実名バリバリの文書を躊躇なく公にしてしまうあたりが「我慢しないで声を上げましょう」を信条とする同会の真骨頂ではあるのかなと、いつものことながらこの方々の素晴らしい行動力には感心するしかありません。

内部告発文書 平成21年6月25日(2009年6月27日静岡市立清水病院から被害をなくす会HPニュース)

ちなみに同病院のHPを見てみますと7月1日付けで外来診療担当が変更になっているようですが以前とどう違うのかはっきりせず、とりあえず件の先生を初め他の医師に関してもそのまま診療は継続しているようです。

告発文書の日付が25日、そこから発送の日数などを考えても公立病院にしては妙に早い処分だったなという印象なんですが、全国に向けて当の文書が公開されているわけですから、さすがお役所仕事とは言っても知らぬ存ぜぬで放置は出来なかったと言うことなのでしょう。
その意味で素早い動きで隠蔽工作の余地すら与えなかった同会のお手柄と言うべきだと思いますが、同会の主張する「問題を起こした関係者の異動」「責任をはっきりさせる」といった点で清水病院の抱える構造的問題の解決を図っていく上でも、やはり関係者はこうした市民の厳しい視線を自覚していかなければなりません。
件の科長先生にしても既に他病院でバイト診療を行っていたと言うくらいなのですから、いつまでも地位に恋々とされるよりは自ら厳然と身を処し後進に範を示すということも必要ではないでしょうか?

現代の医療においては医者の意思がどうとか、住民の意向がどうとか言うことでは駄目で、地域と医療機関が密接かつ良好な関係を築いた上で最適効率での医療を行っていかなければ、厳しい医療環境の中でまともな病院経営など行えるものではありません。
地域から信用も信頼もされていない医療機関に大勢の医者を集めたところでそれは人的資源の浪費というしかないですし、医者集めの目処すら立たない中で地域の都合だけで立派なハコモノだけを建てたところで「仏作って魂入れず」どころか貴重な血税の浪費でしかないわけです。
ところが全国を見回してみると清水病院以外にも妙な心得違いをしているとしか思えない話が少なからずあるようなんですが、最近また突っ走ってるなと目についたのがこちら千葉からの話題です。

<地域医療センター構想>経営形態など了承--東金市、九十九里町 /千葉(2009年7月14日毎日新聞)

 東金市と九十九里町が計画する「地域医療センター」の検討協議会が13日東金市役所で開かれ、医療、経営両分野で中間報告があった。センターの経営形態は、新設病院としては全国初となる「公営企業型一般地方独立行政法人」とすることを了承。施設は県と2市町が整え、経営は独立行政法人が担う。

 また、センターの役割を救命救急を軸とする「山武長生夷隅医療圏」の中核病院と位置付け、22の診療科目に対応して56人の常勤医を置くことも明らかにした。病床数は、認可された314床のうち294を一般、20を救命救急(うち10床は集中治療病床)とする。開院は2013年を想定しているが段階的な開院を目指し、フルオープンまでの期間を当初の5年以内から3年以内に変更することも了承した。【吉村建二】

常勤医56人、千葉大が確保へ 東金・九十九里の地域医療センター(2009年7月14日読売新聞)

 東金市と九十九里町は13日、2013年度の開設を目指す地域医療センターの第3回検討協議会(会長=平沢博之・千葉大名誉教授)を開き、22の診療科に配置する常勤医師を計56人とし、原則として千葉大の医局に確保してもらうことを決めた。千葉大はセンターの医師確保で大きな責任を負う形となる。

 平沢会長は会合で「千葉大医学部の教授会で、医師確保について『最大限努力する』と約束してもらっている。それを心の支えにしている」と語った。

以前からこの地域医療センターの構想が出ては消え消えてはまた出るを繰り返しているのですが、もともとあった東金病院に上乗せする形で東金市、大網白里町、九十九里町の三市町が設立する施設という形で県と千葉大に全面協力を依頼した結果、一応の結論を得たということです。
千葉大に対しては医師派遣の見返りとしてセンター長のポスト等人事面で大きな権限を与えるということのようなのですが、一度崩壊しかけた常勤10人そこそこの東金病院を元にして50人の施設を作ろうなどと、ただでさえ一県一医大で人手不足が顕著な千葉大にとても出来た話ではないと憂慮する声数多な状況なのも当然ですよね。

その点でよくよく記事を見てみますと、千葉大の方では「最大限努力する」ことを約束したと言うだけで、実は56人の医師を提供しますなどということは一言も言っていないし約束もしていないようなんですね。
このことを関係者一同敢えて誰も触れずにいるように思えてならないことなんですが、この点で検討協議会会長であり千葉大名誉教授である平沢氏は次のような心強いコメントを出しているようです。

東金・九十九里地域医療センター 経営は独立行政法人で(2009年03月18日読売新聞)

 東金市と九十九里町が開設を予定している地域医療センターの第2回検討協議会(会長=平沢博之・千葉大名誉教授)が17日、東金市役所で開かれ、経営主体を地方独立行政法人の非公務員型とし、2009年度中に発足させる方針を決めた。公設公営に比べ、職員の給与や人事が弾力的に運用できるなどのメリットがあるという。
 診療科目は、当初計画の17科に代謝内分泌科、心臓血管外科、精神科などを加え、22科とすることで合意した。314床とした病床数に関しても、自立的な経営を可能にするため、運営開始から3~5年かけて、段階的に増やす方針を確認した。平沢会長は協議会終了後に記者会見し、医師確保の見通しについて、「県立東金病院や千葉大から確保できると考えている。(医師数が)増えることもあると思われるが、そもそも(計画の)50人という数字も決まっていたわけではない」と述べた。東金病院が行っている地域医療の継続性に関しては、「すべては引き継げない」と明言した。

いやいやいや!「県立東金病院や千葉大から確保できると考えている」だの「そもそも(計画の)50人という数字も決まっていたわけではない」だのってあなた、今どき引退したロートル名誉教授の鶴の一声でぽんと50人も医者を出してくれる大学がどこにありますか?
これだけでも十分突っ込み所満載なんですが、会長自身が「東金病院が行っている地域医療の継続性に関しては、「すべては引き継げない」と明言した。」などと言い切ってしまっているあたりについてはもはや「このオッサンもしかして○○てるのか?」とも思えるような話です(ちなみに言えば東金病院は地域医療で名を売ってきた施設でもあります)。

元々の話の流れとして既存の東金病院が老朽化している、それならこれを母胎に新病院を作ろうと言う話ですから、当然東金病院のスタッフも引き継いだ上でその業務も新施設において発展的に継続していくものだと誰しも考えるところじゃないですか?
ところが東金病院がなくなり新病院が出来てみれば、以前は当たり前に受けられていた地域医療業務がいつの間にか消えていたということになると言うのであれば、それは早晩地域住民から「詐欺だ!」なんて声が挙がるだろうことは想像に難くないですよね。

そもそもこのセンター構想自体が、県の支援を大前提に辛うじて成立するというレベルの話で、今どきそれだけの財政的裏付けもないハコモノ行政を他人の財布を当てにして進めるというのも如何なものかと思われるところです。
いや失礼ながら、話をうかがった限りにおいてもあまりに計画がずさんすぎて、21世紀の医療事情をまともに検討した上での話とは到底思えないんですが。
さて、こういう適当な計画で確実に損をせず儲けているのが誰かということを考えていくと、表看板の裏側に潜んだ推進勢力の正体も見えてくるということなんですかねえ?

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2009年7月15日 (水)

声の大きい人間ばかりが得する世の中ってどうなのかと

世の中あちこちでそうらしいですが、医療現場でも昨今モンスターによる被害が顕著になってきています。
先日も宮城の方での対策の試みを取り上げたところですが、今度は大阪からも同様の話題を紹介してみましょう。

大阪府 “モンスター”患者対策で医療機関に府警OB斡旋へ(2009年7月12日産経新聞)

 救急病院で迷惑行為を繰り返す患者への対策として、大阪府が今秋にも、府警OBを府内の救急医療機関に斡(あつ)旋(せん)する制度を創設することが11日、分かった。これまで培ってきた能力を新天地で生かしたいOB側と、近年急増する“モンスターペイシェント”対策に悩む医療機関側の思惑が一致。府は今後、府内の救急医療機関に雇用の希望調査を実施する。

 府によると、医療機関は、モンスターペイシェントへの対処法だけでなく、医療機関内の窃盗対策や不審者侵入防止など、必要とする分野に応じて専門の府警OBを希望することができる。

 府はモンスターペイシェントの実態を把握するため、昨年10月、府内の322救急医療機関(回答247件)を対象に初のアンケートを実施。その結果、約75%の医療機関が過去1年間に数回以上、「医療機関の関係者に因縁をつける。暴言を吐く」「診断や処置について不満を訴えたり、不当な要求をする」といった迷惑行為を受けていたことが判明した。

 一方、「警察との協力」「警察OBの雇用」などを要望する意見が多かったため、府は府警側にOB雇用への協力を要請した。

 府警では団塊の世代の退職期がピークを迎えており、今年3月には677人が退職した。府警はOBが能力を発揮できる新たな就職先として快諾した。府は今秋にも救急医療機関に雇用の希望調査を実施したうえで、府警と医療機関と協議し、再就職希望者を紹介する。

 府によると、これまでも、府警OBが個別に医療機関の顧問などとして再就職する例はあったが、大手医療機関など一部に限られていた。今回のように府が両者の橋渡し役となることで、小規模な医療機関なども府警OBの斡旋が受けやすくなるという。

 府医療対策課は「府が間に入り、医療機関側の希望を一括して府警に紹介することで斡旋の機会も広がり、透明性も高まる」と話している。

この話、ネット上で概観しただけでも結構賛否両論入り乱れているようです。
もちろんここでも天下り利権というものが存在するのかと言う考え方もあるわけですが、個人的には個々の人物をしっかり見極めた上で(就職に際して当然行うことですよね?)の採用ということであるなら案外名案になり得る話だと思いますね。

モンスターペイシェントが何故医療現場で忌避されるかと言えば、もちろん他業界における不良顧客問題と共通する事情ももちろんあるわけですが、何よりもまず「モンスターに対処する時間を取れるほど、今の医療現場に余裕がない」ということに尽きると思います。
モンスターが云々と書き始めるとよく市民の方々が「いやモンスターだって最初からトラブルを起こしたいのではない」などと言われる場合があるのですが、理由がどうとか同情なり共感なりの余地があるかどうかといった話とは全く無関係に、一瞬でもスタッフが手を休めてしまうと業務がストップするほど余裕のない現場の状況が問題なのです。
主張の背後にどのような正論があろうが、一瞬の遅れが多数の人間の生死を左右しかねない環境においては「事態に対応できる専門家が最善の行動を取ることを妨げること」自体が犯罪的行為であるということは、世の中に数ある非常事態というものの状況を想定していただければお分かりいただけるのではないでしょうか。

実のところこのあたりは医療現場で患者絡みの何かしらトラブルが発生した場合に、とくに一部公立病院などでは医者に丸投げという姿勢で対処してきたことにこそ大いなる病根があると思いますね。
何か業務が滞りそうな状況になればとりあえず専任の担当者が別室に顧客を案内するなりしてじっくり話を伺う、他業界ではごく当たり前に行われている当然のシステムすら全く存在していない病院が未だに多数ありますが、そうした病院ほど「いや私らでは医療絡みのことは何も判りませんから」と何でも医者に任せっきりという人々が巣くっているものです。
病院業務において最も律速段階となるポジションであり、かつ最も高度の専門性を要求され余人をもって代え難い職種にそんな専門外の仕事をやらせているのでは、それは患者さんの行列も長くなろうかと言うものですが、こうした人々の場合「センセイ、最近待ち時間長いってクレーム多いですから気をつけてください」なんて言っていれば済むと思っているのですから始末に負えません。

確かに医師とは医療における司令塔とも言っていい存在ですが、同時に病院という組織の中では単なる一職種(しかも、実態は管理職ですらない)に過ぎないわけですから、当然専門外の仕事はそれ相応の人間に任せた方が早いというのも当たり前の話ですよね。
医師の仕事は医療を行うことであって、高度な専門性を要求される業務だけに特化すればするほど病院にとってより多くの収益を上げ得る「良い医者」となれるのは自明であるのに、明らかに畑違いの仕事まで押し付けて本来業務に支障を来しているようではそれは採算性が悪化するのも当然ですよ。
その意味でようやく病院というそれなりに大きな職場の中にもトラブル解決の専門職が入るというのであればむしろ遅すぎるくらいの話ですし、警察OBに限らず担当者すら選任しないまま毎回行き当たりばったりの対応をしているような施設は自らの不明を早急に悔い改めなければならないと思いますね。

それはそれとして、世の中で増えてきているというモンスターというものの原因として、過度の権利意識のまん延というものがあるのではないかとも言われています。
ひと頃「お客様は神様です」などという言葉が流行し、そうした丁寧な接客が日本の売りであったことも事実なんですが、「客だから何をしても許される」などという勘違いが行きすぎると世の中これまたうまくいかなくなってくるものですよね。
医療の世界でも全く同じことで、マスコミがひと頃大いに喧伝していた「欧米並みの医療を!」「患者の権利確保を!」なんてことが滲透した結果として現状があるのだという声は根強く存在します。

例えば一昔前から医療現場でも接遇教育ということが盛んに言われまして、それこそ挨拶の仕方などという接客業として当たり前の事から仕込んでいた病院も結構あったりしたわけですが、その一環として「これからは患者さんじゃない、患者さまとお呼びしましょう」なんてことを誰かが言いだしたものでした。
本来は患者主体の医療ということを実現する一手段であったはずが、いつの間にか妙に歪んで広まってしまったのか当の患者さま方の間でも賛否両論あるようで、中には某大新聞社記者さんの如く慇懃無礼で腹立たしい、バカにされているとしか思えないと紙面上で大激怒されている方もいらっしゃいます。
モンスターペイシェントなるものの出現がこの患者さま呼ばわりを初めとする顧客第一主義の滲透と軌を一にしていると実感している人が増えてきたということなのか、近ごろでは医療側、患者側双方からの働きかけによる「患者さま呼ばわりはやめよう」なんて運動があるんですね。

「患者さま」撲滅運動に賛同いたします(2009年7月12日さいたま赤十字病院呼吸器内科ブログ記事)

先日ご紹介させていただいた「偽善の医療」(里見清一 著)ですが、すぐに手に入れて読ませていただきました。
おそらく、多くの医療従事者が本音では思っていることで、なかなか「言葉」に出して言うことができないでいたことを「ズケズケ」と書いてくれていて非常に興味深く読ませていただきました。

さいたま赤十字病院呼吸器内科ブログは、とくに対象者を限定したブログではございません。
読者の皆様には「医師」「看護師」「薬剤師」「研修医」などの医療従事者もいれば、「一般市民の皆様」や「さいたま赤十字病院呼吸器内科のかかりつけの皆様」などいろいろな方がいらっしゃいます(と思っております)。
そのため、時には「研修医向け」に勉強会で得た知識を自分なりに解説したり、また「患者」となる人々むけに疾患・病態の簡単な解説をしたり、「一般の人々」向けに、現在の医療問題についてブログ作者の意見を書かせていただいたりしております。
当然のことながら「さいたま赤十字病院呼吸器内科」のスタッフは7人いるため、各々がいろいろな人生を歩んできており、ブログ筆者の意見と必ずしも同じではないことはご理解いただきたいと思います。

と前置きしておいてですが、この「偽善の医療」の第1章の「患者様撲滅運動」にブログ筆者は賛同させていただきます。(と書いてますが、これまでの過去のブログでは、患者「様」と記載させていただいてますし、他のスタッフはそれほど「様」づけで呼んでいませんでしたが、ブログ筆者はいつも「様」づけで読んでいました)
どうして「患者様撲滅運動」に賛同するのか?
やはり、「医療はサービス業ではない!!」とうことが挙げられます。もっと言うと「サービス業に成り下がってはゼッタイにいけない!!」のです。

こういうことを書くと「医療はサービス業なのでは?」という反論が聞かれそうですが、この点についてはさいたま赤十字病院呼吸器内科ブログでも以前触れております。
http://srcrespiro.blogspot.com/2009/06/blog-post_24.html
患者「様」と呼ぶ背景には何があるのか?おそらくそのウラには「お金」が隠れているのではないかと思います。(著者も指摘されておりますが)。そのため、「美容整形」や「自費診療」の医院はおそらく「患者様」ということは正しいのではないかと思います。
要は「お金を払ってくれる『患者様』」です。

「医師」が自分の技術を、高いお金を払って買っていただける「お客様」=「患者様」にだけに提供していいのでしょうか?
多くの人々がこの意見に、おそらく”NO”ではないでしょうか?
この点に、医療が根本的に「サービス業」になれない理由があるのではないかと思います。
(以下略)

医療がどうあるべきかに関しては諸説ありますが、おそらく日本国民の最大公約数的な考え方としてどんな医療体制となっても最低限社会保障的に確保されているべき医療というものはあるし、少なくともその最低限という部分に関しては可能な限りの平等と機会均等を保障されるべきだといったあたりに要約されてくるんじゃないかと言う気がします。
最低限の水準とはどの程度であるのかとか、最低限を越えた部分に対する取り扱いはどうするのかといった部分で異論は多々あるでしょうが、少なくともどこからどこまでも全て自己責任でリスクとベネフィットを勘案して医療を利用しなさいといったやり方が受け入れられるほど、皆保険制度下で生まれ育った大多数の日本人は医療に対して大人でないと思うのですね。
そうした社会保障的存在としての医療というものを考えた場合に、むしろスタッフも利用者も目指すべきは営利的接客業というより公園や公衆便所のような社会資本の維持運営に近いのではないかとも思えてきます。

納税者なんだからと公園の草花を持ち帰り放題だとか、公衆便所を好き勝手に汚し放題という態度は世間一般ではモラルという観点から否定されるべき行動と受け取られるものですが、日本の医療現場も患者のモラルというものの存在なくしては成り立たないような仕組みになっているわけですよね。
患者の協力があってこそ日本の医療が世界一のコストパフォーマンスを誇っていられるのだと考えるならば、医療費をもっと増やさねば、そのために増税も必要だなんて議論賑わしいこの時代に、患者側からすれば多少のモラルの発揮によって支払う税金すら安上がりに抑えられるという可能性すら示唆されるわけです。
騒げば騒ぐだけ余計待ち時間が長くなるとか、回りの人間が良い迷惑であるだとかに加えて懐にも優しいとくれば、これはもう病院では大人しくしておいた方が断然お徳だよね!って気になってきませんか?

と言うわけで今日の結論、病院にかかられるときは慌てず騒がずおとなしく、多少の忍耐と寛容をもって気長に順番をお待ちください、なぜならばその方が結局は皆さん自身のためになるからです。
しかしまあ、待合室でうるさくしている子供を叱りつけるのに「そんなことしてるとセンセイに痛いお注射されるよ!」なんて言うのだけは勘弁してもらった方がいいでしょうね、いやマジで(苦笑)。

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2009年7月14日 (火)

医者って、医者であるというだけでけっこう損してますか?(社会的に)

世の中医学部人気は相変わらずなんだそうで、医者といえば食いっぱぐれることのない安全パイ、勝ち組商売の一つなんて認識が結構一般的なのかなとも思わされるところです。
もちろん需給不均衡のおかげで(?)当分仕事のネタに困ることはないだろうという意味ではずいぶんとカタい仕事とも言えるのでしょうが、その一方で世の中こうまで「報われていない」と不満を募らせている医者達が満ちあふれているのはどうしたことなんでしょうか?

まあ確かに「さっさと医者を全国津々浦々に強制配置するようにさせなければ!」なんて主張する某新聞あたりが世界最大の発行部数を誇る日本のオピニオンリーダーとも目されているくらいですから、それは我々の権利は不当に抑圧されていると主張する不逞な医者(笑)が出てくるのもやむなしといったところでしょうか。
そうは言っても人として労働者として他の人々と同様の権利が認められるべきなのは医者においても当然のことなのであって、逆に言えば医者だからこれくらい当然だ、黙って我慢しろなどという話は今の人権尊重の時代にあっては通用しないということは言うまでもないことですし、医者の側も主張すべきは主張する義務があるわけです。

その意味で世の中を眺めてみますと先日はこんな記事が出ていましたが、皆さん気を止められましたでしょうか。

滋賀医大病院 医師193人超過勤務 労基署是正勧告、改善されず(2009年7月11日付読売新聞社会面)

滋賀医大付属病院(大津市)が、勤務医約190人に月60時間以上の超過勤務をさせたとして、大津労働基準監督署から昨年末に是正勧告を受けたにもかかわらず、状況を改めず、7月上旬に再び改善を指導されていたことがわかった。
全国的な医師不足が言われる中、大学は「患者が第一の業務なので、ただ労働時間を減らすというのは、すぐには難しい」としている。
同大学などによると、昨年10月末に同労基署の調査があり、常勤医師193人について、労使交渉で定めた勤務時間を超えている実態などが確認されたとして、同労基署が同年12月上旬に是正勧告を行なった。
その後、同労基署は改善状況を確かめるため、7月上旬に再び調査を実施。超過勤務が続いていたほか、医師の宿直日数が基準の月4回を超えていることなどを挙げて、「改善がみられない」と指摘したという。
病院関係者は「医師の増員が追いつかず、労働環境は厳しくなるばかり」と訴える。大学は勤務実態を詳しく調べ、医師らの声も聞いて、改善を図る方針。

昨今では労基署もようやく医療現場の違法行為に対してツッコミを入れるようになったらしく、近年相次いでこの種の記事が出てくるようになりましたが、滋賀医大の場合はいささか状況がよろしくありません。
こちら「滋賀医大超勤未払い問題報道一覧」なるものをご覧いただいても判るとおり、既に2005年から労基署に是正勧告を出されているにも関わらず全く改善を行っておらず、このたび再度の是正勧告を受けながら「すぐには難しい」などと開き直っているというのですから悪質と言うしかありませんね。

滋賀医大というところは2004年から独法化されているのですが、どうもこの頃から労使間のトラブルが頻発していて、大学側は「超勤は45時間まで!」と言い、職員側は「それ以上働いてるんだから給料払えよ!」と反論し、これに大学側が「超勤命令簿に書いてないんだから払わないよ~ん」と言い返すといった塩梅で、何やら子供の言い合いじみた様相も呈しているようです。
もっとも2005年当時は赤旗の記事などの雰囲気を見ても判るとおり、訴えた教職員ら469人の内訳として看護師が354人、事務局が90人と言いますから、ハハンこれは独法化で民間並みに給与を改定された方々が「給料下がったぞ!どうしてくれる!」と大騒ぎしたんだなと察しがつくところではありました。
これに対して今回の記事はわざわざ「勤務医」「常勤医師」と名指しされている訳ですが、背後を読み解いてみますと看護師、事務局らの待遇改善のツケが医師らに回ってきたということなんだろうなと想像できますね。

しかしこうして見ますと、いかに独法化しようがやはり大学病院は大学病院の体質そのままなのだなとの思いを新たにするところで、こういう施設が地域の病院からかき集めた多数の医師を抱え込んで、患者さまの車椅子押しや薬・フィルムの運搬に日夜無給で医師達をフル活用しているわけですから、それは確かに日本全国どこにいっても医師不足にもなるだろうとは感じられるところですよね。
看護師、事務局らに対してはちゃんと改善出来たと言うことであれば、同じ労働者として医師らにも当然に同様の待遇改善を要求する権利はあるはずですから、それが出来ないということであれば法的ないし社会的に相応の制裁というものを受け入れていただくというのも当たり前の社会のルールというものですよね。
滋賀医大にしてもそれなりに経営は厳しいでしょうから、いっそ赤字削減などと思い悩む必要もなくなるくらいの大胆な決断をこの際ですから一つやらかしてみていただくのがよろしいのかも知れませんね。

さて、滋賀医大に限らず医師不足問題というものは実際に厳しいものがありますが、こちら宮崎でも妙なことで有名になったこんな記事がありましたことはご記憶かと思います。
いちおうデリケートな話題ですので当該の方の名前は仮名に改めさせていただいて引用してみましょう。

学生流出 歯止めに力(2009年04月02日朝日新聞)

 昨春、宮崎大学医学部を卒業した○○さん(26)は熊本市の済生会熊本病院で研修中だ。
 社会に貢献したい、との思いから医師を志した。出身地の熊本大学医学部を志望したが、「(入試が)ちょっと難しかった」
 宮大側からは、宮崎に残るよう暗に促されたという。それでも、卒業後の研修先は「医療設備などが充実している環境で働きたかった」と、宮崎を離れた。
 医学部卒業後の研修先を自由に選べるようになったのは、新しい臨床研修制度が始まった04年。以前は、卒業した大学の医局で研修を積むのがセオリーだった。
 大学卒業後も同じ都道府県にとどまる医師は、全国平均49・1%(08年度の文部科学省調べ)に対し、宮崎は20~25%。全国で最も低い。出身地の大学病院に行ったり、都市部の施設を選んだりした結果だ。
 ○○さんは今、整形外科を担当。1日2~3回は交通事故や労働災害による外傷や骨折治療の手術に立ち会い、最先端の技術を学ぶ。「ここを選んで良かった。宮大は医師免許取得の合宿所といったところ」と話した。
 宮大は、医師不足が深刻な県立延岡病院にも医師を派遣している。しかし、その宮大からも医師の卵たちは流出。結局、医局そのものの医師が足りず、派遣先から引き揚げざるを得なくなる。

黙って記事を一読してみますと、なんだか今風と言いますか、えらく軽い人がいるんだなあという印象を受ける記事ではないでしょうか?
新卒の意識なんて実際のところそんなものと言えばそんなものというのも一面の事実ではあるのでしょうが、逆にそうした裏をしっていない一般の読者ほど「なんだこいつは!こんな輩に数千万の税金がつぎ込まれているのか!けしからん!」なんてまたぞろ妙な勘違いを招きかねないところではありますよね。
実際に当時ネット上では「なんかお馬鹿っぽい研修医がいるぞ」と妙に話題になったこの記事なんですが、実は2週間ほどたってひっそりとこんなお詫びの記事なるものが掲載されています。

おわび 「医師不足の現場から 下」(2009年04月14日朝日新聞)

 2日付の連載「医師不足の現場から 下」の記事には事実誤認があるなど、取材、紙面化の過程に問題があったことが分かりました。研修医の○○さんに関する記述については削除します。○○さんや宮崎大学などの関係者の方々にご迷惑をおかけしたことをおわびします。宮崎総局は、報道にかかわる人権侵害を救済するための朝日新聞社の第三者機関「報道と人権委員会」(PRC)にこの問題の解決を求めて、申し立てを行うことにしました。結果については、後日、紙面でご報告します。

当時はいくらなんでもあの内容では宮大関係者あたりからクレームでもついたのかと軽く流していた話ですが、実は御本人が以下の如くこの件について「捏造記事である」とはっきり明言されているのですね。

