« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »

2009年1月

2009年1月31日 (土)

医療行政は生かさず殺さず?

税収減に加えて大幅支出増が予想される現状では当然予想されたことですが、政府与党では社会保障費抑制方針は断固堅持するという姿勢を表明したようです。
本日まずは参院での代表質問から総理の言質を引用してみます。

社会保障抑制目標 首相「09年度以降も堅持」 参院代表質問(09年1月30日日経ネット)

 参院は30日午前の本会議で、麻生太郎首相の施政方針演説など政府4演説に関する各党代表質問に入った。首相は社会保障費の自然増を毎年2200億円抑制する政府目標について「安定財源の確保と並行してコスト削減、給付の重点化など効率化を進める」と2009年度以降も堅持する考えを表明した。

これ自体は既定の路線の踏襲ということでさして新鮮みのある話でもないのですが、昨今妙にどうなのかと疑問に思うのが一方で医療支出増を来すような政策が相次いで飛び出していることなんですね。
最近目に付いた話題の中から少しばかり拾い上げてみましょう。

社保庁所管63病院、廃止から存続へ…政府・与党方針転換(2009年1月30日03時10分  読売新聞)

 政府・与党は29日、社会保険庁が所管する厚生年金病院と社会保険病院の計63病院に関し、売却・廃止という当初方針を撤回し、買い手が確保できなかった病院についても存続させる方向で検討に入った。

 地域医療の崩壊が指摘されている現状をふまえたもので、事実上、全63病院の維持を図るものだ。

 厚生年金病院、社会保険病院は保険制度の運営効率化などのため、2004年に整理合理化方針が決定、独立行政法人「年金・健康保険福祉施設整理機構」(RFO)に移管され、譲渡・廃止が検討されていた。社保庁は29日、自民党厚労関係の幹部議員の会合で、譲渡が決まらない病院について、「地域医療に支障をきたさないよう引き続き新たな運営形態を検討する」と説明、了承された。具体的にはRFOを改組して経営主体を新たに設立する案などが浮上している。

社保管轄の浜松病院も売る売らないで最近話題になっていますが、同じ30日付の記事でさっさと売り払うことにしましたなんて記事が出ています。
売却・廃止という方針を撤回というより、売れるものならさっさと売るとの方針はそのままで、売れなかった場合にも残すというだけのことのように思えますがね。

最近では公立病院を民間に売却・譲渡というのはごく当たり前に行われるようになりましたが、民間でやっていける条件ならともかく元々採算性が怪しい立地ですと大変です。
規模の縮小や診療所への格下げも色々なしがらみがあって(苦笑)難しいとなれば、自治体にとってはもはや多額の不良債権を抱え込んでいるようなもので、こうした赤字公立病院での非効率な医療は社会保障費の増額に直結してきます。
そんなこともあってか厚労省は以前から採算性に乏しい公立病院はさっさと潰せと主張していますが、問題は上記のようにこの流れに逆らうかのような動きも一部で見られるということなんですね。
この筆頭が全国の公立病院を管轄する総務省で、まるきり空気を読まず…もとい、何かに目覚めたかのように最近相次いで公立病院支援策を打ち出しています。

公立病院の支援上積み 産科・小児科 交付税4割増(2009年1月30日東京新聞)

 公立病院の七割以上が赤字の状況を受け総務省は二十九日、病院を抱える地方自治体に対する二〇〇九年度地方交付税の財政支援の概要を決めた。医師不足が深刻な産科や小児科には、ベッド一床当たりの特別交付税を四割以上増やすことで医師の確保や待遇改善を図り、過疎地など不採算地区の病院に対する支援も広げる。

 これにより自治体の病院事業への交付税は、〇八年度の二千九百三十億円から約七百億円上積みされる。総務省は一般財源である交付税を増やすことで、財政状況が厳しい自治体でも公立病院への支援が拡充できるとしている。

 財政支援では、緊急的な財政需要に充てる特別交付税の配分額について、周産期医療は一床当たり二百四十四万円から三百五十五万円、小児医療は九十六万円から百三十五万円にそれぞれ増額する。

 不採算地区の病院は「同じ市町村内に民間も含め病院が一つしかない」などとしている支援要件を緩和。現行で一床当たり六十八万円を配分している特別交付税を(1)最も近い別の病院まで十五キロ以上離れている場合は百二十万円(2)その他の地域で人口密度が一平方キロ当たり四千人未満は八十万円-に引き上げる。

 これを受け不採算地区の対象病院数は、二百三十二から約三百二十に増える見通し。

 併せて、すべての公立病院に一床当たり四十八万円を配分している普通交付税を五十九万円に約二割増額。救急病院には、普通交付税として全国ベースで約三百億円を見積もり、配分額の算定基準は今後詰める。

 全国九百五十三カ所の公立病院のうち、〇七年度は六百八十八病院が赤字となっている。勤務条件が過酷な産科、小児科、救急医療などでは医師不足が深刻化し、一部自治体は医師の給与引き上げなどの措置を講じる一方、国に財政支援を求めていた。

金を出すのはよろしいのですが、総額として社会保障費を削減する方針が不変である一方、こうして景気よく金を出そうという部分もある。
そうすると引き替えに一体どこを大幅に削るのかということが気になってくるわけなんですが、今のところそのあたりのアナウンスははっきりしたものが流れてきません。
いずれまた診療報酬改定だとかの話も出てくると思いますが、金を出すというニュースよりもどこの金を削るかというニュースの方にこそ注目していく必要があると思いますね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月30日 (金)

自然なお産という言葉の裏に潜む大きなリスク

今や産科医不足は全国津々浦々まで共通の問題ですが、その一方で「産科医がいないなら助産師を活用すればいいじゃないか」という意見もかなり根強くあります。
最初にお断りしておきますが病院や産科医院では産科医と助産師が一体となって日夜お産に取り組んでいまして、活用すればどころではなく必要にして不可欠な存在なのが現状です。
ところで一方しばしば話題になってくるのが昔ながらのいわゆる「産婆」に相当する助産師単独の助産施設の問題なのですね。
いつ頃からか「自然なお産」なるものが妙なブームとなり、こうした助産所もそれなりに静かな賑わいを来していたわけですが、正直なかには医学的な面でちょっとどうよ?と首をかしげざるを得ないような施設もあったのは事実です。

平成19年の医療法改正の結果、こうした助産所も例外なくいざというときのバックアップを務める産科医を持たなければならないことになりましたが、これがまた大問題だったんですね。
当初産婦人科医会が配布した助産所との嘱託医契約に関する試案の表現を見ていただければ雰囲気が判るかと思いますが、当初から産科医側のやる気のなさが明瞭に見て取れるという状況ではありました。
この初期試案から最終的には変更になりましたが、特に産科医側にとって問題となるのが下記の変更点であったことは容易に想像できるところです。

「損害賠償を含む一切の請求は助産所が全額補償する」 → 「助産所、嘱託医は損害賠償責任保険にそれぞれ加入する」に変更
「助産行為のリスクはすべて助産所に帰属し嘱託医に何らの補償を求めない」 → 「助産行為は助産所、医療行為は嘱託医がそれぞれリスクを負う」に変更

産科医側からすればただでさえ忙しいのに助産所の尻ぬぐいまでさせられ損害賠償のツケまで回されるのではかなわない、特に一部のカルトまがいの施設が無茶をした後始末をなぜ強制的にさせられるのかと考えたのも無理のないところではあったでしょう。
こうした助産所から嘱託医へのスルーパスが実際のところどういった状況にあったのか、最近調査結果が出ているので「産科医療のこれから」さんの記事から紹介してみます。

嘱託医における助産所からの緊急搬送事例等に関する調査報告

2.助産所の業務内容について

 異常産の取り扱い、合併症妊婦の取り扱いは5%あった。この中には双胎妊娠、骨盤位、前回帝王切開や血液型不適合妊娠など医学的管理が必要な症例があった。GBS感染症(陽性)妊婦の取り扱いも問題がある例と考えられた。しかし異常産の取り扱いについても、嘱託医に報告されていない症例が相当数存在することであろう。

 およそ1/2が医療器機を使用していたが、ほとんどが超音波とビリルビン測定器であった。診断や治療と直結する場合が少なからずあり、使用方法には注視しなければならない。 しかし、1例とはいえ「流産のため麻酔器使用にて流産処置」との回答あり、事実であれば明らかに危険な違法行為である。縫合は1/3で行われていた。会陰裂傷縫合がそのほとんどと推察するが、分娩時に会陰が損傷することは稀ではなく、医師の観点からは少なくとも過半数は縫合の必要性があると判断されるだろう。さらに、医師にとっても縫合が平易でない例も少なからずある。われわれは医師として「縫合」は保助看法で定める臨時応急の手当」を遥かに逸脱していると言わざるをえない。外科的処置は十分な修練を積んだ医師にのみ認められた侵襲的行為と万人が考えるところであり、合法的であるか懸念するだけでなく、患者にとって利するところであるか甚だ疑問である。

 薬剤の使用は1/3、助産所のための薬剤処方は1/2強であり、10%は助産院が嘱託医に無許可で購入し使用していたことが推測された。医薬品の購入に関して厚労省医薬食品局は医師の許可のもとであれば認める通知を出した。だが、医師法、保助看法の観点からすると助産師が独自の判断で投与することは認められていないと解釈する。薬剤の品目では補液もあるが、抗生剤、麦角剤さらにオキシトシン、子宮収縮抑制剤、静脈麻酔薬まであった。医師が助産所に往診し、その節に使用するための準備品とも考えられるが、「以前から薬剤を使用していた」という回答は1/2あり、使用に際して「事後承諾」や「独自の判断」が1/4を占めていたことは必ずしもこれだけではない可能性がある。嘱託医としてこれを黙認することは遺憾に思う。医師不足から、従来医師がすべき仕事のうち「簡単な医療行為」はコ・メディカルも施行可能にしてはどうかという意見がある。しかし、各々の職種には各々の役割があり教育目標も内容も異なっている。ただ単に、学生の教育課程にこれらを「部分的に」含めることで良しとすることには賛成できない。

言うまでもないことですが、助産所で扱っていいのはあくまで正常分娩だけであって、(正常分娩かどうか自体が分娩終了後に初めて確定するという事情は抜きにしても)扱ってはならないはずの異常分娩を嘱託医も知らないままに勝手にやってしまうというのはどうなのでしょう。
それ以前に医師法の規定に従っても助産師が勝手に医療行為をしてよいはずもないのですが、勝手に薬を使ってみたり(一部で悪評高い陣痛促進剤もばっちり使っているようですね)傷を縫合をしてみたりと、想像以上に違法行為が蔓延している現状があからさまになってしまっています。
これら全ての結果責任だけが嘱託医に降りかかってくるということになれば、それは誰も引き受ける気になんてなれないですよね。

実際のところ一部助産所でどんなトンデモ行為が行われているものか、「天漢日乗」さんのところで取り上げられていますがまあなんと言いますか、これらが事実とすればなかなかユニークだなとしか言い難い内容ですね。

産科崩壊 兵庫県内の助産院でここ1-2年以内になんと先進国では考えにくい「新生児破傷風」が発生していた 原因は不潔な器具で臍の緒を切ったため

 2008年2月号の『病原微生物検出情報(IASR)』Vol.29 No.2(No.336)

 新生児破傷風の1例
が掲載されていた。1995年を最後に
 日本から新生児破傷風は発生してなかった
のだが、なんと21世紀に入ってから、2007年あたりに
 兵庫県で新生児破傷風が発生
したのである。原因は
 助産院で臍の緒を切ったときに使った器具が不潔で、破傷風菌に感染した
からだという。
(略)
日本国内では、10年以上にわたり新生児破傷風の発生はない。新生児破傷風発症の最大要因は、分娩時の不潔な臍帯切断であるため、児の出生した助産院に連絡。当該助産院はほとんど閉鎖しており、分娩を行っていなかったが、臍帯切断の際は、消毒した剪刀を用いたとのことであった。同時に自宅の衛生環境が非常に悪いとの指摘もあったが、患児には明らかな創傷がみられなかったことより、使用した剪刀の消毒が不十分であった可能性があると考えた。
(略)
いったいどんな
 消毒
をして、臍の緒を切ったんだよ、この「ほとんど閉鎖状態だった」助産院は。
嗚呼、これが21世紀の日本の兵庫県で起きた話とは、にわかには信じられないのだが、報告が上がっているのだから、真実だったと認めざるを得ない。

産科崩壊 「自然なお産」を標榜する40代の助産師による指導で自宅で思いがけなく水中出産してしまった末に産褥熱に しかも臍の緒を切る鋏などの器具を陣痛の始まった産婦に煮沸消毒させる 消毒薬は「アルコール」と「松の油」のみ持参

先日、TBを頂き、また拙blogの記事をご紹介くださった「琴子の母」さんのblog「助産院は安全?」に
 自宅で水中出産させてしまった上に、臍の緒を切る鋏などの器具を事前に陣痛の始まった産婦自身に「煮沸消毒」させた助産師
の話が紹介されている。このお産で、「ちまの母」さんは、
 産褥熱
に罹ったとか。現在、助産師会と係争中という。
(略)
2人目を自宅出産したものです。
 助産師からは、陣痛がきて時間があったら、お産のときに使う器具の入った金属製の容器に、水を入れて、ガスにかけて10分程度煮沸消毒するよう指示されました。容器には臍帯切断のためのはさみや会陰裂傷したときに使ったクリップ、せっし等が入っていました。
(略)
 破傷風菌も芽胞を作ります。煮沸消毒では効果がないようです。
 助産院や自宅だからといって、感染管理を怠ってはいけないはずです。私の関わった助産師さんは「助産院は化学的なものは使わないで、なるべく自然のものでという方針」だと言っていました。それから、「自宅は妊婦が住んでいるところなので常在菌がいるから安全とか言ってました。だから、消毒類も一切持ってきてなかったです。助産行為するのに。私は産褥熱でひどい思いをしました。
 自然にこだわらないで、母子の安全を一番に考えて欲しいです。助産師さんがその責任をおっているのですから。

 私の場合は、特に希望したわけではなかったのですが、自宅のお風呂で水中出産してしまいました。
和痛のために入浴するよう言われて、お風呂に入っていたら陣痛が強くなりそのまま動けなくなってしまい、赤ちゃんの頭がでました。
 
 入浴前に助産師さんによる浴槽の洗浄・消毒もなく、さらに、助産師さんのすすめで事前に貸し出しされていたジェットバス(家庭用気泡浴装置)を出産中に使用していました。産後は、39℃台の発熱、じっとしていても汗が出るくらいの腹痛で、そんな状態で通院するのも大変でした。
 その装置から水アカが出ていたので、後で聞いてみたのですが、その装置は何年間も妊婦間で洗浄・消毒をせず、使いまわしていたようです。
 産科で経緯を話したら、水中出産時の感染ではないかということでした。赤ちゃんは幸い、肺炎を起こすことなく、無事でした。
 それから、なぜ、妊婦に煮沸消毒させたかということですが、簡単な作業だから任せてよいと思ったんですかね。助産師さん自身でしっかりと管理するべきだと思います。

 それから、赤ちゃんの臍の消毒は、臍セットに入っていたアルコールを使っていました。それ以外、消毒薬はもってきてなかったのですが、助産師さんが用意してくれた入浴剤に松の油が入っているから、そこに抗菌効果を期待していたみたいです。出産時の入浴や、導尿のときに会陰を拭くのに使っていました。
(略)
 自宅には常在菌がいるから安全
って、
 どこの世界の衛生学
なんでしょうか。
これが
 自然なお産
の目指すところらしい。

ま、いつもながら「天漢日乗」さんもお口が悪いからアレなんですが(苦笑)、何十年来変わらぬ昔ながらのやり方というものを墨守している人々もいると言う一方で、この半世紀で周産期死亡率がおよそ1/100に激減したという事実もきちんと知っておかなければなりません。
こういうものをもって「自然なお産」と言うのかどうかは判りかねますが、少なくとも今現在の水準でみれば「安全なお産」とは程遠いものであることだけは間違いなさそうです。
もちろん病院・診療所においても一部に信じがたいようなトンデモが存在しているのは確かですが、他人に尻ぬぐいをさせようとしないだけでも彼らの方がまだマシに思えてきたのは自分だけでしょうか。

いずれにしてもなんでも自然がよいと言うのも一つの考え方ですが、その背後に潜むリスクも十分に承知の上で利用していくよう心がけたいものですね。

| | コメント (3) | トラックバック (2)

2009年1月29日 (木)

医療業界に向けられる外部の目線

専門性の高い職場ほどものの考え方が一方向に偏りがちであるということはしばしば経験することです。
そうした職場に全く依って立つところの異なる外部の意見を入れることは確かに有用な場合もあるでしょう。
しかしモノには限度と言うものがあり…と言いますか、空気読めと言いたい話も当然ながらあるわけですね。

市長推すトップ、波紋呼ぶ 町田市民病院/東京(2009年01月27日朝日新聞)

 経営改善を目指して4月から新たな管理体制になる町田市の市立町田市民病院が、トップ人事を巡って揺れている。石阪丈一市長が病院トップの事業管理者に医療や病院経営の経験がほとんどない人物の登用を進めているのに対し、病院内外から反発や疑問の声が上がっているからだ。この問題を契機に地域医療の中核を担う市民病院のあり方を問い直す動きも広がっており、三つの市民団体などは「混乱を招く恐れが強い」として、相次いで緊急集会を呼びかけている。(永沼仁)

 町田市民病院は、市内唯一の公立病院で、ベッド数は458床。赤字体質の改革に向け4月から地方公営企業法を全部適用(全適)し、病院トップの責任や権限を強化した「管理者」を新たに置くことが決まっている。

 焦点は管理者の人事だ。現在の病院トップの山口洋・総院長(74)は、任期が3月末で切れる。石阪市長は総院長のポストをなくし、管理者に元毎日新聞記者の四方洋氏(73)を起用する考えで、昨年10月には四方氏を非常勤特別職の「病院事業管理準備担当者」に就任させた。

 しかし、「全適」の移行時期や管理者の外部登用が病院幹部に示されたのは、議案が提出された9月市議会の始まる1カ月ほど前。一般職員への説明は議会開会の直前だった。現場からは市長の説明不足、病院経営の経験がない人物登用に疑問の声が上がった。

 さらに12月議会では、山口総院長が議会を侮辱する内容の文書を配ったとして、石阪市長が山口総院長に謝罪を求めるなど、市長と病院トップの「不和」が表面化。山口総院長が辞めた場合、他の医師が同調して引き揚げる事態につながる懸念などが問題視された。

 山口総院長は「市長が問題にした文書は、私の意見ではなく院内の声をまとめたもの」と反論。「市長から辞職を迫られたが、詳しい理由の説明はなかった」と語る。

 石阪市長はこれまで、人選について「病院を客観的に見て、経営の中身をきちんと説明できる人、組織間の調整ができる人」と説明する。医師の退職の懸念については「組織がしっかりしていれば混乱はしない」と言い切る。

 しかし、病院の医師や職員の間には困惑や動揺が続いている。医師不足から昨年9月に休止した小児科救急の対応などの課題もあり、「改革は時期尚早。今後の医師確保ができるのか」と疑問を口にする人もいる。

 自治体病院に詳しい伊関友伸・城西大准教授は「病院管理者は現場の医師や看護師の気持ちを理解できる人、医療経営に詳しい人でないと務まらない。専門家でない人でうまくいった例はあまりない。いきなり落下傘のような人が来たら、医師の大量退職につながるリスクがある」と指摘する。

院内の声をまとめたら市長を侮辱する内容になったというのもどんだけ~と思いますが、この場合専門家であるとかないとか言う以前に、その出自が問題なんじゃないですかねJK…
町田市民病院の現状に関しては「石田のヲモツタコト」さんでも何度か意欲的に取り上げられているようなので参考までにリンクしておきます。
大阪でもそうですが、東京でもこういった「ごく当たり前の」問題が発生しているということをどう考えるかですかね。

町田市民病院はこのような状況に陥っていないのだろうか?

町田市民病院について市議会の会議録読んでみた

さて、今度は福岡から何かと移転問題で話題の福岡こども病院ネタです。
ここでもキーワードは「外部の目線」ということになるのでしょうか?

福岡市長、再調査に慎重姿勢・・・こども病院移転問題(2009年1月28日  読売新聞)

 「ゼネコンに聞くことの何が悪いのか」――。福岡市立こども病院・感染症センターの現地建て替え費用をゼネコンへのヒアリングを基に上乗せした問題について、吉田宏市長は27日の定例記者会見でこう語り、「問題ない」との認識を強調した。「メモは残していた方が良かった」とする一方、経緯の再調査には慎重な姿勢を示しており、病院の人工島への移転を決める根拠になった手続きは、不明瞭(めいりょう)さが解消されないままだ。

 ■ヒアリングの妥当性
 ヒアリングは、病院移転のあり方を見直すため、副市長以下7人で構成した検証・検討チームが実施。コンサルタント会社(東京)が2007年7月に報告した現地での建て替え費85億5000万円について、「見積もりが甘い」として、病院建設の実績があるゼネコン3社に改めて見積もりを無償で依頼した。3社ともに、「(コンサル会社による見積もりの)おおむね1・5倍は必要」と答えたため、市は128億3000万円に増額したという。
 こうしたヒアリングには「行政と業者との癒着の温床になる」との指摘もある。しかし、市長は会見で「ゼネコンは、最も建築や建設の技術を持っている。何が悪いのか分からない」と正当性を主張した。

 ■揺らぐ信ぴょう性
 ヒアリング時期に関し、市は「(2007年の)8月10日前後」と昨年10月の市議会で答弁していたが、実際には07年7月27日に作った内部資料に現地建て替え費用を上乗せしたデータを盛り込んでいた。ヒアリングを受けたという大手ゼネコン九州支店は「電話で答えただけ。現地にも行っていない」と証言する。
 これに対し、市長は「コンサル会社の報告書を示し、意見を聞いたのは事実」と釈明。総務企画局の職員は会見の席で、「7月に大まかな数字を教えてもらうよう依頼し、おおむね1・5倍になりそうな感触を得たため、8月の正式回答の前に会議資料に反映させた」と修正した。

 ■文書破棄
 「メモは残しておいた方がベターだった」。検証・検討チームがヒアリングをまとめた文書を破棄したことについて、吉田市長はこう振り返った。一方で、「関係資料すべて保管する必要はない。ヒアリングした事実はあり、とがめられるものではない」と主張。経緯の再調査に関しては「軽々に申し上げられない」と慎重な姿勢を示した。

 ■責任は
 吉田市長は初当選した06年の市長選で公約に「こども病院の人工島への移転計画を見直す」と掲げたが、検証作業の結果として、結局は人工島移転を決めたことに対し、市民の間には「公約違反」との批判も渦巻く。吉田市長は「色んな人に話を聞き、どこから聞かれても大丈夫なように検証した。きちんと検証する責任は果たした」と述べた。

一般論として見積もりの検証という作業は大金を出す側として非難されるべきものではないと思いますが、福岡こども病院に関しては以前から移転計画自体に対する反対意見が根強いことも影響しているのでしょう。
特に昨今では公立病院=割高という図式がようやく一般にも知られてくるようになっていますから、いい加減な(失礼)見積もりを根拠に更なる支出増額をなんて話になればひと言なしと言うわけにはいかないのは理解できます。
ただし同病院のような性格の医療機関ですと一般病院と比べて建設費が高くつくだろうことは想像に難くありませんから、その点では実際に当初の見積もりが甘かった可能性もあって難しいところではあるのですが。

福岡こども病院についてはこうして日々ケチがつきまくっていますが、現在のこども病院に産科も併設した上で新築移転し小児三次救急をやるというなかなかに野心的な計画である一方、人工島への移転計画に関しては市内小児科開業医が軒並み反対だとか、市内基幹病院が揃って反対したとか何かと批判が強いのも事実です。
小児三次救急に特化した病院を目指すというのであればむしろ飛び込みの一般救急が来ない人工島の方がいいんじゃないかという意見もありだと思うのですが、漏れ聞こえるところからすると一次から三次まで全てやるという話もあって、それは早晩現場崩壊の死亡フラグ立ちまくりパターンなのでは…と危惧するところなきにしもあらずですけどね。
とは言え、実際に同市内の小児科救急が決して充足しているという訳でもないようですから、「とりあえず小児急患を送り込める病院を」という意見にも支持が集まるのは確かでしょう。

さて、先頃福祉医療機構の調査で全国一般病院の4割超が赤字と言う話が出ていましたが、未だに半数が黒字と見るべきなのか、そんなに赤字ならさっさと廃業した方がいいのではと見るべきなのか微妙な話題ではありました。
こと公立病院に限って言えば自治体からの繰入金などを除外すればほとんど例外なく赤字という状況であることが最近何かと自治体議会などでも問題になっている所以ですが、千葉県がんセンターの竜崇正氏の記事中にも「外部の目線」が登場してきます。

公立病院はなぜ赤字か?/竜崇正(千葉県がんセンターセンター長)(2009年1月27日日経メディカル)

1 公立病院の現状

公立病院は全国で970あるが、2001年に赤字の公立病院は50%で累積欠損金は1兆4000億円であったが、診療報酬の切り下げやその他で2006年には75%の公立病院が赤字に苦しみ経常赤字額は1997億円で、累積欠損金は1兆9736億円となっている。

このため総務省では2007年末公立病院改革ガイドラインを示し、各自治体に公立病院の改革プランの提出を命じた。ガイドラインでは、1, 病床利用率や人件費比率など具体的数値目標を定めての「経営の効率化」、2, 近隣の病院との機能重複を避ける「再編ネットワーク化」、3, 経営の権限と責任の一本化や民間的手法を取り入れるため、指定管理者制度の導入など、「経営形態の見直し」を改革の柱にすえた。この中身は廃院にする際の手続きまで示しており、公立病院にとっては相次ぐ医療費の切り下げの中、厳しい時代にたたされている。

2 赤字の原因は?ある評論家の意見

Wedge2008年7月号で一橋大学の井伊雅子教授は赤字の原因を、医師不足、診療報酬改定による医業収入の減少に加え、人件費や医業材料、病院建設費など「公」ならではの高コスト体質によるとしている。そしてこの大赤字の原因は、経営感覚を欠いた病院に責任があり、これを看過してきた行政や議会にも責任がある論評している。
公立病院改革ガイドライン策定のある委員は、民では黒字で維持しているのだから、公立病院はさらなる経営努力をして、公的な繰り入れ金が不必要なレベルまでの収支均衡を目指すべきであると述べている。

3 病院赤字の本当の原因は?

1)国の低医療費政策が主な原因!
公立病院が日本の救急医療や良質な医療を支えているといっても過言ではない。その病院の医師も懸命に働いている。それでも赤字になるその医療費の設定や医療政策に問題があるのである。
(略)

2)地方公営企業法の適応を受けるため、病院運営に必要な人材やシステム導入など、状況に応じた弾力的な経営ができない。

病院運営に素人の事業管理者が、公務員ルールを適応して病院運営をするので効率的運営ができないのが、公立病院赤字の大きな原因である。数字あわせによる経営計画を策定しての病院運営が行われるため、より良い医療を提供しようとする現場医師と意見が合わなくなり、医師が公立病院を離れる要因となり、さらに赤字に拍車がかっている。千葉県病院局長はこの3年の間に3人替わっており、継続的な病院運営方針がとれない中で、赤字になっても誰も責任をとらずに事業管理者が「渡り」を繰り返すので、残された医療現場はさらに疲弊する結果となっている。

3)医事会計のプロが公立病院にいない!

医事会計業務が外部委託なので、診療報酬が正しく算定されず、民間に比較してはるか少ない収入しか得られない。

4)その他公立病院赤字の要因

1 公務員の労働時間なので、9時から5時までの診療しかできない。
2 国の低医療費政策のため、良心的医療では赤字になる。
3 いわゆる公務員病といわれる働かない職員をかかえての運営になる。
4 国や県や市の縦割り行政のため、人口密集地では地域の実情を無視した総合病院が乱立し、病院同士の連携や機能分担ができず不効率となっている。
5 医師不足が深刻化し、公立病院では医師を集められない。
6 消費税で医療は非課税だが、材料費や薬品など病院に必要な経費は課税されているため、その差を病院が負担しなくてはならず、その金額は平成7年で病院負担損税は3300億円、総額で4600億円にもなり、病院経営を大きく圧迫している。
(略)

5 公立病院を護り、日本の医療を護るために

公立病院には、患者を護ろうという心優しく技術力にあふれた職員が多く、必死に働いている。しかしこれらの人たちも疲弊し、少しずつ病院から立ち去っており、今や日本の病院医療は崩壊しかかっている。公立病院改革ガイドラインが強力に推進されると多くの公立病院が崩壊し、良質な日本の医療は崩壊すると考える。今こそ厚生省主導の医療から、現場主導の医療に変換させなければならない。それには我々医療者がお互いの医療の質をベンチマーキングし、医療の質を高め国民の信頼を得る努力をしなければならない。無駄な医療や、質の悪い医療している病院などを告発する自浄努力も求められている。国ができないなら県として医療を護る継続的な「医政」が必要である。今が日本の医療を護れるかの正念場と考える。

一方で「公務員病といわれる働かない職員をかかえての運営」と言いながら他方では「患者を護ろうという心優しく技術力にあふれた職員が多く、必死に働いている」と言ってみたりと、この方の現状認識には色々と突っ込み所が多くて楽しいですが、ここでの外部の目線は「2 赤字の原因は?ある評論家の意見」の部分でしょうか。
医療経済論をご専門とする井伊雅子・一橋大学教授の依って立つところに関しては自身が医療経済に取り組むようになった経緯を語っているこちらの会談なども参考になりそうですが、「不十分な費用で質の高いサービスを確保できるというのは、経済学の観点からはあり得ない」「どこかに歪みがあるのではないか」といった問題点の提起をしています。
「日本の医療保険制度は「too generous」(寛大)である」が故に皆保険の存在自体がモラルハザードを招くという視点はなかなか興味深いかなと思うのですが、こうした観点からかねて同氏はコンビニ受診の問題など受診者側の受益と負担とのミスマッチを指摘しているようですね。

医療の需要が増える一方でありながら供給は急には増えない、むしろインフォームドコンセントの徹底など患者一人当たりの手間の増加を考えるなら相対的に医療資源不足が進行する一方であるとも言える中で、こうした受給ミスマッチを利用制限や受益者負担で解消しなければどうしようもないのではと言う考えも当然ありだと思います。
受益者側が自己抑制出来ないのであれば供給側が制限をかけるしかないわけで、そうなれば真っ先に制限の対象となるのが赤字垂れ流しの救急医療など非効率で無駄な分野となるのは医療経済論的にも自明のことです。
実際に今の時代に医療で黒字を出そうとするならばこうした「美味しいところだけつまみ食い」をやっていくしかないのが現実であって、きちんとした経営者のいる民間病院ではとっくにそうした経営の転換を行っています。

頑張った方が損になるなら頑張る意味などないわけですから、無駄な医療や質の悪い医療を排除するためにも、医療現場の人間はもっと公務員化した方が病院経営のためになるという考えは当然成り立つわけですし、実際にそうなりつつあります。
とっくに崩壊したどこかの共産圏諸国でその昔似たような話を聞いたような気もしますが、まさに外部の冷静な目線が見抜いた通りのあり得ない歪みを是正しようとする、これは医療現場の自己正常化ととらえるべきなのでしょう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年1月28日 (水)

医療事故調の公開討論会が始まりました

いわゆる医療事故調については厚労省らが中心に久しく検討が続いていますが、何かと迷走していることは以前にも何度かお伝えしました。
この事に関連して先頃仙台と広島でオープンなディスカッションが為されたのですが、今後も各地でこういうことをやっていくのだそうです。
今までの議論の流れを見ていれば、厚労省としてはこれで国民の意見も広く聞いたことにして終わりにしたがっているんだろうなあという邪推も成り立つわけなんですが、会場の様子がどうだったのかと言えば報道を見る限りでも到底話がまとまったとは思えない状況のようですね。

「医療事故調」分かれる意見(2009年01月26日朝日新聞)

●仙台で討論会/医師側、仕組みに異論
 医療死亡事故の原因を解明して再発防止につなげる新しい第三者機関「医療安全調査委員会(仮称)」の課題を話し合う討論会が25日、仙台市で開かれた。「中立的な組織による調査は患者側と医療側の双方に有益」という理念については異論はなかったが、具体的な仕組みについては意見が分かれた。

 設置を検討している厚生労働省のイメージ(大綱案)によると同委員会は、医療機関の届け出や遺族からの依頼にもとづき、治療中の死亡事故の原因を専門的に調査。報告書を公表し再発防止の施策に役立てる。標準的医療から著しく逸脱した行為などがあった場合は、警察への通知も義務づける。

 患者側代表として参加した「医療の良心を守る市民の会」代表の永井裕之さんは、10年前に医療事故で妻を亡くした体験を語り、「日本では医療事故で亡くなった患者の数さえ把握されていない。中立・公平・正確な事故調査ができる機関づくりを早期に実現してほしい」と要望した。

 これに対し、青森県八戸市民病院の今明秀・救命救急センター所長は「大綱案では、医療側の過失などの定義があいまいで、警察へ通知するかどうかの線引きもできていない」と批判

 山形大の嘉山孝正・医学部長も「全国の大学病院には医療安全の専門部署や医療事故の情報開示制度が整備されている。この仕組みを使えば大綱案に匹敵する調査ができる」と主張した。

パネルディスカッション:安全調査委、在り方問う 厚労省が討論--中区 /広島(2009年1月26日毎日新聞)

◇医療過誤被害者ら参加
 厚生労働省が導入を検討している死因究明の第三者機関「医療安全調査委員会」の在り方を考えるパネルディスカッションが25日、中区の広島国際会議場であった。同省中国四国厚生局の主催。医療関係者ら約230人が参加し、医師や医療過誤の被害者らによる議論に耳を傾けた。医療安全調査委は、医療ミスが疑われる死亡事故の調査・分析を警察に先行して担う行政機関。同省は意見交換の企画を各地で開いている。

 パネリストの高田佳輝・県医師会常任理事は「死因究明のために新しい制度は必要だが、現段階で問題が多い。医療者への責任追及が前面に出ている」と指摘した。13年前、19歳だった息子を盲腸の手術中に亡くし、5年以上医療裁判をした藪見紀子さん=兵庫県=は「家族を亡くした人の意に沿うようにしてほしい。原因究明ができたら、遺族はもちろん一般市民も閲覧できるように」と求めた

 会場からは「薬の取り間違いミスならどうなるか」「現在の案では、医師は治療でリスクを冒すことはできない」などの意見が出た。

記事を見る限りでもさっぱり結論めいた事は見えてこなかったんだろうなとは想像できるところですが、実際の話の内容はさらに輪をかけて面白いものだったようです。
いつもお世話になっております「ロハス・メディカル」さんで仙台の説明会を詳しく取り上げていて、一度じっくり読んでみると色々と興味深いネタ満載なのですが、ここでは所々を抜き書きしてみましょう。

医療事故調の地方説明会in仙台

ディスカッション部から
大江
「総論としては医療側、患者、住民サイド、誰も反対する立場の人はいない。しかし第三次試案や大綱案を個別具体的に見ていくと、ここはどうなんだろうという話や、あるいはここがもっと良くなるというのがあるんだろう。今後医療安全調査委員会を立ち上げていくうえで、この点だけは強調しておきたいということがあれば。まず嘉山先生から」
この冒頭の発言を聞いただけで、ああこの人は経過を何も知らないんだと思った。本当に検討会の最初から、総論では誰も反対していないけれど各論では全く一致しないというのが2年続いているのに。厚労省から適当にレクチャーを受けて、分かった気になったのだろう。繰り返しになるが、直近3回だけでも議事録を読んでおけばよかったのに。

嘉山孝正・山形大医学部長
「その前に、この並び、大江先生が決めたんじゃないだろうが、最初が深田さんで最後が永井さん、こういうのは心理的にいろいろ影響がある。それはそうと永井さんは本当にヒドイ、犯罪に遭われたと思う。それは本当に気の毒に思うのだが、しかしその衝撃が強すぎて発言に国民が医療を育てるという観点が抜けている。というのが間違ったことをかなり言っている。たとえば医療安全室、国立病院機構でも何でも専従者を置くように厚労省から通知が出ていて、どこでもきちんと置いている。訂正してほしい。それから医療事故が増えているか減っているか分からないというが、そもそも永井さんは医療事故を定義していない。医療は安全でないというのは開き直りだという発言もあったが、まじめに医療をやっていればやっているほど100%安全なんて言えるはずがない。そういうことはテレビでインチキ医者が言っているだけだ。生物なんだから、薬を入れた時のサイトカインの出方もみんな違う。
根っこの部分では永井さんと同じだと思うのは、今が信頼を取り戻すいいチャンス。そのために患者の苦痛を医療側が真摯に受け止めなきゃいけない。しかし永井さんの話し方は医療側の聴く気を削ぐ。というのがエビデンスに基づかないから。それだけヒドイ目に遭ったんだということは分かるが、むしろ信頼関係を崩している。もちろん我々医療側が自律自浄をしてこなくて、それが必要なことは間違いが今は情報を出し合って、医療を国民が育てていくべきとき。永井さんには我々の仲間になって、本当によい医療をつくるために一緒にやっていきたい。
そもそもが日本の医療費、高等教育費がとんでもなく低いことが根底にあるんで、この問題についても大綱案では財政も何も触れられていない」

あ~あ、言っちゃったよこの人は…
まあこの嘉山センセという御方は今までの議論の経緯をみていただいてもかなりの極論家なのでかなり割引いて考えないといけないんですが、こういう公開の場ではっきり言ったことにはそれなりに意義があったかなとは思いますね。
で、これに対する反論がこちらということになるんでしょうか。

永井裕之・医療の良心を守る市民の会代表(広尾病院事件被害者遺族)
「その前に嘉山先生のクレームにお答えしたい。医療安全の部署はそれぞれの病院につくっているけれど、私に言わせれば形だけのところが多い。一番の問題は院長自らが責任を持ってやっているところは少ない。私なんかが講演する時も、院長は必ず出席してくださいというのだけれど、院長が出てくる病院は少ない。ちゃんとやっているというなら、その病院で事故にあった被害者遺族の色々な話を本当に聴いていただきたい。被害に遭った人に話をさせてほしい。それから言ってほしい。現実は形だけだ。医療の不確実性について、私などは事故に遭ってから時間が経っているから理解しているつもりだが、ほとんどの人がこういう医療安全調査委員会ができても医療側にいいようにやられるんじゃないかと思っている。そこを医療界に任せると言っているし、先生の現場だって第三者委員会をつくっているのに、なぜこの委員会を医療者がしっかりやろうとしないのかが分からない」

嘉山
「気持ちは分かるんだが、しかし永井さんのところに自称被害者だと言って来ている人が本当はどうなのか。被害者といっても病気が重すぎてという被害者かもしれない。その辺が永井さんの話からは分からない。だってエビデンスがないから。公正中立と言いながら遺族側を入れろと言っているけれど、遺族側が入ったら公正中立ではない。言っていることが矛盾している。我々が今反対しているのは復讐の色が強すぎて、これでは誰も情報を出さなくなっちゃうからだ。重い病気で結果が悪かった人まで被害者だと、大野病院事件の遺族もまだ被害者だと言っているようだが、医療事故の定義がハッキリしてない。だからそこは互いに情報を出し合っていくしかない。永井さんの主張からは、医療者は嘘つきだから警察に捜査してもらうんだというコンセプトしか見えない。それでは、おっかなくて現場はどんどん萎縮していく。法を厳しくすれば官僚や官庁は責任逃れできるけれど、それでは社会が崩壊しちゃう」

永井
「最後のところは全く同じ。だが、そこに行く前、最初に納得いくように説明されていない。理解できないうちにシャットアウトされて、それからはクレーマーだと言われる。納得できるように説明されてないんだから」

嘉山
「やってないというエビデンスを出してくれ。事実を出してくれれば、私は全国医学部長病院長会議の医療事故に関する長で、処分することだってできるんだから」

大江
「出発点は違うが2人の言っている情報公開とか説明責任とかは同じなので、お互いに歩み寄ることで差は埋められるのでないか。従来の司法手続きから独立して再発防止につなげるんだという点では異論ないんだと思う。信頼回復とか独立性とか事故とミスの線引きとかのために、では委員会は何ができるのか。そうはいっても事故調の実態が不明なままだと疑念を抱かれてしまうのはあるのだろうが、共通しているのは独立して儲けられる調査委員会の公平性や透明性という点では皆さんの意見は一致する。今後法案化していくにあたって、どういう形で国は進めて行くのか」

ま、最後は水掛け論になってしまうのはそもそも互いに目指すところが根本的に違うんだから当然なんですが、その違いに目をつぶって話を進めても無理なんじゃない?ってのが今までの長い議論で唯一見えていたことなんだと思っていたんですがね。
今まで座長をしてきた前田氏に関しても言えるところですが、今回まとめ役をしているこの大江氏も何かしら結論ありきで誘導したがっているような気配が見え隠れするのは厚労省の思惑を反映しているということなんでしょうか?

