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2009年6月

2009年6月30日 (火)

時には迷惑な方々というのもやはりいらっしゃいまして

今の時代のように医療資源が需要に対して供給過少であり、しかも当分その改善は望めないということになりますと、どうしても需要の側の抑制という話にならざるを得ません。
最近になってようやく不要不急の時間外受診は控えようといった動きが市民の間からも出てきていますが、相変わらずという現状も一方では未だに根強く残っているようなのですね。
最近の記事から幾つかを引用してみましょう。

県議会、「コンビニ受診」の現状 /富山(2009年06月25日KNB NEWS)

 緊急性がないのに夜間や休日の救急外来を受診するいわゆる「コンビニ受診」が、県内でも深刻な状況です。

 昨年度、重症患者を受け入れる救命救急センターを直接受診した人のうち、87パーセントの人が、外来のみの軽症患者だったことが県の調べでわかりました。

 これは25日開かれた県議会の厚生環境委員会で県が報告しました。

 「コンビニ受診」とは、緊急性の低い軽症患者が、夜間や休日の救急外来を気軽に受診することで、重症患者の治療が遅れたり医師の負担が増えたりなどの影響が指摘されています。

 県内では夜間や休日の救急医療は地域の急患センターなどが軽症患者をそして、県立中央病院と厚生連高岡病院に設けられた2つの救命救急センターが、重症患者の受け入れを担っています。

 しかし、昨年度1年間でこの2つの救命救急センターを直接訪れた患者はおよそ1万5600人で、このうち87パーセントにあたる1万3600人あまりの人が外来を受診して帰宅した軽症患者でした。

 25日の厚生環境委員会で県の河村医務課長は、「全てがコンビニ受診ではないが、相当数いると考えられる」と述べて、県内の救急現場でも深刻な状況になっているという認識を示しました。

67病院「患者が迷惑行為」 過去1年間、県内119院調査 /徳島(2009年6月2日徳島新聞)

 徳島県内にある全119病院の56%に当たる67病院で、過去1年間に患者側からの暴力行為や不当要求などがあったことが1日、県の調査で分かった。これらの迷惑行為は計218件に上り、患者のモラルの低さが浮き彫りになった。診療行為やほかの患者に影響を与える恐れもあり、病院は対策を迫られている。

 調査は、年1回行っている医療監視に合わせ、2008年11月中旬から09年3月末まで、各病院の院長や事務長との面談形式で、初めて実施した。

 主な迷惑行為(複数回答)は「大声で騒ぐなど粗暴な行為」が60件でトップ。「治療費の未払い」57件、「自分だけ特別扱いすることを要求」40件、「暴力行為」22件、「医療従事者や職員へのセクハラ」14件-と続いた。職員が少ない夜間や休日に増える傾向があった。

 悪質な事例は、「救急車で搬送された患者が帰りのタクシー代を要求」(県南部の民間病院)、「受付職員が患者に胸ぐらをつかまれた」(徳島市の民間病院)、「看護師がストーカー行為を受けた」(同)、「患者の家族が病室のドアガラスを割った」(徳島市の公立病院)-など。

 患者の迷惑行為に対して、81病院(68%)が院内の報告制度を設けており、88病院(74%)が担当部署などを決めていた。一方、対応マニュアルを策定していたのは45病院(38%)で、医療従事者や職員の研修を実施しているのも48病院(40%)にとどまった

 ほかの対策では、48病院(40%)がトラブル発生時の「所轄警察署との連携」を挙げ、警察官OBを警備員に採用している病院もあった

 県医療政策課は「迷惑行為は診療の妨げになり、院内の医療安全を脅かしかねない。迷惑行為を容認しない姿勢を職員に周知徹底してほしい」としている。

病院のクレーマー(2009年6月17日朝日新聞)

(略)
 「いつから患者さんを『患者様』と呼ぶようになったんだろう?」

 「私たちには上から通達がありました。患者様と呼びなさいって言われました」

 受付事務のYさんと午後の遅い時間におしゃべりしている。長い間この病院の受付業務をして、いろいろなことがわかっていて、とても上手に仕事をさばいてくれる人だ。彼女がここを辞めたがっていると聞いて驚いている。

 「先生、言葉って怖いですよ。患者様って言うようになってから、患者様が横柄になりました。それに、受付番号がはっきり出るようになると患者様にとってはその数字がすべてになりますからね」

 彼女の接遇が別段悪いわけではない。医師よりも看護師よりも患者さんの事をよく分かっているようなところもある。多少おしゃべりが長いのが玉に瑕(きず)だけれど、仕事に差しさわるような事はなかったし、話が長いお年寄りの話し相手にはもってこいだった。患者の受付流れと医師側のさばきと手間をみながら、効率よく診察順を入れ替えたりもしてくれていた。

 たとえばこんなこと。

 内科でいつもの点滴などをしてもらう場合。多少受付が前後しても、患者のカルテから同じような点滴処置をする人をまとめて処置室ベッドに並べて入れて(もちろん各ベッドはカーテンで仕切られている)、外来診察室から医師を呼び込む。呼ばれた医師は、点滴をやりつつ、診察する。終われば次のベッド、次のベッドと効率よく回る。診察室に戻って別の患者の診察を再開。医師からすれば、処置室仕事をまとめてもらえて効率がよく、全体の診察時間を短縮できる。つまり患者さんをお待たせする時間が減るのだ。これをとにかく受付順にこなすとなると処置室と診察室を往復するばかりで効率が悪く、時間ばかり取られたりする。外来が混んでいれば、他科受診を先に済ませるように手配をしてくれたりもした。受付の彼女はこの手の采配がとても上手だった。今までクレームなんて来たことがない。

 でも、受付順で後から来た人が先に呼ばれた、予約時間になっても呼ばれない、とこのところクレームが相次いだ。医師や看護師には言わないのに、医療職以外には暴言を吐くひともいる。その対応に心底疲れていた。

 「私が悪かったんです。診察順を入れ替えたことには違いありませんから」

 彼女はあきらめきったようにため息をついた。

 「え~!でもそれで効率よく診ることができていたし、順序を抜いた、待たせたっていっても1時間も待たせたわけじゃないんだし」

 「先生、もうそういうの通用しません。患者様なんです、お客様なんです」

 疲れきった彼女にかける言葉がなかった。

 来月から彼女のいない受付は番号札順に診察を行う。カルテの采配は不慣れな新人派遣社員が行うことになる。クレームをつけた患者さんは、今まで以上に待ち時間が長くなるはずだ。

ま、無知故の不適切受診くらいならまだしもかわいげもあるという考え方もあるのでしょうが、これがモンスターとかクレーマーとか言われるようになってくると大変です。
記事中にもあるように「患者様などと呼ぶようになってから迷惑な患者が増えた」とはどこの人間も実感しているところではないかと思いますが、ここに以前にも書いたことがある逆説というものがあります。
要するに本来なら高い金を払っている客ほど大きな態度に出る権利があるはずなんですがむしろ逆で、採算ぎりぎりの安い料金で頑張っているような店ほど横柄な客が増えてくるというものです。
そうした逆説から類推するところ、公定価格の混合診療禁止で先進国中最低の医療費を強要されている日本の医療において客層が悪くなってくるのも当然かなとも言えるのかも知れません。

もっとも昨今では医療業界に限らずどこでもこうした人々が増えてきているという話も聞きますが、これも長年続くデノミ傾向の影響もさることながら、現代人が妙な方向におかしな権利意識が膨張してしまった不幸な結果ということになるのでしょうかね?
一部では「今までの医療現場を思えばこれくらいあってちょうどいいくらいだ」という声をあげていらっしゃる方々もいるやに聞きますが、「これくらいは」などと我が儘を言っていられるのもある意味他の人々がその分我慢してくれているからなんですよね。
今は黙って耐えているその他大勢の人々が一度騒ぎ始めると一気にモラル崩壊ということになりかねないことは周知しておくべきでしょう(すでに一部救急などではそうなっているようですが…)。

さて、当然ながらただでさえ手が足りない現場でこんなことまで面倒をみなければならないという話になりますと大変ですから、あちこちでそれなりに対策が講じられ始めています。
興味深いのは一昔前までは「患者様の声に真摯に耳を傾け業務改善の機会としましょう」などといった毒にも薬にもならなさそうなお題目が唱えられるばかりだったのですが、このところ「警察との密接な連携を」なんて話が当たり前に出るようになってきたことです。
未だに古いセンセイなどになりますと患者が暴れ回ろうが警察を呼ぶと言えば躊躇するような方々が結構いらっしゃるようですが、同様に客商売をしている他業種であれば病院のような数百人以上の職員がいる職場でまともなトラブル担当者も決まっていないというのは問題ともなり得るわけで、ここでもようやく医療業界に世間並みの常識が通用するようになってきたということなんでしょうか。

モンスター患者の暴走ストップ にらみ利かす警察官OB(2009年06月26日河北新報)

 宮城県大河原、村田、柴田の3町と角田市による保健医療組合が運営するみやぎ県南中核病院(大河原町、300床)が、モンスターペイシェントなどに対応するため、4月に警察官OBの男性2人を「安全対策員」として採用した。着任から3カ月。職員から「安心感が違い、精神的に楽になった」(看護師)との声が聞かれるなど、病院の安心安全を担う頼もしい存在になっているようだ。

 安全対策員は、問題行動を起こした患者への対応、院内の巡回といった警備的な役割のほか、未収金の回収も支援する。救急医療に取り組んでいるため、平日の昼だけでなく、夜間や休日も呼び出しに応じて駆け付ける「オンコール態勢」で緊急事態に備える。

 2人は今年3月、宮城県警を定年退職した。県警では暴力団対策や防犯分野などの経験があるという。

 全国の病院では近年、モンスターペイシェントによるトラブルが増えている。
 夜間の救急外来なのに「専門医を連れてこい」と言って、治療が終わると「間違っていたら責任を取れよ」と捨てぜりふを吐く。昼の外来診察などで、病院側が理解を求めても、「こんなに待たせてお茶も出ないのか」「院長を出せ」と迫り、「税金泥棒」と叫ぶ―。

 みやぎ県南中核病院でも、実際にこんな例があり、暴力に発展して警察を呼ぶ事態も起きているという。

 特に自治体病院は、経営の一部に税金が充てられていることや、救急医療を手掛けていることなどから、クレームを受けやすい側面も。安全対策員の1人は「医療の現場は想像以上にひどい。まさに病院は社会の縮図」と感想を語る

 同病院では、医師や看護師らがトラブル対応に割かれる時間が増え、ストレスが大きく、意欲の低下も招いていることなどから、「もはや病院だけでは職員の安全を守れない」と判断。昨年、県警に相談して、安全対策員採用に踏み切った。

 内藤広郎院長は「職員がそれぞれの仕事に安心して専念できる環境が整いつつある。医療機能が向上することで、患者にとってもよりよい医療の提供につながる」と話している。

 宮城県内の自治体病院では、大崎市民病院が2005年度、警察官OBを採用している。大館市の市立総合病院では今年5月、「院内暴力」に備え、警察官を講師に招いた護身術などの講習会を開いた。

[モンスターペイシェント] 医療従事者に理不尽な要求をしたり、暴言を吐いたり、暴力を振るったりする患者やその家族を指す。全日本病院協会が2007年12月~08年1月、加盟医療機関に実施したアンケートでは、過去1年間に院内暴力などがあったとの回答が52.1%(576カ所)に上った。発生件数は計6882件で、主な内訳は暴言などの精神的暴力が49.9%、身体的暴力が33.6%、セクハラ13.6%。発生件数のうち警察への届け出は5.8%、弁護士への相談は2.1%にとどまる

もちろん関係者双方に反省すべき点があるならどちらも反省し改善すべきであるのは言うまでもないことですが、社会的な最大多数の最大幸福という観点からして今やより厳重に保護されるべき対象は何なのかという点について、ある程度世間のコンセンサスが出来上がりつつあるのかなという気もするところですね。
2009年3月28日に京都府医師会が主催した「今の医療、こんなんで委員会」シンポジウムなるものが面白いので併せて紹介しておきますが、一つ言えるのは「話せば判る」というのはこの世の絶対的真理などではないということを現場の人間はちゃんと理解しておかなければならないだろうと言うことでしょうか。

もちろん徹底的に話し合えばいずれ誰とでも理解し合うことが出来るのかも知れませんが、医療現場の最前線で働く医療専門職にそれだけの時間と労力を費やせるような余裕ある環境など今の日本の医療にはありませんし、何よりそうしたトラブル解決に当たるべきは医師や看護師といった「医療のプロ」ではなく「トラブル解決のプロ」であるべきだろうと言うことです。
こういう時代ですからデパートなどのこの種トラブル担当者のノウハウ本なんてものが世の中に結構出回ってきていますが、読んでみるとその大多数はごく当たり前のことをやっているに過ぎないわけで、逆に言えばその程度の社会常識すら満足に備わっていなかったことこそが医療業界において早急に改善されるべき最大のものであるのかも知れませんね。

「今の医療、こんなんで委員会」シンポジウム 妊婦のエチケット 医者のマナー

そうは言っても厳しい現実は現実として、あまり殺伐とした話ばかりでも医療というものはうまく回っていかないことも確かなので、世の中ムチもあればアメも必要だと言うことは言うまでもありません。
知らないから間違ってしまったということが一つの大きな要因になってしまっているのであれば、間違えないよう正しいことを知らせていくのが遠回りなようでも最終的な労を減らすに効果があるかも知れないということなんですが、まずはこうした顧客層が固定されているローカルな取り組みから始めてみるというのもいいんじゃないかと思いますね。

安心医療を求めて:連携のゆくえ/5止 住民対話 /和歌山(2009年6月28日毎日新聞)

 ◇出前講義で知識広め 「心のへき地」つくらぬ

 午後7時過ぎ、JR周参見駅を出た特急「オーシャンアロー」車内。東大阪市の自宅に帰る女性(57)は窓の外の夕闇に向かいハンカチを振った。水田の真ん中で母(79)が手ぬぐいを振っていた。

 母はすさみ町で27年間一人暮らし。女性は「何かあれば引き取れるように」と同市の4LDKマンションに住むが、母は残ったまま。母は02、03年、太ももの骨折で同町の国保すさみ病院に入院。今は「ぼけんといてね」が口癖になった。実家に帰る度、母と同世代の知り合いが亡くなったと聞き、帰りの電車で不安に駆られる。「何もない小さな町。病院だけはなくならないで」と心の中で祈る。

  □  □

 半世紀前の1960年、同町には1万人余りの町民がいた。高度経済成長以降、都市部への流出が続き、09年3月の人口は5079人。65歳以上の高齢化率は約40%で、全39地区中18地区で65歳以上が過半数だ。国が08年末にまとめた人口推計によると、同町は35年に人口2494人、高齢化率は62・9%で全国7位の高さとなる。

  □  □

 国保すさみ病院院長の高垣有作さん(50)は超高齢化に「住民との対話」で対峙(たいじ)する。05年に赴任し、08年春に院長になった。医師は4人。「仕事で来れなかった」と軽症患者の休日・時間外受診者が多く、疲れた医師らを見て、診察時間内の受診を呼び掛けた。05年に比べ、08年は約3割減った。

 住民に医学的知識を身に着けてもらおうと08年6月、集会所などで出前講義も始めた。講義は高垣さんが発熱をテーマに内科診断学の内容を解説し体温計の間違った使い方を実演するなど笑いを誘う。26地区で約630人が参加。町内を一巡し次は腹痛がテーマだ。

 医師は4人のままだが08年6月から訪問診療も始めた。高垣さんは言う。「『見捨てられた』と感じる『心のへき地』には医師も住民も集まらない。お年寄りが安心して暮らせるシステムを確立すれば、移住者も増える。すさみモデルを全国発信し日本が将来直面する問題の解決につなげたい」=おわり(この連載は加藤明子が担当しました)

意図してのものなのかどうか、医療界隈で言うところの「心の僻地」というものとは微妙に定義付けが異なっているのかなという印象がありますが、それはともかくとしても住民民度の向上が住民自身のみならず医療従事者にとっても利益になるということは今の時代ようやく周知されてきた感がありますね。
こういうのも言ってみれば大きなくくりで予防医学の範疇に含まれてもいいような気がしますが、医療費削減と言う点で国はもっとこういう院外の活動にお金を出すなり積極的に支援していくべきなんじゃないかという気がします。

ちなみに国民への周知徹底という点で言えばもう一方の雄ともなるべきマスコミはと言えば、「医師と患者のコミュニケーションを計るために我々に何が出来るか?」なんて独自調査までやっているようなんですが、失礼ながら現段階では相互理解と言うよりも相互反目の原因となっていることの方が多いようにも思いますね。
医療関連の記事で本当に純然たる速報性が要求される話なんてそうそう多くはないのですから、せめて最低限の勉強をし裏取りもしてから記事にするという程度のことはしっかりとやってもらいたいところではあるのですが、「マスコミの魔女狩報道」なんて言われた頃からこちら量的にはともかく質的には一向に改善したようにも見えないのは気のせいなんですかね?

医療に対する国民の関心も高まっているわけですから、きっちり医療記事を書けるというだけでも結構メディアの特色として売りになるんじゃないかという気はするのですが…
え?医療に強い読○があるって?まあ独自の世界に逝っちゃってる点でオリジナリティーは認めるところなんですけれども(苦笑)。

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2009年6月29日 (月)

厳しさ増す医療の行く末に各人が各様の発言を…

医者が足りない、病院が成り立たないと相変わらずな話題ばかりが続く医療業界ですが、各地の自治体ではこのところ医師確保のために色々な対策を講じているところが増えています。
しかし数字的に見ると制度はどんどんと整えられているようでも、果たしてその実効性はどうなのかと思わされる話がこちらに出ているんですね。

医師確保事業費が前年比2.3倍 都道府県の09年度予算(2009年6月27日47ニュース)

 へき地医療や産科、救急などを中心に深刻化する医師不足に対処するため、都道府県が2009年度の当初予算で、前年度の2・3倍に上る総額219億円の医師確保事業費を盛り込んだことが27日、共同通信社のアンケートで分かった。

 全体の6割を救急医への手当助成など09年度に大幅に拡充された国の補助事業が占めたが、研修医らへの奨学金制度など都道府県の単独事業も約90億円と前年度より3割以上増えた。ただ待遇改善につながる制度を設けても応募がなく廃止される例もあり、医師確保の決め手が見つからない現状も浮かび上がった。

 国の補助事業は129億円で、妊婦の救急搬送拒否問題などを受けて新設された「救急勤務医手当」(32都府県が導入、65億円)、「分娩手当」(34都府県が導入、31億円)の割合が高かった。うち救急で9都県、分娩で14都県が自主財源で手当を上乗せしていた。7府県はこれらの手当について、補正予算での導入を検討中と回答した。

もともと人が来ないからこそこういう制度を作らざるを得ないわけですから、幾らか予算を計上したところで直ちに現状が改善するとしたらそちらの方が意外ではあるんですけれどね。
注意すべき点としては例えば公立病院が医師給与を大幅に引き上げましたと言っても、もともとが民間よりも低い水準が民間並みになっただけという事例も多いということです。
それでいて実際の労働環境では明らかに周囲民間施設よりも悪く心身のストレス多大なものがあるとすれば、それはおいそれと乗ってくる人間もいないことでしょう。
片田舎の公立病院であり給与も激高というわけでもないにも関わらずそれなりに医者が集まってくるという施設も確かに存在しているわけですから、そのあたり何が問題なのかということをもう一度現場の肉声にも耳を傾けながら考え直してみてはどうでしょうか。

いずれにしても現場が困っている、地域住民も困っているということであれば何とかしなければならないということは確かなんでしょうが、あちこちから様々な立場で色々なことが言われたり実施されたりと言うことになってきています。
最近目についた中から幾つか拾い上げてみただけでも、こんな感じで何やらいろいろとアイデアは出てきているようですが、どうも実効性としてどうなのかと思われるものもあるようですけれどもね。

<医療をまもる>労組やNPO設立 立ち上がる勤務医(2009年6月25日東京新聞)

 医療崩壊や医師不足、過酷な労働の現状を何とか打破しようと、医師自身が立ち上がる動きが各地でみられる。現場の苦しみを国民に理解してもらい、先進国で最低水準とされる医療費の増額など制度改革を国に求めていく運動だ。 (安藤明夫)

 東京で今月七日、医師の労働組合「全国医師ユニオン」の設立会見が行われた。

 代表の植山直人医師は「日本では医師は労働者ではなく、聖職者とみなされていた。労働基準法を守って働くという発想が国民の中にも医師の中にもなかった。ヨーロッパでは、医師の組合が医療の充実に大きな役割を果たしている」と訴えた。

 全国規模で医師だけが参加する組合は初めて。現在の組合員はまだ八人で、いずれも、昨年結成された全国医師連盟の中心メンバー。当面は同連盟の会員(約八百五十人)を対象に参加を呼びかけ、将来的には全国の複数の医師が勤務するすべての病院に支部を設けることが目標だ。

 法律の専門家や各地の管理職ユニオンなどとも連携し、組合員の労働トラブルには必要に応じて社会保険労務士や弁護士を紹介したり、交渉をうまく解決できた事例をマニュアル化するなどして、医師を守っていきたいという。組合員が過労で倒れた場合は家族の相談に乗り、場合によっては弁護士費用の援助も検討する。

 当面の活動目標は▽過労死を引き起こす長時間労働をなくす▽当直は時間外勤務だと経営者に認めさせる▽二十四時間拘束される「主治医制」を「担当医制」に変え、チームで分担する制度を目指す-の三点。

 植山代表は「いずれも国が医療費抑制政策を撤廃し大幅な増大をしなければ解決できないこと。医療崩壊と医師不足の問題に国民の理解を求めていきたい」と話した。

     ■

 十九日には「日本から外科医がいなくなることを憂い行動する会」(松本晃理事長)が、東京でNPO法人設立の会見を開いた。

 大学医学部の外科系教授や経済界などのメンバーが参加。今後は、外科医の魅力を伝え、志望者を増やす活動、一般市民への啓発、外科の技術料の大幅増額要求などに取り組んでいく。

 同会によれば、日本全国の外科医(整形外科なども含む)の数は、二〇〇四年末の五万四千人をピークに徐々に減少し、平均年齢も高齢化。小児科、産科とともに医師不足が深刻になっている。

 中尾昭公・名古屋大教授は、若手医師の外科離れの理由として▽技術習得の大変さ▽労働時間の長さ▽医療事故のリスク-などを挙げ「手術ができる病院がどんどん減っていく」と訴えた。

     ■

 一九九九年に過労からうつ病になり、命を絶った東京の小児科医、故・中原利郎さんの「過労死認定を支援する会」では「いのち、守るボールペン」の輪を広げる活動を展開している。

 「過労死から医師を守ろう!」のキャッチフレーズが入り、「医師」の部分をシールで「自分」にはり替えることもできる。

 中原医師の過労死認定を求める裁判は、二〇〇七年に東京地裁で国の労災不認定取り消しを求める原告勝訴の判決が出たが、地裁も高裁も病院側の責任については認めず、昨年十一月に原告側が最高裁に上告受理の申し立てをした。

 同会が目指すのは、医療の状況を改善し、医師も患者も守られる現場を実現すること。仲間の医師らが参加し、ボールペン配布を通じて署名や寄付を求めている。

医師不足に処方せん? 投薬など講座開設 『看護師診療』注目(2009年6月18日東京新聞)

 医師不足の解決策として、看護師が初期診療や薬を処方する「ナース・プラクティショナー(NP)」が、医療関係者の間で注目を集めている。海外で普及している看護師資格で、日本では導入されていないが、深刻な医師不足に悩む産科や小児科の医療現場に望む声が目立つ。将来の導入を期待してNP資格の養成講座を開く大学も出てきた半面、反対論は多い。 (砂本紅年)

 国際医療福祉大大学院(東京都港区)は今年四月からNP養成コースを開設。全国から集まった経験五年以上のベテラン看護師十一人が受講する。コースを修了しても医療現場で診察や薬の処方はできないが、現場で役立つ知識を身に付けたいとの思いから、全員週二、三回の講義に出席。講座を担当する湯沢八江教授は「みんな意欲的」と話す。

 大阪から夜行バスで八時間かけて通学する中山法子さん(42)は、大阪市の病院で「糖尿病認定看護師」として患者の健康指導に当たる。薬の調整は医師の指示が必要だが、実際には医師に提案することが多い。「もしNP制度ができれば、これまでやってきたことが認められることにもなる」と期待する。

 NP資格は米国や英国、カナダ、オーストラリアなどで導入。米国では看護師が大学院で専門教育を受け、試験に合格すれば初期症状の診療や投薬ができる。

 日本では医師法で医師にしか認められていない行為に踏み込むため、公的資格にはなっておらず、そのため勤務経験などの規定もない。

 NP導入論議が活発になったのは、日野原重明・聖路加国際病院理事長が今年三月、政府の有識者会合で、看護師の医療行為を提案したのがきっかけとなった。看護師の役割を拡大すれば、医師不足を補えるからだ。

 日本外科学会、日本胸部外科学会も「外科医の労働環境改善になる」と導入に賛成。東京女子医大心臓血管外科の西田博医師は「術後管理などに活躍してもらいたい。前向きな人に多様な職種を用意することにもなる」と効果を指摘する。

 大学のNP養成コースは昨春、大分県立看護科学大が国内で初めて開設。聖路加看護大(東京)も設置を検討するなど、独自の動きが広がりつつある。

◆『責任の所在不明』 医師会反発

 日本ではNP賛成論はまだ少数派。主に初期診療を担う開業医の集まりである日本医師会は「責任の所在を明確にしないまま、医師不足に名を借りて役割分担だけを先行すべきでない」(中川俊男常任理事)と強く反対する。

 日本看護協会も「専門看護師や認定看護師が既にNPのような仕事をしている。まずは議論を整理したい」と慎重な姿勢。看護師の中にも「看護学と医学は別もの」という意識が強く、医師の肩代わりのようなイメージのNPに抵抗感は多い。

 東京大医科学研究所で看護ケアを研究している児玉有子特任研究員は「看護師のキャリアの道筋が広がることに異論はないが、医師不足対策にするのはおかしい。今でも医師の指示で看護師が動いている部分はあり、拙速に導入すると、経験豊かな看護師の仕事を制限する恐れがある」と指摘する。

 <認定看護師と専門看護師> 日本看護協会が認定する資格。「認定」は半年間の研修を終了し、特定分野の専門知識と技術を持つ。全国に5800人。「専門」は大学院の修士課程を修了し、指導や研究などにも当たる。全国で300人。

医療政策機構が各党に提言 急性期医療に予算の集中投資を(2009年6月24日47ニュース)

 医師や患者団体代表らでつくる特定非営利活動法人(NPO法人)「日本医療政策機構」が主宰する有識者会議は24日、衆院選の各党のマニフェスト(政権公約)に、症状が不安定ですぐに治療が必要な患者への急性期医療に予算を集中投入することなどを盛り込むよう求める提言を発表した。

 有識者会議は衆院選を前に、世論調査やシンポジウムなどを通じて集めた意見を踏まえ、党派を超えて医療政策の選択肢を提示し、国民的議論を深めようと5月にスタート。顧問として奥田碩・日本経団連前会長やジャーナリストの田原総一朗氏も参加した。

 このほか、病院機能を集約して効率化を進めることを提言。さらに医師不足対策として医療従事者の業務分担を見直し、大学院などでさらに学んだ看護師で、自らの判断に基づき一定の範囲内で患者の診察や薬の処方を行う「ナースプラクティショナー」を養成することなどをマニフェストに入れるよう求めた。

 提言は、今月末までに全国会議員に送付する。

まあ医師の労組結成であるとかいった権利意識の発達はともかくとして、日本の医療システムでNP制度というものは果たしてうまくいくものかなという率直な疑問はあります。
例えば一部では軽症患者は看護師がみるようにすればいいんじゃないかといった話があるようですが、診断学というのは極端な話が放っておいても(何をやっても)いずれ治る病気の中に隠れている放っておいてはいけない患者を見分ける学問なんですよね。
とりわけ日本の場合はぺーぺーの研修医だろうがその道の大家たる専門医だろうが診療報酬上は同じ一人の医師という扱いですから、「あなたは軽症のようですから看護師が対応しますね」と言われて患者が素直に納得するかどうかですよね。
それでもどうしても医師が手が離せない時に医師の指示の元で看護師が処方箋を切れるといったことだけでもずいぶんと助かるという現場も多々あるでしょうから、責任の所在も含めて今後どういう風に制度を煮詰めていくつもりなのかには注目しておくべきでしょう。

一方で「日本医療政策機構」なる耳慣れない団体の提言ですが、急性期医療がなぜ一杯一杯になっているのかをもう少し広い視野で眺めてみてもいいんじゃないかと言う気がしますね。
早い話がまともな慢性期の病床がない地域ではいくら立派な急性期の病棟を整備したところでまともに患者が回るはずもないんですが、その慢性期の病床を国策でもって削りに削った結果がどうなっているのかということでしょう?
「救急車受け入れ困難なんてことがないように急性期医療を充実させます!」なんて世間受けするようなことを仰ったところで、現場の状況を理解していないと兵隊はいるのに鉄砲が足りない、武器はあっても弾がないなんて間抜けなことになるんじゃないかという危惧が拭えません。
もちろん急患を受け入れられるように空きベッドを作って待っていると病院経営が成り立たないといった診療報酬上の設定が救急医療を蝕んでいることは事実ですから、このあたり何かしら実現性のあるうまい政策提言が出来るというのであれば是非とも拝聴したいものです。

ところで少し気になって調べてみましたところ、この医療政策機構の相談役を務めている方々といえばこんな感じらしいのですが、この方々が医療政策を提言していかれるんだそうです…
「医療に関しては、専門的知識がないと判断がむずかしいとされ、政策形式は、専ら医師などの専門家のみが関わるべきものとされてきたきらいがある。しかし、患者や市民が参加して政策形式を行うことは、きわめて重要であると思う。(西村周三京都大学副学長)」の言や良しですが、実際には患者や市民ですらない方々ばかりですよね?
顔ぶれを見ていけばある程度何をやりたい団体なのかは見えてくるような感もなきにしもあらずなんですが、今さら勝村久司氏のようなプロの方を入れて「これが患者の求めるものでござい」と言われてもどうなの?というところなんですけれどもね。

いずれにしても言えるのは、どこの団体においてもそれぞれの背後には広い意味での利権関係というものが存在しているだろうし、人間とは自らの所属する母胎の権利拡張を意識する、しないに関わらず目指さずにはいられない生き物なのだということを常に念頭においておかなければなりません。
この意味で最近凋落著しい(苦笑)医師会にかわるように看護師系団体の政治力が急伸しているのではないかという指摘もありますが、単純計算でも母集団の人口が圧倒的に違う事に加えてもともと悪名高い医者と違ってマスコミ受けも良い人たちだけに今後その政治力発揮の行方というものはみていかなければならないのかなと思いますね。

何にしろ(少なくともまともな)医療現場においては基本的に暇を持て余すほどマンパワーに余裕はないのが普通ですが(今どきそんな余裕があるほど人を雇える儲けがでないようになっていますし)、それだけに一部の人たちだけが特権的に楽をしていると残りの人々がオーバーワークとなって崩壊してしまうということは、今の公立病院の惨状を見てもよく判るというものです。
医療に限らない話だと思いますが、各業種が緊密に協力し最も効率よく仕事が出来るようなシステムを作り上げることが出来た施設というのは見ているだけでも美しく業務が回るものですし、何より現場のスタッフにとっても仕事がしやすい環境であるということを思い出しながらwin-win関係へと至る道を探っていくべきなんでしょうね。

ところで全く話は変わりますが、医療政策の元締めであり今後ますます困窮の度を増していくことが予想されている医療に対してその重要性を増していくだろう厚労省では、このたびこんな人事異動が発表されています。

新しい厚労次官、社保庁長官は内部昇格の局長(2009年6月26日産経新聞)

 舛添要一厚生労働相は26日午前の記者会見で、厚労省の江利川毅事務次官(62)と坂野泰治社会保険庁長官(62)を退任させ、後任にそれぞれ水田邦雄保険局長(59)、渡辺芳樹年金局長(56)を昇格させる人事を発表した。これまで医師免許を持つ「医系技官」の独占ポストだった医政局長に事務系の阿曽沼慎司社会・援護局長(58)を充て、医系技官の外口崇医政局長(57)は保険局長とする。7月中に発令する見通し。

 舛添氏は会見で、江利川氏、坂野氏の退任理由について「2人とも2年前に政治任用で来たので、新しい体制を作る」と説明。医系技官ポストに事務系職員を充てたことについては「事務官と医系技官とのポストの固定をやめて連携をよくする。国民の代表である大臣の人事にすべての役人は従ってもらう。聖域はない」と強調した。

 各省庁の局長以上の人事は、官房長官と3人の官房副長官による人事検討会議で決定し、その後に中身を発表するが、舛添氏は今回、検討会議前に発表した。舛添氏は「厚労省がしっかり情報管理しても、官邸から(人事)情報が流れる。これだけ大事な人事は大臣の口から自ら言う必要がある」とした。

 事務次官に就任する水田氏は東大卒で、昭和48年に厚生省へ入省。同省総務課長、厚労省政策統括官(社会保障担当)などを経て、平成16年7月から保険局長。社保庁長官となる渡辺氏は東大卒で、昭和50年に厚生省へ入省。同省国民健康保険課長、保険局総務課長などを経て、平成16年7月から年金局長を務めている。

さて、こちらにこういう古い顧客リストなるものがあるのですが、こちらを見てみますとこれらお三方のお名前が見受けられるようなんですね。

厚生省
水田 邦雄 (企画課長)
渡辺 芳樹 (家庭福祉課長)
外口  崇 (血液対策課長)

ま、だから直ちにどうだと言うのではありませんが、一部の人たちだけがおいしい思いをするということは他の人間、ことにそうした人たちの下で業務に精励する人間にとってそれなりにおもしろくないものだと言うのも人間の素朴な感情と言うものではあるでしょう。
今の時代表に立つ政治家のみならず裏方に対しても相応の視線というものは注がれているのだということを、とくに責任アル立場の皆さんにはご承知おきいただいた方がよろしいのではないかなという気はするところですね。

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2009年6月28日 (日)

今日のぐり「8番ラーメン 早島店」

暑くなってきますと脳細胞の働きが微妙にアレしてきがちなものですが、そんなわけで今日はブリ関連の話題てんこ盛りでいってみましょう。
いや、そんな話題どうでもいい?だから言ってるじゃないですか、暑くなると脳細胞が…いやまあ、とにかく暑いってのは身体にも頭にも良くないんですよ。
しかし大英帝国と言えば欧州でも比較的北方の涼しい地域にあると思うんですが、あの環境にあってなおアレなんですから素敵ですよね…

さて、ブリと言えば変態の殿堂、世間ではいつも変態だ変態だと言われていますが、時にはブリからもどこかほのぼのしたニュースも流れてきます。
本日一つめの話題はこんなところから行ってみましょう。

英軍名物のヤギ兵長、任務終える…兵卒降格も経験(2009年5月30日読売新聞)

 英国軍ウェールズ連隊で活躍したヤギのウィリアム兵長が、8年の任務を終え、「除隊」した。

 同連隊では、戦場に迷い込んだヤギが軍を先導したという逸話をもとに、200年以上前からヤギを一員としている。

 2006年には一時、パレードで兵士と歩調が合わず、兵卒に降格される苦汁もなめた。余生は英東部の動物園で送るという。(ロンドン支局)

いや、まあ…ヤギ兵長、どうもお疲れ様でした…って、やっぱり普通じゃないですよねこの記事も。
兵士と歩調が合わず降格って、むしろ歩調の合ってるヤギばかり200年以上も在籍してきたというんならそっちの方が怖いわ!

まあそれはともかく、同じ動物絡みでもこちらになりますとずいぶんとブリ成分増加中という気がしてくるのですが如何でしょうか?

【世界おもしろ法律事典】犬をはねると罪になるが、猫はならない(2009年6月1日産経新聞)

 英国で約20年間弁護士をしているロッチマン・ランダウ法律事務所の中田浩一郎弁護士は、日本企業の駐在員から「休日にドライブに出かけた際、不注意にも犬をひき殺して放置してしまった」と相談を受けた。

 英国では1988年に制定された道路交通法で、犬をひいてしまったら運転手は飼い主に住所、氏名を告げることが義務づけられている。飼い主が見当たらない場合、すぐに警察に届けなければならない。これを怠れば起訴され罰金刑を科せられることもある。

 道交法は犬のほか、馬や牛、ロバ、ラバ、羊、豚、ヤギも対象にしている。中田弁護士は「どうして猫が含まれていないの?」と疑問に思ったという。

 動物好きで知られる英国民は、飼い主が亡くなった後、墓を14年間も守ったテリア犬グレイフライヤーズ・ボビーや、66年のサッカー・ワールドカップのイングランド大会で盗まれた優勝杯を見つけた雑種犬「ピクルス」の話が大好きだ。

 猫はといえば、70年以上も“公務員”として100ポンド(約1万4800円)の年俸をもらってきた首相官邸の「ネズミ捕り責任者」が有名だ。70~88年に首相4人に仕えた「ウィルバーフォース」は1000匹以上のネズミを捕まえた。

 道交法では犬と猫には歴然とした差がある。運輸省広報課に問い合わせると「人間にとって生活の糧となる家畜とペット、野生動物を区別している」との回答が返ってきた。牧羊のためや番犬として飼われてきた歴史がある犬は家畜に分類されるが、猫はペットにすぎないからだという。

 現在のネズミ取り責任者「シビル」の年俸がいくらなのかはやぶの中だが、猫にペット以外の仕事が見つかったというニュースは今のところ耳にしない。(ロンドン 木村正人)

ま、法律ならば仕方がないということなんですかね…
あちらにお越しの愛猫家の皆さん方におかれましては猫ちゃんの健康にもくれぐれもご用心をといったところでしょうか。

法律だからということで言えば、こちらブリのお役所が法律だから金を払えと言っているという話です。

プリングルズ「僕はビスケットだよ」に対して英国税関庁「プリングルズはポテチだ!」(2009年05月22日ロケットニュース24)

イギリスの税関庁が、「お菓子の『プリングルズ』は原料にジャガイモがたくさん使用されているからポテトチップとする。よって、もっともっと課税するーッ!」と、裁判で『プリングルズ』の発売元であるプロクター・アンド・ギャンブル社(以下、P&G)と闘争。P&Gは「違うよ。ぜんぜん違うよ。ビスケットだよ」と、反論していた。

もしポテトチップだと認められてしまうと、『プリングルズ』に対して17.5パーセントの課税がされ、大きく価格が高騰することになる。このことについて英国裁判所の判決が下された。

判決内容は、「お菓子の『プリングルズ』はポテトチップじゃないと認めます」ということに。その判決に至った理由は何か? それは、『プリングルズ』に使用されているジャガイモの比率が全体の50パーセント以下であること、ポテトスナックの基準から大きく離れていることが大きな理由となっているようだ

このような裁判を起こしたイギリス税関庁に対し、イギリス人たちは「破産した政府は、お金のためなら何でもするんだ。『プリングルズ』を買うのを止めて政府に責任を押し付けようぜ!」という声も上がっている。

私たち日本人の観点からして、『プリングルズ』をポテトチップだと思っている人が多くいると思われる。しかし、P&Gは『プリングルズ』をビスケットとしており、ポテトチップとして販売をしていない。この判決を受け、「ビスケット買ってきて!」と言われて『プリングルズ』を買ってくる人が急増するかもしれない!?

成形ポテチと言うんですか、粉にしたイモを伸ばして型抜きして作ったポテチというのは日本でも普通に売っていますが、確かに成分を見ると色々と入っていて純然たるポテチとは違うという言い方も確かに出来ます。
役所というものはどこでもそんなものとして、この記事の場合むしろこの報道を受けたブリの方々の反応が面白くて、「買うのをやめて政府に責任を押し付けよう」とはやはりブリっぽい斜め上っぽさが漂ってくる感じがします。
ちなみに同社のHPから見ていきますと、「ポップなイメージと独自のテイストで若者中心に高い人気を得ている成型ポテトチップスの代表的ブランド!「うまみが、ぎゅっ」とつまっている!」などとあからさまにポテチであると自称しているようなんですが…

食べ物ネタ関連でもう一つ、こんなとんでもなく斜め上の話が自然に出てくるところが何ともブリっぽくて素敵ですよね。

チョコで走るレーシングカー、英大学が開発(2009年05月12日ITmediaニュース)

燃料はチョコレート、本体はジャガイモ――だが時速200キロで走れるエコなレーシングカーをウォーリック大学が開発した。

 チョコレートを燃料にして走るレーシングカーを英国の大学が開発した。ハンドルはにんじん、本体はジャガイモでできているが、時速125マイル(201キロ)で走れるという。

 この「WorldFirst Formula 3」は、英国のウォーリック大学が環境に優しい技術を使ったレーシングカーを目指して開発。5月5日に完成し、走行可能になった。バイオディーゼルエンジンを使っている点以外は、Formula 3の走行基準を満たしている。

 WorldFirst Formula 3の本体は植物由来の部品でできている。ハンドルはにんじんなどの根菜、シートは麻の繊維と大豆オイルフォーム、潤滑油には植物油を使い、燃料は廃棄されたチョコレートと野菜オイルから取り出している。

 プロジェクトマネジャーのジェームズ・メレディス氏は次のようにコメントしている。「このプロジェクトに参加したことをうれしく思う。われわれのチームにとって真の『グリーンな』レーシングカーの実例を作り上げることは重要だ。WorldFirstプロジェクトは、環境にいい車を作るためには性能で妥協しなければならないという神話を駆逐する」

リンク元の画像を参照していただけば判るように見た目は非常にそれっぽく普通なんですが、しかしこれを「環境にいい車」とさらっと言い切ってしまうあたり、やはり頭のネジが幾つかぶっ飛んでいるんじゃないかという疑惑が拭いきれないんですが…

それはそれとしてお次、ブリと言えばかの有名な秘密工作員のいらっしゃるところで昔から諜報活動には定評がありますが、そちら関連の話題を二題いってみましょう。
まずはこちらもある意味食べ物絡みな話でもあるんですが、どうか心臓のお悪い方はリンク元の画像を見てみようなどとはくれぐれも思われないことです。

珍商品誕生!「ジェームス・ボンド」のダニエル・クレイグがアイスキャンデーに!(2009年6月1日ABCdane.net)

左の画像はパロディでも、ギャグでもなく、本当に発売されるアイスキャンデーだとか!

棒にささった半裸のマッチョボディのモデルは、あのジェームス・ボンドのダニエル・クレイグ。

デルモンテ社が発売する「スーパーフルーツ・スムージー」の特別限定発売モノで、英国国内のみの発売だとか。

フルーツということだから黒くみえますが、チョコレート味ではなくって、これはパープルだそうで、ブルベリーやざくろ、クランベリーなどが入っているもの。

イギリスの「アイスクリーム週間」の期間だけ売り出されるそうだけど、気になるのはなぜダニエル・クレイグなのかということ。

なんでも同社で「誰のアイスが食べたいか?」とアンケートをとったところ、ダニエル・クレイグの名前がトップだったとか。

アンケートをとった対象女性の年齢が結構、上なんじゃないかと思ったりしますが...。そっちのダニエルじゃなくって、ダニエル・ラドクリフのほうでも、半裸アイスはいけそう。来年はUK俳優ということでクリスチャン・ベールかロバート・パティンソンで、どお?

しかしこれを食えと言いますか…英国内だけでの販売ということは身の程を知っているということなんでしょうが、やはりセンスが根本的に違うんでしょうかね…
一方こちら、あるいはかの工作員氏もリアルではこんな感じなのかなと思ってしまいそうなあり得ない話です。

そそっかしい女工作員 MI6真っ青の「大惨事」(2009年6月1日月刊『FACTA』)

英対外諜報機関MI6の女性工作員「T」(32歳)が、メモリースティックの紛失で大失態をしでかした。スティックには北米や南米から欧州に及ぶ年間500億ポンド(約7兆5千億円)規模の麻薬密輸網に関する情報と、情報提供者のリストが記録してあったのだ。コロンビアでの初任務に向かう途上で紛失、Tを任命した英重大組織犯罪対策機関(SOCA)の存在意義まで問われている。

Tは出発前に防諜機関 MI5の元長官で現在はSOCAのスティーブン・ランダー会長から説明を受け、直属の上司であるMI6元工作員ポール・エバンスから直にメモリースティックを渡された。中身はMI6が過去5年にわたり収集したもので、SOCAと共有する情報に基づき、Tは情報提供者にコンタクトする予定だった。

T がバッグにしまっていたはずのメモリースティックがなくなっていることに気づいたのは、エルドラド国際空港から在コロンビア英大使館に向かうバスの中でのこと。時差ボケもあり、確認を怠っていた。大使は、パニック状態で英国大使館に駆け込んできたTから事情を聞き、Tには数時間後に至急帰国せよとの命が下った。

MI6は早速調査チームを派遣したが、Tがロンドンからボゴタに向かう機内や、エルドラド空港での入国審査窓口付近、停留所でバスを待っている間にすられた可能性もある。

メモリースティックに記録されている情報が表沙汰になれば、数百人もの情報提供者の命が密輸組織に狙われるため、事情に詳しい情報筋も「MI6最大の惨事」と嘆いた。配置済みの工作員や情報提供者も全面的に再配置せざるを得ず、情報提供者への報酬にTの配属、訓練にかけた費用などを合わせると数百億ポンドの資金が台無しだ。「人柄は悪くないものの、向こうみずでそそっかしい。バッグごとなくしそうなタイプ」とSOCAの調査員までが評するTを、そもそもなぜこのような重要な任務に就かせたのか。

「そもそもなぜこのような重要な任務に就かせたのか」って、答えはズバリ「ブリだから」でFAに決まってるじゃないですか。
リアルな生情報がそのままネタになる国、それであってこそブリだと言うことなのです。

こちらの記事などあまり表に出すべきものでもないのかも知れませんが、彼らの斜め上への迷走ぶりを如実に示す格好の一例として紹介しないではいられません。
しかしわざわざ外国に行ってまで何をしているんでしょうかねこの連中は…

クレタ島で英国人らがTバック露出、証人現れず無罪に(2009年5月27日産経ニュース)

 [イラクリオン 25日 ロイター] ギリシャのクレタ島で25日、修道女の服と十字架を身につけた17人の英国人男性が、公の場でTバック姿を露出させたとして起訴されたが、証人が現れず無罪放免となった。

 地元警察によると、18歳から65歳の英国人らは、24日未明に観光地として人気の高いマリアで逮捕され、公然わいせつと宗教上のシンボルを不適切に使用した罪に問われたという。

 年間1500万人に上るギリシャへの旅行者のうち、英国人は15%を占めているが、マリアでは泥酔や暴力行為などに悩まされた住民が2007年に抗議活動を行っている。

一体何がどうなっているのかは判りませんが、これこそブリ以外の何ものでもないというしかないニュースでしたね。

最後になりましたが、ブリ=ヨーロッパナンバーワンと各国が文句なしに認めたという大変誇らしい記事を紹介しておきましょう。
彼らの素晴らしさは今や全欧州はおろか世界に轟いていることを痛感しつつ、出来ることならあまり近寄りたくはないかなと感じてしまうのはどういうことなのでしょうかね?

いつもぶつぶつ英国人=週10時間強、欧州一(2009年5月15日時事ドットコム)

 【ロンドン14日時事】14日付の英大衆紙サンは、「欧州で一番不平を言うのは英国人」との調査結果を伝えた。不平の矛先は特に「悪天候」とされた。
 調査結果によると、英国の平均的な大人が不平を言うことに費やしている時間は1週間に計10時間18分(年換算では22日強)で、フランス人(週5時間56分)とドイツ人(同5時間22分)のおよそ2倍だ。
 英国人の中でもイングランドの人が11時間46分と最も長く、その後にスコットランドの人が10時間24分、ウェールズの人が9時間30分と続く。
 調査を実施した会社の関係者は「英国といえば悪天候。悪天候は人の気分を変えるので、英国人が不平を言う時間もおのずと長くなるのだろう」と推測している。
 以下は英国人の不満の種トップ10。
 1位悪天候、2位疲労感、3位くだらないテレビ番組、4位インターネットの接続の遅さ、5位家が片付いていないこと、6位交通渋滞、7位仕事量、8位二日酔い、9位店員の態度の悪さ、10位体調不良。

ロンドンは一番汚い都市?そして一番きれいな都市は…ヨーロッパのアンケート調査(2009年05月06日らばQ)

ロンドンと言えばイギリスの首都として世界有数の都市ですが、ヨーロッパの旅行者を対象にしたアンケート調査で、一番汚い町という結果が出てしまったようです。

英国にとっては2年連続にあたる、この不名誉な1位は、2376人のヨーロッパ旅行者を対象に行った調査結果だそうです。

さらに、「最も値段が高い」や、「最も食事がまずい」でも堂々と1位を飾りました。もちろんイギリスの新聞で発表しているのでイギリス人に対する戒めの意味にもなったようです。

一方で、無料アトラクション、公共の公園、夜の遊び場については、高い票を得ていたようで、セイント・ジェイムス・パークなどは人気のようです。

ただし、汚い都市の第二位がパリだったことを踏まえると、観光客が多いところほど汚くなりやすい、と言えるかもしれません。

その他、一番きれいだった都市にコペンハーゲン(デンマーク)、最もお得感のある都市にプラハ(チェコ)、最も親しみやすいダブリン(アイルランド)、最も退屈な都市にブリュッセル(ベルギー)という結果が出たようです。

パリは市民がおしゃれということや、食事がおいしいということで堂々の1位ですが、人々の親しみやすさでは最下位だったようです。

いやあ、何かもうお腹いっぱいという感じなんですが、しかししばらくするとまたネタを漁らずにはいられない、そんな中毒性もまたブリの恐ろしさなのかも知れません…

今日のぐり「8番ラーメン 早島店」

北陸を中心にチェーン展開しているラーメン屋なんですが、最近あちらの支店こちらの支店と通りかかると結構お客が入っているようなんですね。
見たところ普通のラーメンチェーンのように思えるのですが何が受けているのか、本日はこちら早島店でその味に挑戦してみることにしました。

比較的昔からある店という感じなのですが、最近出来た店と比べると見た目も小さく古ぼけた感じで、正直あまりパッとしません。
食事時をやや過ぎた昼下がりの時間帯ですが、お客はそこそこの入りというところですから食事時間帯ですと結構一杯になるんでしょうか。
何やら色々とセットメニューやらまで種類はあるんですが、一番筆頭に出ていた野菜ラーメンをおすすめという塩で注文してみました。

ここのラーメンはメニューによって太麺と細麺を使い分けているようなんですが、この野菜ラーメンは太麺の方です。
見た目は尾道ラーメンの平打ち麺をもう少し加水率高くしたような感じでしょうか?味はまあこんなものかなという程度ですが、噛み応えのある食感はそれなりに楽しいですね。
個人的には塩には細麺かなというイメージがあるのですが、比較的強めの塩が効いたスープとでそれなりにバランスは取れているのかなという感じでしょうか。
野菜ラーメンと言うだけに結構トッピングの野菜はそれなりに量があって食べ応えがありますが、この太麺ですから途中で延びて困るでもなくちょうどよい塩梅でした。

特筆すべきは野菜の炒め加減がラーメン屋としてはかなり絶妙だったことで、正直チェーン店と言うことで舐めていた部分があったのですが良い意味で裏切られました。
「親父、もしやあんた素人じゃないな?」と言った感じなんですが(失礼)、見た感じは良くいるバイト店員って風でもなくもしやホントにプロの方なんでしょうかね?
一方でチャーシューは…まあ一枚だけですからうまいまずいをどうこう言う前に食べてしまえば終わりではあるんですが、個人的にはなくてもよかったかなと…
シナチクも今どきちゃんと入れてくれてるだけで御の字ではあるんですが、この食感でしたら他の野菜に完全に負けてますよね。
ちょっとセンス的にどうなのよ?と個人的には激しく感じた(失礼)「8」の数字入りカマボコはまあ、店のアイデンティティと言うものでしょうから…

面白いなと思ったのは、ラーメン系メニューでは大抵スープの種類が複数から選べるようになっていることなんですね。
たとえばこの野菜ラーメンですと塩の他に醤油、味噌、とんこつと選べるんですが、見た限りではスープの入った寸胴は厨房内に一つきり。
塩、味噌、醤油あたりまでは判るとしても、いったいとんこつの場合どういうことになっているのかちょっと不思議な感じではありました。
あと、ここはあるいは家族経営なんでしょうか、良くも悪くも厨房内の雰囲気はこの種のチェーン店らしからぬところがあるようですね。

全般的には特別な美味というほどではないように思うんですが、特に害のある味でもなし野菜も結構取れるのでそう大きな不満もないかなと言う感じでしょうか。
それに最近はラーメンも新しい店では結構根が張るようになってきていますが、古くからやっているここのようなところですと値段もこなれて手頃感はありますよね。
しかし逆にこういういたって「普通の店」に沢山お客が入っているということは、周囲の競合他店はもっと精進しなければということなんでしょうかね…

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2009年6月27日 (土)

あの業界の今、そして例の問題続報

密かに流れる噂によれば、この六月にも某大手マスメディアが崩壊するんじゃないかとも言われています。
世間ではちょうど株主総会の時期ですが、各社とも経営的にはずいぶんとヤバイんじゃないかとはかねて噂されているところではありますが、かの業界も最初に倒れるのはどこかという生き残り競争の様相を呈してきましたかね。
悪いことにはスポンサーたる他業種の人々も、どうもマスコミに踊らされてきたのは間違いだったのではないか?と気づき始めているらしい気配があるようで、少し前にはアサヒショックなんて言葉もありましたが、こうなりますと客商売だけにますます厳しいことになってきそうですね。

サトウ食品:09年4月期、営業利益3.2倍、テレビCM抑制や販促費削減で利益アップ。(2009年06月15日livedoorニュース)

【6月15日、さくらフィナンシャルニュース=東京】包装餅、包装米飯のトップメーカーであるサトウ食品工業(東2:2923)が15日に発表した2009年4月期決算(非連結)によると、営業利益が前期比 3.2倍の9億円だった。テレビCMや販促企画の抑制で、売り上げが伸び悩んだものの、広告宣伝費や販売促進費などのコスト削減や受取手数料の増加が寄与し、損益が大幅に改善した。

包装餅は、もち米価格の値上げや包装資材などの上昇を受け10月から5%の値上げを実施したことや、販促企画の抑制により、需要期である年末の販売が振るわず、売上高が4%減となった。包装米飯も6%減だった。

全体の売上高は同5%減の258億円、経常利益は同4.6倍の11億円、純利益は同27%増の6億円だった。

2010年4月期の業績予想は、売上高が前期比3%増の266億円、営業利益が同17%減の8億円、経常利益が同37%減の7億円、純利益が同39%減の4億円になる見込み。【了】

朝日夕刊に「白い紙面」登場 広告「落ち込み」対策か(2009年6月24日J-CASTニュース)

   朝日新聞夕刊の1面やテレビ欄に使われた紙が、「普段よりも白い」として、話題になっている。新聞社側は「広告企画のメッセージ性をより高めるため」と説明するが、広告収入が落ち込む中、業界からは「単価の落ち込みを食い止めるための苦肉の策なのでは」との声も聞こえてくる。

   通常、新聞紙の色と言えば「グレー系」だというのが一般的だが、2009年6月23日の朝日新聞夕刊には、一番「外側」の紙、つまり1~2面、最終面の20面(テレビ欄)と19面(第1社会面)が印刷されている用紙が普段よりも白く、厚いものが使われている。

   この日の紙面は、全ページにわたって食品関連の広告や広告枠のコラムが掲載され、1面のコラムには、「今、改めて考えたい『食』」という見出しで、広告企画の趣旨が説明されている。「白い紙」に掲載されている広告は、ロッテのガム「キシリトール」や、キリンビールの「一番搾り」など。特に「一番搾り」の広告は最終面の全12段中8段を占めており、女優の松嶋菜々子さんが黄金色のビールを手に笑顔を見せている。

   朝日新聞社広報部によると、この「白くて厚い紙」は「FMプレミアム紙と呼ばれる特別な新聞用紙」だとのことで、やはり広告企画のために使用された様子だ。
(略)
   もっとも、新聞広告は、広告業界の中でも、特に「冬の時代」。08年の新聞広告費(電通調べ)は8276億円で、前年比で12.5%も落ち込んでいる。「マスコミ4媒体(新聞、テレビ、ラジオ、雑誌)広告費」の下げ幅が同7.6%だということを踏まえても、マスコミのなかでも特に新聞広告が苦境に立たされていることが浮き彫りになる。

   新聞広告をめぐっては、出稿数の減少もさることながら、広告当たりの単価も下落傾向にあるとされ、新聞業界関係者からは、

    「『良い紙を使うから、定価で広告を出してくれ』という苦肉の策なのでは」

という、うがった見方も聞こえてくる。

   もっとも、この点については、同社は、

    「掲載料金など、お取引に関することはお答えできません」

と、「ノーコメント」の立場だ。

   新聞広告をめぐっては、産経新聞東京本社が、通常の紙面を広告特設面で包み込む「ラッピング新聞」を開発し、01年の「新聞広告賞」(新聞社企画部門)を受賞するなど、形態についても様々な試みが行われている。

ま、何事につけて営業努力というものは大切ですから、小さな工夫で出稿が増えるということになればそれはそれで結構なことではないかなと思いますけれどね。
もちろん情報なりを売って収入を稼ぐ商売なわけですからその中身が優れていないことには商品としての競争力がありませんが、昨今見ているとどうも肝心の中身が怪しいところも多いようで、これではさすがに売れるものも売れまいとは感じられるところです。
その意味では業界内部だけに通用する感性ではなく、やはり世間並みの感覚というものを身につけていく必要はあるんだと思いますね。

視聴率崩壊、大幅改変も失敗......TBSはもう「何をやってもダメ」なのか(2009年6月23日livedoorニュース)

 もう、何をやればいいのか、完全に分からなくなっちゃっているのではないだろうか。これまで複数報道されている通り、TBSの凋落が止まらない。

 4月に、7時台に報道番組『総力報道! THE NEWS』をスタートさせることを筆頭に、昼には帯番組『ひるおび!』がスタート、ゴールデンの人気バラエティも枠移動という、TBSの大幅改編だったが、6月現在の状況では、完全に失敗としかいえない状況が続いている。

 改編早々の4月9日、ありえない事態が起こった。

 その日の全番組の視聴率が、すべてヒトケタを記録してしまったのである。しかも、その日の最高視聴率7.2%を記録したのが、『水戸黄門』の夕方の再放送だった。9日以降も、14日、15日、22日と、全日ヒトケタの日が続く

 そして6月3日。これも一部で話題を集めたが、もともと低視聴率だった関口宏の番組『水曜ノンフィクション 関口宏のモトをたどれば』が、夜8時台というゴールデンタイムとしてはありえないような、2.8%という数字を記録し(最高視聴率は同じ日の深夜番組『あらびき団』でも5.4%と倍近い数字)番組打ち切り→製作期間4日の森三中の新番組『激安バラエティー』が急きょスタートすることになった。

 『THE NEWS』、『ひるおび!』の帯番組はまったく数字をとれず、『フレンドパーク』、『うたばん』、『ザ・イロモネア』といった人気番組も、枠を移動した結果、軒並み改編前より数字を落としている。かろうじて『ぴったんこカン・カン』が15%前後で移動後も好調なのと、キムタクのドラマ『MR.BRAIN』が序盤に20%超えをするなど、好材料もないわけではないのだが。

 そんななか、7月に再びお昼の枠の大幅改変が発表された。『ひるおび!』の放送時間を1時間短縮し、夕方にやっている『サカスさん』を午後2時台に。そして3時台からは『渡鬼』→韓国版『花より男子』→『水戸黄門』という流れの再放送枠になるとのこと。

 あまりにも後ろ向きなのだが、TBS、一体どうなっているのだろうか。あるテレビ関係者が言う。

「改編は、完全に失敗でしょうね。元々うまくいっていたところを動かすと、たいていダメになるので、あまりどこもやりたがらないんですが。特に高い年齢ほどそうですが、視聴者は、この曜日のこの時間はこのチャンネルという、視聴習慣というのが結構あるんですよ。それを、無視したような移動ですからね。フレンドパークが何曜日になったかきちんと言える人、少ないと思いますよ。移動してもそのまま視聴者がついてくると思ってしまった感じはありますね」

 この、視聴者無視のような改編のもとには、TBSの体質があるのではと分析する。

「『報道のTBS』と言われることもあるように、他局よりも報道の力がすごく強い局なんです。報道が全体を仕切っているようなところがあるので、今回みたいな7時台にニュース、人気番組を移動という、誰もがダメだと思うようなことも、通っちゃうところがありますね」

 さらに、番組の作り方にも問題があると、ある放送作家は言う。

「TBS は、保守的というのか、新しいものをやりたがらない傾向がありますね。今回の関口さんの番組の件でも、どうせ誰も見てない枠なんだったらと、思いきったことをやればいいのに、手あかのついた『激安』。しかも、2回目にして、銀座の母の占いメインの内容ですし。体質的に、他であたったような企画、よそで人気番組をやっている人を使うということが多いんです。それで『パクリのTBS』という言われ方もするわけですし。自分のところで一からソフトを作ってこなかったツケがまわってきたということなんじゃないでしょうか」

 再放送の水戸黄門が人気ならと、そこを厚めにするのはまあいいのだが、「夕方4時はテレビの前で水戸黄門」という決まった習慣になっている高齢者も多いだろうに、そこをまた無視して時間をずらしてしまう。5時台は、時期によっては大相撲中継の終盤とまるかぶりしてしまうし。これでは頼みの水戸黄門再放送まで数字を落としてしまいかねない。

家賃催促の大家をズブリ 鳥越「悪人と決めつけられない」(2009年6月16日J-CASTニュース)

   <テレビウォッチ>アパートの家賃を滞納する人物に大家が催促するのは当たり前だし、大抵は借りている家賃を払う。だが、約1万7000円の家賃、光熱費を含めて3万円強を5 年分、約200万円滞らせていたタクシー運転手の男(47)は大家(70)を刃物で刺した。大阪で起きた事件である。殺人未遂で逮捕された男は「毎日の催促で腹が立った。殺すつもりで刺した」と供述しているという。

   井口成人リポーターの取材では、大家はそんなに厳しく催促したわけではないらしい。だからこそ、5年分もたまったのだろう。赤江珠緒は「逆恨みもいいところ」と言った。

   井口によれば、男は「一言でいえば怠け者」で、人との約束を守らない、人と話をしない内向性タイプ。タクシー会社には月に5~6日しか出勤しない。それでも月10万円弱は得ていた。「(家賃を)払えるんですが、払わないんです」(井口)。なぜ払わないかは不明で、警察はそのあたりを調べているようだ。

   若一光司は「何か人格的欠陥があるような気がする。大家さんは、弁護士を介するとかして間接的に対応した方がよかった」と述べる。

   弁護士の大澤孝征は「大家さんの温情がアダになった」とし、裁判所の判決を得て、執行官立会いのもと強制的に追いだすとか、法の威力を示す方法を説明した。

   鳥越俊太郎は「同情するわけではないけど」と前置きして、「こういう社会常識どおりに生きて行けない人が、もっと貧しい時代にはいなかった。必死に食っていかなければならなかったから。何となく生きていける今は、浮遊している人が増えている。その典型的な例かなと思う。悪人と決めつけられない」と語る。

   聞いていた若一が「悪人に思えない人物が、突然、殺人未遂となるようなことをしてしまう、豹変するのが予測不能で一番、怖い」とクギを刺した。

いや、どう見ても逆恨み?した方が悪いでしょうそれは…
しかし毎度の事ながら鳥越俊太郎氏は…この人の場合、先の芸能人逮捕の際にも物議を醸した発言がありましたが、自身の経験からかどうも警察とか司法とかが絡んでくるととにかく文句をつけないではいられないタイプのようで、分かり切った答えしか返ってこないことを知っていながら起用し毎回コメントを求めるってどうなのよ?とも思えてしまうのですが。

それでもこうした個人の場合ですとまだ問題としては小さいとも言えるのですが、仮にも日本を代表する世界最大の放送事業者が妙なことを言いだしたとあってはその影響は小さからざるものがあります。
先日も取り上げましたNHK偏向放送疑惑に関して、その後も続々と新しい記事が出てきていますので紹介しておきましょう。

NHKスペシャル偏向批判でネットに説明文(2009年6月17日産経新聞)

 NHKスペシャル「シリーズJAPANデビュー 第1回『アジアの“一等国”』」(4月5日放送)の内容が偏向していたとの批判が高まっている問題で、NHKは17日、同番組のホームページに「一次史料や研究者への取材に基づいて制作した。特定のイデオロギーや歴史観に基づくものではない」とする説明文を掲載した。

 説明文は「台湾が親日的であることは番組でも伝えている」とした上で、番組が使用した「人間動物園」「日台戦争」などの用語の根拠を挙げたほか、台湾人へのインタビューも「不適切な編集はない」と述べている。

 同日の会見で日向英実放送総局長は「一般の視聴者にも、きちんと説明した方がよいと考えた。見解はこれまでと変わらない」とした。

「番組偏向」批判にNHKが説明文 抗議団体「これでウソが分かった」(2009年6月18日J-CASTニュース)

   NHKの大型企画「シリーズ・JAPANデビュー」をめぐる波紋が拡大している。1859年の横浜開港から、1945年までの日本の歩みを振り返るという趣旨の大型番組なのだが、シリーズ開始直後から「自虐史観に基づいている」「インタビューの編集が恣意的だ」といった声が続出。「NHKの大罪」と題して新聞1ページを丸々使った意見広告が掲載されたり、全国で抗議活動が行われたりもしている。これを受けて、NHKはウェブサイト上に説明文を掲載したが、「番組に問題はない」とする内容で、批判は収まりそうにない。

「台湾人男性から抗議を受けている事実はない」

   批判を浴びているのは、NHKが2009年4月5日に放送した、NHKスペシャル「シリーズ・JAPANデビュー 第1回 アジアの『一等国』」。日本にとって初めての植民地である台湾を、どのように統治したかを描いたものだ。

   その中で、台湾の先住民族を博覧会で「展示」したことを「人間動物園」として紹介し、教育勅語を暗唱してみせる台湾人男性の姿も登場。さらに、台湾人を日本式に教育する「皇民化教育」についても触れ、

    「親日的とも言われる台湾に、今も残る日本統治の深い傷」

というナレーションも入った。

   この内容に対して、「偏向している」「自虐史観だ」との批判が相次いでいるのだ。

   「週刊新潮」が、4月23日号で「歴史歪曲と『台湾人』も激怒した NHK『超偏向番組』」という特集を組んだほか、5月18日の産経新聞(東京本社発行最終版)には、丸々1ページを使った意見広告が登場。

    「NHKの大罪」
    「NHKは日台友好関係を破壊するのか?私たちはNHKスペシャル『JAPANデビュー』の『やらせ』取材、歪曲取材、印象操作編集の偏向歴史番組の制作と放送に抗議します」

といった文字がおどった。

   これまでNHK側は、記者会見や国会議員からの問い合わせに対して、「内容に問題ない」との答えを繰り返してきたが、6月17日になって、番組制作の経緯を説明する文書をウェブサイトに発表した。A4で6ぺージにもわたるものだ。

   文書を発表した経緯について、日向英実放送総局長は会見の場で

    「これまでも個別の問い合わせに対し丁寧に対応してきたが、視聴者の皆さまにも説明すべきと考えた」
    「特定の意図や歴史観に基づいて作っているのではないことをご理解いただきたい」

などと説明。「特定部分を切り取った」などと批判されているインタビューについては、

    「台湾の方々へのインタビューについて、不適切な編集はありません。また取材や制作過程においても問題はありません

とした上で、インタビューを受けた2人の台湾人男性から抗議を受けている事実はない、などとした。総じて、「番組に問題はない」との主張が繰り返されている。

インタビューされた本人から抗議文?

