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2009年6月11日 (木)

産科無過失補償制度の奇妙な迷走

昨日の死因究明の件とも関連する話題ですが、この分野で少しばかり先行しているのが産科の無過失補償制度です。
こちらは原因の如何を問わず(それなりに厳しい支払い条件にさえ合えば)全てお金を出しますという制度ですからあまり詳しい突っ込みも必要がないということもあるのでしょうか、制度設計を論ずる上で原因究明でどうのこうのと揉めるということは今まであまりなかったという印象でした。
しかしやはり情報を集めた以上は報告書を出さないでもいられないのが人情というもので、こちらもまとめレポートを出すことにしましょうという話はあるわけなのですが、その書式内容に関して議論百出しているようです。
まずは少し前の記事ですが、こちらから紹介しておきましょう。

試験的に原因分析を実施へ―産科補償制度(2009年4月21日CBニュース)

 日本医療機能評価機構の「産科医療補償制度原因分析委員会」は4月21日の第3回会合で、次回の会合を模擬部会の形で開き、仮想事例を基に事務局が作成する原因分析報告書案に対して試験的に検討を加える方針を決めた。

 原因分析報告書案は、医学的に評価して問題がない場合、明らかな過失がある場合、その中間のそれぞれを想定して策定する予定。模擬部会では各案について、事実経過、医学的評価、再発防止策を議論し、報告書を策定する手順を確認していく。

 実際の原因分析は、同委員会の部会の委員を務める産科医が、分娩機関から提出された診療録・助産録、検査データなどや脳性麻痺児の家族からの情報に基づいて報告書案を作成。部会はそれを基に医学的観点から検証・分析を行い、報告書を取りまとめる
 その後、同委員会が報告書を審議し、承認の可否を決定。承認されれば、再発防止や産科医療の質の向上のため、個人情報が特定できないよう配慮した形で公表される。

ここでは報告書について「医学的観点から検証・分析」し「再発防止や産科医療の質の向上のため」公表するという下りに留意ください。
何しろ言っているのがかの御高名なる厚労省天下り団体であるところの日本医療機能評価機構ですから、またぞろこんなことに絡めてどんな斜め上な利権を貪ろうとしているのか想像もつきそうな話ではありますが、それはともかく。
このような話になっているものですから、実際のところ報告書なるものがどんな書式になるのかと検討が進んできているわけですが、半ば予想されたとおりお話にならないという状況のようなのですね。

原因分析「一般人には分からない」―産科補償制度(2009年5月19日CBニュース)

日本医療機能評価機構の「産科医療補償制度原因分析委員会」は5月19日、第4回会合を開き、仮想事例を基に事務局が作成した原因分析報告書案について試験的に検討する模擬部会を行った。しかし、報告書案については、「一般の素人が読むと、内容はほとんど分からないのではないか」など、批判の声が委員から上がった。

原因分析は、制度の運営組織が分娩機関から提出された診療録・助産録、検査データなどを基に「事例の概要」を作成。分娩機関と脳性麻痺児の家族が確認した後、同委員会の部会の委員を務める産科医がそれに基づいて報告書案を作成し、部会で報告書を取りまとめる。
その後、同委員会が報告書を審議し、承認の可否を決定。承認されれば、再発防止や産科医療の質の向上のため、個人情報が特定できないよう配慮した形で公表される。

今回の模擬部会では、「典型的で比較的分かりやすい」仮想事例を基に作成された原因分析報告書案が事務局から示され、それに基づいて試験的な検討が行われたが、その後の意見交換では報告書案について、「一般の素人が読むと、内容はほとんど分からないのではないか」との声が相次いだ。
同委員会ではこうした意見を踏まえ、原因分析報告書をより分かりやすくするための文章の表現方法について今後、検討していく方針だ。

まず第一段として出てきた話がこちらの通りですが、いっそ「再発防止や産科医療の質の向上のための報告書だとうたっているのだから、一般人が理解できなくても問題ないと開き直ってみては?」という考えもあるのかも知れませんが、むしろ問題は「誰にでも分かり易い結論が出ていなければならない」という考え方の方かも知れませんね。
そもそも脳性麻痺に関しては多くの場合原因がはっきり判らないと医学的にはされているわけで、実際問題として一般人ならずとも「やっぱりよくわからないよねえ」という結論になる方が当然だと思うのですが、報告書を出す以上は何かしら原因がなければ格好がつかないと妙な勘違いをする人間が出てくるんじゃないかと危惧するところです。
過去のトンデモと言われる医療訴訟などでしばしば指摘されたトンデモ鑑定書の類のように、最初にまず結論ありきでまとめられた報告書といったものがどれほど医療にも社会にも歪みをもたらすのか未だ学習していない人も多いのかと不安に感じていましたら、予想通りにこんな話が出てきているようなので驚くというより笑うしかないとはこのことですよね。

