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2009年3月

2009年3月31日 (火)

本日も医療崩壊年度末進行継続中

先日からお伝えしている愛育病院と日赤医療センターへの労基署の是正勧告について、全国医師連盟からの声明が出ています。
医師連盟についてはネット世代が中心になって立ち上げた組織という背景がありますからこうした場合の動きの速さの意味を理解しているのかとも思うのですが、現場労働者の権利保護に対してきっちり発言していくことは業界団体としては基本的かつ大事なことだと思いますね。
一方の医師会はいまだはっきりしたコメントが出ていないようですが、このまま黙殺を決め込むのかといったあたりにも注目したいところです。

「総合周産期センター等の医療機関における労働環境」についての見解より抜粋

両医療機関においては、違法な労働環境が日常的に放置され、医療従事者の労働安全が損なわれていました。これは、妊産婦・新生児・患者に対しても大きなリスクになっており、看過することは出来ません。

医師の長時間労働が患者の安全を脅かすことは、江原朗の論文によって示されており(Ehara A. Are long physician working hours harmful to patient safety? Pediatr Int 2008;50:175-178)、労働法規上の規制だけでなく、医療安全上の観点からも許容されるものではありません。
厚生労働省労働基準局は、平成15年に医師の宿日直実態を問題視し、約600の医療機関に対して監督を実施しました。しかし、今なお多くの医療機関において、労働基準法および労働安全衛生法に違反する状態が続いており、今回の是正勧告も決して一部の病院だけのことではなく、氷山の一角にすぎないことを認識すべきだと思われます。
さらに、今回、総合周産期母子医療センターにおける夜間の勤務時間が、労働基準法第41条にいう「宿直勤務」(労働時間には算定されない)に該当せず、法律上は賃金支払い義務のある通常の「労働時間」に他ならないと指摘された事実は重要です。全国医師連盟執行部は、全国の医療機関管理者に対し、今回の是正勧告を真摯に受け止めて、労働法令を遵守した勤務体制を確立するよう、強く求めます。

現在、過酷な労働環境にある基幹病院において、医師の退職が相次いでいることは、各種報道により明らかになりつつあります。しかし、より重要な事実として、医療現場での違法な労働環境が長年放置されている事は、世間一般に報じられないことはもとより、医療界内部ですら問題として取り上げられてきませんでした。それ故に、医療機関における違法な労働環境の指摘と是正指導に着手した所轄労働基準監督署と、それを報道したメディアを強く支持します。

全国医師連盟執行部では、今回の出来事の背景には、地域での充実した周産期医療や救急医療を期待されても、それに対応出来る充分な助成補助や診療報酬の配分を受けられるしくみが整えられていないため、医療機関の採算性が悪化し、慢性的な赤字に追い込まれている現実があると認識しています。時間外診療やより安全な診療を提供するには、お金も人手もかかるものなのです。

そこで、違法かつ過重な労働時間を解消するために、次の2点が速やかに改善されるよう希望します。

・医療従事者の待遇改善と必要数の確保
・周産期、救急医療などに関わる医療機関に対する財政的支援の強化

また、法に定められた最低限の労働環境すら確保しようとしない医療機関に対しては、厚生労働省労働基準局ならびに地方労働局と所轄の労働基準監督署が、厳正な法令解釈で是正指導に臨むことを支持し、悪質事例については刑事立件化も含めて積極的に対処することにより、医療機関における労働環境が真に適正化されることを期待しています。

「医療現場での違法な労働環境が長年放置されている事は、世間一般に報じられないことはもとより、医療界内部ですら問題として取り上げられてきませんでした。」というのは重要な指摘で、何より当事者である現場が違法行為に対して黙認を決め込んできたという事実をしっかり認識しなければならないでしょうね。
世間的にも今や医療ネタというものはそれなりのニュースバリューがあるものとされてきているわけですから、舛添厚労相もかねて言っているように医療現場はもっと声を出していかなければならない時代ということなのでしょう。

さて、昨日も少しばかり書きました銚子市立総合病院に関連する話題ですが、市長がかわれば何か素晴らしい未来が約束されるといった話はあり得ません。
そしてそれ以前の問題として、現在進行形で地域医療が破綻の危機にさらされているのがこの件の難しいところです。

自治体病院 広がる危機 銚子市長リコール成立 他病院 患者殺到で『もう限界』/千葉(2009年3月30日東京新聞)

 二十九日に投開票された銚子市の岡野俊昭市長(63)に対するリコール(解職請求)の是非を問う住民投票は、市立総合病院休止への市民の怒りが原動力となった。リコール運動は全国の注目を集め、住民にとって自治体病院がいかに大きな存在であるかを再認識させた。しかし、自治体病院の経営難や診療科の休止は同市にとどまらず、県内各地で表面化し、一部の病院には患者が殺到。現場では「もう限界」との声が強まっている

 「どこを見ても“焼け野原”だ」。国保旭中央病院(九百五十六床)の伊良部徳次副院長(59)は周辺の医療状況をそう表現した。

 旭中央病院は、三次救急など県北東部で中心的な役割を担う。昨年九月末の銚子市立総合病院の休止後は、行き場を失った患者の受け入れ先の一つとなってきた。

 伊良部副院長によると、状況が目に見えて変わったのは医師不足の原因といわれる医師臨床研修制度が始まった二〇〇四年度から。周辺の病院の機能が低下し、旭中央病院に患者が殺到し始めた。

 病床利用率は95-98%と、常にベッドに空きがない状態。入院日数を平均十二日ほどに短縮して回転を早めているものの、限界がある。入院が必要と診断した救急患者を入院させられず、別の病院に移送するケースも増えているという。

 現状を打開しようと、周辺病院に常勤医や外来応援として延べ約四十人の医師も派遣。だが、根本的な解決にはならない。伊良部副院長は「病院の体力はさらに落ちて、もっと悪くなるだろう」と指摘し、国の早急な対策を切望している。

基幹病院というところは単に規模が大きいのみならず質的にも下位医療機関で扱いかねる症例に対処することが期待されていますから、一つがこければ単純に病床数激減という以上の影響があります。
千葉県では以前から黙々と病院崩壊の連鎖が進行中で、ドミノ倒しの大波はすでに崩壊した銚子市立病院や大量逃散が発生した成田赤十字病院すら押し流し最後の砦とも言える旭中央病院に押し寄せてきているというのが現状だそうです。
その旭中央病院でいよいよこうした声が上がってきているわけですから、これは完全崩壊間近しと見て間違いないところでしょうが、この後どういうことになるのかが非常に注目されるところではありますよね。

こうした医療崩壊の連鎖は別に千葉県のみに見られる現象でもなんでもなく、全国どこでも普遍的に見られることです。
はるか西国の広島からもこんなニュースを取り上げてみましょう。

「重症救急」崩壊の危機 広島市の一部診療科(2009年3月30日中国新聞)

 ▽当番病院数、来月から不足

 入院や手術が必要な重症患者を診る二次救急を休日や夜間に引き受ける広島市内の病院が減り、四月から一部の診療科で必要な病院数を確保できない日が生じることが二十九日、分かった。軽症の来院患者の増加などで疲弊した病院が輪番制の参加を敬遠し、踏みとどまった病院にさらに激務がのし掛かる悪循環が生まれている。

 ▽軽症での来院増 負担に

 広島市内で必要な二次救急の病院数は、市と市医師会でつくる広島地区病院群輪番制運営協議会が診療科ごとに決める。うち整形外科は一当番当たり「二病院」が受け持つルールだが、新年度は年間平均で「一・九病院」となり、一九九七年の輪番制開始以来初めて下限を割り込む。十日に一度は当番病院が一つになる計算だ。

 新年度の輪番制には、公立の広島市民病院(中区)と民間の計二十七病院が参加を計画。ピークだった一九九八年度の三十二病院から五減となり、参加頻度が月一、二回にとどまる病院も増えた

 病院が輪番制を敬遠するのは、軽症患者の来院が増え、診療件数の約九割を占める現状に大きな要因がある。本来受け持つはずの救急患者を断らざるを得なくなったり、当直医師が十分な休息を取れないまま三十時間を超える連続勤務を強いられたりするケースが頻発している。

 事態を重くみた市、市内や近郊の三医師会、広島大病院(南区)などは四月から、二次救急体制の在り方の見直しを始める。同運営協議会の種村一磨委員長は「二次救急は、医師や病院の使命感を支えに成り立っていたがもう限界。新たな手だてを考えなければ崩壊する」と危機感を強めている。

 ▽意識変革が不可欠

 症状を問わず可能な限り患者を受け入れる兵庫医科大救急救命センターの丸川征四郎主任教授の話 患者のニーズに応えるのが医療本来の姿。名乗り出た病院だけが二次救急を担う現制度は時代遅れだ。小規模な医療機関も救急に参加し、軽症者の診療を担うなど、地域すべての医療従事者で支え合うような意識変革が不可欠だ。国はその環境を整えるための制度改革を進めるべきだ。

最初は大勢で担いでいた御輿も担ぎ手が一人減り、二人減りして次第にその負担が過重になっていく。
それでも半ば惰性のようによろめきながら進む担ぎ手達の悲惨な表情を見て「よし俺が助けてやるぞ」と新たに加わる人間がいるかと言えば普通はいないわけで、それは非難されるべきことでも何でもない当たり前の人間心理の発露と言うべきでしょう。
マスコミの皆さん(と一部医療関係者)は心身ともに常人離れした超人的医師みたいなものが大好きらしいですが(苦笑)、気力体力充実し知識技能とも人並み外れ、誰劣るところのない熱意と高いモラル(志気)を有する特殊な人々でなければ務まらない職場ではなく、当たり前の人間が普通に業務を行えるような職場でなければ決して長続きはしないものです。
その意味では基本的には需要と供給のミスマッチが年々過大になってきていることが最大の要因であるわけですから、需要を(少なくとも需要の自由な発露を)何かしら制限しないことにはどうしようもない状況なんだと思いますね。

受け手である地域医療体制がこんな状態であるわけですから救急搬送も円滑に回っているはずもありませんが、実際にデータとしてもそうしたものが示されてきているようです。

救急搬送33分、10年間で最悪 07年県内平均 医師不足が影響 /山梨(2009年03月30日山梨日々新聞)

 山梨県内の消防本部(署)の救急車が、通報から医療機関に患者を収容するまでに掛かった2007年の平均時間は32・9分で、過去10年間で最も遅かったことが総務省消防庁の29日までのまとめで分かった。医師不足の影響で救急患者を受け入れる医療機関が減少、管轄外に搬送せざるを得ないことが背景にあるとみられ、搬送時間は10年前に比べ5・1分も延びた。通報から現場到着までの時間も全国ワースト4位の8分で、救急体制の拡充を求める声が強まりそうだ。
 通報を受け、医療機関に搬送した患者は3万1952人。通報から収容までに掛かった時間を見ると、30分未満が1万5897人、30分以上1時間未満が1万4527人で、9割超は1時間掛からずに収容した。
 一方で、通報から収容までに1時間以上掛かった患者は1528人で、このうち84人は2時間以上も経過していた。収容までの時間は全国平均より0・5分短いものの、06年より1・4分延びた。

近ごろではひと頃のように救急たらい回しだの診療拒否だのと大騒ぎすることも減ってきている印象ですが、あれもあまりに当たり前の現象となりすぎてニュースバリューが落ちているという現実もあるようですね。
そんな中でこの週末久しぶりに取り上げられていたのが、奈良県において毎日新聞社系列の新聞販売所で倒れた新聞販売員が亡くなったという事例です。
奈良と言えば毎日新聞社奈良支局の御活躍もあって産科医療崩壊の最先進地とも認識されている土地柄ですが、問題点の所在は産科のみならずということであれば是非とも同社の更なる内部検証記事を期待したいところではありますよね。

救急搬送:6施設に断られ1時間後に男性死亡 奈良・生駒(2009年3月28日毎日新聞)

 奈良県生駒市で21日、意識を失って倒れた新聞販売店従業員の男性(62)が、県内の6医療機関に受け入れを断られて救急搬送できず、通報から約1時間後に大阪府大東市の病院に搬送されたが死亡したことが分かった。

 生駒市消防本部によると、21日午後1時40分ごろ、新聞販売店から「男性が倒れた。意識がないが呼吸はある」と119番があった。救急隊が現場に到着後、心肺停止状態になったという。隊員は同市内の救命救急センターの指示で蘇生(そせい)措置をしながら、同センターや2次救急当番病院など生駒市や隣接する奈良市の5病院と救命救急センターに受け入れを要請したが、「満床」「処置困難」などの理由で断られた。

 通報から約1時間後に大東市の病院に搬送されたが、約30分後に死亡が確認された。同販売店によると男性の死因は心不全で、心筋梗塞(こうそく)の病歴があったことを救急隊員には伝えていたという。生駒市消防本部は「搬送に時間がかかったことと死亡との因果関係は不明」としている。

救急搬送6カ所で拒否、男性死亡  奈良・生駒市(2009年3月28日47ニュース)

 奈良県生駒市で21日に勤務先で意識を失った新聞販売所従業員の男性(62)が、県内の6医療機関に受け入れを断られ、大阪府内の病院に搬送されたが死亡したことが28日、分かった。

 生駒市消防本部によると、21日午後1時40分ごろ、同市内の新聞販売所から「従業員が倒れた」と119番があり、救急隊が出動。男性は呼吸と脈はあったが意識不明の状態だった。

 現場の救急車内で隊員が医師の指示を受けながら蘇生措置を施し、搬送先を探したが、打診した奈良市や生駒市の6医療機関から「ベッドが満床」「処置が困難」などの理由で断られた。

 午後2時40分ごろ、近接する大阪府大東市の病院に運び込んだが、約30分後に死亡が確認された。男性は倒れる以前から「最近心臓が痛い」と話していたという。

 生駒市消防本部は「通常でも出動から病院に運び込むまで約40分かかる。搬送が遅れたから死亡したとは直ちには言えない」と話している。

 受け入れを拒否した医療機関には、県立奈良病院の救命救急センターも含まれていた。

 奈良県では2006年8月、分娩中に意識不明になった女性が、約20の病院に転院を断られ死亡。07年8月には救急搬送された妊婦が10回以上受け入れを断られ、死産した。

6病院に搬送断られた男性、1時間後に病院に運ばれ死亡(2009年3月28日朝日新聞)

 奈良県生駒市で21日、勤め先で突然意識を失って倒れた新聞販売所従業員の男性(62)が、県内の6病院・医療施設に受け入れを断られ、通報から約1時間後に大阪府内の病院に搬送後、死亡していたことがわかった。

 生駒市消防本部などによると、21日午後1時40分ごろ、新聞販売所から「男性従業員が急に倒れた。意識がない」と119番通報があった。約5分後に救急隊が現場に着いたとき男性は呼吸も脈もあったが、救急車に乗せてから心肺停止状態になった。隊員は電話で救急専門医の指導を受けながら蘇生措置を続けると同時に搬送先を探したが、「ベッドが満床」「処置が難しい」などの理由で同市や隣の奈良市などの6施設に断られた。

 男性は午後2時40分ごろ、大阪府大東市の病院に運び込まれたが、約30分後に死亡が確認された。死因は不明という。受け入れを断った病院には、当日の2次救急の当番病院や救命救急センターを持つ病院もあったという。

 奈良県内では06年8月、入院中に意識不明になった妊婦が奈良、大阪の19病院に受け入れを断られて8日後に死亡。07年8月にも、かかりつけ医のいない妊婦が下腹部の痛みを訴えたが、11病院に断られて死産している。

 生駒市は、196床の総合病院が05年3月に廃院になったのを受け、救急医療に重点を置く新病院の建設計画を進めているが、地元医師会からは「計画は既存の医療機関の崩壊を招く」「現在の態勢を強化すれば対応できる」といった意見が出ている

心筋梗塞の既往があり最近胸痛を訴えていたという事ですから、もう少し早く受診していればあるいはとも思うところですが、新聞販売員と言えば色々と大変とも聞きますからなかなか受診も難しかったのかも知れません。
経過を見ても心筋梗塞の再発という可能性が極めて高いのではないかとも感じるのですが、例えば加古川心筋梗塞事件のような判例が確定している現代の日本においては、迅速に適切な処置が行えない施設において対応不能の重症患者を受け入れることは社会的要請に反する行為であるということになってしまっているわけです。
こうした事例においても(質的な面での)需要側の天井知らずな高騰がますます供給過少を招いているという側面が見え隠れしているように感じられるのですが、如何でしょうか。

ところで朝日新聞の記事において触れられている「地元医師会の反発で新病院建設計画が」云々という話ですが、これについては幾つかの情報が参考になりそうですのでご紹介のみ行っておきます。

病床数266で申請へ-奈良県生駒市新病院 (伊関友伸のブログ)

患者の立場にたってみて---(伊木まり子と生駒の未来をつくる会)

明日は定例会最終日(伊木まり子と生駒の未来をつくる会)

ざっと見てみますと、平成19年まではむしろ「患者の送り先がなくて皆困っているんだ!早く何とかしてくれ!」と早期の新病院建設を要望していた医師会側が、平成20年から突然言を左右し新病院建設反対などと言い始めているようにも見えます。
全くの独断と偏見ですが、やはりこの背景にあるのは新病院の運営母体としてかの団体の名前が挙がってきていることが最大の要因ではないかと推察されるのですが、これもまたずいぶんと濃そうな対立の構図ですよね。

新病院が出来れば必ず全ての患者が救命されるという訳でもないでしょうが、一方で近年ますます進行しているのが標準的な医療水準なるものの高騰問題であって、医者にやる気があろうが腕があろうが病院のシステムとして対応できなければ受け入れは無理という場合も多いように思います。
緊急帝王切開なら30分以内であるとか、脳梗塞であれば3時間以内であるとか言いますが、それは確かに医学的な面から考えていけばそうした水準が望ましいのは確かだとしても、同時に全国の地域医療機関においてそれが当然に求められる水準とされてしまうと非常に厳しいものがありますよね。
医療訴訟における鑑定医の問題なども含めての話ですが、そろそろ医療業界も浮世離れしたかくあるべし論を追求するばかりにとどまらず、足許をじっくり見据えて医療というものを改めて問い直していかなければ、最終的には自分自身のための墓穴を必死に掘り続けているという状況に陥りかねないのではないでしょうか。

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2009年3月30日 (月)

時節柄?色々と出てくるものが

年度末のせいなのかどうか、全国あちこちからこれでもかと医療関連ニュースが続いていますが、そのほとんど全てが暗い話題ばかりというあたりが何やらこの国の医療の現状を示しているようで興味深いところですね。

先週は愛育病院の「総合周産期母子医療センター」指定返上の話題がありましたが、他府県でも労基署が仕事をしているようです。
滋賀県では県立成人病センターでの残業代未払いはケシカランとお上の指導が入りましたが、こういう話題はどこの公立病院でも長年の慣行として行われている問題だけに今まで放置してきた責任も問われかねない話ではありますよね。
「残業代に関し公立病院が捜査を受けたのは異例」なんてことをさらっと書いていますが、佐賀県立病院のように県のHPでも公になり記事にもなっているほどに違法行為の実態はすでに明らかであるのに、刑事告訴をされるまで何の指導もなかったとすれば、そちらの方が大きな問題ではないでしょうか。

滋賀県病院事業庁を送検 残業代一部未払いの疑い/滋賀(2009年3月28日47ニュース)

 滋賀県立成人病センター(守山市)の医師の残業代を規定より少なく算定したとして、大津労働基準監督署が労働基準法違反の疑いで、同センターを運営する県病院事業庁と幹部らを書類送検していたことが28日、大津労基署への取材で分かった。

 厚生労働省によると、残業代に関し公立病院が捜査を受けたのは異例

 大津労基署によると、2008年4月、管理職とされながら権限がなく、残業代が支払われない同センターの医師が「名ばかり管理職」だとして、事業庁に是正勧告した。

 事業庁は同センターなど県立3病院の管理職約40人を含む医師約100人の残業代などを、06年4月にさかのぼって算出。今年1月までに総額2億4000万円を支払った。また各院長ら約10人をあらためて管理職にした。

 しかし、労基署が病院関係者から刑事告訴を受けて調べた結果、残業代の算定基礎から医師に毎月支払われる「初任給調整手当」を除外して計算していた疑いが強まった。不払い分は約3億5000万円に上るとみられる。

一方で愛育病院クラスがセンター返上を言い出すならと追随する動きがあるのかと言う点にも興味が集まるところですが、タイミング的には恐らく愛育の件とは無関係ながら他県でもやはりセンター指定返上の話はあるようです。
同じ関東圏にある栃木県では現在8施設ある周産期医療センターのうち、国立病院機構栃木病院佐野厚生総合病院の2施設が指定返上を言いだしているようですが、よく見てみれば2007年にも他の二施設が返上していると言います。
今回の二施設もどちらも500床前後の病床を有する基幹病院クラスだけに、名目的な施設返上よりも周産期医療の後退という点でそれなりのダメージがあるのではないかと予想されるところです。

周産期医療センター 国立栃木認定返上/栃木(2009年3月28日読売新聞)

佐野厚生総合、出産休止へ

 母体や胎児へのリスクが高い出産に対応する「地域周産期母子医療センター」が、現在の8病院から2減となる見通しであることが27日、わかった。国立病院機構栃木病院(宇都宮市中戸祭)が認定の返上を県に申し出たほか、佐野厚生総合病院(佐野市堀米町)が11月末で出産の扱いを休止する方針。いずれも医師不足を理由に挙げている。今後、緊急時や県南部の出産受け入れ体制に大きな影響が出る可能性がある。

 県によると、国立栃木病院は現在2人いる産科常勤医が4月から1人となる見込みで、「医師不足のためハイリスク分娩に対応できない」と2月に返上の申し入れがあった。

認定返上は2007年11月の佐野市民病院、宇都宮社会保険病院に続いて3件目

 佐野厚生総合病院は、現在入っている11月までの予約には対応するが、新規の出産受け入れは休止する。同病院によると、2007年度に5人いた産科常勤医が08年度に3人に減少。3月末にはさらに1人が退職することになり、休止を決断したという。今後、新たな医師を確保できない場合は「センター認定を返上するしかない」と話している。

 それぞれの病院の認定返上、出産休止は、27日に開かれた県周産期医療協議会で報告された。

 国立栃木病院は、07年度から出産受け入れを縮小している。

 一方、佐野厚生総合病院は年間約400件の出産を扱っており、佐野市内で出産を扱う医療機関3か所のうち救急搬送に対応できるのは同病院だけ。周辺の病院が受け入れを大幅に拡大しなければ、地元で出産施設が見つからない「お産難民」が発生する可能性もある。

 協議会では、「小児救急や高度な周産期医療を担う足利赤十字病院の負担増は避けられないのではないか」と懸念する声が上がった。

佐野厚生、産科休止へ 常勤医減で12月から 地域の拠点、体制弱体化/栃木(2009年3月28日下野新聞)

 合併症などリスクの高い妊婦を受け入れる地域周産期医療機関に認定された佐野厚生総合病院(佐野市)が十二月から産科を休止する方針であることが二十七日、分かった。現在三人の産科常勤医が四月から二人に減るためで、十一月までのお産と産科救急も当面対応する予定という。出産前後の周産期医療体制を支える地域拠点病院がこのまま離脱すれば、弱体化は必至だ。

 同日の県周産期医療協議会で病院関係者が報告した。

 下野新聞社の取材に対し、現在診療している妊婦は責任を持ってお産まで担当するが、四月以降に常勤医が三人に戻らなければ、十一月いっぱいでお産を休止せざるを得ないという。

佐野厚生のお産件数は、年間四百件近くに上る。産科救急は四月から対応できる範囲が縮小する見通し。また地域周産期医療機関の認定も産科が休止すれば、返上するという。

 県保健福祉部によると、県内でお産に対応する医療機関は減少する一方。三年前には五十カ所だったが、昨年四月には下都賀総合病院(栃木市)のお産休止などで四十四カ所に減った。

 地域拠点病院も今年二月に国立病院機構栃木病院(宇都宮市)が地域周産期医療機関の認定返上を申し出たばかりだった。

 県保健福祉部の担当者は「きょう初めて聞き、えっと思った。救急の対応など今後の状況を、きちんと確認したい」と、驚きを隠さなかった。

しかしこういう記事を見ると最近の産科では「無理はしない、させない」という姿勢が滲透してきているようで、ようやく現場スタッフはきちんと保護していかなければならないという認識が広まっているのかなとも感じますが、上で取り上げたように産科のみならず医療全体にこれを広げていくにはまだまだというところでしょうか。

ところで産科取り扱い施設が減少する一方と言う現状では、特に元々選択肢の少ない地方圏では一つの施設の閉鎖が地域に大きな影響を与えるという事態になるだろうことは容易に想像できると思います。
先頃から県立病院再編計画で取り上げさせていただいている岩手県は花巻市は10万人規模の医療圏ですが、こちらからも年度末に産科休診の話題が飛び込んできました。

4月から産婦人科休診 総合花巻病院常勤医退職で/岩手(2009年3月29日岩手日報)

 花巻市花城町の財団法人総合花巻病院(大島俊克院長)は4月から産婦人科を休診する。男性常勤医1人が3月末で退職するため。人口10万人の同市は4月以降、お産を取り扱うのが開業医2人だけで総合病院には不在となる。住民の出産をめぐる環境が厳しさを増すと懸念される。

 花巻病院の産婦人科は男性常勤医の1人体制。2006年4月から3年間勤務し、年間で約200件の出産を取り扱ってきた。

 大島院長によると、1人体制では365日の拘束や非常時の対応に不安があり、医師の負担が重い状態が続いていたという。男性医師の退職意向を受け、同院は今年2月までにお産の取り扱いを中止。院内に休診の張り紙を出すなどし、周知を図ってきた。男性医師は4月から、市外の産科医が複数いる病院に移る。

 地域では4月に北上市村崎野に花巻厚生、北上両病院が統合した県立中部病院が開院する。ただ、産婦人科の常勤医は2人にとどまりマンパワー不足は否めない。花巻病院の休診で、地元の妊産婦の盛岡市などへの通院負担は増すとみられる。

 花巻病院では6月から婦人科に限り、診療を再開予定。大島院長は「多い時は病院全体で常勤医が22人いたが今は14人。産科医確保の見通しは立たない」と厳しい表情だ。

そもそも医師一人で年200件のお産という時点でキャパシティーオーバーだと思いますから体制に無理があったのではないかとも想像されるところですが、こと花巻市に関して言えば記事中にも触れられているように元々産科医療資源が極めて乏しいという現実があります。
例えば39歳で息子さんが亡くなり、後を追うように父君の院長先生も亡くなって閉院に追い込まれた伝説の工藤産婦人科医院も花巻市の産科取り扱い施設の一つですが、何でも産科崩壊真っ盛りという状況のようでかなり問題になっているようですね(工藤医院は新院長を招いて先年ようやく再開されたようですが)。
10万人と言えば出生率9前後として年間900程度のお産が見込まれる計算になりますが、取り扱い施設が開業医2人だけとなれば早晩更なる破綻が予想されるわけで、これも今後の経過に要注目というところでしょうか。

ここからは少し医療行政絡みの話題になってきますが、まずは大規模自治体病院閉鎖の先駆けということで全国的にも大きな話題になった銚子市立総合病院問題に関して、病院存続を訴えながら閉鎖を決めた市長に対するリコール請求が通った結果、さる3月29日に市長解任の是非を問う投票が行われました。
結果はすでに御存知の方も多いと思いますが、予想通りの圧倒的多数の支持を得て市長の失職が確定し、市立病院は存続させるべしという民意が改めて示された結果となりました。

千葉・銚子市長リコール成立、市立病院休止めぐる住民投票/千葉(2009年3月30日読売新聞)

 千葉県銚子市の市立総合病院休止を決めた岡野俊昭市長(63)の解職請求(リコール)に基づく住民投票が29日行われ、開票の結果、解職賛成が有効投票の過半数を上回り、岡野市長は即日失職した。

 地域医療の中核となる同病院への財政支援を断念した市長に、市民はノーを突きつけた。総務省によると、公立病院経営を巡って首長のリコールが成立するのは異例。50日以内に出直し選挙が行われる。

賛成は2万0958票、反対は1万1590票。投票率は56・32%だった。

 岡野市長は2006年7月、同病院の存続を訴えて初当選したが、医師不足などで経営難に陥った病院への追加支援は不可能として、昨年7月、休止を表明。公設民営による再開を目指している。

 これに対し、「『何とかしよう銚子市政』市民の会」が、「公約を破り、病院休止を短期間に強行した」として解職請求した。茂木薫代表は午後9時半すぎ、記者会見し、「市民が病院再開を望んでいることが明らかになった」と話した。岡野市長は読売新聞の取材に、「説明が十分に伝わらず残念。市民の判断は重い。出直し市長選出馬は支持者と相談して決めたい」と述べた。

千葉県銚子市長のリコール成立 市立総合病院診療休止問題/千葉(2009年3月30日産経ニュース)

 千葉県銚子市の市立総合病院の診療休止をめぐり、住民らが起こした岡野俊昭市長(63)のリコール(解職請求)の賛否を問う住民投票が29日、投開票された。市長の解職に賛成する票が2万958票、解職に反対する票は1万1590票と、賛成票が過半数に達し、岡野市長の失職が決まった。50日以内に出直し市長選が行われる。当日有権者数は5万9804人、投票率は56・32%だった。

 失職が決まった岡野氏は「一刻も早く病院を再開し、市民に医療を提供したい」とし、出直し市長選への出馬を支援者らと検討することを表明した。

 リコール運動を起こした住民団体「『何とかしよう銚子市政』市民の会」(茂木薫代表)も「市民の声を聞かずに病院休止を強行した岡野氏の下では地域医療の再生は不可能」と訴え、組織内からの候補擁立を模索している。

 市民の会は、市立総合病院の充実などを訴えて平成18年に当選した岡野市長が病院を休止したことが公約違反だとして、有権者2万3405人分の署名を集め、2月に市選挙管理委員会に解職請求していた。

 同病院事業の再開に向けては、有識者らでつくる指定管理者選定委員会(伊藤恒敏委員長、委員10人)が、公募に名乗りを上げた千葉市美浜区の医療法人社団「郁栄会」(川島孝治理事長)の事業内容を審査中だという。

ちなみにこの病院再開に名乗りを上げた医療法人「郁栄会」というところは歯科クリニックを10余り運営しているところのようですが、正直市民病院運営に適任かどうかは…まあそのあたりも含めての審査中ということでしょうかね。

しかし医療問題が行政当局者の首をも左右するという時代になったということでは非常に印象深い事例ではあるのかなと思うところですが、一方で市長を首にしようが病院の問題が何ら解消されるわけでもありません。
巨額の赤字に関してはこれだけ市民の病院存続への意思があるわけですから市税なり市債なりの方向で対応するとしても、一番の問題は「銚子に行きたい人が見つからなかった」「将来展望がない、との評判が立てば誰も希望しなくなる」(片山容一・日大医学部長)とまで言わしめた医師不足問題に対する展望の欠如ではないでしょうか。
前市長が再選するとも考えがたい状況でどのような市長が登板することになるのかは未だ予断を許しませんが、魅力ある市民病院再建がかなうかどうかも市民の選択に委ねられているとは言えそうです。

展望の欠如と言えば、昨今マスコミに登場機会の多い大阪府政においても医療行政絡みでこういった話が持ち上がっています。

橋下改革余波、医師職11人退職…予算減で「思う仕事無理」/大阪(2009年3月29日読売新聞)

 医師の資格をもって公衆衛生政策を担当する大阪府の医師職の職員45人のうち、4分の1にあたる11人が3月末に中途退職することがわかった。

橋下徹知事の財政再建策に伴う給与カットや担当分野の予算削減に対する不満などを退職理由に挙げ、「橋下府政では思うような仕事ができない」と明かす退職予定者もいる。橋下改革への不満が府庁内部から噴き出した形で、府は「職員の士気が落ちている証し」と危機感を募らせている。

 府によると、医師職は医師免許を持ち、府健康福祉部で医療行政を所管するほか、14か所ある府保健所で衛生や保健業務を担っている。例年、医師職の中途退職者は2~3人だが、今春は11人が退職を希望。行政事務を担う3人と保健所長ら出先機関の8人で、部次長級の幹部職員も含まれている。退職後は、民間病院で医師として働いたり、他の自治体に転職したりするという。

府は昨年8月から医師職を含めた一般職員の基本給を最大16%カット。また、生活習慣病の研究や循環器疾患の予防などに取り組む府立健康科学センター(大阪市)の新年度運営事業費を前年比約4000万円減の6億7000万円にカットするなど、医療対策費の削減も進めてきた

 退職予定者はこうした財政再建策に不満を漏らしているといい、退職する課長級職員は「すぐに結果を求める橋下知事の下では、成果が見えにくい研究や、予防業務に、十分な予算措置を期待できない」と話す。

府は大量退職を受けて、府内の自治体に派遣している医師職を引き揚げる一方、医師職採用の年齢制限を従来の「40歳」から「64歳」に引き上げ、随時採用する方針。府幹部の一人は「予算のカットで、仕事へのやる気を失わせてしまったといえる。当面は、残されたぎりぎりの人数の医師職でやっていくしかないが、これ以上辞められると、組織がもたない」と話した。

 府職員の人件費削減を巡っては、退職金の5%カットを実施する直前の昨年7月、カット前の金額を受け取るための「駆け込み退職」が続出。前年の3倍を上回る33人が府庁を去った。入庁希望者も減り、高校卒業者を対象にした今春の募集では志願者が前年度比36%ダウン。府立5病院の看護師採用でも応募数が定員割れした。

しかし医療行政職から民間病院医師に転職ですか…まあそういう需要も非常に多いわけですから、これはこれで医療現場の医師不足解消の一助となるのではないかと期待しておくべきなんでしょうかね。

大阪府のような状況では求められるものに対して府政の規模が大きすぎるという事も確かにあるようですから、こうした強引な追い出しによって縮小均衡を図るというやり方もあるいはありかなとも思いますし、その結果何がどうなるかは地方行政改革における一つのテストケースとして後々に大きなものを残してくれるのではないかとも考えています。
本当に一度でもどうにかなるとヤバいような田舎自治体と違って大阪あたりになりますと何しろ民間の活力も十分にあるわけですから、多少あちらが行き詰まったりこちらが崩壊したりと行政がコケても何とか立て直してくれるだろうと期待しつつ、引き続き生暖かく見守っていくべきなのでしょう。

最後に取り上げるのは一見すると良いニュース?とも受け取りかねない話なんですが、よく読んでみますと香ばしいものがぷんぷんしてくるという話題です。

地域医療再生に補助金、与党、1兆円の基金検討(2009年3月28日朝日新聞)

 医師不足対策や救急医療体制の強化を目指し、与党は27日、追加経済対策に「地域医療再生基金」(仮称)の創設を盛り込む方向で検討に入った。都道府県ごとに地域医療再生計画をつくり、計画実施に必要な費用を基金から補助する。09年度補正予算を念頭に税負担で基金を設置し、少なくとも3年間で1兆円規模とする案が浮上している。

 与党が厚生労働省と調整中の案によると、都道府県が医師確保や救急医療体制の整備などを盛り込んだ地域医療再生計画を策定。実施に必要な費用を国が補助する。地方の実情に応じ、幅広い使途を認める方針だ。

現時点では、大学病院などと連携した医師派遣システムの強化▽産科を強化した病院への支援▽病院内・病院間をネットワークでつなぐIT(情報技術)基盤の整備▽医学生の地元定着を促すための奨学金や寄付講座の支援――などが想定されている。

 国は医療機関などを対象にした施設整備や人件費などの補助について、都道府県にも負担を求めてきた。しかし、財政難で自治体が支出できず、結果として国の補助制度そのものが使えないケースがあった。基金は、こうした「地方負担分」の軽減にも活用する方針だ。

地域の拠点病院を強化することで、周辺に予防医療につながる薬・医療機器メーカー、介護事業所などを集積させ、「健康長寿産業」が地域の雇用の受け皿となることも狙う

 このほか、災害時に地域医療の中核となる災害拠点病院の耐震化費用の補助率の拡大も検討している。厚労省によると、国の耐震基準を満たしているのは6割弱。国は4月から耐震化工事の補助率を従来の3分の1から2分の1に引き上げるが、追加対策で補助をさらに手厚くする。

先日はとうとう政府も社会保障費削減政策撤回か?!なんて話題があって、これもその流れでようやく医療に金を出すようにしようという話かとも読める記事です。
しかしよく見てみれば内容はせっかく崩壊に追い込んだ医局派遣システムの再生まがいな話であったり、さんざん言われているIT技術の活用であったり、例によってハコモノ支援ばかりであったりと、要するにまたぞろ新たな利権絡みの話題ばかりじゃないかと容易に看過されてしまうのは悲しむべきなんでしょうかね。

一兆円と言えば決して小さくない額のはずなんですが、これだけのお金を出すことにしても一番苦労しているスタッフの待遇改善をと言う話が出てこないあたりに何を感じ取るのかですが、何より気になるのは結局地域医療を潰すのか維持させるのかはっきりさせろという点です。
このあたりは従来から厚労省と総務省のスタンスの違いが垣間見られてきたところですが、「地域の拠点病院を強化することで、周辺に予防医療につながる薬・医療機器メーカー、介護事業所などを集積させ」云々といったあたりに病院集約化・統廃合を主張してきた厚労省の本音が現れているということなのでしょうか。

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2009年3月29日 (日)

今日のぐり「梶屋」

このところ飛行機関連の話題が幾つか出ていたのですが、こうして見るとお国柄というものはあるんだろうなあとつくづく思いますね。
しかし行き詰まったとき取りあえず「祈る」ってそれゲームのやり過ぎ?と思うのは日本的感覚ということなんでしょうか…

機長自殺:辞職したくてもできないパイロットたち-中国(2009年3月16日Searchinaニュース)

  3月2日、2週間ほど姿をくらました厦門航空公司(アモイ航空)で機長を務める馮さん(36)の遺体が自宅の中で発見された。警察側は自殺と判断、死亡日時は2月の中旬という。馮さんは「人生はあまりにも抑えつけられている……」という短い遺書を残して死を選んだという。

  良好な心理的素質をもつパイロットは、普通の人には遙かに及ばない論理的思考の能力や心理的圧力に耐えうる能力を持っているのが通常だろう。一体、どんな原因で優秀な機長が生きていく勇気を失ってしまったか?

  最近、辞職願を出したため、厦門航空に告訴されている陳建国氏(厦門航空の機長を務めていた)はマスコミの取材に対し、「以前、馮機長と雑談したことがある。彼はずっと前から厦門航空を離れようとしていた。しかし、こうなに悲壮な“辞職”という結末になるとは思いもよらなかった」と話していた。

  しかし、こんなに重苦しい仕事の環境から脱却するのに、なぜ辞職という正常な方式を選ばないのか? これに対して、陳氏は「パイロットの辞職は困難を極める。航空会社は例がなく法外な値段でパイロットに損害賠償を求める。例えば、私が会社を辞める場合、厦門航空は私に900万元(約1億3000万円)もの賠償を求めた。900万元というのは私が厦門航空にパイロットを務めた12年間の収入総額の5倍を超える金額だ。こんなに巨額な賠償金を、パイロットはどのように払うというのか?」と悩みを吐露した。こうみると、馮機長の自殺は、パイロットにおける現行雇用体制に係ることだと思わざるをえなくなる。

  「金領(ゴールドカラー)」とみなされるパイロットがなぜ辞職を願うのか? 具体的にはもちろん、人によって辞職の理由が違っている。報道によれば、おおむね以下の三点に絞られている。1.ほかの航空会社または同社内部のほかの関連職位に比べ、給与レベルの面で不公平を感じる。2.長時間の時間外労働とサービス残業が発生するため、仕事上の重いストレスに耐えられなくなる。3.合理性に欠ける航空会社内部の管理制度が積極性を削ぎ、徐々にやる気がなくる。

  中国で一般の「白領(ホワイトカラー)」よりエリートだとされ、「金領(ゴールドカラー)」という造語の代名詞ともされるパイロット、その年俸は日本円にして中国では破格の1000万円以上にもなる場合がある。羨望の対象であり、多くの若者が目指すべき職業とされている。その上、中国ではパイロット不足のため、多くの航空会社は高給を含むいかなる手段を駆使してでもパイロットの定着率を維持しようとする。だから、パイロットは「引っ張りだこ」なのだ。

  「引っ張りだこ」の機長の自殺は一般の人を不思議がらせた。パイロットとしての辛さが一般の人にはよく見えないためだ。現在、金融危機の影響により深刻な経営難に直面している航空会社のパイロットへの需要はある程度減ってはいる。多くのパイロットは「跳槽(辞職してほかの会社へいく)」をやめ、「不満があっても我慢するしかない」という現在の仕事をキープすることを選択しがちだ。

  こうした状況を受けて一部の人はパイロットがすでに「引っ張りだこ」から安い「ハクサイ」になってしまったとも指摘する。だが、筆者はこういう言論には首をかしげる。昨年熱く議論された東方航空のパイロットによる集団的帰航事件や巨額な賠償金額が絡むパイロット辞職事件などは、パイロットという特殊な職業の社会的イメージに影を落とした。現時点では、帰航事件が引き起こした騒動も沈静化してきたが、不景気によりパイロットの辞職も減ってきた。しかし、この一時的に安定しそうな状態は決して「天下太平」を示すものではない。

  上述の事件の再発を防止するにはパイロットによる辞職・移籍に合法的な保障とルートを提供しなければならないと思う。労働契約法を厳格に守るべき航空各社はこの不景気な時期に、パイロットが安定した仕事を持ちたいという心理を利用して、火事場泥棒的に思う存分パイロットの合法的権益を侵犯しようとも見受けられるが、法的な縛りが必要になっている。

  憲法はすべての国民に平等な権利を与え、いかなる公民の合法的権利も剥奪されてはならない。特殊な職業と称されるパイロットも、労働者には違いない。彼らは労働契約法が規定するすべての権利を享有する。各方面で優位に立つ航空会社がパイロットの権利を侵害することも一種の違法行為だろう。しかし、パイロットが法律という武器で自分の権利を主張する時、航空会社は往々にしてあらゆる手段で裁判の公正を妨げ、辞職しようとするパイロットを死地に置くようにする。

  パイロットが辞職することで航空会社から巨額な賠償金が請求されるため、何年間にわたり航空会社と対峙するという不利な局面に陥るケースは思いのほか多い。多くのパイロットが会社に辞職願を出した後に、種々の仕返しを受ける。辞職しようとする、辞職に成功したパイロットに対する誹謗中傷も時に発生する。堂々としたパイロットが、長期間にわたり辞職で航空会社と戦わざるをえないため、新しい仕事に就けず、結局毎月の生活を最低生活保障金に頼らなければならないという悲惨な状況さえある。

  それだけではなく、時には家族がこのために巻き添えを受ける場合もある。家庭の幸福は彼らが正当な辞職権利を行使することですっかりなくなる。甚だしきに至ってはこのために一家が四散することさえある。

  確かに、乗客の命に関わるパイロットは特殊な職業とされているため、パイロットの辞職・移籍に関する特殊な規定があってもおかしくはない。しかし、中国で実施されているパイロットの辞職・移籍に関する特殊な規定の中にある新労働契約法と労動法と矛盾する部分は、まだ廃止されていない。これも近年パイロットが辞職するのが困難になってきた原因となっている。主管部門はこれに対してひたすら回避することではなく、積極的な態度で問題を分析・解決すべきだと筆者は思う。

緊急措置の代わりに「祈って」墜落 パイロットに有罪判決(2009年3月26日産経ニュース)

イタリアの裁判所は23日、緊急措置をとる代わりに祈りを捧げて、操縦する飛行機の墜落を招いたチュニジア人パイロットに対し、禁固10年の有罪判決を言い渡した。

 同事故は2005年、チュニスエアーの子会社チュニインター機がイタリアのシチリア島沖で墜落したもので、16人が死亡した。

 検察当局は、事故の原因は燃料計の不具合だけでなく、パニックに陥ったパイロットが非常時の措置として付近の空港に緊急着陸する努力をする代わりに、大声で祈りを捧げたことに責任があると主張していた。

今日のぐり「梶屋」

市街地を遠く離れた何もない田んぼの真ん中に何気なく立つ定食屋、しかしその実態は平日昼でも結構立ち待ちが出るくらいの人気店です。
しかし、いつの間にか「梶屋ファンクラブ」なんてものまで出来ていたとは知りませんでした。

ここはとにかく量が多いということでも有名なんですが、その中心となるのが汁代わりにセットメニューにつくラーメンです。
さほど目立ったところのない豚骨醤油ラーメンなんですが、この手の食堂にしては結構まともな味と評価が高いんですね。
また幾つかのメニューにつくチャーハンもハーフサイズと言いながら世間のフルサイズくらいは十分あって、特にラーメンと半チャーハンのセットは大抵の人が残すという噂の一品です。
そして梶屋を梶屋たらしめているのが当店の看板とも言うべきオリジナルメニューのエビ丼なんですが、そういうわけでこの日もエビ丼をオーダーしてみました。

しかしこのエビ丼、見るからに怪しいですよねえ…
確かにタルタルをかけた揚げ物と言えば洋食系おかずの定番メニューですが、だからと言って飯の上にエビフライとタルタルソースって誰が考えたんでしょうか?
またこのエビの上にちょこんと乗っかっている蓋も意味があるんだかないんだかよく判らないんですが(本来丼物の蓋は密閉することで蒸らす効果があるなんて言われますが、この場合全く密閉されてなどいませんし)。
まあしかし、ざっと見たところでは三人に一人くらいの割合でエビ丼のオーダーが入っているようにも見えますから、これはこれで店の看板メニューなのは間違いないでしょう。

味の方は見た目通りでもうこれがエビ丼の味だと思って食べるしかないんですが、はっきり言ってマヨネーズべったりの単調な味が続くのは途中から舌が飽きて結構苦痛です。
梶屋メニューにしては量が多いわけでもないのに半分も食べた頃にはもう結構という感じになってくるのは、油気のせいもあるのかも知れませんがこの味に秘密がありそうですね。
自分の場合普段は香の物の類にはほとんど手を付けないんですが、この日は付け合わせの漬け物類は完食したほどで、特に味の変化をつける作用が強い昆布佃煮が光り輝いて見えましたね。
この味からすると味噌汁よりももっと濃いものを合わせたくなるところですから、いっそミニエビ丼とラーメンのセットなんて作ったら馬鹿売れするんじゃないでしょうか。

話は変わりますが、以前来たときに少し気になったフロア係はそれなりに効率よくオペレーションをこなしているのであまり悪いことを言うのも気が引けるんですが、やはり接客はそっけないと言いますか時に刺々しいものを感じます。
客が殺到している時間帯はどうしても殺気立ってくるのはある程度仕方がないんですが、常連ばかりでなく一見さんや親子連れも多い店だけにスマイル0円の精神で頑張ってもらいたいところですね。
利益率はさほど高くないのかも知れませんがこれだけの繁盛店なのですから、バイトなどででももう少し人手を手配してみてもいいかなとも思うのですが。

この店の場合量が多いとは言っても定食の中心となるべき飯と汁がどうもパッとしない、かといってチャーハンもさほど絶讚する味でもない上にチャーハン系セットメニューはどれもボリューム過剰でおいそれと頼めません。
ラーメンはまあ食えるのですが、ここまで来て単品でラーメンを食べるくらいの客なら他の店に行くべきでしょうし、看板のエビ丼もこんな感じですから味だけを見ればさして見るべきところはないかなと正直思います。
それでもこういうオリジナルのメニューをこしらえてこれだけ人気を維持しているわけですから、やはり料理はアイデアなんだろうなと思いますね(あとボリュームも、でしょうか)。

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2009年3月28日 (土)

医療行政におけるアメとムチ?