朝日新聞記事について(某所掲示板)より転載

 ご無沙汰しております。14の○○です。
 先日、朝日新聞宮崎総局から私が勤務する済生会熊本病院へ【宮大出身研修医の研修ぶりについて】取材したいとの申し入れがあり、病院として取材を受けましたところ、取材内容と全く異なる記事を一度の確認もなく掲載されてしまいました。また実名・写真についても承諾なく無断で掲載されております。取材時に、掲載前の内容確認と、その内容によって実名や写真の掲載を私個人と済生会熊本病院が判断することを約束していましたが、全く連絡はありませんでした
 即日、宮崎大学と済生会熊本病院から朝日へ抗議したところ、社内調査が行われ、取材時の記者の取材メモと全く異なる記事であることが全面的に認められました。朝日新聞西部本社の報道センター長や広報室長等から直接謝罪を受け、宮大医学部の教授陣にも記事の経緯について説明の上謝罪されております。また記事も全文削除されております。
 しかし一度掲載された記事である以上、記事をご覧になったOB・OGの方や現役部員の方はさぞかし不快な思いをされたことと思います。マスコミは発言のニュアンスを変化させたりと、記事を歪曲する可能性があると考え、注意深く取材を受けたつもりでしたが、まさか、全文にわたって取材内容と異なる捏造記事を掲載されることになるとは不快を通り越して驚愕でした。
 今回の件は記事の内容捏造ばかりでなく、実名や写真の無断掲載など法律にも抵触する悪質なものでしたので、朝日からの申し出で【報道と人権委員会】の調査と人権救済を受けることになっており、現在調査が行われております。
 記事をご覧になった方に不快な思いを与えてしまい申し訳ありません。また心配して連絡を下さった方々、本当にありがとうございました。
 取材では宮大のポリクリ・クリクラが他大学より実地的であることや、グルコンの仕組みなど詳細にお話しし、親身で熱心な教育体制の充実を記者へ充分に伝えたつもりでした。しかし結局は記者が初めから書きたかったように完全に捏造されてしまいました。今回の取材は済生会熊本病院の広報室の立ち会いのもと行われたため、捏造であることがすぐに証明されたことは幸いでした。
 今後の人生でマスコミからいかなる取材の申し入れがあっても決して受けません。また、皆様にも、大手マスコミでもこのようなケースがあることをお知り頂き、気をつけて頂ければと思います。

この内容が事実であるとすればよくもまあこうまでデタラメを…と思わされるような話なのですが、上記文中にもあります通り第三者の立ち会いがあったからこそ判明した話であって、これが密室などであれば約束すら平気で反故にする朝日新聞社のこと、どこまでも知らぬ存ぜぬでとぼけ切られていただろうことは想像に難くありません。
読めば読むほど御本人にとっては好意の取材のつもりがずいぶんと高い授業料についたなと思わされる話ではありますが、同時に全国の医療関係者もこれを他山の石としてうっかりとした対応など間違っても取らないように、朝日に限らず取材を受ける際には文書による確約や録画録音といった証拠保全の準備をしておく方が良いのかなという感じでしょうか。

ところで上記文中にもありますようにこの件、これだけのデタラメブリを発揮した以上は当然のことながら公に取り調べが行われることになったということなのですが、その結果がそろそろ出てきているようなのですね。
まずは同社の恥ずかしい事後報告記事から見てみますとこんな感じですが、わざわざ「見解の全文」の掲載アドレスをコピペもワンクリックも出来ないよう全角リンク無しで表示しているあたり、同社の不満たらたらな姿勢があからさまに透けて見えるようで素敵です(苦笑)。

研修医めぐる記事に「報道と人権委」見解(2009年07月11日朝日新聞)

 朝日新聞社の「報道と人権委員会」(PRC)は10日、宮崎版の連載記事「医師不足の現場から(下)」(4月2日付)について、記事に登場する研修医の名誉や信用を著しく棄損している、とする見解を決定した。見解は、記者の思い込みから事実に反する記事の掲載になった、と指摘している。

 審理の対象になったのは、宮崎大学医学部を卒業し、済生会熊本病院で研修している○○さんに関する記述部分。○○さんは、発言していない言葉を自分の言葉として書かれるなど、発言の趣旨が著しくゆがめられて報じられたと主張していた。朝日新聞社宮崎総局は、○○さんの主張を大筋で認めて「おわび」(4月14日付)を掲載した。だが、朝日新聞社側の対応をめぐって意見の対立が解けず、双方が委員会に申し立てていた。

 見解は「宮大は医師免許取得の合宿所といったところ」など、○○さんが発言していないことを本人の言葉として書いたことを、記者の職業倫理に反するなどと批判。その他の記述でも、記者が思い込みから、○○さんの発言を都合よく解釈したり、拡大して受け取ったりした結果、誤報になったと判断した。また、掲載される記事内容を事前に○○さんに確認するという約束を、記者が守らなかったことも、職業倫理に反している、としている。

 さらに、こうした誤報が掲載された原因について、記者を指導する立場の総局長らの責任も大きく、「合宿所」などを○○さんの発言した言葉として掲載すれば、○○さんの社会的信用が傷つくことへの感性が欠如していた、と述べている。

 最後に、掲載された「おわび」の内容では、読者への説明や名誉・信用の回復が不十分であるとして、朝日新聞社に対して、記事が○○さんと宮崎大医学部の名誉と信用を傷つけたことを認めるよう求めている。

 PRCの委員は、本林徹・元日弁連会長、長谷部恭男・東大大学院教授、藤田博司・元共同通信論説副委員長の3氏。

      ◇

 見解の全文は、朝日新聞社のサイト(http://www.asahi.com/shimbun/prc/20090711.pdf)に掲載しています。

(略)

■大学と私への誤解を解いて
○○さんの話 今回の記事で、大変な精神的苦痛を感じていました。PRCの見解で、宮崎大学と私への誤解が解かれることを望みます。また、この見解を朝日新聞社が真摯(しん・し)に受け止めて、信頼される新聞づくりの糧にされることを期待します。

■真摯に受け止め、今後に生かす
宮川政明西部本社編集局長の話 ○○さんと宮崎大医学部の名誉と信用を傷つけ、済生会熊本病院にもご迷惑をおかけしたことをおわびします。見解の指摘を真摯に受け止めて、今後の記者の教育・指導に生かし、信頼される紙面づくりに努めていきます。

ちなみにこの「報道と人権委員会」というものは同社によれば、

朝日新聞社が発行する新聞、雑誌などの取材・報道で、名誉を傷つけられたり、プライバシーを侵害されたりなどの人権侵害の訴えや疑いがある場合に、社外の識者の目で公平に迅速に判断し、問題の解決を図る「第三者機関」です。2001年1月に設置しました。

なんだそうですが、そのメンバーというのはこちら御三方です。
昨今では何事にも疑い深くなければならないご時世ですので、念のため御三方の言説に関して何かしら参考になりそうなリンクをごく適当に見繕って張ってみました(本当に適当で申し訳ないですが)。

本林 徹氏 (弁護士)
長谷部 恭男氏 (東大大学院教授)
藤田 博司氏 (ジャーリスト)

さて、これら御三方の結論になるところの「報道と人権委員会」のレポートについても、少しばかり長くなるのですが見てみましょう。

宮崎版「医師不足の現場から㊦」についての申し立てに対する見解 (2009年7月10日朝日新聞社報道と人権委員会)より抜粋

3.主な記述上の問題点と委員会の判断
 ○○医師側は、以下の4点について発言内容と違っていたり、発言の趣旨が著しくゆがめられたりしており、「捏造したとしか思えない内容だ」と主張している。一方の朝日新聞社(宮崎総局)側は、大筋で○○医師側の主張を認め、記述の誤りは「記者の取材での思い込みや確認不足などに起因するもの」と説明している。○○医師側の指摘の順に従って、記述内容を検討する。

(1)「ここを選んで良かった。宮大は医師免許取得の合宿所といったところ」と話した。
イ)○○医師側主張
 牧野記者が「宮大は医師免許取得の合宿所という風に言う人もいますよね」と発言したので、「そういう風に言う人もいます」と答えた。その後は、宮崎大学の教育が充実していることを話した。宮崎大に「ネガティブな思いはありますか」との質問には「ありません」とはっきり答えた。
ロ)朝日新聞社側主張
 取材のとき、「言ってみれば宮崎大学は医師免許取得の合宿所みたいな感覚なんですかね」という質問に、○○医師は「そうですね」と答え、それを「同意」と受け取った。○○医師は「そういう風に言う人もいます」という言い方はしていない。○○医師が「合宿所」という言葉を使っていないのは事実だ。
ハ)委員会の判断
 牧野記者は聞き取り調査で、「同意」と受け取った理由について、やりとりした時の雰囲気が宮崎大に否定的だったためと述べている。しかしながら、牧野記者は委員会のヒアリングで、○○医師が宮崎大について批判的な発言をしなかったことを認めている。このことは、取材メモや初稿には、○○医師が語った宮崎大の医学部教育の充実ぶりが多く記述されていることからも裏付けられる。
 取材では、○○医師は宮崎大の医学部教育の充実ぶりを強調したと認められ、○○医師が「そうですね」と答えたという牧野記者の主張には疑問を覚える。しかし、たとえ○○医師の答えが「そうですね」であり、それを「同意」と受け取ったとしても、さらに質問を重ねて、同意と受け取ってよいかどうか、また「宮大が合宿所」を○○医師の言葉として使っていいかどうかを確かめて、明示的に同意を取り付けるべきだった。
 本人が発言していないことを、本人の言葉として使うことは、記者の職業倫理に反し、牧野記者の行為は許されない。

(2)出身地の熊本大学医学部を志望したが、「(入試が)ちょっと難しかった」。
イ)○○医師側主張
「大学受験だから、自分の学力に合ったところを選んだ。宮崎大か佐賀大かで迷った」と答えた。「熊大」は口にしていない。宮崎大に通っている知り合いが多く、宮崎大の良さを聞いていたことは話した。そもそも、熊本大は志望していない。
ロ)朝日新聞社側主張
「なぜ熊本出身のあなたが宮大を選んだのですか」と質問すると、○○医師は「熊大が難しい場合は、九州で医学部を探そうと思ったら佐賀大か宮崎大になるんですよ」と答えた。草稿では「熊本大はちょっと難しかったですからね」と表記したが、表現にあいまいさが残るため、指導役の先輩記者らとの間で推敲を重ねるうちに表現が変わってゆき、最終的に「志望したが、『(入試が)ちょっと難しかった』」との文言になった。志望した事実があるかどうかを確かめずに、○○医師の言葉を勝手に解釈した結果だ。
ハ)委員会の判断
「熊大が難しかった場合」と発言したかどうかにかかわらず、○○医師が熊本大を志望したことを裏付ける事実はない。牧野記者の思い込みと、○○医師の発言を勝手に解釈したことから生じた記述と認められ、記事の表現は事実に反している。

(3)宮大側からは、宮崎に残るよう暗に促されたという。
イ)○○医師側主張
 学生を集めた場で、大学側から「宮崎に残ってほしい」といった内容の話があったことを話した。「暗に促された」というのは事実に反する。
ロ)朝日新聞社側主張
「暗に」という後ろ暗い印象を持たれかねない表現は不適切だった。宮大は「暗に」ではなく、学生を集めた場で「公に」県内定着を働きかけている。
ハ)委員会の判断
 宮崎大医学部では、大学側が学生を集めて宮崎で研修するメリットを説いたことは、双方の主張から明らかであり、「暗に」の表現は不適切である。

(4)卒業後の研修先は「医療設備などが充実している環境で働きたかった」と、宮崎を離れた。
イ)○○医師側主張
 宮崎や宮崎大と熊本や済生会熊本病院を比較しての発言ではなく、若い医師は医療設備が充実した病院で働きたいと考える人が多いという一般論を述べた。熊本に戻ったのは、女性医師として続けるには家族のサポートが必要だと考えたからだ。「済生会病院の医療設備が充実している」と話したが、宮崎大の設備を非難するような発言はしていない。
ロ)朝日新聞社側主張
「なぜ熊本、なぜ済生会を」との質問に対し、○○医師は「地元であること、家族や親戚がたくさんいること」をまず挙げた。「宮大病院と比べてここ(済生会)はどうですか」との牧野記者の質問に、○○医師は「ここは入り口を入ってすぐ吹き抜けになっていたり、大きな絵があったりして立派でしょ。宮大は、牧野さんも知っているように、ああいう感じですよね」「(済生会病院は)患者数も多いし、先端的な技術がある。各ステージに合わせて最新の機器がそろっているんです」と答えた。今から思えば、○○医師の発言は、済生会熊本病院の良さの説明や、「一般的に学生はこうだ」という趣旨だったと思う。
ハ)委員会の判断
 文章全体の流れから、○○医師が宮崎大と比較して、医療設備や研修環境の整った済生会熊本病院を選んだように読める。しかし、○○医師への聞き取り調査やヒアリングから、熊本に戻った主な理由は、女性として医師を続けるためには、周りのサポートが必要と考えたためであり、熊本県内で済生会病院を選んだのは、設備が充実していたことや他の病院と比べて研修プログラムが合っていたからだと認められる。○○医師が宮崎大と済生会病院を直接、比較したと認めるだけの事実はなく、記事の表現は不適切である。

こちらを見てみますと、要するに記者の主張なり結論なり先にありきで発言を歪曲しているばかりではなく、しばしば有りもしない発言をどこからか捏造して記事としているといった話であり、当事者である記者ですら自ら行いの誤りを認めているくらいですから、それは取材先が怒るのも無理はないと思わされる話です。
しかしむしろ注目すべきはこの後の部分で、取材先の方では「記事の事前確認」を要求しているはずなのに全く音沙汰もないまま勝手に捏造記事を掲載されてしまったその経緯にこそ問題の根の深さがあるのではないかとも感じられるのですね。

(5)記述についての委員会判断のまとめ
 牧野記者の取材メモ、初稿の内容、聞き取り調査やヒアリング結果からみても、取材時に○○医師が宮崎大医学部について否定的発言をした形跡は見られず、むしろ、○○医師が宮崎大の医学部教育の充実ぶりを強調したと認められることは、前述した通りである。記述内容は、○○医師の話した趣旨に著しく反しており、「捏造記事」と○○医師が批判するのも理解できる
 しかしながら、記事掲載日に○○医師に連絡していること、○○医師から抗議を受けて即座に記事の誤りを認めていること、初稿には宮崎大の医学部教育の充実ぶりが書き込まれていること、聞き取り調査やヒアリングでの牧野記者の態度などからみて、「捏造」とまでは認められない。自分の強い思い込みから、○○医師の発言を都合よく解釈したり、拡大して受け取ったりした結果、誤報になったものと判断される。

4.掲載内容、実名、写真掲載の事前確認について
イ)○○医師側主張
 牧野記者は最終的に掲載記事の内容を確認したうえで、実名・写真の掲載を判断してもらえばよいと発言し、事前確認を約束した。その際、事前確認には条件はついていない。取材を受けたとき、掲載が延期になるという連絡を受けたときにも事前確認を求めた。しかし、一切、事前の連絡はなかった。写真については、事前確認の際に掲載を断るつもりでいた。
ロ)朝日新聞社側主張
 取材の際、○○医師は「これって名前が出るんですか」と気にしていた。牧野記者は「そうお願いしたいと考えています。ただ、微妙な問題が絡むので、きわどい内容を書くときは読んでびっくりすることがないよう事前にお伝えします」と答えた。牧野記者は、取材で○○医師が話した家族のことなどを「微妙な問題」としてとらえ、「微妙な問題」に関する記述が原稿にないため、事前に記事内容などの確認の連絡をする必要はないと判断した。牧野記者は相手が確認をどのように理解していたかを考えるべきだった。
ハ)委員会の判断
 取材の席で確認を約束した際に、牧野記者が前提条件を付けたとしても、○○医師がその条件を認識していなかったものと認められる。しかも、取材時のほか、取材を申し込んだとき、取材後に掲載時期の延期を連絡したときにも、済生会熊本病院から記事内容などの事前確認を求められていた。
 本件記事が実名・写真付きで掲載されれば、○○医師の社会的信用が失墜することは十分、予想されたうえ、記事の内容について事前確認を行っていれば、誤報は防げたはずである。実名・写真、記事内容の事前確認を、複数回にわたり○○医師側から求められ、それを約束していたにもかかわらず、怠ったことは記者の職業倫理に反している

5.取材・紙面化過程の問題点のまとめ
 牧野記者は、宮崎大医学部学生の宮崎県内出身者の比率が低下するとともに、卒業生の県外流出が増加していることから、同大学医学部に対して否定的印象を持っていたことが、聞き取り調査やヒアリングからうかがわれる。本件連載記事を取材し始めた初期の段階で、複数の取材先で聞いた「宮崎大医学部は医師免許取得の合宿所」という言葉で、さらに否定的印象を膨らませ、この言葉を本件記事のキーワードとして使おうと思っていたこと、この思いは指導役の先輩記者も共有していたことが認められる。
さらに、取材した際にも、宮崎を離れた○○医師も宮崎大医学部に対する否定的見方をしているという、一方的な思い込みが、自分の発言である「合宿所」という言葉に○○医師が同意したと受けとめたことにつながった。この思い込みは、○○医師と宮崎大医学部への否定的評価を結びつけた記述になったこと、初稿の段階では、宮崎大医学部の教育の充実ぶりが多く書き込まれていたにもかかわらず、先輩記者との間で原稿のやりとりをするうちに、その部分がそぎ落とされていったが、それを「原稿がよくなっていった」(牧野記者)と思ったことにもつながったことがうかがわれる。
 また、牧野記者は取材記者の経験が約2年半であり、先輩記者や取材・出稿の責任者である次長、総局の運営を担う総局長の責任も大きい。
先輩記者は、牧野記者の取材から原稿執筆までを指導していた。しかし、○○医師への取材時の模様や、「宮大は合宿所」などの言葉のやりとり、実名や写真を掲載することについての同意の取り付けについて、牧野記者に報告を求めなかった。そして、前もって牧野記者との間で作った記事の枠組みに沿うよう、原稿を書き直すたびに、宮崎大医学部への否定的記述をさらに強め、○○医師の話した趣旨からますます離れていったことが認められる。
この間、次長も当時の総局長も、本件連載が、医師不足という重いテーマを扱うのにもかかわらず、牧野記者の経験不足や力量を気にしながら、本件記事の企画立案から取材、原稿作成の指導を先輩記者に任せたままで関与しようとしなかった。
 医師の場合はとりわけ、母校や同窓会、同級生とのつながりが深い。宮崎大医学部について、「合宿所」など医療関係者の間では侮蔑的に使われている言葉を、○○医師の言葉として掲載すれば、○○医師の社会的信用が深く傷つくことは容易に想像できる。まして、○○医師は取材協力者であり、しかも宮崎県の隣で研修しているのである。ところが、牧野記者をはじめ先輩記者や次長の誰にも、当然持つべき感性が欠如していたと言わざるをえない。

記者があらかじめ予断を持ってそれに対して都合の良い証言を「捏造」する、そしてそれを誰一人是正する者もなく、むしろ社としての認識の赴くまま偏向の振幅を一層拡大させながら紙面へと載せてしまう。
それも事前に取材先と約束したはずの話すら一方的に反故にしてということであれば、これは記事つくりの体制として同社の体質そのものに大いに問題なしとしないところです。

委員会では担当記者の未熟さをもってむしろ上司らの責任こそが大きいと主張しているようにも取れますが、ここで注目すべきはたかたか経験二年半といういわば若輩(失礼)がこのような予断をもって記事を書く、そして取材先の意向など全く無視して構わないのだという同社流の考え方を既に濃厚に身につけているという点なのではないでしょうか?
そしてそれが取材する者の態度としておかしいのだと言う認識を組織の中で誰も持っておらず、しかも若輩記者の不十分な取材を更に同社流に味付けして掲載してしまう体制となっていたというのであれば、それは確かに同種の事件が幾らでも再発しても何ら不思議ではないのも道理ですよね。

この捏造の背景にあったのが当該記者を初め朝日新聞社の持っている医師という存在に対する社としてのイメージであり、それ故にこそありもしない「朝日にとって好ましい発言」が記者の空想の世界から幾らでも飛び出して来たのだと考えるならば、現場の人間がどうこうといった話ではなく背景にある同社の立ち位置こそが問題となってきます。
「当然持つべき感性が欠如していた」と言いますが、当然持つべき感性とは何かということを当事者の誰もが理解していないのではないかという点にこそ、繰り返される朝日新聞社の捏造問題の根があるようにも感じられるところですがどうでしょうか?
朝日が二度とアサヒらないようにするためにはこうしたレポートで小手先の謝罪と反省の真似をしてみたところで意味はなく、よほどの決意を持って社内体制を根本的に変革していくか、それとも同社の存在自体を地上から精算してしまうしかないのかも知れません。

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2009年7月13日 (月)

「報恨以仁」と言い切れる人間などそうそういないのも確かなので

本日まずはこちらの記事から紹介してみましょう。

開業医が拠点病院診療 休日に“応援” 人手不足補う(2009年7月12日東京新聞)

 医師不足が深刻な拠点病院で、地元の開業医が夜間や休日に応援診療をする取り組みが各地で広がっている。病院がなくなると地域医療が崩壊するという危機感が背景で、病院側も大歓迎。応援診療を助成する自治体も出始めている。

 「食事時間すらなかった勤務医の負担が大幅に軽減された」。伊那中央病院(長野県伊那市)の藪田清和事務部長は応援診療を高く評価する。同病院の地域救急医療センターでは二〇〇七年六月から、地元医師会の開業医が午後七~十時に軽症患者を診療している。

 病院は七人いた救急専従医が三人に急減。二十四時間救急の維持が困難となり医師会に協力を求めたのがきっかけだった。専従医が六人になった現在も開業医約二十人が交代で診療を応援している。

 報酬は一回五万円。病院側の支出は年間約二千五百万円と決して少なくないが「若手医師がベテランの開業医から診療方針の意見を聞く機会にもなっている」と予想外の効果もあるという。

 徳島県医師会は今年六月、県内三カ所の公立病院、診療所で夜間や休日の応援診療を始めた。同会の大塚明広副会長も月一回、車で二時間以上離れた県立病院の休日診療を担当。「拠点病院がなくなれば開業医は患者を紹介する先を失う。大学医局の医師派遣システムが機能しない今、病院と開業医の連携は重要」と強調する。

 埼玉県は〇八年度、応援診療への助成制度を創設、これまでに民間を含む三病院の小児救急に導入した。県の担当者は国に対し、応援診療を促進するため診療報酬上の算定基準を新設するよう求める。しかし「通常の診療も抱える開業医の負担は大きく、応援診療は“対症療法”」とも指摘、医師不足の根本的解消が必要と訴えた。

開業医の応援というやり方は昨今ちょっとした流行のようですが、これが実際に運用する場合にはなかなか難しいことになるという場合も多いようです。
たとえば開業医が当直をして拾い上げた入院患者を翌朝には当然に常勤の勤務医が引き継ぐということになるわけですが、こうした場合に限らず他人の患者を引き継ぐというのは割合気を使うものなのですね。
良くある事例として初診の先生から「大変です!これはすぐ入院しないと!」なんてことを言われて入院した患者を引き継いでみると別に大したことはない、そもそも入院適応があるのかどうかも判らないくらいなのに患者の方では大変だと聞いているから大騒ぎしている、さてどうしたものかといった状況があります。
一般に開業医より病院勤務医の方が普段重症患者を見慣れているので「まだこの程度なら」と腹が据わっているということもあるのでしょうが、実際にはもう少し生臭い人間関係もあるようなのですね。

ひと頃の病診連携なんてことが盛んに言われていた頃から既に言われていたことですが、開業医の側とすれば「俺の一声であそこの病院にベッド取らせたから」と患者にいい顔をしたい、一方病院勤務医の方では本当の重症でも空ベッド待ちの患者が列をなしているのにどうでもいい患者でベッドを埋められては困ると、地域によってはそれなりの病診対立の構図が生まれていたりもします。
特定の開業医が送ってくる患者がどれもアレな症例ばかりということになれば受ける勤務医の側もいずれ「ははん、またあそこの大センセイか」と引き受けたがらなくなるのは道理ですが、そうなりますと開業医の方から病院当局に「お宅の医者は紹介患者も引き受けんのか!うちから今後一切紹介しなくてもいいと言うことか!」なんてクレームが入ったりする。
昨今の経営環境悪化で病院の上の方では「どうぞうちへ紹介お願いします」なんて開業医回りをしていたりするから話がややこしいのですが、こうなりますと現場医師と上層部との力関係でお断りオーケーと公認されるか、それとも医者がさっさと病院を辞めるかということにもなってきます。

近ごろではどこの病院も医師不足ですから、よほどアレな医者ででもない限りはそれなりに穏便なところで落としどころを見つけようと関係者一同努力するわけでしょうが、やはり今の時代はいざというとき病院当局が配下の勤務医をどれだけ守ろうとしているのか、その姿勢を当の勤務医に見せられるかということも病院の求心力として大きなポイントになってきているわけですね。
その意味では医者にとって究極のトラブルとも言える医療訴訟に際して病院がどれだけ医者を守る姿勢を示すことが出来るかということは非常に重要なことであり、一方で全国数多の公立病院では過去「訴訟?当局は一切関知いたしませんが何か?」という姿勢を示し続けてきたことが現在の公立病院の惨状をもたらした一因とも言えるかも知れません。

このあたりの事情をおさらいしておく意味で、少し古い事例ながらこういう話もあって興味深かったので紹介しておきます。
横浜市救急医療センターで応援に入っていた小児科開業医師が診察をした患者が帰宅後に急変して亡くなった、民事訴訟となって一審では訴えられた市側が敗けたという古い事件があったのですが、ちょうど弁護士の森山満氏がこの地裁判決について解説を書いているようですので、まずこちらを引用させていただきましょう。

行列のできる医療訴訟相談所(森山経営法律事務所弁護士森山満氏記事)より引用

かぜと診断したら急性喉頭蓋炎で、重度の脳性まひに

事例ある政令指定都市で、公設の夜間専用の救急医療センター(当番制で開業医が詰める診療所)に、10歳の子供が発熱、息苦しい、吐く、たんが出ることなどを訴えて来院しました。

  担当医は急性咽頭気管支炎(かぜ)と診察して、「のどが少し赤いけれど大丈夫だよ」と子供に声をかけネブライザーの施行と抗生剤を処方して帰宅させたのですが、実はこの子供は急性喉頭蓋炎で、帰宅してから窒息状態となり心肺停止状態になりました。すぐ救急車を呼んで病院に運び込んだのですが重度の脳性まひになり、家族が損害賠償請求訴訟を起こしました。

横浜地裁判決(平成17年9月29日) 一時金約1億円、付添介護費用28万円~56万円/月を死亡時まで支払え

  この事例も前記の心筋梗塞の見落しと同様、誤診類型に属するものです。

  急性喉頭蓋炎は、わが国では小児には稀な疾患とされ、この事例の担当医も15年の経験の中で一度も経験したことがなかったためか、頭から急性喉頭蓋炎を疑っていなかったようです。しかし、判決では、急性喉頭蓋炎が嚥下障害などの進行してからの特徴的な症状は初診時には現れていなかったものの、初期症状としては矛盾しないので、急性喉頭蓋炎の可能性を考えなかったこと、子供を帰宅させてしまったことには過失があるとしています。

  医療水準の問題としては、急性喉頭蓋炎の臨床経過の理解のほか、どれほど確率が小さい疾患であっても小児科医として常に念頭に置いておかなければならない疾患といえましょう。

  本件担当医は不幸にして「落とし穴」にはまってしまったわけですが、裁判所は重篤な疾患の誤診は基本的に許さない態度を採っている点は注意が必要です。

「重篤な疾患の誤診は基本的に許さない態度を採っている」と言えば、かつてNEJに掲載された「賠償金が支払われたかどうかと、事故・過誤の有無とはまったく相関しなかった」「賠償金額の多寡は医療過誤の有無などとは相関せず、患者の障害の重篤度だけに相関した」という衝撃のレポートを思い出させるような話ではありますね。
もっとも上記判決が出た頃はまさしく医療訴訟の判決が一番厳しい時期だったとも言えて、その後は御存知のように医療を取り巻く諸環境の色々な変化もあって、現在も同様な方針で判決が下されているのかどうかは明らかではありません(昨年頃から患者側勝訴率が急降下しているという話もあるようですが、何らかの変化を示すものなのかどうか?)。