この事故調の話題、そもそもの議論の出発点が明らかに異なるものを一緒くたにしてしまったところから事態が斜め上に一直線に進行中なんですよね。
思うに、昨日まで元気だった人間が今日ぽっくり逝っちゃうことに象徴されるように、医療なんてものは納得できるようなものではなく理不尽な現実そのものと思うんですが、それを納得させられないのは誰かの責任なんでしょうか。
極論すれば理不尽だろうが何だろうが納得させてもらう権利があるんだと思っている人間と、それは仕方がないこととして人間の工夫で改善できることを最大限改善した方が最大多数の最大幸福につながるんじゃないと思ってる人間とでは、話が噛み合うはずがないと思うんですよね。

「再発防止を目的としているなら、航空事故調みたいに当事者免責を条件に全ての事実を明らかにさせないと駄目なんじゃないの?」
「どんなことをやれば犯罪になるのかはっきりしないから、ここから犯罪なんだときっちり線引きしてくれ」
「ひどいミスを起こした者が全く放置されている、だいたい何が起こったのかも判らないなんてひどいじゃないか」

それぞれに見ていけばどれも重要な問題なんですが、これらを一つの組織なりシステムなりでやろうとするのであれば誰もが満足出来ないものになってしまうのが目に見えているんじゃないでしょうか。
患者救済は無過失補償システムを早急かつ広範に導入すると同時に第三者の医療・法曹専門家による調停システムによって行う、一方で純然たる再発防止の観点から法曹ではなく医療とリスクマネージメントの専門家を中心に犯罪捜査とは切り離した調査システムを作る、遠回りなようですがそれが一番確実で将来に結びつくんじゃないかなと思っています。

一方で司法的なリスクを現状で過大評価して「何が何でも法的に問題ないようにやってくれ」と言うのも話を混乱させているだけのような気がします。
大野事件などの影響もあって、医療の結果としての死亡や障害事例は実質刑事訴訟から切り離すということが運用面から実現しつつある現在、司法的な線切りを事故調の場において過度に強調する意味があるのかなとも思うのですけれどね。
例えば医療への司法介入は明らかな故意犯に限るといった極めて大雑把なくくりで捉えるならば、別に専門家の詳細な調査と判断なんてものがなくとも警察や検察の判断だけで十分に対応できるはずだし、それで判断できないような複雑な話にはそもそも介入すべきでないという流れを定着させるべきでもあるでしょう。

何にしろこれだけ先が見えない袋小路に陥っている議論の流れを、近い将来にでも厚労省が勝手に「学識者の議論に国民の声も聞いた結果こうなりました」とまとめてしまうことこそ危惧すべきことでしょうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月27日 (火)

救急医療はババ抜きのババ?

一見すると地味な記事なんですが、よく読んでみると「なんじゃこりゃあ?!」な話って結構ありますよね。
今日は最近見かけた「なんじゃこりゃあ?!」な話を紹介してみます。

救急搬送の遅れ認め和解金 千葉のバイク転倒死亡事故(2008年8月26日47ニュース)

 千葉県流山市で2003年、バイクの転倒でアルバイト店員の男性=当時(18)=が死亡したのは救急搬送の遅れが一因だったとして、遺族が市に1200万円の損害賠償を求めた訴訟の和解協議が千葉地裁松戸支部(岡本岳裁判長)であり、市側が搬送の遅れを認め、100万円を支払うことで和解が成立したことが26日、分かった。

 和解は25日付。総務省消防庁によると、救急搬送の遅れをめぐる訴訟で自治体が和解に応じるのは極めて珍しいという。

 訴状によると、事故は03年1月6日午前1時すぎ、市道で発生。救急隊は午前1時29分に現場に到着したが、転倒した男性の搬送が始まったのは午前2時10分だった。男性は約6時間後、出血性ショックなどで死亡した。

 遺族側は、救急隊側が現場状況の確認に要した時間を差し引いても、搬送が31分遅れたと主張。市側は死亡と遅れとの因果関係を否定する一方で、今年6月、地裁の和解勧告を受け「搬送時に最善を尽くしたとは言えず、遅れはあった」と認めた

こちら少し古い記事ですがなぜか最近になって浮上していました。
一見すると「へえ」と見過ごしそうな話ですが、救急隊が到着して搬送開始まで41分間、搬送が31分遅れたと言うことは現場到着から10分以内に搬送開始せよと言うことですかね。
これを「遅れがあった」と認めたと言うことは、千葉の救急隊としては搬送に際しては物理的移動時間以外の全ては搬送遅延であると判断したということになりそうなんですが。

実際のところ全国的に救急搬送時間は延びる一方で、過去最長記録を更新したなんて話があちこちから聞こえてきます。
道路は良くなる一方のはずですから(苦笑)ほとんどは搬送先が見つからない部分で遅延が起こっているんだろうとは想像できるところですが、この辺りの改善に向けて消防救急がどう最善を尽くすつもりであるのか興味があるところですよね。
さて、そうした事情で消防隊に最善を尽くされてしまうと現場がどういうことになるかという一例がこちらの記事です。

適切な治療怠った当直眼科医を書類送検 /福井(2009年1月23日日刊スポーツ)

 福井県警は23日までに、2004年に同県敦賀市の市立敦賀病院に搬送された男性患者に適切な治療をせず、この患者が死亡したとして、業務上過失致死容疑で病院の当直だった眼科の男性医師(35)を書類送検した。

 調べでは04年6月5日、敦賀市内の暴行事件で負傷した無職石橋勉さん(当時61)が病院に運ばれた際、骨折した肋骨(ろっこつ)が肺に突き刺さっていたにもかかわらず、男性医師は、エックス線撮影で確認できず、適切な治療をしなかった疑い。石橋さんは2日後に肺挫傷で死亡した。

 敦賀病院によると、医師は04年4月から05年6月まで眼科医として勤務。現在は金沢市内の病院に移ったという。

中小病院での一般的な当直のスタイルというのは一人や二人でやっている場合が多いのですが、当然この当直医にも専門というものがあります。
一人ですと全科当直と言って、例えば内科医が外科領域だろうが泌尿器科領域だろうがみることになる訳ですが、さすがにそれではあんまりだと言うので内科系と外科系の二人当直という病院も多いわけです。
一見すると合理的で安心できるように思えるかも知れませんが、この内科系、外科系という区分が問題で、実際には精神科や皮膚科が内科系当直をしていたり、眼科や耳鼻科が外科系当直をしていたりするわけですね。
救急隊と言うところは病院に患者をおいてくれば仕事は終わりですから、「○○病院は外科系当直あり?それじゃ外傷患者みれるね?」で何でもかんでも送り込んできますが、その結果眼科や耳鼻科などのマイナー診療科医師が多発外傷を担当するなんて訳の分からない話が起こってくるのです。

一昔前の医療がのんびりしていた時代には、マイナー診療科医師は当直免除であったり、半ば電話番のようなもので(実は本来の当直医の仕事はこんなものなんですが)本当に患者がくれば専門の先生を呼んで頼めば終わりという程度だった頃もありました。
しかし今のように患者は増える一方で救急をやる病院は減る一方となってくると、どこの病院も現場のドクターは過労で殺気立って来ているわけです。

例えば外科のドクターが週に二回は当直でどんどん患者が来る、週に三回は呼び出し待機当番で毎回のように緊急手術に呼ばれる、更に残りの日も真夜中まで手術後患者の面倒をみなければならないという状況で、「先生すまんけど外傷来たからみて~」と当直医から呼ばれて喜んで出かける気になるものかどうか。
それ以前にモノの判っているまともなマイナー科の先生であればあるほど「このままじゃ当院の外科は潰れる」と良識を働かせて、自分で手に負える範囲の患者以外は最初から無理だと断るようになりますよ。
まして最近ではこうした記事にあるように専門外だから仕方ないよねですまされるような時代ではなく、むしろ専門外であるなら何故さっさと専門医に送らなかったのかと責められるようになっています。

救急隊からすれば「最近はどこの病院も患者を受けるのが渋くなって困るな~」という話ですが、医療を取り巻く状況から当たり前に起こっている現象に過ぎないことなんですね。
話に聞くところでは救急受け入れ病院の輪番制などで必ず受け入れ先があるようにしようと地域医療機関に働きかけている救急隊もあるようですが、リスクを一手に引き受ける現場が当たり前の防衛行動に出ている以上は安全な場所からどんなかけ声をかけようがうまく回るはずもありません。
救急医療の維持において必要とされるインセンティブというものがどういうものであるのか、それを現場に提示するために法令や予算なども含めて何をどう整備しないとならないのか、未だにそうした議論が見えてこないのは気がかりですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月26日 (月)

医療の行く末は真っ暗闇?

ネットで面白い話を紹介されていたのでこちらにも転載しておきます。
近未来の医療が二極化した日本で、全く対照的な二つの病院に搬入された患者のその後を描いた物語といったところでしょうか。

2018年 菊花病院

あらすじ
10年後の日本。突然自宅で倒れた沙希の母親。救急車で運ばれた病院、それは公立病院『菊花病院』。主人公の目を通して、近い未来の日本の医療がどうなっているのか、覗いてみたいと思います。

2018年 地中海病院

あらすじ
10年後の日本。突然自宅で倒れた沙希の母親。救急搬送先として、民間病院『地中海病院』を指定した主人公だったが……

結局のところどちらの道を選んでも幸せになれたかと言えば難しいところですが、果たしてこれはフィクションの世界だけの話でしょうか?
医療費は高騰する、現場のスタッフは疲弊する、その一方で医療需要は増大する一方とくれば、何かしら今より未来の医療が良くなっていくと考えること自体が根拠のない妄想ではないかという考え方もあっておかしくないわけです。
たとえば最近こんな記事がさりげな~く出ていましたが、こういうものを見てどう考えるかですよね。

国立高度専門医療センター:6機関、借入金1700億円超す(2009年1月23日毎日新聞)

 10年度に独立行政法人に移行する国立がんセンターなど厚生労働省所管の国立高度専門医療センター6機関(8病院)の借入金残高が計1700億円を超えることが22日、厚労省の試算で分かった。大半の病院で経常支出が経常収入を上回り、国の十分な支援がなければ経営そのものや、医療の質の低下などが懸念される。

 国立高度専門医療センターは、がんや循環器、子どもの疾患などの先進医療を担う。独法化は、研究成果の実用化推進や優秀な人材確保などのため、昨年12月に成立した法律で決まった。この過程で厚労省が初めてセンターごとに借入金を試算した。

 資料によると、借入金残高は、国立がんセンターが583億円と最多。国立国際医療センターの357億円、国立成育医療センターの343億円--と続き、計1732億円に達した。経常支出に対する経常収入の割合(収支率)は07年度現在、国立がんセンターの中央病院と東病院が100%をやや超えたが、他はそれ以下で、自由に使える財源は乏しい。

 中央病院など比較的最近できた病院は、民間に比べ、1床当たりの建設費が約1億円と約3倍高い。厚労省は「借入金は建物や医療機器の整備に充てた。高機能病院のため建設費が高くなり、借入金が膨らんだ。独法化後も運営に支障がないよう財政当局と調整し対処する」としている。

 ◇上昌広東京大医科学研究所特任准教授(医療ガバナンス論)の話

 独法化すれば、各センターは独立採算を取らなければならず、これだけ大きな借入金の返済はまず不可能。一般病院にはない、がんなど特定疾患の高度な専門治療を行う目的があり、経営困難から不採算部門を切り捨てるようなことがあってはならない。ここまで放置した国の運営責任も重い。対応策を講じるべきだ。

ま、がんセンターや循環器病センターですから厳密に保険診療に則ってやってる医療ばかりではなかろうことは容易に想像できるところだと思いますが、それにしてもよくここまで増えたものですね。
こうなるとどう考えても自前での返済は無理ですから何らかの対策が必要になるのは明白ですが、それがどのような対策であるかが問題です。
「今後は借金を作らない医療に徹する」ということにでもなればこうした医療機関において医学的に求められている医療を提供することは出来なくなるでしょうが、果たしてそうした医療が社会的に求められている医療であるかどうかという点にも一度検証が必要でしょうね。
社会的に求められているのであれば受益者である社会が負担すべきなのは原則論からして当然だと思いますが、今の医療システムではそうした受益者負担と言うこと自体がやりたくてもやれないようになっている事も一つの問題ではあるわけですね。
そうした観点から冒頭の二つの物語を読み比べて見れば、また面白い想像も出来るのかなと言う気もしますがどうでしょうか。

立て続けに銭金の絡む話ばかりで恐縮ですが、何百億という大きな話が出てくる一方ではこういういじましい話も報道されています。

レセプト:オンライン請求、国を相手に提訴 医師ら「費用重く廃業も」 /神奈川(2009年1月22日毎日新聞)

 厚生労働省令による医療機関の診療報酬明細書(レセプト)のオンライン請求義務化を巡り、県内を中心に35都府県の医師・歯科医師961人が国を相手に21日、省令に従う義務がないことの確認を求める訴訟を横浜地裁に起こした。医師側弁護団は「廃業せざるを得ない医療機関が出るため、憲法が保障する営業の自由を侵害する」と主張している。

 訴状によると、厚労省は06年4月の省令で、原則11年3月末までにオンライン請求に切り替えるよう医療機関に義務づけた。原告の医師らは▽多額の初期費用を負担できず廃業に追い込まれる▽省令による義務は、国会を唯一の立法機関とする憲法に反する▽オンライン化により情報流出の危険にさらされ患者のプライバシー権を侵害する--と主張している。

 提訴後の会見で、県保険医協会の入沢彰仁理事(58)は「医師不足の地区で病院がつぶれたら、国民は幸福なのか。国民の健康を考えると許されるものではない」と訴えた。同協会は06年からオンライン義務化を問題視し昨年、全国の医師らに提訴を呼びかけた。第2次提訴も予定しており原告は計約1200人に達する見込み。

レセプトというものはどんな医療を行ったかという記録であって、通常紙に記載されたものを医療機関から提出して審査を受けます。
ご多分に漏れずこれらの作業も久しく前から次第に電子化が進んでおりまして、専用の機械(レセコン)や電子カルテなどとも絡めたシステム導入が進んでいるのですが、厚労省としては更に一歩進んで一気にオンライン化を強制しようと言う話にまでなったわけですね。
今現在も手書きや古いレセコンで何とかやりくりしている場末の(失礼)医療機関にとってこういう「高度な」作業は非常にストレスになるだろうということは容易に想像出来るわけで、実際問題としてオンライン化が義務づけられれば60歳以上の老開業医の約3割は引退するという調査結果もあるようです。

「別にそんな時代遅れの爺医(失礼)なんて勝手に辞めさせとけばいいじゃん?」という声も聞こえてきそうな話ですし、確かにその通りなのかも知れないのですが、問題はそういう爺医(たびたび失礼)の皆さんも地域の中で一定の医療リソースとして機能していたという現実なんですよね。
早い話が今ですら患者殺到でひいひい言っている基幹病院の外来に、そうした廃業した開業医からどっと患者が流入してきたとすればどうなるか?
爺医(何度も失礼)の外来に通うような人たちというのはおおよそ医療の内容よりも世間話じみたことを求めているようなタイプが多いんじゃないかと邪推しますが、そんな人たちが一人三分で回さざるを得ない外来に押し寄せてくればどうなるか、火を見るよりも明らかではないでしょうか?

実際に近ごろでは地域の老開業医が後継者もなく廃業した結果患者が周辺医療機関に流れるということは珍しくありませんが、あちこちでこういう双方にとっての不幸とでも言うべきミスマッチが起きてしまっているのですね。
さて、この現象に対して最大の関係者であるはずの患者側がどういう見解を有しているのかということが注目されるわけですが、患者側代表氏の言葉によるとこんな感じの認識らしいです(苦笑)。

『地域医療の崩壊招く』 診療報酬オンライン請求 義務化に反対し提訴の医師ら(2009年1月22日東京新聞)

厚生労働省が進める診療報酬明細書(レセプト)のオンライン請求義務化。二十一日に義務化反対の訴訟を起こした医師と歯科医師は、会見で「負担が大きい」と窮状を訴えた。一方、患者側には「医療の情報開示につながる」と評価する意見も多い。 (中沢穣)

 「三百万円の投資を強要される。零細の開業医は辞めるしかなく、地域医療の崩壊を招く」。横浜市港北区の小児科医(46)は語気を強める。原告には三十五都道府県の医師ら九百六十一人が参加、さらに二百人以上が加わる見込み。県内からは二百二十二人が参加した。

 現在、医療機関による診療報酬請求はオンラインのほか、手書き用紙や電磁媒体の郵送など四種類の方法があるが、二〇一一年からはオンラインのみになる。原告団によると、専用コンピューターを導入した約八割の開業医は十五万円程度の追加投資で済むとみられるが、手書き請求の約二割の開業医は数百万円の費用が必要

 全国保険医団体連合会によるアンケートでは、医師の約12%、歯科医師の約7%が「開業医を辞める」と回答している。

 一方、患者側代表として厚労省の中央社会保険医療協議会の委員を務める勝村久司氏は「オンライン義務化は医療の情報公開・共有につながる」と評価。「オンラインで請求している病院は、患者の請求に対し、レセプトの発行が義務付けられている。医療費の内訳が透明になり、不必要な検査や治療がしにくくなり、患者の価値観に合わせた医療につながる」と話した。

厚労省は義務化の利点を「年間十六億件のレセプトの審査や仕分けの効率化」と説明、医療費削減につながるとしている。

ま、御高名なる勝村氏にとってレセプト開示と言えば何とかの一つ覚えにも相当する悲願ですから何でもこちら方面に結びつけたがるのも当然なのですが、この人は本当にこの引き出ししかないんですね(苦笑)。
一応は政府のしかるべき筋で委員として活動している人物がこういった認識なのですから、出てくる政策も推して知るべしと言うものですが、医療費削減より何より今最も窮迫しているのは医療の現場であるわけですから、医療システムをいじるなら現場の負担をどう減らすか、実働医師数をどう維持するかという方向でいじるべきだと思うのです。
ところが現実にはこのように現場の負担を増やして後方(この場合は審査する側)に楽をさせよう、現場を働かせて医療費を削ろうと言う政策ばかりというのは一体どういうことなのかと、医療行政に関わる誰一人として疑問には思わないのでしょうか?

こうしたオンライン化の流れは医療に限らず他業界でも最近流行りなのですが、小売業界などでも実際に地域の販売ネットワークが大きく変わるといった影響が出てきています。

10年後と言わずもっと早い段階で医療業界の大きな再編成が起こっても全く不思議ではなさそうな気がしてきました。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年1月25日 (日)

今日のぐり「そば処甚五呂」

バッシングされようが追い詰められようが体調が悪かろうが、それでも頑張った朝青龍は大変なものです。
ま、次の場所以降はまた例によって「横審が自分で選んだ横綱を一生懸命辞めさせようと努力する」なんて奇妙な光景が復活するんでしょうけどね(苦笑)。

今日のぐり「そば処甚五呂」
何の気なしに通りがかって、石臼挽きそばなんてのぼりが見えたので慌てて車を止めたという店です。
しかし幹線道路沿いで間口も駐車場も狭いんですが、中に入れば今風に小綺麗に整えられた店で雰囲気はちょっとした料理屋風。
間口から想像する以上に妙に広そうな店内だと思って後でネットを見ましたらば、単純な蕎麦だけじゃなくコース料理なんかもやっているようで納得です。
高いというわけでもありませんが、メニューの価格帯からしても安くはないというところですかね。

冬限定の十割そばがあるというので注文しました。
ところで見た目からの素朴な疑問なんですが、なんで二段重ねの小さな蒸籠に乗せられてるんでしょうかね?
出雲の割子蕎麦なら三段が基本だし(そもそも出雲らしいところは皆無ですが)、そうでなくとも多段重ねは時々あっても二段重ねと言うのはあまり見かけないんですが。
単なるざる蕎麦ですから一段ごとに薬味が違うなんてこともないわけですし、強いて必然性を探すなら半分ほどは薬味でふさがれたトレイの上に普通の大きさの蒸籠じゃ収まらなかったのかなと言うことだけでしょうか。

蕎麦自体は細打ちでしゃっきりとした仕上がり、十割としては舌触りもよく程よい甘みも感じられ、出汁つゆとの相性も悪くないんですが、やや引っかかったのは茹で加減でしょうかね。
最近のラーメンなんかでも顕著ですが、とにかく固茹でこそ通の食い方みたいな風潮があるのはいただけません。
麺の茹で方と言うのは極めて狭いスイートスポットがあって、茹で過ぎも論外ですが茹でたりないのもいけないはずなんですが、どうも最善への見極めが甘い店が多いんじゃないかと思いますね。
イタリア人なんてさすが砂漠で戦争している真っ最中でもパスタ茹でていたというだけあって、単なる食感だけでなくどのタイミングであげると一番ソースと絡むかなんてところまで追求していて感心させられるんですが、それに比べると日本人はまだまだかなと感じます。

もう一点目に付いたのが、わさびにネギという至ってシンプルな組み合わせながら妙に存在感を主張している薬味の存在です。
まあ別に薬味全否定論者じゃありませんが、ラーメンと言えば多様なスープの旨みがあり、うどんと言えば比類ない腰の強さと食感がある中で、蕎麦の一番のアドバンテージと言えば何より小麦麺にない蕎麦自体の香り、風味だと思うのです。
特に冬の寒い季節に蕎麦を食いに来る客なんてのは「いいから黙ってうまい蕎麦をもってこい」ってなタイプの人間が多いと思うんですが、そこで肝心の蕎麦より薬味の方が目立ってしまってるとどうも萎えるもんだなとこの時感じました。

このわさびも本わさびに鮫皮おろしとこだわってるのは判りますが、でんと一本丸ごと鎮座されてるのを拝見しますと妙なプレッシャーすら感じます(苦笑)。
後でネットで調べたところではこのわさびも「最後まで食べ飽きないように」とのこだわりがあってのことらしいんですが、こちとら「鮨と蕎麦で腹を膨らませちゃならねえ」ってんでハナから食い飽きるほど食っちゃいねえんでね(笑)。
まあ何にせよこだわり自体は歓迎なんですが、ではそうまで薬味にこだわりがあるのかと思えば、刻みネギの方はいつ切ったのか知りませんが瑞々しいをいささか過ぎてパサパサであったりする。
また茶は味自体もさることながら入れ方がどうよと思いますし、何より後口が悪くて蕎麦と一緒に口にするのが損した気になるんですよね。
蕎麦自体は結構気合い入れて打ってるんでしょうが、どうも全体にバラバラと言うかちぐはぐな感じなんですよね。

新しいラーメン屋なんかで時に見るパターンですけど、今どきのトレンドをいろいろと勉強して情報も沢山知っているらしくて、店の内装も味の組み立ても調度品も全てきちんと計算してやってて確かにそれなりに頑張ってるのは判る。
ところが何故かテーブルに置かれた灰皿だけが昭和風な安っぽいアルミ製で、おいおいそりゃなんだよみたいなちぐはぐな雰囲気の店に近い感じと言いますかね(注:別に実在する特定の店について言及しているわけではありませんが)。
比較的最近移転して大きな店構えになっているようなので、あるいは親父さんの蕎麦打ち以外のオペレーションの部分に何かしら問題があるのかも知れません。
蕎麦自体はそれなりに及第だけに、また何年かしてもう一度来てみると良い方にこなれて変わってくれていたらいいのかなという感じですか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月24日 (土)

毎日新聞の深慮遠謀?

どこの業界も不景気真っ盛りですが、新聞業界も例外ではなく広告収入減や部数減で経営危機が叫ばれているようです。
そんな中でもとりわけ厳しい経営状況にあるという毎日新聞社のあの毎日変態記事事件で「責任を取って社長昇進」したことで有名な朝比奈社長が、北海道での新年会でこのようなあいさつをしたそうです。

北海道毎日会:新年専売会を開催--札幌 /北海道(2009年1月19日毎日新聞)

 道内の毎日新聞販売店主でつくる「北海道毎日会」の新年専売会が18日、札幌市中央区の京王プラザホテル札幌で開かれ、約100人が参加した。八柳斉会長(芦別専売所)は「今年は北海道での印刷開始から50年という節目の年。100年に一度と言われる経済危機は新聞業界も例外ではないが、これからが本当の勝負。厳しい時代を勝ち抜いていきたい」とあいさつした。

 来賓の朝比奈豊・毎日新聞社社長は「昨年9月の(夕刊廃止に伴う)新朝刊移行に際しては皆さんにご協力いただいた。北海道の読者からは『中身が良くなった』という感想を頂いている。どんどん紙面改革し、『毎日新聞が世の中にあって良かった』と思ってもらえる新聞にして、販売店の皆さんにも応えたい」と話した。

毎日新聞が世の中にあって良かったかどうかはともかくとして、そもそも広告離れが起きたのも元をただせば毎日新聞に広告を載せることでむしろ自社のイメージダウンになりかねないという広告主の判断があったということだったはずなのです。
普通であれば「ああ、至らぬところがあったのだな」と自社の姿勢を改めようということにもなりかねないこの局面にあって、さすがは風の息吹を感じ取る毎日新聞、社会の流れに媚びるような姑息な真似はいたしません。

◆洛書き帳:パレスチナ自治区ガザ地区に軍隊を侵攻させ… /京都(2009年1月17日毎日新聞)

 パレスチナ自治区ガザ地区に軍隊を侵攻させ、住民を殺りくするイスラエル。どんな理屈を挙げても正当化されない国家による大量虐殺で、戦争犯罪の疑いも濃い。許されないはずの蛮行がまかり通っている▼国連や各国が中止を求め、アラブはもちろん、当のイスラエルや米国でも市民が抗議の声を上げている。それでもイスラエルは改めない。今回の侵攻が終わっても、ペナルティーが課されず、繰り返される恐れがある▼ハンバーガー、清涼飲料、コーヒー、ヨーグルト……。イスラエルを資金面などで支える企業は多いという。そんな企業の製品は買わない。市民が日常的に抗議し、忘れない運動に参加する

おいおい、広告激減でひいひい言ってるのにこんなこと煽ちゃっうとは何というチャレンジャーなんだと(苦笑)。
いやあ、こういう素晴らしい勇気と男気に満ちた行動は率直に賞賛に値すると思いますね。
と言うわけで当「ぐり研」では今後も密やかに毎日新聞を応援する記事を掲載していきたいと考えている次第ですが、今日はこんなネタを見つけて来ました。

関西クィア映画祭:性と生テーマに 少数派描く--大阪で23~27日 /京都(2009年1月17日毎日新聞)

◇14カ国の29作品
 同性愛など性的少数派の「性にかかわる暮らしや生き方」をテーマにした「第4回関西クィア映画祭」(実行委主催、カナダ大使館後援)が23~27日、大阪市北区の「HEP HALL」である。14カ国の計29作品を15のプログラムとして上映。「少数派の生き方や社会の問題点を知ってもらい、どう乗り越えるのかを考えるきっかけにできれば」と、実行委が来場を呼び掛けている。【太田裕之】

 

「クィア(Queer)」は英語で「変態」の意味。同映画祭はこの差別的な言葉を逆手にとり、さまざまな少数派を肯定しようと05年に第1回が開催された。同性愛の他、出生時とは異なる性別で生きようとする「トランスジェンダー」▽身体的に男女の判別がつきづらい「インターセックス」▽恋愛やセックスの対象が両性にまたがる「バイセクシュアル」などがあり、「性と生」がテーマの映画祭としては西日本で最大規模。08年の第3回には約1200人が来場したという。

見ていただいて判るとおり、あまり一般受けしそうにはないイベントなのかなという感じの話題です。
ググって見ましても映画系専門誌やマイナーサイト等は別として、どうやらメジャー一般紙の中で取り上げているのは毎日新聞社くらいしかないらしいんですね。
こんな地味目な話題でもあるいは日頃から変態好きの毎日だからわざわざ取り上げたのか?とも思いましたが、どうやらもう少し複雑な意味があったようなのです。

まずは同映画祭のHPから引用してみますとこんな感じです。

クィアな(普通とされていない)人々・生き方をテーマにした、他では見られない厳選された映画が目白押し!
 時として、周りから違和感を持たれたり、総スカンされることもあるクィアな生き方。しかしそれは、刺激的で新しく、快感でもあります。
 自分をフツーだと思っている人も、そうでない人も、この映画祭でクィアという舞台に、乗っかってみませんか。

ついで主要な英和辞典から「queer」の意味を引いてみましょう。

新英和中辞典

形容詞
1 風変わりな,妙な,変な →strange.
2 疑わしい,いかがわしい,怪しい.
3 気分が悪い; ふらふらする.頭が変で,気が狂って.
4 《米俗》 偽の,無価値の.
5 《英俗》 酔った.
6 《俗・軽蔑》〈男が〉同性愛の,ホモの.
名詞
(男の)同性愛者,ホモ

プログレッシブ英和中辞典

形容詞
1 奇妙な, 不思議な;変な.
2 〈男性が〉同性愛の, ホモセクシャルの.
3 気分がすぐれない;目まいがする, 吐き気がする, 頭の変な, 気の狂った
4 疑わしい, 怪しい, いかがわしい
5 悪い;値うちのない, つまらない;にせの
6 ((英俗))酒に酔った.
名詞
1 (男性の)同性愛者, ホモセクシャル.
2 [U]((通例the ~))にせ金.
3 奇人, 変人.

新グローバル英和辞典

形容詞
1 奇妙な, 異常な, 風変わりな, 変な,(strange).
2 怪しい, いかがわしい, 疑わしい.
3 気が変な(mad)
4 気分が悪い(unwell), めまいがする(dizzy).
5 〔男が〕同性愛の(homosexual).
名詞
1 男性の同性愛者.

「TermBase 1.05 訳語検索」で「変態」「queer」を検索してみた結果がこちら。

「変態」の訳語として「queer」を用いている例=0件
http://www.owaki.mmcgi.com/cgi-bin/tbs5.cgi?key=%95%CF%91%D4
「queer」の訳語として「変態」を用いている例=0件
http://www.owaki.mmcgi.com/cgi-bin/tbs5.cgi?key=queer

シカゴのダチに「queerって何?」と聞くとひと言「ホモ」という返事が返ってきましたが、それはともかく。
要するに「queer」という言葉の訳語として「変態」と言う言葉を当てはめるのは決して一般的ではないし、そもそも当の主催者がそんな言葉を使っていないわけです。
まあ変わり者であることを肯定的に楽しもうというイベントで、わざわざ数ある類義語の中でもネガティブなイメージの強い言葉を選ぶはずがないというのも当たり前の話なんですが、ちゃんと取材に行ったのであれば「これどんな意味なんです?」というやり取りがあっただろうし、主催者側の答えもHPの見解に沿って出されただろうと思うんですよ。
ところが紙面になった時点で何故か主催者側も意図しておらず、一般的でもない言葉が出てくる、そもそも「普通とされていない」と「変態」では顧客に対してアピールするところがずいぶんと違うと言いますか下手すれば営業妨害ですが、それを敢えてわざわざ使ったという毎日新聞の意図がどこにあったのかということですね。
そう思って眺めてみますと、こんなカキコも意味があるように見えてくるわけです。

626 :名無しさん@九周年:2009/01/17(土) 21:49:54 ID:N98uBO6I0
お前ら笑ってるけど、これ隠蔽工作だぞ…
これで「毎日 変態」でググルとこの件がヒットするようになった。
あとは組織的にこの件をプッシュして、逆に変態事件についてはカウントされないよう申し入れる。
いづれ「毎日 変態」でググッてもトップページにはこの件しか表示されなくなる。

ネット時代になって過去の事件がなかなか風化しなくなったからね。
お前らおかしいと思わなかった?アサヒがKYを流行語にしようとしたり、珊瑚保護に乗り出したりしようとした件。
あれは類似ワードで上書きしちゃえばヒットしにくくなるやがて埋め立てられると考えてだよ。

634 :名無しさん@九周年:2009/01/17(土) 22:26:59 ID:N98uBO6I0
少なくともコレで
「毎日新聞さんってネットで変態新聞って呼ばれてるんですって?」
って言われても、おおぴっらに、
「(苦笑)ああ、以前うちが関西クィア映画祭に協賛したからですね。クィアってのは…」
っていう話題そらしが使える様になった。

646 :名無しさん@九周年:2009/01/17(土) 22:50:14 ID:9IFY3ACw0
>>626 >>634
なるほど、そういうことか。
ヘンタイはヘンタイなりに、いろいろ考えてるんだなあ。

う~む、さすが毎日… 深い、あまりに思慮が深いですね。
しかしこうまで遠大なことまで考えるその情熱をもう少し建設的な方向に向けられていたら、経営危機だ倒産だと大騒ぎすることもなかったかも知れないのに惜しいですホント。
今年もどうやら毎日新聞から目が離せそうにはありません。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年1月23日 (金)

岩手県立病院再編計画 さらにその後

先日以来何度か書きました岩手県の話題ですが、県立病院再編計画の説明会が各地で開かれています。
報道が幾つか続いていますが、どれも大変な騒ぎになっているようですね。

無床診療所計画案:休日・夜間、医師配置も 県が九戸で住民懇談会 /岩手(2009年1月22日毎日新聞)

◇反対強く、議論平行線
 県立病院・地域診療センターの入院ベッド廃止(無床化)問題で、県医療局は20日夜、九戸村内で住民代表らと懇談会を開き、九戸地域診療センターについて、休日・夜間も医師を配置する方針で検討を進めていることを明らかにした。同局は地域の実情に合わせて対応策を示し理解を求める考えだが、住民らに反対意見が根強く、議論は平行線となった。

 村内には開業医がおらず、無床化が実施されると、休日・夜間は「無医村」になるという危機感がある。懇談会では、地域婦人団体協議会の佐々木トマ会長が、10年前母親が夜間に脳血栓で倒れたが、県立伊保内病院(当時)で応急手当てを受けたお陰で後遺症がなく無事だった例を挙げ、「開業医がいる地域と同じような案はおかしい」と語った。

 医療局は「土日・夜間について何らかの対応ができないか考えたい」と回答。根子忠美・経営改革監は「医師を派遣することになる二戸病院と協議する」と話した。

 懇談会後、住民からは「地域から医師がいなくなるとますます過疎化が進む。子供を育てる立場でも必要だ」(保大木信子・村PTA連合会副会長)といった声が上がった。

医療局の対応焦点に 岩手県立病院無床化で説明会 /岩手(2009年01月21日河北新報)

「無床化を撤回した上で、地域医療を守る話し合いを住民と深めることを強く要請したい」。19日夜、紫波町であった説明会。最後に席を立った住民団体の及川剛代表は医療局の田村均次局長に要請書を手渡した。

 9日の一関市花泉町を皮切りに6市町村であった説明会には、地元住民130―370人が出席した。議論は2―3時間に及び、一関市では「決定経過が不透明」「県民の意見を反映させた代替案を作るべきだ」と不満が噴出。花巻市大迫町では「大迫町には民間医療機関が1つもない」と無床化を不安視する切実な声が上がった。

 達増拓也知事が出席しなかったことにも批判が集中し、医療局は「まだ最終案ではない」「知事には伝える」と答えに苦労する場面もあった。

 一方で、地元からの提案も。岩手、紫波両町の会場では医師会が宿直応援に触れた。紫波郡医師会の渡辺立男副会長は「外来や急患の受け入れをやめ、入院専門病院にしてはどうか」とベッドを残す方策も提言した。

 花巻市の説明会では、県立遠野病院の貴田岡博史院長が「遠野病院が大迫地区をカバーする。夜間の不安を取り除きたい」と話すなど、医療局の現場医師からの積極的な発言もあった。

