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2009年6月19日 (金)

嘘つきは何とかの始まりと教わりましたが

先日こんな記事が出ていまして、これはもう突っ込み所が色々とありすぎてどうしたものかと思い結局そのまま紹介することにします。

播州日記:初心忘るべからず /兵庫(2009年6月8日毎日新聞)

 ある事件の被害者がかつて住んでいたマンションを訪れた。共同玄関には「住民に対する取材お断り」と書かれた紙が張られていた。他社が既に聞き込みをしていたようだ。

 「先を越された」と思ったが、住民への聞き込みはせずにマンションのオーナーに話を聞いた。いきなり「マスコミはどうして人の迷惑を考えないのだ」と言われた。初めは意味が分からなかったが、詳しく聞くと聞き込み取材のせいでマンションを退去する人が出てきたという。張り紙がなければ自分も同じ事をしていたと思う。

 報道することは社会的意義があるが、そのために罪のない人を傷つけてはならない。そんな当たり前のことを忘れそうになっていた。忙しさをいいわけにせず少し立ち止まって自分を見つめ直そう。【山川淳平】

いや、全く御高説ごもっともですとしか言いようのないところではあるのですが、どうも彼らマスコミ関係者の場合「そんな当たり前のことを忘れ」ているのではなく「当たり前のこととはどういうことか理解していない」のではないかという疑惑がなしとしません。
結局のところそのあたりは彼らに自覚がない行動にこそ問題があるということなのかなと言う気もしてくるのですが、例えばこんな二つの記事を並べてみますとどうでしょうか。

空:心強さと息苦しさ /千葉(2009年6月9日毎日新聞)

 新人記者として千葉に赴任し、約2カ月が過ぎた。ようやく土地にも慣れてきたが、これまで暮らした
横浜や東京との違いを感じることも多い。
 千葉に来て、まず驚いたのは、自治体や市民による防犯パトロールの多さだ。警察関係者によると、
その効果でここ数年、犯罪発生の認知件数は減少傾向にあるという。地域の安全、特に子どもの安全を考えれば、
素晴らしい試みだと思う。
 しかし私は、そんな防犯パトロールを見るにつけ、安心感と同時に一抹の「息苦しさ」も感じてしまう。
別に自分が悪いことをするわけでもないのに、地域全体から常に見張られているような気がしてしまうのだ。
 「体感治安」悪化を強調することで、かえって不安をあおっていないか。目指すべきは防犯パトロールが
必要でない安全な街だ。犯罪減少の役に立ちたいが、方法を考え込んでしまう。【黒川晋史】

鹿笛:深夜の交通検問を取材した時のこと… /奈良(2009年6月13日毎日新聞)

 深夜の交通検問を取材した時のこと。警察官からひき逃げ事件の情報提供を呼びかけるチラシを受け取る運転手にカメラを向けていると、ある運転手から「勝手に撮ってええんか」と注意を受けた。

 記者腕章をしていたので取材と分かってもらえると思っていたのだが、暗闇の中、腕章は見えにくいうえ、いきなりストロボを向けられたことに運転手たちは戸惑ったに違いない。

 プライバシー意識の高まりとともに、了解なしに撮影されることに敏感な人が増えたと実感している。しかし、報道が必要なものに対しては、注意しながら取材していくしかない。検問では、検問前に了解してもらって撮影した。(大森)

防犯パトロールによって自分たちが「常に見張られているような」「息苦しさ」を感じるという自覚はあるにも関わらず、他人に向けてカメラを向けることについては指摘されるまで問題があると考えてみることもしない、このあたりが他人の痛みに無自覚であるということの実例ということなんでしょうか。
しかしむしろ悪いことには、彼らの場合「俺たちは記事にして載せてやっているんだ。どうだ有り難いだろう」という驕り高ぶりの姿勢すら垣間見えることで、転じて「載せてやっているんだから何をやってもいいだろう」とでも考えているのかと思わされる事例がしばしば見られることです。
少し古い記事ですが、下記の記事から引用してみましょう。

長寿の島の岐路(115)第6部・老いと暮らし(2003年9月25日沖縄タイムス)

おしゃれ
いつまでも自分らしく
表情生き生き、背筋も伸び

 花柄の壁、ピンク色のタオルや小物類があふれる一室。哀調を帯びた琉球民謡が流れる中、リクライニングシートに腰掛けたお年寄りは目を閉じ、ファンデーションを塗る美容師の手の動きに心地よさそうにしている。メークが終わると手鏡で確認。「ナー一回、鏡ミシレー(もう一回鏡を見せて)」と手鏡を離そうとしない人も。