いずれにしても自治体の医療機関絡みの訴訟ともなればたいていは簡単に賠償判決を受け入れてしまうというのが常なのですが、この場合は珍しく控訴することになり高裁で逆転判決が出たわけですね。
これも一般のマスコミではあまり取り上げられていなかったようで、こちらのサイトから引用させていただきましょう(元々の記事はひと頃大騒ぎになった(自称)医師のみが入れる某サイトからのようです)。

急性喉頭蓋炎で死亡した裁判で、原告逆転敗訴に。(2008年12月30日ブログ記事)より抜粋

ミス認めず患者逆転敗訴 横浜の救急医療施設

 横浜市救急医療センター(同市中区)で1999年、診察ミスが原因で全身にまひが残ったとして、当時4歳だった少年(14)と両親が約1億4000万円の損害賠償などを求めた訴訟の控訴審で、東京高裁は26日、約1億円と月々の介護費用などの支払いを命じた1審判決を取り消し、原告逆転敗訴の判決を言い渡した。

 1審横浜地裁判決は「担当医は気道閉塞を起こす恐れのある急性喉頭蓋炎に気付くべきだった」と医療ミスを認めたが、南敏文裁判長は「一般の小児科医の水準から、急性喉頭蓋炎発症の可能性を疑うべきだとはいえず、診察と後遺症の因果関係はない」と判断した。

 判決によると、少年は99年3月、のどの苦しさを訴えて受診。小児科医は薬を処方して帰宅させたが、翌日未明に一時呼吸停止となり、後遺症で全身まひになった。

横浜市の救急医療センターと言えば以前に指定管理者の件でゴタゴタがあることを取り上げたことがありますが、詳しいことは「新小児科医のつぶやき」さんでも取り上げられているようですのでご参照いただければと思います。
あの件も経費削減など運営方針を巡って市と医師会の間に色々と微妙な綱引きがあったとも言うのですが、いずれにしても従来から診療に協力する地元医師会との関係に気を使わざるを得ないという下地があっての話であるとも推測されるところです。

ところで控訴をするとなればその費用支出に関して市議会で承認を受けなければならないわけですが、その議事録を見てみますと「なるほど、この調子でどこの自治体もろくに控訴せずに判決を受け入れてきたのね」と納得できるような状況が露わなのですね。

平成17年 福祉衛生病院経営委員会(2005年12月19日横浜市会会議録)より抜粋

◇出席委員       12人
  委員長     高梨晃嘉君(民主党)
  副委員長    藤代耕一君(自民党)
  副委員長    加藤広人君(公明党)
  委員      酒井喜則君(自民党)
  委員      山田一海君(自民党)
  委員      吉原 訓君(自民党)
  委員      浅川義治君(民主党)
  委員      池谷泰一君(民主党)
  委員      川口珠江君(民主党)
  委員      高橋正治君(公明党)
  委員      杉山典子君(ネットワーク横浜)
  委員      荒木由美子君(共産党)
(略)

市報第13号 損害賠償請求事件に係る控訴の提起についての専決処分報告
○(高梨委員長) 当局の説明を求めます。
◎(岸本衛生局長) 一般議案書の17ページをお開きください。
 市報第13号損害賠償事件に係る控訴の提起についての専決処分報告について御説明いたします。
 本件は、横浜市を被告として提訴された損害賠償請求事件について、本市の損害賠償責任を認めた第1審判決を不服として控訴したことを御報告し、御承認を願うものでございます。
 最初に、20ページの事件の概要をごらんください。
 この事件は平成11年3月27日に、横浜市救急医療センターを受診した当時4歳の原告谷田部拓巳が、診察に当たった小児科医村田篤の注意義務違反により後遺症が残ったとして、平成14年3月27日に、原告谷田部拓巳及びその両親が横浜地方裁判所に損害賠償の請求の訴えを提起したものであり、平成17年9月29日に第1審判決がありました。
(略)
 第1審判決では、横浜市救急医療センターにおいて、村田篤が被控訴人谷田部拓巳を診察した際、被控訴人拓巳の主訴及びその症状等から想定される病状に対応できる病院に転院させる等の注意義務を果たしておらず、その結果、被控訴人拓巳に後遺症が残ったとして、横浜市救急医療センターの設置者である横浜市及び診察を行った村田篤の損害賠償責任を認めました。しかし、村田篤は適切な診察を行っており、注意義務違反はないことから、横浜市に損害賠償責任はないと考えられるので、東京高等裁判所に控訴を提起したものでございます。
○(高梨委員長) 質疑に入ります。
◆(杉山委員) 谷田部さんに対しましては、医療の問題でかなり判断の難しい部分があったかと思うのですが、医師のやりとり、私も訴状等読ませていただきました。医師は、また週あけにいらっしゃいという発言が記載されていましたが、その後の処置についてはどのような注意を行ったのか、病院を出てから、こういった場合には至急連絡するようにという文言があったかどうか、お伺いいたします。
◎(荻原地域医療政策部長) その辺についてカルテにも詳細は書いておりませんが、通常、必ず具合が悪いときは病院に来なさいということを申し上げておりますので、そういう形で裁判でお答えしております。
◆(杉山委員) 非常に難しいですが、現実的に数時間後には重度の障害を持つに至って呼吸が停止したという状況もありますし、親の身になって考えてみますと、病院へ通院した。その場は大したことがないと帰され、数時間後には救急車に乗るような事態になったということで、横浜市の責任は免れないと考えるのですが、その点についてはどのような御見解をお持ちになっていますか。
◎(岸本衛生局長) 今回控訴を提起しましたのは、判決にある急性喉頭蓋炎を起こして重度の障害が残ったということですが、それが予見可能な状況ではなかったと判断しておりまして、一部事実の誤認がある。したがいまして、急性喉頭蓋炎の予見がないと転送ということにもならない。そういう趣旨で控訴したということでございます。
◆(杉山委員) 貴重な税金でありますから、もう1回司法の診断を仰ぐという選択もあるかと団でも議論になりました。一つには救急医療センターを取り巻く小児科の背景で、軽度の方もかなり利用されているということがありますけれども、のどとか呼吸については細心の注意を医師は払っていくことが常識的になっていることも、私たちもお子さんをお持ちの幾人かの方に聞いたのですが、むしろ親が思っているより慎重な診断をなさるお医者さんが多いと伺いましたので、現実的にこういう結果になっているということで、私たちは市報第13号は反対いたします。
◆(荒木委員) 私もこの控訴に至る訴状と判決文も読ませていただきました。医学的な見地でいうと私たちは素人ですから、それがどうこうとは言えないというのが私たちの団の判断です。ただ問題だと思うのは、横浜市が救急医療センターの受託先として横浜市総合保健医療財団と委託契約を結んでいるのですが、その契約書の第11条で医事紛争の処理という規定があって、今回のようなケースで診療業務を実施するに当たって、医事紛争が発生した場合については、甲、横浜市は自己の負担と責任によりその処理に当たるときちんと明文化されている。ですから救急医療センターを開設する際にも、こういうことを想定されて委託契約を結んでいたと思うのですが、この点はどうでしょうか。
◎(岸本衛生局長) これは受託者との関係で、医事紛争については受託者である財団ではなくて、市が責任を持って対応して、責任がある場合は、その責任を市が負うということをうたったものでございます。
◆(荒木委員) 医師の診断がどうであったかというのが、この間の訴状とか判決文の中でも争いの争点になっていますけれども、基本的は救急医療センターを設置し、子供の症状に応じては適切な判断をしてきた上でも、こういう事故が起きることも、当然急変することもあり得るし、今回の症例は非常にまれなケースともお聞きしています。ただ、そうは言ってもかなり高位の障害を残してしまい、このお子さんを介護する保護者の気持ちも踏まえて、私たちも控訴すべきではないと団の中でも話し合いをしました。なおかつ、設置者責任ということで横浜市に損害賠償責任はないと考えるというところが、今回私たちはそうではなくて、医事紛争の処理ということでは横浜市が自己の責任を果たすという意味で、ぜひこの点については控訴をしないで、この判決の要旨を受けとめてほしいと考えています。私たちも控訴については反対いたします。

ここで留意していただきたいのは、控訴に反対している委員達の論点が適正な医療が行われていたかどうかではなく、単に結果の重大性に対する責任というもののみに言及したものであるということ、その意味で日本もまた前述のNEJのレポートにある通りの状況にあるのだと言うことが言えるのではないでしょうか。
自治体としてはいわばスポンサーである住民に現実に被害が出ているわけですから、どのような判決であれこれに従い誠意を示すというのも一つの考え方だろうとは思うのですが、その結果公立病院絡みで過去数多の「それはちょっとどうよ?」と思われる司法判断が確定してきたという歴史の積み重ねもあるわけですよね。
そして何よりこうして医学以外の領域での判断から事実関係を直視することを避けるように判決を受け入れてきた市や病院当局といったものに対して、とくに真面目に診療に当たってきた現場スタッフほど言いたいことも多かろうということです。

有名な亀田病院のテオフィリン中毒死(疑い)事件については医療業界でも非常に大きな話題となって、「新小児科医のつぶやき」さんや「産科医療のこれから」さんなどでも大々的に取り上げられたという経緯がありました。
世間からは何かと言われているようですが、あの事件で亀田の院長部長が担当医を全面的に擁護する姿勢を明確にしていた点は非常に評価すべきだと思いますね。
日々限度一杯と言うくらいの過酷な業務に追われている、そもそも人の生き死にを扱うという現場ですから日常的に心身のストレスはただならぬものがあると思いますが、そんな時だからこそ人間意気に感じるということで何とか頑張ってやっていけるものだし、背後から銃で撃ってくるような人々に滅私奉公しろと言われても無理なのは当然でしょう。

ささいな発言まであっという間に全国に晒されてしまうような時代であるからこそ、人間の素朴な感情に訴えかけるようなメッセージを現場に向かって発信できる施設ほど人が集められるようになるのでしょう。
何より内部の人間関係が怨恨と疑心暗鬼で凝り固まっているような施設でまともな医療が出来るとも常識的に考えがたいですから、そうした上下の信頼関係が強固な施設が栄えることは現場スタッフのみならず顧客にとっても良いことなんじゃないでしょうか。
その意味で医療訴訟だけではなく待遇面など今までさんざん他人の犠牲の上に良い思いをしてきた一部?公立病院あたりが、今の時代に医者やスタッフから見放されつつあるのも仕方ないのかなという気はするところですね。

医療従事者に限らず人間の自然な感情として他人を撃って(売って?)自分だけいい顔しようといった方々に良い気持ちは抱けないものですから、そういう「勧善懲悪」の物語を生暖かくヲチするのを嫌いな人間って決して少なくないのじゃないかとも思うところですがどうなんでしょうね。
どうせ消えていくにしても、せめて最後は惜しまれつつ消え去っていくように普段からの身の振り方を考えておきたいものだなと、これはなにやら積悪数多の我が身に対する教訓と言うことにもなるのでしょうか(苦笑)。

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2009年7月12日 (日)

今日のぐり「広松 東古松店」

夏になってきますといろいろなところで生き物の気配が感じられるところですが、今日は生き物ネタを取り上げてみましょう。
まずはこちら、いかにも夏っぽいイベントが一転して悲惨な結末を…という話題です。

雑記帳:全国かぶと虫相撲大会 山形県中山町(2009年6月28日毎日新聞)

 山形県中山町で28日、「全国かぶと虫相撲大会」が開かれ、小学生ら430人の自慢の「力士」が出場。高さ約70センチの棒を土俵に、トーナメント方式で熱戦を繰り広げた。

 ルールは、60秒後に相手より高い位置にいた方が勝ち。優勝決定戦は、同県鶴岡市の小学2年、小林拓真君(7)の「キングカブト」と中山町の小学1年、伊藤丈一郎君(6)の「キングジョー」の対戦に。

 猛然と登りつめ、勝利を目前にしたのはキングカブト。しかし次の瞬間、ブーンと飛び立ち、会場外へ消えて失格に。あっけに取られる小林君を残し、名誉より自由を選んだ?【細田元彰】

なんともかなしい…かなしすぎる結末でしたね。
リンク先を参照いただければ写真が出てくるのですが、この「優勝決定戦で飛び立つかぶと虫と、ぼうぜんと見つめる小林君」の写真をよく撮ったなと言いますか、それは確かにぼうぜんと見つめるしかないだろうなという話ですよね。
次はさらに驚くような記事なんですが、これは結構ミステリーかなと言う話題です。

★マンホールの隙間にスズメ 「どうしてこうなった」?(2009年7月8日J-CASTニュース)

  マンホールのすきまに入り込んでしまい、頭だけチョコンと飛び出たスズメ。そんな不思議な画像が2009年7月初めからネットで話題になっている。「かわいい」「どうしてこうなったのか不思議だ」といったコメントが寄せられている。

世田谷区「すぐやる課」が救出

   この画像はそもそも07年12月、世田谷区役所HP内にある、「すぐやる課」の活動をまとめたページに掲載されたものだ。「相談したいことがあるけれど、どこに聞いたらよいか分からない」という区民の要望や相談に応えるため、03年に新設された。「区民の身近な窓口」として幅広い業務を行っている。

   07年10月のことだった。同課に「マンホールの中にいるスズメを助けて欲しい」という要望が寄せられた。職員が現場にいくと、マンホールのフタから顔だけ出したスズメの姿があった。画像はこのとき撮影された。

   まず職員は東京都の鳥獣保護担当者に相談した。すると、「どこからか入ってきたのですから、そこから出て行くはずです」。しかし、だんだんスズメは衰弱していく。結局、下水道局に応援を依頼、重いフタを持ち上げて開けてもらった。スズメは何事もなかったかのように、近くの神社の森に飛んでいったという。活動報告の最後には、

    「すぐやる課は、皆さんの笑顔に見送られながら、清々しい気分でその場を後にしました」

と綴られている。

記事中にもある元ネタの「「すぐやる課」の活動をまとめたページ」というのはこちらなんじゃないかと思うのですが、確かにリンク先の写真を見ていただければ何とも判るとおり不思議なことになっています。
しかしこれも平和な光景ということなんでしょうが、日々こういう身近なトラブルに対処していくというのも相当に大変な話ではありますね。
ちなみにすぐやる課のサイトによれば、

世田谷区では特別な場合を除き、動物の保護やレスキューは行っていません。
相談を受けても、東京都の鳥獣保護担当と同様の対応となります。
しかし今回は、「何とか助けてあげたい」という相談者の気持ちを汲み取り、また、車にひかれる可能性が高いため、スズメの救出に努めました。

と言うことですので、むやみやたらとなんでも呼びつければいいという訳でもないことはご理解いただければと思います。
ところで落ちた?ということで最近気になって仕方がないのが、こちらの写真なんですけれども…

岐阜で迷子のハリネズミ…犬のエサ失敬(2009年6月27日読売新聞)

 岐阜県瑞浪市松ヶ瀬町の民家の庭で24日午後5時頃、犬のエサを食べているハリネズミが見つかり、家主の男性が25日、多治見署に届け出た。

 同署が調べたところ、ヨツユビハリネズミ(通称ピグミーハリネズミ)と推定され、体長約15センチで性別は不明という。同署はペットとして飼われていたハリネズミが逃げ出した可能性が高いとみて、飼い主を捜している。

 中部地方環境事務所(名古屋市)によると、ハリネズミ属は2006年2月から特定外来生物に含まれ、飼育や輸出入が規制されたが、ヨツユビハリネズミはアフリカハリネズミ属のため、ペットとして人気が高いという。

ハリネズミの子供にエサを失敬されてしまう犬というのもどうなのよという感じなんですが、これもリンク先の画像を参照いただければそれは犬ならずとも失敬させてしまうのではなかろうかとご理解いただけるのではないかと思います。
しかしこいつ、さては某ゲーム会社から逃げ出したんじゃなかろうかとも思うんですが、どこから見てもとても音速で駆け回るような生き物には見えないですよね。
ところでハリネズミと言えばこういう意味不明の動画というものも出回っておりまして、何やら気になって仕方がないんですが…

今日のぐり「広松 東古松店」

老舗ラーメン屋の「玉松」を元祖とする、いわゆる松系のラーメン店の一つがこちら広松です。
もう大昔と言っていい頃に本家共々来たことがあるんですが、こちらの方が本家よりタレの味が立っているという印象がありました。
やはり木の内装で、ラーメンに加えてジャンボ餃子があるのも同じなんですが、ただこちらは本家にはないカツ丼(ソースカツ丼)があるのが違いますかね。
もうかなり遅い時間でしたが、お客は結構入っているようで、周辺に競合店も多い中でそれなりに繁盛しているんでしょうか。

中華そばネギ入りとシューマイを頼んでみました。
2、3年前に行った本家玉松との記憶モードでの比較なんですが、タレの味はやはりこちらの方が立っているという気がしますね。
以前の記憶と比べると油の風味が強く印象に残るんですが、もともとこんなに浮かせてあったか?と思うような油多めのスープが結構ネギとも相性がよい感じです。
しかしスープは本家でも感じましたが、昔は濃いなと思っていたのですが今食べてみるとむしろあっさり系という感じになってきたのは時代の流れですかね。

もともと麺茹ではそこそこいけてるという印象だったんですが、この日は少しばかり柔らかすぎるし、湯切りも今ひとつかなという印象であまり良い点はあげられません。
ただし以前に玉松に行ったときには幾らなんでも茹ですぎかと思えるような麺が出てきたんですが、それに比べればまだまともだと思いますね。
チャーシューは正直ラーメン屋のチャーシューを久しくうまいとも思ったことがないんですが、結構量が入っている割に有り難みがないなと言う感じでしょうか。

シューマイはこれが中華料理屋なら「はい、まずい。終了」で済みなんですが、ラーメン屋として考えるとそこそこ頑張っている方かなと思います。
食感は作り置きであればこれはもうある程度仕方ないかなと思うんですが、そこそこ嫌な臭みも抑えられて値段を考えるとサイドメニューとしては合格ですかね。
ここは名物?の大きな餃子もありますが、そちらよりこっちの方が個人的には食べやすいかなと言う気がしました。

以前に食べた時にはもう少し好印象だった記憶があるんですが、この日は調理と仕上げがずいぶん甘いと言いますか、ちょっとどうなのかなという感じでしょうか。
それでも支店も出来ているんだそうで、結構この日も入っているところを見ると営業的にはそれなりにまく回っているのでしょうか。
まあラーメン屋としてはそんなに嫌みのない味ですし、これくらいの脂であれば夜に食べてもそんなにもたれませんかね(いやマジで最近脂ものはきついんですよ…)。
ただ最近の人気店などに比べると色々と突っ込み所も多いのが良くも悪くも昔風なのかなというところなんですが、これも店のカラーというものなんですかね。

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2009年7月11日 (土)

さらに新型インフルエンザの話題 大阪なのにそれは…

今回も新型インフルエンザに関連して、まずはこちらの速報記事から紹介してみましょう。

【速報】男性医師が新型インフル感染 広島の安佐市民病院(2009年7月9日中国新聞)

 広島市は9日、市立安佐市民病院(安佐北区)の30代の男性医師が新型インフルエンザに感染したと発表した。診療時には常にサージカル(医療用)マスクを着用しており、患者への感染の恐れはないという。

 同病院によると、男性医師は8日、勤務を終えて帰宅した後に発熱。9日の出勤後も熱があり、検査したところ感染が判明した。現在は自宅で静養中。他の医師15人と看護師7人の計22人は、予防のためタミフルを服用している。

この症例の場合、むしろどこから感染したのかということに興味が湧くところなんですが、それはともかく国内発症は確認しただけでも既に2000人を越えたということです。
実際にはそれよりもはるかに多い患者が市中に存在しているものと想定されますから、今や新型インフルエンザは珍しい病気ではなくなってきました。
その割に大騒ぎになっていないのは以前にもお伝えしましたように、患者の1/3から半数程度は発熱を呈さないなどいわゆるインフルエンザ様症状があまり見られない場合が相当にあると考えられることで、罹患者自身も周囲もそれがインフルエンザであると認識していないのではという想像が出来るところです。
そうなりますと通常のインフルエンザ以上に症状のない不顕性感染者による医療機関や介護施設等への持ち込み、高齢者への集団感染のリスクというものが心配になってくるところなのですが、どうも今回の場合少しばかり話がややこしいようなのですね。

国内高齢者にも免疫か  新型インフルに40%が抗体保有(2009年7月5日47ニュース)

 国内の高齢者の一部が、新型インフルエンザウイルスに対して一定の免疫を持っている可能性があることが、国立感染症研究所などが実施した調査で5日分かった。30人を対象とした小規模な調査で、新型ウイルスに反応する抗体を40%の人が保有していた。

 米疾病対策センター(CDC)の調査でも、60歳を超える人の一部に免疫がある可能性が指摘されているが、日本人での報告は今回が初めて。

 ただ調査対象が少ない上、この抗体によって新型ウイルスの感染を実際に防ぐことができるかどうかは不明。感染研は今後、さまざまな年齢層でどのぐらい新型への抗体を保有しているか、1千人規模の調査をする。

 今回の調査には新潟大と福岡市の原土井(はらどい)病院がそれぞれ採取した血清サンプルを使用。若者(平均年齢27・8歳)と高齢者(同83・4歳)の2グループ各30人を対象に、新型インフルエンザウイルスに反応する抗体が血清中にあるかどうかを調べた。

 すると高齢者グループの40%で抗体の保有が確認され、新型ウイルスに対してある程度の免疫を持っている可能性が示唆された。若者では3・3%だった。

 一方、季節性インフルエンザのワクチンを接種しても、若者、高齢者ともに新型ウイルスに対する抗体の上昇は確認できず、既存のワクチンには新型への効果が期待できないことがあらためて分かった。

新インフルワクチン3~4割減 厚労省、製造量を下方修正(2009年7月3日)

 厚生労働省は3日、12月末までに製造できる新型インフルエンザワクチンは1400万~1700万人分との見通しを明らかにした。これまでは約2500万人分とみていたが、原料となる種ウイルスの増殖性が低いと判明し、6~7割程度に下方修正した。

 新型インフルエンザは冬を迎えた南半球や、東南アジアで広がっており、日本でも秋以降、流行の本格化に備え、ワクチン接種を求める声が高まると予想される。優先的な接種の対象者として医療従事者、基礎疾患がある人が挙げられているが、高齢者、子どもなども対象にすべきだといった意見もある

 厚労省は「(ワクチンが足りるかどうかは)どのような人に優先的に接種するかや、今後の感染の広がり方による。(製造量は)まだ努力の余地がある」と説明。今後、対象者を決めるのに専門家の意見を聴くが、限られた製造量になることで、難しい判断を迫られそうだ。

 来年2月まで製造を続ければ2300万~3千万人分ができるという。

 種ウイルスについて国立感染症研究所や国内メーカー4社で研究、増殖性が季節性のウイルスよりも低く、製造可能量が減った。これまでは新型の増殖性が季節性と同等と仮定して、製造可能量を試算していた。

社会集団への流行を防ぐという視点からの学童への集団予防接種が様々な要因から実質終わりになって以来、インフルエンザ予防接種については医療従事者や基礎疾患のある人などかかってしまうとマズいという人々に対して行うという方向にシフトしてきていました。
その点で今回もハイリスクである高齢者には接種を優先せよといった論調もありましたが、こういう話を聞いてみるとむしろ高齢者の方がかかりにくいということになりますし、実際に前回ご紹介しました疫学データでも20代以下が8割と、若年層に患者が集中するという現象が確認されているわけですね。
さて、そうなりますとワクチンが出回り始めたとして、果たしてまず誰を対象に使っていくべきなのかということも今から検討していかなければならないところでしょう。

さて、もう一つの話題として先日こんなニュースがあったことを御存知の方も多いと思います。

新型インフル:大阪の患者もタミフル耐性 世界2例目(2009年7月2日毎日新聞)

 厚生労働省は2日、大阪府内の新型インフルエンザ患者から、インフルエンザ治療薬「タミフル」に耐性を持つウイルスが検出されたと発表した。タミフル耐性のウイルスが確認されたのは、デンマークの患者に次いで世界2例目。患者は既に回復し、感染は広がっていないため、厚労省は「公衆衛生上の危険はない」としている。

 厚労省によると、患者は5月24日に微熱が出て、28日に発熱相談センターに連絡。同29日に新型インフルエンザと診断された。治療薬のリレンザを投与され既に回復している。

 この患者は、家族が5月中旬にインフルエンザに感染していたため、発症前にタミフルを予防投与されていた。不審に感じた医療機関が検体を府公衆衛生研究所に送り、ウイルスを培養して遺伝子を調べたことろ、変異が見つかった。

 インフルエンザウイルスは変異が起きやすく、Aソ連型のウイルスの多くにはタミフル耐性があった。製薬会社の添付文書では、タミフルを投与されたインフルエンザ患者の0.3~4.1%に耐性ウイルスが出現するとされている。【清水健二】

世界一のタミフル大国日本ですから当然耐性株の広がるのも早いだろうとは誰しも想像できるところで、遅かれ早かれそう言うものが出てくるのは当然ではあるのですが、この件について世間では妙に騒がれてしまった気配もあります。
その原因とも言うべきものの一つが大阪府の一連の対応なのですが、こちらに引用してみましょう。

タミフル耐性ウイルス、検出は先月18日…大阪府は報告せず(2009年7月3日読売新聞)

 大阪府内の新型インフルエンザ患者から、治療薬タミフルが効かない耐性ウイルスが検出されたことを受け、府も2日深夜、記者会見を開いた。

 府は6月18日に遺伝子検査でタミフル耐性ウイルスを検出していたが、「感染拡大の恐れはなく、より専門的な検査が必要」として今月1日まで厚労省に報告していなかった。厚労省が2日、公表を促し、急きょ発表したという。

ウイルス遺伝子変異発表遅れに質問集中(2009年7月3日日刊スポーツ)

 治療薬タミフルに耐性を示す新型インフルエンザウイルスの遺伝子変異が確認されたことを受け、大阪府は3日午前0時前から緊急の記者会見。6月18日時点で遺伝子変異を確認していたことが明らかになり、「なぜ世界初の時点で発表しなかったのか」「どうして遅れたのか」との点に質問が集中、府側は釈明に追われた

 府によると、府立公衆衛生研究所で6月18日、遺伝子変異を確認。しかしウイルスそのものが変異しているかを調べる手法の検討に時間がかかり、厚生労働省への報告は7月1日にずれ込んだ。海外で初めて耐性ウイルスが報告されたのは6月末だった。

 府健康医療部の担当者は、患者の家族には耐性がみられなかったことや、本人が治療薬リレンザで回復したことから「公衆衛生上、重大事象ではないと認識してしまった。公表が遅れたことは申し訳ない」と陳謝した。(共同)

大阪府がタミフル耐性ウイルス公表前に論文投稿(2009年7月5日産経新聞)

 新型インフルエンザに感染した大阪府内の40代の女性から検出されたウイルスで、治療薬タミフルに耐性を示す遺伝子変異が確認された問題で、府が今月2日の記者会見でこの件について公表する前に米国の医学誌に論文を投稿していたことが5日分かった。

