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2009年2月

2009年2月28日 (土)

福大病院で延命治療中止

既に多くのメディアで報道されていますが、福岡大学病院で救急医学会のガイドラインに従い延命治療を中止した事例が明らかになっています。
まずは第一報である下記の記事から紹介してみましょう。

福大病院 学会指針適用し延命中止 人工心肺60代男性 「尊厳死」論議に一石(2009年2月26日西日本新聞)

 福岡大学病院救命救急センター(福岡市城南区)は25日、呼吸不全で入院した60代の男性患者について、回復の見込みがなく死期が差し迫った時点で家族の希望を受け、人工心肺装置を止めて延命治療を中止した例が昨年あったことを明らかにした。男性は家族が立ち会うなか13分後に死亡が確認された。

 医療チームによる対応など延命治療の中止手続きを明記した日本救急医学会の終末期医療に関するガイドライン(指針)を適用した。2007年10月に策定された指針に基づく治療中止が明らかになったのは初めて。治る見込みがなく、死が避けられない患者の「尊厳死」をめぐる論議に一石を投じそうだ。

 同センターによると、男性は肺炎による急性呼吸不全で入院した。搬送時に意識はなく人工呼吸器だけでは対応できない重い低酸素状態だったため、呼吸器に加えて人工心肺装置を付けた。

 いったん容体は落ち着いたが数日後に再び呼吸状態が悪化、多臓器不全となり血圧の維持も厳しい状況が続いた。

 入院から約3週間後、男性の家族は、男性が以前「無理な延命はしないで」と話していたことから治療中止を希望した。

 この時点で、医療チームは男性の余命が長くても数日、場合によっては1日以内とみていた。

 センター長や医師、看護師ら約25人で対応を検討、指針に照らし延命治療を中止しても問題ないと判断した。家族全員に説明した上で同意書を取得し人工心肺装置を停止させた。呼吸器は外さなかった。診療録(カルテ)には一連の経緯を詳細に記録したという。

 患者の意思を尊重して無理な延命治療をしない「尊厳死」は、末期のがん患者などを含めて多くの医療機関が経験しているとされる。だが特定の医師や家族だけで判断すると、適切な措置だったのかという疑念が避けられない。このため、救急医学会だけでなく厚生労働省も07年5月「患者本人の意思を尊重した上で、医療・ケアチームで慎重に判断すべき」との指針をまとめている。

 ただ何をもって終末期とするかの定義はあいまいで、医師が殺人罪に問われる恐れもある。同センターの担当医も「国は医師が刑事責任を問われないよう法整備を急いでほしい」と話している。

本論とは全く関係ないんですが、「後で問題になるといけないからみんなで責任分散しちゃおう」ってのは何とも日本的な光景と言う気もしますね。
ちなみに記事中に登場する「救急医療における終末期医療に関する提言(ガイドライン)」と言うものの詳細はこちらになります。
救急医学会では平成19年に同ガイドラインを公表していますが、試案の段階で意見を公募したところ会員から138件、会員以外の医師・看護師・薬剤師ら医療関係32件、法曹関係7件、倫理学・宗教などの社会科学関係8件、自然科学関係2件、マスメディア関係5件、その他の一般の方々15件(計69件)の意見が寄せられたといいます(同学会HPより)。
どこまでこれらの意見が反映されたのかは判りませんが、かなり具体的に手順について記載されたマニュアルが存在するというのはこういう時には心強いものではありますね。

留意すべき点としてこの救急医学会のガイドラインは「救急医療における」避けがたい死を前提としたものであって、癌など慢性疾患の終末期に対してのものではないと言うことは同学会も強調しているところです。
この点から今回の事例を過度に一般化していわゆる尊厳死・安楽死論争と安易に絡めるのも少しどうかと思うのですが、今までこの種の事例が公になると言えば医師が殺人で書類送検されただのと言った話が多かっただけに検察等の今後の動きが注目されるところではありますよね。

さて、たまたまちょうどいいタイミングで救急医学会の延命治療中止に関するアンケートも出ていますので、まず記事から引用してみましょう。

延命治療中止「数十例」 救急医学会アンケート(2009年2月27日朝日新聞)

 日本救急医学会の特別委員会(委員長=有賀徹・昭和大教授)が07年10月につくった終末期医療に関するガイドライン(指針)に沿って、これまでに、治る見込みがないと判断された患者数十人の延命治療が中止された可能性があることが、救急医を対象にした同委員会のアンケートで分かった。中止を検討したことがある医師は96人に上る。

 救急医療では本人や家族の意思が分からないまま延命治療を続けるケースがある。現在の法制度では、治療してもすぐに死亡すると予測される場合であっても、医師が治療をやめれば刑事責任を問われかねない。そうした事情は指針ができた後も変わっておらず、調査結果は終末期医療の議論に影響を与えそうだ。

 指針は終末期について、「突然発症した重篤な疾病や不慮の事故などに対して、適切な医療にもかかわらず死が間近に迫っている状態」などと定義。(1)脳死などと診断された場合(2)人工呼吸器などに生命の維持を依存し、移植などの代替手段がない場合(3)治療を続けても数日以内に死亡することが予測される場合(4)回復不可能な病気の末期の場合――と分類し、本人の意思が明らかでなく、家族が判断できない場合は主治医を含む医療チームで延命治療を中止できる、などとした。

 こうした指針の普及ぶりを探ろうと、同委員会は昨夏、全国の救急医2700人余にアンケートをし、715人が回答した。

 延命治療中止のために指針を適用しようとした例が「あった」と答えたのは有効回答の13%に当たる96人。有賀委員長が回答の詳細を検討したところ、中止に至ったと見られるケースが数十例あった。有賀委員長は「複数の患者で中止を検討したと回答した医師もいた」と説明する。

 26日には、福岡大病院で指針に基づき、60代男性の人工心肺装置を止めて延命治療を停止した例があったことが明らかになった。同委員会が把握する数十例に含まれるとみられる。

 指針を適用しようとしたができなかった理由を13の項目から選んでもらったところ(複数回答)、「法的な問題が未解決」(75人)が最も多かった。「家族らの意見がまとまらなかった」などの答えも目立ち、判断の難しさが浮き彫りになった。同委員会は今春、指針の実施情報を集める仕組みを整え、問題点を掘り起こす方針。

繰り返すようですが救急医学会のガイドラインというものは救急医療における避けがたい死を目前にした場合の対応の話ですから、言葉は悪いですが結論がまとまらずともいずれ近い将来患者さんが亡くなるだろうことは半ば決まっています。
むしろ現場で困るのはある程度症状が安定している場合の取り扱いではないかと思うのですが、こちらは差し迫った命の危険がないわけですから過去の事例から判断すると殺人罪で書類送検と言うところまでは覚悟しておかなければならないのでしょうね。

以前にも少しばかり書きましたが、現状で延命処置中止と言うことになりますと何より法的問題、訴訟リスクというものを考えないではいられません。
おそらくは警察・検察も遺族の同意がきっちり取ってあれば積極的に事件化する気はないのだろうと推察するところなのですが、当面少なくともガイドラインや院内委員会等の判断に従い現場担当者だけが独走してしまうことのないようにしなければならないでしょう。
新しい標準治療法を常にアップデートすることなく昔ながらの治療にしがみついていた結果何かあれば責任を問われるのと同様に、こうした純然たる医療以外のリスクに関しても世間並みの水準と言うものを保てるよう日々学び心がけていなければならないということです。

患者・家族の側に延命処置中止に対する積極的なモチベーションでもあればまた違ってくるのでしょうが、幸いにしてと言うべきか日本の皆保険制度下にいる限りは医療費の患者自己負担分には限度と言うものがありますから、「先生もうこれ以上は勘弁してくれ。俺たちまで首吊りさせる気か」なんて話になることも考えがたいのが現状です。
また家族側にとっては「あそこの息子(娘)は親に精一杯のこともせずに死なせた」といった世間体というものも大きなファクターとなっているようで、「延命治療ですか。私は自然のままでいいと思うんですけど…」と言葉を濁される御家族は思いのほか多いものです。

今後こうした症例が積み重なり、ある程度世間も尊厳死・安楽死といったものに慣れてくれば「そういう道もあるんだな」という認識が一般化してくるかも知れませんし、もしかしたらそれ以前に医療財政上の要求から何らかの保険診療上の制約というものが出てくるのかも知れません。
この場合でも最終的には医療の話は素人には判らない他人事としてしまうのではなく、何よりも自分自身に関わることとして考えていこうという被医療者側の認識の問題になってくるのでしょうか。

医療が進歩した結果昔ほど人間が簡単には死なない時代となったわけですから、増え続ける寝たきり老人に対してどこまで医療を行っていくのかといった問題も含めて、日本人ももう一度自らの死生観を見つめ直してみる必要があるんじゃないですかね。

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2009年2月27日 (金)

この場合どちらが被害者でどちらが加害者なのか?

松尾芭蕉の句に「おもしろうてやがてかなしき鵜飼哉」というものがありますが、鵜飼いに限らず同様の感慨を抱く瞬間というものは現代社会では珍しくありません。
今日はまずお隣中国から「やがてかなしき」ニュースというものを一つ紹介しましょう。

転んでも救えない社会、「自分で転んだ!」と老人が必死にアピール―中国(2009年2月27日レコードチャイナ)

2009年2月23日、南京晨報によると、江蘇省南京市で22日、75歳になるお年寄りがバスを降りる際に転倒した。ところが、誰もそれを助けようとしないばかりか、転んだ老人は自ら「自分で転んだんだ、安心してくれ!」と周囲にアピール。それを聞いて、周囲の人たちはようやく老人を助け始めた。

こうした奇妙な状況が起きる背景には、ある事情がある。南京市で07年、つまずいて転倒した老婆をある男性が助けたところ、逆に男性に突き飛ばされたと老婆から訴えられ、数万元もの慰謝料を請求される事件が起きた。また08年にも、浙江省温州市で、転んで気を失った老人を病院へ運んだタクシー運転手が、意識を取り戻した老人から訴えられ、賠償請求されている。河南省でも、転んだ老婆を助けた女性が「あんたが私を突き飛ばしたのか!」と責められ、警察沙汰になる事件が起きている。

こうした事件が頻発した結果、中国ではこのところ、転倒した老人を進んで助けることを躊躇する風潮が定着してしまっているという。

何とも悲しい話だが、言いがかりをつけた老人が痴ほう症なのか? それとも、わざと交通事故を起こし、示談金をだまし取る「当たり屋」的な発想なのか?根底にあるものはいったい何なのだろうか。

一見してトンデモニュースの類にも見えるこの記事ですが、実のところその背景にあるのは日本の医療崩壊という現象とも深く共通する現象であるように思えますね。
ひと頃医療訴訟のリスクに対する防衛医療と言うことが盛んに叫ばれましたが、昨日少し触れました救急受け入れ問題の件などとも共通しているのは、関係者相互の不信感の増大ということではないでしょうか。

医療という現場はもともと唯一法によって他人を傷つけることを認められていることからも判るように、特に医療を受ける側の忍耐・受容・協力といったある種の善意を前提としなければ成立しない性質があります。
近ごろでは各地の病院で悪質未収金に対する訴訟といった話が出てくるようになりましたが、「緊急事態なんだからお金がどうとか気にせずまず治療を」という医療機関の性善説的対応が今の時代に通用しなくなってきているということですよね。

当然ながら医療というものもこうした時代に合わせて変化していかなければならないわけですが、問題はその変化によって最終的に利益・不利益を被るのは誰かということです。
財政破綻した夕張市で医療サービス再建に奮闘する高名な村上医師がこんな興味深いぶっちゃけ話をしていますので引用してみましょう。

夕張は地域行政の縮図 。住民ニーズの肥大化が行政サービスを破綻させた/村上智彦(2008年版日本の論点PLUS)

給食費の未納額は北海道で一位
 二〇〇六年(平成一八年)三月六日に北海道夕張市は六三〇億円といわれる負債を抱えて破綻、多くの自治体関係者に衝撃を与えた。
「夕張ショック」と呼ばれたそのニュースは全国を駆け巡り、報道陣が夕張市に殺到した。活気にあふれた連日にわたる報道のおかげで、皮肉にも夕張市が久しぶりに注目されることになった。
 夕張市の関係者も含めてまさか「自治体が破綻する」とは、思っていなかったであろう。おそらく心のどこかで「財政状況が悪くても国が何とかしてくれる」「財政状況が悪いのは国や道にも責任がある」――と思っていたに違いない。
 たしかに市だけに責任があるとは思えない。なぜなら、その道筋を決めた首長を選んだのは住民だし、議員を決めたのも住民だからだ。「そんな状況だとは知らなかった」という人もいるだろう。だが「知ろうとしなかった」という不作為がなかったといえるだろうか。
 マスコミがあまり報道していないものに、夕張市の医療費の未納金が二億円、市営住宅の滞納が三億円、給食費の未納が北海道で一位という事実がある。ごみ処理も無料で、分別する必要もないなど、外部から来た私には、破綻前の夕張市は公共サービスに恵まれすぎていたとしか思えない。

医師の給与が安く事務職員が高いという現実
 夕張市の財政破綻に伴い、夕張市立総合病院が約四〇億円の負債を抱えて破綻した。
 〇六年八月に、総務省から委託を受けたアドバイザーがこの病院の経営分析をしたが、その調査報告は「“親方夕張市”の意識を持つ病院職員による病院の再建は困難である」という厳しいものだった。
 結局、職員を全員解雇して「医療法人財団 夕張希望の杜」を設立、総合病院を有床診療所と老人保健施設として指定管理者を募集し、公設民営化するということになった。人工透析も廃止となり、多くのマスコミが「医療の後退」「非人道的」といった論調で報道した。しかし、現場には報道では伝えられていない事実がある。
 私が赴任した〇六年一二月の時点で、一七一床ある総合病院に常勤医は二名しかいなかった。入院患者は二〇名ほどだが、大部分は医療というより、むしろ介護の必要な人たちであった。
 つまり看板こそ総合病院を名乗っているが、中身は診療所の規模といってよい。二名の医師で人口一万人以上の救急を受けつけ、外来と病棟業務をこなし、人工透析をしていたのである。
 どう考えてもこちらのほうが「非人道的」だ。行政も住民もそれを知りながら放置していたのである。「医師は給与が高いのだから労働基準法を無視して自己を犠牲にして働いて当然である」という感情が地域から医師を引き揚げさせ、地域医療を崩壊させる根源になっているのをご存じだろうか。先の病院の経営分析では、医師の給与は周辺の自治体病院より数百万安く、逆に医療従事者や事務職員は数百万高いというのが実態だった。
 地域医療の崩壊の原因はさまざまだが、一番の原因は行政や住民の医療に対する無理解にある。病院長には実質的な権限はなく、病院経営に経験のない役場職員が交代で運営、しかも誰も責任を取ろうとしない。このお役所体質が経営改善や改革を阻んでいたのだ。住民もタクシー代わりに救急車を使い、コンビニ受診を繰り返し、医師のやる気や体力を奪っていった。
 実際、こうしたケースは地域医療崩壊の典型的な図式だといってよい。医療資源は有限であり、医師も人間であるということを真剣に考えていたとは到底思えない。その意味では住民は被害者であり、加害者でもあったと思えてならない。

「病気にならないようにする」義務
 こういうと、町のおかれた状況や病院の事情は一見悲惨に見えるが、じつは見方を変えれば夕張市は可能性にあふれている。たとえば、
(1)札幌市や千歳空港から高速で一時間くらいとアクセスが良く、鉄道も乗り入れている。
(2)標高が高く、自然環境に恵まれた避暑地。温泉にも恵まれている。
(3)雪質が良く、リフトまでスキーで行けるスキー場が存在している。
(4)炭鉱経験のある元気な高齢者が多く、労働力となりえる。
(5)夕張メロンというブランドがある。杉の木が植栽されておらず、杉の花粉症がない。
(6)石炭の歴史村など特異な観光資源や歴史が存在する。
(7)財政破綻した結果、改革していけば新たな高齢化社会のモデルを構築できる。
(8)使用していない箱物にあふれており、アイディアさえあれば有効利用できる。
 ざっとあげてもこれだけある。
 しかし高齢化が進んでいるのだから病気になる人もそれだけ多くなるし、介護が増えるのも当然で、それを支える人材が必要になる。逆にいえば高齢者を町の資源(宝)と考えれば雇用創出も可能だ。リハビリテーションや予防医療を実践することで、高齢者自身を労働力に変えることができるのである。この仕組みを支える安全保障としての医療機関とリハビリテーションの拠点としての老人保健施設を運営していくというのが、町創りに参加する我々の構想である。
 医療保険というのは本来安全保障の一つで、介護保険、年金保険などと同じで相互扶助を前提に成り立っている。これらには義務と権利がある。たとえば介護保険の義務は「保険料を納めること」と「寝たきりにならないように努力すること」である。そしてその人たちに保険給付を受けるという権利が生じたときに、公正を期するために「要介護認定」という基準があるのだ。
 医療保険も同じで、義務は「保険料を納めること」と「病気にならないように努力すること」である。しかし多くの場合「医療を受ける」という権利ばかり主張しているのが現実だ。さらにいえば保険(税金)を使ううえで公正を期すために判断するのが保険医の仕事である。
「高度な医療をどこの地域でも受けられる」というのは理想的ではあるが、そのインフラを僻地を含めて全国に整備するのは、実際問題として非現実的である。だが、高度な医療を受けなくてもすむように生活習慣を改善することは可能である。

救急車の出動一回につき三、四万の経費
 住民の健康は、医療機関の数や規模が保証するものではない。健康のための必要条件は、実は住民自身の健康意識なのである。病気の多くが生活習慣病なのだから、予防にも治療にも生活習慣の改善が必要だといえば理解しやすいだろう。
 高齢化社会では、高度先端医療も専門医も必要だ。しかしもっと必要なのは自分の健康を医師に丸投げにしないという健康意識なのである。
 夕張市の住民が大きな病院と専門医をいくらほしいといっても、来たいという医師はほとんどいないし、自力で運営していく予算もない。住民の要求は必ずしも医療ニーズとは一致しないのだ。
 ではニーズとは何か。それは公共の福祉に基づいた要望といったほうがよい。最近の救急車の問題のように「一回の出動に三、四万円の経費がかる。だから海外では有料なのだ」、あるいは「自分が軽症で利用すると、重症の人に迷惑をかける」といった感覚で利用していかなければ制度も崩壊してしまうし、有料化が避けられなくなってしまうのだ。「医療は素人だから」という免罪符がなぜか医療機関で用いられるが、誰も八百屋で「野菜のことは素人だから」といって店の人に品物の選択を任せることはしないだろう。
 私は医療においては、個人の権利や情報より命のほうが大切だと考えている。だからこそ公共の福祉が優先されるべきだし、それを意識しなければ皆保険制度が崩壊すると思えてならない。
 高齢化や破綻の最先端を走るここ夕張で、住民と一緒にさまざまな取り組みに挑戦し、高齢化社会でも生きがいを持てる環境を整備していくのが私の夢であり希望でもある。そこで生まれたノウハウや情報は、きっと将来高齢化を迎える都市部にも役に立つのではないかと思っている。
 夕張は「炭鉱から観光に」というキャッチフレーズのもと、役場主導で再出発したが破綻した。今度は「観光から健康や環境へ」というのをキャッチフレーズに、他の職種や行政と協同を模索していきたい。その点、健康に必要な自然環境が整った夕張は理想的な地域だと私は思っている。
 いまの夕張は最悪かもしれない。しかしいいかえればこれ以上悪くなることはないし、ある意味「オンリーワン+ナンバーワン」になれたのだから、チャンスは十分にある

あ~あ、言っちゃったよこのヒトは(苦笑)。
しかし将来ビジョンの提示などはせたな町で予防医療の実をあげられた村上医師らしい提言だなと拝見しましたが、「住民は被害者であり、加害者でもあった」とはけだし名言だと思いますね。
このぐり研ブログにおいても医療崩壊という現象においても加害者である国民という側面からずいぶん多くの話題を取り上げて来ましたが、近ごろようやく「待っているだけでなく自分たちでも何かしなければ」という動きが医療を受ける側からも見られるようになったのはよい傾向だと思います。

およそ現在または将来にわたって医療を受ける可能性がある日本全国一億人余の皆さんに繰り返し強調したいのは、医療もまた他の産業と同じく国民の受容に応じて時代と共に変化していくものであって、そうであるからこそ医療の将来像を最終的に決定するのは国民自身であるということです。
医療崩壊だ何だと最近盛んに喧伝されるようになった医療を取り巻く諸問題の根源をたどっていけばその原因となる国民自身の問題点に突き当たるわけであって、そうであるからこそ自ら問題点を把握し是正していかなければ根本的な解決には結びつきません。

そして何より、どこに何をどれくらい求め、そしてそのために何をどれだけ負担する意思があるのかを利用者である国民自身が決めていかなければならないわけです。
財布の中身と相談しながら日々のちょっとした買い物においてもそうした決断が常に要求されている中で、はるかに大きな額のお金を使って国民の命を守る医療という分野で「私なにもわかりませんから適当にやっておいてください」なんて態度っておかしくないですかということですよね。

経済環境も財政事情もかつてない厳しさを増し、国民それぞれが生きていくのに必死になっている今という時代だからこそ今まで以上に知恵を絞って考えなければならないのは道理であって、何もかも終わった後になって「近所の病院がなくなったぞ!不便で仕方ないじゃないか!」なんて文句をつけてみたところで仕方がないわけです。
生まれるときも死ぬときも、何より生きていくという行為自体に深く関わってくる医療の問題を国民皆が我が事として考える一つの契機にできるのであれば、医療崩壊という現象にしてもまだまだ「チャンスは十分にある」んじゃないでしょうか。

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2009年2月26日 (木)

救急搬送は引かせた方が勝ち

どうも近ごろではネタが偏ってしまって、これではまるで医療系blogみたいじゃないかと少しばかりぐり研の将来を憂慮している管理人です。
それはともかく、先日も少しばかり触れましたところの消防庁主導による「病院に患者を置いてくるためのリスト作成」もとい、消防法改正案がほぼそのままで成立しそうな勢いのようです。

救急搬送先のリスト作成  自民、消防法改正案を了承(2009年2月25日47ニュース)

 自民党の総務部会は25日、医療機関による救急搬送患者の受け入れ拒否問題の改善に向けて総務省消防庁が今国会に提出する、消防法の改正案を了承した。患者の容体に応じた搬送先のリストを盛り込んだ「搬送・受け入れの実施基準」の策定と公表を、都道府県に義務付けるのが柱。政府は3月に閣議決定し、年内の施行を目指す。

 実施基準では、医療機関を対応できる傷病者の重症度によって分類し、救急隊がリストから搬送先を選ぶルールも策定。また、搬送先が速やかに決まらない場合に救急隊と医療機関が協議する基準を定め、最終的な受け入れ先の確保を目指す。

 実施基準は医師や消防関係者、都道府県の担当者らで設ける協議会が策定。協議会は救急搬送の改善に向けた調査・分析、知事や関係機関への意見表明もできるとしている。

 このほか改正案には、医療機関が基準を尊重する努力規定が盛り込まれた。

 消防庁は救急搬送患者の受け入れ拒否が社会問題化したほか、現場から病院に収容するまでの時間も延びているため、改善策を検討してきた。

読んでいただければわかるかと思いますがこのシステム、あくまで患者を病院まで搬送する側である救急隊の主観によって出来上がっていることに留意ください。
実際の医療崩壊、救急崩壊という現象はそこから先の病院内で起こっていることこそが主眼であるはずですが、そのあたりの事情は全く関わりなくいかに患者を病院に置いてくるかという次元で話が進んでいるということですね。
「医療機関が基準を尊重する努力規定」なるものがどのようなものなのか具体的なところが気になるわけですが、お上が決めたリストに従って容赦なく患者を配送するというようなシステムになるようですと一気に地方中小病院の救急指定返上が続発する可能性もありますかね。

救急隊と救急病院の関係も色々と難しいところがあって地域によっても大きな差がありますから一概には言えないのですが、あまり良好でない関係という地域も決して少なくないようです。
昔から「意識障害!レベル300です!」なんて言われて大慌てで受け入れたら単なる急性アル中の親父だったなんて話は幾らでもありふれていました。
特に日頃からつき合いをせざるを得ない地元医療機関に対してはどこの救急隊もそれなりに気を使うものですが、最近多い域外からの遠距離搬送例にこうしたトンデモ症例が増えているようにも感じますね。
昨今の搬送遅延からくる救急隊の焦りがこうした「騙してでも置いてくれば勝ち」という態度を助長しているところもあるようですが、一度相互の不信感が増幅サイクルに乗ってしまうと誰にとっても不幸な結果にしかならないことを関係者一同が再認識する必要はあるでしょうね。

あまり表に出てくることのない救急隊と病院とのこうした関係について参考になるのが下記の記事ですが、単なる搬送拒否だの受け入れ不能だのという報道の陰に現場のドラマが見え隠れしてくる気がしませんか。

「急性アル中」「精神疾患」などは救急受け入れ困難―消防庁調査で明らかに(2009年2月24日CBニュース)

 総務省消防庁が東京消防庁管内で実施した救急受け入れに関する実態調査によると、受け入れが断られやすいとの指摘がある急性アルコール中毒や精神疾患の患者、未受診妊婦などの場合、受け入れ照会が4回以上となるケースが32.5%と、救急搬送全体の8.3%を大きく上回り、現場滞在時間も長くかかるなど、受け入れが実際に困難である実態が明らかになった。受け入れ困難の詳細な理由についても調べており、こうした調査は国レベルでは初めて。

 調査は、昨年 12月16日から7日間、東京消防庁管内のすべての救急搬送9414件(転院搬送除く)について実施された。消防庁は昨年、これに先立ち救急受け入れについての実態調査をしていたが、受け入れ困難理由を詳細に分析する必要があるとして、東京消防庁管内でさらに調査を実施。消防庁で救急搬送の在り方などについて議論している作業部会に報告した。

 調査項目は、受け入れ照会回数や、受け入れられなかった理由とその件数など。さらに、一般的に受け入れが断られやすいとされる傷病者の特徴や疾病として、▽急性アルコール中毒▽精神疾患▽結核▽感染症▽薬物中毒▽産科・周産期(定期的受診・ほとんど未受診・未受診)▽透析▽認知症▽要介護者▽過去に問題のあった傷病者▽CPA▽吐血▽開放性骨折▽複数科目―のいずれかの項目に該当するかも調べた。

 こうした項目に該当した搬送ケースは566件と、救急搬送全体の6%で、647件の受け入れ照会が発生していた。受け入れ照会数を見ると、「1回」が 36.2%(205件)、「4回以上」が32.5%(184件)、「6回以上」が17.7%(100件)、「11回以上」が5.1%(29件)などだった。3回以内の照会で受け入れられたのは67.5%。受け入れ照会の最大回数は、救急搬送全体で見ても最も多かった25回で、特徴や疾病としては「要介護者」の区分だった。
 照会が最も多く発生している区分は「精神疾患」で、照会件数の24.0%を占める155件だった。次に、「急性アルコール中毒」が23.5%で152件、「複数科目」が10.7%で69件、「認知症」が10.0%で65件、「要介護者」が9.4%で61件などと続いた。
 受け入れられなかった理由として、最も多かったのは、「手術中か他の患者に対応中」で24.8%、以下は、「処置困難」23.7%、「ベッド満床」20.1%などと続く。

■全体の約7割が1回で受け入れ
 救急搬送全体を見ると、受け入れ照会が「1回」が70.4%(6632件)、「4回以上」が8.3%(779件)、「6回以上」が3.1%(291件)、「11回以上」が0.6%(60件)などと、一般的に受け入れが断られやすいとされる搬送ケースの照会数を大きく下回っている。91.7%が3回以内の照会で受け入れられていた。
 受け入れられなかった理由として、最も多かったのは「手術中か他の患者に対応中」で31.5%。以下は、「処置困難」18.8%、「ベッド満床」18.0%などと続く。

 現場滞在時間を比較すると、一般的に受け入れが断られやすいとされる搬送ケースでは、「30分以上」が39.7%、「60分以上」が8.2%だった。全体では、「30分以上」が12.3%、「60分以上」が1.1%で、一般的に受け入れが断られやすい搬送ケースの方が受け入れ先を探すのに時間がかかっていることが分かる。

■小児のケース、対応可能医師の不在も
 全体のうち、「重症以上」のケースが737件あった。「1回」で受け入れが決まったのが71.9%で、「6回以上」となったのは2.3%。受け入れられなかった理由としては、「手術中か他の患者に対応中」と「処置困難」がそれぞれ27.9%、「ベッド満床」が23.5%など。

 また、「小児」のケースは680件あった。受け入れ照会回数は「1回」が77.4%、「6回以上」は1.2%。受け入れられなかった理由では、「手術中か他の患者に対応中」が33.5%と最多で、以下は「処置困難」19.1%、「(医師が)専門外」15.5%、「ベッド満床」13.7%などと続いた。

 このほか、65歳以上の高齢者の搬送が3894件と、全体の41.4%を占めていた。受け入れ照会は「1回」が74.1%、「6回以上」が2.5%、「11回以上」が0.5%と、救急搬送全体に比べ全体的に照会数が少なくなっている。ただ、傷病の発生場所を「老人ホームなど」の施設に限定した場合、「1回」が72.2%、「6回以上」が3.9%、「11回以上」が1.8%と、65歳以上の高齢者の搬送全体と比べ照会数が多くなる傾向があった。

■救急医療と福祉行政のかかわりを
 作業部会の事務局は、一般的に受け入れが断られやすいとされる搬送ケースについて、「受け入れ照会回数、現場滞在時間とも全体平均を上回っており、(受け入れ先の)選定困難事例となりやすいと思われた」との見解を示した。
 作業部会の会合で有賀徹氏(昭和大医学部教授救急医学講座主任)は、「社会的弱者になっている人たちを救急隊が取り扱いかねていることが分かった。このデータを今後どう使っていくか。これは厚生労働行政にも深く関係している」と、調査結果を今後の行政での検討に生かすべきと主張。横田順一郎氏(市立堺病院副院長)は、救急医療と精神疾患に関する団体との連携などを提言していくきっかけになると強調した。
 これに対し、消防庁の開出英之救急企画室長は、「データをどう生かすということが大事。搬送の中で処理できること、(患者の)出口や、福祉が絡むことなどがある。われわれだけでできないポイントがあるので、そこにつなげていきたいと思う」と述べた。
 このデータは、来年度にも開催される消防庁と厚生労働省の合同の検討会で資料として使われる見通しだ。

ひと頃マスコミにおいても「未受診妊婦は受け入れを断られる場合が多い」云々という報道がようやく少しばかりなされたことがありましたが、社会常識として考えてみてもわかる通りに実際問題「顧客は決して平等ではない」のです。
増え続ける医療需要に対して限られた医療リソースを最も有効に活用するという観点からしても当然のことですが、医療機関側においてもハイリスク症例に対してはそれなりの対応をしているという状況が読み取れるかと思いますね。

急性アル中や精神疾患といった症例について搬送先探しが難航するのはまあそうなんだろうなと誰しも思うところでしょうが、夜間に医師一人、看護師一人という態勢の多くの救急病院で対応しかねるようなこれら症例については正しくはどのような対応をするべきなのでしょうか?
アルコールや薬物中毒などの場合はそもそも診療契約を締結する事が出来ないわけですから勝手に医療行為をするわけにもいかないだろうという意見もありますが、例えば「警察官職務執行法」には次のような規定があるようです。

警察官職務執行法 第三条

警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して次の各号のいずれかに該当することが明らかであり、かつ、応急の救護を要すると信ずるに足りる相当な理由のある者を発見したときは、取りあえず警察署、病院、救護施設等の適当な場所において、これを保護しなければならない。
 1.精神錯乱又は泥酔のため、自己又は他人の生命、身体又は財産に危害を及ぼすおそれのある者
 2.迷い子、病人、負傷者等で適当な保護者を伴わず、応急の救護を要すると認められる者(本人がこれを拒んだ場合を除く。)

また厚労省の委託研究の一つである「精神科救急マニュアル」(これ自体いろいろと面白いネタ満載で一度通読をおすすめします)においては、下記のような記載があります。

精神科救急マニュアル

3) アルコール関連の相談の場合
 ② 酔って興奮している場合は、電話による家族などの話から単純な酩酊と判断された時には、警察に保護を依頼するように伝える。
 ⑤ 病的酩酊で興奮が激しい時はもっとも危険であり、警察の協力を得るよう伝える。
4) 薬物関連の相談の場合
 自傷他害の恐れが強い場合は、緊急措置入院の取扱いが必要となるため、保健所などに連絡する。

要するにこれら医療のみでは手に余る症例に対する第一義的な対応の義務は警察等の組織にあるものであって、医療機関としては直ちに通報しお引き取りいただくのが適切な対応ということになるのでしょうか。
個々の医療機関側で場当たり的な対応をしてしまうよりも、こうした法やマニュアルに従って行動すべきなのは今の時代の社会的要請とも言うべきものだと思いますが、一方でこんな気になる記事も出ているのですね。

興奮状態で救急搬送されなかった男性、脳内出血発症し死亡/京都(2009年2月25日産経新聞)

 京都府警伏見署は25日、同署で保護した後に脳内出血を発症し、市内の病院に入院していた同区内の無職の男性(55)が死亡したと発表した。男性は15日、同区内のマンションで倒れているところを発見され、救急車が出動したが、男性が興奮状態にあったため救急搬送されなかったという。市消防局は「やむを得なかった」としている。

 同署や市消防局によると、15日午後6時45分ごろ、マンションの2階通路で男性が倒れているのを住民が見つけ、119番した。救急隊員が駆けつけたところ、自力では立てない状態だったが、救助を嫌がるようなしぐさをみせたため隊員は救急搬送をあきらめ、同署で一時保護した。

 ところが、同9時20分ごろ、男性の容体が急変したため病院に搬送。検査の結果脳内出血と診断され、緊急手術が施されたという。

 市消防局は「当時、男性の左側頭部にこぶが確認されたが、男性が救助の手を払いのけるなど興奮状態にあり、現場の判断はやむを得なかった」としている。

救急搬送が遅れてるぞ!何とかしろ!という声が盛り上がった結果消防庁が上に挙げたような行動に出てきているという現状を考えた場合に、こうした事例を受けて今度は警察がどんな行動に出るかということも見ていかなければならないでしょうね。
いずれにしても警察や救急隊にしろ医療機関にしろ患者搬送・受け入れといった責務を押し付けられる方向では年々社会的圧力が強化されていく一方、そのリスク分散に関しては全く軽減されることがないわけですから、やはりこれからもババの引き合い、押し付け合いという状況は続くことになりそうです。
自分の手さえ離れればそれでよいといった個々の部署だけに通用するロジックにとどまることなく、システムの中でどの部分が一番のボトルネックになっているのか、それを解消するために何をどうすればよいのかといった、きちんとした現状分析と対策こそが急ぎ求められているように思うのですが…