   これに対して、前出の広告の事務局を担当しているCS放送局「日本文化チャンネル『桜』」の水島総社長は、

    「この文書が公開されたことで、NHKの主張が全部ウソだったことが分かった。非常にタイムリーで有り難い。実は、この問題をめぐる、3回目の台湾取材から戻ってきたばかりなんです」

と息巻く。

    「NHKは『抗議は受けていない』という回答を繰り返していますが、実はメチャクチャに怒っています。NHKにインタビューされたご本人から、捺印された抗議文を預かっています。『日本に来て、抗議してもいい』ともおっしゃっています。さらに、『人間動物園』で展示された青年の遺族が、当時の写真を見て『悲しい』と話している場面がありますが、本人に取材したところ、これは『懐かしい』という意味だと言うことが分かったんです。つまり、『お父さんが懐かしい』という意味です。捏造どころではありません」

   水島社長によると、6月19日には、関係資料を揃えて国会議員とともに総務省を訪ね、同省の見解を質すほか、6月25日には集団訴訟を起こす予定で、原告の数はすでに3050人に達しているという。

   水島社長は、

    「これらの事実は『チャンネル桜』でも続々と放送していく予定です。NHKの会長が、この事実を知ったら、顔を青くするのではないでしょうか」

と話している。

【NHK提訴】台湾民間団体「友愛グループ」も抗議書(2009年6月25日)

【台北=山本勲】台湾の民間団体「友愛グループ(台北市、陳絢暉会長)」は22日、NHKのドキュメンタリー番組「アジアの“一等国”」(4月5日放映)がグループ関係者の発言を偏向報道したとして抗議と訂正を求める文書を福地茂雄会長あてに郵送した。友愛グループは戦前の台湾で日本語教育を受けた世代を中心に「美しく正しい日本語を台湾に残そう」との趣旨で1990年代初めに発足、勉強会などの活動を続けてきた。

 同グループによると、NHKはインタビューした元メンバーの柯徳三さんら友愛会関係者の発言中、日本を批判した部分だけを放映し台湾の人の心と日台関係を傷つけたという。

いまだに続く台湾番組への抗議 NHKは亡国のメディアか?(2009年6月22日サーチナ)

 東京の大久保にあるお気に入りの台湾家庭料理の店にいったとき、そこで客の台湾人らと昨今の日台関係について議論になった。ある民進党支持者の台湾人企業家はいう。「日本は台湾を見捨てようとしているのか。あの番組をみればそういう気がする」。あの番組とは、NHKのシリーズ「JAPANデビュー」の第一回「アジアの“一等国”」である。

 いまさら説明の必要もないだろうが、台湾が日本統治を受けた歴史のネガティブ面を特集したこの番組は、4月5日の放映日以来、親台湾の日本人や親日本の台湾人から「偏向報道」「捏造報道」「意図的に日台関係を悪化させるために作られた番組」と抗議の声が上がっている。その抗議の声は日増しに大きくなり、先日は自民党の国会議員ら60人以上があつまって「公共放送のあり方について考える議員の会」も発足。番組が放送法第3条の2(政治的公平、事実をまげない報道など)に違反していないかを検討するという。

 この番組は私も見た。確かにNHKらしい自虐史観が根底にながれ、意図的なインタビューのカットや事実誤認もちらほら。ただ、放送局の編集権の自由を大きく逸脱するほど政治的不公平かというと、このくらいのインタビューの刈り込みや脚色、イデオロギー色はこれまでのNHK番組にも多々あった。ただ、テーマが台湾であったということが、放送日から2カ月以上もたって今なお激しい抗議の声が上がっているが理由ではないかと思う。

 今、台湾は中国に事実上、併呑されかけている危機的状況が背景にある。親中国の馬英九(=写真)政権になってから、李登輝、陳水扁ら両氏が少しずつはぐくんできた台湾人アイデンティティと独立への期待がみるみるしぼんできた。関税撤廃を軸とした経済協力枠組み協定(ECFA)が調印されれば経済的にはほとんど統合されるようなものだ。今年8月には、福建省アモイから台湾・金門島までの遠泳大会という平和イベントを理由に、台湾側の軍事防護策が一時撤去されるという。馬総統が2012年に再選されれば、台湾海峡が事実上中国の支配下に置かれる、というのは冗談ではないかもしれない。

 自由と自立を望む台湾人にとっても、日本の安全保障の観点からも、この流れはなんとか食い止めたいのだが、今の米国には中国に抵抗できる余裕がない。せめて日本が台湾との経済的結び付きを強化するなどして、台湾の中国依存度を減少させてほしいと民進党などは期待している。そういう中でNHKが日本の親台湾世論に冷水をかけたわけだ。

 媚中派と呼ばれるNHKが中国からなんらかの利益供与をうけて、日本人の対台湾世論の操作を請け負った、などと陰謀論を言うつもりはない。しかし台湾については、単に表現の自由で片づけられない、日本の安全保障と台湾の未来という切実な問題が絡むということを知っていてこの番組を作ったなら、「公共放送」の皮を被った亡国のメディアといわれても仕方ないだろう。(執筆:中国ウォッチャー 三河さつき)

色々と各方面からの主張が錯綜して問題がわかりにくくなってきている部分もありますが、産経新聞ではまとめ記事まで掲載しているようですのでせっかくですから紹介しておきましょう。
ちなみに記事中にもあるようにNHKの方では今回の件に関して一般向けへの「説明」なるものを公開していますが、これを読んでどう感じるかは読んだ者の主観といったところでしょうかね。

【NHK提訴】JAPANデビュー どこが問題になっているのか (2009年6月25日産経新聞)

 集団訴訟が提起されたNHKスペシャル「シリーズ・JAPANデビュー アジアの“一等国”」。NHKはこれまで放送内容には問題はなく、偏向もしていないと強調している。しかし、8千人を超える原告の数は今も増え続けており、第2次提訴も検討されている。一体、番組のどこの部分が問題とされているのか。

日台戦争

 《日本軍に対し、台湾人の抵抗は激しさを増していきます。戦いは全土に広がり、のちに「日台戦争」と呼ばれる規模へと拡大していきます》

 台湾と日本の間に戦争の過去はない。出演した台湾人からも「先住民族の抵抗なら治安の悪化だ」「戦争は言い過ぎ。NHKの誤り」などと抗議があがっている。

 NHKは「日台戦争」という言葉について、日本の大学教授らが使っていると根拠を挙げた。しかし、「平成に入って用いられた造語。確かに『日台戦争』という言葉を一部の大学教授が使っているが原典は戦争の定義もしておらず、治安回復のための掃討戦に過ぎない」(日本李登輝友の会関係者)という。

人間動物園

 《イギリスやフランスは博覧会などで植民地の人々を盛んに見せ物にしていました。人を展示する「人間動物園」と呼ばれました》

 NHKは、1910年の日英博覧会のパイワン族の写真に、「人間動物園」の文字をかぶせた。フランスの学者、ブランシャール氏の共著「人間動物園」などを参考にしたという。

 しかし、当時イギリスやフランスでそうした言葉が使われていたのかどうかは明らかにしていない。また日英博覧会には、パイワン族だけでなく、日本の村やアイヌの村、力士も参加していた

 これを今も栄誉としている村もあり、「日本政府がパイワン族の実演を『人間動物園』と呼んだことはない」(訴状)、「パイワン族に対する人権問題」(出演者)と訂正を求める声が出ている。

 番組放映放映直後から、「日本の台湾統治の悪い面ばかりを強調している」「明らかに制作者側の悪意が感じられる」などの声が続出。「後藤新平を弾圧差別の首謀者として描くなど総じて台湾統治の負の側面をことさらに強調しており、わが国を不当に貶めた番組」だという怒りも。

経営委員からの疑義

 NHKは膨大な資料と関係者への取材を踏まえた番組で事実に基づき、問題はないとホームページで説明している。しかし、5月26日のNHK経営委員会では、小林英明委員(弁護士)が「日本と台湾の間に戦争がなければ、そのような内容を放送することは放送法に違反する」「学会で多数説でなく、少数説や異説なら、そう説明するのが正しい放送では?」と問う場面があった。

 日向英実放送総局長は「一説とは考えていない」と答え、多数説なのかは、次回へ持ち越されることになった。経営委員会内部では個別の番組の是非を論じるのを差し控える空気もあるようで、小林委員の意見に他委員が「そういう意見が経営とどう関係しているのですか」とクギを刺す一幕もあったという。

NHKの主張の是非はともかくとしても、一度こうまで話が大きくなってしまうと今の時代なかなか直ちに消火作業完了と言うわけにはいきません。
かねて国会議員の間でも問題視されているとは話に聞くところですが、このたびついに今回NHKに対する集団訴訟まで起こされているようなんですね。
ま、少しばかり無理筋なところもあるのかなと見える話ではありますが、こうした法廷という場において議論を深めるというのも彼らの狙うところではあるのでしょう。
何しろ直接の被害を受けた現地の方々という「弱者」が自らそれを法廷で訴えると言うのですから、これは常々弱者の味方を自認している(らしい)マスコミの皆様方にとっても全面的に支援したくなるような話かなという気はしますけれどもね。

台湾統治で偏向報道…8300人、NHKに集団訴訟 「虚偽の事実捏造。極めて悪質」(2009年6月24日ZAKZAK)

 日本の台湾統治を取り上げた、NHKスペシャル「アジアの“一等国”」(4月5日放送)の偏向・歪曲問題で、8300人を超える視聴者らが25日、放送法や受信契約に違反する番組で精神被害を受けたとして、NHKを相手に計約8300万円の損害賠償を求める集団訴訟を東京地裁に起こすことが分かった。

 問題の番組は、台湾統治を現地取材や歴史的資料をもとに振り返ったものだが、放送直後から「全篇が“歪曲報道”の連続」(ジャーナリストの櫻井よし子氏)、「日本の台湾統治を批判するため、台湾人の証言を都合よく操作した」(日本李登輝友の会)などと批判が続出している。

 訴状によると、原告らは、同番組について「事実に反し、一方的な『やらせ』取材をし、虚偽の事実を捏造し、極めて悪質で偏向したものである」と断定。政治的に公平で、事実に即した良質な番組をつくるという、放送法や受信契約に違反しており、「不法行為として損害賠償を請求できる」としている。

【台湾人の証言も開示へ】

 裁判では、NHKの取材を受けたが、「インタビューを恣意的に編集された」と激怒し、悲しんでいる台湾人の証言も開示される予定。

 今回の提訴は東京中心だが、関係者によると、今後、同様の訴訟を全国でNHKに起こす準備が進められているという。

 同番組は、永田町でも問題視されており、自民党の安倍晋三元首相や中川昭一前財務相ら有志議員が11日、内容を検証する議員連盟「公共放送のあり方について考える議員の会」を発足させている。

俗に言う「テキサス親父」について以前にも何度か紹介したことがありますが、今回の件とはまた別の話ながらテキサス親父がこんなことを言っていますので紹介しておきましょう。

テキサス親父が喝!日本の誇りと愛国心 - Japanese pride and patriotism

外国人などと話していると「こいつ右翼か?」と思うような過激な言動が当たり前に飛び出してきて驚くことがままありますが、概して諸外国と比べると日本という国はナショナリズム的思想が弱い、あるいは愛国心云々などという言動は時に反社会的危険人物とも見なされかねないというところが確かにあるようです。
昔の文献などを見ていますとほんの半世紀ばかり前まではそんなでもなかったようですから、これは戦後社会における価値観の変換の結果というものなのでしょうが、日本人の常としてしばしば極端から極端へと走りやすいということは要注意ですよね。
最近は北朝鮮情勢だのとも絡めて周辺国との関係もそれなりに緊張が高まっている部分がありますが、また妙な塩梅に針が逆から逆へ振り切れてしまうようなことのないように、愛国心にしろ何にしろ中庸と言いますか、全否定あるいは全肯定してしまうよりも適切なところで妥当なものを持つように心がけておくことが良い結果を呼ぶのではないかなという気がしますけれどもね。

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2009年6月26日 (金)

そろそろ流行終息のはずが、なぜか順調に増えてます

最近すっかり下火となった新型インフルエンザ関連の報道ですが、温かくなるにつれて自然に流行も落ち着くだろうという従来の定説とは裏腹に、報道の激減とは逆に感染者数は再び上昇に転じているという奇妙な現実があります。
もっとも政府としても確認検査をとうるさく言わなくなってきている状況ですから、この数字もどこまで信用したものかはっきりしないところがありますが、少なくとも時期が来れば自然に下火になってくるだろうという予想は見直しを考えておいた方がよさそうな気配ですね。

新型インフル、国内の感染者1000人超す…世界で8番目(2009年6月25日読売新聞)

 長崎、福島、茨城の3県は25日、新たに計4人の新型インフルエンザの感染者を確認したと発表した。

 これで国内の累計感染者数(成田空港での検疫などを含む)は同日午前11時時点で、38都道府県の1003人となった。

 厚生労働省などによると、5月9日に成田空港での検疫で初めて確認されてから、これまで重症化した患者の報告はない。世界保健機関(WHO)によると、感染者数が1000人を超えたのはアルゼンチンに次いで8か国目。

新型インフル感染者1000人超 夏になぜ持続?(2009年6月25日産経新聞)

 新型インフルエンザの国内感染者が25日、厚労省など行政機関に把握されただけで、入国前の検疫段階を含め累計1000人を超えた。長崎県佐世保市の40代女性の感染が同日確認されたため。5月9日に成田空港の検疫で最初の感染者が確認されてから1カ月半。弱毒性ウイルスではあるものの、日本も世界保健機関(WHO)が宣言したパンデミック(世界的大流行)の渦中にある。

 25日までに感染が確認されたのは38都道府県。WHOによると世界で1000人を超える感染者が確認されているのは、米国(2万1449人)、メキシコ(7624人)などに次いで、8カ国目となる。

 国内の感染は大阪・兵庫両府県を中心に1日で67人が発症した5月17日をピークに感染が拡大。しかし、5月末には新たな発症は終息し、10日間以上、発症者が一けたで推移を続けた。

 しかし、6月に入ると発症は再び増加に転じ、10日には1日で42人が発症した。地域も関東や九州、北海道など全国的に広がった。海外渡航歴のない人に感染が確認されるなど、国内での蔓延(まんえん)を示す兆候もあらわれ始めている。

 ただ、統計上は1000人となるが、国内の対応策はこれまでと変わらない。

 厚労省などが関心を持っているのは、通常の季節性インフルエンザでは、流行が治まる6月になって、国内でなぜ感染が持続しているのかだ。

 厚労省新型インフルエンザ対策推進室の見解でも、「それだけ感染力が強いということか、雨が少ないことなどの天候も影響しているかもしれない。今後の調査課題」と、明確な理由が分かっていない

 新型インフルエンザの感染拡大は、冬季を迎えつつあるチリやオーストラリアなど南半球の国と比べると緩やかながら米国、カナダ、欧州など海外の北半球でも見られる。

 国の対策本部の専門家諮問委員会委員長を務める尾身茂・自治医大教授は「一部では何もない健康な若い人が重症化する例があり、これが季節性との最大の違い。若い人や妊婦が死亡すれば社会的なインパクトも大きい。それを防ぐのが今回の最大の課題だ」と話している。

先日フィリピンで(確認された症例としては)アジア初の死者が出たということですが、一方国内では未だ死者は出ていないもののついに医療従事者にも感染が確認されてきているようです。
こうなりますと遠からず院内感染発症ということになりかねないところですが、まずは慌てず基本的対策を徹底していくしかないところでしょうが、何より以前にも書きましたような補償問題についてもきちんと道をつけていただきたいところですね。
更に加えて発熱外来絡みの不手際も色々と出てきているようで、こちらは発熱外来への誘導・集約化という方針自体をやめにするという話になっているとのことですが、将来的に予想される新たな感染爆発に対しても思わぬ苦い教訓になったというところでしょうか。

新型インフル:研修医が感染 さいたま市立病院(2009年6月22日毎日新聞)

 さいたま市立病院(同市緑区)は22日、臨床研修医の女性(24)が新型インフルエンザに感染したと発表した。海外渡航歴はなく、既に判明している感染者との接触もなかったが、18日夕~19日朝、救急外来の当直を担当した際、簡易検査でA型陽性が出た女性患者を診察していた。村山晃院長は「診察時に感染した可能性がある」と話している。埼玉県内の感染者は17人目。

 研修医は20日からのどが痛み始め、21日午後に39度の発熱があった。22日夜に遺伝子検査で感染が確認され、入院した。研修医は20、21日に計3回、担当する内科の入院患者計6人を回診している。病院は、研修医と接触したとみられる職員と患者計24人に予防的にタミフルを投与した。A型陽性だった女性患者も追跡調査している。

新型インフル感染者 県職員が一般受診指示  拡大恐れも /埼玉(2009年6月17日読売新聞)

 新型インフルエンザ感染が確認された白岡町の男子学生(20)に対し、電話相談を受けた県職員が発熱外来ではなく一般の医療機関の受診を指示していたことが16日、分かった。医療機関側の機転で男性は発熱外来を受診したが、感染拡大の恐れもあった。県は「重く受け止め、きめ細やかな対応を徹底したい」としている。

 この学生は14日朝、39度の発熱があり、白岡町内の医療機関に電話で受診を求めたが、医療機関は発熱相談センターに連絡するよう要請。ところが、学生側から電話を受けた同センターの県職員は、一般の医療機関で受診するよう指示した。

 このため学生は再度、同じ医療機関に受診を求めたが、症状を聞いた医師が「新型インフル感染の疑いがある」と判断し、同センターに直接連絡。県は学生に発熱外来を受診するよう指示し直した。

 この医療機関は内科やリウマチ科などがあり、持病を抱える患者も多い。医療機関の院長(49)は「男性が受診していれば感染が拡大した恐れもある。新型インフルが強毒性になったりした場合、今の対応では不安だ」と憤る。同センターは県保健医療部の職員らが対応しているが、院長は「電話相談は初期診断と同じ。もっと専門家を置くべき」と指摘する。県疾病対策課の本多麻夫課長は「すべての発熱患者を発熱外来に誘導しているわけではない。男子学生は感染拡大地域に行っておらず、困難な判断だった」と話している。

波田で新型インフル検査の都内男性 車で帰宅、戸惑う声 /長野(2009年6月19日信濃毎日新聞)

 県内3例目の新型インフルエンザ感染者と確認された東京都北区の自営業男性(41)は、詳細検査の結果が出る前に滞在先の松本市を離れ、自家用車で帰宅していた。今回のケースで感染症法は本人を引き留めることを規定しておらず、「移動の自由」を妨げるわけにはいかない。半面、感染拡大防止策を講じる県側からは18日、「バスや電車で移動する場合はどう対応すればいいのか」との戸惑いも聞かれた。

 17日に男性を診察し、簡易検査を行った波田総合病院(東筑摩郡波田町)によると、A型陽性反応が出た後、詳細検査の結果が確定するまで入院するよう勧めたが、男性は自宅療養を希望。症状が軽く、自家用車で移動することもあり、県松本保健福祉事務所と相談の上、人込みを避けるよう依頼して帰したという。

 感染確定前から感染症法に基づいて対象者に入院勧告することなどが許されているのは、国内外のまん延地域での滞在歴があったり感染者と濃厚に接触したと認められる場合などに限られる。5月22日に見直された新型インフルエンザに関する国の対処方針は、患者がまん延しておらず、長野県のように数人にとどまっている地域では、同法に基づき、感染が確定して初めて入院(原則7日間)などの措置を求めることとしている。

 このため波田総合病院の波多腰賢司事務長は「確定前の段階では強制力を伴う入院の対象にならず、患者に入院費用の負担も生じる。(入院は)任意でしか勧められない」とする。医師でもある小林良清・県健康づくり支援課長も「本人の行動は、本人の判断になる」と説明する。ただ、バスや電車での移動を希望する場合、「(詳細検査の結果が出るまで)移動は避けてもらうよう最大限、お願いするしかない」とも話す。

 厚労省は、今回の新型インフルエンザは多くの感染者が軽症のまま回復しているとして、軽症の感染者は原則、入院措置を取らずに自宅療養とする方向で検討を始めている。弱毒性とみられるため過剰な対応を疑問視する声がある一方、妊婦や疾患を持つ人などは重症化しやすいとされることから感染防止に向けた対応の必要性も指摘される。

 小林課長は「国の態勢が変わるのか、状況を見守りたい」としている。

しかしまあ、「困難な判断だった」というのもその通りではあるんでしょうが、その困難な判断を現場に一任して感染拡大を防ぐなどと豪語する国の姿勢もどうなのよという気がするところではありますけれどもね。
コンビニなどではどんな素人がバイトをやっても業務が滞らないよう、例えば「レジ待ちの人が増えたら」といった曖昧な表現ではなく「レジ待ちのお客様が二人以上並んだら」といった具体的な表現でマニュアルを整備していると言いますし、牛丼屋なども誰がついでも必ず一定の量が維持出来るようお玉のサイズはもちろん汁抜きの穴の数やサイズまで計算して決めてあると聞きます。
大規模に行う業務であるほど現場がその場で頭を悩ますことのないよう指示を出す方こそが知恵を使っておかなければならないのは当然だと思うんですが、こうして見ている限りでは今回厚労省にもいささか抜かりがあったかなという印象が拭えないところで、早めにこのあたりの総括を行って行動指針の改定を随時やっていってもらいたいところですね。

さて、例によって例の如く一連の状況に対して反省の弁というものがあちこちから聞こえてくるわけですが、特に注目されるのが国内初の患者を確認したあの神戸の医師の弁です。
この開業医さん、お上の方針に反して海外渡航歴もないのに患者に確認検査をしてしまい初めて国内発症の患者を見つけてしまったことで一躍有名になりましたが、お陰でお上から当分営業を自粛せよと指導を受けるわ、その間の休業補償?何それ食べられるの?であっという間に無収入状態を強要されてしまうわで、国策に逆らうとどうなるか身を以て示した方でもあります。
今もその「後遺症」に苦しめられているという話ですが、組織だった対応が出来る発熱外来を備えるような大きな施設での話ではないだけに、現場の判断というものを考える上でなかなかリアリティーがありますよね。

「全体で対策考えて」国内初感染者 診察した医師(2009年6月16日産経関西)

 国内初の感染確認となった兵庫県立神戸高校3年の男子生徒を診察した神戸市の男性医師(52)は「結果的に、自分の発見で神戸が“発祥地”になった。まさかとの思いからしばらくは家でも何も話せなかった」と当時を振り返る。開業する医院は、生徒が新型と確定したその日、厚労省の要請で休業した。「僕が(ウイルスを)出したわけじゃないのに、食中毒のように『あそこでインフルが出た』と今も言われている」。来院者は3割減の状態が続いている。

 医師は6年前から神戸高の校医を務める。生徒は5月11日にせきやのどの痛みを訴えて来院し、薬を処方。翌日再び来院した際は37・4度の発熱があった。

 昨秋に季節性インフルエンザの予防接種を受けていたが、生徒が「(同じ部活動で)インフルエンザが2、3人いる」と話したのが気になり、簡易検査を行ったところA型陽性だった。「新型ではないと証明して、生徒に安心してもらおう」と、神戸市に「念のため」と詳細検査を依頼した。当時、市の研究所は別の検査に追われており「一度だけ」の約束で受けてくれたという。

 15日午後9時半ごろ、市からソ連型か新型かを示す「H1」反応が出たと電話があり、翌16日午前1時には「大変です。豚(新型)が出ました」とうわずった声で連絡があった。

 その後2日間で同高での感染確認は10人を超えた。学校には「バスに乗るな」「通学路をすべて公表しろ」という電話もあった。学校はパニックとなったため、自主的に職員会議に出席し、教員からの「生徒は大丈夫か」「自分も感染しているのでは」との問いに「治療できるんだから、怖くない」と言い聞かせた。

 神戸高生の感染者は17人にとどまった。医師は「校内での蔓延(まんえん)を少しでも食い止められたのは良かった。多くの感染者が出たのは恥ずかしいことでも何でもない。日本中で蔓延した今は今後どうするべきかを全体で考え、第2波に備えるべきだと思う」と話した。

【新型インフル】「あの騒動はなんだった?」次への備えは…(2009年6月15日産経新聞)

 新型インフルエンザの国内初感染が神戸市で確認されてから16日で1カ月。世界保健機関(WHO)は11日に警戒水準を最高レベルの「6」へ引き上げるなど世界的にはいまだ感染拡大の傾向にあるが、神戸市では15日、有症者数がゼロになった。兵庫県はこれまでの対応を検証する第三者委員会を設置。神戸市医師会でもすでに検証委員会が立ち上げられており、現場では秋以降にも予測される“第2波”に備え、本格的に動き始めている。

 「あの騒動は何だったんだ、という感じです」

 神戸市保健福祉局の桜井誠一局長(59)は1カ月をこう振り返った。

 国内初感染が確認されて以降、神戸市では発熱相談センターに相談電話が殺到。3カ所の発熱外来も限界となり、5月20日から新型感染の疑いがある患者を一般病院にも振り分けた。

 同市では昨年11月から、国内初感染も想定したシミュレーションを実施。その段階で医療資源の限界は課題に挙げられていた。第2波へ向けてホールなどの外部施設を“野戦病院化”する案も検討しているが、「一自治体では限界がある。国全体で実践的な行動計画作りに取り組むことが必要」と桜井局長は指摘する。

 今回の混乱を生んだ要因の一つは、国の対応と実際の毒性とのギャップだ。神戸市医師会の検証委でも、「厚労省が海外渡航歴にこだわったために、感染確認が遅れた」と批判の声が上がった。現場が定義外の検査を行ったため最初の国内感染者が確認され、それは「震災以来の危機」と言われるほどの風評被害を招く皮肉な結果にもなった。

 新型が弱毒性との報告も4月からあったが、感染確認後、県や神戸市は休校やイベント中止など社会活動の制限措置に踏み切った。「あのときはそうするしかなかった。リスクを適切に評価し、対応を切り替えることの重要性を痛感した」と桜井局長はいう。

 予想される第2波の毒性には諸説ある。神戸市医師会は「今回は一般医療機関でも受け入れたが、強毒の場合も同様にできるかは課題」という。最初の感染者を診察した医院が当初は厚労省から休業を求められたこともあり、「何の補償もなく長期休業を求められるなら、誰も報告などしない」と懸念する。

 神戸市の桜井局長は「強毒性を前提として取り組みを進めるべきなのか。どの説を選択すればいいか正直自信はない」と明かす。予想される第2波まで、3カ月弱。現場では、まだ模索が続いている。

今回の騒動を強毒型発生時に対するリハーサルになったとして捉える向きも多いのですが、記事中にもあるようにリハーサルの段階でこれだけ大騒ぎになるようなら本番ではどうなるんだという不安の声も根強くあるようです。
しかし日本人の国民性を考えた場合に一度こういうことを経験してしまうと結構次は頭が冷えてしまうと言いますか、逆に妙に緊張感が抜けてしまう部分がありますから、案外ひどいパニックにはならずに住むかも知れないという気もするところです。
新型対応のワクチンはこの7月から生産開始ということで、早ければ今秋にも予想される第二次流行(もっとも現在の流行も未だ収束してはいませんけれども…)にも間に合いそうだということですから、実際の効果以上にある程度一般市民向けの「プラセボ効果」は期待できそうにも思います。

100%の感染防御はもちろんあり得ませんが、出来ることと出来ないことは理解し区別していなければ正しい行動も選択出来るはずもないわけで、医療従事者は末端に至るまで最低限の感染防御の知識を共有して的確に実行していくことが求められるところかなと思いますし、一般市民は間違った情報に踊らされてパニックにならないようにしなければならないでしょうね。
「新型対策こうすれば大丈夫」とあっちでもこっちでもいろんな人間が好き勝手なハウツーまがいのことを口走っていますが、その大丈夫という言葉の意味するものが病気にかからないという意味なのか、かかってもひどいことにならないという意味なのか、あるいは社会防衛的に感染拡大を阻止できるという意味なのかすらまちまちなのが現状です。
発言者がどういうポジションからどういうスタンスで語っているのか、その人間の発言ははたして信用できるのかといったあたりから検証しなければならないとすれば新聞テレビしか情報源がないという人々には難しいところもあるのかも知れませんが、ソース至上主義なんてものが身についているネット常用者であれば案外受け入れやすい概念なんじゃないかなとも思いますね。

何にしろ大流行となれば医療現場は殺到する患者対応に追われて目の回る忙しさになるでしょうから、とりあえず混乱を極める診察室で「でもセンセイ、みのもんたが言ってたからこれが正しいはずですよ」などと言い張るのは勘弁しておいて欲しいというのが現場の人間の偽らざるところかも知れませんけどね(苦笑)。

重症化防止へスイッチ切り替え、「正に医療の出番」(2009年6月21日CBニュース)

【第66回】岡部信彦さん(国立感染症研究所・感染症情報センター長)

 5月16日に国内初の感染が確認されてから、急速に感染が拡大した新型インフルエンザ。感染症の専門家の立場からウイルスを分析した国立感染症研究所・感染症情報センター長の岡部信彦さんは、「幸いにも推測した範囲の中では比較的病原性が穏やかなものだった」と言う。しかし秋以降に流行が予想される第2 波や、当初病原性が高いものとして想定されていた鳥インフルエンザなど、流行の不安が消えたわけではない。これまでの対策は適切だったのか。第2波や鳥インフルエンザに備え、改善しなければいけない問題は何か。(高崎慎也)

■検査の充実、「素晴らしかった」

―国内発生から、この1か月を振り返っての感想をお聞かせ下さい。
 2003年のSARS(重症呼吸器症候群)の流行の時には、国内で発生するまでほとんどの人にはウイルスの性状が分からなくて、暗中模索から対策をスタートしました。その反省があってのことですが、今回の新型インフルエンザでは、病原性についてある一定の範囲にあることは推測できるが、ただしまだ詳細は不明の病気について、いくつかの推測をつけながら対策ガイドラインの作成が行われました。今回発生した新型インフルエンザは、幸いにも推測した範囲の中では比較的病原性が穏やかなものでした。海外の報告に加えて、国内発生の時点から国内でのウイルスの性状の理解も進んだため、全くゼロの状態からの準備ではありませんでした。現在進行中で、振り返るにはまだ早いのですが、国内発生の前から準備ができた分、SARSの時よりむしろ対応は楽だったと思います。

―この対応は今回良かった、ということはありますか。
 素晴らしかったと思うのは、かなり早い段階で北海道から沖縄まで、全国どこでも遺伝子レベルでの検査(PCR検査)ができるようになったことです。検疫所などでも同様の検査が可能となりました。これは誇るべきことだと思います。もちろん、このような病気をサーベイランスとしてとらえる仕組みや、普段からインフルエンザのウイルスを検知する仕組み、全国の地方衛生研究所が基本的なPCR検査を実施できるレベルにあった―。これらが基本にあったからこそできたことです。
 ただ、今後すべての発生例を正確かつ迅速に把握すべきかといえば、それは効率が悪く、必要性も低下します。また、やるとすれば、膨大な準備、お金、機械、人が必要になります。ある程度感染者が増えてくれば、すべての発生例を把握するのではなく、サンプリング方式、あるいは重点方式などに切り替えていくべきです。
 一度収まったかのように見えても、患者さんが急増する可能性は考えておくべきです。すべての患者さんに入院を求めたり、すべての学校を休校にしたりといったことは、次の作戦としては取る必要がなくなります。水際作戦から国内対策、感染者の早期発見へとスイッチを切り替えたように、今度は感染者の重症化防止へと、もう一段階スイッチを切り替える必要があります。
 多くの患者さんの外来診療を行い、重症患者さんの入院治療を行う。これは正に医療の出番であり、医療が果たすべき役割であると思います。多くの人がかかる病気なだけに、たとえ全体像としては軽いとしても、ある程度の重症者や死亡者は出てしまうでしょう。ただ、その数を人の努力で減らせるなら、努力した方が良い。医療資源が限られている中で、症状の軽い患者さんを効率よくかつきちんと診る一方、重症者の症状がより重くならないよう適切な治療ができるか、医療と医療行政が問われるところと思います。
 設備面で必要なものは、患者が増えることを想定すれば、おのずから見えてくると思います。今のままで大丈夫、とはならないはずです。しかし、医療というものをもっと長期的にみて、これらを左右する医療人を育てる必要があります。

■「第2波」には南半球の様子などをみて、柔軟な対応を

―今後、第2波や、これで消え去ったわけではない鳥インフルエンザ(H5N1)の到来が懸念されますが、今回の対応で、改善すべき点はあるでしょうか。
 日本の場合はルールに基づいて行動するから、ルール通りに動かなければならない部分はあります。これは「規則にしたがって物事がきちんと行われる」という意味では良いことです。しかし、相手となる感染症がダイナミックに動いているのであれば、それに対してはやはり柔軟な対応をしなくては間に合いません。今後想定される第2波、あるいはH5N1に取り組む時の大きな経験と反省材料になるでしょう。
 今回の新型インフルエンザは、想定した範囲の中では病原性の比較的低いものでしたが、当初想定していた鳥インフルエンザが、これでもう発生しなくなった、というわけではありません。鳥インフルエンザはあり得るべき別の話として、準備をしなければならない。ただそれに向けて、今回様々な対策を取ったことで得られた経験は大きいと思います。
 表現は悪いですが、一生懸命勉強していて定期試験の対策を立てているうちに、抜き打ちのテストを食らったようなものです。今回の対策を振り返って足りないものを補い、良いものは取り入れればいいわけです。今後第2波や、別のインフルエンザが流行した場合には、さらに良い対応が取れるようになると思います。

―第2波ではそのまま弱毒性のものがくる可能性もあれば、強毒性の可能性もあるといわれています。
 ウイルスの変化については、科学的に、冷静に考えなくてはいけないと思います。しかし、そのためにすべての患者さんを検査する必要はない。多くの患者さんが発生するのであれば、サンプリングでウイルスの科学的な検証をできるよう、準備しておく必要があります。その際には、効率性や実効性も考えなければなりません。本番前に不意打ちのテストがもう1回くらいくるかもしれませんが、その時には当然、過去問にこだわっていては駄目。相手は新しい問題を考えてくるわけですから、試験を受ける側は柔軟に対応した方が勝ちです。

―どうしても、もしひどいものがきたら、強毒性になったら、と考えてしまうのですが。
 心配事にはきりがありません。今回の対策を考える時に、「最悪のシナリオ」とよく言われていました。でも最悪の定義がないから、最悪を考えるとその次の最悪が出てくるし、その次の最悪も出てくる。際限がなくなってしまいます。同様に、理想を追い求めてもきりがない。理想と現実のバランスを取りながら、できる範囲で対応を考えなければなりません。ただしそれは、着実に進歩していく必要があります。
 現行のガイドラインは、ある程度病原性が高かった場合まで想定しています。今回は幸いにも病原性は比較的低かったわけですが、病原性が高いものがやってきた場合には、現行のガイドラインを適切に応用すれば良いわけです。状況に合わせた対策をとれるようにしておくことが肝要です。

―岡部先生は「今やっている医療をきちんと継続できるようにすることも重要だ」といつもおっしゃっています。
 既存の医療の中でも、「余裕を持った医療」と「時間をおいてできる医療」、「手を抜いてはいけない医療」があります。慢性疾患を持っている患者さんもいれば、急病の方もいる。透析やお産を、今は忙しいから後回し、とはいかない。
 救急医療や慢性疾患と同時に新型インフルエンザもすべからく診る、というのは無理な話です。あえて「診ない」という選択肢を取った方がいい場合もあります。その場合には、「どこが診るか」を明確にしておく必要があります。時間や日によって対応する医療機関が変わってしまうかもしれません。患者さんの理解、社会の理解が必要となるでしょう。そして、理解を頂くには、それなりの時間がかかると思います。
 慢性疾患をお持ちの方は、病気をコントロールしておくことが重要です。リスクを減らすことができるでしょう。新型インフルエンザ対策は、新型インフルエンザだけの対策をしていても駄目なのです。潜在的な疾患を発見できるよう健康診断を受けておく、ダブルパンチにならないよう麻疹などの予防接種をきちんと受けておくなど、普段できる健康管理をしっかりやっておくことが「リスクを減らす」という点できわめて重要です。

―発熱相談センターの体制については。
 初期の段階で、受診する医療機関をガイドし、相談に乗るという意味での意義は高かったと言えます。しかし患者さんが急増したら、保健所の電話線はパンクしてしまいます。患者さんが一定以上に増えたら、受診する医療機関をアナウンスして直接行ってもらうようにし、相談センターの人材は別の作業に振り分けた方が良いでしょう。

―今後「医療の出番」を迎えるにあたって、どのような問題があるとお考えでしょうか。
 日本は、人口当たりのベッド数では、世界でも断トツだと思います。医療そのものがそんなに悪いわけではありません。しかし、今の日本の医療はあまり能率が良くなくて、本当に必要なところに人がいない。だからこそ、医療従事者のシフトの問題、備品のストックの問題、外来をどうするかなど、いろいろな問題が出てきます。しかし患者さんがいるならば、医療はそれに対応しなければなりません。医療そのもののあり方についても、今後議論を進めていくべきです。
 入院機能のある中核的な医療機関が、外来にかかりきりになって入院患者を診る余裕がなくなっては本末転倒です。入院機能がある医療機関は入院患者の重症化防止に専念して、外来は外来機能のある医療機関で受け持つよう、役割分担をすべきです。設備にしても、国レベルで用意しなければならないもの、自治体レベルで用意しなければならないもの、個々の医療機関で用意しなければならないもの、と分ける必要があります。役割分担が非常に重要になってきます。どのようなやり方が一番やりやすいか、個々の医療機関も、行政も、われわれも考えなければなりません。医師会や保健所、病院、医療圏など、さまざまな単位での話し合いが必要だと思います。

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2009年6月25日 (木)

あちこちで顕在化するほころび、「みんな貧乏が悪い」?

先日お伝えしました「骨太の方針」による社会保障費抑制政策撤回?!という話題で、早くもマスコミの方からは大ブーイングが起こっているようです。
もちろん財政状況の厳しい中でもあちこち公的支出を求めているところは幾らでもあるわけですから、「放漫財政」「財政改革逆行」と批判する余地は多々あるところではありますよね。
しかし与党批判もよいのですが、野党民主党の方が、この方面ではもっとラディカルなことを言っているように聞こえるんですが…

社説1 改革も財政規律も後退した「骨太方針」(2009年6月24日日経新聞)

 中長期の視点で日本経済の体質強化を考えるからこそ「骨太」なのに、これでは名前負けではないか。麻生政権で初めて決めた「経済財政改革の基本方針(骨太方針)2009」は、衆院選を前に与党内で強まる改革路線への反発を映し、歳出抑制を後退させた。経済成長を促す改革のメニューも不十分だ。

 骨太方針は小泉政権から経済政策や予算編成の指針となった。当初は政治家や省庁の既得権益を超え、首相主導で構造改革に取り組む突破口だった。郵政民営化や、06年度に決めた歳出改革方針がその例だ。

 麻生版の「骨太」は官から民への流れで政府をスリムにする路線と一線を画し、「安心」に軸足を移した。経済の危機に加えて「社会の危機」を指摘し、年金や医療など社会保障の強化や低所得者支援の給付付き税額控除の導入にも触れた。

 景気の立て直しは最優先の課題であり、なお一時的な刺激策が必要かもしれない。雇用や社会の不安への対処も大事だ。それでも深刻な財政悪化を考えれば、歳出の無駄を根本から洗い出し、出費を抑える努力が不可欠だ。骨太方針はこの点をもっと明確にすべきだった。

 骨太方針は日本医師会などの意を受けた自民党の族議員の反発で、10年度予算編成での歳出抑制路線を修正した。与謝野馨財務相は年1兆円以上にのぼる社会保障費の自然増を2200億円圧縮する歳出抑制策を10年度は撤回すると表明し、党内の了承にこぎ着けた。

予算の総額確保を優先すれば、医療分野などの制度効率化は二の次になる。重複検査の是正や後発医薬品の使用拡大など、質を下げずに医療費の膨張を抑制する余地はある

 骨太方針は原案の「改革努力を継続する概算要求基準」を修正し、「昨年度とは異なる」要求基準を設けると記した。公共事業費や他経費の削減に抵抗が強まる可能性があるが、抑制基調を堅持すべきだ。

 税収減や大型景気対策の結果、11年度に国・地方の基礎的財政収支を黒字にする従来の財政目標は10年近い先延ばしを迫られた。ここで歳出のタガが外れれば、財政の持続性に不安が募りかねない。

 日本経済の地力を高める方策は踏み込み不足が目立つ。規制改革は現行の3カ年計画の追認にとどまり、成長戦略も太陽光発電や介護強化、ソフトや観光といった分野を羅列したにすぎない。危機が一服しても厳しい国際競争は続く。「開かれた経済」を基本に日本全体の成長力を強化する戦略こそが、いま大切だ。

政権末期? やりたい放題の族議員 社会保障費抑制も撤回(2009年6月23日産経新聞)

 政府の経済財政改革の基本方針(骨太の方針2009)は23日夕の閣議で決定されたが、厚生労働関係議員らの激しい抵抗で、歳出改革のひとつの柱である社会保障費の抑制が撤回された。自民党内にはここにきて、衆院選対策を口実に族議員の言動が目立ってきているが、皮肉にも麻生政権の弱体化や自民党不信を招くことにもなっている。

 「族議員の方々はやりたい放題だ」

 「骨太の方針09」の策定にかかわった政府関係者は、“党高政低”となっている最近の自民党の情勢にため息をついた。

 5月には、経済財政諮問会議で厚生労働省分割とともに幼保一元化の検討を進める話が上がると、幼稚園と保育所のそれぞれの業界に関係する文教族と厚労族が激しく抵抗した。特に文教族は、森喜朗元首相までが押さえ込みに入り、麻生首相が「最初からこだわってない」と発言したことで検討が先送りされた。

 官邸筋は「幼保一元化をつぶしたことで、何でもやれると思っているのではないか」という。

 厚労族は総務会でも強硬姿勢を通し、「骨太09」の政府原案にあった社会保障費抑制の方針を示した「骨太06」を踏襲するという文言を削除するよう攻め立てた。今回も政府側は、「骨太06」の言葉を残すのと引き換えに、平成22年度予算では「社会保障の自然増はそのまま認める」などとする与謝野馨経済財政担当相の「一筆(いっぴつ)」を取られてしまった。

 また、自民党農林部会と総合農政・林政両調査会は23日、国有林野事業の一部独立行政法人化の凍結を求める決議まとめたが、18年に成立した「行政改革推進法」による独法化にブレーキをかけた格好だ。

 族議員が大義名分に掲げる「旗」は衆院選対策だ。日本医師会など自民党と関係の深い関係業界の支持が得られないと言って抵抗する。政府側も「喫緊に選挙があることをまったく意識しないとは言わない」(河村建夫官房長官)とし、抵抗を抑えられずにきた。こうした族議員の言動について官邸筋は「麻生政権の弱体化と自民党不信につながり、自らの首を絞めていることに気付かないのか」と首をかしげる。

 中川秀直元幹事長は23日、都内で「『骨太09』がしっかりと後世の批判に耐えうるものにしていただきたい」と牽制(けんせい)した。(今堀守通)

骨太09 “骨抜き”で大増税残る 「財政再建」「保障修復」追ったが(2009年6月24日産経新聞)

 23日に閣議決定された経済財政の基本方針「骨太の方針2009」は、「財政再建」を進めなければならないが、安全安心社会の実現のため、歳出増大を伴う「社会保障の修復」にも取り組むという相反する“二兎”を追った結果、国民に増税による負担だけを求める内容になった。財政再建に不可欠な「歳出削減」は総選挙を控えた与党の族議員の圧力で骨抜きとなり、税収増につながる「成長戦略」も中途半端で、負担増への理解は到底、得られない。(田端素央)

 「医療や介護の現場の声を聞かざるを得ないのが政治の現実だ」

 記者会見した与謝野馨・財務・金融・経済財政担当相は、社会保障費の抑制撤回に追い込まれたことをこう説明した。

 麻生太郎首相も23日夜、「政府は小さければ良いという発想から転換しなければいけない」と述べ、これまでの財政再建路線からの転換を鮮明にした。

 今回の骨太09について、与謝野氏は、経済対策の大盤振る舞いの後に、「財政再建の道筋をきちんと示す必要がある」と位置づけた。また、麻生首相は「中福祉・中負担」が持論だ。骨太09でも、「短期は大胆に、中期は責任」を掲げ、景気対策などによる財政悪化のツケを将来世代に回さないため、「増税」の文言はないが、国民が応分の負担を負うことの必要性を強調している。

 実際、新たに設定された財政再建目標を達成するには、「2017(平成29)年度までに消費税率を12%に引き上げる必要がある」との政府試算も示した。

 総選挙を控え、積極的な財政出動をぶち上げる一方で、財源については「4年間は消費税は上げない」とする民主党とは違う“責任政党”をアピールしたい首相や与謝野氏の思惑が色濃くにじんでいる。

 しかし、国民の納得を得るため、政府が自ら血を流す行財政改革による「歳出削減」には、ほとんど踏み込んでいない。さらに、規制緩和など痛みを伴う構造改革などによる成長戦略は、小泉路線への反発からむしろ大きく後退した。

 厚生労働省分割などは与党議員の反発で早々と頓挫。また、大きな目玉になるはずだった減反の見直しも族議員の反発から具体的な文言は盛り込めなかった。政府内からも「痛みを嫌う既得権者につぶされた」(経済官庁幹部)との声が上がっており、“骨抜きの方針”の様相を呈している。

新聞報道だけ見ていると医師会ってすごい権力を握ってる団体のように思えてくるから不思議ですよね(苦笑)。
料理なら骨付きでも骨抜きでもうまけりゃいいという考え方もありますが、政治の方ではどうかと言えば残念ながら国の社会保障抑制政策は確実に地方へのしわ寄せとなって現れてきています。

たとえば先日もお伝えしました国保崩壊間近という話題ですが、毎日新聞の調査によれば全国自治体から「国費投入の削減はもう限界」と悲鳴が上がっているという状況のようです。
国保崩壊となればことに地方低所得者層では無保険者の増加が問題となってくるのは当然予想されることですが、昨今の不景気で失業率も高くなっているという状況もあってか医療費を支払わないという「未収金問題」がますます厳しいものとなってきています。

以前にも書きましたとおり本来医療機関が支払いをうながしても患者側から支払いがない場合、保険者の側が代わって徴収するということが法的に定められていて、これを「保険者徴収制度」と言います。
最近では医療機関の側でもようやく世間並みに債権回収をしていくべきなんじゃないかという当たり前の常識に目覚めつつあるようですが、それでも支払いがない場合には当然この「保険者徴収制度」に従って対処されるべきであるのに、実際にはこの制度が全く機能していないという状況が続いてきたわけです。
病院側にしても今や未収金など抱えて経営が立ちゆくような状況ではありませんから死活問題ですが、ようやくここに来て保険者側に多少なりとも動きが出てきたようなんですね。

医療費踏み倒し、市町村が回収=病院の自助努力「限界」-来年度から・厚労省(2009年6月24日時事ドットコム)

 厚生労働省は23日、病院の入院費用などを踏み倒す悪質な患者が増加しているため、2010年度から国民健康保険(国保)を運営する市町村に対し、未払いの医療費が一定額を超えるなどの基準を満たした場合、財産の差し押さえを含む回収を求めていく方針を固めた。医療機関の自助努力による回収が限界に来ていると判断した。正式実施に先立ち、今年度中に複数の市町村でモデル事業を展開する。
 国民健康保険法には、患者が支払わない医療費を、国保の運営主体である市町村が医療機関に代わって回収する「保険者徴収制度」が規定されている。しかし、医療機関の自助努力を前提としている上、市町村側が「医療機関の回収努力が不十分」といった理由で要請を拒否するケースが少なくない。厚労省の調査によると、06年度に医療機関から保険者徴収の請求を受けた自治体は34団体、回収額は約33万円にとどまり、事実上機能していない

このあたり、「金がないから払えないのに財産差し押さえなんて…」と思われる方もあるかも知れませんが、多くの医療現場の実情はいささか異なります。
と言いますのが、金がないから支払いが出来ないということを自覚している方々というのは元々後ろ暗いところがありますから、ほとんどの場合夜間救急に飛び込みでやってくるといった「一見さん」ばかりで、実際の未収金額は件数の割にさほどでない場合が多いわけです。
それではどういう場合に未収金が巨額になるかと言えば、これはもう常連さんが中心となってくるわけで…ま、要するに給食費を支払わない親というものが皆赤貧洗うが如しという状況でもないのと同様、あまり金銭的に困窮してお支払いいただけないという印象の方々ばかりではないということです(控えめな表現)。

モラル低下などとも言ってこれも時代の流れということなのかも知れませんが、それでも金銭の問題で何とかなっているうちはまだよろしいという言い方も出来るわけで、いずれ遠からず医療問題も金でどうこうできる状態ではなくなってくるという声は根強いものです。
一部で見られる「いくら高給を用意しても医者が来てくれない」といった状況は既にその先走りとも思えるところもありますが、今どきそうした状況も認識しないまま安易なことを口走ってしまう方々が未だにいらっしゃるというのもどうかと思いますよね。
個人的にはワイドショーなどで登場される「コメンテーター」なる素人さん達の斜め上な発言って実はとても面白いなと結構楽しみにしている部分もあるのですが(苦笑)、先日も御登場いただいた八幡浜市の新市長さんのように「市長になったら何とかなるかな~って思ってました」ではさすがに責任問題となるのもやむなしというところでしょうか。
そう考えるとマスコミって本当においしいポジションなんだなと改めて思えるところではあるのですが、栄枯盛衰はこの世の常とも言いますから、彼らとていつまで我が世の春を謳歌出来るかは誰にも判らないところですよね。

八幡浜医師不足 市長辞職勧告を可決 /愛媛(2009年6月24日読売新聞)

市議会「公約違反」 大城市長は続投意向

 八幡浜市の大城一郎市長が選挙公約に掲げた「医師3人の確保」のめどが立っていない問題で、同市議会は23日、市長に対する辞職勧告決議案を賛成多数で可決した。法的拘束力はなく、大城市長は「真摯(しんし)に受け止め、市政運営を一生懸命頑張りたい」と、辞職する意思がないことを示した。

 決議案は都築旦議員(民主)ら3人が緊急提案。「市民の多くは公約を信じて投票した。陳謝はするが公約違反はかたくなに認めない市長の責任は重い」などとして辞職を求めた。採決は無記名投票で行われ、投票した19人のうち賛成が13人、反対が6人だった。

 また、市長が選挙公約に掲げた自らの給料の10%削減、退職金廃止の条例改正案は否決され、副市長と監査委員の人事案件についても不同意となった。

 議会後、大城市長は「誠に残念。自分は公約違反とは思っていないが、批判は真摯に受け止め、(公約の実行に向けて)これからやっていく」と述べた。

 傍聴していた市内の男性(63)は「公約違反なのだから(可決は)当然。市長は自ら辞めるべきだ」と厳しく言い放った。

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2009年6月24日 (水)

みんなで渡れば…?

