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2008年12月 6日 (土)

救急医療は弱肉強食の時代へ進む?

少し前の話になりましたが、墨東病院などの受け入れ不能事例を受けて東京都が「周産期救急の全症例を受け入れる」施設を作ると言うニュースがありました。
現状の医療機関を維持するだけでも不足している医療スタッフをいったいどこから調達してくるつもりであるのか興味があるところですが、まずはこういう記事から紹介していきましょう。

周産期医療:都立府中病院産婦人科部長・桑江千鶴子さんに聞く /東京(2008年12月2日毎日新聞)

◇重症妊婦すべて受け入れ--「スーパー総合」都が導入へ

 「スーパー総合」は機能するのか--。都内で9~10月、脳出血の症状を訴えた妊婦を総合周産期母子医療センターが受け入れられない事態が相次いだ問題で、都周産期医療協議会は先月28日、重症妊婦の搬送をすべて受け入れる「スーパー総合周産期母子医療センター」(仮称)の導入を決めた。既存のセンター3~4カ所を「スーパー総合」にするというが、都立府中病院産婦人科部長の桑江千鶴子さんは「周産期医療に大きな影響を与えるのでは」と懸念する。現場の最前線に立つ桑江さんの話を聞いた。【須山勉】

 ◇現実追いつかず、人材不足拍車も

 --「スーパー総合」をどう見るか。

 「すべて受け入れる」というが、ベッドが満床だったり、手術中だったら現実的にどうするのか。受け入れられず、患者に悪い結果が出れば「すべて受け入れると言ったじゃないか!」と言われ、裁判にされる恐れもある。それにより貴重な人材が疲弊し、傷つき、辞めていけば、ただでさえ人手不足の周産期医療に重大な影響が出る。現場の人間から見ると、いい考えとはどうしても思えない。

 --発端は、総合周産期母子医療センターが妊婦の搬送を受け入れられない事態が相次いだからだが。

似たようなケースは日常的に起きている。ハイリスクの妊婦を受け入れる施設は都内でも不足している。府中病院でも妊婦を他へ搬送しなければならなくなった時、医師が1人はりついて受け入れ先探しの電話をかけまくる。1日で見つからず、数日間かけ続けることも珍しくない。

 --脳内出血を起こした妊婦が亡くなったケースでは、産科でなくER(救急治療室)で対応すべきだったとの指摘もあったが。

 でも産科医の手が空いていない状況で妊婦が搬送された場合、救急だけで対応することはありえない。赤ちゃんがおなかにいる状況で脳の手術はできない。まず、産科医が帝王切開をして赤ちゃんを出さなければ先に進めない。今のERはあくまでも窓口に過ぎず、患者を受け入れたら結局各科に回しているのが現状だ。ERに運べばなんとかなるという議論はおかしい。
(略)
 --そもそも産科医不足が背景にある。

 産科医をすぐに増やすことはできない。数が少なくて休みを十分取らせることができないなら、せめて給与面を改善してほしい。特に都立病院の医師は「タダ働き」が多い。緊急で病院に出ていく時の特殊勤務手当は、低額なうえに基本給の25%までで打ち切られている。あとはどんなに緊急出勤しても手当がつかず、民間病院と大きな格差がある。
 公務員としての制約も多いうえ、事務系管理職はすぐ異動し、いい病院づくりができていない。若い医師が行きたがる都立病院にしなければ、医師不足はさらに進むのではないか。

昨日紹介しました「とりあえず運び先は決まっていた」札幌市の産科救急がどういうことになったのかを見れば、根本的なリソース不足を放置したままこういうシステムを組んだところでどうなるか火を見るより明らかだと思うのですが、石原都知事はかねてERなんてものがお好きのようですから、これも実行されてしまうのでしょうね。
東京というところは絶対量としての医療資源は全国一という所柄ですから、良くも悪くも全国に先駆けたモデルケースとしても今後を見守っていくべきなのかも知れませんが、そもそもこうした「何でも受け入れます」式の施設をばんばん整備していけば医療問題は全て解決!なんて、そんなムシのいい話があるものでしょうか?