 こうした提言や意見をどう扱うか。20日の県議会環境福祉委員会で対応を問われた医療局の田村局長は「県議会2月定例会前に最終案を提示する」と答えただけ。

 一部の県議からは「地元の声を生かすには4月実施の先延ばししかない。草の根の声を封殺するようなら、2月定例会で新年度予算案を否決することも考える」と強硬論も浮上し始めた。

【ぴっくあっぷ】無床化説明会 地元は猛反発  /岩手(2009年1月22日  読売新聞)

■6か所とも満員
 無床化問題についての住民説明会は、9日の一関市花泉町から、19日の紫波町まで、6か所で実施された。出席した住民は計1640人に上り、いずれも満員となる関心の高さだった。

 昨年4月に病院から地域診療センターに縮小されたばかりの住田町。県は14日、深刻な医師不足に加え、赤字が続く苦しい病院経営の現状を説明し、「このままでは県全体の医療崩壊につながる」と理解を求めた。
 その後の質疑応答では、男性住民は居並ぶ県医療局の幹部に向かって、「診療所になって1年もたたないうちに、今度はベッドをなくせという。都会に暮らす人も、山に暮らす人も、同じ人間のはずだ」と声を荒らげた。

 花巻市大迫町の説明会(16日)に出席した63歳の女性は「開業医がいないこの地域では、無床化は年寄りに死ねと言うようなものだ」とため息をついた。
 無床化すれば、地域にとって医療サービスの低下は避けられない。そもそも受け入れがたい提案を、実施まで半年を切った中で出されたことで、住民側の県に対する不信と、将来への不安はより強まった。

 13日の九戸での説明会。県側の説明が終わった質疑応答で、住民からは「計画ありきで進めようとしている。地元の実情に耳を傾けようとする姿勢が感じられない」との声が上がった。
(略)
■地元からの提案
 説明会では、地元側から入院ベッドを維持するための提案も出された。

 岩手、紫波両町の会場では、地元の開業医が宿直応援を申し出た。岩手町では、佐渡医院の佐渡豊院長が郡内の開業医に働きかけ、沼宮内病院の当直や日直の一部を肩代わりする考えを示した。
 紫波町では、紫波郡医師会の渡辺立夫副会長が、センターの当直を引き受ける用意があると表明し、「あれもこれも望もうとは思わない。外来と救急はやめてもいいが、地域としては、お年寄りを迎えられるベッドだけは維持したい」と呼びかけた。
 一方、9日の花泉の会場では、地元から要望があがっているセンターを民間医療法人などに移譲するアイデアについて、県は、借り手が付きやすように施設使用料を減免するなど、後押ししていく意向を明らかにした。

■患者減と医師不足
 県立の医療施設は、22の総合病院と5地域診療センターの計27施設で、全国の都道府県で最も多い。2000年以降、県立医療施設の患者数は急激に減少し、入院ベッドの利用率も大幅に低下した。
 これに対し、県は03年11月、5県立病院を04年から順次、無床化する改革プランを公表。しかし、地元からの猛反発を受け、無床化を棚上げする代わりに、県立5病院を地域診療センターに縮小させた。
 しかし、その後も患者数の減少は予想を超え、加えて医師不足も深刻化。その間、地域診療センターに応援医師を派遣する他の病院の負担も増大していった。県立中央病院では07年度、他病院への応援回数が2000回を超え、3年前より約250回増えた。

地元住民に聞くところによると岩手というところは地形の関係もあって陸の孤島と言われる地域が多く、昔から小さな村々が分立しているような状況が続いているそうです。
当然ながらと言いますか「おらが村」意識は今も根強いとも聞きますが、感情的な反発がずいぶんと根強いことの遠因はそのあたりにもあるのでしょうか。
しかし幾ら既得権益を主張しても現実の医療は既に崩壊へ向かって一直線なわけであって、現状維持現状維持と言ってみても現実的に不可能な状況になりつつあるのも確かです。

県立千厩病院 常勤医2人減へ /岩手(2009年1月23日  読売新聞)

 一関市千厩町の県立千厩病院(伊藤達朗院長)の内科・消化器科の常勤医2人が、4月末までに他の医療機関に移ることがわかった。現在までに補充の見通しは立っておらず、外来診療が縮小される可能性もある。

 千厩病院の内科・消化器科の常勤医は現在3人。そのうち同病院で計3年間の臨床研修と専門研修を受けている医師が3月いっぱいで大学に戻る。もう1人は、県内の他の医療機関に4月末で移ることになった。
 同病院の14診療科のうち、常勤医を配置しているのは、内科・消化器科の3人のほか、外科の3人と整形外科の1人、泌尿器科2人の計9人。内科・消化器科の1日当たりの外来患者は約100人。伊藤院長は「医師補充に向けて努力は続けるが、常勤医が1人になれば、内科の外来診療を制限するか、他の診療科の医師が担当するしかない」と話している。

 県医療局が昨年11月に公表した「県立病院等の新しい経営計画案」では、4月から千厩病院の一般病床を190床から150床に削減する方針が示されている。

累積赤字200億円だとか経済的側面ばかりが強調されますが、何よりもこうした地方の医療問題の根本は医療資源偏在の問題であることを認識しなければならないでしょうね。
都市部の病院から過疎の村の患者もろくにいないような病院に応援に行ったところで仕事も何もなくて寝ているばかり、こんなことをやっている間に自分の担当患者はまた悪くなっているんじゃないかなんて心配ばかりしていなければならない状況となれば、それはまともな医者ほどそんなところに行きたがりませんよ。
今どき全国どこでも医者の仕事なんて幾らでも転がっていると言う状況で、より沢山の患者の役に立ちたい、もっと自分の技術と知識を十分に発揮して働きたいという真面目で熱心な医者であるほど僻地公立病院から逃げ出していくわけです。
地域住人は見捨てられると言いますが、僻地送りにされる医者の視点から見ればはるかに多くの患者を見捨てることを強要されているということでもあるわけですから、モチベーションに結びつくはずがありません。

施設を安く民間に貸し出して運営を委託してはどうかといったマイナーな変更は今後もあるかも知れないにせよ、基本的に岩手県医療局は計画の大筋自体は遂行していくという態度を崩していないようです。
どちらに転ぶかは今後の経過次第ですが、県下公立病院全体で抱えている医師数すなわち医療資源としてのパイの大きさを最大限保ち得る方針こそがこの場合の最善解に近いのではないかなという気がします。
財政的にも許容でき住民も納得できる素晴らしい解決策が出来上がったのはいいが、それを実行に移すための医者は誰も残っていなかったなんてことになったら洒落にもなりませんからね。

しかしまあ、事態がややこしくなったところでモノが判っていない人間が横からアジっては余計に事態をややこしくするのは昔からパニック映画の定番というものですが、その手の輩が事態解決に何の役にも立たないというのもまたお約束というものなんですけどね(苦笑)。

◆ スーパーモーニング「公立病院が儲け目的にしていいのか」(2009年1月20日J-CASTテレビウォッチ)

口減らしのために老人を山に捨てる「姥捨て山」伝説が残るという岩手県花巻市大迫町。高齢化が進む人口6500人の山間の町だ。番組はこの町で進行中の「現代版・姥捨て山」を取り上げた。

   発端は、岩手県医療局が昨2008年11月に発表した病院経営計画案。中身は、経営悪化と医師不足のために、この町で唯一の県立中央病院附属大迫地域診療センターの19床のベッドを4月から無床化し、救急医療も中止するという案だ。県ではさらに4つの公立病院の無床化を検討中という。
   町には、ほかに開業医もなく、入院できる病院施設はここだけ。他の病院に行くには、50キロも離れたよその町に行くしかないのだが、バスは1日数本というありさま。
   現在、19床のベッドは満床。70歳以上の高齢者が9割を占めているが、県は3月末までに自分で行き先を探し、出て行ってくれという冷酷な方針を打ち出している。
   県医療局は1月16日、住民への説明会を開いたが、住民からは「医療局による殺人行為みたいなものだ」といった罵声が飛んでいた。

   で、スタジオでは『現代版・姥捨て山』に批判が噴出した。矛先は総務省、厚労省、そして国。
   まず、取材したリポーターから「総務省から07年12月に出された『公立病院改革ガイドライン』が問題なのです。赤字の公立病院を3年以内に黒字化するか、削減しろというガイドラインです」と指摘があった。
   これに若一光司(作家)が、「総務省がガイドラインを作ったことに厚労省は黙っているのか、一体でやっていたら、なおさら問題だ」と、噛みついた。
   バトンを受けて鳥越俊太郎(ジャーナリスト)が「これは総務省や厚労省だけの問題でなく、日本政府の方針。社会福祉の予算は、年間2200億円カットしていく方針なんですよ。政府は弱者に対し非常に冷淡な政策を打ち出している」。
   大澤孝征(弁護士)はもっと手厳しい。「公立病院が儲けを上げることを目的にしていいのか。ある程度、赤字を覚悟しセーフティーネットとして民間にできないことをやるのが趣旨。黒字化しろというのは、それを止めろということに等しい。我々の命をどう考えているのかということですよ」と。

   「地域医療の崩壊」を道具に、消費税増税もやむなしという増税への国民のコンセンサス作りを図っているのではと、言いたくもなる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月22日 (木)

今また問われる大野病院事件とマスコミ

いつもなかなか突っ込みが厳しい「天漢日乗」さんがまた面白いネタを拾ってきてくれているようなので、今日はまずこちらから引用させていただきます。
「どうせそういうことなんじゃないの?」などと言っていたらやっぱりそういうことだったというオチになるんでしょうか。

『「いまだから言うけど、福島県立大野病院事件でなぜ一斉に医療側がバッシングされたかというと」@マスコミ』より抜粋

この話をあるマスコミ関係者から聞いたのは
 福島県立大野病院事件で加藤先生が無罪になってすぐ
だった。
 絶対激怒すると思ったから黙ってたんだけどさあ
と、彼はこんなことを言い出した。
 なんで、大野病院事件で、加藤先生が悪者にされたかわかる? 実は、あの先生はマスコミにとって「都合良く」悪者に見えたからなんだよね〜。
と。要するに
 カメラを睨み付けるようにするから、「悪者顔」に撮れるのが「都合が良かった」
のだという。そして
 それにさあ、あの先生、マスコミに対して、わりと敵対的な感じだったのね。敵対的っていうのがまずかったら、「非協力的」だったわけ。だから、各社揃って「てめえがその気なら、徹底的にやってやろうじゃないか」って、「あの先生叩き」に走ったところは間違いないと思う。
と続けた。
(中略)
この話をしたマスコミ関係者は、こうも言っていた。
 テレビは特にそうなんだけど、「どう見えるか」でほとんど勝負が付いてしまう。うちのエライさんは、本当はいい人なんだけど、「見るからに悪者顔」なんで、謝罪会見しても、全然謝ってるように見えなくて、ソンなんだよね〜。人間性なんて、カメラは映さないし。

ま、ソースが明確でないこともあって同業者のつぶやきという以上の意味はないと考えるべきでしょうが、何であれ現場の感覚というものは部外者にとって大抵の場合参考になるものです。
おりしも地元福島中央テレビの検証番組がネットで紹介されていましたが、こういう業界の思惑を踏まえながら見直してみると色々と見えてくるものもあるように感じます。
地方局にしてはオールスターキャストと言っても良いくらいの豪勢な内容で、背後にある事情をよく御存知の方ほどいろいろと突っ込み所は多い番組だと思いますが、こうして番組で当事者の顔をみながら誰がどんなものを見せたいと思っているのかなどと考えてみるのも一興かなと思いますね。

大野事件を検証する(福島中央テレビ)

(その1) 
(その2) 
(その3) 
(その4) 
(その5) 

文字通りに客観的な報道などというものがあり得ない以上、どのような主観に基づいて報道されているのかをも併せて考えなければマスコミが何を見せたい、あるいは何も見せたくないと思っているのかも見えてきません。
最近ではネットで何かにつけすぐに検証されてしまうと言うこともあって、単にマスコミの報道内容のみならず背後に存在する報道姿勢というものも問われるようになりました。
放送倫理・番組向上機構(BPO)のサイトには視聴者の厳しい突っ込みの声が届けられていますが、これを見ているだけでもどれくらい彼らが計算高く「真実」を作り上げようとしているかがわかります。
たとえばこんな話も一昔前であれば「へえ、すごいんだね」で終わっているところですが、今ではあっという間にこうして情報が流出してしまうわけですね。

2008年11月に視聴者から寄せられた意見より

日本の大学に留学しているスリランカ人だが、今年の5月に関西の局のこの番組が放送されたことで、私の国に対するイメージが大きく損なわれた。私はスタジオでの番組収録に参加したのだが、その際、スリランカを誹謗中傷した取材に驚いた。タレントがリポーターとして取材していたが、街中の一般的なホテルに泊まり、「臭い!汚い!」「前の宿泊者が使ったタオルや石鹸がそのまま使われている」「イギリスの植民地だったのにスリランカ語しか話せない」とリポートしていた。しかし、大半の国民は英語が話せるのだ。スタジオでの番組収録の際、制作協力会社のプロデューサーに「国の現実と余りにかけ離れているので放送しないで欲しい」と伝えた。彼は「スリランカを馬鹿にするつもりはない」「収録が10分位オーバーしているのでこの部分はカットする」と約束してくれたが、実際にはそのまま放送された。番組内容を不審に思い、先日一時帰国した際に取材されたホテルを尋ねてみた。すると、このホテルは街中でも格安のホテルであった。しかも、取材は1時間位で終わり、リポーターをはじめ番組スタッフは同じ街の高級ホテルに宿泊していたことが判明した。今の番組内で謝罪するか、再度スリランカを取材して正しい現状を伝えることを要望する。番組は現在タイトルを変更して放送されているが、前の番組と同様の企画なので、他の国の人達がスリランカと同じ報道被害を受けないためにBPOに連絡した。

どうせ誰も判らないだろうと捏造番組で外国人を馬鹿にするのも論外ですが、残念ながら彼らの標的は見境がありませんから、いつどこで誰が被害に遭うのか知れたものではありません。
医療に関わる報道にも幾つか意見が寄せられていますが、特に大野事件判決とも関連して昨年8月頃が目立ちますね。

2008年8月に視聴者から寄せられた意見より

・産科医無罪判決に関する報道は遺族側からの目線に偏向した内容ばかりでうんざりした。刑事事件の裁判であり、争点がどういうところであるかを考えると遺族側の感情的な意見は関係ないし、訴訟になった経緯とは全く関係がない。また、裁判において明らかになった部分のうち、検察側の捜査の不正確さを指摘する内容については報道が著しく少ないため、正確に理解することができなかった。私自身は最初にTV番組を見て、他の医療過誤訴訟と異なる(民事ではなく刑事である)ことの重大性などを知ることもできなかった。ネット等で調べてやっと分かった。医療関係者側からの反発が著しく大きい事件であるのだから、何故反発が大きいのかという点や、この事件が産科医減少と関わりがある点もきちんと報道してほしい。出演者の私見として様々なことを述べるのはよいが、事実経過を説明する際には偏った報道はしないでほしい。

・福島県の産科医無罪判決報道について。ニュース番組の偏った報道にうんざりだ。この亡くなった方は上のお子様を出産された際「2人目は諦めて下さい」と言われていた。設備の整った病院への転院を勧められていたが、なぜかどうしても事故の起こった病院での出産を希望していた。「もう1人ほしい」という事を医師に告げていた。だから医師は始めは子宮摘出を避けた。前置胎盤と癒着胎盤が一緒に起こるのは稀なこと。こういう事を理解しての報道なのだろうか?報道する側は妊娠を経験した方が少ないだろうから出産のリスクが分からない方が多いと思うが、出産経験のある者からしたら一方的に医師を叩きたいだけの報道にしか思えない。他の医療事故とは全く別だと思う。「産婦人科医不足」を声高に報道するのを見るが、それに拍車をかけているのはこのような偏見報道であり、ただ当事者を叩きたいだけの報道だという事をしっかり認識して下さい。こういう事を踏まえた上で遺族叩きや医師叩きにならない客観的な報道をして頂きたい。

・産科医無罪判決に関して、番組の解説員は刑事事件に問われて無罪判決を受けた被告人の責任を論評し、「病院側は遺族側に一切説明をしなかった」「その後も納得のいく説明がなかった」と伝えている。そして「医師側が真摯に理解を求める努力を怠っていては、検察を批判しても理解が得られないのではないのでしょうか」と続けている。この発言の後、解説員は遺族に直接面談していることを番組の中で告白している。この解説員は、被告人である大野病院に取材して「事実を確認した」とは言っていない。これは訴訟という双方の当事者がいるなかで、一方の主張だけを報道し、利害関係の異なるもう一方の当事者の権利や主張を無視した公正を欠く報道であると批判したい。遺族側が理解・納得できなかったから真摯な説明でないと言うなら、理解力の乏しい遺族には真摯な説明などあり得ない。もともと、この事例のように過失責任がないのであれば、それに続く医療行為への非難は全く根拠がない。NHKであればこそ、公正・中立な報道をお願いしたいと思う。

2008年12月に視聴者から寄せられた意見より

・「病院たらい回しで新生児が1週間後に死亡」というニュースを取り上げていたがこの報道に疑問を持っている。
まず母子手帳をもって通院していれば、ハイリスク妊娠の可能性がある場合はその旨が記入され助産婦もチェックするので、
「新生児を自宅で出産する」ということは考えられない。また、通院している病院があれば、出産の際は
その病院に入院できるので、突然入院先を探すことはあり得ない。「たらい回し」という差別的な表現を使って、
初めから医療側を誹謗・中傷する姿勢で取材し報道するのではなく、親の方も親としての責任を果たしているのか
という面もシッカリ取材したうえで報道して欲しい。ひとたび、医療側がすべて悪いというように報道されてしまうと、
医療側はなかなか言い返すことができない。常々、医療関係の報道は横暴だと感じている。
こんな報道がまかり通ってしまうと、医療現場の労働環境はますます悪くなってしまうと思う。

このところの不景気もあって、マスコミ報道がますます「安くて売れる(視聴率が取れる)もの」に流れているという話も漏れ聞こえてきます。
「鳥人間コンテスト」なんて歴史と伝統もあってなかなかいい番組だったと思っていたのに先頃とうとう中止が決まったと聞いて落胆したものですが、その一方で自前で嘘のネタを作り上げてでも安く挙げられる番組ばかり垂れ流しとなれば報道の質の追求などとは縁遠い話ですよね。
彼らが他人を厳しく追及することも報道の使命の一つであると考えているのであれば、情報の双方向化が進む今の時代にあっては「まず隗より始めよ」という言葉が返ってくるだろうことにも思いを致さなければならないでしょう。
なにしろ他の誰のどんな話よりも数多くの視線に、彼ら自身の姿こそがさらされているのですからね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月21日 (水)

そんな金がどこにある!?とお嘆きの貴兄に

世は不景気の底なしの奥底へ真っ逆さまに転落中といった情勢ですが、収入が減っても急に切り詰めるわけにもいかない支出というものがあります。
切り詰めてはいけないものを切り詰めざるを得なくなってしまうと非常に困ったことになるという記事からご紹介します。

国保、453万世帯が滞納  08年、21%で過去最悪(2009年1月16日共同通信)

 厚生労働省は16日、自営業者や無職の人が加入し市区町村が運営する国民健康保険で、保険料(税)を1カ月でも滞納した世帯が2008年6月1日現在、453万世帯に上ったと発表した。同4月に75歳以上が後期高齢者医療制度に移ったため世帯数自体は減少したが、加入世帯に占める割合は20・9%で過去最悪となった。

 厚労省は「無所得や低収入の加入者が増え、年々上昇する保険料を支払う余裕がないため」と分析。09年は景気後退でさらに事態が悪化する可能性が高い。

 都道府県別では、世帯数は東京都の64万世帯が最多、割合は大阪府の28・5%が最高。これまで滞納数が最も多かったのは06年の480万5000世帯(加入世帯の19・0%)。07年は474万6000世帯(同18・6%)だった。

 長期滞納者への“ペナルティー”となる「資格証明書」交付が33万9000世帯と1000世帯余り減った一方、有効期間が約3-6カ月の「短期保険証」交付が8万5000世帯増の124万世帯で過去最高に。資格証は病院窓口などで医療費全額をいったん支払わなければならず、厳しい運用への批判から自治体が短期証交付で対応している様子がうかがえる。

なにしろいきなり失業という人が増えて社会問題化している時代ですから、前年所得を基準に保険料率を設定されている以上それは払えなくなるのも当然だと思いますね。
ところでこういう失業等で所得が急減した場合を想定して、各地の自治体では保険料減免の制度が設けられています。
それぞれの自治体ごとに基準も減免の内容も異なるのですが、幾つか詳しいところを引用してみますとこんな感じでしょうか。

音更町(北海道)の場合(抜粋)

・生活困窮の場合
 納税義務者等の今年の収入見込額が前年に比べて著しく減少し、生活保護法による生活保護基準以下となる者
 収入の減少が5/10以上7/10未満の場合は5/10を減免、収入の減少が7/10以上の場合は全部を減免

松本市(長野県)の場合(抜粋)

・前年の所得が一定額以下の世帯は、被保険者均等割額と世帯別平等割額を6割又は4割軽減
・前年の所得が一定額以下で、病気、介護、死亡、失業、事業不振、倒産などにより所得の減少が一定以上見込まれる場合、所得割額を2割から10割減免

熊本市(熊本県)の場合(抜粋)

・失職又は事業の休廃、疾病等により、前年所得に対して当該年所得が3分の1以上減少した場合、所得割額の30%~100%を減免

こうしてみると結構救済措置があるものだなと思いますが、実際のところどうなのかと言うと、未納している人たちの多くが減免制度自体を知らないのか、申請を行っていなかったと言うのですね。
基本的にこうした制度を設けるか否か自体も自治体毎の判断ですから、実際に問い合わせてみるまで減免措置が受けられるのかどうかも判りません。
また財政事情の厳しい自治体などは認定も渋いといった運用上の制限も多々あるのではないかなと推察されるところではあります。
それでも被保険者は保険証を取り上げられる前にこうした救済措置についてまず問い合わせてみるべきであり、自治体は取り上げる前にこうした制度に対する説明をするべきでしょうね。

ところで保険料未納問題と言えば、先頃親の未納で無保険状態になった子供が増えていると言う問題が騒がれたことがありました。

無保険状態の児童救済へ 民主ら3党法案提出(2008年12月1日exciteニュース)

 世帯主が国民健康保険料を納めていないために、無保険状態になり、治療費が高額になるために必要な医療サービスを受けられない児童が3万3000人(民主党調べ)いるとして、こうした児童を救済すべきと、民主党と社民党、国民新党が共同で「国民健康保険法の一部を改正する法律案」(国保無保険児童救済法案)を衆議院に提出した。

 無保険状態になっているのは世帯主の責任で、経済能力のない児童に責任があるわけではなく、児童救済については、その必要が世論としてもあがっていた。

 改正案では「国民健康保険料の滞納により被保険者証の返還を求められた世帯主が被保険者証を返還した場合、その世帯に属する18歳未満の被保険者については市町村や特別区はこの世帯主に対して、該当する被保険者にかかる被保険者証を交付すること」として、児童救済のため、保険証を取り上げないでそのまま残しておく措置をとるようにする。

 一方、保険料滞納をできるだけ解消するため法案では「国民健康保険の保険料については、減免制度等の十分な周知を図ること等を通じて滞納を防止し、特別の理由があると認められないにもかかわらず滞納している者からの実効的な徴収の実施を確保するため、必要な措置が講ぜられなければならない」とする規定も設けている。

 山井和則衆議院議員(民主党)は、「(厚労省が)病気をしている児童が医療にかかれない実態を知りながら放置し続けること。これは国家による児童虐待にあたると感じざるを得ない。地方に責任を押し付けるのではなく、国がリーダーシップを発揮しなければならない」とし、全党一致で今国会での早期成立を目指すとしている。

しかし一部マスコミは野党と一緒になって「子供たちがかわいそうだ!政府の無策だ!早く何とかしろ!」と騒いでいましたが、他人をバッシングする前に減免制度の存在と利用を自ら広く窮状にある国民に訴えていた方がよほど即効性もあり、子供達の救済にも役立っていたような気もしますが。
いずれにせよ派遣村で申請者全員に生活保護認定という大技を使ってしまったわけですから、今後の緊急的社会保障に関してはあのレベルの対応を求められてもやむなしかと思うのですが、実際は必ずしも全てに寛大というわけでもないようなんですね。
たとえば健康保険については自治体も比較的取り立てに寛大であるように聞くのですが、似たような問題を抱えながら逆に厳しくなる一方なのが国民年金です。

強制徴収、所得200万円以上 国民年金保険料で社保庁(2009年1月7日朝日新聞)

 社会保険庁が国民年金保険料の未納者に財産差し押さえを含む「強制徴収」を実施する際、対象者の選定基準を年間課税所得200万円以上と通知で定めていることがわかった。社保庁は従来、高所得の未納者に限って強制徴収する方針を示してきたが、この基準では、月収20万円前後の人まで差し押さえが広がる恐れがある。

 経済情勢が悪化するなか、保険料を払えない低所得者が財産を差し押さえられ、生活を圧迫されかねないとの批判を招きそうだ。

 所得基準が低いほど、強制徴収の対象拡大につながる。社保庁は03年度から強制徴収を強化。差し押さえ件数は同年度の50件から06、07年度は1万1千件台と急増した。60%台に低下した保険料収納率を向上させる狙いだ。

 昨年4月、同庁は国民年金事業室長補佐名で強制徴収手続きに入る基準を全国の社会保険事務局に通知した。通知では、対象者を選ぶ基準として「対象者または配偶者もしくは世帯主のいずれかの所得金額(控除後)が、おおむね200万円以上」と明示。それぞれが200万円以下でも、「合計額が200万円以上である時は選定しても差し支えない」と記していた。

 社保庁によると、この基準を明記した通知は06年度から毎年繰り返し出している。通知にある「所得金額」は住民税の課税所得を指し、前年の収入から必要経費などを引いて総所得を算出したうえで、配偶者控除など各種の所得控除を差し引いてはじき出す。

 社保庁はこれまで、未納者を「高・中・低所得」に分け、低所得者には「申請免除の周知」、中間所得者には「強制徴収を前提とした督励」を基本姿勢とし、高所得者だけを対象に強制徴収の早期着手を実施する方針を示してきた。だが、課税所得200万円という基準では、単身者で控除前の年間所得200万円台、夫婦と子供2人の4人世帯では同300万円台でも対象となる可能性がある。社保庁の実態調査(05年)では、国民年金加入者を世帯ごとにみると控除前所得の平均額は434万円だった。

 社保庁は今年度、差し押さえの執行件数について「督促状送付者の20%以上」とする目標値を全国の社保事務所に示し、強制徴収担当の職員を最低1人配置するよう指示した。今回の通知では、年金記録問題への対応に人手を割かれて、「(強制徴収が)低調な実施にとどまっている」との認識を示し、「着実な前進」を迫っている。

 同庁国民年金事業室は「強制徴収を効率的、効果的に実施するには所得基準による線引きが必要と考え、保険料の免除などを除いたラインとして200万円に設定した。強制徴収は加入者自身の無年金、低年金を防ぐためにも必要。ただ、実際には所得が高い人から実施しており、200万円ぎりぎりの人の財産を差し押さえるようなことはないと思う」としている。

いやあ、容赦ないですね。
年金問題と言えば社保疔絡みでも色々と騒ぎがありましたが、その反動なのかとにかく厳格厳正にという姿勢を徹底しているようにも感じます。
何かしら国民の側にすれば不祥事の上に良い迷惑という気がしないでもないですが、「年金制度が破綻するぞ!」と言われれば払わないと仕方ないのかと自分を納得させるしかありません。

生活保護との釣り合いを考えると、ある程度以下の低所得者に対しては最初から免除とするくらいの度量があってもいいかなと思うのですが、この手の制度というものはそう簡単に変わるものでもないんでしょうね。
しかし年金の支払いにお困りの皆さんも必ずしも悲観されずともよいかなと思うのは、もちろん年金においても減免措置はきちんと用意されているということなんです。
今の時代に自ら求めて声を上げなければ自分の権利を守ることは出来ないことになってきていますから、助けが必要な方はあきらめるより前にまず既存の制度利用を検討してみるべきだと思いますね。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2009年1月20日 (火)

赤紙復活?! 福島県の医療再生計画

昨日に続いてまた東北地方の地域医療ネタがありましたが、色々と興味深い経過をたどっている岩手県に比べると福島県ではどうもあまり面白いことにはなっていないようです。

民間の医師、公立に派遣 緊急確保策、県が素案 /福島(2009年1月20日  読売新聞)

緊急確保策、県が素案

 県は19日、緊急の医師確保策として、民間病院から公立病院への医師派遣などを盛り込んだ「緊急医師確保対策プログラム」の素案を県地域医療対策協議会で示した。県立医大などでの医師養成を待っていられないとして、素案をたたき台に具体策の議論を始める。厚生労働省によると、同様の医師派遣は岡山県で行われているものの、全国的には珍しい。

 素案によると、これまで県立医大などがへき地を含めた医療機関へ行っていた医師派遣ネットワークの派遣元に、開業医を含めた民間病院を加える。診療科は、医師不足が顕著な救急や産婦人科などについて重点的に検討していく。

 県によると、県内の人口10万人あたりの医師数(2006年)は3663人。人口換算すれば、全国平均より医師が600人不足している。特に産婦人科は深刻で、2008年には県立南会津病院で2人の医師が退職し、同科は一時休診となった。

 医師が足りない医療機関へ緊急的に半年間、民間病院から医師を派遣するシステムは、厚生労働省が07年に始めている。しかし、〈1〉医師派遣に伴う費用は受け入れ側が支払う〈2〉半年後の医師確保の見通しが必要――など受け入れ側の負担が大きく、県内で利用できる医療機関がなかった。

 県はこのため、「金銭などの穴埋めを最小限にできるよう緩やかな条件を考えていきたい」とし、人材面を中心に何らかの対策ができないか検討する。ただ、民間病院のなかには、県立医大からの派遣を受けて診療体制がようやく確保できるところも少なくなく、委員からは「民間も自分の病院を守るので精いっぱい」と実効性に疑問の声も上がり、課題も多そうだ。

 素案ではこのほか、医学生が研修先の病院を自由に選べる臨床研修で、複数の医療機関が共同の研修プログラムを行うことや、助産師が中心となって出産を介助する「院内助産所」の設置を促すため、助産師に対する研修を支援することも示された。

ま、何故産婦人科不足が深刻になっていったかといった経過を細々書かないのは武士の情けというものなんですかね…

それはともかくとしても、医師や看護師といった医療の専門スタッフは官民問わず職場を変わっていくことが多いですからそうした意味での官民間の垣根は低いんですが、よく見るとなかなか香ばしい話がちりばめられている気がしてきます。
民間医療機関と言えば公立と違って自前で採算を考えていかなければなりませんし、今の時代医療で儲けようとすればまず医師を初めとするスタッフをきちんと確保できるかどうかが生命線でしょう。
その意味で言わば病院にとっての血肉とも言うべき医師を差し出せと言うのですから、これはそれなりの補償でもないことにはちょっとどうよと考えるところなんですが、記事を見る限りどうもそのあたりがはなはだ怪しいですね。

たとえば「金銭などの穴埋めを最小限にできるよう緩やかな条件を考えていきたい」と言えば聞こえはいいですが、要するにタダでお上に御奉公せよってことですよね?
「開業医を含めた」と言いますが、開業医が自分のクリニックを放り出して僻地に応援に行くなんてことが現実問題可能でしょうか?(僻地とは何かあっても容易に帰ってこられないような場所にあるからこそ僻地と言われます)
話を聞く限り医師の供給源となるべき民間側にとって何らのインセンティブとなるものが感じられないのですが、この話に乗ってくるであろう医療機関として具体的にどういったところを想定して制度設計を行っているのかという疑問が湧いてきます。

福島県と言えば研修医集めの面でもこんな記事が出ています。

臨床研修医の育成 福島県、病院群制度活用へ(2009年01月20日河北新報)

 深刻な医師不足を改善しようと、福島県は新年度、複数の病院が連携しながら臨床研修医を育成する病院群制度による研修システムの導入を検討する。19日の県地域医療対策協議会で、県が緊急医師確保対策プログラム(素案)の目玉事業として示した。

 病院群制度による医師研修は沖縄県の公立、民間合わせて29病院が参加する「群星沖縄」が先駆的だ。1カ所だけでなく、いくつもの病院で研修することで多様な症例に接することができるため、多くの研修医が全国から集まっている。

 県は病院群研修制度の導入により、多くの研修医に臨床の場で戦力になってもらうだけでなく、研修終了後の県内定着につなげることも視野に検討を始める。まずは病院間での統一プログラム策定や研修医の共同募集などを具体化する方針だ。

 県の緊急医師確保対策プログラムは新年度から3年間をめどに実施する。産科医不足対策では、県外から転任してくる医師への優遇策や通常分娩(ぶんべん)での助産師活用などの検討を盛り込んだ。

 県外からの医師招聘(しょうへい)や、自治医大卒の県内出身医師が地元での就業義務期間を過ぎても定着してもらうための対策も積極的に進める。

「群星沖縄」も含めた沖縄の医療事情の特殊性についてはこちらの資料がある程度まとまっているんじゃないかと思いますが、沖縄と言うところは新臨床研修導入以後医師が大いに増えて現在全国でもトップクラスになっているところなんですね。
同様に医師が集まる東京都と同様、公立病院医師の手当て削減に熱心な県という意味でも注目を集めていますが、金銭的なもの以外のインセンティブで人集めが出来るというのであれば職場としてははるかに健全なのではないでしょうか?
そもそもどんな業界でも給料はそれほどでもないが人が大勢集まる職場と、金は幾らでも出すから来てくれ!と言っても閑古鳥が鳴いている職場でどちらが良さそうに見えるか考えてみれば判る話で、今どき幾ら法外な大金を積もうが「もう限界!勘弁してくれ!」と医者が逃散していくような病院には表沙汰にはならなくともそれなりの事情があると考えておかなければならないでしょう。

ただここで考えておかなければならないことは、沖縄が人を集めているのは「いくつもの病院で研修することで多様な症例に接することができるため、多くの研修医が全国から集まっている」なんて単純な話だけでいいのかということでしょう。
たとえば沖縄と言うところはその歴史的経緯からも米国の医療とつながりが深く、そちらへの進出を希望している医師にとっての入り口になってきたという歴史的経緯があるという点が一つ。
これは福島に限らず他の自治体ではおいそれと再現できないものです(同様に米国式研修を売りにしていた舞鶴市民病院が無駄だからと止めてみたところが、あっという間に潰れたのも記憶に新しいところですね)。

もう一つは結局臨床研修も人と人の関係が基本である以上、やはり研修医というのは上司や先輩である医師達をよく見ているということです。
「ここに残って働いたら楽しいよ」と言葉のみならず諸先輩達の表情や態度にも表れていれば「オレも残ってみようか」と言う気になるだろうし、現場のスタッフが見るからに暗い表情でやっていれば幾ら研修プログラムが立派でも「ああはなりたくないもんな」と研修終了後はさっさと逃げ帰るということになるでしょう。
そう考えてみると一番気になるのが、福島県の医療現場におけるスタッフの志気であるとか、職場に対する忠誠心といったものなんじゃないでしょうか。

大野病院事件の判決後に加藤医師が復職した際、県の復職の辞令に関わらず民間病院に移ったことを思い出すにつけ、福島県における医師達の志気というものがどういう水準にあるのかが気になるんですけどね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年1月19日 (月)

再び岩手県と関連する話で

先日に続いてまた岩手からの話題ですが、例の県立病院再編に伴う無床化問題の続報がありました。
しかし住民説明会というよりもこれは住民説得会というべきものですかね。

課題解決に向け伝えたい(2009年1月19日  読売新聞)より前半部分

 雪が時に激しく降るなか、九戸村の公民館には、開会の30分前から次々と住民が集まってきた。13日夜に開かれた県立病院の新しい経営計画案の説明会。村唯一の医師がいる地域診療センターでは、19床を全廃する無床化が計画されている。

 「11月の発表で、4月に実施するというのは唐突で拙速だ。私たちにも考える時間がほしい」「医師が少ない地域にこそ県立の役割がある。切り捨てではないか」。2時間余りにわたった会では、10人が質問に立ち、拍手がわいた。

 県医療局長らと並び、九戸センター長も兼ねる佐藤元昭・二戸病院長(59)が説明する声を一段張り上げた。「皆さん、医師不足を実感されないのが残念だ。ベッドがあれば医師は来ません。無床化すれば来る」。診察の傍ら、医師招請に駆け回る佐藤院長の言葉に、会場は一瞬、静まりかえった。

 常勤医が1人しかいない九戸は、二戸からの外来診療応援と、二戸と盛岡市の中央、医大の計3病院による派遣当直で日々の診療を支えている。

 医療局創業の精神は、「県下にあまねく良質な医療の均霑(てん)を」。聞き慣れない言葉に広辞苑をひくと、「生物が等しく雨露の恵みに潤うように、各人が平等に利益を得ること」とある。無医村に医療を、と始まり重ねてきた、岩手に暮らす苦闘は今も続く。

前回取り上げた記事とはいくらか違った印象を受ける記事ですが、報道するメディアのスタンスを反映しているということですかね?(何しろ自ら医師集約化を提言する読売新聞社ですから)
「ベッドがあれば医師は来ません。無床化すれば来る」とはずいぶんと思い切って言ったものだなとも思いますが、実際に医師相手に折衝を重ねるうちにこうした確信を抱くようになったということなんでしょうね。
これはこれで現場の雰囲気を伝える興味深い話なのですが、むしろ興味を引かれたのが同じ記事の後半部分です。

課題解決に向け伝えたい(2009年1月19日  読売新聞)より後半部分

 「通院のお客様、お体の具合が悪いお客様は気軽にお声をかけてください」
 朝の車内に優しい声が響いた。盛岡駅着午前9時のIGRいわて銀河鉄道の上り電車には、県内に入った金田一温泉駅から世話役のアテンダントが乗る。昨年11月5日から平日に始めた「地域医療ライン」サービスだ。

