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2009年6月 2日 (火)

患者と医療との関わり合いの中で発生する諸問題

昨日6月1日付で薬事法が改正され、ネット販売の規制強化や登録販売者資格による販売許可といった幾つかの変更がなされたのはすでに御存知のところかと思います。
この結果コンビニでいつでも風邪薬が買えるようになったなどとマスコミ諸社では盛んに報道していたようですが、果たして「一週間前から風邪で」と訴える深夜救急の訪問者が減るものなのかどうか興味を持っています。
さて、先日こんな記事が出ていまして、なかなか面白い話だなと思いましたので紹介させていただきます。

9割強の医師、患者の本音「聞きたい」(2009年5月21日CBニュース)

 治療内容に関する患者の本音を聞きたいと考える医師が全体の92%に上ることが、病院検索サイトを運営するQLife(本社=東京都世田谷区)が実施した「1人の患者の声が医師の治療に与える影響調査」で明らかになった。

 調査は、4月21-23日にウェブ上で実施。対象は30歳以上の医師で、有効回収数は300人(開業医と病院勤務医それぞれ150人)だった。医師の専門分野を独自に分類しており、「内科系」「外科系」「精神科系」「産婦/泌尿肛門系」「小児/皮膚系」「眼/耳鼻咽喉系」のうち、回答者の割合が最も多かったのは(複数選択)、「内科系」(46.3%)だった。

 調査では、「投書(1人の患者の声)が発覚した場合、その後の治療時の会話方法は変わると思うか」との問いに、「変える」とした人の割合は72.3 %(「患者の大半に対して変える」37.0%、「同疾患の大半に対して変える」8.3%、「同薬剤の大半に対して変える」19.7%、「同薬剤の半分程度に対して変える」7.3%)。一方、「複数届けば変える」は21.3%、「患者の声では変えない」は6.3%だった。
 専門分野別に見ると、変える人の割合は「精神科系」と「小児/皮膚系」で特に高かった。

 「(接遇面などではなく)治療内容に関する患者の本音を聞きたいと思うか」との問いには、「ぜひ聞きたい」(50.3%)と「やや聞きたい」(41.7%)が合わせて92.0%に上った。「あまり聞きたくない」は7.3%で、「全く聞きたくない」は0.7%。
 「ぜひ聞きたい」と答えた人の割合は、前問で「患者の大半に対して変える」とした人の69.4%に上ったが、「患者の声では変えない」でも47.4%あった。

興味深いのは大多数の医師が患者の本音を聞きたいと回答する一方で、一人の患者の言葉だけで直ちに治療時の会話を変えることはないという医師も結構いるということなんですね。
このあたりは実際にクレームなどに対処した経験のある人であればどの業界でも似たようなものではないかと思うのですが、明らかにそれはちょっとどうよ?と思われるような「患者様の声」というものも実際多数あるわけで、それにどこまで対応すべきなのかという部分もあるやに思えますね。
もちろん患者の本音が聞きたいというのも本音なんでしょうが、この場合に言うところの本音とはあくまで「治りたい患者と治すためのサポートを行う医療従事者」という関係の中での建設的な方向性を探る材料としての本音と言うことなのだと理解すべきなのでしょう。

さて、そうした中で最近では医療機関側もそろそろ本音を漏らすべき時期に来ているのかな?という印象も受けるような状況となってきているように思いますね。
あまり今まで声高に言ってこなかった「銭勘定の問題」も最近はようやく声を上げるようになってきたようで、これも医療業界が世間並みの常識を備え始めた一つの兆候と見るべきなんでしょうか?

診療費回収民間委託へ 県立中央病院 /富山(2009年6月1日読売新聞)

1年超未収が対象

 県立中央病院が来年1月から、1年以上経過した未収診療費の回収を民間委託する。未収診療費の累計額は、2007年度末時点で約7800万円に達しているが、人員は限られているほか、3年で時効を迎えてしまうため、回収は難航しているのが現状だ。県や同院は、民間のノウハウを活用することで、少しでも回収額を増やしたい考えだ。