先日何気なく見ていましたら、うわ~これはきついなと思えるような判決が出ていました。

スカイダイビング落下事故で会社に約1億円の支払い命令/結果責任認定/横浜(2009年6月18日神奈川新聞)

 2004年1月に埼玉県で体験スカイダイビング中の横浜市の会社員女性=当時(33)=が地上に落下して死亡した事故をめぐり、女性の両親がスカイダイビングを主催したイベント企画会社(東京都青梅市)や、一緒に死亡した男性インストラクター=同(37)=の遺族らに損害賠償などを求めた訴訟の判決が 16日、横浜地裁であった。三代川俊一郎裁判長は、パラシュートが開かなかった原因は「不明」としながら、「安全にスカイダイビングを終了させる債務を負っていた」として、企画会社に計約1億800万円の支払いを命じた。

 日本航空協会によると、同事故はタンデムスカイダイビングでの国内唯一の死亡事故。原因が不明のまま結果責任を認める司法判断は珍しく、神奈川大学法科大学院教授の間部俊明弁護士は「危険を内包するビジネスに重い注意義務を課し、警告を発する貴重な裁判例といえるのではないか」と話している。

 判決は、事故の原因については「パラシュートが開かなかったのは、インストラクターの操作ミスの可能性が高いとしても、装備に不具合があった可能性も排除しきれず、原因は不明といわざるをえない」と認定。

 女性が「事故があった場合に賠償責任追及はしない」という旨の誓約書にサインしていたことを踏まえた上で、「女性は死亡などの危険性を受け入れていたわけではなく、気軽で安全な商品スポーツとして参加した」と指摘。企画会社は「生命に重大な支障を生じさせることなく安全にスカイダイビングを終了させる債務を負っていた」として賠償を命じた。

 原告側代理人の松田壯吾弁護士は「結果責任を認めたのは珍しい。無過失責任を認める債権法改正の流れを先取りした判決。主張が認められ満足している」と話した。

詳細な事情が不明なだけに何ともコメントし難いところがありますが、何と言いますか身につまされる思いを味わった人も多いのではないでしょうか?
最近では医療絡みの刑事訴訟はやや下火かなという印象もあるところですが、民事に関して言うと相変わらず全国あちこちで日々判決が出ているという状況のようです。
その一方で和解勧告に応じるという事例も散見されるようですが、やはりこの辺りにおいても牽引しているのは公立病院なのかなという印象がありますね。

広島病院賠償訴訟:県が遺族と和解へ 6月議会に提案 /広島(2009年6月18日毎日新聞)

 県は17日、県立広島病院(南区)が入院措置をしなかったために広島市の男性(当時43歳)が死亡したと提訴していた男性の遺族と和解すると発表した。遺族に支払う損害賠償額は1000万円となる予定で、6月定例県議会に提案する。

 県立病院課によると、男性は睡眠時無呼吸症候群の診断を受け、同病院で通院治療していたが、03年5月に死亡。遺族は04年3月、「入院をさせなかったために死亡した」などと県を相手取り広島地裁に約2500万円の損害賠償を求めて提訴していた。【加藤小夜】

「治療怠り脳梗塞誘発」 岐阜県に7900万円賠償命令(2009年6月18日朝日新聞)

 岐阜県総合医療センター(岐阜市)の医師の過失で脳梗塞(こうそく)を発症し、重い障害が残ったとして、同県羽島市の男性(59)が県に約1億5200万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が18日、岐阜地裁であった。野村高弘裁判長は「十分な治療を怠った過失があり、脳梗塞が誘発された」と述べ、約7900万円の支払いを命じた。

 判決によると、男性は03年10月29日、呼吸困難を訴えて同センター(当時は県立岐阜病院)に入院。不整脈である心房細動と診断され、脈拍を正常に戻すため心臓に電気を流す除細動の治療を受けた。男性が希望したため、主治医が11月10日に退院させたが、翌11日に倒れ、右半身不随などの障害が残った。

 野村裁判長は判決で「主治医が退院によるリスクを男性に十分説明していたとは言えない」と指摘。退院で除細動後の投薬療法が不十分になった過失と脳梗塞の発症との因果関係を認めた。賠償額については「男性は労働能力は喪失したが、食事や入浴は1人でできる」と認定した。

 同センターの渡辺佐知郎院長は「原告には、改めて大変気の毒だと考えている。県の主張が認められず残念だが、判決文を精読した上で対応を検討する」とコメントした。

医療過誤訴訟:解決金200万円支払いに同意--長浜市議会 /滋賀(2009年6月20日毎日新聞)

 米原市の男性(当時68歳)の遺族が長浜市と市立長浜病院の医師2人を相手に起こした医療過誤訴訟(損害賠償請求訴訟)で、市は19日、大阪高裁の和解勧告に基づき解決金200万円の支払い承認を求める議案を提案し、市議会は原案どおり可決した。

 市立長浜病院医療安全管理室によると、男性は05年9月、大動脈りゅう手術のため同病院に入院。手術後に多発性の脳こうそくが確認され、リハビリなどの訓練で順調に経過していたものの、翌年4月、容体が急変し死亡した。

 男性死亡後の06年9月、不適切な手術が原因で多発性脳こうそくを発症したとして、遺族らが大津地裁に慰謝料など5000万円の損害賠償を求める訴訟を起こしたが、08年10月、大津地裁判決は遺族らの請求を棄却。遺族らは控訴し、大阪高裁は今年5月、市が遺族らに解決金(見舞金)200万を支払う和解勧告を出していた。【野々口義信】

損賠訴訟:心臓手術後死亡、大和成和病院に7500万円の賠償命令--地裁 /神奈川(2009年6月20日毎日新聞)

 大和市の大和成和病院(南淵明宏院長)で04年4月、心臓手術後に死亡した相模原市の男性(当時57歳)の遺族が「執刀医のミスが原因」として病院側に約1億3300万円の賠償を求めた訴訟で、横浜地裁は約7500万円の支払いを命じた。小林正裁判長(鶴岡稔彦裁判長代読)は18日の判決で「手術中の心筋保護が不十分だった」と指摘した。

 判決によると、男性は手術中に心筋梗塞(こうそく)の発作を起こし、4日後に多臓器不全で死亡した。人工心肺装置を使い心臓を一時止める手術なので心筋保護液を20分間隔で注入すべきだったが、発作時は42分間隔が空いた。病院側は「デリケートな操作中でやむを得なかった」と主張したが、判決は「他の時点では20分間隔で注入しており、やむを得なかったとは言えない」と退けた。【杉埜水脈】

何かこう、記事を見ているだけでも突っ込みたくなるようなところは多々ありそうな感じではあるのですが、民事というものは事実を決める場所ではなく争いを解決する場所ですから、あくまで法廷でより説得力のある意見を展開した方が勝ちなのだということは再認識しておかなければならないでしょうね。
その点で住民救済という大義名分に加えてしょせん他人の金という認識の公立病院はどうしても半歩を譲るのかなとは感じられるところですが、しかし一方ではかの(マスコミから)ゴッドハンドとも称される御方が院長をされている大和成和病院で心臓手術のミスですか(苦笑)。
やはりテレビなどで他人を叩いてばかりいるようだとご自分の手元がついついお留守になってしまうということなのか知りませんが、この方も色々な意味で「お前が言うな!」な気配濃厚な御方ではありますよねえ(苦笑)。

国民の等しく有する権利として認められるべき民事訴訟の件はともかくとして、しばしば医療訴訟で大きな問題となってくる刑事訴訟との絡みで言えば、ある意味こうした個別の事例より遙かに重要と言えるのが例の医療事故調問題ですよね。
これについても未だに果てしなく言葉をいじくり回している気配がありますが、まずは記事から紹介してみましょう。

厚労省:医療事故調の警察通知、「故意に近い悪質行為」限定 法制化検討(2009年6月23日毎日新聞)

 ◇研究班まとめ

 厚生労働省が検討している医療事故の死因究明機関「医療安全調査委員会」(医療事故調)が設置された場合、調査委が警察に通知する範囲を「故意に近い悪質な医療行為」などに限定する案を、厚労省研究班(主任研究者=木村哲・東京逓信病院長)がまとめた。不注意や思い込みなどによる通常の過失は、行政処分で扱うとしている。厚労省はこの案を参考にして法制化の検討を進める。【清水健二】

 調査委は、医療者が中心になって医療死亡事故の真相解明や再発防止策の提示に当たる組織。厚労省は昨年4月の試案で、調査は警察の捜査に先行し、重大な過失などが判明した場合のみ、刑事責任を問うべき事例として調査委が警察に通知するとの考えを示していた。だが「重大な過失の定義があいまい」との批判もあり、厚労省が研究班に通知範囲の具体化を求めていた。

 研究班の中間報告によると、警察に通知するのは(1)故意(2)隠ぺいや偽造(3)同じ医療過誤を繰り返すリピーター医師(4)医の倫理に反する故意に近い悪質な医療行為。(4)の例として▽医学的根拠のない医療▽著しく無謀な医療▽著しい怠慢--を挙げた。悪意のない過失で診断ミスや患者・薬剤の取り違えなどが起きた場合は、行政処分の対象にする。基本的な医学常識の欠如や非常識な不注意による事故などは、さらに検討を続けるとした。

 また、医療機関がどの範囲の事故を調査委に届け出るかについては、明らかに誤った医療行為で死亡した「医療過誤死」と、病気の進行や合併症だと医学的に説明ができない「死因不詳」のケースを扱うべきだとする案を示した。

警察に通知、「故意に近い悪質な医療行為に起因する死亡」-厚労省研究班

 診療行為に関連した死亡の調査分析法などについて、昨年度から研究を進めている厚生労働省の「診療行為関連死調査人材育成班」の研究代表者を務める東京逓信病院の木村哲病院長らは6月21日、中間報告会を開いた。この中で、「届け出等判断等の標準化に関する研究」のグループリーダーを務める虎の門病院の山口徹院長は、医療安全調査委員会(仮称)が警察へ通知する範囲について、「『故意に近い悪質な』医療行為に起因する死亡」などとした。

 冒頭、あいさつした厚労省医療安全推進室の佐原康之室長は、「(厚労省の)第三次試案、大綱案に批判的な意見の中には、医療事故の調査と責任追及とは完全に切り離すべきだという意見がある」と指摘。こうした意見に対し、「医師や看護師という医療のプロとして、実施した医療に対する責任というものから完全に逃れることはできないのではないか。プロとしての責任からいたずらに逃れようとすれば、社会は逆にそれを医療界の無責任と見る。これでは医療界は社会からの信頼を失ってしまうのではないか」と反論した。
 同時に、「プロフェッショナルとしての責任が理不尽な方向で追及されることは適切ではない」とも指摘。日常的に死と隣り合わせの医療における死亡事故の調査や評価は「医療者が中心となって、専門的かつ科学的に行われなければならないし、個々の医療現場の状況を十分踏まえたものでなければならない」「個人の責任追及を目的とするものではなく、医療の質や安全の向上に主眼を置いた調査や評価でなければならない」と述べた。
 その上で、佐原氏は「医療者、患者、法律関係者、さまざまな立場の方がその垣根を越えて、信頼の上に新しいシステムのできるよう引き続き努力していきたい」と語った。

■「著しく無謀な医療」「リピーター医師」など

 続いて研究報告が行われ、初めに山口氏が「医療機関から医療安全調への届出」と「医療安全調から警察への通知」の範囲について報告した。

 厚労省の第三次試案と大綱案は、医療機関から医療安全調への届出範囲について、(1)誤った医療を行ったことが明らかであり、その行った医療に起因して、患者が死亡した事案(その行った医療に起因すると疑われるものを含む)(2)誤った医療を行ったことは明らかではないが、行った医療に起因して、患者が死亡した事案(行った医療に起因すると疑われるものを含み、死亡を予期しなかったものに限る)―のいずれかに該当すると医療機関が判断した場合としている。

 山口氏のグループでは、これに関連して「明らかな誤った医療」「○○に起因する死亡」「予期された死亡」について、より具体的な内容を検討した。
 その結果、「明らかな誤った医療」を「判断に医学的専門性を必要としない誤った医療」と定義
 また、「○○に起因する死亡」については、「○○によると医学的・合理的に判断できる死亡」とした。さらに、死亡が行った医療に起因すると判断する際の時間的な目安について、「事例発生後、2週間以内の死亡」「退院後24時間以内の死亡」とした
 「予期された死亡」については、「医療行為に伴い一定の確率で発生する事象(いわゆる合併症)として医学的・合理的に説明できる死亡」と定義した。
 さらに、第三次試案で示された「医療機関からの届出範囲の流れ図」を、臨床的思考に沿って再構成した。

 一方、医療安全調から警察への通知範囲について、大綱案では「標準的な医療行為から著しく逸脱した医療に起因する死亡」としている。
 これに対し、同グループでは通知範囲を「『故意に近い悪質な』医療行為に起因する死亡」とした。具体的には、「医学的根拠がない不必要な医療」や、危険性が少なく、より有効的な選択肢があることを承知の上で、危険性の極めて高い医療行為を実施するなどした「著しく無謀な医療」、致命的となる可能性が高い緊急性の異常に気付きながら、それに対応する医療行為を行わないなどの「著しい怠慢」を挙げた。
 また、故意や事実の隠ぺい、診療録などの偽造や変造、過去に行政処分を受けたのと同じか、類似した医療行為に起因して患者を死亡させた「リピーター医師」についても、通知範囲に含めるとした。
 一方、悪意によらない通常の過失や、知識不足、不注意などによる誤った医療行為については、行政処分で対処するとした。また、極めて基本的な医学常識の欠如や、非常識な不注意による医療事故の取り扱いについては、今後の検討課題とした。
(略)

■第三者機関、早期設立を

 また、「医療の良心を守る市民の会」の永井裕之代表が、遺族の立場から「医療に安全文化を」と題した発表を行い、医療事故調査を実施する第三者機関の早期設立を訴えた。永井代表は医療機関の医療事故対応について、「組織防衛に走る」と批判。医療者が逃げずに誠意を示すことが重要とし、患者やその家族への公正な対応を求めた。また、現在行われているモデル事業について、「もっと発展させてもいいと思っている」「展開させることが(第三者機関の実現に)一番早いのではないか」と述べた。

しかし厚労省の佐原康之室長曰く「プロとしての責任からいたずらに逃れようとすれば、社会は逆にそれを医療界の無責任と見る。これでは医療界は社会からの信頼を失ってしまうのではないか」とは、社会に対して何らの責任も取らずに逃げ回って信頼を失っているお前らが言うな!と言ったところなんですけれどもね(苦笑)。
一見して「判断に医学的専門性を必要としない誤った医療」だとか「故意に近い悪質」だとか、どうにも言い訳の効きようがないものばかりと思えるような話なんですが、例えば先頃逮捕された内視鏡医の事例なども全く同じようなことが言われたことを思い返す必要があるかと思いますね。
日々のワイドショーなどを見ていても判るところですが、「医学的専門性を必要としない」判断がいかに誤った結論を導くものかということを我々は実例として良く承知しているだけに、わざわざこんなあからさまに地雷な文言を今になって埋め込んでくる人々の真意というものをついつい深読みしたくなってくるところです。

警察へ通報する基準として出ている「医学的根拠がない不必要な医療」なるものも大いに問題で、例えば治験などをやっているような新治療などというものは効くという根拠などどこにもない(あったら治験の必要もありませんし)わけですから、万一にも何かあった日にはそのまま警察一直線ということになってしまいかねませんよね。
更にはいわゆる経験医療(エンピリックセラピー)なども厳密に言えば何ら根拠がない場合も多く、「何が起こってるのか判らないけどやばそうだから仕方なくステロイドいきました」なんて症例で患者に何かあれば(恐らくそういう状況では高率に何かあるでしょうけれど)これも警察行きとなる理屈です。
繰り返しになりますが、現場の人間がこれだけ大騒ぎしている問題点の所在がどこになるのかということを理解しての議論であるならば、今この時に至って今さらこんな話が出てくるものだろうか?という素朴な疑問は確かにあるわけです。

厚労省としてはとりあえず議論は尽くしました、後は国会で法律作ってもらうだけですと仕事を先に流したがっているのかも知れませんが、選挙前で与野党とも目先の景気の良い公約を並べている現今の状況で敢えて送り出すべき、これはきちんとしたまともな仕事であると思っているのでしょうかね?
その一方でとにかく悪徳医者を放置するのがケシカランという声も確かに根強くありますから、事故調>警察というルート以外に何かしら実のある改善策は打ち出しておかなければ関係者一同収まりがつかないというのも事実ではあるでしょう。
そこで全くの個人的思いつきなんですけれど(苦笑)、現在のところ司法判断の後追いとなっている行政処分など近ごろ厳罰化などという一方で世間ではまだまだ手ぬるいと不満山積といった状況のようですが、これなど極論すれば運転免許更新時の違反者講習くらいにもっと広く一般化させてみるというのもありではないかと思いますね。

それこそインシデントレポート並みに一般化するくらいには行政処分の対象を広げ、例えば年間に処方ミスを○件以上やった医師は○時間の講習受講を義務づけるなんてことにすれば、これはむしろ生涯を通じて引っかからない人の方が少ないというくらいになってきますよね。
訴訟という形での責任追及について民事は仕方がないとしても刑事に関しては極力謙抑的に運用する、その一方で医師に対する行政処分や再教育システムというものの閾値を下げて思いきり広くやっていくとすれば、行政処分というものに対する現場の反応も運転免許違反者講習に対するそれくらいになってくるかも知れません。
「精一杯やって処分だなんてやってられるか!」という医療関係者からも、「リピーターが放置されてるなんてケシカラン!」という患者側からもそれなりに理解が得られやすいんじゃないかと思いますし、内部関係者の入る医道審主体で処分をやっていくということであれば医療業界の自浄作用という点でもよほど世間に向けてアピールしやすいんじゃないかなと言う気もします。

そして何よりこのシステムの素晴らしいところは、「忙しくて確認する暇もないからミスが出るんだ!」という多忙を極める先生方ほど、大手を振って病院を抜け出す機会が多くなるというところにあるのですけれどもね(苦笑)。

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2009年6月23日 (火)

危機転じて、これも意識改革の好機…?

本日は少しばかり医療を取り巻く状況も変化しつつあるのかなという気配を感じさせる話題を幾つか取り上げてみましょう。

さて、どこの業界でも倒産の話は多い時節ですが、不景気に強いと定評があった医療業界も今やその例外ではありません。
最近の特徴は件数もさることながら長年辛抱してきた大きな施設がついに倒れつつあるということなのか、負債額が大型化する傾向があるようですね。

倒産医療機関の負債、昨年の3倍超に―帝国データ調べ(2009年6月18日CBニュース)

 今年倒産した医療機関の負債総額は5月までに181億6000万円に上り、早くも昨年の負債総額182億2240万円に迫ったことが、帝国データバンクの調査でこのほど明らかになった。昨年の同期の負債総額は55億7000万円で、今年は昨年の3倍を超えた。

 帝国データによると、倒産した病院、診療所、歯科診療所の負債総額は、1月12億5700万円、2月1億5200万円、3月33億5600万円、4月92億3500万円、5月41億6000万円で、計181億6000万円。
 5月までの倒産件数は27件で、内訳は病院4件、診療所15件、歯科診療所8件。これに対し、昨年の同期の倒産件数は12件で、内訳は病院3件、診療所6件、歯科診療所3件だった。

 帝国データでは、負債総額が激増した理由として、大型病院の倒産があったことを指摘。「病院は10億円前後の倒産が多い」とした上で、今年は4月に民事再生法の適用を申請した平野同仁会(岡山県)の負債総額約59億円がペースを押し上げているという。今年はこのほかにも、4月と5月に20億円以上の病院の倒産が1件ずつあった。

医療の場合経営面では医師不足などの内部要因もさることながら、診療報酬に代表される政策要因の影響が大きいところですが、かねて政府としては例の「骨太の方針」なるものによる社会保障費削減政策を崩さないという構えを続けてきたのは皆さんも御存知のところかと思います。
ところがそろそろ選挙も間近になったと噂される世相を反映してか、最近では身内からも色々と異論反論が噴出しているようなんですね。
一昔前ならこうした場合「また医師会か!」といった話になってくるわけですが、無論昨今の医師会にそんな権力があるとも思えませんから、このあたり他の方面からの有形無形の圧力というものがあったんでしょうかね?

骨太の方針:素案 消費増税12%に、社会保障費削減 与党内、異論続々(2009年6月11日毎日新聞)

 ◇「選挙にならない」

 自民、公明両党は10日、政府の経済財政諮問会議が示した「経済財政運営の基本方針」(骨太の方針2009)の素案について、議論を始めた。社会保障費の削減方針や消費税率引き上げの試算に、反対論が続出。政府は23日に骨太09を正式決定する方針だが、次期衆院選のマニフェスト(政権公約)にも反映されるだけに、選挙戦への危機感を強める与党との調整は難航しそうだ。【近藤大介】

 「選挙にならなくなるのは目に見えている。この場で文言を消してくれ

 自民党の尾辻秀久参院議員会長は10日の党政調全体会議で、社会保障費抑制路線の撤回を求め、党政調幹部を怒鳴り上げた。

 骨太09は、社会保障費抑制を10年度予算でも続けると読める。07~11年度に社会保障費の伸びを毎年2200億円抑える骨太06を踏襲した格好だが、尾辻氏ら厚生族は、これでは日本医師会などの反発を招き、党の基盤が揺らぐと懸念している。

 園田博之政調会長代理は財源論があいまいな民主党との差別化を図る観点から「一つの基準を捨てることは党にとって大きなマイナスだ」と理解を求めた。しかし「関係者のアレルギーはすごい」(清水鴻一郎衆院議員)などの指摘が相次いだ。

 同日は、消費税率12%の引き上げが必要と指摘した内閣府の試算にも「選挙に関係ないから言えるんだ」(柳沢伯夫党税調小委員長)との不満が噴出。公明党政調全体会議でも「歳出改革も不明確なのに、消費税の試算を出すのは無責任だ」「引き上げは社会保障の安定のためなのに、財政健全化にすり替わっている」などの慎重論が続いた。

最近はいろいろなところで積極的な財政支出が目立っているかなという感があるのですが、その中で医療については緊縮を継続するとなればこれはこれで明確なメッセージとなるのは確かですよね。
特に地方自治体レベルでは今や医療の安定的な確保ということは票に直結するわけですから、この状況でなお社会保障費削減となればそれは各代議士の皆さんの国元も危ないという話になりかねないということでしょうか。
その結果としていささか風向きも変わってきたということなのか、こういう話になってきたようなんです。

自民党総務会が「骨太の方針2009」の了承を見送り=笹川総務会長(2009年6月19日ロイター)

 [東京 19日 ロイター] 自民党総務会は19日、社会保障関係費抑制をめぐる意見対立が収まらず、政府の経済財政運営の指針となる「骨太の方針2009」の了承を見送った。終了後会見した笹川堯総務会長が明らかにした。

 問題の個所は2010年度予算編成に関する「『基本方針2006』を踏まえ歳出改革を継続」の文言。厚労族が社会保障関係費増の年2200億円抑制は限界だとして、分野別の削減目標を定めた「基本方針2006」の削除を迫っている。これに対して保利耕輔政調会長は総務会でも「2006の基本精神は外せない。2200億円は政治生命をかけてもきっちり支出する」と応じたが反発は収まらす物別れとなった。

 政府は23日の経済財政諮問会議に「骨太の方針2009」を諮問・答申し、その後できるだけ早い時期の閣議決定を目指している。

 与党の機関決定は閣議決定事項の前提となるため、笹川会長は来週22日に緊急総務会を開き「円満に軟着陸させたい」と述べた。しかし、衆院選を目前に控え、自民党執行部と厚労族などとの対立は深まる一方で、なお紆余曲折が見込まれる。

余談かつかなり暴論ですが、個人的にはむしろこの際2200億と小さいことを言わず思いっきりな大鉈でも振るってみて、どこかの人の決めセリフであった「自助努力」なるものを追求してみるのもいいかなと思っているんですけれどもね。
医療が崩壊するとか崩壊したとか言う現象があって、その根本原因として質的、量的な需給のミスマッチがあるとするならば、今以上の金なり人手なりをつぎ込むことはあくまで対症療法にしか過ぎないというのが道理であって、大元であるところの天井知らずの需要の増加、医療に対する要求水準の高騰というものを何とかしないことには話になりません。
ことに50点を60点に引き上げるといった段階と比べて、80点を90点に、あるいは90点を95点に引き上げることにどれだけの労力を要するかということを考えれば、そろそろ「これくらいでもういいんじゃない?」という線引きがあっていいはずですし、それを決断するのは出資者であり利用者でもあるところの国民であるべきでしょう。

既に国民皆保険制度も導入されて久しいですが、その歪みあるいは沈滞といったものは年々明らかになってきているわけで、これに現場が無理に無理を重ねて何とか対応してきたのも最早限界といった感があります。
無理の上に無理を重ねた状態を前提とした小手先の改善ではなく、今後も末永く無理なくやっていけるシステムを構築するにはどうしたって利用者である国民の天井知らずの期待値を一度リセットする以外に需給不均衡を何とかする道はなさそうですし、その点においてシステム自体の崩壊という外圧は国民の意識改革の大きなきっかけになりそうだとも言えるわけです。
実際に各地で不要不急の医療機関受診の自粛といった住民運動がようやく表立って出てくるようになってきましたが、まさにこうした利用者自身の変化こそ待ち望まれたものだったのではないかと思いますね。

遠からず混合診療も導入され民間保険会社が医療分野に大挙して参入してくるという更なる外圧が出てきそうですが、そろそろ最低限万人に保証されるべき医療水準とはどんなものなのかということを国民が我が事として議論していくには良い時期なんじゃないかと思います。
入院一日1万円までは出る保険なら保険料は安上がりに済む、それでもちょっとした重病になれば1万円じゃ足りないかも知れない、それならリスクに備えてもう少し普段から保険料を負担しておくべきか、それともそうなったら寿命と割り切るべきなのかといった話題は、子供の教育に幾らかけようかとか金融資産をどう分散しようかといった話題と同様に当たり前に夕食の場で議論されてしかるべき身近な問題だと思いますね。
ちょっとした電化製品や車一つ買うのに見積もりを取らずにはいられないごく普通の庶民が、ちょいと気張れば月々何百万以上のお金が普通にかかる医療に対しては「何でも出来るだけのことをお願いします」などと他の業界ではあり得ないリクエストをしてしまう、世間離れした医療業界の特異性を是正し正常化するためにも良い機会かなとも思うのですが。

ま、そうした余談はともかくとして、医療業界の正常化という点で見ても良い傾向だなと思うのは、近ごろではハイリスクローリターンの場所からは当たり前に人が逃げていくようになってきているということです。
例えば今どき外科医のなり手などどこにもいないという話がありますが、これなどもマゾや奴隷志願者でもない当たり前の感覚を持った人間であるなら当然の結論というべき話ですよね。

<取材メモ>減りゆく外科医(2009年06月18日九州企業特報)

 昨今、小児科医や産婦人科医の不足が言われて久しいが、同様に医療の世界で問題視されているのが、いわゆる「一般外科医」の減少だという。
 厚生労働省の統計によると、1980年代後半から明らかな減少傾向を続けており、02年には2万3,868人だった一般外科医は、06年までに2万 1,574人と約10%も減少している。日本外科学会の新規入会者数もあわせて減少しており、同学会では2018年ごろには新規の入会者がゼロになると試算している。
 外科志望者が減っている理由は、「労働時間の長さ」「医療事故やそれに伴う訴訟リスクの高さ」など。日本外科学会が06年に行なったアンケート調査では、外科医の週平均労働時間は59.5時間、病院勤務者に至っては週平均68.8時間の勤務に及んでいることがわかっている。また訴訟リスクについても、 05年度内に発生した医療訴訟1,032件のうち、産婦人科の11.5%に次ぐ9.6%が外科の訴訟であり、ともに外科医療現場の過酷さを示している。あわせて、頻発する医療訴訟を恐れ、リスクの低い診療や検査、処置を選択し、またハイリスクの患者の診療を避ける傾向、いわゆる「防衛医療」が増えているという。
 新規に外科医を志す人が減っていることについては、
 「今は以前のようなストレート研修ではなく、スーパーローテーション研修(最低でも内科、外科及び救急部門(麻酔科を含む)、小児科、産婦人科、精神科及び地域保健・医療の研修をそれぞれ1カ月以上行なう)が行なわれています。この段階で外科の厳しい現場に接して、外科医になることを避けている人が増えているのではないでしょうか」(福岡市内の開業医)。
 今年3月に起こった東京・愛育病院の指定医返上問題が示すとおり、医療の現場と医療制度改革を強行に推進する政府との乖離は時間を追って広がる一方である。「このまま外科医が減れば、例えば急を要するような手術でも長期間の待機を余儀なくされることが恒常的になる可能性もあります。一方で、どうにかしようとフル回転で頑張るお医者さんには、違法労働だとして労働基準監督局から指導が入る。放っておくと、日本の医療は本当に完全崩壊してしまいます」(前出の開業医)
 このままでは医師の負担が増えるだけ。誰もが安心して医療を受けられる医療制度の見直しが望まれる。

また余談なんですが、こうした記事を見ると「いや待て、医者がきついからやめるなんて言っていいのか」と思う方もいらっしゃるかも知れませんが、社会的に必要とされるものであるなら需給のバランスに従って相場と言うものが形成されてくるのが当たり前のことで、これがこと医療に関しての話となると突然「医師としての使命感はどうした」なんて話になってしまうのは妙だなとは思いませんか。
無論そうした「非常識」が成り立ってきたのはその方が安上がりに医者を奴隷労働させられて金銭的にお徳だったという歴史的経緯があったのも一因ですが、その結果どういうことが起こったのかと言えば、「お医者サマ」などと呼ばれていた世代の古い医者のセンセイ方の世間常識から斜め上方向への逸脱ぶりを見てみれば理解出来るのではないかと思うのです。
実のところ今の時代にあってはきつい上に見返りもないのに一生懸命働いてしまうような世間ズレした感覚の持ち主ばかりが医療業界に集まってくることの方が本当は患者にとってはよほど大きな問題だということを、まず患者の側がしっかり認識しておく必要があると思いますね。

例えば皆さんの周囲にも「目的があるからどんなつらく苦しいことでも耐えられるんだ」なんて一昔前の少年漫画の主人公みたいな人、時々いますよね。
並みの人間だったら「もう限界、勘弁して」と逃げ出すようなきつい状況でも耐えきってしまう、それは確かに凄いなと尊敬の対象になるべき人なんでしょうが、やはりそういう人もそういう感性も圧倒的に社会的少数派であるのも事実なんですよ。
それなのに皆さんの職場がそういう「24時間頑張れちゃう人」が働いているんだという前提でスケジュール組み立てられていたとしたら、頑張れないその他99%の人たちからすると「あれ?何か変だぞ、困ったぞ」って話になっちゃいますよね。
もしそんな職場があったとしたら、その求人に応じられる人間なんていうのは極めて限られた特殊な人たちに限定されてしまうだろうとは誰にでも判る話で、医療現場の現状がまさにそれなんですが、それ以上におかしな問題がこうした職場には発生してきます。

一例をあげるなら、ごく平凡な市民の感覚からすれば、幾ら「命がかかっているんだからこれくらい我慢できるだろ!」と言われたところで、やっぱりごっつい胃カメラをしんどい思いして飲むなんて誰だって嫌ですよね(苦笑)。
それが大多数の人間が当たり前に持っている「普通の感覚」というもので、人間が健康に生きていくのに痛覚が必須であるのと同じくらいに社会生活が円滑に回っていくためには必須のものなのです。
ところが世の中には変な人たちが濃いめに集まっている場所があって、「いや胃カメラは太い方が視野も広いし操作もしやすいからいいぞ」「見落としがあるといけないからもっと色々な機能をつけよう」と、やたらごつくて重装備なカメラばかり次から次へと開発しては「さあ飲め。健康のためなんだからこれくらい耐えられるだろ?」と迫ってくる。
いやもちろん全てごもっともという正論ばかりなんですが、それってやっぱり正しい間違っている以前に世間と感覚がずれてるってことは少なくともやってる当人達は自覚しておかなければならないと思いますし、その他大勢の普通の人も「いやそれはやっぱきついですよ」と感じるのが正常な反応なんだと胸を張って良いんだと思うのです。

こういう目的のためにどんなことでもやってしまうし、正しい目的のためなら他人も文句を言わずつき合って当然と言う感覚が業界内では当たり前の主流派ということになってくると、「いや胃カメラってやっぱ細い方が楽だし良いんじゃね?」なんて世間的にはごく普通の感覚はなかなか通用しないということになってきます。
最近では鼻から通す細い胃カメラが出来て楽で良いなんて患者さんに人気がありますが、あれなども診断能力としては一昔前の安ものカメラ以下といった程度のものですから「最近は胃カメラも進歩したねえ」なんてトンでもない話で、言ってみれば三脚付きのクソ馬鹿でかいカメラを担いできたプロカメラマンがポケットサイズのコンパクトデジカメに持ち変えるくらいの「退歩」ですよね。
それでも病変をきっちり発見し正確な診断をつけ正しい治療を行うという目的のためには手段を選ばず邁進してきた医療業界が、やっと世間並みの感覚に基づいてそうした偉大なる退歩を受け入れるようになってきた、その意味は決して小さなものではないと思いますし、少なくともそれは「良いこと」であるという感覚をこそこれからの医療業界は大事にしていかなければならないと思うんですけれどもね。

思いっきり余談はそれくらいにして、今や医療も一昔前の「最後の看取りにだけ呼ぶ特別な存在」などではなく至って身近な(24時間365日応需という過剰なコンビニ化の進展もまたそれはそれで問題となっていますが…)存在であり巨大な内需を喚起する重要産業ですから、ごく当たり前の感覚を持っている普通の人間にしかこなせないような特殊な業界であってもらっても実際のところ困るわけです。
その意味ではこの状況を利用して外に対しては「いやうちも今すっかり崩壊しちゃってるから、これ以上は無理」と供給制限をかけながら、内に向かっては大がかりな組織改革を進めていくには絶好のチャンスでもあるとおもうのですが、そうした状況で出てくるこのニュースが少しばかり面白いかなと思ったので紹介しておきます。

外科医不足解消へ、有志らNPO発足( 2009年06月22日MBSニュース)

 このままでは医療は崩壊する。年々深刻化する外科医不足を何とか解消しようと、大学医学部の教授など医療関係者や財界の有志が立ち上がり、NPOを発足させました。

 「若い医師が外科を選ばなくなっている。10~15年経つと、日本ではがんの手術ができなくなるのではないか」(NPO「若手外科医を増やす会」松本晃 理事長)

 1996年から8年間で医師の総数はおよそ12%増えたのに対し、外科医はおよそ2%減っています。また、外科医を志望する人は1980年代後半のおよそ6割にまで、激減しています。

 こうしたデータなどから、外科医になろうという若者が確実に減少しているとNPOは指摘。診療報酬における外科の技術料の大幅増額を行政に求める一方、小学生以上の子供たちに外科医の魅力を伝えるなど、国民へのアピールも進めていこうというのがこのNPOの大きな狙いです。

 「これからは介護・医療ロボットなど、(医薬を変革するのは)薬よりも医療機器」(参議院議員・医師・弁護士 古川俊治 理事)

 待ったなしの状態だけに、NPOでは、欧米のように看護師などの役割を拡大させて医師の仕事の軽減を図ったり、ロボット手術や内視鏡手術など医療機器の導入までも視野に積極的な対策をとっていきたいとしています。

一見するとまたこの手の話か…とも思えるような今どきありふれた記事なんですが、よくよく見ますと「財界の有志が立ち上がり」云々というところが目新しいところですかね。
具体的にどんな有志だったのかは記事からは判りませんけれども、この文脈で財界が登場してくるとなればやはり医療機器絡みの業界ということになるのでしょうか?
今まで財界と言えば医療崩壊の影の主犯みたいに言われてきたようなところがありますが、こうしてみると一口に財界といっても必ずしも世の中奥田氏御手洗氏みたいな方々ばかりでもないんだなと感じさせる話ではあります。

医療でもどの分野でも同じことですが、大抵の人間には何かしら取り柄というものがあるもので、バサッと切って開く一般外科として到底使い物にならなくてもマイクロサージャリー(顕微鏡を覗きながら行う微細な手術)ではとんでもない力量を発揮するといった人間もいるわけです。
そして何かしら業務の一部でも分担してくれる人間がいれば残りの人間は今までよりも楽が出来るわけで、そうするともう少し頑張ってみようかという気力もわいてこようかと言うものですよね。
その意味では今まで「こいつ体力も根性もなさそうだし、外科は無理かな」と思われていたような人間の中にも思いがけない逸材が隠れているかもですが、まずそうした人間の自分は外科向きではないという思いこみを何とかするところから始めないと勧誘も思うに任せませんよね。

子供にアピールしていくというのが有効なのかどうか現時点では何とも言いかねるところですが、単に内部の人間だけで集まって幾ら正論を叫んだところでどう しようもないということはそろそろ骨身に染みて良い頃ですから、こうやっておよそ縁遠いところまで幅広く巻き込みにかかってみるというのは一般論としてア グリーですね。
幸いにして外科医というのはドラマやら漫画やらでもやたらと主人公になって出てくるくらいに知らない人たちへのイメージだけは良いわけですから(苦笑)、国民へのアピールという点でこの長所を生かさない手はありませんよね。

かつてスポーツ漫画が流行るたびにそのスポーツの競技人口が上がったなんて話もあるくらいですから、いっそNPOの取り組む仕事第一歩として完璧な医学的考証を行っていながら無茶苦茶外科医が格好良いというドラマなりでも作って更なるイメージ向上を図るというのも良いでしょう。
それも「どうせい外科医なんて体力勝負の体育会系脳筋馬鹿ばかりなんだろ?」(失礼)なんて不当な誤解と偏見をひっくり返すのはもちろん、無茶苦茶な設定で突っ込み所が多すぎてどこから突っ込んで良いやら迷うという昨今多いいい加減な作り話ではないホンモノを作り上げられるようなら、モノの判った人間から相応の評価は得られそうな気がするんですけどね。

何にしろ国民にしろ医療従事者にしろ、どんどんと意識を変えていかなければならない時代であるし、変えていくのに良いきっかけが幾らでもある時代と考えてみれば、案外医療崩壊という現象とも楽しくつき合っていけるかも知れないかなと思うわけです。

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2009年6月22日 (月)

PFI方式公立流行の行き着く先は

公立病院はどこも赤字に喘いでいるのが現状ですが、自治体病院を管轄する総務省では公立病院に特例債発行を認める見返りに黒字化を目指した改革プランの提出を求めてきたことは以前にも何度か取り上げてきた通りです。
これを受けて当然ながら全国各地から「うちはこうやって黒字を目指します」と改革プランが出されてきたわけですが、「でもやっぱり無理だよね」という何ともトホホな記事が先日出ていました。

公立病院6割が黒字化困難 /広島(2009年6月16日中国新聞)

 公立病院の健全経営を図るため、国が全国の自治体や企業団に作成させた「改革プラン」によると、広島県内の19公立病院のうち約6割の12病院が、国が求める2011年度までの経常収支比率の黒字化を達成できないことが分かった。各病院は事業の見直しや経費削減を打ち出すが、抜本的な改革にはほど遠い状況だ。

 プランは三次中央病院(三次市)を除く18病院が提出した。各病院が改革プランに示した黒字化の目標年度をみると、国が目安とする3年以内の達成を明記したのは6病院しかなかった。うち、みつぎ総合病院(尾道市)と湯が丘病院(府中市)は既に黒字経営。赤字から転じる見込みは、尾道市立市民病院▽ 豊平病院(北広島町)▽下蒲刈病院(呉市)▽西城市民病院(庄原市)だった。残る12病院のうち11病院は、それぞれ15年度までの黒字化を目指す。

 3年以内の黒字化目標が難しい理由について、県県立病院課は「診療報酬のマイナス改定が2年に1度続くなど、経営環境はそもそも厳しい。病床数を削るなど血のにじむような努力をしているからこそ、現実をシビアに見ざるを得ない」と強調する。

 さらに、深刻化する医師不足により、特に過疎地域の病院が診療体制の縮小を余儀なくされ、経営を圧迫される恐れがある。

医師不足医師不足と連呼するなら身の丈にあった規模にまで縮小していけばよかろうにと思うのですが、どうも「現実をシビアに」なんて格好良いことを言っている割にはまだまだ理念が先走っている気配なきにしもあらずと言ったところでしょうか(苦笑)。
公立病院の場合は地域の需要や施設としての適正運営規模とは無関係に求められるまま万屋的に手を広げすぎているようなところが昔からありましたが、結局それで泥をかぶってきた現場の医師達がそろそろつき合いきれなくなってきているわけですよね。
数少なくなったスタッフで今まで以上に働かせようと酷使するから更に逃げ出す、挙げ句に「国の医療政策の間違いだ!医者をよこせ!」と責任転嫁する、これも現場の声をことごとく無視してきた結果と言えばその通りではあるのでしょう。
しかし住民の税金で運用される施設で無茶をやった結果、結局は回り回ってそのツケはスポンサーかつ受益者たる住民自身に返ってきたということですから世の中よくしたものだと思いますが、この機会に何が本当に悪かったのかもう一度我が事として考え直してみるのもいいかも知れませんね。

先日も正常分娩をやるといった話題で少しばかり取り上げました福岡市の市立こども病院の件ですが、今度はPFIを見直すんだそうで、ずいぶんと迷走しているのかなと感じさせる話が続きますね。

こども病院 起債で建設、福岡市がPFI見直し(2009年6月17日読売新聞)

 福岡市立こども病院・感染症センターを博多湾の人工島に移転する計画で、市は新病院の整備費について、約半分に民間資本を充てる当初計画を見直し、全額を市の起債で賄うよう検討していることを明らかにした。新病院の建設や運営に民間の資本や手法を活用するPFI方式を導入する方針だったが、建設については利点が小さいと判断した。

 PFIは公共施設の建設や運営を民間に委ね、国や自治体が費用を返済する手法。市はコスト削減などを目的に導入する方針を公表していた。

 しかし、世界的な不況で経済情勢が不透明となっていることに加え、滋賀県の近江八幡市立総合医療センターがPFI契約を途中解除するなど、先行導入した他都市で見直す例が出ていることから、PFI対象業務の絞り込みを進めることにしていた。

 施設整備費は約100億円を見込んでいる。整備費全額を起債で調達した場合、民間資本を導入する場合に比べて返済のペースが平準化される利点がある一方、利息の増加も見込まれるという。市は9月議会までに収支の試算をやり直し、最終的な方針を決める。

公立病院の一床当たり建設費は民間の二倍だなんてことを言いますから「民間並み」でやれるならそれはそれでメリットはあるのでしょうが、どうやったら実際にどれほど安くなるのかという明確な比較検討を行ってからの話でなければ画餅というものでしょう。
そもそも全国公立病院でこれほど流行っているPFI方式でうまくいったという話が未だにほとんど聞こえてこないわけで、万一にも単に中間搾取業者を増やしているだけなどと言うことであればこれは非常に問題なのかなと思うのですが、具体的に何が原因でどうしてうまくいっていないのかという検証をあまり見た記憶がありません。
このあたりはPFIの先進地たる高知医療センターもとうとう駄目になってしまったということで、何かしら今後情報が出てきてくれないものかなと注目しているところではあるのですが、当面は記事からそのあたりの背後事情を想像してみましょう。

高知医療センター PFI解約協議入り(2009年06月17日朝日新聞)

 民間の資金やノウハウを公共施設の建設・運営に活用するPFI方式を採用した高知医療センター(高知市池)をめぐり、運営主体の県・高知市病院企業団と委託先の特別目的会社(SPC)がPFI契約の解約に向けた協議に入ることになった。企業団の山崎隆章企業長は16日、企業団の臨時議会で、SPCの「高知医療ピーエフアイ」と「協議のテーブルにつく」と表明。秋ごろまでに基本合意し、来春から病院運営を直営化したい考えを明らかにした。

 企業団によると、同センターは県立中央病院と市民病院を統合して05年3月に開院した。PFI事業契約は02年12月に締結され、SPCが病院や職員宿舎などの施設を建設。30年間にわたって包括的な委託を受け、経営の効率化を図ることになっていた。

 当初の計画では、医業収益に占める医薬品などの材料費を23・4%に抑えるコスト削減などで、11年度からの黒字化を見込んでいた。また、公立病院の経営改善に関する総務省の改革ガイドラインでも、11年度からの黒字化を迫られていた。実際には材料費の比率が30%を下回らなかったため、企業団はSPCに経営改善を強く求めていた

 この日、SPCの間渕豊社長は「11年度の黒字化のため、契約を継続しないことで経営改善を図ることも選択肢の一つとして提案した」と説明。「医業収益は伸びており、時間をかければ(黒字化の)自信はあるが、短期での成果を求められると難しい」と語った。

 尾﨑正直知事は「SPCの提案はこれまでの企業団側の協力要請に応えていただいたものだ」。岡﨑誠也市長は「高知医療センターは将来も安定的な経営をしていくことが大切だ」とコメントした。

高知医療センター:企業団が表明、PFI解消へ 公費負担軽減のはずが… /高知(2009年6月17日毎日新聞)

 ◇民間委託先の「撤退」提案受け

 全国初のPFI病院、高知医療センター(高知市池)が開院5年目で頓挫した。センターを運営する県・高知市病院企業団が委託先の特定目的会社(SPC)「高知医療ピーエフアイ」の提案を受け、PFI契約の解除に向けた検討を始めると16日表明した。「契約終了が経営改善につながる」という企業団。公費負担軽減が目的だったはずのPFI方式による病院経営は一体どうなってしまったのか。【服部陽】

 ◇堀見院長「診療は継続」

 「契約終了に向けた協議のテーブルにつくことにした」。16日、センターであった企業団議会の席上、山崎隆章企業長が淡々と表明した。

 「経営改善にはSPCが業務を離れることも一つの方法だ」とSPCから企業団に非公式に契約解除の打診があったのは5月中旬。赤字経営に悩む企業団はこれまで「現状ではPFI事業を続ける意味がない」と分析してきた。さらにSPCに支払う年間約5億円の諸経費もネックになっていた。6月8日に正式な打診を受け、企業団は応諾した。

    ◇

 PFI(プライベート・ファイナンス・イニシアチブ)は自治体の負担軽減を目的に民間の資金や経営ノウハウを活用し、公共施設整備などを行う手法。医療センターの場合、オリックスなどが出資するSPCが医療行為以外の建設や薬品調達、給食サービスなどを担い、契約額は30年間で約2130億円。県・市直営よりも177億円の縮減が見込まれていた。

 しかし、05年の開院以来、医業収益は伸びたが、経費も増加。昨年度の決算見込みでは約21億円の赤字になり、開院以来の累積赤字は約80億円に上った。昨年度末には約7億6000万円の資金がショートし、県と高知市が資金援助する事態に。企業団議会は、企業団に早期の経営改善を迫り、「契約解除も視野に」と圧力を強めた。

    ◇

 不採算でも公共に必要な部門を抱えるため、赤字になりやすい公立病院。PFI事業で期待されたのは、SPCが調達する薬品や消耗品など材料費の削減だった。PFI契約時には医業収益(入院、外来収益)に占める目標比率は23・4%とされたが、開院以来30%程度で推移している。SPCの間渕豊社長は材料費の削減が進まない理由について「入院診療単価が当時の想定より高くなった。高度医療の提供には薬品なども高額になる」と説明する。

 企業団は昨年、国が定めたガイドラインに従い「公立病院改革プラン」策定に着手。11年度の黒字化を目指し、8億7000万円の経費削減を見込んだ。うち6億円はSPC分。材料費削減に加え、SPCが業務を委託する協力企業に支払う委託料削減も求めた。

 これに対しSPCは「ご要請に応ずることは困難」と返答。PFI効果についても「(30年の)事業期間全体を通じて算定するもの」と主張した。委託料削減でも「協力企業側が業務受託の辞退も検討せざるを得ない」との認識を示し、両者の意見は平行線をたどった。

    ◇

 「何の見直しもせずにPFI事業を続けることは困難だ」。今年1月の定例会見で尾崎正直知事は踏み込んだ発言をした。会見の数日前、知事はSPC主要株主のオリックス不動産の西名弘明会長を訪ね、経費削減への協力を要請していた。結論は企業団とSPCが事業体制をもう一度見直す--。実質的に契約は白紙に戻った。

 こうして始まった両者の検討作業だったが、4回目の会合でSPCが撤退を提案し、PFI事業の頓挫が決まった。企業団とSPCは今後、今秋の契約解除基本合意に向け詰めの作業に入る。内容は「金銭的な話が中心になる」(企業団)といい、解約金などの調整を進める。

 公立病院で全国初のPFI解消となった近江八幡市立総合医療センター(滋賀県)の先例では、自治体側に解約金約20億3500万円に加え、建物など施設の買い取り約118億円の費用が発生した。

 山崎企業長は「結局、材料費23・4%の見通しがつかず、契約時の提案はどうだったか、またPFI事業を検証していきたい」。堀見忠司院長は「契約解除によって医療現場や県民に影響することはない。従来通りの診療体制を遂行するので安心してほしい」と呼びかけている。

    ◇

 契約解除について尾崎正直知事は「今後は企業団が直接的に業務を運営し、徹底した経費削減で、安心して利用できる医療センターとして経営改善が進んでいくと考える」とコメント。岡崎誠也市長も「SPCが業務から離れることで企業団の責任と役割がより重要になる。県と連携し、できる限りの支援をしていきたい」との談話を発表した。

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 ■視点
 ◇官と民、信頼関係はあったのか

 「企業団とはパートナーという認識で協議を進めたい」。以前、SPCの間渕豊社長は取材にこう答えていた。しかし、結論は事業からの撤退。契約解除の背景には企業団とSPCの間に考え方の違いがあった。

 端的なのは薬品など材料費の23・4%を巡る議論だ。短期間での収支改善を目指したい企業団は「契約として守るもの」。一方で契約期間(30年)での達成を主張するSPCは「あくまで目標」と応戦した。官民協働をうたうPFI事業。両者の言い分はあるだろうが、打開策を見いだせずに終わり、果たして信頼関係は構築されたのか、疑問が残る。

 「経営改善」という大義名分による契約解除だが、県・高知市直営だからすべてうまくいくとは限らない。山崎隆章企業長も「収益増を図り、いかに経費を削減するかだ」と今後の課題を挙げた。

 県内の高度医療を担う病院として県民に不可欠な医療センター。医療水準の維持は当然だが、「PFIとは何だったのか」を十分に点検し、直営化をきっちりと見据える必要がある。【服部陽】

<視点・直言> 高知医療セPFI解消協議(2009年6月18日読売新聞)

直営化しても残る課題

 23・4%――。医業収益に占める、医薬品などの材料費比率の目標値だ。民間の資金やノウハウを活用するPFI方式を、高知医療センター(高知市)へ導入する際に、この数値を下回ることが期待された。

 しかし、2008年度決算見込みでは28・8%と、開院以来上回り続けた。達成できないことを巡り、特定目的会社「高知医療ピーエフアイ」と県・高知市病院企業団が協議していく中で、互いに不信感が広がっていった。最終的には、PFI事業契約の解消協議に入ることに、つながったといえる。

 16日の企業団議会。解消協議について報告を受けた議員は「来るべき時が来た」「身を引くことでしか相手にメリットを与えられなかったと言うことだ」と、冷ややかな意見を述べた。一方、契約終了を打診したピーエフアイの間渕豊社長は「経費のことばかりおっしゃるが、収入があって支出がある」「PFI事業だけで経営改善されるというのはいかがか」と述べ、収益増よりも経費削減が先行したかのような議論に不本意さをにじませた。

 両者の間に入ったヒビを大きくした背景には、総務省指針を受けた企業団が短期間での黒字化を求め、ピーエフアイ側が応じきれなかった一面がある。そうした国の政策を含め、医療の高度化など「医療の環境や政策の急激な変化」(間渕社長)もあった。

 契約を解消すれば、企業団は、経営改善に単身向き合わなければならないことになる。「直営化」によって一部コストを抑えられるかもしれない。しかし、課題の解消にはならないことを、企業団は念頭に置くべきだ。(畑本明義)

「仕入れが高くついてるよ。約束と違うね。どうするの?」
「契約を続けないってのもいいんじゃない?」
「あ、それいいね。僕らもそう思ってたんだ」
「ずっと安定経営でいかないとね」

発言者の属性を省略してみると誰の発言かと思うようなやり取りですが、何かしら当事者である知事や市長らをはじめとする関係者一同の妙に他人事なコメントが素敵で、思わず後ろに「(棒」とつけたくなりますよね(苦笑)。
オリックスさんとしても既に十分利益は挙げたし、色々とよからぬ話ばかり表に出てきて企業イメージのダウンも避けられないしと、さすがにもう潮時と悟ったということなんでしょう。
そういえばかねて企業の病院経営参加を画策しているとも噂されるオリックスの宮内義彦会長(当時)は「どんな分野でも民間がやれば、赤字にはならない」と豪語したそうですが、高知新聞あたりが今回の件についてコメント取りに行ってきてもらえませんかね?

しかしこうして記事からつらつら眺めておりますとオリックスに限らず、やはりそれぞれが他人に丸投げで後は知らないという態度が見え隠れしてくるような気がしますね。
民間を入れれば勝手に黒字にしてくれるだろうなどと考える自治体側も自治体側ですが、守れもしない数字を出して契約を受ける側も詐欺まがいの行為だと非難されても仕方がないかなという気もしてきます。

このあたりは具体的に契約の内容がどうだったのか詳細が判りませんが、どうも何を義務とするかと言った契約の詳細の部分で全く適当に話が進んでいたのではないかなという気もしてきます。
医療は確かにどんぶり勘定の部分も多々あるし医者も細かいコスト計算の苦手な人間が多いですが、そこに自己の利潤を上げることが目的の「部外者」を入れるなら最低限詰めるべきところは詰めておかないと、なけなしの血税から捻出したお金だけ持って行かれたという笑えない話になりかねない…と言うより、すでに各地でその状況にあるということですかね。

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2009年6月21日 (日)

今日のぐり「うどん およべ清輝橋店」

このところ見かけた少しばかり肩の力の抜けるニュース。

ペットボトルの中に「たからのちず」差出人だぁれ?(2009年5月9日スポーツ報知)

 神奈川県横須賀市の横須賀海上保安部の船着き場に、4月に漂着したペットボトルの中から「たからのちず」と記された紙が見つかり、7日、同保安部が公開した。小さな子どもの筆跡ながら、「たからのしるし」として、ドクロマークで3か所もの宝の隠し場所を示す内容。同保安部では今後差出人を捜し、見つかれば「そのお宝とは何なのか?」を尋ねた上で、記念品の贈呈や巡視艇の体験乗船などのプレゼントを考えているという。

 「たからのちず」「こたつ」「ゆうたへや」-。巡視艇の乗組員たちも興味津々の“お宝マップ”が発見された。地図は1枚で、B5判の白い紙に鉛筆書き。部屋の間取り図のようにも見え「たからのしるし」として、ドクロマークが3か所記載されている。

 横須賀海上保安部の管理課によると、地図が見つかったのは4月22日。東京湾内を巡る巡視艇「ゆうづき」乗組員が出航前、プロペラに絡まったりするのを防ぐため、網で周辺のゴミを取り除く作業をした際、500ミリリットルのペットボトルが交じったという。

 乗組員はペットボトルの中に手紙のようなものを発見。2つに折った後に丸められた紙を取り出して開いてみると「たからのちず」の文字が。乗組員8人の船内で、思わず「宝の地図を見つけた!」と声を上げたという。

 地図を拾った乗組員は、数日後に管理課に提出。同課では地図を吟味した結果「ゆうたへや」「なつベット」「しょうくん」と書かれていることから、「差出人は3人兄弟」との見方を強めた。

 ただし「どの方面から流れてきたかは全く分からない」という。ペットボトルのキャップにはJTのお茶「辻利」の文字。JTによると「2007年9月から、全国的に販売されている」商品で、宝のありかの手がかりは、あまりに薄い。

いや、お宝といえばやはり心躍るものがありますが、せっかくのお宝マップを海に流してしまうというのはどういう状況だったんでしょうね。
ゴミの山の中から思わぬ「お宝」を見つけた海保さんもご苦労様でしたが、こうして公開してしまったのではお宝の意味もなくなるような…

お次はこれからの季節、ひょっとしたらものすごく有用な発明なんじゃないかと思えるような記事です。

常温で1時間!「できてしまった」溶けないソフトクリーム(2009年6月8日読売新聞)

 「日本海藻食品研究所」直営のおから製品販売店「へるしいらぼジャパン」(金沢市本江町)は、常温で1時間たっても溶けないソフトクリームを販売している。

 おから食品の研究中に偶然、生まれた商品だが、インターネットやテレビで紹介されて人気に火がつき、目玉商品となっている。

 このソフトはおからが40%配合されており、おからと牛乳の成分がくっつくため溶けにくいという。滑らかな食感で甘さは控えめ、時間がたっても中心部分は冷たさを保っている。気になるカロリーも、通常のソフトクリームの約半分に抑えた。

 同社は普段からおからを使ったパンやドーナツなどの食品を開発しているが、溶けないソフトクリームは偶然、生まれた。同社の白石良蔵会長が、クッキー作りで余った牛乳におからを混ぜてソフトクリームを作ったところ、溶けにくいことに気付いたという。

 白石会長は「元々ソフトクリームが好きで、いつか溶けて手がベタベタにならないものを、と思っていたが、突然できてしまった」といい、「これをきっかけに、大量に廃棄されがちなおからを使った食品が広がれば」と話している。

 コーン280円、カップ300円。午前10時半~午後6時。日祝日、第2、4土曜定休。同社076・292・1782。

元記事には写真まで載っていますが、常温で一時間ってあり得ないだろjkと…
ガキの頃に近所の駄菓子屋でソフトクリーム型の菓子(今考えると発泡率の高い砂糖菓子だったんでしょうか?)が売ってまして、思わず買ってしまうんですがあまりうまくもないんですねこれが。
冷たくもなしソフトでもなし、単なる形だけ同じで甘いだけの菓子なんで当時ですらちょっとどうなのよ?と思ったものですが、こちらはなんと冷たいソフトクリームが溶けないというのですから驚きの発明です。
しかし量産効果も期待は出来るのかも知れませんが、今のところ商売にするには価格的に何とも微妙なところかなという気もするのですが、肝心の味の方はどうなんでしょうね?