年度末ということもあってか、医療行政絡みの話題が幾つも出てきています。
今の時代にあってはひと頃のような医療バッシング全盛期とは世間の空気も異なってきているようにも言いますが、そうは言っても高邁な医療の将来像を掲げる政府・厚労省のことですからアメばかりしゃぶらせてもらえるはずもありません。
未だに医者など生かさず殺さず、ムチをふるってでも働かせればよいと考えているなら、そろそろ医者も耐性が身についてきていることを学んでもいい時期だとは思うんですけどね。

医師偏在問題 国研究班が提言(2009念3月25日NHKニュース)

医師が特定の診療科や一部の病院に偏るなどして医師不足の問題が深刻になっていることから、厚生労働省の研究班は、医師が専門の診療科を自由に選べる現状を見直し、診療科ごとに必要な医師の数を割り出して計画的に育てていくべきだとする提言をまとめました。

この提言は、国民が安心して医療を受けられる体制を作ろうと、厚生労働省が設置した研究班が25日に開いた会合でまとめたものです。医療現場では、一部の診療科や病院に医師が偏る「偏在」が問題となっていて、産科や小児科、救急などの診療科や、地方の病院などで必要な数の医師を確保できない深刻な医師不足の状態が続いています。研究班では、医師の数を増やすだけではこうした問題は解決しないとして、専門の診療科を自由に選べる現状を見直し、国民のニーズにあった新たな仕組み作りを検討していました。
25日にまとまった提言では、患者の数や手術件数といった医療のニーズを基に、診療科ごとに必要な医師の数を割り出し、新たに育てる医師の数を決める第三者機関を設置するよう求めています。
また、日ごろの健康を管理したり、軽い症状の病気を幅広く診たりする医師を新たに「家庭医」として認証し、高度な医療を提供する「専門医」と役割分担して、地域医療の体制を充実させるとしています。
研究班の班長で国立がんセンター中央病院の土屋了介院長は「国民の安心につながるよう、計画的に医師を育てる仕組みを早急に実現する必要がある」と話しています。
一方、診療科ごとに医師の数を決める方法については、医師の意欲をそぎ、逆に医療の質の低下を招くおそれがあるとして反対の意見もあり、厚生労働省は、提言をどう具体化するか慎重に検討することにしています。

いや、「医療現場では、一部の診療科や病院に医師が偏る「偏在」が問題となっていて」なんてさらっと書いてますけど、どこも等しく人手不足な状況で現場では偏在なんてちっとも問題になってはいないんですけれども…
そもそもこういう医療の現状で必要な医師数を積み上げて行くととんでもない総数になりかねないという危惧があるわけですが、現有医師数+養成医師数の総数との乖離をどう対処するのかという疑問が残りますね。
現状で不足している診療科を当面手厚くと言うことになれば、新卒医師は片っ端からラーゲリ送りなんて惨状も予想できてしまうところではあるのですが、一方で平等に薄く広く分散配置したところで何も解決するようにも思えませんしね。
ちなみに同じ話ですが、別ソースではこんな感じの報道になっています。

卒後医学教育の独立機関設立目指す-厚労省研究班(2009念3月25日キャリアブレイン)

 「医療における安心・希望確保のための専門医・家庭医(医師後期臨床研修制度)のあり方に関する研究班」(班長=土屋了介・国立がんセンター中央病院長)は3月25日、東京都中央区で第11回班会議を開催した。この日は最終回で、厚生労働省に提出される報告書の骨子案が示された。骨子案には、卒後医学教育の独立機関「卒後医学教育認定機構(仮称)」の構想が盛り込まれている。

 骨子案によると、欧米には、専門医認定基準の認定や医療需要の見極め、資源の分配、研修医・医療の配分のコントロールなどを行う独立機関が存在するが、日本には該当する組織がないとしている。土屋班長は、「卒後医学教育認定機構(仮称)」のような独立機関がコントロールを行う必要があると述べた。
 また、独立機関の役割として、卒後教育の評価、評価認定者(サーベイヤー)の養成、調査・研究開発、卒後教育プログラムの適正運営などを挙げている。

 土屋班長は、これまでも認定機関についての提案はあったが、話し合いは医療関係者のみに限られたと説明。新たな独立機関では、国民の視点に立った研修を目指すほか、設備や教育担当者の確保などにも費用が必要なことから、医療機関や医師会、勤務医、医学生といった関係者の枠を超え、厚生労働省や文部科学省のほか、内閣府や財務省などの官公庁や地方公共団体などとも話し合いたいとしている。
 また、機関が軌道に乗るには5年は必要とみており、「卒業後もしっかりと医師の面倒を見ることができるシステムをつくりたい」と述べた。

 研究班は年度内に報告書をまとめ、4月上旬には厚生労働省厚生科学課長に提出する予定。研究班は一応解散となるが、土屋班長は報告書の作成だけでは終わらせないとし、「4月以降は卒後教育の独立機関の設立に突き進みたい」と意欲を示し、引き続き班員に協力を求めた。

なにかこう見てみますと、医師派遣を担ってきた大学が管轄の文科省と大学から医師派遣を受けてきた自治体病院が管轄の総務省、そしてその間に割って入り大学に代わって医師配分に関与しようとしている厚労省との勢力争い勃発という気もしないでもないんですが。
しかしそれら各省庁のいずれにおいても最大の当事者たる医師の立場というものは単に数字合わせの対象でしかないということなのでしょうかね。
いずれにしても新たなセレクションが発生するわけですから、これからの時代卒業試験の成績が悪い順に一番負けは産科、二番負けは救急なんて割り振られていって、金時計組になると基礎研究一直線とか言った話になるんでしょうか。

医者の側もただ黙って好き放題されているお人好しばかりというわけではありません。
先日も少しばかり書きました臨床研修制度見直し問題と絡めて、厚労省は研修医に対してもこれまで以上の強力な縛りをかけようとしてきています。

ごく大雑把に言えば研修医募集枠を大幅に制限することで研修医を高く売りつけて恩を売り、その代償として研修病院から中堅スタッフを地域医療などに供出させようという話のようで、既に例によってアリバイ作りのためのパブコメ募集(苦笑)などもひっそりと行われていたりします。
ひと頃叫ばれた「研修医を強制的に僻地送りに」なんて話と比べると「研修医は安価な労働力ではない」という新臨床研修制度発足当初のタテマエは守っているかに見える話ですが、研修医は病院というハコではなく先輩医師によって学ぶわけですから、こんなことを実行すればずいぶんとおかしな話になるだろうことは誰にでも判ることですよね。

676 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 12:54:51 ID:q6tTUY4t0
>>668
> 指導医もいないところに、指導を受けに行けとは、
> 糞役人は、やはり思考が狂っている。
「患者様が教科書だ」と主張する役人か医師がでてこないかな?
そして、プロ市民が「研修医の人体実験にするつもりか?」といってくれると
観戦しているものにとっては楽しいのだが。

そんな危惧を抱くのは当の研修医となるべき学生達にとっても同じ事のようで、早速学生団体からは反対声明が出ています。

「募集定員設定の撤回を」―医学生の会が声明(2009年3月3日CBニュース)

 医学生ら214人でつくる「医師のキャリアパスを考える医学生の会」はこのほど、都道府県別募集定員の上限と病院別募集定員の設定撤回を求める声明文を発表した。

 声明文は2月27日付。都道府県別募集定員の上限と、病院別募集定員の設定は、「臨床研修制度のあり方等に関する検討会」が2月18日にまとめた最終報告の中で打ち出した。同会は、これに対し、教育体制の整わない病院にも未熟な医師を強制配置することで、医療の質の低下を招くと指摘した上で、「絶対に容認できない」と主張。卒後数年間に充実した教育を受け経験を積むことが、将来優秀な医師となるためには重要だと訴え、「医師不足問題」と「医師の教育」は切り離して扱うべきと指摘している。
 また、研修病院間の研修医の偏在については、「現在の制度下で公開されている情報を基に医学生が教育環境の整っていると考える病院を選んだ結果、都会・地方にかかわらず教育に力を入れている病院に研修医が集まった」として、国の介入は研修医から良い教育を受ける機会を奪うものだと批判。その上で、都道府県別募集定員の上限と病院別募集定員の設定の撤回を要望している。

 3月2日には、厚生労働省の医道審議会医師分科会医師臨床研修部会で、設定のための計算式などが盛り込まれた厚労省案が大筋で了承された。同省は3月中旬にも国民に意見を求め、その結果を次回の部会で報告した後、2010年度の制度導入に向けた省令改正などの手続きに入る予定。

 同会は、声明文を既に国会議員などに送付しており、今後は、国が目指す医師の計画配置に反対する署名活動を行う方針だ。

こういった学生の声明というものをどう考えるべきなんでしょうか?
今の時代の学生というのは情報収集能力に長けていますし、現役医師以上に物事を考える暇もあり、何より昔のような妙な洗脳を受けていない分視野が広がっています。
特にこういう独自団体を作り上げちゃうような連中は決して世間知らずのお馬鹿ではなくて、むしろ必要以上に(笑)世間ズレしちゃってるようなタイプが多いものです。
そうした視点から見つめ直してみますと、「国の介入は研修医から良い教育を受ける機会を奪うもの」なんていかにも正論的発言は、国の思惑や世論の動向も見極めた上でのそれなりに計算高い発言なんじゃないかなという深読みも出来そうに思いますね。

優秀な医師になるために必要なのは制度がどうとか言う問題ではないし、どんな制度であれモノになる医師とは自ら考え学ぶという態度を身につけていなければならないのは当然、であるからこそ制度論にかまけている暇があるならさっさと手を動かし汗を流して本質を学べ…なんてあたりが、恐らく少し以前までの「まともな指導医」の考え方でしょうか。
確かに医療現場における有能な専門職を養成する上でそうした考え方は今でも有力ではあるのですが、現代における医師という職業は既に汗水垂らして働けばよいという兵隊であるのみならず、言ってみれば専門職を指揮管理する将校であり、医療全般を統括する司令塔ですからね。
そうした意味では目の前の仕事を的確にクリアしていけるスキルがあればよしとする態度は今の時代にあっては少し視野が狭いし、某総理の言うように医者というものももう少し世間並みに常識を学んでいかなければならないというのが社会的要求とされる時代になってきたと言うことです。

いささか脱線しましたが、こうしたムチに対してアメにも相当するのがこちらの話題ということになるのでしょうが、しかしよく見てみれば必ずしもアメとばかりも言い切れないような話でもあるようです。

財政再建、新目標が課題に=社会保障費抑制を転換-与謝野財務相(2009年3月26日時事通信)

 与謝野馨財務・金融・経済財政相は26日、2006年の「骨太の方針」が定めた社会保障費抑制の転換を明言した。この方針は11年度までにプライマリーバランス(基礎的財政収支)を黒字化する政府の財政再建目標の大前提だった。今夏の骨太方針策定や10年度以降の予算編成に当たっては、社会保障制度のほころびや経済情勢の悪化を踏まえた新目標の設定が大きな課題となりそうだ。
 「骨太06」は基礎収支黒字化に必要な財源を捻出(ねんしゅつ)するため、07-11年の5年間で国の社会保障費を自然増分から計1.1兆円(年当たり 2200億円)抑制すると定めた。これに対し、社会保障費抑制が医療現場の崩壊につながっているとの批判が与野党を問わず噴出。与謝野氏は同日午前の参院予算委員会で、方針撤回を求めた民主党の蓮紡氏に「おのずとそういう方向になる」と路線転換を初めて認めた。 

国民全てが等しく関わる業界で多大な需要があり、さらにこれだけ人手不足も顕著とくれば医療・介護業界こそこの不景気の時期に何より望まれる超成長産業だと思うんですけどね。
そうした点で医療費抑制政策転換とはそれなりのニュースではあるのですが、ここでは医療現場の崩壊なるものと現場スタッフの志気喪失というものとは明確に分けて考えるべきでしょうね。

ひと頃から医師の逃散相次ぐ産科・小児科に対して診療報酬を手厚くしようなんて事が言われ始めましたが、診療報酬と言うものはあくまで医療機関に対して支払われるものであって、過酷な勤務状況にあえぐ勤務医の手に渡る保証などどこにもないわけです。
医療機関の整理、統廃合を画策する厚労省によって医師の集約化が進み、結果として医師の勤務状況に変化が生じるかも知れませんが、それと医療機関の赤字問題とはまた別問題ですよね。
そして医療機関が救われようが現場を支える医師らスタッフの心が折れてしまったという状況が改善できなければ、いくら診療報酬を増やしたところで意味がない話です。

実際問題として医療現場がどういうところなのかと言えば、先日も取り上げましたように県立病院で金がなくなったと言っては医師の当直費を支払わないなんて話が出たりする。
幸いにも何とか支払いの目処は立ったようですが、今の時代の医療機関が生き残れるかどうかの当落線はモチベーションの高い医師を確保できるかどうかで決まるという当たり前の常識があればこういう話はそうそう出てくるはずもないわけです。
「いくら医者を増やしたところで使い方が間違っていれば意味がない」とは厚労省の言い分ですが、同様に幾らお金を出したところで使い方が間違っていれば意味がない、そして何故か巨額医療費投入のツケだけは「この不景気であえぐ世相を他所に医者はこんなにも暴利を!」なんてことを言われてきっちり取り立てられそうな悪寒というのは考えすぎでしょうか(苦笑)。

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2009年3月27日 (金)

愛育病院続報、そして日赤にも是正勧告が

昨日は周産期総合センター指定病院である東京都は愛育病院に労基署の是正勧告、そしてセンター指定返上というニュースをお伝えしました。
本日もその続報を幾つか取り上げてみたいと思いますが、まずはこちらの院長会見から。

愛育病院:「行政が対策を」指定返上で院長会見(2009年3月26日毎日新聞)

 東京都の総合周産期母子医療センターの指定を受けている愛育病院(東京都港区)が指定返上を都に打診した問題で、中林正雄病院長が26日、記者会見し、「人を増やして過重労働をなくすような対策のロードマップ(道筋)を行政がつくってほしい」と訴えた。

 愛育病院は夜間、常勤医と非常勤医の2人体制で対応している。だが、勤務実態の改善を求めた三田労働基準監督署の是正勧告に基づく対応を取ると、常勤医が足らないケースが生じる。同病院には救命救急センターがなく、総合周産期母子医療センターの継続は難しいと判断した。同病院は、都や都周産期医療協議会の回答を待って、今後の対応を検討するという。

 中林院長は「産婦人科医療が赤字の中、国の援助がないと病院も産科医の待遇を改善できないし、過酷な条件では産科医も集まらない。悪条件が改善されないのに、労働基準法だけを守れと言うのは現実的でない」と説明した。

いや、あの、世間で法律違反を指摘されて責任者がこういう会見を開こうものなら、一般常識的には「開き直り」と非難されてしかるべき事態だと思うんですけどね。
人が集まらず過酷な勤務条件となっているならスタッフの能力に併せて適正な規模に業務を縮小していくのも病院長の重要な決断だと思うんですけれども、どうもそうした考えは微塵も存在してなさどうですね。

センターと言う名目があろうがなかろうが救急などと言うものは受ける施設は受けるし、受けない施設は受けないという現実がある以上、視線はセンター返上の是非ではなく労働環境の方に向けられていなければならないのは当然です(ちなみに愛育は何が何でも受けるという類の病院ではありません)。
いずれにしても雇用している労働者の労働環境を守るのは職場責任者の仕事なんですから、他人が悪い何とかしろではなく自分が悪い何とかしなければという気持ちがないのでは当事者意識の欠如を問われても仕方がないところでしょう。
こういう人任せな態度を見る限りどうもこの中林院長さんもかなり主体性のない方なのかなと疑っておりましたら、早速その偏見を強化するようなニュースですよ。

総合周産期センター指定、愛育病院が返上の打診を撤回(2009年3月26日日経ネット)

 東京都港区の愛育病院が「総合周産期母子医療センター」の指定返上を都に打診した問題で、同病院の中林正雄院長は26日、報道陣に「都から返上の必要はないと言われた。その判断に従う」などと話し、センターとして指定を受け続ける考えを示した。事実上、返上の打診を撤回したことになる。

 中林院長の説明によると、労働基準法に基づく労使協定(三六協定)を結ばず、医師に長時間労働をさせていたとして、労働基準監督署から是正を勧告された。

 病院は労使協定を結ぶことや、非常勤の医師を新たに4人確保する改善策を4月20日までに労基署に報告する予定だが、それでも常勤医師だけでは国が総合センターの指針として示している「24時間、複数の産科医が勤務」という条件が満たせないことから、都に返上を打診したという。

さっそく返上を撤回、しかもその理由が「東京都に言われたから」って、判断まで他人任せかい!大丈夫かこの院長は?と他人事ながら心配になってくるような話です。
この記事だけ見ますと東京都も違法行為を指摘されているのにこんなこと言ったんなら後でトラブるんじゃないかなとも感じるところがあるわけですが、別ソースで見ますと少し異なった印象を受けます。

愛育病院、一転して総合周産期センター継続を検討へ(2009年3月26日朝日新聞)

 リスクの高いお産を診る「総合周産期母子医療センター」の指定返上を東京都に申し出た愛育病院(港区)は26日、再考を求める都の意向を受け入れ、総合センターの継続を検討することを決めた。

 同病院は、医師の勤務条件に関する労働基準監督署の是正勧告を受け、総合センターとして望ましいとされる産科医の当直2人以上の態勢を常勤医だけでは維持できないと判断し、返上を申し出た。

 同病院によると、26日に病院を訪れた都の担当者から、周産期医療の提供体制を守るために必要だとして継続を要請された。都側は非常勤の医師だけの当直を認める姿勢を示したという。

 一方、厚生労働省の担当者からは25日、労働基準法に関する告示で時間外勤務時間の上限と定められた年360時間について、「労使協定に特別条項を作れば、基準を超えて勤務させることができる」と説明されたという。

 中林正雄院長は26日の記者会見で、「非常勤医2人の当直という日があってもいいのか。特別条項で基準を超える時間外労働をさせても法違反にならないのか。都や厚労省に文書で保証してもらいたい」と話した。

 中林院長は、非常勤医だけで当直をすることの是非について、周産期医療の関係機関でつくる協議会に検討を求めたことも明らかにした。

いや、お上に文書で保証を求める、ですか…今どき珍しいくらいの天然かと思っていましたが、とことん他人任せの姿勢と見せておいて、実は意外としたたかなんですかね?>中林院長。
しかし厚労省担当者が「労使協定に特別条項を作れば、基準を超えて勤務させることができる」と説明したと言いますが、そもそも普通の産科勤務医であれば時間外が年間360時間(月30時間)なんてレベルにとどまるとも思えないところですけれども。
ちなみに36協定における特別条項とは決算期や大規模トラブルなどでたまたま上限時間を超えてしまった場合の一時的な措置であって、こうした勤務医の過重労働のように日常的な超過勤務状態に対応したものではないと思いますが、当の所轄官庁である厚労省の担当者が事実こんな発言をしたのであれば問題になりそうですね。

いずれにしても厚労省にしても都にしても病院側にしても法律本来の趣旨である現場スタッフの過重労働防止、権利保護という観点は全く存在しなさそうですし、そもそも現場医師の労働環境を改善しようなどという姿勢は全く見られないところが何とも素敵ではあります。
そしてもう一つ、そもそも愛育病院のような(比較的)労働環境の良い病院ですら労基署から突っ込まれるのであれば、他のほとんどの病院が指摘されてしかるべきだろうとは容易に想像できるところではあるし、実際他の施設も調査中であるという話がありましたが、早速にもこんなニュースが来ているようです。

(速報)日赤医療センターにも是正勧告(2009年3月26日ロハスメディカル)

 東京都渋谷区の日赤医療センター(幕内雅敏院長)が、渋谷労働基準監督署から、36協定を締結していないことなどを理由に、労働基準法違反で是正勧告を受けていたことが分かった。同センターは、心臓病など緊急の救命処置が必要な妊婦を必ず受け入れることを目的に、東京都から指定を受けた3つの「スーパー総合周産期センター」の1つで、今月25日から稼働が始まったところだ。愛育病院が是正勧告を受けたことに続き、全国的にも注目を集めている「スーパーセンター」にも同様の指摘が入ったことで、都の周産期医療体制の維持を危ぶむ声も上がっている。

 同センターは今月13日、36協定を締結していなかったことや職員の休憩時間が短かったこと、昨年10月に研修医の宿直業務について時間外労働時間に対する割増賃金を払っていなかったことの3点について労基署から指摘を受けており、改善を求められていた。同センターはこの指摘について、36協定については職員代表と既に合意できているとして4月中に締結し、休憩時間についても就業規則を改定して対応するとしている。また、研修医の時間外労働時間の割増賃金については4月の給料日に振込みを予定しているという。労基署への改善報告の期日は特に指定されていないが、病院側の対応が整い次第順次報告し、4月半ばには対応を終えるとしている。
 今回の是正勧告については、「『スーパー総合』が始まるのに、労基法を遵守できるような体制が取れるのか」と危惧を示す病院関係者もいるものの、同センターの竹下修管理局長は、「今回の勧告についてはすべて対応できる。(同センターに)医師が多過ぎるということはないが、潤沢に働いていただいていると思うので、『スーパー総合周産期センター』としてやっていくことに、今回の件が影響するとは思わない」と話している。同院の産科医は研修医を含めて24人

昨日も書きました通りこの25日から運用が始まったばかりの東京都ご自慢の「スーパー総合」ですが、早速指定病院の一つがこういう指摘を受けるようではずいぶんとケチがついたなというところでしょうか。
さすがに指定を受ける日赤医療センターだけに産科医24人と絶大なマンパワーを誇ることから今回の指摘にも対応可能ということですが、他の同種施設でこのレベルのスタッフを擁しているところがどれくらいあるのかと言うことですよね。
そして産科に限らずこうして一定の基準が今回大々的に公になってしまった以上、東京だけに限らず全国的な問題として対応を迫られるということになりそうです。

マスコミは未だにセンター返上センター返上と何とかの一つ覚えのように連呼しているばかりですが、単にセンター施設認定の話にとどまらないこうした問題の本質というものを見誤ってはならないと思いますね。
労基署と厚労省、都の見解がそれぞれ異なっているのは興味深いところですが、労基署にはこの際ですから妙に社会的背景などに遠慮したりせず、労働者の保護に関する監督をしっかりと行っていっていただきたいところです。

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2009年3月26日 (木)

【速報】愛育病院に労基署が是正勧告!産科崩壊一直線か?!

昨日3月25日から、東京都では例の「スーパー総合」なるシステムが立ち上げられました。
これも実態は何も変わることがなく単に名前だけ変わったんじゃないかとか色々と言われているようですが、搬送先を探す救急隊にすればこういうものが指定されることでずいぶんと肩の荷もおりるのだろうなということは想像できます。

都が「スーパー総合周産期センター」(2009年3月25日TBSニュース)

 救急搬送された妊婦が受け入れを断られた問題を受け、東京都は、重い病気を併発した妊婦の緊急搬送を必ず受け入れる「スーパー総合周産期センター」の運用を25日から始めました。

 「スーパー総合周産期センター」としての運用が始まったのは、品川区の昭和大学病院、港区の日赤医療センター、板橋区の日大板橋病院の3か所です。

 去年、脳出血を起こした妊婦が緊急搬送を断られる問題が相次いだことを受け、これらの病院では、脳外科や麻酔科など産科以外の医師の当直体制を整備したり、集中治療室のベッドをあけて置くなどして、重症の妊婦の緊急搬送を必ず受け入れるとしています。

 一方で、東京都では「最終的な受け入れ施設であり、軽症の患者でも受け入れるわけではないことは理解して欲しい」としています。

ま、「軽症の患者でも受け入れるわけではないことは理解して」くれるようなら今のような産科救急の惨状はあるいはなかったかもですけれどもね…

しかしこれで東京都の産科救急も前途洋々…などと考えている関係者はまさかおるまいとは思いますが、何と昨日の立ち上げにタイミングを合わせたかのようにいきなり冷水を浴びせられるような大きなニュースが飛び込んで来ました。
昨日の今日ながらもう既に御存知の方も大勢いらっしゃるかとも思いますが、あの皇族お世継ぎの悠仁親王御出産でおなじみの愛育病院が大変なことになってしまっています。

(速報)愛育病院に労基署が是正勧告(2009年3月25日ロハス・メディカル)

 東京都港区の恩師財団母子愛育会・愛育病院(中林正雄院長)が今月、所管の三田労働基準監督署から、医師など職員の労働条件に関して、36協定を締結していないことなどを理由に、労働基準法違反で是正勧告を受けていたことが分かった。最悪の場合、業務停止命令が出されるという。同病院は、秋篠宮紀子様が悠仁親王を出産されるなど、条件の恵まれたセレブ病院として知られている。また、1999年には東京都から総合周産期母子医療センターの指定も受けている。他病院に比べて労働条件に恵まれた同病院さえ是正勧告を受けたことで、周産期医療界に激震が走っている。

 同病院に勤務する医師はこの問題について、次のように話している。「先週、労基署から呼び出されて是正勧告を受けたが、もとより労働基準法に準拠した働き方になっていない事は明らかで、36協定を結べばいいという話ではない。産科も新生児科も大幅に増員の必要があるが、それが簡単にできるならとっくの昔にそうしている。愛育病院はまだ恵まれている方だから、ほかの病院にはもっと厳しいはずだ。業務停止になれば、病棟閉鎖になる。厚生労働省は自分たちが何をやろうとしているのか、全く理解していない」
 同病院は、1999年に東京都から総合周産期母子医療センターの指定を受けている。新生児集中治療管理室(NICU)や母体・胎児集中治療室(MFICU)を含む118床を有し、2007年度の分娩件数は約1750件。
 なお、この他にもいくつかの病院が同様の勧告を受けたとの情報がある。新たな情報が入り次第、順次お伝えしていく。

いやあ、いきなりキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!と言いますか、ついにパンドラの箱を開けちゃいましたかねえ…
ちなみに36協定というのは労働基準法36条によって規定される労使協定のことで、法定労働時間を超えて職員を働かせる場合には必ず事前に労使間でこうした協定を結び労基署に届けておかなければなりません。
民間に対して範を垂れるべき公立病院においてさえ週100時間労働をこなしていても書類上きっちり週40時間労働なんてデタラメがまかり通っている医療業界ですから、「36協定?なにそれ食べられるの?」なレベルの認識が労使間双方に未だ蔓延しているのが現状で、辛うじて協定が存在している病院でも当たり前のように有名無実化していたりします。
当然ながらこういうものは労基署に見つかれば本来なら是正勧告ものなんですが、(あくまで噂によれば)労基署側も良くしたもので今までは医療業界に関しては見て見ぬふりを決め込むという伝統があったなんて話もあります。

しかし「この他にもいくつかの病院が同様の勧告を受けたとの情報がある。」なんてことをさらっと書いてありますが、愛育と言えばどちらかと言えばセレブ系と言われる病院で、そこいらの野戦病院と違って労働環境がそうまで悪化していたという噂は聞いていませんでしたがね。
このクラスですら見過ごしに出来ないとお上の手入れが入ったとなれば事実上産科救急をやっている総合周産期センタークラスではほとんどの病院が引っかかるだろうと思われますから、これはまさかまさかの東京都産科崩壊一直線ともなりかねないような大ニュースですよ。
こうなると当然の結末と言いますか、ある意味仕方がないのかなと思うのですが、同時にこういうニュースも出ているんですね。

(速報)愛育病院が総合周産期センターの指定返上を通知(2009年3月25日ロハス・メディカル)

 東京都港区の恩師財団母子愛育会・愛育病院(中林正雄院長)が3月24日、都に対し、総合周産期母子医療センターの指定を返上すると通知していたことが分かった。
 同院は今月17日に所管の三田労働基準監督署から、医師など職員の労働条件に関して労働基準法違反で是正勧告を受けていたが、現状での法令遵守は通常の医療サービス提供に支障をきたすと判断したとみられる。同院は、1999年に東京都から総合周産期母子医療センターの指定を受けていた。

 東京都福祉保健局医療政策部の室井豊救急災害医療課長は、「愛育病院側の勧告についての解釈に誤解があるかもしれないので、今事実確認をしている」と述べており、同院で勤務する医師は、「もとから労働基準法に準拠した働き方になっていないのだから、総合を返上するぐらいではだめだと思う。労基署と36協定に関して事務担当者が協議しているが、結局の所増員なしにはクリアできない事に変わりはないだろう」と話している。

いやあ、他の標的に挙げられた病院も同様な対応をと言う話にでもなれば、これはいきなりスーパー総合フル稼働状態が期待できそうなんですが、それ以前にスーパー総合の三病院自体がヤバイんじゃありませんか?!
下手をすると東京の産科救急が潰れるくらいじゃ済まないトンでもない大騒ぎに発展しかねない話なんですが、このタイミングでこうした行動に出た労基署の意図も含めて今後の続報が待たれるところです。

続報ですが、各主要紙の記事が出そろってきました。
周産期センター返上は確定的といった感じの報道もありましたが、返上の意向を受けて現在調整中ということですから、平たく言えばやめないように丸め込んでいる真っ最中ということでしょうか。
しかし各紙とも労基署からの是正勧告という医療界を激震させるビッグニュースよりも、周産期センターの返上というどうでもいい枝葉のニュースばかり熱心に取り上げているのが興味深いですね。

「愛育病院は厚労省と調整へ」-東京都が見解(2009年3月25日ロハスメディカル)

 恩賜財団母子愛育会・愛育病院(中林正雄院長)が総合周産期母子医療センターの指定を返上するとの意向を東京都に伝えていた問題で、東京都福祉保健局医療政策部の室井豊救急災害医療課長は25日夜に取材に対応し、愛育病院側と協議の場を持ったとした上で、「病院側は法律の解釈について厚生労働省と相談し、調整していくということになった」と話し、病院側が総合センターの継続に前向きな意向を示しているとの見方を示した。

 愛育病院は、医師の労働環境などについて労働基準法を遵守した場合、通常の医療提供体制を維持できなくなるとして、総合周産期母子医療センターの指定を返上するとの意向を都に伝えていた。これを受けて同院と都が今日午後に会談。室井課長は「病院側も法律の解釈にいろいろあるということが分かったという。限られた周産期医療の資源だから、総合センターとして引き続き医療を提供してもらえれば」と期待感を示した。
 なお、愛育病院と厚生労働省はそれぞれ、担当者が不在で取材に応じられないとしている。

愛育病院、周産期センターの指定返上の意向(2009年3月25日日テレニュース)

 秋篠宮妃紀子さまが悠仁さまを出産されたことで知られる東京・港区の愛育病院が、総合周産期母子医療センターの指定を返上する意向を東京都に伝えたことがわかった。

 東京都などによると、24日に愛育病院から総合周産期母子医療センターの指定を返上したいとの申し入れがあったという。愛育病院は、労働基準監督署から医師の勤務状況について是正勧告を受け、十分な当直体制を維持できなくなったことなどを理由に返上を申し入れ、院長が25日午後、東京都の担当者に状況を説明した。

 愛育病院は、厚労省に対し、「指定を返上しても、周産期医療には引き続き協力したい」などと話しているという。

 東京都は25日からスーパー総合周産期母子医療センターの運用を開始し、周産期医療の強化に乗り出したばかりで、愛育病院についても指定を維持できるよう対策を講じる方針

 愛育病院は1938年に設立され、2006年には紀子さまが悠仁さまを出産された周産期医療の専門病院。

愛育病院、「総合周産期」解除を打診(2009年3月26日TBSニュース)

 ハイリスクの妊婦に対応する「総合周産期母子医療センター」に指定されている東京・港区の愛育病院が、「当直体制が維持できない」として、東京都に指定の解除を打診していたことがわかりました。

 愛育病院は、都内に9か所あるハイリスクの妊婦を24時間体制で受け入れる「総合周産期母子医療センター」に10年前から指定されています。

 東京都によりますと、25日、愛育病院の院長が都を訪れ、「『総合周産期母子医療センター』の指定を解除してほしい」と打診したということです。愛育病院は理由として、「労働基準監督署から医師の勤務状況について是正を勧告され、当直体制が維持できなくなった」と説明したということです。

 都の担当者は、「他の病院に比べて医師が足りないというわけではないので、もう一度精査してほしい」と話しています。

 愛育病院は、2006年に秋篠宮妃紀子さまが悠仁さまを出産したことでも知られています。

「総合周産期」返上を打診 医師確保困難で愛育病院(2009年3月25日中日新聞)

 東京都から早産などハイリスクの妊産婦を24時間体制で受け入れる「総合周産期母子医療センター」に指定されている愛育病院(中林正雄院長)が、複数の医師による当直が困難なことなどから、都に指定の解除を打診したことが25日、都や病院への取材で分かった。

 愛育病院は必要な医師数が少なくて済む「地域周産期母子医療センター」への指定見直しを希望し24日、都に意向を伝えた。都は医療体制に大きな影響が出るため、病院側と協議している。

 愛育病院によると、15人の産科医のうち3人が子育てなどのため夜間勤務ができないという。

 今月中旬、三田労働基準監督署は労働基準法に基づく労使協定(三六協定)を結ばず、医師に長時間労働をさせていたとして、是正を勧告。これを受け病院側は「各医師に法定の労働時間を守らせると、医師2人による当直は難しい」(中林院長)と判断した。

愛育病院が総合周産期センター返上申し出 当直維持困難(2009年3月26日朝日新聞)

 危険の大きい出産に24時間態勢で対応する総合周産期母子医療センターに東京都から指定されている愛育病院(港区)が、都に指定の返上を申し出たことがわかった。今月中旬、三田労働基準監督署から受けた医師の勤務条件についての是正勧告に応じるためには、医師の勤務時間を減らす必要があり、総合センターに求められる態勢が確保できないと判断した。

 総合センターでなくなると、救急の妊婦の受け入れが制約されたり、近隣の医療機関の負担が増したりするおそれがある。都は愛育病院に再検討を求めている。厚生労働省によると、総合センターの指定辞退を申し出るケースは初めてという。医師の過重労働で支えられている周産期医療の実情が露呈した形だ。

 病院関係者によると、三田労基署から、医師の勤務実態が労働基準法違反に当たるとする是正勧告書を受け取った。勧告書は、時間外労働に関する労使協定を結ばずに医師に時間外労働をさせ、必要な休息時間や休日、割増賃金を与えていないと指摘。4月20日までに改善するよう求めている。

 愛育病院は、同法などに沿って時間外勤務の上限を守るには、現在の人員では総合センターに求められる産科医2人と新生児科医1人の当直を維持できないため、指定を返上することにした。

 同病院は周産期医療が中心。99年4月に総合センターに指定された。常勤の産科医は昨年10月現在で研修医も含め14人、新生児科医7人。年間千数百件の出産を扱う。「自然出産」がモットーで、皇室との関係が深く、皇族や有名人の出産も多い。

 病院関係者は「勧告に沿うには医師を増やすしかないが、月末までに新たに医師を探すのは不可能。外来だけしかできなくなる恐れもある」と話す。

 都は25日、「労基署の勧告について誤解があるのではないか。当直中の睡眠時間などは時間外勤務に入れる必要はないはず。勧告の解釈を再検討すれば産科当直2人は可能」と病院に再考を求めた。

 東京都では昨年10月、脳出血の妊婦が8病院に受け入れを断られ、死亡した問題があった。都は「ぎりぎりの態勢で保っている周産期医療のネットワークが揺らぎかねない」と衝撃を受けている。

 一方、同様に総合センターに指定されている日赤医療センター(渋谷区)も渋谷労基署の是正勧告を受け、労使協定などの準備を急いでいる

<愛育病院>「総合周産期指定を返上」 東京都に申し入れ(2009年3月26日毎日新聞)

 東京都港区の愛育病院(中林正雄院長)が、都の総合周産期母子医療センターの指定を返上すると都に申し入れたことが25日分かった。労働基準監督署が、医師らの夜間の勤務体制について是正勧告したのを受け、「改善は難しく、センター機能を継続することは困難」と判断した。危険性の高い妊産婦に対応する医師不足が背景にあり、実際に指定が返上されれば、全国初の事例となる。

 愛育病院によると、三田労働基準監督署が1月、同病院の勤務実態を調査。今月17日、労働基準法に基づく是正勧告を出した。勧告は、医師が労基法上の労働時間(週最大44時間)を大幅に超えて働く実態や、夜間勤務中の睡眠時間を確保していないなど適切な勤務体制を取っていないことに改善を求めた。

 同センターは、危険度の高い出産の「最後のとりで」で、未熟児や新生児、母体の救命を目的に設置された。母体・胎児集中治療管理室や新生児集中治療管理室を備え、複数の医師が24時間体制で患者を受け入れる。昨年8月現在、全国に75施設あり、愛育病院は99年に指定を受けた。

 愛育病院は受け入れに対応するため、夜間は2人体制で対応してきた。労基署は「夜間も昼間同様の勤務実態がある」として、要員増の必要性を指摘。しかし愛育病院は「夜間勤務が可能な常勤医師は5人しかおらず、労基署が求める体制は難しい。現在と同水準での夜間受け入れが継続できないので、センター指定の返上を決めた」と話している。

 都は「労基署は『こうしたらいい』と求めているのであって、センターの看板を下ろすほどではない。今後も協議を続けたい」と話している。愛育病院は恩賜財団母子愛育会が運営し、1938年開業。

<周産期医療>現場負担、放置のツケ 愛育病院が指定返上へ(2009年3月26日毎日新聞)

 愛育病院が、妊産婦や新生児にとって「最後のとりで」である総合周産期母子医療センター指定の返上を東京都に申し入れた問題は、安心な医療体制を維持しようとすれば労働基準法を守れない過酷な医師の勤務実態を浮き彫りにした。

多くの産科施設では医師の夜間勤務を、労基法上は労働時間とみなさない「宿直」としている。宿直とは巡回などの軽い業務で、睡眠も取れる。だが実際の夜間勤務は、緊急の帝王切開手術をするなど日中の勤務と変わらない。厚生労働省は02年3月、こうした実態の改善を求める局長通達を出していた。

 しかし、全国周産期医療連絡協議会が08年、全国の同センターを対象に実施した調査では、97%が「宿直制」をとっていた。77%は夜間勤務明けの医師が翌日夜まで勤務し、翌日を「原則休日」としているのはわずか7%しかなかった。

 労基法を守ろうとすれば、医師を増やし、日勤-夜勤で交代する体制を実現するしかないが、産科医は減り続けている。06年末の厚労省の調査では、産婦人科医は1万1783人で、96年から約12%減っている。全国の同センターも、少ない医師でやりくりせざるをえないのが実情だ。愛育病院のような動きが広がれば、日本の周産期医療は崩壊の危機に直面する。

 産科の医療体制整備に詳しい海野信也・北里大教授は「医療現場は患者に迷惑をかけないように無理してきたが、労基署の勧告は『医療現場に過度の負担をかけるべきではない』との指摘だ。こうなるまで事態を放置してきた国の責任は重い」と批判する。

しかし東京都の「労基署は『こうしたらいい』と求めているのであって、センターの看板を下ろすほどではない。」は良かったですね(苦笑)。

夜間も昼間と同様の勤務実績があると認められているからこその是正勧告なのに「当直中の睡眠時間などは時間外勤務に入れる必要はない」というのはまさしく実態を誤魔化せと言っているような話としか取れませんが。

こういう事件があるとあちこちから語るに落ちるともいうべきホンネが漏れ聞こえてきて、またそれが別な場所で新たな火種になりそうで興味深いところではありますが。
労基署としては労働者の権利を保護すべく指導監督する責任があるわけですから、曖昧な話で誤魔化そうとするかのような態度に対しては断固として毅然たる態度で臨んでいただけるものと期待しておきます。

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2009年3月25日 (水)

レセプトオンライン請求義務化は先送りの方針

少し前に、ひっそりとこんな記事が出ていたのをご記憶の方も多いんじゃないかと思います。

レセプト電子化撤回求め、医師・歯科医783人追加提訴(2009年3月18日朝日新聞)

 11年度から原則義務化される診療報酬明細書(レセプト)のオンライン化をめぐり、全国の医師らが国を相手取り、従う義務の不存在確認などを求めている訴訟で、新たに43都道府県の医師・歯科医師783人が18日、横浜地裁に提訴した。1月に続く追加提訴で、集団訴訟の原告は45都道府県の計1744人になった。

 訴状によると、原告側は、オンライン化に伴って新たにコンピューターの購入が必要になるなど開業医の負担が増し、廃業に追い込まれる可能性があるなどと主張。「(医師の廃業は)国民の生存権につながり、営業の自由にとどまらない重要性がある」などと違憲性を訴えており、義務の不存在確認のほか、1人あたり110万円の損害賠償の支払いを求めている。

御存知のように保険診療において医療機関は窓口で被保険者である患者から受診料の一部である自己負担分のみを受け取り、残りは保険者に請求し支払いを受けるというシステムになっています。
この時に提出する診療内容の明細がレセプトと呼ばれるものですが、厚労省が法律にも基づかずに省令によってこのオンライン化を義務づけようとしていること、そしてそれに対して一部医師が訴訟沙汰に及んでいることは以前にも書きました通りです。
今回更に大勢の原告が加わったということですが、こうまで一部医師の反発を招いているという状況から厚労省が当初の方針を変更しつつあるようなのですね。

診療報酬:オンライン請求延期も 衆院選控え自民慎重姿勢(2009年3月18日毎日新聞)

 医師が治療費を請求するレセプト(診療報酬明細書)について、2011年4月からオンラインでしか認めないとした政府方針が揺らいでいる。日本医師会などが反発し、衆院選での日医の支持をもくろむ自民党が同調し始めたからだ。1月には35都府県の医師が義務化撤回を求め提訴する騒ぎも起きており、2年後に迫った完全オンライン化は先送りの可能性が出ている。

 医療機関は審査機関を通じてレセプトを保険運営者に提出し、報酬を請求する。オンライン請求なら不正請求やミスを発見しやすく、事務経費削減による医療費抑制も可能となるが、現在オンライン化しているのは病院の29%、開業医の3.2%にとどまる。

 そこで政府は06年4月、オンライン請求を段階的に義務化する方針を決めた。既に08年度から大規模病院で始めたほか、10年度には専用機器導入済みの開業医、11年度からは全医療機関に広げる。

 しかし、高齢の医師には機器の操作が難しい面があるうえ、設備費数百万円を自己負担する必要がある。厚生労働省は零細診療所には2年の猶予を設けるほか、代行機関による請求も認めるが、約1万4000医療機関を対象とした全国保険医団体連合会の調査には、医師の12.2%が「義務化されれば閉院する」と答えた。日医も「患者に利点はなく、医師不足に拍車をかける」と批判している。

 自民党も慎重姿勢に転じた。先月27日の同党医療委員会では「希望者だけにすればいい」といった声が相次ぎ、11年度からの完全移行を求める意見はなかった。

オンライン請求の免除拡大か 零細診療所のレセプト(2009年3月20日47ニュース)

 与党は19日、2011年4月から全国すべての医療機関にインターネットを利用したレセプト(診療報酬明細書)のオンライン請求を原則的に義務づける政府方針を緩和し、請求件数が少ない小規模診療所や高齢の開業医については免除する方向で検討に入った。

 現在の方針でも13年3月末までの2年間、1カ月当たりのレセプト請求件数が100枚以下の医療機関(歯科は50件以下)は例外的に免除されているが、与党は例外対象の拡大を視野に入れる。

 ただ、義務化は規制改革の重点計画事項として07年に閣議決定されており、政府の規制改革会議メンバーは「改革の後退だ」と反発。政府、与党間で今後、調整が本格化するとみられる。

 オンライン請求の完全義務化には、日本医師会や日本歯科医師会などが「廃業する医師が増え、地域医療の崩壊に拍車がかかる」として撤回を強く要求しており、総選挙を控え自民党内で同調する声が高まっていた。

レセプト電子請求「地域医療に配慮」明記 政府改定案(2009年3月24日日経ネット)

 政府の規制改革推進3カ年計画(2007―09年度)の改定案が23日、明らかになった。レセプト(診療報酬明細書)のオンライン請求については従来通り、11年4月からの完全義務化を原則としながらも、自民党側の求めに応じて「地域医療の崩壊を招くことのないよう配慮」との文言を追加した。例外を認めやすくする表現で、既定方針より後退した格好だ。24日の自民党部会に提示し、了承を得られれば月内に閣議決定する。

こうして改めて見てみますと、医師会などを初めとする一部の守旧的な抵抗勢力によって政府厚労省の高邁な理想が如何に歪められていくかということがおわかりでしょうか(苦笑)。

レセプト審査というものがいかに恣意的かついい加減なものであるかは以前にも取り上げてきたところではありますが、「オンライン請求なら不正請求やミスを発見しやすく、事務経費削減による医療費抑制も可能となる」とはどういうことでしょうか?
現状の恣意的な「不正請求」の指摘によって保険診療というものがどれほど歪められているかは人工透析患者に対する貧血治療薬使用に関わる「EPO訴訟」でも明らかになったところですが、恐ろしいことにこうした不当な査定が行われていた結果神奈川県では実際に透析患者の貧血は全国最低水準であったと言うことです。
「不正請求やミスを発見しやすく」なるとはつまり、ワンクリックでこうした足切りを簡単にできるようにするということなのかなとも勘ぐられるところではあるわけですね。

そして「事務経費削減による医療費抑制」といった話を聞きますと、自分としてはいつも電子カルテ導入の経緯を思い出さざるを得ません。
「事務経費削減による支出抑制」もうたい文句に導入された電子カルテですが、確かに事務員が行っていたコスト計算などの業務を医師や看護師にやらせるようになったわけですから事務員の業務量は大きく削減されたことでしょう。
ところが実際に電子カルテを全国公立病院などではどういうことが起こったかと言えば、仕事が減ったはずの事務員の数は一向に削減された気配がなくアフター5を謳歌している、一方で業務量が増加し効率が低下した現場医療スタッフは更なる過重労働を強いられた挙げ句、暇になった事務員から「医業収入が落ちているぞ!もっと働け!」と尻を叩かれる羽目になったわけです。

個人的意見としては多忙を極める医療環境が効率化することは良いことであるし、そのための道具として電子化が使えるということであるなら大いに利用すればいいと考えているのですが、電子カルテに見られるように肝心の医療がかえって非効率になってしまうような見当外れの効率化など電カル業者を喜ばせるだけで全く意味がないことだと言うことです。
オンライン請求を義務化するなら少なくとも全国の医療機関にオンライン請求のためのシステムを導入する経費が幾ら、そしてそれによって削減される事務経費と関係職員数が幾らという実際の数字を出して語ってもらわなければならないし、何より現在進行形で崩壊しつつある医療現場にわざわざこのタイミングで後方から余計な負担を転嫁するだけの説得力があるのかということですね。

そんなこんなで「幾らなんでもあまりに胡散臭すぎる話じゃないか?これはまたぞろ巨額の利権絡みか?」などと邪推しながら経過を見ているところなのですが、面白いことにこういう話でも額面通りに受け取っておられる方々も結構いらっしゃるようなんですね。
あるいは何らかの意図を持ってそう受け取らせようと努力されているということなのかも知れませんが、レセプト電子化からこんなバラ色の未来絵図が描き出されるということであるなら、それは確かに世の詐欺師の皆さんも儲かるんだろうなあと言う気もしないでもありません。

【正論】政策研究大学院大学教授・大田弘子 医療費効率化の骨抜き許すな(2009年3月24日産経新聞)

 ≪大臣在任中から取り組む≫

 超高齢化が進む日本で、医療の質を高めながら、できる限り医療費負担の伸びをおさえていくことは、最重要課題のひとつだ。

 経済財政担当の大臣在任中から、医療費をどうするかはたいへん難しい問題だった。“骨太方針2006” で社会保障費の伸びを抑制することが決められていたから、国会でも批判の矢面に立った。たしかに産科・小児科を中心に医師不足は深刻な問題になっているし、勤務医の待遇も過酷だ。医療が本来果たすはずの役割を損なってまで、歳出を減らすべきだとは、私とてまったく思わない。

 しかし、だからといって、いまの医療にムダがなく、効率化の必要性がないとは決して言えない。いわゆる“薬漬け、検査漬け”の問題は、いまだに解決されていない。かかりつけ医と、高度な病院との分担・連携もとれていない。1人当たりの高齢者医療費は、一番低い長野県と一番高い福岡県とで1・5倍もの差がある。

 必要な医療費を増やすことには私を含めて多くの国民が賛成するだろうが、だからといって、いまのまま医療費が増え続け、負担が増加することに無条件で賛成、という人は少ないはずだ。

 医療制度がきわめて大事だからこそ、効率化の努力を怠らず、高齢化に耐える制度にしていかねばならない。“骨太方針2008”では、社会保障費の伸びを抑制するものの、必要な医療費は、道路財源など他の歳出を削減して捻出(ねんしゅつ)することを取り決めた。

 しかし、いま効率化のために一番大切なことが、骨抜きにされようとしている。それは、診療報酬の明細書(レセプトとよぶ)の電子化である。

 ≪診療報酬明細の電子化を≫

 医師は、患者への治療や薬の代金をレセプトに記入して健康保険組合などの「保険者」に請求する。それを審査機関がチェックして、医療保険から診療費が支払われる。このレセプトは、手書きや印字で作成された「紙」で提出されてきたが、年間16・6億枚もの紙レセプトを処理するには、多大な費用がかかる。1枚につき114円(健保組合・医科の場合)が、保険者から審査機関に支払われているが、このお金は私たちが払った保険料から出される。

 費用の問題だけではない。紙レセプトが電子レセプトに変わり、オンラインで請求されることで、治療や投薬のデータはIT上で分析される。これによって、検査が重複したケースや、複数の病院にかかって薬が過剰に投与されたケースが明らかになる。もちろん、不正請求の防止にもなる。医療情報が蓄積されることで、標準的な治療法の確立など、データに基づいた根拠ある政策につながる。

医療の質を下げずに医療費負担の増大を抑えていくうえで、レセプトの電子化は何より大切であり、これなしに効率化の糸口はないとすら言える。

 だからこそ、さまざまな反対を乗り越えてレセプトの電子化が徐々に進み、平成23年度から診療所や歯科を含めて、完全に電子レセプトのオンライン請求を義務づけることが閣議決定された。しかしここへきて、医師会や歯科医師会を中心に猛烈な反対が起こり、レセプト電子化の義務づけをやめたり、平成23年度の期限が先送りされたりする可能性が出てきた。私はこのことに、大きな危機感をいだいている。

 医師会は地元の国会議員に賛否を問う質問状を送付し、回答は一覧表にして、所属政党の政策責任者や全国各地の医師会に送付するという。

 ≪保険料負担者の立場で≫

 反対の最大の理由は、オンライン機器の導入など負担が増えることや、IT化に対応できない医師が多いことである。しかし、それなら補助金を増やせばいい。

 導入に対して税制上の支援や低利融資があるが、それで不足だというなら、拡大すればいい。補助金が一時的に増えても、電子化による効率化のほうが、メリットははるかに大きい。IT化に対応できない医師には、代行の仕組みを整えればいい。僻地(へきち)や離島など特別の理由で対応が難しい場合は、一時的な猶予を認めて策を講ずればいい。

 そもそもITへの対応は、他の業界でも楽だったわけではない。それでも民間企業は、生き残りをかけて新技術に懸命に対応してきた。ましてや、医療は保険料という半ば強制的に集められたお金を使っている。他の業界より効率化の努力をしても当然ではないか。なぜ医療においてだけ、私たちはIT化のメリットを享受できないのか。お隣の韓国は、1996年から10年かけて、オンライン化100%を達成している。

 ここで閣議決定をくつがえし、レセプトの電子化を骨抜きにすることがあってはならない。政府・与党は、徹底して保険料負担者の立場に立ち、レセプトの電子化を進めるべきである。

 また、医師会の質問状に対する国会議員の回答一覧表は、マスコミを通して、ぜひ私たちに開示してほしい。

何事にも公益というものがあるでしょうから、リスクとベネフィットを考慮してそれが最も有効かつ早急に行うべき方策だと言うことであれば、現場が何をどう言おうが強権でもって進めるべきでしょう。
そうした公益を考慮する上でも、まずは空想の世界ではなく現実的なデータに基づいての議論をすべきだと思いますね。

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2009年3月24日 (火)

医療関連の特許権保護

政府内部での議論と言うのは実際に表に出てこないことには見えにくいものですが、最近医療業界で目についたのがこの話です。
こうした話自体はかなり前からあったことですが、ようやく具体的なスケジュールまで見えてきたということですね。

手術・投薬方法を特許に 政府検討、法改正の柱に(2009年3月17日日経ネット)

 政府は先端医療の競争力強化に向け、診断や治療などの「手法」も特許として認める方向で検討に入った。現行制度は医薬品や医療機器などの「モノ」だけを特許の対象としてきた。実現すれば医薬品メーカーは新薬の投与方法などでも特許収入を得られるようになり、開発投資の促進効果が期待できる。2011年に予定する特許法の抜本改正の柱に位置付ける。

 政府の知的財産戦略本部の先端医療特許検討委員会(委員長・金沢一郎日本学術会議会長)が医師や医療関連企業、弁理士などと協議に着手した。細胞などを用いた先端医療は「モノ」としての定義が難しい場合があり、手術方法や薬品を投与する量やタイミング、組み合わせ、部位の違いなどに着目した特許取得が重要になるとみている。