 未収診療費は経済的な理由で払えない人が多いが、中には生活が困窮していないのに、意図的に払わない悪質な例もあるという。

 これまでは支払いがない場合、3度にわたり書面で請求。3~6か月が経過しても対応がない場合は、県職員ら7人が手分けをして自宅訪問などを行ってきた。1年を経過した時点で、差し押さえなどの法的措置もしてきたが、件数が多すぎることや引っ越しなどで所在不明となることもあり、1年以上経過した未収診療費の回収はほとんど有効策がない状況だった。06年度は4785万円、07年度は1766万円が不納欠損として処理された。

 このため、住所不明者の所在調査など、債権回収のノウハウを持つ債権回収会社(サービサー)などに、回収を委託することにした。回収額に応じて成功報酬を払うことで、回収率向上も期待する。ただ、法的措置は今後も県が行うほか、通院・入院中の患者や分納希望者などは民間回収の対象としない。

 民間委託は、民間の知恵を活用して公共サービスの充実を図る「富山県版対話型民間提案制度」の一貫として事業化され、5月18日から募集を開始した。7月10日が締めきりで、具体的な回収方法の提案を受け、入札で決定する。

 同院は「病院経営の改善が進むことを期待している」としている。

未収金問題に関しては以前にも取り上げたことがありますが、最終的には医療とは何か?という定義問題に関わって来ざるを得ないような気がしています。
「腹が減って死にそうだった。金がなかったから食い逃げした」と言う場合に警察のご厄介になるのは仕方がないという社会的コンセンサスは存在しているように見える一方、「具合が悪くて死にそうだった。金がなかったから未払いで逃げた」という場合になると突然「金で患者を差別するのはケシカラン!」なんて声が出てきたりする。
それでも本当に具合が悪くても金がないから払えないということであればまだしも救われるところですが、「命は金にかえられない」という大義名分のもとに何かしら病院が踏み倒しても許される最後の逃げ場のように考えられている節があるのは気になるところです。

心身ともに寒さ厳しくなる年末頃になりますと、明らかに支払い能力のなさそうな住所不定無職な人々が夜間救急にやってきて必要性もないのに入院を強要するという光景が冬の風物詩とも言えるものでしたが、これらは本来医療ではなく社会保障の問題ですよね。
そうした人々に生活保護を取らせて儲けている悪徳病院があるとひと頃マスコミはさんざん叩いていましたが、社会保障で対応すべき人々が適応外の医療の世界に入り込む以前の段階で最低限の食事の確保などが出来るように彼らマスコミが何かしら行動にでも移していたのかといえば、自分はそうした話を聞いたことがありません。

なにより一昔前ならともかく現代の医療機関がそうした人々に「無償の善意」とやらで対応していてはあっという間に赤字がかさんで経営が立ちゆかなくなりますから、肝心の医療を受けなければならない人々が医療を受けられなくなるという本末転倒な事態となってしまいます。
マスコミの大好きな赤髭にしろブラックジャックにしろ、貧乏人にタダ同然で治療するということが出来るのはあくまで金持ち相手に法外の報酬を吹っかけているからだという現実があるわけですが、現代の日本ではこうした「混合診療」が保険診療上禁止されている以上、前述の記事のように小さな赤字が積み重ならないよう地道な努力を行っていくしかないわけですね。
残念ながらこのご時世ではご多分に漏れずどこの病院でも回収ままならないという状況のようですが、それでもこうして金を支払ってもらうよう当たり前の努力するようになったということ自体が医療業界の意識改革の表れであると前向きに考えておくべきなのでしょうか。

話が変わりますが、兵庫県丹波市では県立柏原病院小児科を守ろうと住民が自ら立ち上がり、最終的に新たな小児科医が着任するという成果を挙げたことは以前にも紹介した通りです。
同じ兵庫県内はこちら西脇市でも同様の構図が出来上がっているようで、記事から引用してみましょう。

兵庫・西脇市立病院:小児科の入院再開 母さん、医療危機救う(2009年6月1日毎日新聞)

 ◇受診ルール勉強会、署名活動で医師増

 勤務医が1人に減り存続が危ぶまれていた兵庫県西脇市の市立西脇病院小児科へ、4月に東京から医師1人が着任し、6月中に2年ぶりの入院診療が正式に再開される。小児科医療を守ろうと、署名活動をしたり、「コンビニ受診」抑制の学習会を開いた地域の母親たちの取り組みが実った結果で、母親たちは「素人の主婦だって、やればできるんだ」と自信を深めている。【大久保昂】