 二戸市、一戸町から盛岡市内へ通院する人を対象に、あんしん通院切符の発売、ワンマン電車内で接客にあたるアテンダント、最寄り駅の無料駐車場と盛岡でのタクシー手配を組み合わせて、「自宅から病院まで」を主に公共交通で結ぶ。全国の鉄道でも先進的な取り組みだ。

 「地域の医療機関だけでは対応しきれない患者さんがいるが、高齢や病後ではマイカー運転もままならない。通院は本人や家族の大きな負担だ。一方、公共交通は地域に欠かせないとの認識が広まってほしい」と、企画、準備をした同社の米倉崇史さん(26)は説明する。開始2か月で339枚の切符が売れた。1日平均10人、多い日は20人近い利用があり、徐々に広まって、沿線のほか軽米町や青森県内からの人もいる。

 アテンダントは3人が交代の有償ボランティア。取材した日、田中敦子さん(47)は駅ごとに通院客がいないか、ひざ掛けを持って車内を回り、話しかけた。水のペットボトルやカイロなどを携えて乗務し、車内からタクシー会社へ利用人数を携帯メールで送信する。指定3病院なら利用客の自己負担は200円だ。

 この日、小鳥谷駅から乗った地蔵堂民之助さん(76)は「妻も利用する。安心して通える」と話し、到着ホームで待っていたタクシー運転手に導かれ、医大へ向かう車に乗った。

先日取り上げました藤沢町民病院の件でも感じたことですが、なかなかに侮れないアイデアが次々と出てくるじゃないですか>岩手県。
失礼ながら今まであまり強い印象がなかったのですが、こうして実際に現場でやってきたことを見ると病院再編計画も前向きに見守っていかなければならないのかなという気になってきます。

しかしながら医療に限らず改革を目指す場合の問題として、改革を進めたい側にも押しとどめたい側にもそれぞれの異なった目指すべきところがあり、当然のように利益相反があるということです。
特に近ごろでは地方の病院存続問題というのは他のどんな問題にも増して大きな話題になってきているようで、過去にも公立病院閉鎖の話題をお伝えした銚子市松原市ではとうとう市長の首が飛ぶとか飛ばないとかいった騒ぎになってしまいました。

市長リコール確実に 有効署名2万3463人、銚子市選管の審査終了(2009年1月15日産経新聞)

 千葉県銚子市立総合病院の診療休止をめぐり、市民団体が岡野俊昭市長のリコール(解職請求)に向けて、市選挙管理委員会に提出した署名簿の審査が15日終了した。市選管によると、有効な署名は2万3463人分で、リコールの本請求に必要な有権者数の3分の1(約2万229人)を上回った。

 今後は、署名簿の縦覧が16日から1週間の日程で行われ、市民からの異議の申し立てを受け付ける。異議に対する審査後、最終的な署名数が有効数を上回っていれば、本請求が可能となる。

 審査結果を受けて、岡野市長は「署名簿を縦覧し、異議の申し出を行うか十分検討したい。病院再開のため、市長として与えられた任期を、全身全霊を尽くして職務に励んでいく」とコメントを発表した。

 リコール運動は、病院休止が市長の公約違反だとして「『何とかしよう銚子市政』市民の会」(茂木薫代表)が署名を集め、昨年12月26日に2万5945人分の署名簿を市選管へ提出していた。

市立松原病院:閉院で市長リコール運動 市民団体「早期辞職へ」 /大阪(2009年1月17日毎日新聞)

 3月末での閉院が決まっている松原市の市立松原病院(桑田博文院長、162床)を巡り、市民らが閉院を決めた中野孝則市長のリコール(解職請求)運動を始めた。16日に会見した市民団体「『とりもどそう住んでよかった松原を』市民の会」の代表らは「リコール運動を通じ、(中野市長の自主的な)早期辞職に追い込みたい」と話した。

 リコールは地方自治法で定められ、首長については、有権者の3分の1の署名により、解職の是非を問う住民投票を直接請求できる。住民投票で有効投票の過半数が賛成すればリコールは成立する。同市の有権者数は10万2057人(先月2日現在)。

 同会の大内康夫事務局長らによると、会には閉院反対運動を続けてきた「市立松原病院の存続・充実を求める会」の関係者らが参加。来月半ばにも署名活動を始めたいとしている。ただ、中野市長は6月16日に任期満了を迎えるため、必要な署名が集まっても次の市長選までに住民投票が実施できるかは不透明だ。

 中野市長は「(運動について)直接コメントする立場ではない。今は地域医療確保に全力を尽くしており、その結果をみてほしい」とコメントした。

無駄な公共事業けしからん!といった場合であれば市長をとりかえて延期なり事業中止なりに追い込めば(多少の無駄金は覚悟しなければならないにせよ)それなりにすっきり決着が付くわけですが、これらの病院の抱える構造的な問題というものは市長が替わろうが議会勢力が一変しようが何一つ変わらずそこに在り続けるわけです。
とにかくケシカラン市長をやめさせて、病院のことはそのあとでゆっくり議論して決めようなんて悠長なことが言っていられる状況であるならば、そもそもこういう基幹病院クラスの病院を潰そうなんて話にはならなかったと思うのです。
リコールの行く末がどうなるかに関わりなく、何かしら実効性のある対案というものだけは今の時点からでも用意しておかなければ、世に言う小田原評定の末に為すところなく開城を余儀なくされた北条氏のような恐ろしい状況になりかねないことは常に念頭に置いておかなければならないでしょうね。
これらの件はまた続報があれば随時経過を紹介してみたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月18日 (日)

今日のぐり「ぼっこうそば 水仙亭本店」

「ししゃも」は今まで何度かオスを食べたきりだったのですが、たまたま今回オスとメスを同時に食べ比べてみました。
メスの方が抱卵ではなかったので旨い不味いの評価は別として、確かに黙って食べれば同じ魚とは思えないほど味が違うんですね。
余談はともかく、本日のぐり研いってみましょう。

今日のぐり「ぼっこうそば 水仙亭本店」
岡山市街地から北へ進んで岡山インターの近くの旧国道沿いにある、見た目からしていかにもな造りの蕎麦屋です。
もちろん味覚なんて純然たる味以外の要素に大きく左右されますから、こういう演出もありだとは思うんですよ。
ただ問題はこの店の立地条件で、写真では全然判らないと思いますが、ゴミゴミした旧街道沿いの町並みの中の狭苦しい敷地にこれが立っているわけです。
少し離れた場所から見ると無茶苦茶浮いてると言いますか、もし写真で気に入って来店したなら札幌時計台並みのがっかりぶり請け合いです。
もっとも、もともとは静かな場所に建っていた店の周囲が後からこうなってしまったと言うのであれば、笑い話どころではなく極めて同情に値することだと思いますけどね。

突っ込む気になれば突っ込み所は多々あって、この店は多数の蕎麦メニューに加えて何やら怪しげなサイドメニューも沢山あるんですね。
ところがメニュー自体はテーブルにはなくて、壁沿いに貼った紙を見るしかないらしいんです。
これがまたそれほど読みやすいフォントでもない上に、あちらにもこちらにも半ば無秩序に張り巡らされているものですからまあ大変。
客層を考えれば目のいい人ばかりでもないでしょうに、これはちょっときついという以前に不親切かなという感じです。
て言いますか、ここまで民芸調に徹していながら蕎麦ソフトクリームって蕎麦屋で出すにはどうなのよと(苦笑)。

まあそれはともかく、ざる蕎麦を注文して蕎麦茶を飲みながら待っていますと、ちょうど程よい時間を経た頃に(これ重要!)出てきました。
ここの蕎麦はすっきりした細打ちにしゃっきりした茹で上がりで、この時期にしてはやや香りに乏しい気もしますが見た目も味もなかなかよろしい。
個人的にはもう少し下品に蕎麦臭い方が好きなんですが、辛めのつゆも程よく合って、たまたま立ち寄った蕎麦好きからもまあ文句は出ないだろう仕上がりではないでしょうか。
いやあ、怪しげな見た目だけの店だったらどうしようかと心配していましたが、良い意味で期待?を裏切られたまともな店で良かったですよ。

ところでここの蕎麦湯はこれで茹でているんだとしたらちょっとどうよと思うようなどろどろのものなのですが(粉でも溶いてあるのか?)、味は悪くないです。
壁のメニューの張り方から想像するに何かもうやけになってメニューのバリエーション増やしてるんじゃないかと言う感じでちょっと閉口気味なところもあるのですが、見たところ新興住宅街的な要素も大きい地域のようですからこういうのも仕方ないんですかね?
あとこれも全く味とは関係ないですが、今どき外税なのでやたらとおつりがジャラジャラするのは良い悪いは別として何と言いますか…

ま、ファミレス的なそつのない店より、こういう突っ込み所満載の店の方が色々な意味で楽しめて好きなんですけどね。
妙な野次馬根性で話のネタ半分に寄ってみる分にも、純粋に蕎麦を食いに立ち寄る分にもそれなりに悪くない店なのかなと思いますよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月17日 (土)

信友浩一先生への大いなる反響、そして意外なオチが?

先日少しばかり取り上げさせていただいた九州大学・信友浩一教授の提言ですが、予想通りあちこちで話題になったそうですね。
今日はこちらの記事から紹介してみましょう。

「医師は応召義務を果たしていない」、ネットで物議(2009年1月16日CBニュース)より前半部分

 「医師は応召義務を果たしていない」「医師は被害者意識を捨てよ」―。昨年12月、NPO法人(特定非営利活動法人)「日本医療政策機構」のホームページに掲載された信友浩一氏(九大教授)の緊急提言がインターネット上の掲示板や医師ブログなどで物議を醸している。信友氏の「医師は、医療業務を独占していながら、応召義務を果たしていない。これが医療のもっとも本質的な問題だ」との主張に対し、ネットの掲示板には、「医療政策を提言する立場の人間が精神論を語ることに絶望する」などの書き込みが殺到している。(新井裕充)

 2004年に設立された「日本医療政策機構」の代表理事は、政策研究大学院大教授で内閣特別顧問を務める黒川清氏。副代表理事は近藤正晃ジェームス氏(東大先端科学技術研究センター特任准教授)で、両者は厚生労働省の会議に参加するなど、国とのかかわりが深い。
 同機構の設立趣旨は、「諸外国において質の高い医療政策を生み出している医療シンクタンクの理念を日本にも導入」すること。ホームページを通じて医療に関する情報を発信しており、昨年10月から「緊急提言」の掲載を開始した。

 連載8回目を迎えた今回の提言は、「医師は被害者意識を捨てよ」というタイトルのインタビュー記事。発言者の信友氏は、九大大学院医学研究院で「医療システム学分野」の教授を務めている。
 「医療政策課題にまつわる5つのキーワード」として信友氏は、▽医師は応召義務を果たしていない▽「いまあるもの」で何とかするのが医療だ▽医師は被害者意識を捨てよ▽数値と事実で議論を▽医師も弁護士型の専門家集団にすべき▽「医療理念法」(の制定)を―の5つを挙げている。

 このうち、「医師は応召義務を果たしていない」の中で信友氏は、次のように述べている。

 「医療問題にまつわるひとつ目のキーワードは、医師の応召義務。医師は、医療業務を独占している。独占しているのだから、必ず義務も出てくる。それが、応召義務。たとえば電力会社は、すべての国民に電力を供給しなければならない。その代わりに、地域の電力供給を独占できる権限が付与されている。つまり権利と義務を、同時に持っているのだ。へき地だから電気を供給しない、儲からないから送らないというとはできないのである。医師は、医療業務を独占していながら、応召義務を果たしていない。これが医療のもっとも本質的な問題だ。東京や奈良のたらい回し事件もそう。自分の施設が満床だったら断るということが、習慣化されてしまっているから起きる。『施設完結型医療』を前提にしているなら、応召義務も果たしてもらわなければ理にかなわない」

 その上で、「『いまあるもの』で何とかするのが医療だ。医師が不足していようが多かろうが、今いる人員でどうにかする。それが医療の大原則である」と主張。「満床だから」との理由で受け入れを断ることに対しては、「なぜ、許されるのか。そんな習慣をつけたのは誰か。医師たる者が、業務を独占しながら、応召義務を果たさない。いつ、医師の神経は麻痺したのだろうか」と苦言を呈している。
 「少なくても、私たちの世代、団塊の世代までは、そんなことはなかったと記憶している」とした上で、「たぶん我々の10歳年下からの世代から、そういう習慣ができ上がっていった。そんな気がしている」と述べている。

 この発言に対して、ネット上の掲示板やブログなどで、医師と思われる人が激しく反論。「なぜ医療が崩壊したのかが全く分かっていない。日本医療政策機構も、こんな提言を採用したら機構の信用が失墜する」「医療政策を提言する立場の人間が精神論を語ることに絶望する」などの書き込みが殺到している。ネット上の掲示板などでは、年末から年始にかけ、医師と思われる書き込みや、患者サイドからの書き込みで議論が白熱した。

ちなみに医師に課せられた法律上の義務に関して「周産期医療の崩壊をくい止める会」からこんな発言があります。

臨時 vol 165 「二階俊博経産相の『医者のモラルの問題』発言への抗議文」より

<水準が満たされていない状況で患者を受け入れることは違法な行為>

1 医師に課せられた法律上の義務

 新潟地裁長岡支部平成14年7月17日判決は、「品胎(いわゆる三つ児)の分娩において帝王切開を行う場合、帝王切開を施行する医師2名、麻酔専門医で輸血を行う医師1名、出生した児の蘇生・介護・検査を施行する医師3名、その助手的看護師3名(新生児1名毎に各1名の医師と看護師)、手術の器械出し、手術の外回りにそれぞれ看護師1名の人的準備と、輸血用の血液、輸液、酸素、新生児蘇生用の気管内挿管器具3組、保育器3台、インファントウォーマー3台、全身麻酔器、血中ガス濃度分析機、その他新生児の血液生化学検査一式が可能な検査設備という物的準備が必要である。」と判示し、上記設備を持たない施設において「分娩を行うこと自体を違法な行為」と判示し、約1億1千万円の損害賠償責任を認めている。すなわち、上記の水準程の設備が整っていない限り、患者を受け入れることは、それ自体が違法な行為であるとするのが司法の判断である。

民事の賠償命令と法律上の適法違法の判断とはまた別なのではないかという素朴な疑問がありますが、いずれにしてもこうした判例が積み重なった結果現在の医療現場における判断基準というものが形成されてきたのだということは言えそうです。
一昔前は医者と言えば世間知らずの代表みたいに言われていた時期がありましたが、最近はようやく世の中に目を向けるようになってきたというのは良い傾向ではないかと思いますね。
医療訴訟も年間1000件前後と決して少なくない時代ですから、医療の世界の中だけで通用する狭い論理を振りかざしたところで社会的に通用しなくなっているということは認識しておかなければなりません。

さて、今日の主題は実のところそういう話ではなくて、上記の信友先生の記事の後段部分なのですね。

「医師は応召義務を果たしていない」、ネットで物議(2009年1月16日CBニュース)より後半部分

■「ネットで暴走する医師たち」が拍車?
 加熱する医療側と患者側との議論に拍車をかけているのは、今回の緊急提言だけではない。昨年12月に出版された「ネットで暴走する医師たち」(鳥集徹著、 WAVE出版)では、医療事故が法廷で争われた奈良県立大淀病院事件、杏林大学割り箸事件、福島県立大野病院事件などについて、医師と思われる人がネット上の掲示板などで遺族らを「誹謗中傷している」と激しく批判している。さらに同書では、「ネット公論の危険性」を指摘し、医師らが匿名で書き込むことを非難している。

 書籍のオンライン通販サイト「Amazon」では、同書に対するコメントが1月16日現在で209件寄せられており、その多くが同書に批判的な内容になっている。最も高い評価を受けているコメントは、次の通り。
 「筆者はわざわざ本を出版して、ネットを見ていない人たちにまで悪評を広めてしまうのだろう。医師側と患者側の争いを煽っているようにしか思えない。それに、これらのことを批判するのであれば、マスコミ・患者側の医療者側に対する誹謗中傷、さらには多少飛躍かもしれないが、医師たちの不満の原因である医療現場の疲弊・医師の過労死、大学病院の薄給などについても、同列に述べていくべきではないのか。このような記述では一部の医師たちも反発するだけではないのか」

これだけですと妙に食い足りないと言いますか、まるで後から取って付けたようなハンパな話なのですが、実は2009年1月16日16:48に取得されたWEB魚拓ではこの後にこんな一文が存在しています。

「医師は応召義務を果たしていない」、ネットで物議(2009年1月16日CBニュース)より削除された末尾部分

 同書の「あとがき」によると、中央社会保険医療協議会で委員を務めている勝村久司氏(連合「患者本位の医療を確立する連絡会」委員)が、著者に「誹謗中傷の本書かへん?」と電話で依頼したという。
 勝村氏は、陣痛促進剤の事故で長女を亡くした京都府の高校教師で、患者や遺族の立場から幅広く活動している。公的な立場にあるだけに、「遺族への誹謗中傷」に対して反論するよりもむしろ、医師と患者との信頼関係を回復する方向に目を向けることはできないものか。

さすが勝村氏、相変わらず大活躍のご様子ですね(苦笑)。
面白いのは元の記事も削除後の記事も共に更新日時が「2009/01/16 13:25」と表示されているのですが、それ以降の時間帯に取得された魚拓があるわけですから少なくとも一度は再度の更新がなされているはずなんですけどね。
ネットの記事を後から書き直すこと自体はよくある話で、そうした場合は大抵更新日時を改めたり追記と書いたりするものだと思っていたのですが、こういう事例を見ると何か妙な背景事情でもあるのかと邪推してしまいそうです。
風邪の噂でマスコミの世界では特定の団体等に言及することはタブー視する風潮があるやにも聞きますが、医療報道に限らず特定個人なり団体なりの代弁者ばかりというのはおかしな話だと思うんですけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年1月16日 (金)

成功しつつある地域医療の試み

先日は岩手県立病院の再編話題について少し書きましたが、同じ岩手県の公立病院でなかなか面白い試みをしているようです。
今日はこちらの記事を紹介してみます。

赤字、医師不足とは無縁 岩手・藤沢町民病院 /岩手(2009年01月15日河北新報社)

 県立病院・地域診療センターの無床化計画が問題になっている岩手県で、黒字経営を続ける公立病院がある。宮城県と接する県南の藤沢町が運営する藤沢町民病院。山あいのへき地にありながら、医師不足とも無縁だという。「外来と入院患者を増やさない」。素人目には収入減につながるとさえ思える方針を掲げ、住民と寄り添う地域医療を実践する現場を取材した。(盛岡総局・安野賢吾)

<120人を訪問診療>
 医師と看護師を乗せた乗用車は県道から山側の脇道へ。未舗装の悪路に変わったさらに先に、訪問する民家はあった。
 9日午前、退院した患者を定期的に回る訪問診療に同行した。

 「お正月に風邪はひきませんでしたか」。内科医の松嶋恵理子さん(33)が笑顔で聴診器を手に取る。「ひいたような気もするな。せきが出たから」と佐藤新三郎さん(92)が言うと、居間の雰囲気はさらに和んだ。

 佐藤さんは4年前、前立腺がんを患った。長男の妻とみ子さん(60)は「夫は長距離運転手で帰宅は週に1度。なかなか病院に行けないので、訪問診療は助かる」と言う。

 町民病院の経営は表のように、設備投資がかさんだ開院2年目(1994年)を除いて黒字を計上。

 訪問診療は開院から続く。対象患者は120人に上るが、1日に回れるのは5、6軒。取材した日は4人しか診察できなかった。
 「医師、看護師、運転手まで必要。極めて非効率に見えるが、この在宅医療こそが黒字要因になっている」。佐藤元美院長の説明だ。

 現在の医療制度では入院が長期に及ぶと診療報酬は下がる。利益につながる新規入院を増やすには、一定の空きベッドがなくてはならない。

 「病床利用率80%ぐらいが理想。それには入院患者を在宅医療に切り替えることが必要だ」と佐藤院長。患者が安心して自宅に帰れるように、家の改修助言やヘルパーとの協力など福祉と連携した包括医療に力を注ぐ。

<研修先に恩返し>
 95年に始めた「ナイトスクール」も経営を支える活動になっている。
 佐藤院長らが地域に出向き、理想の病院像を住民と考える。「外来が多すぎても病院はもうからない。じっくり診察できず、診療報酬の高い複雑な治療はできない」「安易な夜間診療はマナー違反」と説明してきた。

 その結果、1日300人だった外来は半減。「30人が来てお祭り騒ぎだった」(佐藤院長)時間外も4、5人に減った。
 地域医療の実践は医師不足の解決策にもなっている。54床の町民病院に必要な医師は6人とされる。これに対して常勤医は5人で、非常勤や宿直応援などで10人の医師もかかわり、充足率100%を維持している。

 常勤医や応援医師の大半は研修や派遣による町民病院の勤務経験者。栃木県で子育てしながら、訪問診療の応援に通う女医の松嶋さんも、自治医大在学中に2年間、町民病院に派遣されていた。

 「患者に合った医療を提供する地域医療の原点を学んだ。病院にも住民にも育ててもらった藤沢に恩返しがしたかった」と松嶋さんは言う。
 町民病院は昨年から新たな試みも始めた。研修医の報告会を公開の「意見交換会」に変えた。

 医師の卵の成長を見てもらう取り組みは、住民意識を変えるきっかけになりつつある。住民側から「皆さんが藤沢に戻る上で、何が障害になるか」などの質問が出るようになり、敬遠されていた研修医の診察を率先して受ける患者も増えた

 「若い医師を育てる意識が住民に芽生えている。地域に育てられた医師はきっと戻ってくる」と佐藤院長は期待する。

 「地域に合った特徴的な医療の実践が、経営安定にも医師のやりがいにもつながる。すべての医師が東大病院や聖路加国際病院など東京の有名病院勤務を目指しているわけではない」。佐藤院長は地方の公立病院の可能性を確信している。

◇藤沢町民病院の経常損益
1993年3313万円
94年▲5809万円
95年849万円
96年3134万円
97年1343万円
98年2636万円
99年5363万円
2000年5013万円
01年5002万円
02年3644万円
03年3453万円
04年1758万円
05年1億636万円
06年1940万円
07年7950万円
【注】▲はマイナス

[藤沢町民病院]1993年開院の地域病院。前身は国保藤沢診療所。診療科は内科、小児科、外科、整形外科の4科で、ベッドは54床。予防医療の健康増進外来、禁煙専門外来も行う。2005年度からは老人ホームなどを含む7事業に地方公営企業法を全部適用し、病院長が管理者を務める。スタッフが患者と一緒に支払い計画を立てるなど、診療費の未払い解消でも独自の努力を続ける。町内にはかつて県立病院があったが、経営悪化、医師不足から68年に廃止された。

「極めて非効率に見えるが、この在宅医療こそが黒字要因になっている」という訪問診療について、こういう計算というのは苦手なんですが試しに収益を推定してみましょうか。

おそらく往診料ではなく在宅患者訪問診療料で取っているんじゃないかと思うんですが、こちらが一日につき830点(交通費は別に実費請求できるそうですが取っているんでしょうか)。
藤沢町民病院のHPから見ますと訪問診療は週5日行っているようですが、一日5件程度で平均4000点/日、つまり80000~90000点/月くらいですか。
これに在宅時医学総合管理料が処方箋を出しているとして4200点/日(処方箋なしなら4500点)×120人で単純計算すると500000点/月程度。
中には重症加算1000点(月4回以上の訪問で算定)を取っている人もいると思いますが、一日5件とすると平均月一回くらいの訪問ということになりますからあまり多くはなさそうですね。
他にも注射や処置は別途加算できるようですが、ざっとみて少なくとも月々600000点(600万円)以上の固定収入は見込めるということになるんでしょうか?(間違いがあればご指摘ください)

日々入れ替わりはあるにしても医師、看護師、運転手の三人が週5日働く計算で考えてみると、その他のサポートスタッフへの人件費や車の更新費用にも回したとしても黒字でやっていけそうですね。
医療としては一見ずいぶん非効率に思えるんですが、収支の面から見ると意外に侮りがたいなあと言う感じです。

在宅患者を120人抱えるというのはそれなりに大変そうですが、地域ぐるみでの協力があれば不可能ではないということです。
例えば自宅玄関先まで車が入れるようにする、家屋内をバリアフリーにする、そうしたちょっとした改修に公の補助金を出すようにして、在宅をうまく回している自治体もあります。
しかしその大前提になるのは広く住民を巻き込んだ地域的コンセンサスの形成ではないでしょうか。

最近は「患者の視点での医療を」なんてかけ声も結構盛んになっていますが、そもそも患者の視点での医療と患者の利益になる医療とはイコールなのでしょうか。
「24時間365日いつでも診てもらいたい」「色々な病気の専門医が揃っていてほしい」「入院の途中で追い出されるようなことはなくして欲しい」「病気だけを診るのではなく患者の全体を診る医者にいてほしい」エトセトラ、エトセトラ。
「二兎を追う者は一兎をも得ず」という言葉がありますが、患者のニーズにひたすら応えると言っても一見すると顧客拡大のために攻めの病院運営をしているようでいて、その実単なる受け身の対症療法になっているのではないか。
何でもかんでも言われる通りにいたしますと言うだけでなく、地域の医療リソースを見極めながら自ら望ましいニーズを作りだし、住民を誘導していくことで最終的には最大多数の最大幸福が計られるようになるのかも知れません。

経営効率という点で民間病院には及ばないのだとしたら、公的地域サービスと密接に連動した医療というものが今後の地方公立病院の目指すべきところかも知れませんね。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2009年1月15日 (木)

再びモンスターペイシェント

…が急増しているそうです。
急増というより話題になるのが多くなっただけではないかという気もするのですが、増加傾向という実数を調べた調査ってあるんでしょうかね?
何はともあれ、まずはこちらのニュースから。

医者や看護師に暴行・暴言繰り返す 「モンスター患者」急増、対策が急務(2009年1月12日J-CASTニュース)

   病院で医師や看護師に暴力や暴言をふるう「モンスターぺイシェント」(怪物患者)が全国的に急増し、社会問題化している。ほぼ毎日のように暴行・暴言が起こり、職員の心身が持たない状態に追い込まれている病院すらある。対策として元警察職員を雇ったり、監視カメラを設置したりする例も出てきた。

「医者一人では足りないからもう一人呼べ!」

   些細なやりとりから医師に対してクレームを付けるのは代表的な例だ。

    「診療結果が正しいかどうか、お前が責任取れるのか!」
    「医者一人では足りないからもう一人呼べ!」
    「日本の医療制度は変だ。納得いくまで診療代は払わない!」

   怪我で縫合手術をした後に化膿止めの抗生物質を処方すると、
    「こんな薬を出せと頼んだ覚えはない!」
などと威圧するなど、無理難題に近いクレームが多い。

こんな時、必ず口にするのが「(厚生労働省などに)訴えるぞ!」といった言葉なのだそうだ。また、患者以外のトラブルも増えていて、入院中の母親を見舞いに来た男がその母親と喧嘩。看護師が止めに入ったのだが、止めに入ったことに腹を立て男が看護師に暴行、全治2週間のケガを負わせるという事件も2008年11月に大阪で起こった。酒に酔って来院、それに伴うトラブルも多く、徳島県では、酔った患者が病院で暴れ灰皿で職員を殴り大ケガをさせる、ということもあったという。

   全日本病院協会が08年4月に公表した調査によれば、回答のあった全国1106の病院で、「過去1 年間で職員に対する院内暴力(身体的暴力・精神的暴力)があった」のが52.1%。発生件数は6882件。職員に対する院内暴力・暴言が起こる不安を持っている病院は60.7%だった。同協会では、
    「職員が安全な環境で働くための院内整備をおこなうことが重要な課題のひとつ」
と全国の病院に呼びかけている。

対策を立てなければ職員の心身が持たない

   これを受けて、全国の病院では「モンスターぺイシェント」の対策が始まっている。職員に向けた対応マニュアルを作成するほか、元警察職員の雇用、監視カメラの設置を行っている病院もある。徳島県にある阿南共栄病院では、08年12月15日に県警組織犯罪対策課の捜査員を招き講習会を実施。医師や看護師約150人が出席したこの講習会で、捜査員が「モンスターペイシェント」を演じ、患者の暴行、暴言による不当要求の対応についてアドバイスをした。

   同病院はJ-CASTニュースに対し、患者の暴行や暴言は過去からあったものの、現在はほぼ毎日のように起こっているという。しっかりとした対策を立てなければ職員の心身が持たない状態だ、とも打ち明ける。なぜこうした患者が増えてしまったのかについては、

    「お年を召した方よりは若い人に多くみられます。現代の風潮といいますか、自己中心タイプの人が医療をサービス業と同じものだと考え、言った者勝ち、無理でもゴリ押しすれば通ると・・・。それがエスカレートし暴言、暴力にまで行ってしまうのではないでしょうか」

と話している。同病院では09年1月中に対処法をまとめたマニュアルを策定し、職員に配布する予定になっている。

いやしかし、「こんな時、必ず口にするのが「(厚生労働省などに)訴えるぞ!」といった言葉」って、それはたぶん厚労省に訴えると言ったんじゃないと思うんですけどね(苦笑)。
それはともかく、昨今ではどこの業界でもモンスター対応で大変だとも聞きますが、医療業界はことにこういった面での対策が遅れている印象がありますね。
ちょっとした病院ともなれば数百人単位の人間が働く大きな事業体でもあるわけですが、まともなクレーム担当者も決まっておらず現場スタッフが個々の裁量での対応を強いられていたり、名目だけの担当者は決まっていても時間外になるとろくに連絡も取れなかったりとさんざんです。

医療従事者には何かしら医療と言うものは他の業界とは違う特別なものであるかのような考えを抱いている人間が多いのかも知れませんが、世間並みのことすら出来ていない時代遅れの側面が多々あるということを自覚し改善を図っていかなければならないように思いますね。
昔から問題のある顧客はどこにでもいたわけですから、もっと早くルールを決めていても良かったくらいですが、遅ればせながらようやく各地で対応する動きも見えてきているようです。

問題患者(モンスターペイシェント)対策本格化 広域組織で勉強会 岡山県内外の病院、弁護士 マニュアル作成狙う(2009年1月10日岡山医療ガイド)

 医師、看護師らに暴言や暴力で危害を加えたり、診療を妨害する「問題患者(モンスターペイシェント)」対策へ、岡山県内外の病院と弁護士が共同で動き出した。法的に適切な対処法のマニュアルを作成するのが狙い。身体的、精神的苦痛から辞めてしまう医療従事者もおり、医師、看護師不足が社会問題化する中、対策が急がれている。

「法外な額の賠償を求めてくるのは不当要求に当たり応じる必要はない」「問題患者とのやりとりは録音したり、看護記録に記しておくと証拠になる」
 昨年12月中旬、岡山大病院(岡山市鹿田町)で開かれた「問題患者等対応検討会」(MPA)の第2回勉強会。関係者ら約30人が集まり、具体事例に対する対処法について意見を発表、その意見に対して弁護士が法的な助言を添えた。

 MPAは川崎医科大付属、岡山大病院など岡山県内をはじめ、広島、香川、鳥取、兵庫県内で350以上の病床を持つ15の病院(精神科除く)と、岡山弁護士会所属の4人で構成。同年8月に立ち上げた。
 大学、民間病院といった枠を超え、広域的に集まって実践的な対策を話し合う組織は「全国でも異例」(森脇正弁護士)という。

 全日本病院協会(東京、会員2248病院)の調査では、2007年1年間に576病院で医師や看護師らへの身体的、精神的暴力、セクハラなどが起きていたことが判明。件数は6882件に上った。
 MPAメンバーのある病院では昨年1月、医師の診療態度に言い掛かりをつけて暴力を振るった男が現行犯逮捕された。別の病院では、患者の家族がトラブルから院内に灯油を持ち込んだケースがあったという。
 岡山県内の具体的な数字はないが、病院関係者は「問題は日常的に発生。仕事のつらさより、暴力などのストレスに耐えきれず辞める医療従事者もいる。問題患者が医療崩壊の一端にもなっている」と指摘する。

院側はこれまで、職員がその場で話をつけて収拾を図り、やむを得ない場合は警察への通報や損害賠償を求める民事訴訟を起こして対応してきた。ここ数年、法的手段をとる病院は少なくないが、診療を断る「診療契約解除」に至るケースはまだほとんどない。医師には医師法で応召義務があり、「正当な理由」がなければ診療を断れないからだ。
 MAPではこの点も検討。森脇弁護士は「問題患者の行為の大半は『正当な理由』に当てはまるが、病院側は判断しかねている。何が理由になるかを具体的に、明確にしていきたい」と話す。

 今後は定期的に勉強会を重ね、問題患者対策の指針となる対応マニュアルを完成させる方針。メンバー以外の病院にも配布し、各病院が統一的な対応ができるよう体制づくりも進めたい考えだ。
 MPA会長の森定理・川崎医科大付属病院事務部参与は「故意に基づく言動や態度が社会的に許容限度を超えたら問題患者。その数が1人でも、医師や看護師が費やす労力と時間は計り知れない。医療従事者の保護はもちろん、一般患者への診療に支障がないようにしていきたい」としている。

問題患者の存在は何より真面目な患者の迷惑であるということをもっとアピールしていかなければならないでしょうね。
それはともかく、記事中でもある「診療契約解除に至る正当な理由」というものですが、医師法19条1項「応召義務」に関連して認められているのは今のところこんなところとされています。

診療を拒否できる正当な理由:

・医師が不在の場合
・病気、酩酊により事実上診療できない場合
・歯科医師の親族、知人の婚礼、争議がある場合
・患者が酩酊状態の場合
・休日診療などが整備してあり、緊急で無い場合

法律が古いものですからこうした問題自体を想定していないのは仕方ありませんが、今の時代に合わせてそろそろ改める必要もあるとは言われながら厚労省は未だに慎重な姿勢を崩していません。
現実的な対応としては法律家の意見も聞きながら、何より世論を背景にしてやっていくしかないと思うのですが、その意味で「勤務医 開業つれづれ日記」さんで紹介されているような「患者からの不当な要求に対する医療機関からの損害賠償請求が認められた」なんてニュースは明るい兆しではありますよね。

ところでもう一つ気になるのは、記事中では弁護士から「問題患者とのやりとりは録音したり、看護記録に記しておくと証拠になる」という助言が出されているようなのですが、その一方でこうした記事も出てくるようになっていることです。

患者家族の会話記録 福知山市民病院 京都弁護士会が勧告 (2007年10月23日京都新聞)

 福知山市民病院(京都府福知山市厚中町)が特定の入院患者について、通常の看護記録とは別に、家族が患者本人や看護師と交わした会話の内容、治療と関係のない家族の個人情報などを詳細に記した「家族来院記録」を作成し、京都弁護士会(中村利雄会長)から「監視行動と評されても仕方なく、プライバシー侵害に当たる」として人権侵害救済申し立てに基づく勧告を受けていたことが23日に分かった。病院は事実関係を認め「一部不適切な表現があった」と謝罪している。

 看護記録について、日本看護協会は2004年に策定した指針で、患者の人格などに配慮した記録基準や記載範囲について明文化しているが、患者家族を対象にした規定はない。「医療情報の公開・開示を求める市民の会」世話人の勝村久司さん=木津川市=は「家族を患者扱いして監視した記録で極めて不適切だ。なぜ現場から反対の声が出なかったのか。医療者の人権感覚が問われる」と批判している。

 関係者によると、患者が死亡した後の2000年6月、家族が市を相手に医療過誤訴訟を起こし、証拠保全手続きで家族来院記録の作成が判明した。記録は1998年12月から2000年1月の1年余りにおよび▽家族の来院日時▽何をしたか、話したか▽その際の表情-などが180ページにわたって記され、記載した看護師がサインをしていた。

 家族からの申し立てを受け、弁護士会が昨年夏から関係者の聞き取り調査をした。病院側は「治療の際に家族と病院の間で行き違いが生じていたので、言った言わないの無用な紛争を防止するために記録した」と主張した。しかし弁護士会は「日常の看護にあたる全看護師が家族の同意を得ずに入退室時刻から家族の動作、看護師とのやりとりを網羅的に記録しており、必要性や相当性に欠ける」と指摘し、9月21日付で勧告した。

 また弁護士会は看護記録と家族来院記録に親族の家族構成や経済状況まで記されている点について「名誉感情の侵害」として是正を求めた。
 福知山市民病院は「勧告書を真摯(しんし)に受け止め、今後はプライバシーの侵害に当たるような監視的な記録は行わないよう徹底したい」としている。

立場の異なる者同士で見解が対立するのは珍しいことではありませんが、医療機関の暴走などと非難されないようにある程度ガイドラインなりで公的な権威づけも必要になるのかも知れませんね。
いずれにしろモンスター襲来といった外圧も医療業界を改革する外圧にはなるのかも知れませんが、なるべくなら自分が直面したくない問題だと言うのがおおかたの現場の人間の思いなのではないでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月14日 (水)

近江八幡市立医療センター全国初のPFI契約解除

少し古いのですが、まずはこちらのニュースから。

PFI解約に調印 近江八幡市の医療センター/滋賀(2008年12月26日中日新聞)

 PFI(民間資金活用による社会資本整備)方式で運営する近江八幡市立総合医療センターについて、市とセンター、運営主体の特別目的会社(SPC)「PFI近江八幡」は25日、事業契約を解約する合意書に調印した。SPCが担当している医業以外の運営は、来年4月から市直営となる。計画段階を含めて全国に12あるPFI病院で契約解除は初めて
(略)
 調印により、事業計画は2009年3月末で全部解約される。市はSPCに違約金20億円、建物の購入費118億円などを支払う。

◆「方式と経営難因果関係ない」 SPC側が主張

 「契約解除の主な原因は、収支の現状と近江八幡市の見通しが著しく乖離(かいり)したことにある」
 調印の後、会見した特別目的会社(SPC)「PFI近江八幡」の井谷守社長と平山賢一取締役は、市立総合医療センターが経営難に陥った原因をこう説明し、「今後の病院PFI事業の推進に支障がないよう願いたい」と何度も訴えた。

 市のずさんな当初計画に加え、元本や金利の支払い計画の甘さも露呈した。
 市は毎年、当面必要がない大規模修繕費1億5000万円をSPCに支払っている。井谷社長は「民間が受け取っても税務上、利益となり課税される。だから『市で積み立てておいた方が得策』と提案したが、市側は均等払いにこだわり受け入れなかった」と明かした。
 運営面では「当社に委託されている運営業務費用は、センター全体の16%にとどまる。PFI方式の採用と経営難に因果関係はない」と強調。市長の諮問機関「あり方検討委員会」から「ホテル並みの超豪華建築」と批判されたことに対しては「1床当たりの単価は2500万円で民間病院並み。災害拠点病院の機能も備えている」と反論した。