 特別養護老人ホーム「与勝の里」は今年四月、倉庫を改装したメーク室「ちゅらさぬ屋」をオープンした。毎週金曜日の午前中は、メークの順番を待つお年寄りの列ができる。長浜君子施設長は「八十年刻まれたしわがなくなるわけでなはい。でもお年寄りにとって高価な贈り物より、鏡の中の奇麗になった自分と向き合う方がうれしいことが分かった」と話す。

 メーク室誕生のきっかけは、毎日畑仕事をしているというお年寄りが近所の美容室で美顔マッサージを受ける姿を見たこと。それも「常連さん」だと聞いた。「最初は、今さら美顔という年齢でもないだろうにと思った」と長浜さん。しかし自分もマッサージしてみると「気持ちいいし、奇麗になったという高揚感を味わえた」と振り返る。

メークの効果

 ボランティアでメークを担当する仲尾勝江さんはベテランの化粧品販売員。あるとき、お年寄りに「まゆを整えてほしい」と言われ驚いたという。「まゆは顔の印象を決める最も大切な要素だが、若い女性でも気付いていない人は多いのに」。メークを通して見えたお年寄りの意外な姿に驚きを隠さない。「化粧をされて喜ぶという受け身の姿勢だけでなく、お年寄り一人ひとりに『こんなふうにおしゃれをしたい』という欲求があった」

 那覇市の特別養護老人ホーム「大名」は約十年前から、お年寄りがモデルのファッションショーを実施し、高齢者の「装い」に取り組む。ショーの衣装はすべてボランティアや職員の手作り。玉城篤子副所長は「衣装デザインの段階では関心を示さなかった痴ほうのお年寄りも、仮縫いとなり実際に服を着てもらうと、とたんに表情が生き生きしだした」と振り返る。

 軽度の痴ほうがある男性入所者(79)はショーでモデルを務めたスーツを今でも外出のたびに着る。カーキ色のスーツは左前身ごろと袖の部分にあい色のかすり模様が入って帽子とセットになっている。この日は外出日ではなかったが、職員に促されてスーツを着ると、不思議なことにそれまであった左手の震えが止まり、背筋が伸びた。

「着る側」考え

 「食事を削ってでもきちんとした身なりでいなさい、というのが母の口癖だった」。浦添市に住む島袋光紀さんの母・信子さん(94)は昨年九月、右大腿部を骨折したことがきっかけでほぼ寝たきりになった。今年六月から自宅で光紀さんが介護する。

 介護を始めるにあたり介護服を購入したが、すぐに後悔した。「着る側でなく、着せる側のことを考えて作られた服だった。脱いだり着けたりしやすいようにあちこちにファスナーがあり、ごわごわして着心地が悪い。見た目も良くない」

 東京で約二十年間スタイリストとして働いた経験を持つ光紀さんは代わりにワンピースをオーダーした。「筋力の衰えで胸板が薄くなり腰周りが大きく見える母の体形を補い、デザインが良く、しかも着やすい服は既製品では見つからなかった」。スカイブルーの花柄のワンピースは、ベッドから車いすに移動したり長時間座った姿勢でもしわにならない生地で作った。おそろいのストールはデザインはもちろん、冷房の効いた部屋での防寒にも役立つ。

 「年齢や寝たきりという理由でおしゃれを制限するところに、今の日本社会が持つ老人観が現れている」と島袋さん。「年を取ったからこそ、自分らしいおしゃれを」と提案する。(「長寿」取材班)

ソースを見ていただいて判るように一見すると微笑ましい親子の写真付きの記事で、なるほどお年寄りもおしゃれが大事なんだなという印象を受ける記事です。
これだけですとよくある地方紙のネタかなという印象で終わってしまうところなんですが、これに対して当の取材対象の方がこう仰っているんですね。

連載『第6部 老いと暮らし』納得いかない取材記事(2006年4月1日blog記事)より抜粋

 母ちゃんが取り上げられた2003年9月25日付の社会26面『長寿の島の岐路 第6部 老いと暮らし』を見て、愕然とした。見てというのは写真のことである。

 メインプレスで撮影しているとき、何か変だなと感じ「今回の取材は、僕個人とは関係ないので、一緒のところは使わないでくださいね」と、学芸部くらし報道班の女性記者に何度か念を押した。             

 僕は母ちゃんとの一緒の写真を、記念にもらえれば「ラッキー」ぐらいにしか思っていなかった。しかし、掲載している間「気になるな」という心配もあったのも確かである。               

 気になる予感は、残念ながら的中。母ちゃんの記事の焦点がボケてしまうなと思いつつ、本文を読むと声を失うほど愕然度が増してきた。            

 僕は記者に「高齢者を招かざる客」にさせたくない。外出するためにもオシャレは大切。そこが自宅介護者というか、息子からのメッセージですと話していた。記者とは約2時間ほど取材の打ち合わせをしている。         