次は恐るべき大惨事!というニュースです。

瀬戸大橋にヒヨコ大脱走 トラック事故で約千羽(2009年6月19日山陽新聞)

 19日午前3時40分ごろ、香川県坂出市の瀬戸中央自動車道(瀬戸大橋)でトラック3台が絡む事故があり、このうち兵庫県姫路市の運転手(36)のトラックが横転。荷台に積んでいたヒヨコ約5千羽のうち約千羽が弾みで路上へ逃げ出し、警察官らが約2時間、回収に追われる騒ぎになった。

 香川県警高速隊などによると、ヒヨコを積んだトラックは香川県三豊市の養鶏場に向かう途中。前方のトラックに追突して停止し、約10分後に別のトラックに追突されて横転した。現場の様子を見に来ていた高松市の男性(26)が横転車両とガードレールに挟まれ、両足骨折の重傷を負った。

 逃げ出したヒヨコは一部が橋の下へ落ち、大半は現場の周辺を歩き回った。警察官や道路管理会社の職員ら計約20人が車の部品などを回収しながら、約800羽を拾い集めた。

 高速隊の白川裕昭副隊長は「ドライバーがヒヨコに気を取られると危険なので、急いで集めた。トラックの陰に寄り添って隠れているヒヨコもいた」と話した。

いやいやいや!そりゃ道路をひよこが歩いてたら気を取られますて!高速隊GJですよ!
某所の噂によりますと現場では居合わせた者総出でひよこを集めたそうですが、あんな方こんな方まで協力してくれたともっぱらの噂です(あくまで単なる噂です)。
しかしあんな何もない海の上で取り残された日にはひよこも大変でしょうから、きちんと皆が回収されたことを祈るべきところですよね。

今日のぐり「うどん およべ清輝橋店」

幹線道路脇に建つちょっと何の店なのか判断しかねるような店構えで、あるいは今風のラーメン屋か?と思わせておいて実はうどん屋というちょっと意外性のある店です。
ネットでざっと見たところによれば、何でも他の場所にも支店が出ているらしいですから、それなりに人気があるということなんでしょうか。
店構えもさることながら店内も今風のおしゃれ系で、BGMも全くうどん屋らしからぬ気配を発散しているのですが、唯一壁に描かれた妙にミスマッチなうどんの能書きだけが異彩を放っているというところでしょうか(誰のセンスなんですかこれは?)。
時間帯の関係もあってか結構店内は一杯だったのですが、店の雰囲気もあってかほぼ若い人ばかり、特に女性だけのお客というのも結構多いというのがうどん屋としては珍しいなと言う感じでしょうか。

しかし最近老眼なんだか、メニューは正直見づらいです…が、よくよく見てみるととてもうどん屋とは思えないようなオリジナリティーあふれるうどんメニューまであるようで、何かすごいことになっています。
最近はうどんや蕎麦の世界でもラーメンなどのように新しいことをやってみる店というのが出てきているようにも聞きますが、これもそうした流れの一つということなんですかね?
とにかく色々と珍しいものを用意しているのは判るし、さらにはうどんに加えて蕎麦も選べるらしいんですが、おおよそこの種のトッピングやらばかりが目立つうどん屋というものは…ま、それは偏見でしょうかね。
とりあえずぶっかけ風と書いてあったのにひかれて「えび天いなか冷うどん」なるものを頼んでみましたが、うどんの量は大盛に加えて小盛も選べるようになっているようで、こういう配慮は女性客の多い店には必須なんでしょうね。

さて、待つことしばし、やってきたえび天いなか冷うどんなんですが…確かに見た目はぶっかけ風と言えるものなんですが、何とも言い難いシロモノですねこれは。
えび天やちくわ天、半熟卵あたりがてんこ盛りになっているのはまだ判るんですが、この妙に存在感を発揮している厚焼き卵というのはどう解釈すべきなんでしょうかね…
うどん屋の天ぷらとしては特に可もなく不可もなくといったところですが、厚焼き卵はバイト店員が焼いてでもいるんでしょうか、もう少しふんわり丁寧に焼き色美しく仕上げて欲しいですかね。

トッピングに埋もれている肝心のうどんなんですが、何か乾麺でも茹でたのか?とも思えるような妙な食感で、うどん屋で出すうどんとしては評価の対象となるものではないでしょう。
ま、香川界隈で醤油うどんを食うのが趣味という人たちがこういう店に来るとも思えませんから客層相応ということなのかも知れませんが、確かにこのうどんならトッピングにこだわりでもしなければちょっとね…
ダシが別容器になっているのはまあいいんですが、このダシがまたぶっかけとしては全く駄目なもので、確かにこれは「ぶっかけ風」なんだなと思い知らされます。
加えてトッピングがうるさすぎてただでさえアレな麺とスープの調和を完全に破壊しちゃってるのがご愛敬といったところで、こういうのは上に載せてうまくなるのでなければトッピングの意味がないのかなと言う感じですかね。

改めてメニューをみてみますとうどん屋としてはずいぶんといい値段がしているようですが、この味、この値段でこれだけ客が入っているというのは何か不思議な感じもします。
うどん屋と期待して入るにはちょっとどうなのかなと言うところですが、料理としてはいろいろと工夫をしている気配は伺えるしうどんをメインに使った新感覚の料理屋として評価されてでもいるのでしょうかね?
正直敢えてうどん屋の看板を掲げてやる意味はあるのかなとも思ったのですが、客層を見てみますとうどんというものの間口を広げる意味では実は結構大きな影響力があるのやも知れず、あるいはそれを狙って敢えてこのスタイルでやっているということであれば面白い試みかなとは思えるところですけれどね。
酒や酒の肴などの品揃えを見ても料理自体にはそれなりにこだわりはあるようにも見えますから、うどん以外を目当てに利用している分には結構おもしろい店なのかも知れませんけれどもね。

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2009年6月20日 (土)

臓器移植法改正が決まる

ということで、まずは記事を紹介してみましょう。

「脳死は人の死」案、衆院通過 臓器移植法改正、子どもに拡大(2009年6月18日47ニュース)

 衆院本会議は18日午後、議員立法4案が提出された臓器移植法改正案のうち「脳死は一般に人の死」と位置付け、本人が生前に拒否表明しなければ、家族の同意で臓器提供を可能にするA案(中山太郎元外相ら提出)を賛成多数で可決した。賛成263票、反対167票だった。同日中に参院に送付。最初に採決されたA案が可決されたため、残る3案は採決されず、廃案となる。

 現行法で15歳以上とされている年齢制限を撤廃し、子どもの臓器提供に道を開く。患者団体らは、脳死判定に至る条件が緩和されることから国内での提供者(ドナー)の大幅な増加につながると期待。ただ、衆院解散の時期によっては参院審議日程が厳しくなる上、法案修正や対案提出を模索する動きもあり、成立には曲折が予想される。

 中山元外相は可決後、国会内で記者団に「支援を待っている、待たざるを得ない人たちが救われる可能性が出てきた」と強調した。

 臓器移植法は1997年6月に成立。本人が生前に書面で意思表示し、家族が同意した場合に限って脳死を人の死とし、臓器摘出を認める。世界的に見ても条件が厳しく、これまで脳死下での臓器提供は81例にとどまる。このため大人、子どもを問わずに海外渡航して移植を受ける患者が後を絶たないのが実情だ。

 一方で国際移植学会が昨年、渡航移植禁止を求める宣言を発表。世界保健機関(WHO)も追認する方針で、渡航移植の道が閉ざされるとして法改正の機運が高まった。

既にこの問題については各メディアで色々な報道がなされていますが、社会的な影響として一つ大きなポイントとしてはやはり記事中にもある移植絡み、特にしばしば新聞ネタにもなる「子供の臓器移植へ道を開く」ということになるのかと思います。
記事から一見すると「子供からも臓器を提供できるようになった」というだけの話に見えるのですが、実際のところ子供が臓器移植を受けるためには身体に見合ったサイズの臓器が手に入らなければ無理なわけですから、これは実質的に国内で子供の移植医療が行われる可能性が出てくるということになるわけですよね。

記事中でも触れられているように移植医療の進歩で先進国ではどこでも臓器提供者の不足が深刻になってきていて、近ごろでは「自分の国の患者の臓器は自分の国でまかなうようにしよう」という原則を言うようになってきています。
この現れとしてこのところ国外からの移植患者受け入れに色々と難色を示す国が出てきていて、今までのように何でもかんでも外国に行って移植してこようという状況ではなくなってきているのですね。
一例として先日もこのような記事が出ていましたが、高額のデポジット金を支払っても臓器を「買い漁って」いく日本人に対して、現地国で長年移植の順番待ちをしている人々の一部では好ましからざる感情を抱いているという事情もあるとか。

米の小児心臓移植、日本人患者に高額請求…4億円前払いも(2009年6月18日03時03分読売新聞)

 日本人の心臓移植希望者を唯一受け入れている米国で、日本の小児患者が移植費用として、1億6000万円を請求される症例が昨年あったことが17日、わかった。

 今年3月には、医療機関へ事前に支払うデポジット(前払い金)として、別の小児患者が4億円を求められた。値上げの理由について、医療機関は明らかにしていないが、米国でも臓器不足は深刻なため、外国人の医療費を値上げすることで自国の待機患者の不満を解消するなどの意図があるとみられる。

 調査したのは、国立成育医療センター研究所の絵野沢伸室長。米国と今年3月に新規受け入れを中止したドイツで、1998年~2008年に心臓、肝臓などを移植した日本人患者66人を対象に、集めた募金額や医療費などを分析した。

 このうち、医療費が他の臓器よりもともと高かった心臓移植を受けたのは42人。うち、米国で07年までに移植し、費用明細が判明した23人の医療費は、集中治療室(ICU)に入った重症患者など3人(99年~04年)を除くと、すべての症例が3000万~7000万円台で推移していた。これに対し、08年は4人すべてが8000万円を超え、うち南部の小児病院と西海岸の大学病院で移植を受けた2人は、1億6000万円と1億2000万円を請求された。

 米国に次ぐ数の日本人が渡航していたドイツでは費用明細がわかった8人の平均額が約3900万円で済んでいた。

 4億円のデポジットを請求したのは西海岸の大学病院。デポジットは患者の医療費支払い能力を確認するため、医療機関が請求する。額は医療機関の裁量で決まり、値上げ理由は示されないことが多い。安く済んだ場合、残金は返済されるが、追加請求される症例の方が多い。

 渡航移植には渡航費、付き添い家族の滞在費などもかかる。絵野沢室長は「医療費は今後も上がる可能性があり、国内で移植を完結できる体制を整えるべきだ」と指摘している。

ちなみに国内で心臓移植を受けるとすると保険診療が適用されるようになりましたから患者の自己負担額は300万円だそうで、例の高額療養費制度に引っかかってこのうち一定額以上は帰ってきますから「格安」と言えます(別に宣伝ではありませんが)。
保険無しで考えても上記の海外の治療費を見ても判る通りこの金額はまさに破格のバーゲンプライスなのですが、当然のようにこの額では儲かるどころか病院の持ち出しとなるだけに、昨今の経営の厳しい病院にとっては痛し痒しとも言えるかも知れません。
また現場の一部では移植医療が広まっていくことで今以上に仕事量が増えることへの危惧などもあがっているようですが、このあたりは実際にどれほどの移植症例が出てくるのか判らないと何とも言い難いところですよね。

国内移植への道が開かれたといっても実際に広まっていくのはまだまだ先のこととなりそうですが、現在進行形で移植待ちをしている患者と家族にとっては少しでも早く手術を受けられるのなら海外でと考えたくなるのは人の情というものでしょう。
先の記事でも出ましたように海外の移植では高額の補償金を要求されることが普通ですが、そのため各地で移植待ち患者の募金活動というものが行われているのを見聞することもあろうかと思います。
ところが最近ではこの募金活動にも色々と批判の声があるようで、一部では「死ぬ死ぬ詐欺」なんて物騒な言葉まで使われているようなんですね。

批判されている代表的な例として例えばこんな事例があげられていますが、ネット上の噂の真偽はともかくとしてこれだけ大騒ぎになってきますと一般紙でも取り上げられるようになってきます。
特に話題豊富な(苦笑)毎日新聞がわざわざ取り上げたとなればさらにその記事に対する検証というものも当然必要になってくるわけですが、こちらも個人情報保護などの絡みもあって色々と微妙なところですからリンクの紹介のみにとどめておきましょう。

毎日新聞が2ちゃんねる「死ぬ死ぬ詐欺」などの「祭り」を大々的に批判(2007年01月01日DIGITAL TOWN)

この種の募金活動に対する批判、例えば会計が不明朗であるとか募金目標額を超えてもいつまでも募金を続けているといった話ももちろんそうなんですが、個人的に色々な「救う会」なる団体の規約などを見ていて一番気になったのは「余ったお金を次の移植を待つ人に回すというシステムがどうやら無いらしい」ということなんですね。
少なからざる金額を預かっている訳ですから最低限何にいくら使いましたという報告の義務があるのは社会常識的にも当然ですが、一般に預かり保証金というのは後になって精算されて帰ってくるのが普通で(もちろん中には清算後赤字という場合もあり得ますが)結局いくらかかったのかが非常に判りにくく、しかもそこをきっちり公開している団体が少ないことに驚きます。
少なくとも幾つかの団体では「余ったお金は今後万一の場合のために使わせていただきます」といった一文でお茶を濁しているようですが、そんな余分なお金があるのなら次に移植を待つ人に回してあげれば良いのにと考えるのも自然な話なのではないでしょうか。

家族の情として方法があるなら何であれすがりたいのは当然でしょうし、それに感じてお金を出す善意の人たちが大勢いるというのも社会として喜ばしいことだと思いますが、詐欺云々はともかくとしても日本人の移植患者が海外で臓器を買い漁っているなどと批判されるのは患者を支援する人たちにとっても本意ではないはずですよね。
善意の募金をしてくれた人々に対する当たり前の責任としても、国内外からの余計な疑惑や誤解を招かないためにも、明快にするべきところは明快にしていただいて誰恥じるところのない治療を受けられれば良いのではないかなという気がします。

移植以外にもう一つのいささか微妙な問題として、脳死が一般的に人の死であると定義された場合に、脳死者に対する医療費は誰が負担すべきなのかという議論もあります。
脳死者の扱いについて以前からいろいろと議論されているところではありますが、脳死が人の死であるなら既に脳死者は患者(ヒト)でなく死体(モノ)であって、その采配は遺族が行うべきという今回の改正のロジックには一応の一貫性があるかという考え方も出来るわけですよね。
一方で今まで社会的に生きている扱いだった脳死者が突然死んでいると公式に認定されることとなれば、色々と扱いも変わってくるんじゃないかという懸念も当然にあるわけで、特にその一つが脳死者に対する医療(費)の扱いです。

一般的に亡くなった方にも色々とお世話をするわけですが、これは医療業界ではなく葬儀業界の管轄であって(こちらも医療費の半額、15兆円という巨大産業だそうです!)、当然ながら医療保険などは使えません(
「葬式代の7割は保険で賄う」なんて話はおよそ聞いたことがないですよね)。
医学の進歩で(臨床的に)脳死と判断されるような状態であってもそれなりに長期間生きられる(と言っていいのかどうか微妙ですが)ようになったわけですが、当然ながらこうした患者にも医療費というものが必要であり、人工呼吸器などの濃厚な管理が必要である以上決して少ない額では済みません。
皆保険制度下では医療費の大部分は患者(被保険者)ではなく保険者から病院に支払われているわけですが、もし保険者が「亡くなった後の医療費に関しては当方では関知しない」と脳死者に対する支払いを拒否した場合に、それなりに巨額になるであろう長期脳死者(この表現もずいぶんと妙なものですが)の医療費を誰が負担するのかということになりかねないわけですね。

臓器移植法:「脳死」から8年、身長も伸びた(2009年6月18日毎日新聞)

 脳死を人の死とし、15歳未満の臓器提供に道を開く臓器移植法改正案が18日、衆院で可決された。「A案が成立すると、うちの子どものような生き方が認められなくなるのではないか」。長男みづほ君(9)が「長期脳死」の女性=関東在住=は、A案の大差での可決を知り、肩を落とした。

 みづほ君は00年、1歳のとき、原因不明のけいれんをきっかけに自発呼吸が止まり、脳内の血流も確認できなくなった。旧厚生省研究班がまとめた小児脳死判定基準の5項目のうち、人工呼吸器を外して自発呼吸がないことを確かめる「無呼吸テスト」以外はすべて満たした。それから8年、人工呼吸器をつけて自宅で過ごし、身長は伸び体重も増えた。

 「今後も移植が必要な人は、どんどん増えるだろう。さらに臓器が足りなくなれば、死の線引きが変わり、私たちの方へ近寄ってくるかもしれない」と不安を口にする。

 みづほ君は、この1年、状態は安定している。女性は「この子は『延命』しているのではない。こういう『生き方』をしている。参院の審議と判断に期待したい」と話した。【大場あい】

無呼吸テストをやるとなれば自発呼吸がない場合仮に脳死でなくとも脳に大変なダメージを受けてしまうわけで、移植を前提とでもしていない限り実施しないことが普通です(麻酔科学会では「法的脳死判定には必須だが臨床的脳死判定には必須でない」と言っていますが)。
となれば現状でほとんどの脳死患者は法的な脳死判定基準を全て満たしていない=脳死ではないということは言えますから、少なくとも社会的な意味では生きているということになりますよね。
しかし保険者自体の財政が非常に厳しくなってきている一方で、若年者の臓器提供という道も開かれてしまったわけですから、有形無形を問わずそれなりの社会的な圧力というものは今後強まってくるかも知れないわけです。

このあたりは日本人の死生観が云々といった話ももちろん関わるところですが、海外ではこうした巨額の費用を負担できるような家庭ばかりでもなく「先生もうやめてくれ。俺たちに首をくくらせる気か」と家族の方から延命処置の停止を申し出る例も多いとも聞きます。
そうした場合には処置中止も家族が主体ですから医師が殺人容疑で取り調べを受けるなどということはあまりないのだろうなと思えるわけですが、日本の場合今までなまじ脳死者の医療費負担が安かったばかりにこうした決断の主体が誰となるべきなのか議論が進んでいなかった事情もあります。
脳死と認めることまでは受容しても、お体を切り開いて臓器提供まですることには心情的に忍びないという方もそれなりに多いのではないかと思いますから、実際問題として今後臨床現場ではこうした脳死者の「亡くならせ方」についてもコンセンサスとルール作りを早急にしていく必要があるのかとも思いますね。

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2009年6月19日 (金)

嘘つきは何とかの始まりと教わりましたが

先日こんな記事が出ていまして、これはもう突っ込み所が色々とありすぎてどうしたものかと思い結局そのまま紹介することにします。

播州日記:初心忘るべからず /兵庫(2009年6月8日毎日新聞)

 ある事件の被害者がかつて住んでいたマンションを訪れた。共同玄関には「住民に対する取材お断り」と書かれた紙が張られていた。他社が既に聞き込みをしていたようだ。

 「先を越された」と思ったが、住民への聞き込みはせずにマンションのオーナーに話を聞いた。いきなり「マスコミはどうして人の迷惑を考えないのだ」と言われた。初めは意味が分からなかったが、詳しく聞くと聞き込み取材のせいでマンションを退去する人が出てきたという。張り紙がなければ自分も同じ事をしていたと思う。

 報道することは社会的意義があるが、そのために罪のない人を傷つけてはならない。そんな当たり前のことを忘れそうになっていた。忙しさをいいわけにせず少し立ち止まって自分を見つめ直そう。【山川淳平】

いや、全く御高説ごもっともですとしか言いようのないところではあるのですが、どうも彼らマスコミ関係者の場合「そんな当たり前のことを忘れ」ているのではなく「当たり前のこととはどういうことか理解していない」のではないかという疑惑がなしとしません。
結局のところそのあたりは彼らに自覚がない行動にこそ問題があるということなのかなと言う気もしてくるのですが、例えばこんな二つの記事を並べてみますとどうでしょうか。

空:心強さと息苦しさ /千葉(2009年6月9日毎日新聞)

 新人記者として千葉に赴任し、約2カ月が過ぎた。ようやく土地にも慣れてきたが、これまで暮らした
横浜や東京との違いを感じることも多い。
 千葉に来て、まず驚いたのは、自治体や市民による防犯パトロールの多さだ。警察関係者によると、
その効果でここ数年、犯罪発生の認知件数は減少傾向にあるという。地域の安全、特に子どもの安全を考えれば、
素晴らしい試みだと思う。
 しかし私は、そんな防犯パトロールを見るにつけ、安心感と同時に一抹の「息苦しさ」も感じてしまう。
別に自分が悪いことをするわけでもないのに、地域全体から常に見張られているような気がしてしまうのだ。
 「体感治安」悪化を強調することで、かえって不安をあおっていないか。目指すべきは防犯パトロールが
必要でない安全な街だ。犯罪減少の役に立ちたいが、方法を考え込んでしまう。【黒川晋史】

鹿笛:深夜の交通検問を取材した時のこと… /奈良(2009年6月13日毎日新聞)

 深夜の交通検問を取材した時のこと。警察官からひき逃げ事件の情報提供を呼びかけるチラシを受け取る運転手にカメラを向けていると、ある運転手から「勝手に撮ってええんか」と注意を受けた。

 記者腕章をしていたので取材と分かってもらえると思っていたのだが、暗闇の中、腕章は見えにくいうえ、いきなりストロボを向けられたことに運転手たちは戸惑ったに違いない。

 プライバシー意識の高まりとともに、了解なしに撮影されることに敏感な人が増えたと実感している。しかし、報道が必要なものに対しては、注意しながら取材していくしかない。検問では、検問前に了解してもらって撮影した。(大森)

防犯パトロールによって自分たちが「常に見張られているような」「息苦しさ」を感じるという自覚はあるにも関わらず、他人に向けてカメラを向けることについては指摘されるまで問題があると考えてみることもしない、このあたりが他人の痛みに無自覚であるということの実例ということなんでしょうか。
しかしむしろ悪いことには、彼らの場合「俺たちは記事にして載せてやっているんだ。どうだ有り難いだろう」という驕り高ぶりの姿勢すら垣間見えることで、転じて「載せてやっているんだから何をやってもいいだろう」とでも考えているのかと思わされる事例がしばしば見られることです。
少し古い記事ですが、下記の記事から引用してみましょう。

長寿の島の岐路(115)第6部・老いと暮らし(2003年9月25日沖縄タイムス)

おしゃれ
いつまでも自分らしく
表情生き生き、背筋も伸び

 花柄の壁、ピンク色のタオルや小物類があふれる一室。哀調を帯びた琉球民謡が流れる中、リクライニングシートに腰掛けたお年寄りは目を閉じ、ファンデーションを塗る美容師の手の動きに心地よさそうにしている。メークが終わると手鏡で確認。「ナー一回、鏡ミシレー(もう一回鏡を見せて)」と手鏡を離そうとしない人も。

 特別養護老人ホーム「与勝の里」は今年四月、倉庫を改装したメーク室「ちゅらさぬ屋」をオープンした。毎週金曜日の午前中は、メークの順番を待つお年寄りの列ができる。長浜君子施設長は「八十年刻まれたしわがなくなるわけでなはい。でもお年寄りにとって高価な贈り物より、鏡の中の奇麗になった自分と向き合う方がうれしいことが分かった」と話す。

 メーク室誕生のきっかけは、毎日畑仕事をしているというお年寄りが近所の美容室で美顔マッサージを受ける姿を見たこと。それも「常連さん」だと聞いた。「最初は、今さら美顔という年齢でもないだろうにと思った」と長浜さん。しかし自分もマッサージしてみると「気持ちいいし、奇麗になったという高揚感を味わえた」と振り返る。

メークの効果

 ボランティアでメークを担当する仲尾勝江さんはベテランの化粧品販売員。あるとき、お年寄りに「まゆを整えてほしい」と言われ驚いたという。「まゆは顔の印象を決める最も大切な要素だが、若い女性でも気付いていない人は多いのに」。メークを通して見えたお年寄りの意外な姿に驚きを隠さない。「化粧をされて喜ぶという受け身の姿勢だけでなく、お年寄り一人ひとりに『こんなふうにおしゃれをしたい』という欲求があった」

 那覇市の特別養護老人ホーム「大名」は約十年前から、お年寄りがモデルのファッションショーを実施し、高齢者の「装い」に取り組む。ショーの衣装はすべてボランティアや職員の手作り。玉城篤子副所長は「衣装デザインの段階では関心を示さなかった痴ほうのお年寄りも、仮縫いとなり実際に服を着てもらうと、とたんに表情が生き生きしだした」と振り返る。

 軽度の痴ほうがある男性入所者(79)はショーでモデルを務めたスーツを今でも外出のたびに着る。カーキ色のスーツは左前身ごろと袖の部分にあい色のかすり模様が入って帽子とセットになっている。この日は外出日ではなかったが、職員に促されてスーツを着ると、不思議なことにそれまであった左手の震えが止まり、背筋が伸びた。

「着る側」考え

 「食事を削ってでもきちんとした身なりでいなさい、というのが母の口癖だった」。浦添市に住む島袋光紀さんの母・信子さん(94)は昨年九月、右大腿部を骨折したことがきっかけでほぼ寝たきりになった。今年六月から自宅で光紀さんが介護する。

 介護を始めるにあたり介護服を購入したが、すぐに後悔した。「着る側でなく、着せる側のことを考えて作られた服だった。脱いだり着けたりしやすいようにあちこちにファスナーがあり、ごわごわして着心地が悪い。見た目も良くない」

 東京で約二十年間スタイリストとして働いた経験を持つ光紀さんは代わりにワンピースをオーダーした。「筋力の衰えで胸板が薄くなり腰周りが大きく見える母の体形を補い、デザインが良く、しかも着やすい服は既製品では見つからなかった」。スカイブルーの花柄のワンピースは、ベッドから車いすに移動したり長時間座った姿勢でもしわにならない生地で作った。おそろいのストールはデザインはもちろん、冷房の効いた部屋での防寒にも役立つ。

 「年齢や寝たきりという理由でおしゃれを制限するところに、今の日本社会が持つ老人観が現れている」と島袋さん。「年を取ったからこそ、自分らしいおしゃれを」と提案する。(「長寿」取材班)

ソースを見ていただいて判るように一見すると微笑ましい親子の写真付きの記事で、なるほどお年寄りもおしゃれが大事なんだなという印象を受ける記事です。
これだけですとよくある地方紙のネタかなという印象で終わってしまうところなんですが、これに対して当の取材対象の方がこう仰っているんですね。

連載『第6部 老いと暮らし』納得いかない取材記事(2006年4月1日blog記事)より抜粋

 母ちゃんが取り上げられた2003年9月25日付の社会26面『長寿の島の岐路 第6部 老いと暮らし』を見て、愕然とした。見てというのは写真のことである。

 メインプレスで撮影しているとき、何か変だなと感じ「今回の取材は、僕個人とは関係ないので、一緒のところは使わないでくださいね」と、学芸部くらし報道班の女性記者に何度か念を押した。             

 僕は母ちゃんとの一緒の写真を、記念にもらえれば「ラッキー」ぐらいにしか思っていなかった。しかし、掲載している間「気になるな」という心配もあったのも確かである。               

 気になる予感は、残念ながら的中。母ちゃんの記事の焦点がボケてしまうなと思いつつ、本文を読むと声を失うほど愕然度が増してきた。            

 僕は記者に「高齢者を招かざる客」にさせたくない。外出するためにもオシャレは大切。そこが自宅介護者というか、息子からのメッセージですと話していた。記者とは約2時間ほど取材の打ち合わせをしている。         

 記者から「取材当日は身支度の様子を見せていただけますか? 記事に書きますので」と聞かれた。僕は「どうぞ、どうぞ」と答えた。もちろん記者は、当日は自宅マンションへ訪ねている。        

 そのことも含め、掲載された記事には真実味が一切ない。僕は「今どきの女性記者は、その程度のレベルだろう」という考えに切り替えた。          

 記事を読んだ介護事業者や病院関係者から「信子さんの記事を読みましたよ」と言われる。そのたびに僕は「ありがとうございます」と、心にもない言葉しか出なかった。    

 記事の件を忘れかかった頃、04年5月5日(水)に、くだんの女性記者から『長寿の島の岐路』が本として出版されるので、掲載した写真を使用してもいいでしょうか?」と電話が入る。                

 胸におさめていた怒りが一気に噴出。僕は連載『長寿の島の岐路』の担当デスクと、家族の悩みを普通に話しすることができる取材班の一人にもメールを送る。一人とは男性記者だから本音で書き入れた。            

 04年5月6日 木曜日 0:51AMに送った僕のメールから抜粋。「ご無沙汰しております。「長寿の島の岐路」が本として出版されるそうですな? ○○記者から電話で聞きました。03年9月25日(木)付に掲載された母・信子との写真を使用してもいいか?との依頼もありました。よく意味が解らないので、編集局まで訪ね、説明を受けました。

 ○○記者の話しは電話と若干違い、「本では母を取材した全原稿を削り、イメージ写真として使いたい」ということでした。不愉快極まる言いかたで、僕は「イメージなら違う(僕たちとは関係ない)写真を使ってくださいと断りました。

 記者にも感じていますが、他の記者連中も、誰でも彼でも新聞に出たがると思っているのかな?もし、そう思っていたら「あんた、正気?バカじゃないの?…」と言いたい。

 今だから言いますけど、母との記事は納得いきませんでした。僕は東京で約20年間スタイリストとして仕事していません。取材でそう言ってません。実質的には約5年です。

 母が着ている服も取材のためにオーダーしてません。そのことは記者に話してあります。母と僕を知っている読者なら大笑いしたに違いありません。この記事は封印したい気分です。ですから、全原稿を削ったことは感謝の気持ちでいっぱい。イメージ写真もノーサンキューです。

岩波書店『沖縄が長寿でなくなる日』写真掲載拒否(2007年6月12日blog記事)より抜粋

 03年9月25日付「長寿の島の岐路 第6部 老いと暮らし」の記事を書いたのは女性記者。当時は学芸部だが、現在は部署不明のようである。このブログで何度かふれているが、今でも記事そのものには納得していないのは言うまでもない。

 女性記者は、母ちゃんと僕が暮らす自宅マンションへ取材で二度訪問。1度目は03年8月11日のPM14:00~16:00まで。記者からの要望で録音を了解してある。

 僕が話す内容は全てではないだろうが、録音は間違いなくされているはずだ。テープ起こしは誰がしたかは知らない。掲載記事と照らせ合わせしてみたいものだ。内容と違う箇所があるのは確かと思える

 メインプレスでの撮影取材当日。9月16日にも記者からの強い要望で、自宅マンションへ訪問。僕が母ちゃんに行う身支度の様子を見ている。

 マンションの入口前には介護タクシーが待機。記者が乗る車には誰かは知らないが、同世代らしき男性が同乗していた。誰なのか知らないのは挨拶がなかったためである。

 同僚記者なら車から降りてきて、母ちゃんに「おはようございます」ぐらいは言うだろうけど、知らんぷりを通していた。

 この女性記者は9月25日付の掲載後、岩波書店から出版された「沖縄から長寿でなくなる日」に写真使用を申し出てきたが断る。断固拒否といったほうが僕の心情だろう。

 このブログを読んでくれ、そして、母ちゃんの連載をすすめてくれた女性記者。現在は整理部だが、木曜の「今晩の話題」を担当執筆している。

 挨拶をしなければならないと思い、僕は「…原稿書きは楽しかったですが、学芸部との付き合いは苦痛そのもでした。やっと解放されるという感じで、気分はそう快です。…お礼を言わなければならないこともあります。それは母の連載です」と今月5日にメールを送った。

 ここの社で連載中の「音楽への階段」は今月中で終了する。現実に「そう快」となってほしいが気を緩める訳にはいかない。

ま、一昔前なら取材対象の当事者とその周辺だけが騒ぐ程度で終わっていたところなんでしょうが、今の時代ですとこうして全国に真相が暴露されてしまうわけですからマスコミの皆さんもいろいろと仕事はしにくくなってきているんだろうなとご同情は申し上げますけれども(苦笑)。
嘘と言えば一言なしではいられないのが毎日新聞ですが、以前にお伝えした記事では「医者は本当のことを言うとはケシカラン!」とお怒りだった同社、やはり医者は本当のことを言ってはならないのだと主張されているようです

現場から:荒涼とした医療 /神奈川(2009年6月13日毎日新聞)

 4月中旬、老衰と脱水症状で救急搬送された父。受け入れ拒否の連続で6カ所目の病院に入院し、点滴治療を受けたものの、38度台の熱が約1カ月間下がらなかった。「このまま逝ってしまうのでは」と心配した▼「自分でものを食べられないというのは、生き物としての体を成していない」との主治医の説明。さらに「状態がさらに悪くなった場合、人工呼吸器などの延命処置をしますか。処置を求めないご家族も多いですが」と言われた。延命処置を求めたが、回復する可能性の話も聞かせてほしかった▼この1週間、幸い父の症状は安定した。しかし、口からものを食べるのはほんのわずかで、胃に穴を開けて栄養を補給している。主治医は転院先の話をし始めた▼次々やってくる重症患者のためにベッドを空けなければならないのは分かる。延命処置の確認も必要なことだ。だが、医療の現場が荒涼としていることを感じざるを得なかった。【吉田勝】

すでに他所でも突っ込みが入っている記事ですが、素朴な疑問として毎日新聞様におかれましては老衰は回復するものというお考えをお持ちでしょうか?生き物には全て寿命と言うものがあるということはお考えになりませんか?
老衰に限らず末期的状態となった患者の場合濃厚な治療を行うことで余命は確かに延びますけれども、それを回復と言うかどうかは生きるとは何かという定義問題と絡めてなかなか難しい話ではないかと思いますし、その状態で更に一日でも長くと望むことが患者のためなのかということも極めて慎重な議論を要するところですよね。
主治医が本当に問いたかったのは「生き物としての体を成していない」状態で更に生き続け「させられる」ことを果たして患者本人は望んでいるのかどうかということではなかったかと思うのですが、こうした状況になると医療というものは患者よりも家族を向いてやらざるをえなくなるものだなと改めて実感させられるエピソードではあります。

毎日新聞が真実よりも大事なものがあるのだと、平素から「政府はケシカラン!最近の景気予測も暗い話ばかりじゃないか!来年の経済成長率20%、日本の未来はバラ色だくらいの話も聞かせてほしいぞ!」と主張されているような会社であれば、目の前の現実に目を閉ざし耳を塞いだ話に終始するのもよろしいかなとは思うのですが、そうではないですよね。
むしろ名目上好景気が続いていたひと頃は「政府の言うことはデタラメだ!庶民の感覚とずれている!」と一生懸命批判されていたように記憶していますが、他人を批判する人間は自らそれ以上に襟を正す姿勢が必要であるとはお思いになりませんかね。
苦しく希望もない現実というものが目の前にあって、それがにわかにはどうしようもないことも判っている、それでも現実と向き合わなければ前には決して進めないということを理解している現場の人間に向かって投げかける言葉として、これがモノを書くプロフェッショナルとして食っている人間の選んだものであるとすれば、ずいぶんとお気楽な商売なんだなと思わざるを得ないですね。

最近ではあっちでもこっちでも「マスコミに嘘を書かれたら放置せずちゃんと抗議する」という当たり前の姿勢が滲透してきているようですが、彼らにとってこうした抗議など痛くも痒くもないということは何ら実体のあるリアクションが出てこない点からも容易に推察できるところです。
今どき少なくなっているとはいえ未だマスコミ以外の情報源を持たないという人たちもそれなりの数がいるわけですから、少なくとも彼らが嘘をつくということに関しては断固「おかしいだろう!」と声を上げていかなければならないのかなと思っています。

以前の毎日新聞変態報道問題ではスポンサーへの抗議というものが思いのほか「効く」ということが明らかになったわけですが、実のところ何も知らない一般市民にとってはむしろこうした抗議でマスコミが沈黙してしまうとかえって情報から遮断されてしまうということになりかねず痛し痒しですよね。
正すべき間違いは正すという点で、地道なようですがブログなどの双方向メディアで少しずつ実態を明らかにしていく、そしてそれを一人一人が周囲の人々にクチコミで周知していくという行動も非常に重要なんだろうなという気もします。

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2009年6月18日 (木)

救急医療が救急でなくなる日

皆さんは救急医療というものにどんなイメージを持っているでしょうか?
日本では「何かあったら救急車を呼べばすぐに病院に運んでくれる」という認識の人が多かったと思うのですが、このところ「すぐに運んでくれなかった」という話が多くなってきていることからも判るように、救急医療のシステム自体が崩壊しつつある地域も増えてきています。
そんなこんなで何かしら良くないことになってきているんじゃないかという漠然とした危惧を抱いている人は以前より増えてきているのではないかと思うのですが、おそらく大多数の一般市民が感じているよりも現場は綱を渡っている感覚が強くなっているのではないでしょうか。

それはともかく、最近救急受け入れに関して興味深い記事がありましたので紹介してみましょう。

妊産婦は救急救命センターに受け入れられない?(2009年6月17日産経新聞)

 全国の救命救急センターが受け入れた妊産婦の入院数は全体の0・5%にとどまっていたことが16日、大阪大病院のアンケート調査で分かった。受け入れ実績が全くなかったセンターも全体の3割を占めた。妊産婦であっても脳内出血や心臓疾患などは救命救急部門でなければ対応でないケースがあるが、ほとんどは産婦人科医院に搬送され、そこで対処されている可能性が高い。背景に両者の連携不足があるとみられ、このためにハイリスクの妊産婦への対処が遅れるケースが発生している可能性があるという。

 大阪大学医学部の杉本壽・名誉教授(救急医学)らのグループが全国の救命救急センター210施設に妊産婦の受け入れ状況についてアンケート。114施設から回答を得た。

 調査結果によると、回答のあったセンターでは昨年1年間で、総入院者数のうち妊産婦の占める割合は0・5%(1347人)。

 受け入れた妊産婦数の内訳は、「0人」が38施設(33・3%)、「1~5人」が49施設(43・0%)あり、「11人以上」も16施設(14・0%)あった。最多で244人を受け入れたセンターもあり、センター間で大きな格差がみられた。

 事故による外傷や脳内出血などセンターで受け入れた方がよい妊産婦まで産婦人科の間で処理しているケースが多いとみられる。

 産婦人科と高度救命救急センターがある大阪大病院は、平成19年度以降、脈拍や血圧などが安定しない妊産婦は、まずセンターで受け入れ、容体が落ち着き次第、産婦人科に移すルールを採用。その結果、18年度までの4年間は1~4件で推移していたセンターの受け入れ数は、20年度には13人に増えた。年間十数例は救急部門が対処すべきリスクの高い妊産婦がいるということだ。

 大阪大病院のデータも加味したうえで、同グループは、「センターと産婦人科の間には互いに声が掛けにくい心理的な壁がある」ことなどが連携不足の要因と分析。この壁を取り払い、連携を強化すれば、「リスクが高い妊産婦の救急患者を取り巻く状況は改善される余地が大きい」とみている。

この話、少しばかり解釈に迷うところがなきにしもあらずかと思うのですがどうでしょうか?
こと産科が絡みますと訴訟リスクが一気に跳ね上がることが他科にも知られてきていますから、ただでさえ多忙な救命救急センターでの業務の中で敢えて火中の栗を拾う者が減っているというのも一つの考え方でしょう。
そしてもう一つ、かつて産科や小児科の先生方には内科・外科医に対して自科の特殊性を殊更強調する傾向にある方々が結構いましたから(「子供は小さな大人ではない」といった言葉などは有名ですよね)、「判りもしないくせに妊婦に手を出すな」と薫陶を受けてきた人々が教育の成果を発揮しているという可能性も一つあるでしょう。

実際のところどんな救急疾患であろうが妊婦であると言う時点でそれ相応の対応が可能な施設は限られてきますから、いくら「救命救急センター」を名乗ろうが物理的に受け入れられない施設も多いんだと思いますし、データ上も受け入れる施設、受け入れない施設がはっきり別れているように見えます。
今の時代に対処能力がない施設が無理に患者を受けて母子共々良くない結果になるなどと言うことは国民感情上も許されることではなくなっていますから、出来もしないことを出来ると言ってしまうよりは医療事故を減らすという点でリスクマネージメントが行き届いてきているのかなとも取れる話ではありますよね。
ところで一方、こんな感じで一見すると少しばかり話が違うのかなとも思わされるようなデータも出てきているのが興味深いところなんですね。

救急受け入れ、小規模病院で好成績―中医協・DPC評価分科会(2009年6月15日ロハス・メディカル)

 「病床規模が小さい病院の方が、救急車による緊急入院の割合が高い」―。救急患者の受け入れが困難なケースが問題となる中、入院ベッド数が200床程度の小規模病院が積極的に救急患者を受け入れている実態が明らかになった。しかし、厚生労働省の分析と食い違う結果になっているため、救急医療をどのように診療報酬で評価すべきか、今後の動向が注目される。(新井裕充)

 6月8日の中医協・DPC評価分科会(分科会長=西岡清・横浜市立みなと赤十字病院長)で、松田晋哉委員(産業医科大医学部公衆衛生学教授)は救急医療について分析した資料を示した上で、次のように述べた。

 「(全体を)一言でまとめて言うと、規模の小さい病院の方が深夜帯や土日の患者さんの割合が高いが、その中で、実際に48時間以内に何らかの手術等を行ったかという観点で見ると、逆に特定機能病院(大学病院)など、規模の大きい病院で、そういう患者さんを受け入れているという実態が明らかになった」

 松田委員の分析によると、深夜や休日に救急を受け入れている割合は小規模の病院が高いが、救急を受け入れても手術につながる割合は低かった

 これに対し、大学病院など規模の大きな病院では、深夜や休日の救急受け入れは積極的ではないが、いったん受け入れて入院した患者に対しては、手術などの処置をしている割合が高く、"効率の良い受け入れ"を行っていた。

 この分析結果に従えば、夜間や休日の救急医療を診療報酬で手厚く評価すべきなのは、ベッド数が少ないながらも、収入増に直結しない軽症患者を受け入れている小規模病院であるとも言える。

 しかし、同日の分科会で厚生労働省が示した資料では、松田委員とほぼ正反対の結果が出ており、▽病床規模が大きければ大きい程、救急車の搬送が多い ▽病床規模が小さくなるにつれて、(緊急入院の)割合は低くなる ▽病床規模が大きくなれば、患者数は増える―などとしている。

 質疑で、オブザーバーとして出席した邉見公雄氏(赤穂市民病院長、全国自治体病院協議会会長)が、「土日の入院が小さい病院で多いという説明があったが......」と確認したところ、松田委員は「差がない」と言い直している。

 資料の説明の中でも、松田委員は「大学病院とナショナルセンターで低く、それ以外はあまり差がないと見る方がいいのかもしれない」と、ややぼかした言い回しをしている。

 その上で、「例えば小児救急がきちんとできるためには、小児科医だけがいても駄目。基本的には、全科当直。耳鼻科がないと駄目だし、整形がないと駄目。そうすると体制をどう評価するかということになる」として、医師の配置などを評価するよう提案した。

 松田委員は、厚生労働科学研究「包括払い方式が医療経済及び医療提供体制に及ぼす影響に関する研究」 班(通称:松田研究班)の主任研究者(班長)を務めており、同分科会から依頼された分析などを行っている。

 松田委員の"模範回答"に対して、西岡分科会長は笑みを浮かべながら、「ということからすると、やはり救急『体制』の評価というものを、どこかに入れていく」と返した。

 松田研究班の分析に基づけば、小規模の病院を「新たな機能評価係数」で評価する方向に傾くはずだが、むしろ医師や看護師らの人的資源が十分な病院を評価する方向に議論が進んでいる。

 救急医療の評価をめぐっては、5月14日の前回会合で、相川直樹委員(財団法人国際医学情報センター理事長)が次のように指摘し、松田委員にデータの分析を求めていた。

    ① 当直医が少ない病院は、深夜・休日などに緊急入院を取れない。昼間は救急患者に対応できるが、夜間は断る病院があるので、このような病院を区別するため、深夜・休日などに業務当直の医師を配置しているかによって救急医療の質を評価すべき。
    ②「手術中だから」という理由で受け入れを断られるケースが問題となっているので、「入院したかどうか」ではなく、「受け入れてから24時間以内に手術が行われたかどうか」で評価すべき。

 今回の松田委員の分析は、相川委員の要望に応じたもの。厚労省の担当者は「入院から手術までの時間を把握できるデータはないが、『日数単位』のデータはある」と回答していた。

 これを受けた6月8日の分科会での厚労省と松田委員の説明、これに対する委員の発言要旨は以下の通り。なお、データの提出を求めた相川委員は欠席だった。

救急医療に関しては単に入院させた、させないという二元論的世界観では何も実態など語れないところを、敢えてそれで語ろうとするところに発言者の意図するところが見え隠れするところではありますかね。
記事自体は結構長くてここから具体的なやり取りに入っていくのですが、金の配分も絡む問題だけにそれぞれの立場で都合の良いデータを出してきているんだなという印象が拭えない話といったところでしょうか。

松田委員らの話から現場の状況を考えてみると、時間外で取りあえず翌朝まで入院して様子をみましょうといった比較的軽症の受け入れは中小病院が多い、一方大病院では何でも受けると言うことはないけれども、本当の重症は受け入れているという役割分担の構図が見えてきます。
今どきの大病院ともなれば病床は常に埋まっていることが当たり前ですから、一見さんの飛び込み患者を入院させたくてもそうそう入院させられないだろうなといった事情は容易に想像できますし、小回りのきく中小病院であれば軽症者をとりあえず翌日までの経過観察入院に回すということは経営上もメリットがあるということでしょう。

ある意味で一次から三次に至る病院間の役割分担が自然発生的になっているのかとも思える話だと感じたのですが、問題はこうしたデータを元にしてどんな病院に報酬を手厚くしていこうかという議論の場での話だということなんですよね。
双方がこうやって好き放題に都合の良いデータを出してくることが出来るということが明らかになってしまった以上は、今後どんな結論が出てくるにしてもそこになにかしらの思惑が含まれていると考えざるを得ないところでしょう。
医療費総額ではそうそう増やすということも考えがたい中での割り振りということで、特に中小病院に関してはこうした公の場での発言力が強いとも思えませんから、黙ってみていると知らない間にとんでもない大損を背負い込むことになりかねませんね。

しかし実際のところ救急車で運ばれてくる患者にとってそういう病院あるいは業界内部の事情はどうでもよくて、とにかくすぐ受け入れてくれればいいんだ!というのが正直なところなんじゃないかとも思います。
日本でも東京都知事や一部マスコミを中心に「さっさと北米型ERを整備しろ!何でも受け入れてくれるERさえ出来ればバラ色だぞ!」とその実態の一部だけをつまみ食いして大きな声で叫んでいる人々がいますが、日本でも「絶対に断らないER」というものをやっている一例がこちらにあります。

絶対に断らない救急医療「沖縄ER」の要となっている研修医の現実に迫りました。(2009年6月11日FNN)

沖縄県立中部病院の研修医(3年目)、島袋 彰医師(28)。
2年間の初期研修を終え、3年目に入った島袋医師には、後輩の指導という役割が課せられている。
心臓の動きが不安定な患者に、電気ショックを行う2年目の研修医。
これを研修3年目の島袋医師がサポートし、5年目の大久保 雅史医師が全体を管理する。
これは、「屋根瓦方式」と呼ばれる、中部病院伝統の研修スタイル。
島袋医師は「子どもから大人まで、しかもさまざま科を超えて診ないといけないので、結構タフですけど、やりがいは十分ありますね」と話した。
午前0時すぎ、中部病院ERの待合室は、順番を待つ患者で埋まっていた。
この春、ドクターになった研修1年目の豊田康祐医師が、初めてERの診察を担当。
マンツーマンの指導役は、島袋医師。
熱を出して機嫌の悪い子どもに、豊田医師はいきなり苦戦し、耳の中の状態を確認するのもままならない。
一方、一瞬で状態を見極める島袋医師。2年のキャリアの差は、かなり大きい。
救急隊から「48歳女性の方です。『オーバードーズ』疑いです。あと1~2分で着きます」という連絡が入った。
オーバードーズとは、薬物を過剰摂取した患者のことを指し、自殺を図った場合も多く、注意が必要なケース。
ただし、この患者は、何度も救急車を呼びつけている常連だった。
それでも必ず受け入れるのが、ERの流儀。
こうしている間にも、40度の熱を出した子どもが診察を待っている。
島袋医師に「寝る、食べる、機嫌、この3つが大丈夫な子は元気な子だから」とアドバイスを受ける豊田医師。
先輩研修医のアドバイスをしっかり実行する豊田医師だったが、泣き出す子どもに苦戦していた。
経験の浅い研修医の診察を受けることについて、地域住民はどう感じているのか。
患者の父親は「沖縄の医療のために勉強になるのであれば、全然いいと思いますけどね」と話した。
中部病院のERでは、研修医たちが基本的に診察を行うが、内容はすべてベテランの指導医がチェックすることで、安全性とクオリティを確保しているという。
田中 斉・ER指導医は「勉強というのは、患者さん1人ひとりで経験しているという病院ですから。その数に圧倒されるという研修医もいますけどね」と話した。
中部病院の研修医は、原則的に敷地内の寮に入ることになっている。
給料は月額30万円、ほかの病院の当直アルバイトなどは一切禁止され、研修漬けの2年間を送る。
豊田医師は「この患者さんを帰していいのか、帰しちゃいけないのかという判断を、僕たちがまず迫られるような状態で」、「大変な現場だなと、すごく痛感していますね」と話した。
専門分野だけでなく、総合的に対応できる一般専門医を育てるため、中部病院は、すべての診療科をローテーションする研修方式をとり、800人を超える医師を送り出してきた。
患者数が多いERは、短期間でさまざまな症例を経験できる絶好の場になっているという。
真栄城 優夫・元院長は「研修医がいなければ、ERはずっと維持することはできません」、「毎年、同じ人がやったらつぶれますよ、完全に。そういう教育の場としてERを使わないと」と話した。
夜が明けたERに、また1人の患者が搬送されてきた。
激しくけいれんする患者の処置にあたる豊田医師。
徹底した現場主義の中部病院では、1年目の研修医に、年間1,000件を越える症例を経験させる。
豊田医師は「なかなか時間が要求される場所なので、患者さんと時間を持って接するというのは、なかなかできないんですけど、やりがいはあるところだなと思います」と話した。
当直は月8回以上、中部病院の研修は極めて厳しいのも現実。
その毎日に耐えることができる理由について、島袋医師は「誤解を恐れずに簡単に答えると、やっぱり充実して楽しいからだと思います。正直なところ」と話した。
人手不足から、崩壊の危機にある日本の救急医療。
研修医を中心にしたER式救急は、1つの答えなのかもしれない。

一つの答え、ですか…
ドラマ「ER」の中では担当の先生方は時間が来ればさっさと引き継いで帰って行ったりしていましたが、本来ERというものは消防救急などと同様にああした厳密なシフト制でも敷いていなければ恒常的に維持できるようなものではないんですよね。
そこに日本型医療の「とにかく体力の続く限りやれ!」で回していたんでは、それは「「研修医がいなければ、ERはずっと維持することはできません」「毎年、同じ人がやったらつぶれますよ、完全に」となるのは当然の話ではあるでしょう。
住民同意の上で行うローカルな研修システムの試みとしてはそれなりに面白そうなんですが、この調子で全国にERを!なんてことになったら色々な意味で目も当てられないような惨状が見られそうですね(それはそれで見てみたいところもありますが)。

結局のところ救急システムというのは速ければ速いほど、質的にも優れていれば優れているほどよいのはもちろんそうなのですが、実は「より速く、より良いものを」というお題目では何も言っていないに等しいんですよね。
人的にも金銭的にも限られている資源を使って体制を整備する中で自ずとどこにより多くのリソースを割り振るべきかという議論が必須になる、裏返せばそれは利用者である患者の側がどこまでなら許容できるかということでもあります。
搬送に1時間かかると新聞ネタになるほど大騒ぎになるのなら何分までならよいのか、出てくる医者は24時間いつでも救急専門医が考えられる最上の治療をしなければ納得できないのなら受け入れられる施設も患者数も限られても文句は言わない覚悟はあるのか、それらはつまるところ「どこまでの水準で我慢し、それにどれだけの金を出すつもりがあるか?」ということですよね。

要求水準を切り下げれば切り下げるほどみんなが幸せになるチャンスが増えてくると言うことを利用者側も理解して、それじゃみんなで少しずつ我慢してみようかという機運が自然と盛り上がってくるようであるなら、救急ももう少しうまく回るようになるのかも知れません。
世界に誇るべき存在であった日本の医療システムが奇跡のように成立していたのも、ある種日本的な美徳に支えられてという側面があったことを、今の時代にこそ思い出すべきなんでしょうね。

【産科医解体新書】(42)緊急優先…どこまで我慢?(2009年6月16日産経新聞)

 緊急事態のときに、どの程度対応できるようにしておくかは難しい問題です。“すべての人”に対応するのを前提にするには、マンパワーが少な過ぎます。足りない部分はシステムで補わなければいけません。

 “すべて”の中には、妊婦健診を受診しない人や、安易に遠出をして緊急対応が必要になる人も含まれます。一方で、予期せぬ事態のためにまじめに通院していた患者さんに、犠牲を払っていただくこともあります。

 たとえば、予定帝王切開の日に、だんなさんはもとより、おじいちゃん、おばあちゃんも朝から病院に集まって、赤ちゃんが生まれるのを楽しみに待っているとします。手術がいよいよ始まるという段になって、母体搬送で緊急の患者さんが運ばれてくれば、予定手術は後回しになります。深刻な事態の患者さんから優先的に手術するからです。

 それでも一度くらいなら仕方がないと思えるでしょう。おじいちゃんが孫の名前の画数でも数え直していれば時間は経過します。数時間後、今度こそ手術ができると病室を出たところで、別の緊急事態が発生することがあります。またしても予定手術はお預けです。

 こういうことが繰り返されているうちに、日をまたいでしまったこともあります。中には赤ちゃんと別々の病院へ収容されてしまう人もいました。よりハイリスクの方のためにベッドを空けなければいけないからです。

 見ず知らずの誰かのために自分の子供を他の病院へ搬送する気持ちを想像してみてください。効率を優先して“遊び”の部分がなくなれば、症状だけで患者さんをドライに振り分けることになります。そうでもしなければ安全を確保するのは難しいのです。

 サービスの部分と医療の部分を天秤(てんびん)にかければ、どうしてもサービスの部分には目をつぶってもらわなければならなくなります。すべての人に救いの手をさしのべるには、患者さん同士の度量も試されることになるのです。(産科医・ブロガー 田村正明)

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2009年6月17日 (水)

続・公立病院崩壊中 その先にあるものは?

以前からちょこちょこと取り上げてきました福岡市立こども病院の移転問題ですが、何やら妙な具合になってきているようです。
交通の便の悪い人工島への移転は「三次救急に特化するつもりであるならむしろ良いかも?」とも考えていたところだったのですが、どうも話が妙な方向に進んでいるようで結局何がしたいのか判らないことになってきているようにも見えるのは気のせいでしょうか。

新こども病院:福岡市が正常分娩の取り扱いも検討/病床数の確保目指す? 産科医らに反対の声も(2009年6月6日毎日新聞)

 福岡市が市立こども病院・感染症センター(中央区)を市東部の人工島に移転させた後、現在の小児医療に加え、正常分娩も扱う方向で検討を始めていることが分かった。これまでは「母体や胎児に異常があるハイリスクの患者のみを扱う」としていた。人工島が市の中心部から遠いことなどを理由に産科開業医らから反対の声が上がっており、移転を巡って根強い反対がある病院は新たな火種を抱え込むことになりそうだ。

 福岡市はこれまで移転後のこども病院について、周産期医療を追加することは説明していたが、対象を「ハイリスクの患者」として、正常分べんは対象外と説明していた。

 方針変更の理由について、市側は大病院ではなく、診療所で出産する人が約7割という福岡特有の出産事情について触れ「市内の産科医が高齢化すれば産科医が不足する恐れがあり、将来的には新病院が正常分べんも担う必要があると考えている。病院の経営安定にもにつながる」と説明する。

 ただ、背景には福岡市が移転後の病床数について「260床(うち特例病床数70)」と申請しながら、県の医療審議会が「233床(同43床)」として知事に答申した経緯もあるとされる。病床数の減少は新病院の経営計画に影響する恐れがある一方、「このままでは病床数の上積みは困難」との見方が市側にあり、これまでの方針にはない正常分べんを扱うことで病床数の確保を図りたいとの考えもあるとみられる。

 これに対し、福岡市内の産婦人科の開業医らは「市中心部から遠い人工島では、緊急搬送が間に合わない」「正常分べんを扱っても場所の遠さから患者は増えないだろうし、民業圧迫にもなる」などと批判する。

 現在、福岡市中央区にあるこども病院は、東区への移転に伴って「通院が不便になる」などと患者・家族のほか、市民の間にも根強い反対がある。市が正常分べんの取り扱いを決めた場合、新病院が担う「医療機能」を巡っても今後論議を呼びそうだ。【鈴木美穂】

ん~わざわざ町外れに移転しておいて今さら金儲けのために正常分娩もやりましょうって、ロジックとしておかしいんじゃないですかね。
どうも今までの経過を見てみても、福岡市にはまともな計画を立てられる人材がいないんじゃないかと疑ってしまうところなんですが…
移転も含めてまだ本決まりではないようですが、どうもこういう素人のいい加減な思いつきという気配が濃厚な杜撰な計画で大きなお金を浪費して残ったのは赤字と医者も消えた病院の箱だけだった、なんてことにならなければいいんですけどね。

先日は愛媛は八幡浜で当選した新市長がのっけから公約を守れず詫びを入れたという出来事がありましたが、これもなかなか面白い話ですので引用してみましょう。

「医師確保の公約守れず」 /愛媛(2009年06月02日朝日新聞)

◇八幡浜市長 会見で陳謝

  八幡浜市の大城一郎市長(44) は1日に記者会見し、初当選した4月の市長選で「直ちに医師3人を確保する」 と公約していた市立八幡浜総合病院の医師確保問題について、「現状では1人も確保できる見通しが立っていない。 この場を借りて市民におわびしたい」 と陳謝した。 医師3人の確保を公約したこと自体が「認識が甘かった」と振り返り、市民から「公約違反」 と批判する声が上がっていることについて「そう指摘されてもやむを得ない」 と述べ、公約違反を事実上認めた。 (広川一)

  大城市長は4月19日投開票の市長選で、再選をめざした現職の高橋英吾氏(68) 、元市議長の山本儀夫氏(58) の2人を破って初当選した。 市立病院の医師問題について高橋、山本の両氏は「問題の解決に向け、全力で取り組む」 としたが、大城氏は「医師3人を直ちに確保する」 と具体的に数字を示して得票につなげた

  この日の会見で大城市長は「市長になれば最低でも3人は確保できると自分で判断した。 同級生や身内を通じて話に応じてくれる医者もいたので、努力すれば確保できると考えた」 と話し、3人を確保できる見通しがはっきりしないまま、公約に掲げたことを明らかにした。

  大城市長は初登庁した後の最初の記者会見で「来年4月を確保のめどにして医師1人と交渉している」 などと話していたが、これについても「見通しは立っていない」 と述べた。

  1日の会見は、8日に開会する6月定例市議会に提案する議案を説明するためのものだった。 大城市長は記者の質問に答えて、医師問題について語った。

  今後について、大城市長は「全力を挙げてこの問題に取り組みたい」 と話した。

  医師問題を巡っては、市内で発行されている地元紙に「公約違反だ」 とする投書が続いて掲載されるなど、市民の間に批判の声が上がっていた。 ある市議は「3人の医師と話がついた上での公約だとばかり思っていた。 このままでは市民をあざむくことになる。 市長は一日も早く医師を確保すべきだ」 と話した。

医師確保問題に質問 八幡浜市長が答弁 愛媛(2009年6月12日産経新聞)

 愛媛県八幡浜市の6月定例議会で11日、一般質問が行われた。大城一郎市長(44)が公約にかかげていた「医師確保」ができなかった問題で、議員から「公約違反ではないか」との質問が相次ぎ、大城市長は「最善の努力をしていく」などと苦しい答弁を繰り返した。

 大城市長は4月に「(当選後)直ちに3人の医師を確保する」などとする公約で初当選を果たしたが、「市民の期待に現時点ではお応えできない」と理解を求めていた。

 一般質問は6人が登壇し、5人が公約についてただした。「公約違反と認識しているか」「選挙そのものが公平ではなかった」「もう一度市民の審判を仰ぐべきでは」など、市長の責任について言及した。

 大城市長は「ねばり強く交渉し、市立病院の再建に取り組んでいく」などと、これからも医師確保に取り組んでいくとする答弁に終始した。

報道によれば良く言って無知で脳天気な当事者能力の欠如、普通に言って詐欺まがいの行為かなという印象が拭えないところですが…
今の時代医師集めの能力が自治体首長の首に直結するということになってきているようですが、こうまであざやかにやられると票集めの空手形と言われても仕方のないところではありますよね。
そもそも三人を確保できるという話にしてからが全く裏付けのない単なる思いこみであったと自ら公言しているわけですから、これで反市長派が結束してリコールでも呼びかければ結構な確率で通ってしまうなんてこともあるんじゃないでしょうか?