別に札幌や東京に限った話ではありませんが、全国どこでも医師不足なのは今に始まった話ではありません。
中でも産科医不足は周産期医療という世間の耳目を集めやすい問題と密接に関わっていることもあって、殊更深刻さが際だってきている印象がありますが、実際のところも減少傾向は更に進む一方という状況です。

産科減少傾向に歯止めかからず、90年の6割近くに(2008年12月2日読売新聞)

 全国の産科・産婦人科のある病院数は2007年、前年よりも37か所少ない1539か所で、産科・産婦人科の減少傾向に歯止めがかからない実態が2日、厚生労働省がまとめた「医療施設調査」でわかった。

1990年(2459か所)と比較すると6割に近い水準にまで減っており、同省は「過酷勤務や訴訟リスクを回避したい医師の産科離れは深刻。産科施設の集約化も進んでいる」と分析している。

 調査は毎年実施されているが、実際に分娩(ぶんべん)を扱った病院数の調査は3年に1回。直近の05年では、産科・産婦人科のある病院の2割弱が分娩を実施していなかったため、07年調査の病院数にも未実施施設が相当数含まれているとみられる。

 小児科のある病院の減少も続き、07年は前年比60か所減の3015か所だった。

ん~おかしいですね、かの柳沢厚相の公式答弁としては産科医が減っているのは単なる少子化の反映と言うんじゃなかったでしたっけ?なんて突っ込みも入りますが、いずれにしてもまず絶対数が足りていないということを認識しなければならない。
医療が高度化すればするほど多量のマンパワーを含めた医療資源を必要とすることになるのですから、患者一人あたりの必要労力というものを考えてみればスタッフ数も医療機材も昔より多くを要するようになるのは当然です。
寝る間も惜しんで働くというのはある局面では美徳となることなのかも知れませんが、少なくとも医療訴訟の現場で考慮されるべき事情ではないことは明白なのであって、産科と言う場所はとりわけ医療訴訟に関わることが多いという職場環境であるわけなのですから…諸先生方、くれぐれもご自愛くださいますよう。

それはともかく、数が減れば仕事はきつくなる、きつくなるからまた辞めるというのはどこの業界でも昨今珍しくはない現象ですが、医者の場合は不幸にもと言うべきか幸いにもと言うべきか、今のところそこまできつくない働き口がまだまだ選べるという幸せがあります。
これだけ医師不足だ産科医不足だと言いながら未だに何らのインセンティブも提示されていない状況が続いているわけですから、当然きつい職場からの逃散は続いている。
当然今後も長くこの状況は続くと言うことはまず確定的なわけですから、そうなると当面の問題は医療のどこを死守するのかということに移りつつあるのですが、それは同時にどこを捨てるかという話と表裏一体であることを知らなければなりません。

産科救急 (下)月505時間 過酷勤務(2008年12月4日  読売新聞)

 また、新たな産科救急問題が明るみに出た。昨年11月、札幌市の自宅で30歳代の女性が早産した未熟児(約1300グラム)が7病院で受け入れられず、その後死亡した。新生児集中治療室(NICU)が満床などの理由だった。
 集中治療によって、未熟児の生存率は飛躍的に向上し、日本は世界でもトップ水準を維持している。しかし、出産年齢の高齢化などで未熟児が増加し、NICUは慢性的な不足状態だ。

 少しずつだが、行政も増床を進めてきた。当時、受け入れを打診された北海道立子ども総合医療・療育センターはその2か月前に開設。NICU9床を設置予定だった。ところが、看護師の確保ができず、6床で稼働していた。
 去る10月、脳出血を起こした妊婦(36)が死亡した東京都立墨東病院でも、今春、NICUを3床増やして15床にしたが、看護師不足のため増床分は使っていない