これだけではさすがに良く判らないと思いますから、背景事情を説明するのが少し古いですがこちらのコラムです。
試しに色々と検索してみて興味深いのはこういう推進派の論点というのはどれもこれも非常に似通ったロジックであることなんですが、まずは内容を見ていただきましょう。

第53回「医療関連特許を早急に認めよ」(2004年10月22日ビズプラス)

アメリカが先行する医療関連特許

 ゲノム解読後の生命科学研究の急進展とIT(情報技術)ツールの融合によって、医療現場の技術革新が急速に進んでいる。医師の技量と最新機器や薬剤の効能によって患者はより先進的な医療を受けられる時代になってきたが、大きな課題があった。どこまで特許と認めるかである。

 特許はある一定期間、排他的独占権を認めるため、医療の現場では患者を救済する医療行為と特許技術がぶつかってしまい、命を助ける医療行為でも特許権利があるために行使できないということになりかねない。

 しかし一方で、医療に特許を認めないと技術革新に投資がされず、先進的な研究開発に取り組むことができなくなる。アメリカでは1952年に特許法を改正して広く医療分野に関わる方法を特許と認め、数多くの医療方法特許が成立してきた。アメリカが先端医療技術で常に世界をリードしているのは、この特許事情によることが大きい

 ところが93年に、白内障の手術方法で特許を持っていた人が、医師や病院を特許侵害で訴えた事件が発生した。そこでアメリカは96年に特許法を改正し、人道的立場から「医師などによる医療行為には、原則として特許権を行使することができない」との規定を導入した。
(略)
 これで見るように、アメリカはいわば何でもありであり、欧州は一部の診断技術で特許を認めているが、手術・治療法などはまだ認めていない。日米欧の3極で見ると日本が一番厳しい。これでは、先端医療研究で後れを取るとして、以前から日本でもアメリカ並みに特許を認めてほしいという声が企業や先端研究者らから出ていた。アメリカ並みにしないと、国際競争力は得られないというのが多くの意見である。

専門調査会の意見は出尽くした

 政府の知財戦略本部が昨年7月に策定した「推進計画」でも、「患者が先進的な医療を受けられると同時に、医療水準の向上と医療技術の進歩の促進をする観点から医療関連特許について幅広く検討すべし」(要旨)が盛り込まれた。

 知財戦略本部はこれを受けて、昨年10月「医療関連行為の特許保護の在り方に関する専門調査会」(井村裕夫会長)を設置して、10回にわたって論議してきた。外部からの意見聴取も重ねた結果、次の点で方向性が出た。

(1)人道的立場から、医師の行為に関わる技術は特許の対象から除外する。

(2)医療機器の作動方法と医薬の製造・販売のために医薬の新しい効能・効果を発現させる方法は特許として認める。

 この事務局案に対し、企業や研究者の間からは、医師や医療に配慮しすぎた非常に狭い範囲であり、これではアメリカとは対等に競争できないという不満が出ている

 しかし一応、この方向で調査会の結論は集約する方向が見えており、井村会長を除く10人の委員の意見も出尽くし、最近の論議は各委員が同じことを繰り返し主張する堂々巡りである。委員の意見は、医療機器の作動方法を特許の対象とするべきという人が6人、欧州並みに検査方法の一部だけを特許の対象とするべきとする人が2人、特許の悪影響についてなお検討すべきという人と保留した人が各1人である。

 また医薬の新しい効能・効果を発現させる方法を特許として認めるとした委員は6人、反対が2人、なお検討すべしは1人である。

早期に国民の意見を聴く機会を設けるべき

医療特許に待ったをかける代表的意見は、日本医師会を代表する委員であり「特許を認めると排他的独占権が生じるので患者への影響が心配だ。もっと審議するべきだ」との意見を繰り返し主張する。

 しかし、論議は1年間、10回もかけている。このスピード時代に論議の内容に進展なく、単に引き伸ばしに等しい「検討論」に引きずられて渋滞するのは多くの国民の利益に反するものだ。また、国民の福祉を担当する厚生労働省が日本医師会の意見に同調するような態度を見せているが不可解だ。

 さる10月13日に開かれた第10回調査会では、取りまとめ案が審議され、その内容を国民に広く公表して意見や情報(パブリックコメント、以下パブコメ)を得たいという事務局案に対し、一部の委員が時期尚早を強く主張する態度は、引き伸ばし策の何物でもない。事務局はこれまでの審議内容を公表して広く国民の意見を求めるパブコメ公募に踏み切った。

 医療の技術革新の是非は、厚生労働省や日本医師会やそれに同調する一部の人が決めるものではない。企業や医療研究者が主張するように、このままではアメリカに先進技術を根こそぎ特許で囲まれ、先端医療技術で後れを取り、回りまわって日本の医療費の多くの部分がアメリカ企業に吸い上げられるという構図になりかねない。医療関連特許を早急に認めるべきだ。

 不利益をこうむったときの責任は誰が取るのか。国民にツケを回すようなことは許されない。

またここでも国益に反する抵抗勢力、汝の名は医師会ですか(苦笑)。
現在進行中の知的財産戦略本部における「先端医療特許検討委員会」議事録についてはこちらにありますが、例えば特許権を保護することで企業競争力を確保する、あるいは最先端医療の特許を保護することで国際的な開発競争に後れを取らないようにするという相変わらずの話が出てくる。
また既存薬であっても投与法などで特許が取れるということであればメーカーも開発費用を回収しやすくなるといった話もあって、具体的な例としては服用後に色々と面倒の多かった骨粗鬆症治療薬を毎日飲む方法から週一回投与に改めた例などが出てきます。
このあたりの検討は既に数年前から繰り返されている議論で、例えば資料の一つとして「医療特許は患者を救う!」などという素晴らしいバラ色の未来絵図もあって是非参照いただければと思いますが、検討している主体が知的財産戦略本部であるところからも明らかなように話の流れとしてあくまで特許を取る側主体での議論であるという点には留意下さい。

しかしながら当然こうした医療特許取得が実現すれば問題もあるわけで、例えば第五回などを見てみますとこういう議論が出てきます。

第5回 先端医療特許検討委員会 議事録(2009年3月2日)

○羽生田委員 やはり負の部分は今、本田委員が言われた金銭的な患者さんの負担というのは非常に大きいと思うんですね。これはいわゆる特許を取った時に、簡単に言うと後発品ができないということになりますので、そういった意味では価格が下がりにくくなるというのは当然ありますから、その面だけから言うと、患者さんの負担はそのまま大きいままでいる時間が長いということは言えると思います。ただ、逆に今、本田委員も言われたように、研究費がその分から出ていくということももちろん大事なので、その辺裏表がかなりあると思うんですけれども、患者さんにとっては金銭的な負担というものは、大きな負の問題だろうというふうに思っております。

○金澤委員長 ありがとうございました。
 佐藤委員、どうぞ。

○佐藤委員 薬剤の場合には、物質特許が認められた時にも、価格の問題が問題になったんですね。医薬が独占されると、当然価格高騰につながるということで、その時に議論されたのは、特許法上、公共の裁定実施権というのがありまして、公共上必要なものについては国が裁定で実施権を他人に与えることができるという制度が特許法上担保されていると。だから、もしそういうことが公共的に必要であれば、裁定実施権を使えば問題を対処できるのではないかという議論が前回もされたということが一つと。
 それから、もう一つは前回の専門調査会の時にも、物質特許の時に議論された今のような問題点について、あれから十何年たってからの話で、十何年間の間に物質特許を認めて、医薬を特許化することによってどういう弊害が出たのだということをアンケート調査をしたら、実際には薬価も上がってないし、そういう弊害も出てなかったという結果が出たと。ただ、それだから即医療行為を特許にしてもいいという話ではないということで、前回は見送りになったというふうに覚えております。

企業権益確保のために特許を認めるというのであれば当然その分は納入価格へ転嫁されて医療費増大に貢献することになるかと思いますが、そのあたり政府が推進している医療費抑制政策と絡めて誰がその分泥をかぶるのかという点にも注目されますよね。
あるいは上記のコラム中でもアメリカでの特許訴訟の話が出ていますが、これについても既に類似の話が国内でも発生しているようです。

商標と治療手技(2008年11月11日All About プロファイル)

Q.商標と治療手技

こんにちは。
今、歯科業界でとある治療法について問題が起きています。仮にその療法をAとし、その治療法の開発者をTとし話進めます

TはAという治療法についてホームページで公開し、専門書、手技DVD、手技にもちる機材等を一般歯科医にもひろめていました。

昨年、その治療法の名称を商標登録したため、勝手に使わないでくれといった内容をホームページや封書にて警告してきました。

このAという治療法はTVなどでかなり誇大な表現をし、世間に広まっています。(実際TV放映の後などは、電話での質問が増えます)
ですからすでに多くの歯科医がこれを基礎とし、日々研究しています。

このような場合、商標登録者の意見を聞き、自院のホームページから「A治療法しています」などの関連文章は削除しなければいけないのでしょうか??

A.対応策

ご回答いたします。
河野特許事務所弁理士 河野 英仁

治療法についての名称を削除すべきと考えます。

T氏はA治療法について商標登録を受けており、これを許可なくHP等で使用することは商標権侵害となります。

対応策としては、T氏から商標の使用許諾を得ることが挙げられます。この場合、一定の対価を支払う必要があるでしょう。

その他、A治療法とは異なる名称をお考え頂き、その名称を同様に普及させることも一つの手です。その場合、商標登録出願しておくことも一つの手です。逆に広く第3者の自由な使用を希望する場合は、商標登録出願は不要です。

技術立国を目指す日本は基本的に知的財産権保護にも熱心であるべきで、この件に関しても総論反対という人はそうそういないんじゃないかとは思いますね。
実際問題として国内医療分野においても特許権を認めていかないことには企業権益以前に遠からず国外特許にがんじがらめになりかねないという危惧も濃厚な時代であるわけですから、最終的には認めるか認めないかではなくどこまで認めるかの話となることでしょう。
しかしながらその議論の推進力として患者である国民の利益が侵害される!けしからん話じゃないか!といった話を持ってくるのであれば、では最先端医療の法的権益が保護されているアメリカで国民が広くその恩恵を被っているのですか?安上がりに素晴らしい医療を享受しているのですか?という話もしなければフェアではないわけですよね。

医療を受ける金がないから仕方なく資金援助を受けられる先端医療の実験台になりますという患者層が一定存在しているアメリカでの話を、国民皆保険制度で全員に平等な医療がタテマエの日本にそのまま適用できると考えているとはまさか思えませんが、そうとも捉えかねないミスリードを行っているかに見えるのは何かしら裏の意図があるからなのか?
とりあえず容易に予想できる今後の話の流れとしては先端医療研究開発推進のためという名目での混合診療導入ということになってくるんだと思うのですが、まさか知的エリート数多の政府官僚の皆さん方がそんな安い上がり手で満足するとも思えないんですがね…

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2009年3月23日 (月)

岩手県立病院再編問題、ついに無床化決定か?!

岩手県立病院の再編計画を巡って県下自治体から反対の声が続いていたり、県議会が混乱したりしていることは前回にもお伝えした通りですが、その一方で現場の状況もなお一層厳しいものとなってきています。
ただでさえ不足している県立病院のスタッフがさらに減少しているというニュースから紹介してみましょう。

常勤医減員12機関 27の県立病院・診療センター /岩手(2009年3月13日岩手日報)

 常勤医不足が深刻化している県立22病院と5地域診療センターのうち、12医療機関が退職や異動する常勤医の補充がなければ2009年度からの診療への影響を懸念していることが、岩手日報社の調べで分かった。中には病院の要となる内科医が不在に陥りそうな病院もある。県立病院は常勤医の不足で診療科が休診になったり、ほかの病院からの応援診療に依存するケースもあるため、地域の病院や開業医との「病診連携」など、地域一体となった取り組みも必要になりそうだ。

 年度途中での退職も含め常勤医が減るのは10病院、2診療センター。このうち病院は▽異動のため常勤内科医が不在となる山田病院▽2人が退職し常勤内科医が1人になる千厩病院▽20人前後が退職し常勤医の補充見込みが10人程度の中央病院-など。

岩手県の場合広い県土に多数の公立病院が分散配置され地域医療を支えているといういささか特殊な状況がありますが、それだけに公立病院をどうするかという話は県の医療をどうするかという話にも直結してきます。
県下の公立病院全体での医療資源も先細りの一方ですから、当然ながら今まで以上に医療資源を効率よく、無駄なく活用していかなければ県全体の医療が崩壊しかねない状況になってきているわけです。
県立病院再編問題ではともすれば県議会での喧噪や地域住民の無床化反対論といった声の大きな人たちの言葉ばかりが流布されているところもありますが、実際に崩壊が進んでいる医療現場がどういうことになっているのかを直視しなければまともな改革など行えるはずがないですよね。
朝日新聞の連載「地域医療はいま」の第一回からそんな現場の声を拾い上げてみましょう。

地域医療はいま 1 勤務医の激務 /岩手(2009年03月19日朝日新聞)

 「きょうは九戸で泊まりだから」。2月26日午後5時半、県立二戸病院の副院長、佐藤昌之医師(53)はそう断り、二つ目の打ち合わせをキャンセルして慌ただしく会議室を出た。白衣を脱いで自家用車のハンドルを握る。向かった先は九戸地域診療センター。二戸病院から約20キロ、30分間の道のりだ。

    ◇

 二戸病院には佐藤さんを含め4人の産婦人科医がいる。この日は木曜日、佐藤さんは「病棟当番」。午前8時半からの外来診察を1時間ほどで切り上げ、約40人の入院患者を一人で受け持った。

 慌ただしくなったのは、午後から。午後2時半から30分ほどかけて卵巣がんの患者に抗がん剤を注射。直後、切迫早産の患者から「破水したかもしれない」との訴えが飛び込んだ。検査し、「5時半ごろにもう一度チェックして」とカルテにペンを走らせ、看護師に指示を出す。会議まであと25分。出席を促す携帯電話の着信音にせかされながら駆け足で25人を回診した。

    ◇

 県立病院の新しい経営計画で無床化が決まった九戸地域診療センター(19床)。常勤医1人のセンターの夜間当直を支えるのは、佐藤さんら二戸病院からの応援医師たちだ。入院患者の体調急変と夜間の救急外来に備え、副院長や診療科長クラスのベテランが毎夜、交代で泊まり勤務に入る。夜間は医師1人、看護師2人の体制だ。

 「九戸で泊まること自体が大きな負担なわけではない」と佐藤さんは言う。「心配なのは二戸病院。九戸の当直に人を出すことで、全体の負担が増えてしまう

 医師不足がひときわ厳しい産婦人科では、他の診療科に先駆けて08年度から医師の集約化が始まった。県北は、二戸病院の4人に県立久慈病院の1人を加えた5人で、すべてのお産を診る。二戸には、久慈からもリスクの高い妊婦が運ばれてくる。

 急な出産などに対応するため、二戸病院の産婦人科は毎夜、交互に「お産当番」を組む。呼び出しに備え、病院にすぐ駆け付けられる範囲にいる必要がある。九戸で当直応援が入ったこの週、佐藤さんはお産当番から外れ、別の医師が入った。

 副院長でもあるベテランの佐藤さんが盛岡の自宅に帰れるのは月に1、2度だけ。そして若手ほど、勤務状況は厳しくなる。

    ◇

 常勤医30人の二戸病院が一戸、軽米の2病院と九戸地域診療センターに出す診療応援の回数は年800回。県立中央病院(盛岡市)に次いで多く、一人あたりの応援回数は県内最多だ。

 二戸病院の佐藤元昭院長は「医師不足による過剰負担は地域診療センターでなく、基幹病院で起きている」と言う。地域診療センターは人も機材も乏しく、重症の救急患者を受け入れる力はない。九戸村で出動する救急車の9割が、二戸病院に患者を運ぶ。「そのためにも、二戸でしっかりとした受け入れ態勢をつくりたい」と無床化の必要性を訴える。

 副院長の佐藤さんは九戸で当直を終えた金曜日の朝、応援のためにそのまま久慈病院へと向かった。日曜日までの3日間、久慈地域のお産は佐藤さんが責任を負う。働きづめのまま、月曜から再び二戸病院での勤務が待っている。

現場の医師はなにも田舎勤務が嫌だと言っているわけではないことに留意しておく必要があるでしょう。
一方では基幹病院での激務がある現状で、そこから不足している人手を割いて僻地へ応援当直に派遣されているという現状がある。
仕事もないのに馬鹿馬鹿しいとか肉体的にきついとか言う話も当然ありますが、それ以上に基幹病院すらも共倒れになってしまったら患者を送る先が消えてしまう、そうなってしまったら地元に病院があったところでどうしようもないでしょう?ということを言っているわけです。

近くに病院があれば何かあっても安心だとか、遠くに通わされるのは不便だとか、今やそういうレベルの話をしていられるような状況にないということを地域住民も県行政の当事者も理解してもらわないといけない状況に来ているのに県議会は相変わらず迷走しているわけで、いい加減にしてくれという声がここに来て現場から噴出してきているようです。

病院長「現場は限界」 無床化、4月実施訴え /岩手(2009年3月18日岩手日報)

 県立病院の代表病院長会議は17日、盛岡市内で開かれた。県立5地域診療センターの入院ベッドを廃止する無床化を盛り込んだ県医療局の新経営計画が県議会で迷走を続ける中、出席した病院長らは「過酷な勤務を続ける医師の現状を知らなすぎる」と勤務医の叫びを相次いで代弁、計画の4月実施を強く求めた。これまで、どちらかと言えば沈黙を守ってきた現場の医師らがこうした声を上げるのは異例。地域医療の崩壊が進む一方、県議会などで理解が進まない現状に、危機感をあらわにした形だ。

 会議には、広域基幹病院などの9病院長、田村均次医療局長ら約20人が出席。田村局長は「無床化は一刻の猶予もならないことを繰り返し説明してきたが、医師不足の現状は理解されていない。県議会では関連する当初予算案の修正動議も出された。25日の最終本会議まで結論が見えない」と報告した。

無床診療所計画案:「机上の空論」 代表病院長会議で猛反発 /岩手

◇4月から無床化求め

 県立病院・地域診療センターの無床化問題で、県議会予算特別委員会で編成組み替え動議が可決された。しかし、17日に盛岡市内で開かれた代表病院長会議では、昨年から続く地元民や議会の無床化議論に対し、県立病院長から「やり方が拙速だと批判するが、机上の空論だ」などと4月からの無床化を求めて猛反発する声が上がった。

 会議では、田村均次医療局長が予算委員会でのやり取りを説明したうえで、「25日の本会議まで結論は出ない」と話した。

 これに対し、ある病院長は「無床化したら医師の負担ははっきり軽減される」と断言。基幹病院の医師が診療センターへの当直派遣をやりくりする現状を挙げ、「無床化になれば、基幹病院の仕事ができる。現場をあまりにも知らなさ過ぎる」と声を荒らげた。

 別の院長は「医師不足は深刻。ベッドを残しても誰がカバーするか決まっていない。このままでは残っている医者もモチベーションが下がる」と指摘。ほかにも「当直の応援に入る若い医師は、(することがなく)行って寝て帰ってくる。地域のためというモチベーションもないままに何百回と当直している」と訴えた。

ここまでストレートなことを言われれば普通の人間であれば何かしら考えるところもあるだろうと思われるような話ですが、先に無床化を前提にした送迎バスの予算を蹴った県議会でもようやく流れが変わりつつあるようです。
四月まで残すところもあと僅かという状況になってようやくというのは今さらという感じもしますが、決断すべき人間が何一つ決断もしないまま現場により一層頑張ってもらいましょうなんて馬鹿げた話になるよりはよほどマトモではあると思いますね。

県病院無床化 動議可決 /岩手(2009年3月17日読売新聞)

予算特別委 歩みより模索へ

 県議会は16日、予算特別委員会を開き、県立6医療施設の無床化に関する2009年度予算案の集中審議を行った。無床化に反対する政和社民、自民クラブなどは、予算案の一部組み替えを求め、19日までに県側に可否を問う動議を提出し、賛成多数で可決された。

 動議は、無床化の4月実施延期の検討を求める一方、無床化に伴う支援策に関する予算を増額するよう要求。採決では、両会派など26議員が賛成した。

 動議を提出したのは、両会派のほか、共産、公明、無所属の5人。動議で予算増額を求めているのは、〈1〉市町村や住民代表を含めた協議機関の設置〈2〉地域からの提案の再検討と空きスペースの早期活用〈3〉医師の勤務環境の改善――の3点。

 賛成した26議員は、これまで無床化に反対し、今月6日には無床化関連予算案を否決した。だが、今回の動議は、入院ベッドの維持を前提にした予算案の大がかりな修正を求めたものではない。大幅な修正案では、県側が受け入れる可能性が低い上、「2009年度予算案自体の否決は考えていない」(自民県議)ためだ。無床化の延期についても「検討」の文言を添えており、歩み寄りの姿勢を示している

 一方の県側も、この日の審議で、地域医療について住民を交えて話し合う2次医療圏ごとの協議機関を設置する考えを表明するなど、19日の委員会採決に向け、落としどころを模索する動きを見せている。動議について、田村均医療局長は「コメントできない」とだけ述べた。

無床診療所計画案:無床化実施を容認 知事、補正案提出受け--県議会 /岩手(2009年3月20日毎日新聞)

 県立病院・地域診療センターの病床休止(無床化)問題を巡り、県は19日、修正動議で求められていた、地域との協議機関設置費用などを盛り込んだ来年度一般会計補正予算案などを県議会に提出した。予算案提出を受け、野党会派の大半は態度を軟化。同日の予算特別委では、無床化を前提とした来年度の一般会計予算案と県立病院等事業会計予算案が、「政策決定過程が拙速」と指摘する付帯意見を付けて賛成多数で可決された。無床化4月実施は事実上、容認された形だ。

 ◇「大局的判断で」賛成議員

 無床化対策を計上した来年度一般会計予算案などの見直しを求める動議を予算特別委が16日に可決、達増拓也知事の対応が注目されていた。補正予算案は23日からの常任委員会で審議する。

 19日提出された一般会計補正予算案では、地域医療に関する懇談会運営費の598万円など計約908万円を計上。県立病院等事業会計補正予算案は、無床化後の空きスペースを活用策を公募する約310万円を盛り込んだ。勤務医の退職防止を図る労働環境の整備や医師と協議し、追って補正予算などで対策を進めるとした。

 19日の予算特別委に出席した達増知事は「医師不足が危機的状況で、医療体制の崩壊を招きかねない」と従来通り理解を求めた。

 動議に賛成した自民クラブの千葉伝代表は「知事の回答で地域との協議や医師の勤務環境改善などが担保された」と説明。政和・社民クの田村誠代表は「一刻の猶予もない事業会計であり、大局的判断で賛成せざるを得なかった」と述べた。一方、民主・県民会議の佐々木順一代表は「可決され、勤務医の離職を防ぎ、県立病院の体制が守られる」と歓迎した。

 無床化問題を巡っては、4月実施の「凍結」を求めてきた県議も「予算案の否決は混乱を招くだけ」などと、態度を軟化。第1会派の民主・県民会議を除く野党4会派と無所属の5議員が提出した動議では「無床化の延期を検討」を求めるよう表現を抑えていた。

 動議では、(1)協議機関設置(2)無床化後の空きスペースを活用する医療・福祉関係者の公募(3)勤務医の退職防止--を進めるため関連予算を増額、来年度の一般会計予算案や県立病院等事業会計予算案を見直すよう求めていた。

来月無床化確実 県議会特別委新年度予算案を可決 /岩手(2009年3月20日読売新聞)

 県議会予算特別委員会は19日、県立6医療施設の入院ベッド廃止を前提にした新年度一般会計及び県立病院等事業会計の新年度予算案を賛成多数で可決した。これにより、沼宮内病院を除く5地域診療センターの入院ベッドは4月から廃止されることが確実になった。採決では、斉藤信議員(共産)が反対したほかは全員が賛成した。新年度予算案は25日の本会議で採決され、可決される見通し。
(略)

■住民へ配慮欠く

昨年11月の計画案公表以来、論争を巻き起こしてきた無床化問題は、県の計画通りに実施されることがほぼ決まった

 この問題を巡っては、地元住民との間でも、県議会でも、終始、激しい対立が続いた。その最大の要因となったのが、県側の初動対応のまずさにあった。計画案公表から実施までの期間があまりに短かったことに加え、県内の医師不足が危機的な状況にあることを強調するあまり、地元住民への配慮を欠いていたと言わざるを得ない。もっと早く、丁寧に説明していれば、展開は違っていただろう。

 一方、自民、政和社民両クラブなど野党側は当初、無床化計画の「撤回」を主張したが、その後、「凍結」、「延期の検討」へと態度を軟化させていった。県側が無床化を前提にした人事を公表するなど、既成事実を積み上げていくのに対し、野党側は病院の運営自体をマヒさせかねない新年度予算案を否決することはできず、押し切られた形だ。

 県民の生活に直接かかわる深刻な問題だけに、県側には今後、今回の教訓を踏まえた対応を期待したい。

県側の対応にも幾らでも突っ込み所はあるんだと思いますが、それ以前に現場が危機的な状況に追い込まれていることは昨日今日の話でもないのに関係者一同が今まで知らぬ存ぜぬという態度で無視を決め込んでいたことや、そうした状況を知った後も何ら県民への啓蒙に努めるでもなく県批判に終始した自称社会の木鐸が存在していたことなどもそれ以上に批判されるべきだと思いますけれどもね。
社会の木鐸と言えばこういう記事とも言えぬ独語が片隅にひっそりと掲載されていました。

散歩みち:「岩手」に鼓舞された私 /岩手(2009年3月22日毎日新聞)

 「県議会が早朝4時半まで続いたので、そのまま神子田の朝市に行ってラーメンを食べた」。県外の知人に何気なく話したところ、絶句された。「県議会が朝まで続く? あり得ない」

 県立病院・地域診療センターの無床化問題で、6日に始まった議会は日付をまたいで約15時間に及んだ。他県の常識では理解し難いかもしれない。「岩手県議会の無床化問題に対する真摯(しんし)な姿勢を見れば大いにあり得る話だ」と返しつつ、内心その岩手に住んでいる自分が誇らしかった。

朝まで議論する岩手県議会の真摯な姿勢を誇るのも結構ですが、日常的にそれ以上の激務を行い長年にわたって県の医療を支えてきた声なき医療従事者に対してもほんの少しでも敬意を払っていたなら、あるいは今のような状況はなかったのかも知れませんよね。
岩手県の医療が最終的にどうなっていくのかはもう少し経過を見ていかなければならないと思いますが、現場で身を削りながら頑張っている人間に対して報いない社会は結局のところ現場から支持されなくなっていくだろうということだけは確かなんだと思います。

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2009年3月22日 (日)

今日のぐり「骨付鶏一鶴 土器川店」

近ごろ世間ではゆとり世代の恐怖なるものが盛んに言われているんだそうです。
「個性を重視し、自ら学び自ら考える」ゆとり教育なるものを受けた第一世代が1987年生まれに相当すると言いますから、ちょうど今大学を出て社会人となってくる年代ですが、既にその弊害が言われて見直しが始まっていると言う教育を受けてきた世代ですから企業の方でも色々と対応に苦慮しているのだとか。
しかし世間ではおもしろおかしく「さすがゆとり」なんてトンデモ世代みたいな言い方をしますが、実は遠くアメリカあたりでも似たような話は幾らでもあるらしいというニュースがこちらです。

アライグマに襲われて… 米国人の5人に1人は週イチで遅刻 - 米調査(2009年3月3日マイコミジャーナル)
オンライン求人サイトを運営する米CareerBuilder.comがこのほど行った調査で、アメリカ人の5人に1人が少なくとも週1回は会社に遅刻していることがわかった。

同調査は、調査会社のHarris Interactiveに委託し、2008年11月12日から12月1日にかけて、全米の18歳以上の雇用主および人事専門家3,259人とフルタイム雇用労働者8,038人を対象に実施。その結果、「最低でも週に1度遅刻している」と回答した労働者の割合は前年の15%から20%に上昇した。さらに「週に最低でも2回遅刻する」と回答した割合は12%にのぼった。

また、遅刻の理由で最も多いのは「交通渋滞」(33%)。次いで24%が「睡眠不足」、10%が「子どもを学校に行かせる準備や世話のため」と回答しているほか、「公共交通機関」「着ていく服で悩む」「ペットの世話」などが主な理由として挙げられている。

一方、雇用主の30%が遅刻が原因で従業員を解雇したことがあると回答。CareerBuilder.comの人材開発部門のバイスプレジデントの Rosemary Haefner氏は「従業員は遅刻に関する自社の就業規定を把握し、マネージャとオープンにコミュニケーションが取れるようにしておかなければならない。雇用主はあらゆる言い訳に通じているので、正直が最善の策だ」とコメントしている。

その他雇用主が回答した「最低な遅刻の言い訳」には、次のようなものが挙げられた。

    * 暖房の電源が切れたので、ペットのヘビを暖めるため、家にいなければならなかった
    * 夫が仕事に出掛ける前に私の鍵を隠すことが愉快だと思っている
    * 玄関を出るとき、蜘蛛の巣に引っかかってしまったったので、家に戻ってシャワーを浴びなければならなかった
    * 息子がトランクに閉じ込めた
    * クルマの左折方向指示器が壊れたので会社までの道のりをすべて右折でたどり着かなければならなかった
    * 救急車から担架が落ちて交通渋滞が起きた
    * アライグマの襲撃に遭い、狂犬病に感染していないかを検査するため病院に立ち寄らなければならなかった
    * 定刻に出社したら皆と同じだと感じてしまう
    * 父親が起こしてくれなかったから
    * ウッドチャック(リス科の動物、マーモット)が自転車のタイヤに噛み付いてパンクしてしまった
    * 通勤経路が昨夜の雨で流されてしまった
    * ビンゴゲームに行かなければならなかった

いやまあ、その、やはり何事にも説得力というものはある程度要求されてしかるべきなんじゃないかとは思うんですけどね…
しかし思うのはこういう言い訳が通じるだろうと考えてしまう、そういうキャラクターな人たちは確実に増えてきているんじゃないかということです。

昔はこの手の「ちょっと風変わり」という人たちは孤立した状態で周囲から矯正されちゃっていたんでしょうが、近ごろではネットなどでのコミュニケーションがありますから妙なところで多数派意識が形成されちゃうのか、あまり引け目も感じずに社会に出てきているように思えます。
ま、端から見ている分には面白いなあで済む話なんですが、実際に自分が関わることになってきますとね…

今日のぐり「骨付鶏一鶴 土器川店」

四国は香川県丸亀市の名物に「骨付き鶏」なるものがあります。
骨付きの鶏もも肉を塩やスパイスで味付けして焼いたものですが、近ごろでは市を挙げて名物として売り出し中であるとか。
中でも元祖とも言われるのがかれこれ半世紀の歴史を誇る「一鶴」なんだそうですが、この土器川支店に行ってみました。

昼飯時に到着したのですが、ここは川沿いのかなり大きな店構えながら広い店内はすでにけっこう埋まっていて、なおも後から後からお客がやってくるという状態でした。
店内でも一番奥の座敷に案内されましたが、ここも待っている間に埋まってしまいましたから結構繁盛しているのでしょう。
ちなみにこの手の繁盛店で隅っこの席と言うとしばしば目が行き届かず放置プレー状態に陥りがちなものですが、幸いここの店はけっこう店員教育はしっかりしているようでそのあたりは支障ない感じでした。
もっとも少しばかり過剰気味なほどスタッフを配置しているという贅沢なマンパワーの使い方のせいもありそうなんですが、こういうチェーン展開もするような繁盛店で儲けた分を十分なスタッフ雇用という形で地域と顧客双方に還元するのは悪いことじゃないと思いますね。

結構サイドメニューもいろいろとあるようなのですが、ここではごく無難に「おやどり」と「とりめし」を頼んで見ました。
ちなみに柔らかい「ひなどり」と以前に食べ比べてみて、自分的には硬くても「おやどり」の方が味が深くていいかなと思っているですが、やはり相変わらず噛み応えはけっこうあります(控えめな表現)。
このももには一応包丁でカットが入っているんですが、熱変性で組織が硬くなっているんですから骨と軟部組織の間を剥離するような感じで割を入れておいていただいた方がありがたかったかなと言う気もしますかね(←軟弱者)。
スパイシーな味付けは店ごとの秘伝なんでしょうが、手にした鶏をがぶりとやりますと少し強めかなという塩梅の塩加減がちょうど肉の味を引き出している感じで、付け合わせの生キャベツを囓って塩気と脂気を中和しながら食べるといい具合です。

単品メニューとしては控えめな分量のとりめしは一転してあっさりと食べられる味で、肉と組み合わせると量的にもちょうど良い感じなんですが、上に乗っている紅ショウガは全部一緒にして食べてしまうと少しきつかったですかね。
わざわざ「熱いですから気をつけてください」と出されるスープは鶏の味から濃いものを想像していましたら思いのほかさっぱりした味わいで、これくらい熱々だと口の中の脂をキレイに流してくれてありがたい。
少しばかり気になった点としては付け合わせのお新香ですが、いつ切ったのか知りませんがこの干からびようはちょっと半端ないような…

この店の場合サイドメニューもある程度そろえてあるんですが、一人一本だと鶏自体のボリュームも結構ありますからそうそう色々と試すという気にならないのは少し残念なところでしょうか。
あとは元々の伝統みたいなものもあるのでしょうが、今の店構えや価格帯からしても特に安さで勝負という店でもないんですから、そろそろこの昭和っぽい金属皿は卒業してもいいんじゃないかなという気がしますがどうなんでしょう。
こういう地域性豊かな料理の場合はやはり店毎の味の違いを食べ比べて回るのも楽しいんじゃないかなという気がした一日ではありました。

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2009年3月21日 (土)

意外に影響範囲が広そうな話

と言うのが最近立て続けに出てきましたので、この際まとめて紹介してみます。
まずは予想通りではあるけれども予定通りであるのかどうなのか微妙という話から。

アルブミン、国内自給に“黄信号”(2009年3月18日CBニュース)

 出血性ショックや重症熱傷、肝硬変に伴う難治性腹水などの治療に必要なアルブミン製剤(遺伝子組み換え製剤を含まない)の国内自給率の伸びが昨年、マイナスに転じた。国はアルブミン製剤を含む血液製剤の国内自給を目標に掲げており、自給率は近年、上昇傾向にあった。厚生労働省では「自給率が低下すると、国内の献血が無駄になる可能性もある」として危機感を強めているが、DPC(入院費の包括払い)を導入する病院が増加し、比較的安価な外国製のアルブミン製剤を選択する病院が増えた可能性も指摘されている。

 厚労省の資料によると、この約25年間、アルブミン製剤の自給率は上昇してきた。2002年には血液法が制定され、「倫理性」や「国際的公平性」などの観点から、国内の献血で得られた血液を原料にして血液製剤を製造する体制の整備を目指す「国内自給の原則」が示された。アルブミン製剤の自給率は02年の時点で36.4%だったが、07年には62.7%にまで上昇。しかし昨年は、前年比2.0ポイント減の60.7%とマイナスに転じた=グラフ=。

自給率低下の要因として指摘されているのが、DPC対象病院の増加だ。厚労省の薬事・食品衛生審議会の血液事業部会で委員を務める久留米大医学部附属病院副院長の佐川公矯氏は、「DPC対象病院が材料費の削減に動き、国内のアルブミン製剤より安価な海外の製剤を選択する状況にあるのではないか」と指摘。同省血液対策課の秋山裕介氏も、「自給率が伸びてきた中にあって、減少に転じるのは近年ない傾向。関係者の間でも『DPCが要因ではないか』との声が上がっている」と語る。

 厚労省によると、アルブミン製剤を供給している国内の事業者は、日赤や日本製薬など4社で、代表的なアルブミン製剤の薬価はそれぞれ、8039円、7421円、7343円、7008円。これに対し、輸入されたアルブミン製剤の薬価は、5782円と5619円で、国内のアルブミン製剤と比べて低い。秋山氏は「実勢価格ではもっと安いということも考えられる」としている。
 一方DPCは、高度な医療を提供する「特定機能病院」など82病院で03年度から導入されて以来、導入する病院が増え続けている。厚労省によると、昨年7月1日の時点でのDPC対象病院数は718病院。09年度には、新たに約570病院が対象となる予定だという。

 秋山氏によると、現段階では、アルブミン製剤の自給率低下とDPC対象病院の増加の関連性を示す明確なデータはない。しかし、「自給率が下がると、国内の献血が無駄になってしまう可能性もある。非常に深刻な問題だ」として、対応策を検討中という。DPC対象病院の増加が自給率の低下にかかわっている可能性も想定しており、「(アルブミン製剤など血しょう分画製剤を)『DPCの対象から外す』ことが、議論に上ることもあり得る」としている。
 佐川氏は「病院で使用する薬剤を決めてしまうと、医師個人で使用する薬剤を選択するのは難しい」と指摘。「厚労省は、国内のアルブミン製剤の使用を病院に呼び掛けるなどの対応をする必要があるのではないか」と話している。

ちなみに御存知とは思いますが、DPCの病院には従来の出来高払いに対してこの疾患には幾らと診断群分類に従って支払いがなされるわけですから、安上がりに治療するほど儲けが大きくなるわけです。
医療に対してコスト削減要求をどんどん厳しくしていっている訳ですから、少しでも安いものをという当たり前の現象が起こっているだけのことだと思いますけどね。

政府厚労省は認可した薬剤ならどれでも効能は同じだから安い方を使いましょうねとジェネリック推進をうたっていると言うのに、アルブミンに限っては医療費を無駄遣いしてでも国産品を使え、その分の損は病院がかぶれと言うのであれば政策としての統一性が問われるところでしょう。
今のところ単なるコメントだけで公式なものではないようですが、この件に関しては今後厚労省が公的に動くのかどうか、動くとすればどういう対策を出してくるのかといったあたりに注目していく必要がありそうです。

厚労省絡みの話題でこれも同じく予想通りの結果ながら、厚労省の思惑外れなのかどうか考えさせられる話題がこちらです。

「主治医制度」利用1割 後期高齢者医療の“柱”揺らぐ(2009年3月18日産経ニュース)

 75歳以上が対象の後期高齢者医療制度の柱「かかりつけ主治医制度」について、対象となる医療機関の約1割でしか、制度が利用されていないことが18日、分かった。患者側の理解が進んでいないことや、診療報酬が安く医療機関が敬遠していることなどが原因。制度に反対して主治医の届け出自体をしていない医療機関も多く、鳴り物入りで導入された「主治医」そのものの見直し論議にも発展しかねない。

 調査は、中央社会保険医療協議会(厚生労働相の諮問機関、中医協)の部会が昨年11月に実施した。患者が「主治医」を利用できるよう社会保険事務局に届け出ている医療機関約9000カ所のうち、3500カ所で行い、1100カ所が回答した(回収率31・4%)。「主治医」に関する公的調査は今回が初めて。

 結果では、主治医制度の診療報酬「後期高齢者診療料」を計上した医療機関は全体の10・5%。都道府県別では利用率が2割を超えたのは千葉(35・7%)、岩手(27・8%)、新潟(24・0%)の3県で、長崎はゼロだった。

 1人の利用もない理由を医療機関に尋ねたところ(複数回答)、患者の制度理解が困難61・6%▽主治医ではない他の医療機関との調整が困難52・7%▽現行の診療報酬(月6000円)ではコストをまかなえない51・9%-などだった。
          ◇

 ■かかりつけ主治医制度 75歳以上の高齢者は、糖尿病や高血圧といった慢性病が多いため、患者が指定する1人の「かかりつけ主治医」が、外来から入院まで一貫して治療にかかわる仕組み。「高齢者担当医制度」が正式名称。窓口自己負担1割の場合、外来では月600円の「後期高齢者診療料」を支払うと、主治医が年間診療計画を作成し、患者は追加料金なしで月内に何度でも検査や処置を受けられる。医師が主治医になるには、高齢者医療に関する研修を受講し、社会保険事務局に届け出なければならない。

この話が面白いのは、こういう報酬システム導入をかろうじて喜びそうなのは医師歴ウン十年という老医が地域のお爺ちゃんお婆ちゃん相手にろくな検査設備も何もなく月一回の投薬だけで細々とやってそうな零細医院くらいなんじゃないかと思える点です。
一方ではそういう老医に対して厚労省は例えばレセプト電子化の強要などでさっさと廃業しろと迫っていたりするわけで、若くてやる気のある医師ほどこんな診療の手足が縛られる上に二階に上がった後でハシゴが外されることが濃厚な制度になど乗ってくるはずがないわけですよ。
こういう一連の記事を見ているとついつい「厚労省って馬○?」と思ってしまうところですが、厚労省を初めとして医療政策に関わる日本政府の誇る知的エリート集団がそんな誰でも判るようなお間抜けなことなどやるはずもありませんから、これは彼らなりの深慮遠謀の一端と見るべきなんだと思いますね。

例えば非効率な公立病院はどんどん潰せと彼らが熱心に活動してきた成果がようやく最近現れてきているところですが、非効率な公立病院の筆頭と言えば何しろ全国各地の国公立大学病院です。
あれだけの数の医師を囲い込んで患者の車椅子をおさせたり処方薬の受け取りに走らせたりと全国の医師不足にあえぐ病院からすると信じられないほどの犯罪的行為を日々続けているわけですから、当然ながら医療の効率化を迫る人々が面白かろうはずがありません。
三重大学長の豊田長康氏が自身のブログで国立大学協会支部会での内輪ネタを暴露して文科省からの附属病院運営費交付金を大幅削減されている、このままでは大学病院が崩壊してしまうぞと「ほんとうにこわ~い話 ~国立大学病院の経営問題~」なる記事を書かれていますが、これなど従来の医療政策からすればどうしたって既定の路線としか見えない話です。
あからさまな釣りとも言うべき目先の利益に釣られて袋小路に追い込まれてしまってからでは後戻り出来ないのは当然ですから、まずは政府方針の大元をきっちり把握した上で将来を見越した対応を取っていかなければ、今の時代の医療機関は生き残ることは困難だと言うことでしょうか。

さて、ここからは少し話が変わって訴訟ネタですが、まずは医療訴訟ではないものの何やら今後の医療訴訟と関連して来そうな話から紹介します。

横浜・中2死亡事故:会社員に禁固2年8月「注意義務怠った」--地裁判決 /神奈川

◇被告は即日控訴

 横浜市鶴見区で昨年3月、てんかん発作で運転中に意識を失い2人を死傷させたとして自動車運転過失致死傷罪に問われた川崎市幸区の会社員、石井一被告(45)に対し、横浜地裁は18日、禁固2年8月(求刑・禁固4年)を言い渡した。木口信之裁判官は「処方通りに服薬していないのに発作は起きないと軽々しく信じ込み、自損事故の経験もあったのに運転を控えるべき注意義務を怠った。無自覚で安易だ」と非難した。被告側は即日控訴した。

 発作を抑える薬の服用を巡り、弁護側は「事故前夜と当日朝以外は、ほぼ処方通りに服用していた。医師から厳しく指導されていなかった」として、発作による事故は予想できなかったと主張した。

 だが判決は、事故前後の薬の血中濃度が低く、飲み残しが大量にあったことなどから「処方通りに服用しないことを継続していた」と認定。さらに(1)06年11月に発作で自損事故を起こした(2)飲酒や睡眠不足を避けるよう指導されていたのに、事故前夜は深夜まで深酒した--と指摘し「発作で重大な人身事故を起こしかねないと予想できた」と退けた。

 判決によると、石井被告は主治医の服薬指導に従わず、昨年3月9日午前、鶴見区でトラックを運転中、発作を起こして意識を失い、歩道にいた中学2年、伊藤拓也君(当時14歳)をはねて死亡させ、男性会社員にも脳挫傷など1年の重傷を負わせた。

 ◇両親が会見「正しく薬飲めば防げる事故だ」

 「息子は私たちの太陽だった」。拓也君の両親、伊藤真さん(45)、みのりさん(44)は、一人息子の遺影を抱えて判決を聞いた。

 会見した真さんは「被告の主張を否定した判決には納得だが、量刑が軽すぎる。薬を正しく飲んでいれば防げる事故だ。過失と言うより、常習的に薬を飲まないのだから故意犯と思う」と訴えた。みのりさんも「もっと自覚しなさい、との裁判官の言葉を被告が今後どう守るか見届けたい」と話した。

 両親はともに小学校の教諭。体調を崩しながらも昨秋、患者団体の「日本てんかん協会」(東京都新宿区)を訪れ「息子の死が無駄にならないよう、再発防止に努めてほしい」と訴えた。協会が理事会で事件の対応を協議した動きに、真さんは「誠実な対応を期待したい」と望んだ。

 ◇運転免許取得のための啓発続ける--日本てんかん協会(東京都新宿区)の話

 痛ましい事故が起きないよう、てんかんのある人に対し適切な治療を受けることへの助言、援助と運転免許取得のための啓発を今後も引き続き行います。

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 ■解説
 ◇再発防止に厚い壁

判決は「てんかん発作で暴走」の運転手が「無自覚な運転で、14歳の命を奪った」と厳しく指弾した。患者は「推定100万人」。しかし、再発防止へ壁は厚い。

 てんかん患者は02年、道交法改正で運転免許の道が開けた。ただ実際に免許を取った人数は「日本てんかん協会」は把握しておらず、警察も「個人情報でできない」という。

 発作防止は第一に、患者自身が薬を正しく飲むことだ。ところが学会では「発作事故は医師の指示通り薬を飲まない例が多い」との報告が出ている

 

被告・弁護側は公判で「医師が服薬を厳しく指導しなかった」と反論し、反省に乏しかった。また、判決は被告の自損事故後の免許更新で「主治医は『免許がないと生活に困る』と頼まれ、診断書を一部書き直した」と認定し、医療現場の対応の甘さを指摘した。

 横浜市内のある医師は「投薬が90日分と以前より長くなった。この間にどんな暮らしをしているか、来診時に患者が正直に言わないと把握しにくい」と話す。

この種の訴訟と言えば従来は正しく治療を受けるよう指導していなかった医者が悪い!といったものが多かっただけに、患者の自己判断能力を厳しく問う今回の判決は何かしら新鮮なものがあります。
こうした事件絡みでは先頃香川県の精神科病院から一時外出中であった患者が起こした殺人事件で、加害者側・被害者側双方が病院の管理責任を問うという一件が注目を集めたのは記憶に新しいところです。
患者団体も対応を協議するということで自己判断による服薬中止などとケシカラン行為であると言う流れが社会的にも定着してくれば良いんですが、患者は弱者という立場から一歩踏み出して患者が自ら主体的責任を持って治療に向き合っていくことは何より治療上からも求められていることだと思うんですけれどね。

さてもう一件、これもまた非常に波紋を呼びそうな記事ですがどうでしょうか。

訴訟:「彦根市立病院が診察制限」と訴え 市長相手に大阪の男性 /滋賀(2009年3月19日毎日新聞)

 彦根市立病院が紹介状がないことを理由に受診を断ったのは医療法などに違反するとして、同市出身で大阪市に住む男性(61)が同病院と獅山向洋・彦根市長を相手取り、慰謝料200万円と市広報への謝罪広告を求める訴訟を大津地裁彦根支部に起こした。

 訴状によると、男性は昨年12月、同病院外来受診受付で歯科口腔外科の受診を申し込んだが、職員から「初診者は開業医の紹介状を持参しないと受診できない」と断られたという。男性は「診察制限は根拠がなく、医療法などに抵触する。市条例も、紹介状を受診の条件にしていない」などと指摘している。

 同病院では、医師不足のため、5科で診療制限をしており、歯科口腔外科でも、昨年8月から紹介状持参患者のみに制限している。

 赤松信院長は「医師不足のため、一部の診療科で紹介状のない患者さんの診療をお断りしている。このような理解のない受診行動が医療崩壊を加速させるのではないかと危惧している」とのコメントを出した。

彦根市立病院と言えば「彦根市民病院での安心なお産を願う会」の掲示板で「市民病院の医者が信用できないのは市民の誰もが思っていることというのは事実です。」云々と色々と香ばしい書き込みが続いていることがひと頃大きな話題となったことでも有名なところですが、さすがに…と言うべきなのでしょうか。
注目すべきポイントとしては法的根拠が明確でない受診制限という行為に対して公的施設のトップがずいぶんと上から目線の強気なコメントを発しているという点ですが、世が世であればこのような発言は早速バッシングの対象ともなりかねないだけにここは周囲の反応が期待されるところです。
周囲の反応と言えば原告が主張する通り市条例に明確な規定が存在しないという状況をどう解釈するかですが、これに対して病院側に改善を求めるのか条例制定に向けて動き出すのかと言う点でも市議会の立ち位置、ひいては彦根市民の民意というものが推察されようというものですよね。

いずれにしても各メディアの論調なども含めて今後の展開が期待できそうな話題ではあると言えるのではないでしょうか。

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2009年3月20日 (金)

今日のぐり「蒜山バーガー@蒜山SA」

近ごろ御当地ブームというのもあるんだそうで、あちこちで新規に名産品なるものが考案されては町おこしの一助となっているとかいないとか。
少し前には御当地ラーメンなども色々と賑やかにやっていたようですが、近ごろでは同じく大衆食の一方の雄たるハンバーガーも結構な種類が出来てきているものなんですね。

「ご当地」バーガーで街おこし、東西で知恵比べ(2009年3月1日18時27分  読売新聞)

 地元の食材などを使った「ご当地」ハンバーガーで地域おこしを目指す取り組みが増えている。長崎の「佐世保バーガー」がブームとなり、各地に広がった。本来は駆除対象の外来魚を素材に使うユニークなケースもある。

◆アメリカナマズ養殖し加工◆
外来魚のアメリカナマズを使った「なめパックン」

 霞ヶ浦、北浦と二つの湖に囲まれた茨城県南東部の行方(なめがた)市。今年1月、地元商工会が中心となり、ご当地バーガー「なめパックン」(480円)を売り出した。材料は、ワカサギなどを食い荒らす外来魚のアメリカナマズ。珍しさが話題となり、首都圏からも買い求める人が訪れている。

 霞ヶ浦で捕獲した稚魚を養殖して特有の泥臭さを抜いた。3~4キロ・グラムの成魚から200グラムほどしか取れない胸びれ部分の「カマ肉」を、地元産レンコンやタマネギと練り合わせて加工し、タルタルソースとピリッと辛いチリソースで味付けした。付け合わせには特産のわさび菜など地元でとれた野菜をふんだんに使っている。