病院問題で市長リコールと言えばその道の先達である銚子市では市長に返り咲いた元市長氏が公設民営での再開を目指すと宣言したことは以前にもお伝えしたところですが、その後の経過がまだ何とも言い難いような状況にあるようですね。

銚子市立病院、来年4月に暫定開業…新市長が方針(2009年6月9日読売新聞)

 千葉県銚子市立総合病院の休止問題で、野平匡邦市長は8日、社団法人地域医療振興協会(東京都千代田区、吉新通康理事長)と積極的に連携し、来年4月の暫定開業を目指す考えを明らかにした。

 同日開会の定例市議会の所信表明で示した。

 野平市長は議会で「今後、県と綿密な連携を図り、指導・支援を受けながら、暫定開業に向けて全力を挙げる。吉新理事長にもこの旨を強く申し入れた」と述べた。

 地域医療振興協会はへき地医療の確保と質の向上を目指すための組織で、自治医大の卒業生が中心になって1986年に設立された。

 全国40か所に直営や委託運営の医療施設などがあり、へき地医療を志す医師のネットワークを持っている。野平市長は市長就任前から同協会と交渉を続けてきたという。

 野平市長は病院再生の構想について、「情熱ある診療と冷静な経営とを分け、それぞれの管理者が明確に責任を負う構造にしたい。これが経営なき破綻(はたん)を招かないための仕組み作りだ」と説明した。

 病院再生には、必要な医師を確保できるかが最大の課題となるが、「医療法人に丸投げして達成できる課題ではない」と強調し、「専門家による再生委員会を新設するとともに、私の個人的な人脈、銚子の政治・行政を挙げての総力戦で取り組む」との決意を表明した。

 岡野俊昭・前市長が取り組んだ市立病院指定管理者選定委員会(委員長=伊藤恒敏・東北大教授)で、公募団体の審査が継続中となっており、市はまず審査を再開してもらい、その結果を踏まえて対応するとしている。

暫定開業宣言はよろしいんですが、自治医大の方でも別に人員に余裕があるようには思えませんし、そもそも市民が求めているのは僻地医療を得意とする自治の系統というより市内基幹病院としての専門医療ではなかったかと思うのですが…
どうもこのあたり、まともな医療系ブレインがいないのか「とりあえず医者の頭数さえそろえば」なんて適当な算用だけしているんじゃないかとひどく懸念されてしまうところではあります。

ところで千葉で最近非常に興味深いイベントがあったようなんですが、これが見過ごせないような面白い話なのでロハス・メディカルさんから例によって抜粋させていただきますね。

銚子市民はリスクを分かっているのか 医療構想千葉発足(2009年6月14日ロハス・メディカル)

 医療崩壊の危機に瀕している千葉県の現場から、医療再生への提言をしていこうというネットワーク的シンクタンク『医療構想・千葉』(代表・竜崇正前千葉県がんセンター長)の設立記念シンポジウムが13日、市長選投票前日の千葉市で開かれた。多彩な顔ぶれが集まり、オピニオンリーダーたちから「敵は日本医師会だ」、「千葉大病院がなければ千葉はよくなる」などと過激な意見が発せられた。(川口恭)

 会場は135席あったがほぼ満員だった。発起人である増山茂・了徳寺大学学長によると参加者は全部で132人。属性は

    県会議員・市会議員・地方政治関係者あわせて20名弱(共産党を除く与野党全部)、中核病院関係者20名ほど、企業医療や地域医療関係者も20名弱、自治体関係者20名弱、患者団体など20名弱、看護師などコメディカル関係者、製薬会社関係者、法律関係者、学生(ボランティアを含む)10名ほど、出版関係者、厚生労働省医系技官、県医師会理事

だったという。

 小松秀樹・虎の門病院泌尿器科部長が『この国に起きている医療崩壊の次のステップは何か?』、亀田信介・亀田総合病院院長が『千葉県の医療崩壊 その処方箋は?』とそれぞれ題して30分ほどずつ講演した後で会場との質疑応答になった。

具体的な出席者の顔ぶれがもう少し判るといいんですが、コメンテーターなどのメンツを眺めてみるとだいたいの方向性は判るのかなと言う気もしてきますかね。
ここで興味深いのが会場からの質疑応答の部分なんですが、一部を引用してみましょう。

〔会場〕
 香取市に住んでいる。我々の地域は不名誉なことに医療崩壊の先進地になってしまっている。銚子が閉鎖されて患者が旭中央へ押し寄せ、勤務医が本当に疲弊している。このままでは成田まで含め地域の病院が全部撤退してしまうのでないかとすら言われている。そこで亀田先生に伺いたい。先ほど、旭中央病院が社会医療法人になろうとしたのを議会が否決したと批判されたが、地元の人間からすると、公的な病院が非公務員型になると不採算部門をやらなくなるんでないかという誤解があったようだ。それから、銚子市立総合病院を民間団体に委託して再開しようとしているのだけれど、どのようにすれば再開が可能だと思うかお聞かせ願いたい。

〔亀田〕
 旭中央は本当に忙しくやっている。医師たちも限界まで働いている。それでも実質的には赤字。12億円の補助が入って最終的に3億円の黒字になっているわけだから、亀田と同じ民間になれば9億円の赤字だ。亀田の年間予算が370億円から380億円ぐらい。旭中央ぐらいの規模の病院がおかしくなれば、平気で月に数億円の赤字は出てくる。その時に旭市くらいの財政規模で持ちこたえられるか、そこを考えてほしい。

 で、不採算部門をしなくなるんじゃないかという話だが、公的病院がお金を払わない人たちをヘリでどんどん亀田に送り込んでくる。小児だけで毎年2億円の赤字だし、未払い金も毎年8千万円くらいある。ウチ位、公的医療をやっているところが他にあるか。それは設立主体の問題ではなく、病院の志の問題だ。今の旭のメンバーが運営する限り、不採算部門から撤退なんかするはずがない。ただし現に働いている人たちは非公務員型になることに激しく反対するのは間違いないので、そんなに甘い話ではない。いかに現状が危ないかを理解してもらうしかない。

 銚子は、地域医療振興財団がやるということだが、彼らは基本的にリスクを負わないはず。病院としてすぐに再開するのは不可能。それはコメディカルスタッフが全員辞めてしまっているから。そのうえで医師数人の外来からということは可能だろう。しかし、徐々に大きくするということを考えているなら、今と同じように赤字を出すことになる。その負債を抱えると分かったうえで市民が支えていくのでないと再開は不可能だろう。市からの負担は相当のものになると予測される。

〔小松〕
 自治体病院のことに詳しい伊関友伸さんという知人がいる。彼と意見の一致したことがある。自治体病院は、どんなに頑張っても自分たちだけで自立することはできない。首長と議員の資質に依存する。地方議員の中には、病院をシマだと見なして毎日出勤するようなのがいるという。しかも、その議員が病院の納入業者。こんなのでは絶対にやっていけるはずがない。

〔増山〕
 銚子を引き受ける団体は公的な大学の天下り組織と感じられる。また新たなお金の迂回路ではないのか。

おいおい、いきなりそこまで言ってしまいますか(苦笑)。
ま、公立病院、中でも地方の自治体病院が多かれ少なかれ首長や議員の票や利権に関わるものだというのは関係者周知の話だと思いますが、面白いのはそうした話が公に語られるようになった、むしろ前述の記事などのように「病院が出来たのはオラが手柄」といった話が当然の業務のように見なされてんじゃないかという気配すらあるということですよね。
このあたり、公立病院というものが大きな利権として奪い合う存在から、大きな重荷として押し付け合う存在に移り変わってきている世情を反映している部分もあるのかなとも感じたのですが、どうなんでしょうかね。

このあと患者教育やら医師会が諸悪の根源やらという話が出てくるのですが、そんな中にまたこんな面白い話が出ています。

〔会場〕
 千葉の医療再生のためにアドバイスをいただきたい。

〔小松〕
 千葉、埼玉、茨城には共通点がある。2025年の高齢者数のピークに向かって、とにかく医師が一番足りないところ。特に太平洋側は千葉、茨城、福島県の浜通りまでひどく医師が少ない。千葉県の人口は600万人だから割合から言えば医学部が4個あってよい。しかし千葉大1個しかないうえに、千葉大は西しか向いてない。しかも千葉大は他の医局から院長が来ると医師を引き揚げたりするらしい。何をやっているのか。

 千葉に必要なのは医大。千葉大が西しか向かないならそれで構わないから東と南をカバーできるように1学年200人ぐらいのメディカルスクールをつくったらどうか。千葉県単独でなく、茨城や福島と組んだって構わない。

〔亀田〕
 うちも4月に学校法人を立ち上げた。2012年に4年制の看護大学を設置して、この先は介護系にも乗り出す。メディカルスクールも法改正があれば手を上げる。いずれにせよ「IHN」をつくって集中と分散をきちんとすることだ。銚子は、旭が市立病院じゃなければ十分にサテライトでできたはず。あそこは旭がトップ、安房はウチがトップのIHNでやればいい。

 千葉大の話が出たが、あの大学病院がなければ千葉はもっとよくなる。千葉大もよくなる。アフィリエイトホスピタルとして市中病院の部長を臨床教授にして学生や研修医を送り出せばよいものを、全部抱え込もうとするからおかしくなる。ウチがもしメディカルスクールをつくったとしても亀田を大学病院にはしない。旭、松戸、君津、成田にお願いして、アフィリエイトホスピタルになってもらって、高くはないにしても教授の給料をお支払いして、全県でやっていく。それができたら、まさに千葉大包囲網になってしまう。別に敵対しようというつもりはないのだけれど、なぜウチの3分の2しか症例がないのに、5倍も研修医を集めようなどとするのか。だから研修医が集まらないのだということに早く気づいた方がよい。
(略)

〔竜〕
 このシンクタンクの中で議論してネットを通じて発信していくのも大事じゃないか。銚子だって、今度当選した元の市長が大学を誘致するのに100億円使っておいて、病院に赤字が1億円出たからといって医師の給料を下げたのがきっかけで崩壊した。やはり選挙でいい人を選ばないと無理だ。変な人を選んだら、病院なんてあっという間に潰される。基本的に政治家なんてバカなんだから、利口な人の言うことをきいてもらわないと困る。今日来てくださっている政治家の方たちのように地元に密着した人は大事。それが地域の本音。であれば一緒にできる。

 旭中央の問題に関していうと、旭市民が偉かったからあれだけの病院ができたんじゃないということは忘れないでほしい。諸橋芳夫という1人の医師が東大から寒村の小さな診療所へやってきて一所懸命地域医療をやった。その志に共鳴した医師が全国から集まってあれだけの病院になった。その旭中央病院がやりたいことをさせない旭市民とは一体何なのか。日本一有名な病院が不採算部門を切り捨てるはずなんてあるわけない。バカにしないでほしい。公立病院が働かない職員を抱えているのは事実。私も管理者をしていたからよく分かっている。そういう働かない職員をいかに働かせるかが院長の手腕でもあるのだが、そのためにもIHNを明確にして旭中央の力を発揮できるようにすることは大事だろう。

いやまあ、最近医療といえば暗い話題ばかりの中、なかなか元気があっていいんじゃないでしょうかね(苦笑)。
しかし亀田氏も以前からずいぶんとラディカルな御仁だとは承知していましたが、メディカルスクールまでにらんでいたとは存じ上げませんでしたね。
ディスカッションの中にも出ているように千葉と言うところは面白いところで、亀田や旭中央のように全国に名だたる巨大病院があり、首都圏で人口も金も結構ある方にも関わらず医大が一つ切りしかないんですから、千葉大一つに頼るなんてことをしていては到底回っていかないんだろうなとは想像できるところですけれどもね。

今の時代に医療で黒字を狙おうと思えばある程度規模も大きくしてそれを強力なリーダーシップのもと(公立病院に最も欠けている部分ですが…)効率的に運用するか、逆にとことん軽装にして儲かるところだけをチマチマとやっていくくらいしかないと思うのですが、その方向で進むと病院間格差というものはどんどん開いていっているわけですよね。
国としては以前から不採算の中小病院は潰すか縮小して人材を集約させろと主張しているところですが、診療報酬を切り詰めた結果確かにそういう方向に誘導されつつあるという点ではおそらく今後も医療費抑制政策は「予定通り」に継続されていきそうな気はしています。
そうしますと地方によくあるせいぜいが200~300床くらいまでの中小病院というのは大病院のサテライトにでもなっていくしか生き残る道はないのかとも思える状況ですが、考えてみますとこういう巨大病院ネットワークというものも組織力として全く馬鹿にならないものになってきますよね。

全医連なんて組織が医師会への対立軸として頑張っているところですが、実はこういう巨大病院ネットワークの方が医療系圧力団体としてははるかに医師会に取って代わるにふさわしい力量を備えているのかも知れませんね。
国政レベルにおいてもこのところ医師会に代表されてきた開業医から勤務医の方へと目線を移してきているという気配がありますが、そうした場においてもたびたび呼ばれている亀田氏らの言動には今後ますます注目していく必要がありそうです。
ま、しかし亀田や旭の水準が日本の標準だと思われても困るというのが大多数の現場の人間の率直なところなのかも知れませんが…

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2009年6月16日 (火)

公立病院雪崩をうって崩壊中

最近ではすっかり物珍しさもなくなってきた感がありますが、また医師一斉退職のニュースが飛び込んできました。
本日まずはこちらの記事から紹介していきましょう。

大阪・泉大津市立病院、院長ら医師6人が一斉退職(2009年6月12日読売新聞)

診療科一部休止

 大阪府泉大津市の市立病院(215床)で、飯田さよみ院長(59)(糖尿内科)ら内科医6人が6月末で一斉に退職することがわかった。市から名誉院長への就任を打診された飯田院長が「第一線からの引退勧告」と受け止めて反発したのが発端とみられ、同じ大学出身の5人も相次いで辞表を出したという。病院側は代わりの医師の確保に奔走しているが、血液内科の診療が中止に追い込まれるなど、影響は避けられない見通し

 飯田院長は2004年9月に院長に就任。3月中旬、神谷昇市長が名誉院長への就任を打診したところ、飯田院長は辞意を示し、説得にも応じなかったという。

 神谷市長は「一段高い立場で経営と診療にあたってほしいという考えだったが、思いがずれてしまったようだ」と説明。一方、飯田院長は取材には応じていない。

 その後、4~5月にかけて、飯田院長と同じ大学出身の内科医5人も「一身上の都合」として相次いで辞表を提出した。

 市立病院は内科、外科など12科あり、今秋には地域周産期母子医療センターが開設する。医師は約50人。内科には五つの診療科があり、医師は飯田院長を含めて15人。6人は、血液、腎臓、糖尿の各診療科におり、血液内科、腎臓内科の医師がいなくなる。

 病院側は4月以降、複数の大学に協力を求め、糖尿内科の常勤医1人を確保。腎臓内科も少なくとも1人の外来応援を受けられる。ただ、血液内科は医師が見つからず、受診中の100人以上の患者は近隣の病院などに受け入れてもらう。また、糖尿内科、腎臓内科ともこれまでより診療回数が減少する。

 大久保富夫事務局長は「患者への影響を最小限に抑えるため、引き続き医師の確保に努めたい」としている。

 同府阪南市の市立病院でも昨年11月、給与歩合制度の見直しなどを市が打ち出したことに医師9人が反発し辞表を提出したが、後任の医師を採用するなどして診療を続けている。

大阪・院長ら内科医6人一斉退職 泉大津市立病院(2009年6月12日47ニュース)

 大阪府泉大津市の市立病院で、飯田さよみ院長(59)ら内科医6人が6月末で一斉に退職することが12日、分かった。病院は後任の医師の確保を急いでいるが、診察体制の一部見直しや、入院患者を近隣の病院に移すなどの対応を決めた。

 病院によると、飯田院長は2004年9月に東大阪市の病院から移り、院長に就任。ことし3月中旬、市が名誉院長への就任を打診したところ、断り、辞意を示した。飯田院長は「周産期母子医療センターを10月に開設するのに、何の予告もなく管理職から外された。市の説明には納得がいかず、不信感が募った」と説明している。

 また4~5月には内科医5人が「一身上の都合」として相次いで辞表を提出した。

 内科医は退職する6人を除くと2人しかいなくなるため、病院は新たに常勤医1人と非常勤医1人を確保。だが血液内科の専門医がいなくなるなど「これまでの診察体制維持は困難」として、縮小を決定。受診中の患者や入院患者ら約100人については、近隣の病院などに受け入れてもらうことにした。

実際のところがどうだったにせよ、こうなってしまうともはや当事者から真相が明らかになってくることはないだろうと思われるところですが、この件に関しては例によってネット上ではあんな噂こんな噂が飛び交っているようです。
いずれも「公立病院ならさもありなん」と思わされる内容であるあたりがミソですが、あくまで根も葉もない噂ですから何ともコメントのしようがないところですよね。
同じ関西圏からは記事中にもある阪南市立病院の他にも、加古川市民病院でも同様に医師数減少、患者減少で崩壊一直線というおきまりのパターンを辿っているようですが、あわせて紹介しておきましょう。

加古川市民病院 内科紹介患者 8割減(2009年6月13日読売新聞)

前年度比 「外科などは従来通り」訴え

 内科医の流出が続き、内科の外来患者の診療制限を行っている加古川市民病院(加古川市米田町平津)で、周辺の医療機関から紹介されてくる患者が激減している。病院の受け入れ能力を危ぶむ見方が広がっているためで、今年度は前年度と比べて内科で約8割減、患者が内科から回ってくるケースが多い外科で約3割減と、このままでは、経営が傾きかねない落ち込みぶりで、幹部は開業医らを行脚、〈病院離れ〉を防ごうと懸命だ。

 開業医の紹介件数は昨年度、内科で月平均120件だったが、内科医の退職で受け入れ制限を始めた今年2月以降は急減し、4月以降は26件に。このあおりで、診療態勢が変わっていない外科も昨年度の32件から23件に減っている。収益の柱の小児科では、目立った影響は出ていないという。

 病院の入院・外来収益は81億8400万円(2007年度)で、診療科別の割合は、内科が2位の23%(19億200万円)、外科は3位の11%(9億4100万円)。低迷がこのまま続くと、大幅な減収は避けられない。

 両科の共倒れを心配する病院は、河村貴外科部長が東播磨の23診療所・病院を訪問して「外科はこれまで通り」と説明、腹腔鏡・胸腔鏡の手術をはじめとした高度な医療をアピールして、これまで通り患者を紹介するよう要請している。

 角谷賢造事務局長は「総合病院の存続にかかわる危機的な状況」と話し、「内科以外は、いずれも十分な診療態勢を整えている。誤解しないでほしい」と訴えている。

いや内科以外はって、内科のバックアップもなしに外科系が立ちゆくはずもないことはとっくに舞鶴界隈の社会常識なんですが、本当に大丈夫なのかこの事務局長氏は?と大いに不安を抱かせるコメントで、さすが崩壊真っ盛りの病院だけに人材にも恵まれているのだなと思わせるところですよね。
しかもただでさえ減員でスタッフは過重労働となり志気が低下しているだろうところへ、病院幹部が一生懸命「今まで通りの仕事をしますから回してください」と頼んで回っているというのですから、これは残りのスタッフもいつまで続くか興味が尽きないところではあります。

しかし医療費削減政策の厳しい中、とりわけ公立病院すなわち赤字という時代ですから経営が厳しいのは仕方がありませんが、何故こうまで公立病院から医者が逃げていくのかということですよね。
こちらはある程度大きな基幹病院ですが、あからさまに無理目な計画で突っ走った挙げ句に当然というべき経過を辿って順調に崩壊一直線といったところのようです。

病床154、医師19人に減少へ(2009年6月9日読売新聞)

10月開業の北秋田市民病院 津谷市長、赤字補填方針も示す

 北秋田市は8日、10月にオープンする北秋田市民病院について、病床数を当初予定していた320床から154床に減らし、医師数を当初の31人から常勤医、非常勤医合わせて19人で開業することを決めた。医師確保の見通しが立たない中で病院建設を進めた結果、計画変更を余儀なくされた。8日に開かれた市議会全員協議会で、津谷永光市長が病院の運営方針の変更を説明した。

 病院を運営する指定管理者のJA秋田厚生連に対し、岸部陞前市長は「赤字の穴埋めはしない」との考えを示していた。しかし、津谷市長は、2009年度は約3億5000万円、10年度は約3億8000万円の赤字が見込まれ、方針を一転させ、赤字を補填(ほてん)する方針を示した

 また、当初は厚生連が半額を負担するとしていた建設費の企業債の利息分と減価償却費についても、全額負担することとした。

北秋田市民病院:市、赤字補てんの意向 議会「方針転換」と反発 /秋田(2009年6月9日毎日新聞)

 今秋開院の北秋田市民病院について北秋田市は8日、議会全員協議会で、病院の指定管理者である県厚生連に対して従来の方針を転換し、市側が赤字を補てんするなどの考えを示した。議会側は「これまでの市方針と全く違う」として反発。開院を来春以降に見直すべきだとの意見が出された。

 ◇年3億5000万の赤字見通し

 津谷永光市長は方針転換の理由を「半年後にオープンとなるが、いまだ必要医師確保に至っていない。市民が地元で医療を受けられるよう考慮し、指定管理者への方針を変えたい」と説明。これまでの「補てんはしない」から「年度協定書で不足額が生じた場合は追加する」とし、さらに開院後2年間は、年間約3億5000万円の赤字となるとの経営見通しも示した。

 また、前市長が任期中に目指した県厚生連との病院管理基本協定締結は「現在、協議中」と答えた。

 これに対し、議会側は「市側からの財源持ち出しが多過ぎる。今秋オープンにこだわらず来春以降でもいい」と意見が出たが、津谷市長は「10月オープンで進めており、医師確保は全身全霊であたる」と理解を求めた。

 同病院は、当初計画の医師数は31人だったが、オープン時は医師19人(常勤医15人、非常勤医4人)でスタートすることが決まっている。【村川幸夫】

スタッフの集まるあてもなく適当に定員と病床数を設定し、結局集められずにどうしようかって、これだけの大きなお金をつぎ込んでやる事業に対してあまりに杜撰すぎるんじゃないでしょうかね。
しかし赤字補填と言いますが、今どきこの手の病院で儲けが出るとでも思っていたのであればそちらの方が大きな問題かなと言う気がしないでもないのですが…
ちなみに同じ秋田ではこちら厚生連病院も例によって医師の減少、累積赤字とおきまりのコースを辿っているようです。

厚生連病院も苦境 /秋田(2009年06月08日朝日新聞)

 県内の医療を支えてきたJA秋田厚生連病院(9病院、小棚木章理事長)が全国の多くの病院と同じように、経営難にあえいでいる。3年連続で赤字を計上する見込みとなったため、県がこのほど、初めて運営費約億5千万円を補助した。ただ、収支改善の特効薬はなく、見通しは明るくない。(伊藤綾)

 厚生連病院のひとつ、八郎潟町川崎の湖東総合病院。平日の午前中、循環器科の待合室は順番を待つ外来患者であふれた。

循環器科は2人いた常勤医が退職し、4月から常勤医不在の状態だ。ほかの病院からの応援を受けて診察を続けているが、週5、6日の外来は4日に減り、入院患者の受け入れもできなくなった。

 近くに住む女性(66)はこの日、午前10時に循環器科に来院。受診を終えたのは午後2時近くだった。眼科、整形外科、泌尿器科にも通う。「大きい病院は安心感がある。ここが無いと困る

 湖東総合病院の07年度の累積赤字は約5億7千万円。単年度で約5400万円の黒字だったが、循環器科、整形外科、外科の計4人の常勤医が3月で去り、患者減で今年度の赤字転落は必至だ。

 小玉雅志院長は「重篤な疾患なら秋田市内の専門医へ、という場合も出てくる。医療の質の低下は避けられない」と悔しさをにじませる。

 病院は築40年以上。水道管が破裂して床に水たまりができ、配線の老朽化で停電する。病室や検査室が雨漏りすることもある。今年、新築工事を始める予定だったが、経営難から見送られた。

 県立の総合病院がない県内で、厚生連病院は、一部採算が合わず民間が担いきれない「政策的医療」も行い、24間態勢で救急患者を受け入れるなど、地域医療の中核を担ってきた。一般病床数は県内の病院全体の約4割に上る。
 しかし、経営は厳しくなる一方だ。06年度は病院全体で約24億円、07年度は約13億円の赤字。09年度も、すでに約7億7千万円の赤字を見込む。

 県は08年度一般会計補正予算で約13億5千万円を補助した。これまでに建築費や政策的医療への補助はしてきたが、今回は初めて、事実上の運営費に県費を投入した。

3期連続で赤字になると、金融機関から出資を受けられなくなり、JAを管轄する農林水産省から業務改善命令が出される恐れがあったという。出資がなくなると、事業継続が困難な病院が出る可能性もあったという。

 厚生連が赤字の主な理由に挙げるのが、診療報酬のマイナス改定と医師不足による患者数の減少だ。老朽化に伴う病院の建設費もかさんだ。小棚木理事長は「不必要な経費は削っているが、人件費をカットすれば、医師・看護師不足に追い打ちをかけることになる。民間の経営努力が及ばないところまで来ている」と話す。

 「2、3年後にまた赤字を埋めることになるのではないか」。経営改善計画を提出させずに県が補助を決めたことなどについて、県議会からは疑問の声も上がった。

 これに対し、県は今年度中に10年度からの経営改善計画を提出するよう求め、一定の経営努力を促すことにした。今回の補助は「地域医療を支えるためにやむを得ない出費」と受け止めている。

どれも判で押したように公立病院、赤字、医師の離職…と全く同じ構図が並んでいることに留意ください。
赤字に関してはいろいろと事情もあって一概に自治体が悪いとばかりも言えないにしても、どうしてこうまで医者が公立病院から逃げ出していくのかということが気になりますよね。
特に最近ではあちこちの公立病院からの医師集団離職というのが珍しくありませんが、さすがにこうまで起こってくると何かしらおかしいんじゃないのか?と考えるに至った人々も出てくるようで、こちらの記事も紹介してみましょう。

木古内町国保病院、外科医1人退職へ(2009年6月9日函館新聞社)

 【木古内】医師の退職に歯止めがかからない木古内町本町708の木古内町国保病院(松谷茂幸院長)で8日、新たに常勤外科医1人が30日付で退職することが明らかになった。さらに院内の薬剤師1人も15日付で退職することも判明。来年5月オープン予定で新・木古内町国保病院の移転改築工事が進む中での事態に、関係者から不安の声が上がっている。

 8日に開かれた町議会総務・経済常任委員会(吉田忠義委員長)へ大森伊佐緒町長が報告した。退職理由に「一身上の都合」を挙げ、「引き続き関係機関を通じて、また、有料広告などの周知で医師の確保に努めたい」とした。

 議員からは「建物が立派になっても先生(医師)がいなければどうしようもない。医療サービスの低下は免れない。問題解決は新病院が完成してからでは遅い」などの声が聞かれた。

 今年1月27日の同委員会で医師不足問題が表面化。3月末付で常勤医8人のうち2人(小児科・内科)が退職し、今回の退職で残り5人となる。薬剤師は3人から2人となる

 退職理由はいずれも一身上の都合だが、「これだけ短期間に退職者が続くのは異常。病院内に何らかの理由があるのではないか」と疑問視する議員もいる。これに対し、大森町長は「医師本人の事情があっての退職。病院経営の在り方を院長も含め、医局体制をしっかり話し合っていかなければならない」と話している。

 これまでは新病院でも院内薬局を継続する見通しであったが、薬剤師の減少を受け、医療法の基準から新病院では院外薬局に計画を変更せざるを得ない状況になりつつある。大森町長は薬剤師の確保も急務とした上で、「医師同様、全国的に薬剤師不足も深刻。開業(オープン)を優先し、院外薬局の方向で進めたい」と理解を求めるが、院内薬局を望む町民の声は少なくない。

 「医療サービスは維持できると思うが、今後、勤務の負担が予想され、これが理由となってさらなる退職者を生むことが心配」と危ぐする関係者もいる。

 渡島西部地域の救急医療の拠点としても位置づけられており、築年数36年で建物の老朽化が激しく、現在位置南西側手前(海寄り)に4階建て延べ床面積約7500平方メートルの新病院の移転改築工事が行われている。

いや、スタッフがどんどん減っているのに医療サービスを維持させようとしている時点で逃げ出す理由に気付けよと(苦笑)。
そもそも失礼ながら、函館からも遠く離れた僻地の公立小病院で喜んで勤務したがっている人間というのがそんなに大勢いるものだと議員さん達はお考えでしょうか?
北海道といえば日本でも特に医師不足が目立つ地域の一つと言いますが、こうした中小病院で一人抜ければそれだけで単純に業務量が何割増しかになるわけですから、今の時代わざわざ踏みとどまって先の見えない泥沼の消耗戦に突入しようなどと腹をくくっている人間こそ珍しいのではないかと思いますが。
非専門職スタッフにとって地元の公立病院は貴重な就職場所なのかも知れませんが、医師を初めとする専門職にとっては単に労働環境も生活環境も悪い職場に過ぎないという現実をまず直視しないとどうしようもないと思いますけれどもね。

しかし全国各地でこうも公立病院から医者が一斉に逃げ出していくというのも不思議なことだと思われた方がいらっしゃるとすれば、むしろ何故今まで公立病院に医師が勤務していたのかということを考えてみなければなりません。
何度も言うようですが、医師にとって公立病院勤務というのは(よほどの特殊な場合を除いて)まずもって望んで行うような性質のものではないということを認識しておく必要があります。
医局人事全盛時代であればそうした終わっている職場であっても半強制的に医師派遣が行われていたわけですが、まさにそうであるからこそ公立病院経営陣の中には未だに「医者など医局からいくらでも送られてくるもの」という驕り高ぶった気持ちを持つ人々がいるようで、これが今どきあり得ない公立病院の医師に対する冷遇の一因ともなっています。
給料が安い、どうでもいい雑用ばかり回ってくる、おまけにやってくる患者といえば…な状況において、何が楽しくてわざわざ公立病院勤務などしなければならないのかということです。

基本的に今の時代どこに行っても医師に対する求職はありますから、わざわざ待遇も労働環境も悪い公立病院に永年勤務したい人間というのは収益度外視で特殊な医療でもやりたいという事情でもなければ、それこそ公立病院しか行き場のない人間だけという可能性も考えておかなければならないでしょうね。
そういう人間はまずもって一人分の労働をしているとも思えないし、そうでなくとも色々と周囲に尻ぬぐいを押し付けている可能性が高いですから、ただでさえ雑用の多いその他の医師にとっては「やってられるか!」となっても全く不思議ではないでしょう。
それに加えてこのところどこの公立病院でも赤字削減だ、経営改善だと斜め上な思いつきを次から次へと現場に押し付けてきていたりするのですが、これがまた医師達に余計なストレスを与える原因になっていることがしばしばあるのですね。
そのくせ医者の側からこうしたらもっとうまくいくと要求したところで「いやそれは前例がありませんから」とすげなく拒否ということであれば、それはまともな医者ほどモチベーションの保ちようがないというのも当然ですよ。

ど田舎僻地の公立病院でもちゃんと医者を集めて地域医療をしっかり行っている施設もあるわけですから、「医局が医者を送ってくれない」などと泣き言ばかり言う前にまず自助努力ということをするのが当然ですよね。
現場の声に真摯に耳を傾け、問題点は放置せずきちんと改善し、何より医者など専門職スタッフがその専門性を最大限発揮できるよう非専門職が全力でバックアップするという当たり前のことが出来ている公立の施設が、今全国でどれだけあるものでしょうか?
公立病院が赤字まみれという状況は政策的な面も確かにありますから全く同情の余地無しとは言いませんが、多くの公立病院から医者が相次いで逃げ出して行っている現状ははっきり言って自業自得で同情の余地がないと思いますね。

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2009年6月15日 (月)

国保崩壊間近 ~ 皆保険制度破綻の意味するものは

先日は毎日新聞が危機的状況にある国保に関して記事を出していましたが、結構興味深い内容でもありますのでこちらで紹介しておきます。

国民健康保険:保険料格差3.6倍…市区町村・本紙調査(2009年6月8日毎日新聞)

 08年度の国民健康保険(国保)の保険料で、最大3.6倍の地域格差が生じていたことが、毎日新聞の全市区町村調査でわかった。自営業者や農漁業者のほか、年金生活者や失業者の加入が多い国保は「国民皆保険」制度の根幹だが、国の医療保障政策として公平性に問題があると批判も出ている。また126市町村(7.0%)が、所得の20%以上の保険料を集め、うち2市町では25%を超えていることも判明した。

 無保険は保険料滞納で生じるため、全1794市区町村(2広域組合を含む)の07、08両年度の実態をアンケートなどで調べた。06年度の厚生労働省の調査で、国保加入の1世帯あたりの平均所得は166万円だった。同年度までの10年間で約220万円との間を推移していることから、「世帯所得200万円で、40歳代夫婦と未成年の子2人の4人家族。固定資産税額は5万円」というモデルを設定し、年額の保険料算出を求めた。このモデルでは計算不能な住民税方式を採用するなどの39市区町は除外した。

 08年度の最高額は、大阪府寝屋川市の50万4030円で、北海道喜茂別町の50万2500円、福岡県矢部村の49万800円が続いた。最低額は東京都青ケ島村の13万9900円。続いて神奈川県開成町の16万2560円で、20万円未満が9町村あった。

 寝屋川市では、子どもが1人増えるごとに4万2160円ずつ増額される。今回のモデルで所得を400万円に設定すると、同市の保険料は65万円になる。

 全国平均額は、08年度で前年度比4.0%増の32万5165円だった。前年度から値上げしたのは、801市町村で、値下げは458市町村。値上げ額の最高は、和歌山県湯浅町の19万9120円(74.5%増)で、204市町村が5万円以上を増額していた。

 保険料高騰の原因については、被保険者の高齢化と医療高度化による医療費増を挙げる自治体が多かった。90年代以後に増加した失業者や非正規雇用労働者が国保へ移り、運営を困難にしているとの指摘もあった。

 今後の国保運営のあり方も聞くと(複数回答)、39.5%が国費投入の拡大が必要とし、35.4%が都道府県単位や国単位の広域化運営を求めた。サラリーマンや公務員が加入者で運営基盤が比較的強固な被用者保険との一体化を、21.5%が望んだ。保険料引き上げは滞納を増やす結果ともなるため、一層の増額が必要との声は1.1%しかなかった。【「無保険の子」取材班】

 ◇国民健康保険の保険料

 自治体によって保険料、保険税として集める。内容は、医療分▽後期高齢者支援金分▽介護保険分(40~64歳が対象)で構成され、3種を合計して算出する。3種とも、(1)所得割り(2)資産割り(3)平等割り(4)均等割りの4種の保険料からなることが多い(4方式)。所得割りと資産割りは、世帯ごとの所得や固定資産税額に一定料率をかけて算出。平等割りは1世帯ごとに割り当てる一定額、均等割りは一定額に世帯の人数を掛けたもの。これに対し、住民税額を基に算出する方式もある。滞納世帯は08年度に20%を突破した。

 ◇解説…空洞化する国民皆保険

 毎日新聞の全市区町村調査で判明した国民健康保険(国保)保険料の3.6倍に上る地域格差は、国費投入を削減しながら、自治体に財政健全化を迫ってきた国の政策の結果だ。一部で所得の4分の1に及ぶ高額な保険料は、「無保険の子」問題をはじめとして低所得層を医療から遠ざけ、半世紀に及ぶ国民皆保険を空洞化しつつある。

 7割が赤字という国保財政の逼迫(ひっぱく)の背景に、国保の構造変化がある。職業別の加入世帯(06年度)は20年前と比べ、無職者が54.8%(86年度は25.5%)に急増。自営業者は14.5%(同29.8%)に落ち込んだ。リストラによる失業者や年金生活者ら社会的弱者が多く、国保が福祉の根幹をなんとか支えているのが現実だ。

 これに対し、国は「給付と負担」を原則に、運営主体の自治体に滞納を減らして収支改善を迫る小手先の対策しか示せていない

 84年に国保への国庫補助を削減。保険料に介護保険分を上乗せした00年度には、滞納者への給付の一時停止措置も義務化した。しかし、保険料上昇が滞納につながる悪循環も招き、08年度には滞納世帯が20%を突破した。同年度には、国保の運営改善を狙い、75歳以上を別枠に移す後期高齢者医療制度を創設したが、財政難から45%の自治体が保険料の値上げに動いた。

 調査では、保険料を高額設定せざるを得なかった自治体から、国に対する批判も多かった。国費投入拡大や他の保険制度との一本化など抜本対策を示さない限り、国は不作為のそしりを免れない。【竹島一登】

今どき地方で国保加入者と言えば基本的に大した収入もない高齢者や無職者が非常に多くなりますから赤字化するのは当たり前なのですが、そこへ持ってきて国庫補助を減らしてきたものですからそれは財務状況が厳しくなってくるのは誰にでも判ることですよね。
その上保険料は年々値上がりするばかり、「金を払わなければ保険を使わせなくしろ」と未払いには徹底して強硬論で対処せよというのですから、それは無保険者が続出するのも当たり前の話ではあるでしょう。
保険料支払いに関しては以前にも書きました通り減免措置というものが多くの場合に用意されていますから、状況が差し迫る前にまず自治体に対してそれらの問い合わせを是非とも早急にしていただくのがよろしいかと思いますね。

さて、これに関連してまた面白いことを言いだしたなと思って見ているのがこちらのニュースです。

国保保険料、上限引き上げ=中所得層の負担軽減-厚労省検討(2009年6月14日時事ドットコム)

 厚生労働省は13日、自営業者らが加入する国民健康保険(国保)の年間保険料の上限額(現行69万円)を2010年度、大幅に引き上げる方向で検討に入った。中小企業のサラリーマンらが加入する全国健康保険協会管掌健康保険(協会けんぽ)と同額の82万円を選択肢の一つとする。高額所得層の保険料を増やすことで、国保財政の悪化により最もしわ寄せを受ける中所得層の負担軽減につなげる狙いがある。

前述のような事情もあって個人的に感じることに、今の医療の現場で最も問題になっているのが中所得者の負担がどうこうよりも低所得者が保険料を支払えず無保険化していることなんじゃないでしょうか。
国民皆保険制度の良かった点の一つとして、とりあえず保険証さえあれば一定額の完全取りっぱぐれというリスクがなくなるというメリットが医療機関側にあって、そのことが患者受け入れに際してそれなりに良い方向に働いていたことは場末の医療機関で働いた経験のある人間ほど感じていたのではないかと思います。

一昔前はそれこそ行き倒れくらいでしかお目にかかれなかった無保険者が今の時代には結構当たり前にやってくるようになる、そして当然ながら保険料も払えないような人々は医療費も支払えない可能性が高いわけで、何のことはないマスコミの大好きな「諸外国並みの医療」というのはこうしたところからすでに実践されつつあるのですよね。
何しろ情報の伝わるのが早い時代ですからこうしたノウハウもあっという間に広まっていきますが、ようやく医者という人種も医療におけるコスト意識に目覚めたかと考えればそれなりに国としては喜ぶべきことなのかも知れません。
しかしかつての牧歌的な時代に存在していた「医者は金のことなど考えず患者を治すことに専念すべし」といった話が通用しなくなってきていることは、国民一般にとって果たして本当に「医療財政改善の見込みが立った」などと喜ぶべきことなのかどうかですよね。

他方で金融機関などでは他業種に比べて給与も良い一方で採用に当たって身元などを厳しく調べるという話を聞きますが、目先のお金に困っていないくらいの生活のゆとりがあるからこそ目先の小欲にそそのかされたりせず他人のお金を正しく扱えるのだという考え方も当然あるんだろうと思いますね。
そんなことから考えますと最近ネットではいわゆる医療崩壊系諸問題への警鐘というのはむしろかつてと比べて下火になりつつあるように見えますが、医療の当事者がすでに(物理的にも心理的にも)他人の世話まで焼いていられるような段階ではなくなってきているとすれば、これは医療の利用者たる国民にとってもかなり末期的なのかなと思わざるを得ません。

「春の建議」に異議―医学部長会議が提言(2009年6月11日CBニュース)

 全国医学部長病院長会議(会長=小川彰・岩手医科大学長)は6月11日、東京都内で記者会見を開き、3日に財政制度等審議会(財政審、財務相の諮問機関)がまとめた「2010年度予算編成の基本的考え方」(春の建議)に関する提言を公表した。提言では、「低医療費、低教育費」を他の先進国並みのレベルに引き上げることや、医学や医療の政策に規制的な手法を用いないことを求めている。同会議では近く、麻生太郎首相や与謝野馨財務相らに提出する方針。

 提言では、▽地域や診療科間の医師偏在を是正する方法として、「定員制などに関しての『規制的手法』の導入」が盛り込まれたこと▽「基本方針2006」で示された社会保障費の自然増2200億円の抑制を堅持する方針を示したこと▽政策の失敗が明らかになった際の責任の所在を明確にする必要があること―の3 点から建議を問題視。「安心社会の実現」を目指そうとする政府の方向性は正しいとした上で、これを実現するため、医療費などの引き上げや「医学医療政策に規制的手法を導入しないこと」を国に要望している。

■「この国が恐ろしいことを国民が知らな過ぎる」―嘉山委員長

 財政審の建議を受け、9日の政府の経済財政諮問会議で「基本方針2009」の素案がまとまったことから、小川会長は「国を誤った方向に導かないためにも、声を出す必要がある」と、提言をまとめた経緯を説明。また、専門委員会の嘉山孝正委員長(山形大医学部長)は、財政審の委員には医療関係者が皆無に等しいことから、「この国が恐ろしいことを国民が知らな過ぎる」と強調し、「(医療の)素人が全く検証もしないで、風聞などで国家政策を決めている財政審が骨太(の方針)をつくっていることに、悲しみを感じるし、驚きを禁じ得ない」と怒りをあらわにした。
 嘉山委員長はまた、財政審財政制度分科会の部会の議論の中で、「すべての大学が満遍なく診療科目を持つのではなく、例えば産婦人科を中心に育てる大学などがあってもよい」などの意見があることを指摘し、「こういう思い付きの、現場が全く分からない人が意見を言って、それがまとまって予算が付く。これは恐ろしいことだ」と語気を強めた。

桃井真里子 日本の救急医療の実態(2009年06月10日朝日新聞)

 日本の救急医療について、です。厚生労働省は02年、「医療機関における休日および夜間勤務の適正化について」という通達をだしました。それによると、(1)労働基準法における(医師の)宿日直勤務とは、夜間休日の電話対応、火災予防などのための巡視、非常時の連絡などにあたることを指す(2)業務はほとんど労働する必要がない業務のみであり、病室の定時巡回(途中略)などの軽度または短時間の業務に限る(3)夜間に十分な睡眠が確保されなければならない(4)宿直勤務は週1回、日直勤務は月1回が限度(5)宿直勤務中に通常の労働が頻繁に行われる場合は、宿日直勤務で対応することはできず、交代制を導入するなど態勢を見直す必要がある、という、勤務医から見ると大変白々しい通達を出しました。
 実際には、大部分の宿日直医師は、日中から救急診療に継続的に従事し、睡眠時間などはなく、翌日も勤務する36時間連続勤務です。救急患者の診療が「軽度で短時間の業務」であるはずはなく、多数の医師がいる昼間よりも、高度の判断力と重度の緊張と集中力を要する業務です。
 つまり、救急専門の医師がいる少数派の病院以外は、本来なら「軽度で短時間の業務」しかできません。にもかかわらず、現状では軽度で短時間な労働に見合うわずかな報酬しか得ていない宿日直医によって担われているのです。「わかりました」と通達に従ったら、日本の救急医療のほとんどが消滅します。
 現状の月8回当直を通達通りにするには倍の医師が必要ですが、今でも勤務医不足で交代勤務制など不可能です。医師がいたとしても、雇うにはそれに見合う診療収益の保証がなくてはできません。通達を実現するにはどれだけ医療費が必要なのか、国は計算すらしていません。
 必要な医師数を計算せず、医師を雇用した場合の医療経済も保証せず、単に通達だけ出してあとは病院で努力してね、で終わりの医療行政では日本の医療の明日はありません。明日があるようにするには、また、国民の医療安全を確保したいなら、医療財政の増大の理解を国民に求める必要があります
 医師の労働搾取で成立しているような、医療安全からは程遠い日本の救急医療の実態を理解されたら、医療費削減政策の危険性はご理解いただけるはずだと思います。(自治医科大学とちぎ子ども医療センター長)

必ずしも医療費支出を増やせば全ての問題が解決して万々歳と言えるほど現状は簡単な話でもないわけですが、「少なくとも今の路線では近々日本の医療は破綻しますよ」ということに関しては既に多くの医療従事者がそれぞれの立場から警告はしたと考えているのも確かなのでしょうし、その意味ではボールは既に医療の側から離れていると思っている人間も多いと思うのですね。
今やそれを受ける側がどう考え、どういうリアクションを見せてくるかというあたりに注目が集まっているというわけなのですが、その一方の受け手であるところの国民世論を主導するマスコミの情報発信がどのようなものかと言えばこんな感じですからね(苦笑)。

【日曜経済講座】論説委員・岩崎慶市 開業医と勤務医の診療報酬配分 (2009年6月14日産経新聞)

 ■納税者の視点で見直せ

 来年度が医師の人件費に当たる診療報酬改定年とあって、早くも日本医師会などが医師不足解消を理由に大幅引き上げ論を展開している。国民に分かりにくい診療報酬の仕組みを検証し、そのあり方を考えてみたい。

 ◆医師会の主張は正当か

 国民医療費は高齢化の急進展で10年後には20兆円も増加し、56兆円に達すると見込まれている。その財源内訳は現在、保険料が49%、税金が37%である。患者負担は14%だから、大半をまかなっている国民負担が急増することになる。

 では、使途はどうかというと、ちょうど50%の16・5兆円が医師などの人件費、21%の7・1兆円が医薬品、残りが医療材料、光熱費などである。医師などの人件費、つまり診療報酬には多額の税金が注ぎ込まれていることを、まず国民は認識せねばならない。

 同じように税金を財源とする公務員給与と比べるとどうか。前回のデフレ局面以降、診療報酬の引き下げ幅は民間準拠を建前とする国家公務員給与のそれよりはるかに小さかった。いや、2年前の改定では逆に引き上げられたのだった。

 民間は今、急激な景気落ち込みにより給与削減だけでなく雇用不安にも直面している。そうした中で医師の給与をさらに上げよ、という主張を納税者が簡単に納得できるだろうか。

 ◆医師不足の本質は偏在

 医師不足解消という大義名分も説得力に欠ける。すでにこの2年間で医学部定員は1割以上も増員され、医師会が求めていた医師数は確保される。だが、これで医師不足は解消されまい。問題の本質は別にあるからだ。

 それは多くの識者が言うように病院勤務医と開業医、地方と都市部、産婦人科と内科など診療科の間にある偏在である。その構造を支えているのが診療報酬のいびつな配分であり、ここを大胆に見直さない限り、医師数を増やしても偏在は拡大するだけだろう。

 例えば勤務医と開業医の年収格差はグラフを見れば明らかだ。勤務医の1415万円に対して個人開業医は2804万円とその差は2倍だ。医師会調査でも勤務医が開業医になりたい主な理由は「激務が給料に反映されない」だった。

 これについて医師会は税金や借入金返済などを差し引くと、平均年齢59歳の個人開業医の手取り年収は1469万円だと反論する。勤務医だって税引き前の数字だし、借入金についても一般の会計手法とは違っている。

 何よりこの理屈はサラリーマンに理解しがたいだろう。開業医には定年がない。医師会はサラリーマンには退職金があるというが、多くはそこから住宅ローンを完済し、残りを老後の蓄えとする。開業医は週休2・5日、時間外診療も往診もほとんどせずに、この高報酬をずっと維持できるのだ。

 ◆米の報酬体系は真逆

 他の先進国はどうか。米国でも医師の高報酬が問題になっている。今春、米社会保障庁を訪ねたら、「医師会がロビー活動団体の登録をするなど、政治力が強くて報酬を下げられない」と頭を抱えていた。ただ、その報酬体系は表が示すように日本と真逆だった。

 日本の開業医に似た家庭医の年間報酬を1とした場合、勤務状況が厳しく訴訟も多い産科は1・44、高度医療の放射線介入診断が2・44など、専門性が高く勤務が厳しい診療科ほど報酬が高い。報酬体系としてはこれが常識だろう。

 日本も優遇されすぎた開業医の診療報酬を大胆に削り、その分を不足する勤務医や診療科に配分すれば、診療報酬全体を上げなくても医師不足はかなり是正される。それができないのは、配分を決める中央社会保険医療協議会(中医協)に問題があるからだ。

 中医協はかつて改革が行われ、公益委員や健保団体の代表もいるにはいる。だが、開業医を中心とする医師会の影響力が依然として圧倒的だ。大胆な配分見直しを断行するには、納税者が納得できるような別の機関か中医協を主導する場が必要なのではないか。

 さらに、医師には教育段階から多額の税金を投入している以上、配置規制も考えねばならない。米国は専門医制度での資格取得で診療科間の調整を行うし、ドイツでは保険医(開業医)開業に対し地域や診療科ごとに定員規制を設けている。日本ほど自由な国はないのだ。

 もちろん、欧米とは制度の成り立ちが違うから、診療報酬体系も配置規制も単純に比較はできない。しかし、納税者の視点を欠いた護送船団的“医療村”だけに任せておいては、医師不足解消も国民負担抑制もままなるまい。

いやしかし、今どきちょっとそれはどうなのよ?と思うような突っ込み所満載でどこから突っ込んでいいのか迷うくらいなのですが、やはり医療報道に関して並 ぶ者なしとも言われる産経新聞だけのことはあると称讚しておくべきところなのでしょうか…いや、結構愉快なんで好きなんですけど(苦笑)。
しかしこうまで政府主張丸写しなのはともかくとしても、「護送船団的」に守ってもらってきたのが果たして誰だったのかということなど、大好きな国際比較とやらをやってみればすぐに判りそうなことなんですけど、ねえ…
別に特別高尚な待遇など求めなくとも、おっしゃるように諸外国並みにしていただけるだけでも医療業界にとっては素晴らしい福音になるんじゃないかと思いますよ(苦笑)。

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2009年6月14日 (日)

今日のぐり「よこた手打ちうどん店」

岡山県は総社市の市街地外れに、知る人ぞ知る古代山城「鬼ノ城」というものが存在します。
古代に温羅(うら)なる異国の鬼神が籠もり周囲に仇をなしたという「温羅伝承」はいわゆる桃太郎伝説のモデルになったんじゃないかとも言われるものですが、白村江の敗戦以降西国各所に築かれた防衛拠点の一つではないか?などとも言われながら古代正史には登場しないという謎めいた施設でもあります。
それはともかく、ここの山麓にある砂川公園(結構楽しいところです)から山頂までおよそ3km余りの山道が「鬼ノ城ウォーキング」などと言って手頃な登山道として近年密やかな人気を集めているようです。
これはこれで良い運動になるのも確かなんですが、今回ものは試しにと「もう一つの登山ルート」の方にチャレンジしてみました。

スタート地点である山麓の砂川公園から出たところで道が二股に分かれておりまして、右に行くと鬼ノ城、左に行くとゴルフ場などと看板が出ています。
通常は右側の舗装路を通って登っていくわけなのですが、実はこの道を左に進みますと途中に「砂川の森公園」という紛らわしい名前の公園がありまして、砂川公園と比べるとこの公園の存在自体が全くと言っていいほど知られていません。
何しろ公設トイレと僅かばかりの遊具がある程度で特に目立った施設もなく、しかも焼肉もキャンプも禁止と来れば何の役に立つのかという疑問が先立つほどなんですね。
しかもこの公園、自然にふれあうと言えば聞こえは良いですが、あちこちに「マムシに注意」という看板が乱立していることを見ても判るとおりに半自然状態ですから、これでは砂川公園界隈にたむろする家族連れにそっぽを向かれるのもやむなしだとは思いますね。

さて、この砂川の森公園を貫いて管理道路(何の管理?)なるものが走っていますが、本日はこちらをひたすら歩いて進みます。
このあたりはまだ細いながらも舗装道路で車が通れるようになっているところなのですが、やがて小さな車止めのスペースで道路が行き止まりになっていて、ここから怪しげな林道が延びているのですね。
これこそ鬼ノ城山界隈のマップに記載されているもう一つの登城ルート「遊歩道」のスタート地点なのです。

「この道を通ると色々と妙なことに遭遇するらしいよ」
「へえ、なんで?」
「そりゃUFO道ってくらいだから」

それほどにも恐ろしい人外の存在であるこの遊歩道ですが、ビジターセンター遊歩道マップを見てみると興味深いことが判ります。
この遊歩道入り口地点から鬼ノ城までの距離は砂川公園から鬼ノ城までと大差ないのですが、マップによれば歩行に要する時間は後者が50分ほどに対して前者は70分ほどになる計算なんですね。
やはり「マムシ注意」がそのあたりの謎を解く鍵ということなのでしょうか?

090429_12060001 何はともあれケモノ…もとい、遊歩道に足を踏み入れてみますと、しばらくはそれなりに道っぽい道 が続き、足許も下草が少なくそれほどひどい状況というわけではありません。
「なんだ、大したことないんじゃないか」と思いつつしばらく進んでいきますと、やがて道筋もあやしくなり単に木が生えていないだけの獣道状態に…090429_12190001
この逆境にめげずにしばらく進んだところで唐突に道が二股となり看板が立っているのですが、これがまたふるっています。

「鬼ノ城右。正面は遊歩道ではありません。看板を確認」

いやいやいや、右も正面もどちらも遊歩道などと呼べるような状態の道では到底ないと思うんですが…
いずれにしてもここで看板に従って右折しますと、いよいよ本格的な山登りコースの始まりです。
と言いますか、それまで多少なりとも手を加えるなりして「道」として作っている形跡があったのですが、ここからは単に「人が通った形跡」にしか過ぎないという状態なんですね。
一歩一歩足場を確かめつつ進んでいきますが、倒木が行く手を遮っていたり崖ごと道が崩れかけていたりと「最後に誰かがここ通ったのいつよ?」と言う有様。

この界隈、やたらとハチが飛んでいるのにも閉口しますが、幸いにもスズメバチではなくクマバチです。
このクマバチという生き物には面白い話があって、あのずんぐりむっくりの丸い胴体にあり得ないほど小さな羽根でどうやって飛べるのか、航空力学的にはあり得ない話だと長年の謎とされてきたんですね。
実際には非常に大人しい種類のハチでそもそもオスには針すらないと言いますから人間に害を為すようなものではありませんが、まとわりつく羽音だけでそうした鑑別が出来るわけでもありませんから実際には視線での確認は必須ということになってしまいます。

そもそも道なき急斜面を登るわけですから息も切れようというものですが、こちらはいつマムシが出るかと必死で周囲の気配を探っている状態ですから、落ち着いて汗を拭う暇もありません。
周囲からカサコソと音が聞こえてくれば振り返り、下生えを何かが走り抜ける気配を感じては立ち止まりと進んでいくうちに、突然開けた場所に出ました。
全く人工物の気配のなかった山中に忽然と現れたのは…確かにこういう場所に立っているものではありますが、実際に見てみればどうにも場違いな印象の拭えない高圧電線の鉄塔です。
090429_12240002 いやしかし「危ないから登ってはいけません」と言われても誰が登りますかね、この状況で…?