 小児科の存続の危機を知った1人の母親が、子育てサークルで声を上げたのがきっかけ。輪は広がり、08年1月に母親約50人で「市立西脇病院小児科を守る会」を結成した。

 同病院小児科の医師は93年度の5人をピークに減少。07年7月には神戸大医学部から派遣されている許永龍医師(57)1人となり、入院診療を休止。負担は大きく、小児科の存続すら危ぶまれていた。

 同会は、まず小児科医増員を求める署名集めを始め、約2カ月で市内外から6万5241人分を集めた。また医師の負担を軽くしようと、市内の母親らを対象にした勉強会を開き、軽症なのに受診する「コンビニ受診」を控えるよう訴えた。その結果、小児科の時間外診療が減少。許医師は「市民に必要とされていると感じ、やりがいが増した」と語る。

 隣の丹波市で署名活動などを展開し、医師増員につなげた「県立柏原病院の小児科を守る会」とも連携、署名の集め方などを教えてもらった。逆に、コンビニ受診の勉強会は柏原側が取り入れた。

 活動が実り、4月に同県出身で帰郷を考えていた佐伯啓介医師(37)が、東京の専門病院から西脇病院に赴任。佐伯医師は「感謝してもらえることは大きなモチベーションになると思った」と語る。

 同会は5月、活動対象を広げ「西脇小児医療を守る会」に名称を変更した。自身も主婦の村井さおり代表(33)は「コンビニ受診を控える運動を各地に広げたい」と意欲を燃やしている。

 ◇地域の努力重要--地域医療に詳しい城西大の伊関友伸准教授の話

 住民の努力で入院診療が復活するケースは全国的に見ても数少ない。医師を招へいして地域医療の崩壊を防ぐには、医者が「働きやすさ」を感じることが重要。住民が病院を大切に使おうとする西脇市の動きが全国に広がってほしい。

見ていただいて判るとおり、何も特別なことをしているわけでもなく「多忙で先生が死にそうになっているから大したことなければ行かないようにしようよ」と話し合って不要不急の受診を控えた、たったそれだけのことなんですよね。
医療を離れて普通の人間関係として捉えてみればごく当たり前の思いやりとも言うレベルの話なんですが、ことが医療業界ともなるとこうも世に稀なる美談となってしまうというのもどうなのよとは思いますが…

それはともかく、今や地域医療が危機的を通り越して末期的状況にあることがようやく市民レベルにも滲透してきたかと思える話題ですが、こうした問題の解決には医療従事者側からの一方的働きかけだけでも、住民側からの一方的要求だけでもうまくいきません。
それは極めて限られた予算、スタッフで世界トップクラスを維持している日本の医療というものが、肥大した権利意識のみの発露とも言うべき好き放題無制限な利用といったものを前提としていない、言わば需給双方の性善説に基づいた節度ある自律的行動があって初めて成立するシステムであるからです。
一例をあげるなら日本独自の制度である「応召義務」なる法的義務の存在ですが、考えてみれば説明と同意に基づく診療契約に則った治療というものが何より重視される現代医療においてこの古い条文は異彩を放っていると思いませんか。