 商品開発を先導してきた商工会経営指導員の平野敬子さん(50)は「地域の力を集めた自信作。霞ヶ浦の水面(みなも)を眺めながらほおばってもらいたい」と期待をかけている。3月には特産品の一つであるコイをかば焼きにしてパンではさんだ「こいパックン」も発売する。

◆火付け役の「佐世保バーガー」、県外進出も◆
ご当地バーガーブームの火付け役となった佐世保バーガー(ログキットで)

 ご当地バーガーの“元祖”とも言える長崎県佐世保市の「佐世保バーガー」。米軍基地を抱える人口25万人の市内には佐世保観光コンベンション協会が認定する店舗だけで32店ある。各店とも地元産の肉や野菜を使ってこだわりの味を出し、週末には観光客がひっきりなしに訪れる。

 朝鮮戦争が始まった1950年頃、基地周辺の店が米駐留軍の将兵向けに提供したのが発祥とされる。5~6年前に雑誌などで注目されて火が付いた。

 直径15センチ超の「スペシャルバーガー」が人気の老舗「LOG KIT」(ログキット)は、県外にも進出している。東京や札幌、京都、兵庫県西宮市にそれぞれ1店を構え、夏ごろには関東地区にもう1店出す予定だ。

 バーガー人気を定着させようと、協会と認定店は勉強会を開いている。丸田伸代オーナーは「伝統の味を守り続けるのはもちろん、接客・サービス面も充実させたい」と意欲旺盛だ。

◆若者向けに開発、地元食材ふんだんに◆
地元の食材をふんだんに使っている(福井西武で)

 景勝地・東尋坊で知られる福井県坂井市三国町で、2006年4月に生まれたのが「三國(みくに)バーガー」(550円)だ。地元住民らがオープンした地域の観光拠点「三國湊座(みなとざ)」で販売されている。PRのため百貨店の催事に出店することも多い。

 県内産の牛肉と国産豚肉のパティ、地場産のコシヒカリを炊いて練り込んだパンに特産品のラッキョウと、地元の食材をふんだんに取り入れた。

 若い観光客向けのメニューとして、ハンバーガーを選んで開発した。取り組みが県の地域ブランド創造活動推進事業に採択されたことに加え、「ご当地バーガーのブームにも乗ってメディアの露出が増え、想像以上に知名度が上がった」(マネジャーの出地かずみさん)という。

 地元で水揚げしたエビを挟んだ「エビクリームカツバーガー」も人気で、週末には100個以上を売り上げることもある。関西などからバーガー目当てに訪れる観光客も増えた。出地さんは「メニューの充実も図りたい」と意気込む。

というわけで今回はこれも御当地バーガーの一つである「蒜山バーガー」なるものにチャレンジしてみました。
こちら米子自動車道は蒜山高原SAの下り線/鳥取方向のみの販売なうえに一日50食限定なんだそうですから、レア度という点ではそれなりにそれなりという感じでしょうか。

今日のぐり「蒜山バーガー@蒜山SA」

当日は昼前頃に蒜山SAに到着しましたら、そろそろ食事時のせいか既に売り場には行列が出来ています(もっとも皆が蒜山バーガーを買っているわけでもないようですが)。
なお蒜山バーガーは朝11時から販売開始と聞いていたのですが、この日に限ってなのか何故か10時から売っているようでした。
幸い売り切れてはいませんでしたが、時間は固定ではないとするとこれ目当てで遠方から来るお客は来てみたらとっくに売り切れだったという悲劇もあり得るということですよね。

ちなみにこの蒜山バーガー、この手のSA売店のメニューにしては珍しく(?)ちゃんと10分ほど待たされてから出来上がりました(オーダーを受けてから調理するそうです)。
見た目はごくありきたりなハンバーガーという感じで、よくこの手の御当地バーガーに見かけるちょっとそれ無理だろなくらいの特産品てんこ盛りといった風情は全くありません。
一口咬んでみてまず感じたのはしっかりした味と食感を持つバンズで、これはなかなか好印象ですね。
レタスやらもシャキシャキながら量的にはほんとに僅かなものですし、ベーコンも過剰に存在感を主張することなしに(良く言えば)控えめなサポート役に徹している感じで、この辺りは味・食感ともに見た目通りあまり強い印象を受けるものではありません。
そうなると肝心の肉の味はどうなのかと気になるわけですが、メインとなる肉はジャージー牛100%だそうで、これが某大手チェーンの脂コテコテなシロモノと比べるとなんともさっぱりと言いますかあっさりと言いますか、後口がハンバーガーらしからぬほど(失礼)実にすっきりしているんですね。
ジャージーと言えば有名な乳用牛ですが、あるいはこれはいたいけな牡牛ちゃんでもシメちゃったらこういう味になるのかなと言うくらいにあっさりした軽い味です。
こってりというよりさわやか系のソースも含めて全体の味付けもごく控えめなもので、何ともハンバーガーらしからぬほど軽く食べられるものだなという印象でした。

個人的には巷間にあふれている味も濃くて脂気の強いハンバーガーよりこういう「普通にうまい」方がいいかなとも思うのですが、世間的にはどうなんでしょうかね?
この高速道SAのフードコーナーに来るだろうあまり濃くない客層というものに対しては、味はともかくビジュアル的にもボリューム的にももう少し判りやすさもあった方が受けるのかも知れません。
これが近所の店でレギュラーメニューとして食べられると言うことであればモスの1000円バーガーが結構売れるというくらいですからそこそこ商品力があるかも知れませんが、そこらのハンバーガーショップではセットメニューが買える値段でと多少なりとも身構えているだろう客に対してこの普通さは結構肩すかしかなとも思うんですよね。
そういう点で一日50食というのは何とも微妙なところを突いてきているのかも知れませんから、いっそ非日常を演出する上でも毎日の販売開始と同時に本日分残何個とカウントダウンなどやってみたらどうでしょうか。

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2009年3月19日 (木)

墜ちた偶像 前高知医療センター院長瀬戸山氏に有罪判決

最近地方自治体病院で流行中のPFI方式については以前にも取り上げましたが、実績を見る限りではやはり世の中うまい話ばかりではないのだなといったあたりが正直なところではないでしょうか。
PFI方式と言えば昨今郵政絡みで何かと話題になることも多いオリックスが手がけた高知医療センターがその走りと言うことですが、こちらも例によって全くうまくいっていないようです。

高知医療センターと言えばひと頃病院再生のカリスマなどと自信満々で落下傘降下してきた初代院長の瀬戸山元一氏が予想通りに大コケをかました挙げ句に(実質)解雇された点ですっかりケチを付けてしまいましたが、その後瀬戸山氏が収賄で逮捕されるに及んでカリスマも落ちるところまで落ちたなという感もあります。
報道された範囲でもなかなかに華々しい瀬戸山氏の行状については「勤務医 開業つれづれ日記」さんあたりでも過去に詳しく取り上げていらっしゃるので参照いただければと思いますが、その判決が昨日出たということですので地元紙の記事から紹介してみます。

高知医療センター汚職 瀬戸山被告に有罪(2009年03月18日高知新聞)

 高知医療センターのPFI事業をめぐる汚職事件で、収賄罪に問われた前院長、瀬戸山元一被告(64)=京都市左京区=の判決が十八日、高知地裁であり、伊藤寿裁判長は被告側の無罪主張を退け、懲役二年、執行猶予四年、追徴金約百八十五万円(求刑懲役二年、追徴金約百八十五万円)を言い渡した。弁護人によると、被告側は控訴する方針。

〝カリスマ〟の影なく(2009年03月18日高知新聞)

「被告人を懲役二年に処する」――。約四十分にわたって淡々と読み上げられた高知医療センター汚職の判決文。その内容には随所に不可解、不自然、不合理といった言葉が織り込まれた。無罪を主張し続けながらも、それがことごとく退けられた厳しい内容に、かつて〝病院経営のカリスマ〟と呼ばれた前院長の瀬戸山元一被告(64)は体を震わせた。 

【前院長有罪】損なわれた社会の信頼(2009年03月19日高知新聞)

 高知医療センターのPFI事業をめぐる汚職事件で、収賄罪に問われた前院長、瀬戸山元一被告に対し、高知地裁は執行猶予付きの有罪判決を言い渡した。約百八十五万円の追徴金も命じた。
 判決によると、同被告は二〇〇四年十二月と〇五年一月、センター建設工事の設計変更で便宜を図った謝礼の趣旨と知りながら、オリックス不動産の元社員二人=いずれも贈賄罪で有罪確定=からプラズマテレビやソファなど三十点、三百万円相当の家具家電を受け取った。
 民間の資金とノウハウを活用するPFI事業は、官民がより密接に結びつく。高知医療センターの汚職事件では、瀬戸山被告の実質的な職務権限の有無とともに、わいろとされる家具家電に代金が支払われたかどうかが争点となった。
 判決は「専門知識を持つ被告人の了解が前提とされ、被告人の意向が最重要視されていたというべき」と被告の権限を認定。家具家電についても「(払ったとする)額や回数、場所があいまいで、不可解」と被告の主張をことごとく退けた。
 その上で「巨額を投じた本件工事に対する社会の信頼を損ねた」と被告の行為を厳しく断罪した。
 被告側は控訴する方針だが、被告の「公私の別の甘さ」はたびたび問題視されてきた。開院前に業者同伴の米国視察旅行に参加し、旅費を旅行代理店側に全額負担させていたことも明らかになっている。
 今回の収賄容疑はそれ以降のことで、自覚と反省が十分だったのかという疑問がある。一方で被告の医療界への貢献も無視できない事実だ。
 院長を務めた京都・舞鶴市民病院では経営改善で累積債務を解消した。島根県立中央病院でも移転新築に際し、全国初の「電子カルテシステム」を導入するなど経営手腕は高く評価されてきた。量刑理由にはこうした実績が考慮されたようだ。
 今回の判決は全国の自治体に少なからぬ影響を与えそうだ。県外のPFI病院では契約の見直しも起きている。本来の効果さえ疑問視され始めているのだ。
 だが、事件の背景に県と高知市のチェック態勢の甘さがあることも忘れてはならない。県民医療の中核施設として何より「信頼の回復」が急がれる。

瀬戸山氏と言えば開院前の説明会では現場医師達の話に全く聞く耳持たずで何のための説明かとさんざんだったとか、一応院長外来の枠を取っていたものの休診ばかりで何の意味があるのか誰にも判らなかったとか、患者さん中心の病院どころか患者さん無視の病院と大評判を取った高知医療センターを作り上げて大ブーイングだったとか、高知では何かと話題が豊富ではあったようです。
特に現場スタッフ無視の姿勢が今に続く過酷な同センターの勤務状況を作り上げた一因ではないかとも思うのですが、このあたりの実情は以前から高知新聞が「医師が危ない-密着、高知医療センター脳外科」で救急当直張り付き体験という意欲的な連載で取り上げているので是非一読いただければと思います。
連載の中でも近隣の救急病院である高知赤十字病院と近森病院のコメントは疲弊する全国の公立病院に対する示唆に富む内容で引用させていただきますが、特に「外来の患者呼び出しも医者にやらせる」などとも側聞する素晴らしい診療態勢を作り上げたと自慢していた瀬戸山氏にとってはどう聞こえたことでしょうかね。
現場の声に耳を傾け、現場が動きやすいシステムを作る、医療崩壊と言う危機的状況に対する最も基本的な処方箋はそんな簡単なところにあるんじゃないでしょうか。

第4部 驚きの「防波堤」高知赤十字病院(2)全く違うシステム(2008年04月12日高知新聞) 

 「うちでは夜中に呼吸器内科を呼ぶことはありません。肺炎や低酸素血症のひどい症例や、呼吸器不全の急性増悪が来た場合、救急部が挿管や呼吸管理をして、その日はそれで大丈夫。翌朝、呼吸器の先生に引き継げばいいんです」

 経験豊富だけに、高知赤十字病院(高知赤十字病院)の救急部長、西山謹吾医師(50)の言葉は明快だ。救急外来当直は救急部、外科、内科、その他が各一人。これに研修医が加わる。救急車は救急部がすべて対応する。

 「消化器内科は呼ぶ時があります。例えば、内視鏡のクリップが必要な消化管出血。どんどん血が出て、内視鏡操作が要るような場合は遠慮なく呼ばさせてもらいます」

 「脳外科は、脳内出血は全部呼びますが、朝方に来られた軽症の脳出血は、僕らで降圧して止血剤打って、朝の八時ごろ脳外科の先生に『こんな患者さんが入院してますよ』と連絡するんです」

 骨折でも、手術が不要と判断したら、整形外科医には連絡するが、自分たちでできる処置は済ませ、翌朝に引き継ぐ。

 「何とか各科の先生方の負担を減らしてあげたいと思ってるわけです」

 合理的なシステム。しかし、それでは自分たちが大変そうだが、「それほど感じませんね。不安なら呼びますから。不安に思わないから呼ばないだけ」ときっぱり。

 救急医は瞬時の決断力が勝負。西山部長のはっきりしたものの言い方はまさに救急医そのものだった。

 救急部のスタッフは七人。毎日、昼間は救急車に対応し、そのうちの二人が引き続いて当直に入る。一人が救急外来当直、もう一人がICU当直。三日に一回、当直が来る。

 「かなりきついんですわ」と西山部長。横にいた内科医が「そのおかげで私らはすごく安心なんです。患者さんの急変で呼び出されても、病院に駆け付ける前に救急部が診てくれてますから。それで何人もの患者さんが助かっているはずです」

 高知医療センターの救急ICUは基本的に各専門科の主治医管理となっているため、患者が急変した場合は当直医だけでなく、各主治医も呼ばれる。救急外来も、夜間に専門科の医師が呼ばれることが多く、その結果疲労をため込んでいる

 では、「防波堤」の高知赤十字病院の救急医たちはいつ休むのか。「僕らはね、当直明けの日は院長のご厚意により、昼すぎに帰れるんです」と西山部長。

 勤務ローテは初日が「日勤→そのまま当直」、二日目が「引き続き昼すぎまでの勤務」、三日目が「日勤のみ」。つまり、仕事はきついが、三日に二日は一定量の睡眠が確保できるのだ。

 「僕は当直明けでも、ほかの仕事があるから帰りませんけど、若い者は無理やり帰らせてます。年休込みで三連休もある。そういうのをしないと、子供のいる連中は困るでしょ。参観日や運動会は絶対休ませます。メリハリ付けてあげないと、やっていけません」

第4部 驚きの「防波堤」近森病院(5)医師に雑用させぬ(2008年04月16日高知新聞) 

 「これを見てください。百床当たりの医療スタッフの数です」

 県内最大の民間救急病院、近森病院(高知市大川筋一丁目、三百三十八床)の近森正幸院長(60)と川添昇管理部長(60)は資料を出した。

 高知医療センターと近森の、医師と「コメディカル」(看護師、薬剤師、管理栄養士、リハビリスタッフら)を比較した十八年度の数字だ。

 高知医療センターが医師十七人、コメディカル九十二人に対して、近森は二十一人と百四十四人。コメディカルの数は近森が五十二人も多かった。その差は医師を大切にしている「証拠」なのだという。

 「医師には医師しかできない仕事だけやっていただくんです。ほかはコメディカルが補助する。つまり、チーム医療で労働生産性を上げているんですよ。高知医療センターは、医師が雑用までやってるから大変なんです」

 院長の指摘は、思い当たる点もあった。

 高知医療センターの患者が転院する際、病院の救急車で運ぶことがあるが、これに医師が付き添うのだ。看護師で事足りるのだが、看護師に余裕がないから医師が乗るという。昼間の大事な時間に、遠い場合は往復五、六時間かかることもある。転送用の看護師さえ配置すれば済むのに、もったいない話だった。

 医療ソーシャルワーカー(MSW)も高知医療センターには三人しかいない(本年度から一人増)。患者の相談に乗り、退院が近づけば転院先も探す。それを高知医療センターでは、多くの科の医師が自ら行っている。これも大きな負担だ。近森には八人いる。

 そして院長は続けた。

 「なぜこれほどコメディカルが必要か、分かります? 救急はね、人を大量に投入する必要があるからなんですよ」

 近森病院は本県の救急病院の草分け。昭和三十九年、救急病院の法制化とともに県内で真っ先に認定を受け、県民の命を救ってきた。また、医療体制の充実度を調べる「日本医療機能評価機構」の認定も国内でいち早く受けるなど、取り組みは先進的だ。

 近森院長もまた、たたき上げの「ミスター救急」だけに思いが強い。

 「救急医療では、医者は夜中も呼び出されて手術もしないといけない。人手が倍以上要るわけです。ところが、今の高知医療センターの人員体制は高度医療専門型。がんや小児、周産期、移植などの専門医集団が一次と二次の救急をさせられているところに、脳外科の先生に代表されるような悲劇が起きているんです」

 では、近森はどうしているのか。

 「極端な話ね、うちは救急医は救急の仕事だけです。整形外科の医師は手術に徹する。循環器科は血管内治療に力を傾注する。そうすれば医師の専門性も高まるし質も上がりますよね」

 ただし、それが過度になると、一本の高く細い棒になって倒れかねない。その防止のために、周囲を質の高いコメディカルが支え、束になってレベルの高い医療を築いているのだという。

 「高知医療センターの先生方の超勤が二百時間だなんて。医者が何もかもやってたら燃え尽きますよ。医師は貴重な『医療資源』。大切にしないと。残業代で医師がもう一人、雇えます。このまま行くと、高知医療センターは人も経営も破たんしかねないんじゃないですかねえ」

ちなみに開院以来赤字続きの高知医療センターではセンターは報道によると「医業収益が当初の見込みに届かない一方、薬品などの材料費が抑制できない状態で、今年度末に約7億6000万円の資金ショートに陥る見込み」なんだそうです。

 

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2009年3月18日 (水)

福島県の医療崩壊の現場から

先日も岩手県の県立病院再編問題について書きましたが、地域医療の危機ということに関して東北地方は以前から医師不足が顕著な土地柄であることが知られています。
大野病院事件で一躍全国に名を轟かせた福島県では福島民友が「医療危機'09ふくしまの現場から」という連載を続けていて以前にも断片的に取り上げさせていただいてはいましたが、この3月16日から第二部の連載がはじまりました。
これがまだ連載途中ですがなかなか香ばしいネタが満載ですので、さっそく既連載分を取り上げさせていただきます。

【救命救急センター】 医師の疲弊深刻に(2009年3月16日福島民友)

 軽症患者を取り扱う診療所は「初期救急」、入院治療が必要な患者を取り扱う病院は「二次救急」と呼ばれる。「三次救急」として高度な治療を施す救命救急センターは福島医大など県内4カ所。患者の症状に応じた適切な役割分担が理想とされる。

 「税金でやってるんだろ。2日も寝込んで来たんだ。早く診てくれ」。事故や急病などで生命の危機にある患者に対応するため、昨年1月に整備された福島医大付属病院の救命救急センターで男性が医師に声を荒らげた。男性の症状は風邪だった。
 この男性に応対した医師は本県の救急医療の第一人者で同センタートップの田勢長一郎部長。田勢部長は「地域の救急医療システムが机上の空論となっている。軽症の人が救命救急センターに来るケースは珍しくない」と話す。診療所や民間病院が休みになる土、日曜日は特に多いという。
 入院治療が必要で地域の診療所では対応できない症状の患者は病院が受け入れ、病院でも対応が難しい重篤な患者を救命救急センターが引き受ける機能分担が救急医療の基本的なシステム。しかし、実際には軽症を含む多くの患者が病院に殺到しているのが現実だ。

 救急医療をめぐっては近年、搬送受け入れ先の医療機関が決まらず、極端な場合には治療を前に死亡する事例が全国で報道されている。新聞紙面には「診療拒否」などの見出しが躍る。
 本県でも昨年12月、事故で重体となった女性が6病院で受け入れを断られ、最終的に救急車到着から1時間12分後に現場から約58キロ離れた病院に運ばれた事例があったばかり。
 「実際には『対応不可能』が事態を正確に表現する言葉だろう」と田勢部長は現場の医師の声を代弁する。患者で病床が次々と埋まり、本当に入院治療が必要な患者が運ばれてきたときに空床がなければ、「対応不可能」となる。また、当直の医師全員が患者の対応に当たっている場合も受け入れられないのが実情だ。

 救急医療ならではの重責も医師を疲弊させる。田勢部長は救急医療の現場を「患者がいつ運び込まれるか分からず、頭から足の先まで、外科系も内科系も全部診断して適切な治療を行い、少しの見逃しも許されない現場」と表現する。病院勤務医の不足が叫ばれる中、限られた医師数で責任を背負い、殺到する患者に対応する。その多忙さは計り知れない。
 田勢部長は「救急は医の原点だと、救急専門医の志望者もいたけれど、みんな燃え尽きてしまう。救急に対する理解は少ないと思いますよ」と静かに語った。

三次救急に軽症患者が云々といった話題は今さら感も強いのですが、この場合気になるのは三次救急の救急センタートップが「地域の救急医療システムが机上の空論となっている。軽症の人が救命救急センターに来るケースは珍しくない」と他人事口調で語っていていいのかということですかね。
三次救急医療機関といえば「二次救急体制では対応できない重症および複数の診療科領域にわたるすべての重篤な救急患者(頭部損傷、心筋梗塞、脳卒中など)を24時間体制で受け入れる体制と高度な診療機能をもつ医療機関」を言うわけですから、本来患者が自己判断で勝手にやってくるような医療機関ではないし、そうあるべきでもないのです。
本来なら二次救急以下からの搬送患者への対応だけに特化すべきところですがシステム上自己受診患者にもある程度対応せざるを得ない、その負担を多少なりとも軽減するために時間外料金加算は病院側で判断して幾らにするか決めなさいよという話になっているわけですから、要は病院側の設定が機能していないというだけの話ではないですか。
福島県立医大と言えば昨春に時間外負担金を全額自己負担化するというニュースがありましたが、この時点でも「導入には利用者の反発が予想され」云々などと言う議論が出てくること自体が三次救急の役割を当事者が理解していないということのように思えてなりません。

【専門医志向】 敬遠される専門外(2009年3月17日福島民友) 

 「満床」「専門医がいない」などの理由で病院が救急搬送の受け入れを断り、患者が死亡に至るケースが全国で相次いでいる。県内では昨年、郡山市と矢祭町で発生、県は医療機関や消防と対策を急ぐ方針を確認している。

 昨年2月、太田西ノ内病院救命救急センター(郡山市)など同市内の5病院で受け入れを断られた女性が別の搬送先で死亡した問題。救命の「最後のとりで」となる同センターまでもが受け入れできなかったことが、救急医療のもろさを浮き彫りにした。
 同センターの篠原一彰所長(46)は「昨年の受け入れ患者数は、12年前の約2倍だが、センターの医師数は変わらない」と語る。県医療計画によると、県全体の救急搬送は2006(平成18)年までの10年間で約1.4倍の増加で、同センターの受け入れ患者数の急増ぶりが際立つ。昨年2月に女性の搬送を要請された際も、満床で処置室にも患者がいた。

 命にかかわる重症患者が増加したわけではない。篠原所長は、患者の専門医志向が背景にあると考える。患者は、夜間や休日でも症状に応じた専門医による診療を求める。各病院の医師も呼応するように、救急で専門外の患者を診ることを敬遠するようになった。結果として「どんな症状でも診る」(篠原所長)という同センターに患者が集中する。
 専門医志向は救急病床の確保も難しくしている。患者、家族は高度な医療機器が整っている救急病床を専門的な治療が受けられる最上の環境と認識、症状が改善しても転院を嫌う。篠原所長は「次の患者のために、土下座でお願いして移ってもらったこともある」。

 急病という非常事態で、患者、家族が最上の診療を求めるのは必然-。篠原所長はそう理解しているが「本県の医療資源が限られていることは分かってほしい」と言う。救急を敬遠しがちな医師にも「専門外であっても救急患者は診る心構えが必要」と苦言を。日本救急医学会は昨年12月にまとめた国への提言で「専門外への対応について責任範囲を明確に定め、医師が救急医療に参画しやすい体制をつくる」ことを求めた。
 篠原所長は患者、医師に警鐘を鳴らす。「双方が現状を理解して意識を変えないと、受け入れできずに患者を死なせる悲劇が、また起こる」

今どき「救急を敬遠しがちな医師にも「専門外であっても救急患者は診る心構えが必要」と苦言」などと対外的に公言してしまう人間が上に立っている施設というのもどうよと思うのですが、そうやって平素から背後から銃を撃つような真似をしているから現場の人間は何かあった時にも同じように背後から撃たれると警戒してしまうのではないでしょうか。
「次の患者のために、土下座でお願いして移ってもらったこともある」などとなると最早理解困難な領域としか言いようがありませんが、この発言を見ると篠原一彰所長は担当医の役割というものを誤解されているのではないかという危惧すら感じられるところです。

急性期から慢性期へと移行していく過程においてそれぞれの時期で治療の目的も行うべき内容も異なってくる、そして現在の保健医療体系では一つの医療機関でそれら全段階を網羅することはほぼ不可能となっているわけです。
そうであるなら最上の環境を求める患者にこそ時期を得た転院加療というものが必須になってくるわけで、医療が他施設も含めてシステム化されつつある今の時代の担当医は単に治療だけをやっていればいいという存在ではなく、治療のエンドポイントに至るまでの最善の治療スケジュールを提示する役割が求められているはずなんです。
こうした場合の転院と言うものもあくまで当該患者の利益が最大化するように行われるべきものであって決して「次の患者のために」行うような話ではないわけで、自施設で出来もしないことを出来るかのようにごまかして患者の回復を阻害しているようなことになっては本末転倒ということになりかねません。

色々と悪いことを書きましたが、ここに名前が出ているような先生方はどれもこれも熱心に地域医療に従事されている方々なんだろうなと思います。
しかし現状のままではどうしようもない、早急に患者に対して、そして医療従事者側に対しても意識改革を迫っていく必要があると言うことには総論賛成なんだと思うのですが、どうもその実施面になると途端に他人の仕事という態度が顔に出てきていませんかという気がして仕方がないのですね。
確かに大きな事件が起こればしばらくの間はマスメディアも大々的に騒ぐかも知れない、医療への関心が高まっている今の時期でならこうした特集も組んでくれるかも知れない、けれどもテレビで見た、新聞で読んだといった話で果たして患者の受診行動がどこまで変わるものか、しょせん一過性の影響に過ぎないのではないかと言う気がします。
その点で激務に負われる現場の医師達にもうちょっとやれることはないのか(それもなるべく余計な労力をかけない方向で)と考えていくと、ちょっとした心がけの違いというものも案外重要なのかなと言う気もするんですね。

たとえば出来たばかりの医療機関には色々な患者がやってきますが、年月を経ていくうちにその客層というものには次第に色がついてくるものです。
地域性、土地柄といったものももちろんありますが、同じ地域内で似たような規模の施設でも明らかに客層が違っているということはしばしばあって、その理由は何かと言えば結局は医師の診療に臨む態度などを初めとする病院側の要因が最も大きいのではないかという気がしています。
周囲の様々な施設から患者を引き受けている地域の基幹病院で「あそこのクリニックから紹介されてくる患者っていつも○○な人ばかりだよね…」なんて噂されている施設が結構ありますが、そういう患者が集まっている最大要因はやはり医療機関側にあるんじゃないかと思うんですね。
客層の良い施設が激務で客層の悪い施設が楽だと言うわけでも必ずしもないわけで、こういうのは労力発揮の量的な問題というより質的な問題なんじゃないかなと言う気がするのです。

良ければ座布団を差し上げる、悪ければ取り上げるというのは某お笑い番組ですが、患者に対してもこうした教育が必要であるなら好むと好まざるとに関わらずその尖兵となるなのは現場で患者と顔を合わせる医療従事者だろうと思うのです。
たとえば患者にとって診察室で目の前に座る医師の態度なり語る内容なりと言うのはそれなりに重いし、逆に患者に影響力を発揮するという点で医師がみのもんたなどに劣っているようでは困るわけで、もしそんな医師がいたら是非とも反省し診療行動を改めていかなければならない。
一人一人に対する影響力が集団の行動パターンを変えるなんてずいぶんと気長な話だと思いますが、激務に疲弊して心を荒ませるところまでは仕方ないとしても肝心の顧客対応にまで手を抜いてしまえば客層はますます悪化し、結果として更に自分の首を絞めていくだけだと言うことです。

どうせ疲れるのなら少しでも実のある疲れ方をした方が後々少しは楽しい未来図を期待できる可能性が上がるかも知れない、そうした目的意識があるなら合法的に取り得る選択肢というものを現場の医師たちはずいぶんと沢山もっているんじゃありませんかと思うわけですね。
何より地方という相対的に対象のマスが小さな地域でこそ個人の影響力が集団に影響を与えやすいのだと考えれば、それもまた世間で持て囃されるところの「顔の見える医療」というものの一つなのかなとも言えるんじゃないでしょうか。
と言うわけで本日のテーマは「目指せ!ストレスフリーな診察室!」といったところでどうでしょうか(苦笑)。

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2009年3月17日 (火)

産科医療補償制度 ますます問題は山積している?

いよいよ今年から産科医療補償制度が始まり、未だ限定的ながら無過失補償制度への道筋をつけることになるかなと注目しています。
一般マスメディアの注目もそれなりに集まっているようですが、まずはテレビ報道分から引用してみましょう。

特集/「医師不足解消につながるか?産科医療補償制度」(2009年3月12日放送ニューススーパーアンカー)

全国的に進む深刻な産科医不足。その原因は、過酷な勤務に加えて、訴訟リスクの高さだと言われています。その対策として、ことしから「産科医療補償制度」という制度がスタートしました。
新しい制度はお産の現場の立て直しにつながるのでしょうか?

東京都内に住む、鹿野詩乃ちゃん(6)。出産の際の医療事故で、重い脳性まひの障害が残りました。
「ミルク飲む?ミルク飲む人?」(母・乃里子さん)
頻繁に吸引が必要で、自力で食事を取ることもできません。入退院を繰り返す日々の中で、少しずつ成長してきました。
「くじけそうになる時もあったんですけど、こんなに小さい娘が一生懸命頑張っているのに、落ち込んでばかりもいられないなと思って」(母・乃里子さん)
詩乃ちゃんのような子どもを手助けするため、ことしから始まった新しい制度があります。

「1月1日以降、ことしから始まったんです。赤ちゃんが脳性まひになったら補償金がおりますよという制度なんで。この制度ご存知でした?」(助産師)
「全然知らないです」(妊婦さん)
産科医療補償制度。こどもが重い脳性まひと診断された場合、3000万円の補償金が支払われる制度です。1人3万円の掛け金は病院を通じて集められます。これにともなって、妊婦個人の負担が増えないよう、出産育児一時金が増額されています。
「生まれたときは多分頭が真っ白になって、どうしたらいいか分からないと思うので、補償していただけるのであればそれが一番ありがたいと思います」(妊婦さん)
「以前、医療事務をしてたので、産科がいま大変だということはすごくわかっていたので、こういう制度ができたことは産むほうもいいと思うし、先生方もいいんじゃないかなと」(妊婦さん)

制度を運営するのは、厚生労働省の外郭団体である「日本医療機能評価機構」。大学の医師でもある後技監は、いち早く制度を設立するため、準備に追われてきました。
「こういう制度をとにかく始めて、そして見直しながらもいいものとして定着させて、医療に対する信頼が再び大きなものになっていくように」(日本医療機能評価機構・後信技監)

なぜ産科だけを対象に、制度の設立を急いだのか――?
お医者さんたちが仕事に専念できるように、極端に言ったら訴訟リスクをゼロにする。特に産科のお医者さん、訴訟という事を考えるのが嫌だから辞めるのはやめてください」(舛添要一厚労相・去年1月)
産婦人科は、他の科に比べて訴訟を起こされる割合が高く、産科医の不足につながっているとされています。この制度の特徴は、医師に過失がなくても、補償が行なわれる点。そうすることで、患者側は早い段階で補償を受けられ、医師の訴訟リスクも減るというのです。
「過失の有無というのがですね、法律上の判断がとても難しい領域だけれども、どうしても一定の割合で起きてしまう、避けられないというようなことがあって、医療者も患者さん側も紛争で時間も気持ちもすり減らして疲れていくような領域には適用するのがいい制度じゃないか」(日本医療機能評価機構・後信技監)

しかし、脳性まひの子ども全員が救済されるわけではありません。未熟児や先天性の障害は対象から外れているのです。対象となる子どもは年間500~800人と試算されていて、必要に応じて対象範囲の見直しも行なうとしています。
今回の産科医療補償制度というのは、非常に限定的で狭いし、対象も限られているという点で、たくさんの限界はあると思います。限界はあるかもしれないんですが、そういう制度は今までどこにもなかった。この国の中ではどこにもなかったものを新しく、何とか上手く作って、それを育てていけないか」(制度設計に携わった北里大・海野信也教授)

この制度で、本当に医療裁判は減るのでしょうか?
出産の日に何が起きたのか知りたいと思った鹿野さん夫婦は、子育てに追われるなか、裁判の道を選ぶしかありませんでした。
「結果が悪かったから病院にどうこうと言ってるんじゃなくて、何が起きてこういう事になったのかちゃんと知りたかったというのが一番」(鹿野乃里子さん)
病院側は監視義務を怠ったことを認め、和解が成立しました。しかし、使われた薬などについては争点とならず、真相は分からないままです。

医療裁判の限界に直面した鹿野さんの元を、ある女性が訪れました。新葛飾病院の職員・豊田郁子さん。6年前に医療事故で長男を亡くした豊田さんは、自ら患者と医師の架け橋になろうと、病院の患者支援室で働いています。
「看護師さんは来るんですけど、薬を置きにくるだけで、お腹をさすって様子を診たりとか内診や検査とかもなかった」(鹿野さん)
「様子を見にきたけど…」(豊田さん)
「お薬置いていくだけ、次の薬ですみたいな感じで」「5個目を投与しようと思って看護師が来たときに私の異常に気付いて」(鹿野さん)

医療裁判の限界を乗り越えたい――
その思いから豊田さんは、産科医療補償制度の委員を引き受けました。担当するのは「原因の分析」。補償対象となるケースについて、医療事故の原因を分析し、再発防止に向けてフィードバックしようという仕組みです。第三者の医師や看護師、弁護士などで構成された委員会に、豊田さんは患者を代表する立場として選ばれたのです。
「患者さんが知りたいところにちゃんと言及されているかとかですね、わかりやすいものであるかとかですね。普段の病院での経験も生かしたご意見をいただければと思っております」(日本医療機能評価機構・後信技監)
「お子さんを育てながら裁判を起こすというのは、私には想像できないくらいすごい心労だと思います。患者の意見を取り入れられるような体制であれば、いつの日か患者さんにとって良い仕組みではないかと評価できる日が来るんじゃないかなと思いますけど」(豊田郁子さん)

大きな課題を背負ってスタートした、産科医療補償制度。産科医療の危機に歯止めをかけられるのか――
日本初の試みが実を結ぶかどうかは、これからの運営にかかっています。

産科医療補償制度については以前にも取り上げてきた経緯がありますが、今のところこの制度で救済される脳性麻痺はせいぜい半分くらいなんじゃないかとも予想されます。
この点でテレビの報道というのはこういうものだとは思いますが、実際に現場で「赤ちゃんが脳性まひになったら補償金がおりますよという制度なんで」なんて説明をしているんだとしたら後々大きなトラブルの元になりそうな話ではありますけれどね。
舛添大臣も「お医者さんたちが仕事に専念できるように、極端に言ったら訴訟リスクをゼロにする」などと景気の良いことを言っていますが、そうであるなら何故こうまで極端に対象を限定した制度でスタートするなんて話になったのかという疑問も残るところではあります。

そもそも補償対象外となるだろう患者家族の感情や現場での説明の混乱、あるいは認定手続き等の手間を考えても、多少保険料を上げてでも脳性麻痺と診断がついたら一律幾らというシンプルな制度にしておいた方がよほど話は簡単だろうにと誰しも思うのではないでしょうか?
ちなみにこの制度を運用するのが、かねて病院機能評価などでも悪名高い厚労省の天下り団体であるところの「日本医療機能評価機構」であるというのも胡散臭いところですよね。
まさか余計な手間暇をわざとかけさせるような面倒くさい制度設計にすることでマンパワーが必要なことをアピールし、新たな天下り先利権でも狙っているのかなどと邪推してしまうような妙な制度ですが、どうもあながちそんな邪推も間違いじゃないのかなと思わされるような話も漏れ聞こえてくるから露骨すぎて呆れてしまいます。

情報収集、「内容の整理を」―産科補償制度(2009年3月16日CBニュース)

 分娩に関連して発症した重度脳性麻痺児を対象とした「産科医療補償制度」で、脳性麻痺発症の原因分析などを行う日本医療機能評価機構の「産科医療補償制度原因分析委員会」は3月16日、分娩機関や保護者からの情報収集などについて意見交換した。この中で、分娩機関からの情報収集について委員から「出産から補償の申請まで、半年や1年たっている場合、その時の勤務医の状況など、およそ分からない話」などとして、収集する情報内容の整理を求める声が上がった。

 同制度で脳性麻痺児の分娩を扱った医療機関が同委員会に提出する書類には、病院の病床数や設置主体、医療安全体制などの診療体制や、事例に立ち会った医療従事者の当直日数、オンコール日数などについて記載を求める
 一方、脳性麻痺児の保護者からの情報収集に使用する意見書では、妊娠から出産後に退院するまでの間に、実施された検査や処置、それらに関して受けた説明などについて記載してもらう。

 分娩機関からの提出書類について、委員からは「何を目的にした書類なのか、よく分からない。出産から補償の申請まで、半年や1年がたっている場合、当時の勤務医の状況など、およそ分からない話。もっと整理した方がいいのではないか」との声が上がった。

 また、保護者からの意見書に対しては、「カルテや母子手帳など、情報がないと記憶をたどるのは難しい。分娩機関から得た情報を家族に渡して、それを基に書いてもらうことなどを検討してほしい」「会話から初めて出てくる情報はたくさんある。丁寧な聞き取りは、(同委員会の)報告書が出た際の保護者の納得への道にもつながるので、聞き取りの仕組みや体制づくりも検討してほしい」などの意見が出た。

 同委員会の部会が、分娩機関から提出された診療録などや、脳性麻痺児の保護者からの情報に基づいて医学的観点から検証・分析を行い、原因分析報告書を作成。その後、同委員会で報告書の承認の可否を決定する。報告書は、保護者と分娩機関に提出するとともに、一般にも情報公開する。

初期の段階での脳性麻痺の診断というのはなかなかに難しいということもあってか産科補償制度に補償を請求できるのは出生後1~5年後と定められていますが、これも現場での運用を考えてみるとなかなか難しいことになりそうだなとは予想できるところですよね。
後々の検討のために情報を集めておきたいから何でも記録しておいてくれというなら補償と別件で集めればいいわけで、うちの子は脳性麻痺だとパニクっているだろう家族にこういう事細かな尋問まがいの行為をしなければ申請も出来ないということであれば、ただでさえ微妙な関係に陥りつつあるだろう患者-医療関係がどういうことになるか。
舛添大臣の言う「訴訟リスクをゼロにする」ために一番大事なのは患者-医療関係がこじれきってしまう前に補償するからこそ意味があるのであって、さんざん待たされた挙げ句では補償が出た場合でもどうかと思われるのに、まして「残念ですがお宅のお子さんは認定されませんでした」ともなればどういうことになるのか想像するのも恐ろしいことです。

だからこういう馬鹿馬鹿しいことに余計な手間暇をかけてわざわざトラブルのネタを仕込むくらいなら、最初から全例補償を大原則にしておいた方がよほど話が早いだろと言いたくなってくるわけです。
コスト的な面でも民間保険会社のために十分な儲けを確保すべくたっぷりマージンは取ってあるわけですから、高く見積もっても今の3万が5万くらいですむんじゃないかと考えれば、少子化対策の一環とでもして十分にお金を出す名目は立つレベルなんじゃないでしょうか。
実際の訴訟件数が増えるのか減るのかは今後数年を経てみないと判りませんが、制度設計を見る限りでも現場ではますますややこしいことになりそうだなとは容易に想像できる話ですし、しかもその苦労が厚労省の天下り利権のための苦労だとすれば産科医の逃散に歯止めがかかるなどと考える方がどうかしているんじゃないかと思えてなりません。

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2009年3月16日 (月)

エホバ問題再来、さらに大きな問題の萌芽も…?

医療現場において昔から話題になることの多い「エホバの証人」問題ですが、先週末にまた興味深い記事が出ていましたので紹介しておきます。

即日審判で父母の親権停止 家裁、息子への治療拒否で(2009年03月15日日本海新聞)

 東日本で2008年夏、消化管内の大量出血で重体となった1歳男児への輸血を拒んだ両親について、親権を一時的に停止するよう求めた児童相談所(児相)の保全処分請求を家庭裁判所がわずか半日で認め、男児が救命されていたことが14日、分かった。

 子供の治療には通常、親の同意が必要で、主治医は緊急輸血が必要だと両親を再三説得したが「宗教上の理由」として拒否された。病院から通報を受けた児相は、児童虐待の一種である「医療ネグレクト」と判断した。

 医療ネグレクトに対しては過去に1週間程度で親権停止が認められた例があるが、即日審判は異例のスピード。児相と病院、家裁が連携して法的手続きを進め、一刻を争う治療につなげたケースとして注目される。

 関係者によると、当時1歳だった男児は吐き気などを訴えてショック状態となり、何らかの原因による消化管からの大量出血と診断された。

 病院は「生命の危険がある」と児相に通告。児相はすぐに必要書類をそろえて翌日昼、両親の親権喪失宣告を申し立てるとともに、それまでの緊急措置として親権者の職務執行停止(親権停止)の保全処分を求めた。

 こうした輸血拒否への対応については日本小児科学会など関連学会が08年2月、合同で指針をまとめており、今回のケースでも病院側はこの指針に従って対応した。

今回の事例ではエホバ問題にたいしてある程度社会的・組織的に対応しえたということも一つ注目に値する点だと思いますが、それだけこの問題に対して医療業界のみならず社会的にも共通認識が広がってきたということになるのでしょうか。
しかし医療現場においてはしばしば患者対医師という一対一の局面でこうした難しい選択に直面せざるを得ない場合もあるわけですから、当事者たり得る人間は最低限の知識を持っていなければならないのは当然ですよね。
過去に発生したエホバ絡みの事例についてはこちらなどでもまとめていただいていますが、エホバと言えば必ずと言っていいほど引用されるのが平成12年の最高裁での判例です。

事件番号平成10(オ)1081損害賠償請求上告,同附帯上告事件 裁判要旨(平成12年02月29日最高裁判所第三小法廷)

医師が、患者が宗教上の信念からいかなる場合にも輸血を受けることは拒否するとの固い意思を有し、輸血を伴わないで肝臓のしゅようを摘出する手術を受けることができるものと期待して入院したことを知っており、右手術の際に輸血を必要とする事態が生ずる可能性があることを認識したにもかかわらず、ほかに救命手段がない事態に至った場合には輸血するとの方針を採っていることを説明しないで右手術を施行し、患者に輸血をしたなど判示の事実関係の下においては、右医師は、患者が右手術を受けるか否かについて意思決定をする権利を奪われたことによって被った精神的苦痛を慰謝すべく不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

昨今では患者の自己決定権が叫ばれている時代ですから、医学的必要性がある局面でも患者の同意を得ないで輸血を行い裁判沙汰になった場合には負けるということを覚悟しておかなければならないと言うことがこの判決から言えると思います(ただし実際に全ての輸血事例が裁判沙汰になっているわけでもないと思われますが)。
言っていること自体はまあそうなのかなと思うような内容なのですが、実際の臨床現場を想像しながら読み返してみるとこれは非常に難しい判断を迫られる話かなとも言えるのですよね。
特に決して誤読してはならないのは、この判決では決して「患者の同意が得られない以上は医学的必要性があっても輸血をしてはいけませんよ」と言っているわけではない、ということなんですね。
このあたりは実際に輸血を行わずに患者死亡に至った場合にどうなるかを見ながらの方がわかりやすいのではないかと思います。

エホバの証人:手術中に大量出血、輸血受けず死亡/大阪(2007年6月19日毎日新聞)

信仰上の理由で輸血を拒否している宗教団体「エホバの証人」信者の妊婦が5月、大阪医科大病院(大阪府高槻市)で帝王切開の手術中に大量出血し、輸血を受けなかったため死亡したことが19日、分かった。病院は、死亡の可能性も説明したうえ、本人と同意書を交わしていた。エホバの証人信者への輸血を巡っては、緊急時に無断で輸血して救命した医師と病院が患者に訴えられ、意思決定権を侵害したとして最高裁で敗訴が確定している。一方、同病院の医師や看護師からは「瀕死(ひんし)の患者を見殺しにしてよかったのか」と疑問の声も上がっている。

同病院によると、女性は5月初旬、予定日を約1週間過ぎた妊娠41週で他の病院から移ってきた。42週で帝王切開手術が行われ、子供は無事に取り上げられたが、分娩(ぶんべん)後に子宮の収縮が十分でないため起こる弛緩(しかん)性出血などで大量出血。止血できたが輸血はせず、数日後に死亡した。

同病院は、信仰上の理由で輸血を拒否する患者に対するマニュアルを策定済みで、女性本人から「輸血しない場合に起きた事態については免責する」との同意書を得ていたという。容体が急変し家族にも輸血の許可を求めたが、家族も女性の意思を尊重したらしい。

病院は事故後、院内に事故調査委員会を設置。関係者らから聞き取り調査し、5月末に「医療行為に問題はなかった」と判断した。病院は、警察に届け出る義務がある異状死とは判断しておらず、家族の希望で警察には届けていない

エホバの証人の患者の輸血については、東京大医科学研究所付属病院で92年、他に救命手段がない場合には輸血するとの方針を女性信者に説明せずに手術が行われ、無断で輸血した病院と医師に損害賠償の支払いを命じる最高裁判決が00年に出ている。最高裁は「説明を怠り、輸血を伴う可能性のあった手術を受けるか否かについて意思決定する権利を奪った」としていた。

記事中では異常死として警察に届け出ていない云々とありますが、実際に聖マリアンナ大学で発生した同様の死亡事例では「警察は医師について保護責任者遺棄致死罪(刑法219条)の成否を検討していた」のだそうですから、患者の希望通りに輸血さえしなければ刑事訴訟のリスクはないと早合点するのは危険と言うものです。
またエホバの場合医療機関との交渉にも慣れているのでしょうか、患者側から輸血は絶対に行わない、その結果死亡しても構わない云々といった承諾書の類を提出されることもありますが、そもそもこうした同意書・承諾書の類はなければ裁判で負けるという性質のものであって、あるから大丈夫と言えるわけではありません。
そしてもう一つ重要なことは、たとえエホバ信者である患者との間で何らかの合意を得たとしても、エホバ患者の家族、あるいは遠い親族まで含めて皆が皆エホバ信者であるという保証などどこにもないわけですから、患者との合意の元に輸血を行わなかったとしても後日刑事告発されたり民事訴訟に持ち込まれるリスクというのは常にあるわけです。

「患者が、心房粗動に対するカテーテルアブレーションの治療実施中に死亡。医師が説明義務を怠ったとして、医療法人に慰謝料の損害賠償義務を認めた判決」(大阪地方裁判所平成17年1月28日 判例タイムズ1209号218頁)

(争点)

   1. 患者の心房粗動に対してカテーテルアブレーションの適応があったか
   2. 担当医は本件治療に対する説明義務を怠ったか

(事案)

 患者A(死亡当時57歳の女性)は、平成13年5月3日朝方より、M救命医療センターを受診し、その際、眼前暗黒感、胸部不快感及び動悸を訴えた。心電図で洞徐脈と補充収縮が認められて、徐脈と診断され、Aは同センターの紹介により、医療法人Yの設置・運営するY病院へ入院し、洞機能不全症候群等の治療を受けていた。
 平成13年6月6日、Aは心房粗動に対するカテーテルアブレーションのための電気生理学的検査を実施中、急性タンポナーデを発症し、その後死亡した。なお、6月4日、Y病院の医師は、Aに対して心房粗動に対するカテーテルアブレーションによる治療及びペースメーカー植え込みに際しては、合併症として大出血により死亡に至ることも大変まれながらあり得ること及び輸血による救命が可能と判断した場合であっても、宗教上の理由から輸血しないこととするが、それにより死亡の可能性を否定することはできないことを説明した。そして、エホバの証人信者である患者Aはこれに同意し、輸血謝絶兼免責証書に署名・押印していた。
 患者Aの夫X1と2人の子のうちの1人X2が原告として、医療法人Yに対して診療契約上の債務不履行もしくは不法行為に基づく損害賠償を請求した。

(損害賠償請求額)

患者の遺族(夫と子)の請求額:3721万0932円
(合計4961万4577円(内訳:逸失利益2190万6677円+死亡慰謝料2400万円+葬儀費用20万7900円+弁護士費用350万円)のうち、患者の夫が2480万7288円、2人の子のうち原告となった1人の子が1240万3644円を請求)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:585万円。
(内訳:慰謝料700万円(うち夫が350万円、2人の子のうち原告となった1人の子が175万円を相続)+弁護士費用60万円)

(裁判所の判断)

患者の心房粗動に対してカテーテルアブレーションの適応があったか

     裁判所は、日本ガイドライン及び鑑定意見から、本件治療当時の標準的治療の内容に照らせば、本件患者の心房粗動に対してカテーテルアブレーションによる治療を実施することは、標準的治療であるということはできないとしました。
     しかし、本件治療当時には、カテーテルアブレーションについて一定の水準を満たした施設における治療としても、必ずしも明確な指針が示されていたとはいえない状況にあったことから、本件治療が結果的に標準的治療に該当しないとしても、当該治療行為を行う医療従事者の能力、当該治療行為に必要な医療設備ないし医療環境を前提とした上で、(1)当該疾病に対する治療の必要性の有無(当該疾病の生命・身体に対する危険性の程度及び治療の必要性・緊急性の程度)、(2)当該治療方法の当該疾病に対して期待される一定の治療効果(有効性)の有無(当該治療法の当該疾病に対する効果の内容及びその効果が期待できる患者の割合等)、(3)当該治療行為に医療行為として期待される安全性の有無(当該治療行為に伴う生命・身体に対する危険性とその治療効果との比較等)を総合的に考慮して、本件治療を実施することが、医学的ないし社会的にみて違法であるとはいえない場合もあるとしました。
     そして、本件では、患者Aの心房粗動に対して、ペースメーカー植え込み前の段階でカテーテルアブレーションを実施する必要性は、高いとはいえないものの、その必要性を否定することもできないこと、患者Aの心房粗動は、詳細な電気生理学的検査を実施することが必要ではあるものの、その検査によって、峡部依存性心房粗動として、リエントリー回路を捕捉することができた場合には、患者Aの心房粗動に対するカテーテルアブレーションによる治療は、高い有効性及び根治性を有することが予想されることを指摘しました。さらに、患者Aは、輸血を拒否していることから、カテーテルによる穿孔が生じた場合には、死亡に至る危険性が通常の患者に比べて高いものの、カテーテルによる穿孔を生じる可能性は低いから、Aに対してカテーテルアブレーションを実施する危険性は合理性を欠くほど高いものということはできないとしました。よって、担当医が本件治療を行ったとしても、医学的ないし社会的にみて、違法な医療行為であるということはできないとしました。

担当医は本件治療に対する説明義務を怠ったか

     医師は、患者の疾患の治療を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の治療の内容、治療に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があると解されるとしました。
     さらに、患者Aの心房粗動は、ペースメーカー植え込みを実施するのでなければ、その時点で直ちに治療をしなければならない状態であったとはいえないから、本件治療は、標準的治療に比べ、治療の必要性としては必ずしも高いものとはいえず、また、本件患者が輸血を拒否していることから、死亡に至る危険性は通常の患者に比べて高いことからすれば、本件治療を実施しようとする担当医は、標準的治療に該当する治療行為を実施する場合や輸血拒否といった特殊事情のない場合に比して、より詳細かつ正確に本件治療の必要性、有効性及び安全性について、患者に対する説明を行って、患者の理解及び同意を得る必要があったとしました。
     そして、本件では、担当医は、患者Aに対して、患者Aの心房粗動について、自然発作の既往があり、それが患者Aの動悸に影響を与えた可能性は否定することはできないものの、その可能性は高くないことから、ペースメーカー植え込みを実施しなければ、現段階においては、治療を要するものではなく、さらには、ペースメーカー植え込みを先行させて、その後は、経過観察しつつ、心房粗動の発作を認めた段階で治療を行うことも有力な選択肢の一つであること、しかし、その選択肢には、いくつかの問題点があることから、ペースメーカー植え込み前に心房粗動に対するカテーテルアブレーションを実施すること等を説明し、本件治療についての本件患者の同意を得るべきであるという説明義務を負っていたと判示しました。それにもかかわらず、担当医は心房粗動に対する治療を実施する必要性が極めて高いと誤認しかねない説明をしたり、ペースメーカー植え込みを先行させてその後は経過観察をしつつ、発作を認めた段階で治療を行うことも有力な選択肢の一つであることの説明をせずに、先行させた場合の問題点のみ説明するなど、正確な説明をせず、説明義務を怠った過失があると認定しました。
     しかし、担当医が説明義務を尽くしていたとしても、患者Aが本件治療を選択した可能性も否定できないことから、担当医の本件治療についての説明義務違反と患者Aの死亡との間に相当因果関係を認めませんでした。もっとも、患者Aは自己の疾患について正確な説明を受けた上で、本件治療の他に採り得る有力な治療方針があったのに、これを選択し得る機会を奪われたという人格的利益を侵害され、その結果、多大な精神的苦痛を被ったといえることから、医療法人Yの慰謝料についての損害賠償義務を認めました。

判決の詳細については当「ぐり研」の性質上あまり深く突っ込むものでもありませんが、こうした判例の積み重ねを知った上で今日の医療現場においてどう対応していくのかと言うことが重要ですよね。
今のところ言えるのは「こうしておけば間違いなく大丈夫」と言える道はない、それ故に自ら十分にそのリスクも検討してから治療契約を結ぶべきである、と言うことくらいでしょうか。
もちろん救急などの現場において否応なしに治療契約を結ばざるを得ない局面では非常に難しい話になってくるわけですが、どのような道を選択するにせよ常に医学的に妥当な行動を取っているなら何かがあった場合にも他の医療従事者からの援護は期待できるだろうとは言えるんじゃないかと思います。
その意味ではなるべく大勢を巻き込んで一人の独断的判断で行ったわけではないという状況を作り上げ、かつそれをきちんと記録に残していくことが重要であるわけで、院内委員会やガイドライン等もその一助になるんじゃないでしょうか。

さて、実のところある程度社会的評価も定まってきているエホバ対策以上に現場にとって厄介なんじゃないかと思える記事も出ていましたので、最後にそちらを紹介しておきましょう。

患者に無断でHIV検査 川崎の病院「感染防止に」(2009年3月9日産経新聞)

 川崎市川崎区の「総合新川橋病院」が、眼科手術を受けた患者に無断でエイズウイルス(HIV)抗体検査を行っていたことが9日、厚生労働省関東信越厚生局神奈川事務所への取材で分かった。

 同事務所によると、病院はHIV検査と明らかにせずに患者から費用を徴収しており、返還を指導した。病院は「院内感染を防ぐ目的で常態的に行っていた」と認めたという。

 同事務所によると、病院では無断で検査を行っていたケースのほか、事後的にHIVを含む感染症検査への同意を求める場合もあったとみられる。その場合でも、同意を得る前に採取した血液を勝手にHIV検査に回していた。

 同事務所は平成20年12月、病院に立ち入り調査した。

日本でもHIV陽性者の率自体はまだ顕著に高いという程ではないものの年々新規感染者の増加傾向が続いていることが懸念されているのは知られているところですが、例えばアメリカあたりですとワシントンDCでの感染率が3%に達するという驚くべき数字が先日の報道でも出てきたばかりで、当然これに対策無しとするわけにもいきません。
外科的手術の前などにはルーチンで感染症チェックを行うことはどこの医療機関でも行われていることだと思いますが、これに全例きっちりと同意をとっていない施設もまだ多いんじゃないかと思います。
今のところ感染症チェックで推奨されているのは事前同意を得てチェックを行う、検査の同意が得られなかった場合には感染症ありとして対応するというやり方だと思うのですが、とりあえずそうした方針の徹底を図っていくしかないのかなと言うところです。

しかし問題は「事前同意を得ていない検査費用の返還を指導」ということで考えてみれば、この件は非常に広い範囲で応用が利く話なんじゃないかなと言うことなんですよね。
例えば外来で初診の患者がやってくる、症状や訴えに応じて当然いろいろと鑑別すべき疾患があるわけですから、それらに網掛け的にチェックをしていくことは一般に行われることだと思いますが、保険病名を付けるところは忘れずとも全部の内容についてきっちり説明をし同意を得ている施設はそうそうないんじゃないかと思います。
こうしたところでどれだけの範囲に考えを及ぼすかは診断学的な腕の見せ所でもあるんですが、腕の良い臨床医ほど「え?この症状でこの検査?しかも当たり?」というような驚くべき発想の広がりを見せてくれるものもあるだけに、思いがけないところに影響が出てくる可能性もあるんじゃないかなという気がしているんですがどうでしょうか?