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2009年2月25日 (水)

救急医療の今昔 ~ それは医療のみの問題に非ず

昨日取り上げました前田氏クビの話題で厚労相のコメントが出ていましたが…舛添大臣、空気読んでくれと言いたいですね(苦笑)。

「民主党に説明責任」 中医協の国会同意人事で厚労相(2009年2月24日産経ニュース)

 舛添要一厚生労働相は24日午前の記者会見で、国会同意人事の中央社会保険医療協議会(厚労相の諮問機関、中医協)委員1人が民主党など野党の反対で同意されず、再任できなかったことについて「民主党はどういう党内プロセスで決めているのか。国民に対する説明責任がある」と述べ、民主党に同意人事の検討過程を明らかにするよう求めた。そのうえで「国会同意人事を政争の具にすべきではない」と強調した。

 不同意となったのは前田雅英・首都大学東京都市教養学部長で、中医協では薬価専門部会の部会長を務めている。民主党は「前田氏が座長の医療事故調査機関の検討会で、医療関係者を萎縮(いしゆく)させる発言をした」などとして中医協委員の再任に反対したが、医療過誤の患者団体からは批判の声が上がっている

単に法学者に限っても前田氏以外にも人はいるんじゃないかと思いますが、そうまで前田氏にこだわるというのは何かしら背後事情でもあるのかとも勘ぐってしまいたくなるところですが…

それはともかくとして、今日のネタである救急医療に関連して首都圏の横浜市からこんなニュースが出ています。
ちなみに平成15年から導入された指定管理者制度とは公の施設の運営管理を民間団体に代行させるという制度でして、いわゆる民営化といったものと同様に考えていただければよいようです。

市救急医療センター指定管理者、「不適当」でも業務継続/横浜市(2009年2月24日カナロコ)

 横浜市は二十三日、市救急医療センター(同市中区)の指定管理者が再公募でも応募がなかったことを受け、補助金不正受給問題で指定管理者の取り消し処分が決まっている市病院協会を二〇〇九年度末まで管理者とする方針を明らかにした。今年七月に予定していた処分実施を延期し、「不適当」と認定した事業者に業務を継続させる極めて異例の措置。市の見通しの甘さや、ずさんのそしりを免れない対応に、市会からは責任を厳しく追及する声が上がっている。

 市は引き続き指定管理者選定を急ぐが、三月上旬に第三回市救急医療センター指定管理者選定委員会を開催。再公募でも応募がなかった原因を検証したうえ、センターへの指定管理者制度導入の継続が妥当かどうかや、市の直営(業務委託)にすることも含め運営方法を再検討する。
 上野和夫健康福祉局長は「委員会から助言を頂き、市としての方向性を決めたい」と述べた。

 センターの指定管理者公募は昨年十一、十二月の二回行われたが、医師不足や患者数減少による減収リスクの問題などから応募事業者はなかった。市は七月の業務引き継ぎは困難と判断した。
 このため市は、昨年九月に不祥事により指定管理者には「不適当」とし、取り消し処分にした市病院協会に、業務継続を要請する”前代未聞”の対応を決めた。処分自体はそのままだが、実施時期を当初の七月一日から二〇一〇年四月一日に延期する。
 二十三日の市会常任委員会で、上野局長は「見通しが甘かったと言われれば反省せざるを得ない」と釈明した。

 市病院協会の増井毅事務局長は同日、神奈川新聞社の取材に「協会の問題でこういう事態になって申し訳なく思っている。正式に申し入れがあれば理事会を開き決めるが、社会的責任を果たさざるを得ないと思う」と述べ、業務継続を受け入れる意向を示した。

今どき救急などババ抜きのババと同じで誰も引き受けたがらないという時代ですから仕方のない話かなとも思いますが、横浜市の場合には少しばかり前振りがあるようなのですね。
ちょうど三年ほど前の記事ですが、こちら「指定管理者制度って、どうなの?」さんから神奈川新聞の記事を引用させていただきます。

【横浜市】救急医療センター指定管理者、市医師会“非協力宣言”(2006年2月7日神奈川新聞)

 横浜市救急医療センター(中区桜木町)の指定管理者候補に同市内の病院でつくる「市病院協会」(荏原光夫会長)が決定したことをめぐり、同市内の開業医らが中心の「市医師会」(今井三男会長)が医師派遣に「協力できない」と反発している。「病院」と「開業医」の対立を受けて、市会委員会では6日、医師の人員確保や選定方法に疑問を呈する指摘が相次いだ。
 ◇   ◇
 同センターは1981年に夜間急病センターとして開設され、市が医師会の協力を得て「市救急医療財団」(現・市総合保健医療財団=今井理事長)を設立した経緯がある。センダー運営はこれまで医師会員の派遣などで成り立っていた
 ところが、今回の指定管理者選定では同財団は次点となった。医師会が開業医ら約2千人を擁するのに対し、病院協会は115の病院が加盟する。
 センターは今後、3月末限りで深夜帯(午前零時以降)診療を取りやめる一方、指定管理者が指定される7月からは市病院協会の提案により、診療開始を現行の午後8時から同6時に早める。小児科・内科・眼科・耳鼻科で年間延べ1972人が必要という。
 医師会側からはこれまでの運営の経緯や、センターが開業医の診療時間と重なる可能性がある夕方から診療を行うことなどに反発し、“非協力宣言”が飛び出した。
 6日の市会福祉衛生病院経営委員会では、会派を問わず発言が相次いだ。「人員配置がしっかりできるかが心配」との指摘に、市衛生局は「協会員6割、専任医師の雇い入れ2割、関係大学からの派遣2割の割合で確保できたと聞いている」と説明したが、委員から「医師の質が確保されなければ市民は安心できない」「夕方の診寮を行う医院が増えており、ますます人員確保が難しいのでは」「診療時間は市が方針を持つべきだ」などの声が相次いだ。
 また委員からは、選定委員会の選定の在り方についてただす声も上がった。「配点に問題があるのでは」「ほかの委員の意見を聞いて素点(素案の点数)を変更したケースがあるのは問題だ」「選定委員は、センターの成り立ちを知らされているのか」などの内容だ。

要するに開業医の団体である医師会が主体になって運営してきたところを、2006年になって病院の団体である病院協会に指定管理者が移ることになった。
施設の運用も変わって開業医と競合関係になるなど色々と事情も重なって、医師会側がこれじゃ協力出来ない、勝手にしてくれと言い出したと言うところでしょうか。
これ以後は病院協会が施設の運営をしてきたようですが、興味深いなと思ったのは三年の間に救急施設の指定管理者というものが奪い合うものから押し付けあうものへと劇的に変化しているということですかね。
救急というところはまさにこの国の医療行政というものをこの上なく分かり易い形で反映していると言ってもいいのかも知れません。

近年の医療政策下での救急医療に対する医療従事者の認識を考える上で、診療報酬を初めとしたコストの問題のみならず訴訟リスクや医療従事者自身の生活の質の担保(いわゆるQOML)など様々な要因が関係していて一筋縄ではいかない状況です。
ただ一つ確実に言えることは、これら要因のどれ一つをとってみても以前と比べて悪化したものこそあれ明らかに改善したと思えるものがないことで、当然ながら現場の医療従事者の間では救急医療というものに対するモチベーションは低下する一方と言って良いでしょう。
ちょうど厚労省が補助金を出して行う厚生労働科学研究の一つとして兵庫医大のグループが「緊急診療要請に遭遇した場合の意識調査」なるアンケートをやっている最中なんですが、この設問などを見てもなかなか興味深いなと思いますね。

「緊急診療要請に遭遇した場合の意識調査」設問より引用

(飛行機内など医療施設外で急患に遭遇した場合の対応について)
# 6.対応できなかったことがある方に質問します。
  対応ができなかった理由を教えてください。(複数回答可)

    自分の専門外なので対応困難と判断した。
    診療器具・薬品・設備や環境が整っていないので十分なことはできないと思った。
    法的責任を問われるかもしれないと思った。
    留まれる時間が限られていた。
    周囲の目、野次や横槍があって手が出せなかった。
    周囲の状況や自分の安全が確保されていないので対応困難であった。
    飲酒していたので対応困難であった。
    その他

# 7.すべての方への質問です。
  医療施設以外で急患に遭遇した場合、あなたはどのように思いますか?

    医師としての義務なので対応するのが当然だと思う。
    医療者としての社会的・道徳的な責務なので対応すべきだと思う。
    助ける・助けないは自由であり、その状況により判断する。
    その他

法的には応召義務が問われるのは「診療に従事している医師」が対象ですから、こうした事態に遭遇した場合に職業が医師であったとしても対応する法的義務はありません。
また特に国際線では法的に色々と難しい問題も発生しやすいようで、航空会社では地上のお抱え医師と連絡を取り合って対応するというシステムを構築して対応しているようです。
それでも「お客様のなかにお医者さまはいらっしゃいますか」と呼びかけるというのは実のところ、当の患者にむかって「うちはこれだけやってんだよ」というアピールも目的であるといった声もあるようですね(伝聞モード)。
いずれにせよ医療行為というものが常にリスクとベネフィットを勘案しながら行っていかなければならないのと全く同様に、こうした施設外での突発的事態に対しても常に冷静にリスクとベネフィットを考慮しながら行っていかなければならないのは当然のことでしょうね。

ところで実際のところこうした救急対応の実情がどうかと言えば、ひと頃大きな話題になったのが国保旭中央病院の大塚祐司先生が「航空機内での心肺蘇生の実施により心的外傷を負った1例」として報告しているケースです。
このケースの何が話題になったかと言えば、称讚されるべき行為を行ったにもかかわらず心的外傷に追い込まれたという悲惨さもさることながら、心肺蘇生を施したまさに当事者の方が現場の生々しい状況を公表してくださったからなんですね。
以下に少し長くなりますが、御本人の貴重な体験談を引用してみましょう。

[eml-nc6: 1563] 機内で人命救助(メーリングリストeml-nc、2006年9月分より引用)

平成18年2月17日 成田発ベトナムホーチミン行きに搭乗

離陸から2時間半後、突然「ドカン」という音がしました。
慌しく動くフライトアテンダントと旅行会社の添乗員に気付きもしかしたらと思い近
くを通った添乗員に「救急法を学んでいる者ですがお役に立つことがありました
ら…」と声をかけました
「人が倒れまして」と言われ急ぎ現場へ添乗員引率のもと向かいました。
傷病者はアテンダントの男性によって手荒にも上着が脱がされ仰向けで横たわってい
ました。
アテンダント達は戸惑うばかりで傷病者は放置されたまま、添乗員はCPR経験なし、
機内には医師や看護師もおりませんでした。

「もしもし、大丈夫ですか?」3回の呼びかけにも反応が無くすぐ気道確保しまし
た。
ですが狭い機内、傷病者は通路いっぱいに横たわり野次馬が増すばかりか中には携帯
で写メを撮る者まで数多く現われました。

周りの騒がしさもあって呼吸の確認もかなり慎重に行いました。
呼吸も無い状態で、日頃携帯しているキューマスクを取り出し人工呼吸を開始しまし
た。
抵抗も無く2回の吹き込み後、脈の確認を試みましたがエンジン音や振動で分からず
耳を心臓に直接あてて聞きました。不安もあって2回繰り返して聞いたように思いま
す。
心臓の音も聞こえず迷い無く心臓マッサージを開始しました。

時間が経つにつれ床に着いた足は痛くなり、ずっと圧迫していた手は真っ赤で腰から
大腿にかけては時々つるような痛みが走りましたがとにかく続けました。

そんな中、野次馬から
あいつが止めたら あの人死ぬのか?」という声が聞こえました。
ここでCPRを止めてしまったら『人殺し』と呼ばれるのではないかという恐怖に襲わ
れとても怖かったです。

40分CPRを続けたところで指が動き始め次第に心音も確認できるようになりました。
しかし呼吸は回復せず人工呼吸を続けました。
そして20分位たった頃に僅かな吹き返しを感じ、次第に呼吸が回復したので呼びかけ
や身体に刺激を与えながら様子を見ていました。
とりあえず反応が返ってくるのですが元気な人の反応とは違い微妙なものでした。
意識の戻らない傷病者を前にまた異変が起こるのではないかという不安でいっぱいで
した。
救助開始から3時間半後やっと目を開けましたが話しはできませんでした。

それから30分後ホーチミン空港に到着
飛行機から運び出す間際に呂律が回らない様な口調で「どうして寝ているんだ?」と
聞いてきました。
飛行機から運び出し待機していた救急車に引継ぎ4時間に及んだ救護活動は終わりま
した。
ただただ怖かったです。

今だから言える話ですが野次馬の罵声と圧力の怖さは一生忘れないと思います。
そして自分一人しかいない状況での救護活動がどんなに大変なものかも分かりまし
た。
もっと色々な救急法の勉強が必要だと思いました。

ベトナム航空への問い合わせについての返答
・搭乗した機内にもAEDは装備されていたにもかかわらず使用しなかったのはなぜか?
 「心臓病の患者のみに用いると思っていたのでは…」
アテンダントについても「CPRを学んでいても躊躇してしまい手が出せなかった」
と言われた
 ⇒ 航空会社に遺憾の意を示す手紙を送りました

この状況でこうまで冷静な対応を行い得たことには無条件の称讚が与えられるべきだと考える一方で、なかなか考えさせられる体験談であったのだなと思いませんか。
もちろん施設や人員といった医療リソースの問題を初め医療を取り巻く問題点はあらゆる方面にまたがって山積していますが、施設内、施設外を問わず、医療に関わる人間にその能力を十分発揮させないような様々な社会的要因もあるわけです。
そうした問題は決して医療従事者の自助努力や医療行政の小手先の改変などでどうこうなる問題ではなくて、まさしく国民皆が我が事として考えていかなければならないことではないかという気がしますね。

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2009年2月24日 (火)

事故調議論を主導?してきた座長の前田氏が解任

何気ない記事の中に見落としそうなネタですが、例の事故調に絡んだ「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」で座長として議論を主導?してきた前田雅英氏が解任されたそうです。

民主党:3機関7人の不同意を決定(2009年2月19日毎日新聞)

 民主党は19日の役員会で、政府が提示した8機関16人の国会同意人事案件のうち、人事官1人▽中央社会保険医療協議会委員1人▽再就職等監視委員会の委員長と委員4人--の3機関7人について同意しないと決めた。野党多数の参院では23日の本会議で不同意となる見通し。
(略)
 中央社会保険医療協議会委員として提示された首都大学東京の前田雅英・都市教養学部長(59)=刑法=については「医療問題全般を議論するのにバランス感覚の点で適格性を欠く」との理由。省庁による天下りあっせんを監視する再就職等監視委員会の委員長と委員計5人は「委員会の制度そのものに反対」としている。

前田雅英氏、中医協委員再任成らず(2009年2月23日CBニュース)

 参院は2月23日の本会議で、政府が提示した8機関16人の国会同意人事案を採決したが、中央社会保険医療協議会(中医協)委員の前田雅英・首都大学東京教授の再任案など3機関7人について、民主、共産、社民、国民新の野党4党などの反対多数で否決、不同意とした。
(略)
 厚生労働省によると、これまで中医協の公益委員が不同意となったことはない。前田氏の任期が切れる3月1日以降、このポストが1つ空白になる。

 前田氏再任案への反対について、民主党で不同意を提案した足立信也参院議員は、キャリアブレインの取材に対し、大きく2つの理由を挙げた。
 まず、前田氏が中医協公益委員就任後に開かれた会合について、43回中8回欠席しており、欠席回数が最も多かったとした。
 次に、前田氏は中医協公益委員就任後、厚労省が死因究明制度を創設するために設置した「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」座長にも就任したが、同検討会の進め方に問題があったと指摘。「原因究明と責任追及を連動させたこともあり、診療関連死に刑法の手法を持って来ようとしたことに問題がある。また、インターネット調査では、民主党案の方に多く支持を頂いており、厚労省案と評価が分かれているので、民主党案も同時に議論すべきという意見があるが、『地方説明会』と称して厚労省案に決まったかのように国内に周知したことも、座長の判断としてどうかと思う。議事録を見ると、座長として、決まった結論に導きたいという運営をしているように見えたことも問題」と話している。

 このほか、足立議員は前田氏に関する私見として、「中医協公益委員でありながら、多くの諮問機関に委員として名を連ね過ぎている。果たしてそれで公益性を保てるのだろうか。これが自分の中での最大の不同意の理由だと思う」と語った。

前田氏と言えば法学畑の権威として「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」の座長を務めてきたこともあって、過去に何度か当ぐり研での話題にも御登場いただいたことがありました。
特に印象に残るのが昨年10月、大野事件無罪判決を受けての同検討会第14回会合における「大野病院事件の判決は、法律家の間では重視されない。それはやはり、一審判決でしかない。地裁の判断でしかない。法律の世界は、そこが非常に厳しくて、原則として最高裁でなければ判例とは言わない」との言葉でしょうか。

一方で同検討会の座長としては基本的にまとめ役に徹すると言えば聞こえはよいですが、「決まった結論に導きたいという運営をしている」という民主党のみならず厚労省案に向けて議論を誘導する傾向が顕著に感じられた人は少なくなかったようです。
例えば第15回会合では「(議論に)大きな溝があるように見えて、ほとんど溝がないように思う」との発言を「毎回そうやって溝は埋まっていると言う。だからみんな駄目になっている」とストレートに批判されたりしますが、座長というのは損な役回りだと言うことを差し引いても「ちょっとこの人空気読めない?」と感じさせる部分が多いのではないかなという気がします。

しかし前田氏がこうまで色々なところから辟易、もとい、広範な支持を得られていなかったことが改めて認識される結果ですが、概ね医療業界からは解任に反対意見は出ないのではないかという印象を受けますね。
いつもお世話になっております「ロハスメディカル」さんではもっとストレートにこんなことを言ってしまっていますが、利権云々はともかくとしても医療業界からの人望はついに得られそうにない人ではあったなと言うところでしょうか?

前田座長、利権を1つ失う(2009年2月20日ロハスメディカル)

民主党が中医協に公益委員として入っている1人の再任を不同意とすることを決めたそうです。
今回のは誰でもかれでも不同意というものではなく、名指しで不適格とされています。ポストを失うことになったのが、誰あろう、医療事故調検討会の前田雅英座長。

医療事故調検討会での振る舞いが大いに影響したであろうことは想像に難くありません。ただ、今回は手前味噌ながら拙傍聴記によって、たまたま振る舞いが外に出ただけで、実は不適格とされておかしくない振る舞いの政府審議会・検討会委員は他にもいるんでないかと思っています。少しずつであっても、そういう所に光を当てていきたいと考えています。

まあこれだけであれば「仕方ないな」で済んでいた話ではあるんですが、今回の件で面白いのが医療業界の外側での反応なんですね。
例えばかねて医療事故調の早期設立を主張している「患者の視点で医療安全を考える連絡協議会(患医連)」と言えば「医療過誤原告の会」や「陣痛促進剤による被害を考える会」といった有名諸団体ともつながっているところですが、ここが前田氏解任について熱心な反対論を展開しています。
視点が変わればこうまでものの見方も変わるのだなと非常に興味深い内容ですので、少し長いですが引用させていただきますね。

「中医協」再任人事反対に関する要望書(患医連HPより抜粋)

 中央社会保険医療協議会の前田雅英氏の国会同意人事案について、野党各党が再任を「不同意」としましたが、その理由が明確ではありません。
 新聞報道によれば、民主党は「刑法の専門家として医療関係者を委縮させる発言が目立つ」(共同通信)「刑法の専門家だが、医療事故対応は刑法的アプローチではあわない面もある」(読売新聞)「医療問題全般を議論するのにバランス感覚点で適性を欠く」(毎日新聞)と話したそうですが、公式の場での国民に対する説明が全くありません。
 今回の不同意は、実質的に「医療版事故調査機関」づくりへの攻撃を意図したものではないかと危惧するので、私たち医療事故被害者は見過しにはできません。

 現在、医療事故被害者たちの長年の願いを受けて始まった医療版事故調の議論が、被害者たちの声と、誠実な医療関係者たちとの真摯な議論によって前進しつつあります。前田氏は、医療版事故調の設立に関する厚生労働省検討会の座長をされており、中医協の人事であるにもかかわらず、医療版事故調に関する発言が不同意の原因であるように報じられています。
 前田氏の医療版事故調に関する発言が不同意理由なら、その具体的文言を厚労省検討会の議事録から指摘し、責任政党としてその判断理由をきちんと説明すべきです。わたしたちは、厚労省検討会における前田氏の発言は、医療者と患者・市民の双方に対してバランス感覚があり、また医療者を萎縮させるような発言をしたことはないと認識しています。医療と司法の関係が大きな課題となっている検討会の座長として公正・中立にまとめる姿勢があり、適格な判断をされています。

 なお、インターネットのメールマガジンやブログなど医療被害者や正論を発言する良識ある医療関係者たちに対する偏見や誹謗中傷が大量に流される中、前田氏は、忍耐強く議論を整理して進めてくれています。
 以上のことから、患医連は、反対をした各党に対して、以下の三点を強く要望します。

1)「前田氏は不適格な言動がある」と主張するのであれば、中医協委員として不適格であるとする具体的言動を指摘し、説明してください。もし、前田氏の医療版事故調に関する発言が不同意理由なら、その具体的文言を厚労省検討会の議事録から指摘し、その判断理由を説明してください。
2)どのように党内で審議し、機関決定をされたかを説明してください。
3)上記2点に関しまして、公式見解を公開してください。そして、ご回答などについて、私たちとの懇談の場を設定してくださいますようお願いいたします。

ちなみに患医連の主張するところの「私たちが求める医療版事故調」とはこのようなものだそうですが、これを見るとちょっと面白いかなという気がしますね。
組織の性格としては「医療事故の原因を究明して、再発防止を図り、医療事故にあった患者・家族への公正な対応を目的としたもの」であって、そのために備えるべき性格として「公正中立性」「透明性」「専門性」「独立性」「実効性」の五つを挙げています。
しかし特にこの独立性と言うものは「医療行政や行政処分・刑事処分を行う部署から独立していること」と定義しているのですが、これって民主党や医療側各委員がしばしば主張しているところの「原因究明と処罰とは切り離すべき」という論調に近い見解ですよね?
まさにその点を巡って紛糾が続いている議論を何とか厚労省案であるところの「司法に回すか回さないかを判断する機関」の方向へと誘導すべく努力してきたのが座長である前田氏という認識だったのですが、その前田氏を患医連として「医療者と患者・市民の双方に対してバランス感覚があり、また医療者を萎縮させるような発言をしたことはないと認識して」いると激賞しているのは何か奇妙な気がするのですが…

いずれにしても議論がすっかり煮詰まってしまった現状においては早々に皆が納得し得るような結論が出るとも思えませんが、むしろ厚労省がどのあたりで「意見を集約しました」と議論打ち切りにかかるのかの方が気になるところではありますよね。
そうした点で前田氏の後任としてどのような人物の名前が挙がってくるのかが、関係者それぞれの思惑を見極める上で極めて注目されるところではないでしょうか。

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2009年2月23日 (月)

産科医ゲットだぜ!と喜んでばかりもいられないような…

既に絶滅危惧種とも言われて久しい産科医ですが、この時代にあって公立病院(しかも福島の!)がいきなり複数の産科医確保に成功するとこれだけのニュースになるという話題。

公立相馬総合病院:産婦人科が来月再開、県外から2医師着任 /福島(2009年2月21日毎日新聞)

 相馬市新沼の「公立相馬総合病院」で、昨年11月から休診していた産婦人科に、県外から医師2人が着任することになった。3月2日から同科の診療を再開する。県内では産科医不足が深刻化しており、県医療看護課は「一度休診した産婦人科が再開できたのは、ここ数年聞いたことがない」と驚いている。

 着任するのは、ともにいわき市出身で県立医大卒の、坂本陽吉医師(62)と木村憲三医師(59)。坂本医師は東京都の地域周産期母子医療センターなどを経て、静岡県伊豆市の民間病院に勤務。木村医師は婦人がん検診の専門家で、大阪府堺市内の民間病院からの転勤となる。2人とも県内に移住した。

 相馬総合病院は相馬市と新地町が運営し、産婦人科の外来患者は年間約3600人(07年度)。相双地区唯一の新生児集中治療室(NICU)を備え、男性医師1人が勤務していたが、昨年10月末で退職していた。

 病院側は当初、県立医大や東北大医学部に医師派遣を要請したが決まらず、県外で後任を探していた。熊佳伸院長が同窓生の坂本医師を勧誘したところ、快諾を得た。坂本医師が「産科はチーム医療が大事」と木村医師を迎え、2人の勤務が決まった。

 相馬市役所で会見した坂本医師は「産科は形を変えた救急医療。2人で力を合わせて診療にあたりたい」と語り、木村医師は「年をとってふるさとに帰りたい気持ちもあった。微力だが地域医療に力を尽くしたい」と抱負を述べた。

 県によると、昨年1年間で産婦人科を休診した病院は、相馬総合病院を含め3病院あるが、他の2病院(県立南会津病院、坂下厚生総合病院)は再開のめどが立っていない。県は「県の『ドクターバンク』もまだあっせん例がなく、医師確保は難航している。2人同時に確保できたのは極めて珍しい」と話した。

この医師不足、特に産科医不足の最中に二人同時にゲットとは何とも珍しい話だなと思うところですが、よく見てみれば年齢が62と59…
とはいえ、どちらも地元出身者ということですからそれなりに腹は据わっていると見るべきなんでしょうか、いずれにしても地域のためにも末永く頑張ってもらいたいものです。

さて、こういう極めて珍しい話ともなりますと、当事者お二人が記者会見までしちゃうんですね(苦笑)。

公立相馬病院、来月2日産科再開 2勤務医会見(2009年02月21日河北新報)

 公立相馬総合病院(相馬市)を運営する相馬方部衛生組合は20日、担当医師不在で昨年11月から休診していた産婦人科の診療を3月2日から再開すると発表した。産婦人科に勤務することになった医師2人も記者会見に同席し、抱負などを語った。

 3月1日付で着任するのは静岡県の病院に勤務していた坂本陽吉さん(62)と大阪府の医院に勤めていた木村憲三さん(59)。坂本医師は周産期医療、木村医師は子宮がん検診を専門としている。

 坂本医師は「これまでの経験を相馬地方のために生かせると思う」、木村医師は「できる限り頑張りたい」と話し、相双地方唯一の新生児集中治療室(NICU)を生かしたチーム医療の実現に意欲を見せた。

 2人ともいわき市出身、福島県立医大卒で、35年以上の経験を持つベテラン。相馬総合病院の熊佳伸院長とは同窓で、病院側の働き掛けに古里での勤務を承諾した。

2人体制での診療再開に合わせ、同病院は4月1日から里帰り出産の受け入れを始める方針も明らかにした。

しかし、いきなり里帰り出産も再開ですか…せっかくゲットした産科医がすぐに逃げ出すようなことにならなければいいんですが。
ところでちょうど今から一年前、「伊関友伸のブログ」さんによるとこんな話もあったんですね。

4月以降も産科継続 伊豆赤十字病院 休診の回避(2008年2月23日静岡新聞・「伊関友伸のブログ」より抜粋)

医師不足で4月以降の産科休診を予定していた伊豆市の伊豆赤十字病院に新たな産婦人科医が22日までに赴任し、4月以降の診療継続が可能になったことが分かった。
 赴任したのは坂本陽吉医師(61)。第2産婦人科部長に就き、12日から分べんを含めた診療を行っている。

福島県出身の坂本医師は福島赤十字病院や葛飾赤十字産院(東京都)で産婦人科部長を歴任。伊豆赤十字病院が産科休診の危機にあることを知り、1月中旬ごろ、葛飾産院を通じ赴任の意思を同病院に伝えたという。

 これまで産科診療にあたっていた男性医は本年度末で退職する。坂本医師は「1人でやるのはハードだが、外科医もいて救急にも対処できるし、自分の実力も十分発揮できる。地域のために役立てればうれしい」と話している。

 同病院は一昨年、医師不足で一時産科を休診した後、男性医が赴任して診療を再開したが「十分な体制ではない」などとして4月以降の休診を患者や市に報告した上で医師を募集していた。石上和義事務部長は「地域の声に応えることができてひとまずほっとした」と述べた。医療体制の充実を目指し産科医や助産師の募集は継続する。

坂本医師が福島に移ったことと関連があるのかどうかは不明ですが、くだんの伊豆赤十字病院HPによれば「平成21年2月以降診療は当分の間休診いたします。」とのことで、今現在も産科医募集の涙ぐましい努力が続けられているようです。
年齢的には坂本医師もちょうど定年直後の時期ですから、たまたま定年後の再就職と福島からの勧誘が重なってこうした複雑な状況を呈しただけなのかも知れません。
しかしながらこうして見ていきますと、以前にも書きましたように限りある医療資源を巡って自治体間・病院間での奪い合いということが次第に現実のものとなりつつある印象をぬぐい去ることが出来ません。

医療は医師がいなければ始まりませんが、だからと言って何でもかんでも医師にやらせろ、高給取りなんだから給料分働かせろと酷使すれば早晩逃散といった結果を招くのはようやく世間にも知られはじめてきているように思います。
限りある医療資源を少しでも長く大事に使って子孫の代まで残していこうという気持ちがあるのでしたら、くれぐれも「ご利用は計画的に」の精神を忘れないようにしなければならないのでしょうね。

ところで「ニコイチ」という言葉の元になったとも言われる共食い整備ですが、旧日本軍に限らず革命後のイランや現代の北朝鮮など、まともな補給を受けられなくなった末期状況ではしばしば行われる手法です。

当然ながらこういうことが始まってしまうといずれは全面的な破局が待っているわけなんですが…

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2009年2月22日 (日)

今日のぐり「焼肉喰太呂/連島店」

最近見た無茶苦茶痛そうなニュースがこちらなんですが…

【中国】パソコンチェアが突如爆発。座っていた少年の肛門へ吹き飛んだ金具が突き刺さり失血死(2009年2月18日星州日報(繁体語記事を記者が翻訳))

中国の山東省膠州市で、14歳の少年がガス圧式シリンダーのパソコンチェアに座ってインターネットを利用していたところ、高さの調整をした途端に椅子が突然爆発。はじけた金具が肛門に突き刺さり数本の血管を切断、病院に搬送されるも出血がひどく手の施しようがなかったという。

椅子が爆発したとき、剛くんは叫んだという。悲しみに暮れる剛くんの父親によれば、事故が発生したのは1月14日の午後1時ごろで、1人で家にいた剛くんがインターネットを利用していたときに、椅子の下で突然爆発が発生し座面は粉々、高さ調整をする帯金が吹き飛んで臀部に突き刺さった。

激しい痛みを感じた剛くんは、すぐに父親に電話をかけ想定外の事故が発生したことを伝えた。救急隊員は現場に駆けつけたときに剛くんから話を聞き、応急手当をしてすぐに病院へ送り届けたと語っている。

・出血が大量すぎ回復が見込めなかった。

検査の結果、手指の太さの金具が肛門に沿って体内に突き刺さっており臀部内にある数本の血管を断ち切り大量の出血が起こっていた。緊急医療担当の医者も参加して治療を続けたが、事故が発生して一時間が経過しており出血が余りに酷く、助からなかったという。

息子を失い悲しむ剛くんの父親は「間違いなく椅子の品質に問題がある」とし、椅子の販売店と生産メーカーを相手に正義を求めると話している。

取材によれば、膠州市中央病院ではこの一ヶ月の間だけでも、すでに同じようなガス圧式シリンダーのチェアが爆発したために負ったと思われる怪我の診察記録が三件ほどあるという。ただ、どれも今回のように体内に突き刺さるような重傷にはならず比較的軽傷で済んでいるとのこと。

ただ去年の11月に発生した事故では、同じくインターネットを利用中だった老人が椅子の高さ調整をしたところ、やはり唐突に爆発がおき約20cmほどの長さの椅子の中央シャフトが肛門に5cmほど突き刺さって腸を損傷する重傷を負い、医者を驚かせたという。

写真:爆発したパソコンチェア

思わず自分が座る椅子の裏を確認したくなるような話ですが、実は同種の事故が日本でも発生しているようなんですね。
これもまさか同じメーカーなのではという気もするようなよく似た事件ですが…

ネットカフェのいす 高さ調整装置が破裂 札幌、男性けが(2008年10月31日北海道新聞)

  三十日午後七時五十分ごろ、札幌市厚別区厚別東四の三、インターネットカフェ「自遊空間札幌厚別店」で、店内のゲームコーナーに置いてあった、いすの高さを調節する装置が破裂、中の部品が座面を突き破って飛び出し、座っていた同市厚別区の男性(21)が尻に軽いけがをした。

  札幌厚別署によると、いすの高さは約八十センチで、座面の高さをレバーで調整できる仕組み。金属性の筒状の支柱の中にある調整用の装置は、内部に高圧のガスが入っており、同署は何らかの原因でガスが破裂したとみて調べている。

  当時、店内の個室にいた男子大学生(22)は「バーンという大きな音がしたので部屋から出てみると、座面が支柱から取れていた」と話していた。

さいわいこちらは軽症ですんだようですが、世の中大抵の人間はまさか椅子が尻に刺さるとも思ってないでしょうから、これは色々な意味で起こるとショックが大きそうな事故ですね。

今日のぐり「焼肉喰太呂/連島店」

辺鄙なところにありながら妙に繁盛していそうな店ってよほどの隠れた名店か、さもなくば回りの外食産業がよほど…って感じですよね。
とある場所で話を聞いたこの店も旧街道沿いにある割に立派な店構えでお客もよく入っているようなんですが、看板によると「おかげさまで43年」なんだそうですから十分に老舗と言っていいのでしょうね。
おかやま和牛肉指定外食店」なんだそうですが、このおかやま和牛というのが話を聞いてみると一説によると日本の和牛のルーツだなんて言う人もいるらしくて、なかなか興味深いものなんですね。