ここから更に進んでいきますと次第に森が深くなり、やがて何やら水の気配が感じられるようになってきました。
そんな頃合いに何の前触れもなく目の前に現れたのは明らかに人工物らしい塩ビ管が地面から突090429_12360001 きだして水を吐いているというシュールな光景なんですが、これは一体何なんでしょうか?
まさか山水代わりの給水設備のつもりだなんて言うのであれば、あまりに唐突すぎて心の準備も何も出来ないのですが…

関わり合いになるのもどうかと言う感じで、当方としてはこんなこともあろうかと腰にぶら下げた水を飲みながら当座無視して進むことにしましたが、しばらく進みますとまた看板です。
090429_12380002 「右:経山城址 正面:ウォーキングセンター」とありますが、いやどうも正面の道が二股に分かれているように見えるのは気のせいなんでしょうか…
おそらく正面右の方はたまたま本当の獣道がそれっぽく見えているだけなんでしょうが、正面左の本来の遊歩道も大差ない状況ですから、これは見事なトラップですね。

さて、ここまでくればそろそろ車の音が聞こえてくるような状況になってくるだけに当方もすっかり気が急きながら足を進めていましたが、道の角を曲がった瞬間にそれと遭遇してしまいました。
前方の獣道…もとい、遊歩道の上に、明らかなケモノの姿が見えていたのです。
茶色っぽい毛並みでイタチや猫よりは大きい、かといって狸でもない…これは写真を撮らねばと動いた瞬間に気配を感じたのでしょうか、そのケモノは山の中に消えていきましたが、見たところ犬科のようでしたから狐なのでしょうか?
後に調べてみますと分布域としてはこの界隈に出没することもあり得ないわけではないようですが、プロポーション的には狐というより野生化した犬だったのかも知れませんね。
ちなみにケモノが立ち去った場所まで進んでみると明らかに出来たてほやほやといった風情の排泄物が一山転がっていましたが、さすがにこれを写真に納めることは遠慮しました…

090429_12420001 結局本来の登山ルートである車道まで出てきたところはと言えば民家の裏手の路地のような場所ですから、これは下から登ってくるのでないと誰も気付きませんよね。
ちょうど休日になると交通整理に立っているおじさんと目があったので会釈をしておきましたが、肩で息をしながらいきなり森の中から現れた当方はさぞや怪しげな人物に見えたことでしょう。
確かにこんな道を歩いていれば時間もかかるのは納得できますが、それ以前に啓蟄を過ぎた時期に通りたくなるような道では正直ないですかね…

今日のぐり「よこた手打ちうどん店」

総社市内中心部近く、国道沿いの広い駐車場がある昔から評判の老舗うどん屋がこちら「よこた」です。
見た目はいかにもうどん屋という感じの店構えなのですが、中に入ってもなかなか年期を感じさせる調度がよろしいというところでしょうか。
この日は食事時もずいぶん過ぎたアイドルタイムですが結構客は入っているのはさすが老舗の人気店という感じですかね。
こちら釜飯とうどんのセットも人気なのですが、これをやると量的にかなりのことになりますので「ぶっかけ冷うどん」を単品で頼んでみました。

ぶっかけと言うと軽く一杯という感じの店が多いですが、ここのぶっかけは結構腹にたまりますね。
まず第一にそれなりに量のあるうどん自体がずっしりとくるのですが、これがどんと密度の高いなかなか噛み応えのあるうどんで、いっけんして柔らかそうな中から噛みしめていくとコシが出てくるという太麺の醍醐味を感じさせてくれるものです。
茹で置きらしい点はやや食感上マイナスかなとも思えるところですが、茹で立ての状態ではかなりよさそうなんだろうなと想像させる味ではありますから、あるいは込む時間帯を外した方がいいのかも知れませんね。
ぶっかけのダシにはかなり生姜風味が強く出ていますが、ごついうどんの食感と強めの味は調和していてまずは合格ですよね。
ここのぶっかけのボリューム感を形成しているのが上にどっちゃりと乗っている雑多な(本当に)天ぷら類なんですが、これがまた昔ながらのうどん屋の天ぷらという感じで食べ応えと共に満腹感を誘いますし、程よい油の風味が加わってうどん自体の味もこってりとしたものになってきます。

うどん単品でもこんな感じで十分一食分になるくらいですから、これで釜飯をあわせたらかなりなことになるんじゃないでしょうか。
ここの場合うどん系のメニューもやたらと色々とあってどれにしたものか迷うくらいなのですが、セットメニューが充実しているせいもあってかさほど高価な値付けではなくとも客単価はそこそこ高そうな感じで、その分スタッフはそれなりに十分な数を手当てしているらしい点には好感が保てます。
そんなこともあって客がどんどん来る割に回転が速いのは行列待ちする方にとってはありがたいことなのかも知れませんが、少し落ち着いて食べてみたい向きには食事時は外して行った方がいいのかも知れません。

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2009年6月13日 (土)

いちいち見苦しい人たち

全国各地で梅雨入りというこの何かと鬱陶しいこの季節、さらに鬱陶しくなるような話を今日はご紹介していきましょう。
まずはこちら、先日もお伝えしました朝日新聞が台湾を核保有国に分類していたという事件はすでに恥ずかしい続報も入っていますが、もしかするとそれ以上に恥ずかしいかも知れないニュースです。
ことの始まりは先日以来続く北朝鮮の後継者問題で、テレビ朝日が後継者と目される三男氏の写真をすっぱ抜いたところが、それが真っ赤なニセモノだったという恥ずかしい話からなのですね。

「正雲氏」と報道の写真、無関係の韓国人男性だった(2009年6月10日聯合ニュース)

【ソウル10日聯合ニュース】日本のテレビ朝日が北朝鮮・金正日(キム・ジョンイル)総書記の後継者に内定したとされる三男・正雲(ジョンウン)氏の最近の写真を入手したと10日に報じたが、この写真は無関係の韓国人男性がインターネット上に掲載した写真と同一のものだと分かった。

 インターネット上でサイトを運営する40歳の男性が同日、聯合ニュースの電話取材に対し、テレビ朝日が「正雲氏」として公開した写真は「2月にサイトに掲載した自分の写真だ」と明らかにした。この男性は金総書記に容貌がよく似ている。

 テレビ朝日は9日に金総書記の長男・正男(ジョンナム)氏のインタビュー映像を報じている。このため国内メディアは、正男氏に写真の確認を取ったものとみて本物の正雲氏の写真だと疑わず、この報道を伝えていた。

これを受けてお隣韓国から公式の抗議が来るという事態になったのですが、なぜ北朝鮮ではなく韓国が?と一瞬疑問に思うかも知れません。
これの理由がどうやら朝日曰く、写真流出先が韓国政府関係者であるかのような報道を行っていたから、らしいのですね。

駐日大使館がテレビ朝日に抗議、写真誤報問題で(2009年6月11日聯合ニュース)

【東京11日聯合ニュース】駐日韓国大使館は11日、日本のテレビ朝日が同日昼の放送で、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記の三男、正雲(ジョンウン)氏の近影だとして報じた写真について「韓国当局の関係者から入手した」と説明したことに対し抗議するとともに、訂正報道を要求した。

 テレビ朝日は11日昼のニュースで、10日に「正雲氏」として報じた写真は韓国当局関係者から入手したもので、北朝鮮関係者からも写真の人物が正雲氏である確率は90%と評されたことを受け報じたと、経緯を説明した。

 これを受け、駐日大使館はイ・ミョンソプ広報公使の名義で、テレビ朝日社長に書簡を送付。「韓国当局とは一般的に韓国政府を指すものと受け取れるが、韓国政府関係者がこの写真を貴社に提供した事実はないと把握している」と抗議した。また、「韓国当局の関係者が提供した」との報道で、まるで韓国政府が誤った写真を提供したように視聴者が認識し、韓国政府の信頼度に甚大なる侵害を被ったことに対し、強い遺憾とともに抗議の意を表すると述べ、訂正報道など是正措置を取るよう要請した。

 これに対しテレビ朝日は、午後5時のニュースで、問題の写真は「韓国内の信頼できる人物から入手した」と訂正放送を行った。

ここまでであればまだ行き違いで済むくらいな話ではあるのですが、テレビ朝日の素晴らしいところは更に恥の上塗りをやってみせるところです。

「金正雲の写真」誤報 テレビ朝日が訂正放送をまた訂正(2009年6月12日中央日報)

  日本のテレビ朝日が北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長の三男・金正雲(キム・ジョンウン)の写真を誤って伝えたのに続き、写真の入手経路についても釈然としない説明をし、論議を呼んでいる。

  10日昼のニュースで金正雲の写真を単独入手したと報じたテレビ朝日は、この写真が偽物だと明らかになったことで11日に謝罪放送をした。しかしこの時、写真の入手経路について「韓国当局の関係者からこの写真を入手した」と明らかにした

  テレビ朝日の広報担当者もこの日、中央日報の取材に対し、「(写真を提供した当局者が)どの部処所属か、写真の入手時期など具体的な内容は明らかにできないが、韓国当局の関係者から受けたのは間違いない」と確認した。

  この日午後、駐日韓国大使館はイ・ミョンソプ公報担当公使の名前でテレビ朝日に公式抗議した。イ公使は「韓国当局とは一般的に韓国政府を指すと受け止められるが、韓国政府のどの関係者もこの写真を提供していないことが確認された」と述べた。また「韓国政府が誤った写真を提供したかのように視聴者が認識することで韓国政府の信頼度が深刻に侵害された点について、強い遺憾と同時に抗議の意を表す」とし、訂正報道を要求した。

  結局、テレビ朝日は午後5時のニュースで「韓国当局の関係者」という表現を「韓国国内の信頼できる人物」に訂正した。テレビ朝日の広報担当者は「当局という表現が(日本とは違って)韓国では政府特定部処を指すため表現を変更した」と釈明した。

  しかし多くの日本人記者は、日本のメディアの慣行上「北朝鮮と関連する韓国当局」という表現は韓国政府の統一部や国家情報院・国防部・警察をはじめとする政府傘下の北朝鮮研究機関を意味する、と話している

  今回のハプニングは、北朝鮮の核実験・ミサイル発射などをきっかけに日本メディア間で繰り広げられている北朝鮮ニュース報道競争が原因だと分析されている。

  特に先週、日本テレビがマカオで金委員長の長男・金正男(キム・ジョンナム)に単独インタビューしたのが過熱競争を触発させた。この放送後、他の放送局も香港・マカオ・北京などで活動するブローカーを通して北朝鮮関連情報の収集に熱を上げている。   

いやテレビ朝日さん、申し訳ありませんが日本語においても普通「○○国当局」と言えばその国の政府関係筋だと考えるのが当たり前ではないかと愚考するのですが…
このあたり批判を受けたマスコミが意味不明な言い訳を繰り返すという対応はもはやいつものことという印象すらありますが、どうも日本のマスコミというところは他人に突っ込むことばかりに熱心で突っ込まれることには全く免疫がないのかなと言う印象を拭えませんね。
こうした批判する者も存在しない特権的地位を甘受してきたマスコミという業界に対して今の時代ですとネットがその批判勢力として公認されつつあるのではないかと思うのですが、当事者であるマスコミの方々の認識によると「彼らと同列なんてとんでもない」ということになるそうです。

週刊誌のタブー「コンビニ」に挑戦した『週刊金曜日』…次なるターゲットは?(後編)(2009年6月5日Business Media誠)

 雑誌の休刊や販売部数の減少……名誉棄損訴訟など、出版社をめぐる環境はますます厳しくなっている。そんな状況を打破しようと、“週刊誌サミット”が5月15日、東京・四谷の上智大学で開催された。
 前編の「訴えられたら、訴え返すだけ……これが『週刊金曜日』の生きる道」に続いて、北村肇編集長の話を紹介しよう。

トーハンや日販の悪口を書く

北村肇:(新聞や雑誌の部数が落ち込んでいるが)問題は「ジャーナリズム性」が終わっているかどうかだ。新聞ジャーナリズムまたは雑誌ジャーナリズムは、すでに終わっているのだろうか? ここを議論をしていかないと、新聞も雑誌も“再生”の道はないと考えている。

 単にジャーナリズムが劣化しているのか、本質的に劣化しているのか。それとも何かの要素が原因で劣化していて、それを変えれば本来のジャーナリズムが戻るかもしれない。ここの議論をきちんとすれば、僕は新聞も雑誌もなくならないと考えている。

ネットを使った「市民記者」とか言われているが、記事を書いてメシを食っている我々と一緒にされてはたまらない! 1日の大半をこの仕事に費やしていて、さらにカネをもらっている。その我々と市民記者が“同列”なんて、とんでもない話だ。ネットがどう頑張ろうと、雑誌がジャーナリズムで頑張れば負けるはずはない

 さきほど(元木さんから)セブン-イレブンの話が出てきたが、これからはセブン-イレブンだけではなく、トーハンや日販の悪口を書いていく(会場内笑い)。セブン-イレブンの悪口を書いたことで、トーハンが「(『週刊金曜日』を)配布しませんよ」などと言ってきた。いろんなことを言いつつ、最終的に(トーハン側は)認めたが……。

 『週刊金曜日』でトーハンや日販の悪口を書いたらどんなことになるのだろうか? もう僕は楽しくてしょうがない。「『週刊金曜日』は広告を取っていないから、記事を書けるんだ」と言われるが、広告を取っている雑誌も批判記事を書けばいいのだ。もし広告主から文句を言われたら、「もっと記事を書くぞ」「こんなにネタを持っているぞ」「お前の社長の愛人のことも書くぞ」と……勝負を賭けてみれはどうだろうか。

ま、経営も厳しいと言われる折りですから更なるゴシップ探しに気合いを入れて頑張っていかれるのはご自由になされたらよろしいかと思うのですが、おそらくネット側では週刊誌を同列だとか勝つ負けるだとか、そういう視点で見ていないと思いますけれどね。
最初から相手にもされていないのに独り相撲で「俺たちは頑張るぞ!負けないぞ!」と気勢を上げられるのもよろしいですが、そういえば妄想の世界に浸った挙げ句風車に向かって突撃したという自称伝説の騎士さんがいたなんて話もありましたよね。
やはりマスコミ業界の方々も、もう少し自分たちの姿が周囲の目にはどのように映っているのか、一度ゆっくり鏡でも覗いてみられるのがよろしいかと思うのですが。

さて、こういう話になりますと登場せずにはいられないのが毎日新聞ですが、こちら先日は例によって得意技その一「捏造」で話題になっているようです。
こちら元ネタは先日も少しばかり書きました「麻生総理の鳩山代表への発言を毎日新聞が批判している」という話で、その後毎日新聞の記事が完全なデタラメであったことがソース付きでネットに晒されてしまったという話ですが、例によって例の如くこんな言い訳をしているようなのですね。

【鳩山発言】毎日新聞と『毎日jp』の記事に誤り? 6月13日の朝刊で筆者の見解発表(2009年6月10日ガジェット通信)
政治評論家であり、毎日新聞客員編集委員である岩見隆夫氏が、毎日新聞やインターネットサイト『毎日jp』に書いた記事で物議をかもしているのをご存知だろうか? 岩見氏は『毎日jp』の自身のコーナー『近聞遠見』にて、以下のように執筆している。

「また、やったな、と思った。27日の党首討論で、麻生太郎首相が、 「『一心同体、殉じる時は殉じる』と言っていた方が代表になっている。言葉は極めて大事にしなければいかんと思っているので、話が違うんじゃないかと、正直そう思う」と発言した時だ。民主党の代表交代劇に異を唱えている。だが、鳩山由紀夫新代表が選出前にそんな言葉を使ったという記憶がない。使っておれば、麻生の異議は理解できないではないが、麻生の思い込みではないのか」(原文のまま抜粋)

しかし、鳩山由紀夫新代表は「殉じる」と発言しており、これは多くのマスコミが伝えていたことである。かんたんに言えば、「言ったのに言ってないと勘違いして麻生太郎首相に対する非難記事を書いた」ことになるわけだ。

このことに対して当取材班は毎日新聞社に取材。この記事が『毎日jp』に掲載されてから訂正も謝罪もないが、これは「間違った情報ではない」という毎日新聞社の見解なのかお聞きした。

「ご指摘の点については、6月13日付の “近聞遠見” の中で、筆者の説明を掲載する予定です」(毎日新聞社 社長室広報担当)。

当取材班が指摘した「言ったのに言ってないと勘違いして麻生太郎首相に対する非難記事を書いた」その理由が、6月13日に発行される毎日新聞の朝刊、そして『毎日jp』に掲載される。単に誤りなのか、べつの見解があるのか、注目したいところだ。

しかし普通誤報ともなれば訂正だの謝罪だのは一刻も早く出しておくというのがこの種の業界の最低限のマナーかとも思うのですが、わずかこれだけのことで何日も待たせるというのは必死に言い訳を考えているのか、そもそも訂正や謝罪など毛頭考えてもいないのかのいずれなのでしょうか?
いずれにしても今から13日の釈明記事がどんなものになるか楽しみで仕方がないんですが、毎日新聞と言えば他にも愉快な話題には日々事欠かないだけに退屈せずに済みそうなんですね。
先日以来毎日新聞が盛んに児童ポルノを禁止せよとぶち上げているのは御存知の方も多いかと思いますが、例えば同紙の看板である社説からこんな記事を引用してみましょう。

社説:児童ポルノ 世界の批判を聞こう(2009年6月9日毎日新聞)

 娘と母親をレイプし妊娠から中絶させるまでをCG(コンピューターグラフィックス)で疑似体験するパソコンゲームが海外で問題になっている。製作したのは日本国内のゲームソフトメーカーで、国際人権団体「イクオリティ・ナウ」(本部・ニューヨーク)は製作、販売会社だけでなく麻生太郎首相ら日本政府の閣僚らに抗議文を出すよう、160カ国の会員に呼びかけた。こうしたゲームは「陵辱系ソフト」と呼ばれる。日本ではこのような性暴力をテーマにした商品が高い収益を上げ、児童ポルノの市場も肥大化していることが批判されている。

 これを受け、国内のアダルト系ゲームソフトメーカーなど約230社でつくるコンピュータソフトウェア倫理機構(鈴木昭彦理事長)は、性暴力を描写した「陵辱系ソフト」の製作禁止、「陵辱系ソフト」の判断基準の確立・整備などの対策を打ち出した。

 児童ポルノを規制する動きは国際的に活発で、日本の対応の遅れが際立っていることは以前から指摘されていた。昨年11月の「第3回子どもと青少年の性的搾取に反対する世界会議」では画像を入手するだけでなく、閲覧することや過激なアニメなども規制対象とする行動計画が策定された。先進諸国ではアニメやCGについても何らかの法規制を設けている国が多い。各国捜査機関から「児童ポルノの提供国」と指摘されていたフィリピンでも単純所持や閲覧、アニメなども規制対象にした法案が審議されている。

 これに対し、日本は昨年6月に与党が画像などの単純所持を処罰の対象とする児童ポルノ禁止法改正案を国会に提出し、今年3月には民主党が「有償または反復して取得する行為」に処罰対象を限定する法案を提出したが、いずれも論議されないまま放置されている。アニメやCGは与野党いずれも規制対象としては触れていない。

 悪意で児童ポルノ画像を送りつけられた場合にも単純所持で処罰されるのでは警察権の乱用を招く恐れがあり、直接の被害児童がいないアニメなどにまで安易に規制を広げれば表現の自由が脅かされかねない。いずれも議論を深めるべき問題だろう。

 ただ、画像が一度ネットに流されれば世界中に広がり、回収は不可能になる。深刻化する子どもの性被害への影響についても各国で問題になっている。児童ポルノは国際連帯がなければ対応できない問題なのだ。「このような犯罪を放置することは人類の恥だ」(ブラジルのルラ大統領)。業界団体の自主規制は注視すべきだが、このまま日本の国会が放置していることは許されまい。

さすが変態記事垂れ流しで全世界に恥をさらした毎日新聞だけに、経験者として説得力のある素晴らしい記事だと感服するしかない隙の無さではありませんか。
しかしこれだけで終わっていては「毎日新聞らしからぬ」とあらぬ誤解をうけかねないところですが、さすがに彼らは凡人とは一味違ってこんな「らしい」変態推奨の記事もちゃんと用意してくれているのですね。

記者の目:破滅的で荒々しいカンヌ映画祭=勝田友巳(2009年6月12日毎日新聞)

 世界3大映画祭の一つ、カンヌ国際映画祭は今年で62回目。5月13~24日の期間中、荒々しい暴力とセックスを執拗(しつよう)に描く作品が何本も上映された。閉塞(へいそく)した世界の中で失われていく生の実感を肉体の接触によって回復しようと試みたのか。いずれも破滅的だったのは、回復の困難さに直面したせいか。カンヌも世界不況の波をかぶり、お祭りとしては控えめだっただけに、スクリーンの中の大荒れぶりが際立っていた。

 メーンのコンペティション部門への出品作は20本。このうち、デンマークのラース・フォン・トリアー監督「アンチキリスト」は性器の損壊を大写しした。フィリピンのブリリャンテ・メンドーサ監督「キナタイ」はバラバラ殺人をことさら残虐に見せた。フランスのギャスパー・ノエ監督「エンター・ザ・ボイド」はCGを使って男女の営みを肉体の内部から描いた。

 性の官能や肉体がぶつかり合う痛快さなど、はるかに通り越し、醜悪で不快、そして時にこっけい。試写会場からはうめき声や失笑が漏れ、ブーイングがこだました。

 だが、「そこまで表現する必要があるのか」という問いかけは意味がない。カンヌは元々、そういう場なのだ。フランスの詩人ジャン・コクトーはかつて、カンヌを評して言った。「非政治的中立地帯であり、人々が同じ言葉で直接語り合ったら、そうなるだろう小宇宙」と。

 作り手が表現への欲求に身を任せ、倫理や宗教、文化の束縛や商業性の足かせから解放されて、極限まで突き進む。容赦ない非難にさらされる一方で、芸術性が認められれば、高く評価される。評論家らの批評は散々だった「アンチキリスト」だが、主演のシャルロット・ゲンズブールには女優賞が贈られた。「キナタイ」のメンドーサ監督は監督賞に輝いた。

 その中で日本映画の影は薄かった。肉食獣のように凶暴な表現は、奥ゆかしく中庸を尊ぶ日本文化にそぐわない。とはいえ、これほどアクの強い作品ばかり見せられると、「日本ももう少し大胆になってもいいのでは」とも思う

 「ある視点」部門に出品された是枝(これえだ)裕和監督の「空気人形」は、男性の性欲処理のための人形が心を持って動き出すファンタジー。韓国の人気女優ペ・ドゥナが人形を演じた。表現は穏やかなものだが、ペはごく自然に全裸のベッドシーンを演じた。

 是枝監督がぺの大ファンという事情を別にすれば、主演が韓国人女優である必然性はなかった。しかし、アイドル性とエロスを併せ持つ難役を引き受ける日本人女優がいるだろうか。たとえ本人がやる気になったとしても、周囲が許さないだろう。

 一方、カンヌは政治的主張の場でもある。中国政府からにらまれているロウ・イエ監督、パレスチナ人の立場から中東紛争を描くエリア・スレイマン監督、イランの少数民族クルド人に焦点を当てるバフマン・ゴバディ監督。存在自体が政治的な監督たちが、今回も作品を通して国際社会にメッセージを送った。

 カンヌは抑圧に抗して映画を作る監督に大いなる共感を寄せ、連帯の姿勢を見せる。しかし、日本で“大状況”を見つけることは難しいし、作り手側は踏み込むことに及び腰だ。タブーに触れれば過剰反応も引き起こす。ドキュメンタリー「靖国 YASUKUNI」を作ったのは中国人のリー・イン監督だったし、映画は上映自粛問題に発展した。

 もっとも、今の日本映画界でより深刻なのは、市場の圧力かもしれない。総興行収入は2000億円。数字の上では世界有数の映画大国だ。

 しかし、実は日本人はあまり映画を見ない。1人が1年間に見る映画は平均1・2本。これに対し、米国は4・8本、韓国は3本、フランスは2・9本、英国は2・7本。日本は入場料が高いため、総興収が大きくなっているだけなのだ。年に一度の楽しみとしてしか映画を見ない観客が相手では、冒険や挑戦に二の足を踏むのも無理はない。

 だが、それでは毒にも薬にもならぬ映画ばかりになってしまう。時には批判覚悟で世界に打って出る日本映画を見てみたい。かつて大島渚監督は「愛のコリーダ」で極めて大胆な性描写に挑み、カンヌに出品。世界に衝撃を与え、名声を確立した。

 米映画「バベル」で思い切った演技を見せ、07年のアカデミー賞助演女優賞候補になった菊地凛子は今回、スペイン映画「マップ・オブ・ザ・サウンズ・オブ・トウキョウ」に主演して、カンヌの赤じゅうたんを歩いた。果敢な挑戦なくして飛躍は望めない。

作り手には蛮勇を、観客には寛容さを。日本映画の多様性と成熟のために、それを期待するのは不謹慎だろうか。

毎日新聞的基準によれば、日本の映画は変態成分不足でまったく物足りないんだそうです(苦笑)。
「もういいからお前ら、一度変態から足を洗え」とも言いたくなるところですが、世界に冠たる変態の殿堂毎日新聞相手にそんな野暮なことを言うなどと許されるはずもかく、むしろこれなくして何のアイデンティティーかと捉えておくべきでしょう。
しかし毎日新聞も子供は駄目だが変態はもっと励めとは、何かしら同社内での変態勢力圏みたいなものが類推されてしまうように思われるのは気のせいなのでしょうか?

ここはとりあえずお約束ですが「お前が言うな」と突っ込みを入れておくべきところなんでしょうかね。

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2009年6月12日 (金)

新型インフルエンザ、ついにフェーズ6へ

新型インフルエンザ国内発生からおよそ一ヶ月が経過しました。
いつからか問題が新聞の一面に載らなくなって早久しいですが、その間にも着実に状況は進んできたようで、とうとう表題の通りの事態になってしまいました。
しかしこのところ「一家中でよく判らない感染症で難渋している」というような話が多いだけに、どうもいわゆるインフルエンザ様症状を呈さない非典型例が広くまん延しているんじゃないかという気がして仕方がないこの頃なんですが…

【新型インフル】警戒水準引き上げ勧告 「パンデミック」を宣言(2009年6月11日産経新聞)

【ロンドン=木村正人】世界保健機関(WHO、本部ジュネーブ)のマーガレット・チャン事務局長は11日午後(日本時間同日夜)、緊急委員会の電話会合を行い、新型インフルエンザ(H1N1)の警戒水準(フェーズ)を現行の「5」から最高の「6」へ引き上げることを決定、新型インフルエンザの世界的大流行(パンデミック)を宣言した。
 パンデミック宣言は、死者約100万人を出したとされる1968年の香港風邪の流行以来、41年ぶり。
 チャン事務局長は10日、米国やメキシコ、オーストラリア、日本、欧州など感染者が多い8カ国の保健当局者と電話会議を行い、11日の緊急委員会で状況を報告した。
 WHOによると、新型インフルエンザは同日現在、世界74カ国に拡大、感染者2万7737人、死者141人を確認。オーストラリアでは今月1日に297人だった感染者は10日までに4倍超の1224人に増加し、重症者は5人にのぼっている。
 WHOは、これからインフルエンザが本格的に流行する冬に入る南半球で人から人への感染が拡大していることを重視。北半球と南半球の2つ以上の大陸で、地域社会レベルの流行を確認するというパンデミック宣言の条件は満たしたと判断した。
 新型インフルエンザは感染力は強いが、強毒性の鳥インフルエンザや毎年50万人の死者を出している季節性インフルエンザに比べ、致死率は低い。
 英国や日本からは「地理的な感染拡大だけで警戒水準を判断するのは適切ではない」との指摘もあり、WHOは症状の重さも考慮に入れることを決め、新型インフルエンザの症状を「中度」と判定した。

宮城で初の感染者=国内患者500人超-初確認から1カ月・新型インフル(2009年6月10日時事ドットコム)

 宮城県と鳥取県は10日、それぞれ県内初の新型インフルエンザ感染者を確認したと発表した。千葉県や東京都、福岡県などでも新たに確認され、国内感染者は20都府県で計518人となった。5月9日に国内で初めて確認されてから約1カ月間で、感染者は500人を超えた
 宮城県によると、感染したのは盛岡市在住のバスガイド女性(22)で、千葉県船橋市の市立七林中学校の生徒が修学旅行で乗ったバスに、3日と5日に添乗。別の小学校の修学旅行で滞在中だった宮城県内のホテルで9日に発症した。
 一方、船橋市によると、10日に感染が確認された7人のうち2人は七林中とは別の市立小中学校に通う兄妹だったため、両校など3校を新たに休校とした。
 千葉県ではほかに、七林中生徒が参加したテニス大会に出た旭市の中学3年女子生徒(14)や、東京都内の私立高校に通う市川市の男子生徒(18)らの感染も判明。その後の都の検査で、同じ高校の別の男子生徒(18)も確認された。

WHOのフェーズ引き上げも今さらと言いますか、おそらくこれ以上大きな動きは出てこないと見極めた状況での現状追認という感じのする話ではありますよね。
今後の主な関心はこのまま流行がいつの間にか収束し忘れ去られていくのか、それともどこかで強毒型でも出現しまたぞろ大騒ぎになるのかといったあたりでしょうか。

個人的に面白いなと思ったのは先日阪大微研が発表した培養細胞でのワクチン製造のニュースなんですが、これまでの有精卵では1シーズンに500万人が限度だったものが半年で6000万人用意できるというのですから半端ありません。
その昔このあたりの関係者と雑談したことがあるのですが、今までの使用数を考えますと有精卵の業者にとってはこの不景気の折に非常に大きなダメージになりかねないのかなと少しばかり心配しているところではあります(一同在来型向けのワクチンは当面従来法で継続するそうですが)。

さて、先日も少しばかり書きました通り、最近では各マスコミでも今回の一連の騒動に対する総括めいた記事が載るようになってきていますが(もはや終わったことにしているのでしょうか?)、その後登場したものも紹介してみましょう。

新型インフル、混乱の1か月(2009年6月8日読売新聞)

他の医療後回し、発熱相談パンク…

 新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)の感染者が国内で確認されてから、あす9日で1か月。

 兵庫、大阪を中心とした発症は下火になり、落ち着きを取り戻した一方、関東や九州など感染者が見つかる地域は広がりつつある。今回の新型は当初の想定と違った弱毒性であるうえ、感染者が急増する時期に発熱外来で限定して患者を診る方式の限界など、医療現場の課題も見えてきた。(大阪科学部・萩原隆史、医療情報部・館林牧子、藤田勝、科学部・本間雅江)

 感染拡大が一段落し、医療機関も落ち着きを取り戻した神戸市。当初市内に三つしかなかった発熱外来のひとつ、市立西市民病院(長田区)の藤井宏医師は「ピーク時には近隣の市からも患者は来るし、小児科医は2人なのに、子どもも多かった。内科以外の医師も総動員してフル回転で診察を続けた」と、振り返る。

 1日最大の受診数は西市民病院69人、中央市民病院が70人。限界を超える人数が押し寄せたわけではない。それでも中央市民で救急を一部ストップするなど、他の医療は後回しになった。結局、市医師会も協力して一般医療機関など約500か所で受け入れる体制に変えた。

 完全にパンクしたのは、最初に電話を受ける「発熱相談センター」だ。同市ではピークの19日には3640件も殺到。半数以上は「体調が悪い」「どこで診てもらえるか」といった受診を望む内容で、兵庫県内で1日1万件を超えた。

 発熱相談、発熱外来という名称も混乱を広げた。「熱中症など別の症状の人も交じってしまった」と同県医師会の西村亮一会長は話す。患者を限られた施設に集約する発熱外来方式は今回、兵庫と大阪で300人台という「中規模」の感染拡大でもたちまち許容量を超えた。しかも患者は局地的に急増する。

 発熱外来を経由したため、治療が遅れてしまった例も。関西地方で先月、発熱した4歳の子どもは、発症間もない段階では陽性と出ない可能性を考慮し、2日間、簡易検査を繰り返した。陰性と確定した後で、小児科開業医を受診するよう勧められたが、待っている間に別の細菌感染による肺炎を発症した。抗生物質を服用して幸い大事には至らなかったものの、診察した開業医は「最初から受診してくれれば、こじらせることはなかった」と話す。

 日本小児科学会会長の横田俊平・横浜市立大小児科教授は「小児科を受診する患者のほとんどは熱を出しており、新型だけを特別扱いしていては現場はかえって混乱する」と話す。同学会は今月1日、新型と季節性インフルエンザを区別せず、すべての小児科施設が診療に参加し、軽症なら診療所で、肺炎などを起こした重症患者は高度な医療ができる病院で診る体制を取るよう、提言をまとめた。

 そもそも今回の新型インフルエンザは弱毒性で、通常は薬なしでも治る。国立感染症研究所の岡部信彦・感染症情報センター長は「秋までまだ時間はある。患者の多くが軽症であることも考え合わせ、従来の対応の切り替えを考えていくべきだ」と話す。

感染地域は拡大

 日本で確認された新型インフルエンザの感染者は432人(8日午前1時現在)。5月9日に成田空港の検疫で初の感染が確認され、同月半ばには神戸市や大阪府の高校生を中心に、国内での感染拡大が判明した。ただし厚労省は今月4日、最も早い発症者は神戸市の高校生で5月5日だったと発表。この高校生に渡航歴はなく、別の感染者からうつったとみられる。

 発症者は17日をピークに減少しており、兵庫県や大阪府では下火になっている。一方、東京、神奈川、愛知、福岡など、少数ではあるものの新たな感染者が連日確認されており、地域的にはむしろ広がっている。結婚式の三次会や家族内での感染も起きている。

 国立感染症研究所によると、国内患者の症状は、発熱やせき、悪寒など季節性インフルエンザと違いはない。同研究所は「感染力は季節性と同等か、やや弱い」とみている。

 季節性インフルエンザは一般的に夏でも局地的な流行はあり、今年は5月末でも一定のレベルを超えて流行がみられる。岡部センター長は「国内に入った新型ウイルスも人から人へと受け継がれ、おそらく消えることはない。これに加え秋に第2波が起きる際は、南半球から持ち込まれるウイルスの割合が多くなるのではないか」とみている。(医療情報部 高橋圭史)

高校にも監視網●簡易検査時間短縮
第2波に備え

 秋以降に流行する可能性がある第2波の襲来にどう対処するか。政府は、監視システムの強化、新型用ワクチン、検査キットの開発を対策の3本柱に掲げる。

 高校生を中心に感染が拡大したことから、従来は中学生以下が対象だった学級閉鎖の監視網を高校生にも広げる。前週の情報を毎週火曜日にまとめて公開するよう速報性も改めた。患者の症状や治療内容に関する情報を医師らで共有するシステムも新たに作る。

 また、今秋以降に使えるようになるとみられる新型用ワクチンについて、副反応の情報を集めるシステムも構築する。発熱や倦怠(けんたい)感などの副反応を迅速に把握する狙いがあり、手足のまひなどの重い副反応が見つかった場合、必要に応じて接種の見直しをする。

 一方、今回の流行で問題になったのが、簡易検査の信頼性だ。新型を含むA型インフルエンザかどうかを調べるものだが、国立感染症研究所と神戸市が43人の患者を調べた結果では、20人(47%)が簡易検査では陰性だった。発症当日などウイルスの排出が少ないと検出できず、米疾病対策センター(CDC)でも、あくまで補助的な診断法にすぎないとしている。そこで期待がかかるのが、理化学研究所などが先月下旬に開発に着手した新型ウイルスの簡易検査法だ。特殊な酵素を使ってウイルスの遺伝子を増やす。遅くても半年後には試薬が完成する見通しだ。30分~1時間で結果が出るため、約6時間かかる現在のPCR法よりも大幅に検査時間を短縮できるという。

読売新聞では他にも「関西の教訓」という特集記事を出していますのでご一読いただければと思います。

関西の教訓(上)…医療

関西の教訓(下)…影響

これらの記事全編を通じて読み取れるのが、関係者それぞれの間での認識の相違でしょうか。
よく言われるように「皆が一斉にマスクをしたのは日本だけ」と言うくらい「何かヤバイものが流行ってるらしい」という危機意識は国民の間で広くまん延していた、ところがその一方で実際に症状が出たときどういう行動を取ればいいのか知らない、「発熱外来?なにそれ食べられるの?」な人が相当な割合でいたという現実もある。
医療関係者の間でも従来型よりずっと強い感染力に注目して少なくとも感染防御に関しては強毒型に準じた厳重な対応を是とする者がいる一方で、強毒型を想定した既定の方針では到底現場が回らないという現実もあってもっと広く一般の施設で診てくれないと困るという発熱外来担当者の声もある。
結局のところ国の定めた方針があまりに画一的すぎたのだという結論でまとめておくのは確かに簡単なのですが、むしろここで問われるべきなのはリスクをどの程度まで許容するのかという国民的合意の問題ではないでしょうかね?

今回の教訓として明らかなのはいくら島国であろうが感染リスクをゼロにするのは不可能であるということ、そして在来型インフルエンザですらまん延すれば相応の超過死亡が出ることを思えば、恐らく新型大流行という状況で病原性の如何を問わず死亡に至るリスクをゼロにすることもまずもって不可能だろうと予想されるところです。
軽症型だから普通のインフルエンザと同じでいい、強毒型だから徹底した隔離をしなければならないといったところで、おそらくその数倍の感染者がコントロールを離れて自由に街を歩き、好きな医療機関にやってきているというのが今回学んだ現実であるわけですから、どうやっても想定外の感染者、予想外の犠牲というのは早晩避けられないと思いますね。
そうなった場合に「ほら見ろ!政府の方針は間違っていた!責任を取れ!」といたずらに政局に結びつけてみたところでずいぶんと空しい話で、それ以前に人は必ず病気になるし重症になれば死ぬ人だっているんだよという当たり前の事実を、この機会にもう一度国民が再認識しておく必要があるでしょう。
その上でどこまでなら許せる範囲なのか、そのためにどの程度のコストと生活の制限を受容できるのかといったコンセンサスを固めておく方が、よほどパニックを避けられる道なのではないかなという気がしていますが、このあたりは厚労省が改訂作業中の新たな指針の行方にも注目していきたいところですね。

新型インフル第2波に備え、厚労省が素案(2009年6月11日読売新聞)

毒性に応じ3段階区分

 今秋以降に予想される第2波の新型インフルエンザ流行に備える厚生労働省の医療体制素案が10日、明らかになった。

 比較的症状が軽い現在のウイルスでも、ワクチンがない場合は国内だけで一冬に約5万人が死亡すると想定。ウイルスの毒性に応じて被害を3段階に分け、毒性が比較的弱い場合は、発熱外来は原則として設けない。同省内でさらに検討し、専門家の意見も踏まえて最終決定する。

 素案では、ウイルスの毒性を〈1〉現在流行している新型と同等(軽度)〈2〉アジアかぜと同等(中等度)〈3〉スペインかぜと同等(重度)――の3段階に区分。被害が最も少ない「軽度」でも、米国での流行状況からみて、国内ではワクチンがなければ3200万人が感染して23万人が入院し、感染者の0・15%にあたる約5万人が死亡すると試算している。

さて、そうは言っても世の中先立つものがなければ何事も回らないというご時世ですから、そちら方面でのバックアップも政府には求められているところです。
この点では発熱外来設置・維持に関わるコストや診療に従事し感染したスタッフの休業補償といったものも含めてまとめて面倒みるという方向で話が進んでいる気配なのはよろしいのですが、やはり例によって気の長い話だなという印象も拭えないところですよね。

新型インフル、2次感染医師に休業補償(2009年6月7日読売新聞)

政府、秋以降に交付

 政府は新型インフルエンザの感染者の診察で医療従事者に二次感染が発生した場合、医療従事者や勤務先の医療機関に、今年度補正予算で新設された総額1兆円の「地域活性化・経済危機対策臨時交付金」を使って休業中の損失を補償することを決めた。

今秋以降、希望する自治体を通じて交付する。

 6日現在で、医療従事者の二次感染例は報告されていないが、国内での患者発生が本格化した5月から、医療従事者が自宅療養などを余儀なくされた場合の休業補償の要請が自治体から厚生労働省に相次いだ。

 とくに、5月22日から国の新方針で、新型インフルエンザの患者が急増した地域では専門に診る発熱外来だけでなく一般の医療機関でも患者を受け入れられるようになり、医療従事者への二次感染の可能性が高くなったとの見方も出ている。このため、厚労省は地方支援策の一環と位置づけ、同交付金による休業補償を検討していた。

 同交付金は経済危機対策が主眼だが、厚労省は医師らへの休業補償が使途で認められた「安全・安心確保等」に当たると解釈した。発熱外来の非常勤医師らの人件費や、発熱相談センターの電話回線費用などでも同交付金の活用を認める。

 同交付金を巡っては既に、修学旅行のキャンセル料発生の場合も使えるようにするなど、新型インフルエンザ対策での柔軟運用の実績がある。

医療機関対策もさることながら、このところの不況に加えてのインフルエンザショックで各方面の零細業者も相当な痛手を被っているという話がありますから、そちらの方の対策もかなり急を要するのではないかという気がしています。
しかしまあ、世界的不景気に新型インフルエンザ対策と、どこの国でも財政当局者は頭を抱えるような思いなんじゃないかと思いますが、この分の帳尻を今後どこで合わせていくのかといったあたりも気になってくるところではありますよね。

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2009年6月11日 (木)

産科無過失補償制度の奇妙な迷走

昨日の死因究明の件とも関連する話題ですが、この分野で少しばかり先行しているのが産科の無過失補償制度です。
こちらは原因の如何を問わず(それなりに厳しい支払い条件にさえ合えば)全てお金を出しますという制度ですからあまり詳しい突っ込みも必要がないということもあるのでしょうか、制度設計を論ずる上で原因究明でどうのこうのと揉めるということは今まであまりなかったという印象でした。
しかしやはり情報を集めた以上は報告書を出さないでもいられないのが人情というもので、こちらもまとめレポートを出すことにしましょうという話はあるわけなのですが、その書式内容に関して議論百出しているようです。
まずは少し前の記事ですが、こちらから紹介しておきましょう。

試験的に原因分析を実施へ―産科補償制度(2009年4月21日CBニュース)

 日本医療機能評価機構の「産科医療補償制度原因分析委員会」は4月21日の第3回会合で、次回の会合を模擬部会の形で開き、仮想事例を基に事務局が作成する原因分析報告書案に対して試験的に検討を加える方針を決めた。

 原因分析報告書案は、医学的に評価して問題がない場合、明らかな過失がある場合、その中間のそれぞれを想定して策定する予定。模擬部会では各案について、事実経過、医学的評価、再発防止策を議論し、報告書を策定する手順を確認していく。

 実際の原因分析は、同委員会の部会の委員を務める産科医が、分娩機関から提出された診療録・助産録、検査データなどや脳性麻痺児の家族からの情報に基づいて報告書案を作成。部会はそれを基に医学的観点から検証・分析を行い、報告書を取りまとめる
 その後、同委員会が報告書を審議し、承認の可否を決定。承認されれば、再発防止や産科医療の質の向上のため、個人情報が特定できないよう配慮した形で公表される。

ここでは報告書について「医学的観点から検証・分析」し「再発防止や産科医療の質の向上のため」公表するという下りに留意ください。
何しろ言っているのがかの御高名なる厚労省天下り団体であるところの日本医療機能評価機構ですから、またぞろこんなことに絡めてどんな斜め上な利権を貪ろうとしているのか想像もつきそうな話ではありますが、それはともかく。
このような話になっているものですから、実際のところ報告書なるものがどんな書式になるのかと検討が進んできているわけですが、半ば予想されたとおりお話にならないという状況のようなのですね。

原因分析「一般人には分からない」―産科補償制度(2009年5月19日CBニュース)

日本医療機能評価機構の「産科医療補償制度原因分析委員会」は5月19日、第4回会合を開き、仮想事例を基に事務局が作成した原因分析報告書案について試験的に検討する模擬部会を行った。しかし、報告書案については、「一般の素人が読むと、内容はほとんど分からないのではないか」など、批判の声が委員から上がった。

原因分析は、制度の運営組織が分娩機関から提出された診療録・助産録、検査データなどを基に「事例の概要」を作成。分娩機関と脳性麻痺児の家族が確認した後、同委員会の部会の委員を務める産科医がそれに基づいて報告書案を作成し、部会で報告書を取りまとめる。
その後、同委員会が報告書を審議し、承認の可否を決定。承認されれば、再発防止や産科医療の質の向上のため、個人情報が特定できないよう配慮した形で公表される。

今回の模擬部会では、「典型的で比較的分かりやすい」仮想事例を基に作成された原因分析報告書案が事務局から示され、それに基づいて試験的な検討が行われたが、その後の意見交換では報告書案について、「一般の素人が読むと、内容はほとんど分からないのではないか」との声が相次いだ。
同委員会ではこうした意見を踏まえ、原因分析報告書をより分かりやすくするための文章の表現方法について今後、検討していく方針だ。

まず第一段として出てきた話がこちらの通りですが、いっそ「再発防止や産科医療の質の向上のための報告書だとうたっているのだから、一般人が理解できなくても問題ないと開き直ってみては?」という考えもあるのかも知れませんが、むしろ問題は「誰にでも分かり易い結論が出ていなければならない」という考え方の方かも知れませんね。
そもそも脳性麻痺に関しては多くの場合原因がはっきり判らないと医学的にはされているわけで、実際問題として一般人ならずとも「やっぱりよくわからないよねえ」という結論になる方が当然だと思うのですが、報告書を出す以上は何かしら原因がなければ格好がつかないと妙な勘違いをする人間が出てくるんじゃないかと危惧するところです。
過去のトンデモと言われる医療訴訟などでしばしば指摘されたトンデモ鑑定書の類のように、最初にまず結論ありきでまとめられた報告書といったものがどれほど医療にも社会にも歪みをもたらすのか未だ学習していない人も多いのかと不安に感じていましたら、予想通りにこんな話が出てきているようなので驚くというより笑うしかないとはこのことですよね。

脳性まひの原因分析、回避の可能性を記載(2009年6月9日CBニュース)

 日本医療機能評価機構の「産科医療補償制度原因分析委員会」は6月9日、第5回会合を開き、仮想事例を基に事務局が作成した原因分析報告書案について検討する模擬部会を前回の会合に引き続き行った。部会では、報告書案で脳性まひの回避の可能性に言及することについて議論が紛糾したものの、表現を検討した上で記載することになった。

 今回の模擬部会で事務局が示した原因分析報告書案は、「医学的に見て問題がある仮想事例」を基に作成されたもの。同案では、「今後の産科医療向上のために検討すべき事項」の中で、「本事例が、胎児機能不全と診断され、吸引分娩とクリステレル胎児圧出法の併用で児が脳性まひとなったことを考えると、胎児機能不全と診断された午前5時10分、もしくは胎児心拍数の回復が見られなくなった午前5時30分以前に速やかに帝王切開によって児が娩出されていたら、脳性まひは回避出来た可能性があると考えられる」と記載された。

 同案が回避の可能性に言及したことについて、日本産科婦人科学会常務理事の岡井崇委員長は「帝王切開しなかった人に責任があるという責任追及につながる」と難色を示した。これに対して、弁護士の鈴木利廣委員は「あえて脳性まひの回避の可能性に触れないのは、逃げているように思われる」と反発。また、弁護士の宮澤潤委員も、結果が責任につながるかというのは後の問題として、「原因としてどうなのか、防げたと断言できるなら断言すべきだし、それが分からないというなら分からないと、不明であるということを書くべき」と述べた。ただ、「可能性の程度」の記載については、「非常に議論が出るところ」と指摘し、「可能性があったということにとどめるべき」とした。
 また、結果回避の可能性を記載することで、「責任があったのではないか」と一般の人が考えることを懸念して、「表現は非常に注意しなければならない」と強調した。
 こうした委員らの意見を踏まえ、脳性まひの回避の可能性について原因分析報告書案に記載されることになり、その表現方法については検討課題となった。

数々の医療訴訟を通じて「可能性があった」という文言があれほど騒動になったところで、敢えてまたイバラの道に踏み込むかという気もなきにしもあらずなんですが、当然ながらそれは議論も紛糾しようと言うものでしょう。
すでに有名な話ですが、医療訴訟が頻発して大統領が声明を出さなければならなくなるほどに社会問題化しているアメリカではひと頃脳性麻痺回避のため何でもかんでも帝王切開ということになっていましたが、結局帝王切開を幾らしようが脳性麻痺は減らないという結論が出ただけで終わりました。

ひるがえって日本産婦人科医会の報告では、日本においては報告された新生児脳性麻痺のうち実に7割超が紛争に至るという「ほかと比較しても、圧倒的に訴訟となるリスクが高く」「100%報告が未だなされていないことを考慮に入れても、この訴訟率の高さは異常」という状況です。
そして「我が国の脳性麻痺訴訟においては分娩が原因であり医師の過失を指摘する判決が約80%であるといわれ,その高額損害賠償額と共に重大な問題である(日産婦誌)」という現状を顧みれば、医学的根拠の乏しい言説を敢えて報告書に盛り込むという行為はそもそも医療訴訟を防ぐという産科医療補償制度設立の意義としてどうなのよ?と考えざるを得ないところではないでしょうか?

誤解の無いように申し添えますが、明確に原因があって因果関係が立証されるなら何であれ幾らでも事実として記載すればよろしい、しかし証明もされていない単なる想像であるなら、それを公式文書に敢えて記載する意味と意図は何なのかということです。
客観的に認められた事実関係を元に報告書を記述し公表する、それを元にして各人が後からそれぞれの立場から議論をするのはもちろん自由でよろしいでしょうが、不明なものに敢えて想像で補いそれらしいシナリオを描き出して報告書に書く、そんな「わかりやすさ」が本当にこの制度に求められていることなのかと疑問に思います。
理念としては明確で社会から望まれていたものが運用の段階での不要な茶々入れで形骸化し、それどころかむしろ当初理念と全く逆行する結果を招くということであるなら、いつのまにか医者も患者も放り出されて結局幸せになったのは妙な利権で懐が潤う人たちばかりということになりかねないのではないかと危惧するところです。

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2009年6月10日 (水)

人の死とは単なる生物学的意味での個体の終焉にとどまらず

以前にもお伝えしましたように、千葉を始め全国で医療版ADRが稼働し始めています。
稼働からおよそ二ヶ月ばかりが経過した現在、その現状がどうなっているのかを記事から紹介してみましょう。

「対話が重要」 裁判せず解決、医療ADR 医師と患者、双方にメリット(2009年5月31日産経新聞)

 医療事故などのトラブルを裁判によらずに解決する医療ADR(裁判外紛争解決手続き)の取り組みが広がっている。千葉市では4月に相談センターの業務が始まり、秋には岡山弁護士会も仲裁センターを開設する。民事訴訟で法的責任を追及するには3、4年かかるが、医療ADRは半年程度での和解成立を目指す。費用負担が少ないメリットのほか、医師と患者の話し合いの場としても期待されている。(長島雅子)

                   ◇

 「死亡診断書の内容が納得できない」「薬の過剰投与が死因ではないか」

 千葉市中央区に4月6日、発足した「医療紛争相談センター」。業務開始以降、170件以上の電話相談が寄せられ、面談の予約は2カ月先まで一杯だ。

 センターを運営するNPO法人「医事紛争研究会」の植木哲代表(千葉大教授)は「千葉県の医療安全相談センターには毎年約3000件の相談が寄せられるが、千葉地裁に提訴されるケースは年25件程度。医療に不満があるのに行き場のない人は多い」と語る。

 センターでは、まず電話で相談を受け付ける。調停の申し立てがあれば医師、弁護士、学識経験者の3人が当事者双方から話を聞き、紛争の原因や因果関係を解明。半年をめどに和解の成立を目指す。

 相談は無料だが、調停申し立て手数料は患者側が2万1000円で医療機関側が4万2000円。双方が調停期日ごとに手数料1万500円を支払う。和解額に応じた手数料も必要で100万円の場合は約8万円の費用を折半する。

 9月に運用開始予定の「医療仲裁センター岡山」。岡山弁護士会医療ADR部会長の水田美由紀弁護士は「医療紛争は当事者双方のコミュニケーションギャップが大きく、対話によって解決する問題は多い。説明しても納得してもらえず疲弊している医療側の救済も目的」としている。

 医師会が中心の「茨城県医療問題中立処理委員会」は、全国初の医療ADRとして18年4月に発足。これまでに扱った38件のうち、和解は6件だが、交渉終了後の話し合いで和解が成立したケースもあるという。

 前立腺がん摘出手術の直後に尿が直腸に流出する症状が出た60代の男性が調停を申し立てたケースでは、病院側が調停会議で治療経過を説明し、謝罪。3回の話し合いで男性は納得し、申し立てから9カ月後に和解した。

 同委員会を立ち上げた小沢眼科内科病院の小沢忠彦院長は「これまで防ぎようのない事故を患者に説明する場がなかった。患者と医療者が情報を共有する場が必要だ」と指摘する。

 消毒薬の誤投与で妻を失い、民事訴訟で勝訴した永井裕之さん(68)も「医療側が誠意を持って対応することが大事。そうでなければADRという言葉がひとり歩きするだけだ」と訴える。

【用語解説】ADR

 Alternative Dispute Resolutionの略。裁判外紛争解決手続きと訳される。交通事故紛争処理センターのように、仲裁、調停、斡旋(あっせん)といった方法で紛争を解決する。平成19年4月に施行されたADR法では、消費者トラブルなど民事上の紛争全般を想定している。

立ち上げたばかりということで今までたまっていた案件が集中している可能性もあると思いますが、結構たくさんの利用があるものだなという感じでしょうか。
こうしてある程度公的な権威をもった組織が仲立ちに入ることで、紛争が必要以上に焦げ付いてしまうことを回避できるのではないかとも期待されるところですが、今後実際にどういう結末に至ったのかをデータとして公表していってもらえるといいかなと思いますね。

こうしたトラブルの事例を見ていていつも思うのですが、医療に限らず専門職と非専門の利用者との間のコミュニケーションギャップの問題は非常に大きいという気がしています。
実際にトラブルに至った事例でも医師同志で話を聞いている分には「なんでそれがトラブるんだ?クレーマーか?」と思えるような事例が大多数であろうし、一方で患者同士で話をしていれば「あり得ない!絶対医療ミスだよね!」と言う結論に至って何ら不思議ではない場合が多いのでしょう。
理解の前提条件となる知識の偏在という問題ももちろんありますが、お互いに話したいことだけを話し、聞きたいことだけを聞くという態度が話をこじらせている部分が非常に大きいんじゃないかなと思うのですが、その実例としてちょうどよさそうな記事がありましたので紹介しておきます。

しあわせのトンボ:「余命半年」=近藤勝重(2009年6月3日毎日新聞)

 知り合いのA氏が末期の肺がんだと奥さんから知らされた。

 医師は「余命半年」と本人に告げたそうで、「ひどいこと言うでしょ」と奥さんは電話口で声をつまらせる。

 どういうことなのか、いきさつを聞いた。精密検査の結果が出た際、A氏は何か察するものがあったとみえ、自ら「あと何カ月ですか」と担当の医師に聞いたのだそうだ。

 本人が尋ねれば医師はストレートに答えるんだ、と今日のがん告知のドライさを思う一方で、しかしほかに言いようもあるだろうと思った。

 以前、がんと余命のことを調べたことがある。ある総合病院の医師は4人に1人の割合で余命予測が大きく外れているというデータを得て、1カ月以上生きられる患者には「1カ月ごとにみていきましょう」と説明しているということであった。

 昨今は身辺の整理がしたいので余命を教えてほしい、と医師に聞く患者もいるようだ。しかしそんなふうに割り切れる人はどれほどいるだろう。

 ぼくなりに何人かのがん患者と向き合ってきたが、彼らは道端の一木一草にも目をとめて一日一日をいとおしみ、その一日一日で強気と弱気が交錯している印象だった。

 それにしても医師は、患者には酷と思える余命をなぜ口にできるのだろう。がんの正しい理解を呼び掛けて精力的に活動中の東京大付属病院放射線科准教授、中川恵一氏が先日、安田講堂で開かれたがんのシンポジウムでこんな話をしているのを本紙で読んだ。

 <今は多くの医師が平気で「余命3カ月」と言います。一方、そう言われた患者さんの多くは1年以上生きます。なぜか。短く言っておいた方が医師に得だからです。「余命3カ月」と言って1年生きたら、「先生のおかげで延命できた」となるわけです>

 中川氏もふれていたが、本来パートナーであるはずの医師と患者の信頼関係の維持が難しくなっているようである。相次ぐ医療訴訟に加え、病院経営も厳しくなって、医師もまた追い詰められた側にいるのかもしれない。

 A氏のがんに話を戻すが、奥さんによると、今はホスピスのお世話になっているという。たばこは駄目ながら、好きな酒は医師の許しを得て、毎日1合ちょっと飲んでいるらしい。

 余命はどうあれ、A氏には生と死の間を埋めんと注ぐ酒であろう。(夕刊編集長)

内容に関して敢えてコメントはしませんが、おそらくこの記事、読む人間の立場によってずいぶんと違った解釈をしながら見ているんだろうなと推察されるところです。
別にそれぞれの異なった解釈のうちで何が正しくて何が間違いと言うわけでもありませんが、そうした「異なっている」ということ自体が無用なトラブルの原因になっているということであれば、これは医療従事者側にとっても利用者側にとっても不幸な行き違いとしか言い難いことですよね。
一応マスコミなどというところは本来専門職の言葉をわかりやすく非専門家に伝え、非専門家の生の声を専門職にフィードバックするなどといった相互無理解の仲立ちをするべき役目も期待されていたんじゃないかと思いますが、実際にはむしろ…ま、ここではそういう話はやめておきましょうか。

ところで、医療トラブルにおいてその最たる理由の一つになってくるのが死因がはっきりしない、医者の説明に納得できないということではないかと思います。
例の事故調設立に関わる一連の議論を振り返ってみても、死因を決めるというのは単に科学的事実の確定のみならず何らかの社会的判断をも行うことが紛糾の原因となっていたように思うのですが、そのあたりが一定のフォーマットが確立している自動車事故などと比べても関係者それぞれの認識が未だ成熟に至っていないのかなと思わされるところです。
そんな件もあって久しく前から迷走していた厚労省の「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」ですが、久しぶりにその話題を聞いたと思いましたらこんなことになっていたんですね。

死因究明で意見取りまとめ、夏にずれ込みも―日病協(2009年5月29日CBニュース)

 日本病院会など11団体でつくる「日本病院団体協議会」(日病協、議長=小山信彌・日本私立医科大学協会病院部会担当理事)は5月29日の代表者会議終了後、記者会見を開き、死因究明制度について当初6月末にもまとめたいとしていたワーキンググループの報告が、夏ごろにずれ込むとの見通しを示した。

 代表者会議では、▽今年度から実験的に始める社会保障カードの構想▽診療報酬改定に係る要望書▽死因究明制度に係るワーキンググループ―などについて報告が行われた。
 死因究明制度について、深尾立(かたし)氏(労働者健康福祉機構千葉労災病院院長)は会見で、「各病院団体とも、病院団体としての意見統一がなされていないところが多い現状で、本当にこの団体協議会としてまとめられるかどうか分からない。場合によっては、いろんな意見を並列して記すだけになるかもしれない」としながらも、「やはり非常に重要な法案が審議に向かって進んでいるところで、病院団体が何らかの意見を表明していくことは極めて重要であると考え、できるだけ早く意見をまとめていきたい」とした。
 深尾氏は意見取りまとめの時期について、「当初の勢いでは、6月いっぱいということが小山先生の希望だったが、やってみるとなかなか大変なところがあって、6月は難しい。7月か8月くらいになるかもしれない」と述べた。小山議長は「政権がどうなるかによっても変わってくる」とした。
 また深尾氏は、「民主党案と自民党が推す厚生労働省の意見と大きく分けて2つあるが、いずれにもくみしない。団体としてどうあるべきかという意見をまとめることができたらいいなと思う」と述べた。

しかし「政権が変わるかも知れないから」と先送りにしていたのでは、当面安定政権など見込み薄である現今の政治情勢下でいつまでも結論など出そうにない話ですが…あるいは、そっちの方が表向きに出来ない真の目的ということなんでしょうか(苦笑)。
今ごろになって「いずれにもくみしない」と言われましても、今まで民主党案は全くのスルーで厚労省案でFAと結論ありきのアリバイ議論ばかりやってきたようなイメージがあったのも気のせいだったということなんでしょうかね?
この件についてはかねて民主党の方が積極的な提言を行ってきた経緯がありますが、本当に今夏にも政権交代が起こるということであるようなら今までの議論がそれこそひっくり返るようなあっと驚く結論が出てくる可能性もないことはないですよね。

ところでかなり話は変わりますが、同様に「死因究明」ということに関わる話題でこんなニュースが出ていましたので一緒に紹介しておきます。

警察庁が携帯エコー全国配備へ 現場で遺体内部検査(2009年6月7日47ニュース)

 遺体の死因などを調べる警察の検視の精度を高めて犯罪見落としを防ぐため、警察庁は7日までに、変死体の発見現場に持ち込み遺体内部の異常を調べることができる携帯型の超音波(エコー)検査装置をすべての警察本部に配備することを決めた。

 人員不足の検視官支援策として山形など5県に先行配備済みで、残る42都道府県分の機材購入費約8700万円が、先月成立した2009年度補正予算に盛り込まれた。

 犯罪の疑いがある遺体は、刑事部門で経験を10年以上積み法医学の専門講習を受けた検視官が、外側から観察したり触ったりして死因や事件性の有無を調べる。内部の確認には医師の解剖が必要だが、エコーを使うことで犯罪を見逃して解剖に回さないケースを防ぐ

 42都道府県のうち北海道を除く41都府県には警察本部に1台ずつ、管轄面積が広大な北海道警には道警本部に1台と、4カ所ある方面本部にも1台ずつ置く。当面は医師の指導の下で使用する。

 警察庁によると、昨年1年間に全国の警察が扱った変死体は16万体を超え、10年前の約1・5倍。

たぶんこの記事を見た全国医療関係者が「無理だろjk」と声を揃えただろうことに明日の昼飯代をかけてもよろしいですが(苦笑)、恐らく当の検視官の皆様方も同様なことを考えているのかも知れませんね(そうなると誰がこんなことを言いだしたのかが気になってきますが)。
そもそも検視官とツーカーと言えば指導を仰ぐ医師とは司法医のことだと思いますが、彼らにエコーを操作するスキルがあるのかどうかがまず問題ですし、逆にエコーになれた臨床医に指導を受けるとなればツテの有無はともかくとして、彼らに死因診断のスキルがあるかどうかが問題です。
ましてやこうした場合にしばしば警察の皆さんのお相手をしているだろう全国末端の医師会会員であるところの地域開業医の先生方などにおいては…まあ、そういうことも含めて当然全てなにがしかのマニュアルなりは整備しているんでしょうが、いずれにしてもこの計画がどれくらいの実効性を発揮できるのかには純然たる興味がありますね。

しかしあまり関係ないですが、この件の絡みでちょいと調べて見ましたら、最近はポータブルエコーもこんなものとかあんなものとか、ずいぶんと格好良いのが色々と出てきているようで、これなら一家に一台とは言いませんが一つくらいあっても便利がいいんだろうなと思わず購買意欲はそそられるところです。
ちなみにポータブルエコーの相場が新品で一台100万円前後とも側聞するのですが、導入数40数台に対して周辺の消耗品を込みとしても支出が計8700万円ということであれば、いろいろな意味でお安くはない買い物になったのかなという気もするのですが。
いやはや、この金も回すべきところに回せば警察活動にどれほどの貢献が出来るかとも思うところですが、どうでもいいところに使える金というのはあるところにはまだまだあるのだなと言う感じなのでしょうかね。

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2009年6月 9日 (火)

苦しいときの神頼み…ではない別なやり方

何でもないようなことから「世の中やっぱり変わってきているんだな」と感じることってありますよね。
一昔前は医療現場から何をどう言おうがマスコミからは黙殺されていた時代がありましたが、最近は結構細かいところまで取り上げられることもあるようで時代の変化に驚きます。
最近も相次いで「もう限界。勘弁してくれ」という悲鳴混じりの報道が出ていましたが、あるいは「医療可愛そう物語」とでも言うべきものが結構世間受けすると彼らも理解してきていうことなのかなとも思わされるところです。

「財政審建議は現場を無視」―全医連(2009年6月8日CBニュース)

 全国医師連盟(黒川衛代表)は6月7日、財政制度等審議会が取りまとめた「来年度予算編成の基本的考え方」(春の建議)に対し、「医療費抑制を前提とし、医療現場の声を全く無視したもの」などとする見解を公表した。

 見解では、訴訟不安や過労不安の中で「かろうじて士気を保ち医療現場を守っている」と医療従事者の現状を指摘した上で、医師偏在の解消策として建議に盛り込まれた診療科や診療地域ごとに医師数を調整する規制的手法を行えば、医師のモチベーションを低下させ、現在の医療は破綻(はたん)すると主張。
 さらに、医療崩壊を改善するために財政審が提言すべきだったのは、医療費を含めた社会保障費の増額だとし、医療費抑制からの転換を求めた。

 見解ではこのほか、医療サービス全体を充実させるため、医師だけでなく診療補助やコメディカル、診療事務などに携わる人材と雇用を確保する体制を取る必要性も指摘している。

医療現場は「過酷労働」 医師ら課題指摘 静岡(2009年6月7日静岡新聞)

日本リハビリテーション医学会主催の県民・市民公開講座「日本の医療はこのままでいいのか?」(静岡新聞社・静岡放送共催)が6日、静岡市駿河区のグランシップで開かれた。
 同医学会の学術集会の一環。経済学者で東京大名誉教授の宇沢弘文氏のほか、みずほファイナンシャルストラテジーの野田博明常勤監査役が脳出血を経験した患者として、慶友整形外科病院の宇沢充圭理事長が医師の立場から、現在の医療が抱える課題をそれぞれ指摘した。
 宇沢名誉教授は経済学者の立場から、小泉政権時代の診療報酬制度をはじめとした政府の医療制度改革が、逆に医療現場の苦境につながっていると指摘した。野田氏も自身の闘病・リハビリ経験を踏まえ「患者がこうあってほしいと願う医療の姿を、医療制度そのものが妨げている」と述べた。
 宇沢理事長は、リハビリ医療だけでなく医療現場全体が過酷な労働環境に置かれ、現場のスタッフのやる気をも阻害している実態を報告した。会場にはリハビリ医学や医療制度に関心を持つ市民らが訪れ、3氏の報告に聞き入っていた。

産科医:在院月312時間 過労死認定基準超す実態(2009年6月4日毎日新聞)