こういう話は末端の臨床医一人一人がどうこうしていくというのも非現実的なくらい大きな話になりかねませんから、早急に組織としてきちんと対策をとっていかなければならないのかも知れませんね。

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2009年3月15日 (日)

今日のぐり「kenage(けなげ)」

最近古い映画を立て続けに観る機会がありましたが、初めて観て少しばかりびっくりしたというのが「折れた矢BROKEN ARROW(1950年)」です。
19世紀後半はグラント大統領の時代、長らく続いた抗争の果てにアメリカ・インディアンと白人とが和解に至る顛末を描いた物語なんですが、第二次大戦も終わって間もないこの時代にこういう映画が作られていたというのはすごいと思いますね。

キリスト教徒というのは面白いもので「非白人に魂はあるかないか」なんてことを延々と真剣に議論してたりするんですが、インディアン=野蛮な未開人といったステロタイプがまさにこの映画が作られた時代にも脈々と受け継がれていたことは同時代の時代劇を見てみれば明らかですよね。
この映画も冒頭からしてインディアンも獣などではなく、自分たちと同じように心を持つ人間であると言うことに気付いて主人公が目から鱗というシーンが登場するのですが、現代日本に生きる我々の視点からすると「は?当たり前だろjk」な話も当時の観客からするとまさに主人公と同じ感覚こそが当たり前だったんだろうなあと想像できるわけです。
そういう点で見てみると当時の観客がこの映画を見てどういう反応をしたのかというあたりも面白そうだなと思うんですね。

映画としてはインディアンとの闘争が続き殺るか殺られるかだと殺気立っている開拓地のただ中で、前述のような経緯から主人公のトムただ一人がインディアンとも話し合いで共存できるはずだと主張し、周囲から袋だたきにされたりしながら何とか平和共存の道を探っていくと言うのが物語の中心なんですが、むしろ上記のような当時では常識破りだっただろう描写が非常に興味深いんですね。
例えば情熱と誠意にあふれた典型的なハリウッド的好人物タイプの白人青年トムに対してもう一方の主役とも言えるのが聡明な酋長コチーズなんですが、高倉健的キャラクターを愛する日本人の目からするとむしろ彼こそがこの映画の中で一番格好良く見えるキャラクターかも知れません。
ともすると古い時代の啓蒙的要素を含んだ映画というのは上から目線が鼻につくところもあるのですが、感情にかられて時に暴走しそうになる主人公に対して人間は理性と強靱な意志の力で難局を乗り越えられるはずだと諭す老成した態度は、アジア圏の映画などにしばしば登場する老師のイメージがあります。

今日のダンス・ウィズ・ウルブズを観た後の世代にとってはごく当たり前に受け入れられる話だと思いますが、当時はいろいろな意味で話題になったんじゃないかなあと思っていましたらば、脚本は赤狩りで映画界を追放された「ハリウッド・テン」のアルバート・モルツだとか。
彼らがこの件で裁判沙汰に巻き込まれたのが1947年、映画が出た1950年と言えばちょうど有罪判決によって映画業界から追放されたころだと思いますが、色々と苦労している中でこそこういう話を書いてみたくなったんでしょうかね。

今日のぐり「kenage(けなげ)」

岡山市中心部の繁華街から一本入った裏通り、少しばかり判りにくいところにあるのがこの店です。
完全個室で味わえる韓国料理店、なんだそうですが、店名からしてこの通りですし店の外観も至って無国籍風、店内に入ったところに添水(鹿威し)があったりと見た目から韓国料理店と想像することは全く不可能だと断言できますね。
しかし価格帯を考えるとそう高い店でもないわけですから、もう少しオープンな感じの店構えの方が通りかかりの一見客も入りやすいんじゃないかという気もするんですがどうなんでしょうか。

この日は飲み放題+コースというお手軽設定だったのですが、出てきたのはサラダにキムチ盛り合わせ、鍋(チゲ)に揚げ物、さらにチヂミとデザートといったあたり。
今回出た中で気に入ったのはチヂミ(一番ベーシックそうなkenageチヂミというやつでしょうか?)なんですが、かりっとした表面の香ばしさ、さくさくした食感、中に入った具材の味と風味がタレでまとめられた味はシンプルながらなかなかいい感じだと思いますね。
海老の揚げ物などもありきたりになりがちな料理ですが、ソースにちょいと工夫がしてあってそれなりに美味しくいただけたのは好印象でした。
また韓国料理屋でチゲと言えばやたらと辛く仕上げてくる店も多いんですが、ごくありきたりな材料ながら辛みと旨みがあっさりとまとめられていてごく普通の日本人でも違和感なく食べられるかなという感じです。

全体的に見てどの料理も特記するほどの素晴らしい味というわけでもないんですが、ほどほどの辛さとほどほどのうまさがほどほどに調和している、あるいはこってりというよりあっさりした引き際の良い味で食べやすいのかなと思いますね。
この手のお手頃な韓国料理屋と言うと妙に唐辛子の刺激を強調してみたり、辛みに対抗しようと妙に強い味にしてしまったりとバランスが悪い店も結構多い中、こういう一歩引いたところで味の調和を図るのが一番広く一般受けしやすいんじゃないかと言う気がします。
今回出た分に関しては素材にしても値段相応で特別すごくいいものを使っているようでもないですが、料理の価格帯から推定するにセットメニューでなく単品でオーダーしてみるともう少し違うのかも知れませんね。

隅っこに転がっていたレギュラーメニューを見てみますとやたらと酒メニューが充実している割に料理の方は結構ありきたりかなという感じで、濃い韓国成分を期待してきた向きには正直ちょっと拍子抜けかなとも思いました。
ただこれも最近韓国料理がかなりメジャーになってきたからこそ感じる不満と言うもので、価格帯や店の性格を考えると例えば同じ市内の人気店「卜傳(ぼくでん)」ほど突き詰めてしまうのもどうかなというところですかね。

本格派を期待すると言うよりも、特に韓国料理とも意識せずちょっとした宴会などで使う店なんでしょうが、そうした分には味も価格も手ごろで万人受けする店というところでしょうか。

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2009年3月14日 (土)

救急医療 崩壊への処方箋は存在するのか?

ひと頃世間では救急搬送拒否だ、たらい回しだと大騒ぎしていましたが、最近ではあまりにもありふれすぎてニュースバリューが落ちてきたのかマスコミも大々的には取り上げなくなってきた印象があります。
もちろん報道が減ったからと言って実際の状況は改善するどころか日々悪化の一途を辿っているわけなのですが、こうして危機的な実態を無視したまま日常に埋もれさせてしまっていい話なのかという疑問は以前から抱いています。
まずは下記の記事から紹介してみましょう。

5年前の5倍以上 救急搬送交渉で5回超/兵庫(2009年3月11日神戸新聞)

 神戸市消防局による二〇〇八年の救急搬送で、患者受け入れまでに病院と五回以上、交渉したケースが約九百四十件に上り、五年前の五倍以上に増えていることが十日、分かった。このうち十回以上のケースは四十七件あった。夜間や休日に受け入れる病院が減ったことなどが原因。同局によると、大半が軽症か中等症の患者で、生命に影響するケースはなかったという。

 同局によると、昨年一年間に救急搬送した患者数は約五万三千人。このうち、受け入れまで病院と五回以上(一病院に複数回の要請含む)交渉したケースは九百三十六件で、全体の1・75%を占めた。

 〇三年の百八十二件(全体の0・32%)から五倍以上に増加。特に、〇六年=四百十四件(同0・72%)▽〇七年=九百五十件(同1・64%)とここ二、三年の増加が著しい。

 背景に医師不足があるとみられる。市内の救急患者は、市第二次救急病院協議会に参加する民間病院などに搬送される。だが、同協議会の参加病院は、〇三年度は六十-六十一病院だったが、〇六年度から五十三病院に減っており、同局は「夜間や休日は対応が難しいと断られるケースが増えている」としている。

「背景に医師不足がある」というのも確かに事実ではあるのだと思いますが、それで結論としてしまうと「じゃあ今後10年は改善の見込みがないんだね。ご愁傷様」という話になりかねないわけですから、たまにはもう少し別な側面からも眺めてみるべきかなとも思いますね。
兵庫県と言えば例のJBMの王様とも言うべき加古川心筋梗塞訴訟で一躍名を挙げた地域ですが、聞くところによるとかの一件以来末端の救急担当医にも「対応困難な症例は無理して受けない」といった意識改革がかなり滲透したと言う話ですし、また救急病院協議会参加病院が激減している点からも確かに受け皿の減少ということはあるのでしょう。
とはいえ記事を読んでみると必ずしも重症であるから搬送不能というわけでもない、むしろ軽傷者がほとんどで「生命に影響するケースはなかった」ということですから、「夜間や休日は対応が難しい」という言葉を鵜呑みにするのも少し違うのかなという気がしますね。

もちろん全ての地域でそういうわけでもないことは言うまでもありませんが、特にこうした救急搬送に難渋することの多い地域において救急隊と病院側の受け入れ交渉というものは騙し合い的な要素が多かれ少なかれ出てくるものです。
「意識障害!レベル300です!」で送られてきたら泥酔者だったといった話は昔からありますが、例えば毎回どうでもいいようなことで救急車を呼ぶ困ったちゃんであるとか、常習的に治療費を踏み倒して逃げるようないわゆるブラックリスト患者などはどこの病院でも受け入れたくないのは当然ですよね。
救急隊から連絡を受けると救急担当医(多くの場合当直医が代行しています)が電話で状況を聞いて受け入れの可否を決めるという病院は多いと思いますが、こうした場合にとても救急車を呼ぶようにも思えない患者の搬送要請とくれば「ははぁ、さては…」と警戒されてしまう場合も多いでしょうね。

そんなことも考えるとこの場合、こうした軽症での救急搬送依頼が多くなっているという点にこそ対策を講じる必要があるように思いますね。
救急何でもいらっしゃいという病院が地域に幾つかあったとしても、不要不急の患者が殺到すると早晩受け入れ不能になってしまうことは当たり前ですし、そうした状況を何度か経験すればやる気のある病院ほど「うちは重症患者の受け入れに特化しよう。軽症は他の病院に回してもらおう」と受け入れを渋るということになりがちです。
重症患者の受け入れを如何に素早く適切な施設で行えるかという問題と併せて、軽症患者の不要不急の搬送要請に対してもきちんと対応をしていかなければならない、そしてそれは病院に搬送されてくる以前の問題であって、何でも医師不足で片付けるのではなく消防救急や行政の側でしっかり対策をしていく必要があることだと思いますけどね。
たとえどれだけ反感を買おうが、「救急搬送はこれだけ危機的な状況になってるんだ!そこのお前!深爪で救急車呼んでるお前みたいなやつのせいでもあるんだよ!」といったことをきっちり啓蒙していく、それこそが当局の説明責任ということなんじゃないんでしょうか。

軽症搬送の話はそれとして、病院側の容量不足などに起因する受け入れ不能も大きな問題となっているのは確かですが、こちらの問題が難しいのはリソース不足という根本原因がある以上そう簡単には抜本的改善が困難だろうという現場の共通認識があることですね。
相次いで報道された搬送困難事例を受けて東京都では救急医療体制を早急に見直すと言ってきましたが、その一つとして周産期救急であれば何でも受け入れるという「スーパー総合周産期母子医療センター」なるものを導入しようとしていることは以前にもここで書いたことです。
このスーパー総合もさっそくこの三月下旬から運用が始まると言う話ですが、どうやら全例搬送に対応できるようなシステムをきちんと組み上げることもせずに単にそれらしい病院を指定しただけと言うのが実情らしく現場では当然ながら前途を危惧する声が上がっているようです。

どうもこうした不毛な名前遊びじみた行動に終始する姿勢というのは東京都に限らないようで、厚労省でも周産期センター分類を見直そうという話が出ているようです。
これが思わぬ寝た子を起こさなければよいかなと思うのですが、まずは記事を紹介してみましょう。

周産期センター、4分類に再編へ(2009年3月5日CBニュース)

 妊婦が複数の病院に受け入れを断られて死亡したケースが頻発したことを受けて設置された厚生労働省の「周産期医療と救急医療の確保と連携に関する懇談会」(座長=岡井崇・昭和大教授)は3月4日、最終報告をまとめた。周産期母子医療センターの指定基準の見直しについては、現在の2分類から4分類に再編する方針が固まった。同省は月内に各都道府県に通知し、経過措置などを設けた上で、4月から新制度を導入したい考えだ。

 周産期母子医療センターは現在、規模によって「総合」と「地域」に分かれているが、来年度は「母体」と「新生児」の機能の評価を加えることで、▽総合周産期母子医療センター(母体・胎児・新生児型)▽総合周産期母子医療センター(胎児・新生児型)▽地域周産期母子医療センター(母体型)▽地域新生児搬送センター(新生児型)―の4つに再編成される。報告書案では3分類だったが、最終報告では地域新生児搬送センターが加わった。
 各センターの要件例としては、▽母体・胎児・新生児型=産科、MFICU、小児科(新生児)、NICU(小児外科・小児心臓外科)、救命救急センター、麻酔科、脳神経外科、心臓外科など▽胎児・新生児型=産科、MFICU、小児科(新生児)、NICU(小児外科・小児心臓外科)、麻酔科▽母体型=産科、小児科(新生児)、救命救急センター、麻酔科、脳神経外科、心臓外科など▽新生児型=小児科(同)、関連診療科(地域における新生児搬送およびそのコントロール機能を持つ)―となっている。

「総合周産期母子医療センターが、母子救急の最後の砦であるように報道されているのだが、成り立ちの経緯はそういうものでは全くない(北里大学医学部産婦人科学・海野信也教授)」などという話は以前から出ていましたから、確かに虚像を廃し実態に合わせるということはそれなりに必要性のあることなのかも知れません。
しかし東京のような医療機関が数多く存在している地域であればともかく、全国ほとんどの地域では例え能力が不足しようが実態を反映していなかろうが現に存在する病院に送るしかないという現実もあるわけで、言ってみれば虚像にすがることで何とか地域医療の「安心」を担保してきたという実情もあるわけです。
想像するに遠からぬ将来において「何てこった!俺たちの街にはまともな周産期センターもないんじゃないか!早くなんとかしてくれなきゃ困るぞ!」という声が全国あちこちから上がってくるんじゃないかと思いますが、ここでも厚労省はその声に対してどう応えるつもりなのかという説明責任があるんじゃないかと思いますね。

近ごろでは産科などは絶滅危惧種であるかのように言われていますが、特に周産期医療センターなどで周産期救急の最前線に立ってくれるような産科医は全国どこでもまったく補充の目処も立たない状況が続いています。
あるいは最近では神奈川の事例などを通じて緊急帝王切開は30分以内に完遂すべしというのがJBM的に要求される水準のようですが、実際に全国の周産期センターをみてもこの水準が達成可能な施設はわずかに3割しかないという現状があるわけですよね。

マスコミ報道や司法判断、あるいは被医療側である国民の声といったものを通じて社会が医療業界に要求する水準は近年高くなる一方でしたが、気がつけばその水準というものは現実に達成困難な遠いところにあった、しかも達成目標としてそれに近づくことすら今やいつ果たされるか判らない状況になっているというのが医療の実情であるわけです。
ありもしない虚像によって辛うじて住民不安を回避できていた医療の実像を白日の下に晒してくれるというのは医療従事者にとってはある意味医療への要求水準を低下させてくれるかも知れないありがたい話ではあるのですが、例えば東京都の搬送不能事例の報道において見られたようなパニックが起こったとして、それに対する説明責任というものは誰が負うべきなのでしょうか?

虚像に基づいた安心なんてけしからん!我々は断固真実を求める!と言う考えは一般論として正論だと思うのですが、この場合真実を求めるほどおいそれと改善できそうにない医療の現実が見えてきてしまうわけですよね。
そうであるなら最も手っ取り早く改善できるところとして医療を受ける側の教育と意識改革が必要だろうという話になってくる、その先頭に立つべき責任は寒い実情を白日の下に晒してしまったマスコミや行政といった側にもしっかりあるんじゃないかなと思うわけです。
ま、パンドラの箱を開けてしまった者とはいったいどんな顔をするものなのか、実際に見ることができるのは楽しみだというのも率直な気持ちではあるんですがね(笑)。

最後に付け足しのようなことになりましたが、マスコミを初め世間の皆さんが大好きな(苦笑)アメリカの救急事情について横須賀米国海軍病院救急医療科の許勝栄氏が一文を寄稿しています。
イギリスにしろアメリカにしろ救急医療と言うものはそれぞれに大きな問題を抱えていることが以前から知られていますが、日本とはまた違った意味であちらも大変なんだなとなかなか興味深く読める話だと思いますね。

救急医療の専門家として許氏なりの提言も盛り込まれていますが、氏自身が「各地域の救急医療を担う病院間の同意が不可欠」と書いているように、現状で如何なるシステムを導入するにせよ結局は現場がついてくるかどうかという点が最も重要なんだと思いますね。
日本の医療業界は今まで結構頑張ってきたんだなという認識はようやく広がりつつあるように思いますが、同時にそれは更なる余力という点で考えるならもうこれ以上は厳しいんだという意味でもあるわけですからね。

あるいはこのまま誰知らずうやむやのうちに事態を軟着陸させてしまうのが一番日本的な解決法なのかも知れませんが…

救急「たらい回し」と日米事情/許勝栄(横須賀米国海軍病院救急医療科)(2009年3月2日週刊医学界新聞第2820号)

 救急患者の「たらい回し」(この言葉が適切に実態を反映しているかどうかの問題はありますが,昨今よく用いられている象徴的な言葉として用います)が,メディアで大きく取り上げられています。患者を収容した救急車が受け入れ先を見つけることができない,あるいは,いったん病院で診察を受けたものの,より高度な治療のために転送受け入れ病院を探すもこれが見つからないなどで,不幸な転帰となってしまう。

 このような事態の現状把握と原因究明,さらには今後の対策について,さまざまなレベルで検討が続いているようですが,本稿では,国民皆保険制度がなく,日本と比して国民の医療へのアクセスが保障されていない,と一般的にとらえられている米国の事情はどうなのか,歴史的背景とともに見てみたいと思います。

Patient Dumping

 1985年1月。側頭部を刺された男性がカリフォルニア州のある救急外来に搬入されます。救急医は脳神経外科医に専門的治療を要請するも,2人の脳神経外科医がこれを断ります。救急医は他院に搬送することを決断し,近隣2か所の病院の脳神経外科医に連絡をとるも断られ,4時間以上の後,ようやく確保した転送先に運ばれますが,3日後に彼は亡くなってしまいます。

 同年11月。若い妊婦が陣痛のために救急外来を受診します。しかし,彼女はMedicaid(低所得者対象の公的保険)患者であったことから,Medicaid患者のお産を扱っている他の病院へ転送されてしまい,ここでさらに不幸なことが起こります。州政府の手続きが遅れていたために,彼女の名前が被保険者リストに記載されていなかったのです。彼女はさらに別の病院へ転送されることとなり,到着直後,死産となってしまいます。

 経済的な理由で患者の診療を拒否したこれらの事例は,“patient dumping(ごみを捨てるように患者を投棄する様を表現)”と呼ばれ,1980年代前半から米国で多発していましたが,上記の例が引き金となってメディアで大きく取り上げられるようになりました。これが政治を動かし,当時の大統領レーガンのサインのもと,1986年8月にEmergency Medical Treatment and Active Labor Act(EMTALA)という法律が発効し,救急外来を持つ病院を受診するあらゆる患者への医療が法的に保障されることとなりました。この結果,患者が受診した病院が適切な診療を行わない場合には罰則の対象となったのです。しかし,これで問題が解決したわけではありませんでした。

Reverse Dumping

 デトロイトのある病院でのこと。強盗にバットで頭部を殴られた意識不明の女性が救急外来に搬入されます。救急医は重症の頭蓋内損傷と診断。脳神経外科医がいる高機能病院へ転送要請を行うも,患者の保険内容が不明であったことから,14の病院から拒否されます。中には,患者が亡くなった場合に家族が臓器提供同意書にサインをするのなら受け入れます,という病院もあったといいます。結局,受け入れ先は見つからず,彼女は数日後に亡くなってしまいます。彼女が米国の三大自動車メーカーの一つの社員であり,保険を持っていることがわかったのは亡くなってからのことでした。

 同じくデトロイトでのこと。顎を撃たれた若い男性が救急外来を受診します。高機能病院へ転送を依頼するも,彼が無保険患者であったことから,要請された病院はことごとくこれを断ります。19時間が経過したとき,誰かがそっと言いました。「この病院から勝手に出て行き,手術ができる病院へ直接行ってはどうか? いったん,向こうの病院に入れば,EMTALAにより診療拒否はできないはずだ」

 これらの事例は,先の2例のような最初に受診した病院が経済的な理由から患者を他院へ放り投げる“dumping”とは逆で,受け入れを要請された高機能病院が転送を断る事例であり,“reverse dumping”として知られることになり,大きく問題視されるようになりました。当初のEMTALAには,高機能病院が転送要請を断ってもこれを罰する規定がなかったことから,1989年に議会はEMTALAを修正し,対応できる場合には高機能病院は転送依頼を必ず引き受けることとし,違反例には罰則が科せられることとなったのです。

 この“reverse dumping”は,“dumping”という表現が必ずしも適切ではないと思いますが,一見,今まさにこの国で大きく取り上げられている問題に相当するかのように見えます。昨年の10月に,東京都で頭痛を訴える妊婦の転送先がなかなか見つからずに母親が亡くなった痛ましい事例は記憶に新しいところです。

 ならば,日本でもEMTALAのような法律を作ればいいのでしょうか? ここでは日米間の異なる背景に注意する必要があります。すなわち,米国では患者転送を断る主な理由が経済的事情であったことに対して,日本では医師の不足や偏在,相対的なベッド数不足が大きく関与しており,米国の事情とは決定的に異なります。ゆえに,現状のままではEMTALAのような法律を適用することは難しいと思われます。

Diversion

 難渋する転送先確保の問題と並んで,救急車からの受け入れ先確保の問題があります。受け入れ可能な病院が見つからず,搬送を開始できずに苦しい思いをしている患者や救急隊の姿が日本の現場には存在します。では,米国ではどうなのでしょうか? 救急車内の病院搬入前患者に対してもEMTALAが適用され,要請された病院は必ず引き受けることとされているのでしょうか?

 答えはNoです。救急車内の病院搬入前患者にはEMTALAは適用されず,ベッドが満床などの理由があれば受け入れを断っても罰則の対象にはなりません。実際,米国救急医療の現場における大きな問題の一つにovercrowding(過密状態)というものがあり,救急車搬送患者を受け入れることができない,という事態が頻発しています。このため,救急車のdiversion,つまり搬送先の変更が行われており,Institute of Medicineの報告によると,その数は全米で年間50万件といわれ,毎分1回の割合で起こっていることになります。

Diversionを乗り越えて

 しかしながら,車内収容した重症患者の受け入れ先が見つからずに,救急車が例えば1時間も出発できずに患者が不幸な転帰をたどるというような深刻な事態は米国では見られないようです。その理由は,生命にかかわるような状況や急激な状態悪化が予想される場合には,病院側のdiversionary status(受け入れ不能状態)を乗り越えて患者を搬入する権限が救急隊に認められているからです。これは,EMTALAのような連邦政府による法律で規定されているものではありませんが,各地域の病院前救護体制の中で救急隊に与えられている権限であり,切迫する患者の救急医療への迅速なアクセスを保障するためのものです。

 「切迫する」の定義については議論が必要ですが,最低限このような「切迫する」患者については,たとえ受け入れ不能とされている病院であっても救急隊の判断で搬入してやむなし,という制度の地域での導入を日本でも検討してみてはどうか,と思われます。これにはもちろん,各地域の救急医療を担う病院間の同意が不可欠であることは言うまでもありません。また,「救急隊の判断で」ということが難しいようであれば,「地域メディカルコントロール(MC)担当医の判断で」とする方法もあるでしょう。中には,「切迫する」という,その時の現場での評価が本当に正しかったのか,疑問の声が上がることも考えられますが,このような場合こそ,MC会議のなかで妥当性を議論すればいいことなのでは,と考えます。

 救急患者の受け入れ不能問題は複合的であり,解決は容易ではありません。今後,一救急医として現場で地道に取り組んでいかなくては,と考えています。

許勝栄氏
1997年神戸大医学部卒。同年天理よろづ相談所病院ジュニアレジデント,99年同院循環器内科シニアレジデント。2001年沖縄米国海軍病院インターン,02年神戸市立中央市民病院救急部専攻医,03年同院救急部副医長を経て,04年よりOregon Health & Science Universityの救急医学レジデントとして,北米型救急医療を学ぶ。07年より現職。日本救急科専門医。米国救急科専門医。

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2009年3月13日 (金)

迫る地域医療崩壊の足音 住民運動はその対策として有効なのか?

先日以来年度末というせいもあってか、あちこちから崩壊のニュースが流れ込んで来ています。
昨日のニュースですが、千葉県成田市の基幹病院である成田赤十字病院でまた医師大量離職が発生したという話題から取り上げてみましょう。

成田赤十字病院で内科医11人辞める(2009年3月12日TBS NEWS)

 千葉県成田市の成田赤十字病院で、常勤の内科医34人のうち11人が、今月いっぱいで一斉にやめることがわかりました。

 千葉県にある成田赤十字病院は、年間3万6000人の救急患者を診療する総合病院で、新型インフルエンザが発生した場合、感染の疑いがある患者を受け入れる「特定感染症指定医療機関」にも指定されています。

 病院によりますと、今月いっぱいで34人いる常勤の内科医のうち11人が一斉にやめ、うち5人の補充のめどがたっていないということです。病院側は「救急患者が多く、勤務状況が過酷になっているのが原因のひとつ」と説明しています。

 病院では、来月以降は救急患者の受け入れをより重症者に限定したり、内科の外来はかかりつけ医の紹介状がある患者に限り受け入れるなどの対応をとることにしています。

記事を読む限りでは急性期を担当する基幹病院に発生する、これは典型的な逃散の構図といったところでしょうか。
ところで同院のHPを見ますと4月1日から内科初診が完全紹介制になるとはあるのですが、救急については初診時療養費を3000円から5250円に値上げするとあるだけで重症者に限定するなどという記載はないようなんですね。
このあたりは報道側との言葉のやり取り上の行き違いだけなのかも知れませんが、実際に救急を担当している現場の人間と病院側との間でも同様の行き違いがあるようであればまた遠からず面白いことになりそうな気もしますが。

さて、こういう集団辞職の話題は近ごろでは全く珍しくなくなりましたが、同じ千葉県は銚子市ではかねて話題となった市立病院閉鎖問題と絡んで市長のリコール運動が行われてきました。
結局この3月9日に市長解任の住民投票が公示され、29日に投票予定となったのですが、市立病院問題が市長解任にまで発展するという前代未聞の自体に至った現場の空気はどんなものなのか、記事から拾ってみましょう。

さまよう"医療難民" 転院で「16人死亡」とも 連載企画「病院が消えた―銚子市長リコール問題」(2009年3月12日CBニュース)

「病院は大丈夫です」

 昨年4月、千葉県銚子市の市立総合病院に入院した時田愛子(ときた・あいこ)(93)は落ち着かなかった。病院内を飛び交う休止のうわさ。打ち消す看護師を、ベッドの上から不安げに見上げていた。

 足先が壊死(えし)し、血流が悪くなる病。寝たきりで、気持ちもふさぎがちだったが、入院後の経過は良好。気軽に見舞いに来てくれる家族や知人と会話も弾むようになったころ、休止を告げられた。入院3カ月目だった。

 自宅から20キロ離れた千葉県旭市の病院に転院を余儀なくされ、8月末、ストレッチャーに横たわり介護タクシーで運ばれた。休止のショックに厳しい残暑がこたえた。1日に何度も吐くようになり、容体は急変。転院からわずか12日後に亡くなった。

 「病院が存続すれば、母はもっと長生きできたかもしれない」。愛子の長女節子(せつこ)(68)はそんなやるせなさから、市長のリコール(解職請求)運動に参加、署名集めに奔走することになる。

 ▽追跡調査

 昨年9月の休止を決めた市長の岡野俊昭(おかの・としあき)(62)は「全員が無事転院できた。"医療難民"は出ていない」と説明してきた。真相を確かめようと、リコール派「『何とかしよう銚子市政』市民の会」は患者たちの追跡調査を続けている。

 「腹痛で隣県の病院まで搬送が40分かかり、痛くて気を失いそうになった」「自宅から数十キロ離れた病院に通うタクシー代は100万円を超えた」

 事務局長の加瀬庫蔵(かせ・くらぞう)(59)は「転院後亡くなった患者は少なくとも16人確認した。病院が休止している間、"医療難民"はなくならない。一刻の猶予もない」と語気を強める。

まあ、その…人間に限らず全ての生あるものは無限に生き続けられるわけではないという事実はまずしっかり認識しておかなければならないかと思いますけれどもね。
いささか極端な事例を挙げているようにも思われるかも知れませんが、現場ではかなり「濃い」ことになってんだろうなあという気配は伝わってくるように思うのですが如何でしょうか?

実のところこうした地域医療機関存続に対する住民意識の高まりと言うものは銚子市に限った話ではなく、それ自体は決して悪いことではないにしても崩壊しつつある現場の人間にとってはいささかどうよ?と思われる方向に突っ走ってしまっているのかなという状況も散見されるようです。
このところたびたび紹介している岩手県立病院再編問題などもある意味でそうした一例であるわけですが、例えば沖縄からも別な例を取り上げてみましょう。

元々沖縄県というところは医師待遇がよろしくない割に結構医師がやってくる(あるいは医師が来るから待遇が悪くても良い?)という東京などと似たような傾向がある土地柄なのですが、実際その歴史的経緯にもよるものか色々と興味深い医療体制なども組んでいたりする場所です。
その沖縄も離島が多いという特殊性もあって地域医療に従事する医師は必ずしも十分とは言えないようですが、その一つ竹富島では最近ようやく常勤医師を確保できるようになっており、地域住民からも厚い信頼を寄せられていたようです。

離島医療担う次世代育て 竹富診療所で研修医が実習(2008年8月31日琉球新報)

未来の“ドクター・コトー”を育てようと、竹富島の町立竹富診療所で研修医を受け入れる新たな試みが始まっている。「いつか一人でも島に戻ってきてくれたら」と出発した地道な種まきだが、実習中の研修医は離島医療の厳しい現実を知るとともに、自ら地域に入り込んで島の命を懸命に守ろうとする医師の姿勢に触れ、地域医療への使命感や喜びも感じ始めている。
 竹富町には現在、6つの診療所(町立2、県立4)がある。そのうち竹富島は長年、医師不足の沖縄だけに認められた医療従事者の医介輔が常駐していたが、医介輔が2002年に引退し、その後約2年間は週1度の巡回診療で対応していた。04年2月に初めて医師が常駐し、07年4月からは外山久太郎医師(64)が勤務している。
 外山さんが赴任後、北里大学から「地域医療の現場を学ばせてほしい」と研修医受け入れの依頼があり、今年6月から研修医の受け入れを始めた。
 外山さん自身に離島医療への強い思いがある。台湾で生まれ、戦後に医介輔をしていた祖父を頼って小浜島に引き揚げた。首里高卒業後、九州大学に進学。北里大学病院勤務を経て、平塚共済病院で研修委員長も務めた。60歳を前に「自分が培ってきた医療の技術、知識で沖縄の離島の役に立ちたい。そうしなければ医者として終われない」と思い、離島医に応募した。
 外山さんの下で、8月1日から実習中の研修医2年目の伊藤秀憲(ひでのり)さん(28)は「大学病院と違い、ここでは内科・外科問わず全部診なければならない。短期間でずいぶん診断の力がついたと思う」と手応えを感じている。
 だがそれ以上に学んだのは理想に近い地域医療を実践しようとする外山さんの姿勢だ。外山さんは「診療所に来やすいように」と老人クラブの会合や島の行事に欠かさず顔を出し、24時間365日で患者を受け入れている。
 そんな外山さんを見ているうちに伊藤さんも「離島の医師には島の命を預かる責任がある。いつか離島診療にかかわってみたい」との思いになった。外山さんの種まきが実をつける日もそう遠くはなさそうだ。

たった一人の医師が「24時間365日で患者を受け入れ」た上に「老人クラブの会合や島の行事に欠かさず顔を出し」ていたというわけですから、どういうことになってくるかは誰でも判る話ですよね。
地域住民は「町立竹富診療所を支援する会」なるものまで立ち上げて外山医師を支援する活動に乗り出したそうですが、具体的には施設改善などハードウェア的改善とともに交代医師を確保して外山医師を休ませてあげようという話になったのだそうです。

「医師が全く休めない」交代要員確保など町に訴え(2009年1月24日八重山毎日新聞)

竹富公民館(宇根勝末館長)と竹富診療所を支援する会(大山栄一代表)は23日午後、町役場を訪れ、川満栄町長に竹富島の成人の87%に当たる229人分の署名を添え、連名で町立竹富診療所の改善を要請した。

同診療所では、07年4月から外山久太郎医師(65)が、24時間365日体制で診療に当たっている。だが、交代医師がいないため、長期間診療所を空けることも出来ず、医師は持病で体調面の悪化が心配されている。
 また、施設の老朽化と十分な診療活動を行うための設備面の不備が指摘されている。
 今回の要請では、外山医師が、自らの体調管理を含めて十分な診療が出来るよう▽老朽化している診療所の建て替え▽内部施設の充実▽町立診療所から県立への移管▽(医師の)交代要員の確保の4項目を要請した。

川満町長は、医師の交代要員の確保については「県に(臨時的に)医師を派遣する制度がある。県に働きかけ、この制度を使い外山医師の勤務状態を緩和したい」と述べた。
 内部施設充実については「外山医師が必要としている器材をできる限りそろえたい」。診療所の建て替えについては「耐用年数が後、5~10年残っている。看護師住宅を新年度で造るつもりだが、医師住宅も別に造れないか検討したい」との考えを示した。
 県立への移管については県が県立病院の民間移行を進めていることを示し「(石垣での)説明会の場で竹富町の現状を訴えたい」と述べるに止めた。
 また同支援する会では、外山医師に、島の診療所で長く診療活動を続けてもらえるよう全住民を対象に署名活動を行っており、これを持って外山医師に診療の継続をお願いすることにしている。

話を聞く限りではなるほど確かにその通り、頑張ってるねと言う印象を受ける記事ではあるんですが、さてこの竹富島とはどのようなところなのでしょうか?
wikipediaの記載によれば八重山列島中にある周囲9kmの島で石垣島から6km、それなりに歴史もあることから観光産業もあるようですが何しろ島の人口が約340人ですから、ここに複数の医師を配置するような医療リソースは今の日本のどこを探してもそうそうあるとも思えません。
当然と言えば当然の結果として、こういう事態になったという話だそうです。

外山医師が退職へ 竹富診療所(2009年3月12日八重山毎日新聞)

八重山病院に支援要請

町立竹富診療所の外山久太郎医師(65)が、体調不良のため3月いっぱいで退職することが11日までに分かった。
 町によると後任に東京の民間医師が決まっているものの、着任が6月以降となる見込みで、数カ月間の医師不在状態が生じる可能性があると言う。

町では、新しい医師が着任するまでの間、県立八重山病院(伊江朝次院長)に医師の派遣を要請。まだ、回答を得ていないが、それが出来ない場合は市内の民間医師や町立黒島診療所の医師に、週に1日程度でも診療を依頼することにしている。
 外山医師は07年4月から同診療所で勤務。島での献身的な医療活動が島民から高く評価され、竹富公民館(宇根勝末館長)と竹富診療所を支援する会(大山栄一代表)が島民の署名を集め、外山医師の慰留を町に要請していた。

たぶん外山医師も熱心な先生だし、竹富島の人たちも善良でいい人達だったんじゃなかろうかなとは思うのです。
しかし日本全国を見回して見れば最寄りの医療機関まで車を飛ばしても1時間、しかも雪でも降ろうものならあっけなく孤立するような土地でもちろん公共交通機関もろくになく、医療と言えば週1~2回やってくる町立病院医師の訪問診療だけが頼りという地域なんて幾らでもあるわけですよ。
絶海の孤島というわけでもないこうした小さな島が常勤医師一人を囲い込む、先生が疲れるからもう一人呼べるよう島を挙げて運動しようというのは、何かしら努力の方向性として間違っているとは思わないでしょうか?

その一方で沖縄ではこのところ県立病院の独法化問題が紛糾していますが、その煽りを受けてか竹富島から応援を頼まれる立場に立たされた県立八重山病院の方でもこんな問題が持ち上がっています。

医師5人が時間外勤務拒否 県立八重山病院(2009年3月11日八重山毎日新聞)

2月分以降手当支給停止で なお拡大すれば医療サービスに影響

県立八重山病院で2月分以降の時間外勤務手当の支給が停止され、数人の医師が当直を含めた時間外勤務を拒否していることが10日、関係者の話で分かった。これまで不払い分は次年度の4月に遅配という形で支給されてきたが、今回は県病院事業局が予算措置しないと通知してきたため。関係者によると、すでに時間外勤務を拒否している医師は5人。拒否者が増えると残った医師に負担がかかり、過重労働によって「優しい気持ちで仕事ができなくなるのではないか」との懸念も出始めている。住民への医療サービスが低下するおそれもあるだけに、一刻も早い解決が求められそうだ。

時間外手当は午後5時15分から翌午前8時半までの時間外と土日の勤務に支給される手当。事業局によると、これまでは病院経営の厳しさから、時間外手当は繰り延べされ、次年度予算で支払いをしてきたのが慣例。関係者によると、八重山病院の場合は10月以降の分が翌年度に支給されてきた。
 事業局によると、2008年度はこれまでと違い、時間外手当などの経費を含めた予算編成を行い、通年予算として各病院に執行させたという。八重山病院では今年2月から時間外手当の執行額が当初予算額を超過、3月4日付で事業局と調整を終えるまで時間外手当を停止すると職員に通知した。
 形式上は院長の命令で時間外勤務をしているが、手当がないということは業務命令ではないとして医師の間では「ボランティアで仕事をしていることになる」との批判が出ている。
 事業局は「08年度は時間外勤務手当などを含めて予算措置したが、なお足りないというのであれば、特殊な要因があるかないか精査し、病院側と調整した上で検討していく」としている。

手当がないから当直拒否と言っても単純に金銭的な話と言うだけではなくて、例えば昔からよく言われる大学病院医師の3月31日問題と言われるものがあります。
世間の派遣労働者などと同様に大学病院でも非常勤医師を年度末になると一度解雇し、新年度になってから改めて雇用し直すというトンでもない行為がまかり通っています。
そうすると3月31日には身分的には大学病院とは無関係なはずなんですが、当然のように仕事はさせられているわけですから、この日に何か事故でも起こった場合に誰が責任を取るのかということが昔から言われ続けているわけですね。
「手当がないということは業務命令ではない」と言う言葉からも、この八重山病院のボランティア当直においても全く同様の問題が発生しそうに思うのですね。

似たような話ではちょうど先日は京都市で財源不足から救急輪番参加病院に支払われる補助金を4割削減するというニュースがありましたが、こういう話を見ますと果たして医療崩壊という現象を単に医師不足など現場だけの問題ととらえてしまっていいのかという疑問がわきませんか?
病院の運転資金が尽きた、救急補助金が減らされたなんて話は地域住民の受ける医療の質へと直結する話だなと誰でも理解できるわけで、ただでさえ地域医療維持に血眼になっている住民が「なんてことをしやがる!俺たちを殺す気か!」と役場にデモをかけてもおかしくないと思うのですがあまりそういう話は聞きませんよね。

たとえば県立病院独法化問題については八重山でも大いに盛り上がっているようですが、こちらも住民の声に耳を傾けてみましょう。

「命と利益を比較するな」郡民総決起大会(2009年3月8日八重山毎日新聞)

公立病院維持求め、切実な声

石垣市健康福祉センターで7日開催された県立八重山病院の独立行政法人化に反対する八重山郡民総決起大会では医師、母親、老人、女性などさまざまな立場の代表がマイクを握った。「離島が切り捨てられるのではないか」「八重山病院があるから安心して暮らせる」「安心して出産し、子育てができる」。独法化への不安を募らせ、公立病院の維持を求める切実な声が会場に響いた。

竹富島の町民や郷友が「命と利益を比較するな」「独法化反対」と書いたプラカードを掲げ、離島住民の思いを代弁していた。
 西表島に住み、3人の子をもつ屋宜加陽子さん(竹富町代表)は「八重山病院があるから離島で生活を送っていけるが、独法化で真っ先に離島が切り捨てられるのではないか」と口にし、「県は県民の命と暮らしを守る義務がある。むしろ医療の質を向上させてください」と語った。
 与那国町代表の東浜リエさんも「まずは県立のまま改革に本気で取り組んでもらいたい。県立病院ならダメで独法化なら良くなるというのはおかしい」と訴えた。
 超未熟児として双子を出産した経験から「総合病院なので安心感があった。ちゃんとした病院、医師があったから無事に出産できた」という大道夏代さん(母親代表)は「島で子育てができることをうれしく思うが、安心して出産し、子育てができる場所でなければならない。そのためにも県立が絶対必要」として「独法化には絶対反対です」と繰り返した。
 石垣市老人クラブ会長の根本宏佑さんは「八重山病院は私たちが安心して暮らせる心のよりどころ。新空港の開港で八重山病院の役割はこれまで以上に増大する。子や孫が安心して暮らすためにも、八重山振興発展のためにも公的病院として存続してもらいたい」と要望した。
八重山地区医師会副会長の上原秀政さんは「開業医にとっても県立病院がバックにいることで日々の診療を安心してできる」と八重山病院の存在の大きさを強調。看護師として同病院に30年間勤務したという仲吉八重さんは「独法化されれば採算性、効率性が厳しく問われ、勤務希望者が少なくなるとことが危惧 (きぐ)される。そうなると島外出身者が大半を占める八重山病院は崩壊するのではないか」と疑問視、「今こそ地域住民として県立病院はどうあるべきか考え、働きかけるべきではないか」と提起した。

「命と利益を比較するな」と言いますが、一方で質は向上させろ、アクセスは維持しろと言うのであればコストはますます増大するのは当然です。
現状で既に大きな赤字であるわけですから公立病院として更に多額の税金を投入してでも維持しろと言うならまだ話がわかりますが、改革に本気で取り組めなどと言うばかりでもっと金を出してもいいよという話はどなたの口からも出ては来ないようですよね。

よく言われることですが、例えば消防救急なんてものはそれ自体は別に何も生み出すようなものでもないはずですが、それなりの額の公費を投入して維持することに誰も文句をつけていないわけです。
医療というものも同様の性質をもつものと考えるならば、同じように皆でお金を出し合って高い質のものを維持しようという話になってきてもおかしくはないでしょうが、現実には国政レベルでも自治体レベルでも医療費と言えば「まだまだ改善の余地がある」とばかりに削減される一方です。
これ以上金を出さないというのであればそれはそれでいいのですが、そうであるなら質やアクセスの低下も受け入れるか、それが嫌なら自助努力で他に何かしら現場の負担を軽減するための努力をするのが当たり前の社会常識というものではないのでしょうか?

実のところこうした自助努力というものは既に一部地域では行われていて、たとえば兵庫県丹波市などのように住民が不要不急の受診をひかえるなどの対策を徹底した結果新たな医師がやってきたと言うように具体的な成果を挙げている場所も存在しているわけです。
「今こそ地域住民として県立病院はどうあるべきか考え、働きかけるべきではないか」という言葉はまったくその通りなのだと思うのですが、どうせ考えて働きかけるならきちんと医療従事者にも配慮することを考え、現場に支持されるような働きかけをしていくべきかと思うのですがどうでしょうか?

