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2009年2月 7日 (土)

医療を取り巻く見えない壁

一面では万人にとって極めて身近な存在でありながら、他方で何かしら遠い存在であるように感じられやすいのが医療というもののようです。
このあたりの感覚と関連して、今日は少しばかり話題になっている毎日新聞の記事から紹介してみます。

記者日記:医師の説明 /埼玉(2009年2月6日毎日新聞)

 「もう一度、一から説明しましょうか!」。医師は突然、声を荒らげた。昨年末、兄が大病をした。治療法の説明の場に私も同席し、質問しまくった。もちろん面白半分にではない。学会のガイドライン本(書店でも買える)を読み、病状の微妙な差によって治療法も違うことを知っていたからだ。

 だが、医師は「そんな細かいところまで聞いてきたのはあなたが初めてですよ」などと繰り返し、明らかにいらだっていた。揚げ句に、私が「念のため確認しますが……」と治療法のある細部についてたずねた途端、冒頭のようにキレてしまったのである。

 私はひるまず質問し続けたが、こうした場面に慣れていない人なら黙ってしまっただろう。医師と患者・家族を隔てる「壁」はまだまだ高いと痛感した。申し添えておくと、医師はその後も献身的に兄を診てくれた。【平野幸治】

この高尚かつ深い内容の記事を掲載した毎日新聞社の意図はともかく、日記と聞いて思わずチラ裏という言葉が頭に浮かぶような記事ではありますが、ここに見られるのは医療現場に対する一つの類型的な認識ではあるかも知れません。
しかし自ら学会のガイドラインを読みあさるほど医療問題に熱心だという平野記者には失礼ながら、この種の言葉のやり取りというものは当事者の一方だけの話を聞いても実態がよく判らないことが普通ではあります。
平野記者の人となりを知る上で平素のご活躍ぶりを拝見するのが手っ取り早いかなと思っておりましたら、こんなものがありました。

サンデー毎日の記事 術後化学療法が無効であるという記事は本当か

 2005年5月29日発売のサンデー毎日に大変いい加減な記事が掲載されました。
 記事を書いた記者は平野幸治記者という方です。どこが間違いか?

(勿論固形がんの場合には<手術>という選択肢もあるわけだが、少なくても術後の化学療法は乳がんを除いて気安めと言うことになる。何ともショックではないか)という文章です。

 私も大変ショックを受けました。週刊誌の記者が間違いの記事を書いて週刊誌発売部数を伸ばして売り上げをあげようとする利益重視の売らんかなと言う姿勢にあらためてショックを受けました。NHK,読売新聞、産経新聞、日経新聞などのマスコミがが様々な考えがあるにせよ、がん患者のために有益な情報を提供しあるいは番組作成などしているの比べてこのサンデー毎日平野幸治記者の行動は同じマスコミ関係者と到底思えない行動です。もし意図的に間違いを書いたつもりがなければ速やかな訂正をお願いしたいと思います。
(略)
 誤解しないように記しますが決して術後化学療法を推奨している訳ではありません。
 そのリスクとリターンを天秤にかけた上で患者自身が決めるべきものです。術後化学療法の効果について詳しいデータを患者自身に説明できず否定することも全面的に肯定することも専門家として正しい態度ではありません。

 ついでに言えばサメの軟骨ががん患者の利益につながるどころか寿命を縮める結果になる論文も発表されています。サメの軟骨を過去のサンデー毎日で推奨していた責任をどう取るつもりでしょうか?
 もし今度の記事に何らかの訂正する動きがあれば当方としては速やかにこの記事を訂正、削除する姿勢があることを表明しておきます。

こと医療問題に関してはこういう素晴らしい理解力を誇っておられる平野記者が自ら「質問しまくった」というくらいですから、担当医も思わずうなるほどの素晴らしい内容で「もう一度、一から説明しましょうか」とも言いたくなったということなのでしょう。
ちなみに自分の知る限り一般的な知性と理解力のある大人同士の対話の場において、「もう一度、一から説明しましょうか」という言葉が出てくることはあまりありません。
素晴らしい理解力をお持ちの平野記者はもしかしてこうした経験があまりなく誤解されたのかも知れませんが、正しくは担当医は「キレてしまった」のではなく「あキレてしまった」のだと思いますよ。

さて、平野記者を擁する天下の毎日新聞をはじめとして、このところ国内外のマスコミで大きな話題となっていたのがアメリカでエアバス機がハドソン川に不時着した事故の件です。
離陸直後の両エンジン停止、降りたところは真冬の河川の中と悪条件が重なったにも関わらず一人の犠牲者も出さなかったと「ハドソン河の奇跡miracle of the Hudson」なんて声も上がっているらしいですね。
機長は両エンジン停止からわずか30秒のうちに管制塔の指示する空港への着陸は不可能と判断し、指示を無視してでも救助の得られやすいハドソン川下流域への不時着水を行うべきだと決断したそうですが、最近この時の通信記録が公開されてから機長の落ち着き払った冷静な対応がますます称讚を集めています。

プロフェッショナルというものは追い詰められた局面であるほど冷静沈着であるべきであり、極限状態でこそ能力を完全に発揮できるようトレーニングされていなければならないのは言うまでもないところだと思います。
こうした冷静さというものがどれほど重要であるかは野球やサッカーをお茶の間でテレビ観戦している人々にとっても容易に判ることだと思いますし、ましてや日常的に修羅場を経験するはずの医療現場に立つ者にとってこそ最も求められる資質だと思うのです。
ここで「伊関友伸のブログ」さんから引用させていただきますが、かの大野事件公判の中から下記の一節をみていただきましょう。

福島産科事故:被告産婦人科医、起訴事実を否認 初公判で

福島県立大野病院の産婦人科医逮捕事件の初公判があった。
被告となってしまった医師は「死亡や執刀は認めますが、それ以外は否認します。切迫した状況の中で精いっぱいやった」と起訴事実を否認された。
法廷にむかう写真からも、発言からも、現場の医師としてのプライドを強く感じた

福島産科事故:被告産婦人科医、起訴事実を否認 初公判で
毎日新聞 平成19年1月26日

福島県立大野病院(同県大熊町)で04年、帝王切開手術中に女性(当時29歳)が死亡した医療事故で、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた同病院の産婦人科医、加藤克彦被告(39)の初公判が26日、福島地裁(大沢広裁判長)であった。加藤被告は「死亡や執刀は認めますが、それ以外は否認します。切迫した状況の中で精いっぱいやった」と起訴事実を否認した。
(略)
 ◇被告 落ち着いた声で書面読み上げる

 「1人の医師として患者が死亡したのは大変残念」。初公判で加藤被告は起訴事実を否認する一方、死亡した女性に対しては「心から冥福を祈ります」と述べた。黒っぽいスーツを身につけ、落ち着いた声で準備した書面を読み上げた。

 加藤克彦被告が逮捕・起訴されて休職となり、昨年3月から県立大野病院の産婦人科は休診が続いている。同科は加藤被告が唯一の産婦人科医という「1人医長」体制。再開のめどは立たない。

 隣の富岡町の30代女性は加藤被告を信頼して出産することを決めたが、休診で昨年4月に実家近くの病院で二男を出産した。女性は「車で長時間かけて通うのも負担だった」と振り返る。二男出産に加藤被告が立ち会った女性(28)も「次も加藤先生に診てもらいたいと思っていた」と言う。

 一方、被害者の父親は「事前に生命の危険がある手術だという説明がなかった」と振り返る。危篤状態の時も「被告は冷静で、精いっぱいのことをしてくれたようには見えなかった」と話す。

人間対人間の関係は常に主観のぶつかり合いであって、ことに法廷に持ち込まれるような事例においては判決がどうあれ、どちらの言い分が正しかったのかということは容易に決着するような問題ではないのでしょう。
しかし医療の現場においては何であれ世間の常識とは違って特殊なのだと考えるのではなく、医療の現場においても基本的に世間一般で求められるのと同じ当たり前のロジックに基づいて動いているものなのだととらえる視点は、患者にとっても医療従事者にとっても必要なことのように思いますね。

見えない壁をいたずらに恐れることがなければ、これは特別に難しい話ではありません。
貴方が本当に命に関わるような状況になったとき命を預けたいと思う医者とはどんな人物なのかと冷静に考えてみればいいだけの話なんですよ。
滝のような大汗を流し半泣きになりながらパニクっている一杯一杯の医者か、それとも憎たらしいほど落ち着いて鼻歌交じりで仕事をこなしているような医者か。

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コメント

「もう一度、一から説明しましょうか」=「何にも分かってないじゃないか!」と思います。
この新聞屋さんにはなにをいっても無駄でしょう。

投稿: 放置医 | 2009年2月 9日 (月) 10時43分

知識があるということと理解力があるということは全く別物であると言うことはしばしば痛感させられます。
更に言えば座学的知識があるということと職業人として有能であるかどうかは根本的に(r特に典型例として大○病院茄子(r

投稿: 管理人nobu | 2009年2月10日 (火) 10時51分

>正しくは担当医は「キレてしまった」のではなく「あキレてしまった」のだと

すげー笑った

投稿: | 2009年2月13日 (金) 22時22分

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