かなり広い店内に入ると、いきなり大きな水槽に熱帯魚が泳いでいて驚きますが、さすがにこれはいわゆる生け簀ではなさそうですね。
まだ夕食時には微妙に早い時間帯だったせいか客の入りはパラパラと言う感じですが、店を出る頃には一杯になっていたくらいでしたから客入りはずいぶんと良さそうです。
座敷に上がってタン、上カルビ、上ロース、ホルモンなどなど肉ざっと一式と付け合わせのメニューを適当に頼んでみました。

注文から待つほどもなくあっという間に肉が運ばれてきましたが、いやぁこのサシはすごいものがあります。
ロースやらカルビやらは間違って脂身出したんじゃないのというくらいでほとんど肉らしい肉の色をしていません。
これも良い脂ですと口の中に入った瞬間に儚く溶けて後に旨みの余韻だけが残るんですが、この肉の場合ひたすら脂だけが口に残る残る。
つけダレとの相性も悪いのかと思って試しに塩でも食べてみましたが、この場合甘ったるいもみダレの下味が肉の味を邪魔している感じですかね。
タンは並みの上といったところ、今どきは安くて喰わせるホルモン屋がありますしホルモンとしてさほど感心する味でもありませんでしたが、レバーに関しては臭みがないのはいくらか好印象というところでしょうか。

肉は世間との比較では並みの上、個人的にはちょっと好みに合わないかなという感じですが、今どきの店と比べるとサイドメニューがありきたりなものしかないというのは時代を感じさせますね。
ここのテールスープはスープ自体の味もどうかと思いますが、好ましくない肉の臭みが残ってしまって半分程度でももう結構という感じです。
石焼きユッケビビンバは味のベースになるナムルがはっきりしない味で、結局コチジャンてんこ盛りで誤魔化すしかありませんでした。
この白菜キムチがまた敢えて褒めるとすればあっさり和風と言いますかシンプルと言いますか、とにかく乳酸発酵の意義というものを改めて問い直されるような味で漬け物としての有り難みがありません。
ただしこれも韓国料理の類が一般化した今の視点での評価であって、40年前にこれだけのものを出していたのだとすれば十分に本格派を名乗る資格はあったと思いますね。

こういう老舗というのは本当に評価が難しくて、かつてのまだ牛肉が高くて「焼き肉屋は肉さえ食えれば十分贅沢」という時代でしたら「おお!霜降り和牛!」で評判になるうまい店だっただろうことは想像に難くありません。
今のまともな店はこの値段ならもっとサシが少なくて旨みがじんわり広がる赤身主体の肉を選ぶか、あるいはサイドメニューを充実させてそちらで楽しませるという方向に走っているんでしょうが、この店の場合40年の時を経て今や何とも微妙な価格帯であり味でありというポジションになってきています。
目の玉が飛び出るほど高くもないけれど別に安いわけでもない、値段だけが勝負の店よりはうまいけれどまともな肉を出す店と比べれば味に不満が残る。
それでも現実にこれだけお客が入っているわけですから、商売としては正しい方向で続いているということなのでしょう。

個人的に近ごろでは脂っこいものには評価が厳しくなっているので辛口評価になっていますが、逆に脂大好きという人にとっては結構良い店なのかも知れません。
とにかくこの日のぐりに関しては、店を出るときの胃袋の重さが近来にないものだったことが一番印象に残っていますかね(苦笑)。

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2009年2月21日 (土)

強権発動!? 医師強制配置への道程

昨日は主要各紙から臨床研修制度改革に対する社説を取り上げてみましたが、平素からこと人権問題については一言無しとしない新聞という媒体にしては珍しいほど人権抑圧的な論調が目立ったことは興味深いところではないでしょうか。
一方で肝心の医療行政を主導する人々のスタンスはどういったものなのか興味が湧くところだと思いますが、こちらも関係諸氏からなかなかに興味深い見解が示されつつあるようです。
詳細な内容に関してはいずれロハスメディカルブログあたりにあげていただけるのではないかと期待しているのですが、まずは報道記事から引用してみましょう。

医師の計画配置と公共の福祉(2009年2月20日CBニュース)

 「わたしも、十分疲れてまいりましたので」―。新人医師の研修制度の見直しに向けた検討会で、高久史麿座長(自治医科大学長)は、終わりの見えない議論を打ち切った。医学部教授の権威を背景にした「医局支配」にメスを入れた「新医師臨床研修制度」を守ろうとする厚生労働省と、研修期間の短縮により大学病院の復活を期す文部科学省の思惑が見え隠れした検討会の最終回で舛添要一厚労相は、「最大の問題は国家の統制がどこまで許されるか。(医師にも)職業や住居選択の自由がある」とクギを刺しながらも、基本的人権の制約根拠である「公共の福祉」を口にした

 厚労、文科両省は2月18日、「臨床研修制度のあり方等に関する検討会」の第6回会合を開催し、両省が示した最終報告に大筋で合意した。
 会場となった文科省3階の特別会議室前の通路には、開会前から傍聴希望者が長い列をつくった。多くの報道関係者も詰め掛け、関心の高さをうかがわせた。

 議論が紛糾した前回会合では、高久座長が「いろんな問題が出て、わたしも自信がなくなりまして」と苦笑いしながら、「次回は休憩をはさみながら、サンドイッチでも用意していただいて」と述べて議論を打ち切った。しかし、今回はそれが杞憂(きゆう)だったかのように、和やかな雰囲気で議事が進行した。

 途中、嘉山孝正委員(山形大医学部長)が示したデータに対し、福井次夫委員(聖路加国際病院長)が「先生、それは間違ってる!」と語気を強める場面もあったが、これが最後のぶつかり合いとなった。終盤、臨床研修制度の基本理念について、福井委員が「基本的な診療能力の修得」を「幅広い基本的な診療能力の修得」に修正することを要望したところで、再び“総論”に戻ることを危惧(きぐ)したのか、高久座長が議論を打ち切った。

厚労省担当者の「大きな方向性はこれでよろしいか」との確認に対し、大きくうなずく委員はなく、全員沈黙のまま「大筋了承」となった。
 大学病院の復活を期す文科省と、現在の臨床研修制度を守ろうとする厚労省との対立を背景に繰り広げられた権益争いが、勝者が見えない“痛み分け”の決着となったからだろう。

■「公共の福祉」による制限、国民的な議論を
 最終報告では、必修科目を現在の7科目から3科目に減らして研修期間の短縮を図り、研修医の“労働力”を早期に活用できるようにした。また、大都市部に研修医が流れることを制限するため、都道府県や病院ごとに研修医の定員に上限を設け、医師の地域偏在の是正を目指すことを盛り込んだ。
 最終報告によると、現在2年の研修期間を実質的に1年に短縮するような運用も可能になる。このため、1年で大学に研修医を戻したい文科省側の意向が反映されたという見方もできる。

 しかし、1か月以上の「地域医療研修」を2年目に義務付けるとともに、「選択必修」を2科目とした。1年目の研修は、必修科目の「内科6か月」と「救急3 か月」で9か月を占める。この2科目を除いた3か月では、多くの疾患について症例レポートを提出する現在の「到達目標」を1年間で達成するのは難しいとの声もある。

 さらに、研修医の募集定員の上限は厚労省の医道審議会で決められるため、厚労省が研修医の配置に関する権限を握り、「医師の計画配置」に向けて大きな一歩を踏み出したという見方もできる。臨床研修制度の見直しに当たって繰り広げられた研修医の配置権限、さらには医師の人事権をめぐる文科省と厚労省との“縄張り争い”は、厚労省が土俵際で踏ん張った形だ。

 舛添厚労相は会合の席上、「医師をどのように育てるかという大きな理念の中に(研修制度を)位置付けてほしい」と求めた上で、「最大の問題は、国家の統制がどこまで許されるか。(医師にも)職業や住居選択の自由がある」と述べ、今回の見直しが医師の計画的な配置に向かうことをけん制した。
 その一方で、基本的人権の制約根拠である「公共の福祉」による制限があり得ることを指摘し、「例えば、地域の納税者が出す奨学金であるならば、地域に還元するという論理も成り立つ。自由な社会で統制はできるだけ避けたいが、どこまで国民が納得できるか。最終的には、国民のコンセンサスが必要になる。医師の養成がいかに大切か、最後は国民的な議論につなげてほしい」と述べた。

■「医師派遣機能」の主導権争いへ
 これまでの議論では、「臨床研修制度が医療崩壊の原因」などと主張する嘉山委員や小川彰委員(岩手医科大学長)らの「臨床研修制度反対派」が優勢であるように見えた。
 前回会合で両省が示した「まとめの骨子」の冒頭では、「課題」として、「大学病院が担ってきた医師派遣機能が低下し、地域の医師不足を招いた」「研修医の都市部集中が助長されている」など、6つの問題点を指摘した。「課題」を踏まえた「基本的な考え方」では、「従来、大学が担ってきた地域の医師派遣機能の再構築」などを挙げている。

 今回、両省が示した最終報告は、「課題」が「様々な状況」に修正され、臨床研修制度の導入によるメリットが前面に押し出された記載に変更されている。「基本的な考え方」の「大学が担ってきた地域の医師派遣機能の再構築」も大きく修正され、「大学病院等による医師派遣機能を、地域の関係者の意向が十分反映された開かれたシステムとして再構築する」とされた。
 さらに、「おわりに」の項が新たに追加され、「医師不足問題への対応は、臨床研修制度の見直しだけでは不十分である」とした上で、「関連する対策の一層の強化を強く望む」とする“ブラックボックス” を残した。今後の焦点は、医師の派遣機能の主導権をどのような機関が持つかに移るだろう。

 この日、日本医師会は検討会の開会前に定例の記者会見を開き、新医師臨床研修制度の見直しの提言などを盛り込んだ「グランドデザイン2009」を公表。研修医が出身大学のある都道府県の「地域医療研修ネットワーク」に所属し、地域の大学病院や研修病院で基本的な診療能力を身に付ける仕組みを打ち出した。
 日医が示した「イメージ図」では、一番上に「都道府県医師会」が位置付けられ、大学病院は「地域医療研修ネットワーク」の“一員”にすぎない形で描かれている。これでまた、新たな“縄張り争い”の火種が増えたのだろうか。

 研修医を地域に適正に配分するシステムをどのように構築するかは、今後の医療提供体制を考える上での“試金石”になる。果たして国民は、どのような医師を求めているかー。
 急速に高齢化が進む中、在宅医療を支える医師を増やす必要がある。一方、地方の病院で産科が閉鎖したり、救急患者の受け入れが困難な事例が多発したりしている。医師養成の在り方に関する考えは、内科系医師と外科系医師など診療科ごとに違う。
 このため今後は、地域ごとに発生する疾病を「ICD10」(国際疾病分類)に基づいて正確に調査した上で、医師の地域偏在への対策を考えることが必要になるだろう。また、診療科ごとの偏在は、訴訟リスクなどが少なく開業しやすい診療科に医師が流れることが一因であるため、「医師不足は勤務医不足」との認識に基づいて、自由な開業に何らかの制限を加えることも今後の方向性として考えられる。ただ、これは「医師の計画配置」よりも難航することが予想される。

「基本的人権の制約根拠である「公共の福祉」による制限があり得ることを指摘」云々に現れているように、ついに舛添大臣も基本的人権の尊重は公共の福祉に勝るものではないという態度を明確にし始めたかなと言った辺りが最大のポイントになるのでしょうか。
記事の中では医師計画配置へ一歩前進ということで厚労省のポイントと言った書き方をしていますが、ここで注意しておかなければならないのは厚労省の言うところの医師計画配置と読売新聞などのメディア、あるいは医師不足にあえぐ地方自治体などが主張する医師計画配置とは果たして同じものなのかということですね。

例えば以前にも取り上げました厚生労働省の佐藤敏信医療課長などが医師の計画配置について「よい規制だ」と言うコメントを出していますが、その内容はと言えば「集約化をやろうということ」であり、「地域の医療施設を整理するというのは、地元にとってとても大変なこと」だが「それでもやっていかないと」いけないという医師集約化論こそがその実態であるわけです。
「これで国が医師を手配してくれるはずだ」と喜んでみたところで、手にした強権をむしろ残り少ない医師の引きはがしに行使されるということになれば、新たなネタになる読売新聞社などにとってはともかくとして地方にとっては手放しで喜べるような話でもないように思いますが。
むしろこの面では文科省などよりも自治体病院を統括する総務省あたりにとってこそ大きな問題となりかねないのではないかと思うのですけれどもね。

もうひとつ記事を読んでいて「あれ?」と感じたのは、医療に対して文科省がそこまでの影響力を持つものかなという点です。
教育・研修制度にいくら影響力を発揮して大学の権威を高めたところで、肝心の大学病院がとっくの昔に臨床の現場からはそっぽを向かれているという状況ですからね。
例えばつい先日もこんなニュースが出ていましたが、今の時代に至っても色々な意味でハイリスク(苦笑)な大学という組織に手足を縛られて活動するメリットをどれほどの医師が感じているかと言うことですよね。

広島大小児科医師、10人辞職へ 地域病院に派遣困難(2009年2月20日朝日新聞)

 広島大学病院小児科医局の医師10人が今年度末で辞職することが、広大への取材でわかった。ほかに、昨年9月からすでに2人が辞職し、今年4月以降も1人が辞める見込み。4月に後期研修医7人が入局するが、同医局がこれまで通りに地域の各病院に医師を派遣するのは困難で、小児医療が十分提供されなくなるおそれがある。

 広大によると、同医局には約120人の医師がおり、うち約100人が広大病院以外の広島県内の公立と民間の30病院へ派遣され、常勤している。

 3月末で辞職するのは、広島市立舟入病院(広島市)や呉共済病院(呉市)に派遣されている医師ら8人と、広大病院内で勤務する2人。辞職する医師たちのほか、昨秋から今年度末までに3人の医師が出産にともなう休暇に入る。このため4月以降は各病院への派遣体制を見直さざるを得なくなり、入院機能を維持できずに、外来のみとなる病院が出てくる可能性もある。

 呉共済病院では、4人の小児科医のうち広大からの1人が年度末に退職するため、市内の3病院で実施している夜間救急輪番制のあり方を見直すよう関係機関に求めているという。

13人の辞職理由は「県外の医療機関に赴任する」5人、「開業する」4人、「家庭の都合」2人、「眼科医になる」1人などだが、多くが「疲れた。体力が持たない」と述べているという。小児科は夜間に診療を希望する患者が多く、他科より勤務がハードだとされる。

 医師の大学病院離れの背景には、04年に始まった国の新臨床研修制度がある。制度によって、新人医師は大学の医局を経ずに自らの意思で全国どこの病院でも研修先に選べるようになった。大学病院の医局に入ると中山間地域へ派遣されることなどを理由として、都市部の民間病院に人気が集中。大学病院で研修する割合は新制度実施前の7割から半分以下に減少した。

医局を辞める、病院を辞めるという話は昔から当たり前にあったわけですが、近年は「○○病院外科医御一行御退職!」といった塩梅での集団離脱というパターンが増えてきている気がして、あるいは近年すっかり一般化したネットやメールといった媒体を通じて分断されていた医師間の紐帯が強まっているのかなとも推察されるところです。
いずれにしても大学というものの権威が回復が見込めないほど低下しきった現状で不毛な省庁間権益争いに精出すよりは、学部学生の教育システムを改革してもっと実効性のある医学教育システムを再構築することに努力を傾注した方がはるかに国家万民の利益になるのではないかなと個人的には思うのですがね。
かつて医学教育と言うものは卒業して医局に入ってからゼロからたたき込むものとされていた頃もあって、とくかく新卒学生に要求するのはハンパな知識などではなく気合いと体力、そして根性であるなんて言われていた時代にはこんな笑い話?もありました。

とあるサークルの飲み会で、学生とサークルOBの医師達が一緒に酒を飲んでいた。

学生「先輩、卒業するまでにどんなことを勉強しておいたら役に立ちますかね?」
若手医師「お前馬鹿か!学生時代は勉強なんてする暇があったら遊んでおけ!卒業したら全然そんな暇なんてないんだぞ!」
ベテラン医師「(ため息をつきながら)馬鹿、お前こそ今のうちに遊んでおけ。新婚旅行を済ませたらもう二度と休める暇なんてないんだぞ」

お馬鹿で体育会系だった昔の学生と違って今の時代の学生は自分で情報を集め、分析し自らの進路を選び取るという能力がきちんとあるのですから、臨床研修制度をどういじろうが何かしら自分なりに一番と思える道を選んでいくことが出来そうに思います。
ところが医学部の学部教育においては未だに旧態依然としたところが多分に残されていて、後になって振り返ってみても「いったあの講義は何の役に立ったのか?」と疑問に思えるような実効性に乏しい教育が平然と続けられていたりすることがあるのですね。
今の時代に即した医学教育というのは一体どういうものなのか、そのために何をどう変えていかなければならないのか、患者への接遇教育やリスクマネージメント教育といった最近のトピックに絡めて幾らでも改善の余地はあるように思います。

臨床研修制度改革問題と絡めて「鉄は熱いうちに打て」なんて言葉が盛んに聞かれるようになりましたが、はるか紀元前から続く製鉄技術の長い歴史を振り返ってみれば「打つ」以前の段階にこそ大きな進歩の余地があったのだとも言えるわけですからね。

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2009年2月20日 (金)

臨床研修制度に関するマスコミのスタンス

先日も取り上げました厚労省の臨床研修制度改革案について、各社の社説がまとまりましたので取り上げてみましょう。

医師研修見直し―良医を増やすためにこそ(2009年2月20日朝日新聞)

 これは、よい医師を育てることにつながるのだろうか。

 厚生労働省と文部科学省の合同の検討会が、医師免許をとった新人医師に義務づけられている臨床研修制度の見直し案をまとめた。
 今は2年間に内科、外科、小児科、精神科など七つの診療科で学ぶことになっているのを、内科、救急、地域医療の必修にとどめ、残りは選択制にして、2年目から専門分野に進むことができるようにする。
 さらに都道府県ごとに研修医募集の枠を設けて、大学病院に優先的に配分する。研修する病院も、基準を厳しくして一定規模以上に絞り込むという。
 これによって大学病院で研修を受ける医師をふやそうというねらいだ。

 どうしてこんな提言が出てきたのか。理由は、医師不足問題にある。
 04年度から始まった今の研修制度で研修先を自由に選べるようになってから、出身大学に残る研修医が少なくなった。人手が足りなくなった大学病院が地域の病院から医師を呼び戻し、医師不足を加速させたといわれる。そこでもう一度、大学病院の医師派遣機能を立て直そう、というのだ。

 しかし、今の研修制度はそもそも、そうした大学の医局を中心とした臨床研修が専門分野に偏りがちだったという反省から、幅広い診療能力をもつ医師を育てようと始まったものだ。
 このためには、最低でも2年の研修が必要、との意見が根強くあり、病院団体の間にも「本来の研修制度の理念が曲げられる危険性がある」との懸念が広がっている。
 医師のなり手が少ない産科や小児科を必修からはずすことにも「研修をきっかけに興味を持ってもらう機会が減り、志望者がさらに減るのでは」と心配する声がある。
 医師不足解消の名のもとに、肝心の医師の質が下がってしまったのでは本末転倒ではないのか。

 そもそも病院の医師不足は、医療費の抑制政策などと深くかかわったものだ。病院への診療報酬を見直し、勤務医の過酷な長時間労働をなくさなければ根本的な解決は難しい。
 診療科や地域によって医師の数が偏っている問題もある。どの分野でどれだけの医師が不足しているかをきちんとつかみ、それに見合った医師を育てることも求められている。
 今急がなくてはならないのは、むしろ、こうした臨床研修を終えた後の専門医の育て方や医師の配置のしくみについての議論だろう。

 臨床研修の見直しは、あくまで患者が医師に何を求め、そうした医師を育てるのに何が必要か、という観点から進められるべきではないか。
 良医を育てるという臨床研修の原点を忘れてはならない。

朝日さんの社説はいつもながら話の流れが判りにくいのですが、勘違いでなければ研修制度見直しには賛成できないという立場かなという気がします。
しかし失礼ながら勘違いされているのかなと思うのは、医師の専門分化という問題は別に大学医局での研修がどうとかいう話ではなく、専門領域に特化・分化していかなければ最先端についていけないほど医療が高度化・複雑化してしまったことがその原因なんですよね。
そうであるからこそ現在の新・臨床研修制度で回ってくる研修医達に対しても心ある指導医達は「お前ら将来何科に進んでも、ローテートで習った程度のハンパな知識で専門外に手を出すなよ」と指導しているわけですよ。
初期研修制度というものは卒業をひかえた医学生にとってはそれなりに大きな問題ではあっても、それが一年であれ二年であれ何十年という実践修行を必要とする医師人生の中においてはほんの小さな経験にしかなり得ないものなんですから。

「患者の求めるような医師を育てるべき」と言うのもまた議論を呼びそうな話ですが、こういうことを主張するからには朝日新聞社には国民の求める医師像というものの詳細なデータも蓄積されているのだろうと推測します。
是非ともそうした持てるもの全てを早急に公開していただいて、更なる研修制度の改善に結びつけたいところではありますけれどもね。

臨床研修見直し 幅広く声を聞き拙速は避けよ(2009年2月20日毎日新聞)

 厚生労働省と文部科学省の専門家検討会が新人医師の臨床研修制度見直しの提言をまとめた。必修科目の削減と、都市部への研修医の集中を解消するために都道府県別に募集定員枠を設定することなどが柱になっている。
 焦点となっていた2年の研修期間の短縮については、1年目は内科、救急、地域医療を必修とし、2年目は外科、小児科、精神科など五つから2診療科を選択させる。また、従来通り、各診療科を残り1年で回って研修を受けることもできることになった。当初は臨床研修を1年に短縮する案が有力だったが、医療の現場から「1年の研修では基本的な診療能力が習得できない」などの反対が強くあり、提言では「研修プログラムの弾力化」という折衷案を示した。

 04年度から臨床研修が始まった結果、大学病院で研修する医師が減少、大都市などの病院などを選ぶ傾向が強まり、大学病院で医師不足が起きた。同研修制度が深刻な医師不足の原因を作ったとの分析や、大学病院での高度医療や医学研究の崩壊を懸念する声が上がり、昨年9月から見直しの議論が行われてきた。
 提言を受けて両省は10年度からの実施を目指している。しかし、見直し案については検討会でも意見が分かれ、医療現場などにも賛否両論がある。コンセンサスができていないのに拙速に見直しを進めれば、臨床研修制度の改善も医師不足の対策も十分な成果は期待できない。

 以下、いくつかの疑問や問題点を指摘したい。まず、臨床研修は医師養成のあり方が中心課題であり、医師不足の問題とは別に考える問題だ。同じ土俵で対応するのは難しい。研修のあり方を見直せば、直ちに医師不足が解消できるというほど単純な問題ではない。臨床研修は基本的な臨床能力を身につけさせる目的で始まった制度であり、当面の医師不足解消のために制度を変えるというのでは本末転倒だ。
 臨床研修制度の目的は、大学病院の医局制の弊害を解消し、ただ働き同然で使われアルバイトで生活を支えざるを得なかった新人医師の処遇を改善することだった。今回の提言で、研修医が再び大学に戻るかどうかは分からない。大学に残って研修を行う医師を増やすためには、大学自身が魅力ある研修プログラムを作れるかどうかだ。
 そもそも診療科ごと、また地域別に、何人の医師が足りないのかのデータがない。調査が難しいのは分かるが、基本的なデータ不足で医師不足を論じても有効な対応策は出てこない。

 臨床研修に問題があれば見直しは当然だが、国民生活に大きな影響を持つだけに、意見が割れた場合には幅広く声を聞き結論を出すべきだ。急いで進めて失敗すれば、困るのは国民だ。

根拠無き報道はお得意の毎日新聞社にして「基本的なデータ不足で医師不足を論じても有効な対応策は出てこない」とはどうした風の吹き回し?と思わされるところですが、こちらも制度変更の先送りを主張しているものと受け取るべきでしょうかね。
朝日新聞と違った切り口としては、医師養成問題と医師不足問題を切り離せという主張が明確に盛り込まれているところです。
医師がどこに何人不足しているかというデータを幾ら集めたところでそこを充足させるべき医師がいなければ何の意味もないのですが、その点も踏まえた上で毎日新聞の考える「有効な対応策」なるものがどのようなものであるのか興味があるところではありますね。

記事中で例によって臨床研修制度が医師不足の原因であるという説を取り上げていますが、二年間の初期研修を終えた若手医師達が相変わらず以前のようには各病院に配置されてはいないという現実を毎日新聞はどう考えているのでしょうか。
研修制度導入による最大の影響とは研修医の待遇がどうとか大学に残る医師の数がどうとか言う話ではなく、社会に対して全く無知なまま人買いに買われていった学生達が自ら考え病院を選ぶようになったということですよね。
幅広く国民の声を聞くことも結構ですが、結論を出すための参考にするというのであれば何より当の研修医達が何を求めているのかという聞き取りの方がずっと重要なんじゃないですかね?

臨床研修見直し 医師不足の主因を見誤るな(2009年2月20日読売新聞)

 医師不足にどう対処するかという議論と、新人医師をどう教育するかという議論が、混線しているのではないか。
 厚生労働省と文部科学省の合同検討会がまとめた医師研修の見直し策である。

 2004年度から始まった現行制度は、新人医師に2年間、幅広く七つの診療分野を体験する臨床研修を義務づけている。研修先は出身大学の関連病院に限らず、全国の病院に希望を出して、選べる仕組みだ。
 見直し策は必修を内科、救急、地域医療の3分野に絞り、外科、小児科、産婦人科、麻酔科、精神科を選択制とする。これらを約1年で終え、残る期間は将来専門としたい診療科を集中的に経験できるようにした。
 幅広く総合力を培う研修は事実上、半分に短縮される。だが、それで十分と言えるだろうか。

 現行の研修制度は、以前の新人医師研修がほとんど大学の医局傘下で行われていたために、専門に偏った医師ばかり養成されてきたとの反省に立ってスタートした。この結果、現行の研修制度で新人医師の総合能力は高まったと評価されている。
 それを見直すのはなぜか。現行制度は、結果的に、医師不足現象に拍車をかけてもいるからだ。
 研修医の約半数は大学病院ではなく、主に都市部にある症例豊富な一般病院を選ぶようになった。徒弟制度のような雰囲気の中で研修医を便利な労働力にしてきた大学病院は人手不足となり、周辺の自治体病院などに派遣していた中堅医師を引き揚げてしまった。

 このため、今回の見直し作業では、あるべき医師教育の姿を追求する議論は脇に置かれ、どうすれば大学病院に研修医を取り戻せるか、という視点が優先された。
 総合的研修を短縮して専門研修の比重を高める目的は、より早く一人前の医師を現場に送り出すため、と説明されている。だが、そうすれば専門性の高い大学病院を選ぶ研修医が増えるだろう、との目算も背後にある。
 時計の針を元に戻すような見直しに、医療界からも疑問の声が少なくない。医師不足を解消することは喫緊の課題だが、そのために医師の臨床研修が不十分なものになってはなるまい。

 医師不足の根本的な原因は研修制度ではなく、人材の配置に計画性がないことにある。義務研修を終えた若手医師を、必要な地域と分野にきちんと割り振る仕組み作りを急ぐべきだろう。

さて、前述の毎日新聞の主張から更に一歩踏み込んだ内容とも言えるのが、かねて医師強制配置の持論を展開してきた読売新聞です。
要するに「医師は中央集権的に強権をもって強制的に配置すべし」という話なんですが、ここまで持論まっしぐらというのも潔くていっそ清々しいほどのものがありますかね(苦笑)。
一応朝日・毎日には「医師が集まらないのは働く環境が悪いからだ」という認識があったようなのですが、自称・医療に強い(らしい)読売さんともなれば違います。
「ナニ人手が足りない!それはいけないな。君、さっそく来週からシベリアで木を数える作業にいってもらおうか」で全てが解決!嗚呼なんて素晴らしい医療改革読売案!な世界ですよ。

ちなみにかつて医師を強権をもって強制配置してきた医局というものがあったらしいのですが、マスコミの皆さんにおかれましては「白い巨塔許すまじ!」とばかりに一生懸命医局潰しに世論を盛り上げていらっしゃったように記憶しております。
そんな事情もあるわけで「時計の針を元に戻すような見直し」なんて時代錯誤の話を天下の読売新聞ともあろうものが為されるはずもないはずですから、何かしら我々凡人の想像もつかないような斜め上の隠し球でも用意されているのかも知れませんね。

臨床研修見直し 医師不足の解決になるか(2009年2月20日産経新聞)

 厚生労働省と文部科学省の合同検討会が、新人医師の臨床研修制度を見直す最終意見をまとめた。医師の地域的な偏在状態を解消し、研修医を診療現場の働き手として早く活用できるようにするのが狙いだ。
 しかし、若手医師の教育という目的とどう調和させるかといった運用上の難問もあり、医師不足の解決になお工夫が求められる。

 研修医が自由に研修先を選べる現行制度では、都市部の一般病院を選択するケースが増え、地方の大学病院などで医師不足が加速する一因になったと指摘された。最終意見では、(1)研修医の募集定員に都道府県ごとと病院単位の上限を設定する(2)必修科目の数を減らし、研修医が将来専門としたい診療科の研修を手厚く-などの見直しが提言された。平成22年度からの実施を目指す。
 若い医師は研修内容が優れ、自分の将来に役立つ病院での研修を希望する。上限の設定で地方の病院の医師数は補えることになるが、病院はこれに甘んじず、研修プログラムを一層充実させ、教育の質を高めていく努力が重要になる。研修医が研修終了後もその地域で診療に従事するよう方向づけしていくことも必要だ。

 必修科目については、多くの診療科を経験する現行方式では専門知識の習得が希薄となり、研修医の意欲を損ねるとの指摘を受けて見直された。提言は、現在の7つの必修科目を3つに減らして専門の診療科に時間を充て、2年の研修期間を実質1年に半減させることで、研修医が早期に病院の戦力となる道筋をつける。
 しかし、なかでも医師不足が深刻な産科、小児科、救急の専門分野を研修医が選択するかどうかが問題であり、こうした診療科を若い医師にとって魅力的な仕事場に変えていかなければならない。

 医師不足の解決には研修医の見直しとは別に、病院勤務の医師を増やす必要がある。勤務医を欠員の目立つ診療科や地域に的確に配置し、実効性のある対策が求められる。
 たとえば、診療報酬の配分を調整して開業医に比べて低い勤務医の給与を引き上げ、労働条件も改善する。地方での一定期間の勤務を開業条件に入れたり、診療科を自由に名乗れる自由標榜(ひょうぼう)制に制限を加えて一部の診療科への集中をなくしたりすることなども忘れてはならない。

最後に取り上げるのはかねて医療に関して素晴らしい珍説…もとい、独自の見解を公言してはばからない産経新聞です。
ちなみに不詳管理人、こと医療記事の斜め上っぷりに関しては毎日新聞などという有象無象の百万倍も産経新聞の素晴らしさを称讚するものでありますが、それは余談として。
しかしのっけからツッコミを入れますが、「診療報酬の配分を調整して開業医に比べて低い勤務医の給与を引き上げ、労働条件も改善する」って、法人税を軽減すればサラリーマンの給料が上がるって言うくらいに「風が吹けば桶屋が儲かる」な理論なんですが…

ところで、この記事の前半部を読んだ読者からすれば、「若い医師は研修内容が優れ、自分の将来に役立つ病院での研修を希望する」って悪いことなのか?という疑問は出ないものでしょうか。
良い病院の定員を削減し悪い病院にも人が回るようにする、要するに程度の低い病院は何ら改善の努力をせずとも人材が手に入るようにすると取れる記事の記述からは、「何それどんなトンデモ改悪政策?」としか思えないんじゃないかと素朴な疑問がわくようにも思えます。
ところがこれを受けた後半部では悪いものを改善するまともな対策が語られることもなく、逆にどうやって医者の逃げ道をふさぐかという議論に終始しているわけですから、やはりこれは医者という人種に何かしら含むところがあるのかとも深読みしてしまうところです。

これは産経新聞に限らない話ですが、結局過酷と言われる現場の待遇を改善するためには需要に対して供給過少な人手を増やすしかない。
そこで待遇を改善する、配置転換で医師を増やすなどなど色々と言っていますが、待遇が悪いからこそ医師が逃げ出すのであり、逃げ出したからこそますます労働環境が厳しくなっているわけですよね。
この悪循環を断ち切るのが難しいとすれば強権をもってラーゲリ送りを強要するか、それとも医療需要の方を大幅に削減していくかという二つの道が残されているのだと思うのですが、最大多数の最大幸福という観点で考えるならば所詮少数派の医療業界に泣いてもらうというのも確かに正解なのかも知れません。
国民の圧倒的多数を相手にしえるマスコミというものが医療崩壊の場において存在価値を発揮できるとすれば、まさに被医療者である国民の側に何かしらの改善可能なものがないかという呼びかけの部分にこそあるのではないかと思うのですが、労多くして益の少ない道を選択するマスメディアは未だ登場していないようです。

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2009年2月19日 (木)

医療崩壊の原因は何かと問われれば

最初にお断りしておきますが「日本最南端の新聞社」八重山毎日新聞は石垣市に本社のある沖縄の地方紙であって、全国紙であるいわゆる「毎日新聞」とは全くの別物です。
地方紙と言いますと第二次大戦中に一県一紙が原則とされて以来地域によってはかなり整理されていますが、沖縄と言う県では歴史的経緯なのか地理的状況故か人口の割に多彩な新聞社が共存しているようですね。

さて、近ごろでは沖縄でもご多分に漏れず公立病院独法化をという話が進んで色々と紛糾しているようですが、その独法化の件に関する八重山毎日新聞の社説がこちらの記事です。

「絶対安心の担保」示せ 八重山病院の“独法化”には賛成できぬ/沖縄(2009年2月18日八重山毎日新聞)

■説明不足と不信感
 県が2012年度をめどに八重山病院など県内6つの県立病院を地方独立行政法人にするという「県立病院のあり方に関する基本構想」が大きな波紋を広げている。各地域で説明会も開かれたが、住民側からは疑問、反発、不安が相次ぎ、八重山市町会(会長・大浜長照石垣市長)は、離島医療の崩壊につながるとして来月7日に独法化反対の郡民総決起大会開催も決めた。