 ベッドを増やしても、人が確保できない。
 さいたま市の自治医大さいたま医療センターは、来年10月から、NICU6床を含む周産期母子医療センターを稼働させる予定だったが、新生児科医と産科医確保の難しさから、再来年以降に延期された。

 産婦人科医はここ10年で1割減った。医師不足が勤務状況を悪化させ、志望者を減らす悪循環を生んでいる。日本産科婦人科学会が今年行った調査では、大学病院の産婦人科医の1か月の当直は平均6回。最も多い医師は15回だった。この医師の勤務時間は月505時間、休日をまったく取らずに1日17時間働いた計算になる。
 医師不足の悪循環を止めるためには、働きやすい環境の整備が不可欠だ。文科省は来年度から医学部の定員を大幅に増やすが、育成には時間がかかる。女性医師や開業医の活用など工夫が求められている。
(略)
 東京都内で、8病院に受け入れを断られ、脳出血で妻を亡くした夫(36)は、札幌の搬送問題にコメントを寄せた。「また一つ、救えたかもしれない尊い命が失われたことを知り、残念でなりません。死を無駄にして欲しくないと思います」。対策に待ったはない。

昨日も書きました札幌市の未熟児搬送事例を取り上げて、かねて医療問題には強いと自称する読売新聞は上記のような記事を書きました。
「対策に待ったはない」とはその通りだと思いますが、こうした救急医療機関に人を集めれば集めるほど、その他の場所では今以上に手薄になってくるのは道理です。
今でさえ「妊娠が判明したら即座に分娩予約を入れないと産む場所がない」なんて言いますが、何でも受け入れる救急センターが出来たはいいが、まず分娩予約をしてから子供をつくらなければならないなんてことになるかも知れないわけです。

結局のところ全体のパイの大きさが限られているわけですから、当面は切り分け方をどうするかの話でしかないはずなのに、施設を作れば悪いことはなくて良いことだけが待っているような錯覚を起こしているのだとしたら問題ですよね。
東京都のような力の強い自治体が自前の医療機関を整備し、医師を囲い込もうとすればするほど、その他の地域での医師不足にはますます拍車がかかるという問題意識を国民の皆さんはまず持たなければなりません。

産科救急に限らず全国どこでも医師を集約化して何でも受け入れられるセンターを作りますと言う話が聞こえてきますが、あなたの通っていた病院から医者がいなくなりますと言われれば無条件に賛成できますか?
今のところ近所の医者よりいざというとき頼りになる救急施設と言う声の方が大きく聞こえますが、実際のところ利用頻度からすれば近在の医療機関にかかることの方がはるかに多いのは当たり前のことなのですね。
こうした良い面も悪い面も含めて、医療行政の当事者はきちんと国民にアナウンスしていくべきだし、国民も自らの一生を左右するかも知れない問題として自分で判断しなければならないはずなのです。
皆さんの周りではどうでしょうか?黙っていると思わぬ貧乏くじを引くことになるかも知れませんよ。

かつてベトナムが飢餓に見舞われた時、ホー・チ・ミンは次のような言葉で国民に語りかけたと言います。

愛する同胞の皆さん、飢饉は日に日に悪化の一途をたどっています。
そこで私は、全国の皆さんに提案があります。

十日に一度、1回の食事を抜きましょう。
1ヶ月に3度の食事を抜きましょう。
そして、その米を貧しい人を助けるために持って行きましょう。

皆で助け合えば、餓死を免れるコトが出来るのです。

時代はまさに弱肉強食、医師奪い合いの時代に突入しようとしているのかも知れません。
皆で少しずつ分け合って生き残るのか、それとも一部の者だけが飽食するのか、そもそも本当は全員が生き残るだけのものは最初から存在していないのか、医療行政の恐ろしいところはこれら全て実のところ誰にも答えが判っていないことにあるような気がします。

ただ一つ明らかなことは、国の舵取りがどんな方向を向くにせよ、民主主義国家である以上は後になって「知らなかった」ではすみませんので、国民一人一人がきちんと情報を得て自分で判断していかなければならないことでしょうね。

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