 報道各社から「官と民の協働が感じ取れなかったが」「SPC側に責任はないのか」と追及されると、井谷社長は「私たちは病院を直接ではなくサポート運営する立場。医業はわれわれの分野でない」と主張。「建物の建設や維持管理、運営面は、市の要求に対し100%以上の成果を上げている」と繰り返した。 

PFIと経営難とが直ちに結びつくとは言えないにせよ、昨今流行りのPFIが経営改善の特効薬であるかのような幻想はそろそろ捨てなければならないでしょうね。
PFI(Private Finance Initiative:プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)」とは「公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用して行う新しい手法」だそうですが、何しろ内閣府が「PFI推進室」なんてHPまで用意しているというくらいに国を挙げて推進しているのですね。
平成11年に「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」(PFI法)が制定されてからあちこちで聞くようになりましたが、公共施設等を整備するのに国や自治体が自分で用意するのではなく、民間にやらせたものをお金を出して提供を受けるという形で質とコストの改善を図るというものです。

もともと公立病院の病床あたり建設費は民間病院の倍などと言われるくらい無駄に高コスト体質ですから、運営を依頼する自治体にとっては安上がりに病院を建てられる、運営する民間事業体にすれば経費削減がうまくいけばいくほど大きな利益を上げられるということで、どちらも美味しい思いが出来るはずだという期待があったのでしょうね。
今回の場合、当初のずさんな計画による経営悪化までは最初に結論ありきの公立病院ですから仕方がないとしても、違約金20億円とは授業料にしてはずいぶんと高くついたものです。
今どきこうした地方公立病院の経営悪化など珍しくもありませんが、さすがにこの件に関してはひと言あってしかるべきと考えている人々がいたようで、さっそくこんな騒ぎになっています。

近江八幡市立総合医療センター:PFI問題 市議ら3人、住民監査請求 /滋賀(2009年1月12日毎日新聞)

◇「20億円損失補償は不当」
 近江八幡市立総合医療センターのPFI事業を廃止し、市直営病院に移す前提として、市が同センターを建設して運営する特別目的会社(SPC)に20億円の損失補償金を支払うことになったことで、同市の井上伊織市議(62)ら3人が、20億円の算出根拠が不明で直営方式にした場合の損得を示す合理的な数字がないとして20億円の支払いの中止を求める住民監査請求を市監査委員事務局に提出した。

 井上市議らは、損失補償金の支払いリミットが3月25日までで、監査請求が受理されなかったり却下された場合は住民訴訟も辞さない言う。冨士谷英正市長は「正式に受理された後、内容をみて判断したい。PFI契約解除については議会で議決されたものであり、請求人の中に議員もいるのは、理解に苦しむ」というコメントを発表した。

まあ直営だろうがPFIだろうがどのみち大きな赤字が出るのは変わらないと思うのですが、最近このPFI方式絡みの話題をとにかくよく聞きます。
誰が運営をやるにせよ肝心の支出過多の原因を何とかしないことには公立病院の経営改善など無理だと思うんですが、少なくとも肝心の医療面にノータッチの近江八幡方式では難しいと思うんですがね。
誰の口車に乗せられたのかは知りませんが、これでうまくいくはずと皮算用していたであろう近江八幡市がどこで道を誤ったのか、こちらの記事が参考になりますでしょうか。

時流超流・トレンド~近江八幡市の病院、開業1年で経営難 PFI優等生、瀬戸際に(2007年11月26日日経ビジネス)

折れてしまった「魔法の杖」

 PFI方式とは、民間のお金で公共設備を建設、運営し、自治体などがサービスの対価として長期間にわたってお金を支払う仕組みだ。
民間の知恵を生かすことで、自治体の財政負担軽減とサービスの向上を同時に実現する「魔法の杖」になるはずだった。
しかし、近江八幡市の病院PFIに限れば、魔法の杖は折れてしまったようだ。

近江八幡市がPFI方式を導入した経緯は以下の通りだ。旧病院の老朽化により、2001年にPFI方式による病院の移転・新築を決定。病院の建設と維持管理、医療行為を除く周辺業務の運営を民間の事業者に委託し、市が約30年にわたってサービスの対価を払うことを大枠とした。
病院の根幹である医療部分は市が引き続き担うことにした。支出は長期契約で決まっているが、収入は病院の業績次第という、当初から危うい構図ではあった。
(略)
冨士谷市長によると、市が当初考えていた事業の前提が大きく狂ったわけではないという。市はPFI方式の導入後にも病院経営を成り立たせるために、
(1)開業医からの紹介率、
(2)平均入院日数、
(3)入院患者1人当たりの単価――などを一定水準以上にする必要があると考えていたが、「こうした指標は全国でもトップクラスで、ここで誤算が起きているわけではない」というのだ。

そうだとすれば、巨額の赤字の原因は、当初の計画そのものにあるということになる。

収入は増えず支出が激増

 市が市議会議員に送った説明資料によると、市が2007年度にSPCに支払う金額は年15億4684万円。旧病院時代の2005年度には同じ項目に、6億6631万円しか支払っていなかった
つまり、9億円近くもコストが増えたことになる。内訳を見ると、建築物の保守管理費用が2564万円から2億289万円に、設備の保守管理の費用が3880万円から1億3343万円に急増。リネンサプライの費用も3221万円から7990万円に膨らんでいる。
旧病院に比べ建物と設備が充実したのだから、費用が増えるのはある意味では当然のことだ。ただ、コスト増に見合う収入の増加がないため、赤字ばかりが膨らむ構図になっている。

今後、診療報酬の切り下げ圧力が強まれば、収入はさらに先細る可能性もある。国の医療制度の今後が見通せないにもかかわらず、収入に応じて費用を変動できる仕組みがないことが、市を袋小路に追い込んでいる。

豪華すぎる建物とサービスが病院経営の重荷になっているとの指摘もある。
「約400床というベッド数からすれば、30年の長期事業であることを考慮しても、費用がかかりすぎている」(地域医療に詳しい公認会計士)。

約680億円という事業規模が果たして妥当だったのかは、これから慎重に検討されるべきテーマの1つだ。
医療センターは5万6000m2の敷地を持つ5階建ての建物。地元の「八幡瓦」を使った外観は高級旅館のようにも見える。中に足を踏み入れれば、木目調の内壁、カーペット、木々に彩られた屋上庭園など、ホテル並みの内装・設備が目に飛び込んでくる。

病院らしくない豪華設備が病気に苦しむ患者に安らぎを与えていることは事実だが、コスト増の原因でもある。
冨士谷市長は今後、SPC側と話し合い、市の負担の軽減につながる契約の見直しを求めていく考えだ。ただ、SPCも約30年の長期契約を前提に金融機関から資金を調達して、サービスの提供会社と契約を結んでいる。市の要望に応えられるかは不透明だ。

「これは作られた赤字だ」。
計画を推進した川端五兵衛前市長はこう反論する。市の一般会計からの繰入金が低く抑えられたうえ、PFI事業に否定的な市長の誕生で病院の幹部や従業員の意欲が下がったことが、赤字につながっているというのが前市長の主張だ。「当初は赤字が膨らむのは当然。償却負担が減少するにつれ、徐々に黒字が出るようになるはずだ」と説明する。

新旧トップの考え方の違いが、長期計画と密接不可分な病院PFIの現場を混乱させている面もある。長期契約が両刃の剣にも 近江八幡市だけが特殊なのではない。病院PFIでは、高知県と高知市の公立病院が統合してできた「高知医療センター」でも混乱が見られる。前院長がSPC側の関係者から家具や家電製品などを受け取っていたとして、収賄罪で起訴された。経営状況についても、近江八幡市と同様、多額の赤字が問題になっている。

長期契約を特徴とするPFIは当初の計画に甘さがあれば、悪影響が後々まで響いてくる。財政負担を減らすはずのPFIが逆に財政を悪化させるという皮肉な結果を招くこともある。PFIは有効な問題解決策になり得るが、両刃の剣だ。

市庁舎の建て替えなど、建物の単純な建設・維持管理だけのPFIでは成功例が多い。ただ、病院PFIのように仕組みが複雑になれば、失敗のリスクは高まる。全国的に公立病院の経営が苦しくなる中、PFI方式を検討する自治体は今でも多い。そうした自治体が近江八幡市の轍を踏まないと言い切ることはできないだろう。近江八幡市の病院PFIの混迷が示唆するものは、魔法の杖などどこにもないというごく当たり前の現実である。

今どきうまい話などそうそうあるはずないと思うんですが、それでも夢を捨てきれなかったということでしょうか…
どんなとんでもない失敗をしたところで市側当事者は自分の懐が痛む訳でもなしと言うことなのかも知れませんが、幾らなんでも計画自体が杜撰過ぎませんかとは率直な感想です。

ところで公立に限らず病院というところは自治体や医療法人といった非営利団体しか運営してはならないものとされていて、設置にも都道府県の許可が必要になるなど非常に規制の強い経営環境を強いられています。
どうも民間にすれば病院経営というものは無駄が多く幾らでも改善の余地がある(つまり儲ける余地がある)ように見えるらしく、患者ニーズに答えるためにも株式会社に病院をやらせろなんて話にかこつけて参入を計りたい人々が多々あるようです(確かに不景気の恐れが少ない成長産業ですしね)。
無駄が多いと言えば実際その通りではあるんですが、同時に病院と言うところが専門性の高いスタッフ多数によって支えられている施設であって、しかも近ごろでは容易にそれらスタッフの心が折れてしまうという事にも留意しておかなければなりません。
このところ各地の赤字病院でよくあることですが、無駄を削るつもりで必要なゆとりまで削ってしまうとあっという間に現場の志気崩壊が逃散に直結すると言うわけです。
今の時代に病院経営をうまくやっていこうと思ったら、目先の経費削減なんて話よりまず第一に現場の人間の志気を高く維持できなければ結局何をやってもうまくいかないということですね。
もちろん今どきのリスクマネージメントもシビアな民間運営団体がそんなことに気がついていないはずもないでしょうが、それでもこれだけ成績の悪いPFI病院事業に手を挙げるからには、リスクを考慮してもそれだけのうまみがあると判断しているということでしょうか。

確かに公立病院より民間病院の方が経営状況はいいんですが、それは運営母体がどこかというより根本的な問題に由来するものだと思います。
それでもPFI、PFIとまるで錬金術かなにかのように言う声が各地で盛んなのは、誰かそそのかしている業者でもいるのかと勘ぐりたくなってきます。
例えば人工島に作るの作らないのと久しく話題になっている福岡市の新こども病院にしてもPFI方式がいいという話が出ているようですが、未だにPFI導入で劇的に経営が改善した公立病院という話を聞いたことがない気がするのは気のせいでしょうか。
一方で全国初のPFI事業による病院として鳴り物入りで登場した高知医療センターが、経営のプロならぬド素人であることが露呈したオリックスによって全く経営改善の見通しもないまま最高責任者がさっさと逃亡してしまうという醜態をさらしたことは記憶に新しいところです。
ところが風の噂では病院経営は無茶苦茶と言いながら、運営母体のオリックス自体は全く損をしていないらしいんですね。
そうした面から深読みすれば、近江八幡市の件も悪く考えれば運営権を転がしだけで業者に莫大な金が動いたわけで、その金が回り回ってどこに流れていったのかなんて邪推も働くわけです。

今回の契約解除が経営的に正しいのか間違っているのかはまだ判りませんが、大きな額の公費を支出するのですからもう少しきちんとしたことをやってもらわないと納税者も浮かばれないのではないでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月13日 (火)

薬の話

今日はまずこちらの記事から紹介します。

厚労省:薬副作用の分析を強化へ 担当者100人増員(2009年1月8日毎日新聞)

 厚生労働省は来年度、発売された医薬品の副作用の原因を分析し、安全対策を検討する体制を強化する方針を固めた。担当者を約100人増やして現行の2倍以上とし、迅速な安全情報の提供や副作用の原因解明を目指す。最近、抗がん剤や関節リウマチなどで効き目の高い薬が登場する一方、重い副作用を伴うケースも増えているが、監視と分析の体制は欧米に比べ手薄になっていた。

 医薬品の副作用情報は、医師や製薬会社から独立行政法人・医薬品医療機器総合機構に報告され、担当者が分析。その結果に基づき、厚労省は緊急安全性情報を出したり、添付文書の改訂などを求めている。現在、1日当たり約130件の副作用情報が寄せられているが、処理されているのは死亡例や特に重い副作用のある同約40件にとどまる。また、対応の遅れで被害が拡大した薬害肝炎の問題を重視した。

 米国では医薬品の審査・安全対策に約2900人の担当者がいる。欧州連合(EU)は約440人を抱えているほか、EUを構成する各国にも400~1100人いるという。これに対し、日本には新薬の審査担当が厚労省と同機構の計310人、副作用分析などの安全対策は計66人にとどまる。

 そこで、厚労省は来年度から、同機構に安全対策を担う医師、薬剤師、統計学の専門家ら約100人を増員し、これまで重い副作用があっても分析が後回しにされがちだった事例の迅速な対応に取り組む方針だ。厚労省の倉持憲路・安全使用推進室長は「切れ味が鋭い薬は、副作用の危険性も高く、安全確保の体制強化が急務になっている」と話す。

省庁とは自ら拡大していくことを目指すものだという話もありますが、こういうところはもう少し拡大していかなければ仕方がないでしょうね。
しかしひと頃大騒ぎになったタミフルと異常行動の関係も結局結論は先延ばしになったままですが、どうもこういう情報収集・分析部門への軽視と言うのは日本の悪しき伝統なんでしょうか。
先の大戦においてもドイツでは数千人の専門家と解読不能と豪語するエニグマ暗号機を用いて当初情報戦を優位に進めましたが、連合軍はこれに対して万単位のスタッフを投入することで最終的に暗号を解読するのみならずドイツ軍を欺瞞することにまで成功しました。
ところが当時日本でこうした分野に従事している人間がどれくらいいたかと言えばせいぜい数百人のオーダーだったそうで、それは現場が奮闘努力する以前に勝負になるはずもありません。
少なくとも人材という点に関しては他の国に質量とも劣っていないのですから、こういうところでは世界に冠たる国日本を目指して頑張ってもらいたいものです。

さて、副作用もさることながら医薬品取り違えに関して先頃こんなニュースが出ていました。

医薬品取り違え防止で通知―厚労省(2008年12月5日CBニュース)

 厚生労働省は12月4日、各都道府県知事などに対し、「医薬品の販売名の類似性等による医療事故防止対策の強化・徹底について」と題する通知を医政局長と医薬食品局長の連名で出した。

 通知は、筋弛緩剤「サクシン注射液」をヒドロコルチゾン製剤「サクシゾン」と誤って処方・投与したことによる死亡事故が11月、徳島県で発生したことを受けたもの。
 医薬品の取り違えによる事故などを防ぐため、販売名の類似した医薬品を処方・調剤・投与する際に、医療関係者が互いに確認し合うなど、医療事故防止対策の強化を図るよう、各都道府県内の医療機関や薬局に周知徹底することを求めている。

 具体的には、▽各医療機関における採用医薬品の再確認▽医薬品の安全使用のための方策についての確認・検討▽処方せん等の記載及び疑義内容の確認の徹底▽ オーダリングシステム等の病院情報システムにおける工夫▽医薬品の安全使用のために必要となる情報の収集―の5点を求めている。

こちらも通知をやらないよりはやった方がいいのは当然ですが、過去に同種の事故が何度起こっているかを考えれば今ごろなんだという話でもありますよね。
ちなみに記事中で話題になっている徳島県での事件と言うのがこちらなんですが、見れば見るほどいかにもありそうな話だと言う気がしてきませんか。

筋弛緩剤を誤投与、患者死亡=徳島病院、抗炎症剤と取り違え(2008年11月20日時事通信社)

 徳島県鳴門市の健康保険鳴門病院(増田和彦院長)で、70代男性の入院患者に抗炎症剤を投与するところを、誤って筋弛緩剤を点滴し、死亡させていたことが19日、分かった。同病院が記者会見し、明らかにした。既に県警へ届け出ており、鳴門署は原因の捜査を始め、投与を指示した女性当直医ら関係者から事情を聴いた。
 同病院によると、男性は約3週間前から肺炎などで入院していた。死亡したのは18日午前1時45分ごろ。男性は17日夜、高熱が出たため、当直医が抗炎症剤「サクシゾン」を投与するよう指示。午後9時すぎから男性に点滴を始めたが、実際には筋弛緩剤「サクシン」200ミリグラムが投与された
 男性は点滴の約1時間後、呼吸も平静で眠っていたが、看護師が午後11時45分ごろに病室で確認した際、呼吸が停止しているのに気付いた。
 当直医は院内情報システムの電子カルテ端末で「サクシ」と3文字を入力し、サクシゾンを処方したつもりだったという。薬剤師は受け取る伝票に「サクシン」と記載されたため、筋弛緩剤を処方。受け取った看護師は当直医にサクシンの投与でいいか確認したが、当直医はサクシゾンと思って了承したとしている。
 同病院はサクシゾンを扱っておらず、端末に「サクシ」と入力すると、サクシンと表示されるが、当直医が気付かずにそのままクリックしたらしい。男性の症状から通常使用する解熱剤よりサクシゾンを投与するのが適当と判断した。
 当直医は4月から勤務。同病院がサクシゾンを扱っていないことを知らなかったという。

電子カルテ、過去にも誤入力 筋弛緩剤誤投与の病院(2008年11月20日朝日新聞)

 徳島県鳴門市の健康保険鳴門病院で、誤って筋弛緩(きんしかん)剤を点滴された男性患者(70)が18日に死亡した医療事故で、同病院は朝日新聞の取材に対し、過去にも電子カルテの入力ミスや誤表示のため、違う薬を投与しそうになったケースがあったことを明らかにした。同病院は再発防止策をとっていなかった

 同病院によると、医師がパソコン端末で入力する電子カルテを通じて薬品を発注すると、薬剤師の手元には薬品の名前と分量を示した紙しか出てこない。電子カルテを導入した04年7月以降、医師の入力ミスや誤表示で、誤った薬品名が薬剤師に伝達されたことが数回あったという。

 同病院は、いずれも薬剤師が「分量がおかしい」と気づき、誤投与はなかったとしている。だが、電子カルテの表示システムの改良や、医師や薬剤師の意思疎通を強化するなど具体的な対策は取られなかった。

 今回、抗炎症剤「サクシゾン」と筋弛緩剤「サクシン」を取り違えた原因の一つについて同病院は、薬品名を検索する時、入力した文字を含む全薬品名がパソコン画面に表示され、毒薬や劇薬かどうかの区別までは分からないシステムだったことを挙げている。

 00年に同様のミスが起きた富山県の高岡市民病院は、薬品の検索システムを改善。毒薬の場合、毒薬の検索画面を開かないと処方できないようにした。また、薬剤師や看護師には、薬剤が間違っていないか医師に確認させているという。

 財団法人・日本医療機能評価機構の調査では、鳴門病院を含め、登録している全国約550の医療機関のうち、類似した名前で薬剤を取り違えた事例は、調査を始めた04年10月から07年12月までに11件あった。医療過誤に詳しい森谷和馬弁護士(第二東京弁護士会)は「電子カルテの画面でサクシンが表示された時に、筋弛緩剤だと警告も出ていれば間違いに気づいたはず。ミスが起きることを前提に、食い止めるシステムを作るべきだ」と指摘する。

たぶん多くの人間が思うことに「電子カルテ導入でミスが増えたんなら電子カルテやめりゃいいじゃん」という素朴な解決法があるんじゃないかと思いますが(苦笑)。
それはともかく、このあたりの薬品は昔から危ない取り違えを起こす組み合わせとして知られていたものですが、そうであっても起こるのがミスということですよね。
ちなみに情報によるとこの病院、混同しやすいという理由で「サクシゾン」はわざわざ採用中止にしていたそうですが、それでも起こってしまう事故であったわけです。

さて、こういう事故はどうやったら防げるのでしょうね?
この手のオーダリングシステムはだいたい最初の2、3文字くらいで候補薬品名がぞろぞろと出てくるものが多いですが、特に古くて反応の悪いシステムですとカーソルを動かして正しく選択したつもりでも別な薬になっていた、なんてことがけっこう起こり得るものです。
また時間の余裕がない時ほどいちいち念を入れて確認をしている暇はないのですが、悪いことに電子カルテシステムと言うのは紙カルテに比べてひどく手間取ることが知られています(諸説ありますが、時間効率は2/3くらいでしょうか?)。
実際のところ紙カルテと電子カルテで処方ミス発生率にどれくらいの差があるのかデータを見たことはないのですが、少なくとも現場の時間的余裕を奪っている一因となったのは確かに思えますね。

ちなみに某所で見かけたカキコでは、紛らわしい薬品名の例として他にもこんなものが挙げられていましたが、恐ろしいことにこれらのほとんどが誤投薬によって命に関わるような可能性のある薬品なんですね。

アルマールとアマリール
ソルコーテフとソルコセリル
アルサルミンとアミサミン
カマ(酸化マグネシウム)と過マンガン酸カリウム
プレドニンとプルゼニド
ヒルドイドとヒルロイド
タキソテールとタキソル
メイロンとメチロン

もちろん危ない組み合わせは他にも幾らでもありますし、これに加えてさらに後発品(ジェネリック)が混じるわけですから、特に昨今の医師不足であちらの病院もこちらの病院も助っ人の非常勤医で回しているという状況ではもう何が何やら判らないことになっても当然かなという気がしてきます。
医薬品の種類は年々増える一方ですし、それぞれの会社が好きに名前をつけているわけですから混乱は今後ますます増大していく一方だと思うのですが、誤投薬以前に日常診療の利便性を考えてみてももう少しすっきり分かり易い命名体系に整理してもらいたいと考えている人も多いんじゃないでしょうか。
厚労省も下手な医療行政なんかに手を出すよりそういうあたりの交通整理をやってくれればよほど現場から感謝されるんじゃないかと思うんですけどね。

こういう事故が起こると必ず「ちゃんと確認していないからだ」「再発防止対策をしっかりしろ」と言う声が上がってくるのが世の常ですが、実のところこの対策というのが大きな問題でもあるのですね。
上記の記事でも高岡市民病院の誤処方防止法が紹介されていますが、このようにほとんどの場合は作業を更に煩雑にする方向で改善(?)が進むため、現場は「日常的に」ストレスにさらされることになるわけです。
実際にとある病院ではダブルチェックからトリプルチェックへと確認作業が強化された結果、ただでさえ過重労働を強いられている現場がますます疲弊し日常業務の単純ミスが増えたという実例がありました。

人間の知力と体力に限度がある以上、特に忙しい現場ほど物事をシンプルに整理していった方がミスは減るだろうと思うのですが、本当にその逆を行くしか有効な対策はないものでしょうか?
そもそもこうした対策を考える人間は「もっと頑張れ」が通用するのは日常的に限度を超えて頑張っていない場合だけであるということをよく認識しておかなければなりません。
どんなに暇な現場でも一分一秒を争う修羅場が訪れる瞬間というのは必ずあるわけですが、その他の日常業務においては落ち着いて考えるだけのゆとりある態勢を維持できるようにしておかないと命を預かる現場としてはおかしいはずなんですけどね。

現実には医師不足対策においても見られるように現場に更なる負担を課すことで問題を解決しようという流れが続いているようですから、先行き明るいようにはとても見えないのが残念ですけれども。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月12日 (月)

岩手県立病院無床化計画のその後と関連して

少し前に岩手の県立病院無床化計画について少し書きましたが、その後の住民説明会はずいぶんと紛糾したようです。
今日はまずこちらの話題から記事を紹介してみましょう。

県立病院再編説明会 満席 議論は平行線(2009年01月10日朝日新聞)

 医師不足の中でも、地域の医療と医師の勤務環境をともに守る方法はないのか――。地域診療センターの無床化方針などを盛り込んだ県立病院の新しい経営計画案の初めての住民説明会が9日、無床化が計画されている花泉地域診療センターの地元、一関市花泉町で開かれた。医師不足による過剰負担を訴え、無床化の受け入れを求める県医療局に、住民側は改めて反発。議論は平行線をたどったまま、無床化に向けた手続きが進みはじめた。

 説明会場の一関市役所花泉支所の会議室には、開始1時間以上前から参加者が姿を見せ始め、定刻の午後7時には、用意された約160席がほぼ満席となった。
 医療局は出席した地元住民らに、説明用のカラーリーフレットを配布。根子忠美経営改革監が、医師不足が続くなかで、県立病院の勤務医にかかる負担が重くなりすぎ、さらに医師が辞めていく悪循環に陥っている、との現状認識を説明し、「県立病院がこれまでの機能と規模を維持していくことは難しい。県全体の医療崩壊を防ぐために策定した」と、計画案への理解を求めた。
 また、各施設で入院ベッドを廃止したあとの空きスペースを福祉目的で民間が活用する場合、使用料の減免などの支援策を検討していることを明らかにした。

 30分ほど続いた医療局側の説明に続いた質疑で、会場の住民からは「計画案は唐突すぎる」「住民や患者の立場に立っていない」「住民説明会も、医療局がこれから設置するという地域協議会も無床化を前提としており、見せかけだ」などと、県側の進め方や計画案そのものを批判する声が相次いだ。
 また、医師不足や医療費の不払いなど、医療を取り巻く問題に理解を深めるために「4月実施にこだわらず、広く話し合う場を作るべきだ」との指摘する声も上がった。
 これに対し県側は「医師不足は深刻で、延期する時間的余裕もない」とし、計画の内容や実施時期は変えない、という考えを改めて示した。

 説明会は、無床化される施設のある地元市町村で、19日までに順次開催される。達増拓也知事は「今の計画案がベスト」と語っており、住民側の理解が得られなくても、予定通り進める方針だ。

≪県立病院の新しい経営計画案≫

 27カ所ある県立医療施設の、09年度から5年間の経営計画案。県医療局が昨年11月に公表し、2月の正式決定を目指す。医師や職員の配置を見直し、基幹病院などに集約化する内容で、入院ベッドを全県で約400床減らす。うち花泉、紫波、大迫、住田、九戸の5地域診療センター(各19床)では今年4月、沼宮内病院(60床)は来年4月から、ベッドを廃止して「無床診療所」とする。遠野、千厩、大船渡、高田、宮古、久慈、二戸の各病院でもベッド数を減らす。無床化とされた地域を中心に住民の反発を呼び、12月県議会で延期を求める請願が採択された。

「無床化反対」が大半 県の公募意見 /岩手(2009年1月10日  読売新聞)

県、施設貸し出し検討

 県立6医療施設の入院ベッドを廃止し、「無床診療所」にする方針を打ち出した病院経営改革案に対し、県民から4591件の意見が寄せられたことが9日、わかった。大半が無床化に反対する内容だという。県は、地元住民の強い反対を考慮し、無床化によって生じる空きスペースを、民間の医療施設として活用してもらうなどの対応策の検討も始めた。一方、対象施設がある地元では、同日から住民に対する説明会がスタートした。

 改革案に対する県民意見の件数は、5年前に無床化問題が議論された際の5055件に迫る。県医療局は今後、県民から寄せられた意見の内容を集約し、公表する。

 一方、県は、無床化によって生じる地域診療センターの空きスペースを、民間の医療法人などに貸し出し、有床の医療施設や福祉施設として利用する場合には、施設使用料を減免するなどの支援策についても検討を進めている。
 県立花泉地域診療センター(一関市、19床)の地元では、地元の医師らが中心となって、無床化後の空きスペースを有床診療所と福祉施設として活用することを求める動きが出ている。
 県医療局は、このほか、6施設に入院中の患者の受け入れ先を確保するとともに、6施設と最寄りの県立総合病院との無料送迎タクシーの運行も決めている。

■撤回求める声一色に 「花泉」で説明会140人出席

 花泉地域診療センターの地元・一関市の市役所花泉支所で行われた説明会には、住民ら約140人が出席した。

 説明会の冒頭、県医療局の田村均次局長が「常勤医が大変減少している。これまでの機能、規模を維持するのは難しい」と現状を述べた。続いて、担当職員が、医師の過酷な勤務状況など示しながら、改革案の概要を説明した。
 しかし、その後の意見交換では、住民側から「今年4月に実施するというのは唐突で拙速」「住民と広く現状を検討する場を作るべきだ」など、無床化方針の撤回を求める声一色。
 これに対し、田村局長は「昨年4月から検討を続けてきたが、多くの人の意見を聞いて議論したために時間がかかった」と釈明した。

県側が何としても計画推進という強い意志を固めているのは見えるんですが、ずいぶんと強引に進めているなという気はしますね。
表だった抵抗を避けたいなら一人ずつ医師を異動させていくとか、物理的に活動を維持できない状態へさりげなくもっていくといった手段もあったでしょうにね。

県民からの意見は反対一色と言うことですが、その反対意見がどこの住民から出ているのかということは報道されていません。
試みに「地域医療を維持するため、基幹病院の医師を地域病院へ分散配置することにします。この結果夜間や救急は今後対応出来なくなりますが地域医療を守るためですのでご了承ください」といった話であれば、かなり異なった意見が集まってきたんじゃないかという気がしますが、どうでしょうか。
医療資源が常に需要に対して過少であるという今の時代にあって、自ら権利を主張しなければ思わぬ不利益を被ってしまう可能性が高いということを市民のみならず医療従事者自身も認識しなければならないでしょうね。

ところで岩手県知事の達増拓也氏という人物の実像をよく存じ上げないのですが、年頭早々に県医師会幹部らを前にこういうことを言っていますね。

地域医療守る姿勢示す 医師会交賀会で知事 /岩手(2009年1月11日岩手日報)

 達増知事は10日、盛岡市内のホテルで開かれた県医師会・県歯科医師会の新年交賀会に出席し、「県民総参加で地域の医師と医療を守る取り組みを推進する」と述べ、深刻な医師不足による問題の解決に取り組む姿勢を示した。

 達増知事は「今年は(昨年11月に設立した)『県民みんなで支える岩手の地域医療推進会議』を中心に、県民の皆さんに地域医療の現状や課題を広くお知らせし、啓発活動を推進する」と強調。

 「救急医療などを担う勤務医の過重労働問題対策は、開業医の方々の協力をいただくとか、県民の皆さんに地域の医療は自らの手で守るという意識で、適切な受診行動をとっていただくなどの取り組みで、県民の理解を深めていきたい」と述べた。

ひどく抽象的な言い方になりますが政治家らしからぬと言いますか、今までネットで医療問題に関心を持って経緯を見てきたきた人々にとっては妙に耳に馴染んだようなコメントが並ぶと思いませんか。
wikipediaの記載によれば氏は外務省官僚あがりの民主党系衆院議員から県知事に転身したと言うことです。
民主党と言えばかねて医療問題に詳しい議員が多いんですが、どうもこれはネットでの情報収集も相当やってきているんじゃないかなと思って改めて経歴を見直してみますとこんな記述がありました。

「インターネットが一般化する前からパソコン通信を用いた情報発信を行うなど、先駆的な広報活動で知られ、当時マスコミから"サイバー議員"と呼ばれたことがある。」

まあだからどうだと何の確証もなく言えるわけではないんですが、一般論として行政当事者が直接現場の声を聞けるというのはネットの利点なんだろうなとは思いますね。
岩手県民がどういう選択をしていくのかはまだ先が見えませんが、全国の自治体主導の地域医療再建計画でうまく行っているものと言うのはほとんどないという実態には目を向けるべきでしょう。
崩壊は役場の机の上ではなく現場で起こってるのだと言うことを理解した上で、いずれの道に進むにせよ何よりも現場の声に耳を傾ける姿勢を示していくということが一番大事なことなんじゃないですかね。

さて、地域医療の維持と医療資源の集約化という観点から少しばかり興味深い話があったので引用します。
北大公衆衛生学の江原朗氏と言えば以前に「産科医療のこれから」さんのところでも取り上げられた「医師の長時間勤務で医療安全は低下」といった話に見られるように、医療現場を公衆衛生学的に検討していく上で幾つかの重要な仕事をしてきた方です。
今回の記事は全般的には限られた医療資源をうまく使うためには効率化は必須という観点から具体的な数字を挙げてまとめられたものといったところですが、末尾の部分のみ以下に抜粋させていただきます。

「集約化」で医療資源の有効活用と過重労働の軽減を(2009年1月9日CBニュース)より抜粋

―江原先生は、全国で小児科が集約化された場合、小児の死亡率がどう変わるかについても解析されていましたね。

 集約化が進むと、受診の際の移動距離は長くなり、受診までの時間が長くなることもあります。しかし、結論から言うと、それによって「小児の予後が悪化したり、死亡率が高くなったりする」ということはないと思われます。
 北海道は広域ですが、04年の時点で小児科の勤務医、小児科医合わせて598人のうち、509人(85%)が二次医療圏内の中心都市で勤務しています。その北海道で、各市町村の小児の死亡率と中心都市からの距離との関係を解析してみました。その結果、中心都市からの距離と小児の死亡率との間には相関関係は認められませんでした。
 面積から考えても、北海道よりも小さい本州、四国、九州地区の二次医療圏で、集約化によって重篤な小児患者の予後が悪化することはないと思います。繰り返しになりますが、集約化すると、地域の利便性という問題は残るものの、患者の予後に大きな影響が出たり、死亡率が急激に悪化したりすることはないと思います。わたしが管理しているホームページ「小児科医と労働基準」に、膨大な量の資料をアップしていますので、もっと詳しく知りたい方はそちらを見ていただければ幸いです。(http://pediatrics.news.coocan.jp/

感染症が主体の小児医療と(旧)郡部に多い高齢者医療においては疾患の傾向も変わるかと思いますが、「全国津々浦々に至るまで身近に常時救急対応できる施設がなくたって、実はそんなに結果に変わりはない」というのは実際の現場の感覚に近い話ではないでしょうか?
確かに本当の僻地というものはあって、何かあれば町立病院まで1時間、そこから一番近い基幹病院まで2時間という地域は今も全国かなり広範囲に広がっています。
しかしそういう地域に暮らしている人間というのは実のところ極めて少ないし、何かあるという発生確率が多少高くとも実発症数では決して多くはないというのも確かなんですね。
そしてその中で本当に一分一秒を争う場合がどれほどあるのかと考えた場合に、またもや我々はゼロリスク症候群の問題と直面せざるを得ないわけです。

こんなことを言うと「地域住民を見捨てるのか」とおしかりを受けるやも知れませんが、特に過疎地域に多い高齢者と言うのはそれ自体が疾患発症のハイリスク要因ですから、そもそも医療の必要性が高い人々が医療資源から遠く隔たった場所に生活すること自体が妙な話ではあるわけです。
お隣の青森でのコンパクトシティ化への取り組みを初めとして近ごろでは再び都心部での機能集積の意義が取り上げられることが増えてきていますが、高齢者にとって本来あらゆる生活インフラが身近にある都市部の方が住みやすい環境であるという見方もあるわけです。
こうした話に昨今話題の失業者を地方に呼び寄せて第一次産業の担い手になってもらおうなんて話を組み合わせてみると、「医師は田舎に強制配置しろ」なんて物騒なかけ声よりはよほど前向きな国土改造計画が見えてきそうな気もするんですけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月11日 (日)

今日のぐり「お食事処みのり」

テメレア戦記の和訳本が二巻まで発売されましたが、これがなかなか面白いです。
各種の竜(ドラゴン)がいるという設定の世界でのナポレオン戦争時代の話なんですが、ファンタジーと言うよりも架空戦記と言うべきものでしょうか。
日本では架空戦記と言えば第二次大戦と戦国時代がほとんどで、後は三国志や幕末明治がパラパラと言う状況ですが、あちらでは色々と幅広く書かれているようですね。
空を飛ぶ竜と言えば感覚的に航空機を想像しますが、ここで描かれるのはせいぜい飛行速力10数ノットといったところで、まさに空を飛ぶ船のイメージですかね。
戦列艦に相当する大型の竜ともなれば数十人単位の人間を乗せて銃爆撃戦を行ったり、あるいは相手の竜に移乗して白兵戦を行ったりするわけです。
興味深いのはこの世界の中国(清帝国)が世界最大の竜大国であると言う点で、この後に続く歴史の流れがどういう展開になるのかと想像させられるところですね。

今日のぐり「お食事処みのり」
岡山市街地の南側地域に位置する、見た目は至ってありきたりないわゆる一つの定食屋です。
レギュラーメニューの他に黒板にチョークで煮魚が何々、焼き魚が何々とその日の魚を書いてあって、メインのおかずを選ぶというよくあるシステムですね。
このおかずが結構何種類も揃っていて迷うんですが、この日はいたって無難に焼き鯖定食にしてみました。

テーブルの上での取り回しに困るほど大きなトレイに、主菜に加えて副菜が色々というのがここのスタイルでしょうか。
以前に来た時と比べても相変わらず副菜は充実していて、特に野菜のおかずが多いのは良いですね。
やや濃いめで良くも悪くもお総菜っぽいかなと言う感じだった昔の味と比べると、全体に味付けが少しあっさりになったように思うのは気のせいでしょうか。
昔のイメージでは男性客ばかりの店という気がしていたのですが、見ていますと女性客や事務系がけっこう多いようなので最近の客層に合わせたんでしょうかね。

鯖は自分が薄めだなと感じるほどですからほんとにぎりぎりの薄塩で、鮮度、脂のノリともまずまずといったところ。
マンガ日本昔話のごとく茶碗にてんこ盛りの飯はここの売りなのかとも思うのですが、飯の味からするともっと大きな器にふんわりと盛って欲しいですね。
何皿もつく副菜類は(主菜も?)作りおきですから冷めているのは文句を言いませんが、全体の味はともかくとして煮込みすぎの湯豆腐だけはなんとかして欲しいところです。

全般的にみると味とボリューム、値段がほどよくバランスしている感じで、特にこれという特徴はないものの普段の昼飯にするにはこれで十分かなという感じでしょうか。
ただ女性客にはこの盛り加減だと厳しいようで、見ているとほとんどの人が残すか単品の丼物などを頼んでいるようでした。
まあこの辺りのさじ加減というのは客層と絡めて一番気を使うところなんでしょうが、せっかく魚を何種類も取りそろえているのですからもっと大勢に食べてもらえればいいですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月10日 (土)