今の時代は医者もそれなりに情報を収集して勉強していますから、他人に対して要求するばかりな人たちに対して無条件の奉仕活動をしようなんて常識のない人間は次第に絶滅危惧種となりつつあります。
何よりそんな他人に対する要求水準ばかりを高騰させている住民に満ちあふれた地域で働きたいと思う人間は決して多くはないことを、地域住民も認識していい時期だと思うのです。

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2009年3月12日 (木)

岩手県立病院再編問題続報 誰も何も突っ込まないのか?

先日は知事が議場で土下座をしたということですっかり全国の注目を集めることになった岩手県立病院の再編計画問題。
東北と言えば全国でも医師不足が顕著な地域として知られていますが、お隣は宮城県知事がこの件に関してコメントを寄せています。

村井知事:岩手県知事の土下座「すごい」と評価 /宮城(2009年3月10日毎日新聞)

 岩手県の達増拓也知事が、6医療機関の無床化を巡って補正予算修正案の「再議」を求め議場で土下座をして全国的話題になったことについて、村井知事は9日の定例会見で「熱い思いが伝わってきた。すごいと思った」と評価した。

 村井知事は「岩手は県立病院が多く、宮城より医師不足が深刻。無床化は必要で、ある程度の集約はやむを得ない」との見解を示した。

まあ「すごいと思った」と言うのは率直な感想なのでしょうが、村井知事も基本方針としては再編計画を是としていることが読み取れると思いますね。
おそらく地域医療の実態を知った上でこの問題に注視している全国多数の人々が、大なり小なり同様の見解を持っているのではないでしょうか。
しかし岡目八目と言う言葉がありますが、外野がいくら先の先まで見通せたところで当事者にとっては何の意味もないということもまた事実です。
その点で当事者である岩手県がどういう認識なのかというところが問題になってくるわけですが、そのあたりの事情が垣間見えるのがこちらの記事ですかね。

過酷な医師の勤務 無床化、首長反対根強く/岩手(2009年3月10日岩手日報)

 県議会は9日、予算特別委員会が始まり、県立6医療施設の無床化をめぐる議論が大詰めを迎えた。議会内には県医療局の新経営計画に反発の声が依然根強く、地元市町村にも反対意見が続く。しかし、議論が平行線をたどる中で県立病院の勤務医たちは、医師不足を背景に「36時間勤務」といわれる過重勤務を黙々とこなしている。医療現場が疲弊する中、勤務医からは建設的な議論を求める切実な声が上がっている。

 9日午前9時。県立中央病院(盛岡市)循環器内科の花田晃一医師(38)は今月2回目の当直明け勤務に入った。
 前日は約60人いる入院患者の回診や検査結果の確認、治療の指示-。当直中も未明に心不全で運び込まれた急患の治療に追われた。十分な睡眠を取れないまま当直明けで外来業務に入ると、狭心症や不整脈など多くの患者が診療を待っていた。
 外来業務を終えて病棟に戻ったのは午後4時。再び入院患者の回診を行い、同6時からは学会の打ち合わせ。連続勤務時間は36時間に上った。当直は月6回。当直明けに休める日はほとんどないという。

 勤務医の過酷な現実。しかし、無床化の対象市町村からは新経営計画に反発の声が上がる。多田欣一住田町長は「医師に重い負担がかかっている状況は認識しているし、何とかしなければならない。しかし、県は事前に説明し対策を立てた上で進めるべきだった」と疑問を投げ掛ける。

 岩手町の民部田幾夫町長は「無床化しても医師不足が即解決されるわけではない。こういう課題こそ互いに話し合うスタンスでなければ県民の一体感や『結い』の県政運営などは醸成できない」と指摘する。
 藤原孝紫波町長は「医師不足について県医療局から町に情報が公開されず、問題が投げかけられることは一切なかった」と県の姿勢を批判。「県地域医療を守る住民組織連絡会」の及川剛代表は「勤務医の勤務環境は厳しいが、無床化は間違っている。外来の診療に制限を設けるなどの緩和策を行って、その間を試行錯誤する時間にしてもいい」と提案する。

 36時間勤務を終えた花田医師は「医師の勤務状況は限界に近い。県の計画に反対するならば、代替案を示してほしい」と指摘。「医師は患者を診るのが仕事。医師や患者がつぶれないようにするのは行政や政治の仕事だ」と建設的な議論を求める。

それぞれの立場でそれぞれの意見があって当然だとは思うのですが、記事から見る限り受益者側から「自分たちはこれだけ譲歩するがどうだ?」と言った話があまり聞こえてこないように見えるのは気のせいでしょうか。
そもそも明らかな医師の違法労働環境がこれだけ明らかになっている状況で、自治体首長ともあろうものが「もうちょっとその状態を続けてみない?」なんてことを公の場で発言してしまっていいのか?という素朴な疑問も感じるところですが、過去にも現在にもそういったことを考えたことはなかったとしたら医者が逃げ出すのも当然でしょう。
この状況で無床化は間違っているなどと言うのであれば遠からず自然に廃院となるだけの話であって、今になって試行錯誤しているような時間などどこにも存在しないと思うのですがね。

岩手というところは広い上に地理的要因から各地が分断されているという状態だそうで、元々各地に多数の公立病院を配置して地域医療を維持してきた歴史があるようです。
ただし公立病院というもの自体が今の時代にあっては色々な意味で不良債権化していますから、いずれにしてもそろそろ何とかしていかなければ時代について行けないという危機感がなければならないはずなんですが、どうも県内自治体や住民には「今まであったものはこれからもずっとなければ困る」という場所から一歩も動く気はないように見えます。
時代に乗り遅れた結果崩壊しつつある県立病院の現状が県議会でも公開されたようですが、先日の再編計画に反対した議員達がこれを聞いてなお動かないということであれば県政に責任を持つ立場として資質が問われかねないのではないでしょうか?

外来患者、延べ100万人減 県立病院 /岩手(2009年3月10日岩手日報)

 県議会2月定例会は9日午前10時から予算特別委員会を開き、2009年度一般会計当初予算案を総括審査した。県立病院の運営状況について、達増知事は「患者数が大幅に減少している」と説明。03年度と07年度決算を比較した場合、外来患者が延べ100万人減少していることを明らかにした。県医療局によると、薬の長期投与が認められたことにより、延べ患者数が激減。外来収益も約30億円減少した。

 予算特別委員長に関根敏伸氏(民主・県民会議)、副委員長に平沼健氏(自民クラブ)を互選。県医療局の新経営計画は千葉康一郎(民主・県民会議)、工藤勝子、高橋雪文(自民クラブ)の3氏全員が取り上げた。

 高橋氏は「県立病院の運営が困難になっている状況を示せ」と質問。達増知事は「医師不足と収益の急速な悪化が複合的に絡み合っている」と説明。

 03年度と07年度の決算比較で▽常勤医が75人減少▽入院患者が延べ19万1376人(10・6%)減少▽外来患者が延べ100万8178人(27・7%)減少していることを明らかにした。

 これらの背景として▽医学部の入学定員を国が抑制▽新臨床研修医制度により医師派遣元の大学が医師不足になった▽国の診療報酬抑制-などを挙げた。

 県医療局によると、03年度と07年度決算を比較した場合、入院収益は約25億円、外来収益は約30億円それぞれ減少。累積欠損金は30億円増加し、07年度に138億円に達した。

 達増知事は、勤務医が離職する要因として▽救急患者の増加や宿直、日勤が続き「36時間勤務」といわれる過重勤務▽給料や手当の処遇▽深刻な訴訟対応▽患者からのクレームの増大-などを挙げた。

 一方、医師確保対策室は06年9月に設置以来、15人の医師を招聘(しょうへい)。08年度内に1人、09年度に6人の招聘(しょうへい)が内定したという。知事は「09年度から医師支援推進室に改め、勤務医の支援強化を進めたい」と述べた。

 9日の予算特別委は午後4時44分散会。10日は午前10時から総括審査を再開。その後、議会、総合政策部を審査する。

答弁中で県知事は収益悪化の要因として診療報酬抑制などを挙げたと言うことですが、おそらく現場で起こっていることはもう少し違うんじゃないかという気がしますね。
県立病院の中でも(相対的な話ですが)稼ぎ手となっているのは本来高度医療に特化するべき都市部の基幹病院だと思いますが、こうした高率基幹病院は往々にして僻地公立病院や周辺病院から体の言い患者の押し付けられ先となりやすいものです。
「公立病院なんだから県民を全て引き受けて当然だろう」などと他院からも病院事務からも当の患者からも要求される、こうして患者が集中した結果何が起こるかと言えば医師の労働環境はひどく悪化し現場の志気が低下していくということです。

近ごろ流行りの病診病病連携とやらで適当に他施設に振り分けられれば良いのですが、患者の側も「県立病院の方が(いろいろと都合が)良い」と離れようとしたがらない場合が多く、何もこんな状態の人がこんな基幹病院に通わなくてもと思えるような軽症患者で外来があふれかえることになります。
こういう状況になってくると医師が考えることは少しでもこの患者を減らしたいということだけになってくるものですが、例えばお手軽な方法の一つとして大量の薬を一度に処方してひたすら受診間隔を伸ばしていくというやり方があります。
「延べ患者数が激減」と言う現象に対して県医療局は「薬の長期投与が認められたことにより」なんてことを理由として挙げているようですが、実際のところこの現象の意味しているのは現場の広範な志気崩壊の反映に他ならないと思いますね。

先日のことですが、医療情報誌「ジャミックジャーナル」を発行しているリクルートドクターズキャリアがこんな調査結果を公表しています。

転職の契機「収入増」45%=勤務時間や人事の不満も-医師調査(2009年3月8日時事ドットコム)

 医師が勤務先の医療機関を替えるきっかけを尋ねたところ、45%が収入増を挙げた一方、プライベートな時間の確保を理由とした者も3割に上ることが8日、医師の人材紹介を行う「リクルートドクターズキャリア」(東京都港区)の調査で分かった。
 調査は昨年11月に実施。転職活動をした、または転職を意識した医師にインターネットを通じてアンケートを行い、880人から有効回答を得た。内訳は男性88.2%、女性11.8%、内科系44.3%、外科系23.6%など。
 転職を考えた契機を複数回答で尋ねたところ、「収入増」(45.1%)がトップで、次いで「プライベートな時間が欲しい」(29.3%)、「医局人事の不満」(28.0%)など。「勤務環境が過酷」(25.9%)や「技術を磨きたい」(18.9%)などもあった。
 「収入増」と回答した医師は、勤務先別では大学病院が最多の56.0%。医局からの医師派遣を受ける大学関連病院が47.8%、その他が44.6%だった。
 また「プライベートな時間」を挙げた医師は30代後半が36.7%で最多。20代後半35.0%、30代前半34.6%で、20~30代が目立った。

記事の読み方は様々あるのでしょうが、労働者として特別おかしなことを要求しているわけではないのだなという風にも見えるのは自分だけでしょうか?

公立病院の医師給与が冷遇されているというのは業界内で知らない者はいないというレベルの常識ですが、面白いもので民間と公立との役職毎の給与の違いと言うのはそれぞれの施設内での役職間のヒエラルキーをよく反映しているのですね。
また公立基幹病院での勤務環境は奴隷労働と言われるほど最悪であって、その上僻地公立病院にも当直応援などと称して派遣されてしまうとなれば、満足なプライベートの時間など持てるはずもありません。
そして当直先でやってくる患者と言えば「既得権益は絶対に手放すものか」と固く決意した人々と言うことになれば、いったい公立病院に残る理由とは何なのかという気がしてきませんか。

医者も一応は血の通った人間ですし近ごろでは多少の社会常識も身につけ始めていますから、多少のことまでは我慢しても明らかにそれはおかしいだろうと思える状況でいつまでも黙って堪え忍ぶ特異性癖所持者ばかりと言うわけではないでしょう。
彼らが人として当たり前の反応を取った結果として公立病院が崩壊してしまったとして、その責任を負うべきなのがいったい誰なのかということはそろそろ考えておかなければならないでしょうね。

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2009年3月11日 (水)

今や医療訴訟は避けてばかりもいられない(!?)

最近では医療訴訟絡みの記事が紙面を飾らない日の方が珍しいくらいですが、こちらは以前に民事訴訟で話題になった事件が今回改めて書類送検されたという話題です。
今になってこういう行動に出た県警の意図もまだ明確でもないのですが、まずが記事から紹介してみましょう。

ロス手術高3死亡 心臓外科医を書類送検 業務上過失致死容疑で/茨城(2009年3月10日読売新聞)

 水戸済生会総合病院(水戸市双葉台、早野信也院長)で2004年、「ロス手術」と呼ばれる心臓手術を受けた鉾田市の高校3年石津圭一郎さん(当時18歳)が2日後に多臓器不全で死亡した問題で、県警捜査1課と水戸署が、執刀した心臓外科医の男性(47)を業務上過失致死容疑で水戸地検に書類送検していたことがわかった。

 捜査関係者らによると、大動脈弁が正常に閉まらず、心臓に血液が逆流する「大動脈弁閉鎖不全症」と診断された石津さんに、医師は04年7月、肺動脈弁を大動脈弁に移植し、肺動脈弁は人工血管などを縫いつけて代用する難度の高いロス手術を行った。ところが、医師は切除した肺動脈に適合しない人工血管を使ったうえ、人工血管と肺動脈の縫合部付近に狭さくを生じさせ、血の流れが悪くなり、右心不全に起因する多臓器不全を引き起こし、2日後に死亡させた疑い。医師は「人工血管の選択は適切で、狭さくも手術中に回復させた」と容疑を否認している。治療には、一般的には大動脈弁を人工弁に付け替える「人工弁置換手術」が行われるが、血液を固まりにくくする薬を飲まなくて済むなどの利点があるロス手術が選択された。県警によると、医師はロス手術の経験が1例しかなかった。

石津さんの両親は06年、病院を運営する社会福祉法人「恩賜財団済生会」と医師を相手取り、計約1億1000万円の損害賠償を求めて提訴し、現在、水戸地裁で係争中。病院は「書類送検についてまったく把握しておらず、過失があったかも聞いておらず、コメントできない」としている。

 「多少は息子の無念を晴らせた気持ち」――。圭一郎さんの父親の洋さん(53)が鉾田市内の自宅で読売新聞の取材に応じ、心境を語った。

 1月末、県警の捜査員から、書類送検の準備が整ったという報告を受け、妻の百美子さん(50)と、すぐに遺影が飾られた仏壇に報告したという。「長く、苦しいつらい時間だった」と振り返る一方で、捜査の状況などを報告し続けた県警に対しては「良くやってくれたという思いでいっぱい」と感謝する。

 ただ、担当医や病院に対しては「あんな医者がいるのも許せないし、それを見抜けなかった病院の責任も重い」と怒りをあらわにする。手術前の「海外でロス手術の経験が20~30回ある」という担当医からの説明が、事故後には「あれはロス手術の後の処置経験の回数だった」と変わり、「聞いていれば手術は頼まなかった」と語気を強めた。

 明るい性格の圭一郎さんは高校で吹奏楽部に入部したり、バンドを組んだりしながら、高校生活を楽しんでいた。

 「手術が終わったら思い切り抱きしめようと思っていたが、出来なかった。それが悲しくて悔しい。民事裁判もきっと見守ってくれていると思う」と話すと、そっと仏壇に手を合わせた。

解説

「明確な過失の立証には至らなかった」。県警は医師の過失を認定する一方、心臓外科医ら7人の専門家の意見では、明確な過失が裏付けられなかったとする意見を付したうえで、医師を書類送検し、処分を水戸地検の判断にゆだねた。医療過誤に詳しい加藤良夫・南山大教授によると、産婦人科医が逮捕され、無罪になった福島・大野病院事件以降、術者の判断ミスや微妙な手技ミスについて、検察は起訴を慎重に判断する流れになっており、今回の事故で水戸地検が起訴の判断を下すかどうかは微妙だ。

 ただ、警察はすべての医療事故を書類送検するわけではない。重大な事故でも、反省し、再発防止策が取られていれば、書類送検されないケースもあるという。県警が手がける医療過誤の案件は数十件に上る。そうした中で送検された重みを、医師も病院も真剣に受け止める必要がある。

この件に関しては既に2007年6月に民事訴訟となっていて現在も係争中とのことですが、このタイミングでの種類送検というのは何かしら意味なり意図なりがあるのでしょうかね。
記事の内容自体は例によって当事者の片方からの一方的見解の羅列に終始するという、この種の医療訴訟絡みの報道ではいつものパターンを踏襲していてさほど興味を引くものではありませんでした。
当該医療事故の内容や訴訟の経過についても今のところここで語るべき情報も持ち合わせていませんので何も書きませんが、この記事で注目すべきは解説部分にあるのかなという気がするんですね。

気になったのが警察からつけられた意見の内容で「心臓外科医ら7人の専門家の意見では、明確な過失が裏付けられなかった」と言うところです。
解説中にも記載されている通り、例の福島県・大野病院事件以降医療過誤訴訟に関しては慎重に取り扱うというのが検察側のスタンスになってきています。
ところでこうした件で起訴にまで持ち込むかどうかと言う判断に際しては専門家である医療従事者の鑑定や意見が大きなポイントとなるだろうことは容易に想像出来るところですが、今までであれば7人も医師の意見を聞けば、何人かは症例検討のノリで「いやここにはこんな改善の余地が」なんて言い出しそうなものじゃありませんか?

以前にも書きましたが、大野事件の際にもそもそもの発端である「県立大野病院医療事故調査委員会」報告書は元々患者への補償のために敢えて病院側の責任を認めるというものだった、ところがそれを根拠に刑事訴追に使われて関係者一同憤慨したといった話がありました。
あるいは検察側唯一の鑑定人である新潟大医学部産婦人科の田中憲一教授などはそもそも婦人科腫瘍学の専門家であるのに検察に請われて鑑定をしたところが、法廷では自ら信頼すると公言する産科領域の専門家諸氏からさんざん鑑定のいい加減さを批判されたといった話もありました。

こういう経緯を見れば誰しも「なぜ後から容易に突っ込まれるような報告書や鑑定書がまかり通るの?そんなものがなければ話は簡単にすんでいたかも知れないのに」と考えるところですが、医者という人種は症例検討会などで他人のあらを探し、重箱の隅を突くことこそ医療の進歩につながるのだと言う教育を受けて育っています。
医学的な意味での症例検討と司法の場で用いる鑑定書とは違うものだと頭では認識しているのでしょうが、実際の鑑定書の内容を見てみると長年の習慣というものはそうそう変わるものではなかったと思わされるものが多いようですね。

そしてもう一つには医師の裁量権というものに対する強い自意識があって、これが悪い方向に働くと他人は他人、自分は自分という我関せずの姿勢となる場合もあるようです。
日本産科学会では大野事件立件に対して抗議声明を出すなど支援を行いましたが、その内情を見れば発端となった事故報告書に対しては学会として「実質的には反論している」などと認めながら「敢えて調査委員会の報告書に触れない方が良い」などと華麗にスルーを決め込んでいたりする。
これなども一応はその道の最高権威を自任する(だと思いますが)専門家集団としてあまりに他人事過ぎると言いますか、そもそも今の時代需要も多いだろうに鑑定医レベルの向上という面でもどうよ?と思わされる話ではあります。

決してスタンダードではない一部鑑定医の見解を以て裁判の行方が決定されている、そしてそうした鑑定医の存在を何とかしなければと誰も言ってこなかったこともいわゆるトンデモ判決が続出した一因などと言われてもいますが、今回の記事を読んで「あれ?少し意識が変わってきたのかな?」という気がしてきませんでしょうか。
昨今の医療訴訟は年間1000件ペースで増加傾向が止まらず、特に産科ともなれば医師人生を通して二人に一人は訴訟沙汰に関わる計算だと言われるくらい高危険群に位置付けられていますが、これだけ訴訟リスクも大きなものになっているのですから、訴訟リスクや鑑定医に求められる資質など学生レベルから現場レベルまでに渡って広く教育と意識改革をやっていかなければならないと思いますね。

以前からたびたび書いてきていることですが、この種の医療事故というものは医師・病院vs患者・遺族といった対立の構図に持ち込んでしまっても双方にとって不毛なばかりです。
その点で日本においては当事者同士の話し合いで決裂してしまえば後は医療訴訟まで一直線で中間段階がないというのは関係者全てにとって不幸なことだと思いますが、最近ようやくこうした流れも変化の兆しを見せています。
今年から導入された産科補償制度は未だ極めて限定的ではありますが無過失補償による患者救済制度のモデルケースとなり得るものですし、弁護士などが中心となって設立の動きが活発となってきている医療版ADRなどは紛争となる以前の段階でトラブルの解決を目指したものです。
このあたり「お互いにとって不利益になることなら一致協力して回避しよう」という当たり前のコンセンサスが広がってきてくれればいいかなと思うところではありますね。

『医療危機'09ふくしまの現場から』 医療訴訟/福島(2009年1月14日福島民友)

― 現場の委縮が課題に  ―

 昨年12月25日、福島市の幕田智広さん(42)と妻美江さん(42)は複雑な表情で仙台高裁(仙台市)を出た。福島医大付属病院で医療過誤があったとして損害賠償を求めた訴訟の控訴審。この日、和解に向けた協議が初めて行われた。「判決が一番望ましいが、和解のメリットもある」と心は揺れる。ただ、長期化している訴訟に終わりが見えてきたことにはホッとしている。
 一審福島地裁判決によると、1995(平成7)年5月、同病院で自然分娩(ぶんべん)中、美江さんの子宮が破裂し、医師は帝王切開手術への移行を決定。別の医師の到着を待って手術が行われ、二女未風(みゅう)ちゃんは仮死状態で誕生。2000年3月、重度脳性まひで死亡した。
 幕田さん夫妻の提訴を受け、同地裁は昨年5月「分娩経過を注意深く監視し、緊急の帝王切開を行う準備をしておくべきだった」と約7344万円の支払いを同病院に命令。同病院が控訴し現在に至る。
 近年、医療過誤訴訟が増加し、医師不足と相まって臨床現場に大きな負担を強いている、との指摘がある。これに対し幕田さんは「求めているのは事故の再発防止。『医療崩壊』の議論と訴訟は切り離してほしい」と話す。一方、同病院のある医師は「こちらの勝訴はない」と病院の賠償責任を否定しないが、現場の医療を委縮させる内容の判決が一審で出たことに危機感を抱く。
 現場の医師を委縮させることが本意でないのは、医療側も被害者も同じ。訴訟に代わる医療事故調査委員会の設置を望む声は双方から上がる。ノンフィクション作家柳田邦男さん(72)は「医療事故被害者の体験は病院にとって掛け替えのない財産」と、双方に協力を呼び掛ける。昨年11月24日には、東京ビッグサイトで開かれたシンポジウムで講演した。
 柳田さんは、被害者の体験を医師の意識改革につなげるため、病院は被害者、遺族と意見交換の場を持つべきと訴える。医師個人への責任追及に向かいがちな遺族の感情に対しては「組織として責任を持つことが大事」と病院トップに覚悟を迫る。

医療訴訟の当事者がよく口にする「ただ真実を知りたいだけ」「二度とこうしたことが起こらないように」と言った願望は確かに心情として理解は出来るのですが、裁判、ことに民事訴訟とはそうしたものを求める場でも得られる場でもないとは多くの司法関係者が口を揃えて言うことです。
そして当事者が望むと望まざるとに関わらず医療訴訟の影響と言うものは決してそれら欲しかった結果だけにはとどまらない、むしろ現在の日本においては望外の社会的影響というものがはるかに大きいとなれば、これは紛争解決の手段としては誰にとっても良いことはあまりなさそうだとは理解できることでしょう。
このところ割り箸事件や大野病院事件など世間でも報じられたような相次ぐビッグイベントを通じて医者もようやく医療訴訟というものに真剣に向き合いはじめたのは良いことだと思うのですが、当の現場では多忙もあってか未だ単なる訴訟回避の技術論のようなところにとどまりがちに見えるのは残念と言うよりもったいないことだと思いますね。

今まさに医療業界も様々な面で大きく動いている時なんですから、どうせならこの機会に医療-被医療関係においても思い切った改革というものをやってみたらいいと思うのです。
妙なところで変に頑張ってしまうよりこういうところで少しばかりの手間暇をかけておくことが、後々になってずっと楽になるための布石なんじゃないかという気がするのですがどうでしょうかね。

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2009年3月10日 (火)

岩手県立病院再編計画続報と絡めて

先日も取り上げました岩手の県立病院再編計画につきまして、地元紙にその後の報道がありましたので紹介します。

「実態踏まえ議論を」 無床化案で県議会空転(2009年3月7日岩手日報WEBNEWS)

 県議会は6日、県立6医療施設の無床化に関連する2008年度補正予算案の修正案審議などをめぐり空転。達増知事が県議会史上初めて「再議」を求めるなど異例の事態となった。この日も県医療局の新経営計画の一時凍結を求める議員らが「一方的だ」と反発。「このままでは医療崩壊が進む」と4月からの計画実施に理解を求める県との間で平行線をたどった。県内の医療関係者からは「議員は現場の実態を見ていない」と批判や失望の声が上がっている

 修正案の「再議」を受けて6日午後8時半に始まった県議会総務、環境福祉常任委の連合審査会。修正案を提案した議員からは「再議に付す必然性があったのか」「再議は議会に対して反省を求める意味がある」など、議論の入り口で知事への批判が相次ぎ、同11時をすぎても同様の議論が続いた。

 県医療局が、無床化を盛り込んだ新経営計画案を示したのは昨年11月。以来、「計画が唐突」「地域医療の切り捨て」などの反発が続き、12月定例会から議論は平行線のままだ。

 こうした状況について、県立宮古病院に勤務経験のある熊坂義裕宮古市長は「県議会は医療現場とあまりにかけ離れている。医師が減り、県内でもどんどん医療崩壊が進んでいるのに、非現実的な議論で反対ばかりを唱えている」と批判。

 県立病院に13年間勤務経験のある二戸市堀野の薬剤師森川則子さん(55)は「病院の現状を理解していないから反対しているのではないか。住民の気持ちも分かるが、こういうときこそ、議員は県内の現状を理解して住民に教える役割がある」と不信感を募らせる。

 県立中央病院の佐々木崇院長は「それぞれの立場はあると思うが、中途半端な結論は許されない。医療局にとって、今回の計画は(岩手の医療を守るための)最初のステップ。もう一度医療体制をつくるためには、地域の自助や互助も求められている」と冷静な議論を求める。

 県議会は昨年12月定例会で新経営計画案の撤回を求める請願を賛成多数で採択。2月定例会前の2月16日には議員有志26人が県と県医療局に計画の一時凍結を求める要請を行った。

 しかし、医師不足の現状や勤務医の過重勤務の実態は次々と表面化しており、一時凍結を求める議員からは「振り上げたこぶしを降ろせなくなっている」と本音も聞かれる

こういう利害関係が複雑に絡み合った問題というものは何であれ、誰もが円満に満足して終わるような解決策ってなかなか難しいですよね。
しかし色々と問題があって崩壊の危機に直面しているのは何よりも現場でのことなんですから、現場の人間の声に耳を傾けないような計画なんてものは単なる机上の空論と言われても仕方がないんじゃないかと思います。
現場で診療に当たっているスタッフ達は別になにがしかの計画を求めているわけではなくて、どうしようもなくなって今まさに崩壊しつつある現状を何とかしてくれ(そうじゃないと逃げるよ)と言っているわけなので、現状に対処し得ない計画など出していただいたところで屁のつっぱりにもならへんと言うことなんですよ。

むしろこの報道で注目すべきなのは、まさにこうした再編計画で病院を取り上げられるような地域の「住民の気持ち」に支えられて存在しているという立場にある地方紙にこうした記事が載るようになったという点なのかも知れませんね。
そう思ってもう一度見なおしてみますと、もしやこれは紙面記事ではなくてウェブニュース限定の記事なのかな?という気もしてくるのですがどうなんでしょうか?
これで実は紙面の方では「県民の声を無視!知事の横暴許すまじ!」みたいな論陣を張っていたら非常に面白いんですけどね(苦笑)。

急性期医療を担当する都市部の基幹病院の惨状については色々な方面でその実態が取り上げられるようになりましたが、必ずといっていいほど現場の医療従事者の悲鳴じみた訴えがキャッチーなコピーとともに紙面を飾っていますよね。
ところが僻地医療の話題と言うと地域医療が崩壊して住民が困っている云々と言った妙に総論的な話に終始している傾向があるようで、僻地医療の現場を支える医療従事者の生の声と言うのがあまり報道されてこなかったという印象がありませんか。
今回の岩手の県立病院再編計画に関わる一連の報道においても同様の傾向があるのですが、例えば以前にも取り上げました「まるで休みに来ているよう。失礼な言い方だが、ばかばかしいとも感じる」なんて応援当直医師の話を聞いてみれば、ああそれは確かにおいそれと取り上げるわけにもいかないんだろうなあと納得はできます。

世間では一口に医療崩壊といい医師不足と言いますが、その内実を見てみればこのように全く異なる(そしてしばしば相互対立的な)現象を一括りに語ってしまっているわけで、それぞれの利害関係を持つ当事者達が好き勝手な解釈で「(俺たちのための)医療は崩壊しているんだ!(俺たちのために)もっと医者をよこせ!」と叫んでいるという傾向がなきにしもあらず(控えめな表現)というのが現状です。
このあたりの世間の姿勢に対しては当然ながら現場の人間にも言いたいことはあると思うんですが、例えば破綻した夕張市の医療再建を託された僻地医療のプロとも言える村上先生はこんなことを書いています。

村上智彦の「夕張希望の杜」月報(2008年8月)

■8月15日

夕張市は42.7%と日本一高齢化が進んでいるのに保健、福祉は遅れています。それは総合病院が171床という病床を持ち、問題が病院に丸投げになっていたからです。
この問題のすり替えが医師や医療従事者の離職を生み、医療崩壊の原因にもなっていました。在宅や福祉の遅れは不安の原因になり、不必要な医療や救急を生んでいます。

夕張市立総合病院時代の入院患者の多くは社会的入院で在宅サービスは皆無でした。現在も夕張市の訪問看護ステーションは24時間体制になっていません。
つい先日も1人暮らしの高齢者が熱中症で民間の施設の介護支援専門員に発見され、施設を介して医療センターに入院しました。
この方は1カ月前に行政が把握していたのに放置されていました。「財政破綻しているから」といえば何でも許されるわけではありません。

また別の日には90歳の高齢者の一人暮らしの方が、紹介状を持ちご家族に連れられて受診しました。
「毎日市外の医療機関に通い点滴をしていたので入院させて欲しい」とのご希望でした。
紹介状を読むと特に大きな病気もなく、不安の解消のために点滴に通っているとの事でした。

高齢の方が毎日何もせず、役割もなく、水分もあまりとらずにただ病院へ点滴に行くだけの毎日ですから、弱っていくのが当たり前に思えます。
こんな状態が夕張では「ニーズ」とか「高齢者に必要な医療」と言われていて、それが出来ない事を医療の後退と言われています
早速ご家族とも話し合い、安全な生活を送るために老人保健施設を使って歩行を主体としたリハビリテーションを開始する事にしました。

比較的元気な80代の女性が以前は薬を飲んでいたが、今は特に病院に行っていないので不安だという主訴でご家族と歩いて来院しました。驚いた事にこの方の要介護度は4でした。(要介護度3で車いすです)
以前に骨折して入院していた時の介護度のままで、平成20年7月31日に更新されていて歩ける方が「要介護度4」のままではあまりに不自然なので、市役所に電話して担当者に問いただしたところ
「介護保険は一度要介護度が決まると本人が言わない限り変わらない制度なんです」と説明されました。これは全くの嘘で、夕張市以外では通用しません。更新は要介護の状態の変化をとらえるためにやるものです。
ただ単に担当者の怠慢なのか、便宜を図って意図的に要介護度を決めているのか解りませんが、不適切な要介護認定は介護保険制度の根幹に関わる問題です。

高齢化が進んだ町で必要なのはまずは保健・福祉の充実です。それがないから医療機関に依存し、丸投げにしているから莫大な医療費がかかりますが、その割には住民の不安は消えません。
医療は目的ではなく生活のための手段であり、不安の解消のためにあるのではなくて命や健康を守るためにあるものです。
どんなに高度な医療を充実させてもその地域の平均寿命が120歳にはなりませんし、不安は解消されません。
むしろ以前の夕張のように、健康作りをしないで医療機関に丸投げにするといった弊害を生み出し、結果として不必要な医療費の増大は住民の負担という形で帰ってきます。

夕張市は以前の繁栄のせいか、破綻を受け入れていない人たちはプライドはあるらしく、周囲の町の取組みを参考にしたり、日本全体の制度の変化を受け入れません。
自治体には地域の「保健福祉計画」というのを作る義務があります。
それを元に私たちも医療に取り組むというもので、地域の保健・医療・福祉の雛型になる大切な自治体のビジョンともいえるものですが、夕張市ではそれをまだ作っていません。
やるべき事をやらないで、以前のやり方と違う事を非難するだけでは問題は解決しません。少ない人材で予算がないからこそ知恵と工夫が必要だと思います。
毎日健康作りのために歩いて、食事に気をつけて十分な水分を取って頑張っている住民を見ると、結果に責任を取らない人たちが夕張を破綻させ、再生も邪魔していると感じています。
(略)

■8月29日

ある日の外来での出来事でした。高齢の父親の付き添いで、50代の娘さんが一緒に外来に来ていました。
父親の診察を終えてから娘さんとしばし会話をしていると、娘さんは自宅近くの医師が一人で運営する診療所に通院しているとの事でした。

娘さんがこんな事を言っていました。
「この前の土日に、お腹を壊してひどい目にあいました。辛くて仕方ないので、近くのその先生に電話したら居てくれて、処置してくれてとても助かりました。あの先生には絶対夕張に居てほしいです。先生方もあの先生も仲間に入れてずっと夕張にいてくれたらいいのに……」

一見嬉しく聞こえるかもしれない言葉ですが、私は敢えて反論しました。
「失礼ですが、何故その日の当番医を調べて受診しなかったのですか?先生はお一人だから、土日も潰して診て下さったのですよね?」
すると娘さんが「たまたま居てくれたから。それにあの日だけですし」と答えました。

少々意地悪に聞こえるかも知れませんが、私はその娘さんに次のような事を話しました。
「私も長く一人で診療所をやっていた時期があります。あなたのようなその日だけの人が何百人もいて、結局その先生は365日拘束されることになると思いませんか? 本当にその先生に長く居て欲しいのなら、土日を休ませてあげようと思いませんか? その先生は休みもなく、家族と過ごす時間もなく、勉強のために学会にも行けず、いずれは疲弊して辞める事になると思いませんか? 夕張市立総合病院の先生方も、2人で24時間365日土日も休みなく診ていて辞めていきましたが、同じ事になるとは思いませんか?

医師であれば休みもなくて当然だし、いつでも診てくれて患者さんの欲しい薬をたくさんくれたら良い先生で、診療以外の町の行事にも参加してくれて、眠らなくても病気もせずに笑顔で優しくていつまでもいてくれる先生が理想の先生なら、地域から医師はいなくなります。少なくともそんな先生はほとんどいないと思います。

実は厚生労働省の規定では「病院の当直は入院患者を守るためにあり、それに支障のある外来を受けてはいけないし、週1回を限度とする」と決まっています。
診療所で入院がなければその義務もありません。
労働基準法にも違反していて、それを「医師だから仕方ない」と何故か法律を守らない事が医療崩壊の原因の一つになっています

赤ひげのような献身的な先生が頑張っていると、住民の評判も良くなり、多くの人が受診するようになります。
しかし、その先生が疲弊し、燃え尽きて辞めようとすると、署名運動が起こり、さらに気が重くなって辞めると、「先生は住民を見放した」と今度は後ろから石を投げつけます
それを見ている若い医師たちが望んでこの地域に来るのでしょうか? 「そこへ行くと自分も同じ目にあい、使い捨てられるんだ」と考えるのが普通です。

多くの場合、次の先生が来ると住民は「前の先生はいつでも診てくれた」「もっと住民の声を聞いてくれた」と言い、途端に医療機関の評判が悪くなり、せっかくやって来たその先生が去ると、もう来る医師はいなくなります。
すると住民から、「首長の責任で医師を連れて来るべきだ」「住民は良い医療を受ける権利がある」「医師を確保できないのは道や国の責任だ」といった声が上がり、マスコミが住民の悲惨な声を伝えます。
私が書いたこの話をオーバーだとか仮定の話と感じておられる方もいるでしょうが、私はたくさんの地域でこんな事が繰り返されるのを散々見て来ました。

おそらく医師を含めた医療資源を大事にする地域には医師は来るし、病院も残ります。そう出来ない地域には医療は確保されずに、安全が保障されない地域は消えていくと思います。
夕張で目指しているのは、医師個人の頑張りや献身ではなく、普通の医師が来てもやって行けるという「住民が健康や医療を大切にする事で支えていく仕組み」だと思っています。
ここへ来て2年近くなりますが、まだまだ先は遠いのが現実です。
そんな中で夜間や休日の時間外受信が減り、仮に来ても「休みにすいません」という患者さんが増えたことが私たちの心の支えになっています。

村上先生は既に地域医療で実績を上げ名を成した方ですからこれだけの事が言えるわけですが、これを名も無き木っ端医者が実名で書いたりするとあっという間に炎上してしまいそうな話だと思いませんか(苦笑)。
夕張市民の自覚を促すために敢えて厳しく書かれているのだと思いますが、程度の差など多少の違いこそあれこうした事例は夕張市の特殊事情などと言うものではなくて、全国どこに言っても大なり小なり当たり前に起こり得るような話であるということをまず認識しておかなければなりません。

人間という生き物は良くも悪くも環境に適応していく力の強い生き物ですから、地域の備える医療環境に応じて医療資源の利用の仕方というものが変わっていくことに対して一概に非難するつもりはありません。
しかしながら一方で「医療資源は偏在している!どこに住んでいようと命の価値は同じであるはずだ!」と主張するのであれば、他方で自らが享受している優れた医療環境を手放し他者に分け与えるということも語らなければフェアではありませんよね。
そうしたことをせず自分の手札を隠したままで「まだまだ足りない!もっともっと寄こせ!」と一方的に言い張るのは医療僻地ではなくて、心の僻地と呼ばれるべき場所なのかも知れませんよ。

あるいはまた別な方面での僻地医療の実態というものに関して、同じ北海道は上川町立病院の斎藤秀秋院長がかなりぶっちゃけちゃって書いていらっしゃるので紹介してみましょう。

僻地勤務の過重労働について(2009年3月1日北海道医報第1086号)

勤務医の過重労働といえば、 一般的には都市部の基幹病院に勤務している医師のことを思い浮かべるのではないだろうか。近年、医師に過重労働を強いる病院は敬遠される傾向にあり、 著しく不当な過重労働は改善されつつあるように思う。 しかし反面では研修医制度の改革や医療訴訟の増加、 診療報酬の改定などによる病院経営の悪化が、 都市部においてさえ医師の偏在を生み、 さらには一部の診療科に従事する医師の著しい不足などの問題を生み出している。
さて本稿では僻地の地方自治体病院勤務における過重労働について考えてみたいと思う。 都市であろうと過疎地であろうと罹患する疾病そのものに大きな差はない。 そのため僻地では時として重篤な疾患や専門外の診療にも単独で当たらなければならない。 それでも近郊に受け入れてくれる二次病院があればよいが、 この点でご苦労されている先生方が多いのではないかと思う。道北・道東の僻地自治体病院の医師不足はこういった点にも原因があるのではないかと思う。 これらの地域では一部の基幹病院にすら医師が不足していると聞いている。
僻地勤務における最大の問題点は、 勤務する医師数が少ないため休息や休日を取ることができないことである。 年休や当直後の代休などはもってのほか、 親の死に目に会える人は運が良いといっていいだろう。さらにノロウイルスに感染しても、インフルエンザになっても休めずに、 患者さんから 「大丈夫ですか」 と気遣われたという笑い話もよく聞く。 これは院内感染予防の点からも大問題である。また、 僻地勤務の過重労働に疲れて辞めようと思っても、 地域医療に計り知れないダメージを与えるだけでなく、 病院に勤務する職員の職場を奪う恐れがあるため辞められないといった先生もいらっしゃった。そして、医師の不足する僻地に赴任する医師がいればヒーローのごとく扱われるが、 新聞には経歴が書かれ個人情報はだだ漏れである。 写真付きのこともあり、 殺人犯だってもうちょっと配慮がなされるのではないかと思う。 疲れ果てて辞めれば、 地域医療の崩壊は主に医師のせいになるようである (住民のコンビ二受診が問題だとされていたのもあったが・・・)。
北海道の僻地の地方自治体病院では多くが1~3名の医師で運営されているのではないだろうか。 平日の当直を1回、土・日・祝日の当直を2回と考えると、2人では年間240回、 3人では年間160回の当直をすることになる。おそらく、多くの先生方は研修医時代や若い頃はもっと厳しい条件で働いておられただろうが、 ある程度年をとるとこのような条件下では長い間は続けられないのではないか。 私の勤務する病院では常勤医3名と大学医局に応援を依頼し、常勤医1人あたり年間100回の当直をこなしてきた。 日勤帯は忙しすぎるということはないし、 当直回数も準僻地の地方自治体の病院としてはまずまずの勤務条件であると思う。 しかし病院の赤字のためなのか出張医を切り、 常勤医のみによる365日勤務を打診された。年間約160回の当直である。もちろんお断りしたが、退職を勧奨された次第である。今後、診療所に転換する予定であると聞くが、 広報には 「(診療所に転換するのは) 極端な医師の労働過重の実態をやわらげるための規模、 内容の医療機関に見直す必要があります」と書かれ、さらに新聞では「常勤医が退職することから、 道内の医療法人と委託契約し新体制に移行する方針」となっていた。これはもうお約束事であろうと失笑している。
以前から感じていたことだが、 どうやら世間では医師はメンテナンス料の高い機械だと思われているようである。未曾有の不況の中、職を失う人、医師よりもっと苛烈な労働条件下で働く人も多いのだろう。国民の税金で医師にしていただき、高い給与をもらうのだから、 年間160日程度の当直ごときでは「過重労働である」 と文句を言ってはいけなかったのかもしれない。

都市部基幹病院とは異なった意味での負担というものももちろんですが、ここでは僻地医師のプライバシーの無さというのもきちんと書いていらっしゃる点には注目しておくべきですかね。
少し前に鹿児島県阿久根市の市長がHPに市職員全員の給料を公開した件がちょっとした話題になっていましたが、人口2万人くらいの阿久根市の数字を見ていただいても判るとおり田舎では医師ってすごい高給取りって認識なわけです。

役場や公共施設以外にろくな産業もないような僻地における公立病院医師というのは下手するとおらが村で一番の金持ちって話になりかねませんから、公費(すなわち村にとっては貴重な外貨である国からの補助金)を誰よりも沢山手にすることになる医師達の行動には始終注目しています。
昨日はどこの店で幾ら金を落としただとか、いつもあそこの店ばかり贔屓にしているなんて話はあっという間に広がりますし、ましてや金を地元に還元しないままトンズラなんてしようものなら何を言われるかってことですよ。

医局人事などで田舎病院に赴任してみると「どうせあんたもすぐいなくなるんだろ?」なんてのっけから攻撃的な態度を取ってくる患者がけっこう多いなんて話はよく聞く話ですが、都市部の病院であっても同様に医師の転勤なんて話は珍しくないのにあまりそういう話は目立ちませんよね。
マスコミ報道なんかでは「たびたび担当医が変わることに対する不安が住民にはある。今こそ赤髭の志を持つ医師が求められている」なんて安易な総括をしちゃってますが、そういう表層的な話で終わっている限りは地域医療の実態なんてものは見えてこないということです。

岩手の医療問題もしかり、夕張や上川を初めとする北海道の地域医療もしかり、あるいは都市部の奴隷労働を強要する基幹病院しかり、とにかく今の時代は医者を大事にしない土地から真っ先に医者が逃げ出して行っているという現実があるわけです。
先の村上医師も強調していますが、熱心で優秀な医師を呼んで行政が主導して手厚いサポートを付けて頑張れば確かに地域医療はまだ再生できるかもしれない、しかしそれは件の医師がいなくなれば崩壊してしまうような個人的な力量に頼った一時的な現象にしか過ぎません。
ごく常識的に受験勉強をしてごく普通に大学で学び、ごく平凡な医師になったような大勢の名も無き一般医師であっても少しずつ力を寄せ合って支えていけるような医療環境を構築していかなければもう医療は保たないところにまで来ているということを、全ての当事者が認識しなければならないわけです。
当の医療従事者にも多いのですが、今どき「医師は聖職」なんてカビの生えた文言を振りかざす前に、ヒラリーの言うところの「聖職者さながらの献身」を強いられなくとも維持できるようなシステムを用意しろよってことですよね。

「当たり前の常識が通用するような医療を求めていこう」といったフレーズは、何も一部の先端的な患者団体だけが振り回すべきものでもないだろうと思うのです。
そしてそのために今なにが最も必要とされているのかと考えていけば、そこに出てくるのは「崩れていく現場を支える医療従事者のより一層の頑張り」なんてものではないんじゃないかなと言う気がしてきませんか。

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2009年3月 9日 (月)

過失はどこまで罪なのか 医療業界と航空業界

昨今都市部の急性期病院はどこも多忙ですが、特に公立病院と言うところは負わなくてもいい部分でまで医師負担が増大していく傾向がありますよね。
今日は地方都市においても基幹病院医師の多忙な状況は変わらずというニュースから紹介してみましょう。

広島市立4病院:人手不足深刻 1カ月無休の医師6.8% 1日含め14% /広島(3月7日毎日新聞)

 広島市の市立4病院で、1カ月に休日が取れない医師が正職員、嘱託合わせて全体の6・8%に当たる25人に上ることが分かった。月に1日しか休みを取らなかった医師は27人おり、合わせて14・1%にも上る。市は「人手不足や医療への熱意で休日にも出勤している医師が多い。医師数を増やしたいのだが、経営面や人材面から難しい」と頭を抱える。
 6日、この問題を松坂知恒市議が市議会予算特別委員会で質問した。同市は広島市民(中区)、安佐市民(安佐北区)、舟入(中区)、総合リハビリテーションセンター(安佐南区)の4病院を運営。4病院で368人が昨年11月1日現在で在籍している。08年10月5日から11月1日までの4週間で休みが0日だったのは、広島市民14人▽安佐市民9人▽舟入2人の計25人だった。1日しか休みがなかった人も27人いた。
 08年4月から09年1月では、月100時間以上の時間外勤務を行った医師は安佐市民14人▽広島市民と舟入で各1人の計16人いた。
 6日の市議会で、大庭治・広島市民病院長らは「医師たちが休みがまったくない状態だったとは知らなかった。これから改善していきたい」などと答弁した。

記事の最後に広島市民病院長の大庭治氏のちょっとアレな発言が載っていますが、同氏の院長就任時の挨拶では「 時間外労働をせざるを得ない現状でも、労働基準監督署は一定限度以上の時間外は禁止しているし、解決は大変困難」なんてしおらしいことをおっしゃっています。
実態は労基署の禁止などどこ吹く風で好き放題残業をさせていたというオチがついたわけですが、一応弁護しておきますと氏の立場としては例え実態を知っていたところで「いやあ法令無視してましたわ。えろうすんません」とは言えないとは思いますけどもね。

人間誰しも疲れてくると仕事が雑になってくるのは実感として理解できるところだと思いますが、特に医療現場というところは絶対にミスが許されないなんてことを言う一方で、ミスを誘発する過重労働が常態化しているという非常に奇妙な職場です。
旅客機パイロットには厳密な運行時間の規定があって、守られないようだとお上の指導が入るなんて話を聞きますが、医療業界では最近ようやく残業代不払いに指導が入り始めたという話題が出ているくらいで就労時間を厳守しろなんて指導が入ったという話はあまり聞いたことがありません。
本当かどうかひと頃流れた噂では、労基署に労働条件について相談しても医者だとバレたとたんにガチャ切りされるなんて話もありましたが、もう少しもっともらしい噂によれば医師に労働時間厳守を言ってしまうと医療現場が成り立たないのは周知の事実なんで労基署も見て見ぬふりをするのが伝統なんだとか。
実際に過労がどれくらい悪影響を与えているものなのか、ちょうどこんな記事が出ていましたので紹介してみましょう。

疲労でミス寸前、半数が経験 県内勤務医 過酷実態裏付け/滋賀(2009年3月6日京都新聞)

 滋賀県の病院に勤める医師の5割近くが、過去1年間に疲労が原因で医療事故やミスを起こしそうになり、7割超が以前より疲れやすいと感じている-。県がこのほど行った調査で、激務が指摘される勤務医の過酷な実態が裏付けられた。医師の使命感ややりがいについて、4割近くが「失われていく」と回答し、県は「地域医療を守るために、勤務医の負担軽減が必要だ」としている。

 医師不足などの実態把握を目的に昨年12月、県内全60病院の勤務医1469人にアンケートし、927人から回答を得た。都道府県単位で行政が全勤務医を対象に行う調査は珍しい。

 

疲労から医療事故を起こしそうになったのは47%(434人)。最近1カ月の自覚症状について、最も当てはまる項目を問うと「以前と比べて疲れやすい」が「時々ある」「よくある」と合わせて73%(676人)に上った。「いらいらする」「朝起きた時ぐったりしている」「へとへとだ」なども60-70%が当てはまると回答した。

 週当たりの平均超過勤務時間では、20時間以上が25%もいた。1カ月の平均当直回数は「2-3回」が54%と最多だったが「5回以上」も16%。当直明けは83%が「通常勤務」で、当直からの連続勤務時間は「24-36時間未満」が60%、「36時間以上」も30%に上った。

 

「患者や家族から暴言・暴力を受けたことがある」のは82%もおり、医事紛争経験者は21%だった。医師としての使命感ややりがいが増しているのは20%だったのに対し、「失われていく」と答えた人は37%。改善点としては「診療以外の業務を軽減」「休日の確保」「医師と理解し合える住民意識を醸成」を求める声が多かった。
 県医療政策室は「勤務医を守るためにも、医療機関の機能分化や連携など地域で医療を支える仕組みが求められている。調査結果の分析から県が目指す方向をしっかりと打ち出し、医師が働きたいと思える環境をつくりたい」としている。

まあ、記事を見るだけでもいろいろと突っ込み所満載な現場の状況が見えてくるようですが…
読むものの立場によって「五割も?」と感じるか「五割しか?」と感じるかは様々だと思いますが、少なくとも言えることは見過ごしに出来ない割合の医師達が現状で一杯一杯だと感じており、しかも状況がますます悪くなっているように感じているということでしょう。
特に症状を見てみますとこれは典型的な過労から鬱発症というパターンですが、これくらいの高率で発症してくる職場環境ということになりますと誰か一人が抜けた瞬間に全般的な崩壊も目前という感じなのではないでしょうか。

こういう状況にあるわけですから当然過労からミスは出るだろうと誰にでも予想はつくわけですが、その場合「予測されたミス」と言うものに対してどのような態度で臨んでいくのか、ミスを犯した現場の人間を責め立て責任を取らせていれば良いのかということが問題になってくる気がしますね。
先日も少しばかり書きましたが、医療事故調議論の上でも航空事故調というのは良いモデルとして大いに参考にすべきなのだと思うのですが、問題はその航空事故調も様々な社会的要因で激震の真っ最中にあるということなんですよね。
しかし見ていて「さすが」と思ったのは、業界の自助努力でさっそく軌道修正を図る動きが出ているということです。

全日空 ミス不問の制度導入へ(2009年3月9日NHKニュース)

全日空は、パイロットなどから事故やトラブルの防止に役立つ情報をありのまま報告してもらうため、ミスを処分しないとする新たな社内制度を導入することになりました。

旅客機のパイロットや整備士などのミスには、今後の事故やトラブルの防止に役立つ教訓が含まれていることがありますが、処分の対象となることが障害となって、すべて報告されていないのが現状です。このため全日空は、パイロットなどにミスの内容をありのまま報告してもらうため、ミスを処分しないとする新たな社内制度を来月から導入することになりました。制度では、「避けられないミスだった場合は、当事者の懲戒処分や不利益な扱いを一切行わない」と社内規程に明記し、重大事故につながった場合でも適用するとしています。ミスを報告しやすい環境を作り、危険の芽をいち早く見つけて対策をとるのがねらいで、責任の追及よりも事故やトラブルの再発防止に重点を置くとしています。一方で、故意によるものや職務怠慢があった場合などは従来どおり処分の対象とするとしています。こうした制度は、国内では日本航空がすでに導入しているほか、欧米の航空会社でも広く取り入れられていて、効果をあげているということです。

あくまでもこれは社内制度であって、先の管制官有罪判決のように社会的にどれくらい意味があるのかというのは疑問なしとしないのは言うまでもありません。
「この程度のことなら院内のインシデント・アクシデントレポートだって責任追及には使用しないって言ってるよ」と言う声ももちろんあるでしょうが、注目すべきはこうした公的な明記された取り扱いというものが国内だけでなく全世界的な共通認識として成立しているということですよね。

医療事故調導入との絡みでひと頃医療における刑事免責ということが話題になりましたが、それぞれの立場の違いはもとより「刑事免責?ミスで人を殺しても罪も問われないなんてケシカラン!」という声が当たり前のように出てきたことは記憶にあたらしいところでしょう。
一方でこうした航空業界のニュースが流された場合にどうでしょうか?新聞やメディアが「責任を問わないなんておかしい!」と言うでしょうか?世間が「航空会社の無責任体質は問題だ!」と抗議の声を上げるでしょうか?