確かにこれまでの報道などを見る限り、県の説明は年々膨れ上がる「赤字解消」のために初めから「独法化ありき」で、それでは肝心の独法化すると県立病院がどのように良くなるのか、ただでさえ“医療格差”があり難しい状況に置かれている離島の医療はどのようになるのか具体的な“姿”が示されず、説明不足の感は否めない。
 3月には知事に答申が出され、同基本構想が具体的に動き出すが、独法化で八重山の医療が良くなるとの「絶対安心の担保」が県から示されない限り八重山郡民は断固反対を貫き、独法化を決して許してはならないだろう。

■どうなる離島医療
 200億円超の累積赤字を抱え、毎年運営資金に100億円超の不足額を生じる県立病院の経営はまさに危機的であり、その経営のあり方が思い切って見直されなければならない待ったなしの状況にあることは十分に理解できる。しかしだからといってすべての県立病院が一律に独法化に移行は納得しがたい。沖縄本島と離島は医療環境が違うし離島は切り離し検討すべきだ。

県は独法化の利点として▽経営の自律性▽迅速な意思決定と効率的な業務運営▽事務部門の強化等経営企画力の向上▽財務面の健全性回復を挙げているが、しかし離島は独法化によって逆に、現在でも休療科があり、ただでさえ厳しい医師や看護師の確保がさらに困難となり、病院の存立そのものが危うくなる可能性は否定できない。
 しかも陸続きで代わりの病院がいくらでもある沖縄本島地区と違って、離島の八重山郡民は県立病院が頼りであり、「独法化は残念ながら失敗しました」などの話は絶対に許されない郡民の“命”の問題なのである。

■見切り発車の恐れも
 確かに県は「独法化後も不採算部門には県が必要な費用を負担するし医療はこれまでと変わらない」と強調するが、そこが説明では見えてこない。
 県は説明会で、離島の中の離島の竹富町長らから示された診療所の医師確保の不安などに、担当が違うからと即答を避けたようだが、こういう対応では郡民の理解は得られないだろう。
 財政難に悩む県は、現在とにかく支出の切り詰めに必至だ。八重山支庁の廃止問題も支庁長ら職員減のわずかの費用を浮かすため、しゃにむに懐柔策なども弄し 4月からの廃止にこぎつけた。今回の問題も、県の使命である公的医療充実の問題はそっちのけで、いかに赤字部門を切り離すかに主眼が置かれているかにしか見えない。
 それだけに反対の住民意見を無視しての見切り発車も否定できない。危機的状況にある県立病院の改革はぜひ必要だ。しかしだからといって離島医療を切り捨てることが許されていいわけがない。独法化によって八重山の医療が良くなるという「絶対安心の保証」が具体的に示されるなら、むしろみんな積極的に賛成し歓迎するだろう。
 しかし残念ながら今はそれがない。八重山郡民の命の問題であり、県からそれが示されるまで反対を貫き、県も見切り発車はやめていただきたい。

記事中にもあります通り、沖縄というところは僻地かつ離島の集合体というべき状況ですから、医療行政もそれなりの難しさがあることは誰しも理解できるところです。
独法化に関する説明会が既に開かれ話が進んでいる状況で県内市町長が反対の意思を表明しているということですから、今後も十分に議論をして落としどころを探すべきという点は全くその通りでしょう。

しかしこの場で指摘しておきたいことは、どんな方法・手段を選択しようがこと医療と言うものに関する限り「絶対安心の担保」「絶対安心の保証」などと言うものはあり得ないことであるという当たり前の事実です。
医療崩壊という現象の原因の一つに国民が医療に過度のゼロリスク保証を求めたことにあるとも言われていますが、過去においてのみならず未だにそんな幻想をもって市民を先導しているマスメディアが存在しているということですよね。

医療とマスコミの関わり合いに関しては(全国紙の)毎日新聞に限らず当「ぐり研」で過去にも色々と取り上げて来ましたが、医療業界に関わる人間の多くがひと言ならず言いたいことがあるのではないかと思います。
実際にこうした素朴な感情の存在を示す興味深いデータがありますので紹介してみましょう。

医療崩壊の責任、「小泉内閣」に―ML幹事グループが調査(2009年2月17日CBニュース)

 全国で深刻化している医療崩壊に責任がある内閣は「小泉内閣」と考える人の割合が「医師」「コメディカル」「患者」「一般」のいずれについても最も多いことが、複数のメーリングリスト(ML)で構成する「有志のオフ会幹事グループ」が実施したアンケート調査で分かった。
 調査は、インターネットと郵便により実施。ネットによる調査では、医療について話し合う「cminc(シーミンク)」など8つのMLと17医療機関にアンケートを送付した。また郵便による調査は、都道府県医師会や主要政党、報道機関など117団体に依頼した。
 両調査には計322人が回答。回答者の職業別の内訳は、「医師」(123人)、「コメディカル」(43人)、「患者」(85人)、「一般」(41人)が中心で、「医師会」(9人)、「マスコミ」(15人)などは少なかった。

 調査結果によると、中曽根内閣以降の歴代内閣を列挙し、医療崩壊に責任があるのはどの内閣かを聞いた質問(複数回答)には、263人が「小泉内閣」を選び、2位の「安倍内閣」(117人)を大きく引き離した。小泉内閣を選んだ割合を職業別に見ると、医師(94.3%)とコメディカル(90.7%)で9割を超えたほか、患者(81.4%)でも8割台に達した。一般は68.3%だった。

医療崩壊の主因を聞いた質問(複数回答)に対しては、「無責任な官僚の施策やマスコミの論調(官僚・マスコミ)」を挙げる回答が196人で最多。これに、「患者の権利意識・医療訴訟の急増・医療への刑事介入」の149人が続いた。「官僚・マスコミ」を選んだ人の割合を職業別に見ると、医師74.0%、コメディカル67.4%、患者65.1%、一般 43.9%などで、これら4職種ではいずれも最も高かった

 また、「医療崩壊の阻止に有効なもの」(複数回答)としては、「医療コスト見直し等による医療従事者の待遇改善」を挙げた割合が、医師65.9%、コメディカル76.7%、患者57.0%、一般41.5%で、これら4職種でそろって最高になった。

敢えて「官僚・マスコミ」とひとくくりにするところに何かしら意図でもあったのかと勘ぐりたくもなりますが(苦笑)、いずれにしても医療従事者・被医療者側を問わず責任の所在についての認識に関してはまさに圧倒的と言っても良い結果ではないでしょうか。
風の噂に聞くところによるとマスコミに関しては一部で「我々はまず国民に問題の存在を知らせることが第一の仕事であって、素人の門外漢なのだから間違えたと一々言われても困る」という開き直りもあるようです。
しかし奈良・大淀病院事件の事例などに見られるように、単なるミスではなく意図的なミスリードの気配が見られることは非常に大きな問題であって、「要するにあんた達は医療を潰して喜びたい愉快犯なのか?」という声が上がっても当然でしょう。

幸いにしてと思うのは、こうしたメディアの姿勢に対して「何かおかしいんじゃないの?」と感じ始めた人が次第に増えてきている、そして徐々に意思表示を行動にも移し始めているということです。
先日紹介しました毎日新聞・平野記者のすばらしい記事に関してもひと言なかるべからずと考えたのは医療業界の人間に限らなかったようで、実際に新聞社に抗議を行った人たちもいらっしゃるようですね。
他からの掣肘を受けないメディアが一方的に社会に影響力をふるってきた時代から、メディアに対するチェック機構として国民がメディアに対する影響力を持ち得る時代になってきたのだとすれば、これも彼の業界における一つの正常化と言ってもいいことなのかも知れません。

【電凸】記者日記:医師の説明の件で電凸してみました(2009年02月13日のブログ「ADON-K@戯れ言」さん記事より引用)

いつもなら東京本社に凸撃するところですが…ちょっと矛先を変えて、さいたま支局へ凸撃。
毎日新聞社・さいたま支局 048-829-2961
受付の女性に用件を告げると、30代後半くらいの男性が出てきて会話スタート(何処の部署か聞き忘れた…orz)。

俺:6日付けの平野記者のコラムを拝読しました。これについて、伺いたい事がありまして。

毎:どのような事でしょうか。

俺:まず、平野記者ですが…医療に従事した経験はおありなんですか?

毎:えーとですね…個人的に平野を存じてますが、そういった経験は無いです。

俺:そうですか。だとすると…平野記者はコラムの中の記述通り『ガイドライン本』で得た知識をもとに、医師に質問を連発したことになりますね?

毎:はい、そうなりますね。

俺:それなら、この医師が怒り出すのも無理はないですよ。
専門知識を修め、さらに経験も積んだ医師に対して…ガイドライン本だけで得た知識を振りかざして質問攻めにして、苛立たせた上に怒らせるなんて…医師にしてみれば「素人考えだけで医療を語るな!」と言いたくなるでしょう。

毎:平野にしてみれば、お兄さんの身を心配しての事だと思いますけど…失礼ですが、そちら様は医療関係の方ですか?

俺:医師免許では無く「溶接士」の国家資格を持ってます。私はそれで飯食ってるわけですが…これも専門知識と経験が要求されるものでして。教本読んだだけの輩にあーだこーだと言われると、「実務経験も無い奴が、偉そうに語るな」という気分になるんですよ。
本読んで得た知識だけで喋る人と、専門知識と経験を基に喋る人、どっちの言葉が信用できるか…想像つきますよね?

毎:は…はい、そうですね。

俺:で、最後の文章『医師はその後も献身的に兄を診てくれた』って、何ですか?
医師を怒らせた失礼な態度を詫びるでもなく、この医師の悪口を書いた挙句にこの一言で誤魔化そうという浅ましさが見えて、白々しい限りなんですが。

毎:失礼な態度をとったのに、お兄さんの治療に当たってくれた医師への感謝――だと思いますが。

(呆れ果てるあまり、ハイパーモード発動…失敗orz)

俺:なら先に、それを詫びる言葉があってしかるべきでしょう。
平野記者が、お兄さんの身を案じるのは理解しますよ。でもその気持ちが昂じるあまり、結果として相手を怒らせたんです。悪気はないかも知れませんが、大人の礼儀として謝罪すべきでしょう。違いますか?

毎:そ、そうですね…仰る通りです。平野の文章に下手なところがあったようで、大変申し訳ありません。

俺:どんな職業だろうが、「その道のプロ」が下手を打つようじゃ困るんですよ。平野記者に、技術職というものについてよく考えるようにお伝えください。
『耳学問だけで世の中が回れば、技術職は飯の食い上げだ』という言葉を添えて。

毎:はい、伝えさせていただきます(声が萎む)。

…なんか、今回は説教くさくなっちゃいましたね。年食った証拠かな??

では本日の結論。
【平野幸治よ、技術屋を舐めるな】

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2009年2月18日 (水)

今や医療とは黙っていても与えられるものではありません

大阪府の医療問題と言えば例の阪南市立市民病院の件が有名ですが、同じ府内の松原市においてもやはり市立病院の経営問題が存在しています。
ただし以前に紹介しました通りこちらでは阪南市と違って、市長の声かけに答えて議会がさっさと病院閉鎖を議決してしまったのですね。
この手の話では少し前に銚子市立総合病院が休止決定で市長リコールと言う騒ぎになりましたが、案の定と言いますか松原市でも同様の騒動が起きているようです。

松原市長のリコール署名スタート 市立病院の閉院問題で/大阪(2009年2月16日朝日新聞)

 経営難を理由に、大阪府松原市の市立松原病院(162床)を3月末で閉院すると決めた同市の中野孝則市長に対し、病院存続を求める同市の市民団体「『とりもどそう住んでよかった松原を』市民の会」が16日、解職請求(リコール)の署名集めを始めた。

 同病院の累積赤字は07年度末で約40億円。医師不足や患者離れに加え、老朽化した施設の建て替えも財政難で難しいとして、中野市長が昨年11月末に閉院方針を表明。12月議会で関連の条例案が賛成多数で可決された。

 署名集めは3月16日まで。有効署名が有権者の3分の1(約3万4千人)を上回った場合、解職か否かを決める住民投票があり、有効投票の過半数が解職に賛成すれば市長は失職、50日以内に市長選が実施される。

 解職請求代表者の一人、長尾和さん(71)は「市民に諮らず独断で閉院を決めたことへの怒りを形にしたい」といい、4万人分を目標に署名を集めるという。

 2期目の中野市長の任期満了は6月16日。市長選は5月24日告示、同31日投開票の予定だが、中野市長はまだ態度を明らかにしていない。

首長も議会も一致して決めた病院の廃止が市民の声であっさり覆るということになれば議会制民主主義とは何なのよという話にもなりかねませんが、銚子市の件とも併せて行政が民意にどう応えるかを興味深く見守っていくべき問題とは言えるでしょう。

身近な病院が消えるといった問題を通じて、近ごろでは医療崩壊という現象が市民の間にも滲透しつつあるように思えます。
医療資源が需要に対してどうやらひどく過少らしいという認識がようやく広く認識されはじめたことは現状認識として進歩だと思うのですが、一方で品薄感が高じて往年のオイルショックまがいの騒ぎにつながりかねないという危惧も少なからず感じています。
この危機に対して計画的に医師を配置することで乗り越えようという国と厚労省を中心とした勢力があるわけですが、何かと評判の悪い臨床研修制度の改正問題とも絡めて更なる医師配置への支配権強化を図っている気配が濃厚なのは気になるところですね。

研修医募集枠を病院ごとに制限 国が方針(2009年2月18日中国新聞)

 医師不足問題を受けて臨床研修制度の見直しを検討している厚生労働、文部科学両省は十七日、二〇〇九年度以降の研修医の定員について、都道府県ごとの上限新設に加え、すべての研修先病院の募集枠を制限する方針を固めた。

 都道府県ごとに上限を設けるだけでは、県庁所在地などの大規模病院に研修医が集中し、地域内での医師の偏在が解消しない恐れがあるため。

 ただ、へき地の病院などに医師を派遣している大学病院などについては募集枠を優遇して配分し、地域医療を担う中核病院としての機能強化を図る。

 当初は総定員を前年度比16%減の約九千五百人とし、うち約千七百人は大学病院などへの優遇分とする。

 現行制度では、各病院は病床数などに応じて研修医の募集定員を自由に設定できるが、多くは定員割れとなっている。今後は、直近数年間の平均採用数など過去の実績を基準に算出し、実態に即した定員設定とする。

 定員を満たしている病院がさらに病床数などを増やしても、募集枠は据え置く。定員割れの病院については欠員分の枠返上を求める。

 採用者ゼロが続く病院に対しては、研修医を多く受け入れる地域内の中核病院とのグループ化を要請。研修病院としての機能は維持するが、独自の募集は行わないよう指導する。

 その上で病院ごとの定員の合計が、都道府県単位で新設する上限数を下回るように調整。それぞれの都道府県で募集枠の「余剰」を生みだし、医師派遣機能を担っている大学病院などへ配分するとしている。

 臨床研修制度見直しをめぐっては、現在、両省の検討会が(1)都道府県ごとの募集上限の新設(2)必修診療科数の大幅削減によるプログラムの弾力化―などを柱とする提言案を議論している。

一生懸命医局を潰そうと頑張った挙げ句に、今度は国のバックアップで医局の権益を再強化しようとしているように見えるのは自分だけでしょうか…
まあ医療行政の朝令暮改ぶりはこの話に限ったことでもなく今やお約束とも言うべきものですが、とにもかくにも医師というものが今後は今まで以上に手に入りにくい貴重品になりそうだという気配は感じられるところですよね。
となれば当然の流れとして、いかにして必要な医療資源を手元に確保していくかという議論が出てくるだろうし、逆に特定の誰かに対して医療を提供する保証と言うものが業務として成立する可能性が出てきたということです。

混合診療の禁止(医療は全国同一価格同一サービスという大原則)の抜け道として、以前に「順天堂リフレッセクラブ」という会員制の医療サービスを紹介したことがありました。
これなども表向きはドックや慢性疾患の管理などが主体のサービスですが、

・疾病の治療のため、予約診察室を用いて速やかに診察を行い、疾病内容により、適切な専門医を紹介して、診察を受けることができます。

・緊急時医療について、昼間(9:00~17:00)は健康スポーツ室、夜間(17:00以降)は救急室を 通じて、サービスを行っております。

などといったHPに記述の「特典」を見る限り、いかにも「俺に対する医療の保証」といった特別待遇を期待させての会員募集という気配が濃厚ですよね。
少なくとも一つ評価できることには、最近ではようやくこうした「特別な医療給付と言う利益を受けとるためには、医療現場に対してもそれ相応の利益を保証していかなければならない」という当たり前の相互主義に対する理解が広がりつつあるのかなと感じられるところです。

NICU 市民優先のベッド確保 周産期医療対策 浦安市、順天堂大病院に/千葉(2009年2月17日東京新聞)

 新生児集中治療室(NICU)が満床などの理由で、妊婦や新生児が医療機関に受け入れてもらえない問題を受け、浦安市は市民を優先的に受け入れる空きベッドを市内の中核病院に確保するなど、周産期救急医療の充実に乗り出す。市は病院側に支払う運営費二千九百四十万円を二〇〇九年度当初予算案に計上した。

 市内で唯一、NICU三床を設置する順天堂大付属浦安病院の一床と、母体を守るため同病院産婦人科の集中治療室(ICU)一床を確保する計画。満床の場合も、ほかの空きベッドを病院側が市民に提供するなどの措置を取ってもらう。

市民がベッドを利用しなくても、年間管理用の診療報酬の半額を市が病院側に運営費として支払う契約。運営費は専門性の高い医師を増員するなど周産期救急医療の充実にも使用してもらう。

 松崎秀樹市長は「病院側にはNICUのベッドを三床程度増やす考えがあるようだ。増床につながる呼び水にしてもらいたい」と述べた。 

一昔前なら「ベッドがない?いつでも空きベッドを用意しておけばいいだろう!」で終わっていた話が、今や診療報酬のシステムによって空きベッドなど持っていようものなら病院経営が立ちゆかないという事実が認識されるようになった。
「うちは少しお高くなりますがサービスは抜群です(混合診療)」が禁止されている以上は薄利多売で客の回転を上げて稼ぐしかありませんから、「俺様がいつ行っても待たずに食べられるように常時席を用意しとけ」なんてことを言われても困るわけです。
それでも空きベッドは確保しておいて欲しいならその分のコストは我々が負担しますというのは当然の話ですが、この当たり前のことが当たり前に通用するようになってきたというところが昨今の医療業界における変革の特記すべき点ではないかと思いますね。
そして医師を初めスタッフにとっても、どうせなら当たり前のことが通用する職場なり地域なりで働きたいと考えるのは自然の流れというものですから、これも舛添大臣の言うところのインセンティブと言うものの一例でしょう。

最近では単にお金を出して既製品の医療資源を囲い込むというだけではなく、更に一歩進んで自ら必要な医療資源を育成し確保していこうという動きすら見られるようになってきました。
各地の自治体で流行りの「奨学金と言う名を借りた御礼奉公強制システム」は一昔前にどこかの業界でさんざんバッシングを受けた制度のリメイクとも言うべきもので残念ながらあまり人気があるようには見えませんが、中には企業レベルで必要な人材確保を図っているところも出てきているようなのですね。

タマノイ酢 2010年春「医師社員」誕生へ 医学知識を生かし商品開発を強化(2009年2月18日日経情報ストラテジー)

 創業100余年で「すしのこ」「はちみつ黒酢ダイエット」を販売する老舗食品メーカー、タマノイ酢(堺市)に2010年3月、医師2人が入社する。同社が2004年に開始した人材育成制度「フューチャー制度」を活用して難関国家資格の取得に初めて成功した元社員たちだ。2008年3月に国立大学医学部を卒業して医師免許を取得してからは、副業が禁じられている研修医を務めるために公式にはいったん退職。2010年3月に晴れてタマノイ酢に再入社する。2 人を医師に育てるために医学部在学中の学費はすべて会社が負担し、給与や賞与も支給していた。

 再入社後は専門知識を生かして健康に良い商品などの開発などに携わる予定だ。同社社長室の桜内晶子課長は「手間とお金がかかっても会社の理念や目的を理解する社員から医師を育てることに意味がある。普通の医師は病人を治すための存在だが、病気にならないような商品、サービスを開発できる医師になってほしい」と狙いを話す。

 2人の医師は新潟大学、山形大学の医学部で学んでいた。2009年2月現在も琉球大学医学部に社員が1人在籍している。同社のフューチャー制度にはほかに税理士コースや弁護士コース、調理師コースなどがある。また、スポーツ選手を育てるアスリートコースもあって、競歩選手の社員は2008年に日本選手権で7位入賞を果たした。

細かいことは全部抜きにしても、この会社の経営陣のやったことは結構大英断じゃないでしょうか?
税金を使って免許を取った医者どもが他業種に逃げ出していくのはけしからん!なんてことを仰る向きも世の中にはいらっしゃるようですが、自らの将来をも睨んでここまでの心配りをしている人々に対して心ない非難をするよりも学ぶべき点を学んでいく方がはるかに建設的であるように思えます。
様々な内圧・外圧によって医療業界の改革改善は今後ますます加速度的に進んでいきそうな勢いですが、今まで閉鎖的、非常識などとさんざん批判されていた業界の特異体質が世間並みになっていくのは誰にとっても歓迎すべきことのはずですよね。

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2009年2月17日 (火)

岩手県立病院再編計画、さらに斜め上に疾走中!?

先日に引き続いてまた岩手県の公立病院再編計画の話題です。
住民に対する説明会が開かれ、一部(僻地)公立病院の無床化計画には断固反対という声が上がっているところまでは既報の通りですが、これに対して県医療局では計画通りの無床化推進という方針を崩していません。
この2月10日には県医療局から無床化を含めた最終計画案が発表されましたが、その報道がこちらです。

無床化前提に「支援」計上 県医療局 経営計画最終案を公表 /岩手(2009年2月11日読売新聞)

 県医療局は10日、県立6医療施設の入院用ベッドを廃止し、「無床診療所」にする方針を盛り込んだ県立病院の新しい経営計画の最終案を公表、県議や地元自治体に説明した。昨年11月の原案を大筋で踏襲する内容で、住民は改めて強く反発、19日から始まる県議会に、無床化撤回を求める請願を再提出する構えを見せている。県は来週にも計画を正式決定する。

 最終案は、5地域診療センターを09年度から、沼宮内病院を10年度から無床化する方針を維持した。
 その上で、住民側の要望に配慮し、入院が必要な患者の受け入れ先の確保については、基幹病院を中心に他の病院と連携しながら対応し、患者や家族には、無料送迎手段を確保することを新たに盛り込んだ。
 また、県は〈1〉関係自治体に夜間・休日、当直の看護師を置く〈2〉病床は当面「休床」とし、「廃止」手続きは民間の利活用など状況を見極めて決める――などの方針を口頭で示した。

 県地域医療を守る住民組織連絡会の及川剛代表(73)は「対案も提示してきたのに、期待を大きく裏切られた。悔しさでいっぱい」と声を振り絞った。

県当局は医療の危機を声高に叫んで改革を推し進めようとしていますが、実際のところ岩手県内での医療がどういう状況にあるのでしょうか?
こうした実情を判断する上で参考になりそうな記事がこちらですが、以前に紹介しました分とも併せて特に医療現場現場から発せられる声に留意ください。

常勤医20人以上退職か 岩手県立病院 /岩手(2009年02月06日河北新報ニュース)

 医師不足が深刻な岩手県立病院で、20人以上の常勤医が3月末までに退職する可能性のあることが5日、分かった。既に辞めた医師も含めると、年間退職者は50人前後に上ることになる。入院患者受け入れの縮小を迫られる病院も出るとみられ、22病院5診療所を抱える県医療局は医師の引き留めに懸命だ。

<入院・外来の縮小必至>
 医療局によると、退職の可能性があるのは、定年(65歳)の5人を除き20―30人。病院や岩手医大など派遣元の医局に退職を申し出たり、相談したりしている。
 既に退職した24人を含めると、年間退職者は全常勤医(530人)の約1割に達する。2006年度は30人(うち定年2人)、07年度は39人(同)で、増加傾向が進む形となる。

 退職意向を示している医師はほとんどが内科医で、30代後半から40代が中心。退職後の進路は開業医や専門性の高い他県の民間病院勤務などを考えているという。
 千厩病院(一関市)では内科医3人のうち、後期研修医の1人が3月末に大学に戻る。もう1人も4月末に県内の公立診療所に移る意向で、「入院や外来を抑制せざるを得ない」(医療局)状況になっている。

 大学病院も医師不足で後任の医師派遣は期待できない状況。医師が多い中央病院(盛岡市)が応援診療するしかないが、既に重い負担になっており、千厩病院以外にも診療縮小が広がりそうだ。
 前年度の47人から59人に増えた後期研修医も、指導する中堅医師の退職増が続けば、減少に転じる恐れもある。

 医療局の岡山卓医師対策監は「退職者増に医師確保が追い付かない。最後まで引き留めに努め、退職者を一人でも減らすしかない」と危機感を募らせている。

中核病院医師191人不足 公的施設分 県が試算(2009年2月17日読売新聞)

 県内の公的な中核病院で、不足する医師の数は、191人に上ることが、県の試算でわかった。この数は、これらの中核病院に勤務する常勤医全体の約5割にあたる。小規模な地域病院も含めれば、不足数はさらに増加するとみられ、深刻な医師不足の実態が改めて浮き彫りになった。

 県が16日の県地域医療対策協議会で報告した。それによると、現在、県内の公的中核病院で働く常勤医は計415人。これに対し、本来必要な医師数は606人で、191人足りなかった。

 医療圏別では、釜石地方の医師不足が最も深刻で、必要数43人に対し、常勤医は19人しかいない。診療科別では、最も深刻な産婦人科は、必要数56人に対し、常勤医はほぼ半分の29人。

 県市長会を代表し同協議会に出席した久慈市の山内隆文市長は、「医師の絶対数も大事だが、病院の機能を維持するために、医師の配置も考慮してほしい。久慈病院には麻酔科医がいないため、担うべき医療(全身麻酔を要する手術)が満足にできない」と訴えた。

地域医療の危機:担い手たちの声/上 /岩手(2009年2月7日毎日新聞)

 県立病院・地域医療センター6施設の入院ベッド廃止(無床化)を柱にした県医療局の新経営計画案。医療局は、過酷な勤務状況による医師不足を理由に挙げ、住民に「地域医療を守るため無床化が必要だ」と理解を求める。果たしてこの新経営計画案で医師不足に歯止めがかかり、地域医療の確保につながるのか。地域で医療に携わる現場の医師2人に意見を聞いた。

 ◇医師やる気そぐ無理解

 〈県医療局によると、04~07年度の4年間で県立病院・地域診療センターの医師は定年者を除き140人が退職。うち91人が開業や民間病院への転職を理由にしている。同局は「医師不足の病院に派遣される診療応援などがある県立病院の勤務環境は過酷だ」と無床化に理解を求める〉

 確かに当直で夜通し救急患者が運ばれ、翌日も外来がある中央病院は大変だろう。しかし、地域診療センターはそうではない。むしろ、事務方の無理解こそが医師のやる気をそいでいる。
 例えば紫波地域診療センターでは、現在のセンター長が赴任後、赤字額を減らしている。病床稼働率は7割を超え、ベッドはフル回転だ。多くの患者をみとっている。それなのに「赤字、赤字」と言われる。私ならすぐ辞めてしまうよ。

 〈紫波地域診療センターの無床化を巡る県医療局の住民懇談会で、「計画案はかえって医師不足を加速させる」と訴えた〉

 無床化対象6施設の医師は半分以上辞めるだろう。そもそも、診療センターと中央病院などは役割が違う。体力的にもセンターから異動するのは難しい。しかもセンターの外来業務のため、基幹病院から医師が派遣される。日本刀で爪楊枝(つまようじ)を研ぐようなもので、基幹病院の医師の不満もたまる。
 医療局の人事は病院経営を悪くしていないか。ある医師は、旧大迫病院で高血圧や脳卒中などの予防医学に傾注し、大迫方式として注目を集めた。宮古病院の院長に「栄転」したが、「医師を確保できない」「赤字だ」と批判され続け、辞めてしまった。内科のオールラウンドプレーヤーだった彼が大迫に残っていれば赤字にならなかったのではないか。

 〈紫波地域診療センターの役割を終末期医療に限定し、開業医も当直体制に協力する私案を示した〉

 末期がんのように痛みの緩和が必要だが急性期ではない終末期患者を受け入れてほしい。医療局は中央病院の協力病院で受け入れると言うがそれも3カ月が限界。患者の家族は転院先を心配し続けなくてはならない。外来は開業医でカバーできる。救急は現状の職員や機器では対応できない。

 〈懇談会でも県医療局は「持ち帰って検討したい」と回答を明言せず、間もなく計画の最終案を示す〉

 寄せられた意見を本当に検討しているのだろうか。「意見を聞いた」というアリバイづくりのような懇談会だった。地域にとって大事なベッドを守れないか。せめて6カ月間でも猶予がほしい。

医療機関というものは単に個々の規模・立地などのみならず、その役割・性格も自ずから異なるものであることは医療従事者であれば誰しも知っているところですが、当然ながら求められる医師像もそれぞれの医療機関によって全く異なります。
都心部の裏通りにひっそりと佇む完全予約制の高級料亭と、郊外の基幹道路沿いに建つ24時間営業のレストランとでは同じ飲食店と言っても客層も違えば期待される役割も異なることは誰しも判ることだと思いますが、同じ料理人だからと簡単にスタッフを融通しあえるような性質のものでもないのと同じことですね。
一日100人の救急患者が訪れる野戦病院に癌専門医を置いても仕方がないし、急性期医療に特化したスタッフを慢性期病床に送り込んでも患者・スタッフ双方とも不幸になるばかりなのですが、報道からは未だそのあたりのすり合わせは不十分なのではないかとも感じさせられるところではありますね。

とはいえ、いずれにしても一部の医療機関で限度を超えた慢性的な過重労働に陥っていることは明らかですので、早急にこうした態勢を改善するためにはどこかからスタッフを引き抜いてくるか、それが嫌なら県民の医療需要自体を今より削減していくかしかありません。
単に既得権益を少しでも削減することには反対だと言い続けるだけでは今どき誰からもまともに相手にはされませんが、事ここにいたってようやく地域住民からも自ら医療を守るために動くという姿勢が見えてきたようです。

市民率先、地域医療守れ 釜石病院サポーターズ結成 /岩手(2009年2月10日)

 地域医療の危機が叫ばれる中、釜石市民有志は9日、中核病院である県立釜石病院(遠藤秀彦院長、272床)=同市甲子町=を支援する「県立釜石病院サポーターズ」を結成した。市民に「コンビニ受診」の自粛を呼び掛けたり、医療現場の実態を学ぶ勉強会を開催する。過酷な勤務を強いられている医師の負担を減らし、住民一丸で地域医療を守り育てる意識を醸成する。

 サポーターズには、市内の育児サークルのメンバーや市母子保健推進員ら約160人が参加。
 市民に対して▽かかりつけ医師を持つ呼び掛け▽不要不急な受診、コンビニ受診の自粛呼び掛け▽医療状況の勉強会開催-などを実施し、病院の案内ボランティアや清掃にも取り組む。
 県医療局によると、院内でボランティアが活動する県立病院は多いが、対外的な啓発も含めた総合的サポートを住民が主体となって展開する例は初めてとみられる。

 県立釜石病院は釜石医療圏(釜石市、大槌町)の救急医療を担う基幹病院。同市では、ともに急性期医療を担った市民病院が2007年3月末に閉院し、県立病院の役割は一層重くなった。
 07年度の県立釜石病院への救急搬送は1414件。市民病院があった04年度の760件に比べ2倍近くに増えた。
 一方で常勤医の数は21人(研修医を除く)で、04年度の20人とほとんど変わっていない。救急搬送患者の約3割は軽症という実態も負担に拍車を掛けている

 サポーターズのメンバー10人は9日、県立釜石病院を訪問。代表を務める同市甲子町の主婦菊池美和さん(37)が遠藤院長に決意書を手渡した。
 菊池さんは長女(2)が入院したことがあり、小児科医の奮闘を目の当たりにした経験を持つ。「医師はいつ家に帰っているんだろうとよく思った。こういう地域だからこそ医師を大事にしないといけない。去られてからでは遅い」と力を込める。

 遠藤院長は「(兵庫県の)柏原(かいばら)病院の成功例もある。住民の皆さんが立ち上がって、一つ一つ協力してもらえれば、大きな力になる」と期待を寄せる。

住民がこのように自ら医療を守るべく動き始めたことに対して、地域市町村の動きはどうなのでしょうか?
当然ながら医師を引き抜かれ病床を廃止される僻地自治体にとって県医療局の計画案が歓迎されるものであるはずもありませんが、こうした確執が妙なところにまで飛び火してしまっているようなのですね。
岩手県のおいても昨今流行の医師養成奨学金という制度があるわけですが、その迷走ぶりをこちらの記事から紹介してみましょう。

医師養成奨学金の負担増 各町村、直接支出せず /岩手(2009年2月14日岩手日報)

 県町村会(会長・稲葉暉一戸町長、22町村)は13日、盛岡市山王町の県自治会館で会合を開き、県が求めていた2009年度医師養成奨学金の負担金の一部について、「医療改革で県に町村の話を聞く姿勢が見られない」として、「抗議」の意思を示すため各町村が直接支出しないことを決めた。県市町村振興協会(理事長・谷藤裕明盛岡市長)の基金から支出する予定。医療改革をめぐる県と町村の確執が本来必要な医師確保対策に飛び火した形で、地域医療を守るための冷静な議論が求められる。

 町村長21人が出席。稲葉会長は「責任ある医療の確保なくして負担金を求める県の姿勢は許し難い。とても『真水』では出せない」と、町村の反対を押し切って県立医療機関の改革を進める県を非難した。
 一方で「医師不足は事実であり、妥協せざるを得ない」として、同協会の基金を活用する方針を示した。

 医師養成奨学金は、岩手医大など医学部の学生を対象とする市町村医師養成事業として2004年度から実施。県と市町村が半額ずつ負担している。09年度は定員が10人から15人に拡大され、県が市町村に負担増を求めていた。町村の負担は三百数十万円増える見込みで、この分を同基金から支出する。
 藤原孝紫波町長は「医療改革では県民の意見が全く反映されておらず、県に反省を求めるべきだ」と、直接的な財政支出を行わないことで、県への抗議を示す姿勢を強調した。
 また、県が高度医療に集中する姿勢を見せていることから、民部田幾夫岩手町長は「医師が増えても中核病院のみに配置されたのでは、町村が何のために負担するのか分からなくなる」と、養成した医師の派遣先について疑問を示した