 府健康医療部の大下達哉副理事は「意図的に投稿を優先させ、公表を遅らせたわけではないが、結果的に批判を受けても仕方がない対応になってしまい申し訳ない」と釈明している。

 府によると、府立公衆衛生研究所のウイルス解析で、6月18日にタミフル耐性を示す遺伝子変異を確認した後の24日に、研究所の職員が医学誌にこの結果を記した論文を投稿したという。

 府は6月18日の時点では遺伝子変異について発表はしておらず、7月2日の会見で、発表が遅れたことについて「遺伝子自体が変異しているかどうかを調べる手法の検討に時間がかかった」「確実に耐性ウイルスと分かった時点で発表するつもりだった」と説明していた。この会見についても、7月1日に報告を受けた厚生労働省から「早く公表したほうがいい」と勧められたため開いたものだった。

妙に大騒ぎになってしまったのは大阪府にとって大きな計算違いだったのでしょうが、こうした会見の様子をみる限りではどうも大阪府は先のSARS騒動で中国政府が国際的批判を浴びた理由が理解できていなかったようですね。
今の時代にあって何であれ情報というものは隠せば隠すほど痛くもない腹を探られることになりかねませんが、この場合関わった人間も一人や二人ではなさそうな上に、公表を遅らせた理由が色々と想像できるだけに「うっかり」は通用しにくいところです。
どのような経緯でこうした判断に至ったのかは記事からははっきりしませんが、お役所ももう少し処世術を学ぶということを覚えていかなければならないと思いますね。

関西圏では観光客の激減などに見舞われ「新型インフルエンザなんて大したことないんですよ!」とアピールに懸命なようですが、まず行政当局がこうした姿勢を改めない限り「やっぱり本当はヤバいんじゃないの?」という懸念の声は消えないと思います。
そもそも世間的には無名のむさい役人のオッサン達がぺこぺこ頭を下げている絵などマスコミにとってもさして美味しいものではないわけですから、だったらプレゼンテーションのスタイルというものももうちょっと工夫しろやって話ですよね。
最近も色々と話題になっている某芸人出身の知事さんなども見ていますと色々と突っ込み所はてんこ盛りなんですが、どんなシビアな局面であれとりあえずボケて見せられる、笑いを取れるというのはマスコミの絵的には非常に有利だなということにはいつも感心しますね。
その点では大阪府はマスコミ業界にもその名を轟かせる知事閣下という大きな売りがあるわけですから、こうした際にこそ担ぐ御輿の威光を活用しない手はないとも思います。

国際学会などでは「日本人の演者は真面目で、登壇しても聴衆の笑いを取るジョーク一つ言わない」なんてことを言われますが(ちなみに褒められてません)、マスコミが好きな謝罪会見なんかでも見るからに下手を打ってしまう人間というのがいて、謝罪のやり方を書いた本まで売っている時代にわざわざああいう火に油を注ぐ輩を出すなよと突っ込みたくなります。
ちょっとしたテクニックで自分の立場を有利なものに出来るというのであれば活用しない方が馬鹿ですし、逆にそれも出来ない人間に組織を代表して人前に出させてはいけないのに、役所だとか医療業界だとか言ったあたりはそのあたりのマネージメントがまるでなっていないのはもったいないですよね。
特にお笑い芸人知事の先進地であり、世界に名を轟かせるお笑いのメッカでもある大阪で商売している以上は、役人といえどネタにもならんことやっとったらあかんやろと言うことです。

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2009年7月10日 (金)

思わず突っ込みたくなる話あれこれ

先日その崩壊をお伝えしました全国公立病院PFI化の先駆けである高知医療センターの件ですが、やはりと言いますかPFI解約の方向で話がまとまってきているようです。
以前にも何度か取り上げてきました通りここに至る経緯についても突っ込み所は山ほどあるのですが、まずは今回の解約に関する記事から紹介してみましょう。

オリックスがPFI終了説明(2009年7月7日読売新聞)

 高知医療センターの経営業務を担う特定目的会社・高知医療ピーエフアイの主要株主となっているオリックス(東京)の西名弘明副社長が6日、県庁と高知市役所を訪れ、尾崎知事、岡崎誠也市長とそれぞれ面談した。PFI契約終了に向けた協議入りについて、西名副社長は「医療、関係会社に迷惑をかけないよう、円満な解決を目指したい」と述べた。

 尾崎知事に対しては、「特定目的会社には協力企業も多く、内部の調整も残っているが、原点に戻って議論したい。円満な方向でと考えている。県民に不安を与えないようにしたい」と強調。尾崎知事は「誠意をもって話し合いをさせてもらいたい」と応じた。

 続いて行われた岡崎市長との面談では、「いろいろと思いはあったが、一度白紙に戻して協議に入りたい」と述べ、岡崎市長は「医療センター建設当時の熱い思いも聞いているので、見直ししなければならなくなったのは残念」と話した。

この円満解決なる茶番劇を、別な視点から眺めるとこういうことになるのでしょうか。

「オリックス」病院民営化でも丸儲けしてトンズラ (2009年7月9日ゲンダイネット)

 郵政民営化と並んで小泉改革のシンボルだった「病院の株式会社化」がもう頓挫した。

 民間資金や経営ノウハウを活用するPFI方式を導入して、鳴り物入りでスタートした高知医療センターがひっそり、公立病院に戻ることになったのだ。残ったのは巨額の負債と税金による尻拭いだが、PFIを担ったオリックス不動産などの企業団は儲けるだけ儲けてトンズラする。ふざけた話だ。

 高知医療センターは高知県立中央病院と高知市立市民病院が統合し、05年3月にオープンした。PFI方式を導入した初の公立病院で、行政側は総額2131億円の30年契約を、民間企業グループによるSPC(特定目的会社)と結び、施設建設や運営を委ねた。

 PFI方式は英国で始まり、日本でも90年代後半から注目されるようになった。積極活用すべし、と旗を振ったのはオリックスの宮内義彦会長が議長を務めた「総合規制改革会議」だ。

 米国の年次改革要望書も病院の民営化=競争原理の導入を強く要望。こうした流れで高知医療センターがスタートしたのだが、PFIを担ったのがオリックスグループだったことから、発足当初から「デキレース」の批判が噴出していた。

 こうした批判を吹き飛ばすには、とにかく、経営で実績を示すしかなかったのだが、赤字が止まらず、先月中旬、ついにPFI契約解消の協議が始まったのである。行政側の「病院企業団」事務局次長の村岡晃氏は、この間の経緯をこう説明する。

「赤字は当初から覚悟していましたが、計画を上回る赤字が出た。平成20年末で運営資金が足りなくなったのです。そのため、病院を運営する民間企業側(SPC)にもっと経費を削減してもらうように話し合ってきました。県知事、市長もオリックスに協力要請をしましたが、すぐに黒字化するのは無理だということで、民間企業側が身を引くことになりました。そうすれば、年間5億円の運営委託費を削ることが出来るからです」

 身を引くと言えば、聞こえはいいが、要するに「儲からないから撤退する」のだ。PFI方式の売りは経費節減で、「薬などの材料費が安くなる」との触れ込みだったが、大ウソだった。そのため、累積赤字が80億円に達し、昨年度末は県と市が緊急資金援助する事態になった。

 ところが、この間もオリックスらの企業側は年間5億円の運営費を取り続けた。企業側は儲けるだけ儲けて、事業を放り出したのである。

「責任者出てこい!」と言いたくなる。

それはまあ、一連の騒動の中でもオリックスはまったく損はしていないとも言いますから円満解決とも言いたくなるんでしょうが、巨額の税金を貢がされた形の県民、市民がそれで納得できるのかということです。
知事や市長にしても本来なら有権者の代弁者としてそうした点を突っ込まないといけないし、無為に損害を与えた責任を痛感していなければならないはずだと思うんですが、この他人事ぶりはいったいどうしたものなんでしょうね?
医療センターに関しては相変わらず色々な面でうまく回っていないような噂も漏れ聞こえてくるところですが、こういう馬鹿馬鹿しいことばかりやっているようだとますます現場のモチベーションも下がりっぱなしということになるのではないでしょうか。

さて話は変わって、どこの施設でも人手は足りない、しかしもっと稼がなければ赤字が増える一方ということで、特に赤字垂れ流しの地方公立病院ほど現場へのノルマの押し付けとも言える労働強化指令が出されている状況です。
当然ながら一度こういう状況に陥りますと程なく「やってられるか!」と集団でのスタッフ逃散と言う事態が発生したり、そうでなくとも現場のモチベーションが底を打って開店休業状態になったりと言うことになるわけですが、幾つかその兆候が伺える記事を紹介してみましょう。
まずはこちら、北の方からの話題です。

母子の救命強化へ 市立札幌病院 NICU15床に /札幌(2009年7月2日北海道新聞)

 市立札幌病院は1日、新生児集中治療室(NICU)を6床増やして15床とし、救急隊や他病院から搬送される危険性の高い妊婦や新生児の受け入れ態勢を強化した。

専門医は5人体制のままだが、増床分の新生児に対応するため看護師を19人から31人に増員した。

 同病院では昨年度、母子153人の受け入れ依頼に対して、「NICU満床」「産科満床」などを理由に35人を受け入れられなかった。今回の増床により、年間の受け入れ目標数を現行の118人から約2割引き上げ、140人とする。同病院は「危険性の高い母子の受け入れを増やし救命につなげたい」としている。

 2007年に未熟児が同病院を含む7病院に受け入れを断られ、後に死亡した問題を受け、同病院が態勢強化を進めていた。(高橋尚哉)

医師5人でNICUが15床に増床、当然ながら24時間365日稼働の体制ですから常に最低一人は医師が張り付いているわけで、その上日中は複数の医師がいることになるでしょうね。
さて、そうなりますと勤務シフトというものをどう組んでいるのかが非常に興味深いんですが、さらにここに重症症例をもっと沢山受け入れなさいよなんてことを言っているんだそうです。
これはもうどう考えてもフラグ立ってる?と思えるような話なんですが、さて今後の展開がどうなってくるのか続報が楽しみですよね。
一方でこちら南の方ではこんな話題が出ているようですが、これも良くある光景と言えばその通りですよね。

北九州市 市立4病院 赤字27億円 08年度決算 想定の3倍 若松、経営見直しも /福岡(2009年6月30日西日本新聞)

 北九州市立4病院の2008年度事業会計決算で、単年度実質収支の赤字額が当初見込みの3倍強の約27億円に膨れる見通しであることが29日、分かった。入院費などの医業収益が想定比で20億円規模のマイナスとなった。特に経営が良くないのは若松病院(同市若松区)といい、同病院は売却や民間委託を含めた抜本的な経営形態の見直しが必至の状況となった。

 市によると、若松病院と医療センター(小倉北区)、八幡病院(八幡東区)、門司病院(門司区)の市立4病院の会計は、08年度当初予算で約8億2000万円の赤字を見込んでいた。

 しかし、若松病院で昨年6月までに内科医6人全員が大学医局に引き揚げて大幅な減収に陥ったほか、黒字を維持していた医療センターと八幡病院も医師不足や効率の悪い病床運用で外来と入院の患者数が前年度比で1割以上減って赤字転落の見通し。赤字幅は想定以上に拡大し、07年度の剰余金(約15億円)を充てても、なお約12億円の資金不足に陥る見通しになったという。

 市は破綻(はたん)回避のため、金融機関などから一時借入金を充当。「このまま何の対策も講じなければ、雪だるま式に借金が増える恐れがある」(市幹部)として、経営形態の見直しが避けられない情勢だ。(略)

北九州市立医療センター:入院収入が減少、市議会委で報告 /福岡(2009年7月3日毎日新聞)

 ◇空き病床、有効利用を

 北九州市は2日、市議会保健病院委員会で、市立医療センター(小倉北区)の経営状況を明らかにした。みずほ情報総研(東京都)の分析で、入院を待つ患者が多い一方で病床稼働率は低く、入院収入が減少している現状が浮き彫りになった。空き病床の有効利用など入院患者数の増加に向けた改善案も指摘。市病院局は「有益な改善案は早く実施したい」としている。【松田栄二郎】

 市病院局によると、同医療センターは常時200~250人が入院待ちの状態。しかし07年度の病床稼働率は79・8%で、同規模の石川県立中央病院(82・3%)や横浜市立市民病院(88・1%)より低い。平均在院日数は入院患者1人あたり19・3日と長いため1日平均の入院費が低く、入院収入は2病院を下回る。昨年度は医師不足などで患者数が伸び悩み、約5億円の赤字となる見通し。

 報告書は、病室の空き状況を把握し割り振る担当者の配置や、地域の医療機関と積極的に情報交換し受け入れ患者を増やすことなどを提案。さらに在院日数を短縮するため手術後の転院や在宅医療の支援のほか、薬品や医療材料の購入から管理・運搬のすべてを民間委託する案も示した。

 医療センターは4月、病床の空き状況を管理する病床管理専任看護師を配置している。

市立病院の赤字がかさんでいる、見てみるとベッドの空きが多いし新患受け入れも少ないようだ、それじゃもっともっと患者も紹介してもらってベッドを一杯にしようと言うこの「有益な改善策」を、市当局の方ではコンサルタント会社に経営分析してもらって決めたんだそうです(苦笑)。
空きベッド=非効率な無駄という単純な図式しか描けないと確かにこういう話になってくるんでしょうが、その背後にあるものを果たして検討してみたんでしょうかね?
しかしどんどん医者が減って人手不足が深刻化した結果病院が回ってないのにさらに回転あげろ、客を集めろですか…これはいよいよフラグ立っちゃったかなと思わざるを得ない話ですよね。

地方の自治体病院もさることながら、もう少し話が大きくなりそうなのがこちらの話です。
社保・年金病院も以前から不採算なところはどんどん潰すとか、いややっぱり続けることにしようとか方針が迷走しているように見えるところなのですが、何やら妙な話になっているようですね。

譲渡先、自治体などに限定=社保・年金病院、地域医療の維持優先-厚労省検討(2009年7月9日時事ドットコム)

 厚生労働省は8日、全国63の社会保険病院と厚生年金病院の売却に関し、買い手が見つからなかった場合も地域医療の崩壊を防ぐ観点から存続を認め、自治体や公的な病院を経営する法人に限定して譲渡を進めていく方向で検討に入った。併せて価格を重視する売却方針も転換し、相手先の財政事情に応じて柔軟に対応する。病院によっては不動産鑑定評価額を下回る価格で売却されるケースが出てくる可能性もある。
 特別措置法案をまとめ、今秋の臨時国会に提出する方針だ。

今どきこんな地雷に手を出す自治体なり医療法人なりと言うものがそうそういるとも思えないんですが、ポイントとなるのは「相場無視の安売りもあり得る」といったあたりなんでしょうかね。
少し前にもかんぽの宿をオリックス(あの高知でボロ儲けしたというオリックスですよ!)に破格値で売却するといった騒ぎがありましたが、ここでも同様の構図が見られるということなのでしょうか。
病院存続のために売ったはずが、気がついたら何か違うものが出来ていたなんてことになるんでしょうかね?

最後に全くの余談なんですが、これも思わず「今どきかよ!(笑)」と突っ込みを入れたくなった話を少しだけ紹介しておきます。
新臨床研修制度が始まってこの方、大学病院での研修と言うものはごく一部の例外を除いて年々志望者が減少してどこの大学も研修医集めに四苦八苦しているという状況です。
それは給料が安くてやることと言えば外の病院ではあり得ないような雑用ばかりとなれば今どき人が集まると考える方がどうかしていますが、ひと頃は大学医局を潰すとか息巻いていた人々も実際潰れかけて見ると色々と不都合があるもんだなどと言いだしているようで、何やら意味不明の政策上の迷走も見られているようですね。

それはともかく、北陸地方にある某大学でも例によって研修医集めに必死の努力を続けているようなのですが、このうたい文句が素晴らしく素敵だとちょっとした話題になっていますので紹介しておきます。
詳細はリンク先を是非とも参照していただきたいのですが、何と言いますかちょっとした感動を呼ぶような名文です!

今こそ大学病院で研修を!(某大学某科研修担当者からのメッセージ)

まあ、その…きっとこういう先生ってすごく熱心で素敵な先生なのかも知れませんが、前半から後半の結論部分へとつながってくるロジックがいささか無理がないかと…
いずれにしても熱心な活動の成果が実って沢山釣れ…もとい、研修医が入ってくれれば言うことはないんだろうと思いますが、気になるのはネット上での噂が必ずしもよろしくない部分もあるらしいということなんですよね。

研修医マッチングについて語ろう(匿名掲示板医者板スレへの書き込み)

まあ今どきはどこでも勧誘に必死ですから、いろいろとすれすれのこともやらなければ追いつかないというのも判るんですけども、やはりノリが一昔前の体育会系医局っぽい感じなんでしょうかね?
せっかく熱心に勧誘活動をやってきているわけですから、誘った方も誘われた方もここで研修して良かったと思えるようなwin-win関係を結べるならそれに越したことはないかなと思うのですが…

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2009年7月 9日 (木)

やはり基本はおさえとかないといけないのでは

先日も少しばかりお伝えしました野党党首の献金絡みの疑惑ですが、おもしろいのでもう少し取り上げてみます。
しかし断片的に流れてくる報道を見ているだけでも、何かずいぶん突っ込み所の多い人だなという印象ですかね。
特に笑ってしまったのがこちらの話なんですが、まずは御本人の言葉から引用してみましょう。

鳩山氏「虚偽記載全く問題ない」  与党の追及に不快感(2009年7月7日47ニュース)

 民主党の鳩山由紀夫代表は7日の記者会見で、政治資金収支報告書の虚偽記載問題にからみ、別の政治団体の経費が「0円」だったのも虚偽ではないかなどと与党から追及されていることについて「全く問題がないのにあえて『疑惑あり』のイメージをつくっている」と厳しく批判した。
(略)
 一方、経理担当者の元秘書が資金管理団体の収支報告書で虚偽記載した動機については、体調が悪く面会できていないことを明らかにし「まだ正確に把握しておらず、推測の域を出ていない」と説明。収支報告書で匿名となる5万円以下の個人献金が毎年数千万円に上ることについては「もともと非開示であり、法的な観点も含め、弁護士が判断する」と述べるにとどめた。

経理担当の元秘書が体調が悪く面会もできないと言うくらいですからよほど重症なのかと思わされるところなんですが、それについてさっそくあちこちで噂が飛び交っているようです。
そこでこれら噂の真相についてガジェット通信さんが突撃してみましたところ…というところなんですが、ここは記事をご覧いただきましょう。

「鳩山由紀夫の秘書が生死の境をさまよい面会謝絶」は事実無根の嘘か(2009年07月07日ガジェット通信)

『2ちゃんねる』やブログで広まっている噂で、鳩山事務所が「秘書は交通事故に遭い、現在生死の境を彷徨っており面会謝絶となっております」とコメントしたという情報がある。この情報はインターネットに掲載されていたもので信憑性が乏しいものであるにもかかわらず、『2ちゃんねる』ではスレッド(掲示板)が作られて多くの書き込みがされるまでに至っている。

つまり、噂が一人歩きしているという状態だ。そして、その噂を鵜呑(うの)みにしている人も数多くいるようである。『2ちゃんねる』やブログ、サイトなどに書かれている秘書・芳賀大輔さんの交通事故情報は以下の通りだ。

****************************************
鳩山由紀夫に全責任を押し付けられた、秘書の芳賀大輔さんが二週間以上行方不明になっています。
(これはあくまでネット上の情報で明確なソースはありませんが‥)

1.鳩山事務所 「秘書は現在出張中で連絡が取れません」 (最初に朝日が報じた直後頃)
政治家の秘書なのに?携帯は?連絡が付かないのに秘書?
2.鳩山事務所 「現在、療養の為に入院中です」 (鳩山が「秘書がやった」と言った直後頃)
何処の病院に入院してるの?退院はいつ?連絡が取れなかったんだよね?
どうやって「秘書がやった」ことがわかったの? そして現在…
3.鳩山事務所 「秘書は交通事故に遭い、現在生死の境を彷徨っており面会謝絶となっております」
※『2ちゃんねる』、『故人献金関連情報まとめ』より抜粋して引用
****************************************

上記の内容をまとめると、ここ最近、献金問題が取り上げられ、さらに秘書が行方不明になったあげく、最終的には交通事故に遭い生死の境をさまよっているということが書かれている。この情報を読んだ人たちのなかには、思いたくなくても「まずいことを知っているので消されたのでは?」と思っている人も多くいるようだ。

ということで、当編集部は鳩山由紀夫事務所に取材をして秘書・芳賀大輔さんの状況を伺うことにした。本当に行方不明になったあげく、交通事故に遭い面会謝絶の状況なのだろうか?

そのような事実はございませんし、聞いたこともありません。本人はピンビンしておりますし、普通に出勤しております。現在も会議中です」(鳩山由紀夫事務所)

っておい!いいのかそれで!?鳩山氏のコメントとの整合性がとれないんじゃないのか!?>鳩山由紀夫事務所
いやあ、これだけ面白いネタを本当にワイドショーあたりが取り上げないのが不思議で仕方ないと思っているのですが、ようやく言い訳のようにこんな記事が出てきました。
なるほどそう来たかという感じなんですが、そういうシナリオで収めておきたいというのも誰かの意図するところなんでしょうかね。

金持ち鳩山さんの軽い失敗 (2009年7月2日日刊ゲンダイ)

そう思っている選挙民が大半なのに追及しようという自民・公明幹部に逆に有権者の不快感が強まっている

 民主党・鳩山由紀夫代表の故人献金問題は、選挙にどれだけ影響があるのだろう。政権交代を期待する有権者には気がかりな話だ。

 なにしろ、与党の連中がアホみたいに騒いでいるのだ。大島理森、公明党の漆原良夫両国対委員長は、鳩山氏を政治倫理・公選法改正特別委員会に参考人として招致するとか息巻いている。証人喚問なんて声もあった。この問題を追及するために、両党でプロジェクトチームまで立ち上げるというから、異常な興奮ぶりだ。

 しかし、レームダック政権の悪あがきに見える。政治資金収支報告書の虚偽記載といえば、二階経産相、与謝野財務相でも発覚。こちらは企業献金隠しだ。鳩山を証人喚問するなら、自分たちの大臣も呼んだ方がいい。

 鳩山のケースが正しいとは言わないが、虚偽記載の背景に大きな疑惑があるとも思えない。

大金持ちの鳩山は違法な金を集める必要がないのだ。06年公開の「資産等報告書」によれば、鳩山代表の個人資産は16億5591万円。全議員でトップだ。株の配当だけで年間6000万円もある。さらに母の安子さんの名義になっている東京・音羽の「鳩山御殿」は土地の評価額が約50億円。96年の旧民主党結成にあたっては、党に8億円をポンと融資している。4年間で2177万円の虚偽記載の裏を探って、証人喚問だとか騒いでも、おそらく何も出てこない。菅選対副委員長は「脱税も予測される」とか息巻いていたが、噴き出してしまう。政治アナリストの伊藤惇夫氏が言う。

「人事も失敗し、敵失に頼るしかない自民党にとって、鳩山代表の献金問題は、唯一の攻撃材料。クリーンなイメージが強い鳩山代表の金銭スキャンダルが盛り上がれば、大ダメージになると踏んで、ここに活路を見いだすしかないのです。もっとも、“自民党だって同じじゃないか”と、冷めた目で見ている国民が多いと思いますけどね」

 自民党の鳩山叩きは逆効果。かえって反感を買いそうだ。そこが分かっていないところが、末期的なのである。

まあしかし、ここまで言われるとかえって鳩山氏にとっても失礼なのではないかという気もしないでもないところなんですが…
それでも何であれ世間の眼が厳しい時ほど擁護してくれる味方が登場してくると言うのはありがたいことで、日頃の人徳というものが忍ばれるところではあるのですが、こちらNHKの問題に関しましても擁護してくれる強力な味方が登場しているようです。

NHKへの“偏向批判”、市民団体が「動揺しないで」(2009年7月7日読売新聞)

 日本の台湾統治を扱ったNHKの番組を巡り、日台友好団体などが「自虐的な歴史観で、偏向している」と抗議している問題で、市民団体「開かれたNHKをめざす全国連絡会」(世話人=松田浩・元立命館大教授ら)は7日、NHKに対し、「不当な圧力に動揺せず、毅然(きぜん)とした姿勢を貫いてほしい」などと求める要望書を提出した。

 この番組は、今年4月に放送されたNHKスペシャル「シリーズ JAPANデビュー」の第1回「アジアの“一等国 ”」。要望書では、抗議団体によるデモや集団訴訟を「威嚇的な動き」と批判番組に批判的な政治家やNHK経営委員の言動についても、「『放送の自由』への政治的圧力」と指摘している。

ちなみに唐突に名前が出てきたこの「開かれたNHKをめざす全国連絡会」なる市民団体なんですが、こちら「メールマガジン日台共栄」に幾らか情報が出ているようです。
これが事実だとすると、なかなかに興味深い話ではあるかなという感じなんですけれども、まずはそのまま引用させていただきましょう。

【メルマガ日台共栄:第1081号】(2009年7月8日配信記事)より抜粋

 この「開かれたNHKをめざす全国連絡会」とは聞き慣れない団体名だが、元々は「開かれたNHK経営委員会をめざす会」(代表世話人:松田浩・元立命館大学教授、桂敬一・立正大学文学部講師、野中章弘・アジアプレスインターナショナル代表)が母体のようだ。

 そのホームページでは「4人のNHK経営委員が選任・再任を迎える昨年12月に向け」「昨年9月から『NHK経営委員の公募・推薦制と古森重隆氏の不再任を求める申し入れ』の署名活動を始め」たようで、「署名運動の最終集計は、『NHK経営委員の公募・推薦制と古森重隆氏の不再任を求める』署名が15023筆、桂敬一・湯山哲守NHK経営委員候補への推薦賛同署名は、2061筆(日本ジャーナリスト会議集計分を含む)に達しました」と記している。

 産経新聞ワシントン駐在編集特別委員の古森義久氏が「正論」8月号で指摘していることでもあるが、当時、「NHKは外国向けの放送では日本の国益を一切、主張しないという」立場だったが、NHK経営委員長だった古森重隆氏(富士フィルムホールディングス社長)は「『日本の公共放送が諸外国と利害の対立する問題について日本の国益を主張することは当然だ』と強調し、国際放送番組基準では少なくとも日本国憲法を指針とすべきだと提案した」という。

 古森義久氏は、まさか「NHKの『日本否定傾向』がそこまでだとは知らず、この古森委員長の指摘にびっくり」し、自分の記事などで「公共放送が対外的には国益を意識し、擁護するのは当然の責務だと主張した」と書いている。

 つまり、古森委員長の提案に反対して不再任を求め、新たに自分たちの仲間を経営委員にしようと目論んで署名活動を展開したのが「開かれたNHK経営委員会をめざす会」であり、日本否定派ということだ。なるほど、松田浩氏のインタビューが日本共産党の機関紙「あかはた」に掲載される理由も、これでよく分かるではないか。だから、経営委員会で「日台戦争」などというのは事実ではないから放送法違反だと主張した弁護士の小林英明委員にも抗議文書を出したのであろう。

 いずれにしても、左翼勢力は「開かれたNHK」をスローガンに、NHKに人を送り込んで内部から牛耳ろうとしていることだけは明白だ。その団体の要望書である。福地茂雄会長としては、痛し痒しというところだろう。    