1. 医師の一般的責務 応招義務(日本医師会ホームページ)より抜粋

 現行医師法では「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」とし、いわゆる「応招義務」を定めている。
(略)
 診療拒否の「正当な事由」に当たるか否かが問題になる事例として、「専門外診療」、「時間外診療」、「過去の診療報酬不払い」などがある。前二者はしばしば同時に発生する。ある医療施設(医師)が、診療時間中であればもちろんのこと、診療時間外でも診療可能な場合には、できるだけ診療を引き受けることが相当である。これに対して専門医が不在で緊急性のない場合には、専門医のいる施設の受診を勧めるべきである。
 しかし、患者の状態が緊急性がある場合には、出来る限り診療に応じ、専門医不在の折りでも求められれば、専門医不在である旨を十分告げた上で、救急処置をするべきである。
 「過去の診療報酬不払い」については、一般論としては拒否すべきではないと解されている。しかしながら、支払い能力があるにもかかわらず、常習的に不払いを重ねる患者については、緊急性がないかぎり診療拒否が許される場合もあり得る。
 現在の医師法の規定は明治7年の「医制」中に萌芽があり、明治13年制定の旧刑法第427条9号、昭和17年の国民医療法第9条を経て今日に至っている。応招義務に関しては旧刑法以来、拘留、科料などの罰則規定がおかれていた。しかるに昭和23年の医師法制定の際には、このような義務を法定すべきではないとの意見があったが、医師職務の公共性より見て応招義務は残しておくべきとする意見が大勢を占めて、今のような形で残された。しかし罰則規定は削除されて、医師の良心に委ねられることになったといわれる。(略)
 アメリカ医師会の考え方は、日本の医師法とは対極的である。アメリカ医師会倫理綱領は「医師には患者を選ぶ権利がある。しかし救急処置が決定的な意味をもつ緊急時には、能力の最善を尽くさなければならない。また医師は、一旦引き受けた患者を遺棄してはならない」、「医師は、患者関係に入るか否かを選択する職業上の特権を有し、それに従って患者に治療を提供する責務を果たし続けなければならない」としている。ドイツでも同じ考え方であり、契約関係がある場合の問題と救急業務の問題を明確に分けている。

要するに国際的には緊急時はともかくとして医療とは医師と患者との間の契約関係に基づく行為であるということが常識であるとされているわけで、人生においてしばしば決定的意味をもつ重大な行為においてはそれだけ深く考えて行うことが当然だと言うのは医療以外のことから類推して考えてもよく判る話です。
日本で今もこうした特殊な制度が残っているのは、医療というものが商業活動として行われている通常のサービス業などと異なって社会資本(インフラ)的性格が濃厚であるという大前提が共有されているからこその話ではないかと思いますね。
このあたりは人間は一人の例外もなく食べなければ生きられませんが、飲食店に上記のような応召義務が課せられたと考えた場合にどんなパニックが起こるかと考えてみた場合に状況が分かり易いかも知れません。

インフラというものは「俺は金を出しているんだから好き放題使っていいだろう!」という利用態度で存続し得る類のものではないことは、自動車税を払っているからといって道路を始終のろのろ蛇行運転しているような人々が増えてきた場合にどうなるか想像すれば判る話です(想像力に不足を感じている方は、国内一部地域で時間帯によっては実際に見聞可能だそうですが…)。
道路にしろ皆が行儀良く使っていれば今ある道路網でそう不自由しないだろうに利用者側のモラルが乱れれば日本中を舗装路にしても足りなくなるでしょうし、電気にしても皆が省エネなど念頭になく無茶な乱用をすれば日本中に発電所を作っても不十分となってしまうでしょう。
これからの季節には一部地域で毎年のように水不足の話題が出てきますが、水が足りなくなれば節水努力や給水制限をするのは当たり前のことだと皆が承知しているのに、医療が足りなくなっても「今まで通りにやってもらわなければ困る!」という言説がまかり通るというのは奇妙な話だと思いませんか。
「ご利用分の自己負担金三割くらいはきちんと払ってくださらないと困ります」「医療資源が不足していますから、不要不急の利用はなるべくお控えください」といった話は、何も医療業界だから特別な要求をしているというほどのこともないごく当たり前の話ではないかなと思うのですがね。

世の中面白いことに支払いの高い店ほどお客のお行儀が良くなり、逆に安い店ほどお客が居丈高になりやすいという傾向があるんだそうで、本来ならこの逆になってもおかしくなさそうなのに不思議な人間心理だなと思います。
そうなりますと窓口での自己負担分がはっきりしない(実際には税金等の形で結構な額を負担しているはずなんですが)公共サービスの類ほど利用者のお行儀は悪くなるという法則が成り立つわけですが、そういえば某業界でも昨今流行の小児医療無料化で素敵な患者さま(の保護者さま)が日夜いらっしゃるだとか、公立の施設ほどトンでもないことを言い出す利用者が多くなるというのは半ば常識であったなと…
そうなりますといきなり皆保険制度をぶっ潰して全額自己負担にせよとは言いませんが、保険者負担分も含めて一度全額窓口支払いするなどしてみれば皆さん医療にかかるコストということも自覚されるようになって医療費削減を叫ぶ政府も喜ぶでしょうし、何より殺伐としている医療現場の雰囲気も少しは良くなってくるのかも知れないなと夢想してみたり…(苦笑)

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