 これに対し県は16日の地域医療対策協議会で、養成した医師の派遣方針を示す予定。
 県医療国保課の柳原博樹総括課長は「医師の配置は市町村の意見を反映する仕組みをつくる」とする一方、「命のとりでを守らなければ、地域医療も維持できない」と、まずは中核病院の医師確保が急務であることを強調する。

岩手県が配置ルール案 奨学金で養成する医師 /岩手(2009年02月15日河北新報ニュース)

 岩手県は14日までに、公立病院の医師不足に対応するため、市町村との奨学金制度で養成する若手医師を地域病院、診療所にも一定期間派遣する配置ルール案を決めた。16日の地域医療対策協議会で提示する。

 配置ルールは、奨学金を利用して岩手医大や他県の大学医学部を卒業し、6年または9年間の県内病院勤務が義務付けられる医師に適用する。
 医師免許取得後の勤務について、中核病院や地域病院、診療所を回る6―12年間の複数のモデルケースを策定。義務期間の早期終了を希望する医師は最短の6年間、他県や民間の専門病院勤務を挟む場合は長い期間のモデルを使う。
 実際の配置は、地域対策協議会を構成する県と医療局、市町村、岩手医大などが医師本人や地域の要請を基に調整する。

 奨学金制度をめぐっては、県とともに資金を出している市町村から「卒業しても地域病院に勤務する保証がない」「県立の中核病院だけに医師が集中しかねない」などの声が上がっていた。学生に卒業後の進路の方向性を示す必要もあることから、県は配置ルールが必要と判断した。

あ~、まあ、そのですね…
岩手県立病院というもの自体が今や現場の医師達からそっぽを向かれつつあるのが現状なわけで、ともすれば逃散しかかっている医師達をどうやって引き留めるかという魅力ある政策を提示できるかどうかが今や県の医療の将来を左右する最大のファクターともなっているわけです。
地域住民達も今や単なる反対論者から脱して自ら積極的な医療保護のアイデアを提示しようとしている時に、医療行政を司る人々がこうまで露骨に医師をモノ扱いしている姿勢を示してしまうのもどうかと思うのですがね。

別に医療業界に限った話ではありませんが、組織に対する忠誠心などと言うものは無制限に期待できるようなものではありません。
岩手県の公立病院が特別医師達に対して手厚く報いてきたという話も寡聞にして知らないのですが、ただでさえ崩壊しかかっているであろう現場の志気に対してどのような影響をもたらすか、興味深く今後の経過を拝見させていただこうと思います。

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2009年2月16日 (月)

パンダはなぜ消えたのか

かつて医療崩壊ヲチャーの間で大人気を博した「パンダと白熊」という創作童話があります。
医療崩壊という現象を動物園のパンダに例えたなかなかの傑作ですが、例えば第一話を引用してみるとこんな感じです。

「パンダと白熊」第一話 パンダの悩み

絶滅危惧種と言われながら休みも正当な報酬も無く次々と力尽きていく我が国の産科医師は虐待されているパンダそのものである。
本来パンダは大切に扱われ、産まれてきたパンダの赤ちゃんは死なないように大事に大事にされる。
ところがこの国の医療界のパンダ(産科医師)は絶滅寸前であるにも関わらず、押し寄せる観客に朝から晩まで芸を披露させられ、それが終われば畑へ連れて行かれ、牛や馬でも できる仕事をさせられている。

あるパンダは嘆いた。
「どうして僕達だけこんなに芸や重労働をさせられるのだろう。餌だって生きていくのにやっとしかもらえない。そうだ、パンダだからいけないんだ、白熊になれば楽になれる。 」
早速そのパンダは折角の愛嬌のある白黒模様を捨て、毛を全て白く染め、白熊の檻へと非難した。」
「あー、白熊になって良かった。これでゆっくり休める。餌だってなぜか前よりちょっと増えたぞ。」

残ったパンダはさあ大変、少ない頭数で来る日も来る日も朝から晩まで芸と重労働。また、その芸は完璧でなければならない。一生懸命難しい玉乗りをしていても、強風に煽ら れてこけたら大変。
「パンダのくせに芸を失敗した。」と観客から激しいブーイング。
ぶら下がっているミノムシからも
「そんな芸、ミノムシの俺でもできるぞ。何失敗してやがる。けしからん。罰を与えよ。」とミノムシのクセに大声でやじる。観客が拍手する。「そうだ!ムチで打て!!」
玉からこけたパンダに手錠がかけられた。ムチが打たれる。
「お前が玉から落ちるから悪いのだー思い知れ!!」
ピシッツピシッツ容赦なくやせ衰えたパンダにムチが飛ぶ。
拷問の後で「もう駄目だ、僕も白熊になろう。残された仲間達、ゴメン、もう限界だ。パンダを続けると死んでしまう。」
こうしてヨロヨロのパンダはまた一匹一匹と白熊になった。

子供ができにくいパンダはそんな環境では当然子供が増えない。どんどん数が減る。全国の動物園からパンダがいなくなった。
観客は怒った
「どうしてパンダはいないの?最近のパンダは根性がない!芸が見れないなんて私達が困るじゃないの!そうだ、署名しましょう。」
観客はパンダを虐待するから減少していることに気づかない。

とある動物園が困り果てて
「十分に餌をあげるからパンダさん、来てチョウダイ。」
パンダがやってきた。命を削って芸と労働を行った。幸い失敗は無かった。ところが観客から野次が飛ぶ
「何そんなに餌食ってんだよ。勿体無いじゃねえか!!」
疲れ果てたパンダはその動物園を去った。

今日もまた一匹、また一匹、パンダが動物園から逃げる。白熊になる。でも不思議なことに、その原因が虐待であることをパンダやその周りの動物達いがいは誰も指摘しないし、 変えようともしないのである。

特に第九話など傑作で思わず笑ってしまいますが、これら作品が作られた当時はどちらかと言えば啓蒙的な目的に給するというよりも、自虐的お笑いの要素が濃厚であったように記憶しています。
とは言え、こうした分かり易い寓話的物語が医療崩壊という現象に対するまたとない教材となることも間違いありません。
近ごろこれだけ医療崩壊という現象が人口に膾炙するようになってくると、リアル「パンダと白熊」とも言うべき話も出てくるんだなという記事がこちらなんですね。

絵本「くませんせいのSOS」無料配布 /福島(2009年02月13日KFB福島放送)

「コンビニ受診」といわれる時間外診療で疲弊する勤務医や医師不足など地域医療の窮状を親子で考えてもらおうと、須賀川医師会は絵本「くませんせいのSOS」を購入し管内の須賀川、鏡石、天栄の3市町村の幼稚園と保育所計47施設に無料で配った。

症状がそれほど深刻でなくても24時間営業のコンビニエンスストアを利用するかのように時間外に受診する「コンビニ受診」。
増える医師の負担は慢性化し、全国で医師不足、地域医療の崩壊を招いている。
同医師会管内も苦境は同様。
同市の公立岩瀬病院では18年度末に25人いた常勤医は現在19人に減った。

昨年10月に同市地域医療協議会が設立され、地域医療を守るための取り組みが進められている中、黒沢三良会長らが絵本の無料配布を発案した。
医師の働きやすい地域づくりを目指す同医師会は「医師も生身の人間。安易な時間外受診は過度の負担をかける。子どものうちに地域医療の現状を知ってほしい」としている。

ちなみに「くませんせいのSOS」とは「県立柏原病院の小児科を守る会」と「NPO法人地域医療を育てる会」が共同で出した教材的絵本です。
こちらの活動については以前にも紹介しましたが、地域住民自らが立ち上がって支援活動を行った結果医者が帰ってきたという先駆的事例で、絵本もその活動の一環として作られたものなんですね。

医療リソースの不足に伴う慢性的過重労働であるとか、今も継続される社会保障費抑制政策であるとか、あるいは訴訟リスクの増大などなど、医療崩壊という現象を説明するキーワードは幾つもあります。
しかしそれら全てが行き着くところは結局「医療現場を支えてきた人々の心が折れた」ということに尽きるような気がしますね。
一方で楽でペイの良い仕事への脱出も確かに見られますが、他方では仕事自体は楽であっても医師達が逃散していく病院も幾らでも存在している。
となれば当面考えるべきところは、いかにして現場の人間の心を折らないか、更には積極的にサポートしてくかといった面ではないでしょうか。

医者が逃げ出していく病院もあれば医者が集まってくる病院もあるという現実を正しく認識し、どこをどう改善すれば前者から後者へと転換していけるのかと言うことを医療の受益者である住民自体が自分のこととして考えていかなければならない時期だと思いますね。
身近な医療が失われつつある状況に住民がどの段階で気付くことが出来るかが、今後の地域医療の存続を占う上での大きなファクターになっていくような気がします。

診療所 守りたい/平戸の大島・度島/長崎(2009年02月13日朝日新聞)

◆島民が組織結成

 医師がそれぞれ1人しかいない平戸市の離島、大島村(人口1453人)と度島(たくしま)町(同893人)で、島民が診療所を支える組織を相次いでつくった。時間内の受診を心がけるよう呼びかけたり、島民の要望や感謝の気持ちを医師に伝えたりする。背景には「無医地区にしたくない」という切実な願いがある。(松尾美江)

 大島村では10日夜、「大島の医療を考え支える会」の設立会があり、老人会の代表ら16人が集まった。

 岡村幸夫・大島支所区長は「24時間体制を願う気持ちはわかるが、それでは医師が来るのは難しい。地域で考えないといけない」と呼びかけた。これに対し、参加者は「夜中に具合が悪くなった時に来てくれないのか」「救急車は大げさで使いづらい」と口々に訴えた。診療所事務長が「時間外も診療している。だが、急患は診療所より新しい機材がそろった救急車を使ってほしい」と取りなした。

 市保険福祉課の永田米吉課長が「こんな風に住民と医師との思いがかみ合わず、行き違っている。この会が、両方の立場を理解して話を伝える緩衝剤になってほしい」と話すと、参加者はうなずいた。

 大島の診療所は59年に開設。これまで医師は1人か、不在の期間もあった。市保険福祉課によると、臨床研修医制度が変わり、医師が研修先を選べるようになって以来、へき地が医師を確保するのはいっそう難しくなっている。

 度島町でも1月25日に「度島の診療所を支える会」が設立された。

 同町では08年、診療所の医師が高齢で引退することになり、後任がなかなか決まらなかった。市や市議が生月病院(同市生月町)に勤務していた柴田匡之(まさ・ゆき)医師(68)に頼み込んだ。柴田医師は当初固辞したが、代診で度島を訪ねた際に、島民が昼食会を開いて懇願し、心を動かされた。08年4月から2年契約で、週末は家がある佐賀県に帰りながら、島で診療している。柴田医師は「会の発足は診療所を大事にする心意気の表現で、うれしく思った」と話す。

 会長で中部区の吉村初実区長(60)は「夜中でも、『医師は高給取りだからいいかな』と呼ぶケースがあった。よっぽどでない限り、明るいうちに診療所に行くようにしようと声をかけあった」。三免区の浜田孝信区長(61)も「島民で診療所を盛り上げて、医師に『もっといたい』と思ってもらいたい」と話す。医師との昼食会を開いたり、他の離島に視察に行ったりして、島の診療所を充実させていくつもりだ。

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2009年2月15日 (日)

今日のぐり「ラーメン おっつぁん」

最近見かけて一番笑ったコピペ。

めったに乗らない電車で女子高生の一群と遭遇
A「めっちゃ怖い話し聞いた」
その他「何?」
A「一人暮らしのうちのおばあちゃんに電話がかかってきて
  出てみたら『お母さん?俺やけど・・・・』って言って
  おばあちゃんが『ヨシカズか?』って聞いたら『うん』って・・・
  でも、ヨシカズおじさんって去年、交通事故で死んでるねん」
その他「えぇ~!!怖いーーー!!!それで?」
A「『・・・俺、事故起こして・・・・』って言うから、おばあちゃん泣いてしもて
  『もう、事故の事は気にせんでいいから、成仏して・・・・』言ったんやて」
その他「うっわー、怖い~」「せつないーーー」「ほんまにあるんやなぁー、そんな話」

人間幸も不幸も考え方一つという話をちょっとばかり思い出すような話ですが、とりあえずばあちゃん(色々な意味で)良かったですね。

今日のぐり「ラーメン おっつぁん」

近ごろは日本全国で特徴ある「地ラーメン」なるものがあってそれぞれに根強い人気だそうですが、岡山県笠岡市にも「笠岡ラーメン」と言うものが昔から食されているそうです。
もともとこの地方は良い鶏が手に入る土地柄だったそうで、鶏ガラ醤油のスープに煮鶏スライスを載せたスタイルが定着したのだとか。
本家本元とも言うべき老舗の「斉藤」という店が無くなった現在での老舗である「坂本」「一久」、不定期にラーメンを出す「お多津」、少し独特のスタイルで屈指の人気店となっている「とんぺい」など、それぞれ微妙にアレンジの異なる笠岡ラーメン店が市内に点在しています。
この中にあって比較的新しい店が今回の「おっつぁん」ですが、以前に来たときは団地の一角みたいなところにあったんですが、今度来てみましたらば市場の一角に移転しているのですね。
相変わらずよく判らない立地と言いますか、ここに到着するまでにずいぶんと迷いましたよホント。

近ごろここの豚骨醤油ラーメンがなかなか評判いいとも聞くのですが、ここは当然ながら笠岡ラーメンに相当する醤油ラーメンを注文してみました。
鶏ガラベースに鰹など魚系の出汁も合わさったスープはまさに鶏ガラ!と言う感じの一久や、ちょっと変化球のとんぺいとは違うあっさり系で、タレとの合わせ具合もなかなか程よく良い塩梅です。
好みからすると少し太めかなと感じる麺はちょっと独特の食感で、あまり他店でこの系統の麺は見かけない気がするのですが専用麺なのでしょうか?
笠岡ラーメン伝統の煮鶏はやや硬めな(それでも他店よりはずいぶん柔らかいですが)食感に合わせた薄いスライスで食べやすくていいかなと思うのですが、味や香りだけを考えるとローストした鶏でも良さそうに思います(ま、そこは伝統と言うものなんでしょう)。
ネギは個人的にはもっとどっちゃりと盛っていただいた方が好みなんですが(苦笑)、刻みの具合などもスープにほどよく合う加減ででしゃばらず悪くないですね。
メンマはさっぱりした味はともかく少し食感がアレかなという気がしますが、昨今ではあまり人気がない具材だと言うことですのでメンマ好きには使ってもらってるだけでも御の字とすべきなんでしょうね。

ここの醤油ダレは「斉藤」のレシピを受け継いでいるとも聞くのですが、当然ながら本家「斉藤」のラーメンとは全く異なるこの店オリジナルの味になっています。
見た目からするとずいぶんと古くさいラーメンかなとも想像するところですが、程よく今風にアレンジされているようであっさり醤油ラーメンとしてはなかなか満足のいく出来ではないでしょうか。
後はもう少し分かり易い場所にあったらなお人気になっているんじゃないかと言う気もするんですが、一度覚えてしまえば市場の広い駐車場が使えるのでかえって便利はいいのかも知れませんね。
いずれにしても訪問される時はくれぐれも地図なりナビなりの用意を万全にしておくことをおすすめします。

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2009年2月14日 (土)

「救急?喜んでやります!」という医者はダイヤモンドより貴重かも?

最近では救急関連でも搬送遅れだのたらい回しだのといった話題は珍しくもなくなったのかひと頃ほど報道されることがなくなりましたが、相変わらず現場の状況は改善には程遠いのも確かです。
奈良県と言えばかの有名な大淀病院事件であったり、あるいは妊婦たらい回し事件であったりとひと頃産科救急ですっかり話題になった県ですが、こうした事件の影響もあって救急搬送をどげんかせんといかんとばかり、全国に先駆けて医師コーディネーターなるシステムを導入したことで知られています。
救急隊が搬送先を見つけられないなら医師に探させろと言う意味不明…もとい、素晴らしく実効性が期待できそうな斜め上なアイデアだったのですが、全国に先駆けて突っ走った結果全国に先駆けて思いっきりコケてしまったと言う予想通りのニュースがこちらです。

県コーディネーター制度廃止/奈良(2009年2月12日NHKオンライン)

救急車を呼んだ妊婦が12の病院に受け入れを断られた問題を受け、奈良県が導入していた救急隊などに代わって専門家が妊婦の受け入れ先を探すコーディネーターの制度は、コーディネーターをつとめる医師がいないなどの理由でほとんど利用されないため、3月で廃止されることになりました。
奈良県では、救急車を呼んだ妊娠中の女性が12の病院に次々に受け入れを断られた問題をきっかけに、救急隊や医療機関に代わって医師や看護師など周産期医療の専門家が搬送先の病院を探す「コーディネーター」の制度をおととし11月から導入しています。

しかし、コーディネーターに応募する医師がいないことや制度の運用が土曜と日曜に限られているため、救急隊や産婦人科の医師によるこの制度の利用率は去年1年間で重症の妊婦の救急搬送の3%にとどまっているということです。

しかもコーディネーター役の医師を新たに確保できるメドはまったく立たないということで、この制度を3月末で廃止することを決めました。

コーディネーターの制度は大阪府などで導入されていますが、奈良県によりますと、制度の廃止は全国で初めてではないかということです。

奈良県は「コーディネーター制度をはじめるにあたり、医師不足からうまくいかないという指摘を受けていたが、救急車を呼んだ妊婦が病院に断られるケースが相次ぎ、県として何かせざるをえなかった。新たな仕組みを早急に検討したい。」としています。

ひと頃「救急受け入れ問題FAQ」なんてものが話題になってよく出来ているなと感心したものですが、救急受け入れが何故こうまで難航するかと言えば根本的に医療のリソース不足がある、そして何より救急を受け入れることが医療現場にとってはデメリットしか存在しないという現状があるからです。
救急などやればやるだけ赤字、まして今の時代は訴訟リスクもある、そして救急を担当する現場スタッフはますます疲弊し最終的には逃散すら招きかねないず、実際今どき「救急やってます」なんて看板を掲げているだけで当直バイト医の集まりも違うというくらいですからね。
近ごろでは消防庁が中心になっていかに病院に患者を置いてくるかを検討していると言いますが、こうした根本的要因を放置したままの議論は単なる「ババ抜きのババをいかにして引かせるか」という詐術に終始してしまう恐れが極めて濃厚であるように思いますね。

国がいかにも実効性に乏しいと予想されるコーディネーター制度なるものを全国的に広げようとする意味もよく判りませんが、意味不明の指示によって右往左往させられる現場こそ良い面の皮というものです。
奈良のお隣京都の消防局では近ごろこんなことを言いだしているようですが、この場合の「有益な情報」って一体何の目的に対して有益な情報と言う意味なのか様々な想像が広がる話ではありますよね。

救急搬送され死亡、遺族に情報公開へ 京都市消防局 4月から(2009年2月14日京都新聞)

 京都市消防局は、救急搬送された人が死亡した場合、搬送状況や病院に到着するまでの時間などの記録を4月から、遺族に対して公開する。遺族が、故人の死亡時の状況に心を寄せることができるのに加え、社会問題になっている「たらい回し搬送」の有無を確認できることになる。

 市消防局によると、これまでは個人情報保護条例が開示対象を本人のみとしていたため、遺族が情報公開請求などで故人の搬送状況を知りたくても、詳しい内容は提供できなかったという。今回、故人の配偶者か第二親等までの血族(法定代理人も含む)に限り同条例の目的外使用とすることで、市個人情報保護審議会で了承された。

 遺族に公開されるのは、「救急活動記録書」に記載されている事故の概要や原因▽病名や搬送時の状況▽応急処置の有無▽搬送先の病院の紹介状況や病院に搬送された時間-など。
 市消防局は「故人の最後の様子を知ることができるため、遺族にとっては有益な情報を提供でき、しっかりとした説明責任も果たすことができるようになる」としている。

その昔は「百姓は生かさず殺さず」なんてことを標榜していた為政者もあったと聞きますが、あまりぎりぎりまで絞り過ぎると丈夫な雑巾ですらボロボロにちぎれて用を為さなくなるリスクと言うものを当局も少しは考えてみた方がよいかも知れません。
しかし医療行政で一番偉いはずの厚相が「インセンティブがないと人は動かないよ」と言っているのに、どこの誰がその真反対の医療行政を実施し続けようとしているのでしょうか。
一見迷走して見える医療行政の背後にも、姿の見えない司令塔役が存在しているような気がする近ごろですが…

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2009年2月13日 (金)

新臨床研修制度が旧臨床研修制度になりそうです

実際のところはいざ知らず、マスコミ報道を筆頭に世間ではすっかり医療崩壊の主因は新臨床研修制度導入による医師不足ということでFAとなっているようです。
桝添厚相を中心として色々とシステムの変更を考えているらしいのですが、漏れ聞こえるところからすると二年の研修を一年に短縮するだとか、研修内容に弾力性を持たせる(と言えば聞こえは良いですが人手不足の診療科をより長く研修させるという話もあります)だとか、導入当初のタテマエはどうなったの?と言う話ばかりという気もしないでもありません。
まずは下の記事から紹介してみましょう。

臨床研修の必須科目削減 医師不足対策で厚労・文科省が骨子案(2009年2月3日産経ニュース)

 深刻化する医師不足の顕在化を招いた医師の臨床研修制度について、厚生労働、文部科学両省は2日、現行2年間の研修期間でこなす必修科目の7診療科を、最短10カ月で内科、救急など最低3診療科にすることなどを盛り込んだ骨子案をまとめ、両省専門家検討会に提示した。必修科目を減らし、研修期間の短縮で、実質的に現場で診療を行う医師を確保するのが狙い。早ければ平成21年度からの導入を目指す。

 現行では医師免許取得後2年間で7診療科の研修が必須となっているが、骨子案では最短10カ月で、基本的な診察ができる力を身につけるために最低限必要とされる内科、救急、地域医療の研修をこなす。

 残りの研修期間は、研修先の各医療機関の独自プログラムで研修を実施してもらうが、研修医が将来専門とする診療科につながるような研修内容にしてもらい、早い段階で現場で診療経験を積んでもらう。

 また、診療科の偏在化を避けるため、大学病院など一定規模の研修先医療機関には医師不足の深刻化が指摘されている小児科、産婦人科の研修プログラムを設置してもらうようにする。

 これにより、厚労省では「小児科、産婦人科を志す人は少なくない。その研修先をしっかりとつくることで、既存の小児科医らを別の医療機関の支援に回ってもらうことができるかもしれない」とし、医師の診療科目の偏在解消につなげたい考えだ。

まあ、その…医師として極めて早い段階で現場のナマの空気に濃厚接触しておくことは進路決定の上で大きな参考になるでしょうし、ぺーぺーのお客様研修医を今まで以上に大勢お相手しなければならないということで多忙な現場の医師にとっても何某かの人生の転機になるかも知れないしで、厚労省の狙った以上の劇的な効果は見込めるかも知れないところではあるでしょうけれども。
いずれにしても制度変更自体がまだ不透明である以上その結果何がどうなっていくのかも未だ語るべきところでもありませんが、大抵のことにおいてそうであるように世の中には変えること自体に反対を表明する人々というものも存在しているのです。

大幅見直しは「反対」 医師臨床研修で病院団体(2009年2月10日産経ニュース)
 日本病院会など4団体でつくる「四病院団体協議会」が10日、厚生労働省内で会見し、同省と文部科学省の専門家会合が検討する臨床研修制度見直しについて「(医師の)地域偏在、診療科偏在は制度が原因ではなく、基本理念や内容を大きく見直す必要はない」とする提言を公表した。

 専門家会合は、研修1年目は内科などの必修診療科、2年目は将来専門とする診療科に特化する案を検討。これに対し、提言は「基本的な診療能力を身に付けるための目標達成には2年が必要」と反対を示した。

 日本病院会の堺常雄副会長は「制度導入の目的だった臨床能力は確実に向上している。見直し案では、この理念が曲げられている」と話した。

臨床能力は確実に向上してますか…
四病院団体協議会と言えばかねてメディカルスクール創設論などで当欄でも過去に登場願ったなかなかに素敵な団体というイメージもあるところですが、彼らの主張とは別なところで現場においても軽々な制度変更には否定的な意見もないではありません。
そもそも厚労省の猫の目医療行政の結果毎回二階に上がってはハシゴを外されている医療業界においては「厚労省の言うことはまず疑ってかかれ」がデフォですが、こうした制度変更のたびにそれなりの手間暇とコストをかけて病院内のシステムも変更していかなければならないわけです。
特に臨床研修制度変更となりますと診療報酬の変更などと比べて医師による医師の教育という側面に関わってきますから、学生向けの勧誘資料の文言から研修スケジュールと研修内容の調整に至るまで各診療科の中核医師達にまたぞろ余計な書類仕事が回されてくるだろうことは想像に難くありません。

そうした現場負担の側面を抜きにしても、今回の骨子案には何かしら奇妙なところがあるらしいという記事まで登場しているようなのですね。

誰のための医学部教育か―文科省の奇妙な検討会(2009年2月12日CBニュース)

 「舛添要一厚生労働相に事前報告しないとは、担当の新木(一弘・文部科学省高等教育局医学教育)課長が一体何を考えているのか分からない」―。臨床研修制度の見直しに伴って医学部教育内容の改善を図るため、文科省の「医学教育カリキュラム検討会」の初会合が2月2日に開かれた。しかし、この会合は公開にもかかわらず開催についてはほとんど周知されておらず、会合発足のきっかけとなった「臨床研修制度のあり方に関する検討会」を主導する舛添要一厚労相にも事前に知らされていないなど、奇妙な点が目立つ。4月をめどに中間報告を取りまとめる予定だが、医学生からは「たった2か月の議論で、自分たちが受ける医学教育について、何の結論が出るのだろう」といぶかる声が上がっている。(熊田梨恵)

 初会合を傍聴した東大医学部3年の竹内麻里子さんは、「それぞれの委員がいろいろなことを言っていて、一体誰のための教育なのか、議論の共通目標が見えなかった。皆、議論の目標は分かっているのだろうか」と語る。

 この医学教育カリキュラム検討会は、現在厚労省と文部科学省が合同で進めている「臨床研修制度のあり方に関する検討会」報告書のたたき台を受けて発足した会合だ。医学部教育の見直しをめぐっては昨年、医師の養成数を将来的に1.5倍にまで増やす方針が、舛添厚労相が主導する検討会で決まったが、委員から「現状のまま数だけ増やしては意味がない」との指摘があり、医師養成の在り方自体を見直そうと、「臨床研修制度のあり方に関する検討会」が両省の合同開催で昨年に始まった。臨床研修検討会から、医学部教育の見直しを求める報告書のたたき台が出されたため、この会合が開催される運びになった。
 事務局は検討会の設置趣旨として、▽ 基本的な診療能力を確実に習得できる、卒前臨床実習など医学教育の強化▽医師不足解消の観点から、地域の診療科に必要な医師を確保するため、医学教育上で必要な方策の検討―の2点を示した。具体的な検討事項としては、▽臨床研修の見直しを踏まえた医学教育の改善・充実方策▽医師として必要な臨床能力の確実な習得を確保する方策▽地域や診療科に必要な医師を養成・確保するための方策―を挙げている。

■なぜこっそりと開催?
 しかし、同検討会にはいつくか奇妙な点がある。
 この日の初会合は、臨床研修検討会の第5回会合が終了して15分後に、同じ文科省内で開かれた。しかし、医学教育カリキュラム検討会発足のきっかけとなった臨床研修検討会では、この日の初会合についての報告は、事務局から一切なかった。また、通常は会合の開催案内が掲載されている文科省のホームページでも案内は出ておらず、厚労省関係の記者クラブにも開催案内は来ていなかった。このため、医学教育カリキュラム検討会の傍聴者は、臨床研修検討会に比べて約4 分の1程度と少なかった。

■舛添厚労相に報告なし
 通常、“親会”の臨床研修検討会の下に新たな検討会が発足するならば、“親会”を主導する厚労相に報告される。しかし、医学教育カリキュラム検討会を担当する文科省高等教育局医学教育課から、舛添厚労相へ事前に会合を開催するという報告はなかった。医学教育カリキュラム検討会が終了してから厚労相の耳に入ったため、翌日に医学教育カリキュラム検討会事務局の新木課長が厚労相に詳細を報告している。一方で、臨床研修検討会の事務局の厚労省医政局医事課には初会合の連絡が入っており、外口崇医政局長は「いつだったかはっきり思い出せないが、会合が開催されるということは事前に聞いていた。詳しい内容を知らされたのは当日」と話している。両省の関係者は、「こういう場合、通常なら舛添大臣に報告するのは当然。なぜ新木課長がこのような事をしているのかが全く分からない。大臣に上げるほどの話ではないから、医政局内で止めたというシナリオにしているのだろうか。新木課長は、医学部定員を増やさないように各大学に触れまわって大臣の逆鱗に触れてしまった三浦(公嗣・前医学教育課長、現医政局指導)課長と違ってまだ大臣からのペナルティがついていない状態だから、動きやすいのかもしれない」と話している。新木課長は、昨年7月の人事で厚労省医政局研究振興開発課長から、現職に就任している。

■報告書案の審議は非公開
 また、この会合は公開されているが、公開範囲が限定されている。初会合当日に配布された資料「医学教育カリキュラム検討会の公開について(案)」には次のような記載がある。「1.会議は、次に掲げる場合を除き、公開して行う。(1)座長の選任その他人事に関する事項を議決する場合(2)報告案その他の案を審議する場合」「5. 座長は、1. に掲げる場合を除き、会議において配布した資料の全部または一部を公開することができる」。このまま読むと、検討会がまとめる報告書案が議論される場には、傍聴者や報道関係者が入れないということだ。加えて、報告書案も公開されない。つまり、この検討会が出す医学部教育に関する報告書は、国民に見えない “密室”で決まっていくことになる。厚労省が開く通常の審議会や検討会は、行政処分について審議する医道審議会などを除いてほとんど公開されており、公開されている会議の中で報告書案の審議の場合だけ非公開にされるということはほとんどない。

■「医学教育を議論できる委員がいない」
 この検討会の委員は、2005-07年に医学教育モデル・コア・カリキュラムの改訂や入学者選抜の改善など医学教育の見直しを行った「医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議」にかかわっていたメンバーが多い。17人の委員のうち、12人が協力者会議にかかわっていたという「顔なじみ」だ。委員の顔ぶれについて、臨床研修検討会の委員を務める嘉山孝正山形大医学部長は「カリキュラムについて検討できても、医学教育全体を見渡して議論できる人がいない。協力者会議の座長だった高久(史麿・自治医科大学長)先生が委員に入っていないのもおかしな話。わたしも呼ばれておらず、まるで、ビジョン会議のメンバーを外したようだ」と語る。高久氏は、舛添厚労相が主導した「安心と希望の医療確保ビジョン」具体化に関する検討会の座長や、臨床研修検討会の座長も務め、嘉山氏も同様に委員を務めている。また、新医師臨床研修制度を創設した当時の篠崎英夫医政局長が院長を務める国立保健医療科学院から、石川雅彦委員が参加している。

 これらの点について、医学教育カリキュラム検討会事務局を担う文部科学省高等医学局医学教育課の担当者は、「時間的な余裕がなかったので、記者クラブへの案内やホームページでの周知ができなかった。舛添厚労相についても、内容の詳細が固まったのが直前だったので上げられない状態だった」と説明する。また、審議の公開状況については、「報告書の内容によって流動的だが、基本的には非公開と考えている。『歯学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議』でも同様のやり方で実施している」。高久氏については、「この医学教育カリキュラム検討会は作業部会のようなイメージ。高久先生は現在進行中の『モデル・コア・カリキュラムの改訂に関する連絡調整委員会』で委員をされているので、そちらに報告を上げていきたい」と話している。

■「たった2か月で議論できるか」
 初会合当日のフリーディスカッションでは、臨床実習やモデル・コア・カリキュラムの見直し、地域の医師不足に配慮した医学教育のあり方、医師の倫理教育、教員の待遇改善のほか、文科省の管轄ではない国家試験にまで話が及ぶなど、議論は多岐にわたった。中には、「協力者会議でいろんな話がされていたので、今回の会議については、にわかにはどういうことが焦点になるかあまりよく分からなかった。協力者会議をしていたころと比べて現状は改善した部分もあるだろうが、医療が社会でいまだ大問題という現状がある。これに対して医学教育の部分から対応していくと理解した」(南砂委員・読売新聞東京本社編集委員)と、会合の在り方に困惑を示す委員もいた

 この会合は、臨床研修検討会での検討内容が2010年度から始まることに歩調を合わせ、医学教育も同じタイミングで対応できるよう、4月をめどに中間取りまとめを行う予定だ。
 厚労省の「医療における安心・希望確保のための専門医・家庭医(医師後期臨床研修制度)のあり方に関する研究班」のヒアリングにも参加するなど、医学生の立場から医学教育について提言している「医師のキャリアパスを考える医学生の会」事務局の森田知宏さん(東大医学部3年)はこの会合について、「医学部教育については、2年前(協力者会議)でも相当時間をかけて議論していたのに、たった2か月で中間まとめを出そうとするのはおかしいのでは。誰のための医学部教育かと思う」と話している。

                   ■   ■   ■

 医療崩壊が進む中、医師不足の現状を打開しようと決まった医学部定員増。ただ人数を増やすのではなく、充実した教育が必要だとの指摘を受け、いくつかの検討会が立ち上がっている。議論のプロセスを完全に公開している会合もある一方で、この医学教育カリキュラム検討会の報告書審議の過程については、われわれ一般国民は知ることができない。これでは、国民の意見を広く聞くことを目的に設置されている、行政の検討会の意味をなさないのではないだろうか。また、不十分な事前周知など、会設置に至る過程にも奇妙で不透明な点が多い。
 今後の医療界を担う医学生への教育方針が、こうした“密室議論”のようなプロセスで決定されていいのだろうか。

厚労省が何をどう考えているのかは定かではありませんが、一説によると厚労省に限らず中央省庁においては最近「どうせすぐに政権交代なんだし、今の大臣と関わり合っても仕方がない」と侮る風潮があるとも聞きます。
それならそれで現野党と関係を深めているのかと言えば、例の医療事故調案においても一貫して世論の支持する民主党案を無視していることにも現れているように全くつながりを持っているようには見えません。
医療行政が迷走しているとはしばしば言われてきたことではありますが、天下のエリート揃いの厚労省幹部が何一つ考えずに事を行っているとも考えにくいところですから、一見迷走を装って彼らがどこにこの国を導こうとしているのかにこそ注目していかなければならないのでしょうね。

