« 今日のぐり「ラーメン おっつぁん」 | トップページ | 岩手県立病院再編計画、さらに斜め上に疾走中!? »

2009年2月16日 (月)

パンダはなぜ消えたのか

かつて医療崩壊ヲチャーの間で大人気を博した「パンダと白熊」という創作童話があります。
医療崩壊という現象を動物園のパンダに例えたなかなかの傑作ですが、例えば第一話を引用してみるとこんな感じです。

「パンダと白熊」第一話 パンダの悩み

絶滅危惧種と言われながら休みも正当な報酬も無く次々と力尽きていく我が国の産科医師は虐待されているパンダそのものである。
本来パンダは大切に扱われ、産まれてきたパンダの赤ちゃんは死なないように大事に大事にされる。
ところがこの国の医療界のパンダ(産科医師)は絶滅寸前であるにも関わらず、押し寄せる観客に朝から晩まで芸を披露させられ、それが終われば畑へ連れて行かれ、牛や馬でも できる仕事をさせられている。

あるパンダは嘆いた。
「どうして僕達だけこんなに芸や重労働をさせられるのだろう。餌だって生きていくのにやっとしかもらえない。そうだ、パンダだからいけないんだ、白熊になれば楽になれる。 」
早速そのパンダは折角の愛嬌のある白黒模様を捨て、毛を全て白く染め、白熊の檻へと非難した。」
「あー、白熊になって良かった。これでゆっくり休める。餌だってなぜか前よりちょっと増えたぞ。」

残ったパンダはさあ大変、少ない頭数で来る日も来る日も朝から晩まで芸と重労働。また、その芸は完璧でなければならない。一生懸命難しい玉乗りをしていても、強風に煽ら れてこけたら大変。
「パンダのくせに芸を失敗した。」と観客から激しいブーイング。
ぶら下がっているミノムシからも
「そんな芸、ミノムシの俺でもできるぞ。何失敗してやがる。けしからん。罰を与えよ。」とミノムシのクセに大声でやじる。観客が拍手する。「そうだ!ムチで打て!!」
玉からこけたパンダに手錠がかけられた。ムチが打たれる。
「お前が玉から落ちるから悪いのだー思い知れ!!」
ピシッツピシッツ容赦なくやせ衰えたパンダにムチが飛ぶ。
拷問の後で「もう駄目だ、僕も白熊になろう。残された仲間達、ゴメン、もう限界だ。パンダを続けると死んでしまう。」
こうしてヨロヨロのパンダはまた一匹一匹と白熊になった。

子供ができにくいパンダはそんな環境では当然子供が増えない。どんどん数が減る。全国の動物園からパンダがいなくなった。
観客は怒った
「どうしてパンダはいないの?最近のパンダは根性がない!芸が見れないなんて私達が困るじゃないの!そうだ、署名しましょう。」
観客はパンダを虐待するから減少していることに気づかない。

とある動物園が困り果てて
「十分に餌をあげるからパンダさん、来てチョウダイ。」
パンダがやってきた。命を削って芸と労働を行った。幸い失敗は無かった。ところが観客から野次が飛ぶ
「何そんなに餌食ってんだよ。勿体無いじゃねえか!!」
疲れ果てたパンダはその動物園を去った。

今日もまた一匹、また一匹、パンダが動物園から逃げる。白熊になる。でも不思議なことに、その原因が虐待であることをパンダやその周りの動物達いがいは誰も指摘しないし、 変えようともしないのである。

特に第九話など傑作で思わず笑ってしまいますが、これら作品が作られた当時はどちらかと言えば啓蒙的な目的に給するというよりも、自虐的お笑いの要素が濃厚であったように記憶しています。
とは言え、こうした分かり易い寓話的物語が医療崩壊という現象に対するまたとない教材となることも間違いありません。
近ごろこれだけ医療崩壊という現象が人口に膾炙するようになってくると、リアル「パンダと白熊」とも言うべき話も出てくるんだなという記事がこちらなんですね。

絵本「くませんせいのSOS」無料配布 /福島(2009年02月13日KFB福島放送)

「コンビニ受診」といわれる時間外診療で疲弊する勤務医や医師不足など地域医療の窮状を親子で考えてもらおうと、須賀川医師会は絵本「くませんせいのSOS」を購入し管内の須賀川、鏡石、天栄の3市町村の幼稚園と保育所計47施設に無料で配った。

症状がそれほど深刻でなくても24時間営業のコンビニエンスストアを利用するかのように時間外に受診する「コンビニ受診」。
増える医師の負担は慢性化し、全国で医師不足、地域医療の崩壊を招いている。
同医師会管内も苦境は同様。
同市の公立岩瀬病院では18年度末に25人いた常勤医は現在19人に減った。