 大学病院の産科医の在院時間は、1カ月間に平均312時間に及ぶことが、日本産科婦人科学会の初の調査で分かった。当直(夜間勤務)のある一般病院は平均295時間で、そのうち時間外勤務は平均123時間だった。厚生労働省の過労死認定基準が目安にする「1カ月100時間の時間外労働」をはるかに超えており、厳しい勤務実態が浮かんだ。

 調査は全国の大学病院や一般病院約750施設を対象に実施。回答した産科医計633人に、昨年5~11月の任意の1カ月間、全出勤日の出退勤時間を報告してもらい、在院時間を計算。また、退勤後も分娩(ぶんべん)などにすぐに対応する待機時間(オンコール)も調べた。

 その結果、大学病院の医師の在院時間は最大で505時間、大半の医師は238~386時間だった。当直回数は平均月4.9回、最も多い医師は月18回にも上った。当直のある一般病院では最大在院時間は428時間、大半の医師は234~356時間で、オンコール待機も平均88時間。当直のない病院では在院時間は平均255時間だったが、オンコール待機は平均166時間に上った。

 いずれの施設でも男女とも29歳以下の在院時間が最も長く、大学病院では平均383時間に及んでいた。同学会は勤務時間について、小児科医より若干長く、外科医とほぼ同じと分析している。

 調査を実施した海野信也・北里大教授(産婦人科)は「病院勤務の産科医は仕事がきつく、希望者が少ないといわれてきたが、今回の調査で厳しい勤務実態を事実として明らかにできた。国民への医療提供を維持するため、改善策を考えたい」と話している。【江口一】

小泉政権は医療分野への資本参入に熱心で色々と画策してきた結果今日に続く医療行政の基礎を形作ったなどとも言われますが、今の時代医療というものに注目し始めているのは資本家やマスコミにとどまらず、政治家も同様となってきています。
すでに地方行政レベルでは銚子市などにも見られるように医療問題が自治体首長の首に直結するという状況になって来ていますが、この先の都議選、そして衆院選と睨んでいく上で、国政レベルにおいても医療問題というものは無視できないファクターになってきているようです。
この点で従来民主党に比べてどうも及び腰という印象のあった与党自民党ですが、そろそろ風向きが変わり始めたのかなと思わされる話も出てきているようなのですね。

「診療報酬引き上げ、政権公約に」 自民・園田氏(2009年6月7日朝日新聞)

 自民党の園田博之政調会長代理は7日、鹿児島市で講演し、「診療報酬をさらにアップして医療供給体制を確立すると具体的に提示して選挙を戦う」と述べ、次期総選挙の政権公約に来年度の診療報酬引き上げを盛り込む必要があるとの考えを示した。

 診療報酬は2年ごとに改定され、小泉政権下の02年度に初めてマイナスとなり、06年度には過去最大のマイナス幅を記録。08年度の改定では医師の技術料にあたる「本体部分」は引き上げられた。園田氏は「国の財政難から診療報酬はずっと下げてきた。医者の立場で考えたら、必ずしも今『お医者さんはお金持ち』ではない」とも述べ、医師の待遇改善の必要性を強調した。

ま、自民党がいつまで政権与党の座にとどまるかは判りませんが、これで与野党双方共に診療報酬は引き上げるべきという認識で一致したという結論になります。
となれば今後それが政策として実行に移されるのはいずれにせよ確定的…と考えたいところですが、そうなりますとつい先日出されたばかりの財政審の意見書にあるところの「景気悪化、物価下落の折り、診療報酬も削減してしかるべき」という提言の扱いがどうなるのかというあたりに注目が集まってくるところです。
このあたりは厚労省対財務省、あるいは政治家対官僚といった対立の構図が今後あちこちで表面化してくるものなのかも知れませんが、果たしてこの国で一番強いのは誰なのかと言うことにも要注目ですかね。

マスコミや政治家のスタンスもさることながら、過労死レベルの違法な労働実態の改善ということを考える上で医師自身の権利意識の目覚めというものも当然ながら最も重要なものとなってきます。
医師会と並ぶ第二の医師団体を目指す「全国医師連盟(全医連)」が設立する医師の労働組合が先頃結成されたと言う記事を紹介しておきましょう。

初の医師労組が発足=労働環境改善目指す(2009年6月7日時事ドットコム)

 勤務医らでつくる全国医師連盟(黒川衛代表)は7日、都内で集会を開き、医師の労働組合「全国医師ユニオン」を設立したと発表した。医師の全国的な労組はこれまでなく、代表を務める植山直人医師は「多くの人に入っていただき、ともに日本の医療のために闘ってほしい」と呼び掛けた。
 近年、医師不足などによる医療崩壊が問題となっているが、背景には医師の過酷な勤務状況がある。植山医師は、欧州では医師労組が労働条件改善に役割を果たしてきたと指摘。「医療崩壊を何とかするには、医師が健康でやりがいを持って働くことができなくては。そのためにユニオンが重要」と述べた。
 ユニオンは先月中旬、北海道から長崎までの医師8人で結成。11月の定期大会に向け、会員を募り、組織体制を確立するとともに、相談活動など会員をサポートする仕組みを構築する。

「全国医師ユニオン」結成を報告 勤務医の待遇改善目指し(2009年6月7日47ニュース)

 病院勤務医らでつくる「全国医師連盟」が7日、都内で集会を開き、同連盟の医師らが中心となった労働組合「全国医師ユニオン」が結成されたことが報告された。医師だけが参加する全国規模の労組は初めてといい、勤務医の待遇改善などに取り組む。

 ユニオンは、病院勤務医8人が参加し5月16日に設立。(1)過労死を引き起こす過剰労働をなくす(2)当直を時間外勤務と認めさせる(3)主治医制を担当医制に変える―ことを当面のスローガンに、各政党や厚生労働省などへの働き掛けをする。11月に定期大会を開く。

 長期的には、複数の医師が勤務するすべての医療機関に支部をつくることを目指すという。

 ユニオンの代表を務める植山直人医師は集会で「医療費抑制と医師不足に苦しむ状況を改善するには、ゲリラ戦ではなく正規軍としてのユニオンが必要だ。現場の声を反映しながら運動を進めていく」とあいさつした。

医師だけの労組「全国医師ユニオン」が発足(2009年6月8日CBニュース)

 全国医師連盟(全医連)は6月7日、東京都内で集会を開き、勤務医らの労働環境改善などを目指す「全国医師ユニオン」が5月に発足したことを明らかにした。医師だけが参加する全国規模の労働組合は初めてという。過労死を招きかねない医師の過剰労働の解消などを当面のスローガンに、労働環境の改善に向けて会員が勤務する病院側と団体交渉するほか、必要に応じて社会保険労務士や弁護士を紹介するシステムの構築も目指す。代表に就任した植山直人さん(老健施設「みぬま」嘱託内科医)は集会で、「1人でも多くの勤務医に参加していただき、日本の医療のために闘ってほしい」と呼び掛けた。

 全国医師ユニオンでは、病院や診療所の医療従事者らが加入する「日本医療労働組合連合会」などのほか、「東京管理職ユニオン」など他職種の労働組合とも連携する。政治的中立の立場は守る。
 年会費は2万円。ただ、1年目の研修医に限り5000円にするなど、立場が弱い医師への配慮を重視するという。第一段階として、全医連の会員らに加入を呼び掛け、300人程度の組合員獲得を目指す。全医連の会員でなくても受け付けるが、歯科医などに拡大する構想は現時点ではない。

 過剰労働の解消のほか当面のスローガンとして掲げているのは、▽医師の当直を時間外勤務と認めさせる運動▽医師が24時間365日拘束される主治医制の見直し― の推進。組合員が過労で倒れた場合は家族の相談に乗り、場合によっては100万円を上限に弁護士費用を援助する。長期的には、複数の医師が勤務する全医療機関への支部の設置などを目指す。

 植山さんは「(病院側との交渉は)人間関係の問題もあって単純にはいかない。成功事例を積み重ねることが大事だと考えている」と述べた。

ドイツなどではストなどを繰り返して医師勤務態勢の改善を勝ち取り、それを国民も支持していると側聞しますが、外国の医療が大好きな日本のマスコミあたりはこの件も絶讚するんでしょうかね(苦笑)。
ま、組合が最適解かどうかはともかくとして、こういう当たり前の労使活動を当たり前にやっていくというのはいい学習機会かなと思いますね。

常々この問題を考える上で非常に興味深いなと思うのは、今の時代どこでも医者が足りない、医者がいなければ病院も潰れるしかないという状況で、言ってみれば医者の側にとってものすごい言い値の売り手市場が形成されているわけなんですが、案外と目に見えて労働環境改善のために動いているという話が少ないですよね。
むしろ全国何処でも聞こえてくるのは「人手が減って大変だ。もう無理」なんて悲鳴ばかりですから、そういうことは世に向けて叫ぶ以前に勤務先の経営者と交渉するものなのではないかなと思うのですが、どうやらあまりそうしたことをやっている医者も多くはないらしい。
もちろん世に言う「医療現場は医師の使命感に支えられ」云々という美談的側面も多分にあるとは思うのですが、その一方でどうも医者という人種は労働者としての基本的な作法というものすら理解していない世間知らずなのかな、という気もしないでもありません。

「そんなことはない。労使交渉などかったるいことをするくらいならさっさと逃散した方がはるかに有利だからそうしているだけだ」と言う人ももちろん大勢いるんだと思うんですが、逃げ出すほどの踏ん切りもつかないままずるずると底なしの現状にはまり込んでしまっている人々というのもそれより遙かに多く存在していると思うのですね。
しかし考えていただければ判ることなんですが、これ以上無理と言うところまで働いて心も体も病んでからようやくドロップアウトする、あるいは最悪過労死してしまう、そんなことは一昔前の他業界ではとっくに社会問題になるほど経験していることで、当然ながらそれなりの対処法のノウハウと言うものも蓄積されているわけです。
世の先達の知恵があるのにそれを利用しようとしないで、自分たちの狭い知識の中に閉じこもってあがいているだけということであれば、それは今の時代にあって「情弱」などと揶揄されても仕方がないことではないでしょうか?
そして明らかに医師総数が足りていなくて超売り手市場が形成されている今のような時代でこそ色々と交渉しがいもあるんじゃないかと思いますし、そうした財産は後々の後輩達にもきっと感謝されるようになると思うんですけどね。

どうも未だに多くの医療従事者が勘違いしている気がしますが、医療を受ける側にすれば「もう50時間連続で働いています。ボクってすごいでしょ」なんて医者の超人伝説自慢を聞かされてもありがたくも何ともないわけで、そんなことより自分の命を預ける相手が当たり前の常識が通用する「まともな人間」であることこそがはるかに重要なことなのです。
「こんなに苦しいのに先生はちっともわかってくれない」とは患者がよく口にするところですが、他人の苦しさを当たり前に感じるためには大前提として自分の苦しさを当たり前に感じられる正常な感覚が備わってなければならないのは言うまでもないことですよね。
何より特殊な心身の耐久力を持った人間の存在を前提にして初めて成立するような職場はメジャーな産業として決して長続きしませんが、社会的インフラの一つとして欠くべからざるものと認識されつつある医療こそどんな時でも存続できるシステムであるべきで、それならばこそ「大丈夫、24時間戦えなくとも誰でも務まります」という体制を整えておくことが最大の武器になり得るでしょう。
ドロップアウトしていった医者達が「これなら俺でもやっていけるかも…」と戻ってくるようになる人に優しい医療業界、そんな職場環境を目指していくことこそが世間並みの常識が通用する「医療業界の正常化」へとつながる第一歩であり、最終的に国民多数派の利益にもつながり得るからこそ世論の支持も訴えやすいんじゃないかと思うんですけどね。

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2009年6月 8日 (月)

ちょっとそれはどうなのよ?という某業界の認識(追記有り)

先日も二回目のデモが行われたというNHKスペシャルの反台湾報道問題ですが、未だあちこちで波紋を広げているようです。
報道関係者による組織である「日本ジャーナリスト会議(JCJ)」では5月27日、この問題に関して自身の公式ブログ内でNHKのOBらで作る組織「放送を語る会」の声明を取り上げています。

NHKスペシャル「アジアの"一等国"」に対する批判について=放送を語る会(2009年05月29日Daily JCJ)

ご一読いただければ判るとおり、内容はNHKの公式見解に沿った番組擁護といったもので、特に末尾に添えられた「プロジェクトJAPANへの手紙」なるものについては身内擁護を通り越して何とも言い難いものがあります(同会では実際にこの文面でNHKに送ったそうですが…)。
こうしたことから考えるに、NHKという組織はOBに至るまで自己に批判的な視点の存在を許容しないところなのかなという印象も拭えないのですが、そうこうしているうちに今度は朝日新聞も反台湾報道をやらかしてくれました。

「核保有国ではない」 台湾、朝日新聞に抗議へ(2009年6月3日産経新聞)

 朝日新聞が、北朝鮮の核実験を受けて掲載した地図で、台湾を「核保有5大国」に分類していたことが問題になっている。台湾の外交窓口は「おかしい。厳正に申し入れたい」と反発している。台湾の領土や主権をめぐっては、かつて「中国の一部」とした地球儀が社会問題化したこともある。

 朝日新聞は5月26日付朝刊6面で、「核兵器をめぐる現状」という地図を掲載。「NPT(=核兵器不拡散条約)で認められた核保有5大国」として、米国とロシア、英国、フランス、中国が赤に色づけされており、台湾も赤くなっていた

 台湾は、第2次世界大戦が終結した1945年以降、中華民国の統治下にあるが、49年に成立した中華人民共和国(中国)も統治権を主張している。日本政府は72年の日中共同声明で、台湾を自国の領土とする中国の主張を「十分理解し、尊重する」としたが、認めたわけではない。政府は2005年11月、「台湾の領土的位置付けに関して独自の認定を行う立場にない」とする政府見解を閣議決定している。

 今回の朝日新聞の地図について、日本における台湾の外交窓口機関である台北駐日経済文化代表処の朱文清広報部長は「台湾は核保有国ではないし、中国の一部でもない。事実を確認して、朝日新聞に厳正に申し入れたい」と語った。

 日台交流を進める民間団体「日本李登輝友の会」の柚原正敬常務理事も「あの地図は、日本の立場とも台湾の立場とも違う。中国の『台湾は中国の一部』という言い分が反映された地図ではないのか。これまで朝日新聞については中国寄りの報道姿勢が指摘されてきたが、その表れかもしれない」と分析する。

 台湾の領土や主権に関しては08年1月、出版・教材大手「学習研究社」の子会社が中国で生産していた地球儀が、中国政府の圧力を受け、台湾を「台湾島」と表記し、音声案内では「中華人民共和国」と表現していたことが発覚。「不適切な表現・表記があった」として地球儀を販売中止にし、子会社は解散した。

 今回の問題について、朝日新聞広報部は、「台北駐日経済文化代表処からの申し入れがあり、当社としての見解を丁寧にご説明する予定です」とのコメントを文書で寄せた。

「当社としての見解を丁寧にご説明する予定」ということですから、別段うっかり間違っちゃったとかいった類の行為ではないようですね。
ちょうど天安門事件20周年ということで何かとこうした極東情勢に注目が集まるところですが、すかさずこうした小技を絡めてご機嫌伺いをしてくるあたり、さすが文革批判でマスコミ各社が相次いで中国国内からの退去を命じられた中唯一在留を許され、中国外務省からも「進歩的メディア」と絶讚される朝日新聞の面目躍如と言ったところがあります。
まあ朝日新聞も先頃ついに赤字転落したという話ですから、この先も生き残るためには何かと政治的配慮なるものが必要な事情なんだろうなとは理解できるところですが、あまり露骨に媚びすぎるのも名目上は公正中立を標榜している報道機関としてどうなのかというところですかね。
そして何より先のNHK問題においても言えることですが、こうした報道によって各国の対日感情を悪くしていくという行為にどんな報道上の正義があるのか、もう一度彼らは自問してみる必要性があるように思いますが。

【追記】この件に関して、以下の通りの続報が出ているのですが…皆様御笑読ください。

【トレビアン動画】朝日が台湾を「核保有国」に分類した件で紙面で「おことわり」掲載! 購読者が電話攻撃!(2009年06月07日トレビアンニュース)

さて、この6月4日はその天安門事件からちょうど20年ということでいろいろと記事も出てきているところですが、この事件に関しても各社様々な報道を繰り広げているのは皆さんもご承知のところかと思います。

中国の国防相を務める遅浩田氏が1996年の訪米時に「天安門広場では一人の死者も出ていない」と発言したことなどからも知られているように、中国政府は一貫して虐殺と呼ばれる行為はなかったという立場を堅持しているようです。
不謹慎なことを言うようですが、天安門で何人挽肉状態になろうが病院に運ばれて医者に死亡確認されない限りは「瀕死の重傷」でしかないという考え方も一応は出来るわけです。
その意味ではそういう公式見解もありなのかも知れませんが、むしろこの件に関して注目されるのはNHKのように中国政府の公式見解そのままを日本国内で報道しているというところが結構あるらしいということですよね。
御存知のように中国というところは必ずしも報道の自由などというものが存在する国ではありませんが、わざわざそうした国の政府公式見解をただ垂れ流すという行為にはジャーナリストとしての良識が問われるところではないでしょうか。

こんな中で独自の見解を打ち出しているのが毎日新聞ですが、ここは黙って記事を引用してみましょう。

早い話が:天安門事件は良き時代=金子秀敏(2009年6月4日毎日新聞)

 6月4日。20年前、1989年のこの日に天安門事件が起きた。中国では日付から「六四(リュースー)」と呼ぶ。当時、北京支局で事件を体験した。いまでも断片的に記憶がよみがえる。

 前日の3日の午後。広場にはきたないテントが林立していた。ビラを集めながら、広場中央の人民英雄記念碑に向かった。民主化運動の司令部があった。碑の周囲は、竹や角材を組んだ壁を組み合わせた複雑な迷路で、リーダーのいる指揮所には簡単に近づけない仕掛けになっていた。

 迷路をうろうろして記念碑の石段を上がり、広場を見渡せる高台に出た。西に大きな人民大会堂のビル。その上空が真っ赤に焼け、紫色の雲が浮かんでいた。妙な静寂が漂っていた。後から知ったことだが、この時、指揮所では、学生リーダーたちが、徹底抗戦か撤退かで激しい論争をしていた。

 少年が石段を駆け上ってきた。伝令の腕章をつけていた。大学の新入生だろう。顔立ちが幼く、はあはあ息を切らせていた。「ここは危険です。外国人は早く広場から出てください。あとは私たちがやります」。そう言うと、ほかの外国人記者を探しに走り去った。

 北京の東西を走るメーンストリートが長安街、その東の外れの建国門に支局があった。深夜、原稿を書いていると、近くのアパートから知人が電話をしてきた。「おれの家の真下を戦車が走っているぞ! あーっ、自転車の男をひき殺しやがった」

 時計の針が0時を回る。夜明け前、ゴーゴーという異様な音が響いてきた。アパートの上の階の踊り場から建国門陸橋を見下ろすと、長蛇のような戦車の列が長安街を天安門広場に向かって進んでいた。

 戦車を見ながら、あの少年の無事を祈った。一党独裁体制への反逆行為なのに、学生たちは心の中で中国共産党を信頼していた。正義の要求は受け入れられると信じていた。それは少年の幼い顔つきでもわかった。

 事件からずいぶんたって車で天津に行った。突然、中国人の運転手が車を止めた。二つ先の交差点を長い車列が横切っていた。護送車、2両連結のバス、その後に布団や洗面器を山積みした軍用トラック。車列は延々と続いた。「北京で監獄が足りなくなったんでしょう」と運転手が言った。

中国でまた天安門事件は起きるか。もう起きないだろう。あれは、中国人が共産党を信頼していた良き時代の事件だからである。(専門編集委員)

待て、その結論には激しく無理がないか(苦笑)。
いや、人間あまり斜め上に向けて突っ走り過ぎると一周して新たな境地を開拓してしまうのかとも思わせるあたり、さすが日本の誇る毎日新聞だけのことはあると率直に感服いたしました。
しかし我々のようなひねくれ者はともかくとして、ごく一般的な大衆相手にはいささかこの論旨は高尚すぎて判りにくいような気もするのは自分だけでしょうか。

この件についてはとりあえず置くとして、毎日新聞といえば以前から「押し紙問題」で有名なところで、一説によれば販売店に「強制的に押し付けられる」新聞の実に7割が実際には配達されずに残っていると言うのですから穏やかではありません。
この問題について先頃週刊誌がとうとう特集で取り上げたと言うことなのですが、まずは報道から紹介してみましょう。

新聞業界最大のタブー? 週刊新潮が「押し紙」特集記事(2009年06月04日J-CASTニュース)

   実際には配られない新聞が大量に販売店に押しつけられているとされる、いわゆる「押し紙問題」をめぐり、新たな波紋が広がっている。週刊新潮が、この問題を4ページにわたって特集したところ、新聞3社が、広告の表現などについて抗議文を送付したのだ。一方、記事を執筆したジャーナリストは、「問題が表沙汰になったことに意味がある。新聞社は紙面で反論なり裁判を起こすなりすればいい」と一歩も引かない構えだ。

新聞側は記事の訂正・謝罪などを要求

   波紋を広げているのは、「週刊新潮」6月11日号(首都圏では2009年6月5日発売)に掲載された「『新聞業界』最大のタブー『押し紙』を斬る/ひた隠しにされた部数水増し」と題した記事。この問題を長く取材しているフリージャーナリストの黒薮哲哉さんが執筆している。記事では、滋賀県の読売新聞販売店の店主をしていた男性が、新聞紙の配達状況についての実態調査を行ったことを紹介。その結果から、新聞社から販売店に届けられるものの、実際に読者には配達されない「押し紙」の割合を推定した。記事では、

    「『押し紙率』を見てみると、大手4紙については読売18%、朝日34%、毎日57%、産経57%だった。4紙の平均でも、公称部数の実に4割以上が『押し紙』だった」

と結論づけている。

   また、6月5日の朝刊各紙に掲載された同誌の広告には、

    「読売18%、朝日34%、毎日57%が配られずに棄てられていた―」

という見出しが躍った。

   これを受けて、広告で名指しされた形の新聞3社は抗議文を週刊新潮編集部宛に送付。各社は

    「(調査結果は)実態と異なり、まったく信用できない」(朝日)
    「広告は、読売新聞の発行部数の18%が配達されずに棄てられていたとの印象を一般の読者に与えるが、事実と異なっており、看過できない」(読売)
    「客観性に欠ける調査を根拠にしており、信ぴょう性がなく、毎日新聞の名誉を著しく棄損する」(毎日)

などと主張。特に毎日新聞については、損害賠償請求を含む法的措置を検討することも明らかになっている。

   だが、週刊新潮側も、一歩も引かない構えだ。週刊新潮編集部では、

    「『記事の訂正・謝罪』に応じるつもりはありません。今回の記事は、タイトルにもあるように『短期集中連載』です。『反論』という形になるかどうかは未定ですが、抗議があったことについては、今後、連載の中で触れる予定です」

とする一方、記事を書いた黒薮さんは、

    「不思議なのは、抗議の主な対象が広告表現だということです。記事の内容そのものについて、どう考えているのか知りたいところです。むしろ、これを機会に、問題が表沙汰になったことに意味があると思っています。新聞社側も異論があるのであれば、紙面で反論を展開するなり、裁判を起こすなりすればいい。公の場で決着を付けるのが良いのでは」

と話す。

朝日、毎日、読売とも「『押し紙』はありません」

   この問題で特徴的なのは、主に広告表現が問題視されたことだ。ところが、今回抗議文を送った3社の紙面には、問題の表現がそのまま掲載されている。各紙では広告の表現などについて審査を行っており、問題がある表現だと判断されれば、その部分が削除されたり、「黒塗り」にされることもある。今回のケースでも、「抗議するくらいならば、事前に『黒塗り』にする」という選択肢もあったはずだ。この点については、各社は

    「『表現の自由』の観点もあって事前に広告掲載を制限することは適切な行為とは考えておらず、なるべくそうした措置はとらないようにしています」(朝日新聞社広報部)
    「明らかに誤った記述だったため、社内で対応を検討しました。その結果、広告をそのまま掲載し、厳重抗議した事実をあわせて報道することにしました」(毎日新聞社社長室広報担当)
    「広告については、表現や内容によって制限することもありますが、なるべく制限することなくそのまま掲載するようにしています」(読売新聞東京本社広報部)

と説明。「押し紙」については、

    「『押し紙』はありません。弊社がお取引している新聞販売店は、必要な部数を注文し、弊社はそれに基づく部数を送付しています。弊社が注文部数を超えて送付したり、注文と関係のない部数を送付したりすることはありません」(朝日)
    「本社は販売店からの注文部数に応じて新聞を送っており、ご質問にあるようなことは把握していません」(毎日)
    「『押し紙』はありません」(読売)

と、従来どおり、その存在を否定している。

頼んでもいなければ売れもしない新聞を押し付けられる販売店側の迷惑は言うまでもありませんが、公称部数というものは広告など金銭問題に直結するだけに、事実だとすれば詐欺的行為だと批判を受けても仕方がないところではありますよね。
上記の記事中にありますように新聞各社は公式には「押し紙」なるものは存在しないという態度を崩していませんが、では長年販売店が押し付けられてきた新聞の山は何だったと言うのでしょうか(苦笑)。
この件については法廷での決着も云々と言っていることのようですし、是非とも関係者全てに証言をいただいて事実関係を明確にしていただきたいところだと思いますね。

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2009年6月 7日 (日)

今日のぐり「丸亀製麺倉敷連島店」

最近では自動車業界も車が売れずに大変だと言いますが、一方で世の中にはこんなジョークもあります。

ビル・ゲイツはこんなことを言ったそうです。

「もしトヨタがコンピューター業界のような絶え間ない技術開発競争にさらされていたら,
 私たちの車は1台25ドルになっていて,燃費は1ガロン1000マイルになっていたでしょう。」
これに対し
トヨタは次のようなコメントを出したと言われています。
「もし,トヨタにマイクロソフトのような技術があれば,我が社の自動車は次のようになるだろう。」

1.特に理由がなくても,2日に1回はクラッシュする。
2.高速道路を走行中,ときどき動かなくなることもあるが,これは当然のことであり,
 淡々とこれをリスタート(再起動)し,運転を続けることになる。
3.何か運転操作(例えば左折)を行うと,これが原因でエンストし,
 再スタートすらできなくなり,結果としてエンジンを再インストールしなければならなくなることもある。
4.運転操作は,ニューモデルが出る毎に,はじめから覚え直す必要がある。
5.エアバッグが動作するときは
 「本当に動作して良いですか?」という確認がある。
6.エンジンを止めるときは
 「スタート」ボタンを押すことになる。
7.マイナーチェンジを繰り返し、少エネ・性能向上を理由に
 法外な値段で車を売ることになる。

ちなみにゲイツ氏のところの時期OS「ウインドウズ7」は予定を前倒しして年内に登場するということですが、自動車業界の常識で言えば予定前倒しでモデルチェンジとなりますと現行モデルがよほど…
ま、それはともかくとして、ゲイツ氏にとっては頭の痛いことに実際の職場環境ではなかなかPC時代に最適化された状況とまでは至っていないらしく、こんな話もあるようです。
よくよく見てみますと職場の管理者にはPC関連業務に限らずなかなか耳の痛くなるような話ですね。

なぜPCの利用時間の3割は「ムダ」なのか(2009年5月22日プレジデント)

■非効率な職場では「不正」が起こる

「『息抜きのために私用でネットやメールを使うのは、使った社員が悪い』というのは誤り。もっと深い原因がある」。そう話すのはキヤノン電子社長・酒巻久氏だ。

 PC導入以前は給湯室など社員のサボる場所は決まっていたが、ネットサーフィンが自席でできるようになり、一見しただけではサボっているか否かがわかりにくくなってしまった。
 キヤノン電子では、PC操作をリアルタイムで監視するソフトを商用化した。このソフトで就業中にネットやメールで遊んでいる社員をあぶり出すことができる。
 酒巻氏曰く、「調査すると、一般にPC利用時間の3割程度は私用で使われていることが多い」という。
 特に経営層や管理職までがネットで遊んでいる会社は、業績が悪くなりがちだ、と酒巻氏は指摘。「銀行から出向してきた人など、職務があいまいな人ほど遊んでいる」(酒巻氏)。

 問題は業務効率にとどまらない。たとえば情報漏洩の問題。三菱UFJ証券の元部長代理が148万人分の顧客情報を不正に持ち出したニュースは記憶に新しい。PCで遊んでいる時間が長い従業員は会社で重要な仕事を任されておらず、忠誠心が低いうえ、「不正」を働く時間的余裕もあるため、このような行為に手を染めやすい。
「個人情報以外に、アパレル会社のデザインや、メーカーの設計データなど『知的財産』も狙われる」(酒巻氏)というように、企業にとって生命線ともいうべき情報も流出している。外国人従業員が情報を引き出すケースも多いという。

■無能な管理職が「暇な社員」をつくり出す

 しかし、ログの監視とその後の調査によって意外な事実も発見されている。それは「管理職の能力不足」である。
 典型例を挙げよう。ある企業が監視ソフトを導入したときのこと。ある女性社員が、会社の仕事は短時間で済ませてしまい、残りの時間は自分で立ち上げたオークションサイトを1日中運営していたことが判明した。それまでなぜ、誰も気づかなかったのかといえば、彼女は「女性社員ではナンバーワン」と言われるほど優秀な人物で、仕事ぶりが完璧だったからである。
 そこで、経営者が本人を呼び出して理由を問いただしたところ、彼女は泣きながら答えた。
「仕事がないんです」。

 実は、彼女は仕事が早く終わってしまうので、「もっと仕事を与えてください」と上司に訴えたことが今までに何度もあったという。上司が彼女の優秀さに見合った適正な仕事量を与えていなかったのだ。ちなみに、件の女性が立ち上げていたオークションサイトのシステムのレベルは相当高かったようだ。このように優秀な社員が、女性だからといった理由で十分に仕事を与えられず、時間を持て余してPCの私的利用を行っているケースも多いのである。
「IT化によって、今まで100人で行っていた作業が数人で済むようになった。だが、『管理職の評価は部下の人数』という考えをいまだに持っている人がいる。多くの部下を置きたがるのに、彼らに十分な仕事を回さない。それが非効率の元凶だ」と酒巻氏は断言する。

 PCの私的利用は、これを一律に禁止すれば済むというような単純なものではない。息抜きが業務効率を高めるという調査結果もある。私的利用も含め、部下を管理する能力が、管理職に問われているのだ。

今日のぐり「丸亀製麺倉敷連島店」

全国展開しているセルフのうどん屋チェーン店、なんだそうですが、最近なにかあちこちで見かけるようになってきましたから流行っているんでしょうか?
実は以前に他の場所に出来たばかりの店に入って、見るからに茹で方を初めうどんの扱いがアレだし実際食べてみてもずいぶんとナニで幾らなんでもうどん屋を名乗る店としてどうよと思ったことがあるのですが、それでも流行りますかね…?
流行り具合はともかくとしてうどんの扱いに関してはもともと会社としてそういう方針なのか、あるいは店舗の問題によるものなのか気になっていたのですが、たまたま今回店を見かけたことで別な店ではどうかと試してみる気になりました。

昼飯時でしたが、客の入りはまずまずでそこそこ広い店内もほぼ席は埋まっている上に新しいお客が並んでいるという状況ですから、結構人気はあるのでしょうか。
価格帯は一応讃岐うどんを意識しているのかそれらしい感じの設定で、いわゆる普通のうどん屋と比べれば割安に感じますが、冷静に考えてみるとセルフのうどんとしては特別安いとも言えませんかね。
今回はぶっかけ(冷)に野菜天、いなりを取ってみましたが、カウンターに用意されているおろししょうが、ネギ、天かす各一匙を投入して席につきました。

うどんは前回他所で食べたものと比べると茹で具合もその後の扱いもずいぶんとまともに感じますから、これならセルフのうどん屋としてはまずまず水準(除く香川県)はクリアしてるんじゃないでしょうか。
以前食べた時はぐでぐでの茹で加減もさることながら、何より冷水によるシメが無茶苦茶ですっかり表面が荒れてしまっていたが、今日はそれなりになめらかな舌触りを保っているのは好印象です。
しかし良く味わってみると確かに茹で加減と加水率のせいかかなり硬い食感で騙されますが、実は腰はさほどないのは製麺段階の問題でしょうね。
こちら自家製麺が自慢らしいですが、これだったら意外とイケルと一部で評判の某社製冷凍うどんの方でも使っていた方がずっと安くてうまいんじゃなかろうかとも思えてきますが…

ダシもさっぱり辛口でこの界隈のうどん屋の主流からするとこの解釈は面白いかなとは思ったんですが、ぶっかけとしては明らかにうどんに対して弱くて成立してませんね。
野菜天は揚げ置きと言うことを差し引いても肝心の天ぷらとしての食感が全く駄目で、これはそもそも揚げ方に問題がありそうです。
いなりは結構しっかりした濃いめの味付けで、一般に関西風のいなり寿司は具沢山の五目御飯系統が多いなんてことも言いますが、ここのいなりは混ざっているのはゴマのみと至ってシンプル。
全体の印象としては「まあこんなもんかな…」といったところで、特別うまいとも思えませんが腹が立つほどひどいわけでもなしといったところでしょうか。

これで値段は500円そこそこですから、一昔前の100円うどんなんてものの一変形と考えれば値段相応の内容で「とりあえず安く腹が膨れればいい」という向きには特に文句はないかなとも思えます。
しかし讃岐うどんの看板を掲げているところからついつい本場香川県のうどん屋と比べてしまいますが、釜揚げ讃岐うどんを名乗って北海道から九州まで全国展開していながら香川界隈では全くみかけないというあたりが客観的な評価を物語っているのかな、と…
飲食店としてはやはり特別どうこう言うべき店とも思えませんが、逆に言えばこの内容でどんどん新規出店するほど流行ると言うのであれば、企業戦略としてはずいぶんと成功しているのかなとも思えるところですかね?

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2009年6月 6日 (土)

新型インフルエンザ、社会の関心的には下火ですが…

最近すっかり話題にもならなくなってきた新型インフルエンザですが、着実に感染者数は増加をしています。
特に今回の場合発熱があまりない、消化管症状が多いなど通常のインフルエンザと症状がかなり異なると言いますから、ひと頃のように大騒ぎをしないだけ市中医療機関でそうとは知らずに治療されている患者も多いのではないでしょうか。
何にしろ確定患者数は言うまでもなく、「インフルエンザ様症状」を呈する患者数で発生動向を把握しようとすると実態を見誤る可能性があると考えておくべきだと思いますね。

国内での新型インフル感染者は402人に(2009年6月5日CBニュース)

 厚生労働省は6月5日の記者会見で、同日午前11時現在の国内の新型インフルエンザ感染確定者が402人になったと発表した。4日午前11時の時点から1人増加した。これで感染者は、成田空港での「水際対策」で確認された8人を含め、410人になった。

 402人の内訳は、大阪府(大阪市、高槻市、堺市を除く)118人、神戸市114人、兵庫県(神戸市、姫路市、尼崎市、西宮市を除く)54人、大阪市 23人、兵庫県尼崎市20人、大阪府高槻市17人、兵庫県西宮市8人、川崎市、千葉県各6人、埼玉県4人、静岡県(静岡市を除く)、愛知県、大津市各3 人、東京都(八王子市、中央区、墨田区、目黒区、大田区、杉並区を除く)、東京都墨田区、静岡市、京都市、兵庫県姫路市、山口県各2人、東京都八王子市、中央区、目黒区、大田区、杉並区、新潟市、山梨県、堺市、和歌山市、徳島県、福岡県各1人。

新型インフル 関東でも集団感染 披露宴出席の8人(2009年6月4日産経新聞)

 厚生労働省などは3日、千葉県旭市の主婦(29)と川崎市の20~30代の男女3人が新型インフルエンザに感染したと発表した。4人はいずれも1日に東京都墨田区で感染が確認された女性(29)と同じ結婚披露宴に出席。同披露宴に出席した感染者は計8人となり、披露宴で集団感染が発生していたことが明らかになってきた。関東での集団感染は初めて。

 披露宴は30日に東京都内で開催。3次会まで行われ出席者は約80人。このうち28人が濃厚接触者としてリストアップされている。席位置や2次会、3次会への出席状況は調査中で、さらに感染者が広がる可能性もある。

こういう状況になってきますと実質的に感染封じ込めなどと言うのも不可能だと思うのですが、政府にしろWHOにしろフェーズ引き上げと言うことは考えていない様子です。
そうなりますとそろそろあちこちで無理が出てきているのかなと思う話が出てきているのですが、まずはこちら発熱外来絡みの話題から取り上げてみましょう。

新型インフルの波紋:滋賀、発熱外来を縮小 医師不足で維持困難に(2009年6月2日毎日新聞)

 滋賀県は1日、新型インフルエンザ対応の発熱外来を縮小することを決めた。同県内での感染は5月20日の初確認以降3件で、依然として感染を封じ込める「感染初期」にあるが、慢性的な医師不足に悩む医療機関では体制維持が難しいため。

 同県では、4月28日に発熱外来を初めて置き、先月末には20病院で開設していた。病院によっては、救急外来と発熱外来で二重の24時間体制を敷いており、複数の病院が「現状の人員ではこれ以上続かない」と訴えていた。

 県や保健所、病院によると、県内7保健所のうち甲賀保健所管内(2市)では、従来の3病院中1病院が1日、発熱外来を休止。長浜保健所管内(2市6町)でも、2日から従来の2病院中1病院で休止する。これ以外に県内で2病院が休止を希望している。現在4病院に発熱外来がある草津保健所管内(4市)では、時間帯や曜日ごとの交代制も検討中。

実質的にまん延しているだろう状況で公のタテマエに従ってどこまで発熱外来を維持していくべきかもなかなか難しいところだと思うのですが、理屈がどうこうと言う以前に現場では物理的に無理となし崩し的な対応になってきている現状を政府厚労省や自治体がどう見るかですよね。
厚労省としても恐らく今の体制が良いとも考えていないのではないかと思いますが、こうなると当面終息宣言を出せるような状況でもなさそうなだけに、どこまで現状維持でやっていくのか真剣かつ早急に考えてもらわなければ現場も困るということになるでしょう。
万一このまま数ヶ月経過して、そのまま強毒型発生とでも言うことになれば、その頃にはどこの医療機関もすっかり対応する余力も底をついているということになりかねませんが…

厚労省といえばこのタイミングでタミフル絡みの例の異常行動の調査結果が出てきているのですが、これもなかなか解釈の余地がありそうな話ですよね。

タミフル:異常行動との因果関係不明 厚労省研究班(2009年6月3日毎日新聞)

 インフルエンザ治療薬「タミフル」(一般名リン酸オセルタミビル)について、厚生労働省・安全対策調査会の作業部会(鴨下重彦座長)は3日、服用と異常行動との因果関係を示唆する調査結果は得られなかった、との結論をまとめた。近く調査会に報告されるが因果関係の有無は不明だった。厚労省は異常行動の目立った10代に処方を控えるよう医療機関に通知したが、方針変更の根拠は得られなかったとして、その措置は継続する方針を明らかにした。

 作業部会では、06~07年の流行期にインフルエンザと診断された18歳未満の患者約1万人を対象に調べた厚労省研究班の最終報告書が示された。

 それによると、約1万人のうち、異常行動を起こしたのは12%で、飛び降りなど重度の異常行動を起こしたのは0.4%だった。

 異常行動を起こした患者のうち、タミフルを服用していた場合の発生率は、非服用に比べ0.6倍と低かった。重度の異常行動を起こした10代に限定すると、服用した方が1.5倍だったが、報告書は対象者が11人と少なく、「統計的に差はない」と結論づけた。

 厚労省によると、販売開始(01年2月)から今年3月末までにタミフルの副作用で異常行動を起こしたと報告されたのは353人。また、服用者が増加傾向にあるリレンザ(一般名ザナミビル)では167人だった。

 タミフルをめぐっては、10代の患者がベランダなどから飛び降り転落死する事故が相次ぎ、07年3月、厚労省は10代への処方を原則中止する通知を出した。【下桐実雅子】

インフルエンザに関わったことのある現場の人間なら誰でも知っていると思いますが、タミフルを使おうが使うまいがインフルエンザ罹患によって一定の割合で異常行動といったものは発生しますし、おそらくタミフルを使おうが使うまいが発生率に大差はないんじゃないの?という手応えも持っているんじゃないかと思います。
そして恐らく今まで出てきたデータからしてもタミフル使用によって明らかに異常行動のリスクが上がるという印象はなさそうなんですが、こうやって社会的問題として大々的に取り上げられてしまいますと「異常行動?!タミフルを飲んでいた?!やはり危ない薬なんだ!」という世間の率直すぎる反応を完全に否定するのはどんな客観的データを以てしても難しいでしょうね。
これもある意味で「悪魔の証明」問題なんじゃないかなと思うのですが、過剰なタミフル使用に警鐘を鳴らすといったくらいの意味合いでならばともなく、完全否定が難しいだけに何が何でもタミフルを悪者にしたいとか、「薬害許すまじ!責任者出てこい!」と主張したい向きには使い勝手の良いカードであることも確かなのでしょう。

難しいのは新型インフルエンザに対しては例えば妊婦はハイリスクだから積極的にタミフルを使いなさいとCDCにしろ産科学会にしろ公式のコメントを出してしまっていることで、要するに副作用のリスクが100%排除されずとも現状は添付文書の能書きで言うところの「使用による危険性を利益が上回る」状況であると認知されていることなんですね。
もう一つの抗ウイルス薬であるリレンザの方がむしろ異常行動発生リスクという点ではずっと危ないんじゃないかなどと言う話もありますから、社会防衛的に考えてみますとあまりはっきりしないタミフルの薬害なるものをどこまでも言い続けることが最大多数の最大幸福につながるのかという問題も出てくるところだと思いますが…

タミフルの副作用問題に限らず社会として取るべきは「ゼロリスクの追及」ではなく「トータルでの被害を最小限化すること」ではないかと思うのですが、このあたりの「非合目的的な社会反応」というものに対して最近幾つか記事が出てきているようですので紹介しておきましょう。

“社会の暗部”が噴出/横浜 高校生インフルの疑い(2009年5月31日カナロコ)

 「横浜市内の高校生が国内初の新型インフルエンザ感染疑い」。今月一日未明、厚生労働省が緊急会見で明らかにした。「疑い」が晴れたのは、十六時間後。その間、学校は「パニック」に見舞われた。あれから一カ月。生徒を思い、安堵(あんど)の涙を流した校長の胸にはしかし、言い得ぬ恐れが深く沈んだままだ。あの日、目の当たりにしたのは、すぐそこに潜む社会の暗部-。

■犯人捜し

 校長は、いまも不思議に思っていることがある。

 「厚労省の発表は校名を伏せていた。それがなぜ広まったのか」

 舛添要一厚労相が会見場に姿を見せたのは午前一時三十五分。その二十分前、インターネットの匿名掲示板では、すでに”犯人捜し”が始まっていた。

 「横浜の私立高校」「四月十日から二十五日にカナダへ修学旅行」

 テレビの速報の断片的な情報を基に、書き込みが重ねられた。「日程で特定できそうだな」。そして二百二十五件目。「この時期カナダは○○○○(学校名)だろ」。会見が始まる五分前のことだった。

 「その十分後です。報道機関から(校長の)自宅に電話がかかってきた。それからほぼ十分おきに三、四件。私の電話番号まで、どこで調べたのでしょうか

■パニック

 校長がタクシーを飛ばして学校に駆け付けると、そこにはすでに報道陣約四十人が詰め掛けていた。アンテナを立てた中継車、上空にはヘリコプター。駆け付ける教員を、待ち構えたカメラが追った。

 「まさにパニックだった」

 明けて朝。学校周辺の薬局からマスクが消えた。「生徒がどの交通機関を使っていたか教えろ。うつされていたらどうするんだ」。電話口で声を荒らげる、近隣に住むという匿名の男性。

 「業者が調べたところ、学校のホームページに一時間で千百三十万件のアクセスが殺到し、パンクしていた。二百万人がつながらない状態だったそうです」

 模擬試験に申し込んだ生徒について、受験業者から「外出自粛なら受けに来ませんよね。代金は返しますから」と、念押しするような連絡が入った。

■抗  議

 「教員によると、他校の部活動の顧問から『大会でおたくと対戦することになったら、うちは棄権する』と言われたそうです」

 暗に学校を非難する圧力が、教育関係者からもかけられた。

 生徒の「疑い」は晴れたが、同様に北米研修に参加した残りの五百五十三人の健康に不安があるとして、休校が決まった。問題は部活動だった。大会に出られない三年生は、「最後の試合」を迎えることなく引退することになる。

 「一部の生徒は泣きながら校長室に直談判にやってきた。保護者もです。つらかったが、周囲の状況を考えても(出場という)選択の余地はなかった」

 十二日、校長はホームページにメッセージを載せた。「声を大きくして訴えたい。すべての生徒、ご家族、先生方、学校そのものが被害者だったことを」

 疑いの段階で詳細を公表した厚労省と横浜市、過熱した報道、ネットを介してパニックを増幅させた社会への、ささやかな抗議だった。

■不  安

 教諭によると、当該の生徒は「明るい性格。もう忘れたかのように振る舞っている」。心配されたいじめなども報告されていないという。

 新型インフルエンザは弱毒性と分かり、事態は沈静化しつつある。しかし-。

 「七月に米国、カナダの高校生を生徒の家庭でホームステイさせることになっている。どれだけ引き受けてくれるのか」

 保護者には予定通り実施する通知を出した。校長はまだ、どんな反応が返ってくるのか測りかねている。

ウの目タカの目・紙面審だより:新型インフルへの過剰反応(2009年6月4日毎日新聞)

 ◇メディアの責任検証を

 5月は新型インフルエンザに関する見出しがしばしば1面で躍った。弱毒性だが社会に与えた影響は大きかった。特に感染者を出した高校に「抗議」の電話やメールが相次ぎ、差別や偏見と受け取られる言動もあった。

 本紙は22日の東京朝刊で、感染した女子高生の母親が「ネットの中傷で娘が自殺するかもしれない」と感染の疑いの段階では公表しないよう川崎市に要請していたことを紹介、感染者を差別するネットの陰湿さを書いた。

 これに対し、元外務省医務官の精神科医が「医学的には弱毒性だが、心理的には強毒性だ。未知のものへの不安から自分を守ろうとすると、いじめや排除が起きやすくなる」「いじめを恐れて受診しない人が増えれば、毒性が強まった時に大変なことになる」と訴えた。

 今回の新型インフルエンザ問題の本質に迫る指摘だ。「こんな記事は西部紙面でも積極的に使ってほしい」と紙面審は注文した。

 23日の本紙朝刊オピニオンの欄で専門編集委員が「新型インフルエンザ騒ぎ」の見出しで「社会の過剰反応に対するメディアの責任は大きい」と書き込んだ。紙面審は、結果的に危機感をあおった報道や感染者バッシングのような日本社会の問題を検証し、再流行に備えることを確認した。

 23日朝刊1面のトップは「税収下振れ2兆円超」の見出し。08年度の国の一般会計税収が、昨年12月の補正予算時点で見積もった46兆4290億円から2兆円以上「下振れ」することが分かったとの記事だ。「『下振れ』との経済用語は一般の読者には分かりにくい」と紙面審は提起した。

 出稿元は東京。西部本社経済部は「数値や指標が想定より下がるという意味。単純に『下がる』『下回る』でもいい」と説明した。経済記事が読者に難しい印象を与えないよう、今後はできるだけ分かりやすい表現に言い換えることにした。

 28日朝刊で「沖縄の県立高校長が押印を間違い、合格点の生徒が不合格」の記事を社会面トップに置いたことを紙面審は評価した。高校受験の合否を巡るミスは今春、全国的に起きた。「受験生の人生を狂わせたミスで、背景をしっかり探ってほしい」との注文も出た。【紙面審査会幹事 松田幸三】

何かこう、毎日新聞あたりにに正論めいたことを吐かれると、半ば条件反射的に「お前が言うな!」と返したくなる方々も多いんじゃないかと言う気もするんですが気のせいなんでしょうか(苦笑)。
正論を堂々と口に出来る人間というのは確かにご立派なんだろうと思いますが、それだけにその人には他にも増して立派な人であるべき責任があるんじゃないかなとも思うんですよね。
瀬戸際に追い詰められた毎日新聞の反撃と快進撃がここから始まった!なんてサクセスストーリーがこの後始まっていくということであれば、まともな新聞を読めるようになる国民にとってもこんなありがたい話はないわけですから、ここは生暖かく彼らの有言実行を見守っていくべきなのでしょうか。

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2009年6月 5日 (金)

医療行政の主導権争い?最初から勝負はついているような…

不景気は底を打ったなどという声も一部に出始めているようですが、経済情勢が相変わらず厳しい中で医療費削減政策は特に財務省筋を中心に根強く継続を主張されているようです。
先日もそうした議論の経緯を取り上げました財務相の諮問機関である財政制度等審議会(財政審)がいよいよ次年度予算に向けての意見書を出してきたのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

医師の適正配置を提言…医療改革で財政審が意見書(2009年6月3日読売新聞)

 財政制度等審議会(財務相の諮問機関)は3日、2010年度予算に向けた建議(意見書)を与謝野財務相に提出し、そのなかで、地域や診療科間による医師の不足や偏在について、医師の適正配置などを柱とした医療改革の必要性を提言した。

 我が国では原則、医師は診療科や勤務地を自由に選べる。このため、激務とされる産科や外科などの診療科や、地域医療などで、深刻な医師不足を招く背景となっている。

 建議では、ドイツが保険医の開業に際し診療科や地域ごとの定員枠を設けているなどの例を挙げ、日本以外の主要国では制度や事実上の規制があるとして、このような取り組みを参考に「我が国においても、早急な対策を講ずることが必要である」とした。

 医師の適正配置については、「医師の職業選択の自由を制約するといった議論もある」としながらも、国民医療費のほとんどが公費負担であり、「医師の養成には多額の税金が投入されており、医師が地域や診療科を選ぶこと等について、完全に自由であることは必然ではない」として、規制的手法の必要性を訴えた。

 また建議では、病院勤務医の負担軽減に確実につながるよう、病院に対する診療報酬を手厚くするような診療報酬配分の見直しや、看護師ら医療従事者間の役割分担の見直しを掲げた。

診療報酬改定プロセスの見直しを-財政審(2009年6月3日CBニュース)

 財務相の諮問機関である財政制度等審議会(財政審、西室泰三会長)は6月3日、診療報酬の改定プロセスや配分などの見直しを求めた「2010年度予算編成の基本的考え方について」(春の建議)をまとめ、与謝野馨財務・金融・経済財政相に提出した。医師不足解消に向け、「経済財政改革の基本方針2008」や昨年11月にまとめた建議も踏まえ、医療政策における本質的な課題に対し、早急に取り組む必要があると指摘している。

 春の建議では、特定の地域や診療科などの医師不足、救急医療での患者の”たらい回し”など、医療提供体制をめぐるさまざまな問題が起こる要因として、▽医師の偏在▽病院勤務医の厳しい勤務環境およびそれを背景とした医師の病院離れ(開業医志向)―を挙げた上で、「医師が真に必要とされる部門に適正かつ効率的に配置できていない」と指摘。医師の偏在是正に向けた方策として、医療費配分の見直しを示した。

 具体的には、「現在の診療報酬には、医師の経験や専門性が全く反映されていない」として、「医師の能力などに応じた配分が可能となるような見直しを行うこと」が必要だと指摘。診療報酬の点数の改定率を内閣が決め、具体的な診療報酬は中央社会保険医療協議会(中医協)で決定する現在のプロセスを改める必要があるとした。
 また建議では、中医協の機能が医療費の適正な配分には重要だとしながらも、中医協以外の場でも医療費の配分について幅広く議論し、「それが中医協の議論・決定にも適切に反映される必要がある」とした。さらに、「委員の構成も含め、中医協の在り方そのものの見直しも検討する必要がある」とも指摘した。

 このほか、医師が行っている業務や事務の役割分担の見直しを進め、勤務医の就労環境の改善を図ることや、地域の医療機関の役割分担・機能分化も推進すべきとした。

 建議は医療費負担の見直しにも言及。将来世代へツケを回さず、医療保険制度を持続可能なものとするために、自己負担や民間保険によるものなど「私的医療支出」を増やす選択肢も視野に入れる必要があるとした。その上で、▽混合診療の解禁を含む、患者による選択の自由度を高める方策の拡大▽少額の医療費の患者負担の在り方を検討する、いわゆる保険免責制の導入―など、「以前から財政審で指摘されてきたさまざまな課題が論点となるだろう」との見方を示した。

しかし、今どき「医師の養成には多額の税金が投入されており」ですか…ホラも吹き続けるといつの間にか真実となってしまうということなんですかね。

診療報酬決定の手順を改めろ云々に関しても要するに「俺らにやらせろ」という意思があからさますぎていっそ清々しいほどですが、個人的には面白そうですからこれ全部来年度あたりから実現してみたらどうかなとも思っているところなんですけど(苦笑)。
ちなみに診療科制限なるものを一足先に防衛医大で言いだしていますが、どうせ医者なんてせいぜいネット界隈で大騒ぎするだけで実際には何も出来やしない連中ばっかりだともっぱらの噂ですから、お上としては「生かさず殺さず」でいいようにあしらっておくのがよろしいかも知れませんよ(苦笑)。

ところでこれは余談ながら、記事の末尾ではちょろっと「看護師ら医療従業者間の役割分担の見直し」なんて話が出てますよね。
先日書きました財政審の経緯では全く相手にもされずに鼻で笑われて終わったという印象が強い日本医師会ですが、この件に関してコメントを出しているようですので取り上げておきます。

NP導入より医師不足解消を―日医(2009年6月3日CBニュース)

 日本医師会の中川俊男常任理事は6月3日の定例記者会見で、医師と連携・協働して慢性疾患などを持つ患者に初期診察や薬剤処方を行うことができるナースプラクティショナー(NP)の導入について、「医師不足に名を借りて、役割分担だけを先行させるべきではない」などと述べ、反対する姿勢を示した。

 中川氏はNP導入の問題点について、「国民皆保険」「医療の質」「業務分担」の3つの視点から説明。
 中川氏は「NPの導入が最も進んでいるのは米国」とした上で、その理由について「支払い能力によって受けられる医療に差があり、医療の質よりも医療費の安さが優先されることもあるため、医療費が安く済むNPへのニーズがある」などと指摘。これに対して、日本では「米国のようなニーズがあるかどうかは明らかではない」とした上で、低い医療費で医療行為を提供できる資格者を導入した場合、「所得の高低にかかわらず同じ質の医療を受けられる現在の国民皆保険制度が揺るぎかねない」と強調した。

 また、診察や診療について、「人体に侵襲を及ぼす行為で、軽症の場合でも常に、急変して重症化するリスクがある」と指摘。このため、高度な医学的判断や技術を担保する資格の保有者でなければ、「患者にとって不幸な結果をもたらすだけでなく、生命をも脅かすことになりかねない」とした。

 さらに中川氏は、医師と看護師の業務分担について、「現行の医師法、保健師助産師看護師法(保助看法)で十分に対応できる」と指摘し、日医として現行法の下で実情に即した業務分担の在り方を検討する考えを示した。

 その上で、「医師不足に名を借りて、役割分担だけを先行させるべきではない」と述べ、医師不足の解消が最優先課題と強調。医療の安全と質の確保の観点からも「NPの導入は容認できない」と述べた。

このNPに関しては以前にも少しばかり取り上げましたが、今のところ現場では賛否両論といった感じではないかと思っていたのですが、今回こうして医師会の方では明確に反対の意思表示をしてきたことに関して会員の諸先生方はどう感じておられるものでしょうかね?
こういうものの議論に関しては先行する同様な「権限移譲」の制度である助産所の現状が一つのモデルケースになるのかなとも思うのですが、データ的には医師会の言うところの「患者にとって不幸な結果をもたらすだけでなく、生命をも脅かすことになりかねない」というのも否定しかねるのは確かなようです。

問題なのはこうした制度では本来軽症だけを任せようと言っていたはずが扱うべきでない症例を扱ってしまう場合が多いことで、例えば助産所の場合は正常分娩だけを扱うことが法的に許されているにも関わらず異常妊娠を引っ張る、その結果助産所からの搬送例は死亡率が高いというありがたくない結果を来してしまうことになるわけです。
そして往々にしてそうした場合の責任は法的にも道義的にもやってはならないことをやってしまった助産所ではなく、思いがけない重症例をいきなり渡されて力及ばなかった産科医が背負わされていることを考えれば、現場の医師達が「他人の責任まで負わされるなんてやってられるか!」と考えるのも無理のない話ではありますよね。

しかし一方で助産師問題といえば年間出生数日本一を誇る横浜の堀病院が、助産師資格のない看護師に助産行為をさせていたと大騒ぎになった一件があり、「これではお産が出来なくなる」と産科業界を震撼させる大問題になったことは記憶に新しいところです。
急性期の野戦病院で奴隷労働をしたことのある医師であれば誰であれ、目が回るような忙しさで処置にかけずり回っている最中に「先生!○○さんのお薬なくなってますからすぐ処方してくださいね!」などと病棟からお声掛かりがあってガックリ…という経験はお持ちでしょうから、「それくらい誰か出してくれればいいのに」と思わないはずはないとも思うのですね。
堀病院の件でも「現場では資格のあるなしよりも何よりも能力があるかどうかが問題なのだ」と自ら看護師教育を行って助産行為を行わせてきたという現場産科医からの擁護の声が一つならずあったように記憶しておりますが、患者団体などからすると「技能の有無よりも資格の有無が問題」ということらしいですから無視するわけにもいかないですよね。
実を優先すべきか名を優先すべきか、置かれた立場によっても医療業界関係者の中でも賛否両論ある問題だと思いますが、今回医師会が公に態度表明をしてしまったことで現場がどう考えるかには要注目だと思います。

さて、今や医療行政の根幹すらも財務省に奪い取られかねない勢いの厚労省ですが、一応幾つか独自色を打ち出すべく努力はしているようです。
しかしこれがよくよく見てみますとどうもいささかピント外れと言いますか、突っ込み所を用意しているかにも見える話なんですが…

産科医などの分娩手当を補助―厚労省(2009年6月2日CBニュース)

 厚生労働省は今年度、医師確保対策の一環として、産科医などに分娩手当を支給する医療機関に都道府県を通じて補助を行う「産科医等確保支援事業」を実施する。基準額は、1分娩当たり1万円。補助率は3分の1。

 同事業は、分娩を取り扱う病院や診療所、助産所、産科・産婦人科医師が減少する中、地域でお産を支える産科医などに対し、分娩手当などを支給することにより、産科医療機関や産科医などの確保を図るのが目的。
 対象となる経費は、分娩を取り扱う産科・産婦人科医や助産師に対して、処遇改善を目的に分娩取扱件数に応じて支給される手当(分娩手当など)。
 対象施設は、▽就業規則やこれに類するものに、分娩を取り扱う産科・産婦人科医師および助産師に対して、分娩取扱件数に応じて支給される手当について明記している分娩施設。なお個人が開設する分娩施設においては、開設者本人への手当の計上が会計処理上困難なため、雇用する産科医などに対する手当の支給について雇用契約などに明記しているなど、各都道府県知事が適当と認める場合は開設者本人についても対象とする▽1分娩当たり、一般的に入院から退院までの分娩費用として徴収する額が50万円未満の分娩施設。ただし、妊産婦が任意で選択できる付加サービス料などについては含めない―の2つの要件をいずれも満たすもの。またはこれに準ずるものと都道府県知事が判断し、厚生労働相が適当と認めたものとなっている。
 予算額は約28億円で、厚労省は今後、都道府県から事業計画書の申請を受け付ける。

一分娩あたり1万円という額はともかくとして、そのうち補助率1/3とは残りは都道府県に出させるのかといったあたりも実際問題この財政状況下でどうなのかと思われるところですが、それよりも対象施設の必須条件である「1分娩当たり、一般的に入院から退院までの分娩費用として徴収する額が50万円未満の分娩施設」という一文が気になるところですね。
かつてとある産科の先生から聞いた話に「今の時代求められる水準で本当にきっちりやると分娩の経費だけで40万以上はかかる」ということでしたが、別にお産に限らず医療に求められる標準的な水準が年々上がるほどにそれに要するコストも上がっていくということは誰でも判ることだと思うのです。
バブル崩壊以降安さのみを追求した結果毒餃子事件に至った食品業界においては今ようやく消費者の目も「少し高くても安心なものを」という方向に変わってきているとも側聞いたしますが、医療においてもやはり安全はタダで買えるというものではないという当たり前の認識が必要ではないかと思いますね。

実際のところ公立病院では分娩費用の改定にも議会の同意が必要ということであり得ないような原価割れ価格を強要されているところも未だあるように聞きますが、そうした過度のコスト削減を強いられている現場でどういうことが行われているのか議員センセイ方はどなたも興味がおありでないようですよね(苦笑)。
一生にそう何度もないような(一昔前ならそれこそ命がけの!)大事業においてもなおディスカウントを求める、それも金勘定が仕事の財務省ではなく国民の健康を守るのが仕事の厚労省がと言うことになれば、いったいこの国で国民の命を気にかけるのは誰かと気になってくるところではありますが…

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2009年6月 4日 (木)

「お前が言うな!」大賞文句なし!