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2009年2月12日 (木)

「北風と太陽」という寓話がありますが

世間ではこの不景気で仕事にあぶれたという話を聞く一方で、人がいなくてひいひい言っている業界も結構あるものです。
いくつかの業界ではこの機会にと人材招致に熱心なようですが、相変わらず人材不足が深刻なのが医療と介護の世界。
人手不足が過重労働をもたらし、さらなる人材の流出を招くという悪循環に陥っているこの状況を記事から引用してみましょう。

産科医:3割で負担過剰 分娩数、限界に(2009年2月7日毎日新聞)

 都道府県の医療計画策定の基礎となる2次医療圏のうち、病院勤務医1人が扱う分娩(ぶんべん)数が年150件を超す医療圏が3割を占めることが毎日新聞の調査で分かった。日本産科婦人科学会などは帝王切開などリスクを伴う分娩を受け入れる病院勤務医が無理なく扱えるのは150件程度までとしている。地域のお産環境が危ういバランスで成り立っている実態がうかがえる。

 調査は厚生労働省が07年12月時点で集計した355医療圏(兵庫県は周産期医療圏)ごとの分娩数、常勤産科医数を都道府県に照会し、取材を加味してまとめた。

 有効な数値を得られた287医療圏を分析すると、63%の182医療圏で医師1人当たり分娩数が100件を超え、30%の87医療圏で150件を超えていた。

 都道府県別では北海道(7医療圏)▽神奈川県(6医療圏)▽長野県(同)▽愛知県(5医療圏)▽京都府(同)などで、150件を超すケースが目立った。富良野(北海道)、湯沢・雄勝(秋田)の両医療圏は、一つしかない病院の常勤医1人で分娩数が年150件を超えた。

今年1月までの1年間で、経営判断や医師不足などで分娩予約の受け付けを中止したり、産科の休止に至った病院は14府県17カ所に上ることも、今回の調査で分かった。

 ◇改革探るべきだ

 ▽日本産科婦人科学会医療提供体制検討委員長の海野信也・北里大学教授 産科医の増加はすぐには望めない。限られた医療資源を最大限に生かすため、通院時間や交通網、地域の実情に合った医療圏の見直し等も含め改革方法を探るべき時だ。

Watch!:枚方市民病院 小児科医が足りない!!24時間態勢の危機 /大阪(2009年2月4日毎日新聞)

◇年中無休、過酷勤務に疲弊--派遣医も4月から大幅減
 年中無休で、24時間の外来診療を続けている枚方市民病院(同市禁野本町2)の小児科が、態勢の維持に危機感を募らせている。当直を担う大学病院からの派遣医が過酷な勤務で疲弊しているうえ、4月から大幅に減る見込みとなったためだ。同病院は地元医師会を通じて開業医らへの協力を求めるなどしているが、光明は見えていない。【宮地佳那子】

 同病院は、全国で小児科が減少傾向にある中、市民病院の役割として00年4月から北河内地区で唯一、「無休」の小児科診療を実施してきた。これを維持するため、当直時間帯(原則午後5時~翌午前9時)は、大阪医科大(高槻市)のほか、関西医科大(枚方市)や地元医師会から毎月計約30人の医師の派遣を受けている。

 しかし、ほとんどの派遣医は、所属する大学病院で通常勤務があるため、当直開始時刻に間に合わなかったり、翌朝まで診療できなかったりすることが常態化。その場合、常勤医(計8人)が穴を埋めるなど、元々医師が足りないのが現状だ。

 また、派遣医は複数の病院で当直勤務をこなすため、当直が月計8日にのぼる人も。特に患者が多い日曜は、ほぼ一睡もできないまま月曜の通常勤務に向かうなど、「命を削って勤務している状態」(同病院幹部)という。

 これに加え、04年度から始まった臨床研修医制度が人手不足に拍車をかける。医大卒業生が研修先の病院を自由に選べるようになったため、医局(大学病院)への入局が減り、大学病院から市民病院への派遣医確保が難しくなった。月平均18人と同病院への派遣が最多の大阪医科大は4月から大幅に減る見通しだ。派遣医の中心を担う大学院4年生4人が3月で卒業するが、新制度の影響で2、3年生が現在一人もいないためという。

 今の時期はインフルエンザや風邪などが流行し、外来患者が年間で最も多い。昨年12月31日は182人の小児科外来患者に対し、2人の当直医で診療したが、最大約3時間待ちになった。同病院は手術や入院など緊急性を要する2次救急診療が原則だが、実際は発熱やせきなど緊急性がない1次救急患者が多く、重症患者が待たされる懸念もある。

 そこで、同病院は地元医師会に土曜・日曜・祝日の1次救急患者の診療を依頼するなど、同病院に集中する患者の振り分けを打診しているが、交渉は難航している。田邉卓也小児科長は「派遣医が減っても、これ以上医師一人一人の負担は増やせない。泉州や豊能地域のように休日の小児1次救急診療のセンターを作るなど、1次救急と2次救急診療を分ける仕組みが必要」と話している。

悲しむべき現実というものですが、こうした労働環境は実は必ずしも今に始まったことでもありません。
ただ昔と違うのは情報が容易に手にはいるようになった現在では「医者なんてこんな商売」「仕事というのはこんなもの」という固定観念(あるいは洗脳?)から解放される人間が増えてきた、何かおかしくね?と疑問を感じ始めたと言うことでしょうか。
医療業界にもようやく世間並みの常識が芽生えつつあるということは良い傾向だと思いますが、ではその改善のために何をどうしたらいいのかと言う点では未だ必ずしも社会的コンセンサスが得られていないようです。

世界的に言われていることに、医療においてクオリティー(医療の質)とコスト(医療費)、そしてアクセス(受診の容易さ)の三要素を同時に満足することは無理なのです。
どんな調査によっても医療の質を落としてもよいという意見が多数派を占めたことはありませんし、求められる医療水準というものも年々高まる一方ですから、公定価格でコストが決まっている以上はアクセスを制限するしかないのは自明の理です。
最近では救急搬送にもう少し規制をしようとか、時間外受診を抑制しようとかいった動きも少しずつ広がっているようですが、何故かクオリティーもコストもそのままでアクセスをもっと改善しろなんて無茶な政策が上から降ってくる場合もあるのですね。

過日お伝えしたところの「東京ルール」で救急搬送は何があろうが受け入れる病院を作ると大見得を切った東京都ですが、周産期医療においても「スーパー総合周産期母子医療センター」なる計画を実行に移しつつあります。
面白いのはこういう「スーパー総合」なるものを導入して何か現場環境に変化があるのかと思えば、どうやら名前が変わり全例受け入れが義務づけられたばかりで実態は何も変わっていないらしいということなんですね。

【産科医解体新書】(24)都の改革案に現場の疑問(2009年2月11日産経ニュース)

 東京都は「母体救命対応の総合周産期母子医療センター」(仮称)として3病院を指定しました。世論の批判に迅速に対応した結果だと思いますが、現場の医師は冷ややかに見ています。その理由は3つあります。

 まず1つ目は、一般の人と医療者との意識の差です。新たにセンターとして指定することで、一般の人の期待はかなり大きくなると思われます。「全員が救われる」と考える人もいるかもしれません。しかし、無条件に患者さんを受け入れたとしても、救命することが非常に難しい病は現時点でも厳然と存在し続けます。万が一、患者さんが亡くなったとき、家族と医療者との間で、また新たな火種ができるのではないかと危惧(きぐ)します。

 2つ目は、現場の受容能力は既に限界ですが、「無条件に受け入れる」という新たな業務が加わったにもかかわらず、今までの業務の何かが大幅に免除されてはいません。より大規模な分娩(ぶんべん)制限や正常分娩の中止、場合によっては婦人科病棟の縮小閉鎖も考えるべきかと思いますが、世間はそれを良しとはしないでしょうから、現場がしわ寄せを食うことになるでしょう。

 3つ目は、そもそもこれまでできなかったことが、名称を変更した程度でできるのかという疑問です。周産期センターはその地域内の最後の砦(とりで)として、これまでも搬送を断らないというコンセプトで運営されていました。しかし、受容能力が限界のため、患者さんを断らざるをえなかったのです。命を粗末に扱っているから搬送を受け入れられなかったわけではなく、命を大切にするからこそ、より良い条件で治療を受けられる施設を探していたのです。しかし、産科医不足から探すのが難しい状況に変化の兆しはありません。

 根本の原因解決にはまだまだ時間がかかるでしょうから、それまでのつなぎとしてのアイデアだとは思います。次の改善のための第一歩として、システムが機能するように見守る必要があります。(産科医・ブロガー 田村正明)

ま、全国最低の給与水準を誇る都立病院医師達がこれだけ働いてくれるというのであればそのコストパフォーマンスは絶大なものがあるだろうとは想像できますが、さすがに都当局も空気を読んだのか?選ばれたのは昭和大病院、日本赤十字社医療センター、日本大板橋病院といずれも都立でない施設ばかりです。
何かしらそれらしい名前をつけて指定をすれば現場が勝手にうまく回り始めるのならこんなにおいしい話はないのですが、現実世界ではなかなかそうはいかないんだろうなとは誰しも思うところではないでしょうか。
今まで世間では東京=医療の勝ち組地域という認識が先走っていましたが、先走り続けるあまりに日本医療の将来像を真っ先に実現させてしまうことになるかも知れませんね。

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2009年2月11日 (水)

医者は大事にしたほうがお徳なんですよ皆さん

お笑い芸人の知事さん誕生で昨今すっかり有名になった宮崎県に宮崎県立延岡病院という病院があります。
全国に先駆けて麻酔科医集団辞職が発生して今で言うところの医療崩壊の先駆けとして有名になった病院ですが、最近またこちらの病院から集団辞職の話が流れてきました。
こういうこと自体は今や全く珍しくないのですが、地元紙の記事自体が何とも面白いので紹介しておきます。

延岡病院医師確保問題 “患者不在”の派遣協議労働環境整備難航(2009年2月9日宮崎日々新聞)

 3月末までに医師6人が退職の意向を示している県立延岡病院(楠元志都生院長)の後任医師確保が難航している。背景には、同病院の過酷な労働環境に対する派遣元の医局の不満や、医局の複雑な内部事情がある。医師がいなくなれば最も困るのは患者だが、派遣協議は医師が働く環境整備に議論が集中し、“患者不在”のまま進んでいる

 医師が退職すれば、4月以降、同病院では腎臓内科と神経内科が休診に追い込まれる。腎臓内科の患者は、心臓、肝臓病などとの合併症患者がほとんど。年間の患者数約200人のおよそ7割が救急患者だが、休診になればこの受け入れが完全にストップする。

 県北地区にはほかに対応できる病院がないため、急患は宮崎市や県外の病院に約2時間かけて搬送されることになる。延岡市腎臓病患者会の岩田数馬会長(55)は「(医師不在で)どんな状況になるか非常に不安だ。万が一という事態があり得る」と懸念する。

 神経内科では、年間約250人に上る脳梗塞(こうそく)患者に対応できなくなる。このため、両内科に入院している患者約40人は、3月末までに宮崎市などの病院への転院を余儀なくされる。

 両内科には、延岡病院を関連病院と位置づける宮大医学部に4つある内科の医局が医師を派遣してきた。医師確保について、ある医局関係者は「内科全体で前向きに話し合っている。早く結論を出したい」と説明する。

 しかし、派遣協議は難航。延岡市内には深夜帯(午後11時―午前7時)に軽症患者を診る医療機関がなく、本来は重症の救急患者が対象の同病院の当直医が受け入れているため、夜間当直を輪番で担う医師の負担が重いことも一因だ。近年は新医師臨床研修制度の影響で同病院の医師総数が減っていることから、医師1人当たりの当番回数が増え、昨秋には、宮大が医局に戻す予定の腎臓内科医が過労で倒れた経緯もある。

 内科医局関係者は「延岡病院は労働環境が悪く、10年前から県や病院に待遇改善を求めてきた。が、聞き入れてもらえなかった。それでも医師を派遣してきたが、今は誰も行きたがらない」と明かす。

 ただ、当の内科医局が医師を相次いで引き揚げたことが労働環境悪化につながっている事実もある。同大は今回の6人中3人のほか、昨年4月以降だけでも消化器系内科医1人と腎臓内科医1人を大学に戻したため、消化器系内科は休診となった。

 後任医師が決まらない一方で、内科医局は民間病院には医師を派遣している。ある関係者は「大学内のほかの医局や、ほかの大学の医局なら、民間病院の医師を減らしてでも医師不足の公立病院に派遣させる」と内科医局の対応に納得がいかない様子だ。

 既にアルバイト医師の派遣、医療秘書採用などで医師の負担軽減策を図っている県病院局は「九州内の大学に独自に医師派遣を要請しているが、厳しい状況。あとは(宮崎)大学からの返事を待つだけだ」と同大の対応を見守っている。

ま、ネット社会で一番嫌われるのは自分では何一つしないくせに他人に要求するばかりのクレクレ厨だなんてことは言いますがね…
基本的にこういう労働環境問題は労働者である医師と病院との関係であって、地域住民に医療を提供する義務というのは医師個人が負うものではなく病院当局、あるいは設置管理者である県当局が負うべきものであると言う認識をはっきりさせておかなければなりません。
過酷な勤務に耐えかねて現場の医師が逃げ出していく、その結果として医療が成り立たなくなるという現実に対して、「派遣協議は医師が働く環境整備に議論が集中し、“患者不在”のまま進んでいる」というのもおかしな話で、病院当局が多少なりとも患者のことを考えているなら医師が戻ってくる環境を整備するのが義務でしょう。

さらに面白いのが「ある関係者」なる人物の発言で、「大学内のほかの医局や、ほかの大学の医局なら、民間病院の医師を減らしてでも医師不足の公立病院に派遣させる」と内科医局の対応に納得がいかない様子とは一体どういうことなのか首をひねらざるをえませんね。
今どき「誰も逝きたがらない」病院になど人を送り込むような医局はありませんし、そんなことをすればあっという間に医局自体から医者がいなくなりますって(苦笑)。
失礼ながら宮崎県ではこういう感覚で医療というものを捉えているのがデフォであると言うのであれば、今後県下の公立病院における状況は悪化する一方でこそあれ何一つ改善するなどあり得ない話だと思いますよ。

一昔前までは(今でも?)医者が労働環境を云々するなどとんでもないなんて教育をする人たちが(医者自身の中にも)大勢いたのは事実です。
ある意味ではそういう洗脳が行き渡っていたからこそ医療の現場が回っていたとも言えるわけですが、今は時代が違うのだと言う認識を持たない旧世代の人々が現場をコントロールしようとするとこういうことになりがちなのですね。
たとえば現代の製造業の現場で働く人々に向かって「ああ野麦峠」だの「蟹工船」だのを指し示しながら「見ろ!世の中にはこんなに頑張っている人たちもいるんだぞ!お前らもっと働け!」なんてハッパかける人間ってまず考えられないでしょう?
ところが医療現場においては何故か大昔と同じロジックが通用すると勘違いしているあり得ない時代錯誤な方々が大勢生き残っていらっしゃるから、当たり前の反応としてこういう逃散という現象が起こってくるだけのことなのです。

さすがに最近では当たり前のことを当たり前に対応しましょうよと言う声が下の世代を中心にして次第に大きくなっています。
残業代未払い問題なんてものも近ごろようやく記事になるようになってきましたが、「医者は管理職であり自分の労働は自分で管理しているのだから残業代など払う必要はない」なんてとっくに論破された妙な屁理屈で逃れられると思っている人間が今も結構いるようなんですね。
高度にトレーニングされた専門職をいかに多数確保するかが経営上最大の要点であるという今の時代の医療事情に通じているならば、医者を使い潰して逃散させるなんてもったいないことが出来るわけがないはずなんですが…

未払い残業代1億2000万 県立中央病院 予算計上へ、労基署に改善報告 /山梨(2009年2月8日山梨日々新聞)

 山梨県立中央病院が医師の残業代を支払っていなかったとして甲府労働基準監督署から是正勧告を受けた問題で、2006、07年度の未払い残業代が総額約1億2000万円に上ることが7日、分かった。常勤医や非常勤医の残業時間で2万時間以上に相当する。未払い分を支払うため、関係予算案を2月定例県議会に提出する。また同病院は同労基署に改善報告書を提出。規定がなく残業代を払っていなかった非常勤医や専修医に支給するよう、要綱を改定するなどの措置を取った。
 同病院は、06年3月26日から08年3月25日にかけての残業代の適正な支払いや、今後の再発防止策を講じるよう同労基署から是正勧告を受けていた。
 問題となっていたのは、医師が申告した残業時間を認めなかったり、労使協定で定められた残業時間(1日4時間)を上回る時間外手当を支払っていなかった点
 同病院は是正勧告を受けた後、06、07年度分の残業に関する医師の申告と、当直日誌や手術記録などとを照らし合わせながら、既に支払った残業代との差額を算出していた。
 関係者によると、追加の支払いが必要となる残業時間は06、07年度とも年間1万時間を超えた。追加支払額が100万円を超える医師もいるという。継続勤務している医師だけでなく、退職した医師にも連絡を取って年度内の支払い完了を目指す。

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2009年2月10日 (火)

医療崩壊への処方箋

最近では医療崩壊という言葉もかなり広く滲透してきましたが、これについて色々な立場の人たちが色々なことを言うようにもなっています。
なかでも今回は少しばかり長いのですが、下記の記事を紹介させてもらいました。
ちなみにそれぞれのプロフィールを拝見しますとこんな感じのようです。

熊谷 大 1975年生。秀明大学(前八千代国際大学)政治経済学部卒業。三条中学校。
北川 晋一 1972年生。大阪市立大学法学部法学科卒業。先端医療振興財団臨床研究情報センター。
高橋 宏和 1973年生。千葉大学医学部卒業。自動車事故対策機構千葉療護センター(神経内科)。
津曲 俊明 1977年生。明治大学法学部卒業。総務省職員。

医療崩壊 ~医師不足を切り口に~(3)日本の医療への提言(2009年2月6日日経BPネット)

松下政経塾 医療研究会(熊谷 大、北川 晋一、高橋 宏和、津曲 俊明)

 2008年7月に私たちが取材先を検討した際に医師不足、院長辞任などによって混乱する、銚子市立総合病院が一つの候補として挙がった。銚子市にアポイントを試みたが、9月に病院閉鎖をすること、8月は市民集会の対応に追われるため、取材を受け入れられないとのことであった。新聞記事などによれば、最高責任者たる市長は国、県の支援を受けられなかったことを理由とし、議会は赤字経営を追求することにまい進し、市民は集会を開くが、閉鎖させるなというシュプレヒコールに終始する。銚子市の例のように、医療崩壊について責任を持って行動する者が誰もいない状況こそ最大の課題である。

 現状分析(前回記事)でも述べてきたが、日本の医療を取り巻く状況をどれだけの人が知っているのだろうか。日本の人口1000人当たりの医師数は2.0人とOECD諸国中27位であるが、日本の医療の質は高いレベルといわれている。つまり、日本はいわゆる先進国の中で、少数の医師によって安くて質の良い医療を提供してきたという現実がある。日本の医療、特に外科手術や救急医療に代表される本格的医療は、勤務医の献身と自己犠牲、志によって支えられてきた。しかし近年の医療需要の増大による労働環境の悪化と医療訴訟のリスク増加、社会やマスコミからの過度の攻撃的批判などにより勤務医の士気が下がり、「立ち去り型サボタージュ」が進行している。

勤務医にまつわる問題(不足、過剰労働)

(1)医師絶対数の充実

 政府は1983年(昭和58年)、アメリカの研究グループが発表した医療費亡国論(医師を増やすと医療需要を掘り起こすという説)の立場から医学部定員減を図ってきたが、2008年(平成20年)7月にようやく政府見解が変更され、医学部定員増に舵を切った。

 しかし、事前の懇談では、現在の8000人から10年後には1万2000人にまで増やすという提案であったが、政府の出した「安心プラン」の中身は、「平成20年度中に結論を出す」という曖昧な方向性である。私たちは少なくともOECD平均並みの、つまり人口1000人当たり2.9人の医師数が必要であり、少なくとも医学部に対する30パーセントの定員増が必要であると考える。この定員増は医療費の適正な増額とセットで行われるべきなのは言うまでもない。

 また、医学部を卒業してすぐに即戦力になるわけではなく、俗に「卒業後10年たって一人前」と言われ、多くの臨床現場を経験する必要があり、医学部の定員増と実際に医師が現場の第一線で戦力になるのには大きなタイムラグがあることも忘れてはいけない。

 なお、医師絶対数の充実に代わる対策として、医療行為の規制緩和( 1. 不足する麻酔医の代替として歯科医師が実施、2. 医師以外の者に一定の医療行為を開放、 3. 外国人医師の受け入れなど)も本研究会で検討したが、まずは日本医師の絶対数を充実させることが本質的であると考え、時期尚早と結論付けた。

(2-1)過剰労働、辞めていく人を辞めさせない仕組みが必要

36時間労働が常態化しており、過剰労働による燃え尽きが懸念される。また、増え続ける女性医師、厚労省の調査では医師の女性の割合は1994年に12.5パーセント(約2万7700人)だったが、2004年に16.4パーセント(約4万2000人)に増えた。しかし、現行の勤務体系は男性医師を想定して作られており、女性医師が出産・育児しながら働くことは想定されていない。女性医師がライフサイクルに合わせて就労できるような労働環境の構築が必要である。つまり、医療業界における女性の割合を悲観するのではなく、女医の結婚、出産、育児というごく人間として当たり前の生き方を是認する労働環境を整備することが先決であり、それは、男性医師の労働環境の是正にもつながる方策であると考える。

医療機関の運営は労働基準法に則った形にしなければならない。「現在の医療制度は勤務医の積極的な奉仕によって支えられてきた」「若い時、寝る時間があるなら現場に立て、勉強しろと指導された」といった明治時代の徒弟制度さながらの慣行が今でも根強く力を持っている一面がある。

(2-2)解決の糸口として -ナイトシフト制の導入―

 36時間勤務が常態化している病院は数多いが、藤沢市民病院のこども診療センターでは、ナイトシフト制を採用している。これは常勤の小児科医14人が夜の当直業務のみを担当するシフト体制である。

 36時間勤務体制では、日中の通常業務(午前8時~午後6時頃。病院によって異なる)を終えたあと当直業務(午後6時~翌朝午前8時)に入り、翌朝まで働き、そのまま続けて翌日の日中業務(午前8時~午後6時頃。多くはそのあと残業があり、帰宅は午後8時過ぎ)に入る。

 藤沢市民病院こども診療センターでは、この当直業務帯のみを担当するシフト制を採用、ナイトシフトにあたった医師は夕方に出勤し、当直業務を終えた翌朝、日中業務に入らず帰宅する。こうした医師の夜勤体制を採用したのは藤沢市民病院が全国初だという。常勤の小児科医14人という、非常に恵まれた体制であるからこそできるナイトシフト制であり、どこの病院でも導入できるものではないが、そうした勤務体制の病院でならぜひ働きたい、という医師は多いだろう。

(3)需要の適正化

 小児医療費を全額無料とするなど自治体独自の医療費支援策が行われているが、これはコンビニ受診を招いている要因とも言われている。一定の手続きを踏むことなどで需要の適正化を図る必要がある。例えば、病院の窓口では一端自己負担分を患者が支払い、その後に市役所の窓口で医療費の還付を受けるといったことが考えられる。

(4)医師の地域偏在の解消のために

 医局制度については地域の医療を支え、過疎地への医師の派遣という一定の評価もあった。医局制度に代わり、新臨床医制度が新たに導入された。これによって、地域偏在が加速したとされる。地域偏在の解消のために、医局制度の見直し、医師の地域勤務の義務化などが挙げられている。だが、研修制度が充実した病院や、医師として働きやすい地域には、非都市部の病院でも医師は集まってきている。医師の働く場として魅力を高めていく病院づくり・地域づくりの視点を欠かしてはならない。

(5)サポートを充実させる

 保険会社に提出する書類など必ずしも医師が行う必然性が無い事務の担い手の採用や保険会社に出す診断書の様式の統一など、事務仕事を必要最小限なものにし、本来業務である医療行為に集中できる環境を作る。コメディカルに対する規制緩和はこの部類に充てられるかもしれない。今回は医療現場のリーダーたる医師にフォーカスしたが、看護師、薬剤師、理学療法士などコメディカル従事者についても、人員不足や激務が明らかになっている。今後の検討課題として、絶対数を増加させると同様に、救急救命士とともに、処置範囲の拡大を実施しなければならないと考えている。

超高齢化による社会保障費の増加

(1)社会保障費に安定的な財源を

 厚生労働省「国民医療費の状況」を見ると、2006年度の国民医療費は33兆1276億円(前年度33兆1289億円)、1人当たりの国民医療費は25万9300円で、医療費の国民所得に対する比率は8.88パーセントとなり前年度の9.04パーセントより減少が見られる。しかしながら、今後の高齢化率を鑑みれば、当然増加傾向にあることは否めず、厚労省は病床数を削減し、社会保障費の抑制を3000億円程度実施する見込みである。これに対しては公共事業費を社会保障費(医療)に充てることで解決の糸口が見える可能性がある。

 また、寄付制度の拡充などで複線化も視野に入れた予算の制度設計も重要である。

(2)コストに見合った医療

 現時点の保険点数は、医療事業のみでは採算が取れない状況である。医療事業で発生した「いわゆる赤字」を、民間医療法人では不動産収入などで、自治体病院では一般会計から補てんしているのが現状であり、コストに見合った保険点数に見直しが必要である。一方で無制限な医療費の増大は避けなければならない。病気にかからない、かかりにくくするために予防医療の充実・普及、義務教育や社会教育によって医療知識の向上を図る必要がある。

対医療訴訟について

 患者側の医療に対する過度な期待や医師の説明が不十分なことによって、患者と医師の信頼関係が危うい状況になりやすい。政策立案担当者や医療者は、患者と医師の信頼関係を築くように、マスコミを通じて直接国民に情報発信することが必要である。

 福島県大野病院での医師逮捕以来、産婦人科医が激減したように、医療訴訟が医師の士気に大きな影響を及ぼすのではないだろうか。医療は不確実性が高いことを患者側に伝えるとともに、医療訴訟やトラブルについては医師個人ではなくてチーム(病院)で対応することが必要である。

 また、今後、医療事故の無過失補償や医療に特化した真相究明のための裁判外紛争解決手続(ADR:Alternative Dispute Resolution)を創設し、大野病院事件に見られるような事態を防止することが必要である。
おわりにかえて

 我々が研究を進めていく上で、しばしば聞かれたことがある。それは現代の日本人が死をどのように捉えているのかという問題である。

 残念ながら、いかに医療が日進月歩、高度に発展しようと人間に死は必ず訪れ、逃れる事はできない。しかし奇妙なことに日本人の意識から死の意識が遠のいている様子だ。それを端的に表すように、マスメディアはこぞって名医を紹介し、「優秀な」病院をランキング付けするのに忙しい。病気は手術すれば、お医者さんにかかれば必ず治る。すなわち根治することができる。あたかも「神の手」を持った医師が存在し、病身の患者をまったくの健康体にしてしまう魔法があるかのごとく報道する。

 ここに私たちが見てきた現場との大きな相違点が存在する。つまり、医師は、医療は不確実であることを知り抜いているのに対し、患者は、医療は万能であると考えている。医師にとって病は根治困難であるというのに、医療行為を受ける患者は、完全に治癒すると認識している。医療サービスを受ける側の基本的な心構えとして、『医療崩壊』(小松秀樹著/朝日新聞社)にもあるように「医療は検査にしろ、治療にしろ、体にとって基本的によろしくないことをする」ということをもう一度真摯に受けとめなければならないのではないだろうか。

 一人ひとりの国民が、病や死をどのように認識し、理解し、そして迎えるかを考えなければ高齢化した社会に対応できる医療制度を構築することはできないのではないだろうか。そして個々の人生の終末の形、迎え方が明確にならないならば、訴訟ばかりが氾濫する世の中になってしまいかねない。医療現場を経験することによって見えてきた日本人の死生観の問題も常に考慮に入れて制度設計を構築しなければならないと感じながら論文を締めくくりたいと思う。

崩壊しつつある医療の現場から遠い人たちからの視点と言うことで対策面などはまだまだ異論も多々あるとしても、それなりに問題点の所在は大づかみに出来てきているのかなという印象でしょうか。
医療従事者の勤務態勢をまともにするとともに医療需要を適正化するといったことは今までの「医療が崩壊する!困った困った!」一辺倒なマスコミ報道ではあまり報道されていなかっただけに、話のとっかかりとしてはいいんじゃないかと思いますね。
また根本的な問題として医療の現実と期待値との乖離という点に言及していることも評価しておきたいところです。

こうしてある程度医療業界の外側にも問題の存在自体は認められるようになってきたことはそれなりに良いことなのではないかと思うのですが、何が困るといって「それではどうしたらいいのか?」と言う解決策の部分が未だに何一つ見えてこないことですよね。
上記の記事中でも幾つか提言が見られますが「ちょっとそれはどうよ?」と思われるような話も多々あり、かといって現場の人間の感覚を最優先した対策を考えてみたところで実効性という点で難しいという場合が多いわけです。
そこで医療行政の総本山であるはずの厚労省がどういうことを考えているのか気になってくるわけですが、こんな記事がありました。

英国の家庭医制度を紹介―厚労省研究班(2009年2月9日CBニュース)

 「医療における安心・希望確保のための専門医・家庭医(医師後期臨床研修制度)のあり方に関する研究班」(班長=土屋了介・国立がんセンター中央病院長)の第8回班会議が2月9日、東京都内で開かれた。英国家庭医学会のロジャー・ネイバー前会長が「ひとつの国の保健サービスへ家庭医療が果たす役割:英国の経験」と題して講演し、英国の家庭医制度について紹介した。ネイバー前会長は「国内総生産(GDP)が変わらなくても、家庭医制度によって、ヘルスケアは改善されて患者の満足度は向上し、医療労働力が効率的に利用される」などと家庭医制度のメリットを語った。

 高度な二次ケアに加えて、強力な家庭医制度を持つことのメリットとしては、▽限られた医療労働力をより効率的に利用できる▽ハイテク検査・治療がより適正に利用できる▽遠隔地、へき地での医療の水準が高くなる(健康面での地域間格差が解消される)▽患者の満足度が高くなる―などを挙げた。また、「プライマリーケアシステム」が発達することで、▽喫煙、アルコール依存症、肥満などの減少▽糖尿病とそれに伴う合併症の改善▽がんの早期発見▽心疾患、がん、脳卒中での死亡率の減少▽予定外妊娠、若年妊娠の減少▽終末期ケアへの満足度向上▽処方薬のコンプライアンス(法令順守)徹底―などが実現したエビデンスがあることを示した。さらに、日本で家庭医制度が発展することは、「若い医師に対して魅力的なキャリア選択を提供することになるだろう」と述べた。

 英国の家庭医制度については、▽市民は家庭医療の診療所に登録している▽家庭医は患者が医療サービスを受けるに当たって最初の接点となる▽家庭医は一人当たり約2000人の患者をケアしている▽家庭医は通常3人以上で共同して、設備の整った診療所で働いている▽患者が二次ケアを受けるためには、救急の場合を除き、家庭医からの紹介が必要となっている▽家庭医が二次ケアへ回すのは約1割▽家庭医はほとんどの検体検査や放射線検査を利用できる―などの特徴を挙げた。
 日本と英国の人口1万人当たりの医師数は、22-23人とほとんど変わらない。しかし、病床数は日本の141床に比べ、英国は39床と少ない。これは、英国には家庭医制度があり、患者の9割を家庭医が診療するからだという。

 スペシャリスト(専門医)とジェネラリスト(家庭医)のそれぞれの役割などについても言及。病院を基盤としたスペシャリストによるケアが望ましいケースとして、▽救急ケアが必要な場合▽患者が重症または集中看護ケアが必要な場合▽まれな病気で、判断が付かない場合▽ハイテク検査・治療が必要な場合▽専門医が専門的技術を要する多数の患者を診療する場合▽理学療法、リハビリテーション、言語療法など専門化された治療を必要とする場合▽患者が家族や地域からの支援を十分に得られない場合―などを挙げた。一方、地域を基盤とした家庭医療が望ましいケースとしては、▽軽症の病気の場合▽糖尿病、ぜんそく、高血圧、関節炎、認知症などの慢性疾患の場合▽予防医学が必要な場合-などを挙げた。

 英国の家庭医養成システムの特徴としては、▽研修医は、指導医と一対一の師弟関係の下で研修を受ける▽研修医は、診療所の戦力として扱う▽臨床、組織、教育の3点で基準を満たした診療所で研修を受ける―などを示した。

よりにもよって今どきイギリスの医療制度を研究中ですか…orz
ま、確かにイギリスの医療は日本の医療よりも「効率的」であるし、患者の満足度も案外高いと言いますから、一つの考え方としてそういう方向を目指すのもありかも知れません。
しかしあまりに安上がりにやりすぎて崩壊してしまったイギリスではとうとう医療費増額に方針を大転換しましたが、そのイギリスと医療費支出先進国最低の座を争ってきた日本は更なる低医療費政策に邁進してイギリスと地位を逆転してしまいました。
一国民からの率直な感想としては、何もそんな妙なところで頑張ってナンバーワン?を目指さなくてもいいかと思うんですがね…

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2009年2月 9日 (月)

求められる医療事故調=厚労省案通りではないはずですが…

先日もお伝えしました医療事故調絡みの公開シンポジウムがこれから各地で開かれていくということですが、ぼちぼちと関連記事が載るようになってきました。
まずは関連記事から幾つかを拾ってみましょう。

医療安全調、捜査機関への通知めぐり両論(2009年2月3日CBニュース)

 関東甲信越厚生局が1月31日に開いた「医療安全調査委員会(仮称)に関するシンポジウム」には、病院団体幹部や医療事故の遺族、法律の専門家らが参加し、それぞれの立場から私見を交えて見解を述べた。厚生労働省が昨年6月に公表した医療安全調の大綱案に盛り込まれた調査委から捜査機関への通知規定などが焦点になり、医療関係者と医療事故の遺族らの間で意見が分かれた