 記者から「取材当日は身支度の様子を見せていただけますか? 記事に書きますので」と聞かれた。僕は「どうぞ、どうぞ」と答えた。もちろん記者は、当日は自宅マンションへ訪ねている。        

 そのことも含め、掲載された記事には真実味が一切ない。僕は「今どきの女性記者は、その程度のレベルだろう」という考えに切り替えた。          

 記事を読んだ介護事業者や病院関係者から「信子さんの記事を読みましたよ」と言われる。そのたびに僕は「ありがとうございます」と、心にもない言葉しか出なかった。    

 記事の件を忘れかかった頃、04年5月5日(水)に、くだんの女性記者から『長寿の島の岐路』が本として出版されるので、掲載した写真を使用してもいいでしょうか?」と電話が入る。                

 胸におさめていた怒りが一気に噴出。僕は連載『長寿の島の岐路』の担当デスクと、家族の悩みを普通に話しすることができる取材班の一人にもメールを送る。一人とは男性記者だから本音で書き入れた。            

 04年5月6日 木曜日 0:51AMに送った僕のメールから抜粋。「ご無沙汰しております。「長寿の島の岐路」が本として出版されるそうですな? ○○記者から電話で聞きました。03年9月25日(木)付に掲載された母・信子との写真を使用してもいいか?との依頼もありました。よく意味が解らないので、編集局まで訪ね、説明を受けました。

 ○○記者の話しは電話と若干違い、「本では母を取材した全原稿を削り、イメージ写真として使いたい」ということでした。不愉快極まる言いかたで、僕は「イメージなら違う(僕たちとは関係ない)写真を使ってくださいと断りました。

 記者にも感じていますが、他の記者連中も、誰でも彼でも新聞に出たがると思っているのかな?もし、そう思っていたら「あんた、正気?バカじゃないの?…」と言いたい。

 今だから言いますけど、母との記事は納得いきませんでした。僕は東京で約20年間スタイリストとして仕事していません。取材でそう言ってません。実質的には約5年です。

 母が着ている服も取材のためにオーダーしてません。そのことは記者に話してあります。母と僕を知っている読者なら大笑いしたに違いありません。この記事は封印したい気分です。ですから、全原稿を削ったことは感謝の気持ちでいっぱい。イメージ写真もノーサンキューです。

岩波書店『沖縄が長寿でなくなる日』写真掲載拒否(2007年6月12日blog記事)より抜粋

 03年9月25日付「長寿の島の岐路 第6部 老いと暮らし」の記事を書いたのは女性記者。当時は学芸部だが、現在は部署不明のようである。このブログで何度かふれているが、今でも記事そのものには納得していないのは言うまでもない。

 女性記者は、母ちゃんと僕が暮らす自宅マンションへ取材で二度訪問。1度目は03年8月11日のPM14:00~16:00まで。記者からの要望で録音を了解してある。

 僕が話す内容は全てではないだろうが、録音は間違いなくされているはずだ。テープ起こしは誰がしたかは知らない。掲載記事と照らせ合わせしてみたいものだ。内容と違う箇所があるのは確かと思える

 メインプレスでの撮影取材当日。9月16日にも記者からの強い要望で、自宅マンションへ訪問。僕が母ちゃんに行う身支度の様子を見ている。

 マンションの入口前には介護タクシーが待機。記者が乗る車には誰かは知らないが、同世代らしき男性が同乗していた。誰なのか知らないのは挨拶がなかったためである。

 同僚記者なら車から降りてきて、母ちゃんに「おはようございます」ぐらいは言うだろうけど、知らんぷりを通していた。

 この女性記者は9月25日付の掲載後、岩波書店から出版された「沖縄から長寿でなくなる日」に写真使用を申し出てきたが断る。断固拒否といったほうが僕の心情だろう。

 このブログを読んでくれ、そして、母ちゃんの連載をすすめてくれた女性記者。現在は整理部だが、木曜の「今晩の話題」を担当執筆している。

 挨拶をしなければならないと思い、僕は「…原稿書きは楽しかったですが、学芸部との付き合いは苦痛そのもでした。やっと解放されるという感じで、気分はそう快です。…お礼を言わなければならないこともあります。それは母の連載です」と今月5日にメールを送った。