事故とかミスとかいったことと絡んで何をどうやったら結果としてうまくいく、あるいはどうやったら害ばかりで益がないという話はおおよそ主だったところのエヴィデンスが出ていて、少なくとも理屈と現象面の上からは「これが正解」という対応の仕方というのがあるわけです。
航空業界においてはそうしたエヴィデンスに基づいた対応がきちんと進められていく一方で、医療業界でははるか遠い方向へ向けて迷走が続いている、その差は一体どこから来るのかと言うことですよね。

かつて聞かされたブラックジョークの一つに「飛行機事故と医療事故の一番大きな差とは、パイロットは死ぬが医師は生き残ることだ」なんてものがありましたが、社会的に大きな影響を及ぼす問題の解決に必要なことが素朴な感情論なのか、それともエヴィデンスに基づいた正しい対応なのか。
特に日本の場合は昨今ますます過失犯に対する処罰感情が強くなっている傾向が見て取れますが、社会利益という面からも何が一番よいやり方なのかをもう一度冷静に考え直してみる必要がありそうです。

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2009年3月 8日 (日)

今日のぐり「花菱」

少しばかり前に関西人って凄い!という話題を取り上げましたが、リアル関西系ボケツッコミは日本に限らないという恐るべき事実が判明しました。
日本人って色々な点でちょっと変わり者っぽく言われることも多いですが、インターナショナルな観点からすると関西こそがワールドスタンダードに近いということなんでしょうかねえ?

女性万引き犯、仲間の車に2回ひかれても何とか逃走/フロリダ(2009年1月18日EXCITEニュース)

 ケープコーラルの店舗「T.J. Maxx」で総額1200ドルのデザイナー財布を万引きした女性が、逃走しようとした際に外で待っていた仲間の車に2回ひかれたにもかかわらず、3度目のチャレンジで何とか車に飛び乗って逃走に成功した。

火曜日の朝、同店舗の警備員が、財布6点を万引き、ズボンの中に隠して店から出て行こうとする女性を発見、外に出たところで対峙した。するとそこへ、逃走の手助けをするため女性の仲間が運転する車が現れた。

しかし……犯人の女性が車に飛び乗ろうとしたところ、失敗して地面に転倒、そこを仲間の車にひかれてしまったという。それでも立ち上がった犯人、今度は車のボンネットに飛び乗ったが、またもや転落して再度ひかれてしまった。

女性は何とか立ち上がり、3回目のチャレンジでようやく車に飛び乗ることに成功した。

現場には女性万引き犯の個人情報が書かれた所持品が残されており、また、車のナンバーも判明していることから、警察の捜査は順調に進んでいる様子だ。

身体張ったコントだなと思ったら実話かいっ!
しかしここまで身体を張ってやったと言うのに最後の一文が悲しすぎる話ですが、やはり最後までボケは忘れないという心がけということなんですかねえ…

今日のぐり「花菱」
カキのシーズンもそろそろ終わりが見えてきましたので、ここは一つ産地近くで食っておくのもよいかと思って、観光がてら宮島を訪問してみました。
しかしここの鹿連中はいつ来ても退屈そうに寝そべってるのが多いなと思うんですが、奈良の鹿と違って鹿煎餅がないから愛想がないんですかね?
あちらこちらに鹿の糞が落ちていますが、こういうものはあまり気にしすぎても仕方がないと割り切るしかありません(たぶん…)。
いやそれ以前に、最寄りのインターを降りたあたりから猛烈にくしゃみが出始めたんですが、もしやこの界隈は花粉濃度高めなんでしょうかね?

渡し船の桟橋から海岸沿いを厳島神社に向かって歩いていくとちょうど分かれ道の角になったあたりに茶店があって、そのお隣が釜めし屋「花菱」になっています。
とは言っても実は茶店とは中がつながっていまして、昼飯時には皆さん茶店の方でも釜めしを食っているというのはちょっと雰囲気的にどうなのよな感じでしょうか。
ちなみに何故ここを選んだかと言えば、個人的にカキの風味(海の香りって言うんですか?)が苦手なもんでカキっぽくない料理を食いたくなったからです…ってオイ。

というわけで、メインはあなご釜めしということにして、ついでにかきフライとかき釜めしも味見してみました。
ここの釜めしは注文を受けてから炊きあげるそうで、時間は結構かかるのは覚悟しておかなければなりません(聞くところによると時間がないと言うとあなご飯を勧められるそうです)。
最初に出てきたかきフライは旬のカキらしいジューシーな食感も残っているのは良いんですが、揚げ物として見るともうちょっと油の温度あげても良かったかなという感じですかね。
ところでかきフライと言うとタルタルソースをはじめマヨネーズ系のソースを合わせる店が多いと思っていたんですが、ここは基本レモンだけでそのままで食べるらしく「お好みでこれをどうぞ」と添えて出されたのが甘口ソース(お好み焼き用でしょうか?)。
このあたりは地域性なのかこの店のこだわりなのかは判りませんが、せっかく香ばしい揚げ物に何であれべったりソースを乗せて出されるよりはこういう対応の方が好ましいと思いますね。

ここのあなごは国産を売りにしているらしいんですが、時期的なものもあってか格別脂がのっているわけでもないものの割合すっきりした仕上がりで釜めしの具として悪くないです。
もっとも最近ではちょいと気の利いた回転寿司屋でも結構ちゃんとした穴子を出すところもありますから、特記するほどの味かと言われると微妙なところでしょうか。
あなご釜めしとしては最初ちょっとべたつき気味なのが気になったのですが、食べているうちにそこそこ程よい感じになってきました(もっとも好みから言うとやはりもう少し硬めに炊きあげてもらった方がいいですが…)。

意外に?いけたのがかき釜めしの方で、前述のように個人的にカキの風味というのが苦手な人間なんですが、これくらいのすっきりした仕上がりなら悪くないかなと思いますね。
あなごにしろかきにしろ釜めしの方はあっさりした害のない味でまとめてるんですが、お吸い物の方はちょっと口に残るくらい旨すぎてどうかなと言う感じでした。
ちなみに量はそんなにありませんから、腹をふくらましたい方はサイドメニューを頼むか蕎麦が付くというセットにしてみるのも良いのかも知れません。

店のおばちゃんは結構フレンドリーだし(茶店の方に入らなければ)そこそこ雰囲気もあり、観光地の飯屋としてはそれなりに悪くないのかなと思います。
ただ問題は会計の段になってからと言いますか、この値段ですと観光地価格込みで覚悟していてもちょいとばかり驚くようなことになるかも知れませんかね。
純粋に飯屋としてみた場合にはもうちょっと努力してもらいたいところも多々あるんですが、何しろ観光地ですしこの界隈にならぶ店の中では味に限って言えば悪くない方なのかなと言う感じでしょうか。

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2009年3月 7日 (土)

県立病院再編問題で岩手県知事が議場で土下座

昨日夕方のニュースで報道されていましたが、かねて紛糾していた岩手県立病院再編計画に絡んで、同県知事が議場で土下座をしたということが話題になっています。
まずは第一報から紹介してみましょう。

再審議求め岩手知事が土下座  補正予算案の修正、可決で(2009年3月6日47ニュース)

 岩手県議会本会議で6日、複数の県立医療機関で入院患者の受け入れをやめる「無床化」に向けた補正予算案に反対する議会側が、無床化関連費用を除いた修正案を可決。これに対し再審議を求める達増拓也知事が2度にわたり議場で土下座する事態があった。

 達増知事は記者団に対し「身も心も投げ出してお願いすることで、礼を尽くさせていただいた」と説明。全国知事会は「議場で土下座は聞いたことがない。普通はあり得ない話」と驚いている。

 補正予算案は当初、無床化する5つの医療機関に来た入院が必要な患者らを、基幹病院まで無料送迎するマイクロバス5台の購入費約2300万円を盛り込んでいた。これに対し自民会派など議会の半数余りの県議が反対、バスの予算を削除した修正案を5日に提案していた。

 達増知事が修正案の再審議を求めたのは、首長が議決に異議がある場合に「再議」を求められる地方自治法の規定に基づくもの。再議で可決する場合は出席議員の3分の2以上の同意が必要で、修正案は7日午前1時半ごろ、あらためての本会議採決で否決された。

とりあえず無床化前提で既成事実化を計った予算案を、議会側が斬って捨てたというところでしょうか。
なにかこう、報道を見ている限り回りに目もくれず突っ走っているんだろうなあという印象を強烈に受ける知事の猪突猛進ぶりでしたからねえ…
ちなみに岩手県議会議員斉藤信氏のホームページでは当日の議場についてもう少し生々しい様子を伝えていますので、あわせて紹介しておきます。

本会議で補正予算修正案を可決 達増知事が再議決求め土下座する場面も(岩手県議会議員斉藤信氏ホームページより)

 3月6日の県議会本会議で、08年度岩手県一般会計補正予算と岩手県立病院等事業会計補正予算の修正案が賛成多数で可決されました。修正案の内容は、県立病院の新しい経営計画に基づいて4月からの5診療所の無床化を強行することを前提に、送迎用のマイクロバスを5台購入するための2300万円を減額しようとするもので、民主党以外の議員の賛成により可決されました。
 修正案の賛成討論に立った斉藤県議は、「無床化計画は、地域住民や地元自治体の納得も得られず、県議会の合意も得ていない。4月から5診療センターの無床化を強行するために、どさくさにまぎれて無床化を前提にした補正予算を計上することは許されない」と厳しく指摘。また「岩手町の日本一のがん検診体制、紫波町の県内初の医療と福祉の連携、住田町でも大迫でも九戸、花泉でも医療と介護の連携と訪問診療に県立病院と診療センターはかけがえのない役割を果たしてきた」と述べ、「無床診療所化の強行は、それぞれの地域が長年にわたって築き上げてきた保健・医療・介護の連携を一方的に壊すもの」と厳しく批判しました。さらに、「医師不足を支える取り組み、開業医・地元医師会との連携・協力、地域住民の取り組みなど、対立ではなく協力と共同の関係を築き強化することこそ必要」と強調し、「知事と医療局は強行に強行を重ねる態度を改め、今一度立ち止まって県民の理解と納得を得る努力をすべき」と訴えました。
 採決の後、達増知事が再議決を求める発言を行いましたが、その際知事が土下座する場面もありました。

岩手県立病院の再編計画については、当ぐり研でも過去に積極的に取り上げてきた経緯があります(2008年分より11/29、2009年分より1/61/121/191/232/17)。
これと言いますのも特に地方の医師不足問題と言うことに関して、トップである知事が音頭を取って積極的(あるいは強権的、でしょうか)に推進するという岩手県のアプローチは一つのモデルケースになるように思えるからですね。

岩手県に限らず医療に対する改善要求というものは全国どこでも賑やかになってきていますが、今やほとんどの地域において「今ある医療資源は手放さないで今まで以上の医療資源を要求する」などという贅沢は許されるものではなくなってきたと言うことが言えるのではないでしょうか。
全ての需要を満たすだけの医療リソースは到底存在しないとなれば、単に足りないものを足せばいいという話ではなく、必然的にどこを削り、その分どこを手厚くするのかという再配分の議論が必要となってくるわけですが、問題はこうした取り上げる側のロジックが取り上げられる側の住民に受け入れられるのかということですよね。

前回までに書いた分以降の目立ったニュースとしてもこんなものがありますが、今回の議場での状況を見ても知事の言うほど周囲は計画を称讚しているようには見えないというところでしょうか。

「いい計画」知事自賛 岩手県立病院無床化(2009年02月20日河北新報)

 県立病院・地域診療センターの無床化を含む岩手県医療局の「新しい経営計画」について、達増拓也知事は19日の定例会見で、「県民の健康と命を守るいい計画ができた」と自賛した。県議の過半数が計画の4月実施凍結を求め、病院事業会計当初予算案否決の可能性も取りざたされていることには「非合理的な結論にはならないと期待する」とけん制した。

 達増知事は「医師不足を中心とする医療崩壊に直面する中、県立病院を立て直す計画ができた」と強調した。
 住民の反対については、入院ベッドを廃止ではなく、休止扱いとしたことなどを挙げ、「かなり地元の声を反映した内容になった」と主張。医療局と市町村が情報交換を行う場を設けることにも「県民の理解を深め、効果的な地域医療体制をつくれる形になった」と評価した。一方で、計画の凍結を求める県議らの動きには「勤務医に無理を続けろと言うのは、(診療所に医師を派遣している)中核病院の医師を減らしても構わないということと同意義だ」などと批判のトーンを強めた。

 その上で「県議会は岩手の医療崩壊を加速させたり、県民の利益を大きく損なうなどの結論は出さないだろうと期待している」と述べた。
 達増知事は19日開会した県議会2月定例会の所信表明では「医師の養成・確保に全力を注ぐ」「公立病院の再編・ネットワーク化を推進する」などと語ったものの、無床化計画に踏み込む場面はなかった。

病院「無床化」知事自賛 住民ら県庁前で凍結訴え(2009年2月20日読売新聞)

 県立6医療施設の入院用ベッドを廃止する「無床化」を盛り込んだ県立病院の経営計画が19日、庁内手続きを終えて正式決定した。達増知事は同日の記者会見で、「県民の命と健康を守るいい計画ができた」と自賛したが、地元住民グループは計画の見直しを求めて県庁前で街頭活動を行うなど反発を強めている。新年度予算案が審議される県議会もこの日開会。4月からの無床化実施を前提にした県立病院会計予算案も提出された。

 達増知事は、県立6医療施設を無床化し、入院患者の受け入れ中止を決めた県立病院の経営計画について、「医療崩壊の危機に直面する中で、県立病院の体制を立て直しながら、県民の命と健康を守っていくためのいい計画ができたと思う」と述べた。

 地元説明会などでの要望を受け、〈1〉夜間・休日に看護師の当直を置く〈2〉地域との協議の場を継続する――など今月10日に公表した最終案に新たに4項目を追加したことをあげ、「地域と調整しながら、県民にとって最大限、効果的な地域医療体制を作っていける形になって良かった」と満足した様子を見せた。
 2月県議会の焦点となる県立病院等事業会計予算案の審議については、「きちんとした議論がなされれば、非合理的な結論にはならないのではと期待している」との見通しを示した。
 経営計画は同日午前、県医療局の田村均次局長が決裁し、正式決定した。

 一方、無床化に反対する住民約70人はこの日、県議会の開会を控え、県庁前に横断幕を掲げて、計画の凍結を求めるチラシを配布。「県地域医療を守る住民組織連絡会」の及川剛代表(73)は、「私たちには身近な医療機関が必要。無床化によって、救われるはずの命も切り捨てられる」と訴えた。その後、住民たちは、県議会の本会議場に移動し、知事の所信表明演説に聞き入った。

無床化めぐり緊迫 県議会2月定例会開会(2009年2月20日岩手日報)

 19日開会した県議会2月定例会は、県立6医療施設の無床化に関連する2009年度一般会計当初予算案や県立病院等事業会計予算案への各会派の対応が焦点となる。無床化を盛り込んだ県医療局の新経営計画は議会の議決案件ではないが、県議会(定数48、欠員1)は最大会派の民主・県民会議(21人)を除く26人が計画の「一時凍結」を求めており、一部から予算案の否決論も出ている。県側の進め方に批判を強める地域の声がある一方、県立病院の相次ぐ医師退職など医療崩壊は進んでおり、県議会の対応を県民は注視している。

 県立6医療施設の無床化に直接関係するのは09年度県立病院等事業会計予算案。無床化に関連し、県立病院の空きベッドを介護保険施設として活用する市町村に対する交付金制度は09年度一般会計当初予算案に計上された。

一連の報道を見ていて思うのはこの達増知事という人物、良く言えば自分に自信を持っていて信念が強い、普通に言えば回りを見回すより前に突っ走っちゃうタイプなのかなと言う印象を受けるのですが、地元の人から見るとどうなんでしょうかね?
知事自身がじっくり関係者と合意形成をしてからと言うよりはかなり独走モードに入っていることが色々と反発を受けているだろうことは想像に難くないところですが、この場合むしろ気になるのはその周囲の論調でしょうか。

報道あるいはブログ等での発信者を通じて垣間見えるのは、たとえば単純に「今ある医療資源を取り上げられるのには断固反対」という根強い住民の声であったり、あるいは「県政の無駄を省けば医者を呼ぶ金くらい出せるはずだ」という一見して正論であったりする。
ただ自分が注目するのは、医療需要に対する供給過少という全国的な現象が今後も当分続くだろうと見られる中で、今回の岩手での再編計画は地域内での需要と供給の均衡を目指した需要削減策と言うものが本格的に含まれていたケースであったと言うことです。

全国どこでも医師不足の中で「うちはこれだけの金を出して医師を優遇します!」と言えば確かに医師は集まるかも知れない、けれどもその結果今まで以上の医師不足に陥るだろう地域も必ず出てくるのは道理ですよね。
ろくな待遇も用意できないようなところは医者が逃げ出して当然だという話もまた大事な論点の一つなのですが(ちなみに管理人はそういう話が大好きです)、ここで強調しておきたいのは限りある医療資源を奪い合うという現象が既に現実のものとなっているということです。
短期的にみると医療資源の流動化に伴って給与が上がったりといった待遇改善は急速に進むかも知れない、しかし幾らなんでも一部プロスポーツ選手のような天井知らずの上昇というのは考えにくいし、何より医師というオタクな専門技能集団がそうした金だけの問題でいつまでも操られないだろうとすれば、金銭的優遇を超えた次の段階で医者達に大きなアピールを出来る要因とは何かということですよね。

例えば今後知事の計画が反対多数で中止となったとして、代わりに厳しい県財政からそれなりの大金を捻出して医師給与の大幅な改善にあてた結果大勢の医者が県内に集まるようになった、これで万々歳と言うことに果たしてなるのでしょうか。
「羮に懲りて膾を吹く」と言う言葉がありますが、今回の経緯を通じて事が人の命に関わる医療という問題に関する限り要求水準を切り下げるなどトンでもない、今以上の水準を要求することこそ絶対的な正義だと言う認識が県民の間に定着してしまったとしたら、今後二度とこうした縮小均衡政策を実施する機会はなくなるかも知れませんね。
三千万も出せば確かに大学の助教授クラスが飛んでくるのかも知れませんが、医療に対しては何一つ妥協する必要などないのだという確固たる認識をもった住民達が大挙して押し寄せてくる病院というものを目の当たりにした場合に、本当の意味で医師達がそこに根付く気になるのかどうか…それこそ「杞憂」で終わればそれに越したことはない話ですが。

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2009年3月 6日 (金)

必要とされる資質とは何か

これも少し前の話ですが、2001年静岡沖で起きた日航907便のニアミス事件というものがありました。
この時に便名を言い間違えたとして当時の航空管制官二名が起訴されていまして、一審では無罪となったものの昨年四月の二審判決では共に有罪判決が降りています。
色々と構造的な問題が積み重なって起きた事故とも言える本件が管制官の言い間違いという個人の問題にすり替えられたということもあって、当時関係各方面では大変な騒ぎになりました。

航空事故調というものは医療事故調のモデルとしてもしばしば言及されますが、これは調査報告書を個人責任追及には用いない代わりに真実は全て話して再発防止に協力しなさいという態勢がなりたっているからです。
ところが本件訴訟においてはこの事故調報告書が鑑定書として提出されるなど、制度の理念を揺るがしかねない行為が行われたことでも大きな話題になったのですね。
当時は関係者から「これでもう管制などできなくなるよ」という声が漏れ聞こえてきたものでしたが、実際のところどういう社会的影響が出たのかという記事がこちらです。

有罪ショック?管制官志望者が急減 ピーク時の6割弱(2009年3月3日朝日新聞)

 管制官を目指す学生が今年度、急減した。養成機関「航空保安大学校」の管制官コースへの応募者はピーク時の6割弱で、過去10年間で最低。同校が東京から移転したことや、ニアミス事故で管制官に有罪判決が出たことが影響したと関係者はみている。

 1959年に開設された航空保安大学校は毎夏、航空管制官や運航情報官などを公募している。管制官は空の交通整理の専門職の国家公務員で、2次元のレーダー画面から3次元の空域をつかむ特殊な能力が要求される。合格は毎年数十人の狭き門だ。
 ところが、昨夏の応募者数は1207人と前年の8割しかなく、最近のピークだった03年度の2140人の6割弱に落ち込んだ。
 大学校側は、公務員離れなどとともに、同校が昨春、羽田空港近くから、大阪府南部の関西空港対岸に移転した影響をあげる。大半の学生が付属の寮で生活するため「大阪からも遠くなり、敬遠されたのではないか」とみる。

 加えて影響したとみられているのが、静岡県焼津市付近上空の日航機同士のニアミス事故で東京高裁が昨年4月、管制官2人=最高裁に上告中=に出した有罪判決だ。
 便名を言い間違えて業務上過失傷害罪に問われた2人に一審・東京地裁は複数の要因があったとして無罪としたが、高裁は「危険な指示」と認定し、執行猶予付きの禁固刑を言い渡した。「ちょうど募集前に出て、受験生が敬遠した可能性がある」と、国土交通省の担当者は話す。

 ノンフィクション作家の柳田邦男さんは、福島県立大野病院で帝王切開手術の際に女性が死亡した事故で医師が逮捕され、産科医不足に影響したとされる現象を引き合いに、「個人の責任を追及する判決が将来を担う希望者をも敬遠させているのではないか」と指摘している。この医師はその後、無罪が確定している。

 2010年には羽田空港の4本目の滑走路が完成し、管制官の増員が急がれている。団塊世代の大量退職も進むだけに、関係者は危機感を募らせる。大学校は来年度に向けて大学を回ってPRしている。さらに、現役管制官を登場させた募集ポスターを、空港ターミナルビルなど目につきやすいところに掲示し、募集強化にも乗り出す予定だ。

この件に関しては医療業界と非常に相似形な構図だなと感じられることもあって注目していたのですが、一般紙においても同様のコメントが掲載されるようになってきたのは時代なんですかね。
「どうせ合格者は数十人なんだから、この程度の志願者数の落ち込みなんて全く関係ないんじゃないの?」という意見ももちろんあるでしょう。
実際医療業界で人手不足だ、逃散だ、リスク回避だと大騒ぎしていますが、医学部の受験倍率は相変わらず高値安定が続いていて「嫌なら(受験を)辞めろ。代わりは幾らでもいる」という状態なわけですよ。

しかし皆さん、ここでよく考えてみてください。
航空管制官にしろ医師にしろ、最も必要とされる能力は何かと言えば「危険が誰の目にも明らかになる前の段階でそれを察知し、回避する」という能力なんじゃないでしょうか。
ろくに舗装もしていない山道でいつ落石があったり崖が崩れたりするかも知れない、しかも真夜中なのに前照灯は壊れかかっていてろくに視野も確保できない、そんな状況でも構わずアクセル全開で突っ走っちゃうようなタイプの人間に自分の命を預けたいと思いますか?ってことですね。
ヤバイと感じて別ルートを選択しようとした人たちと、ヤバイとも感じないでそのまま真っ直ぐ進んじゃった人たちと、逃げ出したのがどちらで残っているのがどちらなのか?
そう考えてみれば、必ずしも数の上だけの問題ではない話なんじゃないかなという気がしているのですがどうでしょうか。

さて、こういう危機回避の勘というものは何も命の現場に限らず日常的にどんなことであれ有用に活用できるものだと思いませんか。
例えば日常的な商行為の中でも顧客との何気ないやり取りを通じて「ん?何か変だぞ?」と感じることで、貸し倒れだのといったリスクを回避できることってあるらしいですよね。

近ごろでは地方の医師不足問題もあって、あちこちの自治体で「医学部に進みたいなら奨学金を出してやる。その代わり卒業後は地元で働いてもらうぞ」なんていう「それ今どきどんな御礼奉公システムよ?」と思わされるような制度が用意されているようです。
中でも東北地方は全国でも最も医師不足が深刻だと言われていますが、例えば秋田県の奨学金システムはこんな感じらしくて、しかもこの条件でも応募が殺到しているんだそうです。
そうなると更なる欲が出てくるのが人間というものですが、実際にこんな感じの話が出てきているらしいんですね。

《地域医療再生》県「医師確保策」揺れる(2009年3月6日読売新聞)

修学資金貸与1人当たり減額へ 09年度、募集枠広げ総額抑制

 深刻な医師不足を食い止めようと、県が実施している対策事業が揺れている。県は2009年度から、県内で勤務することを条件に医学生らに貸与する「修学資金制度」の募集枠を拡大する一方、貸与総額を抑えるため秋田大の医学部生1人当たりの貸与額を減額せざるを得なくなった。大学から批判の声が出ており、県は頭を悩ませている。(鈴木幸大)

 医師を確保するため、県は2006年4月から医学生や研修医を対象に、貸与期間に応じて一定期間、県内の医療機関に勤務することを条件に返済を免除する修学資金制度を設けている。

 募集枠は、秋田大の医学部生15人(月額15万円)、どこの大学かは問わずに医学部生5人(同15万円)と大学院生5人(同30万円)、病院の研修医5人(同20万円)。現在59人に貸与している。

 08年度は、30人の募集枠に対し、35人の応募があったため、補正予算で対応し、全員に貸与した。

 09年度は、全体の募集枠を32人とし、大学院生を3人に、研修医を1人に減らし、希望の多い秋田大の医学部生を20人に、大学を問わない医学部生を10人に増やす。ただ、予算の制約があり、秋田大の医学部生の貸与額を月額5万円減らし10万円に改めた。さらに、すでに貸与中の秋田大の2年生以上についても、自宅通学者に限って月額10万円に減らすことにした。

 こうした措置に対し、秋田大地域医療検討委員会委員長の伊藤宏教授は「減額によって受給を辞退したいという学生もおり、医師確保対策にならない。金額を含めもっと柔軟に対応できないものか」と批判する。

 県医師確保対策推進チームの担当者は「限られた財政状況の中で増え続ける貸与額を抑制しつつ、医師に一人でも多く県内に残ってもらうために、貸与額を減額するのはやむをない」と話し、苦しい対応を迫られている。

「医師に一人でも多く県内に残ってもらうために」って、契約さえ結んでしまえば後はどうにでもなるという意思が見え見えなんですが…
まあ、その、契約関係なんてものは双方が同意の上できちんとやっているなら外野が口を出すようなことではないという考え方もあるのかも知れませんけどね。
しかし「支給期間の1.5倍の期間は働いて返してもらう」と言いながら、応募が思ったより沢山いたから支給金額を減らしますねってそれどんな詐(略)

いずれにしてもこういう話が出てきた結果、募集動向がどういうふうに変わっていくのかというあたりに注目していく必要はあるでしょうね。
今どきの学生はそれなりに情報収集能力も持っていますから、いつまでも騙しやすい純朴な田舎者だと思っていると面白いことになるかも知れなせん。
「ご利用は計画的に」というのは金融機関のCMですが、秋田で学ぼうとする医学生の皆さんもくれぐれもご利用の前には色々と検討してから判を押すことをおすすめしておきます。

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2009年3月 5日 (木)

支え甲斐のあるものなら何としても支えるべきなんでしょうが

やや旧聞に属する話題ですが、まずは医療関連記事において最近個人的に評価が高い(?)産経新聞さんからローカルネタを二つばかり取り上げてみましょう。

県立奈良病院、4月に50病床以上休止へ、深刻な看護師不足で(2009年2月14日産経ニュース)

 奈良県の基幹病院の県立奈良病院(奈良市、400病床)が、深刻な看護師不足を理由に今年4月から50病床以上を休止することが13日、分かった。4月の新規採用者などを加えても、なお看護師が約50人不足する見通しで、県は「このままでは病床数を維持できない」としている。同病院での病床休止は昭和52年の開設以来初めて。

 厚生労働省医政局は「自治体病院で、看護師不足を直接の理由にした病床休止は聞いたことがない」としている。

 県によると、県立奈良病院の看護師は現在316人で、定数の352人を大幅に下回っている。さらに3月末までに34人が退職予定で、県は看護師を緊急募集したりパート看護師を雇ったりと対策を講じてきたが、それでも4月1日時点で49人が不足する見通しとなっている。

 看護師の負担を減らすため、県は来年度当初予算案に初めて、ホームヘルパー2級の取得者を「看護ヘルパー」として採用する予算約4800万円を計上。60人を採用し、半数以上の31人を県立奈良病院に充てる計画だった。

 しかし、現状の病床維持に必要な看護シフトを試算した結果、最終的に県は「現状の病床数維持は困難」と判断、一部病床の休止を決めた。休止する病床数は今後確定するが、50病床以上の規模になるのは確実という。

 県医療管理課は「このまま看護師不足が続けば、奈良病院だけでなく、残る県立2病院にも病床休止が波及する可能性がある」としている。

遅れる地方の看護師不足対策(2009年2月14日産経ニュース)

 深刻な看護師不足により、奈良県の基幹病院が機能の一部停止に追い込まれた。県立奈良病院(奈良市)が病床休止を余儀なくされた背景には、大都市圏の病院に医師や看護師の人気が集中する医療の「地域偏在」問題がある。さらに地方の看護師不足対策は、医師に比べて「遅れている」(厚生労働省)のが実情で、関係者の悩みは深い。

 厚生労働省によると、全国の一般病院の医師総数は、平成9年の約15万6700人から、19年には約17万5400人に増加。看護師総数も9年の約43万9000人から、19年には約57万3000人まで増えている。

 しかし、医師や看護師が、患者が多く好待遇の大都市圏の病院に集中する「地域偏在」や、産婦人科や小児科など労働条件の厳しい診療科を敬遠する「診療科偏在」が著しく進んだ結果、大都市に人材が流出しやすい近隣地域や僻地(へきち)などでは、局地的に医師や看護師不足が深刻化しているという。

 都道府県別にみても、常勤換算した人口10万人あたりの医師数(19年調査時)は、最も多い高知(212・1人)と最も少ない埼玉(99・5人)の格差は112・6人と、15年調査時の108・6人から拡大。看護師の地域間格差について厚労省は「統計はないが、医師と同傾向と認識している」という。

 厚労省は21年度の政府予算案に、僻地医療を担う医師の給与を増額する予算として1億3600万円を計上するなど、地域偏在解消に直接的な財政支援に動き出している。しかし、看護師については、都道府県が新卒の看護師に研修を開催した場合の助成費7200万円などを計上しただけで、直接的な支援は見送られた。

 厚労省医政局は「医師不足は大きくクローズアップされ国の対策は進んでいるが、看護師不足対策は遅れている」としたうえで、「都道府県の取り組みによって、看護師の地域偏在は今後、拡大することもありうる」と指摘している。

田舎の高知に医師が多くて首都圏の埼玉に医師が少ないという事実を把握しておきながら「大都市圏の病院に医師や看護師の人気が集中する医療の「地域偏在」問題」と言い切ってしまうのもどうかと思いますが、医療機関の存続を決定づけるのはひとり医師不足のみではないというのがこの記事のポイントでしょうか。

ちなみに新臨床研修制度の導入以来これが医師偏在(だそうですが)の主犯であるかのように言われていますが、もともと医療資源の地域差というものは昔から当たり前にあったことです。
特に公立病院の場合は議会によって待遇が決まりますから人不足だからとおいそれと待遇を改めると言うわけにもいかないのですが、良くしたもので医師の少ない田舎の方が給与が高く都市部では低いという傾向があって医局人事で派遣される際にも「給料だけはいいから我慢して」と言いやすかったわけです。
ところが今くらいどこもかしこも医師不足になると引き抜き合戦も過激化してきますから、大都市の真っ直中だろうが人が来ない病院には来ないし、ど田舎だろうが人が集まるところには集まるといった病院の勝ち組、負け組が明確になってきます。
一つ言えることは「うちは田舎だから人が来ない」と主張する病院は、田舎であってもきちんとスタッフを集めている病院の存在を故意に無視しているのですか?ってことでしょうか。

看護師なども近ごろ人手不足が深刻ですから超売り手市場になっていますが、医師ほど広域での流動性はないもののやはり待遇が良いところに人が集まるのは人情と言うものですよね。
現場の状況から見ると施設毎の医師と看護師の待遇の善し悪しというものは必ずしもパラレルではありませんし(控えめな表現)、待遇改善という点でしばしば利害が対立するという局面も見られるものですから(誰かの仕事が減れば別な誰かがその分頑張らなければならないのは自明です)、医師に人気の施設と看護婦に人気のそれとは決して同じというわけではありません。
そういう全てを一括りにして(一部)マスコミは「地方では人不足、都市部に人気が集中」という単純な図式が成立するかのような書き方を未だにしていますが、実際のところ言えることとしては「医者も看護婦も揃って逃げ出すような病院はろくな病院じゃない」ってことだけなんじゃないかと思いますね。

では、産経新聞社が言うところの「医師や看護師の人気が集中」しているはずの大都市圏の状況はどうなのか。
このところ医療関連記事での評価が何気に高まっている週刊東洋経済から東京の医療事情に関わる記事を引用してみましょう。

深刻な医師・看護師不足、東京都の危機的な病院運営《特集・自治体荒廃》(2009年3月3日週刊東洋経済)

 かつて年間約1000人のお産を扱っていた荏原病院(大田区)の産科は、今や見る影もない。

 都立だった荏原病院が、東京都保健医療公社に移管されたのは06年4月。「より地域に根ざした、弾力的かつ効率的な運営」が目的だった。都と東京都医師会などが出資する公社への移管に際して、産科や救急など行政が担うべき医療は減らさないというのが住民への説明だった。
 ところが、移管から1年後、荏原病院では地域医療の要である産科を維持できなくなった。原因は看護師の大量欠員だ。入院患者への対応がままならず、07年7月に病棟を1棟休止。東邦大学が産科から派遣医師を引き揚げた。そして同10月、妊婦受け入れ縮小に追い込まれた。

 かつて大田区では、5人に1人の赤ちゃんが荏原病院で生を受けていた。現在は院内助産所で月に1人程度の出産を扱うのみ。ピーク時に7人いた産科医は現在4人。うち2人は、年度内の離職が決定している。
 「産科医を新たに確保して、4月からお産を再開する予定。将来的には、非常勤を含め最低7~8人の産科医を確保したい」と公社は説明する。だが、一度崩壊した産科に、医師が戻ってくる保証はない

荏原病院の過酷な夜勤 看護師欠員で病棟閉鎖も

定数316に対し、欠員58人――。荏原病院の常勤看護師不足は、悪循環を生んでいる。最大の問題は、夜勤回数が激増したことだ。
 「公社化に一貫して反対してきたが、ここまでひどくなるとは」。都職員の労働組合である都庁職病院支部の長井ノブ子さんが嘆く。
 人手不足で夜勤の体制は3人から2人に縮小。1人の仕事量は1・5倍になった。ICU(集中治療室)勤務の場合、月に10回以上の夜勤をこなす必要がある。「地域柄、入院患者は高齢者が中心で、ナースコールも多い。夜間勤務で休憩は30分取れればいいほう。将来が見えない若手や体力的限界を感じたベテランが次々に辞めている」(長井さん)。

 荏原病院は毎月のように募集をかけているが、看護師は集まらない。
 「公社病院の専属職員になることへの抵抗がある」と、ある中堅看護師は推察する。都立病院では数年ごとに病院間の人事異動がある。が、公社病院にはそれがない。専属職員になれば、原則、退職まで職場が変わらない。「都立や民間病院と比べ、待遇がいいわけでもない。勤務が過酷で、交通の便も悪い荏原病院に職員が集まらないのは当然だ」(同)。
 むろん公社も事態を深刻に受け止めている。「研修制度の充実」などの施策を掲げ、地方の看護学校から費用持ちでツアーを組んでまで、職員集めに奔走している。それでも、看護師不足は解消されていない。

保険外診療に乗り出す公社化予定の豊島病院

 今年4月には、豊島病院(板橋区)も公社に移管される。
 その豊島病院も状況は厳しい。昨年10月、2年前から休止していた産科を一部再開したばかり。逆子や双子など中リスクの妊婦に限り、ひと月に5件程度のお産を扱うレベルにとどまる。NICU6床、GCU(NICUの後方病床)19床は稼働していない。「行政が担うべき医療が削減されるのでは」と危惧する地元住民からは、公社化に強い反発が起きた。山口武兼副院長は「GCUは今年4月、将来的にはNICUも再開したい」と語るが、一度低下した機能を取り戻すのは容易でない。

 豊島病院は今後、新たな医療にも取り組むという。先例では、大久保病院(新宿区)が、アンチエイジング(老化防止)やメタボ治療のための週末入院などを実施している。
 「ガン治療での免疫細胞療法や歯科インプラントなど、都立時代にはできなかった保険外治療を提供したい」と山口副院長は意欲を見せる。が、東京都が出資する病院が、保険外治療に力を入れるべきなのか。地域に必要な医療がおろそかになるおそれはないのだろうか。

 都立病院でも医師不足は深刻だ。墨東病院(墨田区)が発端の“妊婦搬送不能事件”は同病院での産科医の大量欠員がそもそもの原因だった。
 昨年10月4日、脳内出血を起こした江東区の妊婦(36)が墨東病院を含む7病院に搬送を断られたうえ、最終的に搬送された墨東病院で出産後に死亡した。同病院は産科医の手厚い配置を義務づけられた総合周産期母子医療センターでありながら、妊婦が運ばれた日の当直はわずか1名の研修医というありさまだった。
 墨田区、江東区など東京東部地区で唯一、ハイリスク出産を受け入れる墨東病院には、妊婦の搬送依頼が引きも切らない。千葉や埼玉など他県からの搬送も2割を占める。その最後の砦が、産科医不足に困窮している。

定数増、24時間保育… 待遇改善が急務

 昨年6月末の1人退職後、墨東病院の産科医は定数9人に対し4人に減少した。2人当直体制を維持しようとすると1人の医師が月に11回の当直に従事する必要がある。ハイリスク出産を受け入れる周産期センターの指定を返上する案も出たが、墨東病院がなくなれば、東部地区の周産期医療は壊滅状態になる。地元の開業医の協力を得て、その後、平日は2人当直、土日祝日は1人当直で対応することになった(1人当直の休日に「事件」が発生したことにより、昨12月からは大学などから応援を得て全日2人当直へ移行)。

 激務と訴訟リスクの増大で、産科医療はどの病院でもパンク状態だ。
 「脳出血の妊婦受け入れは、以前であれば、どの都立病院でも可能だった。ところが今や扱える病院が減り、医師もいなくなっている」(都立府中病院産科の桑江千鶴子部長)。

 都立病院の医師減少の一因として、給与の低さも指摘されている。06年度まで、都立病院の医師の給与水準は全国47都道府県中で最低だった。その後、手当の創設など、思い切った是正が行われたが、「都立病院の給与水準は低い」とのイメージが定着している。一方、自治体病院ゆえに、暴力を振るう患者やホームレスなど、ほかの病院が受けたがらない患者も集中する。勤務がハードで医師が集まりにくいため、医師確保を大学からの派遣に頼ってきた。都は08年度に「東京医師アカデミー」を開講。独自の専門医養成に着手したが、その成果が出るまでには数年かかる。

 前出の桑江医師は「早急に思い切った待遇改善をしなければ、周産期医療に未来はない」と言い切る。「今すぐ医師が増えないなら待遇改善でくい止めるしかない。20代の産科医の半分は女医。すべての都立病院での24時間保育の実現や、緊張を強いられるオンコール(呼び出し待機)への手当が必要だ。東京が変われば全国の公立病院が変わるはずだ」(桑江氏)。
 医療充実への世論の後押しもあり、都は今年度に産科医への手当を創設した。1件につき4750円の異常分娩業務手当がその代表例だ。全診療科の部医長職医師に対しても平均で120万円前後の年収増を行った。ただ、手当の創設は産科など一部の診療科にとどまる。

 常勤医の定数増も課題だ。「最低でも今の1・5倍は必要だ」と断言するのは、府中病院の青木信彦院長だ。同病院は定数132人の常勤医を上回る非常勤医を雇うことでやりくりしているが、限界にきている。

 多くの医師が「都立病院で働きたい」と思うような環境づくりが、今こそ求められている。

たまたま記事として取り上げたのがそうした病院であったと思われるかも知れませんが、全国で調査をやってみれば「スタッフが逃げ出す病院リスト」上位に軒並み公立病院の名前が並ぶのは確実なんじゃないかと思いますね。
今の時代スタッフ減=医療収入減=赤字へ一直線の図式が成立しますからスタッフがどんどん逃散していく民間病院など存続し得ないという事情もありますが、運営の柔軟性を欠く公立病院がスタッフの求めるインセンティブを提供できていないのも確かでしょう。

特殊技能を要求される専門職が全国どこでも引く手あまたですから、それは給与なり待遇なり立地なり業務内容なり何らかのインセンティブがなければ人は集まるはずがありませんよね。
しかし厚労省の言うところの医療資源の集約化というものを考えた場合に、今求められているのは本当に「多くの医師が「都立病院で働きたい」と思うような環境づくり」なのかということも問い直されるべきなのではないでしょうか?
限られた医療資源であるからこそ最大限効率よく、そして何よりスタッフが気持ちよく働かせられる態勢こそ必要なんじゃないかという考えも当然に出てくる時期だと思います。

公立病院の運営上の非効率ぶりに関しては今までにも折に触れて取り上げてきましたが、最近某所で見かけたカキコにもこんなケッサクなものがありました。

562 名前:卵の名無しさん[sage] 投稿日:2009/02/16(月) 01:39:44 ID:U7cbMCU60
>>559
 なんか、完全なお役所シゴトだね。

 ウチの県の県立病院でも、年度末になると薬剤購入費が尽きてしまい(予算オーバー)、
ウラで処理してて大問題になった。
 DPCになる前だから、基本的に処方したクスリ代は全額患者と保険から回収できるは
ずなんだが(理屈上赤字にはならない)、予算以上にクスリを処方(購入)したのがイカン
のだと。

 ならば、年度末になれば、『当院では今年度の薬剤購入費がなくなりましたので、
患者さまにクスリをお出しできません。』って掲示するしかないぢゃないか!