上記文中にあります「4人のNHK経営委員が選任・再任を迎える昨年12月に向け」「昨年9月から『NHK経営委員の公募・推薦制と古森重隆氏の不再任を求める申し入れ』の署名活動を始め」云々につきましては、こちらに経緯が書いてあるようですのでご参照ください。
同会の推薦するところの桂敬一氏の経営委員候補となるにあたっての所信表明でありますとか、記事中にもあります松田浩氏の赤旗紙上に掲載されたインタビューの内容からすると、何となく同会の方向性や背後関係については見えてくる感じでしょうかね。

その問題もそれとして、NHKといえばこちらの話もなかなかのケッサクです。
現場の話を知らない人はなにげに見過ごしているかも知れない話なのですが、まずはNHKの元記事の方から引用させていただきましょう。

薬投与後に診断し検査の疑い(2009年7月2日NHKニュース)

奈良県大和郡山市の病院をめぐる診療報酬の不正受給事件で、逮捕された病院の理事長は、患者に心拍数を上げる薬を投与するなどしたうえで、狭心症や不整脈と診断し、診療報酬が高額な心臓の検査に同意させていた疑いのあることが病院関係者への取材でわかりました。

この事件は、奈良県大和郡山市にある雄山会山本病院の理事長、山本文夫容疑者(51)ら2人が患者に手術をしたように装い、診療報酬およそ170万円をだまし取ったとして詐欺の疑いで逮捕されたものです。これまでの調べで、山本理事長は、入院患者に対して症状に関係なく診療報酬が高額な心臓の異常を調べるカテーテル検査を行っていたことがわかっています。病院関係者によりますと、山本理事長は、患者に対し心拍数をあげる薬を投与したりルームランナーのような装置の上を走らせたりしたうえで、心電図をとって狭心症や不整脈などと診断し患者から検査の同意を取り付けていたということです。警察もこうした内容を把握していて、山本理事長が、診療報酬目的に必要のない検査を患者に繰り返していたとみて調べています。

記事中の病院は最近不正請求だとかの話題で大騒ぎになったところですが、注目していただきたいのはこの記事そのものです。
循環器診療における検査の何たるかを知っている人なら一読して「ん…?」な話なんですが、お分かりになるでしょうか。
これが某所でもさんざん話題(と言いますか、笑いものと言うべきでしょうか)になりましたNHKの報道なのですが、これに対するロハスさんの突っ込みがこちらです。

負荷心電図というものがある:警察とNHKは知らない(2009年7月2日ロハス・メディカル ブログ)
より抜粋

「…患者に対し心拍数をあげる薬を投与したりルームランナーのような装置の上を走らせたりしたうえで、心電図をとって狭心症や不整脈などと診断し患者から検査の同意を取り付けていたということです。…」

 この検査を負荷心電図と言い、日常、多くの医療機関で普通に行われています。不正でも何でもありません。

 こんなことは医師免許を持っていれば専門外であっても当然に知っておくべき知識で、現場経験の有無の問題どころか、医学部の学生でも知っている程度のレベルの低い誤解です。

 ところが、この報道に関係した警察官とNHK記者は知らないだけでなく、医者に聞いてみるという当然の手続きを端折っているようです。

 今日、このニュースを視聴した患者さん達は、明日から医者や医療機関に深刻な疑念を抱きながら負荷心電図の検査を受けることになるでしょう。

【追記有り】

 NHKは「警察発表を報道しただけ」と主張することでしょうが、事実関係を確認するというジャーナリストとしての義務を放棄していると考えます。

 また、警察の鑑定人として捜査に協力している医師は、この報道発表を知らないか、知っていてもそのまま報道させたということになります。前者であれば警察官の怠慢であり、後者であればその医師の知識水準と善意に深い疑念を抱かずにいられない事態です。

これだけでもすでに相当恥ずかしい話なのですが、なんと更なるネタまで提供してくださるとはさすが太っ腹のNHKといったところでしょうか。
こちらもまず元となった報道の方から紹介しておきましょう。

病院 うその死亡診断書作成か(2009年7月2日NHKニュース)

奈良県大和郡山市の病院をめぐる診療報酬の不正受給事件で、この病院が心臓の検査の最中に出血して死亡した患者について、病室で体調が悪化して死亡したように、うその記載をした死亡診断書を作った疑いがあることが、関係者への取材でわかりました。

診療報酬を不正に受け取ったとして、1日、詐欺の疑いで逮捕された雄山会山本病院の理事長、山本文夫容疑者(51)と事務長の大杉龍太郎容疑者(57)は、2日午後、身柄を奈良地方検察庁に送られました。警察の捜査などで、山本病院では、患者に必要のない検査が行われていたとみられていますが、複数の関係者の話から、検査の最中に死亡した入院患者の死亡診断書に、うその記載がされた疑いがあることが新たにわかりました。この患者は、生活保護を受けていた64歳の男性で、ことし1月、手術室でカテーテルを使った心臓の検査を受けている最中に出血して死亡しましたが、病院は、死亡診断書に、男性が病室で体調が悪化して死亡したという記載をしたということです。この検査には、山本理事長も立ち会っていたということです。警察は、病院での診療の実態について捜査を進めていて、今後、この男性患者の診断書が作られた経緯についても調べるものとみられます。

同じく記事自体に注目いただきたいところなのですが、おわかりになったでしょうか?
何か学生向けの試験問題で「次の文中であり得ない部分を指摘せよ」なんて問題が出来そうな感じの記事なんですが、これもロハスさんの突っ込みを引用させていただきましょう。

死亡診断書の書式:NHK記者は見たことがないのか?(2009年7月4日ロハス・メディカル ブログ)

「…手術室でカテーテルを使った心臓の検査を受けている最中に出血して死亡しましたが、病院は、死亡診断書に、男性が病室で体調が悪化して死亡したという記載をしたということです。…」

 医者でも死亡診断書を書いたことがない人は珍しいだろうと思います。一度でも書いた人であれば、院内の死亡場所を手術室やカテ室や検査室なのか、あるいは病室なのかを記載することは通常しないということはすぐに分かるでしょう。

[PDF]死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル 厚生労働省大臣官房統計情報部・医政局
http://www.mhlw.go.jp/toukei/manual/dl/manual.pdf

 当然に死因は記載しますが、死亡した部屋の種別まで記載するということはそもそも不自然なのです。死亡場所の記載は、医療機関の場合はその所在地までなのです。部屋まで書くということは異常事態です。病死及び自然死の場合は通常行われません。

 記事文面からはNHKの独自取材であった様子が伺われます。しかし、やはり医者に聞いてみるという手続きが行われたのかどうかが疑わしい記事です。

 また、こんなことは医師免許を持っていれば、本来は当然に知っておくべき知識で、死亡診断書を書いた経験の有無の問題どころか、医学部の学生でも教わっている程度のレベルの低い誤解です。

 ところが、この報道に関係したNHK記者は知らないだけでなく、医者に聞いてみるという当然の手続きを端折っているようです。

 このニュースを視聴した国民の皆さんは、病室の種別の書かれていない死亡診断書を手渡されたとき、医者や医療機関に深刻な疑念を抱くことになるでしょう。

 この記事を書いたNHKの記者は、事実関係を確認するというジャーナリストとしての義務を放棄していると考えます。

先の台湾問題ではNHKもずいぶんと根拠を挙げて報道には何も問題がないと主張していたようですが、失礼ながら平素からのこういう身近な実例というものを目の当たりにしますと「あ、こういうレベルの仕事をしている人たちなのね」と誤解してしまう国民も多くなってしまうのではないでしょうか?
何しろ日本を代表する表看板のような巨大メディアなのですから、国外に向けて胸を張って顔向けできるような立派な仕事をしていただきたいと一国民として切に願うものであります。

もっとも当ブログ管理人といたしましては、こうして日々素敵なネタを提供してくださるNHKさんも大歓迎なんですけれども(笑)。

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2009年7月 8日 (水)

産科絡みの最近の話題 不景気の最中に厳しい話が多いようですが

というわけなんですが、先日も少しばかり紹介しました妊婦健診の公費補助の話とも絡めて、本日まずはこちらの記事から紹介してみましょう。
しかしこれ、控えめに言っても誇大広告とも言うべき話じゃないかと思うのですが、もっと妊婦の皆さんは文句を言ってしかるべきなんじゃないでしょうかね?

妊婦健診無料じゃない? 産科医ら火消し躍起(2009年7月2日産経新聞)

 少子化対策の目玉として昨年秋に打ち上げられた「妊婦健診の無料化」。緊急経済対策に盛り込まれてスタートしたが、多くの地域で“無料”にはなっていないようだ。妊娠中の女性からは「無料だという話だったのに、違うの?」と、落胆の声が上がり、産科医らは「あの『妊婦健診無料化』という表現だけは、やめてほしい」と火消しに躍起になっている。(佐藤好美)

 東京都内に勤務する会社員、小山内香さん(34)=仮名=は妊娠8カ月。出産予定の病院で2週間に1度、妊婦健診を受けるが、その費用に納得できない。

 「受診した過去6回のうち、2回は1万円以上。それ以外も6000円とか、安くても3000円くらい。昨年から、政治家も、ネットの識者も『14回無料化』って断言していたから、てっきり無料になるとばかり思っていたのに。助成額はどこへ行ってしまったんでしょうか」

 小山内さんの受診先は、国立病院機構の病院(旧国立病院)。出産費用は40万円程度で、地域の“相場”より安く、健診費だけ高いとも思えない。「私の検査費が人より余計にかかるのか、一体どうなっているんでしょうか」

 納得できない小山内さんは自治体に助成の詳細を問い合わせた。回答によると、この自治体の助成額は14回合計で約9万円。「助成額を超えた分は、自己負担をしていただいています」と聞いて、ガックリした。
(略)
 選挙を控え、政治家の街頭演説では、いまだに「妊婦健診無料化」の言葉が出る。しかし、ある産婦人科医は「助成拡大はありがたいが、あの『無料化』という表現だけは、やめてほしい」と漏らす。多くの地域で妊婦健診は無料にはなっておらず、そもそも無料化は難しいからだ。

 別の自治体の保健師も「母子手帳を取りにいらした妊婦さん一人一人に、助成の仕組みを説明して、無料でないことをご理解頂いています」と、誤解の払拭(ふっしょく)に努める。

 妊婦健診への助成は従来、5回分計5万円程度だったが、昨年の緊急経済対策で14回分11万3000円程度に拡大された。若い夫婦には、「1回あたり数千円」の健診費負担は大きく、未受診で飛び込み出産する妊婦は産科の悩みの種だったからだ。

 しかし、助成は拡大されても、多くの地域で無料にはなっていないようだ。理由は複数ある。第1に助成範囲が限られていること。対象は血液検査3回、超音波検査4回、子宮頸(けい)がん検査などを含む「標準的に必要な」検査14回分。主治医によっては、これで収まらないケースも多い。

 ある産婦人科医は「超音波検査を毎回行う先生もいる。負担は生じるが、しないと、妊婦さんから『手抜きじゃないか』と言われることもあり、やめるのも難しい」と漏らす。

 第2に、妊婦健診は本来、自由診療だから値段が一律でない。医療機関によって健診内容やサービスも違えば、同じ検査で費用が違うこともある。助成で窓口負担が一律ゼロになるとはかぎらない。

 さらに、最大の理由は自治体の助成額がまちまちなこと。厚生労働省によると、都道府県平均の公費負担額は表の通りで、全国平均は8万5759円。全国最低の大阪府守口市(1万2500円)と、最高の北海道初山別(しょさんべつ)村(15万円)とでは13万円超の違いが出た。

 国が担保した妊婦健診の費用は「14回分で1人当たり11万3000円相当」(厚労省母子保健課)で、地方交付税交付金と補助金を充てた。しかし、地方交付税交付金の使途は自治体の裁量に任される。税収が逼迫(ひっぱく)し、すべてが健診費に回らなかったり、予算が十分取れなかったりした自治体もあるようだ。

 加えて、国の助成が2年間の時限措置なのも、自治体に二の足を踏ませる要因。自治体によれば、「後のことが分からないまま、多額の公費助成をして、2年後にはしごを外されてはたまらない」というわけだ。(略)

このあたりの経緯については前回にも取り上げましたが、二年後と言わずすでに現在進行形でこれだけの問題が噴出していることを見ても、政治家達が目先の耳障りの良い思いつきで適当なことをやっていると非難されても仕方のないところかとも思うわけですが…
これだけでもショックなところにさらに全国の妊婦さんには頭の痛い話でしょうが、こんな話も出ているようなんですよね。

約4割の産科施設、今年度中に出産費用増額を予定―厚労省研究班(2009年6月22日ロハス・メディカル)

 厚生労働省の研究班(可世木成明・日本産婦人科医会理事代表)の調査に答えた分娩を取り扱う施設のうち、約4割を占める703施設が今年度中に出産費用を増額する予定であることが分かった。(熊田梨恵)

 1月に分娩を扱う全国の病院と診療所2886施設を対象に調査し、1707施設から回答を得た。

 分娩費用を今後増額する予定と答えた施設は892施設と過半数。全体の41%に当たる703施設が2009年度中に分娩費用を増額する予定と答えた。
(略) 
 分娩費用を増額する理由(複数回答)は、「医療安全の維持・向上」が33.3%と最多で、「医師・スタッフのQOLを改善し、離職を防止」が30.6%、「産科医療補償制度に加入したため」「診療機器・施設等の充実」が各29.8%など。

 全国の出産費用の平均額は約42万4千円だった一方、病院側が求める「適正」な分娩費用の平均総額は約53万4956円。「現在の分娩費用にすべての要素(人件費、検査費用など直接経費、医師賠償責任保険など間接経費)が含まれているか」との問いに対し、60.7%の施設が「含まれていない」と回答した。

 分娩費用を増額できない理由には、「地域住民の所得が低い」22.0%、「近隣の私的同業施設と競合している」20.3%、「近隣に市議会等の意向で分娩入院費用が安い公立中核病院がある」15.1%、などが上がった。

 分娩費用1件当たり平均額を設置主体別に見ると、「都道府県立」が約37万2千円と最も低く、「市町村立」約38万7千円、「厚生連」約41万2千円、「社会保険」約42万千円と続く。最も高い「大学病院」は約47万9千円だった。
(略)
 研究班は記者会見で、「地方の公的病院が分娩費を非常に安く据え置いてきており、現在の医療崩壊の基礎になってきた」との見解を示した。また、「採算を度外視した病院が多く、しかもそれらは地域の中核病院。都道府県立や市町村立の分娩費用が低額であることが明らかになり、近隣医療機関への影響が大きい」と、産科診療所などに与える影響を示唆した。
 公立病院の分娩費用が他の設置主体に比べて低額になることについて、「公立病院の分娩費用は市議会などで決まるため、病院独自で決められないのが問題」と、分娩費用を安く抑えることが市議の住民に対するアピールになっているとした。平均額が最も高かった大学病院については、「あまりにも安いと考えている。お産の時に出て行ってそこだけで処理するのではなく、安全を担保するためによる当直をしたりしているが、その対価が全く考慮されていない」と述べた。

 また、研究班は「地域住民の所得水準」が分娩費用に大きな影響を与えていると分析。
(略)
 研究班は、医師数や産科病床数、分娩数などは分娩費用総額と相関せず、「地域住民の所得水準」と「分娩費用が安い公立病院がある」に相関性があるとした。その上で、「安全を提供するシステムに差はないはず。地方を活性化させるためにも、都市部と同等の費用が望ましい」と主張。現在の周産期医療の危機的状況を打開するには分娩費用の増額が求められると要望した。

お産に限ったことではありませんが、求められる標準的な医療水準というものが年々向上してきており、当然ながらそれに必要な経費が上がる一方であるのに対し、医療の質的な担保というものが更に厳しく求められている昨今の世情においては、一昔前にあったような「薄利多売」方式も成立しがたいという状況にあります。
妊婦さんにすれば一人一人の分娩の扱いが丁寧になったということであれば喜ばしいことですが、経営的に考えるなら顧客の数が減り一人当たりの経費支出は増え、一方で平均単価が上がらないとなればどう見ても厳しくなるのは当然ですよね。
現在の医療レベルで求められる水準で経費を積み上げていくと37万円などということにはならないはずですが、記事中にもありますようにここでも市民の票を期待する政治家というものが医療の実態を歪めてしまっているということでしょうか。
結局その歪みが回り回って当の市民に返ってくるのだと考えれば、一体これは選良として誰のために何をやっているのかと思うような話ではありますよね。

お産というのは病気ではないということで保険診療外の自由診療扱いですが、今まで何となく横並びの価格設定でやってきた医療の側にも問題はなしとしません。
医療の安全にかかるコストに関してはきっちりと算出した上で正当なコストに対しては受益者に応分の負担をいただくのが筋でしょうし、その上でコスト負担が無理だという人々に対しては安全を削っても負担を減らすというプランを提示するとか、公的に何らかの補助をしていくことを求めるとか言うことであれば話は判ります。
しかし近所の公立病院が安売りしているからうちも赤字価格でやりましょうということでは何ら主体性や正当性がないばかりか、その分の収支をどこかで埋め合わせているということであれば不要の検査なり処置なりでもやっているのかと要らぬ疑惑も招きかねないですよね。
安くもない上に一生にそう何度もないイベントだけに、お産費用は何をするためにどれだけのコストがかかっています、そのエヴィデンスはこれですと明細をはっきり示してもらった方が妊婦さんの方でも安心するのではないかと思うのですが、まだまだこのあたりの顧客対応に関して医療業界は他業界の水準に遠いかなという気もしています。

さて、産科絡みの話題として産科無過失補償制度については以前にも何度かその問題点を取り上げてきたところです。
とりわけ以前から保険料が余った場合にどうするのかといった下世話な話で盛り上がっていて、これについては保険会社の儲けになるとか、強制加入のくせに儲けを出すのかとか紛糾していましたが、最終的なところではこんな話に落ち着いたとのことです。

対象者300人未満で保険会社に利益-産科補償制度(2009年6月30日CBニュース)

 日本医療機能評価機構は、「産科医療補償制度」に剰余金が生じた場合、保険会社が運営組織に返還する仕組みの骨格を固めた。補償対象者が年300人以上の場合、保険会社は、掛け金の総額から経費を引いた「補償原資」から、20年分の補償金支払いの必要額を差し引いた全額を返還する。補償対象が「300人を下回る場合」には、補償原資のうち300人分の保険金を超える部分を全額返還し、差額分を保険会社が取得する。

医学的視点による公平な審査を-産科補償審査委が初会合
 返還された剰余金の使途は制度の運営などに限定するが、具体的な対応は実際の剰余額を踏まえて議論する。また、逆に欠損が生じた場合には、決算見込み以降の保険契約で、保険料の引き上げなどを検討する。

 今年1月からスタートした産科医療補償制度は、分娩に関連して発症した重度脳性まひ児に対し、看護や介護のための補償金として総額3000万円が支払われる仕組み。一分娩当たり3万円の掛け金(保険料)が必要になり、同機構では年500-800人程度が補償対象になるとみている。補償対象者数が予測を下回る場合は剰余が生じ、逆に上回れば欠損が生じることになる。

 制度運営で生じた剰余金の取り扱いについては6月15日の運営委員会で話し合い、機構側は当初、補償の対象が見込み下限値(500人)の半分に当たる「250人を下回る場合」に、補償原資と250人分の保険金額の差額を返還する案を提示していた。

 しかし、委員から保険会社が利益を得にくいことを指摘する意見があり、今回、「300人を下回る場合」に改めた。同機構では「補償対象が300人を下回ることはまずないと見込んでいる。(保険会社には)公的な制度としての色合いが強いことを理解して、ご協力いただきたい」と話している。

保険会社も適正な利益を出していかなければ会社が続きませんから、良い具合の落としどころというものが見つかればいいわけですが、このあたりは実際にどれくらいの数になるものかはっきりするまで何とも言えませんかね。
ただ脳性麻痺の発生数が年間3000人とされている現状で、実際に対象者が300人そこそこを巡るような数となるのであれば、これは明らかに補償制度として過少過ぎるという批判は出るでしょう。

結局のところこの制度、補償対象の認定と言う部分で大いに荒れそうな予感が大なのですが、補償対象から漏れた方々の批判の向く先が取り上げた産科医に向くのか、それとも審査委に向くのかといったあたりにもどうしても注目せざるを得ないところです。
その意味では以前にも書きました通り症例を検証して出すところの報告書の書式がどうもはっきり見えてこないと言う話が気になるところなんですが、いったん始まってしまうと矢継ぎ早に申請が出てきそうなだけにもしかすると大騒ぎになるかも知れないですね。
少なくとも申請しながら補償の対象から漏れたという方々にとっては納得のいく報告書を出してもらわなければ心情的にも収まりがつかないだろうとは思われるところですが、医者という手合いはこの種のプレゼンテーション能力に欠けている人間が結構多いものですから、またぞろ余計な火種になりはしないかと相当に不安ですが…

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2009年7月 7日 (火)

非常識って、自慢できるようなことじゃないですよね

先頃舛添厚労相がこんなことを言ったと報道され、新聞等で目にされた方も多いのではないでしょうか。

「労働法、守られないのは日本だけ」舛添厚労相が嘆き節(2009年7月2日朝日新聞)

 舛添厚生労働相は2日、政策要望に訪れた連合の内藤純朗副会長らとの会談で、「日本では労働法が順守されていない」と嘆いた。労働法が守られているか監視するのは労働基準監督署を抱える厚労省の重要な仕事だが、「連合の大きな目標として、労働法を国民に意識させて」と逆注文する場面もあった。

 舛添氏は労働法の現状について、「スピード違反は捕まるからみんな順守する。労働はもっと大事なのに、労働基準法も(労働者)派遣法も、みんな目をつぶっている部分が相当ある」と述べた。

 労働法軽視の背景には旧労働省の力不足があったとした上で、「最大官庁の厚労省になり、前みたいに弱くなくなった」と自賛。労働法の定着に向け、連合にも組織率の向上などの努力を呼びかけた。

 会談で連合側は、09年度補正予算に盛り込まれた職業訓練中の生活費給付制度の恒久化や、最低賃金の引き上げなどを求めた。(江渕崇)

いや嘆き節って、あのですね、労基法を守らせるのが所轄官庁であるあなた達の大事な仕事であって、「僕たちこんなに仕事さぼってま~す」なんて自慢げに公言してしまっていいようなものじゃないんですけど(苦笑)。
厚労省のトップたる御方にこういう他人事の態度を取られると、それは現場の当事者達も「あ、そんなもんなんだ。なんだ適当にやっとこう」とみんな目をつぶっている部分が相当出てくるのもやむなきところかなとも感じられるのは気のせいでしょうか?
厚労省というところは以前からデータ捏造で「医者の労働時間なんて大したことないですよ」なんてことを言ってみたり、「院内拘束時間は勤務時間ではないんです」などと省の通達と異なる見解を大臣が答弁してみたりと、かねて含むところでもあるのかとも思えるようなことをやってきた役所という印象があるのですが、この機会に多少なりとも本業に精出すようになってもらいたいものです。

しかしながらもちろん、21世紀にも入って仮にも文明国において法律すら無視するというような暴挙がまかり通って良いはずがないわけであって、お上が頼りにならないのであれば現場の方から改善を図っていくしかありません。
例えば最近とみに政治力発揮が著しいとも噂される看護系団体も歩調を合わせるかのようにこんなことを言っているようです。

労働関連法順守へ適切な指導を―日看協(2009年7月3日CBニュース)

 日本看護協会は7月2日、看護職の労働環境の改善のため、医療機関などが労働関連法令を順守するよう適切な指導を行うことを求める要望書を厚生労働省に提出した。

 要望書は、同協会が昨年に実施した「時間外勤務、夜勤・交代制勤務等緊急実態調査」で、交代制で夜勤に従事する23人に1人が月60時間を超える時間外勤務をしていることや、未払い残業など労働基準法違反が強く疑われる実態が明らかになったと強調。
 その上で、保健・医療・福祉分野の従事者の労働時間管理の適正化は、これらの従事者の確保・定着だけでなく、「国民に安全で質の高いサービスを提供するためにも不可欠」として、保健医療関係事業所での労働基準法順守の徹底について実効力のある指導・監督の推進を求めた

 具体的には、▽保健・医療・福祉関係事業所への調査に基づく適切な指導・監督の推進▽労働基準監督署による改善指導の対象となった事業所への改善状況の確認など、実効ある指導▽都道府県労働局や各労働基準監督署と、管内の保健医療事業主、経営者団体、看護協会などの専門職能団体が連携した、関係法令の順守や実態改善に向けた説明会・研修会などの開催▽労働時間管理の改善事例・好事例の収集と提供―を求めている。

業界団体としてはこういう自業界の利益のために動いてナンボですから、当然のこととして強力に権利擁護を主張していかなければならないはずなのですが、以前から書いてきましたように「労働基準法?何それ食べられるの?」状態の医者稼業においては対照的に何とも面白い現象が見られています。
天は自ら助くる者を助くなんて言葉がありますが、全医連の言うところの「医療現場での違法な労働環境が長年放置されている事は、 世間一般に報じられないことはもとより、 医療界内部ですら問題として取り上げられてきませんでした」という不思議な現象が慣例化していたわけですね。

例えば以前にも取り上げました産科医・田村正明氏は、新聞記事中でこんなことを言っています。

 このころ、僕らに労働時間のアンケートがありました。労働時間超過を疑われたためです。改めて考えると、自分がすごい長時間、病院にいることに気づきました。でも、僕らはそれが普通のことだと思っていました。僕は途中まで記入したのですが、はたと思いました。このアンケートを真剣に記入して提出したら産科が立ち行かなくなると。ちょうど他科でも労働時間が問題になっていて、労基署による家宅捜索がありました。結局、僕らはアンケートを提出しませんでした。

あるいはせっかく「医師の過酷な労働環境!これが医療崩壊の原因だ!」なんて報道があっても、当事者である医師や医師団体にコメントを取りに行くと「しかし労基法を守っていたら医療は立ちゆかなくなるんですよ」なんてことを公然と口にしてしまう。
要するに医師の労働環境を改善するための最大の抵抗勢力こそが当の医師達であるという、何とも摩訶不思議な構図が成立してしまっているわけです。
労働者として何かそれっておかしいんじゃないの?という感覚を持っていないこと自体がおかしいわけですが、まずこのあたりの世間の常識から解離した感覚を是正していかないと、いつまでたっても「医者の常識は世間の非常識」なんて揶揄されることになってしまうのではないでしょうかね。

最近はようやくネットなどでの情報交換を通じて多少なりとも意識改革が進み始めている印象ですが、まだまだ国民として当然知っていなければならないことを知らない人間が多すぎるというデータが現実にあるわけなんですね。

消化器外科医、7割が労基法規定知らず(2009年7月 5日ロハス・メディカル)

多くの勤務医が労働基準法違反の時間外勤務や当直勤務を強いられていると問題になっているが、当の勤務医たちは法律の規定を知らないのかもしれない--。そんな実態が消化器外科学会が会員を対象に行ったアンケート調査から浮かび上がった。(川口恭)

 このアンケート調査は、7月16日から開かれる第64回日本消化器外科学会定期学術総会に合わせて、消化器外科医の労働環境を把握する目的で実施された。年齢層や性別を考慮して会員の0.5%にあたる1100人を抽出して無記名式での協力を依頼、うち471人が回答したという。回答者が勤務する先は、一般病院52%、大学病院39%、診療所6%。

 労働基準法に定められた「宿日直」は、現在の医療機関の当直業務とはだいぶ異なる。またその回数は、宿直は週1回まで、日直は月1回までとされており、そうしたものを含めた時間外労働の時間は週15時間以内、月45時間以内、年360時間以内と定められている。