■「医療現場が一層、委縮」/「遺族が独自の判断で警察に」
 日本病院会の大井利夫副会長は、医療事故の再発防止を「医療界の社会的責務」に位置付けた上で、「医療安全調査委員会の創設は喫緊の課題だ」と強調した。一方で、調査委の役割については「医療安全文化」の構築に重点を置き、事故に関連する法的責任や賠償問題の判断とは一線を画すよう提案。医療関連死に関する医学的見解を、司直の介入に対して優先実施することも求めた。
 安全調から捜査機関への通知については、故意による事故や関係物件の隠滅・偽造・変造が疑われる場合などの事例に限定し、「標準的な医療からの著しい逸脱」や「リピーター医師による事故」は通知対象から除外すべきだと主張した。また、医療法を一部改正し、医療機関から安全調への届け出基準を明文化することも提案した。

 一方、全日本病院協会の西澤寛俊会長は、厚労省の大綱案で示されている調査委の役割を「再発防止」と「有責判断・被害者補償」-に大別し、これら2つの役割を同じ組織が担うのは困難だと指摘。警察などによる捜査を犯罪による死亡などに限定する一方、原因究明や再発防止策の検討は「日本医療機能評価機構」に委ねる形を提案した。
 大綱案については、主として有責判断と被害者補償を目的にしていると指摘。その上で、捜査機関に通知する場合の基準が明確にされないまま新制度が実現すれば、医療現場の委縮や医療崩壊が一層、深刻になりかねないとの懸念を示した。

 これに対して、大学病院の医療事故で家族を亡くした小室義幸氏(医療の良心を守る市民の会)は、調査委から警察への通知について、「こうした規定が盛り込まれなければ、遺族が独自の判断で警察に話を持って行ってしまうことも多くなるのではないか」との見方を示した。
 小室氏は「医療事故の真相究明をしっかりするために、新制度の創設はぜひ必要だ」と主張。安全調が公表する報告書を全国の医療機関が共有することで、医療の質向上に役立つとの見方を示した。
 また、医療関係者以外の「有識者」が安全調に加わる方向が示された点に対しては、「医療界の閉ざされたドアを社会に開くきっかけになるのではないか」と期待感を示した。

■「刑事過失は高度な専門的判断」/「通知規定、警察介入の防波堤に」
 神谷法律事務所の神谷惠子弁護士は、医療事故をめぐるこれまでの議論を、「刑事や民事の法的過失論や誰の責任かの視点でなされ、根本的な原因究明の議論には及ばない」と総括。「医療安全の向上」や「事故の再発防止」を目的とする調査委の設置は、国民的な課題を解決できる事業だと評価した。
 ただ、調査委が捜査機関に通知する事例として「標準的な医療からの著しい逸脱」が掲げられた点に対しては、「標準的な医療が定まっていない分野も多い」などと否定的な見方を示した。さらに、「刑事過失は高度に専門的な判断で、地方の一委員会が判断することには適さない」とも指摘した。
 また、医療機関から調査委への届け出範囲が「誤った医療に起因した死亡」などに限定された点については、「医療安全の目的を半減することになる」と指摘。届け出があった事故を無過失補償の対象にするなど、医療機関からの届け出を促す仕組みづくりを求めた。

 このほか、コーディネーターを務めた樋口範雄・東大大学院教授は、調査委と捜査機関の関係について、「医療の話でなくなった時にだけ警察に通知する形を残すことで、警察が入ってこられなくなる」と述べ、捜査機関による介入を防ぐには、調査委から捜査機関への通知規定がむしろ必要だとの考えを示した。

「医療版事故調」設置…警察介入めぐり見えぬ着地点(2009年2月6日産経ニュース)

 広尾病院の事件を契機に、中立的な医療版事故調査委員会の設置を求める声が医療界と被害者遺族ら双方から上がり、厚生労働省は昨年6月、事故調実現に向けた設置法案の大綱案を公表している。しかし、「警察の介入」をめぐって医師法21条の扱いや、医療界との議論が暗礁に乗り上げ、着地点が見えないのが現状だ。

 「殺人事件を調べる警察官が、犯意のない人を調べることはありえない」。1月25日、仙台市内で行われた事故調についてのシンポジウムでパネリストとして参加した大学病院の医学部長はこう主張した。

 厚労省が昨年6月に発表した大綱案では、医師に異状死を警察に届けることを義務づけた医師法21条を改正することを明記し、刑事処分については、事故調が警察へ通報する対象を「故意や隠蔽(いんぺい)、標準的な医療から著しく逸脱した行為」と定義。医師法そのものを改正することで、捜査当局の介入が限定的になるよう配慮した。

 それでも、医療界の一部は「警察に通報する事例の定義がはっきりしない」「医師が困難な治療を萎縮(いしゅく)しかねない」などと反発しており、日本救急医学会など5学会が反対している。

 昨年9月には、帝王切開手術で母親が死亡した福島県立大野病院の事件で、業務上過失致死などの疑いで逮捕・起訴された担当医師の無罪が確定するなど、医師の過失をめぐって判断が難しいケースもあった。

 シンポジウムには、永井さんもパネリストとして参加。「原因の究明、事故の再発防止のためには、事故調が必要不可欠。小さくてもいい。まずはつくってみて、大きく育てればいい」と訴えたが、法案の中身はまだ固まっていない。

 東京HIV訴訟弁護団事務局長の鈴木利廣弁護士は「警察は素人が分かりやすい事例を立件する傾向があり、医療の専門家が見れば著しく逸脱した医療行為であるのに、警察の立件が難しいケースもある。まずは医学専門家の判断が重要である」と指摘。

 さらに、「これまで医療界のかばい合い体質が医療不信を招いてきた。一般の人や医療事故被害者からみても公平で中立的な事故調をつくらなければ、医療者と患者の信頼関係は構築できない」と話している。

概ね議論も無限ループに入ってきているように思いますが、結局のところ一番のネックとなっているのが警察・検察といった司法との関わり方であるように思います。
流れを見てみると特に現場に近い医療側は責任追及を前提としたシステムでは結局原因追及には結びつかない、医療の萎縮を招くと反対している。
一方で患者側と言われる関係者もまず第一は原因究明と再発防止であって警察への通報は二の次という話になっている。
ところが厚労省案では文言を微妙に変えながら終始一貫して警察への通報ということをうたっている、となれば誰がそういう話に持っていこうとしているのかと考えざるを得ません。

例えば上の記事中で「捜査機関による介入を防ぐには、調査委から捜査機関への通知規定がむしろ必要」と主張している樋口範雄氏などは、経歴を拝見しますと英米法が御専門の法学畑の人物のようです。
また風の噂に聞くところでは司法関係の筋から「これだけ医療訴訟が面倒なことになっているんだから、明確な基準でもさっさと作ってもらわないと困る」といった意見が強く、関係省庁間のやり取りなどもあった結果こういう制度にしましょうと言う話になったとか(あくまで根拠レスの噂話ですが)。
そういうところを見ていきますと、一番の当事者である患者と医療関係者からずいぶんと遠いところで大枠が決められている、その結果まとまるべきものもまとまらなくなっているのだとすれば、これはずいぶんと困った話だなと言う気もしてくるわけですが。

厚労省としては全国でこうしたシンポジウムを順次開いていくという意向で、この通り当事者の意見はちゃんと聞きました、後はシステムを立ち上げてからまた考えましょうと言う話に持っていきたい様子なのは見え見えですがどうでしょうか。
事故調に関してはかねて民主党は原因究明と責任追及は分離すべきだといった意見から厚労省案に反対を立場を取っており、政府与党内でも必ずしも拙速を求めているといった感じでもなさそうです。
厚労省側はやること自体はもう決定していて、後は範囲の微調整だけだという態度を崩していませんが、こういう態度でいる限りはまとまるものもまとまらずに終わるか、あるいは当事者の声を無視して強行するかの二つに一つという気がしないでもないのですが。

医療安全調設置法案「今国会提出は慎重に判断」(2009年2月2日CBニュース)

 厚生労働省の榮畑潤大臣官房審議官(医療保険、医政担当)は1月31日、茨城県つくば市内で開かれた「医療安全調査委員会(仮称)に関するシンポジウム」(同省関東信越厚生局主催)で講演し、医療事故死の原因究明や再発防止策を検討する安全調の設置法案について、一般国民や関係者の合意形成ができているかを踏まえ、今通常国会に提出するかどうかを慎重に判断する考えを表明。また、仮に法案が成立したとしても、新制度の本格施行までに最低3年は必要だとの認識を示した。

 榮畑氏は「医療事故死が起きた場合、医療関連の情報を十分に持たない遺族が真相を究明してほしいと願うのは、当然のことだろうと思う」と述べる一方で、真相究明を望んだとしても裁判制度を活用するしかない現状では、「必ずしも原因究明につながらない」と指摘。医療に対する国民からの信頼回復や、医師など医療従事者が委縮せずに医療を行える環境整備の観点からも、専門家らによる安全調の設置が必要だとの認識を示した。
 また、「設置法案を今国会に提出するには、医療界を含む国民のコンセンサスを得なければならない」と強調。法案成立後、新制度の本格施行までには「少なくとも3年」の準備期間が必要との認識も示した。

新制度をめぐって、合意形成できていない点としては、▽安全調の設置場所▽医療機関から安全調に届け出る死亡事故の範囲▽安全調が捜査機関に通知する「標準的な医療から著しく逸脱した医療に起因する死亡」の具体的中身-などを挙げた。
 このうち安全調の設置場所については、「コンセンサスを踏まえて決める」と述べた。また、医療機関から安全調への適切な届け出を促すため、届け出範囲に関する基準を公表する方針をあらためて強調。さらに、医療機関から届け出のあった事故が「標準的な医療から著しく逸脱」していたかどうかの判断基準として、指針案を公表する考えも示した。

 榮畑氏は「医療事故が刑事手続きに掛かるかは、安全調による専門的な判断を尊重し、安全調からの通知の有無を踏まえて対応することになる」と述べ、安全調の設置が捜査機関による謙抑的な対応につながるとの見方を示した。また、こうした方向について捜査当局と合意済みであることも繰り返し強調した。

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2009年2月 8日 (日)

今日のぐり「ラーメン・中華 孫悟空」

またしても話の流れとは全く関係ありませんが、本年の第13回新聞労連ジャーナリスト大賞において、毎日新聞クラスター爆弾取材班が優秀賞に輝いたそうです。
さすが天下にその名を轟かせる毎日新聞だけに、この受賞も当然の結果といってよろしいでしょう。

第13回新聞労連ジャーナリスト大賞、第3回疋田桂一郎賞決まる!(2009年1月8日日本新聞労働組合連合)

平和・民主主義の確立、言論・報道の自由などに貢献した記事・企画・キャンペーンを表彰する第13回新聞労連ジャーナリスト大賞と、一昨年新設された疋田桂一郎賞の受賞作品が決まりました。

今回の対象作品は昨年1月1日から12月末日までに紙面化された記事などで、柴田鉄治(元朝日新聞社会部長)、北村肇(週刊金曜日編集長)、藤田博司(元共同通信論説副委員長)、鎌田慧(ルポライター)の選考委員4氏による審査で選定されました。
(略)
優秀賞 1件
☆毎日新聞労組  
 毎日新聞クラスター爆弾取材班
 クラスター爆弾廃絶キャンペーン
(選評)
地雷同様に紛争後も罪のない市民を犠牲にするクラスター爆弾の廃絶に向けた息の長いキャンペーンを続け、その非人道性を訴えた。爆弾を「落とす側」ではなく「落とされる側」に立ち続けようとする記者たちの強い意思が感じられ、多角的な紙面展開は他のメディアの群を抜いた。

いやあ、「爆弾を「落とす側」ではなく「落とされる側」に立ち続けようとする記者たちの強い意思が感じられ」るそうです…
こうして未来に残る偉業として顕彰されるとは、世界新聞史上はじめてクラスター爆弾を無辜の市民に使用して偉大な戦果を挙げた毎日新聞にこそふさわしい素晴らしい賞と言えましょう。
前々回の第11回では奈良・大淀病院事件で奈良県南部の産科医療根絶に大活躍した青木絵美記者ら毎日新聞奈良支局の御一同が特別賞を受賞しましたが、この賞の選考基準というものはどうなっているのでしょうかね?

今日のぐり「ラーメン・中華 孫悟空」

老舗のラーメン店である水島・百万両に行ってみましたところが、駐車場も一杯で行列に並ぶ気にもならず、どうせなら新しい店を開拓しようと周囲をうろついてみました。
このあたりには何軒かチェーン店もあるのですがさすがにどうかと思っていたところ、たまたま道端に見つけて入ったのがこの店です。
飯時ということもあるのでしょうが、ここも店の前の駐車場は一杯でしたが店内が広いこともあって何とか待たずに席には着けました。

入った瞬間失敗したかなと思ったのが、これはどうみてもラーメン屋ではなく中華料理屋だという雰囲気を発散しているんですよね。
それでも今さら日和るのもどうかなと思って頑なにラーメンを注文してみましたが、メニューの並びの上からも明らかにその他大勢の傍流メニュー扱いです。
え~と、ここって一応看板によれば「ラーメン・中華」の店なんですよね?

程なくしてというわけにもいかなかったのですが(後述)、運ばれてきたのは見た目は何かしらノスタルジーすらかき立てられるかのようなあっさり醤油系のラーメンです。
美しく澄んではいるのですがラーメンとしては今どきどうかと思うほど薄いスープは、それでも味のバランスはきちんと取れていますから中華料理屋の麺類としては成立しています。
残念ながらどこかで喰ったことのあるような味の麺は妙に黄色く、茹で加減も何もないくらい過剰な茹で上がりでこの辺りも古い時代を感じさせますかね。
こんな薄いスープのどこからと思うような焦げ臭さを含んだ豚臭はどうも焼き豚から漂っているようですが、せめて中華料理屋なら叉焼くらいはもう少しまともなものを用意して欲しかったところです。
妙ににんにく風味が目立つラーメンだなと思っていましたら底の方には一層風味が沈殿しているようで、これは何か後からでも加えたのでしょうか。

今の時代のラーメン屋としての是非はともかくとして、この店の問題は別なところにあるのかなという気がします。
何しろオペレーションが悪いのが見ていても判るくらいで、周りの客の機嫌が次第に悪化していくのが感じられます。
客席と厨房の間が仕切りで完全に分断されて相互に見えない状態なんですが、ただでさえ手が足りていないのに客席からはほとんどの時間店員の姿が消えていれば放置も同じことではないでしょうか。
ラーメン一杯に20分待たせるというような表面的な問題だけではなくて、もう少し客心理に配慮する必要があるように思えますね。

味としては良くも悪くも中華料理屋のラーメンと言う感じで、さすがに今どきのラーメン専門店に太刀打ちできるレベルではなさそうです。
見た目から判断する限り値段の割にボリュームはあるようですし、そこそこ客も入っているようですから中華料理屋としては悪くないのかも知れませんが、これでラーメンの看板を掲げる意味があるのかどうか?
味を云々する以前に、色々な意味で客も店も不幸になりかねない要素がてんこ盛りという感じの希少なお店でした。

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2009年2月 7日 (土)

医療を取り巻く見えない壁

一面では万人にとって極めて身近な存在でありながら、他方で何かしら遠い存在であるように感じられやすいのが医療というもののようです。
このあたりの感覚と関連して、今日は少しばかり話題になっている毎日新聞の記事から紹介してみます。

記者日記:医師の説明 /埼玉(2009年2月6日毎日新聞)

 「もう一度、一から説明しましょうか!」。医師は突然、声を荒らげた。昨年末、兄が大病をした。治療法の説明の場に私も同席し、質問しまくった。もちろん面白半分にではない。学会のガイドライン本(書店でも買える)を読み、病状の微妙な差によって治療法も違うことを知っていたからだ。

 だが、医師は「そんな細かいところまで聞いてきたのはあなたが初めてですよ」などと繰り返し、明らかにいらだっていた。揚げ句に、私が「念のため確認しますが……」と治療法のある細部についてたずねた途端、冒頭のようにキレてしまったのである。

 私はひるまず質問し続けたが、こうした場面に慣れていない人なら黙ってしまっただろう。医師と患者・家族を隔てる「壁」はまだまだ高いと痛感した。申し添えておくと、医師はその後も献身的に兄を診てくれた。【平野幸治】

この高尚かつ深い内容の記事を掲載した毎日新聞社の意図はともかく、日記と聞いて思わずチラ裏という言葉が頭に浮かぶような記事ではありますが、ここに見られるのは医療現場に対する一つの類型的な認識ではあるかも知れません。
しかし自ら学会のガイドラインを読みあさるほど医療問題に熱心だという平野記者には失礼ながら、この種の言葉のやり取りというものは当事者の一方だけの話を聞いても実態がよく判らないことが普通ではあります。
平野記者の人となりを知る上で平素のご活躍ぶりを拝見するのが手っ取り早いかなと思っておりましたら、こんなものがありました。

サンデー毎日の記事 術後化学療法が無効であるという記事は本当か

 2005年5月29日発売のサンデー毎日に大変いい加減な記事が掲載されました。
 記事を書いた記者は平野幸治記者という方です。どこが間違いか?

(勿論固形がんの場合には<手術>という選択肢もあるわけだが、少なくても術後の化学療法は乳がんを除いて気安めと言うことになる。何ともショックではないか)という文章です。

 私も大変ショックを受けました。週刊誌の記者が間違いの記事を書いて週刊誌発売部数を伸ばして売り上げをあげようとする利益重視の売らんかなと言う姿勢にあらためてショックを受けました。NHK,読売新聞、産経新聞、日経新聞などのマスコミがが様々な考えがあるにせよ、がん患者のために有益な情報を提供しあるいは番組作成などしているの比べてこのサンデー毎日平野幸治記者の行動は同じマスコミ関係者と到底思えない行動です。もし意図的に間違いを書いたつもりがなければ速やかな訂正をお願いしたいと思います。
(略)
 誤解しないように記しますが決して術後化学療法を推奨している訳ではありません。
 そのリスクとリターンを天秤にかけた上で患者自身が決めるべきものです。術後化学療法の効果について詳しいデータを患者自身に説明できず否定することも全面的に肯定することも専門家として正しい態度ではありません。

 ついでに言えばサメの軟骨ががん患者の利益につながるどころか寿命を縮める結果になる論文も発表されています。サメの軟骨を過去のサンデー毎日で推奨していた責任をどう取るつもりでしょうか?
 もし今度の記事に何らかの訂正する動きがあれば当方としては速やかにこの記事を訂正、削除する姿勢があることを表明しておきます。

こと医療問題に関してはこういう素晴らしい理解力を誇っておられる平野記者が自ら「質問しまくった」というくらいですから、担当医も思わずうなるほどの素晴らしい内容で「もう一度、一から説明しましょうか」とも言いたくなったということなのでしょう。
ちなみに自分の知る限り一般的な知性と理解力のある大人同士の対話の場において、「もう一度、一から説明しましょうか」という言葉が出てくることはあまりありません。
素晴らしい理解力をお持ちの平野記者はもしかしてこうした経験があまりなく誤解されたのかも知れませんが、正しくは担当医は「キレてしまった」のではなく「あキレてしまった」のだと思いますよ。

さて、平野記者を擁する天下の毎日新聞をはじめとして、このところ国内外のマスコミで大きな話題となっていたのがアメリカでエアバス機がハドソン川に不時着した事故の件です。
離陸直後の両エンジン停止、降りたところは真冬の河川の中と悪条件が重なったにも関わらず一人の犠牲者も出さなかったと「ハドソン河の奇跡miracle of the Hudson」なんて声も上がっているらしいですね。
機長は両エンジン停止からわずか30秒のうちに管制塔の指示する空港への着陸は不可能と判断し、指示を無視してでも救助の得られやすいハドソン川下流域への不時着水を行うべきだと決断したそうですが、最近この時の通信記録が公開されてから機長の落ち着き払った冷静な対応がますます称讚を集めています。

プロフェッショナルというものは追い詰められた局面であるほど冷静沈着であるべきであり、極限状態でこそ能力を完全に発揮できるようトレーニングされていなければならないのは言うまでもないところだと思います。
こうした冷静さというものがどれほど重要であるかは野球やサッカーをお茶の間でテレビ観戦している人々にとっても容易に判ることだと思いますし、ましてや日常的に修羅場を経験するはずの医療現場に立つ者にとってこそ最も求められる資質だと思うのです。
ここで「伊関友伸のブログ」さんから引用させていただきますが、かの大野事件公判の中から下記の一節をみていただきましょう。

福島産科事故:被告産婦人科医、起訴事実を否認 初公判で

福島県立大野病院の産婦人科医逮捕事件の初公判があった。
被告となってしまった医師は「死亡や執刀は認めますが、それ以外は否認します。切迫した状況の中で精いっぱいやった」と起訴事実を否認された。
法廷にむかう写真からも、発言からも、現場の医師としてのプライドを強く感じた

福島産科事故:被告産婦人科医、起訴事実を否認 初公判で
毎日新聞 平成19年1月26日

福島県立大野病院(同県大熊町)で04年、帝王切開手術中に女性(当時29歳)が死亡した医療事故で、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた同病院の産婦人科医、加藤克彦被告(39)の初公判が26日、福島地裁(大沢広裁判長)であった。加藤被告は「死亡や執刀は認めますが、それ以外は否認します。切迫した状況の中で精いっぱいやった」と起訴事実を否認した。
(略)
 ◇被告 落ち着いた声で書面読み上げる

 「1人の医師として患者が死亡したのは大変残念」。初公判で加藤被告は起訴事実を否認する一方、死亡した女性に対しては「心から冥福を祈ります」と述べた。黒っぽいスーツを身につけ、落ち着いた声で準備した書面を読み上げた。

 加藤克彦被告が逮捕・起訴されて休職となり、昨年3月から県立大野病院の産婦人科は休診が続いている。同科は加藤被告が唯一の産婦人科医という「1人医長」体制。再開のめどは立たない。

 隣の富岡町の30代女性は加藤被告を信頼して出産することを決めたが、休診で昨年4月に実家近くの病院で二男を出産した。女性は「車で長時間かけて通うのも負担だった」と振り返る。二男出産に加藤被告が立ち会った女性(28)も「次も加藤先生に診てもらいたいと思っていた」と言う。

 一方、被害者の父親は「事前に生命の危険がある手術だという説明がなかった」と振り返る。危篤状態の時も「被告は冷静で、精いっぱいのことをしてくれたようには見えなかった」と話す。

人間対人間の関係は常に主観のぶつかり合いであって、ことに法廷に持ち込まれるような事例においては判決がどうあれ、どちらの言い分が正しかったのかということは容易に決着するような問題ではないのでしょう。
しかし医療の現場においては何であれ世間の常識とは違って特殊なのだと考えるのではなく、医療の現場においても基本的に世間一般で求められるのと同じ当たり前のロジックに基づいて動いているものなのだととらえる視点は、患者にとっても医療従事者にとっても必要なことのように思いますね。

見えない壁をいたずらに恐れることがなければ、これは特別に難しい話ではありません。
貴方が本当に命に関わるような状況になったとき命を預けたいと思う医者とはどんな人物なのかと冷静に考えてみればいいだけの話なんですよ。
滝のような大汗を流し半泣きになりながらパニクっている一杯一杯の医者か、それとも憎たらしいほど落ち着いて鼻歌交じりで仕事をこなしているような医者か。

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2009年2月 6日 (金)

時間外の番人

昨日もお伝えした「大学教授が逃散してしまった」鳥大救急の件ですが、また別ソースで一件紹介します。

救急科専門医、全員退職へ 鳥大病院救急センター(2009年02月05日日本海新聞)

 鳥取大学医学部付属病院(鳥取県米子市西町、豊島良太院長)は四日、救命救急センターの八木啓一センター長(54)ら救急科専門医四人全員が三月末で退職すると発表した。八木センター長は人員体制や設備の不備などを挙げて「救急に夢が持てなくなった」と理由を説明。同病院は四月以降のセンターの運営に支障が出ないよう後任の医師の確保を急いでいる。
退職理由を語る八木センター長(右)と豊島院長=4日、米子市西町の鳥取大学医学部付属病院

 退職するのは、センター開設時からセンター長を務める八木教授と准教授ら四人。センターは現在、他診療科の常勤医師三人の応援を得て運営している。

 八木教授は退職理由について「魅力ある救急ができていない現状では、若い医師を引き止められない。夢が持てなくなった」と語り、「スタッフと設備の充実度は二、三十点。理想を言えば二十人くらいほしい」と指摘した。

 さらに「救急医を時間外の番人としか思っていない人がたくさんいる。プライドを踏みにじられるような状況が続いてきた」と悔しさをにじませた。

夢やプライドでもないとやっていけない職場なんだなと取るか、夢やプライドを追いながら仕事が出来る分まだまだこいつら恵まれてるなと取るかは人それぞれだと思いますが、客観的にスタッフ4人+応援3人で救急センターを維持するのはなかなかきついんだろうなとは思いますね。
鳥取でもそうですが、最近地方ではドクターヘリ運用と言うのがちょっとしたブームになって来ているようで、あちらこちらで導入のニュースが流れています。
スタッフ数人を何時間か拘束して一人の尊い命をお救いするというのも一つの大切な医療でしょうし、そのマンパワーがあればもっと簡単に大勢の命を救えたかも知れないと考えてしまうのは貧乏性と言うべきことなのかも知れませんけれどね(苦笑)。
いずれにせよ二兎を追うような余裕が医療現場にはないだけに限られた医療リソースでどこを優先し何を死守すべきか、そろそろ当事者である国民自身が本気で考えていかなければならないはずなんですが、未だにこんな感じの認識ってのが正直なところなのかも知れません。

日本の小児死亡率「ワースト3」 「問題が知られていない」(2009年2月5日テレビウォッチ)

重傷の子供をどこでも、いつでも、素早く治療できる体制が整っているかというと実はそうでないという。

   PICU(小児集中治療室)があるのは全国で18か所、その中で24時間専門医が常駐し対応できるのはわずか4~5か所というお寒い体制だという。
   そんな中で番組は、昨2008年末から年始にかけて、24時間PICUで対応できる『静岡県立こども病院』(静岡市)を密着取材した。題して「命の瀬戸際にいる子供たちの最後の砦」。
   同病院のPICUは専門に14人と看護師30人。ドクターヘリなどで県内全域から送られてくる患者を24時間いつでも受け入れ、治療にあたっている。
   指揮をとるのは、アメリカPICUで4年間小児治療をマスターしてきた植田育也センター長(41)。

   元旦午前4時、脳内出血の女児が送られてきた。さっそく検査した結果、腫瘍らしいものが内側から脳を圧迫しているのを発見。緊急手術したところ直径5センチの血の塊(血腫)があり、頭痛や意識障害を起こしていることが分かった。長時間の手術が終わった時は日付が変わっていた。

   日本の年代別死亡率の中で最も多いのが1~4歳までの小児。WHO(世界保健機関)によると、主要先進国の同年代平均死亡率100%に対し、日本は120%と大幅に上回り、ワースト3という。
   お寒い現状に、植田センター長は「PICUが最低でも全国50か所ぐらいに増えれば、年間500人近い子供の命が救えるのですが……。それが実現できてないために治療が遅れる。ここが非常に大きな問題だということが知られていない」と訴える。

   それにしても、交通事故で重傷を負った男性(69)が1月20日、大阪府内を含む6市14病院で受け入れを断られ、3時間後に出血ショックで死亡していたことが明らかになったばかり。
   日本の『医療体制』はこのままでいいのか。早急に精密検査し、大手術する必要がと思うのだが……
   司会の加藤浩次は「少ないですよね~」、テリー伊藤は「知識がないと、戸惑うだけですからね~」と、お座成りのコメントを。

日本の場合周産期・新生児死亡率は低いですから一概に救急医療体制だけの問題かとも言い切れないところがありますが、少なくとも救急の現場は常にキャパシティーを越える労働を強いられオーバーワークとなっているのは確かでしょうね。
本来「非常時」用の備えというものは非常持ち出し袋や防災用備蓄なんてものと同じで、普段は全く使わないで済むくらいに余裕がなければ何かあった時にまともな対応が出来るはずもないんですが、日本の場合何故か24時間フル稼働状態ですから、それはもっと頑張れと言われても無理でしょう。
当然ながらその負担をどうやって軽減していくかという議論がまず必要だと思うのですが、どうも消防庁あたりが主体でこういう対策ばかり練られているところを見ると不安が募るばかりなのは自分一人でしょうか?

消防庁、救急搬送先リスト策定 受け入れ拒否で法改正へ(2009年2月5日47ニュース)

 医療機関による救急搬送患者の受け入れ拒否問題の改善に向け、総務省消防庁は5日開かれた有識者検討会で、患者の容体に応じた搬送先の医療機関リストなどを盛り込んだ「搬送・受け入れ基準」の策定を都道府県に義務付ける方針を示し、了承された。

 9日の消防審議会答申を経て、消防法改正案に盛り込み、今国会への提出を目指す。改正法が成立すれば年内にも施行、2009年度中に各都道府県に基準策定を促す

搬送先リストをあらかじめ定めておくことで、救急隊員が円滑に搬送先を選定できるほか、救命救急センターなど一部医療機関への急患の集中を分散させ、「たらい回し」の発生を抑制する。また遅延傾向が続く搬送時間の短縮にもつなげる

 搬送先リストには、例えば(1)心肺停止状態なら救命救急センター(2)重症の脳疾患はA病院(3)軽症の心疾患はB病院-など、症状の種類と程度に応じた具体的な医療機関名を載せる

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2009年2月 5日 (木)

とうとう大学教授も逃散を始めた!?