昨年10月に同市地域医療協議会が設立され、地域医療を守るための取り組みが進められている中、黒沢三良会長らが絵本の無料配布を発案した。
医師の働きやすい地域づくりを目指す同医師会は「医師も生身の人間。安易な時間外受診は過度の負担をかける。子どものうちに地域医療の現状を知ってほしい」としている。

ちなみに「くませんせいのSOS」とは「県立柏原病院の小児科を守る会」と「NPO法人地域医療を育てる会」が共同で出した教材的絵本です。
こちらの活動については以前にも紹介しましたが、地域住民自らが立ち上がって支援活動を行った結果医者が帰ってきたという先駆的事例で、絵本もその活動の一環として作られたものなんですね。

医療リソースの不足に伴う慢性的過重労働であるとか、今も継続される社会保障費抑制政策であるとか、あるいは訴訟リスクの増大などなど、医療崩壊という現象を説明するキーワードは幾つもあります。
しかしそれら全てが行き着くところは結局「医療現場を支えてきた人々の心が折れた」ということに尽きるような気がしますね。
一方で楽でペイの良い仕事への脱出も確かに見られますが、他方では仕事自体は楽であっても医師達が逃散していく病院も幾らでも存在している。
となれば当面考えるべきところは、いかにして現場の人間の心を折らないか、更には積極的にサポートしてくかといった面ではないでしょうか。

医者が逃げ出していく病院もあれば医者が集まってくる病院もあるという現実を正しく認識し、どこをどう改善すれば前者から後者へと転換していけるのかと言うことを医療の受益者である住民自体が自分のこととして考えていかなければならない時期だと思いますね。
身近な医療が失われつつある状況に住民がどの段階で気付くことが出来るかが、今後の地域医療の存続を占う上での大きなファクターになっていくような気がします。

診療所 守りたい/平戸の大島・度島/長崎(2009年02月13日朝日新聞)

◆島民が組織結成

 医師がそれぞれ1人しかいない平戸市の離島、大島村(人口1453人)と度島(たくしま)町(同893人)で、島民が診療所を支える組織を相次いでつくった。時間内の受診を心がけるよう呼びかけたり、島民の要望や感謝の気持ちを医師に伝えたりする。背景には「無医地区にしたくない」という切実な願いがある。(松尾美江)

 大島村では10日夜、「大島の医療を考え支える会」の設立会があり、老人会の代表ら16人が集まった。

 岡村幸夫・大島支所区長は「24時間体制を願う気持ちはわかるが、それでは医師が来るのは難しい。地域で考えないといけない」と呼びかけた。これに対し、参加者は「夜中に具合が悪くなった時に来てくれないのか」「救急車は大げさで使いづらい」と口々に訴えた。診療所事務長が「時間外も診療している。だが、急患は診療所より新しい機材がそろった救急車を使ってほしい」と取りなした。

 市保険福祉課の永田米吉課長が「こんな風に住民と医師との思いがかみ合わず、行き違っている。この会が、両方の立場を理解して話を伝える緩衝剤になってほしい」と話すと、参加者はうなずいた。

 大島の診療所は59年に開設。これまで医師は1人か、不在の期間もあった。市保険福祉課によると、臨床研修医制度が変わり、医師が研修先を選べるようになって以来、へき地が医師を確保するのはいっそう難しくなっている。

 度島町でも1月25日に「度島の診療所を支える会」が設立された。

 同町では08年、診療所の医師が高齢で引退することになり、後任がなかなか決まらなかった。市や市議が生月病院(同市生月町)に勤務していた柴田匡之(まさ・ゆき)医師(68)に頼み込んだ。柴田医師は当初固辞したが、代診で度島を訪ねた際に、島民が昼食会を開いて懇願し、心を動かされた。08年4月から2年契約で、週末は家がある佐賀県に帰りながら、島で診療している。柴田医師は「会の発足は診療所を大事にする心意気の表現で、うれしく思った」と話す。

 会長で中部区の吉村初実区長(60)は「夜中でも、『医師は高給取りだからいいかな』と呼ぶケースがあった。よっぽどでない限り、明るいうちに診療所に行くようにしようと声をかけあった」。三免区の浜田孝信区長(61)も「島民で診療所を盛り上げて、医師に『もっといたい』と思ってもらいたい」と話す。医師との昼食会を開いたり、他の離島に視察に行ったりして、島の診療所を充実させていくつもりだ。

|

« 今日のぐり「ラーメン おっつぁん」 | トップページ | 岩手県立病院再編計画、さらに斜め上に疾走中!? »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/44080049

この記事へのトラックバック一覧です: パンダはなぜ消えたのか:

« 今日のぐり「ラーメン おっつぁん」 | トップページ | 岩手県立病院再編計画、さらに斜め上に疾走中!? »