没落する新聞業界

先日もまだやっていたのかと驚かされた毎日新聞変態記事の話題ですが、その後も相変わらず続いているようです。
今の時代この程度ではもはや変態とも言えないということなのかも知れませんが、これが一般紙の朝刊に載せるべき話題か?という疑問は拭いきれません。
毎日さんも開き直りというより、生涯ずっとこの路線で生きていくと心に決めたんでしょうかね。

孤独の岸辺:/6 性風俗店で働く主婦(2009年1月6日毎日新聞)

 ◇でも、居場所は家庭 「家政婦」以外の世界を求め

 帰宅すると、会社員の夫はワイシャツ姿のまま、冷め切って白い脂が浮く肉じゃがのラップをはがし、無言で白飯とともにかきこんだ。「今、チンするからね」。言いかけた言葉を、妻(43)はのみ込んだ。「うまい」とねぎらってほしいのに、温めることすらしない。切ないが、慣れてしまった。

 仕事に没頭する姿にひかれ、社員食堂で自らアプローチした。収入に不満はなく、東京の郊外にあるマンションで主婦業に専念する。まじめな夫を友人はうらやむが、退屈さとの境はかすんでしまった。もうずっと別々のベッドで眠る。
(略)
 感謝の気持ちが薄い家族に腹が立ち、2年前、一晩家を飛び出した。「私は何のためにいるの」。友人に愚痴をぶちまけた。帰宅すると、何かが吹っ切れていた。

 「人妻があなたをお待ちしています」。半年後、歯科医院の待合室で手にとった男性向け週刊誌に、性風俗店の広告を見つけた。とっさに電話番号をメモした。「暴力団が経営しているのだろうか」。トラブルが頭に浮かんだが、家族への依存を断ち、想像もつかない世界に飛び込んでみたいという思いが背中を押した。1週間後、震える手で自宅近くの公衆電話の受話器を握っていた。

 髪形を変えても気付かない夫は派遣会社で働いているといううそを信じ込んでいる。「パートに出ることは恥ずかしいから誰にも言うな」と条件を付けることは忘れなかった。「好きなことをすればいいよ」と気遣ってくれれば、思いとどまったかもしれないのに。

 昼過ぎまでに家事を済ませ、サンダルをハイヒールに履き替える。かかとが地面を打つ音を聞くと背筋が伸びる。指名を受けると客の待つホテルを訪ねる。独身時代には軽蔑(けいべつ)していた職業だが、ロングヘアを褒められる度に女として見られる喜びを思い返した。PTAでは話せない「本音」をさらせるのも心地よかった。

 客に別の名前で呼ばれる時、どちらが本当の自分なのか、一瞬見えなくなる。「でも、家族がいることで私は守られている」。店からもらう給料には決して手を付けない。

 帰り道、なじみのスーパーの前で歩みを緩める。入り口に張られた安売りチラシを確認して家に向かう。冷蔵庫の中身が自然と思い浮かぶ時、家族の中の自分に戻っている。

何ですかこのいかにもゴシップ誌っぽい記事は。
しかし我々が子供の頃は勉強だと思って新聞を読みなさいなんて言われていたものが、今の時代の子供達は毎日みたいな変態になるから新聞なんて読んじゃ駄目と教えられて育つんでしょうか?
流行り廃りは世の常とはいえ、かつては社会の木鐸なんて驕り高ぶったことを言っていた新聞業界のこの現状もなんとも寒いなと思いますが…

実のところ新聞など有害無益と考えている人間が少なからずいるということなのか、新聞業界はもはや凋落傾向に歯止めがかからずという状況のようです。
5年おきに行われているNHKの国民生活時間調査から世代別の新聞購読率の変遷を見てみますと、新聞の購読者層が高齢化している状況がよく判ります。
30代男子では30年前に8割が新聞を読んでいたものが今ではわずか3割、一方で現在の購読者層のピークは70代と言いますから、かつての購読者層がそのまま高齢化していった後は新規読者は年々減る一方ということのようですね。
その昔大衆車の代名詞だったサニーなども購買層の高齢化で消えてしまったように、新聞という媒体自体が今や時代から取り残されつつあるのかも知れませんが、彼らも商売ですから経営危機に直結する部数減は深刻な問題です。

毎日・産経が半期赤字転落 「新聞の危機」いよいよ表面化(2008年12月26日J-CASTニュース)

   朝日新聞社の赤字決算が新聞業界に波紋を広げるなか、その流れが他の新聞社にも波及してきた。毎日新聞社と産経新聞社が相次いで半期の連結決算を発表したが、両社とも売り上げが大幅に落ち込み、営業赤字に転落していることが分かった。両社とも背景には広告の大幅な落ち込みがある。景気後退の影響で、さらに「右肩下がり」になるものとみられ、いよいよ、「新聞危機」が表面化してきた形だ。

「販売部数の低迷、広告収入の減少など引き続き多くの課題」

   毎日新聞社は2008年12月25日、08年9月中間期(08年4月~9月)の連結決算を発表した。売上高は前年同期比4.2%減の1380 億3100万円だったが、営業利益は、前年同期26億8300万円の黒字だったものが、9億1900万円の赤字に転落。純利益も、同12億5600万円の黒字が16億1900万円の赤字に転じている。
(略)
   毎日新聞社の常務取締役(営業・総合メディア担当)などを歴任し、「新聞社-破綻したビジネスモデル」などの著書があるジャーリストの河内孝さんは、

    「『上期で赤字が出ても、下期で巻き返して通期では黒字にする』ということは、これまでにもあった」

と話す。ところが、今回は事情が違うといい、広告の大幅落ち込み傾向もあって、通期でも赤字が出る可能性が高いと予測している。河内さんは、

    「仮に通期で赤字が出たとすれば、事実上倒産し、1977年に現在の『株式会社毎日新聞社』に改組されて以来、初めての事態なのでは」

と話している。

産経新聞も営業赤字に転落

   産経新聞も08年12月19日に、08年9月中間期の連結決算を発表している。こちらも、毎日新聞と同様、不振ぶりが読み取れる。

   子会社の「サンケイリビング」をフジテレビに売却した関係で、売上高は978億500万円から17.4%減の808億1900万円にまで落ち込んだ。9億2900万円の黒字だった営業損益は、4億3400万円の赤字に転落。特別損失として「事業再編損」16億8400万円が計上されており、純利益は前年同期では1億1700万円の黒字だったものが、19億8400万円の赤字となっている。
(略)
   同社の報告書では、業績不振の背景として、毎日新聞と同様、広告・販売収入の落ち込みを指摘している。また、同社は新聞社の中ではウェブサイトへの積極的な取り組みが目立つが、報告書でも

    「(同社グループ)5サイトは月間合計8億ページビューを記録するなど順調に推移している。『MSN産経ニュース』は産経新聞グループの完全速報体制が構築されており、新聞社系のインターネットサイトの中でも特にユーザーの注目を集めている」

と、自信を見せている。一方で、ウェブサイトが同社の収益にどのように貢献したかについての記述は見あたらない。

日本では新聞といえば再販売価格維持(再販制度)を認められているわけですが、世界的に見てみますと新聞業界に再販制度を認めている国というのはほとんどありません。
かつて規制緩和に絡めて再販制度廃止が言われていた頃には各新聞社が揃って制度の正当性とその維持を訴えていましたが、一方で渡辺恒雄読売新聞社社長のように再販制度見直し論について「何で新聞が大きなスペースをあけてこのような愚劣な考え方を報道しなければならないのか」などと自ら報道規制の存在を公言する人物もいらっしゃったわけです(各紙とも報道せず)。
新聞自体が社会から次第に必要とされなくなりつつあるようにも見える今の時代、当然ながら再販制度廃止の声があっても何ら不思議ではありませんし、今の時代であれば新聞以外の媒体でこうした意見を公に表明する機会も存在しているわけですね。

新聞を法律で守る必要あるのか 「再販制」という反消費者制度(2009年1月4日J-CASTニュース)

(連載「新聞崩壊」第6回/鶴田俊正名誉教授に聞く)
――以前国会で、読売新聞の当時社長だった渡辺恒雄さんから、名指しで批判されたそうですね。

    鶴田   1996年6月の規制緩和に関する衆院の特別委員会に参考人として出席した渡辺さんが、私を含め3人の学者の名前を挙げ「新聞なんかつぶしてやりたいと思っている、3人のイデオローグがいる」と言われました。私たちの議論を「大々的に報じない」のは、「オウム真理教の教祖の理論を長々と書かないのと同じ」なんていう表現もありました。
       しかし、私の記憶では上のようなやりとりを新聞はどこも報じなかった。私たち学者の議論に反対するのは勿論自由です。しかし、日頃は他業種の競争政策に関しては「価格を決めるのは市場や消費者」などと規制緩和を社説などで主張しながら、自分たちのこととなると「社会の公器だから」などと特別扱いを求め、反対意見も公平に扱おうとしない。こんな姿勢には当時から疑問を感じていました。
       私たちは、独自性がある新聞なら、再販制をなくしても破壊的価格競争にはならないと訴えていました。「新聞をつぶしたい」なんてとんでもない。新聞が消費者ニーズに敏感になり、その上でがんばってほしいと思っていたのです。
(略)
――かなり前の話ですが、「ある学者が新聞とトイレットペーパーは商品として同じだと言い放って新聞を貶めた」という趣旨の新聞記事も出ました。

       鶴田   ひどい話です。本来は、新聞側が自分たちの主張する「新聞の公共性」についてきちんと定義付けできていなかったのが問題の本質だったのです。それなのに、東大の三輪芳朗教授の言葉尻を捉え、新聞はゆがめて報じたのです。私は議事録を読んでいます。
       1995年に開催した公取の小委員会で、新聞の「特別扱い」が必要な理由などについて意見が交わされました。ある新聞社の販売局長が「新聞は公共性・公益性が高い」と表現したので、三輪教授は公共性・公益性とは何かと質問したのです。すると新聞協会関係者が「誰に対しても、どこに住んでいても確実に、しかも同じように安く手に入るという仕組みは新聞にとって大事だ」と説明しました。別の新聞社関係者は「一般大衆ほとんどの人が使う有益な商品」と答えました。
       これに対し三輪教授は、公共性というものが「あらゆる人に行き渡らなければならない」のだとしたら、「例えばトイレットペーパー」も「そうだろう」と指摘したのです。要するに、新聞社側が行った公共性の説明は「(定義として)十分ではないだろう」と言っただけなのです。
(略)
――新聞社は、ネット上で無料ニュースを相当な分量配信しています。紙では全国均一価格にこだわる姿勢とは矛盾しているのではないでしょうか。

    鶴田   そうですね。新聞の長期購読者が割引などのメリットを受けられない一方、ネットではただや極めて安い料金で見ている人がいる。紙の新聞は読まず、ネットでニュースを見ただけで済ませる人が、若い人たちだけでなく私の周囲でも本当に増えています。特色ある新聞作りをこれまでに進めていれば、紙の優位性はもっとあったはずだと考えています。

――では、再販制の廃止が認められ、各紙が競争的に独自性ある紙面作りを進めていれば、ここまで新聞も苦しくならなかった?

    鶴田   そうだと思います。新聞を守るために再販制を守ったつもりなのでしょうが、皮肉なことにその再販制に守られた中で新聞はここまで苦境に陥ってしまいました。再販制をたてに独自性を十分に発揮する競争から逃げてしまったからではないでしょうか。

――外国では新聞と再販制の関係はどうなっているのでしょうか。アメリカはありませんがなぜないのでしょう。

    鶴田   最新状況は知りませんが、以前調べたときは、OECD(経済開発協力機構)加盟の中では、日本とドイツだけでした。ほかの国で新聞の再販制がないのは、必要がないからですよ。新聞もほかの商品と同じように売買される、というだけの話です。

広告出稿額から見ても今や新聞よりもネットの方が大きいという時代にあって、テレビのように簡便さや速報性にも乏しければネットのように情報の深さ、幅広さにも乏しい新聞というメディアは「時代に乗り遅れた人たち向けのニッチメディア」に転落していく可能性すらあるのかも知れません。
生き残りをかけて自らなにかしらの改革を行っていくのか、それとも規制と既得権益に保護されたまま細々と生きていく道を探っていくのか、何よりも新聞各社自身がこの状況をどう捉えているのかが今後の状況を決めることになるのではないでしょうか。
しかしながら、実際の当事者の認識がどの程度かと言えば…

好不況に関係なく、若者よ、新聞・雑誌を読め。(2008年12月17日牧太郎毎日新聞専門編集委員のブログ)より

 最近、エリート官僚の「馬鹿」が話題になっている。採用方法が間違っているのではないか、と、ちょっと心配になる。試験のペーパーで、採用するから出来の悪い人ばかり採用される。

 若者はテレビ、ネットで馬鹿になっている。テレビで感情的になり、ネットで、事の重大性が分からなくなる。新聞なら、ことの大小が記事の扱いで分からせるが、ネットではそれが分からない。で、彼らはバランス感覚を失う。

 新聞を読めよ。新聞を読んで考える癖を付けろよ。高級官僚になると・・キャリアに文句をいう人がいないから、誰も本当の事を教えて貰えないので、馬鹿になる。高級官僚は「出来の悪い二世議員」のより始末が悪い。ああ、バカバカしいから早く寝よう。

いや「新聞なら、ことの大小が記事の扱いで分からせる」って、それじゃ毎日新聞にとって変態記事というものはよほどの重大事だと考えていたんですか(苦笑)。
彼らの自己認識がよく見える話ではありますが、多少なりとも知性なんてものを身につけようと思ったら、今どきこういう人たちが作ってる新聞なんて読んでちゃいけませんってことですかね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 9日 (金)

続・医療行政最近の話題 ~ 周産期関連

今月より始まった産科の医療補償制度について昨日は書きませんでしたが、まずはこちらの報道から紹介していきます。

問題山積みのまま来年1月スタート 産科医療補償制度(2008年11月15日TBS放送分)より抜粋

産科医療補償制度。
いま全国のお産を扱う病院で、この制度への登録が始まっている。
来年1月1日以降に生まれる赤ちゃんが、重度の脳性まひになった場合、補償金をもらえる制度だ。
(略)
また、この制度では、補償をするだけでなく、脳性まひになった原因を専門家が検証する。
補償と原因究明の2つがこの制度の柱だ。
(略)
だが、全ての脳性まひの子どもが救われるわけではない。
(略)
補償の基準は原則として妊娠33週以上、出生体重が2000グラム以上に限られ他にも先天性の異常があれば外される
厳しい線引きがされているのだ。
(略)
この補償制度では妊婦が保険の掛け金3万円を払うが、国が公的保険である「出産育児一時金」の万円のアップで事実上賄うため妊婦の経済的負担はない。
そして病院で集められた掛け金は、厚生労働省の外郭団体に納められる
そこから、さらに損害保険会社6社に流れ、該当者への支払いに充てられる。

年間100万人以上の赤ちゃんが生まれる今、1年で300億円以上が集められることになり、公的保険を原資とした巨額の資金が民間の保険会社に流れこむことになる。
急ごしらえで出来た制度には不透明な部分が多いと、保険制度に詳しい専門家は指摘する。
(略)
国は補償の対象となる脳性まひの子どもを年間500人から800人と推計している。
800人だとしても、必要な補償金の総額は240億円。
年間60億円が余る計算だ。
(略)
海外のデータでは、補償基準が想定する「正常分娩」のお産で「脳性まひ」を発症したとみられるケースは(「脳性まひ」全体の)10パーセントほどにとどまっている
国内も、ほぼ同じだと指摘する小児科医もいる。

脳性まひの発症率を全国調査したデータはなく対象者は200人程度にとどまるとの声も多い。
だとすると補償総額は60億円となり、年間240億円もの資金が余る。

この制度の収支をめぐっては、準備段階から保険会社に配慮していたふしがうかがえる。
(略)
さらに、この制度を運営する厚労省の外廓団体にも金の一部が流れこむ仕組みになっている。
(略)
保険会社6社に聞いても、機構に流れる手数料については、保険会社は答えられないと回答した。
現場の産科医からは不透明な金の流れに不信感が募っている。

〇制度の説明会での医師の発言(大阪・9月17日)
厚労省の天下り機関ですよね。これ。厚労省の役人の思うツボになってる可能性ある」
(略)
さらに国は当初、任意の民間保険と言っていたにもかかわらず、加入した医療機関と、そうでないところとの間に診療報酬で差をつけると、突如、決定した。
(略)
これは果たして社会保障の一環なのか

〇厚生労働省医政局・佐原康之医療安全推進室長
「これは社会保障ではなくて、今回は民間の損害保険会社の仕組みを使って、新しい商品を立ち上げていくという形でやっていこうと。
民間のものを立ち上げるのを、厚生労働省としてお手伝いさせてもらった」
(略)
実施まで1ヶ月半と迫った産科医療補償制度。国側は、赤ちゃんがなぜ脳性まひになったかを検証すれば、産科医に対する訴訟は減ると強調しているが。
これに対し医療裁判を実際に闘ったことのある夫婦は、訴訟が減ることはないと感じている。

〇勝村久司さん
「医療訴訟を減らしたいと言っているのに、これまでの日本の産科の医療訴訟というものが、どういう訴訟だったのか、よく知らない人たちが議論しているのではないか」

最後に勝村氏が御登場というのはもはや様式美とも化している感がありますが、大きく二つの問題点を指摘できると思いますね。
一つめは保険料と支払いの不均衡や厚労省天下り利権疑惑など、導入の経緯にも関わる諸問題。
二つめは補償の範囲が狭い、医療訴訟抑制効果がはっきりしないなどといった、現場にとってほんとうに役に立つものなのかという疑問。

一つめの疑問についてはどの程度のコストがかかるのか厚労省の試算が出ていますのでこちらをご参照ください。

産科補償制度、事務コストは年52.4億円(2008年11月18日CBニュース)

「余剰金が生じるのではないか」との指摘がある産科医療補償制度について厚生労働省は、年間100万人の妊産婦情報の管理や審査委員会の運営など「事務コスト」が年間52億4000万円掛かるとの試算を発表した。
(略)
 回答によると、同制度の運営に掛かる「事務コスト」は年52億4000万円。「年間100万人規模の個人情報を管理し、20年にわたる補償を行うための分娩機関・妊産婦登録システムの開発および維持に要する費用、制度の運営や審査などに要する費用、補償金の支払い業務を行うための事務費・人件費などが必要となります」としている。
 52億4000万円の内訳は、▽システム開発等経費(5年間限り)4.2億円▽妊産婦登録・審査等経費41.6億円(妊産婦情報管理経費27.5億円、審査、支払等経費14.1億円)▽長期分割金管理等経費6.6億円―で、1年間に掛かる費用と数年間にわたって掛かる費用が混在している。

 財務の透明性については、「外部有識者によって組織され、公開により開催される『産科医療補償制度運営委員会』に(収支状況を)報告するとともに、公表する」と回答。その上で、「決算状況を踏まえ、遅くとも5年後をめどに制度の見直しを行うこととしており、仮に5年を待たずに剰余が大きく見込まれることになれば、医療部会および医療保険部会にも適宜報告し、早期に制度を見直すことも考えられます」としている。

 「剰余・欠損が出た場合の処理方法」については、「もし脳性まひの発生率が見込みより低ければ、剰余が生じることになり、損害保険会社の収益となりますが、逆に発生率が高ければ、欠損が生じることになり、損害保険会社が経済的な負担を負うことになります」とした。
 この回答の意味について、厚労省の担当者は「補償の対象となる脳性まひの件数は年800件と考えているが、もしこれを上回る900件に補償金3000万円を掛けると270億円。これに事務コストの52億円を加えると、想定される収入の300億円を超えるため、欠損が生じる」と説明している。

病院に対する厳しい締め付けに比べてひどくいい加減などんぶり勘定だなという気もしますが、実際にどれくらいの支払いが生じるのかはっきりしていない以上は民間企業としてリスクは高めに設定しておくのは仕方ないとは思います。
しかしながら実際やってみるとやはり大きな過剰金が出たということになれば、五年後などとぬるいことを言わず早急に救済の範囲を拡大していくのが筋でしょうね。

さて、このあたりからは二つめの実効性にも絡んでくるのですが、導入の経緯で特に気になるのが補償対象は基本的に出生時の事故によると推定されるものだけであって、33週以前が補償外となるなど先天性脳性麻痺がばっさりと対象外にされている点です。
本当に弱者救済を目指した制度であれば意味のない区分分けではないかと思うのですが、当然ながら同様に感じた人は少なくありません。

産科補償制度で保険会社は「ぼろ儲け」?(2008年11月11日CBニュース)

 民主党の「子ども・男女共同参画調査会」が11月11日に非公開で開かれ、産科医療補償制度の概要について厚生労働省の担当者からヒアリングを行った。同党の神本美恵子参院議員と島田ちやこ参院議員の説明では、「厚労省の推計によると、民間の保険会社がぼろ儲けすることになるのでは」「公的な制度にするのが望ましいのでは」などの質問に、担当者からは明確な回答が得られなかったという。
(略)
 来年1月1日からスタートする産科医療補償制度では、出産時の事故で子どもが脳性まひで生まれた場合、家の改修費用などの一時金600万円と毎月10万円が20歳になるまで支払われ、厚労省は、医療事故の数を年間500-800件と推計している。全国の分娩件数は年間100万件程度で、これに保険料3万円を掛けると300億円。ところが、補償対象となる年間500件に補償金の3000万円を掛けると150億円となる。

 調査会では、この点について取り上げ、「(余剰金が生じて)保険会社にかなり大きな利益が出る」「(民間ではなく)公的な保険制度にすべきだ」と複数の議員が追及した。しかし、両議員によると、「(担当者からは)納得できるような説明は得られなかった」という。

 さらに、先天性の脳性まひなどが補償対象にならない点について、「なぜ先天性の脳性まひ患者を排除するのか」「(妊産婦と分娩機関の)契約の方法はどうなっているのか」「先天的な脳性まひの診断方法は本当に確立されたものなのか」などの質問も飛び出し、同党の議員らは担当者に資料の提出と再調査を求めた。

結局今に至るも「なぜそうなのか」については明確な回答がないようですが、先ほどのTBSの報道とも併せて考えた場合にやはり何かしらの利権絡みなのか?という疑惑は拭いきれません。
このあたりに関して口が悪いことで有名な某便所の落書きではこんな不謹慎なカキコも出現しているようです。

「俺だけど、会社のお金使い込んじゃって・・・。○○万円振り込んでくれないかな?」(おれおれ詐欺師)

「脳性麻痺児を救い、そして産科医療崩壊を防ぐため産科医療保障制度に加入してください。」(厚生労働省)

二つめの問題点である導入効果についても実際のところやってみなければ判らないと思いますが、何より先行き不透明な理由の一つがこのように救済範囲が極めて限定的であることなんだと思いますね。
この点で問題になってくるのが補償外の妊娠33週未満の未熟児における発症件数なのですが、全国的調査はないものの幸いにも姫路市におけるデータがありましたので紹介しておきます。

平成19年度旭川荘療育アカデミー「地域療育と家族支援」(2007年10月27日)より抜粋

こちらの00年~03年のデータからみたところでは、妊娠週数と発症数、発症率の関係はこんな感じなんですが、これに現在の年間出生数110万をかけて全国での数を予想してみますと興味深いことが判ってきます。

妊娠週数    脳性麻痺児/出生数    発症率(出生1000人対)    年間予想出生数    年間予想発症数
31週まで        35 / 188                 186.1                   7784              1449
32週以後       38 / 26380                 1.4                  1092216           1529
合計            73 / 26568                 2.7                  1100000            2978

単純計算で年間3000人近くの脳性麻痺児が見込まれますが、更にそのうちの半数は最初から妊娠週数の点から対象外になるわけです。
さらに厚労省予測からすれば補償対象数は年間800程度と言うことですが、そうしますと妊娠週数が満期に近いのにも関わらず補償が受けられない場合が同数程度あるだろうと言う予想がなり立つわけです。
いろいろな意味でいかにも揉めそうな厚労省見通しなんじゃないかという気がしてきませんか?

現場の感覚からすれば週数は仕方がないとして、産科医師の方ではおそらく満期近くのお産であれば原則補償金が出るものと考えているだろうし、当然書類上も補償金が出るような書き方をするんじゃないでしょうか。
出された申請を全部を認めた場合、あっというまに補償金支払件数は予定を超過してしまうかも知れません。
そもそも「残念ながらあなたのお子さんは脳性麻痺ですが、出産時の事故によるものではないので補償金は支払われません」では家族が納得しないであろうことは目に見えています。

そうなると現場ではどういうことになってくるのか?
申請通りに補償金支払いが高騰して「これじゃやってられない!」と保険会社が悲鳴をあげるのか、支払いの可否を巡って医師対家族の修羅場が出現するのか、それとも支払い認定を思いっきり厳しくして制度は守られても国民の怨嗟の声が厚労省に集中するのか。
いずれにしてもずいぶんと楽しくないことになってきそうな予感もするのですが、単なる思い過ごしでなければいいんですけどね。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年1月 8日 (木)

医療行政最近の話題

昨年一年に限っても医療関連の話題は色々なものがありましたが、総じて明るい話題には全くと言っていいほど乏しかったことは認めざるを得ないでしょう。
このように抜き差しならぬ状況になっている医療の現状について、ようやく国民世論に訴える道具として使えると各党も認識してきているのか、近ごろでは医療関連の政策があちこちから聞こえてくるようになりました。
本年頭の東京新聞の記事からこれらの概観を拾い上げてみましょう。

医療再生、各党は? 自民 研修見直し主張 民主 医学部1.5倍増員(2009年1月5日東京新聞)

 国民の生命と健康を最前線で守る医療。安心して治療を受けられるようにするのは、政治の重要な役割だ。「医療崩壊」が叫ばれる中、各党はどんな取り組みをしているのだろうか。昨年には自民、民主、公明各党などの有力議員ら約百五十人が参加して、医療再生を目指す議連が発足するなど、与野党が足並みをそろえた動きもあるが、ここではできる限り各党の違いにスポットを当てたい。

 新人医師が自由に研修先の病院を選び、短期間ずつ各科を巡回する現行の臨床研修制度は、結果として外科、産婦人科、小児科などへの敬遠を招いた。このため政府は二〇〇九年度、全国の四十大学で不人気科目に限り、専門性を高めた研修が受けられる特別コースを設け、二百十二人を受け入れる。

 さらに、厚生労働省と文部科学省は、臨床研修の大幅な見直しも視野に、専門家の検討会で議論を進めている。特定科目の研修専門化に加え、研修医が集中しがちな都市部の定員に上限を設けることも検討している。

 政府に歩調をあわせるように、自民党側も、臨床研修を見直すべきだとの意見は強い。元厚労相の尾辻秀久参院議員会長は「科目、地域の偏りを大きくしたのは事実。何らかの方法で、無理やりにでも医師を配置する方法を考えなければ」と主張する。

 これに対し、民主党も臨床研修制度の見直しを提唱。都市部の研修人数を調整し、別の研修先に振り向ける必要性を指摘している。

 ただ、研修の抜本見直しは、職業選択の自由を奪われかねない医師にとっては好ましい話ではない。医療問題に詳しい同党の鈴木寛参院議員は「単純に昔に戻すことはできない。戻したら、医学部を希望する高校生が減る」と、規制再強化には否定的だ。民主党は解決策として、大学医学部の大幅定員増と、不人気科目の待遇改善を打ち出している。

 大学医学部の定員は、現在は七千人台後半。政府は〇九年度は約七百人増やし、過去最高の八千四百八十六人を受け入れる予定。だが同党は現状の一・五倍にあたる一万二千人程度まで増やすことを念頭に置いている。

 不人気科目の勤務医の待遇も「サービス残業が多すぎる現状を是正し、休みと適正な給料をあげれば、少しは立ち直る」(鈴木氏)という考えだ。

 自民、民主両党の最大の争点は、医療費を賄う財源論だろう。

 自民党は、年間の社会保障費の自然増を二千二百億円圧縮することを義務づけた「骨太方針」に縛られ、〇九年度予算案でも転換を踏みとどまった。医療費は、ぎりぎりやりくりしているとの意識が強く、根本的な打開策は消費増税しかないとの見方が支配的だ。

 民主党は当面、特別会計や公共事業費の削減などで、国民負担を増やさずに医療費を確保する考え。消費税をどうするかは、まだ明示していない。ただ民主党の政策をすべて実現すると、大幅な歳出増になるだけに、財源について一層の説明責任が求められる。

 共産党は、医師数の増加や国の責任による産科や小児科の支援を提言。社民党は、医療費の国庫負担割合引き上げ、地方の病院で臨床研修を受ける医師への奨励金制度の創設などを求めている。

このところテレビの討論番組などを見ていても医師不足問題でやり合っているのを見かける機会が増えたと思いますが、各党の提案を見ていて何か気がつきますでしょうか?
各党の政策主張から桝添厚相が言うところの現場に立つ医師にとってのインセンティブとなるべきアメの部分について見ていきますと、例えばこの記事から拾うとこんな感じでしょうか。

自民党
なし

民主党
不人気科目の待遇改善

共産党
国の責任による産科や小児科の支援

社民党
地方の病院で臨床研修を受ける医師への奨励金制度の創設

もちろん主張の全てを網羅しているものではないでしょうが、テレビ討論や他の報道を見ていてもどこの政党案でも目立ったインセンティブというものはなさそうなんですよね。
かねて医師強制配置を主張している自民党はともかく、野党各党の言うところの不人気診療科への支援といったところで、例えば診療報酬面で多少優遇したところで医療機関の収入となるだけで現場の医師にとってのメリットは全くと言って良いほどなさそうです。
社民党に至っては今や各地の自治体で行われている奨学金制度そのままといったものであって、借金漬けにして個人の将来を縛り付けるという「一体今はいつの時代ですか?」なシステムでしかありません。
何もないよりは何かあった方が良いだろうと言う言い方も出来るかも知れませんが、崩壊しかかっている現場の志気をこうした政策でどれだけ引き上げられると思っているのか、あるいはそもそも引き上げる必要性など認めていないのか、いずれにしても日頃お互いの政策を非難し合っている与野党各党が興味深い一致ではありますよね。

各党の政策案はともかくとして実際の医療行政は厚労省が主体になって動いているわけですが、こちらの方での動きはどうでしょうか。
最近では何でも識者を集めて会議というのが流行のようですが、問題はその集められたメンツかなと思うのがこちらのニュースです。

救急・周産期医療対策室を新設―厚労省(2009年1月5日CBニュース)

 救急医療と周産期医療に関する厚生労働行政の縦割りを解消するため、厚生労働省は1月1日付で、省内に救急・周産期医療等対策室を設置したと発表した。これまで救急医療を担当していた医政局指導課と、周産期医療を担当していた雇用均等・児童家庭局母子保健課の職員のうち14人が担当。室長は三浦公嗣医政局指導課長が併任している。

 周産期医療と救急医療に関する行政は、旧厚生省側の医政局と、旧労働省側の雇用均等・児童家庭局で担当が分かれていた。このため、現場からは行政の縦割りを解消するよう求める声が上がり、妊婦の救急受け入れ不能が相次いだことを受けて昨年省内で開かれた懇談会でも、日本産科婦人科学会と日本救急医学会が共同で、国や都道府県などに母体救急の担当部署や責任の所在を明確化するよう求める要望を出していた。また、舛添要一厚生労働相も懇談会で、行政の縦割りを解消する必要性を指摘していた。

 同室は指導課内に設置され、指導課から11人、母子保健課から3人が入った。これまで両課がそれぞれ担ってきた救命救急センターや周産期母子医療センターに関連する業務を引き継いだ。室長補佐を併任する中谷祐貴子指導課課長補佐は、「周産期医療と救急医療の担当が同じ室となったので、今まで以上に省内の連携を取って進めていきたい」と話している。

 三浦、中谷氏以外の同室の職員は次の通り。かっこ内は前職。

 救急医療専門官(会津中央病院救急救命センター)中野公介▽災害医療対策専門官(指導課災害医療対策専門官)道上幸彦▽救急医療係長(同課救急医療係長)田鍋一樹▽助成係長(同課助成係長)星紀幸▽小児・周産期医療係長併任 母子保健課予算係長・村本利成▽主査、救急医療係(指導課主査、救急医療係)猪瀬久和▽主査、助成係(同課主査、助成係)工藤好宏▽救急医療係(同課救急医療係)石原寛人▽同(同)六波羅隆▽助成係(同課助成係)寺島隆浩▽併任 母子保健課長補佐・小林秀幸▽同 国立武蔵野学院・林潤一郎

一応口では「行政の縦割りを解消」なんて言っていますが、これを見る限りあくまで厚労省内での縦割り解消にしか過ぎないようです。
本気で取り組むつもりなら最低限、各地で実際の周産期・救急医療を担っている公立病院を担当する総務省も巻き込まないと駄目じゃないですかね?
どうもこのあたりは全くのお役所仕事だなとしか思えないような非効率な話で、どうせやるならもうちょっと頑張ってくれよと思うところです。

ところで周産期医療行政と言えばこのところ一番の話題は、この1月1日から例の産科医療補償制度が始まったことでしょう。
とりあえず厚労省の政策的誘導もあって最終的にはほとんどの分娩取り扱い施設が加入となったようですが、名前と裏腹に補償の対象が極めて限られるという問題に加え、それ以前に色々と疑惑めいたことが言われていることについては以前にも少しばかり書きました。
結局のところそれら諸問題のほとんどがそのままに見切り発車となったようですが、この話題は例によって長くなりそうなので明日以降に回すことにします。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年1月 7日 (水)

医療・介護業界の労働問題

この正月に入ってきたニュースですが、このたびようやく初めての医師の労組が出来たそうです。
今日はまずこちらのニュースから紹介してみましょう。

初の医師全国労組 今春結成 待遇改善など訴え(2009年1月4日東京新聞)

 医師による全国統一の労働組合「ドクター・ユニオン」が今春結成されることが三日、分かった。医師が加わる全国規模の労組としては、看護師や介護従事者ら幅広い職域の人たちで構成する日本医療労働組合連合会などがあるが、医師だけでつくる全国規模の労組は初の試み。

 「ユニオン」は、医療の質向上に取り組む団体「全国医師連盟」が、中心となって発足の準備を進めている。結成後は主に、勤務医の待遇改善や、医療事故で訴訟を起こされた医師の支援などに取り組む。

 同連盟は、医療の現状に危機感を持った一線の医師約八百人が参加して、昨年六月に発足。最大の医師団体である日本医師会や、学会団体とは別に、医療再生に向けた提言などを行っている。

 全国規模の労組をつくる構想は、現場の医師が労働者の立場で横断的に情報を共有し、雇用者側と交渉する必要性を感じたことから浮上。選手の地位向上を目指して労組化した日本プロ野球選手会などを参考に、具体的な組織や活動内容の検討を進めている。

 発足時の参加者は、同連盟所属の勤務医が中心になる見通し。無党派の組織にする方針。勤務状態が厳しく、訴訟リスクも高い外科、産婦人科、小児科などの医師の待遇改善や、都市と地方の医師の偏在の解消などについても取り組む。

 現役の内科勤務医で連盟の黒川衛代表は「勤務医は疲弊し、日本の医療は持てる力を発揮できない。労働問題に無頓着だった勤務医自身も反省しなければいけない。既存の労組から独立し、国や県などの雇用者を相手にしていきたい」と話している。

少し前に全国医師連盟(全医連)という組織が成立し、既存の医師会に対する第二の医師団体としての活動を始めたことはご記憶のことかと思いますが、このドクターユニオンも全医連が母体となっているということです。
ただ全医連と言う組織は開業医の利権団体である医師会と比較すれば勤務医主体という性質を持つとはいえ、個々の医師の権利擁護や待遇改善を主目的とする組織ではありませんでしたから、こういう目的をはっきりさせた別組織を立ち上げるというのは必然的な流れだったのかも知れません。
実態を無視して医師を管理職という地位に祭り上げ労働基準法無視の違法行為を正当化しようとしたり、勤務記録を捏造してまで正当な報酬支払いを拒否しているような医療機関が各地で問題化していますが、そろそろ医師も正当な労働者としての権利を主張するという当たり前の社会常識を身につけていっても良い頃だと思いますね。
少しばかり気になるのは「都市と地方の医師の偏在の解消などについても取り組む」といった大上段な言葉がまだ出てくるところですが、まずは活動を伝える続報を待ちたいと思います。

これも現場の待遇改善と絡む話ですが、世間では不景気で求職難と言いながら相変わらず人手不足に泣いているのが他ならぬ医療と介護業界なんですね。
特に介護の場合は何しろ世間からあまりに敬遠されすぎて、これだけ需要があるのに学校に学生すら集まらないという冗談のような?記事がこちらです。

県内養成施設で介護職不足 志願も定員割れ/愛媛(2009年01月05日愛媛新聞社)

 高齢化の進行で介護職の人材確保が課題となる中、愛媛県内の介護福祉士養成施設で2009年度の学生募集休止や定員縮小が相次いでいる。一方、介護職の求人は引く手あまたで求職数とのギャップは拡大。厚生労働省調査では08年度、全国の同施設定員に対する入学者数は46%にとどまっており、各施設はより質の高い介護を提供できる人材の育成などをPRし、生き残りを模索している。
 県内の養成施設は専修学校4、短大2、大学1の7施設で、08年度入学者はいずれも定員割れ。専修学校では、松山医療福祉専門学校(松山市、山本学園)と松山総合福祉専門学校(同、英数学館)が、志願者減などを理由に募集休止を決定。愛媛医療福祉専門学校(同、河原学園)は本年度120人に増やした定員を元の80人に戻した。

以前にも少し書きましたが、とにかく政府の設定する介護報酬が安すぎてまともな給料が支払えないから人が集まらない、需要に対して供給過少なため過酷な労働に耐えかねて次々とスタッフが辞めていく、残ったスタッフは更なる過酷な労働を強いられるという悪循環に陥っているのが介護業界なのですね。
政府は三年ごとの見直しを行う介護報酬で本年始めて値上げ方針に転じたとのことですが、事業者自体がどこも経営難という現状でたかだか3%のアップがどれだけ現場スタッフの待遇改善に回ってくるかと考えれば、今後も当分の間この状況が大きく改善する見込みは乏しいだろうと容易に想像できるところです。
そもそも医療と介護を切り離したこと自体が見かけの医療費を削減するための策略だったなどと言われているところですが、医療のバックアップを勤めるはずの介護が崩壊寸前という状況ではいずれ患者は介護から医療に逆戻りするしかないという本末転倒な事態になりかねません。