 事務方にそう言ったら、奴ら真顔で『本来はそうしないといけない。』なんて言うん
だ。アホラシ。

565 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2009/02/16(月) 08:52:08 ID:3nEqclqg0
>>562

うちの県立病院なんてもっとすごいぞ

前年のうりあげから、糸代の予算が決まるから、
年度末になると、下界が、糸を節約して、1本で、何回も縛る。
糸の売り上げ急減=糸会社驚いてMR派遣=利益が下がる。

で、患者は右肩上がりに増えればふえるほど、
糸代がなくなるという本当のおばかな事務仕事なんだよ。

しかも、病院の経営をすべて、県庁がやっているから、現場も常識も何もしらない。

支出を削れば利益が増えるという大バカな理論で、やっている。

たとえば、日当10万円で医師を一人やとっても、一日40万円利益が増えれば問題ないのに
支出が10万円雇うと利益が10万円へるとしか理解できんのだ。

それと一緒で、病床は、1床あたりの1年の利益よりも、満床率が優先されるんだぜ。

もう、医療経済学以前のお話。

566 名前:卵の名無しさん[] 投稿日:2009/02/16(月) 09:03:27 ID:EP2wDnI20
>>565
そういうのは良くあるよ
年度末になるとインターフェロンが変えなくなるとか
抗がん剤系統の仕入れ制限が加わるとか(笑
もうバカ文官の首切って予算作れって怒鳴りたくなるくらい
予算絶対主義の公務員は一度全部首切らないとダメだよね

何らのソースも明示されないネットの書き込みなど便所の落書きのようなものらしいですから信用するかしないかは自己責任ですが、一度でもこうした現場の実情を垣間見たことがあれば似たような経験は誰しも持っているんじゃないでしょうか。
一昔前には財政的な縛りの緩い公立病院でこそ最先端の医療を思うままに行えるという時代もあって安月給で過酷な労働なのに医師が集まるという現象も見られましたが、今は国立がんセンターからも医師が集団で逃散していくという時代です。

今現在の医療において公立病院の存在価値というものがあるとすれば、「民業が成立しない場合に限定して最低限の公共サービスとしての医療を提供する」ということに限られるのではないかと思いますね。
マンパワーがそろわなければ成り立たないのが医療というものですから、この財政危機の中で誰もが逃げ出す公立病院と言うものを莫大な支援をしながら残すのがよいのか、それとも何かしら別の方法によって地域の医療サービス維持を図るのがよいのかは、もう一度真剣に議論してみることも必要な時期ではあるでしょう。

そこで以下は全くの私見ですが、小泉改革以来「民間に出来ることは民間で」ということが当然のように行われるようになっているのですから、医療の世界だけその例外とするのは明らかに社会的正義に欠けた不公平なことなのではないかとも思うのですよ。
地域性によって成立しないのか、医療の内容によって成立しないのか、あるいは対象である患者によって成立しないのか、いずれにしても民間ではどうしても無理だと言うところにだけ限定して最低限の公的な医療サービスを提供するくらいにまで公立病院の業務を縮小してしまうのもありでしょう。
もともとの効率が悪いところに多くのマンパワーを取られるのは全体の足を引っ張りますから、医療業界全体でのリソース不足が劇的に改善するまで最低限度のスタッフだけで最低限度のベッドだけを維持することで何とか頑張っていただくわけです。
むろんこうした施設で働くのは根っからの公務員向きの仕事ですから、医師の計画配置推進に熱心な厚労省に所属する医系技官の皆様方に是非とも現場復帰いただいて、日々国民のため汗水垂らしていただくのが当然ではないかと思っているんですけどね(笑)。

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2009年3月 4日 (水)

墨東救急センター長大いに(?)語る

御高名な勝村氏の御活躍によって「ネットで暴走する医師たち」が思わぬ話題になるなど、最近では医療関係者独自の発言・発信を規制しようという動きが一定の支持を得ているように見えます。
個人情報保護法に加え元々医療関係者には刑法によって定められた守秘義務というものがあるのですが、このため患者側と医療側とが何かトラブルになった場合には患者側が一方的に主観的情報を発信できる一方、医療側は手技義務に阻まれて何一つ反証も出来ず一方的に叩かれるという展開になりやすいものです。
特に最近ではネットでの(形式的には)匿名での発信が盛んになったこともあって「医療関係者が好き勝手なことを言うのはけしからんじゃないか!」と言う声が一部団体を中心に大きくなってきているようですね。

こういう時代に敢えて公の場で口を開く医師というのは空気が読めていないのか、あるいはよほど深い考えがあってのことなのか、いずれにしても少しばかり普通じゃないのかなと思われても仕方がないところだとは思うのですが、実際に社会的地位のある人がそれを敢えてしてしまうとニュースになるという話題がこちらです。
ちなみに皆さんよく御存知だとは思いますが、墨東病院が絡んで昨年話題になりました東京妊婦死亡事例の当時の報道はこんな感じであったことにも留意ください。

妊婦死亡、墨東・救命センター長の見解(2009年3月2日CBニュース)

 昨年10月、脳内出血を起こした妊婦が都内8病院に受け入れを断られ、都立墨東病院で死亡した。これが周産期母子医療センター再編の議論が沸騰する発端となったが、その時、現場では一体何が起こっていたのか―。これまで同病院の医師が公の場で釈明する機会はほとんどなかったが、先日開かれた周産期、救急医療の専門家会議で、救命救急センターの濱邊祐一部長がその沈黙を破った。

 会議は周産期、救急医療の今後の在り方を検討している厚生労働省の研究班が主催。周産期母子医療センターの指定基準の見直しなど、同省の懇談会で年度内に検討するとしている事項について、現場の医師から意見を求めた。
 「今回のようなセッションが開かれたのも、うちの病院が発端だと認識している」。周産期と救急医療の連携がテーマとなった第1部で、濱邊部長はそう語り始めた。

 病院側は当日、妊婦のかかりつけの産科医院から受けた最初の照会を断り、2回目の照会で受け入れを決めている。厚労省の調査によると、病院から呼び出された産科部長が女性を診察した際、患者の頭痛が悪化していたため、ER(緊急救命室)の担当医が呼ばれた。その後、医師が脳卒中の可能性を指摘し、ようやく脳外科医の診察に至ったという。
 マスコミの報道の後、「救命サイドは、『墨東の救命センターは何をやっているんだ』とあちこちから責められたが、残念ながら、それに対して釈明の機会はまったく与えられていないし、釈明する気もない」と前置きした上で、濱邊部長は「患者受け入れまでの(開業医との)情報のやり取りは産科医同士だった。救急のラインの医者は全くかかわっていない。」と明かした。

 また、妊婦の死亡について、「私も含め、全く問題視していなかった。妊婦が脳出血を起こして死亡することはあり得ることで、今回のケースも、周産期ネットワークの中ではうまく処理された。不幸な結果になったが、(産科の医師も)ネットワークは機能していたという認識を持っていたはずだ。なぜかと言えば、(直後に)そのことが一切院内で話題にならなかった」と、当時の状況について説明。
 「搬送までに1時間も2時間もかかったが、『周産期のネットワークでは早い方だよね』『最初に断ったのによくとってくれたよね』とほめられても良いという認識が、おそらく関係者の中にはあった。ところが、一般人の感覚から言えば、『受けるんなら最初から受けろよ』という話になる。マスコミを含めた一般の方の受け止め方と、我々の受け止め方は全く違う。問題になるという認識自体がなかった」と、医療現場と一般の間の認識の乖離(かいり)について言及した。

 周産期システムが連携を図るための方策として、濱邊部長は受け入れ窓口の一本化すべきと強調。「今回も、情報が救急センターに入っていれば、まったく別の展開になっていただろう」と述べ、問題は「(収容の)キャパシティだ」と指摘した。そして、その解決策としては、「各ブロックにある地域周産期母子医療センターを整備した上で、各地域で責任の所在を明確にし、地域主導のネットワークをつくれば、いまの医療資源でも対応は可能だと思う」との認識を示した。
 ただ、この問題については、「最終的にどこに改善を求めるかと言えば『行政』。東京都で言えば、福祉保健局の医療政策部になる」とし、「これまで中から発信できなかった最大の理由は、うちが都立病院だからだ。都内の周産期センターでも都立は墨東だけ。うちから言うことは実は内部批判になる」と、苦しい胸の内を明かした。

すでに経緯などはよく知られている事例でもあり、何が問題でどこを改善すべきかといったことは東京都などが中心となって現在進行形で検討しているようですから、そのあたりのところは今回触れないでおきます。
濱邊氏の発言の中で注目すべきところは幾つかあるかと思いますが、個人的には以下の点が特に気になったところでしょうか。

1)「救命サイドは、『墨東の救命センターは何をやっているんだ』とあちこちから責められたが、残念ながら、それに対して釈明の機会はまったく与えられていないし、釈明する気もない」

2)「私も含め、全く問題視していなかった。妊婦が脳出血を起こして死亡することはあり得ることで、今回のケースも、周産期ネットワークの中ではうまく処理された。不幸な結果になったが、(産科の医師も)ネットワークは機能していたという認識を持っていたはずだ。なぜかと言えば、(直後に)そのことが一切院内で話題にならなかった」

3)「これまで中から発信できなかった最大の理由は、うちが都立病院だからだ。都内の周産期センターでも都立は墨東だけ。うちから言うことは実は内部批判になる」

1)については濱邊氏が救命救急側の立場であって、当初から搬送元の開業医と連絡を取るなど一次的に関わってきた産科関係者とは立場が異なるということに注意しておかなければなりません。
一般的に救急医療というものはまず救命救急担当者がファーストコールを受け、そこから各専門科にコンサルトする形が多いものです。
こうしたことから(施設によっては)救急担当と各専門科との間で押し付け合いの状況となりやすく、それがまた疲弊している勤務医の不満を増幅したりもするのですが、今回たまたまファーストコールが産科医だったことで逆の形になっていますね。
どこか不満げ、あるいはふてくされているような(失礼)濱邊氏の発言からは、普段病棟で各専門科医師が口にしているだろう「救急がまたこんな症例拾いやがって」といった類の嘆きの裏返しのようで興味深いものがありました。

2)についてはまさに各医療系サイトで話題になった通りで、「この症例をこの時間で受け入れられたんなら何も問題ないよね?マスコミは何さわいでるの?」という声が当時からあちこちで聞かれたものでした。
この問題に関しては基本的に需要に対する医療リソースの不足という致命的欠陥を放置したまま何を言ったところで空しいだけではないかと言うのが現場を知る人間に多かれ少なかれ共通する思いだったのではないかと言う気がするのですが、このあたりは最後までマスコミ及び国民との間の温度差は埋められずに終わっている気もします。
しかし事後検証の類は確かに内部的には有益な場合が多いのですが、今の医療を取り巻く状況の中でそれを外部に向かって公言してしまうことは「なに弾がない?銃剣もない?なければ腕でいくんじゃ!口で噛みついていけ!」という話になりかねないのが痛し痒しと言いますかね…

3)については正直文脈がはっきりしないのはよく判らない話ですが、今の時代内部批判が存在しないことを叩かれこそすれ内部批判を行ってはならないというものでもないと思うのですがどうなんでしょうか。
ただ濱邊氏の個人的見解としてもはっきりボールは行政の側にあるのだということを明示したことは評価すべきかなと思いますね。
最近すっかり影が薄くなってしまいましたが、東京都がこれからどういう医療行政の大方針を示してくれるのかという点については今後も興味を持って見守っていかなければならないでしょうね。

濱邊氏の場合御本人にはいろいろと思うところもあるでしょうが、基本的にこの事例において社会的に強いバッシングを受けるという立場ではありませんでした。
そうであるからこそ言えたという事情もあるのかも知れませんが、こうした「ぶっちゃけ話」というものがどういう影響力を発揮していくかですよね。

マスコミもひと頃の「医療関係者の発言は黙殺、ただバッシングするのみ」という姿勢からはようやく脱却しつつあるように見えるところもないではないですが(微妙な表現)、今度は医療側の口が固いと文句をつけているようです(苦笑)。
他人の発言を正当に扱ってこなかった人間と言うものがどう遇されるかという典型例のような話なんですが、社会的に医療に関する情報需要が高まっている中でこの種の内輪話は「高く売る」チャンスなのは確かですよね。
うまい具合にそのあたりの情報コントロールを行っていくくらいの知恵と能力を、昨今の医者達は十分にもっているように思うのは買いかぶりすぎでしょうか。

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2009年3月 3日 (火)

医者が威勢がいいのはネット上だけなのか?

昨日は日々崩壊する現場を少しばかりお伝えしましたが、厚労省の政策を見ているとかねて彼らが主張している医療再編・病院統合の路線に沿って着々と事態を推し進めていることが見えてくるように思います。
ある程度のネットリテラシーを持ち、以前からの経過を追っている人間にとっては当然の結論なのかなと思うのですが、そうした認識が広まってきていることを感じさせるのがこちら堤晴彦氏の談話です。
堤氏と言えば例の医療事故調絡みの議論でも色々とご活躍されていたことは記憶に新しいところですが、単なるネットの落書きから一般社会に影響力を持つ人間の発信となってきたと言う点で、少しばかり長いのですが順を追って引用してみましょう。

シナリオ通りの「医療崩壊」(2009年2月28日CBニュース)

【第51回】堤晴彦さん(埼玉医科大総合医療センター高度救命救急センター長・教授)
(略)
 「高度救命救急センター長」として指揮を執る堤晴彦さんは、日本救急医学会で理事を務めるほか、救急医療に関する埼玉県内の協議会に参加するなど、救急医療体制の改善に向けて取り組んでいる。そして、現在も実際に当直を行っている“現役”の救急医。また、医療事故の調査委員会設置について検討する日本救急医学会の委員会で副委員長を務め、厚生労働省の検討会では、「医療安全をやるなら、(刑法学者ではなく)医療側が座長に座るべき」などと痛烈に批判、歯に衣(きぬ)着せぬ発言が話題を集めた。
 3月に公開される救命救急センターを舞台にした映画「ジェネラル・ルージュの凱旋」で医療監修を務めるなど幅広く活躍している堤さんに、救急医療の現状や今後の課題などを聞いた。

■医師の志気が低下

―近年、「医療崩壊」といわれます。
 「医療崩壊」が最も顕著に表れている分野は救急医療です。救急医療に携わる医師が急性期型の病院から“逃散”し、その結果、救急病院の告示を取り消す医療機関が増加しています。全国の救急病院(救急告示施設)が過去5年間で約1割減少したことや、救急患者の“たらい回し”が急増していることなどが報道されています。
埼玉県の調査では、救急隊が医療機関に患者の収容の依頼をして5回以上断られた件数が年々増加しています。7、8月の2か月の調査では、05年が403件、06年は985件、07年は1409件と急増しており、事態は悪化しています。

―先日、東京都の関係者が、「埼玉県は医師数が全国最低で病院も少ないのに、なぜ救急がうまくいっているのか」と首をかしげていました。
 いえ、決してそんなことはありません。埼玉県でも、救急医療の崩壊は急速に進んでいますので、早急な対策が必要です。先程の調査で分かるように、救急患者の受け入れが困難なケースが日常的に発生しています。“たらい回し”が表立って報道されないのは、救急隊と医療機関との関係がうまくいっているからでしょう。日ごろから関係を密にして、顔の見える関係をつくっているため、救急隊が「たらい回しがあった」と、関係機関に“告発”しないからではないでしょうか(笑)。先日、現場の救急隊員に同じ質問をしたら、「それは埼玉県の救急隊員が粘り強いからですよ」と笑顔で答えてくれました。

―救急隊員と医療側との関係がカギですね。
 近年、救急隊員の志気と医師の志気が、ものすごく乖離(かいり)しています。救急隊員は皆元気で、やる気満々です。「救急救命士」の資格ができてから、救急隊員のレベルは確実に向上していますし、彼らはプロフェッショナルを目指しています。ところが、病院の各科に属していて救急を“やらざるを得ない”立場にいる医師は、救急に対する意識が極めて低調です。救急隊員はきっと、心の中でこう思っています。「CTを撮る前に気道を確保しろよ」「最初に血圧をコントロールしろよ」「低血糖に決まっているんだから、CTを撮る前に血糖値を測らなくちゃ」と。「挿管ができない医者は当直しないでくれ!」と思っている救急隊員もいますよ(笑)。
 また、救急救命士の判断が当直医より優れていることもよくありますので、このままだと、大変なけんかになる。既にけんかが勃発している地域も全国にはあるようです。わたしは救急隊員に、「今はけんかするな。けんかしても改善するものは何もない」と言って、抑えてもらっています。

―これに対し、医療側の志気はどうでしょう。
 「たらい回し報道」もそうですが、国民から責められっ放しです。なぜ、医師の志気が低下しているのでしょうか。救急医療の崩壊が進んでいるのはなぜか。理由はいろいろ考えられますが、大きな原因として、わたしは3つあると思います。それは、「医療費の抑制」「医事紛争・クレームの増加」「勤務医の労働環境の悪化」です。
 国が医療費抑制策を進めた結果、多くの病院で、特に救急医療を行っている病院ほど赤字が増大しています。救急告示を取り下げる病院が増えたことで、残りの救急病院に患者が殺到しています。これは、医師に過重な負担を発生させますので、勤務医を辞めて開業する者が後を絶ちません。そうすると、残された医師の負担がさらに増大し、疲弊してしまうという悪循環です。これは、“崩壊の連鎖”と言うべき現象です。

―過労死の問題など、勤務医の過重労働が問題となっています。
 皆さん、ご存じないかもしれませんが、医師の労働時間は一般企業の労働者に比べてはるかに長く、夜間の当直料がファミリーレストランのアルバイトさんの時給よりも安い病院もあります。頑張っても給料が安い。救急患者をいくら診ても給料は同じ。それは、救急医療に取り組む病院が赤字になる構造があるからです。
 例えば、点滴に使うチューブや注射針などの医療機材は保険請求できません。創傷の処置に用いる大量のガーゼや包帯、尿をためる袋も病院の持ち出しです。心臓マッサージの医療費は、サウナや温泉のマッサージよりも安い
 このほか挙げれば切りがありませんが、医療廃棄物の処理に掛かる月数百万円の費用や、感染対策に掛かる経費も病院の負担です。救急医療をすればするほど赤字になるという、信じられない仕組みです。それに追い打ちを掛けるように、救急車をタクシー代わりに使う軽症患者が増加し、医療訴訟やクレームも増えています。こんな状況では、医師の志気が低下するとは思いませんか。

堤氏の場合救急が専門ですから救急隊との関わりも自然に大きなものになってくるだろうとは予想されますが、今まであまり公に語られることのなかった医療機関と救急隊との乖離ということに多少なりとも言及している点は評価に値すると思いますね。
まあここで言及されている図式とは全く逆の図式も全国的には現在進行形で幾らでもあって、そうした乖離が何より救急に携わってきた医療従事者の心を折ってきたという経緯もあるわけですが、あまりこうした一般メディアに対して実名で公開するような内容でもないと思いますし(苦笑)。

■「不作為の医療行為」を追及、救急医療が崩壊へ

―医療訴訟も増えているようです。
 わたしは、1999年に起きた「杏林大学割り箸事件」の刑事訴追が「救急医療の終えんの始まり」と考えています。これは、5歳の保育園児が綿あめの割りばしをくわえながら転倒して、その割りばしの一部が頭蓋内まで達したために死亡した事件です。事故が発生した当初は、まさか脳内に割りばしが刺さっているとは、救急搬送された病院の担当医はもちろん、専門医にも分かりませんでした。脳内に残った割りばしは、法医解剖をして初めて発見されたのです。
 担当医の業務上過失致死が問われた裁判で、検察側は「CT検査をしていれば助かった」「ファイバースコープを行うべきだった」「入院させるべきだった」などと主張しましたが、最終的には、CT検査で割りばしが発見できても救命できなかったと判断され、被告人の医師は無罪になりました。
 この事件の最大の問題点は、「不作為の医療行為」の刑事告訴であるということです。これまで、医療訴訟の多くは、血液型を間違えて輸血したとか、消毒薬を静注したという「作為」の医療行為、つまり、実際に行った医療行為に対する責任が問われていました。しかし、「何もしなかった」という点について責任を追及されたら、救急医療は成り立たない

―「不作為の医療行為」には、ほかにどのようなケースが考えられますか。
 例えば、頭痛の患者さんに頭痛薬を処方して帰宅させたが、その後、自宅でクモ膜下出血を起こして死亡したような場合が考えられます。また、患者さんが院内で転倒して頭部外傷で死亡したような場合もそうです。「クモ膜下出血を予想せず、頭部CT検査を行わなかったから医療過誤だ」とか、「看護師が見ていなかったから転倒して、頭部外傷で死亡した」とされては、医療は成り立ちません。
 これらはすべて、「死亡した」という結果からの判断です。重大な結果が発生したから刑事訴追の対象になるのでは、医療という営みそのものが成り立たないのです。もし、裁判に負けたら、医師は「犯罪者」となり、億単位の賠償を求められ、さらに医師免許を剥奪(はくだつ)されます。刑事、民事、行政上の責任を負うのです。それだけではありません。裁判には、膨大な時間と労力がかかります。そして、実名報道などで名誉が著しく傷つけられます。
 「杏林大学割り箸事件」では、その患者さんを断った病院は複数ありました。断った病院は非難されず、まじめに受け入れた病院だけがマスコミなどからもたたかれたわけです。これでは、患者さんを受けない方が安全に決まっています。わたしは、「不作為の医療行為」が刑事訴追されたこの事件を契機に、多くの医師が防衛医療、萎縮医療に走り始めたと考えています。

―今後、救急医療体制の改善に何が必要でしょうか。
 救命救急センターは、救急医療の“最後の砦(とりで)”といわれますが、むしろ“最初の防波堤”にされている感があります。救命救急センターの本来の責務は重症患者の診療です。軽症患者のために、助かるべき命が助からないということがないよう、二次医療機関も本来の二次救急を担える状況に変えていかなければなりません。“コンビニ感覚”で受診する患者を減らすため、住民への普及・啓発が必要です。
 一方、救急外来の現場では、「これはわたしの専門分野ではない」と断る医師が増えていることも確かです。例えば、心臓と腎臓に障害がある場合、心臓内科医と腎臓内科医との間で押し付け合うことがあります。大学病院など大きな病院で、内科が臓器別に細分化される傾向があることが原因として考えられます。病院が救急部門を整備しても、専門的な診療をする各科がこのような対応をするなら、その救急部門はいずれ崩壊します。
 病院の中には、病院長など病院幹部が「各科から嫌われるようなことは言いたくない」と考え、各診療科の負担増となる救急医療に対し、腰が引けているところがあるようです。救急医療が改善するか否かは、病院長の強いリーダーシップに懸かっていると言えます。

―救急医療の改善には、国の財政的なバックアップも必要ですね。
 確かにそうですが、いかなる対策であれ、「人は快・不快や損得で動く」という人間の行動原理を無視しては成功しません。救急の受け入れ拒否をめぐる問題などで、医師のモラル低下を主張する意見も一部にあるようです。しかし、医師に対して、「医師としての社会的使命や倫理」を求めるだけでは何も改善されないでしょう。医師をはじめ、看護師、コメディカル、救急隊員など救急医療を担う医療従事者が「心地よい」と感じる環境や魅力を整備しなければ人は動きません。政策や対策を考える際に重要なことは、理詰めの議論だけではなく、人間の行動原理に配慮することです。

医療と司法との関わりについては、例えば一連の大野病院事件公判などを通じてずいぶんと関係各所の言質が取れていますので、旧来の暗闇を手探りで進むような状況からはずいぶんと変わってきているという状況にあると思いますね(あくまで口頭での言質に過ぎないことも忘れてはなりませんが)。
ただしそれは客観的な状況であることに過ぎないのも確かであって、幾ら「飛行機事故の確率は自動車事故の確率よりずっと低いんだよ」とデータを示されたところでやっぱり飛行機怖い!あんな鉄の塊が飛ぶなんてあり得ない!という人は大勢いるわけです。
最近では検診絡みでやれ高血圧だ、脂質異常症だと色々とうるさい世の中ですが、データ上で幾ら「今の状態ですと心筋梗塞の発症率が○倍で」などと言ってみたところで最終的にどうするかは個々の患者の自己決定権に委ねられるしかないのと同様、医療を取り巻くリスクの問題も外野がどうこう言っても最終的には現場の人間がどう判断し行動するかってことですよね。

またここで堤氏は単なるモラル論を脱して行動原理としてのインセンティブと言うものにも言及していますが、問題はそれがどのような形のものであるべきかということに現場の人間も管理者たる上の立場の人間にも一貫した見解というものがないんですよね。
おそらく記者氏は最も広範で一般的なインセンティブたり得るだろう金銭的なそれについて話を振ろうとしていたようですが、はっきり明示されていない堤氏の認識においてはそうしたものとは違う何かを念頭に置いているようです。
ただ堤氏が言及しているような関係諸者間においてこの場合、往々にして利害対立とも言うべき関係が生じていることが今の救急崩壊の大きな要因ともなっているわけなんですが…

さて、ここからがいわば今回の本題であるところの医療行政の話になってきますが、細かいところはさておき堤氏が単なる「厚労省の政策ミス」といった視点から脱して語っていることに留意ください。

■「政・官・財」が考えるシナリオ

―「医療崩壊」は、厚労省の政策ミスが原因でしょうか。
 「医療は30兆円産業」といわれます。32兆-33兆円の市場が目の前にある。今は、その利益を医師が独占している。財界が食指を伸ばさないわけがないと思いませんか? 医療崩壊は、厚労省の政策の失敗の結果なのでしょうか? わたし自身も、数年前までは厚労省が悪いと思っていたのですが、実際に厚労省の人たちと会って話をしているうちに、「ひょっとして大きな勘違いをしていたのでは」と思うようになりました。彼らは、現場で起きていることを非常によく知っています。実は、医療崩壊の裏で進行している“本当のシナリオ”があるのではないでしょうか。
 わたしは、現在の医療崩壊は、「政・官・財」のごく一部が考えている大きなシナリオ通りに進行していると読んでいます。以下の話は、全くの管見です。何のエビデンスもありません。わたしの想像、妄想の話として聞いてください。ただ、このように考えると、今、医療の現場で起きていることがうまく説明できるのです。

―どのようなシナリオでしょうか。
 病院の経営を悪化させ、赤字にするのです。赤字にして、多くの病院を銀行や株式会社の管理下に置き、これに大手商社や生命保険会社などが参入するというシナリオです。つまり、「病院の再編」です。例えば、ある商事会社は医療ファンドを設立し、国民から集めた資金を元に病院の経営に参入しようとしています。その商事会社は医療(ヘルスケア)部門をつくっており、商社故、高額な医療機器も輸入しています。
 彼らのターゲットになるのは、公立病院や公的病院でしょう。銀行や商社が設立した各種ファンドが買収したいと思うのは、医療機器が整備された立地条件の良い、比較的大きくて新しい病院です。実際に、四国地方のある公立病院は、PFI(private financial Initiative、民間資金の活用による公共サービス)が導入され、有名な流通業界の会社が運営に参加しています。社会保険庁が解体される時には、全国の社会保険系列の病院も、これらの買収の対象となるのではないでしょうか。さらに、都心で立地条件の良い病院もターゲットになります。最悪の場合は、マンションに建て替えればいいのですから。ただ、昨年の秋以降の不況の下では、この話は成り立ちませんが。
 一方、小さい個人病院や老朽化した病院は見捨てられる可能性が高いでしょう。ではその時、患者さんはどこに行くのでしょうか。考えられるのは、介護施設の新設や介護施設への業界の参入です。財界は、“雇われ院長“を置き、経営の実権を握るのです。介護保険は、今後さらに大きな市場が見込まれており、費用対効果が病院よりはるかに良いからです。何と言っても、介護施設は、医療機器の整備などの設備投資が必要ありませんから。来年度は、介護関連の報酬が引き上げられるようです。

―「政・官・財」で、医療や介護を“食い物”にしようということでしょうか。
 そうです。病院の買収が終わり、医療機関の再編が行われた時には、流通業界が参入してくるでしょう。物資を安価で大量に仕入れて流通させ、コストを削減するのです。現在、個人病院は病院ごとに購入していますが、コンビニなど流通業界では、段ボールの処理など“銭”単位の商売をしています。そのような流通業界の実績からすれば、十分なうまみがあると考えていると思います。
 また、次には生保が参入するでしょう。混合診療に賛成している医師は少なくありませんから。つまり、民間の健康保険の導入です。通常の健康保険で受けられる医療はここまで、それ以上の良い医療を受けたかったら民間の健康保険を使うように、という流れです。確かに、憲法で保障しているのは「健康で文化的な最低限度の生活」ですから、誤りではないでしょう。ちなみに、自動車事故などを扱う損害保険会社は、既に相当の利益を上げているようです。
 特に、「官界」は財務省主導ですから、われわれがターゲットにすべきは、厚労省ではなく財務省であり、財界です。そして、それらをつなぐ一部の政治家です。さらに、日本市場への参入をたくらむ米国の外資系企業です。
 しかし、日本医師会が反対すれば、このシナリオが思い通りに動きませんから、当面は、病院の保険診療点数を抑制する一方で、診療所やクリニックなどの「開業医」の保険診療点数を温存するようにしているのです。開業医(診療所)の利益を保障しておけば、病院の医療費を抑制しても、日医は最終的に反対できないと計算している。病院の経営はどんどん悪化し、銀行などの支配下に入るというわけです。

■医療再編で、診療所の経営が悪化

―最近、日医は内部的にいろいろとあり、「分裂するのではないか」との声もあります。
 確かに、開業医と勤務医の集団に分裂する可能性もあります。しかし、もし分裂するようであれば、「政・官・財」の思うつぼです。彼らにとっては、分裂してくれた方が医療の再編がやりやすいと踏んでいる節があります。分裂すれば、笑いながら高みの見物をするでしょう。
 では、病院の経営権が銀行や商社に移った後はどうなるでしょう。つまり、医療機関の再編が行われ、病院の系列化がほぼ終了した時点で、次に打つ手は何でしょうか? それは、病院の保険診療点数を高くする一方で、開業医の診療費を極端に下げてくるでしょう。そうしないと、自らが支配し、管理している病院の経営が成り立たなくなるからです。PFIが導入された四国の公立病院の例を見れば分かるように、いくら“経営のプロ”が運営に参加したとしても、現在の医療制度の下では、経営がうまくいくはずがありません。そろそろ契約解除という話もあるくらいです。
 従って、彼らの利潤追求のために、開業医の診療費を極端に下げてくるはずです。この段階になったら、日医が反対しようが、「政・官・財」はびくともしない。大手マスコミを通じて日医をたたけばいいのです。マスコミの大きな収入源は広告収入ですから、財界の言いなりです。

―中小病院がつぶれて日医が分裂した後、つまり医療界が再編されたら勤務医の待遇が改善されますか。
 若干、改善する可能性があります。ただし、だまされてはいけません。診療所の経営は、急激に悪化する危険性があります。現在の歯科医並みになることも予想されます。ですから、現在開業を考えている人は、もう一度考え直した方がよいかもしれません。
 では、病院が銀行系列になった時、次に必要なものは何でしょうか? それは、労働者です。すなわち、医師と看護師の確保が必要になります。ですから、 2004年にスタートした「新医師臨床研修制度」も、実はシナリオ通りです。これまで、大学の医局が医師の人事権を持っていました。しかし、これでは財界が病院の経営権を握った後、医師を集められません。つまり、臨床研修制度は、大学から人事権を奪い、医師集めを容易にするためのものなのです。医療界には、「臨床研修制度は失敗だった」と考えている人が多いと思います。そして、「早く制度の変更をしてほしい」と願っているでしょう。しかし、「政・官・財」のシナリオ通りに進行しており、財界は失敗とは考えていないでしょう。病院の再編が終わるまでは、現在の臨床研修制度を大きく変更する気はないと思います。

―商社や銀行が病院の経営権を握っても、勤務医の待遇は改善されないと。
 臨床研修制度を導入する際、厚労省の提案に財務省が素直に従ったとは到底思えません。当時の国の財政状況から考えますと、財務省が臨床研修制度にそんなにお金を付けるはずはありませんから。臨床研修制度は、財務省と厚労省の思惑がたまたま一致した結果でしょう。「同床異夢」です。
 さらに、文部科学省にも圧力が掛かっていると考えます。少子化で「大学全入時代」といわれ、倒産する大学も出ていますが、看護系・医療系の大学や短大、学部の新設だけは、どんどん認可されています。これは、どう考えても、非常に不自然です。結局、病院経営に必要な労働者を確保するためのシナリオが進行しているのです。
 そして、再編が行われた後に病院経営の実権を握るのは、医療従事者ではなく病院の事務職員です。われわれ医師は単に、彼らに雇用された労働者であり、使い捨ての労働者のままでしょう。

■「文系学部」対「医学部」の闘い

―財界が病院の実権を握った時、医療は良くなるでしょうか。
 営利企業ですから、当然のことながら、利潤追求型の経営になります。利益率の悪い分野は切り捨てられます。つまり、“お金にならない患者”は、確実に見捨てられるでしょう。
 埼玉県の調査によると、特に重症とされる三次救急で“たらい回し”にされた病態のうち、最も頻度が高かったのは精神科的な問題がある救急患者でした。2位は高齢者の吐血や下血などの消化器疾患、3位は意識障害の患者でした。これらの患者さんは、手間がかかる割に収益が少なく、時にトラブルや訴訟に発展するリスクがあるからです。「診れない」のではなく、「診たくない」から断っているのです。
 経営効率ばかりを重視した利益追求型の医療になると、このような精神疾患の患者、脳卒中の患者、高齢者、重度の障害を持つ患者、血液疾患の患者などが切り捨てられます。

―現在よりも深刻な事態になりそうです。
 現状を見る限り、医療側に勝ち目はありません。負けることは確実です。「医師や患者を見捨てるようなことはしないだろう」と考える人もいると思いますが、「政・官・財」は、そんなに甘くありません。太平洋戦争を思い出してください。若者が何万人死のうが、国民がどれだけ貧困に苦しもうが、そんなことにお構いなく、戦争に突入した国ではないですか。最近の農業政策を見ても同じです。幻想は捨てて、現実に戻りましょう。
 今、医師がストライキを断行したところで、何も改善しません。一般市民も医療側をサポートすることはないでしょう。マスコミが医療側を支持する記事を書くと思いますか? そのようなキャンペーンをしますか? 医療事故で、あれほどまでに医療界をたたいたじゃありませんか。広告収入を大きな財源とするマスコミは財界の言いなりですから、医療側に立った記事を書くはずがないのです。

―解決策はありますか。
 これからは医療訴訟もますます増えるでしょう。司法試験制度改革でロースクールができて、弁護士が増加しています。医療訴訟は大きな収入になります。民事訴訟は、訴えられた側は多大な負担を強いられた上、勝っても何のメリットもありませんが、弁護士にとっては、負けてもそれなりの収入が確保されます。わたしは、医療事故の原因を調査する公的な機関ができたら、刑事告訴の増加よりも民事訴訟が増加することを危惧(きぐ)します。弁護士は、調査委員会の報告書を訴訟に利用しようと待ち構えているのです。このような調査委員会の創設は、法曹界(法学部)のシナリオ通りでしょう。
 結局、うがった見方かもしれませんが、これは法学部や経済学部など「文系学部」対「医学部」の闘いと言えるでしょう。文系の医系に対する「ねたみ」「ひがみ」「やっかみ」という精神的な要素も多分にあるのではないでしょうか。彼らは、天下り先の確保など、自らの権限を拡大するために、ありとあらゆる手を尽くしています。医療機関や国民のことなどは、これっぽっちも考慮していないことは明らかです。このような崩壊へのシナリオに、果たして国民はいつになったら気が付くのでしょうか。このことに医療界は既に気が付いている。防衛医療、萎縮医療に向かっている。医療崩壊が行き着くところまで行かないと、国民は気が付かないのかもしれません。
 わたしは、今の日本に必要なことは、“物を作る”ところを大事にする文化であろうと思っています。すなわち、農業をはじめ漁業、林業、町工場、中小企業など、あるいは芸術分野なども含まれますが、“物を作る”ところを大事に育てるような社会構造の変革が必要です。マネーゲームでもうける職種、すなわち、人から集めたお金を横に流すだけで莫大(ばくだい)な利益が得られるような社会構造を変えていかなければ、日本の再生はないと考えています。

昔から医療業界についてよく言われることに、例えばこんなことがありました。

1)これだけ大きな市場であり成長産業であるにも関わらず公的規制が強く、部外者の参入が極めて限定されてきた。
2)監督官庁としての厚生省(厚労省)にとって、天下り等のうまみがあまりなかった。
3)医師は妙に頑固なので(笑)なかなか素直に部外者の言うことを聞かない。

1)については米国等からの外圧も受けたいわゆる小泉改革の結果もあって、今後ますます外部に対して開かれたものになっていくだろうことは既定路線として語られています。
2)についてはかの名高き(どんな名だ)医療評価機構を初めとして、相次いで立派な利権を導入しつつあることは知らぬ者がありません。
そして3)についても唯一の医師圧力団体として君臨してきた(笑)医師会が国民の敵として確固たる地位を築いている上に当の医師からも相手にされず、そもそも現状では圧力団体として全く機能していません。

こういう状況を見ると「医療業界って実は他業界から食い物にされてるだけなんじゃないの?馬鹿じゃね?」と思えてくるところだし、「医者って虐げられていると言いながらストに訴えるわけでもないよね?実はそんなにきついなんて嘘なんじゃないの?」などという声も漏れ聞こえてきます。
ですが一方でこのところ「立ち去り型サポタージュ」「逃散」などといった他ではあまり見たことがない行動が密かに広がってきているのも既に周知の通りなんですよね。

こうした現象を読み解くために、文系エリートの頭脳を結集した厚労省が決して単なるお馬鹿の集団などではないのと同様に、徒党を組むことすら知らない専門馬鹿の集まりに見える全国の医者達が実は人並みな知能を持っているかも知れないと考えてみるとどうでしょうか?
医者達にも人並みの知性があるのだと思えば、これだけ好き放題にされてそれなりのリアクションというものが出てこない方が不思議だとは思いませんか。
労働争議と言えば徒党を組んで大通りを練り歩くといった陽性症状を呈しているものばかりが目立つ世の中ですが、医療業界、ことに医師の間ではそれ以外の別な道が主流となりつつあるのだとしたら?

一例を挙げるならば、いつの間にか既成事実となった医療崩壊という現象に対してマスコミの方では「26万いる医師たちは何をしてきたのか」だの「集団としてのまとまりのなさに、ある種情けなさを感じる」だのと手前勝手な言い分がまかり通っているようです。
中には表題のようなことを言って煽る人間もいるようなんですが(苦笑)、他方ネット界隈でひと頃流行った言葉に「組織を作らなければ相手は交渉することすら出来ない」というものがありました。
組織としてまとまることが目的達成のための最も有効な手段であるというのならそうするのも一つの方法論でしょうが、世の中にそれよりもはるかに有効な方法論があるのだとしたら、わざわざそんなことをする必要もないと考える人間が出てくるのも当たり前のことですよね。

労働争議に限らず医療においても何においても同じことだと思いますが、闇雲にただ行動すればいいというのはあまり頭の良いやり方ではなくて、まず達成すべき目標を設定し、どうやってそこに至るのが最も得かということを考えておかなければただ疲れただけで終わるということになりかねません。
医療業界の内外からああすべきだ、こうした方がいいと声の大きい時代ですが、そのど真ん中にいる現場の医療従事者こそ一度立ち止まって自分たちの望むものは何か、あるいは自分たちにとってのインセンティブとはどんなものかを考えておかなければならないし、それが明確にならなければどうやって実現するかなんて議論も行えるはずがないわけです。
最近医師の集団離職なんて話が目立っているのも彼らなりにそんなことを考え抜いた末の結論なんだと思えば、一見唐突に見える記事の背後から様々なストーリーが見えてくるような気がするんですよね。

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2009年3月 2日 (月)

年度末に大騒ぎしているのはどこの業界も同じこと?

世の中相変わらず不景気だ不景気だと大騒ぎですが、年度末で収支が明らかになってくるとさらにヤバいことになるのではないかと囁かれているところも少なからずあるとか。
一方であまり景気の善し悪しに左右されなさそうな(万年不景気という話はさておき)医療業界ですが、こちらも年度末に色々なものが噴出してあちこち大変なことになっているようです。
まずは最近よくある医師集団離職の話題から二つばかり。

明石市民病院 消化器系の入院休止へ 医師大量退職で/兵庫(2009年2月26日神戸新聞)

 明石市立市民病院(鷹匠町)は二十六日、消化器科の医師十一人のうち八人が三月末までに退職すると発表した。医師不足のため後任医師が確保できず、病院は三月以降、消化器系の入院、救急患者の受け入れを休止。新しい外来患者の受け入れを見合わせるなど、診療体制を大幅に縮小する。

 病院によると、消化器科の吉田俊一部長(59)が三月から市内の民間病院院長に就くため、部下に当たる女性医長とともに二月末で退職。さらに研修医三人を含む医師六人が三月末で退職する。吉田部長は同科唯一の消化器系指導医で、技術指導を受ける立場の研修医らが退職する結果になったという。

 消化器科は食道、胃、腸などの消化管などが専門。外来患者は二〇〇七年度で延べ約二万六千人、入院患者は同約千五百人に上り、市内の消化器系医療の基幹病院だった。

 四月以降は、残る医師三人体制で現在通院中の外来患者を診察する方針で、治療内容によってはほかの病院を紹介する。

 同病院事務局は「慰留に努めたが残念。患者や市民には迷惑をかけて申し訳ない」としている。

<焼津市立総合病院>来月末で内科医9人退職 診療体制を縮小 /静岡 (2009年2月28日毎日jp)

 焼津市立総合病院(同市道原、太田信隆院長)は27日、3月末までに呼吸器科など内科4科の医師計9人が退職するため、4月から内科全6科の診療を大幅に縮小することを決めた。

 6科の外来診療は継続するが、原則として紹介状のある患者の診察のみ行う。同病院は「地域の基幹病院として、重症患者や専門的治療が必要な患者への対応に専念するため。利用者にはご理解いただきたい」と話している。

 同病院によると、退職する医師は、代謝内分泌科=4人中3人▽呼吸器科=4人中3人▽消化器科=6人中2人▽神経内科=3人中1人。派遣元大学の引き揚げなどによるもので、特に、代謝内分泌、呼吸器課は4月以降医師が1人になる。今夏には、総合診療内科の医師4人中数人も退職する予定だ。

 この体制では従来通りの一般外来診療はできないため、腎臓内科(医師1人)を含む内科全6科の診療体制を4月から変更する。医師が1~2人の科は、週数回の診療とする。

 志太・榛原地域では、榛原総合病院(牧之原市)の循環器科が4月から非常勤医師による週3日の外来診療になるなど、医師不足が深刻になっている。

最近ほんとにこういうまとめて離職というパターンが多いですよね。
病院の管理当局に「医師減員=仕事の総量を減らす」という感覚がない以上、一人欠けるだけでも今まで以上の過重労働を強いられるのは確定ですから我も我もと一緒に立ち去ることになるのでしょうが、そう考えると元々この手の医療機関の勤務状況というのもあまり好ましいものでもなさそうです。
既存医療機関からの集団離職はもとより、新規開院の病院ももちろん人集めには苦労していますが、こちらの方はこのご時世にハコモノなどという先の見通しの甘い公的病院のことですから、あまり同情の余地はないと言いますか…

北秋田市民病院 医師不足 常勤医半数のみ 全科一斉開業は絶望的/秋田(2009年2月27日読売新聞)

 2009年10月1日の開業に向け建設が進む北秋田市の北秋田市民病院が、医師不足の影響で、開業時に必要としていた31人の常勤医のうち半数しか確保できていないことがわかった。今後、新たに医師を確保できる見込みは低く、全診療科の一斉開業はほぼ絶望的だ。総事業費約91億円をかけた拠点病院はオープン時からつまずくことになる。

 岸部陞(すすむ)市長は26日の市議会定例会で、議員からの一般質問に対し、秋田大や弘前大(青森県弘前市)、都内の病院などに医師を派遣してもらうよう依頼に出向いたが、「条件が合わない」などの理由で医師確保が思うように進んでいない状況を説明した。議員が「構想を再度見直しては」と質問すると、4月に退任を決めている岸部市長は「新しい市長がもう一度考えるのではないか」と答えた

 市民病院は、県内を8医療圏に区分した二次医療圏の中で拠点病院がなかった北秋田医療圏(北秋田市、上小阿仁村)の拠点病院として整備することを岸部市長が公約に掲げていた。
 病院の運営は、指定管理者に決まっているJA秋田厚生連が担い、現在、北秋田市で経営している北秋中央病院を廃止し、医師らスタッフを市民病院に移す
 市医療推進課によると、確保できる医師は、北秋中央病院に勤務する15人しかめどが立っていないという。赤石利法課長は「診療科によっては、医師が集まり次第、順次開業するかたちになるだろう」と話している。

 市民病院は地上4階、地下1階、延べ床面積約2万5000平方メートル、320床。21の診療科を設け、地域がん診療拠点病院や地域救命救急センターとなる計画だ。
 しかし、医師が集まらなければ、こうした高度医療を担う中核病院の機能が果たせなくなる。大学卒業後の研修医を受け入れる臨床研修病院の指定も目指していたが、指導環境も整えられず、若手医師を確保できる見込みも立たない

 北秋中央を含め県内で9病院を経営する厚生連の関係者は「ほかの厚生連病院も医師が足りず困っている。新しくて立派な病院だが、医師不足の病院では、医師一人の負担が大きくなり、今後も敬遠されてしまうだろう」と打ち明ける。

「新しい市長がもう一度考えるのではないか」は傑作でしたが、スタッフも集められないくせにとりあえず大きな新病院だけ作ってしまおうという感覚がよく判らないですね。
91億円という小さくない額が動く土建プロジェクトですから、やはりこういう大きなハコモノともなりますと、地方では色々と関連産業に潤いもあるということなんでしょうかね。

ちなみに320床で91億円と言いますと単純計算で一床あたり建設費が約2850万円、民間病院の平均額は1600万円くらいと言われていますから、これもずいぶんと高い買い物についた計算です。
一応当局を擁護するならこの種の高度医療機関ほど建設費が割高になるのは仕方がないところではあるんですが、まともに稼働できないのであれば丸々無駄になるのですから見通しが甘すぎると非難されても仕方ないところですね。
しかし母胎となる北秋中央病院は199床でスタッフそのまま病床数1.6倍になるとすれば、人手不足で今まで以上に過酷な労働を強いられるだろう医師達がまたぞろ集団離職しかねない勢いですかね…

民間病院の過半数「運転資金が不足」 153病院回答(2009年2月28日朝日新聞)

 民間の病院団体が加盟病院を対象に実施した緊急の経営状況調査で、54%の病院が運転資金は不足していると回答したことがわかった。日本病院会などは「経済状況の悪化が悪影響を及ぼしている」として国に対策を求めている。

 同会が全日本病院協会、東京都病院協会と合同で1月に調べた。対象とした全国670病院のうち153病院から回答を得た。

 運転資金に関する質問では、「大幅に不足」が18%、「不足気味」が36%だった。不足と答えた病院に運転資金の使途を尋ねたところ、人件費が半分を占めていた。「新規借り入れが難しくなっている」と答えたのは48%。63%が資金繰りに苦しんだ経験があった。ただ、患者数は1年前とほぼ同じだった。

 東京都に限ると、62%が運転資金の不足を訴えた。都病院協会の河北博文会長は「診療報酬が全国一律なのに対し、東京は人件費などが高額で経営を圧迫する。地域医療に悪影響を与えかねない」としている。

統計の取り方にもよりますが、最近の記事によれば民間病院の1/3、東京に限っては半数が赤字と言いますから、医療機関を取り巻く経営環境がますます悪化していることは確かでしょう。
政府与党も医療費抑制政策を継続することは確定的ということですから今後もこうした状況が改善する見込みは乏しい、そしてどこも人手不足でスタッフは過重労働にあえいで逃散が相次いでいる、どこかおかしいという気がしてきませんか。

民間企業があちこち倒産する騒ぎになっていますが、公的機関でもない私企業が「地域に悪影響を与えかねないから」と身銭を切って操業を続けるなんてことはあまりないわけで、医療機関だけが妙な使命感に駆られて余計な苦労を背負い込むこともないという考えもあります。
各地でこれだけ医療スタッフが不足していると人集めに躍起になっているのですから、職場が破綻しようが(少なくともまともな)スタッフは再就職先探しにも苦労するようには思えませんから、従業員に対する責任という点でも大きな問題がありそうにもない。
となれば経営が苦しい医療機関は無理のない規模に経営縮小するか素直に廃業いただいて、その分の浮いたマンパワーをやる気と医療需要はあっても人手が足りない病院に回すのが妥当…これこそ厚労省の画策している病院再編・医師再配置計画そのものですよね。

今や事態がまさしくお上の狙ったとおりの道程をたどっているわけですから今さら下々がジタバタしても仕方がないと言う考え方も十分ありだと思うのですが、長くなりましたので次回に続けることにしましょう。

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2009年3月 1日 (日)

今日のぐり「市場食堂」

個人的な経験を通じて大阪というと何かとコテコテの濃い口というイメージがあるんですが(どんなだそれ)、本当なのかどうだか大阪では芸がなければ生きていけないとも聞きます。
外国人から見ると日本人というのは一般に感情表現に乏しく見えるなんてことを言いますが、では大阪人くらいに濃くなるとどうなんだという疑問を解消したのがこちらのニュース。

大阪人のリアクションに海外から絶賛の声「本当にスゴいヤツらだ」。(2009年01月19日livedoorニュース)

日本の中でも土地によって人々の性格や特徴が異なるが、オープンで明るい気質で知られるのが大阪に住む人々。日常会話にお笑いの要素が含まれていることが多く、ノリの良さはわが国でも随一だ。

そんな大阪人のリアクションを検証した動画「Osaka Bang!」が「YouTube」へアップされ、その動画を紹介した日本文化ポータルサイト「dannychoo.com」(http://www.dannychoo.com/)に海外からの反応が続々と寄せられ、日本に関する海外掲示板などの話題を翻訳して紹介するサイト「誤訳御免!」(http://goyaku.seesaa.net/)で話題となっている。ノリの良さに驚きつつも、若者からオバチャンまでユーモアを愛する“県民性”を絶賛しているようだ。

この動画は、テレビ番組で「大阪府民は“バーン”と言われると撃たれたフリをする!?」「大阪府民は見えない刀でも斬られる!?」という噂を検証したもの。番組スタッフが通行人に対して突然、銃を撃つマネや刀で斬るマネをし、やられた人々の反応を探っている。

「バーン」と言われた人はいずれも撃たれたフリをしており、何度も撃つスタッフに「何回殺すねん!」とツッコミを入れる猛者も。「ズバッ!」と斬るマネに対するリアクションも上々だ。また、カメラを遠く離しても反応が変わることはなかったという。

これらのリアクションに対して「dannychoo.com」には、「面白いなあ、大阪の人は。ホント愉快な人たちだね」「大阪人は本当にスゴいヤツらだ。素晴らしい動画で笑いが止まらなかったよ。ほかのどの土地でもあんなリアクションする人々はいないだろう。刀で斬る部分は、言葉で表現できないほど面白い」など絶賛の声が殺到。特に、「バーン」と撃たれて“吹き矢”で反撃した女性、コンビニエンスストアから出てきた瞬間に斬られてその場で倒れこんだ男性のリアクションには、「何度も見直した」「グレート!」との感想が寄せられている。

また、この動画を紹介した人物が「君たちの国では、他の土地よりもフレンドリーな地域や州ってある?」との質問を投げかけたことから、自国で同じことをしたらどんな反応をするかという議論も盛ん。英国人は「こっちであんなことしたら、1~2人めくらいで本当のケンカになっちゃうよ」としているが、カナダ人の間では「カナダでも同じようなことができると思うよ」「いや、ムリだと思うな」「場合によるよね。バンクーバーの人ならノってくるかも」「確かに。バンクーバーの人はフレンドリーだからね」との会話が繰り広げられている。

さらに、「日本人の行動は、相変わらずオレの常識を超えている……。年配の人まで一緒に遊ぶとは」という意見に対しては、「つまり、あの年配の人たちは人生の勝者ってことだよな」とする声も。大阪人のユーモアとノリの良さは、世界的に見てもかなり高度なようだ。

ちなみに動画がこちら、彼ら外国人のコメント(和訳)がこちらなんですが、更にこれに対する日本人のコメントが面白いんですね。
なかでも個人的に一番気に入ったのはこちらなんですが、やはりこれが芸人としてのプロ意識というものなんでしょうか(苦笑)。

俺関西人だが
カメラが回ってたらいつでも
これくらいの対応はできる自信あるわ。
あくまでカメラが回ってたらね。
カメラ回ってなかったら無理。

今日のぐり「市場食堂」

土地それぞれに独特なローカルメニューはありますが、名物とまでに呼ばれ広く知られるのはその中でもごく一部です。
境港の海産物を扱う「境港さかなセンター」に併設された「市場食堂」では「鬼太郎まぐろラーメン」なるものがあるとは、ここに訪れるまで全く知りませんでした。
しかし新メニューと書いてあるのにひかれて思わず頼んでしまいましたが、地元食材を使ったメニューが出来ないかということで考案されたものなんだそうですね。

見た目はまんまありきたりな塩ラーメンなんですが、この鬼太郎ラーメンをありきたりでないものにしているのは上に乗っているまぐろの赤身の存在です(これが何故鬼太郎?などと野暮なツッコミは禁止なのでしょう)。
この澄んだスープは聞くところによるとマグロの出汁なんだそうですが、あっさり魚系塩スープという感じで悪くないと思いますね。
問題はこれに合わせる麺なんですが、妙にぶよぶよと加水率高そうな中太麺なのが個人的にはちょっと…このスープならしゃっきり茹で上げた細打ちの方がいい気がしますけどね。
トッピングにメンマが入っているのは(味・食感は別として)メンマ好きにはありがたいんですが、この妙なカマボコの模様はもしかして鬼太郎がモチーフなんでしょうか?(他に鬼太郎らしい風情もないことですし…)

さて、それら全てを押しのけて存在感を主張している?のが問題のマグロ切り身なんですが、一見ただの刺身なのかと思いきやうっすら塩味が感じられます(塩ダレでヅケにしてあるんだとか)。
これは生のままでさっさと食ってしまうのがいいのか、スープに沈めてある程度火を通した方がいいのか迷うところですが、個人的には表面が湯引き状態になるくらいで食べるのが一番塩梅がいい気がしましたね。
まあ正直マグロとして見てラーメンの上に載せられる立場がうまい食われ方とも思えないし、このラーメンにとってもマグロに載られることで何が良くなったとも思えないんですが、地域の特産ということでここは外せなかったのでしょう。
ラーメンの具材としての相性を考えた場合には、生よりもさっと香ばしく表面を焼いてみたりしてもいいのかなという気もしますけどもね。

これでお値段は税別800円ですから、観光地メニューということを込みでどう評価するかですかね。
そのあたりのラーメン屋にぽんとレギュラーメニューとして置いてあったとしたら、恐らく値段がどうとか言う以前に正直ラーメンとしての味の面で厳しいのかなという気もしますが…
ちなみに個人的にはこの界隈の名物と言っても良いのは「かにとろ丼」だと思うのですが、ここ市場食堂のかにとろ丼は至ってくせのないオーソドックスな作りですから、食べ比べをする時の基準として一度試してみるのもいいかと思いますね(とヨイショしておきます)。

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