 しかしアンケートによれば、これらの規定を回答者の69%が知らなかった。その裏返しとでも言うべきか、21%が明らかに法律違反となる月に5回以上の当直に従事していると答えた。また当直の翌日は、手術を含む通常勤務を行っているとの回答が94%を占めた。週の労働時間が80時間を超えているとの回答も29%あった。

 それだけ長時間いったい何をしているのかに関しても興味深いデータが出ている。消化器外科医の本来業務ではない「がんの化学療法」「緩和ケア」「救急」に8割以上が従事しており、「麻酔」を担当しているという回答も3割弱あった。麻酔に関しては担当している消化器外科医の93%が、「担当したくない」と答えたという。(略)

社会生活を送る上で当然知っておかなければならないことを知らないこと自体が罪とも言うべきことであって、「知らなかったから法律を守ってませんでした」 は法治国家においては通用しないという当たり前のことを、医者ももう一度再認識しておいた方がいいのではないでしょうか。
今どき自らが世間離れしていることを自慢できるような時代ではありませんし、そんな非常識ぶりでは「患者の心が判らない医者」などと非難されてしまうことにもなりかねないということです。
まずは余り前に向けての意識改革から行っていくなら、お金も何も必要ないわけですしね。

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2009年7月 6日 (月)

医療事故 解決への道程は決して一つに限られてはいない

こういうのは被疑者否認のままということになるのか知れませんが、以前にPFI解除の件で少し書きました近江八幡市民病院に絡んでなかなか興味深い記事がありましたので紹介しておきます。

滋賀、患者死亡で2医師書類送検 病院側は過失否定(2009年6月29日47ニュース)

 滋賀県の近江八幡市民病院(現・近江八幡市立総合医療センター)で2005年、食道静脈瘤除去手術後に患者が死亡し、県警は29日、医療ミスがあったとして、業務上過失致死容疑で手術を担当した39歳と46歳の男性内科医を書類送検した。

 県警によると、2人は容疑を否認し「治療に問題はなかった」と話しているという。

 2人の送検容疑は2005年10月13日、男性患者=当時(69)=への内視鏡を使った食道静脈瘤除去手術で食道内に7~8ミリの傷を付けたのに、手術後、外科医に相談するなど適切な措置をせず、翌14日、傷から漏れた空気で肺を圧迫させ男性を死亡させた疑い。

 同センターは「傷を縫合するなどの処置を行わなかったのは、『消化器内視鏡ガイドライン』に基づいて、自然治癒を促す治療方法をとったから」と説明。「患者は肝臓が悪く、外科的処置にはリスクがあったため、経過を見守る『保存的治療』を選択した」と過失を否定している。

 近江八幡市民病院は06年、民間資本を活用して運営するPFI方式を導入。近江八幡市立総合医療センターとなったが、経営難からPFI契約を解除し、市直営となった。

術後死亡事故で医師2人書類送検 滋賀県警、業過致死容疑(2009年6月29日京都新聞)

 旧近江八幡市民病院(現・同市立総合医療センター)で2005年10月、食道静脈瘤(りゅう)除去手術を受けた同市の無職男性(69)=当時=が手術後に死亡した事故で、近江八幡署などは29日、業務上過失致死の疑いで、当時同病院内科医だった京都府与謝郡の男性医師(39)と同市の男性医師(46)の2人を書類送検した。

 送検容疑は、05年10月13日午後6時半ごろから行った内視鏡手術で、誤って食道に直径7~8ミリの穴を開け、胸部に空気が漏れる症状を引き起こしたことを確認したのに、外科医に相談するなど適切な措置をせず、男性を翌14日午前1時ごろ肺の圧迫による窒息で死亡させた疑い。

 同署の調べによると2人は「症状確認後、抗生物質投与などの治療法を選択したことは問題ない。患者が死亡することは予見できなかった」と容疑を否認している、という。
 近江八幡市の槙系病院事業管理者は「病院内の事故調査委員会で過失や過誤はなかったと判断していたので、送検は残念だ。検察の対応を注視したい」とコメントを発表した。

相変わらず記事だけでは何を言っているのか判らない部分があるのですが、食道静脈瘤の硬化療法を行っていたとすれば、穿刺針で粘膜に傷をつけたか、硬化剤の副作用によって食道に穴があいたということなのでしょうか。
傷を縫合云々という話からすると前者の方なのかなとも思うところですが、時間経過を観ると13日の夕刻という遅い時間帯に処置を始めているということであるいは緊急処置だったのかも知れないですが、翌14日未明には亡くなっていることから緊張性気胸と言うことになるのでしょうか。
「胸部に空気が漏れる症状を引き起こしたことを確認」というのがどういう意味なのかですが、もしレントゲン等で気胸を確認したと言うことであれば「症状確認後、抗生物質投与などの治療法を選択」云々という話と結びつかず、院内調査委員会で過失や過誤はなかったという判断にならないとも思われるところです。
あるいは「傷から漏れた空気で肺を圧迫させ」といった死因も全て警察の推測なのかも知れないという大胆な推測すら成り立つのかなとも思うのですが、結局記事だけからははっきりした状況が判りかねるとしか言いようがないですね。

興味深いのは当の医師二人はともかく、病院当局でも間違いはなかったという態度を示しているらしいことで、公立病院でありながらこうした態度はどうしたことかとも思わされるところです。
実は先日もすこしばかり紹介しました岐阜県総合医療センターの医療訴訟の件でも、公立病院でありながら県側が控訴するという話になっているようなのですね。
一昔前は(今も?)自治体病院での医療訴訟と言えば「病院は一切関知しないからそのつもりで」なんて放置プレーな施設も多々あったとも側聞しますが、これは何かしら風潮の変化と捉えるべき話なのでしょうか?

県立病院医療過誤訴訟:県が控訴 /岐阜(2009年7月4日毎日新聞)

 県総合医療センター(旧県立岐阜病院)で治療を受けた羽島市の男性(59)が、退院後に脳梗塞(こうそく)で倒れて後遺症が残ったのは術後の管理ミスのためとして、県に損害賠償を求めた訴訟について、県は3日、医師の過失を認めた6月18日の岐阜地裁判決を不服として名古屋高裁に控訴したと発表。控訴は6月30日。

 控訴について、同センターの渡辺佐知郎院長は「治療は適正だったと考えており、過失を認めた判決には不服な点がある」と説明した。【宮田正和】

公立病院と言えば患者=地域住民=スポンサーですから、ひと頃は被害者救済最優先ということでどんな判決でも丸のみしてきたような印象があるのですが、時代が変わってきたということなのでしょうかね。
実際のところそうした行為の繰り返しの結果が医師の信頼と忠誠心を失わせ公立病院からの医師の逃散ということに結びついてきた側面もありますから、これだけ医者集めに苦労している時代にあって未だ昔ながらの殿様商売をやっている施設があるとすればその方が驚きという言い方も出来るのかも知れません。
いずれにしても不幸な事故であることは言を待ちませんが、科学的にきちんと真相を究明し正しい判断に基づいて適切に後の処理をしていくということも同様の事例が再発してくることを防ぐために何より求められることではあるかなとも感じるところです。

ところで診療関連死の真相究明と言えば、先頃厚労省では「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」の延長を決めたというニュースが出ていました。
何故思いがけない死亡事例が発生したのかという原因究明は患者遺族に限らず医療従事者にとっても関心があるところでしょうからこうしたモデル事業もやっていけばよいと思うところですが、これに関連して先頃こんな記事が出ていましたのを目にした方も多いのではないかと思います。

解剖でも判断できず20% 診療関連死で学会調査(2009年7月3日47ニュース)

 2007年までの5年間に医師の診療に関連して患者が死亡して行われた司法・承諾解剖904件のうち、診療と死亡の因果関係について「解剖医では判断できない」とされた例が20%に上ったことが3日、日本法医学会の全国調査で分かった。診療ミスが明らかになったのは14%だった。

 診療関連死に関する学会の本格的調査は初めて。結果をまとめた舟山真人東北大教授(法医学)は「生前の状態も把握する臨床医と共に原因究明する必要があると分かった」と分析。国の「医療安全調査委員会(仮称)」設置をめぐる議論で参考にしてもらう意向だ。

 大学法医学教室など84機関にアンケート方式で実施、59機関が回答した。刑事訴訟法に基づいた司法解剖が734件、遺族の了解で行う承諾解剖が170件あった。

 調査によると、診療行為と死因との因果関係について「ミスが明らか」が14・7%、「ミスや事故の可能性が高い」が11・5%。「ミスの可能性は否定できない」15・3%「否定できる」31・9%で「判断できない」が20・9%に上った

 「明らか」と「可能性が高い」を合わせた237件について原因とみられるトラブルを複数回答で尋ねると、患者管理が80件、内科的処置や検査67件、外科手術60件、薬剤38件。警察への届け出は医療機関側が91・1%に対し、遺族からの届け出は8・0%だった。

この話、数字が高いか低いかは見る者によって評価が分かれるところだと思いますが、個人的には全死亡のうち80%の症例で診療行為と死因との因果関係をはっきり判断できると言うのならそれは少し言い過ぎではないのかなという気がします。
通常の病死などの剖検例では臨床経過から担当医はおおむね状態を予測しており、病理医も詳細なデータに基づいて検討を行い、それでも何かしらよく判らない報告書が出てくるということが時折見られるものだと思いますが、思いがけない死亡となりますと当然データの集積なども不十分でしょうから、よく判らない症例というのが多くなって当然だと思うのですけれどもね。
もっとも現在までのところこうした死因調査に回ってくる症例というのは極めて限定されていて、当然それなりのバイアスがかかっていると予想されますから、将来的にはるかに広範囲に解剖が行われるようになった場合に同様の結果になるというわけでもないのでしょう。

今後死因究明事業などがますます広範に行われていくとして、恐らく自分だけでなく多くの人々が恐れているのが、かつて散見されたいわゆる「トンデモ判決」の元となったとされる鑑定書の類のように、何かしらの意図をも込みでの結論ありきで本来判断不能とされるべきものまで妙な結論を導き出されてしまうことではないでしょうか。
以前にも書きましたように福島・大野病院事件でも保険金支払いのために有責という鑑定が必要なんだと県側に押し切られた結果あの起訴があったのだとは言われているところですが、被害者救済と真相究明、そして責任追及という行為はそれぞれきちんと分けて考えないと必ず科学ではない何かによる偏りが入ることは避けられないと思いますね。

厚労省は今も自省案による事故調設置を進める考えを崩していないようですが、何でもかんでも求めすぎてしまうと結局何もかも失ってしまうということを一度冷静に考え直してみるべきではないかと思うところですし、無過失補償制度やADRの整備も併用していくことによって真相究明と再発防止、被害者救済はそれぞれ別個のものとして成立するものだと思いますけれどね。

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2009年7月 5日 (日)

今日のぐり「うどん処あまからさん」

いやあ、今日も雨が降るかなと思っていたんですが、思いがけず暑かったですかね。
というわけで(どういうわけで?)、前回に続いて本日もまた世界に冠たるブリからの話題を紹介してみましょう。
まず一件目、人生五十年などと言っていた時代も今や遠い昔の話で、最近では元気なお年寄りも多いというご時世ですが、さすがブリともなると少しばかりケタが違うなと思わされる話がこちらです。

年金暮らしの70代、強盗を右フックでノックダウン(2009年07月02日AFP BBNews)

【7月2日 AFP】英国で、年金暮らしの70代男性宅にナイフを手に押し入った強盗が、家主の男性から散々に殴られて負傷するという事件があった。新聞各紙が1日報じた。

 事件は前年8月、オックスフォード(Oxford)近郊のボトリー(Botley)村で起きた。オールナイトのパーティーに参加して酒に酔っていたグレゴリー・マッカリアム(Gregory McCalium)被告は、近所で騒いで住民ともめた後、フランク・コーティ(Frank Corti)さん(72)宅に押し入り、夫妻にナイフを突きつけた。

 ところが、家主のコーティさんは元軍人で、学生時代にボクシング・フェザー級のチャンピオンになったという輝かしい経歴の持ち主だったのだ。

 コーティさんはタイムズ(Times)紙に対し、事件を次のように回想した。「(ナイフを)見たとき、やるかやられるかの問題だと思ったんだ。幸いなことに、奇襲の利はわたしのほうにあった。それで、ポジションを取って右手を繰り出したというわけさ」。こうして、犯人は目の周りに黒いあざを作り、くちびるは切れて出血する羽目になった。

 前月29日、オックスフォードの刑事法院はマッカリアム被告に対し、禁固4年6月の判決を下した。

 メディア各紙は、数々のボクシングのトロフィーを前にしたコーティさんの写真を、次のような談話とともに掲載した。「彼がナイフを投げつけてきた時は怖かったけれど、同じ状況になったら、誰もが同じことをするんじゃないかな。だって、自分のものも守れないでどうするんだい?」

この元記事を参照していただけると犯人の顔写真がそのものズバリ掲載されているのですが、はっきり言って漫画の世界です(心臓の弱い方はご覧にならない方がよろしいかも知れません)。
いやしかしちょっと待て、「同じ状況になったら、誰もが同じことをする」ってなんですかそれは。
我らがブリの方では「トレーニングされたこの人だから出来ることです。よい子は絶対真似しないでね」なんてテロップは流さないんでしょうか?

さてお次は少しばかり古いんですが、これを見たときは絶対に紹介せずにはいられないという気になった記事です。
最近の日本では空からおたまじゃくしが降ってきたと騒ぎになりましたが、さるがブリともなりますと驚きも質量とも圧倒的としか言いようがありません…ってそういう問題ですか??

車が舞い上がって民家の二階に突っ込む 英(2005年04月29日BBC)

【BBC】今週水曜深夜、英国はハンプシャーにて自動車が家の二階に飛び込んだとのこと。現在、警察は一体いかにして車が空中に舞い上がったのか調査中であるという。事故当時、車には二人が搭乗していたとみられ、一人は助手席から、またおそらくドライバーと思われるもう一人が前輪の下から重傷の状態で救出されている。また家の中で眠っていたハーマン夫妻は事故の音で目が覚めたものの、寝室にいたため怪我はなかったという。

「本当に恐ろしい出来事でした。音がしたとき、夫は下の階で犬が何かを壊したんじゃないかと言ったんです。ところが夫がドアを開けて見ると、壁には大きな穴があいて、家具がめちゃくちゃに動いていました。それから慌てて下へ行くと、そこに車があったんです。」

ハーマン家の被害はひどく、普通に暮らせるよう修復するには今後少なくとも2ヶ月はかかると話している。

「あり得ない事故ですね。車は道路から脇道にそれて、フェンスや標識、庭木や芝生を踏み倒したようです。しかし一体、どうやって二階まで車が飛び上がったのか、全く想像がつきません。」隣人のジョージ・ハリソン氏はそう語っている。(事故現場のスライドショー)

警察によれば、ハーマン家に突っ込んだ赤いBMWはおそらく近くを走るA30のカーブを曲がりきれずに脱線し、民家に入って庭石に乗り上げ、家の一階を壊して"空中に舞った"のではないかと推測しているという。「今後は一体いかにして車が一階部分を壊したのか、調査を行う予定です。」警察はそう話している。

また警察は自動車付近から発見された二人以外に、もう一人別にドライバーがいたという可能性も考慮し調査を行う予定であるとしている。また一時は窃盗車という推測もなされたが、これまで特に盗難届けは出ていないという。

これまでに怪我を負った人物の名は明らかにされていないとのこと。

こちらも元記事を参照していただけると見事な写真があるわけですが…いやいやいやいや!絶対これあり得ないですから!
日付を見ましても4月1日とか言うわけでもないようですが、いったいこれは何がどうなってこのような現象が発生したというのか…もはやそれは人智を越えてただ「ブリだから」で納得する以外にありません。

先日も早速一件報道されていましたが、毎年この時期になりますと車内に置き去りにされた子供さんが亡くなるという痛ましい事件が発生します(絶対にこういうことはやらないでください!)。
ところがブリともなりますと少しばかり趣が違って、犠牲になるのはこういうものらしいんですね。

英国の警察犬2匹、車内に閉じ込められ死亡 高温原因か(2009年7月3日CNN)

ロンドン(CNN) 英国の王立動物虐待防止協会(RSPCA)は2日、イングランド中部ノッティンガムシャーの警察に所属する警察犬2匹が車内に閉じ込められ、高温に苦しんで死亡した可能性があるとして調べていることを明らかにした。

地元警察もジャーマンシェパード2匹の死亡を確認し、同協会に報告した。死亡は6月30日の午後2時15分ごろに発見されていた。当時の気温は28度前後だったという。

RSPCAは犬の死因や車内に置かれていた状況などを調べている。

英国では最近、高温の日が続き、気象当局などは国民に注意を呼び掛けている。

いやしかし、日本では犬の熱中症などあまり報道されませんが、駐車場などでふと見てみますと車中に犬が取り残されているという光景、結構日本でも見ますよね?
こういう恐ろしいことがありますから、愛犬家の方々もくれぐれもご用心くださいましょうお願いいたします。

さて、最後はとっておきの素晴らしい映像をご紹介いたしましょう。
ブリと言えば昔から変態兵器の殿堂として有名ですが、その中でも極東某国を始め(おそらく)全世界的に圧倒的支持を得ている「キングオブ変態」とも言えるものが「パンジャンドラム」です。
パンジャンドラムに関してはそれはもうその筋ではあっちこっちでさんざん取り上げられていますから改めてここに触れませんが、一応その開発史として結構読みやすくまとまっているのはこちらあたりでしょうか。
一見していただいただけでどうみても正気の沙汰ではなさそうだなと(ブリ以外の世界中の健全な人間であれば)判りそうなシロモノなのですが、これを真面目に研究、開発していたり、ブリでは映画にまで登場してしまうほどの人気を誇っている「遅れてきた秘密兵器」らしいのですね。
この素晴らしく斜め上に疾走した挙げ句に歴史の彼方に埋もれてしまうはずの秘密兵器なんですが、なんとこのたびノルマンディー65周年を記念して再びこの世に降臨したというから驚くじゃありませんか!
全世界のパンジャンドラムファンが歓喜したこと、無論想像するに難くはありません。

パンジャンドラム、咆哮ス(2009年6月8日ブログ記事)より抜粋

素晴らしきパンジャンドラムは再び回りだす…

大陸反攻のために開発された秘匿兵器は、その記念日に再び咆哮をあげた。

The Great Panjandrum rolls again... Secret weapon designed for D-Day roars back to life for anniversary

神は再臨されたのである。

ぱんぢゃん\◎/どら~む!

いやあ…しかしリンク先を参照いただければまさしくその動画が参照できるんですが…正気ですか…orz
ちなみに同サイトでは原本にあたるあちゃらの記事をわざわざ和訳して紹介していただいているのですが、この記事自体がもうね、すばらしくブリ的なんですね…

想像を絶するブリの素晴らしさの前には、もはや我々凡人など恐れ入ってひれ伏すくらいのことしか出来そうにありませんな…

今日のぐり「うどん処あまからさん」

所用でたまたま車を走らせておりました折、ちょうど今までなかったはずのうどん屋が出来ているのに気がつきました。
そのまま通り過ぎようかとも思ったところが、「玉島温飩」なる看板を見て思わず車を停めてしまいました。
よく見ますと「自家製麺」「玉島の食材で玉島の味」などと言ううたい文句が並んでいますが、これは地産地消の店なのでしょうか?(JA等の看板はないようですが)。

実はこのお隣の鴨方地方はかねて「備中手延べ麺」などと称して製麺業が盛んなところなんですが、以前にその件について調べておりましたらどうもこの玉島あたりにも独自のうどんがあるらしいんですね。
これが当地の円通寺で修行した良寛さんも食したという「しのうどん」で、一本のうどんでお椀一杯分になるという長いうどんなんだそうですが、現在非常に限られた場所でしか流通していないようで今のところ実物を目にしたことはありません。
ま、そんなこんなで「玉島温飩」なるものはどういうものかとかねて興味があったわけですが、結論から言いますと上記「しのうどん」や「備中手延べ麺」とは余り関係のない讃岐系のうどんのようです。

地元の食材を使っているということなんですが、メニュー自体は見たところ比較的普通かな?と言うところで、値段も讃岐うどん系としてはごく普通(この界隈のうどん屋の相場からすると安め?)という感じでしょうか。
比較的珍しいとり天(名物、なんでしょうか?)などとのセットもあるようですが、こちらも値段としては高くありませんから、コストパフォーマンスはかなり高そうではありますよね。
ぶっかけ系のメニューが何種類かあるのは個人的に好感が持てるところなんですが(笑)、本日はとりあえずこのうちから「かきあげぶっかけ(冷)」を頼んでみました。

注文してから出てきた時間的には茹で立てというわけではなさそうですが、見たところいかにもごついという感じのうどんで、うどん表面の光り具合など見た目は悪くありませんですね。
実際に口にしてみますと表面はなめらかな舌触りでまずは合格、噛みしめると見た目通りのごつい食感にインパクトがありますが、これに関してはそれなりにコシもあるものの基本的には硬いうどんという感じです。
現時点では残念ながら良くできたうどんの官能的な食感というには今ふたつくらいかなとも思いますが、このうどんでしたら今のところ釜揚げなど温かい状態で食べてみるほうが良いのかも知れませんね。

ぶっかけとして残念なのは甘口のダシは味自体は悪くなく、別皿のワサビを適宜加えていくと少し味もしまってそれなりに良い感じになってはくるのですが、このごついうどんに対抗するにはいささか弱いなという印象が拭えないところですね。
このあたりは「うどんとしてうまい」と「ぶっかけうどんとしてうまい」をしっかり区別しているお店というのは意外に少ないというのも事実ですから、この店ばかりを非難するものでもありませんが、せっかくなのですからもう少し研究してみてはどうかなという感じでしょうか。
トッピングのかきあげはほぼ玉ねぎ天状態のようですが、揚げたてでそれなりに香ばしさはあるものの天ぷらとしての食感はもう一がんばり欲しいかなというところ、それでも先日の某店よりはずいぶんとマトモかなというものではあります。
まあこの界隈のうどん屋としては水準以上ですし、一つの料理として見た場合にはそれなりにまとまりは良いですから、一杯を食べ終わってそうそう不満が出るというものでもないかなという印象ですね。

店全般としては値段とのバランスで考えるとかなりお得感はあり、一方ぶっかけうどんとして見た場合には並みの上といったところでしょうか?
実際のところ高いわけでもなくまずいわけでもないのですから、とりあえず試しに入ってみる分には何も問題はないかなとも思うところです。
関係ないですが今回引用した「食べログ」でついたコメントにお店がいちいちレスつけてるのって始めて見ましたが、うどんの様子をみても店長さんは根がマメな性格なんでしょうかね。
それなりにやる気と向上心はありそうな感じですし、まだ出来たばかりということでこういうお店には今後更なる精進をして地域の名店として名を轟かせるよう期待したいところではありますよね。

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2009年7月 4日 (土)

いつまで黙っているつもりか、そちらの方が面白かったり

今日は最近密かに話題のあの件について少しばかり取り上げてみようかと思います。
まずは既報から関連するあたりを抜き出してみましょう。

鳩山代表に「故人」献金? 少なくとも5人、120万円(2009年6月16日朝日新聞)

 民主党の鳩山由紀夫代表の政治資金管理団体「友愛政経懇話会」の政治資金収支報告書に、すでに亡くなった人が個人献金者として記載されていることが分かった。朝日新聞が03~07年分の報告書を調べたところ、少なくとも5人の故人が延べ10回、120万円分を献金したことになっていた。遺族のうち、1人は「よく分からない」と答えたが、4人は「死亡後に献金した事実はない」としている。

 05年3月に亡くなった東京都内の旅行会社元社長は、生前から献金があり98~00年に年1万円、03年は25万円、04年は24万円が記載されていた。ところが死亡後もそれが24万円(05年)、10万円(06年)、15万円(07年)と続いている。
 元社長の妻は05年以降の個人献金を否定したうえで「なぜそんなことになっているのか。死亡後の献金なんて不愉快」。旅行会社側も「経理担当者が確認したが、会社がかかわった献金はなかった」と困惑気味に語った。
(略)
 鳩山氏は5月の代表就任会見で企業・団体献金の3年以内の禁止を打ち出した。さらに今春に配信した自身のメールマガジンでは、個人献金に対する税の優遇措置の拡大を訴えており、「企業献金から個人献金へ」の流れを唱える代表的存在だ。

 鳩山事務所は朝日新聞の取材に「誤記載だとは思うが、全体を調べてみたいと思う。事実とすれば本人や遺族に申し訳なく、誠心誠意対応したい」としている。

鳩山代表の団体へ「寄付否定」新たに13人(2009年6月30読売新聞)

 民主党の鳩山由紀夫代表の資金管理団体「友愛政経懇話会」が故人5人から寄付を受けたことが明らかになった問題で、実際に寄付をしていないのに「寄付者」として政治資金収支報告書に記載された疑いがあるケースが、新たに13人いることが読売新聞の調査でわかった。
 2003~07年分の収支報告書の記載内容を検証したもので、問題ある寄付の総額はすでに判明した分も含め、18人で計659万円に上った。

 調査対象は、03~07年の5年間に寄付者として記載された個人147人のうち、鳩山代表とその親族、秘書などを除く142人。88人から回答を得た。
 この結果、「記載通りに寄付した」というのは65人。本人や家族が「寄付した事実はない」と否定したのは、故人と判明していた5人も含め、東京、北海道、千葉、愛知、兵庫の計18人。うち故人だったケースは1人増え、6人になった。「はっきりと覚えていない」などとしたのは5人。
(略)
 政治資金規正法は、個人や企業・団体から年間5万円を超える寄付を受けた場合は、氏名や住所などを収支報告書に記載するよう義務付けている。

鳩山氏、虚偽記載は2177万円  原資はすべて本人資金(2009年6月30日共同通信)

 民主党の鳩山由紀夫代表は30日夕、国会内で記者会見し、政治資金収支報告書に記載の個人献金者が献金を否定したり、故人が含まれていた問題について、虚偽記載は2005~08年の4年間で約90人で193件、総額2177万8千円に上ると明らかにした。原資はすべて鳩山氏本人の資金で、不正なものは含まれていないと説明。「誠に申し訳ない。国民に深くおわびする」と陳謝した。

 問題となったのは、鳩山氏の資金管理団体「友愛政経懇話会」。鳩山氏は経理を担当していた公設秘書を解雇。収支報告書は鳩山氏からの貸付金として修正した。会計責任者の政策担当秘書については「しかるべき処分をしたい」と述べた。
 虚偽記載の理由に関し「経理担当者が私への個人献金があまりに少ないので『大変だ』と思ったようだ」と述べた。

 鳩山氏の依頼でこの問題を調査した弁護士は、報告書で「事実は鳩山氏にも、会計責任者にも打ち明けられてない」と経理担当者の独断との見解を提示。記者会見では、政治資金規正法違反容疑での告発も検討していることを明らかにした。
(略)

鳩山代表の収支報告書訂正、寄付者の8割・70人分削除(2009年7月2日読売新聞)

 民主党の鳩山由紀夫代表の資金管理団体「友愛政経懇話会」による政治資金収支報告書の虚偽記載問題で、鳩山代表側が訂正した報告書の内容が1日、わかった。

 総務省で閲覧できる2005~07年の同団体の報告書には、3年間に個人寄付として記載された88人のうち、約8割に上る70人の寄付(計1771万円分)がそっくり削除された。
 収支報告書によると、各年とも、掲載された個人寄付の金額の訂正は1件もなく、70人の寄付そのものがなかったとした。05年には、2回にわたり虚偽記載された人もいた。報告書に記載された寄付者は、05年で69人から18人、06年で51人から13人、07年で64人から16人と大幅に減った。
 この結果、個人寄付の総額が減ったため、報告書への記載が義務付けられていない5万円未満の「匿名寄付」の割合が増大。3年間で総額1億6755万円の個人寄付のうち、匿名の寄付は計1億430万円に上り、その割合も訂正前の56%から62%に拡大した。