いつも不思議に思うことですが、日本経済もこれからは内需主導に転換していかなければならないなどと世間で言う割に、これだけ国民的需要も将来性もあるはずの(何しろ厚労省も認める天井知らずの成長産業です)医療・介護業界にどうしてもっと資本を投下して国民産業として育てていこうという声が聞こえてこないのでしょうか?
実際に今もあることですが、能力も熱意もある勤勉な労働者が身内の介護のために職を辞さなければならないと言う状況を見聞するにつけ、医療や介護をもっと充実させていけば国内雇用の促進や熟練労働者の離職防止による輸出競争力の維持など様々なメリットがあると思うのですがね。

漏れ聞こえてくる風の噂によれば、医療業界というところは天下り利権の旨みが乏しいため省庁からすると実利的にも心情的にも優遇し難いという背景事情があるやにも聞きますが、実際のところはどうなのか知らずとも政策的にずいぶん冷遇されていると感じている現場の人間は多いのではないでしょうか?
そう言えば最近は保健所所長を医師以外にも解放しようという話になってきているようですが、その線から考えますといずれ病院の管理者として医師以外も認めようなんて話も出てきますかね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 6日 (火)

医療現場にはびこる既得権益

派遣の首切りなどと恐ろしいことを言いまして、政府も厚労省の建物や廃校といった場所を開放して食と住を保証するという方針で動いているようです。
生保のように金を渡して後は勝手にやってねと言うよりこの種の現物支給の方がずっといいと思うのですが、今後もこうした失業者対策は永続的にしていったほうがいいんじゃないでしょうか。
さて、本日まずはこちらの記事から紹介してみます。

今後の体制「立案中」 島根・石西厚生連破産(2008年12月28日中国新聞)

▽労組に津和野町 再雇用は明言せず

 島根県津和野町のJA石西厚生連が自己破産した問題で、石西厚生連労組(百十人)は二十六日、医療・介護の四施設を所有する町に今後の医療体制などの方針をただした。町は「医療計画を立案中」として、具体的な職員数や体制は示さなかった。

 組合側は「給与や退職金のカットを労使で申し合わせ、経営も黒字基調に回復しているのに破産を認めたのはおかしい」と質問。中島巌町長は「厚生連から改革が進んでいるとの報告はなかった。公認会計士も経営は厳しいと判断していた」と答えた。

 同厚生連が運営する四施設の新たな指定管理者は町などが出資して設立した医療法人橘井(きっせい)堂が受け継ぐ予定。職員全員の再雇用について、中島町長は「町は運営に意見する立場にない。優先的に採用するよう要請したい」と述べるにとどまった。

 町によると、職員募集には組合員を含め百七十二人の応募があった。近く橘井堂が審査し、医師や看護師の人数に応じて医療計画をつくるという。

 立ち会った全国厚生連労組連合会の佐藤順子中央執行委員長は「解雇や労働条件の切り下げが進められているのに施設設置者の町が責任を棚上げしているのは許せない」と話していた。

前述のように昨年末からこのかた不況関連で暗いニュースが続いておりまして、どこの業界でも大変なんだろうなと陰ながら同情申し上げていたわけです。
その一方で赤字が慢性化しているはずの医療業界において同種のニュースを聞いても何故かさっぱり同情する気にならなかったんですが、その理由が最近やっと判りました。

つまり、超売り手市場の医療業界で医師、看護師といった医療専門職であれば普通どこでも好きなところに就職口を選べるだろうに、わざわざつぶれそうな病院で給料カットされてまで残りたいとはどういうことなのかと言うことなんですよ。
要するにそういう人たちは今の赤字垂れ流しの非効率な病院であるからこそやっていけた、逆に言えば普通の職場ではやっていけない人たちということなんじゃないかと考えれば辻褄が合うんですよね。
なんのことはない、よくある公務員化した使えない医療関係者の既得権益死守というだけの話ではないですか。
医療機関を引き継ぐ法人には是非とも厳正な審査の上で新たなスタッフと適切な雇用関係を結んでいただけるものと期待しておきます。

さて、それでは今の時代における医療専門職としての身の振り方とはどういうものなのか、一つの例としてこんなニュースがあります。

24時間体制の穂別診療所 医師全員が退職申し出 「コンビニ受診」で過労 /北海道(2008年12月31日北海道新聞)

胆振管内むかわ町の国保穂別診療所の常勤医三人全員が、来年三月末の退職を申し出た。後任の医師確保の見通しはなく、四月から医師が不在となる可能性もある。同診療所は、前身の町立穂別病院の規模を縮小し、年中無休の二十四時間診療に取り組むなど、地域医療のモデルケースとして全国から注目を集めたが、緊急性のない軽症患者による“コンビニ受診”の横行など過重労働が、全員退職という非常事態を招いた。

 「地域医療を支えるのは使命と思っているが、限界を感じた」

 一九九八年から、前身の町立病院を含めて勤務してきた一木崇宏(いちきたかひろ)診療所長(44)はこう話す。

 一木所長は一月から夕張市の医療法人財団「夕張希望の杜(もり)」に移籍する。当面、三月までは派遣医師の形で勤務を継続するが、残りの医師二人も三月までに退職することになり、住民に激震が走った。

 退職の理由は過重労働だ。同診療所は二〇〇五年に六十三床の町立病院を十九床に規模縮小。一方で、常勤医三人が訪問診療や時間外診療など従来の医療サービスを維持しつつ、一木所長が住民向けの出前講座を開くなど地域と密着した医療活動が先進事例として道内外から視察が相次いでいた。

 しかし、医師三人が交代で行う夜間診療は、自宅待機で急患に対応する形を取ったが、呼び出されない日はなく、睡眠は数時間しか取れず、翌日、寝不足で日常の診察をする日が続いた。さらに症状が軽くても夜間や休日に来院する“コンビニ受診者”が多いことも医師を追い込んだ。

 一木所長は「精神的に参った。このままでは地域医療を継続できないことを住民に考えてほしかった」と打ち明ける。

そう、これですよこの潔さ、これぞ男の身の処し方と言うものではないでしょうか(女医先生でしたら申し訳ありません)。
そもそも常勤三人で24時間診療という時点で、根本的に労働関連法令への理解が欠如しているという認識はなかったのでしょうか?
北海道と言えばこういう声もあるようですが、やはりご多分に漏れず行政と市民の無理解には悩まされていそうですね。

医療資源は有限であって、好き放題に利用したいだけ利用するという受診態度が許される時代ではないということをまず国民は知らなければなりませんし、行政は医師もまた人間であることを理解しなければなりません。
更に言えば、古い時代の因習を連綿と引き継ぐ現在の医療資源分布が果たして適切であるのかという点もいい加減に再検討していかなければならないでしょうね。
医療需要の少ない地域が不当に多くの医師を囲い込んでいることが医療需要の多い地域の医師不足に拍車をかけているのではないか、地方の医師不足が喧伝される一方でそろそろそういう議論があっても全くおかしくないと思います。

実際のところこうした囲い込みとはどのようなものなのか、一例として岩手県立病院無床化の事例を記事から拾ってみましょう。
そもそもの事の始まりは、巨額の赤字にあえぐ県立病院の再建計画に際して一部を無床化するという話が出てきたことでした。
こうした話自体は今どきどこにでもあるような事例なのですが、ここで注目していただきたいのは計画公表に際しての以下のような知事の発言なのですね。

県立病院の一部「無床化」案を正式提示 知事「医療の危機」を訴える(2008年11月18日盛岡タイムス)より

 達増知事は会見で「勤務医から、有床診療所の有床であるがゆえの夜勤が非常に負担になっていると聞く。岩手全体として勤務医の負担は非常に重くなり、続けられない、辞めるしかないと決断するかしないで悩んでいる勤務医も少なからずいる状態と聞いている」と、現状を説明。

  「集約化によって少しでも勤務医の負担を減らし、(無床化地域でも)しっかり診療できる体制が求められている。岩手の今の医療の医師不足をはじめとした危機的状況は非常に憂慮ならない状況」と危機感を説いた。

 さらに「広く県民的な議論をして、岩手の地域医療を守るイコール県民一人ひとりの健康を守るためにどういう体制を取っていくのがいいか(作りあげていかなければならない)。そういう中ですべての人が自分の要望を全面的に通そうとすると、全体の崩壊につながる状況をみんなで理解し、医療に関する意識、社会意識と強い自覚が必要な局面だ」と、個別の地域だけではなく、全県的な視点で考える必要性を訴えている。

「有床診療所の有床であるがゆえの夜勤が非常に負担になっている」という何とも微妙な言い回しに留意ください。
これに関して地元を始めとして反対意見が続出したことは想像に難くない話ですが、県当局では説明会を開くなど現在関係者の説得に努めているという状況です。

岩手県立病院無床化撤回を知事に要求 地元住民団体(2008年12月25日河北新報)

 岩手県医療局が来年4月スタートを目指す6カ所の県立病院・地域診療センターの無床化計画で、地元の住民団体が24日、達増拓也知事に対し、無床化撤回を求める計4万2653人の署名簿を提出した。

 県庁を訪れたのは無床化対象の病院を抱える6市町村の住民団体。署名は花巻市5331人、一関市1496人、岩手町1万6551人、紫波町8247人、住田町5041人、九戸村5987人に上った。

 それぞれの代表から署名簿を受け取った達増知事は「わたしも医療局も皆さんと(地域医療を守るという)考えは同じ。皆さんのご意見を伺いながら、責任ある対応を取っていく」と述べ、説明を重ね無床化に理解を求めていく方針を伝えた。

 紫波地域の医療と福祉を守る連絡会代表の及川剛さん(73)は、医療局が1月9日から行う地元説明会に触れ「知事にも出席してほしい」と求めた。及川さんは取材に「住民は入院ベッドがなくなったらどうしたらいいか不安でいっぱい。県民の意思を尊重し、計画を見直してほしい」と話した。

県立病院は「重病患者」 大船渡で県政懇談会 /岩手(2008年12月26日岩手日報)

 気仙3市町の議員で構成する気仙地区議会議員協議会(会長・佐藤丈夫大船渡市議会議長)は25日、県政懇談会で大船渡市を訪れた達増知事に、住田地域診療センターの無床化計画の撤回を求める要望書を手渡した。これに対し、達増知事は県立病院の現状を「重病患者」に例え、計画実行への強い決意を示した。

 大船渡地区合同庁舎で行われた要望には、3市町の正副議長らが出席。住田町の荒木久一議長が「計画はあまりに唐突。来年4月の実行は凍結し、見直してほしい」と求めた。
 これに対し、達増知事は「インフォームドコンセント(十分な説明と同意)は重要だが、現在の(県立病院の)医療体制はすぐに手術が必要な重病患者だ」と緊急性を強調。
 「計画は専門家の議論で決めた医師の総意だ。嫌がる患者を押さえて手術するのも、責任ある対応ではないか」と述べた。
 また、「仮に医師が一人増員できる場合、大船渡病院ではなく住田診療センターに、ということか。それが気仙の総意か」と、逆質問した。

議会側はこれまで基幹病院の大船渡病院の充実を求めてきた経緯があり、議員側も押され気味だった。

金銭的問題に関しては他から金を回すなどして対応可能な部分もあるのかも知れませんが、根本的な問題は知事発言に見られるような勤務医の負担であって、何がどう負担になっているのかまずは現場の声に耳を傾けなければ話になりません。
この点で反対派議員や地元住民団体はこうした現場の声に全く言及している気配がありませんが、その必要を感じなかったのか言及することに何らかの不都合を感じたのかいずれでしょうか?
そういう視点から先ほどの知事発言とも併せて、以下の記事に見られるような現場の声に耳を傾けてみていただきたいものです。

住民と板挟み 医師葛藤 無床化に揺れる現場(2008年12月20日河北新報)

 岩手県医療局の県立病院・地域診療センターの無床化計画で、現場の医師が揺れている。対象の1つ、九戸村の地域診療センター(19床)には毎日、二戸市の県立二戸病院の常勤医が診察と宿直応援に通うが、夜間急患はほとんどないのが実態。「宿直なんてばかばかしい。基幹病院を忙しくするだけ」。無床化の必要性を感じる一方で、住民の不安も理解できる。医師不足が医療現場にもたらす混迷は深い。(盛岡総局・安野賢吾)

 すっかり日が落ちた午後6時。二戸病院整形外科長の曽根信介さん(53)はタクシーを降りると、すぐに白衣をまとって2階の診察室へ向かった。
 待っていたのは男性患者。風邪の診断をし、今度は1階の薬剤室に戻り、自ら処方した薬を選び出した。「薬剤師の代役もする。診療所の宿直ならではの仕事」という。

 九戸地域診療センターには常勤医が1人いるが、体調不良で勤務は平日午後のみ。午前と土日を含む宿直は主に約20キロ離れた二戸病院の医師らが担う。曽根さんは外来応援に月2回、宿直に月1、2回入る。

 医療局は「有床診療所が過重労働を招いている」と説明するが、実態は少し違う。「九戸での宿直を挟むと30数時間の連続勤務になるが、宿直に限れば全くつらくない」と曽根さんは言う。
 九戸の平日夜の外来は平均0.9人。夜間は技師不在でエックス線撮影もできず、重症者も救急車も二戸病院に行く。宿直医は入院患者回診も必要なく、夕食を取って朝を待つ日も少なくない。
 取材したこの日も午後6時の診察が最初で最後の患者。夜間の急患だけで1日30人近くになる二戸病院とは大違いだ。

 「まるで休みに来ているよう。失礼な言い方だが、ばかばかしいとも感じる」と曽根さん。

<休み月2回>
 問題は二戸病院での業務へのしわ寄せだ。

 二戸の整形外科医は曽根さんを含め2人。1人が診る外来患者は1日約40人で、20数人の入院患者も担当する。夕方以降も手術や入退院の家族説明などに追われる。急患による呼び出しが3、4回に及ぶ土日もある。
 「宿直や診察の応援で、二戸でやるべきことができない。もう1人の医師は二戸での呼び出しが増え、完全な休日は月2回だけになっている」

 二戸病院は周辺の一戸、軽米の両県立病院も支援する。常勤医30人の応援回数は年間延べ880回にも上る。
 佐藤元昭二戸病院長は「医師はへとへと。内科では激務を嫌って開業医になるなどし、2005年に12人いた医師が9人に減った」と言う。
 九戸などの常勤医が増えれば改善するが、現実は厳しい。「地域医療をやりたい」と勤務を希望した県外の複数の医師からも「入院患者の面倒は大変」と断られた。

 佐藤院長は「無床になれば医師は来る。懸命に地域医療を支えているが、もう限界に近い。無床化は不可避」と訴える。

<異なる状況>
 現場の医師の思いは複雑だ。訴訟リスクや基幹病院の外来患者の多さなど、改善してほしい点は多く、「無床化の優先順位が高いわけではない」と語る医師もいる。
 二戸病院勤務が18年になる曽根さんも「無床化反対の住民の思いは分かる」と話す。「入院ベッドが不要とされた村民は『おれたちの村は軽んじられている』と感じているのではないか」

 医療局が無床化を計画しているのは九戸など5カ所の診療センターと県立沼宮内病院。住田診療センターは2人の常勤医の宿直が月平均約14回に達するなど、抱える状況はそれぞれ異なる。
 無床化をめぐって葛藤(かっとう)する地域医療の最前線。医療局が年明けに始める地元説明会では、実態を正確に伝えることが求められる

赤字がどうとか言う以前に、明らかに業務量に対する医療資源の偏在が存在していて、それを改善しようとする動きに対する抵抗勢力とは何なのかと言うことです。
一部の地域では過疎化が進行し医療従事者が暇を持て余す一方で、他の地域では年々深刻化する医療需要増加と供給不足にあえいでいる、公共の福祉という観点からそれはおかしいことであると思うのですが、ここでもコンビニ受診の問題と同様に「俺さえよければ」という互助精神の欠如が見え隠れしているのではないでしょうか。
以前にも書きましたが、医療資源の奪い合いとも言うべき昨今の状況を顧みた場合に、我々は改めてホー・チ・ミンの言葉を思い出さなければならないと思いますね。

愛する同胞の皆さん、飢饉は日に日に悪化の一途をたどっています。
そこで私は、全国の皆さんに提案があります。

十日に一度、1回の食事を抜きましょう。
1ヶ月に3度の食事を抜きましょう。
そして、その米を貧しい人を助けるために持って行きましょう。

皆で助け合えば、餓死を免れるコトが出来るのです。

行政改革、公務員改革といった話が語られて既に久しいですが、打破されるべき既得権益とは何も官僚や公務員に限った話ではないということです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年1月 5日 (月)

ご利用は計画的に ~ 医療資源の限界

年が明けますといろいろな組織や団体で「年頭の所感」といったものが出ていることと思います。
ほとんどはどうでも良いようなつまらないものが多いのは皆さんも周知のところだと思いますが、中には後世に残すべき素晴らしい名文もあったりするものなのですね。
かねてから医療に関わる諸問題に対して積極的な発言を行っていることで知られる団体「医療情報の公開・開示を求める市民の会」において、世話人の勝村久司氏が年頭所感を書かれているのですが、これが全医療人必読とも言うべき素晴らしい内容ですので紹介させていただきます。

なお、極めて御高名なる勝村氏ですから改めて述べるまでもないことだとは思いますが、慣例に従いまして御略歴を記載させていただきますと、

勝村久司(かつむら ひさし)
1961年生。京都教育大学卒。高校教師(地学担当)。
1990年長女を失ったことを契機に医療訴訟に関わり、以後「陣痛促進剤による被害を考える会」を初めとする市民運動に取り組むようになる。
現「全国薬害被害者団体連絡協議会」副代表。「陣痛促進剤による被害を考える会」「医療情報の公開・開示を求める市民の会」世話人。
主な著書:
 ぼくの「星の王子さま」へ~医療裁判10年の記録~(幻冬舎)
 レセプト開示で不正医療を見破ろう!(小学館)
 患者と医療者のためのカルテ開示Q&A(岩波書店)

経歴からも判りますように、今やこうした市民運動における一つのカリスマと言っても過言ではないでしょう。

2009年 年頭所感 (世話人 勝村久司)

 ここ数年は、医療改革にとっては「失われた数年」だったと総括すべきかもしれません。
 マスコミ報道が、それがまるで医療改革の切り札であるかのように、再三取り上げたことは、「病院の中に患者の苦情処理係や紛争処理係としてメディエーターとよぶ職業を新たに配置していこう」とか、「小児の夜間救急においてコンビニ受診を控えるような動きを広げていこう」とか、「医師賠償責任保険に加えて、新たに、過失があろうとなかろうとお金を支払う産科医療の無過失補償制度を導入するために出産一時金を引き上げよう」等、どれをとっても、医療の中身とは本質的に関係のない医療の外側のことばかりで、すべて、患者の言動を変えようとすることばかりです。まるで、医療の中身の議論をすること自体がタブーになったのか、と思わざるをえないような報道が続きました。「患者の声を打ち消す」「患者に我慢を強いる」「患者に裁判をさせないようにする」というだけでは、医療改革の議論はなかったも同然です。
 唯一「医師数と医療費の総額を増やす」という話がありましたが、これだけでは、歪んだ医療の形をそのまま相似形で大きくするだけで、「時間(救急)」「空間(僻地)」「種類(診療科)」「報酬(収入や単価)」そして「質(技術や倫理)」の格差を更に拡大してしまうことになります。医療の様々な格差を解消するために、医療システムのグランドデザインを描き、医療資源を健全に配置しようとする議論が不足しているばかりか、そのためのリーダーシップをとろうにも、現状の歪みや格差を知るための情報さえ蓄積されていません。医療は外側の形が歪んでいることはわかっても、その中身は高い壁によって遮られ、見ることさえできないのです。人口が減少していく時代に、右肩上がりで量を増やしていくだけで、いろいろな問題が自然に解決していく、と思うのは明らかに幻想です。今の社会はそのような歴史の負の遺産である開きすぎた「格差」をどうやって縮小していくかがテーマであるはずです。
 また、「訴訟リスク」「萎縮医療」という意味のわからない言葉も再三マスコミは報道してきました。そして「医師は刑事訴訟を免責すべきだ」という論まで広がりました。民事訴訟や刑事訴訟を減らすためには、患者や司法を変えるのではなく、あまりにもひどい医療事故や医療被害をなくすことこそが大切です。医療裁判に寄り添ったことがない、医療事故を見出しでしか知らないような人たちが、これらの言葉を使っているとしか思えません。
 長年、漫然と繰り返される医療事故の被害者たちは、医療裁判で、事実経過を争ってきただけです。病院側が情報を隠して、真実と異なる事実経過を、まるで真実であるかのように主張し始めるたびに、被害者たちは泣き寝入りか、真実を訴えるための裁判せざるをえないかの二者択一を迫られるところに追い込まれてきたのです。
 「ごく普通の医療が誠実になされていたら助かっていた命が失われ、一部の医療とはよべないような行為やあまりにもひどい不誠実な対応によって被害が繰り返されている」のに「医療は精一杯やっても結果が悪くなることがあるのに、それを理解できない患者が裁判をしている」という偏見を流布し続けてきた医療界。だから、医療の内部は何も改善する必要も変わる必要もなく、拡大をしていくだけでよい。さらに、医療事故の情報を蓄積する必要もないし、医療費の明細書を患者に手渡す必要もない。「変わるべきは医療界ではなくて患者の方だ」というだけでなく、「医療被害者が医療を崩壊させた」という本末転倒の誹謗中傷まで広がってしまっています。
 2009年も、このようなマスコミ報道が続き、それを見聞きした国会議員が、それが医療改革の議論だと勘違いし続けたら、日本の医療に未来はないでしょう。幸い、2008年は、私たちと同じ思いの健全なマスコミ関係者や国会議員、医師たちとたくさん出会い、励まされ、世の中は捨てたものじゃない、と思える年でした。11月末には、日本医学会会長が会長を兼任する「医療の質・安全学会」が、医療事故や医療費の情報開示を求め続けてきた「医療情報の公開・開示を求める市民の会」の10年間の功績をたたえ表彰してくれました。12月末には2時間近くのNHKスペシャル「医療再建」が、私に発言の機会をくれただけでなく、これからのあるべき議論の土俵の土台を作ってくれました。
 サイレントマジョリティである国民の多くに、溢れるデマや偏見ではなく、必要な情報を正しく健全に伝えていく必要があります。患者のために精一杯仕事をしているために過労気味になっている多くの医療者も、不本意な医療を受けてしまった患者も、その苦しみの体験や立場は違いますが、実は、「だから、こうすればよいのに」と考えることはたいてい同じなのです。反対側で苦しんでいる者どうしが、実は、同じ改革を求めているのです。
 だからこそ新しい年には、将来、医療者にも患者にもなる子どもたちのために、誰にとっても本当に意味のある議論を始めていく必要があります。そのためには、医療情報の蓄積、公開、共有が欠かせません。医療の壁を取り払い、医療の中身の議論と、医療の様々な格差を解消していくシステムの議論を始めていきましょう。

何によって、あるいは誰によって「失われた数年」となったのかは諸説あるところだと思いますが、「国民の多くに、溢れるデマや偏見ではなく、必要な情報を正しく健全に伝えていく必要があります」とは全く同感で、さすが御高名なる勝村氏ならではの御見識としか言いようがありません。
日本の医療というものの行く末は未だ明らかならざるところがありますが、需要と供給の不均衡が医療崩壊という現象の根本原因だとするならば、供給が直ちに改善されることが見込まれない以上は需要の側を何とかしていくしかないのは自明の理だと思いますね。
勝村氏の仰るとおり、新しい年には国民全てを巻き込んで医療に関する議論の質を深めていかなければならないと決意を新たにするところです。

勝村氏の場合はこういうキャラであるからこそ現在の地位に立っているという点で立場上当然の発言かと思いますが、実際のところ患者側も「黙って病院に行けば病気は治してもらえるもの」という誤解をいい加減に正していかなければならない時期ではないでしょうか。
その昔のスモンなどという薬害事件も何でも薬を出し過ぎる時代背景が一因とも言われるほど、一昔前は過剰診療の問題がマスコミで叩かれていた時代もありましたが、近ごろではあまりそういう話も聞きませんよね。
根拠に乏しい治療を戒める医学教育の普及や保険の査定が厳しくなったという背景事情もありますが、過剰な医療を受けても患者にとって痛くもかゆくもなかったという日本の誇る国民皆保険制度も政策的にどんどん厳しく制限されてきているのは確かでしょう。
その一方で国民感覚が未だに一昔前の「水と安全と医療はタダ同然で当たり前」という感覚のままでいるというミスマッチこそ、現在の医療行政の行き詰まりの遠因とも言えるのではないでしょうか。

いつでもどこでも好きに専門家にかかってすぐに必要な処置を受けられる、しかも安価にと言うのは医療に限らず利用者にとっては大変ありがたい話なのは確かです。
しかしその価格設定が原価割れを強いるような公定価格であり、増え続ける需要に対して常に過小な人員で対応することを強いられているとすれば、現場はいずれ疲弊していくだろうことは容易に想像出来ることと思いますね。
現在のように医療を統制管理の下で公共資源的に運用し続けるのであれば、いつでも好き放題に望むだけという身勝手な受診態度を続けることは医療現場の更なる荒廃を招き、結局は回り回って自分自身に跳ね返ってくることを利用者である国民が理解していかなければなりません。
枯渇が危惧される石油などの天然資源利用に対して省エネという考えが次第に滲透してきているのと同じように、医療という社会資源の永続的利用に対しても利用者の自制による節度ある態度が求められているということです。

こうした状況になってきますと先日登場いただきました九州大学の信友浩一先生のような公衆衛生畑の諸先生方には今まで以上に市民への啓蒙にご活躍いただかなければならないわけですが、最も直接的な役割を担う立場としてマスコミの責任も極めて重大であることは言うまでもありません。
捏造報道によって一県の産科医療を崩壊に追い込むとか、「自分はマスコミ関係者だから」と不要不急の手術を要求するなどは論外としても、医療問題がこうまで微妙になっている時期にあまりに国民をミスリードするようなトンデモ報道の連続では困るわけです。
何よりもマスコミ自身が「医療資源は枯渇している」という適切な問題意識を持ち、未だ医療問題について必ずしも関心が高まっているとは言えない国民一般に対して広く啓発していくという姿勢を示していくことこそ求められるのだと思うのですが…

コラム「河北春秋」(2008年12月24日水曜日河北新報)

 日本人の薬好きや医者好きは、江戸時代には始まっていたらしい。1820年ごろの江戸には人口10万人当たり250人もの医者がいた、と言われる▼現在と比較しよう。10万人当たりの医師数は全国平均で206人(医師免許を持つ人の数)。江戸より少ないことに驚きませんか。東北に限ると、6県とも全国平均を下回った状態がずっと続いている

 ▼歴史家の磯田道史さんの「江戸の備忘録」(朝日新聞出版)で知ったのだが、医療が行き届かない村々を巡回する「郷医」や「郡医者」という制度を設けた藩もあったという。領民にはありがたがられた▼福祉を先取りしたような医療政策がこの時代に早くも行われていたのには、目からウロコだ。いやでも現在の医療崩壊と引き比べてしまう。ただしこの制度、大抵は長続きはしなかったそうだけれど

  ▼医師の臨床研修を見直す国の検討会が、研修医の受け入れ人数に地域ごとの上限を設ける素案を議論することになった。研修医が地方の病院を嫌って、大都市の病院に集中するのを防ごうという目的▼医師の地域的偏在を是正するには国のある程度の規制が必要に違いない。世界でトップクラスの長寿を支えるのは誰もが容易に受診できる日本の医療環境。薬好きや病院好きでいられるのは、悪いことではない。

おいおい、「薬好きや病院好きでいられるのは、悪いことではない。」って、頼むからあまり欲望を煽らないで欲しいですな(苦笑)。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年1月 4日 (日)

今日のぐり「尾道ラーメン 拉麺屋せんだ」

新年も四日目くらいになってくると、そろそろ普段のリズムに戻していかなければならないかなという気になってきますかね。
しかし正月番組というのは毎年代わり映えがしませんが、あれでもちゃんと視聴率取れているんでしょうかね?
落語などの古典芸能は普段なかなかまとめて見る機会がないだけにそれなりに重宝するのですが、バラエティー系というのは年中同じようなことをやってるのにまだやるのかと。

おかげさまでこの正月にはドラマ版「のだめ」DVDセットの一気視聴などやってみましたが、このドラマも原作の漫画とはまた微妙に違った意味で興味深くて良かったのでおすすめしておきます。
「のだめ」というのは海外でも結構人気だそうなのですが、youtubeなど見てみましても英語フランス語中国語ハングルなどなど各国語字幕付きで流されていて面白いですね。
ためしに英語字幕付きのを眺めていたのですが、これも字幕のバージョン違いのものが2、3あるようで、こういうものは同じ英語圏でも各国別ってことなんでしょうか。

まあ脱線はそれくらいとして、そろそろ今年最初のぐり研をいってみましょうか。

今日のぐり「尾道ラーメン 拉麺屋せんだ」
福山市の北の外れ、ちょっと曰く言い難い場所にあるラーメン屋。
どうでもいいですがこの店の構えはいい加減なんだか妙に凝ってんだか何とも微妙な味?がありますね。
シンプルにラーメンにしようと思っていたのですが、多少腹が減っていたこともあって、日替わり定食(ラーメン+鮭のフライ)を注文しました。

尾道ラーメン自体にあまり詳しくもないのですが、個人的に「朱華楼・東深津店」に代表されるような平打ち麺に醤油の強いスープというイメージがあったものが、ここのラーメンはかなり違いますね。
脂が浮いているのは共通ですが、平打ちではないごく普通の中細麺ですし、スープも醤油風味はそれほど強くはない。
と言いますか、ここのスープは脂の甘みとかそんなレベルではなくて、一口すすって「おっ、あまい!」と感じるくらいに甘口なんですね。
個人的には醤油辛いよりはこれくらいの方がまだ食べやすく感じますが、尾道ラーメンとして見た場合の評価はどうなんでしょうかね?
麺の茹で加減は頃合い、上に乗っている具材もまずまず水準と全体的に悪くない仕上がりだと思いますから、やはりスープの味で好みが別れるのかなと言うところでしょうか。

定食として見た場合には、おかずに付いてきた鮭フライは正直バツですね。
そもそも鮭と言うより鱒っぽい上にちょっと魚の味自体どうよという感じなんですが、下味の加減なんでしょうが鮭フライとしても何とも珍妙な味になってしまっています。
これを誤魔化すかのように無闇に多量に添えられたマヨネーズ(どう見てもマヨラーでもなければこんなに食わないだろという量)も妙に酸化しているような味で、唯一認められる点はさっくりした揚げ上がりだけというところでしょうか。
たまたまこの日のおかずが外れだっただけかも知れませんが、結局フライよりラーメンをおかずに飯を食うような感じになってしまいました。
ただこの種のラーメン屋の定食には珍しく、脂の強い味を中和するかのように冷や奴の小鉢がついているのは好印象ですかね(単なる豆腐ヲタとも言いますが)。

日替わり定食はこの日の味だけで見ると値段相応に腹が膨れるだけというところであまりおすすめできるものでもなかったですが、ラーメンはそれなりにしっかりした作りで好みに合えば悪くないかなと思います。
もちろん行列ができるような店ではないですけれども、「十八番」のようなあっさり系醤油の方が好きという向きには一度試してみるのも話のネタにはなりそうな感じですかね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 3日 (土)

他人を信じず被害者意識を捨てきれない医者たち

何か面白い話はないかと探しておりましたら、話のネタになりそうなこういう話を見つけました。
日本医療政策機構のインタビューですが、九州大学大学院医療システム学教室教授信友浩一先生からの御提言だそうです。
「全国でも数少ない医療政策や医療マネジメントの専門大学院で数多くの人材を輩出してきただけでなく、全国各地の自治体の政策や医療機関の経営戦略立案などを多数手がけておられます。」だそうですが、崩壊に直面する医療現場に何をもたらすことが出来るのでしょうか?

【緊急提言】第8回「医師は被害者意識を捨てよ」

1.医療政策における重要課題、そして課題解決の方法などについてお聞かせください。

議論の大きな枠組みを考えよ

政策を論議するときに、前提、あるいは議論の枠組みがないので、さまざまな関係者が、みな自分にとって都合のいい話ばかりをしているような印象がある。たとえば、医療崩壊は医師が足りないから、つまり量の問題だと言う。そういう発想自体が、「私は、今のままでいい」ということにつながりかねず、思考停止を招くのではないか。量が増えたとしてもシステムを変えなければ、単に医学部の教授が喜ぶだけ。将棋の駒が増えるだけで、結局、何も変わらない。
(略)
2.医療政策課題にまつわる5つのキーワードを教えてください。

①医師は応召義務を果たしていない

医療問題にまつわるひとつ目のキーワードは、医師の応召義務。医師は、医療業務を独占している。独占しているのだから、必ず義務も出てくる。それが、応召義務。たとえば電力会社は、すべての国民に電力を供給しなければならない。その代わりに、地域の電力供給を独占できる権限が付与されている。つまり権利と義務を、同時に持っているのだ。へき地だから電気を供給しない、儲からないから送らないというとはできないのである。医師は、医療業務を独占していながら、応召義務を果たしていない。これが医療のもっとも本質的な問題だ

東京や奈良のたらい回し事件もそう。自分の施設が満床だったら断るということが、習慣化されてしまっているから起きる。「施設完結型医療」を前提にしているなら、応召義務も果たしてもらわなければ理にかなわない。

「いまあるもの」で何とかするのが医療だ

求められているのは「地域完結型」の医療。自分の病院で対応できなければ、ほかの病院が対応できないか探してみるべきだろう。医師が不足していようが多かろうが、今いる人員でどうにかする。それが医療の大原則である。

我々はエコーの検査、超音波による検査機器がないからといって、診断をさぼったりはしない。あるいは、血圧計がなく、血圧が測れないからといって何も手当しないなどということもない。そもそも医療は、今あるものでどうにかするものだ。「CTがないからできない」──ありえない。「満床だから」──そんな理由でなぜ診療を断っていい、なぜ、許されるのか。そんな習慣をつけたのは誰か。医師たる者が、業務を独占しながら、応召義務を果たさない。いつ、医師の神経は麻痺したのだろうか。

少なくても、私たちの世代、団塊の世代までは、そんなことはなかったと記憶ししている。何々がないからできませんなどと言ったら、上司からこっぴどく怒られた。「患者を見殺しにするのか!」と。そう叱咤する指導者もいなくなったのだろう。たぶん我々の10歳年下からの世代から、そういう習慣ができ上がっていった。そんな気がしている。

②医師は被害者意識を捨てよ

2 つ目のキーワードは、被害者意識。こんなものがあったら絶対新しいものは生まれないし、元気になれない。阪神大震災があったときに、東部地区の灘や西灘ではすぐに自警団を組んで、ゴミを勝手に捨てるな、変なやつが来たら追い出せ――そんな自発的なコントロールがすぐにできたという。おそらく彼らに、被害者だとの意識がなかったからだ。たとえ、被災者ではあったとしても。

ところが、被害者意識を持っていた地域では、「いつゴミを取りに来るんだ」、「俺たちは被害者だ」――と訴えるばかりで、何も進まなかった。被災者ではなく、被害者だと言う。行政は何もしてくれないと言い、いまだもって自立できていない。被害者意識だけしかないから立ち直れないのだ。
医師も同じ。「私は悪くない。制度が悪い。被害者だ」――だからうまくいかない。「私たちは自らこれを変える。だから行政はこうしてくれ」というのが、本来のプロ集団でありネットワークであろう。

昨日、経営がうまくいっていない病院で、勤務医との間に次のようなやり取りがあった。「なぜ、君らの病院はうまくいかないんだ。時代にも適応していないし、必要な診療科のスクラップ・アンド・ビルドもできていないのは、なぜか?」、「院長が悪い」、「わかった。お前たちは悪くないというんだな。じゃあ院長をいかに辞めさせたらいいか、クーデターの起こし方を私が教えてやろう」、「結構ですよ」。これが典型的な例だろう。自分たちに当事者意識がまったくない。

発想を変えれば良い。誰が悪いかという犯人探しをしても意味はないのだ。発想を変えられないのに、発想を変えられる人の邪魔をするなと言いたい。発想を変えれば、世の中も変わる。

ヒエラルキーの中で育った医師は、二言目には「教授が」、「院長が」と言う。自分で考える癖をつけてこなかったせいだろう。

先ほども触れたが、当事者意識がないのは、医師だけではない。東京大学医療政策人材養成講座のグループが47都道府県知事に「救急医療体制はあなたの問題だと思いますか」というアンケートをしたら、「YES」回答をしたのは、たった2人の知事だけ。ほとんどの知事が、それは国の問題・担当部局だと答えたそうだ。
まず、知事に当事者意識がないことが、地域での最大の問題。私がお手伝いをしている地域の方々は、どなたも当事者意識を持っている。三重県のある院長は、市長や医師会長といっしょになって自ら100ヵ所くらいでタウンミーティングを行っていると聞く。要は、地域の問題についは、知事や市長などトップ自らが当事者意識を持って解決しようとしなければ何も始まらないのだ。

③数値と事実で議論を

3 つ目は、フィギュア・アンド・ファクト、つまり数値と事実。何をどうしたらいいかを、データと事実のみで議論する。覚えやすいようにFFとでも呼ぶといいかもしれない。「足りない」などの感覚値ではなくて、そこにある医療資源をどのようにシステム化したらいいか、ネットワーク化したらいいかを、数値にもとづいて考えるべきだ。
(略)
ある市長からも医師不足で困っていると相談を受け、対策に乗り出した。その市の場合は、まず、責任診療地区を設けた。マーケット調査をし、互いの病院が不足している診療科を補完し合うようにしたのだ。また、基幹病院である5つの病院国立、済生会、市立、社会保険病院と市民病院の院長に集まってもらい、診療科の再編成を行った。各病院には非常勤の雇用をやめ、常勤医で担える科のみを存続させ、存続できない科は、他の基幹病院にまわすことにしていただいた。
また、院長が派遣元の大学と交渉し、4人か5人はその大学の派遣でない医師を受け入れられる枠づくりをした。
数値と事実をもとに、適切なネットワークをつくれば、医師不足の問題もなんとかなるものだ。

④医師も弁護士型の専門家集団にすべき

そして4つ目は、臨床医のコントロール。今、医師は、その身分を生涯にわたって保証されている。一方で、目の前の患者及びコミュニティに対して適切に医療を行える感性や経験、そしてモラルがあるかなどは問われてはいない。

よく比較されるが、弁護士は司法試験という国家試験を通ったあと、自由にどこででも弁護士業務ができるかと言えば、できない。司法試験に合格したら司法研修所で共通の研修プログラムを受け、修了して、さらに47都道府県の弁護士会という業務統制型の専門職集団に所属することで、初めて弁護士実務ができる。

医師は、医師国家試験を通ったあと、共通の研修プログラムもなければ、どこかに所属しないと実務ができないという専門職集団に属す必要もなく、いわば野放図。この状況は、いかがなものだろうか。医師法を改正して、弁護士会と同じように業務統制型の専門職集団に属すよう義務づければ、医師のクオリティコントロールも、配分コントロールもできるようになるのではないだろうか。

⑤「医療理念法」を

5 つ目は、医療理念法。そもそも医療とは何かという医療の理念法が、我が国にはない。「ああ、がんが話題になったからがん対策基本法をつくろう」、「自殺が多い?取り組みましょう」、「予防接種、ああ、そうしましょう」。私は、医療はなんぞやとの理念を明確にしなければならないと思う。そのうえで、医療提供のためのコストとリスクとベネフィット──コストは医療提供側、プロバイダーが負わないといけないリスクもある。同時に、患者さんが負わないといけないリスクもある。ベネフィットも、個人的なベネフィットと社会的なベネフィットがある――の配分をどうするかを決めるべきだ。

国がやるべきことは、医療理念法をつくることだろう。隣の韓国や台湾では口腔ケアの理念法ができたらしい。日本は近隣のアジア諸国よりも取り組みが遅れている。
(略)
3.課題解決を実現するための財源確保の方法は?