脳性まひの原因分析、回避の可能性を記載(2009年6月9日CBニュース)

 日本医療機能評価機構の「産科医療補償制度原因分析委員会」は6月9日、第5回会合を開き、仮想事例を基に事務局が作成した原因分析報告書案について検討する模擬部会を前回の会合に引き続き行った。部会では、報告書案で脳性まひの回避の可能性に言及することについて議論が紛糾したものの、表現を検討した上で記載することになった。

 今回の模擬部会で事務局が示した原因分析報告書案は、「医学的に見て問題がある仮想事例」を基に作成されたもの。同案では、「今後の産科医療向上のために検討すべき事項」の中で、「本事例が、胎児機能不全と診断され、吸引分娩とクリステレル胎児圧出法の併用で児が脳性まひとなったことを考えると、胎児機能不全と診断された午前5時10分、もしくは胎児心拍数の回復が見られなくなった午前5時30分以前に速やかに帝王切開によって児が娩出されていたら、脳性まひは回避出来た可能性があると考えられる」と記載された。

 同案が回避の可能性に言及したことについて、日本産科婦人科学会常務理事の岡井崇委員長は「帝王切開しなかった人に責任があるという責任追及につながる」と難色を示した。これに対して、弁護士の鈴木利廣委員は「あえて脳性まひの回避の可能性に触れないのは、逃げているように思われる」と反発。また、弁護士の宮澤潤委員も、結果が責任につながるかというのは後の問題として、「原因としてどうなのか、防げたと断言できるなら断言すべきだし、それが分からないというなら分からないと、不明であるということを書くべき」と述べた。ただ、「可能性の程度」の記載については、「非常に議論が出るところ」と指摘し、「可能性があったということにとどめるべき」とした。
 また、結果回避の可能性を記載することで、「責任があったのではないか」と一般の人が考えることを懸念して、「表現は非常に注意しなければならない」と強調した。
 こうした委員らの意見を踏まえ、脳性まひの回避の可能性について原因分析報告書案に記載されることになり、その表現方法については検討課題となった。

数々の医療訴訟を通じて「可能性があった」という文言があれほど騒動になったところで、敢えてまたイバラの道に踏み込むかという気もなきにしもあらずなんですが、当然ながらそれは議論も紛糾しようと言うものでしょう。
すでに有名な話ですが、医療訴訟が頻発して大統領が声明を出さなければならなくなるほどに社会問題化しているアメリカではひと頃脳性麻痺回避のため何でもかんでも帝王切開ということになっていましたが、結局帝王切開を幾らしようが脳性麻痺は減らないという結論が出ただけで終わりました。

ひるがえって日本産婦人科医会の報告では、日本においては報告された新生児脳性麻痺のうち実に7割超が紛争に至るという「ほかと比較しても、圧倒的に訴訟となるリスクが高く」「100%報告が未だなされていないことを考慮に入れても、この訴訟率の高さは異常」という状況です。
そして「我が国の脳性麻痺訴訟においては分娩が原因であり医師の過失を指摘する判決が約80%であるといわれ,その高額損害賠償額と共に重大な問題である(日産婦誌)」という現状を顧みれば、医学的根拠の乏しい言説を敢えて報告書に盛り込むという行為はそもそも医療訴訟を防ぐという産科医療補償制度設立の意義としてどうなのよ?と考えざるを得ないところではないでしょうか?

誤解の無いように申し添えますが、明確に原因があって因果関係が立証されるなら何であれ幾らでも事実として記載すればよろしい、しかし証明もされていない単なる想像であるなら、それを公式文書に敢えて記載する意味と意図は何なのかということです。
客観的に認められた事実関係を元に報告書を記述し公表する、それを元にして各人が後からそれぞれの立場から議論をするのはもちろん自由でよろしいでしょうが、不明なものに敢えて想像で補いそれらしいシナリオを描き出して報告書に書く、そんな「わかりやすさ」が本当にこの制度に求められていることなのかと疑問に思います。
理念としては明確で社会から望まれていたものが運用の段階での不要な茶々入れで形骸化し、それどころかむしろ当初理念と全く逆行する結果を招くということであるなら、いつのまにか医者も患者も放り出されて結局幸せになったのは妙な利権で懐が潤う人たちばかりということになりかねないのではないかと危惧するところです。

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