 今回の訂正では、削除された個人寄付計1771万円分が、鳩山代表の「貸し付け」として処理され、07年段階で同団体への貸付総額は9771万円になった。
 同団体を巡っては、鳩山代表側の調査で、08年までの4年間で約90人が行った193件、計2177万円分の個人寄付が虚偽記載だったことが判明している。

匿名献金が突出 鳩山代表、5年で2億3千万円(2009年7月1日朝日新聞)

 民主党の鳩山由紀夫代表の政治資金管理団体「友愛政経懇話会」の政治資金収支報告書で、5万円以下などの条件を満たす匿名の個人献金の総額が、03~07年の5年間で計2億3千万円に上り、国会議員のなかで突出して多いことがわかった。
 匿名の個人献金の処理についても、「故人献金」で今回問題になった公設秘書が担当したという。謝罪会見で記者が「5万円以下の匿名献金も一定額ある」と指摘すると、調査にあたった弁護士は「その部分は終わっていない。調査を続ける」と説明した。

 政治資金規正法は、政治家の活動資金に透明性を持たせる観点から、献金者の氏名と献金額を収支報告書に記載することを義務づけている。ただし年間5万円以下、税の控除を受けないなどの条件を満たす小口の個人献金者は氏名や住所を記す必要がなく、「その他献金」として合計のみを記載すればよいとしている。
 修正前の03~07年の収支報告書によると、鳩山氏が集める個人献金は年間約5千万~1億1千万円で、与野党の代表クラスの政治家の資金管理団体と比較しても抜きんでている。ここ5代の自民、民主党の総裁、代表経験者と比較しても(表参照)、総額で突出している。

 さらに、鳩山氏の個人献金のうち、匿名の小口献金である「その他献金」は03年が約8千万円、04年約4600万円、05年約4千万円、06年約3700万円、07年約2800万円となっている。年平均で約4600万円は、他の総裁、代表経験者の平均約140万円を大きく上回る。03年は少なくとも1500人以上の匿名者からの小口献金があったことになる。
(略)

議員献金も個人資産? 鳩山代表あて 法令違反の疑い(2009年7月2日産経新聞)

 民主党の鳩山由紀夫代表が支部代表を務める「民主党北海道第9区総支部」に、平成15年から19年までの5年間、選挙区内の道市町議会議員42人(元職を含む)から、総額約1650万円の個人献金があったことが1日、鳩山氏の献金問題を追及する与党プロジェクトチーム(PT)の調査で分かった。
 献金はすべて毎年12月25日にそろって行われており、金額もほぼ同額で計画的に行われた可能性がある。PTでは「献金は鳩山氏個人の資産を原資とした可能性があり、政治資金規正法違反や詐欺の疑いもある」(自民党幹部)とみている。

 PTの調べによると、問題の個人献金は、鳩山氏を支援する北海道内の道議会議員4人や16市町の議員38人が行った。苫小牧市議は26万4000円▽登別市議は16万8000円-などと金額がほぼ横並びとなっているのが特徴だ。1回で64万円を献金した道議も1人いた。
 鳩山氏は、6月30日の記者会見で、自身の資金管理団体「友愛政経懇話会」の政治資金収支報告書に、故人からの献金が記載されていた問題に絡み、虚偽記載の献金の原資が鳩山氏本人の資金だったと釈明している。
 このためPTでは、地方議員からの個人献金の原資も「鳩山氏の資金だった可能性が高い」と指摘した。

 政治資金規正法の規定では、政党支部への個人献金は年間1000万円に制限されている。このため、与党側は、鳩山氏が地方議員らに資金を渡し、個人献金させることで実態を隠した疑いが強いとみている。
(略)

民主・鳩山氏、虚偽記載「疑念に答えた」=共産、社民は説明要求(2009年7月2日時事通信)

 民主党の鳩山由紀夫代表は2日夕、国会内で記者団に対し、自身の政治資金収支報告書の虚偽記載問題をめぐり、与野党から説明が不十分だとする声が上がっていることについて「(6月30日の)記者会見で国民が知りたがっている疑念や質問にすべてきちんと答えたつもりだ。わたしなりに説明は行ったと思っている」と語った。
(略)

鳩山代表らを告発=献金虚偽記載容疑で東京地検に(2009年7月3日時事通信)

 民主党の鳩山由紀夫代表が政治資金収支報告書に故人の名前などを記載していた問題で、「鳩山由紀夫を告発する会」を名乗る団体が3日、政治資金規正法違反容疑で、鳩山氏と会計責任者の秘書らの告発状を東京地検に提出した。
 告発状によると、鳩山氏の資金管理団体「友愛政経懇話会」の会計責任者と事務担当者は、2004~07年の政治資金収支報告書に、死亡した人物が寄付をしたとの虚偽の記載をしたとされる。また鳩山氏は資金管理団体の代表者として、06年と07年分の収支報告書の会計責任者を選任、監督するに当たり、注意を怠ったとされる。 

これだけずらずら並べますとずいぶんとすごい報道合戦のようにも思えますが、日付を見ていただいて判るとおり各紙ほとんどがぽつりぽつりという程度で、紙面の印象からはこの問題に関してほとんどスルーしているのかと感じられるくらいです。
この手の話に首を突っ込むことは当「ぐり研」の本意でもないのですが、外野から見ていても「え?疑念に答えた?そうなの?」と疑問符ありまくりの話にも関わらず、政治問題好きなマスコミがほとんど突っ込まないというのはどうしたものかと言う感じですね。
各紙の報道を集めまくってやっとこれだけですから、日常的に新聞とテレビしか見ていない多くの国民にとってはそんな話があったことすら知らないことなのかも知れません。
今ごろになって新聞紙上ではこんなことを書いていますが、問題発覚後半月以上もたった今ごろになってこういうことを言われてもどうなのよそれはと言いたくなるような話ではありますよね。

7月2日付 編集手帳(2009年7月2日読売新聞)

 老中松平定信は「寛政の改革」で文武に精を出すよう促し、これまでに学んだ師匠の名前を書き出せ、と旗本衆に命じた。遊び暮らす連中は困ったらしい◆弓は誰、馬は誰、学問は誰と、故人の名前ばかりを挙げ、「只今(ただいま)は皆、死去つかまつり候」と書く者が続出したと森銑三「古人往来」(中公文庫)にある◆「うそも大概にせよ、貴殿のことなど存じ申さぬ」とあの世から苦情が届くわけでもなし、書類のでっち上げに故人の名前が借用されるのは、今も昔もあまり変わらないようである◆鳩山由紀夫・民主党代表の資金管理団体が故人などを「寄付者」と偽り、政治資金収支報告書に記載していた。架空の献金は約90人分、4年間で総額2177万円にのぼる。違法献金事件で辞任した小沢一郎前代表のあとを受けて「党の顔」になった人に、この不祥事は情けない◆責任逃れの魔法の言葉「秘書が」にも懲り懲りだが、たかだか千万円単位の“はした金 ”にまで目が届かなくて――とでも言いたげな反省の弁の軽さ、金銭に対する感度の鈍さについていけない。永田町には寛政ならぬ「感性の改革」が要る。

【社説】鳩山氏虚偽献金―ああ、なんといい加減な(2009年7月2日朝日新聞)

 民主党の鳩山代表が虚偽献金の事実を認め、陳謝した。すでに死亡した人や、一度も献金したことがない人の名前を、個人献金者として政治資金収支報告書に載せていたという。
 なぜ、そんなことをしたのか。なお納得できない点は少なくない。

 鳩山氏は4人の弁護士に調査をゆだね、疑惑発覚から2週間で判明した経緯を説明した。それによると、架空の献金額は資料が保存されている05年以降で2100万円を超え、名前が使われた人は約90人に及ぶ。
 経理を担当する公設秘書が、個人献金を集める仕事を怠っていたのを隠すため、普段から預かっている鳩山氏個人の金を流用し、架空の献金をでっちあげていたという。
 二十数年つとめてきた秘書が独断でやり、鳩山氏自身は知らなかったと述べた。だとしても、報告書への虚偽記載は明白だ。政治資金規正法の違反である。鳩山氏の責任は重い。

 流用された金額は年に400万~700万円にのぼる。資産家として知られる鳩山氏だが、一昨日公表された年間所得は3千万円弱である。
 普段から1千万円を超える金を秘書に預け、鳩山氏の私的な支出にあてさせていたというが、本当に鳩山氏個人の金だけだったのか。出所を明かせない裏献金は入っていなかったか。他にも疑問はいくつもある。
 個人の金と政治資金が長年にわたってごちゃ混ぜにされていたのに、どのように使われたか、鳩山氏本人は関知していなかったことになる。なんとも釈然としない人は多かろう。

 小沢一郎前代表の公設秘書が逮捕された違法献金事件の反省から、民主党は3年後に企業献金を全廃し、個人献金を拡充する政策を総選挙マニフェストの柱の一つに掲げる方針だ。だが、その旗をふる立場の代表自身の個人献金がこの体たらくでは説得力を欠く。
(略)

特に面白いなと思うのが、総理がどこの店で飲み食いしたといったネタまで漁らなければならないほどネタに飢えていたはずのテレビが、ことこの件に関しては全くといっていいほど言及しないことです。
しかしさすがにこの段階にまで至ると誰でも不自然すぎるなと感じるところですが、当の本人達はこのまま黙っていればよいと思っているのでしょうかね?
そんな中でとうとう内部からもこんな声が上がるようになってきているようなんですが、今後どこまで彼らが沈黙を守り続けるのか、そしてそれを破る時になってどういう言い訳を持ち出すつもりなのかに要注目でしょうか。

【椿事件】辛坊「メディア全体が政権交代を視野に入れ、鳩山代表の献金問題について消極的な報道を行っている」(2009年7月2日ブログ記事)より抜粋

38 名前:名無しさん@十周年 投稿日:2009/07/01(水) 20:38:19 ID:/o/TgSGu0
これの録画持ってる人いないのか?

55 名前: 名無しさん@十周年: 投稿日: 2009/07/01(水) 17:50:07 ID: 724U2PRv0
今朝ズームインで辛抱が
メディアは民主の問題はスルーすることにしてるって暴露してたぞ
これは大問題だよォ

268 名前:名無しさん@十周年 投稿日:2009/07/01(水) 20:51:38 ID:KTaW5I2t0
>>38
実況の魚拓
ttp://s01.megalodon.jp/2009-0701-0657-56/live23.2ch.net/test/read.cgi/liventv/1246390496/

944 :名無しさんにズームイン!:2009/07/01(水) 05:53:47.96 ID:vwYWKQJw
>>875
辛坊発言 記事読みながら問題点色々指摘してから>
「ただ今回は、もういわゆるメディアも全体が、ある種の政権交替というのを視野に入れて今もういっぺん民主党の代表をそんなに叩くのはという思いもあるんでしょう。
特に、毎日新聞なんかほとんど扱ってないんですが、ただ、これは・・(鳩山の新聞記事刺して)ちょっと内容としてはかなり悪いかなっていう感じが、私の感覚だとするんですが、さぁどうなんでありましょう」

(略)
865 :名無しさんにズームイン!:2009/07/01(水) 05:41:11.41 ID:uKcL+0/0
さすが辛抱さん
テレビメディアが鳩ぽっぽ問題を
スルーしてることをコメントしたわ

875 :名無しさんにズームイン!:2009/07/01(水) 05:43:16.00 ID:48XAsCqW
>>865
コメントっていうか、政権交代を視野に入れてマスコミはあまり追求しませんよ宣言みたいだったけど?

877 :名無しさんにズームイン!:2009/07/01(水) 05:44:29.13 ID:f39SY9pA
>>875
すごく恐ろしいことを堂々をいってたな
マスコミは政権への影響を考えて仕事してますって

891 :名無しさんにズームイン!:2009/07/01(水) 05:46:51.30 ID:1TG14nnv
>>875
実は恐ろしい発言だな。マスコミ全力で政権交代しようと動いてると言ったようなもの

899 :名無しさんにズームイン!:2009/07/01(水) 05:47:38.98 ID:5g2ISdJR
日本のテレビマスゴミって諸悪の根源だよなぁ

放送法なんて全然機能してないし。

923 :名無しさんにズームイン!:2009/07/01(水) 05:50:24.61 ID:OMbm4d1X
椿事件って言ったて
ホント?

943 :名無しさんにズームイン!:2009/07/01(水) 05:53:41.55 ID:a7WCNbfA
辛抱は充分言ったと思うよ
かなり悪い、とも表現したじゃないか
椿事件状態だって認識はあるんだろう

上記の引用の中にも出てくる「椿事件」とは、マスコミが意図的に政治に介入することを公言した事例として今も語り継がれる事件です。

    椿事件 - wikipedia
    1993年9月21日 、民間放送連盟の「放送番組調査会」の会合の中で、
    テレビ朝日 報道局長の椿貞良が、 総選挙時の局の報道姿勢 に関して

        「 小沢一郎氏のけじめをことさらに追及する必要はない。
        今は自民党政権の存続を絶対に阻止して、
        なんでもよいから反自民の連立政権を成立させる手助けになるような報道をしようではないか 」

    との方針で局内をまとめたという趣旨の発言を行う。
    日本の放送史上で初めて、放送法違反による放送免許取消し処分が本格的に検討された事件である。
    <ソース>
    平成5年10月25日 第128回国会 政治改革に関する調査特別委員会 第8号 (国立国会図書館 公式サイト)

マスコミ、特にテレビメディアが今回の件についてどういう思惑でやっているのかは判りませんが、これだけ歩調を揃えての行動となると何かしら背後関係があるのかと疑わしいところではありますよね。
単なる反政権活動ということで野党第一党に肩入れしているのかも知れませんが、マスコミの中でも特にテレビ絡みで民主党に肩入れしたくなる事情というとこんなものも見つかってくるのですが、さて…

原口一博「民主党が政権とれば電波料をおもいっきり下げる」(2009年5月3日記事)より抜粋

・質問
民主党政権になればテレビは明るくなる?

民主党・原口一博氏(『次の内閣』総務大臣)
「明るくなりますよ~。だって今、電波料いくらとられてます?
一生懸命稼いでるのがですよ。天下りとか色んなのに遣われてるじゃないですか。
それ(電波料)をおもいっきり下げますから。
それと規制が多すぎるでしょ。放送法の中の規制、これも余分なものをとりたいですね。頑張ります。
(つまりテレビの未来は?)明るい。(以下略)」

★ソース
たかじんのそこまで言って委員会4月19日放送「テレビ界の未来」
http://www.youtube.com/watch?v=k-wqJ1lucJY(new window) (動画の4分過ぎから5分頃まで)
(略)

☆麻生JAPANアンドねら~完全勝利宣言☆
726. Posted by 2009年02月15日 22:23
ちなみに民主党某議員のお話によるとマスメディアは赤字続きで
6月の決算時期にM社が破綻することがほぼ確定するそうだ。
それに引き続いて、業界全体が打撃を受ける可能性が高いため
u氏とw氏が各政党に政権交代後、
各メディア社に公的資金(千億円規模)を投入するように打診したらしい。
もちろん自民党は拒否。
しかし民主党はその条件を飲み、代わりに政党の宣伝と、
現内閣のネガティブキャンペーンを締結した。との話。
だからあたり前なんだよ。
どっちにせよ解散総選挙は2ヶ月掛かるため
6月までにマスコミは何としても解散総選挙に持ち込みたいのよ。

ま、ネットの落書きにどこまでの信憑性があるのかははっきりしたものではありませんが、確かに民主党議員先生方のメディア露出は結構目立つのかなという印象は個人的にも受けているところではありますけれどね。
別にメディアに限ったことでもなく、人間のやることである限り文字通りの意味で絶対的に公正中立ということはあり得ませんから、報道が偏っているということ自体は殊更に非難することではないかも知れません。
しかし表向き公正中立をうたっておいて実際は偏向しているとすれば、これは何より視聴者に対する裏切り行為以外の何ものでもありません。

実のところこうしたメディアの偏向問題は別に日本に限った話でもなく、御存知テキサス親父もこのように憤慨しているようです。

テキサス親父 ニュースメディアの偏向(動画)

別に誰かの肩を持ちたいと言うことであればそれ自体は恥ずべき事でもなんでもないのですが、何らかの意図を隠して視聴者を騙すということであればこれは道義的にも許される話ではありません。
他人を騙すことに罪悪感を持たないメディアによって踊らされる国民こそ悲劇というものですが、今の時代にあってはこれも各人なりの自衛策で対応していくしかないということなのでしょうか。

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2009年7月 3日 (金)

誰も大きな声では言わないけれど

このところ社会的弱者に配慮するという行為は成熟した文明社会の特権とも言っていいものなのかなとも考えているのですが、これが極端に行き過ぎると逆に社会に妙な歪みをもたらすことになる場合もあります。
こうした事例に対して以前から「逆差別」などという言葉が使われていましたが、人種問題においてあれほどデリケートな対応を見せる合衆国においても先頃最高裁で「逆差別は違憲」なんて判決が出ていることには驚かされます。
最近は「プロ弱者」なんて言い方も広まっているようですが、いずれにしても理念の正しさはそれとして現実社会に還元していく過程で常に妙なことになっていないかと監視していく必要はあるということでしょうか。
それも確信犯的に制度を悪用しようなどという事例は論外としても、正しいはずの主張が何故か思いがけない結果を招いたともなれば誰にとっても不幸なことになってしまいますよね。

仰ることはまあ判るけれどもホントにそれが正しいことなの?と感じる最近の事例として、世に悪評高い後期高齢者医療制度ってホントにそんなに悪いものなのか?という素朴な疑問があります。
この件に限った話でもありませんが、最近は政権のやることはとりあえずなんでもかんでも批判するのがマスコミのお好みらしくて、あるいはそんな流れに沿って深く考えてみることもせずに批判を繰り広げているだけなのではないかと感じることって結構ありませんか?
仮にマスコミの論調=いわゆる世論であるとすれば、医療従事者と世論とは結構乖離しているんじゃないかなと思うことはままあるものですが、周囲の医療関係者と内輪話をしてみても制度の趣旨自体がそれほど悪く受け止められているという印象は受けないんですよね。
後期高齢者医療制度に関しては市民側の視点からの記事は多々ありますが、別の視点ではどうなのかということでまずはこんな記事を取り上げてみましょう。

後期高齢者医療制度という言葉、「違和感はなかった」(2009年7月1日ロハス・メディカル)

 昨年4月からスタートした「後期高齢者医療制度」という名称について、厚生労働省の担当者は中医協から、「専門的な人間の間ではそれほど違和感はなかった」との指摘があったことを明かした。(新井裕充)

 来年4月の診療報酬改定に向けた審議の中で、厚労省は合併症を抱える高齢者らを「複雑性指数」などの言葉で表現しているが、中医協から修正意見が出ている。

 「後期高齢者医療制度」の"トラウマ"から、制度の名称に神経質になっているのだろうか。

 「後期高齢者医療制度」は2008年度の診療報酬改定で導入された。75歳以上の高齢者を「後期高齢者」と呼び、健康保険や国民健康保険から追い出して強制加入させ、保険料を年金から天引きするだけでなく、保険料を払えなければ保険証を取り上げる制度に対し、批判が相次いだ。

 このため、厚生労働省は「長寿医療制度」という通称を使用したポスターやチラシなどで理解を求めたが、保険証の未着や保険料の天引きミスなどの混乱が続き、批判の嵐はやまなかった。同制度に対する批判は単に名称だけの問題だけではなかったように思われるが、厚労省は制度自体に内在する問題から目を背け、名称の変更でかわそうとしたようにも見えた。
(略)
 現在、在宅医療などの受け皿が整備されないまま「医療機能の分化と連携」という名の退院支援策が進められていることが問題になっている。厚労省の説明通り、「手間のかかる患者」にとって望ましい制度に変わると善意解釈していいのだろうか。

 むしろ中小病院を倒産に追い込み、入院できない患者が続出するような診療報酬改定を実施した後、「違和感はなかった」と開き直る可能性の方が高いようにも思えるが、果たしてどうか─。  
(略)

何でも「後期高齢者医療制度」というと語感が悪いということで、国の方では「長寿医療制度」と呼ぶことにしましょうなんて言っているそうですが、厚労省もよほど世間からは嫌われていることを自覚しているようですね(苦笑)。
しかしロハスの記者さんの批判目線はともかくとして、高齢者は若・壮年者とは別な医療の枠で扱おうと言う概念自体は案外医療の世界では忌避されているわけでもなさそうだなというイメージは垣間見える記事ではあるのかなと思います。

もちろんお年を召された方の場合そこから頑張って稼ぐというわけにもいきませんから、支払い能力がないからといきなり保険証を取り上げるだとか、在宅医療の整備もないのにいきなり療養病床だけ削って後は知らないといった態度は社会保障政策として大いに問題となることは言うまでもありません。
その意味ではこうしたキャッチーな哀しい物語を例にとって非難が集中するのも一面で理解はできるんですが、じゃあ高齢者は医療費(実質)タダ同然、家で世話するより病院に預けておいた方がずっと安上がりで手間いらずという状況が良いのかと言えば、それもまた違うんじゃないかと思うんですよね。

日本医師会などはもっぱら診療報酬の面でこの制度に反対しているようにも見受けられますが(苦笑)、現場に関わる人間が必ずしもこの制度に対して批判的というばかりでもないのは、大前提として「やっぱり高齢者の医療って若い人とは違うよね」という当たり前のコンセンサスがあるからではないかと言う気がしています。
特に超高齢者の看取りということを数多く経験すればするほど、心ある医療者であればなおさら「何か日本の医療っておかしいんじゃない?」と考え始めるものではないでしょうか。
このあたり、実際の臨床家の先生のブログにちょうどいい一例があげられていましたので、少しばかり古い記事なんですが紹介しておきましょう。

患者の皆さん、あきらめてください(2007年12月27日天国へのビザ記事)

中央公論1月号の特集、「医療崩壊の行方」の中で、若手医師の匿名座談会ー現場からの提言 という記事があった。
「患者のみなさん、まずはあきらめてください」
というタイトルがつけられている。これによると

厚労省は「自宅での看取り」を求め、「お産も産婆さんが家で取り上げる」ことをすすめようとしている。
そうすれば日本人の平均寿命は下がるし、出産死亡率は上がるけれど、まあ、それは仕方がないでしょう。
団塊の世代が老人になったとき今のように医師にかかるのは完全にあきらめるしかないでしょう。
すべて80年代に手を打たなかった厚労省が悪いと言えます。
団塊の世代に「医師にかからずに死んでください」と言っているようなものです。

この「あきらめてください」は、「医師にかかるのをあきらめてください」という意味のようだ。
先日、私も患者さんのご家族に、少し意味は違うが「あきらめてください」と言いたくなることがあった。
 *
95歳の男性、認知症のため施設に入っていた方が、肺炎を起こして入院した。
抗生剤治療を行い、一時回復に向かったように見えたが、黒色便が出て、Hb4.7と極度の貧血に至った。消化管出血による貧血と思われたが、呼吸状態が悪く、胃カメラなどの検査も危険で行えない状況だった。
息子さんと娘さんは輸血をしてほしいと言い、濃厚赤血球をオーダーした。3日間に分けて行う予定とした。
1日目は血液が届いたが、2日目は届かなかった。オーダーしたAB型の血液が不足しているという理由だった。
輸血製剤のオーダーをするとき、患者の年齢や重症度などは報告しない。この老人は95歳だから後回しにされたというわけではない。年齢に関係なく、若者で輸血を必要とする患者のところにも平等に血液が届かないということである。
95歳で死にゆこうとする老人に輸血を行うことに何の意味があるのだろう。昨日の血液が、未来のある若い患者のもとに行き渡ったら、助かる命があったかもしれない。
私は輸血製剤のオーダーを取り消した。そして、家族にそれを話した。
娘は泣き崩れた。
「お願いです。できるだけのことをしてください!」
95歳、認知症で施設に入っていた患者である。もう寿命とは思えないのだろうか。
できるだけの看護をしてくださいというのなら分かる。しかし、できるだけの治療をしなければならないのだろうか。
不足している医療資源を奪ってまで、95歳の老人の命を数日長引かせることに何の意味があるのだろう。
しかし、その家族は自分の親の命を1日でも長引かせることで頭がいっぱいのようだった。

このご家族が特殊なわけではない。
死を受け入れることができない人が増えている。
「老いたら死ぬ」そんなことがこの国では当たり前のことではなくなっている。
老いてもとことんまで治療され、生かされる。自分の意志とは無関係に。
そして、そのために限りある医療費が使われているのだ。
「できるだけのことをしてくれ」という家族は思いもしないだろう。自分が老iいて死ぬとき、病院にかかることさえできなくなるかも知れないなどとは・・。
肉親の死は悲しく辛い。たとえ95歳の大往生であっても辛いものは辛いだろう。
しかし、人間は永遠に生きることはできないのである。 肉親の死を受け入れ、悲しみを乗り越えなければならない。

日本人の死生観は明らかにおかしくなっている。
今こそ見直さなければならない時期にきているだろう。

日本の医療制度が日本人の死生観を変えてきたんじゃないか(それも何か歪んだ方向に)という点については個人的に同意するところ大ですが、こちら記事もさることながらコメント欄がなかなか興味深いですのでご一読いただければと思います。
ここにおいてもやはり日本人というものはホンネとタテマエというものから離れられないのかなという印象も受けたのですが、どうでしょうか。
ロハス・メディカルさんでは過去に後期高齢者医療制度絡みで別な記事も取り上げていますが、こちらも看取りと言うことに関連して医療従事者のホンネと家族のホンネが見え隠れするなかなか興味深い記事ですので併せてご参照いただければと思います。

終末期の治療方針、「家族の意見がバラバラ」(2009年4月26日ロハス・メディカル)

看取りということに都市部では本当にドライになってきているところもありますが、地方では未だに死というものにも格付けみたいなものがあるようです。
どこの病院で死んだ、亡くなるまで何日保ったといったことが亡くなった後で結構話題になるらしく、「あの病院で看取ったか。親孝行したな」だとか「血を分けた親をあんなところで看取った?なんでまた?」みたいなことを周囲から言われるらしいんですね。
その結果どう見ても自然経過でお看取りすべきような方々が田舎の小さな病院から基幹病院に送りつけられてくる、そしてただでさえ一杯の病床をただ看取るという行為のためだけに埋めていくわけです。
別にそれ自体は本来は美談で済む話なのかも知れませんが、その陰で直ちに入院させて治療を始めなければならない人がベッドがない、どうしようと大騒ぎになっているとしたらこれは穏やかではありませんよね。

医療と言うものはやはりお金がかかりますし、それも普通であったらとても一般人には負担が出来ないようなレベルであっという間にお金が消費されていく局面というのが唐突に訪れるということが珍しくありません。
もちろん高額医療費に引っかかっても自己負担分は払っているわけですし、そもそもそうしたとっさの出費のために普段から安くもない保険料を支払っているわけですから、制度の範囲内で十二分にそれを活用することも誰憚ることのない権利ではあるでしょう。
しかし「え?大盛りサービスなの?それじゃ頼んじゃおうかな」といった感覚で「え?支払い額は変わらないの?それじゃ出来ることは全部やってもらおうかな」とあっさりと決断されてしまうには、いささか医療資源は金銭的にも人員的にも逼迫しすぎているというのも事実なんですね。

別にお金がかかってもやることに意味があるのであれば幾らでもやるだけの覚悟は多くの臨床家が持っているんだと思いますが、では本当にその行為に意味があるのかという疑問も臨床の現場ではしばしば遭遇します。
まして単に無意味であるだけならばまだしも、その行為によって他のもっと大切なものが犠牲になっていると感じられるようになれば、人は容易にそのモチベーションを失うものです。
こういうことを言うと「人の生き死にに慣れきってしまって感覚がおかしくなった者の言うことだ」と批判されてしまう場合も時にあるわけですが、本音の部分で皆さん本当に「何でも全部」ということをお望みなのかという疑問はそうした現場に遭遇したことのある者なら誰しも内心抱いているところではないでしょうか?
本来なら一昔前に「スパゲッティ症候群」などと医療批判を繰り広げたマスコミこそ真っ先にこうしたところを掘り下げていかなければならなかったんじゃないかと思うのですが、未だ感傷的な批判ないしは為にする政策批判の道具としてしか医療制度を取り上げていないように見えるのは残念ですよね。

その昔は田舎では医者を呼ぶと言えばそれこそ死亡確認の時だけで、それも夜中に起こすなんてことはなくわざわざ夜が明けてから呼びに行ったといった話が普通にあったそうですが、今の時代「自分は家で看取りたいけれども、親戚の目があるから…」と伏し目がちに末期高齢者の看取り入院を希望する人々は本当に多いものです。
金銭で命が決められてしまうといえば何かしら良くないことのように思われるかも知れませんが、もし金銭的負担というものが一つの契機となって妙な方向に進んできてしまった死生観というものがより真っ当な方向に修正されていくというのであれば、それは必ずしも悪いことばかりでもないのかなという気がするのですけれどもね。
人はいずれ必ず死ぬ、まして死ぬべき人が死んでいくということならこれは当たり前の自然の摂理とも言うべきことで、むしろそれを妙に歪めてしまうような作為を何より本人こそが望んでいないのではないかと、恐らく生前病院に顔を出したこともない遠い親戚よりも、亡くなるその日まで日夜病床に付き添っていた家族の方ほど痛感しているのではないでしょうか。

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2009年7月 2日 (木)

新型インフルエンザ、なぜか夏とともに再加速の兆し?