1970年代、高度経済成長が終わるまで、道路などのインフラをはじめ、数え切れないほどの公共サービスを行ってきた。低経済成長になった今、その公共サービスを誰の負担でやればいいのか。本来であれば、政治も政策も1970年代後半に大転換が必要だったのだ。

それまでの高度経済成長期の政治及び政策は、利益配分型の政治政策だった。税収増を誰がどういう理屈で分けていくか――。それが、1970年代の後半からコスト配分型の政治、そして政策に転換しなければならなくなった。しかし、政治家はコストを選挙民に負わせようとせず、子どもや孫に払わせようと決めた。
そういう政策選択をした当時の選挙民は、今の50代以上。自分の利益を子どもや孫に払わせるなどという厚かましい選択をしてきたのだから、すみませんと謝罪し、腹をくくって相続税なりで返済する決断をすべきだろう。それを消費税アップで自分たちが引き起こした財政難を補おうとは卑怯としか言いようがない。政治家も国民も己のしてきたことを反省してほしい。

4.課題解決のためにご自身が行っている、あるいは行おうとしていることをお聞かせください。

今、私が医療に関してできることは、とにかく知事に当事者意識を持ってもらい、周囲で活動を支援していくこと。医療を変えた、そんな地域を増やすこと。医師不足に関しても、どうにかなるのだとわかってくれば、日本全体が変わっていくだろう。まずは、現場主導で変わっている地域の存在を、どんどん紹介していきたいと思っている。
(略)
5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。

「他人を信じなさい」
これは主に医師に対するメッセージである。とにかく自分以外の他人を信じない――日本の医師の、最大の欠点だろう。かつて国鉄にいたとき、組織マネジメントのタブーとして「上位の者は下位の者の業務を代行してはいけない」というものがあった。駅長が助役の代わりをしたら、助役はいつまでも困ったら駅長に頼ってしまう。だから人を育てる、組織を育てるときには、上の者は下位の者の業務を代行してはいけない。手を出さないよう辛抱することが大事だ。

でも、医師は違う。できなかったら「どけっ」と言ってすぐ自分が手術してしまう。看護士が失敗すると「なんだ」と叱って、やはり自分でやってしまう。それで、医師はますます忙しくなる。人と組織を育てる発想がないから、他人を信じる力が医師にないから、自分が忙しくなってしまうのだ。

小学校、中学校、高校、大学と、周囲から「できる、できる」と言われて育ち、自分はできるという全能感を持ったまま現場に出る。だから、他人の力を借りるとか、自分の弱いところを出して助けてくれなどと言えない。人間の弱さへの共感もない。幅広い人間性に欠ける傾向にあるのだろう。

違う言葉で言えば、人間の弱いところ、不安だとか恐怖感、甘えを、医師はそのまま受け入れることができない。結局、「私がもっとやらないといけない」となってしまう。

もうひとつ例を挙げれば、「チーム医療」。「チーム医療だから私の言うことを聞け」と言う教授をよく見る。こういう医師は、チーム医療を野球からイメージしている。自分はチームの監督だから「私の言うことをきけ」とやる。そして、ファーストにはファーストの役割だけ果たせ、決してショートの役割などしなくていいと役割を限定してしまう。

ところが、たぶんチーム医療の本来の意味は、ラグビーのイメージだ。監督は観客席にいて戦いぶりを見る。フィールドにいる者に一応役割はあるけれども、要は自分で考えて、今の場の雰囲気を読んでプレイをする。場を読み自分のポジショニングを考えながら点を取りに行く、トライする。これが本来のチームだろう。医師の場合なら、今、それぞれが何をしないといけないかを読み取って医療をする。これが本来のチーム医療だ。しかし、日本の医師は、これができない。ラグビーをイメージしたチーム医療をすれば、今の少ない数の医師でも、医療はまだ十分にやれるに違いない

う~む、口頭インタビューから起こしているのかも知れませんが、文脈があまりにデタラメすぎじゃありませんかね?
のっけから「医師は、医療業務を独占していながら、応召義務を果たしていない」と断罪しておきながら、後段では「でも、医師は違う。できなかったら「どけっ」と言ってすぐ自分が手術してしまう。」と全く異なる医師像を平然と提示する。
ラグビーの場合こういう御仁は何とお呼びするのかは存じ上げませんが、世間の常識では「二枚舌」などと呼称されるであろうこういう神経の太さは見習うべき美点かも知れませんね。
「今あるもので何とかするのが医療だ」なんて、昨今の医療の標準化の流れに真っ向から反対するかのような御意見をこんなところで公言されてしまってよろしいのかと他人事ながら心配になってまいりますが、そうすると加古川事件などと言うものは先生的には「転送などけしからん!あるもので何とかしろ!」と言う事例に相当するのでしょうかね。

「医療とは何かまず定義付けを」なんて、好意的に解釈すれば幾らか見るべきところもなきにしもあらずな部分もあるのですが、あまりに突っ込み所が多すぎで説得力も何もあったものじゃありません。
というわけで当初はどこぞの爺医の「俺たちの若い頃は」な繰り言かと読み流すつもりだったんですが、先生の御略歴を拝見いたしまして思いっきり吹きましたよ(苦笑)。

■略歴■
信友 浩一 九州大学大学院医学研究院医療システム学分野教授
1971年九州大学医学部卒。九州大学医学部助手。78年医学博士。80年ハーバード大学大学院(公衆衛生学)卒業。82年国鉄中央保健管理所主任医長、88年厚生省を経て96年九州大学大学院医学研究院医療システム学分野教授。01年から04年まで九州大学医学部附属病院副病院長兼任。

なんだ、いつもの「戦場から遠い者ほど…」な牟田口の法則ですか(苦笑)。
「何々がないからできませんなどと言ったら、上司からこっぴどく怒られた。「患者を見殺しにするのか!」と。そう叱咤する指導者もいなくなったのだろう」って、いやしくも医師免許を持っていながら現場から真っ先に逃げ出してるような方が遠くから吠えたところで説得力がありすぎて困るのですが先生(爆笑)。
まあ「さまざまな関係者が、みな自分にとって都合のいい話ばかりをして」いても仕方がないんですが、こちら「東京日和@元勤務医の日々」さんのところの記事「病気になったら死ねというのか 医療難民の時代」にも信友先生のお名前が見えますので、面白そうだから該当箇所から引用させていただきます。

「厳寒期の医療を考える-医師不足は生じていないとすれば」
九州大学大学院医療システム学 信友浩一 先生
(略)

 信友先生は「日本の医師不足」を単純にOECD加盟国と比較するのは乱暴だということで、本田先生とはまた違った見方をされていました。
 最初に、アメリカのように医師の資格や専門領域について厳密に規定し、誰がどこまで治療を担当するか明確にしているのだが、日本の方式だと裁量性(つまり何でも自由)で、業務の内容も外科でも内科でも高血圧の治療をしたり、余分な仕事を行うことで、無理していると、本当に必要な医療の質の確保がままならない状態である。
 アメリカの方式であれば、専門家の団体が、規定した業務内容を担当できる医師以外の領域は別の専門家(つまり医師でなくてもできる仕事は薬剤師や専門看護師)に担当させ、医師は本当に必要なこと以外は行わない。こちらの方が、プロセスがはっきりしており、また医師については Professional society quality controlされており、支払い側も業務内容について払いやすく、安定している。
 一方、日本では看護師の仕事までも医師が分担して行っており、その分、医師が疲れて辞めてしまうと影響が大きく不安定である。また、質が担保されないため、支払い側も学会の認定医や専門医が質の保証がされていないため、安心して追認できない。

御高名なる本田大先生の御見識はともかくとして(苦笑)、まさにそうした「誰がどこまで治療を担当するか明確に」なってきた結果が先生のおっしゃるところの「応召義務を果たしていない」なんて無責任な外野から非難されるような現状になっているのではないかと愚考いたしますが。
先生の乏しい臨床経験から学ばれたような「場末の老開業医が心筋梗塞に漫然とヘパリン流して経過観察している」なんて事が許される時代ではなくなったのは御存知だろうと思いますが、なまじ国が狭くて交通網も発達している日本だからこそ要求される医療水準というものも高くなってしまっているのだとはお考えになりませんか?
個人的に今どき「アメリカでは」なんて仰る方はまず例外なくトンデモ論者と言う偏見があるんですが、まさか先生までその範疇に含まれるなんてことはないですよね?

 日本の西日本でも医療崩壊があるようですが、そんな中で、信友先生が関わったという出水総合医療センターでは、必要な医療について検討を住民や病院関係者、地域の医師会、自治体関係者と行い、その医療圏で必要とされる医療についてリソースアロケーション(見直し)を行って、地域完結型医療を推進したそうです。
 これについては詳しくは出水市病院事業の在り方に関する提言 を拝見いただくとして、いずれにせよ、このような形をとることで、地域医療の見直しを行うのをサポートしてきた先生の意見としては、医療の見直しは地域ごとに考える必要がある。
 政府はお金もないし、アイデアもない。だから地域でやれること(開業医や療養施設、急性期医療機関などとの地域連携型治療パス、救急分野、疾患分野ごとの分担制)を行いなさい。という大蔵省の「銀行の護送船団方式」の放棄と同じように、「病院の護送船団方式の終焉」を追認なさっているような感じでした。

地域完結型医療というのがこの先生の持論のようですが、特に地方において現在求められる水準の医療と言うものを地域内で充足しようとしますと実際問題大変だと思いますよ。
片田舎に巨大な医療センターでも作って非現実的な医師の集積を要求するか、地域と呼ぶのもおこがましいほど広域の医療圏を設定する必要があると思いますが、信友先生が関わったという出水総合医療センターの現状もこんな感じだと言うのにそんなお気楽なこと言っちゃってていいのですかね?(苦笑)。
ちなみに高齢者の多い地方の僻地ほど脳卒中や心筋梗塞といった疾患も多いだろうと予想されますが、例えばtPAによる血栓溶解の3時間ルールを守るだけでも日本中の津々浦々までどれだけの医療資源が必要となりますことやら。

そもそも医療政策的にそうした地域医療機関内での役割分担が進んできた結果が現在の急性期病院勤務医の激務から来る逃散と言う結果を招いているわけですが、そのことにつきましてはどのような対策を講じるおつもりなのでしょうか。
医療と言うものは診療科間、あるいは急性期と慢性期といった具合にはっきり区別出来るものは稀で、現状ではそうした境界症例が「より高次の医療機関へ任せておけば安心だろう」と言う患者の一局集中を招き、業務が集中する医師の疲弊を招いているわけです。
こうした状況を改善するためにもまず何よりも優先されるべきなのは、どこまでもゼロリスクを求めがちな住民の意識改革が必要だろうし、そうした方面こそ先生のような医療現場から距離を置いた方々が音頭を取って活躍していただかなければならない場所だと思うのですけれどね。

 また、研修制度が導入されたからには、大学は研究機関として生き残るべきだし、臨床研修病院は医師養成機関としてまったく違う役割を担うようになるであろう。いわゆる医師のキャリアパスがまったく二つ別個のモノになったのだから、いいことだという意見でした。

まあ確かに良いことだと思いますし、将来的に当然そうなっていくべきだと思っている人間も多いんだとは思いますよ。
しかしそういうことを仰るならまず隗より始めよで、九大病院の研修医募集枠を全廃せよとでも学内で声高に主張されてみれば地域の医療機関からずいぶん感謝されるのではないでしょうか(苦笑)。
現実に最も多くの医師を抱え込んでいる大学当局者がこういうことを言ったところで、特に医師不足に悩んでいる方々にすれば当事者意識に欠ける発言と取られても仕方がない話で、「お前が言うな」で終わりなんじゃないですかね。

やはり個々に見ていけばそれなりに面白い事も言える人なのかも知れませんが、全般的に現場を知らない人間によく見られる斜め上への結論の逸脱ぶりがなかなかに素敵で、寒さ厳しいこの時期に少しは冷え切った身も心も暖まる燃料になったかなと言うところでしょうか。

しかし行政担当者が当事者意識を持つことが重要であることは先生の指摘を待つまでもないことですが、仮にも最重要の当事者の一人たる医学部教授が当事者意識の欠如した批評家然とした姿勢に終始しているようでは医療業界も先が思いやられますかね。
なるほど、全国の医者がこういう妙にひねくれた「被害者意識」を捨てて、明るく前向きに「他人を信じ」ていれば日本の医療も少しは変わってくるということなのでしょうが、そういうのは単なる現実逃避と言うんじゃないかという疑問も無しとしない建設的な御提言ではありました。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2009年1月 2日 (金)

最近のちょっと気になった記事

今日も新春進行と言うことで、最近目にしたちょっと気になる記事の紹介です。
少し前に伊藤かずえさんのシーマが20万キロを超えたという話題がごく一部でちょっとした話題になっていたのですが、世の中上には上がいるというニュースから。

走行460万kmのメルセデスベンツ!! 博物館に寄贈/ドイツ(2004年12月10日RESPONSE)

ダイムラークライスラーは、ドイツのシュツットガルトにあるメルセデスベンツ・ミュージアムが、累計走行距離460万kmのメルセデスベンツ『240D』の寄贈を受けたと発表した。

同ミュージアムに寄贈したのは、ギリシャのテッサロニキ市のタクシードライバーのグレゴリオス・サキニディス氏。1976年製のメルセデスベンツの240Dで、現在知られるメルセデスベンツ車として最長の総走行距離を達成したとしている。

サキニディス氏は1981年にドイツで走行距離約22万kmの中古車としてこの車両を購入し、タクシーとして使用してきた。オリジナル2台とスペアエンジンをオーバーホールしながら延べ11回乗せ換えし、2004年7月までの約23年間で、累計走行距離460万kmを達成した。

ミュージアムへの寄贈レセプションで、サキニディス氏には、ドイツからギリシアに帰国するのに使用してもらうため、新型『C200CDI』が寄贈された。

走行距離22万キロの中古車を購入って時点で日本の普通の感覚からするとすごいと感じるところですが、タクシーだからこんなものなんですかね。
しかしエンジン乗せ換え11回ってハンパない回数ですが、そうまでやっても買い換えるよりは安上がりだったんでしょうか?
これだけだったらまあベンツだし、そういうのもありかなとも感じる方もいらっしゃるかと思いますが、国産でも大台突破という話題がこちらです。

走行距離100万km突破/神奈川(2006年9月7日タウンニュース)

 中山町の個人タクシードライバー・高橋鉄雄さん(高橋タクシー)の運転する自動車がこのほど、走行距離“100万km”を突破した。高橋さんが運転するのは、平成9年製の高級自動車セルシオ(トヨタ自動車)。日々のアイドリングや小まめなメンテナンスがこの長い走行距離につながった。

 「お客様から『東京からニューヨークの間が約1万km、地球一周が約4万kmなので、100万kmは本当にすごいなぁ』とよく感心されます」─。高橋さんは、航空会社の機長や副機長の自宅と空港などの間を送迎する専門のタクシードライバー。これまでトラブルは一切なく、時間通りに機長らを送り届けてきた。「車のトラブルで、機長が飛行機に乗り遅れることなどがあっては許されない。いつも車は完璧な状態にしています」と高橋さんは話す。長く自動車に乗るには、ドライバー自身の自動車の管理が大切だという。少しでも不調を感じたときには、いつも整備を依頼している「神奈川トヨタ港北店」のスタッフにアドバイスを聞き、入庫などの対応をしている。また、日頃から自動車の“健康状態”を万全に保つため、エンジンオイル・デフオイル・オートマチックミッションオイルの交換をまめに行い、毎朝のアイドリングは欠かしたことがない。さらに、車のメンテナンス内容を自身の手帳に克明に記録し、「いつ何をした」のかをきちんと管理している。

 100万kmを突破してなお、高橋さんの自動車はとても調子が良く、乗り換えなどの予定はないという。今後、どれぐらい走行距離が延長されるのか期待されている。

こちらもやはりタクシーですが、LPGならエンジンも傷まないのでしょうか、特にエンジン交換したということもないようですね。
ちなみに埼玉県警でもパトカー仕様のスカイラインが「メーター一周=100万キロ突破」で未だ現役と言いますから、やはりプロの手できちんと手入れをしていれば日本の気候風土でもこれくらいは走るということなのでしょうか。
「もったいない」の精神は近ごろ外国でもひっぱりだこと言いますが、環境意識も高まる中で業界トップのメーカーさんもエコ換えなんて意味不明のCM流してていいんですかね(苦笑)。

酔っぱらいのトラブルを防ぐために警察がシャボン玉を配布/英国(2008年12月02日GIGAZINE)

アルコールを摂取し、判断力や自制心が低下してしまっている酔っぱらいに対して、マナーを守ってもらうように説明するのはなかなか骨の折れるもの。そこで、イギリスの警察はシャボン玉を使って治安の向上を目指すそうです。

詳細は以下から。
No trouble bubbles - News - Manchester Evening News

イギリスの警察たちはボルトンにいる酔っぱらいたちにシャボン玉を配布することを計画。目的はパブやクラブから出てきた人たちをシャボン玉作りに夢中にさせて、暴れることなく家まで帰るようにするためだそうです。シャボン玉にかかる費用については明らかにされていませんが、だいたい1~4ポンド(約 145~580円)で市販されているものになるとのこと。

このアイデアを「完全に狂っている。シャボン玉にかけるお金があるなら納税者に返して欲しい」と批判する人もいるのですが、ボルトンの議員である Elaine Sherringtonさんは「シャボン玉の配布は人を陽気にさせる素晴らしいアイデアです。酔っている人たちも楽しいことに夢中になるでしょう」と犯罪抑止の効果があると語っています。

イギリスではシャボン玉の他にも、夜中に騒ぐのをを防ぐためマンチェスター警察が棒キャンディーを配ったり、デボンにてハイヒールが折れて裸足で歩いている女性にビーチサンダルを渡したりと、様々な物を警察官が配布しているそうです。

税金を使って一部の人に物が配られるので賛否両論ありそうですが、実際に治安が良くなるとしたら結果的には安い出費になりそうです。

変○と言えばイギリスと毎日新聞の専売特許というのは一部の人間の間ではすっかり常識(失礼)ですが、こういう記事を見ますといつもながら目の付け所が違うなと感心させられますね。
最近では例の「青色街頭にしたら犯罪が減った」というグラスゴーの話がはるか日本でも妙な塩梅に蔓延してしまっているようですが、あれも結局はっきりした効果はなく余計な経費がかかる上に肝心の街灯機能が落ちるだけなんじゃないか?という疑問が提示されています。
むしろこの記事の着目すべき点は「シャボン玉にかけるお金があるなら納税者に返して欲しい」などという他国なら至って常識的な声があったという点で、こういう英国的美意識に欠ける御仁が出てくるようでは大英帝国の文化的伝統も危ないのではないかと危惧されるところですね。

月まで届くゴミを減らせ Xマスは「日本人をまねよう」/英国(2008年12月24日共同)

 クリスマスプレゼントは風呂敷で包もう―。こんなキャンペーンを英政府系の環境保護団体「廃棄物と資源・行動計画」(WRAP)が行っている。クリスマスシーズンは贈り物を包む包装紙の需要が増えるが、リサイクルできない光沢のある紙などが主に使われ、大半がゴミと化すからだ。

 23日付英紙デーリー・テレグラフは「環境により優しいクリスマスのため、日本人をまねしよう」との見出しと、風呂敷を持つ女性の大きな写真を一面に掲載するなどして、WRAPのキャンペーンを紹介した。

 同紙によると、英国では毎年、クリスマスプレゼント用に使われた1万トン以上の包装紙がリサイクルできずに廃棄物埋め立て場に送られる。これらの紙を広げてつなぐと月まで届くという。

 このため、WRAPはウェブサイトで日本の伝統だとして「フロシキ」を紹介。「楽しくて創造的。包みをほどいたら、捨てるものは何もない」と強調して使用を勧め、本やワインボトルを包む方法を動画で紹介している。

って言ってるそばからこれかいっ!(笑)
この連中の場合、ネタとしてやってるのかマジでやってるのか判らないところがあるんですが、これはきっとネタだと思いたいところですね。
はるか極東の国まで巻き込んだ壮大なネタ(確定)とも比肩し得るこれまたスケールの大きな話をもう一つイギリスから。

銀行口座の残高が13兆円のマイナス!ある英国人を襲った「金融危機」/英国(2008年12月31日AFP BBニュース)

英国のアーバイン(Irvine)に住むドナルド・モファット(Donald Moffat)さん(38)は30日、銀行口座の残高を見て真っ青になった。1000億ポンド(約13兆円)のマイナスになっていたからだ。モファットさんを一時的に襲った「金融危機」の原因は「技術上のミス」だった。

 パートタイムの介護福祉の仕事をしながら学校に通うモファットさんによると、オンラインで銀行口座を確認した妻が「2件の500億ポンド(約6兆5000億円)の引き落とし」を発見したという。

 モファットさんは英国放送協会(BBC)に対し、「前日の夜、外出する前に口座を確認した時はまだちょっと残高があったんだけど、今朝見た時には1000億ポンドのマイナスになっていたんだ」とし、「これに気づいた時は、驚いて震えが止まらなくなって、気分が悪くなったほどだった」と語った。

 問題の口座をもつ英銀大手バークレイズ(Barclays)銀行は、「技術上のミスで、いくつかの口座で誤った引き落としを行った」とする声明を発表した。

 同銀行によると問題はすぐに特定され、問題が発生した口座の残高は1時間以内に正常な表示に戻ったという。同銀行は、「このミスによって経済的な影響があった顧客はいない」とする一方、問題が発生した口座をもつ顧客らに謝罪した。

経済的な影響があった顧客はなかったかも知れませんが、健康上の影響があった顧客は多々ありそうな心臓に悪いニュースなんですが。
その昔、噛みつき魔フレッド・ブラッシーの試合をテレビで見てお年寄りがショック死したなんて伝説を聞きますが、これ見て倒れてた人がいたら大問題だったところですかね。
さて、最後に少しばかり真面目な?ニュースも紹介しておきます。

「にきびがつぶれた」でも救急車 増える不搬送 /兵庫(2008年12月24日神戸新聞)

 要請に応じて救急車が出動したものの、現場で「緊急性なし」と判断し、搬送しなかったケースが二〇〇七年、神戸市内で千六百八十六件あり、十年前の約三倍に増えたことが分かった。「にきびがつぶれた」「ガラスの破片で指を切った」など明らかに緊急性がなくても、同市消防局は原則、現場へ急行。だがここ数年は安易な要請が全国で課題となっており、同局は「ほかの患者の搬送に影響する可能性もある」と頭を悩ませている。

 〇七年、同市内の出動件数は六万七千二百九十二件。このうち現場へ向かったが既に死亡していたり、引き返したりするなど搬送しなかったケースは約15%に当たる一万二百五十八件だった。

 一万二百五十八件のうち、現場で「緊急性なし」と判断し、救急隊員が要請者を「説得」したケースは千六百八十六件。一九九七年の五百二十八件から大幅に増えた。

 同局によると、これまでにあった緊急性なしの要請は、「にきびがつぶれて出血した」▽「救急車で行けば、病院で診察待ちがないと思った」▽「タクシーを利用する金がなかった」▽「食事が毎日同じで体に悪いので、病院で点滴したかった」-など。救急車で向かうと、入院の準備をして待ち、「足が痛いので病院まで連れて行って」と話す人もいたという。

 同局は、〇六年度に一台、〇七年度に二台、救急車を増やしたが、出動から現場到着までの平均所要時間は五年連続で五・七分。九七年に比べて〇・一分延びている。

 同局は「病気やけがの場合はまず、かかりつけ医に相談するほか、自分で病院に行けるかどうか考えてほしい」と呼び掛けている。

記事自体は近ごろよくある話なんですが、突っ込み所はやはり「にきびがつぶれた」「食事が毎日同じで身体に悪い」といったあたりですかね?
実のところこのレベルの話は昔から現場ではそれなりにあったんですが、以前なら「患者は弱者」一辺倒だったマスコミでちゃんと公に報道されるようになったことの意味が重要でしょう。
記事の論調を見ても近ごろではようやくこうしたトンデモ搬送要請は何とかすべきというコンセンサスが形成されつつあるようですね。

搬送の有料化についてはすでに西川厚労副大臣も言及しているところですが、勝手に予想するならまずは民間の搬送サービスよりも少し高いくらい(数千円程度?)になりますかね。
有料化について「金がないからと本当の病人が利用をひかえるようになるのでは」と言う人がいますが、いずれにしても病院に行けばお金はいるわけですし、特に救急搬送が本当に必要だと言うような重症患者であればこの程度の料金より肝心の医療費の方がずっと高く付くはずですから、あまり意味のある議論とも思えません。
各病院で導入が進んでいる時間外受診の加算金では3000~5000円程度の加算でおおむね3~4割程度は来院が減っていると言いますが、搬送業務を円滑化するためのコストとして十分検討に値するんじゃないかと思うのですがね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 1日 (木)

新年明けましておめでとうございます

新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

本日は新春進行?と言うことで、最近のちょっとそれはどうなのよ?と思える記事を幾つか紹介してみましょう。

ジンバブエ大統領、「米国と西欧は能なしのバカ」と発言(2008年12月24日CNN)

ハラレ(CNN) コレラ被害や経済疲弊で国際的な注目を浴びているアフリカ南部ジンバブエのムガベ大統領が23日、「米国と西欧諸国は能なしのバカ」などと発言した。死去した軍高官の葬儀で語ったもので、英国から独立した28年前から生じている経済問題も人道問題も、欧米による制裁が原因だと非難している。

ジンバブエは人権侵害でも国際的な非難を受けているムガベ大統領の独占政権下にある。年間インフレ率は2億3000万%と経済が崩壊状態であるだけではなく、国連によれば今年8月からのコレラ死者が1000人を超えている。

今年9月15日には、大統領選挙結果で対立していた与野党が連立政権樹立で合意し、ムガベ大統領の続投と野党・民主変革運動(MDC)のツァンギライ議長が首相に就任した。

しかし、米国のフレイザー米国務次官補(アフリカ地域担当)が21日、ムガベ大統領が権力を持った状態においては、連立政権の樹立は不可能だと発言した。また、ツァンギライ議長は19日、新年までに人質となっている党員42人を解放もしくは、公平な裁判の場に連れ出さなければ、連立政権には参加しないと表明している。

フレイザー国務次官補の発言を受けたムガベ大統領は、「我が国の政府には、ブッシュ米大統領や彼の政権は含まれていない。何の関係もないし、彼のことなんか知りもしない」と反論。「言いたいことは言わせておけばいい。彼らはまったくの無関係。能なしでバカだ」と述べた。

また、ブッシュ大統領がムガベ大統領に対して退陣を迫っていることについても、ブッシュ氏が来年1月20日に大統領の職を退くことに触れ、「死にかけたウマの最後の悪あがきだ。日が沈む政権に注意を払うつもりはない。ジンバブエの運命はジンバブエ人が決める」と続けた。

ジンバブエと言えば最近なにかと話題になることが多い国ですが、もともとアフリカでは珍しく「うまくいっていた」国がこうまで崩壊していく過程を誰が想像できたでしょうか?
驚異的なインフレ率(それでも史上最高ではないというところが恐ろしいですが)の実態というものがどうであるか、こちらの写真を見ていただくだけでよく判るかと思います。
コレラの死者はすでに1500人を越えたというニュースもあり国難には同情に値するところもありますが、政府筋からコレラなど存在しないだの他国の陰謀だのと言っているようでは話になりませんね。
とりあえず大統領閣下には「お前が言うな」の言葉を進呈しておきます。

やってない飲食店が珍しい!韓国の「使い回し」(2008年12月26日日刊ゲンダイ)

 年末年始はウォン安の韓国でグルメ三昧という人たちには、イヤ?な話だ。韓国保健福祉家族省などは、一向になくならない飲食店の食べ残しの使い回しを根絶するため、罰則強化や撲滅運動に取り組むことを決めた。
 実際、韓国の“使い回し事情”はすさまじい。KBSテレビが独自に調査したところ、実に80%の飲食店が使い回しをしていたというから、やっていない店のほうが珍しいのだ。
 客はどんな食べ残しを食わされているのか。一番多いのが「パンチャン」。韓国の飲食店では客が注文したメニューとは別に、キムチや塩辛、和え物、ナムル、韓国ノリなど数種類のおかずがタダでサービスされる。これがパンチャンで、店側は「ケチな店」と思われたくないので山盛りで出す。当然、大量の食べ残しが出るが、いちいち捨てていたら商売にならない。盛り直して次の客に出す店がほとんどというわけだ。そのまま出さなくても、キムチチゲの具や炒め物に使われたりする。日刊ゲンダイ本紙の好評連載「チューボーの裏」(12月13日付で終了)の筆者・吾妻博勝氏(ジャーナリスト)はこう言う。
「ソウルはいま“回転寿司ブーム”なのですが、この秋に韓国のテレビ局が取材に来ました。回転寿司でも使い回しやネタ偽装がひどいので、その手口や見分け方を教えてほしいというのです。生ものの寿司ですらこうなのですから、他は推して知るべしですよ。また、韓国の友人は焼き肉は高級店ほど使い回しが多いと言ってました。高級店に来る客は気前良くバンバン注文するので、食べ残しがたくさん出るだけでなく、大衆店のように肉をたれに漬けて出しませんから、残ったら盛り直してそのまま使えるんだそうです」
 年末年始旅行で食べ残しを食わされない知恵はないのか。最近はパンチャンを注文制にして、食べたいものを必要な量だけ出したり、客が食べ残しを備え付けのポリバケツに捨てるシステムの店が登場している。店頭に「再利用しない」というステッカーを張ることも検討されているという。こうした店なら、使い回しは少ないはずだ。
 ただ、いまのところ、一流ホテルの店でもない限り、ある程度の使い回しは覚悟したほうがいい。まぁ、病気になるわけではないしナ……。

いや「病気になるわけではないし」って、そうとも言い切れないんですけど…
最近やたらとマスコミが「ウォン安でお得な韓国グルメツアー」なんて何か宣伝まがいの番組ばっかり流しているなと思っていましたら、案の定と言いますかこういう裏がありましたか。
普通に日本でよくあるようにテーブル毎に備えておいて取り分け用の小皿を付ければいいんじゃないかと思うんですが、こういうのも文化的差違というものなんですかね?

「教育のため」?女性教諭、1万円盗む 宮城(2008年12月17日産経ニュース)

 温泉旅館の脱衣場で1万円を盗んだとして、宮城県教育委員会は17日、同県塩釜市立中学校の女性教諭(32)を懲戒免職処分にした。「苦い思いをすれば不用心なことをやめるだろう」と、被害者への勝手な“教育的指導”から盗んだと話しているという。

 県教委によると、教諭は10月下旬、鳴子温泉まで日帰り入浴に行った。脱衣場のロッカーを開けると、岩手県一関市の女性の財布などが入っていた。教諭には施錠せずロッカーに入れていた持ち物を盗まれた経験があるといい、「全部取るとかわいそう」などと考えた末、ある程度の額を残し1万円札だけ抜き取った。

 教諭は翌日、中に1万円札を忍ばせた封書を匿名で温泉に送付、おわびも添えた。結局、1週間後に警察に逮捕され、罰金20万円の略式命令を受けることになった。

あ~、これはですね、何ともコメントのしようがないんですが、発想が斜め上だとか突っ込む以前に「やり方がスマートでない」に尽きると思うんですよ。
教育目的にしてもハンパだし、ネタにしても笑えない、おまけに何をどうやってか足が付いて逮捕の上に懲戒免職と、どこまで行っても間抜けとしか言いようがない話ですからね。
最近の教育業界もいろいろと大変と言いますからストレスがたまっていたのかも知れませんが、馬鹿がお馬鹿をやったところで芸にはならんのです。

堂々コピー祭り 中国の遊園地(2008年12月29日中日新聞)

【長沙(中国湖南省)=小坂井文彦】中国湖南省長沙市の遊園地「世界の窓」で、ドラえもんなどを無断でコピーしたマスコットが出演する年末特別イベント「コピー祭り」が行われている。中国は近年、海賊版対策に取り組む姿勢を見せているが、成果が上がっていないのが実情だ。

 同遊園地は「コピーを理解せず、関心を示さない人は落後者」などと挑戦的な宣伝文句で市民にアピール。昨年、北京の石景山遊楽園で模倣マスコットが問題になったが、「コピーは文化。独特の雰囲気で魅了します」と開き直っている。

 世界貿易機関(WTO)は今年5月、中国に対し「知的財産権保護のための刑事罰が不十分で、問題が残る」と指摘。経済協力開発機構(OECD)によると、国際貿易における模倣品や海賊版の被害総額は2000億ドル(約18兆円)に上る。

中国と言えば今や世界的に有名なパクリ大国でもありますが、国営でありながら版権キャラパクリ放題という石景山遊楽園を初めとして遊園地もパクリには事欠きません。
パクリ自体はどこの世界でも多かれ少なかれある話ですが、「コピーを理解せず、関心を示さない人は落後者」というこの開き直り具合はどうなのよ?とさすがに突っ込みたくなりますね。
石景山遊楽園もディズニーが提訴してずいぶんと大騒ぎになりましたが、そろそろ国際的にもこういう行為に対しては厳しく対処し始めるんじゃないかという気がします。

図書館「ボーイズラブ」に揺れる 堺市、市民の不信感募る(2008年12月23日京都新聞)

 「ボーイズラブ(BL)」と呼ばれる男性同士の恋愛をテーマにした小説に、堺市の図書館が揺れている。市民の声を受けて貸し出しを制限したところ、反対に「特定の本を排除するのは問題」と非難が集中し、制限を撤回。「また突然、対応を変えるかも」と市民の不信感は募っている。

 一般的にBL小説は、1冊に数ページのイラストがある。堺市立の7つの図書館が所蔵する計約5500冊のうち、100冊程度には男性同士が裸で絡み合うような過激な描写があった。盗難も多いため、申請があれば貸し出す閉架書庫に置いていた。

 しかし、ひっきりなしに貸し出されるため、4つの図書館では誰でも閲覧できる棚に配置。7月、「子どもが見るのにふさわしくない」との声が利用者から出た。

 図書館側は、閉架書庫に戻した上で、18歳未満への貸し出し禁止を決定。これに、住民グループが「特定の本を排除したり廃棄したりするのは、図書館ではあってはならない。政治的圧力もある」と反発。有識者も賛同し、11月に廃棄差し止めの住民監査請求が申し立てられると、図書館側は一転、18歳未満への貸し出しも認めた。
 堺市は「拙速で、判断を誤った」としている。

いや「判断を誤った」って、男向けだろうが女向けだろうが公立図書館でエロ閲覧し放題はいかんでしょJK。
それはともかく、こういうことを言い出す「市民グループ」と言えば大体がいわゆるプ○市民系な人たちかと思うわけですが、ネタがネタだけにまさか腐○子な人たちが大挙して押し寄せてきていたりするならばそれはそれで怖いものがありますね。
どなたか地元情報をお持ちの方、是非とも実態をお聞かせ願えればと思います。

<浄水器設置詐欺>容疑の業者逮捕 5府県100件被害か 浄水器設置装う 実際は万力取り付け(12月16日毎日新聞)

 浄水器設置を装い、高齢者から現金を詐取したとして、大阪府警松原署は15日、東大阪市の訪問販売会社「ソーシャル コネクト」代表取締役、佐藤琢磨被告(36)=住所不定、別の詐欺罪などで起訴=を詐欺容疑で再逮捕した。今年3月から9月にかけて、大阪、兵庫、和歌山、奈良、三重の5府県で約100件の余罪(被害総額計約1900万円)があるとみて追及する。

 調べでは、佐藤容疑者は3月9日、大阪市阿倍野区の70代女性宅を訪れ、「大阪の水は汚れているので検査する」「水がきれいになる」などと浄水器の設置を装い、現金39万9000円を詐取した疑い。実際は、万力を取り付けただけだった。

詐欺としては今どき何一つ珍しくないような良くあるネタなのですが、幾ら何でも浄水器と偽って万力って、詐欺にしてももう少しくらいは誠意と言うものを見せろよと(苦笑)。
こういうネタのような話が実際にあったことも驚きですが、1900万もの被害が出ているというあたりに何ともやり切れないものを感じますね。
不景気もあって色々と大変な時期ですが、それだけにあからさまなうまい話には引っかからないようご用心を。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »