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2009年2月21日 (土)

強権発動!? 医師強制配置への道程

昨日は主要各紙から臨床研修制度改革に対する社説を取り上げてみましたが、平素からこと人権問題については一言無しとしない新聞という媒体にしては珍しいほど人権抑圧的な論調が目立ったことは興味深いところではないでしょうか。
一方で肝心の医療行政を主導する人々のスタンスはどういったものなのか興味が湧くところだと思いますが、こちらも関係諸氏からなかなかに興味深い見解が示されつつあるようです。
詳細な内容に関してはいずれロハスメディカルブログあたりにあげていただけるのではないかと期待しているのですが、まずは報道記事から引用してみましょう。

医師の計画配置と公共の福祉(2009年2月20日CBニュース)

 「わたしも、十分疲れてまいりましたので」―。新人医師の研修制度の見直しに向けた検討会で、高久史麿座長(自治医科大学長)は、終わりの見えない議論を打ち切った。医学部教授の権威を背景にした「医局支配」にメスを入れた「新医師臨床研修制度」を守ろうとする厚生労働省と、研修期間の短縮により大学病院の復活を期す文部科学省の思惑が見え隠れした検討会の最終回で舛添要一厚労相は、「最大の問題は国家の統制がどこまで許されるか。(医師にも)職業や住居選択の自由がある」とクギを刺しながらも、基本的人権の制約根拠である「公共の福祉」を口にした

 厚労、文科両省は2月18日、「臨床研修制度のあり方等に関する検討会」の第6回会合を開催し、両省が示した最終報告に大筋で合意した。
 会場となった文科省3階の特別会議室前の通路には、開会前から傍聴希望者が長い列をつくった。多くの報道関係者も詰め掛け、関心の高さをうかがわせた。

 議論が紛糾した前回会合では、高久座長が「いろんな問題が出て、わたしも自信がなくなりまして」と苦笑いしながら、「次回は休憩をはさみながら、サンドイッチでも用意していただいて」と述べて議論を打ち切った。しかし、今回はそれが杞憂(きゆう)だったかのように、和やかな雰囲気で議事が進行した。

 途中、嘉山孝正委員(山形大医学部長)が示したデータに対し、福井次夫委員(聖路加国際病院長)が「先生、それは間違ってる!」と語気を強める場面もあったが、これが最後のぶつかり合いとなった。終盤、臨床研修制度の基本理念について、福井委員が「基本的な診療能力の修得」を「幅広い基本的な診療能力の修得」に修正することを要望したところで、再び“総論”に戻ることを危惧(きぐ)したのか、高久座長が議論を打ち切った。

厚労省担当者の「大きな方向性はこれでよろしいか」との確認に対し、大きくうなずく委員はなく、全員沈黙のまま「大筋了承」となった。
 大学病院の復活を期す文科省と、現在の臨床研修制度を守ろうとする厚労省との対立を背景に繰り広げられた権益争いが、勝者が見えない“痛み分け”の決着となったからだろう。

■「公共の福祉」による制限、国民的な議論を
 最終報告では、必修科目を現在の7科目から3科目に減らして研修期間の短縮を図り、研修医の“労働力”を早期に活用できるようにした。また、大都市部に研修医が流れることを制限するため、都道府県や病院ごとに研修医の定員に上限を設け、医師の地域偏在の是正を目指すことを盛り込んだ。
 最終報告によると、現在2年の研修期間を実質的に1年に短縮するような運用も可能になる。このため、1年で大学に研修医を戻したい文科省側の意向が反映されたという見方もできる。

 しかし、1か月以上の「地域医療研修」を2年目に義務付けるとともに、「選択必修」を2科目とした。1年目の研修は、必修科目の「内科6か月」と「救急3 か月」で9か月を占める。この2科目を除いた3か月では、多くの疾患について症例レポートを提出する現在の「到達目標」を1年間で達成するのは難しいとの声もある。

 さらに、研修医の募集定員の上限は厚労省の医道審議会で決められるため、厚労省が研修医の配置に関する権限を握り、「医師の計画配置」に向けて大きな一歩を踏み出したという見方もできる。臨床研修制度の見直しに当たって繰り広げられた研修医の配置権限、さらには医師の人事権をめぐる文科省と厚労省との“縄張り争い”は、厚労省が土俵際で踏ん張った形だ。

 舛添厚労相は会合の席上、「医師をどのように育てるかという大きな理念の中に(研修制度を)位置付けてほしい」と求めた上で、「最大の問題は、国家の統制がどこまで許されるか。(医師にも)職業や住居選択の自由がある」と述べ、今回の見直しが医師の計画的な配置に向かうことをけん制した。
 その一方で、基本的人権の制約根拠である「公共の福祉」による制限があり得ることを指摘し、「例えば、地域の納税者が出す奨学金であるならば、地域に還元するという論理も成り立つ。自由な社会で統制はできるだけ避けたいが、どこまで国民が納得できるか。最終的には、国民のコンセンサスが必要になる。医師の養成がいかに大切か、最後は国民的な議論につなげてほしい」と述べた。

■「医師派遣機能」の主導権争いへ
 これまでの議論では、「臨床研修制度が医療崩壊の原因」などと主張する嘉山委員や小川彰委員(岩手医科大学長)らの「臨床研修制度反対派」が優勢であるように見えた。
 前回会合で両省が示した「まとめの骨子」の冒頭では、「課題」として、「大学病院が担ってきた医師派遣機能が低下し、地域の医師不足を招いた」「研修医の都市部集中が助長されている」など、6つの問題点を指摘した。「課題」を踏まえた「基本的な考え方」では、「従来、大学が担ってきた地域の医師派遣機能の再構築」などを挙げている。

 今回、両省が示した最終報告は、「課題」が「様々な状況」に修正され、臨床研修制度の導入によるメリットが前面に押し出された記載に変更されている。「基本的な考え方」の「大学が担ってきた地域の医師派遣機能の再構築」も大きく修正され、「大学病院等による医師派遣機能を、地域の関係者の意向が十分反映された開かれたシステムとして再構築する」とされた。
 さらに、「おわりに」の項が新たに追加され、「医師不足問題への対応は、臨床研修制度の見直しだけでは不十分である」とした上で、「関連する対策の一層の強化を強く望む」とする“ブラックボックス” を残した。今後の焦点は、医師の派遣機能の主導権をどのような機関が持つかに移るだろう。

 この日、日本医師会は検討会の開会前に定例の記者会見を開き、新医師臨床研修制度の見直しの提言などを盛り込んだ「グランドデザイン2009」を公表。研修医が出身大学のある都道府県の「地域医療研修ネットワーク」に所属し、地域の大学病院や研修病院で基本的な診療能力を身に付ける仕組みを打ち出した。
 日医が示した「イメージ図」では、一番上に「都道府県医師会」が位置付けられ、大学病院は「地域医療研修ネットワーク」の“一員”にすぎない形で描かれている。これでまた、新たな“縄張り争い”の火種が増えたのだろうか。

 研修医を地域に適正に配分するシステムをどのように構築するかは、今後の医療提供体制を考える上での“試金石”になる。果たして国民は、どのような医師を求めているかー。
 急速に高齢化が進む中、在宅医療を支える医師を増やす必要がある。一方、地方の病院で産科が閉鎖したり、救急患者の受け入れが困難な事例が多発したりしている。医師養成の在り方に関する考えは、内科系医師と外科系医師など診療科ごとに違う。
 このため今後は、地域ごとに発生する疾病を「ICD10」(国際疾病分類)に基づいて正確に調査した上で、医師の地域偏在への対策を考えることが必要になるだろう。また、診療科ごとの偏在は、訴訟リスクなどが少なく開業しやすい診療科に医師が流れることが一因であるため、「医師不足は勤務医不足」との認識に基づいて、自由な開業に何らかの制限を加えることも今後の方向性として考えられる。ただ、これは「医師の計画配置」よりも難航することが予想される。

「基本的人権の制約根拠である「公共の福祉」による制限があり得ることを指摘」云々に現れているように、ついに舛添大臣も基本的人権の尊重は公共の福祉に勝るものではないという態度を明確にし始めたかなと言った辺りが最大のポイントになるのでしょうか。
記事の中では医師計画配置へ一歩前進ということで厚労省のポイントと言った書き方をしていますが、ここで注意しておかなければならないのは厚労省の言うところの医師計画配置と読売新聞などのメディア、あるいは医師不足にあえぐ地方自治体などが主張する医師計画配置とは果たして同じものなのかということですね。

例えば以前にも取り上げました厚生労働省の佐藤敏信医療課長などが医師の計画配置について「よい規制だ」と言うコメントを出していますが、その内容はと言えば「集約化をやろうということ」であり、「地域の医療施設を整理するというのは、地元にとってとても大変なこと」だが「それでもやっていかないと」いけないという医師集約化論こそがその実態であるわけです。
「これで国が医師を手配してくれるはずだ」と喜んでみたところで、手にした強権をむしろ残り少ない医師の引きはがしに行使されるということになれば、新たなネタになる読売新聞社などにとってはともかくとして地方にとっては手放しで喜べるような話でもないように思いますが。
むしろこの面では文科省などよりも自治体病院を統括する総務省あたりにとってこそ大きな問題となりかねないのではないかと思うのですけれどもね。

もうひとつ記事を読んでいて「あれ?」と感じたのは、医療に対して文科省がそこまでの影響力を持つものかなという点です。
教育・研修制度にいくら影響力を発揮して大学の権威を高めたところで、肝心の大学病院がとっくの昔に臨床の現場からはそっぽを向かれているという状況ですからね。
例えばつい先日もこんなニュースが出ていましたが、今の時代に至っても色々な意味でハイリスク(苦笑)な大学という組織に手足を縛られて活動するメリットをどれほどの医師が感じているかと言うことですよね。

広島大小児科医師、10人辞職へ 地域病院に派遣困難(2009年2月20日朝日新聞)

 広島大学病院小児科医局の医師10人が今年度末で辞職することが、広大への取材でわかった。ほかに、昨年9月からすでに2人が辞職し、今年4月以降も1人が辞める見込み。4月に後期研修医7人が入局するが、同医局がこれまで通りに地域の各病院に医師を派遣するのは困難で、小児医療が十分提供されなくなるおそれがある。

 広大によると、同医局には約120人の医師がおり、うち約100人が広大病院以外の広島県内の公立と民間の30病院へ派遣され、常勤している。

 3月末で辞職するのは、広島市立舟入病院(広島市)や呉共済病院(呉市)に派遣されている医師ら8人と、広大病院内で勤務する2人。辞職する医師たちのほか、昨秋から今年度末までに3人の医師が出産にともなう休暇に入る。このため4月以降は各病院への派遣体制を見直さざるを得なくなり、入院機能を維持できずに、外来のみとなる病院が出てくる可能性もある。

 呉共済病院では、4人の小児科医のうち広大からの1人が年度末に退職するため、市内の3病院で実施している夜間救急輪番制のあり方を見直すよう関係機関に求めているという。

13人の辞職理由は「県外の医療機関に赴任する」5人、「開業する」4人、「家庭の都合」2人、「眼科医になる」1人などだが、多くが「疲れた。体力が持たない」と述べているという。小児科は夜間に診療を希望する患者が多く、他科より勤務がハードだとされる。

 医師の大学病院離れの背景には、04年に始まった国の新臨床研修制度がある。制度によって、新人医師は大学の医局を経ずに自らの意思で全国どこの病院でも研修先に選べるようになった。大学病院の医局に入ると中山間地域へ派遣されることなどを理由として、都市部の民間病院に人気が集中。大学病院で研修する割合は新制度実施前の7割から半分以下に減少した。

医局を辞める、病院を辞めるという話は昔から当たり前にあったわけですが、近年は「○○病院外科医御一行御退職!」といった塩梅での集団離脱というパターンが増えてきている気がして、あるいは近年すっかり一般化したネットやメールといった媒体を通じて分断されていた医師間の紐帯が強まっているのかなとも推察されるところです。
いずれにしても大学というものの権威が回復が見込めないほど低下しきった現状で不毛な省庁間権益争いに精出すよりは、学部学生の教育システムを改革してもっと実効性のある医学教育システムを再構築することに努力を傾注した方がはるかに国家万民の利益になるのではないかなと個人的には思うのですがね。
かつて医学教育と言うものは卒業して医局に入ってからゼロからたたき込むものとされていた頃もあって、とくかく新卒学生に要求するのはハンパな知識などではなく気合いと体力、そして根性であるなんて言われていた時代にはこんな笑い話?もありました。

とあるサークルの飲み会で、学生とサークルOBの医師達が一緒に酒を飲んでいた。

学生「先輩、卒業するまでにどんなことを勉強しておいたら役に立ちますかね?」
若手医師「お前馬鹿か!学生時代は勉強なんてする暇があったら遊んでおけ!卒業したら全然そんな暇なんてないんだぞ!」
ベテラン医師「(ため息をつきながら)馬鹿、お前こそ今のうちに遊んでおけ。新婚旅行を済ませたらもう二度と休める暇なんてないんだぞ」

お馬鹿で体育会系だった昔の学生と違って今の時代の学生は自分で情報を集め、分析し自らの進路を選び取るという能力がきちんとあるのですから、臨床研修制度をどういじろうが何かしら自分なりに一番と思える道を選んでいくことが出来そうに思います。
ところが医学部の学部教育においては未だに旧態依然としたところが多分に残されていて、後になって振り返ってみても「いったあの講義は何の役に立ったのか?」と疑問に思えるような実効性に乏しい教育が平然と続けられていたりすることがあるのですね。
今の時代に即した医学教育というのは一体どういうものなのか、そのために何をどう変えていかなければならないのか、患者への接遇教育やリスクマネージメント教育といった最近のトピックに絡めて幾らでも改善の余地はあるように思います。

臨床研修制度改革問題と絡めて「鉄は熱いうちに打て」なんて言葉が盛んに聞かれるようになりましたが、はるか紀元前から続く製鉄技術の長い歴史を振り返ってみれば「打つ」以前の段階にこそ大きな進歩の余地があったのだとも言えるわけですからね。

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コメント

「公共の福祉」により憲法で保障された人権を制約しようとしてますねw
でも一旦逃げた鳥を籠に戻すのは無理だよね。

医師を辞める自由も制約しない限り不可能と断言します。

投稿: 元外科医 | 2009年2月21日 (土) 13時45分

24時間救急だの小児医療費無料化だのを考え直さない限り、
小児科は崩壊すると思います。
どんなに熱意のある先生でも、何十時間も病院に拘束され患者さんの
親の我が侭につき合わされたら辞めたくなるでしょう。
安上がりな安心安全の医療なんて無いと患者サイドも認識すべきだと
患者サイドの私は思います。

投稿: | 2009年2月21日 (土) 20時32分

小児の医療費無料(いわゆる乳児医療)の流れは、少子化対策としても仕方ないと思いますよ。
「ただし時間外診療は適用外。一般の保険診療(2-3割負担)のままとする」という制限を加えればいいだけ。

というか、最初からそうするべきだったんです。そうすれば乳児医療による自治体の負担もだいぶ軽減され、その代り年収制限をなくしたり、適用年齢を上げることができる(小学校卒業まで、とか中学生までとか)わけですからね。

しかし、厚労省も最後の手段はとりませんね。「医師免許を都道府県別免許にする」という…
出身大学にある都道府県でのみ認められる医師免許とする。で、たとえば、10年以上医業を行い、一定の資格をとったら、他の都道府県での医業を認める全国免許への切り替えを行う、とかね。
これなら「基本的人権の制限」には該当しませんから。
まあ、大学の地域間格差は圧倒的に広がっちゃうでしょうが。

投稿: | 2009年2月22日 (日) 00時37分

 厚労省が政策誘導しているのは、スタッフと医療設備がそろい、最新の情報インフラが整備されたカッコイイ大病院ですからね。有象無象の病院からの医師の引きはがしはやりたいでしょうね。それに、厚労省にそこまでの馬力があるとも思えませんが、岩手県医療局のように僻地からベッドを取り上げて、基幹病院にリソースを集中するようなやり方ができれば、医師にインセンティブを与えつつ強制配置できるかもしれない唯一の方法となるでしょう。(私は「病院の強制配置」と名付けました)
 総務省は、自治体から病院経営を切り離して身軽にしたいと望んでいるように思われるので、厚労省とは利害の対立はないのではないかしら。
 今更、大学の復権などという考えはKYとしか思えないのですが、文科省の意図が那辺にあるのか、もう少し観察を続けたいと思います。(医療に関しては、省庁間の対立というのは目くらましにすぎないというのが、持論なので)
 現状、医者が余っているところなどどこにもない以上、医者の強制配置など画餅ですし(山形大の嘉山さんと聖路加の福井さんのように、地方と都会の対立が表面化するだけ)、ICD10に基づいた疾病の地域ごとの正確な分布を調べる、なんてのは強制配置を先延ばしする口実にしかなりませんが、将来的には地域・病院毎の診療科毎の定員制というのが、国の考えている対策の本命ではないかと思っています。標榜科の自由を与えている以上、医師の人権には抵触しませんから。
 それにしても、研修医の配置なんぞよりも、中堅クラスの配置こそが最重要課題なはずなのに、誰もそれを議論しようとしないのはなんででしょうね?無理だと解っているからか?本当に有効な策を立てる気がないからか?

投稿: JSJ | 2009年2月22日 (日) 11時51分

細かいことは全部抜きにして、中央で喧々囂々やり合ってる場での空気と、現場で流れている空気とがずいぶんと違ってるんじゃないかなという気がしています。
ずれた感覚に基づいて決定された上からの指示がどんなものになろうと、それに黙って従うほど素直な人間が今現在の医療現場にどれくらい残っているのかと…

投稿: 管理人nobu | 2009年2月22日 (日) 17時54分

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