社会的対応という面で医療業界というところはどうも常識に欠けると言いますか、ちょっと世間並みの対応が出来ていない部分というのが多々あるように感じている人は多いようです。
しばしばスタッフの接遇面なども問題になるところですが、最近では色々な部分で他業界のノウハウを導入しようという動きが盛んになってきているようで、他業界並みの水準というものを目ざして意識改革の真っ最中といったところでしょうか。
先日もお伝えしましたような債権回収業務などもそうなのですが、当然ながらあまり楽しからざる領域でも色々な部分で世間並みを目指さなければならないわけで、古い業界体質に見られるように「黙々と医療さえやっていればいいのだ」などという世間からズレたことを言っていては時代に取り残されてしまうのはやむなしでしょう。
そんな中で最近はこうした記事が時折見られるようになったあたり、地道な意識改革は徐々に進んできているのかなという気がしないでもないところです。

月刊誌訴えられる…病院買収記事が「名誉棄損」(2009年06月01日スポニチ)

 北海道の月刊誌「クォリティ」が掲載した病院買収をめぐる記事で名誉を棄損されたとして、道内で複数の病院を運営する札幌市の社会医療法人カレスサッポロが、発行元の「太陽」(同市)に約1100万円の損害賠償などを求める訴訟を1日、札幌地裁に起こした。

 訴えによると、クォリティは6月号で「東京・板橋中央病院『カレス』買収の噂」との見出しで記事を掲載、医師移籍をめぐりトラブルがあったなどと報じた。カレスは「裏付け取材もなく、うわさをつなげた記事。買収されるほど財務状態が悪いという印象を読者に与え、社会的評価を低下させた」としている。

 太陽は「訴状が来ておらずコメントできない」としている。

少し前には東京女子医大の医療事故絡みで、毎日新聞の捏造報道によって名誉を傷つけられたという医師の訴えが認められ賠償金支払いが命じられたという判決もありましたが、医療に限らず報道被害に遭っている人々は当然間違いは間違いであると主張していかなければ悪質なミスを繰り返すリピーターマスコミを野放しにすることになり、彼ら報道業界自身のためにもならないという考え方もあります。
さて、ちょうどこうした社会情勢の変化に対応するかのように出ている非常に興味深い話があるのですが、まずは黙ってこちら毎日新聞の記事をご覧ください。

週刊誌報道:名誉棄損で雑誌へ高額賠償命令 原告に立証責任求める声(2009年6月1日毎日新聞)

 メディアに対する名誉棄損訴訟で、報道の真実性の証明責任を報道側に課す日本の裁判の仕組みに対し「バランスを欠く」として、見直しを求める声が識者らから上がっている。背景には、今年に入り、週刊誌報道に対して高額賠償を命じる判決が相次いだことがある。【臺宏士】

 ■「現状、萎縮招く」

 元週刊現代編集長らが呼びかけたシンポジウム「闘論!週刊誌がこのままなくなってしまっていいのか」が先月15日、上智大学(東京都千代田区)で開かれた。

 「最近はいきなり訴状が来る。名誉棄損と言っても、回復を目的とせず黙らせるために訴えてくる。取材源を秘匿しなければならないからハンディがあるが、出版社側が勝ってもおカネはくれない。こんな不公平なことはない。カネを取ろうとしている側が立証するのは当然だ」。山口一臣・週刊朝日編集長はそう訴えた。

 シンポには山口さんのほか、「週刊現代」「フラッシュ」など経験者を含む10誌の編集長がパネリストとして出席。苦境に立つ週刊誌への関心の高さもあって約400人が耳を傾けた。

 週刊誌報道に関する厳しい司法判断が続いている。東京地裁が01年に「女性自身」発行元の光文社に500万円の支払いを命じたころから始まった高額賠償化。今年に入ってからは、1000万円を超す判決が相次いだ。社長個人に対する賠償責任を認めたり、記事の取り消しや謝罪広告の掲載を認めるなど内容も厳しさを増している。

 清水英夫・青山学院大名誉教授は「立証責任の転換を行いバランスを取らないと、いたずらに萎縮(いしゅく)を招く。言論の自由は、ある程度間違いを犯す自由を認めるところに成り立っている。懲罰的に封じ込めることは、憲法の精神に著しく反する」と、先月18日、東京都内で開かれた研究会で訴えた。この研究会は「名誉棄損裁判での損害賠償の高額化と雑誌ジャーナリズムの危機」をテーマに新聞、放送、出版各社でつくる団体が開いた。

 名誉棄損訴訟で報道側が勝訴するためには、記事が公共の利害に関することで公益を図る目的であるほか、真実の相当性を報道側が立証する必要がある。裁判所が求める裏付け取材のハードルは年々高くなっていると言われている。

 清水氏は日米の名誉棄損裁判を比較し、日本の報道機関が置かれる不利な状況について解説した。「米国では、公人の名誉棄損において(虚偽と知りつつ報じるなどの)現実の悪意の証明は、原告に挙証責任がある。この原則は、80年代半ば以後、公人のみならず、公共性のある出来事にも適用されるようになった」と言う。さらに「日本は米国では機能していない刑事罰の名誉棄損罪もあるうえ、損害賠償額も高くなり二重の危険にさらされている」と主張する。

 今年、高額賠償が命じられた週刊現代の大相撲八百長報道に触れ「大相撲は公共性のある出来事。米国だったら原告は負けていた。八百長がなかったことを相撲協会が立証する方が合理的だ」と述べた。

 ■「権力犯罪暴けない」

 メディア問題に詳しい日隅一雄弁護士も政治家や高級官僚ら公人の公的活動に関する報道の立証責任は原告側が負うべきだと考えている。

 音楽ヒットチャートのオリコンが、月刊誌「サイゾー」にチャートの集計手法を疑問視するコメントを寄せたジャーナリストの烏賀陽(うがや)弘道さんに対し、「名誉を傷付けられた」として、損害賠償などを求めた訴訟で、東京地裁は昨年4月、名誉棄損を認め、烏賀陽さんに100万円の支払いを命じた。控訴審で代理人を務める日隅弁護士は、東京高裁に対して「高度な公共性に関する記事だ。真実性・相当性の立証責任を転換してほしい」との書面を提出したという。

 「国家権力のチェックが報道機関の役割。取材源を証人として出すわけにはいかない中で、真実性を立証する負担は重すぎる」と日隅弁護士が指摘するのは、今年4月に札幌地裁(竹田光広裁判長)が出した北海道新聞記者敗訴の判決だ。

 北海道警の不正経理を巡る書籍で名誉を棄損されたとして、元道警総務部長が北海道新聞社と記者2人、出版元の旬報社、講談社を相手に損害賠償などを求めた。当時の道警本部長が元総務部長に対して「下手をうってくれたな」と叱責(しっせき)したとある書籍の表現など3カ所が名誉棄損に当たるとして、被告らに計72万円の支払いを命じた。

 判決は「元部長や総務、警務課の幹部、職員の全員が否定している。(記者が)約20人という多数から裏付けを取ったという点はやや不自然」と記者側の主張を退けた。日隅弁護士は「記者が虚偽と分かって書いたなどの悪意を原告側が証明するのであれば勝てたケースだ。こんな判決が出ては権力犯罪を暴く調査報道は難しくなる」と危惧(きぐ)する。

 ■雑誌側も対応へ

 一連の高額賠償などの判決について、日本雑誌協会(上野徹理事長)は4月に「今まで経験したことのない異様ともいえる判決が続出し、雑誌ジャーナリズム全体を揺るがせかねない事態を招いている」と懸念を示す見解を発表した。

 新潮社は2年に1回だった週刊新潮編集部に対する法務研修を半年に1回程度に増やすほか、他の部署にも広げる検討を始めた。同誌編集部と総務部、法務対策室の3者が、訴訟対策に重点を置いた連携体制を整えるという。

 ◇大相撲八百長疑惑、過去最高の賠償額4290万円

 東京地裁(松本光一郎裁判長)は今年2月、大相撲元横綱の貴乃花親方と妻景子さんが、父親の故・二子山親方の財産を無断で処分しようとしたなどと報じた週刊新潮の記事で新潮社側に375万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じた。社長にも「法的知識や裏付け取材の在り方の意識が不十分で、名誉棄損を引き起こしたのは社内に有効な対策がないことに原因がある」として、責任を認める異例の判断を示した。

 同じ東京地裁(浜秀樹裁判長)は3月、大相撲の八百長疑惑を報じた週刊現代の記事による日本相撲協会と元横綱北の湖前理事長に対する名誉棄損を認め、講談社や執筆した武田頼政氏らに1540万円の支払いと記事を取り消す広告の掲載を命じた。

 また、同誌を巡る八百長疑惑報道に対しては、東京地裁(中村也寸志裁判長)は同月、横綱朝青龍関ら力士30人と日本相撲協会の訴えを認め、メディアを対象とした訴訟では過去最高額とみられる総額4290万円の支払いと記事の取り消し広告の掲載を命じた。

 ◇出版界に第三者機関を--元週刊現代編集長・元木昌彦氏

 日本も米国型の訴訟社会になり、弁護士も増える中で名誉棄損訴訟が増加していくのは間違いない。ある死刑囚から報道の18年後に訴訟を起こされた。匿名の人物による私事のコメントが問題となったが、今さらどこにいるのかも分からず「法廷に連れてくるのは無理だ」と証言した。

 取材源を連れてこないと勝訴する見込みがないという訴訟の仕組みは変えてほしいと思う。もちろん、だからと言って何を書いても良いというわけではない。報道被害に対する雑誌側の取り組みは、新聞や放送など他のメディアに比べて遅れている。日本雑誌協会も苦情の受付窓口として「雑誌人権ボックス」を設けているが、救済という観点から言えば十分機能しているとは言えない。もう一歩進んで、ジャーナリズム系の週刊誌を発行している出版社の共同出資による横断的な第三者機関を早急に設立すべきだと思う。

 週刊現代編集長だった1994年、松本サリン事件で河野義行さん犯人説を報じた。読者に雑誌界への不信感が高まったが、いまだに払しょくには至っていない。読者に目に見える形でアピールしていかないと、自業自得だとして支持を得られなくなってしまう。

 週刊新潮による朝日新聞襲撃事件の誤報問題もなぜ記事が掲載されたのか不明なままだ。例えば、新潮社から多数の作品を刊行しながら厳しく批判してきたノンフィクション作家の佐野眞一さんに検証記事を書いてもらったらどうだろうか。

 各週刊誌の関係者が集まって問題を考えることがなかったことも圧力が増した一因だと思う。現役と経験者の週刊誌編集長に呼びかけた先月15日のシンポジウムではそうした危機感を共有できたのではないか。(談)

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 ■高額賠償が命じられた主な名誉棄損訴訟の判決■

<判決>   <原告>         <被告>    <賠償額>  <裁判所>

01年 3月 清原和博選手       小学館     1000万円 東京地裁

03年10月 熊本市の医療法人など   新潮社など   1980万円 東京高裁

07年 6月 杉田かおるさんの元夫   小学館      800万円 東京地裁

08年 2月 日本音楽著作権協会    ダイヤモンド社  550万円 東京地裁

09年 1月 三木谷浩史楽天社長ら   新潮社など    990万円 東京地裁

    3月 元横綱北の湖氏ら     講談社など   1540万円 東京地裁

    3月 朝青龍関ら力士30人など 講談社     4290万円 東京地裁

どうした毎日、ついに皆が長年言い続けたことに目覚めたかと思わされるような話ですが、さんざん無視してきた挙げ句に自分たちの尻に火が付いたとたんに世間が悪い、法律が間違っているですか(苦笑)。
そもそも自らが今までさんざん他業界批判を繰り返し萎縮を招くとともに自らの売り上げを追求してきた天下の毎日新聞さんに今さらそんなこと言われてもね…ヤバイ、なにか笑えすぎてマジで腹痛くなってきましたですわ…
と言いますかね、「八百長がなかったことを証明せよ」って、まさか他人の粗探しにかけては暗い情熱と知性あふれるこの方たちが「悪魔の証明」という社会常識レベルの話を今さらご存じないとも思えませんから、これは何かしらの意図があって発せられた言葉であると理解しておくべきなのでしょうね。

しかし今ごろになってのこの必死ぶりはホントに笑えるところなんですが、毎日新聞さんには自らお書きのこんな記事をお贈りしておきましょう。
今回の記事を書いた臺宏士さんは、涙まで流したという勝村久司さんに対してどう答えるつもりなんでしょうかね?

医療事故の被害者や遺族らを中傷するインターネット上の書き込みが横行している コラム憂楽帳(2008年8月11日)

 医療事故の被害者や遺族らを中傷するインターネット上の書き込みが横行している。

 長女を医療事故で亡くし、医療情報の公開を求める運動に取り組んできた京都府の高校教諭、勝村久司さんは、訴訟継続中の遺族から相談を受けて思わず涙が出たという。
 遺族が手にしていたのは、厚さ15センチほどのファイル。医療関係者らしき人物らがネットに書き込んだ遺族への中傷文書が多数とじてあり、遺族は一つ一つに手書きで「事実はこうだ」と反論を書き込んでいたという。
 中傷する側は「医療崩壊と呼ばれる状況を生んだ一因は、結果が悪ければすぐ訴える患者の存在」との論法を展開する。だが、患者が医療側の説明に納得できない場合、最終的には訴訟しか真相究明の手段がないのが現状だ。

 医療死亡事故の死因を究明する「医療安全調査委員会」設置の議論が進んでいる。勝村さんは「調査委によって事故の情報公開が進めば、訴訟は激減するはずだ」と期待する。医療側と患者側が対立する不幸な構図が一日も早く終わることを願う。【鯨岡秀紀】

そこで提案なんですが、毎日新聞さんは自ら書籍を発行してまで他業界の問題点を探り出すことに熱心なんですから、いっそその情熱の何十分の一かでも割いて自らの問題点を探り出し「捏造報道が止まらない リピーターマスコミの問題点」なんて書籍でも出版してみることで今後の改善の一助にするというのはどうでしょう?
反論も出来ない紙面上で一方的な中傷を行うよりはよほど建設的かつ万人にとって納得のいく結論なんじゃないかと思いますし、それこそブリタニカ並みの分量になりそうですから厳しさを増す御社の経営上にもあるいは多少の貢献が出来るかも知れませんよ(苦笑)。

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2009年6月 3日 (水)

医療業界も不景気の嵐吹き荒れ

世の中未だに不景気真っ盛りですが、そうした社会情勢とあまり関わるところがないかのように思われていた医療業界においても不景気真っ盛りなのは同じことのようです。
もっともこの場合は世界恐慌がどうとかいう話ではなく政策誘導的な部分が主因である点だけが他業界とは趣を胃にするところなわけですが、まずは記事から紹介してみましょう。

医療機関の倒産、過去最悪と同水準-帝国データ(2009年5月29日CBニュース)

 帝国データバンクの調べによると、病院や診療所、歯科医院など医療機関の昨年度の倒産は、過去最悪を記録した2007年度と同じ40件だった。医師不足に伴う病院勤務医の労働環境の悪化などがクローズアップされる中、昨年4月の診療報酬改定では本体部分の改定率が8年ぶりに引き上げられたが、医療機関を取り巻く環境が依然として厳しいことを示す結果となった。

医療機関の倒産は02年度から増え始め、06年度以降は高水準で推移している。
 01年度以降に発生した252件を施設別に見ると、病院60件、診療所115件、歯科医院77件。病院の倒産が06年度の12件をピークに減少に転じたのに対し、診療所では07年度から2年連続で過去最悪の20件を記録した。歯科医院も昨年度は13件と、01年度の4件から3倍以上に増えている。
 全国の病院数が年々減少しているのに対し、診療所と歯科医院は増えており、帝国データでは、施設増に伴う競争激化が倒産増加の要因とみている。

 また、01年度以降の倒産形態を施設別に見ると、事業を継続する「民事再生法」が病院で34件(56.7%)と過半数を占めたのに対し、診療所は20件 (17.4%)、歯科医院は14件(18.2%)にとどまった。診療所の倒産は95件(82.6%)が「破産」によるもので、歯科医院でも63件 (81.8%)と8割を超えた。

 帝国データでは、事業規模が小さい診療所や歯科医院では資金調達が難しいほか、事業価値を見いだすスポンサーが現れにくく、破産を選択せざるを得ないのが現状だと分析している。

今どき新規開業などよほどの軽装開業でなければ黒字は無理というのが常識だと思っていたのですが、どうもこうして犠牲者相次ぐ背景には先日も少しばかり取り上げましたところの医療コンサルタントなるものの暗躍もあるやに聞きますね。
そしてそれに輪をかけて先日も少しばかり書きました政策誘導というものがあるわけですが、どうも人員配置を改めると報酬を切り下げても青息吐息の業界がうまく回るようになるというロジックは今ひとつ理解しがたいものがありますが…

<財政審建議>「診療報酬も抑制を」 民間賃金低下を考慮(2009年6月3日毎日新聞)

 財政制度等審議会(財務相の諮問機関)が10年度予算編成に向け、3日に与謝野馨財務・金融・経済財政担当相に提出する建議(意見書)の全容が2日分かった。10年度に改定予定の診療報酬について、「民間賃金や物価動向を十分に踏まえ検討する必要がある」と、景気悪化による賃金や物価の低下を反映させ、報酬も抑制すべきだとの提言を盛り込んだ。

 診療報酬は、医療機関などが診療などへの対価として受け取る報酬。医師の技術料などの「本体部分」と薬価に分けられ、2年に1度改定される。前回の08年度の改定では、本体部分を0.38%増と8年ぶりにプラスとした一方で、薬価は1.2%引き下げたため、診療報酬全体では0.82%減と4回連続のマイナスとなった。

 日本医師会などは、「医師不足などの医療危機は医療費の削減が原因」と、診療報酬の引き上げを求めている。これに対し建議は、「医師が真に必要とされる部門に適正に配置できていないことが大きな要因」と指摘し、地域や診療科ごとに開業医の定員を設けることなどにより、医師の偏在を是正することが医師不足の解消につながると訴えている。【平地修、谷川貴史】

ま、これに関しては結論ありきの財政審ですから、予定通りという感じであまり意外性はないところではありますけれども、結局のところ問題になるのはこの政策誘導が何を目的に行われているのかと言うことですよね。
関係ないですが前回の診療報酬改定で相も変わらず全体が切り下げられていたにも関わらず、本体部分のみがわずかばかりプラスに出たことをもって「診療報酬増!」なんてマスコミ諸紙が大騒ぎしていたのは記憶に新しいところなんですが、いつの間にかしれっとマイナス改訂だったなんてことを書いてるのもどうかと思いますが…

それはともかく、こうして入院診療を担う(当然それだけ重症患者を引き受けることになる)病院の数がどんどん減っていく、特に救急指定病院は(指定返上を含めて)年々大変な勢いで減少を続けている、そして残った施設も医師やスタッフの不足と救急患者激増に青息吐息で志気崩壊寸前となっているわけです。
新臨床研修制度導入によってあちこちの市中基幹病院(そのほとんどがこうした救急医療を担う地域の中核施設です)に頭の中が真っ新な研修医達がやってきた結果、彼らが何をみてどう感じたかということに多少の想像力さえ働かせてみれば、これはどうしたってこの国の医療の将来に明るい展望など見いだせるはずがありませんよね。
増大する一方の需要にもかかわらず、今や医療業界はあらゆる意味で斜陽化しつつあるという印象を受けるところです。

さて、こういう医療大不況の時代になってきますとどこの病院でも少しでも安上がりに、少しでも利益率向上をと血眼になってくるのは当然ですが、今や全国の公立病院を抱える自治体から注目を集めているのが例のPFI方式というものです。
近江八幡市市立総合医療センターのPFI解除問題に関しては以前にも取り上げましたが、この件に関して地元では「近江八幡市立総合医療センターを考える会」なるものが設立されたようです。
ちょうど記事にもなっているようですので引用してみますが、こちらの件ではどうも患者も医療もそろって蚊帳の外という印象を拭えないところではないでしょうか。

近江八幡市立総合医療センター:PFI問題 考える会「赤字は経営努力不足」 /滋賀

 ◇考える会が折り込み

 全国の公立病院で初めて本格的なPF1方式を導入した近江八幡市立総合医療センターが、開業後間もなく経営難に陥り、今春から市の直営方式に戻った問題で、その過程を検証する冊子を「近江八幡八幡市立総合医療センターを考える会」が発刊した。30日の新聞折り込みで、5万7700部が東近江の2市2町に配布される。市が3月に出した報告書に真っ向から反論する内容になっている。

 同会は、市のPF1方式解約の動きに合わせて昨年2月、同方式の良い点を伸ばそうとする医師や薬剤師、元市議、市民グループの代表者らで結成。これまで2回にわたって広報紙で反論を発表したり、集会を開いてきた。

 冊子はB3判16ページ。1ページ全面を使い、市と同会双方の主張を掲載したうえ、各論ごとに数字を挙げて反論。特に、市の「SPC(センターを運営する特別目的会社)に支払う運営費が固定化して高すぎる」「病院建築整備費の金利が高すぎる」などの主張に対し、「運営費は決して高くなく、赤字の原因は経営努力をしてこなかったから」としている。

 さらに、解約で市が支払った補償金20億円の根拠が不明▽市は「大規模修繕費は不要」と主張するが、きちんと修繕しなければ100年持つ建物も数十年でボロボロになってしまう▽「同方式解約ありき」で、市長の発言もコロコロ変わり、情報操作の疑いもある--といった疑問点を並べている。【斎藤和夫】

実際の文書の内容に関して入手できなかったので会の見解に関しては何とも言い難いものがあるのですが、同センターに関するこれまでの報道を見る限りではどうにも多少のことでは赤字解消などできそうもない公立病院体質そのままにPFI方式を導入すれば何とかなるさという何とも半端なものだった印象を受けます。
漏れ聞こえる地元の声によれば必ずしも必要とされている施設という感じではないようで、むしろ利用者の半数が他地域からと言いますから、果たしてこの規模の施設を公立で維持していく必要性があるのかどうかといった辺りから再検討してみる必要があるのではないでしょうかね?
全国の公立病院がほぼ例外なく赤字であり、全国のPFI導入施設がほぼ例外なく失敗しているという現状を見るにつけ、どちらにしても明るい見通しが立たないということであればせめて多少なりとも傷を小さくする方向で検討していくことが最終的には市民の利益に適うのでないかという気もしますが…

医療業界関係者であれば今の公立病院(の少なくとも大部分)が色々な意味で駄目だということは判っている、そうなるとまだしも民間導入を行った方がマトモになるのではという発想は当然あっていいと思うのですが、全国あちこちでPFI方式の病院が出来てきているにも関わらずあまりうまくいっているという話は聞こえてきません(その逆は多々あるようですが…)。
もともと何をどうやってもどうしようもないような施設が苦し紛れでPFIを導入しているのか、不採算部門数多を抱え込んだ公立病院だけに最善の状況にまで改善出来たとしても赤字垂れ流しは仕方がないのか、あるいは医療への民間資本参入制限という法制度上の問題が大きいのか、全国の事例を集めて詳細な検証が絶対に必要なんだとは思います。
ただ色々と見てみますと理念的部分で批判している医療業界の人であれ、経営的観点から批判している業界外の人であれ世に反対意見が根強く、実際問題として先行する事例がどれも(控えめな表現をしても)劇的な効果を上げているというわけでもない現時点でなお導入を検討している自治体が多いと聞けば、これは何かあるのかな…とも邪推してしまいたくなるところなんですがね。
万一にも自ら望んで貧乏を呼び込んでいるということであれば、それはいささかどうよ?と思われるところですが…

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2009年6月 2日 (火)

患者と医療との関わり合いの中で発生する諸問題

昨日6月1日付で薬事法が改正され、ネット販売の規制強化や登録販売者資格による販売許可といった幾つかの変更がなされたのはすでに御存知のところかと思います。
この結果コンビニでいつでも風邪薬が買えるようになったなどとマスコミ諸社では盛んに報道していたようですが、果たして「一週間前から風邪で」と訴える深夜救急の訪問者が減るものなのかどうか興味を持っています。
さて、先日こんな記事が出ていまして、なかなか面白い話だなと思いましたので紹介させていただきます。

9割強の医師、患者の本音「聞きたい」(2009年5月21日CBニュース)

 治療内容に関する患者の本音を聞きたいと考える医師が全体の92%に上ることが、病院検索サイトを運営するQLife(本社=東京都世田谷区)が実施した「1人の患者の声が医師の治療に与える影響調査」で明らかになった。

 調査は、4月21-23日にウェブ上で実施。対象は30歳以上の医師で、有効回収数は300人(開業医と病院勤務医それぞれ150人)だった。医師の専門分野を独自に分類しており、「内科系」「外科系」「精神科系」「産婦/泌尿肛門系」「小児/皮膚系」「眼/耳鼻咽喉系」のうち、回答者の割合が最も多かったのは(複数選択)、「内科系」(46.3%)だった。

 調査では、「投書(1人の患者の声)が発覚した場合、その後の治療時の会話方法は変わると思うか」との問いに、「変える」とした人の割合は72.3 %(「患者の大半に対して変える」37.0%、「同疾患の大半に対して変える」8.3%、「同薬剤の大半に対して変える」19.7%、「同薬剤の半分程度に対して変える」7.3%)。一方、「複数届けば変える」は21.3%、「患者の声では変えない」は6.3%だった。
 専門分野別に見ると、変える人の割合は「精神科系」と「小児/皮膚系」で特に高かった。

 「(接遇面などではなく)治療内容に関する患者の本音を聞きたいと思うか」との問いには、「ぜひ聞きたい」(50.3%)と「やや聞きたい」(41.7%)が合わせて92.0%に上った。「あまり聞きたくない」は7.3%で、「全く聞きたくない」は0.7%。
 「ぜひ聞きたい」と答えた人の割合は、前問で「患者の大半に対して変える」とした人の69.4%に上ったが、「患者の声では変えない」でも47.4%あった。

興味深いのは大多数の医師が患者の本音を聞きたいと回答する一方で、一人の患者の言葉だけで直ちに治療時の会話を変えることはないという医師も結構いるということなんですね。
このあたりは実際にクレームなどに対処した経験のある人であればどの業界でも似たようなものではないかと思うのですが、明らかにそれはちょっとどうよ?と思われるような「患者様の声」というものも実際多数あるわけで、それにどこまで対応すべきなのかという部分もあるやに思えますね。
もちろん患者の本音が聞きたいというのも本音なんでしょうが、この場合に言うところの本音とはあくまで「治りたい患者と治すためのサポートを行う医療従事者」という関係の中での建設的な方向性を探る材料としての本音と言うことなのだと理解すべきなのでしょう。

さて、そうした中で最近では医療機関側もそろそろ本音を漏らすべき時期に来ているのかな?という印象も受けるような状況となってきているように思いますね。
あまり今まで声高に言ってこなかった「銭勘定の問題」も最近はようやく声を上げるようになってきたようで、これも医療業界が世間並みの常識を備え始めた一つの兆候と見るべきなんでしょうか?

診療費回収民間委託へ 県立中央病院 /富山(2009年6月1日読売新聞)

1年超未収が対象

 県立中央病院が来年1月から、1年以上経過した未収診療費の回収を民間委託する。未収診療費の累計額は、2007年度末時点で約7800万円に達しているが、人員は限られているほか、3年で時効を迎えてしまうため、回収は難航しているのが現状だ。県や同院は、民間のノウハウを活用することで、少しでも回収額を増やしたい考えだ。

 未収診療費は経済的な理由で払えない人が多いが、中には生活が困窮していないのに、意図的に払わない悪質な例もあるという。

 これまでは支払いがない場合、3度にわたり書面で請求。3~6か月が経過しても対応がない場合は、県職員ら7人が手分けをして自宅訪問などを行ってきた。1年を経過した時点で、差し押さえなどの法的措置もしてきたが、件数が多すぎることや引っ越しなどで所在不明となることもあり、1年以上経過した未収診療費の回収はほとんど有効策がない状況だった。06年度は4785万円、07年度は1766万円が不納欠損として処理された。

 このため、住所不明者の所在調査など、債権回収のノウハウを持つ債権回収会社(サービサー)などに、回収を委託することにした。回収額に応じて成功報酬を払うことで、回収率向上も期待する。ただ、法的措置は今後も県が行うほか、通院・入院中の患者や分納希望者などは民間回収の対象としない。

 民間委託は、民間の知恵を活用して公共サービスの充実を図る「富山県版対話型民間提案制度」の一貫として事業化され、5月18日から募集を開始した。7月10日が締めきりで、具体的な回収方法の提案を受け、入札で決定する。

 同院は「病院経営の改善が進むことを期待している」としている。

未収金問題に関しては以前にも取り上げたことがありますが、最終的には医療とは何か?という定義問題に関わって来ざるを得ないような気がしています。
「腹が減って死にそうだった。金がなかったから食い逃げした」と言う場合に警察のご厄介になるのは仕方がないという社会的コンセンサスは存在しているように見える一方、「具合が悪くて死にそうだった。金がなかったから未払いで逃げた」という場合になると突然「金で患者を差別するのはケシカラン!」なんて声が出てきたりする。
それでも本当に具合が悪くても金がないから払えないということであればまだしも救われるところですが、「命は金にかえられない」という大義名分のもとに何かしら病院が踏み倒しても許される最後の逃げ場のように考えられている節があるのは気になるところです。

心身ともに寒さ厳しくなる年末頃になりますと、明らかに支払い能力のなさそうな住所不定無職な人々が夜間救急にやってきて必要性もないのに入院を強要するという光景が冬の風物詩とも言えるものでしたが、これらは本来医療ではなく社会保障の問題ですよね。
そうした人々に生活保護を取らせて儲けている悪徳病院があるとひと頃マスコミはさんざん叩いていましたが、社会保障で対応すべき人々が適応外の医療の世界に入り込む以前の段階で最低限の食事の確保などが出来るように彼らマスコミが何かしら行動にでも移していたのかといえば、自分はそうした話を聞いたことがありません。

なにより一昔前ならともかく現代の医療機関がそうした人々に「無償の善意」とやらで対応していてはあっという間に赤字がかさんで経営が立ちゆかなくなりますから、肝心の医療を受けなければならない人々が医療を受けられなくなるという本末転倒な事態となってしまいます。
マスコミの大好きな赤髭にしろブラックジャックにしろ、貧乏人にタダ同然で治療するということが出来るのはあくまで金持ち相手に法外の報酬を吹っかけているからだという現実があるわけですが、現代の日本ではこうした「混合診療」が保険診療上禁止されている以上、前述の記事のように小さな赤字が積み重ならないよう地道な努力を行っていくしかないわけですね。
残念ながらこのご時世ではご多分に漏れずどこの病院でも回収ままならないという状況のようですが、それでもこうして金を支払ってもらうよう当たり前の努力するようになったということ自体が医療業界の意識改革の表れであると前向きに考えておくべきなのでしょうか。

話が変わりますが、兵庫県丹波市では県立柏原病院小児科を守ろうと住民が自ら立ち上がり、最終的に新たな小児科医が着任するという成果を挙げたことは以前にも紹介した通りです。
同じ兵庫県内はこちら西脇市でも同様の構図が出来上がっているようで、記事から引用してみましょう。

兵庫・西脇市立病院:小児科の入院再開 母さん、医療危機救う(2009年6月1日毎日新聞)

 ◇受診ルール勉強会、署名活動で医師増

 勤務医が1人に減り存続が危ぶまれていた兵庫県西脇市の市立西脇病院小児科へ、4月に東京から医師1人が着任し、6月中に2年ぶりの入院診療が正式に再開される。小児科医療を守ろうと、署名活動をしたり、「コンビニ受診」抑制の学習会を開いた地域の母親たちの取り組みが実った結果で、母親たちは「素人の主婦だって、やればできるんだ」と自信を深めている。【大久保昂】

 小児科の存続の危機を知った1人の母親が、子育てサークルで声を上げたのがきっかけ。輪は広がり、08年1月に母親約50人で「市立西脇病院小児科を守る会」を結成した。

 同病院小児科の医師は93年度の5人をピークに減少。07年7月には神戸大医学部から派遣されている許永龍医師(57)1人となり、入院診療を休止。負担は大きく、小児科の存続すら危ぶまれていた。

 同会は、まず小児科医増員を求める署名集めを始め、約2カ月で市内外から6万5241人分を集めた。また医師の負担を軽くしようと、市内の母親らを対象にした勉強会を開き、軽症なのに受診する「コンビニ受診」を控えるよう訴えた。その結果、小児科の時間外診療が減少。許医師は「市民に必要とされていると感じ、やりがいが増した」と語る。

 隣の丹波市で署名活動などを展開し、医師増員につなげた「県立柏原病院の小児科を守る会」とも連携、署名の集め方などを教えてもらった。逆に、コンビニ受診の勉強会は柏原側が取り入れた。

 活動が実り、4月に同県出身で帰郷を考えていた佐伯啓介医師(37)が、東京の専門病院から西脇病院に赴任。佐伯医師は「感謝してもらえることは大きなモチベーションになると思った」と語る。

 同会は5月、活動対象を広げ「西脇小児医療を守る会」に名称を変更した。自身も主婦の村井さおり代表(33)は「コンビニ受診を控える運動を各地に広げたい」と意欲を燃やしている。

 ◇地域の努力重要--地域医療に詳しい城西大の伊関友伸准教授の話

 住民の努力で入院診療が復活するケースは全国的に見ても数少ない。医師を招へいして地域医療の崩壊を防ぐには、医者が「働きやすさ」を感じることが重要。住民が病院を大切に使おうとする西脇市の動きが全国に広がってほしい。

見ていただいて判るとおり、何も特別なことをしているわけでもなく「多忙で先生が死にそうになっているから大したことなければ行かないようにしようよ」と話し合って不要不急の受診を控えた、たったそれだけのことなんですよね。
医療を離れて普通の人間関係として捉えてみればごく当たり前の思いやりとも言うレベルの話なんですが、ことが医療業界ともなるとこうも世に稀なる美談となってしまうというのもどうなのよとは思いますが…

それはともかく、今や地域医療が危機的を通り越して末期的状況にあることがようやく市民レベルにも滲透してきたかと思える話題ですが、こうした問題の解決には医療従事者側からの一方的働きかけだけでも、住民側からの一方的要求だけでもうまくいきません。
それは極めて限られた予算、スタッフで世界トップクラスを維持している日本の医療というものが、肥大した権利意識のみの発露とも言うべき好き放題無制限な利用といったものを前提としていない、言わば需給双方の性善説に基づいた節度ある自律的行動があって初めて成立するシステムであるからです。
一例をあげるなら日本独自の制度である「応召義務」なる法的義務の存在ですが、考えてみれば説明と同意に基づく診療契約に則った治療というものが何より重視される現代医療においてこの古い条文は異彩を放っていると思いませんか。

1. 医師の一般的責務 応招義務(日本医師会ホームページ)より抜粋

 現行医師法では「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」とし、いわゆる「応招義務」を定めている。
(略)
 診療拒否の「正当な事由」に当たるか否かが問題になる事例として、「専門外診療」、「時間外診療」、「過去の診療報酬不払い」などがある。前二者はしばしば同時に発生する。ある医療施設(医師)が、診療時間中であればもちろんのこと、診療時間外でも診療可能な場合には、できるだけ診療を引き受けることが相当である。これに対して専門医が不在で緊急性のない場合には、専門医のいる施設の受診を勧めるべきである。
 しかし、患者の状態が緊急性がある場合には、出来る限り診療に応じ、専門医不在の折りでも求められれば、専門医不在である旨を十分告げた上で、救急処置をするべきである。
 「過去の診療報酬不払い」については、一般論としては拒否すべきではないと解されている。しかしながら、支払い能力があるにもかかわらず、常習的に不払いを重ねる患者については、緊急性がないかぎり診療拒否が許される場合もあり得る。
 現在の医師法の規定は明治7年の「医制」中に萌芽があり、明治13年制定の旧刑法第427条9号、昭和17年の国民医療法第9条を経て今日に至っている。応招義務に関しては旧刑法以来、拘留、科料などの罰則規定がおかれていた。しかるに昭和23年の医師法制定の際には、このような義務を法定すべきではないとの意見があったが、医師職務の公共性より見て応招義務は残しておくべきとする意見が大勢を占めて、今のような形で残された。しかし罰則規定は削除されて、医師の良心に委ねられることになったといわれる。(略)
 アメリカ医師会の考え方は、日本の医師法とは対極的である。アメリカ医師会倫理綱領は「医師には患者を選ぶ権利がある。しかし救急処置が決定的な意味をもつ緊急時には、能力の最善を尽くさなければならない。また医師は、一旦引き受けた患者を遺棄してはならない」、「医師は、患者関係に入るか否かを選択する職業上の特権を有し、それに従って患者に治療を提供する責務を果たし続けなければならない」としている。ドイツでも同じ考え方であり、契約関係がある場合の問題と救急業務の問題を明確に分けている。

要するに国際的には緊急時はともかくとして医療とは医師と患者との間の契約関係に基づく行為であるということが常識であるとされているわけで、人生においてしばしば決定的意味をもつ重大な行為においてはそれだけ深く考えて行うことが当然だと言うのは医療以外のことから類推して考えてもよく判る話です。
日本で今もこうした特殊な制度が残っているのは、医療というものが商業活動として行われている通常のサービス業などと異なって社会資本(インフラ)的性格が濃厚であるという大前提が共有されているからこその話ではないかと思いますね。
このあたりは人間は一人の例外もなく食べなければ生きられませんが、飲食店に上記のような応召義務が課せられたと考えた場合にどんなパニックが起こるかと考えてみた場合に状況が分かり易いかも知れません。

インフラというものは「俺は金を出しているんだから好き放題使っていいだろう!」という利用態度で存続し得る類のものではないことは、自動車税を払っているからといって道路を始終のろのろ蛇行運転しているような人々が増えてきた場合にどうなるか想像すれば判る話です(想像力に不足を感じている方は、国内一部地域で時間帯によっては実際に見聞可能だそうですが…)。
道路にしろ皆が行儀良く使っていれば今ある道路網でそう不自由しないだろうに利用者側のモラルが乱れれば日本中を舗装路にしても足りなくなるでしょうし、電気にしても皆が省エネなど念頭になく無茶な乱用をすれば日本中に発電所を作っても不十分となってしまうでしょう。
これからの季節には一部地域で毎年のように水不足の話題が出てきますが、水が足りなくなれば節水努力や給水制限をするのは当たり前のことだと皆が承知しているのに、医療が足りなくなっても「今まで通りにやってもらわなければ困る!」という言説がまかり通るというのは奇妙な話だと思いませんか。
「ご利用分の自己負担金三割くらいはきちんと払ってくださらないと困ります」「医療資源が不足していますから、不要不急の利用はなるべくお控えください」といった話は、何も医療業界だから特別な要求をしているというほどのこともないごく当たり前の話ではないかなと思うのですがね。

世の中面白いことに支払いの高い店ほどお客のお行儀が良くなり、逆に安い店ほどお客が居丈高になりやすいという傾向があるんだそうで、本来ならこの逆になってもおかしくなさそうなのに不思議な人間心理だなと思います。
そうなりますと窓口での自己負担分がはっきりしない(実際には税金等の形で結構な額を負担しているはずなんですが)公共サービスの類ほど利用者のお行儀は悪くなるという法則が成り立つわけですが、そういえば某業界でも昨今流行の小児医療無料化で素敵な患者さま(の保護者さま)が日夜いらっしゃるだとか、公立の施設ほどトンでもないことを言い出す利用者が多くなるというのは半ば常識であったなと…
そうなりますといきなり皆保険制度をぶっ潰して全額自己負担にせよとは言いませんが、保険者負担分も含めて一度全額窓口支払いするなどしてみれば皆さん医療にかかるコストということも自覚されるようになって医療費削減を叫ぶ政府も喜ぶでしょうし、何より殺伐としている医療現場の雰囲気も少しは良くなってくるのかも知れないなと夢想してみたり…(苦笑)

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2009年6月 1日 (月)

とある業界での出来事あれこれ

と言いつついきなり脱線しますが、先日少しばかりお伝えした楽天によるマスク買い占めボロ儲け作戦(仮称)疑惑とも関連して、また楽天絡みの好ましからざる話題が出てきているようでお伝えしておきます。
詳細は以下のリンクを参照いただければと思いますが、これに対する楽天の反論なるものがあまり説得力を感じさせないことの方が気になりますね。
ちなみに先日のマスク買い占め作戦に関して楽天側では「不適切で品性に欠ける表現が含まれていた」と謝罪しているそうですが、いや世間で批判されているのはそういうところではないと思うのですけれどもね…

楽天、利用者のメールアドレスを含む個人情報を「1件10円」でダウンロード販売していることが判明(2009年05月27日GigaZiNE)

【お知らせ】一部ブログによる掲載情報の事実誤認について(2009年5月28日楽天からの広報)

楽天、「個人情報をダウンロード販売」報道を否定 (2009年5月28日INTERNET watch)

実のところこの問題に関しては今回の件が明るみに出る以前から、この種の「被害報告」というのがネット上のあちこちで散見されていたことは事実です。
一方でメールアドレスは渡していませんと言いながら「正当な理由と判断された場合は提供することもある」ともいい、「正当な理由」については機密なので明かせないともいう、要するに結局渡してるんじゃないかという話なんですが、楽天側ではこれ以上の回答をするつもりはなさそうな気配です。
ネットでの売買というものは顔が見えないだけに信用で取引をするしかないと思いますが、後は利用者個人個人が自分なりに判断して対応を決めていくしかないのかなという気がしますけれどもね。

さて、ここからようやく本日の本題ですが、まずは先日もお伝えしましたNHK偏向報道疑惑問題に対する抗議デモの第二弾が5月30日に行われたという記事です。
NHK当局は完全スルーという態度を決め込んでいるようですが、法によって強制的に金を取って運営されている団体が国益を損なう行為を行うというのであれば、少なくともスポンサーかつ被害者である国民に対する何らかの説明責任はあるんじゃないかと思うのですがどうでしょうか。

日台友好団体がNHKに抗議デモ(2009年5月30日産経ニュース)

 NHKスペシャル「JAPANデビュー アジアの“一等国”」に出演した台湾人や日台友好団体から放送の内容が「一面的だ」と批判が相次いでいる問題で、草莽(そうもう)全国地方議員の会など15団体は30日、東京、大阪などのNHK施設周辺で抗議デモを行った。

 NHK放送センターがある東京・渋谷で行われたデモには約1100人が参加。「放送内容を訂正せよ」などと訴えた。台湾人から寄せられた「言うべきことを言わず、好む所を選んで曲解した。人をばかにした、自尊心のない行為だ」などとのメッセージが流れると、通りすがりの家族連れも耳を傾けていた

 番組は日本の台湾統治を特集。先住民の写真に「人間動物園」の字幕をつけて“見せ物”にしたと紹介するなど、事実との相違が各方面から指摘されている。

 この問題では、台湾日本人会と日本企業などで構成する台北市日本工商会が「日台交流に支障をきたすおそれがある」と、懸念を表明する意見書をNHKに送っている。

さて、お次はもはや「なんだ、いつものあれか」で済んでしまいそうな話題ですが、例によって例の如くなヤラセの話です。
先日の大阪での清掃業者に関わる捏造報道問題でも同じ構図が見られましたが、どうもこうした行為は特定局の特別な人々がたまたまやってしまったというようなものではないようですね。

【日テレやらせ】焼肉店・床に肉を叩きつけるシーンは嘘「テレビ局に言われてやった」(2009年05月31日livedoorニュース)

日本テレビ『The サンデー NEXT』(2009年5月31日放送)で、池袋の焼肉店『清江苑』の韓国人シェフが「床に肉を叩きつけて美味しくする」として、土足で人間たちが歩く地面に牛肉を叩きつけているシーンが放送され、「衛生的に問題があるのでは?」とインターネットの掲示板で指摘させていた件で、新たな事実が判明した。

ロケットニュース24編集部が実際に『清江苑』(池袋店)に取材をしてお話をうかがったところ、「実はテレビ局のディレクターに言われてやったことで、実際はあんなことしていません」とコメント。なんと、日本テレビのディレクター(もしくは番組制作会社のディレクター)に言われ、あのようなシーンを撮影することになったというのだ! さらに驚きの事実がある。

『清江苑』のスタッフは床に叩きつけることになった流れをこう話している。「本来は肉をテーブルの上で叩きつけて美味しくしています。しかし今回はテレビ的にいいシーンが欲しいといわれまして、叩きつけるときの音をもっと迫力あるものにするため、地面に叩きつけて強い音を出すことになったんです」(スタッフ談)。

このことをまとめると、ディレクターは「叩くというインパクトがもっと欲しい」「もっと激しい音を出してインパクトを出したい」という演出が欲しいため、実際とは違う嘘の調理シーンをやらせたことになる(問題の動画はこちら)。

スタッフは「床に叩きつけるのはあのときだけで、普段はやっておりません。どうかご安心ください」とも話していた。『清江苑』は焼肉ツウにも人気の焼肉店であり、多くのファンや常連客に支持されている。テレビ局のやらせ報道は許せないが、人気の焼肉店として、お客さんに不安を与えてしまうことはしてほしくないものだ。

このあたりは明らかな故意犯ということである意味単純な犯罪行為という話ですむところなのですが、ことによっては故意犯なのか単なる無知無能力故の失態なのか判断しかねる場合もあるわけです。
こちらの記事などは麻生総理が鳩山代表の言ってもいない発言を根拠に文句をつけていると批判しているのですが、27日の党首討論を見て毎日新聞がこの記事を載せたのは3日後の30日朝刊です。
ところがこの記事が出た翌日には早くもネット上ではソース付きで鳩山代表はやはり言っていたということが証明されてしまったわけですから、これは「また、やったな」で毎日新聞お得意の捏造妄言なのか、ネットの素人にもはるかに劣るレベルの単なる情報収集能力の欠如なのか一体どちらなのでしょうか。
いやしくもこんなものでも金を取って書いているということであればせめて素人並みには努力していただきたいですし、言葉は極力厳密に使わないとすれ違いに流れ、議論が深まらないということを自覚していただかなければ困るということです。

近聞遠見:「殉じる」とは言ってない=岩見隆夫(2009年5月30日毎日新聞)より抜粋

 また、やったな、と思った。27日の党首討論で、麻生太郎首相が、

 「『一心同体、殉じる時は殉じる』と言っていた方が代表になっている。言葉は極めて大事にしなければいかんと思っているので、話が違うんじゃないかと、正直そう思う」

 と発言した時だ。民主党の代表交代劇に異を唱えている。

 だが、鳩山由紀夫新代表が選出前にそんな言葉を使ったという記憶がない。使っておれば、麻生の異議は理解できないではないが、麻生の思い込みではないのか

 この点で鳩山は反論しなかったから、麻生の言いっ放しに終わったが、鳩山の発言記録をたどってみると、小沢一郎前代表(現代表代行)との間柄と自身の進退について、<一心同体>とか<殉じる>とは言っていない

 似たような発言としては、4月13日のラジオ番組で鳩山は、

 「小沢さんに『一蓮托生(いちれんたくしょう)だ』と申し上げている。もしもの時は、刺し違えてでも代表を辞めてもらう。当然、私も(幹事長を)辞める」

 と述べている。また、同月15日付の「産経新聞」の<単刀直言>では、

 「もし(衆院選に)勝てないと分かれば、(小沢は)身を引くだろう。その時、私は幹事長としての職分を必要に応じてこなさなければならない」

 と発言していた。

 麻生が言うまでもなく、言葉は大事だ。<一心同体>は異なったものの強固な結合を意味する。<一蓮托生>は善きにつけ悪(あ)しきにつけ、行動・運命をともにすることで、似て非なる言葉である。

 また、<殉じる>は、自分が仕える人の死や辞職のあとを追って同じ行動をとること。互いに刃で刺し合う<刺し違える>とまったく異なる。<一蓮托生>とも違う。行動をともにすることでは似ているが、<殉じる>は<殉死する>と同義で、命を投げ出すニュアンスが強いからだ。

 鳩山は当然、小沢のあとの代表を意識していた。

 「風ぼうと違い、早くから首相の座を狙っていた」

 という野心家説があるくらいだ。だから、鳩山は、小沢の進退をめぐってきわどい発言は繰り返したが、<一心同体>とか<殉じる>とか、代表への道を自ら遮断するような言葉は慎重に避けたと思われる

 ところが、麻生の言語感覚のなかではそれが混同されていた。言葉は極力厳密に使わないとすれ違いに流れ、議論が深まらない。

鳩山氏、小沢氏辞任なら殉じる  代表就任も否定(2009年3月29日47ニュース)より抜粋

 民主党の鳩山由紀夫幹事長は29日、西松建設の巨額献金事件で公設秘書が起訴された小沢一郎代表の進退に関連し「小沢氏の下での幹事長だ。殉じるときは殉じる」と述べ、小沢氏が辞任する場合は自らも連帯責任を取って幹事長を退く考えを示した。

 鳩山氏は、小沢氏が衆院選の直前にあらためて進退を判断するとの見通しを表明。自らが代表に就く可能性については「そんなふうにはいかない」と否定した。NHKやフジテレビ、テレビ朝日の番組で語った。

 鳩山氏によると、代議士会などで小沢氏の続投が了承される前日の26日、小沢氏と会った際に「政権交代が一番の使命だ。とことん支えていくが、衆院選直前になっても国民の目が厳しいときには2人とも責任を取ろう」と伝え、小沢氏は「分かった」と応じた

さて、かねて既存マスコミとネットとの関係については当「ぐり研」でも取り上げてきており、先日は朝日新聞がネット上の掲示板で荒らし行為を行っていたことが明るみに出て大恥をかいたのは記憶に新しいところです。
彼らにおいてはネットに対する過剰な敵視や無知が問題になることが今までは多かったわけですが、最近では更に一歩進んでネットを利用した言論弾圧まで行っているらしいということが明らかになってきています。
およそ民主主義国家のメディアにあるまじき言語道断な行為とも言うべきことですが、むしろこうまでして彼らが維持しようとしているものにこそ彼らの本音が隠されているという意味では分かり易くていいという考え方も出来るのかも知れませんね。

フジテレビ関係者が勤務中に批判書き込みか! ブログ管理人「恐ろしいこと」(2009年05月28日livedoorニュース)

以前、朝日新聞社スタッフが社内から『2ちゃんねる』に意味不明の書き込みをして営業妨害を指摘される騒動があった。今回も、社内からの書き込みによる騒動である。

一般ブロガーが執筆しているブログ『コレクシオン』。そこに韓国のフィギュアスケート選手キム・ヨナさんに対する批判記事を書いたところ、フジテレビの社内から記事の内容に対しての反対意見が書き込みされたことが判明したのだ。ブログの管理人はこのことについて、「あなたは “フジテレビ” の方なんですね」「騒動の “火消し” をしているのが当事者である “フジテレビ” の方だったなんて」と怒りのコメントをしている。

ブログの管理人はなぜ、「騒動の火消しをしている」という言葉を使ったのか? それは、管理人がフジテレビの番組『グータンヌーボ』にキム・ヨナさんが出演することに対して批判する記事を書いたところ、フジテレビの社内から管理人の意見を否定する書き込みがあったからである(フジテレビ社内からの書き込みのハンドルネームはアラサー)。

管理人は、キム・ヨナさんが今までしてきたとされる日本に対するひどい発言や行動に対して不快感を感じていたことから、キム・ヨナさんや番組にゲストとして招いたフジテレビを否定する記事を書いたようだ。その記事を読んだフジテレビ関係者が反応し、自分の意見としてフジテレビ社内から書き込みしたことになる。つまりカンタンにまとめれば、「日本で嫌われているキム・ヨナを出すなんてフジテレビはおかしいのでは?」という一般人による意見に対して、フジテレビ社内から「おかしくはない」という反対意見が書き込まれたということである。

誰もが自分の意見を持っており、それを表現することは何も悪いことではない。ここで問題なのは、「フジテレビ批判の話題に対して、フジテレビ社内から匿名で反対意見が書き込みされたこと」である。この件に対し、管理人は以下のようにコメントしている。

「2009.05.27 16:32の書き込みのアラサーさん あなたは “フジテレビ” の方なんですね。申し訳ありませんがもしもの荒らし対策のため、IPドメインSEARCHを使ってチェックさせていただいたのです。正直・・・驚きましたよ、というか恐ろしいことですね。こんな個人ブログにマスメディアに従事されている方が書き込みをされるなんて。騒動の「火消し」をしているのが当事者である “フジテレビ” の方だったなんて。あなたのご意見というか “フジテレビ” のご意見は、もうここでお答えする必要はない様に思います。このブログに “フジテレビ” からの書き込みがあったことは、書き込まれた当事者であられるの “フジテレビ” さんにご報告させていただきます」(ブログより引用して要約)。

また、管理人は新たに「正直私は怖かったです。このようなことは不気味にさえも感じました。一個人のブログに、フジテレビのような巨大メディアからの書き込み、それもマスコミ、つまりフジテレビ自身を擁護するものであったことが。もう一度フジテレビは見つめる必要があるのではないでしょうか? 報道機関のあるべき姿勢を! それができなければ 結局 “くだらないマスコミ” でしかありません」(ブログより引用して要約)ともコメントしており、悲しみや怒りが混じった感情をあらわにしている。

重ねて言うが問題点は「フジテレビ批判の話題に対して、フジテレビ社内から匿名で反対意見が書き込みされたこと」だ。誰もが持論を持っており、それを表現することは悪いことではない。しかし、誤解を生まないためにも、社内から書き込みするという行動はひかえるべきだったのではないだろうか? フジテレビ批判に対してフジテレビ関係者がフジテレビ社内から正体を隠して意見を述べたのでは、たとえそれが正論だとしてもそうは見られない。

フジテレビの意見ならば少なくともフジテレビの名を出して書き込みをする、個人ならば誤解を与えぬよう自宅などから書き込みをする必要があったのではないだろうか。

社会道徳敵には言うまでもなく、最近では経営的にもマスコミ業界の凋落ぶりは誰の目にも明らかなようで、生涯年収企業ランキング上位を独占してきたほどウハウハ業界の代名詞であったテレビ各局も収入減少に喘いでいるのだとか。
年収ランキング2位に君臨するTBSもとうとう今春にはボーナスカットに踏み切ったという話で、これに反発して同社労組は全面ストに突入するといった騒ぎもありました。
新聞社も厳しい事情は同様ですが、人間貧すれば何とやらと言いますが昨日は読売新聞も総額2億7千万円にも及ぶ所得隠しを指摘されたとかで、これでは自称社会の木鐸としてもどんな顔をして記事を書いているのかと世間の注目も集まろうというものです。
そんな中で天下の朝日新聞社もゴシップの例外とはいきませんが、単なる凋落にとどまらずこんな面白そうな話題もあるようなのですね。

不祥事続きで急所を握られた!? 朝日新聞「検察ベッタリ」報道の裏(2009年5月26日日刊サイゾー)

 「朝日新聞が変だ」。最近、マスコミ界から、こんな声が聞こえるようになってきた。

「スクープで鳴らした毎日新聞が"鬼畜サイト"を放置してきたせいで読者の反発を買い、広告も減って経営難に陥っているのは周知の事実。そんな中、大手紙で唯一の"良識派"といわれた朝日新聞が、その良識を問われるような報道に手を染めるようになってきたんだ」(別の大手紙幹部)

 たとえば、民主党の小沢一郎代表の大久保隆規秘書の逮捕を3月3日付夕刊で前打ちしてみせたり、大久保秘書が否認しているにもかかわらず「容疑認める」と報じたりするなど、確かに検察の意に沿った報道が少なくない

「『"国策捜査機関"に成り下がった検察と一体化して野党叩きを始めた』と民主党幹部らはカンカンだね。ほかにも、小沢の側近・山岡賢次国会対策委員長のマルチ問題はじめ、格安の第三種郵便制度を悪用した事件に民主党の牧義夫議員がかかわっていると報道したり。これまでの政府・自民党批判のスタンスをがらりと変え、民主党叩きに終始しているんだ」(他紙のデスク)

 そんな朝日に、とんでもない問題が持ち上がっている。在阪の検察担当記者がこう打ち明ける。

「朝日が検察とつるむのも無理はないよ。だって、一歩間違えたら、自分たちが捜査対象になったんだから。なんの話かって? 例の第三種郵便制度の悪用事件のことだよ」

 関西では大きく報じられた事件だが、簡単に振り返っておこう。障害者団体が郵便物を送るときに使える料金の割引制度を悪用し、障害者向けの定期刊行物の中にチラシを割り込ませ、普通の封書なら120円かかるところを、最安8円という割引料金で大量のダイレクトメール(DM)を郵送し、約6億 5,000万円を不正に免れたというこの事件。大阪市の広告代理店「新生企業」と石川県の印刷・通販大手「ウイルコ」が発案、博報堂の子会社が仲介して、ベスト電器のチラシを配ったとして、4月16日に関係者10人が大阪地検特捜部に逮捕されている。

「この問題は、朝日の大阪社会部が昨年始めたキャンペーンがきっかけで事件化したんだが、実は、朝日が30%の株式を所有するグループ傘下の広告代理店『朝日広告社』でも、この割引制度を使った20万通近いDMの印刷を手がけていたことがわかったんだ。DMを頼んだ業者は『朝日のキャンペーン報道を受けてウイルコが断ってきたので、朝日広告社に切り替えた』と話している。キャンペーンが朝日グループの営業に使われたといわれても仕方のない事態なんだ」(前出検察記者)

 今のところ、検察が朝日グループから事情聴取したという話は聞こえてこない。しかし、ライバル業者を追及するだけ追及し、キャンペーンが終わった後に朝日広告社の顛末を短い記事で報じただけで、朝日は自社のキャンペーンと同社の受注関係をなんら検証していない。民主党の指摘ではないが、これでは「検察とつるんでいるのではないか」と疑われても仕方がないのではないか。そして、そんな疑いを倍増させる疑惑がもう一つある。国税担当記者が証言する。

「朝日新聞が東京国税局の調べを受け、過去7年間に、架空経費の計上など、約3億9,700万円の所得隠しを含む約5億1,800万円の申告漏れを指摘されたことが今年2月に発覚した。中でも問題だったのが、京都総局のカラ出張で、総局長自ら不正に手を染めていたんだ。金額が金額だけに、刑事告発されたら検察が調べることになる。しかし、この京都総局長は、検察にも顔が利く人物。事件化しないとなると、検察となんらかの手打ちがあったのではないか、と囁かれているんだ」

 最近の朝日といえば、阪神支局襲撃事件をめぐる「週刊新潮」のキャンペーン報道を「虚報」と追及したばかり。その姿勢で、自らの足元を徹底検証してもらいたいものだ。

ま、変なのは最近に限らず昔からだと誰でも知っていることではあるかと思いますけれどもね…
いずれにしてもこうしたあり得ないような話が事実であるとするならば到底社会的にも許容されざるところで、他人に向かって重箱の隅を突くような粗探しを繰り返している前にまず自ら襟を正すという姿勢が必要なのではないでしょうか。

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