前回に引き続いて、今日も新型インフルエンザ絡みの新しい話題をみていきますが、結論から言いますとどうやら誰もが「何かおかしいぞ?」と感じ始めているようですね。

さて、既に実数把握も困難となっている新型インフルエンザですが、順調に患者数は増加している中で予想通りという事態が次々と報告されています。
まずはこちら、いずれどこでもそうなるという話からご紹介しましょう。

【新型インフル】看護師5人が院内感染か 市立川崎病院(2009年6月26日産経新聞)

 川崎市は26日、市立川崎病院の看護師5人が新型インフルエンザに感染したと発表した。5人は同じ集中治療室(ICU)病棟に勤務しており、院内感染とみられる

 市は、濃厚接触者に当たる同僚の医師や看護師らのほか、治療を受けた患者の検査をしているが、ほかに症状が出ている人はいない。

 市によると、同病院は新型インフルエンザ患者を治療する感染症指定医療機関だが、5人は感染症病棟に出入りしていない。ICUではマスクや感染防護服などをして患者に接するため、患者からの感染や患者への感染の可能性は低いとしている。

【新型インフル】タミフル耐性を初確認 デンマークの感染者(2009年6月30日産経新聞)

 世界保健機関(WHO)は29日、デンマークの新型インフルエンザ感染者の中から、抗ウイルス剤タミフルに耐性を持つ初のウイルス検体が確認されたことを明らかにした。

 タミフル投与はワクチンが完成していない現在、新型インフルエンザの治療で最も有効な手段だが、タミフルが効かないウイルスの感染が拡大すれば、対策の練り直しを迫られる恐れもある。

 WHO当局者によると、耐性ウイルスはデンマークの軽症患者1人から確認された。患者は既に回復して元気になっている。ウイルスは同じH1N1型が突然変異したものだが、今のところ耐性ウイルスが拡大する兆しはみられないという。

 WHOは加盟国間を結ぶ情報網を通じて耐性ウイルスの確認を伝達。拡大しないかどうかを注視する方針。(共同)

ICUと言えば感染症患者の吸引等は当然にしているでしょうから、感染防御に対するマスクの効能ということを考えた場合に常時N95マスクでも正しく装着しているとか言うのでなければ必ずしも患者からの感染を否定できないような気もするのですが…
それはともかくとして、一度こういうことになってきますと後は広がっていくばかりと思われますから、まもなくニュースバリューもないほどに珍しくもない話になっていくのは確実なのでしょう。
気になるのはこうした院内感染や耐性ウイルスといったものによって、以前に他の感染症で経験されたが如く新たな訴訟リスクが高まることも十二分にあり得るのかなと懸念されるところです。
民事訴訟は訴える自由は保障されているとはいえ、一度そういうことになりましたなら現状ですら損ばかり被っている各地の医療機関が一斉に手を引き始める可能性すら無しとはしませんよね。

一方で、発熱外来であるとか隔離病棟であるとかコストが高い割に、診療報酬上は従来型インフルエンザと同じということで病院にとっては持ち出し確実な新型インフルエンザの診療ですが、そろそろ経営的な実態が表に出てきたようです。
特に患者が集中する施設ですと既に大変な目にあっているらしいというニュースをこちらから引用してみましょう。

新型インフルによる減収で財政支援など要望-全自病(2009年6月25日CBニュース)

 全国自治体病院協議会(邉見公雄会長)は6月25日の記者会見で、新型インフルエンザ対策に関する要望書を舛添要一厚生労働相に提出することを明らかにした。要望書では、自治体病院などの医療機関で、緊急対応のための病床確保や外来患者の減少によって減収となっていることから、補助支援などの体制構築を要望する。

 具体的には、▽施設設備費▽設備整備費▽運営経費(間接的経費を含む)―のほか、診療を行う医療従事者に対する補償制度と医療物資の供給確保を求める。

 邉見会長は自治体病院への新型インフルエンザの影響について、奈良県のある病院が発熱外来を設置したために、救急外来に対応し切れなくなった結果、病床稼働率が90%から60%になってしまい、収入が1億円近く減少としたという例などを挙げた。その上で、「公立病院の使命なので仕方がない」としながらも、会員病院からの悲痛な訴えを受け、同日開かれた常務理事会で要望書の提出を決めたという。

このあたりは折から選挙も近づいているところではありますから、世論を巻き込んでうまいことアピールすればそれなりに面白い話が引き出せるのかも知れないところなんですが、果たして医療関係者の中にそういう策士がいるかという話ですよね(苦笑)。
凋落著しい医師会の政治力なんてものを見ているだけでも既に業界圧力団体としてすら機能していないということが丸わかりなんですが、せっかくですから新設の全医連あたりがここらで一つ強烈なアピールで男を上げてみるというのもいいんじゃないでしょうか?

それはともかく、夏がくれば流行は終息するなどと言う話が何処に行ったのかと今や世界的に話題になってきているようです。
最近になってようやく実数データが出てきていることもあって、日本国内でもいつまで経っても終息の気配が見えないことがようやく騒がれてきているところですが、実は日本に限らず海外でも同じような傾向であるようですね。
もともとインフルエンザというウイルスは実験室レベルでも体温よりやや低い33~34℃くらいで良く増えるということが知られていますが、あるいはこれは温度感受性の変化といった新型ウイルスの持つ何らかの生物学的特性によるものやも知れませんね。

新型インフル、感染第3の山突入か(2009年6月25日読売新聞)

 国内における新型インフルエンザ感染者は、世界保健機関(WHO)が4月27日に初めて警戒レベルを引き上げてから約2か月で1000人を超えた。

 感染は今も収まる兆しを見せておらず、政府の新型インフルエンザ対策本部専門家諮問委員会の尾身茂委員長は「今後も感染が急拡大する南半球からのウイルス流入は避けられず、夏場も今のような状況が続くだろう」と指摘している。

 発症日ごとの流行状況をまとめた厚生労働省の集計によると、国内の感染者は兵庫県と大阪府の高校で集団感染があった5月17日に67人とピークを迎えたが、休校措置の効果が出て下火になった。しかし6月上旬に福岡市の小中学校などで新たな感染が確認されると、同月10日に42人が発症し、2度目のピークを記録。その後も東京都内の高校などで感染が相次いだほか、海外からの帰国者の発症も増えている。同省が集計を週1回に切り替えた19日以降も感染者は1日40~50人ほど確認されており、流行は第3の「山」に入っている可能性がある。

 同省によると、感染者の約7割は10代以下の若い世代。これまで重症化の報告はない。同省の担当者は「海外渡航歴などもなく、感染源が全く分からない感染者が一定の割合で出てきているのは確か」と徐々に感染が広がっていることは認める一方、「感染者の7~8割はすでに完治し、患者が急増しているわけではない」と強調する。

 政府は当面、行動計画を現在の第2段階(国内発生早期)から第3段階(まんえん期など)に引き上げず、流行の第2波が予想される秋以降に向け、妊婦や持病がある人など重症化する恐れがある患者の治療を最優先する医療体制の整備などを急ぐ方針。

 WHOの発表(24日現在)によると、世界の累計感染者数は5万5000人を超え、最も多いのは米国の2万1449人。冬場に入る南半球でチリが4315人、オーストラリアが2857人などと急増中で、死者も世界全体で238人出ている。

新型インフル、不気味な拡大(2009年6月30日読売新聞)

米CDC「真夏に消滅」撤回

 新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)の感染者が、世界で増え続けている。世界保健機関(WHO)がウイルスの警戒水準を「フェーズ6」に引き上げ、世界的大流行を宣言してから半月余り。

 ウイルスが活発化する冬に入った南半球だけでなく、夏を迎える北半球でもウイルスは依然、広がっており、病原性を増すようなウイルスの変化にも警戒を怠れない。(ワシントン 山田哲朗、バンコク 田原徳容、ジャカルタ 林英彰、ジュネーブ 平本秀樹)

南半球で急増

 新型インフルエンザが最初に発生したメキシコのリゾート地カンクンで7月1~3日、WHOのマーガレット・チャン事務局長や日本の厚生労働省幹部も参加して、国際会議が開かれる。新型インフルエンザ対策を練り直すのが狙いだ。

 メキシコと共に最初に感染が広がった米国は、感染が確認された人が2万人を超えており、今も世界最大の感染国だ。米疾病対策センター(CDC)による25日の集計では、感染者は1週間前より6000人以上増え、感染の勢いは加速している。

 CDCは当初、「北半球でウイルスは、真夏になれば消える」と予測したが、秋冬の流行シーズンまでじりじりと感染が続くとの見通しに改めた。CDCは26日、受診していない軽症患者を入れると全米の感染者はすでに100万人以上に上るとの推計を示した。

 南半球では、感染拡大の勢いはさらに著しい。WHOによると、豪州と南米アルゼンチン、チリの3か国の感染者の合計は、26日までの1週間で3600人増えて、9800人を超えた。人口当たりだと、米国の2倍以上のテンポだ。
(略)
 国内では、関西での新型インフルエンザの感染が一時のピークを過ぎた後も、各地で感染者が相次いで見つかっている。厚生労働省などによると、感染者数は29日午前11時現在で42都道府県1214人(検疫、在日米軍基地を含む)に達した。世界的にみても9番目(26日現在)に多いという。

 6月に入って気温が上昇しても感染が続き、20歳代以下が感染者の8割を占めるなど、季節性インフルエンザと異なる傾向を示す。ただ、現時点で重症化した症例はなく、約7割はすでに治癒している。

 岡部信彦・国立感染症研究所感染症情報センター長は「感染経路がはっきり分からないケースが増えている。地域的にもばらけており、感染がくすぶっている」として、今後も断続的に感染が広がると予想する。政府の諮問委員会委員長の尾身茂・自治医大教授も「秋冬に、感染が大きく広がる可能性が高い。長期戦の覚悟をした方がよい」と注意を呼びかける。

 政府は秋以降の第2波に備え、感染者は原則、全医療機関で受診し、重症者以外は自宅療養とする方針を示した。新型向けのワクチンは、国内4メーカーが来月にも製造に着手する方針だ。(科学部 高田真之)

いずれにしてもここまでくるともはや一朝一夕で片付く問題でもないことは当然なのですが、ひと頃のパニック的状況が通り過ぎた後となって、面白いのは国民の反応なんですよね。
最近はマスコミ報道などもすっかり下火であることからも判るように、すでに国民の関心は新型インフルエンザから離れているんじゃないかとも取れる節があります。
秋以降順次新型対応のワクチンが出荷できるようになってくるとされていますが、その一方でこういう報道を目にするにつけ、たくましいと捉えるべきか熱しやすく冷めやすい国民性の表れと見るべきか判断に迷うところなんですけれども(苦笑)。

ワクチン接種希望、新型が季節性を下回る(2009年 6月24日CBニュース)

今秋以降の再流行が懸念される新型インフルエンザのワクチンの接種を希望する人の割合は51.3%で、季節性インフルエンザワクチンの接種を希望する人の53.1%をわずかに下回っていることが、三菱総合研究所の調査で明らかになった。

調査は、20歳以上の男女を対象に、6月9、10日に実施。1032人から回答を得た。

それによると、今後開発が進められる新型インフルエンザワクチンを「接種したいと思うか」と聞いたところ、「接種したい」と答えた人は51.3%。「分からない」は27.5%、「接種したくない」は21.2%だった。
また、季節性インフルエンザワクチンの接種については、「接種したい」が53.1%で、新型インフルエンザワクチンよりも接種を希望する人がやや多かった。

■勤務先や学校、過半数が「通常通り」
新型インフルエンザへの感染を防ぐため、自身や家族がどのような行動を取ったかを聞いた質問では、「新聞やテレビで情報を収集した」が75.9%で最も多く、以下は「手洗いや手指消毒を励行した」(74.3%)、「マスクを購入、備蓄した」(48.1%)、「外出時にマスクを着用した」(39.1%)と続いた。

また、勤務先や学校で取られた措置について聞いたところ、「通常通りだった」が57.6%で半数を超えた。以下は、「会社や学校の入り口やトイレ等に消毒液が設置された」(17.9%)、「通勤や通学時のマスク着用を求められた」(16.3%)、「会社や学校の建物に入る際の手洗いを求められた」(14.2%)だった。

■患者未発生で休校、約半数が「厳し過ぎた」
国や自治体の対策の中で「厳し過ぎた」(「やや厳し過ぎた」「非常に厳し過ぎた/実施すべきではなかった」)との声が最も多かったのは「患者が発生していない学校の休校」で、45.2%に上った。
一方、「厳しくするべきだった」(「もっと厳しくするべきだった」「もう少し厳しくするべきだった」)とされたのは、「国際空港等での水際対策」が最も多く、38.7%だった。

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2009年7月 1日 (水)

お上のなさる事に間違いなどない…と言えればいいんですが

昨日はサーバーが落ちていたりしたようで、皆様には色々とご迷惑をおかけしました。
さて、先日も少しだけお伝えしました厚労省人事の件について、ロハス・メディカルさんに詳しい記事が出ていましたので紹介しておきます。

医政局長に事務官 舛添厚労相が発表(2009年6月26日ロハス・メディカル)

 舛添要一厚生労働大臣は26日の閣議後記者会見で、幹部人事についての骨格方針を発表した。事務次官と社会保険庁長官の2人が退任するほか、医系技官の指定ポストだった医政局長に事務官である阿曽沼慎司・社会・援護局長が就くなど大規模なものになる。「技官の聖域をなくして風通しをよくする」という。(川口恭)

 会見によれば、江利川毅・事務次官が退任し、後任には水田邦雄・保険局長が昇格する。また社会保険庁の坂野泰治長官も退任し、後任には渡辺芳樹・年金局長がつく。新しい保険局長には、外口崇・医政局長が横滑りし、医政局長の後任は阿曽沼氏。年金局長、社会援護局長の後任は未定。日付や正式な発表は国会日程次第になる。

 舛添大臣に近い筋によれば、決断したのは昨晩。内閣改造や自民党役員人事が行われるとの観測が強まり、舛添氏自身にもポスト変更の可能性があることから、人事に着手しておく必要を感じたという。省内にも全省庁の局長人事を司る人事検討会議にも諮ることなく、今朝、電撃的に麻生総理と河村官房長官の了解を得て発表した。今後、他の局長や課長クラスの人事にも着手する。

「補助金で病院支配する医系技官を引き剥がした」-厚労人事、省内の声(2009年6月26日ロハス・メディカル)

 舛添要一厚生労働相が6月26日午前に発表した異例の人事異動に、省内には衝撃が走った。ある医系技官は「補助金によって医療機関を支配する医政局の医系技官を引き剥がした。良くなることはあっても悪くなることはないだろう」と感想を話した。(熊田梨恵)

 舛添厚労相は午前の閣議後記者会で、省内幹部人事の骨格を発表。江利川毅・事務次官が退任し、水田邦雄・保険局長が後任となる。キャリアポストである保険局長には、医系技官の外口崇・医政局長が就任。医政局長にはキャリア組の阿曽沼慎司・社会・援護局長が就いた。従来の医系技官とキャリアポストを入れ替える人事の発表に、省内には衝撃が走った。

■「医政局と健康局が医療機関を支配してきた」
 厚生労働省は同日午前、都内で新型インフルエンザに関する会合を開いており、関係者は厚労省の入る合同庁舎5号館から離れていた。会合に参加していたある医系技官は、帰るなり人事の話を聞いて面食らったという。医政局長にキャリアが就いたことに関して、「良くなることはあっても悪くなることはないだろう」と安堵を示した。「厚労省が医療機関を支配するのは、診療報酬で首を絞めておいて、『補助金を付ける』として言うことを聞かせるパターン。この補助金を動かすのが、医系技官が局長の医政局と健康局で、これまで医系技官が医療機関に対する権限を握っていた。今回、医政局長を引き剥がしたことでその構造が崩れた。法令キャリアが医政局に就けばまともになると思うし、阿曽沼氏は評判もよい方。本来は診療報酬で病院をみていくのが本筋だろう」
 ただ、今回の人事はあくまで医系技官とキャリア組のポストを入れ替えただけのものとも指摘する。「保険局との単純な入れ替えでなく、医政局長や健康局長の医系技官を完全に外すことができれば本当にすごいことになると思うが、大臣としては最大限できる範囲で頑張ったのではないだろうか」

 また、他の医系技官は医政局長の異動について、「医系技官にとってはショックな話」と語る一方で、「キャリアの方が医系技官よりも組織として動く能力に長けていると思うので、要となる部分をキャリアに押さえてもらっていた方がいいのかもしれない」とも言う。外口氏の保険局長への横滑りに関しては「結局は財務省に頭を押さえられていることには変わりないので、どうなるかは分からない」と話す。

■「改革派の阿曽沼氏に期待」 
 約20年にわたり厚労省で働くキャリアは、「省内でも皆かなり驚いている。医系技官と事務官の数は合わせないと双方から不満が出るので、今後他の部分をどう数合わせをしていくかは皆気になるところ。医政局のポストを空けるために保険局長を空けたのではないだろうか。医系技官にとっては保険局は財源を考えても魅力あるポスト。ただ、キャリアにとって医政局はあまり魅力はない。阿曽沼元老健局長は改革派のキャラクターなので、医政局には適任だと思うが」と話す。

■たすき掛けは損なわなかった? 
 ただ、保険局長といえば従来は事務次官に就くことが予想されるキャリアのみに許された出世コース。そこに今回は医系技官である外口氏が就いた。また、事務次官ポストについては、内閣府から来た江利川氏の前には厚生系の辻哲夫氏が就いていたため、次は旧労働省系から就くとの見方が省内には根強かった。しかし、今回は厚生系の水田氏が就任。これについて、他のキャリアは、内閣府から江利川氏が来たことで厚生と労働の"たすき掛け"の人事がいったんリセットされていたとして、「たすき掛けを損なうものではないのでは」との見方を示す。一方、「現状は労働系には適した人材がいなかったのでは」と話す医系技官もいる。

 このほか、「同期から回ってきたメールで知った」と話すのは若手の医系技官。「最近はインフル騒ぎで予定していた検討会を開けなくなり、委員の先生たちとの調整に手こずったりと、ルーチンの仕事もろくにできていなかったが、最近ようやく元に戻りつつあるかと思っていた。大臣は選挙前にやれば国民へのアピールにもなると思ったのかもしれないが、地味な仕事をしている自分たちには結局のところあまり関係ない気がする」とため息を漏らした。

「良くなることはあっても悪くなることはない」というと何か素晴らしいことのように聞こえますが、注意すべきはその主語が誰であるかと言うところでしょうかね。
たとえば医療費を1兆円減らすと言えば医療業界、そしてたぶん多くの国民にとっても何ら良いことではありませんが、財務省あたりにとっては素晴らしいと感激するくらい良いこととなります。
厚労省視点で見て良いことというのが他の誰にとってどんな評価に値することなのかは、省内の声を聞いているだけでは決して見えてこないんだろうなとも予想できるわけです。

それはそれとして従来一部で言われていることに、厚労省というのは医療の所轄官庁としては妙に医療に対して思い入れがないように見えると言いますか、医療費削減などという省庁権益の縮小とも取れるような話を飲んできたのは医療分野で天下りのうまみがあまりなかったからではないかなんて声がありました。
実際のところ省内で日々職務に精励されているだろう医系技官の方々も医療業界においては単にドロップアウトした医師免許所持者くらいに見られているところがありますから、ましてやその他のキャリアなんて方々は単なる役所の人であってずいぶんと遠い存在ではありますよね。
最近は例の病院機能評価機構などを筆頭に各種天下り団体も次第に整備されてきて医療業界からすればみかじめ料がかさんで仕方がないといったところなのでしょうが、そうした反社会的な行為でなくとももう少し省庁と現場との距離感が近くなればうまく回るようになる部分も多かろうとは思いますね。
厚労省的にはそれなりに評価が高いらしいという今回の人事によってそのあたりの状況が何かしら変わっていくものなのかどうかですが、省外の人間からすれば顔が誰になろうが問題ではなくその結果何が起こったかが問題だと言うこともよく承知しておいていただければありがたいですね。

ところでその厚労省に絡む話で、日医が来年度予算への要望を云々といった記事がロハス・メディカルにあるわけですが、この末尾の部分に少しばかり気になる記事がありましたので引用してみましょう。

小児救急医療の充実など求める―日医の来年度予算概算要求への要望(2009年6月28日ロハス・メディカル)
より抜粋

 日本医師会の内田健夫常任理事は6月27日、厚生労働省の2010年度予算概算要求に対する日医の要望について、小児医療分野の一部を明らかにした。当直医や救急担当医、へき地で働く医師に対する人件費補助のほか、小児救急医療の充実、小児デイケア・ショートステイ施設の整備などを求めるとした。(熊田梨恵)
 都内で開かれた日本小児医療政策研究会で講演した。
(略)
■「婦人科検診の無料クーポンは寝耳に水だった」
 このほか講演会の中で、今年度予算で子宮頸がんや乳がん検診の無料クーポンの配布などに216億円が計上されたことについての裏事情を明かし、「我々は全く関与しなかった。どこが関係したかというと、公明党の女性議員が財務省に働きかけて予算を付けた。厚労省も全くその話を知らず、寝耳に水ということで、現場の体制が全く整っていない中でいきなり金だけぽんとついてクーポン券が配られたということ」と述べた。

医療の問題に関して所轄する省庁であるはずの厚労省も何も知らないままに勝手に予算がついてしまうというのは何とも面白い話ですよね。
「別に患者の利益になることなんだし、良いことじゃないの?」と単純に考えてしまいそうなんですが、問題は財務省にはこうした婦人科検診をやっている施設なりに全くツテはないわけですから、現場との連絡がどうなのかとは気になるところですよね。
しかも直接の所轄省庁ですら知らされていないような話ですから、現場にとっては全く聞いてないよ状態だろうとは誰でも判るようなもので、そもそも船頭多くして船山に上るとはこういう現象を言うものかとも思わされる話ではあるわけですね。

最近は医療政策というのは結構目玉になるくらい社会の注目度も高くなってきているわけですが、実は国が思いつきで(?)何やらそれらしい政策をでっち上げたはいいが、現場がその対応に四苦八苦するというのはこれに限ったことではなく結構多いものなんですね。
例えばひと頃妊婦健診も受けていない妊婦が産気づいていきなり病院にやってくる「飛び込み出産」だなんて騒がれたことがありましたが、未収金のリスクなどと言う以前に何より妊婦と胎児にとって非常に危険な行為であるのは言うまでもありません。
そもそもこんなことが起こるのも妊婦健診の公費補助が回数が限られているせいだということで、最近になってちゃんと全部の健診を公費で受けられるようにしようなんて言いだしたはいいんですが、それがまた例によってトンでもない二階に上げてハシゴを外す状態で現場が大迷惑しているという話があります。

25時:2年間だけ? /宮崎(2009年6月29日毎日新聞)

 妊婦健診を受ける際に行政が助成する額(公費負担)が、市町村によって1人当たり(14回)6万円台~9万円台と格差があることを11日付本紙で報じた。裏返すと、妊婦が住む地域によって自己負担に差が出るということだ。公費負担を巡って問題はもう一つある。現在の公費負担水準は今後2年間しか維持できそうもないことだ。

 国は「妊婦健診は14回受けるのが望ましい」と推奨している。従来、公費負担は市町村のみが負担していた。しかし財政難にあえぐ市町村が単体で14回分の公費を出すのは困難。そこで昨年度の経済対策で、国が市町村に補助金を出すことになった。国と市町村が連携して「14回助成」が何とか全市町村で導入されたというわけだ。

 しかし、国が予算を出すのは来年度末までの時限措置。14回分の公費助成を受けられるのは、この2年間に子供を産む人に限られるのだ。県でも市町村でも、国が11年度以降も同様に予算を出してほしい、との待望論が早くも聞こえる。

 健診の公費助成は、さまざまな社会問題解決の糸口にもなる。駆け込み出産を防ぎ、その結果産婦人科当直の負担も軽減する。国に原資がないのは分かる。しかし少子化対策や医師不足対策は長期間での対応が必要で、他の政策にも優先するはずだ。予算措置を2年間に限って済む問題なのか、疑問が残る。【種市房子】

国にしてもいずれ選挙もあることだしそれなりに色をつけたい気持ちも理解できますし、かといって未来永劫とやってしまうとまたぞろ後代につけ払いを押し付けるのかなんて言われかねないしと事情もあるんでしょうが、さすがに誰が考えてもちょっとどうなのよ?と思うような話じゃないでしょうか。
先のことばかりで目先の問題に対処できないでもいけない、目の前のことに縛られるばかりで将来に無頓着でもいけない、それらのバランスをきちんととった上で皆それなりに文句はあるけれども我慢は出来るという政策が出てくるのならいいのですが、どうもこういうことばかりやられているとお上に対する信用度は急降下していくばかりですよね。

今の時代に「アンポ!ハンタイ!」なんて国を挙げて大騒ぎするようなこともさすがにないんでしょうが、司令部がアレであるほど現場はせずともよい余計な苦労を背負い込むことになるのはいつの時代も変わらぬ真理なんですから、おいおいしっかりしてくれよと言いたくなるのは仕方のないところでしょう。

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