 ここの社で連載中の「音楽への階段」は今月中で終了する。現実に「そう快」となってほしいが気を緩める訳にはいかない。

ま、一昔前なら取材対象の当事者とその周辺だけが騒ぐ程度で終わっていたところなんでしょうが、今の時代ですとこうして全国に真相が暴露されてしまうわけですからマスコミの皆さんもいろいろと仕事はしにくくなってきているんだろうなとご同情は申し上げますけれども(苦笑)。
嘘と言えば一言なしではいられないのが毎日新聞ですが、以前にお伝えした記事では「医者は本当のことを言うとはケシカラン!」とお怒りだった同社、やはり医者は本当のことを言ってはならないのだと主張されているようです

現場から:荒涼とした医療 /神奈川(2009年6月13日毎日新聞)

 4月中旬、老衰と脱水症状で救急搬送された父。受け入れ拒否の連続で6カ所目の病院に入院し、点滴治療を受けたものの、38度台の熱が約1カ月間下がらなかった。「このまま逝ってしまうのでは」と心配した▼「自分でものを食べられないというのは、生き物としての体を成していない」との主治医の説明。さらに「状態がさらに悪くなった場合、人工呼吸器などの延命処置をしますか。処置を求めないご家族も多いですが」と言われた。延命処置を求めたが、回復する可能性の話も聞かせてほしかった▼この1週間、幸い父の症状は安定した。しかし、口からものを食べるのはほんのわずかで、胃に穴を開けて栄養を補給している。主治医は転院先の話をし始めた▼次々やってくる重症患者のためにベッドを空けなければならないのは分かる。延命処置の確認も必要なことだ。だが、医療の現場が荒涼としていることを感じざるを得なかった。【吉田勝】

すでに他所でも突っ込みが入っている記事ですが、素朴な疑問として毎日新聞様におかれましては老衰は回復するものというお考えをお持ちでしょうか?生き物には全て寿命と言うものがあるということはお考えになりませんか?
老衰に限らず末期的状態となった患者の場合濃厚な治療を行うことで余命は確かに延びますけれども、それを回復と言うかどうかは生きるとは何かという定義問題と絡めてなかなか難しい話ではないかと思いますし、その状態で更に一日でも長くと望むことが患者のためなのかということも極めて慎重な議論を要するところですよね。
主治医が本当に問いたかったのは「生き物としての体を成していない」状態で更に生き続け「させられる」ことを果たして患者本人は望んでいるのかどうかということではなかったかと思うのですが、こうした状況になると医療というものは患者よりも家族を向いてやらざるをえなくなるものだなと改めて実感させられるエピソードではあります。

毎日新聞が真実よりも大事なものがあるのだと、平素から「政府はケシカラン!最近の景気予測も暗い話ばかりじゃないか!来年の経済成長率20%、日本の未来はバラ色だくらいの話も聞かせてほしいぞ!」と主張されているような会社であれば、目の前の現実に目を閉ざし耳を塞いだ話に終始するのもよろしいかなとは思うのですが、そうではないですよね。
むしろ名目上好景気が続いていたひと頃は「政府の言うことはデタラメだ!庶民の感覚とずれている!」と一生懸命批判されていたように記憶していますが、他人を批判する人間は自らそれ以上に襟を正す姿勢が必要であるとはお思いになりませんかね。
苦しく希望もない現実というものが目の前にあって、それがにわかにはどうしようもないことも判っている、それでも現実と向き合わなければ前には決して進めないということを理解している現場の人間に向かって投げかける言葉として、これがモノを書くプロフェッショナルとして食っている人間の選んだものであるとすれば、ずいぶんとお気楽な商売なんだなと思わざるを得ないですね。

最近ではあっちでもこっちでも「マスコミに嘘を書かれたら放置せずちゃんと抗議する」という当たり前の姿勢が滲透してきているようですが、彼らにとってこうした抗議など痛くも痒くもないということは何ら実体のあるリアクションが出てこない点からも容易に推察できるところです。
今どき少なくなっているとはいえ未だマスコミ以外の情報源を持たないという人たちもそれなりの数がいるわけですから、少なくとも彼らが嘘をつくということに関しては断固「おかしいだろう!」と声を上げていかなければならないのかなと思っています。

以前の毎日新聞変態報道問題ではスポンサーへの抗議というものが思いのほか「効く」ということが明らかになったわけですが、実のところ何も知らない一般市民にとってはむしろこうした抗議でマスコミが沈黙してしまうとかえって情報から遮断されてしまうということになりかねず痛し痒しですよね。
正すべき間違いは正すという点で、地道なようですがブログなどの双方向メディアで少しずつ実態を明らかにしていく、そしてそれを一人一人が周囲の人々にクチコミで周知していくという行動も非常に重要なんだろうなという気もします。

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