近ごろの人間は何かと切れやすいと言う話ですが、むしろすぐに切れてしまってストレスをため込まない方が本人の心身の健康にはいいのかも知れません(周囲にとってはまあ…)。
切れぬ切れぬと思っていたら思わぬところがプッツンしてしまうとニュースになるという話を、まずは読売新聞の記事から紹介します。

鳥大救命救急センター 専属医4人全員退職へ 人手不足理由(2009年2月5日読売新聞)

鳥取大病院(米子市)は4日、救命救急センター長の八木啓一・救急災害科教授(54)らセンターの専属医師4人全員が、人手不足などによる激務の「心身の疲労」などを理由に、3月末で退職することを明らかにした。病院側は、他科の応援医師の増員などの対策を講じ、治療態勢に支障はないとしているが、山陰の「命のとりで」となる同センターの課題が浮き彫りになった格好だ。

 他の退職者は、准教授と同科の医師2人。病院は、後任の教授と講師級の医師を学外から招くめどがついたとし、残る2人は他科の応援でまかなう方針。

 豊島良太院長と八木教授は同日午後、院内で記者会見。豊島院長は、八木教授の退職理由を「救急専門医を育てようと頑張ってきたが、様々な問題で(辞める)部下を引き留められず、心が折れた」と説明した。

 八木教授は、職場の実情に言及。研修医が研修先を自由に選べるようになった2004年の臨床研修制度で病院に残る研修医が減り、教授が当直をするほどの慢性的な人手不足に陥っているほか▽電子カルテの導入でパソコン操作を手伝う人員も必要▽センターは手術室やコンピューター断層撮影法(CT)室などから遠く、患者を一元管理できる構造ではない――などを挙げ「救急専門医を志す医師に夢を与える職場環境ではない」と述べた。

 豊島院長は「八木教授らの事は理解しており、引き留めることはできない。センターの施設充実は関係自治体の協力も得て何とかしたい」と話した。

 センターは04年10月に開設され、24時間態勢で山陰両県の救急患者を受け入れ。07年度は事故や病気で重篤な約900人を含め約1万3000人を治療。専属医4人と他科応援3人、研修医4人が勤務している。

「引き留めることはできない」って、そうまで同情されるほどの環境だったってことですかね(苦笑)。
いやはや、しかしついに大学病院教授自らが先頭に立って逃散するという時代になったかと思えば感無量というところですかね。
しかし年1万3千人と言えば一日40人近い計算ですが、こんな救急専門医4人でも心が折れるような状況を他科の応援でまかなうとはいささか無謀と言いますか、連鎖崩壊の悪寒が濃厚ですね。
同じ話題ですが、いち早くニュースに取り上げた地元紙ではちょっと違った切り口の内容になっていて興味深いです。

鳥大医学部付属病院 4月以降救急専属医不在に(2009年2月4日山陰中央新報)

 中海圏域を中心に山陰両県の救命救急医療を支える鳥取大学医学部付属病院(米子市西町)救急災害科の八木啓一教授(54)ら救急専属医四人が三月末で全員退職し、四月以降、同院の救急専属医が不在となる期間が生じる可能性もあることが三日、山陰中央新報社の取材で分かった。

 八木教授は「医師流出と負担増の悪循環で体力、気力ともに限界。救急医療の窮状を認識してほしいの思いもあり、昨年末、辞表提出に踏み切った」としている。

 同科の救急専属医は、八木教授と四十代の准教授、卒後五、六年目の二人の若手医師の四人。三人が救急専門医の資格を持つ。八木教授は二〇〇四年十月に救命救急センターが開設されて以降、同センター長も務める。

 同センターは、交通事故による多発外傷や心停止など最重症の三次救急患者を年間約九百人受け入れている。

 同科は、医学生への教育と卒業後の臨床研修において必須のコアカリキュラムとされる救急医学の教育を担当。さらに学外でも、県消防学校での教育や県内各地での救命講習などの役割を担う

 後任教授の確保について豊島良太病院長は「四月一日にすぐ着任できる方向で検討している。規則的には可能」と話す。同病院長によると今回は通常の公募でなく、病院側が一人または複数の候補者を指名し、受諾した候補者を学内の選考委員会で審査する異例のノミネート方式で選ぶ予定。

 

教授以外の救急専属医は公募するが、確保のめどはたっていない状況で「万一、救急専属医不在が生じれば、救命救急センターでの応援経験がある他科の医師で対応することになる」という。

 

島根大学医学部付属病院(出雲市塩冶町)でも〇八年七月、救急部の坂野勉教授(57)が辞表を提出しており、三月末で退職する。後任は未定だが、既に後任教授の公募は終了しており「教授不在期間は長くても一カ月程度だと思う」(同教授)。同院では四月以降も、准教授と講師ら三人の救急専属医は残る。

「病院側が一人または複数の候補者を指名し、受諾した候補者を学内の選考委員会で審査する異例のノミネート方式で選ぶ」なんて、普通に公募したのでは誰も手を挙げないと予想しているかのような話ですね(苦笑)。
お隣島根大でも救急部教授が辞められるという話ですが、もともと山陰界隈は広いわりに医療密度は希薄ですから何かと救急も大変だったとはたやすく想像できる話です。
噂ではかなり救急への情熱を持った熱心な先生だったと言うことですが、こういう記事を見るにつけその情熱につけ込んで何でもかんでも酷使し過ぎちゃった結果なのかなという気がしないでもないんですがね…
何事も過ぎたるは及ばざるが如しと言うことなんでしょうが、皆さんもついつい頑張りすぎていきなりプッツンしちゃわないように御自愛ください。

ホイスト降下運用開始 医師らヘリから現場へ(2008年10月4日山陰中央新報)

 医師や看護師を傷病現場にヘリで運び、直接降下させる「ホイスト降下」の中国地方初の運用について、県は鳥取大医学部付属病院と合意し、先月二十六日から同病院スタッフを対象に運用を開始した。これにより、山岳地帯などヘリ着陸の困難な傷病現場で、上空から医師や看護師を直接投入し、応急処置やトリアージなどが迅速に実施できるようになった。

 ホイスト降下は、ことし七月から九月にかけ、同病院スタッフらが県消防防災航空隊などと合同訓練を行ってきたが、運用上問題がなかったことから今回の合意に至った。対象となるのは、同病院の医師六人と看護師七人の計十三人。今後必要に応じて追加も考える。

 現在まで運用実績はまだないが、同隊の天野智隊長は「有事の際の救命率向上につながると期待している。運用する中で細かな課題が出るかもしれないが、随時見直す」と話した。

 ヘリによる医師、看護師の派遣については現在、県と県内四病院との間で「医師同乗救急ヘリコプターの運用に関する協定」が結ばれている。六月に鳥取大医学部付属病院との間で協定一部変更を行いこれまで不可能だった医師、看護師のホイスト降下が認められた

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2009年2月 4日 (水)

医療費適正化計画が本格的に動いています

医療というものは本来個人個人に合わせたオーダーメイドで行われるべきで、単なる統計的数値に頼った顔の見えない医療は好ましくないという主張をされる人々もいます。
そのあたりは個々の症例に応じたバランスの問題かなという気もするのですが、こと話が医療行政ということになれば顔の見える医療行政というのもあまり聞いたことがないですよね。
昨年春から指導した厚労省の遠大な野望がいよいよ本格発動してきたという記事から紹介しましょう。

厚労省、医療費高額な109市町村に適正化求める(2009年1月30日日経ネット)

 厚生労働省は30日、国民健康保険の2007年度の医療給付費が高額だった24都道府県の109市町村を、来年度に医療費適正化が必要な自治体に指定した。市町村は3月末までに原因の分析や適正化目標などの計画を策定する必要がある。

 指定された市町村は北海道(23)が最も多く、福岡県(18)や徳島県(11)など九州や四国も目立った。今年度から引き続き指定された市町村は65あった。全市町村に占める指定市町村の割合は6.1%と前年度より1.4ポイント上昇した。

 同省は医療費が年齢構成などを勘案して決まる基準給付費を14%を超えて上回った場合、適正化が必要な自治体として指定している。

医療費の適正化って何のことかと思われた方もいるかと思いますが、これが老人保健法改正にともなって平成20年4月より施行された「医療費適正化計画」なるものの実態なんですね。
こちらの資料に目を通していただければおわかりいただけるかと思いますが、住民健康保持に関して各都道府県で医療費適正化計画を立てて実行し厚労省に評価していただく、それだけの話だけであれば「それどんな赤ペン先生?」で終わるところですが、天下の厚労省がそんな甘ったるいことを行うはずもありません。
厚労省が評価した結果「適切な医療を各都道府県間において公平に提供する観点から見て合理的であると認められる範囲で」都道府県の診療報酬の特例を設定することができるなんて権限まで与えられているんですね。

こうして改めて見てみますとさすが厚労省だけに、その気になれば幾らでも医療を恣に出来るという素晴らしいシステムだなと感じ入ります。
今回こうした話が出てくるまで今ひとつその実際の動きが判らなかった話ですが、一体どういう作業が行われているのかを記事から引用してみましょう。

医療費適正化計画(上) 減らせ生活習慣病患者(2006年11月22日熊本日日新聞)

 老人保健法を全面改正した高齢者医療確保法の2008年4月施行を念頭に、各都道府県が医療費の将来見通しなどを予測した医療費適正化計画の作成準備に追われている。計画には、生活習慣病の患者・予備群の減少率など、「医療の質」とも密接に絡む具体的な数値目標の設定が求められ、都道府県側には不慣れな分野だ。

 ■数字把握これから

 都道府県を指導する厚労省保険局は「最初に医療費の適正化があるのではなく、結果として医療費を適正化する」(総務課)と話す。しかし、この説明を信じる都道府県職員はほとんどいない。「各県を競わせ高齢者の医療費を削減させるのが真の狙い」(福岡県中堅職員)との受け止めが支配的だ。

 そんな中、熊本県医療政策総室は医療費適正化の大まかな対策を決めている。「一つはメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)対策を進めて生活習慣病の患者や予備群を減らす。もう一つは、医療保険が適用される療養型病床を、介護保険適用の老人保健施設に転換させる」。厚労省の大枠をそっくり採り入れている

 厚労省は生活習慣病の患者と予備群の数を、2015年度に08年度比25%減にする政策目標を掲げている。この“都道府県版”の数値目標を適正化計画に織り込むわけだが、熊本県の場合、基準になる患者と予備群の数字の把握はこれからという。

医療費適正化計画 (下)療養病床の大幅削減(2006年11月29日熊本日日新聞)

 国と都道府県が“二人三脚”で進める医療費適正化計画の柱の一つは入院患者の医療費削減だ。もう一つの柱が生活習慣病対策で外来患者の医療費を削るのに対し、入院患者の医療費は家庭の都合など病気に起因しない「社会的入院」も受け入れている療養病床の大幅削減で達成するという。

 ■先進国のトップ

 厚労省は「日本の平均在院日数は国際的に極めて長く、特に療養病床が重要な要因の一つ」(保険局)と指摘する。OECD(経済協力開発機構)が調べた、日、独、仏、英、米5カ国の平均在院日数と人口1000人当たり病床数の比較では、日本の平均在院日数36・4日は2位独の3・3倍、人口1000人当たり病床数14・3床は2位独の1・6倍で先進国のトップと強調。医療の必要性に見合った療養病床の再編を描く。

 今年4月現在、全国の病床は38万床。内訳は医療保険適用25万床、介護保険適用13万床。厚労省は2012年3月末までに、医療保険適用を10万床削り、介護保険適用の13万床を全廃。38万床から医療保険適用の15万床を差し引いた23万床を老人保健施設やケアハウス、有料老人ホームなどに転換させるという。

 ■経営難に政策誘導

 熊本県は10月1日現在、病床数1万1645床。内訳は医療保険適用7200床、介護保険適用4445床。全国ベースで換算した場合、老人保健施設などへの転換率を病床数の39・5%とするか、医療保険適用病床数の60・0%にするかで転換病床数は違う。県医療政策総室は現在、240の医療法人・個人を通じ入院患者の意向を聴いている。

 厚労省の目標は、2015年度に全病床平均の在院日数の全国平均値と、最短値の長野県の差を半分に短縮すること。04年度実績で全国平均は36・3日、長野県は27・1日、差は9・2日。この隔たりを15年度に4・6日に縮めるわけだ。

 今年4月、厚労省は療養病床に関する診療報酬をカット、療養病床を医療の必要性に応じて医療区分1、2、3とした。医療区分1の患者を長期入院させても、経営が難しくなるよう“政策誘導”している。

 これに対し日本医師会は7月、療養病床を持つ全国の医療施設6186カ所を対象に調査。療養病床のうち医療区分1の患者2万9392人の聴き取り結果をまとめた。患者の約2割は医師の指示で看護師が付き切りで看病し、退院を迫ると「医療難民」が生まれる。患者の約4割は症状面からは退院できるが、退院後の在宅・施設の介護サービスがなく、「介護難民」になる。

 医療費は4月の診療報酬改定後、調査に応じた医療施設の収入は約10%減少。今後も診療報酬が据え置かれるなら、「医療」「介護」難民がさらに発生すると予想しているのだが…。

ま、昔からの厚労省の持論に対して法的にその権限を与えたわけですから当然の結果と言えばその通りなんですが、色々と楽しいことになってきそうな未来図が容易に想像できる話ではありますよね。
省庁権益の確保という点で厚労省がなぜそんなに医療を縮小(あるいは崩壊)させようと頑張っているのか今ひとつそのモチベーションの根源が理解できなかったところがあるのですが、こうして見てみますとそんな浅い思案など到底及ぶところではない深慮遠謀があったのだなと理解できます。
今までは国会で議決を経て法律として行わなければならなかったことが単に省庁内部の話だけでどんどん実行に移していける。
しかも医療行政を通じて全国津々浦々の自治体に好き放題口出しできるわけですから、これは「損して得取れ」を地でいく素晴らしい話だなと感じ入るほかありません。

一つ明らかなのは、こうして医療に関する絶大な権限を得たからにはその結果起こる全ての事に関する責任もまた果たさなければならないということでしょうかね。
医療に関しては何か問題があっても今まで責任体制が明確でなかったのですが、これからは何であれ話がずいぶんとシンプルになりそうで良かったですよホント。

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2009年2月 3日 (火)

インフルエンザにはご用心!(色々な意味で)

今年も猛威を振るっているインフルエンザですが、ここ数年のインフルエンザ=抗ウイルス薬と言う定番処方がにわかに面倒なことになっているようです。
そもそも昨年頃から耐性化ウイルスの出現が報じられていましたが、今年は厚労省がこんな通知を出すくらいになっているのですね。

感染症発生動向調査における薬剤耐性インフルエンザウイルスについて(2009年1月16日厚労省)

○ 今シーズンにおけるインフルエンザウイルスの薬剤耐性状況について

・わが国では下記の(参考)のとおり、都道府県においてインフルエンザウイルスの分離・検出を行っているが、そのうち、国立感染症研究所において今シーズンのインフルエンザウイルス(A/H1N1)について35株を検査し、34株からオセルタミビル(商品名:タミフル)耐性ウイルスが検出された。(2009年1月8日現在)

・ 確認されたオセルタミビル耐性ウイルス(A/H1N1)については、昨シーズンからヨーロッパを中心に出現しているオセルタミビル耐性ウイルスと同じ北欧系統となっている。

○ インフルエンザウイルス(A/H1N1)とワクチンについて

・ 検査されたインフルエンザウイルス(A/H1N1)については、今シーズンのワクチン株A/ブリスベン/59/2007の類似株であったことから、これらの耐性株に対して今シーズンのワクチンは有効であることが推測される。

○ インフルエンザウイルス(A/H1N1)とオセルタミビル以外の抗インフルエンザウイルス薬について

・ 今シーズンに検査されたオセルタミビル耐性ウイルス(A/H1N1)について、現在のところ、ザナミビル(商品名:リレンザ)に対する耐性は確認されていない

○ インフルエンザウイルス(A/H1N1)以外のインフルエンザウイルスにおける薬剤耐性について

・ 今シーズンに分離されたインフルエンザウイルスのうち、A/H3N2ウイルス、B型ウイルスについては、現在のところ、オセルタミビル耐性は確認されていない。

○ オセルタミビル耐性のインフルエンザウイルスにおける病原性について

・ WHOによると、病原性や臨床経過において、オセルタミビル耐性ウイルス(A/H1N1)が通常のインフルエンザウイルスに比較して重篤な症状を引き起こす等の違いは確認されていない。

(参考)全国のインフルエンザウイルス分離・検出状況(平成21年1月15日時点)
A型     H1N1     243件
H3N2     303件
B型     125件

つまり今シーズンのA/B型インフルエンザのうちH1N1型(Aソ連型)が36%を占め、そのうち97%(全体の35%)が代表的な抗ウイルス薬であるタミフルが効かない耐性株だと言うのですね。
さいわい別の抗ウイルス薬であるリレンザは有効とのことですが、こちらは吸入薬であることもあって今までどちらかというと日陰者扱いされてきた薬であるだけに在庫が少ない。
この発表を受けて医療機関でもわっとリレンザに飛びついたものですから、厚労省も何とかせいと製薬会社をつつくわ、さっそく製造元が緊急輸入するわというさわぎになっているようです。

タミフル耐性インフルエンザ、厚労省が対策徹底呼びかけ(2009年1月28日朝日新聞)

 治療薬タミフルが効かないインフルエンザの耐性ウイルスが国内で流行していることを受け、厚生労働省は28日、都道府県や政令指定都市などに感染防止対策や監視の徹底を求める通知を出した。同省は別の吸入タイプの治療薬リレンザを追加供給することが可能かどうかメーカーと調整を始めた。

 国立感染症研究所によると、12~18日の1医療機関当たり患者報告数は20.84人に達し、前年同期(9.35人)を大きく上回った。地域別では沖縄(65.3人)、宮崎(36.3人)、岡山県(31.8人)など。今シーズンに入って18日までに検出されたウイルスはAソ連型が45%、A香港型41%。12月以降はAソ連型が半数を超えた。これまでに解析したAソ連型の98%はタミフル耐性をもっていた。

 リレンザは耐性が確認されていないので、今後、医療現場で使用が増える可能性もある。厚労省は「現時点ではリレンザの供給不足の心配はない」としているが、需要の伸びに対応して増産が可能かどうかメーカーに検討を要請している。

グラクソ日本法人、インフル薬緊急輸入 「タミフル耐性」流行で(2009年2月1日日経ネット)

 英製薬大手の日本法人、グラクソ・スミスクライン(GSK、東京・渋谷)はインフルエンザ治療薬「リレンザ」を緊急輸入する準備に入った。輸入量は数十万人分の規模になる見通し。同分野の治療薬で8割程度のシェアを持つロシュ(スイス)製の「タミフル」が効かない耐性ウイルスが流行し、代替薬として医療機関から注文が急増しているのに対応する。

 リレンザは英本社がフランスに持つ工場で生産、2000年から日本に輸入している。GSKは今冬の流行期用に300万人分を準備していた。タミフルの耐性を持つAソ連型(H1N1型)ウイルスの感染が広がり、リレンザを選択する医師や患者が増加した。

ま、日本は特にインフルエンザとくれば猫も杓子もタミフルという傾向が強くて、全世界の処方量の7割を日本で使っているなんてデータもあるくらいですから、その意味では処方が分散するのは悪いことではないという見方も出来るかも知れません。
それではこれからはタミフルに代わってリレンザでやっていけばいいのかという話なんですが、良いタイミングでそこに冷水を浴びせるようなニュースまで出ちゃったんですね。

抗インフル薬「リレンザ」処方後に転落死、厚労省が注意喚起(2009年1月29日読売新聞)

 長野県松本市で27日に団地から転落死したとみられる高校2年生の男子生徒(17)について、厚生労働省は29日、事前に抗インフルエンザ薬「リレンザ」が処方されていたと発表した。
 同薬を販売するグラクソ・スミスクライン社の報告で明らかになった。実際に服用したかどうかを含め、異常行動と薬との因果関係は不明としている。

 この事故を受け、厚労省は同日、リレンザのほか、アマンタジンやタミフルといった抗インフルエンザ薬の服用者と、インフルエンザに感染した未成年者について、少なくとも発症から2日間は1人にしないよう改めて注意喚起するよう製薬企業に通知した。

 今冬は全国でタミフルが効きにくいウイルスが流行しており、代わりにリレンザを処方されるケースが増えている。薬剤を服用していなくてもインフルエンザ脳症によって異常行動が起こるケースもあるが、厚労省は同様の事故が起こるのを防ぐため、注意喚起の徹底を決めた。

少し前にはタミフルで異常行動か?!なんて話が賑やかに騒がれていて、結局今に至るもはっきりした結論が出ていないながら子供には使わないようにという厚労省の通達だけが生き残っている状態です。
もともと抗ウイルス薬を使おうが使わなかろうがインフルエンザ自体で異常行動というものはあるわけでもあるし、データ上もあまり服薬とは大きな関係はなさそうだという印象を持っている医療従事者が多いんだと思いますが、世間が騒ぎ出せば今のご時世それなりの対応をせざるを得ません。
実のところずっと以前からリレンザを使っても異常行動はあるよとは言われていたんですが、何しろ今までは処方例が圧倒的に少ないだけに大きな騒ぎにはなってきませんでした。
しかし今シーズンは上記のようにリレンザ処方急増ということになりそうですから、特に小児患者はどうするか…こうなれば麻○湯でも使っていくしかないですかね(別にツ○ラの回し者ではありませんが)。

インフルエンザ薬「リレンザ」にタミフル以上の異常発生率(2007年11月09日週刊ダイヤモンド)

 インフルエンザ治療薬「タミフル」は早く熱が下がるとあってか、日本では昨年冬に860万錠も投与された。ところが、服用した10代の患者に、窓から飛び降りるなどの異常行動が相次ぎ、厚生労働省は今年3月、10代へのタミフルの投与を原則禁止。厚労省の審議会では、全年代で211人が異常行動を起こしたと報告されている。

 そこで、注目が集まるのが、同じく高い効果のある「リレンザ」など他の治療薬だ。しかし、じつは厚労省の審議会では、リレンザでの異常行動も10 件報告されている。タミフルに比べ20分の1程度だが、タミフルのシェアが90%以上で、リレンザが1%程度といわれていることを考えれば、むしろ発生率はリレンザのほうが高い

 ところが、タミフルと違い、リレンザなどの異常行動はあまり知られておらず、医師ですら知らない場合もある。

 審議会での報告がインフルエンザのシーズンではなく、メディアの注目度が低かったこともある。また、投薬と異常行動との科学的因果関係が解明されておらず、そもそも投薬とは無関係の高熱による異常行動もある。タミフルの使用禁止でも専門家からは科学的根拠を疑問視する指摘があった。現状では、厚労省もタミフル以外の治療薬に関しての異常行動への注意を喚起しにくいのだ。

 海外では、子どものインフルエンザに対して重篤な場合を除き、投薬しない親も多い。タミフルの全世界の処方件数のうち、日本が75%を占めるというデータもある。日本でも親の判断で、安静にさせるだけのケースが増えるかもしれない。

インフルエンザに関しては他にも色々と香ばしい話題があって、例えばここ数年来騒がれている新型インフルエンザウイルスの脅威というものがあります。
昨春のことですが桝添厚労相が「新型インフルエンザ用ワクチン(プレパンデミックワクチン)を臨床研究として医師ら6000人に接種し、効果が確認されれば対象を1000万人に拡大する」なんてことを発表して、色々な意味で(苦笑)ちょっとした騒ぎになったことがありました。
このプレパンデミックワクチンというものがなかなか判りにくいんじゃないかと思いますが、今まで発生したことのあるH5N1型ウイルスから作られたワクチンというだけのもので、来るべき大流行に効くかどうかなんてことは全く判らないものなんですね。
それ以前にこのワクチン自体が非常に特殊なもので、少なくとも今まで毎年用いられて安全性などが比較的確立している旧来のインフルエンザワクチンなどとは全く別物なのに臨床の現場ではあまり知られているようには見えないことにも問題があります。

ところで以下は全くの聞きかじりであって、内容の正確性は何一つ保証するものではありませんので念のため。
過日とあるインフルエンザが御専門の大先生と会食した折にもたまたまこの話題が出ましたが、何しろ副作用の危険性などという以前に抗体価が全く上がらない、普通のインフルエンザワクチンに比較すれば抗体価上昇が二桁くらいも低いと言うんですね。
それでも動物実験では何とか多少は効果があるのかな?と言う程度のデータは出たにしても、肝心の人間になるとどうもあまり効きそうにないという悲観的なシロモノなのだとか(もう少し率直な言葉で批評されていましたが)。
そんなわけですからウイルス学会でもインフルエンザの専門家が顔を合わせれば「いったいなんだってこんなものを大規模臨床試験なんかに回そうって気になったんだ?」と言う話で持ちきりだったと言うのですが、不思議なことにそれじゃあ誰が厚労省にこんなことをさせようと話を持ちかけたのかが全く判らない、突然のことで皆困惑していると言うんですね。

う~む、インフルエンザって身近なようでいて色々と謎に満ちているものですね(苦笑)。

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2009年2月 2日 (月)

メディカルスクール導入は医療への特効薬たり得るのか?

医学部と歯学部というのは割合同じ敷地内に存在していることが多く外から見ると近いように見えて、中から見ると案外交流がないものです。
しかし同じ医療系技術専門職であり国家試験資格所持者であるからには、それなりに参考になる部分も多々あると思うのですね。

その歯科というところ、最近ではどこもかしこも経営的に難しいと言います。
医科と比べるとはるかに開業で診療している人間が多いというのも一因なのでしょうが、多くの関係者が口を揃えるのは「歯学部定員増やしすぎだろ」という問題です。
かつては歯科も国際水準と比べてずいぶんと不足していると言われていましたが、それなら世間並みに数を増やそうと定員を増やした結果がこうなった…と聞けば、さてどこかで聞いたような話とずいぶん似ているんじゃない?と思う人も多いのではないでしょうか。
まずは記事から紹介してみます。

歯科医師試験、合格率低い大学は定員削減…有識者会議提言(2009年1月30日14時35分  読売新聞)

 歯科医師の質の向上を目指すため、文部科学省の有識者会議は30日、歯科医師国家試験の合格率が低い大学などに対し、入学定員の削減を求めていくとする提言をまとめた。臨床実習の終了後に実技試験を必ず行うことも求めている。

 歯科医師を目指す学生が学ぶ大学は現在、27大学(29学部)あるが、昨年までの5年間に10大学で入学志願者がそれぞれ3分の2に減少。昨年入試では3大学が定員割れだった。学生が集まらない大学は歯科医師国家試験の合格率も低迷しており、昨年は合格率が40%台という大学も二つあった。

学生の歯学部離れが進んでいるのは、患者の数に対し、歯科医の数が多すぎるためだ。有識者会議は「志願者の減少で優れた学生が確保できなくなっている」と指摘したうえで、国家試験の合格率が毎年低い大学や臨床実習に必要な患者を確保できない大学について、定員削減を提言。これを受けて、文科省は各大学に対し、自主的な定員見直し計画を来年度中に提出するよう求める。

 また、有識者会議は、質の高い教育を実現するため、臨床実習に必要な単位数を国が明確化することや、臨床実習後に実技試験を行う必要性も指摘した。

こういう記事を見るとどうも何だかなという気がするのですが、その理由を考えてみるとこの手の国家試験の不透明性にあります。
少し前にロースクール設立後に司法試験合格率が低すぎるのはどうなのよという議論がありましたが、あの場合も受験者数が激増したはずなのに合格者はさして増えていないのは考えてみるとおかしな話ですよね。
司法試験にしろ歯科医師試験にしろ正解や合格点が公表されているわけではありませんから、合否を決めるのは担当者のさじ加減一つということになります。
医師国家試験なども昔から問題の難易度がずいぶんと違うのに合格数が同じ不思議が言われていましたが、要するに合格数を恣意的にコントロールしているというわけですね。

最近では医師数を増やせ増やせの大合唱であちこちの医学部が定員増を行っていますが、一方で無闇に医師数を増やしたところで質の低下を招くだけだという意見も根強くあります。
医師数を増やすだけなら定員を増やすより国試合格基準を切り下げた方がはるかに即効性があるし、定員を増やすのが問題なくて国試を緩くするのが問題ありというのもおかしな話だと思うのですが、そのあたりはあまり議論になった形跡がありません。
とすれば、今後大幅に増加した定員のもとで学生が国試を受験する頃になったとしても、劇的な合格者数増加は見込めない可能性もあるということになりませんか。

そこで昨今のメディカルスクール論に戻るわけですが、一部の方々の間ではなおメディカルスクール設立論が盛んなようです。
ちなみにこの山崎學氏の御略歴はこちらの通りですが、御実家の病院の院長職を継がれて以来ずいぶんと苦労されているようで、医学教育についてはかねて独特の持論をお持ちのようですね(苦笑)。
まずは氏の主張するところのメディカルスクール導入の必要性というものを拝聴してみましょう。

メディカルスクールで「早急に検討会を」(2009年1月31日CBニュース)

【第47回】山崎學さん(日本精神科病院協会副会長)

 一昨年夏、日本精神科病院協会などでつくる四病院団体協議会の総合部会で、メディカルスクール検討委員会の設立を提唱した日精協の山崎學副会長。その後は同検討委の委員長として報告書の作成に尽力し、今年1月22日、念願だった報告書発表会の開催にこぎ着けた。
 「厚生労働省と文部科学省、それに現場の人間が加わった合同検討会の設置が早急に必要だ」と訴える山崎副会長に、日本版メディカルスクールの創設に向けた今後の方向性などについて聞いた。(敦賀陽平)

―なぜメディカルスクール構想を提唱しようと考えたのですか。
 従来の6年制というのは、高校時の評定平均値(成績)が(5段階で)4.0前後の生徒じゃないと医学部に入れない。偏差値偏重みたいな形で医者をつくってきた。それが果たして良いのかというと、実際は医療崩壊を招いた一因になっているような気がするんですね。
 高校卒業時に確固たる信念を持って「医者になるぞ!」という子どもは、そんなに多くないような気がします。親に「医者になれ」と言われたり、学校の先生に「お前、この偏差値なら医学部に行けるから」みたいなことを言われたり…。その一方で、研修医の1割ぐらいがうつ状態だという報告もあります。全部が全部そうだとは思いませんが、単に偏差値が高いだけで医者という道を選択している気がするんですね。もう少し常識があって、はっきりとしたモチベーションのある人が医師になった方がよいのではないかと感じていました。
 個人の素質の問題かもしれませんが、素質と教育の両方が関係している気もします。また、コミュニケーションがうまく取れないのに、偏差値が高いから医学部に入ってしまう学生もいるように思います。本来、医者はコミュニケーションスキルが大切なはずなのに、そこが十分ではない人が医者になると、患者も大変です。だから実感として、もう少し違う形の教育制度というのがあっていいと思ったんです。

―四病協の検討委は、どのようにして始まったのですか。
 一昨年の8月、日精協の方から「メディカルスクールの検討をしたい」と提案しました。その後、各団体の了解を得て検討委がスタートしました。外部の委員には、中田力・新潟大脳研究所統合脳機能研究センター長、福井次矢・聖路加国際病院長、本田宏・済生会栗橋病院副院長、金村政輝・東北大病院総合診療部講師という4人の先生方に入っていただきました。
 中田先生は新潟大のほか、米カリフォルニア大でも教鞭(きょうべん)を執っていますから、両方の制度に精通しているということで、中田先生を中心に検討が始まりました。第3回会合では、厚労省の松谷有希雄前医政局長からも話を聞きました。
 そのころ、シンガポール政府が300億円を出資して、米デューク大のシンガポール分校をつくったので、中田先生と2人で視察にも出掛けました。以前はシンガポールも、定員250人ほどの6年制の医学部1つしかありませんでした。医師不足の中で、既存の医学部の定員を増やす動きもありましたが、むしろ4年制の新たな医育制度を考えた方がよいということで、政府がデューク大を招聘(しょうへい)したのです。

―報告書の中でも、諸外国のメディカルスクールについて触れていますね。
 日本の外を見ると、例えばオーストラリアは既存の医学部の半数以上をメディカルスクールに変えています。また韓国は、近い将来に6年制のすべての医学部をメディカルスクールに変えるそうです。
 ただわたしたちは、従来の6年制をいじるつもりはありません。要するに、国が今の医師不足の中で、医者の養成数を5割以上増やすと言っているわけですから、8000人定員のところで4000人増やすことになった場合、その4000人の半分ぐらいをメディカルスクールでやらせてほしいだけです。

―つまり一本化ではなく、並存ということですか。
 そうです。ただ並存の場合、6年制と4年制の2つの制度が混在してしまう「ダブルスタンダード」の問題があります。北米に倣えば、4年制の卒業時に医学博士とすべきでしたが、現在も4年制で学士入学できる制度があります。その学生も従来の6年制と同様、卒業した時点では医学士なんですね。だからメディカルスクールも、卒業生に医学士を与えることにすれば、ダブルスタンダードにはならないと思っています。
 それから、メディカルスクールという言葉にアレルギーを持つ人がいますが、この名称に別段こだわらなくても、全入制の新しい学士入学制度でも構いません。現在の学士入学制度では、100人の枠に 5-10人の学生が3年次に編入されます。だから全員を学士入学で取るという、既存の制度の変形であってもよいと考えています。

―この制度が実現する上で、問題点や課題はありますか。
 一番大きな問題は、トレーニングスタッフの研修です。というのは、例えば、現在の医学部の教官がメディカルスクールの教員をできるかといえば、できません。なぜなら、6年制の教育しか体験していないからです。従って、海外の既存のメディカルスクール教育システムを体験してもらい、その後、伝達講習などで教官の養成が必要になります。
 あるいは、現在、米国で働いている日本人の先生に教官になってもらうというやり方もあります。デューク大のシンガポール分校でも、米国からのスタッフが入っています。シンガポール分校の教官は現在、90%がシンガポール人ですが、臨床、教育スタッフは米国のデューク大で教育を受けて帰国しています。

―四病協の今後のタイムスケジュールを教えてください。
 まず国会議員の先生方に、メディカルスクールについて少しずつご理解いただき、最終的には、やはり厚労省と文科省、そしてわたしたち現場の人間が入った合同検討会をつくる必要があります。年度内は無理かもしれませんが、4月以降の新年度に実現できればと考えています。

ま、ロースクールの現状、歯科医師試験の現状を目の前で見ている上で、それでもなおメディカルスクール設立を目指すというのであれば、その有用性に対する検証は必要でしょうね。
単なる医学部定員増、医師国試受験者数増というのであれば既存医学部の定員を増やせばいいのですが、メディカルスクール設立推進論じゃが設立を求める根拠として「医師としての適性は高卒ストレート組より社会人経験者の方が優れている」といっている点には注目しなければなりません。
そう主張するなら現状で社会人入学、学士入学といった人々はそれなりの数がいるわけですから、彼らが素晴らしい医師として活躍し高卒組より社会貢献しているのだというデータをきっちりと出してこないと話にならないでしょうね。
特に山崎氏が院長職を務めるサンピエール病院のような民間病院に回ってくる志の高いドクターがどれほど大勢輩出しているのかといったあたりを明確にしていただければ、ずいぶんと説得力が出てくるというものですが如何でしょうか?

医学教育改革を主張するのであれば、例えば現在医学部の経費の大多数が大学病院赤字の穴埋めにつぎ込まれ「医師一人育てるのにウン千万」などという暴論がまかり通っている状況を改善するために大学病院廃止を主張するとか、法曹界や各種クレーム対応専門家とも協力して大々的に医学教育にリスクマネージメントの概念を取り入れるとか言った話の方がずっと受けが良さそうに思えますがね。
いずれにしても先行する類似のシステムがこれだけ見事にこけているわけですから、公の場で口から言葉を出して社会を巻き込もうとする以上、言いっぱなしではなくそれなりの責任が問われるのは当然だと思います。

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2009年2月 1日 (日)

今日のぐり「想作居酒屋 河忠 清輝橋店」

話の流れと全く関係ないんですが、最近思わず笑ってしまったのがこちらの話です。
函館市が観光PR目的で作成したものと言うんですが、これが動画コンテストで見事大賞受賞だと言うんですね。
イカの化身で観光PRという発想のぶっ飛び加減もすばらしいものがありますが、動画気合い入りすぎだろjk(笑)。
これって受賞した今でこそ作って良かったという話ですが、出来上がった時には役所の人間からさぞや「いくらなんでもこれは」って突っ込み入ったんじゃないですかね。

函館壊滅!?タワーロボVSイカール星人~ロングバージョン~

まあそれはそれとして、今日の本題いってみましょう。

今日のぐり「想作居酒屋 河忠 清輝橋店」
岡山市内中心部にほど近いビルの一角にある、一見して間口の狭い店ですが、中はそれなりに広いつくりになっているようです。
なぜか最近立て続けに二度ほど行きましたので、まとめて書いてみます。

創作居酒屋ってどんなだとメニューを見ると、創作と言うよりも無国籍という感じですかね。
昨今の居酒屋と言えば大体がこんな感じですから特別代わり映えしないなと思ってよく見てみれば、「創作」じゃなくて「想作」なんですよ。
いきなりやられたと言うところですが、そんなわけでメニュー選択には特別悩むようなことがないのは助かります(苦笑)。
とりあえずここは酒と魚がうまいと言う話なので刺身や煮付けなど魚系メニュー、さらには鍋なども試してみました。

いろいろと「想作」料理もありますが、確かに何といっても魚がうまいし、特に刺身はどれもうまい。
鯛なんて今どき食感だけでうまくも何ともない鯛が多いですが、ここのはじんわり噛みしめるほどにうまい。
ヒラマサもうまいですし、イカの刺身なんていい加減な店も多いんですがこれはしみじみうまい。
クエなんて鍋にすると大変なご馳走ですが、刺身にしてもこんなにうまいかと改めて思い知らされますね。
またこの甘口の醤油との相性もあるんでしょうが、取りあえずその日おすすめの刺身は頼んでおいて損はないという感じです。

刺身だけですっかり舌は満足という感じなんですが、煮付けもうまかったですし、定番の唐揚げ系もどれもなかなか良い感じです。
居酒屋のサラダと言うと手抜き料理の代表格みたいなイメージがありましたが(失礼)、これもなかなか凝っていて合格点を出せるつくり。
主食代わりに鍋も食べて見ましたが、スープがこれまたじんわりうまいので締めに平打ちのラーメンを入れても負けずに受け止める力があります。
魚系以外にも目に付いたものから適当に頼んでみましたが、明らかにこれはちょっとどうよ?と思えるような外れメニューが一つもなかったのには感心しましたね。

酒の品揃えなどを見てもなかなかこだわりを感じますが、料理にしても何にしてもあくまで居酒屋というスタンスを守って押しつけがましくないのが好ましい。
まともな食い物屋として十分通用する味で価格帯はきっちり居酒屋価格なんですから、店内が満員御礼の大賑わい状態なのも納得というものです。
唯一惜しむらくは二次会で来たり風邪引き状態で来たりと、あまり来訪時の体調が良くなかったところでしょうか(苦笑)。

どうも支店(姉妹店?)があるようなので、いずれそちらの方も冷やかしてみようかなという気になってきました。

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